●平昌オリンピックでは、羽生結弦くんが、人を殺すかのような鬼気迫るパフォーマンスで見事金メダル。
●同じ羽生でも羽生善治永世七冠は、中学生プロ・藤井聡太くんに敗北。藤井くんは史上最年少で六段昇格。
●若い才能がハジけまくってます。

その一方、我が家では、娘ヒヨコが大金星。高校受験で第一志望校の合格を勝ち獲った!うわー。
●もう絶対無理だと思ってた…。偏差値60台後半のハイランカーな学校だよ。
●奇跡だと思ってます。マジで。

●だって、去年の今頃の段階では偏差値50を下回る教科もあって平均以下の体たらく。
●そもそも勉強には興味がないタイプで、小学校の頃は「ヒヨコ、学校は中学までで十分」と言ってたし。
●親としては、コイツは学歴で身を立てるタイプじゃない、手に職つけて頑張るタイプと思ってた。

●しかし、学校見学や文化祭見学で、その校風にいたく感心したらしく、そこからモチベーションアップ。
●とはいえ「行きたい!」気持ちがあっても「行ける」成績はないわけで。だからボクは、
「夏休みまでに生々しい成績が出せないなら、ユメみたいなコトは辞めてもう一回学校選ぶからな!」
●と強く言ってた。が、夏休み終わりには模試で「合格率80%」まで叩き出してしまった…。
「ホントかよ…行けるのかよ…」塾の先生に会いに行って相談までしましたよ。

●結局、メチャ高めの目標設定のまま、突き進むコトとしたけど。
●今度は秋以降の偏差値が低迷。「合格率40%」を彷徨う状況。
●しかしココで路線をブラすと全部ダメになりそう。本人のモチベは高いまま。ここは行くしかない。
●冬は体調不良で寝込んだ場面も。2月頭もインフルエンザで寝込んだ場面も。
●試験直前や当日は、ボクは「落ちたらどんな言葉をかけるか」ばっかり考えてた…。

「メルカリ先輩」のおかげ。
●過去問をチェックしたが、素人のボクから見ても、この学校の試験問題はユニークでトリッキー。
●他の学校とスタイルが圧倒的に違う。偏差値と関係なく、この出題スタイルに最適化しなければ解けない。
●これは過去問をしっかり研究して、個別対策に特化しなければならない。
●でも、世に出回る過去問題集は遡って8年分くらいしかカバーしてない。もっと必要だ。
●そしたら、フリマアプリ・メルカリに、さらに古い過去問題集を古本として売りに出してる人がいた。
●ワイフが早速接触して購入。これで16年分の問題を確保。これをヒヨコは解きまくった。
●これが重要な勝因。汎用性の高い塾の授業をサボってまでして、一点突破の戦略。
「大は小を兼ねない」目標設定が明確なら最短距離を踏んで狙いを研ぎ澄ます。リスキーだけど。
●息子ノマドの中学受験も一点突破を採用。ボク自身も仕事はゼネラリストよりスペシャリスト志向だし。
●問題集を売ってくれた「メルカリ先輩」はこの学校の在校生らしくて、来年からは直接の先輩になる。
もし会えたら、ちゃんとお礼しないとね。

最終段階の試験前日は、ヒヨコ本人のテンションが最高潮。
●夕ご飯の途中に、いても立ってもいられなくなって、なぜか「ちょっと外でダッシュしてくる!」
●そして当日は「もう落ちる気がしない」。その自信はどこから湧いてくる?根拠はどこにある?
●合格倍率はいくつ?と聴きながら「じゃあ2〜3人殺れば十分ってコトね」。

金城実 連続カチャーシー

金城実「連続カチャーシー」1980年
●そんで合格発表の夜。最近は学校のホームページで掲示されるのよね。ヒヨコ自身がスマホでチェック。
「あ、あったー!受かってたー!」マジで!?マジで!?歓喜の嵐です。あーよかった!
●そこでヒヨコのリクエスト。「カチャーシーを鳴らして!踊るから!!」
サッとこの音源を鳴らして父娘二人でデタラメカチャーシーを踊りました。歓喜の踊り。
●沖縄はオメデタイコトがあるとカチャーシーを踊るでしょう。
●選挙の当確中継でも、沖縄は万歳だけでなくカチャーシーが出てくる。ヒヨコはそれが好きだったようで。
●これは「連続カチャーシー」というだけあって、20分間演奏がノンストップで続くのですよ。
●ハイテンポな三線のリズムが煽るカチャーシーは立派なダンスミュージック。
●この「連続カチャーシー」は複数の定番楽曲を立て続けに演奏しまくってるようだね。
●以前、YouTubeでカチャーシーの踊り方動画ってのを二人で見たもんだっけ。
●とりあえず、恥ずかしがらずに手足を動かすことが一番大事ってことだけはハッキリわかった。

●沖縄は好きな土地で何回か行ってるけど、これはその中でも古めで1998年頃の出張で買ったCDだな。
●あの時は、たった一人で必要機材を持って先方を訪ねる仕事で、実稼働は夜遅めの3時間程度だった。
●翌日は日曜日だったこともあり、飛行機はすごく遅めにとって那覇の街を優雅に探索したんだっけな。
●沖縄民謡のレーベル、マルフクレコードの名前はもちろん知ってたんだけど、那覇の国際通りにズバリ「丸福レコード」というお店を見つけてビックリ。これはレーベル直営店?と思ったんだけど、丸福は沖縄ではポピュラーな名前なのか偶然の一致みたいで…ちょっとよくわからんかった。

ということで、今日は沖縄音楽を。

ネーネーズ「コザDABASA」

ネーネーズ「コザDABASA」1994年
●沖縄音楽の巨匠・知名定男プロデュースのグループ、ネーネーズのメジャー三枚目のアルバム。モーニング娘。AKB48のように時代の流れに沿ってメンバーを入れ替えているこのグループだけど、これは初代ラインナップの時期で、後のネーネーズにとってもクラシックなレパートリーになる名曲「あめりか通り」「黄金の花」「真夜中のドライバー」を収録している。作曲の多くは知名定男さんが手がけ、三線の演奏も彼が担当してるというように、実にドメスティック/トラディショナルな音楽。なのに、何気に有名なアメリカ人ミュージシャンがゲストでたくさん入ってる。RY COODER JIM KELTNERLOS LOBOS のフロントマン DAVID HIDALGO などなど。
那覇・国際通りのライブハウス「島唄」で、第4期ネーネーズのライブを見た様子はこちらの記事に書きましたhttp://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1637.html)2014年の家族旅行で行ったのです。ご参照を。WIKIによると今は第5期の時代に入ってるらしいね。

