●今週末は1000枚分のCDをダンボールにしまった。
●なのに、全然部屋が片付いた感じがしない。
●でも仕方がない。今年の買い物を集計したら、600枚もCD買ってた。
●突っ込んだ額、約15万円。一枚単価、約250円。コスパがイイのか悪いのか。
●ああ、もう年内はCDは買わない。聴くだけにしたい。


●ああ、髪の毛を切った。
●前回、ザクッとツーブロックにしてもらったら、中途半端な伸び方した段階で手入れの仕方がわからなくなった。すいません、どうしたらイイのか教えてください。オシャレヘアにしてもらっても、維持の仕方がワカランのです。
●ということで、より一層ツーブロックが強めになったけど、よりお手入れ簡単にしてもらった。らしい。明日になってみないと、メンテナンスの具合はわかんないんだけどね。

●わが町、下北沢から、美容院のある恵比寿まで、自転車で移動。なにげに爽快。
●医者にも日光が一番と言われてるので、最近は頑張って自転車を使ってる。この前は渋谷まで出たから、次は代官山経由で恵比寿に挑戦。ただ、下北沢〜渋谷+恵比寿方面は緩やかな下り坂になってるので、往路は爽快でも復路は結構キツイ!注意せねば。


今日はシューゲイザー。

RIDE「WEATHER DIARIES」

RIDE「WEATHER DIARIES」2017年
90年代のシューゲイザー・シーンの代表選手だったこのバンドが今年というタイミングに再結成して新譜を出すなんて、ビックリなニュースだった。シューゲイザーといえば、轟音のギターノイズが生み出すサイケデリアと英国的情緒がタップリのメランコリックなメロディ/ハーモニーのメリハリある対比が魅力RIDE はファーストアルバム「NOWHERE」1990年でその美学を完璧に体現してた。アルバム以前の初期シングル集「SMILE」もややパンキッシュながら若気の至りが痛快だった。セカンド「GOING BLANK AGAIN」1992年の時の日本ツアーは、渋谷 ON AIR までボクは観に行ったよ。しかも、結婚する前のワイフと一緒。彼らはボクにとって、まさしく青春バンドだったね。
●ただ、時代の流れがブリットポップに傾いていく中で、彼らのシューゲイザー路線はブレ始めてメンバー間の関係もギクシャク。ソングライターの MARK GARDNER ANDY BELL は四枚目のアルバムを最後に決裂。RIDE は 1996年に解散し、ANDY は1999年にブリットポップの王者 OASIS のベーシストに就任する。RIDE OASIS は同じ CREATION 所属のレーベルメイトだったのよね。
●そして時は流れて、その OASIS も兄弟ゲンカで分裂。2010年に改組したバンド BEADY EYE ANDY はそのままスライド移籍するけど、このバンドも2014年に解散。ここから RIDE の再始動が始まる。そして解散から20年後、このニューアルバムが登場しちゃった、というワケだ。
●当時はまだ20歳台前半だった彼らは、若さゆえにバンドを維持できなかったけど、青春の一瞬のキラメキのような美しい轟音を発信することができた。だから、その印象のママで、淡い青春の思い出になって欲しかった、という身勝手なファンの本音もボクの中にはある。ナルシスティックなロン毛がアイドル的人気を集めてた MARK なんて、今のアー写みたら完全なツルッパゲになっててショック。松山千春か!ああ、あの時の夢を、思い出を壊さないでー。
そんな思いで、恐々とプレイしてみた新譜。正直、二十歳前だったボクが受けた衝撃がそこにあるワケではなかった。そんなものはあるはずがない、もうボクも44歳で色々な音楽を聴いてきた、かつてのシューゲイザーたちが鳴らした轟音ノイズも、それだけでは今や陳腐なギミックにすぎない。ただ、轟音ノイズに包まれていた甘酸っぱいメロディはそのままに健在で、鼻の奥がツンとするほど懐かしい気持ちになってしまう。そして、当時はさほど重視していなかったリズム隊の活躍、手数の多いドラムと骨太でグルーヴィなベースが、生き生きとした躍動感で楽曲を盛り上げてくれる。黄昏めいたノスタルジーに終わらない現在進行形の力強さは、バンドの足腰のグルーヴから放たれていた!ゴメン、ANDY MARK しか観てなくて。残り二人の存在を無視してたよ。
●ともかくも RIDE は復活した。彼らの音楽はこれからも続く。ボクの人生も続く。

LUSH「SPOOKY」

LUSH「SPOOKY」1992年
●さてさて、90年代段階のシューゲイザーも改めて聴いてみる。このバンドは、男女混成編成の四人組で、まさしく RIDE と同時期に活動、一緒にツアーもしたことのある連中だ。ギターボーカルの女性二人のハーモニーがノイズの中に可憐に響く様子が実に印象的。耳を聾する勢いのノイズ責めというより、夢のような心地よさと、凛とした美しさが際立つ。実はこのバンドを90年代リアルタイムでボクは聴いてなかった…今年の夏くらいに吉祥寺ユニオンで初めて買って聴いてみた。率直にいうとなんだか90年代シューゲイザーというより、80年代の COCTEAU TWINS を連想するなー。と思ったら、プロデューサーが COCTEAU TWINS のメンバー ROBIN GUTHRIE で、レーベルも COCTEAU TWINS が所属する 4AD だった。それとSLOWDIVE といい、MY BLOODY VALENTINE といい、シューゲイザーと女性ボーカルは相性がいいね。あ、この女性ボーカルのうち一人は日本とハンガリーのハーフなんだって。へー。
●このバンドも1997年に解散してしまう。やはりブリットポップ路線との距離感にさまよった末に、メンバーの自殺まであっての苦悶。

