またまたグッドなカフェを発見。
●GWのお休み。昨日は、夕方からシモキタザワの街を一人で散歩。ビデオ屋でDVD借りて、安売りバーゲンでアディダスのスニーカー買って、古本屋「ほん吉」で息子ノマドの好きそうな宇宙の本を買って、そんでお茶でも飲もうと思って、知ってるカフェへ向かって歩いていた。そしたら、気になるカフェを発見。写真集がイッパイ置いてあるのが店の外から見えたのだ。

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「CAFE ZINC」
●場所:下北沢駅井の頭線側西口改札を左側(西側)に歩いて1分。世田谷区北沢2ー22ー23。
●メニューを見たら、「フェアトレード珈琲」という文字が目を引いた。フェアトレードって? 低開発国から正当な価格で輸入する行為で、搾取的新植民地主義への抵抗思想&実践とのこと。店員さんに聞く。フェアトレードって書いてますけど、どちらの国から輸入してるんですか?「えーと、東ティモールです。ご存知ですか?」ああ、インドネシアから独立したばっかりのチッコい国ですね、そんな程度のコトしか知りませんけど…。「酸味のあるコーヒー豆が穫れるんですよ」へー。確かにフェアトレードした方が良さそうな国ですねえ…。

で、写真集をタップリ眺める。ロバート・フランク。
●たくさんの美術書や写真集がある中、一番気になったのが、ロバート・フランクの写真集だ。ボクはこの写真家が学生時代から好きで、以前展覧会も行ったし写真集も持ってる。でもこうジックリ作品を眺めるのは数年ぶりだ。ペラペラページをめくっているウチに、なぜロバート・フランクに興味を持ったのか、思い出した。ビートニクスの代表的作家ジャック・ケルアックフランクは友達だったんだ。高校生のボクは、ビートニクスに夢中になった時期があった。マリファナでフワフワした頭で、ポンコツシボレーを時速160キロでぶっ飛ばし、アメリカの大地を行ったり来たりの放浪の旅。時に中南米へ飛んでヘンなサボテンから採れる強烈なドラッグを探す冒険へ。ニューヨークのカフェで詩の朗読会、BGMは危険な香りのビバップジャズ。仏教にハマったり禅にハマったり。ビートニクスは、その後のヒッピーカルチャーを準備した本物のヒップスターで、戦後世代が発信した本物の文学運動だった。ビート文学の金字塔「路上(ON THE ROAD)」の著者ジャック・ケルアックは、まさしくビート中のビートで、彼が序文を書いたという写真集「THE AMERICANS」ケルアック経由で知った。この写真集がロバート・フランクの代表作だったわけだ。

路上 (河出文庫 505A)路上 (河出文庫 505A)
(2000)
ジャック・ケルアック

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Robert Frank: The AmericansRobert Frank: The Americans
(1998/05)
Robert Frank、Jack Kerouac 他

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ビートニクスは「ぶん殴られた世代」。
ビート・ジェネレーションとも言われますが、「BEAT」はココでは「ぶん殴る」という意味じゃなくて「ぶん殴られる」に近いっぽいです。超一流のビート、ウイリアム・バロウズアレン・ギンズバーグはゲイだったので、その疎外感たるやハンパなモンじゃないでしょう。社会のハミダシものとして、虐げられる立場。そこと近い位置にいたロバート・フランクの写真も、ぶん殴られたような、悲しげな空気が漂っています。泣けます。

Robert Frank: Come AgainRobert Frank: Come Again
(2006/11/15)
Robert Frank

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「COME AGAIN」
ロバート・フランク、90年代の作品集みたい。方眼紙のノートにセロテープで写真を無造作に貼っつけた構成(をそのまま丁寧に印刷)。風景写真は数枚の写真を繋ぎ足してます。ぶっちゃけヨレヨレです。……写ってる風景も、廃墟、廃墟、廃墟……。ん、途中で気付く。この廃墟は戦争の跡では…? 予感は的中、中盤からイスラム風建築が出てくる。中東の戦火に巻き込まれた街なんだ。暗いモノクロに人の気配はなく、市街ならぬ死骸の風景が続く。最後のクレジットで判明。この街はレバノンのベイルート。クチャクチャのレイアウトにクシャクシャの街…。

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「THE LINE OF MY HAND」
ロバート・フランクの生涯を俯瞰するような写真集。彼がキャリアを起こした1940年代から、70年代までを網羅してる。彼の放浪人生が、あてどなく転がるボールのように転がって行くのがわかる。彼の生まれは1928年、スイスのチューリヒ。ユダヤ系がゆえにナチの台頭と第二次世界大戦はしんどい経験だっただろう。1947年、23歳でアメリカ N.Y. へ移民。摩天楼を切り取るこの頃の彼の写真は、新社会への不安と希望で若々しく光ってる。でも放浪癖はココから本格化、ペルーからスペイン、パリなどにフラフラし続ける。1955年にアメリカに帰ってからはビートの連中とつるむようになり、今度はアメリカ国内を放浪。その成果が出世作「THE AMERICANS」だ。この頃からは映像も始めるようになる。放浪者の視点から見たアメリカという国の正体。
●1969年に最初の奥さんと離婚。1970年、愛人のアーティスト JUNE LEAF とカナダのノヴァ・スコシアへ移住。どこだよ?って人も多いでしょうから説明しますと、カナダのハジッコ、大西洋に突き出した島の一個で、昔サミットが開かれたハリファックスという街があります。まーとにかくド田舎で、メチャクチャ寒い場所のようです。この頃からのフランクの写真は、本当に寂しくて凍えるような気分になりますから。前妻との間に生まれた子供二人との関係も良くないようで、この写真集にはそんな苦みの伝わるようなキャプションもついています。「…息子パブロ、娘アンドレア、過去を振り返ることは3人にとって苦しいことだった…」。1974年、アンドレアはグアテマラでの飛行機事故で20歳の若さで命を落とします。フランクの写真は、どんどん内向的になって、「ぶん殴られた」ような哀しみが作品にどうしても滲み出てしまうのです。

「BUS PHOTOGRAPH」
●この言葉は写真集の名前じゃなくて、彼が考えた写真コンセプトです。バスに乗って、窓から見える景色、人、街並を、機関銃のように撮りまくる方法です。アラーキーも似た手法で作品を撮ってます。アラーキーは彼流のダジャレで「クルマド」と呼んでます。タクシーの窓からやはり機関銃のように撮りまくるのです。このアイディアはボクには刺激的でした。写真なんぞ、考えて撮るモンじゃない。撮って撮って撮りまくって、そっから考えろっつーコトね、と解釈しました。学生時代から社会人になって7年目くらいまで常にカメラを携帯してナンでも撮りまくってました。あ、カメラはチープなモンを使ってました。一眼レフは重くて大変。IXYは軽いけどハードユースで壊れちゃう。最終的には工事現場の撮影に使うようなゴツい生活防水カメラを使ってました(ソレも最後には壊れましたが)。「写るんです」も大好きでした。写り方がチャチくてフラッシュがイイ加減だから。ロモも少し撮ってみました。でも残念ながらデジカメの時代になってからは、この習慣をやめてしまいましたね。デジカメはホントよく壊れる。液晶割れるとか。(←どんだけ乱暴な使い方してんだ?)


ロバート・フランクの写真と、それをボクが眺めていた90年代のアメリカ。
ビートニクスロバート・フランクの写真に入れ込んでいた90年代のボクに、一番リアルに響いていたのは、この頃のアメリカのロックです。もうちょっと突っ込むと「グランジ」と「ロウファイ」です。この類いの音楽も、ボロボロにブン殴られ痛めつけられた心象風景を連想させるのです。80年代末のバブル経済崩壊が決定的になり時代がどんどん混迷して行く中で、虚飾を全部剥ぎ取って等身大の美学を誇った「グランジ」「ロウファイ」は、ハグレモノのような気持ちだったボクに一番しっくりきたのです。荒削りで、飾らず、シンプルで、自分のペースを崩さない。この生き方がとても潔く思えた。ロバート・フランクの写真を見て、あの頃の苛立ちや焦燥感、あきらめや失望の感覚が、ボクの舌に苦く甦ってきました。
ロバート・フランクは、今だ健在で作品を撮っていますし、「グランジ」「ロウファイ」のアーティストたちも、マイペースにずーっと活動を続けています。その力強さはどこから来るのでしょう。近日、超極私的懐古録、90年代のアメリカンロック編、頑張って構成してみます。よろしくお願いします。

Robert Frank: duRobert Frank: du
(2003/05)
Robert Frank

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(このドイツの雑誌のロバート・フランク特集もとても面白かったです。)


シモキタザワの行きつけのカフェにて。
●最近このカフェのお姉さんとちょくちょく短いお話をするようになった。メトコさん(仮名)は、気合いの入ったモッズ女子で、カフェまでイタリア製のヴィンテージスクーターで通勤してる。モッズ系のパーティが大好きで、その界隈で名のあるDJさんとも知合いみたい(ボクも名前知ってるくらいのDJさんだった)。映画のハナシとか、音楽のハナシとか、趣味のハナシをポチポチするわけです。そんでハナシの勢いでお店のCDを借りちゃった。「FREE SOUL」のコンピである。こういうお付き合いって、何となく常連客っぽいなあと感慨深く思うのである。
●まーそれはそれで、今日は「FREE SOUL」の音楽とその時代、意味を考える。