BEGIN「BEGIN シングル大全集」

BEGIN「BEGIN シングル大全集」1990〜2005年
●この沖縄・石垣島出身のトリオ、温厚なオジサンたちというイメージは定着してるだろうけど、「平成名物TV・いかすバンド天国」の二代目グランドチャンピオンだったということはみんな忘れちゃったのだろうか?ボクはあの番組を熱心に見てたんで、彼らの登場もよく覚えてる。デビューシングル「恋しくて」はこの番組の初登場で披露した楽曲で、その完成度に審査員が舌を巻いてた。メロウなブルースにビターな恋の記憶。奇妙キテレツなバンドがワル目立ちするこの番組の中で異色なほどのオーセンティックな落ち着きぶり。当時中高生だったボクには、退屈にすら聴こえたほどだった。
●そこから始まった彼らの活動15年分のシングル楽曲をまとめた二枚組音源を、レンタル落ちで購入。これで通してキャリアを俯瞰してみると、彼らのブルースバンドという印象が、実はワリとそうでもないように見えてくる。確かに初期は70年代風のブルースロックやウエストコーストのフォーキーなシンガーソングライターな気分に強いコダワリがある感じなんだけど、ある時からブルースに全然関係ない純然たるジェイポップにスコンと変貌する。CMタイアップのヒットシングル「声のおまもりください」(1996年の曲で、PHSの会社のCMソングだった…時代だわ)以降の音楽は、日本純製のフォークソングになってる気がする。高い湿り気と暗い明度。少なくともブルースは関係ない気が。PHSのCMソングをやっておきながら別の楽曲では「ポケベルに振り回されて」とモバイル機器に違和感表明したり。PHSもポケベルも実に90年代だ。
●ただ、この臆面ないジェイポップへの転向が、彼らを本当に自由にしてしまった。日本のメンタリティにしっくりハマる苦い感情や切なさ、ノスタルジーや故郷への淡い憧れといった、本質に迫るソングライティングへ道を開いた。「防波堤で見た景色」の成熟したセンチメンタルが素晴らしい。ここにはもう洋楽ロックに憧れてた少年はいなくて、リスナーに言葉を届けるプロのソングライターがすっくと立っている。
●そしてそのあとに到達する「涙そうそう」の大ヒット。初出は森山良子さんのアルバムで、BEGIN はそれをセルフカバー。そして2001年、同郷の歌手・夏川りみがこの曲でブレイク。彼らの音楽は歌謡曲や演歌の世界にまで突き抜けて行った。また、このあたりから、自分たちのルーツである沖縄音楽へのアプローチにも臆面なくトライする。「涙そうそう」セルフカバーは「BEGIN の島唄〜オモトタケオ」2000年に収録されてる。彼らの初めての島唄アルバムだ。2002年の名曲「島人ぬ宝」も素晴らしい。この曲大好きでカラオケで歌っちゃう。2003年には新楽器「一五一会」を開発。ここらへんはほんとスゴイと思う。
●このベストで初めて聴いたのが「オジー自慢のオリオンビール(エイサー・バージョン)」。陽気な島唄気分でビールの歌をみんなで歌う。地元じゃとっても有名な曲らしい。オリオンビールの存在はもはや全国区?少なくとも下北沢にはたくさんの沖縄料理屋さんがあってオリオンが飲めるっぽい(ボク自身はブランドに関係なくビールもお酒も飲めないから自信がない)。ただ、最初に出張で単身沖縄を訪れた時は、オリオンビールってのがよくわかってなくて。仕事は前述した通りあっという間に終わっちゃって、お世話になった人たちが、キンキンに冷えたオリオンをワサーッと持ってきて「さあ!飲みましょう!お仕事おしまいでしょ!」と言ってくれたのだ。いやいや皆さんはいつも一緒のグループでしょうけど、ボクは東京から今日だけ出張った人間で、お邪魔じゃないですか(そしてビールが飲めない)。結局ボクは丁寧に辞退してホテルに戻っちゃったんだけど、アレは失敗だったと20年も経った今でも悔やまれる。あの時、皆さんは、東京からわざわざ出張ってきたボクをもてなすタメにビールを持ってきてくれたんだ。ありがとうございます!と言いながら楽しく夜を過ごすべきだったんだな。ナイチャーは失礼でつまらない人間だなーと思われちゃったかもなー。
●結果、BEGIN の音楽は、島唄から演歌、ブルース、フォーク、ジェイポップを最適にミクスチャーした内容を持つに至り、独自の存在として活動を続けている。別にすごく新しいことをやるわけじゃないし、流行を作ったり追いかけたりもしないんだけど、思った以上にその立ち位置はユニークで、その立場からユニークな音楽を発信していることがわかった。あと、このベスト2005年リリースでデビュー15周年記念でしょ。今ではあと少しでデビュー30周年ってことか。スゴイね!



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読書の連休。
●近所の喫茶店で本を読もうと歩いてたら、「文藝春秋」の「芥川賞」掲載号が発売されてたので買ってしまった。ホントはたっぷりバッグの中に本を詰めてたんだけど、今日は二作同時受賞の「芥川賞」を読もう。

石井遊佳「百年泥」

石井遊佳「百年泥」
●舞台はインド南部の大都市・チェンナイ。00年に一度という大洪水で街は泥だらけ。アレコレの成り行きの流転の果てにインドに至ってIT企業で日本語教師をやってる主人公の女性は、トンチンカンな生徒との交流と奥深すぎてよく分からない伝統的因習とさらに訳が分からない非常識な出来事に取り巻かれて、100年河床に沈殿していた泥の中から100年分の人々の記憶が溢れ出てくるのを目撃する。そして自分の記憶までが泥だらけのままに浮き上がってくる…。
●コレが「マジックリアリズム」という手法か。灼熱の気温と大都会の喧騒と躍進する経済と放置された貧富の格差がゴタマゼになってもうワケワカランと少々荒っぽくブン投げた感じの印象も、なるほどインドっぽいかもと納得。著者自身がホントにインド在住で日本語教師やってるそうですよ。

若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」

若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」
主人公・桃子さんは70歳オーバーのおばあさん。東京郊外で一人暮らしながらも、その孤独はある意味で一人ではなくて、様々な性格の桃子さんが桃子さんの内部でずっと井戸端会議をしている。自分の中で地層のように折り重なった人生の折々の時期の桃子さんが大勢で議論してる。長く東京暮らしをしてきたのに東北弁で思考するようになったのは、マントルのように深い位置に存在していた最古の桃子さんがマグマのように吹き上がってきたから。そんな思考の中で、桃子さんは、自分を育ててくれた祖母「ばっちゃ」やソリが合わなかった母親、今は疎遠になってしまった娘・息子、そして突然の死別となった夫、かつて大事だった人たちと自分の距離を測っていく。今は一人となった桃子さんは、大勢の桃子さんの議論も含め、この老境を迎えたこの年齢でも新しい気づきに感動できる自分の未来を信じてる。
●著者は63歳の女性でコレがデビュー作。「おばあさんの哲学」を書きたかった、がご本人の弁。主人公・桃子さんを連想させるが、夫を亡くしたのが創作の契機。なんだか老いも孤独も怖くなくなるような気持ちになる。ご出身は岩手県遠野。とにかくこの作品をユニークにしてるのは、この東北弁。実にチャーミング。遠野、いつか行ってみたい土地だな。

