「地上最大の手塚治虫」展@世田谷美術館、に行ってきた。
●あまりにも、フライヤーのグラフィックが秀逸なので、デカ目に掲載。

地上最大の手塚治虫展


●我が家は、ボクもワイフも、そしてその教育の結果、息子ノマドも娘ヒヨコも、完全な手塚治虫ファンなのでありまして、「火の鳥」「ブラックジャック」「どろろ」「三つ目がとおる」「プライム・ローズ」「ザ・クレーター」「七色いんこ」「ミッドナイト」「日本発狂」「ユフラテの樹」も、全部全員が読んでいるのであります。だから一家でワザワザこんな催しに行くのです、京王線芦花公園駅徒歩5分。

●そんで、今回のお目当ては、企画上映会で、懐かしのアニメを見ること。

100万年地球の旅 バンダーブック

「100万年地球の旅 バンダーブック」1978年
●かつての日本テレビ「24時間テレビ」では、2日目日曜日の午前中に2時間アニメを放送するのが慣習であった時期があります。「愛は地球を救う」というサブタイトルと現在の人気企画「24時間マラソン」にシンクロするモノはナニも感じませんが、この当時の2時間アニメのスケールの大きさに小学生のボクは「愛」と「地球」を感じておりました。そんなシリーズ企画の第一弾がコレ。
●随所に、ブラックジャック「三つ目」写楽保介など、超重要キャラがカメオ出演する…そのツド娘ヒヨコが「ヒゲオヤジが出てきたよ!」と耳打ちしてくる…。作品を横断して同じキャラが様々な設定で登場してくる手法は手塚治虫の独自のスタイルだよねー。一流作品がたくさんあるから、多少のイジクリにも耐え得るキャラがたくさんあるということなんだろう。だってブラックジャックはこの作品では宇宙を放浪する一匹狼のギャングという設定だもん。
●企画展の方で知ったんだけど、「リボンの騎士」の主人公・サファイア姫「ブラックジャック」の数エピソードでシッカリ出演しているという。それはボクも十分読んで覚えてたエピソードなんだけど、サファイア姫だとは思ってなかった…普通に女性の役だったから。

●いつも思うけど、手塚治虫の描く女性は、どうしてもエロチックだよな…。



しかし、我が家の今のマンガブームは、「ジョジョリオン」。

荒木飛呂彦「ジョジョリオン」第2巻

荒木飛呂彦「ジョジョリオン」1〜2巻
●フツウにボクがこのマンガを買って、フツウにボクの自室にしまっていたら、ある日ノマドが「パパズルい!オレにジョジョかくしてただろ!」…すげえ勢いで非難された。オマエそんなにジョジョ好きだったっけ?確かに我が家はワイフもノマドもヒヨコも全員第3部「ジョジョの奇妙な冒険〜スターダストクルセイダーズ」までは全部楽しく読んでいるのだ。第8部スタートは、確かに彼らにとっても事件なのだ。
●そんで、ジョジョリオン。舞台は「S(仙台)市杜王町」。第4部「ジョジョの奇妙な冒険〜ダイアモンドは砕けない」の舞台と同じ。そしてポスト311状況を受けて、東北の郊外都市・杜王町も傷ついた。突如出現した「壁の目」…地震活動で隆起したには不自然過ぎる地形の変化…を受けて、記憶を持たないナゾの主人公が登場する。
吉良吉影、広瀬康穂、東方定助、虹村さん…第4部の登場人物を否応なく連想させる新しいキャラクターは、まだナゾだらけで何が起こるか分からない。もうこれはガマンならぬと、まだ買いそろえてなかった第4部のマンガ文庫全部を一気買い。そんで家族全員で爆読み。そのままの勢いで、イタリアを舞台にした第5部「黄金の風」をコンプリート、そして第6部「ストーンオーシャン」も半分くらいそろえてしまいました。ヤバい、無駄遣いがトマラナイぜ。「スティールボールラン」まであともう一歩。
●1987年に連載がスタートして25年経ってます…その最初を中学生として読んだ自分が小学5年生になった息子と一緒に全く同じマンガを楽しむだなんて予想していただろうか?「ジョジョ」以前の荒木飛呂彦作品「バオー来訪者」「魔少年ビーティー」「ゴージャスアイリーン」も全部息子ノマドは読んでるモンね。ムリヤリ読ませてるんじゃないですよ、アイツはボクの本棚から勝手にピックアップして読んでるんですから。第4部も全部読んだトコロなので、まだ見せてなかったフルカラー・バンドデシネ「岸部露伴ルーブルへ行く」も読ませるコトにしました。「ジョジョリオン」の絵のタッチは、バンドデシネからの影響なのか、手描き斜線多用の立体感がとても丁寧で、25年の成熟がジワリ滲んでおります。

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論

荒木飛呂彦「荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論」
荒木世界の副読本として必修の、ホラー映画の解説書。荒木先生の物腰の柔らかいノーブルな人となりと、異常なほどの粘着性コダワリが、自身の筆で文章化されててこれまた一興。ゾンビへの偏愛とか、たまらんです。
●これに味をしめたのか、集英社新書「GANTZ」の筆者・奥浩哉さんに「GANTZなSF映画論」を書かせてしまって、それが本屋で平積み中。うーん読んだら面白いのかな?


荒木飛呂彦ワールドとロック。

DIO「HOLY DIVER」

DIO「HOLY DIVER」1983年
「ジョジョ」シリーズでは常識ですが、荒木飛呂彦先生はキャラクターなどなどの名前に、ロック史上重要な固有名詞(アーティスト名や楽曲名)をたくさんたくさん用いるのですよね。その趣味に一貫性があるのかないのか、そこは微妙ですが、ドメジャーな名前がガツンと登場するのでビックリです。敵スタンド「グリーンデイ」「オアシス」がタッグを組んで主人公たちに攻撃を仕掛けてくるとか、ちょっと大味すぎるアプローチがガッツリ出てきます。強敵にはそれに相応しい名前が与えられます。「キラー・クイーン」とか「キング・クリムゾン」とかね。
●さて、「ジョジョ」史上最強最凶最重要のライバルが、ディオ・ブランドーです。「無駄無駄無駄無駄無駄無駄」とか「ウィリリリリリリリリリ」とか「貧弱!貧弱!」とか数々の名言があります。「おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?」も素敵なセリフです。彼は殺した人間の数はカウントしない主義なのです。さて、そんな強敵の名前は、このロックバンド DIOに由来してるってのが定説です。
DIO のリーダー、RONNY JAMES DIO は、RICHIE BLACKMORE'S RAINBOW のオリジナルボーカリストで、OZZY OSBOURNE が脱退した後の BLACK SABBATH に加入した二代目ボーカリストであります。もう立派過ぎるほどのヘヴィメタルエリートであります。その後自分のバンド DIO を結成したのが1982年、このどーしょーもなく仰々しいジャケのアルバム「HOLY DIVER」がデビューアルバムであります。スゴいよねこのジャケ、「ホーリーダイバー」と言いながらも、バタ臭いルックスの悪魔によって荒れ狂う海に放り込まれた男がチビメガネハゲ…どこもホーリーと思えないよ。本来ならヘヴィメタが苦手なボクですが、「ジョジョ好き&ロック好き」というボクの性質を知ってる人がわざわざプレゼントしてくれた物件であります。自分じゃ買えないよね…ヘヴィメタルの面白がり方がよくわかってないボクには、かなり手に負えないスタイル…実に暑苦しいボーカルに、仰々しいギターソロ、ヤベえ、どうしたらイイか、わからない。
●あ、今ウィキみて知ったんだけど、この RONNIE JAMES DIO さん、2010年に胃がんで亡くなってる…。

