この前の日曜日に、ボクの祖母が上京してきた。
●ボクの祖母(ノマドヒヨコのヒイババ)は栃木県の田舎に住んでる。無人駅ばっかりのローカル線が最後に突き当たる終点の町だ。オモシロい名前で、ツギさんという。次女だからツギ。スゴいでしょ。ちなみに長女はハツエさんで三女はミツエさんだ。全部で8人兄妹のはずだが、その全容はボクには把握しきれない。

●そのツギおばあちゃんが上京してくるという。親戚の法事で静岡まで行くので、帰り道に東京で会おうと言うハナシになったのだ。ツギおばあちゃんの三人の息子、つまりボクの父&2人の叔父が集まることになった。ボクの父3兄弟は実に親孝行で、ツギさんが何かするとなると甲斐甲斐しく世話をする。80歳を越えるツギさんは実に元気で好奇心旺盛、ボクの父は数回アメリカ旅行にツギさんを連れて行ってる。

ひいばば
 
ツギさんには最近の東京駅周辺の変貌が珍しく見えるのではと思い、ボクは丸の内OAZOのレストランを予約した。ボクのワイフとコドモ2人、ボクの両親、2人の叔父、そして20年ぶりくらいで顔を会わせる従姉妹まで集合した。ツギおばあちゃんは、法事でも大勢の親戚に会い、東京でも大勢の子供/孫/ひ孫に会えてとてもウレシそうだった。でもおばあちゃんの舌にはフレンチは合わなかったかな?

●コドモたちにはツギおばあちゃんにキチンと自己紹介するように言っておいた。ノマドは「おばあちゃんはノマドのことしってるよ」とか言ってきた。「違う、ノマド。ノマドがちゃんとご挨拶できるようなオニイさんになった事をツギおばあちゃんに見せるのが大事なのです」ヒヨコは素直に了解し、初めて会う叔父や従姉妹の前でも堂々と「ヒヨコです!5さいです!」と自己紹介してみせた。

●ノマドは、食後の談笑タイムにノートを持ち出し、いきなりフリーハンドで世界地図を描き始めた。これがなかなかどうして、リアルに書けてしまっていてツギさんと叔父たちをビビらせていた。ノマド「ここがカザフスタンで、ここがトルコ。ちがうよ、ここはメキシコじゃなくてホンジュラス」世界地図をフリーハンドで書くって結構手こずりますよ。少なくともウチのワイフには不可能。

●さらに、ヤツはジャケットのポケットにポケッタブル将棋を忍ばせていてジジ(つまりボクの父)に挑戦した。ノマドはここ数日で完全に「穴熊囲い」を会得した。これをジジに見せたかったらしい。ま、その後はコテンパンだけど。父3兄弟は、幼い頃他に娯楽がなかったのか、全員将棋が好きでかなり強い。

ノマドショウギ

20年ぶりに再会した従姉妹は、立派なキャリアウーマンになってた。
●ボクより8つ若い彼女に最後に会ったのは、彼女自身が小学生の頃だったと思う。それがもう26歳のキレイな女性になっておりました。アクセサリー関係のデザイナー職に携わっているという。その妹は22歳のこれまたカワイい女の子。4月からIT系広告代理店に就職する事になってる。没交渉になった時、彼女はまだ2~3歳だったが、去年就職活動の相談でボクの元を訪ねてきてくれた。正直ビックリするほどカワイい娘に成長してた。ボクの職場の若いスタッフが「unimogrooveさん、あの娘すっごいカワイいじゃないですか」と聞いてきたくらいだ。

●ヒヨコは、デザイナー仕事をしてる従姉妹のコトをわかってるのかどうか不明だが、お絵描きノートを出して自分が日頃描きためているカワイイ服やアクセサリーのデザイン画を見せていた。下のイメージはキグルミデザイン集。ヒヨコの中で、キグルミがこの冬最新のファッションらしい。確かに暖かかろう。「おおきくなったらモデルさんになるの」これがヒヨコの夢だ。このお姉さんたちみたいに、夢を実現できるとイイね。

ひよこふぁっしょん



一方、ワイフの祖父祖母も埼玉県で健在。
●こちらもノマドヒヨコひ孫の顔を見せようと、飯能の宿泊施設で一泊旅行が企画されていたが、諸般の事情により中途半端になり、ヒイジジヒイババには会えず仕舞いになってしまった。そこで、ヒヨコはヒイジジヒイババに手紙を書く事にした。

ひよこのてがみ
 
「おばあちゃんとおじいちゃんへ おとしだまありがとう ひよこより 5さいになったよ」瞳の中に光る白い玉を描く手法は、今月会得した技術だ。ノマドとヒヨコの間にある生き物の顔は、ヒヨコの超お気に入りのヌイグルミ「ベリーちゃん」だ。 ちなみに、下が本物のベリーちゃん。もちろん命名はヒヨコ。

ベリーちゃん


名前と言えば、ノマドヒヨコが自分たちの従姉妹の名前を考えている。
●ボクのイモウトは現在妊娠中。4月に第一子を生む予定。どうやら女の子らしいが、画数などなど研究しててよい名前を思案中らしい。この赤ちゃんはノマドヒヨコの最初の従姉妹になるわけで、連中なりにカワイイ名前を目一杯考えて、そのアイディアをファックスすることにした。

●直筆で掲載しても常人には読解不明なので、ボクが読み取ってそのアイディアを列挙してみます。
●ヒヨコ案。「きりんちゃん・すずめちゃん・ろーずちゃん・まりもちゃん・らっこちゃん・きんぎょちゃん・きなこちゃん・はあとちゃん・ののちゃん・ここちゃん・なっつちゃん」ボク個人では、結構イケテるんじゃないの?とか思う。21世紀の子供だしね。ヒヨコって名前も最初は衝撃的に受け止められたがもうみんな慣れたからな。

●ノマド案。これはちょっとヒップ過ぎる。22世紀の名前だね。「のまどからのなまえ はきな・ねきな・こねこ・ねこ・大ねこ・犬・しまうま・うま・ぴっくり・ぴくり・わん・あじさい・くろーば・とまと・きゅきゅ・りんご・きんぎょ・ちゅみん・ずーみん・さたーぼ・べりべり・かんちゃららん・きおこ・みらこ・ひよこぴ・わかな・大くま・にんこ・ろろ・ろん・はくら・らら・どきどき・こぐま・きんきん・いわみ・大山 ここまで」女の子だっつーのに「犬」はねえだろ。


最後に、ノマドの最新ドローイング作品。
●どこかから無地のウチワを見つけてきて、蛍光マジックで裏表に描き殴った。赤と緑、二体のドラゴンを描いてる。ダイナミックでエネルギーの迸りに勢いがある。やるねえ、ノマド。画材がウチワってトコも粋だ。

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表面。赤のドラゴン。大きな牙が並ぶ口から火を噴き、燃える身体が周囲の空気を焼き尽くす。2本の太い足が大股で大地を踏みしめる。太い尾を振り回してその先端から電撃が発射される。

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裏面。緑のドラゴン。全身に鋭いトゲを持ち、大きな口から炎を吐く。刀のように尖った尾からは電が火花を散らしている。鎧のようなウロコに覆われた大きな体躯を蛇のようにうねり、空高く飛んでいく。
●ボクは思わず「ノマド、これ、モササウルスか?」モササウルスは恐竜時代に生きていた水棲の大型爬虫類だ。図鑑で見せてやったら「おおお!ホントだ!にてる!」ノマドは感動してた。でも図鑑を手本にせず想像だけでココまでの表現力に到達できているということのほうがスゴい。

モササウルス
(モササウルス。全長10メートル以上にもなる大型爬虫類。)
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寒い。寒いのはダイキライだ。
●我が家のコドモたちは室内履きの靴下をはいて過ごしてる。

くつしたちん

●このカワイい靴下がいたく気に入ったらしく、連中はコレに名前をつけた。
●ノマドの白い靴下は「くつしたちん」と「くつしたちょん」。ヒヨコの黄色い靴下は「たったちゃん」と「たーたちゃん」。ボクの靴下にも名前を考えてくれた。「ぱっぱくん」と「ぱーんちくん」だ。


夕方には、ノマドとフリスビーに興じる。
●なんか今日は不機嫌で元気のないノマドに、一発気合いを入れるかと思って「ノマド、お庭でフリスビーして遊ぶか」と誘った。ノマドは親友ユウタくんと最近フリスビーに凝っていて、コドモ用の柔らかい素材のモノで遊んでいるようなのだ。

フリスビー

●ただしノマドが興味を持ってたのは、ボクの部屋にあるセブンイレブンのフリスビー。昔グアムに遊びにいった時、冗談で買ってきたノベルティもん。ボクはホントへんな買い物ばっかりしてるな。ノマドはこの「大人用フリスビー」がどんな飛び方をするのか興味津々だったのだ。確かにグアムから買ってきて以来、一度も飛ばして遊んだ事なんてない。「パパもコレがどうやって飛ぶか確かめたことはない。ノマドのフリスビーとどっちがよく飛ぶか調べてみるか」
●二つのフリスビーを息子ノマドと投げ合った。キャッチボールも2回くらいしかやった事がないロクデナシの父親であったボクは、実に貴重な時間を過ごしてしまった。会社に戻ればまた3~4年こんなコトもしないのだろう。
●結果としてたった10分で息が上がってしまった。肩が痛くなり、あわててクスリを飲んだ。40分ばかりグッタリ寝転がった。ホントに体力が続かない。困ったもんだ。ノマドは満足してくれたみたいだったけど。



とにかく寒い。寒いのはダイキライだ。
●今日も外出はしなかった。そして南国音楽に逃避する。島の音楽その2。


ハワイ音楽。
●一昨年イモウトが結婚して海外ブライダルとして旅行したのが初めてのボクのハワイ体験。ハッキリ言ってソレ以前までこの島のコトを見くびっておりました。芸能人が紅白出た後成田空港からポンポン遊びにいく島っつーイメージ。しかし実際に行ってみると、奥ゆかしい文化と歴史にふれてメチャメチャ楽しんだという印象。例によってクソみたいにCD買ったしね。現地で買ったお気に入りのCDを人に奨めようと、最近日本のアマゾンで検索したら中古で7000円くらいしてビビった。現地じゃ11ドルだったのに。ハワイインディーあなどれねえ。

「THE DIG PRESENTS DISC GUIDE SERIES - HAWAIIAN MUSIC」

「THE DIG PRESENTS DISC GUIDE SERIES - HAWAIIAN MUSIC」
●このディスクガイドシリーズ、ジャンルに拘らずほとんど全部買ってます。勉強になるんだもん。今回もハワイの歴史からその多様な音楽文化を丁寧に解説してくれててとても勉強になりました。
●とてもピースフルなハワイの音楽にも、カリブ海アフリカ系音楽と同じような政治闘争/文化闘争の側面がある。アメリカ植民地支配と伝統文化への弾圧だ。ボクはどうしてもそういうポイントに拘ってしまう。

ハワイの歴史をチョー簡単におさらい。
●かの有名なキャプテン・クックハワイ「発見」したのは1778年。この異文化との接触がキッカケになって、1795年、カメハメハ大王ハワイ王朝を起こす。しかし、続く19世紀はハワイにとってヨーロッパ列強からの様々な干渉によって混乱する厳しい時代になる。そして1898年。ハワイはアメリカによって政治的に併合される事となる。
●文字文化を持たなかったハワイ人にとって「フラ」は口承文学であり、儀式音楽である。アイヌにとってのユーカラみたいなモノといっていいのかな? 古代ハワイの価値観、美学は「フラ」の中に残っている。フラダンスに代表されるハワイ音楽特有の美しいハーモニーは、ヨーロッパ文明とともにやってきたキリスト教宣教師の賛美歌から着想したモノらしい。しかしキリスト教はハワイ古来の信仰を邪教として排除したのも事実だ。基本半裸だったハワイ女性は、野蛮だということで宣教師から服を着ろと強要された。それが現代ハワイの代表的衣装、ムームーの由来だ。19世紀の一時期にはキリスト教の立場から「フラ」そのものが禁止された。古代ハワイ文化の多くの部分がここで消滅した。世界史の中でキリスト教は不寛容な愚行を度々繰り返す。

ハワイの楽器。
ハワイでおなじみのウクレレは、ヨーロッパからの外来文化がハワイ化したものだ。ボルトガルの伝統楽器ブラギーニャというモノが移民を通じて渡来、これをハワイ流に作り直した物がウクレレだ。
●メキシコから移民してきた牧畜業者(カウボーイ)たちはギターを持って来た。しかしメキシコ移民の連中はギターこそ持って来たが、ギターのコード設定なぞは教えずに帰国してしまったから、ハワイの人々は自分たちで勝手にコードを作ってしまった。これもハワイ音楽の代表格、スラックキー・ギター、スティールギターの元祖となる。スラックキーとは「緩んだキー」という意味で、プレイヤーごとにオリジナルチューニングを編み出し、我流の音楽を作った。
●政治的独立を奪われて、宗教的自由も失ったハワイの人々は、移民のもたらす新しい楽器で新しい音楽を密かに培った。異文化との対立と習合が現代ハワイ文化を構成したのだ。

ハワイ文化の復興。
●20世紀に入ると航空技術が発達しハワイ航路が就航。アメリカ本土でハワイ観光ブームが始まる。1920年代~50年代は、いわゆる「エキゾチックで南国っぽい音楽やってよ」的ノリでハワイ音楽がステロタイプに押し込まれた時期だ。本来宗教的意味を持つフラダンスが、猥雑な見世物として消費された。最近でこそこの時代の音楽も再評価されようとしているが、矮小化されたハワイ文化は荒廃の一途をたどっていた。
ハワイ・アイデンティティが、地元の人々によって復興するのは1970年代からだ。世界的な潮流として帝国主義/植民地主義への反省が起こり、ローカルの文化が見直された時期だった。ハワイ語、ハワイ古来の文化やハワイで育った音楽が正当な評価をされ、息を吹き返した。1980年代にはレゲエなどの影響も伝播し、アイランドポップスと呼ばれる新しいスタイルも生まれる。1990年代には、ハワイ発祥のマリンスポーツ、サーフィンをバックボーンにしたアーティストも数々登場、サーフ系ライフスタイルを提示する。そして21世紀、ハワイ音楽はさらに進化を続けている。
●現代ハワイの人口比率の中で、純然たるハワイ系先住民はたったの7%弱しかいない。白人が24%、日系を含むアジア系が40%を占める。しかし人種を超えてハワイ文化は熟成されている。黒人じゃなければラップできないわけじゃないように、ハワイ文化もそれを尊重する者の前に大きく開かれており、新しいハワイ人によって推進されてる。それは素晴らしい事だと思う。

個人的新着ハワイ音源。

ROBI KAHAKALAU「BEST OF SISTER ROBI」

ROBI KAHAKALAU「BEST OF SISTER ROBI」1995-2001年
●彼女は、ドイツ人とハワイアンのハーフ。ドイツ生まれで少女時代をドイツで過ごすが、ハワイ文化にのめり込み90年からハワイでバンド活動を始め95年でソロデビュー。97年には「フラのオリンピック」とも言われる NA HOKU HANOHANO AWARD で最優秀女性シンガー賞を受賞した。
●このナ・ホク・ハノハノ・アワードハワイではスゴく重要なお祭りらしく、様々なジャンルのダンサー、ミュージシャン、アーティストが集まりテレビで大々的に中継される毎年のビッグイベントらしい。一度見てみたいもんだがチケットも熾烈な争奪戦でそうそう手に入らないという。何らかの賞にノミネートされるだけで、そのアーティストのCDには「NA HOKU NOMINEE !!」ってステッカーが貼られて平積みにされる。
●ドイツからやってきたというだけあって、彼女の音楽はマルチカルチュアル。オーセンティックなレゲエや欧米ポップスのニュアンスを取り込んだ作風で非常に聴きやすい。しかし軸にはハワイアンのスタイル(ハワイ語の歌詞だったり、美しいハーモニーワークだったり)がビシッと通ってて、リラックスして聴ける。ギターも上手。そして美人さん。3枚のアルバムをリリースしており、この日本企画盤ベストはその3枚の抜粋なのだが、コレ以降は音楽活動は休業、ハワイ文化の研究に専念しているとのこと。こうした新世代が未来のハワイを支えるのだ。

JAKE SHIMABUKURO「SUNDAY MORNING」

JAKE SHIMABUKURO「SUNDAY MORNING」2002年
●日本での知名度をグングン上げている天才ウクレレプレイヤー、ジェイク。彼は名前の通り日系人だ。ハワイ州の中で日系はなんと16%を超えるマジョリティだ。アロハシャツは今やハワイ人の正装だが、起源は日系人が日本の着物を素材にシャツに繕い直したコトだという。現代ハワイ文化には日本文化すらがタップリと溶け込んでいるのだ。
日系でありながら、日本語はほとんどダメ。(「ヨロシクオネガイシマス」とかのご挨拶はバッチリだけど…)生粋のハワイピープル。そんな彼はそのハワイの内側からウクレレを武器にハワイ文化の限界を押し広げたイノベーターだ。彼のウクレレのロック・アプローチや、クラシックギター、スパニッシュギター的なアプローチは、ウクレレの表現能力の可能性を広げたと思う。最近はナッシュヴィル・レコーディングを試みるなどメインランドでの活動も活発化。トレードマークのメガネはなくなっちゃった。LASIC しちゃったんだって!
●本作はそんな彼が日本デビューを果たしたファーストマキシ。日本で脚光を浴びたのは、ハワイ沖で起こった「えひめ丸」沈没事故に対しての楽曲を制作しチャリティを行ったのがキッカケだという。多彩な芸風はもうココで見えてますよ。

