OASIS から重要発表だって。

A STATEMENT FROM NOEL
''IT'S WITH SOME SADNESS AND GREAT RELIEF TO TELL YOU THAT I QUIT OASIS TONIGHT. PEOPLE WILL WRITE AND SAY WHAT THEY LIKE, I SIMPLY COULD NOT GO ON WORKING WITH LIAM A DAY LONGER.


ノエルからの声明:「こんなコトを言うのは非常に悲しくとてもツライんだが、今夜、オレは OASIS を脱退することにした。様々な連中が好きなコトを書いたり言ったりするだろうが、単純にもうオレは一日だってリアムと仕事を続けられなくなったまでだ。」


ギャラガー兄弟2ショット

●ああ、兄弟ゲンカをまた始めました。懲りない2人。




自律神経失調症とのお付き合い(その106)~「行方不明だった後輩 S と再会」編
●職場復帰を果たし、仕事をチョコチョコしているボクは、今も月に二回だけ、会社診療所で心理カウンセリングを受けている。といってもカウンセラーのセンセイと約15分ほどのトークをするって程度です。
●…主治医の診察でクスリを変えました…仕事はココで失敗しました、ココでうまく行きました…何時に寝て何時に起きてます…ワイフとコドモが海外旅行に行っちゃいました…そんな内容。
●そんでコレは今んトコロボクの義務。ココでチェックされるコンディションでもって、ボクに課せられてる「制限勤務」のルールが動かされる。現在の身分は、残業禁止、休日出勤禁止、出張禁止。勤務形態も本来の「裁量労働制度」ではなく「フレックス勤務制度」になっており、自分の自由な裁量で勤務時間をマネジメントできない。…実際ボクは、個人的にも大好きな旅行やライブや、友人の結婚式に行くことも出来ない。結局、復職以降、実はこの「制限勤務」についてはナンの進展もない。

そんな中途半端なボクが、現在センセイにお願いしているのは、デスクの場所についての懸案だ。
●ボクの部署のスタッフルームは本社ビルの6階にある。業務のほとんどがココで行われる。しかし、ボクの今のデスクは、ボクの部署のエラい人たちのデスクが集まってる29階にある。仕事は6階、でもデスクは29階。実に不便だ。メールチェックするにもわざわざ29階に登り、そして6階での業務に戻る。
●しかし、コレには理由がある。医者の立場では、ボクがビョウキを再発させるのが一番ヤバいと考えている。実際、再発ケースは少なくない。クセになってる人は出たり休んだりを無限ループのように繰り返している。ボクの場合、死ぬほどのワーカホリック体質が原因で体調を崩したので、職場に戻った瞬間に再び暴走を始める恐れが高い。だから、エラい上司のソバに座らせていつでも観察出来るようにするコト、そして業務の最前線から距離を置かせるコトが重要だと考えられたらしい。だから、こんなメンドクサイデスク配置になる。
●当然、ボク個人にしてみれば不便極まりない。ウチの会社は勤務表入力や雑費精算も全てオンラインなのだが、端末が29階なのでチマチマチマチマ毎日毎日エレベーターで移動を強いられる。そこで7月頃から「もうバカなことしませんから、6階にデスクを下ろしてください!」とお願いしているのだ。でもセンセイはヌルい態度。「うーん、もう一回だけ様子見させて」コレがもう三回目だよ。なんとかしてくれよ。

●まあ、そんなコトは全然どうでもよくて。

●そんな面談のために診療所を訪れ、ロビーのソファに座ろうと思ったら、あっ!とても意外な人物にあった。ボクの後輩でやはりビョウキに倒れた S がいたのだ。「おー!久しぶり!」
●後輩 S は、彼女が新入社員の時からボクが面倒を見ていた子だ。大きな目と長いまつげの持ち主で、本来は結構カワイい子なはずだけど、ボーイッシュに髪を刈り込んでボサボサにしたままなのでそう見えない。大阪の美大系のガッコウを出てウチの会社にやってきたが、実に変人で「コミケに行きたいのでこの週末はどんな仕事もしません」とか平気でボクに言って来る。二次元ラブラブを自認し、ボクの理解出来ないゲームのキャラクターの名前を挙げて「アタシあの人と結婚したいんです!」と真顔で言う。疲れると床に寝っ転がって眠る。高熱を出しているのに「ヤダ!医者はコワい!」と言って絶対に病院に行かない(一度、子供のように逃げようとする彼女の手を無理矢理引っ張って診療所まで連れてったコトもある)。食生活が死ぬほどジャンクフード。あと、彼氏でもないオトコとシェアしてるアパートには彼女の PC が6台くらいあって、3DCG のレンダリングをセッセとさせてるらしい。……上司N女史は、ボクの変人に対する許容度が高いと踏んでこの子をあてがったに違いない。そんでコイツをなんとか社会化せよと暗に命じているのだ。
●そんな筋金入りの不思議ちゃん S がボクの部下になって2年目になった頃。ボクの健康が限界に達しとうとう休職に至った2007年7月の約一ヶ月後に、彼女はまるでボクのアトを追うようにビョウキになり休職してしまったのだ。明らかに調子を崩していた S は、心配する同僚が「今日はもう仕事ヤメなよ」というのも聞かず、クスリを1シート分一気飲みして、アワ吹いて倒れちゃったという。で、そのままドクターストップ。混乱している S は診療所のセンセイやナースさんがナニを話し掛けても「unimogroove さんはどうしたんですか?」の一点張りで、ずっとボクのことばかり尋ねていたと言う…。

そんな事実を、ボク自身が知ったのはそれから一年くらい経ってからだった。敢えてナイショにされてたのだ。ボク「キミが倒れたってコトはボク全然知らなかったんだよ」S「ハイ、それは uimogroove さんには言わないことにしようってなってたんです」ああそうだったの……。実際にソレを知らされた瞬間はサスガにショックを受けた…ボクが倒れなかったらアイツも倒れなかったのではないか……罪悪感にかられて吐き気さえ催したほど。確かにこのニュースをリアルタイムに聞いてたら、ボクはさらに回復が遅れてたと思う。そのくらいショック。
●しかもその後、彼女は携帯の番号も変え、引越もして完全に消息を絶ってしまった。仲が良かったはずの女性スタッフたちも連絡のスベがない。最後にデンワが繋がった時「アナタはどなたですか?」と暗い声で返された同僚の子は、その不気味さに「もう手に負えない」と感じたそうだ。
●その後、風の噂レベルで、ボクが通った横浜の精神病院でリハビリを始めた…そんでドロップアウトした…なんてハナシが聞こえてた…。もうボクは彼女に会えないだろう。そう思ってた。

その S が会社に来ている!
●…おお、会社に来ているんだね?「ええ、ゲンキな時は」そっか…それはよかった。ボクはね、今はなんとか元の部署に戻って、ユルい仕事をしているよ。前より楽な仕事を回してもらってる。そうそう、キミと仲が良かったユキちゃんと一緒の班だな。「へーそうなんですか!」彼女は明るくうなづく。そう、フツウの彼女はアッケラカンと明るく、高くてよく通る声でしゃべり笑う。その声だけ聞けばビョウキだなんて気付かないだろう。
●久しぶりの彼女は、真っ黒い髪を少し伸ばして、首にかからない程度のボブにしていた。マユゲやマツゲに丁寧なメイクを施して、大きな猫目がさらに大きくなり、中島美嘉演じるナナみたいになってた。黒いレザージャケットに大きく胸の開いた白いシャツ、スキニーなブラックデニムと、エンジ色のヒールを履いていた。手っ取り早く言って、完璧にゴスだ。外見に頓着しない子と思ってたが、キチンとした身なりをしようと思えば彼女はキチンとした美学に基づいてキレイになれると知った。
……ただ、痛々しいほど痩せてるんですよ…。頬はこけて、スキニーなはずのパンツは全然スキニーにはなってなく、シャツの胸の部分は、スコスコにスキマが空いてしまってる。正直、ヨガ教室で見せられる人体骨格図を連想してしまった。骨が人体としてどう繋がってるのか、服の上からでもよく見えてしまう。
●…ああ……こりゃ痛んでいるな……うーんダメダメ、仕事の話題は避けよう…彼女がどのリハビリ段階にいるか全然分からないが、職場の仲間の近況などを楽しめるだろうか?むしろ害になるかもしれない…。しかし、どの話題が無難なのか皆目見当がつかない。「激やせしたよねー」言えねーよ、そんなコト!

ビョウキの人間の相手をするというのはこういう感覚なのか?ボク自身もビョウキの当事者だが、ボクの周辺はボクに対してスゴく気を遣ってくれてたのかもしれない、今ボクが感じている不安に戸惑いながら。ビョウキの知識がナイとしたら本来近寄りたくもないだろう、ボチボチの経験を持つボクですら目前の後輩 S にこんだけビビってるんだから。ああ、職場の皆さん、ボクに気を遣ってくれてホントにどうもありがとう!

●そんな戸惑いを気取られないように、速やかに話題をスライドした。
●彼女はヘッドホンを首から下げてた。ボクはそれを指差し質問する。あー、ナニ聴いてたの?…なんとなく趣味の話題なら無難に会話出来るんじゃないのかな…そんな結論。

●そしたら予想外の渋い答えが。「えと、ルースターズです」ルースターズ!?あの80年代のルースターズ「そうです」あービックリだねー(マジで)!けどさ、キミ全然リアルタイムじゃないじゃん。キミまだ25歳程度でしょ?「そうですけど、昔に遡って聴いてるんです」大江慎也さんの時代?「そうです。Z じゃなくて S のルースターズです」よく知ってんなあ…大江さんが機能していた時代は THE ROOSTERS と表記してたけど、大江さんがビョウキになる頃に THE ROOSTERZ と改称するのだ。
●キミそんな趣味があったの?早く言ってよ!オモロいトークがもっと前から出来たじゃないか。「unimogroove さんは洋楽好きだと思ってたから」ああ、確かにジェイポップは仕事の延長で聴いてたりもしてたけど、もうドッチが好きかキライかなんて分かんなくなっちゃった。他にどんなの聴くの?「シナロケも好きです!」なにソレ?めんたいロックってコト?じゃあロッカーズも?「好きです!」へー、日本の初期パンクみたいなのが好きなんだ…じゃあ、フリクションとかは?「うーん…でもミチロウさんは好きです。今度ライブ行きます!」スターリンかよ!今は弾き語り?「なんか3人でバンド組んでますよ。シモキタの BASEMENT BAR に行こうと思うんです!」おいおい、夜遊びするなよ!下手すりゃオールになっちゃうじゃないか。
●ボクはライブはもうダメだよ。足が弱ってて、立ってられない。映画や芝居は座ってられるから大丈夫なんだけど。「ワタシはイスに座る方がキツいです…オシリがイタい」…彼女のガリガリの骨盤が頭の中にイメージ出来てしまった…このトーク、ココで終了しよう。

おせっかい大魔王・看護師「のび太くんのママ」さんのコメント。
●このブログでは久しぶりの登場である「のび太くんのママ」さん。ボクは一度ケンカをしたが、それからは適当な距離をお互いに保って良好なカンケイを作っている。この人が言う。「Sさんは今、イイ状態みたいなのよ。彼女、今日カワイいでしょ?身なりにキチンと気を回せるココロの余裕が出てるのよね」ゆっくり時間かけて、しっかり自分のペースを取り戻して欲しい、とボクは思う。そんで、またこうやってマニアックなトークができるといいな、と思う。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html



●で、そんな今日のBGM。
S が日本のオリジナルパンクを聴くなら、ボクは日本の80'S ニューウェーブ関連を聴く。


PHNONPENH MODEL「MELTING HIGH」

PHNONPENH MODEL「MELTING HIGH / BERLN ~ PARIS ~ TOKYO」1999年
●80年代初頭当時、テクノポップ御三家として名を馳せてたのが、巻上公一さんのヒカシュー、立花ハジメさんの PLASTICS、平沢進さんの P-MODELでした。P-MODEL平沢進のオリエンタルなリリック/節回しを打ち込みビートで構築するスタイルで名を馳せ、独自機材を開発するなどユニークな活動を行ったバンドだった。「テクノポップ」の名にふさわしく、テクノロジーと音楽コンテンツの融合発展に、実に意識的だった。でも88年に一度解散。1991年から再結成 P-MODEL が始動するも1993年にまた活動停止。
●この90年代 P-MODEL に所属してたキーボーディスト・ことぶき光という人物が1998年に結成したのが、この PHNONPENH MODEL なのでした。つまりだ、このユニットは平沢進が全然関与してない、P-MODEL とは別物ってこと。レコ屋で見つけた時は、「へー、P-MODEL の P はプノンペンという意味だったんだ」と納得したつもりだったのに、カンケイないらしい。
●そんでですね、内容はといえば、1999年という時代の気分を吸って、躁状態剥き出しのインダストリアルビートになってます。神経質に跳ね回るドラムンベース風高速ブレイクとプロディジー風のヤケクソな絶叫が、ドイツ/フランス/日本の三ヵ国のライブ会場をまたいでヤカマシく響いています。…正直、一種の知的洗練を感じさせる平沢進さんの作風とは全然違う、もっとカオティックなエネルギーの暴発になってます。
●さて、平沢進は現在どうなったかというと、ソロ活動でサントラを手掛けたり、完全オレユニットになった「核P-MODEL」という名義で活動している。アニメ映画「パプリカ」のエンドテーマ「白虎野の娘」はとてもイイ楽曲だ。彼のオフィシャルサイトでフル視聴できますので、オススメします。


プラスチックス

PLASTICS「PLASTICS」1981年
●このプラスチックスは、真っ当にホンモノです。日本では「WELCOME BACK」というタイトルでリリースされてたヤツの米国盤で、800円の割引セール、400円くらいでゲットしました。YELLOW MAGIC ORCHESTRA が海外でバカ受けするような当時の気分を受けて、この連中もアメリカ進出。B-52'S TALKING HEADS など一流のニューウェーブバンドとツアー共演するなど華々しい活躍をしていた。
●ただし、厳密なテクノポップと言われてるワリには、意外と真っ当にバンドサウンドでドラムマシーンを採用しているコト以上にはテクノっぽいことはないんです……ただ、ボーカル佐藤チカのスットンキョウで甲高いウラ声にすぐヒックリ返るブチ切れ痙攣唱法は、キッチュなデタラメ英語の羅列で意味が全然ない。その意味では確かに折り目正しくニューウェーブだなーとは思った。
●活動期間は短くて、キチンと機能してたのは1979~1981年程度。その後のメンバーの動向も興味深い。基本的にはノーミュージシャンだった素人組と、ミュージシャンのキャリアを持ってたプロ組に分かれてた。バンドの気分を作ってた立花ハジメは、本職/デザイナーで、解散後はしばらくデザイン業に徹していた。ボーカル佐藤チカとギターボーカル中西俊夫は新バンド MELON を結成し、伝説のクラブ・ピテカントロプスで演奏活動を始める。その後中西はココで得たピテカン人脈を駆使して日本初のクラブミュージック/ヒップホップ専門レーベル MAJOR FORCE を立ち上げるのだ。
●プロ組は、あの佐久間正英だ。70年代は和製プログレッシヴバンド四人囃子でベースを担当するなど超技巧派。プラスチックス以降は敏腕プロデューサーとして、BOOWY、GLAY、JUDY AND MARY、THE BLUE HEARTS など、80~90年代の重要ロックバンドを育てる。プロ中のプロだね。
●片方は日本のアンダーグラウンドクラブシーンの先駆となり、もう片方は日本のメジャーシーン/ジェイポップの裏方役として君臨することになる。PLASTICS はその短い輝きだけでなく、その後20年以上先の音楽シーンにまで影響を与える人材を輩出したことにホントの意味があるのかも知れない。


MAJOR FORCE RARE TRACKS [1]
VARIOUS ARTISTS「MAJOR FORCE RARE TRACKS」1988~1991年
PLASTICS 以後の中西俊夫は、前述通り、佐藤チカとともに MELON を結成。ニューウェーヴファンクを狙ったサウンドは、その後このバンドに屋敷豪太、プリンス工藤(工藤昌之、K.U.D.O.)が加入してエレクトロヒップホップに変貌する。それが1983年頃。この時代のヒップホップと言えば、まだ RUN D.M.C. がファーストアルバムを出してない段階ですわ。ちょうど HERBIE HANCOCK「ROCK IT」の時期、目の付けドコロがかなり早い。拠点としたクラブ・ピテカントロプス・エレクトス(北京原人の意)は桑原茂一(クラブキング)が開いたハコで、80年代サブカルチャーの重要発信基地になる。
MELON 解散が1988年。そしてこの年に中西はクラブミュージック/ヒップホップ専門レーベル MAJOR FORCE を立ち上げる。盟友は、高木完、藤原ヒロシ、屋敷豪太、工藤昌之。高木完&藤原ヒロシタイニーパンクスというユニットとしていとうせいこうとともに日本最初期のヒップホップアルバム「建設的」1986年を発表していた頃。この5人が様々な名義を駆使して新型ビートを制作する。中西がこの時代に名乗っていた名前は TYCOON TO$H。その他、SEXY T.K.O.、LOVE T.K.O. や T.P.O. といったユニットが音源をココからリリースする。
●このアルバムに収録されているのは、12インチでの流通がメインだった MAJOR FORCE 音源をCD化した1991年の2枚のアルバムをまとめたモノで、ほぼ全てがインストトラック。今の感覚から言えば、厳密なヒップホップというよりは、アブストラクトな香りが強く、時にダブの味やアシッドジャズの影響が読み取れる。スチャダラパー最初期の名曲「N.I.C.E. GUY」のインストトラックが収録されてたりしてて、マジで日本のヒップホップのルーツの一端がココから出発しているんだなと思い知るのでした。
●1992年、中西はロンドンへ移住、JAMES LAVELLE のレーベル MO' WAX の中に MAJOR FORCE WEST を設立。日本のニューウェーブは PLASTICS でアメリカに到達し、MAJOR FORCE でイギリスに到達することになった。


地球的病気-We are the d.e.p-jpg

The d.e.p「地球的病気 - We are the d.e.p -」2001年
佐久間正英がリーダーとして編成したスーパーバンド。ギター/土屋昌巳(ex. 一風堂)、ベース/MICK KARN(ex. JAPAN)、ドラム/屋敷豪太(ex. MUTE BEAT、MELON、SIMPLY RED)という強力な布陣に、ボーカルは VIVIAN HSU(ヴィヴィアン・スー)を招く。
ヴィヴィアンの日本でのキャリアといえば、ツタない日本語でバラエティを賑わすアイドルちゃんというイメージばかりで、音楽と言えばキャイ~ンと組んだ番組発企画ユニット・ブラックビスケッツ程度しか知らない(いや、カワイ子ちゃんだと思うしむしろそういう意味では好きですよ、ブラックビスケッツのシングルも持ってるし)。佐久間自身もその程度の認識だったらしいが、彼女の故郷・台湾での音源を聴いてその実力に感心。実際、彼女がこのアルバムで披露する、英語/日本語/北京語にまたがるリリックと、甘いウィスパーボーカルはシリアスでカッコいい。実は彼女、広東語や韓国語、そして台湾語もしゃべれる汎アジア的パーソナリティなのだ。
土屋昌巳 DURAN DURAN の分裂ユニット ARCADIA のアルバムに参加し、JAPAN のツアーにも参加してる。MICK はズバリ日本人じゃないし、屋敷豪太 SOUL II SOUL や SIMPLY RED など海外での演奏が高く評価されてる(MAJOR FORCE 以後のキャリアだね)。ということで、このバンド、スゴくインターナショナル。ただし、佐久間屋敷らとの交流は、やはり80年代のピテカン時代に生まれたモノで、中西俊夫同様、あの時代の空気がその後のクリエイティブに反映されているコトは間違いない。このCDのライナーには佐久間桑原茂一の対談が収録されてるほどだし。
●テクニックの点では超技巧派/個性派のメンバーだが、やってる音楽はそんなに難解なモンじゃなくてちゃんとポップス。よーく聴くとヒネクレた技が仕込んであるけど。後、やっぱヴィヴィアンの中国語ボーカルがいいな。