THE JESUS MARY CHAIN「I HATE ROCK N ROLL」

THE JESUS & MARY CHAIN「I HATE ROCK 'N' ROLL」1995年
本当の元祖シューゲイザーといったら、彼ら THE JESUS & MARY CHAIN だと思う。1985年のファーストアルバム「PSYCHOCANDY」ですでにヒステリックな轟音をひねり出してる。ただ、さすがオリジネイター、後続のバンドとメンタリティが違う。同じ轟音アプローチや同じメランコリーを採用してても、彼らの音楽にはどうしても底意地の悪さがつきまとう。轟音を鳴らす動機そのものが聴くものへのヘソ曲がりな嫌がらせ。何かと神経質なスタンスをずっと貫いている。前年の五枚目のアルバムでは、トレードマークの轟音サウンドを忘れて全編アコースティックセットで構成してるのもヘソ曲がりの証拠。そしてこのシングルが「憎いぜ!ロックンロール」ですよ。ヘソ曲がりですよ。耳障りなノイズがちゃんと復活してるけど、彼らのノイズには耽美感がないです。ちなみに、このシングルは横浜レコファンで100円で購入。
●そんな彼らも1998年に解散。OASIS と同じ兄弟バンドだったのだけど、やっぱりケンカ別れ。でも、突然今年に新譜を出した。これまたビックリ。未聴だけど、ちょっと聴いてみたいな。しかも、現在のバンドメンバーに、LUSH のベーシストがいるとか。

THE ANIMAL HOUSE「ANMAL EP」

THE ANIMAL HOUSE「ANIMAL EP」2000年
●これも横浜レコファンで100円で見つけた音源。これは RIDE を解散させた後の MARK GARDNER が作ったバンドの最初のシングル。ここにはシューゲイザーの気配は何もなくて、ブリットポップにも成り損ねた空振り感だけになっちゃってる。打ち込みまで導入して焦点がトボけちゃってて。残念。でもね、このシングル曲が収録されてるアルバム「READY TO RECIEVE」もボクはちゃんと買っちゃってるんだな。この一枚でバンドは潰れちゃうけど。
OASIS に加入する前の ANDY BELL HURRICANE #1 というバンドで活動をしてた。これも中途半端な音楽だったなあ。それでも、わざわざアルバム買っちゃったなあ。

川秋沙(GOOSANDER)「白噪音(WHITE NOISE)」

川秋沙(GOOSANDER)「白噪音(WHITE NOISE)」2015年
この連中は、台湾・台北を拠点にしてるバンド。歌詞は完全に台湾語で、メンバーも全員台湾人。去年のクリスマス直後に台湾旅行に行った際に買ってきた音源です。台北の地味な場所に見つけた小さなCDショップ「上揚唱片(SUNRISE RECORDS)」で購入しました(このお店について詳しくはコチラの記事をご参照くださいhttp://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1947.html)。このお店で応対してくれたお姉さんが勧めてくれたCDの中の一枚。そして完璧なシューゲイザーですわ。台湾にもシューゲイザーがあるんだー!ビックリ!わざわざ YouTube でバンドの音楽を試聴させてくれたお姉さんにも感謝/感動。
●女性含む四人組ですが、ボーカルは男性。アルバムタイトル「WHITE NOISE」は確かに直球な表現で、端正なギターノイズと、独特のアジアな湿度をまとうメランコリーなメロディが、王道のシューゲイザーにまとまってます。





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●我が家は、お米もAmazonで購入してる。それは知ってた。
●ワイフはペットボトルのお茶やポカリもAmazonに注文してるからね。
しかし、お米の銘柄は知らなかったよ。

【熊本県産 白米 森のくまさん 5kg 平成29年産

「熊本県産 白米 森のくまさん 5kg 平成29年産」
●え、ウチの米ってこんなケッタイな名前のブランドだったの?「森のくまさん」って…。ワイフ「これ美味しいのよ!」いや、味には全く不満はないけど、熊本だからくまさんって割と安易じゃね?熊本地震支援とか?「地震の前からウチはこれ」あ、そうなんだ。ヒヨコは「ウチは「森のくまさん」食べてるっていうと爆笑される」とコメント。名前は知ってるけど、ホントに食べてる人初めて見たとか言われるらしい。でもヒヨコも好きだから問題ない。…ゴメン、名前も知らんかったよ。


会社でクラシック演奏の二次利用の話が出て。
●コンテンツ系知的財産の取り扱いについて、ボクは勉強したり資格を取ったりしてるから、この手の相談を受けるんだけど、クラシック音楽の世界は正直よくわからん。実演家への配分ルールは?シンクロ権?グランドライツ?レンタル楽譜への配慮?だからホンモノの専門家に入ってもらって丁寧に指差し。
●しかも意外とパブリックドメインになってない。本当の古典は著作者が大昔の人だから著作権はなくなってるけど、話題に上ったドミートリイ・ショスタコーヴィチは、20世紀ソ連の作曲家で亡くなったのが1975年だから、まだ著作権が生きている!(死後50年で著作権は消滅)だから、ショスタコーヴィチは今回は採用を見送りました…。
ショスタコーヴィチ断念と知った担当者は、たいそう残念がってた…。ボクは全然聴いたことがないからピンとこない。そんなに楽しい音楽なの?と思って、この打ち合わせの日は帰りの電車でスポッティファイを利用&チェック。確か「交響曲第12番」って言ってたな…うわこのショスタコーヴィチさん、作品が多くて探すの大変!
●聴くと、なんだかスゴイぞ!ドバドバに盛り上がるトコロはホントにドバドバだぞ!しかもどういう構造でドバドバしてるかよくわからんぞ!印象的なテーマが見つからないままに、この盛り上がりがどこに向かってるのかよくワカランまま突き進むから、より不安だぞ!