VARIOUS ARTISTS「DEF TECH PRESENTS JAWAIIAN STYLE RECORDS - WAIMEA」

VARIOUS ARTISTS「DEF TECH PRESENTS JAWAIIAN STYLE RECORDS - WAIMEA」1991-2006年
DEF TECH の登場は衝撃的だったねえ…。解散は返す返す残念だと思う。日本にいる百凡のヒップホップアクト、レゲエアクトを完全に突き放す圧倒的なオリジナリティだったもんね。職場の後輩が「アイツらヤバいっすよ」って教えてくれて、速攻で横浜HMVのインストアライブに行った記憶がある。サーフカルチャーというライフスタイルと、ジャワイアン(またはハワイアンレゲエ)というスタイルを、日本の一般大衆(紅白歌合戦出場!)に一気に浸透させた。立派です。
●で、彼らの選曲で編まれてるこのコンピもボク的にはハッとする新鮮な経験で痺れました。ハワイ現地では漠然と「アイランドポップス」ってカテゴリーで括られてて、正直よく見えなかったジャワイアン。それを分かり易く紹介してくれてる。
ジャマイカとハワイアンという言葉を単純に合体させてるようだけど、ハワイアンのユニークネスの光り方が違う。今のダンスホールレゲエにある刺々しさ、ルードボーイな野蛮さはココでは控えめ。平和と調和とサーフィン、美しいアコースティックギター(ウクレレ)がある。
MICRO OF DEF TECH のおススメは、爽やかな風を感じさせる美しい歌唱の青年 JUSTINVAN MORRISON のカバーまで収録してます)。ルーツレゲエに軸足を置く HO'ONU'A、BABA B もよし!PALOLO ってバンドのギターさばきがたまんない(MAN AT WORK のカバーしてます)。JAKE SHIMABUKURO も収録。そして DEF TECHJAWAIIAN MIX。こりゃイイ買い物したね。



次の島は、オキナワ。

チャンプルーズ

喜納昌吉&チャンプルーズ「喜納昌吉&チャンプルーズ」1977年
キャプテン・クックハワイ「発見」したのと似た意味で、喜納昌吉オキナワ音楽も本土の人間によって「発見」された。久保田麻琴と細野晴臣だ。この「発見」という言葉には皮肉を込めているんですよ。ハワイ喜納昌吉も最初っから確固たる存在を確立していたのだし、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したっつーハナシと同じようにナンセンスなことだ。「発見」される方から見りゃよけいなお世話だ。
久保田麻琴細野晴臣は、ご存知の通り、日本のロックのパイオニアだ。なんてったって「夕焼け旅団」「はっぴいえんど」だ。彼らは欧米の音楽を深く研究し、その周辺のルーツミュージック(ニューオリンズなどなど)まで研究し、ワールドミュージックまで到達した。細野さんの70年代は「トロピカル・ダンディ」「泰安洋行」などエキゾチックにご執心だったし、久保田麻琴ハワイ音楽に夢中になりつつあった。そんな彼らが世界を大きく迂回して、自分たちの足下にあった日本のエキゾチシズムに価値を見出した。それがオキナワだった。彼らによって見出されて、喜納昌吉&チャンプルーズは本土デビューを果たした。

●さて、当の本人、喜納昌吉は、沖縄伝統音楽の権威、喜納昌永の四男として生まれながらも、父親からの音楽教育をガンと拒んだひねくれ者。ベトナム戦争の中継基地オキナワ、死地へ向かう若き兵隊のヤブレカブレなドンチャン騒ぎに湧くコザの町に育った昌吉には、アメリカ文化はどう映ったんだろう。大学は中退、大麻所持でトッ捕まり、沖縄日本返還は刑務所の中で迎えた。
●自分が経営する民謡酒場を中心に、彼が鳴らし始めた音楽は、沖縄民謡をエレキ化してドでかい音に仕上げたバンドサウンドだった。沖縄民謡の大家の息子が伝統ある島唄を汚すか!と激しいアゲインストもあった。しかし彼の若々しいアイディアと不屈の反骨精神、カリスマ性が徐々に支持を集める。
●彼の最初のヒット曲が「ハイサイおじさん」志村けん「へんなオジさん」でギャグ化して、全国のキッズまでに普及したフレーズだ。でもその内容は沖縄の祝祭グルーヴをロック化したもの。リリックは第二次大戦でアタマがオカシくなっちゃったアル中のオッサンの話で、痛烈な風刺を織り込んでる。これに惚れ込んで久保田らは昌吉を本土へとフックアップした。
●現在の昌吉は民主党所属の参議院議員。参院第一党の国会議員だ。日本の辺境からやってきた彼は、今でもこの国の中央へグルーヴにくるまったエネルギーを送り込んでいる。


大城志津子

大城志津子「大城志津子の響ち 独唱集7」1971、1980年
オキナワ民謡酒場。ボクがそんな場所に行ったのは2002年の秋だった。
●この年の11月、沖縄海洋博記念公園の水族館がモデルチェンジして新装「沖縄美ら海水族館」が開館した。ボクは仕事でこの水族館オープンにちょっぴり関わり、この素晴らしい水族館をタップリ(裏側もコミで)堪能させてもらった。
●ここの名物は世界初で初めて人工飼育に成功したジンベイザメ。世界最大の魚類ジンベイザメがゆったり泳ぐ姿はホントに神々しい。飼育員さんが水面にオキアミを撒くと、ソレを吸い込むためにジンベイザメは水面に対して頭を突き出して、水槽の中で垂直にそそり立つ。5メートルもの巨柱が目の前で屹立する。生命の偉大さに畏怖を感じる瞬間だ。
●そんな楽しい仕事の合間に、沖縄現地のスタッフが那覇の民謡酒場に案内してくれるというのだ。ボクは酒が一滴も飲めないクセして、スタッフ一同と共にくっついていった。「民謡クラブ・ハンタ原」というお店だ。
●平日のちょい遅めの時間。お店に入るとガラーンとして誰もいない。えっ?営業してない?と思ったら奥から貫禄満点のオバちゃんがのそーっと登場してきた。「お客さんドコから?」…えーと東京です、民謡酒場ってどんなトコかな~とか思って…。「ああ、そう。」ボク完全に気圧されてます。オバちゃんはもう1人のオバちゃんと2人で一通りの料理とお酒(そしてボクにはシークワーサー・ジュース)を出してくれると、そのまま店の奥にあるステージに登って演奏の準備をし始めた。あ、このオバちゃんたちが歌ってくれるんだ…。
●オバちゃんたちは、自分たちでステージの照明をパチンとつけて、もぞもぞと楽譜らしきモノ(でも楽譜ではない)を用意し、三線を携えてスタンバイを整えた。ボクは多少なりともショーアップされたモノを期待してたので、このあまりに非ドラマチックな展開に大幅にズッコケた。このテンションのゆるさ。さっきまで「オリオン生で5人分と…」とかオーダーの話してた相手が、そのままヌルッとステージに上がって、それらしいキッカケもなく演奏が始まろうとしてる。オバちゃん「さて、お客さん。ナニから唄う?」え、ナニって聞かれても…分かんないっス。
●貫禄満点のオバちゃんは悠然としてて、ひたすらキョドるボクらを尻目に「それじゃコレいこうかね」とかいいつつ2、3曲早速ブチカマしてくれた。ただでさえ迫力満点なのに、唄い出すとそのボルテージはもっとスゴいものになった。しかしコッチにはリアクションの取り方も分からない。間の手の手拍子とか入れるモンかしらとか思っても、全然作法が分からないから、料理にも手を付けられずひたすら拝聴するしかない。
●オバちゃん「あー、そこの若い人」え、ボク?「あんた、こっち上がって太鼓タタキなさい」えーっ!できませんよそんなこと!「ダイジョウブよ、好きなようにタタケばいいんだから」好きなようにって…。「とにかく、ワタシらにあわせてトントンタタイてみんさい」ホントにトントン叩いた。トトントントンとか出来ればカッコいいかも知れないけど、出来ない。だってボク、ただ1人シラフだし。
●なんか知らんけど予想外の重苦しいプレッシャーの中で、2時間ばかりの演奏は終了した。さあホテルに戻る時間だ。オーダーをとり、飲み物食べ物を作り、そして唄を披露してくれたオバちゃんに、お勘定を支払った。ボク「あの、とってもオモシロかったです、やっぱ本物はスゴいなあと思いました」
●そしたらオバちゃん「あんた、島唄がオモシロいというなら、こういうのもあるよ」オバちゃんが出してきたのは、そのオバちゃん本人が唄い演奏したカセットテープであった。おお、そんなものがあるのか。2000円もした。おお。でも買っちゃった。おお。なのに家でカセット聴けない。完全にバカだね。その後6年ばかり寝かせられた上で、やっと今月初めて聴いた。それがこの作品だ。
●オバちゃん、いや失礼、この大城志津子さん、ネットで検索すると「沖縄民謡界のグレートマザー降臨!」と出てくるくらいのビッグネームだった! 7歳にして三線を手にし、今まで芸道一筋で歩んできた強者。しかも琉球民謡協会最高師範常任理事!マジ本物じゃん。
●拠点「民謡クラブ・ハンタ原」でのライブレコーディングでは、訥々としたMCなんかも入りつつ(「えー、今のはお客さんのリクエストでした○○というウタでした…」とか)、ボクが叩かされた太鼓が三線のグルーヴを増幅して奥ゆかしいエネルギーが生まれる。そこを滑るように唄いゆくグレートマザー。いや録音が1980年だからグレートレディぐらいなのかもしれない。最後は1971年の自宅録音という楽曲で締め。よりグルーヴィーでダンサブル。パーカッションに湯のみ茶碗を使うなど、現場感覚溢れるフィールドレコーディングの体裁をとってる。オキナワ、奥が深いぜ!


そして最後に、インドネシア・バリ島。

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ubud - gamelan

STSI (INDONESIAN COLLEGE OF ART)「THE CAMLAN MUSIC OF BALI」
SEKEHE GONG "SEMARA RATIH" UBUD - BALI「GAMELAN "SEMARA DANA"」
●ワイフのお父さんが、去年二回目のバリ島旅行に行った折、おミヤゲで購入してくれたものだ。ワイフがバリ島旅行(ボクは病気で不参加)で買ってきたCDは、ちとユルいポップスだったが、今回お義父さんは完全にオーセンティックなガムラン音楽を買ってきてくれた。これがもうドンピシャだった。
三木聡監督の映画「ダメジン」では、インドはいいよ~とそそのかされたバカ3人組が「インドってどんなトコ」といってインドネシア料理のご主人を困らせる。「『インド』ト『ネシア』ハゼンゼンチガウヨー!」そう、インドとネシアは全然違う。
インドネシアは1万7500もの島と2億4000万人の人口を抱える大国である。イスラム教人口は世界第一位、その一方で300以上の少数民族を抱える多民族国家。公用語はインドネシア語だけど、島によっちゃ全然通じねえくらい多様な文化がひしめく。もちろん物騒に独立運動してる地域もある。
バリ島が、ヒンドゥー教を信じる特殊な島だというのはご存知の通り。インドのヒンドゥー文化を独自に進化させてきた。ガムラン音楽もお隣ジャワ島の文化と結合した成果だ。青銅製の鉄筋や銅鑼を伝統的な特殊音階で鳴らす。
●昨今は人気リゾートのイメージが強いバリだが、ガムラン音楽をリゾートホテルのラウンジミュージック、癒し系音楽だと思われるのは大きな間違いだと思う。ボクの頭の中では、ガムラン音楽は、ミニマリズムな現代音楽から、フリージャズ、サイケデリック、ゴアトランス、そして THE VELVET UNDERGROUND までを連想させる。
●10年以上前に、ガムラン音楽を浅草の方のお寺の本堂の中でプレイするというコンサートを観に行った。30人ほどのインドネシア人演奏家が民族衣装を身にまとい、仏像の前で楽器をゾロリと並べた様子はホントに壮観だった。お寺というシチュエーションは音響的にも不思議に作用し、お線香の匂いがより感覚を研ぎすます。
ガムラン音楽は長い。CD収録曲も平気で10分越え、長いモノは20分越えする。ライブは40分間ほぼノンストップだった。30人の打楽器奏者がたたき出すリズムは複雑なポリリズミック構成かつ超高速ビートで、その意味では STEVE REICH のようなミニマリズムにも、テクノ/トランスにもつながってる。
●しかし、ガムランは海の風が突然その向きを翻すようにドラマチックに展開する。全然先が読めない。波のように大きく高まったり、さあっと潮が引くように静まったりする。この先の読めなさは、聴くモノにとって完全にフリージャズの感覚なのだか実は決してそうではない。どう見ても演奏家にアドリブを許すスキマはなく、完全なアンサンブルとしてカッチリ構成されているらしい。40分以上にも及ぶ演奏を楽譜も指揮者もなく、鉄壁のグルーヴを維持しながら、正確無比なタイミングでダイナミックなアンサンブルを成立させる。スゴい!
そして激しく打ち鳴らされる金属音。無数の鉄琴や銅鑼や金属製の太鼓とか、その他もろもろはみんなちいちゃなカナヅチみたいなモンで叩かれている。完全なアンプラグドだが、それは中途半端なエレキ楽器を凌駕するパワーを放つ。なんか知らんが、THE VELVET UNDERGROUND の代表曲「WHITE LIGHT / WHITE HEAT」を連想した。あの曲も無愛想にギターをガキガキ鳴らし続ける轟音ロックだ。
ガムラン音楽は、村人全員が演奏者として参加しないと成立しない大人数バンドで演奏される。つまり、地域のコミュニティが成立していなければ、演奏も技術の継承も成立しない。楽器も村それぞれでカスタムされたモノなので、お金に困って楽器一個でも売却されたら、アンサンブルが成立しないことになる。観光化することで、演奏家の村が演奏を続けていける環境ができれば幸いだ。2枚目のCDは観光客向けに毎週月曜の夜演奏会を行ってるウブドという村の音源だ。そうでもしなければ、出稼ぎなどの人口の流出、技術の継承者不足でガムランは滅びてしまう。
●一方で、国立大学のような場所でプロの演奏家を養成しているケースもある。それが一枚目だ。「INDONESIAN COLLEGE OF ART」がどんな教育機関かボクは分からないが、高等教育を受けたプレイヤーが新曲を書き下ろす機会もあるようだ。多民族国家の体裁を保つ上でも、多様な伝統文化を保護育成するのは国家の目的に沿うものなのだろう。
●とにかく、一度リゾートミュージックという偏見を取っ払って、ガムランに対峙してみて下さい。きっと新しい発見があるはずです。


●前回の「島の音楽その1」は下記のリンクです。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-337.html

 
自律神経失調症とのお付合い(その36)~「やっと会社に戻る日程決まる」編
●木曜日の朝、身支度を整えながら、自然とフンフンとハナウタを歌っている自分に気付いた。なんだかワクワクしてる。「次のステップに進む」単純にそんなことが素朴に楽しみだ。新しいナニかに立ち向かう時、いつもボクはそんなワクワクを感じている。

この日に、今年2回目の会社診療所カウンセリングに出向いた。
結果から先に言うと、やっと会社に戻る算段がついた。去年7月から半年以上が経過してやっと復社できる。ただし、様々な制限つきだ。

制限つき復職のルール。
●出勤開始は2月4日月曜日。
勤務時間は3時間だけ。午後1時30分から午後4時30分。遅刻厳禁、残業厳禁。これは通勤訓練で、会社まで来るチカラを確認する作業。
●位置づけはあくまで復職リハーサル。よって正式な勤務とは見なされない。休職以前の職場復帰はまだダメ。自分のデスクにも、スタッフルームにも近づいてはいけない。職場の人間とも積極的には接触してはならない。
ボクが向かうのは、会社診療所の事務室。そこの空いているデスクとPCで、社内の環境に馴染むのが目的。それ以上の業務はしない。時に診療所事務のお手伝いくらいはすることがあるらしい。そうでもしないとヒマすぎる。
●それでも、廊下などで様々な関係者と出会うのは免れない。コレをうまく処理するコトができるか確認するのも重要なポイント。
●2週間おきのカウンセリングは今後も続ける。状況の経過にあわせて、カウンセラー、心療内科の主治医と連携しつつ、勤務時間を徐々に伸ばしていく。フツウのサラリーマンと同じように、午前10時~午後6時の8時間勤務ができるようになるまで、診療所生活が続く。
●そこから先は、まだ謎! あわててもしょうがない。多分、8時間勤務回復まで、3月いっぱいまでかかりそうだ。元の職場までの完全復帰は一体何時の事やら。


診療所事務室にご挨拶。
●カウンセラーとのハナシが一区切りついてから、ボクは切り出した。「すいません、ぼくがお世話になる場所をみせてもらってもいいですか?」「そうねえ、じゃあいらっしゃい!」この一年に渡りボクを哀れなコドモのように甲斐甲斐しく面倒見てくれている、とっても世話焼きの看護師Nさんが、テキパキと案内してくれた。
●カウンセリングルームの奥の扉を開くと、こざっぱりとしたオフィスが現れた。そんなに広くないが、広い窓から明るい日差しが差してる。いくつかのPCやコピー機が置いてあるが、ここの常駐スタッフは看護師Nさん含めて三人。でもNさん自身はパタパタ色んな所に出歩いているからほとんどこの席には座ってない。残りの保健師さん二人がこの部屋の主だった住人という。Nさんは「あの人が○○の××さん、この人が△△の□□さん、よろしくね」ああ、そんなに早く紹介されても、名前覚えられないよ…。「あの、すんません、2月からお世話になります」そうとしか言えないっす。
●事務室のスタッフの方々は、ボクみたいに壊れてしまった人間には馴れッコらしい。壊れた人間がココでリハーサルを積んでゆっくり職場復帰をしていくのは全社的慣例で、多くの人間がココを通過していった。Nさん曰く「みんな全部分かってるから大丈夫よ。テキトーにアナタを使ってくれるわよ」。お手柔らかにお願いします。
●ボク「あの、今もボクみたいな人が他にもいたりするんですか?」カウンセラーのセンセイが口を挟んだ。「うーん、今はいない。でも、これから来るかも。でもそれはナイショ」ああ、そうですか。守秘義務ってヤツ。でも2人も壊れかけがいたらウゼエだろうな。
●とにかく、ボクはこれから、この診療所事務室と言う名の「座敷牢」に閉じ込められるというわけだ。「シェルター」といってもいい。ボクのカラダに異常が再発しても安心できる環境ということだ。そんでボクの新しい冒険はココから始まる。