アレは、去年10月くらいかな。「FREE SOUL」のコンピに、激安ワゴンで出会った。

ツタヤ三軒茶屋

TSUTAYA三軒茶屋店のレンタル落ちCD激安ワゴンは、ボクの大好きなエサ箱の一つだ。毎週チェックしては、100円200円のCDをごそごそ買ってた。ボクは悪食なのだ。ハイエナのようにCDのエサ箱を漁りまわる。この東京という街にはそんなエサ場が沢山あり、ボクは習慣的にソコを巡ってチェックをしてる。
●今はCD購入を自らに禁じているボク。だからこれは数ヶ月前の話。三軒茶屋のエサ箱に、人気コンピレーション・シリーズ「FREE SOUL」が9枚売られていたのだ。しかも一枚300円。安い!この人気コンピでこの値段は激安。即座に9枚全部買った。

とはいいながら……。ボクは「FREE SOUL」がダイキライなのだ。
●6000枚もCDレコードを所蔵しながら、今までたった一枚しかこのシリーズを持ってなかった。50枚くらいあるんでしょ、このシリーズ。でも聴かない。なぜか?オシャレすぎるから!オシャレは悪!これはオシャレ女子が聴くもんで、男子たるものこんなチャラチャラしたモンは聴いてはならない!…という偏見、コンプレックスをずーっと抱いていた。喰わず嫌いじゃなくて聴かず嫌い。だってさー、彼らはパフォーマーじゃなくてコンパイラーなわけでしょ。どこかで高いレアレコード買ってきて、「ほーら、カッコいいでしょ、オシャレでしょ」って見せびらかしてるワケじゃん。絶対やなヤツらに決まってるんだって!うるせー!お前らのCDなんて聴くか、自分の聴くモンは自分で探すわ、お金ないけど!若い頃のボクは頑強にコダワっていたね。テロ支援国家指定ってくらいに仮想敵国扱いだった。
●そもそも、「FREE SOUL」シリーズは値崩れしない。中古CD屋でも叩き売りされない。常に高い。いや、別にそんなことないよーと思う人もいるでしょうが、ボクは300〜800円で勝負する男、1980円でもかなり怖気付く。2000円オーバーは極力視界に入れない。そんな「FREE SOUL」はだいたい中古でも2000円以上が相場。
●でも!それが300円で叩き売りされている。それを見たときは「オシャレ気取りのオマエらも、地に落ちたもんだな〜。しょうがないから買ってやるよ」とすら思った。そんな非常に屈折した感情を抱きながらレジに持っていったのだった。


橋本徹という人物。「渋谷系」文化の中で「FREE SOUL」が果たした意味。
●34歳の、一応それなりの分別を備えた(ということにして下さい)オトナとして、この9枚のCDに立ち向かい、そしてこれらのCDが活躍した90年代「渋谷系」文化のことを考えてみる。無視しようとしていたが、彼らのやってたこと、掲げたコンセプトは、世界の音楽シーンに同時進行でリンクする動きであったし、それはクールで実に価値のあることだった。キライキライ言ってましたが、それを今はハッキリ認めます。この人たちエラいと。以下、冷静に分析します。



●DJ集団/フリーペーパーだった「SUBURBIA SUITE」の中心人物、橋本徹さんが94年に立ち上げた「FREE SOUL UNDERGROUND」というクラブイベントが、一連の活動の核になってる。 この「SUBURBIA SUITE」「FREE SOUL UNDERGROUND」は 当時の「渋谷系」文化の中で非常に大きな影響力を持っていた。橋本さんはエラい。個人的な思い出を交えて彼の仕事を総括してみる。


まず第一点。「SUBURBIA SUITE」という名前がクールだ。
●英語の「SUBURB」「郊外」という意味。「SUBURBIA」郊外居住者、郊外族という意味らしい。「郊外」。ボクはまさしく郊外育ちの人間。東京という大都会の周辺部を数回引っ越しして人生を過ごしてきた。都会でもない、田舎でもない。「郊外」というカテゴリーが社会学のテーマとして盛んに取り上げられたのは80年代頃だと思う。そのコミュニティのあり方、新しい生活様式などなどが研究されマーケティングされた。バブル経済が拡大した80年代に東京通勤圏はより拡大し、関東平野の隅々までが宅地造成された。あの土地価格高騰の時代に、埼玉や千葉の奥地の建売り住宅買ったサラリーマンは一杯いたと思う。我が家は東京三多摩地区、都心まで1時間30分の地点にマイホームを購入した。今となっては、ボクが住んでいる下北沢から見ると恐ろしく遠くて出来るだけ行きたくない距離だ。
●そんな現代的なテーマに、橋本さんはもう一個の意味を引っ掛けてたのだと思う。橋本さんはDJとして、音楽の「郊外」を冒険しようとしたのだ。つまり、いわゆる古典的名曲・名盤ではなく、その周辺/辺境を掘り下げることで今まで無視過小評価されていた音源に新しい価値を与えようとしたのだと思う。当時の SUBURBIA は70年代のサントラ物からグルーヴィーなモノやソフトリスニングなモノを次々と発掘し、見事なディスクガイドを出して、新しい価値観を提示した。(このディスクガイドも、値段が高いんだよね…)

Suburbia Suite; Evergreen ReviewSuburbia Suite; Evergreen Review
(2003/09)
デザインエクスチェンジ、橋本 徹 他

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第二点。「FREE SOUL」の思想。
「FREE SOUL」のCDには、どっかしら内ジャケの隅っこに次の言葉が書いてある。「NEW DIRECTION OF ALL AROUND SOUL MUSIC」。ソウルミュージックの周辺から新しい方向性を見出す! 狭義にとらわれていたソウルを解放し、拡大解釈してその多様性を再解釈する。
ソウルやR&Bという分野は、かつてドエラく閉鎖的でコウルサいマニアオヤジが闊歩するフィールドだった。ジャズだって、難しい評論言語で堅苦しく構えるカタブツマニアばかりで、老舗のジャズ喫茶とか行くと一言もしゃべったらダメ、ジャズはマジメに黙って聴くもんだ的なイデオロギーがまかり通ってた。
「FREE SOUL」は、その名の通り、そんな因習から自由に音楽を解釈し、ジャズ、ファンク、ソウル、ディスコ、フュージョン、ロックなどなどジャンルを完全に横断してソウル周辺の音楽に新解釈を与えた。言うなれば、80年代末のイギリスで起こったレアグルーヴ運動の日本版と考えてイイと思う。実際「コレをソウルって言っちゃうの?ちょっと違うんじゃないの?」というような選曲をしてる。大胆すぎるくらいに。古来からのソウルマニアオヤジに言わせれば邪道中の邪道。偽物中の偽物。それを新しい感覚、新しい耳で、自由に「コレってソウルだよね」って言い切っちゃう痛快さ。アナログからCDへのメディア変換期に起きた過去音源へのフレッシュな眼差し。CDで再発された結果、再発見される音楽。旧メディアとして忘れられようとしてるアナログメディアから、宝探し的な好奇心/冒険心で発掘される音楽。日本の「FREE SOUL」渋谷系カルチャーは、完全にイギリスのレアグルーヴ〜アシッドジャズ、アメリカのヒップホップネタ探し的観点とリンクする世界同時多発的感覚の現れだった。


第三点、。カフェ/ラウンジという提案。
橋本さんが次に世に問うたのは、カフェで聴く音楽だ。クラブでダンスするのではなく、カフェでお茶を飲むためにDJをするというスタイル。それを渋谷に構えた彼のお店 CAFE APRES-MIDI で実践してみせた。東京カフェブームはココからスタートしたと言ってもイイでしょう。このスタイルもそのままコンピレーションCDとなって世に広く出回っている。彼のこの提案は、90年代半ばに進んだクラブ遊びの多様化、DJスタイルの多様化を一気に推進した革命の一つだと思う。



で、この9枚のCDのライナーを行きつけのカフェで読んでたら…。
「あれ、イッパイですね〜フリーソウル」と声をかけてきたのはココのカフェのフロアを仕切るオネエサン、メトコさん(仮名)。度々このカフェに通ううちに顔なじみになり、ちょくちょく会話してるんです。冒頭に書いた通りね。いやー、あんま好きじゃなかったんだけど、一枚300円だったからイッパイ買っちゃって…。「ウチにも何枚かありますよ〜」お店のBGM用のCDを見せてくれた。「WE LOVE FREE SOUL 2」「WE LOVE FREE SOUL 3」だ。言わば「FREE SOUL」のベスト盤的存在である。
●このCDのライナーで、橋本徹さんとフリーソウルの中心人物が「FREE SOUL」原体験〜立ち上げ時代の頃を振り返ってる。ここでちょっと感動。「FREE SOUL」の人たちも、ボクと同じような感覚で新しい音楽、古い音楽に向き合っていたんだ、と知ることが出来た。先日ボクがこのブログで綴った UK のブラックミュージックや「渋谷系」カルチャーについての考え方とアレコレ関連する部分が出てくる。ボクは、イギリス人がブラックミュージックの良きリスナーであったと考えていたが、「FREE SOUL」の中核人物もそのイギリスのセンスを経由して新しいソウル感に目覚めることが出来たことが明確に記されている。そして80年代末のレアグルーヴシーンとの関連が重要。ここで世界同時多発的音楽革命が起こるのだ。以下部分引用。

