●自律神経失調症とのお付き合い(その102)~「久々に沈んだ&クスリの飲み合わせ」

●ウチの会社は「夏期休暇」として3日の時限付き有給休暇をくれる。で7月から10月までの間でソレを使えと言われる。カラダをブッ壊す以前のヘビーワーカーだった頃のボクは、夏休みを冬の11月に取り、正月休みを6月に取ってたりしてたので、せっかくの「夏期休暇」は使われずにムダに消えていった。一方で休日出勤が無限にあったのでその代休を使えば一週間くらい簡単に休めたんだけど。
●しかし、今年から状況が違う。自律神経失調症他アレコレの病気になって、その上で仕事復帰した今では、休日出勤禁止で代休は生じない。そんで「夏期休暇」も3日全部をもう使ってしまった。具合が悪くて出勤できない時は、コレを使うしかない。先々週に息子の風邪を伝染されて2日休み。そんで今日も休んだ。コレで今年の「夏休み」終了。トホホ。
●今日は、左半身全体の筋肉の激しい緊張と痛み、それと久々のビッグな不定愁訴だ。「不定愁訴」ってのは仰々しい医学用語でなんだか立派なモンに聞こえるが、手っ取り早く言って「激しく気分が落ち込む」ことだ。猛烈にローなのだ。

「不定愁訴」ってなんだよ?
●一緒に復職リハビリをしていた「ルームメイト」くんも、現在は立派に現場復帰してセッセと働いているが、仕事上の特別なプレッシャーがかかった時には「不定愁訴」で会社を休むコトが月に1回くらいで起こると言ってた…。まー、ボクら病人にとっちゃよくある話ってワケ。「会社休むホドって、どんだけローなんだよ?」とフツウの人は思うだろう。しかし、ボク自身も「休む/休まない」の境界ラインなんてドコにあるかわからないので説明出来ない。
●ただし、ボクにはワイフがいる。客観的にどのくらいヤバいかチェックしてくれる人間がソバにいるのはいいコトだ。ワイフはボクには直接言わないが、「ホンジツのダンナの崩壊度は00%」と日々ボクの様子を観察している。「ハナシがまるで通じない、ナニを言ってるか全然わからない、ナニかに異常にイライラしている/崩壊度100%」とか。
●で、今朝の崩壊レベルは「ハナシが通じないわけではないが、細かいコトがまるで出来なくなってる」級であった。定期券のパスが見当たらなくってパニックになった段階で、ボクはもう「今日は無理!仕事も会社も無理!」そしてリビングの床にコテン&もう動けません状態。ワイフも即座に同意、「確かに今日は無理。ただ病院だけは行きなさい。その前に風呂に入って気分を落ち着けなさい」と端的に指示。午前中イッパイを使って気分を落ち着かせて、病院に行った。

心療内科のセンセイ、クスリの飲み合わせについて語る。
●息子に伝染された時に処方された風邪グスリをまだ使ってる、とセンセイに行ったら「ゼンブ見せてご覧なさい」。総合感冒薬のペレックス顆粒、ツムラ漢方の葛根湯、鎮痛剤ソランタールなどなど。センセイ、クスリの辞典をペラペラめくりつつ、むーんと渋いカオ。「葛根湯はまだ飲んでるの?コレは風邪の引き始め時期のクスリだから、長引いている今の段階では飲んでもダメ。ソレと鎮痛剤との飲み合わせはサイアクで、胃を荒らすわよ」あ、そうなんですか。最近はむしろ筋肉の緊張が辛かったんで、ツムラ漢方の釣藤散をメインに飲んでました…ダブル漢方も禁じ手なんですよね…だから葛根湯は飲んでないです。「それでよし。あとね、このペレックス。コレはワタシが出してるクスリ(精神安定剤・メイラックス、ムードスタビライザー・デパゲンR、睡眠薬・ドラール)の効果を大きくしてしまう傾向があるから、出来れば避けてもらった方がイイかも」なるほど…。最近気分が不安定なのはそのせいもあるのか?


話題それて恐縮ですが、「サプリ」9巻がこれまたイタい。気分を滅入らせる。

おかざき真里「サプリ」9巻

おかざき真里「サプリ」9巻
●広告代理店を舞台に、働く女性のリアルな生き様をヒリヒリと描くこのマンガ。アラサー女性の恋愛観や仕事観を絶妙な形で浮彫りにしてくれる作品。安野モヨコ「働きマン」もそうだったんだけど、このテの話はホント痛々しいほどボクに刺さる。
●8巻では主人公・藤井ミナミちゃんの恋愛がウマいコトいってて安心して読めたのに、今度は最低な悲劇が起こって登場人物全員の心に大きな波紋を作る。働くアラサー女性にちらつく「結婚」という現実。無視も出来るがソレはただのモラトリアムかもしれない。今は没頭出来る仕事があるが、その先の将来にはナニが待ってる?
●今までつばぜり合いで火花を散らせてきたライバル女子たちは、今や戦友のような連帯感で結ばれてて、この巻の冒頭ではマージャン卓を囲んでる。掘りゴタツ&美味しい食事&ステキな内装なお食事処でマージャン打てるってどんな店?実在するなら行ってみたい&女子と卓を囲みたい……あ、徹マンなんて出来るカラダじゃないんだっけ今のボクは。
●ソコで語るトークが実に痛いリアル。「ねえ私たちいろいろなものを手にいれてきたじゃない?」「仕事とか 恋愛とか 友達とか 立場とか 自由とか お金とか 自分の力でもぎとってきたじゃない?」しかし実家に帰れば誰もが口を揃えて言う。「仕事どうするの? これからどうするの?」「そんなに頑張っても会社は助けてくれないわよ」「適当にして帰ってらっしゃい ''あなたのために''」
「子ども」となると、さらに重いね。「ーで、まだなのかね?」最年長既婚者田中サン吠えます。「あげく国まで!少子化問題とか少子化対策とか!いい大学出て就職していい子だったっつーの!それがこの歳ではじめて''問題児''扱いよ!''対策''されるわけよ!''対策''よ テロリストか!」

でも、既婚者でありコドモも2人いて、しかもオトコであるオマエが、なぜ痛がるんだよ?
仕事/職業との距離感ってのが、彼女たち「サプリ」の登場人物とボクは同じなんですよ。「そんなに全てを投げ打ってまでなんで仕事にハマるの?」って前提が一緒なんです。「仕事」があって、その上で恋愛も友情も存在するのです。「仕事」に傷つけられ「仕事」に励まされてる生活ってのは、男女カンケイないモンがあると思います。
●でさ、彼女たちはココに来て、その「仕事」との距離感の見直しを要求されてるんです。一生懸命仕事しました、楽しい事もツライ事もありました、でもそれとは違う次元の問題として、そろそろ「結婚/出産」というライフイベントに対して態度を明確化せにゃアカン時期に到達しました。その成り行き如何では「仕事」とサヨウナラかも知れない。「仕事」とサヨウナラってコトは、それに絡んだ恋愛も友情もサヨウナラ。
●一方、ボクはその「仕事」にノメり込み過ぎて「健康」を損なった。それでもリハビリに精を出しやっと職場復帰。そんで仕事に復帰し約2ヶ月が経過。そんでバシッと思い知らされた、「仕事」戦闘能力が超下落してるコトに。そりゃもう去年10月の東証株価のように大暴落よ。結果、昔のようには全然動けない。だって社外の打合せでもうカラダがクタクタ。長い会議では頭痛が起こる。プレゼン資料作るにも集中力が持続しない。しかもその資料の出来に自分で納得がいかない。イテえ。イテえっすよ。落ち込みますよ。「不定愁訴」に追い打ちをかけますよ。つまりボクも「仕事」との距離感の見直しを要求されてるんです。


ボクの好きなレコードレーベルに「THRILL JOCKEY」ってのがある。
「THRILL JOCKEY」スリル・ジョッキー。初めて聴いた瞬間からイイ言葉だなと思った。ハードワーカーだったボクと「仕事」の付き合い方って、文字通り「スリル・ジョッキー」だった。「マジで無茶じゃネエの?この仕事量?!」「あり得ないでしょ、明日までにコレ間に合わせるって!?」というドキドキ感がいつもボクの仕事にはつきまとった。そんな毎日はスリル満点で、それをウマくサバキ切った瞬間の達成感/充実感は格別のモノだった。まさしくスリルを乗りこなす騎手(ジョッキー)。
ぶっちゃけ、今の仕事にあのスリルはない。上司が丁寧にそんなヤバい仕事からボクを遠ざけてくれるコトには素直に感謝。そしてあのスリルに持ち堪える健康がボクにはナイのも事実。だからホント贅沢な言い分だと思うが、今とっても仕事がつまらない。全部が中途半端で、ボク自身が中途半端な人間に思える。あー、今日はマジ落ち込んでいる。たとえソレがクスリの副作用だとしても、「サプリ」にシンクロしてボクは今落ち込んでいる。もうボクはスリルジョッキーにはなれない。


悪いけどもっと脱線するね。会社のエレベーターで、同い年の知合いの女性にあった。
●部署が全然違う彼女は、なんとなくの知合いでしかないのだが、非常に陽気で外向的な性格なもんで、会えばよく近況を話す仲であった。いつもパリッと決まったパンツスーツで、長いロングヘアーをバシッとマトメてキビキビ働く。歩幅が広くて大きな声で話しとてもよく笑う。どっからどう見ても高性能なキャリアウーマンだった。そして「仕事」がダイスキで、「結婚なんてイッショウしない!」と自分でも公言していた。
●ところがだ、久しぶりにあった彼女は、なんか印象が全然違うのだ。足はぺったんこのサンダル、クタッとしたラインのユルいTシャツを重ね着して、ヒザ丈の黒いパンツをやはりユルくはいてる。パリッと決めてるはずのメイクにも生彩がなく、ビビッドなリップがアクセントになってた顔は、それがなくなってるのでシマリがないように見えた。…あ、なんか今日はイマイチユルくない?…とは突っ込めない気配だったので「なんか今日は夏っぽいね!」と言ってみた。
●そしたら彼女「あーそうねー、近所のスーパーに洗剤買いに行くようなカッコよねー。いや、今週後半はイロイロ気を使う用事でスーツを着ないとイケナイから、今日だけはヌイとこうかなーと思ってさー!」……わあ…ちょっと強がりなイイワケ…口を開けば能弁な彼女、しかし今は言葉を並べれば並べるほどよりイタく見えちゃう。アトで人に聞けば、彼女はボクが休職している間に二回も異動して、昔とは違う閑職セクションにいるらしい。もちろんナゼかは誰も知らない。本人が納得イッテナイのだけはみんな知ってる。あらら。彼女もスリルある「仕事」から剥がされたのだ。これが抜け殻のようになってた印象の理由。アラサー女子の哀愁。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html




「THRILL JOCKEY」はポストロック、シカゴ音響派の中心となったレーベルだ。
●このレーベルの看板アーティストは、TORTOISE THE SEA AND CAKE だ。TRANS AM ってバンドもいる。TOWN & COUNTRY ってのもよく聞く名前だね。日本のアヴァンギャルド、BOREDOMS、OOIOO、竹村延和なんかもココとアメリカでのディストリビュート契約を結んでいる。今ここのサイトに行けば、THE FIERY FURNACES というバンドの音源が1曲フリーダウンロード出来る。
●このレーベルがニュージャージーからシカゴに拠点を移した頃、この街ではとある小さな人脈の中で新しい音楽実験が活発に始められていた。中心人物は JOHN MCENTIRE JIM O'ROURKE という男。ドイツのジャーマンプログレや、レゲエのダブ、ミニマリズムなどの前衛音楽の影響を受け、抽象的でエレクトロニカを採用した音楽を録音していた。既存のロックとは質感を異とする趣に、評論家は彼らの音楽を「ポストロック」と命名。コレが00年代のエレクトロニカ、スロウコアなどにも繋がる一大潮流となる。
●特に当初注目されたのが、ハードディスクレコーディングという手法だ。今の時代じゃ当たり前かもしれないが当時は革命的なインパクトを与えた。テープではなくハードディスクに音源を収録する事で、デジタル処理や自由な編集が簡単に出来るようになり、彼らシカゴ音響派と呼ばれるようになった連中は自分たちの音楽にその新技術の成果を存分に盛り込んだ。結果、生演奏なのか打込み処理なのかという区別は意味がなくなってしまった。これ、多分1996年くらいの事。


だからね、今日はTHE SEA AND CAKE を聴く。
●ポストロックを直球で体現しているバンドは TORTOISE だと思う。バンドリーダーはあの JOHN MCENTIRE だし。でも個人的にはもう散々リアルタイムで聴いてきたバンドなので、今日は聴かない。だから、その JOHN MCENTIRE がカケモチしてたバンドの方、THE SEA AND CAKE の方を今日は聴くのだ。ちなみに、このバンド名の由来は、もう一人のキーパーソン JIM O'ROURKEJOHN MCENTIREが関係してたユニット GASTA DEL SOL の曲名に由来してるんだって。GASTA DEL SOL「CAMOUFLEUR」1998年も神盤なので是非聴いてください。


THE SEA AND CAKE「THE SEA AND CAKE」 「THE SEA AND CAKE」
THE SEA AND CAKE「NASSAU」 「NASSAU」
THE SEA AND CAKE「THE BIZ」 「THE BIZ」

THE SEA AND CAKE「THE SEA AND CAKE」1994年
THE SEA AND CAKE「NASSAU」1995年
THE SEA AND CAKE「THE BIZ」1995年
●この頃のこのバンドの音楽は、ポストロックにアリガチなインスト楽曲ばっかでもなく、むしろ奥ゆかしいフォークロックな趣きがある。当時はロウファイな時代でもあって、ムチャクチャ粗雑に宅録してガサガサな音質で堂々と作品と言い張るのが流行りだったのですが、彼らは素朴な音を丁寧に録音し、慎ましやかにシンセで彩りを添えていた。JOHN MCENTIRE にとっては TORTOISETHE SEA AND CAKE も同じ時期に始めたバンドみたいだったけど、コチラでは完全に一ドラマーとしての役割に徹しているらしい。主導権はソロアルバムもリリースしているボーカルの SAM PREKOP ってヤツにあったのかな?微妙にレイドバックした気分は、後の時代にサーファーたちから鳴ってくるアフターサーフな音楽にも繋がる。余計な熱もないが、かといって冷めてもいない感触は、コッチの感情をフラットにさせる。ココロが荒れてる時には心地いい。


THE SEA AND CAKE「THE FAWN」 「THE FAWN」
THE SEA AND CAKE「TWO GENTLEMEN」 「TWO GENTLEMEN」
THE SEA AND CAKE「OUI」 「OUI」
THE SEA AND CAKE「ONE BEDROOM」 「ONE BEDROOM」

THE SEA AND CAKE「THE FAWN」1997年
THE SEA AND CAKE「TWO GENTLEMEN」1997年
THE SEA AND CAKE「OUI」2000年
THE SEA AND CAKE「ONE BEDROOM」2003年
●徐々に本格的なポストロックに接近、進化していく時期の音源。エレクトロ楽器やシンセサイザーによる彩りが若干増えていく。淡い水彩画だけど、色がカラフルになっていく。少し時間を空けた「OUI」2000年の段階だとかなりエレクトロの度合いが強く、編集での作り込みも目立ってくる。アレンジも多彩になって、ボッサテイストまで垣間見える。それでも控えめなボーカルパートはなくならない。奥ゆかしい謙虚さはそのままで、結果「THRILL JOCKEY」という名前とは釣り合わない、スリルのナイ世界。それが他のバンドとのチガイかも。TORTOISE は時々スリルなコトするし、TRANS AM に至ってはメタルじゃねーか!って思うほどだもん。
「TWO GENTLEMEN」1997年はリミックスを含めたミニアルバム。リミックスって段階で、ポストロックなんだよね。グランジロウファイもそういうことはしない。しかしバンドは2003年で一度活動停止。

THE SEA AND CAKE「EVERYBODY」

THE SEA AND CAKE「EVERYBODY」2007年
●活動再開アルバム。このアルバムが発表された2007年には、ポストロックの音楽実験の成果は全ロック/ポップスに拡散し、SIGUR ROSMOGWAI のような力強いフォロワーがさらなる表現の拡大に挑んでいる。ハードディスクレコーディングなんてのは宅録ミュージシャンのような素人でもやってる事でナンも珍しいコトじゃなくなった。だからこそ、彼らは今、基本に忠実になってる。ただ純粋に可憐なフォークロックを鳴らしたい。ただそれだけ。
●一曲目の瑞々しいアコギのストロークで、サウンドの質が変貌した事がわかる。ボーカルの存在感はより際立ち、エレキギターの存在感も浮き上がってきた。クセがないと言えばソレまでだが、ポストロックというカテゴリーを必要としないポップさをしっかり捕まえた。そんな潔さを感じる。
●バンドは翌2008年「CAR ALARM」というアルバムも出してる。でもそっちはまだ未聴です、ゴメンナサイ。

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コドモたちは順調に夏休みを楽しんでる。
●週末は箱根に遊びに行ってた。ノマドは小さなクワガタムシを捕まえてきて大喜び。ヒヨコはホテルでハート型のリースを作ってご満悦。今日は近所の神社で縁日。スーパーボールすくい。楽しいね。

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(ノマドの「アカアシクワガタ」。図鑑で調べたらしい。それとヒヨコお手製のリース。)

●一方ボクは一人自宅で体調不良で寝込んでた。今週はちょっと働き過ぎたのか?ちょっと時間外労働しただけで週末にしわ寄せがクル…。ヨガ教室もスッポかす。しんどいね。



今日はプログレな気分。ROBERT FRIPP の高弟たち。

CALIFORNIA GUITAR TRIO「PATHWAYS」

THE CALIFORNIA GUITAR TRIO「PATHWAYS」1998年
●伝説的プログレッシブロックバンド KING CRIMSON の頭脳といえば、ROBERT FRIPP だ。しかめっ面でメガネでいつも難しいコトを考えてるような顔をしているヤツ。60年代から現在に至るまで、ギタリストとしても革新的な演奏技術を追究してきた。もはや哲学者や仙人のようにも思える。そんな男 ROBERT FRIPP は自分の音楽哲学をより深めるため、1985年に自分でギター学校を開設した。その名も「GUITAR CRAFT」。ギターのコードを解体再構築して新しい様式を開発したり、ギターそのものを新しく作っちゃうような、そして演奏者とギターの関係、演奏者と音楽の関係、演奏者と演奏者自身の関係を思索しちゃうような、なんだか底知れないほどの深い深い教義を学ぶことが出来る。そしてその生徒の中で特に優れた演奏家は、THE LEAGUE OF CRAFTY GUITARISTS というユニットで演奏ツアーをまわる。もちろんディレクションは ROBERT FRIPP 本人。
●で、さらにスゴい演奏家たちは自立してアーティストとして活動をしている。例えば、00年代のポストロックを賑わせたアルゼンチン音響派の代表格 FERNANDO KABUSACKI もこの学校の関係者。スゴいでしょ。そんで、この THE CALIFORNIA GUITAR TRIO も優秀な卒業生からなるユニット。アメリカ人、ベルギー人、日本人からなる多国籍トリオで、その三本のギターで超絶プレイを聴かせてくれる。
●かといって、ヘビメタ的技巧派プレイを勿体つけて鳴らすんじゃないよ。多分三人が演奏しているのは、構造的には基本的なアコースティックギターだと思う。ただ、コレが全然ギターの音に聴こえない。あのベートーベンのクラシックを3曲も演奏、しかもアルバム一曲目が交響楽第五番「運命」第一楽章、つまりは「ジャジャジャジャーン!」だ。三人のギターの音は、バロック音楽のチェンバロを連想させる。そうだよな~、チェンバロもピアノも、鍵盤を叩くコトで実は弦を叩いているんだよな~。三人はスゴい勢いでギターの六本の弦をバラバラと叩いているのだろう。
●その他の曲も、このコスモポリタンなメンバーの組み合わせに由来するのか、どこか謎めいていて、無国籍な響きを漂わせている。一部の曲でサックス奏者を招いてはいるが、基本は3人だけの演奏。しかも基本的にほぼ一発録りのノー編集(と、ご丁寧にお断りのクレジットが書いてある)。強力な演奏能力に自信アリ。ギターの音ってホントキレイだなあ……あ、J.S.バッハの曲までやってる……。と、思ったら、最後の一曲が意外!映画「パルプフィクション」のサントラで有名になった DICK DALE のデンデケデケデケサーフロック「MISIRLOU」のカバーが突如始まる。しかもアコギなのに、見事にデンデケデケデケだよ!スゴいよ、この連中は!


TREY GUNN「THE THIRD STAR」

TREY GUNN「THE THIRD STAR」1996年
●この人も GUITAR CRAFT 出身の演奏家だ。しかもその才能を買われて、師匠 ROBERT FRIPP の様々なプロジェクトに参加し、あげく1994年再結成の KING CRIMSON の正式メンバーにまでなっちゃった男だ。90年代の KING CRIMSON「ダブルトリオ」という構造で、ギター/ベース/ドラムのトリオが二つ合体してるという奇妙な編成だった。ここで TREY GUNN はベーシストという役回りを受ける。…でもコレがフツウのベースじゃない。
●彼が演奏してたのは「チャップマン・スティック」という楽器だ。ベースギターのフレット部分だけが独立し、しかも幅が広がり弦もスゴく増えてる。8本や12本などなど、弦が異常に多い。コレを正確にタッピングすれば、ベースとギターとキーボードの役割をいっぺんに兼ねることが出来る。とは言いつつ、こんなコト出来るヤツはそうそういない。

260px-10_string_Chapman_Stick.jpg(10弦の「チャップマン・スティック」)

●そんで、このソロアルバムにおいては、よりヘンテコなガッキを演奏している。「ウォー・ギター」とかいう代物だ。ルックスはギターに似てるけど、やっぱりフレットが異常に広くて弦が12本も張ってある。完全に両手でタッピングするためだけに設計されてるようなモンだ。コイツを使いこなせば、ベースと二本のギターパートをいっぺんに兼任できる。結果このアルバムは、ほぼ全部の曲がこの TREY GUNN による「ウォー・ギター」とドラム楽器(タブラとかも混じってる)だけで構成されてるのです。

Warr-Guitar-Raptor.jpg(フレットが広い!)

●90年代の KING CRIMSON は別名「メタルクリムゾン」と言われるだけあって、ウォー・ギターの響きも分かり易くヘヴィだったりもする。特に、師匠 ROBERT FRIPP の奥方 TOYAH をボーカルに迎えた2曲目は奇妙な変拍子に重厚なロックギターが絡み、へヴィなカタルシスも感じられる。その一方でアブストラクトなフレーズとうねるベース音、トリッキーな変則ソロがややこしくぶつかる曲では完全にジャズロックアナログシンセを奏でてるような錯覚にも陥るし、エキセントリックなゲストボーカリストともうまく相性を合わせる。多才っすよ、コイツは。

TREYGUNN.jpg(「ウォー・ギター」を演奏する TREY GUNN。)
2009年7月22日。日本で皆既日食が観測されました。
●東京で観測されるのは、完全な皆既日食ではなく、75%日食。それでも小学二年生ノマドはやる気満々。宇宙の図鑑を眺めては、テンションを上げている。「夏休みの理科教室」で、日食観測メガネも作ってしまった。テレビで、このメガネが売り切れているというニュースを見た時は、「おー、つくっておいてよかったー!」とマジで安心してたほどだ。
「パパのぶんもあるよ」というコトで、一枚託された………でもコレは失敗バージョンなんだよね……しかも、コドモ用だから小さいの。でもね、この銀色部分は NASA でも使われてる特殊フィルムなのだ。

P1001373.jpg(ご丁寧にマジックで模様が描かれてる)

●でも結局、東京は雨&くもりで見えなかった……カイシャの窓から見える東京タワーのテッペンですら見えないんだもん。少しガッカリ。しかし会議の直前、家からデンワが。超興奮状態のノマドである。ノマド「パパ!日食みえた!すげえミカヅキだった!オレ、ひるねしてたんだけど、ママがおこしてくれて、ソラをみたら、スゲエ日食だった!」

●で、その時の写真。

P7224749.jpg(ワイフ撮影。マジかけてるよ!)