AC:DC「HIGHWAY TO HELL」

AC/DC「HIGHWAY TO HELL」1979年
AC/DC もその名前をジョジョの強敵に借りられています。第2部に登場する「エシディシ」という敵。まー初めて読んだ20年以上前においても、AC/DC「エシディシ」とするのはムチャじゃないかとマジで思いました。エシディシの仲間は、カーズワムウ「THE CARS = カーズ」は直球ですが、「WHAM ! = ワムウ」もだいぶ無理があると思いました。
AC/DCハードロック/ヘヴィメタルに分類されることの多い音楽のような気がしますが、ボクにとっては全然違う響き方をします。それはオーストラリア出身というお国柄?70年代後半〜パンクイヤーズという時代性?永遠のギター悪童兼永遠の半ズボンヒーロー ANGUS YOUNG のザクザクザクザク歯切れの良いギブソンSGのギターリフはロックとしての普遍性があります。乱暴な熱量と小細工ナシのグルーヴ先行姿勢。面構えも最高。この時期のハードロックって微妙な距離感でパンクロックと共振してる雰囲気があって興味深い。この時代に初めて登場したスラッシュメタルIRON MAIDEN とか)もパンクと同じスピード感を持ってるでしょ。彼ら AC/DC の音楽は、THE WHO のようなラフな60年代ロックと70年代末のパンクロックを、シンプルに「ロックンロール」という言葉で串刺しにする中継点みたいな存在感がある。

●ちなみにエシディシって、コイツです。本当に強敵です。

エシディシ

ディオさまはコイツね。魔王。

ディオブランドー



●明日は、日食だから、もう早く寝るか。くだらないこと書いてないで。



まゆゆの右腕

●最近は、娘ヒヨコ小学4年生と、アニメ「AKB0048」を見ております。でも放送第二回で突然判明した「まゆゆってサイボーグなの?」という設定に、ヒヨコがビビってます。いきなり右腕がロケットランチャーになりましたもんね。サイコガンか?ヒヨコ、まゆゆがサイボーグだと困るの?「…うーん、フランキーみたいのよりはマシだけど…」あ、「ワンピース」フランキーね…ヒヨコにとって近しいサイボーグってフランキーになるのね。

フランキー

「AKB0048」の公式HPを見ると、確かに襲名メンバーの肩書きが、渡辺麻友だけ「3型目」になってる。サイボーグでなくて、アンドロイド?
●個人的な見解では、10代目・大島優子はイマイチ似てない。5代目・高橋みなみは結構イイ感じなのに。


●それと、ETVで、「ふしぎの海のナディア」再放送してるよね。コッチは息子ノマド小学5年生と楽しんでる。
●ワイフと楽しんでいるのは、「GLEE」ね。


●先日GW連休に起こった竜巻の日は。
●ちょうど、自転車で娘ヒヨコ4年生と近所の図書館に行ってた時でありまして。
●ヒヨコが最近ハマってる「黒魔女さん」シリーズの第三巻「黒魔女さんが通る」が借りたいというので、それにお付合いしたのですね…ヒヨコはもう一冊「らくだい魔女」シリーズも借りとったな。なんだ、魔女に就職希望なのか?
●で、その帰り道。あの雷雨に直撃。雨宿りしようにも隠れる場所もない。パンツまでぐしょ濡れになって家に帰りました。ヒヨコは生まれて初めて体験するひょうにビックリ。ボクの自転車のカゴの中にガンガン飛び込んでくる氷の玉をつまんで手のひらに乗せてやったら「スゴーい!」と感動してた。
●後日、学校のスピーチの時間に、ヒヨコはこのひょうドシャ降り体験を披露したという。締めくくりは「グショヌレになるのは結構おもしろかったです!」だったそうな。

●今週の読書は、そこで借りた図書館の本。

杉浦日向子「入浴の女王」

杉浦日向子「入浴の女王」
●江戸時代の歴史考証家であり、その江戸風俗を生き生きと描いた女流マンガ家であった杉浦日向子さん。生粋の下町生まれアイデンティティと、江戸文化への深い知識と愛情ある眼差しは、実に洒脱で独特の美学に裏打ちされててカッコいい。そんな彼女の有名な趣味は、銭湯巡り。その銭湯ライフをその銭湯がある街の歴史や人間の様子まで織り交ぜて綴った連載エッセイがまとまった本がコチラ。「わが体には、毛穴の数だけ味蕾がある。即ち、わが全身が舌也。わが肌に触るるもの、甘酸塩苦辛の五味を、神妙快手、たちどころに判じてみましょう。湯こそ、全身で味わうスープである」
●差し込まれる杉浦さんの挿絵がこれまた味がありまして。エッセイの担当編集者は、ココでは「入浴の王女ポアール」と名付けられてて、毎度この挿絵に王女さま衣装で登場する。そのフンワリ笑顔が実に癒し系でカワイらしい。ホントにポワーンとした女性みたいね。
川上未映子のブログをまとめたエッセイ本を読んで、大阪弁ネイティブに加わった唯一無二の節回しにシビレまくったばかりだけど、この杉浦さんの江戸っ子チャキチャキネイティブと歴史的知識に裏打ちされた確固たる美学にも、同じような敬意を感じる。そして銭湯のお湯を評するための言葉が実に豊か。加えてお酒の描写も豊か。…下戸のボクがこのブログで文章を書く時に、実はイメージしていることが1つある。酒好きが利き酒をするように、ワイン通がテイスティングをするように、ボクは、一枚の音盤を味わいたい。こういう言葉で音楽を語ることができたら…。
●それと残念なのが、この粋人・杉浦日向子さんが2005年にガンで亡くなってしまったコト。46歳の若さ。


湊かなえ「少女」

湊かなえ「少女」
中島哲哉監督&松たか子主演で大ヒットした映画「告白」の原作者が、女子高生を主役に描いたミステリー。「告白」の破滅的なストーリーが衝撃的だったので、冒頭から遺書の内容が紹介されるこの物語もキツいバッドエンドが仕込まれてるのかとドキドキハラハラしながら読み進めると、意外なほどに「1つの夏休みに巻き起こるジュブナイル」な気分が後半モクモクと立ちのぼって、そのまま最後まで突っ走る感覚。楽しかったです。





MCA急逝で、BEASTIES を聴き過ぎたおかげで。
●久々に、ボクの耳は完全にヒップホップモードになって。


結果、今週は西海岸アンダーグラウンドを中心に聴いてます。

つーか、そもそも西海岸アンダーグラウンドって何だよ?
●アメリカ西海岸エリアのヒップホップといえば、ウエッサ〜イ!な気分のギャングスタラップ、Gファンク、ローライダー、チカーノラップといった、ワイルドなイメージが強い音楽がマジョリティですね。それこそ N.W.A. を始祖として、DR. DRE、SNOOP DOGG、故・2PAC といったビッグネームがおりまして、そこで編み出されたマナーがキチンと継承されてます。
かといって、ソレだけが西海岸のヒップホップではないわけで。90年代の東海岸マナーに沿ったアプローチのアーティストもいるわけで。そんな西海岸のマイノリティを、なんとなーく西海岸アンダーグラウンドと呼んだりする習わしがある気がします。2010年代の今となってはこの傾向にあるヒップホップは、西海岸に限らず全米においてマイナー路線でありまして、結果としてオルタナティブ・ヒップホップとも呼ばれたりもします。
●さて、行きましょう!


90年代オークランドのクルー HIEROGLYPHICS と DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN。

DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN「BOTH SIDES OF THE BRAIN」

DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN「BOTH SIDES OF THE BRAIN」2000年
●サンフランシスコ近郊ベイエリアの中心都市オークランドは、近年で言えばハイフィーと呼ばれるアゲアゲスタイルのヒップホップこそが名物でございます。しかし、かつて90年代前半においては、全く違った芸風のオーセンティックな音を鳴らすアーティスト集団(つまりヒップホップ業界でいうところのクルー、またはスクワッド、またはポッセ)がおりました。その名は、HIEROGLYPHICS
HIEROGLYPHICS には「93 'TIL INFINITY」1993年という隠れた名譜を放った SOULS OF MISCHIEF という 4MC のグループや CASUAL という名のラッパーが所属しており、ボクはリアルタイムでその活動をチェックしておりました。今思い返せば、その後ゴールデンエイジと呼ばれる1996年以前のヒップホップの美学を忠実に盛り込んだ音楽を作っているクルーだったと思います。DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN という人はこのクルーの中核を担うラッパーで、やはり90年代初頭にアルバムをドロップ(そしてボクもソレを几帳面にチェック)してました。だけどその後ドラッグで完全に身を持ち崩し、消えちゃった…と思ってたんですけど。
●そんで10年以上時間を空けて、激安ワゴンでこのアルバムを発見しました。あれ?この人復活してたんだ!そんな懐かしさから購入するも、ほとんど聴かずにスルー…まー380円だったしね。しかし、去年くらいにある発見をしたのです。実はこの人、DAMON ALBARN の バーチャルバンド GORILLAZ のファーストアルバム「GORILLAZ」2001年で2曲客演しそのラップを披露してた。しかもシングル曲「CLINT EASTWOOD」「ROCK THE HOUSE」ですよ、結構重要な曲じゃんラップも効果的に鳴ってたよ!なんで DAMON ALBARN はこんな渋い人選をしたんだろ?その後の GORILLAZ では DE LA SOUL SNOOP DOGG に声をかけるんですよコイツと比べたらランクが違い過ぎるじゃん!ヨク見れば「GORILLAZ」の前年にこのアルバムはリリースされてる…というコトは、ズバリこの盤を聴いて DAMON は仕事を発注したという連想も出来る。これはちゃんと聴くべき価値がある!
●結果的に、現在ボクはこのアルバムのサウンドに病み付き。DEL 本人の制作による一見地味なトラックの鳴りは、打ち込み風スネアの少々ギコチナイ堅さに違和感を覚えるのだけれども、キックとベースの響きが実はファットで、地味に添えてるサンプルもよく聴けば結構丁寧で、聴けば聴くほど味が染み出て来る。その上で一番味が染み出るのが本人の達者なラップ。要素多めの手数がナニゲに見事ファンキーに着地してて、クルーの盟友ラッパー CASUAL とのマイクリレーもスゴく気持ちイイ。ぶっちゃけ、GORILLAZ のシングルよりも100倍くらい内容が濃い。語学の限界でボクはラップの意味が理解出来ないんだけど、ラップのファンクネスだけで快楽に到達してしまう。そんな感覚にハマれたお気に入りの一枚です。
●彼はメジャーとの契約があった90年代よりも、むしろ近年こそ勤勉に音源制作に取り組んでおり、2008年以降で5枚もアルバムを発表してる。しかもその内の1枚はニューヨークの超アングラ系レーベル DEFINITIVE JUX からリリース。その他は完全自主制作の激レア流通なので近作を聴くのは大変そうです。まさにアングラ。
●ちなみに、彼のクルーの名前、HIEROGLYPHICS って「ハイエログリフィックス」と発音するようですが、意味で言えば古代エジプトの文字ヒエログリフのことなのであります。


THE PHARCYDE の弟子筋、 THE WASCALS。

THE WASCALS「THE GREATEST HITS」

THE WASCALS「THE GREATEST HITS」1994年
●90年代西海岸のヒップホップ名盤として、THE PHARCYDE の1枚目「BIZARRE RIDE II THE PHARCYDE」1992年と2枚目「LABCABINCALIFORNIA」1995年は絶対に外せません。ワクワクするほどカラフルなサンプルを散りばめたトラックに4人MCの息も付かせぬマイクリレーがユーモラスに展開する「おもろラップ」風のファーストは特に印象深い。
●この THE WASCALS という連中も4人組MCで、THE PHARCYDE と同郷のロサンゼルス出身。「おもろラップ」路線としては、アホくさいルックス(ジャケ左側から二番目のヤツ、頭にツノが生えてる)とか、全員がトリッキーなヘン声ラップだったりと、THE PHARCYDE よりも踏み込んでる。単純に共有点が多いだけじゃない、ネットでコマメに調べると、THE PHARCYDE のメンバーが実際にプロデュースと客演を務めてるらしい。実際に、THE PHARCYDE と THE WASCALS は兄弟分のような間柄なのかも知れない。
ココに収録されてる音源が制作された1994年頃に、ボクはロサンゼルスで個人旅行してて、その場で彼らのシングルをゲットしたのを覚えてる。UCLA の近所のレコ屋にてシングル「CLASS CLOWN」のプロモ版CD(ラジオ局に配るようなヤツね)を1ドルでゲットした。タワーレコード「BOUNCE」の端っこで彼らの名前をチラ見してたコトと、CDに名門 DELICIOUS VINYL のロゴが記されてたコトが、クズの中からワザワザコレを購入した動機です…このお店では PATTI SMITH のLPをボクは一緒に買ってて、カワイいブロンド女性の店員さんに「PATTI はクールよね!」と言ってもらったのを思い出す…よく覚えてるでしょー!ボクは結構な分量のCDやレコードについてゲットした瞬間の様子をハッキリ記憶してるんですよもう20年近く前のコトでもね。
●結局、たいしたブレイクもせずに速やかにシーンから消え去った彼らは、当然アルバムも作るコトができなかったのですが、後年物好きな再発レーベルの人たちが DELICIOUS VINYL に残されたシングル音源などをかき集めて、この2枚組の「GREATEST HITS」をマトメてくれたのです。そのCDの存在を知ったのは去年頃。下北沢ディスクユニオンにて1800円で発見。ココで買わなきゃ今後一生 THE WASCALS に巡り遭う事はないだろうと思い、高額と思いながらの購入でした。
実際のところ、ボクはマジで「CLASS CLOWN」を名曲だと思ってまして。ヘンテコでチャーミングなサンプルコラージュとメンバー4人が声を揃えるキャッチーなサビのリフが愛おしい。4人がマイクリレーする様子もニギヤカで楽しいしね。タイトル通り、クラスの笑われキャラをテーマにしてるみたい。


ロサンゼルス、THE GOOD LIFE CAFE から出た音楽。

JURASSIC 5「FEEDBACK」

JURASSIC 5「FEEDBACK」2006年
●西海岸ヒップホップの巨大都市ロサンゼルスからまたまたご紹介。この連中が、西海岸アンダーグラウンドの代表選手として一番知名度が高いのが彼らじゃないでしょうか?2000年にメジャーデビューを果たした 4MC & 2DJ のグループ。木の切株にターンテーブルのアームを置いて年輪をヴァイナルの溝に喩えるような彼らのオーガニックなセンスは明らかに当時のロスにおいて異色、同時期にフィラデルフィアで盛り上がっていたニュークラシックソウルのムーブメントと共振しつつ、非商業的スタイルや辛辣な政治的メッセージを発信する姿勢で、周囲からオルタナティブヒップホップの筆頭格として注目されておりました。
そもそも彼らはどんな環境から登場したグループなのか?そこで注目すべきは、ロサンゼルスのサウスセントラル地区にあった健康食品センター THE GOOD LIFE CAFE という場所。ここでは、90年代はじめからオープンマイクのワークショップが行われたといいます。毎週木曜日の夜、ラップの腕試しとして素人さんがフリースタイル(つまり即興ラップ)に挑戦。見事観客を満足させれば栄誉!ダメならステージから下ろされる。そんな場所で知り合った志ある仲間たちが JURASSIC 5 に発展したのです。このグループのトラックメイカーであり音楽的支柱であった CUT CHEMIST はこの THE COOD LIFE CAFE に出入りしていた唯一の白人で、オタクっぽい野暮なルックスながらもファットなトラックを組み上げる超一流のセンスと独創的なミキシングテクニックで世に認められる事となります。
●しかしこのアルバムは、JURASSIC 5 の最末期の作品。グループ外活動で忙しくなった CUT CHEMIST が脱退(そしてボクは超ガッカリ)。もう1人の DJ NU-MARK が奮闘するもナカナカうまいことイッテナイ印象が否めない仕上がりで、結果としてこの翌年にグループは解散に至るのです。外部プロデューサーに SALAAM REMI SCOTT STORCH を起用しつつもなんだか中途半端…。人気ジャムバンド DAVE MATTHEWS BAND が加わった「WORK IT OUT」はちょっとだけ新味ですけど。