今日は心療内科の診察があった。
●大ショックな事実が一つ判明。先生「そろそろオハナシしないといけないと思ってたんですが…、あのワタシ、2月イッパイでコチラの病院を辞める事になりました」えーっ!マジすか!? 聞く所によると、女医であるこのY先生、第二子妊娠でお休みに入るとのこと。実はコッチのクリニックはバイト的勤務で本来は全然別の病院の所属。本来の病院では産休扱いにするけど、子供の面倒も考えてバイトのクリニックは辞職するとの事。おお、去年2月から一年間ズーッとお世話になってたこの先生、いなくなってしまうのはとっても不安だよ~。
●先生「unimoさんが会社に戻るこのタイミングに主治医が交替というのはホントに申し訳ないんですけど…」ボクは年齢も近いこの女医さんのホンワカした癒し系オーラにかなり助けられてた。出来れば最後まで面倒見てもらえたらと思ってたけど…、でも赤ちゃん生まれるんじゃあ、しょうがないもんな…。今後の引き継ぎはキチンとやってくれると約束はしてくれたが、一個だけ注文をした。
●ボク「あの、ボクは、心療内科ってモンにお世話になるのが今回が初めてなわけでして、だからセンセイ以外のお医者さんも知らないんですよね。ただセンセイとのイメージが強いのかもしれないんですけど、直感的に感じるのは、オンナの先生の方がノビノビとハナシができるんです。男性だとどうしてもオトコ同士として張り合ってしまう感じがあって…。できれば後任も女性の先生にしてもらえませんか」男と女と比べると、どうしても微妙に雰囲気が変わってしまう。男性が相手だと、ボクは自分の不安を隠してしまうのだ。
●元から基本的に安請け合い系で、頼まれたら「お安い御用」と言ってしまうボクは、男性が相手だと安易に「もう大丈夫っすよ」とか言っちゃう。言わないと「負け」のような気分になるから、明るく振る舞って笑い飛ばしちゃう。だから会社も友人も、コイツのドコがおかしいんだ、と思ってる人はスゴく多いと思う。見た目では完全に平気と振る舞ってしまう。本当にボクが崩壊してる現場を知ってるのはワイフだけだから。先生「それはわかります。会社こそ男性社会ですから。女性の方が細かいお話をしやすいとハッキリ感じてらっしゃるなら、そうしましょう」ありがとうございます。


健康状態は、比較的良好。右肩、背中の痛みだけがどうしてもぬぐい去れないが、反対に言えば身体的苦痛はそこだけだ。対策もわかってる。鍼灸治療と朝の半身浴、ラジオ体操と蒸気パワーの温湿布で患部を温めればいい。
体力の低下はなお著しいが、散歩の距離は少しづつ伸ばせるようになってきた。今週は、電車で国立まで遠征した。これは電車移動ではココ半年での最長不倒距離、K点越えだ。結婚式を挙げる同僚への贈り物を入手するのが目的。1950年代のファイヤーキングの食器を選んだ。デッドストックのファイヤーキングで、ココ以上の美品を扱ってる専門店を首都圏近辺でボクは知らない。
最近は耳鳴りが気になる。でも以前も感じていたがそれどころじゃなかった状況が終わり、小さな問題が目立ってきただけのような気がする。
睡眠だけが不安定だ。決まった時間に就寝/起床する習慣作りをしたいと思っているが、思うように調整できない。どうしても夜中3~4時に目を覚ましてしまう。そこから二度寝をすると今度は9時過ぎまで起きられない。ボクはコドモと一緒に7時に起きたいのに!
あとは、連日の悪夢だ。前は夢なんか全く見なかった。夢を見るほどの睡眠時間がなかったからね。今は中途半端に寝る時間が伸びたから、イヤな夢を見まくる。殺し合い、怒鳴り合い、恐怖と憎悪、負の感情が爆発するタイプの夢で、金縛りまでセットでついてくる。目覚めは極悪。先生「怒りの感情が隠れてるんですね…」あ、なんか心理学っぽい、そのフレーズ!


そしてコドモたち。
●パパ、2月から会社に行くコトにしたよ。ちょっとづつ元気になってきたからね。ヒヨコは明るく笑って歓迎してくれた。ノマドはちょっぴり残念そう。「大丈夫だよ、しばらくはノマドの晩ゴハンの時間には帰ってくるから、将棋だって本読むのだって一緒にできるから」だから今日も一緒に将棋を差した。「ノマド、今日は、将棋のお城の組み方を勉強しよう。この表に三つのお城が書いてある。穴熊囲い、美濃囲い、矢倉囲いだ。穴熊の組み方覚えようぜ」


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html

 
先日またまたお芝居を見てしまいました。

劇団鹿殺し

劇団鹿殺し「百千万(ももちま)2008改訂版」@下北沢駅前劇場(1月17日)
「鹿殺し」…。なんと殺伐とした名前だろう。フライヤーからも匂う奇妙な邪気。またまた何の予備知識もなく、雰囲気だけでボクは劇場に足を運びました。寒い日の夜の公演、先月から観始めたボクのちっぽけな演劇経験の中で、一番当日券の行列が長かったです。人気あるなあ…。「場合によっては立ち見になりますのでよろしくお願いします」整理券を渡されながらそんなコトを言われる。…あんな狭い劇場で立ち見は酷だ…病気のカラダじゃ無理、そしたら撤収するしかない。開演ギリギリまで待たされてキャンセル席に案内されてみたら、前から2列目、花道の隣、とんだカブリツキの席になっちゃった。芝居のルールがまだよくわからんボクは、ドキドキして精神安定剤を一粒口に放り込むのでした。

●舞台は、福井県美浜、原子力発電所の町。謎の核爆発事件から十年。その年に生まれた主人公の少年の名は「エンゲキ」放射能の影響で肥大化した脳ミソがカリフラワーのように剥き出しされてる。腹からは長い臓物が飛び出しカラダ中に絡み付いている始末。生まれながらに呪われた姿を持つ少年「エンゲキ」は、父親によって閉じ込められていた床下部屋を飛び出し、初めて外の世界へと旅立つ…。

芝居を前の方の席で観るってのは、芝居に巻き込まれてもしょうがないってコトなのね。役者がブッ!って吹き出すキタナい水が飛んでくるし、舞台の上に引っ張り上げられたり、得体の知れない液体をフラスコで飲まされたりするんだ…。役者さんに素の小声で「…飲んで下さい」って真顔でいわれたら飲むしかねえよね。ボクの隣のオジさんは、ヤリを持たされて役者さんを1人刺し殺していた。ボクはアメ玉を握らされて役者にぶつけてくれといわれた。投げても投げてもどんどんアメ玉がまわされてくる。なるほどねえ~。

●醜悪だが無垢な「エンゲキ」の冒険は、自らの出生の謎へと近づいていく。初めての世界。初めてのおつかい。出会う珍妙な人々とのバカげた交流に爆笑しながら、「エンゲキ」が学び取る人生の真実が美しい。「ボクらは…素粒子でできている…みんな一つで、そして自由だ…」裸族のオトコ(ギリギリの肌着はマエは隠しても肛門は隠さない)が大マジメな顔で言う。

演劇ってモノは、炭酸飲料のようにシュワワワ~ッと弾けて、カーテンが閉まると爽やかにドコかへ消えてしまう。登場人物の人生が目の前で弾けて飛び散って、でも客電がつくと雲散霧消してしまう。巻き戻し、チャプター再生の出来ない経験。ステキなセリフがサラサラと役者の口から溢れ出てそのまま劇場の空気に吸い込まれて消えてしまう、その気持ちよさを今回は感じた。気持ちよかった。

今回インパクトのあった役者さん。
●少年「エンゲキ」を醜くでも無垢に演じた背の低い女性、菜月チョビさん。今回の演出も担当している。ラーメンズ片桐さんみたいなボサボサ頭で大振りな活躍をしてた丸尾丸一郎さんもオモロかった。脚本はこの人。人を喰ったふてぶてしい存在感の政岡泰志さんは「動物電気」というトコロからの客演らしい。谷山知宏さんも田島貴男似のイイ顔なのにブチ切れててよかったっす。絶対ドロドロしてんだろうな、とか予想してたけど、スゴくエネルギッシュでハッとさせる工夫も満載で、メリハリがあって痛快でした。


●心療内科の女医さんがボクに聞く。「なんでそんなにお芝居なんですか?」ホントに先月からです。それまでは観劇なんて仕事がらみ以外はほとんどないも同然ですよ。たまたまシモキタザワに住んでるってのが一番ですね。それと、今観ないと一生観ないような気がするんで。あと、やっぱ楽しいからです。


そんなシモキタザワを舞台にした映画。

男はソレを我慢できない

「男はソレを我慢できない」2006年
●監督:信藤三雄コーネリアスからピチカートまで、渋谷系アーティストの名作ジャケットデザイン、名作PVを数々手掛けた伝説のオトコ。
●出演:竹中直人/鈴木京香/小池栄子/ベンガル…多々いい味出してるキャスト、チラリの豪華カメオ出演満載、監督の人脈を濫用し過ぎ。これは本編見て楽しんでもらった方がいいでしょ。こんな人まで出てくんのかよって。
●故郷・下北沢にフラリと帰ってきた自称DJのタイガー(竹中直人)、実家の団子屋には妹チェリー(小池栄子)。これってフーテンの寅さん&妹さくらの構造だよね。そこに現れるはマドンナ鈴木京香。シモキタザワにソープランド建設計画が持ち上がり、ソワソワするシモキタ男子一同が、マドンナの一喝で反ソープ闘争を実施する。でも「男はソレを我慢できない」…。
●ワイフと2人で、ああココって駅前のアソコだよね、このお店はあそこにあるヤツだよね、とシモキタザワチェックを画面の中で楽しみました。信藤三雄らしい編集の小細工も満載、ワタナベイビーの立派な役者ぶり&歌いっぷり、南口商店街入口のゲーセン屋の娘として育った小池栄子もノビノビしてましたよ。

下北沢うさや

●ロケで使われたセットはまんま残されてバーに改装されてる。下北沢駅前市場の入り口にデーンと構えてる。「まんじゅう お団子 御菓子司 うさや 大正十三年創業」


でも下北沢は、今、再開発の波にさらされてるのです。
●下は「小田急電鉄小田急線(代々木上原駅~梅が丘駅間)連続立体交差事業および複々線化事業の概要」(BY 東京都 世田谷区 渋谷区 小田急電鉄株式会社)というパンフレットからの引用です。下北沢エリアは町を横切る小田急線が完全地下化して開かずの踏切がなくなり、大分スッキリする予定。しかし、同時進行で大きな道路計画が始まっているのです。コレがちょっと納得がいかない。

シモキタザワ再開発
 
赤のラインが地下化する小田急線の線路。跡地利用はなんだか不透明でよくわからん。黄色のラインが、問題の新しい道路計画。下北沢の商店街地域をぶち抜く乱暴なプランだ。黄色にアミカケになってるトコロは、駅舎にすんだかバスロータリーにすんだかのつもり。ここに、駅前市場は完全にスッポリ収まってる。
●下北沢を代表する劇場「スズナリ」も再開発で道路の下敷きになる運命となっている。個性的なミニシアター「下北沢シネアートン」や、これまたひねくれた古本屋「古書ビビビ」があって、ボク的にはなくなるととっても悲しい。
●小田急線が地下化されるのは大歓迎だが、その後に大型車両が闊歩するでかい車道が入ってきたら、また元の木阿弥じゃないか。下北沢は徒歩でくつろげる街だからこそその独特のオーラを培って来れた。それをわざわざ冷たいスキマ風を無理矢理差し込むなんてなんてナンセンスなのだろう。
●この「補助54号線」という道路は最終的に環状7号線まで突き抜けさせるつもり。山手通りから環七まで通貫する井の頭通りみたいなモンがもう一本ここに出来るわけ。あの井の頭通りの交通量がこの静かな町を分断するのは困る。コドモの通学にだって差し支える。
井の頭通りの増幅工事もスゴい時間をかけて、でもまだ半分しかできてない。山手通り富ヶ谷交差点~大山交差点(東北沢)までが増幅しているが、そこから環七まではまだ買収が完了してない。中途半端な買収は街の風景を殺風景にするぜ。これが今後十数年この街を貫くのかと思うと気が重い。


今日のシモキタザワの風景。
●行きつけのカフェ「GOPAL」が椅子を全部モデルチェンジした。聞くと全部「チャーチ・チェアー」でキメてみたという。「チャーチ・チェアー」、つまり教会の椅子。全部色やカタチがちょっとづつ違う。ちゃんと聖書を入れるポケットがついてる椅子もある。ふーん。

ゴパルの椅子
 
●やはりよく行くカフェ、「+ADD CAFE」。その建物の3階にはあの悪名高い日雇い派遣業界最大手「GOODWILL」の事務所が入ってる。道を歩いてて、ふとビルを見上げると電気がついてる。あれ?「GOODWILL」全支店が最低2ヶ月の営業停止処分になったばかりじゃないか。わざわざガラス戸の扉の前まで行ってみる。中に人の気配。なんだよ、営業停止じゃねーじゃん。ホントにいい加減な会社だな。懲りてないよ。

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関係ないけど。
●先週、「GOPAL」でお茶して店の外に出たら、南海キャンディーズしずちゃんが歩いてた。ホントにデッカかった。以上、芸能人目撃情報でした。

●カフェ「GOPAL」についての過去の記事はこちら。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-273.html
●カフェ「+ADD CAFE」についての過去の記事はこちら。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-275.html
 
 
公衆道徳に気をつけよう。
●バスの中で後ろの席のオジさんに「ヘッドホンの音がデカイ」って注意されちゃった。ボクはキレる若者ではないので「すいません」といって音量下げます。客観的にどんだけウルサいのか本人には分からないのですが、ボクはこの人生で既に4~5回注意されてるから、よっぽどウルサいんだろな。ホントすいません。
●ある日終電近くの中央線、ギュウギュウの車内で酔っぱらい同士が怒鳴り合いを始めた。ウルサいな~こりゃマナーとしてダメだろ~、と思ってたら、トントンとソバのオジさんに肩を叩かれ「ヘッドホンうるさい」って注意された。ああ、あの酔っぱらいよりボクの方がウルサいのか。思わずちょっと笑いそうになった。ホントすいません。


ノマドが燃えている。ノマド・グラフィティ作品特集。
●最近ノマドのグラフィティ/ドローイング作品が冴えているので、思わず紹介しちゃいます。親バカでホントすんません。
 

ティラノサウルス

作品その1「きょうりゅうじだい」
●真っ赤なティラノザウルスを中心にたくさんの恐竜たちがトコロ狭しとジャングルの中をうろつきまわってます。ティラノの足下には水色のステゴザウルス、そして黄緑のトリケラトプス、水中には黄色のプレシオサウルスが優雅に泳いでいます。画面右側には青いクレヨンで首の長い長いブロントサウルスが描かれています。画面を生き生きと色彩が飛び交う、20世紀初頭のフォービズム絵画を連想させます。
●ノマドはバカなのか、画材として選んだ紙をバランスよく使う事が出来ません。描きたいモノが膨らみ上がると、ドンドン紙を貼り継ぎ合わせて作品を巨大化させます。この作品もご覧の通り大小様々な紙が貼り合わされて、A3版以上の大きさになっています。
さらにタチの悪い事に、その作品を勝手に廊下の壁に張り付けやがるのです。唐突に乱暴に、壁への影響など顧みずに作品を壁に張り付ける行為は、本質的にはヒップホップのグラフィティアーティストが地下鉄の車両に作品をボムするのと同じのような気がします。そして壁にボムされた作品は、ヤツの気分次第でさらに改訂され拡大延長されドンドン変容していきます。これも時間をかけて描き足された上での状態です。さらに全然関係ない画題が混入してきたので(右端にさらに紙が貼り足されてるでしょ)、訳が分からなくなる前に撮影記録しておきました。


アインシュタイン

作品その2「アインシュタイン」
●コレは、理解しやすい作品ですね。ズバリ、あのアルバート・アインシュタイン博士です。ノマドのロールモデルです。「アインシュタインはかせ(うちゅうはかせ)」「ほんとは、めがねはかけていません」宇宙飛行士に憧れるノマドにとってアインシュタインは天才科学者として最高の存在です。この博士の写真は、シモキタザワのメガネ屋「北沢めがね工房」のショップカードに過ぎないのですが、ヤツに見せたらいたく感動して、その日のうちに廊下にボムされました。ちなみに、博士のカードの左上にある四角い図形は、ノマドによる人工衛星の画です。
●我が家を訪ねるママ友達たちは、「あらー、ちゃんと壁に画を貼ってあげてるのね~」とか言って感心してたりするのですが、我々親側からは貼ってイイなんて許可したことなんて一度もないんですよね…。壁、超汚れちゃってどうしよう…。


のまど解体新書

作品その3「人体図説」
●ボクは勝手に「ノマドの解体新書」と呼んでいます。ある日、クラスメートのナオヒロくんが「しょうらい、おいしゃさんになる」と発言したことに、ライバル意識を燃やしたのか、家に帰って突然ノートにサササッと描きつけました。何も参考資料を見ずしてフリーハンドで描いた割には、内蔵の雰囲気をうまく掴んでいて結構笑えます。「かんぞー」「い」「すいぞ」「しょちょ」「大ちょ」。肝臓と膵臓なんて渋い存在よくアタマに入ってたな。位置関係も大まかにあってるし。
●画面左の人体骨格図は、関節と筋肉のカンケイを説明しています。関節をまたぐように筋肉がついていてその伸縮で手足が動くのだと言いたいようです。微妙に違うんだけど、まあご立派でしょう。どくろべえサマな頭蓋骨がキュートです。


のまど砦

作品その4「ノマド砦」
実はノマド、今、戦国武将にハマりつつあります。なぜか学研の学習マンガで真田幸村の伝記をボクはヤツに読み聴かせてやっているのです。真田幸村とは渋い趣味だわノマド。真田幸村のお話には、猿飛佐助を始めとした忍者集団「真田十勇士」が登場くるトコロに引っかかったんだよね。そこを入り口にこの戦国時代に入っていったのですが、ヤツの関心は、戦闘の駆け引きや攻城の戦術、計略などの作戦に移ってきました。将棋を覚えた延長で、知略を尽くした攻防というものがオモシロくなっているようなのです。
●これはノマドが考えた難攻不落の砦だと言います。高い石垣の頂上に兵隊が陣取っております。石垣にへばりついた敵兵には、上から岩を落としてやる、といってます。石垣の上にはさらに高い櫓が組まれ、火縄銃を持った鉄砲隊が敵を狙撃します。石垣の上には小さな旗が立ち、その脇に横を向いて遠くを眺める人物がいます。ボク「ノマド、これはナニする人?」ノマド「これはね、おうしょう!」王将か!やっぱ将棋だな。


真田幸村

「学研まんが人物日本史 大阪冬の陣 夏の陣 真田幸村」
●実はこれ、ボクが小学生の時に読んでたモノ。25年くらい前の本か。実家に行った時、懐かしいから持ち帰ってきたのだ。そしたらまんまとノマドが引っかかった。親子だなあ。
 