●昨日のノマドの絵日記。

日食ニッキ

「日食めがね(手作くり)れんずは NASA でつかってるとくしゅフィルム」

日食ニッキ2

「きょう、日食のために早おきしました。が、雨がどしゃぶりしていました。からぼくは「晴れてください」と言ったら、晴れてくもりになりました。そのあとママがせんたくをほしに行ったら、日食がすでにはじまっていましたからびっくりしました。だから犬や鳥がないていたんだなと思いました。見てるとだんだん明かるくなってきて、ぼくはいままでくらかったんだなと思いました。

(日食の時はかならず新月です。一か月前に本当に新月になるか月齢盤で見ました。日食は新月だけど、月食はかならず満月です。)



でさ、ホントの皆既日食ってのは奄美大島の方だったんでしょ。
●そしたらね、今日の音楽はコレでしょ。しょうがないでしょ。

元ちとせ「カッシーニ」
元ちとせ「カッシーニ」2008年
●まず、ネットで見つけた彼女に関する、おめでたニュース。「元は、19日付けのブログで、第2子を妊娠していることを明らかにした。元は、自身の地元である鹿児島県・奄美大島でイベントに出演中で「今回は1人で立つステージではなく、小さな命も一緒にとなりました。今年のクリスマス前には新しい家族が増える予定です」と綴っている」彼女は、2004年に結婚し、05年に第1子となる女児を出産。また産休に入っちゃうのね…とファンとしては寂しい気分もあるが、彼女は結局生涯かけてずっと歌い続けるタイプのシンガーだと思うので、もう心配しない。
●ジャケでもう明白だが、彼女はもう奄美大島出身のウタ者という経歴を必要としないトコロまで来ちゃっている。実在しないエキゾチズムの夢想を身にまとって、声に魂を乗せるまでだ。様々な作家・プロデューサーと組み、いい歌に出会うのを待っている。そしてそのカラダに音楽を憑依させ、その音楽の鳴るがままにカラダを預け渡す。まるで古代のシャーマンや巫女のよう。今回も、故・上田現スキマスイッチ・常田真太郎、坂本龍一、アナム&マキという名前も見える。………妊娠でさえも、彼女にとっては新しい生命の芽吹きに自分のカラダを預けるまでのことなのかも。
●アイルランド音楽の重鎮 THE CHIEFTAINS とのコラボレコーディングは今回のハイライトだね!フィドル(民族音楽で使われるバイオリン)の楽しい響きが、元ちとせの周りを草原の妖精のように舞い踊っている。


中孝介「絆歌」

中孝介「絆歌」2008年
●彼も濃いカオとそのキャリアで奄美大島の名前を背負っているアーティストだが、実は自分の音楽と奄美のシマ歌をハッキリと区別しているシンガーだ。若い彼にとって、シマ歌は自分が安易に操作してはならない重厚な伝統芸能であり、自分が生業にする音楽はあくまでジェイポップだと定義している、と昔インタビューで語ってた。
●それでも彼の安定したファルセットは、やはり奄美大島の影響が濃い。沖縄民謡においては男声の「ウラ声」は禁じ手だ。彼の震えるファルセットは、奄美大島でしか生まれ得ない唱法だ。そんでそれが、このジェイポップ界で彼を唯一無二のシンガーにしている。「路の途中」「夜想曲」「風よ」あたりがボクの好みです。
●あ、奥田民生を一曲カバーしてる!「手紙」だ(奥田民生「股旅」収録)。クワタ仕事でよく目立つ職人・小倉博和がブルースギターを奏でてる。迫力。アルバムの大きなアクセントになってる。


朝崎郁恵

朝崎郁恵「フィーチャリング・ベスト おぼくり~ええうみ」2002~2008年
戦前生まれ、73歳のウタ者。この人の声には驚く。元ちとせくんとは全く違うトーンで本物のシマ歌を歌う。その声は塩辛くガラガラと震えて、特殊なブルースを感じさせる。これは強烈な声体験だ。もちろんヤマトンチュであるボクにはそのまま理解出来ないコトバで、このシマ歌は歌われるのだが、ボクがサザンソウルの歌詞が分からないのに心を揺さぶられるのと同じ理由で、その声だけで十分な破壊力を持つ。
●ちなみに、奄美大島の中でもシマ歌のスタイルは地域で変わって来る。比較的に開けている北部のスタイルと、よりアーシーな南部のスタイル。元ちとせは、空港に出るまでに6時間かかるような南部のド田舎出身で、流派としては南部のヒギャ節に属す。上下の振れ幅が激しい、特殊なコブシや節回しを積極的に使う。中孝介は、出身地で言えば北部のカサン節に属するはずだ。朝崎郁恵さんは本来ならヒギャ節のシンガーだが、もうソレを通り越した独自の世界に突入した。
●それは、彼女が早くから故郷・奄美大島から離れたことにも一因があるらしい。奄美のシマ歌も、大戦直後の混乱やその後の世間の動きで時代に合わせて変化した。結婚をキッカケに20歳代で島を離れた彼女は、父母祖父母から教わった古典のシマ歌を本土でそのままの形で保存した。50年も前に島から離れた彼女が江戸/明治期のシマ歌を完璧な形で記憶していたのは、ある意味で皮肉かもしれない。
●このアルバムのコンセプトは、今までに取り組んできたコラボレーションのコンピだ。前述の中孝介から、UA、ギターデュオのゴンチチ、オカリナ奏者の宗次郎、ユニークな所では、EX. LUNA SEA、現 X JAPAN SUGIZO までがアブストラクトなギターで参加している。「NHKみんなのうた」に選ばれた「ありがとサンキュ~」ではスティールギターでハワイアンに挑戦。コレは純然たるヤマトンチュのジェイポップだね。



●あ、あとさ、ボケーッと、世界水泳でシンクロナイズドスイミングを見てた。スペインチームの演技を見てたら、BGMが LED ZEPPELIN「STAIRWAY TO THE HEAVEN」だった。完全にロックオペラだった。カッコよかった。

今日のノマドヒヨコは、代々木の体育館にアイスショーを観に行っている。
●つーか、連中、夏休みを連日イベントタップリで楽しんでるな!イイなコドモは!

ディズニーオンアイス2009

「ディズニー・オン・アイス/ディズニーランド・アドヴェンチャー 2009」。
●毎年この時期になるとあの体育館でやってるアイスショーだ。今回ムスメのヒヨコがノリノリ。「きょうはディズニーオンアイスなんでしょーたのしみー!」…でもさ、ヒヨコ、もうヒヨコは三回目のオンアイスなんだよ、わかってる?「………え、わかんなーい」アレ?全然覚えてないの?「…えへへ」なんだそのゴマかし笑いは?
●ヒヨコが喜ぶと思っていつもチケット用意してたのに!知り合いにお願いしてもう三回も見せてやってるのに!ショック……もう1年生になったんだから、ちゃんと覚えててね!幼稚園のヒヨコはただのアカちゃんだったということね。
●ちなみに、炎天下の代々木体育館まで歩く自信がないことと、外気温とアイスショーのために冷房された内室温の変化にカラダがついていけないので、またしてもボクはイベントに参加できない。

●現場に行ったワイフによると、例年に比べて内容が楽しくて、ノマドヒヨコはサイゴまで身を乗り出して楽しんだという。イイ所で MR.インクレディブルご一家が登場、超高速で走る能力を持つ長男ダッシュの活躍にノマドは興奮。クライマックスには、コドモたちは氷上のキャストに合わせてダンスを踊ってたそうだ。
●ただし、現場のおミヤゲ屋でワイフは「ワタガシ」を買ってしまった。ショーの内容にはボクは文句はない。しかし、ココの物販は常識はずれにエクスペンシブなのだ!だって「ワタガシ」1800円だよ!去年もかき氷買って1700円だったのに、ワイフは全然懲りてない。「気分を楽しくするためには必要なのよ!それにワザワザソバまで売りに来るんだし」だから、ソレがマンマと主催者の狙いにハマってるっつーコトだよ!ほんとコレだけは納得がいかない。



DVDでユニコーンに再会。
●1人留守を預かるボクはDVDを見ている。

「MOVIE 12 ユニコーンツアー2009 蘇える勤労」

UNICORN「MOVIE 12 ユニコーンツアー2009 蘇える勤労」2009年
●ヒヨコの友達のママが、すんごいユニコーンのファンで、今回の再結成ツアーには絶対行ってやるとガンガン燃えてた。そんでわざわざ実家のある新潟県の公演でチケットを取ったそうだ。関東近県は全部無理だったらしい。そんだけ価値のあるツアーが既にDVDになっとった。4月1日の横浜アリーナ公演が6月にはDVDでリリースだ。早い。マジで。しかし、不具者であるボクにはコンサートは無理だ。16時からの養老の瀧はクリアしたが、横浜アリーナまで行って2時間半以上のセットを全部立ちっ放しで、かつノリノリで見てしまったら、またカイシャからドロップアウトしてしまう。野外フェスなど自殺行為だ。だから、つまりだ、このリリースはとってもウレシい。

●再結成&16年ぶりのツアーとはいいながら、懐かしチューンをドカドカブチカマすと思ったら大間違い。意外と新曲で攻めます。ムカシの曲は四分の一程度。
●もうね、ボーカルも担当楽器も乱れ打ちなんですよ!ベースEBIさんがボーカルを取れば、タミオがベースを弾き、アベBがナゼかフライングVを担いでガリガリ弾けば、テッシーがキーボードを弾く。ほんでドラム川西さんまでがボーカル取ったら、途端にエレクトロになってタミオがドラムを叩く。ああ、このバンドって奥田民生バンドではなくって、それぞれのバンドマンの顔がキチンとわかるバンドなんだったんだなーって、今さら感じ入ってしまった。…ミスチルって桜井さんしか名前と顔がワカランし、スピッツ草野さんしかワカランもんね。くるりでさえ岸田くんしか知らないし、銀杏ですら峯田くんしか知らんもん。
●でもさー。一方で、歌えないんだコレが。もう痛いってくらいに声出ません。EBI さんとかダメ。やっぱ奥田民生の声はスゴく説得力があって、シンガーとしての器を思い知る。過去曲「デーゲーム」を久しぶりに聴いて感動しちゃったもん。少々ラーガなアレンジを加えたシンプルなフォークロックなのに、ジワリ染みちゃったもん。新曲「ひまわり」「スカイハイ」「サラウンド」はミドルテンポの民生型ルードロックで聴けるんだ。
●ただし例外もあります。アベB A.K.A. 阿部義晴さんは、声よく出るねー!伊達にリードシングル「WAO!」でボーカル取ったりしないわ。今回の再結成の発起人でもあるんでしょ。アンコールのグタグタMCコーナーもテンション劣化してないもん。旧曲「PTA ~光のネットワーク~」「おどる亀ヤプシ」収録)は実は今回初めて聴いたんだけど(しかも作曲に小西康陽さんが加わってた)、もう小室哲哉サウンド(というかズバリ TM NETWORK)を丁寧にパロッたダンスエレクトロ(含むラップ)で、阿部さんの伸びるボーカルが楽しい!堪能しました。

●それとさ、DVDのディレクターさんの細かすぎる編集の成果か、スキマスキマで挿入される女性のお客さんの顔がみんなカワイイのです!よく見とるわ素材を!ユニコーンの客は全員美人かと錯覚するくらいだもんね。コレも立派です。




ユニコーン・トリビュートに見る、ファミリーツリー。
●再結成ユニコーン。とても気になる。そんでトリビュートアルバムを聴いちゃった。ラインナップはこんな感じ。

ユニコーン・トリビュート

「ユニコーン・トリビュート」2007年

「I'M A LOSER」/ 東京スカパラダイスオーケストラ
「大迷惑」/ MONGOL 800
「ヒゲとボイン」/ TRICERATOPS
「ニッポンへ行くの巻」/ GRAPEVINE
「エレジー」/ 真心ブラザーズ
「ターボ意味無し」/ DOPING PANDA
「自転車泥棒」/ CHEMISTRY
「珍しく寝覚めの良い木曜日」/ PUSHIM
「ミルク」/ つじあやの
「与える男」/ 吉井和哉
「開店休業」/ フジファブリック
「Sugar Boy」/ 星グランマニエと東京シュガー・ボーイズ (from 氣志團)
「ペケペケ」/ キャプテンストライダム
「おかしな2人」/ シュノーケル
「ケダモノの嵐」/ SPARKS GO GO
「働く男」/ PUFFY
「すばらしい日々」/ 宮沢和史 in GANGA ZUMBA

ユニコーンの曲って、悪ふざけが過ぎて、ハッキリ言ってワケ分からん、オモシロいと思えない、という曲もイッパイあった。でもコレをアレンジ改造すると生まれ変わったかのように魅力を発揮する。それがこのトリビュートで証明されちゃった。「珍しく寝覚めの良い木曜日」は原曲を聴いた時は全然ピンとしなかった。でも女性レゲエシンガー PUSHIM がレゲエで歌うとスゴく曲の輪郭がハッキリする。そんな発見に驚く一枚です。
●しかし、それにしても豪華なメンツだねー。それぞれのアーティストに語るべきコトがあるねー。そこで、ココからユニコーン&奥田民生から広がるピープルツリーを描いてみたいのです。



●1-01:東京スカパラダイスオーケストラ「I'M LOSER」

photo_1_01東京スカパラダイスオーケストラ

●結成してそろそろ四半世紀という大ベテランでありながら、そのフレッシュさを失わない永遠のスカ不良の漢たち。「I'M A LOSER」を実直なロックステディに仕上げました。ユニコーンとの直接の縁というよりは、シングル「美しく燃える森」2002年で、奥田民生をボーカリストとしてフィーチャーしたのお付き合いがトリビュートな動機でしょうか? あの曲はいつもの民生節とは違った、スカパラ谷中のロマンチックな歌詞が印象的な曲。

「美しく燃える森」(気のせいか、民生さんも声が若く聴こえます)

●DVD「SMILE: 人が人を愛する旅」2007年

DVD東京スカパラダイスオーケストラ「SMILE~人が人を愛する旅~」

スカパラの世界ツアーに密着したドキュメンタリー。彼らは一癖も二癖もある野郎どもが大勢つるむ大所帯バンド。フツウならそんなに長持ちせず分解してしまうモンだ。それが20年以上にも及ぶ長いキャリアを、マンネリに陥ることなく継続し、活動の範囲をどんどん拡大し続けている。長い歴史には主要メンバーの死もあった(しかも2度も)。メンバーの交代劇もあった。しかし彼らはそれを全て乗り越えてきた。ナゼだろう?
●躊躇なくカメラをツアーバスに招き入れ、赤裸々にバンド、音楽、人生を語るメンバーたち。いい年ブッこいたオッサンなのに、スゴく青い、青臭い。野郎同士の信頼とか絆を本気で信じるロマンチストばかりなのだ。そして音楽こそが彼らの絆そのものなのだ。
●音楽は、彼らバンドのメンバーだけを結びつける訳じゃない。インストミュージックは言語を越え、世界中のオーディエンスにアピールする。本気と本気のコミュニケーションだ。楽器の有無だけが違うが、不良少年共が河原で殴り合って、お互いを理解しあうのと同じ感覚。メンバーが熱く語る。「凶暴なまでの明るさ、楽しさ。そんくらいの覚悟がなければ向こう(オーディエンス)に負ける。」海外でのライブは一発勝負の殴り込みだ。舐められないほどのパワーでフロアを圧倒してやる。そんなケンカ腰のパワーで演奏をブツケる。オーディエンスもソレに応える。狂乱するダンスフロア。純粋なぶつかり合いがココにはあり、それを純粋に信じるロマンチストたちが「スカパラ」の名の下に結集している。そんなバンドなんですね。感動的なドキュメンタリーです。

東京スカパラダイスオーケストラ「PERFECT FUTURE」

東京スカパラダイスオーケストラ「PERFECT FUTURE」2008年
●ボクの買ったヤツは2DISC 仕様で、二枚目が2007年の MONTREUX JAZZ FESTIVAL でのライブ実況盤なのね。MONTREUX JAZZ FESTIVAL ってのは、毎年スイスのレマン湖のほとりにあるモントルーって場所で行われてるフェスで、その歴史は1967年まで遡る由緒あるお祭りなんですよ。でもただ伝統があるってんじゃあない!いつしかジャズというカテゴリーを超えて、音楽の異種格闘技を目指すアーティストならナンデモアリ状態になっていった。WU-TANG CLAN JAMIROQUAI、CORNELIUS、古くは FRNK ZAPPA YOUSSOU N'DOUR、PARLIAMENT/FANKADELIC、JIMMY CLIFF まで出てる。生前の MILES DAVIS は常連さんだったし、ここの録音をレコードにして売るアーティストも多い。
●ココでの殺気立ったパフォーマンスがスゴい。フランス語のMCをまくしたてて、最後に「戦うように楽しんでくれよぉぉお!」と日本語で絶叫!コレが彼らなりのケンカ腰のコミュニケーション。そんでスカという音楽が持つ「牙」の部分。たとえその耳触りがピースに響いても、たぎるカロリーの総量が違う。楽しいよ!



●1-03:TRICERATOPS「ヒゲとボイン」

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●このバンドとユニコーンの接点ってなんだろう?あんましわからない。レーベルも事務所もカブってないのにね。息子ノマドも大好きな恐竜トリケラトプスに由来する3ピースロックバンドの大きな特徴は、聴き間違いのないほど印象に残るハナにかかった甘いボーカルで、ロックを疾走するシンガー和田唱の存在でしょう。村上春樹の本でよくイラストを描く和田誠さんの息子さんってのは常識?

TRICERATOPS「MADE IN LOVE」
TRICERATOPS「MADE IN LOVE」2008年
●赤い小箱特別パッケージで入手してしまった彼らの近作。プロモビデオでは一時期の GORRILAZ も顔負けのアニメキャラに変身してスペースオペラを大展開。ああ、あのアニメ制作会社 GONZO と組んでるんだ…(たしか今、倒産のピンチ?)。あの甘い声に、本来からなんとなくつきまとってたSF感覚が絡み付いて、ダンス機能が向上しまくりました。



●1-05:真心ブラザーズ「エレジー」

photo_1_05真心ブラザーズ

●この曲「エレジー」は残念ながら原曲を知らないし、多分このチャーミングなアレンジは大幅に原型を崩しているに違いないので、コメントのしようがない…。しかし、彼らが出てきたら、語らずにはおれないバンドが出て来る!

O.P.KING「O.P.KING」

O.P.KING「O.P.KING」2003年
奥田民生、THE ピーズ 大木温之、THE PILLOWS佐藤シンイチロウ、真心ブラザースYO-KING の四人によるスーパーバンド。それぞれが超個性的なシンガーでもあるので、結果超オットコ前なロックンロールをドカドカ鳴らしてしまうパワフルなバンドになってしまった。特に大木温之のルードなバカロックに一番シビレちゃいます。
●基本2003年だけの期間限定のユニットだったはずなのに、なぜか去年の日テレ開局55周年キャンペーンで再集結し、「ニッテレ!ゴー!ゴー!」と熱唱しているのだからマジでビックリした。歌詞の中に CHUCK BERRY の名前が出て来る曲があるんだけど、そんでカバー曲もやってるんだけど、それだけでこの企画に乗っかってくれたのね。強面と見せかけて気さくな人たち。



●1-06:DOPING PANDA「ターボ意味なし」

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ハードコアの感覚と、シンセロックの高揚感を合体させたこのトリオ。原曲を知らないもんだから不思議に思ってるんだけど、ナゼか英語詞になってるの。ユニコーンってそんなシャレたコトしたっけ?2005年から具体的な活動を始めた新世代のアーティストには、ユニコーンなんてどんな風に見えるんだろう?カット&ペーストの格好の素材なのかな?メガネロックのクセして実に洗練されてます。ボーカルの声は実に伸びやかで耳に気持ちイイし。好き。

DOPING PANDA「MAJESTIC TRANCER feat. VERBAL(m-flo)」

DOPING PANDA「MAJESTIC TRANCER feat. VERBAL(m-flo)」2008年
m-flo のラッパー VERBAL まで召喚してハイブリッド度をさらに向上させたミクスチャーチューン。ピコピコキーボードのように聴こえてたリフラインはギターをタッピングして弾き出してたみたい。そういう意味ではとても技工派なのかしら。コーラスのトリッピーな解放感が、ダンスロック~ニューレイブ時代の気分を感じさせます。歌詞は日本語だったけど。
●このシングルの C/W 三曲目が、なんと29分以上のベスト選曲メガミックス、うんにゃ、スタジオ再録音メガメドレーになってる。その名も「MUGENDAI DANCE TIME」。一体何曲がどう繋がってるかワカランけど、このバンドが2分ちょっとでパッと完全燃焼する百凡のパンクバンドとは一線を画すコト、00年代ダンスロックの感覚を完全に消化/昇華してるコト、日本語詞と英語詞の間を自由に行き来出来るコト、でも根っこはハードロック/ハードコアパンクだってコト(ギターソロがもろハードロックな瞬間がある…そんでたったギター一本でスゴく饒舌になれる実力がある)がハッキリ分かる。ニューレイブ以降の欧米ダンスロックもたくさん聴いてきたが、ソレに見劣りしない迫力があります。



●1-08:PUSHIM「珍しく寝覚めの良い木曜日」

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●ジャパニーズダンスホールレゲエの女王 PUSHIM が、ルードなロックステディにこの曲をアレンジしてそのソウルフルな喉で歌うと、見事なレゲエになってしまう。ユニコーン版で聴いてたら全然ピンと来なかったこの曲が、まさしく蘇ったような気持ちにさせられた。「服部仕立てのボブ・マーレー」ってコーラスの意味もやっとちゃんと響いてきた……字で書くと未だに意味不明だけど、妙な説得力が出て来てですね……多分このトリビュートの中で一番ハッとした楽曲になりました。

PUSHIM「QUEENDOM」

PUSHIM「QUEENDOM」2004年
●大阪のダンスホールレゲエが熱いというのはイツからの話だろうか?もう90年代のアタマからそんな話は聞いたことがある。PUSHIM はそんなシーンでもう15年近くのキャリアを積んでいる。そんだけのキャリアを持つ女性レゲエシンガーは、ちょっと他に名前が思いつかない。「QUEENDOM」というタイトルもそんな自信に裏打ちされたモンだろう。声が太く熱い。ヤワなR&B少女では敵わない貫禄を感じる。「FRESH!」みたいなルーツスタイルのリディムから、本場ジャマイカの暴れ象 ELEPHANT MAN との対決曲「SATISFACTION」があったりと、聴き所も満載だ。個人的には REBBECA のカバー「真夏の雨」(アルバム「POISON」1987年収録)がツボにハマった…。意外すぎる攻撃でズッボリ経絡秘孔を突かれた気分だ。
●ミニアルバム「PAK'S GROOVE」の頃に、なんとなく気付いたんだけど、彼女はコリアン。本名はパク・プシンというのだそうだ。この偏狭な日本でアッケラカンと自分のエスニシティを胸張って宣言するコトも、彼女の胆力の大きさを感じさせる。オフィシャルホームページに掲載されてる、自分で撮り貯めたジャマイカの写真も見応えがある。あの国の生命力を胸いっぱい呼吸する彼女の息吹を感じる。



●1-09:つじあやの「ミルク」

photo_1_09つじあやの

ウクレレを持つメガネ女子が、この曲の優しさを一流の癒し声でアンプリファイし、目が覚めるような改変をしてくれました。この曲、元のバージョンじゃ全然良さが分かんなかったけど、彼女にやってもらってやっと意味がわかった。ユニコーンってすげえなあ。アレンジでホントに楽曲の表情が変わる。

つじあやのと BEAT CRUSADERS「ありえないくらい奇跡」

つじあやのと BEAT CRUSADERS「ありえないくらい奇跡」2008年
つじ嬢とビークルが、劇場版「ケロロ軍曹」の主題歌でコラボ。コアなパンクを信条とするかのように見えて、実は普遍的なポップスセンスを持つ愛すべきバンドである BEAT CRUSADERSつじ嬢のウタゴコロを明るく支援するカッコで手堅くサポート。いいシングルです。2曲目のダンス☆マン REMIX ってのもムダにファンクでイイです。おまけトラックにはジブリ「猫の恩返し」の主題歌「風になる」アコースティックウクレレアレンジを収録。コドモが好きなのよコッチは。



●2-01:吉井和哉「与える男」

photo_2_01吉井和哉

イエモンの元フロントマンであり、ソロ活動も順調な吉井さんもトリビュートに参戦。でもなんでユニコーンに縁があるんだろう?ワリと全然違う世界でやってたような気がするけど。でもこの曲のメロディが、実はイエモンの世界に近いことが聴いててわかっちゃった。ちなみにこの曲でドラムを叩いているのは奥田民生自身らしい。

THE YELLOW MONKEY「TRIAD YEARS ACT1 ~THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」

THE YELLOW MONKEY「TRIAD YEARS ACT1 ~THE VERY BEST OF THE YELLOW MONKEY」1992~1996年
●リアルタイムの90年代においては、正直苦手だった…。ボクはヴィジュアル系が苦手で、比較的に後発として登場した彼らにもそういうイメージを持ってた。露骨にグラムロックを気取ってる部分とかも辛かった。
●……いや、ゴメンナサイ、違うな、コレは正確じゃない、ボクの友達の中でヴィジュアル系信者であったオンナノコがいて、その彼女が苦手だったのだ。彼女が絶賛するバンドに対しては全部イロメガネで見てたモンだ……奇縁なもんで、ヴィジュアル系はアメリカのゴス系ロック特集で「VISUAL-KEI」として TOKYO 発の飛び切りキッチュなカルチャーに成長したし、その彼女は現在音楽ライターとしてイロイロな雑誌で記事を書いているらしい。そんで仕事のお付き合いで大きなライブに行くと会っちゃったりすんだよね。顔合わせないように逃げたりしてんだけど。
●その子とは、イベント企画サークルの仲間という間柄で、彼女の考える企画は全てヴィジュアル系なのですよ。こちとらお金のリスクを背負って企画を動かすのに、自分の趣味じゃないアーティストで赤字が出ちゃったらマジ泣ける。実際全然知らないヴィジュアル系物件で痛い目にあったバカリだ……そこにこのイエモンの話が出た。学祭ライブというコトでバンドの感触も悪くない…不本意だが、イエモンを招聘してイベントを打つことになった。あれは、93年頃?「アバンギャルドで行こうよ」の頃だったような。

●しかし実際にイベント当日を迎えてみると、大変な盛況となり、ライブの内容もスゴくよかった。このベストに収録されてる曲よりも、もっと粘着質で淫猥な音楽だったような…カタツムリのウタとか…そんな感じ。ボクはスタッフとして大学講堂にPAや照明を搬入しリハの様子を見学してたのだが、吉井さんはステージには立たず、ガッチリきまったヘアスタイルと襟を高く立てたトレンチコートに身を包んで、客席の一つに深く腰かけて、スゴく恐い表情でステージを睨みつけていた……。パフォーマンスの直前のアーティストの姿ってのは、凶暴な獣のようにピリピリのオーラを放っていると、20歳そこそこのボクは思い知ったのであった。イエモンがその後破竹の勢いでスターダムに駆け上って行ったのは説明するまでもない。1996年、第一回フジロックのメインステージ大トリ一個前でもあったはず。そこのパフォーマンスも見たね。



●2-02:フジファブリック「開店休業」

photo_2_02フジファブリック

WIKIPEDIA によると、ボーカルギターの志村正彦くんは、奥田民生のライブに触発されてこのロック道を志したというハナシが書いてある。コレがトリビュートの縁なのかな?今では事務所の先輩後輩のカンケイだ。ナニゴトも頑張っていれば、自分の尊敬する人と一緒に共同作業が出来る機会がやってくる。チョッピリいいハナシだ。…でも、このバンド、なんかツカミドコロが難しくて、ボクにとってはヤヤコしい。

フジファブリック「TEENAGER」

フジファブリック「TEENAGER」2008年
●最近、新譜「CHRONICLE」が発売されたんだけど、買うか買わないか迷ってる。なんかこの音楽にイコゴチの悪さを感じるのよ。最初のフルアルバム「フジファブリック」2004年もセカンド「FAB BOX」2005年も聴いているんだけど、正直なんでセッセと聴いているのかと聞かれれば、ボクが彼らの音楽に感じる違和感の理由を突き止めたいからなんだと思う。
志村くんのボーカルは、多分ロックバンドのセンターに立つには微妙に貧弱かつマヌケで、かつレンジが狭くてメロディが深刻にドラマチックにならない…。ドカドカの本格ロックではなく、どっかパチモンくさい日本のロックの匂いがする。しかも、多分彼らはソレを狙いで計算/演出してる。英国風のロックをブリットポップというなら、同じ意味で、彼らのロックは折り目正しいジェイポップだ。そんな感じだからギターのフレーズはなんか懐かしい気分がして、オルガンの鳴りがなんともチープで、もしかしたらコレは00年代のグループサウンズなんじゃないか、という気分になる。「追ってけ 追ってけ」「マリアとアマゾネス」みたいな曲は他のバンドじゃ絶対に聴けない。……くそ、ボクはこのバンドの、くさやのような匂いに取り憑かれてるな。結果として彼らの思うツボで、キチンと軍門に下ってしまった。
●で、「TEENAGER」だ。メンバーは30歳前後で別に今さら若者気取りをする必要もないだろう。しかし音楽的には若々しく栄養を吸収して進化してる。アレンジはホーンとかエレクトロ機材を入れて分厚くなり、ボーカルの弱さもうまく制御できるようになってきた。一方、オルガンがぴーぴー言ってて、味になってるのはやっぱ変わってないし、メロディとツカミドコロのないリリックの微妙な珍味は健在。今だボクはこのバンドをどう評価してイイか分からない。……多分、この分だと新譜買っちまうだろうな、好きなバンドじゃないのに。



●2-03:星グランマニエと東京シュガーボーイズ(FROM 氣志団)「SUGAR BOY」

photo_2_03星グランマニエ

●ナゼ氣志団が、ユニコーンと縁があるのか?今回初めて知ったけど、阿部義晴氏が、インディ時代の氣志団のプロデュースをしてたコトがあるんだって。知らなかった…。阿部氏、イロんなキャリアがあるねえ。そんでギタリストである星グランマニエがステージから落ちてケガしたときもアベBが代打でパフォーマンスしたりと、結構な縁である。……ただし、性急なビートで青春のヒリヒリを伝える名曲「SUGAR BOY」を、グズグズのスローテンポにアレンジしたのはどうかと…。コレも氣志団なりの特別なパロディ感覚だろうか?

