昨日は楽しい同窓会。
●毎年1~2回ほど行われている高校時代の同窓会。年末の今回は、ボクの体調不良を理由に場所をシモキタザワに設定してもらった。そんでついでにワイフとコドモも参加させる事にした。級友とワイフやコドモが顔を合わせるのは激レアな機会なので新鮮である。

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●他にも子連れ出席のメンバーがいる。ノマドは1歳の男の子が来ると知ると、自分のオモチャ箱をゴソゴソあさってミニカーセットを見つくろった。「コレをあかちゃんにプレゼントする!」おお、気前イイじゃないかノマド。このミニカーボックスは2歳のノマドがぜんそく発作で一週間入院した時に持たせたキット。面会時間が終わってワイフが病院を去らなくてはいけなくなると、いつまでも号泣しつづけてたもんだ。泣き虫ノマド、このオモチャいつ買ったモノか覚えてるのか?「うん、ノマドがびょういんでおとまりしなくちゃいけなかったとき。いっぱいないたから、かんごふさんにダッコしてもらった」

●さらに小学4年生のお姉ちゃんも参加して、かなり賑やかな展開に。ノマドはピンクのニンテンドーDSをいじらせてもらってご満悦、ヒヨコは「きらりんレボリューション」のオシャレカードコレクションを見せてもらって大興奮であった。調子に乗って小島よしお「そんなのカンケイねえ!」まで披露した。みんな子供が出来て、ちょっとずつ人生のステージをゆっくり昇ってる。


今日はイモウト夫婦がウチを訪れた。
●イモウトは第一子を妊娠し帰省中。年末に入ってダンナの ken5 くんも上京し、2人は下北沢の我が家を訪ねてきた。ノマドは最近夢中の将棋に ken5 くんを散々付き合わせてた。
●ken5 くんには今回重要な任務があった。というか勝手に頼もうと思ってた事があった。コドモ部屋の2階建てベッドの組立てである。先日搬入された学習机は業者さんの組立てサービスがあったが、このベッドは5コのデカイ段ボール箱としてやってきて、一目見るだけでも億劫になる代物。「コレはケンちゃん来るまで放っておこう。我々には無理!」と勝手に決め込んでいた。そんで期待通り、彼はこともなげにこの大事業に着手し、速やかに遂行したのであった。

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かくして2階建てベッドが建造された。
●それぞれの枕元に大切なオモチャを詰め込んで、マイワールドを形成してる。ヒヨコは「ニャニャちゃん」「ベリーちゃん」などお気に入り十数匹のヌイグルミちゃんたちがびっしり。ノマドは巨大ロボ「サイダイオー」「ビータマン」レゴのオリジナルマシーン。コドモたち、超エキサイティング。

これで、寝室が親子別々になり静かに眠れるようになるのだろうか?
●初めは大喜びして「ベリーちゃんをねんねさせてあげるの」とか言ってたヒヨコは、寝る直前に「ママ、さいしょだけいっしょにねよう…」とか不安げに言い出した。そしたらノマドが、「ヒヨコ、ヒヨコがこわくなったら、2かいのノマドのところにこいよ!ノマドはヒヨコよりははやくねたりしないからな!」と突っ張ってみせてる。こうして徐々にパパママの元から少しずつ少しずつ、コドモたちは離れていくのである。
 
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パンク読書。

GREN MATLOCK : PETE SILVERTON「オレはセックス・ピストルズだった」

GREN MATLOCK / PETE SILVERTON「オレはセックス・ピストルズだった」1992年
SEX PISTOLS。アルバム一枚で20世紀の音楽史に強烈なインパクトを与えてしまった伝説のバンド。1977年前後のパンク革命は、決してこの連中だけの成果じゃない事が今は明らかになってるけど、この一枚で人生狂った人は世界中で大勢いるでしょう。
●この本読むにあたって、数年ぶりにアルバム聴いたけど、全然古びてないもんね。それは彼らの音楽が、素晴らしい独創性とアイディアに満ちあふれてるってコトじゃない。連中の音楽はいとも簡単にコピー/パクリが出来て、21世紀の今になっても、彼らの作った様式を後生大事に拡大再生産しちゃう若人が後を絶たない、つーコトだと思う。

SEX PISTOLS「勝手にしやがれ」 SEX PISTOLS「勝手にしやがれ」

●著者 GREN MATLOCK は、初期 PISTOLS のオリジナルベーシスト。ボーカル JOHNNY ROTTON (A.K.A. JOHN LYDON) が加入する前から活動の軸になってた男(あくまで自称だけど)。途中あまりにもバカげた事が多過ぎて、あの悪名高いアメリカツアーの前に脱退する。後釜はパンク伝説の堕天使 SID VICIOUS。元々は JOHNNY の取り巻きでバンドの追っかけ青年。唯一無二の奇行が目を引いて演奏能力ゼロにも関わらずバンドに加入、ラリって彼女を刺し殺し、自分もオーバードーズでとっとと死ぬ。生き残った GREN は、1996年の再結成に参加、JOHN 「再結成は金!金のためだぜ!」と相変わらずの悪態をまき散らした。

●そんな著者が明かす、ダメ人間集団がどう形成されどう崩壊したかのエピソードは、メチャクチャでオモシロい。あの悪名高き戦略家、マネジャーの MALCOM MACLAREN が営業してたお店「SEX」(若き VIVIAN WESTWOOD が活躍)にバイトして変人どもの相手をする。お金がなくて、コソドロしてた仲間に「どうせ盗むなら楽器を盗め」と勧めてバンドが成立(だから超ヘタクソのクセして楽器は一流)。MALCOM は世間で言われるほどの戦略家ではなく、一風変わった美大生が背伸びしてムチャしてるって感じで、行き当たりばったり、金にもルーズ、でもハッタリだけは超一流。JOHN LYDON は最初こそ仲良くやれたが、超自己中すぎてついていけないなどなど、エラく辛辣なエピソードが一杯出てくる。
●同時代のパンクロッカーとの交流も、今となってはゴージャスな人脈だが。当時は全員ガイキチ寸前のチンピラばかり。CLASHMICK JONES はナイスガイだったそうだし、JOE STRUMMERCLASH 以前からの顔見知り。JOHNNY THANDERSHEARTBREAKERSTHE DAMNED とのツアー。バンドの追っかけにはその後 SIOUXISIE & THE BANSHEES を結成する SIOUXISIE SIOUX もいて、ほぼ裸エプロンみたいな衣装でギグに来る奇人だったという。BILLY IDOLも追っかけの一人だったらしいっす。

で、パンク音源をたくさん聴く。

X-RAY SPEX「GERMFREE ADOLESCENTS」

X-RAY SPEX「GERMFREE ADOLESCENTS」1977~1979年
PISTOLS と同時期を駆け抜けたギャルボーカルのパンク。ボーカルは黒人の血を引く POLY STYLENE 嬢で、ヤケクソな女子ボーカルとサックスをフィーチャーした点で他のパンクバンドとは一線を画す存在。詞曲も POLY 嬢が全部手がけてたというから立派なモンだよね。
●ちなみに、レーベルは SEX PISTOLSと一緒の VIRGIN RECORDSGREN が著書で書いているけど、パンクで一番儲けたのは VIRGIN だという。アホなチンピラはお金に無頓着で結局手元に儲けは全然残らなかった。当時新興レーベルだった VIRGIN は元ヒッピー系の名物創立者 RICHARD BRANSON(気球で世界一周とか今でも変なコトやってる)の手腕で、EMI とモメまくった PISTOLS と契約、コレをキッカケに70~80年代に急速拡大する。


パンク革命は、インディーズ革命でもあった。
●音源制作から商品流通まで、全てを自分たちで取り仕切る、つまりインディーレーベルが出現し、大手音楽産業に依存しないシステムが芽生えた。「全てを自分の手で」D.I.Y.精神が芽生えた瞬間でもあった。

VARIOUS ARTISTS「D-I-Y - DO IT YOURSELF」

VARIOUS ARTISTS「D-I-Y - DO IT YOURSELF」1977~1986年
SOUL JAZZ RECORDS が編んだ初期パンクのコンピ。一癖も二癖もある激レア選曲と充実した解説ブックレットでオナカイッパイの一枚。副題は「THE RISE OF THE INDEPENDENT MUSIC INDUSTRY AFTER PUNK」。極小規模のインディ流通システムがいかに構築されたかを克明に説明してる(当然英語だからスゲエ手こずったけど)。
●当時は新興レコードショップだった ROUGH TRADE が、イギリス各地の心あるショップに呼びかけて、自主制作音源やファンジンを流通する仕組みを提案したという。最初は数店ほどの規模だったものが徐々に拡大、THE CARTEL と呼ばれるネットワークになった。他にも、多くのパンク音源を生み出した激安スタジオ(祖末が故にロウな音が録音出来た)のご主人や、パンク音源の製盤職人さんのインタビューまでブックレットに収録。大資本音楽産業に頼らざるをえない時代はココに終わった訳ですな。まさしく革命です。
●収録曲も多彩。いわゆるパンクロックだけじゃなく、エグいコールドファンクに 二ューウェーブ系ダブ、原始テクノポップ、ポリリズミックな打ち込みをベースにした抽象的なギターインプロ、ロウファイフォークなどなど。音こそあれど完全に正体不明のバンドがあったり、その後の消息が一切不明のアーティストさんがいたり。
●その後のビッグネームもいます。一曲目は BUZZCOCKS「BOREDOM」。正統派ビートパンク。なんでも一番最初のインディーパンクらしい。SCRITTI POLITTI も後の作風とは全然違う、軋み上げるギターが耳障りで最高。意外な所では、ブルーアイドソウルのメジャー王道を行く SIMPLY RED のボーカリスト MICK HUCKNALLが所属してたバンド THE FRANTIC ELEVATORS。後年のキャリアからは想像もつかないヤケクソパンクです。BITING TONGUES というバンドもクソッタレパンクですが、このバンドの中心人物 GRAHAM MASSEY は80年代末に テクノユニット 808 STATE を結成し、アシッドハウス~初期レイヴシーンを盛り上げます。808 STATE はまさしくボクの青春です。

VARIOUS ARTISTS「NEW YORK NOISE VOL.3」

VARIOUS ARTISTS「NEW YORK NOISE VOL.3」1979~1984年
●パンク革命の激震地はロンドンだけではありません。ニューヨークこそ真の音楽実験がさかんに行われたパンクの震源地です。ロンドンパンクよりもNYパンクは先行して始動、その源流は1969年の THE VELVET UNDERGROUND と言われています。それは70年代NYパンクの名盤(PATTI SMITH、TELEVISION)に、このバンドの頭脳だった JOHN CALE がプロデューサーとして関わったからでしょう。
●現代音楽の薫陶を受けている JOHN CALEが象徴するように、NYパンクはロンドンパンクに比べてチンピラ度が低くて、むしろインテリで美学生的。その代わりロックのマンネリ様式化を批判し、革新的な実験精神はロンドンパンクよりもずっとスリリングです。今のパンク様式からも大きく逸脱してるので、今のキッズが聴いたら「この音楽のどこがパンクなの?」と思うでしょう。
●やはりこのコンピも SOUL JAZZ RECORDS の編んだモノ、副題は「MUSIC FROM THE NEW YORK UNDERGROUND 1979-1984」。毎度毎度すげえヒネクレ音源を繰り出してきてとうとう三枚目。パンクっつーか、もはや暗黒ファンク(今で言う !!! (CHK CHK CHK) みたいな感じ)やテクノの先祖(フランスの KITSUNEが提案してるようなエレクトロの元祖?)みたいな表現が出てきます。フリージャズギタリスト JAMES BLOOD ULMER のファンクロックも鼻血ブーのテンションです。でもコレこそが真のパンク精神なのです。

VARIOUS ARTISTS「PUNK O RAMA 4 - STRAIGHT OUTTA THE PIT」

VARIOUS ARTISTS「PUNK O RAMA 4 - STRAIGHT OUTTA THE PIT」1999年
●パンク革命が始まって、その第二波の時代に重要になるのが、アメリカ・ロサンゼルスです。いわゆる「LA ハードコア」というヤツです。パンクは「ハードコア」という名の下に、研ぎすまされた様式へと進化しました。それが、現在の「パンクロック」という形式になっているのです。
●パンク精神って本来「自由」こそが信条だったのに、どこかで型にハマってしまい、ドレもコレもが似たように聴こえてしまう。正直、ボクはハードコア以降のパンクがあまり好きではありません。こと90年代後半以降に登場した「ポップパンク」「ソフトパンク」という名前には、かなり抵抗がありました。そりゃもうパンクとは言えんのとちゃいますのん?
●しかし、ハードコアにはハードコアなりの信条、歴史、クリエイティヴがあるのは事実です。世界には良い音楽と悪い音楽があるように、良いハードコアと悪いハードコアがあるのです。食わず嫌いではいけません。ボクは音楽中毒者なのですから。
●このコンピは LA ハードコアの先駆 BAD RELIGION のメンバーが自分たちの音源をリリースするために設立したインディーレーベル EPITAPH のシリーズコンピ。BAD RELIGION は80年結成、EPITAPH は81年設立。まさしくハードコア世代の黎明期を支えた大看板です。「PUNK O RAMA」シリーズは1994年にスタート、2007年現在、第10弾まで出てるパンクコンピの定番です。
●今のEPITAPHは LA に関わらず全世界のパンクバンドを支援し世界に送り出す一大企業。しかし、その姿勢は一貫してインディペンデンスかつハードコア。その一気通貫の志にはハードコア嫌いのボクも敬意を表さずにはおれません。
●本作の収録バンドは、本家 BAD RELIGION、やはりハードコア第一世代の ALL、NOFX、NY ハードコアの AGNOSTIC FRONT、RANCID、そして70年代の酔いどれ詩人 TOM WAITS までいます。スウェーデンのパンクス MILLENCOLIN や スカコアの VOODOO GLOW SKULLS は実は結構好きなバンドです。どいつもこいつも曲が短い、2分半いきません。ワンラウンド一発K.O.勝負。ソレがハードコア。

KEN YOKOYAMA「NOT FOOLING ANYONE」

KEN YOKOYAMA「NOT FOOLING ANYONE」2007年
●パンクの信念と様式は瞬く間に全世界に伝播しました。日本も例外ではありません。パンク革命にリアルタイムで呼応したアーティストは、フリクション、スターリン、ばちかぶりなどなど、枚挙に暇がありません。THE BLUE HEARTS など優れたパンクアクトも数々登場しました。
●本作の主人公 KEN YOKOYAMA 氏のキャリアの起点となったバンド HI-STANDARDは、94年デビュー。当時のボクの目には「パンクの渋谷系だな」と映りました。全編英語歌詞、タイトでカラリと乾いた感覚は、ソレ以前の日本のパンクが持っていた湿度を完全脱臭しており、彼らの視線が完全に同世代の海外ハードコアを向いているということをハッキリ示しておりました。ああ、日本のパンクの新世代だ。その後彼らはレーベルごとメジャーから独立、インディーズ第一弾アルバムは100万枚のセールスを上げた。KEN YOKOYAMA氏は、このレーベル PIZZA OF DEATH RECORDS の社長まで勤めている。このレーベルロゴはカッコいいよね。ガレージパンク THE CRAMPS のマネっこだわ。センスイイ!
●彼らが切り開いたジャパニーズハードコアは、その後10年で日本のシーンに大きな勢力を持つに至り、レコード屋さんには普通に「J-PUNK」なるコーナーが出来てる。素晴らしい事です。
●このシングルは、シモキタザワの激安ワゴンにて100円でゲットしたモノ。よりいっそう曲が短い!2分半どころか、1分30秒程度じゃないか!(表題曲だけ4分超)でもその1分半にジェットコースターのようなキリモミ展開がぎゅうぎゅう詰めにされてる。てかこのハイテンションで5分やられたらコッチの身が持たない。


