●ボクの会社の高層階の会議室からは、ビルの隙間に東京湾が見える。
●毎週の会議でこの部屋に入る時、いつもウットリとその海を眺めてしまう。今日はよく晴れてて、羽田空港から米粒のような飛行機が高く登っていく様子も見える。レインボーブリッジの上を走る自動車やお台場のヘンな形の建物たちもよく見える。夜景もとても綺麗だよ。

ただ、時々、不吉な妄想をしてしまう。あの海が大きくウネって、津波となってコチラに押し寄せたら?ボクが毎日歩く地下街はどうなる?地下鉄は?このビルも倒れてしまうのか?
●ボクは6年前の3月11日のあの瞬間にも、海の見える会議室にいて、そして同僚たちと会議室のテレビで、押し寄せる津波の中継映像を見ていた…。

3月11日は、日本の一年の中で、8月6日、8月9日、8月15日のような重たい意味を持つ日付になったんだろうな。
2011年の「震災モード」、あの奇妙な心理感情を忘れないように。
●2017年の3月が終わる前に、メモを残しておく。

細野晴臣「とまっていた時計がまたうごきはじめた」

細野晴臣「とまっていた時計がまたうごきはじめた」
●少し前に、この本を読んでた。細野晴臣さんが音楽家・鈴木惣一朗さんととりとめもない対談をずっと続ける内容。だけど、この対談が行われてた時期が2012〜2014年、つまり東日本大震災の直後あたりの時期ってワケで。帯コメが「いまは音楽の話だけをしていたい - 懐かしい音楽の話は、お笑い、隕石、演歌、原発、敬愛する友の死などを経巡り、また音楽の話へと戻ってくる。震災以降のもやもやを喫茶店でつれづれに語り明かした、3年にわたる雑談ドキュメント」

70歳を直前にした時期の細野さんは、ホクホクと雑談を楽しむ好々爺。
●大好きなさまぁ〜ずのコトを楽しそうに語ったり、古い時代の音楽への関心を熱く語ったり、再結成 YMO のライブ活動をしゃべったり。スタジオの仕事がうまくいくと嬉しくなって、その場で一人ダンスするという細野さんの告白は、可愛らしいと思っちゃった。70歳前のオジさんが楽しくて踊ってるなんて。実は、ボクも同じようなクセがある。ステキな音楽を家で聴きながらリビングや自室で一人踊っちゃう。ワイフには「なんだか今日はゴキゲンね」なんて言われたりして。

その一方で、どこか重苦しくのしかかる震災の影。
●ガイガーカウンターや反原発デモの話題が出てくる。震災直後、細野さんは線量計で放射線量を測ってたんだね…つらくなってもうやめてしまったそうだけど。選挙の話題も出る。民主党政権の崩壊から第二次安倍内閣のアベノミクス旋風とかね。震災の後は、曲が作れなくなったとか。「曲を書く気が起きないんだよ。自分と音楽の関係がちょっと変わってきちゃったんだと思う」震災後は音楽を聴くことすらほとんどできなかったそうな。時期を空けながら長い時間(この一冊で4年)をかけて積み重ねていく対談の中で、徐々にトーンが変わっていく。震災以来倒れたままだった蓄音機の足を直したら、ゼンマイ仕掛けが生きててちゃんと音が出た。SP盤レコードが聴けた。そこから「時計がまたうごきはじめて、いろんなことが起こりはじめた」

あの「震災以降のもやもや」とは、なんだったのだろう?
●あの頃のボクの気持ちも正常とは言えなかったなあ。「節電」で薄暗くなった繁華街。部屋の電球をLEDに変えてみたり。「自粛」「不謹慎」という名の無味無臭の圧力。一方でヒステリックな書き込みに荒れるツイッターが億劫で。奇妙な流言飛語…雨に当たるとハゲるよとか。音楽がうまく聴けなくなった感覚には強く共感する。ボクも同じ気分を感じた。一体、何を聴いたらいいのかわからないというか。

その頃のボク自身を振り返ってみる。
震災直後はそりゃもう仕事は猛烈な激務で。大手企業が出勤停止/自宅待機となっても、ボクの仕事は止められない質のものだったので、そりゃせっせと働いたよ。原発がボンボン爆発してるのにね。使命感や義憤すらを抱いて仕事に取り組んでた同僚たちを見ながら、その一方で「こんな時に家族を置いて仕事なんて」と思ってる自分を見つけたりもして。
その一年後にボクは人事部に届出して、今の職場に異動する。激務だけど給料の高い最前線の現場から、新設のヘンテコな邪道の部署へ転身。ボク自身が別の意味でもポンコツなので、いいタイミングだったと思う。もう仕事を変えて5年になるのか。地味な仕事だけどマイペースに楽しんでやってる。勉強することも多くて刺激もあるしね。ある意味で「働き方改革」を先取りしたのかな。かつては1日16時間も働いてた時期もあったけど、今は1時間程度しか残業しないよ。

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神保町のカフェ「ミロンガ ヌオーバ」
●震災でうまく音楽が聴けなくなった細野さんは、アルゼンチン音楽、タンゴを聴きまくってたという。そんな細野さんのお気に入りがこのカフェで、いつもタンゴのレコードがかかっているという。対談そのものをこのお店で収録したりもしてる。なんだか素敵なトコロだな。
そこでボクもこのお店に行くこととした。この本を読んでた去年暮れから数回行ってるかな。仕事終わりにコーヒーを飲みに。神保町の靖国通りとすずらん通りに挟まれたエリアの小さな脇道にありますわ。珍しいヨーロッパのビールがいっぱいらしいけど、お酒が飲めないボクはいつもブレンドコーヒー。
お店の中央にあるスピーカーに感動した。どデカイビンテージスピーカーが壁に埋め込まれている。聞けばアメリカの「アルテック」という会社の製品で、パッと見た感じじゃ1970〜60年代以前のモノとしか思えない。これが中域帯の音をしっかりと再現して聴きたい音をクッキリ鳴らしてくれる。音源はLPでプレイヤーとアンプは最新の機材(DENONだったっけかな?)だったけど、縛り付けられてるスピーカーケーブルが長い年月を積み重ねた感じでたまらん。ボクはオーディオ機材に関しては完全に門外漢だけど、この大きなスピーカーから流れる古いタンゴがあまりに耳に心地よくて、初めて行った時はテンションが上がりっぱなしだった。至福のひとときだね。ググってみると、アルテックは1941年設立の企業で、1970年代には全米の映画館のスピーカーの大半を独占してたとな。なるほど、この壁に埋め込みってのは映画館用ってことかな?

