ノマドと「仕事」について語らう。

●今朝は5時半に目が覚めてしまったので、リビングのコタツで朝番組を見てた。でもいつの間にかコタツで再び爆睡。すると息子ノマドが起きてきて、なぜか寝ているボクの背中に乗っかってきた。睡眠と覚醒の間をさまよいながら、ノマド何のつもりだよ…と思ってたら、そのままノマドの夢を見てしまった。
●ノマドとボクが将棋をしている。そしたらノマド「じゃーん!スゴいコマつくったよ!」その駒は飛車と角行をアロンアルファで合体させ、両方の機能を備えた上下左右ナナメ8方向に移動できる最強の駒だという。「ノマド、なんでこんなことするの。アロンアルファでつけたらもう取れないだろ!モノを大事にしなさい!」ボクがノマドを怒る。そんな夢。ノマドならそのくらいホントに思いついて、マジでやると思う。

でも、8時15分に突然電話が鳴り響き、ボクの眠りは破られた。
●電話は税務署からだった。確定申告書類についての簡単な問合せだった。向こうの不備で確認したいことが出来てしまったらしいが、些細なことなので冷静に対応した。「ずいぶんと早い時間からのお仕事ですね」とボク。税務署の人「いえいえ、私たちは8時30分からですから。あ、でもまだ20分でしたね」

●ボク「お役所の人からの電話だったよ。ノマド、お役所の人、こんな朝早くから仕事してるんだな。大変だな」今日は3月31日、期末最後の日。役所仕事ではいろんなことがあるんだろう。しかしノマドは、切り替えしてこういう。「パパは、もっとアサはやくにオシゴトしてたよ。ノマドがおきるマエにカイシャにいって、ノマドがねたあとカイシャからかえってくる。だから、ノマドはパパにぜんぜんあえない。」
●……。確かにそうだったな。病気になって休職する前のボクは確かにそういう人間だった。コドモたちと顔を合わせるのはウィークデイではゼロ。寝顔しか見ていない。週末にも仕事があるか、ただひたすら寝てるだけか。やっぱコドモなりに父親の不在感を感じてたんだな。「…まあな。たしかにノマドの言う通りだったな。パパは仕事ばっかりで、そんで仕事やり過ぎて病気になっちゃったからな」

ノマド、公文の宿題で苦しむ。「クマまみれ」。

クマまみれ
 
●これは昨日のノマド。公文の宿題がイヤでイヤで半ベソ。ジュウタンに突っ伏してお気に入りのクマのぬいぐるみに顔を突っ込んでいる。言わば「クマまみれ」である。

●予備情報だが、このクマは、60年代のサイケデリックシーンから、現行JAMBAND シーンにまで大きな影響を及ぼしたバンド GRATEFUL DEAD のマスコット DEAD BEAR というもので、ボクが個人的に集めてたものだ。カラフルな色彩がサイケで大変な数の種類があるが、最初期のクマさんはもはや激レア、ボクはちょっとだけプレミアがつく第二世代くらいのクマさんを探してゲットしてた。今はノマドの枕元に並んでいる彼の宝物だ。

●でもノマド、最終的にはなんとか夕方に公文の宿題を終わらせ、その達成感で最高に機嫌がよくなってた。そして今朝のボク。「ノマド、昨日宿題やり切った時スゴく気持ちよかったろ。パパもさ、仕事スッゴく大変でさ、毎日毎日ズーッと仕事してるのは苦しかったよ。でも、その大変なお仕事を成し遂げると最高に気持ちイイんだよ。パパね、それが楽しくて仕事してたんだよね」そしたらノマド「ラクあればクあり、じゃなくて、クあればラクありだね」お、ことわざで返してきやがった。でもね、ぶっちゃけ、その仕事のやり過ぎでカラダ崩壊したんだけど…。
●もひとつ父から一言。「あとなノマド、パパの仕事は一人でやるんじゃないんだ。仲間と一緒にやるんだよ。たくさんの仲間と一緒に頑張るのが最高に楽しいんだよ。一人じゃ出来ない事でも、仲間と一緒なら出来るんだ。だからノマドも仲間を作れよ」朝っぱらから、親子トークしちゃった。



最近マンガを読んでます。

二ノ宮知子「のだめカンタービレ」20巻jpg

二ノ宮知子「のだめカンタービレ」20巻
●ロシア人のターニャ、オーボエの黒田くん、ヴァイオリンの清良、R☆Sの峰など、脇役キャラたちがそれぞれのセイシュンの炎をバーニンさせる。そんな彼らの姿に主人公のだめ、触発されてさらに進化の兆しあり。のだめ千秋の、サラリとした爽やかなキスシーンあり。このマンガじゃ珍しい。ちょっと照れちゃった。

ひうらさとる「ホタルノヒカリ」10巻

ひうらさとる「ホタルノヒカリ」10巻
●ドラマは終わっても、原作マンガは終わってない。モノの見事に恋愛玉砕した主人公ホタルは、「干物女」にリバウンドか?と思わせつつ実はネクストレベルに深化した模様。先輩男子・神宮寺要(A.K.A.「殿」)の恋愛問題にアドバイスする余裕。しかしそんなおせっかいが新たな火種になりそうな…。

ハロルド作石「BECK」32巻

ハロルド作石「BECK」32巻
グラストンベリーロックフェス、にそっくりなアヴァロンロックフェスでの BECK 一同最後のステージ。圧倒的なパフォーマンスを見せつける。ロックの魂がメルトダウンしてオーディエンスの心を焼き尽くす瞬間。完全勝利。そして日本、次の段階へステップアップするバンドの将来はどっちに?

福島聡「機動旅団八福神」7巻

福島聡「機動旅団八福神」7巻
●アメリカ軍の遠隔操作戦闘サイボーグ・リカオンと、日本を支配下に置く中国人民軍のパワードスーツ福神隊が京都で激突。しかしそのまま金閣寺にて核自爆テロ発生。焦土と化した都。福神隊隊員たちの安否は如何に?

山口貴由「シグルイ」10巻

山口貴由「シグルイ」10巻
藤木源之助伊良子清玄の一回目の死闘、延長戦。源之助の助太刀に入った猛獣・牛股権佐、顔面&脳髄を切り裂かれても怨念だけで伊良子を襲う。飛び散る臓物、断ち切られた腕、足を貫く刀。泰平の世において「侍」の意味は、殺人技術のぶつけ合いだけなのか。狂ってる。死に狂ってる。

西島大介「ディエンビエンフー」1

西島大介「ディエンビエンフー」1・2巻
ベトナム戦争。半世紀前の狂気と大量殺戮。西島流のカワイイ筆致で、パコパコ人間が死にます。肌の色に関係なく死は平等に降り注ぐ。北爆、ナパーム、枯れ葉剤、ベトコンゲリラ。ジャングルの奥から死がやって来る。その死の姫に魅入られた日系の米軍少年。この狂気をサヴァイヴできるのか。戦争にはどんな大義があろうとも、戦う当事者の現実に正気はまるで役に立たない。さらに厄介なコトに、大方の戦争には大義もない。

林田球「ドロへドロ」11巻

林田球「ドロへドロ」11巻
●悪魔が支配する魔法社会のヒエラルキーの中で、抑圧されてきた魔法使いの出来損ない集団「十字目」。トカゲのアタマを持つ主人公カイマンの真の正体と「十字目」の関係が徐々に明らかになっていく。過剰な描き込みと悪趣味がヘドロのように沈殿し、魔法社会の歪みをドロで包む。さて、今度は誰が死ぬ?


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やっぱりヒップホップだよね。その9。
●今日はチカーノラップに挑戦してみる。

アメリカ社会の中でのヒスパニックカルチャー。
●中南米系住民つまりヒスパニック系と呼ばれる人たちの人口が、アメリカ全人口の13%を占めるに至り、アフリカ系住民つまり黒人さんを超えて第一位の民族的マイノリティグループになったと発表されたのは2003年のこと。2004年のヒスパニック人口は約4130万人、2010年には4700万人に達し、全人口の15%を超えると呼ばれている。

ヒスパニックと一括りにしても、スペイン語を話すと言う意味で親和性はあるが、やはりお国の出で随分とカルチャーは違う。
ニューヨーク州には、カリブ海諸国、プエルトリコからの移民が多く260万人もの人々が住んでいる。彼らは70年代に N.Y.サルサを盛り上げ、80~90年代のディスコ/クラブカルチャーを支えた。ニューヨリカンという言葉も出来たくらいだ。00年代に入り、やはりカリブ海の音楽レゲエのエッセンスを盛り込んだ新型ヒップホップ、レゲトンが彼らの中から生まれた。
●アメリカ本土で大きくメキシコ湾に突き出したフロリダ州にもヒスパニック系住民が200万人以上住んでいる。彼らの多くはキューバ移民で、やはりサザンヒップホップの中にその影響を及ぼしている。
メキシコと陸続きになっている州はやはりヒスパニック系が多い。ニューメキシコ州は40%以上、テキサス州は30%以上の人口を占めるに至っている。テキサスでは、60年代の頃からメキシコ音楽の影響を受けた TEXMEX というサウンドが盛んに作られ、ファンキーなレアグルーヴとして好事家に好まれている。
●そしてカリフォルニア州。アメリカ全土のヒスパニックの40%以上、1000万人以上の人々がここに暮らす。彼らは60年代から70年代にかけて独自のチカーノロックを展開(代表選手は SANTANA)。今も大きな存在感を持っている。

●このヒスパニックという大きな民族集団を、音楽的傾向から便宜上ザックリ言い分けるボク自己流のやり方を言っちゃいます。陸続きでメキシコから来た西側のグループを、「チカーノ(CHICANO)」、海を渡ってカリブ海やもっと遠い国から来た東側のグループを「ラティーノ(LATINO)」。東西のカルチャーの違いをこう呼び分けます。よろしくです。

そんで、チカーノラップ。
●数年前から、TOWER RECORDS のような大型店では、ヒップホップコーナーの中で、チカーノラップは独立したコーナーとして扱われている。これが気になってしょうがない。
●ロサンゼルスの街ではブラックに限らず、チカーノ系もタフなゲットーライフ/ギャングスタライフを強いられている。仲間意識も強いし、クスリのディールで揉めれば互いに殺し合いになる。なんかの映画で見た一シーン。アジア系(日系?コリアン?)の若者2人がクルマでロスの街を流す。気持ちよ~くストリートを走ってたら、イカツイ黒人さんのグループが思いっきりガンつけてきた。「バカヤロ、早くグラサンを外すんだ!目をみせろ、チカーノと間違われたら殺されるぞ!」ロスはケッタイな街です。
●だから、チカーノも立派なギャングスタラップを鳴らすのです。チカーノがヒップホップのマイクを握ったのは80年代。KID FROST(現 FROST。もうオヤジだから KID がとれた)が先駆だった。今日は、最近聴いてるチカーノラップを3枚紹介。

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A LIGHTER SHADE OF BROWN「BROWN & PROUD」1990年
●彼の JAMES BROWN はその昔、こうシャウトした。「SAY IT LOUD, I'M BLACK AND I'M PROUD !」。彼ら「明るい茶色の影」も自分たちの肌の色を誇る。表題曲「BROWN & PROUD」「LATIN ACTIVE」は気合い入っててカッコいいっす。カサカサした速めのビートは、立派なミドルスクール風ヒップホップ。ちょっぴりニュージャックスウィング? キメ時にスパニッシュ入れるのもカッコいい。時にゆるくノドカにレイドバックするのはチカーノゆえの特性かな?「ON A SUNDAY AFTERNOON」でセクシーな女性ボーカルをフィーチャーしてほっこり平和気分。
● 94年にはメジャーからリリースしたシングル「HEY DJ !」が全米で大ヒット、でもその一発屋と思われがちなのが可哀想。グループが解体した後も、メンバーの DTTX は今だチカーノラップの世界で一人戦い続けている。


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MR. CAPONE-E「DEDICATED 2 THE OLDIES」2003年
●レーベルは THUMP RECORDS。鉄板のローライダー系御用達レーベルだね。ジャケもバッチリローライダーチャリンコだし。チカーノラップって、しっかり G-FUNK を踏襲して見事なファンク魂みせてくれるんだけど、一方で懐メロオールディーズもダイスキみたいなんだよね。このヘンの感覚フシギなんだけど。MR. CAPONE-E は現代チカーノ界の顔役だけど、ノンビリレイドバックしたローテンポの爽やかサウンド(ときにドゥーワップなコーラスまで入る)で、ゆったりラップしてる。一方で極上の G-FUNK もちゃんと搭載。「THE CHRONIC」的古典 G-FUNK はもはやチカーノラップから探した方がイイかもね。

Merry Go RoundMerry Go Round
(2002/01/01)
Delinquent Habits

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DELINQUENT HABITS「MERRY GO ROUND」2001年
●コレは超掘り出し物。最高!チカーノロックのむさ苦しさ、マリアッチの哀愁までもを、サンプルとしてヒップホップの中に昇華してしまった怪作。「RETURN OF THE TRES」がとにかく衝撃。スパニッシュラップも取り混ぜて飛び切りのユニークさを盛り込んでる。G-FUNK リスナーを十分満足させる音楽だろうけど、G-FUNK を超えてます。オリエンタル風味から、フィメールシンガー MICHELLE をフィーチャーした哀愁ラテンナンバーまで、非常な多芸ぶりを披露。
●元々はチカーノラップのビッグアクト CYPRESS HILL のメンバー SEN DOG に見出されたユニット。その CYPRESS HILL の影響か、最近はミクスチャーロックも取り入れてハードコア化し過ぎてるかも知れない。


チカーノじゃないけどオマケにもう一枚。

New Funky NationNew Funky Nation
(2000/04/25)
Boo-Yaa T.R.I.B.E.

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BOO YAA ! T.R.I.B.E.「NEW FUNKY NATION」1990年
小錦関(A.K.A. KONISHIKI)の従兄弟が結成した6人組のサモア系ヒップホップユニット。G-FUNK前夜、90年の段階にしてこのファンク感はまさに時代の一歩前を先取りしてたと言う意味で衝撃。このファンク力は、彼らがヒップホップの手法に依存するのを避け、トラックを生演奏で構成するコトにコダワリった結果。機材まで70年代のモノを使ったらしい。彼らのパワフルなラップとスリリングなマイクリレーはブラックロックとも相性がよく、ゴリッとメタルな曲にも挑んでる。ヒップホップバンドとして、東の STETSASONIC、西の BOO YAA って言ったら言い過ぎ? 現在も活動中で、体重はよりいっそう増加中とのこと。



ホントに最後に一言だけ。
「機動戦士ガンダムOO」最終回、ホントにアレでいいのか?急ぎ過ぎてねえ?セカンドシーズンあるなら、重要人物もうちょっと生き残しといてくれよ。無駄死にさせ過ぎ!フラッグの隊長さんとか死ぬ必然性低~い。アレハンドロさんの乱心ぶりは、あのゴールドのモビルアーマーの唐突ぶりと同じくらい理解できねえ。ムチャし過ぎ。とにかく、ふんぎりつかない決着だよ!そんで大オチが「地球連邦軍創設」とは恐れ入った。宇宙世紀にこのままツなげるのは無理が強いでしょ。だってファーストガンダムより、この時代のガンダムの方がハイパー強いぜ。

息子ノマドは豊臣秀吉に夢中だ。

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「学研まんが人物日本史 豊臣秀吉」
●この本を最近ノマドたちに読み聞かせてやってる。貧乏百姓のセガレから、知恵と機転とラッキーで、天下人に成り上がったサクセスストーリーは、ノマドには最高にエキサイティング。とくに秀吉のあだ名が「さる」ってトコロが最高にオモシロいらしい。ヒヨコは秀吉の旗印のヒョウタンマークが、カワイくてしょうがないらしい。
●そんなノマドが、ボクに聞く。「ムカシのサムライは『ヒデ』をつけるのがすきだったの?」ノマドに言わせれば、豊臣秀吉、息子の秀頼、明智光秀、織田信長の父・信秀、信長の幼年期を世話した平出秀次、徳川2代将軍秀忠…、みんな「ヒデ」がついている。オマエよくそんなコトに気付いたな。
「いや、それはたまたまで、もっとイロんな名前の武将がいるんだよ…」と一瞬言いかけてボクはハッと思った。考えてみると、ノマドヒヨコの幼稚園のクラスメイトで「秀」の字を使った名前を持つ子は男女通して一人もいない。名前には流行り廃りがある。ボクの世代には「ダイスケ」という名前がクラスに3人ぐらい必ずいたもんだ。ノマドヒヨコたち21世紀生まれの日本人から見ると「秀」の字を使う名前は、超古風な数百年前の流行と感じるのだね。新世紀のニュータイプめ、お前らの目には、日本史はボクと違う見え方をするのだろう。



一方で、オトナのボクは中国史の勉強をしている。
●中国の歴史が気になる。つーか、中国が気になる。中国という文明が気になる。
●今や地球人の4~5分の1が中国人。公称13億人とか言ってるけど、きっともっと多い。最近の日経の記事では、世界全体の輸入額の9%を中国が占める。アメリカを中心に不安定化する世界経済の影響が、急成長しつつも未成熟な中国の資本主義を揺るがせば全世界は大混乱に陥る。毒ギョーザ事件、チベット動乱、温室効果ガス排出量規制問題などなど、とにかくこの国の出方が今後の世界の命運を握るのは間違いない。北京オリンピックも環境行政も金融政策も人権問題も、全部ひっくるめてこの国が無難に発展してくれないと、地球は滅びる。

そのわりに、この国のコトをボクは知らない。
●トナリの国なのに。中国人はいつもボクらのソバにいた。ラーメン屋やコンビニやファミレスのバイトさん。大学の留学生。今では銀座のバスツアーで団体さん達がチカラの限りお買い物してる。海外旅行に行ってもチャイニーズのお店はドコにでもあって、そこで安心してゴハンを食ってた。でも、あの人達の暮らしをボクはどれだけ知ってるだろうか? 何も知らん。

メソポタミア文明やローマ帝国がこの世に生き残ってるようなモン。
●高校の授業では、四大文明といって、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河文明の四つが人類史の一番最初だと教えられた。冷静に考えると、あの黄河文明の時代から、一貫連続した文化的アイデンティティを6000年抱きしめて彼の国は成立している。面積にすれば、紀元後1~2世紀頃のローマ帝国の最大版図と変らない。ソレをやはり2000年単位でキープし続けている。中国はスゴい。重ねて言うが、あの国は、メソポタミア文明やローマ帝国がこの世に生き残ってるようなモンなのだ。


図説 中国文明史〈1〉先史―文明への胎動図説 中国文明史〈1〉先史―文明への胎動
(2006/11)
趙 春青秦 文生

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「図説中国文明史1~先史・文明への胎動」
●このシリーズ本は19世紀の清の時代までを全十巻で網羅する図説本だが、興味を持ったのは、著者は中国の学者さんたちでそれを日本語に訳出したものだというコトだ。日本人ではなく、中国人が自分たちの言葉で自国の歴史を語る。日本人なら看過するであろうデティールにコダワったり、言葉の行間に自国への強い誇りを感じさせたりする。ダイレクトに中国人のアイデンティティに触れてる感じがするのだ。
●そうやって中国を知ろうと考えるのは結構なコトだが、800万年前、北京原人よりもさらに大昔の時代まで遡るっつーのは、いくら何でも遠回り過ぎだろ!とツッコミを自分に入れつつも、そんなバカげたムダを厭わない自分がスキ。

●一番最初の人類の祖先がアフリカに発生したコトは、世界的に自明の見解かとボクは思ってたが、この本では、広大な国土から近年発掘された化石を例に引き出して、人類発祥の地はアジア地域だという可能性があるとしっかり主張してる。ああ中国ってスゲエな、中国の大地こそ人類のゆりかごだと思いたいんだ。
●確かに中国の考古学は、日本史でいう縄文時代みたいな文化が、何種類も多極的同時並行的に進化進歩しているコトを突き止めており、スケールの大きさの違いを思い知らされる。例えば、チベット自治区の手前青海省約4000年前のラーメンの化石?が発掘されたというエピソード。「中国4000年の味」ってコピーが昔あったよな…。この発見で、中国こそ世界の麺文化発祥の地というコトが分かり、中国の研究者は大喜び、イタリアの研究家はスパゲティの敗北を大変悔しがったという話を聞いたことがある。ちなみに神秘的存在「龍(ドラゴン)」というイメージは遅くとも6500年前には既に成立してたとの事。
●中国最古の王朝「夏」は、日本の教科書では伝説上の存在となっているが、中国では当然のように実在した国家と考えられている。確かに場所は厳密に特定されてないが、ソレをいうなら邪馬台国の場所だってわかってない。例え「夏」王朝が存在しなくても、同程度の水準を持つ都市国家はたくさん存在していたのは遺跡発掘でハッキリしている。これが紀元前2000年頃のハナシ。中国、フトコロがデカい。