●パンクは、現行のシーンの中で、若者が楽器を握る衝動を受け止める最良のフォーマットだ。3コードとガナリ声で、世界を革命出来ると信じさせてくれる。それが儚いおとぎ話なのだとしても。一方でボクは、そのパンクすらも打ち破る新しいフォーマットが、新しい音楽がこの世に誕生するのを楽しみに待ってるのです。
 


サンタさんからオモチャが届きました。
●25日、クリスマスの朝。コドモたちは大騒ぎ。リビングで包装紙をビリビリに破き、それぞれのプレゼントを引きずり出すのに必死でした。

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●娘ヒヨコへのプレゼントは、「夢ネコ」ちゃん。体中に仕込まれたセンサーで、なでたりダッコしたりすると、本物そっくりのリアクションをするネコちゃんです。前からネコを飼いたいと言ってたヒヨコは大喜び。速やかに名前がつけられしました。命名「ニャニャちゃん」。ヒヨコのお人形は、全員ヒヨコ直々オリジナルの名前が与えられるのです。早速リボンやビーズのネックレスをつけられてカワイくアレンジされてました。

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●ノマドへのプレゼントは、「獣拳戦隊ゲキレンジャー」の巨大メカ「獣拳巨神サイダイオー」。サイのカタチをしたメカ「サイダイン」から巨大ロボットに変身します。「操獣剣」なる刀をロボットのそばで振ると、センサーが作動し自走するという優れモノです。

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●イブの夜、ノマドはサンタさんに向けてだめ押しのメッセージを窓に貼付けてました。

さんたさんへの手紙

●大きなツリーの左右に、サンタさんと二頭のトナカイさん&ソリ。夜空には三日月と冬のオリオン座。赤い文字で書かれた文章は「さんたさんへ ゲキレンジャの さい大玉 おクださい のまどより 」。サンタさんは左手で小さなサイダインを握ってる。
「さい大玉」「サイダイオー」を漢字で書いたつもりなんだろうが、惜しい事に点が一個多い。これは「さいだいたま」だよ。
●さらに用意周到?なことに、我が家の周辺地図まで窓に貼付けて、サンタさんの配達に滞りがないよう細かい配慮までする気の配りよう。盛り上がってるね、キミら。


●愛車と最後の別れ。記念撮影。

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●昨日、業者が引き上げにやってきた。さらば。ニュービートルよ。

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●邦画に浸る夜。

「それでもボクはやってない」

「それでもボクはやってない」
●あの大ヒット作「Shall we ダンス?」から10年間沈黙を続けた、周防正行監督がとうとう繰り出した最新作。出演:加瀬亮/瀬戸朝香/役所広司。テーマは痴漢冤罪事件。そして日本の裁判制度全体の奇妙さを冷徹に描き出す。品のいいユーモアで不思議な温もりを感じさせる10年前の周防監督のテイストは、ここには全く登場しない。淡々と儀式のように進行する裁判の過程をカメラは静かに見つめる。カメラの目線が冷えている。冷えれば冷えるほどに、監督の義憤の熱さも伝わって来る。日本の司法に裁判員制度が導入される。日本人は裁判のリアルに耐えられるのか?

「博士の愛した数式」

「博士の愛した数式」
●出演:寺尾聰/深津絵里/吉岡秀隆/朝丘ルリ子。事故による脳障害で80分しか記憶が持続しなくなった数学者(寺尾聰)と、その生活を面倒見る家政婦(深津絵里)、そしてその息子の心温まる交流。毎日やってくる家政婦を初対面のように扱い、毎日同じ台詞で出迎える。社会と隔絶し、日々アタマの中に広がる「数」と戯れて過ごす博士の姿は、痛々しくもあるが、枯淡の境地を極めた仙人のようにも映る。観た後に「年取ったらあんな博士みたいなオヤジになりたいなあ」とつぶやいたら、ワイフがすかさず突っ込んだ。「もう半分そうなってるわよ。悪気はないけどモーレツに手がかかる」
 
自律神経失調症とのお付合い(その33)~「躁状態が止まらない」編
●昨日は、ワイフのご両親が、ボクの両親を食事会に招いてくれて、我が家のコドモとともに楽しいホームパーティを行ったのでした。両家&我が家&コドモが全員揃うなんて貴重な機会。ともかく例年バタバタ忙しいボク自身の出席率が一番悪い。今年はこの通り、ボクは社会からドロップアウトしてるので、キッチリ参加可能。実はとても楽しみにしてた。
●おいしい料理に、打ち解けたフランクな雰囲気、ノマド&ヒヨコもご機嫌で、ジジもババも孫のヤンチャな振舞いに目を細めて喜んでくれた。ボクは思いっきりリラックスする事が出来た。楽しい会話が弾んだ。次第にボクは饒舌になってきて、切れ目なくシャベリまくった。ボクは陽気で元気で、誰から見ても健康そのもののように見えただろう。

しかしこの時、ワイフは、ボクが異常モードに入ったと察知した。
●普段の静かな休養生活からは全くかけ離れたハイテンションで、ほぼ7時間ノンストップでしゃべり続けた。「今目の前では大丈夫だけど、後で絶対このハイテンションの揺り戻しが来る、体調が崩れる。」ワイフは心配で気が気でなかったようだ。実際ボクは食事毎のクスリすらも飲み忘れて躁状態になってた。

ボク自身も帰宅する瞬間になって、自分の異常に気づいた。
●着席していた時には気付かなかったが、いざ立ち上がると、足がフワフワして一ミリだけ宙に浮いているような感覚に襲われた。「ああ、ヤバい…」クスリも飲んでない…。でもテンションはギンギンで、帰りの車中でもノンストップでしゃべり続ける。止まらない。

●実はその翌朝、つまり今日は午前中から法事があった。しかしボクに二日連続の登板は危ないとワイフが進言、早々欠席するよう根回ししてくれていた。正直コレは助かった。ボクのギンギンのハイテンションは、帰宅後もそのまま持続し、朝6時まで眠れなくなってしまっていたからだ。早朝、起床したワイフと入れ替わるようにボクはベッドに就き、やっと眠る事が出来た。

自律神経の調整機能がおかしくなる → 感情の制御に不具合が生じる。
●これは経験的な事なので、いわゆる「自律神経失調症」の標準的な症状とは言えないと思うコトを前提にします。「自律神経失調症」神経の緊張/弛緩(つまりオン/オフのスイッチ)が壊れてしまう病気だ。現在回復期にあるボクは、身体的にはオン/オフのスイッチ切り替えが大分修復された状況だが、感情面でのオン/オフには、まだ危うい気配がある。
●医者の指示で同僚/友人とも完全に連絡を絶ち、没交渉状態を続けて数ヶ月。人と活発に会話出来る場面は月に数回もない。こと事務的な会話ではなく、陽気な社交となると、その機会はほとんどなかった。
●しかし、そういう楽しい場面は絶対暴走が起こる。ハイテンションになりすぎて感情が制御出来なくなる。陽気になりすぎて止まらない。スイッチがオンになると、ブレーキが利かなくなる。笑いが止まらないし、言葉も止まらない。そしてその後、貧弱なバッテリーを使い果たして体力焼尽、2~3日寝込んでしまう。9月末の友人の結婚式ではその後一週間寝込んでしまった。
●幸いなコトに、負の方向に感情が暴走した事はない。例えば怒りや憎しみが増幅し、激昂して怒鳴り散らすような事は全くない。でも時と場合によれば、その危険性も否めない。

●今週は毎年末恒例となっている高校時代の同窓会がある。ココでもボクは暴走をするだろう。その監視のため今回初めてワイフ&コドモを同行させる。「ボクがどんなテンションになっていても、二次会には行かせないようにしてくれ」とお願いしてある。
●人間のココロとカラダはホントに不思議だ。病気になり均衡が崩れてしまった事で、初めて人間のカラダの神秘に気付いた。この「身体=精神」という、小さな宇宙がいかに緻密で複雑な仕組みを持ち、繊細に絡み合って成立しているのか、本当に思い知らされた。

●今日、目が覚めたら既に11時を回っていた。健やかに熟睡できた。ワイフやコドモが法事に出かけて行くのにも全く気付かないほど深く眠れた。深刻なダメージはカラダにもココロにも残っていない。ホッとした。念のため少し多めにクスリを飲んだら、普段の平常心がキチンと帰ってきた。よし、ボクは順調に回復している。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


ノマド、ジジと将棋対決。
●ちなみに、ノマドは今夢中になってる将棋をジジたちと一緒にやるのがとても楽しみだったようだ。早朝誰よりも早く起きて、買ったばかりの自分の勉強机で自分なりの戦略プランを考えていたのだ。

ノマド将棋

●マス目の数がメチャクチャですが、彼なりの戦略構想なのです。「王将」が中央の陣地を離脱し右サイドを反復横跳びしながら敵陣に深く食い込むという、大胆かつ無謀な作戦です。「王将」の前には「ふ」の字が並んでます。言うまでもなく「歩兵」です。

●ワイフのお父さんが最初にノマドの相手をしてくれた。ボクとやる時と同じで飛車角落とし。ジジが「ノマド、そこに駒を進めるんだ」とアドバイスすると、無駄にプライドの高いノマドは意固地になってそのアイディアを採用しない。「もうジジ!いわないでよ!」二局戦って、お情けの一勝一敗。
●最後にボクの父親とノマドが対戦。ボクはノマドサイドの参謀につく。相手にバレバレのコショコショ話で相談をする。「パパ、次はナニしたらいい?」「飛車が狙われてるから一歩後ろに下げるんだ」「パパ、次は?」つーか、駒を動かすのだけノマドで、考えてるのは全部ボクじゃん。
●ハッキリ言ってボクは将棋が下手で、将棋好きの父親に生まれてこの方一回も勝った事がない。いや、父親が手加減抜きで小学生のボクを負かすから、ボクは将棋がキライになったのだ。結局今回も、ノマド&ボク連合軍は、飛車角落としのハンデをつけながらジジに惨敗を喫した。
「ノマド、もっと修行しないとダメだな。一回も勝てなかったな。」しかしノマドは「しげるジジにイッカイかった。ジジよわい。」お情けで一回負けてもらったのに、オマエ、スゴい言い草だね!

●ヒヨコは、ジジとのタタカイごっこで本気の噛み付き攻撃をかまし、ジジに流血の負傷を負わせた。タタカイごっこのイニシャティヴは兄ノマドにあるが、戦法は妹ヒヨコの方が数倍エゲツナイ。
●そんなヒヨコがノマドの遊びに付合ってテーブルを離れたとき、ボクは彼女が残した食べかけのケーキを勿体ないと思って何の気なしに食べてしまった。するとテーブルに戻ったヒヨコが「ヒヨコのケーキ、どこ?」……あれ、ごちそうさまじゃなかったの?「ヒヨコ、ケーキまだたべるよ…」だって、タルトの上モノ部分だけ最初にキレイに食べて、下のクッキー部分しか残ってなかったじゃん。ボク「あー、ケーキ、パパが食べちゃった…。」
●その瞬間のヒヨコの顔が凄まじかった。さっと顔面蒼白、口はムンクの叫びのようにポカーンと開き、戦慄が目の瞳孔を夜のネコのように開かせた。その瞳から大粒の涙が出るまでカウントダウン10秒前。絶望のあまり声も出ない。「ゴメン、パパ、ヒヨコはもうごちそうさまだったと思って…」そんなボクの言い訳など聞こえもしないほど、絶望がヒヨコのちっちゃい脳ミソの中でキーンと激しくエコーしている。そんな表情。不謹慎なジジババはその顔見て大爆笑。
●笑いながらババが「ヒヨコ、まだケーキ残ってるわよ」とケーキの箱を開けてあげた。すると今度は、バラ色のように光り輝く笑顔に大変身。一言も言葉を発してないのに手に取るように感情が伝わる、超シンプルな生き物。ヒヨコは素直な子だね。彼女は至福の笑みをたたえ、新たなケーキを切り分けてもらいながら、一方で大粒のイチゴをセッセと口イッパイに頬張り続けるのであった。
 
 
ひこうき雲。

ひこうき雲

●薄暮の月と、一筋の綺麗なひこうき雲。空を見上げて得した気分になるなんて、なんか素敵な事だなと思った。

今日も通院。そして散歩。
●経過は順調。職場復帰まであと一歩。落ち着いて行こう。
●三軒茶屋のレコファンでCDを見に行こうと思ったら、なんと潰れてた。ショック。しょうがないので三軒茶屋 TSUTAYA に行ったら300円ワゴンで目一杯掘り出しモノを見つけてしまい、またも無駄使い。
●下北沢へ帰って、カフェ「GOPAL」でお茶&読書。このカフェが一番落ち着く。店員さんはフランクだし、いつも賑やかで、シモキタザワらしい人たちが一杯集まってる。今日の隣のテーブルは、お笑い芸人志望の先輩後輩が、仲間同士の人間関係を語ってた。「あいつ、最近ちょっとテレビ出てるからって調子乗ってますよ…」反対のテーブルは、建築学の抽象的な専門書の内容打合せを真剣にしてる。評論家さんと編集者さんのようだ。そのまた隣では、インディーズCDのジャケデザインを打ち合わせるバンドマン。カラープリントされたデザイン案をテーブル一面に広げてた。そんな中、ボクはゆっくり本を読む。

シモキタおススメカフェ/その1
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071128.html
シモキタおススメカフェ/その2
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071202.html
※カフェ研究はさらに進行中です。また機会があればまとめて紹介します。

ノマドと将棋。
●最近ノマドは将棋に夢中。ポケッタブル将棋をドコかでもらってその説明書を一生懸命読んだらしい。ボク「ノマド、はさみ将棋でイイじゃん」ノマド「だめ!ホントのショウギがいいの!」で、ココ三日間何回も何回もノマドと勝負した。ハンデとしてボクは飛車角落とし。漢字がよくわからんから、ノマドは駒の動きも完全に把握出来てない。だいたい将棋の駒は、漢字を書き崩し過ぎてるからコッチだって説明しづらいんだよ。
●そして今日の夜の対局。ノマドはボクの大人げない攻撃にボチボチ持ちこたえ、一時間ばかりも踏ん張って戦った。見事な健闘ぶりだよ。でも最後は奪われた飛車角でベキッと王将を封殺される。ノマドは自分の敗北を知ると、あまりの悔しさに顔を真っ赤にし、涙をポロポロこぼして泣き出した。あーこの負けず嫌いは誰に似たんだ?
●そんなノマドにボク「パパも子供の頃、ジジ(つまりボクの父親)と将棋をしたけど一回も勝った事がないんだよ。今度ジジに会ったらノマドとパパでチームを組んでジジに挑戦しよう」慰めになったのかよくわからんが、あまりの悔しさに腰も抜けてしまったノマドは、泣きながらイモムシのようにホフク前進してベッドに向かった。アホだなあ。まだまだケツが青いぜ、6歳児。

●DVD鑑賞。

さくらん 特別版さくらん 特別版
(2007/08/03)
土屋アンナ

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「さくらん」
●やーっと観ました。ビデオ屋で新作扱いから外れるまで粘ったケチン坊です。原作/安野モヨコ。監督/蜷川実花。主演/土屋アンナ。音楽/椎名林檎。結果から言うと満足しました。蜷川実花監督の色彩感覚がギラギラしててイイ!画面が真っ赤だ!現在日本の最高女子力を結集した真っ赤だ!この赤は経血の赤か?!男性では作れない色の洪水は、ソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」を連想させた。古典題材を現代感覚にアレンジするスタイリッシュな画撮りと編集、BGMもパンクで極めてるなど、共通項多いです。
●先輩花魁として菅野美穂も出演。「働きマン」とは全く別の、魔性の高級娼婦として見事な濡れ場を演技。女優ってスゴい。一方、土屋アンナはケモノ。天然に備わった嗅覚と度胸だけで動いてる。だからリアル。だから価値がある。