●60年代のはっぴいえんどや、70年代のティンパンアレー、80年代の YMO や90年代のアンビエントなソロ活動、00年代のユニット SKETCH SHOW によるエレクトロニカ・アプローチなどと、時代時代の最先端を目指しているようにも見えた細野さんだけど、ベースの部分で古典音楽への造詣が深い。アルゼンチンタンゴしかり、戦前ジャズバロック音楽イタリア映画のサントラ、ポルトガルのファドニューオリンズファンク古賀政男演歌の血脈などなど、本の中では様々な音楽に話題が散らばっていく。あーまだいっぱい聴くべき音楽があるんだなあ。
●細野さんには、自分以前の音楽、1930〜1960年代の音楽の遺伝子を繋いでいかなければという気持ちがあるという。それは、震災〜原発事故という負債を後世に残してしまった過ちを、埋めあわせる行為なのか。少なくとも、ボクには大きな罪悪感が心の中に巣食っている。子供たちの世代に解決のメドの立たない負債を引き渡す罪悪。広大な土地を取り返しのつかない形で汚してしまった罪悪。その後ろめたさに押しつぶされそうになってたよ。それは今でも消えないけど。


●で、いきなり桑田佳祐
震災をキッカケにして聴けなくなってしまった音楽。

桑田佳祐「MUSICMAN」

桑田佳祐「MUSICMAN」2011年
ボクは桑田佳祐というアーティストが大好きだった。このブログでもたくさん言及してる。<サザン再聴>と銘打ち、デビューから2008年のサザン活動休止までの全音源をチェックするシリーズ記事まで上げた(http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-501.html)。でも、2011年の震災をキッカケに、耳に入って来なくなってしまったのだ。
●このソロアルバムが、聴けなかったのだ。2011年2月23日、つまり震災数週間前に発売されたこの音源。ボクは即座に豪華版を購入したものだ。たっぷりの期待感すら抱いて。しかし、震災が発生してからはどうしても聴けない。時代感覚からこの音楽がズレてしまっていると感じたのだ。震災前と震災後には大きな亀裂があって、このアルバムの震災以前の空気感があまりにナンセンスに聴こえたのだ。
全17曲収録の大作は、多種多彩なアプローチをゴージャスに繰り広げている。それがもうトゥーマッチだった。そう感じた気持ちは理屈抜きのモノ。それを今の段階でムリヤリ補足すれば、東京に暮らすボクらは無自覚のうちに福島から電力を搾取して物質的享楽を貪っていた事実を、原発事故を通して永久にあの土地を汚染することで徹底的に思い知らされた、その結果に生じた罪悪感が生活をシンプルにしたいという気分につながり、ゴージャスなものに距離を置きたいという気持ちに繋がったのかと。
そしてジャケットもマズかった。震災前の発売だから桑田氏にその意図はないのだが、震災後に巻き起こる「オールニッポン」なイメージに直結するジャケになってしまった。これズバリ「日の丸」だもんね。枯山水の白砂利に、体を赤く塗った女性。しかし震災直後は「日本」「絆」という言説が吹き荒れ、あまりに重たい「政治的な意味」を持ってしまった。正直、そうした言説に関与したくなくなったのが当時のボクの本音だ。右傾化する政治情勢やヘイトスピーチ、先走る「愛国」感情などなどが後からイメージとしてドンドンまとわりついて、手に負えない状況があった。そこに距離を置きたかったのだろう。

桑田佳祐氏に寄り添えば、食道ガン発症の時期に作られた重要なアルバムだ。
2008年にサザンオールスターズが活動休止宣言、当時は実質上の解散かと世間は受け止めた。そして2010年、桑田佳祐食道がん発症。2009年には忌野清志郎がガンで死去、サディスティックミカバンド加藤和彦が自殺をするなど、ベテランの訃報が続く中の「まさか…」なニュースに誰もが衝撃を受けたはず。それでも桑田氏はその年の「紅白」で見事復活を果たす。オリジナルアルバムとしては9年ぶりの作品。彼の30年以上のキャリアの中でも重要局面に位置する作品だ。
●だから、震災から6年経った今、改めてフラットな気持ちでこの音源に向き合ってみようと思う。

桑田氏が常套手段とする風刺めいたアプローチが、震災当時は鼻についたのだった。
●特に一曲目の「現代人諸君!!」が一番ダメだった。確かに一時は盛り上がった「年金制度」だの「デフレ」だのの言及が、震災以後にはどうでもイイいじくりにしか思えなかった。マトの外れた風刺ほど寒いモノもない。しかもこれが実にコッテリしたアレンジで暑苦しい。三曲目の「いいひと 〜DO YOU WANNA BE LOVED ?〜」も民主党政権・鳩山由紀夫首相の八方美人的発言をイジるメッセージになってるのだが、これもピント外れに思えた。震災時には菅直人首相と枝野幸男官房長官のペアが震災対応を担っていた。彼ら(&東京電力幹部)の言動や行動が真っ当だったかといえば、その後の検証で甚だ微妙との批判も出てくるが、あの瞬間においては彼らの発言を唯一の頼りにするしかなかった。だからこれらの曲は正直今でもあまり好きになれない。
●一方で印象を変えた曲も。桑田氏がよく取り上げるオキナワについて言及する「SO WHAT ?」は、よく聴けば基地問題をイジるものではなく、そんな風景の中での爛れた一晩の情事をドロリとしたファンクロックで表現したモノ。亜熱帯の湿度を巧妙に封じ込めてカッコいい。
●実は、冷静に聴くと、変な違和感を抱いたのはこの3曲しかない。他の曲は贅を凝らしたゴージャスさこそあれど、今ではその華美な演出にも冷静になれる。丁寧に聴けばそのゴージャスなアレンジにも必然があることがわかるし、それはちゃんと機能している。

桑田佳祐の醍醐味は、自分が影響を受けたルーツミュージックを見事にジェイポップに昇華させるワザだ。
●ボクは彼の音楽を分解して、そこに引用されたエッセンスを見つけるのが大好き。今回は80年代回帰も目立ったしね。
「銀河の星屑」は、シンセビートにバイオリンが絡むハイテンポで軽快なロックチューン。このシンセアプローチが80年代サザン「怪物君の空」のようなスタイルを連想させた。バイオリンが絡むことで80年代 DEXYS MIDNIGHT RUNNERS「COME ON EILEEN」のようなアレンジに仕上がる。桑田氏自身のインタビューでもこの曲に関しては80年代を強く意識したと言及される。
●2010年「めざましテレビ」のテーマソングだった「EARLY IN THE MORNING 〜旅立ちの朝〜」も大味な80年代シンセビートを大々的に採用したデジロック。朝番組にふさわしくない下ネタ全開リリックをぶちかますオフザケ&スケベ路線はやはり桑田氏のテッパンネタ。「自粛」モードの下ではスベっちゃうアプローチだったんだけどね。まー今となっては他愛ないユーモアだ。

60〜70年代アプローチが冴え渡るのは、STAX 風サザンソウルの地に足ついたグルーヴが頼もしい「傷だらけの天使」かな。切れ味のいいホーンや温もりたっぷりのオルガン/フェンダーローズの音がいい。同じ60年代ソウルミュージックでも PHIL SPECTOR 風ウォールオブサウンドを採用しているのが「恋の大泥棒」。それこそゴージャスなストリングスやオーケストレーションを背負って歌う桑田節が楽しい。
「OSAKA LADY BLUES 〜大阪レディ・ブルース」は軽快なホンキートンクピアノが70年代米国サザンロック〜スワンプロックを連想させるブルースチューンだが、ソレを大阪のオバちゃんに結びつけるユーモアが桑田流歌謡曲アレンジ。同じ70年代でも英国ハードロックに振ったのが「狂った女」か。LED ZEPPELIN のようなリフロックがハードでイイ。途中でいきなりジャズロックになるのもカッコいいね。「グッパイ・ワルツ」のイビツな三拍子ジャズはもしや TOM WAITS 風では?イタナイボーカルとリリックが渋い。
「本当は怖い愛とロマンス」はタンタンとリズムを刻むピアノその他様々なギミックが THE BEATLES 風でチャーミング。THE BEATLES を連想させるといえば、最終曲「月光の聖者達」の副題がズバリ「ミスター・ムーンライト」。センチメンタルなピアノ・バラード曲が元祖「MR. MOONLIGHT」を連想させる。ただ、20歳代の若造だった4人組の原曲よりも、50歳を超えた桑田氏の方が奥行きのある音楽を作っているかもしれない。