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●タイ・プーケットに行ってるワイフから写メが届いた。

ラッキーちゃんと

●赤ちゃんのゾウさん、ラッキーちゃんの背中に乗るヒヨコ1年生。楽しそう。



先週&今週はフリーライブを見てみた。コレ、ボクにとって重要。
自律神経失調症になってから、旅行に行けなくなった、と先日書きました。あともう一つ、イタい事情が。音楽ライブにも行けなくなった。なんてったって、ライブはスタンディングがメインだし、始まる時間が遅い。ライブが終わって帰宅が夜11時くらいになってしまうと、ボクの体力は限界に達し、翌日にダメージが残る。もうカイシャに行けなくなるかも知れない。映画や芝居は座ってられるし、昼の回もあるから無難なんだけど、音楽ライブはボクにとって全然質が違う危険がある。本来ライブはダイスキなのにね……正直、ライブに行けなくなったのはツライ。旅行と同じくらいにツライ。フェスとか一生行けねえんだろなあ~的なアキラメ。
しかし、先週今週は、カイシャの近所でフリーライブがあった。スタートは夕方。スタンディングだけど、パフォーマンスの時間が短くて、一時間で終わる。コレならボクでも見られるか?自分のカラダに実験をしてみるか?そんなチャレンジをしてみたのだ。一日目は翌日に腰が痛くなって温湿布を貼るハメになったけど、三日目は、途中足が震えてきたが、まずまずの感触を得られた。普通のライブはまだ当分無理だけど、多少の救いは見えた。



SCANDAL「DOLL」

SCANDAL「DOLL」2008年
●今回のライブの注目は、この4人組ロックバンド SCANDAL。ジャケ見て頂ければ分かりますが、女子高生が制服のママでガレージロックを爆発させてます。すでにライブ見る前、いや音聴く前から、このジャケにやられました。フツウの女子高生には不釣り合いなテンションで、髪の毛振り乱し、飛んだり跳ねたりギター破壊したり。コレで3杯ゴハンオカワリ出来ます。
●大阪出身の4人娘は最年長で19歳、イチバン若いドラムの子が1991年生まれ!つまりはNIRVANA「NEVERMIND」と同い年だよ!TOWER RECORDS のレーベルでシングルを出したアトのメジャーデビューシングルがこれ。その後二枚シングル出して、近日アルバムが出るみたい。もちろんアルバム聴きたい。
●そんで、ライブ。タータンチェックのミニスカートに白いブラウス、ハイカットのスニーカーと、見事に女子高生プレッピー仕様の衣装を身にまとった彼女たち。ソレゾレが少々身の丈より大きい楽器を担いでステージにスクッと立つ姿は、華奢な少女がマシンガンで武装したような違和感を伴いつつも実に凛々しく、そして実際にロックをその楽器から弾き出す様は実に痛快なのであります。大人になりきらないトゲっぽさを感じさせるリリックを、少し生意気な勢いで歌うボーカル/ギターの HARUNA ちゃんと、赤くて大きなベースを振り回しながらボーカルパートを一部分け合う TOMOMI ちゃんの甘い声がイイ。そんで全員が真っ黒いロングヘアを振り乱す様子が絶妙にロック。技術とか経験とかはこの際どうでもイイのです。純粋な初期衝動そのままに弾けたい彼女たちの気持ちがロックなのですから。


●女子ロックってイイワ。もう一枚ティーンネイジ女子ロック。


ステレオポニー「ハイド.ランジアが咲いている」

ステレオポニー「ハイド.ランジアが咲いている」2009年
●この子たちもティーンネイジャー女子のロックバンドだ。沖縄出身のトリオロック。ボーカル/ギターの AIMI ちゃんがこれまた小さい(身長148センチ)のに、ギターを握ってヒリヒリするリリックを熱唱してます。テクでいうと、コッチの方が少々分があるかな?ギター圧力が高いです。あと、ドラムがタイトでドライブしてます。このドラムの子、若いはずなのにルックスにも貫禄があります。テキサス州オースティンのSXSW(サウスバイサウスウエスト)フェスに参加した様子がDVD付録になってる。それで知った。
●興味のキッカケは「機動戦士ガンダムOO」の主題歌にシングル「泪のムコウ」が採用されたからだね。もうコレに娘ヒヨコがハマってカラオケで熱唱します。AIMI ちゃんの幼さと甘さが残った声は、ヒヨコの赤ちゃんボーカルには相性がよくって、カラオケボックスに行ってはヒヨコに「泪のムコウ、歌ってくれ」とボクがお願いをします。

少し前、ブルガリア映画を見たって話を書いたけど、今度はハンガリー映画を見た。

『人生に乾杯!』

「人生に乾杯!」2009年
ハンガリーって言われてもなあ、イメージわかないよ……。ボクはそう思った。しかしちょっと調べてみると、マイナーな東欧の内陸国と見えて、古くはローマ帝国の辺境植民地として拓かれ、アジア系のマジャール人などが流入したり、オーストリア・ハンガリー二重帝国として絶対王政ヨーロッパの覇権を列強と争ったりと、なかなか立派な歴史的トピックのある国。ソ連型共産主義から1989年に体制変換し、2004年には EU加盟も果たした東欧の「優等生」。しかし今では高いインフレと失業率で経済が混乱している…。そんなご時世を受けた物語がこの映画だ。

●共産党時代の秘密警察だった若者が、捜索に踏み込んだ家の屋根裏に潜んでいた少女を発見。大きな靴音を鳴らして歩いてくる将校たちに対して、とっさに若者は職務を裏切り少女を匿ってしまう。そんな運命的な出会いをした男女………この二人の50年後が、この映画の主人公たちである。
●もう70歳を超えて立派なオジイちゃん&オバアちゃんになった二人は、慎ましやかな年金生活を送っている。しかし最近のインフレは年金生活者を苦しめる一方で、この老夫婦の家にも借金取りが毎日のように取り立てにやって来ていた。しかし、ある出来事がキッカケで、オジイちゃんは共産党時代に譲り受けたポンコツクラシックカーに乗り、拳銃を握って強盗を始めてしまうのだ。なにしろ相手が70歳オーバー(しかもギックリ腰気味)。銀行職員の女性も二重の意味で面食らうわ。「ワシもこんなコトは初めてなんじゃ、娘さん、黙って早く言う事を聞いておくれ」
●イマイチユルいテンションながら、意外とポンポン成功してしまう老人強盗。そしていつしかオバアちゃんも合流して、70歳オーバーの「俺たちに明日はない」な強盗ツアーが始まる。警察も必死の追跡を図るが、スレスレの所で追っ手をかいくぐるのは秘密警察の経験が役立っているのか?ハプニングで追跡者であるはずの女性刑事を看護してあげたりしながら、人生最後の大花火を打ち上げる二人。東欧独特の慎ましやかなテンションながら、どこかほのぼのしてしまうノリにニンマリ。本物の「俺たちに明日はない」の結末はご存知の通りホントに明日がなかったが、この二人の運命は?逃避行の行方は?
子供がいない老夫婦は、しかめっ面の晩年を迎え、お互いに悪態をつきながら地味な生活を送ってた。ソレが、オジイちゃんのムチャな暴走をキッカケに、昔のチャーミングな恋人の親近感を取り戻す。人生のエンディング近くを、ボクはどんな風に過ごしていたいか?出来ればワイフとニコニコしながら過ごしてたいモンだ。そんな気持ちに素朴になれる、ジワリ系の映画でした。



●この映画に、宣伝ソングなるモノがある。「人生に乾杯を!」というウタだ。

コーヒーカラー「人生に乾杯を~別れの歌~」

コーヒーカラー「人生に乾杯を!~別れの曲~」2009年
●この曲は、実はとても不思議な曲だ。シングルとしてリリースされるのがもうコレで三回目なのだ。こういうコトって他にあるかなあ? 歌う人が変わるわけじゃない、単純に再発されるんじゃない、微妙にアレンジを変えてリリースしてくるのだ。この曲によっぼどの愛着があるのか、それともどこかで需要が発生しているのか?
●最初のリリースは2004年。二回目は2005年に「元祖 人生に乾杯を!」としてリリース。「元祖」って? そんで三回目の今年、「人生に乾杯を!~別れの曲~」。「別れの曲」ってなんだろう?歌詞はとくに変わってないけど。
●一時期「じわじわヒット」という言葉があったが、5年にも及ぶロングセラーともなると、「じわじわじわじわじわじわ」級だね。しかし「ヒット」とは言い兼ねる感じ。爆発的なセールスに結びついているわけでもないんだよね。だってこのCDがレコ屋に平積みされてるなんて見た事ないでしょ。テレビやCMでよく聴くわけでもないし。ただナニを思ったか、「ゆうせん」だけでは現象が現れている。リーマンショック&世界金融危機以降、「ゆうせん」にリクエストする人が増え、なんと今年上半期リクエストランキング1位になってしまった。ビックリだ。多分本人ですらビックリしているだろう。

●この曲は、シンガー兼ライターの仲山卯月が、自分のサラリーマン時代(&リストラ直撃経験)を振り返って書いた、サラリーマン応援歌。ボクは、一回目のリリースの時から注目してたんですよ。いやいや自慢じゃなくて。インディーズのコーヒーカラーは(つーか実は今でもだと思うけど)、天然なのか計算なのか、クソマジメな顔して超マヌケなウタを歌うユニットで、クスクス笑っちゃう系のアーティストだったのですよ。彼らのレパートリーには「OH ! 米家族」という曲があって、仲山ジェームスブラウンばりの熱唱でコメの偉大さを叫ぶ奇形のR&Bなんです。キャッチコピーは「人間関係にハラペコな時代に歌って踊れ!」…どこまでマジかワカランでしょ。

コーヒーカラー「OH ! 米家族」 コーヒーカラー「OH ! 米家族」2007年

●ボクはそんな側面から興味を持ったんだけど、1曲だけ、1曲だけ、ド直球でシリアスな曲がある。それが「人生に乾杯を!」だった。フザケた曲の中にポツンと存在するこの実に真っ当な作品は、奇妙にココロに残った。カイシャの会議が脱線して、ボクがこの曲をその場にいた全員に聴かせた所、当時の大上司(20歳くらい年上、ろくに口も利いたことがなかった)が「おいオマエ、このCDくれ!」と言ってきたのを、不思議な体験として記憶している。この大上司はホントにカラオケの十八番にしてしまったし、年長のオジさん上司が次々にハマっていく瞬間を他にも目撃した。一時期、ボクはなぜかこの曲のボランティアなプロモーターになってた気がする。「あのCDくれ!」って何回言われたか。
●確かにボク自身もこの曲のリリックは大好きだ。特にリーマンショックで荒廃したサラリーマンのハートには刺さるものがあるに違いない。一部ご紹介。


別れの時は 近づいてる 抜け殻みたいな太陽 抱きしめて
見飽きたこの街で 杯を交わす 勝ち組 負け組 人によっては 色々あるけど

つまらない区別や劣等感も ごちゃまぜに とにかく歩いた月日
俺たちはそうさ トムソーヤじゃないか 無限のネオンに 漕ぎ出していく

ああ いつの間に 流れ行く毎日が雲のように 風のように 鳥のように 飛んでいく

あなたに乾杯しよう 乾杯しよう 乾杯しよう 戸惑いを 飲み干して また一つ酔えばいい
別れの悲しみを 寂しさを 切なさを 背負うたび 人は皆 人生に慣れていく



●ボクが好きなのは、「俺たちはそうさ トムソーヤじゃないか 無限のネオンに 漕ぎ出していく」ってフレーズ。ミシシッピ川じゃなくて、この21世紀の東京で、ボクらは少々無理メでビターな冒険をしている。やりたくてやる冒険じゃないかも知れないけど。それでも男の子は(女の子も)前に進むのだ。
●そんで最近の仲山卯月は、街の盛り場で「流し」まで始めてしまった。この人天然なんだなー。計算でシニカルなギャグを作るタイプじゃなくて、マジで作ってた曲がどうしてもマヌケになってしまうタイプ。それが奇跡かマグレか世間の感覚とピッタリと会ってしまったのが「人生に乾杯を!」なんだろう。ほんでそんなマグレは二度と起こらず、このウタをズーッと歌うことを覚悟したんだろう。

仲山卯月さん(流し。)


●それと、ネットで検索してたら、この曲についてマレーシアからの留学生さん21歳がいたく感動した旨をブログに綴ってた。その一文も引用。この曲の哀感は、外国人にも響くメンタリティなんだな。

This is a very touching song I will like to share with you. The story behind this song has motivated me to the fullest. I wonder when can I cheer aloud if I were to do my very best from now onwards. Its very popular among the salarymen in Japan today.

これは非常に感動的な歌です。是非あなたと共有したい。この歌が描く物語は、十分に私を勇気づけてくれました。私が前に向かってベストを尽くそうという時、私は大きな声で乾杯ができるのだろうかと思いました。現代日本のサラリーマンの間でとても人気を集めています。



●細い縁だけど、関連アーティストの音源を。
コーヒーカラー「人生に乾杯を!~別れの曲~」にはサポートミュージシャンとして、PE'Z のメンバー三人が参加している。トランペット OHYAMA、サックス KADOTA、ドラム。パワー押しのジャズ侍には意外な仕事だわ。

PEZ「PEZ REALIVE 2007 - 起きて寝る - @2007.4.14 日比谷野外大音楽堂」

PE'Z「PE'Z REALIVE 2007 - 起きて寝る - @2007.4.14 日比谷野外大音楽堂」2007年
●このDVDは、二枚組の大型アルバム「起きて寝る -FUNNY DAY & HARD NIGHT-」を受けてのツアーを収録したモノだと思う。PE'Z のライブはいつも楽しい。演奏はもちろんだが、衣装だってイイ。特殊な和柄センスがクール。センター OHYAMA さんなんて雪駄履きだし、服は忍者の黒装束のようにも見える。キザキャラでいじくられてるサックス KADOTA さんはいつもロングコートを翻してる。今回は胸に赤い鳥の羽根?を差してる。スキンヘッドのさんは、ノースリーブなタイトシャツでマッチョな孫悟空みたい。年齢も一番上だし見た目は怖いけど、実はイチバンチャーミングな人だってのが長年観てきての感想。
●でもやっぱ、イチバン目を引くのはマッドピアノ、ヒイズミマサユ機。メタメタに使い込んだ KORG のシンセピアノを叩き壊すかの勢いでプレイする。遠目に見ると両手の10本指をデタラメに鍵盤に撫で付けているかのように見えて、ドラマチックな即興を弾き出す。しかもまるで踊ってるかのように楽器の前で跳ね回ったり、カオを鍵盤に突っ込むかの勢いでピアノにノメり込んだりと、マジで見飽きない。あんな風にピアノが弾けたらなーと素朴に憧れちゃうなあ。
●そんな風にボクが思ってるんですから、PE'Z のコアな女性ファンは彼が大好き。黄色い声で「ヒーくん!ヒーくん!」OHYAMA さんの MC ではモテモテぶりが説明されてる。「スゴいんですよ、オンナのモテ方が。普通ですよ、メンバー5人いれば、マサユ機が一番モテたとしても、5:2:2:1:0くらいじゃないすか?ソレが、10:0なんすよ!」モテモテ男、サングラスの下でいつも眠たそうな瞳がニンマリ。普段は無表情でツカミドコロのない彼がハニカムように笑うと、実年齢よりもずっと若く見える容姿もあって、スゴくカワイく見えるに違いない。


H ZETT M「PIANOHEAD」

H ZETT M「PIANOHEAD」2008年
●そんなヒイズミマサユ機氏のソロ名義ユニットが、H ZETT M。この名義ではセカンドアルバムになります。ジャケからマッドな気分全開で、ある意味でついて行けません。カオは白塗り、ハナだけ青くして、目ん玉のマワリだけをゴスばりに黒く塗る。シルクハットに黒いロングジャケット。「不思議の国のアリス」のマッドハッターが実在したらこんな風になるのかも。
●そんなヴィジュアルに気圧されてるのに、楽曲の一つ一つも、どこかバラバラにほつれてる(または未完成)のにそんなコトおかまいなしで放電しまくってるテンションで突っ走ってて、実に耳にはビリビリ強く響く。どこかチープなリズムトラック、モゴモゴしててナニ言ってんだか分からないボーカル、でも過剰に盛り込まれたピアノの音の横殴りの雨。
「ダイキライ」HIRO:N という女性とデュエットするエレクトロダンス。どこかタダレたユルいグルーヴと一瞬チラつく歌謡曲メロディが、チープながらもダークに光って一番キャッチーに思えた。



PEZMOKU「ギャロップ」

PEZMOKU「蒼白い街」

PE'ZMOKU「ギャロップ」2008年
PE'ZMOKU「蒼白い街」2008年
●インストジャズというフォーマットで勝負してきた PE'Z がボーカリストを迎えて音源を初めてリリースしたのは、2006年、UK ソウルのシンガー NATE JAMES とのコラボ「LIVE FOR THE GROOVE E.P.」の時だ。コレが実にナイスなシングル!タイトル曲はキャッチーなR&B、そしてカップリングが炎のディープファンクという構成で、彼らの持ち味をよく活かした傑作なのです。PE'Z、この瞬間に大進化!