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
●最近読んだ本。宮崎駿の次回映画原作とあればチェックしたいが、今本屋に平積みになってるメガネっ子の表紙がなんだか安っぽくって買う気になれなかった…ましてやコミカライズなんて。そしたら、岩波文庫版を古本屋で見つけた。
●児童文学とあって、主人公の中学生男子が青臭く悩んだりするのはソレはソレで成立してるんだけど、その中学生男子と同じ存在感で、彼の叔父が男子に向かってドッカリとした内容の助言をノートして送るという部分がこの作品のユニークなところ。ここが興味深い。宮崎駿が少年の生活とオジサンノートの二重構造をアニメ的にどう処理するのか。
●そしてそもそもで、この本が書かれた1937年は盧溝橋事件〜日中戦争勃発の年。そんな右傾化〜軍国主義化が進む時勢でマルクス主義経済を連想させるトーンを発信。リスキーな状況下でよくぞこの本を世間に出したなと感心する。今やマルクス主義や左派思想はオールドファッションで「反日」と言われてるけど、現代に比べて明らかに非民主的な政治体制と圧倒的な格差経済だった日本(&その他全世界)にバランスを求めるアンチテーゼの理論として、やはり一定の意味を持ってたとボクは思ってる。実際に作中でも「愛国心」とか「非国民」という言葉を振りかざして同調圧力を強いる集団が登場して、主人公たちを追い詰める。
●誤解がないように付け加えるけど、コレは右派左派のイデオロギー対立ではない。社会内部の構造を分析する手法としてマルクス経済学の手法を援用しているだけでマルクスの「マ」の字も登場しないし、過激なプロレタリアート一党独裁なんて全く関係ない。主人公はプチブル階級の子弟で、友人には富豪の御曹司もいれば貧しい商店主の子供もいる。そうした人間関係にどんな配慮が必要か、オジサンノートを通じて主人公は自分の思考を深化させる。
●一方、学校の規律を正すと主張する先輩たちは、狭いドグマを強い腕力や人数に任せて周囲にゴリ押す。その中で安易に「愛国心」(=「愛校心」)という言葉を振りかざす。国を愛す、学校を愛す、共同体を愛すという思いは多様性を持つ感情や行為であるはずなのに、ソレを圧力でカタにはめ規制するのは危険だと発信する。
●徐々に社会を引き裂いている現代日本、国際競争力に陰りを見せてきた現代日本。実は戦前に書かれたこの本の問題意識は今の日本にもジワリと合致しているような気がする。

ルイス・フロイス「日本文化とヨーロッパ文化」

ルイス・フロイス「日本文化とヨーロッパ文化」
●我が家の中学生・娘ヒヨコは高校受験真っ最中だ。もう親であるボクにはなんとか彼女にとってイイ結果が出てくれればと願うばかりだ。学歴とか偏差値じゃない、多感な高校時代をノビノビと過ごして、自分の個性を遠慮なく発揮できる場所を見つけてほしい。ただそれだけ、なんだけど、コレが得難い。女子人間関係の同調圧力こそ強力で、ヒヨコはいつもどこか居心地が悪そう。ちょっと変わり者なんだよなー。
●そんなヒヨコ、受験勉強で忙しいはずなのに、ボクが読んでたこの本を「読みたーい!」と言って楽しんでいた。コレがパッと見で楽しそうな本かな??ルイス・フロイス織田信長〜豊臣秀吉の時代に来日して、35年間の長きに渡って布教活動に携わり、その最期まで日本に留まった宣教師。彼が当時の日本の状況を記した文書は日本史研究でもよく紹介されてるよね。だからこの本を古本屋で買ったんだ。
●この本は、西欧文化と日本文化をメモのレベルで比較している内容。だいたい一項目2〜3行のコメントがたくさん羅列してある。例えば「我々の間では魚の腐敗した臓物は嫌悪すべきものになっている。日本人はそれを肴に用いたいそう喜ぶ」。コレは塩辛のこと。なるほどねー。「我々は瀉血療法を行う。日本人は草による火の塊を用いる」。コレはお灸のことね。瀉血療法なんかよりも優れた、今尚生きる技術だね。「我々は海の精や海人のことは全て虚構と考えている。彼らは海の底にトカゲの国があり、そのトカゲは理性を備えていて危険を救ってくれると信じている」コレは一瞬意味がわからなかったんだけど、なるほど「竜宮城」のコトを言ってるのかと気づいて笑っちゃった。
●娘ヒヨコ、こんな話を面白がるようじゃ、ジャニーズや三代目 J SOUL BROTHERS の話題に盛り上がる友達とは話合わないだろうな。高校で話の合う仲良しを見つけてほしい。


音楽。ジャズで踊る桃子さん。

CHARLES MINGUS「TIJUANA MOODS」

CHARLES MINGUS「TIJUANA MOODS」1957年
芥川賞「おらおらでひとりいぐも」の一場面で、ジャズへの言及がある。お話の中ではさほど大きい役割は果たさないんだけど、主人公・桃子さんの性格の一端を象徴する部分だ。

 桃子さんが悲しみを得たとき、ありふれた世間によくある態の悲しみだとしても、本人にしてみれば天地がひっくり返るほどの大衝撃、その悲しみに震え上がっていたとき、ラジオからジャズが流れた。すでに歌詞がある曲は受け付けなかった。クラシックは悲しみをいや増した。そんな中で聞いたジャズ。いまだにその曲が誰の何という曲なのか知らないが、悲しみではちきれそうになっていた頭を、内側からガシガシとはたかれた気がした。

 囲っていた悲しみが飛び出した。

 自然に手が動き、足が床を踏み鳴らし、腰をくねらせ、気が付けば狂ったように体を動かしていた。ジャズの律動と桃子さんのドタバタが相呼応した、勝手気ままなのどでなし踊り。それが心地よかった。ちょうど土砂降りの雨の日で、それをいいことに雨戸も開けない薄暗がりの家の中で、雨戸と雨戸の隙間から直線の明るみだけが薄く障子越しに届いていた。体をがむしゃらに動かすと熱くて息苦しくて一枚また一枚と服を脱いで、真新しい仏壇の前で、真っ裸DE踊っていた日を桃子さんは忘れていない。

ジャズで踊って一人全裸になってしまう桃子さん。この一文を読んで、即座に連想したのがこのCDだ。ハードにファンキーなジャズで、タイトルやジャケから連想される通り、躍動感溢れるメキシコのニュアンスが濃厚に反映されてる。
●カスタネットが細かくリズムを刻む「YSABEL'S TABLE DANCE」はまさしくフラメンコのようで、情念が激しくスパークする様が実にスリリング。女性が煽る声とサックスやトロンボーンが衝突しながら、ベースがうねる高速グルーヴの上を疾走する。息苦しいほどに熱いパワーに、裸になりたくなる気持ちもわかる。「TIJUANA GIFT SHOP」も独特のユーモラスな感覚が楽しい。
●後半の「LOS MARIACHIS」マリアッチ音楽をズバリ地で行くものじゃないけど、メキシコの埃っぽくてどこかルードで不敵な雰囲気を、スローに決めつつもワイルドに煽って行く。







●ややや!たった今、ネットで受験結果を確認したら、ヒヨコ見事第一志望に合格したぞ!やった!よかったー!