「それ行けベイビー!!」はエレキギター一本だけで勝負する潔い歌だ。このアルバムで一番印象深い曲かもしれない。「適当に手を抜いて行こうな 真面目に好きなようにやんな 我れ行く旅の道中は予期せぬことばかり」「命をありがとネ いろいろあるけどネ それなのに明日も知らぬそぶりで」2010年大みそか、食道がんからの復帰を宣言する紅白歌合戦の出演で、ギター一本&紋付袴でこの曲を桑田は演奏したのだ。感動的な復活劇だった…震災がまだ起きてない時期の嬉しい出来事。この曲のメッセージは、病魔を克服した桑田本人だけでなく、震災で被災した人々や、チッポケな人生の浮き沈みに気をもむボクにさえ、勇気づける力がある。それは震災当時にも感じていた印象だった。

DVD「宮城ライブ〜明日へのマーチ!!〜」

●DVD「宮城ライブ〜明日へのマーチ!!〜」2011年
●さて、震災後の桑田佳祐は、速攻で状況に対応しようとした。震災直後から作詞作曲した楽曲「LET'S TRY AGAIN」チーム・アミューズ!!名義で4月20日に配信リリース。早い!そのまま5月には「LET'S TRY AGAIN の制作に着手。これが8月17日はシングル「明日へのマーチ/LET'S TRY AGAIN /ハダカ DE 音頭 〜祭りだ!! NAKED〜」としてリリースされる。そして、震災からちょうど半年後に当たる9月10/11日に、宮城セキスイハイムスーパーアリーナ・グランディ21で、ライブを行うのだ。なんて精力的な動きだろう。ボクが全てから耳を塞いでいたいと思っていた時に、大好きだった桑田佳祐の音楽すら聴けなくなってた時に、桑田佳祐自身は先頭を切って自分のできることを成そうと疾駆していた。自分の病気のことも顧みずに。このDVDも11月には発売され、シングル「明日へのマーチ〜」とともに売上の一部が義損金として寄付された。矢継ぎ早に渾身のクリエイティブを繰り出す機動力。

●ボクがこのDVDを入手し最初に見たのは、2015年のコト。震災から4年が経過した時期だった。それでもこのライブの様子を見ながらボロボロ涙を流してしまった。お祭り騒ぎを煽る天才である桑田佳祐が、ナイーブなまでの繊細さと優しさで、どうしたらお客さんを労わることができるのかギリギリまで考え抜いた上で、丁寧にパフォーマンスしているのが、手に取るようにわかるからだ。そして今回通して見返した時も涙が止まらなかった。アルバム「MUSICMAN」の楽曲とキチンと向き合えているからだろうか。
●この会場、グランディ21は、震災の瞬間は遺体安置所になった場所だ。大変な数の死者がここに運ばれて、その遺族が亡骸を確認するために集まった場所だ。そんな場所でナニをすればいいのか?普通の神経ならおじげつく。ましてや「自粛」「不謹慎」が世間の空気を圧殺する状況。それでも敢えて彼は「祭り」の口火を切るのだ。敢えて「普通」の「桑田佳祐」をやり切るのだ。
●それでも、細やかな気配りがなされて、その優しさが心を打つ。ライブ冒頭のさとう宗幸「青葉城恋唄」カバーが、切ないほど優しく響く。「時はめぐりまた夏は来て あの日と同じ七夕祭り 葉ずれさやけき杜の都 あのひとはもういない」。照れ臭い気分をフザケてゴマかそうとするMCはいつも通りだけど、何度も何度も感謝の言葉を繰り返して、そして黙祷の時間をくれと会場に呼びかける。その黙祷を経て怒涛のライブがスタートするのだ。
●皮肉なことにライブ本編序盤は、ボクの好まない「現代人諸君!!」「いいひと」「SO WHAT ?」が三連発。しかし強力なバンドサウンドにひたすら圧倒される。桑田の故郷・鎌倉の風景を歌う「古の風吹く社」に続き、「OSAKA LADY BLUES」の東北アレンジバージョン「MIYAGI LADY BLUES」が楽しく鳴らされる(「萩の月はベスト!」)。桑田のインタビューによれば、キーワードは「故郷」。そんなコダワリがこのあたりで響く。そのまま地元の民謡をみんなで歌ってヤリスギと思った瞬間に「MERRY X'MAS IN SUMMER」へ転換。KUWATA BAND 時代の名シングルへ連結していく。
●ライブ中盤では、アコギ一本勝負&原由子登場サザンナンバーをシンプルにセッション。「LOVE AFFAIR」がこんな優しい曲だったなんて知らなかった。そこから悪フザケなビッグチューン「EARLY IN THE MORNING」がドカドカ。女性ダンサーが大挙登場して、最後は露出イッパイのランジェリー姿で大騒ぎ。「不謹慎」モードの中では明らかに危険な表現。これをバンド全員でヤリ切るとした覚悟が滲み出る。「ハダカ DE 音頭 〜祭りだ!! NAKED〜」も悪フザケ楽曲だけど、みんなが笑顔。今だけは一瞬全てを忘れてただ笑っていたいだけなのだ。
●第一部終了の楽曲はチャリティアンセム「LET'S TRY AGAIN」。正直、震災当時のボクはこうしたチャリティからも距離を置きたかった。吹き荒れる「偽善」「売名」の罵り合いに関与したくなかった。でも、この場で大合唱を誘ったこの演奏はそんなノイズを吹き飛ばす純粋さがあった。バンドも観客もシリアスに現実に向き合っていたし、そのシリアスさがノイズを弾き飛ばしているのだ。
●アンコールはエレキ一本勝負の「それ行けベイビー!!」でスタート。唱歌「故郷」を味わい深く歌った流れで「月光の聖者達」が凛とした佇まいで鳴り響く。あれほど好きになれなかったアルバム「MUSICMAN」収録楽曲がこのライブでは機能しまくる。そして祭りの締めは大合唱の「希望の轍」だ。ビッグアンセム!