最近はクソ寒い。寒いのはダイキライだ。
●で、今日は散歩もせず一日家に籠る。気分だけでも南国の島々へ。今日のテーマは島の音楽。

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カリブ海、ハイチの音楽から行きましょう。


SPIRIT OF LIFE「HAITIAN VOODOO」

SPIRIT OF LIFE「HAITIAN VOODOO」2005年
ハイチはカリブ海に浮かぶイスパニョーラ島ドミニカ共和国と東西ハンブンコに分け合ってる国。宗主国フランスからの独立はメチャ早く1804年。1789年フランス革命での勢いに乗って、ここでも革命独立しちゃった。中南米初めての独立国家で世界初の黒人共和国。実にご立派な歴史だ。しかし、現在政権はクーデターなどなどで混乱し、ジャングルの乱伐で環境破壊も急速に進んでいる。世界でも最貧国にランクイン。世にもしんどい国になってる。
ハイチの文化で有名なのはヴードゥー教VOODOO とか VODOU とか HOODOO などなどと綴られる。この国のマジョリティは、奴隷貿易で連行されてきた黒人奴隷の子孫たち。生まれた土地も言葉も習慣もバラバラな寄せ集めの黒人奴隷たちは、支配者に隠れて自分たちだけの文化、宗教を新しい土地で生み出した。それがヴードゥーだ。永く狂信的なカルト扱いをされてきて、やっと公式に合法化されたのは1987年。数百年の時を越えてこの信仰のチカラは生き残った。
●中南米の黒人奴隷に根付いた民衆信仰はたくさんある。キューバサンテリア、ブラジルマクンバ、ジャマイカラスタ信仰だってその一つだ。どんなにアイデンティティを剥奪されようと、奴隷として人間性を否定されようと、その血と遺伝子に刻み込まれたリズムが、躍動感溢れるグルーヴとして発現してしまう。その逞しさは感動的だ。
●この音源は SOUL JAZZ RECORDS のスタッフが現地に乗り込み、本物の司祭と大勢の太鼓タタキ、女性シンガーたちを集めて録音したモノだ。沢山のドラムがドコドコ鳴らされ、司祭の呼びかけに男女の信者がユニゾンコーラスで応える。太古の血脈が身体の中から湧き上がるような力強さがある。その素朴さが苦難の時代をしなやかに乗り越えた柔軟なタフさを象徴してる。


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次はお隣の島、キューバ。


TUMBA FRANCESA LA CARIDAD DE ORIENTE「AFRO-CUBAN MUSIC FROM THE ROOTS」

TUMBA FRANCESA LA CARIDAD DE ORIENTE「AFRO-CUBAN MUSIC FROM THE ROOTS」2006年
●黒人キューバ音楽の一流派「TUMBA FRANCESA」という言葉を英語に訳すと「FRENCH DRUMS」となるそうな。キューバ文化のバックボーンは、宗主国スペインとアフリカ黒人の文化。なんでフランスなの? それは前述のハイチ独立がポイント。ハイチの革命独立で、大勢のフランス系住民&解放黒人奴隷がキューバにやってきた。そんな彼らがもたらした影響がキューバ音楽には含まれているらしい。でも実際のトコロ、その影響は完全に溶け込みきってフランスのフの字も残っちゃいない。名前だけは昔の看板でやってますっつーこと。
●太鼓をドンドコ鳴らすのはヴードゥー音楽と同じのようだけど、タンバとかタンボラとか色んな名前の大小の太鼓が、よりハイテンポでラテン的な細かいニュアンスを加えてくれる。そこに女性のリードシンガーが朗々と歌を歌い、大勢のユニゾンコーラスが後を追いかけてくる。お祭りに鳴らされるこの音楽では、だれもがカラフルな植民地時代の衣装を着て舞い踊る。男性はフランス風の礼服で着飾り、女性はキレイなスカーフを頭に巻いてそれはそれは美しい。内ジャケの写真だけでウットリするわ。ヴードゥーには呪術を感じるが「TUMBA FRANCESA」には素朴の中に洗練が見える。
●これも SOUL JAZZ のCD。今回レコーディングに参加した TUMBA FRANCESA LA CARIDAD DE ORIENTE というバンドは、1862年解放奴隷たちによって設立された由緒あるチームらしい。明治維新の前だぜ。すげえ。


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ハイチ、キューバときて、次はジャマイカ。レゲエです。


「STUDIO ONE KINGS」
VARIOUS ARTISTS「STUDIO ONE KINGS」1967-73年頃
ジャマイカもイギリスを宗主国とした植民地で大勢の黒人奴隷が連行された土地。ここでもオリジナルの土着音楽が発生するのだが、今日これまで取り上げてきた宗教音楽やお祭りの音楽と違って、コレは20世紀の商業音楽。スカ、ロックステディ、そしてレゲエがこの島から生まれた。
●1950年代のジャマイカでは、ニューオリンズやマイアミといったアメリカ南部のラジオ局からジャズやR&Bが電波に乗って流れてきていた。お祭り好き、ダンス好きの島の人々はこれらの音楽で踊っておったが、何ぶんアメリカのレコードは入手が困難。ラジオだけでは限界がある。
●そこに現れたのが、CLEMENT "COXSONE" DODD という男。1959年、この島で初めてマトモ?なレコードビジネスを立ち上げて、自分たちの手で踊れる音楽を作り始めた。彼はミュージシャンじゃないのに、明白なヴィジョンを持ってジャマイカ産のユニークな音楽を制作した名プロデューサー。彼が作ったレコーディングスタジオがその名も「STUDIO ONE」。このスタジオがレゲエ史の中でなぜ神格化されているのか、これで納得して頂けたかな。全てはここから始まったのだ。
●彼の動きを口火に、多くの人々がスタジオを作り、レーベルを立ち上げ、サウンドシステムと呼ばれる野外ディスコで演奏、またはレコードをスピンした。50年代~60年代にはR&Bの影響を吸って「スカ」が誕生、60年代~70年代のソウル時代には「ロックステディ」へ進化、そして70年代のファンク時代にいわゆる「レゲエ」が成立する。アメリカの黒人音楽に強く影響されてるはずなのに、それがただのコピーにならず、独自の色が思い切り塗り込まれているジャマイカの音楽。ここにこの島の人々の強靭なオリジナリティと逞しさを感じる事が出来る。
●このCDに収録されているのは、初期レゲエ期の録音、COXSONE DODD とともにジャマイカ音楽の黎明期を支えた名シンガーの歌唱。まさしく「キング」と言われるにふさわしい人々。例えば JOE HIGGS BOB MARLEY のウタのお師匠さん。そんな連中ばっか。
COXSONE DODD のライバルとして激しく競い合ったジャマイカの重要人物を1人紹介しておこう。ARTHUR "DUKE" REID。彼も DODD とほぼ同時期からサウンドシステム&レーベル稼業を始めている。DUKE REID のレーベルは「TREASURE ISLE」。TROJAN RECORDS から凄まじい量のコンピが売られてる。残念ながらボクはコッチまでは網羅出来まへん。お金が続かない。


「STUDIO ONE DUB VOL.2」

VARIOUS ARTISTS「STUDIO ONE DUB VOL.2」1970年代?
「DUB」という言葉は完全なレゲエ用語っす。辞書で引けば「ダビング」という意味が出てくる。が、コレだけではいわゆる「ダブ」の意義は全くわかんない。
ダブは、超ザックリ説明すると、カラオケですわ。バンドとシンガー集めて一曲作ったら、アコギなプロデューサーは、ボーカルだけを抜き取って別のシンガーに別のウタを歌わせるという「名案?」を思いついたのだ。こうして使い回しされるようになった定番バックトラックを「リディム(RIDDIM)」と呼ぶ。歴史を超えて超定番になったモノは敬意を込めて「ファウンデーション(FOUNDATION)」とも言われてる。ダブは、こうした用途に使われるインストトラック。野外ディスコ「サウンドシステム(SOUND SYSTEM)」では、このダブをバックに DJ が勝手に節を付けてガナり、お客を煽った。この習慣が巡り巡ってラップ、ヒップホップの起源につながっていった。
●厳密に言うと、ホントにボーカル抜いただけのカラオケは「ヴァージョン(VERSION)」と言われてて、ホンマモンのダブとはちょい言い切れない。ダブは、ボーカルを抜き去った後に、スタジオエンジニアがアレコレいじくり回すトコロから面白くなる。この電気的処理の手法そのものが「ダブ」。具体的にはアタマ狂ってるんじゃないのってくらいにエコーやリバーブを響かせてトリッピーな音楽空間を作るコト。クサ吹かしてテープを土に埋める奇人までおったです。こうした発想が後に「リミックス(REMIX)」という手法に進化して全世界に普及。この小さな島国の音楽が全世界に与えた影響はホントに計り知れない。
●本作CDのダブは、70年代に花開く本格的なダブ時代の名作に比べると、正直原始的。あんまりダブダブしてなーい。オーセンティックなスタイルで知られる STUDIO ONEダブ時代の新流行とはズレてるんかな。DUB SPECIALIST という男がミックスを手掛けてますがコレは COXSONE DODD の変名。しかし、ダブ時代に活躍するプロデューサー、エンジニアの多くがこの STUDIO ONEで修業時代を過ごしたのも事実。OVERTON "SCIENTIST" BROWN、LEE "SCRATCH" PERRY などなど。
●実際の演奏をしているバンドも注目。基本はスタジオ付きのハコバンド。SOUND DIMENSION は名キーボーディスト JACKIE MITTOO が在籍してた。BRENTFORD DISCO SET ってバンドも出てくるががこれはボクには正体不明。でも BRENTFORD ROAD ってのは STUDIO ONE があった通りの名前で、2004年にその功績から STUDIO ONE BOULEVARD と改称された、というイイ話がある。

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VARIOUS ARTISTS「JAMAICA FUNK - ORIGINAL JAMAICAN FUNK AND SOUL 45s」1972-1978年
●アメリカのファンク、ソウルがレゲエの進化/深化に貢献したのは前述の通り、しかし宗主国イギリスとの関係がこの国に与えた影響も計り知れない。大量の移民がイギリスに出向き、コミュニティを作った。そこでイギリス国内の黒人音楽愛好家(モッズからパンクスまで)にレゲエは注目されるようになったのだ。新しい市場を得たジャマイカ音楽はさらに深化する。
●本作CDには JAMES BROWN THE TEMPTATION、EARTH WIND & FIRE、BILL WITHERS などなどソウルやファンクの巨人のカバーが満載。中にはイギリスで制作されたモノも。この時代になるとジャマイカとアメリカをまたいで活動するシンガーも出てきた。ボク的なフェイバリットは AUGUSTUS PABLO「AIN'T NO SUNSHINE」のインストカバー。渋いダブで心にジンワリ染みる。ソウルの名曲「PEOPLE MAKE THE WORLD GO ROUND」のカバーも染みるわ。


BURNING SPEAR「DRY  HEAVY + MAN IN THE HILLS」

BURNING SPEAR「DRY & HEAVY + MAN IN THE HILLS」1976,1977年
BURNING SPEARSTUDIO ONE からキャリアを起こしたシンガー。その後、ジャマイカ育ちのイギリス人 CHRIS BLACKWELL が立ち上げた「ISLAND RECORDS」へ移籍、1975年に名作「MARCUS GARVEY」を発表する。
●ここでちょっと寄り道。MARCUS GARVEY って誰? この人のコトはレゲエを聴く上では知っておいた方がイイっす。彼は20世紀初頭にジャマイカを拠点に黒人解放運動を繰り広げた思想家&活動家。奴隷制度により故郷アフリカから新大陸へ連行された黒人たちを、ユダヤ人のバビロン捕囚&海外離散になぞらえて語り、アフリカを黒人の手に取り戻せ、ヨーロッパの植民地主義を排斥しろと叫んだ男。言わばジャマイカのヒーロー。彼の思想が民衆レベルまでに浸透して生まれたのが、ラスタファリズム信仰。ラスタにとって彼は予言者なのだ。(彼自身はキリスト教徒で宗教を起こすつもりは微塵もなかったっぽいですが…)
●この通り、ラスタ信仰は20世紀に生まれた新興宗教。ジャマイカ人の中でも信者は10%程度。レゲエ=ラスタのイメージがどうしても強いのだが、決してレゲエラスタ思想だけを歌っているわけじゃありません。
●ただし、BURNING SPEAR に関してはその「燃える槍」の名の通り、そのメッセージは過激、ラスタの思想を体現し、同時代のパンクスにすら影響を与える存在になった。このCDは、その「MARCUS GARVEY」をリリースした後に発表した2枚のアルバムを束ねたもの。やはり、そのメッセージは底辺の人々から見上げた社会風刺の色が強い内容になってる。様々なディスクガイドが70年代の彼を絶賛してる。ルーツレゲエの全てがココにある、って位の賛辞で。
こんだけの予備知識をくっつけて、さあCDを聴こうと意気込むと、アナタは絶対ズッコケます。ふふふ。かく言うボク自身がズッコケた当事者です。どんだけ激しいシャウトが聴けるのかと思うと、ところがどっこいスンゲえノドカ。ハイパー超いい湯加減です。ホカホカです。ノンビリしたグルーヴに人の良さそうなオジさんのヨタヨタしたウタが温かく響くのです。このギャップ!ズッコケます。アタマデッカチな音楽の聴き方してるコトを痛烈に反省させられます。これがレゲエの奥深さ。メッセージが過激なら表現も過激か?それは我々の偏見。レゲエはもっとハートの奥深くで作用するのです。
ボクは「MARCUS GARVEY」を随分と寝かせましたね。ボクはよく分からない音楽に出会ったら、それが自分なりに理解出来るようになるまで寝かせておくのです。ワインみたいなモンですか。ピンとこねえやすぐ売っちゃお!はしません。CDを買ったのは8年前、数年かけてそのグルーヴのタフさにビリビリできる耳を育てるコトができました。
●そしてこのハイパー超いい湯加減なボーカル。タフなバンドの演奏に身を委ねながら、そのバンドの音を忘れて彼の声、コーラスに意識を集中するのです。すると、南の島の農場の風景が見えてくる。小作人のオジさんオバさんオニイちゃんオネエちゃんが額に汗して一生懸命働いている。キツい労働を少しでも紛らわせるために誰かがハナウタを歌い始める。つられて他のみんなもハナウタを歌い出す。畑を耕すテンポに合わせてゆっくりとしたウタがフワフワと生まれる。BURNING SPEAR のウタはそんな音楽なんです。こりゃボクの妄想です。でもだからこそ彼の声は民衆に愛されたのではないでしょうか。そう思うのです。


BOB MARLEY  THE WAILERS「UPRISING」

BOB MARLEY & THE WAILERS「UPRISING」1980年
●さあ、ジャマイカの最大のヒーロー、レゲエ界の最高のスターの登場。BOB MARLEY。彼の音楽に人生狂わされた人々は沢山いるでしょう。彼も初めはCOXSONE DODD STUDIO ONE に出入りしてたシンガーだった。一時期はスタジオの隣の廃車の中に寝泊まりしてたというチンピラ。PETER TOSH BUNNY WAILER の三人で THE WAILERS を結成し、奇人 LEE "SCRATCH" PERRY の制作で多くの音源をリリース。それらの音源は珠玉の仕上がりで素晴らしいモノばかり。世界デビュー以降の彼の音楽よりもコッチの方がイイかも。
●一介のチンピラからシンガー、そして敬虔なラスタへと成長した BOB は、前述の CHRIS BLACKWELL に誘われ ISLAND RECORDS からデビューする。1973年、全世界にレゲエの名が響き渡った瞬間。CHRIS BLACKWELL はビジネス感覚に長けた男だったのでロックファンにもアピールするような細工も仕掛けたようだ。ISLAND はその後 U2 などのロックバンドまで手掛けるメジャーレーベルに大成長したし。
●そんな連中との付き合いにクタビレたのか1974年に PETER TOSH BUNNY WAILER は脱退。BUNNY WAILERはバビロンな乗り物・飛行機にも乗らないというハードなラスタ信者なので、世界デビューなんぞ無理ってわけ。THE WAILERS は、BOB とバックバンド、そして奥さんの RITA LEE を含んだコーラスグループ I THREE という編成になります。BOB MARLEY & THE WAILERS の誕生です。
●そんで、本作CD。ISLAND からリリースされた9枚目。ドメジャーな曲で恐縮ですが「REDEMPTION SONG」がやっぱり好き。救済の唄…。美しいアコースティックなナンバー。そしてファンキーな「COULD YOU BE LOVED」。そしてこの作品を発表した翌年、BOB は脳腫瘍を患い36歳で亡くなるのであった。

CITY HEAT

CITY HEAT「WORLD RUPTION」1980年代後半?
●このバンドは、その後R&Bテイストのレゲエを歌い国際的なシンガーになる DIANA KING が無名時代に在籍してたバンドの音源、世界初CD化っつー代物っす。義弟KEN5くんがくれたCDなんだけど、正直詳しい事がよく分からない。
DIANA KINGARETHA FRANKLIN みたいなシンガーに憧れて、13歳にして家出。観光地のホテルのバンドに潜り込み、お客の前でウタを歌って暮らしていたという。ホテルのバンドでは様々なジャンルの音楽を歌ったけど、レゲエはやらせてもらえない。そこで出会ったのがこの CITY HEAT というバンド。ティーンエイジャーの頃の2年ほどを、このバンドのシンガーとしてジャマイカ各地を回ったらしい。
●アメリカのR&Bシンガーのように奔放に歌う様は、とてもティーンとは思えない非凡な技術と根性を感じる。そこにヒンヤリと乾いたバンドのグルーヴ、ちゃちいシンセのオーケストラヒットとかが安くマブしてあって、実に80年代後半らしい気分が漂っている。当時のレゲエは、打ち込み主体の「コンピュータライズド(COMPUTERIZED)」というスタイルが出現し、ダンスホールレゲエの時代に突入している。それでも一応ルーツレゲエの体裁をとっているので、最初はUKレゲエなのかなとか思ったりした。この時代にはこの時代の味わいがある。レゲエってイイねえ。
●このバンドを抜けた彼女は、SHABBA RANKS の海外ツアーにコーラスとして同行したりしてる。SHABBAダンスホールレゲエでいち早く国際的評価を掴んだ男だ。彼女自身がブレイクしたキッカケは、冬季五輪ボブスレー競技にジャマイカのチームが参戦した珍事(実話)を描いた映画「クールランニング」のサントラに彼女の曲が採用されたコト。そしてソロアーティストとして活躍していくのでありました。


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次の島に行きましょう。トリニダード・トバゴです。

CHARLIES ROOTS

CHARLIES ROOTS FEAT. DAVID RUDDER & TAMBU「SAVANNA PARTY」1992年
●カリブ海をグルッと取り囲む島国たち。西はキューバから始まり、イスパニョーラ、ジャマイカ、プエルトリコ、そして沢山の小島を経て最後の南米大陸べネズエラまで突き当たる。その最後の小さい島国がトリニダード・トバゴ。至ってシンプル、トリニダード島トバゴ島の二つで成り立ってる国ですわ。
●ここも根強い黒人文化が花咲く島。なんといってもカリプソの発祥の地。カリプソは風刺色の強い音楽で、その攻撃的なリリックはレゲエにも影響を与えている。一方でカーニバルが大好きなお国柄、カリプソはカーニバルの楽しいパレードを彩るダンスミュージック。さらには第二次大戦後に島中に放置されたドラム缶からスティールパンという素晴らしい楽器を生み出したのもこの小さい島の人たちなのである。
●1980年代以降は古典カリプソにソウルの要素を足してソカというスタイルが生まれた。70年代から活動する彼ら CHARLIES ROOTS は、カリプソソカもこなすヴェテランバンド。アルバムタイトル通り完全なパーティーアルバム、スティールパンも楽しく響く、分厚いホーンも賑やか、古典カリプソもソツなくこなし、時にはフュージョンめいた洗練されたビートもこなす。デカイ音で聴くとカラダが暖まる!


