今日のボクのランチ。

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●ワイフ手作りの愛妻弁当は、カワイいトラさんマークのオニギリだった…。オマケにリンゴもちゃんとウサギさんの形に切ってあった…。いや、別にイイんだけど…それなりにオモシロいし…。



今日はちと真面目なハナシを。


会社内ニートとして、通勤訓練の名の下、無限のヒマを持て余しているボクが今日した事。

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じゃーん!立派な企画プランをキレイにまとめました!
●アタマを集中させてアイディアを依り固め、他の人にも伝わるようなアウトプットに仕上げる作業。こういうコトをすると、たちまち神経がバーストして気分が悪くなってしまうのが、病気を患ってからのボクの傾向でした。ムカシは、プロジェクトプランのコンセプトワークとか大好きで、PCの前に何時間でも座って夢中で企画書作ってても全然平気だったのに、病気になって出来なくなってたのです。
●それが、昨日今日の4時間ばかりで比較的カチッとしたプレゼンテーションをまとめることが出来たので、とてもウレシい!「あれー、ボクって結構仕事力復活してるのかもじゃーん?!」フフンフン!たまたま通りかかった診療所の保健師カイリさん(仮名)に、意味わかるはずもないのにワザワザ見せちゃって「やー、意外とボク現場戻れちゃうかもですよー」とか調子のイイ事を言った。


で、なんの企画書書いたんだ?ってハナシ。
しばらくお休みしてた「下北沢再開発問題」に関する事です。


●一昨日のこと。会社にシッカリ通勤するとなったら定期券でも買うか?と思って駅のパンフレットコーナーで「PASMO 定期」の資料を探してたら、こんなモノが見つかった。

シモキタザワアイデア募集表紙

「あなたのアイデア募集!
 小田急線(代々木上原駅~梅が丘駅間)連続立体交差事業および複々線化事業に伴う鉄道地下化の
 『鉄道跡地を利用した公共施設計画のアイデア募集』
 小田急線が地下化された後の跡地を利用した
 公共施設の計画について皆様のアイデアを募集いたします。 主催 世田谷区」


●おおお。コレはボクが常々心配している「補助54号線」問題(詳しくは過去の「下北沢再開発問題」のカテゴリー記事を見てね。理不尽な都市計画でシモキタザワの商店街が破壊されるシロモノなのです)について一言物申すイイ機会ではないか、しかも締め切りはちょうど今週月末金曜日(今日)が締め切り、早速会社でアイディア考えて、提案を考えて見よう!

と思ったら。

●この応募用紙には、地下化される線路跡地に対する「上部利用計画(区案たたき台)」なるものがビッチリ描き込まれてて、一般市民であるトコロのボクらがアイディアを提供できるバショなどまるっきり限定的なのだ!
「鉄道事業者施設(駅舎等)および都市計画決定している都市計画施設、ならびに関係機関と協議し位置、規模などを定めている駅前広場についてはアイデア募集の対象外となります。」特に一番の議論の争点である「下北沢駅前広場&補助54号線」に至っては、応募用紙の中では思い切りアミカケ扱いの対象外エリアで、もはや自由な意見表明などは出来ない仕掛けになってる。イヤラシいねー。

シモキタザワアイデア募集応募用紙原紙部分

これが応募用紙(部分)。アミカケ部分や濃い建物は「アイデア募集の対象外」青い線で囲まれたエリアのみに提案が許されている。反対運動の焦点である「下北沢駅前広場&補助54号線」に言及はできない。


●その他、応募要項を眺めてると、抗議運動や反対団体をうまくあしらおうという意図が透けて見える。

「応募資格:区内在住または在勤・在学の方(グループの場合は、メンバーの代表が区内在住または在勤・在学である場合に限ります」
反対運動は、もはや区外にまで支援者が広がっている状況を見越して、このような枠を定めてくる事がイヤラシい。

「注意事項:応募用紙以外での応募は無効となります。個人またはグループにつき応募用紙一枚となります……」
●この辺も、イヤラシい。この都市計画に関しては行政訴訟にまで発展しているので、反対団体の意見はA3版用紙ウラオモテにはおさまり切らないほど膨れ上がってる。、それを物理的に制約しているわけですな。グループで一枚というのも、意見を絞り込み、反対意見を排除する仕掛けに見える。

●とまあ、そんなコトで、胡散臭い事甚だしいこの「アイデア募集」なのだけれども、かといってふてくされて黙ったまま見過ごせないのがボクの性格なのだ。思う事はとにかく一回はぶちまけとく!「アイデア募集の対象外」だろうがなんだろうが、言うだけのことは言う!別にボクの意見が採用されるだなんて思ってないが、ナニもしないで後になって「こんなバカげたことになって」とブーブー文句をタレるのが一番見苦しい。その仕掛けが失敗しようと、仕掛けなかったヤツに仕掛けたヤツを笑う資格はないのだ!

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…で、本日、北沢タウンホールの6階にある「街つくり課」に、応募書類を届けたのでした。
●受付カウンターでは、女性職員の方が何枚かの応募用紙を整理してた。カウンターには細かい書き込みがなされた応募書類がたくさん。ワザワザPCで印字したモノもあった。他の書類を見た感じ、ボクの字が一番キタナい…。「ボクもアイデアを持ってきました」と申し出たら、笑顔で受け取ってくれた。以前は最初ツッケンドンな対応をされてムカッとしたこともあったけど。
●ボク「どうですか、たくさん集まってますか?」女性職員「締め切り直前になって、わっと集まった感じですね」100枚とか?「いえいえ、そこまではいきませんけど」
●……アイデア募集の受付カウンターは、世田谷区役所本庁とこの北沢タウンホール。東急世田谷線沿線と超へんぴな場所にある区役所本庁に、シモキタ問題の書類を持ってくヤツはレアのような気がするから、郵送分を含めたとしてもそんなにアイデア応募は多くないみたいだな…。
●後述するが、この再開発問題はマジでこのシモキタザワ地区の商業的発達やシモキタザワ文化の振興にホントに大きな影響を及ぼす。コレを住民が正しく理解できてないのか、あまりに無関心すぎるのが、ボクにはホントに心配だ。

あ、ちなみにボクの提案自体はそんなにオモシロいモノでもないので、ことさら内容にはふれません。
●基本的に、歩行者/自転車中心の遊歩道で世田谷代田~下北沢~東北沢を連結して、ノマドヒヨコたちが自動車の心配をせずに近所を往来出来る場所に使って欲しいというのが一番。道が狭い世田谷区は住民道路が変な自動車の抜け道になったりして、奇妙な場所に交通量が集中したりする。ソコをさけてノマドたちが自転車で移動出来る道が欲しい。極端なハナシ、シモキタザワ商業エリアに自動車は入って欲しくない。


ここで集められた意見は、再来年にカタチになる。
●これらのアイデアは、「小田急線上部利用区民意見検討委員会」とかいう人たちにモマレ、来年度末に区としての案を策定。その後、東京都&小田急と協議して再来年平成22年に計画が決定する。工事のペースで言うと、平成22年度あたりには一旦電車は全て地下に入り、全ての鉄道工事が完成するのは平成25年である。たしか小田急の広報紙にそう書いてあったような…。でも「補助58号線」の用地接収はハンパない時間がかかると思う。その間、この街は無秩序に八つ裂きだ…。



突然ですが、オハナシは大幅に遡って…、8月31日。「シモキタヴォイス08」というイベントが行われていた。

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●この日ボクは、TBS関係の仕事をしてる女友達とランチをして、夕方彼女を駅に見送った後、たらたら街の中を家に向かって歩いているトコロだった。
●そしたら、雑居ビル3階に「アレイホール」というイベントスペースに出くわした(ソレまでは存在も知らなかった)。そんで、たまたまそこで「下北沢再開発問題」に関するイベント「シモキタヴォイス08」なるイベントが、目下行われていたのである。うむ、興味津々。


●でもオチを言っちゃうと、「再開発問題」に関するシンポジウムは3日間にわたる日程の中で既に全部終っちゃってて、最終日はアーティストのライブパフォーマンスだけ。しかも、残す演目は「シモキタザワの吟遊詩人」曽我部恵一さんの弾き語りだけだった。でも「曽我部恵一を目の前で聴けるなんてソレだけでも十分かも」ボクはそう思い始めてた。
曽我部恵一さんは、90年代渋谷系カルチャーの中で大活躍したバンド SUNNY DAY SERVICE のフロントマンで、バンド解散後はソロとして活動、ここシモキタザワを拠点として独自のレーベルから音源を発信し続けている。共同経営としてレコード屋を兼ねたカフェ「CITY COUNTRY CITY」をこの街に出しており、この街の音楽文化の顔役になっている。………しかーし、その曽我部さんが、大幅に遅刻して現れない!そんで、イベント実施スタッフのオジさんがやきもきして、このイベント会場の入り口に突っ立っていたのである。


スタッフのオジさんから「再開発問題」に対する反対運動についてオハナシを聴く。
●この明らかにボランティアであろうオジさんは、イベントの主旨や曽我部さんの件を、立ち話でボクに饒舌に説明してくれたので、この調子に乗って「再開発問題」に対する反対運動が一体どんな風になってるか、細かく教えてもらうこととした。

●あのー、この問題に対してなんか沢山の団体が別個でイロイロなコトしてますよね。それぞれが一体どんなコトしてるんですか?
●オジさん「このイベントは『下北沢商業者協議会』というのが主催してるんです。下北沢には様々な商店街組織があるんだけど、この『協議会』は、商店街の枠組みを越えてこの地域全体の400ほどのお店が加盟する団体なんです。で、この『協議会』は基本的に今回の計画には真っ向から反対してまして、収用予定の土地にあるお店も、一つも賛成してない状況なんです」
●でも、区は商店街幹部には了解を得た上での計画だって言ってますよね?
「アレは、商店街のホンの一握りの人たちに対して聞き取りをしただけで、商店街全体の総意とは言えません!」
●あと、「SAVE THE 下北沢」とか「まもれシモキタ!行政訴訟の会」と言った団体の名前をよく聞きますが?
「まあ、団体はその他『市民フォーラム』とか色々なものがあるんですけど、主だったメンバーは結構カブッテルんですよ。だから、ガッチリとした連携というよりは、掛け持ちしてる人たちのつながりで緩やかに連帯しているというか…。『行政訴訟の会』は文字通り都市計画自体の差止めを求める行政裁判を起こしてますし、各団体それぞれが得意なアプローチで運動してます。『市民フォーラム』さんはワークショップで独自のプランを考え、区に持っていったみたいですけど、結局無視されちゃったとかナントカ…。ウチ(『協議会』)はこうした啓発イベントを去年から行ってますね」ふーん。


そもそもこの「下北沢再開発」ってなんだっけ?という人の為に、おさらいを。

シモキタザワアイデア募集区案たたき台

これは、「アイデア募集!」用紙に書かれていた「区案たたき台」(部分)です。
●ドコにも繋がらない「補助54号線」という道路が街の真ん中を打ち抜いているのがおわかりでしょうか。もうコレは、小田急線地下化の線路跡地とは全然関係ないバショです。「一体ナニコレ?」ってハナシです。この道路のために、沢山のお店が潰され、シモキタザワ北側の商店群を分断します。なんでこんなモン作るの?巨額なカネを使って?しかも話題の「道路特定財源」だよ?


ここから先は、このイベントで配布された資料に基づいて、この「再開発計画」を解説します。

「補助58号線」計画は、昭和21年に発案されたもんです。チョー古い!
戦災復興計画の一部として作成され、昭和25年に幅15メートルの道路として計画されました。いわば戦争の遺物ですわ。昭和41年には、小田急線を跨ぐ幅26メートルの陸橋(オーバーパス)に改案されました。……しかし、その後誰もがこんな計画の事は忘れ、シモキタザワは高度成長期~80年代を経て、ユニークな商店街&文化発信都市となったのです。
●ボクだって、現在住んでるマンションを購入する時には、不動産業者から「こんな道路計画あるんですけど、まず動く事ありませんから」って説明されてたくらいですわ。

しかし、小田急線の立体交差化(地下化)事業が始まってから事態は変わりました。
●この戦後の亡霊のような計画が、イビツな形で復活したのです。「道路特定財源」って、文字通り「道路に特定して使うお金」でしょ。でも小田急線って「鉄道」だよね?「道路」じゃないよね?そこの矛盾をクリアにするために、道路を抱き合わせに作るコトが必要になったのです。
●確かに踏切は沢山なくなって、利便性は上がる。踏切をある条件で撤廃すると「連続立体交差事業」という肩書きがつくんですって。「踏切を道路に作り替える」という意味で「道路特定財源」を導入する言い訳はこれで成立します。でも、それにしたって「補助54号線」ってデカ過ぎでしょ?

デカイ道を作る訳には、もう一つの狙いがある。街の高層化です。
「補助54号線」は車道歩道コミで26メートルもあるブッ太い道路です。ソレに伴い作られる駅前広場も異常に広いです(「区案たたき台」でいうところの紺色エリア)。コレは、太くないと困る事情があるからです。
●建設基準法では、敷地が隣接する道路の幅によって建築規制が緩和されます。つまり、道が太いと、高いビルが建てられるようになる、という仕組みです。26メートルの「補助58号線」に隣接したエリアでは、なんと高さ60メートル、17階立てのビルが建てられるようになります。区が強引にこの道を造る裏の意図は、下北沢に高層建築物を誘導したいというモノなのです。三軒茶屋にあるキャロットタワーみたいのが作りたいのか? 昨今値崩れ著しい都会風のタワーマンションでも建てたいのか? しかしそんなモン、住民の誰が望んでいるでしょうか?


ここからは、様々な関係者さんからのオハナシです。
●シモキタザワの特殊な文化風土は、比較的小規模(&入居料が低い)なテナントを基盤に、アイディアを持つ若い人たちが次々と出店していくことで、熟成されました。決して簡単ではない小規模店舗経営で、挫折や早期撤収は日常茶飯事です。しかし、その入れ替わりのスピードがシモキタザワを流行の最先端に立たせているのです。都心にある訳でもない一介の商店街が特殊な進化を遂げたのは、若者のフロンティア精神とそれを迎え入れる地主/大家/テナントオーナーの存在です。

しかし、例えば大型資本の高層建築施設が出来るとする。
●そこには大手資本の商業施設がどっと入って来る。そうなるとベンチャー色強い小規模店舗は太刀打ちが出来ません。一方でテナントの賃料が上昇するという圧力も加わります。長持ちしない若者の店より、大手フランチャイズを高いテナント料で入れた方がオーナーはウレシいでしょう。実際、この計画が明らかになってからテナント料値上げをほのめかすオーナーさんがたちどころに増えたと聞きます。シモキタザワ的個性あふれる店舗は淘汰され姿を消し、独自の若者文化を発信していた機能は失われます。シモキタザワはただの街になるわけです。でも区から見ると、大手資本の誘導で税収は上がるのでマコトに結構なハナシ、胡散臭い若者の店に退場いただくのは歓迎ってワケ。

ボク自身の利害にも関係するんですよ、ぶっちゃけたハナシ!
●この「補助54号線」今後東西方向に延伸していく計画です。事業認可は正式に下りていませんが、買収予定地は大まかに分かっています。こんな太い道路がドンドン伸びたら、どんどん高層住宅が出来て、需給バランスが崩れマンション価値の下落が生じます。ハッキリ言ってマンションの少ないこのエリアは、不動産価値が不安定な昨今においても値崩れはしてません。しかし、今後はワカラナイ…。この再開発に乗じて、様々な土地が売買され集合住宅や店舗ビルが建てられ始めてます。
●おまけに、延伸「補助54号線」は我が家とノマドの小学校の間を通ります。自動車の少ない環境が安心だったのに、太さ26メートルの大道路が出来る…。交通安全は?騒音は?排ガスは?ウチのノマドはぜんそく持ちだぞ?