とうとう、平昌オリンピックが始まったね。
●準備に問題がーなんて心配な報道があっても、始まっちゃったら盛り上がるんだと思うんだ。

リオ以降のオリンピックは、NHK も民放もネットサービスで様々な動画やライブ配信を提供してくれるから、なおのこと楽しい。ルールもわからんマイナー競技の中継映像を、実況もナシで見てるのはある意味でシュール。今は「リュージュ男子一人乗り」の見逃し配信をPCで見てる。スゲえシンプルなソリに乗って最高時速129キロでぶっ飛ばすこの競技、果たしてスポーツとしてドコで差がつくものなのか全然ワカンナイが、マジで0.09秒レベルの差異で記録を競っててビビった。

●開会式も興味深いと思った。韓国のお国柄、こと伝統文化のアプローチは、近いようでまだまだこの国をボクは知らないでいると改めて認識させられる。もう仕事含め6回も行ってる国なのに。縁起物としての「人面鳥」とかホントビックリ。この前までハマってた韓流時代劇ドラマ「トキメキ☆成均館スキャンダル」で少し馴染んだ民族衣装のテイストがセレモニーに反映されてて楽しい。各国の選手団を案内するお姉さんの隣に赤青のランタンを持つ男の子
がいる。あの子の衣装は時代劇にも登場してたような気がする。
●それと、選手団入場行進のところはずーっとBGMにKポップが流れてたね。Kポップは韓国の重要な輸出品目だからここぞと活用するのは正しい(日本がリオでスーパー”安倍”マリオをプレゼンしたのと同じ)。アメリカ選手団の登場の瞬間にPSY「カンナムスタイル」がこれ見よがしにかかってた。年末の紅白歌合戦に出演したアイドルグループ TWICE の楽曲も流れてたらしい。だから今日は TWICE の YouTube チャンネルでMVを見てた。9人いるメンバーの中で3人が日本人、1人が台湾人という多国籍構成だったのね。へー知らなかった。


●さて、最近は本当に仕事がハードで。
●そんな日々を慰めてくれた音楽を。80〜90年代に活躍したグラスゴーのバンド、DEACON BLUE。

DEACON BLUE「FELLOW HOODLUM」

DEACON BLUE「FELLOW HOODLUM」1991年
このCDは、今から25年以上前、高校時代に1年上の先輩から勧めてもらったモノだ。その先輩・タガヤさんはボクと同じように音楽マニアだったが、ある種独特の美学、「中庸の美徳」を重んじる傾向があって、純粋なポップスとしてどこまで丁寧に造形されているか、メロディやアレンジが美しいのか、というコトこそが一番重要だという主張があった。その審美眼にかかるとハードロックもヒップホップもレゲエもテクノもダメになってしまう。様式に寄りかかった過剰さはポップスの普遍性には邪魔な要素なのだ。すごくストイックなのだ。ボクはどちらかというと逸脱した過剰さに面白さを見出すタイプなので、実はあまり相性がいい感じじゃなかったんだけど。
●でも、このバンド、このアルバムの音楽は、確かにその「中庸の美徳」を体現している。安易なギミックで耳を引くようなコトもなく、様式に依存するコトなくシリアスにアレンジを組み上げて、実に優しいメロディを紡いでいる。テンポを上げて煽るようなコトもしてないので地味な印象は免れないが、スコットランド出身とあって、北国らしい生真面目さが冬の冷たさを連想させて肌をピリリと緊張させる。その一方でボーカルがエモーショナルで、人肌の温もりを伝えている。フロントマン/ソングライター RICKY ROSS の真摯な歌唱もさることながら、バックボーカルを務める女性シンガー LORRAINE MCINTOSH の存在が素晴らしい。ストイックすぎてモノクロームな印象になるところを彼女の声が音楽に華やかな色彩を与えてる。バックに甘んじることなく奔放に振る舞う彼女の歌唱が、このバンドの音楽のポップスとしての価値を上げていると思う。このバンドの王道路線「WILDERNESS」やキラキラポップス「TWIST AND SHOUT」での活躍、彼女が初めてメインを務めた「COVER FROM THE SKY」も注目だ。
●とはいえ、このバンドのコトを説明するのはボクにはとても難しくて、このブログでも一言も言及したことがなかった。北国の地味なポップスしかも25年も前の音楽。そもそもこのバンド日本でメッチャ知名度低くないですか?ボクはタガヤさんに教えてもらわなかったら一生聴かなかったかも。「中庸の美学」タガヤさんは、他のバンドとしては PREFAB SPROUT も絶賛してた…確かに DEACON BLUE に似てるかな?ちょっと違うかな?

DEACON BLUE「RAINTOWN」

DEACON BLUE「RAINTOWN」1987年
●さて、なんでこのたび、英国はグラスゴー出身のこのバンドを取り上げてるのかというと、タガヤさんに勧められた25年前以来久しく遠のいていたこのバンドの他のCDを、最近買ってみてメッチャ感動した、という出来事があったからだ。いつもどおりディスクユニオンを巡回してたら激安コーナーに本作「RAINTOWN」があった。コレは DEACON BLUE のファーストアルバム。しかも2005年リマスター盤でボーナスディスクにライブ音源やデモテイク、未発表曲などが13曲も入ってる。おー DEACON BLUE 久しぶり!試しに聴いてみよう!しかしコレが半年前の出来事で、何回も聴いてるというのに、そして素敵だと思ってるのに、全然言語化できる気がしない。だから今回はタガヤ先輩「中庸の美学」という視点を大昔から引っ張り出してアプローチすることにする。ここに至るまでで半年間かかったというわけだ。
●サードアルバム「FELLOW HOODRUM」明るさと温もりの優しい音楽だったのに対し、こっちの音楽には、暗く重たく冷たい現実に雄々しく立ち向かうトーンが漂っている。こと冒頭の「BORN IN A STORM」〜表題曲「RAINTOWN」の流れがドラマチックで素晴らしい。雨降りばかりの北の地方都市で貧しい暮らしを耐え忍ぶ様子が逞しく歌われる。デビューアルバムでよくぞこんな重苦しいオープニングを構えたもんだなー。「HE LOOKS LIKE SPENCER TRACY NOW」は穏やかなアレンジと優しいメロディながらも、広島への原爆攻撃に関わった元物理学者の悔悟と懊悩を歌ってる。ボートラのライブ音源でこの曲を歌う前に日本がナントカとMCで語ってるのが意味わかんなかったんだけど、歌詞見てやっと理解できた。「中庸の美学」の中で、ポップスは単純なエンターテインメントである訳にも行かない。反対に、ハードロックやパンク、ヒップホップのような様式に依存して問題提起をしたポーズを作った気分も許されないということか。

