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えーと、ワイフにアフターヌーン・ティーに連れて行かれました。

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ザ・ペニンシュラ東京/「ザ・ロビー」サマーサンシャイン・アフターヌーンティー
実はお値段が5400円もします。二人ではなく、一人で5400円。マジかよ!と思うワケですが、コレは「5月のワイフの誕生日をボクがすっかり忘れたスルーした」という不祥事に対する報復措置なのであります。輸出規制とかじゃなくてズバリの経済攻撃なのであります。もう既にお食事券は購入済みであとは日程を予約するだけという段階まで巧妙に準備がなされてまして、3ヶ月も経た先日三連休のタイミングで報復が発動されたのです。もうビックリですが、後の祭りでございます。
●日比谷のお堀沿いにある超高級ホテル、ザ・ペニンシュラ東京。もちろんお部屋に泊まるは無理ですが、所用で訪ねる場面ではとっても美人のドアガールさん(ドアボーイさんじゃない)が朗らかにお出迎えしてくれるので確かに好印象。本家は香港の中心地・尖沙咀(チムサーチョイ)に鎮座するクラシックホテル、香港島に対して九龍半島の突端に位置するから「PENINSULA=半島」と名乗っているのでしょうね。一階ロビーにカフェがあって、和装の琴奏者とアコギ奏者が生演奏している豪華っぷり。その琴演奏がなぜか MICHAEL JACKSON とか STEVIE WONDER とかの軽快な懐かし洋楽ヒットばかり選曲するのが最後まで気になりましたが。
●で、ビクトリア朝イギリス貴族の習慣でございます、アフターヌーンティーが登場。スカイスクレーパー!高さ40センチのタワーに24個12種類のチビっこいケーキが乗っかってきました。12種類を全部説明してくれましたが、非グルメなボクには一ミリも理解不能で。とりあえずこの写真を撮って LINE で娘ヒヨコに送ったら「いいなー!いいなー!」の連呼。

●ところが、こんな立派なケーキは食べ慣れないので…。
見た目はマカロン程度の存在感。しかし一個一個が実に凝った作りでことごとく濃厚。ジャムとかベリーとかが苦手なボクでもまずは口に入れてみると確かに美味しい。ただ、とにかく濃厚すぎて、丸いチョコレートケーキとクリームたっぷりの物体の二個を食べたあたりから激しい胸ヤケで気分が悪くなってきて…。なんか甘くない種類のケーキはないのか?緊急退避できるアプローチは?その時、キューリを薄く長く切って軍艦巻きの要領でポテトサラダを包んだヤツが実に素晴らしい。キューリの水気と塩気がサッパリ!ワイフ「軍艦巻き…。連れてこなければよかった…」ワイフによると、往時のイギリスでは新鮮なキューリは高級食材だったようで、贅沢の象徴だったとな。知らんがな。
●しかしやっぱり根本的な逃げ場はなくて…あと最後の一個、オチョコ大のグラスにチョコンと盛り付けられたオシャレなプリンが、どうしても食べられない。もう限界…ヤバイ…なんか気持ち悪い…トイレ行ってくる。ワイフ「もう一緒に来ない!来年からお金だけ出して!」

●おかしいなあ。去年ロンドンに行った時に食べたアフターヌーンティーは、もっと気さくなお店で気さくなお値段で、気さくな味付けのサンドウィッチを楽しく食べられたような気がするんだけど。なんで東京の香港系ホテルではこんなに凶暴なんだろう??
●連休後半は、激しい胃もたれが続いて今もちょっと調子が悪い。慣れないモノは食べるもんじゃないなあ。



今回はレゲエです。ラヴァーズロックです。
●最近やってる女性アーティスト紹介路線、まだタマ数は切れません。

SANDRA CROSS「THIS IS SANDRA CROSS」

SANDRA CROSS「THIS IS SANDRA CROSS」1991年
●何年か前に買って、よく聴く典型的なラヴァーズロックのアルバムでございます。買った瞬間には、この女性シンガーの名前なぞは全く知らなかったー。ただ、レーベルが ARIWA であること、つまりはプロデューサーがレーベル主宰者 MAD PROFESSOR であること、結果、信頼のおけるクールなUKレゲエ/UKダブであること間違いナシという類推だけで買いました。この手のジャケ買いってのは、ボクにはよくあるコトです。
●なお「ジャケ買い」とは、ボクにとってはジャケットのデザインの第一印象で買うという行為を意味しません。ジャケの隅々に記されてる情報、レーベル、プロデューサー、発表年、スタジオ、参加ミュージシャンなどなどのヒントが饒舌に内容をイメージさせてくれるわけで、そんなジャケ情報をチェックすれば、主役の知識が不在でも安心して買い物ができます。
●プレイヤーに乗せてみれば、それはそれは優雅な内容。英国産レゲエを代表するプロデューサー MAD PROFFESSOR が演出する澄み切った音響美がヒンヤリと耳に優しく、それでいて慎ましやかなポップネスが穏当。そこに可憐なハイトーンが気持ち良い SANDRA CROSS の声が響きます。本当に素敵なラヴァーズロック
ラヴァーズロック70年代イギリスで独自に生まれたレゲエのジャンルで、文字通りラブソングを基調とした優しさが特徴。その中でも代表格と思われるレーベル ARIWA は1981年に設立。ファウンダーの MAD PROFFESSOR は南米ベネズエラの隣国ガイアナ出身だったりして、ホントにジャマイカと関係ないんですね。SANDRA CROSS は80年代前半あたりから活動しているシンガーで、ARIWA だけで6枚ものアルバムを制作してる。90年代はラヴァーズロックの顔役だったようですね。