 山下洋「70年代ソウルを聴くのはイギリス人っぽいんだって知ったのはやっぱり THE STYLE COUNCIL や THE BLOW MONKEYS だったな。THE BLOW MONKEYS は来日公演の一曲目が CURTIS MAYFIELD の「SUPERFLY」のカヴァーだったり。イギリスのブラックミュージック好きなアーティストがカッコいいなって思うようになったのはそんな経験からだね」
 橋本徹「さらに深く掘り下げて行くと、イギリス経由で知ったソウルの方が、日本のジャーナリズムで推されてるようなディープな歌ものよりも肌に合うなと思ったんだよね……。あとは80年代半ばをすぎて日本に伝えられた、イギリスの『ジャズで踊る』クラブシーン」
 山下洋「…そして、いよいよアシッドジャズの誕生」
 橋本徹「言ってみればあの辺がビッグバンだったね。SOUL II SOUL も登場して、グラウンドビートの幕が開いて、ヒップホップも DE LA SOUL や A TRIBE CALLED QUEST が出てきた NATIVE TONGUE の時代」
 橋本徹「ORIGINAL LOVE も FLIPPER'S GUITAR も 東京スカパラダイスオーケストラも、U.F.O. や COOL SPOON や MONDO GROSSO も、あの頃は同世代のシーン全体が活気づいてたね。ロック/ニューウェーヴを聴いていた人も、もともとブラックミュージックが好きな人も、クラブを背景に出てきた人も、みんなうまい具合に混じり合っていたというか。イギリスに目を向けても、JAMIROQUAI が登場してきて、PRIMAL SCREAM が冴えてて…」

 橋本徹「印象に残ってるのは、93年の春に渋谷クアトロで SUBURBIA のイベントをやったときに、僕が CAL TJADER の『I WANT YOU BACK』から EL CHICANO の『WHAT'S GOING ON』 でDJを終えたら、WACK WACK RHYTHM BAND(山下のバンド)が『WHAT'S GOING ON』〜『I WANT YOU BACK』の順にカヴァーでライブを始めたこと」

んっ?このイベント、ボクは現場にいたような気がする。クアトロで SUBURBIA でしょ?メトコさん、ボクこのイベント行ってるわ!なんか感動。歴史にリンクしてる感じ。当時大学生だったボクが、よくつるんでた女の先輩ノリピーさん(仮名)と一緒に遊びに行ったヤツだ。そりゃ超楽しかったですよ。この時ノリピーさんに他の大学に通う友達ワッキーさん(仮名)って人を紹介された。で、なんとこのワッキーさん、偶然にもボクの今の会社の先輩なんだよね。今でも時々一緒に仕事してる仲なんです。

●スゴいじゃん。橋本さんエラいじゃん。そう思うでしょ。実際そうですよ。けど!でもね、やっぱりね、やるコトなすコト全部オシャレすぎるの!ボクはね、オシャレが大嫌いなんですよ! 音楽聴く事がオシャレとか思ってるヤツ、大嫌いなのです!若いころのボクは本当に世間のハグレモノというコンプレックスに苦しみ、この世のオシャレさんを地獄の業火で焼き尽くしてやりたいと思ってたもん。
●ボク自身は、当時最新だったこの手の洗練された音楽に影響されてもいたけど、その一方で洗練とは無縁の、忌々しいロックやディープなファンク、ハードなテクノにもハマっていた。だからどうしても、キレイ過ぎる「FREE SOUL」には馴染めなかった。


そんなコトを前提に、音源に向き合ってみる。

Free Soul ImpressionsFree Soul Impressions
(1994/04/21)
オムニバス、ジェイムス・メイソン 他

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「FREE SOUL IMPRESSIONS」
●コレが一番最初の「FREE SOUL」コンピなのかな。印象的なのは EDNA WRIGHT「OOPS! HERE I GO AGAIN」。コレイントロを DE LA SOULがサンプルしてる。シンガーの名前は見ただけじゃわからんかったけど、INVICTUS レーベルの看板女子グループ HONEY CONE のメンバーさんとのこと。あと「WE GETTIN' DOWN」という曲をやってる WELDON IRVINE。 玄人好みのヒップホップレーベル STONES THROW MADLIB がこの人のトリビュート盤を出してたんだけど、ボクはそれを聴きつつもこの WELDON さんがどんな人なんだか全然わからんかった。洗練とネチッこいファンクが同居するスゴいバランス感覚。おまけにこの曲も A TRIBE CALLED QUEST にサンプルされてる。そして BRIAN AUGER'S OBLIVION EXPRESS「INNER CITY BLUES」。モッズのオルガンプレイヤーとして一時期ハマって集めてました。60年代はモッズジャズなんだけど、70年代に入るとプログレっぽくなってアレレって感じなんだけど、でもその後スゴくキャッチーでハッスルなファンキーロックに戻って来るんです。この変遷を追うと面白い。ライナーには20年早かったアシッドジャズって書いてある。

フリー・ソウル・アヴェニューフリー・ソウル・アヴェニュー
(1995/12/02)
オムニバス、ダン・ペン 他

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「FREE SOUL AVENUE」
●このコンピでは「コレがソウルかよ?」って大胆な選曲がなされてて、ソコが興味深い。なんてったって LOU REED「WALK ON THE WILD SIDE」が収録されてる。いくら A TRIBE CALLED QUEST がサンプルしたからってコレソウルってキツいでしょ。JAMES WALSH GYPSY BAND も、前身は GYPSY という名のプログレ〜サイケ系バンド。それがヒヨって AOR 風味になった曲を入れてる。LOU REED は好きだけど、コッチはキツい。あとソウルかどうかは別にして、JOSE FELICIANOSTEVIE WONDER カバー「GOLDEN LADY」は最高。ブラジリアンなアレンジと伸びのいい声。JOSE は最近よく聴いてます。王道ソウル、ファンクチームとしては THE MAIN INGREDIENT、THE NEW BIRTH が収録されてる。収録曲は?だけど、いずれも好きなグループです。

フリー・ソウル・アースフリー・ソウル・アース
(1998/03/21)
オムニバス、B.T.エクスプレス 他

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「FREE SOUL EARTH」
●一曲目の BABY HUEY「MIGHTY, MIGHTY」がディープファンクで最高。ボクの好みはこのくらいの暑苦しさなんだよな。レーベルは CURTOM らしい。ABBA「DANCING QUEEN」を楽しくカバーした完全ディスコもの CAROL DOUGLAS も掘り出し物。TODD RUNDGREN「I SAW THE LIGHT」まで入れちゃうのは大胆。TODD とソウル、普通なら繋がらない発想。アシッドジャズ期に再評価されたフュージョンバンド FUNK INC. は、あの90年代を思い出させてセンチにさせるスムースファンク。

フリー・ソウル〜ユニヴァースフリー・ソウル〜ユニヴァース
(1998/06/10)
オムニバス、テルマ・ヒューストン 他

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「FREE SOUL UNIVERSE」
●中盤に繋がれる、重心の軽いディスコダンサーが気持ちよくて思わずウキウキしちゃう内容。ボクも探した STEPHANIE MILLS「NEVER KNEW LOVE LIKE THIS BEFORE」がキラキラで、そのテンポ感そのままで KURTIS BLOW の1STから選んだディスコティーク・ヒップホップへと突入。そこからなんと DEXY'S MIDNIGHT RUNNNERS「COME ON EILEEN」!80年代ニューウェーブロックの大ヒット曲かい!で次が GLORIA GAYNOR の陽気なディスコファンク。「I WIL SURVIVE」以外の GAYNOR って知らなかった。まだまだ続く80年代スタイル、GRACE JONES「LA VIE EN ROSE」。美輪明宏さんも歌う EDITH PIAF の名曲をド直球のニューウェーブでカヴァー。ボクは80年代音楽の全てが好きと言うわけじゃないけど、この流れは気持ちイイ。

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「FREE SOUL GRAFFITI」
●今度は AOR 攻撃か!BOZ SCAGGS、AL KOOPER、TOTO、NED DOHENY。AORの大看板を連打連打。この辺をソウルと解釈するのは大胆だよな〜。ボクは AOR が苦手だから、 なおのコトツライ。ただのオシャレ音楽じゃなくて、田中康夫「なんとなくクリスタル」的なオシャレ音楽なわけじゃん。カッコ悪いー!(←じゃあ聴くな)ハードロックとファンクロックの中間にいたはずの EDGAR WINTER までもがメロウな AOR をやっててビックリ。KOKOMO ってバンドもUKの白人バンドらしい。でも一曲大好きな物件が収録されてた。SHUGGIE OTIS「STRAWBERRY LETTER 23」。THE BROTHERS JOHNSON もカバーしてるけど、この独特の浮遊感ブルースは他人にはマネできない。