DEACON BLUE「WHEN THE WORLD KNOW YOUR NAME」

DEACON BLUE「WHEN THE WORLD KNOW YOUR NAME」1989年
●前作「RAINTOWN」で高い評価を受けたバンドが繰り出したセカンドアルバム。正直言うと、個人的にはコッチはまだ把握しかねてる感じなんですよね。重苦しいトーンを一旦拭い去って、全体的にテンポアップして軽快なロックンロールになった。結果的にアルバムはチャート一位で、ここから切り出したシングルもヒットしたみたい。だから成功なのかといえば、なんだかえらく普通になっちゃったなと。「中庸」ならぬ「凡庸」な感じがする。女性ボーカル LORRAINE の存在感が薄いのもちょっと残念。「RAINTOWN」を買ってとってもよかったので、探してゲットしたのに。

DEACON BLUE「WHATEVER YOU SAY, SAY NOTHING」

DEACON BLUE「WHATEVER YOU SAY, SAY NOTHING」1993年
●ボクが一番好きな「FELLOW HOODRUM」の次作に当たる4枚目。ここでビックリ!なんとアレンジにダンスミュージックの気分が導入されてる!リズムに四つ打ち感覚、ウネるグルーヴィなベースライン、ヴィヴィッドなシンセのアクセントがとってもハウシーだよ。驚いてクレジットを見たら PAUL OAKENFOLD がプロデュースに加わってた。バレアリックハウス〜トランスの界隈で活躍してる DJ 出身のクリエイターだ。
●メロディの流れに集中すれば従来のバンドの持ち味がない訳じゃない…けど大分雰囲気変わったなあ。この時期、90年代はやっぱりダンスミュージックとロックの関係が新しいケミストリーを産んでた時代だからな…あの U2 ですらこの時代はダンスミュージックへ大胆に接近して賛否両論の議論を醸してたっけ。ボクがこの音源を聴いたのは去年のコトだけど、多分タガヤ先輩は彼らのこのアプローチを「変節」と捉えて許さなかっただろう。ボクはこの手の実験精神はキライじゃないしマンネリを打開しようとするバンドの意思も尊重したい。でも確かに DEACON BLUE の音楽が持っている繊細なエモーションの表現がビートの中でトボけてしまった感じはあるな。だからシンプルなギターロックである「BETHLEHEM'S GATE」がアルバム中盤で登場するとホッとしてしまったりしてる。
●このバンドは、このアルバムをリリースした後、ベスト盤などに新曲を用意するなどしてるが、メンバーの脱退などもあって5年間の活動休止に入る。1999年に復活してからはさすがに新譜のリリースペースは落ちてるが、2010年代もしっかり活動してるらしい。
DEACON BLUE、やっとこのブログで紹介できた…。何回聴いてもその音楽を咀嚼説明できる気ができないと思ったんだけど、ナントカ一回決着をつけることができたかな。








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息子ノマド高校一年生が、突然「マージャン教えて」と言ってきた。
●なぜ、いきなりマージャンなのか???口数が少な過ぎて家にいても気配すら感じないほどの息子ノマド、マージャンへの興味発生の理由はいまだに不明だが、唐突にソーシャルで繋がってる級友たちでマージャンをしようみたいな話になったらしい。全員マージャン知らないくせして。まーそういうお年頃か?ボクも最初にマージャン覚えたの中学2〜3年の頃だったし。

●自分の過去を振り返ると、最初に思い出すのは片山まさゆきのマージャンギャグマンガ「ぎゅわんぶらあ自己中心派」だな。「ビーバップハイスクール」で絶好調だったヤンマガに連載されてて、仲間ウチでは人気だった。それと能條純一「麻雀飛翔伝 哭きの竜」。コレが死ぬほどクールだった。ヤンキーカルチャーに囲まれて生きてた中学生時代は、ヤンキーな仲間とマージャンでコミュニケーションしてた。ボク自身は非ヤンキーだったけど、ワルイ連中と仲良くつるむ(イジメられないようにする)にはイイきっかけだった。
●次は就職してから。新人時代は、徹夜の仕事終わりで先輩に誘われて、そのままもう一晩徹夜してマージャンする状態。ぶっちゃけキツイが断れない。そもそもで基本的に弱いから負けまくる。イイようにカモにされてた。今は亡きマイルドセブンを何箱も空けてチェーンスモーキング、雀荘のオバちゃんがテキトーに作るカレーライスを何回も食べる。時間の感覚が溶ける不思議な経験だった。さて2年目で後輩が入ってきたんでコイツがカモだ!と思ったら、その後輩が異常に強くて逆にカモられる。先輩後輩からイタブラレてそこで挫折しました。ここで断念。ボクはマージャンから遠ざかっていた。
そこから20年くらい経って、息子とマージャンするコトになろうとは…。

ワイフの実家にマージャンセットがあると聞いて、お正月に譲っていただいた。聞けばお義父さん死ぬほどヤリ込んでて、仕事でも接待マージャンバリバリだったそうな。盲牌は当然、山の積み込みにアレコレ仕込むテク、サイコロも好きな数字が出せるほどまでイっちゃってる。それはハイレベル過ぎます…。
●で、家に帰って息子と1対1でやってみる。勝負をするというより、ゲーム進行を教えながら、牌を全部晒して研究するスタンス。このツモなら捨て牌はコレだろう、この局面からはタンヤオを目指して早めにリーチか、最初の配牌じゃ厳しいと思ったけど最後はイッツーホンイツのテンパイまで来れたね、なんて会話をする。考えてみれば、ノマドとまとまった会話をこんなにするのは久しぶりだな。残業で終電近くに帰ってきたら、ダイニングテーブルにマージャンマットがスタンバイされてた…待ちきれなくて寝ちゃったけど、ノマドはマージャンしたくてボクを待ってたんだな。珍しくカワイイじゃん。
●で、コレからこのマージャンセットを持ち出して、友達の家で一晩中マージャンを始めるんだな。お屋敷暮らしで部屋が余ってる友達の家に仲間でたむろってるらしいから、そこが拠点か。存分に楽しめ、ウダウダとした青春を。


ボクの高校一年時代のパンク体験を再確認。

SEX PISTOLS「THE GREAT ROCKNROLL SWINDLE」

SEX PISTOLS「THE GREAT ROCK'N'ROLL SWINDLE」1979年
●今日の音楽は、SEX PISTOLS だ。SEX PISTOLS って冷静に立ち止まると、すげえインパクト強い名前だよね…。このバンドの名前を知った瞬間をボクはよく覚えてる。今から約30年前、今の息子ノマドと同年齢の高校一年生の新学期のことだ。家族の事情で千葉県から東京の都立高校に越境受験で入学したボクには、学校でただの一人も知人がいない。入学式の翌日、まだクラスメートとの親しい会話の糸口も掴めてないタイミングで、ボケーっと休み時間を過ごしていたら、自分の机の隅にかつて誰かがコンパスの針で彫り込んだ文字を見つけた。その文字が「SEX PISTOLS」だった!なんじゃコリャ!?不謹慎極まりない文字だわ!これがロックバンドの名前であることはその後親しくなったクラスメートの一人から教えてもらった。強烈な名前だな…どんな音楽をやってるんだろう?歴史的名盤「NEVER MIND THE BOLLOCKS」1977年を街のレンタルCD屋さんにすぐ探しに行った。パンクロックの元祖ってこんな連中だったんだ…。15歳の春。

