メル友ヨーコさんからナイスな写真をメールでもらったんで掲載しちゃいます。

電車の中

●どんだけ辛いことがあったら、こんなことになるんだろう? そしてオンナノコに笑われちゃうなんて…。



今日もヒップホップの話。 NAS は謎。
NAS という N.Y. のラッパーがスゴいっつーのは何となく分かる。しかし、そのホントのスゴさはボクには理解するのは難しい。ボクは耳から音楽を聴くタイプなので、英語を理解できない段階でリリシストとしての彼の実力は全然わかんないのよね。だから、ずーっと評価を保留してたアーティストなんだなー。イイともワルいとも言えず。でも全部アルバムは持っている……。オマエ分かんないなら買うのも聴くのもヤメろよ!と自分ツッコミ。
でも最近、1996年前後の「微妙スクール」時代に起こったヒップホップ業界の体質変化を考えてる中で、NAS は、もしかして NAS だけが、その立場を変えずにサヴァイブしてる男なんじゃないか、そんで今だにヒップホップゲームの最前線を文字通りマイク一本で切り開いてるじゃないかと思いついた。スゴいよなーソレって。だから、今、まとめて全部聴く。


●NAS デビュー。


IllmaticIllmatic
(1994/04/21)
Nas

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「ILLMATIC」1994年
N.Y.はヒップホップ誕生の地であり、常にシーンを牽引する役目を担う宿命を負わされた街だ。オールドスクールの偉人たちも RUN DMCPUBLIC ENEMYKRS-ONE BOOGIE TOWN PRODUCTIONMARLEY MARL 率いる JUICE CREWBEASTIE BOYS 達までもがこの街から最新型のヒップホップを発信した。80年代が終わるまで N.Y. はヒップホップの首都だった。
●オールドスクールの時代、ミドルスクールの時代を経て、1989年に DE LA SOUL がデビュー。彼らのクルー「NATIVR TONGUE」A TRIBE CALLED QUEST、THE JUNGLE BROTHERS などなど)が中心になったニュースクール運動も。90年代初めに大きな輝きを放った。BRAND NUBIAN、LEADER OF THE NEW SCHOOL (BASTA RHYMES が所属してた)、DIGGIN' IN THE CRATES一派、そして GANGSTARR が登場した。
………。そんで、1994年。N.Y. は冷えていた。1993年に LA から発射された DR.DRE「THE CLONIC」 G-FUNK が、孤高であったはずの N.Y. をその高みから引きずり落とした。明らかにウエッサイの G-FUNK に時代は注目した。懐かしささえ漂うディスコファンクのマナーに則ったトラックに乗り、目を覆いたくなるようなゲットーの犯罪的日常と差別的発言を露悪的に喋りたてる西のチンピラが、全ての話題をかっさらっていった。おまけに1994年、あの SNOOP DOGGY DOGG がデビューする。
NAS の登場は、こうしたアゲインストな状況の環境での出来事だった。西のギャングスタに対抗するため、劣勢に立たされていた N.Y. の叡智の全てがココに結集している。トラックメイカーには GANGSTARR の生きた伝説 DJ PREMIER、CL SMOOTH と組んでいたDJ PETE ROCK、A TRIBE CALLED QUEST のフロントマン Q-TIP、そして MAIN SOURCE のビートメーカー LARGE PROFESSOR。デビュー前の若き NASMAIN SOURC「LIVE AT B.B.Q.」に客演してたのがラージ教授との縁とか。この曲もはや大クラシックですけど。EXEC.PROD には、3RD BASSMC SERCH が!(←裏ビースティ的存在の白人ラッパー。コイツらイケルよ)ちなみにNAS親父のトランペット奏者 OLU DARA さんも参加。
●トラックを埋め尽くす言葉の奔流と、ザラついた声の質感は、たしかに21歳とは思えない貫禄。洋盤で買ったボクには意味の分からない(リリックはライナーになし)ラップの内容は、今もって謎だ。しかし、この頃の N.Y. が目指していたドープなトラックの美学の結晶は確かにココに煌めいている。選び込まれたスネアとキックとサンプルで、百万回聴いても聴き飽きないループを組む美学。確かに地味。しかし良心的なマニアの耳は彼のサウンドに震撼したのだった。


