2009.07.05
追悼。NOAH 三沢光晴選手。そしてそれに絡んで nobodyknows+ の思い出。
●プロレスリング・ノアの三沢光晴選手が、6月13日に亡くなりました。ご冥福をお祈りします。
(正直、マイケルの時よりも衝撃を受けた…。)●ボクのキャラを個人的に知る人は、ボクがプロレスを語ろうなどするのが意外と思うに違いない。実際自分でも無謀だと思う。もっと熱い思い入れを持つ人こそが、かの英雄を語る資格があると思う。この文章で気分を害する方がいるのなら、最初にお詫びしておきます。
●そんなボクがなぜこの悲報にショックを受けたのか。
●生まれた瞬間の小鳥が初めて見たモノを自分の親と思い込むのと同じ仕組みで、ボクにとっての純粋な「プロレス体験」は、まさしく「NOAH 体験」であり「三沢体験」なのです。鍛え抜かれた肉体のぶつかり合いを、生で、しかもリングサイドで見た経験。アレはあまりに衝撃的で、この激しいエナジーを得るがために人々が集まるのだなと、骨の髄まで思い知らされた。
●最初は仕事のお付き合いで、試合を観に行ったんだわな……たしか2005年頃……選手の名前もわからないし、きっとどんな技が決まってるかもわからない……楽しめないだろうな、と思って会場に向かった。そしたら、なんと用意してもらってた席がリングサイドだったのだ。どわー、リングサイドかよ!テレビでしか観た事ない風景が見えるよ!つーか、リングアウトした選手が目の前に転がって来るよ!
●そこからは、キラキラ光る照明の中で戦う男たちの華麗な技に、そのまま酔いしれてしまった。丸藤正道が空中を軽やかに回転し、相手の身体に絶妙な角度で飛び込む!KENTA の生意気で挑発的な顔!本来はベビーフェイスで身体も大きくない彼が、俊敏な動きと剥き出しの闘志で一回りも二回りも大きく見える。そして重戦車・秋山準。デカい…!いかにリングサイドの席でもテレビカメラのアップほど実際に近くに感じる事はできないだろう。でもその闘気は会場全体に放射され、一つ一つの打撃が目の前で炸裂するように感じられるのだ。ヘビー級の打撃で飛び散る汗で全身がズブ濡れになるかのように思えた。
●一番印象深いのは、小橋建太。常に満身創痍。度重なる欠場。その後腎臓がんまで患ってしまう。でも、小橋が力の限りに打ち込む袈裟切りチョップの渾身の連打は、彼が苦しんだリハビリ生活、鬱屈とした日々、復帰に向けた厳しいトレーニング、その全てを剥き出しに語ってしまっているのですよ。コレがプロレスなのか!ドラマチック!
●そして、エメラルドグリーンの閃光。三沢光晴。実は彼がタイガーマスクであったコトは、今回の事故報道で初めて知った。ボクは彼の偉大なキャリアの最末期しか知らない。それでも、若手が繰り出す向こう見ずなエネルギーを全て受け止め、そして倍返しでブチカマす三沢社長の凄まじさは瞬間的に理解出来た。会場から「ミサワ!」コールが湧き上がる。カリスマってこういう事だ。音楽ファンであるボクは、ボクの位置と格闘ファン、プロレスファンの位置がそんなに違わないコトを深く理解した。素晴らしいパフォーマンスは人を魅せるし、それは音楽であろうとプロレスであろうと、本物であれば、リアルであれば変わらないのだ。
●それからは、ホンのお付き合いのツモリだったコネを最大限に利用しては、重要な大会に潜り込んだものだった。今思うとスゴいコトだが、リングサイドの席が取れなかった時は、放送席のスミッコに座らせてくれたのだ(つーか、これナイショ?ヤバい?)。ホントすいません、ホントお邪魔しました。ホントよくしてもらいました。スタッフの人たちみんなイイ人でした。放送席なんで、マジで選手が転がり込んで来る。凹むテーブルにひっくり返るパイプ椅子。おーライブだわ。
●しかし、三沢さんの悲劇は、ボクにとってプロレスノアの思い出が終わってしまったような意味に響いてしまった。ボク自身が病気になってからは会場に行くのは完全に無理になってしまったし、深夜の「プロレスノア中継」も終わっちゃったし…。
●あの番組は結構よく見てたんだ…終電も終わった深い夜の残業の合間、クタクタになって仕事しながら、あのプロレス中継を見てるとコッチが励まされてくるんです。丸藤と KENTA がアメリカ武者修行を経てヘビー級へと挑戦して行く時期は、世代も近いとあって素朴に頑張れー!って思ってたもんね。…でも今では番組は終了しCS放送に行っちゃった…。そんな風に、ノアが、どんどん縁遠くなってく中での、この悲劇だ……。
●昨日は、ディファ有明で三沢光晴選手のお別れ会が行われた。
●故人を偲んで25000人のファン/関係者が集まったという。その日の深夜に放送されてた追悼特別番組では、三沢選手のレスラー人生を総括した名勝負を紹介していた。一人夜更けに番組を見てて、素朴にスゲエなと思った。故人となってしまったコトを忘れて、その見事なファイトに魅入ってしまった…。格闘技も多様化細分化されている時代において、プロレス/ノアのスタイルが果たして本当に有効なのか?そうした議論は格闘技ファンの人々に任せます。門外漢であるボクが言えることは、戦う者同士が、互いの力を限界まで振り絞る姿は、純粋にカッコいい。ただソレだけです。

(リング上に捧げられた大量の献花。故人の偉大さが忍ばれます。)
●ここで全然話が変わるのですが…名古屋出身のヒップホップグループ nobodyknows+ がノアの大ファンなのです。
●ナゼそんなコトがわかるのか?ボクが数回行ったノアの試合、リングサイドでの観戦で、見つけてしまったのです。やはりリングサイド席で、猛烈に盛り上がっている nobodyknows+(略称ノーバ)のMC ヤス一番?さんと、ノリ・ダ・ファンキーシビレサスさんを。しかも二回も!コレ絶対ハードコアなファンであるコトの証拠になり得るでしょ。プロレスファンと音楽ファンは大きくカブルもんでもないから、その会場でヤスさんとノリさんの存在に気付いてたのは多分ボクだけ。でも異常な盛り上がり方でスゴく目立ってたのです。……ちなみに今知ったんだけど、ノーバの公式HPのグラフィックがルチャリブレになってます…あの人たちはハードコアなプロレスファン。もう絶対偶然じゃないよね。
●だから今日は、輝かしいノアの記憶と折り重ねて、最近のノーバのシングルを聴くのです。
![]() | Villain’s Pain/イマイケ サンバ (2008/07/30) nobodyknows+ 商品詳細を見る |
●nobodyknows+「VILLIAN'S PAIN (HERO'S COME BACK !! 〜OTHER SIDE〜) / イマイケサンバ」2008年
●nobodyknows+(略称ノーバ)の存在を知ったのは、2004年頃だったと思う。名古屋の公園で5000人のフリーライブを成功させたというニュースを聞き、名古屋独自のヒップホップシーンが熟成されているコトを、彼らの存在を通じて初めて認識する。よくコメントをくれる ohguchi に言わせればより深いアンダーグラウンドシーンがあると解説してくれるだろうが、5年前のボクは、東京以外のローカルでシーンが生まれるというのは、アメリカのヒップホップが東西2大都市に限定されてた段階から全米に拡散していく過程とリンクして行くように見えて非常にクールな状況に思えた。そんで、この年の年末、彼らは「紅白歌合戦」に出場するまでに至るのです。
●ノーバはスピード感溢れる5MCのマイクリレー(←当時。現在は4MC)が売りで、個性派MCばかりを集めたスタイルが、ボクには WU-TANG CLAN を連想させた。ことリングサイドでアゲアゲだったヤス&ノリの2MCは完全に切り込み隊長のポジション。名古屋、フトコロ深し。
●このシングルは既発曲「HERO'S COME BACK !!」の続編?的位置にあるかのような、RUN D.M.C.ばりのハードロッキンなギターリフが鈍く光る金属トラックで、多分ヤスさんがリードヴァースを握ってる。カップリングの「イマイケサンバ」はベタなタイトルのワリには骨太なハウシービートとサンバが絡んだ高速トラックで、4MCそれぞれの見せ所がハッキリしててカッコいい。実にオトコ臭く、ヒップホップに忠実なような気がする。
![]() | Fallin’ (2009/02/11) nobodyknows+ feat.シゲルBROWNシゲルBROWN & The Spice Stars 商品詳細を見る |
●nobodyknows+ FEAT. シゲルBROWN「FALLIN'」2009年
●本来は今年2月のリリースなんでジャケが完全冬です。で、シゲルBROWN って誰?って話ですが、声聴けばわかります。サビのフックラインを太い声で歌い上げる存在感。従える女性コーラスはなんと AMAZONS。久保田利伸の作品で活躍してその後単体デビューした3人コーラスだよね。シゲルはそんくらいベテラン。いやいやもっとベテラン。1988年という設定でディスコファンクライブバージョンのテイクが収録されてます。込み入った設定だ。ヤス一番?の筆によるシゲルBROWN のポートレイトがCDにプリントされてるのでスキャンします。CDの色がシゲル本人の肌の色をそのまま示してます。ね、誰だか一発でわかるでしょ?
(はい、松崎しげるさんです。)●nobodyknows+ と SEAMO(A.K.A. シーモネーター)、HOME MADE 家族 といった2000年代に登場して来た名古屋のヒップホップアクトを、ボクは個人的に「名古屋スクール」と呼んでます。彼らは、地元名古屋の同じシーンの中からキャリアを起こし、それぞれの戦略でメジャーシーンに登って来た男たち。それでいながら、レペゼン名古屋の精神を失っていない。今度、彼らのコトをまとめて考えてみたいと思ってます。
2009.07.04
ノマドのにっきちょう。7歳のボーイズライフに浸る。
●最近は、カラダがとっても疲れ気味で、ブログの文章を考えるのも億劫なホドなのです。
●そこで、今日は小学二年生の息子ノマドの日記を引用してしまうのです。つーか、たまたま読んだら、これがソコソコ楽しかったもんですから。リアルな7歳ボーイズライフです。

○月○日「きょうりゅうてん」(きょうりゅうてんは、はくぶつかんのこと)
きょうりゅうてんにいくじゅんびで、うちにある きょうりゅうにかんけいある本すべてをもっていったけど、音声ガイドがあったから、もってきたいみもなくてショックだったです。本もののほねもさわりました。ニジェールではっけんされたニジェールサウルスのはが、まっすぐだったところがおもしろかったです。地きゅうかんでは、ほんもののイン石や月のかけらも見ました。月のかけらは2ミリや3ミリのものばかりでした。イン石はデコボコでした。
(文章の長さとしてはこの辺がマックスです。これでヤツの使ってるノートで見開き2ページ分になるのです。…この日は重たい図鑑を4冊くらい、バッグが破けるんじゃないかという量の本を担いで博物館に出かけて行きました…ボクは行かなかったけど…夢中で盛り上がるノマドの粘着質なペースに、連れて行ってくれたジジババの皆さんはかなり消耗気味だったそうです。すいません…。)
○月○日「は」
きょう、はいしゃにいって六こ目のはをぬきました。上にひっぱっても「は」はぬけなくて、ひねってぬきました。いたくて、うがいをしたら「ち」がでてびっくりしました。
(息子ノマドは、自分の抜けた乳歯を小さなケースに集めて保存し、「ノマドのボウヤ」と称して可愛がっています。意味も意図も理解出来ませんが、オモシロいからそのままにさせてます。)
○月○日「ざんこくな天しのテーゼ」
きょうカラオケにいってエヴァンゲリオンの歌、さんごくな天しのテーゼを歌いました。けど、ざんこくな天しのテーゼだから、ざんこくなえいぞうだから、歌うきをうしないました。
(この日のショックで「エヴァ」を見るのを躊躇していたノマドヒヨコですが、昨日の金曜ロードショーで放送してた「エヴァンゲリオン新劇場版:序」は楽しく見てました。……今月深夜放送している初回アニメ版を見てたら、主人公・碇シンジくんはウチのノマドと同じ2001年生まれの同い年というコトがわかった。「ノマドが中学生になったら、パパ、ノマドに突然エヴァに乗れって言うからよろしくな!」「えー!やだ!」マジでビビるノマド)
○月○日「ばば」
きのう、ばばの家へいきました。たま川という川にいって化石を見つけるつもりでしたが、化石は見つかりませんでした。だけど、きょうりゅうのたまごのかたちの石をばばの家にもってかえって、エノグでたまごのかたちの石をぬりました。