西海岸アンダーグラウンドの始祖的存在、FREESTYLE FELLOWSHIP。

FREESTYLE FELLOWSHIP「TO WHOM IT MAY CONCERN...」

FREESTYLE FELLOWSHIP「TO WHOM IT MAY CONCERN...」1991年
ニューヨークで発生したニュースクール運動にいち早く反応し、A TRIBE CALLED QUESTGANGSTARR などがアプローチを始めていたジャズヒップホップの手法を西海岸において速やかに取り入れた伝説的グループです。6人組で複数MCのマイクリレーが実にスマートで、ここぞのサビはミンナでユニゾン。クールなサンプルを豪華に組み上げるワザは東海岸の同路線アーティストと比べても全くヒケをとらない高水準。とくにこのファーストは名譜としてホマレ高い存在ですから、どうぞみなさんセッセと探して下さい。
サンプリングの使用許諾が大らかだったこの90年代前半が、ヒップホップの1つの臨界点だったのだとボクは思います。ジャズやファンクの膨大なレコードを自らのルーツに根差した文化資産として拡大再生産に存分に生かしたのがヒップホップカルチャーでありました。モチロンそこに許諾や使用料の支払いなどの感覚はなくって、無邪気なゲリラ心しかなくって、結果サンプルクレジットなんかもありません。だからこの作品にも、超名曲 THE DELFONICS「LA LA MEANS I LOVE YOU」のイントロや、帝王 MILES DAVIS の大代表作「SO WHAT」の雑な高速回転を、インタールードのBGMに使っちゃうというような、今となってはゼータク過ぎる運用が出てきます。しかし、この後90年代ヒップホップが大衆文化の中で存在感を持つようになると、サンプリングの使用料金が高騰し、資本力のないアーティストたちは思うような音作りが出来なくなりました。現在では、この全てが大らかだった時代、具体的には1996年以前のヒップホップを、ゴールデンエイジ(GOLDEN AGE OF HIP HOP)と呼んだりします。そんでこの黄金時代の至宝が、まさしくこの一枚です。
●結果、彼らがロサンゼルスの後進に与えた影響は大きなものになりました。THE PHARCYDE の4MC編成や、HIEROGLYPHICS のトラック美学も、この先輩グループの影響下にあります。JURASSIC 5 はより直接的な関係があったかもしれません。この FREESTYLE FELLOWSHIP THE GOOD LIFE CAFE のオープンマイクの出身者なのです。グループ名は伊達ではありません。彼らはマジでフリースタイルの達人集団なのです。

FREESTYLE FELLOWSHIP「INNERCITY GRIOTS」

FREESTYLE FELLOWSHIP「INNERCITY GRIOTS」1993年
●ボク個人がこのグループの存在を知ったのは、この1993年の頃です。イギリスで大きなムーブメントになっていたアシッドジャズのシーンの中で、新感覚のジャズを紹介していたシリーズコンピ「THE REBIRTH OF COOL」の第一弾に彼らの楽曲が収録されていたのです。このアルバムに収録されている「INNER CITY BOUNDARY」という曲。ジャズのスウィンギーなグルーヴに優雅なスキャット風のラップが絡む傑作です。個性溢れる4人のMCが、ジャズプレイヤーがアドリブを交換するようにそれぞれのフロウを披露するのは本当にクール。ちなみに「THE REBIRTH OF COOL」は日本の UNITED FUTURE ORGANIZATION やフランスのラッパー MC SOLAAR の音楽までも収録しており、世界同時多発的なジャズへの関心の高まりを素晴らしいセンスでプレゼンテーションしてくれています。結果ボクはその当時は FREESTYLE FELLOWSHIP をヨーロッパ系のアーティストと勘違いしてしまい、アメリカの、しかも SNOOP DOGG 登場と同時代のロサンゼルスの人間だったとオドロキとともに知るのはかなり後のことになりました。
●しかもしかも、このアルバムはそんなジャジーアプローチのトラックだけに価値がある訳ではありません。今の感覚でボクが注目しているのは、むしろオールドスクール/ミドルスクールの感覚をタップリ吸い込んだファンクネスあふれる疾走ビートが実にファットでカッコいいのです。早めのBPMに気持ちよくノせられて、太いベースとキックに揺さぶられて、個性的なマイクリレーとユニゾンのサビの応酬に煽られていく楽しさ。ヒップホップの快楽が満載であります。

ACEYALONE「ALL BALLS DONT BOUNCE」

ACEYALONE「ALL BALLS DON'T BOUNCE」1995年
●これは、一昨年くらいに下北沢のシルバーアクセのお店にて、たったの50円で購入したCDです。さすが下北沢、本当にアナドレナイ。ドコにどんな音源が転がってるか分からない。油断もスキもアリャしない。ガレージセール風にダンボール箱に雑然と詰め込まれていたモノの中から発見しました。あ、そうだ、この時に前述の杉浦日向子のマンガ文庫も一緒に発見したんだっけ。
●この ACEYALONE(多分エイシーアローンと発音するんだと思う)という人物は FREESTYLE FELLOWSHIP のメインMCの一人で、コレは彼の最初のソロアルバム。1993年「INNER CITY GRIOTS」のリリースの後、このグループは一回活動休止に入ってしまうのです。その中で ACEYALONE は自分たちの古巣 THE GOOD LIFE CAFE にもう一度関心を振り向け、ココから出た才能をまとめてコンピアルバム「PROJECT BLOWED」を編集するに至ります。まだココには JURASSIC 5 のメンツは登場しませんが、コンピの一曲目のタイトルが「JURASSICK」、実に象徴的ですね。
●さてこのソロアルバムでは、コンピ「PROJECT BLOWED」で共闘した ABSTRUCT RUDE というラッパーと共に、実に渋い音楽世界を構成してます。ただ、流通はメジャーだけど音楽はホントにアンダーグラウンドで…。この地味さ加減に堪え切れず、たった50円でタタキ売ろうとした気持ちはワカラナくもナイかも…ゴミ箱に直行しなかっただけマシ。ジャジーとも言い切れない、ストイックなトラックに集中できるかが勝負であります。きっとリリックが理解できれば全然違うんだろうけどね。

FREESTYLE FELLOWSHIP「TEMPTATIONS」

FREESTYLE FELLOWSHIP「TEMPTATIONS」2001年
●数年の時間を空けて、やっと登場したサードアルバムであります。あまりに完成度が高いファースト&セカンドの印象と比べると、ソレを乗り越えるほどの仕上がりにはなっていないかも…。ストイックなトラックと込み入ったフロウ、でも時代が変わっちゃってるからね、効果的には響いていない…。


●まだいるんだよね…気になるグループは。

THA LIKS「X.O. EXPERIENCE」

THA LIKS「X.O. EXPERIENCE」2001年
●そもそもは THA ALKAHOLIKS という名前を名乗ってたロサンゼルスの連中。アルコール中毒ってわけだね。ただし彼らを西海岸アンダーグラウンドの仲間に入れてイイのか、ちょっとよくワカランです。1993年に最初のアルバムをドロップ。その段階では DR. DRE が開発したGファンクが全てを支配していた西海岸において特殊な音楽とポジションを確保していた模様。しかし彼らのクルー LIKWIT CREW の盟友 XZIBIT がギャングスタラップで大成功。そこに引きずられるカタチで、ラジオ受けするように名前を THA LIKS に変えたりとイロイロ小細工する結果に。だからこの段階においては、西海岸アンダーグラウンドじゃないかもなんですよ。
●かといって、そのサウンドにウエッサ〜イな気分はありません。00年代風の打ち込みスタイルですが、奇妙な粘りがトラックとフロウに混じってる…ちょっとした酩酊感?メジャー受けするために外部プロデューサーも組み込んでますが、個人的には THE NEPTUNES が手掛けたシングル「BEST U CAN」が好み。この曲だけが浮き立つように作風が違うってほど、典型的な THE NEPTUNES スタイル。それと、意味なく JIMI HENDRIX コスプレをしてるこのジャケも好み。


●西海岸アンダーグラウンドの前に、西海岸オールドスクールであります。

RAW FUSION「LIVE FROM THE STYLEETRON」

RAW FUSION「LIVE FROM THE STYLEETRON」1991年
●80年代末〜90年代初頭のオークランドには、もう一組重要なヒップホップグループがおりました。DIGITAL UNDERGROUND。ヒップホップというより70年代のファンクサウンドに深く深く感化されてた彼らは、自ら P-FUNK の後継者を名乗ったり、P-FUNK 風のヘタウママンガジャケを採用したり、P-FUNK 風の大所帯バンドを組織したりと、徹底した往年のファンクへのコダワリにハマっておりました。名曲「THE HUMPTY DANCE」を始め、確かに低音がグルーヴィなそのサウンドは実に楽しいモノがあるのです。グループのリーダー SHOCK G は奇妙なツケっ鼻とガウチョ眼鏡をつけるコスプレでなぜか HUMPTY HUMP という別人格に変貌するという「おもろラップ」の要素も持ち合わせておりました。
●さて、RAW FUSION。大所帯だった DIGITAL UNDERGROUND には別働隊とも言えるグループ内ユニットもありまして。その中でもよりストレートにヒップホップへアプローチする部門が、この RAW FUSION なのであります。DJ FUZEMONEY B の二人組。ミドルテンポで腰の据わったファンクネス溢れるトラックが、本体よりもしっかりヒップホップなのであります。あ、それと彼らの音楽は「おもろラップ」ではありません、結構ハードです。SHOCK GHUMPTY HUMP が二人そろって客演する場面も…両方とも同一人物ですけどね。
DIGITAL UNDERGROUND の掘り起こした多くの才能のうち、多分一番重要なのは、TUPAC SHAKUR でしょう。あの 2PAC はこのオモシロファンク集団からキャリアを起こしたのです。そんでこの RAW FUSION のアルバムにも、2PAC は1曲で客演しております。このアルバムも、彼のファーストソロ「2PACALYPSE NOW」もこの1991年に発表されます。ココが、ギャングスタラップ西海岸アンダーグラウンドの分かれ道だったのかもしれませんね。