今朝の日経一面記事は、東芝傘下の原発会社が破産法申請をするというニュースだ。
エネルギーの安定供給源として、最先端技術の輸出品目として、原子力発電の存在は欠かせないと、現状を肯定する段階は、これで終わるかもしれない。アメリカ原発大手・ウエスチングハウス社の破産法申請はその象徴になる。この会社、東芝の傘下にありながら、巨大損失を計上して母体・東芝を倒産寸前に追い詰めている存在。
この会社は原発ビジネスで超重要な存在だった。戦後すぐにスタートした大国同士の核開発競争の中で、アメリカは原子力関連の技術を流出させないために、国内の会社に原発関連特許を集中させた。そんな会社の一つがこのウエスチングハウスだ。アメリカ型の原発を選択した日本は、この会社の特許をライセンスされることで初めて開発を進めることができた。そんな会社が巡り巡って東芝の傘下に入ったのが2006年。
●しかし、そんな会社が、今や日本の重要企業を滅ぼそうとしている。6年前は天災と技術的限界が人間の力を振り払い、福島の事故を引き起こした。しかし現在、市場原理/経済原理の上においても、原発ビジネスが人間の力に負えないものになったと証明されたのだ。


●震災から6年も経って、何が変わって何が変わってないのか? 何が終わって何が終わってないのか?
●正直、ボクにはナニもわからない。








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80年代のポップスが聴きたかったんだ。
村上春樹「騎士団長殺し」には、主人公の旧友がカーステレオのカセットテーププレイヤーで80年代のポップスを聴くシーンが登場する。老画家はLPレコードでクラシックを聴き、その息子に当たるこの人物はカセットで80年代ポップスを聴く。ヘンなコダワリだ。
●まー最近はアナログレコードだけでなくカセットテープまで再評価されつつある時代だ。ディスクユニオンですらカセットテープをちょっぴり売り出したりしてる。中目黒にもコダワリのカセットテープのお店があるんでしょ。ボクも一昨年までカセットテープデッキを持ってたよ。さすがに壊れて動かなくなったので捨てちゃったけど。近々小さなラジカセでも買おうかと思ってる。

VANGELIS「CHARIOTS OF FIRE - MUSIC FROM THE ORIGINAL SOUNDTRACK」

VANGELIS「CHARIOTS OF FIRE - MUSIC FROM THE ORIGINAL SOUNDTRACK」1981年
●そんなノリから、下北沢のレコ屋で80年代モノを数枚買ってきたんだけど、何だか気分が乗らなかった…アレ?調子悪いなあ。でも、その数枚の中で一番ピンときたのがコレ。映画「炎のランナー」サウンドトラック。ギリシャのシンセサイザー奏者 VANGELIS の代表作だ。324円也。
●荘厳なメロディとシンセサイザーのツヤツヤした音響、ある意味でチルアウトなビートレス感覚が気持ちをリラックスさせてくれる。映画本編は見たことないので、スッパリと映画の文脈から切り離して音楽だけにフワフワと身を浸す。今となればチープかも知れないけど、シンプルなシンセ音響は BRIAN ENO のアンビエント実験と同じように作用するよ。A面最後に収録されてるイギリス愛国歌「JERUSALEM」だけには、聖歌隊の美しいコーラスが添えられて実に清らかだ。
●よくコンピなどに収録されてる表題曲「CHARIOTS OF FIRE」3分程度のバージョンは、ここでは「TITLES」という名前で収録されてる。本物の表題曲「CHARIOTS OF FIRE」は、B面のまるまる全部を使った20分で一曲を成す長い楽曲。シンセが醸すアトモスフィアと可憐で控えめなピアノに、あの有名なテーマがちらりちらり浮かんでは消える、とてもとりとめのない演奏。クラシック音楽のような組曲構成がホワンとトボけたイメージを連想してもらえればよいかと。そのとりとめのなさが一種の抽象美になってるんだけどね。
VANGELIS って有名なようで、実はどんな人物かよく知らなかった。今回調べてみて初めて知ることも多かった。プログレバンド YES へ勧誘されたのを断ってたり、実は楽譜が読めなくて70年代はインプロヴィゼーションでライブ演奏してたってのも興味深い。映画「南極物語」のサントラも重要な仕事だが、この「炎のランナー」の次の仕事だったよ。「ブレードランナー」の音楽も手掛けてるんだね。それと今更思い出したけど、2002年日韓共催FIFAワールドカップのアンセムも彼の楽曲だった。石野卓球ミックスが同じだけ有名だったな。



●この動画は、3分ショートバージョンの「TITLES」の方だね。シンセのアトモスフィアが好き。



春がやってくるね。新宿南口のヒガンサクラ。

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●こんなトコロに植えられてた木がサクラだったとは知らなかった。そしてそのサクラを記念撮影する人が大勢いるのも不思議だった。どうやら外国の人には珍しいモノらしい。アジア系の観光客のみなさんが楽しそうで何より。
●連休休みの月曜、ワイフとともに新宿に出向いて娘ヒヨコの塾の説明会。春から中学三年生だからアレコレ考えなくちゃイケナイ。でも正直まだ具体的なイメージもわかず、とりあえず紀伊国屋でマンガ買って、ヒヨコの大好きなロッテリアに行ってトロトロのチーズバーガーを食べた。ロッテリアってもはやレアだから、見かけると食べたくなるね。


読書。応仁の乱とアレッポ陥落のイメージがダブる。

呉座勇一応仁の乱

呉座勇一「応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱」
●帯コピーに惹かれた。「11万部突破『地味すぎる大乱』が、なぜか大人気!勃発から550年 SINCE 1467」って書いてある。なんだか妙にポップだな。ヒットドラマ「地味にスゴイ校閲ガール河野悦子」を連想させる。しかし、おっしゃる通り、年号は憶えてても中身はよく分からんわな。そんで全部読み通した今でも、ヒトクチに説明できる気がしない。メッチャ複雑な利害関係が絡んで誰が誰と争ってるかよく分からなくなる。
●ただ、天下の内乱と言いつつ、主だった戦場は首都・京都。完全に「市街戦」ということだ。京都市街に拠点を持つ将軍や有力大名が自分の屋敷を要塞化して立て籠もる。道路まで掘り返して外堀にしてしまう。しかも同じ街の数ブロック先に敵陣地がある。だいぶ緊張する状況。正規兵とは別立てで編成された軽装歩兵「足軽」が初めて採用され、ゲリラ作戦&略奪をしてたってのも興味深い。
「市街戦」というキーワードで連想したのが、シリア内戦の激戦地・アレッポの惨劇だ。ロシア軍を後ろ盾にするアサド大統領の独裁政権と、「アラブの春」に始まる民主化運動から生まれた「自由シリア軍」の激戦が、4000年の歴史を持つ古都アレッポで繰り広げられた。塩野七生作品「ローマ人の物語」「十字軍物語」でもお馴染みだった街が、政府軍の激しい空爆で完膚なきまでに破壊し尽くされる様はツライ。陥落した後に住民は全員街から追放された。反政府軍エリア内で人道的立場から医療を続けた医師たちも政府から見ればテロリスト。包囲網の中から政府軍の虐殺行為をソーシャルで糾弾すればテロリストのプロパガンダとされてしまう。そして彼らは皆空爆の攻撃対象になってしまう。いつしか反政府軍の中にはイスラム原理主義者も浸透し始めて、アメリカも支援を躊躇するようになる。シリアを取り巻く大国の思惑を含めて、様々なプレイヤーが参戦したり退場したり。
応仁の乱も、様々なレイヤーでプレイヤー各々が自己主張する。有力大名の家督争いに、将軍家の後継問題、幕府の分裂(東幕府と西幕府)や、地方荘園の不在地主と現地代官の確執、優柔不断な政策転換に裏切りや策謀で京都〜畿内地方はまさしくカオス。「家臣が主君を選ぶ」気風が下克上の始まりを連想させるし、土一揆/国一揆も発生する。室町幕府の失政で絶対的権力不在が社会を不安定にしたのだろう。誰もが明日をサバイブするために駆け引きを続ける。民兵組織が乱立して混乱を続けているソマリアやイエメン、スーダンの様子と似ているのかもしれない。この辺の国はシリアも含め、トランプ大統領令が難民の入国拒否対象にした国だ。
●ただ一方で、応仁の乱には呑気な気分もあって。最重要なキーパーソンの一人、この時代の将軍・足利義政銀閣寺を作って東山文化を振興した人物だし、連歌や茶の湯の流行もこの時代の出来事だ。京都から地方に落ち延びた貴族階級が全国に先進文化を普及させたという側面もある。室町時代の人々は思った以上にしたたかなのかもしれないね。



