我が家のママチャリにこんなものが装着された。
「PTAパトロール 世田谷区立小学校PTA連合後援会」。ホントは自転車の前と後ろにつけるんだけど、前のカゴは娘ヒヨコの座席なので、しょうがないから後ろに2枚つけた。あまりに主張し過ぎてて、ちょっとマヌケか?

チャリjpeg
 
●地域の治安を守るには、こうした活動が大事らしい。人類を大きく2種類に分けたとして、不審者っぽいかそうでないかと分類すると、どちらかというと前者に入ってしまいそうなルックスのボクが、こんなモノをつけてしまって果たして大丈夫なのだろうか。
●さらに、なんらかで緊急の事態が発生したとき、一体ボクに何が出来るんだろうか。悪者に追われる小学生が「オジさん、助けて!」と来たら、ボクは彼を後部座席に乗せて「オジさんにしっかり掴まってろ!一気に脱出だ!」とかやるべきなんだろうか。このママチャリで。イマイチイメージが掴めない。

下北沢に新しい古本屋さんが出来た。

imgget.jpeg

「古本・ほん吉」
●場所:北沢タウンホールアフラックの代理店の間の横丁に入った所。北沢2ー7ー10上原ビル1階。ちなみにアフラックの二階はボクのお気に入りカフェ「Kate Coffee」がある。
●見た感じ、若いお姉さんが一人でやってるような気がする。内装は実に無造作で殺風景、コジャレたお店が多い下北沢では却って異色だ。思想書から美術芸術、古典文学など骨太な在庫も新鮮。この街では、だいたい全ての店がサブカル系に片寄り過ぎたりするのが常だが、王道からブレていない。それでいて古くさい古書店とは違うフレッシュな気分も感じられる。好感度高し。
●早速、この店にウチのいらない本を買い取ってもらった。「日本書紀」上下巻、「風土記」ナショナルジオグラフィックマヤ文明、インカ文明の本(洋書)。これで750円。あらいい値段。いつも DORAMA でばかり買取してもらってたけど、コッチの方が良心的かも。


やっぱりヒップホップだよね。その10。
●今日は日本のラップに目を向けてみよう。

Sundae Love/summer time~夏の贈り物~Sundae Love/summer time~夏の贈り物~
(2007/08/08)
AYUSE KOZUE、MC BOSE 他

商品詳細を見る

AYUSE KOZUE「SANDAE LOVE / SUMMER TIME」2007年
●彼女は自宅のPCシステムでほとんどのトラックを自作し、最高にキャッチーでポップなR&Bを自演するシンガー。デビューシングル「BOYFRIEND」は完全な和製2ステップでその早熟な才能に驚愕しました。ま、でも彼女の音楽は高性能なR&Bであって、決してヒップホップって訳じゃない。なんでじゃあ今ココで取り上げるの?
リード曲にスチャダラパーの BOSE がフィーチャーされてるからだ。この人のラップ、声、フロウ、言葉選びは、決定的なほどオリジナルで、クレジットなど見なくても瞬時に認識できた。今のキッズにどれだけの存在感があるのかわからないが、89年頃のスチャダラパーの登場を目撃してしまったボクには、トラウマのように刷り込まれてしまったレジェンドの1人だ。日本のヒップホップを世界水準まで引っ張り上げた彼らの功績は忘れてはいけない。DE LA SOUL のアルバムに客演したのは伊達じゃない。彼らはクールで今なおリアルだ。
ポッキッキーズで遊んでても、コロコロコミックへのリスペクトを歌っても、小沢健二とコラボしても、彼らがセルアウトしたと感じた事はなかった。95年の彼らは最高だった。アルバム「5TH WHEEL 2 THE COACH」(英語で「蛇足」って意味のことわざ)は日本語ラップの一つの頂点だ。
●現在も彼らは活発に活動している。竹中直人の映画「さよならCOLOR」の冒頭で AFRA のビートボクシンでラップしてたり、ありそでなかった電気グルーヴとの完全ガチンココラボアルバムをリリースしたり、大所帯ユニット THE HALLO WORKS を始動したり。全盛期の勢いからは衰えは否めないが、要所要所で決めてくれる。