ラップはありませんけど、マチガイなく西海岸アンダーグラウンドです。

DJ SHADOW「THE LESS YOU KNOW, THE BETTER」

DJ SHADOW「THE LESS YOU KNOW, THE BETTER」2011年
●もう皆さんご存知ですね、ターンテーブルの魔術師、伝説のヴァイナルコレクター、平気でヒップホップの様式を越境していく冒険的センス。93年にイギリスのレーベル MO'WAX でシングルデビューして以来、アブストラクトヒップホップという、抽象性の高い音楽の世界を切り拓いてきた男であります。ソレでいて、サンフランシスコ在住の白人クリエイターとして地元シーンに関与するようなコトは全くないようで、その意味でもシッカリとアンダーグラウンドです。サードアルバム「THE OUTSIDER」では地元ベイエリアのストリートサウンド、ハイフィーにチャレンジするんだけど、コラボしたローカルラッパーよりも知名度が圧倒的に低いコトを自嘲的に楽しんでたような気配がありました。
JURASSIC 5CUT CHEMIST とは、お互いのターンテーブルスキルと、お宝コレクションを見せつけ合うプロジェクト「BRAINFREEZE」「PRODUCT PLACEMENT」でコラボ。オカネで入手すればいくらの値がつくかワカランような激レア7インチのファンクレコードを、惜しげもなく力の限りスクラッチして、高密度なファンク空間を作り出す様子は、もはや神がかっております。激レア音源への偏愛は、とうとう高校のブラスバンドの音源収集という領域まで到達して、「SCHOOLHOUSE FUNK」というシリーズコンピも作ってます。高校生のブラスバンドなんだけど、確かにファンクなんだよなーコレもビビったなあ…。
●ということで、この人の冒険精神は、結果的に1つ1つの仕事が全然バラバラの方向性になるほどのモノなので、今回のアルバムも大分ヤラカしてます。つーか、これヒップホップじゃねーだろ、という内容が半分以上を占めています。高性能にモダンなロックじゃん!すげーギターが目立つんですけど!あれー女性ボーカルがマジで歌っちゃってるんですけど!サンプルのガサツいたトラックにヒップホップの片鱗は感じるけど、同じ比率で生ドラムも多用しているような気がするけど!実は正当な評価ができるまで、数年かかるような気がします。前回のハイフィーもボクにとってはそういう物件でした。
●日本盤で入手しましたので、ご丁寧にジャケがカタカナになってます。もちろん輸入盤ですと英語になってます。




●今日はさすがに、話題がセマ過ぎるだろうか?ダメだこりゃ。


●BEASTIE BOYS の MCA こと、ADAM YAUCH がガンで亡くなってしまった!47歳。

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●ショックだよ。本当に。





●追加! COLDPLAY「YOU GOTTA FIGHT FOR YOUR RIGHT TO PARTY」追悼カバー。



「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」@東京国立近代美術館、に行ってきた。

ジャクソンポロック展チケット

●会社でタダ券もらったので。雨の竹橋をトコトコ一人歩いて。
ポロックといえば、あの「アクションペインティング」しかイメージになくて。ペンキをデタラメにブチまくアレね。アレ以外の絵を描いているんだろうか?本当にアレだけなのだろうか?そんな素朴な疑問だけでフラフラ立ち寄ってみた、って感じ。

●で、当然、アレだけじゃナイわけでした。ブレイク以前、1930年代〜40年代のポロックは、ピカソをはじめとしたモダンアートの影響をモリモリと吸収しようとしてて。そしてアメリカ人作家としてのアイデンティティを探っているのか、ネイティブアメリカンの芸術にも足を踏み込んでて。そのモダンアートと先住民美術のマッチングは、ピカソがアフリカ美術にハマった感じと相似してる気分。
●そんな作業の中で発明したのが「ポーリング」という手法。トロトロの塗料をハケで画面にパラパラ飛び散らせたりタラタラたらしたり。ソレがいつしか画面の全体を覆うようになり、具象イメージが消え失せて、画面の中の「中心/部分」という区別すらなくなってしまう。ある意味でハードコアな抽象表現の究極に到達したポロックのスタイルはドカンと注目を浴びるようになる。それが1947年の頃。

インディアンレッドの地の壁画

ジャクソンポロック ジャクソンポロック2
(創作中のジャクソン・ポロック)   (ジャクソン・ポロックはハゲでアブラギッシュ)

ポロックの制作中の様子を映したフィルムの上映を見た。
●やや若ハゲ気味?頭頂部がすっかりサッパリ髪の毛がなくなった彼の顔はとてもギラギラしてて、そのアブラギッシュな印象は芸術家というより工場の職人とか農家のオッサンな気分が漂うのよね。ニューヨークからわざわざ引っ越したロードアイランドにある彼のアトリエ周辺はどう見てもド田舎で、床の上にドベッと寝かされた作品に対して必死にペンキをピトピト振りまいているその様子は、創作というより苗床への水まきとか稲刈りとか、腰を曲げての肉体労働作業みたいに思えてくる。ワザワザ作業を始める前に、ペンキに汚れてもイイ粗末な靴に履き替えるトコロとかが実に所帯染みてて味わい深い。つまりね、抽象美術にアリガチなイケ好かない頭でっかちエリート気分とは無縁の、肉体労働者な実直さがポロックのオーラってコトが言いたいんです。実はその作品に200億の値段がついちゃう今の評価はさておいて、リアルなポロックには親近感を感じる。

描けなくなって、飲酒運転で事故ッて死ぬ44歳。
●自分の作風を完成させてしまった50年代のポロックは、そこから更に進化するためにアレコレを工夫するのだがどうしてもうまくイカナイ…。カラフルな生命力に溢れる全盛期の作風から、下塗りもしない無地のキャンパスに真っ黒なペンキをブチまく、少し陰鬱な作風に移行していく。元々アル中体質だったのに最後の二年はろくに絵も描けなくなって、完全に酒にハマってしまう。そんで44歳で事故死。
●一旦、その究極に到達してしまったが故に、その先を見失ってしまった男の末期。彼は天才肌というタイプの作家ではなかった気がする。実は実直に1つ1つのステップを踏みしめて、モガキ苦しみながら自分の画風を獲得していった男。ポロックのブレイクは、美術の最前線がヨーロッパからアメリカに移動したコトを象徴した事件でもあった。そんな周囲の期待の中で、次の自分を更新できずに自滅した孤独なヒーロー。そんな印象が残った。

ジャクソンポロックのアトリエ

ポロックのアトリエ。
●その床は、ペンキブチまけ過ぎで、彼の作品と同じような状態になってしまってる。これはとりもなおさず、ポロック自身の肉体労働の生々しい記録。決して抽象化されない、ポロック自身の格闘の痕跡。どんな作品よりも、このアトリエの様子に、実は感動してしまった。





グランジ再訪。シアトルグランジをメインで行きます。

90年代グランジは、ボクの音楽的故郷。90年にボクは高校1年生で、音楽に一番多感だった頃にグランジムーブメントに出会った。NIRVANA、SONIC YOUTH、DINASOUR JR. などなど。今でもグランジの美学はボクの人生観に影響を持ってる。グランジとは「汚れている」「薄汚い」という意味の言葉。虚飾を取り除いて自分の心に正直であれ、常に身の丈にあったモノを選べ、自分の事は自分でやれ、ファッションはホドホドのドレスダウンで、髪型はボサボサ頭で。
グランジの起源はアメリカ・ワシントン州シアトルという街。アメリカ西海岸の北のハジッコ、カナダと国境を接するアタリにありますのがワシントン州。アメリカの首都ワシントンDCとは違います。カナダのキレイな街バンクーバーの近所にあたる場所、ここの中心都市がシアトルです。実際に行った事もあるのですが、この街もとてもキレイです。航空機メーカー最大大手ボーイングの工場があって、クラムチャウダーが名物で、スターバックスコーヒーの発祥の地でもあります。音楽的な歴史としては、JIMI HENDLIX の生まれ故郷だったコトとか…。しかし、ソレ以外でこの土地が注目されるコトはほとんどありませんでした。
ソコに80年代後半アタリにはハードロックとパンクがナイマゼになったロックシーンがこの街で発達するのです。なぜこのシアトルに特別なインディロックシーンが出来たのか?その理由はよくわかりません…外部と交流がナイからこそ濃いコミュニティ意識が出来たのかも?