(ヒヨコといっしょに拾って来た石にトールペイントの塗料で彩色しました)
○月○日「バトスピ」
きょうの朝、バトスピをやって、ぼくたいパパでやっていました。ぼくがぎゃくてんしょうりをして、そのバトルの時間は30分です。パパがくやしくて二回せん目をやろうといったけど、ママはかいものにいく前に一回しかダメっていってたので、パパに、ママがだめっていってたからダメっていいました。
(バトスピに関しては、父子の実力はもう五分五分です。一回の勝負に一時間以上かかるのも珍しくありません。この日は、息子ノマドが優越感タップリに「きょうはオレのカチ!」とのたまっていて、マジで悔しかったのを覚えてます。当然ノマドもボクも先月発売された新シリーズ「バトルスピリッツ 龍帝」をゲットしてさらなる軍拡競争を繰り広げています。)
(このパックでカード8枚入り。強いカードが入ってますように!)
○月○日「テンタくんの家」
きょうテンタくんの家にいってプラレールをずーっとやってたけどおもしろかったです。テンタくんとともだちになれてうれしかったです。テンタくんもたのしいなあとおもってるとおもいます。なぜなら、かえる時ぼくにキスをしたからです。
(期待のユカイなオトコノコ、テンタくんにボクら夫婦は素朴なファンです。やることなすことユニークでチャーミング。ノマドにピッタリなトモダチと勝手に思ってます。)
○月○日「あなぼり」
きょうユウタくんの家にヒヨコといきました。そしてあなほりしたけれど、たのしすぎてせつめいできないです。さいご、ヘラクレスオオカブトになっていてうごけませんでした。
(どんな穴か説明しろよ!そしてヘラクレスって意味ワカンネエよ!)
○月○日「さんすう」
きょうぼくはさんすうのじゅぎょうで少人数をやりました。まちがいを十回以上やりなおしたので、なにがなんだかわからなくなってきたから、シュクダイにされました。ショックでした。
(2年生になったノマドは今年からクラス単位ではなく、10数人単位のグループに分かれて算数の授業を受けてます。算数の理解度を上げるためのウチの小学校の取組みの一つだそうです。でもコイツ、算数〜数学ダメかも。ボクと一緒で。)
○月○日「スーパーマリオブラザース」
きょうババの家でスーパーマリオブラザースの「1の1」と「1の2」をノマドがやって、ババが「1の3」と「1の4」をやってみました。クッパが出てきたので、ノマドにこうたいしてノマドがクッパをたいじしました。こんどはファイアマリオでたいじしたいです。
(我が家ではゲームは15分限定。ババの家の方がノビノビやれる。とうとう、クッパを超えたか息子よ。ファイアマリオで倒すクッパの優越感は確かにたまんないな。)
○月○日「おふろ」
きょうのおふろの湯で波をつくっておこられました。おふろの中で波をつくって、ぼくもながされたので、ぼくはおふろから出てもまだながされたきぶんでした。だからきもちがちょっとわるくなりました。
(妹ヒヨコはシャンプー一本全部を床にまいて、スケート選手ゴッコをして怒られたりしてました。バカばっかです。)
○月○日「かっぱ」
きょうのひる休みで、いっぱいあそんだから、そうじの時みんなに「かっぱだ」と言われました。その理ゆうは、あせでかみのけ立ってたからです。びっくりしました。
(ノマドはジブンの髪型がイケテルと思ってるフシがあって、ちょっとムカつきます)
○月○日「れいぞうこ」
きょう大事件がおきました。それはれいぞうことれいとうこの中みが、ぜんぶとけてたことです。電気だいやしょくじだいがもったいないから、エコををして電気だいとしょくじだいをもとにもどしたいです。(だれかがしめわすれた)
○月○日「れいぞうこ」
きょうも大事件がおきました。それはだれかがしめわすれたんではなく、れいぞうこ本体がこわれていたから、中のものがぜんぶとけたんです。だからきょう、れいぞうこをかいかえることことになりました。びっくりしました。
○月○日「なめくじ」
きのう、キャベツになめくじがいて、キャベツをたべたりウンチをしていたりしていました。ママは「れいぞうこの中になめくじがいて、さむいからとうみんしてたのに、れいぞうこがこわれてあつくなったからキャベツをたべた」と言ってました。ママはこわいから、ぼくに、にわにうめてきて、と言ったからぼくは行きました。いままでこんなやさいをくってたから、びっくりしました。
(「大事件」初日、ノマドが楽しみにしてたアイス「ガリガリ君」が完全に溶けて、タダの水色の液体になってしまった。ヤツはこの惨事に抗議したが、ワイフは絶対ノマドが冷凍室のドアをキチンと閉めなかったと主張。しょーもないコトで言い合いをするなよ…と会社帰りのボクは思ったが、実は誰のせいでもない、冷蔵庫自体が突然機能を失ってしまったのだ。夫婦二人で冷蔵庫にカオを突っ込み、冷気が出てるか必死に確認。どうやら冷凍室だけじゃなく、冷蔵室も野菜室も機能停止しているらしい。…冷蔵庫が壊れるってのは、意外と生活にインパクトを与えるもんだ。痛む前に急げ!ということで、食卓は冷凍食品オンパレードになった。冷凍ギョーザを何十個も食った気が…。)

(そんで翌日の夕方には、会社帰りでワイフと合流、新宿ビックカメラで冷蔵庫を購入。今話題の「エコポイント」までゲットしてしまった!冷蔵庫のポイントは貯蔵リットル数で決まるみたいで、家族四人タイプを購入して10000ポイントゲット、加えて古いのをリサイクルしてもう5000ポイントゲット。…しかし、コレをいざ申請すんのは異常にめんどくさいね。ホントに役所仕事ってヤツは…。…配送に2日かかってしまいます、ってのがワイフには一番ショックだったらしい。「即日配送って書いてあるのに!」)

(古い冷蔵庫は新婚の時に買ったから、実は十年使ったし、実際家族が増えた今ではチト小さかったのよね。新しいヤツは大きさが約2倍になったのに、節電効率はズッといいらしい。ただ時代が保守的なのか、色はツマンナイヤツばかりになってしまって、メタルピンクというへんな色を選ばざるを得なかった。ヒヨコは黄色の方がカワイクて好きだったらしい。)
○月○日「サッカー」
きょう、サッカーのれんしゅうがありました。れんしゅうやサッカーのゲームで一回もパスをもらえませんでした。くやしいです。
(ヘタレすぎてコメントもないです…。)
○月○日「だんご虫」
きょうサッカーがありました。そのかえり、だんご虫をひろってかえりました。さいしょは五ひきだっだけど、家についたら四ひきしかいませんでした。びっくりしました。さて、おふろに入ろうと思ってズボンをぬいだら、ママが「ギャーーー」と言って「何」と聞いたら「だ、だんご虫」と言ったのでびっくりしました。見ると家のカーペットにだんご虫がいました。きをうしないました。
(誰が気を失ったのか?ママか?ノマドか?だんご虫か?ネタを5割増に膨らますテクをもう探ってるのかよ…。)
○月○日「フリーマーケット」
きょう、代々木公園でフリーマーケットがありました。フリーマーケットで外国人(おとなの)がぼくのおもちゃをかったついでに、記ねんしゃしんや名前を聞かれました。おとなの外国人が子どものおもちゃをかったのがビックリしました。
(戦隊モノのロボットは外人から見るとかなりキッチュな造形に見えるのかも。100%英語しかしゃべらないお客だったようだけど、ノマドは電池の入れ方も説明してやったらしい。「え、なに?…BATTERY?バッテリーのことかな?デンチはここからいれるの!」)
○月○日「CD」
きょう、パパがぼくがほしかったCDをかってくれて、CDのつかいかたまで教えてくれました。うれしかったです。(「CD」の中で一番すきなのは「うそ」というだい名のです)
(「鋼の錬金術師 FULL METAL ALCHEMIST」の主題歌、シド「嘘」という曲を欲しがってたのです。買ったんじゃなくて、仕事関係の人からもらっただけなんだけど。そんでひとまずボクの寝室にあるCDラジカセの使い方を教えてやった。この三角マークがプレイボタンだ、CDの鏡のようになってる方はベタベタ触っちゃダメ、ココに光を当てて反射したモノからデータを読み取る仕組みだからな…。ともかく、コレがノマドにとっての人生初めての一枚だ。大事にしなさい。そんでもっとイロイロな音楽を聴きたかったらおこづかいを貯めてパパみたいに一杯買え。ワイフ「とんでもない!ノマドはCD集めちゃダメよ!ノマドまで集め出したら家がパンクしちゃう!」ノマド、大事な保管場所を本棚の中に決め、ラジカセで早速鑑賞。シングル曲「嘘」だけじゃなく、他のアルバム曲にもお気に入りを見つけたらしい。「パパ、「光」ってキョクもカッコいいかも!」)
(このシドってバンドは、ラルク風のバンドらしい…。ノマドにあげちゃったから、あまり聴いてないんだけど…。)
●そこで、今日は小学二年生の息子ノマドの日記を引用してしまうのです。つーか、たまたま読んだら、これがソコソコ楽しかったもんですから。リアルな7歳ボーイズライフです。

○月○日「きょうりゅうてん」(きょうりゅうてんは、はくぶつかんのこと)
きょうりゅうてんにいくじゅんびで、うちにある きょうりゅうにかんけいある本すべてをもっていったけど、音声ガイドがあったから、もってきたいみもなくてショックだったです。本もののほねもさわりました。ニジェールではっけんされたニジェールサウルスのはが、まっすぐだったところがおもしろかったです。地きゅうかんでは、ほんもののイン石や月のかけらも見ました。月のかけらは2ミリや3ミリのものばかりでした。イン石はデコボコでした。
(文章の長さとしてはこの辺がマックスです。これでヤツの使ってるノートで見開き2ページ分になるのです。…この日は重たい図鑑を4冊くらい、バッグが破けるんじゃないかという量の本を担いで博物館に出かけて行きました…ボクは行かなかったけど…夢中で盛り上がるノマドの粘着質なペースに、連れて行ってくれたジジババの皆さんはかなり消耗気味だったそうです。すいません…。)
○月○日「は」
きょう、はいしゃにいって六こ目のはをぬきました。上にひっぱっても「は」はぬけなくて、ひねってぬきました。いたくて、うがいをしたら「ち」がでてびっくりしました。
(息子ノマドは、自分の抜けた乳歯を小さなケースに集めて保存し、「ノマドのボウヤ」と称して可愛がっています。意味も意図も理解出来ませんが、オモシロいからそのままにさせてます。)
○月○日「ざんこくな天しのテーゼ」
きょうカラオケにいってエヴァンゲリオンの歌、さんごくな天しのテーゼを歌いました。けど、ざんこくな天しのテーゼだから、ざんこくなえいぞうだから、歌うきをうしないました。
(この日のショックで「エヴァ」を見るのを躊躇していたノマドヒヨコですが、昨日の金曜ロードショーで放送してた「エヴァンゲリオン新劇場版:序」は楽しく見てました。……今月深夜放送している初回アニメ版を見てたら、主人公・碇シンジくんはウチのノマドと同じ2001年生まれの同い年というコトがわかった。「ノマドが中学生になったら、パパ、ノマドに突然エヴァに乗れって言うからよろしくな!」「えー!やだ!」マジでビビるノマド)
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○月○日「ばば」
きのう、ばばの家へいきました。たま川という川にいって化石を見つけるつもりでしたが、化石は見つかりませんでした。だけど、きょうりゅうのたまごのかたちの石をばばの家にもってかえって、エノグでたまごのかたちの石をぬりました。

(ヒヨコといっしょに拾って来た石にトールペイントの塗料で彩色しました)
○月○日「バトスピ」
きょうの朝、バトスピをやって、ぼくたいパパでやっていました。ぼくがぎゃくてんしょうりをして、そのバトルの時間は30分です。パパがくやしくて二回せん目をやろうといったけど、ママはかいものにいく前に一回しかダメっていってたので、パパに、ママがだめっていってたからダメっていいました。
(バトスピに関しては、父子の実力はもう五分五分です。一回の勝負に一時間以上かかるのも珍しくありません。この日は、息子ノマドが優越感タップリに「きょうはオレのカチ!」とのたまっていて、マジで悔しかったのを覚えてます。当然ノマドもボクも先月発売された新シリーズ「バトルスピリッツ 龍帝」をゲットしてさらなる軍拡競争を繰り広げています。)
(このパックでカード8枚入り。強いカードが入ってますように!)○月○日「テンタくんの家」
きょうテンタくんの家にいってプラレールをずーっとやってたけどおもしろかったです。テンタくんとともだちになれてうれしかったです。テンタくんもたのしいなあとおもってるとおもいます。なぜなら、かえる時ぼくにキスをしたからです。
(期待のユカイなオトコノコ、テンタくんにボクら夫婦は素朴なファンです。やることなすことユニークでチャーミング。ノマドにピッタリなトモダチと勝手に思ってます。)
○月○日「あなぼり」
きょうユウタくんの家にヒヨコといきました。そしてあなほりしたけれど、たのしすぎてせつめいできないです。さいご、ヘラクレスオオカブトになっていてうごけませんでした。
(どんな穴か説明しろよ!そしてヘラクレスって意味ワカンネエよ!)
○月○日「さんすう」
きょうぼくはさんすうのじゅぎょうで少人数をやりました。まちがいを十回以上やりなおしたので、なにがなんだかわからなくなってきたから、シュクダイにされました。ショックでした。
(2年生になったノマドは今年からクラス単位ではなく、10数人単位のグループに分かれて算数の授業を受けてます。算数の理解度を上げるためのウチの小学校の取組みの一つだそうです。でもコイツ、算数〜数学ダメかも。ボクと一緒で。)
○月○日「スーパーマリオブラザース」
きょうババの家でスーパーマリオブラザースの「1の1」と「1の2」をノマドがやって、ババが「1の3」と「1の4」をやってみました。クッパが出てきたので、ノマドにこうたいしてノマドがクッパをたいじしました。こんどはファイアマリオでたいじしたいです。
(我が家ではゲームは15分限定。ババの家の方がノビノビやれる。とうとう、クッパを超えたか息子よ。ファイアマリオで倒すクッパの優越感は確かにたまんないな。)
○月○日「おふろ」
きょうのおふろの湯で波をつくっておこられました。おふろの中で波をつくって、ぼくもながされたので、ぼくはおふろから出てもまだながされたきぶんでした。だからきもちがちょっとわるくなりました。
(妹ヒヨコはシャンプー一本全部を床にまいて、スケート選手ゴッコをして怒られたりしてました。バカばっかです。)
○月○日「かっぱ」
きょうのひる休みで、いっぱいあそんだから、そうじの時みんなに「かっぱだ」と言われました。その理ゆうは、あせでかみのけ立ってたからです。びっくりしました。
(ノマドはジブンの髪型がイケテルと思ってるフシがあって、ちょっとムカつきます)
○月○日「れいぞうこ」
きょう大事件がおきました。それはれいぞうことれいとうこの中みが、ぜんぶとけてたことです。電気だいやしょくじだいがもったいないから、エコををして電気だいとしょくじだいをもとにもどしたいです。(だれかがしめわすれた)
○月○日「れいぞうこ」
きょうも大事件がおきました。それはだれかがしめわすれたんではなく、れいぞうこ本体がこわれていたから、中のものがぜんぶとけたんです。だからきょう、れいぞうこをかいかえることことになりました。びっくりしました。
○月○日「なめくじ」
きのう、キャベツになめくじがいて、キャベツをたべたりウンチをしていたりしていました。ママは「れいぞうこの中になめくじがいて、さむいからとうみんしてたのに、れいぞうこがこわれてあつくなったからキャベツをたべた」と言ってました。ママはこわいから、ぼくに、にわにうめてきて、と言ったからぼくは行きました。いままでこんなやさいをくってたから、びっくりしました。
(「大事件」初日、ノマドが楽しみにしてたアイス「ガリガリ君」が完全に溶けて、タダの水色の液体になってしまった。ヤツはこの惨事に抗議したが、ワイフは絶対ノマドが冷凍室のドアをキチンと閉めなかったと主張。しょーもないコトで言い合いをするなよ…と会社帰りのボクは思ったが、実は誰のせいでもない、冷蔵庫自体が突然機能を失ってしまったのだ。夫婦二人で冷蔵庫にカオを突っ込み、冷気が出てるか必死に確認。どうやら冷凍室だけじゃなく、冷蔵室も野菜室も機能停止しているらしい。…冷蔵庫が壊れるってのは、意外と生活にインパクトを与えるもんだ。痛む前に急げ!ということで、食卓は冷凍食品オンパレードになった。冷凍ギョーザを何十個も食った気が…。)