LIVE FOR THE GROOVE E.P. PE'Z × NATE JAMES「LIVE FOR THE GROOVE E.P.」

●そこの勢いに乗ったのか、今度はオルタナフォークシンガーの SUZUMOKU という男をシンガーに据えて、合体ユニット PE'ZMOKU が誕生した。「トンガっていこうぜ!」というメッセージはいいんだけど、あの真っ赤なトンガリ帽子&赤い覆面はサスガに失笑しました。ジャケでもトンガリ続けてます。
●ボクは、この SUZUMOKU さんという人物はココで初めて知ったので、彼のソロ音源というのは聴いたことがない。ただし、オルタナフォーク+サムライジャズという結合は、思った以上にうまく機能していて、NATE JAMES のような黒いファンキーには安易に走らずに、しかし PE'Z 本来が持つ全員野球的な性質、プレイヤー全てがドーッと前に出て聴くモノにプレッシャーをかける攻撃スタイルは丸まってない。SUZUMOKU は時にスキャットでホーン隊と共にメロディをグングンなぞってみたりして、フォークというカテゴリーから自由に飛び出し、バンドと絶妙なケミストリーを起こしている。実に楽しい。
●……その一方で、このユニットにはちょっとした事件も。さあ、PE'ZMOKU としてのツアーを始めようという瞬間に、突然シンガーの SUZUMOKU が失踪しちゃったのだ。3月に始まる全国ツアーの直前で突然連絡が取れなくなり、二週間後に鹿児島の徳之島で発見される、そんで本人全くその間の記憶を失ってる…。なんかスゴいね。詳しくはオフィシャルサイトを見てね。今は体勢を立て直して再スタートしてるので心配してません。現在はアルバム「ペズモク大作戦」もリリースされているんだけど、それはまだ未聴。早くゲットしたい。

8月最終週。我がカゾクたちはタイ・プーケットに行ってしまった。
●ワイフのお父さんお母さんが面倒見てくれて、ワイフと2人のコドモ、ノマド&ヒヨコは昨日の朝イチで成田に出て行った。で、ボクは留守番。夏休み休暇は、体調不良の日の休みに使い切ってしまったので、ボクにバカンスはない。まあ、ある意味では一人っきりも気楽なんだけど。今週五日間は、こうして一人暮らしをすることになる。
「旅行」はボクにとって非常に大切な行為で、毎年テーマを決めては国内外問わずイロイロなトコロに行くのが楽しみだった。渥美半島からフェリーで鳥羽に渡りそのまま伊勢湾を一周するツアーとか。京都の町家造りの家に泊まり、市街のレコード屋を巡るツアーとか。ムーミンランドを目指してフィンランドを旅するとか。ホウ・シャオシェン監督作品「戯夢人生」の撮影地を訪れる台湾ツアーとか。
●しかし、自律神経失調症を患って思い切り体力が衰弱してからは、旅行には行けなくなった。長距離移動や長時間歩くのがとてもシンドく、翌日寝込んでしまうようでは、ホテルの部屋から一歩も出られない。休養中は「リゾートでゆっくりすれば」とよく言われたが、気温や湿度、食べ物、水の急激な変化に、カラダがどんな反応を起こすかワカラナイ。…ただし、旅行が好きだっただけにコレはとってもガッカリな事実だ。


そんな、旅行に行けないボクの、留守番読書。

「クレーターと巨乳」

藤代冥砂「クレーターと巨乳」2007年
藤代冥砂さんと言えば、小説というより写真家のキャリアで有名だろう。奥さんはモデルの田辺あゆみさん。「月刊○○○○(女優さんの名前)」シリーズをはじめ、女性の写真がイイ感じ、そんでさらには、旅の写真がイイ。雑誌「SWITCH」によく載ってる写真では世界中を旅してるような印象がある。
●そんな得意分野、「女性と旅」がテーマになってるような内容の短編集がこちら。フツウの女性を主人公に据え、その女性が恋に落ちる瞬間を切り取る短編が11コ。気持ちよく読んだ。風通しがイイ文章。
●ココに登場する11人の女性は、ストーンと恋に落ちる。レンアイ偏差値が低いボクにはよく分かんない世界ではあるが、そのストーンと落ちる恋の落下スイッチは、思った以上に簡単にカチッとオンになる。「前歯が一本抜けていて、頭が悪そうに見えた」コレでスイッチオン、ストーン!「よく仕事をしている女性誌の編集者が芝生の壁を見て、なんだかエロいね、と言った時には驚いた」コレでスイッチオン!「目の前の彼に対して、この人はヤクザなのかもしれないと思った」コレでもスイッチオン!……うーん、ダウジングみたいなモンでこのスイッチの場所を探知できたらどんなに便利だろうか。パチパチパチ!モテモテモテ!この世にはどっかでこのスイッチを押す達人の男がいるのかもしれない。そう思うだけで、率直にうらやましいと思う。
●そんで、ストーンと落下した女子は、その段階である意味での「旅」に出る。世界が別のモードに切り替わる。線を一歩踏み越えると、国境を超えたように違う国と文化と世界観が待っている。「旅」に突入していく女子は、立派な「旅人」だ。重たい荷物(「過去」というコトバで言い換えられる)をポーンと捨てて、身軽に新しい場所に踏み出していく彼女たちは実に逞しく潔い。そして気持ちイイ。多分、きっと容姿も美しくなっているに違いない。
●正直、今、ボクはカラダが重たいんだよな~。「旅行」にも行けないし、ストーンと身軽にはなれない。ただ、将来、病気が治って旅行に不自由がなくなったら、息子ノマドを連れて、二人でバックパックな旅に出たいと思う。ノマドには、恋の落下スイッチの押し方と、身軽になる潔さを身につけてもらいたいから。



さて、話は変わり、ノマドの自由研究。
●前々から宇宙科学者に就職希望というノマドは、先日の日食にも触発されて、なんと「ちきゅうぎを作りたい」と言い出した。ヤツは世界地図が好きで、イロイロな国の場所を覚えている。アフリカや南米の国の配置とかを得意げに話すのだ。「世界地図にすれば?」というワイフの提案を無視して、あくまで立体にこだわるらしい。
●実は、ボクは、息子に世界の広さを意識してもらいたいと思ってたので、幼稚園の頃から世界地図や地球儀を与えてた。ノマドという名は、英語の「nomad」という単語に由来する。【遊牧民】という意味のコトバだ。世界中を旅してまわるグローバルな人間になってもらいたいという願いが込められている。ヤツが宇宙に行きたいと言うのなら、マジで行って欲しい。だから、「ちきゅうぎ作り」も大歓迎だ。


「ちきゅうぎ作り」その1。
●東急ハンズで発砲スチロールの球体を買って来た。直径25センチ。

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「ちきゅうぎ作り」その2。
●まずは、海の色を塗る。絵の具でペタペタ。

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「ちきゅうぎ作り」その3。
●ゴミ箱が、ボールを転がらないようにするのにちょうどいい台になるコトに気付いた。

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「ちきゅうぎ作り」その4。
●トレーシングペーパーで、本物の地球儀から陸地のカタチを写し取る。

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「ちきゅうぎ作り」その5。
●トレーシングペーパーでの写し取り、カンセイ!

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「ちきゅうぎ作り」その6。
●ココでちょっとママの助けを借りる。トレーシングペーパーをスキャンして直径25センチの縮尺に合うサイズに縮小。それを元に、折り紙で大陸のカタチを切り出す。写真は北アメリカ大陸。

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「ちきゅうぎ作り」その7。
●ソイツをペタペタ貼る。実はエンピツで薄く経度と緯度の子午線を記入して、大陸のバショを間違えないようにしている。「角度」の概念を初めて知るノマド。

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「ちきゅうぎ作り」その8。
●お次は、地球儀の台座作り。紙粘土で台座を作り、エンピツのキャップを埋める。地軸となる木の棒を差して、角度を調整。地軸の傾きは23.6°、それを分度器で計る。ノマド分度器デビュー。

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「ちきゅうぎ作り」その9。
●今度は、その地軸を突き刺す。エンピツ削りで尖らせた棒を、南極点にブスッ!ダンゴの串のように貫くのは難しいので、北極点ガワからもう一本棒をブスッと突き刺した。

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「ちきゅうぎ作り」その10。
●台座に借り置き。なかなかいい感じ。この後台座は十分乾かして、後日に色を塗った。ノマドいわく「うちゅうイロ。」紺色ベースで、黄色い星が点々と描かれている。

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「ちきゅうぎ作り」その11。
●さて仕上げ段階に近づいて来た。虫ピンに各地の国旗を描いて、地球儀にプスプス刺していく。

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「ちきゅうぎ作り」その12。
●実は、この国旗作り、一番テコズッタのが「アメリカ合衆国」。ノマド「うまく書けない~」と泣きべそまでかいてた。コレだけ真剣に手伝ってあげた。ノマド、まずよく旗を見ろ、シマシマの数、赤白合わせて13本。星の数、全部で50コ。コレをキチンと並べて描くのは確かに難しい。だから、まず大きく描いて、後で縮小コピーしよう。そんで13本も50個も難しい数だから、パパが線引きで計ってエンピツで下書きを書いてやるからその上から色を塗れ。

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●タテヨコの比率を正確に写し取って星の配置を書き出すのはボク自身マジで手こずった。多分、アメリカ人は自分の国旗がダイスキな国民だと思うが、自分の手で国旗を描いたりはしないような気がする。だってスゲエめんどくさいから。一方日本の「日の丸」は、その扱いに色々議論があるが、実に描くのが簡単で、子供にでも理解しやすい簡潔なデザインだと思い知った。日本の国旗は機能的に美しい。


「ちきゅうぎ作り」その12。
●そんなこんなの行程を経て、やっと「ノマドちきゅうぎ」が完成だ!

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●これまた細かいハナシなんだけど、インド&南アジアと中東エリアの間に、ノマドは青の折り紙で「スタン・グループ」というカテゴリーを作った。「スタン・グループ」ってなんだか分かります?
●それはですね、パキスタン、アフガニスタン、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスの7カ国を差してます。キルギス以外はみんな「スタン」が国名につくでしょ。だから「スタン・グループ」。旧ソ連の中央アジア諸国と南アジアに括られてたパキスタンを一緒にくくっちゃう感覚は、ソ連なんて100%知らない21世紀生まれの感覚なのだろう。中央アジアからインド洋に面するパキスタンは皆イスラム文化圏だし、帝政ロシア~ソ連以前の歴史では親和性が高いはずだ。オモシロいねノマド、そのアイディア新しいわ!


●ノマドは、この「チキュウギ」をジジババに見せたかったが、そのチャンスがなかったので、「パパ、ブログにオレのチキュウギのせておいてね!」と発注されてました。ノマド、ちゃんと乗せといたからなー。


で、戦い済んで………ノマドは今度、月に思いを馳せている。

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「グーグルアース」がバージョンアップして、月や火星までチェック出来るようになった。月は、日本の月探査衛星「かぐや」が撮影した動画CGまで見ることが出来て、ノマド最高にエキサイティング。…写真で見ると宇宙船のコクピットのように狭苦しいボクの部屋で、宇宙探検を楽しむノマド。地球が地平線から登ってくる光景はマジでキレイですよ。
●本当はノマドと今公開中の映画「宇宙へ。」を観に行きたかったんだけどな。BBC のドキュメンタリーシリーズ「ディープブルー」「アース」と続けて全部見せてるからね。最後の夏休みらしい思い出にもなるし。

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THE GOSPELLERS「宇宙へ~Reach for the sky~」2009年
●この映画のテーマソング。歌い上げるサビのフレーズをヒヨコが覚えてよく歌ってる。「♪あのそらへ~ とどくまーでー りょうてを のばしつづける~♪」 THE GOSPELLERS ってカッコいいね。ファルセットがキレイだよね。スンマセン、今まで見くびってたかも。



日食体験からココまで来たノマド。ボクも日食の後に一つ勉強。

武部俊一「完全ガイド 皆既日食」

武部俊一「完全ガイド 皆既日食」
●細かいウンチクがイッパイだったから、それだけ書いちゃいます。
●今回の日食は最長6分39秒だという話だったけど、どんなに長くても最高で7分31秒(理論値)しか持続出来ないらしい。あの日食はナカナカ立派な長さを持ってたのね
●でもさ、46年ぶりの皆既日食って言って大騒ぎしたけどさ、そんで次回の皆既日食は26年後っていうんだけどさ、金環食(月が少々小さくて太陽がワッカのカタチで見える日食)だと、2012年に大阪/名古屋/東京で観測出来ちゃうらしい。えっ!ご利益ないじゃん!でもホントの皆既日食にコダワルと、東京では2762年まで見られない。

●金環食は、地球から月が微妙に遠い位置で日食ポイントに入ってしまうので、月が太陽を隠しきれないという仕掛けで起こる現象。皆既日食は、月がちょうど太陽の大きさと同じになって見えるポジションに入ってくれるから発生するわけで、実はこの絶妙な距離感に月がいてくれているのはたまたまラッキーな偶然らしい。…しかし、月は年々少しづつ地球から遠ざかってしまっているので、いづれは皆既日食は見られなくなる。まあ、6億年後のコトだけど。



毎週土曜日のヨガ。
●ヨガは気持ちイイ。最近それが分かってきた。奇妙なポースを組んでストレッチするのが目的ではない。自分のカラダとその緊張を観察する行為だ。観察するのに都合のイイ姿勢を突き詰めたら、たまたま不思議なポーズになった、とボクは解釈してる。センセイは言う。「自分の中にあるカタさや緊張を、そのまま見つめてください、ソレに名前をつけたり、無理に伸ばしたりしようとしないで…」腕の筋肉がネジレていったり、脇の下の筋肉がぐーっと伸びたり、焼肉に喩えれば「ハラミ」にあたる横隔膜が呼吸に合わせて上下していたりを観察する。
チャクラは…あんまりよくワカランです。「丹田の第二チャクラを感じられますか?自分が感じること、感じないことを恐れないで…」センセイの言う通り、感じないなりにソレをスルーするコトにする。上手くイクと、確かに「熱」をヘソ下の辺りに感じることが出来るんだけど、今日はナンにもない。まあ、そんなで十分だろう。
●ボクらのクラスの後は、個人レッスンの時間になってるらしい。ボクが「失礼しまーす」とスタジオを退出する時に、その個人レッスンを受けている人と玄関でスレ違った。あ、この人は…ドキ!とある女優さんでした。演技派のベテラン女優さん。ある映画の中で、この女優さんが広い砂浜で不思議な体操をするのを見たことがある。あの柔らかく洗練された身のこなしは、ヨガなどで訓練された動きだったんだ……と納得してしまった。そんでヨガメイトの女性たちと、あの女優さんはこのご近所にお住まいなのかしら、とミーハーっぽく盛り上がってしまった。


そんで夕方。涼しくなった所でシモキタザワへ散歩に出る。
●お気に入りの古本屋で買物。一冊気になる画集がありまして。500円コーナーで叩き売り状態。値段は問題ないが、画集はデカクてかさばるんだよね。タダでさえモノが多いボクの部屋には置くバショがない。そんで買うのを躊躇してしまう。だから、そのうち誰かに買われてしまうだろうと思ってたんだけど、やっぱりその本の存在が気になってしょうがない。
●そんなこんなで、発見してから一ヶ月、毎週のようにチェックするんだけど、誰も興味がないようでずっと売れ残ってる。こんなに長い間夏の日光に晒されては本が傷んでしまう……さんざん迷って、結局ボクが買うことにした。デカすぎてフクロにも入らないほど。娘ヒヨコと大きさを比べるべく、この大判のホンを持たせて写真を撮影しました。

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「現代日本美術全集7 青木繁/藤島武二」
●初版が1972年でボクが生まれる一年前の本。現代美術とはいいつつ、明治~大正時代、近代日本の芸術家を取り上げてるシリーズみたい。岸田劉生とか黒田清輝とか横山大観とかを取り上げてる。ボクは、この青木繁という人が以前から好きで(以前もこのブログ紹介しました)で、それが気になって買っちゃったわけです。以前ブログで取り上げた時は、ネットでこの人の生き様について調べたんだけど、より詳しいハナシがこのホンに解説されてて実に勉強になった。


青木繁。1882~1911年


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(「男の顔」1903年/東京美術学校時代の青木とその仲間たち)

青木繁は夭折の天才だ。22歳で画壇に鮮烈なデビューを飾るも、あまりにヒップスターすぎたのか世間の評価との乖離に苦しみ、放浪の末に29歳でこの世を去る。あまりにロマンチックでボヘミアンな人生を送ったオトコだ。ボクは作品から彼の魅力に引き込まれたのだが、今は生き方も引っ括めて惚れ込んでしまった。
「男の顔」青木 21歳の時の作品。ある意味で自画像的な作品といわれている。聖書にでも登場するような古代アジア人の風体をしているが、不遜なくらいにブットいマユゲとクチヒゲ、高いバショへ視線を向ける赤い顔は、自分の才能に無限の可能性を信じている勇敢な若者を象徴しているよう。18歳の時に、東京芸術大学の前身、東京美術学校に九州から上京して入学。写真は、その当時の仲間たちと撮ったモノで、中列センターで首を左に傾けた男が青木明治30年代のヒップスターはこんな連中で、それぞれが自意識過剰すぎるポーズをしてて微笑ましい。
●20歳前後の青木は、既に異色キャラで仲間内から一目を受ける存在だった。モデル台に飛び乗って詩の朗読を始めたり、カネもろくにないのに信州旅行に出て島崎藤村と会ったり、図書館に入り浸ってロマン主義な資質をグングン育てたりした。家業は傾きつつあったので仕送りは途絶えがち、ボロボロの服をまとって友達の家を点々と巡るボヘミアンとなり、他人の画材をパクっても悪びれるコトのナイダメ人間になった。
東京美術学校入学前から関わっていたアートサークル「不同舎」で、カワイイ女の子をひっかけた。栃木出身のお嬢様、福田たね。このコが青木の女性観に大きく影響を及ぼした。彼の描く女性には彼女の面影が宿る瞬間がある。意思の強い瞳がコッチを見つめている。太くてタップリとした黒髪は少しクセ毛気味で、それが強い生命力を感じさせる。関係が疎くなった晩年でも彼女を連想させる女性を、青木は描くのである。どんな破天荒なボヘミアンでも、その人生に焼き付いて忘れられない女性、恋愛ってモノがあるらしい。この意味でも彼はロマン主義を地でいく人間だったのかも。


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(「女の顔」1904年、たねと出会った翌年の作品。/「温泉」1910年、青木の死の前年の作品。)

●学校を卒業した後の青木は、その22歳の夏に友達と彼女を連れて、房総半島を旅して遊びまくる。海で泳ぎまくり、新鮮なサカナを食いまくる。そして行く先々で多くの絵を描く。この経験を題材にして描いた「海の幸」が展覧会で大きな反響を呼んで彼はブレイクした。


青木繁 海の幸

●ほとんどハダカの漁民たちが、モリで仕留めた大きなサメを担いで村に帰ってきた。男の身長を上回る大ザメを幾匹も仕留めた漁は壮絶なモノであったにちがいない。しかし、そんな勝利に浮かれることもなく、潮風と強い日光に痛めつけられた男たちのシワクチャな顔は無表情で、そこにはスゴミのある野蛮が無口に、しかし大きな存在感でそそり立っている。なんてカッコいい絵だろう。男たちの顔をよく見ると、ほとんどゾンビのような不気味ささえ漂っているのだけれども、タダ1人、絵の中からコチラを見つめている人物がいる。他の漁師とは違って肌もまだ白いこの人物は、経験の浅い少年なのだろうか? そしてココにも青木の愛人、たねちゃんの面影が宿っているようにも思えるのだ。


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(「海の幸」1904年。青木、22歳の作品。その部分。)

●しかし、若き天才の華々しいデビューは周囲の反感を買い、青木のアウトローな性格も手伝って、画壇の中で彼はどんどん孤立していく。画壇で有名になっても金銭的成功は全然リンクしないので、生活は相変わらずスカンピン状態。しかし高いプライドが邪魔してせっかくの収入もスグに散財してしまう。オマケに彼女のたねちゃんが妊娠。八方塞がりになっていく状況に、完全アートモードの天才は精神のバランスを崩していく。たねちゃんの実家にお世話になった頃は、生まれた子供の愛くるしい肖像を描いたりと、ピースな気配を見せるが、「古事記」の伝説をテーマにした渾身の自信作「わだつみのいろこの宮」1907年が思ったほどの評価を得られないと、もはや再起不能になってしまう。死ぬほど悔しがったらしい。その審査への不平を雑誌に寄稿してしまうほどだから。アウトローだねえ。
●この年25歳の時、父親が死んで実家の経済状態が破綻。長男としての責任がのしかかる。もうダメだ。実家に帰るも画では食っていけない。芸術を理解しない九州の田舎では、彼は口先だけの山師に見えたらしい。とうとう一家は離散して、青木は放浪の旅に出る。1908年、26歳のことだ。
●九州各地に住む友人を頼って転々とする生活。時には友人が画会を開いてくれてオカネを得たりしていたが、ムチャな生活が彼の健康を破壊する。1910年にはもはや制作もできなくなって、福岡の病院に入院。1911年、29歳で死去。彼が画家として同時代に注目されていたのは、実質で22歳から25歳の三年間だけだ。都落ちしても制作は続けたが、もはや東京のアートシーンの関心を集めるコトはできなかった。父の死で実家に戻ってからは、愛人・たねちゃんと青木が会った気配はない。会わす顔もないのか? 愛すべき女性と息子を遠くに遺して死ぬなんて、どんな気分だったろうか?