●44歳の冬を過ごしてるボクには後知恵がついて、あのバンドがメチャクチャだったことを知ってる。
●世間を騒がし、あっという間に空中分解、そして死人まで出てる。そんで悪名高きマネージャー MALCOM MCLAREN の存在も。このアルバムは、一応 SEX PISTOLS のセカンドアルバムみたいな感じになってるけど、事実上バンドが崩壊してる中で作られたもので、フロントマン JOHN RYDON(JOHNNY ROTTEN)は既に脱退してて関与はゼロ。同名ドキュメンタリー映画のサントラという位置づけで、マネージャー MALCOM MCLAREN が最後に一儲けで仕掛けてる感覚がすごく出てる。アルバムタイトルの意味は「偉大なるロックのペテン師」だけど、この場合のペテン師はバンド本体じゃなくて MALCOM だよね?映画は見てないけど、ナレーションは全部 MALCOM だというし、一曲目からそのナレーションで「俺がメンバーを集めた」とドヤっと主張、そして一曲でボーカルを取ったりしてる。ヤリ放題だわな。むしろ、この音源では見苦しいほどの MALCOM の狼藉を楽しむべきだと思って、聴いてる。

●ということで、このアルバムは変な音源がいっぱい入ってて笑えるのですよ。
BLACK ARABS という正体不明なバンドが、PISTOLS代表曲メドレーをベタベタのディスコカバーしてるとか。フランスの路上パフォーマーがフィドルの伴奏に合わせて「ANARCHY IN THE UK」を仏語カバーしてるとか。JOHN RYDON がバンドを脱退した数日後に、ガチの列車強盗で260万ポンドを奪ってイギリスからオーストラリア・南米まで目下逃走中の人物RONNIE BIGGS をボーカルに抜擢すべくブラジルに飛んでレコーディングしてくるというビックリな逸話が有名だが、その BIGGS のボーカルが2曲も聴ける。SID VICIOUS が歌うカバー FRANK SINATRA「MY WAY」 EDDIE COCHRAN「C'MON EVERYBODY」「SOMETHING ELSE」はやっぱ聴いてみたかった逸品かな。そして JOHN 時代録音お蔵出しの THE WHO「SUBSTITUTE」カバーがかっこいい。あとは他のメンバーのボーカル曲や完全に余所様が歌ってたりとワケわからんアイテムもいっぱい。MALCOM のボーカル曲はどーでもいいと思う。

JOHN RYDON が1978年1月に脱退して、SID VICIOUS がヘロインで死ぬのが1979年2月。この一年ばかりだけでバンドがドタバタしてるのがこのアルバムを聴くだけでよくわかる。SID が彼女の NANCY SPUNGEN を殺害する事件だってこの時期に起こってるんだし。だけどこんなにドタバタしてるくせして映画とサントラと関連シングルを繰り出したのだから、MALCOM の商才は立派なモンだ。普通で正気だったら途中で逃げ出す。バンドと同格にマネージャーがここまで目立つ例はそんなにないでしょうね。

「ANARCHY AND THE SWINDLE 勝手にしてやる」

●関連図書として、ジム・ヘンダーソン「ANARCHY AND THE SWINDLE 勝手にしてやる」という本が、バンドの数々の狼藉をたくさんの写真を添えて紹介してくれます。他の地味キャラ、ドラムの PAUL COOK、ギターの STEVE JONESSID VICIOUS にベースの地位を取って代わられた GLEN MATLOCK のその後の仕事も細かくフォロー。GLEN の作ったパワーポップバンド RICH KIDSPAUL STEVE のバンド THE PROFFESIONALS などなども、縁があれば聴いて見たいものです。
●この本も、CDも、東松原にある古本屋さん「古書瀧堂」でゲットしました。両方とも500円。元からCDの取り扱いはチョッピリだったけど、この前行ったら本当に10枚程度になってしまって今は足が遠のいてます。





●先日から伝わっているニュースですが。
日本のヒップホップの先駆、ECD氏が亡くなりました。57歳。
●近年はガンを患っていることを明らかにしていたが。

ECD.jpg

ECD氏の最大の偉業は、やはり1996年「さんぴんCAMP」@日比谷野音を主導/主催したコトかと。
あの90年代において、アンダーグラウンドに蠢いていたハードコアヒップホップの若き闘士たちを世間に紹介した意味の大きさ。BUDDHA BRAND、SHAKKAZONBIE、キングギドラ、RHYMESTER、SOUL SCREAM、LAMP EYE、YOU THE ROCK、MURO…その後の日本のヒップホップの方向性を決定した数々のアクトが一堂に会した奇跡の瞬間。当時の水準ではこんな大会場でヒップホップのイベントをすることすら現実的ではなかった…。その後「さんぴん世代」と言われる彼らに対し、10年ほど年長で80年代から活動していたECD氏は、スキルやセールスやメジャー契約なんかとは関係なくずっとシーンからリスペクトを集める存在だった。晩年は様々な問題を抱えて大変そうだったけど。

●若かりし ECD氏の姿、と、「さんぴんCAMP」のビデオ。

ECD1996.jpg さんぴんCAMP

ボクはこのイベントの VHS を持ってるんですよね。昔、ヒップホップ好きの後輩から譲ってもらった。…収集癖がヒドイボクは VHS のテープもアレコレいっぱい持ってるんですけど、先日結構な量を処分したんですよ。でこの「さんぴんキャンプ」も出てきた。どうしようかな処分しようかなーと迷いなから、久しぶりにコレをビデオデッキに差し込んで見てみたら…コレがスゴかった。そしてみんな若かった。ECD氏も若かった。コレを譲ってもらった時には気づかなかった部分まで見えた。コレは処分できないし、ビデオデッキも処分できないと思い知った。
BUDDHA BRAND + SHAKKAZOMBIE の合体ユニット・大神の傑作「大怪我」のパフォーマンス。LAMP EYE の名曲「証言」の豪華フィーチャーラッパーがそろい踏みで登場 〜 改めてスゴイと思えるカミソリのような高速フロウの RINO、異称「真っ赤な目をしたフクロウ」YOU THE ROCK、「フリースタイルダンジョン」MCとして今もシーンに君臨する ZEEBRA、その「FG」に出演してたのに先日大麻所持容疑で逮捕された UZI、そして2015年に45歳の若さで急逝した DEV LARGE などなど。今ではありえない結集ぶり。そして本当にみんながフレッシュで、必死のテンションでステージに立っている。シーンを共有する盟友であり、スキルを磨き合うライバルでもあるアーティストがしのぎを削る様子が特別の緊張感を醸し出してる。おまけに天候は大雨だしね。