SHOSTAKOVICH SYMPHONY NO12 IN D MINOR OP112 THE YEAR 1917

「SHOSTAKOVICH: SYMPHONY NO.12 IN D MINOR, OP.112 'THE YEAR 1917'」2005年
「THE YEAR 1917」って何だろう?あ、ロシア革命の年か!だからドバドバと激しいんだ!ソ連の作家らしいアプローチだよねー。
●何だかすごくプログレッシブだなーと思ったけど、それは主客逆転プログレロックがクラシックの要素を取り込んだのだから。

ということで、クラシックとロックの融合。
●昔からあるアプローチすぎて完全にスルーしてましたけど。

EMERSON, LAKE PARMER「PICTURE AT AN EXHIBITION」

EMERSON, LAKE & PARMER「PICTURE AT AN EXHIBITION」1971年
●19世紀ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーの代表作「展覧会の絵」を気鋭のプログレトリオがライブ演奏している様子が収録されてるのがこのアルバム。ムソルグスキーはロシア繋がりでショスタコーヴィチの先輩ですな。「展覧会の絵」は美術館の絵を見て回る設定で、各楽章に対応する絵画の間には「プロムナード」と題された楽章が何回も登場しては有名なテーマを鳴らすのが特徴。このテーマはさすがにボクも聴いたことがある。
●でも、三人だけのキーボード・トリオは、これを豪快に解釈して激しく改変する。あるはずのない歌詞も載せるし、オリジナル楽曲も挟み込む。原曲はあくまで自分たちのロックの題材であって、そこから膨らますのはオレたちのセンスと技術!確かに彼らはそれぞれが名うての超絶技巧プレイヤーで、原曲の端正な印象を吹き飛ばすロックのテンションがスゴイ。やはり頻出する「プロムナード」のテーマは、その後80年代に KEITH EMERSON が担当した日本のアニメ映画「幻魔大戦」の主題歌を連想するんだな。輪郭のハッキリしたメロディでは、彼のキーボードはその力強さをシッカリと強調するから。一方でジャム状態になったキーボードプレイはアグレッシブでスリリング。
「クラシックとロックの融合」というアプローチは複数あったと思う。40分程度の組曲形式のような楽曲構成のシステムをロックに採用するパターン、クラシック演奏家・オーケストラとのコラボを通じてクラシック的アレンジをロックに採用するパターン。でも、この段階のバンドのアプローチは、スタンダード・ナンバーから独自のアドリブをひねり出すモダンジャズのアプローチにも似て、クラシック楽曲を題材に自分たちのロック表現を作り出すパターンと言えるかも。
●ちなみにこの音源は、300円程度で買ったはず。どこで買ったっけ?フリマ?盤質悪い!部局の飲み会でエピックトランスが好きなエンジニアさんとトークを盛り上がってたら、ウチの局長(もうすぐ60歳)が音楽の話題ならオレも一言と「若い頃は ELP を聴いてたなー」なんてカットインしてきた場面があって。うわー話題が大きく飛躍。しかも ELP なんて話合わせるほどちゃんと聴いてないわーと思って、この代表作をゲットした覚えがある。

●ついでなんで、プログレもう一枚。

ASIA「ASIA」

ASIA「ASIA」1982年
●ロック史の位置付けとしては、プログレバンドの代表格 YES が、度重なるメンバーチェンジの末、とうとう機能不全に陥り、一部のメンバーが分派して出来たバンドがこの ASIA。コレが彼らのファーストアルバムで一番のヒット作。で、前述の EMERSON, LAKE & PARMER のドラマー CARL PARMER が参加している。
●70年代ロックの表現を拡張してきたプログレッシブロックも、そのパワーが衰えてきた頃とあって、組曲方式の大曲などはナリを潜めて、時代にあわせたコンパクトなポップソングにまとまりました。テクニカルな演奏技術は間違いなく確かですが、フツーといえばフツーな音楽です。でもアッサリしてて聴きやすい。ヒット曲「HEAT OF THE MOMENT」が聴きたくて。この曲は高校生の時に知ってから好きになり、折々でよく聴いてますわ。






●高校受験に向けて勉強中の娘ヒヨコが、古文の教科書見ながら「清少納言が今ツイッター始めたら大反響間違いないよねー!」とか言ってる。

●そんでボクは、ナゼか、マキアヴェッリの本を読んでる。

塩野七生「わが友マキャヴェッリ フィレンツェ存亡」

塩野七生「わが友マキアヴェッリ フィレンツェ存亡」
●なんで突然マキアヴェッリ?息子ノマドが録画してた深夜アニメに「武装少女マキャヴェリズム」なんて名前の作品があったからだ。刀剣や警棒で女子高生が武装してる学園ドラマ…とチンプンカンプンな設定にさすがにノレなかった…なんか微妙にエロいし。そもそもマキアヴェッリとなんも関係ないじゃん!
●でも、考えてみると、ボクはルネサンスの政治思想家マキアヴェッリについて、具体的にはなんも知らんなーと思い至る。で、下北沢の古本屋で買ったこの本をしばらく通勤の友にしてたのでした。塩野七生、ボクの本棚では常連様。ハードカバーは買えないけど、文庫になったら片っ端から読んでる。
ニコロ・マキアヴェッリは15世紀〜16世紀のフィレンツェで生きた人物。それほど恵まれた家に生まれた訳ではなく、大学教育も受けてない。だが、都市国家フィレンツェの政府官僚としてワーカホリックに働き、その才覚が評価され、各国を回って外交官のような仕事をしていた。ただし、そのまま官僚キャリアを全うしたら彼はこれほど後世に名を残すことにならなかったはず。
しかし、ちょうど現在のボクと同い年である44歳の時、政変が起こって解雇/失業。そこで完全なニートになってしまうのだ。彼の代表作である「君主論」はそんな失意とヒマの中で書かれたモノ。失業してニートにならなかったら彼は文筆活動なんてしなかっただろう。実はこのポイントに一番親しみを感じた。その後、あの手この手で官僚復帰を目指すんだけど、58歳で死ぬまで結局彼は無職のままでした。