図説中国文明史 2 (2)図説中国文明史 2 (2)
(2007/02)
尹 盛平

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「図説中国文明史2~殷周・文明の原点」
紀元前1600年頃から紀元前770年のオハナシ。インドお釈迦様も生まれてないし、ギリシャソクラテスも生まれてない大昔。キリストなんて超若造だね。
●遺跡として特定されてる最古の王朝「殷」は、神権政治で国家を統治しており、そのド派手な生け贄の捧げっぷりは迫力満点。王様一人が死ねば、妃から家来まで200人単位で一緒に生き埋めにするダイナミックさが大味でイイ。
●神の名を借りた民衆支配は超サディスティックで、逃亡奴隷に対するキョーレツな刑罰が甲骨文字で記録されてるという。鼻を削ぎ落とす、首を切り落とすは序の口、青銅のノコギリで足首を切り落とすのも流行ってたらしい。足なし死体がたくさんお墓に埋まってるってさ。「殷」代最後の暴君は、炭で熱した銅柱の上を焼け死ぬまで這い回らせたという素晴らしいセンスの持ち主。イカすね。そんなハナシに何頁も割くこの本のセンスもイカすね。
「殷」に取って代わった「周」王朝は、サドセンスに長け過ぎた先代に叛旗を翻して討伐。封建制度の主従関係と通商交流の発達で、中華アイデンティティを広げる。黄河流域から、長江流域や北京周辺の異民族を同化。
●青銅器文化も最高潮で、これでもかという勢いで名品を立派な図説で解説するこの本。とにかくね、漢字が難しいのよ。食器や礼器、武器では、生まれてこの方見た事のナイ、ハイパーゴテゴテしい漢字が一杯出て来る。多分著者が日本人なら、こんな細かいデティールに絶対踏み込まないだろう、バカバカしいほどの細かさが、中国人の感性なんだなと感じ入る。難し過ぎてPCで変換できなくてお見せできないのが悔しい。
難しい漢字


図説中国文明史 3 (3)図説中国文明史 3 (3)
(2007/04)
不明

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「図説中国文明史3~春秋戦国・争覇する文明」
「周」王朝が衰退、形骸化し、封建諸候の台頭を制御できなくなって生まれたのが、春秋戦国時代と呼ばれる群雄割拠の内戦状態だ。年にして紀元前770年~221年、それぞれの有力諸候が独立国家を立ち上げ、覇を競い合う時代。中華アイデンティティを基盤にしながらも、中国の各地域はローカルカルチャーを伸び伸びと発達させ、その風土にふさわしい多様な文化/イデオロギーを生み出す。その多様性たるやホントにバラエティに富んでおり、ボクは妙な納得をしてしまった。「そうか、中国は、世界中から孤立してしまっても、この国だけで十分自活して暮らしていけるだけの、バラエティあふれる多様性を内側に持ってるんだ。しかもE.U.諸国と同じくらいの面積の中で」
●黄河流域から長江流域にかけてのコアエリアは、各諸候の富国強兵政策で、産業の生産性向上、軍事力の増強や戦闘技術の開発、新進思想の奨励、芸術表現の深化などなどが急速に進む。アンディ・ラウ主演映画「墨攻」でポピュラーな墨子「THE ART OF WAR」と英語訳されてヒップホップ関係者にも読者の多い(みんな監獄で読むっぽい)戦術研究家・孫子、そして儒教の開祖・孔子が登場して、活躍しまくる。
●この本は、剣、矛、戈(か)、戟(げき)とコト細かく当時の武器の形状や造形をダラダラと解説してくれる。馬に引かせる戦車の車軸の先ッポのに取り付ける轡(くつわ)は、ドリルのように尖って近づく敵兵の足をえぐる。古典アニメ「マッハ・ゴーゴーゴー」にこのテのアイディアがあったね。ライバルの車に横当てしてマシンを破壊するドリル。
●このコアエリアの内戦状態は、周辺民族をさらに刺激して中華文化圏を拡大する。政治的統一性とは関係なく、文明としての親和性が、東西南北に拡大していく。コレが中華アイデンティティの逞しいトコロだ。そんでこの後、初めての中華統一中央集権国家が成立する。それは第四巻のお楽しみ。


コレを機に、中国の省の名前と場所を覚える事にした。
●地図帳の中国のページを開き、暗記してみる。半分くらい覚えたが、半分はまだアタマに入ってない。内陸に奥まったエリアが微妙だな。日々コレ修行。


最初に言っちゃいますけど、またムダに長くなりました。
●先週日曜日のハナシなのに、書き終わるまでに一週間近くかかっちゃった。時間のない方は読まない方が無難です。


MEET THE MUSIC 2008! 全国民放FM53局&KDDI PRESETS「桑田佳祐アコースティックライブ IN 石垣島」(3月23日)

クワタライブ4


●FM放送を携帯電話で聴くスタイルを普及するために企画された公開生放送で、桑田佳祐が約一時間プレイするのを、NHKを除くほぼ全ての民放FM局がライブでOAするってイベント。J-WAVE TOKYO FM INTER FM もどこもかしこも同じ番組を流す。コレって画期的だよね。やるね、KDDI


真剣にラジオ聴くなんて高校時代以来だろう。
●前回のラジオ録音はよく覚えている。トモダチがバカなバンド作って、そのデモを局に送ったらホントに番組出演することになってしまった時だ。伊集院光の深夜番組だったかな?バンドの名前は「おたく団」と言った。大学時代はラジオ番組の制作に絡んでたクセして、自分の番組すら聴いてなかった。自分のCD聴いてる方がずっとカッコいい音楽聴けるからね。
●しかし、目下CD購入を自らに禁じているボクは、クワタ氏の新譜「魅惑のAVマリアージュ」をゲットするのを必死で我慢しているため、その代わりにこのライブをエアチェック、つまり録音する事にした。「エアチェック」って言葉自体が死語だし、ラジオを録音するのも十数年ぶり、「おたく団」以来だ。決断したはいいが、果たして可能なのか。まずラジオを探さないと。

●家のオンボロラジカセ(マジでカセットとラジオ)をチェックしたら、ノマドヒヨコにへし折られたのか、アンテナが根本から消え失せてる。電波が入らない。むー。
●そこでリビングに持って来て、金属製のお掃除モップをラジカセにくっつけてみた。そしたらイイ感じに電波が入るじゃないか!モップの向きとノイズの関係をアレコレ研究、最終的にはモップに金属製メジャー(5メートル)を巻き付け、そのメジャーを窓の外まで引っ張り出し、マンションの金網柵までつなげることにした。コレで感度サイコー。我がマンション全体がアンテナになった。ああ、ヒマで平和な日曜日。
●カセットで録音なんて出来ないから(60分番組だから、120分テープが必要でしょ、そんなモン近所に売ってない)、そのラジカセのヘッドフォンアウトをDJミキサー経由でPCに繋ぎ込み、アプリケーション「GARAGE BAND」を使ってハードディスクにRECすることにした。ここらへんは21世紀だね。
●電波状況は TOKYO FM が一番いい。後から気付いたが、どうやら TOKYO FM が石垣島からの中継を受け、各局に配信してるみたいだったから、その意味でも一番音がよかったっぽい。



クワタ氏のパフォーマンスは、言うまでもなく最高に気持ちよかった。
●バンドは、本人含めてアコギ二本、ピアノ or オルガン、パーカッション。「ベースとかドラムみたいなデカイ音を出すモンは、途中シージャックに襲われて持ってかれました」クワタ氏。ちょっぴり生放送に緊張してるのか、オヤジギャク連発。MC「オレでいいのかな、全国53局でしょ、オレでいいのか何回も聴いてね…。なんか小田和正が忙しかったらしくてね、小田さん、ドリカム、オレだったらしいんですよ(会場笑)」

セットリストは下記の通り。

・「明日晴れるかな」
・「神の島遥か国」
・「栞(しおり)のテーマ」
・「せつない胸に風が吹いてた」
・「逢いたくなった時に君はもういない」
・「夏をあきらめて」
・「チャコの海岸物語」
・「ダーリン」
・「風の詩を聴かせて」
・「真夏の果実」with 原由子
・「DEAR MY FRIENDS」


●去年~今年のソロ曲中心になるのは当然と思ってたが、「栞(しおり)のテーマ」(1981年)が始まった時はドキッとした。こんなサザンのオールドスクールをプレイするのか!「夏をあきらめて」「チャコの海岸物語」(共に1982年)もかなりシビレた。途中、奥さんの原由子さんを招いて「真夏の果実」を2人で歌う場面も。

どうしても曲名が思い出せない曲があった。
●うーん、聴いた覚えはハッキリあるのに何の曲かわからん~!しょうがないので「2ちゃんねる」の実況板を見て確認。その曲が「せつない胸に風が吹いてた」。アルバム「世に万葉の花が咲くなり」に収録されてるマイナーな一曲。シングルもタイアップもない曲。渋い!クワタ渋いぜ!渋いセレクトに思わず唸る!でもコレがアコースティックアレンジで瑞々しく輝くのです。ボクの中でこのライブの一番の感動ポイント。オッサンになったからこのリリックがジワリと染みるのか。

「せつない胸に風が吹いてた 帰らぬ MY OLD DAYS
 大人になるための裁きを受けて 羽ばたく友達が落とした夢の数を
 独りきりで数えた夜

 名も無い歌にやわな生命を 捧げた LONG TIME AGO
 あこがれは無情な影だと言われ 去りゆく友達が残した旅の地図は
 夏の空に溶けていった

 虹のように消えたストーリー もう二度と戻れない時代を越えて
 この胸に浮かぶストーリー 幻と知りながら熱い涙」



ということで……、この勢いで、ボクが勝手に繰り広げてる「サザンオールスターズ再聴」シリーズの続きを綴ってみましょう。
時代は1992年から1995年。音楽プロデューサー小林武史とコラボレーションを続けていたサザン<第四期>(←これもボクの勝手な言い方ですから)の後半戦を聴いていこうと思います。つまり、「せつない胸に風が吹いてた」を収録したアルバム「世に万葉の花が咲くなり」を中心とした時期です。


SAS「世に万葉の花が咲くなり」

「世に万葉の花が咲くなり」1992年
●前々作「SOUTHERN ALL STARS」前作「稲村ジェーン」が、映画制作と重なって非常にテンパッた状況下で作られたのに対し、この作品はバンド全員(&小林武史)が本腰を入れて取り組んだ、久々の本格アルバムとなる。
しかーし! リアルタイムな個人的実感では、このアルバムはほぼ無視。92年当時のボクは大学に進学、ますますコアな音楽マニアに進化し、洋楽アーティストのライブやクラブミュージックの現場に出入りするようになる。小賢しい若造は、生意気にもサザンじゃ物足りなくなっていたのだ。
●一方でサザンは、デビュー時のような日本歌謡界のアウトサイダー的存在から、その立場を大きく変え、90年代に確立する「J-POP」世界の頂点に登り詰め、メガセールスを達成する大衆ロックバンドとなり果てた。生意気なボクは、サザンはセルアウトしたと見たわけだ。
●実際、小林武史の活躍の成果か、仕上がりはいわゆる「J-POP」的作り込みアレンジ完全武装で、カドが丸くなってるというか、下世話な部分が下世話になりすぎてるというか、なんかとにかく納得がいかんのですわ。

ナニがそんなにシャクに障るのか?
●例えばシングル「シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA」。コレはクワタ流ディスコファンクを「J-POP」的解釈でチューンナップした代物。ラップらしきモノにクワタ氏が挑戦するって試みとか、今聴くとユニークに聴こえるファンク感覚も、当時は冷静に評価できなかった。歌詞がヘンテコで「シュラバ★ラ★バンバ」「修羅場穴場女子浮遊 ~ 愛乃場裸場男子燃ゆ」と綴ってみたりとクワタ氏常套手段の「空耳で英語っぽい日本語遊び」が炸裂。しかし、この程度で「万葉の花」とは片腹痛いわ!とボクは笑ったのだった。
●もう一つ。90年代「J-POP」の常套手段、テレビドラマのタイアップでヒット曲が出る。「涙のキッス」だ。これがTBSのドラマ「ずっとあなたが好きだった」の主題歌に選ばれた。このドラマ、みなさん覚えてます? 佐野史郎演じるマザコンサイコ男・冬彦さんが、姑・野際陽子と一緒になって、妻の賀来千香子を精神的に追い込んでいく内容。トレンディドラマ全盛時代にありながら、お茶の間に濃ゆ~い狂気を流し込んだ奇作。そのマッドっぷりは、当時の薄っぺらい恋愛ドラマと比べて100倍スリリングで痛快、なのにその緊張感とは全く似つかわしくない甘ったる~いラブソングとして、この「涙のキッス」が流れて来るわけ。発狂寸前の賀来千香子、来週にはいかなるピンチが!ってタイミングにメロメロ「涙のキッス」。合わねーんですよ!


そんな敵のようなCDを、今一度冷静に聴く事にしてみた。
●正直、ラジオで聴いたアコースティックアレンジの「せつない胸に風が吹いてた」には、目からウロコ級の驚きと感動を感じた。目立ちすぎたヒット曲に流されて、このアルバムを過小評価しすぎたのではないか? そう反省するに至った。そんな意識でもう一回聴き直してみると……、おお、ベタベタの「J-POP」の間に挟まって、かなり凝りコダワッたクセのある曲がたくさんあるコトが分かった!

「せつない胸に風が吹いてた」は、「J-POP」的粉飾が施されているが、芯の構造は、適度に乾燥したフォークロックだ。湿っぽくなりがちなノスタルジーを、風通しを良くしてサラリと軽く歌い流した軽さに妙がある。だから、アコースティックライブで印象が激変したのだ。
●もっと直球のフォークロックアプローチもある。「ニッポンのヒール」。リズムトラックが「J-POP」だが、クワタ氏の狙いは BOB DYLAN 風のトーキングブルースだ。ワザと鼻に引っかけた早口のザラザラ声で、シュールかつ皮肉タップリのリリックを弾き出す。この路線はセカンドソロ「孤独の太陽」でさらに発展する。
「ポカンポカンと雨が降る(レイニーナイト イン ブルー)」は、あざといまでの「J-POP」歌謡。昭和歌謡と「J-POP」のハイブリット。歌謡曲がクワタの遺伝子に色濃く組み込まれてるのは周知の事実だが、あざと過ぎる。やり過ぎ。これはタダの歌謡曲パロディごっこ。コレはダメ。
●しかし次に控える「HAIR」は、フォーキーな質感からさりげなく始まりながら、THE BEACH BOYS「PET SOUNDS」寸前まで到達するような、ドラマチックでサイケデリックな展開をする。ストリングス、そしてホーンが合流、そして差し込まれる美しいフルートのパートが鮮やか。驚異的なアレンジだわ。「天国の面積は人生を印刷するスペース…」リリックも味わいがある。
「亀が泳ぐ街」は、クワタ氏が必ず一曲忍び込ませる個人的趣味丸出しの悪ふざけだ。思いっきり退廃キャバレージャズをブルースギターでドロドロにして、クワタの塩辛い声がシュールに響く。気分タップリだけど全然意味のナイ歌詞。「キャビアを食べたい 筋だけ残して そぞろ雨のバンジョー 屋根を噛む音 美味しい鳩サブレー…」

●16曲の作品を納めたこのアルバムには、さらに英語詞のアカペラドゥーワップ、クリスマスソング、ブルースロック、そして「シュラバ★ラ★バンバ~」のようなディスコファンク、メロメロ「涙のキッス」、前述のフォークロックや歌謡曲パロディ、キャバレージャズも搭載してる。いわば「ナンでも売ってます」ドンキホーテ状態。こんだけの在庫を準備できる実力がスゴいが、サービス精神も旺盛すぎてちょっと大味になりすぎちゃった。ホントは細かい気配りもしっかりしてたのに、ボクは今までそれに気付かなかった。このアルバムを駄盤と無視してたボクはその軽卒を反省します。でも、ボクみたいにこのCDを見くびってる人は大勢いると思う。だってブックオフで105円で売ってたんだもん。


この時期のサザン名義のアルバム未収録シングルをチェック。


SAS「エロティカ・セブン EROTICA SEVEN : 9月の風」
「エロティカ・セブン EROTICA SEVEN / 9月の風」1993年
「シュラバ★ラ★バンバ~」路線のアゲアゲチューンにして、90年代サザンの最大セールスシングル。70年代以来のサザンが持つ躍動感あるラテン風味ロック(「勝手にシンドバット」とか)を、90年代「J-POP」マグネットコーティングファーストガンダム風に)に換装、耳当たりをよくした感じといえばいいのかな? カップリング「9月の風」はギター大森隆志作曲の爽やかインスト。


SAS「素敵なバーディー (NO NO BIRDY) : 遥かなる瞬間(とき)」

「素敵なバーディー (NO NO BIRDY) / 遥かなる瞬間(とき)」1993年
●60年代初頭のアメリカンポップス調で爽やかにコーラスする曲。THE BEACH BOYS 風? あんまし印象に残らない曲だけどね。カップリング「遥かなる瞬間(とき)」はドラム松田弘作詞作曲ボーカル自演曲。クワタ氏と真逆なまっすぐに伸びる声。松田KUWATA BAND にも参加しクワタ音楽の土台をずっと支え続けている男。文字通り縁の下の力持ち。


SAS「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る) : ゆけ!! 力道山」
「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る) / ゆけ!! 力道山」1993年
●アルバム「世に万葉の~」収録の「CHRISMAS TIME FOREVER」に引き続いてのクリスマスソング。ソレ以前にサザンはクリスマスソングなんてやってなかったのよ。やっぱセルアウトしてたんだよ。内容は60年代 PHIL SPECTOR 風の WALL OF SOUND を援用したありがちキラキラアレンジ。
●しかし一方でカップリングは、あの昭和の鉄人力道山へ捧ぐオマージュ。キラキラクリスマスソングから、いきなり力道山へ飛躍するバンジージャンプ級の落差に、クワタ氏のアイロニカルな悪ふざけを感じる。表題曲はキッチリ商品にするけど、カップリングはオレの好きなように演らせてもらうぜ的なケジメ。中身はひねくれたファンクロック。缶コーヒー「WANDA」のCMでジャイアント馬場とCG合成共演をしているクワタ氏、昭和のDNAを色濃く細胞に刻み込まれた彼の中で、全盛期のプロレスが大きい意味を持ってるのは間違いない。



さあて。桑田佳祐セカンドソロの登場だ。コレはトゲトゲ一杯の代物になった。


桑田「孤独の太陽」

「孤独の太陽」1994年
クワタは何かに怒っていた。憤っていた。イラついていた。愉快で楽しいみんなの人気者・サザンオールスターズ、鉄板メガヒット量産バンド・サザンオールスターズ。そんな立場に居心地の悪さを感じてしまった。サザンのフロントマンは、このソロで牙を剥く野良犬の本性を解放したかったのだ。
●そこでクワタ氏は、ドンキホーテ的全方位型在庫過剰陳列アルバム「世に万葉の花が咲くなり」とは180°逆方向のベクトルで、セカンドソロに挑む。基本的にはギター1本勝負。骨格剥き出しのフォークのアプローチ。過剰アレンジのサービス精神満載のサザンから、声とギターを武器に世の中へ毒づく悪者シンガーに変身。
●ここで音楽参謀となるは、ギタリスト小倉博和。90年代以降のサザン/クワタの主だった作品に全て参加しているスタジオミュージシャン。今回ほとんどの楽曲がクワタ&小倉のアレンジで出来ている。小倉のギターとクワタの声から全てが出発する作り方。小林武史も参加はしているが、存在感は薄い。
クワタ氏の小倉博和への信頼は厚く、今回の石垣島のアコースティックライブにも彼がバックを務めてるようだった。間奏のギタープレイにクワタ「オグッちゃん!」と声をかけてる。

クワタに BOB DYLAN が憑依。日本型フォークへの批判精神。
BOB DYLANクワタ氏にとって重要なアイドルだということは間違いない。クワタ氏は彼のアプローチを日本語表現に援用して「DYLANものまね」でシャウトする。一曲目の「漫画ドリーム」から DYLAN 風の鼻に引っかけたダミ声で攻撃的なトーキングブルースをぶちかます。武器は小倉のギターとクワタのハーモニカだけ、風刺を利かせたシュールなリリックがささくれ立って聴く者の耳を引っ掻く。
●2曲目「しゃあない節」も、「LIKE A ROLLING STONE」でフォークロックにシフトした DYLAN を連想させるアレンジ。ミドルテンポで乾涸びたロマンチシズムを諦観を込めて歌う。オルガンも60年代風に響いてる。
クワタ氏が憧れた BOB DYLAN のフォークロックは、日本でかつて支持された湿っぽい四畳半フォークとは似て非なるモノで、もっとトゲっぽくもっと凶暴なのだ。そして絶望的に乾いているのだ。フォークロックのアプローチをとりながら、さだまさし的な着地は絶対にしない、という意気込みが全ての曲に一貫してる。一番ポップな「飛べないモスキート」「真夜中のダンディー」ですら、枯れた苦さを口に残す。コレはクワタ氏が抱いていた日本型フォークへの批判精神の発露だと思う。

長渕剛との BEEF 合戦。
クワタ氏は以前「吉田拓郎の唄」(1985年)という楽曲で、名指しで日本で一番影響力を持つフォークシンガーを批判した。この年ライブ引退を表明した(のち撤回)彼の男に対して、自分が影響を受けていることを表明し、リスペクトの思いも込めつつ、志半ばでシーンから退場しようとする彼を批判した。それは吉田拓郎が唯一 BOB DYLAN 的感性で日本語フォークに挑戦していたとクワタ氏が考えていたからだと思う。
●今回のアルバムでは「すべての歌に懺悔しな!!」の歌詞が、ほぼ同期デビューのフォークシンガー長渕剛を批判しているのではないか、というカタチで騒動になった。この頃の長渕さんは、国生さゆりとの不倫騒動があったり、映画/ドラマ出演にも積極的だったからなあ。それを前提で聴くと、確かに痛烈なのだ。以下部分引用。