●で、久しぶりに当時の音楽を、まとめて聴く。最近のボクの気分はちょっとロック気味なのだ。



まずは、PEARL JAM 。

PEARL JAM「TEN」

PEARL JAM「TEN」1991年
PEARL JAM は、実はリアルタイムでハマれなかった音楽だ。NIRVANA と並び立つシアトルグランジの一大ブレイクバンドだったはず。でも実はその音楽は古典的なハードロックに比較的しっかり忠実で、NIRVANA SONIC YOUTH といった連中が持ってたパンクの再解釈/新規更新というスリリングな音楽実験という部分を持ってなかった。そこが当時のボクには実は退屈だった。しかし冷静に振返るとグランジはハードロック復古運動という側面も少なからずあるのが事実、実際 SOUNDGARDEN のようなシアトルグランジの大物なんてズバリ70年代ハードロック以外のナニモノでもなかったりする。当時はナニかと NIRVANAPEARL JAM を比較して「ドッチが優れてる?」的な言説が多かったのも覚えている…その雰囲気の中でボクは NIRVANA を選んでいたんだろう。
●でも20年近く時間をかけて、改めてアルバムに向き合ってみると、なかなかコレが悪くない。ツインギターが分厚く展開するバンドサウンドは荒々しく、ソコに独特の激しさと色気を感じさせるボーカリスト EDDIE VEDDER の声が加わると、あっという間にタフでワイルドなハードロックの出来上がり。80年代に確立したハードロックの様式美みたいなモノ(オオゲサなギターソロとかケバケバしいルックスとか)がスッパリ排除されてるトコロが気持ちイイ。ボクのCDは日本盤なので、ボーナストラックに THE BEATLES「I'VE GOT A FEELING」のカバーが入ってる。ラフなようでセクシーな仕上がりがナイス!

PEARL JAM「VS.」

PEARL JAM「VS.」1993年
アルバムの出来で言えば、デビューアルバム「TEN」よりもコチラ「VS.」の方が圧倒的にカッコイイ。ギターリフがバキバキザキザキと歯切れがヨイからか?バンド全体に突進力があってよりパワフルに響くからか?表現の幅が広がって多様なアプローチが含まれてるからか?(オープニングチューン「GO」から始まる前半数曲の勢い余るワイルドさはグランジのイメージを見事に体現してるし、「W.M.A.」という曲のアフリカ由来を連想させるポリリズミックグルーヴは実にエキセントリックでカッコイイよ。)そんなサウンドをデザインしたプロデューサーが BRENDAN O'BRIEN だからか?
●この BRENDAN O'BRIEN という人物はその後の PEARL JAM の全てのアルバムに関わってるし、90年代を代表するオルタナティブロックの名盤を多く手掛けてる。RED HOT CHILLI PEPPERS「BLACK SUGAR SEX MAJIK」、SOUNDGARDEN「SUPERUNKNOWN」、RAGE AGAINST THE MACHINE「EVIL EMPIRE」「THE BATTLE OF LOS ANGELES」、その他 LIMP BIZKIT、KORN、STONE TEMPLE PILOTS、INCUBUS、THE OFFSPRING、THE BLACK CROWES などなど。

PEARL JAM「VITALOGY」

PEARL JAM「VITALOGY」1994年
「VITALOGY」…たしか邦題で「生命学」という副題がついてたと思う。1994年は NIRVANA のフロントマン KURT COBAIN がショットガンで頭を打ち抜いて自殺した年。 NIRVANA とナニかとライバル扱いされていた PEARL JAM がこんなアルバムタイトルを打ち出してきたのは「ヤツのようにオレは死んだりしない!」という決意表明だったと当時のボクは受け取った。実際の EDDIE VEDDER KURT COBAIN の死に深く傷つき引退を考えるほどだったと言いますが。
●パワフルなリフロックがよりシンプルになって、パンクの躍動感に接近した気分がある。シングル曲「SPIN THE BLACK CIRCLE」はその当時から大分ハマりました。シンプルに激しく加熱するロック!SPIN!SPIN!SPIN THE BLACK CIRCLE!SPIN!SPIN!SPIN THE BLACK!SPIN THE BLACK!とにかくレコードを回せ!ただソレだけの曲!

PEARL JAM「DALLAS TEXAS OCTOBER 17 2000」
PEARL JAM「DALLAS TEXAS OCTOBER 17 2000」2003年
PEARL JAM海賊盤対策のために、ワザワザ「OFFICIAL BOOTLEG」なるシリーズを打ち出して、ツアーの様子を収録したライブレコーディングをことごとくリリースしてる。コレはその第一発目のリリース、2000年「BIANUAL TOUR」の様子を収録したライブ盤。このツアーだけで72枚も彼らはCDをリリースしてる。タイトルを見てのとおりコレはテキサス州ダラスで行われた10月17日のライブなんだけど、翌日行われたテキサスの別の街のライブも、4日前と3日前に行われたダラスの別の会場のライブもわざわざリリースされてる。現在このシリーズは全部で300枚越えてるとな。海賊盤憎し!と言えどココまで徹底するのはスゴ過ぎる。このシリーズが登場した当時はタワーレコードの PEARL JAM 売場にこの無愛想な紙ジャケがドサッと並べられてて結構気色悪く見えてたのを覚えてる。
●主張の激しいロックバンド PEARL JAM は、アメリカのチケット販売大手 TICKETMASTER「独占的な立場を利用して不当にチケットが高くしてるぜ」と訴えたり、反ブッシュ論陣を張ったり、環境問題にコミットしたりと、ナンデモカンデモ一生懸命な活動をしている。本当にマジメな人たちなんだなと、思うのです。



シアトルグランジには ALICE IN CHAINS というバンドもいましたね。

ALICE IN CHAINS「DIRT」

ALICE IN CHAINS「DIRT」1992年
●このバンドもシアトルグランジなんですよね。ヘヴィメタルの気配さえ感じる音楽デザインは、一際陰鬱で禍々しい感じがする。「グランジは暗い」というイメージは当時確かにあった。負の感情を絶叫する事で、80年代の明るい気分を一層してしまおうとする雰囲気。KURT COBAIN の自殺の後はそのイメージが決定的になりました。このバンドのボーカリスト LAYNE STALEYヒドいヘロイン中毒で身を持ち崩し、結果的に2002年に命を落とします。ヘロイン脳から滲み出るダークな世界です。呪術的にドロンドロン響くドラムとダークなリフロックに、悪魔のようなボーカル。あー気分が暗くなる。

ALICE IN CHAINS「JAR OF FLIES」

ALICE IN CHAINS「JAR OF FLIES」1994年
●ハエの瓶詰め、という悪趣味なジャケ。「DIRT」を受けて行われた世界ツアーとオルタナ系ロックフェス「LOLLAPALOOZA」への出演を経て久しぶりに故郷シアトルに帰ってみたら、なんと家賃滞納で家がなくなってたコトに気付いたバンド一同。ガックリ気分でスタジオに入り、ノープランでアコギをイジくってたら出来てしまった音源がコレ。結局のトコロ、コレも実に陰鬱。ドラムとベースが加わればシッカリダークになる。

ALICE IN CHAINS「UNPLUGGED」

ALICE IN CHAINS「UNPLUGGED」1996年
●本来はあまり興味の持てないこのバンドの音楽をチェックしてみようと思ったのは、このアンプラグドライブが意外な程よかったから。実にダウナーなサイケフォークアレンジと粘着質なボーカルが相まって、鬱屈たる空気感をドヨヨンと醸し出してる。ダメダメな倦怠感に浸りながら、気だるく惰眠を貪るのに格好なBGMになる。
●このアルバムの後に、ボーカル LAYNE STALEY のヘロイン中毒がどーしょーもない状態になり、バンドは長い活動休止状態に。そしてそのまま LAYNE2002年にオーバードーズで死んでしまう。しかしその後バンドは新ボーカリストを採用して2005年に再始動しております。