●彼はホントに真面目な人で、名誉や権力、蓄財にも興味がないまま、普通の給料だけでただひたすら働いた。純粋に仕事が楽しかったんだろうな。そのワーカホリックぶりは、まるで日本のサラリーマンのよう。そんで自分の責任でもない理由で解雇されて、途方にくれるところも日本のサラリーマンのような悲哀を感じさせる。
●ボクの会社は12月にも人事異動がある。で、ウチの部署は来月エース級の選手を二人も抜かれるコトになり、結構な動揺が起こってる。何しろ異動する本人が不本意にガックリと肩を落としていて、本当に痛々しい。40歳を超えて、サラリーマンとしてのキャリアも折り返し地点となると、誰もがボンヤリとした不安を感じるようだ。20〜30歳代、ただガムシャラに働いてるだけで充実してた時期は終わった。残りの時間で自分ができる仕事、したい仕事はナニがあるのか?この会社で出世したい?別の生きがいを見つけたい?転職や独立のチャンスなんてあり得る?これからは給料も減るのかな?
●あーボクがマキアヴェッリのようにたった今失業したらどうするんだろうなー。ただボケーっとするだけかなー。

塩野七生の関心は、マキアヴェッリを翻弄した当時の社会情勢とそれに反応する彼の人間臭い性分にフォーカスされてて、彼の思想そのものにはほとんど言及してない。思想の中身は別の本を読んでくれと言わんばかりだ。しょうがないので、早稲田の古本屋で、岩波文庫の「君主論」を買ってきた。これで彼自身の文章でマキャヴェリズムを勉強しよう。

TUSCANY STYLE

TASCHEN「TUSCANY STYLE」
●この本は、下北沢の隣の駅・池ノ上の古本屋さんで見つけた。ドイツの出版社 TASCHEN は美術やデザイン関連の書籍や写真集を数々出してて、そのスタイリッシュな美学は洋書屋さんでもオシャレ本屋さんでもよく目立つ。この本では、マキアヴェッリが生きたフィレンツェを含むイタリア・トスカーナ地方の美しい野山や山荘の様子がキレイな写真で紹介されてる。トスカニー・スタイル。
●失業したマキアヴェッリは、フィレンツェ市内に暮らすことも禁じられてしまったので、街を見下ろす郊外の別荘に退去するコトになる。別荘なんて持っててリッチじゃんと思う節もあるが、その別荘の周囲で菜園を作って自給自足のような暮らしをするのだ。一方で、近所の酒場に出張っては、顔見知りの村人たちと賭け事に興じたりして、ノンビリと過ごしてた様子もある。この時期は芝居の脚本を書いたりもしてて、この喜劇が立派にヒットしたりもしてる。

●この「TUSCANY STYLE」には、フィレンツェピサといった世界的観光都市のパンフレットみたいな写真は一枚もなくて、ニート生活のマキアヴェッリが暮らしてたような、地味な田舎の風景ばかりが広がってる。日本とは正反対の、少し乾燥した地中海気候。一見質素に見える山荘は、部屋も広いし窓も広い。外からの日差しと風を開放的に取り込む部屋には、素朴ながら上品な色彩が踊る家具が静かに佇んでいて、午睡にまどろむようなリラックス気分が滲み出てる。マキアヴェッリを日本のサラリーマンに喩えてみたが、彼はやっぱりイタリア人で、政争の喧騒を離れた郊外で「そのうちどうにかなるだろう!」と楽天的な生活を謳歌してたのかもしれない。写真の中には、パンとチーズ、トマトにオリーブの実、美味しく実ったブドウの房が写ってる。メシも美味いに違いない。…晩秋の雨に湿った東京の夜の地下鉄で、地中海の日差しを燦々と浴びてみたいと思う44歳の迷い道。


●音楽。「ジブリ」ってイタリア語だよね。

久石譲「WORKS III」

久石譲「WORKS III」2005年
ジブリ作品「ハウルの動く城」のテーマ「人生はメリーゴーラウンド」のオーケストラバージョンをこのCDで聴いてる。最近、家の中でジブリ音楽が聴こえてくるから本物を聴きたいのだよ。44歳の迷い深き無常の気分をメリーゴーラウンドでぐるぐるひっくり返すためにもね。
●娘ヒヨコはアホなので期末テストを控えてるのに風呂でデカイ声でジブリの映画音楽を歌うのだ。ワイフ「ゴキゲンらしいけどテストの準備はどうなの?!」ヒヨコ「ヒヨコはゴキゲンじゃないと生きてけないんだよ!ゴキゲンだとテストの点数もよくなるんだよ!」ヒヨコのメンタルの作りはなんだか本当に不思議だ。だけど感情のコントロールはガッチリしてるのかもしれない。下手するとスグに鬱の底に落ちるボクに比べれば、ヒヨコの方がずっと逞しく世間を生きるだろう。イタリア人の陽気さみたいなものを武器として。
●で、巨匠・宮崎駿さん。あの人みたいに、引退撤回、結局死ぬまで職業に没頭し続けるのは、ある意味でもはや狂人の領域かも。この前の記事で触れた萩本欽一さんとおんなじだね。奇しくもこのお二人、揃って76歳。





●今日は、ヤボ用があって、ワイフと二人で早稲田大学へ。
「會津八一記念博物館」って建物を見つけて、中の展示を見たよ。横山大観の大作や、アイヌの民族衣装などがあった。マヤ文明・パレンケ遺跡の壁画の写しが見られたのが嬉しかったな。
●そんで早稲田から高田馬場まで歩いて、早稲田通りの古本屋さんたちを物色。アウトサイダーアートの巨人・ヘンリー・ダーガーの書籍が買えて嬉しい!