矢島美容室「ニホンノミカタ ーネバダカラキマシター」

矢島美容室「ニホンノミカタ ーネバダカラキマシター」2008年
●しかし、氣志団、DJ OZMA、矢島美容室様々なペルソナを自由に操る彼らはマジでスゴいと思う。現行ジェイポップの一番の戦略家だし一流の自己演出家だよ。DJ OZMA を封印しつつスグに矢島美容室がスタート…。実は日本の DAVID BOWIE? 女装ってのも BOWIE と一緒だもん。とんねるずさんはおいといて、矢島ナオミはちょっとカワイいもん。ギラギラグラムのダンスミュージックとしても高性能。イロモノ扱いされてますけど、彼らはスゲエクレバーなアーティストです。



●2-04:キャプテンストライダム「ペケペケ」

photo_2_04キャプテンストライダム

●このバンドにとって「ペケペケ」は重要なライブのレパートリーなのか、シングル「人間ナニモノ!?」2008年の C/W 三曲目にも渋谷クワトロでのライブテイクが収録されてる。カバーとしてはストレートな解釈で、チャーミングなビートロックの楽しさをそのまま継承している。個人的には歳を重ねるにつれ、この曲のメッセージがジワリと効くようになってきた。エラそうでスカしたセリフをのたまう男に対して、女の子の方が「好きなコト言ってなさい いつも あたいがいなけりゃ ナニも出来やしない アンタはテディーベア」と強烈に皮肉るリリック。まさしくワイフとボクの力関係を文字通り表してる。ボクはワイフがいないとナンにも出来ない。キッチンのお湯の出し方も教えてもらわないといけなかったし。
キャプテンストライダム「音楽には希望がある」
キャプテンストライダム「音楽には希望がある」2008年
●この連中がメジャーデビューした瞬間、シングル「マウンテン・ア・ゴー・ゴー・ツー」の瞬間から、もうなぜかユニコーンの匂いがしてしょうがなかったんだよね。それが2003年のこと。多分ボーカルギターの永友聖也のリリック感性がユニコーン時代の奥田民生に近いのかもしれない。デビュー当時はその作詞能力に大瀧詠一が注目して面倒見ていた時期もあったが、現在はよりガレージロック路線へタフに変貌するため、内外の様々なプロデューサーと仕事したり、セルフでやってたりしてる。
●そんで早くも4枚目となったアルバムが本作。伸びのイイメロディに分かりやすいリリックが座りよく乗っかっててやっぱ楽しい。今コレを聴いてユニコーンを連想することはなくなったが、逞しいバンドに成長している手応えは感じる。「人間ナニモノ!?」「わがままチャック」とかは一回聴く価値のあるロックです。



●2-06:SPARKS GO GO「ケダモノの嵐」

photo_2_06SPARKS GO GO

●80年代末~90年代初頭の「バンドブーム」の中で後発組として現れたという印象の、3ピースロックバンド。ユニコーンとの縁は浅くなく、奥田民生+SPARKS GO GO THE BAND HAS NO NAME というユニットを組んでたし、ユニコーン解散後の阿部義晴とは ABEX GO GO というバンドを組んでた。つまり、あの時代からの仲良しさんなのです。

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SPARKS GO GO「SPARK PLUG」1990~1994年
●バンド結成から4年目までのキャリア初期をまとめたベスト。オトコ臭いロックが持ち味で、個人的には「ざまーない!」というシングル曲がリアルタイムから大好きです。「ネルシャツ脱いで Tシャツになれば 半年忘れてた ときめく胸があらわになって うずきだすしか ざまーない! 熱い夏はまだまだ続いてゆく ざまーない! 不埒な季節に ジタバタみな乱れてる」この季節にピッタリな痛快ロックチューンですわ。15年も前の曲なのに覚えてるくらいだもんね。



●2-07:PUFFY「働く男」

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奥田民生のキャリアを眺める時に、PUFFY の存在は忘れられないでしょう。ボクが生涯で最高に夢中になったアイドルは広末涼子と、このブログで以前ボクはカミングアウトしましたが、PUFFY の二人もアイドルと捉えてイイのであれば、ヒロスエ級にボクは二人にハマりました。もうね、VHS からツアー本、CD-ROM ソフト、アメリカのイラストレーター RODNEY GREENBLAT によるデザインのキーホルダーまで持ってたね。……二人は実はボクと同い年で、考えてみれば既にイイ年ブッこいたアラフォーになろうとしているが、相変わらず燦然とボクのアイドルとして輝いているのです。
●そもそも、奥田民生が女の子ユニットのプロデュースを準備しているという情報が入った段階でもうワクワクしたもんね。ユニコーン解散後の民生氏は、ワザと世捨て人のように振る舞い、バス釣りにハマったり、オッサン臭くふっくらしてみたり…。その彼が女子のプロデュースワークだなんてワクワクじゃないですか!しかも相棒は井上陽水!そして「アジアの純真」!それは1996年に起きた重要な奇跡の瞬間でした。
●収録曲「働く男」はアニメ「働きマン」主題歌としてシングルカットされたモノをそのまま流用してる。彼女たちのカバーワークは沢山あるからその中の一個という位置づけだけど、アイドル・ジェイポップと片づけられないオルタナ・ギターロック仕様は確実に信用出来る。だからボクは今だ彼女たちのファンなのだ(GLAYTM REVOLUTION とのケッコンだけは少々ガックリしたけど…)。

PUFFY「HONEYCREEPER」

PUFFY「HONEYCREEPER」2007年
●最新作「BRING IT !」は楽しみなんだけどマダ聴いてません。だから、2007年に発表された一つ前のオリジナルアルバムを紹介。コレは久々に本気で PUFFY がロックしてるアルバムでかなり愛聴してます。だって曲を提供している作家陣がスゴく豪華でロックな人ばっかなんだもん!
●一曲目は黄金のコンビ、井上陽水&奥田民生。ex. THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、現THE BIRTHDAY チバユウスケが2曲も本気のガレージロックを提供(サビのラインが BOOWY を連想させるんだけど?ボクだけ?)。ザ・クロマニヨンズ真島昌利も二曲担当、一曲はジブンのバンドでもセルフカバー。悪フザゲがダラダラ暑苦しい「妖怪PUFFY」グループ魂がガッツリ出演。THE PILLOWS のリーダー&ソングライター山中さわおも2曲でコラボ。元イエモン吉井和哉氏もタイアップ曲「くちびるモーション」でブギーロックを投入。アメリカのオルタナロックプロデューサー BUTCH WALKER やスウェーデンのバンド/プロデューサーチーム THE MERRYMAKERS の名前も。マッハなガレパン「BOOM BOOM BEAT」の作曲はこの北欧人。作詞にピエール瀧とかも。アルバムの中では異色なヤワいポップスをやってます。



●すんません、関連作品をあとちょっとだけ。

ジェット機「best」
ジェット機「MUST」

ジェット機「BEST」2003~2008年(コレは文字通りのベスト)
ジェット機「MUST」2008年(最後のリリース音源6曲入りミニアルバム)
●このバンドは、バンドブームでユニコーンとその人気を二分したビートパンクバンド JUN SKY WALKER(S) のボーカル宮田和弥ジェット機においては「宮田JET」と名乗ってた)と、ユニコーンドラムの川西幸一ジェット機においては、やはり「川西JET」と名乗ってた…RAMONS のマネ?)が組んでたモンです。2009年ユニコーン再結成に際して、こちらの方は2003年からの活動に、やはり2009年終止符を打ち、解散しました…。
ジュンスカの初心を全く忘れてない、コゾウっぽいパンクはオヤジになっても健在で、若手ポップパンクには負けねえぜ的な勢いは音源からヨク伝わります。宮田JET の少しだけ震えるシャウトも懐かしく感じたのでした。
●……でも、ネット見てたら、JUN SKY WALKER(S) も20周年を記念して再結成してるなあ……2007年に二晩だけライブしている…これ継続的なヤツなのかしら。WIKIPEDIA だとドラム小林現在塗装業ってコトになってるぞ? やっぱベース寺岡呼人が一番の勝ち組なんでしょうか。ゆずのプロデュースを当てて、自分のプロジェクトにユーミンまで引き込んでシングル出してたもんね~。GOLDEN CIRCLE feat. ゆず & 松任谷由実「ミュージック」、これイイ曲でしたよ。

コドモたちに夏休みがやってきた。
●ショウガクセイにはビッグな夏がやって来た。なんてったって一ヶ月以上も学校が休みなんだから。夜更かししてテレビを見てても怒られない。二人そろってポケモンのテレビを見る。

P7174748.jpg(ギラティナと氷空の花束シェイミを鑑賞中)

●学期末の通信簿ももらってきた。別によくもないがワルくもない成績。先生の一言コメントが気になる。

ノマド2年生の先生のコメント。
「以前は小さく書くことが多かった漢字ノートも、だんだんと大きな字でバランスよく書くことができるようになってきました。体育のなかあてでは、ボールをぶつけられると涙する姿も見られたのですが、最後まで逃げることなく取り組むことが出来ました。どの友達にも穏やかに接するコトができ、なごやかな友達関係を築いています。」

●ボールぶつけられたらベソかいてるヘタレだったのね……別に不思議じゃないけど。この前も夏のプール教室行く行かないで泣きながら拒否してたモンね。字が小さいのも基本の人間のツクリがチキンだからな…。最近は放課後に学校や青少年会館で積極的に遊んでいる……でもワイフが観察する限り、友達とつるんでいるというよりは、ノマドが「カプラ」というフランスの積み木遊びに夢中になってて、そこに周囲が「なにしてんのオマエ」的に集まってるだけのように見えるらしい。5~6人の仲間と夢中になって遊んだアトに、ノマド「みんながジャマだった」とか毒つく。コイツホントに安心出来ない。

カプラ

(コレが「カプラ」ってオモチャ。スゴい人は下のドラゴンみたいなモノまで作る。)
カプラ竜


●あと、最近ノマドのパスポートの写真を撮ったのだが、深夜で再放送されてる「新世紀エヴァンゲリオン」碇シンジくんに目つきが似ててヤな気分になる。その上、本人はワリとソレが気に入っているのか、箱根(つまりエヴァ的には「第三東京市」)に旅行に行く予定を立ててる時に「オレがエヴァにのるしかないな…」とブツブツつぶやいていた。


ヒヨコ1年生の先生のコメント。
「話をよく聞いて学習していることに対して積極的に取り組みました。一年生を迎える会では代表のあいさつを言いました。あさがおの様子をよく見て細かい所まで観察して描き、花が咲くのを楽しみにしていることがわかりました。難しい漢詩や俳句にも関心を持ち、俳句はその場面を想像して読むことができました」

「話をよく聞いて学習していることに対して積極的に取り組みました」というフレーズは、「積極的に取り組んでるけど、結果的には話を聞いてない」という意味だわな。アイツほんと自分の興味ないこと全く聞かないし。一日の時間割が「体育/音楽/図工/図工/給食」だった日に「きょうのガッコウはとってもたのしかった!」と超満足げだった……普通に国語も算数も好きになってくれよ。ただ、小林一茶の句「スズメの子そこのけそこのけおウマが通る」だけ異常にヤツは気に入っており、それだけを情感タップリこめて読むという得意技はある。ただ単純に「スズメの子」というフレーズに反応しているだけなんだけど。
●ヒヨコの先生は、ベテランの厳しそうな女性で、1年生に対しても「鈴木さん」「佐藤さん」と生徒を名字で呼ぶパリッとした人だったはずなんだが、ウチのヒヨコに関してはナゼか途中から呼び方が「ヒヨコさん」になり、いつしか「ヒヨコちゃん」へと変化し、最後には「ピーちゃん」になってしまった。ワイフが個人面談に行った所、「ピーちゃんは、背が低いのとしゃべり方がちょっと赤ちゃんぽいだけで、周りの友達も年下の子と接するように遊んでいるわけじゃなさそうなので、大丈夫です」とコメントされたらしい。コレも裏返せば、パッと見では赤ちゃんぽく見えるっつーコトだわな。全然異存もないんだけど。



●さて、今日も音楽のハナシだ。


MORRISSEY の相棒だった THE SMITHS のギタリストの意外な副業に出会う。
●シモキタザワの駅前を歩きながら、いろんなCD屋の激安箱をチェックするのはボクの大切な習慣だ。つーか、タダの無駄遣いにしかならないのでホントはヤメたいんだけど、ヤメられるくらいなら元からこんな街に住もうなんて思わない。コレはボクの業です。そしてクソのようなCDを自分の巣穴に集めてしまう。カラスがキラキラしたモノを巣に運ぶように、キラキラCDを集めるのがボクの動物的習性です。
で、この前も、一流のクソCDを発見した。100円ですよ。誰も見向きもしない。でもボクにとっては掘り出し物。

BLACK GRAPE STARS IN

BLACK GRAPE「STARS IN THIER EYES」1996年
●このバンドは、90年代前半のUK、マッドチェスター・シーンのど真ん中にいた HAPPY MONDAYS の中心人物 SHAUN RYDER が1993年に組織したヤツ。このCD自体はなんだかブートもんらしくて、少々乱暴な録音のライブアルバムになってる。ブートレグの世界は際限ないので基本的に手を出さないのがボクのルールなんだけど、100円という価格に思わず握ってしまった。
●しかし、コレがクソみたいにノリがイイ。そもそもどーしょーもないヤク漬けジャンキーで、それでバンドを潰した SHAUN である(オマケに名門インディレーベル FACTORY RECORDS をも一緒に潰した)。そんなデタラメでヤケクソなノリがルード&ルーズなグルーヴになって、一度完全に360°裏返って一流のファンクになってしまった。このクソッタレな奇跡に乾杯!「ドーモコニチワ!サヨナラ!」的大間違い日本語なダミ声イイ加減MCにも憎めない愛着を感じる(もちろん聴衆はイギリス人のハズなのに)。
●多分 SHAUN の隣には、HAPPY MONDAYS から唯一このバンドに参加した BEZ というオトコがいて、アホのように踊っているに違いない。BEZ は楽器も何もできないし、バンドへの音楽的貢献は全くのゼロなのに、ステージでは常に重要なポジションで命懸けで踊ってるヤツであった。この時代には、バンドの中になぜかただひたすら踊ってるダケのヤツがいるコトがあって、そいつがムチャクチャイイ味出してる場面がある。「マッドチェスター」「マッド」たる所以である。
●で、このCDのほぼ大半、BRIXTON という街で行われたライブには、なんとTHE SMITHS の元ギタリスト JOHHNNY MARR が加わっている(いや、ブートレグなんで、非常にイイ加減なクレジットなんだけど)。確かに、グズグズになりそうな所でスクエアなギター進行がテンションを正確に制御してんのよね。聴けば聴くほどギターが雄弁に機能し、ファンクを推進しているのが分かる。THE SMITHS 解散後は、浪人のようにギター一本で世間を渡り歩く JOHNNY である。ココでも異常に手堅い仕事をしていて、ちょっと感動した。…THE SMITHS マッドチェスターも全部マンチェスターという同じ街で起きた出来事なんだ、という文字にしてしまうと至極当たり前なコトに感心してしまう。ココ、地続きで繋がってるのね。


HAPPY MONDAYS「LIVE」jpg

HAPPY MONDAYS「LIVE」1991年
●前述のブート発見でボクの中の「マッドチェスター再評価」に火がついた。わが青春のマンチェ巡礼の旅である。HAPPY MONDAYS 全盛期の頃のライブ盤をさっそく入手(これは FACTORY からの正規盤)。ボクとしてはこのバンドの最高傑作「PILLS N' THRILLS & BELLYACHES」をリリースした後の物件で、独特のヨコノリグルーヴに脂が乗りまくってた時期。独特のダブ/ファンク感覚と、当時から流行し出したエクスタシーで乱暴に加速されたアホテンションが偶然うまく重なって音楽的価値をゲットできた感じ。ええ、HAPPY MONDAYS は終始そんなバンドだったと思います。
●で、ライブの内容は代表曲目白押しで、「HALLELUJAH」「KINKY AFRO」「STEP ON」などが冴えてますが、一番好きなのは「GOD'S COP」「カミサマはオレには甘いんだ!カミサマは ''E'' の雨を降らせてくれる、オレんとこにね~」というズルズルのサビが最高に楽しい。

●コイツはライブ盤だけど、当時の HAPPY MONDAYS は積極的に12インチのシングルを切り、イロイロなリミックスを作ってたような気がする。あの時代は、エクスタシー革命があり、レイヴ革命があり、テクノ革命もあった。なんてったって FACTORYJOY DIVISION / NEW ORDER を輩出したインディレーベルだし、ダンスミュージックの感覚でシングルを切っていった先駆的なインディロックレーベルだったから、この時代も12インチシングルとリミックスにはスゴく前向きだったような。ちなみに、1983年の NEW ORDER「BLUE MONDAY」フロッピーディスク・デザインの12インチはやっぱ一枚入手しておくべきだと思うし、1988年には「BLUE MONDAY 1988」なるリミックスで、かの曲を QUINCY JONES がベタベタディスコにしたバージョンをリリース、1995年にはドイツのテクノユニット HARFLOOR「BLUE MONDAY -95」というアシィィッドなリミックスをシングルにしてる。好きな人には必聴のアイテム。そんで、この曲名の裏返しが 「HAPPY MONDAYS」というバンド名に繋がる。


INSPIRAL CARPETS「LIFE」

INSPIRAL CARPETS「LIFE」1990年
THE STONE ROSES はドメジャー過ぎるので、HAPPY MONDAYS THE STONE ROSES と共に「マンチェ御三家」と呼ばれた(一体誰が最初に呼んだんだろう?)この INSPIRAL CARPETS に注目しよう。
「マンチェ御三家」とはいうが、コイツらはホントにマンチェスターのチンピラでしかなかったので、アルバムをリリースするまでの下積みがミンナ長かった。日本にまでその情報が到達するまでタイムラグがあったが、THE STONE ROSES HAPPY MONDAYS は1984年から、INSPIRAL CARPETS は1983年から活動している。この御三家で一番貧弱で、一番キモイバンドであった彼らこそが実はシーンの最古参である。当時は「スカリーズ」という名前で連中のファッションスタイルが伝えられたが、髪型は時代錯誤なボサボサマッシュルームかスキンヘッド、なぜかダボダボのワイドパンツをはいてて、ソレはソレはカッコ悪かった。後に IAN BROWN が当時を回想して「カネがないから、誰も見向きもしなかったダボダボパンツしか買えなかっただけだ」と証言してた。何でもマネッコしちゃう渋谷系カルチャーでもあの最低なファッションはマネ出来なかった。だってマジであんなダサダサワイドパンツ、日本じゃドコにも売ってないもん。
●そんで、ファーストアルバムがこれ。DEPECHE MODE 擁するテクノ/エレクトロ専門レーベル MUTE が彼らをフックアップした。サウンドの特徴は、コッチが気合いを入れようにも絶対入れさせてやらないかのような固い決意を感じさせる、マヌケで脱力系なキーボードプレイ。ポヘ~フェ~ファ~アアアって感じ。ギターよりもこのキーボードに音の焦点を集めてるトコロが実にユニーク。やりようによっちゃファンキーにも鳴るはずのオルガンめいたこのキーボードが、どうしても微妙に的をハズしてて、ソコがクセになる。そんで、ある意味でヘロヘロ弾き飛ばすこの音が、レイヴシーンのサイケデリック側面を象徴しちゃってる。ボーカルのメロとか聴いてると、実は後のブリットポップを先取りするようなコーラスワークとかが見えるんだけど、当時はそんなんカンケイないから、ただのマヌケバンドに見えました。


INSPIRAL CARPETS「THE BEAST INSIDE」

INSPIRAL CARPETS「THE BEAST INSIDE」1991年
●ギターの比率が高くなった部分もあるけど、サイケにも響き、叙情的にも響くようになったキーボードがどうしても耳を引っ張る。特に2曲目でシングルにもなった「PLEASE BE CRUEL」に関しては、前作を踏襲するヘロヘロキーボードが、脱力感と奇妙な陶酔感を醸し出す。リアルタイムで聴いた時「カネ返せ」と思ったほどマヌケに聴こえた。アルバム中盤はサイケ感がダブ方向の陰気なベクトルに流れたバッドトリップ気味なのもイメージがワルい一因。今は大人になったのか感性がイカレタのか、ヘンなツボにハマって聴けるようになってしまった。年齢を重ねることはそういう意味でワルくないと思う。
「インディダンス」というジャンル名も聴こえてきたこの頃のダンス感覚を象徴しているようなビート・チューンも登場。一曲目「CARAVAN」みたいなベースにアクセントのある曲は、同時期のキラーシングル THE STONE ROSES「ONE LOVE」と共にフロアをヒットしてたような気もする。「FURTHER AWAY」 THE STONE ROSES「FOOLS GOLD 9.53」を連想させるような13分38秒の長尺エクスタシーハイ絵巻。人力サイケグルーヴの渦。最後はヘロヘロキーボードでチルアウト。


INSPIRAL CARPETS「REVENGE OF THE GOLDFISH」

INSPIRAL CARPETS「REVENGE OF THE GOLDFISH」1992年
●ジャケの、ベッドルームにオレンジのサカナが泳ぎまくる写真は、SANDY SKOGLUND という女性写真家の有名な作品だ。写真の歴史のホンとかにも紹介されてる。作品として見ればユニークで楽しいが、リアルにあの部屋で目を覚ませば、寝覚めとしては確実と最低な気分になれると思う。
なんか知らんが内容はグッとたくましくなり、ノリノリのインディダンスグルーヴ、ギターロックダンス仕様に変貌しました。これならフツウのロック好きにも対応できます。多分コレがこのバンドの最高傑作。1994年に OASISマンチェスターから登場して、UKシーンは一気にブリットポップへと走り出すのですが、その前夜にして、コイツららしくもないチカラ強いギターロックへの変貌はちょっとビックリするくらい。キーボードのバランスがフツウのバンドのレベルに着地して、実際次作の「DEVIL HOPPING」1994年では見事なブリットポップに転身するのだから。この2作を手掛けてるプロデューサー PASCAL GABRIEL ってヤツがキーマンなのかな?調べると、BOMB THE BASS ERASURE に関わってるし、NEW ORDER 停滞期の名曲「REGRET」も彼の仕事らしい。
●実はこの頃で「マッドチェスター」はムーブメントとしては既に死んでおり、UK 全体に影響を薄く広く拡散しているだけの状態だったらしい。THE STONE ROSES は所属レーベル SILVERTONE との果てしない訴訟騒動で完全にフリーズしてしまったし、1993年に HAPPY MONDAYS はカネとクスリのトラブルで空中分解した。堅実に活動していたこのバンドはせっせと仕事に精を出すが、1995年に活動を停止するのでした。