●…とまあ、そんなハナシで「協議会」のオジさんと激論を交わしてたら、その脇に立ってた小さなオンナノコ(ウチのヒヨコと同じくらい)が、「アタシ、ソカベさんと一緒におウタうたうの!」と声をかけてきた。ん?アナタがおウタをうたうの?「うーんと、フエをふくの!」へえ、そうなんだ!スゴいねえ。ソカベさん好きなんだ?「うん、スキ!」多分このような子供が未来のシモキタザワのアイデンティティを形成していくのだろう。さてさて、曽我部恵一さんもギターを抱えてやっと会場に到着。なにやら北海道?から直接この会場に来たみたい。
曽我部恵一ギター一本弾き語りライブは、甘くシットリとして、とてもハートフルな内容だった。40歳も近いであろうこの人が、未だにセイシュンのキラメキや若者の情熱に強い信頼を抱いている極上のロマンチストであること。それがハッキリと伝わる歌唱だった。
●ちなみに、小さなオンナノコはソカベさんと同じステージに立ち、曲に合わせてシャボン玉をフーッと吹いていた。フエじゃなかったね、確かに似てるけどね。狭い会場にフワフワ浮かぶシャボン玉は、実にロマンチックな演出だった。いいライブだった。


●最後に、会場で売ってた荒木経惟 a.k.a. アラーキーのシモキタザワ写真ポストカードを買った。このイベントのための撮り下ろしらしい。シリーズのタイトルは「ライカで下北沢」。それをお見せして、この文章を終らせます。

アラーキーシモキタザワ

(下北沢駅前市場。オンボロでムカシの写真かと思うでしょ。でも今現在の姿なのよ。コレがシモキタザワなのよ。この伝統ある市場も今回の計画では完膚なきまでに破壊され消滅する。)

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今週、世間はハロウィンだったのよね。

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●ボク個人にはナニも関係なく過ぎ去った出来事ですが、コドモたちには一大イベント。代々木上原地区を中心にお出迎えしてくれるオウチを、ヒヨコの幼稚園友達&ノマドが、思い切りの仮装に身を固め、巡り歩いたのであります。


今年のノマドヒヨコは、トランスフォーマー&ポニョ。

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ヒヨコの「ポニョ」コスプレは、ワイフのフルスクラッチ。ゼロから作り上げました。
●本人希望で「サカナポニョ」ではなく(ましてやカエルのような「半魚人ポニョ」でもなく)カワイい「ニンゲンポニョ」が希望とのこと、しかしそれじゃタダのオンナノコじゃんと思いつつも、ワイフはそれなりに仕上げました。茶髪のもっさりボブもウィッグで決めてて、写真じゃ目立たないけど、ジブリのヒロインがみんな穿いてるあの「ちょうちんブルマ」的パンツを、より誇張して制作、ワンピースの膨らみ、そして主題歌に登場する「まんまるオナカ」を再現したのでありました。

ノマドは、ハワイで購入した「トランスフォーマー」の「コンボイ司令」つなぎ&お面。
●基本的に、カッコいいから本人は気に入ってたけど、「トランスフォーマー」自体はアニメを見てるわけでもなく、親近感はなかった。ので、製作総指揮/スティーヴン・スピルバーグ、監督/マイケル・ベイ、制作/ドリームワークスのCGテンコモリ映画「トランスフォーマー」を見せた。

トランスフォーマー スペシャル・コレクターズ・エディショントランスフォーマー スペシャル・コレクターズ・エディション
(2008/07/04)
シャイア・ラブーフミーガン・フォックス

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「トランスフォーマー」と言えば、トレーラーや乗用車など子供に身近な乗り物がロボットに変形して活躍するオモチャシリーズ。もともとは、日本のタカラ(現タカラトミー)がアメリカのメーカーと提携しながら作ってたモノだ。それがスピルバーグ映画として逆輸入されてくるってのがオモシロい。
●変形ロボットとして、ゼータガンダムダブルゼータにハマりまくってたノマドなので、コレも気に入るだろうと思ったら、凄まじいCG処理で変形ギミックが複雑過ぎてついていけない…。大体アニメのイメージからかけ離れたゴテゴテしいサイバーメカッぷりに、親子共々少々ヒイてしまった…。こんなにコワい顔なんだよ(下の写真見て下さい)。ヒヨコひたすら怖がってたよ。

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自律神経失調症とのお付合い(その75)~「カプセルでアシッドテスト体験」編
●先日27日、海より深く落ち込んだワタクシでしたが、翌日の朝は意外にも深い熟睡感と爽快な目覚めを味わい、なんか憑き物が落ちたような開放感にカラダが軽くなったような気がした。何度も何度も確実に落ち込むが、回復のスピードは早くなっているみたい。
●実際、後輩の結婚式に合わせて職場復帰すれば、ボクの病気は必ず再発しまた寝込むハメになるのは間違いないと、自分でも薄々わかってた。復帰を間に合わせたい、でも復帰すればカラダは潰れる、その葛藤にテンパってたのは事実。医者の手によって強制的に結婚式を諦めさせられた時点で、ボクは「果たせなかった約束」を増やしたコトで落ち込んだが、自覚してた葛藤から解放されたのは事実だったのだ。「まだのほほんとノンビリしててイイんだ…」肩の荷がドサッと落ちた気分だ。

昨日、看護師「のび太くんのママ」さんとその件でディスカッション。
●月曜日、横浜の病院で関係者(院長先生、担当カウンセラーチーさん、デイケアスタッフのソコさん)と話し合った内容を報告。……カタチとして報告だったけど、「のび太くんのママさん」と横浜の病院で情報共有がなされてて、別にボクがハナシをしなくてもコトは伝わってた……チーさん、カウンセリングの内容は秘密にすると言ってたクセして会社に筒抜けじゃねえか……しかし「のび太くんのママ」曰く、ボク自身が理解して客観的に説明出来るコトが大事らしい。
「とにかく、結婚式の件は本人に詫びてケジメつけましたんで、キレイさっぱり忘れてリハビリに専念します」コレをボクに言わせるのが「のび太くんのママ」さんにとってはキモなんだろうと思って、何回も言ってるのに、ボクがホントに納得してるのを疑ってるのかディスカッションは一時間にも及んだ。ハナシ長過ぎるよ…。ボクの脳ミソは、無限に続く「のび太くんのママ」さんのトークから離れ、彼女の胸についているメガネ型のブローチを眺めてた…。この人のかけてる丸メガネが仮名「のび太くんのママ」の由来なのに、ブローチまでメガネなんだ……この人、どこまでメガネ好きなんだ…?
「癒しの小部屋」をシェアするルームメイトくんも心配してくれた。「よくもまあそんだけ話題がありましたねえ」マジで疲れた…午後は貧血っぽくなってグッタリしてた。


本日。「のび太くんのママ」さんが新兵器を見せてくれた。リラクゼーションカプセルだ。
●診療所の奥深くにある大げさなカプセル。「リラクゼーションカプセル」といって、中に横たわりカプセルを密閉すると、蒸気サウナ&ベッドからの振動マッサージでカラダの緊張をほぐしてくれるらしい。顔のすぐ横には通風口があって、アロマな香りが漂って来る。カプセルを閉めると顔の目の前に来るパネルにはCDプレイヤー的なモノも設置されており、アルファ波が出るというチルアウトミュージックをヘッドホンで聴く仕掛けになってる。

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(白いマクラにアタマをのせ、緑のマットに身を横たえる。アタマ以外はカプセルに封じ込められ、マクラの両脇にある黒い通風口からアロマが漂って来る)

●なにやら「コース」が一杯あって、「美容」「健康」「減量」「熟睡」など目的に応じた稼働のパターンがあるという。「減量」コースともなるとサウナの温度は70度を越え、専用のウエアに着替えないと汗だくになってしまう。ボクがすすめられたのは「官能回春」……。「のび太くんのママ」さんにソコまで心配されてるのか、と一瞬ゲンナリしたが、私服のママで出来る適温(42度)と、全身マッサージが心地よいとみんなから評判らしいのだ。

で、一番笑ったのがコレ。

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「なんすか、コレ!ムカシの吉川晃司ですか?」いくら80年代リバイバルでもコレをかけこなすのはかなりの難易度だ。そんなデザインのこのメガネ、実は目の前に赤いLEDライトがついててパカパカ点滅してる。うーむ、どんな感じなんだろう?

このテのヘンテコな物件を見せられて、挑戦しないではいられないのがボクの性分である。
●会社を出る14時に診療所に寄って、早速「あのカプセル、挑戦してみてイイですか」とナースさんにお願い。ほとんどが女性だけしか使ってないらしく、ボクも今回初めて存在を知ったが、実は3年前からこの診療所の片隅にこのカプセルは鎮座してたらしい。…こんなモンに金出すって、ある意味ウチの会社には、役所がよくやる「予算余ったから買っちゃお!的マッサージチェア」のようなムダ出費体質があるんではないだろうか?なんか心配になってきた。
●カプセルに入り、ヘッドホンと吉川晃司メガネを装着。「音量はいかがですか?」ぬる~いアンビエント系チルアウトミュージックが聴こえて来る。「じゃあスイッチ押しますね。時間は25分、徐々に暖かくなってきますよ」とナースさん。マットがブブブブブ~と振動を始めた。カプセルの中はたちまちいい湯加減くらいの温度まで上昇、ほんのり汗ばむ程度。
吉川晃司メガネはホントにピカピカで目を開けてられない。イヤ、まぶたの上から光線が透けて赤青緑の三原色に分解し、大きな星が激しく瞬くように見える。60年代アメリカのビートニク作家ケン・キージーがやった「アシッドテスト」ってこんなんじゃなかったのかな?なんて考える。LSD を一舐めして GRATEFUL DEAD 聴いたら、このカプセルはこのまま大気圏を突破して、幻覚のギャラクシーまですっ飛んでいくだろう。ワリと気持ちイイ。コレ常連さんになっちゃおうかな。

●とまあ、こんな感じでボクは再びノンキに半ニート生活の冒険を漂う事となった。今日は同期に昼メシをおごってもらったりして、イイ感じ。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


「リラクゼーションカプセル」で聴いてみたい音源を考えてみた。
●なまぬるーいアルファ波ミュージックは実にへボくて残念だった。多少ハラに響くビートがあって、そんでそのビートの重低音がマットのバイブにシンクロしちゃったりすると、よりトリッピーになるのではないだろうか?そんでふさわしい音源をボクなりに選んでみたのがコレ。

Fahrenheit Fair EnoughFahrenheit Fair Enough
(2001/09/18)
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Map of What Is EffortlessMap of What Is Effortless
(2004/01/27)
Telefon Tel Aviv

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TELEFON TEL AVIV「FAHRENHEIT FAIR ENOUGH」2001年
TELEFON TEL AVIV「MAP OF WHAT IS EFFORTLESS」2004年
「テレフォン・テル・アヴィヴ」って名前、意味不明だけどゴロがイイし謎めいててイイよね。テル・アヴィヴは地中海に面したイスラエル最大の都市で(首都エルサレムは宗教都市で最前線)、その都市圏には人口の三分の一が集中してる。リゾート地としても有名で独自のクラブシーンを備えた街らしい。そこになんで電話するんだか、全然意味わかんない。そしてコイツらの音楽も意味わかんない。
●ニューオリンズ出身だけど、基本はシカゴをベースにしてる2人組で、ポストロックを生んだこの街のアヴァンギャルドな気分を思い切り吸い込んでるエレクトロニカユニット。ゆったりと響く電子音の暗い海の底に、クリックノイズが光る深海魚のようにキラリキラリと姿を見せる。ビートはあってもグルーヴはない。ガラスの破片が散らばってそこかしこでパリッと音を立てて砕ける。メロディはあっても感情はない。見るうちから忘れてしまう夢のように消えていく。コレを聴きながら吉川晃司メガネのパカパカ光線を浴びてみたい。


自律神経失調症とのお付合い(その74)~「また復帰は遠のき、年内復帰はナシ!」編
「11月、12月と復帰のスケジュールを見積もってたけど、ちょっと一旦白紙に戻しましょう。そっちの方が楽でしょう」横浜の精神病院の院長診察。………とどのつまり「年内の復帰はネエよ!」というコトだ……。

●うんなあああああ。あー、この気分、もう言い表すコトが出来ない。「焦らずに、もう少し時間を見ましょう」もう何度も何度もこの言葉を聞いてきた。もう何度も何度もニガい思いをしてきた。イイ加減慣れてもイイくらい味あわされてきたこのニガミ、どうしても慣れる事ができない。今日はカラダがズタ袋のように重い。
●10月、ドタバタと始まった会社での通勤訓練、最初は会社側さえ対応がとれないほど急にスタートして、マトモに稼働した第一週の最後に、コッ酷い風邪を引いた。その次の週は声が完全に出なくなり、会社に出たのはたった一日。「この風邪は自律神経失調症とは関係ない」と、呼吸器科のセンセイも心療内科のセンセイも精神病院のセンセイも全員が言ってくれたが、コレがタダの気休めだとワカラナイほどボクはバカじゃない。通勤訓練の開始で生活テンポの激変したので、体調や体力にも大きな負担がかかってるのは間違いない。
反対に「さあ休みは終わりだ、11月1日からとっとと働け」と言われてボクは働けたか?無理だ。カラダが完全についていけてない…。だから今日の診断には、もはやグウの音も出ない。自分でも年内は無理だと感じていたのを、口に出してもらっただけなのだから…。コレからもっと寒くなる、インフルエンザも流行る、持病のぜんそくだって怪しいモンだ。復職が順調に進むはずがない。


11月末、会社の後輩の結婚式に招かれていた。
●7月から手紙や電話で「是非出席してもらいたい」と連絡をもらってた。社会人一年目からずっと面倒を見てたオンナノコで、手紙には「第二のオヤジ枠!」と書いてくれていた。夏には田舎のおまんじゅうまで贈ってくれた娘だ。
●ちょうどデイケアを始める頃だったろう。タイミングとしては五分五分の勝負だと思った。この後輩の結婚式までに復帰してみせる事が、ボクにとって大きなモチベーションになった。というか、3ヶ月かけた一回目の通勤訓練に挫折し、家に閉じこもって失意のどん底にいたボクにとって、彼女の「是非来ていただきたいです」という言葉こそが、往復4時間もかかる遠い精神病院のデイケアに通うなどという冒険に挑んだ直接のキッカケだった。だからこそ、10月の会社通勤訓練スタートにもコダワった。しかし風邪を引いた時点でもう無理だと思った…。そんで今日医者の口からトドメを刺されたわけだ。

●帰りの電車、駅に着くと雨。そこから後輩に電話。「今日、医者にダメだって言われた。やっぱ式行けないわ。ゴメンね。行きたかったけど」「…しょうがないですよ。ダイジョウブですよ、unimogrooveさんのためにビデオ何本でも送りますから。またヤリマショウよ、ね、またヤリマショウ…」…結婚式を「またヤリマショウよ」ってあんまり意味ワカンナいと思ったけど、とにかく申し訳なくて駅のベンチから動けなかった。この休職の間、何組もの大切な同僚(先輩/同期/後輩)が結婚式を挙げたが、全てキャンセルせざるをえなかった。この最後のチャンスには、追いつけると思ってたのに…。一方同時に復職への大きな動機付けをポッコリなくしてしまったことにも気付いた…。会社に戻って一体誰がボクを待っていると言うのだろう?なんの仕事が待っていようと言うのだろう?


最大週3回通っていた「デイケア」を、週1回月曜日しかも午後だけ!まで縮小することになった。
●復職プログラムの軸足を完全にシフトしたいと思っていた。風邪を引く前は全撤収の予定だったが、この体調不良の様子を見て、たった半日だけ残す事になった。マコトに中途半端なハナシだ。オマケに11月は月曜日が二回祝日で、全然行くチャンスがないじゃん。意味あるのかな…。



なえた気分の中で、とある曲を思い出し、竹内まりやのベストをレンタルした。

竹内まりや「EXPRESSIONS」

竹内まりや「EXPRESSIONS」
竹内まりや全キャリアを網羅する3枚組リマスター版と聞いて借りたのに、お目当ての曲は入ってなかった!ズコッ!そのヘンの確認すら出来ないほど参ってるのか…。情けない。

●ボクの聴きたかった曲は「夢の続き」1987年。
●チンピラに扮した柴田恭平ジョニー大倉がハワイを舞台にドタバタする映画「ハワイアンドリーム」(←誰も覚えちゃいないでしょ)の主題歌でちゃんとシングルカットされてたはずなのに…。ライトディスコ感覚のグルーヴとダンナ達郎のソウルフルなコーラス、そして、どこか吹っ切れたリリックが印象的なのだ…。

「昨日と同じ一日が暮れて 彼女は深いため息とともに眠る
 果たせなかった約束 またひとつ増えただけ それでも明日を夢見る
 いい事だけを信じてるうちに 全てを許せる自分に会える いつか
 あんなに愛した人も 愛してくれた人も 振り向けばただの幻
 AH, 淋しいなんて AH, 感じるひまもないくらい!
 BABY, BABY, CLOSE YOUR EYES. GO BACK INTO YOUR ENDLESS DREAM
 果てしない夢の続き 見させてあげるから」


果たせなかった約束がまたひとつ増えました。

●悔しいコトに、3枚組に収録されてた「うれしくてさみしい日 (Your Wedding Day)」という初めて聴く曲に、一瞬カチッとハマってしまった。くそ、最高恥ずかしい…。


●あ、あとね、今月給料一万円切るって予告されてたんだけど、実際振り込まれた額が、なんと1786円だって!爆笑!中学生のオコヅカイか!「参考書買うからお金ちょうだい」的な価格。もう笑うしかないね。年末までこのノリだよ。マジで「AH, 淋しいなんて AH, 感じるひまもないくらい!」まーダイジョウブでしょ、そのうち「振り向けばただの幻」と思える日がくるからね。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html



うーん、まだ風邪から立ち直れない…。気分も多分イライラしてる…。
●とかいってるウチに、ワイフにまで風邪が感染して我が家の機能はほぼ麻痺寸前。「コンビニ弁当でも出前でもイイから」と言ってるのに、死にそうな顔して食事を作るワイフが痛ましい。

一方ワイフに元気がないと、コドモたちがアナーキーすぎてウルサい。ムカついて、説教してやった。
●ワイフがかすれるような声で「オモチャを片付けなさい…コレはナニ?」と言っていると、ノマドが生意気にも悪態をつきやがった。「レゴにキまってんじゃネーかよ!そんくらいミりゃわかんだろ!」小学校で覚えてくるのかノマドの口のきき方は、最近目に余る。「ノマド、今なんて言った?それはママに対して言ったのか?もう一度言ってみろ、ママにお世話してもらわないと何にもできないくせに、そんな口をきいたらパパは絶対許さないぞ。ママだけじゃない、目上の人全員に、そんなしゃべり方をするな。わかったか、返事は?」……はい。…ノマド半ベソ&床に突っ伏して30分立ち直れない…。

まー、実質ニートであるボクは、コドモとの接触時間が伸びまくってるので、その分遊ぶ機会も増えたが、しかる機会も増えた。特にノマド。
●ノマドは本当にボクの少年時代に似た性格の持ち主なので、ヤツの考える事が本当に手に取るようにわかる。臆病で、出不精で、マイペースで、人の言う事を聞かない。自分の好きなコトはいくらでも夢中になるが、自分の関心のない事は全く頑としてしない。気分にムラがありすぎて、調子に乗れば際限なく調子に乗るが、気分が乗らないとナニもできない。同じ公文の宿題も、1分でやりこなす日もあれば、2時間かける時もある。そんで他人に対する思いやりがゼロ。ヒヨコが大切にして削らないでとっておいたカワイいエンピツを、意味もなく後ろ前両方から削ってしまった。しかも2本。もちろん超叱りました。……でも申し訳ないが、ボクの性格的弱点が生き写しのように遺伝している結果なのよね。
よって、明らかにボクはノマドにはキビシい。性格が似ている故に、それじゃダメなんだ、将来ソレで苦労するんだ、ってコトがわかってしまうからか。いや単純に近親憎悪というか自分に似たものに嫌悪を感じるのか…。
正直、ボク自身が自分の問題を克服するには大分時間がかかった。そりゃもう20年まるまる使ったくらいと言ってイイ(いや、本質的には解決し切れてないから病気になったのか?)。だから、ノマドにもそんくらい長い時間をかけて見てやらないといけないのか、とも思うが、あまりの放任もね……。…ワイフにも相談してしまった。ボクはノマドと同じ人種だから、結局ヤツの問題を解決する術はボク自身も知らないのよ。ボクには限界がある。一体どうしたらいいモノか?もうそこは、ワイフに頼むしかない。「めいっぱい怒るのも大事だけど、その10倍いっぱいほめてあげるのよ。実際今週のノマドは、放課後も毎日ガッコウに残って遊んでたし、公文教室もトモダチのリュウくんと子供だけで初めて行ったし、サッカーも頑張ったし」そうか、母親からはもっとイロんなモンが見えるのね。そういうデティールは、会社に通い始めた(通勤訓練だけど)ボクには把握不能。ぶっちゃけ今の復職トレーニングで完全に余裕を失っている上に、その果てには会社世界への復帰、再びコドモとの時間を失う事になるのだから。