●最近ハマってるのが、スマホゲーム「欅のキセキ」

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欅坂46のメンバーたちと一緒にパスルを解いていくゲーム。メンバーのカードをたくさんゲットしてそれらのレベルを上げながら、カードごとの特殊技能を駆使して数々のステージを解いていく。すると、折り目折り目で彼女たち欅坂46が結成され様々な試練を超えてデビューしていく様子が物語として見せられていく仕組み。プレイヤーであるボクはマネジャーの一人となって、カードになったメンバーに個人的な相談を受けたりとかして、何かと忙しい。
●最初に推しメンとして渡辺理佐 aka べりさ を設定したら、ホーム画面にずーっと彼女がいることになった。もうカードも数百枚くらい集まったけど、一軍として使うのは渡辺理佐&土生瑞穂&長濱ねる&平手友梨奈&尾関梨香あたりですわ。いやいや当然知らない女の子も登場して、こんな子もいるのか…そんなにカワイくないなあ…とか思ったり。
●なんだかんだでボクのレベルは38まで進んで、ステージも全12章のうち10章までクリアしてしまった。ゲーム始めて2週間程度なのに、ハマり過ぎか?課金はしてませんが…このゲームに夢中になって電車降りる駅間違えたりしてる。

というか、欅坂46、がとっても気になってるんですよ。

欅坂46「風に吹かれても」

欅坂46「風に吹かれても」2017年
●グループ5枚目のシングル。このMVにシビれちゃったのですよ。いつものロングスカートをやめて、メンバー全員がタイトなブラックスーツに身を包む。「男たちの挽歌」「レザボア・ドッグス」か。こと不動のセンター・平手友梨奈ちゃん aka てち は髪の毛を思い切りショートに刈り込んで、まるで男の子のよう。そこに岡村靖幸みたいなおっさんメガネかけて、印象がガラリと一変。もう彼女のイケメンぶりにボクは夢中。
●ただ、印象が一変したのは、別に衣装や髪型だけじゃなくて。今回の楽曲は明るいダンスチューンで、欅坂の持ち味である、ある意味での「トゲっぽさ」が薄いスタイルなのですよ。さらに、このMVでは彼女たちのキャリアで初めて笑顔が解禁されてる。今まで欅坂46は、MVにおいて笑顔を見せなかったアイドルだったのですよ。ここでセンター・平手ちゃんが本当に嬉しそうな表情でノビノビとダンスを楽しむ様子に、なんだかとっても心打たれた。ああ、よかったねー、オジサンは君たちが楽しそうに笑えて本当によかったと思うよー。
欅坂46の最年少メンバーである平手ちゃん2001年生まれの16歳。ウチの息子ノマドと同い年だ。活動を始めた段階ではまだ中学2年生。ちょっとふっくらした丸顔は典型的な美少女という感じとは違うし、そもそもで自分のコドモと同じ年の娘がカワイイとかキレイという感覚はボクには持ち得ない。しかし、そんな彼女の未成熟で幼い印象は性別差さえあやふやで、坂道系では常套手段の「一人称・僕」という秋元康リリックに加え、今回はわざわざ男装するかのようなブラックスーツ+ショートカット+メガネで、女性/男性の性差や子供/大人の年齢が全部ボヤけてしまって、彼女の存在がより一層オンリーワンになってしまった。躍動感を存分に楽しんで、最後はふんわり宙に浮いてしまうのだから、なんだか天使のようだよ。
「ザッツ・ザ・ウェ〜イ!ザッツ・ザ・ウェ〜イ!」とリフレインするリリックから察するに、秋元康の中に KC & THE SUNSHINE BAND「THAT'S THE WAY (I LIKE IT)」のようなディスコサウンドが念頭にあったのかも。その意を汲んだか、今回はトラックも重たい四つ打ちキックが強烈で、ベースもウネウネとうねる。シングルCD収録のカラオケトラックまでリピートで聴いて楽しんじゃってるよ。コレを素材に気の利いたリミックスを作ってくれる人はいないだろうか。アゲアゲのハウスに仕上がると思うなー。


欅坂46「真っ白なものは汚したくなる」

欅坂46「真っ白なものは汚したくなる」2017年
欅坂はアルバムも買っちゃってるのですよ。実はね、Amazonで予約して発売即日で買ったよ。しかも2CD+DVDの3枚組の「TYPE-A」で。ただ、どんなに耳障りな音楽を聴いても文句を言わないワイフが、恐ろしいほど乃木坂+欅坂にはアンチなので、家では鳴らすことができない。ヘッドホンでこっそり聴くしかない。DVDも夜中にこっそり見るしかない。それでも、彼女たちの音楽は価値がある。彼女たちの動向を見守り続ける価値がある。