「歌が得意な猿なのに 高級外車がお出迎え 
 スーパースターになれたのは 世渡り上手と金まかせ
 冗談美談でふんぞり返って ケジメも無しとする
 言い寄る女と愚かな客とが それでも良しとする
 大学出たって馬鹿だから 常識なんかは通じねえ
 濡れた花弁にサオ立てて 口説きの文句はお手のモノ
 道化も道化ウンザリするような 生き様シャウトすりゃ
 小粋な仮面でどこかでパクった 小言を連呼する
 子供の頃から貧乏で そのうえ気さくな努力家で
 実はすべてが嘘なのに 芝居のセンスにゃたけている
 天才奇才とおだてりゃエテ公は いつでも木に登る
 儲かる話とクスリにゃ目が無い バカヤロ様がいる
 チンチン電車は走るけど 青春時代は帰らない
 テレビにゃ出ないと言ったのに ドラマの主役にゃ燃えている」


●コレ聴いて長渕はカンカン。雑誌「VIEWS」で反論、「オレは桑田を許さない」とマジ切れ。この雑誌インタビューはリアルタイムで買って読んだ。「コレはオレの事だとハッキリ認識した」と語り、かつてイベントで共演した時、盛り上がったサザンに請われてステージに上がったら頭からビールをかけられたというエピソードを吐露。まー、テンション上がったクワタ氏ならばそんくらい勢いでやる気もするけど、やられた方はそうはとらない。「アイツはオレを笑い者にしたかったんだ」と怒りを隠さない。
●一方クワタサイドは、これは自分も含めた一般的なミュージシャンを差す表現で個人攻撃ではないと表明、謝罪文も送付する。で、最後はどうなったかというと、95年に長渕剛大麻取締法違反で逮捕され、これで一気に論争は沈静化。「クスリにゃ目が無いバカヤロ様がいる」。うわ~、ウタの通りになっちゃった。シャレがキツいわ。
●しかし、自分の BOB DYLAN 的アプローチでフォーク表現を革新しようとしてたクワタが、当時日本語フォークの最前線にいた長渕を、仮想敵国に想定するのはわりと自然な流れだ。だけど「ホントにアンタを批判してんだよ~」というほどヒールになりきれないのがクワタ氏の人の良さ。実際、90年代「J-POP」世界で肥大化したサザンと市場にセルアウトした自分を自嘲する意図も、実際かなり含ませてたのだと思う。一方、この顛末以降の長渕剛も、作風を変えて別次元にレベルアップ(マッチョ肉体改造も含め)しているので、この批判が今も有効というわけでもない。

●野良犬気取りで剥いた牙は、ヘンなトコロに刺さっちゃってケチがついたが、このアルバムの持つヒリヒリした触感は、「世に万葉~」でセルアウトしたとサザンに失望してたボクに、ああクワタはまだリアルなんだと感じさせてくれたのだった。


この時期のソロ名義のアルバム未収録シングルをチェック。


真夜中のダンディー

●「真夜中のダンディー/黒の舟歌」1993年
●アルバム「孤独の太陽」に一年ほど先駆けてリリースされてたシングルのカップリング。渋い。渋過ぎる。作家・野坂昭如が歌って有名になった怨念暗黒歌謡。それをブルースロックで黒っぽく歌い上げる。 「愉快な人気者サザン」から、どれほどクワタ氏が遠ざかってしまいたいと感じていたのかが、滲み出て来る仕上がり。ダークで陰鬱。


桑田佳祐「月」jpg

●「月/A LOVER'S CONCERTO」1994年
「月」のカップリングは、J.B.バッハの有名曲を、ポップスにアレンジして SARAH VAUGHAN などがヒットさせた60年代の曲を、フォークロックのアブローチでカバーしたもの。クソ有名なのでこのメロディには誰もが反応できるはず。でもアレンジの印象がまるで違うので、一瞬なんの曲か分からない、ちょっと聴いて初めて、あ!あの曲をやってんだ!と驚く仕掛け。


桑田佳祐「祭りのあと」

●「祭りのあと/すべての歌に懺悔しな!!」1994年
●アルバム「孤独の太陽」リリース後に発売されたシングル曲。ここまで着て、やっとクワタ氏は完全に鬱憤を晴らすことができたのか、なんとなく音楽性がサザンに接近してきた。塩辛い歌詞に塩辛い声。でもバンドの音に優しい丸みが戻ってきた。これにて、悪者クワタという「祭り」は終わった。

桑田佳祐 & MR. CHILDREN「奇跡の地球」1995年
●1993年から、エイズ啓蒙イベント「ACT AGAINST AIDS(略称AAA)」がスタート。この企画に初回から参加しているクワタ氏が、第二回のライブで披露したミスチルとのコラボ楽曲をこの年シングルカット。小林武史が社長を務める音楽事務所「烏龍舎」に所属し、彼のプロデュースのもと1994年にブレイクを果たした新進バンド MR. CHILDREN と合体。ちょっぴりスカテイストのリズムに乗って、桜井和寿クワタ氏が義憤を込めてシャウト合戦。小林のキーボードがこの両者の対決をキーボードで盛り上げる。このシングルが、サザン/桑田佳祐小林武史との実質上最後の共同作業になる。


小林武史とのコラボレーションを終え、サザンはセルフプロデュースで90年代後半を漕ぎ出していく。そんな1995年から2000年をボクはサザン<第五期>と呼びたいと思います。そしてこの時代においても、バンドは成熟する事なく、貪欲に新境地を切り開いていくのです。

●ふう、今回はとってもクタビレた。次回はちょっと時間置きますね。


過去の関連記事はこちらに。
 「サザン再聴、その5」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080317.html
 「サザン再聴、その4」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html
 「サザン再聴、その3」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071206.html
 「サザン再聴、その2」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20070802.html
 「サザン再聴、その1」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-69.html

目黒川の桜。

目黒川さくら

●心療内科の診察で病院に向かう途中、目黒川沿いの桜並木がキレイに咲いているトコロに遭遇した。風雅だな。これナン分咲きっていうの? よくわからんです。

目黒川さくら2

●ロングヘアのキレイな女の子が、じっと桜を見つめていた。川沿いのベンチに腰を下ろし、タイトジーンズを穿いた足を組み、その上にヒジをついて、静かに花を眺めてる。髪の毛を風に流されるままにして、その景色に見とれてる様子は、不思議な趣があった。風雅だな。


自律神経失調症とのお付合い(その46)~「後任のセンセイは美人」編
●しばらくこのシリーズ書いてませんでした。まあ、コンディションは順調だから。取り立てて書く事もない。主治医が変って新しいセンセイが出てきたコトも書いてなかったな~。
新しいKセンセイは、前のYセンセイよりもより若めで、美人さんだ。でもクールビューティって感じで、あんましくつろいだトークに付き合ってくれる感じがない。Yセンセイが辞め、医師が1人減ったので、他のセンセイ達の受持ち患者がドカッと増えたと見え、少々テンパッてるっぽい。ボクも予約時間調整がメンドクサくなった。まあ、お互い馴染むには時間がかかるんだろう。ボクはリハビリ出社も始まり、他の患者に比べればもうライト級ランクなので、センセイ側もヘビー級の患者さんと比べて安心して経過を見てられるというスタンスなのだろう。

しかし、昨日はクスリの量を少々間違えた。
●ボクの場合、基本的にクスリを飲むタイミングは毎食事と就寝前だ。で、昨日は異常に疲れてて眠かったので、夕食を食べた後すぐに眠ろうと思ったのだ。だから夕食時のクスリと就寝前のクスリをいっぺんに飲んだ。精神安定剤4種類、睡眠薬、喘息系のクスリなどなど計8種類。
これが効きすぎた。夜9時から午前11時まで眠りっぱなし、起きようにもアタマがクラクラで立てないくらい。朝飯を食おうにもハシが握れないほどになった。コレには懲りた。聞けば、このテの安定剤は、足し算ではなく、かけ算の考え方で効果が大きくなる、いわゆる相乗効果で影響するので、マトメ飲みはややこしいことになる。濃くなりすぎたクスリは、目一杯水を飲んで流し出すしかない。今日は1.5リットルくらい水を飲んだ。

コンスタンをウマく使え。

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コンスタンという頓服用の精神安定剤がある。これをうまく使うと生活のペースを崩さずコンディションを保つ事が出来るという。前から飲んでるクスリだが、今までは露骨にパニック発作が起こりそうになったり、パニックが起こったらヤバいシチュエーション(幼稚園の行事とか、芝居の公演とか)に入る前に、一発キメることにしてた。
●これを、くたびれて突然昼寝したくなった時にキメるとイイらしい。実際、夕方突然睡魔が襲って来るのですよ、最近は。色々な人と会って話をするのが、かなりの体力集中力の負担消耗になってて、人とたくさん話した日はかなりクタクタになる。見た目は元気そうでもまだそのくらいの体力しかないんですよ…。でもそんな時に一服コンスタンをキメると、眠くなくなる。不思議だ。今まではテンション上げないために飲んでたのに、テンション落ちてる時にも効くっつーんだから。

●現在、リハビリ出社の勤務時間は午後1時から夕方4時30分まで。これを来週をメドに少し前倒ししてみる。まずは正午12時メドで。4月イッパイかけて、徐々に午前10時へ近づけていく。
●元の職場のフロアには立ち入り厳禁というルールはまだしっかりあるが、カフェや売店フロアで仲間と会話するのは解禁となった。メールで連絡を取り合って昼飯を一緒にするくらいは良しとされた。実際、売店フロアにいるとホントに色々な人に会う。上司Gさんにも元上司Yさんにも「おう!元気そうになったな」と声をかけてもらい10分くらい会話する事が出来た。これはコレでうれしい。同期の連中と話すのも楽しい。みんな新しい仕事を始めてたりして「オモシロい事やってんじゃん」と言い合える感じが出来てる。

追記。カバンを持ち替えた。
●今まで肩掛けカバンを使ってた。「さてはコレが肩の痛みの元凶か」とにらみ、軽量化したりカバン自体を買い替えたりしてた。しかし、痛みは治らない。そこで今週から小型のトートバッグを手に持つ方式に切り替えた。すると一気に肩の痛みが緩和し出した。肩ヒモを肩に乗せるために、肩の筋肉に無理な緊張を与えていたと見る。片手が塞がるのは面倒で電車内読書派のボクにはちと不便だが、この明快な効果にはちと感動した。

snarl extra

●今週から愛用してる、SNARL EXTRAVAGANZA の小型トート。ドクロがキッチュでしょ。着る人を選ぶヒップでキッチュなブランド。以前ちょっと仕事した時オマケでもらったのさ。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html

我が家の珍獣、娘ヒヨコ5歳の生態を、今日は考察してみる。

ヒヨコの「ちびロボちゃん」。

チビロボちゃん

●今まで我が家のレゴブロックは兄ノマドの占有物で、ヤツが高度なメカを作るのにだけ使われてきたのだが、最近ヒヨコもレゴ遊びに目覚めやがった。ヒヨコは「ちびロボちゃん」と名づけた単純なブロックの固まりを大量生産して、全員を遠足に引率したりして遊ぶ。「ちびロボちゃんのおかあさん」もいるらしいが、アタマが壊れて修理中との話だ。

ヒヨコとレゴ


娘ヒヨコは、どうやらアニメ声らしい。
●今まで赤ん坊だと思って特に気にしてなかったが、同年齢の女の子たちと遊ぶヒヨコを見ててふと気づいた。まわりの子はそれなりにしっかりした声にシフトチェンジしてるのに、ウチのヒヨコだけいつまで経っても赤ん坊のようにシタッタラズで、ピーピー聞こえるヘンな声なのだ。つまりは、このアニメ声がコイツの地声? そうか……、おまえ、アニメ声だったんだ。


「ヒヨコのとりあい」。
●ヒヨコが自分で言ってることなのだが、最近お友達の間で「ヒヨコのとりあい」になるらしい。「ヒヨコのとりあいになっちゃうんだよ~。」ナニそれ?「ヒヨコちゃん、あそぼ!」「ヒヨコちゃんはワタシとあそぶの!」「ちがう!ひよこちゃんはコッチ!」とかいうシチュエーションになるという。「そんでヒヨコ、うでひっぱられるの~。」 ……まあ、人気者ととれれば結構なことなんだが、そうじゃないのは容易に予想できる。ヒヨコは感覚のままに生きてる動物なので、目の前の状況に反射反応するだけで、主体性が微塵もない。だから、主体性のしっかりした子から見たら付き従わせるのに都合がいいキャラなのだ。オママゴトするにしても、メインのポジション「おかあさん」はせず、「あかちゃん」とか「ねこ(←人間じゃないじゃん)」を疑問なくやってる。
●ワイフが言う。「ヒヨコ、そういう時は、ちゃんとお友達に自分が誰と遊びたいのか、今自分がどうしたいのかハッキリ言わないとダメでしょう。」そしたらアイツ爆笑しながら「いまじぶんがどうしたいかなんて、そんなのイチイチかんがえるわけないじゃん!あははは」。ぼくも爆笑。こいつダメだ。アホだ。だから毎日ノー天気で、出たとこ勝負で、無計画で、何べん怒られても懲りないんだ。でも明るいからイイ。ワイフの目撃証言によると、ヒヨコのとりあいで険悪モードの女子同士がにらみ合う最中に、当の本人は一人満面の笑みで幼稚園の庭をスキップして回っていたという。


反射反応だけで生きるコドモの生態。
●ヒヨコは、自分が今ウタを歌ってるかどうか自分で分かってないらしい。頭の中に楽しいメロディが鳴っているのは結構なこと。しかしそれがダイレクトで音声出力されてるコトに気づかない。ごはん食べてる時に「ルルルル~」と歌うので、止めサナイ!と注意するのだがどうしても止められない。トイレに入ってても、中から「ララララ~」とウタが聞こえてくる。公文式教室でも、保護者は入れない教室の中から声高らかに歌うヒヨコの声が聴こえて来る。ああそんな子他にいないのに…。かと思うと、「ヒヨコ、今のウタ何のウタ?もう一回歌って」と頼むと、ハッと我に返りハニカんで逃げていく。あ、コイツ、自分が歌ってたって今知らなかったんだ。
●このフリースタイルのリリックが時に秀逸で素晴らしい。先日も紹介したが、「おおだいこ~と~、こ~だいこ~。どっちがつーよいの~?」は名曲だと思った。無意識下でそんなコト考えてるのかオマエ。


ヒヨコの意味不明フレーズ。
●思ったことが、頭の中からダイレクトにコボれ落ちる。それはもう「お~いお茶」が自販機から転がり出るくらいのスピードで。しかも意味不明。
「うんのろくろう!」廊下を楽しくスキップしながら叫んでる。海野六郎。真田幸村に仕えた真田十勇士の一番地味キャラだ。ノマドの歴史マンガからインプットされたな。でも意味はわかってない。
「ガーリックトースト!」これもコタツで家族と談笑してたら突然出てきたフレーズ。ヒヨコ、いきなりナニ?「ガーリックトースト!」お前、ガーリックトースト食ったことないじゃん…。トークの脈絡に何も関係ないし…。その週からワイフは「ガーリックトースト」を朝食メニューのローテーションに組み込んだのであった。


ヒヨコ脳の中身を考えてみる。そしてその有効利用を考える。
●思うに、ヒヨコの脳の中身は、様々なイメージが無秩序にフワフワ浮いてるだけのようだ。ソレが無意識の海の中から、意識の水面に浮かび上がった時に、口をついてポコンと言葉が出て来る仕組みになってると見受ける。

このヒヨコの性質を活かせないものか?…そうだ!「ことわざ」だ。
●意味のないフレーズが脳ミソからこぼれ落ちるくらいなら、本人が意味を理解してなくても有用なフレーズを脳ミソに入れておいとく方がいい。そこでことわざ本購入。

「どらえもんの学習シリーズ 国語おもしろ攻略 ことわざ辞典」

「どらえもんの学習シリーズ 国語おもしろ攻略 ことわざ辞典」
●この本をウチの娘ヒヨコに買い与えて、ちょっとづつ読み聞かせてあげているのだ。ふりがな付きの大きな文字でことわざが書いてあるから、ヒヨコも自力で読める。
●そこで、コール&レスポンス。
●ネコに?「こばん!」
●花より?「ダンゴ!」
●九死に?「イッショウをえる!」
●頭隠して?「シリかくさず!」
●ブタもおだてりゃ?「キにのぼる!ブー!」それは「ヤッターマン」だね…。
●いけるねヒヨコ。ちなみに意味は半分も分かってません。このことわざはどういう意味だっけ?「…うーん、ドラえもんがカクレンボして…オシリがでてて…」それは本に書いてあったたとえ話でしょ。

ことわざは便利。「寝る子は育つ」。
●夜9時、いつまでたってもフトンに入ろうとしないヒヨコに、ことわざで諭す。「寝る子は育つ!ヒヨコ、大きくなったらモデルさんになりたいんでしょ。寝ないコは大きくなれないよ!人間はね、夜中に背が伸びるんだ」これ説得力抜群。ヒヨコ「寝てる間にカミサマが背を伸ばしてくれるの?!」……まあ、そういうことでイイよ。だから早く寝なさいな。

ことわざボード作成。
●トイレの壁に、ホワイトボードを設置した。ここにヒヨコが今一番お気に入りのことわざをマジックで記入する仕組みになってる。先日まで「りょおてにはな」と書いてあったが、いつのまにか「かっぱのかわながれ」に改訂されてた。

やっぱりヒップホップだね。その8。
EAZY-ERUTHLESS RECORDS のお話で西海岸ギャングスタラップのことに触れたのが前回。もうちょっとこの辺を深掘りしてみましょう。主人公は DR. DRE。N.W.A. の音楽的頭脳であり、その後の西海岸、いや全世界のヒップホップシーンに巨大な影響を与えた男。


N.W.A. 以前の DR. DRE。

WORLDCLASSRECHINCLU.jpg
 
EAZY-E に出会う前の彼は、WORLD CLASS RECKIN' CRU という名前のユニットでオールドスクールなラップをしていた。仲間には共に N.W.A. のメンバーになる DJ YELLA も。テコテコしたエレクトロな質感のトラックに、80年代前半のホンモノのオールドスクールをお手本にしたような代物。ドコかでちょっとだけ聴いたことがあるけど、あんましカッコよくなかった。しかも当時のディスコファンクバンドがヤリガチだった、コテコテのキラキラ衣装を着てたりして、ぶっちゃけイケテなかった(写真左端が DRE、その隣が YELLA、つーか激ヤセじゃん)。それでもマジメに就職するよりも、いい金ゲットできるとあって、音楽でメシを食いたいと思ってたのが20歳前後の DRE だった。


そんな時、麻薬の売人 EAZY-E に声をかけられる。
DREEAZY や早熟なラップ少年 ICE CUBE と知り合った86年頃は、クラックが新型ドラッグとして LA のストリートに流れ込み、ギャング抗争も激化し、ゲットーがどんどん危険になっていく時期だった。EAZY はクスリで手にした汚れたカネを、もうちょっとマトモなモンに投資した方がイイと思ったのだろう。ローカルでは実力を認められていた、DRE、YELLA、ICE CUBE に声をかけてレコードを作るコトを思いついた。これが RUTHLESS RECORDS の始まりであり、N.W.A. の結成に繋がる最初のキッカケになった。

NWA「Greatest Hits」 N.W.A「GREATEST HITS」

N.W.A. のコンセプトは EAZY のモノ。しかし音は全て DRE と YELLA のモノ。
N.W.A. の出現は、ヒップホップ世界を転覆した。東では PUBLIC ENEMY KRS-ONE たちが黒人意識の覚醒や白人中心主義への批判精神を説いていたというのに、この連中は、自分たちや同胞をニガー呼ばわりし、オンナと見れば全部ビッチ呼ばわり、殺人と脅迫と発砲と暴力を叫んだ。EAZY-E はホントにそんな世界からやってきた男だったし、そのイメージを最大限利用した。その過激さにテレビもラジオも恐れをなしてOAを完全に拒絶した。しかし若者たちは自分たちの本音を凶暴な言葉でぶちまける彼らを完全に支持した。JAZZY JEFF & THE FRESH PRINCE(←現 WILL SMITH)が「親達にはてんで理解できねえだろう」とラップしてるのを EAZY は皮肉って、「黒人のガキが聴いたら笑うだろう。連中には親がいない。いたとしても、クラックと売春に夢中だよ」と語った。
●最初 EAZY はラップするつもりすらなかったから、音楽やトラックは完全に DREYELLA の仕事だった。(リリックはみんな ICE CUBE が担当。)ゲットーの喧噪と焦燥感をゴチャゴチャと詰め込んでハイテンポに疾走するザラザラした質感は、ICE CUBE のタフなラップに相性がよかった。正直一聴しただけでは、後に DRE が編み出す「G-FUNK」を N.W.A. の音からは見つけ出す事が出来ない。
●しかし、ICE CUBE がカネ問題で脱退し、東に渡って PUBLIC ENEMY のプロデューサーチーム THE BOMB SQUAD と組んでソロ作を発表する。N.W.A. は強力なフロントマンを失うが、そのラップ力の低下を補うため、THE BOMB SQUAD のサンプルてんこ盛りスタイルすらを吸収、その一方で、うねるファンキーなベースラインが存在感を示すようになってくる。ラストアルバム「NIGGA 4 LIFE」1991年では、一曲だけピーヒャララなキーボードも聴ける。MC REN の極悪エロネタ曲ではテンポダウンしたレイドバックファンクもやってる。G-FUNK まであと一歩である。