せっかくだから、マンチェスターの音楽として欠かせない FACTORY 発のアーティストをもう一人紹介。


THE DURUTTI COLUMN「LC」jpg

THE DURUTTI COLUMN「LC」1981年
●深いリバーブを効かせた静かな場所で、ムダな虚飾を全て取り去り、切々とセンチメンタルなギターをポロポロンとつま弾く。仲間は謙虚なリズム隊。ボーカルもなく、ただひたすらリリカルなギターがキラキラと煌めいている。多分、水深5メートルほどの海中から静かに太陽と水面の波を見つめていたら、この慎ましやかにサザ波立つギター詩人の世界に一番近づけるんじゃないのかな?「マッドチェスター」時代に引きつけて考えれば、完全にチルアウトミュージックだ。…… BRIAN ENO RED HOT CHILLI PEPPERS のギター JOHN FRUSCIANTE がこのバンドに強いリスペクトを表明している。
●時代で言えば1981年、ポストパンクニューウェーヴだ。THE DURUTTI COLUMN というユニット名は、スペイン内戦で反ファシストの立場で戦った民兵集団に由来している。ユニットとは言いながら、ホントは VINI REILLY というギタリストのオレ一人ユニットに近い。メンバーは数々入れ替わり、JOY DIVISION / NEW ORDERPETER HOOK から SIMPLY RED に加わるようなヤツまでが関わってる(SIMPLY RED は今でこそブルーアイドソウルの権化だが、元々はパンクな連中だったのよ)。そんで、ユニットは今も現在進行形でゆったり活動しているみたい。
VINI 自身もそれなりに自分の活動以外の仕事もしている。オモロい所では同郷のよしみか MORRISSEY のソロバンドに加わってたことも。あとは SWING OUT SISTER みたいな仕事まで。


JOHNNY MARR のハナシから始まったんで、彼のハナシで締めさせてください。
MORRISSEY はソロアーティストとしてセッセと作品をリリースし続けているが、JOHNNY MARR は十分な実力があると思えるのに敢えて脇役ばっかり選んで、地味にこの音楽業界を渡り歩いている。その勤勉さで言うなら MORRISSEY 以上だと思うよ。地味だけど、仕事切れないもん、この人。
THE SMITHS が解散した後、最初に顔を出したのは THE PRETENDERS の所。CHRISSIE HYNDE 率いるアネゴパンクね。でも速攻で抜けて MATT JOHNSONという怪人が束ねる THE THE に参加。ココにはしばらく定住して2枚のアルバムに参加している。その内の一枚「DUSK」はボクの中で名譜です。
●2000年に、RINGO STARR の息子で OASIS の準メンバー&今の THE WHO のドラマーとして有名な ZAK STARKY を誘って JOHNNY MARR & THE HEALERS というバンドを構える。やっとオモテに出てきたよと思ったが、一枚アルバム出して自然消滅。トホホ。まあ、ZAK の縁で OASIS のレコーディングにもゲストで関わったりしたんだけど。それにしても根性ナシだね…。そんでアメリカのロックバンド MODEST MOUSE や UK のガレージ野郎 THE CRIBS にカケモチで加入……大分後輩の若造とウマくやれるのかな。不安。

●さて、90年代全部にかけて JOHNNY が比較的マジメに取り組んでたと思われるユニットがありました。それは ELECTRONIC


ELECTRONIC「RAISE THE PRESSURE」

ELECTRONIC「RAISE THE PRESSURE」1996年
●同郷マンチェスターの知り合いで、ちょうど停滞期にハマり込んだ NEW ORDER のボーカル&ギタリスト BERNARD SUMNER と二人して結成したのがこの ELECTRONIC名前で明白ですが完全にピコピコエレクトロです。1990年に結成して、1999年に解体。このキッチリとした10年の活動で3枚のアルバムを作りました。確かにテクノ革命の吹き荒れた90年代。しかし、いくらピコピコしても BERNARD の淡い声を軸にするこのユニットは、厳密なテクノにはなり得ず、リアルタイムにおいても少し時代遅れなエレポップに聴こえたもんです。
●しかし、セカンドアルバムのこの作品においては、エレポップという軸は変わらずも、敢えて封印していたであろうギターを前面に出して来るスタイルに変更。大分キャッチーでチャーミングな仕上がりになりました。少し安心して聴けるタイプ。まあ、特別な深みもないけど…。コッソリゲストとしては、NEW ORDER ファンと自称していた KRAFTWERK のメンバーさんが一人キーボードで参加してます。


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(扇風機に「あー」ってやってる人たち)

選挙の時に、コドモたちが最近気に入ってるバショに連れて行ってもらった。
●通学路の道端にある、ナンの変哲もない小さなスペースだ。角張った石ころが転がってるだけ。ココを連中はこう呼ぶ。「だんご虫ひろば」。石ころを裏返して、だんご虫をみんなで捕まえては、ボケットに入れて我が家に持ち帰る(よくズボンの中で潰れたりしないモンだ)。そんで大切に虫かごの中へ。あ~そうなの、ココからだんご虫を連れてきてたのね。「でもね、だんご虫、もういない」とノマド。「オレがゼンブとったからだんご虫ゼンメツした」……で、そのだんご虫をゼンブウチに持って来たってわけ?「うん」………今言ってもわかんないだろうからオマエには言わないけど、それってパパにはアフリカから新大陸に強制連行させた黒人奴隷貿易を連想させるんだけど。
●ノマドは、現在ウチにいるだんご虫にハクサイの切れ端などを与えつつ、「だんご虫ハイム」なるだんご虫のための集合住宅を建築するプランを立てている。全くもってボクには意味不明だが、コドモはコドモで勝手にアホなことをやるのが仕事だ。ガンバレ。実にお節介で理不尽な迫害を受けるだんご虫たちにもエールを送りたい。ガンバレ。



理系の人はスゴい。PCに強い人はスゴい。
●少し前、なんとなくその場に居合わせたというだけのノリで、初対面のカフェのお客さんとトークが盛り上がったことがあった。そのご夫婦は、ボクと年齢が一緒で実家も近いとあって意気投合してしまったのだ。
●ダンナさんは、大手電子機械の関連会社でシステムエンジニアの仕事をしている。このテの仕事についてはどんなに説明をよく聞いてもサッパリわからないが、この人は明快な説明をしてくれた。「人工衛星に載せるコンピュータのシステム開発をしてます」すげえ!宇宙開発じゃん!それ子供に言ったら一発で尊敬される仕事だよね!ボクの仕事はコドモに説明しづらくて非常に面倒だ…。
●プライベートではバイクをこよなく愛し、休日には部品をイジくったり、少し遠出をしてみたりする快男子であった彼には、最近凝ってるコトがあるという。それは「FX取引」。くはー、コレもボクにはてんでワケ分からない世界だ。財テクだ。ネットトレーディングだ。バクチも打たないボクには意味不明だ。
●ただし、彼はボクから観たら斬新なアプローチで「FX取引」に取り組んでいた。自分の持ってる金融資産がとある条件に達したら速やかに売却する、また購入するというのを、アプリケーションに自動的に判断させてオペレーションするのだ。「やっぱりデイトレーディングなんてしてたら、一日中気になって仕事なんて出来ないじゃないですか。だから、ソコは全自動でオペレーションできるシステムを組んじゃうんです」どへー!「FX取引」という段階で数字に弱いボクは尻込みするのに、この人はソレをオペレーションするシステムを自分で作っちゃうというのだ。
●そんなモンが自分で作れちゃうんですか!?「いや、フリーのソフトでひな形みたいなモンはすぐ見つかるんですよ。それに自分で100行くらいプログラムを書き足す程度です」んなもん、ボクは一行だって書けませんよ!スゲエなあ、理系の人が考えることって!「でも結局は成功してないんで。コレで成功したらもうダレカが大儲けしてますよ」現在そのダンナさんは、マジの資産を投入することなく架空の取引をPC上でさせるだけで、そのシステムのパフォーマンスを検証しているそうだ。



数学はエンターテインメントになりうるか?
●おりしもボクは、とある数学上の発見をめぐるルポルタージュを読んでいた。300年間誰も解くコトの出来なかった難問に挑戦した数学者たちの列伝にもなってる。「ダ・ヴィンチ・コード」「天使と悪魔」のような、ヨーロッパ文明の根幹に関わるような謎解きの冒険も確かにオモシロい。しかし数学という抽象的概念は文明や言語を超えて人類全体へ平等に開かれている。その開かれた謎に挑戦する冒険は、やっぱりオモシロいし、それが実話となればよりオモシロい。


サイモン・シン「フェルマーの最終定理」

サイモン・シン「フェルマーの最終定理」
●17世紀の数学者ピエール・ド・フェルマーが遺したとある定理。これが正しいのかどうなのか「証明するには余白も時間もないので割愛する」とご本人の弁。……そりゃねーよ!タネアカシなしで投げっ放しかよ!そんなヒネクレタ天才学者が後世の人類に投げかけた難問、しかもシンプルに見えてとんでもなく底深い謎を秘めた数学上の難問を、何世代もかけて様々な数学者がテクニックを積み上げ、そして解決する。その過程をつぶさにルポにまとめた本だ。
●著者は本来テレビのドキュメンタリストで、コレはイギリスのBBCのドキュメンタリーとして最初に放送されたという。こんな難しいテーマを、論理的な説明には向かないテレビというメディアで取り扱おうとした勇気に、まず敬意を表したい。そしてこの文庫にまとまったルポも、手に汗握るエンターテインメントになっており、そのことにも驚きとリスペクトを表したい。

●さて、その「フェルマーの最終定理」ってのがどんな問題なのか?ワケ分かんないと思いますが、一応紹介しておきます。

「ある三乗数を2つの三乗数の和で表すこと、あるいは四乗数を2つの四乗数の和で表すこと、および一般に、二乗よりも大きいべきの数を同じべきの2つの数の和で表すことは不可能である。」


●全然意味ワカラン…。でもね、コレは中学校で習う「ピタゴラスの定理」をイジくった式のハナシなんです。…あ、「ピタゴラスの定理」も忘れましたね。ボクも忘れてました。以下、復習です。

(aの2乗)=(bの2乗)+(cの2乗):直角三角形の辺の長さはこの式で求められる。

ピタゴラスの定理


●ほんで「フェルマーの最終定理」はコレをアレンジして、こう変えました。

(aのn乗)=(bのn乗)+(cのn乗):n が2より大きい場合、この式を満たす数は絶対に存在しない。

フェルマーの最終定理の図

あ…そうなんですか、でそれが? 素人はそう思うわな。存在しないならしないで、別に不自由しないしね。
でも数学者はムキになれる。この難問をオレが説く!なんと立派な根性だろう。そんな奇人変人である数学者というイキモノの生態を、このルポは敬意と愛着を持って切々と伝えている。
●しかもこのルポが扱う射程距離は実に広いのですよ。フェルマーの難問はピタゴラスの定理をイジくったものだから、お話は2500年前の古代ギリシャ文明から始まる。古代の偉大な数学者たちから、現在のアラビア数字を開発したアラビア文明、ゼロの概念を発見したインド文明の成果にもスポットを当て、男尊女卑の社会通念から歴史の闇に葬られそうになっていた18世紀フランスの女性研究者の成果にも敬意を払う。フェルマーの難問を説くテクニックには、日本人も大きな役割を果たしているのだ。終戦直後の日本で特殊な研究をしていた二人の男に光を当て、愛情深く彼らの人生を描く。二人の立てた予想はスゴいインパクトを放つ学説になったが、その内の一人は若くして自ら命を絶つ。抽象的な数学の世界のすぐワキには、人間臭いドラマがイッパイあるのである。
●西欧文明に偏重し勝ちなこの研究史を、様々なマイノリティ(性別/人種)に光を当てながら綴って行く著者のスタンスは、彼が在英インド人であるコトと関係がないとは言えないだろう。…実際、途中から定理を解き明かすテクニックやトリックは素人には理解不能の領域に行ってしまうのだけど、人間臭さは最後まで絶えることがない。難問が解けた後だって、別に世界平和や目覚ましい大発明がそこから派生する訳じゃないのだ。ただ、そんなモノに全人生をかけてしまう不思議な人種を優しく眺めたいだけなのだ…。人間て不思議なイキモノね。



●一方でコチラは、数学に強い若者が活躍するアメリカの映画。


「ラスベガスをぶっつぶせ」


「ラスベガスをぶっつぶせ」2008年
「ラスベガスをやっつけろ」というジョニー・デップ主演/テリー・ギリアム監督のすっとんきょうな映画と混同しないでくださいね。コッチはコッチで最高にバカげた内容で、ギリギリついていけないほどのナンセンスの果てまで連れてってくれる迷作でございます。
「ラスベガスをぶっつぶせ」はボストンにある理系大学の超名門 MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生君たちが、知恵の限りを尽くしてラスベガスのカジノに挑戦、天才的な数学センスで大金を荒稼ぎする青春映画。実話を元にしているってんだからスゴいね。理系ってイイなあ。
●しかし、ストーリー冒頭の主人公ベンは、イケテナイ×100 的なショボクれたオタク野郎。青春の全てを勉強に費やし、取り立てて自慢出来るハナシ一つ持ってない。デブオタクとメガネオタクの親友たちとロボットコンクールに出場するのが目下の楽しみ。そんな彼がハーバード医科大学の入学試験に受かった!ワオ!ただし、ココからが問題だ…母子家庭に育った彼には30万ドルという学費+生活費が払えない。奨学金もこのままだと望み薄だ…どうしよう?
●そんな時、深夜に行われてる怪しいゼミに誘われる……教授ミッキーと5人の優秀な頭脳の持ち主が、カジノで絶対に勝つ方法を真剣に研究していたのだ!「カウント」と呼ばれるこのテクニックは、厳密にはイカサマではないが、冷静な観察眼と超高速の計算力、そして緻密なチームワークが必要とされる。……その仕掛けは映画で説明されてるような気がするが、全然ボクには理解出来ない…。最初は躊躇するベンではあるが、学費は欲しい。そして、この怪しいチームに加わることを決意する。
●大金を手にしてしまったが故の失敗や苦い思いをベンは味わうが、ヒョロイオタク野郎がタフな勝負を勝ち抜くコト(カジノの中でも外でも)で成長していく様子はカッコいい。秀才くんがヒーローになっていく瞬間、堕落する瞬間。それはやっぱ青春なんだよね。「ハイスクールミュージカル」よりもずっと感情移入できる、ボクにとっては。ちなみに、カジノ側のイカサマ対策用心棒には、ローレンス・フィッシュバーンが出てきて公演。渋いオッサンだわ。………ボクもべガスには二回ほど行ったけど、スロットマシンに数千円を瞬間的に吸い込まれ、即座にやる気をなくした。ボクはギャンブルがキライだ。

●ちなみに、少し前に紹介した、松本人志さんのラジオ番組を活字に起こしたホン「放送室」には興味深い事実が書いてあった。実は、松本人志さん、彼は九九が最後まで言えないそうです。九九が出来なくてもカンヌ映画祭に出品できる映画が撮れる。これもまた事実。




数学つながりで、「マスロック」を聴いてみる。「マス=MATH(MATICS)=数学」
●数学ロックって一体ナニ?英語の WIKIPEDIA を読むと「特徴」の欄にこう書いてある。「マスロックは 7/8, 11/8, 13/8 のような非対称な拍子記号を多用するか、2拍子と3拍子を軸にして拍子を絶えず変化させるコトに大きな特徴がある。このリズムの複雑さが、リスナーや評論家に「数学的」と感じさせた要素であり、他のジャンルのロックと区別される部分である」ふーん。


DON CABALLERO「FOR RESPECT」

DON CABALLERO「FOR RESPECT」1993年
●しかし、ボクはマスロックのバンドがそんなに小難しいコトをやってる連中とは思わない。マスロックの代表格と言われるこのロックバンドのファーストを聴けば、このサウンドがどっから来たかがわかる。完全にヘヴィである。重金属音楽である。連中の狙いは明白である。ボーカルも捨てて、メロディも捨てて、それぞれの楽器のソロパートも捨てて、全力を尽くしてヘヴィで重金属で純粋なリフを叩き出すコトだ。メンバーが一丸になって、リフだけで戦う。ひたすら積み重ねたヘヴィイイなグルーヴで、近寄るモノを全て圧殺してやると言わんばかりの攻撃だ!ドラムとベースと二本のギターで、全てを叩き潰す!
●本来はヘヴィイなロックを好まないボクだが、このバンドの世界にはスッと入ることができた。彼らは実に禁欲的で、ヘヴィメタにつきまとう芝居がかったメッセージもないし、様式がかったお決まりのギターソロもない。ただ純粋にヘヴィなリフだけを求道者のように突き詰めている。なんて潔いんだろう!この爆音の波荒れ狂う海にひたすら身を任せてモミクチャにされるのはワルくない!


DON CABALLERO「DON CABALLERO 2」

DON CABALLERO「DON CABALLERO 2」1995年
●この一枚で、このバンドがマスロックの中心的存在であることをファンや評論家に認めさせた。なんか知らんが、9分、10分、11分越えの大曲がアルバムの半分を占めている。そんでウワサの複雑な変拍子も炸裂する。複雑に展開する長い曲は、突然の変調やリズム/テンポの変化に対するバンドアンサンブルの正確さを際立たせ、こんだけのパワフルな音楽を、勢い任せではなく、冷静に制御してこのバンドは放射しているんだなと、心底思い知らされる。こんだけグルーヴに燃え滾りながら、頭脳は完全にクールなんだ。一方翻ってこのコトは、コレらのプレイにはアドリブやインプロヴィゼーションが忍び込む余地もないというコトも同時に意味してる。インストの長尺ロックなので、ジャズロックというコトバを使いそうになるが、その意味で彼らは全然ジャズじゃない。そんでベヴィイリフロック絵巻は次々と表情を変え、爆音で我々を蹂躙して行く。


DON CABALLERO「WHAT BURNS NEVER RETURN」

DON CABALLERO「WHAT BURNS NEVER RETURN」1998年
●この辺で顕著になっていくんだけど、バンドは必ずしも重金属へヴィリフにはこだわらなくなってきた。目の覚めるような展開、刺激的なリフがあれば、ソレはヘヴィメタルなモノとカンケイなくてもイイんじゃないの?的な発想の転換があったみたい。特に顕著なのが多分 IAN WILLIAMS のギタープレイ。特別なペダルやエフェクタを使って、ペタペタタッピングするようなフレーズを多用するようになるのだ。これでバンドの音はさらに変幻自在になり、フュージョン臭くさえもなり、美しささえ感じられるような雰囲気が見えてきた(かな?)。複雑でテンションの高いアンサンブルは相変わらずそのままだけどね。
●同時期にシングル集「SINGLES BREAKING UP (VOL.1)」1999年もリリース。コチラは2分から5分という実にコンパクトなサイズの楽曲で占められているので聴きやすいと思います。


DON CABALLERO「AMERICAN DON」

DON CABALLERO「AMERICAN DON」2000年
●レーベルは前作から TOUCH & GO に移籍、そしてエンジニアにあの STEVE ALBINI が参加。さらにタイトルは「アメリカの首領」。……そんじゃあ、サウンドはもうザリザリのゴテゴテの、重金属を通り越して放射線物質まで行くような音になるんだろうな……と思ったら、実に音の粒立ちのイイ、丁寧なサウンドになった。IAN WILLIAMS のタッピング奏法はより磨きがかかって(つーかもうソレばっか)、もうポストロックの佇まいさえ感じるよね…ジャズロックってホント言っちゃいそう。コレはギターの音なんだろうかと思うような音がリードを握ったりもしてるし。でも多分ギターなんだよな。変拍子もこれ見よがしな登場でなく、スッとさりげなく仕込まれてて実に気持ちイイ。そもそもピッツバーグやシカゴを拠点としてきたこのバンド、シカゴ音響派のアーティストとの影響関係があったって不思議じゃないもんね。コレは是非聴いてください。
●このアルバムを最後に、バンドは一回解散する。サウンドの要であるギタリスト IAN WILLIAMS や前衛ロックトリオから移籍してきたベーシスト ERIC EMM らがバンドを離れたからだ。しかし、最初期からのオリジナルメンバーであるドラマーの DAMON CHE は一から新しいメンバーを集めて新生 DON CABALEERO を再スタートさせてる。2003年以降に2枚のアルバムを発表し、ゴテゴテのマスロックを鳴らし続けてる。


THE BATTLES「MIRRORED」

THE BATTLES「MIRRORED」2007年
DON CABALLERO の中心人物だった IAN WILLIAMS は次のバンドを組織する。ソレが THE BATTLES だ。日本においては「マスロック」と言うコトバを世間に知らしめたのはこのバンドじゃないか?ドラマーには90年代オルタナ期のへヴィロックバンド HELMET のメンバーを招いた。この HELMET もボクの好きなバンドだったんだよな~。バカみたいにヘヴィなリフだけにひたすらコダワった連中で、でも実は高度な音楽教育を受けてるインテリミュージシャン集団だった。もう一人のギターも、PREFUSE 73 の録音に参加し WARP でソロの契約を結んでいるようなヒトクセもフタクセもあるようなヤツだ。こんなメンツでヒネクレタ音楽を弾き出す。
●とはいいつつも、DON CABALLERO の音楽に慣れていれば、ココの音楽は実に楽しい。ヘヴィロックの痛快感はもう過去のモノとなったようで、連中の嗜好の中に入ってないみたい。しかし疾走展開するリズムの楽しみはさらに加速してるし、複雑すぎる変拍子も洗練されて気持ちイイ。ロックとして洗練されてて、ヘヴィメタ愛好家の嗜好から逸脱するポップ要素もタップリある。チョッピリのボーカルもアクセントになってて、初めて聴く者にとっては由来不明の摩訶不思議音楽に聴こえるに違いない。ボクの中での、00年代の怪作ロックに選んでしまいます。


我が家は最近ウルサい。
●先日、長男ノマドにラジカセの使い方を教えてやったら、それがヒヨコにも伝播し、ボクも含めて三者三様の音楽を聴くようになった。ノマドはシド「嘘」がお気に入りであり、ヒヨコは YUI「AGAIN」がお気に入りである。そんで子供部屋とボクの寝室でそれぞれがラジカセの前で歌っているのだ。ほんでボクは自分のPCまわりのシステムで、今日下に紹介しようとしてる音源を聴いている。一斉に音楽が鳴ってると、実に家中がやかましく、ワイフはかなりウンザリしてる。


渋谷区の図書館は便利だ!
●渋谷区の図書館のサイトはイイ!渋谷区全域の図書館全部の蔵書から、自分の読みたい本を検索するコトが出来て、オマケに予約が出来て、予約待ちの人数まで分かって、そんで自分の番が着たら、コチラが受取りを希望する近所の図書館まで運んでくれて、準備が整ったらメールをよこしてくれる。コレすごくない?しかもボク世田谷区民だぜ?ワイフがコドモ向けの絵本を予約してたので、ボクも一冊取り寄せてみた。…それがコレ。


モリッシー発言集(ここ10年で借りた人はたった6人…)

「モリッシー発言集 クイーン・イズ・デッド」
●ホントは既に絶版になってる MORRISSEY の詩集が読みたかったのだけど、それはなかった。代わりに彼が THE SMITHS 時代(1983-1988年)に残したインタビューの断片をテーマ別に並べた本を借りた。THE SMITHS のボーカリスト MORRISSEY が、当時身にまとっていたカリスマを少しでも深く感じてみたかったからだ……でも、この本を読んでも、そんな秘密には辿り着かないな……ものすごく気難しいオトコの皮肉めいてイラついた毒毒の人間不信(マスコミ不信)なコメントばっかりだからだ。この本だけ読むと、MORRISSEY には大分ウンザリする。多分トモダチにはなれない…そんな気分になる。
●だって、「183回も自殺を考えた」とか「人生はただの悪夢」だとか「最低の青春を生き延びた」だとかウンザリするような話ばかりしてるし、マスコミに対する悪態をズーッと続けてるばっかなんだもん。あとサッチャー首相への爆弾テロを礼賛したり、イギリス王室に毒ついたりだ。加えて質問者もアホだ。「毎日、ヨーグルトとリンゴを食べてる」なんて話を聞いてどうするんだ。ただ、いくつかは興味深い話も混じってる。そんないいハナシを引用。


THE SMITHS のパフォーマンスにはユリの花やグラジオラスが活躍したってのは有名なハナシ。MORRISSEY 自身が花束を握って歌を歌ったし、ファンも花束を握った。それについて本人は…。

「花を投げかけたのは心からの行為なんだ……ポップスシーン全体が灰色に、退屈になってしまったから、何かを注射しなきゃと思って。花束はごくささやかな注射だったのさ」
質問:過去一年で花代にいくら使いましたか?(←こういう質問がムカつく)
「おやおや。保険会社省をまわせるくらい?……自分じゃあ買っていないんだよ、花の差し入れがあってね。今ではライブの契約書に書き込まれてついてくるんだ。実質的には PA よりも重要でさ」

MORRISSEY の意味ありげなパフォーマンスは他にもある。補聴器をつけてステージに上がるのだ。

「ブラックジョークだと思ってる人もいるみたいだけどさ、実はファンの女の子から手紙があって、耳が聴こえなくてすごく落ち込んでいるって言うんだ。そこで「トップ・オブ・ザ・ポップス」に補聴器をつけて出るのはイイジェスチャーになるだろうと思ったんだ。耳が聴こえないなんて恥ずかしいことじゃない、隠すことじゃないって伝えるためにね。その彼女に自信を持ってもらいたかった」


「THE SMITHS」って名前は「スミスさん一家」という意味で、日本語にすれば「佐藤さん一家」と同じくらい平凡かつマヌケなバンド名だ。コレにも彼の一流の皮肉がある。

「スミスが出て来た頃は、仰々しく飾り立てた名前が流行ってた。だから、長ったらしい名前をつけて黒い服にしかめっ面をしなくてもいいんだって、みんなに伝えたいと思った。ボクらの仕事は、一番当たり前の名前を選んで、なおかつ芸術的なナニかを作り出してみせることだね」


●それと、このオトコが有名な動物愛護主義者で、ベジタリアンってのも有名だよね。

「動物が人間を食べると、みんなひどく動揺する。なのにどうして人間が動物を食べるのを恐いと思わないんだい?……肉食は殺人だ。MEAT IS MURDER.」

●さらに注目されてるのが、彼のセクシャリティだ。彼は正式にゲイであることを認めてない。かといってストレートとも言ってない……。メディアは執拗にそんな話題を彼に突っ込む。