土曜日は、息子の学校の行事で、池袋方面を歩いてた。そこでナイスなカフェに出会う。
●そこからの、ニュークラシックソウル〜ネオソウル関連音源へ。

ERYKAH BADU「NEW AMERYKAH PART ONE (4TH WORLD WAR)」

ERYKAH BADU「NEW AMERYKAH PART ONE (4TH WORLD WAR)」2008年
●土曜日は、ワイフと二人で池袋を歩いてた。少々疲れてお茶が飲みたくなったので、脇道に入ったトコロの雑居ビル2階にカフェを見つけてコーヒーを飲んだのだった。ちょうど老舗レコ屋「だるまや」のお向かいみたいな場所にあるお店だ。一つ一つの席が広くて、シックなインテリアも落ち着く。フリーのワイファイもあるし、チーズケーキが美味しい。名前は「キッチンアジト」って書いてあったかな。地元下北沢でお気に入りのカフェが立て続けにいくつか閉店して悲しいボクとしては、こういうお店が近所にあったらなーと思った。そしたら毎週末入り浸るのにね。
●そんで、このお店は音楽もよかったのよ。上品な00年代のニュークラシックソウル/オーガニックソウルが流れてた。気になる音楽が聴こえたら、スマホアプリ SHAZAM に音声を聴き取らせて楽曲名を調べてみるのがボクの習慣。すると出てきたのは、JILL SCOTT LES NUBIANS、その他ボクの知らない渋めのインディソウルだった。素敵なカフェに素敵な音楽は欠かせない。ますます気に入った。
その気分のまま、家に帰ってこのへんのオーガニックソウルのCDを引っ張り出してみた。ERYKAH BADU。まさしくニュークラシックソウル・ムーブメントの中心人物だね。彼女の音楽はカフェでもかかってたよ。このアルバムでは、絶妙に抑制された彼女のボーカルの極上の浮遊感が、ジャジーかつアブストラクトなエレクトロニカ・トラックでより引き立つ。ソウルの王道を目指しながらも懐古主義には陥らない革新的表現が実にクール。
●クレジットを読むと SOULQUERIANS の同志 QUESTLOVE(FROM THE ROOTS) BILALJAMES POYSER の名前が。他にも個性的なトラックメイカー MADLIB 9TH WONDER、プロデュースユニット SA-RA のメンバーたちが積極的に関与。70年代のビンテージなファンクがたっぷりサンプルされてるし、大事な部分では一流のプレイヤーが生ドラムを叩いてる。奥ゆかしいヴァイブス。
●最初の一曲目だけ、バリバリの70年代ファンク!ROY AYERS 関連のジャズファンクバンドをまるっとサンプルしてるのかな?こういうレアグルーヴを見つけたら感動するだろうなー。

KEVIN MICHAEL「KEVIN MICHAEL」

KEVIN MICHAEL「KEVIN MICHAEL」2007年
同じ時代で、同じアフロ頭の音源を聴こう。実はニュークラシックソウルという言葉はもうこの00年代後半の時代には廃れてて、「ネオソウル」という呼び名が定着してたっけ。男性シンガーとしては高めのキーで張りのある若々しいボーカルを聴かせてくれるファーストアルバム。ERYKAH の奥ゆかしいスタイルとは異質な、ライトなポップ感覚が颯爽とジャンルを横断していく様が清々しい。若さが成せる技かな。JUSTIN TIMBERLAKE ばりのダンサーから、WYCLEAF JEAN とコラボしたラガ風味の歌モノ、ナード系ラップの俊英 LUPE FIASCO を招いたヒップホップもこなす。SOULQUARIANS の一員でもある Q-TIP(FROM A TRIBE CALLED QUEST)も参加。

MESHELL NDEGEOCHELLO「COOKIE THE AUTHPOLOGICAL MIXTAPE」

ME'SHELL NDEGEOCELLO「COOKIE : THE AUTHROPOLOGICAL MIXTAPE」2002年
ニュークラシックソウルの路線を90年代初頭から先取していた女性シンガー兼ベーシスト。まさに「ネオソウル」の先駆とも言うべき彼女の音楽と、時代がシンクロしてきた頃の音源。ニュークラシックソウルが盛り上がるのは2000年前後だからちょうどピッタリだな。ソウルの王道を標榜するといいつつもヒップホップの影響を濃厚に受けたこのムーブメントに対し、クールなファンク志向だった彼女がヒップホップのアプローチを採用してグッと接近した場面。女性としてはグッと低音のボーカルを、歌唱とラップの区別のないやり方で駆使、腰の据わったトラックに乗せている。クールで中毒性の強いループ感がヒップホップ的に聴こえるけど、重要な部分ではベースやドラムは生演奏で実にファンキーに粘つく。ちなみに彼女はアフロじゃなくて、ツルツルのスキンヘッド。
●最後に MISSY ELLIOTT によるリミックスを収録。REDMAN の派手なラップと ROCKWILDER との共闘によるフューチャーファンクなトラック換装が、これまたある意味で00年前後の空気感。

FINLEY QUAYE「MAVERICK A STRIKE」

FINLEY QUAYE「MAVERICK A STRIKE」1997年
90年代の UK ソウルまで手を伸ばしてみたよ。UK ソウルはナニゲにジャマイカ系に強く影響を受けてるので、彼のボーカルも完全にレゲエマナー、トラックはトリップホップ経由のダブの気配が濃厚。それでもクールなジャズ風味とクッキリとしたファンクネス、シリアスなソウルミュージックへの敬意が見える。しかし、低音がイイ。今日紹介している音楽を引き締めているのは、全部低音域の緊張感だね。
●彼がトリップホップの代表格 TRICKY の叔父にあたる人物ってのは豆知識。年齢は年下だって話だけど。

KYLE JASON「REVOLUTION OF COOL」

KYLE JASON「REVOLUTION OF COOL」2005年
●なんだかよく分からないけどニューヨークの人みたい。PUBLIC ENEMY 人脈近辺でファンクバンド・レビューをやってるような人らしいのだけど、この音源のスタイルはズバリ1990年前後のアシッドジャズにそっくり。人力演奏のジャズファンクをクールにこなしてます。かつてアシッドジャズのコンピアルバムで「THE REBIRTH OF COOL」ってのがあったね、それを思い出したよ。スキンヘッドとソフトスーツがチカーノギャングみたいな雰囲気醸してます。もうこの辺になると、アーティストさんの素性もよく分からない。まー誰も読まないブログなのでどーでもイイんですがー。