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(「日本武尊」1906年。青木、24歳の作品。)

●ボクが彼の作品で特に好きなモノがコレ。この頃の青木は「古事記」の神話をテーマにとって作品つくりをしていた。22歳でブレイクしつつも生活を成り立たせられなかった時期、彼はもう一発のヒットが欲しくて焦っていた。24歳でそこまで追いつめられるのはキツい。現代の24歳なんてナニも出来ないコドモも同然なのに。そして結局、この翌年には彼は都落ちを強いられる。明治30年代のハイアート界なんて、首府・東京にいなければリンク不能だったハズ。
ヤマトタケルノミコトは、数々の冒険を乗り越えつつも最期は非業の死を遂げる、悲しいヒーローだ。色とりどりの曲玉に飾られた衣装と、左手に握るロングソード「草薙の剣」その立ち姿は力強く勇ましいが、陰が差す顔の表情はどこか悲壮感が漂っている。もうアトがない、という作者の危機感が色濃く反映されているようにも見える。



藤島武二。1867~1943年
青木繁とセットになって収録されてた作家。ボクとしては初耳の人物だった。実は青木とは正反対の人生を送った画家。明治維新の前年に生まれ、日本の西洋絵画の本流を形成した人間だ。アウトローどころか、アカデミズムの中心人物として、第二次大戦中の時代まで画壇に君臨、教育者として後進に大きな影響をもたらした。エリートコースにふさわしく、パリへの留学経験もある。
●彼の画は(特にこの画集に収録されているのは)、ヨーロッパ絵画のマネッコのような感じでイマイチ退屈だ。特に風景画にはナニも感じない。ただし、一部の女性を描いた絵だけには、シャレたコケティッシュな感覚がある。それだけが気になる。

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(「天平の面影」1902年/「蝶」1904年)

「天平時代」というテーマは青木繁も描いたが、藤島のアプローチはもうちょっと保守的。彼は若い頃に日本画を学んでいて、その後西洋画に転向したキャリアがある。
●その一方で、雑誌のイラストレーションなども手掛けていた。与謝野鉄幹&晶子というこれまた明治日本のビッグカップルが仕掛けた雑誌「明星」の表紙を数々担当。「蝶」のようなカラフルなデザイン感覚はそんな仕事に由来しているのか?オマケに藤島蝶オタクで、アトリエに大量の蝶の標本を揃え、たくさんの蝶の絵を描いている。

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(「芳惠」1926年/「うつつ」1913年)

●この二つはヨーロッパ留学の後の作品。「芳惠」は観て分かるように、ルネサンス時代の肖像画に着想を得ている。ルネサンスのアプローチでアジア的美学を表現したらどうなるかというテーマに取り組んでいるとのこと。モデルが着ているのは中国の伝統衣装で、彼は女性用の中華衣装を数十着も持っていた。コスプレ趣味もあるのかな?
「うつつ」は留学から帰国して初めて描いた日本人女性の絵画。たくさんの外国人女性も彼は描いているが、この「うつつ」にあるような奇妙な湿り気を感じることはできない。ボクにとっちゃ好みでもナンでもないこの女性が、藤島作品の中じゃイチバンリアルに感じる。


ノマドと楽しく「20世紀少年」を観るつもりだったのに。
「20世紀少年 第一章 終わりの始まり」
●テレビで「20世紀少年 第一章 終わりの始まり」が放送されてた。
「パパは20世紀少年だけど、ノマドは21世紀少年だからな。2001年生まれだし。ヒヨコは21世紀少女ね」そんな感じで我が親子はテレビの前に陣取った。T.REX「20TH CENTURY BOY」のハードなリフにウキウキしながらノマドは楽しく映画を観るつもりだったのだ。確かに始まった時には、ドキドキしながら時にフトンをカブって画面から目をそらしたり、「うぉー!」とか言って身悶えたりしてた。
●トコロがドッコイ、小学校の思い出が将来の地球の危機に関わるというシチュエーションが、現役小学生のノマドにはリアリティがありすぎてキツかったようだ。映画の中盤で「うーオナカイタい、きもちわるい」と言い出して、トイレでゲロを吐いてしまったのだ。あれーサスペンスはコレからなのに、もうギヴアップかよ?途中でテレビを消して視聴中止。ノマド、ノックダウン。うーん、ちょっと刺激的だったかなあ。


実は「20世紀少年」にノメり込めないボク。

「20世紀少年」

●もちろん原作はチェックしてたんだけど、大風呂敷広げまくって結局収拾つかなくなった感じがする。最後の方はもうついていけなくなってた………終盤、呆気なく一度完結して、そんで間髪空けずに原作構成をつけて「21世紀少年」が始まった時には、少々呆れてしまった。だからどんな結末だったのか、実は覚えてない。そうそう、コレの前の「MONSTER」の時も尻すぼみ感が否めなかったのよね。新連載の「BILLY BAT」も、始まったばかりで終戦直後の下山事件から、一気にイエスキリストの殉教へワープ。大風呂敷が宇宙開闢ビッグバンのスピードで広がってるようで、ああまたヤバい匂いがするぜ、という印象。

「MONSTER」浦沢直樹


「R25」で浦沢直樹氏のインタビューを読んだ。
●そんでこの作家に、ある意味でこうした傾向を走ってしまう性質を嗅ぎ取ってしまった。浦沢さんはある意味で多重人格で、企画者ウラサワ、ストーリーテラーウラサワ、作画者ウラサワ、結局作品を形作る人物はたった一人なのに、様々な立場のジブンを分離して時に矛盾する方向にも転がってしまうタイプらしいのだ。柔道マンガ「YAWARA !」の時も、「ものすごくリアルに投げる女子柔道漫画どうです?」と企画を立てておいて、後から「リアルな一本背負いってどう描くんだ?」と悩んじゃう。この「20世紀少年」もオモシロそうな方向に後先考えず突き進んだ結果だと思う。そんで収拾つかなくなって、全幅の信頼を置く共同制作者・長崎尚志氏の手を借りる。この長崎さんという人は、浦沢さんの一番最初の担当編集で、現在はフリーの漫画プロデューサーとして浦沢作品に関わり、映画版「20世紀少年」脚本も担当している。天才の影にその天才と世間を上手くコネクトする存在がこの人なんだろうな。
●しかし、今度公開される第三部は、原作とも違うラストが用意されているとのことで、全部通して観れば楽しめるかも知れない。結局第一部もろくに観られてませんけど。


でも、「PLUTO」は比較的無難に完結した。

「PLUTO」

手塚治虫「鉄腕アトム 史上最大のロボット」を下敷きにして、長編リアリズムへ拡大再生産するという挑戦。原作も小学生時代のボクにとっては印象的なエピソードだったので、この世界にはスッと入っていけた。
●主題歌にも出て来るように、アトムのスペックは10万馬力。それに対して巨大ロボット・プルートゥは100万馬力のハイパワーマシーン。世界最強のロボットになるべく、世界各地の強力なロボットに挑戦してはライバルを打ち破る。最後にアトムと対決するのだが、実はアトムはロボット同士の戦いを望まない。スペックでは劣るものの、持ち前の頭脳と高機動性を活かしてアトムは結局プルートゥに勝利する。爆発したプルートゥの長い角を手に握り、不本意にもプルートゥを倒してしまったアトムは涙を流す……ボクの記憶が正しければ、原作はこんな話で、一話完結の短いエピソードだった。

●この原作に、浦沢版は、ロボット対人間の社会摩擦、ロボットと人間を隔てる性質、ロボットが人間らしい感情を持ち得るのかというテーマ、そしてその人間らしい感情とはなんなのか?という問題提起を盛り込んで全8巻の長編に仕上げた。皮肉なことに、ロボットが人間に近づく瞬間は、激しい感情の偏りであり、それは人間においては「憎しみ」という名前で呼ばれるモノを持つコトだった。アトムは一度死に、そしてその激しい感情の偏りを経て復活する。そして大きな「憎しみ」で数々の高性能ロボットを破ってきたプルートゥと対決するのである。



「20世紀少年」と言えば、やっぱ T.REX だよね。

T.REX「THE SLIDER」

T.REX「THE SLIDER」1972年
●あのカッチョイイギターリフから始まるロック、ファンキーなコーラスを従えて疾走するロック、グラムロックの一番グラマラスで華やかな場面を象徴するかの名曲、「20TH CENTURY BOY」は実はオリジナルアルバムには収録されてません。本来はシングルのみのリリースで、ベスト盤とかリイシュー盤のボーナストラックに収録されてます。ボクは1973年リリースの「GREAT HITS」で聴いてます。
●でもベスト盤じゃあ芸もないしなーと思って、今日はそのグラムロック全盛期を代表する一枚「THE SLIDER」を紹介しようと思います。このアルバムはやはり T.REX の代表作「ELECTRIC WARRIOR」(邦題:「電気の武者」)の次のアルバム。このアルバムはジクジク味が染み出るタイプの物件なんす。正直、「20TH CENTURY BOY」やその他の名曲のような疾走感があんまナイので一聴すると地味に聴こえる。メロディの骨格だけ眺めていると、TYRANNOSAURUS REX と名乗ってた頃のサイケデリック・フォークの味が思いっきりにじみ出ていて、いかにリズムやギターで装飾しようと、ドロリンとした魔法の薬の苦い味が隠せないのですわ。だから軽快なテンポ感は薄くって、どこか煮え切らないままのグズグズしたギターブギーばっかになってる。表題曲「THE SLIDER」なんてその代表格だと思う。
●後半、「TELEGRAM SAM」から必殺のボランブギーが始まるが、決して飛び弾けはしないテンションをキープ。そのブギのドライブ感だけでグイグイ這い回る感じ。どんなにギラギラな衣装を着飾ろうと、コイツは決してそのジメジメしたヌメリ気を失わない。それが T.REXその影の部分がグラムロックの本質。

金魚のニーニーちゃんが死んじゃった。
夏の暑さに失敗した。少々エサをやり過ぎたんだと思う。ニーニーちゃんが食べ残したエサが上がった水温で腐り、大量の微生物を発生させた。ソレがエラに詰まって窒息したんだろう。「赤潮」と同じだ。ホントに水槽の水が真っ赤になってしまったのだから。
●去年の9月。お祭りの金魚すくいでもらってきた金魚。ニーニーちゃん(←ヒヨコ命名)は、「金魚すくい」という非常にタフな環境下をしたたかに生き抜いてきたサヴァイヴァーで、実に戦闘的な性格。同じ水槽にいれた金魚を激しく攻撃するなど、荒っぽくてササクレ立ったハートの持ち主。がゆえに、仲間と別々の水槽に入れてやらないといけなかった。濾過フィルターをそなえたコメちゃんの水槽で、二匹仲良く暮らせたら「赤潮」で命を落としたりはしなかっただろうに。

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(右側の水槽がニーニーちゃんの水槽。水が赤い。立て向きになって彼は死んでた。)

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●娘ヒヨコ1年生は、死んでしまったニーニーちゃんと、ちょっと少しの間一緒にいたいと言って、水槽の前に座り込んだ。ヒヨコなりの弔いの儀式である。ニーニーちゃんにナニを語りかけていたかは、わかりません。兄ノマドはそわそわして「ホントに死んじゃったの?」と動揺気味。ヤツは現実を認めたくないらしい。翌日コドモたち二人は、ニーニーちゃんを庭に埋葬してやりました。




読書。さくっと「Jブンガク」。
●30歳を超えてからあまり小説を読まなくなっちゃった。何でだろ? だからサクッと読めるナニかを読んで、「小説神経」を復活させようと思った。古本屋の100円コーナーで見つけた獲物を、カフェで読む。

阿部和重「インディヴィジュアル プロジェクション」
阿部和重「インディヴィジュアル プロジェクション」1997年
●ボクの個人的な印象では、この作品がその後の「Jブンガク」って言葉の走りになったような感覚なんだけど。装釘/常磐響さん。渋谷のレコード屋(ドコだか忘れた… ZEST ?当時はそれも有名だったはずなのに…)の中で、女の子が、アディダススーパースターと、薄手のタンクトップ(&ノーブラ)を身にまとい、そして少しパンティをずり下げる。このポースが鮮烈でした。その後の「おしゃれなヌード ちんかめ(雑誌「SMART」掲載)」まで発展するエロオシャレ路線のデザインが実に「渋谷系」です。内容とはほぼ関係ないんだけど。
●かつて不思議な団体に関わったことで特殊な能力を身につけてしまった主人公が、渋谷という街の中でアレコレややこしい事件や陰謀にまとわりつかれ、いつしか日常と非日常があいまいになってしまい、リアルなもんは暴力だけという状況に放り出されていく感覚。膨大な「記号」と「情報」の荒波だった「渋谷系」時代の中で、確かなモノは殴り殴られて感じる痛みと興奮、そんで時々殺人。なるほど、あの時代はそういうことだったのか。今のリアルは? ボクにはある。ビョウキでイカレタ不自由なカラダと、日々成長していくコドモたち。ボクは老いていくが、コドモたちはコレから強くなっていく。ソレを受け止めるのがボクのリアルかな。


鈴木清剛「ロックンロールミシン」
鈴木清剛「ロックンロールミシン」1998年
●この段階で、帯に「J文学」というコトバが入っている。裏表紙は、ラフォーレ原宿の入り口にタムロする若者たち。アソコのバショには当時トビキリヒップなファッションで着飾った女の子男の子が集まり、ストリートスナップ専門誌「FRUIT」が彼らの姿を切り取ってた。そのキラビやかなセンスは海外にも紹介されて、あの瞬間、トウキョウは地球の重力から自由になった妖精の住んでいるバショみたいになってた。この小説は、そんな時代の風を受けた内容だった。
4人の男女が、自分たちのブランド立ち上げを目指し、誰も見た事のないような服を作る。無謀と思えるような若者の挑戦が、立派にセイシュンのセイシュンたるモノを表現してて、そんでソレは正しく「ロック」なのです。ファッションデザイナーになりたいと夢見るヒヨコのコトをイメージしながら読んだな。いつか、ヒヨコも信頼出来る仲間たちとオリジナルの服を作ろうと、汗かきベソかき頑張るだろう。その際には、ヘンなオトコには引っかからないで欲しいと、切に思ったりもする。
●ファッションが、ロックのような自己表現と同一線になるんだと思い出させてくれた作品。振り返れば、山本寛斎さんとか、ロックな生き様なデザイナーはいるんだよね。ボクだって、学生時代はTシャツを作って売ってたんだもん。




●ああ、そうそう、「むずむず脚症候群」のクスリ、わりとイイらしい。少し足が楽になった。あと、胃腸薬のタケプロンイチゴ味なんですよ。なんで?ウザイから!

自律神経失調症とのお付き合い(その104)~「冷えと、むくみと、むずむず脚」編

今日は3週間ぶりの心療内科の診察の日。
●会社に行く前、ワイフが言う。「センセイに、ダイジョウブですなんて絶対に言わないでね!かなりヤバいですって言って!」……あーやっぱヤバい? 客観目線で大分ボクはヤバい感じ? 先週も一日カイシャ休んじゃったしな…でもジブンじゃ冷静に把握出来ないんだよね…どの辺からヤバいのボク?「もうこの二週間は全然ダメね。週末ごとにワルくなるみたい」あーそう、じゃあセンセイにそのままそう言うわ。

というコトでヤバいです、センセイ。どうしましょう?
●今朝、ワイフから念を押されてきました。大分ヤバいようです。具体的に言いますと、週末になると睡眠のリズムが崩れて週アタマにそれが立て直せない、うまく眠れないし、疲れもとれない。
●一方睡眠薬が効き過ぎるのか、昼間に急激に眠たくなったり、朝フラフラで動けなくなる時もあって、抜いたり、半分に割ったりと、自己調整がなにかとタイヘンです。仕事もそれなりに込み入った場面があると、その場はやり過ごせても、アトから猛烈な疲労感が襲いかかります。
●それと、昨日イベントの立ち会いで40分ほど立ったままで関係者にあいさつとかしたりしてたら、足がパンパンにむくれて痛いほどで、オマケに朝起きたら激しい腰痛で下が向けないほどになりました。だから今日は腰に温湿布貼ってます。
オフィスの冷房もたまらんです。せっかくクールビズ設定にしてあるのに、同僚たちは設備管理に電話して会議室の冷房を強めるのです……アレ実はタマランです。地下鉄乗っても、ファーストフード行っても、本屋に行っても強冷房でカナワンです。

●センセイ、睡眠薬はドラールからロラメットに変えてパワーダウンにすると提案。そんで冷え症には同情の言葉。「オフィスの冷え症は、もう女性だけの問題じゃないから。男性もみんな困ってます。冷えると筋肉が緊張して血行不良になるのよね。すると足がむくんだりするでしょ、靴下の跡がビッシリ付くし」はいはい!靴下の跡、チョー付きます!足がだるかったりむくんだりってそういう根拠ですか!わーメチャ納得しましたわ…だって、足がパンパンになって、スニーカーを履いてられない気分になりますもん。足を組むだけで血行がおかしくなってくのか、足組んだままPC作業した後、ふと立ち上がると関節が痛くてガクガクしますもん。
●センセイ「だから、カラダを冷やさない工夫ね。嵐のメンバーもストール巻いてるじゃない、アレとってもおススメよ、自然にアセをかける環境が大事ね」実はボク今年はストール常時必携で活用してます……センセイは娘さんの影響でのファンなんだよね、テレビ番組「嵐の宿題くん」を毎週見てるらしい。でもぶっちゃけ、この部屋の温度ですら寒いくらいなんですけど。センセイ「あらあらゴメンサナイ。ワタシが白衣きてるからね。医者が着る白衣っていうのは実は目が細かくてとても厚手なの。安全のタメにね」安全って、ナンに対する安全です?「ココのクリニックじゃそんなに関係ないんだけど、誤って血液が跳ね飛んだ時や注射針が折れ飛んだ時に、簡単にソレが医者のカラダに付着したり刺さったりしたらダメなのよ」テレビドラマなどで、白衣のボタンを留めずにビラビラコートのようにハタメカセているのは医者としては失格。そんなカッコで救急外来なんて言語道断らしい。「ドラマを監修している医者が甘いのね」ほほう、そうなんですか。

最近はホント、足にキテルんですよ。家に着くともう足が棒のようになってて、その緊張をほどこうにも不快感を拭い取れないんです。風呂で温めてもダメなほどで……。センセイ「アナタ、寝相は?」寝相?それはもうヒドいモンですよ、180°ターンとか余裕でイキマスよ。「じゃあ、このおクスリためしてみましょうか?リボトリール。」ナンスか、ソレ?
「えーとね、『むずむず脚症候群』というビョウキがあるのよ」!!スゲエ名前ですね!むずむずあし……!「とにかく足がムズムズして眠れないというビョウキよ。まー合う合わないがあるからちょっと試してみて」スゲエ病気があるもんだ…フザケた名前だと思ったけど、ネットで検索したら WIKIPEDIA でもちゃんと解説してあるシロモノだった。不快感で足を動かさずに済まないので、別名「レストレス・レッグス症候群」ともいわれてるそうだ。なんかボクの症状とは違うような気もするけど、クスリは試しに飲んでみよう。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html


今日も病院のアトは、カフェで読書。

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「CAFE EIGHT」
●場所:渋谷から大井町方面の東急バスに乗り、4つ目くらいのバス停「菅刈小学校前」で下車。山手通りから東側の住宅街に入るとすぐに目黒川が流れているのが見えます。するとソコに歩行者専用の赤い橋がかかってますので、ソイツを渡って直進、最初に左折できる角を曲がると、次の四つ辻に面したカッコでこのカフェがあります。ちなみに斜向いには「中華料理げんこつ」という店があります。東京都目黒区青葉台3-17-7T+ビルディング1F‎。
●ココは、オーガニック料理をさらに突き詰めて厳密なベジタリアン、つまりヴィーガンの料理を出してるお店。しかし、かといってその味は押し付けがましい特別なモノではなく、スマートな味付けで違和感なくおいしく食べられちゃう。肉なしだってコトを忘れます。マフィンも、言われなければ全然気付かないけど、実は牛乳/バター/卵/砂糖を全く使わず、お店で一つ一つ焼いているという逸品なのです。薬効茶も日替わりで出ていて、ボク的にはお気に入り。豆乳のチャイもヨシ。マクロビオティックの思想も取り入れてるみたい。
●そしてこのカフェのもう一個の特徴。なんか近所に有名なレコーディングスタジオがあるらしくて、カフェの近所を、結構有名なミュージシャンやアーティストさんが歩いていることがあります。ボクが数回行った中で目撃してしまったのは、臨月でオナカパンパンだった YUKI さん、多分だけど TOMMY FEBRUARY さん、そんで松任谷正隆&由実夫妻。ユーミンが素で歩いてるのはさすがにビビるわ。おおっ!と思ったモン。

●ちなみにヴィーガンの人ってのは、そういう生活を数年も続けてると、料理に肉が混じっていると、ソレを知らなくても吐き気を催してしまうほど敏感になるそうです。昔仕事してたアメリカ人の男性がヴィーガンで、鶏からダシを取るラーメンすら臭くて食べられないほどでした。若い頃はガンガンに肉食いまくって、テストステロンをガンガン分泌して、チカラを振り絞ってハードコアパンクにノメり込んでたらしいんですが、結婚を機に「こんなんじゃダメだ、もっとピースにならなきゃ」と悟ってヴィーガンになったという話。ソレからは怒りに身を任せるようなコトはなくなり温厚になれたと本人談。確かに性格が丸くって常に陽気なお兄さんだった……でも、ヴィーガンであるなしに関係なくその人は常にハイテンションで、肉食ってたら一体どんなコトになってたろうと不安になるほどパワフルなのでした。

●カンケイないけど、このカフェから、「大橋」のバス停まで歩く途中にあった看板。

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●懐かし銭湯にあるような、タイル画がお見事。伊藤若冲「鳥獣花木図屏風」みたいな感覚?