「微妙スクール」下の NAS。


It Was WrittenIt Was Written
(1996/07/04)
Nas

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「IT WAS WRITTEN」1996年
●前回のジャケの子供が、立派な青年に成長しました。さて、時代は1996年。PUFF DADDYTHE NOTORIOUS B.I.G. の商売が世の中で注目を集める「微妙スクール」において、NASもトラックメイキングをメジャーに切り替える。TRACKMASTERS の登用だ。
POKE & TONE の二人組チーム TRACKMASTERS は N.Y. で90年代初頭からトラック制作業を営んでいた連中だが、PUFF DADDY にフックアップされたのがブレイクのキッカケ。THE NOTORIOUS B.I.G. のデビュー作や MARY J. BLIGE、L.L. COOL J を手がけ一気にメジャー街道を駆け上がる。彼らにとっても NAS との仕事は大きな成果となり、その後 WILL SMITH、NOREAGA、DESTENY'S CHILD、R.KELLY、JAY-Z などと組むトッププロデューサーになってしまうのだ。
●イントロ明けから、いきなり出てくるのが STING の大ネタ使い。その次の曲で EURYTHMICS の一節を拝借。まさにメジャー路線だ。N.Y. のマニアック純粋主義から離れたトラックに、辛い意見も出たが結果は大ヒット。NAS の商業的立場を確立する。最後の曲「IF I RULED THE WORLD (IMAGINE THAT)」LAURYN HILL のコーラスも交えてとってもポップ。
●他の布陣は前作からのつながりで DJ PREMIERが一曲。西から巨匠 DR.DRE も召喚。N.Y. の先輩格 MOBB DEEP HAVOC が2曲。DRE のトラックは煙たいし、HAVOC のトラックはハードだよ。
●このアルバムのライナーには英語のリリックが全文掲載されてたけど、とても読む気になれませーん。だって聴きながら目で追おうにも、ラップが早過ぎてドコ歌ってんだが分かんないほどなんだもん。メジャーで分かり易いトラックでありながら、フロウの乗せ方は複雑奇怪で文章とはリンクできない!凄まじいほどのラップ達者って事はもう十分分かった。
●メジャー路線が功を奏したか、セールス的には大ヒット。地味でストイックな1stが50万枚程度のヒットだったのに対し、今回は一気に300万も売れちゃった。


世紀末の NAS。2枚連続リリース。


I Am...I Am...
(1999/04/06)
Nas

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「I AM...」1999年
●顔面ジャケシリーズ第三弾にして、コレはねーんじゃねーの?的なツタンカーメン面。「オレは...」に続く言葉は、「ファラオで生まれながらの王である!」ってコトかしら。NAS、前作がバカ売れで多少図にのりました?
●制作陣は TRACKMASTERS 関連で4曲。その内の「HATE ME NOW feat. PUFF DADDY」が大ヒット。「憎いならオレを憎め!でもオレを止める事は出来ない!」周辺からヤツはセルアウトしたとの批判も集まったが、セレブに成り上がったコトに居直って、成り上がるに足る自分の実力を誇示する。あの社長さんと一緒にね。そして「WE WILL SURVIVE」BIGGIE と 2PAC に捧げたこの曲の中で、その後にのし上がったラッパーへチクリと皮肉を込めた。つまりは JAY-Z のコトですが。BIGGIE 亡き後誰が N.Y. を仕切るか的な意地の張り合い?コレが火種になって2005年まで二人の間でビーフが繰り広げられるコトになる。
TIMBALAND AALIYAH を連れて参戦してくれた。フューチャリスティックな彼のトラックに、AALIYAH のクールなコーラスは似合ってる。客演は他にメジャーデビューしたばかりの狂犬 DMX、南部の大将 SCARFACE。DJ PREMIER は2曲提供。「NAS IS LIKE」の曲最後の極上スクラッチを堪能せよ。
●あと、L.E.S.ってプロデューサーが5曲も関わってるんだよね。彼一枚目からちょっとづつ参加してるヤツで、実は NAS の近しい友達なのかな…?徐々に彼の仕事の比重が大きくなってく。そんで出来も悪くないんですよ。