●マンガ生活。

ジャンプ SQ. (スクエア) 2008年 01月号 [雑誌]ジャンプ SQ. (スクエア) 2008年 01月号 [雑誌]
(2007/12/04)
不明

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「ジャンプSQ」第二号
●もう買わねー、とか前号の時言ってたのに、不覚にもまた買ってしまった。だって、荒木飛呂彦の読み切り62ページ収録、しかも「ジョジョ」外伝「岸田露伴は動かない」と来たら、読むしかナイじゃん。相変わらずの荒木ワールド、ついて行けない寸前のテンションはより加熱してるぜ。
 
 
長男ノマドは来年4月、小学生になります。その準備が進んでます。
●今日は、御徒町の家具屋さんで注文した机が我が家に到着。コドモ2匹は大喜び。

机がやってきた


●コドモ部屋のコーディネートを統一するため、今回でヒヨコの机もいっぺんに購入。自分たちの拠点が出来るコドモたちは、そりゃもう大騒ぎ!業者のオジさんがセッセと机を組立ててる前で、「つくえ!つくえ!つくえがやってきた!」と大合唱&ダンシング。さすがのオジさんも去り際に「しっかり勉強するんだよ」と一声かけるほど。早速それぞれの宝物(図鑑とか、サイコロとか、けん玉とか、魔法の杖とか、折り紙とか)をセッセと引き出しに格納。

●ノマドはもうすぐ小学生。早いもんだね、この前生まれたばかりだと思ってたのに。「自分の机を持つ」というコトは、「自分のプライベート空間、自分のヒミツの場所を持つ」というコト。もう一丁前の人間だ。ペットとは違う自意識が芽生える。ヒヨコも「大きくなったらファッションモデルになる!」といって、最近は紙やノートにお気に入りの洋服や帽子のデザイン画を描いている。ファッション業界専攻志望とは、決断が早くてヨロしい。その机で、夢を目一杯描きなさい。


●その一方で、一つお別れも。

自律神経失調症とのお付合い(その32)~「愛車を手放す」編
●ボクが日々服用している精神安定剤は、全部お断りがついている。「眠くなったり、注意力がなくなったりしますので、危険な作業や車の運転は避けましょう。」結果、ボクは自動車の運転を避けてきた。正直、自動車の運転はとてもじゃないが今のボクには無理だ。そして、もしボクが事故を起こしたとなれば大変な事になる。クスリの危険性を知りながら事故を起こせば、それは飲酒運転と変わらないだろう。保険だってキチンと支払われないかもしれない。

●そこで、7年以上乗ってきた我が愛車、フォルクスワーゲンニュービートルを売却する事にした。今週、数社の査定を受け、今日、その中の一社と売却契約を結んだ。クスリなしの生活に戻れるメドがない中で、ダラダラ維持費をかさませるのは厳しい。駐車場代、保険料、税金、車検、そして高騰するガソリン代。手放すだけで年間数十万のコスト減になる。しかも売却額も意外なほどイイ値段がついてくれたので、コレも結構なハナシだ。

さよならビートル


でも本当は愛車を手放すのは寂しいコトだ。
●1999年、VW社が名車ビートルの21世紀版を発表する、というニュースにボクは興奮した。その冗談みたいなオモチャっぽいデザインにも爆笑した。そもそも自動車に興味がなかったボクは、このチョロQ実物大みたいなカワイイ車と出会わなければ、自動車なんて買おうと思わなかったと思う。
●正規ディーラーの輸入販売が始まるまで待って販売店に行ったら、既に予約殺到、車色によっては一年以上の配車待ちだという。一番早いのはどれですかと聞いて、出てきたのがこの「黄緑色」ビートルだ。一番人気がないという。爆笑!気に入った。まるでアマガエルみたいだ!「この色でお願いします」速攻で決断した。命名「ケロヨン号」。ボクの初めての愛車だ。

●まだこの車が珍しかった頃は、横断歩道で止まると歩行者が全員コッチ向く。中には露骨に指差して笑う人も。明らかにヘンテコな形だから。ちょっと恥ずかしかったが、一方で誇らしい気持ちにもなった。ヒップだろってね!実際デザインが先行しすぎて乗りにくい場面も。丸いフォルムにコダワルばかりに、ダッシュボードが異常に広く、反対に後部座席は激狭で身長のある人はガラスにアタマがぶつかる。車体が丸過ぎて車両感覚が掴みづらく、コスリまくってキズだらけだ。スカーフェイスのビートル
●妊娠したワイフをこの車に乗せて病院に通った。コドモ2人も出産後我が家に連れ帰る時にこの車に乗った。ホントはズーッと乗り続けたいと思ってた。しかし仕方がない。折しも時代はエコだ。CO2排出タイプの自動車は時代遅れになる。しばらく自動車には乗らない。もう決めました。業者は来週この車を取りにくる。その時には家族全員で記念撮影をしよう。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


●今日のBGMは、60~70年代。

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THE WHO「WHO'S NEXT」1971年
●荒野にそそり立つコンクリート柱は、さながら「2001年宇宙の旅」モノリスのよう。ソレにバンドの連中は立ちションをかまし、スッキリしつつ自分のモノをズボンの中に格納中。そんなジャケ。
●ロンドンのモッズシーンから出現した彼らは、1969年にロックオペラ「TOMMY」を成功させ、自分たちの音楽をさらに発展拡大させようとしていた。このアルバムは、本来「LIFE HOUSE」というロックオペラのサウンドトラックとして用意された楽曲群である。でもこの「LIFE HOUSE」の構想は無謀なほどスケールがデカく複雑で、おまけにバンドも関係者も全員アルコールやクスリでラリってて(ラリッてるから非現実な構想ができたのかな)、結局プロジェクト自体が頓挫してしまった。要するに、残りカスです。
●でもでも残りカスなのに、オモシロいのがこのバンドの非凡な所。一曲目イントロのシーケンサー使いから当時の人々には衝撃的だっただろう。バンドはその後ロックオペラ「四重人格」を発表し、「LIFE HOUSE」お蔵入りの経験も無駄にはならなかったようだ。
●ただし、ボクにとっては3分間のロックンロールで聴くモノを痺れさせるライブバンド THE WHO の方が好きだ。モッズ野郎の THE WHO の方が好きだ。ボクの聴いたのはデカジャケ盤でボーナストラック(ライブ収録含む)が7つもついてる。ハッキリ言って本編よりコッチの方がカッコいい。荒っぽいライブの方がズッとカッコいい。無理してデカいことなんて考えなくてもイイのに。

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LIGHTHOUSE「ONE FINE MORNING」1971年
●コッチは「LIFE HOUSE」ならぬLIGHTHOUSE。ホーン部隊から弦楽器部隊まで備えた11人のカナダ出身大所帯バンド。ブラスロックの一派とも言えるが、ジャケ通りのサイケ風味もあってイイ感じ。でもやっぱり表題曲「ONE FINE MORNING」のファンクっぷりが最高。切れ味の鋭いホーン、ソウルフルなボーカル。この一曲でゴハン三杯イケます。70年の大阪万博で来日コンサートをし、日本のサイケバンド FLOWER TRAVELLIN' BAND をそこで発掘、アメリカに紹介した、というトリビア功績あり。

Four covers Gypsy

GYPSY「UNLOCK THE GATES」1973年
●これもファンキーなロックを期待したが、ちとイマイチ。ある程度のグルーヴィーさは間違いないが、チト抜けが悪い。メロウなフリーソウル好みの方なら楽しめるかも。ボクは暑苦しいのが好き。彼らの4枚のアルバムのうち、コイツは最後の一枚で、彼らの GATES は UNLOCK したつもりがコレで閉まっちゃったようです。

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THE RASCALS「TIME PEACE - THE GREATEST HITS」1966~1968年
●古道具屋にて250円で発掘したCD。ブルーアイドソウルの先駆として、ロックバンドでありながら暑苦しいR&Bを目指したアメリカのバンド。本作は彼らのキャリアの最高期を網羅するベスト盤で、同時期のUKモッズとリンクするアップテンポで黒っぽい感覚が最高。WILSON PICKETT の激定番ソウル「IN THE MIDNIGHT HOUR」もドスコイガッチリとカバーしてる。彼らの超有名曲「GROOVIN'」はホッコリのどか節だけど、それだけだと思ってると損しますよ。

Felix CavaliereFelix Cavaliere
(2006/01/17)
Felix Cavaliere

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FELIX CAVALIERE「FELIX CAVALIERE」1974年
THE RASCALS は1972年に解散。で、その THE RASCALS のボーカリストだったのこの人がソロ活動を開始。ソウルフルなノドを、爽やかに響かせてます。プロデューサーはポップの奇才 TODD RUNDGREN。我の強い TODD、一聴だけでは口当たりの良さだけしか感じませんが、そこかしこにひねくれたスパイスをコッソリと仕込んでて油断出来ません。最後の曲「I'M BE FREE」だけはなぜか凶暴なファンクロック。鬼気迫る勢いに心臓バクバク。

Greatest HitsGreatest Hits
(1990/10/25)
The Chambers Brothers

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THE CHAMBERS BROTHERS「THE CHAMBERS BROTHERS' GREATEST HITS」1965~1970年
●文字通り四人兄弟で構成された黒人コーラスグループだったが、65年に白人ドラマー BRIAN KEENAN が加入してロックのグルーヴを導入、一気にブレイクしたという連中。白人が黒人のノリに接近するアプローチは今も昔もありがちなハナシだが、白人のテイストを導入してサウンドを刷新するグループってのは珍しいよね。60年代後半、SLY & THE FAMILY STONE JIMI HENDLIX EXPERIENCE といった白黒混合バンドが出現していく流れにいたのかも。
●ブレイク曲「TIME HAS COME TODAY」は11分を越える長尺サイケデリックファンク。ロックのスタイルで軽快に駆けてくのかなと思ったら、3分目あたりからいきなり事態は急変、ディレイエコーとビリビリのファズギター攻撃で混沌地獄に突入。脂っこいです。大好物です。

The Staple SwingersThe Staple Swingers
(1996/04/02)
The Staple Singers

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THE STAPLES SINGERS「THE STAPLE SINGERS」1970年
●こちらも家族バンド。親父の ROEBUCK "POPS" STAPLES とその三人の娘 MAVIS、CLEOTHA、YVONNE の四人組。50年代からゴスペルの世界で活動していたが、時代の流れでR&Bからファンクまで射程距離は拡大、本作はサザンソウルの名門レーベル STAX からリリース、録音はやはりサザンソウルの神殿 MUSCLE SHOALS SOUND STUDIO、ホーン部隊は STAX の鉄板ファンカー THE BAR-KAYS が担当、結果として超ド級ファンクアルバムとなっております。ああ、このホコリっぽい泥臭さがサザンのイイ味なんだよなあ~。温泉にでも浸かったような温かさがたまらない。60年代から70年代の過渡期、当時のニューソウル感覚も漂ってる。
MAVIS STAPLES は今だ現役バリバリで、今年も RY COODER プロデュースで新作を出してる。しかもレーベルはクセもの揃いの ANTI から。コッチも聴きたいなあ!

JOSE FELICIANO「FELICIANO !」

JOSE FELICIANO「FELICIANO !」1968年
●プエルトリコ出身の盲目のギタリスト&シンガー。メランコリックなギターと朗々と響くほろ苦い声が、静かに心に沁み入る。有名曲を、ラテン特有の哀愁感をたっぷりと込めてカバーする手腕が鮮やか。スペイン語のフレーズを織り混ぜて情熱的に歌い上げる様は神々しいほど。英語圏、スペイン語圏両方で高く評価されているシンガー。
●本作は英語圏でのブレイクのキッカケになったモノ。THE DOORS「LIGHT MY FIRE」を手数の多いスパニッシュギターでラテン風味に仕上げたカバーがクリーンヒット。その他 THE BEATLES「IN MY LIFE」「HERE, THERE AND EVERYWHERE」「AND I LOVE YOU」 THE MAMAS & PAPAS「CALIFORNIA DREAMIN'」を絶妙に料理。もっと他にも聴きたいし、スペイン語のアルバムも聴きたくなる。



●あーあ。ドラマ「働きマン」終わっちゃった。菅野美穂大好きになっちゃった。早く仕事してえなあ。

働きマン 4 (4) (モーニングKC)働きマン 4 (4) (モーニングKC)
(2007/08/23)
安野 モヨコ

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唐突ですが、今日は BRUCE SPRINGSTEEN を語ります。
●妹のダンナ、つまり義弟 KEN5 くんが、なぜか BRUCE SPRINGSTEEN のCDを4枚もボクにくれた。普段から色んなCDをプレゼントしてくれる彼だが、ナゼ今 BRUCE SPRINGSTEEN なのか、意外過ぎてビビった。コレはなにかのナゾカケなのか? 難しいナゾカケだ! 以前から自分で持ってる盤を引っ張り出したり、買い足したりして、このアメリカンロックのタフガイを、その音楽を考えてみるコトとする。

BRUCE SPRINGSTEEN は1949年生まれの58歳。
●地元やNYのグリニッジビレッジでギター片手に歌ってたトコロを、BOB DYLAN をフックアップしたプロデューサー JOHN HAMMOND に見出され73年にデビューする。その後アメリカンロックの王道を歩み続け、今年は伝説のフォークシンガー PETE SEEGER へのトリビュートアルバム、そしてオリジナルアルバムを連発、まだまだ現役最前線、「THE BOSS」との異名に恥じない活躍を続けている。
●今回取り上げるのは、彼のキャリアの前半、1973年から1984年。


BRUCE SPRINGSTEEN はニュージャージー出身。
●彼の音楽世界を一口に言うとすればどう表現できるだろうか。金も地位も将来も、何も持っていない若者の夢、現実との葛藤、苛立ち、鬱憤ばらし、バカ騒ぎ、それでも続いて行く人生、その悲哀、それを歌う…。
●ボクが一番親近感を感じたのは、彼の出身がニュージャージー出身だっていうコト。ニュージャージーってのは、ニューヨークのお隣の州。川一つはさんで目の前はマンハッタン。目の前に大都会がありながら、そのキラビやかな世界とは全然無縁の自分の無力を日々思い知らされる立場。コレって、日本に当てはめれば、千葉県のことじゃないですか!