コドモたちの最近のお気に入りはNHK「ダーウィンが来た」。

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●30分と小振りながら、直球の動物ドキュメンタリーをキチンと撮ってる良心的な番組。親子で安心しながら見られる楽しい番組だ。ボクの子供の頃はTBS「わくわく動物ランド」関口宏が司会)なんて番組もあったけど、あんなカネのかかる番組を民放がポコポコ作れる時代じゃなくなった…。そこは天下のNHKに任せるしかない。
●今週はブラジルの草原に住むオオアリクイのオハナシ。ノマドは遠足で行った動物園で本物を見たらしくて大変興奮気味。ヒヨコは、どんな場面でも赤ちゃんが出てくれば最高に喜ぶ。オオアリクイの赤ちゃんは、お母さんの背中に一年間しがみついて過ごすという。へー。動物トークで親子の会話が盛り上がるし、ワカンナい事は「ノマド、図鑑持って来て調べてみな」という事が出来る。この直後が「篤姫」なんだっけ?そっちは見てない。宮崎あおいは好きだけどね。幕末の政治情勢はまだコドモたちには理解不能だ。


誰も期待してないだろうが、一応音楽の話題のブログなので、最近聴いてるヤツを。

A Secret WishA Secret Wish
(2005/10/04)
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PROPAGANDA「A SECRET WISH」1985年
聴かねえだろなあ、今こんなモン誰も。なんで自分でも聴いてるかワカンナい。まさしくド直球のエレポップ。ドイツのデュッセルドルフで結成された、毛並みのよいドイツ伝統のテクノの流れを汲んでる実に偏差値の高いサウンド。だって一曲目から8分越えだもん。タイトだけど多分生ドラムのビートに、キレイなシンセと、冷えたオンナノコボーカル(WIKI 見たら当時19歳だって)がキラキラしてて、不思議と古びて聴こえなかった。TREVOR HORNTHE BAGGLES ! THE ART OF NOISE ! ) 主宰の ZTT と契約してリリースしたファーストアルバム。
●後の世にも(90年代にも00年代にも)リミックスが作られちゃう名シングルが、複数収録。「DUEL」「p:MACHINENY」「DR. MABUSE」って曲。タイトで凍てついたビートがある意味プログレッシヴにも聴こえます。気になるのは「DR. MABUSE」マブセさんって日本人の名前か?「間伏」さんとか。マブチモーターとか連想する。


ああ、ウンザリする。風邪が治らない。

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人間ヤケクソになると、こんなカッコで夜中の街を練り歩き、辺りに悪態をつきまくって、警察に食ってかかるらしい。そんでブタ箱に放り込まれたこの女の人。何が起こったのか全然ワカンナいけど、人生そんくらいウンザリすることもあるってコトよ。


自律神経失調症とのお付合い(その73)~「通勤訓練/順調だったのに風邪ひいた」編
●会社での通勤訓練、最初の一週間が終わり、そんで、今ナゼか、ボクは声が出ない。
●最高にブルーだ……。なんで声が出ないのか? 違和感は金曜の朝からあった。ノドがヒリヒリする。ぜんそく持ちのボクにとって、呼吸器の異常は致命傷だ。いやマジでは死なないけど、ウマく進んでいる通勤訓練を台無しにするだけのパワーはある。オオゲサとは百も承知で会社診療所で内科の診療を受け、クスリをもらい、吸入を朝と午後2回もやった。
なのに、土曜日。完全に風邪をひいた。せき、たん、ハナミズ、ノドの痛み、全部揃いました。そんで失声。声が出ない…。

●ただの風邪じゃん~、大げさにビビるなよ~と思い、軽くかわせればイイ。ホントにそう思いたいのだが、コレは自律神経失調症を発症して苦しみながら仕事してたイチバン最初の状態とソックリなのだ。最初は風邪をこじらせてぜんそく発作になったのかと思い、呼吸器科に通った。でも治らない。原因がわからない。会議も声が出ないまま、わずかに出るカスレ声でこなしてた。あの頃の自分と今の症状をどうしても連想してしまう。
一回目の通勤訓練今年2~4月も、ぜんそく発作で何週間もスタートを足踏みさせられた。季節の変わり目にはどうしても発作が出やすくなる。カラダの他の条件が整っててもこのぜんそく一つで全部がストップし、復職へのスケジュールを台無しにする。ああ、最悪。この秋シーズンは完全に乗り切ったと思ってたのに…。こんなことで、また無駄足を踏むのか…。

●結局週末二日間、全く何もせずにクスリを飲んで回復をと願ったが、全然治る気配がない。とにかく明日からのスケジュールはほぼ全部キャンセルして、呼吸器科へ急行だ。人間ドックもキャンセルし、カウンセリングもキャンセルするしかない。そのためなら会社も休もう。ああ、もう死ぬほどブルーだわ…。



以下の文章は、金曜日の余裕がある時点までに書いてたモノ。
●なので、リハビリの順調ぶりにウキウキしてるテンションで書いてる。この手の病気はつまらないキッカケで一瞬で元に戻ってしまう…。2日前のジブンがこんなに前向きなのが信じられない。


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見て下さい、コレがボクの今のランチ。
ワイフの作った愛妻弁当。弁当箱は息子ノマドが去年まで幼稚園で使ってたヤツ。中身は現在幼稚園に通う娘ヒヨコ5歳と完全に同じメニュー。ヒヨコ「パパとヒヨコのおベントウ、ぜんぶおんなじー!」となぜか大喜び。バターロールのサンドイッチに、チキン一本、カボチャ、ナシ、そしてタコ足ソーセージ。別にボクのソーセージまでタコにしなくてもイイじゃん…。
●コレを、会社の隣のビルの商業エリアにある休憩所で食べる。昼食時間は12時スタートだが、11時45分とフライング気味で出撃する。さもなければ、休憩所のテーブルは全部占拠されてしまうからだ。

今まで気付かなかったが、ランチタイムの場所取り合戦は壮絶なものがある。
敵は周囲に2万人くらい生息しているであろうOLさんたち。男性サラリーマンたちは、グループでもソロでもフツウに店に入ってメシを食う。彼女たちOLさんは、手弁当の人、コンビニ購入の人、テイクアウト系の人など、それぞれが別々の場所に由来する昼食を持ち寄って、中立地帯である休憩所、広場のテーブル、ベンチなどに集結してランチをとる。ソロでランチは職場の秩序に不都合があるのか、バラバラで食えばイイのにワザワザ集結する。そんでいつまでもトークし続ける。従って出遅れるとメシ食う場所を失う。急いで休憩所に行っても、チンマリしたハンドタオルとかで場所取りしてて、油断ができない。……ボクはホント知らないコトが多過ぎる。自分の会社のすぐ側でこんなミクロなバトルが日々展開されてようとは。

完全に余談だが、息子ノマドは学校の給食がダイスキ。「オレのショウガッコウのきゅうしょくチョーうまいから。イイにおいだし、ゼンブてづくりだから」何故そこまで強い思い入れを持つ?ママの料理もリアルに手作りだろうが。で、余った牛乳飲むのがダイスキ。担任の先生は胃腸が弱くて牛乳が苦手。だから毎日一本牛乳が余る。給食を完食したヤツが先着でその牛乳を飲む権利をゲットする。時には「ギュウニュウじゃんけん」で権利を賭ける。「オレ、きょうギュウニュウじゃんけんカッた!」誇らし気に報告する息子ノマド小学1年生。


さて。「癒しの小部屋」は意外と居心地がイイ。
「病人用ブース」というのも野暮なので、本社ビル31階人事局エリアに新設されたボクらココロの病人のためのブースを、これから「癒しの小部屋」と呼ぶ事にする。「徹子の部屋」っぽいでしょ。なんでそんなネーミングを思いついたかというと、ボクと同世代の人事局若手部員が、こそこそボヤキ&グチにブースに訪れるようになったのだ。「癒しの小部屋」は、ボクら病人の専有物ではなく、人事部の連中の癒しスペースにもなったのだ。
●人事部ってモンが、一般企業においてどんな立場なのか世間知らずのボクにはわからんが、ウチの会社においては、部長クラスはおいといて、ボクら世代のヤツらは現場最前線に携わっていたかったのに不本意ながら転属されてしまった連中ばかり。ボヤキとウップンでイッパイである。現場での顔見知りも意外と大勢いるので、雑談相手に事欠かない。「オレにはデスクワークなんて向かねえんだよ、一日中座りっぱなしで腰が痛くなった」とか、コーヒー飲みながらヒソヒソ話す。社内事情にウラシマタロウ状態であるボクにとっては大事な情報チャンネルにもなる。
●そうそう、以前ボクの部署にいた入社4年目?のオンナノコが今人事部にいるのだが、なんとボクの部署の同期と今月結婚しやがった。ボクが休職している間に付き合い出して、ボクが復職訓練始めた週に結婚発表。おいおい、おめでとうだけど、マジびびったよー、交際から結婚まで速攻じゃんー、そもそもなんでボクじゃなくてアイツなのよ?「ナニ言ってんですか unimogroove さん結婚してるじゃないですか!」

マジトークで考えると、「癒しの小部屋」が人事局に作られたのは結構デカイ意味があると思う。
●人事/労務系のエラい人たちは、統計的数字としては社員の何人がココロを壊して寝込んでいるか把握してるだろうが、どんな連中がココロをぶっ壊してるのかは全く知らなかったはずだ。それが、今後この「癒しの小部屋」で生きたサンプルを肉眼で見る事が出来る。どんな病気でどんな風に壊れているか細かい医療情報は彼らに流れない仕組みになってるが、現場の最前線でポッキリ折れちまったヤツがどんな顔してるか知るだけでも意味がある。彼らにとって不都合な数字が、自分たちのフロアのスミッコで生活してるコトを毎日噛み締めるんだから。実際、労務部長はよく雑談に立ち寄るようになった。
●今はボクと相棒のルームメイトくんだけだが、ボクらが回復しても別の病人が続いて「癒しの小部屋」にやってくる。ボクが知るだけでも壊れて会社に出て来れない社員はまだイッパイいるし、コレから壊れる社員もイッパイいるはずだ。言わば、ココロを壊した人間の存在を、柔らかではあるが確実に、会社の鼻先に突き付けるという仕組みの、第一号となったわけよ。ボクとルームメイトくんは。イェイ!


その一方で、給与過払い&返済問題でビックリ事態。
●昨日「癒しの小部屋」に、給与過払い&手当不払いなどなどキナ臭い話題を打ち合わせたオジさんが、恐縮した表情で入ってきた。「あのー、この前の過払い分の返済の件なんだけど…」はいはい、年末までの給与から天引きするってハナシでしたよね、え、もしかして給料マイナスになっちゃうとか?「いやいや、マイナスってことはないよ………でもね、計算したら一万円以下になっちゃうんだよね……」ゲ!マジで!一ヶ月の給料、8462円とか? マイナスになるよりリアリティがあり過ぎてダメージがデカイんだけど!はああ、リアクションのしようがない…。
「まあ、どーにもなんないッスよね、コレって」「そ、そうだね、どーにもなんないんだよね……12月のボーナスもひっくるめて分割する手もあるかもだけどね…」でも休職してるボクが満額のボーナスをゲットできるわけでもない。「まあ、イイっすよ、3ヶ月シノギますわ、それしかないですよね」「うん、そうだね、そういうわけでよろしくね…」おデブの給与担当オジさんはイソイソ「小部屋」から出て行った。
●帰宅後ワイフに報告。「どうにもなんないけど、どうにかするだけでしょ」とワイフ。NYダウ平均や日経平均の記録的乱高下が世間を賑わせていますが、いち早くボクのポッケのお財布が本物の大恐慌に突入しました。ウチの家計に税金注入希望します。いやあ、ただ笑うだけよ。あっはっは。ホントオモシロい経験をタップリさせてもらえるわ。とにかく早く復帰してカネ稼ぐしかないのよ。


池尻大橋の心療内科のセンセイは、復職モードに前向き。
「そろそろ仕事に差し支えるといけないからね、クスリ減らしましょう、薄皮をむくようにゆっくりと」と減薬路線を打ち出した先々週に続いて第二段階に移行。毎3食に飲んでた精神安定剤を、朝夕の二回に減らすことに。午後に強烈な眠気が来るのをコレで緩和出来る。着々と復職のステップは進んでいる。


会社のカウンセリングも、久しぶりに受ける。
●会社に月2回ほどやってくる心理カウンセラーのセンセイが、横浜の精神病院の院長先生だ。この人の紹介で、ボクは「精神科デイケア」で横浜まで行ってたわけ。
●会社での通勤訓練の状況がつかめなかった先々週の時点では、先の見えない不安から横浜でのデイケアの余地を残しておくというのがボクの考えだったが、快適な「癒しの小部屋」とお互いの立場を共有できるルームメイトくんがいるということで、会社生活を非常に順調にこなせる自信がでてきた。そこでセンセイに提案。
「あのー、もうそろそろ横浜の病院はいいんじゃないでしょうかー?」ぶっちゃけ遠くて行くのがカッタルくなってきた。交通費もバカにならない。一時は「デイケア」との別れにとても感傷的になったもんだが、今や早く次のステップに進みたいというのがボクの本音だ。そしたらセンセイ「うん、いいでしょう、もうオシマイにしても。来週それに関して打合せして、それで最後ってコトで!」やった!だんだん復職がリアルになってきたぞ…。


しかし、結局、風邪のおかげで全てが狂ってしまいそう…。気分はブルー。
●結果として、風邪とノドのコンディションのおかげで、この週明けの打合せ、つまり明日のカウンセリングはとてもじゃないが行ける状態ではない。横浜まで行ってたらより悪化する。せっかく全てが順調だったのに、来週の展開はまるで見えなくなってきた。一筋縄ではいかないんだなあああ~。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html

ある日、家に帰ってきたら、リビングの食卓にこんなモノが。

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●娘ヒヨコ5歳制作のインスタレーション、「ジュースとかきごおり」。ヒヨコ「どうぞ、すきなのをめしあがれ!」サイケな色彩がマブしいゼ。


別の日にはこんなモノを制作していた。

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「まるまるヒヨコのめいたんてい!」完全に意味不明な言葉を叫びながら、折り紙で作ったハコの一面一面に、やはり折り紙でつくったヒヨコを貼付けて羽根と目玉と足を描き加えている。
ハコの中身にもちっこいヒヨコが。ちっこいヒヨコには折り紙で作った筒が下についていて、下からその筒を上下する事で、ヒヨコが動く仕掛け。誰かがノウハウを教えた訳でもなく、たった一人でこういう工作を作り切る娘ヒヨコには、時々驚かされることがある。動きをつけたギミックに一番驚いたが、カラーリングもなかなか上手く出来てるから不思議。


そんで今週の作品は、オリジナル「ポニョ」。

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「てるてるぼうず」のノウハウをそのまま活かして、ママが保管してたガーゼ状の色紙をかぶせ。おカオを描き込んでる。どっかのオモチャ屋でポニョの人形を見て「かってもらえなかったから、ジブンでつくった」とのこと。

●ボクはこうした工作を、思い切り楽しんで「ヒヨコ、スゴいな、カワイいな!」とほめたりはするが、作り方を教えた事は一度もないし手伝ったりした事もない。基本テクは幼稚園で覚えるのだろうが、その後のオリジナルアレンジがボクやワイフをビビらせる。たった一人静かにハサミやノリを使ってなんかやってるなあーと思うと、いつの間にかこうした珍品が出来てしまうのだ。ヒヨコは、兄ノマドと自分を比較して「ヒヨコはアタマわるいから~」と自己卑下してしまうが、このテのクリエイティヴィティは兄ノマドを完全に凌駕している。
兄ノマドは、クリエイターというよりコンセプターで、アタマの中でイメージが先行して完成しており、そのアウトプットの精度に関してはワリと無頓着で、デティールが雑である。オリジナルスゴロクとかをデザインするのだが、超ヘンテコな仕掛けを作って絶対自分が勝つトリックを忍ばせたりする。ある特別な光線を浴びせると浮き上がる秘密の通路とかが出てくるのだ。その代わり、その制作物に色彩感はないし、乱暴なボールペンの殴り書きで見た目は粗悪だ。一方ヒヨコは、脳みその中で考えず、指と手で考える。自分がキレイだと思う折り紙を数枚持って来て、そこからインスピレーションを引き出す。これがオンナノコの発想なのだとボクは感心する。


●今日、家に帰ってきたら、風呂上がりのヒヨコがイキナリまくしたてるようにボクに話し掛けてきてビビった。本日彼女は幼稚園終わりで新宿伊勢丹の「ランドセル売り場」を見てきたとのことで、その感動をボクに必死に伝えるのだ。
「ヒヨコはね、このミズイロのランドセルがイチバンかわいいとおもうんだけど、6ねんせいのオネエさんになったら、アカちゃんっぽくみえちゃうし、コッチのピンクもカワイクて、ジカンワリひょうがハナガラになってて、でもラベンダーもかわいいし、もうまよってまよってこまっちゃうよー!パパ、ヒヨコがもらってきたパンフレットみてもイイよ!」
●ちなみに、伊勢丹新宿店限定モデルの、ヒヨコの一番お気に入りを下にお見せします。ある意味サイケデリックでフラワームーブメントすぎます。最近の表現なら「ニューレイブ」スタイルです。

ひよこのらんどせる

(つーか、中の裏地がアロハかと思うほどの柄地でビビる。背中のデカイ花もビビる。値段が7万弱という点でもビビる。)


ノマドの前歯が抜けた。2本そろって抜けたマヌケ顔。

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●連休で行ったディズニーランド(当然ボクは留守番)で、アイスを食ってたら突然バニラが鮮血でストロベリー風味に。あげくハイチュウ食ったら前歯がくっついてきた。家に帰ってきて「パパ、ハがヌケた」と自慢げに報告。コレで抜けた乳歯は4本目。ヤツは、抜けた歯を「ノマドのボウヤ」と呼んで大事に保存してる。
●学校のクラスでは、何本乳歯が抜けたかが、ソイツのオトナ度を測るステータスとなってるらしい。どんなにカワイいオンナノコでも前歯がなければガックリくるが、本人は「マワリよりアタシはおネエさん」と胸を張っている。小学生はつくづく不思議なイキモノだ。