Free Soul GardenFree Soul Garden
(1996/01/25)
オムニバス、アラン・トゥーサン 他

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「FREE SOUL GARDEN」
●目を引くのがオオネタ2つ。ARCHIE BELL & THE DRELLS「TIGHTEN UP」 THE DOOBIE BROTHERS「LONG TRAIN RUNNING」。ダンクラディスコ王道キラーチューン。敢えてど真ん中な選曲もしちゃう「FREE SOUL」。一曲目 HERBIE HANCOCK「WIGGLE-WAGGLE」立花ハジメがネタにしたジャズファンクで熱い。さらに気になるのが BARBARA KEITH BOB DYLAN カバー「ALL ALONG THE WATCHTOWER」。切羽詰ったグルーヴが熱い。ここまでくれば立派なロックだ。THE BRAND NEW HEAVIES がカバーした MARIA MULDAUR「MIDNIGHT AT THE OASIS」もニューオリンズ産ファンクなのにこの洗練さは刮目。カバーヴァージョンからは想像つかないニュアンス。ALLEN TOUSSAINT「SOUL SISTER」もホッコリ味のニューオリンズファンクでいいなあ。つーかこの曲、前から持ってるじゃん。こういうのが悔しい!他人の編んだコンピで、自分が聴き飛ばしたCDの価値を思い知らされるのって。

フリー・ソウル・トラヴェルフリー・ソウル・トラヴェル
(1998/11/18)
オムニバス、マデレイン 他

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「FREE SOUL TRAVEL」
●一曲目からショック!「THREE IS A MASIC NUMBER」。JACK JOHNSON がカバーし、DE LA SOUL もネタにした曲。ボクはてっきり DE LA SOUL のオリジナルのフレーズだと思ってたのに…。しかもこの歌、かけ算の3の段を覚える数え歌みたいなモン。教育テレビのコドモ番組でかかってたらしい。日本で言えば「1本でーもニンジン、二足でーもサンダル、3そうでーもヨット…」的なポンキッキクラシックってこと…? しかしこの盤は激レア曲ばっかりでよく分からんアーティストばっか。フィンランドのジャズファンク、ニュージーランドやイタリアの AOR なんてわかんない。他の曲も含めていつもよりもメロウ度が高いねえ。BOBBI HUMPHREY のフルートソロが冴える「BLACK AND BLUE」、続くブラジル TANIA MARIA「RUAS DO PIO」、洗練されたサンバ JOYCE「FEMININA」がよかったなあ。うーん、ブラジルにはいつか真剣に向き合わないといけないな。ポルトガル語が美しいのですよ。

フリー・ソウル・ウィングフリー・ソウル・ウィング
(1999/09/22)
オムニバス、アヴェレイジ・ホワイト・バンド 他

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「FREE SOUL WING」
●冒頭「THE PEANUTS」スヌーピーの飼い主チャーリーブラウンの歌から始まる脱臼ぶりだが、中盤のブラジリアンソウルがたまらん。MADELLINE BELL、DOM UM ROMAO、CAL TJADER など今まで知らなかったアーティストを教えてもらった。こと CAL TJADER「I WANT YOU BACK」「TAMBU」には完全にやられた。ANTENA の80年代ボッサもココではいい響き。それでいて、THE KINKS の曲を忍び込ませる茶目っ気も。最後の TODD RUNDGREN「STRAWBERRY HILLS FOREVER」カバーは、本家をバリバリ意識したカッチリ感で音響職人魂に震えるしかない。

フリー・ソウル:クラシック・オブ・カタリストフリー・ソウル:クラシック・オブ・カタリスト
(2003/04/23)
オムニバス、ゲイリー・バーツ 他

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「FREE SOUL. THE CLASSIC OF CATALYST」
「FREE SOUL」は、レーベルごと、アーティストごとのコンピもいっぱい作ってる。レーベルだと、MOTOWN STAX、BLUE NOTE、TALKIN' LOUD といった有名ドコロを手がけているけど、この CATALYST ってレーベルはかなりマニアックだ。当然今まで全く知りませんです。なにやら西海岸のジャズシーンで70年代の間の2年間ほどだけ活動しただけの弱小インディーレーベル。そんな音源に光をあてるなんて、ホントオタクですね〜。でーも、これがことのほか気持ちよかった。ストレートなジャズとブラジリアンなリズムがいい塩梅に入り混じり、スムースにサックスの音が響いていく。4曲目「SPRING SONG」から「BRAZILIAN TAPESTRY」「D'JU LIKE ME」「THE LATIN THING」へのつながりが快感。パーカッションなどリズム隊には西海岸チカーノロックバンド、AZTECASANTANA などと同時代に活動)にいたメンバーも含まれてるそうな。ともかく王道と前衛の中間に位置したこのレーベルの絶妙なバランス感を楽しむべし。ちなみに、この時代には黒人が運営したインディージャズレーベルが多々勃興。代表選手は、STRATA EAST とか BLACK JAZZ。こういう音楽を「スピリチュアルジャズ」というらしい。江原啓之さんかいな?またまたジャズ世界に底の見えない巨大な穴が出現した。「スピリチュアル」の穴、今後探検してみよう。


「WE ♥ FREE SOUL 2」「WE ♥ FREE SOUL 3」
●カフェで見せてもらったこの2枚のCD、メトコさん(仮名)にお願いして貸してもらっちゃった。ボクって図々しいなあ。内容は「FREE SOUL」ベスト盤とあって、ベタベタの王道ソウル〜ディスコファンク満載。THE SALSOUL ORCHESTRA、THE BOYS TOWN GANG、B.T EXPRESS、THE POINTER SISTERS、KOOL & THE GANG、CHAKA KHAN、BARBARA ACKLIN CURTIS MAYFIELD……。電気グルーヴ唯一の商業的ヒットシングル「シャングリラ」の元ネタ曲 SILVETTI「SPRING RAIN」が収録されてたのは感動。あの美しいストリングスアレンジが無限ループ。うーん、本物聞いたの初めて。これはうれしいっす。

WE LOVE FREE SOUL Vol.2 NEW DIRECTIONS OF ALL AROUND SOUL MUSICWE LOVE FREE SOUL Vol.2 NEW DIRECTIONS OF ALL AROUND SOUL MUSIC
(2006/07/26)
オムニバス、グロリア・スコット 他

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We Love Free Soul 3We Love Free Soul 3
(2006/09/27)
オムニバス、エド・タウンゼント 他

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●34歳になって、やっと「FREE SOUL」の世界に馴染めたバカなボク。
●結局、90年代アタマの音楽体験をボクは「FREE SOUL」の人々と多くを共有してて、音盤に向き合う姿勢も根っこの部分は同じで、聴いてる物件も大分カブッてることがわかっちゃった。激レア盤は追いつかないけど、CD化されてる範囲は結構カバーしてる。聴くポイントだけはちょっとズレテる。ボクはもっと暑苦しくて、汚れモノが好きだから。ただしブラジルとスピリチュアルジャズに関してはまだまだ勉強不足と思い知った。コレをキッカケにこの暗黒大陸へ冒険に出かけることにする。


●ご参考に、ボクが過去に綴った関連記事へのリンクを。

1992年以降、90年代の東京を彩った「渋谷系」カルチャーを綴ったお話。
http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-240.html

80年代末から現在まで、UKのブラックミュージックを一気に俯瞰するお話。
http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080420.html

代々木上原方面を一人で散歩。
●天気がよかったので、今日はシモキタザワではなく、逆サイド代々木上原エリアを散歩する。第一目的地は「古賀政男音楽博物館」である。

古賀政男博物館

「古賀政男音楽博物館」
●場所:代々木上原駅から井の頭通りにでて一番目立つ建物。日本音楽著作権協会(JASRAC)の隣にある博物館で、実際にこの昭和大衆音楽史に活躍した大作曲家がドでかいお屋敷を建てた場所に作ったらしい。渋谷区上原3ー6ー12。
●ぶっちゃけ、古賀政男なる人物がどんな人かなど1ミリも知らない。名前を聞いたことがあるだけ。でも、ココ上原で働いてる友人がボクにヘンなウンチクを教えてくれたから興味がわいたのだ。「あそこね、ボチボチ面白いよ。でも、アレだけ見てもあの人がゲイだったってコトはわかんないと思うけど」古賀政男ってゲイだったの?!「そう、意外と知られてないけどね」へー。

古賀政男

古賀政男。1904年福岡県生まれ。少年時代をソウルで過ごし、15歳で音楽に目覚める。明治大学在学中に作曲家としてデビュー、1978年に死去するまで、1000曲もの楽曲を作曲する。代表曲「丘を越えて」「無法松の一生」「柔」「東京ラプソディ」。うーん、エラい人なんだろうが、イマイチピンとこない。ちなみに古賀さんは一度宝塚女優と結婚してるが、たった一年で離婚(宝塚の舞台は前から好きだったみたい)。その後生涯独身を通すが、何人かの弟子を養子にしてる。それ以外で彼のセクシャリティを伺うモノはナニもなかった。
●この博物館では、ココに建ってた邸宅の一部を移築再現、故人にまつわる記念品や貴重な音源が保存されてる。1000曲の古賀楽曲もPCで検索して聴くことが出来るし、その他の戦前戦中戦後の大衆音楽もPCで聴くことが出来る。ボクはそのPCで、淡谷のり子とか越路吹雪とか美空ひばりとか江利チエミとかをダラダラ聴いて過ごした。
●企画展として、ドリフターズのオリジナルレコード7インチがキレイなジャケで陳列されてた。「ミヨちゃん」から「ドリフのほんとにほんとにご苦労さん」「志村ケンの全員集合 東村山音頭」「ヒゲのテーマ」まで。あのヒゲダンスの元ネタは、TEDDY PENDERGRASS「DO ME」だったって初めて知った。「ドリフの早口ことば」DIANA ROSS が元ネタらしい。ちなみにドリフの映画ポスターも陳列。「舞妓はんだよ全員集合!!」だって。阿部サダヲ以前にドリフが 舞妓HAAAAAN!!! してたなんて知らなかった。