ボクはこの千葉県で、小学校~中学校の約9年間を暮らした。
●江戸川はさんで東京都とお隣関係にある千葉県市川、船橋、千葉、木更津、柏、松戸、流山、野田…。今も昔も全部がヤンキーシティ。木更津から氣志団というバンドが出たのは偶然じゃない。ヤングマガジン連載のヤンキーギャグマンガ「エリートヤンキー三郎」は舞台が不自然なく千葉県だ。
横浜ほどの地元アイデンティティもなく、東京都のベッドタウンとして隷属してる感覚。本来なら千葉県の目玉になるスポットは、「東京ディズニーランド」とか「新東京国際空港(成田空港)」とか、勝手に東京を僭称しちゃってる。千葉県人の方々には大変失礼だが、あの土地には鬱屈とした閉塞感と倦怠感が漂ってる。

人格形成に重要な少年時代を、ボクは千葉県F市で鬱屈とした気持ちで暮らした。
●F市はギャンブルシティだ。中央競馬や地方競馬の競馬場、オートレースがある。バブル以前の競馬場は本当に殺伐とした場所で、毎週末大挙してやってくるオッサン軍団にゲンナリしてた。なぜ彼らの耳には赤鉛筆がさしてあるのか、なぜ「馬」という名前の新聞があるのだろうか。学校の先生は「ヘンなオジさんについていかないように」子供には謎が多かった…。
ダメなオッサンの集まる街には、ダメな産業もいっぱい集まる。
●駅前にはラブホテルとキャバレーとソープランドとストリップ劇場がひしめく。隣の駅には風俗街やピンク映画館があった。ボクの通った学習塾は、風俗店の入った雑居ビルの上にあった。昼間のお店からは色気のないジャージ姿でお姉さん達がビルをコソコソ出入りしてる。
後年同窓会でわが街のストリップ劇場に行ってみた。
●モギリのオジさんはスキンヘッドでアタマに入墨入ってる。場内は床一面にビール缶が散乱してて、花道の向こう側では泥酔したイラン人3人組が大暴れ、ステージのお姐さんと罵り合いを始めた。最悪だ。

F市の学校の雰囲気も殺伐としてた。
●ボクはその後、関東平野の逆サイド、東京三多摩エリアの都立高校に進学するのだが、そこで激しいカルチャーギャップに愕然とした。
●誰も教室のモノを破壊しない。廊下の天井に穴を開けない。ガラスを割らない。万引きしない。カツアゲしない。スクーターを盗んで乗ったりしない。ロケット花火をマンションのベランダに打ち込んだりしない。Hビデオを無理矢理イジメられっ子に借りさせたりしない。暴走族に憧れたりしない。改造制服を着たりしない。語尾に「だべ」をつけない。誰かを陥れてイジメたりしない。自分の腕力を試すためだけに人を殴ったり蹴ったりしない。教師を閉め出して辞めさせたりしない。…そして、夢や希望を信じたりするのがカッコ悪い事だと思っていない。
千葉県において当然だった日常が、東京の高校には何にもない。都心からの距離は変わらないのに、なぜこうもカルチャーが違うのだろうか!ココが東京都だからなのか?ああ、あの荒んで鬱屈とした日々は、千葉県特有の空気感だったのか!目からウロコの大ショックだった。

東京という大都会を目の前にしていると、ソレに対して何も出来ない自分の無力を思い知らされる。遠い地方から来る若者には「上京」という行為は、一大決心と向こう見ずの挑戦だが、中途半端に東京を知っている中途半端な距離感は、決心も挑戦も中途半端にさせる。ここに郊外特有の閉塞感が生じる。
●目の前の大都会にコミット出来ないのは自分の無力が故。息の詰まるような閉塞感が、無気力と現状維持の緩慢な時間の流れに若者を引きずり込む。自分の賞味期限が切れるのを、空虚にただ待つのが怖くて、ツルンだり悪フザケをして自分をごまかして行く人生。閉塞感。郊外の閉塞感。

●と、激しく激しく遠回りをして結局ナニが言いたいのか、といいますと…。

ロックは、鬱屈とした閉塞感の中に、静かに沈殿する。
ロックは、閉塞感が強ければ強いほど高圧に圧縮され、そして弾けるように点火爆発する。
BRUCE SPRINGSTEEN はロックの力で、郊外を脱出した。郊外の閉塞感から脱出した。しかし彼は自分のやってきた場所のウタを歌っている。閉塞感の中でもがく若者の姿を歌っている。とボクは考えるのです。


BRUCE SPRINGSTEEN「GREETINGS FROM ASBURY PARK, N.J.」

「GREETINGS FROM ASBURY PARK, N.J.」1973年
●N.J.、つまりニュージャージー州のアズベリーパークからのご挨拶。彼のデビュー作だ。ニュージャージー界隈で小さなバンドを組んだり、N.Y.のグリニッジビレッジで活動していた彼を、レコード会社は「新しい BOB DYLAN」として売り込もうとした。時代はシンガーソングライター・ブーム。その状況に嵌め込まれるように、彼もアコースティックのアプローチを強いられたというのが定説だ。
●しかし、この時点で彼はその後30年余に及ぶ盟友関係を結ぶ THE E STREET BAND を担う仲間を誘い、キチンとロックした曲も繰り出している。中でも印象的だったのが一曲目の「BLINDED BY THE LIGHT」。その後 MANFRED MAN'S EARTH BAND がカバーして大ヒットする曲だ。ボクはこの曲が BRUCE の作だということをココで初めて知った。

「光で目がくらむ。ママはいつも陽の光を直接見るなとオレに言っていたが、ソコにこそ本当の楽しみがあるんだよ」「BLINDED BY THE LIGHT」

●韻を踏むような遊び心たっぷりナゾカケもたっぷりのこの曲は、アマチュア時代の乱痴気騒ぎを歌ったモノ。サビがキャッチーで最高。この瞬間、彼は閉塞感を打ち破り、光の中へ躍り出たのだ。


BRUCE SPRINGSTEEN「THE WILD, THE INNOCENT  THE E STREET SHUFFLE」

「THE WILD, THE INNOCENT & THE E STREET SHUFFLE」1973年
●デビューアルバムから一年も待たず繰り出された2枚目。楽曲のスケールが広がり、ロック度もやや上昇。1STから参加しているサックスプレイヤー CLARENCE CLEMONS が早速大きな存在感を漂わしている。
●誰かが彼の音楽を「ストリートロック」と呼ぶ。彼の歌詞世界は確かにストリートだ。当てもなく路上をウロツく若者たちの姿が見える。

「もううんざりだ、埃っぽいアーケードをブラついたり、ゲームマシーンを叩いて生きる事に。ボードウォークの下でシーンズを脱いでくれる工場勤めのオンナの子を追いかける事に」「4TH OF JULY, ASBURY PARK」

「彼女はアパートの壁に寄りかかり男を誘う。オレは言った、一緒にブロードウェイを歩こう。こんな通りに立つ生活を辞めて、都会の生活を捨てて、夜汽車に乗ろう。…でも彼女が汽車に乗らない事は分かっている。さよなら、人は歩き続けなければならない」「NEW YORK CITY SERENADE」

●苛立ちや人恋しさをどう扱ったらいいのか、持て余している若者の焦りがジワリと滲む。そんな音楽。


BRUCE SPRINGSTEEN「BORN TO RUN」

「BORN TO RUN」1975年
●この作品で BRUCE は大ブレイクを果たす。まさに大爆発するのだ。彼独自のタフでエネルギッシュなロックンロールが完成する。アルバムはチャートトップ10に初めて食い込み、雑誌「TIME」「NEWSWEEK」の表紙を同時に飾る事になる。まさしく「BORN TO RUN」(邦題「明日なき暴走」)、THE BOSS の暴走が始まったのだ。
「明日なき暴走」を初めて聴いたのはボクが中学生の頃だった。今回十数年ぶりにこの曲を聴いたが、あのパワーと感動は全く色褪せてない。そもそもモゴモゴ何歌ってるか分からない彼の声が、曲のテンションが上がるとともにその輪郭をハッキリ輝かせて、腹の奥から湧き上がるマグマのような咆哮を高らかに響かせる。ドラマチックな展開にドキドキ。それをサポートする分厚いバンドサウンド。サックスとピアノがよく機能してグルーヴを強化する。

「昼は街で どうしょうもないアメリカンドリームを待ちわび、夜は自殺マシーンに乗って栄光へと走り抜ける。クロームホイールを履き ガソリンを積み ハイウェイ9号線で檻から飛び出す。そしてラインを超えて一歩を踏み出すんだ。この街はお前の背骨をはぎ取っちまうぜ。それは死の罠、自滅の罠だ。俺たちは若いうちにココを抜け出す。俺たち放浪者は突っ走るために生まれてきたのだから」「BORN TO RUN」

●中学生のボクは、この曲を聴いて今すぐにでもドコかに突っ走って行きたくなった。しかし、一体ドコに走って行ったらいいモノか、サッパリ分からなかったのも事実だったのだ。


BRUCE SPRINGSTEEN「DARKNESS ON THE EDGE OF TOWN」

「DARKNESS ON THE EDGE OF TOWN」1978年
● 人間、半端に成功すると絶対欲の皮が突っ張ってモメ事を起こす。前作の大ヒットを受けて、BRUCE は自分のマネジャーとの法廷闘争にまきこまれて、音楽活動を一時休止しなくてはいけなくなった。新しいプロデューサーと組み独自のロック路線を進みたい BRUCE の意向を、あくまで「新しい BOB DYLAN」路線にコダワるマネジャーが阻むのだ。
●この足踏み期間に BRUCE PATTI SMITH GROUP に名曲「BECAUSE THE NIGHT」を提供する。コレも今回初めて知った事実だ。あの素晴らしい曲は BRUCEが作ったのか!
●で、3年のブランクを経て発表されたのが本作。ピアノやサックスのバランスがその後の佐野元春を連想させる音作り。ロックの世界基準になってしまったと言う事か。BRUCEニュージャージー BRUCE ではなくなり、アメリカBRUCE にレベルアップしていく。全米の若者が持つ焦燥感を一手に引き受け、その悲哀、その苛立ちを一身に引き受けて咆哮する。

「昼間はオヤジの修理工場で働き、夜は一晩中走り回り幻影を追い求めている。もうすぐオレは何かを掴むんだ…。マトモに生きようと努力してきた。朝起きて毎日仕事に行く。でも何も見えなくなり、恐怖に襲われる。この町を爆破し叩き潰したくなる…。いいか、オレはもう子供じゃない、オレは約束の地を信じているんだ。」「THE PROMISED LAND」


BRUCE SPRINGSTEEN「THE RIVER」

「THE RIVER」1980年
●大河ドラマのつもりなのか、THE E STREET BAND を従えて、BRUCE 渾身の2枚組ロックアルバムを発表。スケールがドンドン大きくなる彼の音楽世界。30歳を超え、大人なりの分別を備えた彼の音楽は、挫折したモノたちをも描き出す。しかしまだ彼はあがく。明らかに勝負の分は悪い。でも勝負せずにはいられない。

「親父、もう寝た方がいい、夜も更けた。何を言おうと無駄だ、オレは明日セント・メリーズ・ゲートを旅立つ。この決心は変わらない。この家の暗闇が、この町の暗闇が、オレたちを打ちのめすから。でももうオレに触れる事は出来ない。親父よ、アンタが打ちのめされたように、オレは打ちのめされたりしない。」「INDEPENDENCE DAY」

「払うべき代償。払うべき代償。払うべき代償からは逃げられない。…ゲームが始まるぞ、小さなハートを動かし夜も昼も走れ。郡の境を越えた所に、見知らぬ誰かが立てた標識がある。そこには払うべき代償に屈した男たちの数が書かれている。でも今日が終わるまでに、オレがそれをへし折りドコかに捨ててやる。」「THE PRICE YOU PAY」

「オレの故郷は谷の町。そこで若者は親父の後を継ぐよう育てられる。メアリーに出会ったのは高校の頃。二人で谷を抜けドライブに行ったものだ。…川へ行き、川の中で泳いだものだ、ああ、川へよく行ったものだ…。」
「…メアリーは妊娠した。オレは19の誕生日に、労組の組合員証と上着を手に入れた。二人だけで役所へ行き、手続きをした。教会も式も笑いもなく、花もドレスもなかった。…その夜二人は川へ行き、川の中で泳いだ。ああ、川へ行ったんだ…。」
「建設会社に職を得たが、近頃は不況で仕事がない。大切だったものは、みんな消えてしまった。オレは何も覚えてないフリをし、彼女も気にしないフリをする。でもあの貯水池で見たメアリーの身体は素敵だった。今こんな思い出が甦り、呪いのようにオレを苦しめる。かなわなかった夢は偽りなのか。…川は干上がっていると知っている。が、オレたちは川へ行くんだ…。」「THE RIVER」


BRUCE SPRINGSTEEN「NEBRASKA」

「NEBRASKA」1982年
●このアルバムは高校生の時によく愛聴した作品だ。いつもの分厚いロックサウンドを全て忘れ、BRUCE は自宅スタジオにてアコギ一本&ハーモニカ一つで録音に取り組んだ。ほとんど一発録りかのような緊張感とラフさが、THE BOSS の息づかいをよりリアルに感じさせる。この時 BRUCE33歳。若者という立場に偏らず、より普遍的になったウタが、円熟味を醸し出す。

「ハイウェイの片隅で、死んだ犬の傍らに立つ男を見た。彼は犬を棒でつついている。まるで犬が甦って走り出すまで、そこに立っているかのようだった…。辛く苦しい日が終わる時、人々は何かを信じる理由を見つけるのだろうか…。」「REASON TO BELIEVE」

●当時好きだったこの楽曲がアルバム全体を締めくくる。どこか軽さを感じさせる飄々とした歌唱に、人生の難しさを引き受けた人間の覚悟が匂う。何かを信じて生きる人間の逞しさを素朴に歌い上げる。


BRUCE SPRINGSTEEN「BORN IN THE U.S.A.」

「BORN IN THE U.S.A.」1984年
●表題曲があまりにも痛快なロックなもんだから、愛国讃歌と錯覚されてしまったエピソードがあまりに有名な傑作。共和党はこの曲を選挙のテーマソングにしようとしたそうな。バカか。これは THE BOSS が腐った大国アメリカに向けて放った強烈な皮肉だ。

「オレはこの町でちょっとした問題を起こした。連中はオレにライフルを握らせて外国に送り込んだ。イエローマンを殺せと…。オレの兄貴はケ・サンでベトコンと戦った。ヤツらはまだ生きてるが、兄貴はもういない。兄貴の彼女がサイゴンにいた。彼女に抱かれる彼の写真だけが残ってる…。」
「刑務所の隣、製油所の燃え上がるガスの近く、この10年煮えくり返る思いで生きてきた。全くのどん詰まり、どこへ行く事もできない…。ボーン・イン・ザ・U.S.A.!ボーン・イン・ザ・U.S.A.!オレはアメリカで生まれた。オレはアメリカの敗残者だ!」「BORN IN THE U.S.A.」

THE BOSS の視線は、いつだって底辺を這いつくばる人々とともにある。何かが変わるキッカケを、この人生を変えてくれるチャンスを、待ち望んでいる誰かを描く。額に汗し辛い労働にいそしみ、それでも何かを信じている者を励ます。アメリカ人が彼を数十年に渡って支持し続けるのは、それだけアメリカという国が苛烈な社会であるからだ。人口の5%に60%の富が集中し、30%の国民が貧困に喘ぐ、歪んだ社会。多くの人々がどうしようもない問題を抱えて生きている。


●80年代のバブル経済、そして90年代の荒廃を通過した今。格差社会の閉塞感が、日本全土をも包み込もうとしている。真っ当な暮らしをしようにも、その門戸は日増しに固くなり、弱者を弾き出し始めた。都会から離れた地方こそ本当のピンチにさらされている。
●資本主義が凶暴な牙を剥いて、若者から夢と希望を搾り取る。そんな現代日本社会に対して、ロックが有効な武器になるかは分からない。ただ、現状打破に迷う若者はゴマンといるのは事実であり、BRUCE SPRINGSTEEN は還暦を目の前にしながら今も歌い続けているのだ。


●ボクは音楽を聴いても、歌詞にはあまり関心を払わない。今回ココまで歌詞にこだわって聴いたのは珍しいことだ。THE BOSSの歌詞に漂う焦燥感に、影響されてしまった。千葉で過ごした少年時代の、どうしようもない閉塞感を思い出してしまった。あの苦々しい思いがなかったら、ボクはこんなにムキになって音楽を聴かなかっただろう。だから、今日はちょっと、熱くなってしまったのでした。
 