そして父親のボクは、親知らずがイタイ。
月曜日に抜いて、一週間経過してるのにまだイタイ。三連休はひたすら頭痛に苦しみ、イタイイタイとコドモのようにモダエまくって過ごしました。基本的にイタいのにホントに弱い、タダのヘタレです。ノマドは乳歯抜けても泣いたりしませんが、子供の頃のボクは毎回メソメソ泣きながら抜いたモンです。
●止まない偏頭痛に、「コレは親知らずをキッカケに自律神経失調症がまた悪化し始めたんだ」と思い込み、コレでまた職場復帰が遠のく…もうカンベンしてくれ~と、気分は完全ションボリモード。海より深く落ち込んでました。

で、今日会社に行って、診療所歯科に行ったら…。
●センセイ「まあ、この程度の痛みは誰でも当たり前だから。別に病気とは関係ないですよ。頭痛薬もちゃんとあげますから安心して」ここまで説明してもらって、ヘタレなボクはやっと安心する事が出来たのでした。ワイフが吐き捨てるように言ったセリフが思い出されます。「出産の痛みに比べたら何ともないわよ、ホントに根性ナシ」とにかくイタいのはダメなんですよ…。


自律神経失調症とのお付合い(その72)~「通勤訓練/ルームメイト登場」編
●前回のこのシリーズでは、通勤訓練が急にスタートして、会社も対応が追いつかず、マジで通勤するだけ、会社行ったらすぐ帰る、の一週間をすごすコトになったとお伝えしました。そんで一週間経過。やっと会社側も態勢が整いました。31階人事局に新設されたボクの病人用ブースには、マッサラなパソコンが2台配備されて完成。人事局長、人事部長、労務部長にご挨拶して、この超クソ真面目な職場に居候することになったわけです。

で、重要な出来事が。なんと同日スタートで、もう一人病人がやって来たのですわ!
●前回、看護師「のび太くんのママ」さんがほのめかしていた「もう一人復職訓練をする人がいるかも知れない」という状況が、いきなり同日スタートで始まるという状況になった!しかもこの新しい相棒は、年齢もほぼ同世代の顔見知り。「あれ?キミだったの?」的なサプライズ。確かに一時期調子を崩してたと聞いてたけど、もう復帰してたと思ってた…。本人のプライバシーもあるからルームメイトくんとしか呼ばないけど、彼は彼なりの苦闘を経てやっとこの通勤訓練まで辿り着いたという。
●まだ一日目で、突っ込んだハナシもしてないが、それでもわかったのはホントにこのテの病気は千差万別、個人個人で全然ケースが違うコト。似た病気でありながら、その現れ方、苦しみ方、回復の仕方、全然違う。クスリの見せ合いっコとかしたけど、カブッテルのは一種類だけ。「へーそうなんだー」的トークがイッパイ聞けたが、コレは敢えて書かないでおこう。デイケアの人たちと違ってルームメイトくんのことを知ってるブログ読者諸兄はイッパイいるかも知れないから。

看護師「のび太くんのママ」さんから課せられた「鉄のオキテ」が2つ。
会社滞在時間は10時~14時。これより早くても遅くてもダメ。決められた時間に正確に合わせるコトが重要。規則正しい生活習慣を身につけるべし。無駄に早く出社するのはエネルギーのムダ使い、無駄にダラダラ会社に居残るのはムダ残業のクセがつく。
昼メシは規則正しく12時~13時。規則正しい食生活が健康のモト。休憩と就業のメリハリもハッキリと。だからこの一時間はブースに戻ってダラダラしてはいけない。かといって昼メシなんて一瞬で食い終わるから、時間を持て余す。さて、このヒマな時間をどう使うか…。
●ボクは、歯がイタいので柔らかいサンドイッチをワイフに作ってもらって(生まれて初めての愛妻弁当!会社の外の広場のベンチでランチを食う事にした。社食は混雑してて食い終わったらすぐ退席しないと後から来る人に迷惑をかける。よって、社外で軽くランチ食って昼のクスリ飲んで、そのまま優雅に読書でもすんのがイイだろうと考えたのだ。そんでコンビニ弁当を開くOLさんやサラリーマンのザワメキを感じながら心地よく本を読んでたら……いつの間にか爆睡してた!わ、もう13時45分じゃん!あと15分で「のび太くんのママ」さんに挨拶して退社しないといけない!あぶねー!初日からボクは退社時間のルールを破って行方不明になる所だった…。外で居眠りしてたなんて言えねー。以前みたいに診療所事務室だったら速攻で発覚して怒られてたけど、今日は31階「のび太くんのママ」さんの縄張りの外だ。バレずにごまかす事が出来た。

居眠り問題は今後の課題だ。
マジで眠い。午後はとにかく眠い。まさしく病気回復の証拠なのだか、精神安定剤が効き過ぎてどうしても眠気を誘うのだ。前回の通勤訓練は、マジでこの眠気と退屈との戦いだった。でも居眠りを克服しないと職場復帰もできない。会議で爆睡してたら仕事にならない。なのに、初日からイキナリ爆睡だよ。
でもその一方で、夜は全然安眠出来ない。夜にもっとシッカリ眠れたらきっと楽なのに…。相変わらず2~3時間おきに目を覚ましてしまい、その都度ストレッチとかネットサーフィンしてる。深夜3時頃、暗闇のリビングで一人息を潜めラジオ体操してる自分は外から見ると大分不気味だと思う。横浜の精神病院のカウンセラーチーさんに、毎日の熟睡度をメモっとけと言われたが、ここ数年熟睡したことがないから採点しようがない…。
●しかし、今回は心強いコトにルームメイトくんがいる。お互いにフォローし合って居眠りを回避するしかない。ボクはイビキもスゴいらしいから、あの静かな人事局のフロアでは絶対居眠りできない。その時は「寝るな!寝ると死ぬぞ!」とルームメイトくんにビンタを張ってもらおう。

あと、尊敬する大先輩バードさん(仮名)に廊下でスレ違った。一年以上ぶりに顔を合わせた。
「おっと!これはこれは…大丈夫?ゆっくり休んで!ゆっくり休んで下さい!」バード先輩は、先輩なのに若年者の誰に対しても敬語。超気配りの人だ。そんで常人にはマネ出来ないほどのスゲエハードワーカーだが、それを1ミリも他人に感じさせない。常に飄々と振る舞ってみせる。スマートかつユーモア満点の立ち振る舞いは、誰をも和ませるムードがある。べったりくっついて様々な出張や仕事に出かけたが、裏表がない性格で愚痴を言ってるトコロを見た事がない(ベロンベロンに酔っぱらうとちょっとだけダークになるけど)。そんで後輩のボクを完全に同等のパートナーとして扱ってくれる。ボクを頼ってくれる場面もあるし、助けてくれる場面もある。
●ボクはそんなバード先輩をマジで尊敬している。ボクはこの先輩の背中からスゴく沢山の事を教えてもらった。本人にはそんなツモリは1ミリもないだろうけど。マジでカッコいい。早く先輩とまた一緒に仕事ができるようになりたい。他の仲間たちにも早く会いたい。そこまで、あともう一歩だ。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html


今週は、通勤訓練。
10時ピッタリに会社に行って、診療所に顔見せて、すぐ帰る。それがボクのお務め。ただそんだけ。でも焦らない。コレくらい慎重なスロースタートが余裕を持ってコトに望める。今日は、元の職場の若いスタッフとたまたま顔合わせて無駄話もちょっとした。
ほんで、会社の近くの広場のベンチで読書する。いきなりUターンしてそのまま家に帰る体力は、まだ備わってないのだ。午前中たっぷり読書して、カラダを十分休ませてから、電車に乗る。ランチは家でワイフの手料理。そんで午睡をむさぼる。肩や首の違和感がデイケアの時と違う。無意識下で多少リキんでいるんだろな。気をつけないと。
●そんな時は、全身の筋肉を弛緩させる「自律訓練法」を電車の中で試みる。本来仰向けに寝てやると気持ちイイ「自律訓練法」は、慣れればイスに座ってでも実践出来る。コレを教えてくれた臨床心理士さんは、電車の中で立ってでも出来るという。その時は「さすが達人!」と思ったが、試しにやったらソコソコウマく出来た。全身とはいかないが、神経を集中させて、顔の筋肉、後頭部の筋肉、アゴの筋肉、首の筋肉、肩の筋肉、腕の筋肉…と順番に緊張をバラしていく。その時、他人からはボクは寝てるか瞑想してるかのように見えるはずだ。「自律訓練法」は、この前読んだバレエマンガでも、ダンサーのリラックス法として紹介されてた。会得すると気持ちイイですよ。


夕方は、やはりシモキタ駅前まで出て読書。
●カフェでゆっくり読書するのが習慣のボクだが、中途半端な時間しかない時は、割高なカフェは避けて、北沢タウンホールの一階ロビーにある休憩所で、自販機の飲み物で読書する。ココは意外と様々な人種がくつろいでいる場所で、サラリーマンが営業周りの一休みをしていたり、サークルの集まりでオバちゃんたちが待ち合わせしてたり、子供連れのママさん達が世間話をしていたりする。目の前に、ボクの好きな古本屋さん「ほん吉」が見えてたりしてイイ感じである。

そしたら、隣に座ってた女子高生のトークが気になって、読書どころじゃなくなった。
●ドコの制服とかは分からんけど、衣替えでブレザースタイルになった2人組の女子。まさか35歳の半ニートが耳ダンボにして会話を盗み聴きしているなどとは予想だにもせず、彼女らは自分たちの悩み事を相談しているのである。背の低いショートカットのオンナノコを仮にマリちゃんとしよう。その相方はのっぽのロングのストレート、この娘は仮名でユミちゃん。この娘たちのセイシュンの1ページが目の前の本よりずっと興味深かったのである。


ユミ「あの娘、ソフト部やめちゃうかな~」マリ「多分ね。カオリとか一年の立ち上げの時からやってるから、ヨーコが抜けるとチョーショックだと思うよ」二人はソフトボール部の一員のようである。マリ「なんかさー、ヨーコとかナニ考えてるか全然わからない。相談とかゼンゼンしないじゃん」マリの方が多弁でユミはうなづきポジションだ。
マリ「でもウチらも多分全然信用されてないよね」ユミ「そうだよね、チョー裏でなんか言われてそう」マリ「マジ裏で言われてるよ。カヨとかチーコとか最近チョー目つきコワいもん」ユミ「しょーがないよね、バンドのことはみんな知ってるし、ソフトだけしてる娘から見たらムカついてるはずだし」ほおー、この娘たち、バンド組んで音楽をやってるんだー。

マリ「あのさ、今のアップスター(どうやら彼女たちのバンド名らしい)じゃさ、『夏祭り』(←WHITEBERRY がカバーヒットさせた、イカ天バンド JITTARIN' JIN の唯一のヒット曲)はちょっとムリくさくない?」ユミ「そう?」マリ「だってアタマの所とかチョー速いよ。ギター始めたばかりのミホには絶対難しいと思う。だからさ、今回は『OH MY DARLING』(←この前解散してしまった中ノ森BAND の代表曲。わりとこのバンド好きだった)とかにしない?あっちの方がテンポ遅いし」うん、この二人は文化祭かなんかでのライブの相談をしているのだ。

夏祭り夏祭り
(2000/08/09)
Whiteberry

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Oh My Darlin’~Girls having Fun~Oh My Darlin’~Girls having Fun~
(2006/01/11)
中ノ森BAND

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マリ「でもユミはすごかったよね、前のライブの時、2ヶ月でギターマスターしたもんね」ユミ「だってアレは曲がホントに大好きだったから、ギターも毎日弾いてたし。聴いた回数が履歴出るのよ、そしたら300回以上聴いてた」マリ「マジで!ユミすげえよ!」マジでユミちゃんすげえよ!ボクは思わずのけぞってユミちゃんのカオ見ちゃった。300回!若さこそが成し得る偉業だね。このフニャッとした顔のおっとりしたオンナノコにソレだけのロック魂が宿っているというわけね!
ユミ「マリだってドラムすごいじゃん。手と足が別々に動くなんて信じられない」マリちゃんはドラマーなんだ…。マリ「軽音部入って最初アコギやったんだけど、全然音小さくて、一生懸命やったってオト聴こえないじゃんみたいな。だからオトでかいベースとかスゴくうらやましくて。そしたら先輩がドラムやる?って言ってくれたの」マリちゃん、ちょっと重心低めの寸胴体型なチビちゃん。ドラマーっぽいといえばドラマーっぽい。きっと先輩もそう思ったに違いない。
ユミ「ゾノもベースすごいよね。あの娘とこの前楽器屋さん行ったけど、スゴい詳しいの。このベースは裏側にカタい木を2本使ってるから響きがイイとか、コレは小さくて持ちやすいからイロんな曲やるのに向いてるとかいうの」マリ「スゴい!あの娘前から思ってたけど、クールでカッコいいよね。最初は人寄せ付けない雰囲気だったけど、マジトークとかすると、自分の意見ガンガン言って来るし」ああ、ゾノにも会ってみたくなってきた…。

マリ「あ、ミホからメール…つーかミホ今ドコ?まだガッコウっぽい」ユミ「ミホ、きっと呼んだら出て来るよ」ミホに電話する2人…。マリ「あ、ミホ?まだガッコウ?ウチらシモキタ。今から来ない?……じゃあ6時にオオゼキの前で……え、オオゼキわかんない!マジ!ユミ、あの娘チョー方向音痴でオオゼキわかんないって」オオゼキは駅の近くにあるデカイスーパーである。コレがわからないとしたら、ミホちゃんはマジで重度の方向音痴である。ユミ「ブタのマークのクレープ屋の前って言ったら?」ユミちゃん、その説明もっとわかりづらい。マリ「とにかく駅のマック側着いたらメールちょうだい」……マリ「ミホには今回キーボードにまわってもらいたいな…そんで、バリバリ練習して…」


志高いオンナノコたちに感服。
マリ「軽音の中じゃさ、アーチャンとかバンドはもう高校でオシマイとか思ってるじゃん」ユミ「うん。シマッチは、勉強を一番にするって性格だしさ。受験になったらきっと続けないね」マリ「ウチらだけだと思う、卒業しても真剣にバンドやろうとしてるの」今のメンツは最高だと意気投合する2人。
マリ「ぶっちゃけココだけだけどさ、ウチら頑張れば、インディーズの一個手前まではイケルと思う、ククッ」照れ笑いのマリちゃん。「この前、一人でそんなコト考えちゃってさ、そんでインディーと契約とかなったらイイなーって。そっから先は全然わかんないけど」少女の夢は、ロックと共に熱く煮えたぎっているのである。ロックは今だ世界のティーンのココロに勇気と希望の火を灯し、キッズに楽器を握らせ、大きな夢を抱かせる。ユミ「ワタシもっと練習してギター上手くなりたい。ライブに向けて曲決めて練習するんじゃなくて、普段から沢山の曲できるようになって、ライブの時はその中から『コレやろう』って選ぶくらいになりたい」けなげだよ、キミたち、ホントけなげだよ、オジさん感動してるよ…。

彼女たちの話題は、最近のジャパニーズパンクバンド「DUSTBOX」の話題に移る。
●ボクはこのバンドを知らなかった。調べてみると、一度EMI からデビューしながらメジャー落ちして、インディでリリースを重ねながら下北沢近辺でライブ活動をしているバンドらしい。携帯サイトの小さい画面に女子高生二人は額を寄せながらライブ日程をチェックしてる。ユミ「11月にシェルターでやるの、すぐそこじゃん、行こうよ!」マジすぐソコだよ、この北沢タウンホールから30メートルも離れてない。マリ「どんな音?」ユミエルレみたいだけど、エルレほどバリバリしてなくて、もうちょっとキレイめ」エルレこと ELLE GARDEN は00年代の J-PUNK シーンに巨大な波紋を残しながら先日解散してしまった。インディ活動にこだわり、英詞でメロディックパンクを鳴らした彼らのアルバムはものすごいロングセラーを誇ってた。DEF TECH も終始インディだったのでオリコンインディチャートは表面上 DEF TECH の天下であったが、本物のインディの帝王は ELLE GARDEN だった。この DUSTBOX というバンドはその後継を担うのか? マリ「ジャケとかチョーカワイいじゃん!行こ行こ!当日券高いから、前売り2300円で!」

ELLEGARDEN BEST(1999~2008)ELLEGARDEN BEST(1999~2008)
(2008/07/02)
ELLEGARDEN

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Seeds of RainbowsSeeds of Rainbows
(2007/08/22)
dustbox

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●死ぬほど方向音痴のミホがシモキタザワに到着した旨のメールをよこしたようなので、二人は立ち上がってロビーの外に出てった。ボクは、なんかスゴく爽やかな気分になり、彼女たちが活躍するであろう2010年代の日本も捨てたもんじゃないなと感じ入った。別に彼女らがプロミュージシャンになるかどうかは関係ない。「ゆとり教育」でスポイルされたアタマの悪い世代とレッテルを貼られた彼女たちにも、夢と希望と可能性があるコトをリアルに感じた事が気持ちイイ。00年代ももう終わりに近づいてきた。とかく暗い話題しかない今だか、次の時代、10年代はキミらがオモシロくしておくれ。