NastradamusNastradamus
(1999/11/25)
Nas

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「NASTRADAMUS」1999年
NAS はこの年2枚アルバム出すのよ。世紀末だからか? しかもナストラダムスだって!もうこの年で有効期限が切れるあの予言者をモジリました。顔面ジャケシリーズも隠者風のフードを深くかぶって予言者っぽく。どこまでマジなんですか?笑って欲しいんですか?ツッコンで欲しいんですか?
●制作の中心は、前述の L.E.S.。5曲提供。相変わらずどなた様か不明だが、常に NAS の背後にこの男の影がある。この頃から色んなトコロの仕事も受けるようになったみたいで、N.O.R.E.、BIG PUNISHER、FLIPMODE SQUAD とかを手がけているそうな。キャッチーながら下世話にならない彼のセンスは NAS には大切かも。JAMES BROWN、FRED WESLEY、OHIO PLAYER、THE STYLISTICS などからサンプルしてくる。TOTO「AFRICA」使いはビックリしたけど!ナストラダムスの大予言は、このTOTO「NEW WORLD」で、やっぱ地球は滅びないんじゃン的なオチ。
●でも NAS は明らかにどんどん聴き易くなってる。RON ISLEY の朗々としたボーカルをフィーチャーしたり、TIMBALAND に一番弟子シンガー GINUWINE を連れてきてもらったり、実弟がメンバーにいる BRAVEHEARTS を使ってみたり。DJ PREMIER も切れのイイトラックを提供。MOBB DEEP もハードに決めてくれた。そして、DAME GREASE というビートメーカーが四曲制作。彼は DMX 付きのプロデューサーだってさ。


JAY-Z とのビーフが加熱しまくる。


StillmaticStillmatic
(2001/12/19)
Nas

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「STILLMATIC」2001年
顔面ジャケ路線、やっとヤメてくれたね。安心したよ。世紀を跨いでもまだイルまくってるらしいね、NAS くん。うーんでも正直このアルバムは制作陣がバラバラで音の統一性がないもんだから焦点がぼやけてピンと来ない。それなりの水準は満たすけど。
●久しぶりの LARGE PRFESSOR、最後のトラック提供になる DJ PREMIER、旧知の参謀 L.E.S.、PUFF DADDY んトコのトラック工房 THE HITMEN もクレジットに見える。TRACKMASTERS は、TEARS FOR FEARS「EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD」の大ネタ使いで激キャッチー。コーラスを無名だった AMERIE に取らせてる。あとは無名さんでわかんない。
●ポイントは、NAS 自身が俺プロデュースを始めた事。ワリとシンプルで渋いです。THE HITMEN と共作した「ONE MIC」が聴きドコロ。あともう一曲くらいやってる。
そしてもう一点は SALAAM REMI と仕事を始めた事。この男はヒップホップの枠を超えて音楽をクリエイトするジャンル越境型のプロデューサーで、コレ以降の NAS の重要な参謀の一人になる。SALAAM はレゲエもやれれば UKガラージもやるし、THE FUGEES「THE SCORE」にも AMY WINEHOUSE にも関わってるからね。彼の制作曲「WHAT GOES AROUND」は全部 SALAAM REMI の手弾き。ドラム、ベース、ギター、フェンダーローズまで全部こなす。カッコいいッス。


さてこのアルバムで JAY-Z とのビーフ合戦はよりヒートする。
●…らしいけど、ナニ言ってるか分かんないから内容はよく分からん。コレに関する WIKIPEDIA 英語版を一生懸命読んでコトの次第を追ってみる。くれぐれも英語ダメだから、誤読誤解はご勘弁!そこんとこヨロシク。