シアトルグランジ、まだまだ重要アーティストがいっぱい。

MUDHONEY「EVERY GOOD BOY DESERVES FUDGE..」

MUDHONEY「EVERY GOOD BOY DESERVES FUDGE..」1991年
シアトルグランジのシーンの中心になったのが、インディレーベル SUB POP。インディロックのファンジンを作ってた男が立ち上げたレーベルで、ココを足がかりにして多くのバンドが世に出ました。当然一番有名なのがあの NIRVANA。ココからキャリアを起こして世界的大ブレイクを果たします。しかしむしろバンドとしては彼らは後発だった方。1984年結成の MUDHONEY NIRVANA から見ると同じレーベル SUB POP の先輩格です。また実は PEARL JAM MUDHONEY は兄弟のような関係のバンドでもあります。かつて存在した GREEN RIVER というバンドが分裂して、片方が PEARL JAM へと進化。もう片方が MUDHONEY になったという経緯。
●音楽の雰囲気で言えば、今日取り上げてる音源の中でコレがボクにとって一番のグランジであります。ハードロックとハードコアパンクの折衷でありながらどこかスカスカした印象。薄汚れたサウンドの粗末さ安っぽさ技術の拙さ加減が実に独特。結果として奇妙な愛嬌が滲み出てくる。洗練とはホド遠い投げやりな脱力感覚がグランジの醍醐味とボクは信じております。

MELVINS「STONER WITCH」

MELVINS「STONER WITCH」1994年
NIRVANAKURT COBAIN が敬愛して止まなかった先輩格の3人組バンドであります。NIRVANA 大ブレイクへの足がかりとなった SUB POP 発のアルバム「BREACH」でドラムを叩いているのはこのバンドのドラマーだし、後に NIRVANA に加わったドラマー DAVE GLOHL(そんで現 FOO FIGHTERS の中心人物ね) を KURT COBAIN に紹介したのも彼らであります。前述の MUDHONEY ともメンバー交流があったりしてます。まさしくシーンの顔役ね。
●結成は1983年。BLACK SABBATH のヘヴィネスとハードコアパンクの爆発力を結合したスタイルはまさしくディス・イズ・グランジ。一方でメチャメチャテンポを下げてオドロオドロしい重低音リフをゴリゴリと響かせるスタイル、いわゆるストーナーロックのアプローチも非常に特徴的であります。ていうか重たいベースラインのみの反復だけで9分ぐらい持たせちゃう。このヤリ過ぎは悪フザケなのか?実験精神なのか?結果彼らの美学はドゥームメタルとかスラッジメタルとかドローンメタルとか呼ばれる領域まで到達してしまいます。



パワーポップ職人、MATTHEW SWEET。

MATTHEW SWEET「100% FUN」

MATTHEW SWEET「100% FUN」1995年
MATTHEW SWEETグランジかというと微妙。メロディがハッキリしていて明るい彼の音楽は当時からパワーポップと呼ばれていたから。そもそもシアトルじゃないし。でも1990年にブレイクして、ラウドなギターを鳴らしまくってた彼は明らかにグランジにシンクロしてたオルタナティブロックのアーティストだった。プロデューサーは PEARL JAM の時に触れた BRENDAN O'BRIEN。
●当時から大変な知日家として知られてて、自分のビデオクリップに日本のマンガやアニメ(寺沢武一「コブラ」高橋留美子「うる星やつら」)を用いて海外オタクの先駆として注目されてました。ラムちゃんのタトゥーを入れちゃったコトなどに、ボクはメッチャ親近感持ったもんね。リアルタイムでいうとこの一枚前のアルバム「ALTERD BEAST」にハマったなあ。

MATTHEW SWEET「SUNSHINE LIES」

MATTHEW SWEET「SUNSHINE LIES」2008年
●90年代前半にブレイクした後、前述の「100% FUN」以降の MATTHEW SWEET はナニゲに失速気味。THE THORNS というバンドを組んでみたりなんてコトもしてたけど…。でも実は堅実に自分のスタジオを作ってコンスタントに作品作りを続けている。実は90年代のブレイクの頃から繋いできた縁で、ユニークなミュージシャンといっぱい仕事しており、このアルバムにもその人脈が大勢見える。TELEVISION のギタリスト RICHARD LLOYD、RICHARD HELL & THE VOIDOIDS のメンバー ROBERT QUINE、THE BANGLES のボーカル SUZANNE HOFFS とか。
●チャーミングなボーカルとラウドなギターは健在。我が家の粗末なお風呂ラジカセで鳴らしてたら、その荒っぽい響きがビンテージな60年代ガレージロックと錯覚させるほどのインパクトがあって感動したのでありました。日本文化への造形もアニメを通り越して深まったのか、内ジャケで小林一茶の英訳俳句を引用していました。




むー。完全に風邪引いた。ゼンソク持ちなので、呼吸が苦しい。
●せっかくの連休だけど、昨日も明日も仕事。今日でなんとかこの風邪なおさないと。
●ということで、白湯にといた葛根湯を静かに飲んでおります。


facebookを眺めると、大勢の知人たちがアチコチにお出かけしててビックリ。「昨日仕事で一緒だったAさんが、瀬戸大橋にいるって書いてるよ。スゴいね」とワイフに行ったら「ワタシにしてみれば、出不精連休なんて当たり前のコトよ!アナタ連休にまともに休めたことなんてナイじゃない!」と切り返された。仕事のナイGW連休なんて確かにあまり記憶にないな…。


●あー。首筋にできてる帯状疱疹も、気になる。ときどき、ヒリ痛む。


●探してる本が、どこの本屋に行ってもナイので、結局アマゾン
●書店がアブナいと言われているから、出来ればリアル書店で買い物したいと思うのに、本当に一番のトコロへは手が届かない。残念。
下北沢レコファンも今年7月にクローズするそうだ。渋谷BEAMS店と合併だそうな。合併だからってナンだって感じ!ショックだよ!リアル店舗がなくなるのはやっぱよくないと思う。


ですので、今日は耳と心と、風邪によさそうなサーフミュージックを聴いてる。

JACK JOHNSON  FREINDS「BEST OF KOKUA FESTIVAL」
JACK JOHNSON & FREINDS「BEST OF KOKUA FESTIVAL」2012年
●これは、ハワイ在住のアーティスト、JACK JOHNSON が地元で仕掛けてきた KOKUA FESTIVAL というイベントの、2005年から2010年にかけての名演奏をまとめたライブ盤でございます。彼は、奥さんと共に「KOKUA HAWAII FOUNDATION」という基金を立ち上げて、地元ハワイの子どもたちの教育や環境に対して様々な活動をしてきたそうな。そんで毎年このようなフェスを開いて活動資金を集めていたという。ちなみに「KOKUA」ってのはハワイの言葉で「手助けする」という意味だそうな。地元に貢献するって、よいね。
●で、JACK JOHNSON 本人と豪華なフェス参加アーティストのコラボがいっぱい。そもそも彼がアーティストとしてデビューするキッカケとなった G.LOVE BEN HARPER など縁深い友人たちはもちろん、シアトルグランジの雄 PEARL JAM のボーカリスト EDDIE VEDDERZIGGY MARLEY DAMIAN "JUNIOR GONG" MARLEY といった BOB の息子たち(見事なレゲエを聴かせてくれます!)、さらには、JACKSON BROWNE、TAJ MAHAL(←現在ハワイ在住なんですって)、WILLIE NELSON、といった大ベテランまで参加してる。日本でもお馴染みのウクレレプレイヤー JAKE SHIMABUKURO をはじめ地元ハワイのミュージシャン、JACK 本人が主宰するレーベル BRUSHFIRE RECORDS のアーティストたち…手作り感満載です。
JACKSON BROWNE JACK JOHNSON が気持ちよく歌い上げる EAGLES のヒット曲「TAKE IT EASY」は爽やかでイイねえ〜。WILLIE NELSON はカントリー世界の大御所という認識であまり個人的には馴染みがないのですが、実は筋金入りのヒッピーで保守系のカントリー界では異端視されている存在らしい。バイオディーゼルの普及運動にも熱心で、これが JACK JOHNSON のエコ志向との接点になっている模様。ああ彼も今はハワイ暮らしなんだ。ボクも老後はハワイに移民しようかしら。