N.W.A「NIGGA 4 LIFE」 N.W.A「NIGGA 4 LIFE」


SUGE KNIGHT 登場。DEATH LOW 帝国の出現。
●カネの切れ目が縁の切れ目。EAZYDRE の間でもカネのもめ事が発生した。「NIGGA 4 LIFE」制作の最終段階、EAZY のいるスタジオを、一人の大男が訪ねてきた。SUGE KNIGHT。元プロフットボウラーで、ボディガードとして音楽業界周辺をうろついていた男だ。RUTHLESS の主だったアーティストの権利を全て譲れと迫る。いつのまにか金属バットや鉄パイプを持った男たちが EAZY を囲んでいる。とどめのセリフは「オマエのお袋がどこに住んでるのか、コッチは全部わかってんだぜ」RUTHLESS から DR.DRE は脱退。N.W.A. は解体した。

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●独立した DR.DRE が立ち上げたレーベルの名は「DEATH LOW RECORDS」。1991年のことだった。ICE CUBE が抜けた穴を埋めてくれた仲間たちは全員引っこ抜いた。THE D.O.C.、KOKANE、ABOVE THE LAW。新しい才能も目一杯発掘した。SNOOP DOGGY DOGG、DAZ & KURUPT の二人組ユニット THA DOGG POUND、西の至宝シンガーになる NATE DOGG。SNOOP の従兄弟 RBX、DRE の腹違いの弟 WARREN G、フィメールラッパー THE LADY OF RAGE。才気あふれる猛犬どもが集まった。


「G-FUNK」の完成。西海岸新世紀。この一枚をヒップホップは無視できない。

DR.DRE「THE CHRONIC」

DR.DRE「THE CHRONIC」1992年
●ここには、噛み付くような勢いでギャンギャンわめくヤツはいない。余裕シャクシャクのニヤついた顔で、非道の悪行を自慢げに語るギャングがいる。N.W.A. はチンピラが自分たちを苛つかせる連中に噛み付いた音楽で、世間を死ぬほどビビらせた。DEATH LAW は違う。カネは十分儲けた。ドデカイ車も買った。オンナも腐るほどいる。ストリートの勝者として君臨するボスの音楽だ。
「THE CHRONIC」ってのは高品質のマリファナを示す隠語だ。CDやジャケの至る所にハッパマークが入ってる。ここのサウンドは、その上質のハッパを胸の奥まですーっと吸い込んで、ポハ~っとふかす、そんなダラリと弛緩したルーズさを象徴してる。神経質にハイテンポだった N.W.A. 時代から猛烈にテンポダウンして、サンプルにも使用している P-FUNKISAAC HAYES、DONNY HATHAWAY のような、腰を揺らす骨太のファンクを狙っている。
G-FUNK の醍醐味は、レイドバックな重低音のベース。ドでかい車のスピーカーでこの重低音を鳴らしながらロスのハイウェイを流したらどんなに気持ちがイイだろう。そしてメリハリある四ツ打ちのキック。この意匠をなぞった彼らは、ある意味では70年代ファンクの正統後継者だ。ここでは COLIN WOLFE というベーシストが低音を手弾きしてる(また名前がイヌ関係だ)。
●そしてお次は DR.DRE の必殺技。彼自身の手弾きのキーボードだ。ピーヒャラーピーヒャララー。アルバムイントロからいきなりコレが鳴る。お世辞にも技巧的とはいえない、指3本くらいで弾けるだろうシンセのヒョロヒョロした鳴りは、ルードな雰囲気の中で意外なほど場をピシッと引き締め、ギャング社会の緊張感を伝える役目を果たしてる。「オマエ、最近随分イキがってるみたいだけど、あんま調子こいてると、オレがいじめちゃうよ?」「ス、スイマセン、先輩!」これ、G-FUNK の偉大な発明。


DEATH LAW 黄金時代。そして、その崩壊。
「THE CHRONIC」でその独特の飄々としたラップを披露した SNOOP DOGGY DOGG が1993年デビューアルバム「DOGGY STYLE」を発表。見事ビルボードチャート一位をゲットし、G-FUNK を全国区に知らしめた。
●1994年にはレーベルサンプラーを兼ねたような映画サントラ「ABOVE THE RIM」「MURDER WAS THE CASE」を発表。いずれも極上の G-FUNKDEATH LAW の猛犬パフォーマーの凄まじさを見せつけた。全てが DR.DRE の描いたプランであり、サウンドであった。
●そして1995年 DEATH LAW は西海岸の永遠のカリスマ 2PAC を獲得する。ここまでは、全てがうまく行っているかのように見えた。


2PAC「ALL EYEZ ON ME」

2PAC「ALL EYEZ ON ME」1996年
●西海岸のディスコファンクバンド DIGITAL UNDERGROUND のメンバーとして下積みをしてた若者 2PAC は、92年のブラックムービー「JUICE」の主演を務めて一躍スターダムに。ソロも数々リリースするが、トラブルも連発、非番警官を襲撃したり、銃弾5発をくらって重傷を負ったり、婦女暴行の咎で刑務所に入ったり。このヤンチャすぎる若者を SUGE KNIGHT は保釈金を全部立て替えて自社のニュースターに据えようと考えた。
●血気盛ん過ぎる若者 2PAC と、レーベルの実権を完全掌握した SUGE KNIGHT は、ギャング路線をさらに過激化させ、東海岸の雄 PUFF DADDY 率いる BAD BOY RECORDS を盛んに挑発し、ヒップホップの東西抗争をエスカレートさせる。
●この2枚組アルバムは、DEATH LAW の中でも最高売上げを果たした大作になったが、ぶっちゃけ、ボクはあまり好きじゃない。前述の DEATH LAW 物件と全然違うサウンドだからだ。このアルバム、実質 DR.DRE 不在で制作されてる。レーベルの長であるはずの DR.DRE が一曲しかトラック提供してない(その一曲「CALIFORNIA LOVE」G-FUNK 史上屈指の名曲になったが)。彼は 2PAC の存在に乗ってなかったのだろう。この段階で、SUGE KNIGHT & 2PAC と、DR.DREや他のアーティストに亀裂が生じ始めていた。明らかに SUGE のモノホンヤクザ路線は無茶過ぎる。誰もがそう思ってた。そしてあの悲劇が起こる。1996年9月。ボクシング観戦の後クラブに移動する車中で 2PAC は襲撃され命を落とす。25歳。


AFTERMATH の設立。そして「2001」へ。
●1996年3月。自分が立ち上げたはずの DEATH LAW から DRE は脱退。次なるレーベルを立ち上げた。それが AFTERMATH ENTERTAINMENT。ちなみに AFTERMATH という言葉を辞書で引くと「悪影響」と出てきます。ここで DRE が成した大仕事は、デトロイトの白人ラッパー EMINEM を発掘した事。2PAC THE NOTORIOUS B.I.G. を失った業界に、新しいカリスマを供給したのだ。

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●しかし、ファンが一番望んでいたのは、彼自身のオリジナルアルバムである。ナニかとレーベル運営とかプロデューサー業とかで忙しいのはわかるけど、彼名義のアルバムは1992年以来さっぱり。DRE のオッサンやる気なし説も流れてた。なんかしてるらしいけど、全然完成しないとのウワサも流れてた。で、散々待たされたカッコで、新作が1999年にドロップされるのである。


DR. DRE「2001」

DR. DRE「2001」1999年
●さて、これがビックリの代物だった。賛否両論の嵐。ブインブインうなるベースも、ピーヒャラララのシンセもなくなってしまった。このアルバムに1992年「THE CHRONIC」の幻影を観ようとしたモノは、強烈な肩すかしを食らった。
●新作のサウンドは、全く新しいタイプの音楽だった。サンプリングはほぼゼロ、シンプルなベースパターン、そこにトントントントンとピアノとスネアが4つ打ちを刻むだけ。トラックが猛烈に退屈になってしまったのだ。あのグラマラスでゴージャスな気分はドコ行っちゃったの? 当時の評では「微分的グルーヴ」なんて言葉すら見た。 正直ボクも戸惑った。今でも違和感を感じる曲がある。でも収録曲「THE NEXT EPISODE」は間違いない。コレは名曲だ。これが21世紀の G-FUNK なのだ。
●今の視線から見ると、彼の先見性は間違ってなかったと思う。ヒューストンやニューオリンズ、アトランタから発信されるビートは、エレクトロ度をどんどん上げて、よりシンプルになろうとしてる。こうした引き算のヒップホップが、彼の出した新時代のテーマだったのだ。
●ゲスト陣は強力だ。DRE の長いキャリアを共に過ごした舎弟達から、新時代を支える新世代までが集まってる。SNOOP DOGG、KURUPT、NATE DOGG、EMINEM、XZIBIT、MC REN、KOKANE、KNOC-TURN'AL、MARY J.BLIGE などなど。音楽参謀として MEL-MAN という男が共同プロデューサーとしてクレジットされてる。彼が DRE のニュースタイルに影響を与えてるのは間違いない。ピアノプレイヤーの中には、その後売れっ子プロデューサーになる若き SCOTT STORCH の名前も。


そして2008年。新作が準備されてるらしい。
●21世紀に入ってからの DRE 仕事は、今や G-UNIT 総裁として君臨する 50 CENT のデビューを用意したことが印象深い。2003年の事だ。その他アレコレのプロデュース仕事を挙げてたらきりがない。
●彼は、自分名義の作品に興味がないのか、「2001」以来、これまたさっぱりオリジナルアルバムを出してない。だが、今年とうとう待望の新作をリリースするという。ウワサでは、ソロ名義ではもう最後だとの話。2004年から制作は始めてたけど、これまたチンタラやってたらしい。タイトルは「DETOX」デトックスって毒抜きエステってこと? アンタこれだけ業深い人生送ってきて、今さら毒抜きなんて無理でしょ。でもこの新作で、次の10年、2010年代のヒップホップの行方を示してくれるのではないかと、期待してしまうのが正直な気持ちだ。

やっぱりヒップホップだね。その7。
●先日、BONE THUGS - N - HARMONY を取り上げたので、その師匠筋を聴く。

EAZY-E「ETERNAL E - THE BEST OF」

EAZY-E「ETERNAL E - THE BEST OF」1988-1996年
EAZY-E 23歳、麻薬のディールで稼いだカネでレーベル RUTHLESS を設立。DR. DRE や ティーンエイジャーだった ICE CUBE らを結集して、87年衝撃のラップチーム N.W.A.ニガー・ウィズ・アティチュード)を立ち上げ、「FUCK THE POLICE」などの過激なストリート描写で一大センセーションを巻き起こす。彼らの活躍が西海岸ギャングスタラップの流れを決定づけた。ま、EAZY-E はモノホンのギャングスタだし当然っちゃ当然。本人は当初自分でラップするつもりはなかったみたいなんだけど、DRE 達のススメと成り行きでマイクを握るハメに。
●人呼んで「西の PUBLIC ENEMY」、超過激路線で FBI から警告を受けたりと N.W.A. はたちまち全国区にのし上がるが、カネのトラブルで89年 ICE CUBE が脱退ソロへ。さらには、コレまた超武闘派レーベル DEATH LOWの極悪社長 SUGE KNIGHTDR. DRE を無理矢理引っこ抜かれ(金属バットで直接脅迫というハナシも)、91年に N.W.A. は解体。
●しかし RUTHLESSEAZY のソロ、G-FUNK 時代の一翼を担う ABOVE THE LOW、KOKANE (A.K.A. MR.KANE)、BONE THUGS - N - HARMONY のフックアップと、めげずに活躍する。THE BLACK EYED PEAS の発掘という手柄もある。

しかし95年、EAZY-E、エイズで死去。31歳。
●このCDは、EAZY-E の追悼盤ベストでボーナストラック付き。音楽的には、G-FUNK 以前のギャングスタラップ、RUN D.M.C.PUBLIC ENEMY のようなギシギシしたトラックがメインで、西海岸ヒップホップの黎明期を見る事ができる。ラッパーじゃなかった彼の初録音「BOYZ-N-THE-HOOD」はホントにヘタッピで、正直ちょっとズッコける。ちょっと鼻にカカッた声はユニークだが、スキルはボチボチ。まあ、黎明期ですから。80年代ですから。N.W.A.名義の曲も収録。

ライナーに寄せられたかつての盟友達のコメントが泣かせる。
DR. DRE は彼の初めてのラップを懐古する。「オレがラップしてみろって言ったんだ。ヤツは『ラップなんてした事ねえ、出来ねえよ』。でもヤツは真っ暗いサングラスをかけ、オレたちはスタジオの明かりを全部消してやった。ヤツはやった。そしてオレらはスゲえレコードをモノにした」
N.W.A.のメンバー MC REN は、彼を兄貴の様に慕っていたと告白する。「オレは軍隊にでも行こうかと思ってたんだ。そしたらヤツが『BIZ MARKIE のコンサートに連れてってやる』と。したら、女の子がワンサといる。オレは思った。軍隊じゃねえ、レコードを作るんだ、と」
●袂を分けた ICE CUBE も晩年にはかつての親交を取り戻していたと言う。「オレのビーフも終わって何年か経った頃だ。グループに戻るに何の問題もない、N.W.A のレコードを作ろうってハナシをしてたんだ。オレはヤツが発掘したボンサグの活躍を祝い、お互いの今の姿を認め合った。過去の話なんて何の問題もなかった。…ヤツはこの音楽業界を変えた。間違いなく EAZY のおかげで、オレたちはこの業界に波紋を投げ打つことができたんだ」
●弟子筋 ABOVE THE LAW の中心人物 COLD187 は彼の人格を評してこう言う。「アンタがナニを持って来たとしても、ヤツは敬意を払い、助けを惜しまない。誰に対してもヤツはまっすぐな男だった。まるで時計の6時の針のようにな」


昨日は息子ノマドの幼稚園卒園式だった。

卒園式

●午前9時稼働という、病身には恐ろしく早い時間での活動。あらかじめ会社には「リハビリ出社一日休ませてもらいます」と申告しておいた。スーツ着て、ネクタイして、ビデオまわす。非常にヤバい。明らかにキャパオーバー。しかし、コレは避けられない物件だ。コトは午後1時には終わったが、ホントにグッタリした。家に着いたら3時間ばかり意識を失うように眠った。こんな有様じゃ社会復帰まだまだ時間がかかりそうだ。

思えば3年前、ノマドの入園式は強烈なカルチャーショックだった。
●ボクは、同い年の子供がいる家族との接触なんてそれまでほとんどなかったから「ああ、コレが標準的な家庭のカタチなんだ」と衝撃を受けたモノだった。自分のルックス(茶パツまじりのボサボサ頭、無精ヒゲ、カジュアルな服装)が如何に周囲から浮いているか、デコピンをかまされたようにピシャリと思い知らされた。
先生たちが若くって驚いた。自分の会社じゃ下っ端扱いで使ってる娘たちと同世代の先生たち。子供たちが無邪気に聞く。「センセイ、いくつ?」「先生はね、21歳!」若っ!一回りも若い!

その後、妹のヒヨコも入園。
●その頃からは幼稚園を囲む人間関係にも馴染むようになり、友達ママさんともフツウに会話できるようになった。ノマドヒヨコから聞くお友達情報もチェックして、人物相関関係も把握できた(政権与党カズキくん派閥と、インディー野党のノマド派閥とかね)。数々の行事はほぼ100%参加した。先生たちもボクの顔を覚えてくれて、大分居心地のイイ場所になっていった。

恩師。タジマ先生。
●先生たちのキャラも掴めてくると大分オモシロくなった。ノマドの担任タジマ先生は、初めての保護者面談にボクが顔を出したら「お父さんもいらっしゃるって珍しいですね…、ちょっと緊張しちゃいます」といって、ボクとは一回も目を合わさずにホントにワイフの方だけ向いて面談をした。幼稚園は基本的にオンナの園、男は少ないとはいえ、ホントに男性慣れしてないみたいだ。頼りないセンセイなのかな~。
●しかし、このタジマ先生は、ノマドの脳内オリジナル戦隊「とりレンジャー」の価値に一番最初に気付き、メンバー構成員「とりピンク」を担当(妹ヒヨコが「とりイエロー」親友ユウタくんが「とりブルー」)、ノマドの妄想をいち早くクラスのみんなに紹介してくれた。つーか、タジマ先生、途中まで「とりレンジャー」というテレビ番組が実在すると思ってたらしいけど。(←もしや天然?)
これはホントにありがたいことだった。タダでさえ理解が難しいヤツの妄想を、ユニークと捉えてノマドに自信を持たせてくれたのだから。普通ならワケ分かんなくてスルーするトコロでしょ。子供の妄想なんだから。そんで、ノマドは自分の世界に他人は価値を感じないと凹まされるわけだ。でも、タジマ先生はキチンとすくい取ってくれた。クラスのみんなにも理解を促した。ノマド=「とりレンジャー」という図式は誰もが周知する事となり、政権与党カズキくん派閥の正規戦隊(つまりテレビでやってるホンモノね)とノマドの妄想戦隊とりレンジャーの対決構造というモノができた。ヤツは妄想を認めてもらった事で、初めて外の世界とコミュニケーションできるようになったのだ。
タジマ先生「ノマドくんは、周りの友達へ積極的に入り込んで遊ぶタイプじゃないんですけど、発想がユニークなので、ブロックや積み木を不思議なカタチに組み上げたりとか、『とりレンジャー』だとか、ノマドくんがナニかを始めるとそこにミンナが集まってきちゃうんですよ。」ヤツはマイワールドのオトコですからね、多分、本人はミンナが集まることすらウザイと思ったりしてるんですけどね…。

卒園式にはピンクの着物に紺の袴を穿いて現れたタジマ先生。
タジマ先生にとっては年少から年長まで面倒見て初めて送り出す卒園生。めそめそ湿っぽくなるのかな?と思ってたけど、最後まで快活に元気に振る舞っていた。先生には直接お礼を言った。タジマ先生がノマドの妄想を評価してくれたのは本当にありがたい事でした。そうでなかったら、ヤツはタダのバカですからね。

ノマドは最近随分と社交性を会得できたようで、最後の最後のこの年明け三学期に、たくさんのトモダチができた。
昆虫/動物物知りのユウマくん。宇宙/恐竜/世界地図物知りのノマドと同じタイプの図鑑ダイスキ少年だ。お互いシャイガイで接点がなかったようだけど、同好の士(つまりオタク同士)である事に最近気付き合い、知的刺激を交換し合ったようだ。残念ながらユウマくんは違う学区の小学校に進学する。ユウマくんのお母さんによると「ノマドくんとおなじショウガッコウにいきたいな」とこぼすようになったらしい。
電車/鉄道ダイスキのナオくんは、女の子に「パンツみせろ!」と言い放つ大味な男子だが、ノマドの世界地図知識にはいたく感心して仲良くなったらしい。彼は電車趣味が高じて駅名から漢字をモリモリ覚えてしまったオトコで、有名私立小学校へ進学してしまう。ノマドも彼から電車路線図という世界観を教わり、漢字だらけの首都圏ネットワークをにらんで、路線の研究をしている。
●そんなニューフェイスの仲間と、砂場でクリエイティブな造形活動に夢中になるようになったノマドに、物足りなさと寂しさを感じてるのは「とりブルー」のユウタくんだ。実は「とりレンジャー」からもう卒業しつつあるノマド(家ではあまり「とりレンジャー」ごっこをしなくなった)よりも、ユウタくんの方が「とりレンジャー」に夢中になってる。彼は「ママ、なんで『とりレンジャー』はテレビでやってないの?」との名言を吐いたオトコ。他人の妄想に本人以上にハマり込むって、ユウタくん、キミ、スゴいわ。彼は「ノマド、『とりレンジャー』ごっこしようよ~!」と必死に声かけるのに、どこかつれないノマドの態度。ノマド、彼とは同じ小学校に行くんだから、仲良くしなさいな。


アニキたちがネクストレベルへ進む様子を、妹ヒヨコは在園児代表として見てた。

卒園式ひよこ

●卒園式には、在園児全員が参加する訳じゃない。卒園生へ贈る言葉を述べる係は、下級学年からエリート部隊の子供たちが抜擢され、彼らだけが参加する。兄を見送る立場のヒヨコも、お義理でその在園児代表に入れてもらってたが、贈る言葉はやんなかった(つーか不可能)。式が終わり卒園生が退場した後、副園長先生が在園児たちに「みんなもお行儀よく頑張ったね」とねぎらいの言葉をかけたら、保護者/先生、会場全員に聞こえるボリュームで「もうおなかペコペコで、グーグーおとがたくさんなっちゃったよ~」とヒヨコのたまう。場内一同苦笑。ヒヨコ大天然。
●ヒヨコ、なんでおなかグーグーの話なんてするの?「だってトナリのミーくんだって、おなかグーグーしてたよ」ミーくんはヒヨコのクラスの大型天然ボーイ。天然度ではヒヨコとミーくんが学年で双璧をなすカンケイ。ノマドのライバル派閥の長、カズキくんの弟で、ヒヨコと同じ兄弟枠のお義理列席だ。
●園の門で、先生たちに最後の挨拶をした。「でも、ウチはもう一匹いますから、今後も引き続きお世話になります」ノマドは人間のタイプとして輪郭がボチボチ見えてきた。しかしもう一匹のヒヨコは、年を重ねるごとにと心配要素が増加している。「実は深刻にアホなんではなかろうか」ホントに、引き続き、お世話になります。

やっぱりヒップホップだね。その6。
●今日のお題は、BONE THUGS - N - HARMONY。オハイオ州クリーヴランド出身ながら、西海岸ギャングスタラップの先駆、N.W.A. のリーダー EAZY-Eにフックアップされて、グラミー賞にまで登り詰めたユニークなユニットだ。