 
「サザン・オール・スターズ再聴キャンペーン」(多分その4)
●なぜかサザン&桑田圭祐の音をアタマから聴き直しているワタクシ。今日は1986年~1988年の音源を語っていきます。73年生まれのワタクシにとって中学生時代とちょうどカブリます。思い入れタップリの時代なのです。個人的な記憶と絡めて今日は音源を紹介していきます。

●さて、問題のサザンご一行様。1982年に、桑田圭祐&原由子が結婚。そんで1985年、第一子出産のため原由子が産休に入り、サザンは活動を休止。そこで桑田圭祐は新バンドを始動します。「KUWATA BAND」。名前そのまんまやん。中学一年生のボクでもそう思いました。

KUWATABAND「BAN BAN BAN/鰐」
「BAN BAN BAN/鰐」1986年
●壮大な PHIL SPECTOR 風ウォール・オブ・サウンド。深いエコーが渦巻く大きなスケール感で、悲恋の歌をクワタがシリアスに歌う。切ないギターイントロからドンと弾けるダイナミックなリズムと小粋に差し込まれるシンセサイザー。今の耳で聴いてもボクはこの歌が好きだ。即席とは思えないバンドの一体感、屈指のセッションマンが合体した迫力が、従来のサザンとは違う雰囲気を醸し出してた。

●実はこのEPがボクとって初めて自分のお小遣いで買ったレコードなのです。
●一般的に音楽好きの人はワリと早熟で、小学生の頃から色々な音楽に触れたりしているモノ。年上の兄弟の影響だったりとかして。しかしボクが音楽にハマるようになったのは、随分と遅かったのでした。小学生のボクはマンガとゲーム三昧。ファミコン第一世代であり、今となってはオモチャ以下のパソコン NEC PC-6601 のユーザーでありました。凝り性の性格はこの頃から健在で、マニアであり、オタクでありました。
●しかし、ある日歌番組から流れてくる「BAN BAN BAN」にココロをわしづかみにされたのです。当時ボクは中学一年生の4月。思春期の小僧にアリガチなパターンですが、チッポケな片思いの女の子の顔を、この曲にダブらせて(これは失恋のウタですから)聴いてしまいました。そして初めて、駅前プラザの地下一階にあったレコード屋さんに足へ運び、700円のドーナツ盤を購入したのです。この20年後、自分が6000枚もの音源を所蔵する事になるなんて予想もせずに。これが最初の最初の一歩なのです。

●ちなみにB面収録曲は「鰐」。ワニのウタです。「ワニ、ワニ、水辺の兄弟、ワニ、ワニ、沼地の天才、オッケ~イ!」というウタです。2番は「ゾウ、ゾウ、地上の兄弟」です。あまりにバカバカしすぎて却って耳にコビリつく楽曲であります。

KUWATA BAND の次の動きは7月のシングル2連発同時発売攻撃でした。当時のボクの小遣いでは二枚もイッペンに買うのは不可能だったので実際にこの盤2枚を買ったのは後の時代です。でも必死にテレビからエアチェックして何度も聴きましたね。

KUWATABAND「SKIPPED BEAT/PAY ME」
「SKIPPED BEAT/PAY ME」1986年
スキップビートクワタ的に連呼すると「スケベースケベースケベースケベー」となります。クワタ流のダブルミーニング的テキトー英語が炸裂するファンキーなロックチューン。冒頭のフレーズは「LENNON が流れるロックカフェ~」クワタの音楽世界にはたくさんの音楽偉人が登場しますが、ここでは JOHN LENNON が憑依。広大なロック世界にボクを誘ったのは、クワタ氏のこういう温故知新、先人への敬意です。当時のボクはジョンがどんな男か全く知りませんでしたが、多分ロックな人なんだなと感じるのでありました。
●ちなみにB面は「お金払ってちょうだい、印税払ってちょうだい」とノタノタ英語で歌う曲です。

KUWATABAND「MERRY X’MAS IN SUMMER」

「MERRY X'MAS IN SUMMER/神様お願い」1986年
●この曲も名曲ですわ。夏らしい開放感のあるテンポで、サラリと切ない失恋を軽妙に歌いこなします。7月になぜクリスマスかはよくわかりませんが、そんな違和感は微塵も感じさせない清涼感。気ままにキーボードが踊り回る様子が最高です。
●B面は、萩原健一率いるザ・テンプターズのカバー。GSをカバーに選ぶのもクワタ氏ならではのセンス。これほど洋楽に強く憧れながら、日本歌謡史の流れを彼は絶対に無視出来ないのです。

KUWATABAND「NIPPON NO ROCK BAND」

「NIPPON NO ROCK BAND」1986年
●シングル2枚リリースの翌週、KUWATA BAND はアルバムを発表。やはりボクの小遣いではLPなんて絶対購入できなかったので、駅前雑居ビルの怪しげな貸しレコード屋に行ってレンタルを試みました。当時のレンタル屋さんに現在の明るい TSUTAYA 的な健康なイメージはなく、それはそれはいかがわしく、12歳の小僧には敷居の高いモノでした。LPのレンタル代は一週間で400円。高い。今の方が安いじゃん!当然中一の財布には大金です。
●ドキドキしながら家に帰り早速盤にハリを落とす(←若い人には分からない感覚でしょ)。そしたらですよ、てっきり収録されてると思ってたシングル曲は一つもなし!さらになんと全部英語詞!どーいうこと!ショックー!

●タイトルは「日本のロックバンド」。日本人であるクワタ氏がドコまで本気でロック出来るのか、その限界と可能性に敢えて挑戦した冒険意欲全開の実験作。作詞はゴダイゴの外人メンバー TOMMY SNYDER。音は完全にハードロック仕様。明るく楽しいサザンでは絶対にやらないアプローチ、KUWATA BAND でこそできるバンド感覚。中学生には当然ビックリしましたが、そりゃ聴き込みましたよ。少ないお小遣いから出費した分モト取るために。

KUWATABAND「ONE DAY/雨を見たかい」
「ONE DAY/雨を見たかい」1986年
●季節は秋、11月 KUWATA BAND 4枚目のシングルは寂しいバラードでした。ボクがピクっと反応したのは実はB面。「雨を見たかい」は70年代のカントリーロックバンド CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL「HAVE YOU EVER SEEN THE RAIN ?」のカバー。クワタ氏のアメリカンロックへの憧憬がにじみ出る素晴らしい選曲。原曲の素朴さはそのままで、サラッと聴きやすくしてくれた感じ。もちろんその後原曲を探したのは言うまでもないです。

KUWATABAND「ROCK CONCERT」

「ROCK CONCERT」1986年
●この年に展開したツアーの実況盤2枚組。そしてボクが生まれて初めて買ったCDであり、人生を変えてしまったCDです。
●ちょうどCDというメディアが普及し始めた時期。我が家では何かの抽選でたまたまCDウォークマンが当たってしまったのです(←多分、世界で初めて商品化されたCDウォークマン、「ディクスマン」と言われてた)。さてプレイヤーがあってもCDがない、ということで家族で一枚買おうというハナシになる。そこで「コレ2枚組でおトクだよ」とか言ってムリヤリ買ってもらったという覚えが…。
●で、プレイヤーがCDウォークマンなわけで、従って一名でしか聴けないのですわ。中学一年生のボクは、誰もが寝静まった夜、なぜかフトンの中に潜ってヘッドホンをかけ、そーっとCDをプレイしました。なんでそんな儀式めいた聴き方をしたのか、意味も理由も分かりませんが。ただのバカだったのでしょう。

●CD冒頭からオーディエンスはノリノリ、弾けるドラムとパーカッション、キーボードに煽られながらクワタがカウントを取る、するとあの世界で一番有名なギターリフが、不敵に唸り出る! 本作の一曲目は DEEP PURPLE の永遠の名曲「SMOKE ON THE WATER」クワタカバーで始まるのです!
ガッガッガー、ガガガッガー!あのリフだけで全身に鳥肌が立つ! 何も知らない中一の小僧であったボクは、誰もが寝静まったこの夜中、空からロックが降ってくる、荒々しくて禍々しい何者かが、このボクが住む退屈な街の空を真っ黒に覆っている、という戦慄に震えたのでした。そうです。少年はこの日この瞬間にロックに感電してしまったのです!
●中一の英語力では、このウタがナニを歌ってるのかはさっぱリ分かりません。ただしサビの「スモーク・オン・ザ・ウォーター ファイア・イン・ザ・スカイ スモーク・オン・ザ・ウォーター!」は何となく分かりました。コレはバンドがスイスの湖のほとりでレコーディングをしてたら、 やはり近所でレコーディングしてた FRANK ZAPPA のスタジオが火事を起こしたよ、というしょーもない内容なのですが、「水上に煙、空を覆う炎」というフレーズはこの世の終わりのような黙示録的風景を連想させ、ロックの暗黒のフォースを小僧の脳髄により深くトラウマとして刷り込んだのでした。

●2枚組のライブは、シングル曲とアルバムの英語曲を中心に構成、サザンのイメージとは違うハードロックなコダワリが全編に貫かれています。しかしその他にも数々の名曲カバーが仕込まれていました。BOB DYLAN「KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR」「LIKE A ROLLING STONE」「BLOWIN' IN THE WIND」、PHIL SPECTOR がプロデューズした THE RONNETTS「BE MY BABY」、そしてPAUL JOHN の息子へ歌った THE BEATLES「HEY JUDE」。BOB DYLAN の曲はいずれもロックにアレンジされ過ぎてて、その後原曲を聴いて猛烈な違和感を感じたほどでした。
●ボクが邦楽洋楽に対して、完全にフラットな視点に立って二者を聴いているこの態度は、この初期体験に理由があるのでしょう。言語には関係なくロックには魔力がある。クワタ氏のボーカルは英語も日本語もみんな一緒に聴こえるし、メッセージの内容に全く関係なく伝わってくるボルテージがある。とにかくこの日ボクはロック少年になったのです。


●1986年に KUWATA BAND の全活動は終了。桑田圭祐は初めてのソロアルバムに挑戦します。

桑田圭祐「KEISUKE KUWATA」

「KEISUKE KUWATA」1988年
クワタ氏はココでまたまた新たな衝撃を放ちました。サザンとも KUWATA BAND とも違うアプローチで、ソロシンガー桑田圭祐が出現するのです。キュビズム風に分解されたシンガーの肖像、憂愁の濃いジャケットに象徴されるように、本作には夏場のお祭り男もいなければ、洋楽に憧れるハードロッカーもいません。
●最新のシンセサイザーを導入しつつ、どこか物悲しいメロディと孤独に震える男の体温がヒンヤリ伝わるシリアスさ、どこか世間をチクリと風刺するシニカルさが、今までのパブリックイメージを完全に裏切っていました。
●このクワタ氏変身の陰には、その後90年代~00年代で巨大な影響力を持つ音楽プロデューサーの存在がありました。彼の名は、小林武史MY LITTLE LOVER、MR.CHILDREN、AP BANK FES.、 音楽事務所「烏龍舎」社長など、現行 J-POP の最前線に立つ男。
●80年代からスタジオミュージシャン、アレンジャーとして活動していた彼がクワタ氏と出会ったのは87年、28歳の時。このアルバムの内ジャケには若かりし日の小林の顔も写っています。彼はこのアルバムの成功で名を上げ、その後5年間に渡り、クワタ氏の参謀、もう一人のサザンオールスターズとして、共同作業して行くのです。

●このアルバムには先行シングルが二枚あります。そのシングルのB面曲にも言及しておきましょう。

桑田圭祐「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)/LADY LUCK」
桑田圭祐「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)/SHES A BIG TEASER」

「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)/LADY LUCK」1987年
「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)/SHE'S A BIG TEASER」1988年
●二曲ともやはり英語曲。ボクは KUWATA BAND を連想させるロックチューン「SHE'S A BIG TEASER」が好きです。ちなみに、これらの曲や KUWATA BAND 時代の曲は1992年に発売された「フロム イエスタディ」でも聴く事が出来ます。

桑田圭祐「フロム イエスタディ」 桑田圭祐「フロム イエスタディ」


●当時千葉県に住んでいたとある中学生は、ロックに目覚めました。しかしこの時ロックに目覚めていたのはボク一人ではありません。1986年以降、ロックを軸に日本の音楽シーン全体に大きな地殻変動が起きようとしていたのです。「バンドブーム」です。ボクの音楽遍歴の中で無視出来ない事件だし、全世界の音楽シーンとも関連する事件なのです。
●一旦「サザン再聴」はお休みして、この「バンドブーム」のお話を、今度してみようと思います。

 「サザンその3」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071206.html
 「サザンその2」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-69.html
 「サザンその1」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-151.html

 

「あーっ!メロンがあったー!」
●……ヒヨコはいっつも食べ物だな。
 
 
自律神経失調症とのお付合い(その31)~「発狂寸前の健康診断」編
●先日、新宿の医療施設で健康診断を受けに行った。コレがもう最悪だった。
●ウチの会社では、数年前までゾロリと医者看護師がやってきて、毎年2週間の検診期間を設け、そこでカラダを調べるという制度だった。しかし、このテのルールが守れない人間失格が多過ぎるようで、健康診断の仕組みが変わってしまった。
●毎年、誕生日月に書面でお知らせが来て、自分で医療機関を予約しろと指令が下る。会社から言えば、自分で都合のいい日を予約で選べば受診も出来るだろう、という理屈だろうが、メンドくさいコトこの上ない。つーことで、仕組みが変わってからボクはほとんど健康診断を受けてこなかった。
●でも今年はさすがに受けないとねえ~。ま、時間もあるし、カラダがおかしい所が他にもあったらシャレにならない。診療所の看護師さんに勧められるがママに予約をしてしまった。

が、コレが厳しい! 検診日の朝はクスリを抜けと言うのだ!
●バリウムを飲むから、胃の中を空っぽにしろと!「あの~クスリもダメなんですか?」「ええ、水もダメです」マジかよ!「それでは9時にいらして下さい」9時!そんな時間に活動できないよ!「すんません、ボク実は自律神経失調症で休職中で、そんな時間にはとても動ける自信がないんですけど…」ギリギリの譲歩で10時半にしてもらった。くは、コレはツライぞ!
●案の定、その日の朝は最悪だった。朝飯抜きはイイですよ、精神安定剤が飲めないのは本当にツラい!イライライライラ情緒不安定になってくる。検便だの、タンを採取しろだの、死ぬほどメンドくさい。先々月まで唾液すら不自由してたボクにタンなんて都合良く出せるかつーの!
●あげくの果てに、ワイフとコドモが遅刻だ遅刻だと喚き立てている。8時50分に出るトコロが9時20分までワサワサしてる。ヒヨコなぞ大福みたいな丸顔をクシャクシャにして泣き叫ぶ。「ママー!おいてかないでー!」(←つーか懲りもせず毎朝のコトだけど)あーウルサいウルサい!アタマがおかしくなりそうだ。普段なら絶対言わない言葉が出てしまった。「目障りだから早く出てってくれ!」コレにはさすがのワイフもカンカンだったらしいが「コイツは病気だ、コイツは病気だ」と唱えてグッと怒りを飲み込んだという。憂さ晴らしでママ友達と三軒茶屋まで美味しいパンケーキを食べに行ったそうだ。
●とにかくクールになれクールになれとつぶやきながら、身支度をする。が靴下すらマトモに履けない。履ける靴下を必死に探す。ベルトも見つからない。イミなく何度もパンツを履き替えたり。問診票に字を書くのもツライ。クスリが飲めないのがこんなにツライとは。
●移動にしたって、ラッシュの電車さえが久しぶり。電車も立っていられないので、ムリヤリお尻をねじ込んで座らせてもらった。