「性別というモノは、あまりに簡単に決められ過ぎている。誰もが狭い二つのカテゴリーに押し込まれている。絶対的にあくまで異性愛という人は知らない。そう決めてしまうことで、色々な面の可能性を狭めているんじゃないのかな。そんな壁は打ち破ってしまう方がイイ」
「みんながスゴく矮小化した形でセックスを語るのにはうんざりしている。ボクにはそんな矮小化した形で語ることなんて出来ないし、ボクらが投げかけているイメージはあくまでもシリアスで重要なモノなんだ。それをみんな、ハッキリ考える事が出来ない、セックスに幼稚な、単純なアプローチしか出来ないって言うのなら、ボクらの歌なんか聴いてくれなくて結構だ」
質問:誰かを誘ったことがありますか?
「一度か二度。女と男と。手紙を送った。しばらくして、やめだ、もうこれで手紙は終わりだ、と思った。もうやりたくなかったんだ。そういう意味ではボクは童貞だ。本当の意味でね!だけど、セックスがあったら、詩を書いていなかっただろうね」
質問:禁欲主義なんですか?
「実際的にはそうだ。考えとしてはOKさ!これまでセックスそのものにほとんど興味を持ったことがない。子供の頃は、他人はいっぱい魔法のようなことを経験していると思ってた。実際はそんなわけないのに。でも、しょせんナニをやるにも現実から逃れるためなんだしね」


●てっとり早く言って、MORRISSEY は超一流にアタマデッカチでありながら、深刻にサエなくてモテないヤツだったわけで、その十代のトラウマを引きずったまま、ロックスターになった希有な存在だったらしい。そんでそのまま、全世界のサエなくてモテないヤツのヒーローになったわけだ…。実はコレまでのロックシーンの中で「サエなくてモテないスター」というのはニッチな存在だったようで、その先駆となった MORRISSEY は、おかげでファンレターで自殺志願の子から人生相談の手紙を受け取っちゃうようなヤツになってしまった。そういうことでいいんでしょうか?
●そんで、サエなくてモテない意味では、ザック・エフロンよりも MORRISSEY の仲間であるボクは、彼の音楽と相性がいいらしい。ワイフには申し訳ないけど、ボクはバスケ部のヒーローじゃないもんね。


●こんなイメージを抱いて、彼のソロアルバムを聴く。この本にブチマケられた発言の後の時代の音源なんだけどね。


Vauxhall and IVauxhall and I
(1994/03/17)
Morrissey

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「VAUXHALL AND I」1994年
ブリットポップ旋風吹き荒れる、90年代中盤の MORRISSEY のキャリアは、プロデューサー STEVE LILLYWHITE と共にありました。ここから「SOUTHPOW GRAMMER」「MALADJUSTED」と三作を、ずっとこの男と共同作業し続けたのです。STEVE LILLYWHITE U2 のデビュー~三枚目までの瑞々しいアルバムたちを構成したヤツで、80年代の良心的な英国ロックを支えた人物。SIMPLE MINDS、TALKING HEADS、BIG COUNTRY を手掛け、90年代には THE LA'S TRAVIS、さらには DAVE MATTHEW BAND、PHISH の音作りにも参加します。ボクの印象では音の粒立ちをキチンと整理して響かせる職人。リリカルな音はリリカルに、澄んだ音はより澄み切った音で鳴らします。
相変わらずのヘナヘナ~っとした節回しが耳に残る MORRISSEY 節は健在。しかし、曲を共作するバンドメンバーもこの男の性質を心得て来たのか、ヘナヘナ~がキチンと機能する楽曲を書くようになった気が……。バンドサウンドから違和感丸出しのヘナヘナっぷりこそがこの MORRISSEY 音楽の楽しみであったのに、しっくりハマっては楽しみは半減してしまう…。
●ただし、その一方で、ギターポップとしての取っ付きやすさは格段に上がったみたい。ちょっと悔しいけど、アイリッシュ音楽風の澄み切った空気が全体に張りつめているんです。一曲目の「NOW MY HEART IS FULL」はビックリするほど素直な感情が優しく歌われてるし、「HOLD ON TO YOUR FRIENDS」から始まる中盤以降のシットリとした落ち着きは格別じゃん。歌詞もグッと丸くなったような…?


Southpaw GrammarSouthpaw Grammar
(2009/02/03)
Morrissey

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「SOUTHPOW GRAMMER」1995年
●前作に比べて、雰囲気はイキナリ妖しくなった…。一曲目と最後の曲は10分を超える大曲になっており、不穏な弦楽器のアンサンブルと荒れたギターの軋みが不気味に響く。もうこの2曲でボクは MORRISSEY の気合いを感じてオナカイッパイになりそうだ。彼は「VAUXHALL AND I」で収穫した平穏な音楽世界をわざわざウッチャッて、敢えて混沌とした冒険に再び出発したのだ。本人いわく、「サウスポー」という言葉が連想させるように、コレはボクシングにまつわるコンセプトアルバムで、ひいては現代社会を覆う暴力の問題を扱っているという。
●他の曲も少々荒っぽいギターロックになってて……それは当時のグランジ革命の影響もあるのかも知れないけど……実にタフな気分。ドラムソロのイントロだけで2分以上引っ張る MORRISSEY なんて今までありえなかったハズ。バンドメンバーの演奏力に一定の信頼を置くようになったのかな?一方でひっそりとしたバラードは一曲もなし。


MaladjustedMaladjusted
(1997/08/01)
Morrissey

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「MALADJUSTED」1997年
「MALADJASTED」って言葉は、日本語で「不適応」という意味。「不適応児童」という意味もあるそうな。MORRISSEY にはお似合いの、彼にとっては称号のような意味だろう。
●ただボクとしてはなんとなく位置づけに迷う。「SAUTHPOW GRAMMAR」ほどのサウンド実験もコマメに散りばめてやろうとしてるが、あんまウマくやりきれてないし、「VAUXHALL AND I」スタイルのアイリッシュ感覚みなぎるポップスを書こうとしてるけど、アソコまで絶妙にキレイにまとまってない…。バンドサウンドではなくオーケストラを背負った曲もあるけど…なんか総花的でフォーカスが掴めず、少々中途半端になっちゃうんだよね…。歌詞も後ろ向きになってる気がするし…。コレは楽しめなかったかも。


●さて、「MALADJUSTED」発表後、MORRISSEY は7年ほどアルバムリリースをしない。ナニをしてたのかは知らんです…。ただし、2004年の復活作以降、なんか気配が変わって帰ってきたような気がする。ソレはソレでオモロい変身でとても興味深いんだけど、それはまた後日に。


ワイフの映画の趣味は、ベタベタの学園もの。
●ワイフは、ディズニージブリが大好きで、CATV のディズニーチャンネルとかも大好きで、特にソコで放送されるような学園ドラマが大好きなのである。女子高生魔法使いが活躍する「サブリナ(SABRINA, THE TEENAGE WITCH)」とか、その映画版「サブリナ 麗しの魔女 IN グレートバリアリーフの休日」とか、今度は女子高生が吸血鬼ハンターになってる「バッフィ・ザ・バンパイアキラー(BUFFY THE VAMPIRE SLAYER)」とかを大層楽しむのである。まー似たような理由で「有閑倶楽部」「花より男子」も学園ものとして大好きである。「ハリーポッター」すらも学園ものとして彼女の中ではアリである。

●そんなワイフが今最高の学園ものとして注目しているのが「ハイスクールミュージカル」シリーズ。
●ワイフは「…ああ、こんな高校生活がしてみたいな~」とウットリしてこのDVDを観ている。ボクに言わせれば、高校生の二倍の年齢になってこのテのドラマにウットリするのは大幅にマヌケで、しかも地味系のワイフがこの超アメリカンなライフスタイルに馴染めるはずがないのである。…しかし、この前ワイフがコレを楽しんでいる時に思わずボクも引き込まれて全部観てしまった。そんである意味楽しんでしまった。少し悔しい。


ハイスクール・ミュージカル [DVD]ハイスクール・ミュージカル [DVD]
(2007/05/23)
ザック・エフロンヴァネッサ・アン・ハジェンズ

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「ハイスクールミュージカル」2007年
●物語の主人公は、今日本でも人気のベビーフェイスなイケメン、ザック・エフロン。高校2年生にしてバスケ部ワイルドキャッツのリーダーで、学校中の人気者である。そんな彼がクリスマス休暇のパーティである美少女とカラオケのデュエットをするハメに。思った以上に意気投合した二人は、歌うコトの楽しみに目覚める……で、新学期が始まってみると、その美少女が同じクラスに転校して来るのだ!彼女の名はガブリエラ。物語はこうやって、絶妙なタイミングで「それあり得ないでしょー!」というコトが起こって主人公たちにナイスな状況をもたらす。そんで教室やカフェテリア、廊下にあるロッカーの前、体育館を全部使ってみんなで大合唱するのだ!言ってみればもうコテコテ。おヤクソク感丸出し。でもソレがたまらんとワイフは言うのである。
●舞台はニューメキシコ州アルバカーキ。…大学時代の英語教師がココの出身だった…クソ退屈なバショだったから、ベトナム戦争から退役したアトは日本に住み着き故郷には帰ってないと言ってた……多分、超平均的なアメリカ生活を描くのにはちょうどいい場所なんだろう…都会でも田舎でもなく特別な歴史/伝統も人種的偏りもない場所。
●そこに登場する超平均的学校が、イースト高校。バスケの試合では毎年ライバルのウエスト高校と張り合っていて、勝てば末代まで学校のヒーローとして崇められる。アメリカの体育会系グループは自分たちが注目を集めていると十分に理解していて、ある意味学校を我がモノとして振る舞ってる。チアリーダーの女の子たちがいつも群がり、勉強そっちのけで試合のコトしかアタマに入ってない。そんな彼らにアンチな立場を取るのが、ガリ勉系グループの子たちだ。ザックの気になるオンナノコ、ガブリエラは実は全国数学チャンピオンになってしまうほどの天才少女。親友となったテイラーは化学部部長でアンチ体育会系の急先鋒だ。体育会系は野蛮で単細胞と罵りまくる。演劇部にも一派がある。セレブアイドルになりたい金持ちのワガママ娘シャーペイと、双子の弟で JUSTIN TIMBERLAKE かぶれのダンス好きライアンだ。主人公ザックが気になるが、新参者のガブリエラがザックに馴れ馴れしいのでシャーペイは気に入らない。ライアンはそんな姉の気まぐれにいつも引っ張り回されてる。
●コレを見て、アメリカの高校生活はライフスタイルで細かくグループ分けされてて、そのグループに居場所が見つからなかったら最低な場所だってコトを思い知る。華やかでピカピカのカフェテリアにワイフはウットリするが「アンタ、アソコで一緒にメシを食う仲間を見つけられるか?」と言いたい。ドコからも溢れてスケボーでもしてダラダラしてるヤツは「JERKS(マヌケ)」呼ばわりだ……ほんのちょっとだけ、この清潔なカフェテリアや廊下でライフルをブッ放したくなるような気持ちがわかる。ガチガチの秩序に締め付けられると息が詰まる!しかも日本の高校のように学校が強要するんじゃなくて、生徒の中に埋め込まれてるんだから始末がワルい!……多分ボクがトモダチになれるのは、演劇部の座付き作曲家兼ピアニストで物静かな芸術家肌のケルシーちゃんだけだと思う。彼女友達いないし、メガネッ子だし。あとはスケーターのマヌケたちかな?
●しかし、このガチガチの秩序に揺さぶりをかけたのが、ガブリエラだ。彼女との楽しいカラオケで歌の楽しさに目覚めたザックは、ガブリエラと共に演劇部のミュージカル出演に応募してしまう。体育会チームもガリ勉チームも、予想もしなかった彼らの行動に動揺しまくるが、いつしかグループの枠を超えた信頼と交流のキッカケになる…二人に高校全体が揺さぶられるのだ!…しかし演劇部のシャーペイは自分の領域を荒らされたとプンプン!妨害工作に出る!


ハイスクール・ミュージカル2 プレミアム・エディション [DVD]ハイスクール・ミュージカル2 プレミアム・エディション [DVD]
(2008/01/23)
ザック・エフロン

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「ハイスクールミュージカル2」2008年
●夏休み突入!クラスのみんなは学校を出てバイトに精を出す!セレブ志向のシャーペイは、ザックを自分の親がオーナーを務めるリゾートでバイトをさせようと仕掛けるが、手違いでクラスメイト全員がバイトをすることに。高校でのドタバタが、ニューメキシコのリゾートにそのまま引越し!でもガリ勉ちゃんもバスケバカも既にみんな仲良し!しかし、ザックとガブリエラの恋路を妨害しようとシャーペイが策略を仕掛ける…。なんてったって彼女はこのリゾートのオーナー令嬢、ココではどんなムチャだって出来るのです。
●ミュージカルとしての出来はますます磨きがかかってて、曲中だけじゃなくて曲と曲の間ですら緻密に計算されてカット割りされてるみたいだ。観る者の集中力を完全にぶれさせないために、ディズニーランドのアトラクションのように視点が強制的に固定されて順序正しく出来事が列挙されてる。ある意味スゴすぎるほどのヤリ過ぎ感がたまらない。ソコだってタイミングでバシッと音楽が始まるし、俳優の演技も立ち位置もスゲエ計算されてて、一つの群舞のように構成されてる。…実はコッチを最初に観たんですよね「1」よりも前に。このヤリ過ぎ感こそアメリカンエンターテインメント/ディズニーと思い知った。こりゃ全部観ないとな……でも「2」の方がツクリ込み感は激しい。


ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー [DVD]ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー [DVD]
(2009/06/10)
ザック・エフロンヴァネッサ・ハジェンズ

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「ハイスクールミュージカル・ザ・ムービー」2009年
我らがイースト高校の仲間たちもとうとう卒業だ!ザックのバスケチームは大会二連覇を果たし、余す所は春のミュージカルと卒業式、そしてプロム!そしてそれぞれの進路に向かってみんながバラバラに歩き出す時…。仲間との別れと新たな旅立ちへの戸惑いが今回のテーマ。
●才女ガブリエラは、名門スタンフォード大学への推薦が確定している。ザックはバスケ推薦で地元アルバカーキ大学から声がかかっており、大学のバスケチームもザックの入学を大歓迎している。アルバカーキはザックの父親の出身大学でもあり、チームメイトの親友チャドも進学する。地元に残るモノと旅立つモノ…。その一方で、ザックにはなぜかジュリアード音楽院からの推薦枠試験の話まで浮上する!さてさて二人の恋はどうなっちゃうの?
●……正直コレはもう「1&2」でお馴染みになったクラスメイトのキャラに愛着がわいた上で観ないと楽しめないかも。主役の二人だけでも十分楽しめるストーリーだけど、脇役一人一人が「1&2」でいかに成長したかが美味しいスパイスになっててより楽しくなってる。ダンス好きのライアンは、いつのまにか演劇部を引っ張る見事な舞台演出家&コレオグラファーになってるし、いつも敵役だったセレブ娘のシャーペイですらナイスな展開が待ってる。かつてはいがみ合うもの同士だったガリ勉リーダーのテイラーとザックの親友チャドは付き合ってる……チャドがテイラーをプロムに誘う瞬間がとてもチャーミング!
●お忙しいかもしれないけど、シリーズ3本いっぺんに観てもらった方が楽しいですよん。




●また1968年にコダワった音源を聴いてます。英国サイケデリックロック。


The Crazy World of Arthur BrownThe Crazy World of Arthur Brown
(1998/06/30)
Arthur Brown

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ARTHUR BROWN「THE CRAZY WORLD OF ARTHUR BROWN」1968年
●ジャケのカラーリングからも推測出来ますように、絶妙に狂ったサイケガレージに仕上がっております。この主役である ARTHUR BROWN が見事に芝居がかったオトコであり、スットンキョウな絶叫で聴くモノをビビらせまくります。それを援護射撃するようにピガピガとエレピがはしゃぐ…ちょうど THE DOORS のように。ヘンな銅鑼の音がエコータップリに響いたりと、チープなサイケ実験ではしゃいでおります。数々の音楽的大冒険が行われたのがこの1968年という時代ですが、マヌケな小実験もたくさん行われたわけです。
●ちなみに ASSOCIATE PRODUCER というクレジットで THE WHO PETE TOWNSHEND の名前も入ってます。何してたんだろう?一緒にワルい煙をふかしてただけだろうか?


アラウンド・グレープフルーツアラウンド・グレープフルーツ
(2005/11/02)
グレープフルーツ

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GRAPEFRUIT「AROUND GRAPEFRUIT」1969年
●1969年発表のアルバムだけど、ほとんどの楽曲が68年にシングルとしてリリースされちゃってます。だから1968年モノ。丁寧な音作りが安定感さえ感じさせる高機能ポップス。2~3分でカッチリ終わるトコロもバブルガムな魅力として安心出来ます。フランジャーがワサワサいってたりして、小気味よくサイケな英国バンドだと思って聴いてました。が、実は THE BEATLES のレーベル APPLE と契約した第一号アーティストなんだって。知らなかった。それじゃもう直系じゃないか。JOHN LENNON がバンドの名付け親という逸話も。
●……THE BEATLES の直系と思うと……どうしても本家の音がちらつく……この事実を知らなかった方がフツウに楽しく聴けたなあ……本家と比べるのは酷だけど、それは超えられないもんな……でも、聴けば聴くほど似てる所が気になってくる。ハーモニーも、アレンジも豪華でナイスなのに。ああ、知らない方が良かったかも。
●あと、ジャケのグレープフルーツの断面には、細かいかくし絵が仕込まれてて、手の込んだサイケテイストが忍び込まされてます。ボクはCDでゲットしたんだけど、アナログでジャケを見ればもっと細かい発見があるかも。


週末のヨガ教室がお引っ越し。
●今までレンタルスペースを時間借りして行われてたヨガ教室。最近生徒さんも増えて来たせいもあってか、センセイは賃貸のマンションを借りてそこに拠点を移すこととなりました。
●ココでちょっと裏話。実はセンセイ、物件探しに今回スゴく苦労したそうな。事務所兼使用のマンションなんて世田谷区にはイッパイあるが、「ヨガ教室はお断り」なケースがほとんどなのだそうな。不動産屋さん曰く「オウム真理教が世田谷でたくさん拠点を作った時、一番最初はみんな『ヨガ教室』を始めると言ってマンションを借りたんですよ」。だから、今でも「ヨガ教室」は色眼鏡で見られる場面がある。今回の物件は、たまたまセンセイ本人が大家さんと直接会うことができたから成立したらしい。「アタシャ好き嫌いがハッキリしてる方でね。キライな人間にはヘヤは貸さないんだよ!アンタはキライじゃあない!」センセイ、大家さんのモノマネをして顛末を説明してくれた。へーなにかとイロイロあるのね。




日本のヒップホップ、「名古屋スクール」の登場。
●日本の00年代において、いくつかの音楽的トピックがあったとすれば、それはメジャーシーンで名古屋出身のヒップホップグループがたくさん活躍したことだと思う。ボクはこの動きを「名古屋スクール」と勝手に名付けてしまう。先日、三沢光晴さんのコトを書いた時に、このお話をちょっと書きました。今日はその続き。


名古屋のシーンの厚みを知ったのは、2004年あたりで行われた渋谷 O-CREST のイベント。
●アレはたしか、東京のユニット・妄走族のオーガナイズで各地のニュージェネレーションを束ねるイベントだったと思った。大阪からはヒップホップバンド・韻シストが参加。そして名古屋組では nobodyknows+、HOME MADE 家族、そして「塾長」SEAMO が参加していた。主だってこの三組がボクにとっての「名古屋スクール」
●イベントへ行った動機は、当時イチバン調子を上げていた nobodyknows+ のパフォーマンスを見たいと思ったから。このイベントの数ヶ月前に、nobodyknows+ は地元・名古屋の大通公園で5000人のフリーライブを成功させた。当時はまだ6人組、ドレッドヘアのラッパー G-TON が所属していた頃で、5MC+1DJ のフォーメーションはかなり迫力があった。

nobodyknows+ というユニットの戦略。
●ヒップホップフリークでボクの元同僚 ohguchi がコメントで寄せてくれてます。「unimogrooveさんがよく『nobodyknows+ はJ-HIP HOP の完成形なんだよ』って言っていてなるほどな~っと納得したのを覚えています」……そんなこと言ったっけ…?でも、日本のヒップホップが違う段階に入ったんだなというコトは強く意識しました。彼らのトラックは、アメリカのヒップホップに比べてグッとテンポが速い。BPM120程度のテンポ感が、日本人にとって一番カッコいいと思えるスピード感なんだろうと、ボクは常々思ってるんだけど、nobodyknows+ はそのテンポ感にコダワってサンバ~ラテンテイストなどを導入した高速ダンサートラックを開発、そんでソレを乗りこなすだけの技術を持ったラッパーを集合させたという構造を持ってます。
●そこんとこは、ステージでは徹底して地味な裏方に徹しようとしてる nobodyknows+ の頭脳 DJ MITSU が完全に計算している部分だと思う。熱いテンションのトラックは基本全部彼が自宅スタジオ(名古屋のサブカル地帯・大須にある)で制作してるし、ラッパーのオーディションでも彼がイニシャティブを握ってたのでしょう。… nobodyknows+ というユニット名に「+」がついているのは、後から新規メンバーを加入させた時に「+アルファしました」的な意味でくっつけたらしい。
●ちなみに初期から所属してたMCは、チームのベストドレッサーで、クールな低音フロウを得意とする CRYSTAL BOY、途中脱退したドレッドの G-TON。2003年、年が少し若い3人のMCが加入。太いダミ声が人気のノリ・ダ・ファンキーシビレサス、勢い任せと見せかけてワリと正確なラップをかます切込み隊長・ヤス一番?、ちょっといじられ系の匂いがする HIDDEN FISH。この体制で2003年メジャーデビュー。そんでワリと速やかにブレイク。それまでの日本のヒップホップにあったような、イロモノ的オモロ要素や取っ付きにくい不良要素がなくて、どちらかというとバカ正直かつ直情的で熱いメッセージが新鮮だったとボクは思う。

Do You Know?Do You Know?
(2004/06/30)
nobodyknows+ダンカン

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●2004年の年末には「紅白歌合戦」に出場、アルバムもシングルも快調に売れたはず。この段階で、小細工なしでもメジャーで通用するヒップホップが日本にも登場したとボクは確信するに至る。だが、全国ツアーなどなどの中で2006年の一年間、まったく音源をリリースできなかった(G-TON 脱退劇もこの時期)。この時期の停滞感は結構痛かった…。2007年に巻き返しを図るがスケールダウンの印象は否めず。



nobodyknows+ の成果をさらにキャッチーにして、ブレイクしたのが HOME MADE 家族。
●彼らの存在をボクがハッキリ意識したのは、やはり前述の O-CREST のイベント。ライブの最後はイベントの参加者全員がステージに上がってのフリースタイル合戦だった。韻シストのバンド演奏に合わせて、ヒューマンビートボクシンもあり、矢継ぎ早なマイクリレーあり、結構な見物だった。しかしそのフリースタイル合戦の中心で場を煽ってたのが、HOME MADE の背の低いMC、MICRO だった。度胸のあるフリースタイルと「次は誰だ?」と並み居るMCを煽る感覚がリアルだった。ホワーっ、連中は基本の足腰がよく出来たヒップホップ野郎ではないか!