The Collection, Vol. 2The Collection, Vol. 2
(2000/11/14)
Bone Thugs-N-Harmony

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BONE THUGS - N - HARMONY「THE COLLECTION VOLUME TWO」2000年
BONE THUGS - N - HARMONY、略してボンサグの武器は、文字通りハーモニー。5人のメンバーが歌うようにラップし、ラップするように歌う。ダークなトラックに乗せて、背筋に冷たいアセが滲むようなメロウで薄気味悪いファルセットハーモニーを漂わす。そうかと思うと、いきなりハイスピードなラップにシフトチェンジ。しかしそのフロウにもメロがあって、唯一無二の音楽世界を構築してる。ボンサグの前にボンサグなし、ボンサグの後にボンサグなし、この芸風は誰にもマネできない。
●デビューの恩人、EAZY-E は95年にエイズで死去。しかしボンサグは義理堅い事に彼の遺したレーベル RUTHLESS に残り、2000年まで在籍する。律儀だね~。でもその後、span style="color:#0000FF">EAZY-E の未亡人と契約問題で衝突し独立。このCDは、その契約切れ前後に RUTHLESS がリリースしたベスト盤ですな。DERMAINE DUPRI から 2PAC までゲスト陣も豪華、見事なボンサグ世界が堪能できます。


5人の義兄弟。でもなんかヘンな連中。
●メンバーの名前が、バカっぽく徹底されてます。LAYZIE BONE、KRAYZIE BONE、WISH BONE、BIZZY BONE、FLESH-N-BONE。全員 BONE。LAYZIE BONE FLESH-N-BONE はリアルに兄弟。LAYZIE が弟。WISH BONE は二人の従兄弟。KRAYZIEBIZZYがこの3人の幼なじみ。

変人一人目、FLESH-N-BONE。
●でもジャケをよく見ると、4人しかいないでしょ。なぜでしょ?兄貴の FLESH-N-BONE、ナニが気に入らないのか、たった一人 RUTHLESS と正式契約しなかった。だから、常に隠れキャラ的存在で、いるんだかいないんだかよく分からん存在。1996年に DEF JAM 系からソロをリリースしてる。芸風は完全にボンサグだけど。2000年には隣人をソ連製ライフル・AK-47カラシニコフで脅迫して、11年の実刑をくらう。やっぱコイツおかしい。

変人二人目、BIZZY BONE。

Heaven'z MovieHeaven'z Movie
(1998/10/06)
Bizzy Bone

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BIZZY BONE「HEAVEN'Z MOVIE」1998年
BIZZY のファーストソロ。同じ地元育ちの他の4人に対して、BIZZY だけは複雑な家庭環境に翻弄され、家庭内暴力でボロボロになってクリーヴランドに流れ着いた少年だった。そんな BIZZY を仲間に引き入れたのはリーダー格のLAYZIE。しかし、メチャメチャな家庭環境で暮らした少年時代のトラウマなのか、ブレイク後の BIZZY は奇行が目立ち始め、ツアーに出ない、ビデオの撮影すっぽかす、ラジオのプロモーションで宗教トークをまくしたてる、そんな問題行動で脱退&再加入を繰り返す。イタリア系と黒人のハーフである BIZZY はチリチリロンゲで、見ようによっちゃイエスキリストだ。で宗教トーク連発と、アルバムタイトルが「HEAVEN'Z MOVIE」でしょ。もうギリギリですわ。
●ただし、BIZZYスットンキョウな高音ファルセットボイスは、ボンサグの音楽を唯一無二にする大きな要素、このソロもそのトリッキーな BIZZY のフロウが堪能できて十分聴き応えがありますわ。その後のソロも多作で10枚以上ある。
●でも、色々あった末、2006年で BIZZYボンサグからとうとう正式脱退。2008年段階でボンサグは3人組になっちゃいました。

●拠点レーベル RUTHLESS と険悪になってきた2000年前後は、メンバー各個のソロ活動が目立ってきて、ハーモニーじゃなくなっちゃった。ソロじゃハーモニーにならないからね。KRAYZIERUTHLESS で2枚、その後に2枚。その他客演イッパイ。LAYZIERUTHLESS で1枚、その後に4枚。FLESH-N-BONE もさらに3枚。WISH が一番地味でソロ仕事はなし。MO THUGS FAMILY名義のクルーコンピでちょっと登場。なんだかんだで義兄弟がフィーチャーゲストで応援しに来るから、ボンサグ節が完全になくなっちゃう訳じゃない。でも数が多すぎて網羅できないよ。インディーばっかだし。
BONE BROTHERS というユニット内ユニットもある。LAYZIEBIZZY の二人だけユニットだ。4枚もアルバムを出してる。BONE BROTHERS はアタマがおかしくなってく BIZZY を仲間内に引き止める LAYZIE の友情だったのかな。

●完全に「イッチャった人」になった BIZZY は、お遍路さんのような旅を始め、各地で金品を恵まれない人に配って歩いてたと言う。しかしそんな無謀な旅の末に、力尽きてバス停でぶっ倒れてたトコロを警察に保護されたというハナシも。スゲエ。しかもキリストへの愛をあんなに語ってたのに、いつのまにかイスラム教に改宗したって情報もある。重ね重ねスゲエ。


音楽誌が書かないゴシップ無法痴態 (P-Vine BOOks)音楽誌が書かないゴシップ無法痴態 (P-Vine BOOks)
(2008/02/15)
丸屋九兵衛

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丸屋九兵衛「音楽誌が書かないゴシップ無法痴態」
●ヒップホップ業界に溢れる奇人変人ゴシップを集めた本。このテの本、これからもどんどん出して!ラッパー同士の BEEF 合戦とか、レーベル栄枯盛衰とか、ヒップホップ関係者のヤバい前科話から壮絶死に様とか、音楽誌が書かない下世話なヒップホップがもっと知りたい!いかにも時間ないです状態で作った感は否めない本ですが、誰も踏み込まなかった領域に敢えて踏み込んだ蛮勇に大きなリスペクトを。BIZZY BONE の奇行ぶりもこの本読んで初めて知ったし。BLUES INTERACTIONS さん、第二弾よろしくお願いします!

桑田圭祐のニューアルバムが今週出た!

桑田さんのお仕事 07:08 ~魅惑のAVマリアージュ~

●2007年のソロシングルをまとめたモンだけど、DVDが素晴らしい。KUWATABAND 時代からの課外活動を総括した内容のソロライブが28曲分収録!欲しいよ~!しかし5500円!高い!
●しかもそれ以前に、病気となんとか折り合いをつけて現場復帰するまで、CDは買わないと誓いを立てたので、今は買えねえッス。銀座 HMV でピックしたフライヤー握り締めて、「うーん、欲しいけど、買わない!」と叫ぶ。ワイフが「エラい!」とほめてくれた。
これも限定生産盤かなあ? くそ~、店からなくなる前に現場復帰しないと…。のんびりリハビリ生活に、強いモチベーションが出来たぜ!


●さて、実はぼく、「サザンオールスターズ再聴キャンペーン」ってのをやってました。自分でも半分忘れてたけど。

クワタを聴け!

●で、いきなり再開です。副読本「クワタを聴け!」を片手に、古い音源を探っていきましょう。シリーズとしては、5回目? 1988~1991年頃の桑田圭祐&サザンオールスターズを追いかけます。キーワードは、「稲村ジェーン」と小林武史。


1988年、サザンデビュー10周年、そんで再始動。
●1985年、ハラボー A.K.A. 原由子の産休でサザンが活動休止。そこから桑田圭祐 KUWATA BAND やファーストソロなどの課外活動に勤しんでいました。でも88年はバンドのデビュー10周年目、なんかやんないとカッコがつかない。ということで、やっとサザンが再始動。復活第一弾シングルがリリースされるのです。

SASみんなのうた サザンオールスターズ_
「みんなのうた/おいしいね~傑作物語」1988年
「みんなのうた」サザン史に輝くビッグアンセムだよね。でも意外なことにオリジナルアルバム未収録シングル。「夏~!熱い~!サザン~!」という三段論法が見事機能した痛快ソングですわ。
●一方、ここでしか聞けないB面曲「おいしいね~傑作物語」は、ちょっと陰気なモードで、当時の音楽業界を皮肉る内容。リリックもさえてます。「ぐっと産業ロックの陽が昇る、商う人だらけ…」「ちょいとギョーカイ不惑(FUCK)にけがれてる、売り込むためならば…」
サザン休止~復活までの数年間で、日本の歌謡界は大きな地殻変動を起こしており、サザンの立ち位置も変化していた。サザンデビュー時、このバンドは歌謡会で完全に異端&色物扱い、ロック自体が理解されてなかった。しかし1980年末は「イカ天」現象などなどバンドブームで、にわかロッカーがバブルの金でもてはやされてる状況。あげく「10周年だからさ~おいしいじゃ~ん」的な事情で自分はシングル作ってる。自虐を込めてのキツいアイロニー。


●映画「稲村ジェーン」1990年。

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●当時バブル経済の勢いはスゴいもんで、クワタ氏自身もちっと調子に乗ったのか、映画監督に挑戦してしまった。主演は加勢大周&清水美砂。舞台は1965年の湘南。ロングボードを乗っけたオート三輪ミゼット、伝説のビッグウェーブとジェーン台風。そう、映画「稲村ジェーン」である。
●しかし、さすがのクワタ氏も、完全アウェーの監督業とサザン復活アルバム制作の同時回転にはさすがにアップアップ。当時素朴なリスナーだったボクには知る由もなかったけど、この時期の2枚のアルバムは、非常に複雑な状況でリリースされるのです。


SAS「SOUTHERN ALL STARS」

「SOUTHERN ALL STARS」1990年(8thアルバム)
●出た!セルフタイトル!復活サザンここに見参!……というはずなんですけど、映画制作と完全に同時並行になったアルバムレコーディングはドタバタ状態。ここで活躍したのが、小林武史氏。現在はミスチル BANK BAND の活躍でトッププロデューサーとして君臨する大物。当時は新進気鋭の若手クリエイターとして桑田ファーストソロ「keisuke kuwata」に参加、ここでクワタ氏と完全意気投合、95年頃まで「もう1人のサザン」としてその音楽に大きな貢献をするのです。
●ま、それはおいといて、このころのクワタ氏の頭の中は、映画「稲村ジェーン」の舞台1965年にタイムトリップしてしまってる。結果、このアルバムからは60年代のニオイがぷんぷんしてくる。ちょうどストーンズ(1990年に初来日公演)やビートルズに夢中になってたボクにもバッチリリンク。当時高校生の素朴に盛り上がっちゃうのです。
●一曲目「フリフリ’65」からもうザ・スパイダースの登場だ。デンデケデケデケなギターとヴィンテージオルガンの音をステレオ左右チャンネルに完全に振り分ける大胆ミックスが60年代。ラテン歌謡が流行った当時を意識してか、2曲目「愛は花のように(OLE!)」は歌詞スペイン語。4曲目「忘れられた BIG WAVE」は和製ドゥーワップをキレイに決めてくれる。クワタ脳内洋楽アーカイブがフル稼働です。ボク個人はこういう路線だけでも十分楽しめちゃうのです。
●じゃあ、サザン本来の味は…? …あ、ハラボーの声がイイです!沖縄琉歌をベースにした「ナチカサヌ恋歌」。癒し声…。そして「さよならベイビー」。ホイチョイ映画「彼女が水着に着替えたら」主題歌で、サザンオリコン初1位ゲット。それまでは2位が最高だったんですって。クワタ一流の夏バラード。
「女神達への情歌(報道されないY型の彼方に)」も思い出深い一曲。当時盛り上がり始めてたアダルトビデオ産業(飯島愛&黒木香&村西とおるの時代)とモザイクしないと大変なコトになる女性のパーツ(Y型)について、華麗なコーラスワークで歌い上げる不思議な曲。この曲は当時東京進出直後だったダウンタウンが、ウッチャンナンチャン、野沢直子、清水ミチコと組んでコントを繰り広げてた伝説の深夜番組「夢で逢えたら」のテーマソングで、その脱臼したシュール感が番組の空気にマッチしまくってた事を記憶している。今ならあり得ないキャスティングだよね。


SOUTHERN ALL STARS AND ALL STARS「稲村ジェーン」

SOUTHERN ALL STARS AND ALL STARS「稲村ジェーン」1990年(9thアルバム)
サザンの公式アルバムにカウントされてるんだけど、よーく見ると、クレジットは「サザン~ AND ALL STARS」。アルバムの成り立ちが、もうホントにサザンのモンと言えませんって状況まで来てた証拠ですな。おまけに前作とのカブリ楽曲まであり。(「愛は花のように(OLE!)」「忘れられた BIG WAVE」
●実はサザンの他のメンバーはほぼ不在、ほとんどをクワタさんと小林武史の2人が中心で作っちゃったのだ。その端的なエピソードが、名曲「希望の轍」この曲、クワタ氏以外にサザンのメンバーは一切関わってません!小林武史他2名で演奏してます。あれ~!マジで!ちょっとショック。ちなみにもう一つの名曲「真夏の果実」サザン全員&小林武史で制作されてますのでご安心。
●相変わらすクワタ氏のアタマん中は60年代にトリップしており、ここでも懐かしスタイルがたくさん炸裂する。当時のラテンブームを前提に、一曲目「稲村ジェーン」もスペイン語。「マンボ」「マリエル」も直球でマンボ&メキシカン攻撃。「LOVE POTION NO.9」という渋い60年代ロックカバーもこなす。どっこい邦楽も忘れちゃいない、和田弘とマヒナスターズ&田代美代子「愛して愛して愛しちゃったのよ」ハラボーが甘く歌う。しかも和田弘本人がスティールギターで参加。
●で、個人的に好きなのが「東京サリーちゃん」。英語っぽいけどタダの意味なし日本語をクシャクシャにして、ドロリとしたルーズなロックに溶け込ました曲。完全にクワタ氏趣味の悪フザケ。ボクは、このテの悪フザケが好きでサザン聴いてるんです。

で、映画の出来はというと…。
●うーん…。当時の感覚でも「あれれ」と思いました。つーか、もうこれは壮大なサザンのプロモビデオだ、と納得することにしました。確かに音楽シーンはカッコいい。監督本人が出演して大盛り上がりする「愛は花のように(OLE!)」のシーンは最高。でもそれだけ。


この時期に発売されたシングルで、アルバム未収録曲をチェック。
●つーか、カップリングは既存曲のライブバージョンばっかなんだよね。

SAS女神達への情歌(報道されないY型の彼方に)
●「女神達への情歌(報道されないY型の彼方に)/OH ! クラウディア(LIVE IN YOKOHAMA STADIUM)」1989年
●原曲は「NUDE MAN」1982年の収録。サザンバラードとして個人的にトップ5本の指に入れてしまう曲だ。ライブでの響きは素晴らしいし、実際のコンサートで聴いてみたい(ボクは四の五の言ってるけどサザンのライブ、一度しか観た事ない)。

SASさよならベイビー
●「さよならベイビー/鎌倉物語(LIVE IN YOKOHAMA STADIUM)」1989年
●後述する「ナチカサヌ恋歌」ハラボーがライブ空間で意外なカオを見せるのに対し、こっちのハラボーは、スタジアムの大観衆を目の前にしても全くブレない鉄壁のマイペースさを誇ってる。スタジオ盤と変らない感触。女はスゴいっす。

SASフリフリ’65
●「フリフリ’65/BIG STAR BLUES(ビッグスターの悲劇)」1989年
●フリフリっていうかブリブリのロックナンバーのカップリングは、1981年「ステレオ太陽族」からのチューンを、KUWATA BAND ばりのロックドラムとギターソロから導入して武装強化型にしました、てな感じ。

SAS真夏の果実
●「真夏の果実/ナチカサヌ恋歌(LIVE AT BUDOKAN)」1990年
ハラボーの歌の情感だけで言ったら、スタジオ盤を上回るテンション。平素は癒し系でどこか平べったい印象の彼女の声が、沖縄琉歌というモチーフにライブ空間でゆらりゆらりと転がり揺れて、聴く者のココロを深くうがつ。楽曲のスケールが武道館級に拡大。女はスゴいっす。

SASネオ・ブラボー!!
「ネオ・ブラボー!!/冷たい夏」1991年
●このシングルは2曲ともアルバム収録から取りこぼされちゃった物件。「ネオ・ブラボー!!」は軽快な「夏」印のロックチューンで、かんかん照りの太陽の光を連想させるサザンの王道。でも王道すぎて意外性がないのも事実…。残念。「冷たい夏」も寂しいバラードで、あんまし好みじゃない。


SUPER CHIMPANZEE「クリといつまでも/北京のお嬢さん」

SUPER CHIMPANZEE「クリといつまでも/北京のお嬢さん」1991年
●コレだけは全く理解できないっす。小林武史桑田圭祐が完全に悪フザケのためだけに作った一発限りのユニット。どーしょーもない曲だもん、どーゆーつもりで作ったんか…?だって「クリクリクリッ!ああークリクリクリッ!」とコーラスしながら「さあ、リスの体操が始まるよ!」とか明るく叫んでるし。B面はそれなりのビートロックで MISS MANDARIN への熱い思いをシャウトしてますけど。
●でも、ここでの小林中心のバンド布陣で、クワタ氏セカンドソロの制作体制が組まれて行くっつーコトで、ちょっぴりだけ意味がある(のかな?)。


●とにかくこの頃のクワタ氏は、映画制作で混乱気味、本当の意味でのサザンはまだ復活し切ってないという状況だった。そこをサポートした小林武史。彼とのコラボレートはここからさらに1995年まで続きます。つまりここはサザン「小林武史時代」。ボクはこの時期を勝手に<第四期>と呼んじゃいます。今回は<第四期>前半を扱いました。次回、このシリーズを書く根性があったら、この<第四期>後半、小林氏との最良のコラボレート「世に万葉の花が咲くなり」&その周辺を語ります。

過去の関連記事はこちらに。
 「サザン再聴、その4」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html
 「サザン再聴、その3」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071206.html
 「サザン再聴、その2」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20070802.html
 「サザン再聴、その1」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-69.html

CXノイタミナ「墓場鬼太郎」
フジテレビは、日曜の朝9時に「ゲゲゲの鬼太郎」をアニメで放送してる。もちろん21世紀の現代版としてキャラデザインからストーリーまで今の子供向けにアレンジされてて、ウチのノマドヒヨコも大好きな番組だ。ねこ娘はファッションセンスも今風のショートカットのカワイ子ちゃんで、ヌリカベは奥さんも子供もいて、その小ヌリカベが結構カワイい。
●しかし、その一方で、同じフジテレビの木曜深夜アニメ枠「ノイタミナ」(過去に「働きマン」「もやしもん」とかを取り上げた実験枠)で「墓場鬼太郎」という番組をやってるのだ。キャッチフレーズは「これが、大人の鬼太郎」水木しげるさんの原作タッチを出来るだけ忠実に踏襲し、舞台を昭和30年代に設定、どこかドロリとした印象を作ってる。朝と夜でダブル「鬼太郎」かよ!フジはオモロい事するねえ。

墓場鬼太郎 第一集 (初回限定生産版)「墓場鬼太郎 第一集 (初回限定生産版)」

●でコレを録画してコドモに見せたらバカ受け。ねずみ男とか目玉のオヤジは設定変えようないしね、あんま違和感ないらしい。しかもオープニングテーマの電気グルーヴ「モノノケダンス」に最高にヤラレタ。二人でテレビの前で踊ってる。こいつらなまじバレエ習ってるから、楽しくなればフリースタイルで踊る事に何の抵抗もない。電気もヘンな仕事受けるね~。

電気グルーヴ「モノノケダンス」 電気グルーヴ「モノノケダンス」


暖かい午後、ノマドヒヨコと散歩に出かける。
●4月から地元の小学校に入学する長男ノマド6歳を連れて、学校指定の体操服、上履き、赤白帽子、防災ズキンを買いに出かけた。と言っても、小学校の目の前にある郵便局の隣のお店までの行程。リハビリ散歩にはちょうどイイ移動である。
●クリーニング屋の二階にある呉服屋さんに到着。ノマドはメモに書いてある文言をオジさんに伝える。「うわばき、18せんち、たいいくぎ、120せんち、あかしろぼうし、ぼうさいずきんを、ください」なんだそのカタコト日本語は。ノマドはシャイで知らない人には目を見てオハナシができません。買い物終了後「ノマド、ちゃんとオジさんのカオ見てお話しろよ」ノマド「…オジさんかオバさんかもワカンナかった」ヘタレだね~。

「ピーポくん」を探せ。
●お店までの道程は、ノマドの新たな通学路になるワケで、今回の散歩では、今一度道の正しい歩き方、クルマ通りの多い交差点、緊急時に駆け込めるお店やおウチを、事細かにチェックして歩いてみた。
●ボク「ノマドヒヨコ、ピーポくん知ってるだろ」ノマド「うん、コウバンにあるおにんぎょうでしょ」ソレが貼ってあるお家やお店は、子供が怖い目に遭ったら助けてくれる場所だ。学校とウチの間に何個ピーポくんの場所があるか数えてみろ。そしたら連中燃えた。「あー、ピーポくんココにあった~」「フトン屋さんもピーポくんだよ!」「お肉屋さんもー!」ボクにも意外であったが、大人の足で5分程度の距離に15カ所以上もピーポくんマークは存在した。立派なコミュニティだわ。小さいながらも商店街は大切だね。ノマドはその1つ1つをボクの携帯カメラで撮影しご満悦。

ピーポくん探し

●そのまま下北沢駅方面まで降りて行って、踏切脇の交番を訪れ、ホンモノのピーポくんにも面会する事ができた。おまわりさん「ピーポくん?ちょっと待ってね、うわスゴく汚れてるな~」標語ポスターの束の中に埋まっていたピーポくんを、わざわざデスクの上に出してくれた。ノマド、ホンモノピーポくんも撮影。