医療施設はスーパー銭湯のようだった。
●ロビーでは検査着のオッサンたちが、ボケーッとソファに座って壁掛け大型テレビで国会中継を眺めていた。受付も親切で気持ちがよかった。ユルーい空気が漂っていた。ココで違う対応されたら、もう冷静ではいれなかっただろう。怒鳴り散らしてしまう寸前だった。
●ボクも検査着に着替えて、国会中継をボケーッと眺め、ユルーいオッサンの群れを眺めていたら、やっと正気を維持出来るようになってきた。気分は最悪のままでもう身動き一つしたくないノリだったが。誰一人見分けがつかないサラリーマンのオッサンの群れに混じって、アホのように看護師さんに誘導されて行く。それしか出来なかった。
●内科医の問診では、そのまんまを言ってやった。「クスリを抜いたら気分が最悪です。フラフラしてます」先生「そうですか、ではバリウムは別の日にします?」とんでもない、こんな朝をもう一度やれと?!「最後までやるしかないでしょ!しょーがないっすよ!」大分ヤケクソである。バリウムの検査技師にも言ってやった。技師「バリウムの検査のご経験は?」ボク「人生で2回目の挑戦です」技師「なにか前回で問題は?」ボク「問題はありませんが、チョー苦手の分野です。とにかくお手柔らかにお願いします。」
●検査終了直後、更衣室の洗面所で貪るようにクスリを頬張ったのは言うまでもない。錠剤をキチンと手の上に乗せる事が出来なくて、ポロポロこぼしてとても手こずった。ジャンキーってこんな気分なのか?
●ボクは家に帰りそのままフトンに直行。目が覚めたらクラブワールドカップ 浦和レッズvs.セパハン戦の時間だった。コドモたちとともに浦和の活躍を見ながら、ワイフに今朝はホントに限界ギリギリだったと言った。ソレに対してワイフは「ギリギリじゃなくて完全アウトだったわよ」。クスリは絶対抜かない。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html
 
 
大幅にバカげた買い物をしてしまった。
●先日、我が家のターンテーブルがおシャカになったと報告した。ヤツがご臨終してポッカリ空いたスペースに、その後入れたいなあと思ってたモノがやっと見つかった。カセットテープデッキである。

カセットデッキ

●代沢方面の古道具屋「ばら商店」にて3150円で購入。このお店は先日このブログでも紹介した魑魅魍魎な底知れぬ古道具屋で、おニャン子クラブの7インチからピストルズのルポ本、フェンダーのギター、古着に古コート、古スニーカー、昭和風家具やソファ、電子レンジや炊飯器、ちゃぶ台まで扱う店である。何軒かリサーチかけたが、一番の激安であった。

●こんなモン、手間かけて購入した理由は、膨大なカセット音源をキチンと聴きたいと思ってたからだ。海外では、音楽が聴きたくてもCDがなくてカセットしか購入できない国もある。そんなトコでもボクはセッセとカセットを買ってきた。家ではカセットが聴けないのにも関わらずである。
●韓国出張の移動でパーキングエリアに立ち寄った時、ポンチャックのテープをたくさん買った。ポンチャックはトラックの運転手さんがカーステで鳴らす韓国歌謡ポップスである。高速道路の売店で買うのは非常にリアルで由緒正しい真っ当な行為。8本ぐらいテープを購入(3本1000円くらいだったかな?)しホクホク。「でも家帰ってもカセット聴けないんスよね~」とか言ってたら、先輩から「キミはバカか?!何の意味があるのか!」と呆れられたものである。そんなテープが、メキシコやトルコ、沖縄などでも一杯採取されている。本場アメリカで買ったミックステープもろくに聴けてないんだよね。
●あとは、かつてCDが普及せず、カセットテープで扱われていたレコード会社のサンプル音源だ。10数年前では、CD-RMDもなく、サンプルはカセットで配られていた。コレしかない音源てーのが結構ある。インディーズものはもう入手不可能だったり(激高だったり)、そもそもカセットでしか流通しなかったものもある。

●ただ聴くだけだったら、もっと安いラジカセで十分なのだが、ボクはコレをMP3なりCD-Rに焼き直すのが最終的な目標、キチンとした LINE OUT を持つデッキが必要だった。でも現行の電気屋さんには、超高額なハイエンド機か激安の LINE OUT なししかないのだ。オールドメディアに世間は冷たいね。DVDもアナログ停波したら、全部ブルーレイにしないとダメよって言われたらかなり泣けるよ。実際レーザーディスクは滅びたもんね。VHSも風前の灯火。難しい世の中だ。


ノマドヒヨコとトム・ソーヤー。

トムソーヤー

●DVD「トム・ソーヤーの冒険」1巻
●最近、我が子はトム・ソーヤーに夢中だ。東京ディズニーランド「トム・ソーヤー島」が彼らにとって今一番ホットスポット。山あり川あり洞窟あり、インディアンの集落や水車小屋がある。そこを走り回って探検するのが大好きなのだ。
●しかし、この島の由来を知らないこの連中。それじゃオモロくなかろうと「世界名作劇場」「トム・ソーヤーの冒険」をレンタルDVDで見せてやった。1980年作品、超オールドスクール。でも激ハマリですよ。ミシシッピ川を進む大きな蒸気船はディズニーランド「マーク・トゥエイン号」と一緒、連中が「鬼太郎ハウス」と呼んでた木の上の家は浮浪児ハックルベリー・フィンの家と判明した。
●先生や学校の規律を恐れずイタズラ三昧に明け暮れるトムの活躍は、ノマドヒヨコに痛快らしく、同じ回を見ても大爆笑する。机上の勉強とは一味違う機転と知恵が、ノマドにはクールに見えるらしい。そしてハックとの友情。友達付き合いが苦手なノマドは、トムハックの信頼関係が憧れのようだ。
●都会セントルイスからやってきた美少女ベッキーに、トムが一目惚れするシーンでは、ノマドはモンドリ打ってハシャギ回り、物陰から恥ずかしそうにテレビを見たり、こたつに潜ってフトンのスキマから見たりしてる。なんでオマエが照れる必要があるんだ? ノマドは愛用の地球儀で速やかにセントルイスの場所を確認してた。この街が MID-WEST の HIP HOP CITY だというコトはもうちょっと時が過ぎてから教えてあげよう。
 
 
自律神経失調症とのお付合い(その30)~「順調に推移、でも油断は禁物」編」
●今日も心療内科へ通院。先生「大分顔色がよくなりましたね。このペースを維持して下さい」そう、いたって体調は良好。右肩の強烈なコリ以外は問題ない、と言い切れるまであともう少しってトコかな…。散歩もゆっくりなら出来るし、睡眠も十分。
●先日はグルメ番組を観ててフツウに食欲を感じた。数ヶ月ぶりの感覚に自分でも驚いた。ワイフに言った。「ねえ、オナカが減ってるんだ、普通に腹ペコなんだ!こんな感覚どれくらいぶりだろう!」

●一方で、今だ電車での移動はしんどい。散歩も一時間はみっちりカフェで休憩しなくては、アゴやユビの痙攣が始まる。折り目折り目で一日何回も仮眠をとらなければ体力を維持出来ない。クスリを飲み忘れるとやはり全身の筋肉がバキバキに緊張して痛みが走る。
●神経を集中させる作業(長時間のテレビやPC、英語の本を読むなど)をすると、動悸が激しくなり気分が悪くなる。本を読むにも姿勢を正しくしていないと肩や首が痛み出す。寝ながら読書が一番危険。
要は、全然油断が出来ないってコト。

そこで湿布を研究。
●目下、どうしようもなく痛いのが右肩だ。だからココに湿布を貼ったりして紛らわしている。もう色々な種類を試した。値段もピンからキリまで、40枚で800円から7枚で2000円くらいするヤツまである。ドラッグストアの店員さんに説明されても意味がわからない。

湿布

●結果、以下の湿布に落ち着いた。花王「蒸気温熱パワー・肌に貼るシート」。湿布じゃなくてほぼホッカイロです。一日中つけてます。冷やす時は「新パスタイムW」。鍼の後は施術した場所が炎症状態になるから、クールダウンする時に使う。
●関連商品で「蒸気でアイマスク」もお試ししてみたら、これも良かった。ボクは時々目と目の間、眉間が冷えて辛くなる事がある。誰に相談しても理解してもらえないが。ヨガで言うトコロのチャクラ、第三の目が機能不全になってるのか?冗談です。でもこのグッズは気持ちイイわ。より気持ちよく眠れる。今まで湯たんぽを顔に乗せてたが、やっぱ無理よ。オットセイじゃないんだから。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


サザエ。
●今年の夏休み、ノマドヒヨコとワイフは、幼稚園友達のカノちゃんのおばあちゃんの家に一泊旅行しにいった。伊豆の美しい海で泳ぎ、美味しいお刺身をごちそうになった。ノマドヒヨコはお刺身を乗っけてきた舟盛りそのものに感動したそうだが。「おふねにおりょうりがのってきた!」
●帰宅後、お礼のお手紙をカノちゃんのおばあちゃんに送った。「たのしかった、ありがとう」的なモノを拙い文字(というかギリギリで文字、おばあちゃん読めなかったかも)で書き送ったのだ。
●そしたら、おばあちゃん、とても喜んでくれたらしく、ウチのコドモたちにとても立派なプレゼントを贈ってくれたのだ。それがコレ。

さざえ現物

どーん!デカいサザエの殻。
●どれだけ長生きしたサザエなのでしょう。大きさは15センチ以上、料理屋さんで見るサザエの2倍はあるね。殻表面についた小さなフジツボや海藻の痕跡が貫禄タップリ。スゲエ!もちろん我が家のコドモたちも大興奮。で、さらにおばあちゃんへお返事を書いた。下はヒヨコのサザエ作品。

ひよこのさざえ1

●紫色で極めるとは、斬新な色彩感覚。おお、ヒヨコよく書けた。

…でしばらく経ち、つい先週のコト。
●カノちゃんのおばあちゃんから新たな贈り物を頂いた。それがコチラ。

さざえもなか

じゃーん!サザエモナカ!
●最高!爆笑!こんなオモシロいモノがあるんだ!おばあちゃん、センス抜群!コドモたちは速やかにお返事の手紙を準備した。下はノマドの手紙。

のまどのさざえ

「かのちゃんのおばちゃんへ さざえのもなか ありがとう おいしかったよ のまどより」サザエつながりで、思わぬお付き合いへ発展。いいねえ。


●マンガ&読書。

PLUTO 5―鉄腕アトム「地上最大のロボット」より (5) (ビッグコミックス)PLUTO 5―鉄腕アトム「地上最大のロボット」より (5) (ビッグコミックス)
(2007/11/30)
浦沢 直樹、手塚 治虫 他

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浦沢直樹×手塚治虫「PLUTO」5巻
「鉄腕アトム」の一エピソード「地上最大のロボット」浦沢流にリメイク。謎の存在プルートゥに次々と殺害される高性能ロボット。一方、前巻で殺されてしまったアトム。生みの親、天馬博士の手で復活するのか?


ベルセルク 32 (32) (ジェッツコミックス)ベルセルク 32 (32) (ジェッツコミックス)
(2007/11/29)
三浦 建太郎

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三浦建太郎「ベルセルク」32巻
●ボスキャラが立て続けに出現して混乱しまくった前巻から、やっと事態が収拾。もうストーリーが崩壊するかとハラハラしちゃったよ。主人公ガッツ一行は無事危機を脱出。一方で下界に降臨したグリフィス率いる軍団は圧倒的な戦闘力を見せつけて、各国諸候にプレッシャーをかける。

機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 16 オデッサ編・後 (16) (角川コミックス・エース 80-19)機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 16 オデッサ編・後 (16) (角川コミックス・エース 80-19)
(2007/11/26)
安彦 良和

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安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」16巻
●地球連邦軍、ジオン地球侵攻軍最大拠点を強襲。「オデッサ作戦」。天才的なモビルスーツ操縦技術に覚醒するアムロ・レイ、シャアザク、黒い三連星を撃破。ニュータイプの超感覚が芽生えつつある。アニメ版よりも存在感あるスレッガー中尉の描かれ方が新鮮。マ・クベもアニメより100倍カッコいい死に様。「あの壷は間違いなくキシリア様に届けてくれよ。あれは、いいものだ…」

Real Clothes 3 (3) (クイーンズコミックス)Real Clothes 3 (3) (クイーンズコミックス)
(2007/11/19)
槙村 さとる

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槇村さとる「REAL CLOTHES」3巻
●ごく普通のデパガだった主人公・天野絹恵、高級ブランド売り場への転属に続き、今度はバイヤーへ転身。上司である辣腕バイヤー田淵に翻弄されながら、自分を磨いていく彼女もやっぱり「働きマン」。ただし彼女の仕事はファッションでありお洋服である。彼女は仕事を通じて、自らを着飾り美しく見せる技術と対峙、自分の中の女性たる部分に初めて真剣に向き合って行く。そして今度は「結婚」という問題が浮上。さてどうするオンナ道。コレドラマで見たい。

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アラン・B・チネン「大人のための心理童話 心の危機に処方する16の物語」上下巻
ユング派心理学者の著者が世界中の童話の中から、中年を迎えた人々への生きるヒントを見出す。ココロを病んでるヤツがココロの本を読むのは良くないと思って意識して避けてたジャンル。でも楽しく読めた。
●お姫様、王子様が活躍して成功するのが青年童話。この本にでてくるのは「中年童話」。魔法のチカラで栄光を得るのが青年童話なら、中年童話はその魔法が解けた後の物語。夢や魔法が破れても人生は続く。その人生の冗長な長さをどう受け止めるのか。そんなお話。

●……。ボクは「中年」か? 夢見る頃は終わったのか? ココロもカラダも限界に到達しちゃったみたいだし。でもまだ34歳だぜ? 全然ピンとこない。ピンときたくもない。
●でもなんか気が抜けた。プス~ッ。風船がしぼむように。プス~ッ。半年も休んでると、プス~ッですよ。実際もうムチャはできない。ただ、ムチャしなくてもオモシロく生きていける、という妙な確信が徐々に湧き上がってきている。
●英雄のような偉業を成す、そんなヒーローになりたかったのかな。歴史に名を残す大人物になりたかったのか。有名になってお金持ちになってモテモテになりたいのか。「青年童話」はそういうお話だ。
●でも、別にそういうのはもうどうでもイイわ。ノマドとヒヨコが元気ならそれでイイや。それで十分楽しい。「やるべきことをやるだけさ」BOB DYLAN は言った。それで十分楽しい。多分、十分楽しめるような気がする。それが「中年」なら多分そういうことなんだろう。
 
 
サザンオールスターズのアルバム未収録曲を掘る。
●ボクは今年5月頃から「サザンオールスターズ再聴キャンペーン」と称して、クワタ氏のキャリアをデビューから一枚ずつ聴いていくということに取り組んでおりました。ひとまずアルバム8枚までは丁寧に聴いてこのブログの記事にしてきました。しかし、ふととあるコトに気付いてしまったのです!アルバムだけじゃこのバンドのキャリアは網羅出来ないってコトに。
サザン/桑田圭祐のキャリアには、オリジナルアルバム未収録曲が70曲以上もある。コレを全部聴く! そうココロに決めて、8月~10月にムキになって探していました。まさしくバカ!愚かすぎる! 一体何の意味があろうかこんな行為に。しかし一度気になったらもう止められないのがボクの性分。結果かなり手こずりながら最終的にはコンプリートしました。 
●しかし、こんなコトに神経をすり減らして病気が悪化、具合が悪くなる始末。都内中古盤店を彷徨ったり、ヤフオクなど複数オークションサイトを駆使したりと、大変な手間をかけてせっかく集めたのに、「気が狂いそうになるから、もう聴かない!」と封印。バカまるだし。