ドリフポスター

●このヘンで具合が悪くなって、安定剤と鎮痛剤を飲む。クスリをラムネのようにパクパク飲むことに慣れ切ったボクの感覚。「これでもいいんかな?」と考えるが、30秒で忘れる。

●上原と代々木八幡の中間地点にあるカフェで休憩。

WEST PARK

「WEST PARK CAFE」
●場所:渋谷区元代々木町23ー11パーク代々木上原1F。上原駅南口、小田急線沿いに東へ歩いて6分ほど、選挙ポスターがベタベタに貼られてる廃屋寸前の木造家屋のある角を左に曲がったトコロ。
●ボリューム満点なハンバーガーがオイシそうなデリ。お客の3分の1が外人さん。白人ファミリーが楽しくランチしてると思えば、アジア系のカップルが英語でデートしてたりする店。またイイ店見つけた。ここでフリーペーパー「風とロック」リリー・フランキーさんロングインタビューを読む。リリーさん、最近ちょっとうつ気味?年明けからこの取材までほとんど家の外に出てなかったみたい。最近、他人のメンタルヘルスに敏感なボク。
●関係ないけど、「風とロック」箭内道彦さんって、NHKの番組「トップランナー」のMCやってるのね。前まで脳学者の茂木健一郎だったような気がしてたけど…。PERFUME がゲストの回で気付いた。コレを見てやっと3人の顔の区別がついた。ボクのタイプは「のっち」です。ショートボブと常にパンツルックがヨシ!新譜聴きたいな。

●お気に入りのアートショップまで足を運ぶ。

代々木八幡のアートショップ

「LAMMFROMM - THE CONCEPT STORE」
●場所:代々木八幡駅前の商店街、フレッシュネスバーガードトールの間の脇道に入り、突き当たりを右に。劇団青年座の事務所を右に見ながら「春の小川」という名のトンネルを潜り(上は井の頭通り)、突き当たりを今度は左。渋谷区上原1ー1ー21山口ビル1F
村上隆とかカイカイキキとか奈良美智とかのアートグッズを売ってるお店。ミニギャラリーも兼ねてます。カワイいポストカードがあったが無駄遣いは我慢。以前ここで買った村上隆のお花マークのブローチを、娘ヒヨコの幼稚園バッグにつけてあげてます。


昨日に続きガンダムトーク。

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
(2001/03/25)
古谷徹、池田秀一 他

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「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」
●もちろん、リアルタイムで観ました。当時中学生。奇縁なことに、ワイフもリアルタイムで劇場に観に行ったという。ワイフはガンダムに興味があったわけじゃないらしいが、アニメファンの友達(腐女子の先駆か?)に連れて行かれたという。そんで作品の印象を付き合わせたら、お互い覚えてるトコロが全然違う。ボクの場合一番の印象は、サイコミュ兵器の最高進化型「ファンネル」を駆使した壮絶なニュータイプ戦闘。νガンダムの七枚ファンネルの驚異的な戦闘力にゾクゾク。しかしワイフの一番印象は、シャアと水色の髪の毛の女子がキスしてるってトコロだという。……誰だっけ?とにかく言えることは、男子と女子では観てるポイントが全然違うというコトである。

●で、改めてビデオ屋から「逆シャア」借りてきて夫婦で観るのであった。ノマドヒヨコも一緒。
シャア率いるネオジオンが、地球に対して隕石落下テロを仕掛ける。コロニー人口100億人の時代の中で、敢えて人類の故郷・地球を滅ぼすというのだ。それにブライト艦長とアムロが、ニュータイプ仕様の新型モビルスーツνガンダムで立ち向かう。かつて敵であり味方でもあった永遠のライバル、アムロシャアが最後の戦いに臨む。ニュータイプ同士の死闘、壮絶。
●確かにシャアは若い女の子とチューしてた。ガンダムに数々出てくる偶然見出されるニュータイプ少女の一人、クェス・パラヤ。ガンダムシリーズでは、少年少女が否応なく戦争に吸い寄せられ、大勢死ぬ。大人だけで戦争はしないんだよな。宇宙世紀の超感覚ニュータイプとして生まれながら、それは必ず戦争に利用され、殺されるんだよね。
●凶悪なテロ計画に対して、ブライト艦長は容赦しない。小惑星アクシズに対して、核ミサイル攻撃を連発する。ファーストガンダムじゃ南極条約で禁じ手だった核兵器、今回は乱発。数発の通常ミサイルに一発核を仕込むのだ。「ブライトめ、なかなかやるな」シャアがつぶやく。シャアもとうとうブライトさんの実力を認める。目が細いだけの脇役じゃねえゼ。あ、ちなみにワイフはブライトさん大好きと公言。一方ヒヨコはシャアのファンになったっぽい。行方不明となったシャアのその後が気になってしょうがない。「シャア、ドコいっちゃったの?」ヒヨコ、シャアに入れ込むと手駒に使われて殺されるよ。
●あとエンディングテーマ。TM NETWORK「BEYOND THE TIME」。懐かしい!小室哲哉にはネガティヴイメージしかないが、久しぶりにこのテクノポップバンドが聴きたくなってしまったぞ。

これからは「機動戦士ガンダムZZ」。

機動戦士ガンダム ZZ 4機動戦士ガンダム ZZ 4
(2002/03/25)
矢尾一樹、岡本麻弥 他

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●数あるガンダムシリーズ、さすがに全部網羅できてるわけじゃない。「ZZ」は途中で挫折した。「Z」があまりに悲壮な物語になった反動で、「ZZ」はかなりお子様テイストの能天気モードにモデルチェンジ。外部の社会から忘れられ、弓矢と槍とシャーマニズム信仰レベルまで文明が後退したコロニーが出てきた段階で「そりゃねえだろ!」と思ってみるのを辞めた。
●しかし、敢えて「ZZ」に再挑戦する。ノマドとヒヨコと共に。お子様テイストも、リアルなお子様と一緒に観ればイケルだろ。三つのパーツが合体するガンダムZZにノマド大興奮。それでも秋元康リリックの主題歌「アニメじゃない」には子供心にも違和感を感じたらしい。「アニメじゃない、アニメじゃない、ホントのことさー」ノマド「パパ、なんでアニメじゃないの?」あー、アニメだよねー、おかしいよねー。クラッときた。やっぱナイよこの主題歌。

●関連してアニメもの。

FREEDOM 6FREEDOM 6
(2008/01/25)
浪川大輔、山口勝平 他

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「FREEDOM」1〜6巻
大友克洋キャラクターデザインでちとテンションが上がるけど、所詮広告屋の仕掛けと思うと乗り切れない。つーことで今までスルーしてきたけど、企画原案が電通高松聡さんだってトコロに気付いて興味がわいた。この人会ったことがある。電通さんとは仕事でよくカラむが、申し訳ないけど全員画一的なスーツマンで面白い人には滅多に出会えない。その中で、一度打合せで会話しただけなのに強烈に印象を残したのがこの人。ああ、こういう人がクリエイティヴっていう人種なのかと思った。この人宇宙オタクらしくて、ポカリスエットをロシアの宇宙ステーションに持って行って、無重力でフワフワしてる映像のCMを作った。だからロケットの描写とかも細かくて、宇宙ダイスキ少年のノマドの嗜好にもピッタリ。親子でワクワクしながら見ちゃった。サターンV型ロケットが登場した時は図鑑でチェックしちゃった。毎回日清カップラーメンを食うシーンがお約束で出て来る所はしょうがないっちゅーことで。

パプリカパプリカ
(2007/05/23)
林原めぐみ、古谷徹 他

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「パプリカ」
●原作/筒井康隆、監督:今敏。十年以上前に「ミスターマガジン」という雑誌でマンガ連載にもなってた作品が、極彩色サイバーパンクになって戻ってきた。クールビューティの女性研究者とキュートな夢探偵パプリカは二重人格。他人の夢に侵入する装置が悪用され、夢と現実の境界が破れてしまう。深層心理で炸裂するテロというアイディアと、悪夢と妄想の大パレードが痛快で爽快でたまらんですわ。音楽担当が元 P-MODEL平沢進!エンドテーマ「白虎野」が、21世紀風にアップデートされたテクノポップで感動。平沢独自のエスノ〜和風テクノ解釈が健在でイカす。話題作「エクスマキナ」では YMO/HAS が最新型のエレクトロニカで主題歌を構成してるが、80年代のテクノポップを潔く堅持するってのも気合いが入っててイイね。