SANDRA CROSS「100 SANDRA CROSS」

SANDRA CROSS「100% LOVERS ROCK」1994年
●これは最近買った音源。アルバムタイトルそのまんまの内容で ARIWA/MAD PROFESSOR による手堅いクオリティの内容にホクホクの満足。ホントにスウィートで心が和む。このCDの最後の方はボーカルを抜いたダブバージョンも3曲ほど収録されてる。なぜだかわからないけど、優れたレゲエって、ダブだけでも十分なシズル感が得られるんだよね。和む。
ラヴァーズロックってのは、70年代〜80年代のレベルミュージック成分が高くなりすぎたレゲエシーンの反動から発生したのかな。軽やかなポップネスに陽性のコード進行とハイファイサウンドが耳に柔らかくて、猛暑も少し和らぐようだ。90年代のコンピュータライズド/ダンスホールレゲエ全盛期においては、むしろ過剰な進化を拒んで保守的なマイルドさをキープした存在になってたかもしれない。
●で、このCDは、日本のインディレーベル JIMCO RECORDS というトコロが ARIWA からライセンスを受けて発売しているのですよ。この JIMCO ってのが実はよくわからなくて…。当然今は倒産しちゃって存在してないんだけど、90年代に中古CD屋に入り浸るようになった頃には、お店でこのレーベルのマークによくお目にかかった。変わったジャズとかパンクとかを扱ってる印象があったんだけど、そこに止まらずレゲエやソウル、そしてプログレを海外から日本に紹介してたようだ。配信やネット通販が世界中を網羅する今となっては、希少音源のライセンスを受けて国内盤CDを出すというビジネスは成立しないよね。まあ JIMCO の場合はインターネットが本格化する以前の1996年頃には潰れちゃったみたいなんだけど。それでも、そんな志の高い音楽好き集団がいたってことは、先輩を敬うような気持ちで記憶しておきたい。

HORACE ANDY「LIFE IS FOR LIVING」

HORACE ANDY「LIFE IS FOR LIVING」1995年
●こちらも ARIWA/MAD PROFESSOR なので紹介しちゃいます。買ったのは SANDRA CROSS よりも前ですが、当然彼のことも全然知らなかった。これはラヴァーズロックとは違って、下から突き上げるようなグルーヴが印象的なルーツレゲエの気配。それでも MAD PROFESSOR による洗練されたクールネスが全編に特有の緊張感を漂わせてます。これがUKレゲエ/UKダブの醍醐味かと。
HORACE ANDY 自身はジャマイカ出身で60年代末から活動しているベテラン。STUDIO ONE からデビューアルバムをリリースし、その後様々なレーベル、様々なプロデューサー、様々な国で活躍している模様。ハスキーがかったファルセットが奇妙な浮遊感を演出してむしろ怪しげな気分が立ち込める歌唱。MASSIVE ATTACK「BLUE LINES」1991年に客演するなど、クロスオーバーや新しい様式へのチャレンジを拒まないスタイルが特徴なのかな。まあ MASSIVE ATTACK MAD PROFESSOR とも連名のコラボアルバムも作ってるし、自然な交流なのかも。

JANET KAY「LOVIN YOU - BEST OF JK」

JANET KAY「LOVIN' YOU - BEST OF J.K.」1988〜1991年
●こちらは ARIWA/MAD PROFESSOR と関係ない音源。でも日本でラヴァーズロックが注目されたのは、この人の MINNIE RIPERTON カバー「LOVIN' YOU」のヒットがあってこそなはずで。彼女が最初に名を挙げたのは同じUKレゲエでも DENNIS BOVELL によるプロデュースなんですね。この DENNIS BOVELL も数々の名作があるから聴きたいし紹介したい。最初に「LOVIN' YOU」を録音したのは1977年まで遡るということで、その後日本でブレイクするまでスゴくタイムラグがあったのですね。日本で彼女が注目されたのは90年代初頭のコトだと思うけど、ナニがキッカケになったんだっけ…よく覚えてない。開局したばかりの J-WAVE がプレイしてたからとか?
●このコンピ盤は UKレゲエレーベル BODY MUSIC というトコロからリリースした80年代末の二枚のアルバムから、日本の SONY RECORDS がソウルカバーを中心にまとめた音源集。原曲を聴いたことがないヤツも多くて細かいトコロはよくわかんないんだけど、LUTHER VANDROSS とか ZAPP/ROGER TROUTMAN とか MTUME とか RANDY CRAWFORD とかの名前が書いてある。あと JOHN LENNON「IMAGINE」とか。プロデューサーは LLOYD CHAMBERS という人物で、MAD教授のクールネスとは質の違うトロピカル気分が少し生温い気分。JANET KAY 自身もボーカルの輪郭線がハッキリし過ぎて、ルーツ色濃いムニャムニャした HORACE ANDY の味わい深い歌唱の後には単純に聴こえちゃったり。後のフリーソウルなテイストには合致するかも?
●ネットで調べてると、彼女の音源はこのコンピ以降、ほとんどが SONY MUSIC JAPAN からリリースされてる模様。実はいわゆる「ビッグ・イン・ジャパン」な存在だったのかな。最初の「LOVIN' YOU」が1977年、DENNIS BOVELL と組んだアルバム「SILLY GAMES/CAPRICORN WOMAN」は1982年。このコンピが参照してるアルバムは1988年〜1989年。コレを除いて70〜80年代は12インチシングルしかリリースしてない。一方、このコンピ以降の90年代は12インチなんて作らず、SONY の元でアルバム+CDシングルを出しまくってる。このメリハリ。あ、メジャーに負けず前述のインディ JIMCO もちょっと彼女の音源を扱ってます。にしても日本の人気に偏ってたんだなー。
それでも彼女の価値は下がるわけではなくて。国内盤として初お目見えのこのCDのライナーノーツはいとうせいこうさんが文章を書いている。彼は「SILLY GAMES」の段階から彼女の音楽にのめり込んでて、12インチもこまめにチェックしてたとな(SANDRA CROSS に浮気したとも書いてるけど)。いとう氏の周辺では中西俊夫 aka TYCOON TO$H がライブで「SILLY GAMES」をカバーしてたり、藤原ヒロシがラジオで彼女の音楽をプレイしたり。80年代のトンガリカルチャーを推進し渋谷系を準備する先輩たちはキチンと注目してたワケで。ボク自身においては、下北沢のジャズ喫茶の深夜12時過ぎに彼女の音源を聴いて戦慄してしまった記憶がある。速攻で眠そうな顔したバイトさんにコレ誰の音楽です?と問い詰めて「80年代の JANET KAY の12インチです」と聴きビックリした、本当はこんなスゲエレゲエをやる人なのかと。レーベルとか全然わからんかったけど売ってくださいと懇願したがそれはダメだった。あの衝撃を80年代の高感度ピープルは察知してたのね。
●なお、このCDに収録されてる「LOVIN' YOU」は今回のために新録されたモノらしい。70年代の音源は権利上クリアできなかったのかな。この再録は、コンピの選曲を担った音楽プロデューサー・井出靖氏が担当したらしく(80年代高感度ピープルまた一人登場)、いとう氏がめっちゃ羨ましがってる。