(そんで翌日の夕方には、会社帰りでワイフと合流、新宿ビックカメラで冷蔵庫を購入。今話題の「エコポイント」までゲットしてしまった!冷蔵庫のポイントは貯蔵リットル数で決まるみたいで、家族四人タイプを購入して10000ポイントゲット、加えて古いのをリサイクルしてもう5000ポイントゲット。…しかし、コレをいざ申請すんのは異常にめんどくさいね。ホントに役所仕事ってヤツは…。…配送に2日かかってしまいます、ってのがワイフには一番ショックだったらしい。「即日配送って書いてあるのに!」)

(古い冷蔵庫は新婚の時に買ったから、実は十年使ったし、実際家族が増えた今ではチト小さかったのよね。新しいヤツは大きさが約2倍になったのに、節電効率はズッといいらしい。ただ時代が保守的なのか、色はツマンナイヤツばかりになってしまって、メタルピンクというへんな色を選ばざるを得なかった。ヒヨコは黄色の方がカワイクて好きだったらしい。)
○月○日「サッカー」
きょう、サッカーのれんしゅうがありました。れんしゅうやサッカーのゲームで一回もパスをもらえませんでした。くやしいです。
(ヘタレすぎてコメントもないです…。)
○月○日「だんご虫」
きょうサッカーがありました。そのかえり、だんご虫をひろってかえりました。さいしょは五ひきだっだけど、家についたら四ひきしかいませんでした。びっくりしました。さて、おふろに入ろうと思ってズボンをぬいだら、ママが「ギャーーー」と言って「何」と聞いたら「だ、だんご虫」と言ったのでびっくりしました。見ると家のカーペットにだんご虫がいました。きをうしないました。
(誰が気を失ったのか?ママか?ノマドか?だんご虫か?ネタを5割増に膨らますテクをもう探ってるのかよ…。)
○月○日「フリーマーケット」
きょう、代々木公園でフリーマーケットがありました。フリーマーケットで外国人(おとなの)がぼくのおもちゃをかったついでに、記ねんしゃしんや名前を聞かれました。おとなの外国人が子どものおもちゃをかったのがビックリしました。
(戦隊モノのロボットは外人から見るとかなりキッチュな造形に見えるのかも。100%英語しかしゃべらないお客だったようだけど、ノマドは電池の入れ方も説明してやったらしい。「え、なに?…BATTERY?バッテリーのことかな?デンチはここからいれるの!」)
○月○日「CD」
きょう、パパがぼくがほしかったCDをかってくれて、CDのつかいかたまで教えてくれました。うれしかったです。(「CD」の中で一番すきなのは「うそ」というだい名のです)
(「鋼の錬金術師 FULL METAL ALCHEMIST」の主題歌、シド「嘘」という曲を欲しがってたのです。買ったんじゃなくて、仕事関係の人からもらっただけなんだけど。そんでひとまずボクの寝室にあるCDラジカセの使い方を教えてやった。この三角マークがプレイボタンだ、CDの鏡のようになってる方はベタベタ触っちゃダメ、ココに光を当てて反射したモノからデータを読み取る仕組みだからな…。ともかく、コレがノマドにとっての人生初めての一枚だ。大事にしなさい。そんでもっとイロイロな音楽を聴きたかったらおこづかいを貯めてパパみたいに一杯買え。ワイフ「とんでもない!ノマドはCD集めちゃダメよ!ノマドまで集め出したら家がパンクしちゃう!」ノマド、大事な保管場所を本棚の中に決め、ラジカセで早速鑑賞。シングル曲「嘘」だけじゃなく、他のアルバム曲にもお気に入りを見つけたらしい。「パパ、「光」ってキョクもカッコいいかも!」)
![]() | hikari (2009/07/01) シド 商品詳細を見る |
(このシドってバンドは、ラルク風のバンドらしい…。ノマドにあげちゃったから、あまり聴いてないんだけど…。)
2009.07.01
こんなにカラダがボロボロなのに下血まで!&非モテの NICK DECALO。
●自律神経失調症とのお付き合い(その100)〜「下血にショック!」編
●さて、仕事に復帰してから一ヶ月経過しました……。けど、そんなにうまく行ってません…。
●表面上の範囲では、フツウに振る舞ってます。冷房対策にスカーフを纏うのも、違和感なく職場に馴染んできました…周囲はフツウのオシャレアイテムと解釈してくれてます…(スカーフについてはコチラ)。でもでも本当はかなり低空飛行…ギリギリです。
●多分、無意識のうちに、会社ではハイテンションまでに上げてしまっているのでしょう。その一方で家に帰るとテンション暴落。ワイフが話しかけても会話が成立しないほど憔悴します。オマケに頭痛で吐き気までしてくる。首や肩などへんな部分の筋肉が不自然に緊張してるのがわかる。食欲もないし、ハシが持てなくなったり。夜中に何度も目を覚ますし、朝起きるのがツライ。温度を正確に感じ取れないのか、ナンの服を着てイイか悩んでしまう…。
●ダメじゃん!素人のボクでも分かる!コレはクスリを抜き過ぎ!前回のこのシリーズで書いたけど、2週間前、心療内科のセンセイは、ボクの精神安定剤と睡眠薬の服用をストップしたのです。レギュラーでのむのは感情をバランスよく保つムードスタビライザーというクスリだけ。マジ?減らし過ぎじゃない…?という不安はやはり的中。クスリを抜けたのは最初の二日程度、後は今までのクスリの余りをヤリクって安定剤と睡眠薬を飲み繋ぐ毎日。ホント消耗したわ〜。
●そんでダメ押しの出来事が今朝発生。下血。ゲンナリ。
●5回ほど起きては寝て起きては寝て過ごした苦しい夜をなんとか突破して、フラフラしながら、朝のトイレに入った。(少々キタナい話になるのをお詫びしておきます)そんでフツウに大きい方をしたつもり…で、ふと便器の中を見たら鮮血で真っ赤!なんじゃこりゃ?!真っ赤だぞ!なんで血が出てるんだ?
●ハイパーゲンナリ…。どこまでボクのカラダはポンコツになっとるんじゃ…?神経の仕組みが大幅に狂ってて、気管支ぜんそくで、胃液が逆流して食堂を痛めてて、胃の粘膜に小さい腫瘍が見つかっちゃって、お酒を一滴も飲まないのに肝臓の数値がダメダメで、目をえぐり出したいほどの頭痛で吐きそうになったりして、ヘンテコな部分の筋肉がバキバキに緊張して痛みが止まらない。ソコにさらに追い打ちをかけて、今朝はコーモンから出たと思しき血液がこの便器の水を真っ赤に染めてる。一体なんなの?もうカンベンしてよ…。
●虚脱しまくりながら、ワイフに声をかける。「あの〜本当に申し訳ないハナシで、こんなモン見たくない気持ちは十分わかるんだけど、ちょっとコレについて意見が聞きたいのよね。なんか知らんけど、コーモンから血が出てるんだわ…。ちと見てくんない?」ワイフ「血が出た?……はあ…まーこのくらいはダイジョウブでしょ。セイリの時はもっとスゴいから。」いやいやいや、その比較はボクの場合全然参考にならんから!
●奇しくも今日は心療内科の診察の日であった。早速今朝の出来事を相談する。
●「それはね、肛門科のハナシですよ!」とセンセイ。「痔なんてのはね、珍しくないんですよ。日本人にはコト多いんですから」うーん、切れてイタい的な感じはなくって、いきなり真っ赤なんですよ。「でも真っ赤なんでしょ?胃から血が出てたら真っ黒になりますからね。赤いというコトはそんなに深くない所から血が出てる証拠」…そんなハナシは確かに聞いたことがあります…「痔はね、子供を生んだ女の人は多かれ少なかれミンナそうなっちゃいますよ。デスクワークの男性も多いですよ。別に珍しくも何とも!」センセイ、これボクを励ましてるつもりだろうか?「♪痔にはボラギノール!ってCMもたくさん出てるじゃないですか。アレはアレで需要があるからこそ、ああいう宣伝が成り立つのです」キッパリ!
●ああ、あのCMか…。♪痔にはボラギノール…。痔って当事者としては非常にカミングアウトしづらいビョウキだけど、あのCMにおいては若い主婦二人(しかもセンセイのいう通り小さい子供を連れた経産婦)がフレンドリーに痔の悩みをトークし合うのよね…。でもやっぱり生々しくデティールの話をしてしまうのは微妙なのか、静止画を数カット重ねることで現実感を弱めているツクリになってる。痔に関する会話が、現代日本における無意識的タブーの境界線に位置することを、明快に浮き彫りにした傑作CMだな……と一瞬全く役に立たない思考にハマった。…今のボクにはどうでもイイ問題だ!