MADLIB「SHADES OF BLUE MADLIB INVADES BLUE NOTE」

MADLIB「SHADES OF BLUE: MADLIB INVADES BLUE NOTE」2003年
●最初に紹介した ERYKAH BADU のアルバムに参加していたトラックメイカー MADLIB が、ジャズ名門レーベル BLUE NOTE のお墨付きで膨大なジャズの遺産をサンプルしまくってるアルバム。サンプルソースは、HORACE SILVER から WAYNE SHORTER、DONALD BYRD、BOBBI HUMPHREY などなど。まさしくジャズまみれ。
●とはいえ、彼の音楽がストレートなジャズであるかというとそうではなくて。ジャズを再構築した極上のヒップホップだ。60〜70年代のジャズを解体/翻案して、一番甘美な部分を絞り出してくれてる。ボクのような非ジャズ系リスナーにとって最適化してくれてるのだ。奇しくも MADLIB は年齢でボクと同い年。ストレートアヘッドなジャズはあくまでボクや MADLIB から見れば親世代の音楽。そんなジャズへの距離感がボクと彼では同じくらい。だから、これほど彼の音楽が心地よく聴けるのかな。サンプルプロデューサーである彼自身は、訓練されたジャズプレイヤーにコンプレックスがあるそうだけど、そのあたりの先達への敬意を含めて親近感を抱いてしまう。
MADLIB は、アングラヒップホップの重要レーベル STONE THROW の看板プロデューサー/アーティスト。様々なクリエイターとのコラボ経験があり、その度に様々な名義を使い分けてる。夭折の天才トラックメイカー J DILLA とのユニット JAYLIB や、MF DOOM とのユニット MADVILLAIN、自身の変名 QUASIMOTO、BEAT KONDUCTA、自身が率いるジャズユニット YESTERDAY NEW QUINTET などなど。プロデューサーとしての仕事も膨大。全然チェックしきれてません。この手のウエストコースト・アンダーグラウンドって把握しづらいよ。
●ちなみに、池袋の老舗レコ屋「だるまや」にはこの日初めて行ったけど、ジャズたっぷりだったなー。BLUE NOTE だけのコーナーとかもあったしなー。少なく見積もってもアナログ在庫10万枚くらいありそうで、とても手に負える分量じゃなかった。ジャズは今後も勉強しなくちゃ。

THEESATISFACTION「AWE NATURALE」

THEESATISFACTION「AWE NATURALE」2012年
●このCDは義弟 KEN5 くんからもらった音源だわ(KYLE JASON もそうだね)。これまた不思議な代物。レーベルは SUB POP。つまり NIRVANA を輩出した90年代グランジロックの拠点。そこから奇妙なヴァイブを放つソウルミュージックが発信されてるというだけでボクにはビックリ。二人の女性シンガー(ラッパー)が、ジャジーなトラックの上でフワフワと漂うように歌う。どこか不安げに響くピアノがエコーの中で蠢いて、奇妙なほどにスクエアなビートがバランスをより一層不安定にしてる気がする。ただ二人の女性はメランコリーとセクシーさをユラユラと往復するように立ち振る舞って、どこか底知れない優雅さを醸し出してもいる。ただならぬ傑作かも。
●あ、最後にアフロ頭に帰ってきたね。







●しかし、こんな音楽紹介しても、何のニーズもないわなー。

ダイニングキッチンに花。

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娘ヒヨコは、実は華道部所属。なんだかワカランけど、月に1〜2回、お花をいっぱい持ち帰ってきて、ダイニングキッチンの花瓶にお花を飾ってくれる。もう2年近くになる我が家の習慣。
●この前、学校帰りのヒヨコがそのままお花を花瓶に飾る様子を見てた。ハサミで手際よく茎の長さを整える。器用なモンだ。裁縫や刺繍に加え、お花もできるようになってたのか。へんなスキルを身につけてる。なのに、料理には1ミリも興味がない。バレンタインデーの友チョコですらメンドくさそうに作ってた。不思議なモンだ。



朝鮮半島関連のニュースが気になってしまう。
●パククネ大統領の失脚が決まった。このアタリのニュースが気になる。実はこの数ヶ月、ふと気づくと朝鮮半島関連のニュースを長い時間をかけてネットで探ってしまっている。キムジョンナム氏暗殺や核開発問題、ミサイル発射で不安を撒き散らす北朝鮮。政治スキャンダルで機能不全に陥る韓国。サムスングループ事実上の崩壊。釜山の慰安婦像問題が加熱させる反日感情。THAAD配備に激しく反応し、韓国企業を圧迫する中国。アメリカ・トランプ政権の対アジア政策の動向。安倍政権の外交政策。
ネットで朝鮮半島関連のニュースを読む時は、ニュースソースに注目している。特に意識して韓国メディアの日本語版サイトを読むようにしてる。「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」「ハンギョレ」「聯合ニュース」。日本国内のメディアとは違う視点があって新鮮だ。そこには日本に対する率直な不満もあってザラザラする場面もあるが、それもコミで興味深い。日本のタブロイドメディアが発信する情報よりはマシだと思ってる。「夕刊フジ」のいい加減な記事なんて、どんなイシューにしたって紙媒体だったら絶対読まないよ。
●ボクは、朝鮮半島を争点に、超大国も巻き込んで大きな騒動が起こるのではないかと心配だ。で、韓国の人たちもそういう危機感を持っている。中国、アメリカ、日本、こうした国との外交関係が常に話題になってる。しかし、意外なコトにそのワリには北朝鮮に対する危機感が少ない気がする。やっぱり同じ民族だから、どこか特別な親近感があるのかな。メチャメチャ危ない独裁者が核兵器開発をぐんぐん進めて、無能なオッサンでしかなかった実兄を化学兵器で暗殺してるのに、日韓慰安婦合意の見直しとか、THAAD配備による中国の経済制裁とかの方が重要らしい。韓国での左派政党は「親北朝鮮」というのが従来の立場だ。そしてバリバリ保守系だったパク氏失脚の反動は、こうした左派政党に有利に作用するに違いない。なんか、すごく先が見えない雰囲気なんだけど。


そんな韓国メディアで、村上春樹の話題を見つけてしまった。
「東亜日報」の記事で、村上春樹が新作「騎士団長殺し」「南京虐殺」に言及していることが話題になっていると知った。もちろんボクはこの小説を読んでるので、あー確かに言及されてたよと思ったよ。ある人物がこの南京攻略作戦に加わって、中国人捕虜の処刑を上官に強要されるというエピソード。この人物は復員後に故郷で自殺してしまった。
問題になってるのは、この作戦で殺された中国人の数。こんなセリフがある。「正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます」お、ワリと多めに見積もってるね、と確かにボクも思った。40万ってのはあまり聞いたことがないから。作品の上で重要だったのは、この戦闘の陰惨さだ。第二次大戦の二つの事件、ナチスによるオーストリア併合と、陰惨な南京攻略戦が、作中の重要人物の人生を変えた。そういうお話なのです。あ、ちなみに作品の中では、「南京大虐殺」ではなく「南京虐殺事件」という言葉が選ばれてます。そしてこの言葉が使われるのは一回だけ。「南京攻略」とか「南京入城」とか他の言い方はあっても、「虐殺」という言葉は一回しか登場しない。
これに声のデカイ人たちが日本国内で騒いでいるそうな。アパグループ創業者とか。在特会の元会長は「本当に日本人か疑わしい」だってさ。それを淡々と韓国メディアが紹介していたわけだ。日本の大手メディアはほぼスルーだよ(ネットの二流メディアはガヤガヤしてるっぽいですが)。それが普通の姿勢ではないか。ボクも問題だとは思わない。だって小説じゃないか。歴史書とか、ましてや教科書じゃないんだから。
●蛇足だけど、本作は東日本大震災にも言及してるし、原子力に対して控えめな皮肉も添えられてるけど、そこは別にどうでもいいのね。まー実際にどーでもいいと思うけど。