日本って、レゲエがスゴく好きなお国柄だと思うのです。
●イギリスは植民地時代ジャマイカの宗主国だから移民も多くてオリジナルカルチャーまで出てくることには納得がいくのです。カリブ海周辺国もコレはジャマイカと親戚みたいなもんで強い影響下にある。でもその反面、意外とアメリカのレゲエへの関心って薄い気がして。時々いきなり流行最先端のように持ち上げて、少し経つとまた忘れるような態度をとる。ちなみに最近だと SEAN PAUL が最初にヒットした2002〜2005年にピークがあって、それ以降メジャーシーンではみんな忘れてる気がする。アメリカにはニューヨークの BULL WACKIE くらいしか濃ゆいレーベルが見当たらないし。ヨーロッパもアジアも含め全世界にレゲエは拡散してるけど、基本はサブカル扱いですよね。
●そこと比べると、本来縁もゆかりもない日本人のレーベルがわざわざジャマイカやイギリスに出張って、アーティストやレーベルとコンスタントでオリジナルな取引をしてたりするのってスゴくないですか?JIMCO もしてたし、OVERHEAT というレーベルもかなり前からずっと現地のシーンと日本のシーンの橋渡しをしてる。メジャーでは SONYJANET KEY を面倒見てた。そして邦楽メジャーシーンでのレゲエインスパイアなアーティストが大勢いる!ケツメイシ湘南乃風はだいぶお金を稼ぎましたよね。サウンドクラッシュ世界大会に行けば、横浜のサウンドシステム MIGHTY CLOWN が優勝しちゃうとか。だから、みなさん、レゲエ大好き国民の意識をキチンと持って、音楽を聴きましょう。






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●この前、用があって国会議事堂前駅で下車して、たまたま首相官邸のワキの道を歩きました。

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●厳しい警備で取り囲まれた建物だけど、この連日の猛暑じゃ、警備にあたるお巡りさんもこの暑さじゃ制服や装備が汗でグジャグジャなのでは?もはやアロハで通勤してるボクでもウンザリなのに。
●と、思いながら歩いてたら、前を歩く外人さんが景色の写真を撮ってる。なんの写真を撮ったのかな?
●改めて周囲を見渡すと、この官邸の北側外縁は竹林になってて、その青々とした様子が目に涼しい。風が少しでもあればサラサラと葉が揺れて優雅だろうなと思う。外人さんがこの竹林に美しさを感じてもらえたなら、なんとなくボクは嬉しい。首相官邸にわざわざ竹を植える日本のセンスが粋と受けとめられたということで。竹をありがたがるってヨソの国じゃ奇妙に見えるかもしれない趣味だもんね。
●ボクは25年前の学生時代の頃からこの近所には縁があって、明治時代から1999年まで使われていた前代の首相官邸と、その後の改築の過程(というか工事してる様子)、そして現在の官邸が出来上がった瞬間(2001年頃?)をよく覚えている。当然、敷地の中身は外からじゃ全然わからないが、この外縁の竹林は最初から目がついて、なんだかお気に入りになった。従来、殺風景だった分厚く高い壁にちょっとした趣向を凝らしてみました、花も咲かないし地味だけど、一年中青い竹の葉でそっと建物を隠すのはいかがでしょう?という建築家のメッセージがあるように思えて。あ、これ粋だなと。
●でも、わざわざ写真に撮ったのは今回が初めて。外人さんにつられてしまった。だって、お巡りさんが多すぎて、ヘンなコトしてると怪しまれそうで。ドクロ柄のアロハ着て歩いてただけで声かけられたコトもあるし。でもこう見ると、官邸周辺の高層ビルは全部新官邸の後にたった建物じゃないかな。キャピトルホテル東急、山王パークタワー、間に見えるのは博報堂が入ってる赤坂BIZタワーかな。東京の風景も変わったねえ。

●あ、この前の、小泉進次郎+滝川クリステルのおめでた結婚報告会見、ココでやってたんだっけ。



●にわかに、我が家で「テトリス」がマイブーム。
●長男ノマドが、大学受験に本格的に取り組むと決心した結果、ヤツは自分のお宝・任天堂 SWITCH を自室からリリースして、妹ヒヨコに下げ渡したのであった。ここまではよい。
●そしたらヒヨコは兄の決意を1ミリも解すことなく、実に能天気に大きなテレビモニターで大々的にテトリスをプレイして、これが止まらない。夢中になってギャーギャーわめきながら、ワイフとともに対決プレイをしている。結果的にノマドの勉強ははかどらず、結局家族四人で毎晩テトリス対決大会になってしまう。