JACK JOHNSON「SLEEP THROUGH THE STATIC」

JACK JOHNSON「SLEEP THROUGH THE STATIC」2008年
●ハワイ生まれハワイ育ちのこの人はそもそも早熟なサーファーで、10代にして大きな大会に招かれる程の実力をもっていたそうな。お父さんも有名なプロサーファー。しかしそのサーフィンで大ケガを負ってプロ生活は引退。西海岸の大学へ進んで映像を学び、その延長で作ったサーフムービーに自分のギターでサントラを付けたのがキッカケになって、その音楽が注目されたという人。G.LOVE のアルバムに楽曲を提供し、BEN HARPER が関連するレーベルからアルバムを出すに至るのです。
●そもそも、なぜサーフィンと彼のようなアコギ一本でのフォークミュージックが結びついたのか?60年代の段階では、サーフロックって「デンデケデケデケ!」 THE VENTURES または映画「パルプフィクション」 DICK DALE「MISALOU」的な荒々しいアプローチだったですよね。サーフ&ホットロッドとかいって、当時の最先端ユースカルチャーとして、自動車爆走ヤロウとかとも結びつけられてたもんね。THE BEACH BOYS もモチロン有名だけど彼らはカリフォルニア育ちってだけでサーフィンしてたのはたった一人だけだったはず。その後の再評価の場面でも、ドチラかといえばパンクシーンとの結びつきが強い印象が。西海岸スケーターロックとかもバリバリのハードコア発だし、SUBLIME もレゲエとパンクの結合形態でしたよね。まさに JACK JOHNSON たちがその世界観を変えたのでしょう。
サーファーが元来持っていた「サーフィンへの愛」や「地元への愛」「同胞への愛」という部分がより際立って、特殊なスピリチュアリズムやエコ意識、ピース思想に到達している感じがします。JACK JOHNSON DONOVAN FRANKENREITER は自分自身にサーファーだった過去があり、その延長の中でこのシンプルでオーガニックな世界観が熟成されたのかも。サーフィンをしているその瞬間の興奮というよりも、サーフィンに寄添う生活全体、サーフィンを囲む環境、人間の暮らし振り…それらを全部飲み込んだ人生のサウンドトラックというべき境地。ボクのヨガの先生が、JACK JOHNSON の音楽にハマっているってのも、ナニかが繋がってる感じがする。オマケに、このアルバムは、ソーラー発電によって電力が賄われているスタジオへ、ハワイからロスまでワザワザ出向いて作ったらしい。
●シンプルがゆえに、この音楽はヘッドフォンで聴いた方が効く。その息づかいも実はキチンと封じ込まれてるから、ゆっくりゆっくり深呼吸するように、この音楽を耳イッパイに吸い込んだ方がイイ。

「THIS WARM DECEMBER - A BRUSHFIRE HOLIDAY VOL.2」

VARIOUS ARTISTS「THIS WARM DECEMBER - A BRUSHFIRE HOLIDAY VOL.2」2011年
●さて、こちらは JACK JOHNSON が主宰するレーベルの BRUSHFIRE RECORDSクリスマスコンピレーション。なぜゴールデンウィークにクリスマスなの?とはツッコマナイで下さい。「KOKUA FESTIVAL」にも参加していたミュージシャンがこちらにもイッパイ。現在は G.LOVE 自身もこのレーベルに移籍、イイ感じのブルースを温もりタップリに紡いでいます。ROGUE WAVE という名前のバンドによる「JINGLE BELL ROCK」が陶酔感漂うエコー気分で最高。BEASTIE BOYS の日系キーボーディスト MONEY MARK もいつの間にかココにおりました。とってもピースでチャーミングな音楽!変わりドコロではUKのシューゲイザーバンド SLOWDIVE のオリジナルギタリスト NEIL HALSTEAD という人物がヒョッコリ在籍。ギターの一音一音の響きを大切にした優しい音楽を鳴らしている。JACK JOHNSON 自身も新曲を2曲投下。東日本大震災当日には公演のために大阪に滞在していた JACK。この年のクリスマスには思う事がいっぱいあったのかも。東北を含むツアーはキャンセルされたけど、スグに寄付を申し出たと言います。
●6枚目と鳴る新作アルバムはいつ?という質問に対し、JACK 本人は「現在予定なし」と答えてるらしい。「曲作りの時間と、ただ生きるだけの時間のバランスが難しい」とのこと。「ただ生きるだけの時間」って一体どんな時間の事だろう?ボクは仕事バカリしてて、実は「ただ生きる」なんて行為は全くしていないのかも知れない。



もうちょいサーフ系の音楽をいってみましょう。女性版 JACK JOHNSON。

TRISTAN PRETTYMAN「TWENTYTHREE」

TRISTAN PRETTYMAN「TWENTYTHREE」2005年
女性版 JACK JOHNSON という触れ込みで登場したアメリカ西海岸はサンディエゴ出身のシンガーソングライターさん。タイトル通り、彼女が23歳の時にリリースしたデビューアルバム。訥々とした彼女の声はやや色気不足な気もしますが、アフターサーフでレイドバックした気分は伝わるのです。当時のボーイフレンドだった JASON MRAZ も参加しております。

TRISTAN PRETTYMAN「HALLO...X」

TRISTAN PRETTYMAN「HALLO...X」2008年
●つつましやかながら、それなりにリッチなバンドサウンドが多くなって、より取っ付きやすくなったセカンドアルバム。WIKIPEDIA を読むと、サーフィンに夢中な彼女が音楽に興味を持ったのは、ANI DIFRANCO の存在を知ってからだそうだ。ここで NY のパンクフォーク女傑が登場するのはなんだが意外だけど、目の前の日常を心こめて歌うという意味では一緒なのかも。サンディエゴの日常を見つめると自然とこんな表現に着地するってコトか。ボクが20年近く前に訪れたサンディエゴの街はキレイな観光都市で(シーワールドとかでシャチのショーを見てしまったよ)、ロサンゼルスの殺伐とした気分からはもっとリラックスした様子だった。

ANI DIFRANCO「DILATE」

ANI DIFRANCO「DILATE」1996年
●せっかくだから、TRISTAN PRETTYMAN が刺激されたというシンガーソングライター ANI DIFRANCO まで行っちゃう。まー彼女にはサーフ感覚は無縁です。ニューヨークという激しい都会生活で、バリバリとトゲトゲしくなってしまったパンクな自意識が、フォークという実は DO IT YOURSELF 精神と実に相性のイイ様式を借りて、絶叫しています。とはいえ、そこは文字通りの絶叫はなく、実にウネリあるオーガニックなグルーヴが緊張感と張りつめた色気を漂わせて渦巻く感じ。時にスキンヘッド、時に長いドレッドでパリパリの気合いを周囲にまき散らす彼女の音楽は、だいぶアナドレナイです。彼女もまた自分のレーベルを持ち、そしてコンスタントにアルバムをリリースし続けている勤勉な活動家であります。




川上未映子さんの本を読む。

川上未映子「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」

川上未映子「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」
●芥川賞作家となる川上未映子さんが、その受賞以前からブログに綴っていた文章をまとめたエッセイ集。気取らない大阪弁で語られるその文章に独特のグルーヴがあって、内容に関係なくその文章グルーヴにグルグル巻き取られてしまうような感触。これほどの体験はないってホドの中毒性グルーヴに、こりゃ楽しい!とクスクス笑いながら読んでしまうのです。こんな文章を書けるようになれたらな…なんて一瞬だけウットリと考えました。
●あ、芥川賞作品「乳と卵」も読みました。おもしろかった…。グルーヴィにという性が語られています。
●音楽アーティストとしての、未映子さんの作品はまだ触れた事がない。いつか聴いてみたい。

山崎ナオコーラ「指先からソーダ」

山崎ナオコーラ「指先からソーダ」
●やはり女性作家のエッセイ集。川上未映子さんのような不定形グルーヴというよりは、硬質で透明度の高い文章が印象的。美しい言葉の力を信用している感じが伝わってくる。文章家としての潔さというか。なんだかマンガ家・今日マチ子さんと印象がかぶるのはマチ子さんの作品「炭酸水の底」とタイトルの印象がカブルからかな?