昨日って、終戦記念日だったんだよね。すっかり忘れてた。
●鍼灸院の治療が終わって領収書を書いてもらう時に、センセイがつぶやく。「今日はえーっと、8月15日っと…あら、終戦記念日だったのね…お盆真っ盛りだわ…人が街にいないわけだわー。」そっかー、もう8月ど真ん中。そんで終戦記念日なのだ。ボクにはそういう習慣がないのだけど、フツウの人々は故郷に帰り、お墓参りとかして、今はこの世にいない親族について思いを巡らせたりするのだ…。でもそん時「ウチのジイちゃんは戦争で死んじゃったんだよね」というような記憶に思いを馳せたりするのだろうか?

そんで話題は一気に飛ぶんだけど、今月末の選挙。
●サスガにマジで政権交替しちゃうかも知れない今回の総選挙。完全無党派であるボクも、ニュースで話題の「マニフェスト」ってヤツをチェックしてみる。そんなコトはホントに初めてだし、政党のホームページを見ること自体が初めてだよ。PDFファイルの文書になってたり、YOU TUBE な動画がついてたりと細かい工夫もいっぱいしてるし、見てて興味深い。幸福実現党の動画とかスゴいね。6分くらいのショートドラマで北朝鮮の核攻撃を見せてる。民主党グッズ販売サイトも笑える。欲しくねー(笑)!
●でさ、ボクは今回の選挙、「子ども手当」とか「年金改革」とか「景気対策」とか「少子高齢化」とか「格差是正」とかが争点だと思ってたんですよ。でも各党の主張を見てるとさ、意外なほど「歴史問題」が出て来るのよ。自民党とかは民主党への批判に歴史認識の問題をスゴく大きく捉えてるんですね。「護憲/改憲問題」「自衛隊問題(&北朝鮮対策/海外協力など)」も戦後民主主義の見直しとして「歴史問題」と密接に絡んでくる。「日教組」とか「日の丸/君が代」も無視できない。「靖国問題」もね。鳩山さんは靖国神社に行かないって言ってるし。まあ大事な問題でしょう……ボク個人は今ソコか?って気分があるんだけどね、このヤバい国内状況をまず解決してくれよって思ってたから。

●で、終戦記念日だ。…歴史の認識は繊細で多様な見方がある。時代時代で読み替えがあったりして「歴史」はクネクネとその姿を常に変えている。去年では定説だったモンが突然マチガイになったりもする。その時々のトレンドに左右される。悪党がヒーローになったり、ヒーローが悪党になったり。だからこそ「歴史」はオモシロい。大河ドラマをみんなが見るのはそんな理由からでしょ。そんで例外になる事なく、あの戦争も、日本の戦後も、様々な解釈/再解釈がなされてる。


こうの史代「この世界の片隅に」

こうの史代「この世界の片隅に」上中下巻
●このマンガ家さんは、「夕凪の街 桜の国」で広島の原爆症をテーマにした作品を描き、注目を浴びた。この作品は後に田中麗奈主演で映画化され話題になった(まだ映画は観てません…)。そして今回、もう一度、戦中の広島にまつわる物語を描いたのだ。
●ただし、この作家さんの狙いは、単純に原子爆弾の是非を問うというアプローチを取らない。戦争の是非を問うモノでもない。こうのさんにとって広島市は生まれ故郷、自分のルーツである街の物語を描くまで。昭和18年~21年の広島&呉の街を舞台に、この時代を生きた一人の女性の姿を実直に描いているだけだ。俯瞰視点からのイデオロギーから問題を浮き彫りにするアプローチも有効だろうが、極私的な視点から生活者のリアリズムを通して紡がれる物語にもそれなりの説得力がある。特別な事は語らないしわからないコトはわからない。しかし生活者のリアルはブラさない。こうのさんは1968年生まれで完全な戦後世代(団塊ジュニアよりちょい年長)だが、非常に細かい取材で、当時の衣食住全般に関わる生活状況、町の様子や風景、呉に出入りした軍艦や海軍施設の場所、焼夷弾の構造までを事細かに描いている。その徹底したリアリズムで、あの時期の記録を今の時代に定着させるのが自分の仕事と思っているのかも。
●天然ボケでのんびりした夢想家、絵を描くのが好きな18歳の少女・すずに、突然縁談の話がやって来た。当然旦那さんの素性もカオもろくに知らない。相手は日本海軍の最重要拠点である軍港・呉で文民官僚として働いている男・周作。すずが向き合うのは知らない街と知らない家。しかしすずは持ち前の素直さで周囲の人々に愛され、慎ましいながらも幸せな日々を送る。少ない食糧で三食のゴハンをせっせと作る、裁縫は苦手でモンペ作りは大失敗、広島市街にお遣いに出れば迷子、義姉は強気な人だが姪っ子はとても懐いてくれる、そして夫はいつも優しい。……戦争の時代も人々は生きていた。真っ当に暮らし、働き、泣き笑いをしていた。それがリアルでしょ。
●戦況が厳しくなるにつれ、すずの暮らす街にも危険が迫ってくる。空襲警報、防空壕、灯火統制、目の前に転がり落ちる焼夷弾、そして原子爆弾。でもすずは最後まですずであり、自分の時代を自分のやり方で生きていく。死ぬ人もいるが、生きている限りはキチンと生きていく。今の時代を生きるボクらが、不幸な時代に生きたモンだと片づけるのは、彼女にとってきっと失礼なんじゃないか?そうとさえ思った。
●昭和元年生まれのすずさんが今も存命なら、彼女は84歳になってるだろう。ボクの祖父祖母で唯一存命する父方の祖母とちょうど同世代だ。ボクの祖母・ツギさん(次女だからツギさん、スゴいネーミングでしょ)は、生まれた頃からほぼ変わらず栃木の田舎に暮らし続け、地域のお祭りでは大事なシンガーとして浄瑠璃を歌唱する(コマイことはボクも理解出来ない)。今年も立派にお務めを果たしたらしく、ひ孫にあたるボクのコドモたちに写真を送ってきた。素晴らしい人生じゃんか。

常磐津のツギさん

(センターに座るのがツギさん。明らかに最年長。サイドの人とはダブルスコアかも。)

今週金曜日は「精神汚染」につき会社欠勤。
●うーん、まだダメだ…。また会社を休んでしまった。朝起きた瞬間から「識別パターン、青!使徒です!」ってくらいハッキリピンチな状況で、もう左半身が既に侵食されててビキビキに緊張している。左足が重くて、左の腰が痛くて、左肩がバキバキで、左のコメカミが激しく痛む。それでも仕事へのモチベーションを無理矢理前向きに回転させて出勤するモンなんだけど、コレがもう完全「パルス逆流」で会社に行けない理由がドサドサっとアタマの中で膨大に膨れ上がる。で「シンクロ率」がどんどん減って機能停止。動けなくなる。この時点で安定剤を多めに飲んでいるので、キョーレツな眠気がやって来て、グーグー寝てしまう。結果欠勤。ふう、ホント凹むわ。
実際、ストレスがスゴく溜まってんだよね。仕事の問題点がある。実はワンサとある。ドカドカ解決したい。やりたい仕事/やるべき仕事が増えてくる。しかし!自分の体力/精神力では手に負えない。その場しのぎならナントカ出来るが、ルーチンとして一定の水準を確保しつつ今後ずっとその仕事を抱えるコトができるか、と言われると甚だ微妙だ。そんな仕事を抱えるべきかと想像した瞬間からプレッシャーで体調が悪くなる。人材が足りねーという場面、「こんな仕事、自分でやれればどんなに楽か!」と思っても、どうしてもソレは無理。このジレンマがボクの首を絞めてる。このジレンマの無限回転が限界まで進んで昨日は壊れた。だって、安定剤で眠っている時でさえ会社で会議に出てる夢を見ているほどなんだから。……ホントウチの職場はイイ所でボクに責任が乗っからないように丁寧に捌いてくれている……だから、ボクは勝手に欲求不満になっているだけなんだけど。
●だから、今日は、鍼灸治療を受けて、コンディションを立て直す。鍼灸は苦痛も伴うが結果としては施術中に爆睡してしまうほどリラックスできる。最近は、眠るのがツライ。眠っても疲労が回復しないからだ。自律神経失調症の一番代表的なパターン。どんなに眠っても疲労は蓄積され、疲れを抜く事が出来ない。だから鍼で強制的に緊張を抜く。



●ハナシは全然変わって…。

実は先週末、久しぶりに芝居を見た。
本谷有希子さんという方をご存知?ボクはね、あんま知らんかったのです。でも毎週買ってるマンガ雑誌「週刊モーニング」に彼女の1ページコラムがあるんですね。「かみにえともじ」というタイトルで、本文/本谷有希子、イラスト/榎本俊二「ムーたち」「えの素」などで知られる超シュール系作家)のペアで書かれている。…多分誰も読んでないような気がするんだけど……でもボクはなんとなく好きだったんです。
●多分、この榎本画伯(と本谷さんは呼ぶ)が描く本谷さんのイラストがチャーミングだから、ボクは引っかかったんだろうな。チャーミングなのに目つきがワルく、そして本人の文章はよりデストロイな本音ブッチャケトークなもんで、なんかとっても笑えるのだ。
●例えば、200万円の超セレブ人間ドックの取材で、乳がん予防のマンモグラフィー検査に挑戦するも、おっぱいをガラス板に挟まれる痛みを男性器が潰される痛みに喩えてみたり、しかしその割には聞いたほど痛くなくって、実は過去に「おっぱいってどのくらい握り潰せるんだろう?」という実験を最高の力を振り絞って試した事があったのを告白したりして。そんで「みんなも自分で本当に限界だと思うまで、掴み潰してみなよ」と勧めるのです。

かみにえともじ(「私は口が悪い」の回。)

●さて、この本谷さんが本業として、自分の劇作を自分の演出で準備している、というコラムが乗ってた。彼女は1979年生まれだから、今年やっと30歳、実に若い!で、彼女の劇団は「劇団、本谷有希子」と言って、完全ソロユニットなもんだから、その都度新しい俳優さんと仕事をすることになる。こと今回はほぼ全員が年上&同性。しかもだ、彼女は自分でも言ってるんだけど「口が悪い」らしい。さて、どうやって演出をつけるのか?「自分よりもずっと経験豊富な人たちにああだこうだ言わなければならないんだけど…とにかくうまくすらすら言葉が出て来ないのだ!」「で、結局こういうふうに駄目出しする。『うん、あの「……演劇だね」と思ったよ』おーーい!ザックリでーす!センセイザックリすぎまーす!
●さてさて、このコラムの翌週。楽しみにページをめくると、榎本俊二さんのスミッコのイラストと本文の比率が逆転してる。レギュラーで文章8割&イラスト1カットが、イラストマンガ8割&文章20文字(手書き)になってる。なんじゃそら。編集者のコメントは「芝居の追い込みで本谷さん大テンパリにつき、今日は特別バージョンで」とか書いてある。おーい!やっぱりザックリすぎませんかー!しかも手書きかーい! いつもは見てないよーく細かい字まで読むと、そのテンパリの原因であるお芝居は目下公開中で、しかもシモキタザワの本多劇場でかかってるという!あらら、コレは行くしかないな。日曜日、当日券の列に並んで、最前列の補助席に座ったよ。


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劇団、本谷有希子 第14回公演「来来来来来」@本多劇場
●改めて本谷有希子さんのプロフィールを。2000年、21歳の時に「劇団、本谷有希子」を旗揚げ、劇作家/演出家として活動開始、2002年には小説家としても活躍。「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」三島由紀夫賞候補までになり、2007年、佐藤江梨子主演で映画化された。演劇界のビッグタイトル岸田國士戯曲賞「幸せ最高ありがとうマジで!」で受賞。芥川賞にも何回もノミネートされてるし。手っ取り早く言って、早熟の天才肌なのだ。
●そんで、今回のお芝居。女優6人だけの勝負。テレビや映画でお馴染みの超長身&小顔&氷点下のクールビューティ・りょう。映画版「腑抜けども~」でも活躍した19歳のベビーフェイス・佐津川愛美、「ナイロン100℃」のコメディエンヌ・松永玲子、「毛皮族」の重要女優・羽鳥名美子、本谷の舞台「幸せ最高~」でも活躍した吉本菜穂子、御年60歳、70年代から女性だけの劇団を旗揚げし、演出家としても名高いベテラン女優・木野花。つまりは、強者ばっかなのです。

●ド田舎の奇妙な家に嫁いでしまった主人公・蓉子(りょう)。結婚一ヶ月目にして夫は失踪、散弾銃と鉄条網の束を持って山林を徘徊し、大きな鳥小屋に何種類もの鳥類を飼育している姑(木野)にビビりつつ、家事から鳥小屋の世話まで図々しく全部押し付けてくる義姉(松永)のムチャな要求に粛々と従っている。なぜか家業は油麩手作り工場で、舅にセックスを求めて止まない主婦(羽鳥)と、「誰にもやさしいアソコ」を持ち「便所」呼ばわりされてるノー天気な女性(吉本)がいつもマヌケな世間話をしながら作業している。家事全般&鳥小屋の世話&油麩工場の作業&姑の狂気&義姉のイビリ&おかしな同僚という無限ループの苦行生活を送る主人公の唯一のマトモな話し相手は、いつも鳥のスケッチをしにくる女子高生(佐津川)だけ。彼女もイジメラレッコなので学校に行けずに鳥小屋に来るしかないんだけど。りょう演じる蓉子以外の人間は、一見しょーもないが本人には深刻な自己都合で、常にあたり構わず爆裂して珍妙な行動に走る人々で、ある意味で女性という生物が持つカルマというか執念というか、とにかくオトコのボクには認知不能のおぞましい性質がマーシャルアンプでギュワワワワ~ン!と増幅されてるようなのでした。
●普段のテレビ/映画では、冷酷な役柄ばっかり演じているりょうが、この場ではとても奥ゆかしくチャーミングな女性を演じているのが新鮮!自己主張と感情の裏表が激しい人間関係の摩擦部分にバッキリ挟まりつつも、究極的な秩序崩壊に至らぬようひたすらその負債を引き受けている、静かで従順で健気でマトモな女性。………と思いきや、この主人公・蓉子も、ある意味で女性が陥り勝ちなカルマ「根拠のないモノへの盲従」に取り憑かれているのでした。お見合いで即決結婚し、たった一ヶ月で自分を捨てた夫(つーか、このイカレタ人間関係から逃げ出し、新妻を自分の代理に差し出した)に対して、いつまでも奇妙な愛情と信頼を寄せ、困難な状況に対して「自分はガンバッテル!」と言い聞かせてる。しかし、あくまでそのガンバリは根拠なし!展望なし!見返りなし!「あんたのナカミは空っぽよ!」と看破されちゃう。…芝居のクライマックスに向けて、彼女の危うい努力の根拠は完全崩壊。他の登場人物よりも100倍のテンションで爆裂し(ここでりょうさんは、クールでもチャーミングでもない、一匹のモンスターに変身している!)、おぞましい本性をむき出しにする……。


「篠山紀信」的な女性像と、「本谷有希子」的な女性像。
本谷有希子というクリエイターが優れているのは、普段は可視化出来ない「女性のカルマ」(つーか常識の社会では丁寧に隠して他人に見せない側面)をズルムケのカリカチュアとしてハッキリ提示してしまう技術じゃなかろうでしょうか?ハッキリ言って客観目線では笑うしかない滑稽な話なのに、登場人物全員はひたすらマジで、マジがゆえに暴走しまくって、ドーンとくるほどの事件になってしまうんですもん。
●ボクは先週、篠山紀信さんの写真展にも行ってきたんだけど(前の前の記事)、ソコで思った事。男性が見たいと思ってる「女性」を切り取るのが彼の仕事ですわな。それは文字通りのヌードでもあり、発育途上のビーチクさんでもあったり、有名な女性の見た事のない側面であったり。そんで時にはそれが、女性が他人に見せたいと思う「女性」であったりする場面でもある。コレは多分古いモデルの描写表現でもあると思うな。マスメディアが男性本位な時代だったシステムを踏襲している。
●しかし、新世紀の女性クリエイター本谷有希子さんは、女性すらもが認識してないレベルのカルマを引きずり出す。だって、このレベルまでイクと「あーコレあるよねー」的な共感すら通り越してる気がするもん。もはや女性が他人に見せたくない「女性」。でボクは、これが最新モデルの描写表現だと思うんですよ。マスメディアが「女性」を主要なお得意さんにして久しいが、そんなマーケティング的にあぶり出された最大公約数的な消費者類型でもない。もっと「イキモノ」です。生臭くて、危険。そんでそれが今オモシロい!


この公演のパンフも買っちゃいました。本谷さんがどんな演出を稽古で仕掛けたのか気になって。
りょうさんの証言/「本谷さんは、実に無邪気にあっけらかんと、すごく難易度が高くて繊細な要求をしてくるんですね。それでいて『りょうさん、私ね、今日と明日とで、言う事が全然違ったりするから、あんまり気にしないでくださいね』って」
松永玲子さんの証言/「今日の稽古で、私の辞書にはありえないダメ出しを受けましたね。…『そこ、ホリケン(堀内健)でやって』って言ったんですよ…本谷に言わせると『わきわき感』に見えるのだと。『わくわく』『うきうき』が一緒になったみたいなテンションで、キラッキラ輝いて見えるんだそうです」
吉本菜穂子さんの証言/「稽古がオフの日に、本谷から宿題が出たんですよ。『黒澤明の「七人の侍」を見るように』と。設定も何もまるで違うんですけど(笑)」…稽古中、様々な場面で本谷さんは「ソコ、黒澤イズムで!」という言葉を使っていたという…。
羽鳥名美子さんの証言/「台本にもツッコミどころがいっぱいあるんですよ。ト書きって普通「驚く」とか「怯える」とか行動が動詞で書かれてますよね。だけど彼女のホンには「がくがくぶるぶる」って書いてある。それが妙にかわいくて(笑)」
木野花さんの証言/「実際お話ししてみたら、演劇界には珍しいきゃぴきゃぴした可愛い女の子で。あの『きゃぴきゃぴ』は曲者だと思いました。『きゃぴきゃぴ』しながら、要求は情け容赦がないですからね」
佐津川愛美さんの証言/「物語を深く読み進めているうちに、私は結局 ''女'' というものにたどり着いちゃうんです。やっぱり女って怖いんだなって、改めて思いました。強さと弱さ、愛情と憎しみ。両極端に振り切れちゃってる感情を、同時に合わせ持ってる。そういう人間たちの中に、ワタシ自身も見を置いているんだってことを考えると、ちょっとすごくありませんか」


●あと、このパンフレットで初めて本谷有希子さんの写真を見た。あ…ホントにカワイいんだ…。

本谷有希子(こんなにカワイいのに、暗黒のカルマが湧き出てくる)

「あの子の考えることは変」

この前、本谷さんの最新小説「あの子の考えることは変」のサイン会があったらしくて。
●職場の新卒スタッフ23歳の若手くんが突然ボクに報告。「unimogrooveさん、見てください!本谷有希子さんのサイン本です!本人、すっごくかわいかったです!」……おお、ボクはまだ誰にも彼女の芝居を見た事も、その存在が気になっている事も口外した事なかったのに、いきなり10歳以上年下の後輩に見破られたよ。しかもこの若者とマトモに口聞くの2回目なのに、キッチリ自慢されたよ! パッと見だけでボクはソレ系の人間だってハッキリわかるんだろうな~(あと、若者からすると、ボクはスゴく声かけやすい先輩に見えてるらしいね……イイかワルいかよくわかんないけど、とにかく貫禄というモノから無縁らしい)。


会社帰り、「エヴァ」観に行っちゃった。だって水曜日は映画1000円デーなんだもん。
●マジ楽しみました。最初に言っときますが、今日はネタバレありですから。

エヴァンゲリヲン新劇場版破(劇場売りパンフです。)