テトリスって、1984年に開発されたゲームなんだね。ウィキによると。
●今日の歌姫は、1983年生まれの、このテトリスがすげー得意と評判になった人。

laughter in the dark

宇多田ヒカル「HIKARU UTADA LAUGHTER IN THE DARK TOUR 2018」2018年
●これは映像作品。DVDジャケを拝借しましたが、ボクはネットフリックスで見ました。彼女のデビュー20周年記念ライブの様子をほぼフル、ちょっとグダつくMCも全部収録してる模様。15歳でデビューした彼女ももう35歳で一児の母。ボクは彼女の音楽と彼女の声が好きです。年齢を重ねるごとにその思いは強くなってるかも。
彼女はテレビ露出が少ないだけでなく、そもそもライブですら積極的じゃない。20年の芸歴があっても本格的なツアーなんて今回収録分含めて4回しかしてない。5〜6年ばかりの「人間活動」で隠遁生活をしたコトも含め、愛称のヒッキーは「ヒキコモリ」のヒッキーなのではと思うほど、実はとても内向的な人なのかもしれない。若い頃はあの帰国子女特有のフランクで物怖じしないしゃべり方が、自信家でウェイウェイなリア充の気分を醸してた。でも今回のライブのMCでは、質問役不在の一人語りで観客にかける言葉がとりとめもなくグズグズで、それでも20年間をちゃんと頑張れたコトにウェットに感極まってる様子もあって(もっとアッサリと受けとめてるもんだと思ってた)。早熟な天才少女のイメージが先行してたけど、本当はアレコレに不器用な人なのかもしれないと思ったり。そんな息遣いを感じられるライブ。

ボクは彼女のキャリアを前半と後半で分けてます。前半は1998年でデビューして日本のメジャーシーンにアメリカ型R&B/ヒップホップソウルを完全導入した功績と、同時代の第一線で活躍するアメリカの大物プロデューサーとコラボしまくって本当に本場アメリカのシーンとシンクロしてた時期。JAM & LEWIS、THE NEPTUNES、RODNEY JERKINS、TIMBALAND と組んで、マジすげえよドコまで行くの?というワクワク感があった。結果、2004年に UTADA 名義でアメリカデビューしちゃう。ただコレはちょっとキツかったかも。UTADA TIMBALAND のオーバープロデュースが裏目に出て、彼女の良さが出せなかったような感じがある。STARGATE と組んだセカンドもそんなに…な感じが。
後半は、UTADA 海外プロジェクトとパラレルしてる2006年「ULTRA BLUE」の時期からかな。このアルバムは2003年のシングルまでカバーする内容で、このあたりから彼女は作詞作曲に留まらず編曲も全部自分一人でやるようになる。つまり、外部プロデューサーとアチコチで共作ではなく、彼女たった一人でプログラミングから始めるスタイル。ベッドルームで着想を得たそのままの気分を受けとめてか、アレンジがすごく簡素でシンプルになった。R&B/ヒップホップソウルとの距離感も調整されて、もっと自由で普遍的なアプローチ、より踏み込めばジェイポップ化した気がする。前半が外部の力を借りて時代の最先端/世界水準にキリキリと迫るベクトルだったのに対し、後半はもっと自由に彼女の音楽世界をふくよかに慈しむベクトル、そんな大雑把な解釈。

そんで、キャリア20周年。ツアー最終日の幕張メッセ。
●アルバム近作「FANTOME」2016年「初恋」2018年のトーン、つまりキャリア後半の気分が支配する印象。割と単純な構成の外国人バンドとストリングスチームの皆さんを後ろに控えて、彼女一人だけが歌う。コーラスは事前に用意された収録モノだが彼女の作風だと全部自分自身の歌唱だろう。ゲストはほぼ誰もいなくて、以前に仕事をしたコレオグラファーの女性によるパフォーマンスがあるだけ。つまり、簡素でシンプル。彼女自身が全てを掌握している体制が固まった。
●ただ、アレンジのスタンスが変わった部分はあっても、ボーカリストとしての天才的能力は一貫してる。声量のパワフルさやすごく広いレンジのような物理的な特徴に秀でてるわけではないし、高音の不安定さが気になる人もいるかもだけど、その不安定さも少しだけハスキーな声の成分も全て丁寧に操作して絶妙なニュアンスをメロディに込めるセンスがボクには本当に絶品に思えるのだ。それはデビュー時点の15歳の頃から明確で、年齢を重ねた現在に至ってより磨きがかかっている。ボク個人の一般的嗜好はグルーヴ満載のダンスチューンがメインだが、彼女においてはスローバラードの方がハマる。近作はよりその傾向が強い。ライブのオープニングを飾る「あなた」は恋人ではなく実子への想いを歌っているのか。自死した母に捧ぐ「花束を君に」の健気な明るさ。強い思いを率直に伝えるラブソング「FOREVERMORE」のジャズ風味。「降り止まぬ真夏の通り雨」というリリックの矛盾を感じさせない「真夏の通り雨」の説得力。
●過去の楽曲も素晴らしい。「COLORS」は2003年のシングルだが、アレンジにエレクトロニカを採用して、お!宇多田が変わった、キャリア後半戦だと思った一曲だ。「光」も直截なラブソングでずっと好きな曲。最初期の大ヒットバラード「FIRST LOVE」を最新曲「初恋」と並べて歌う展開も実に素敵だ。ティーンエイジの初恋を30歳代にしてより強い説得力で歌いこなすアップデート力。もちろんアレンジも普遍的にアップデートしてる。そしてこの20年目に意図して仕掛けた楽曲「初恋」との対称の関係。そして、アンコール終盤の「AUTOMATIC」。しっかり35歳の表現になってました。