●デビュー曲「サイレントマジョリティー」がやはり強烈だった。新人アイドルが「大人たちに支配されるな」社会に異議申立てのメッセージを投げる。しかも、まだ中学生の少女が幼いショートボブを振り乱して、ニコリともせずに叫んでいるのだ。「君は君らしく生きて行く自由があるんだ」「この世界は群れていても始まらない」この曲が世間に流れ始めた時は、ボクの周辺(インターンの学生たちや若手スタッフ)は、彼女たちの音楽を痛快なレベル・ミュージックと受け止めてた。意識高い系な若者が特に反応してたような気がする。
●4枚目のシングル「不協和音」でもこの路線がハッキリと踏襲される。拳を振りかざしながら「僕はいやだ!」と拒絶を表明する平手ちゃん「絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗する」「支配したいなら僕を倒してから行けよ」決して妥協しない姿勢は、完全に「ラウドマイノリティー」だな。クランプのスタイルも取り入れたダンスは、アイドルには不釣り合いなアグレッシブさがあって、挑発的。カップリング曲で、欅坂主演ドラマ「残酷な観客達」の主題歌となった「エキセントリック」も、ソーシャルメディア社会の同調圧力を拒絶する姿勢を強く打ち出す。「もうそういうのうんざりなんだよ」。振付では突然ローファーを片っぽ脱いで、くるくる振り回してぶん投げてしまう。女の子っぽい可愛らしさを見せず、むしろその可愛らしさコードを徹底的に回避して、アイドルのステロタイプを裏切り続ける。

●ということで、彼女たちを「現代の反抗精神」の象徴としてしまうのか、というと、ボクの見解はそうではない。むしろ、彼女たちの逆説的な立場がよりスリリングに思えるのだ。そもそもで彼女たちは清楚貞淑なアイドル・乃木坂46を憧れの対象として集まったオーディション志願者だ。マネジメント側も「第二乃木坂」を作るつもりだったはず。ところが、最年少メンバーの平手ちゃんが持っていた、幼さ若さから由来する女性としての未成熟な不安定さ、そしてその女性性を大胆に裏切ることに躊躇のないパフォーマンス能力に周囲の関心が集まり、「おそるべき子供達」のイメージが採用されるに至ったと考える方が自然だ。彼女がその立場を自分から望んだとは思えず、むしろその運命に戸惑っているかもしれない。「大人たちに支配されるな」と叫びながら、その実、彼女たちは徹頭徹尾「大人たちに支配されている」のだ。加えて言えば、その支配者の頂点に芸能界の実力者・秋元康がいて、彼女たちへの生殺与奪の大権を以って「大人たちに支配されるな」全くの逆説を叫べと命令しているのだ。これほど皮肉な状況はないだろう。この逆説的構造がボクにとって価値のあるスリルなのだ。

欅坂46を取り巻くイメージは、社会への異議申立てを貫く自由と革命の女神、というよりかは、未熟な抵抗を叫んでそのまま握りつぶされてしまう寸前の小鳥、が実態に近いはず。そもそもでアルバムタイトルが象徴的だ。「真っ白なものは汚したくなる」。幼く無垢な彼女たちの外側には、こんなサディスティックな欲望が存在しているのだ。一方、力強い歌詞も振付も、完全にモノにしているのは平手ちゃんだけ、他の少女からは無理が滲み出ていて、その脆さが危うげだ。もう一人の重要メンバー・長濱ねるのいつも戸惑い困っているような表情が、平手ちゃんと表裏一体をなしてグループの性格を表している。下手したらクシャリと潰れてしまう華奢さと儚さ。実はこれが、彼女たちの魅力の本質なのだ。

●しかし、アイドルはイメージではなく、生身の人間である。平手ちゃんねるちゃん年齢を重ねれば成熟し大人の女性になる。その時に、今と同じ役割を演じ続けることができるかはわからない。ティーンの少女なんて一瞬でどんどん変貌していく。がゆえに目が離せない。16歳のこの一瞬だけしか成立しないパフォーマンスがあるのだ。ニューシングル「風に吹かれても」で今回平手ちゃんが男装したのは、裏返せば男装しなければ性差の不安定な危うさが演出できなくなってきたことを意味しているのかも。一方で、今まで無表情を義務付けられていたのに、これからは自分たちの自然な立ち振る舞いが許される、そんな成長に裏付けられた開放感がこの曲にはみなぎっている。そしてボクは、今後の彼女たちがどのように成長していくのか、見守っていたい気持ちになる。

●アルバムは他にも聴きどころがタップリ。三枚目のシングル「二人セゾン」のアンセム感が大好き。清楚なアイドルポップスでありつつも、次々と高域へ展開していくメロディのアッパーなテンションが最高。第二世代・けやき坂46(ひらがなけやき)の楽曲「誰よりも高く飛べ」も陽性のディスコ感が熱い。「月曜日の朝、スカートを切られた」は強烈なタイトルでビビった。欅坂の持つダークネスを的確に象徴している。平手ちゃんのソロナンバー「渋谷からPARCOが消えた日」は80年代アイドル歌謡(中森明菜「DESIRE」とか)を連想しちゃったけど、愛知から上京してきた平手ちゃん自身には、渋谷PARCOに一ミリも思い入れなんてねーだろと思った。曲中全部で35回も「パルコ」と連呼するのは70年代ファンクの名曲 LYN COLLINS「ROCK ME AGAIN & AGAIN & AGAIN & AGAIN & AGAIN & AGAIN」みたいだけどね。長濱ねるちゃんの貧弱なロリータボーカルが不安でしょうがない「乗り遅れたバス」もある意味で注目。彼女はすでに19歳で、特別若いわけじゃないのに、小動物感がスゴイ。彼女のソロ曲「100年待てば」は王道すぎるスウィートなアイドルポップで、貧弱さがハンパなくスゴイ。
●全ての楽曲で欅坂46の振付を担当する、アメリカ帰りの天才ダンサー TAKAHIRO の仕事はホント個性的だね。デビュー時にはダンス能力も十分じゃなかった彼女たちを人形のように操作して実力不足をカバーした演出が、むしろ欅坂が象徴する「頑なな性格」を強烈に印象付けた気がする。PERFUME BABYMETAL の個性を確定した振付師 MIKIKO のような存在が登場したようだ。
●ちなみに、ドラマ「残酷な観客達」はHuluで全部見ちゃった。グループの硬軟両面の表裏を成す平手ちゃん&ねるちゃんの少々百合めいた関係がエッセンスになったダークファンタジー。