(ボラギノールのCM。主婦編は2002年の放送で、女子高生編、結婚式編、海外旅行編、熱血野球編など数々のバリエーションがあった。様々なシチュエーションで痔を語る!)
●センセイ、痔のコトはまずおいといて、減薬してから全然ダメなんですけど。
●本題はコッチなのである、センセイに相談すべきは!ボラギノールは一反後回し。センセイ「それじゃあ、少し戻しましょうか…このテのコトは、行ったり来たりはよくあることですからね」結局、安定剤メイラックス、睡眠薬ドラールが復活するコトとなった。頭痛対策には漢方の「釣藤散」。以前にもらってたクスリの復活だ。これで少し体調がおちついてくれるだろうか。
●会社の診療所で相談。
●顔馴染みのナースさんに説明するのも恥ずかしい。フツウの病院ならフツウに振る舞えるだろうさ!しかし、会社診療所のナースさんたちはリハビリの時に毎日顔を合わせてて、もはや同僚的感覚なのだから、そうはいかない……ボクはナースさんたちの出勤退勤時の私服モードも見てるわけですよ。制服に象徴される職業モードとは逆サイドの彼女たちを見てしまうと、もうボクから見たら完全にフツウの同世代女性にしか思えないわけで、それは「制服萌え」ではなく「''逆''制服萌え」的な感情ですらあって(すんません、意味分かんないですね)、とにかく今さら恥ずかしい話するのは気が引けちゃうんですよ。
●あ、あの血が出ちゃいましてですね…。ナースさん「はい?ドコから?」今朝トイレに行った時でして…。「あら、血尿?初めてですか?」回数で言いますと、いわゆる初回です!……でも血尿ではなくてですね〜どちらかというと大きい方でして…。つーか、「いわゆる」とか「どちらかというと」ってナニ?自分で自分をツッコミたくなる説明だよ。…ボクってとってもチキンなオトコだわ…。
●診察を終え、結局、軟膏を4日分出してもらうことに。朗らかに軟膏の使い方を説明してくれるナースさん…。ボクは、今このブログを打ちながら、手元にある軟膏をどうしたらイイか、めちゃ迷ってます。
●ほら、やっぱり万事快調なコトにはならなかった…。やっぱそんな簡単にビョウキは治らないよ。
●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html
●カラダが弱っているので、音楽も柔らかいモノを選んでしまう。
●NICK DECALO「ITALIAN GRAFFITI」1974年
●ロックの歴史の教科書のような本を読むと、コイツが登場して来る。アダルト・オリエンテッド・ロック、略して A.O.R. の一番最初のレコードだ、と説明されている。「アダルト・オリエンテッド」が何だ?と言えば、「大人向けの」という意味。大人向けロック。乱痴気騒ぎに明け暮れた60年代ロック革命(ビートルズ、ストーンズ、ジミヘン、ウッドストック、花のサンフランシスコなどなど)をくぐり抜けて、当時の若者がマリファナとかベルボトムジーンズを卒業して普通の大人になった頃、そんな大人にふさわしい音楽を欲しがるようになった。リスナーが成熟すればロックも成熟するのだ。そこで登場したのが A.O.R. でございまして、その先駆者がこのヒゲ&蝶ネクタイのオッサンでなのである。
●ボクは、A.O.R. というジャンルにイイ印象をもってない。
●このジャンルが定着し全盛期を迎えるのは1980年頃。つまり田中康夫「なんとなくクリスタル」の時代である。今では小太りの政治家になった田中康夫氏がまだ一橋大学の学生だった時に発表した小説で、モデル兼女子大生の主人公が A.O.R. を聞きながらDCブランドの店や流行りのレストランを歩く内容だった。バブル以後の世代に属するボクには、非常にイケスカナイタイプのお話。時代に与えたインパクトの大きさに対しては敬意を感じても、内容の全てを良しと出来ない感情が残る。ここで強調したいのは、80年代的ブランドで記号武装するドレスアップの時代感覚と、ロスジェネ的開き直りとでも言えばイイのか?90年代的ドレスダウンの時代感覚との間には、大きな活断層が存在しているというコト。でもって、A.O.R. もそのイケスカナイ80年代アイテムとして、ボクの中では実にイメージが悪かった。
●ただし、A.O.R. の元祖であるこの NICK DECALO というオトコは、これまた一味違う。
●本人がこのアルバムについて語っている。「70年代前半に流行っていたカーペンターズやビーチボーイズのようなポップミュージックに、もっと大人っぽいサウンド、つまりジャズやソウルミュージックのエッセンスを加えてみたら……というコンセプトで出来上がったのがコレなんだ」で、出来上がった音楽が実に純粋。そこに好感を感じられる。CARPENTERS や THE BEACH BOYS (「PET SOUNDS」!) のポップスとしての奥行きはボクでも十分理解出来る。そして多分彼は素朴に音楽職人としてその先へさらに進もうとしたまでだ。楽曲の多くはカバー、おそらくポップスの作り手として純粋に敬意を払っての選曲と思える。内容は STEVIE WONDER が2曲、そして JONI MITCHELL、RANDY NEWMAN、VAN MCCOY、TODD RUNDGREN など。彼が自分で言うように、ソウルミュージックの重要人物やその側で優秀なポップスを描いていた人ばかりだ。しかし原曲のカタチが分からないほど完全に自分のアレンジに落とし込んでユッタリとしたポップスに昇華している。ササクレだった神経も優しく撫でられるようだ。
●それと大きなポイントとしてこのジャケット。これも好感が持てる。
●なぜジャケットが大事か?このヒゲ&蝶ネクタイのオッサンは、明らかにイケテナイ。ドコをどう見てもこのヒゲ&蝶ネクタイがオシャレに見えない。この中途半端なクセっ毛も全然カッコいいと思えない。メガネも野暮ったい。70年代当時ならイケテタのか?いや絶対イケテないと思う。コイツ絶対非モテです!コレだけでリスナーとして感情移入出来る。つまり、彼は音楽に対しては純粋だけど、オシャレとはカンケイないオトコだった…。「大人っぽいサウンド」という目標は持っていても、田中康夫のように自分のサウンドをオシャレアイテムとして記号化して弄ぼうなどとは思っていなかった。むしろ、未知のジャンルに踏み込む無謀な冒険者のブサイクさを彼はキチンと備えている、と思える。だから彼はボクらの仲間だ。
●イケテナイ非モテルックスの持ち主で、実はボーカルもそんなにイケテナイ彼は、キャリアを裏方のアレンジャーという立場から始めて、そしてこの後も裏方仕事を中心にしていく。彼が表舞台に出た場面は実はごく少数で評価もそんなに高くない。この作品もその後の A.O.R. の成長を受けて再評価されたようなもので、リアルタイムにバカ売れした気配がしない。だって彼の名前を検索してもマトモな記事が見つからないほどなんだモン。NICK DECALO という人間の輝かしい季節がココに封じ込まれてると言ってもイイのかも。
●一方で、NICK を担ぎ出したプロデューサーはこの後の A.O.R./フュージョン・シーンの中で大活躍する。TOMMY LIPUMA という男だ。彼はこの後レーベル運営からプロデュースワークなどで辣腕を振るい、MICHAEL FRANKS、THE YELLOWJACKETS、GOERGE BENSON、AL JARREAU を手掛け、田中康夫が大好きなタイプの A.O.R. をこの世に準備した。そして最近ではジャズの名門 VERVE RECORDS の経営者に収まってるらしい。この人の名前を覚えておくと、レコ屋の買物のイイ目印になります。
●さて、仕事に復帰してから一ヶ月経過しました……。けど、そんなにうまく行ってません…。
●表面上の範囲では、フツウに振る舞ってます。冷房対策にスカーフを纏うのも、違和感なく職場に馴染んできました…周囲はフツウのオシャレアイテムと解釈してくれてます…(スカーフについてはコチラ)。でもでも本当はかなり低空飛行…ギリギリです。
●多分、無意識のうちに、会社ではハイテンションまでに上げてしまっているのでしょう。その一方で家に帰るとテンション暴落。ワイフが話しかけても会話が成立しないほど憔悴します。オマケに頭痛で吐き気までしてくる。首や肩などへんな部分の筋肉が不自然に緊張してるのがわかる。食欲もないし、ハシが持てなくなったり。夜中に何度も目を覚ますし、朝起きるのがツライ。温度を正確に感じ取れないのか、ナンの服を着てイイか悩んでしまう…。
●ダメじゃん!素人のボクでも分かる!コレはクスリを抜き過ぎ!前回のこのシリーズで書いたけど、2週間前、心療内科のセンセイは、ボクの精神安定剤と睡眠薬の服用をストップしたのです。レギュラーでのむのは感情をバランスよく保つムードスタビライザーというクスリだけ。マジ?減らし過ぎじゃない…?という不安はやはり的中。クスリを抜けたのは最初の二日程度、後は今までのクスリの余りをヤリクって安定剤と睡眠薬を飲み繋ぐ毎日。ホント消耗したわ〜。
●そんでダメ押しの出来事が今朝発生。下血。ゲンナリ。
●5回ほど起きては寝て起きては寝て過ごした苦しい夜をなんとか突破して、フラフラしながら、朝のトイレに入った。(少々キタナい話になるのをお詫びしておきます)そんでフツウに大きい方をしたつもり…で、ふと便器の中を見たら鮮血で真っ赤!なんじゃこりゃ?!真っ赤だぞ!なんで血が出てるんだ?
●ハイパーゲンナリ…。どこまでボクのカラダはポンコツになっとるんじゃ…?神経の仕組みが大幅に狂ってて、気管支ぜんそくで、胃液が逆流して食堂を痛めてて、胃の粘膜に小さい腫瘍が見つかっちゃって、お酒を一滴も飲まないのに肝臓の数値がダメダメで、目をえぐり出したいほどの頭痛で吐きそうになったりして、ヘンテコな部分の筋肉がバキバキに緊張して痛みが止まらない。ソコにさらに追い打ちをかけて、今朝はコーモンから出たと思しき血液がこの便器の水を真っ赤に染めてる。一体なんなの?もうカンベンしてよ…。
●虚脱しまくりながら、ワイフに声をかける。「あの〜本当に申し訳ないハナシで、こんなモン見たくない気持ちは十分わかるんだけど、ちょっとコレについて意見が聞きたいのよね。なんか知らんけど、コーモンから血が出てるんだわ…。ちと見てくんない?」ワイフ「血が出た?……はあ…まーこのくらいはダイジョウブでしょ。セイリの時はもっとスゴいから。」いやいやいや、その比較はボクの場合全然参考にならんから!
●奇しくも今日は心療内科の診察の日であった。早速今朝の出来事を相談する。
●「それはね、肛門科のハナシですよ!」とセンセイ。「痔なんてのはね、珍しくないんですよ。日本人にはコト多いんですから」うーん、切れてイタい的な感じはなくって、いきなり真っ赤なんですよ。「でも真っ赤なんでしょ?胃から血が出てたら真っ黒になりますからね。赤いというコトはそんなに深くない所から血が出てる証拠」…そんなハナシは確かに聞いたことがあります…「痔はね、子供を生んだ女の人は多かれ少なかれミンナそうなっちゃいますよ。デスクワークの男性も多いですよ。別に珍しくも何とも!」センセイ、これボクを励ましてるつもりだろうか?「♪痔にはボラギノール!ってCMもたくさん出てるじゃないですか。アレはアレで需要があるからこそ、ああいう宣伝が成り立つのです」キッパリ!
●ああ、あのCMか…。♪痔にはボラギノール…。痔って当事者としては非常にカミングアウトしづらいビョウキだけど、あのCMにおいては若い主婦二人(しかもセンセイのいう通り小さい子供を連れた経産婦)がフレンドリーに痔の悩みをトークし合うのよね…。でもやっぱり生々しくデティールの話をしてしまうのは微妙なのか、静止画を数カット重ねることで現実感を弱めているツクリになってる。痔に関する会話が、現代日本における無意識的タブーの境界線に位置することを、明快に浮き彫りにした傑作CMだな……と一瞬全く役に立たない思考にハマった。…今のボクにはどうでもイイ問題だ!