村上春樹「騎士団長殺し」のどーでもいい話、続けてもいいですか?
今回のお話では、なぜか自動車がいっぱい出てくるのですわ。
「赤いプジョー205」「銀色のジャガーのスポーツクーペ」「格安のカローラ・ワゴン」「真っ黒な旧型のボルボワゴン(スウェーデンの弁当箱と呼ばれてた)」「日産インフィニティ」「白いスバル・フォレスター」「ブルーのトヨタ・プリウス」などなど。しかし自動車にはサッパリ興味がないボクには全然イメージが湧かない。だから、これまたことごとく検索したよ。「カーセンサー」みたいな中古車販売サイトみたいなところを手繰りまくって。時代設定が2006〜7年あたりとわかったので、年型も合わせて検索する…自動車ってすごくハイペースでマイナーチェンジしてくのね、そんな発見にビックリ。でも、カッコイイんだかカッコワルイんだかよくわからん。一番カッコつけて登場する「銀色のジャガー」…どうやら「ジャガー XK クーペ 2006年型」のことらしい…ですら、ボクにはピンとこない。むしろ序盤で廃車になっちゃう「赤いプジョー205」の方がちんまりとした可愛らしさがあるわ。
●しかし、もう一台登場するジャガーはエグい。「ジャガーEタイプ・シリーズ1ロードスター」。2シーターで六気筒の4.2ℓエンジンとされてるから、おそらく1964年のモデル。ヴィンテージすぎる。これはクールだ。エグいほどクールだ。オードリー・ヘップバーンの映画「おしゃれ泥棒」1966年にも登場しているという。この曲線美はたまらんわ。

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そして、「騎士団長殺し」には音楽もいっぱい出てくる。

ROBERTA FLACK DONNY HATHAWAY

ROBERTA FLACK & DONNY HATHAWAY「ROBERTA FLACK & DONNY HATHAWAY」1972年
「騎士団長殺し」は基本的にドイツ系のクラシック音楽ばっかり出てくる。モーツァルト、シューベルト、シュトラウス、ベートーヴェンなどなど。全然聴いたことのない世界だから、これも自動車同様アレコレ調べてる。その一方で、ジャズやソウル、ロックもちょっぴり登場してくるのだ。
主人公が、レコードショップでLPを探すシーンがある。本当は BOB DYLAN「NASHVILLE SKYLINE」 THE DOORS のファースト「THE DOORS」が良かったのだけれども在庫がなくて、代わりに手に取ったのがこのレコード。主人公と同じこの音楽が、ボクも即座に聴きたくなって、週末に下北沢ディスクユニオンへ急行、見事小説に登場する音源を500円でゲット。これを現在聴きまくってる。DONNY HATHAWAY は久しぶりだねー。
ROBERTA FLACK が前にくるのは、年齢差でいうと彼女の方が結構お姉さんだったからか?デビューのタイミングはほぼ同じくらいなのにね。しかし二人は絶妙な距離感で寄り添い優しいメロディを歌う。甘美なメロウネスエレピの響きがマホガニーブラウンの家具のように落ち着いた佇まいを見せ、可憐なピアノがよく磨かれた銀食器のように美しい。黒人大学の名門を卒業し、クラシック音楽の教養も身につけてたという意味で、二人には共通点も多い。コラボの相性は良かったのかも。
●70年代ニューソウルの時代に活躍した代表的シンガーといえば、MARVIN GAYE、CURTIS MAYFIELDS、STEVIE WONDER、そしてこの DONNY HATHAWAY かと。ただこの四天王の中において、DONNY の存在って微妙に地味。彼の音源は何枚か持ってるけど正直地味すぎてとっつきづらい。前述三者はなんだかんだで圧倒的にキャッチーなポップネスを抱えてるもんだが、DONNY の音楽はシリアスすぎる。そんな印象。正直、ROBERTA FLACK もボクにはシリアスすぎるかな。それでも、上品でピースフルな気分が見事にフリーソウルな「WHERE IS THE LOVE」がボクとしてはとてもお気に入り。そよ風のようなストリングスとフルートが吹き抜けていく様子が爽やか。もっとこの路線の曲が聴きたいな。
●その後、DONNY は商業的に認められない不遇に心が折れたのか、このアルバムの翌年から精神を病んで入退院を繰り返すようになる。音源制作もままならず、1973年以降は一枚もアルバムリリースがない。そんな DONNY に手を差し伸べたのがやはり ROBERTA だった。1979年、彼女は再び二人でアルバムを作ろうと提案するのだ。しかし、彼はこのコラボで2曲分の制作を終えたその夜にホテルから飛び降り自殺をしてしまう。この時のアルバム「ROBERTA FLACK FEATURING DONNY HATHAWAY(邦題:「ダニーに捧ぐ」)」もいつか聴いてみたい。…ニューソウルのヒーローたちは厳しい人生を送る人が多いな。MARVIN GAYE は父親に射殺されるし、CURTIS MAYFIELD は照明の落下事故で半身不随になりキャリア末期は大変な思いをしてた。天才は何かしら業を背負ってるのかしら。

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BRUCE SPRINGSTEEN「STREETS OF PHILADELPHIA」1994年
「騎士団長殺し」で主人公が買ったレコードは一枚じゃなかった。もう一枚、BRUCE SPRINGSTEEN「THE RIVER」1980年を買ってる。作中では収録曲の名をいくつも挙げて絶賛モードだよ。確かにいいアルバムだ。ボクもなぜかCDとLPの両方で持ってるよ。でも、このアルバムは確か以前にこのブログで触れた気がするから、”ボス”の別の音源をピックアップするよ。
●これはトム・ハンクス主演の映画「フィラデルフィア」の主題歌だ。エイズ発症を理由に差別解雇された弁護士の物語。でも実は映画そのものは見てないんだ。でもこの曲がMTVでかかりまくってる1994年、ボクはちょうどロサンゼルスを起点にサンフランシスコ、シアトルの街をめぐる旅をしてたんだな。でホテルでこの曲のMVを何回も見てた。それを思い出してこのシングルを買ったんよ。
ぶっちゃけ、ひどくテンションの低い曲だ。起伏のないメロディをブツブツと呟くように歌う。ここにパワフルな”ボス”の姿はない。MVでも、フィラデルフィアの殺伐としたエリアを”ボス”がただひたすら歩くだけ。その侘しさがむしろ強く印象に残った。ただのムサいオッサンであることを隠さない彼の枯れた佇まいにシビれた。淡々とリズムを刻むドラムに、淡く色を添えるシンセの響き。その印象は今聴いても変わらないよ。
●とは言いながら、シングルのカップリング曲では相変わらずのドカドカしたアメリカンロックをライブ演奏してて、全然枯れてないじゃん、って思っちゃった。


●動画「STREETS OF PHILADELPHIA」。




「騎士団長殺し」を読み終えたので、今は「応仁の乱」の本を読んでる。地味だとは思ってたけど、予想に違わず地味すぎてツライ。落語の歴史の本も読んでるが、より一層渋くて意味不明。全然面白くない気がする。でも、面白くないからといって、読まない理由にはならないので。なんか自分でも意味わかんないけど。





突然、クラシックを聴いてる。
スポッティファイは最高だね!全くの未知領域に、サッと手が届く!