「 エヴァンゲリヲン新劇場版:破」
●とうとう見てしまったよ。前回の「序」がアニメ版のコンパクトなダイジェストで、大幅な逸脱が少なかったのに対して、今回の「破」はまさに「破壊」「破」。パワーアップした戦闘シーンもさることながら、大胆なキャラクター心理の再解釈にはジワリと感動すらしちゃう。
●新キャラ、真希波・マリ・イラストリアスが冒頭から豪快な登場を果たす。プラモやフィギュアでも話題の「エヴァンゲリヲン仮設5号機」は、下半身が4本足で車輪駆動タイプ。彼女はこの異形のエヴァを、ケンタウロスのように駆って使徒と戦う。この子、思った以上に重要人物になる気配。事前情報段階では、メガネッ子という設定に違和感タップリだったが、そんなコトが気にならなくなるほどに、どのキャラクターとも違う匂いがして気になる。「エヴァ」物語の重要なテーマは、14歳の少年少女が自らに問う疑問だ。「なぜ自分はエヴァに乗るのか?/どうしたら周囲の社会と折り合いをつける事ができるのか/なぜ自分は生きるのか?」という問いを抱きしめて、全ての登場人物が正体不明の敵と戦う。……なのに、新しい少女マリは、エヴァや命をかけた戦闘に躊躇がない。まるでスリルを楽しむように、戦いの中をすり抜ける。異質だ。
●一方で、シンジ、レイ、アスカの三人は、不器用なりのやり方で共振し合い、その14歳という年齢にふさわしい気分でお互いの感情を近づける。……そう、本来はあんな巨大兵器を介さなくても彼らはもっと近づけるはずなのだ。実は料理が得意なシンジ。彼の無邪気に食事を振る舞う行為に、レイの心が揺れる。実は錠剤だけで命をつないでいる人造人間の彼女が、シンジのために包丁を握って料理に挑むのだ。それに触発されてアスカまでが料理に挑戦。テレビ版にはなかった、よりフツウの感覚の少年少女の温かい関係が、現在35歳のボクにはマブしい。


テレビ版「新世紀エヴァンゲリオン」は1995年発表。
●ボクが友人のススメでビデオを見たのは1996年か1997年のことだった。今思うとテレビ版は、イロイロなモノに打ちのめされた日本社会を絶妙に象徴していた。1995年には、阪神大震災が起こり、オウム真理教関連事件がブレイクした。バブル崩壊が決定的になり、就職氷河期が到来した。ボクは22歳、大学4年生。氷河期の寒さは身に染みた。
●好景気と冷戦終結の解放感を享受した1990年頃の能天気なテンションは急速にしぼんでしまい、日本人はみな「オマエは何のために働いている?/オマエは何のために生きている?/オマエの周りに信用に足る存在は本当にある?」という問いを突きつけられた。それはまさしく「エヴァ」に登場する少年少女、そしてそれを囲む大人たち(ミサトさん、リツコさん、そして碇ゲンドウにいたるまで)が、突きつけられてた問いと同じなのだ。そしてこの問いは呪いのように無視が出来ないモノで、「逃げちゃダメだ」なモノだった。……死海文書やキリスト教にまつわる耳慣れないキーワードが舞台装置に散りばめられ、見てる者をケムにまく仰々しい側面も話題になったが、ボクはこの作品の価値は、同時代の日本人の闇/病みを絶妙にあぶり出した事にあると思ってる。


それから10年以上もたっての再構築「エヴァ」。
●…相変わらず自分の存在の不確かさにグラツイている主人公・シンジ。ただ、この十年で日本は確実に耐久力を身につけた。ITバブルを通過し世界金融危機を通過しても、80年代末のような馬鹿騒ぎもバブル崩壊のパニックも起こさない。実に地に足をつけた堅実さを身につけたと思う。そんな時代の空気を取り入れてか、シンジはひたすら無力で臆病な少年ではなく、堅実な生活力(料理の腕)を持った誠実な青年へと改訂されてる。イビツながらも同世代のレイ、アスカと14歳にふさわしい態度でチームワークを図るコトもできる。優柔不断のようで、自分の大原則には実に忠実な面を持つ。レイアスカの方もそんなシンジの誠意に不器用ながらも対応する温かさを備えた。天災とテロの混乱で極端な「人間不信」に突き落とされ、いつも内面で泣き叫んでいた1995年のシンジたちと、「新劇場版」の彼らは一味違うのだという事を思い知らされた。
●しかも「破」のクライマックスにおいては、後先を考えない無謀さと剥き出しの感情で、シンジレイを助けようとする。……料理を通じた慎ましやかで幼い感情の交換は全うされる前に、過酷な戦闘で引き裂かれ、より強力になった敵の攻撃に、シンジの同胞である二人の少女は絶体絶命の危機に。シンジは感情を爆発させて、自分の運命と対決する。テレビ版よりも決然と、そして勇敢に。男として、守るべき少女へ猛然と走る。「シンジ!そうだ!戦え!お前の敵は周囲にたくさんいるだろう。でも今は関係ない。オマエにとって大事な女の子を救うために今は戦え!今がその瞬間だ!限界を超えろ!」ボクは手に汗を握ったし、シンジをマジで応援してしまった。そして根性でシンジは運命をねじ曲げるのだ。テレビ版で結末を知っているボクらの予想を大きく裏切って……その瞬間、ボクの隣に座ってた女性は涙を流してた。


●第三部「Q」(←「Q」? ナニコレ?以前は「急」とされてたよね」)は、また一、二年待たされるだろうが、それなりの強さを備えたシンジくんに会えるだろう事が楽しみだ。テレビ版においてもシンジの成長に大きく寄与したカヲルくんがとうとう地球に現れたし、マリちゃんのしたたかなタフさにも期待が出来る。アスカもきっと復活してくれるはずだ。
●そして全四部作完結は、物語の設定時期 2015年になっちゃうかも知れない。しかしそのタフな使徒侵略の時代をリアルに生きるボクらも、もっとタフになっていたい。ウチの息子ノマドは、2001年生まれで実はシンジくんたちと同年齢。シンジくんくらいタフな男子になってくれるとウレシい。
●しかし娘ヒヨコは、多分エヴァのパイロットにはなれない。なぜなら ATフィールドが全然ないからだ。「ABSOLUTE - TERROR FIELD」と綴るこのコトバは、使徒やエヴァが戦闘の際に用いるバリヤーのようなモノだが、人間ソレゾレが持つ「心の壁」を意味するらしい。「人類補完計画」と称して、コレが溶け落ちる事で全ての人間個体がガッタイしてしまう場面が過去の劇場版に登場した。しかし、今んトコロ、ウチのヒヨコはフルにオープンハートでアタマん中が全部手に取るように分かってしまうタイプなので、使徒に対抗するような強い ATフィールドは作れません。


●あとさ、スイミング教室にキチンと通ったノマドのごホウビに「新劇場版 弐号機」フィギュアを買ってあげると約束したのに、マジでドコでも売り切れで困ってます。アマゾンにもない。オークションまでしたくないし……。ちょっと盛り上がり過ぎです。

エヴァ 弐号機 リボルテック破

(リボルテックヤマグチ/ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破: エヴァンゲリオン弐号機 ver.2.0)



●今回も主題歌は宇多田ヒカル「BEAUTIFUL WORLD」だった。だから今日は UTADA を聴いている。

UTADA「THIS IS THE ONE」

UTADA「THIS IS THE ONE」2009年
●ご存知宇多田ヒカルが海外向け名義の UTADA で放ったセカンドアルバム。以前は制作陣にチョコチョコ TIMBALAND が関わったが、今回は CHRIS ''TRICKY'' STEWART とプロデューサーチーム STARGATE が半分づつ関わった。STARGATE はノルウェイ人でありながら、アメリカのR&Bシーンではもう欠かせないほどの存在感を持つに至った連中。BEYONCE、NE-YO、RIHANNA、CHRIS BROWN、USHER などに関わってる。CHRIS ''TRICKY'' STEWART BRITNEY SPEARS、MARIAH CAREY、JANET JACKSON など超大物に関わるトラックメイカーだ。
●R&Bのスタイルで勝負しても、アメリカ市場が相手じゃ、サハラ砂漠に砂を輸出するようなもんで、ウマいコト行くとは思えないのがボクの印象。でもポップロックで勝負したって別に状況は変わんないんだけど。でもあくまで日本人のリスナーであるボクは、ジェイポップアルバムとして聴くまでだ。そのジェイポップのシンガーソングライターとしての彼女の実力は、ボクとしてはテッパンなのでフラットに聴けば十分楽しい。
STARGATE がお気に入りのアイディアとしてコダワッた坂本龍一「戦場のメリークリスマス」サンプル(カバー?)の「MERRY CHRISMAS MR. LAWRENCE - FYI」は欧米人のオリエンタルイメージの押しつけのような気がして微妙な気分だが、相変わらず繊細なニュアンスの込め方は天才的だと思っちゃう。イマドキR&Bスタイルの「TAKING MY MONEY BACK」も、独特の軽さとメロディを殺さない程度のシンプルなトラックの彩りが好き。「ME MUERO」はオルガンパートがアクセントになってるラテン風味でこのアルバムの珍味。ヒップホップソウル風の「AUTOMATIC PART II」は、そんなにあのデビュー曲と似てる訳でもなく、フツウに聴き流せる。シングル「COME BACK TO ME」はドラマチックなサビが宇多田本来の良さが光る曲。2つも収録されてるリミックスに合わせてヒヨコはダンスしてたし。アメリカ市場を前に気負い過ぎた前作に比べて、全体的にずっと地に足着けたソングライティングになってて安心。
●そんで…コレは海外版だけのボーナストラックだけなのか…「光」の英語詞バージョン「SINPLE AND CLEAN」が実にイイ感じ。コレトラックはイジってないよね?そんで「SANCTUARY」「PASSION」の英語詞バージョン。実はこの2曲ばっかり聴くのが一番居心地よかったりして。

今日は表参道ヒルズに行ってしまった。

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『篠山紀信写真展「KISHIN : BIJIN」 BIJIN of THE YEAR 2009』にわざわざ行ってしまったのですよ。
●1960年代初頭からの長いキャリアで、様々なグラビアフォトを撮影してきた重鎮。事実上日本でヘアヌードを解禁させた張本人。宮沢りえ「サンタフェ」1991年の新聞全面広告には当時高校生のボクは卒倒しそうになりました。「ボクと同い年のりえちゃんが、ヘアヌードになってる……ボクの人生はまだなんもスタートしてないのに…」そんなショックの受け方…マヌケ? 最近は「シノヤマキシン」とか「digi_KISHIN」とかヘンテコな名義分けや、「アカルイハダカ」などのシリーズで様々なトライに挑戦している。
●そんな大先生が、表参道ヒルズで写真展を開催。今回のテーマは “BIJIN”。今一番輝いていると思う「美人」を撮りおろした写真が披露される。そんで今回選ばれたモデルが6人。黒木メイサ(女優)、安蘭けい(元宝塚トップスター)、川上未映子(芥川賞作家/シンガー)、原紗央莉(モデル)、中村七之助(歌舞伎俳優)……そして、ボク的にわざわざ足を運んでしまった直接の理由にもなった、西尾由佳理(日本テレビアナウンサー)だ。
西尾由佳理さん、この人は不思議だ。ボクは毎朝「ズームイン!!SUPER」を見ているので、彼女の仕事ぶりは毎日見てるわけだが、どういうわけだが全然見飽きない。この人、アナウンサーらしくないんです。だって本質的にやる気レスなんだもん。ソコを仕事ダイスキ人間の羽鳥サンが絶妙に突っ込む。ましてや彼女が珍しくやる気を見せたり複雑なリアクションをしていると、毎日の固定視聴者であるボクはそのイレギュラーがオモシロくなっちゃう。
●で、意外な偶然か、篠山紀信さんも「ズームイン!!SUPER」の熱心な視聴者で、その縁からの大抜擢なんですって。黒木メイサ原紗央莉のヌードと、西尾さんが並ぶと思うと実に不思議だし、どんな撮られ方をしているのか実に気になる。

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●会場の中は撮影禁止なので、会場の外の看板を撮影したものしかお見せ出来ない。敢えて言葉で説明すしますが、19世紀スタイルのアンティーク家具に囲まれて、モノクロのヴィンテージカメラに収められた彼女は、黒いドレスに身を包み普段は見せないゴスなオーラを放つに至ってた。大きなマホガニーのテーブルに腰かけカメラを見つめる彼女は、黒いレースのロンググローブを身につけて、どこかメイドさん人形になったかのよう。
紀信センセイは、西尾サンへのアプローチに関しては、細かい注文を事細かに指示して完全にポースを極め込み、自由を完全に奪った上で撮影したらしい。日頃の朝番組イメージを裏切る仕上がりはこうして切り取られた。写真そのものには本人自身が一番ビックリしてたみたい。篠山紀信のスゴさは、こうしてモデルを完全に自分の自己表現の素材に変換してしまうチカラなのかも知れない。

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●ぶっちゃけ、篠山紀信サンの写真をこんなにマジメに見たのは生まれて初めてでした。



シモキタザワの古本屋に行って、篠山紀信サンの写真集を立ち読み。

写真集「百恵」 

「百恵」
●昭和のトップアイドル、山口百恵。彼女の1973年のデビュー期から1980年の引退までを網羅した写真集。当然ボクはリアルタイムに彼女の活躍を知るはずもないし(だってボクは1973年生まれだもん)、その同時代の人が感じたオーラを知るはずがない…。でもこの写真集は強烈だと思った。だって、彼女、1973年当時、中学3年生でしょ? 14歳程度でしょ? 紀信サン、イケマセン!これは21世紀の感覚では児童ポルノ寸前です!
●スクール水着や薄手のキャミソールを身にまとう彼女は、今のグラビアアイドルに慣れた感覚だと、もう恐ろしいほどペチャパイで、腰回りも全然クビレテなくて(くわばたりえ以下)、オシリのカタチも不格好。まあ14歳なんだし未成熟というのも当然なんだけど……なのに、その薄手のキャミの下から透けるビーチクさんとか、膨らみの小さい謙虚なバストをキツく締め付ける水着からプックリ膨らんでるビーチクさんとか、紀信サンは見逃す事なく丁寧に撮影なさってまして……そりゃまあ見事に見るモノの禁忌感覚にドスコイと踏み込む内容で、おもわず生唾ごっくんなのです。
●で、そんな写真家のヨコシマな狙いを察知しているのかしていないのか全く分からない謎めいた表情で、彼女はコッチを見ているんですよ。少し口をユルく開き、どうぞ為すがママにワタシをイジクッテ下さいとでもいうような目線で。クールだわ…。笑顔で八重歯をこぼすカットより100倍セクシー。山口百恵というタレントのカリスマをかいま見た瞬間です。
紀信サンに撮影された女性は、撮影された写真の中の自分に皆驚くという。自分でも知らないような自分が写っていると。被写体を乗り越える写真のポテンシャルを、そのスキルで導き出すのが紀信サンの天才なのであるなら、ココに写る「山口百恵」紀信サンの創作物なのかも知れない。紀信サンスゴい。そして、「山口百恵」を引退して100%の一家庭人になりきった彼女は、「山口百恵」というイメージがこうした天才たち(ソングライターチームや映画関係者など)によって巧妙に組み上げられた虚像であることを正確に認知していたからこそ全てのメディアの前から姿を消したのでしょう。その意味で百恵サンは非常にクレバーな女性で、天才たちを引きつけたカリスマは正真正銘のモノだったにチガイありません。ああ、今度彼女の音楽キチンと聴いてみよう。



●21世紀の女性は、紀信サンのような男性視点のフィルターを通過して初めて存在するような、自分自身から疎外された存在じゃなくなった。堂々とジブン責任で言いたい事をぶちまけ、ジブンの汚点も容赦なくさらけ出す覚悟を備えた。そんなクリエイターが大勢登場している。ソレはソレでとても愉快で注目すべき事象だと思う。そのハナシはまた後日に。


今日も、誰にも望まれない文章を書きます。はぁ~。一体自分でもナニをやってんだかって感じ。
●今日のテーマは…。80年代の英国発ポップスを、ボクの中の音楽史観で位置づける作業なのです。

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「1Q84」ならぬ、1984年前後の音楽を聴く。
村上春樹の小説には様々な音楽が登場する。彼は早稲田大学在学中からジャズバーを経営し、ジャズまみれで生活してた人物だ。「楽器は弾けないけど、音楽を奏でるように文章を書いている」という発言も聞いたことがある。ベストセラー「ノルウェイの森」からもわかるように THE BEATLES だって作中に登場する。
●小説「1Q84」の冒頭には、チェコスロバキアの作曲家ヤナーチェックという人物が1926年に発表した「シンフォニエッタ」という楽曲が登場する。このクラシック楽曲が特別なBGMのように作品の随所に鳴っている。ヤナーチェックなんて作家はボクにとって完全に初耳だ。ボクはこの人のレコードもCDも、生まれてこの方肉眼で見た事がない。新聞記事で、このベストセラー本に便乗するかのように、ヤナーチェックのCDがバカ売れを始めた、という話を読んで、初めて「ああ、これは実在の人物なんだ」と納得出来たほどだ。
●しかし、その一方で、この作品の舞台になる1984/1Q84年当時の音楽についてはひどく冷淡だ。QUEEN ABBA のプロモビデオがバーにかかっていることに、主人公たちはウンザリしている。その他に、同時代と言えるようなBGMは全然聞こえて来ない。かといってこの時代の音楽がカスばっかだとは、ボクは思わない。



mtvロゴ

1984年という時代のポイントは、「MTV革命」と、白人&黒人音楽の新しい邂逅。
●ご存知、音楽専門CATV「MTV」は、その前身が1981年に発足、「MTV NETWORKS」に社名を変更したのがちょうど1984年なのです。ケーブルテレビが急速に普及していく中、若者を対象とした音楽専門チャンネルとして注目を集め、ポップミュージックのプロモーションに映像がモノを言う時代を到来させました。
●よって、今まではルックスに無頓着だったミュージシャンも、ファッションや容姿の良さを気にするようになったし、センセーショナルなヴィジュアル戦略がヒットに繋がる場面も増えた。…それと、コレが MTV とリンクした問題かというと自信がないが、ポップミュージックの最前線に、70~80年代のブラックミュージックのエッセンスが投入される場面が増えた…気がする。象徴的な存在をあげるとするならば、かの ''KING OF POP'' 故 MICHAEL JACKSON だ。彼は、当初黒人音楽は放送しないという人種差別的な方針を持ってた MTV で、黒人アーティストとして初めて放送されたオトコでもある。

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●彼は黒人R&Bの影響の下から出発しながら、見事人種の壁をブチ抜くような「ポップ」な音楽表現へ突き抜けた。だから ''KING OF POP'' なのである。そんで、そんなマイケルの成功の周辺で、ディスコファンクの軽妙なダンス感覚を、積極的に白人ポップスが取り込んだような気がする。感覚で言えば、その傾向はイギリス人に顕著だ。今日聴くのはそんな音楽たち。



「第二次ブリティッシュインベーション」1984年的状況の申し子たち。

Make It BigMake It Big
(1990/10/17)
Wham!