「さんぴんCAMP」の参加者音源を聴く。

K DUB SHINE「現在時刻」

K DUB SHINE「現在時刻」1997年
「さんぴんCAMP」に出演していた伝説のユニット・キングギドラのリーダーがこの人物。この人のラップやリリックのスタイルが日本語ヒップホップの可能性を大きく拡大したと言えよう。シーンが未成熟な時代には、アメリカからの外来文化であるヒップホップを日本人が演るにあたってのアプローチは、アメリカ人と同じように英語でやらなければホンモノにならないという気分もあった(まるで「日本語ロック」論争のようだ)。ただし彼は一徹して日本語だけでリリックを綴り、日本語独特の語感を強調して押韻する。「渋谷生まれの渋谷育ち」として渋谷界隈の顔役だった彼の影響で、渋谷界隈のシーンのトーンはアメリカの劣化コピーではない日本語ラップの可能性を模索する方向に進むことになったはずだ。
キングギドラの同僚で一緒にマイクを握った ZEEBRA も彼の日本語ラップに影響を受けた一人で、だからこそのユニット結成だったはずだが「さんぴんCAMP」参加後は、方向性の違いによりユニットとしての活動は停滞、事実上の解散状態になる。K DUB氏は自分のスタイルに対して自信がある一方で、他のスタイルには非妥協的でバイリンガルなスタイルにはビーフも辞さない強硬派。リリックには社会的メッセージがあってこそというポリシーにおいても頑なな姿勢。パーティスタイルの快楽主義や英語リリックを交えたフロウに解放的な ZEEBRA とは相容れない部分があったのだろう。今だに ZEEBRA との不仲を取沙汰されてるのには、本人もウンザリしてるかもだけど。
●このアルバムはキングギドラが動きを止めた後の初のソロアルバム。「さんぴんCAMP」キングギドラとして披露した「機能停止」の REMIX がこのアルバムには収録されてる。正直に言えば、ボクは ZEEBRA のソロワークの方が好きだ。トラックもリリックも硬軟取り混ぜて多様なアプローチをしてるし、ゲストも多彩だし。やんちゃキャラな ZEEBRA の方が「さんぴんCAMP」でもステージ映えしていた。K DUB 氏のスタイルは、韻踏みの巧みさは確かに鮮やかだけど、フロウはフラットでやや単調、シリアスすぎるリリックにひきづられてトラックもどんよりと暗いものばかり。重苦しいトーンがしんどい。ちなみに トラックメイキングは、キングギドラの同僚、DJ OASIS が主に担当してる。
●ただ、社会派なメッセージにハッとさせる場面がある。平易な日本語を淡々と並べる様子は、その意味がスムーズに頭に入ってきて、ビジュアル的な描写力もダイレクトに伝わる。パンクロックの登場に衝撃を受けた世代があるとするなら、彼のラップに触れて衝撃を受けたキッズもいるはずだ。現行のシーンでこうした社会問題にわざわざ言及するアーティストがいるだろうか。作品で言及しなくても、twitter で一言発言すれば簡単に黒コゲになる時代だしね。その意味で稀有な存在だと思った。彼の政治的スタンスはやや右派保守+反権力みたいだ。のちにサウンドトラックを手がけた映画「狂気の桜」2002年の主人公として登場する右翼青年(窪塚洋介)の印象と少しだけオーバーラップする。

K DUB SHINE「生きる」

K DUB SHINE「生きる」2000年
●なんだかわからないが異常に直球なタイトルを持つセカンドアルバム。前述の「現在時刻」と一緒に買った。両方とも新橋ツタヤのレンタル落ちで一枚50円だった。「現在時刻」よりもトラックが多彩になったのはトラックメイカーが大勢起用されてるからか。それでも DJ OASIS が一番多いかな。楽曲「セント・オブ・ア・ウーマン 〜夢の香り〜」平井堅をフィーチャーしてラブソングを歌ったのは新しいアプローチ。でもリリックやフロウのスタイルは全く同じ。恋愛現場も犯罪現場も映画のようにビジュアルがサッと伝わるように語られるのも前作と同じ。
●しかし、そんな彼も年齢を重ねて変わったかも。「さんぴんCAMP」では全身迷彩アーミールックでまるで自衛隊員さんかのような雰囲気だった。はっきり言って怖いオーラ出まくりで、映画「狂気の桜」前後のキングギドラ再結成でもカリカリだった。ポップなアプローチのアーティストへの批判にも手加減がなかった。そんな彼も20年近い時間が経って丸くなったようだ。今では大手芸能事務所・ワタナベエンターテイメントに所属して、ネット番組で朗らかにトークしたりしてるのがなんだか不思議な感じ。
一番ビックリしたのは、YouTube動画として、花王の広告で「家事ラップ」なる物を披露していたことだ!洗剤のアタックとか、クイックルとか、キーピングとか、ハミングとか、ワイドハイターとかを使って、真面目に掃除洗濯などなど家事に勤しむ様子が無性に可笑しい。男性も家事をする時代だから、家事が彼のライムのテーマになってもいいけど、明らかにコレは「シュールなボケ」なのですよ。本気のダークなトラックに本気のドープなリリックで決めてるけど、圧倒的に「これはツッコンで面白がってください」ってことになってるんですよ。実際これは広告だからワザワザ動画の中で「完全にセルアウトだと思いますよ」って本人語ってるし。今日、「さんぴんCAMP」を振り返るに当たって、K DUB さんを聴いてみようと思ったのは、この「家事ラップ」を偶然ネットで見たコトが第一のキッカケだね。ECD氏が亡くなるほどの時間の経過で、K DUB さんも変わったんだな。それは成熟ってコトで。

NITRO MICROPHONE UNDERGROUND「STRAIGHT FROM THE UNDERGROND」

NITRO MICROPHONE UNDERGROUND「STRAIGHT FROM THE UNDERGROND」2004年
●今回「さんぴんCAMP」を見返して初めて気づいたんだけど、その後 NITRO を結成するメンバーが既に出演してたんですね!すいません気づいてなかった… NITRO「さんぴん世代」じゃなくて完全後発だと思ってた。具体的には GORE-TEX MACKA-CHIN が参加。Amazon のコメントに書いてあったんだけど DABO とか SUIKEN も後ろに立ってるらしい(それはボクにはよくわからん)。つーことで、彼らのセカンドアルバムを聴く。これも50円でした。
●8人MCの個性がぶつかるマイクリレーがやっぱり豪華で楽しい。当時から「日本版ウータンクラン」という視点で眺めていたね。8人それぞれのソロも活発で、結果グループ活動がはかどらないのもウータンと一緒。ただ、やっぱ90年代とは違うスタイルかなー。サンプルを組み上げる感じが90年代、そのサンプル感覚が抜けてるのが00年代風というのがボクの偏見。
●今回調べてみるまで知らなかったけど、2016年に「さんぴんキャンプ」20周年ということで「さんピンCAMP20」というイベントが開催されてたのね。そんで「ABEMATV」で配信されてた。その目玉が、2012年に活動停止していたこのグループの再結成。このアルバム表題曲もパフォーマンスしてたとな。高い声が印象深いラッパー DELI松戸市会議員になってたってのも今回 WIKI 見てて初めて知った。みんな別のステップに動いてるんだね。