●数年間隠遁できるだけお金を稼ぎ切っちゃってる彼女だけに、もう仕事しなくてもいいのかもしれない。がゆえに、周辺の諸事情にブラされないでマイペースに活動を続けてほしい。一方で若手のプロデュース仕事なんかも始めてるんだよね。そんな新しいアーティストの音源も聴きたいな。

●女性アーティストの紹介、ここ何回かの記事で、まだ続けてます。もうちょっと続けられるかな。


●えーと。ここで突然ですが、ピース・又吉直樹さん。
●今回のライブ折り返し地点、衣装直しをするタイミングで、10分ほどのショートフィルムが上映されたのです。ここでの共演者が、又吉直樹さん。二人のインタビュー対談、と見せかけてのおもしろVTR。もう予想以上の凝った作りで。笑っちゃいました。機会あれば是非見てください。
●そんなキッカケで彼の著書を経由し、昨今の吉本興業を巡るアレコレを。

カキフライが無いなら来なかった

せきしろ×又吉直樹「カキフライが無いなら来なかった」2009年
●二人の文筆家がキャッチボールする形で、なんと「自由律俳句」を交換しあった句集です。うわ「自由律俳句」!ニッチすぎる!しかし実際に読めば、いやいや「自由律俳句」とかそんなガワの様式なんて関係なくて、要するにクスリと笑っちゃうネタフレーズをいかに繰り出すかの勝負ですわ。しかも、笑いの水準設定がなかなかに微妙なところに設定されてて、万人受けは絶対しないタイプの試み。タイトル通り「カキフライが無いなら来なかった」みたいな一行詩がたくさん羅列されてるんです。又吉さんのような陰キャな人物の、日常のミクロなガッカリとかを拾い上げて笑いに変換するってワケで。あーなんか意味わかんないですね。この面白さ、説明できません。

「契約書ナシ」の吉本興業とタレントの関係。
「反社会勢力+闇営業」からの「問題芸人&社長の泣きべそ会見」そして「大物芸人の辞める辞めない直談判」さらに「経営アドバイザリー委員会なんちゃら」などなどザワザワが続く吉本興業の一連の騒動。ここで契約解除だとか言ってるのに吉本興業は芸人とマネジメントの契約書を取り交わしてないって事実に驚いた、ってのは前にも書いた。で、契約を取り扱う仕事もしてるサラリーマンのボクは「契約書はちゃんとしてた方がいいだろーよ」と自然に思っちゃったりするワケです。
●ところが、ロンブー田村淳がワイドショーで発言してた内容が気になった。「契約がある方が僕らにとって自由なのか、契約がない方が自由なのか、よく考えたい」そんな発言。彼が「株式会社がちキャラ」なる会社の設立会見を、経営陣の立場(肩書きは取締役会長)で発言してるという場面。この仕事は闇営業ですか?という質問に「あー闇です(笑)。吉本には何も説明していません。今までも全部自由でした。特に何も言われたことはありません」へーそうなの!色々と仕掛けてるように見える彼の活動は、彼の裁量の幅が本当に広いようで、吉本興業が介入してない場面もあるんだーと関心した。確かにこれなら甲乙の権利義務関係を形にする契約書のルールがない方が弾力的なこともあるかもな。

●すると、又吉直樹小説を書いて芥川賞に選ばれるなんてステップも、実は吉本なぞ関与してなかったかも。想像するに、彼も一番最初は自発的に小説をしたためてたワケで、単純な経済原理に忠実な吉本興業が「文学賞を取るべく小説を書け」なんてハイリスク・ノーリターンな仕掛けを描くような気がしない。その後の相方・綾部祐二がコンビ間格差の葛藤から「ニューヨークに拠点を移す」というこれまた全くのハイリスク・ノーリターンな仕掛けを、わざわざ吉本興業が発想するはずがない。普通にコンビ活動で回した方が儲かるし。つまり、放置プレイとピンハネ搾取の反面、自己責任でのブレイクスルーには自由の余地がタップリあるのですね。なるほどスゲーな。キャリアデザインを自分自身でマネジメントした結果の成功のですよ。
●この自由律俳句集「カキフライ〜」は、「火花」で文才が注目される2015年のずっと前2009年に発表されたもので、共著のせきしろ氏が最初の提案者だった。このせきしろという人物もかなり異色の才能。「バカはサイレンで泣く」「去年ルノワールで」をはじめ90年代からナンセンスギャグに特化した文章を書く、作家ともコラムニストとも言えない微妙なポジションにある人。ボクはリアルタイムで「バカは〜」を読んで爆笑してて今でも大事に本棚にしまってます。そんなせきしろさんだから又吉直樹とコラボできたし、彼の気づかれてない才能を察知したのだろうと思うワケです。だからなおのこと、彼の文芸キャラは、マネジメント仕掛けでスタートしたワケではないと思うのですよ。宇多田ヒカルからズバリ指名でショートフィルムのコラボを提案され、脚本からフルスクラッチで関わるなんて仕事をするところまで、彼自身のセルフマネジメントは彼を立身出世させたのですよ。パチパチお見事。