ROCK THE WORLD (通常価格)ROCK THE WORLD (通常価格)
(2005/05/11)
HOME MADE 家族

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HOME MADE 家族「ROCK THE WORLD」2005年
HOME MADE 家族は、帰国子女だった KURO と MICRO が2MCを構成する三人組。身長190cm、日本一背の高いDJと言われる U-ICHI のトラックは、nobodykows+ と同じ高速テンポで日本人好み、しかも80年代ライトディスコの感覚により忠実なダンサーチューン。コレが名古屋のスタイルかと納得した覚えがある…。シングルでデビューしたのは2004年、nobodykows+ と同期だけど、年齢で年下の HOME MADE 家族の方が後輩なポジションみたい。
KURO のビートに正確で実直なラップと MICRO のグルーヴィーで独特の節回しをつけるフロウは十分に個性的だが、メッセージは「HOME MADE 家族」というユニット名から連想するように少々「良い子ちゃん」すぎる気分が……今のジェイポップを覆う「励まし」「慰め」「感謝」的メッセージ……「サンキュー」「HOME SWEET HOME」とかがそういう楽曲なんだよね…ちょっとボクはそういうのにはもう食傷気味。しかし、そういう要素がよりこのユニットをキャッチーにした理由だと思う。個人的にはおふざけチューン「くうねるあそぶ」、ファットな高速ビート「MR.タフガイ」みたいのが好きですねえ。

musicationmusication
(2006/02/15)
HOME MADE 家族槇原敬之

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HOME MADE 家族「MUSICATION」2006年
MICRO の器用なフロウからすぐ連想できるんだけど、この頃からサビでガッツリ歌うようになるのよね。nobodyknows+ はラッパーはラッパーであって絶対に歌わない(歌えない)ってのがあるんだけど、HOME MADE 家族は歌うのよ。それがさらにキャッチーさに磨きをかけたね。「JOYRIDE」「サルビアのつぼみ」は完全なポップチューン。特に「サルビア~」は苦手だ…。ミドルテンポで思いっきり歌い上げちゃってるよね…「イイ話」ラップだし。槇原敬之とのコラボ曲「YOU'LL BE ALRIGHT」とかも完全ジェイポップ。
●あげくこの時期に、再結成米米CLUBとマッシュアップシングル出したでしょ。「アイコトバはア・ブラ・カダ・ブラ」2006年!大分ダサかった覚えが…。ハッキリ言って、この頃の彼らの印象はスゴく「セルアウト」なモノだったし、結果ボクは彼らをしばらく無視してた。帰国子女の彼らとしては、歌謡曲的なモノが一度裏返ってアリになっちゃったのでしょうか?悪い曲だけじゃないけど、キツい一枚だわ。


FAMILIAFAMILIA
(2007/03/14)
HOME MADE 家族K-MOON

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HOME MADE 家族「FAMILIA」2007年
●実は、ボクはこのアルバムが一番好きかな。忠実に自分たちの初心に立ち戻った印象が。サウンド的ルーツである80年代ライトディスコへの愛情を隠さない。「WE ARE FAMILY」「カゾク」を名乗る彼らにとってはアンセム的な楽曲だろうが、トラックは SISTER SLEDGE / THE POINTER SISTERS「WE ARE FAMILY」をまんまナゾッてる。サビはシンガロングな大合唱だけど。「GET FUN-KEY」ではサビの部分で HEATWAVE「BOOGIE NIGHTS」を匂わすフックラインを披露。他のバショにも細かいクリシェがイッパイ散りばめられてる。
●ゲストも強力。名古屋スクールの大先輩であり、彼らが「塾長」と敬う SEAMO が見参、「FANTASTIC 3」で高速ラップ3本マイク対決を見せる。AFRA が率いるヒューマンビートボクシングユニット INCREDIBLE BEATBOX BAND からK-LOON を召喚、「NEVER ENOUGH」という楽曲を超一流のスリルで演出する。スキマスイッチのピアノマン常田真太郎と共作した「FLAVA FLAVA」も意外とファンキーな仕上がりでグッド!中盤とラストにセルアウトチューンがあるけどそれはご愛嬌ね。

HOMEHOME
(2008/10/08)
HOME MADE 家族

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HOME MADE 家族「HOME」2008年
●今の所の最新作。トラックはまるで70年代最盛期のシグマサウンドのようにダイナミックなストリングス使いでさらにスケールアップそしてファンキーに。でもそんなのは誰も聴いてないだろうな…二人のラップは一層力強くなり、メッセージもより明確に伝わるようになった。シンガロング系な歌い上げサビもダイナミック。実にキャッチーだね。
しかし、歌うなあ…。MICRO のソウルフルなノドの良さは一つの引き出しとして有効かもしれないけど、こんだけ歌われるとヒップホップ好きとしては、少々戸惑う。つーかヒップホップじゃないかも?それともコレがホンモノの日本型ヒップホップ?「COME BACK HOME」「EASY WALK」「NO RAIN NO RAINBOW」「HOME」「おぼえてる」「フロンティア」などなど、ことごとくドアタマからサビ歌い上げ楽曲なのよね…。KURO がラップ担当、MICRO がシンガー担当に見えてくる。
「ZOKUZOKOOL」は、RAY PARKER JR.「GHOST BUSTERS」をなぞったファンクもの。彼らの軸足である80年代ディスコファンク嗜好がハッキリ覗けて好感が持てます。



SEAMO。「名古屋スクール」の中心人物。のはずが、2回のデビューで苦闘。
●2004年の渋谷 O-CREST のイベントでは、彼はまだ SEAMO とは名乗っておらず、「シーモネーター」と名乗っていた。あのパフォーマンスにはホント爆笑させられた。身にまとうのは赤い海パンのみ。股間には「天狗のお面」。そして赤い水泳帽。今のリスナーは知らない人もいるかも知れないが、シーモネーターはマジ文字通りの下ネタばっかりを機関銃のようにラップしてた。高度な言葉選びと緻密なフロウで繰り出される下ネタは絶品で、ハラがよじれるほど笑った。
●彼は名古屋におけるヒップホップアクトの先駆として1995年から活動、「男塾」なるクルーを組織して文字通り「名古屋スクール」の黎明期を支えてきた重要人物。2001年からは、伝説のイベント「名古屋 男尻祭り(だんじりまつり)」をオーガナイズ、HOME MADE 家族 ら地元の後進は彼を「塾長」と呼んでリスペクトを惜しまない。

●そして2002年、ソニーから「シーモネーター & DJ TAKI-SHIT」としてメジャーデビュー。しかしコレが不振だった。独特のオリジナリティを放つも、キワモノ扱いされ放送禁止にもなったりして…。そうしているウチに、盟友の nobodyknows+HOME MADE 家族が着実にデビュー&ブレイクの体制を作って行く…。「もうアトがない…」シーモネーターから SEAMO へ。彼はアーティストイメージの大幅な切替えを図る。

ソニーから BMG JAPAN に移籍した2005年、その BMG の知合いから再デビュープランを聞いた時には正直ボクは戸惑った。完全に「SEAMO」と改名、しかもさだまさし「関白宣言」のカバーをシングルに構えるという。コレはズバリ「セルアウト」以外の何者でもないじゃん。失望したな…。「塾長」と呼ばれ、名古屋の地下シーンを牽引して来た男が、後輩の成功の前に焦った、としかイイようがない。そう言えばソニーからのデビューも米米CLUB「浪漫飛行」を大ネタ使いした「浪漫ストリーム」だったな……。
ただ、下ネタだけが彼の本性と言えばそうでもないのが事実。テレビ番組ではキワモノ芸人のように彼を扱おうとする場面もあったが、残念、彼は基本的に全然アドリブが効かない。芸人ではないし、根っから愉快なヤツではないのだ。結局「シーモネーター」も計算の中で作られた仮想人格なのよね。結局、このマジメ路線で2006年紅白歌合戦に出場、ブレイクを果たす。
●彼のアルバムは今でもセッセとチェックしているが、真面目なメッセージを投げる彼にはイマイチ退屈を感じるのが正直な気持ち。ラップを忘れて普通に歌っちゃってるのはいかがなモンかとマジで思う。でも、早いテンポの中で言葉を緻密に組み上げるテクニックは聴くに値する内容だと思ってる。ということで結局応援しているボク。


Round AboutRound About
(2007/10/31)
SEAMO一撃

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SEAMO「ROUND ABOUT」2007年
SEAMO 改名後3枚目のアルバム。まずダメな曲を挙げちゃおう。「CRY BABY」。ラップじゃないもん。普通に真面目なウタを歌ってるだけ。「軌跡」もサビのラインをマジで歌っちゃってる。つまりボクの評価としては SEAMO のシングルはイケテナイ。もう一つのシングル「FLY AWAY」は高速ライトファンクを器用に乗りこなすフロウを評価して一応合格。クレジットをよーく見るとギターにスガシカオが参加。細かい参加の仕方だなあ。MIHIMARU GTヒロコ嬢を招いた「宝島」は奇妙なオキナワ風味トラックにコダワリすぎて滑った印象。
●イイ曲。「SEAMO GOGOGO」は腰のある四ツ打ちファンクに成長する可能性があったのに、イントロ扱いの短尺曲でもったいない。クレジットによるとトラック提供は DJ DECKSTREAM だった。繋がるように始まる二曲目「ラップの花道」は、タイトル通りのラップ本気勝負が炸裂しててタフ。技工派である SEAMO の本来の強みが楽しめる。BOA ちゃんにサビラインのウタを任せた「HEY BOY, HEY GIRL」はキラキラポップチューンだけど、ラップが細かく機能してる。「DO IT」は名古屋の後輩 HOME MADE 家族を迎えて三本マイクでシャウト。そんでトラックは DECKSTREAM「料理三銃士」では弟子・手裏剣ジェットを召喚。…総合的にイイのかワルいかワカラン。

Stock DeliveryStock Delivery
(2008/06/18)
SEAMOSEAMO feat.RYUTA&Mountaineer Chef

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SEAMO「STOCK DELIVERY」2008年
コレは B-SIDE &アルバム未収録曲コンピだね。だからクソマジメモードの SEAMO だけじゃないカオが見える。一曲目はセルアウトシングル「関白」のカップリングの時から愛聴してた「天狗~祭りのテーマ」。あの伝説のイベントを連想させるレペゼン名古屋アンセムを、股間に天狗面を装着しながらシャウト。ある意味チープなトラックも翻って彼なりの男気を象徴してる。これこそ名曲!彼の本領!「RUNNIN'」はシングルメイン曲「A LOVE STORY」WITH BENNIE K がカッコいい曲だったのでよく聴いた。痛快なライトファンクを器用にさばく。「WE FIGHT !」は珍しくムサクルしいほどの男汁トラックで熱くタフにラップ。BENNIE K 経由のつながりか 2BACCKA とのラップ対決「RISING DRAGON」も実にカッコいい。とどのつまり「ROUND ABOUT」よりもずっとイイアルバムだと思ってます。
●しょーもないギャグ風ラップ WITH ちょっぴり下ネタは、もう好き嫌い分かれるでしょう。「LOVE ミサイル」はシタゴコロ渦巻くオトコのデートの顛末をマヌケな言葉で綴りました。

SCRAP & BUILDSCRAP & BUILD
(2008/11/26)
SEAMOAZU

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SEAMO「SCRAP & BUILD」2008年
●一応今んトコロの最新作。クラシックの名曲「威風堂々」の壮大なフレーズにラップを乗せるシングル曲「CONTINUE」とかはボクの趣味ではないんだな…。むしろ女性MC YUKAKO & シンガー AZU を従えた「KISS KISS KISS」の方が気分だな。盟友 nobodyknows+ の同世代メンバー CRYSTAL BOY と格闘する「GIRL IS MINE」は楽しいな。軽い高音を転がす SEAMO のラップと、低音フロウの CRYSTAL BOY にメリハリがついててイイ感じ。次に続く「FRIDAY NIGHT FEVER」も含めリリックもイイ感じに下品でヨシ。
「MOTHER」「そばに~たいせつなひと」(←さだまさしトリビュートソングらしい)がボクの趣味じゃないのはもう言わなくてイイよね…。SEAMO の声はフックラインを歌うのに向いていると、ボクは思えないです。だから出来るなら歌って欲しくない…。


「名古屋スクール」の歌姫。

いますぐに・・・いますぐに・・・
(2009/01/28)
AZU

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AZU「いますぐに…」2009年
●名古屋ヒップホップ人脈の中で、フィーチャリングシンガーとして活躍してきた歌姫がソロ活動。SEAMO が客演した「時間よ止まれ」がヒットしたみたいだし、フルアルバム「AS ONE」とかもあるんだけど、ボクが入手できたのはその次のシングル。バタ臭くない爽やかさが心地いい。カップリングでは小林明子「恋におちて」をやや甘口のラヴァーズロック風にカバー。コッチの方がウマく色気が出てるかも。


「名古屋スクール」以降、ヒップホップは完全に日本の大衆歌謡に組み込まれた。このコト自体がイイかワルいか?それはよくわからない。それでも名古屋人脈、才能を余す事なく全部チェックして行きましょう。


「ターミネーター(TERMINATOR)」を辞書で引くと「終結者」というコトバが出て来る。
「EXTERMINATOR」とすれば「根絶させる人(もの)」と出る。「EXTERMINATE」という動詞で「皆殺しにする」だ。まーそんな英単語の勉強はどうでもよくて。ただ息子ノマドが最近テレビで盛んに放送されてた「ターミネーター」シリーズの映画をまとめて見たので、調べてやっただけ。今はカリフォルニア州の知事であるシュワちゃん A.K.A. アーノルド・シュワルツェネッガーのブレイクキャリアはこの映画シリーズから始まった。そんで彼のマッチョアンドロイドっぷりをテレビの前で家族みんなで楽しんだ。

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「ターミネーター」1984年
●西暦2029年の未来から送り込まれた刺客アンドロイドがシュワちゃん。そのシュワちゃんに命を狙われるのが未来社会のリーダーの実母となるサラ・コナーという女性。そんでその女性を守るために未来から勇敢な戦士も送り込まれてきた。……でもさ、その舞台になる時代が1984年、21世紀生まれのノマドヒヨコから見ると2029年以上に親近感の掴めない大過去時代で、ボク的には彼らへの解説に戸惑った。ジョージ・オーウェルの未来小説クラシックス「1984」が、それ以上の未来社会に生きちゃってるボクらにはイマイチ半端に見えて、ソレを元ネタに村上春樹「1Q84」を書いちゃう時代だし、なんか微妙だわな。
●80年代のロッククラブがダサ過ぎて失神しそうになるが、そんなクラブで機関銃をブッ放しながら「終結者:ターミネーター」が問答無用の殺戮を繰り広げてノマドは大興奮。でもソレだけなら別にイイ。親として解説する際に「どーしよっかなー」と思ってたのは、サラ・コナーと未来からの戦士カイル・リースが一晩だけのセックスで、その後のシリーズの重要人物であり未来戦争の英雄であるジョン・コナーを妊娠するクダリだ。……お茶の間のテレビに濡れ場が登場して、家族団らんにバツの悪い空気が流れる……そんな状況が我が家にも訪れようとは!しかし、このクダリを説明しないと「ターミネーター」シリーズの肝であるタイムパラドックスのトリックは理解出来ないし、未来からシリーズ毎ごとに凶悪なアンドロイドが送り込まれる理由が説明できない。どないしよう?
●で、サラ・コナーと戦士リースの濡れ場が到来。このシーンを説明するためにとりつくろうコトバを探そうとしてたら、二人のディープキスを見た瞬間にヒヨコがヒトコト「あ、ケッコンした。」ん……?あ、ああ、ケッコンしたねえ?そうね、ケッコンしたからね、アカちゃん出来るのよね。そうそう、ヒヨコよくわかってるね。…意外なほどアッサリ事情を飲み込んでくれちゃって、ヒヨコ、わりとキミモノワカリいいね。一方ノマドは、そんなシーンはろくに観もせずに、ターミネーターの持ってる武器とか、なぜ犬はターミネーターと普通の人間の匂いを嗅ぎ分けられるのかをボクに尋ねて来る。オマエは戦闘シーン以外は興味ゼロなのな。オトコの方がやっぱバカだな。
●テレビを観終わった後、「ノマド、ターミネーターがノマドの学校にやって来たらどうする?」とビビらせてみた。サラ・コナーは電話帳に三人いたから、その三人が全員順番に命を狙われたけど、ノマドって名前は珍しいから一発で見つかるだろうな。それとも5年生にいる同じ名字のオネエちゃんの方へ先に行くかな?こんな意地悪いオドカシを聞かせた瞬間、ヤツの腕にはゾゾッと鳥肌が立ち、ノマドは「ひぇ~っ!」と叫んでリビングの床にひっくり返ってしまった。そんで笑える事に、チンチンが恐怖で萎縮してしまったのか、必死でチンチンを引っ張るのであった。ワイフ「ナニしてんのノマド?」男の子は心底コワい目に遭うとチンチン縮んじゃうんだよ。ワイフ「え、そうなの?そういうもんなの?アナタもそうなの?」いやボクはそんな記憶ないけどさ。ノマドだって10年後に「ターミネーター」観てチンチン縮んだだろ、って聞いても「忘れた」って言うだろうよ。

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「ターミネーター2」1991年
「1」より「2」の方が、明らかにオモシロいと思う。「1」では敵だったシュワちゃんが、少年に成長したジョン・コナーを守る味方となって現れる。敵の新型アンドロイドはVFX技術の向上を前提とした特殊液体合金製でより強力。やはりノマドはノリノリ。「1」ではタンクローリーを爆破してターミネーターに深刻なダメージを与えたが、自由にカラダを変形修復する新型には、液体窒素を運ぶタンクを破壊して液体合金を凍結させる。ココでノマドに説明。液体窒素は氷点下200度くらいまで冷えるぜ。カチンコチンだぜ。ノマドと一緒にテレビ見る時、ボクは実況解説のように様々なウンチクをヤツに耳打ちする。するとどんどんヤツのテンションが高くなるのでオモシロい。一方ヒヨコは、最後に溶鉱炉の中へ沈んで自らの命を絶つターミネーターを見て、涙を流して悲しんでる。ヒヨコはハートで映画で観るんだよね。
●個人的に重要なのはBGM。GUN N' ROSESのキャリア、ひいては80年代ハードロックシーンの最後を飾った大作「USE YOUR ILLUSION I & II」から「YOU COULD BE MINE」を主題歌にピックアップしている。アレはハードロックがリアルでいられた最後の瞬間。あの時の AXEL ROSE はまだカッコよかった。でもそこから十数年を経て、難産の末に発表された最新作「CHINESE DEMOCRACY」は、もうどうでもいい物件になってた。変わってないと言えば変わってないかも?でももう新鮮なロックとは言えないな。

CHINESE DEMOCRACYCHINESE DEMOCRACY
(2008/11/24)
GUNS N' ROSES

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「ターミネーター3」2003年はボクも今回テレビで初めて見た。敵ターミネーターが女性型になっており、より一層強い!しかし、青年に成長したジョン・コナーがあまりにマヌケなアオビョウタンになっており、しかも未来の伴侶とされたヒロインが感情移入不可能なほどイケテナイお姉さんだったため、全然ノレなかった。右腕が次々に変形し強力な武器になる敵にノマドはまたしてもシビレていたが、ボク的にあんま語るべきことはないです。

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●公開した新作「ターミネーター4」はマダ見てない。大人になったジョン・コナーを演じているのは、ブレット・イーストン・エリスの狂った同名小説を映画化した「アメリカンサイコ」で、ブランドに身を包んだエリートサイコ野郎になりきったクリスチャン・ベールだそうな。この情報だけが、なんとなく興味を引く…。あと、ラッパーの COMMON までが反乱軍兵士として出演しとるわ…。DVDになって、ノマドが見たいと言ったら見よう。


●さて、1984年のロサンゼルスにすっぽんぽんで時空転送されてきたシュワちゃんは、今やそのロスの街をも含むカルフォルニア州の州知事だ。2003年に当選だからもう6年目?スゲエな、「3」を撮りながら出馬準備してたのか!そんで、そのカリフォルニア州は、ソレがそのまま独立してしまえば、世界第8位の経済大国になってしまうほどの大きな影響力を持つ。人口は全米でも一番の3600万人を擁し、増加率においてもハイランクだ。
●しかし、州財政は深刻な赤字危機を迎えており、この7月、非常事態宣言まで発令された。長年の金持ち優遇政策の結果、州憲法で増税ができない仕組みを作ってしまい、歳入が増やせないのが実情らしい。シュワちゃん、コレじゃあ多分新型ターミネーターの方が戦いやすい敵だと思うね。

シュワちゃん(州知事シュワちゃん、もう61歳なんだって)



●さて、今日の音楽。1968年にコダワって。

Child Is Father to the ManChild Is Father to the Man
(2000/09/07)
Blood Sweat & Tears

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BLOOD, SWEAT & TEARS「CHILD IS FATHER TO THE MAN」1968年
●最近は、1968年にコダワって音楽を聴いてます。1967年に登場したロックの金字塔「SGT. PEPPERS LONELY HEART CLUB BAND」&「PET SOUNDS」を受けて、この68年という年は、ロックをより進化/深化させようと、多くの若者が音楽と格闘した時代、メチャメチャクリエイティヴな時代です。ここ2回で取り上げた「ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS」「SONG CYCLE」もそんな時代に生まれた作品でした。…ただね、この二枚はアメリカの西海岸で作られたモノ。今日は、東海岸のニューヨークで作られたモノに焦点を当てます。
●この BLOOD, SWEAT & TEARS というバンドは、橋本徹さんの FREE SOUL シリーズでもお馴染みの AL KOOPER というキーボーディストが立ち上げたモンです。ほんで、本格的なホーン隊を従えた「ブラスロック」の先駆としても有名です。このホーン隊の中には、後のジャズ/フュージョン・シーンで活躍するトランペッター RANDY BRECKER (THE BRECKER BROTHERS) がいたのですからマジモンです。この派手なホーン隊の存在で、CHICAGO CHASE といった大所帯ブラスロックバンドのシーンの一員と見なされました。
●しかし、リーダー AL KOOPER のチャレンジはもっと射程距離が大きかったのではないでしょうか?ロックの表現に、ジャズやファンク、ブルースなど黒人音楽の成果をもっと貪欲に引き込もうとした気配がモリモリですわ。そもそも、AL KOOPER という男は、BOB DYLAN が純粋フォークシンガーからバンドを従えてフォークロックに転向した(そしてそんな DYLAN に客が大ブーイングをした)瞬間に、後ろでハモンドオルガンを弾いてたヤツですし、アメリカ版白人ブルースロックを目指した THE BLUES PROJECT というバンドで活躍してたヤツです。ヤツは生粋の音楽的チャレンジャーとしてキャリアを積み重ねてきたオトコ。ヤマっ気もタップリ。自分のリーダーバンドにはスゴい思い入れと実験精神を盛り込んだにチガイありません。ついついブラスロック~ジャズロックなモノのミカタに陥り勝ちですが、そのソウル根性、ブルース根性、黒い根性がどうしても耳に粘つきます…。スモールコンボを連想させるジャズな場面もちらつきますし、ボーカルにはR&Bの気分が、リズムにはファンクの匂いが、ギターにはブルースのショッパイ味が染み込んでます。もちろん当世流行のサイケ味も配合されてます。結果、西海岸のキラキラポップステイストに比べるとグッと味がエグイ気がします…。
●粘っこいブルースをひねり出すギタリスト STEVE KATZ THE BLUES PROJECT のバンドメイト。ベースには FRANK ZAPPA のバンド THE MOTHERS OF INVENTION から JIM FIELDER という男をスカウトし、これまたアナドレナイ働きをさせてます。ネバネバネバ!
●しかし、AL KOOPER、この一枚目でバンドを脱退。プロデューサー業に進出…この辺、同時代の優秀なアーティストに似てるなあ。バンドとしての商業的成功は、AL が消えた後のこと。セカンドアルバム、シングル「SPINNING WHEEL」が全米2位までイキました。AL 不在のセカンドの方が分かり易くファンクしてるので、コッチの方がすんなり耳に馴染むかも。一方AL は裏方に徹するコトなくソロアルバムなども積極的にリリースするのでそちらもチェックしてくださいな。FREE SOUL 好きの人はソッチの方がイイかも。


The Best of the YoungbloodsThe Best of the Youngbloods
(2008/03/01)
The Youngbloods

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THE YOUNGBLOODS「THE BEST OF THE YOUNGBLOODS」1967~1969年
●バンド名が「BLOOD」つながりです。そんでニューヨークを拠点にしていたのも同じです。橋本徹さんの FREE SOUL シリーズで知ったという意味でも、ボク的には同系統の物件です。コチラはいわゆるフォークロックですね。
●60年代中頃のニューヨークは、グリニッジヴィレッジを中心にフォーク喫茶がイッパイありました。コーヒーショップとも呼ばれてたのかな?ギター一本で歌を歌う若者がたくさん集まってた。それこそ BOB DYLAN が神がかったカリスマを放ってた時代。THE YOUNGBLOODS のメンバーはそんな街で出会った仲間。すでにソロで2枚アルバムを出してた JESSE COLIN YOUNG というヤツがメインになって、ギターやドラムを演奏できるヤツを探したという顛末。
●フォークといえど、土臭い&貧乏臭い雰囲気は限りなく薄く、メインボーカルとコーラスのキレイなハーモニーワークがとても爽やかなメロウチューンになってる。ドラマーはジャズ畑出身のヤツだし、ギターもエレピも品のイイ鳴りを聞かせてくれる。一番のヒット曲「GET TOGETHER」は、エレキをゆっくり奏でてラーガな香りを漂わせる洗練されたサイケフォーク。アコギ2本でコーラスを立たせる「SUNLIGHT」も落ち着いて聴ける逸品。「DARKNESS, DARKNESS」は激化するベトナム戦争の反戦ソングで、中盤から登場するファズギターが兵士の苦悩を表現する。そんで数々のアーティストにカバーもされたのでした。

●最近気付いたツマラナイこと。

R25バンドウエイジ

●ボクは「R25」のワリと熱心な読者である。こと、最後のページに出て来る高橋秀実さんと石田衣良さんのコラムは大好きである。ほんのり説教臭いが、そういうオッサンがいるくらいがちょうどイイ塩梅なのである。二人のホンは一冊も読んだコトがないけど。
●しかし、ふと気付いたことがあった。「L25」「R25」にはゴールデンタイムのみのテレビ番組表が掲載されてたはずだが(正確には「L25」は20時から、「R25」は21時から)、最近「R25」からこのページが消えた。つまりだ、この不況下において、現代の戦うビジネスマンにテレビは必要ないのだー!ヒット番組もドラマも必要なくて、やるべきは残業なのだー(サービス残業含む)!……世知辛いなあ。ま、別にボクもあの表見てテレビ見た事ないんだけど。
「L25」「L25」で、コラムの扱いがゾンザイである。なんか増刊号が連発してたのか、休載が多いような…。「R25」には見開き2ページのガッツリとしたインタビューページがあるが(最新号は坂東英二。でも意外にオモシロかった)、「L25」のインタビューは完全不雰囲気グラビアの添え物でしかない。つまり「L25」は、読者の活字力に絶望したツクリになってる…。円グラフだけデカくてもダメなんだよ!え、オマエになんて読んでもらいたくない?それじゃあしょうがないね…。



自律神経失調症とのお付き合い(その101)~「イボ痔は一生治りません」編

ボクが今住んでるマンションの管理組合の理事に加わってもう二年目になる。
●そんで、毎回理事会には、建物のアチコチで起こる不都合や補修のための見積書がワサワサと配られる。植栽が痛んで枯れてますので植え替えにおイクラ万円。地上波デジタル放送への切替え工事におイクラ万円。機械式駐車場の油圧装置の不具合調整におイクラ万円。地下一階部分の廊下照明で漏電が起こっているが、その場所を突き止めるのにおイクラ万円。修理費は別途かかります万円……。で、最近つとに思う。あのさー、とにかくマンション金かかり過ぎ!まだ築5~6年程度なのに、なんでこんなに予算外の補修が必要なの?こんなノリで改修積立金は果たして足りるの?こんなにテマヒマかけてメンテが必要なの?
しかし、コレをジブンのカラダに当てはめて考えてみる。……胸を張って断言出来るが、ボクは自分のボディに対するメンテナンスはナンもしてなかったね!適正なコストがナンボかなんて分からないが、全然カネかけてない!35年間全部においてね!管理修繕を100%怠ったマンションと同じ状態だね!そんで、ココに来て大幅に痛み始めたね。もはやモグラたたき状態で、ぽっこんぽっこん不調なバショが見つかるね。それがこの100を超えた「自律神経失調症とのお付き合い」シリーズだもんね。もはや自律神経失調症と全くカンケイないトコロまで行っちゃってるもんね。