そして12月。やっとこの音源に立ち向かうココロの余裕が出てきました。
●7インチのアナログをPC経由でiPodに格納。ひとまず70年代~80年代のサザンをチェックしてます。以下、青文字の曲が未収録曲。

SAS「いとしのエリー/アブラ・カ・ダブラ(TYPE.3)」

●「いとしのエリー/アブラ・カ・ダブラ(TYPE.3)」1979年
●屈指の名曲、エリーマイラブのB面は、この曲を収録したセカンドアルバム「10ナンバーズ・からっと」のA面オシリ(TYPE.1)、B面アタマ(TYPE.2)にインタールード的に配置された曲を一曲にまとめただけの曲です。ノンキな小品という趣でムキになって聴く価値はナイっす。

SAS「C調言葉に御用心/ I AM A PANTY (YES, I AM)」

●「C調言葉に御用心/ I AM A PANTY (YES, I AM)」1979年
●これもしょーもない曲です。パンティの歌ですからね。「ママから聞いたコトだけはパパにナイショにしたわ バストから女になれと あとはどうなるかな スキャンティ~」ハラボーに歌わせて、サビは「パンティ パンティ 孤独に香るパンティ」。お気楽に飄々とリラックスしたロックをカマシテくれます。サザンの健康的な下ネタ路線は、桑田圭祐の全キャリアに一貫するテーマ。サラッとカラッと下世話にキメル。彼がお茶の間から遊離しないポップスターであり続ける重要な特徴だ。

SAS「恋するマンスリー・デイ/青い空の心 ~ NO ME ? MORE NO !」

●「恋するマンスリー・デイ/青い空の心 ~ NO ME ? MORE NO !」1980年
●歌謡曲チックに始まるけど、ハラボーのコーラスとサビで楽しいポップスに変貌、最後はホンキートンキーピアノでディキシーランドジャズに落とし込む。クワタさんの遺伝子にはどうしようもなく歌謡曲の遺伝子が組み込まれてる。でもそれを洋楽への強烈な憧れと絶妙にブレンドするのが彼の天才。イイ曲です。ちなみにA面は女子の月イチのお話。そんなウタばっか。

SAS「いなせなロコモーション/LOVE SICK CHICKEN」

「いなせなロコモーション/LOVE SICK CHICKEN」1980年
●コレはAB両面アルバムには未収録。「いなせな~」は60年代アメリカンポップスへの憧憬をクワタ流に具現化した絶品。歌詞には DORIS DAY、CONNIE FRANCIS、THE SUPREMES と60年代のキラキラアイコンが数々登場。リズミカルに跳ねるピアノが楽しい。「LOVE SICK~」はギター大森の作詞作曲自演のギターロック。

SAS「ジャズマン/ひょうたんからこま」

「ジャズマン/ひょうたんからこま」1980年
● コレもAB両面アルバムには未収録。「ジャズマン」はその名の通りスイングジャズ風アレンジ。「例え素肌じゃなくても うなじでイカせてみせる 思い思いの気分でやれたら ジャズなどに等しい」オトコとオンナの駆け引きがジャズ。コレがクワタのジャズ観。「ひょうたん~」はベース関口の作詞作曲自演のスローバラード。ほわ~んとした味わいがある。

SAS「わすれじのレイド・バック/FIVE ROCK SHOW」

「わすれじのレイド・バック/FIVE ROCK SHOW」1980年
●ミドルテンポのブルースで、色めく男女の風景を切なく歌う「わすれじの~」。B面の「FIVE ROCK SHOW」はたくさんの楽曲をムリヤリ継ぎ足したヘンテコなお遊び。メンバーでボーカルをくるくると交代し、ELVIS PRESLEY のモノマネまでやる。

SAS「シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー」

「シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー」1980年
「シャララ」は初期サザンの名曲だと思ってたけど、意外な事にアルバム未収録だった。この曲のハラボーの声が好き。「オンナ誰しもオトコほど弱かないわ」とピシャリ。「ごめんね~」も立派な佳曲。ソウルフルなアレンジでねちっこく歌う歌詞は大阪弁。歌謡曲とソウル、2つのネバリのコンビネーション。

SAS「チャコの海岸物語/翔~鼓動のプレゼント」

「チャコの海岸物語/翔~鼓動のプレゼント」1982年
●甘ったるいグループサウンズ歌謡の懐古趣味を取り入れた佳曲。自分の遺伝子に組み込まれた日本歌謡史の流れを完全に理解して、現行シーンに有効なモノへと仕上げるクワタ氏の真骨頂が味わえる。B面はドラム松田がボーカルをとってる。「翔」とは当時生まれたばかりの松田の長男の名前らしい。

SAS「匂艶 THE NIGHT CLUB/走れ!! トーキョー・タウン」

●「匂艶 THE NIGHT CLUB/走れ!! トーキョー・タウン」1982年
●全部英詞の爽やかなロック。ドライヴミュージックに気持ちイイっすよ。この曲はベストにも収録されてないのでホントにココでしか聴けない。歌詞に「PULSAR」って言葉が出てくるけど、日産パルサーのCMソングなんだって。

SAS「YA YA (あの時代(とき)を忘れない)/シャッポ」

「YA YA (あの時代(とき)を忘れない)/シャッポ」1982年
「YA YA」もバンドを代表する名バラードだと思うんだけど、アルバムだけでは聴けない曲なんです。意外でしょ!「YA YA みたいな名曲がこぼれてるのか!」というショックが、アルバム未収録曲を全部集めるという奇行にボクを走らせた第一の動機です。「シャッポ」「走れ!! トーキョー・タウン」のような爽やかロック。80年代らしいフュージョンサウンドを連想させる。

SAS「ボディ・スペシャル II/ボディ・スペシャル I」

「ボディ・スペシャル II/ボディ・スペシャル I」1983年
●お見事なオッパイジャケット。サザン一流のファンキーロックが炸裂。歌詞も大分エッチです。「愛し君のシャイな MAN CALL で~」って完全アウトじゃないの?ちゃんと発音して読んでみて下さいよ!まさしく「マンピーのGスポット」と同じ路線のアゲアゲチューン。この猥雑さがサザンの生命力。B面はタイトルが一緒でも完全に別モノのインスト曲。のどかなキーボートが響くハラボー作曲作品。

SAS「東京シャッフル/STILLl I LOVE YOU」

「東京シャッフル/STILLl I LOVE YOU」1983年
●これまた異色なスウィングジャズ風味で、クラリネットが差し込まれたりと随分賑やか。でも軸足は歌謡曲。ホントに多芸なクワタさん。B面曲はギター大森の作詞作曲自演曲。

SAS「TARAKO/JAPANEGGAE (SENTIMENTAL)」

「TARAKO/JAPANEGGAE (SENTIMENTAL)」1984年
●80年代のシンセ技術を大々的に取り入れたサザンが繰り出したニューウェーブ感覚の英詞曲。B面はアルバム「人気者で行こう」の一曲目だがこれも英詞に差し替え。和風レゲエ+ニューウェーブという斬新な実験で、乾いたサックスも最高。ボクはこの曲が大好き!

SAS「BYE BYE MY LOVE (U ARE THE ONE)/DEAR JOHN (LIVE AT BUDOKAN)」

●「BYE BYE MY LOVE (U ARE THE ONE)/DEAR JOHN (LIVE AT BUDOKAN)」1985年
●アルバム「人気者で行こう」の最後の曲のライブバージョン。文字通り亡き JOHN LENNON へ捧げるバラード。80年の JOHN 射殺はクワタ氏にとっても衝撃の事件だったに違いない。アウトロに THE BEATLES「THE LONG AND WINDING ROAD」を引用。

SAS「メロディ/ミス・ブランニュー・デイ (LIVE AT BUDOKAN)」

●「メロディ/ミス・ブランニュー・デイ (LIVE AT BUDOKAN)」1985年
●A面の「メロディ」は全サザン作品の中でも最高に好きな曲かも知れない。B面はやはり有名曲のライブバージョン。スタジオ盤よりもテンションも高くハイテンポ。

サザン名義ではなく、嘉門雄三&VICTOR WHEELS でリリースした音源もゲットしました。CD化された事がなく、レアかと思って入手を勝手にあきらめてたんだけど、ヤフオクにぼちぼち出てました。1800円で購入。

嘉門雄三&VICTOR WHEELS

嘉門雄三&VICTOR WHEELS「嘉門雄三&VICTOR WHEELS LIVE !」1982年
●時期としては4TH「ステレオ太陽族」5TH「NUDE MAN」の間。サザンのメンバーとはちょい違う布陣で、渋谷 EGGMAN で行ったライブの様子を収録。好き勝手に憧れの洋楽やらしてくれよ!と言わんばかりのノビノビした雰囲気。冒頭に小林克也さんのシャウトも入ってるし。楽しそう。
クワタ(ここでは別人格・嘉門雄三)氏の大好きなアーティストの曲にガッツン正面勝負で取り組む。ERIC CLAPTON、THE BAND、BOB DYLAN…。我流でレゲエにも挑戦(明白にクラプトン経由)。でもちょっと胃モタレしちゃうんだよね、ひたすらブルースロックをだらだらやってる感じに。クワタさんのクワタさんらしい感じがない。CD化されないのも、本人がソレを十分理解してるからなんだと思う。

「サザンオールスターズ再聴プロジェクト」、ココに再始動。デビュー1978年から、ハラボー産休で活動休止する1985年までの全音源をひとまず網羅することができました。(下記リンクで過去の記事に飛びます。)
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-69.html
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-151.html

●続きは1986年、KUWATABAND ~初めての桑田ソロの時代になります。ボクにとってはリアルタイムなクワタ体験の時代に突入。当時の思い出も盛り込んで語りたいと思います。
 
 
クリスマス気分にコドモが陽気。
「♪ きょうも あしたも あさっても~ ジングルベル ジングルベル すずがなる~」ヒヨコが朝から歌ってます。毎日クリスマスじゃちょっと大変ですが…。
●ノマドバージョンは「♪ ジングルベル ジングルベル すずがなる~ おもちゃのみちは ふしぎのあそび~」物欲に偏りがちですがちょっとカワイいのでOKです。今日もゲンキに幼稚園へ出て行きました。

クリスマスツリー

●我が家のクリスマスツリーはデカイです。ワイフのコダワリで、天井まで届く無駄な大規模仕様。押し入れから出して飾り付けするだけで、ワイフ自身はくたびれ果てて昼寝してしまいました。
●ちなみに、白いカードのようなモノがツリーの中央にあります。アレはノマドが公文の進級試験に合格した賞状。ノマドなんでこの賞状があるの?ノマド「なんかもっといいモノもらえるかもしれないから、サンタさんにみせるの」

サンタさんの手紙1

窓にはナニらや紙が貼付けてあります。
●なんでしょう? ノマドとヒヨコがサンタさんへプレゼントの注文書を書いて、サンタさんに見えるように窓に貼ったのです。コイツら全部自分たちで勝手にこういうコトやるからビビる。ある休日の早朝、ボクが目を覚ましたら、イキナリこたつで真剣にカリカリ書いてる。公文の宿題かと思ったら、ツリーの絵。そして勝手に貼る。見事なもんだ。

サンタさんの手紙2

●サンタさんにナニを伝えたのかは、ボクは知りません。サンタさんは読んでくれましたでしょうかね?


ファンクロック特集。
●寒い日には熱いファンクロックで踏ん張るのがヨシ!

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CHASE「ENNEA」1972年
●9人組大所帯のブラスロックバンド。A面はいつも通りのノリノリファンキーホーンが炸裂するファンクロックですが、B面はコンセプト組曲の構成。土星、木星、海王星、金星、冥王星を、ギリシャ神話の神々に当てはめてスケールのでかいロックを作ろうとしてる。もちろん武器は分厚いホーン隊とファンクネス。

the mob

THE MOB「THE MOB」1975年
「THE DANCE SIDE」と銘打たれたA面はギンギンのファンクロック。ARPシンセが駆け巡るインストファンクとか鼻血が出る。もちろん鋭利な切れ味のホーン攻撃が炸裂。そしてボーカルもソウルフル。B面の「THE GROOVE SIDE」ではメロウなフリーソウル。

cdTheSons.jpg

THE SONS「THE SONS OF CHAMPLIN HAVE CHANGED THEIR NAME TO THE SONS」1969年
「CHAMPLIN の息子たち」というバンド名を短くしました、というアルバムタイトル。完全なジャケ買いだったこの盤、よーく調べたら、80年代に産業ロックバンド CHICAGO のボーカリストに就任する BILL CHAMPLIN の若かりし頃のバンドだった!
CHICAGO も70年代には過激なブラスロックバンドだった。最初の三枚は最高のファンクロック。でも80年代はすっかりヒヨっていけ好かないバンドになった。そのボーカルだもんね。その後はソロでメロウでアダルトな音楽をやってる。そんな BILL CHAMPLIN とこのバンド、イメージ全然ダブらないわ。だってスゴくグルーヴィーで、ボーカルそっちのけでスウィングしまくるんだもん。確かに声もいいし、ジャジーに決めてる曲もある。結果として大当たり。


地獄の深夜テレビ日記。
●HDD(しかも2台)を限界まで駆使して深夜番組をチェックしてます。観たくねー、とか思ってても観てます。バカです。ココの奇行じみたトコロが病気の原因なんだよね…。
●あまりにバカバカしいので、読まないで結構です。

●12/4(火)
TBS「21世紀エジソン」:この局の企画実験枠。激レア珍品DVDを品評。こういう気楽な枠あるってイイね。
CX「ショーパン」:ゲストがスチャダラ BOSE & ANI。ニューユニットのPR。ショーパンの陳腐なラップ挑戦に、氷点下の戦慄。生放送ってイキオイと根性だね。
TX「キューティーハニー THE LIVE」:実写版ハニー。萌え狙い。原幹恵ちゃん、ちょっとノレない。
EX「全力坂」:たった6分のミニ枠。グラビア女子がひたすら全力で坂を駆け上がる。ホットパンツとTシャツで駆け上がる。PRネタを入れて、また走る。萌え機能はコッチの方が100倍イイ。シンプルでリアルだから。
CX「男おばさん」軽部&笠井アナがひたすら映画のPRをしまくるミニ番組。ヨリCCD&ヒキのフィックス2カメで撮る激安仕様。でも一点立派なコトに気付く。映画紹介なのにほとんど映画VTRを出さない。2人アナの映画知識&思い入れ&饒舌&宣伝写真数枚だけで作品を説明してる。これ、エラい。
TBS「ケータイ刑事銭形愛」宮崎あおいの初主演連ドラの再放送。アーリー宮崎、すでに十分カワイいわ。

●12/3(月)
NTV「今夜はシャンパリーノ」ほっしゃんが沖縄基地問題を激論。この番組ってこんな固い番組だったっけ?
TX「きらきらアフロ」つるべ師匠とオセロ松嶋のフリートーク。今年の紅白歌合戦のMCをつるべ師匠がするらしい。台本読まないことで有名な師匠が紅白どうやってやるんだろ。
EX「青木・ド・ナウ」青木さやかにつられて、真鍋かをりちゃんがチョイ下ネタにノってきてグー。彼女は「遅い」より「速い」オトコの方がいいそうです。

●12/2(日)
NTV「プロレスNOAH中継」:鉄人・小橋建太の約500日ぶりの復帰戦。腎臓がんを患い、片方を全摘、必死のリハビリを経て帰ってきた漢(おとこ)の壮絶な戦い。NOAH は仕事がらみで数回リングサイドで観た。小橋建太のオーラに魅せられた。そんな彼に降り掛かった試練、そしてそこから這い上がる気迫。鬼気迫る形相で社長・三沢に立ち向かう小橋にちょっと感動した。