HEMO + MOOFIRE「SOCA GREATEST HITS」

HEMO + MOOFIRE「SOCA GREATEST HITS」2007年
ソカは21世紀に入るとジャマイカダンスホールレゲエの影響を受けて、より高速化してアゲアゲチューンに進化する。KEVIN LYTTLE「TURN ME ON」の世界的ヒットでソカの知名度は一気に広がり、日本にも愛好家がグンと増えた。HEMO + MOOFIRE はそんなソカの魅力にかなり早くから注目して日本のダンスホールシーンでソカを鳴らしてた2人組女性セレクター。ボクは KEVIN LYTTLE の来日ショーケースライブでスピンしてた彼女たちのプレイに一発でヤラレました。あの娘たちはナニをかけてるんだ?これはレゲエじゃないぞ!コレが本物のソカっていうのか!それから彼女たちのコンパイルするCDには特別の注意を払っています。
●まさしくこれぞ最新型のソカってラインナップですけど、ぶっちゃけ現地のアーティストさんたちがどんな人たちか全然ボクにはわからない。ライナーを丁寧に読むと、なにやら近隣の島々、バルバドスとかバミューダからも参戦、普段はジュース屋さんというお兄ちゃんのウタから、US R&B の AKON カリプソミックスまで収録。
●でも一番頼もしいのが日本人の曲。MINMI「SHA NA NA - JAPANISE WINE」が見劣りしないスーパーチューンで素晴らしい!「WINE」てのはレゲエ~ソカ界隈では、グラスの中で揺れるワインのようにオシリをセクシーにふる女の子のコトみたい。いいねえ、ジャパニーズワイン!MINMI ダイスキ!
●最後に収録のボーナストラックだけMINMIの日本語曲。ソカ高知よさこい祭りのグルーヴが似ているという着想から HEMO + MOOFIRE が手掛けたよさこいミックス。ヤバい、よさこいまで聴きたくなってくる。


HEMO + MOOFIRE「SOCA ESCAPE」

HEMO + MOOFIRE「SOCA ESCAPE」2005年
●こちらは HEMO + MOOFIRE がプロデュースした「SOCA ESCAPE」というRIDDIM で作ったワンウェイアルバム。「ワンウェイ(ONE WAY)」とは、同じバックトラック(前述したリディム(RIDDIM)のこと)で各個のシンガー/DJが全然別のメロディを乗せて歌い競うスタイル。ダンスホールレゲエじゃよくある定番パッケージっすね。百者百様のアプローチで全然飽きない。


●あーあ。またムダに長く書いちゃった。きっと誰も読んでないんだよなあ。
●最後に参考文献を。

「NEUTRAL」2007年5月号「美しき十字路 中米カリブ」

●雑誌「NEUTRAL」2007年5月号「美しき十字路 中米カリブ」
●ボクの関心は、アフリカ黒人がヨーロッパ文明によって与えたれた甚大な破壊被害(奴隷貿易と2大陸にまたがる植民地支配、人種差別)と、そんな過酷な運命に晒されながら、自分たちの文化をゼロから再構築した力強さにある。ブラックミュージックにいつも励まされるのは、その不屈の魂、文字通りのソウルが宿っているからである。
●文化は、政治闘争である。メディアに飛び交う情報はそれ一つ一つが弾丸である。全ての表現にイデオロギー的な意味が込められており、弱肉強食の闘争状態を繰り広げている。ボクはメディアの中の情報/記号の海に漂い、この闘争を眺めている。そして闘争の意味、流れを読みたいと思っている。それを半ば職業にもしてしまった。とてもスリリングで刺激的、時に恐怖すら感じる。皆さんにもこの楽しみ?を理解していただけると、とてもうれしい。

●ボクの中で、島の音楽はまだブームです。近くまた南の島を取り上げようと思います。
 

ノマド&ヒヨコの合体ハート。

きょうだいガッタイ


●ヒヨコ、お正月の親戚の集まりで「妖精の声みたいにオハナシするのね~」とほめられました。
●ノマド、公文の宿題プリントの余白に、先生へ向けて逆出題してました。「500+100=?」ノマドのアタマの中で最高に難しい問題です。

ボクが病院へ行こうと駅に向かっている時。
●親友ユウタくんたちとノマドヒヨコが幼稚園から帰ってくるのとスレ違いました。ユウタくんは「ノマドくんのパパ、どこにいくの?」ノマド「パパはね、CDかいほうだいにいくの。」CD買い放題…。いや~、そんなにひどいかノマド。パパはある意味「買物依存症」だからねえ。でも一枚300円とかで買ってるのよ。お酒飲む人よりもずっと経済的なのよ。
 
DVDで「ホテル・ルワンダ」を観る。ゲンナリする。

「ホテル・ルワンダ」

●ご存知、1994年に激化したルワンダ内戦の物語(実話)だ。高級ホテルの支配人が、大量虐殺を逃れてきた難民をホテルに匿い命がけの奮闘する。内戦はフツ族対ツチ族との民族対立が原因だと言われているが、この民族区別自体が旧宗主国ベルギーの植民地支配によってねつ造されたモノだ。鼻の大きさ、肌の色、身長で区別をしたというが、ナチスドイツがやった人種学(アーリア人が優良人種で、ユダヤ人が劣等人種とするプロパガンダで、骨格や外観を統計的に調査までしてた)と変わらない。そんなコトで沢山の人々が殺し合った。100日間で100万人が死んだ。一日1万人殺すのって大仕事よ。町一つ毎日全滅させてくペースだ。
ルワンダの面積は約26000㎢。福島県+新潟県くらい?ここに800万人の人が住んでる。ここで100万人殺される。8人に1人殺される。40人のクラスで同窓会やったら5人死んでて欠席。「あ?タカハシ? ヤツは家族全員殺されちゃったよ、だってツチだもん、しょーがねーな。あ、そう言えば、コバヤシも死んだな。アイツはフツなのに中途半端にツチをかばったから殺されちゃった。奥さんがツチだったのが運の尽きだね。しょーがねーな。」というトークがなされる訳よ。

ソマリアは91年から無政府状態になりっぱなし。スーダンは西部ダルフール地方に住む少数民族を弾圧し、独立以来200万人が死に、今も100万人が家と土地を失っている。3600万人の人口のうち、100万人を難民にするって政策ってどういう事?アフリカ全土が出口のナイ不毛な憎しみで溢れかえってる。
●なんで殺し合いが止まらないのか。根底の問題は貧困である。狭い国から人が溢れてる。仕事がない、金がない、食えないから、隣人殺さないと生きて行けない。民族紛争なんてちょっとした言い訳。とにかく言い訳つけて余所者を追い出さないと自分が喰いっぱぐれる。外国人労働者への偏見と同根。「ヤツらがオレらの仕事を盗ってる。ヤツらが安く働くからオレの給料も安い」んっ?ちょっと待て!ホントに悪いのは誰だ?アフリカ人が悪いのか?それは違うんじゃないか?どっかで高みの見物をしてるヤツがいる!

アフリカはもう定員オーバーした。共食いの時代に突入してる。でもね、どんなに殺し合いをしても人間の数は減らない。ルワンダはもう内戦以前の人口増加ペースを取り戻したという。だからきっとこれからも生まれた分だけ必死に殺すだろう。地獄だわ。無間地獄だわ。
●これはそう遠くない全地球の姿じゃなかろうか。環境破壊が進行してる。病気になったり仕事や生活、住居を壊されるのは貧乏人だ。原油価格が高騰し株価が暴落してる。物価上昇増税福祉切下げは貧乏人を苦しめる。捌け口のナイ憎しみが社会全体世界全体に沈殿する。アフリカ、人類発祥の地は人類滅亡の始まりの地になっちまうのか。

アフリカ読書。

あふりか本
 
ジョン・ロード「黒人アフリカの美術」
●アフリカの歴史が植民地支配と奴隷貿易で混乱する以前の、古きアフリカの美を追求する。しかし、これが難しかった!文字を持たないアフリカ文明は自らを語る歴史を持たない。彼らを蛮族と見なす西欧文明の偏見が、彼らの文化を歪めてしまう。そして植民地支配時代に行われた美術品の収奪。片っ端からアフリカ人の財産がヨーロッパに運び去られた。民芸品をお土産感覚で摘んでいくのと同じ感覚で。だから、メチャクチャにされた歴史からアフリカの真の姿を抽出するのがメチャメチャ難しい。
●そもそも、美術の概念の位置づけが、西欧美術とアフリカ美術で全く違う事を思い知らされる。西欧美術は、個人によって表現され、他者によって鑑賞されるコミュニケーションの一形態だ。
●アフリカ美術は、そうではない。その作品単体だけでは成立せず、衣装や仮面として舞踏や儀式の中で使われて初めて表現が完成する。しかもその儀式は秘密にされ、舞踏家として参加しその作品の一部になる他に表現を体感することはできない。客観的に鑑賞されるモノではないのだ。ヨーロッパ人は、その表現の断片を拾い上げて「粗末な木彫り」などと過小評価していた。ホント浅ましい。

あふりか1
 
●モノクロながら大量の図説のあるホン。迫力の表現に息を飲む。


アフリカ音楽。

JOHNNY CLEGG  SAVUKA「SHADOW MAN」

JOHNNY CLEGG & SAVUKA「SHADOW MAN」1988年
南アフリカ共和国のミュージシャン。でもこのジョニーさんは白人なんです。白人でありながら、アパルトヘイト政策下の南アで、土着文化ズールーに魅かれた男。黒人の友人とともに音楽活動を開始。しかし公の場では黒人はプレイ出来ないし、白人のジョニーは黒人地区に無断で入ったとかいって逮捕されたり…。
●しかし地道なストリート活動と反人種差別のメッセージ、ズールー音楽と西洋音楽を結合したスタイルが注目され、ワールドミュージックに湧く80年代フランスで評価される。抜けのイイ躍動感あるリズムに明るい曲想、ジャケもズールーのダンスを素材にしてる。フランス人って黒人音楽に開けてるよね…ジャズも本国アメリカよりもフランスの方が早く高く評価してたし。
●でも、世界デビューを前に、相棒の黒人青年は「昔からの夢、農民になるよ」と言って去っていった…。アフリカ人はアフリカの大地に根差して生きる。これもある意味アフリカらしさなのかな。
 
 
今月は娘ヒヨコの5歳の誕生月。幼稚園でお誕生会。
●もはや毎年恒例となった幼稚園でのセレモニー。誕生日を迎えた子が、全園児の前で挨拶してお祝いをもらう。で、われらパパママはそれをビデオに収めるべく幼稚園に出頭するのである。ノマドヒヨコ2人合わせて今回で5回目&皆勤賞。パパで来るヤツなんてほとんどいないのにね。

ひよこあいさつ

●去年は自分の誕生日を言い間違ったヒヨコですが、今回は無事成功。大人になったら何になりたいの?と聞かれて「モデルです!」と臆面もなく公言。そのためにはお菓子減らす必要があると思います。

我が家でもお祝いが行われました。

5さいひよこのケーキ

●人間5年目突入。だんだんコイツがどんなタイプの人間なのか、正体がハッキリしてきました。
食事中は必ず鼻唄フンフン歌う。
毎日幼稚園遅刻ギリギリで必ず号泣する。
ボクが音楽を聴いてると勝手にフリースタイルで踊っている。満面の笑みで。
ママゴトでは花形の「お母さん」役をやらせてもらえないが「ペットのネコ」を喜んでやってる。
「子供部屋とママのベッドで代わりバンコに寝る」と宣言したのに、平気で毎日ママの隣で寝てる。
雰囲気にすぐ流される。
人のハナシを聞かない。
飽きが恐ろしく早い。
理屈が通じない。
すぐ笑う。
すぐ泣く。
でもすぐ忘れる。
懲りない。
後先の事を全く考えない。
顔が丸い。
ヘソが大きい。
不二家のペコちゃんに似ている。
多分、重度の天然。


●今回のプレゼントはプレイモビルの「シンデレラ」セット。
●ノマドも一緒に盛り上がってます。

ぷれいもびるであそぶ

●シンデレラと王子様の結婚式に、お客さんが大勢集まってます。ハッピーウェディング。

ぷれいもびる
 

●さて、今日は女子の音楽。

PERFUME「ポリリズム」

PERFUME「ポリリズム」2007年
●トラックメイク&リリックは CAPSULE中田ヤスタカNHK のエコキャンペーンでヘヴィロテでしたが、何しろそれよりも下北沢の VILLAGE VANGUARD でヘヴィロテでした。もはや無視出来なくなってしまいました、新世紀エレクトロアイドル。アイドルとしてカワイいかどうかはハッキリ言って微妙だし、本人にエレクトロやテクノに対する思想性はゼロらしいっす。だけど、音楽としてフルで聴くと実に強度のあるエレクトロ。ヨーロッパで盛り上がるエレクトロとリンクする表現ですわ。繰り返すこのポリリスム…このポリリズム…このポリリズムポリリズムポリリズムポリリズムポリリズムポリリズムポリリズムポリリズムポリリズムリズムリズムリズムリズムリズムムムムムム…。

SOTTE BOSSE「ESSENCE OF LIFE」

SOTTE BOSSE「ESSENCE OF LIFE」2005年
●これも下北沢 VILLAGE VANGUARDのヘヴィロテ物件。日本国民なら誰でも知ってるジェイポップの有名曲をライトボッサ&女子声でカバーするユニット。THE BOOM「島唄」、MISIA「EVERYTHING」、サザン「真夏の果実」、ドリカム「未来予想図 II」、そしてSMAP「世界に一つだけの花」などなど。

SOTTE BOSSE「MOMENT」

SOTTE BOSSE「MOMENT」2007年
●さてさて、前作はインディーズだった彼らがメジャー昇格。半分くらいがオリジナルになりましたが、やっぱカバーに耳魅かれちゃう。米米CLUB「君がいるだけで」絢香「三日月」などなど。クセのナイ爽やかな CANA 嬢の声が原曲の灰汁のをぬぐい去って、曲のイメージを一新させる。あれ、これ誰の曲だっけ?とか戸惑うくらいに表情が変わる。サウンドプロデュースの頭脳は i-dep というユニットのメンバーナカムラヒロシ氏。

VARIOUS ARTISTS「ESSENCE OF LIFE LOVE」

VARIOUS ARTISTS「ESSENCE OF LIFE "LOVE"」2006年
SOTTE BOSSE がメジャー昇格しちゃったから、本家インディーの TRANSIT GENERAL OFFICE SOTTE BOSSE 風アーティストをかき集めて同路線カバー集を作っちゃいました。ウイスパー系含めどれも爽やかな女子声です。米米「浪漫飛行」槙原「遠く遠く」ユーミン「ノーサイド」。洋楽まで進出、ABBA「DANCING QUEEN」BAGGLES「VIDEO KILLED THE RADIO STAR」。THE BLUE HEARTS「青空」は、あまりにもタッチが違いすぎて原曲がわからず戸惑った。

東京事変「娯楽」

東京事変「娯楽」2007年
椎名林檎って人はホントに侮れなくて、いつまでたっても正体不明で、謎多き女性ですわ。ソロ名義でブレイクした時は、ナース姿でガラス叩き割ったり、映画ブレードランナーのレプリカントみたいなゴスメイクでサムライブレード振りかざしたりとサディスティックなコスプレで衝撃を放ったけど、彼女は精神的コスプレこそが真骨頂で、楽曲や作品でホントに多彩な女性に変身する。いたいけな少女にもなれば、聖母にも悪女にも女王様にもなれる。いまだに本物がドコにいるのか分からんし、イメージが分散しすぎて今作を聴いてもちっとも像を結ばない。東京事変では完全にバンドのボーカリストとしての役割に徹してるのかな。ここ数年で一番キャッチーなシングル「閃光少女」はコレには収録してないのね。がっくり。

チャットモンチー「生命力」

チャットモンチー「生命力」2007年
●大ブレイクしてしまいましたね。ボク完全に見くびってました。一昨年のファーストシングル「恋の煙」をチェックした時の印象は、ガレージになりきれてないショボイ女子って感想。声が貧弱だと思ったんだよね。ところがどっこい、このアルバムではバンドの足腰もしっかりしてきて、音圧も分厚くなってきた。そこにあの頼りない声がアンバランスな個性を放ち始めて、耳を思いきり惹き付ける結果になった。シングル「女子たちに明日はない」でメロッとウロコを目ん玉からはがされた。普通の等身大女子が、身に釣り合わないロックで武装したカッコよさ。

ASOBI SEKSU「CITRUS」

ASOBI SEKSU「CITRUS」2007年
●こちらはN.Y.で活躍する日本人女子。YUKIという女性と JAMES というアメリカ人男性が中心になって、英語日本語おり混ぜた楽曲を奏でている。彼女の透き通った声が、疾走する轟音ギターのフィードバックノイズへ神々しく溶け落ちて行く様が美しい。90年代に盛り上がった「シューゲイザー」サウンドの正しい後継者。
「シューゲイザー」ってのは直訳すると「靴をニラんでるヤツ」。このテのバンドは、耳を聾さんばかりの轟音ギターノイズが命で、そのノイズ制御のためにギターの手元と足下のエフェクトペダルしか見ないでプレイする。結果下しか見ないから「靴をニラんでるヤツ」。ステージ上で見ると大分無愛想ですよ。ワリと美メロで歌ってるのにそんなモンほとんど聴こえない。でもそれでオッケイ。MY BLOODY VALENTINE(あのノイズの渦はライブじゃ再現できないと思うけど) とか RIDE とか THE JESUS & MARY CHAIN とかが代表格? SONIC YOUTH もノイズに没頭するばかりに、バンド全員がアンプの方向いてツマミを調整したり、しゃがんでエフェクターをいじってたりと、かなり無愛想なライブしてました。
 

 
今日も鍼灸治療。その帰りにアップルストア銀座店に行きました。

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実は iPod をトイレに落としてしまったんです。
●実はボクは普段から寝てる時も iPod を鳴らして音楽を聴いているのです。これが失敗の元でした。昨夜、夜中に尿意を感じ、ボケーッとしながらトイレに立ったのですが、耳から iPod をぶら下げていたままだというコトに気付かず、「あ、ヤベ。iPod を…」と思った瞬間に、彼はボクの手をすり抜けて万有引力に引かれるがままに、ストーンと落下&ボトーンと潜行してしまったのでした。
●速攻で便器に手を突っ込み救出したのですが、このテのモノに3秒ルールなどあるはずもなく、どんなに必死に水を拭ってやっても、ボクの iPod くんは画面から見た事もないような色を苦しげに放ち、最後はパチパチと回路がショートする音を細かく悲しげに立てて、間もなく息を引き取ったのありました。
●夜中のトイレでジタバタ騒ぎが起こってる事にワイフが気付き、悲嘆にくれているボクに彼女がかけた言葉は「ワタシ的に気になるのは、する前に落としたのか、した後に落としたのか、ってトコなんだけど」「する前」だよ!ショックで出るモンも出なくなったよ!