久しぶりにR&Bを取り上げて、コメントを頂きましたので、今日もR&B系を。
●最近好んで聴いているのは、AKON。セネガル系のR&Bシンガーだ。

TroubleTrouble
(2004/06/29)
Akon

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AKON「TROUBLE」2004年

KonvictedKonvicted
(2006/11/14)
Akon

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AKON「KONVICTED」2006年

AKON の生まれは、パリ~ダカールラリーのゴール地点を首都に持つアフリカの西側の国セネガル。6歳から15歳までセネガルとアメリカを往復して育ったという。父親はジャズパーカッショニストで、その影響なのか、彼は作詞作曲トラックメイキングまでこなせるシンガーになる事が出来た。
●なんといっても彼の魅力は、塩辛くブルージーに響く甲高いアフリカンスタイルの歌唱法だ。セネガルといえば、1980年代のワールドミュージック・ブームの中で注目されたシンガー YOUSSOU N'DOUR がパッと思いつくが、声の印象もソックリだ。AKON がアフリカ移民と聞いた瞬間からスグにこのアフリカを代表するビッグアーティストを連想した。
●しかし、セネガルを拠点にして数十年のキャリアを続けてきた YOUSSOU N'DOUR の音楽はあくまでアフリカ伝統音楽をベースにしてる。一方アメリカで思春期を過ごした AKON の音楽は完全にヒップホップカルチャーのモノだ。唯一無二の塩辛い高音ボーカルを、ヒップホップ的メンタリティ、ヒップホップ的哀愁、ヒップホップ的ギャングスタスタイルに溶かし込むのが彼の音楽だ。この声に注目が集まり、客演仕事は150を超える勢い。そしてただ歌うだけじゃなくてトラック提供までする。

●彼が描くゲットースタイルのトラックは、独特の不安と怪しさが漂い、異常に耳に刷り込まれる。セカンドアルバム「KONVICTED」「CONVICTED = 有罪判決を受ける、囚人」という意味だろうが、それを暗示させるつもりか、監獄の檻がガシーンと閉まる音をサンプルした曲が目立つ。一方銃声のパン!パン!という乾いた音もよく響いている。直線的なメロディは歌うようにラップしているとも聴こえるが、印象的なフックは本当にキャッチー。ボス犬 SNOOP と組んだ「I WANNA FUCK YOU」(直球過ぎるタイトルで「I WANNA LOVE YOU」に改題された)とか耳から離れないもんね。EMINEM の精密なラップ援護射撃がヒリリとしびれる「SMACK THAT」もナイスです。
●一方レゲエやレゲトン風にもチャレンジする趣味も。「MAMA AFRICA」はレゲエのコンシャスネスな側面が際立った佳曲。彼が歌う塩辛い泣きのブルースはダイスキだ。


親知らずってマジ痛いね。もう二度と抜きたくない。
●左側歯茎をかばうばかりに、右へ90度カオを倒してメシを食ってたら、筋違いを起こして背中に激痛。バカみたい。ワイフが爆笑してる。タダでさえ首肩背中周りは自律神経失調症で筋肉の緊張が激しいナイーブな部分。肌に直貼りホッカイロでリカバー。鎮痛剤ももっと強力なヤツに替えてもらった。


素晴らしい絶対音感の感受性に感動。
●さて、先週末、ボクはボクの職場から転職してった元部下のオンナノコ fuyu(仮名)に会ってた。シモキタザワのボクのお気に入りのカフェでランチ。
彼女は無類のブラックミュージック好きなので、会えば音楽トークが途切れない。お互いのミクシイミュージックをチェックしているのだが、彼女の聴くアーティストは8割以上が男性R&B。しかも渋いトコ攻めてる。単純に NE-YO とかだけ聴いてるなら今ドキの若者だなと思えるが(実際彼女はボクより10歳若い)、CARL THOMAS とか KEITH SWEAT とか K-CI & JOJO みたいな EARLY~MID 90'S までもタップリ聴いてて、敢えてイマ感と全然カンケイない所をキチンとチェックしてる。MARIO WINANS みたいなゴスペル流れのシンガーや、AVANT みたいな客演仕事中心シンガー系まで聴いてる。人の聴いてる音楽がわかるとオモシロいね。
●一方ボクはメチャクチャな趣味なので結構恥ずかしい。「なんか一日中浜崎あゆみ聴いてる日ありましたよね」とか言われた。実際その日は確かに一日中ハマアユベスト聴き続けていた。どーゆーつもりで聴いてたかは忘れた。まあそんな日もあるさ。

fuyu は絶対音感を持った、感受性が素晴らしく研ぎすまされた娘だ。
●前から感じていた疑問なんだけど、絶対音感を持っているということは、全ての音声データが脳みそに入った段階で、12音階(なのか?)に記号化されて認識されるということだよね。もしかすると記号化というより図形化されるとか? 予想すると、クラシック音楽のような類いの音を聴けば、正しく調整された音が整然と立ち並ぶ直線的な世界を、キミの絶対音感は認知する。一方キミが大好きなR&B(特にコーラスもの)を聴くと、彼ら黒人シンガー特有のタメ/揺らぎ/震えが、直線的音楽世界に人間的でファジーなブレを発生させて、一気に多彩で複雑な記号(図形)として認識されるのではないだろうか?キミがボーカルもの、R&Bものに特化して聴きまくってるのは、それが楽しくて聴いているんではないだろうか? ……非常に理屈っぽい言い方だけど、ボクはイチイチそんなコト考えて毎日過ごしてるのです。どう?

fuyu は感性のオンナノコなので、ボクみたいな表現はしない。が、ボクの予想は的外れでもなかった。確かにコレは気持ちイイという音楽を聴くと、身の回りの色彩感覚がフワ~っと変わって目の前にイロイロなカタチが見えて来るという。いや、別に普通に周りの風景が変わって見えるわけじゃないけど、ただパーッと周りの雰囲気が変わる。「深い男性ボーカルはまろやかなクリーム色で、コーラスともなると、その四人のボーカルが四本の線を描き、誰かが仕掛ければその一本のラインが動きだして他の線と複雑に絡み合って、とてもキレイなんです。ははは、ナニ言ってるか全然意味分かんないですよね」

イヤイヤ、ボクは、そんな風に音楽、音を認識できるコトがマジで素朴にうらやましい。
●でも反対に耳障りな音もあるよね、例えばボクが好きな90年代グランジとか。そういうのはどう聴こえるの? 「そういう音楽は、「音楽」と割り切って、今言ったような聴き方をしないようにします。昔は全部の音楽が見えてしまいソレに気分をかき乱されてイライラするコトもありました」うおー、そうやって自分の認知能力を制御する術を大人になって身につけたワケね。


音楽の聴き方って、ホント人それぞれだな~と思う。
●ボクは音楽そのものだけでなく、その音楽がコンテンツとしてどんなインパクトを社会/時代にもたらしたか、もたらすであろうか、という文脈で、CDやレコードを聴いている。だから浜崎あゆみを一日中聴いて、イロんなコトを考えたりする。彼女を育てたエイベックスという社風や、ユーロビートを下敷きにした音楽から徐々にロックボーカルにスライドしていく彼女の変化と時代のカンケイとか。それだけで十分楽しい。
fuyu の感覚は音そのもののあり方に、直接アプローチするモノだ。そんな彼女は耳もイイのだろう、語学も得意である。人間の感覚って素晴らしい。


そんなことで、今日は、fuyu が好きそうな男性コーラスグループのCDを聴いてる。

Fever for da FlavorFever for da Flavor
(1993/03/30)
H-Town

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H-TOWN「FEVER FOR DA FLAVOR」1993年
●ヒューストンの3人組ボーカルグループ。ある意味まんまだよね、ヒューストンで H-TOWN なんてネーミング。内容は完全にニュージャックスウィングうーん。古いね~。ダサイね~。個人的には懐かしいけど、今こんなのに注目するヤツいないだろう。時代的にはニュージャックスウィングの中でも盛り下がる頃。古典になるほど古びてないし、今の音楽とも完全に切り離されてる。価格も105円。それでも買って聴いちまうボクがいる。
●あ、よーく見たらレーベルは LUKE RECORDS だ。2 LIVE CREWマイアミベース&下ネタ旋風を巻き起こした元祖的存在、LUKE こと LUTHER CAMPBELL がEXEC. P に入ってる。ニュージャックスウィングがニューヨーク中心に盛り上がってた事を考えると、まだ未発達未開拓だったサザンエリアの中で、気張って最先端のスタイルに迫った根性が感じ取れる。調べればこの一枚でビルボードR&Bチャートで一位も獲ってるぞ。その曲は、ネチっこいミドルバラードですが。

SoloSolo
(1995/09/12)
Solo

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SOLO「SOLO」1995年
●ソロとか言っても全然1人じゃなくて、4人組のコーラスグループ。内ジャケの至る所にウッドベースが写ってて、メンバーの一人が必ずソレをケースに入れて担いでいる。一曲目のイントロ的位置づけとして、 SAM COOKE の古典曲「WHAT A BEAUTIFUL WORLD」アカペラ&ウッドベースを路上レコーディング風に録音してる。CDケースにも「NEW CLASSIC SOUL」という力強い文字が。SAM COOKE のカバーを他にも4曲やってる所を見ると(いづれもウッドベースのみの路上風)、かなり古典ソウルを意識した人たちなのだろう。しかし同じ頃に注目された D'ANGELO らのニュークラシックソウルとは違い、オーガニック感はなし。ニュージャックスウィングの残り香を感じさせるメリハリあるグルーヴ感と爽やかなコーラスワークは、見事に洗練されてる。と思ったら、制作は JAM & LEWIS だった。鉄壁のプロダクションじゃん。キレイなファルセットも響く彼らのコーラス、こりゃ聴けるわ。おトク!380円で入手

ImajinImajin
(1999/10/26)
Imajin

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IMAJIN「IMAJIN」1999年
ティーンエイジャー(デビュー時15~16歳)4人組のボーイズボーカルグループ。JACKSON 5 NEW EDITION みたいなものをイメージして結成されたグループなんだろう。オマケに彼らは全員がボーカルをとりつつ、全員がギター、ベース、ドラム、キーボードをこなす自演バンドでもある。260円だったかな。
●ティーンズグループだけあってやっぱ聴き所は、変声期半ばの青い声。少しハスキーがかった青臭い声が味だねえ。一曲目には DEF SQUAD 一派の KEITH MURRAY がラップで参加。プロデューサー陣はボクの不勉強でほとんど知らない人ばかりだったけど、二曲だけ JODECI の サウンドメーカー DEVANTE SWING が関わってる。
●余談だが、ギター担当だったカワイイ顔した男の子は、その後俳優業に進出してアメリカの「セサミストリート」に出演してるという。へえ。


●さて、fuyu のオハナシに戻る。
fuyu は、ホントに特別な感受性が発達してて、霊感とかもスゴく敏感に察知してしまう。
問題を抱えた人間とか見ると、不吉なオーラが色彩として見えてしまうそうだ。スゴいなあ。実際ボクのオーラも見透かされた。健康だった頃のボクのオーラは、灰色がかった群青色でとてもキレイだと言ってくれた。
しかし病気が発症しボロボロになっていく中、その事実を職場の誰にも明かさず秘密にしていた時に、「なんだか、unimogroove さん、今はヒドい色してますよ」と看破されてしまった。えっ!キミにはなんかへんな風に見えるのかい!「なんかコゲ茶がかった黒いオーラに包まれてしまってるというか…。でもカラダの芯に白い棒のようなモノが見えるので大丈夫な気もしますが…」キミにはそんなモノまで見えてしまうのかい、隠し事は出来ない…。そん時はホントに休職を上司にいつ切り出すかという段階まで追いつめられてた頃だったから、ホントにビックリしたし、もうダメだという気持ちにもなった。

彼女には、この半ば特殊能力めいた感受性を大切にしていってもらいたい。
●子供の頃には感じていたものが、魔法が溶けるように消えていくような思いは、誰もが心当たりがあることだと思う。あんなに走るのが気持ちイイと思ってたのに、今はただカラダが重い…。異性に対して抱いてた憧れと尊敬の思いは、失望とともに幻想のように霧散してしまった…。若い彼女には今後ツライ目に遭うコトもあるだろうが、大切な個性として、自分の持ち味を大切にしてもらいたいと思う。


金魚のニーニーちゃんとお話しする娘ヒヨコ5歳。

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「ニーニーちゃん!ニーニーちゃん!ニーニーちゃんは、なんでヒヨコがおカオみせると、ちゃんとアソビにきてくれるの? そっかー、ニーニーちゃんとマイニチおハナシしたり、おウタをうたったりしてるからおトモダチになってくれたのねー。でもニーニーちゃん、きょうはもうゴハンのジカンはおしまいよ、パクパクしてもゴハンはあげないから、シタにしずんでるゴハンをさがしてたべてね。ニーニーちゃん!ニーニーちゃん!」
●微妙に身長が足らなくて、背伸びしながら水槽をのぞき、踊り歌いながら金魚に話しかけるこの娘ヒヨコは、どうヒイキ目に見ても、重度の大天然にしか見えない。コイツ4月から1年生だよ。こんなんで平気なのか?不安だ。



自律神経失調症とのお付合い(その71)~「通勤訓練/さあ会社に行ってみた」編
●前回のブログに書いたように、イキナリ今日から会社に通勤訓練。
●ココロの準備もないままに、突然「来週から会社に行け」と言われて、「ああ、この居心地のイイデイケアとそのメンバーさんスタッフさんともお別れか…」とチョッピリセンチメンタルになってたボクでありました。しかし、週末、久しぶりに東銀座の鍼灸治療へ行ってドスドス鍼を刺されたら、気合いも入って「さあ、華麗に会社に返り咲いてやる」的なやる気がメキメキ盛り上がって参りました。

そんで、第一日目。会社の診療所に行ったら…、会社の方も突然過ぎて準備が出来てなかった。
●出迎えてくれたのは、例の看護師「のび太くんのママ」さん。なんかとってもお久しぶり。とにかく今後の事を打合せしようとジックリ話し合いをした。
●今回の会社での通勤訓練開始は、マジで横浜の精神病院の院長ウッカリど忘れで、会社への根回しも全然なされてなかった。そんで診療所の責任者である「のび太くんのママ」さんが、院長&担当カウンセラーチーさんとダイレクトに連絡が取り合えたのは、金曜の夕方と今日の朝イチの事だったと言う。
●今回の通勤訓練は、ボク用(復職訓練者用)ブースを31階の人事局フロアに新設して行う、というのが大きな目玉なんだが、余りに急過ぎて、その人事局のエラい人への説明が出来ていない。このままボクが31階に行くとマジで「コイツ何モンだよ」状態になる。たった今やっと労務部長と会話ができて、受入れ態勢を整えてくれる段取りになったとのこと。なんだ、やっぱ急過ぎると思ったけど、会社もついて来れないほどのスピードだったのね。

新設リハビリブースも見学した。
●ボクの知らないウチに人事局のフロアもガラリと模様替えされ、デスクの配置とかレイアウトが全然変わっちゃってる。で、人事局とそのお隣の経理局のちょうどスキマに、小さい打合せスペース(テーブルと椅子4脚)がある。コレがボクのブースだ。本来は経理局の打合せに使ってた場所らしいが、譲ってもらった格好らしい。パーテーションにカッチリ囲まれた空間で、椅子に座ってる限りボクがハナクソほじってようと誰にも見られない一方、ちょっと立ち上がれば、人事局も経理局も全部見渡せるポジション。経理局のロッカーが脇にあるから人がソコを訪れる事はあるけど、本来直接接点のない部署のスキマ、人通りはとても少ないらしい。「なーんだ、十分じゃないですか。『ガッカリしないでね』とか先日メールでおっしゃってたけど、全然問題ないですよ!」
●今はマッサラなテーブルだけど、来週半ばにはPCも2台配置される。「PC2台?来週?速攻で手配するんですね……」ちょっと複雑な気分。ボクの元いた部署では、派遣スタッフなど合計120人ほどの人間がいて、PCが20台しかない。オマケにそのうち半分は幹部社員用で、一般スタッフは10人で1台のPCを使う状況だ。この状況を改善しようとボクは社内を巡って必死にPC配置を訴えたが全然聞き入れてもらえなかった…。それをココ人事局では今日発注して来週には2台PCがやって来る。ボクみたいなペーペーが何を言っても動かないモノが、エラい人が言えば一瞬で動くのか……。2台もあるなら1台はボクの職場のスタッフに回してあげたいよ………ん?マジでなんで2台なんですか?
「のび太くんのママ」さん、含みをもたせて言う。「そう2台なの。実はアナタとは別にもう一人、ココに来るかも知れない人がいるのよ」おっ?そんな人がいるんだ?デイケアに一緒に通ってるはずの会社の先輩は、雨が降るとすぐお休みのハメハメハ大王みたいな状態、最近とんとサボり気味で復帰の気配なんて全然ない。それって誰ですか?ボクの知ってる人ですか?「うーん、まだ言えないわ、でもそんなに心配しないで。ちゃんとしたコだから」「コだから」?若めの社員か?まあ、ルームメイトがいるならいるで、似た境遇を共有して楽しみますよ。

結局、ブースが整うまでは、ボクは「純粋な通勤訓練」をすることになった。
●出社時間10時。この時間に合わせて電車に乗って会社にやって来る。そんで診療所に行って「来ましたよー」と報告する。そしたら、もうすぐ家に帰る。マジで「通勤」しかしない。今週はコレでいく。
コレは復職プログラムとしては大変オーソドックスな手法。ココロを病んで会社に行けなくなった人には、会社の建物が目に入るだけで心臓がドキドキしてパニック状態になるタイプもいる。そういう人は、まずはラッシュ時の電車に乗るステップから始め、会社の最寄り駅まで行くステップ、会社の建物の中に入るだけのステップ、会社の建物に入って、その後近所の喫茶店で長い時間を過ごすステップなどを踏んで、初めて職場に戻るという段取りに移る事が出来る。ちなみにコレは「行動認知療法」のカテゴリーに属するアプローチね。ボクも色々勉強したな~。
ボクは幸運な事に、最初から会社に対する恐怖心は微塵も感じることはなく、社内でどんな人に会っても平気でいられた。そもそも人間関係とかで詰んじゃった訳じゃないから、誰に会ったって別に問題ないんだ。2~4月にやった一回目の通勤訓練は、実際非常にテンポよく進行していたわけだ。ま、色々あって頓挫し、横浜の精神病院に通う事になるのだが。
●まあ、第一週目は体力面での心配が一番だったから、このスロースタートは好都合だ。よし、ツイてるぞ。