(ボラギノールのCM。主婦編は2002年の放送で、女子高生編、結婚式編、海外旅行編、熱血野球編など数々のバリエーションがあった。様々なシチュエーションで痔を語る!)
●センセイ、痔のコトはまずおいといて、減薬してから全然ダメなんですけど。
●本題はコッチなのである、センセイに相談すべきは!ボラギノールは一反後回し。センセイ「それじゃあ、少し戻しましょうか…このテのコトは、行ったり来たりはよくあることですからね」結局、安定剤メイラックス、睡眠薬ドラールが復活するコトとなった。頭痛対策には漢方の「釣藤散」。以前にもらってたクスリの復活だ。これで少し体調がおちついてくれるだろうか。
●会社の診療所で相談。
●顔馴染みのナースさんに説明するのも恥ずかしい。フツウの病院ならフツウに振る舞えるだろうさ!しかし、会社診療所のナースさんたちはリハビリの時に毎日顔を合わせてて、もはや同僚的感覚なのだから、そうはいかない……ボクはナースさんたちの出勤退勤時の私服モードも見てるわけですよ。制服に象徴される職業モードとは逆サイドの彼女たちを見てしまうと、もうボクから見たら完全にフツウの同世代女性にしか思えないわけで、それは「制服萌え」ではなく「''逆''制服萌え」的な感情ですらあって(すんません、意味分かんないですね)、とにかく今さら恥ずかしい話するのは気が引けちゃうんですよ。
●あ、あの血が出ちゃいましてですね…。ナースさん「はい?ドコから?」今朝トイレに行った時でして…。「あら、血尿?初めてですか?」回数で言いますと、いわゆる初回です!……でも血尿ではなくてですね〜どちらかというと大きい方でして…。つーか、「いわゆる」とか「どちらかというと」ってナニ?自分で自分をツッコミたくなる説明だよ。…ボクってとってもチキンなオトコだわ…。
●診察を終え、結局、軟膏を4日分出してもらうことに。朗らかに軟膏の使い方を説明してくれるナースさん…。ボクは、今このブログを打ちながら、手元にある軟膏をどうしたらイイか、めちゃ迷ってます。
●ほら、やっぱり万事快調なコトにはならなかった…。やっぱそんな簡単にビョウキは治らないよ。
●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html
●カラダが弱っているので、音楽も柔らかいモノを選んでしまう。
![]() | イタリアン・グラフィティ(紙ジャケット仕様) (2006/08/23) ニック・デカロ 商品詳細を見る |
●NICK DECALO「ITALIAN GRAFFITI」1974年
●ロックの歴史の教科書のような本を読むと、コイツが登場して来る。アダルト・オリエンテッド・ロック、略して A.O.R. の一番最初のレコードだ、と説明されている。「アダルト・オリエンテッド」が何だ?と言えば、「大人向けの」という意味。大人向けロック。乱痴気騒ぎに明け暮れた60年代ロック革命(ビートルズ、ストーンズ、ジミヘン、ウッドストック、花のサンフランシスコなどなど)をくぐり抜けて、当時の若者がマリファナとかベルボトムジーンズを卒業して普通の大人になった頃、そんな大人にふさわしい音楽を欲しがるようになった。リスナーが成熟すればロックも成熟するのだ。そこで登場したのが A.O.R. でございまして、その先駆者がこのヒゲ&蝶ネクタイのオッサンでなのである。
●ボクは、A.O.R. というジャンルにイイ印象をもってない。
●このジャンルが定着し全盛期を迎えるのは1980年頃。つまり田中康夫「なんとなくクリスタル」の時代である。今では小太りの政治家になった田中康夫氏がまだ一橋大学の学生だった時に発表した小説で、モデル兼女子大生の主人公が A.O.R. を聞きながらDCブランドの店や流行りのレストランを歩く内容だった。バブル以後の世代に属するボクには、非常にイケスカナイタイプのお話。時代に与えたインパクトの大きさに対しては敬意を感じても、内容の全てを良しと出来ない感情が残る。ここで強調したいのは、80年代的ブランドで記号武装するドレスアップの時代感覚と、ロスジェネ的開き直りとでも言えばイイのか?90年代的ドレスダウンの時代感覚との間には、大きな活断層が存在しているというコト。でもって、A.O.R. もそのイケスカナイ80年代アイテムとして、ボクの中では実にイメージが悪かった。
![]() | なんとなく、クリスタル (1983年) (河出文庫) (1983/04) 田中 康夫 商品詳細を見る |
●ただし、A.O.R. の元祖であるこの NICK DECALO というオトコは、これまた一味違う。
●本人がこのアルバムについて語っている。「70年代前半に流行っていたカーペンターズやビーチボーイズのようなポップミュージックに、もっと大人っぽいサウンド、つまりジャズやソウルミュージックのエッセンスを加えてみたら……というコンセプトで出来上がったのがコレなんだ」で、出来上がった音楽が実に純粋。そこに好感を感じられる。CARPENTERS や THE BEACH BOYS (「PET SOUNDS」!) のポップスとしての奥行きはボクでも十分理解出来る。そして多分彼は素朴に音楽職人としてその先へさらに進もうとしたまでだ。楽曲の多くはカバー、おそらくポップスの作り手として純粋に敬意を払っての選曲と思える。内容は STEVIE WONDER が2曲、そして JONI MITCHELL、RANDY NEWMAN、VAN MCCOY、TODD RUNDGREN など。彼が自分で言うように、ソウルミュージックの重要人物やその側で優秀なポップスを描いていた人ばかりだ。しかし原曲のカタチが分からないほど完全に自分のアレンジに落とし込んでユッタリとしたポップスに昇華している。ササクレだった神経も優しく撫でられるようだ。
●それと大きなポイントとしてこのジャケット。これも好感が持てる。
●なぜジャケットが大事か?このヒゲ&蝶ネクタイのオッサンは、明らかにイケテナイ。ドコをどう見てもこのヒゲ&蝶ネクタイがオシャレに見えない。この中途半端なクセっ毛も全然カッコいいと思えない。メガネも野暮ったい。70年代当時ならイケテタのか?いや絶対イケテないと思う。コイツ絶対非モテです!コレだけでリスナーとして感情移入出来る。つまり、彼は音楽に対しては純粋だけど、オシャレとはカンケイないオトコだった…。「大人っぽいサウンド」という目標は持っていても、田中康夫のように自分のサウンドをオシャレアイテムとして記号化して弄ぼうなどとは思っていなかった。むしろ、未知のジャンルに踏み込む無謀な冒険者のブサイクさを彼はキチンと備えている、と思える。だから彼はボクらの仲間だ。
●イケテナイ非モテルックスの持ち主で、実はボーカルもそんなにイケテナイ彼は、キャリアを裏方のアレンジャーという立場から始めて、そしてこの後も裏方仕事を中心にしていく。彼が表舞台に出た場面は実はごく少数で評価もそんなに高くない。この作品もその後の A.O.R. の成長を受けて再評価されたようなもので、リアルタイムにバカ売れした気配がしない。だって彼の名前を検索してもマトモな記事が見つからないほどなんだモン。NICK DECALO という人間の輝かしい季節がココに封じ込まれてると言ってもイイのかも。
●一方で、NICK を担ぎ出したプロデューサーはこの後の A.O.R./フュージョン・シーンの中で大活躍する。TOMMY LIPUMA という男だ。彼はこの後レーベル運営からプロデュースワークなどで辣腕を振るい、MICHAEL FRANKS、THE YELLOWJACKETS、GOERGE BENSON、AL JARREAU を手掛け、田中康夫が大好きなタイプの A.O.R. をこの世に準備した。そして最近ではジャズの名門 VERVE RECORDS の経営者に収まってるらしい。この人の名前を覚えておくと、レコ屋の買物のイイ目印になります。
2009.06.28
マイケル・ジャクソン、レスト・イン・ピース。彼の音楽世界とその思い出。
●MICHAEL JACKSON 死去。
●まるでウソみたいなスピードで死んじゃったという印象。一昨日の朝のニュースを、固唾を飲んで見守っちゃった。6時30分で速報「マイケルが呼吸停止で病院に搬送」、7時で「マイケル心肺停止の模様」、7時15分で「ハリウッド有力芸能サイトがマイケル死亡と報道」、7時30分で「ニューヨークの主要テレビ局も死亡と報道」…そんで9時「ロスの検死官がマイケルの死亡を確認」。マジかよ…あっけなさすぎるよ…。
●そりゃないぜマイケル!「マイケルさんのスポークスマンによると、持病の○○病で簡単な発作を起こしただけ、全世界のファンに心配をかけてゴメンよ、ロンドン公演は予定通りやるよん!ポゥ!」なんてコメントが出てオシマイだと思ってたよ…。カネにモノ言わせてナノテク人工心臓で復活!ぐらいやってのけてもらいたかったよ。…だってマイケルはエンターテインメント・サイボーグでしょ?
●会社に出たら、マイケルの話題でモチキリ。世代でマイケル体験が全然違う。
●50歳のオジさんは「ジャクソン5だろ!そんでソレをパクったのがフィンガー5。アイツら昔六本木辺りに住んでて、オレは近所の中学生通ってたから、アキラ出て来〜い!とか言ってたわ(←マイケルの話じゃないし)」40歳のセンパイは「クインシージョーンズの頃からスリラーだよな…」と言って昔散々練習したというムーンウォークを披露してくれた。39歳の女のセンパイは「WE ARE THE WORLD ってマイケルの作曲よね」。35歳のボクの世代はディズニーランドの「キャプテンEO」。アレはジョージ・ルーカス&フランシス・コッポラというチームだったような記憶が。20代後半になると JANET JACKSON のお兄さんという位置づけで、20代前半の若者にとっては、白塗りの奇人変人というイメージだけ…。こんだけ幅のある印象を各世代に植え付けたマイケルという人物、いかに時代時代でメリハリある生き様を見せてたのかと感じ入る、象徴的な会話だった。
●スーパースターの突然の死に戸惑う人々。
●渋谷のタワーレコードに行ったら、店の前に大きな看板が出てた。