トホホ…、ダメもとでアップルストアに持って行きました。
●保証書までなくしてて勝ち目ゼロ、3万円強で新品買い直しするしかないか…。とか思って相談カウンターに座ったら「15800円で新品と交換致します」とのこと。おお!アップルはフトコロ深いぜ!アップルストアでは何かと気持ちイイ思いをする事が多い。マック買替えの時も5000円くらいまけてくれたし、大手量販店よりも接客が親切で知識も確実だからね。アップルは一般量販店と正規のストアで値段もほとんど変わらない。マック歴14年ぐらいになりますが、ますますマックが好きになりました。


先日、会社に行ったついでに寄った、新橋のCD屋での買い物

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ピュア・サウンド新橋店
在庫の半分以上がエロDVDという点で、全くピュアではないトコロが笑える小さなお店。洋楽コーナーの棚が、荷開きしてないエロDVDの段ボール箱で埋まってチェック出来ない。それなのに、浜崎あゆみコブクロなどドメジャー系に混じって、マニアックな海外アーティストのライブブートレグDVDや、ヤプーズとかタモリさんの70年代音源再発モノなど、ヘンテコなものが混じってる。やる気があるんだかないんだか全然わからないので、仕事してた時はちょくちょく通ってた。
●系列店もたくさんあって、拠点は大阪。ボクは大阪・梅田店新宿店にも行ってる。池袋にもあるらしい。全部エロDVD主体だけど、ヴィジュアル系に特化したお店もあるらしい。ホントにワケ分かんないね。
●注目は100円~300円コーナー。もう死ぬほどのクソ盤ばっかりなんだけど、100枚に一枚くらいの確率で掘り出し物が見つかる。今回も、おおっ!という物件を発見した。

RIP SLYME「TALKIN CHEAP」

RIP SLYME「TALKIN' CHEAP」1998年
RIP SLYME インディーズ時代のアルバムを200円で発見。インディーズの時は FILE RECORDS の所属だったんだ、知らなかった。SUさんはまだ正式メンバーじゃなかったみたい。一曲しか参加していない。
●しかし、若いです!ボクが RIP SLYME を大好きでいるポイントがまだ確立してない。トラックの触感は A TRIBE CALLED QUEST 一派(THE UMMAH)のようなレイドバックしたジャジー感覚。四ツ打ちのビートにゆったり乗っかるフロウ。まだそれぞれのMCが自分たちのキャラクターを掴んでない。むむむ、今の彼らの活躍を考えると正直ちと食い足りない。トラックメイカーには EAST END & YURI DJ YOGGY の名も。

●関連して最近聴いた他の作品も。これも以前一枚260円でゲットした。ラッキー。

RIP SLYME「TIME TO GO」

RIP SLYME「TIME TO GO」2003年
RIP SLYME の楽しさは4人のMCのキャラの使い分け。RYO-Z が一番タイトでタフ、SUさんはモゴモゴ低音ボイス、ILMARI はすこし涼しげにフロウを泳がせてて、PES がトリッキーなお茶目声で場をかき回す。PES のフロウは鼻唄のようなメロがあって、現行日本のシーンの中で一番好きなラッパーです。そんな彼ら4人が巧みにマイクをリレーし、印象的なサビメロに4人全員で突入する。それがイイ。ILMARI が一曲ビートボクシンを披露してたり、多芸です。そしてもう一つの特徴はトラック面。BPMが速い。今作はややエレクトロ風味かな?「JOINT」「BLUE BE-BOP」の軽やかなハイテンポ感が気持ちイイ。メロウなトラックもおり混ぜて緩急つけてますが。

RIP SLYME「MASTERPIECE」

RIP SLYME「MASTERPIECE」2004年
●自ら「傑作」と言っちゃうほどの自信作なのか?でもホントにカッコいいです。メンバー自身が楽器を持って演奏してたりしてるんですよ。表題曲は DJ FUMIYA が全部楽器弾いてるし、PES も印象的なギターフレーズを組む。同じ多数MCユニット nobodyknows+ は、トラックメイカーの DJ MITSU がサウンド面で全権を握っててそこに個性豊かなMCが乗るって体制だけど、RIP はもっと民主的な体制で、メンバー全員がトラックメイキングを担当する。軸は DJ FUMIYA だけど PES のセンスもかなりのモン。トラックに関わらないのは RYO-Z だけかな? ビート感はより多彩になってる。ヒップホップは、4つのキックに合わせてイチニ、イチニと歩くのが心地よくカッコいいとされてた時期もあった。でも彼らのトラックに歩くテンポを合わせたらスキップしながら走らないといけない。そんくらい彼らのトラックは楽しい。美メロサビが最高な「黄昏サラウンド」 PES がコンポーズ。「GALAXY」もオモチャ箱をヒックリ返したような楽しいディスコ感覚が最高。

●最新作「FUNFAIR」はまだ聴いてません。聴いてみたいけど、また200円くらいになるまで待つのかも。

 
最近、お芝居にハマってます。
●先日、下北沢演劇文化の中心「本多劇場」に観劇に行ったコトを報告しました。正直、ことのほか楽しい経験だったので、最近色々な小劇場で舞台を観ているのです。ボクは音楽好きでライブハウスやコンサートホールにはよく行ってたけど、カラダをこわしてからは長時間立っていられなくなってしまいました。ところが演劇はずっと座ってみてられる。カラダに実に優しい。
●そもそも今まで未経験だった全く異質の文化に触れて、とてもワクワクしています。映画とは全く異質のライブ感、舞台空間という制約を逆手に取った演出の工夫、音楽のライブとはまた違ったキャストとお客の一体感、出る人観る人が今まで出会う事のなかった人種で、それをウォッチングするだけで新鮮。
●お芝居は高額だとかチケット入手が難しいというイメージがあったけど、下北沢には大小沢山の劇場があって、そんなにすごく高くもないし、ちゃんとした時間にいけば当日券も容易にゲット出来ることが分かった。体調に合わせて行きたい時にフラッと行く。事前に公演時間が何分か聞いておくとイイ。劇場は狭くて窮屈だから、具合が悪くなっても途中退出出来ない。あまり長い芝居はカラダをおかしくするので、一時間半程度の芝居を選んで観てる。
●ボクは完全な演劇素人なので、全く予備知識なく劇団や演目を選んでいる。だから感想もデタラメなので、ご了承ください。

スチュワーデスデス

クロムモリブデン「スチュワーデスデス」@下北沢駅前劇場(1月6日)
●ホントに駅前南口広場にある雑居ビルの3階に、2つも劇場があった。演劇オンチのボクはこの街在住5年目にしてその存在を初めて知った。ちなみに2階は居酒屋「坐和民」
●フライヤーの雰囲気で、スチュワーデスのお話かなーと思ってた。コスプレものから入った方が演劇素人のボクでもスッと入れるかなーなんて考えてた。ところがどっこい、一ミリもスチュワーデスは出てこないし、セリフにも「スチュワーデスデス」って言葉は2~3回出てきたかなって程度。芝居はフライヤーでは内容を判断することはできないということを知った。
●でも内容にはとても満足。役者の衣装はみなアニメキャラのようにカラフル、コミカルでハイテンポな展開はマンガのようなポップ感が愉快。しかし見かけと入り口はチャーミングでも、テーマはワリとドス黒い。死刑判決が出た瞬間に昏睡状態に陥った囚人を、遺族たちが刑務所から誘拐して拉致監禁。この殺人鬼を巡ってどんな復讐をしてやろうかと皆が思案していると、当の男が目を覚ます、全ての記憶を失って…。「スチュワーデス DEATH」
クロムモリブデンは、1989年立ち上げというから結構立派な劇団なのでしょうか。気になった役者さんは、ちょっとイカレた殺し屋を大げさなキザっぷりでバカバカしく演じてたイケメン板倉チヒロさん、その殺し屋の便利な配下の女の子奥田ワレタさん、ダイフクのように愛らしい丸顔女子渡邉とかげさん、そして、記憶を失いつつもその狂気にオートマチックで目覚めていく殺人鬼を、無垢でありながら妖しい目つきで演じた森下亮さん。覚えとこ。

ラブリース

GEO'S COMPANY「ラブリーズ ~君に捧げるハーモニー~」@下北沢小劇場楽園(1月13日)
VILLAGE VANGUARD 下北沢店と同じ建物(つまり本多劇場とも一緒)の地下一階にある小劇場「楽園」。その名の通りマジ小さい。補助席入れてキャパ80人。おまけに会場中央にドでかい柱(1m四方ほど)が立ってて、客席を二つに分断。役者は柱の左右に座る2方向のお客に向けて演技しなくてはならない。

楽園

●内容は、学校も学年もまちまちな少女たち4人が作った「なんでも応援団・ラブリーズ」の物語。草野球の試合から町内のご長寿歌合戦まで、依頼とあれば何でも応援します!明るく快活な彼女たちが、こんな応援団を結成したワケとは…。
●演じるのはローティーン~ミドルティーンの女の子。みんな小学生の頃から舞台やミュージカルで活躍している子役タレントさんたちだ。演技は爽やかで瑞々しいと思いました。その関係か、狭い客席は子役仲間の女の子たちやそのお母さんお父さんみたいな人でいっぱい。顔見知りも多いのか「あ~ら○○ちゃんママ、こんにちわ~」といった会話がチラホラ。神木隆之介くんや志田未来ちゃんなど子役上がりのビッグタレントが昨今の注目を集めてるが、セッセとステージを目指して努力する少女(&ママ)が沢山いるんだなと噛み締めるのでありました。

カミノコクウ

大駱駝館「カミノコクウ」@世田谷パブリックシアター(12月22日)
●日本映画の怪優、麿赤兒さんが主宰する暗黒舞踏集団「大駱駝館」。フライヤーを見て一目瞭然ですが全身白塗りでグネグネやる系です。もちろんこんなの見るの初めて。荒木経惟が撮った上記の写真の迫力、麿さんの面構えに魅かれました。ていうか、今見なかったら多分一生縁のナイ世界かも、ならヒマ人である今のウチに観ちゃおうという好奇心?
●コドモのバレエ発表会を見に行った時、一つの発見がありました。年次の高いダンサーさんによる「コンテンポラリー」というスタイルの演目があったのです。「コンテンポラリー」って? いわゆる古典バレエの様式から逸脱したより自由度の高い舞踏スタイルのようです。ふーん。現代美術の本とかでよく出てくるマーサ・グラハムとかマース・カニングハムがやってるコトってこういうことなのかな? 古典バレエのように数世紀もの時間をかけてその様式を洗練させてきた表現技法は、その様式の美しさを研ぎすますことこそが訓練の到達点なのだろうけど、このコンテンポラリーには自由と風通しの良さがある。なんかオモシロそうだ。この非バレエ的舞踏というものを観てみたい。そんな風に感じた。
それでいきなり「白塗り」かよ!というツッコミ、誰でもしたくなるでしょ。飛躍しすぎてるっつーの。心療内科のセンセイまで言ってたですよ。「これまた極端ですね~、で、オモシロいんですか?ワタシにはきっとワケ分かりませんでしょう」はい、ボクにもワケ分かりませんでした。でもオモシロかった!
麿赤兒主宰の「大駱駝館」プロフィールには「常に忘れ去られた身振り・手振りを採取・構築」って書いてある。なるほど! ピンときた! 人間の身体は実に細かく動かす事が出来、様々な価値観/世界観によってその身振り・手振りに細かい意味付けがなされている。お辞儀、握手、喜怒哀楽の表現。古典バレエが洗練させてきた様式は、バレエという価値体系において美しいとされる身体表現の集積だし、新体操やフィギュアスケート、歌舞伎や社交ダンスも身体表現文法の集積と言える。「大駱駝館」の狙いはこれら既存の美的価値観からこぼれ落ち、名前すら与えられていない身体の動きを発見し、それを舞台上にて表現する。それが「常に忘れ去られた身振り・手振りを採取・構築」
●結果、その身体表現は異形のモノになる。醜いがゆえに避けられたモノを敢えて引きずり出しているんだもん、当たり前といえば当たり前。男性はスキンヘッドにフンドシ&全身白塗り、女性も髪の毛は黒いけど基本白塗り、ほとんど裸で白い荒縄を体中に巻き付けて微妙な所を隠してる。まるで縄文土器だ。麿さん以外は完全に匿名化されて個人の識別は不可能、結果その身体の奇妙な動きだけが観衆の目に焼き付けられる。時に猥雑すぎる動きがボクの中の性的タブーに抵触する。女性があんなカッコで踊るなんて…。既存価値観を乗り越えて直接ボクの深層意識に接触してくる振り付け。これはスリリングだ。ボクは今この舞踏に攻撃されてる。
●冷静にその動きを見ていれば感じる事だが、デタラメな動きをしているようで各個の動きはスゴく訓練され洗練されてる。苦悶の表情でのたうち回ったりしてるんだけど、ボクは自分の足を突然トカレフで撃ち抜かれたとしてもあんな風に苦しんだり痛がったりできないだろう。身体に隠された未知の動きを自分の中から発見し定着させる不断の訓練がなされている。スゴい。迫力がある。
●結局、パフォーマンスのどのへんが「カミノコクウ」なのか、全く分かりませんでしたけど、メチャメチャ楽しかったです。舞台終演後、メイクも落とさずに着流し姿でロビーに現れた麿赤兒さんは、バナナのタタキ売りでもするかのように自分の写真集にサインを書いてた。メチャカッコよかった。
 
 
自律神経失調症とのお付合い(その35)~「会社に戻るのちょっと保留」編
●年明け一回目の会社診療所に行く。これからどうしていくのか、相談するカウンセリングだ。でもそのお話をする前に、前日の鍼灸治療のコトから。

「全然柔らかくならないわ。こりゃダメね。しょうがない、スゴく痛いのやるわね」今週二回目の鍼灸治療。先生は翌日ボクが大事なカウンセリングがある事を知っている。だから、せめて明日一日だけでもシャキッとしてられるよう、念入りに施術してくれているのだ。
●この日の施術は最初っから猛烈に痛いシゴキっぷり。肩甲骨の周囲をゴリゴリともみ込み、様々な方向に走る筋肉の束をかき分けて、バキバキになってる細い筋を探し出しイジメまくる。激痛に耐えて一時間目にこのコメント!これ以上痛いってどんなのよ?!
「はい。じゃあベッドに座って」はい。すると両肩にドスドスそれぞれ6本鍼が刺さる。それだけでグッとくる。「じゃあね、これから肩を回します。はい肩を上に~、前に回すように、そして後ろにそらして~」ぐはっ!! 痛い!鍼が筋肉の中で動いてる!「あと3回まわすわよ~、我慢!」ぐあ~!
●続いて腰に3本。これまた刺すだけでズンとくる強打。「はい、前屈!」えっ前にかがむの? ガガガッ、痛ってー!鍼の刺さった筋肉がぎゅーっと伸ばされて、ギリギリする痛みが走る。「今度は後ろに反って~」うわコッチの方が2倍痛え!筋肉が縮まり鍼をギュッと挟む。「これも3回よ、はーい、痛いでしょ!」
「これでもまだまだ序の口よ」えーっ!「いやいや一般の人にはこんなのしないわよ、でも私、アスリートの人もやるじゃない。トップアスリートはスゴいわよ。今日は特別!」この先生、メジャーリーガーから総合格闘家、バレリーナ、レーサー、ミュージシャンまで面倒みてるから、やっぱスゴいわ。
「でもね、絶対焦っちゃだめよ。まだ無理。絶対無理!会社に行くって言ったって、この状態じゃ会社なんて週一が限界よ」うーん。確かにカラダのコンディションは年末から明らかに悪くなってるんだよな…。気分も悪いし、正直不安だ。


そんで、昨日、会社のカウンセラーに会う。
●先日、心療内科からもらった診断書を渡す。「診断書 病名:自律神経失調症 頭書の病状は回復傾向にあり、短時間の制限つき労働であれば可能である。 右の通り診断いたします。」
●心療内科の主治医は「00月から復職可」といった時期を明らかにしたカタチではなく、状況にあわせてフレキシブルに復職時期が検討出来るニュアンスを盛り込んでもらった。「制限つき労働」というフレーズも、多様な勤務形態を解釈次第でフレキシブルに運用できる。こうした内容にしてもらったのは、会社のカウンセラーの入れ知恵があった。
●カッチリ決め込んだ診断書だと、人事部や現場の杓子定規な圧力で完治せずままに完全復職しなくちゃいけなくなる。会社診療所とカウンセラーの立場からは、解釈に「ファジーなゆらぎ」を残した診断書の方が、徐々に現場に戻す復職プログラムを組立てやすいという。