労務部のエラい人との打合せ。給料過払い問題
●この1年以上に及ぶ休職中の間、前半戦では、入社以来一回もとった事がない有給休暇を食いつぶす事で給料をもらって暮らしてた。十数年もとった事がない有給休暇は、時限ルールで消えていった分を入れてもなんと100日以上残ってた。コレで、5ヶ月は普通の暮らしが出来てた。
●でもさすがにその有給もなくなっちゃった所で、ボクの給料はベッコリ激減する。幸いゼロにはならない。この点は会社に感謝。しかし長時間労働でアレコレついた諸手当で成り立ってたボクの収入は、基本給だけの丸裸にされて更にソコから何割引きされるので、スゴい暴落率だった。しかし厚生年金や住民税等去年の高い水準で算出される控除金額はハイパー高いままなので、ボクの手取りはヒトケタ寸前まで落ちる事になった。
ところが、いざ有給が終っても。計算してたよりも多く振込がされてる。おかしいなーと思いつつ、ナンダカンダで会社はそれなりの額払ってくれるんだと安心してた。しかしコレが甘かった。数ヵ月後に突然ボクの収入はヒトケタ寸前になり「なんじゃこりゃー」状態になった。会社に問い合わせをした。「イヤイヤ、実はコチラのミスでね、多く払い過ぎちゃったの」なにー!「それでね、大変申し訳ないんだけど、これは返して欲しいの」なにー!なにー!
●結局アレコレメールのヤリトリをしてその返済方法を相談した結果「しょうがない!貯金削っても一括返済しかない!」と決心した。高い給料もらったことになったまま来年に持ち越せば、その給料過払いは所得となって、来年の住民税がその分高く設定される。コレはバカバカしい!ありがた迷惑だよ。そんなハナシをするために、労務部へと向かう。
●労務部副部長を始め5人のエラそうな人たちに囲まれ、予想以上に大げさな歓迎にちょっとビビった。でも年内返済しますとキチンと意思表明した。彼らによると、ボクが会社の口座に一括振込をするよりも、給料から天引きさせてもらった方がイイと言う。ちょっと待って下さい、そしたらボクの給料マイナスになるんじゃないですか?数ヶ月にわたってもらってた過払い金を年内三ヶ月で返済したら、マジで手取りがなくなる……。
しかしココでまた一つスゲエサプライズが!「あのね、ホント申し訳ないんだけどね、もう一個間違いがあったのよ。実は職務手当ってのがあって、全社員対象のモノなんだけど、キミに払うの忘れてたの」はーーーーーー!マジスか?二重で給料ミスがあったのかよ!今度はもらい損ね!会社って予想以上にルーズだぜ!恐ろしい!「これをね、今まで払ってなかった分、来月まとめて振り込むし、今後もこの手当はつくから、なんとかなるはずだよ」はあああ、もうあきれて言葉がでない。大勢で出迎えたのはこのミスをゴメンナサイするツモリだったのか。「なんかもう、正直ハラハラですよ~」とボクは言った。


この顛末を「のび太くんのママ」さんに言ったら、はあ~っとタメ息をつかれた。
「unimogrooveさん、アナタがこの会社にいない間にね、イロんなコトがあってホントに大変だったの。今年度の決算でウチの会社は赤字転落間違いなし。売上げ業績が6割ダウンしたというのよ」6割!ナニゴト!それで会社は就労制度を抜本的に改造しようとして労働組合と激しく揉めて…結局新制度は強行突破で12月から施行される事になったらしい。「もう誰もカレもがクタクタなの。あなたのような現場最前線の人も、そうじゃない内勤の人も。労務部はその労使闘争の最前線で相当大変だったはず。だからこんなヒドいミスまでしちゃうのよね。正直、この最悪な状況に転がり落ちていく会社の様子を見ずに済んだ事はアナタにとってよかったコトよ。こんな中で働いてたらもっとヒドい病気になってたかも」
●ボクが職場復帰するとき、一体ナニがどう変わってるのか?凄まじく荒廃した光景が目に入ってくるのか?なんかスゴく大変そうな気分になってきた。デイケアで一緒だった会社の先輩がいつも苦々しく会社の批判をしてるのがイヤで、ハナシをするのがオックウになってたんだけど、あの人はこの会社の状況を正確に察知してたんだな。あの無気力は「今の会社に帰ってもヒドい目に遭うだけだ」という意味だったんだ。

でもボクはくじけません。ピンチはチャンス。復帰後のボクは、完治し得ないこの病気のおかげでフル出力で仕事をすることはできない。だから大手をふるってサボってやる。その上で、今まで日々の業務に追われて見てこなかったモノを見て、チャンスに備えてやる。オモシロい勝負じゃないか。ヒトケタ寸前の収入で十分ヤリクリ出来る事もわかったし(この点ワイフにマジ感謝)、ちっとやそっと給料減っても別にビビらない。ボクはカタワものになったが、タダのカタワものになった訳じゃない、無駄に一年以上も足踏みをしてただけじゃない事を証明してやる。フフフ、楽しみ。


あ、ちなみに今日、親知らず、また抜きました。

P1000697.jpg

左奥の下の歯。可哀想にまっぷたつに切断されました。
●イロんな打合せもこなして、親知らずまで抜いて…。今日一日でもうテンコモリ。麻酔効いてるウチは「なんだ、たいしたコトねーじゃん、別に痛くもない」と思ってたけど、目下現在、ハイパー痛いです。痛み止めがキかねえ……。左側の歯をかばうばかりに、右に顔を90度傾けてゴハンを食べました。ワイフがソレ見てずっと爆笑してた。水でクスリを飲むだけで、ガーンというほどの痛みがボクを襲う。痛いよー痛いよー誰かボクに同情してくれよー。ノマドヒヨコに歯を見せながら「パパ、すっごく痛い思いしたんだよ、ナイフで歯茎切ってノコギリで歯をまっぷたつに切って、ゴリコリッて引っこ抜かれたんだよ…」…つーかママゴトに夢中で聞いてくれてないじゃん。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html

自律神経失調症とのお付合い(その70)~「突然会社への通勤訓練開始通達」編
●実は、ここ数週間、じつは目まぐるしく事態がクルクル展開して、かなりの混乱状態だった。
●結論から最初に言っちゃうと、自律神経失調症で1年と3ヶ月会社を休職しているボク、来週月曜日から会社の通勤訓練を開始、11月アタマに職場復帰ということになった。
●しかも、それを昨日言われた。………。なんつーのかな、ビビった。「来週っスか~、エラく急っスね~」もうそういうしかナイでしょ。


コトの発端と言えば、ボク自身の希望ってコトもある。
●横浜の精神病院の「精神科デイケア」に通い始める段階、つまり7月頃段階でのボクの希望は年内早いウチに復職することだ、って強く主張した。月一回の院長診察でも一度強く希望の気持ちを伝えた。

でも9月最終週の院長診察では、復職についてなんのハナシもでなかった。
●横浜の病院は閉鎖病棟も備える大規模な病院だ。院長診察ともなると、ロビーで何分も待たされたあげくホンの2分程度しか院長と話す事はできない。9月の診察では「ほう、随分血色がよくなったね~、順調順調。ま、焦らずもう一息だね」はあ、まあボチボチコンディションはイイ感じです。「分析的心理療法もやってるんだよね」あ、はい(アレは、ナニがなんだかサッパリですけど)。ボチボチやってます。
「じゃ、また来月ね。外の受付で予約しておいてね」
●…「ま、焦らずもう一息だね」……。そうか…もう一息か…。まだまだ復職までは時間がかかるなあ。ボクはちょっと落胆した。そんで、その直後、担当カウンセラーのチーさん(仮名)にその院長診察のいきさつを説明した。そしたら…。

●チーさん「あれ~!おっかしいなあ~!ボクは院長には unimogroove さんは順調に回復しててリハビリの拠点を会社に移行させるようキチンと提言しているんですよ。ワタシのメモを読んでくれてないのかな~。すいません、院長今日はスゴく忙しかったハズで、もしかしたらウッカリしてるだけかも知れない…」確かにチーさんは毎週のカウンセリングで院長にそういうハナシを上げてるってコトは言ってくれてた。でもそんな伝達ミスみたいなハナシでリハビリスケジュールがグニャグニャずれるのは、コッチとしちゃ、はなはだ迷惑だ。正直ムカッとした。「うっかりって言われても………ボクの次の院長診察、10月20日ですよ。そっから話を始めたんじゃ、年内復帰は無理じゃないですか!」
●加えてもう一つ。「チーさんは色々提言してくれたんでしょうけど、院長の最終判断がまだ時期尚早だとしているんだったら、早めにそう伝えて下さい」年内復帰が無理と判断されているのならば、それはそれなりにその現実を受け止めるのに時間が要ります。もう何回も凹まされる思いをしてきました。ソレをなるべく無難に受け止めるには、ソレ相応の覚悟と時間が必要なんです。キビシいショックに準備なく打撃されると、ボクはまた寝込んでしまうでしょう…。


そんで週が明けまして、今週月曜日。ボクはクスリを飲み忘れてしまった。
●その朝、ボクはウッカリして朝のクスリを飲み忘れてデイケアへ出てしまった。少し動悸が不安定になってきて、アタマの中が混乱してきた…。電車の中でクスリを飲み忘れた事に気付き、途中下車してでも一服しなくちゃとカバンの中をチェックしたら、なんと肌身離さず持ち歩いているはずのクスリ袋(ボクは大量のクスリセットを巾着袋に入れて持ち歩いている)すら家に忘れている事に気付いた。ヤベエ…。実にヤベエ…。
●フラフラになりながら病院に到着すると、速攻で「なんとかクスリを手配してもらえませんか、忘れちゃったんです(弱)」とスタッフさんにお願いした。クスリは医師の診察がないと出せないので、臨時の診察予約を突っ込みますね、普段は院長先生が担当でしょうけど、一番早く診察出来る先生を捜します、と一番カワイ子ちゃんスタッフのワーマさんが対応してくれた。
●ソレをどこで聞きつけたのか、カウンセラーのチーさんがデイケア室に駆け込んできた。チーさんのセクションとデイケアのセクションは全然違う部署に分かれているので、チーさんをこの部屋で見るのなんて初めてだ。あらら、珍しいな、チーさんが来るなんて…判断力の低下したボクはそう思った。
●しかし、チーさん、クラクラのボクにお構いなしにイキナリ話しかけて来る。「unimogroove さん、院長と今朝話したんですけど、やっぱり先週の診察はウッカリだったというコトなんです。今日のおクスリ出す診察は、臨時の院長診察に切り替えて、今後のコトを話し合いましょう!」なんじゃそりゃ~?
●おいおい、コレって冷静に考えると、ボクがこの日うっかりクスリを飲み忘れて診察をお願いしなかったら、チーさんは院長に先週のコトを確認しなかっただろうし、ウッカリもそのまま放置されてたのかよ!なんか納得イかねえな…。それより、まずとにかくクスリを…。
●院長はやっぱり忙しくて、診察はなんと結局午後3時。昼飯分もクスリ抜き…。ヨタヨタ…。午後はゲーム&ビンゴ大会で、フラフラしてるのに早押しクイズに答えたりしてた。「富士山の高さは、ミナナロで、3776メートル!」そんでラッキーにも4番目にビンゴを引き当てて賞品選んでる所でやっと診察に呼ばれた。

で、院長先生がやっと登場。「10月に、精神科デイケアから会社への通勤訓練へリハビリの重点をズラしましょう」はあ、それって、今ココに来てるデイケアのルーチンをやりつつ、その間に会社に行くってコトですか?「そうなりますね」具体的にいつから?「それはコレから会社の方と打合せをします」何時から何時までいるコトになるんですかね?「そういう細かい事は全部これから打ち合わせます」要はとにかくやるってだけで、何も決まってないってコトだ。そりゃそうだ、ウッカリに気付いたのは今朝だモン、何の準備もしてないはずだ。


そんで昨日。チーさんとの面談。以後チーさんの説明。
●今週、院長と会社診療所の責任者の方(看護師長の「のび太くんのママ」さん(仮名)のコトだ)とでメールのヤリトリがされ、方針が確定しました。まず、会社の通勤訓練開始は、来週月曜日6日からスタート。「ら、来週月曜からですか!マジ早!」最初は、週3日、午前10時から午後1時まで会社に滞在するとのこと。「つまり昼飯食ったら終わりってコトすか?(それじゃまあ余裕かな…)」会社に出たら、まずは会社診療所に顔を出して、その後に31階にあるリハビリブースに行くとのこと。10月17日に通勤訓練の途中経過をカウンセリングして滞在時間を調整するとの事。デイケアは一応来てもらうけど、疲労度に応じて休んでもらって構わない。つまり、実質は完全に会社へ完全シフト。「あー、マジで11月1日までに復帰を目指すんですね…」ちょっと焦り過ぎてない?不安なんですけど…。


リハビリブースの話はしただろうか?
●今年2月~4月にチャレンジした第一回目の通勤訓練では、診療所事務室の空いてるデスクに間借りして過ごしていた。まー、キヤマさん(仮名)やカイリさん(仮名)といった年配の女性社員の方々が色々と気をつかってくれていたのだが、正直気を使うのはボクも一緒だった。何分、彼らは保健医療の専属スタッフ、会社の本業とは無縁の人々、そのカルチャーギャップはストレスだった。池尻大橋の心療内科のセンセイは「アンタ、通勤訓練って言ったって、前と同じコトしたらまたコケルわよ」
●しかも、陽気な性格のキヤマさんはボクのいない間に人事異動してしまい、代わりにきたのがツーンとしたザマスメガネをかけた部長さん。先日親知らずを抜歯した時に、キヤマさんのいなくなった診療所事務室はデスクの位置も模様替えされて、ボクの座る場所がなくなってた。強いて座る場所があるとするならば、そのツーンとしたザマス部長の隣…。カンベンしてよ、ストレス度アップだろ…。
●すぐに「のび太くんのママ」さんに訴えた。(あのザマス部長の隣は死んでもカンベン…とは言えないから)「あの、あの部屋じゃもう通勤訓練ムリっすよね。正直アソコでは息が詰まりますよ、これじゃ前回みたいにまた挫折しますよ」
●そしたら、「のび太くんのママ」さんから出た対案が、31階の人事局フロアに新設ブースを作るとのこと。ブース?「あの、学生さんが使うような自習室のブースみたいなモノ、って言えばわかりやすいかな」イヤ、わかんない…しかも人事局とはマタ難儀なトコロ。カルチャーギャップでまた気分悪い思いすんじゃなるのかな…。「でもね、unimogrooveさん、復帰するってのはそう言う事なのよ。これしきのコトで根を上げてるなら復職はまだ早いってコトなのよ」でも、ブースが突然出来て、ナニも知らない周囲の人から「なんでコイツココにいるの?」的な視線に晒されるのも気分悪い…。
●あともう一つ気になる事。前回はなんだか分からないママ事務室に放り込まれて、何もやるコトがないという状況でした。今回も、ナニもしちゃいけない雰囲気なんですか?「ナニもしちゃいけないなんて、言ってないわよ」だって、ボク以外の人は自分たちの仕事をセッセとしてるんですよ、世間話だってダラダラ付き合わすわけにはいかないし、マンガ読んでるだけでも違和感バリバリだったり…とにかくメチャ不自由だったですよ。「マンガってのはどうかと…」いやボクらの商売でマンガチェックしてないヤツは仕事出来ないですよ。カルチャーギャップ…。
とにかく、一度そのブース見学させて下さい。その作り次第では、注文をつける場合もあるかもです。ということで、10月6日にアポをとった。今や、通勤訓練開始の日になってしまったけど。


チーさんの話はまだ続く。
●前回は「ナニもすることがない」という話があったとのことですが、そこを改善して今回は一つだけ課題を。レポートを書いてもらいます。テーマは、「なぜカラダを壊してしまったのか、そしてコレからはどんな態度で仕事に望むのか」。A4版一枚でイイですから。(……反省文書かされる気分だな。)
●それと、その日の熟眠度、睡眠時間を記録してもらえませんか?特に熟眠度。そうですねー、マル、サンカク、バツ、の三段階でチェックして、その日の疲労度、回復度を測ります。ちょ、ちょっと待って下さい、ボクはこの2年あまり、熟眠度がマルだったコトなんて一度もないですよ。夜中に何度も目を覚ましたり、睡眠が持続しなかったり…。あーそうですかー、じゃあ100点満点にしましょう。とにかく、来週から頑張りましょう。


「分析的心理療法」もコレでオシマイにした。
●今週木曜日の面談では、担当セラピストゲーさん(仮名)の方から説明があった。「チーの方から詳細は伺いました。ワタシとしては、この心理療法は一旦オシマイにして、今は通勤訓練に専念される事をお勧めします」でも、コレもまだ初めて6回目で、まだ何にもやってない感じでスゴく中途半端なんですけど…。「でも今月イッパイあと3回くらいの面談をしても、なんの効果も期待出来ませんし、ただ疲れるだけになるでしょう」
ボクは会社に一気に舞台を移すのは不安なんです。一度通勤訓練に失敗してますし。だから、せめてこの面談を含めて週3日この病院に来て、会社は2日くらいからというペースで始めたいんです。「しかし、それではこの療法への動機付けがブレてしまって、複雑になってしまいますね…。本来の効果を上げる事は難しいでしょう」そっか…動機に不純物が混じってると治療が成立しないんだ…それは意味がないし、なによりもゲーさんに失礼だ。「うーん、わかりました。今日でこの面談はオシマイにします。お世話になりました」

で、ゲーさん、まだ面談の時間は余ってますよね?イロイロ教えて下さい。
「分析的心理療法」のコトよくわかんなくて、この前、応援スタッフに来てた心理療法課のイイツさんにハナシを聞いたら、あの方は「行動認知療法」専門で、ソッチのハナシだけイロイロ教えてくれました。こっからは、治療者と患者という関係じゃなくて、先生と学生というツモリになってこの「分析的心理療法」の事を教えて下さい。最後だから、ここからはボクからの逆質問です。
「精神分析」フロイトが100年くらい前に確立した古典的な手法と聞きました。ゲーさん「この部屋に入った瞬間に思い浮かんだ事を自由にしゃべって下さい」と言いましたけど、そんなふうに患者に自由にしゃべらせて精神分析が出来る根拠ってどう位置づけられているんですか?
ゲーさん曰く、治療者は患者の全部を観察して、その感情を感じ、心の中身を考えていきます。泣く人、怒り出す人、ナニもしゃべらない人、その表情や身振り手振り、貧乏ユスリのようなクセまで全て観察し、感情を読み取ります。裏返せば、そういう観察で患者の心の中の問題を読み取る事が可能だという考えを前提にしてる理論ってワケですね。心理テストは設問を投げかけてその反応を読み取るけど、これは自然状態の患者をただ眺めるだけで、心の中身を読み取る、読み取れるという立場の思想なんです。
ゲーさんは続ける。しかし、泣き続けている人、怒り続けている人をただ眺めているだけで、スグに心の中の問題が即座に理解出来るはずがありません。この治療が数年、普通でも3~4年に及ぶのはそのためです。治療者は、まず患者の感情を感じ取ります。しかし心の問題を分析的に観察できる、言語化して問題解決の助言ができるようになるには長い時間が必要です。しかもその助言がその患者さんにとって有益となるタイミングというのも、患者さんによって全部違います。同じ助言でも患者さんに受け入れる姿勢が整ってなければ意味をなさないのです。
●だから患者との信頼関係や治療者としての感受性など、その治療の行き先を決めるものはその患者さんごとで全然違うものになるので、一様にこういう効果が得られるとか、こんなメリットが得られるとは言いづらいんです。ふーん、なるほど。確かにこれじゃボクがあと二、三回面談をしてみた所でナニかが分かる訳がないし、それはお互いタダの徒労にしかならない。ココでヤメる根拠がよりよく理解出来た。