ピーポくん

●ホントにキタナい所が笑える。愛されてねえ~。
 

そんでそのまま、家族四人でカラオケに行ってみた。
●ちなみに、ボクとワイフはカラオケが大嫌いである。ボク自身はココ2年ほどは100%行ったコトがないんじゃないかと思う。理由は明白である。二人とも深刻にウタが下手だからだ。マジで自発的にカラオケ行くなんて過去遡って記憶にない。
●でも「おウタがウタえて、ゴハンもたべられるおミセにいきた~い」とヒヨコが主張するようになった。幼稚園ママ同士の付き合いで昼カラオケに行って味を占めたらしい。子供連れの主婦としては、周囲に気兼ねなく子供を暴れさせても平気な密閉空間カラオケボックスは、社交場として高機能なのだ。ウタなんて歌わなくても、ジュースやスナックと防音設備がうれしいのだ。

カラオケ

●ヒヨコのカラオケパフォーマンスが見てみたいということで、一時間だけ入ってみた。モニターのテロップ絶対読めないはずなのに、ヒヨコは持ち前の天然力で、高テンションで去年のビッグアンセム「おしりかじり虫」を絶唱した。トトロの挿入歌「さんぽ」(歩こう歩こうワタシはゲンキ~)も、2番知らないので、暗記してる1番の歌詞を強引リピート、「プリキュア5」の主題歌もノリノリ。
●ノマドは必殺チューン「残酷な天使のテーゼ」をシャウト。「エヴァ」見せてないのに主題歌だけ知ってる。そして「ヤッターマン」「ゲゲゲの鬼太郎(泉谷しげるバージョン)」をヒヨコとともにシンガロング。おお、ことのほか楽しいではないか。
●そんでボクも一曲だけ拙いノドを披露したのであった。奥田民生「息子」「コレ、ノマドの歌な。大人になったらもうちょっとわかるようになるぞ」

奥田民生「息子」奥田民生「息子」
 

自律神経失調症とのお付合い(その45)~「傷病欠勤だとさ」編
●今日は、会社の人事局人事局次長というエラい人にあって、今後のボクの会社における立場ってモンを説明された。
●去年7月アタマから「自律神経失調症」で会社を休み始め、今だに現場復帰できないボク。しかし2月中旬までは10数年間たまりにたまった有給休暇の消化というカタチで給料をそのままもらって暮らしていたのでした。しか~し!さすがのさすがに9ヶ月も休めばその有給も底を尽くわけで、これからボクは一体会社の中でどんな立場になってしまうのだろうか?と疑問に思ってた所、このエラい人から直々にオハナシをしてくれる事となった。人事部なんて普段は怖くて接触がナイし、しかも相手が局次長とかいうので、少々ビビりながら本社最上階のフロアへ出向いた。

「unimogrooveくん、キミはねコレから『傷病欠勤』という扱いになるんだよ」と局次長。3月1日から最高一年半、病気が治らず休み続ける間は「傷病欠勤」という身分となるらしい。それでも病気が治らなかったら更に3年間「傷病休職」という身分となる。今は出社はしててもあくまでリハビリなので勤務扱いにはならない状態。正式な現場復帰まではボクはあくまで「欠勤」なんですって。

●局次長「でね、『傷病欠勤』の間はコレコレアレコレ(難しい計算式がたくさん)……で、結果としてキミの場合は、今の給料の6割強は、出ます」
……6割! つーか、給料もらえるんすか! しかも6割も。十分じゃん! ボク、給料ゼロになると思ってましたもん! しかも一年半もの長い間ももらえる。ちなみに「傷病休職」になっても最初の一年だけは多少のお金がでるという。はあ~、今回はホントにサラリーマンの立場に甘えさせてもらえたわ。この水準、他の会社と比べてもかなりイイみたい。ふう、これでヒト安心。当座は困んないし、さすがに一年以上、いや半年以上はちんたらリハビリするつもりはない。スグに挽回してやるぞ。

●さらに局次長「あとね、これから春闘だから労組と交渉で額は決めるけど、ボーナスと傷病欠勤は関係ないから。満額出るよ」マジスか!?スゲエ!もう言う事ナイじゃん。

「ただし、実績評価においてはキミの場合『評価なし』になる。だから、来年度7月以降の実績評価連動の基本給昇級はゼロ。今も去年の実績評価でボチボチの手当が別についてるはずだけど、これもゼロになる」ウチの会社は成果主義を導入してて、実績評価なる名目で毎年通信簿のようなアルファベットのランクが付く。それに基づき給料が変動する仕掛け。『評価なし』は、ボクみたいな病人や産休の女性に当てはめる評価で懲罰的なマイナスランクとは別枠らしい。ボクは完全『評価マイナス』扱いで減給になると思ってたから、それに比べりゃマシだわ。オッケーオッケー。


診療所の事務室。おそろしくのどかで常識的な空間。
●給料の面でホッとしたのもあるけど、今の境遇はホントにのどかだ。会社診療所の事務室。二人の保健士さんと女性の看護師さん達に囲まれて過ごす毎日。新聞読んで、適当にメール打ったりして、保健士さんと世間話。お二人ともボクより一回り上のオバサマだけど。
●保健士さん「今日ね、皇居のお堀バタをバスで移動してたら、狂い桜なのかしら、ソメイヨシノが一本咲いてたの」……ボクは季節感も何も感じない環境でタダひたすら仕事だけしてきたワーカホリックなので、桜が咲いてるかどうかなど、気にした事がない。だいたい気付くといつの間にか散り始めで、職場の花見大会でスタッフの誰かがトンでもナイ呑み方して場が荒れて終わる。だから「狂い桜」だなんて風雅な話題にリアクションする言葉がない。
●やるコトもないので、新聞を読んでると「海外旅行とか行って新聞一週間も読まないと、気になっちゃってしょうがないわよね」と保健士さん。だが、ボクは10年近く新聞をとらない生活をしてて、全く必要を感じた事がない。微妙に会話がスレ違う。

●でも2週間も同じ部屋にいれば、なんとなく打ち解けてくる。接点がないもの同士、お互いに理解を深め合う工夫も出てきて、なんかイイ感じである。
●保健士さんたち、ボクがこの部屋に登場してから、ボクが日常的に着ている古着系の服や無精ヒゲ&金髪まじりのアタマに、微妙な違和感をズーッと感じてたらしい。しかしボクのことを、ちょっと常識が足りないけど無害でおとなしいオトコと理解した今では、直球ファッションチェックで突っ込んで来る。「まあ、それ一体なんのトレーナーなの?色がまぶしいわー」ああ、明るいオレンジに半裸のピンナップガールがプリントされてる、たしかにご年配にはドギツイかも…。「スタジャンってなんかスゴく懐かしいわね、ワタシも学生時代着てたわ」ええ、これは北海道の古着屋で…。「今日もスゴいシャツを着てきたわね、何模様?」あのー和柄といって和風デザインを扱ってる京都のお店のヤツなんです…。「あら、ワタシ来週京都に旅行に行くの。アナタも行ったの?」ええ、京都には行きましたけど、古着屋とレコード屋ばかり回って、お寺は一個しか見なかったんです。「それじゃ京都行った意味ないじゃない~。清水寺も?」ええ、修学旅行の子供たちがウジャウジャで、もうコレはかなわんって感じで…。「変ってるわね~ホントに」ボクが変わり者だと認知した上でツッコンでくれるから、ボクもボケに徹すればイイ。ああ、なんか楽。 

●でも保健士さんたちとのトークで、ボク自身も季節の移り変わりに目がいくようになった。今日は、駅のホームに羽織袴のお嬢さんたちがイッパイ。卒業式の季節なのか…。帯が緩んで困ってる女の子に、見かねたオバさんが「見せてご覧なさい、締めて上げるから」と声をかけたりする微笑ましい一幕も。いいね、風雅だね。

そして今日はホワイトデー。
●毎年、義理チョコのお返しに気を使う(それなりに金も使う)手間のかかる日であるが、今年は娘ヒヨコにだけお返しすればイイ。先日上野動物園に遊びに行ってパンダのお人形を買ってきたヒヨコには、このクツシタをプレゼント。

パンダくつした

●ヒヨコ「このパンダさんも、カワイいってよろこんでるよ!パパ!」


病気の状況も一応ご報告。まずは改善点。
●先週ひいてた風邪は、ヒドいぜんそく発作までこじらせる事もなく終息に向かい一安心。鍼灸治療の成果か、カラダの痛み(肩、背中、腰)はかなり和らぎ、普通の日常生活では右肩以外の違和感は感じずに済むようになった。一時はホントに深刻に悩まされた頭痛や手&アゴの震えはほぼなくなった。もしあったとしても、決まったクスリをすぐに放り込めばほぼ解決する。しかし症状が安定したと言って減薬する段階ではない。今でも大量のクスリを飲んでいる。飲むと好調、飲み忘れると最悪。

会社の人間関係も問題ない。
●自分のいた現場フロアは立ち入り禁止、デスクにすら戻れないというルールだが、社食/売店フロアは自由。そこで昼飯時に知人を見つけては声かけて、一緒にランチしたりしてる。今日も昔同じ部署だった先輩と一緒にソバを食った。売店で後輩に会うのはとてもウレシい。カウンセラーや心療内科のセンセイたちが「社食での社交」を随分重要視してたけど、ボクにはたいしたハードルには思えない。

問題は著しく弱った体力/筋力。
●持久力も含めホントにカラダが持たない。ちょっと長く歩くとハッキリと体調がおかしくなり、喫茶店などで休憩をしないと歩いて行けない。作業を詰め込んだ翌日は必ずリバウンドで強い虚脱感で動けなくなる。こうなると判断力も集中力も低下して冷静な行動ができない。疲労は睡眠するだけでは回復せず、半身浴、ストレッチ、自律訓練法、鍼灸治療などで積極的に仕掛けないと立ち行かない。

そして午前中の稼働が難しい。
●サラリーマンとして一番必要な定時出勤するエネルギーはまだ当面回復しない。とにかく睡眠が不安定。就寝時の精神安定剤/睡眠薬をさらに増やした(3種類→4種類)が、悪夢でうなされたり(ワイフによると「叫んでたよ」)、変な時間に目が覚めて眠れないなどで、起床時のテンションが平静に維持できない。朝風呂などの工夫をして、最良のコンディションで出金準備のセットアップは11時前後。これを10時会社到着まで持って行くには時間がかかる。さらにタダの通勤でヘトヘトなのにラッシュの電車は危ない。
まずはコンスタントに会社13時到着を目指す。これが当面の目標。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


やっぱりヒップホップだね。その5。
●この「やっぱりヒップホップだね」ってシリーズ、イケルとこまでイッテみます。マジでまだ聴いてないヒップホップのCDが腐るほどあるんだもん。
●んで、今日も HYPHY。ベイエリアの最新シーンに君臨する一人のメガネのオッサン、いや、「HYPHY 大統領」E-40 を語ります。

My Ghetto Report CardMy Ghetto Report Card
(2006/03/14)
E-40

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E-40「MY GHETTO REPORT CARD」2006年
●キタよ、この面構え!巨漢!デブ!そしてメガネ!この男がベイエリアのムーブメントの頂点に君臨する男、E-40。このメガネのアプローチは斬新だわ。顔デカいのにレンズが極小。それじゃおジイちゃんの老眼鏡(新聞読む時だけ使う系)じゃねえか!芸歴は長く1987年から活動してるベイエリアの顔役。HYPHY 以前から、そして HYPHY 以降もこのエリアに君臨するのでしょう。
●今んとこ最新作のこのCDでは、地元の後輩集めての大騒ぎ、ボスの周りに KEAK DA SNEAK、TURF TALK、THE FEDERATION などなどが参集しとります。一曲目「YAY AREA」からもうアゲアゲ!イィエイエリアァ~!もうわっかりやすいフックでテンション上げます。デブだがメガネの E-40、舌捌きの機動性はかなり高く、速射連射の口撃から貫禄ゆったり、アゲアゲシャウトまで変幻自在の技巧派。英語分からんからよく知らんけど、ウィットセンスもスラング発明センスも一流との事。
●そしてサウス系のお友達とも仲良しぶりを見せつける。ヒューストンのベテランデュオ UGK や、8 BALL、T-PAIN などが駆けつける。ベイエリアとヒューストンの王様が「WHITE GURL, WHITE GURL, I GOTTA WHI~GURRRRL!」とチンピラ声でがなってます。
●で、問題の HYPHY トラックの制作は、アルバムの半分をアトランタ CRUNK MUSIC の発明者 LIL' JON が担当。CRUNK HYPHY の影響関係うんぬんとかこの前ボク言ってましたが、ズバリ同じ人が作ってんじゃん。なんだよ、西と南でバリバリ直結か。LIL' JON & THE EASTSIDE BOYZ CRUNK は、ギターまでガリガリ鳴り出して、もはやメタル寸前のトコロまで行っちゃってたんで少し引いたんだけど、やっぱ様式を革新するヤツは立派だね。

Breakin NewsBreakin News
(2003/09/09)
E-40

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E-40「BREAKIN NEWS」2003年。
●おっ、散歩中のメガネのオッサン、街の電気屋で気になるニュースを見つけたか? 電気屋のテレビにはサダムフセインの顔が…。さすが「HYPHY 大統領」世相チェックも怠らない。でもボク個人が一番気になるのは、アンタのメガネが顔の肉に食い込んでるっちゅー事だよ。
●ココでもバリバリの HYPHY スタイル炸裂で、地元後輩、南部のトモダチ(LIL JON、BONE CRUSHER、DAVID BANNER)が集まってます。
●ここで注目したいのがトラックメイカー。このアルバムのトラックのほとんどと、前述「MY GHETTO REPORT CARD」の半分は、RICK ROCK なる人物が作ってる。DJ SHADOW も言ってた。「MAC DRE(故人)と E-40 が HYPHY のリリックにおける代表だとしたら、RICK ROCK は HYPHY サウンドの立役者なんだ」調べると、1996年から E-40 のアルバム制作に参加、ベイエリアの仲間だけじゃなく、全国区のトップアクト SNOOP DOG、METHOD MAN から WILL SMITH まで手掛ける敏腕プロデューサーだったのだ。……実は一瞬、RICK ROSS と混同して、あれヤツはマイアミのラッパーじゃないの?とか思ったけど全然別人です。皆さん、名前覚えておきましょう。RICK ROCK

Best of E-40: Yesterday, Today & TomorrowBest of E-40: Yesterday, Today & Tomorrow
(2004/08/24)
E-40

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E-40「THE BEST OF E-40 - YESTERDAY, TODAY & TOMMORROW」1993-2004年
「大統領」の長いキャリアを総括したベストです。HYPHY ももちろんですが、ソレ以前の芸風もココにはあって興味深い。やっぱりベイエリアも西海岸、ウエッサイな G-FUNK をやってる時期もあったのね~なんて知ったり。THE CLICK というグループからキャリアを起こした E-40 の、THE CLICK 時代の盟友(ていうか従兄弟)B-LEGITと演ってる曲とかがイイね。K-CI(ex. JODECI、k-CI & JOJO)をフィーチャーしたメロウ曲も良し。ハナウタ風フックも出て来る。MC としての地力がしっかりしてるのがわかります。

上田現さん、死去。
●平成元年前後のバンドブームを賑わせたバンド、レピッシュのキーボード&サックス奏者、上田現さんが肺がんで9日亡くなったという。47歳。

上田現
  
レピッシュは、80年代末当時はまだ認知の浅かったスカミュージック(やや2 TONE風)を、外来様式のスカコアとは全く違うカタチで日本語ロックとミクスチャーさせたバンド。

レピッシュ

●個人的には1989年の「ANIMAL II」が一番思い入れのある音源。爆裂チューン「めがねの日本」といった独自のスカ解釈ロックが斬新&痛快。上田現氏は、うねるベースがグッとくるスローテンポなロックステディ「シュハキマセリ」でボーカルをとってる。不思議な浮遊感と歌詞世界を持つこの曲は20年近く経ってもボクのアタマにこびり付いてた。


ボクにとってこの人を特別にしたキャリアが、もう一曲ある。

「ワダツミの木」

元ちとせのメジャーデビュー曲「ワダツミの木」の作詞作曲プロデュースを上田現氏が担当しているのだ。元ちとせの希有な奄美大島産歌唱ばかりに目がとらわれがちなこの曲。でも本当は、シンガーが放射する奄美の湿り気と、彼が組み上げた乾いたダブの調和が、この曲を不朽の名曲にしてるのだと思う。ボクは、この曲の間奏に差し込まれる枯れたトロンボーンでゴハン3杯はイケル。そしてドラマチックなストリングスを呼び込んで、楽曲は大きなサビに突入する。

「星もない暗闇で さまよう二人がうたう歌 波よ、もし、聞こえるなら 少し、今声をひそめて」「ワダツミの木」) 

●故人のご冥福をお祈りします。

やっぱりヒップホップだね。その4。
「ベイエリア」って言葉を聞いてナニを連想します? RCサクセションが名曲「トランジスタラジオ」で歌ってた。「♪ベイエリアから リバプールから このアンテナがチャッチしたナンバー 彼女教科書ひろげてる時 ホットなメッセージ 空に溶けてった~」あのベイエリアは、サンフランシスコから発信されたサイケデリックロックやファンクだったんだろ。SANTANA とか SLY & THE FAMILY STONE とか。
●しかし時代はすでに21世紀。今日は新世紀のアメリカ西海岸、サンフランシスコ一帯のベイエリアから発生したヒップホップのスタイル、HYPHY(ハイフィー)について語ります。


DJ SHADOW の変身。
DJ SHADOW といえば、7インチディープファンクの世界では世界的なコレクターとして有名でゴザンス。CUT CHEMIST と2DJ&4ターンテーブルで激レア7インチを惜しげもなくコスリまくったDJプレイ「PRODUCT PLACEMENT」の神がかったパフォーマンスは観てて圧巻。ハッキリ言って何やってるか全然わからんです。

CUT CHEMIST + DJ SHADOW「PRODUCT PLACEMENT」

CUT CHEMIST + DJ SHADOW「PRODUCT PLACEMENT」
DJ SHADOW は西海岸のアンダーグラウンドヒップホップシーンから登場した白人DJ。その超絶構成力からサンプラーのジミ・ヘンドリックスとの異名を持つ男。ヒップホップのフォーマットの中にありながら、抽象的でジャンルを超越する音楽を編み出した。これが最初にイギリスで評価され、JAMES LAVELLE (U.N.K.L.E.)が主宰する MO' WAX からデビュー。英国のトリップホップを牽引し、アブストラクトヒップホップというフィールドを切り開いた。
●その一方で世界屈指のヴァイナルコレクターとしても有名。特に激レアの7インチシングルだけを使ってDJプレイするツアー「BRAIN FREEZE」CUT CHEMIST (ex. JURASSIC 5) と組んで展開。そのライブ音源/映像が大きな評価を浴びた。「PRODUCT PLACEMENT」はその7インチプレイ第二弾の音源/映像で、東京でのプレイの映像も含まれている。シャドウケミストのプレイは完全にジャストで、どこまで事前に打合せをしてるのか、どれだけアドリブの余地があるのか、全く見当がつかない。しかもスピンされる音源は極上の濃厚ファンクでめまいがするほどだ。
DJ SHADOW の貪欲な音源探し、ディグっぷりはホントに偏執狂レベルにまで到達してる。ボクが爆笑したのは、彼が監修したコンピアルバム「SCHOOL HOUSE FUNK」だ。高校吹奏楽部の音源の中からシビレるファンクを発掘してきてる。どこまでチェックしてんだよこのニイちゃんは。スゴ過ぎるよ。

「SCHOOL HOUSE FUNK」「SCHOOL HOUSE FUNK」



そんな DJ SHADOW が「HYPHY」にハマったという。
●コレはマジで衝撃。ネタ師、掘り師、サンプルの魔術師と言われたあのシャドウが、スカスカの打ち込みトラックが主体の「HYPHY」(ハイフィー)サウンドにハマった。それって今までやってきた事と180度の真逆じゃん!極上のネタで音を敷き詰めてた音のコラージュ職人が、チープなシンセサウンドにハマるなんて…。ご乱心!殿のご乱心!