●月の初めは、いつも伝票処理で大変だよ…。
●だから、タイミングがもうズレちゃった話題を、わざわざ取り上げます。途中まで文章描いてたので。


ABEMATV × 元 SMAP 三人によるお祭り「27時間ホンネテレビ」は大成功のようだった。
●Yahooニュースに掲載された記事によると

 「最終的に番組に関するTwitterの総コメント数は「約508万以上」、
 稲垣ブログは「3日連続総合1位」、
 草なぎのYouTubeは「合計再生数約536万回」、
 香取のInstagramは「フォロワ―数 100万以上、総いいね!数 1426万1000以上」を記録。
 そして、番組関連ワードのトレンド入りは「世界1位を含む107以上」、
 総視聴数は「3日間合計7200万視聴以上」という前代未聞の注目度であった」とな。

「7200万視聴以上」ってどうやって評価すべきだろうね…地上波テレビの視聴率とは直接比較できない数字だし…。全国民の半分に接触しましたとは言い難い。ただ、ABEMATV はあくまで地上波テレビのビジネス領域に食い込みたいと考えている。彼らはネット配信なのに「放送」というし、ライブ配信なのに「生放送」という。ナニこの「放送」強迫観念?だからABEMAの動向においては「テレビ」との関係に注目しなければ。だって、この Yahoo の記事だってソースは「ザ・テレビジョン」だし。テレビ雑誌がテレビ以外に軸足ずらしちゃう?

●ともかく。ABEMATV は、メディアとしての存在感をこれでより一層大きくしただろう。「亀田興毅1000万円」企画のワイルドさや「藤井聡太四段29連勝の将棋中継」といった偶然バズといったこれまでのABEMAブレイクとは違い、今回は金に糸目をつけない豪華キャスティング&大規模演出で確信的なコンテンツバリューの創出をしてみせた元SMAP三人の再始動と言われれば、市川海老蔵から橋下徹まで各界の著名人も集まるってわけですよ。
「しがらみのない政治を」は希望の党・小池代表のスローガンだっだけど、ジャニーズ時代の「しがらみ」から三人が解放されたのも事実。厳禁とされてたインターネット露出、ソーシャルメディア運営開始は序の口。元メンバーで現オートレーサー・森且行との再会はまさしくエポックメイキングな出来事でバズも世界一級に。終盤の音楽パフォーマンスで三代目 J SOUL BROTHERS「R.Y.U.S.E.I.」をカバーするなんてマネも、ジャニーズの最大対抗勢力 LDH = EXILE 軍団との関係においてはありえない演出だったと思う。
●けどね「#ホンネテレビ」というほどには、SMAP 解散の核心を吐露するほどの本音は出なかったような…。まーとりあえず三人の新たな門出にまずはお祝いを。そしてあくまで「テレビ」を意識する ABEMATV がガチの地上波テレビ業界とどうぶつかり合うのか、今後の展開も注目。でもボクは ABEMATV には冷笑的ですけど。だって藤田社長のバブルな趣味道楽みたいなんだもん。

DNyknaEVAAAlW_s.jpg(森くんと再会できてよかったね)


●そんな形に「テレビ」にこだわる ABEMATV の狂騒の中で。
一生を賭けて「テレビ」にこだわり続ける男のドキュメンタリーが公開されていました。
●ミニシアター系で東京都でも一館だけの上映だから、ネタバレも入れちゃいますね。

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土屋敏男監督「WE LOVE TELEVISION ?」
土屋敏男氏は日本テレビの90年代バラエティ「電波少年」などなどで武名を上げた、稀代のテレビ演出家だ。Tプロデューサーとして有吉弘行(というか猿岩石)をいじめ抜いた男だ。その彼が、初めての映画監督としてデビューするにあたり取り上げた題材が、これまたテレビの歴史を体現する伝説のコメディアン・萩本欽一だった。
●70年代〜80年代にかけての萩本欽一「視聴率100%男」だった。週三本放送されてた冠番組(「欽ドン!」「欽どこ?」「週刊欽曜日」)が全部30%以上の視聴率を稼ぐのだ。こんな偉業はテレビの歴史に存在しない。そんな萩本欽一とまだ駆け出し演出家だった土屋敏男は一緒に番組を担当するも惨敗(80年代の日本テレビは現在では想像がつかないほどダメダメな成績だったらしい)。しかし、その時の縁あって土屋と萩本には深い関係がずっと残っていた。
●ドキュメンタリーの本線は2011年に放送された彼らの特番のメイキングだ。「欽ちゃん、視聴率30%の番組をもう一度作りましょう!」土屋が得意のアポなしで本人直撃オファーするところから始まる。もちろん2010年代にあってバラエティで30%は無理な数字だ。12%程度で大成功というところ。それでも彼の仕事に密着することで「視聴率100%男」の秘密が得られるかもしれない。「電波少年」などで確立した手法を総動員して、出演者のアケスケなオフショット追跡を執拗に突き詰め、番組作りの様子を克明に記録していく。東日本大震災、相棒・坂上二郎氏の死去、共演者の脱落、新しい演出に心ときめかす様子(土屋チームラボ&猪子寿之をチームに組み込んでいた)などなど、色々なことが起こる。それでも一番の見どころは70歳を超えたとは思えない萩本欽一本人の尋常ならざるパワフルさだ。マジでスゴイ。本当に30%を信じてる。
●彼は、成功する番組に発生する「奇跡」を信じていた。「しっかり作られたものは面白くならない」。関係者全員がギリギリまで真剣に取り組んだ結果、偶然のケミストリーが発生する。それを呼び込むため、意識してか無意識か、チームの指揮にすごい指示をする。コント台本をみっちりリハーサルした上で、次長課長・河本準一「本番では全部これやっちゃダメね、同じことは二度しない」と仰天の指示。「俺は稽古もしないよ、そのままでやる」河本、プレッシャーに悶絶土屋にもプレッシャーをかける。「欽ちゃんの仕事は40%。後の60%はディレクターの仕事だからね」そしてこんな言葉も。「安心しちゃダメ。なんでも早く決めて安心したがるけど、決めない。そうすれば全員がギリギリまで考える」。安心安定志向のボクには耳が痛い。こうして明確になる萩本欽一の怪物ぶりにボクはゾクゾクと震えたよ。
●かくて、その萩本・土屋番組は放送されるも、成績は視聴率8.3%だった。ハッキリ言って失敗。しかし萩本はここで一ミリも言い訳をしなかった。ガッカリの表情は隠さないが「テレビは数字が結果。何かが足らなかったのだから反省はしよう」。あくまで彼はテレビの人間。テレビの物差し・視聴率こそが指針。
●しかし、彼は立ち止まらない。2015年には駒澤大学仏教学部に入学(&在学中)。ABEMATVやニコニコ動画にも出演、そして今年はNHK-BSでも特番を放送する。茨城ゴールデンゴールズの監督業も2005〜2010年まで務めていたが、勇退の理由は、自分が70歳になる2011年にはキチンとテレビに専心するためだったという。そういう意味で、彼は自己革新をやめない。もう一度30%番組を生み出すために努力しているし、奇跡が起こることを信じている。