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WHAM ! 「MAKE IT BIG」1984年
「第二次ブリティッシュインベーション」という言葉がある。「ブリティッシュインベーション BRITISH INVASION」を日本語にすれば「英国の侵略」だ。アメリカ側から見て、イギリスから音楽やファッション/風俗がドドドッと流入して来た瞬間のコトを指す。「第二次」というからには「第一次」もある。「第一次ブリティッシュインベーション」は1960年代の THE BEATLES 旋風と、それとともにやってきたロンドン発の音楽やファッションだ。THE BEATLES 映画を経由してカーナビーストリートの新奇な風俗が紹介され、THE ROLLING STONES THE WHO THE ANIMALS THE ZOMBIES THE KINKS MANFRED MANN CREAM もこのタイミングでアメリカに雪崩れ込んだ。元来保守的で地理的にも広大なアメリカを、日本よりも人口規模が小さいイギリスのロックバンドが制覇するのは大変なコトだ。同じ英語をしゃべってても全然違う国。そんなアメリカがキリキリ舞いにされたのは二回だけということだ。
●そんで、問題の「第二次ブリティッシュインベーション」。これは「MTV革命」によって準備された。それまでのイギリスのバンドがアメリカで成功するためには全米各地のドサマワリツアーが必要だった。POLICE SEX PISTOLS ですらその例外となれなかった。しかし、プロモヴィデオが全米のテレビに流されるようになり、ダイレクトに音楽やパフォーマンスをアピールできるようになったことが、イギリスのバンドにチャンスを与えた。ことイケメンのアーティストにはこれは有利に働いた。WHAM ! という二人のイケメンユニットもこの時代の波に乗り、大西洋をまたいで成功した。彼らのセカンドアルバムである本作は、イギリス&アメリカの両国でヒットチャートの一位を獲得した。文字通り「MAKE IT BIG」だ!
●彼らの代表曲「WAKE ME UP BOFORE YOU GO GO(邦題/ウキウキウェイクミーアップ!)「FROODOM」「CARELESS WHISPER」が収録されてる。どれもこれも明るいダンサブルなポップス。そんでどれももれなく70年代のディスコミュージックに影響をされた音楽だ。70年代のディスコ旋風の時代には、ディスコは堕落した音楽だと排斥運動まで起こして、レコードを集めて焼くなどしたのがアメリカだ。それを白人のイケメンがサラリと歌うと抵抗なく受け入れる。それもアメリカ。後年明らかにされる GEORGE MICHAEL のセクシャリティをハジメから知ってたら、こんなにヒットしなかったかもしれない…それもアメリカなんだよね。

ANDREW RIDGELEY(言わずもがな、右の人のこと。)

WHAM ! の脇役 ANDREW RIDGELEY がナニをしてるかワカラナイ。
WHAM ! をマジメに聴くなんてあまりない経験なんだけど、一個不思議に思ったことが。コレって、GEORGE MICHAEL ANDREW RIDGELEY の二人組だよね……でも、作詞作曲/プロデュース&アレンジ/ほとんどの楽器の演奏などなど全部を、GEORGE MICHAEL がやってるのよね。つーか、歌声でも GEORGE の声だけが聞こえて、ANDREW がナニをやってるのかワカラナイ。いや、調べるとマジでナニもやってないみたい…。
●二人は学生時代からのクラスメート。シャイでグリグリのメガネ小僧だった GEORGE の才能をいち早く見出して、音源を作らせては売り込みに走ってたのは確かに ANDREW のほうだったらしい。ファッションやイメージ戦略を練るのも彼の仕事。でも音楽的貢献はナンもない…。WHAM ! は1982~1986年まで活動したが、解散後の ANDREW は、モナコでレーサーになってみたり、ハリウッドで俳優の道を探ってみたりするが全部挫折。その後国に戻ってサーフィンを始め、その勢いで環境保護運動に入れ込む。そんで今は BABANARAMA のメンバーだった女性とコーンウォールでゴルフ三昧の暮らしをしてるとさ。



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CULTURE CLUB「THE WAR SONG (ULTIMATE DANCE MIX)」1984年
●さて、GEORGE MICHAEL と違って、こちらはキャリアの最初っからジブンのセクシャリティに正直だった人のバンドだ。つまり BOY GEORGE さんのことね(あ、ジョージつながりだった!)。彼の超グリッター&グラマラスな力任せの「盛りメイク」は現代渋谷のギャルだって一目置くテンションでしょ。で、今も健在にグリッターなルックスでDJとかやってるらしいよ。
●この曲は、彼らのヒットシングルで、サビでは様々な国語で「NO MORE WAR」というメッセージを繰り返す。その中には日本語もあって、あの有名な「センソウヘンタイ!センソウヘンタイ(戦争反対!)」ってフレーズがでてくるのよね。80年代の認識において、カレのトランセクシャルなルックスはてっとり早く「ヘンタイ」な感じで、ヘナヘナと「センソウヘンタイ~」と歌う彼の声は、結果的に反戦メッセージとゲイの前向きなカミングアウトをダブルミーニングで示してしまったコトになった。…いや多分本人にはそんなツモリ露もないだろうけど。
●ボクは 12INCH の買物は滅多にしないんだけど、そんな思い出がとっても懐かしく思えちゃって、「どうせ100円だし」っつーて買ってしまいました。でもさ、コレを改めて聴くとさ、かなり技ありなアレンジで驚いてしまうのですよ。実はデストロイなメッセージソングなのに、カリビアンミュージックの楽しげなパーカッションを四つ打ちディスコファンクと合体させて、フロアを一気に華やかにする楽しさがある。その一方でこの 12INCH MIX では途中ブレイクを入れて、突如不吉な軍隊風のマーチに変貌し、そこからまたディスコファンクに戻ってくる。サビラインをスティールパンになぞらせて、そして各国語のリレー展開でコーラスのリフレイン。
CULTURE CLUB と名乗るだけあって、彼らの戦略はかなり確信的に多文化のハイブリットを目指している。その越境主義って、性別の垣根を越えなくちゃいけない BOY GEORGE 自身の宿命とダブってたのかな?

Kissing to Be CleverKissing to Be Clever
(2003/10/07)
Culture Club

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CULTURE CLUB「KISSING TO BE CLEVER」1982年
CULTURE CLUB のファーストアルバム。このバンドのハイブリットな点をもうちょっと強調しておこう。ベースの MICHAEL CRAIGジャマイカ系の黒人だ。代表曲「DO YOU REALLY WANT TO HURT ME」でさえ、彼のプレイのおかげで見事なダブの香りが漂う。チョッパー多用のドライブするベースはこのバンドの貪欲な多文化ハイブリットを猿真似にしないモノにしている。そんで音楽的リーダーでもあったドラマーの JOE MOSS。後にヘテロな結婚をするけど、バンドの活動期は BOY GEORGE の恋人と公言してた。カリビアンミュージック、レゲエ、スカ、ラテン、ソウル、モータウンといった様々なリズムアプローチに果敢に挑戦した推進力になってたと思う。ギターの ROY HAY だけが普通のアングロサクソン系だった……GOERGE JOE はユダヤ系だったし。
●そんで見事なホーンアンサンブルやサックスソロなどが、ますますディスコファンクとしての強度を上げていく。偶数拍にインパクトをつけるリズムに、正確なカッティングギターが見事にファンク。時に派手なパーカッションがそれにラテンな色取りを添えたりする。意外なほどカッコいいです。最初のシングル曲「WHITE BOY」とかスゴくファンク!コレが BOY GEORGE の中性的な声が乗っかるコトでたちまちユニークなダンスポップになるんだけど。

カラー・バイ・ナンバーズカラー・バイ・ナンバーズ
(1999/06/30)
カルチャー・クラブ

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CULTURE CLUB「COLOURS BY NUMBERS」1983年
CULTURE CLUB のセカンド。ハーモニカのアクセントが瑞々しい「KARMA CHAMELEON」からディスコビート「MISS ME BLIND」などが収録されてます。「CHURCH OF THE POISON MIND」は完全なモータウンソウルだ。ただし、リズムに対して冒険的なコトだけを注目しちゃったけど、実は BOY GEORGE の歌うメロディがチャーミングなことがヒットの第一要件である事は間違いない。女性ボーカリストを従えてソウルバラードにチャレンジしてみたりしている。もうゴスペルばりのアプローチだ。
●そのくせ、あっけらかんとした気分と見せかけて、実は歌詞の内容がシニカルだったりちょっと悲観的だったりしているのも特徴。「キミの扱ってる金は真っ黒だよ」とか、「誰かが言うよ、子供たちよ目を覚ませ、そんで人生を投げ捨てろ、犯罪リストに載ったらママはなんていうだろう? 時々キミはムカつく、だって人生ピンボケのままじゃないか、人々は飢えてから初めて生き残る方法を考える」とか、「街の中じゃ誰かが暴力について説教している、キミの頭の中の MR.マン だよ、この街じゃ真夜中のカウボーイはキミを撃ち殺すのに銃も必要ない。どうしたらボクは自分が生きたいように生きられるのかい?そんなの当たり前じゃないか、キミのように「男」になればいいんだろ」とか。声やダンスビートが甘く聞こえても、歌詞の内容までは甘くないよってさ。
●バンドはそのまま4枚のアルバムを作るんだけど、BOY GEORGE がヘロイン問題を起こして1986年に解散。その後、90年代ドアタマのダンスミュージック革命の際には BOY GEORGE 自身のソロユニット JESUS LOVES YOU が、インドのモチーフに偏ったサイケな気分のエレポップを鳴らしてた……あとは知らない。

JESUS LOVES YOU(JESUS LOVES YOU「THE MARTYR MANTRAS」1991年)



ARCADIA「SO RED THE ROSE」

ARCADIA「SO RED THE ROSE」1985年
「第二次ブリティッシュインベーション」というと、WHAM !、CULTURE CLUB とくれば、次は DURAN DURAN の出番となるんだけど、このバンドの普通の音源は一時期聴きまくり過ぎたので、ココではちょっとハズした音源を紹介します。
DURAN DURAN はそのバンドの絶頂期に二派に分裂してしまいました。THE POWER SATION というバンドと、この ARCADIA というバンド。ARCADIA は、ボーカル SIMON LE BON、キーボード NICK RHODES、ドラム ROGER TAYLOR の三人で結成。一方もう一つの分派 THE POWER SATION は、70年代から活躍するシンガー ROBERT PALMER を据え、ベース JOHN TAYLOR、ギター ANDY TAYLOR、ドラマーに元 CHICTONY THOMPSON を招いて組織された。
●ボーカルの SIMON と、ギター ANDY & ベース JOHN の人気が二分してバンド内に亀裂が入った、と DURAN DURAN の大ファンを自認するラジオディレクターの人に教えてもらったんだ…が、その真相はよく分からん。ただし、バンドの創始者 NICK とボーカル SIMON(加入は一番最後なんです)がいるって意味で、コッチの方が正統派の DURAN DURAN っぽく聞こえる。多少ナルシスティックな SIMON のボーカルや、タン!タン!と打ち込まれるキーボードのオーケストラヒットみたいな音がとっても DURAN DURAN。特に「THE FLAME」なんて曲は完全に DURAN DURAN サウンドになってます。ジャケも相変わらずナルシスティックな匂いプンプンですが、ニューロマンティクス組の筆頭格としてカラフルに染めてた頭はこの時一旦黒く染めてて、「ゴス系」なイメージ展開をしてました。よってダンス不可能なゴス気分の曲もあり。
●ゲストも実は結構豪華。前述「THE FLAME」では GRACE JONES がイントロでヒトコトしゃべるし、「THE PROMISE」という曲では STING がバックコーラスで参加。あとはドコで何しているかワカランが、HERBIE HANCOCK、PINK FROYDDAVID GILMOUR、日本のニューウェーブバンド 一風堂土屋昌巳までが参加してる。
●さて、この分裂 DURAN DURAN ですが、その後、この ARCADIA 三人組が、勝手に新生 DURAN DURAN と名乗って復活しちゃうんです。(アルバム「NOTORIOUS」1987年の頃)なんかエゲツナイ。結局オリジナルメンツでの完全復活は2001年までなされないのでした。
●一方、THE POWER STATION 組も本当はアナドレナイ。T.REX「GET IT ON」をカバーしたりしてて、強いドラムが見事なファンクグルーヴを作ってる(つーか、コッチの方が好きかも)。あ、ちなみに今の話、JOHN TAYLOR、ANDY TAYLOR、ROGER TAYLOR と三人のテイラーさんが出てきましたが、全員アカの他人。兄弟でも何でもない。…ボクはずっと兄弟だと思ってたんだけど…。

The Power StationThe Power Station
(2005/04/26)
The Power Station

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KAJA GOO GOO「WHITE FEATHER」

KAJA GOO GOO「WHITE FEATHER」1983年
「ニューロマンティクス」というムーブメントは、DAVID BOWIE 以来のド派手ファッションで身を固め、そのヴィジュアルイメージを MTV &プロモビデオという新メディアを駆使して最大限に利用した。この KAJA GOO GOO はまさしくそんなバンドだったと思う。
●本来は前衛系インスト集団だったバンドに、ボーカリスト LIMAHL が加入して一気にポップス化。そんで兄貴格であるバンド DURAN DURAN の目に止まり、ARCADIA の話でも出てきた NICK RHODES のプロデュースでデビューする。DURAN DURAN よりもズーッと分かり易いハイスピードなダンスポップ/シンセポップは、ノー天気に明るくて取っ付きやすい。彼らの特大一発屋的ヒット「TOO SHY」は、デビューシングルにしてホントにチャートで一位になっちゃった。ぶっちゃけあまり耳に残らない曲ばっかなんだけど、インスト曲「KAJAGOOGOO」や最後の曲「FRAYO」のハネるベースには、ポストパンク/コールドファンクの気配が少し残ってるし、「OOH TO BE AH」という小ヒット曲にはニューウェーブ的オリエンタル解釈が盛り込まれてる(日本ダイスキ!ってインタビューでも言ってる)。甘ったるいボーカルが台無しにしているけど。
●で、LIMAHL 。この奇妙な名前の男はナニ人?(北欧?)と思ってたんだけど、なんのコトはない、HAMILL という名字を並び替えただけの芸名だという。黒とキンパツの二色染めアタマでキメたイケメン気取りのこの男は、一番最後にバンドにやって来たくせに、バンドの儲けの取り分を半分オレによこせ!的な主張をし始めてモメにモメて脱退。だから、コイツは最初の一枚のアルバムにしか参加してない。

200px-The_neverending_story.jpg(「THE NEVERENDING STORY」1984年)

●しかし、映画「ネバー・エンディング・ストーリー」の主題歌(プロデュースは GIORGIO MORODER だったのでした!)でスマッシュヒット。ボクはこの映画好きだし、ミヒャエル・エンデの原作も好きだし、曲も好きだけど、やっぱ LIMAHL 本人はいかがなモンかと思うね。カバーもイッパイされた曲でしたが、日本では当時、羽賀研二がカバーしててこれまた珍品テクノポップな仕上がりになっている。
LIMAHL が抜けたバンドはその後 KAJA と改名して活動を続行。日本のロックバンド POLYSICS がアルバムタイトルに「カジャカジャグー」なんて言葉を使うなど、リスペクトを表明している人も少なくはない…実際このアルバムには KAJA のベーシストが参加しているというし。

カジャカジャグーカジャカジャグー
(2003/05/21)
POLYSICS

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G.I. ORANGE

G.I. ORANGE「G.I. ORANGE」1985年
これこそマジの一発屋です。イギリスのニューロマバンドってのは間違いない。髪の毛をオレンジ色に染めてたからこのバンド名だっていうし。しかし彼らのアルバムはなんと日本でしか発売されなかったし、日本でしかヒットしてない。当時は、日本のレコード会社が独自の路線で日本限定の洋楽アイドルを売り出す事があったらしく(日本版ウィキペディア)、コイツらはまさしくその典型的なバンドなのでした。しかも、音楽がチャッちくてマジで聴き通すのがシンドイ!
●唯一のヒット曲で一応ソレくさいシンセポップでもある「PSYCHIC MAGIC」はテレビCMにもなったから、当時を生きてた人は聴けば分かるかも知れない。CMという映像メディアで成功したという意味では1984年的なバンドだったとは言えよう。しかし分かったとしても全く得した気分にはなれないです。アトの曲はシンセポップですらなくって泣ける。ブックオフの100円アナログコーナーで発見。さすがにコレをCD化するメーカーはこの世にいないらしい。



Songs from the Big ChairSongs from the Big Chair
(2001/03/13)
Tears For Fears

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TEARS FOR FEARS「SONGS FROM THE BIG CHAIR」1985年
●特別な化粧っ気もないので「ニューロマンティクス」組とは言えないと思うけど、英語版 WIKI によると「第二次ブリティッシュインベーション」組には組み入れられているので紹介します。ボクは次作「THE SEEDS OF LOVE」1989年の方が、プログレッシヴロックを連想させるほどの作り込みで好きだったけど、実はコッチもかなりの作り込みブリだね。シングルヒット「SHOUT」「EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD」がどうしても目立っちゃうからポップ色が強く感じられるけど、6分曲の半分以上をサックスソロでヤリ切ったりするのは、単なるシンセポップバンドとは一線を引くミュージシャンシップを感じます。特に後半はスケールの大きなバラード、アブストラクトな展開が広がります。フロアライクなエレファンクもちょっぴりあります。
●調べると、実はネオモッズバンドをやってた連中が、TALKING HEADS BRIAN ENO のような偏差値高い系の音楽にハマるようになって改組したのがこのバンド。心理療法用語からバンド名を拝借するセンスも偏差値高めアプローチなんだろな。



SOFT CELL「THIS LAST NIGHT IN SODOM」

SOFT CELL「THIS LAST NIGHT IN SODOM」1984年
●今日紹介する、三組目のゲイさんです。ボーカル MARC ARMOND は最初っからあけっぴろげにゲイである事を公言しており、そのイメージを存分に活かして、背徳的/退廃的な歌詞を神経質に歌ってみせた。彼らをスターダムにのし上げたのは「TAINTED LOVE」MARC BOLAN の彼女で黒人シンガー GLORIA JONES のソウルチューンを完全エレポップにカバーしたもの)1981年。同年のファーストアルバム「NON-STOP EROTIC CABARET」では、SM趣味をタップリもりこんだ過激プロモを作って検閲を受けちゃって、ちょっとした話題を呼ぶ。この意味で彼らも十分にプロモビデオ世代の1984年状況に深くハマっているのです。
●とか言いつつ、実はこのアルバム、解散直前のラストアルバム。エレポップであったはずの音楽は、MARC ARMOND が子供の頃から影響を受けてたロカビリー/初期ロックンロールなドタバタテイストが加わり、より耳障りな演出が施されている。B面最初の「L'ESQUALITA」は彼らが愛したニューヨークのゲイシーンを、押尾学の大好物だった MDMA A.K.A. エクスタシーをモリモリカジリながらデカダンスに歌い上げる物件。連中はトコトン良識ある人々の神経を逆撫でしたいんだなと思っちゃう。
MARC ARMOND SOFT CELL と同時進行で MARC AND THE MANBAS というバンドを運営してて(1982~1983)、そこには THE THE 結成前後 の MATT JOHNSON なんかも所属していた。ソロ活動でもエレポップという軸足はぶらさずに、その独特なボーカルを様々な場所で響かせている。
●シンセ担当の相棒だった DAVID BALL は90年代に入るとテクノユニット THE GRID を結成。アシッドハウス以後のテックハウスシーンでちょっとした存在感を放つ。チルアウトな側面を持つアブストラクトビートの「CRYSTAL CLEAR」や痛快なシンセリフが印象的な「TEXAS COWBOY」は今でも大好きです。

Music for DancingMusic for Dancing
(1998/06/30)
The Grid

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Sweet Dreams (Are Made of This)Sweet Dreams (Are Made of This)
(2005/11/11)
Eurythmics

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EURYTHMICS「SWEET DREAMS (ARE MADE OF THIS)」1983年
●あ、今日初めての女性ボーカルだ。でもこのシンガー ANNIE LENNOX 存在感も限りなく中性的だな。天使のような可憐な声から悪魔のような低い声も出せるから。そして彼女のベリーショートな髪型がプロモに映えたのが「第二次ブリティッシュインベーション」的でもあります。そんなで、どっかレズビアンなイメージの漂う彼女だけど、でもプライベートライフではキチンと結婚/出産をしています。
THE TOURISTS というポストパンクなプログレバンドが前身。シンガー ANNIE LENNOX & ベース、シンセなどなど担当 DAVE STEWART のデュオ編成に改組して EURYTHMICS がデビューしたのが1981年。コレは二枚目のアルバム。ANNIE のソウルフルなボーカルとシンセポップとしての躍動感は彼らにとっても新境地。ISSAC HAYES 作曲、SCRITTI POLITTIGREEN GARTSIDE とのコラボとなった「WRAP IT UP」はこの時代でしか放てない独特のエレクトリックファンクになってます。
●そんで表題曲の「SWEET DREAMS」。NAS がサンプルして「STREET DREAMS」のネタにしているくらい、今でも人気のある楽曲。ジャストなビート感覚で攻め上がってくるシンセと中性的低音ボイスが野太いグルーヴを作ってしまってます。MARILYN MANSON までカバーしてんだよね。
●90年代は丸々活動休止したバンド。ソロは活発です。ANNIE はソロ、DAVE はサントラやプロデュース業で活躍。DAVE の仕事では映画「ALFIE」のサントラ(2004年)で MICK JAGGER とガッツリ組んだのが注目。ボクはココで白人女性ソウルシンガー JOSS STONE の存在を知りました。

アルフィー オリジナル・サウンドトラック(CCCD)アルフィー オリジナル・サウンドトラック(CCCD)
(2004/12/08)
サントラミック・ジャガー&デイヴ・スチュアート

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Rip It UpRip It Up
(2008/03/01)
Dead or Alive

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●DEAD OR ALIVE「RIP IT UP」1985~1987年
●わーまた一人、グリッター感全開の姐さんを思い出しちゃった。このバンドのボーカリスト PETE BURNS はイギリスのこの時代のダンスシーンから登場した徒花的存在決定版です。70年代はゴス系ロックをやってたのがいつの間にかダンスミュージックにスライド、1985年「YOU SPIN ME AROUND (LIKE A RECORD)」で大ブレイク、「ハイエナジー系」と呼ばれるアーティストの筆頭格に君臨し、日本のディスコシーン(クラブではありません)でもバカ受け。…ちなみに本人は、なんで日本でもオレの音楽が受けてるんだ?と不思議に思ってたらしいけど。このアルバムは、彼らの全盛期の楽曲をノンストップミックスしてくれたベスト盤。「YOU SPIN ME AROUND (LIKE A RECORD)」「BRAND NEW LOVER」も入ってます。
●でもですね、この人、明らかな女装マニアで絶対ホモセクシャルなんだろうと思わせといて、実は20年連れ添った奥さんがいるんだって!つまりバイセクシャルというコトなんです。…ただ一方でよりゴシップダネになってるのは彼の美容整形マニアぶり。いじり過ぎ!改造し過ぎ!そんなんで彼は性の愉しみよりも自分の見た目を弄ぶ事に夢中なタイプなんです。うーむ、性の多様性ってのは難しいなあ。イロイロなフェチがあるってことだ。

最近のピート・バーンズ(最近の PETE BURNS。やっぱやり過ぎでしょ!)