THE BARTOK QUALTET「MENDELSSOHN」

THE BARTOK QUALTET「MENDELSSOHN: OCTET / SCHOEMBERG: VERKLARTE NACHT」2014年
●えーとですね、村上春樹「騎士団長殺し」をタップリ楽しんでいるのです。物語は下巻に突入、小田原郊外の山の中の屋敷、主人公の画家は白髪の紳士と出会い、騎士団長に出会い、中学生の少女に出会い、そしてそして不思議な出来事に巻き込まれていく。ゆっくりゆっくり楽しんでます。
そんな物語の折り目折り目に、BGMのように、クラシックの音楽が流れてくる。主人公が暮らす屋敷はかつての住人が集めた膨大なレコードライブラリーがあって、登場人物たちはそのレコードを丁寧に聴く。その様子が実に端正で、彼らの聴いてる音楽が無性に聴きたくなったのだ。そんでスポッティファイを検索すると、ザクザク出てくる!わお、宝の山だよ。これがフリーで聴けるなんて最高!
●早速、アルバムを一枚選んで聴く。「弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20」メンデルスゾーン16歳の時に作曲村上春樹も小説の中で「神童だ」とコメント。しかし…ぬぬぬ?弦楽八重奏とな?弦楽四重奏が2組合体して演奏してるのか!なんじゃそりゃ!?後期 KING CRIMSON のダブルトリオみたいなもんか?ORNETTE COLEMAN「FREE JAZZ」1961年のダブルカルテット対決か?そんな好奇心からいざ再生すると、ぱーっと花が開くような華々しさが眩しいほどの美しさ。画家と絵画が重たい意味を持つこの作品、まるで本の中から鮮やかな色彩の渦が巻き立ったかに思えた。ワリと淡白でアッサリした文体が特徴の村上春樹が、この華やいだ音楽のイメージをもってペンを走らせてると思うと、この作家の作品をボクは全部読み間違えてたんじゃないかと不安になったほどだ。

こりゃ楽しいぞ、クラシック!と思ってモリモリ検索、「騎士団長殺し」というプレイリストを作っている。オペラもいっぱい登場するので、プッチーニとかモーツァルトシュトラウスなどなどを並べてる。オペラって三時間以上もあるのねーと再生時間の表記を見ながらビックリしてるけど、小説の中にはオペラのLPを聴きながら居眠りするシーンもあるので、ボクが怖じ気つく必要もナシ!と判断。ベットにPCとヘッドホンを持ち込んで聴きながら就寝したね。

●しかし、翌朝になったら、一ヶ月の無料範囲であるところの15時間をオーバー、「今月はもう聴けません」のメッセージ。寝てる間にオペラ二本再生したらそれで6時間だよね…アホかボクは。「スマホなら聴けますよ」とあるが、曲順がシャッフルされちゃう。オペラでシャッフルはありえないでしょ。ライブレコーディングなのに曲間に広告が挿入されるのも大分ヘンテコ。普通のロックやポップで広告の違和感は感じなかったが、オペラではかなり邪魔だ。えーこのままボクはスポッティファイにもお金払うハメになるの?さすがに課金はキツイよー。で、今は AMAZON PRIME で探ってる。コッチは元から年会費払ってるからね。わーますます音楽が楽しくなるよー。


話題はスッ飛んで、オザケン。
●アメリカ文学に親近感があるという意味では、村上春樹小沢健二は一緒だね。

小沢健二「流動体について」

小沢健二「流動体について」2017年
●さてさて、19年ぶりのシングル。このジャケット、海岸と砂浜、彼の渡米以前のアルバム「球体の奏でる音楽」1996年を連想した。20年前のアルバムではジャケで砂浜を駆けてくのはご本人。今回のチビッコは息子さん?なんだか幾何学めいたタイトルに、そのハナにつく小賢しさは健在なんだなーと思った。
●アレンジはポップでゴージャス、楽しい気分はなんとなく伝わるけど、スットンキョウに高い声を出すあのメロディにイイところが見つけられない。どちらかというと不安定な場所でメロディがフラフラしてる印象がこの人の音楽には昔からありまして、今回も何の仕掛けが仕込まれてるのかよくワカラン。それに加えて、あの抽象的なリリック。そもそもあの人には、ポップミュージックを作ってるつもりがないのかも知れない。彼をポップスターにしたのはあくまでボクらリスナー側であって、ポップスターの立場に堪えられなくなって渡米したって今では本人も公言してるもんね。
●とはいえ、結局これはポップミュージックだ。「羽田沖」から東京を見下ろす彼はアメリカから覚悟とともに帰ってきた。スットンキョウな高い声で「間違いに気がつくことができなかったら」と叫ぶ時、つまり彼は何かの間違いに気づいて帰国したのかも。でもそんな「タラレバ」なんて全部ぶっ飛ばして、意思と言葉で都市を作り変えて、躍動する流動体になって、彼はダイナミックに新しい冒険に挑むのだ。そんな彼の蛮勇がチラッと見える。タダのオッサンになったという意見もあるけど、オッサンだからできる冒険もあるんだよ。ボクのようなオッサンに響いている以上、彼はやっぱりポップスターなのだ。

今は名古屋に暮らす妹が、オザケンが好きとソーシャルでコメントしてたのは驚いた。そもそも好きな音楽なんてあったのかと思った。彼女によれば、ボクが家でずっとオザケンを鳴らしていた影響だというけど。…うん、90年代当時は散々鳴らしてたよ。
村上春樹小沢健二の作品に触れてた高校生〜20歳前後のボクは、確かに彼らの醸す小賢しいスノビズムに憧れてた。それは正直な告白。でも、そのスノビスムで突っ張り続ける気概も根性もボクにはなくて、オザケンがアメリカで過ごした約20年間を、丸々泥臭いサラリーマンとして過ごしてきました。
でもボクには「タラレバ」はないんです。オザケンリリックみたいに「並行する世界の僕はどこらへんで暮らしているのかな」なんて考えないよ!「あの時に戻れれば」なんて時代はない!人生振り返って、もう一度同じトコロからやり直せなんて無理!もうギリギリのところをすり抜けて今があるんですから、これ以上の現在なんてありえない。下北沢にたどり着いてここで家族と十数年暮らしてる現況が最高!つーかそれ以上のパフォーマンスをボクに求めないで。恥多いボロボロ人生ってのはわかってるけど、これ以上はもう限界なのよ。
オザケンだって、アメリカ生活を巻き戻すつもりなんてないのさ。ジャケにアメリカで作った家族の写真使ってるんだから。彼なりの現況を肯定して、それを乗り越えて帰国した。だからその結果がスットンキョウであろうと、ボクは彼の蛮勇を応援する。ま、すぐ帰っちゃったとしてもね。それもOKだよ。


●「MENDELSSOHN: STRINGS OCTET E-FLAT MAJOR OP.20」