キミドリキミドリ
(1993/10/23)
キミドリ

商品詳細を見る

キミドリ「キミドリ」1993年
●DJとして現場の最前線として今も活躍を続けるクボタタケシが中心となって結成したユニット。90年代日本語ヒップホップのアンダーグラウンドを育てた FILE RECORDS から2枚のアルバムをリリースして活動休止。スチャダラパー的なオモロラップを軸に進化してきた(それはDE LA SOUL 中心の NATIVE TONGUE 一派の影響もあったでしょう)日本語ヒップホップを、帰国子女であるクボタタケシや、やはりNY帰りで、96年頃から強烈な存在感を放つ BUDDHA BRAND などの新世代が、一気にハードコア度を上げたことで、日本語ラップはネクストレベルに進化した。
●93年の段階で、そのメッセージは暗く陰鬱で攻撃的。もう一言踏み込めば被害妄想的なマッドが漂う。トラックメイキングもどこか狂気をはらむヒネクレ具合が特殊で、クラシックにふさわしい風格がある。
●ボクはこの音源をカセットテープで持ってたので、ごく最近ほぼ10年以上ぶりに聞く事が出来た。全然古びてない。ヒップホップってフォーマットって、大量生産大量消費の音楽に見えるけど、実はサンプルコラージュとして超時代的な普遍性を持っているのかもしれない。元ネタはもっと古い時代の音楽、元ネタに価値がある限り、その価値は廃れない。

K.M.WK.M.W
(1999/04/21)
MURO、Tina 他

商品詳細を見る
 
MURO「K.M.W (KING MOST WANTED)」1999年
●人呼んで「KING OF DIGGIN'」。世界屈指のアナログコレクター。DJ SHADOW + CUT CHEMIST のツアードキュメントでも、渋谷のホテルの一室で、レアな7インチ音源を物々交換する様子が収録されてる。シャドウ曰く「今年最大のトレードだよ」
●キャリアはアンダーグラウンドながら伝説的な場所に彼はズッと居合わせてきた。80年代末に DJ KRUSH とともに「KRUSH POSSE」を結成。ビクターが編んだコンピ「DANCE 2 NOIZE 002」に一曲だけ音源が収録されてる。つーかソレ以外の音源は一体ドコに存在するコトやら。でもこの一曲だけで昇天できる。
TWIGY らと結成した MICRORHONE PAGER は不勉強な事にあまりチェックしてない。活動時期は90年代前半だが、評価が追いついたのは97年くらいだろう。90年代後半ハードコア路線の一翼を担ったという印象でボクは捉えている。
スチャダラパーNATIVE TONGUE なら、MUROD.I.T.C.(DINGGIN' IN THE CRATE) 一派と近い立ち位置だと思う。渋谷のレコ屋地帯を徘徊し、世界中から集められるヴァイナルを物色して再構築する。その美学はクリエイターと職人のメンタリティが最高の調合でハイブリットされている感じだ。インストトラックでもメチャ楽しい。スネアの鳴り一つにスゴいコダワリがある。

ALIVEALIVE
(2007/08/22)
WISE

商品詳細を見る

WISE「ALIVE」2007年
BATHING APE NIGORIP SLIME のメンバー と THE NEPTUNESRHARRELL と組んで結成した TERIYAKI BOYS のメンバーとして認知したのが、彼を知ったキッカケだ。完全に00年代のアーティストで、90年代ハードコア世代とはまた一風違う価値観を持つ。オモロラップでもなく、ギャング体質を連想させるハードコアとも無縁で、自然体/等身大の若者の言葉を選ぶ。この傾向は00年代の特徴だと思う。
●ただし、その等身大感覚が、ありふれた励ましや慰めに堕してしまってるのが00年代のセルアウトヒップホップの特徴だ。名古屋の塾長 SEAMO ですらその葛藤に苦しみ、下ネタを封印した。この時代でリアルであるって一体どういう事なのだろう。WISE の英語と日本語を自由に操る技術は見事で、洗練されたイメージを作るのに有効な武器になってる。しかし時にクソマジメな印象を与えるリリックは、ある意味ギリだ。

ONEONE
(2007/11/07)
AI、SPHERE of INFLUENCE 他

商品詳細を見る

AI「ONE」2007年
●彼女こそ、ホンモノのヒップホップソウルだと思う。日本で彼女に匹敵するソウルの歌い手はない。ブレイクしたのは去年一昨年という印象だが、芸歴は短くない。2001年にはメジャーデビュー、その段階でボクは仕事の中で自分で仕掛けたイベントにて彼女にパフォーマンスをしてもらったコトがある。ヒップホップソウルを完全に自分の血肉にするだけじゃなく、生ピアノだけをバックに従えた熱唱も完全に歌い切ってみせた。スゲエ娘だと思った。やはり在米経験があり、そこでのゴスペルの経験が彼女のノドにファンクを宿らせた。英語は完璧なのに、日本語は鹿児島弁ってのがカワイいよね。ボクはやはりバラードよりは、ブリブリのR&Bの方が好き。タイトル曲よりカップリングの「BRAND NEW DAYS」のライブバージョンの方が好きだ。