現在76歳のコメディアンと、60歳のテレビ演出家。老兵が古いメディアに妄執してるだけと笑うか?
でも、自分の全てをかけた表現への真剣さは、心を打つよ。


●ここで話題は、いきなり岡村靖幸へ。

ステップアップLOVE-通常盤B-DAOKO

岡村靖幸「忘らんないよ」2017年
●さて、この映画の主題歌を担当しているのが、なんと岡村靖幸土屋から既存曲の使用許諾オファーを受けたところ、ラッシュ映像を見て岡村本人が「新曲の書き下ろしでやらせてください」と申し出たそうな。
●彼には珍しく、アコースティックテイストが際立つバラードだ。ボーカルそのものは紛れもなく岡本ちゃんの瑞々しいパワーがこもってるけど、リリックは晩秋にふさわしいメランコリーが切ない。

 「あんちくしょうって笑いながら 泣いてた顔が忘らんないよ 
  だって今もこんなに感じてる
  あなたの何を許せばいいの? 
  形あるもの みんな同じ 孤独が寄り添っているのに」

●…なんとなく、土屋さんが最初にオファーをしてた既存曲がなんだったのかも知りたい気もする。
●あと、これを聴いたのはスポッティファイね。岡村音源懐かしいのイッパイあったわー。80〜90年代の EPIC SONY 時代がクラクラする。個人的なフェイヴァリットはアルバム「家庭教師」1990年ね。


ÉTIQUETTEパープルジャケット

岡村靖幸「ETIQUETTE(PURPLE JACKET)」2011年
●こっちはスポッティファイに収録されてない、セルフカバーアルバムだ。90年代の絶頂期から薬物問題(逮捕3回!)で転落した低迷の00年代をくぐり抜けて、やっとシラフになってのリスタート。これが今聴くと、あまりにマッシブな超合金ファンクぶりで、やっぱこの人スゴイと惚れ込む。元からアクの強い既存曲を、さらにアップデートして説得力を持たせる実力。打ち込みでアレンジされてる?キック&ベースの強度はマシマシでクラクラするほどのテンション。そこにフリーキーなボーカルが暴れまわる。
「どぉなっちゃってんだよ」「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」「だいすき」とリアルタイムで原曲を体感してたクラシック楽曲はもう無条件に楽しんじゃうけど、比較的後期の「マシュマロハネムーン 〜 セックス」強烈なマッドぶりが、この人の底の知れなさを見事に表現してて最高。

岡村靖幸「ETIQUETTE(PINK JACKET)」

岡村靖幸「ETIQUETTE(PINK JACKET)」2011年
●前述「PURPLE JACKET」と同時発売の姉妹作セルフカバー。基調は変わらないけど、こちらは名曲「カルアミルク」のウエットなライブ音源が収録されてる。ああーこの曲はいいなあ。お酒が飲めないボクだけど、この曲のおかげでカルアミルクにトライし続けた時期が20歳代にあったよ。それと「だいすき」のフォーキーなライブ音源もある。「だいすき」は二枚両方に収録されてるんだけど、超合金ファンクとは別の味としての、アドリブで歌詞を変えちゃうフランクな弾き語りもいいわあ。



●「忘らんないよ」MV。
●監督は土屋氏。さすがの土屋氏もMVは初めての経験でビビったとな。
●そこで、なんと映画の主役・欽ちゃんを引っ張り出してしまったとな。この2ショット、カッコいい。


●最近は、地上波テレビで不景気な話題が多い。そこは今後もチェックしていきたいんだわ。
●配信だいすきだけど、「テレビがオワコン」って流れを安易に受け止めたくはないんです。
●それはスポッティファイからアナログレコードまで横断して楽しむボクの習性で。
●そして、それぞれのメディアには良し悪しを超えた個性があって、それを理解することの方が前向きだと思うから。