理論はなんとなくわかった。でもボクの逆質問は続く。
●3~4年もかかるとなると、これは治療者にとっても経験やスキルが試されるものですよね…。ボクの職業も経験がモノをいう場面は多いです。センスも重要ですけどね…。ちなみにゲーさんは、ボクと同世代とお見受けしますけど、この仕事のキャリアはどのくらい?ゲーさん「ああ、それはちょっと聞かない方がイイかも」あー女性に年齢聞くようなもんで失礼か。
そもそも、ゲーさん自身は、このお仕事には希望して入られたんですか?ボクは病気を患ってから精神医療の現場にはホント色々な人たちが働いているんだなと感心しました。しかも非常に役割が分化している。この病院には、精神科医がいて、ゲーさんみたいなセラピストがいて、鍼灸師さんまでいるじゃないですか。やっぱ望んでこの仕事されてるとか?「いやーそれは誰でもそれなりの成り行きで落ち着く所に落ち着くもんじゃないですか…」だんだん言葉に力がなくなるゲーさん。こういうツッコミに慣れてないみたい。そうするともっとイジクリたくなるのがボクの性分。
●いやいや、やっぱ志って大事でしょ、普通、ボクみたいな病気にかかる人って、もう仕事に戻りたくない、会社に戻りたくないと思ったりするケースが多いけど、ボクはやっぱ自分の商売が好きで、そこに戻る事に迷いはない。ゲーさんも、志とかあるんじゃないんですか?「あの……治療者というものは、あまり自分のコトは話さないものなのです……」なるほど、患者に対して客観性を維持するには、白い壁のような存在、鏡のような存在でいることの方が有効ってコトですね。下手すると占い師や教祖様と同じになっちゃう。「あ、そうです。この世界じゃ『鏡』という言葉はよく使います」
●面談の時間が終わって、お別れの時間になった。面談室を出て廊下を歩きながら少しハナシをした。「なんでボクはこの療法を薦められたんでしょうかね」ゲーさん「それは、unimogrooveさんが自分の考えを明確に言語化するのが非常に得意だからでしょう」………ふーん、今、自分では気付いてなかった得意技を教えてもらった気がした…。なるほど…。「まあ、今日の逆質問されたゲーさんの困り顔は、今までの面談の中で一番オモシロかったです。うん、一番楽しかった」ゲーさん苦笑。短い間でしたが、ありがとうございました。


話は昨日のチーさんとの打合せ直後へ。デイケア室に戻る。「来週から会社だ」と言われて、なんか拍子抜けしてしまった。
●早速デイケアでのボクの担当者コソさん(仮名)に報告。この病院は組織がデカすぎるので、チーさんのやってるコトが、コソさんらデイケアスタッフには全然伝わらない。このハナシをしたら、コソさん自身も面食らっていた。「ああ、そうですか、早いですね、それは……やっと慣れてきた所なのに…。でも希望されていた復職ですから、焦らずに確実にやって下さいね。デイケアの事は気にせず、復職を第一に考えて下さい。無理なら休んでもらって結構ですし」なんかこのままボクはデイケアからフェードアウトしちゃうみたいですね。結局コソさんと何回も将棋したけど一回も勝てなかったですね…。やり残した事がとても多い…。

あんなに待ち望んだ復職のチャンスなのに、気分がパッと晴れないのは、デイケアの人たちとお別れするのが寂しくなっていることに気付いた。所詮週二回2ヶ月程度の付き合い、特段深い関係でもない、でも、イロイロ世話をしてくれた人、悩みを語り合った人、ビックリするような個性的な人たちの前からフェードアウトするようにいなくなるのは、なんか寂しい。
●この日の朝だって、長老ツエさん(仮名)がチカラ強く声をかけてくれた。ツエさん駅前から出る送迎バス乗り場に常に一番で来る。9時発のバスに対して8時からいるのだ。ナゼならツエさんは、文字通り杖がナイと歩けない。途中でナニか不測の事態が起こるとバスに間に合わない。自分が歩く時間が読めないから一時間も前に到着するスケジュールを組んでいるのだ。それほどまでにデイケアへ強い思い入れを持ってる。「それだけデイケアはオレにとって大事なんだ、人生変わったよ、それまでは自殺ばっかり考えてた。でも立ち直ったんだ」
●ボクがツエさんを長老と呼ぶのは訳がある。診察時間を終えたロビーは人気がなくなる。そんな所でツエさんが若いメンバーさんの悩みを聞いてあげてる場面をよく見てたからだ。デイケアも30人以上の人間が集まる一つの社会だ。当然メンバー間の摩擦もある。ソコをツエさんは見えない所で調停役を買って出ているのだ。もともと労働組合の委員長を務めてた人だ、面倒見がとてもイイ(ソコでの過労が病気の原因なのだか)。半ベソの女性メンバーさんの相談を真摯に受け止め「相手にはキチンと反省させるから」と励ましてる所を何度も見た。ココロが痛んだ人たち同士の寄り合いは、確かに癒しの意味を持っていた。

●今月の「精神科デイケア」では、近隣のデイケア施設が集まってのスポーツ交流会、ズーラシアへの小旅行、どっかの公園へのハイキングなど様々な企画が目白押しだった。でも多分全部キャンセルだ。
●ボクがソフトバレーボールのキャプテンに勝手に推薦したリシさん(仮名)は、スポーツ交流会にやる気満々でその日も外の体育館に行って練習してた。ボクはリシさんに詫びた。「リシさんゴメンナサイ、リシさんのコト、勝手にキャプテンに推しといて、ボクはソフトバレーに出られないかも。実はイキナリ会社復帰が決まって…」リシさん「えっ…エラく急っすね…。とにかくあまり無理しないで、焦んないようにね。バレーは全然気にしないで」
ズーラシアへの遠足を企画してるバタコさん(仮名)にも告白した。「バタコさんが準備してるズーラシア小旅行、すごく行きたかったけど、行けなくなっちゃった…。実は会社への復帰準備が始まるんです…」いつもニコニコのバタコさんは、「えっ、そうなんですか!でも、会社復帰はおめでとうです!ダイジョウブですよ!あの、その、なんの根拠もないんですけど、とにかくダイジョウブですよ!」この日一番のウレシい言葉だった。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html
「バック・トゥー・ベーシック」として音楽と向き合うボクの、ルーツ回帰90年代の旅。
PAVEMENT から始まり、先日は SONIC YOUTH を取り上げました。そんで今日は NIRVANA。


銃に弾を込めて、オマエの友達を連れて来いよ。
負けるフリをするのは愉快だぜ。
あの娘は退屈過ぎて、出しゃばり過ぎだ。
悪い悪い、オレは口がワルいんだよ…。

ハロー、ハロー、ハロー、HOW LOW ?
ハロー、ハロー、ハロー、HOW LOW ?
ハロー、ハロー、ハロー、どんだけローな気分なんだ?
ハロー、ハロー、ハロー、どんだけ最悪な気分なんだ?

灯りをつければ、多少は危なくねえだろ!
オレらはココだ!楽しませてくれ!
バカみたいな気分だ、オマケにコレは伝染るぜ!
オレらはココだぜ!楽しませてくれよ!!
シロクロの混血、アルビノ、ヤブ蚊、オレの性欲! イェイ!!

キッチリコトをこなすっつーことが、オレは超苦手で、
そんな才能のおかげで、オレは幸せなんだよ。
オレらの仲間ウチは今までいつもこんなんで、
これからもずっと最後までこの調子だろう…。

たった今味わった感じをもう忘れちまった。
あー、多分オレを笑わせてくれるもんだったと思う。
結構大変な思いで見つけたんだ。そりゃ面倒くさいコトだった。
まー、それが何であろうと、別に気にしねえが。

ハロー、ハロー、ハロー、HOW LOW ?
ハロー、ハロー、ハロー、HOW LOW ?
ハロー、ハロー、ハロー、どんだけローな気分なんだ?
ハロー、ハロー、ハロー、どんだけ最悪な気分なんだ?

灯りをつければ、多少は危なくねえだろ!
オレらはココだ!楽しませてくれ!
バカみたいな気分だ、オマケにコレは伝染るぜ!
オレらはココだぜ!楽しませてくれよ!!
シロクロの混血、アルビノ、ヤブ蚊、オレの性欲!
そうさ、拒絶だ、拒絶だ、拒絶だ、拒絶だ、拒絶だ………。

NIRVANA「SMELLS LIKE TEEN'S SPIRIT」。ワタシのメチャクチャ日本語訳。)


1991年、この1曲で全世界のシーンを塗り替え、時代のヒーローになったバンド、NIRVANA。


NIRVANA「NEVERMIND」

「NEVERMIND」1991年。
●当時高校生の放送部員だったボクも、この強烈なロック衝撃を聴く者のハートに発火させるこの曲にリアルタイムでハマり、お昼の校内放送のヘヴィロテチューンにしてた。
●あの有名なギターリフをイントロに鳴らすと、たちまちカッタルイテンションでメロディに滑り込む。ヤケクソなのかやる気がないのか、投げやりなボーカルが吐き捨てるように歌うリリック。そして不穏な気配で「ハロー、ハロー」を繰り返す……そして突如テンションは爆発!激情を煽りに煽りまくるサビ、強烈にキャッチーなフック、凶暴な混沌が煮えたぎる間奏…。既存のロックにはなかった、洗練を永久に拒絶するサウンドデザイン、その一方で一発に耳に刷り込まれる耳馴染みのよさ。実際にティーンの匂いプンプンのボクには最高のロックチューンだった。

またまた個人的な思い出を。ハンドボール部の花形プレイヤーで長身のイケメンだったアキヤマ。
●この曲を聴くと彼の事を思い出す。アキヤマとは家が激近所だったのに、ボクは文化系のメガネ、あまりにも境遇が違い過ぎたので接点がなかった。そんな彼が珍しくCDを貸してくれとボクに言ってきた。でも曲名がわからなくて、とってももどかしそう。「あのさ、オマエなら絶対持ってると思うんだけど、でも曲名とかバンドとか分かんなくてよ、あー、なんつったらいいのかな……あの、なんだかこう……跳ねるヤツ!そう、跳ねる感じのヤツ!」ああわかった、一発でわかった。跳ねるヤツね!わかるわかる!確かに跳ねるよ、跳ねたくなるよ。「SMELLS LIKE TEEN'S SPIRIT」とは、そういう曲なんだよね。

NIRVANA「IN UTERO」

「IN UTERO」1993年
●そしてボクが大学2年生の時にリリースされたのがセカンドアルバムのコレ。「IN UTERO」とは「子宮の中」という意味。ジャケにあるような人体解剖人形のコレクションは KURT COBAIN 自身の趣味ってハナシは最近知った。プロデューサーは BIG BLACK、RAPE MAN など80年代アンダーグラウンドのジャンク系バンドで活躍してたSTEVE ALBINI。彼は「ジェットギター」との異名を持つ独特のソリッドなギターサウンドを持ち味にするストイックなノイズド根性男。生真面目なメガネ面して「KIM GORDON'S PANTY」という曲を演奏してダンナの THURSTON にブン殴られるなど、どっからマジでどっからフザケてるのか、イヤ全部引っ括めてマジなのか、不安になる奇人。
●そんな男の助力を得て、バンドサウンドは「NEVERMIND」よりもさらに殺伐となり、テンションはどんどんダークになっていく。突然スターダムに押し上げられた KURT 自身の戸惑いと、周囲の無理解やマスコミの横暴などへの苛立ちが、音に表れている。「RAPE ME」はそんな苛立ちの結晶のような楽曲。詞の内容がフェミニスト団体を挑発して増々ヤヤコしいことになる。「SCENTLESS APPRENTICE」「RADIO FRIENDLY UNIT SHIFTER」のような疾走するノイズギタージャムも当時の KURT の狂気を反映しているようだ。



そんで当時のボクは。初渡米の旅。1994年3月。
ロサンゼルスのCATVで SNOOP DOGG G-FUNK にシビレ、サンフランシスコのCD屋で SONIC YOUTH など当時のオルタナティブロックを買いあさり、そんでボクはそのままシアトルを訪れた。
シアトルは、今でこそイチロー選手が活躍してるシアトルマリナーズで日本人にも馴染みある土地になったが、1994年段階では普通の日本人観光客が行くほどの場所じゃなかった。普通の観光なら、もう一つ足を伸ばしてカナダ・バンクーバーまで行く。首都と同じ名前なのに場所は真逆にあるというワシントン州は、アメリカ西海岸の一番北、カナダと国境を接する所にある。そこの中心都市であるシアトルは、深く入り組んだ入り江に面した港町。クラムチャウダーが名物料理で、スターバックスコーヒー発祥の地。飛行機最大手ボーイング社の工場があって「日本の飛行機もココでメンテナンスされてるんだぞ」とタクシーのオジさんが教えてくれた。音楽的には JIMI HENDLIX の生まれ故郷ってのがウリらしいが、彼を最初に評価したのはイギリス人なんだよな~。

●ある意味音楽文化的には空白状態だったシアトルのシーンに、80年代後半から新しいバンドの群れが出現するようになった。彼らは外部のシーンに影響される事なく独自の音楽文化を育て、それが NIRVANA のブレイクによって全国に認知されることになった。いわゆる「シアトルグランジ」だ。「GRUNGE」という言葉を辞書で引けば 「薄汚い」という意味が出て来る。80年代全盛の洗練されたスタジアムロックとは無縁の、野良犬のようにキタナく音も乱暴で耳障りの悪いロック。パンク精神をルーツとしながらも、そこに固執せず様々な音楽の要素を吸収しているのが、彼らの音楽をユニークにした。

●ボクの目的は、そんな「グランジ」の激震地シアトル詣出であった。この街の空気を KURT COBAIN を始め様々な新進アーティストたちが吸っていると思うと最高にウレシかった。夜に宿へ到着して、翌日最初に向かったのは、地元インディレーベルの代表「SUB POP」の直営店。このレーベルは設立1986年、NIRVANA も彼らと最初に契約したし、MADHONEY、SOUNDGARDEN、TAD、L7、THE DWARVES など王道のグランジバンドから変態バンドまで様々なアーティストを発掘していた。

subpop.jpg

●ダウンタウンにあった小さいお店はあのレーベルマークの小さな看板をつけており、地元アーティストだけじゃなく、イギリスのインディバンドもたくさん紹介していた。その時の店のBGMは、KURT 自身もお気に入りと発言し、ミニアルバム「INCESTICIDE」でカバーまでしたスコットランドのホンワカギターポップバンド THE VASELINES だった。SUB POP が編んだ彼らのベストアルバム。当然その場で買った。SUB POP のロゴTシャツももちろん買ったし、15年近く経った今でも時々気が向きゃソレを着て歩いている。

NIRVANA「INCESTICIDE」

(NIRVANA「INCESTICIDE」)

THE VASELINS「THE WAY OF THE VASELINS A COMPLETE HISTORY」

(THE VASELINS「THE WAY OF THE VASELINS A COMPLETE HISTORY」)

●結局夜中のライブハウス巡りは断念したんだけど(だって生まれて初めての海外一人旅でビビってたから)、レコ屋巡りは必死だった。バスに乗って郊外へ出てワシントン大学まで出向いた。「レコ屋は学生街」は鉄則だからね。大学の広い構内には深い林が至る所にあり、野生のリスがチョコチョコ歩いているようなトコロだった。勝手に校舎の中を歩いていると、黒人映画監督 SPIKE LEE の講演会のお知らせがあったり、ギャラリーで JEAN-MICHEL BASQUIAT の展覧会をやってたりしてた。ホンモノのBASQUIAT 作品を観たのはコレが初めてだった。カフェを兼ねた古本屋とかを冷やかして、タワレコでバリバリ買物をした。
●結局、ロス、シスコ、シアトル買ったレコード/CDの総数は80枚以上になり、とうとう旅行カバンがブッ壊れた。それでもガムテで割れ目をカバーしたりしたが、飛行機のチェックインでオーバーチャージをむしられ、ダンボール箱を渡され二つに荷分けしろと言われた…。この経験で、海外でのバカ買いは自分で持ち帰らず、必ず箱に詰めて郵便に出す事にした…。イロイロ勉強になった旅行だったな。


NIRVANA「BLEACH」

「BLEACH」1989年
●この文章を書こうと思った時、実は NIRVANASUB POP からリリースした真のデビューアルバム「BLEACH」をボクは聴いた事ないじゃん!という事に気付いた。ほんで、レンタルしてみて今回キチンと聴いてみた。
「NEVERMIND」よりも「IN UTERO」に近いダークさと、メタリックなハードさが印象的。やはりメジャーデビューでは多少のキャッチー路線を意識したのかともとれるが、KURT COBAIN「BLACK SABBATH と THE BEATLES を足したような音楽をやってみたい」と語っており、その曲にある親しみ易さは彼の本来の持ち味のでもある。むしろシアトルのアンダーグラウンド社会の中では、メジャーに歯を向く凶暴さが必要とされ、NIRVANA SUB POP の一員として、敢えてタフでメタルなアプローチを選んだとも思える。しかし、当時全盛のスラッシュメタルとも、ハードコアパンクとも色合いを違える音楽性はやはり独特のモノとして光っている。


そして1994年4月。ボクが初渡米から戻ってきて数週間も経たない頃だった…。
●当時東京都国立市で一人暮らしをしていたボクは、スクーターで一橋大学の前を通りながら、駅舎のすぐ脇にあるレコ屋・ディスクユニオン国立店に通うのが日課のようなモノだった。カネはないがヒマはある。音楽誌を買って読んだりするよりもレコ屋に足繁く通い、新譜をチェックするほうがシーンにリアルに近づけるような気がしてたんだな。チェックするってもカネないからジャケ見るだけ、店員さんのレコメンコメント読むだけだけど。
●その日も何気なしにディスクユニオンに行った。4月9日だったのかな。オルタナティブロックの棚に小さな白い短冊のようなモノが貼られ、慎ましやかな文字でこう書かれていた。「ニルヴァーナのカート・コバーンさんが自殺されました。ご冥福をお祈りします」ええええっ!どういう事!何かがツーンと背中から後頭部に突き抜けるような感覚に戦慄し、一瞬その場から動けなくなった。しかし情報はコレっきりで、それ以上の事はナニもわからない。それでも何かが解るかもとしばらくその小さな短冊を見つめ続けてしまった。
●翌日、朝日新聞のようなフツウの新聞までがフツウの訃報以上の扱いで KURT の死を報じていた。「米ロック歌手 カート・コベインさん自殺」コバーンは、本来コベインと発音する方が正しいらしいってのをこの記事で初めて知った。薬物中毒のリハビリ中だった KURT は、ロスの施設を抜け出してコッソリシアトルの自宅に1人で戻っていた。そんで、ショットガンで自分の頭をブチ抜いた。防犯装置を設置しにきたエンジニアが彼の死体を発見したとな。
なんで彼が自殺しなくてはならなかったのか、全く理解出来なかった。理解したくもなかった気分だ。華々しいキャリアは始まったばかりで、結婚そして愛娘の誕生と、彼の人生はこれからもっと大きくなるはすだった。なのに、なぜ死ななくちゃいけなかったのか。

●結果として、KURT COBAIN は、90年代のロック神話となり JOHN LENNON、SID VICIOUS、FREDDIE MERCURY などと並び称されるロックの聖人となった。27歳だった。THE DOORS JIM MORRISON JANIS JOPLIN JIMI HENDRIX も、THE ROLLING STONES BRIAN JONESみんな27歳で死んだ。27歳という時期には、ロックスターには何かが起こるのか?