という前フリをして、今日はボクの「肛門科デビュー」のハナシを書きます。
●風邪で会社を二日休んで、やっと出勤。今日の会社診療所のカウンセリングでは、内科の先生から情報がキチンと回ってて「オシリから出血」の話題がメイン。「それは落ち込むよね。お気の毒に」あんましお気の毒に思ってないトーンでセンセイが言う。「肛門科、紹介しようか?若くて美人なセンセイだよ!オシリ見せるの恥ずかしいかな?」センセイ楽しそうに言うなあ…。
●なんか知らんけど、産業医のセンセイもナースの皆さんもみんな「あのセンセイは確かに美人だ」的なハナシで盛り上がることとなり、自動的に紹介状と病院の地図を握らされて、ボクは肛門科に行くことになった。「もう仕事オシマイ?まだ間に合うから今日行ってみたら?」うわなんかすごくブルーだけど、行かないのもバツが悪い状況になっちゃった。

さてさて、その「肛門科」は麻布十番にあるのだった。
●オシャレなカフェやレストランが賑わう直前の夕暮れ時、雑居ビルの中にクリニックはあった。そのクリニックは麻布十番にふさわしく、実にオシャレであった。まず看板がとてもオシャレな上に「肛門科」という字が書いてない。デリカシーのない送り出され方をしてやってきたが、美人センセイの肛門科はデリカシーのカタマリのような病院だったのだ。デザイナーズなオシャレ待ち合い室は、患者さん同士が向かい合わせにならないようにソファが配置され、受付をすますと番号札を渡され、呼び出しは全てその番号でなされるのだ(名前を大きな声で呼ばれないって配慮)。よく見ると、女性患者のみの診察時間が設けられて、実に繊細に心配りがなされている。
「21番の方、診察室へ」さあ、美人センセイとのご対面だ。あー。……ああ、一口に言えば、日テレの松本志のぶアナにそっくりな女医さんだ…年齢も同じくらいかな…物腰も柔らかい。紹介状をサッと読んで「ここ一週間、出血なさってるそうで?」そうなんです…痛みとかは特にないんですけど…。「外側は痛みが目立ちますけど、内側は痛みを感じませんからね」
●問診が一区切りつくとテンポよくベテラン看護婦さんが登場。「では、オシリを診せて頂きます。ベッドに寝て頂くのですが、靴をココで脱いで頂いて、ズボンとパンツを下ろして下さい」はいはいわかりましたーと言って、ベルトのバックルに手をかけると、ベテラン看護師さんが大きなタオルでサッと壁を作った。いや、別にそこまで丁寧に隠すほどのオシリでもないんですけど…ちょっと大げさ過ぎて恥ずかしいんですけど…。ボクがパンツとズボンを下ろしてベッドに横たわったのを確認して、ベテラン看護婦さんはボクのオシリにフワリとその大きなタオルをかけてくれた。この手際の鮮やかなこと!オシリの露出は最低限!とても丁寧ね。でも触診は手加減なしですけど。グリグリグリグリ。グリグリグリグリ。ああ、コレは絶対慣れない感覚だ。…そんで、再び大きなタオルのバリアーに庇われながら、ズボンをはいて触診の結果を聞く。

「えー、イボ痔がありますね。それと小さなキレ痔もあります」あらーストレートな診断&告知ですね…。そしてソレはボクのナイーブなハートに、スパッ!とクリーンヒットしてます…。「イボ痔というのは、一生治りません。治らないというコトを前提にどのようにお付き合いしていくかというコトですね。悪くならないように気を付けていけば問題はありませんから」あ、一生治らないんですか…ソレってとてもショックな豆知識…。「軟膏を出しますので、2週間続けてみて下さい。それでも出血が続くようでしたら、大腸の別の部分で出血している可能性もありますから、別の検査をします。なにか質問はございます?」……いや、ジブンが痔であるという現実を受け入れるのに少々の戸惑いが……。「痔なんて成人の二人に一人はなるものですから。扱いさえちゃんとしておけばダイジョウブですよ」ニコッ!……ニコってされてもなあ~。なんでボクのカラダはこんなにポンコツになってしまったんだろう?トホホホ。

●エレベータ一階出口で、若くてオシャレな20代の女性とスレ違った。…なんとなく気になって、一階エレベータホールにて、その女性が一人乗ったエレベータがドコの階で止まるか、ジッと観察をしてしまった。でもって、うん、エレベータはあの肛門科で止まった…。あのオシャレな女の子ですら肛門科か……世の中人知れず厄介な所に悩みを抱えている人は多いのね。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html


●痔であろうとなかろうと音楽は聴く。


Song CycleSong Cycle
(1990/05/18)
Van Dyke Parks

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VAN DYKE PARKS「SONG CYCLE」1968年
●先日紹介した ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS のクレジットにも出て来たアメリカのポップス魔法使いのファーストアルバム。1967年に世界は THE BEATLES「SGT. PEPPER'S LONELY HEART CLUB BAND」 THE BEACH BOYS「PET SOUNDS」に遭遇。志のある若者たちは自分たちの時代の音楽が持つ底知れないポテンシャルの深さに感動し、その深淵へさらに深く降りて行く冒険に挑んで行った。このアタマのよさそうなメガネ野郎もそんな時代に触発された天才の一人。
●コイツが正統派である理由が一つ。「PET SOUNDS」の次作として用意されていたマボロシのアルバム「SMILE」に、奇人 BRIAN WILSON の共作者としてコイツは参加。このプロジェクトは、ご存知の通り BRIAN のドラッグ中毒アレコレの諸般の事情で頓挫するが、20代半ばだったメガネくんにとっては貴重な経験だったに違いない。自らのデビューアルバム「SONG CYCLE」もスゴい怪作に仕上がったからだ。

ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS 「ソフトロック」の名盤と評価されているのには異論はない。確かに見事なソフトロックだと思う。しかし「SONG CYCLE」がスゴいのは、ものスゴく「ソフト」でありながら全然「ロック」でないトコロ。だから「ソフトロック」になりません。一曲目に RANDY NEWMAN のいたないカントリーソングをイントロ代わりに使ってますが、あとは25人の弦楽オーケストラをメイン楽器に据えてて、ギター、ベース、ドラムといった典型的なロックバンドな楽器をほとんど使ってないのです。むしろバラライカとかアコーディオンとか木管&金管楽器がドカドカでてくる。そんな楽器に包まれてメガネくんは朗々と歌うのです。印象としては「ロックじゃないけど、なんかスゴい!」
●本作では結果クラシックをベースに敷きながら、ディズニー音楽やフォークソングなど「アメリカ的伝統」への眼差しもチラチラ垣間見える内容に。さらにこの方向性を発展させて、この4年後に発表されるセカンドアルバム「DISCOVER AMERICA」では、カリブ海の音楽とスティールパンを基調に、ニューオリンズファンク、サザンロック方面へ旅に出て、よりリアルなアメリカを発見する旅に彼は出発しました。このジャケに描かれたバスに乗って。

Discover AmericaDiscover America
(1990/05/18)
Van Dyke Parks

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●ちなみに、「SONG CYCLE」の方はプロデューサーに LENNY WARONKER が参加してます。この人も、ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS にクレジットされてた。彼もこの時代、60年代末~70年代前半にかけて重要な働きをする裏方職人の一人で、THE EVERLY BROTHERS、HARPERS BIZARRE、RANDY NEWMAN、RY COODER、RICKIE LEE JONES、JAMES TAYLOR などを手掛けるのでした。


風邪引きました…。熱が出て、咳&鼻水が出て、ケツからは血が出てます。最悪です。病院をハシゴして、鼻の穴に綿棒突っ込まれて、インフルエンザの疑いはなくなりましたが、会社も休んで貴重な有給を消費しました…。てっとり早くウンザリしてます…。
●で、渋谷駅で目撃したスライムくん。あ、そうか、ドラクエの新作が出るんだっけ。あのスライムくんを持ってプールとかに行きたいなあ……カラダが十分丈夫になったらね。

P1001368.jpg(メタルスライムもいたよ)



そんな七夕。ボク自身は願い事など考える余裕はなかったのですが、コドモたちは、東京からは見えもしない天の川に想いを馳せて、短冊に願い事を書いては笹の葉にかけるのでした。

・小学2年生ノマドの願い事。
「パパに バトスピで かてますように」
「ちきゅうおんだんかを ぼくたちのエコで とめられますように」
「できるだけ しなないように」


●確かに最近ヤツはカードゲーム・バトルスピリッツでボクに連敗を喫している。強いカードを持ち過ぎて、ソレを持て余しているからな。二番目のお願い事がいきなりスケールアップして「地球温暖化問題」とキタもんだ。「できるだけ しなないように」というのはどのような状況をイメージしてんだろ?たとえ人類文明が「温暖化問題」を解決できなくて、地球存亡の危機に陥ってもノマドだけは生き残れるように、というお願いなのだろうか?

・小学1年生ヒヨコのお願い事。
「デザイナーになれますように」
「かわいくなれますように」
「ちきゅうおんだんかをふせけますように」
「もじをていねにかけますように」


●女の子の方が、お願い事が具体的で現実的だ。「ちきゅうおんだんか」はノマドの受け売りだとして、「かわいくなれますように」「もじをていねにかけますように」は実に具体的で明快だ。大体「もじを~」の短冊は散々書き直してやっと字として成立した痕跡が残ってて「ていねい(丁寧)」「ていね」になってます。そして注目は「デザイナーになれますように」ヒヨコの将来の夢は確かに一貫してデザイナーさんだ。カワイい洋服を考えるのが好きなのだ。


そんなヒヨコ。先日のフリーマーケットで、オモチャのミシンを購入した。
●数百円だけ握りしめて会場を一人でウロウロ。そしてこのヒツジさんのカタチをしたミシンをゲットして来た。最初は500円だったらしいが、どう交渉したか全然分からないけど300円にまけてもらったらしい。

P6284716.jpg(アメリカのビンテージおもちゃ?)

それからというもの、このミシンにヒヨコは夢中だ。
●ワイフが言うには、フツウに手縫いする方がよっぽど効率がいいという程度の文字通りのオモチャだ。しかしヒヨコは真剣にこのミシンに取り組むこと数時間(三歩歩けば全てを忘れるヒヨコにとっては、恐るべき集中力だ!)、簡単なタテ縫いは完全にモノにした。そんでママに手伝ってもらいつつも、見事お気に入りのウサギのヌイグルミ・ベリーちゃんのしき布団&かけ布団を制作したのであった。ハー・ファースト・ソーイングである。彼女が本当にデザイナーになれたなら、コレが彼女の一番最初の作品になるのであった。

P1001370.jpg(ベリーのふとん。レース付き)



しかし「デザイナー」という職業になるのには、どのような教育が必要なのだろうか?
●ヨガ教室で知り合った女の人に、ある日突っ込んで聞いてみた。この人はアパレルのデザイナー兼パターンナーとして、工場のあるインドネシアや中国を行き来してレディースもののラインを製作しているという。アイテムは、バッグからシャツ、ワンピースまで一揃いなんでも。そんなに規模の大きい会社ではナイから、なんでも自分で手掛ける。来年の春夏からはメンズラインも立ち上げるそうだ。
あのー、デザイナーになるにあたって、小さい頃からなんか習い事とかしてました?「全然!なんにも!」むしろファッションに飢えていたような状態。日本海に面した地方都市(失礼ながら、ボクはその街がドコにあるのか全然わからなかった)で生まれ育ち、買い与えられる服はオトウトとの着回しが利くような色目のモノ。着たい服が着れない!という気持ちの方が強かったという。オンナノコらしい赤いワンピースを買ってもらったら、近所の犬が興奮して噛み付かれたというトラウマさえあるという。
●さて、そんなで将来のことを考える高校時代。最初はなんとなく建築やインテリアデザインに興味があったので、そんな専門学校への進学を考えてみたけど、思った以上に数学が大切で即座に断念。そこでかつて飢えていたファッションの仕事への気持ちが湧き上がる。東京のファッション専門学校へ見学などしてみる…。
●しかし、ここでお父さんが反対。「女は地元で勉強して、地元で結婚して、地元で子育てするのが一番!」…ちなみにこのデザイナーさんはボクとほとんど同世代。東京出身のボクから見ると、ビックリするようなお父さんの考え方!へー、こういう風に考える人は今もフツウにいるんだろうな…。衝撃的だったけど、それが世の中の常識なのかも、と静かに納得する。
●ここで食い下がったのがデザイナーさん。「お父さんの言う通り、地元で短大行くわよ!でも2年経ってもアタシの気持ちが変わらなかったら、東京に出てファッションの勉強するからね!」デザイナーさんは、地元短大に通いつつも勉強/資格そっちのけで、学費を稼ぐバイトに精を出す。折しもオトウトさんが東京の四大に推薦入学が決まる。姉弟同居なら安心だろうとお父さんを説得し、短大卒業後、晴れて東京のファッション専門学校へ入学。…ちなみに、お父さんの考え方が地方においてはポピュラーなのだなあと思った事実が一つ。オトウトさんは四大卒業後速やかに故郷へ帰り、地元の若い女性と結婚したという。
●さて、やっとファッションの世界の入り口にたったデザイナーさん。学校のコースは、デザイナー科とパターンナー科に分かれていたそうな。あんなに反発しながらも、「人間、手に職を!」というお父さんの主義に一分の理を感じていたデザイナーさんは、学校においてはパターンの勉強を選択した。デザインの世界は、言わばセンス一発、感性の問題。パターンの世界は、デザイナーのアイディアを実際に具現化する技術の問題で、そのテクニックは習得すれば失われるモノではない。パターンがわかっているデザイナーは、現実的な着地点が見えた上でデザインを描いてくるが、反対に分からないデザイナーは物理的に成立しないデザインを平気で上げて来る。こうした難物をある程度修正して現実に着地させるのもパターンナーの醍醐味だとか。パターンがわかっていれば、デザインの世界にもスグに飛び込める、とさえ思っていたそうな。
●で、卒業。始めは大手アパレルに就職したデザイナーさん。ここで最初に仕事をしたのはレディースのパターンだった。「えっ、アタシ学校で習ったのはメンズのパターンなんだけど…」レディースとメンズのパターンは同じ人間の服とはいえ全然違うモノらしい。しかしここでの奮闘で、メンズ/レディースのパターンを両方こなせる技術を習得。
●そんで転職。もっと自分の嗜好に近いアパレルで仕事がしたいと思って。しかし求人の条件はショップの販売員。コレって、デザインの現場からは結構遠ざかってしまうコトらしい。でも敢えて飛び込む。そしたら、このショップと別のアパレルとが合併して、一気にデザイン部門に配属、文字通りのデザイナーさんになってしまった。パターンを全て承知したデザイナー。それがまだ若い組織だったこの会社で要求されるスキルだったそうな。…この後もう一度転職をして現職に至る。よりベンチャーの匂いのする小さい会社に移籍して、もっと裁量の大きい仕事をする。それが狙いだったそうな。しかもこの業界広いようで狭い。マジメに頑張ってると誰かから声がかかる。そういうタイミングも逃さなかった。……これは、人一倍ヒトナツコイこの人の性格がチャンスを呼び込んだと思うけどね。

今、コドモにさせとくべきコトってなんですかね?
「うーん、多分、イロイロなモノを見せておくことかな?そして色が自由であるコトを分からせておく」デザイナーさんは、小学校の時に描いた絵を学校の先生が奇妙に思い、わざわざ親御さんに「お嬢さんは自殺するかも知れませんよ」と言って来たという。実際にソレはユニークな色使いだったのでしょう。でも自殺や病気扱いするなんてね…。
「それと、イロイロなモノを触らせておく。フワフワにも、イロイロなフワフワがあるじゃない?ソレをたくさん引き出しに入れておくと役に立つかも」なるほど!デザイナーにとっては、自分が作るモノが人間の肌に触れるモノである限り、触感が視覚と同じくらい、いやソレ以上に重要になってくるのね!コレはボクには予想のつかない発想だったなあ!勉強になりました。



今日のBGM。NICK DECALO 関連物件ソフトロック。

Roger Nichols & the Small Circle of FriendsRoger Nichols & the Small Circle of Friends
(2005/03/08)
Roger Nichols & the Small Circle of Friends

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ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS「ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS」1968年
●コレは、90年代渋谷系文化の中で再評価され、「ソフトロック」という位置づけで古典的名盤になった一枚。80年代の「なんとなくクリスタル」な風潮の中で再評価された NICK DECALO「ITALIAN GRAFFITI」と運命が似てなくもありません。リアルタイムじゃ評価されず、何年も経ってから日本で再評価されちゃうというパターン。
●でも、NICK DECALO との縁はそれだけじゃないんです。収録曲12曲中3曲を NICK DECALO がアレンジを担当。「ITALIAN GRAFFITI」のプロデュースを手掛けその後の A.O.R./フュージョンシーンを形成する名プロデューサー TOMMY LIPUMA が本作のプロデュースをしているのです。しかも、'MORALE BOOSTER' という聴き馴染みのナイクレジットで、RANDY NEWMAN、VAN DYKE PARKS、LENNY WARONKER と、70年代ロックシーンの重要人物の名前も見られます。実は「ソフトロックの名盤」は「A.O.R.の名盤」に直結してました、というオチ。
●でもでも、そんなクレジットの深読みをしなくても、このアルバムは十分楽しめます。ROGER NICHOLS MURREY & MELINDA MACLEOD 兄妹からなるこのバンド(スモールサークルとは言うけど小さすぎるよ…)の混声ハーモニーは甘くて美味しい!ストリングスやホーンのアレンジもチャーミングに作用して、まるで砂糖菓子のように甘いです。THE BEATLES のクセのナイ解釈でのカバーも愛嬌があります。渋谷系を経由してるボクにはタマランですわ。
●このバンドはアルバム本作と数枚のシングルで解散(間違って2007年に再結成アルバムを出してしまいます)。その後の ROGER は所属レコード会社 A&M RECORDS の創業者&筆頭アーティスト HERB ALBERT にその腕を見込まれてレーベル付きのソングライターとなり、PAUL WILLIAMS とともに多くの曲を手掛けることになるのでした。裏方に回ってしまうのも、NICK DECALO と一緒なんだね。



プロレスリング・ノアの三沢光晴選手が、6月13日に亡くなりました。ご冥福をお祈りします。

三沢光晴(正直、マイケルの時よりも衝撃を受けた…。)

●ボクのキャラを個人的に知る人は、ボクがプロレスを語ろうなどするのが意外と思うに違いない。実際自分でも無謀だと思う。もっと熱い思い入れを持つ人こそが、かの英雄を語る資格があると思う。この文章で気分を害する方がいるのなら、最初にお詫びしておきます。

そんなボクがなぜこの悲報にショックを受けたのか。
●生まれた瞬間の小鳥が初めて見たモノを自分の親と思い込むのと同じ仕組みで、ボクにとっての純粋な「プロレス体験」は、まさしく「NOAH 体験」であり「三沢体験」なのです。鍛え抜かれた肉体のぶつかり合いを、生で、しかもリングサイドで見た経験。アレはあまりに衝撃的で、この激しいエナジーを得るがために人々が集まるのだなと、骨の髄まで思い知らされた。
●最初は仕事のお付き合いで、試合を観に行ったんだわな……たしか2005年頃……選手の名前もわからないし、きっとどんな技が決まってるかもわからない……楽しめないだろうな、と思って会場に向かった。そしたら、なんと用意してもらってた席がリングサイドだったのだ。どわー、リングサイドかよ!テレビでしか観た事ない風景が見えるよ!つーか、リングアウトした選手が目の前に転がって来るよ!
●そこからは、キラキラ光る照明の中で戦う男たちの華麗な技に、そのまま酔いしれてしまった。丸藤正道が空中を軽やかに回転し、相手の身体に絶妙な角度で飛び込む!KENTA の生意気で挑発的な顔!本来はベビーフェイスで身体も大きくない彼が、俊敏な動きと剥き出しの闘志で一回りも二回りも大きく見える。そして重戦車・秋山準。デカい…!いかにリングサイドの席でもテレビカメラのアップほど実際に近くに感じる事はできないだろう。でもその闘気は会場全体に放射され、一つ一つの打撃が目の前で炸裂するように感じられるのだ。ヘビー級の打撃で飛び散る汗で全身がズブ濡れになるかのように思えた。
●一番印象深いのは、小橋建太。常に満身創痍。度重なる欠場。その後腎臓がんまで患ってしまう。でも、小橋が力の限りに打ち込む袈裟切りチョップの渾身の連打は、彼が苦しんだリハビリ生活、鬱屈とした日々、復帰に向けた厳しいトレーニング、その全てを剥き出しに語ってしまっているのですよ。コレがプロレスなのか!ドラマチック!
●そして、エメラルドグリーンの閃光。三沢光晴。実は彼がタイガーマスクであったコトは、今回の事故報道で初めて知った。ボクは彼の偉大なキャリアの最末期しか知らない。それでも、若手が繰り出す向こう見ずなエネルギーを全て受け止め、そして倍返しでブチカマす三沢社長の凄まじさは瞬間的に理解出来た。会場から「ミサワ!」コールが湧き上がる。カリスマってこういう事だ。音楽ファンであるボクは、ボクの位置と格闘ファン、プロレスファンの位置がそんなに違わないコトを深く理解した。素晴らしいパフォーマンスは人を魅せるし、それは音楽であろうとプロレスであろうと、本物であれば、リアルであれば変わらないのだ。

●それからは、ホンのお付き合いのツモリだったコネを最大限に利用しては、重要な大会に潜り込んだものだった。今思うとスゴいコトだが、リングサイドの席が取れなかった時は、放送席のスミッコに座らせてくれたのだ(つーか、これナイショ?ヤバい?)。ホントすいません、ホントお邪魔しました。ホントよくしてもらいました。スタッフの人たちみんなイイ人でした。放送席なんで、マジで選手が転がり込んで来る。凹むテーブルにひっくり返るパイプ椅子。おーライブだわ。


●しかし、三沢さんの悲劇は、ボクにとってプロレスノアの思い出が終わってしまったような意味に響いてしまった。ボク自身が病気になってからは会場に行くのは完全に無理になってしまったし、深夜の「プロレスノア中継」も終わっちゃったし…。
●あの番組は結構よく見てたんだ…終電も終わった深い夜の残業の合間、クタクタになって仕事しながら、あのプロレス中継を見てるとコッチが励まされてくるんです。丸藤 KENTA がアメリカ武者修行を経てヘビー級へと挑戦して行く時期は、世代も近いとあって素朴に頑張れー!って思ってたもんね。…でも今では番組は終了しCS放送に行っちゃった…。そんな風に、ノアが、どんどん縁遠くなってく中での、この悲劇だ……。

昨日は、ディファ有明で三沢光晴選手のお別れ会が行われた。
●故人を偲んで25000人のファン/関係者が集まったという。その日の深夜に放送されてた追悼特別番組では、三沢選手のレスラー人生を総括した名勝負を紹介していた。一人夜更けに番組を見てて、素朴にスゲエなと思った。故人となってしまったコトを忘れて、その見事なファイトに魅入ってしまった…。格闘技も多様化細分化されている時代において、プロレス/ノアのスタイルが果たして本当に有効なのか?そうした議論は格闘技ファンの人々に任せます。門外漢であるボクが言えることは、戦う者同士が、互いの力を限界まで振り絞る姿は、純粋にカッコいい。ただソレだけです。

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(リング上に捧げられた大量の献花。故人の偉大さが忍ばれます。)



ここで全然話が変わるのですが…名古屋出身のヒップホップグループ nobodyknows+ がノアの大ファンなのです。
●ナゼそんなコトがわかるのか?ボクが数回行ったノアの試合、リングサイドでの観戦で、見つけてしまったのです。やはりリングサイド席で、猛烈に盛り上がっている nobodyknows+(略称ノーバ)のMC ヤス一番?さんと、ノリ・ダ・ファンキーシビレサスさんを。しかも二回も!コレ絶対ハードコアなファンであるコトの証拠になり得るでしょ。プロレスファンと音楽ファンは大きくカブルもんでもないから、その会場でヤスさんとノリさんの存在に気付いてたのは多分ボクだけ。でも異常な盛り上がり方でスゴく目立ってたのです。……ちなみに今知ったんだけど、ノーバの公式HPのグラフィックがルチャリブレになってます…あの人たちはハードコアなプロレスファン。もう絶対偶然じゃないよね。

だから今日は、輝かしいノアの記憶と折り重ねて、最近のノーバのシングルを聴くのです。


Villain’s Pain/イマイケ サンバVillain’s Pain/イマイケ サンバ
(2008/07/30)
nobodyknows+

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nobodyknows+「VILLIAN'S PAIN (HERO'S COME BACK !! ~OTHER SIDE~) / イマイケサンバ」2008年
nobodyknows+(略称ノーバ)の存在を知ったのは、2004年頃だったと思う。名古屋の公園で5000人のフリーライブを成功させたというニュースを聞き、名古屋独自のヒップホップシーンが熟成されているコトを、彼らの存在を通じて初めて認識する。よくコメントをくれる ohguchi に言わせればより深いアンダーグラウンドシーンがあると解説してくれるだろうが、5年前のボクは、東京以外のローカルでシーンが生まれるというのは、アメリカのヒップホップが東西2大都市に限定されてた段階から全米に拡散していく過程とリンクして行くように見えて非常にクールな状況に思えた。そんで、この年の年末、彼らは「紅白歌合戦」に出場するまでに至るのです。
ノーバはスピード感溢れる5MCのマイクリレー(←当時。現在は4MC)が売りで、個性派MCばかりを集めたスタイルが、ボクには WU-TANG CLAN を連想させた。ことリングサイドでアゲアゲだったヤス&ノリの2MCは完全に切り込み隊長のポジション。名古屋、フトコロ深し。
●このシングルは既発曲「HERO'S COME BACK !!」の続編?的位置にあるかのような、RUN D.M.C.ばりのハードロッキンなギターリフが鈍く光る金属トラックで、多分ヤスさんがリードヴァースを握ってる。カップリングの「イマイケサンバ」はベタなタイトルのワリには骨太なハウシービートとサンバが絡んだ高速トラックで、4MCそれぞれの見せ所がハッキリしててカッコいい。実にオトコ臭く、ヒップホップに忠実なような気がする。

Fallin’Fallin’
(2009/02/11)
nobodyknows+ feat.シゲルBROWNシゲルBROWN & The Spice Stars

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nobodyknows+ FEAT. シゲルBROWN「FALLIN'」2009年
●本来は今年2月のリリースなんでジャケが完全冬です。で、シゲルBROWN って誰?って話ですが、声聴けばわかります。サビのフックラインを太い声で歌い上げる存在感。従える女性コーラスはなんと AMAZONS。久保田利伸の作品で活躍してその後単体デビューした3人コーラスだよね。シゲルはそんくらいベテラン。いやいやもっとベテラン。1988年という設定でディスコファンクライブバージョンのテイクが収録されてます。込み入った設定だ。ヤス一番?の筆によるシゲルBROWN のポートレイトがCDにプリントされてるのでスキャンします。CDの色がシゲル本人の肌の色をそのまま示してます。ね、誰だか一発でわかるでしょ?