聖火リレーは、無難に終わったのか?ダメだったのか?
欽ちゃんに発煙筒なんて、ココロが痛むね。反中国感情が高まっちゃうのかな〜。北京五輪はあの国が穏当な民主化を進めるキッカケになるはずのイベントだ。韓国だって民主化を急速に進めた上でのソウル五輪だったし、日本だってアメリカ占領時代が終わっての東京オリンピックだった。しかし、今んトコロ、コレまでは丁寧に隠されていた、世界中が中国に抱いていた不安と疑念、そして中国人が世界に抱いていた不安と疑念を、白日の下に晒す強烈なプロパガンダになってしまってる。コレは誰もトクをしない。911テロ直後のようなイスラム教徒に対するヒステリーと同じような状況になってしまう。
●今回のキッカケはチベット問題だが、今騒いでいる人たちの中で、チベット問題に取り組んでた人は少ない。多分、中国人も日本人もヨーロッパ人も、戦後から続くチベット状況を前からヤバいと思ってた人なんてわずかだ。便乗して双方のディズコミュニケーションを剥き出しにしてるだけだ。一番ダメなパターン。チベット人のことなんてホントはどうでも良くて、互いの被害妄想感情だけが渦巻く結果になる。
●どんなカタチであってもあの国を国際的に孤立させるのは危ない。あの巨大国家が健全経営されなければ、経済問題(中国発の金融危機など)でも環境問題(食の安全から地球温暖化まで)でも安全保障問題(北朝鮮など)でも、メチャメチャ世界は危なくなる。なんとか穏便に、中国首脳と世界各国で調整してほしい。お願いだから。


ココまでシャレにならない状況になるとは思ってなかったので、バカな買い物してしまった。

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●ネットで見つけたシャツ。友達が作って売ってるんだ。2500円。

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「I ♥ TIBET」じゃないんだよ。ハートと見せかけて、チベットの地図のカタチになってる。あーあ、コレ着るチャンスなくなった。着てたら通りすがりの人に殴られたりするかも。


全然関係ないけど、一応Tシャツつながり。
ユニクロでノマドにガンダムTシャツを買ってあげたら、オマケにガンプラがついてきた。

エクシアの箱

機動戦士ガンダムOO ガンダムエクシア ホワイトヴァージョンセット(ユニクロ限定販売商品)
●FG「ファーストグレード」ということで、接着剤も必要ないとのこと。7時前から眼を覚ましていたノマドに「オマエ、コレ作ってみる?」と声をかけた。ボクは取説を見て部品の番号を言うだけ。ノマドがニッパを持って部品を切り取り、パーツを組立てる。ほとんど手伝わずにエクシア完成。ノマドやるじゃん。
●でもこのガンプラ、ホワイトヴァージョンだけあって真っ白。そこで午後、二人でシモキタザワの商店街に繰り出し、プラモ屋へ。

sunny.jpeg

●ハードコアなプラモ屋さん「SUNNY」。シモキタザワで唯一しっかりしたプラモ屋です。ノマド、ジャンボグレード(1/35)Zガンダムに感動などなどしながら、ガンダムカラーを選ぶ。そこで提案。ボク「ノマド、普通のエクシアは白と青だけど、あのノマドのエクシアは、ノマドの好きな色に塗ってみろ」ノマド「えーっ!好きな色にしていいの?」いいんじゃないの。シャアも自分のザクは赤く塗ったし。するとノマド一生懸命選んで、グレーとかメタルヴァイオレットなどなど購入。「だれもみたことナイエクシアにしてやる!」と意気込む。
●そんで着色。基本、配色はノマド。塗りきれないトコロは結構手伝ったかな。ノマド専用ガンダムエクシア、完成。

エクシア

●GNドライブ周辺をブラックにして、腕を赤と黄色にカラーリング。わかりづらいけど、足は青と紫の混じったメタルカラーを塗ってる。今日は親子でガンダムの日でした。


山口県光市母子殺害事件で元少年に死刑判決。
●遺族の本村さんのネバリ強い活動で、この事件は9年間にも及ぶ長い時間を経ても世間の関心から消えることなく、最終的に強い社会的メッセージを発信することができた。様々な無理解や圧力などもあったでしょうに、信念を曲げない根性は立派なものだと思う。ボクが今思うのは、死刑制度の是非、今回の判決の結果うんぬんというコトの一歩手前のコト。死刑に処すモノ、処されるモノへ関わるってコトは並大抵の神経では太刀打ちできない、デカい覚悟がいるってコトだ。

カポーティ コレクターズ・エディションカポーティ コレクターズ・エディション
(2007/11/28)
フィリップ・シーモア・ホフマン; キャサリン・キーナー; クリフトン・コリンズJr.

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●DVD「カポーティ」
●小説家トルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」などで知られる戦後アメリカ文学の名手で、当時のNY社交界の超セレブだった。この映画はこの小説家が、ある殺人事件とその犯人へ取材をし、自分の代表作になる作品「冷血」を書き上げるにいたる様子を描いた映画だ。カポーティを演じた俳優フィリップ・シーモア・ホフマンのソックリさんぶりは公開年のアカデミー賞でも話題になり、主演男優賞まで獲っちゃったほど。ゲイであったカポーティは、劇中で見るとちょっとキモイおっさん。ヘナヘナ声でヘラヘラジョークをかまし、パーティではいつも話題の中心。
●そんなカポーティが、中西部カンザス州のド田舎で起こった一家4人惨殺事件になぜか興味を持って、取材を始める。そして死刑判決を受けた犯人に対して何度も何度も面会し、自分で弁護士をあてがって審理のやり直し請求までして彼らの刑執行を引き延ばす。「まだ死なれちゃ困るんだ。大事なハナシが聞けてない」都会の流行作家風情が、あの手この手で犯人につきまとい、自分のネタのために延命工作まで買って出る。今のジャーナリズムの感覚ではチト非常識な感覚だと思う。
●キモイおっさんがどんな覚悟で取材を始めたかはなはだ微妙だが、犯人の一人と深く交流する中で予想してなかった葛藤が生まれてくる。オモロいネタのために始めたのに、いつのまにか犯人の命を背負っちゃってる自分。命の恩人と寄りすがる犯人をゴマかしてネタを引っ張り出そうとする欺瞞。オマケに弁護士の活動で死刑じゃなくなっちゃうかもしれないとなると「もうダメだ、気が狂いそうだ」と寝込んでしまう。最後は、刑の執行までを見届けるカポーティ。4年もの歳月をかけて取材をした小説のタイトルは「IN COLD BLOOD」「冷血なのは、犯人なのか、それともアナタなのか」カポーティに投げられるセリフ。とにかく死刑に関わるには根性が要る。
「冷血」はノンフィクションノベル、ニュージャーナリズムと呼ばれ、当時の文壇で絶賛を浴びた。その一方でカポーティは、この「冷血」発表後、一つも作品を完成することができなくなってしまったという。ボクは不勉強で、この「冷血」を読んでない。早速買って読むことにした。さて、どんな本なのだろう。

冷血 (新潮文庫)冷血 (新潮文庫)
(2006/06)
トルーマン カポーティ

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もう一本、伝記映画を。

ファクトリーガール

●映画「ファクトリー・ガール」
●60年代のアートアイコン、イーディ・セジウィックの生涯を綴った作品だ。カリフォルニアの大農場主の家庭に生まれたセレブ令嬢が、NYのアートシーン、そしてアンディ・ウォーホルに出会い、一気に時代の寵児に昇りつめる。しかし、歪んだ家族関係から心に闇を抱えていた彼女は、ウォーホルのアトリエ、通称「ファクトリー」にたむろす変人集団に感化され、立派なジャンキーに仕上がってしまう。そしてとあるロックシンガーとのつかの間の恋。つーか名前を伏せてるけどボブ・ディランのコトなんですが。それがシコりになってウォーホルとの関係も崩壊。グシャリと崩れ落ちる彼女のデタラメ人生。
ガイ・ピアーズが演じたウォーホルは、カポーティと同じくらいキショイしゃべりで本物ソックリ。「あー、うーん、あー」とかブツブツいってる感じが最高。ちなみにセレブミーハーだったウォーホルカポーティとトモダチになりたくてしょうがなかったらしい。ファクトリーにはカポーティもよく遊びにきていたようだ。ウォーホルを巡るカルチャー人脈も数々登場、彼がプロデュースしたロックバンド THE VELVET UNDERGROUND & NICO のエピソードもチラリ、ウォーホルの右腕的アシスタントで写真家の、ジェラルド・マランガの雰囲気も過去のドキュメンタリー映像とそっくり。ボブ・ディラン役には、「スターウォーズ・エピソード2/3」アナキンを演じたヘイデン・クリスチャンセン。ウォーホルに突っかかる生意気な若者。
●主役イーディを演じるのはシエナ・ミラーという人。ボク的には初顔の女性だが、がんばってると思う。でも、イーディはボクの中で超ハイランクなアイドルなので、本物のキラキラにはかなわない。