吉本興業には所属芸人が6000人なんてフレーズも今回飛び交いましたが、じゃあマネジャーが6000人いて芸人をマンツーマンでケアしてるのですかと言えばそんな大企業じゃない。社員数865人と公式HPに書いてあります。ウワサに聞けば一人のマネジャーで20組程度の芸人を担当しており、相当の大物でなければお付きのスタッフもいなくてタレントが一人でテレビ局にやってくるという状況らしい。芸人さんも大変だが、マネジメントの現場もこりゃかなり大変だ。
●そもそもで演芸/芸能の世界は、それこそ絶対契約書なんて存在しない「師匠ー弟子」の徒弟制度で業界秩序を形成してたでしょうから。師匠の信用を担保に弟子は世間に出る。だから契約書がない。「吉本は家族/ファミリー」という生温い言葉も出たが、業界重鎮の顔を立てての「信用」または「忖度」言い換えれば「義理人情」の連鎖が徒弟制度の縦序列(親子)を機能させてたのが昭和までの世界明石家さんまさんでさえ上方落語の師匠に弟子入りするところからキャリアを起こしてる。しかし吉本興業NSCという芸人養成学校を設立して「師匠ー弟子」徒弟制度関係をスキップする才能登用のシステムを自ら構築した。その第1期生がダウンタウンで、現経営陣がダウンタウンの成功で出世した元マネジャー。古来のシステムを改造して生まれた新世代がトップにたった段階にあるワケだ。
●だから、色々な意味で、昭和平成令和にまたがる業界構造のパラダイムシフトをボクらは今目撃してるのかもしれない。公正取引委員会がジャニーズ事務所に対して「注意」を発信したという、コレまた「時代、令和で変わりました」を感じさせるニュースが同時期にありましたが、アレも契約書には書かれない不文律の「信用/忖度/義理人情」が、その秩序から離脱独立するタレントのその後の活動を結果的に制限することになる、芸能界の慣習に紐付くという意味で象徴的なのであります。


●そんで、いきなりですが再び、宇多田ヒカルさんに話を戻す。
彼女の場合はマネジメントを本当のお父さんが務めている。全ての音源のクレジットに宇多田照實って書いてあるし。昭和の吉本的「疑似家族」的秩序ではなく「リアル家族」なんですね。オマケにコレが素人パパママビジネスではなく、母・藤圭子さんのマネジャーを務めてきたプロフェッショナルであった。だから15歳でデビューなどという異色のキャリアが成立した。お父さんの辣腕ブリで海外プロデューサーとのコラボも大胆に推進された。その一方で、一流トラックメイカーとの協業からいつしか宇多田さん本人はトラックメイキング〜アレンジ〜自己プロデュースという新しい職能を習得、磨き上げていた。
●一方で、6年も「人間活動」=活動停止するというハイリスク・ノーリターンな「悪手」に及んだのも「リアル家族」としての関係性が前提なのだろう。宇多田ヒカル本人は印税アレコレで生活を自足するには不安はないだろうが、拡大再生産を強いられる事業は停止してしまうワケで。普通なら彼女の周辺で働きそして生きているスタッフの運命も揺るがせてしまう決断だ。最初はもう復帰はないかもと思ったもんね。それでもいつになるかわからない彼女の復帰再始動を待った「リアル父親」がいたのです。これは契約書でどうにかなるもんでもないでしょう。
●敢えて比較すると、安室奈美恵の去年のケースは、彼女周辺スタッフの生態系維持の為にも安室奈美恵ビジネスを駆動し続けなければならない宿命に倦んでしまっての引退、に悲壮感さえ感じたものだ。週刊誌によると、もっと以前から引退の意向があったが事務所の反対があり、個人事務所を設けて独立までして入念に準備した引退劇だったそうな。安室さんは宇多田さんと違い楽曲制作能力はない上にライブツアーの規模/本数が半端なく大きいので(2016年ツアーは100公演!)、大勢の外部協力者を前提にビジネスが駆動しているから大きな路線変更は負担が本当に重いはず。彼女に比べれば宇多田ヒカルは恵まれている。
●ライブの最後のMCで、彼女は特別に感謝したい二人の人物がいますと前置きして、音楽の才能を見出してくれた亡き母と、今を支える父に言葉を送った。湿っぽい感情の吐露に照れ臭さを隠せない彼女が、最後までパリッと言い切った様子に少し感動してしまった。

芸能人は、ボクら置換可能なサラリーマンと違い、個人そのものが事業の本体であり投資の対象になる。
●そして、芸能人の目の前には事務所経由芸能界全域という奇妙な経済的エコシステムがのさばっている。事務所と無縁の領域で、投資に値する対象になるために自己マネジメントでポートフォリオを拡大し、小説家という別の職能を持つに至ったのが又吉氏の戦略だった(いや本人に言わせれば幸運の成り行きというかも)。宇多田ヒカルさんの場合は、何も知らない女子高生の段階でビッグビジネスの投資対象になってしまいアメリカ市場まで打って出るところまで行きながら、敢えてヒキコモることでその事業を止めるという蛮勇を奮って、そして更に成熟したクリエイティブを持ち帰ってきた。そこには、「擬似家族」「リアル家族」みたいな特殊事情があって、ドライに処理しきれない感情があることもなんとなく理解できた。メーカーなら設備投資といえば製造機器購入費をウン年で減価焼却とかじゃないですか。そこのところ投資対象が人間ならね、情が移って当たり前なのかもね。


●なんでこんな妄想をボクはダラダラ書いてるんだろう??なんの根拠もなく。
●あんまり、真に受けないでください。



●アレ?もうお盆モードかな。
●朝の小田急線、心なしか空いてる気がする。ストレスなくスマホでマンガ読めたし。

●8月8日は、シュークリーム専門店「ベアードパパ」の日らしい。もはやなんのコジツケかも考えたくない、けど。
●で、シュークリームが特別価格で一個100円!お店の前に長い行列ができててビックリ。あーみんなシュークリーム100円となると行列をなしてまで食べたくなっちゃうんだね。確かに「ベアードパパ」は美味しいよ。家に帰って今日はシュークリーム。なんとご機嫌な夜だろう!日常にハレの瞬間を差し込むシュークリーム!いつも決まったラーメン屋や決まったポテチ、決まったマックのダブルチーズバーガーセットばかりの固定的な食習慣しかないボクにとって、とても有意義な贅沢だなーと思った。率直グルメに関心がないボクは、結局シュークリーム買わないし行列にも並ばないし、同じ100円なら激安中古CDまたは古本買うわとか思っちゃうのだけれども、美味しいもので物理的に身体を満足させることって、健康的だよね、なんかワクワクするよね、とアホみたいに当たり前のことを再確認した。