診断書は復職を認めてるんだけど…。
●ボクの方から正直に進言した。復職はちょっと保留してほしいと。「診断書は頂いたんですが、年末から体調を崩してしまって、今とっても具合が悪いです。昨日も鍼灸院に行って、たった今も全身に15本の小さな鍼を刺しっぱなしにしてます…。今は不安です…。」感情表現や社会的交渉能力は回復してきてるので、抗うつ剤は減らす事になった。ただしどうしてもカラダが痛い。気分もそれに引きづられて落ち込んでいる。復職はもう少しコンディションが回復するまで待ってもらえないか。カウンセラーはさっぱりと答えてくれた。「うん、そうしましょう。再来週の次回カウンセリングまで様子みましょう。確かに回復はしてる。でも焦る事は全然必要ないから」

会社に帰って、ボクはどうなるのか?
●不安の原因には、この先ボクに何が待ってるのか、それがイメージ出来ないコトがある。正直言って、ビビってるのだ。「あの~、ボクを待ち構えている運命っつーのは、一体どんなモンなんでしょう? 復職プログラムって話は前にも聞きましたけど、具体的にはピンとこなくて…」
●ボクの会社の、ボクのケースとして考えられるのは、まずはとにかく会社にくるだけってトコロから始めるという。午前でも午後でもいいからまず会社に来て、2時間ほど診療所の隅っこにあるパソコンで事務作業だけする。元の現場には戻らない。これを数週間続ける。現場に戻らずとも会社の中にいるだけでボクのような病人は様々な刺激に動揺するはずだという。人事異動や業績の動向を知る事、清算や諸手続きなどなどをこなす事だけで十分な負担になる。
徐々に、会社にいる時間を延ばす。8時間いられるようになるまでこれまた数週間かかるだろう。現場から隔離されてやるコトもないだろうから、途中で図書館行くとかして中抜けもあり。それを日誌として報告するという。ボク「あの…、映画ってのもアリなんすか?」カウンセラー「いいですよ」へええ。
●で、8時間いられるとなってから現場の人間と相談して勤務の仕方を考える。元の職場に戻るには数ヶ月かかるとイメージしておくべきのようだ。戻っても定期的なカウンセリングは引き続き行う。完全にアシ抜けできるのは3~4年くらいかかるらしい。ボクの場合は5年ぐらいかけて激務を続けてカラダを壊していったので、治すにもそのくらいの時間は必要というわけだ。全快するのはボクが40歳くらいになってからってコト? 道のりは長いなあ。

オマケに、直属の上司であるN山さんに会えた。
●N山さん、インフルエンザにかかっちゃったらしく、たまたま診療所にいらっしゃったわけです。「ひさしぶり~!あ、でも近づいちゃダメよ、伝染っちゃうから」なんかとってもウレシかったっす。


そのまま心療内科へハシゴする。
●カウンセラーとの会話を報告すると、先生は感心してた。「さすが大企業さんですね。そこまでキチンとケアしてくれる会社はなかなか珍しいですよ」やっぱ、そうですよね、ボクもそう思うわ。でもカラダがスゴく痛くて、復帰はいったん保留しました。
●しかし先生はこうも言う。「でもね、unimogrooveさん、これからもカラダの不調は一杯起こりますよ。社会復帰ですもの、簡単にはいきません。だから、一つ一つ学習して下さい」ココまでやったらマズい。ココまでやったらヒドいコトになる。それを一つ一つ知る事で、体調を崩すキッカケを避けられるようにならなければならない。病気の人はソレが分からない。分からないコトそのものが病気なのだから。
●ボクは年賀状6時間連続で書き続けて体調を著しく崩した。そもそも、この年賀状6時間を異常だと思ってなかった。確かにハマり込むと視野狭窄に陥るほどの集中力はボクの生来の気質だし、6時間程度の事務作業なぞ昔のボクには雑作もないコトだった。でもそれが積もり積もって病気になったのだから、もう認識を改めなくてはならない。壊れた機能は、もう元に戻らない。新しい自分のキャパシティを見定めないといけないのだ。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


あと!会社でウレシいものを見つけた!
ボクの部署が2007年年間平均で他社比シェアトップ獲得をしたという張り紙!! F社9.2%、T社8.8%、N社10.3%に対して、我が社は11.1%!うあ、スゲエ!! ヤッタゼ!ああ、頑張ってよかった!頑張った甲斐があったんだ。そりゃ7月以降は実際には関わってないけど、ボクはピンチといわれてた去年一昨年の状況を打破するために毎日命がけで頑張ってきたんだ。最高にウレシい。そしてボクがいなくてもウチの部署が有効に機能していることがウレシい!たまたま会ったN山さんも言ってくれた。「unimoチルドレンがスゴく活躍してくれてるわよ」よかったよかった。
●エレベーターホールに貼ってあるその張り紙。ボクは2本エレベータを見送って、やっとその場から誰もいなくなった瞬間に、スパッと剥がしてカバンの中にいれちゃった。そんで、家に帰ってワイフに自慢したのであった。スゴいだろ!
 
 
コドモに映画「ゲド戦記」を観せる。

ゲド戦記

●ボク本人は仕事の絡みもあって、この作品は公開前の試写で観た。正直「うーむ」という感想だった。ジブリならではの爽快なカタルシスがない。思わせぶりなセリフが、思想や哲学を仄めかしながらも、ちっとも理解出来ない。難解で取っ付きにくい。そんな風に感じた。「こりゃ子供には難しいですね」一緒に観に行った先輩とはそんな話をした。
●ところがどっこい、我が家の2匹は大喜び。子供はエラい。伏線めいた難解なフレーズなんて全部すっ飛ばして、自分の理解出来る範囲で存分に楽しむ。ヒヨコは「きれーい!」「きゃー!」「こわーい!」などなどと、ひたすら脳みそを経由しない反射的直感リアクションで大騒ぎ、恐ろしい展開ではコタツに潜って避難するなど非常にアクティブな鑑賞態度をとってた。
●ノマドは、一言も言葉を漏らさず固唾を飲んで画面を見つめ、エンドロールが出てくると声も出さずにポロリポロリと涙をこぼした。魔法使いクモとの最後の死闘はちょっと怖かったのかも知れない。「死にたくない…」と怯える末期のクモの言葉は、以前唐突にノマドが「しにたくないよ~」とポロポロ泣き出した時のコトを連想させる。生まれたばっかなのにもう死ぬ心配か、ノマドよ。

●病人でありヒマ人であるボクは、原作「ゲド戦記」全6巻(外伝含む)を読破してしまった。原作を全部読んだ上で映画を見直すと、様々な発見がある。「ああ、このセリフはこういう意味だったのか」「ここの場面はこういう事を言わんがためだったのか」とかね。原作に一貫する思想を逸脱する事なく、その世界観へ丁寧に敬意を払っている。原作読まないと絶対意味分からないけどね。だからやっぱそういう面では失敗してると思う。
●でも、それ以上にスゴいと思ったのは、この映画「ゲド戦記」は長い長い原作の部分的なエピソードを切り取ったものではなく、第1巻から第5巻までの様々な要素を、カット&ペーストというか、リミックスというか、マッシュアップというか、とにかくアクロバチックな荒技で再構築していることだ。
●王子アレンが自身の影と対峙するテーマは、第1巻の若きゲドが経験するものだし、原作第3巻にあたる魔法使いクモとの死闘には、原作第4巻の登場人物、少女テルーは関与してない。そして彼女の本性が明らかになるのは第5巻のことで、反対に第5巻にゲドはほとんど活躍しない。でもソレを強引にも一つのお話にねじ込んでいる。見事!


ハッキリ言って、児童文学にしとくには勿体ないです。オモロいです。

第1巻「影との戦い」

第1巻「影との戦い」(原作1968年)
●少年ゲドが、いかにして魔法の世界に入って行くのか。故郷の恩師オジオンの下から、アースシー世界最高の魔法研究センター・ローク学院へと移り、その優れた能力を開花させる。しかし若気の至りで禁じられた術を使い、その結果「影」との戦いを強いられる。多くの島々からなるアースシーの果てまで船で漕ぎ出して、見出すものは…。

第2巻「こわれた腕輪」

第2巻「こわれた腕輪」(原作1971年)
アースシーの東部、戦闘的な専制君主が支配するカルカド帝国が舞台となる。その版図のなかにある砂漠の中の大神殿には、大巫女の生まれ変わりとして、闇の神への生け贄に捧げられた少女がいた。大巫女と崇められながらもその身の自由を奪われた彼女は、神殿の地下にある大迷宮の中で、異国の魔法使いと出逢う。青年ゲドと少女テナーの冒険が始まる。

第3巻「さいはての島へ」

第3巻「さいはての島へ」(原作1972年)
ローク学院の大賢人となった壮年のゲドの下に、アースシー各地で魔法が機能しなくなったとの報告が寄せられてきた。世界の均衡が崩れつつある。その危機を察知したゲドは、エンラッドの王子アレンを従えて、この混乱の謎を解く旅に出る。その行く手には、魔法の力で不死を得ようと画策する魔導師クモの存在が…。黄泉の国を舞台にゲドアレンの壮絶な死闘が繰り広げられる。

第4巻「帰還」

第4巻「帰還」(原作1990年)
●三部作として完結したと思われていたこのシリーズを、20年近いブランクを空けて突如再開させて世間を驚かせた作品。第3巻直後のゲドの行方を追う。世界の均衡を回復するために全ての魔力を使い果たしたゲドは、ドラゴンの背に乗って故郷に帰る。そこには元カルカドの大巫女テナーと、顔の左側を焼かれた養女テルーが暮らしていた。テナーの視点からフェニミズム的な問題提起がなされる。

第5巻「アースシーの風」

第5巻「アースシーの風」(原作2001年)
アレンレバンネン王として即位、アースシー世界の統治者として君臨する。しかし、西海に暮らすドラゴンたちがアースシー西岸地域で破壊行為を始めた。一方で、一介のまじない師カワウソが黄泉の国の危機を暗示する夢を見る。ゲドは、アレンのもとにテナー、テルー、カワウソを送り込む。新たな世界の危機に若き王はいかに立ち向かうか? ドラゴンとの直接和平交渉、大賢人不在のローク学院カルカド帝国の古い伝承…。そして世界は巨大な変貌を遂げる。

別巻「ゲド戦記外伝」

別巻「ゲド戦記外伝」(原作2001年)
●5編の短編と作者によるアースシー世界の解説が書かれている。ローク学院成立の故事。ゲドの最初の師匠オジオンが地震を鎮めたという出来事に関する秘話。大賢人ゲドを失ったローク学院の混乱と、それを圧倒的な力で解決した女性アイリアンの物語。などなど。


「ゲド戦記」原作を読んで思ったこと。ポイントは4つ。


<1>「ゲド戦記」は、西欧的世界観の外側を描くオルタナティヴ実験。
「ゲド戦記」は、やはり著名なファンタジー小説「指輪物語」と並べて紹介される事が多いが、2作品は本質的には狙いがかなりズレているような気がする。「指輪物語」はイギリスの古典伝承を元に妖精の世界を作り出したが、「ゲド戦記」の世界は、西欧的世界観を裏返しにしたかのようにデザインされている。原作者ル・グウィンの父は文化人類学者で非西欧世界の多様性に開けた人間だったし、彼女自身1968年アメリカ西海岸のヒッピーカルチャーの影響を思い切り吸い込んでいるはず。その批評精神がタップリ盛り込まれている。
●象徴的なコトに、アースシーのマジョリティは有色人種だ。黒人やインディアンのような人々を連想させる。もちろんゲドもブラックで、アレンもブロンズのような肌の持ち主とされてる。極東の蛮族カルカド帝国の人々は白人だ。アースシーの中心地とカルカドの間では、言語も宗教も異なり、商交易すらない。略奪と戦争だけだ。
アースシーの文明は魔法によって支えられているが、カルカド人はこれを禍々しい業として忌み嫌う。魔法を使うために使用する神聖文字を否定するあまり、カルカドには文字文化すらない。現代白人文明に対して痛烈な皮肉になっている。


<2>20世紀・21世紀物質文明と、アースシーの魔法文明の対比。
アースシーの文明水準は中世末期程度のもので、農業/牧畜業を中心に、ちょっとした手工業、船を使った交易がある程度だ。この世界の魔法は、ハリー・ポッターのようなかわいらしいモノではなく、実益主義のおまじないがメイン。ちょっとした病気を治したり、探し物を見つけたり、割れた皿を直したり、染め物をキレイに整えたり、魔法の風を起こして船を進めたり。
●こうした村々のまじない師の中から特に優れた者だけが、世界最高の権威を持つ魔法研究の中心ローク学院を訪ねる事が出来る。ここで数年の修行を重ねて初めて魔法使いを名乗る事が出来る。ロークを訪ねる段階で魔力は十分であることが前提。ここで学ぶのは、その魔力をいかに安全にオペレーションするかという哲学である。不老不死や死者の復活など、強大な魔法を野放図に用いればどんな事になるか、その危険性を十分理解させるのだ。
「世界の均衡」という言葉が何度も繰り返される。力を持つ者が欲望のままに魔力をふるえば全世界を危機に陥れる。違反者には厳しい制裁が待っている。第1巻ではゲド自身が自分の失敗に決着を付けるために命を賭ける。第3巻では映画での敵役になるクモとの対決が主題になる。外伝にも制裁を受ける魔法使いが登場する。
「ゲド戦記」の描かれた時代は、東西冷戦下、ベトナムをはじめ世界各地で米ソの代理戦争が行われ、核軍拡競争が激化していた。ボタンを一つ押せば全人類を滅亡させることができる時代だ。人間の際限ない欲望は世界を滅ぼす。アースシーにおいては文明最高の頭脳がその欲望の均衡を保つ事に専心している。東洋においては馴染みある世界観かもしれないが、当時の西欧世界には新しく響いたに違いない。
●21世紀のグローバル世界でもこの警告は有効だ。新自由主義の資本主義が、強者をより強く、弱者をより弱くしている。そんな中、地球環境は限界に達しようとしているのに、人類はその経済活動にブレーキをかける事ができない。「世界の均衡」は今や本当に崩れようとしている。


<3>「ゲド戦記」とフェミニズム。
●1990年に発表された第4巻は、第2巻でゲドとともに神殿を脱走したカルカドの巫女テナーが、結婚、子育て、夫との死別を経て中年期を迎えた時期を描いている。聡明かつ勇敢で高い教育を施された聖職者だったテナー。彼女は第2巻で、ゲドとともにカルカドの地下迷宮からある宝物を奪取し、アースシーの中心地ハブナーの街に返還するという偉業を果たした。その功績から高貴な人間として暮らす事も出来た。ゲドの恩師オジオンの下で魔法について学び特別な人間になる事も出来た。しかし、テナーは異邦の地で平凡な農夫に嫁ぎ、平凡な女性の暮らしを選んだ。なぜか?
アースシーの魔法文明は男尊女卑だ。女のまじない師はいかがわしいと蔑まれている。ローク学院に入れるのは基本的に男性だけ。テナーは、専制君主が君臨する帝国で巫女として育てられた。男性権力を補強する宗教的権威の装置として組み込まれてきた。そこをゲドとともに脱出したのだが、それによって得たハブナーでの評価もやはり政治的権威の象徴でしかなかった。ゲドの故郷を訪ね、恩師オジオンとともに暮らしたが、そこで学ぶ物の価値の高さは理解出来ても、やはりその思想体系は男性によって構築された物だった。今までの彼女は女性であって、女性でなかった。男性社会にへばりつくイビツな存在だったのだ。テナーは、真っ当な女性として生きる事を選んだ。結婚し、子をもうけ、育て、生活することを選んだのだ。
●そして第4巻、世界の均衡を回復するために全ての魔力を焼尽したゲドを、テナーは優しく迎える。そして幼い頃に虐待を受け、顔の左半分を焼き潰された少女を養女として育てる。第5巻において重要な役割を担うテルーだ。このテルーと、女性としてのテナーの立場、そして第5巻で結集する何人かの女性が、新しい世界の危機を救う。作者ル・グウィンは女性として、現代男性社会、アースシー社会に対して、女性というオルタナティブな立場を提示しようとしていたのだと思う。


<4>「ゲド戦記」が及ぼしたロールプレイングゲームへの影響。
●最初にギョッとさせるのは、ページをめくるといきなりこの物語の舞台となるアースシーの世界地図が登場する事だ。作者ル・グウィン自身も、物語を書く前に地図から描き始めたと言っている。「ドラゴンクエスト」かよ!島の名前から、大都市まで記入されてる。
「ゲド戦記」が後のロールプレイングゲームに影響を与えているのは間違いないと思う。「ゲド戦記」が書かれたのは1968~72年のカリフォルニア。ヒッピームーブメントの最中だ。地図俯瞰型の2Dロールブレイングゲームの最初期の傑作「ULTIMA」シリーズは1980年に開発されたが、作者ロード・ブリティッシュ(本名リチャード・ギャリオット)は70年代ニューエイジ思想の影響にどっぷり浸かった人物で、「ULTIMA」の世界観を「ゲド戦記」に借りている可能性は高いと思う。いわゆるハイテクヒッピーの先駆というわけ。
「ULTIMA」は日本語に移植されており、日本のゲームにも大きな影響を与えている。「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」もその影響を無視出来ない。ボク自身「ULTIMA IV」は超ヤリ込んだ。そして「ULTIMA」はオンラインゲームとして今なお進化し続けている。

手嶌葵「テルーの唄」
●後日、劇中歌「テルーの唄」を、ヒヨコが歌っていた。「心を何にたとえよう…」と歌うべきトコロを、ヒヨコは声高らかに「ココロをヤギにたとえよう」と歌っていた。バカ!でもアリ!笑えるから!
 