●でかっ!高さ2メートルほど?「R.I.P. MJ 1958-2009 MICHAEL JACKSON」…コレを見て故人の偉大さが初めてハッキリと理解出来た。

●店内に入ると、イチバンいい場所にブースが設けられ、1996年に来店した時の手形が展示されていた…。

●そして、それをケイタイのカメラで撮影する人…。CDを手に取る人…。それを見ながら近くの女子高生が友達にささやく。「マイケルってウチらの世代じゃないよね…あんま知らないよね」そう、相手はスーパースター、ズバリの世代であるボクだって身近な感覚では悲しいとかって感じられない。死んだというより消えたって感じか?世界中の誰もがそう思ってるんじゃないだろうか?
●今日はそんな偉大なるマイケルの音楽世界に入ってみよう。
●今回は彼の黄金期だとボクが思う時代を遡っていくように聴いてみようと思います。
●「DANGEROUS」1991年
●このCDをリアルタイムで買って来たのは、ボクではなくて2歳年下のボクのイモウトであった。90年代が幕明け、ヒップホップが流入しグランジ革命が起こってた当時である。高校生になってたボクは、少々マイケルには飽きていた。イモウトは確かまだ中学生であって、おまけにCDなんて滅多に買わないタイプだったので、彼女にとっては精一杯の背伸びな買物だったろうが、ボクはこの作品には冷淡で無関心な態度でいたのを思い出す。
●しかしCDを聴かずとも、街中からマイケルの音楽は耳に入って来る時代だった。印象的なシングルは「BLACK OR WHITE」。当時はまだカワイい子役だったマコーレ・カルキンくん(後は立派なジャンキー)がイントロで GUNS N' ROSES のギタリスト SLASH のハードロックギターでノリノリになる小芝居スキットから始まって、人種の壁も国境も乗り越えろというマイケルらしいメッセージを軽妙なギターと共に歌うポップス。ビデオクリップには、今ではナンも珍しくなくなったモーフィングというCG手法がスゲえビックリマジックとして光ってた。ちなみに SLASH はもう一曲でブルージーなギターを鳴らしてる。
●今の感覚で聴き直すと、真っ当に時代の波を受けたニュージャックスウィングのアルバムだったと気付く。プロデューサーとして半分の楽曲に関わった TEDDY RILEY(GUY, BLACK STREET)の存在がやっぱ響くね。一曲目の「JAM」なんて教科書通りのニュージャックスウィングだし、そこに続く前半戦の楽曲は91年段階では最新鋭のスタイルだったのでした。ボクが後年好きになったのは、NAOMI CAMPBELL とのプロモ共演で話題になった「IN THE CLOSET」(監督は写真家 HERB RITTS!)。密室感溢れる性愛の世界がセクシーです。それでもビートはしっかりハネてます。
●しっとりR&Bでは「HEAL THE WORLD」が聴き所。彼がこのテのウタを歌うとその慈愛は常に全地球、全人類規模へ果てしなく射程距離が伸びてしまうようです。スーパースターは見てるもののスケールがデカイ。彼は後に「HEAL THE WORLD 基金」なるものを作って世界の子供を助ける慈善団体を作る。
●……ただし、この時代以降から、マイケルは思った以上に常識感覚が世間からズレテる…しかもかなり大幅に…というコトがだんだんわかって来ちゃった。アレ?コレはキャラのツモリじゃなくてマジだったの?的な違和感。ジャケでは自分のカラダを遊園地に隠してしまってるが、実は遊園地にヒキコモッテいたかったのかも…。この頃からだんだん肌の色が白くなってきたし、子供好きが度を超してて児童性愛までイッテルなんてトコまで行く。彼の全盛期はコレにて終了…したと思う。
●「BAD」1987年
●この時代は、ボクにとってマイケルが一番刺さってた頃だ。1987年は東京ディズニーランドに3D映画アトラクション「キャプテンEO」がオープン。前述した通り、制作にジョージ・ルーカス、監督にフランシス・コッポラと超豪華。劇中のエイリアンや宇宙船の質感がなにげに「スターウォーズ」っぽいなと思ってた。おまけに1985年「WE ARE THE WORLD」(マイケルと LIONEL RICHIE の共作)の余韻の残る時期でもある。従って、当時中学一年生だったボクには、マイケルはこの地球上で未来世紀のエンターテインメントに一番近いポップスターだと思えてた。
●で「BAD」。このアルバムをリアルタイムでゲットした覚えはない。しかし11曲中9曲をシングルにして、ソレをことごとくヒットチャートに送り込むのだから、イヤでも耳に入るわな。こと表題曲の「BAD」はとにかく大ヒット。ボク的には品行方正だったマイケルがゲットーの若者に交じって目一杯イキがってみせてて、でも全然「BAD」に見えないトコロがツボでした。「オレはワル!ワル!マジでワル!わかるだろ!ワル!ワル!そうさ!ワル!ワル!世界中に聞いたってスグに答えるさ、もう一度だけ聞こう、誰がホンモノのワルだ?」熱唱!…でもホンモノのワルは、プロモで「ウエストサイドストーリー」みたいなダンスはしないと思う…。衣装は80年代だけどダンスは50年代風にコダワッテルのよね。
●「SMOOTH CRIMINAL」も強力なヒット曲だったな…。これまたインパクトが強いプロモだった。30年代風の違法クラブに真っ白いスーツに身を包んだマイケルが乗り込んで、ダンスしまくる……重力に逆らう角度までカラダを傾けるトリックとかにビビった。もうファンクともロックともつかないダンスビートもマイケルにしか出来ない芸当です。
●「MAN IN THE MIRROR」はマイケルお得意全世界イッペンに癒します系のミドルテンポバラード。折しも米ソ冷戦がレーガン/ゴルバチョフ体制下で雪解けムードを醸し出し始めた時期。本人不在でニュース映像のフッテージだけで構成したプロモはこれまた印象的だった。そんで今でも名曲だと思ってる。飢餓に苦しむアフリカの子供たち、南太平洋で行われた水爆実験、マザーテレサ、ガンジー、ケネディ、キング牧師、ジョン・レノン、ヒトラー、KKKの覆面集会、涙しながら祈りを捧げる黒人司祭、ネルソン・マンデラの解放要求デモ、ポーランド民主化の英雄ワレサ氏(後大統領)がパッパッパッと流れていく。そしてそんな世界の有様を見せながらマイケルは歌う。「ボクは鏡の中に映るこの男と始めよう 彼の生き方を変えて行こう このメッセージよりクリアに伝わるものはない 世の中をよくしたいと思うなら もっとよく自分を見つめて変えて行くんだ」後半はゴスペルクワイアと共に大合唱状態になる…。
●「THRILLER 25」2008年
●80年代ファンクの傑作「THRILLER」は1982年発表。当時のボクは確か小学3年生。これまたヴィジュアルが記憶に突き刺さってる。実はフツウの家庭にビデオテープレコーダーが普及したのがちょうどこの頃なのだ。コレわりと重要だと思うけど、ビデオの普及とプロモビデオの存在感はリンクしているはず。しかし我が家にはまだビデオデッキはなくて(しかもその後ベータマックスを買ってしまった…)、近所の友達の家に先にビデオはやって来た。
●さて、その友達のお母さんが「オモシロいビデオがあるから見せてあげるわよ」という。それが、あの14分の短編映画「THRILLER」だった。「ちょっとコワいかも知れないからね〜」というオドカシにドキドキしながら見た「THRILLER」。当時の映像技術をフルに使ってマイケルが狼男やゾンビに変身してしまうシーンは衝撃でした。ゾンビを従えて踊るマイケル。メチャクール。コレが「マイケル・ジャクソン」という存在をハッキリ意識した初めての瞬間です。あ、あと「オレたちひょうきん族」でウガンダトラさん(R.I.P.) が完全パロディにしてたのが記憶に残ってる。デブなのに踊れる!最高に笑えた。
●「THRILLER 25」は「THRILLER」発売25周年記念特別盤として発売されたモノで、おまけDVDにこの14分「THRILLER」ビデオクリップが収録されている。実はコレを我がコドモたちに見せたくてワザワザ購入してしまったのだ。よく見ると監督は「ブルースブラザーズ」を手掛けた JOHN LANDIS じゃん。それはボクも初めて知った。30年近く前にボク自身が前フリされたのと同じように「ノマドヒヨコ、ちょっとコワいけどオモシロいビデオがあるんだよ〜」と前フリして見せてやる。…もう二人とも最高の顔してたね。ノマドは言葉を失い身動きもせずに画面に釘付け。ヒヨコは最初関心がないかと思わせて、もうコワいシーンはカオをテで覆って(でもスキマからキチンと見て)たもんね。全編見終わったら「もうイッカイ!もうイッカイ!」のリクエスト。輸入盤で買ったから字幕がついてないので、弁士のように細かくボクが解説しないといけなかったのが想定外だったけど…。「なんでアカいフクのオニイさんまでゾンビになっちゃったの?」「なんでゾンビがふっかつしたの?」「なんでふたりはヨルのおハカにいっちゃったの?」キミたちあまり野暮で細かい疑問を吹っかけるのはよくないよ…。ただ重要なのは、このマイケルというオニイさんが今週死んじゃったということなのだよ。
●さらにDVDには「BILLIE JEAN」のライブ映像が収録されてる。コレにもコドモたちが衝撃を受ける。そうあのマイケルの必殺技「ムーンウォーク」が映っていたのだ!彼の華麗な足さばきは、コドモたちの目から見ると、まるで氷上をツルツル滑っているように見えているのだった。こと、前に歩く仕草で後ろに歩いてしまう「ムーンウォーク」はホントに不思議に見えたようで、しばらくテレビの前でどうしたらそんな動きができるのか、頑張って足を動かしてたもんね。
●改めて聴くと聴き所の多いアルバムだねー。一曲目「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」や終盤の「P.Y.T.(PRETTY YOUNG THING)」は正統派ディスコファンクの匂いを引きずってるけど、ロックチューン「BEAT IT」はただロッキンなだけじゃなく、演奏陣もマジでロックだった!だってギターは EDDIE VAN HALEN だし、ベースとドラムは STEVE LUKATHER & JEFF PORCARO で TOTO の中核メンバーなんだもん!リラックスしたポップソング「THE GIRL IS MINE」は PAUL MCCARTNEY との共演。その後 PAUL のアルバムに収録される「SAY, SAY, SAY」への共作にも繋がる。どちらも高性能なポップソング。シンセアレンジが清々しいミドルバラード「HUMAN NATURE」はその後 MILES DAVIS にもカバーされ、90年代のR&Bガールズグループ SWV にガッツリサンプルされた名曲だが、実はコレも TOTO のメンバーの提供曲だった。
●「THRILLER 25」には「2008 REMIX」と称して THE BLACK EYED PEAS の WILL.I.AM と FERGIE、そして AKON や KANYE WEST が手掛けたトラックが収録されてる。ボクは AKON の塩辛い声がマイケルのラインを完全になぞる「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」が新鮮で好き。FERGIE とマイケルがガチガチに掛け合う「BEAT IT」もいいけどね。
●「OFF THE WALL」1979年
●ここからはボクとしてはリアルタイムの経験は全くない…。マジメに聴いたのはずっと後になってのこと。70〜80年代ディスコファンクを掘り下げてゆく中で出会った。キーパーソンは QUINCY JONES。この作品から、「THRILLER」「WE ARE THE WORLD」「BAD」の時代までマイケルを支えることになるプロデューサーだ。
●QUINCY JONESは1950年代のジャズ界からキャリアを起こしたブラックミュージックの重鎮。DIZZY GILLESPIE のバンドでトランぺッターとして出発した彼は、アーティストとして活躍する一方で音楽業界の仕組みにも精通し、60年代には MERCURY RECORDS の副社長に。このような立場に立った黒人はアメリカでは初めてだ。アレンジャーとしては FRANK SINATRA や ELLA FITZGERALD、PEGGY LEE の楽曲を手掛け、白人アイドル歌手 LESLEY GORE のデビューをプロデュースする。ブラジル音楽にも通じ、「SOUL BOSSA NOVA」1962年というボッサジャズでヒットを飛ばし、ディスコファンクでは「AI NO CORRIDA(愛のコリーダ)」1981年がヒット。ハリウッドに渡っては映画音楽を数多く手掛け、カポーティの名作を映画化した「冷血」、シドニー・ポワチエ「夜の大捜査線」、スティーブ・マックイーン「ゲッタウェイ」、そして人気テレビシリーズ「THE BILL COSBY SHOW」までも手掛ける。日本のテレビ番組「ウィークエンダー」のテーマも彼の楽曲だ。
●このジャズからディスコファンクまでのブラックミュージックの歴史を体現するような人物と、マイケルが出会ったのも、映画がキッカケである。「オズの魔法使い」を全部黒人キャストでやりました、という映画「THE WIZ」があったそうで(ちなみに主演は DIANA ROSS)、20歳の頃のマイケルはココで「カカシ」の役をやっていた(←これはトホホな話なのか?)。そんで、この現場で映画音楽を手掛けていた QUINCY と出会う。「誰かボクにピッタリなプロデューサーはいないかな?」「それじゃワタシが引き受けよう」QUINCY は自慢の口ひげをいじりながら、この子役上がりの若者をもっとビッグにしてやると誓った訳だ。実際この「OFF THE WALL」の大成功で二人の立場はさらに高いモノになってしまった。
●このアルバムを聴いたことのナイ人でも、一曲目「DON'T STOP TILL YOU GET ENOUGH」は絶対耳にしたことがあるはずだ。イントロドン!で理解出来るはず。華麗なストリングスアレンジ&切れ味抜群のホーンアレンジに、マイケルの全編ファルセットがサーッと滑ってく感じの、絶妙なディスコダンサー。もうコレでゴハン3杯イケルね。アルバムの他の曲も基本折り目正しくディスコファンク。80年代には完全なマイケル世界を組み上げる彼だが、この段階では高性能なディスコシンガーという趣が強いのでした。
●「BEN」1972年
●いきなり時代は飛んで、マイケル14歳のアルバム。マイケルの初期キャリアと言えば、4人のアニキと一緒に組んでた THE JACKSON FIVE なのでありまして、彼は8歳の頃からステージに立っておりました。デトロイトの伝説的R&Bレーベル MOTOWN と契約したのは10歳の時。アニキの一人 JERMAINE JACKSON とマイケルがリードボーカルなのですが、天才的な歌唱力は早くも人々の耳を引きつけ、誰もがマイケルにビックリ。「I WANT YOU BACK」「ABC」「THE LOVE YOU SAVE」(←この曲イチバン好き!)「I'LL BE THERE」などと快調なヒットを飛ばすのでした。
●一方で、THE OSMONDS という白人兄弟グループが登場して、THE JACKSON FIVE と同じノリの商売を始めました。実はコレも結構バカに出来ない物件で、レコ屋で安く見つけたらゲットして聴いて下さい。バブルガムポップスとして楽しいです。さて、黒人と白人でいったら、才能とカンケイなく白人の方に分があるこの時代。THE OSMONDS の連中はさらにエグイ商売を思いつき、メンバーのソロ活動も始める。言わば兄弟バラ売り作戦。MOTOWN の社長 BERRY GORDY JR. も指をくわえて見てる訳にはいかねえ!と、マイケルにソロ活動を命じるのです。コレが1971年、13歳の時。本人は「え、ボクがソロ?おニイちゃんたちいないの?」的な戸惑いがあったようですが。
●「BEN」はソロのセカンドアルバム。QUINCY に出会う前の10代のマイケルにとって最大のヒット曲が、このアルバムの表題曲です。実はシモキタザワで100円でゲット。しめしめ。ジャケにはちと気持ち悪いネズミさんがいますが、この曲はベンという名のネズミくんが活躍する映画のテーマソングなのでしょーがないのです。もうチョイかわいく描けないのかよ?……実は本来この曲は白人のライバル THE OSMONDS のリードシンガー DONNY OSMOND に提供される予定だったのですが、ヤツが忙しいという理由でマイケルの下にやってきたという逸話も。だから、MOTOWN らしくないスローバラード。でも、マイケルの歌唱力がハンパじゃないというコトを証明するにはうってつけでもあったのでした。
●他人様の曲を歌うのも珍しくなかったこの時代、ナイスなカバーもありまっせ。THE STYLISTICS「PEOPLE MAKE THE WORLD GO ROUND」のディープなソウルを、変声期前のファルセットで歌い上げてます。THE TEMPTATIONS「MY GIRL」もチャーミングにカバー。STEVIE WONDER が60年代に歌った「SHOO-BE-DOO-BE-DOO-DA-DAY」も実に遊び心満点で歌い切ってくれてとても楽しい。
●80年代「MTV時代」を鮮烈なダンステクニックで駆け抜けスーパースターになったマイケルだが、基礎にあるのはやっぱ抜群の歌唱力。それを分からせてくれた一枚ですわ。変声期前の素直なボーイソプラノはホントに耳に気持ちイイ。
●ちなみに、THE JACKSON FIVE のその後についてもチョッピリ。
●70年代はニューソウルの時代だ。公民権運動の影響で黒人社会の意識も高まり、黒人のソングライターたちも自由に自分たちの意見を音楽を使って表明していきたいと考えるようになった。しかし!マーケティング先行の楽しいR&Bを、ハウスバンド&スタジオで量産していた MOTOWN はそんな連中を気持ちよく思わなかった。ここで、ソングライターとレーベルの摩擦が発生する。MARVIN GAYE や STEVIE WONDER は必死に会社と戦い自由な表現を勝ち取るコトが出来た。
●しかし、JACKSON 兄弟は?彼らはまだ小僧なのでした。でもさ、自由な表現だけじゃないよ、ギャラも結構ボラレてるよ?コレどうにかなんないだろうか?すったもんだあったあげく、1976年とうとうグループは MOTOWN を離れることにした。移籍先は CBS だ。しかし困ったことに、MOTOWN の社長 BERRY GORDY JR. の娘さんとリードシンガーの片割れ JERMAINE は結婚しちゃってたのよね。さすがに義理の父親をムゲに出来ず JERMAINE 兄さんはグループ脱退& MOTOWN にソロとして残るコトに。あげく MOTOWN は「THE JACKSON FIVE」という名前は使わせないと主張。移籍したグループは「THE JACKSONS」と名前を変えなくてはならなかった。補充メンバーはマイケルの弟 RANDY。
●CBSも GAMBLE & HUFF という黄金プロデューサーチームをあてがい、新生 THE JACKSONS を始動させるが、マイケルはこの騒動にかなりゲンナリするものがあったらしい。快活な少年は、この時期を境に極端に内気な青年に変わってしまった。「カカシ」役で映画に出て QUINCY JONES と出会ったのはそんな頃だった。
●JACKSONS「VICTORY」1984年
●70年代まではなんとか機能してた THE JACKSONS だが、マイケル「OFF THE WALL」「THRILLER」の大成功で完全にバランスを崩し、80年代は全然活動ができなかった。そんで4年のブランクを経てやっとリリース出来たのがこのアルバム。細かいようだが「THE」が取れたみたい。
●ジャケに登場するのは6人のオトコ。アレ? THE JACKSON FIVE なんだから五人組じゃないの?移籍騒動で袂を分かった JERMAINE 兄さんが晴れて MOTOWN から足抜け出来て、再び兄弟が全員集合できたのだ。そういう意味でタイトルが「VICTORY」なのか?しかし、ソロとして立場を確立してたマイケル& JERMAINE はこのアルバムではあんまり登場しない。マイケルがリードを取るのはたったの3曲だよ!結果としてこのアルバムはあまりオモシロくない…。フツウの80年代R&Bだわな…。珍しいトコロは、「STATE OF SHOCK」という80年代風ファンクでマイケルと MICK JAGGER のデュエットが聴けるというポイント?でも基本的にマイケルはやる気なし状態で、このアルバムリリース後に彼はグループを脱退してしまう。グループ自体も1989年に解散。末のイモウト JANET が「RHYTHM NATION 1814」1989年で大ブレイクするのと入れ替わるように、アニキたちは音楽業界から消えて行った。
●馬の目を抜くような弱肉強食の音楽業界に少年時代からドップリ浸かり、ソレ以外の世界を知らずに育った少年は、世界に対して極端なほど臆病な大人に育ち、その商業的大成功がより彼を孤独にしてしまった。才能にも十分恵まれたし、努力も目一杯したはずだ。なのに、真っ当な恋人も見つけられなかったし、子供に対する愛着も世間から非難された。……少年時代の彼に同い年の友人がいただろうか?どんなに大金を積んでも、遊園地を自分の家に作っても、彼は自分の少年時代を買い戻せなかった…。…マイケルは、少しカワイソウな人だったと思います。R.I.P.
●まるでウソみたいなスピードで死んじゃったという印象。一昨日の朝のニュースを、固唾を飲んで見守っちゃった。6時30分で速報「マイケルが呼吸停止で病院に搬送」、7時で「マイケル心肺停止の模様」、7時15分で「ハリウッド有力芸能サイトがマイケル死亡と報道」、7時30分で「ニューヨークの主要テレビ局も死亡と報道」…そんで9時「ロスの検死官がマイケルの死亡を確認」。マジかよ…あっけなさすぎるよ…。
●そりゃないぜマイケル!「マイケルさんのスポークスマンによると、持病の○○病で簡単な発作を起こしただけ、全世界のファンに心配をかけてゴメンよ、ロンドン公演は予定通りやるよん!ポゥ!」なんてコメントが出てオシマイだと思ってたよ…。カネにモノ言わせてナノテク人工心臓で復活!ぐらいやってのけてもらいたかったよ。…だってマイケルはエンターテインメント・サイボーグでしょ?
●会社に出たら、マイケルの話題でモチキリ。世代でマイケル体験が全然違う。
●50歳のオジさんは「ジャクソン5だろ!そんでソレをパクったのがフィンガー5。アイツら昔六本木辺りに住んでて、オレは近所の中学生通ってたから、アキラ出て来〜い!とか言ってたわ(←マイケルの話じゃないし)」40歳のセンパイは「クインシージョーンズの頃からスリラーだよな…」と言って昔散々練習したというムーンウォークを披露してくれた。39歳の女のセンパイは「WE ARE THE WORLD ってマイケルの作曲よね」。35歳のボクの世代はディズニーランドの「キャプテンEO」。アレはジョージ・ルーカス&フランシス・コッポラというチームだったような記憶が。20代後半になると JANET JACKSON のお兄さんという位置づけで、20代前半の若者にとっては、白塗りの奇人変人というイメージだけ…。こんだけ幅のある印象を各世代に植え付けたマイケルという人物、いかに時代時代でメリハリある生き様を見せてたのかと感じ入る、象徴的な会話だった。
●スーパースターの突然の死に戸惑う人々。
●渋谷のタワーレコードに行ったら、店の前に大きな看板が出てた。