●12/1(土)
EX「芸能界宇宙部」ロンブー淳司会で、宇宙のウンチクを真鍋ちゃんや劇団ひとりなど高偏差値タレントがパネルプレゼン。ノマドに見せてやった。

●11/30(金)
CX「僕らの音楽」リップスライム塚地武雅の対談。映画「間宮兄弟」主題歌でコラボした縁。この前リップの持ってなかったアルバム260円で2枚買った。楽しみ。
NTV「音楽戦士 MUSIC FIGHTER」SOULJA がゲスト。音楽よりも、普段の会話に挟まる異様に発音のイイ英語が気になる。

●11/29(木)
TX「PVTV」:ぬけてる。過去曲のPVをフルで垂れ流し。「今夜はブギーバック(SMOOTH RAP)」をフルで観ちゃった。新曲は細切れ。本末転倒では?
TX「VISUAL SHOCK」:今や海外でも通じる音楽用語「VISUAL-KEI」。そんなシーンをキチンとルポするゴスな番組。どんな人が作ってるんだろ。
CX「FNS地球特捜隊ダイバスター」:70年代タツノコプロ風ショボアニメ戦隊がクソみたいな実験をする。野球ボール大の仁丹作ってADにかじらせてた。
EX「ベストヒットUSA2007」小林克也さんがあの番組を復活させてるんだよね。へえ。でもそれだけ。

●11/28(水)
NTV「カートゥンKAT-TUN」:ゲストはラルクHYDEドラえもんが好きなんだって。大山のぶ代に新幹線で遭遇して感動。多分ボクも感動する。
CX「NIPPON@WORLD」:日本を世界のメディアがどう紹介してるか楽しむ番組。ここでも真鍋かをりが知的でイイ仕事。彼女のポジション大事だわ。
CX「志村けんのだいじょうぶだぁ2」優香デビュー10周年記念、壮絶な汚れコントを振り返る。優香にマジックヒゲ、優香に10cm鼻毛、優香にゲテモノ食い強要、ココまで無茶させるのはけんさんだけだよね。見事に訓練されてる優香はエラい。
CX「限定品コラボネーゼ」矢沢心がデザイナー&職人さんとガチンコでオリジナルのブーツを作る。純粋にファッション番組してる。これで商品開発して利益まで出せる仕組みになってるのかな?
CX「世界組TV」:NYにある伝説のホテル「CHELSEA HOTEL」を取材。SID VICIOUS が彼女 NANCY SPANGEN を刺し殺したホテル。無一文の ROBERT MAPPLETHORPE PATTI SMITH が同棲してたホテル。BOB DYLAN が作曲にいそしんだホテル。ALLEN GINSBERG らビートニクスたちがつるんだホテル。絶対いつか泊まってやろう。決めた。

●11/27(火)
NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」佐藤可士和、登場。この人はとにかく考えて考えて考えまくって、裏の裏の裏の裏の裏まで回って結果超シンプルに至るタイプの人なのね。ほお。
NHK「爆笑問題のニッポンの教養」爆笑問題が、理系の教授と禅問答。太田さんのトンチンカンな形而上学に誰もついて行けない。こりゃ編集大変だ。
EX「ぷっすま」:ゲスト須藤元氣。出す本出す本バカ売れだそうです。もう一人のゲストは西川史子女史。テレビ出過ぎ。出過ぎでだんだん好きになってきた。
TX「むちゃ∞ブリ」関ジャニ∞がゲストをおもてなしする。もてなされるのは平原綾香。歌声からは連想出来ない天然お嬢様ぶりが最高です。
NTV「逆境無頼カイジ」:アニメにしづらいマンガだなと思ってたけど、いいアニメじゃないですか。あの「ざわ…ざわ…」を着うた配信してて笑える。

●11/26(月)
EX「快感MAP」:ここでも西川史子女史が登場。なにげに本人手持ちデジの画撮りが上手い。なぜかコンドーム工場を見学する西川女史。
TBS「スピードワゴンと裸の××アイドル」TBSのネット系コンテンツを地上波で特別放送。アイドルとのユルいトーク。ゲストはスザンヌ。やはり彼女も出過ぎ。でもカワイいから許す。

●11/25(日)
TBS「情熱大陸」幻冬舎社長の見城徹が登場。出版界の怪物。弾き出るオーラがスゴい。声がデカイ。態度がデカイ。大物と真剣にブチ当たる胆力がスゴい。こういうパワーがボクには足らないんだよね。ホントに分けてほしい。
EX「素敵な宇宙船地球号」:巨大スポンサー TOYOTA 様が力技でブチ上げたエコドキュメンタリー。金も手間も素晴らしくかかってる。屋久島の美しい景色を緒形拳が歩く。今年は TOYOTA CUPも観ないといけないな。
CX「アナ☆ログ」:たいしたことのないアナウンサーいじくり番組。
TX「今さら人に聞けない怒らせ方講座」:ふざけた番組だね!10分のミニ枠。淡々と人を不愉快にさせるテクニックを講義してる。そんな番組に局のトップアナ大橋未歩を使わせてるテレ東の感覚もスゴい。

●11/24(土)
NTV「世界!弾丸トラベラー」スザンヌがフィリピンの秘島へ。スザンヌ、里田まい、木村優樹菜。この三人はあっという間にバラエティ業界を制覇してしまったね。彼女たち自身が一番ビックリしてると思う。または、ビックリしないほどに天然なのか。スザンヌ、いいコかも。
NTV「サタデーTVラボ・ハリ系」:ハリネズミの青年が主人公のシュールなドラマ。日テレにも企画実験ドラマ枠があったんだ。
NTV「サタデーTVラボ・カイブツ」:大学生芸人を発掘。きたろうさまぁ~ず大竹のユルい品評がイイ。ネタも見る人が優れてないと笑えない。この人が笑うから、視聴者も笑う、という説得力がネタを活かしもするし殺しもする。
TBS「ランク王国」:ランキングって見せ方に、もう魅力がない。そもそもこの女の子は誰?アナウンサーじゃないの?アナウンサーがパジャマ着るのが大事なんでしょ!

●11/23(金)
TX「モヤモヤさまぁ~ず2」:シンガポールでゆるーくデジロケ。ネタが小牌したのでフツウに観光するコトにしたという。4週これでモヤモヤ持たせてるから激ユル。さまぁ~ずは深夜でホント一杯仕事してるね。
EX「業界技術狩人ギョーテック」:町工場の職人さんとか辣腕エンジニアのお話かと思ったら、なんと作詞家業で松本隆が出てきた!松本隆だよ!テレビ出てるの初めて見た!はっぴいえんどから松田聖子、そして今なお最前線に立つ大御所。こんな深夜番組に突如出現、あなどれねえ!
TX「オシゴト交換」:販売企画のOLさんがジュエリーデザイナーに3日限定挑戦。人材派遣業の提供番組って仕掛け? 「転職幻想」ってのが日本の産業を衰退させてるような気がするんですけど。

●11/22(木)
TX「怒りオヤジ3」浅草キッドが仕送り35万の三十路ニートをガチンコ説教。携帯で母親にまで一言物申す。なんで日本はこんなに無気力な人間が目立つようになってしまったのか?
EX「FUTURE TRACKS → R」「最先端の音楽&文化」というラテ欄。カッコつけてるだけのつまんない番組。
NTV「スーパーチャンプルー」:復活ダンス番組。ゲストに CHRIS BROWN

●11/21(水)
CX「グータンヌーボ」中澤裕子姐さん vs. ヴァイオリニスト村治佳織。無理な対面がイイ感じ。二人ともいい人。
TX「ゴッドタン」ケンコバ、バナナマンなどなど。なんかコンセプトが掴めない…?なんかみんなでヘンな歌うたってるぞ?
TX「メデューサの瞳」:元ボディコンお立ち台ギャルの寿司職人は誰?回答者の眼力を問うクイズ。
CX「NONFIX」腐女子の生き様を切り取るドキュメンタリー。30歳女性ディレクターの独り語りで、腐女子カルチャーへの違和感に逡巡する葛藤も演出に取り込む構成。腐女子とはナニか? なんかウチの職場の若いコにもいるなあ、とびきりの変人女子。ボク的には BL はさすがに無理。

●11/20(火)
NTV「ナイナイプラス」:ゲスト郷ひろみさん。郷ひろみは何時いかなる時も100%郷ひろみ。カメラが回っていようといまいと裏表なく郷ひろみ。ご本人と仕事した人はそう言います。このテンションで50歳。素晴らしい。
CX「ペケ×ポン」:ユニークなクイズ番組。こういうシステム作りがフジは得意だね。
CX「百識」:ジーンスのウンチクを100連発。100にコダワルからネタの一つ一つが食い足りない。V6イノッチのお兄さんぶりが頼もしい。HEY! SAY! JUMP 諸君は若過ぎてクイズの回答者には向いてない。
CX「孝太郎Wキッチン」小泉孝太郎上地雄輔が危なっかしい手付きでゲストへ料理を振る舞う。イケメンがヘタクソながら必死で料理するサマに、身悶えする女子がいる。時に指切る寸前のハラハラ加減にドキドキしちゃう。ボクもイキナリ料理始めたらモテルかな?
CX「プレミアの巣窟」:CX系イベントPR番組。各社必ずこういう枠を持ってるよね。これも時代だ。

●深夜枠で気になる番組は、これでほぼ全部チェックしたかな。後はニュース系か通販かアニメか映画。大分テレビ勘が戻ってきたような気がする。いいリハビリになったかな。
 
 
猛烈に肩が痛い。
●昨日、鍼灸治療したばかりなのに、異常に肩が痛い。両肩の筋肉にヘンな塊が入ってるみたいだ。しかし、これでメゲていられない。もはや湿布じゃ効かないので、「蒸気温熱パワー」なる肌直貼りホッカイロを両肩にはっつけてしのいだ。ここで体調を崩しちゃダメだ。復帰が遠のく。慎重に、慎重に。

下北沢で、知らないレコード屋さんを発見しました。
●この街に住んで5年、それでもまだ全てのレコード屋を網羅出来ない。この街はホントに奥が深い。このお店も9年前からしっかりやってるお店で、今まで存在に気付かなかった自分の不徳を反省。

「F'LMORE RECORDS」  
●場所:下北沢駅南口、南口商店街を降りていって、ポコッと道が広くなる三叉路の左側にある雑居ビルの3階。画像の看板を探して下さい。世田谷区北沢2-1-8サンコービル3F。

flmore records

●60年代~70年代のアシッドフォークサイケデリックロックをメインに扱うマニアックなお店です。8割がアナログ、2割CDという品揃え。価格はフツウ。メチャ高とは思えないけど、安売りもしない。しかしジャンルがジャンル、ディープ過ぎてナカナカ手が出ないっス。ほぼ完全な雰囲気買いでイクしかなかったです。
 http://f-lmore.hp.infoseek.co.jp/

●で、買いましたのが以下3枚。

THE SERPENT POWER「THE SERPENT POWER」

THE SERPENT POWER「THE SERPENT POWER」1967年
●マジでジャケ買い。1000円という廉価、67年モノという時代と、とってもヒッピーな面構えからプンプン匂うマリファナ臭。そしてジャケ右側に立つヒッピー女子が気になるカワイ子ちゃん。てか最後の理由が購入の最重要動機。
●リーダーの DAVID MELTZER ってヤツがヒッピー詩人で、コイツの素っ頓狂な詩世界をアシッドフォークで飾り立てた音楽。ヒッピー女子 TINA は、リーダーの嫁らしい。なんかガッカリ。
DAVID のボーカル曲に混じって TINA が歌う曲も。ハッキリ言ってそっちの方がイイです。基本的に少々ドンヨリ。B面最後の曲は13分越えの大曲。ピロピロ~と不吉に響くオルガン、辛気くさいギターソロ、虚空へ舞い上がる詩吟。このダル~い感覚がアシッドなんですわ。これがフラワームーブメントな時代なんですわ。

isspreading.jpg

THE PEANUT BUTTER CONSPIRACY「THE PEANUT BUTTER CONSPIRACY IS SPREADING」1967年
●これも、ジャケに女子メンバーがいるから購入。ヒッピー女子萌えってのも斬新でイイな~とか思ってます。そういうコスプレするコに会ってみたいです。ここでも女子声がコーラスとしてイイ味出してます。
●一応コロンビアから出てるメジャー盤、プロデューサーの GARY USHER は、サーフィン&ホットロッドの時代から THE BEACH BOYS & BRIAN WILSON の周辺にいた人。メジャー感あるソフトロックとしてのツボをキチンと押さえつつ、ライトなサイケ味、そして少々のガレージ味を混入させてます。こういう音楽をフラワー・ガレージ・ポップとかいうらしいよ。

el alamo

EL ALAMO「MALOS PENSAMIENTOS」1971年
●傷があるらしくて500円、全然気にならないけど。ジャケ情報が全部スペイン語なので何も分かりません。ネットでアレコレ検索したら、実はペルーのバンドらしい。マリファナじゃなくてメスカリンとか? ある種のサボテンからスッゴイの採れるって聴いた事がある。
●でも内容は大当たり。チカーノロック特有の土臭さと、ラテンに由来する濃厚なグルーヴ感がグッと来る。ベースが高機能でガレージ度も高圧力、ドロリンとサイケにキメル曲もある。一番正体不明だけどこれが一番の収穫でした。でもサイケは難易度が高いなあ。買うのが難しい。
 
 
リハビリのための下北沢散歩。またナイスなカフェを見つけました。
●この街シモキタザワには、まだまだ個性的なカフェがいっぱい。今週入ってみたカフェをご報告します。


「+ADD CAFE」
●場所:茶沢通りと小田急線が交わる踏切、北側に見える貸しスタジオ NOAH の手前にある雑居ビルの2階。1階は美容院、3階はニュースを賑わしてる GOODWILL の事務所があります。世田谷区北沢3-20-18-2F。

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●ここのカフェがユニークなのは、ペットお連れアリってコト。オープンカフェでワンちゃん連れの景色はよく見るけど、2階フロアで完全インドア系って珍しくないですか?実際、二人の女性が2匹のワンちゃんを連れてきてました。
●なお、ネットにつながるPCが5台、テーブルに配置してある。コレってワリと便利っすね。さらに、ギャラリー的な展示もたくさんある。モニターでは何故か「ナウシカ」が流れてた。プラスチックな質感で統一されたポップな内装にあってます。


「CAFE USE」
●場所:茶沢通りと小田急線が交わる踏切から始まる商店街、「下北沢一番街」のちょうど中間地点にあるお店。世田谷区北沢3-31-3。

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●のれんがかかってて一見居酒屋さんかと思うルックス。「携帯電話、中学生以下はお断り」的な看板が敷居の高さを感じさせるお店。ちょっぴり緊張して中に入りました。しかし、古民家の温もりをうまくアレンジしたシックで落ち着いた店内。席は少ないが、そのコジンマリとした空間はことのほか心地が良いのです。
●コーヒー一杯に強いコダワリ。メニューにはブレンドコーヒーだけで5種類。「苦みが強いですが後味はサッパリ」とかキャプションが書かれている。ボクは酸味強めの「キタザワ」というコーヒーを注文。
●そして、もう一つドッキリ。出てきたコーヒーマグが、ファイヤーキングジェイド。カウンターの中には同じカタチのジェイドが数十個ある。うわあスゴい!これだけ美品のファイヤーキング、平気で4000~5000円するんじゃないか、ソーサー付きだし。しかも同じ色同じ形を集める手間。贅沢だわ。お会計の時に「とっても立派なファイヤーキングですね。しかもこんなにたくさん」とマスターに言ったら「いやあ、ファイヤーキング好きなんですよ」とニコリ。ちょっとコワそう、という印象は吹き飛びました。