●そんなタワゴトをワイフに報告したら「この前、私の誕生日を完全に忘れてた件、アタマに来たからペニンシュラホテルのアフタヌーンティーを仕込んじゃったからね、2人で10,000円だよ!」なにー!そんな特価シュークリーム100個分の贅沢はマジで身にあまるわ。予想外のパニッシュメント。



●ここんところ、4回連続で女性アーティストを取り上げてるから。
そのまま女性アーティストを紹介し続けてみようかな。

MARIA MULDAUR

MARIA MULDAUR「MARIA MULDAUR」1973年
●前回が MARIA BETHANIA さんだったから、同じ名前つながりでこの人、ってのはたまたまの偶然。
●この人のソロ名義第1作で、大ヒット曲「MIDNIGHT AT THE OASIS」を収録してるのがボクのツボ。90年代育ちのボクとしましては、この曲は英国アシッドジャズの代表選手 THE BRAND NEW HEAVIES のカバーバージョン1994年が一番馴染む。で、当時の段階でもコレは70年代のフリーソウルな楽曲のカバーと知るわけですよ。そんな前提でもって、本家の音源にたどり着くのですよ。今夜はこの曲が本家の彼女の声で聴きたいのですよ。
●1973年といえばボクが生まれた年なのですが、楽曲の可憐さは全く色褪せることがない。彼女の明るく清楚なボーカルが楽しそうにヒラヒラと空を舞う。小気味良いリズムが彼女をスキップさせているよう。中盤のギターソロが爽やかな微風のように優しく美しい。バックグラウンドには上品なストリングスアレンジが施されてて、その洗練美は20年後のカバーになんら引くところもない。なるほど、確かにフリーソウルだなー。素敵だなー。

●とこの曲単体では思うのですが、いざアルバム一枚を通して聴くと、実は全然フリーソウルではなくて、むしろシッカリとしたカントリーロックなのです。このCDを買ったのは数年前ですが、代表曲一つとその他の曲のギャップが大きくてビックリしてしまいました。「MIDNIGHT 〜」の直後が「MY TENNESSEE MOUNTAIN HOME」という曲。見事にカントリー。魅惑のオアシスから一気にテネシー山中までワープだよ。彼女は確信的に古き良きアメリカを追求するためにアルバムを構成していて、戦前ブルースを引っ張り出したり、同時代のカントリーヒットを即座に拝借したりとめっちゃ意識的。そんで彼女の元に参集した連中が、DR. JOHN だったり RY COODER だったり JIM KELTNER だったりとアメリカーナ界隈の名手ばっか。思った以上のアーシーなホコリっぽさに実はビビりました。ルーツミュージックに特別なコダワリがある人なんですね。
●ただ、彼女の生まれはニューヨークのグリニッジビレッジ、声の明るさに拭い去れない都会の華やかさや洗練ぶり、育ちの良さがどうしても出てしまう。20歳代のほとんどをニューヨークのローカルシーンで音楽活動をシッカリやった後、シングルマザーになって今度はロサンゼルスに渡り、LENNY WARONKER をプロデューサーに据えて再起のソロデビューの結果がコレ。結局のところ、風通しのよい楽しさはちゃんと付きまとって、南部のヒルビリー気分をすくいとった泥臭い歌詞もアッサリと聴こえちゃう。だから冷静に聴けば聴くほどポップに聴こえて耳に馴染む。歌詞のメッセージはタフなだけに、それがいいのか悪いのかはちょっと微妙。何しろ彼女が美人さん過ぎるってのも、彼女の本意を離れてデカイ要素になってる気がする。

●ただし、彼女が愛し回顧するアメリカーナの中には、ブルースがありヴォードヴィルがありミンストレルショーがあり「おおスザンナ」があり白人黒人一緒くたに汗まみれになって築いたアメリカの伝統があることは事実で、そこには価値がある。一方その延長にフリーソウルのように聴こえる突然変異も起こってしまうという芸術の不思議。そしてこの曲が音楽史の中ではその後の AOR の時代のイントロになっちゃったりとかするんです。「MIDNIGHT 〜」のストリングスアレンジは実は AOR の先駆 NICK DECARO でして、彼はこの翌年にソロデビューして AOR 世界の門を開くわけですから。時代の境目が実はこんなトコロにあるんだなー。





甥っ子のチカシ4歳が夢中になっているのが「おしりたんてい」。
●という話をワイフから聞いていたので、本屋で立ち読みしたら。

おしりたんてい カレーなる じけん

トロル「おしりたんてい カレーなるじけん」
ヤバイ、コレまじオモシロイじゃん!幼稚園児が読む絵本と思ってナメてたら、チカシはすでに小学校低学年向けの60ページ版を読んでるらしく、コレはさすがにさっと立ち読みでは網羅できない!しかもナゾカケも巧妙に仕掛けられててナニゲに頭使うし。
●その一方で、ネットフリックスにNHKで放送されたアニメ版も入ってた!コレもチェックしたが、アニメのくせに絵本の見開きみたいな絵を見せて、その数秒のカットから手がかりを探せとかなりタフな内容。全然画面から目が離せないじゃん!おまけに、やはりというか必殺技は「しつれいこかせていただきます」の決まり文句を吐いての「毒ガス噴射」。悪党もあまりの匂いに失神する、時には味方も巻き添え。
●ということで、全巻まとめて「おしりたんてい」すごく読みたい、そしてチカシ4歳と内容について深く語り合いたいと熱望しているところであります。チカシ貸してくれるかな?とワイフに聞いたら「宝物の本をヘンなオジさんに貸せなんて4歳児に言えないでしょ!」と怒られました。ではどこかの図書館で閲覧するしかないかな。いやー図書館すげーフリーで本読ませてくれるってやっぱ偉大!子連れでもない40歳代のおっさんが一人児童書コーナーで爆読みしてたら、なんだか怪しまれるような気がするけど…。