●でかっ!高さ2メートルほど?「R.I.P. MJ 1958-2009 MICHAEL JACKSON」…コレを見て故人の偉大さが初めてハッキリと理解出来た。

●店内に入ると、イチバンいい場所にブースが設けられ、1996年に来店した時の手形が展示されていた…。

●そして、それをケイタイのカメラで撮影する人…。CDを手に取る人…。それを見ながら近くの女子高生が友達にささやく。「マイケルってウチらの世代じゃないよね…あんま知らないよね」そう、相手はスーパースター、ズバリの世代であるボクだって身近な感覚では悲しいとかって感じられない。死んだというより消えたって感じか?世界中の誰もがそう思ってるんじゃないだろうか?
●今日はそんな偉大なるマイケルの音楽世界に入ってみよう。
●今回は彼の黄金期だとボクが思う時代を遡っていくように聴いてみようと思います。
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●「DANGEROUS」1991年
●このCDをリアルタイムで買って来たのは、ボクではなくて2歳年下のボクのイモウトであった。90年代が幕明け、ヒップホップが流入しグランジ革命が起こってた当時である。高校生になってたボクは、少々マイケルには飽きていた。イモウトは確かまだ中学生であって、おまけにCDなんて滅多に買わないタイプだったので、彼女にとっては精一杯の背伸びな買物だったろうが、ボクはこの作品には冷淡で無関心な態度でいたのを思い出す。
●しかしCDを聴かずとも、街中からマイケルの音楽は耳に入って来る時代だった。印象的なシングルは「BLACK OR WHITE」。当時はまだカワイい子役だったマコーレ・カルキンくん(後は立派なジャンキー)がイントロで GUNS N' ROSES のギタリスト SLASH のハードロックギターでノリノリになる小芝居スキットから始まって、人種の壁も国境も乗り越えろというマイケルらしいメッセージを軽妙なギターと共に歌うポップス。ビデオクリップには、今ではナンも珍しくなくなったモーフィングというCG手法がスゲえビックリマジックとして光ってた。ちなみに SLASH はもう一曲でブルージーなギターを鳴らしてる。
●今の感覚で聴き直すと、真っ当に時代の波を受けたニュージャックスウィングのアルバムだったと気付く。プロデューサーとして半分の楽曲に関わった TEDDY RILEY(GUY, BLACK STREET)の存在がやっぱ響くね。一曲目の「JAM」なんて教科書通りのニュージャックスウィングだし、そこに続く前半戦の楽曲は91年段階では最新鋭のスタイルだったのでした。ボクが後年好きになったのは、NAOMI CAMPBELL とのプロモ共演で話題になった「IN THE CLOSET」(監督は写真家 HERB RITTS!)。密室感溢れる性愛の世界がセクシーです。それでもビートはしっかりハネてます。
●しっとりR&Bでは「HEAL THE WORLD」が聴き所。彼がこのテのウタを歌うとその慈愛は常に全地球、全人類規模へ果てしなく射程距離が伸びてしまうようです。スーパースターは見てるもののスケールがデカイ。彼は後に「HEAL THE WORLD 基金」なるものを作って世界の子供を助ける慈善団体を作る。
●……ただし、この時代以降から、マイケルは思った以上に常識感覚が世間からズレテる…しかもかなり大幅に…というコトがだんだんわかって来ちゃった。アレ?コレはキャラのツモリじゃなくてマジだったの?的な違和感。ジャケでは自分のカラダを遊園地に隠してしまってるが、実は遊園地にヒキコモッテいたかったのかも…。この頃からだんだん肌の色が白くなってきたし、子供好きが度を超してて児童性愛までイッテルなんてトコまで行く。彼の全盛期はコレにて終了…したと思う。
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●「BAD」1987年
●この時代は、ボクにとってマイケルが一番刺さってた頃だ。1987年は東京ディズニーランドに3D映画アトラクション「キャプテンEO」がオープン。前述した通り、制作にジョージ・ルーカス、監督にフランシス・コッポラと超豪華。劇中のエイリアンや宇宙船の質感がなにげに「スターウォーズ」っぽいなと思ってた。おまけに1985年「WE ARE THE WORLD」(マイケルと LIONEL RICHIE の共作)の余韻の残る時期でもある。従って、当時中学一年生だったボクには、マイケルはこの地球上で未来世紀のエンターテインメントに一番近いポップスターだと思えてた。
●で「BAD」。このアルバムをリアルタイムでゲットした覚えはない。しかし11曲中9曲をシングルにして、ソレをことごとくヒットチャートに送り込むのだから、イヤでも耳に入るわな。こと表題曲の「BAD」はとにかく大ヒット。ボク的には品行方正だったマイケルがゲットーの若者に交じって目一杯イキがってみせてて、でも全然「BAD」に見えないトコロがツボでした。「オレはワル!ワル!マジでワル!わかるだろ!ワル!ワル!そうさ!ワル!ワル!世界中に聞いたってスグに答えるさ、もう一度だけ聞こう、誰がホンモノのワルだ?」熱唱!…でもホンモノのワルは、プロモで「ウエストサイドストーリー」みたいなダンスはしないと思う…。衣装は80年代だけどダンスは50年代風にコダワッテルのよね。
●「SMOOTH CRIMINAL」も強力なヒット曲だったな…。これまたインパクトが強いプロモだった。30年代風の違法クラブに真っ白いスーツに身を包んだマイケルが乗り込んで、ダンスしまくる……重力に逆らう角度までカラダを傾けるトリックとかにビビった。もうファンクともロックともつかないダンスビートもマイケルにしか出来ない芸当です。
●「MAN IN THE MIRROR」はマイケルお得意全世界イッペンに癒します系のミドルテンポバラード。折しも米ソ冷戦がレーガン/ゴルバチョフ体制下で雪解けムードを醸し出し始めた時期。本人不在でニュース映像のフッテージだけで構成したプロモはこれまた印象的だった。そんで今でも名曲だと思ってる。飢餓に苦しむアフリカの子供たち、南太平洋で行われた水爆実験、マザーテレサ、ガンジー、ケネディ、キング牧師、ジョン・レノン、ヒトラー、KKKの覆面集会、涙しながら祈りを捧げる黒人司祭、ネルソン・マンデラの解放要求デモ、ポーランド民主化の英雄ワレサ氏(後大統領)がパッパッパッと流れていく。そしてそんな世界の有様を見せながらマイケルは歌う。「ボクは鏡の中に映るこの男と始めよう 彼の生き方を変えて行こう このメッセージよりクリアに伝わるものはない 世の中をよくしたいと思うなら もっとよく自分を見つめて変えて行くんだ」後半はゴスペルクワイアと共に大合唱状態になる…。
![]() | Thriller (25th Anniversary Deluxe Edition CD/DVD) (2008/02/12) Michael Jackson 商品詳細を見る |
●「THRILLER 25」2008年
●80年代ファンクの傑作「THRILLER」は1982年発表。当時のボクは確か小学3年生。これまたヴィジュアルが記憶に突き刺さってる。実はフツウの家庭にビデオテープレコーダーが普及したのがちょうどこの頃なのだ。コレわりと重要だと思うけど、ビデオの普及とプロモビデオの存在感はリンクしているはず。しかし我が家にはまだビデオデッキはなくて(しかもその後ベータマックスを買ってしまった…)、近所の友達の家に先にビデオはやって来た。
●さて、その友達のお母さんが「オモシロいビデオがあるから見せてあげるわよ」という。それが、あの14分の短編映画「THRILLER」だった。「ちょっとコワいかも知れないからね〜」というオドカシにドキドキしながら見た「THRILLER」。当時の映像技術をフルに使ってマイケルが狼男やゾンビに変身してしまうシーンは衝撃でした。ゾンビを従えて踊るマイケル。メチャクール。コレが「マイケル・ジャクソン」という存在をハッキリ意識した初めての瞬間です。あ、あと「オレたちひょうきん族」でウガンダトラさん(R.I.P.) が完全パロディにしてたのが記憶に残ってる。デブなのに踊れる!最高に笑えた。
●「THRILLER 25」は「THRILLER」発売25周年記念特別盤として発売されたモノで、おまけDVDにこの14分「THRILLER」ビデオクリップが収録されている。実はコレを我がコドモたちに見せたくてワザワザ購入してしまったのだ。よく見ると監督は「ブルースブラザーズ」を手掛けた JOHN LANDIS じゃん。それはボクも初めて知った。30年近く前にボク自身が前フリされたのと同じように「ノマドヒヨコ、ちょっとコワいけどオモシロいビデオがあるんだよ〜」と前フリして見せてやる。…もう二人とも最高の顔してたね。ノマドは言葉を失い身動きもせずに画面に釘付け。ヒヨコは最初関心がないかと思わせて、もうコワいシーンはカオをテで覆って(でもスキマからキチンと見て)たもんね。全編見終わったら「もうイッカイ!もうイッカイ!」のリクエスト。輸入盤で買ったから字幕がついてないので、弁士のように細かくボクが解説しないといけなかったのが想定外だったけど…。「なんでアカいフクのオニイさんまでゾンビになっちゃったの?」「なんでゾンビがふっかつしたの?」「なんでふたりはヨルのおハカにいっちゃったの?」キミたちあまり野暮で細かい疑問を吹っかけるのはよくないよ…。ただ重要なのは、このマイケルというオニイさんが今週死んじゃったということなのだよ。
●さらにDVDには「BILLIE JEAN」のライブ映像が収録されてる。コレにもコドモたちが衝撃を受ける。そうあのマイケルの必殺技「ムーンウォーク」が映っていたのだ!彼の華麗な足さばきは、コドモたちの目から見ると、まるで氷上をツルツル滑っているように見えているのだった。こと、前に歩く仕草で後ろに歩いてしまう「ムーンウォーク」はホントに不思議に見えたようで、しばらくテレビの前でどうしたらそんな動きができるのか、頑張って足を動かしてたもんね。
●改めて聴くと聴き所の多いアルバムだねー。一曲目「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」や終盤の「P.Y.T.(PRETTY YOUNG THING)」は正統派ディスコファンクの匂いを引きずってるけど、ロックチューン「BEAT IT」はただロッキンなだけじゃなく、演奏陣もマジでロックだった!だってギターは EDDIE VAN HALEN だし、ベースとドラムは STEVE LUKATHER & JEFF PORCARO で TOTO の中核メンバーなんだもん!リラックスしたポップソング「THE GIRL IS MINE」は PAUL MCCARTNEY との共演。その後 PAUL のアルバムに収録される「SAY, SAY, SAY」への共作にも繋がる。どちらも高性能なポップソング。シンセアレンジが清々しいミドルバラード「HUMAN NATURE」はその後 MILES DAVIS にもカバーされ、90年代のR&Bガールズグループ SWV にガッツリサンプルされた名曲だが、実はコレも TOTO のメンバーの提供曲だった。
●「THRILLER 25」には「2008 REMIX」と称して THE BLACK EYED PEAS の WILL.I.AM と FERGIE、そして AKON や KANYE WEST が手掛けたトラックが収録されてる。ボクは AKON の塩辛い声がマイケルのラインを完全になぞる「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」が新鮮で好き。FERGIE とマイケルがガチガチに掛け合う「BEAT IT」もいいけどね。
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●「OFF THE WALL」1979年
●ここからはボクとしてはリアルタイムの経験は全くない…。マジメに聴いたのはずっと後になってのこと。70〜80年代ディスコファンクを掘り下げてゆく中で出会った。キーパーソンは QUINCY JONES。この作品から、「THRILLER」「WE ARE THE WORLD」「BAD」の時代までマイケルを支えることになるプロデューサーだ。
●QUINCY JONESは1950年代のジャズ界からキャリアを起こしたブラックミュージックの重鎮。DIZZY GILLESPIE のバンドでトランぺッターとして出発した彼は、アーティストとして活躍する一方で音楽業界の仕組みにも精通し、60年代には MERCURY RECORDS の副社長に。このような立場に立った黒人はアメリカでは初めてだ。アレンジャーとしては FRANK SINATRA や ELLA FITZGERALD、PEGGY LEE の楽曲を手掛け、白人アイドル歌手 LESLEY GORE のデビューをプロデュースする。ブラジル音楽にも通じ、「SOUL BOSSA NOVA」1962年というボッサジャズでヒットを飛ばし、ディスコファンクでは「AI NO CORRIDA(愛のコリーダ)」1981年がヒット。ハリウッドに渡っては映画音楽を数多く手掛け、カポーティの名作を映画化した「冷血」、シドニー・ポワチエ「夜の大捜査線」、スティーブ・マックイーン「ゲッタウェイ」、そして人気テレビシリーズ「THE BILL COSBY SHOW」までも手掛ける。日本のテレビ番組「ウィークエンダー」のテーマも彼の楽曲だ。
●このジャズからディスコファンクまでのブラックミュージックの歴史を体現するような人物と、マイケルが出会ったのも、映画がキッカケである。「オズの魔法使い」を全部黒人キャストでやりました、という映画「THE WIZ」があったそうで(ちなみに主演は DIANA ROSS)、20歳の頃のマイケルはココで「カカシ」の役をやっていた(←これはトホホな話なのか?)。そんで、この現場で映画音楽を手掛けていた QUINCY と出会う。「誰かボクにピッタリなプロデューサーはいないかな?」「それじゃワタシが引き受けよう」QUINCY は自慢の口ひげをいじりながら、この子役上がりの若者をもっとビッグにしてやると誓った訳だ。実際この「OFF THE WALL」の大成功で二人の立場はさらに高いモノになってしまった。