この「ファクトリーガール」は試写会でみた。

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●場所は京橋・映画美学校。京橋近辺には試写会場がいくつかあるが、この場所は独特のオーラを放っててとても好きな空間だ。古い昭和アールデコ様式のビルヂングで、映画の専門学校を兼ねてるせいか、スピーカーや美術品とかが雑然と置かれてて、学祭の後始末みたいな匂いが漂ってる。
●顔見知りの映画プロモーターの女性にあった。仕事でカッチリ関わることは滅多にないんだけど、ボクの趣味の映画を沢山配給してるので、試写会ではしょっちゅう顔を合わせてしまう。前は70年代のポルノ映画を巡るドキュメンタリー「インサイド・ディープ・スロート」、その前はマイク・ミルズ監督「サムサッカー」。ひねくれた映画ばっか扱う映画会社。その女性プロモーター、ボクの顔を見るなり「unimogrooveさん、お久しぶり!そうだよね、unimogrooveさんってカルチャーボーイだもんね」カルチャーボーイって……そんな言葉初めて聞いたわ。「スゴく久しぶりですね」ああ、ボク病気でしばらく仕事から離れてるもんだから。「へー、unimogrooveさんの仕事タフだもんね、休めるだけ休んじゃって下さいよ」病気ネタさらりと会話できるレベルってーのが、ボクの中で人間関係的に質が変わるポイント。ドスンと重く捉えられて気を使われたり、深刻すぎるリアクションされる方がボクには負担。「へーそうなんだー」で十分。つーかそれ以上は困る。


●今日のBGMは、PRINCE。いや正確に言うと「THE ARTIST FORMERLY KNOWN AS PRINCE」
PRINCE は好きなアーティストで、80年代から94年くらいまでは全部網羅して聴いていた。でも殿下ご乱心。1995年、名前をヘンテコな記号(発音不能)に置き換えて、周囲を混乱に陥れた。つーか、本人が混乱してたのかも。今日の音源はその時代のモノ。

Chaos and DisorderChaos and Disorder
(1996/07/09)
Prince

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「CHAOS AND DISORDER」1996年
●80年代では完全に世界最前衛のファンク表現で超音速でぶっ飛ばしていた殿下。しかし、90年代に台頭してきたヒップホップだけは、自分のモノには出来なかった。ゴチョゴチョ頑張った形跡もあるんだけど、結局時代との乖離を否めないと確信した段階で、殿下は今までのキャリアを一掃してゼロから再出発しようとしたのだろう。1994年に全部在庫をお蔵だしして(一度は封印した THE BALCK ALBUM まで発表)、アルバム「COME」では死人の訃報のようなジャケを作った。
●でも殿下がスゴいのは、名前を変えても、時代に全然日和ったりしないで、オレ道を突き進むトコロ。このCDではギターサウンドがうめくブラックロックなんだもん!殿下特有のギリギリと呻きながら伸びるギターは、普通のブラックミュージックじゃ登場しない完全なロックギター。こんなコトこの時期誰もやってないよ!重心が中低域にある硬質ファンクも、ヒップホップに全然ならない独自路線。一般の評価は異常に低くて廃盤状態。でもこの軽く固いスネアが00年代のヒップホッププロデューサー達(THE NEPTUNESなど)から評価されるようになるのだから立派です。

Rave Un2 the Joy FantasticRave Un2 the Joy Fantastic
(1999/11/09)
Prince

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「RAVE UN2 THE JOY FANTASTIC」1999年
●一曲目の奇天烈ファンクから、かつての殿下ぶりが全開。スゴいコトにこのオープニング曲、87年のレコーディング。12年以上も前の作品でこのアップデート感。やっぱ天才。「ヘンテコ名義路線でイロんなコトやったけど、やっぱオレはオレでいいわ」という悟りが旧作からブチカマす大胆作戦に走らせたのだろうか。
●でも殿下の音楽は現在進行形で独自の進化を今なお続けていて、THE NEPTUNES の大先輩として奇形進化痙攣ファンクを雄弁に鳴らしてる。でもそれは決してアヴァンギャルドにならず、完全なエンターテインメントにキチンと着地。「THE GREATST ROMANCE EVER SOLD」「EVERYDAY IS A WINDING ROAD」「SO FAR, SO PLEASED」「WHENEVER U GO, WHATEVER U DO」などポップ佳曲多し。翌2000年にこのアルバムのリミックスアルバムを出し、2001年の「THE RAINBOW CHILDREN」で名義を PRINCE に戻す。80年代ファンクを推進したのは MICHAEL JACKSON PRINCE だが、マイケルがサイボーグ化しゴシップしかクリエイトできなくなってるのに比べ、殿下の方がずっとリアルで健全なクリエイターとして振る舞えている。

イモウトが第一子を出産。
●我がコドモたちに、従姉妹が出来た。メールで写真が届いた。イモウト、ダンナのken5くん、赤ちゃん。親子共々イイ顔してるじゃないか。ともかく、おめでとう。グッジョブ。オトナの階段登っちゃったね。「ヒヨコー!イトコがうまれたよ!」息子ノマドが喜ぶ。ノマドヒヨコは自分たちの生まれた瞬間の写真が見たいと言って、ムカシのアルバムを引っ張り出し、妙に感動してた。

「私たち、これでオジさんオバさんになったんだね」とワイフ。えっ、ちょっと凹んでるのソレ?「オジさんオバさん」じゃなくて「伯父さん伯母さん」だし。しかも、イイ年ブッこいて、自分のコト「オバさん」と思ったことなかったんかい!?ソコにビックリだよ。ボクはとっくの昔に「オジさん」感覚。隠れ肥満だし、腰も肩も痛いし、血液検査でバツが沢山つくし、病気だし。でも、イイ味出るのは、これからだから。オッサン力とでもいいますか。自分のカッコ悪さを受け入れる余裕が出来て、ダラーッとするコトができるようになる。これ目下の理想。ある意味ウザく、ある意味みっともなく生きて行きます。

ヒヨコの大天然。
●霧雨舞い散る今朝、幼稚園へ歩くヒヨコが言う。「あめがプチプチだね、ママしってる?アメプチちゃんていうヨウセイがいるんだよ。サクラちゃんのおともだち」サクラちゃんとは、ヒヨコにしか見えない妖精の名前。荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」的に言えばスタンドスタープラチナとか)みたいなモンなのだろうか。ヒヨコによると、サクラちゃんは温泉旅行に長期出張したりして結構不在だったりもするらしい。ともかくまた新しい妖精が生まれた。
●主体性のないヒヨコは、お友達の間で取り合いになる。従順で単純だから、手っ取り早く付き合わせるのに都合がいいキャラなのだ。先日も「ヒヨコのこと、ランちゃんとレイちゃんがとりあうの」一緒に三人で遊べばイイじゃない。「ランちゃんはバレエごっこがしたいんだけど、レイちゃんはイヤだっていうの」で、ヒヨコどうしたの?「ランちゃんがバレエをおどって、ヒヨコとレイちゃんはそれをみるオキャクサンになったの」おお、優れたオトし込みだ。ナイス裁きだヒヨコ。
●最近ヒヨコはトイレに入ると、「ピヨー!ピヨー!ピヨー!」と叫んでいる。ひよこになってしまうのだ。本人曰く「ヒヨコには4つのおココロがあるの。ニャンコのココロと、ひよこのココロと、あかちゃんのココロと、おねえさんのココロ」。おー、一番サイゴのが一応入っててくれてホッとしたよ。4つめがなかったら、どうしようかと思ったよ。この21世紀的ニュータイプ感覚の前には、ホントに自分が地球の重力に心を捕われたオールドタイプと思い知らされる。コイツらの超感覚から見たら、やっぱりボクはオッサンなのだよ。



ニュータイプって言って、一つ思い出した。

ガンダムエース6月号
 
●今月の「ガンダムエース」、表紙にニュータイプ専用モビルアーマー、ブラウ・ブロのパイロット、シャリア・ブルが登場。つーか、表紙飾るには激渋の人選じゃん!シャリア・ブルが表紙なら、ククルス・ドアンアカハナが表紙になってもイイくらいだぜ。誰だよコイツって一瞬思ったもんね。すんません、意味がわからない方は読み飛ばして下さい。

「写真』とはなにか。-「20世紀の巨匠たち」- 美を見つめる眼 社会を見つめる眼。

20世紀の巨匠たち


●この前、フルモデルチェンジした大丸東京店の併設美術館「大丸ミュージアム・東京」にて、20世紀の写真美術を一気に俯瞰する展覧会が行われた(昨日でおしまい)。メル友のヨーコさんがこの展覧会の企画に参加しているということで、会社の帰りに東京駅まで足を伸ばしたのであった。1900年代の古い作品から80年代の作品まで、一気通貫な勢いで20世紀の時空を駆け巡る展覧会。「写真」とはなにか。というコピーの通り、色々なことを考えさせられた。
●14人の写真家を取上げて、その代表作を展示する内容。文字通り写真史を代表する大物ぞろい。中には初めて知った写真家も。特にシビレた作家さんについてコメントを。