シゲルBROWN(はい、松崎しげるさんです。)


nobodyknows+ SEAMO(A.K.A. シーモネーター)、HOME MADE 家族 といった2000年代に登場して来た名古屋のヒップホップアクトを、ボクは個人的に「名古屋スクール」と呼んでます。彼らは、地元名古屋の同じシーンの中からキャリアを起こし、それぞれの戦略でメジャーシーンに登って来た男たち。それでいながら、レペゼン名古屋の精神を失っていない。今度、彼らのコトをまとめて考えてみたいと思ってます。

最近は、カラダがとっても疲れ気味で、ブログの文章を考えるのも億劫なホドなのです。
●そこで、今日は小学二年生の息子ノマドの日記を引用してしまうのです。つーか、たまたま読んだら、これがソコソコ楽しかったもんですから。リアルな7歳ボーイズライフです。

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○月○日「きょうりゅうてん」(きょうりゅうてんは、はくぶつかんのこと)
きょうりゅうてんにいくじゅんびで、うちにある きょうりゅうにかんけいある本すべてをもっていったけど、音声ガイドがあったから、もってきたいみもなくてショックだったです。本もののほねもさわりました。ニジェールではっけんされたニジェールサウルスのはが、まっすぐだったところがおもしろかったです。地きゅうかんでは、ほんもののイン石や月のかけらも見ました。月のかけらは2ミリや3ミリのものばかりでした。イン石はデコボコでした。

(文章の長さとしてはこの辺がマックスです。これでヤツの使ってるノートで見開き2ページ分になるのです。…この日は重たい図鑑を4冊くらい、バッグが破けるんじゃないかという量の本を担いで博物館に出かけて行きました…ボクは行かなかったけど…夢中で盛り上がるノマドの粘着質なペースに、連れて行ってくれたジジババの皆さんはかなり消耗気味だったそうです。すいません…。)


○月○日「は」
きょう、はいしゃにいって六こ目のはをぬきました。上にひっぱっても「は」はぬけなくて、ひねってぬきました。いたくて、うがいをしたら「ち」がでてびっくりしました。

(息子ノマドは、自分の抜けた乳歯を小さなケースに集めて保存し、「ノマドのボウヤ」と称して可愛がっています。意味も意図も理解出来ませんが、オモシロいからそのままにさせてます。)


○月○日「ざんこくな天しのテーゼ」
きょうカラオケにいってエヴァンゲリオンの歌、さんごくな天しのテーゼを歌いました。けど、ざんこくな天しのテーゼだから、ざんこくなえいぞうだから、歌うきをうしないました。

(この日のショックで「エヴァ」を見るのを躊躇していたノマドヒヨコですが、昨日の金曜ロードショーで放送してた「エヴァンゲリオン新劇場版:序」は楽しく見てました。……今月深夜放送している初回アニメ版を見てたら、主人公・碇シンジくんはウチのノマドと同じ2001年生まれの同い年というコトがわかった。「ノマドが中学生になったら、パパ、ノマドに突然エヴァに乗れって言うからよろしくな!」「えー!やだ!」マジでビビるノマド)

新世紀エヴァンゲリオン Volume 1 [DVD]新世紀エヴァンゲリオン Volume 1 [DVD]
(1997/07/19)
緒方恵美三石琴乃

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○月○日「ばば」
きのう、ばばの家へいきました。たま川という川にいって化石を見つけるつもりでしたが、化石は見つかりませんでした。だけど、きょうりゅうのたまごのかたちの石をばばの家にもってかえって、エノグでたまごのかたちの石をぬりました。

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(ヒヨコといっしょに拾って来た石にトールペイントの塗料で彩色しました)


○月○日「バトスピ」
きょうの朝、バトスピをやって、ぼくたいパパでやっていました。ぼくがぎゃくてんしょうりをして、そのバトルの時間は30分です。パパがくやしくて二回せん目をやろうといったけど、ママはかいものにいく前に一回しかダメっていってたので、パパに、ママがだめっていってたからダメっていいました。

(バトスピに関しては、父子の実力はもう五分五分です。一回の勝負に一時間以上かかるのも珍しくありません。この日は、息子ノマドが優越感タップリに「きょうはオレのカチ!」とのたまっていて、マジで悔しかったのを覚えてます。当然ノマドもボクも先月発売された新シリーズ「バトルスピリッツ 龍帝」をゲットしてさらなる軍拡競争を繰り広げています。)

バトスピ龍帝(このパックでカード8枚入り。強いカードが入ってますように!)


○月○日「テンタくんの家」
きょうテンタくんの家にいってプラレールをずーっとやってたけどおもしろかったです。テンタくんとともだちになれてうれしかったです。テンタくんもたのしいなあとおもってるとおもいます。なぜなら、かえる時ぼくにキスをしたからです。

(期待のユカイなオトコノコ、テンタくんにボクら夫婦は素朴なファンです。やることなすことユニークでチャーミング。ノマドにピッタリなトモダチと勝手に思ってます。)


○月○日「あなぼり」
きょうユウタくんの家にヒヨコといきました。そしてあなほりしたけれど、たのしすぎてせつめいできないです。さいご、ヘラクレスオオカブトになっていてうごけませんでした。

(どんな穴か説明しろよ!そしてヘラクレスって意味ワカンネエよ!)


○月○日「さんすう」
きょうぼくはさんすうのじゅぎょうで少人数をやりました。まちがいを十回以上やりなおしたので、なにがなんだかわからなくなってきたから、シュクダイにされました。ショックでした。

(2年生になったノマドは今年からクラス単位ではなく、10数人単位のグループに分かれて算数の授業を受けてます。算数の理解度を上げるためのウチの小学校の取組みの一つだそうです。でもコイツ、算数~数学ダメかも。ボクと一緒で。)


○月○日「スーパーマリオブラザース」
きょうババの家でスーパーマリオブラザースの「1の1」と「1の2」をノマドがやって、ババが「1の3」と「1の4」をやってみました。クッパが出てきたので、ノマドにこうたいしてノマドがクッパをたいじしました。こんどはファイアマリオでたいじしたいです。

(我が家ではゲームは15分限定。ババの家の方がノビノビやれる。とうとう、クッパを超えたか息子よ。ファイアマリオで倒すクッパの優越感は確かにたまんないな。)


○月○日「おふろ」
きょうのおふろの湯で波をつくっておこられました。おふろの中で波をつくって、ぼくもながされたので、ぼくはおふろから出てもまだながされたきぶんでした。だからきもちがちょっとわるくなりました。

(妹ヒヨコはシャンプー一本全部を床にまいて、スケート選手ゴッコをして怒られたりしてました。バカばっかです。)


○月○日「かっぱ」
きょうのひる休みで、いっぱいあそんだから、そうじの時みんなに「かっぱだ」と言われました。その理ゆうは、あせでかみのけ立ってたからです。びっくりしました。

(ノマドはジブンの髪型がイケテルと思ってるフシがあって、ちょっとムカつきます)


○月○日「れいぞうこ」
きょう大事件がおきました。それはれいぞうことれいとうこの中みが、ぜんぶとけてたことです。電気だいやしょくじだいがもったいないから、エコををして電気だいとしょくじだいをもとにもどしたいです。(だれかがしめわすれた)
○月○日「れいぞうこ」
きょうも大事件がおきました。それはだれかがしめわすれたんではなく、れいぞうこ本体がこわれていたから、中のものがぜんぶとけたんです。だからきょう、れいぞうこをかいかえることことになりました。びっくりしました。
○月○日「なめくじ」
きのう、キャベツになめくじがいて、キャベツをたべたりウンチをしていたりしていました。ママは「れいぞうこの中になめくじがいて、さむいからとうみんしてたのに、れいぞうこがこわれてあつくなったからキャベツをたべた」と言ってました。ママはこわいから、ぼくに、にわにうめてきて、と言ったからぼくは行きました。いままでこんなやさいをくってたから、びっくりしました。

(「大事件」初日、ノマドが楽しみにしてたアイス「ガリガリ君」が完全に溶けて、タダの水色の液体になってしまった。ヤツはこの惨事に抗議したが、ワイフは絶対ノマドが冷凍室のドアをキチンと閉めなかったと主張。しょーもないコトで言い合いをするなよ…と会社帰りのボクは思ったが、実は誰のせいでもない、冷蔵庫自体が突然機能を失ってしまったのだ。夫婦二人で冷蔵庫にカオを突っ込み、冷気が出てるか必死に確認。どうやら冷凍室だけじゃなく、冷蔵室も野菜室も機能停止しているらしい。…冷蔵庫が壊れるってのは、意外と生活にインパクトを与えるもんだ。痛む前に急げ!ということで、食卓は冷凍食品オンパレードになった。冷凍ギョーザを何十個も食った気が…。)

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(そんで翌日の夕方には、会社帰りでワイフと合流、新宿ビックカメラで冷蔵庫を購入。今話題の「エコポイント」までゲットしてしまった!冷蔵庫のポイントは貯蔵リットル数で決まるみたいで、家族四人タイプを購入して10000ポイントゲット、加えて古いのをリサイクルしてもう5000ポイントゲット。…しかし、コレをいざ申請すんのは異常にめんどくさいね。ホントに役所仕事ってヤツは…。…配送に2日かかってしまいます、ってのがワイフには一番ショックだったらしい。「即日配送って書いてあるのに!」

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(古い冷蔵庫は新婚の時に買ったから、実は十年使ったし、実際家族が増えた今ではチト小さかったのよね。新しいヤツは大きさが約2倍になったのに、節電効率はズッといいらしい。ただ時代が保守的なのか、色はツマンナイヤツばかりになってしまって、メタルピンクというへんな色を選ばざるを得なかった。ヒヨコは黄色の方がカワイクて好きだったらしい。)


○月○日「サッカー」
きょう、サッカーのれんしゅうがありました。れんしゅうやサッカーのゲームで一回もパスをもらえませんでした。くやしいです。

(ヘタレすぎてコメントもないです…。)


○月○日「だんご虫」
きょうサッカーがありました。そのかえり、だんご虫をひろってかえりました。さいしょは五ひきだっだけど、家についたら四ひきしかいませんでした。びっくりしました。さて、おふろに入ろうと思ってズボンをぬいだら、ママが「ギャーーー」と言って「何」と聞いたら「だ、だんご虫」と言ったのでびっくりしました。見ると家のカーペットにだんご虫がいました。きをうしないました。

(誰が気を失ったのか?ママか?ノマドか?だんご虫か?ネタを5割増に膨らますテクをもう探ってるのかよ…。)


○月○日「フリーマーケット」
きょう、代々木公園でフリーマーケットがありました。フリーマーケットで外国人(おとなの)がぼくのおもちゃをかったついでに、記ねんしゃしんや名前を聞かれました。おとなの外国人が子どものおもちゃをかったのがビックリしました。

(戦隊モノのロボットは外人から見るとかなりキッチュな造形に見えるのかも。100%英語しかしゃべらないお客だったようだけど、ノマドは電池の入れ方も説明してやったらしい。「え、なに?…BATTERY?バッテリーのことかな?デンチはここからいれるの!」


○月○日「CD」
きょう、パパがぼくがほしかったCDをかってくれて、CDのつかいかたまで教えてくれました。うれしかったです。(「CD」の中で一番すきなのは「うそ」というだい名のです)

「鋼の錬金術師 FULL METAL ALCHEMIST」の主題歌、シド「嘘」という曲を欲しがってたのです。買ったんじゃなくて、仕事関係の人からもらっただけなんだけど。そんでひとまずボクの寝室にあるCDラジカセの使い方を教えてやった。この三角マークがプレイボタンだ、CDの鏡のようになってる方はベタベタ触っちゃダメ、ココに光を当てて反射したモノからデータを読み取る仕組みだからな…。ともかく、コレがノマドにとっての人生初めての一枚だ。大事にしなさい。そんでもっとイロイロな音楽を聴きたかったらおこづかいを貯めてパパみたいに一杯買え。ワイフ「とんでもない!ノマドはCD集めちゃダメよ!ノマドまで集め出したら家がパンクしちゃう!」ノマド、大事な保管場所を本棚の中に決め、ラジカセで早速鑑賞。シングル曲「嘘」だけじゃなく、他のアルバム曲にもお気に入りを見つけたらしい。「パパ、「光」ってキョクもカッコいいかも!」

hikarihikari
(2009/07/01)
シド

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(このシドってバンドは、ラルク風のバンドらしい…。ノマドにあげちゃったから、あまり聴いてないんだけど…。)
自律神経失調症とのお付き合い(その100)~「下血にショック!」編
●さて、仕事に復帰してから一ヶ月経過しました……。けど、そんなにうまく行ってません…。
●表面上の範囲では、フツウに振る舞ってます。冷房対策にスカーフを纏うのも、違和感なく職場に馴染んできました…周囲はフツウのオシャレアイテムと解釈してくれてます…(スカーフについてはコチラ)。でもでも本当はかなり低空飛行…ギリギリです。
●多分、無意識のうちに、会社ではハイテンションまでに上げてしまっているのでしょう。その一方で家に帰るとテンション暴落。ワイフが話しかけても会話が成立しないほど憔悴します。オマケに頭痛で吐き気までしてくる。首や肩などへんな部分の筋肉が不自然に緊張してるのがわかる。食欲もないし、ハシが持てなくなったり。夜中に何度も目を覚ますし、朝起きるのがツライ。温度を正確に感じ取れないのか、ナンの服を着てイイか悩んでしまう…。
ダメじゃん!素人のボクでも分かる!コレはクスリを抜き過ぎ!前回のこのシリーズで書いたけど、2週間前、心療内科のセンセイは、ボクの精神安定剤と睡眠薬の服用をストップしたのです。レギュラーでのむのは感情をバランスよく保つムードスタビライザーというクスリだけ。マジ?減らし過ぎじゃない…?という不安はやはり的中。クスリを抜けたのは最初の二日程度、後は今までのクスリの余りをヤリクって安定剤と睡眠薬を飲み繋ぐ毎日。ホント消耗したわ~。

そんでダメ押しの出来事が今朝発生。下血。ゲンナリ。
●5回ほど起きては寝て起きては寝て過ごした苦しい夜をなんとか突破して、フラフラしながら、朝のトイレに入った。(少々キタナい話になるのをお詫びしておきます)そんでフツウに大きい方をしたつもり…で、ふと便器の中を見たら鮮血で真っ赤!なんじゃこりゃ?!真っ赤だぞ!なんで血が出てるんだ?
●ハイパーゲンナリ…。どこまでボクのカラダはポンコツになっとるんじゃ…?神経の仕組みが大幅に狂ってて、気管支ぜんそくで、胃液が逆流して食堂を痛めてて、胃の粘膜に小さい腫瘍が見つかっちゃって、お酒を一滴も飲まないのに肝臓の数値がダメダメで、目をえぐり出したいほどの頭痛で吐きそうになったりして、ヘンテコな部分の筋肉がバキバキに緊張して痛みが止まらない。ソコにさらに追い打ちをかけて、今朝はコーモンから出たと思しき血液がこの便器の水を真っ赤に染めてる。一体なんなの?もうカンベンしてよ…。
●虚脱しまくりながら、ワイフに声をかける。「あの~本当に申し訳ないハナシで、こんなモン見たくない気持ちは十分わかるんだけど、ちょっとコレについて意見が聞きたいのよね。なんか知らんけど、コーモンから血が出てるんだわ…。ちと見てくんない?」ワイフ「血が出た?……はあ…まーこのくらいはダイジョウブでしょ。セイリの時はもっとスゴいから。」いやいやいや、その比較はボクの場合全然参考にならんから!


奇しくも今日は心療内科の診察の日であった。早速今朝の出来事を相談する。
「それはね、肛門科のハナシですよ!」とセンセイ。「痔なんてのはね、珍しくないんですよ。日本人にはコト多いんですから」うーん、切れてイタい的な感じはなくって、いきなり真っ赤なんですよ。「でも真っ赤なんでしょ?胃から血が出てたら真っ黒になりますからね。赤いというコトはそんなに深くない所から血が出てる証拠」…そんなハナシは確かに聞いたことがあります…「痔はね、子供を生んだ女の人は多かれ少なかれミンナそうなっちゃいますよ。デスクワークの男性も多いですよ。別に珍しくも何とも!」センセイ、これボクを励ましてるつもりだろうか?「♪痔にはボラギノール!ってCMもたくさん出てるじゃないですか。アレはアレで需要があるからこそ、ああいう宣伝が成り立つのです」キッパリ!
●ああ、あのCMか…。♪痔にはボラギノール…。痔って当事者としては非常にカミングアウトしづらいビョウキだけど、あのCMにおいては若い主婦二人(しかもセンセイのいう通り小さい子供を連れた経産婦)がフレンドリーに痔の悩みをトークし合うのよね…。でもやっぱり生々しくデティールの話をしてしまうのは微妙なのか、静止画を数カット重ねることで現実感を弱めているツクリになってる。痔に関する会話が、現代日本における無意識的タブーの境界線に位置することを、明快に浮き彫りにした傑作CMだな……と一瞬全く役に立たない思考にハマった。…今のボクにはどうでもイイ問題だ!

ボラギノール

(ボラギノールのCM。主婦編は2002年の放送で、女子高生編、結婚式編、海外旅行編、熱血野球編など数々のバリエーションがあった。様々なシチュエーションで痔を語る!)

センセイ、痔のコトはまずおいといて、減薬してから全然ダメなんですけど。
●本題はコッチなのである、センセイに相談すべきは!ボラギノールは一反後回し。センセイ「それじゃあ、少し戻しましょうか…このテのコトは、行ったり来たりはよくあることですからね」結局、安定剤メイラックス、睡眠薬ドラールが復活するコトとなった。頭痛対策には漢方の「釣藤散」。以前にもらってたクスリの復活だ。これで少し体調がおちついてくれるだろうか。


会社の診療所で相談。
顔馴染みのナースさんに説明するのも恥ずかしい。フツウの病院ならフツウに振る舞えるだろうさ!しかし、会社診療所のナースさんたちはリハビリの時に毎日顔を合わせてて、もはや同僚的感覚なのだから、そうはいかない……ボクはナースさんたちの出勤退勤時の私服モードも見てるわけですよ。制服に象徴される職業モードとは逆サイドの彼女たちを見てしまうと、もうボクから見たら完全にフツウの同世代女性にしか思えないわけで、それは「制服萌え」ではなく「''逆''制服萌え」的な感情ですらあって(すんません、意味分かんないですね)、とにかく今さら恥ずかしい話するのは気が引けちゃうんですよ。
●あ、あの血が出ちゃいましてですね…。ナースさん「はい?ドコから?」今朝トイレに行った時でして…。「あら、血尿?初めてですか?」回数で言いますと、いわゆる初回です!……でも血尿ではなくてですね~どちらかというと大きい方でして…。つーか、「いわゆる」とか「どちらかというと」ってナニ?自分で自分をツッコミたくなる説明だよ。…ボクってとってもチキンなオトコだわ…。
●診察を終え、結局、軟膏を4日分出してもらうことに。朗らかに軟膏の使い方を説明してくれるナースさん…。ボクは、今このブログを打ちながら、手元にある軟膏をどうしたらイイか、めちゃ迷ってます。

●ほら、やっぱり万事快調なコトにはならなかった…。やっぱそんな簡単にビョウキは治らないよ。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html



●カラダが弱っているので、音楽も柔らかいモノを選んでしまう。

イタリアン・グラフィティ(紙ジャケット仕様)イタリアン・グラフィティ(紙ジャケット仕様)
(2006/08/23)
ニック・デカロ

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NICK DECALO「ITALIAN GRAFFITI」1974年
●ロックの歴史の教科書のような本を読むと、コイツが登場して来る。アダルト・オリエンテッド・ロック、略して A.O.R. の一番最初のレコードだ、と説明されている。「アダルト・オリエンテッド」が何だ?と言えば、「大人向けの」という意味。大人向けロック。乱痴気騒ぎに明け暮れた60年代ロック革命(ビートルズ、ストーンズ、ジミヘン、ウッドストック、花のサンフランシスコなどなど)をくぐり抜けて、当時の若者がマリファナとかベルボトムジーンズを卒業して普通の大人になった頃、そんな大人にふさわしい音楽を欲しがるようになった。リスナーが成熟すればロックも成熟するのだ。そこで登場したのが A.O.R. でございまして、その先駆者がこのヒゲ&蝶ネクタイのオッサンでなのである。

ボクは、A.O.R. というジャンルにイイ印象をもってない。
●このジャンルが定着し全盛期を迎えるのは1980年頃。つまり田中康夫「なんとなくクリスタル」の時代である。今では小太りの政治家になった田中康夫氏がまだ一橋大学の学生だった時に発表した小説で、モデル兼女子大生の主人公が A.O.R. を聞きながらDCブランドの店や流行りのレストランを歩く内容だった。バブル以後の世代に属するボクには、非常にイケスカナイタイプのお話。時代に与えたインパクトの大きさに対しては敬意を感じても、内容の全てを良しと出来ない感情が残る。ここで強調したいのは、80年代的ブランドで記号武装するドレスアップの時代感覚と、ロスジェネ的開き直りとでも言えばイイのか?90年代的ドレスダウンの時代感覚との間には、大きな活断層が存在しているというコト。でもって、A.O.R. もそのイケスカナイ80年代アイテムとして、ボクの中では実にイメージが悪かった。

なんとなく、クリスタル (1983年) (河出文庫)なんとなく、クリスタル (1983年) (河出文庫)
(1983/04)
田中 康夫

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ただし、A.O.R. の元祖であるこの NICK DECALO というオトコは、これまた一味違う。
●本人がこのアルバムについて語っている。「70年代前半に流行っていたカーペンターズやビーチボーイズのようなポップミュージックに、もっと大人っぽいサウンド、つまりジャズやソウルミュージックのエッセンスを加えてみたら……というコンセプトで出来上がったのがコレなんだ」で、出来上がった音楽が実に純粋。そこに好感を感じられる。CARPENTERSTHE BEACH BOYS (「PET SOUNDS」!) のポップスとしての奥行きはボクでも十分理解出来る。そして多分彼は素朴に音楽職人としてその先へさらに進もうとしたまでだ。楽曲の多くはカバー、おそらくポップスの作り手として純粋に敬意を払っての選曲と思える。内容は STEVIE WONDER が2曲、そして JONI MITCHELL、RANDY NEWMAN、VAN MCCOY、TODD RUNDGREN など。彼が自分で言うように、ソウルミュージックの重要人物やその側で優秀なポップスを描いていた人ばかりだ。しかし原曲のカタチが分からないほど完全に自分のアレンジに落とし込んでユッタリとしたポップスに昇華している。ササクレだった神経も優しく撫でられるようだ。

それと大きなポイントとしてこのジャケット。これも好感が持てる。
●なぜジャケットが大事か?このヒゲ&蝶ネクタイのオッサンは、明らかにイケテナイ。ドコをどう見てもこのヒゲ&蝶ネクタイがオシャレに見えない。この中途半端なクセっ毛も全然カッコいいと思えない。メガネも野暮ったい。70年代当時ならイケテタのか?いや絶対イケテないと思う。コイツ絶対非モテです!コレだけでリスナーとして感情移入出来る。つまり、彼は音楽に対しては純粋だけど、オシャレとはカンケイないオトコだった…。「大人っぽいサウンド」という目標は持っていても、田中康夫のように自分のサウンドをオシャレアイテムとして記号化して弄ぼうなどとは思っていなかった。むしろ、未知のジャンルに踏み込む無謀な冒険者のブサイクさを彼はキチンと備えている、と思える。だから彼はボクらの仲間だ。
●イケテナイ非モテルックスの持ち主で、実はボーカルもそんなにイケテナイ彼は、キャリアを裏方のアレンジャーという立場から始めて、そしてこの後も裏方仕事を中心にしていく。彼が表舞台に出た場面は実はごく少数で評価もそんなに高くない。この作品もその後の A.O.R. の成長を受けて再評価されたようなもので、リアルタイムにバカ売れした気配がしない。だって彼の名前を検索してもマトモな記事が見つからないほどなんだモン。NICK DECALO という人間の輝かしい季節がココに封じ込まれてると言ってもイイのかも。

●一方で、NICK を担ぎ出したプロデューサーはこの後の A.O.R./フュージョン・シーンの中で大活躍する。TOMMY LIPUMA という男だ。彼はこの後レーベル運営からプロデュースワークなどで辣腕を振るい、MICHAEL FRANKS、THE YELLOWJACKETS、GOERGE BENSON、AL JARREAU を手掛け、田中康夫が大好きなタイプの A.O.R. をこの世に準備した。そして最近ではジャズの名門 VERVE RECORDS の経営者に収まってるらしい。この人の名前を覚えておくと、レコ屋の買物のイイ目印になります。