DVD「カート・コバーン アバウト ア サン」

●DVD「カート・コバーン アバウト ア サン」
KURT COBAIN が唯一心を許したジャーナリスト MICHEAL AZERRAD との25時間にも及ぶインタビューテープをベースに、KURT 自身の言葉で彼の人生を綴っていくドキュメンタリー。KURT が眺め通り過ぎていったであろう故郷の風景をバックに、彼自身の訥々とした語りが淡々と続く。インタビューが行われたのは、1992年~1993年の頃。まさに死の直前期。彼が回顧する少年時代、思春期、初期のバンド活動、スターダムへとのし上がった今の状況、COURTNEY LOVE との出会いと愛娘 FRANCES の誕生、将来の事……、実に様々な事が話題に持ち上がる。

病気を患い、アレコレココロの病気について勉強したボクには、彼が悲しい適応障害の人間に見える。そして強い劣等感に苛まされていた事も理解出来る。
シアトルから南西に離れた人口1万6000人のド田舎、アバディーンという町で彼は少年時代を過ごした。読書と絵画を愛する彼に母親は愛情を込めて育ててくれたが、父親は簡単な事で手を挙げる乱暴な男だった。しかもこの父親は KURT の母親を捨て離婚、その後全くの音信不通になった。母親は酒に溺れ、KURT は躁鬱病を発症した。8歳のコトだった。「オレだったらどんな事があっても子供を探し出して関係を修復したいと思う…。あの男には興味もないし会いたくもない…」
思春期にはヒドいイジメにもあった。友人の少ない KURT に親しくしてくれたのはゲイの少年だった。KURT はゲイではないが、周囲は彼自身もゲイだろうと罵り、ロッカールームの着替えの際には、マッチョな連中からブン殴られたりする有様。ド田舎では彼と興味を共有出来る人間はおらず、ネクラなオタクとして振る舞っていた。クラスメートは、いつかヤツはブチ切れて学校でライフルを乱射するだろうと陰口を叩いたという。「別にゲイでも構わない、ゲイなら普通のオタクじゃない、特別なオタクだ。オレは特別なんだ」
●ギターの練習は黙々と続けていた。いつか素晴らしい曲が書ける、ロックスターになれる、そうカタく信じていた。そのためにバンドが組みたいと思っていたが、仲間はなかなか見つからなかった。ベーシスト KRIST NOVOSELICに声をかけたのは高校の頃だ。同学年だが全然接点はなかった。しかし頭が良く目立ちたがり屋の KRIST はノってくると KURT は踏んでいた。しばらく無視してた KRIST だが、気分が乗ったのか、バンドを組む事に同意した。「長い付き合いだと、お互いの嫌がる事がよく分かる。ヤツはいつも自分が一番である事を望む。オレだってそこそこ笑いを取る事だって出来るが、ヤツの前じゃそう振る舞わない。ヤツのプライドを損なう。バンドを続けるためには、そうやって我慢する事も必要だ」

高校を卒業した KURT はタダのダメ人間だった。アートスクールに進むクチもあったが興味がない。家を出て友達の家を転々と回った。友達の家で飲んだくれてはそのままソファで眠り込んだ。いつしか泊めてくれる友達もいなくなり、橋の下で眠る事もあったという。
●当時のガールフレンドとワシントン州の州都オリンピアに引っ越した。別にクルマの中でホームレスしたって構わねえと無気力を極め込む KURT を、尽くしたい系女子だったこの彼女は、家で寝っ転がって働きもしないこのダメンズを甲斐甲斐しく面倒を見てくれたらしい。「随分夕飯をおごってもらった。悪かったかな」ボヘミアン風のアートシーンがあったオリンピアの街は、ダメ人間にも寛容な雰囲気があったが、それ以上のダメ人間だった KURT はやはりこの街にも馴染む事ができなかった。ライブもボチボチあったが、CDをリリースしたりツアーをしたりという野心のナイオリンピアのおとなしいシーンは、KURT には退屈だったのだ。
一方で曲作りやデモテープ制作は積極的だった。気になるインディレーベルにどんどんテープを送りつけていたそうな。当時 SONIC YOUTH が所属してた STT とか。後に共に仕事するSTEVE ALBINI のバンド BIG BLACK RAPE MAN が所属してたレーベル TOUCH & GO には20本は送ったという。時にはテープと一緒に紙吹雪とかも入れといたそうだ。

そんでとうとう SUB POP との契約。ド田舎の若造とナメラレタくなかったのか、KRIST の態度が最悪。ビールをガンガン飲んで、ゲップを吐き散らしては周囲に悪態をついた。「何か文句でもあるんか?」SUB POP の連中は早く逃げ出したい気分だったはずだ。「KRIST が荒れてるんで、契約の内容もよく分からない有様だったよ」
●しかし、とうとう憧れの生活が始まった。アルバムを作り、ツアーに出かける。「バンド活動だけで食っていけるようになったし、何しろキチンと家がある。これがずっと続けばイイと思ってた」しかし、ツアーに出るようになって問題が起こる。元から胃が悪かった KURT はツアー生活でヒドい胃痛に悩まされるようになった。それはもう自殺したくなるほどの痛みだった。「胃が治るまでツアーには出ないと悪態をついたもんだ。メンバーたちはきっとオレにウンザリしてたはずだ」躁鬱の気があり人とウマく関係を結べない KURT にとって、連日のステージとバンド&スタッフとの共同生活は精神的に負担だったはずだ。ギターを持つクセが胃の痛みに拍車をかけていたようだが、神経性の胃炎だったことも容易に想像出来る。
KURT は本当に他人とウマくやるコトができない人間だった。「この前も若い子に言われたばかりだよ、何故いつも怒ってるの?オレは全く怒っちゃいない、至って普通なのに」本人にはそんな自覚はないのに、誰もが彼はいつも不機嫌だ、苛ついている、怒っていると思っていた。昔の友人に会って話をした時に言われたのが「前のアンタは人の話なんか全く聞こうとしなかった、とさ。オレは音楽の評価に関してはよく話を聞いていたつもりだったが」彼は本当に孤独な人間だった…。
胃痛の問題をサッパリ解決する方法を KURT は見つけてしまった。ドラッグだ。ヘロインをやれば、胃は全く痛まない。「後悔はしていない。アレはオレが利用していたんだ。あの時には必要だった」本格的な転落はココから始まったのかもしれない。

メジャー GEFFIN への移籍。なかなか定まらなかったドラマーのポジションに DAVE GROHL が入ってきた。しかし移籍直後はカネがなくってサイアクだったそうな。「DAVE と一緒にアパートで過ごしたあの冬は最悪だった。なんでメジャーと契約したのにカネがないんだ?」
●その一方で運命の出会いが。女性ロックバンド HOLE のヴォーカリスト COURTNEY LOVE との出会いだ。初めて彼女を見た時の印象は「NANCY SPANGEN みたいだと思った。会ったその日にヤリたいと思ったほどだ」90年代のシド&ナンシーとして伝説となる運命ははもうこの瞬間から始まっていたのかもしれない。
COURTNEY KURT とは正反対の人間で、非常に活発でカリスマを放ち、とんだトラブルメーカーで、一緒にいると全く退屈しないタイプの人間だった。「オレが事務所にモノを頼んでも、それが叶うのは4ヶ月後だ。でも彼女が電話すればスタッフは即座に対応する。『イヤな女だ』と思いながらね」
1992年二人は結婚し、長女 FRANCES が生まれた。しかし GENERATION X と称された正体不明の新世代の代表格として祭り上げられたこのカップルに、マスコミは猛然と噛み付いた。破天荒なロックスターカップルのドラッグ中毒ぶりなど、罵詈雑言を浴びせまくった。インタビューで KURT はこのマスコミの態度に激しく憤っている。「アイツらのおかげでオレの家族にナニかがあったらタダじゃおかない、ヤツら全員をぶっ殺す!」「12歳になった娘が過去の記事を見て、父親がクスリを使ってたと知った時どう思うか!」ソレは本当に激しい激しい怒りだった。家族に恵まれなかった KURT にとって、自分が作った家族は何に代えても大切なモノだったのだろう。

●インタビューでは、今後の展望についても語っている。他のミュージシャンとも共演してみたいし、自分の声とギターでドコまでイケルのか試してみたい……。しかし、それは結局叶わぬ事になるのだが。



一旦ボク個人のハナシへ。「SMELLS LIKE TEEN'S SPIRIT」のプロモビデオ。
●社会人になってレコード会社との付き合いが出来たボクは、知り合いに頼んで「SMELLS LIKE TEEN'S SPIRIT」のPVをダビングしてもらった。今じゃ YOU TUBE で簡単に見られるけど、10年以上前ではフル尺でプロモ見せてくれる番組なんて日本になかったから、最高にウレシかった。
このビデオをよーく見直して欲しい。YOU TUBE ですぐ見つかるからさ。ここには、思春期の KURT が弾き出され、そして憎んだであろう、真っ当なハイスクールライフを裏返しにしたような世界が展開されてる。
●バンド3人が演奏するのは高校の体育館。バスケのゴールが見えて、応援団席には大勢の若者たちが一杯。チアリーダーたちがボンボンを振り応援をしている。本来だったら健康で運動好きなマッチョ選手が花形として活躍する場面だ。しかし、照明は薄暗く、応援団席の若者はグランジスタイルのダメ人間風で激しいバンドの演奏に合わせてモッシュしまくる。チアリーダーの踊りは妖しく退廃的で、本来カラフルなはずの衣装はブラックに統一されてる。胸には「A」の1文字。黒で「A」はアナーキズム(無政府主義)の象徴だ。
KURT COBAIN は、自分を拒絶した高校生活を、このビデオの中で転覆し奪回した。自分を嘲った連中を見返して、ロックヒーローとして体育館を支配した。確かにこのビデオからは、KURT が十代の頃に抱いた劣等感やコンプレックスや憤りや復讐心がプンプンと匂って来る。確かに「SMELLS LIKE TEEN'S SPIRIT」なんだ。気分が悪くなるほどの歪んだ感情がビリビリ響いて来る。
●しかし「グランジ」90年代の心象風景においては、そんな歪みと捩じれた感情が大きな意味を持っていた。バブル崩壊後の荒廃した日本経済の中で就職氷河期に晒されたボクらの世代は、誰もが心の底に沈殿する捻れと歪みを抱えていた。それが90年代だ。「失われた10年」だ。KURT COBAIN は90年代的な生き方を全うし、90年代的に死んでいった。



DVD「ラストデイズ」

●DVD「ラストデイズ」2005年
●監督:GUS VAN SANT。KURT COBAIN が過ごした最期の2日間を下敷きにした映画。主人公は KURT とは明言されていないし、細かい状況も違うようだ。しかしPVディレクターとしてロックカルチャーから身を起こし、「ドラッグストアカウボーイ」「マイプライベートアイダホ」(← RIVER PHENIX 晩年の傑作)など、若者の焦燥感を描く事にかけては一流の監督の手によって、死後10年経って、KURT へのオマージュが制作されたというわけだ。
●森深い古ぼけた山荘。ドラック更正施設から抜け出したロックスターは、ココに辿り着き、ただひたすらボケーッとしている。時に楽器をいじり、ドラムを叩く。気まぐれに訪れて来る友人にも関心を示さないが、友人もそんなロックスターを放ったままだ。ただひたすら無気力に過ごす。何かに痛めつけられ、魂を抜かれて、フワフワと漂うだけの主人公。そして彼は死ぬ。カメラは全てを突き放していてナニも説明しない。なぜ、どのように彼が死んだのかも釈然としない。ただ言える事は、もう彼はクタクタだった。疲れ切っていた。


ボクも本当にクタクタのボロボロになるまで、カラダを限界まで酷使しオーバーヒートした人間だ。
●休職直前は、激しい頭痛と動悸息切れ、ぜんそく発作、手やアゴの震え、毎日の点滴、突然声が出なくなり、めまいで歩けなくなるほどだった。特に頭痛はホントに最悪で、目ん玉をエグリ出したくなるほどだった。気付けば、駅まで5分の道程すら歩けないほど身体が衰弱してた。400メートル歩いて立ち往生してしまい、家族に迎えにきてもらった事すらあった。
●彼は胃炎の苦しみを和らげるためにヘロインに手を出し、結局見事なジャンキーになった。ヘロインがそんな身近なモノなら、死ぬほど頭痛に苦しんでいたボクはサラッと手を出していただろうか。人に隠れてヘロインを続け、そのケミカルなテンションで未だに仕事を続けていたのかも知れない。毎朝7~8錠のクスリを一辺に飲み下す時、ボクはうっすらとそんな想像をする。KURT には音楽の才能があり、スターダムにのし上がるチャンスがあった。少年時代から味わってきた全てのコンプレックス、劣等感を覆すチャンスを迎えていた。ヘロインに手を出した事に「後悔はしない」と語った彼には、命を縮めてでも掴みたいものがあったのだ。
●しかし、結果得たものは、マスコミからの激しい口撃と周囲との摩擦。最期まで味方は誰も現れず、その心の孤独を消し去る事はできなかった。彼はクタクタだった。疲れ切っていた。そして死んだ。


「IN UTERO」ラストの一曲「ALL APOLOGIES」では、人生に全面降伏するかのような自虐の歌が切なく響く。その詞を引用して、今回のお話を閉じる事にします。


他に一体どうすりゃよかったんだろう? 全てのものに謝りたいんだ
他に一体どう言えたというんだろう?  みんなは陽気だ。
他に一体どう書けたというんだろう?  オレにそんな資格はない。
他に一体どうすりゃよかったんだろう? 全てのものに謝りたいんだ。

陽の光の中で、陽の光の中で、まるで一つに溶け合ったようだ。
陽の光の中で、陽の光の中で、オレは結婚する、そして埋葬される…。

オレがキミらみたいなヤツだったらどんなによかったことか。
気楽に楽しめるような人間だったら。
クスリのある場所を見つけてくれよ。
全部がオレの失敗。
オレが全部の責任を引き受ける。海の泡のように果てしない責任を。
日に焼かれ、寒さに凍てつき、灰にまみれて、息が詰まっていく…。

陽の光の中で、陽の光の中で、まるで一つに溶け合ったようだ。
陽の光の中で、陽の光の中で、オレは結婚する、そして埋葬される。
オレは結婚する、そして埋葬される…。

オレたち一人一人が、みんな全てかけがえのないモノ…。
オレたち一人一人が、みんな全てかけがえのないモノ…。
オレたち一人一人が、みんな全てかけがえのないモノなんだ…。

NIRVANA「ALL APOLOGIES」。「MTV UNPLUGGED IN NEW YORK」バージョンも聞いて下さいね。)

NIRVANA「MTV Unplugged in New York」(NIRVANA「MTV UNPLUGGED IN NEW YORK」)

●この90年代聴き直しキャンペーン、シリーズ化してみます。今までのボクの音楽遍歴を振り返る過程です。過去に書いた関連すると思われる記事は下にリンクを貼っていきます。


2008.09.28 「成熟を避けて突き進む「音速の若者」SONIC YOUYH に今一度シビレル。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080928.html
2008.09.16 「SONIC YOUTH はドコから来てドコに行くのだろう?音速のスピードで。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080916.html
2008.09.08「PAVEMENT と STEPHEN MALKMUS にまつわるセイシュンの思い出」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-508.html
2008.05.18「00年代エレクトロを巡って、90年代80年代そして70年代まで旅をする」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-438.html
2008.04.20「80年代末から現在まで、UKのブラックミュージックを一気に俯瞰する」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-418.html
2008.04.05「放送室で溶け合った、60年代と90年代UKロック。ブリットポップの時代」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080405.html
2008.04.29「ボクは「FREE SOUL」がダイキライ。でも許す(←ナニ様?)」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-425.html
2007.10.22「『渋谷系』とは何だったのか? 極私的に90年代を振り返って」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-240.html
2008.01.06 「平成20年から平成元年を照らし出す。「バンドブーム」の記憶」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-293.html
2007.12.14「1986年。少年がロックに目覚めた瞬間」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html