ルイス・ハイン LEWIS HINE(1874〜1940)アメリカの少年時代。
写真が持つジャーナリズムの機能を証明したオトコ。20世紀初頭のアメリカで活動したハインは、工場や鉱山で重労働に携わる子供たちの写真を撮った。この写真が当時蔓延していた児童の不当労働を、社会問題として浮き上がらせたという。しかし、彼の写真に写る子供たちは眼をキラキラさせてて、貧しくはあるが悲壮感はない。ボクは、うちのコドモに見せたDVD世界名作劇場「トムソーヤーの冒険」を思い出した。はだしで、着たきりの小汚い服を着て、ホコリっぽい頭を揺さぶって、どこまでも走っていくかのような、野蛮なガキども。この時、アメリカはまだ少年時代で、冒険時代だったんだ。

Kids at Work: Lewis Hine and the Crusade Against Child LaborKids at Work: Lewis Hine and the Crusade Against Child Labor
(1994/08/15)
Russell Freedman

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マン・レイ MAN RAY(1890〜1976)前世紀のハイテクアート。
●新しく幕開けたばかりの20世紀。当時最新の芸術潮流「シュルレアリスム」にやはり当時最新の写真技術を導入。これって現代音楽にエレクトロニカ機材を導入して未知の表現を切り開く感覚と同じだよね。ソラリゼーション(白黒反転とか)を用いた作品など、撮影現場でなく現像過程で写真に加工を施す感覚は、生素材音をPCで編集するポストロック〜エレクトロニカの手法に通じるモンがある。そして若き日のダダイスト、マルセル・デュシャンの肖像写真がクール。作品は有名でも顔は初めて見た。イヤミな皮肉屋で、ハッタリだけの詐欺師で、スカシたキザ野郎がニヤついてる。これが1900年代のトリックスターか。カッコいいじゃないか。

Man RayMan Ray
(2004/09)
Judy Annear、Emmanuelle De L'Ecotais 他

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ロバート・キャパ ROBERT CAPA(1913〜1954)「悲しいけど、コレって戦争なのよね〜」
人が撃たれて死ぬ瞬間を撮って名を挙げたオトコ。スペイン内戦、ファシストに対して立ち上がった民兵が目の前で銃弾に倒れる。その有名過ぎる写真、今一度冷静に見ると、キャパは撃たれた民兵のすぐ隣を走ってたわけで、下手すりゃ撃たれて死ぬのはキャパだったかも知れないんだよね。命を張る戦争写真家だ。昔見た写真集。ヨーロッパ戦線の市街戦、バルコニー脇で頭打ち抜かれて床を真っ黒に染める兵士の写真が忘れられない。そしてノルマンディー上陸作戦。「プライベートライアン」で壮絶血みどろの激戦が再現されてるが、ここでも度胸一発見事な写真を撮ってる。ちょっとピンボケの写真に、記者は「キャパの手も震えた」とキャプションしたが、震えたのは現像スタッフの方で、ちゃんと撮れてたキャパのフィルムを台無しにしちゃったらしい。
一方で、キャパは生き生きとした生命力も見事に切り取る男なんだなと、今回実感。パリ解放を祝う市民の素晴らしい笑顔。ナチ協力者を囲む人々の顔。晩年のピカソがガールフレンドにデレデレしてる顔。キャパは、ただの戦争ゴロでも、死体マニアでもない。躍動する生命力を一番見出せるのが、この時代ではたまたま戦場だったというわけだ。ハンガリー出身のキャパは、田舎育ちはオクビにも出さず、一流のパリジャン気取り、一流のプレイボーイで、女優イングリット・バーグマンとラブラブだったっつーからカッコいい。チャラチャラしてるけど根性座った伊達男、ボクは「機動戦士ガンダム」に出てくるスレッガー・ロウ中尉とイメージがダブるんです。「悲しいけど、コレって戦争なのよね〜」スレッガーはそういって重モビルアーマー・ビグザムに特攻して死ぬ。キャパもインドシナ戦線で地雷を踏んづけて、死ぬ。

Capa,_Death_of_a_Loyalist_Soldier



ウィン・バロック WYNN BULLOCK(1984〜1985)カメラというメカの質感と詩情の共存。
●この人は、この展覧会で初めて名を知りました。よって予備知識なし。けど、光の力がビキッと画面の隅々までに行き渡ってて、その鮮明さにハートを奪われました。丁寧に絞りを調節して、ガツーッ!とシャッターを長めに開く。フワ〜〜っと光がカメラの中に吸いこまれていく。そして画面の隅々までにフォーカスがキまった奥行きのある画像が出来る。そのメカニカルな質感を前提に、そんな仕組みとはウラハラな詩情あふれる世界観構築にため息。シダ植物の生い茂る薄暗い林の中、裸の少年が横たわる様子。遅めのシャッタースピードで、ドライアイスの煙のように軽く舞い上がるモヤとなった波と、その波に洗われる岩の安定感。写真というメディアが持つ重厚な迫力を感じました。

Wynn Bullock: The Enchanted Landscape Photographs 1940-1975Wynn Bullock: The Enchanted Landscape Photographs 1940-1975
(1999/05)
Wynn Bullock

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アンセル・アダムス ANSEL ADAMS(1902〜1982)モノクロの大巨人
●ヨセミテ自然公園など、アメリカ西部の大自然をガキーンと撮り収める巨人というイメージ。モノクロ写真の繊細なグラデーションが鮮やか過ぎて若かったボクには大ショック。岩肌や木の幹の濃淡をあれだけ雄弁に表現するためには、カラーでなくモノクロしかない、って確信させる迫力。彼のおかげで学生時代のボクは、マトモなモンなど撮れもしないのに、お古の一眼レフにモノクロフィルムを突っ込んでガシャガシャ写真を撮ってた時期がある。今回の展覧会に、大自然の大巨人というようなビッグな風景写真はなかったけど、枯れた鹿の角の骨に、慎ましやかな詩情が漂ってた。

America's Wilderness: The Photographs of Ansel Adams With the Writings of John MuirAmerica's Wilderness: The Photographs of Ansel Adams With the Writings of John Muir
(1997/03)
John Muir

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ヘルムート・ニュートン HELMUT NEWTON(1920〜2004)年を重ねて滲み出たフェチ心。
●ボクはこの人を若い写真家と勘違いしていた。斬新なファッション感覚で80年代に大活躍してたというイメージがあったから。でも80年代にはもう還暦オーバーの大ベテランだったのだ。ショック!SM趣味や、ボンテージ、退廃的ヌード、ピンヒールなどのフェティッシュなイメージ、これだけ尖った感覚が、オッサンパワーによって出力されていたとは。即座に荒木経惟を連想した。50年代からファッション誌で洋服の写真を撮ってきたニュートンが、洋服じゃなくて洋服の内側(つまりヌード)、そして内側の内側に隠されてるフェチ心を、写真に写そうとしたのはナニがキッカケだったんだろう。モノの本によると、70年代後半から、ファーのコートの下は全裸にした女の子を地下鉄に乗せて写真を撮り始めたという。うわ、企画モノのAV寸前ですぜ。「女の子を見るときはまず足から見る。ハイヒールは高い方がいい。高いヒールはセクシーだよ」こまったオヤジだ。彼の中では、服を着てるモノ/着ていないモノの対立概念も重要らしく、なるほど確かに展示作品は、スーツをパリッとキメた紳士と豊満なボディを晒すレディのペアって構図が多かった。

Helmut Newton: Private Property (Schirmer's Visual Library)Helmut Newton: Private Property (Schirmer's Visual Library)
(1993/01)
Helmut Newton

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ロバート・メイプルソープ ROBERT MAPPLETHORPE (1945〜1989)ジェンダーを越境するパンク
●エイズの悲劇で失われた才能として、キース・へリングなどと並び称されることが多いけど、ボクの中ではNYパンクの目撃者。PATTI SMITH のデビュー盤「HORSES」や、TELEVISION 「MARQUE MOON」メイプルソープがジャケ写を撮ってる。ことPATTI SMITH とは同棲生活を送ってたくらいで(その頃の PATTI の写真も素晴らしいんだな〜。半裸だけど色気ゼロの、ザラリとしたあの目つき。)、ゲイだっていうけど女の人も大丈夫なんじゃん?とか思うのです。展示されてたのは、女性ボディビルダー、リサ・ライオンのポートレイト。両性具有的な肉体美が、ジェンダーの境界を無効化する美学を象徴してた。PATTI「HORSES」でもわざわざ彼女にメンズのシャツを着せてる。境界を揺さぶり、世間の常識を転覆した。彼はパンクなのさ。

HorsesHorses
(1996/06/18)
Patti Smith

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「写真」の出現が、近代アートのスイッチを押したのかな?
●写真技術が普及するにつれ、つまり20世紀初頭、大きな絵画運動が起こった。印象派に始まる近代美術の革新ですわ。ただ画像を記録するだけなら写真で十分。手書きで画像記録する必然はなくなり、そのための訓練も意味がなくなっちゃった。で、画家の皆さんは、写真には描けない世界を描くことになった。印象派、シュルレアリスム、フォービズム、キュビズム、ダダイズム、イタリア未来派、抽象絵画…。写真の登場でアートの世界観に構造改革が起こり、みんなが裏ワザ荒ワザ反則ワザを繰り出して、この世をヘンテコに眺める方法を今の今までズーッと追求している。悪ふざけ現在進行形。写真は業深いね。静かな美術の世界をシッチャカメッチャカにしたんだから。