●このアルバムを聴いたことのナイ人でも、一曲目「DON'T STOP TILL YOU GET ENOUGH」は絶対耳にしたことがあるはずだ。イントロドン!で理解出来るはず。華麗なストリングスアレンジ&切れ味抜群のホーンアレンジに、マイケルの全編ファルセットがサーッと滑ってく感じの、絶妙なディスコダンサー。もうコレでゴハン3杯イケルね。アルバムの他の曲も基本折り目正しくディスコファンク。80年代には完全なマイケル世界を組み上げる彼だが、この段階では高性能なディスコシンガーという趣が強いのでした。
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●「BEN」1972年
●いきなり時代は飛んで、マイケル14歳のアルバム。マイケルの初期キャリアと言えば、4人のアニキと一緒に組んでた THE JACKSON FIVE なのでありまして、彼は8歳の頃からステージに立っておりました。デトロイトの伝説的R&Bレーベル MOTOWN と契約したのは10歳の時。アニキの一人 JERMAINE JACKSON とマイケルがリードボーカルなのですが、天才的な歌唱力は早くも人々の耳を引きつけ、誰もがマイケルにビックリ。「I WANT YOU BACK」「ABC」「THE LOVE YOU SAVE」(←この曲イチバン好き!)「I'LL BE THERE」などと快調なヒットを飛ばすのでした。
●一方で、THE OSMONDS という白人兄弟グループが登場して、THE JACKSON FIVE と同じノリの商売を始めました。実はコレも結構バカに出来ない物件で、レコ屋で安く見つけたらゲットして聴いて下さい。バブルガムポップスとして楽しいです。さて、黒人と白人でいったら、才能とカンケイなく白人の方に分があるこの時代。THE OSMONDS の連中はさらにエグイ商売を思いつき、メンバーのソロ活動も始める。言わば兄弟バラ売り作戦。MOTOWN の社長 BERRY GORDY JR. も指をくわえて見てる訳にはいかねえ!と、マイケルにソロ活動を命じるのです。コレが1971年、13歳の時。本人は「え、ボクがソロ?おニイちゃんたちいないの?」的な戸惑いがあったようですが。
●「BEN」はソロのセカンドアルバム。QUINCY に出会う前の10代のマイケルにとって最大のヒット曲が、このアルバムの表題曲です。実はシモキタザワで100円でゲット。しめしめ。ジャケにはちと気持ち悪いネズミさんがいますが、この曲はベンという名のネズミくんが活躍する映画のテーマソングなのでしょーがないのです。もうチョイかわいく描けないのかよ?……実は本来この曲は白人のライバル THE OSMONDS のリードシンガー DONNY OSMOND に提供される予定だったのですが、ヤツが忙しいという理由でマイケルの下にやってきたという逸話も。だから、MOTOWN らしくないスローバラード。でも、マイケルの歌唱力がハンパじゃないというコトを証明するにはうってつけでもあったのでした。
●他人様の曲を歌うのも珍しくなかったこの時代、ナイスなカバーもありまっせ。THE STYLISTICS「PEOPLE MAKE THE WORLD GO ROUND」のディープなソウルを、変声期前のファルセットで歌い上げてます。THE TEMPTATIONS「MY GIRL」もチャーミングにカバー。STEVIE WONDER が60年代に歌った「SHOO-BE-DOO-BE-DOO-DA-DAY」も実に遊び心満点で歌い切ってくれてとても楽しい。
●80年代「MTV時代」を鮮烈なダンステクニックで駆け抜けスーパースターになったマイケルだが、基礎にあるのはやっぱ抜群の歌唱力。それを分からせてくれた一枚ですわ。変声期前の素直なボーイソプラノはホントに耳に気持ちイイ。
●ちなみに、THE JACKSON FIVE のその後についてもチョッピリ。
●70年代はニューソウルの時代だ。公民権運動の影響で黒人社会の意識も高まり、黒人のソングライターたちも自由に自分たちの意見を音楽を使って表明していきたいと考えるようになった。しかし!マーケティング先行の楽しいR&Bを、ハウスバンド&スタジオで量産していた MOTOWN はそんな連中を気持ちよく思わなかった。ここで、ソングライターとレーベルの摩擦が発生する。MARVIN GAYE や STEVIE WONDER は必死に会社と戦い自由な表現を勝ち取るコトが出来た。
●しかし、JACKSON 兄弟は?彼らはまだ小僧なのでした。でもさ、自由な表現だけじゃないよ、ギャラも結構ボラレてるよ?コレどうにかなんないだろうか?すったもんだあったあげく、1976年とうとうグループは MOTOWN を離れることにした。移籍先は CBS だ。しかし困ったことに、MOTOWN の社長 BERRY GORDY JR. の娘さんとリードシンガーの片割れ JERMAINE は結婚しちゃってたのよね。さすがに義理の父親をムゲに出来ず JERMAINE 兄さんはグループ脱退& MOTOWN にソロとして残るコトに。あげく MOTOWN は「THE JACKSON FIVE」という名前は使わせないと主張。移籍したグループは「THE JACKSONS」と名前を変えなくてはならなかった。補充メンバーはマイケルの弟 RANDY。
●CBSも GAMBLE & HUFF という黄金プロデューサーチームをあてがい、新生 THE JACKSONS を始動させるが、マイケルはこの騒動にかなりゲンナリするものがあったらしい。快活な少年は、この時期を境に極端に内気な青年に変わってしまった。「カカシ」役で映画に出て QUINCY JONES と出会ったのはそんな頃だった。
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●JACKSONS「VICTORY」1984年
●70年代まではなんとか機能してた THE JACKSONS だが、マイケル「OFF THE WALL」「THRILLER」の大成功で完全にバランスを崩し、80年代は全然活動ができなかった。そんで4年のブランクを経てやっとリリース出来たのがこのアルバム。細かいようだが「THE」が取れたみたい。
●ジャケに登場するのは6人のオトコ。アレ? THE JACKSON FIVE なんだから五人組じゃないの?移籍騒動で袂を分かった JERMAINE 兄さんが晴れて MOTOWN から足抜け出来て、再び兄弟が全員集合できたのだ。そういう意味でタイトルが「VICTORY」なのか?しかし、ソロとして立場を確立してたマイケル& JERMAINE はこのアルバムではあんまり登場しない。マイケルがリードを取るのはたったの3曲だよ!結果としてこのアルバムはあまりオモシロくない…。フツウの80年代R&Bだわな…。珍しいトコロは、「STATE OF SHOCK」という80年代風ファンクでマイケルと MICK JAGGER のデュエットが聴けるというポイント?でも基本的にマイケルはやる気なし状態で、このアルバムリリース後に彼はグループを脱退してしまう。グループ自体も1989年に解散。末のイモウト JANET が「RHYTHM NATION 1814」1989年で大ブレイクするのと入れ替わるように、アニキたちは音楽業界から消えて行った。
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●馬の目を抜くような弱肉強食の音楽業界に少年時代からドップリ浸かり、ソレ以外の世界を知らずに育った少年は、世界に対して極端なほど臆病な大人に育ち、その商業的大成功がより彼を孤独にしてしまった。才能にも十分恵まれたし、努力も目一杯したはずだ。なのに、真っ当な恋人も見つけられなかったし、子供に対する愛着も世間から非難された。……少年時代の彼に同い年の友人がいただろうか?どんなに大金を積んでも、遊園地を自分の家に作っても、彼は自分の少年時代を買い戻せなかった…。…マイケルは、少しカワイソウな人だったと思います。R.I.P.
2009.06.24
扇情的なタイトルのホンを読んで、ネットにスネた人の気持ちを知る。
![]() | ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書) (2009/04/17) 中川淳一郎 商品詳細を見る |
●中川淳一郎「ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言」
●会社の同期がデスクの上に置きっ放しにしてたので、パラパラと読んでたらそのまま最後まで。だって、タイトルが扇情的なんだもん……帯コピーも「どいつもこいつもミクシィ、ブログ。インターネットは普及しすぎて、いまやバカの暇潰し道具だ!」と来たもんだ。わー過激だなー。著者は大手広告代理店を辞めてフリーライターに転職、そんでアメーバニュースの編集責任者になった人だ。おまけにボクと同い年。
●ネットにどっぷり浸かってる人々に対していきなり「気持ち悪い」と乱暴なパンチを振るう。しばしばネットで目立ってしまう、匿名に甘えた行儀のワルい人たちに対して深く絶望しているコトを、確かにこりゃしんどいわーというエピソードを交えて紹介し、「バカの発言力がネット上では実に強いのである」と喝破。代理店経験に由来しているのか、ネットで何かを仕掛けるだけでナニかが変わると信じている無知な企業人のオッサンにも言及し、わかってねえのに過度な期待をするなと厳しく警告。「結局、最強のメディアはテレビ」だとも言っちゃう。「ネットはテレビのコバンザメ」だって。そして結論は「だれもネットをわかってない」………。
●ここまで言われて、そのネットじゃどんな反応なんだろ?と思えば、「ご指摘真っ当」から「ヒマ人ですいません」的な自虐リアクション、「ナニを今更…」的な意見、「刺激的なタイトルで金儲けかよ!」な反応、「評論家たちが煽るネット楽天主義へのアンチテーゼ」として冷静に受け止める姿勢、「共感できる部分も多い」と好意的な人も。つまり賛否両論。
●ボク自身は「ネットをよくわかってない」人間なので、少々ピンとこない点もある。「荒らし」とか「炎上」とか「祭り」とかに関わった事がないし…、そういうことするのがネット利用者のマジョリティとは思ってない。「カルボナーラがおいしかった!」的なブログをハズかしげもなく披露するのもバカ&ヒマ人とされてしまうのだが、そうなるとボクもバカ&ヒマ人の当事者の一人だし…でも周りに迷惑かけてないしな…と思ったり。(←あれ、誰かに迷惑かけてるのかな?無意識に?)
●「最強のメディアはテレビ」ってのも……そうかな?
●消費者目線の使い勝手で言うとテレビとネットじゃ、ネットの方が軍配が上がる。テレビがなくても困らないが、ネットがなきゃ困る。生協に食料品の注文すらできないじゃないか!一方テレビはもうクチャクチャだよ…テレビの方が絶対バカ&ヒマ人でイッパイ。見ないでイイ番組がホント多いし。ネットはわかりやすく炎上するけど、テレビは炎上に匹敵するリアクションがあってもそれはスタッフしかチェックしないから目立たないだけだよ。著者はニュースサイトの管理人なんだから、プロとしてクレーマーと対峙するのは宿命。写真週刊誌は裁判起こされたりしてもツッパる所はツッパるのだし、テレビだって膨大なご意見メールをかなり意識して制作にあたってるはずだわね。……ただ、メディアに対して意見するという心性が一般人に広く芽生えたのはネットの普及とシンクロした事象というコトは言えるかも。ナンチャッテ内部告発者のガセ情報を掴まされて社長が失脚というテレビ局もあった。あの詐欺師はバカ&ヒマ人か?いいや、悪人だよ。
●ボクから見ると今んトコロネットは敗北なんてしてない。……強いて言えば、「ドリフ見るとバカになります」「マンガ読み過ぎるとバカになります」「ファミコンし過ぎるとバカになります」「携帯を持つとバカになります」といった、いつの世にもありがちな新メディアへのアリガチな拒絶反応と一緒のように思えて、今の時代は「2ch見過ぎるとバカになります」「ミクシイし過ぎるとバカになります」ってこの著者は言っているというコト。実際バカになる人もいれば、そうでない人もいるだろう。ネットはそれが目立ってしまうって点が新しいので、見苦しい場面に出くわすコトもあるだろうが、テレビのチャンネルを変えるようにその場を立ち去ればイイだけ。ボクは個人的には 2ch とかには極力触らない事にしてるんだ…。
●世界金融危機から始まる、「核の冬」級の広告費削減時代において、どのメディアに限られた予算を注入すべきか。それはイロイロな考え方があるだろうな。「旧メディア vs. ネット」という図式にハマるとこの議論はとっても陳腐になると思う。本来は全メディア総力戦で宣伝は展開すべきで、どっちが有効かという話ではなく、双方をどう有効に機能させるかを考えるべき。ただし各メディアのシナジーの方法に正解/王道/テッパン技がイマイチ発明しきれてない気はする。コレはバカやヒマ人の仕事ではなく、著者の出身である広告代理店の仕事だし、たとえクライアントがバカでもそれを納得させるのが広告プロ仕事の一部でしょ。
●わ、よく知りもしないで、ネットの肩を持つポジションに立っちゃった。ボクは完全にネット現場の部外者なのに。ちょっと突っかかってみたのは、著者が同世代だからってのも一因あるかも。「たとえ仕事に痛んでても。そんなにスネルなよ」的な感情がある。しかしコレもバカ&ヒマ人の戯言。不快と思えば聞き流して下さい。
●ついでに。「リア充」ってコトバ。「リアル世界で充実している人」の意。ボクはホントにネットの隠語とかに疎いので、このコトバを初めてこの本で知りました。反対に「ネト充」な人もいるのかな?「ネット世界で充実している人」。ボクはネット世界では全然充実してないんですけど(誰も読まないブログをつづってるだけだし)、ネット世界で充実するってどんなことなんだろう?リアルでだって充実してると思えないのに、ネットの充実なんて想像がつかないよ。



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