●今日も、女性の声を聴いてます。

MARIA BETHANIA「AMBAR」

MARIA BETHANIA「AMBER」1996年
●ブラジル60年代に花開いた「トロピカリア運動」の旗手といえば CAETANO VELOSO でありますが、この女性はその CAETANO の実妹。欧米のサイケデリアと共振し、迫り来る軍事政権と激しく摩擦したトロピカリアの闘士の一人、として名前は知っていたが、アルバムを丸々一枚聴き通したことはないなーと、いつものディスクユニオンの激安ワゴンでこのCDを見つけて考えたのでした。この作品の発表は1996年、熱狂と挫折の60年代から遠く離れて、彼女自身も50歳を迎える頃。ジャケットに映る、憂を込めて俯く彼女の顔と、あまりにエキゾチックなアクセサリーに、心の何かをかき立てられたのか。そのままレジへ直行。さて、どんな音楽が封じ込まれているだろうか。

●そしたら、奥行きが深すぎて。枯れ寂びた気配さえ感じる、少しカスれて中性的にさえ聴こえる声。ポルトガル語の不思議なイントネーション。丁寧にストリングスでアレンジされたジャズ基調の中で物悲しげなトーンの曲が続く。人生の晩秋ってこんな感じなのかな。静かにゆっくりと落ち着いて。そこにスッと忍び込んでくるボサノヴァのリズム。細やかに刻まれるサンバのビート。ああ、サウダージだ。ブラジル音楽に漂う不思議な感性。郷愁、遠い後悔、ほろ苦い思い出、諦観、それを優しく包んで甘美な躍動と共存させる。色々あったけど良い人生だったね、と目の前の伴侶と共に踊る甘美さ。そこにはユーモアがあって救いがあって。そこにまばゆい艶めきが光る。ボクもワイフもダンスは踊れないけど、ただ手を取り合って笑いたいと思う。アルバム終盤に登場する楽曲「QUANDO EU PENSO NA BAHIA」が素敵で。60年代からの同志、CHICO BUARQUE とのデュエットというのもイイね。

●ブラジル音楽に不得手のボクにはクレジットの全部は理解できないけど、古いスタンダードナンバー?を交えつつ、実は90年代に台頭してきた若い才能に楽曲提供させている模様。ボクのイメージでは CHICO CESAR とか CARLINHOS BROWN は90年代以降のアーティストでしょう?さすがベテラン、進取の気概は衰えず。後進も大先輩にふさわしい重厚な作品を提供している。一方で、楽曲の色彩はよく聴くと多彩で複雑、ブルースやフラメンコとも取れる楽曲もあって。コンゴにルーツがある女性アーティスト ZAP MAMA とのコラボ曲では奇妙なリズムが跳躍してて不思議。あ、お兄さんの CAETANO の楽曲も一つありましたね。んー、ブラジルの奥深さ、また思い知らされたー。





●いやあ。毎日とっても暑いです。
●熱中症予防で、水分をいっぱい取るようにしてるんだけど。
●結果として、オナカがたぷんたぷんになって、シンドイ。これで正解なのか?
●で、夏風邪までひいて、ノドが痛いしセキは出るし関節痛まで。


●今日も、女性ボーカルを聴いて過ごす。

bird「極上ハイブリッド」

bird「極上ハイブリッド」2002年
●東南アジア方面に、寝そべってる仏さまの像ってありますよね。それと同じポースで、アルカイックスマイルで、つる草をまとっている彼女の様子が、なんだかトロピカルかつピースフルに思えますわ。夏!そしてソウルミュージック!
bird は1999年に大沢伸一(=MONDO GROSSO)にフックアップされて世間に出たシンガー。MONDO GROSSO の音源に客演シンガーとして参加したり、大沢伸一全面プロデュースで2枚のアルバムをリリースしたり。1999〜2001年あたりまでの彼女の勢いは目を見張るものがありましたわ。で、この3枚目のアルバムは、恩師・大沢伸一の元から完全に独立した形で制作されたもの。作風に大きな変化があるのか結構不安に感じたものです。
●といいつつ、彼女の独立劇など、もう十数年前の出来事でありまして、今ヘッドホンから流れてる音楽は痛快なファンクミュージックと、その中央で躍動するエモーショナルな彼女の声、ただひたすら賑やかで楽しい。大沢伸一時代には都会的なクールネスが際立ってた感じがあったかもしれないけど(ハウスだけでなく2ステップにも挑戦してたな)、ここではオーガニックかつフランクな気分のバンド演奏がメイン、あまり時流のスタイルにも依存していないので、実は今聴いても古びた印象がない。そして女性らしい柔らかさがスローナンバーに現れてて耳に優しい。ピアニカ前田さんとの共演とか趣き深いなあ。DJ KRUSHマンディ満ちる山崎まさよしとかも制作に関与してましてバラエティ感があるアルバムになってますね。

●その後の出来事だけど、2005年に彼女とみうらじゅんの交際が発覚、妊娠+翌年の出産までが報じられた。この時は、おいおい、みうらじゅん非リアな童貞の代弁者と違うんか、「色即ぜねれいしょん」と違うんか、こんなイケてる女性と不倫とはどういうことか、と憤った覚えがある。birdさんにはとくに恨みはないけど…彼女、美人さんですから、素朴に羨ましかった。
MONDO GROSSO の2017年の復活作「何度でも新しく生まれる」でも一曲目から客演してて、元師匠ともうまくやってるんだねーと思って、嬉しく思ったっけ。大沢伸一さんも彼女もとても好きなアーティストだから。