 
気分が落ち込んでいる。
「今日は、しょんぼりモードですか~?」ワイフが聞く。「はい、そうで~す」ボクが答える。自分の部屋にこもって大昔のカセットテープを静かに聴いてた。どろ~ん。そうか、こういう気分を「しょんぼりモード」と呼ぶのか。気分が最悪なのは分かっていたが、その気分に名前がつくとちょっと安心する。マヌケな名前をつけてもらうと、より安心する。

●ワイフ「ノマドに小学生クラスのバレエを見学させたんだけど、全然やる気がないのよね~。おとなしく椅子に座ってないし、と思ったら居眠りしたり。とにかく目がどろ~んってしてんのよ」男のクセになんの因果かバレエ教室に通う息子ノマドは、妹と一緒のベビークラスから、この春ワンランク上のクラスに進級する予定だ。果たして本人にやる気があるのか?
●ワイフ「で、しょうがないから途中で帰ってきちゃった。ノマドって時々何考えてるんだかサッパリ分からない時あるのよね。でもあのどろ~んとした目を持つ人間が、この家にはもう一人いるんだ、と今気付いたわ」息子が自分に似すぎるのはホントに困る。ノマドよ、くれぐれも真っ当に育ってくれ。父のような「しょんぼりモード」にハマらないでくれ。

●夕食時にバレエの話をノマドにしたら、結構やる気になってた。進級すれば同じ幼稚園のマリちゃん(美少女)と同じクラスになるのだ。ヤツの第一のモチベーションは、マリちゃんだ。おお、パパはそういうヨコシマな動機付けは大好きだ。男子たるものモテたくて努力するもの。間違ってないぞ、ノマド、それは真っ当だと思う。


今週は新橋に行った。

新橋の風景

●新橋という街は、ボクには微妙に居心地がいい。どこかクタビレていて、そのクタビレた気分をダラダラ引きずっていても許してくれるようなだらしなさがある。中央通りを一本挟んだ汐留エリアとは雲泥の差だ。仕事していた時のボクは新橋と汐留をクルクル往復しながら……クルクルクルクル……目が回ってしまったようだ。

●新橋での用件は、会社の用事だった。経理上つじつまが合わないお金があるので、ボクの業務用口座の取引履歴を遡って調べてほしいというのだ。どうやって調べるんだろ? 家に一番近い支店に電話をかけたら「口座のある取引支店でお話しください」とのこと。サラリーマンでありながらこのテの堅苦しい手続きが死ぬほど大キライなボクは、この時点でムカムカしてくる。あ~?わざわざ新橋まで行けと?
●で、その新橋駅前に到着して、さらに愕然とした。あると思ってた場所から銀行が消えてる。ビルは空っぽ。さすが半年休職、まさにボクは浦島太郎! 半年経てば銀行も移転するのか! たまたまソバに立ってたお巡りさんに尋ねた。「そういえば前はありましたね…。どこ行っちゃったんでしょうね?」ソレを聞きたいのはボクだよ!ムカムカ!
●空っぽになったビルの前から 104 で新橋支店の番号を調べる。で早速電話すると…「00銀行でございます。自動音声によるご案内をしております…」ああ、イラツク!「店舗のご案内は1を押して…」1!それでも自動音声がまた登場。「支店名をおっしゃってください。音声を認識して所在地をご案内します」新橋支店の番号にかけてんのになんで支店名を言うんだ?「新橋支店!」「了解しました。西心斎橋支店の場所は…」殺す!殺す!殺す!早く生きてる人間を電話に出せ!

●その後30分ほど新橋をうろついてなんとか支店に到着して目的を達成する事が出来た…。病気によって感情的なパワーを全て失っていたボクに、一番最初に戻ってきた力は「イライラするパワー」だった。うぜー。中途半端だわ。もっと前向きになれないものか…。


今週は、美容院にも行った。
●このクサクサした気分を解消するために、バッサリ髪の毛を切ろう!いいアイディアだ! ヒヨコの七五三でお世話になった下北沢の美容院に電話した。「今日、30分後でいいですか」速攻である。
●超無精モノであるボクは3~4ヶ月くらい、極端なときは半年くらい髪の毛を伸ばしっぱなしにしてる。おかげでリアルに「ゲゲゲの鬼太郎」みたいな髪型になってた。前髪が口に入るほどですよ。ボク「もう限界です」美容師さん「そうですね、ちょっと伸び過ぎですね…」ボク「バッサリイッて下さい。前回も言いましたけど、またココに来るのは4ヶ月くらい先ですから、そこまで保つように」美容師さん「unimogrooveさん、もういらしてくれないと思ってました。前回が9月のアタマでしたから、ホントに4ヶ月ですね。予言通りですね」それってノストラダムスみたいだ。

シャンプーの時。
●美容師さん「頭皮、疲れてますね~」ええっ?「疲れてるとか、わかるんですか?」「一応プロだから、触ると分かるんですよ」疲れてるとどうなるんですか?「頭皮がとってもカタいんです。血行にも影響しますから髪の毛に栄養が行き渡らなくなりますね」うっ!実は最近前髪の後退がちょっぴり気になってた…!ショック!「目も疲れてるようですね。肩から首、頭、目の回りの筋肉は全部つながってますから、肩もコってらっしゃるんじゃないですか?」そのフレーズ鍼灸師さんもまんま同じ事言ってた。そして見事的中。先週から激しい肩凝りと背中の痛み、眼精疲労が止まらない。だから気分も最低なのだ。「頭皮クレンジングマッサージしてみます?2500円ですけど?」図星を突かれてドギマギしてしまった。「…お願いします」うっ、まんまとヤられたかも。


今週は、いつもの鍼灸治療にも行った。
●年末年始で一週空けてしまってボクのカラダはもうガタガタだった。ココに来るのが待ち遠しかったですよ~。毎週の常連さんになってしまったボクに対して、ここの女性の先生はボクのコトを、まるで息子か弟かのように扱ってくれるようになってる。「お~よしよし、痛いわね~、可哀想に」今週は特に念入りに治療してくれて、気付けば3時間たってた。

そんで夕暮れの東銀座。

演歌屋ミヤコ

「銀座の演歌屋・ミヤコ」
●鍼灸院の近所、晴海通り/三原橋の上にある、根性の演歌専門レコードショップ。その硬派な存在感は独特のオーラを放っていて、かなり前から気になりまくっていたが、さすがのさすがにこの店でボクが買うモノはないだろうと思ってた。でも今回初めてこの店に入ってみた。
●すげえ、ホントに演歌しかない。しかも在庫がスゴい。50%がCD、10%が7インチアナログ、そして40%がカセットテープなのだ!演歌業界は今でもカセットで新曲をリリースしてるのか、それともこの在庫自体がデッドストック的なヴィンテージなのか。恐るべし「銀座の演歌屋」
●ボクが欲しかったのは、カセットデッキのクリーニング液だ。先日古道具屋で買ったカセットデッキ、音が良くねえなと思ったら、ヘッド部分がスンゴく汚れていたのだ。しかし今の世の中、カセットのヘッドクリーナーなどどこに売っていようか?…で、考えたのがこの店だ。カセット売ってるならクリーナーもあんじゃないか?
●正直、こんなにカセット在庫があるのは予想以上の衝撃だったが、ホントにクリーナーも売ってた。一個だけ。ホコリかぶって超キタナい。十数年だれも触ってこなかったような感じ。カウンターに持ってくと、ご主人、値段が分からないみたいで、「うーん、300円でいいや、最後の一個だし」ゆるい!このゆるさはイイ!

テープクリーナー

●で、これがその戦利品です。ハコを丁寧に見たらキチンと800円って書いてあった。日に焼けて色が薄くなってたけど。音はウンと良くなりました。


●つーことで今日、カセットテープ聞いてたわけです。「しょんぼりモード」で。そしてコドモが寝た後、気持ちを入れ替えようと思ってみたのが、三木聡監督作品。「時効警察」で気になったこの監督が今超注目。

「イン・ザ・プール」

「イン・ザ・プール」2004年
●出演:松尾スズキ・オダギリジョー・市川実日子・田辺誠一。ちょっとオカシなココロの病気にかかった人々が、かなりオカシな神経科医のトコロに訪れ、ヘンテコなコトに巻き込まれてくコメディムービー。患者さんたちのビョーキっぷりが、ボク個人にスゴく心当たりがあるので一層笑える。声出して笑ってるボクに、ワイフは「大丈夫、こんな映画観ちゃって?」ボク「いや、多分ギリ!」
オダギリジョーは、継続性勃起症のサラリーマン。ズーッと立ったまんまで治らない。自律神経のバランスが崩れ、副交感神経が交感神経に優位に立つとこういう事になるらしい。あはは、コレボクとちょうど逆じゃん!
市川実日子は、強迫神経症のライターさん。ガスを消したか、戸締まりしたか、気になってしょうがない。不安がピークになると「がびーん」になって大事な仕事も放り出して家に戻ってしまう。コレね、ホントにダメになると、リアルにこうなるんだよね。気持ち分かるね~。
田辺誠一は、プール依存症のプロジェクトリーダー。3人の中じゃ一番マトモそうに見えて、一番ヤバいです。デカいプロジェクト任されて、溜まるストレスをプールで泳ぐ事で発散してる。でもいざプールに行けなくなると……。この人の崩壊の仕方が、一番ボクに似てるかな。ボクも一時期ジムに通ってましたよ。本来は運動大嫌いなんだけど、30分ランニングマシンの上を走ってると、クラクラめまいがしてきてある意味気持ちイイ。
●医者である松尾スズキが誰よりも深く狂ってるんだけど、その狂ったお茶目っぷりが深刻さを全部吹き飛ばす。ワリとその辺にリアルに転がってるココロの病気を、カラリと笑わせてくれる三木監督の脚本がイイ。しょーもない笑いの手数の量がスゴい!細かーい意味なしギャグがチョビチョビ積み重なって、結局最高に笑わせてくれる。ホントにムダばっかりなんだけど、ジワジワ笑えるんです。あ、笑わせてくれるけど、病気は治んないよ、やっぱり。
●セリフの密度、テンポ、スピード感に、細心の注意を払って演出されてる。さすが「トリビアの泉」の構成作家、あれもナレーションのテンポだもんね。「実際にやってみた…。」実際にやんないでいいよ!でもそのムダ感が最高。

「ダメジン」jpg

「ダメジン」2006年
●やはり三木聡作品。ホントは2002年に撮り終わってたんだけど、プロデューサーが逃げてしまいお蔵入りになりかけてたらしい。プロデューサーの気持ち、ちょっと分かる。これはホントに下らないんだもん。ダメ過ぎる。ダメ過ぎて超笑える。例えるならば、まるでキタナい靴下100本が洗濯機の中でクルクル回ってるのから目が離せなくなってるような状態。
●出演:佐藤隆太・緋田康人・温水洋一・市川実日子。3人のホームレスの実にしょーもない毎日を、これまた手数の多いムダで意味なしギャグで彩る。これまたシュール度は「イン・ザ・プール」の8割増。ドブ川に浸かって一生を暮らしてるオジさんとか、トルエンでラリると見える女子高生の幽霊とか、黄金に光るサイババ星人とか賑やかでしょうがない。ストーリーは特になし!ただダメな人々を眺めるだけの映画!
「時効警察」にも出てたけど、ふせえり・岩松了の二枚看板は三木作品には欠かせない。皆勤賞じゃないすか。もうふせえり出てきた瞬間だけで笑えるようになった。
 
 
自律神経失調症とのお付合い(その34)~「念願だった診断書」編
●結論からズバリ言うと「条件付きで復職可」との診断が、やっと出た。

●正直、年末年始は体調が悪かった。目覚めると腰・背中・肩に激痛が走る。先々月の症状が復活した。理由はいくつかある。毎週通ってた鍼灸治療は一週お休み、それなりに家族の行事も多くて疲れる事が多かった。一番ヤバかったのは「年賀状」だった。
●この7~8年、仕事にかまけて年賀状を書いてこなかったボクだが、今年はボクの休職でご心配こ迷惑をかけた人たちが大勢いるというコトで、あえて書く事にした。ワイフと楽しいデザインを考えてプリントするまでは雑作もない事だったが、宛名と一言コメントを書く段階でおかしくなった。年賀状を書いた翌日から我慢が出来ないほど肩が痛み出した。ここで普段ならカイロを貼るのが定石だが、お正月休みで買えない。苦しかった…。結局、予定していた人の半分しか年賀状を書く事ができなかった…。体調が悪い方向に揺り戻されてる…。

そんで、昨日、年明け一発目の心療内科。
●ボク「敗因は、年賀状でした…。」朝のズームインを見てたら、明日早朝の集配に間に合えば元旦に届きます、って言ってたから、せっせと書いちゃったんですよね…。先生「どれだけ書いてたんですか?」全部で50枚くらいですかね…。「夢中で書いてたらいつの間にか6時間くらい経ってたんですよ。」先生「6時間!?6時間休みもせずに年賀状書いてたんですか?ずーっと集中して?」はあ。「夜9時から書き始めて、気付いたら3時になってて…」先生「それは異常ですね」えっ?
●先生「普通は1~2時間で一休みするものですよ、お茶飲むとかして」ボク「お茶はワイフが入れてくれましたけど…」先生「とにかくスゴい集中力ですね。普通の人にはマネ出来ないですよ。普段からそういう仕事ぶりだったんですか?」そうですね…当たり前のようにやってましたね。「日中、色んな打合せを5~6個こなして、夕方から夜はそこで出た案件をどう処理するか考えて、メール打って、会議資料や企画レジュメを作ってましたね。で、朝は4時から出勤して早朝業務。でまた日中は昨晩作っておいた書類を使って、さらに打合せを進めます。案件は同時並行で沢山あったから、スピード勝負でしたね。それをフツウにやってました」先生「基本的な能力が高い、特にズバ抜けた集中力がある、ということは間違いないでしょうけど、カラダにかかる負担は大変なモノですよ。それじゃおかしくなっちゃいます」はああああ。完全にフツウと思ってました。これって異常なのか…。半年も仕事休んで、やっと自分が根本的に異常だってコトを知るなんて。とほほ。

●ボク「あと、最近、躁状態になっちゃうんですよね。7時間しゃべりっぱなしとか。セーブするコツも掴みつつありますが…」先生「うーん、なるほど。じゃあ抗うつ剤、減らしましょう!」ボクの気分障害はうつ状態をほぼ抜け出しつつある。むしろ抗うつ作用が効きすぎてしまう場面がある、とのこと。結果一日3錠を、2錠にする。初めてクスリを減らす事が出来た。とにかくボクの体調は回復しつつあるのだ。そして…。

今後の復職スケジュールについて、ハナシが進んだ。
●先生「今月から会社の診療所と復職プログラムの相談を始めましょう」!!!「いきなり現場は絶対無理ですよ。でもソチラの会社は復職プログラムがしっかりしているようですから、会社のカウンセラーさんとしっかり話し合って下さいね」ボク「会社に行けるんですね」先生「そうです」



●診断書 病名:自律神経失調症 頭書の病状は回復傾向にあり、短時間の制限つき労働であれば可能である。 右の通り診断いたします。



診察後のロビーで、ボケーッとしてしまった。
●復職のキッカケになるこの診断書。ボクはコレをゲットするためにこれまで頑張ってきたつもりだった。この診断書がゲット出来れば、その喜びで病院から駅まで800メートルダッシュが出来るぐらいだろうと思ってた。
●だが、実際にその診断書を手にしてみると、不安の方が大きいコトに気付いた。復職プログラムがどんなモノになることやら。本当に元の職場に戻れる事やら。よしんば戻っても、今のボクに何の仕事ができるのだろうか。異動されるとしても一体ドコへ? この病気を巡る冒険は、ようやく第一部が終わり、第二部が始まるトコロだ。映画のパート2は大概オモシロくない。「パイレーツ・オブ・カリビアン」「ハリー・ポッター」も第二作は駄作だ。そのオモシロくない渋い戦いが、今から始まるのか…。
●診断書、この紙ペラ一枚を書いてもらうと、支払いはなぜか5000円近くアップする。ボクは7000円強のお金を支払って、痛む肩をなでながら憂鬱な夕方の空へ歩き出した。


復職できると決まったら、やろうと決めていた事があった。

kato.jpg

「藍瑠」(あいる)
●世田谷区太子堂3-22-10 tel:03-3795-1184
●ボクがいつも通院に使う下北沢~三軒茶屋のバス路線では、その窓から沢山の個性的なお店が見える。このお店は代沢交差点と太子堂バス停の間で発見した。「KATO」という京都を拠点としたジーンズブランドのアイテムのみを扱うというストイックなお店で、京都弁のアクセントが残るご主人がいつもニコニコしてるので、強く印象に残ったのだ。
●唯一の扱いアイテムである「KATO」とは、加藤博さんというデザイナーが手がける、アメリカ/ヨーロッパでも評価を得ているブランドらしい。実に職人気質な作り込みと人間味ある曲線、積年変化の色落ちが楽しみな濃いインディゴ、チラリと見ただけで一発で気に入った。その時思ったのだ。「晴れて会社に行けるとなったら、ここでカッコいいジーンズを一本買って、それをパリッと穿いて復帰してやる!」
●ボクはジーンズが好きだが、この8年間ボクはリーバイスしか穿いてない。結婚前はアメ横で買った BISON の黒いブーツカットがお気に入りだったが、その後太って穿けなくなった。コレは大きな記念になるだろう。

●通院のついでに、この店に足を運んだのは3回ほど。ただ見るだけで、試着する訳でもない。へんなお客だと思われただろう。でも、今日は、バシッと買い物をしよう。決して安くないアイテムだし、ご主人としっかり相談していいモノを選ぼう。ブーツカットやルーズなストレートなども穿き比べてしっかりチェックした上で、立体裁断のカーブがキレイなワンウォッシュのジーンズに決めた。ご主人のススメで裾上げの縫い糸にはゴールドを使った。
●ちょくちょく訪れていたボクを、ご主人はなんとなく覚えていたようで「お客さん、度々いらっしゃってますよね」と声をかけてくれた。ええ、ただの冷やかしだけでしたけど。実はココの前をバスに乗って病院に通ってたんです、病気が治ったら、ココのジーンズを穿いて復帰するってココロに決めてたんです、と話すと「それはウレシいお話です」と言ってくれた。
●新しいジーンズを抱えて夕闇に包まれた街を歩くと、重い気持ちが少し楽になった。何が待ってるか全然わからないが、ともかくこのジーンズをパリッと穿いて、ボクは新しい一歩を踏み出すのだ。
 「KATO」HPhttp://kato-aaa.jp/


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html
 
2008.01.01 謹賀新年 2008

お正月

●今年もよろしくお願い致します。