コトの始めは、BIGGIE こと THE NOTORIOUS B.I.G. が東西抗争の果てに殺されちゃったこと。
●1997年、N.Y.において絶対のカリスマを放っていた BIGGIE が射殺された後、その後継者の跡に誰が座るのか、ってのが諍いの始まり。JAY-Z は早速この年に自曲の中で「誰が最高のMCか?ビギー、ジェイ、またはナズ?」とか言って一応先輩格(でも年齢は下)の NAS をちっとは立てていた。でもその一方で空位となった N.Y. の帝王の座には意欲満々で、BIGGIE の未発表音源を使ってコラボ曲を発表するなど、露骨にこの街の頂点を狙ってた。だってこのコラボ曲のタイトル「THE CITY IS MINE」だもん。
●一方 NAS はセールスでは歯が立たないけど実力では間違いない立場。1999年「I AM...」(ファラオ顔)の中で、東西抗争の死者2人のラッパーに捧ぐ形で、ヤンワリと JAY-Z を皮肉る。「キミの名前を虚しく使って、自分が N.Y. のキングだと連中が喚いてるよ…」的な感じに。BIGGIE の遺産で王座をせしめる JAY-Z にチクリと一刺ししたわけよ。
●コレに対し JAY-Z の配下 MEMPHIS BLEEK が NAS に噛み付くなど。代理抗争てす。そして正面激突するのがこの「STILLMATIC」の頃というわけだ。


2001年、JAY-Z「THE BLUEPRINT」の攻撃。

The BlueprintThe Blueprint
(2001/09/11)
Jay-Z

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「STILLMANIC」に先行してリリースされた JAY-Z のこのアルバムからカットされたシングル「TAKE OVER」にこんなリリックがあるそうな。あくまでザックリ雰囲気だけの意訳ね。「オマエ、脳ミソ使えよ! 10年業界でやってるっつーけど、オレは5年でココまで来たぜ。誰かナズを賢くしてやれ!10年かけてアルバム4枚かオマエよ?オレは最高のモンをサバイて来たぜ、2倍のペースで。ソレが当然。最高ってのは「ILLMATIC」のコト、でも10年でそれ一発だけだろ。このウスノロ!オマエのフロウも変えちまえ!オマエのラップはゴミ!知恵つけろ!」
●あげく、NAS の元彼女(娘も生んでる女性)と寝ちゃったヨン♥的なほのめかしてる。大人げないねー!(NAS は対抗してこの元彼女の娘 DESTINY ちゃんを EXEC.PROD にクレジットしてる)ココまでコテンパンじゃ NAS のキャリアもオシマイね的な評価まで出て来て、かなりピンチな状況に陥る。

「STILLMATIC」の「ETHER」という曲でNAS は猛反撃。
「昔のジェイは、オレに憧れてた若造だったのに……でもヤツは女性蔑視主義者。ビギーのリリックをかすめ取って彼の遺産を私利私欲に使ってる。そんなやり方でカッコつけてアーティスト気取りだぜ。2PAC のボーカルサンプルで『ファック JAY-Z ファック JAY-Z』……大まかには多分こんなことを言ってる、そしてオレこそが真の BIGGIE の後継者だと宣言するのだ。
●一方この後も、ラジオ番組のフリースタイルや雑誌のインタビューの至る所で JAY-Z NAS 批判を繰り返す。なぜか JAY-Z のお母さんが「アンタ、キチンとナズ君とご家族に謝んなさい!」と表明する珍事も。さらに JAY-Z のレーベルメイトである CAM'RON が傲然と叛旗を翻して NAS 擁護にまわり、自分の一派 DIPSET を率いて JAY-Z 批判を始める始末。
JAY-Z は凝りもせず次作「THE BLUEPRINT 2 - THE GIFT & THE CURSE」でもディスを展開する。「オレはヤツより稼いでるが、商業主義だ物質主義だと批判される筋合いはない。ヤツだって十分商業主義や物質主義、女性蔑視のことを別の曲でラップしてる偽善者だ。今度はオレの母ちゃんオマエを守っちゃくれないぜ…」


泥沼化するビーフ合戦、そして21世紀型サウンド新機軸。これからも NAS から目が離せない。でも、その後の3枚分のアルバムについては後日にて。今日は一旦ココでブレイク。