RHYMESTER「POP LIFE」

RHYMESTER「POP LIFE」2011年
●さて、90年代から活躍、「さんぴんCAMP」にもシッカリ出演のこのトリオにも言及しましょう。二本マイクの一方、宇多丸さんは「さんぴん」当時は MC SHIRO を名乗っていて、現在のトレードマークである真っ黒なサングラスもまだかけてなかったので、別人かと思ったよ。K DUB SHINE とも仲良しのようで、今も一緒にラジオやテレビに出てます。
宇多丸さんの、映画からアイドルまで語り尽くす幅広い知識と視点や、もう片方のマイク担当 MUMMY-D のサイドユニット活動(SUPER BUTTER DOG のギタリスト竹内朋康とのユニット・マボロシ)などの成果か、ヒップホップ世界の内側に留まる事なく、外部に開けた音楽を志向してるのが彼らの特徴だと思う。がゆえの「POP LIFE」ポップであるコトがディスの対象になる K DUB 氏とはチト違うスタンス。とはいえ、ヒップホップとして手ぬるいアプローチは絶対にやらない。特に、K DUB 氏とは違う形でシッカリ日本語を駆使する技術、安易でアリガチな常套文句やヒップホップイディオム、英語詞すらをも巧妙に避けて、音の輪郭を際立たせてリスナーの耳にストンと届けるリリックとフロウは、聴けば一発で認識できる個性になってる。社会問題や風刺のセンスもユーモアや優しさがあってとっても楽しいよ。トラックも独特のディスコファンク感覚があってキャッチー。
●この時期のシングル「WALK THIS WAY」2010年も持ってるんだけど、カップリングで後輩筋 KICK THE CAN CREW「マルシェ」をライブ音源としてカバーしてるのもユニーク。先輩後輩のタテ関係に厳しい(ヤンキー的な)ヒップホップ世界で後輩のヒット曲にこういう形で敬意を示すとは度量が広い。
●ところで、宇多丸さんの冠ラジオ番組「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」は3月末で終了。そして4月からは月〜金帯の18〜21時の生放送に新番組ができちゃうとな!グレードアップ!TBSラジオが野球中継を辞めるというこれまた象徴的な事情から、その後継コンテンツに宇多丸さんとは。すげーな。でも RHYMESTER の仕事がこれで回るの??ライブは週末しかできないじゃん。

RHYMESTER「ダーティサイエンス」

RHYMESTER「ダーティサイエンス」2013年
●このCDは、近年のボクにしては稀有なケースだが、お店で見つけて即座に新譜で購入してしまったモノ。いっつも100円程度で買い物してるボクには日本盤を定価で買うなんて贅沢。なぜかというと、素朴にアルバムタイトルにやられちゃったのね。2011年の東日本大震災の記憶が色濃く残ってた当時、「ダーティサイエンス」というフレーズに「この世で一番汚い科学といえば、自然界に強烈な汚染を及ぼす原子力技術じゃないか」と思っちゃったのね。実際にナイーブだったのですよボクは。子供もまだ小学生で小さい頃だったし。
●ところがそれはボクの勘違いで。彼らはここで原発事故などなどに一言も言及してません。ここでいう「ダーティサイエンス」は、ゲットーのような孤立した場所から独力で進化した知的産物・ヒップホップ文化を指していたのでした。ヒップホップはノリと勢いだけで成立するものではなくて、科学数学に比する知的技術を持たなければならない、という主張はアメリカのオールドスクール時代からあったはず。自分たちを囲む過酷な社会状況がどこに由来しているのか把握する知性、それをわかりやすく発信するためのプレゼン能力、そして最終的にリズムとグルーブの上にリリックを設置して爆発的な説得力を持たせる技術。全てが独自の技術。学歴や教養や知識や音楽の素養だけでは成立しない。それを「汚れた科学」と言い換えているのです。

 ギターもねえ ベースもねえ ピアノもねえ あっても弾けねえ
 スクールもねえ スコアもねえ 頼る教師も講師も同志もねえ
 どうしようもねえ 情報がねえ とか言ってたってもうしょうがねえ
 合法じゃねえ 正攻法じゃねえ 法の番人様には用はねえ
 やるしかねえ やっちまうしかねえ そのサンプラーってやつを買うしかねえ
 世界中のビートとメロディを片っ端から盗むしかねえ
  …
 何がロック? 何がヒップホップ? 何がオレたちを熱くする?
 解き明かしたいんだその非常識 という名の神秘の数式 
 それは ダーティサイエンス 汚れたサイエンス 
 憂鬱なサイレンス 吹っ飛ばすサウンドのバイオレンス!
  …
 そもそも歌ですらねえかもしれんけど定義はオラ知らねえ
 音程もねえ コードもねえ 身も蓋もねえ 情緒もクソもねえ
 口数が多すぎて余韻がねえ 直接的すぎて品がねえ
 文法はブロークンでおぼつかねえ まずこいつは教師には思いつかねえ
 だって世の中もっとおっかねえ キレイゴトだけじゃホント追いつかねえ
 みなさん揃ってソツがねえ けどつまんねえ こっちはウソつかねえ
  …
 クソな時代にふさわしいポエジー クソな世界解き明かすトポロジー
 クソな未来さえも生き抜いちゃうタフでラフな最後のテクノロジー
 それは ダーティサイエンス 汚れたサイエンス
 憂鬱なサイレンス 吹っ飛ばすサウンドのバイオレンス!

●日本のラップのオールドスクール(?)吉幾三「オラ東京さ行くだ」からインスパイアを受けながら、巧妙に押韻してビートとリリックを接続するスリル感覚は、是非とも楽曲で聴いてくださいませ。  


日本のヒップホップも世代が交代してどんどん進化して行く。先人の仕事に敬意を抱きつつ、未来に登場する新しい才能に大きな期待を。




●「さんぴんCAMP」でのキングギドラ。K DUB氏よりZEEBRAの方がステージは得意ってのはわかるでしょう。でも曲間MCでポリティカルな発言をする K DUB さんに注目してください。 「そこのビル、厚生省なの知ってるか?犯行現場なんだよ!」



●K DUB SHINE「家事ラップ第2弾!」さすがに「おそうじ魔法使いコッタさん」はヤバイって。



●NITRO MICROPHONE UNDERGROUND「STRAIGHT FROM THE UNDERGROND」。



●RHYMESTER「ダーティサイエンス」ライブ版。途中で乱入するDJは ILLICIT TSUBOI。この曲のトラックメイカー。


●過去の関連記事も見ていただけるといいかも。

2014.11.04「ECD「失点・イン・ザ・パーク」にグルグルするような不安を感じる。そこから00年代後半〜10年代の日本語ヒップホップ事情がよくわからない件について。DABO、AK-69、童子-T。ー<追記、加えました(11月5日)>」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1699.html

2009.11.20「ボクの赤坂15年の記憶、そして日本のヒップホップ史を1995年と ZEEBRA を軸に。」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1241.html

2013.02.25「宇多丸&秋元康対談@ウィークエンドシャッフル。そして BASE BALL BEAR 小出祐介のオススメアイドルソング。」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1476.html