VARIOUS ARTISTS「THE HYPHY MOVEMENT」
VARIOUS ARTISTS「THE HYPHY MOVEMENT」2002-2007年
●日本のレーベルを経由して、日本のリスナー向けに HYPHY シーンの輪郭を説明するコンピまで編んでくれちゃった。マジ本気だよ。丁寧なライナーノーツまで彼自身が綴ってくれている。そもそも HYPHY とは何か?シャドウがなぜ HYPHY にハマったのか?それは彼自身の説明が一番適確だと思う。以下ライナーから部分引用。
シャドウ「2002年、サンフランシスコでスタジオを借りて、毎日45分通勤することになったんだけど、その時にラジオを聴くようになったんだ。ちょうどその頃地元局がローカルアーティストをプレイするようになった。ベイエリアで、HYPHY という新しいストリートカルチャーが生まれたんだ。オレは世界中を回ってるし色々な音楽を聴いてきたが、HYPHY はどの地域とも違うサウンドで興奮した。ヒップホップからそんな感覚を覚えたのは久しぶりだった」シャドウにとって HYPHY は自分が住む街が発信するローカルムーブメントで、その台頭を目の前に目撃し、その生命力に感服したのだろう。

HYPHY というスタイルを敢えて一口で表現してしましょう。基本的に虚飾を完全にぬぐい去った鉄骨剥き出しのビートミュージックで、トラックだけ聴いたら死ぬほど退屈。ゴツゴツしたキックがゴンゴン響き、チープなシンセが申し訳程度に乗っかっており、マヌケにピーヒャララと鳴ってる。南部の CRUNK ~ SNAP BEAT 経由で進化したスタイルだと思う。90年代に初めて南部発のヒップホップ MASTER P 率いる NO LIMIT 軍団の BOUNCE BEAT を聴いた時のショックと似ている。ダサい。チャチい。でも聴き込むとソコに不思議な中毒性が出て来る。キャラ立ちしまくるナイスなMCがこの難易度の高いトラックを完全に掌握して、血肉を宿らせる。そしてカッコいいと思えてきてしまうのだ。
シャドウは語る。「ベイエリアの音楽にはユーモアのセンスがある。ハードコアなんだけど、あえてソレに触れる必要を感じない。楽しむ事がベイエリアでは大事な事なんだよ。エネルギッシュな音楽で我を忘れて解放することが、HYPHY の精神なんだ…。…レイヴカルチャーがベイエリアで廃れて、エクスタシーがヒップホップクラブでも使用されるようになった。ここの気候はわりと寒くて、若い連中はエクスタシーをやってるから、早くてダンサブルな音楽が流行ったんだ。CRUNK の音も好きだったけど、遅いビートが合わなかったから、BPMが速い曲が生まれた」60年代のベイエリアもマリファナとアシッドで浮かれてたけど、今のベイエリアはエクスタシーでハイになってんのね。そう思うと、90年代初頭のアシッドハウスのチープさ加減もリンクしてきて、よりこのハイっぷりがイメージできる。
●このコンピでは、HYPHY に関わる重要人物が網羅されてる。HYPHY の先駆にして凶弾に倒れた故人 MAC DRE から、現行シーンのリーダー E-40、ユニークなフロウがファンキーな MISTAH F.A.B. TURF TALK、ザラついた声が渋い KEAK DA SNEAK、強靭なチームワークがスゴいラッパー集団 THE FEDERATION、フィリピン系MC NUMP、E-40 の実子でトラックメイカーの DROOP-Eなどなど聴きドコロ満載。


そんで、シャドウ本人の音楽はどう変貌したのか?

DJ SHADOW「THE OUTSIDER」

DJ SHADOW「THE OUTSIDER」2006年
●ここでシャドウHYPHY の重要人脈を取り込んで、ガンガンラップさせてる。KEAK DA SNEAK、TURF TALK、THE FEDERATION、E-40、NUMP。基本は煙たいアブストラクトなインストを多く作ってきた彼が、奔放にラッパーをフィーチャーさせるのは新戦略だ。そしてソレは大成功。同じHYPHY でもシャドウが組むトラックは一癖も二癖もあって、曲者ラッパーの粘り気あるフロウを「納豆は最低20回かき回しましょう」的にネバネバさせててHYPHY のスタイルを高次元に引っぱり上げてる。シンセ主体でもビートの難易度は高く、ラップを乗せる方も苦労するはずだぜ。
●しかし、シャドウHYPHY だけを演ってるワケじゃない。コレでもかっつーほどのクールなサンプリングトラックも4割くらいの比率で楽しめる。イントロ明けからいきなりオトコ汁ソウルでグッとくる。極上のブレイクビーツも満載。昔のシャドウが聴きたい人は安心して下さい。元 A TRIBE CALLED QUESTQ-TIP を誘った曲など、普通にヒップホップとして高性能。
RAGE AGAINST THE MACHINE ZACK DE LA ROCHA と組んで作ったロックトラックもある。ZACK のヴォーカル入りバージョンは大人の事情で収録できなかったとのことでインスト。悔しい!以前配信限定で発表された ZACK とのコラボ曲「MARCH OF DEATH」は鳥肌モノのカッコよさだった。LITTLE BROTHER(トラックメイカーが 9TH WONDER のグループ)のMC PHONTE COLEMAN をブルースロックに乗っけた曲、UKロックバンド KASABIAN のメンバーと組んだ曲、女性ボーカルをフォーキーに使った曲など、ロックリスナーも十分楽しめる内容。ジャンルを大胆に横断するオトコ、間違いないっす。


先日、生まれて初めて税務署に行った。
「確定申告」ってヤツだ。純然たるサラリーマンであるボクにはあまり縁がない代物。でもボクの自律神経失調症発症で、平成19年度は大幅に医療費がかかったので、「医療費控除」という仕組みで還付金が期待できるというのだ!イェイ!
●一年間で医療費が10万円以上かかった人が対象で、病院までの行き帰りの交通費まで申請できる。健康保険の効かなかった鍼灸治療もここでは控除対象になるので、全部合計するとスゲエ額になる。
●さらに!本来は会社の年末調整ってヤツでやるべきだった「住宅ローン控除」を昨年&昨々年やり忘れてたコトも発覚。コイツは、数年前までのデフレ経済下における時限立法で、ローン残高に対してこれまた税金還付金をくれるって制度。手続きし忘れ発覚の瞬間は「わー大損ブッこいた!」と青くなったが、これは5年遡って確定申告で処理する事ができるのでダイジョウブだという。
●よって、平成17年、18年、19年の還付金で一ヶ月分の給料くらいは取り戻せそうだ。ラッキー!

税務署

しかし、人生初の税務署デビューは異常に殺伐としてて雰囲気悪かった。
●確定申告をしようとする人々が行列をなしてる。「書類が完璧な人は仮設プレハブの受付へ。分かんない人、自信がない人は中のカウンターへ」オジさんがまくしたてる。そう言われたら自信もなくなるから行列に並ぶ。係員の人は一年に一番忙しかろうこの時期の対応にかなり殺気立ち、ナニがなんだかあんまよく分かってないおジイさんおバアさんにアレコレ早口でまくしたててる。「ああ、おバアさん、あれじゃワケ分かんないだろうな」と非常に気の毒な気持ちになる。

●そもそも確定申告する人って、サラリーマン的な給与所得じゃない人がメインだから、リタイアしたお年寄りが多いのは当然だわな。よって、去年くらいからお目見えしたオンライン確定申告システム「e-Tax」は、却って混乱の度合いを深めてるっぽい。奥にPCコーナーがあってオジさんがチャレンジしてるんだけど、ハイパー時間かかってた。

イータ君

●ちなみに、上は「e-Tax」のチャラクター「イータ君」。ユルい!ユル過ぎる!胸に Tax って書いてある!ハナウタ歌ってやがるよ!


娘ヒヨコ5歳。マリメッコのエプロンでご満悦。

マリメッコ

●幼稚園で調理実習があるってコトで、お気に入りのエプロンで出撃。北欧ブランドのマリメッコはカラフルなテキスタイルでワイフがダイスキ。これはワイフの妹サッちゃんからのプレゼント。ヒヨコは単純に「マリメッコ」という言葉の語感だけで好きになっちゃったらしく、調理実習前日には先生に「かわいいエプロンもってくるからね!」と公言していた。調理実習そのものはヒヨコの苦手な食べ物が出てきたようで楽しめなかったようだけど。

そんなヒヨコのドローイング作品。
ツモリチサトのイラスト集を、ヒヨコなりに消化して描いてみた人魚姫です。

ひよこのツモリチサト
 


最近気になる、細かい事。
「機動戦士ガンダム00」、いきなり登場してきたトリニティ三兄妹が、あっという間に二人殺されて、そのあっけなさ過ぎブリに衝撃を受けた。元祖ソレスタルビーイングとは一味違う大味なテロ活動が極悪で、息子ノマドは連中のコトを「わるガンダム」と呼んでたけど。ちなみに各国家陣営が次々開発してきたGNドライブ搭載モビルスーツは「にせガンダム」だ。
ソレスタルビーイングの高邁な思想なんてクソクラエだ。登場人物の抱えたドロドロした事情がズルズル出てきてやっとオモシロくなってきたぜ。戦うヤツには戦うだけの因縁があるっちゅーこと。そっちが自然だぜ。


最近気になる、細かい事。その2。
●青年マンガ誌「ヤングマガジン」は、宿敵「ビッグコミックスピリッツ」にとうとう部数で上位に立ったらしく、表紙で日本一日本一と最近鼻息荒いスローガンを展開してる。それに比例してグラビアの量がどんどん拡大し、ふと気付くと5人くらい女の子が水着になってる。下品下品とグラビア路線を批判してたワイフに言わせると「もはやコンビニのカウンターに持って行けないレベル」に達したらしい。
●でもボクはヤンマガ好きよ。ストリート感覚が一番強いから。スピリッツ偏差値高い文系野郎が作ってるけど、ヤンマガホンモノの元ヤンが作ってる感じがする。無意味にクルママンガがいっぱい(峠の走り屋から大阪環状族、旧車会風味まで各種取り揃え)な感じとか。グラビアも、山崎真美がたくさん出て来るから好き。
●でも、今一番の注目はモーニング福満しげゆき「僕の小規模な生活」連載再開だ。今回も講談社の雑誌で集英社のハナシを書いてる。ユルい。ホントに小規模。コレに関しては夫婦統一見解だ。

福満しげゆき「僕の小規模な生活」


最近気になる、細かい事。その3。
●このブログ「ネタ画像道」、最高に笑えます。疲れた夜の一服の清涼剤です。
 http://585.blog9.fc2.com/



下北沢の再開発ってどーなってるの?シリーズ3回目。
●今日も北沢タウンホール「街づくり課」でもらった再開発プランを元に、この街がどう変わるのか、ドコのお店が立ち退き対象にされてるのか、調べて行きます。ちなみに前回は東側エリアを歩いてみました。

今日は南側エリアを調査。
●まずは地図で確認。「補助54号線・世区街10号線ニュース NO.5」(BY 世田谷区 道路整備部 交通広場整備担当課 発行:平成19年1月25日)に掲載されている地図です。青丸でマークしたエリアがどんな場所なのかを、写真で紹介してきます。
●ちなみに、計画道路はグレー&黒で記された所。グレーが車道、黒が歩道、駅前広場となります。

下北沢再開発事業中3

●赤マルの数字と矢印が、大まかに写真を撮った場所と角度を示しています。今回は特に既存の商店群「駅前市場」に注目したいので、そこにもマークをつけてみました。さて、写真の番号順にご説明しましょう。

写真1。下北沢駅脇踏切(南側から)。

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ヴィレッジヴァンガードから北側に歩くと出て来る踏切。後ろにはスーパーオオゼキ。下北沢で一番歩行者で賑わう踏切。なかなか開かない踏切だからいつも人が溜まってる。この踏切から線路、駅ホームを全部まっさらにして駅前広場&バス/タクシーロータリーを作るのが今回の計画。線路が地下化するのは実に結構な話なんだけどね…。

写真2。下北沢駅脇踏切(北側から)。

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●前述の踏切を渡った所で撮影。ね、ヒト車がたくさん溜まってる。開かずの踏切。写真右側の居酒屋さんは、買収を見越して用地部分を空けて店舗を立て直した。お店の手前にアスファルトで固めた空間があるでしょ。さらに写真の外、この居酒屋さんのお隣は既に更地になってて、いつでも買収工事ナンでもオッケー状態。
●問題は、写真中央。スニーカーショップ「STEP IN STEP」の裏側にゴチャゴチャと続く駅前市場。ココについては後ほど詳細に。

写真3。下北沢駅南口広場。

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●小田急線の駅を南側に降りると広がる空間。週末夕方には待ち合わせの人々でいっぱいになる。右側に見える居酒屋の入ったビルの中に、下北沢の演劇文化のコアの1つ、駅前劇場下北 OFF・OFF シアター が入ってます。左側は工事エリアのフェンス。以前はココには2階建ての店舗ビルがあって、TSUTAYAドトールが入っていた。この建物が消滅して久しい。一階にオダキューOXがあったから、元々小田急電鉄の所有地だったのでしょう。

写真4。南口広場のフェンスの内側。

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●小田急線線路を跨ぐ歩道橋から、フェンスの中身が見えます。プレハブ小屋が立ってます。このエリアがまっさらにされて大きな広場になる。ま、そのこと自体には異論はありません。この場所がシモキタザワの新しい玄関口となり、新しいランドマークになるのかな。

写真5。下北沢駅北口、駅前市場。

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●さて、問題はココです。計画によるとこの写真に写っている建物は全て排除されます。駅前市場が駅前広場に変貌です。この写真は、下北沢北口にある大丸ピーコックの隣にある雑居ビルの2階階段から撮影しました。むー。一番奥にある2階建てのテナントビルは、一階パン屋二階古着屋だったのが、小田急の所有だったのか既に閉鎖されてます。ココの建物と線路のある場所を全部更地にして駅前ロータリーを作るのが計画の大きな狙いです。

駅前市場の風景。

下北沢うさや
 
下北沢の駅前を個性的でユニークにしているのが、この駅前市場(正式名称知らないからなんとなくそう呼んでます)。一体いつからあるのか想像もつきませんが、建物同士がお互いを支え合って集合し、1つの小さなアーケード街を構成してしまっているエリアです。
●今もコジンマリとしながらも個性的なお店が数々頑張ってます。古いお店もあれば、最近出店したばかりの新しいお店も。この市場は新陳代謝を繰り返しながら今もフレッシュに息づいているのです。

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●今回の計画には「防災対策」というフレーズがよく出てきます。車両が入れない狭い路地が多い下北沢駅前一帯に、太い道路を通して緊急車両を入れ易くするという論法。そんな観点から見ると、この駅前市場は危険建築に他ならないのでしょう。


これらの風景が、下北沢から失われます。みなさん、どう思われますか?
●まずは再開発計画の内容をイメージするコトが大事。なんだかんだいって、細かい事はあまり知られてませんから。次回は、再開発計画の西側エリアをご紹介します。ココこそが一番スゴい。既存の商店/テナントビルを大幅にぶっ潰します。地図見て歩いてビックリしました。街のカタチが変貌しますわ。

●過去の関連記事は下記リンクまで。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-category-8.html

やっぱ、中田ヤスタカでしょう。
●つーか、iPod で連日聴いてます。Perfume「ポリリズム」のブレイクでいきなりトッププロデューサーになっちゃったこの人に今日は注目しまーす。

Perfume「Perfume ~COMPLETE BEST~」

Perfume「Perfume ~COMPLETE BEST~」2003-2006年
●やっぱイントロダクションとしては、ココからでしょう。3人組アイドルユニットである彼女らは広島出身広島結成。初期インディーシングルは、なんと爆風スランプのギタリストパッパラー河合で、かなりイタイ内容。ユニット名も「ぱふゅ~む」とか言ってたりしてる。でもテクノポップ路線である事はこの頃からブレてなかった。なぜテクノに固執? いや制作費が安いからたまたまソコにオトし込まれた?
●しかし2003年のシングルから、中田ヤスタカが全面的にサウンドプロデュースに参加。21世紀型のテクノポップアイドルが誕生した。フィルター通過のアンドロイドアニメ声と、過剰にキラキラなアレンジ、時に8bitファミコン型ピコピコサウンド。しかしそれとはアンバランスな鋼鉄のブットい四ツ打ちビート。歌詞タイトルに一貫されてる未来感(いや微妙にズラしてレトロフューチャー狙いか)がイイっす。

Perfume「Baby Cruising Love : マカロニ」

Perfume「Baby Cruising Love / マカロニ」2008年
●最新シングル。でもちょっと不満。鋼鉄のエレクトロだった「ポリリズム」から、多少の減速テンポダウンで萌え度は個人的に下落。BPMが足らねえ!アニメ声でも全力で飛べ!マッハで飛べ!



さて、この中田ヤスタカさんですが…
●本業は何かというと、男女2人組ユニット capsule の活動がメイン。
●サウンドはもちろんアートディレクションまで全て自作自演で中田氏が完全掌握する。そこでは本気汁が出まくりのエレクトロ魂が炸裂してます。

capsule「FLASH BACK」

capsule「FLASH BACK」2007年
●今んとこの最新アルバム。Perfume の3倍の高出力、足腰の筋肉がエレクトロサイボーグに強化改造、ボーカルのフィルター処理も分厚くって英語詞も何言ってるかほぼ不明。トゲっぽいビートにひたすら身を浸せ!フレンチ~ヨーロッパのエレクトロシーン台頭とちょうどリンクしたカタチで完全追い風。BLACK STOROBE JUSTICE に負けない鋼鉄魂がココ日本にはある。

でもね、ホントタイミングの問題のような気がする。
●ここまで欧米でエレクトロがキテなかったら、彼の評価もどうなってたか。つーか、彼自身も自分の音楽をココまでエレクトロに舵を切りきったか。
●というのも、capsule、4年ほど前にレコード会社の人に奨められて聴いてたコトがあったんだけど、そん時は即却下しちゃったんだよね。ま、仕事で扱う音楽として聴いたという状況もあるけど、新鮮でもオモシロいとも思わなかった。ボクはレコード会社の人からもらった音源は全部聴くし、全部は保存できなくても、何枚かにまとめてCD-Rに焼いておくのが習慣。でも capsule の音源はたった一曲しか残ってなかった。数枚のCDに対して1曲しか保存しなかったのは、当時どれだけボクの関心がどれだけ低かったのかを示している。
そん時は、ハッキリ覚えてる、ピチカート・エピゴーネンだと思ったんだ。


capsule「ハイカラ ガール」

capsule「ハイカラ ガール」2001年
●ファーストアルバム。相方の女性ボーカリストこしじまとしこさんのウタをメインに据えたオーソドックスなポップソング集。近作のアルバムでは完全にお飾り的存在になってる彼女の存在がここでは完全中心になってる。テクノポップの手法への特別な偏愛はココから健在。8bitファミコンサウンドや、ピッチを揺らすシンセ使いなどなど、隠し味にシンセフェチ体質が見え隠れしてる。
●あと大切な事は、アルバムを一貫するコンセプトワークがスゴく優れてるってコト。capsule のアルバム全部がそうなってる。ココでは「レトロ~和」風味が、現代的ビートの上にキチンと成立してる。歌詞、細かいアレンジの音選びとか。

capsule「Cutie Cinema Replay」

capsule「Cutie Cinema Replay」2003年
●以前レコード会社の人に聴かせてもらったのは多分この頃。一曲一曲色々な女性シンガーをフィーチャーしてる。この音がズバリピチカートファイブのフォロワーっぽく聴こえる。各所でオシャレに差し込まれるフランス語、カワイい系女子ウイスパー声、意味がありそで特にない歌詞、明るくて手数の多いサンプルトラック、程々に強いビート感。
cymbals ほど露骨とは言わないけど(あれはルックスまでマネしてた)、女性シンガー&男性プロデューサーのユニットですって持ってこられたら、ありゃりゃ~こりゃ末期のピチカートそっくりだって思うでしょ。アルバムコンセプトは「とびきりオシャレなショッピング」? 買い物やファッションに関するフレーズが多いから。ホント聴いて下さい、ピチカートだから。
●でも今聴けば、ポップでキュートでカワイいよ。シングル曲「music controller」 capsule のテーマソングにふさわしい名曲でクールでキャッチーなポップダンス。

capsule「phony phonic」

capsule「phony phonic」2003年
●ココまでは、まだオシャレ女子のポップソングを目指してたのだと思う。ピチカートコンプレックスを感じます。ボサっぽいリズム&メロとか、ヴァイブ使いとか。でもジワっとビートの強度が上がってきました。シンセ魂も徐々に前面に押し出されてきました。女子声メインから、トラックとボーカルの存在感が 50:50 になってきたような気がする。

capsule「S.F. Sound Furniture」

capsule「S.F. Sound Furniture」2004年
●ここで capsule、未来派野郎になります。臆面なくテクノポップ。「音の家具」とか言ってるけどこんなに自己主張の強い家具は部屋に置いとけません。コンセプトは「楽しい楽しい宇宙旅行ピクニック」といったトコロ? ゴーゴーダンスのノリでドライヴィング、そのまま宇宙空港に乗りつけて軌道エレベーターで宇宙まで!(←ガンダム00風?)愉快なインタールードでコンセプトが効果的に機能。でも昭和風男性アナウンサーのナレーション使いがまだまだピチカート風。おウチに帰るまでが遠足です。最後の曲「レトロメモリー」でちゃんと帰宅。

capsule「NEXUS-2060」

capsule「NEXUS-2060」2005年
●テクノ度上昇中。コンセプトは「リゾート専用宇宙ステーションへ快適なトリップ」。中田ヤスタカ機長の操縦で大気圏突破。世にも賑やかな楽しいツアー。インストトラックも増えてきて、中田氏の打ち込み宇宙が拡大して行きます。でも capsule が描く未来社会は、マッチョ男子が陥りがちなサイバーパンクSFじゃなくて、ドラえもんがやってきたような明るい未来。レトロフューチャー風味のパラレルワールドなのです。

capsule「L.D.K. Lounge Designers Killer」

capsule「L.D.K. Lounge Designers Killer」2005年
●どんどんテクノ度上がってます。女子ボーカルがどんどん添え物的存在になり、ダンスミュージックとしての機能が高くなっていきます。フィルター萌え声も登場。ピコピコ具合も前面に出て来る。もうファーストアルバムの頃の女子ポップス感は感じられなくなり、UNDERWORLD ばりのビッグビートも炸裂するほどのダンスサイボーグに変身してしまうのです。中田ヤスタカ氏がエレクトロ魂を剥き出しに表現した瞬間ですわ。シンセで絶叫しシンセでウねる欲望、四ツ打ちへの凶暴なフェチ愛。それがエレクトロ魂。

capsule「FRUITS CLiPPER」

capsule「FRUITS CLiPPER」2006年
●エレクトロに完全に覚醒してしまった。ロボットボイス炸裂。古くからのファンは「ワタシの知ってるあのカワイい capsule はドコ行ったの?」と戸惑いのムキもあるでしょう。ダメだよ、連中は人間の姿してるけど、もうエレクトロサイボーグに改造されちゃったんだよ。ポップだけど甘くないぜ、筋肉が鋼鉄だから。ベースとキックが強烈で最高。歪み絶叫するシンセが世界同時多発的エレクトロ表現。彼らの宇宙旅行はどうやら惑星エンドアを通過して銀河の果てのダンスフロアに到達したらしい。キャッチーメロのハウシーな佳曲「jelly (album-edit)」には、iTune 限定ミックスがあるから気をつけろ!

capsule「Sugarless GiRL」

capsule「Sugarless GiRL」2007年
●女子ボーカルこしじま嬢、サイボーグ手術だけじゃなく豊胸手術まで?! その真偽はおいといて、甘さが抜けた事は間違いない。ビートは強力でビターだぜ。より凶暴で非情なサイボーグに進化しました。トラックとボーカルの主従関係が完全に逆転して、ダンスミュージックとしてより純化。でもキラキラのポップ感覚だけは地球の引力で繋がってるようで、美メロボーカルハウスチューンをちょっぴり入れてくれる。

capsule「capsule rmx」

capsule「capsule rmx」2007年
●2004年から2007年「Sugarless GiRL」までを網羅したリミックス集。人間の肉体を持っていた時代を葬り去りたいのか、過去に遡って自作をエレクトロ化。シンセベースがブリブリしまくってます。凶悪エレクトロもいいけど、ギャラクシーなハウス感に昇天。


●以上、過去作から近作まで、如何に capsule の音楽性が変貌したか検証してみました。ファーストとかは、ある意味逆に新鮮に聴こえて感動してしまった。あのまま女子ポップスユニットであって欲しかった人もいると思う。無敵のエレクトロ野郎なんてヤダ!って人もいるかも。
●でも中田ヤスタカさんのシンセフェチは一番最初からの素養で、ダンスミュージックに開眼するのはどのみち時間の問題だったかもしれない。でも、彼が女子声を素材としたポップスの見事な職人であることは間違いないし、本人も女子声がないと作れない、インストチューンだけじゃダメだ、ってちゃんと理解してるような気がする。


capsule 以外の中田ヤスタカ仕事。

鈴木亜美「DOLCE」

鈴木亜美「DOLCE」2008年
鈴木亜美「join」という言葉を使って様々なアーティストとコラボしたコンセプトアルバムだ。ボクは BUFFALO DAUGHTER とのコラボばっかり聴いてて、他の曲をろくに聴いてなかったんだけど、よーく見たら中田ヤスタカが2曲(「FREE FREE」「SUPER MUSIC MAKER」)も提供してた。超客観的に見ちゃうと、このアルバムで鈴木亜美はどのアーティストにも呑まれちゃって、彼女にとってイイアルバムになってない(笑)。中田氏も彼女の声にフィルターを思いっきりかぶせて、自分のエレクトロにねじ伏せてる。でも彼女の都合なんてコッチにはどうでもよくて、硬度高めの鋼鉄具合で実に良し!

リア・ディゾン「DISTENY LINE」

リア・ディゾン「DISTENY LINE」2007年
●アルバムのボーナストラックで彼女の代表曲をリミックスしてた。「恋しよう♪(Yasutaka Nakata Capsule Mix)」。ブリブリシンセベースの上で黒船グラドルが踊るのはイイわ。もともとかなり甘口の原曲。甘さを残すトコロは残し、ビターなトコロはビターにする。そのさじ加減がイイ。


●彼の仕事は、ユニット COLTEMONIKHA を始め、まだまだイッパイあるみたいだけど、ゆっくり研究して行きます。


自律神経失調症とのお付合い(その44)~「会社はシンドい」編
●風邪引いた。直球で。せき、のどの痛み、鼻水。週アタマからカラダがシンドい。
●麹町の内科で診察を受けた。「ああ、風邪ですね」やっぱりね。くたびれた。会社行くのもツライ。「のび太のママ」そっくりの看護師Nさんも、それを察してか「明日と週明け月曜日は会社休みましょうか。出社してから疲れが溜まってて当然だろうから、ここで休憩」はい、その通り、ハッキリ言ってクタクタです。休むぞ~。


リハビリ出社スタート後の、生活リズム。
朝、7時~9時起床。一応朝食は幼稚園に行くコドモたちにあわせる。しかし、足のダルさや、腰、背中、肩の激しい痛みで、起き上がるのがホントにシンドい。これは程度はちょっと軽くなれど、病気発症から一貫して続いている苦しみだね。朝飯前後のクスリも忘れちゃならない。
その後、朝風呂。カラダをジックリ温めないと、イタくて動かない。最低40分ほどは浸かっている。半身浴の要領で、汗をかくほどがちょうどイイ。水分補給のためペットボトルに麦茶を入れて湯船のフタの上にのせておく。
●汗びっしょりになり、カラダグッタリが多少緩和されたら、朝食のサラ洗い。ココまでやったら休憩。朝番組のニュースをチェックしつつゴロゴロ休憩。そのまま昼寝もあり。つーか眠い。疲れてる。寝ても疲れがとれないのが自律神経失調症だからね。下手すりゃ寝れば寝るほど疲れが溜まる。

●12時前後、ワイフが昼ご飯を作ってくれるのでそれを食べて、クスリ、サラ洗い。そして1時過ぎ、やっと会社に出発。人間としてマトモに機能できるようになるには、このくらいまで時間がかかる。死ぬほど億劫な気持ちを振り切って会社へ向かう。
ドア・トゥ・ドアで40分ほどの通勤。もちろんラッシュ時間でもないので、空いてる席があれば積極的に座る。座れないとホントにツライ。しかし、自分の見てくれが真っ当な社会人ではないという引け目からか、シルバーシートには座れない。ホントは座りたいけど。この前も杖を持ったおばあさんに席を譲ってしまった。

2時前後、会社到着。会社に到着すると、気持ちがシャキッとしてくる。これはフシギ。自然と気分がハイになる。知り合いに会えば挨拶をするし、楽しく話せる。「おっ久しぶりだね?元気になった?」「まだ元気じゃないッスネ~」しかし会社でハイになった分、家に帰ってから確実にローに落ち込む。肉体的な疲れもあるが、このテの感情の起伏が疲れを助長してるのは間違いないだろう。
●会社に到着したら、会社診療所に顔を出し、「のび太のママ」Nさんに挨拶する。この人が細かい世話を全部見てくれている。
●そんで居場所である会社診療所事務室へ移動。二人の女性がオシゴトしてる場所。二人が一体何の仕事をしているのか全く分からないが、多分聞いても理解できないだろうから聞かないでいる。世間話はボチボチする。いい人たちで気持ちがいい。
●しかし、ココは常識ある社会なので、ボクが本来いた場所とは激しくカルチャーが違う。ある日、ラップトップPCのモニターを広げたまま、そして椅子をしまわないままにして退社したら、翌日「のび太のママ」Nさんに怒られた。「すいません、ボクは確かにそういう秩序のナイ所で働いてたので、ついそのノリで…」今日もゴミの分別で注意された。再生紙のゴミ箱の中に鼻水をかんだティッシュを入れてしまったのだ。「ああ、分別ルールがあるんですか!すいません、あのボクそういうの全然読めないタイプですから、気付いたら直球で言って下さいね」
滞在時間は、今んトコロ、1時間~3時間程度。PCでメールチェックしたり(まあメールよこしてくれる人などいないけど)ネット見たりして過ごす。この部屋でとってる新聞も読む。日本経済新聞はオモシロいね。先月まで銀行の人と投資信託の相談をしてたが、あまりに先の読めない世界経済の現実を知り、住宅ローンの繰上げ返済が一番と納得した。
あ、あと日誌をつけろ、と言われた。エクセルの表をメールで渡され、一日にやった事、感じた事、体調の具合を記録しろとのこと。天気まで書けって。夏休みの絵日記か。「3月6日はれ、コンビニで飲み物を買った。新聞チェック。風邪で具合が悪い。」もっと細かく書けと言われた。

退社。週二回は病院へ。そうでなければ直帰。家に着いたらまず寝る。2時間ぐらいしっかり寝る。クタクタだからだ。で夕飯の時間に起こされクスリを飲む。最近はテレビを見る元気もない。ひたすらコタツでゴロゴロのたうって、だらーっとして、そんで夕食のサラ洗い。サラ洗いは、気持ちイイ。アタマ使わずに手だけに集中できる。ココロが静まる。そして就寝時にまたクスリ。精神安定剤のダブル飲み(メイラックス&コンスタン)をすると深く眠れるコトに気付いた。悪夢を見ずに済む。金縛りにも遭わない。クスリの効きは個人差が激しいので気をつけて。


足は筋力低下。歩け!とさ。
●足がひたすらダルい。コレを鍼灸のセンセイに相談したが、コレは筋力の衰えだから、鍼もクスリも効かないとのこと。「ウォーキングとかするしかないわね」通勤だけでツライのにさらに歩けと!「のび太のママ」Nさんに至っては、会社の帰りは「駅一区間歩いてから帰りなさい」「社内の移動は階段で!オジさん社員の中には出勤時に1階から30階まで階段で登ってる人もいるのよ」無理無理!死ぬ!でもしょうがないので、先日は駅一区間、ホントに歩いた。コンビニフロアまでは階段を使う事にした。足の筋肉に蒸気温熱パワーの温湿布を貼ってる。フツウの人間になるまではまだ遠い道程だなあ。早く人間になりたい(妖怪人間ベム風に)。

社食デビュー。
「社食で昼飯を食う」のが1つの試練と聞いていたので、一回試しに行ってみた。もともと社食でメシを食う習慣がなかったので、注文の仕方すら忘れていた。かき揚げソバを頼んだが、ハイパーマズかった。こんなにマズかったかと衝撃を受けるほどどうしょうもなくマズい。
●知合いがいるかな~?とキョロキョロしてたら、女性の先輩後輩が二人で現れたので、テーブルを移動して3人でメシを食った。ボクは社内事情において完全にウラシマ状態なので、イロんな話を聞くのは楽しい。他にも同期や部下にも会えた。
●心療内科でそのコトを報告すると「それは大きな一歩ですよ!」とセンセイ大絶賛。そんなたいしたモンかな~。「会社の人間関係にストレスを感じる人には大きな難関なんですよ」仕事はキツかったけど、特にイヤな人がいた訳じゃないので、そこに気負いはあまりないです。
●あと小さい事だが、本来なら今週から新担当センセイが登場するはずだったのに、病院の事情で別のセンセイが出てきた。同世代の若い女医さんというハナシだったので「どんな人だろ」とちょっと楽しみにしてたのに、診察室に入ったら、ビッグママ風の貫禄あるオバサマがいた。「えっ!すいませんチェンジで」という気持ちになった。ハナシを聞くとこのビッグママが院長先生らしい。へー女性が院長だったんだ。ココのクリニックと入院施設(閉鎖病棟)を備えた本院を往復しているという。じゃあ腕は確かなんだな。
 

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html

会社に行ってもやることないし。
●で、シモキタザワのカフェでマンガを読んでいる。

<松本次郎短編集 ゆれつづける

松本次郎「ゆれつづける」
●映画化された「フリージア」で名を挙げた松本次郎。個人的には、最初?の長編単行本「ウェンディ」が、「ピーターパン」の極悪読み替えで密度濃くグチャグチャにトチ狂った世界を構築し、ビリビリシビレさせられビビった印象だった一方で、「フリージア」では、十分狂ってるんだけど空気感がヒンヤリしてる印象で、この2作品の間の作風の変化はなんじゃらほい?と思ってたのでした。
●で、この短編集。前述2作品の間の2000年~2004年に描かれた作品群で、やり過ぎ過剰狂気からクールなメリハリ狂気に移行する段階が見て取れる。てっとり早く言うと、画面が要素多寡で黒いか、白黒のコンストラストでメリハリつけるかって話だけど。掲載雑誌の性格上、もれなくエロ描写もしっかりですが、そこも含めてフツウじゃない過剰さはナイスです。

オノナツメ「NOT SIMPLE」

オノナツメ「NOT SIMPLE」
オノナツメはちとスノッブでオシャレ過ぎるイメージがあって敬遠してました。ボクはオシャレと見ると、警戒心を抱くタイプなので。だって画が可愛くて外国の話とかサラッと描かれると、これはオシャレ女子が読むモンであって、メガネ男子(しかもややオヤジ)には縁がねえって思うじゃナイすかフツウ。被害妄想?
●でもこの「やや簡単でない」お話は楽しめました。イノセントでありながらコテンパンに不幸な男の、漂泊の人生。カワイい画風だからこそ、ベトつかない爽やかさを持たせられるけど、ストーリーだけ見ちゃうとえぐいハナシだね。
●ボクは、敬遠してたくらいなので、このオノナツメさんの性別すら知らん。男かしら女かしら? この人の物語は、ほんのちょっとだけゲイっぽい香りがするんだよね。男性間のホモセクシャルが、そこはかとなく感じられる。それが独特のオシャレ感にも繋がってるのかも?



やっぱりヒップホップだね。その3。
●前回に引き続き、カニエ関係者で。

COMMON「FINDING FOREVER」

COMMON「FINDING FOREVER」2007年
●つーか、カニエの3枚目よりもずっとカニエっぽい仕上がりです。カニエさん全面プロデュースで、トラックは完全にカニエ1~2枚目流の珠玉サンプルキラキラ仕上げになっております。前作「BE」からカニエのレーベル G.O.O.D. MUSIC に所属し、全くぶれる事のナイ良心的なヒップホップ作りに邁進してる感じ。
●その前の SOULQUARIANS 一派(?UESTLOVE、THE ROOTS など)とツルンでた時代もイイんですけど、前々作「ELECTRIC CIRCUS」が、ヒップホップ界のビートルズ「SGT. PEPPER'S LONELY HEART CLUB BAND」を目指したかのようなスンゴい意欲作で、もはや完全にヒップホップを逸脱してしまい、正直ドン引きしてしまったのも事実。個人的には COMMOM SENSE と名乗ってた頃の1STから追いかけてきてるアーティストなので、今作の出来はなんか安心。前作「BE」ももう一回聴き直そう。

足がつらい~。
●一週間のリハビリ出社、やっぱりなにげにカラダが緊張していたのか、両足がグッタリ疲れて動けな~い。今日はまるまる一日フトンとコタツで寝て過ごした。自律神経失調症は、フツウにゴロゴロ休んだ程度じゃ疲労が全然回復しないのがキモの病気。「自律訓練法」と言う自己暗示&瞑想(と、ボクの場合はそのまま昼寝)や1時間近くの半身浴、ストレッチの体操など、あの手この手で、筋肉の緊張を解きほぐす工夫をしなくちゃ疲労はとれない。
●まあ、この程度のリアクションで済んでるコトを儲けモンと捉えていくしかないでしょう。もっとヒドい揺り戻しがあったら、また会社にいけなくなる。のんびりのんびり。


●こんなに足がツライことになったのも、昨日欲張って舞台を観に行ったからだと思う。バカだね。ホントに懲りない。

斉藤美音子

SePT 独舞 vol.18「齊藤美音子・独舞 - TESURI」@三軒茶屋シアタートラム
コンテンポラリー・ダンス。お姉さんがたった1人で一時間、舞い踊るパフォーマンスだ。なんでボクがこんなの観てるんだろうと自分でも違和感を感じながら、会場へ紛れ込んだ。ただの好奇心が未知の世界にボクを吸い寄せる。客席には、白塗りの暗黒舞踏集団「大駱駝館」主宰・麿赤兒さんもいる。周辺のお客さんの会話を耳ダンボにして聞いてると、みんな舞台関係者や舞踏関係者と見えて「来週00さんの初日だよね、行く?」「ワタシだめ。もう次の公演の稽古に入ってるの」というような会話がチラホラ。そんな場所に迷い込んだフシギ感がボクをワクワクさせる。

●舞台の内容。序盤は、観客が固唾を飲む音が聞こえるほどの、静寂と張りつめた緊張感。そして中盤には少しコミカルな動きで気を緩ませ、終盤の躍動感ある飛翔で幕を閉じる。なにせコンテンポラリーなんて初めてだから、感想の持ちようもないんだけど、ダンサー美音子さん(キレイな名前だ)の着るヒザ丈のゆったりしたゴールドのワンピースが、カラダの線を巧妙に隠して、人間とは違う生き物の動きを観てるような錯覚に陥らされる。例えば、大きな二枚貝とか、熱帯魚とか…。

●この舞台に興味を持ったのは、音楽担当が斉藤ネコさんだからだ。椎名林檎ともコラボレーションしたバイオリニストで、当世流の古典ジャズ解釈が斬新でクール。主役の齊藤さんと親戚か?と思ったが「齊」の字が微妙に違う。でも縁があるのか、美音子さんは林檎のシングル「OSCA」のPVにもダンサーとして出演してるとか。録音BGM出しだけかと思ってたが、ネコさん本人の生弾きvs.舞踏の対決もあって楽しかった。

椎名林檎×斎藤ネコ「平成風俗」 椎名林檎×斎藤ネコ「平成風俗」

●コンテンポラリーの世界も、演劇の世界と同じくらいの奥行きと広がりを持ってる。また楽しい世界を知った。


●DVDの時間。

DVD「椿山課長の七日間」

「椿山課長の七日間」2006年
●出演:西田敏行/伊東美咲/成宮寛貴/志田未来/須賀健太/國村隼。原作は浅田次郎。浅田次郎作品なんて今までの人生でまったく縁がなかった。伊東美咲が出てなかったらコレも絶対観てなかったろう。美人さんの存在が映画を観る大きなモチベーションになるってのは、ある意味健全だと思う。
●突然ぽっくり死んじゃった主人公のオッサン西田敏行が、初七日までの短い時間、現世に戻って遣り残した事に決着をつけて来るというオハナシ。でもその甦った姿ってのが伊東美咲。オヤジから美人さんという落差がイイね。その他色々な人間の事情ってモンがゴチャゴチャして、イイ感じに成仏しましたよー、とのこと。
●朝起きたら、伊東美咲になってたら楽しいだろうなー、とバカなことを考えました。以上。

DVD「サヨナラCOLOR」

「サヨナラCOLOR」2005年
●出演:竹中直人/原田知世。竹中直人は監督も手掛ける。西田敏行のダメオヤジぶりは好きだが、竹中直人の、世間一般に対するルサンチマンと劣等感がないまぜになったダメオヤジ的キャラクター演出は、もっと好きだ。ある意味、この映画じゃ、その屈折ぶりが露骨に出てて、中年オトコの侘しいファンタジーに仕上がってる。年齢的にダメオヤジ寸前段階のボクにはスゴく共感できる。
●主人公・竹中は湘南の総合病院に務める産婦人科の医師。若いナースのオシリをナデるダメ人間。しかしある日高校時代の憧れの同級生、原田知世が患者として入院してくる。高校時代もダメ人間だった竹中は、原田の記憶からスッポリ抜け落ちていて、どんなに気持ちを込めても思い出してもらえない。それでも彼女の困難な病気を治すため彼は捨て身の努力を惜しまない。
数十年ぶりに初恋の人に突然再会し、全身全霊でその人に尽くす。中年オトコのファンタジーとしか言えないでしょう。無茶な願望剥き出しの物語は、遠目には滑稽かも知れないけど、オッサンになってもロマンチシズム抱きしめて生きててもいいんだな~、と素朴に勇気づけられる。そんな気持ちになった。
●湘南の海が美しい。その海を背景に、日本映画で一番美しい立ちション&座りションシーンが観られます。そして主題歌。ハナレグミ WITH 忌野清志郎「サヨナラCOLOR」。言うことナシです。


やっぱりヒップホップだね。その2。
●最近ヒップホップしか聴いてない。なんでじゃろ。少しカラダがゲンキになった証拠か?

KANYE WEST「GRADUATION」

KANYE WEST「GRADUATION」2007年
カニエ3枚目。去年発売時即買いしたくせに、このブログでは紹介しませんでした。聴いて聴いて聴き飽きて、そんでまた聴いて聴き飽きて、もう一度聴いてやっと書く事にしました。美しい珠玉のサンプルコラージュこそ彼の魅力と思ってたボクには、このアルバムはややエレクトロすぎて戸惑ったのが正直な感想。東京で制作したリード曲「STRONGER」 DAFT PUNK の直球エレクトロネタをサンプルしてメカ度急上昇。その他の曲も TIMBALAND に援護射撃を頼むなど、シンセサウンドが目立つ。「卒業」というアルバムタイトルも、今までのスタイルからネクストステージにレベルアップすることをイメージしてるのか?
●とは言いつつも、冷静に聴き込むと、極上のサンプルとそれを優しく覆い包むピアノやストリングス使いは健在であることに気付き、やっと客観的になれたかなと感じました。クレジットをよーく見ると相変わらずの意表をつくサンプル選びでビックリ。STEELY DAN から MICHAEL JACKSON、ELTON JOHN、MOUNTAIN(70年代アメリカンハードロック!)などなど。盟友 JOHN LEGEND MOS DEF、意外なトコでは YOUNG JEEZY LIL' WAYNE、T-PAIN まで巻き込んでヒップホップ万華鏡を構成してます。
●あと、ジャケ。村上隆/カイカイキキを全面採用!村上隆ゆずのジャケしかやらないと思ってました。賛否両論ぽいけど、ボクは大肯定。今までのクマさんキャラが SUPER-FLAT なアニメ画になりました。ナードラップの系譜をこのまま突き進んで下さい。