●さて、ココでは「ハイエナジー」というスタイルについてお勉強。キーパーソンは STOCK, AITKEN & WATERMAN というプロデューサーチーム。メンバーの名字をつなげただけの三人組なんですけど、彼らが「ハイエナジー」ひいては「ユーロビート」という音楽の生みの親になる。彼らとの出会いで DEAD OR ALOVE「YOU SPIN ME AROUND (LIKE A RECORD)」をモノにすることが出来た。そのサウンドの特徴は、リンドラムとシンセベースの一音一音をスタッカートで切り離し、ドドドドダダダダとおびただしい連打でリズムを構成する事。そんでコレをシーケンサーで完全自動演奏する事。彼らは最新の音響機材を駆使し、完璧な正確さを持つビートを叩き出した。ソレが80年代後半の世界を席巻するのだ。
●その後は、BANANARAMA「VENUS」、KIM WILDE「YOU KEEP ME HANGIN' ON」、KYLIE MINOGUE「THE LOCO-MOTION」「I SHOULD BE SO LUCKY」(…なんかカバーが多いな…STOCK, AITKEN & WATERMAN の好むコード進行は50年代のポップソングと相性がいいとも言われてる…)とか、RICK ASTLEY「NEVER GONNA GIVE YOU UP」とかを手掛けて一世風靡。しかし、彼らが駆使した技術は世界中にたちまち普及して、より過激なスタイルである90年代テクノ/ハウス革命にはついていけず1993年にはチームを解散してしまいました。テクノもヒップホップもみんな同じような機材で作れるからね。
●ただし彼らが作ったサウンドを見事に今も大切にしている国がありまして。それは日本!「ユーロビート」の名で知られながらも全く「ユーロ」と関係ない所で制作され販売されているこのイビツな状況に、一部の海外マニアは非常に高い関心をよせてるみたいで(それは「ダンスダンスレボリューション」のような音ゲーとして世界に再拡散しているみたいでもあって)、エイベックスが編んでいるコンピについて考察する詳細な英語サイトがあっちゃったりしてるみたいです。



PleasePlease
(2008/12/18)
Pet Shop Boys

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PET SHOP BOYS「PLEASE」1986年
本日の微妙セクシャリティはコレで5組目か?このユニットのボーカリスト NEIL TENNANT さんもゲイだってカミングアウトしてる。そういう感覚にオープンになれる時代が徐々に到来していたってコトでしょうか? それともダンスミュージックという文化とゲイカルチャーがなんらかの親和性で繋がっているのか?つーか、その両方?不思議不思議。
●さて、彼らエレポップ二人組も「第二次ブリティッシュインベーション」の時期にキャリアを伸ばしました。これがファーストアルバムだから、ちと後発組なのかな?……ただ、改めてこの20年以上前の音源を聴いてみてつくづく思ったんだけど、この人たち、最初から00年代の今に至るまで全然作風が変わってないのね。ある意味ビックリ。軟弱/草食系ボーカルも変わらないし、切なげなメロディも、味の薄いエレクトロなトラックも全然変わらない。初期の代表作「WEST END GIRLS」とかが収録されてるけど、20年を経た2006年の彼らのアルバム「FUNDAMENTAL」と聴き比べても全然古く感じない。
●これは、エレポップという音楽スタイルのアイディアは最初っから完成されていた、というコトを示しているのか?それとも、20年の時間が経ってエレポップが再評価され始めたのか?不思議不思議。でも、とにかく彼らは現在でもエレポップの最前線で活躍を続けているのは事実で、おまけに最近のダンスロックの盛り上がりの中で、PET SHOP BOYS に影響を受けたようなアーティストが出現しているのも事実なんだよな。彼らの音楽に分かり易いソウルミュージックの影響を読み取るのは難しいけど、80年代に成長したエレクトロ技術の成果はハッキリ見て取れる。00年代のエレクトロブームと彼らの存在はそういう意味ではシッカリ繋がってるんだろうな。

FundamentalFundamental
(2006/06/27)
Pet Shop Boys

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「1984年状況」の意義をおさらい。
●改めてまとめます。ポイント1。1984年状況は、R&Bやディスコなどの黒人発ダンスミュージックを、白人が消化して自分たちのポップスに引きつけた時代だとボクは思ってる。ここで注目すべきユニークな点は、それが同じ国土に沢山の黒人人口を抱えるアメリカではなく、黒人さんが人口に占める割合が低いイギリスで活発に実験された事だ。今日紹介したアーティストは全員イギリス人。イギリス人は60年代から黒人音楽への尽きない憧れを抱き続けている。モッズカルチャーやジャズロック、ブルースロックなどを通過し、80年代に至ってディスコファンクに行き着いた。レゲエも大きな影響を及ぼしている。ココは今後さらに突っ込みたいテーマ。
●ポイント2。性的マイノリティのセンスすらもが呑み込まれてこの時代のポップ表現は拡大された。80年代は KEITH HERRING ROBERT MAPPLETHORPE のように自らの複雑なセクシャリティを公にカミングアウトしたヒーローが数々活躍したし、その反面 AIDS の発見/流行という悲劇で同性愛という文化が注目を浴びた時期だった。70年代に人種差別主義が克服されていくと、フェミニズム/ジェンダーの問題が大きな焦点になっていく。「性」の問題は80年代の大きなキーポイントだ。80年代ディスコ/初期のクラブカルチャーは、こうした性のマイノリティのためのコミュニティとして機能していて、ポップスはそこから大きな滋養を得た。
●ポイント3。加えて「MTV」というメディアが登場し、映像によって情報伝達のスピードが思い切り加速された。結果、この時代の新型ダンス/ポップミュージックはより強力に増幅されて全世界に波及した。「第二次ブリティッシュインベーション」はその情報伝達速度の加速っぷりを証明した事件だし、別にイギリス~アメリカの大西洋だけが乗り越えられたわけじゃない。地球の裏側、わが日本にも小林克也「ベストヒットUSA」のような番組が出来て、大きな影響を及ぼした。

そしてここから始まった事。
●黒人音楽と白人音楽のハイブリット実験が進むにつれ、クリエイターの視線はさらに新しい世界へと向けられる。結果80年代後半にはワールドミュージックの時代が到来し、アフリカ、アジア、ラテン、ブラジルなど、全世界のエスニックミュージックが新たなポップ表現の源泉として注目を浴びるようになる。ありとあらゆるローカルな音楽が再発見され、ポップスとして昇華される。様々なスタイルの音楽と既存のロック/ポップスによる、様々な交配実験が全世界で行われる。ミクスチャーロックの時代の到来だ。
●そしてクラブミュージックの拡大。アメリカでは退廃文化として反対運動まで起こった70年代ディスコカルチャーだが、いつしか黒人文化の独占物という偏見は失われ、踊る事に機能特化したダンスミュージックはより需要を増していく。そして80年代末期のイギリスで「アシッドハウス」が誕生。全世界を席巻する90年代のテクノカルチャーが芽吹く。もちろん、エレクトロ系機材の進化も見逃せない要素だ。
アメリカでの「MTV」のインパクトは強力で、アメリカ人アーティスト自身ももはやこの新メディアを無視できない状況になった。ここから80年代的な新たなスターが登場する。MICHAEL JACKSON はその代表格であったし、MADONNA もココから登場したポップスターだ。


●今後は、1984年を軸に、80年代後半の音楽、そんで反対に80年前後の音楽とかに注目した音楽の聴き方を模索してみようと思います。
ボクは90年代をリアルタイムに体験してきた世代。で、自分の時代をキチンと位置づけてみたいと思っていくつかの文章を書いてみた…。けど、ソコを細かく明らかにしていくにはその前の80年代の出来事がどうしてもついてまわるモンで……だからこんな事になっちゃうんだけど……いや音源一枚や1アーティストを取り上げるだけじゃ、その音楽が生きた時代の匂いを掴むトコロまで到達できないじゃないですか……え、別に到達する必要はない?……でも自分の生きた時代だからなあ……そして自分がナゼその音楽を聴いたか、当時多くの人がその音楽を聴いたのか、気になるじゃないですか……これがこんなバカげた事をする動機かな。しかし、スンゲえ遠回りだなあ、00年代ももう終わりそうなのに。
●もちろん、チャンスを見て、90年代、00年代の音楽シーンもうまく捉えていきたいと思ってます。果てしない作業だけど、ちょっとづつコツコツ頑張ります。下にはそんなアプローチを念頭に置きながら書いた文章へのリンクを集めときます。



2009.07.29 「スリルジョッキーでなくなったボク。THE SEA AND CAKE。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090729.html
2009.07.20 「ユニコーン再結成ツアーDVD。トリビュート盤にみるファミリーツリー。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090720.html
2009.07.18 ノマドヒヨコの通信簿。そして我が青春のマッドチェスター。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090718.html
2009.07.11 「名古屋スクール。nobodyknows+、HOME MADE 家族、SEAMO。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090711.html
2009.06.28 「マイケル・ジャクソン、レスト・イン・ピース。彼の音楽世界とその思い出」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090628.html
2009.06.08 「先週末は運動会。ミドルスクール、オールドスクールのファンクに身を揺らす」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090608.html
2009.06.06 「『仕事細胞』の暴走を止めたい……そして、渋谷系~シモキタザワ系」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090606.html
2009.05.27 「『RAVEX』。注目の3大プロデューサーが作るエイベックスの新機軸」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090527.html
2009.05.05 「保守系雑誌「諸君!」休刊。そして忌野清志郎さんのロックの保守感覚」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090505.html
2009.04.16 「スラムドッグのグローバリズム、UK エイジアンを堪能」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090416.html
2009.04.13 「トリップホップと UK ヒップホップの不思議」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090413.html
2009.03.30 「ニューレイヴ。21世紀のシャーマニズムと野蛮と逆ピラミッドの神官たち」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090330.html
2009.03.01 「ホイチョイ・バブル三部作と、あの時代のトラウマ。ボクはバブルが憎い」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090301.html
2009.02.22 「オバマ大統領の生まれ故郷、ハワイイの文化に奥深く迫りたい」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090222.html
2009.02.14 「ユニコーンと奥田民生。BOOWY と氷室京介。バンドブームから20年の歩み」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090214.html
2009.01.21 「大人になってしまった妖精たち。PIXIES の絶叫はドコに響いてくのかな」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090121.html
2009.01.15 「THE VERVE。ジャンキーがクスリを抜いて、王道へと歩んでいった道程」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090115.html
2008.10.01 「90年代の伝説 NIRVANAとKURT COBAIN。ロックの神に捧げられた生贄」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20081001.html
2008.09.28 「成熟を避けて突き進む「音速の若者」SONIC YOUYH に今一度シビレル。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080928.html
2008.09.16 「SONIC YOUTH はドコから来てドコに行くのだろう?音速のスピードで。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080916.html
2008.09.08「PAVEMENT と STEPHEN MALKMUS にまつわるセイシュンの思い出」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-508.html
2008.05.18「00年代エレクトロを巡って、90年代80年代そして70年代まで旅をする」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-438.html
2008.04.20「80年代末から現在まで、UKのブラックミュージックを一気に俯瞰する」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-418.html
2008.04.05「放送室で溶け合った、60年代と90年代UKロック。ブリットポップの時代」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080405.html
2008.04.29「ボクは「FREE SOUL」がダイキライ。でも許す(←ナニ様?)」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-425.html
2007.10.22「『渋谷系』とは何だったのか? 極私的に90年代を振り返って」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-240.html
2008.01.06 「平成20年から平成元年を照らし出す。「バンドブーム」の記憶」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-293.html
2007.12.14「1986年。少年がロックに目覚めた瞬間」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html
日本テレビの朝番組「ズームイン!!SUPER」の絵本をゲット、コドモに読ませる。

「ズーミンとチャーミン こおりのくにをすくえ!」

「ズーミンとチャーミン こおりのくにをすくえ!」
「ズームイン!!SUPER」の番組キャラクター、ズーミン&チャーミン兄妹が地球温暖化を問う、子供向けと見せかけて意外とタフなメッセージが込められた絵本が今月全国発売。熱心なズーミン&チャーミンファンである我がコドモたちの熱心なリクエストを受けてゲットしてきた。もう二人とも爆読み状態である。…ウチの兄妹は多分自分たちとズーミン&チャーミンを同じようなモンだと思ってる節がある。

P1001378.jpg(黙々と読み耽るコドモ二人)

大事なトモダチ、ペンのムラが滅亡の危機!
ズーミン&チャーミンのトモダチで、こおりのくにに暮らすペンギンのペン。彼の故郷がピンチにさらされている。ナゼか気温が上昇してムラの氷がどんどん溶けてしまっているのだ。家が溶け、大地が溶け、大勢の仲間たちはわずかに残った島にひしめき合うように集まっている。さながら地球温暖化難民である。この天変地異の原因は「アツサノモト」という名の怪獣のしわざ。もちろん温室効果ガスを象徴するモノである。さあ、このピンチにズーミンはどう立ち向かうのか?

「ズーミンとチャーミン こおりのくにをすくえ!」抜粋

●友人の故郷が水没しようという時に、ナニもできないズーミンは自分の無力を思い知る。ノンキなズーミンワールドに襲いかかる運命は、その絵本をトーンを裏切るほどに苛烈。サイゴにはハッピーエンドが待ってるんだけどね。でも、21世紀のキッズにとってこの問題はリアルに解決を強いられるモノなわけで、このテの予行練習は必要なのである。

●娘ヒヨコは、今や住む家も失ったペンギンたちを、我が家が先月購入した新型冷蔵庫にかくまってあげたいと提案した。「エヴァンゲリオン」に登場する、葛城ミサトさんのペットペンギン「ペンペン」が冷蔵庫みたいなスペースで暮らしているのに着想を得たらしい。あげく「エコポイントをつかってもう一つレイゾウコをかって、もっとたくさんペンのトモダチをたすけてあげたい」だって。
●イヤイヤさすがにペンギンはウチの冷蔵庫には入らないだろう……あ、ウチのズーミンのヌイグルミはチッコイから、ヒヨコのアタマの中ではペンたちは身長10センチ以下の小動物なのね……じゃあさ、ヒヨコ、ペンのトモダチたちのお世話とかゼンブ出来るのか?きっと思いっきりサカナ臭いぞ?ヒヨコのガリガリ君もゼンブ食べちゃうぞ?ヒヨコがおフロ入ろうとしたら、ペンたちがおフロを氷水にして泳いでたらどうする?「うーんと、イッショにアソブ!」…ヒヨコ、キミのその根拠のナイ前向きさは時々マジ立派だと思うわ。



先日、ボクがヨガの運動を説明する絵を描いてたら、娘のヒヨコもマネして絵を描き出した。
●今月末に迫ったバレエの発表会の振り付けを説明する図です。

ヒヨコの振り付け図

●途中で描くのに頓挫しましたが、必ず髪の毛のおダンゴが描かれているのと、全員のオンナノコが笑顔なのがポイント。センセイには「常に笑顔!」と厳しく指導されてるかららしい。
バレエのメンバーの中ではトビキリのチビであり、しかもポッチャリ幼児体型のヒヨコは、完全に浮き立つキャラであり、むしろ幼稚園児以下のベビークラスの方がふさわしいくらいのルックス。しかし、半ばフツウの習い事感覚でバレエに通わされてる仲間たちに比べ、モチベーションだけは異常に高い。素朴にバレエが大好きで、他人に物怖じせず踊る根性はセンセイたちからも一目置かれるようになった。「ヒヨちゃんも、最近はなかなか立派なモンね」と一番エラいセンセイも言ってたくらいだから。しかし、意欲だけじゃやっていけないのがバレエの世界。遺伝的な体型や骨格の構造など本人の努力には及ばない所でダンサーとしての資質が決まってしまう非情な一面があるのも真実。ヒヨコのチンチクリンキャラであと何年出来るかな?ちなみに、今度の舞台でヒヨコは、お人形の役と、ひよこの役をするという。ヒヨコがひよこの役ね…。


過酷なバレエ社会のリアリズム・マンガ。

山岸涼子「テレプシコーラ」全10巻

山岸涼子「テレプシコーラ」全10巻
山岸涼子には「アラベスク」というバレエ巨編があるんだけど、再びこの女性マンガの巨匠がバレエを題材に動き始めた。娘ヒヨコがバレエ教室に通い始めてからこの作品を読み始めたんだけど、ソレが故にその細かいリアリズム描写は実に生々しく感じられてしょうがない。どんなに才能や意欲があっても、思春期を迎えて体型が大人へ変化する中で、それがバレエ体型にそぐわない成長をしてしまったら、そのコのキャリアはソコでもうオシマイなのだ。もちろんバレエ教室に長く関わるためには、家庭にそれなりの資力だって必要だ。どんなに優れた身体能力を持っていても、経済力がなければ脱落するのみだ。
●主人公の千花&六花姉妹は、バレエ教室を営む母を持ち、キャリアを積むには絶好のポジションにいる。ましてや姉の千花には天才的なセンスと強い自信が備わっており、明るい未来を嘱望されていた。妹の六花ちゃんも、素朴に彼女を尊敬していた。しかし、度重なる不運が姉に襲いかかる。性格も技術も好対照なこの姉妹を軸に物語は展開していく…。
●バレエ社会は狭き門。その門の中に入るためには際限ない努力が要求される。高名な先生の指導を受けるために、新幹線で教室に通うようなことだってする。そして結局、そこに渦巻くのは嫉妬や足の引っ張り合い、心ない中傷や策謀だ。コドモには苛烈すぎる。思春期を迎えたばかりの少女たちにのしかかる過酷な運命。まだ年端もいかない少女なのに、人生の全てを決めるような瞬間をいくつも乗り越えなくてはイケナイ。そして、物語の終末に向けて取り返しのつかない悲劇が起こる!…その一方で、やはり幸運の糸に引かれて才能を開花させる少女もいる。

バレエの高いレベルには少年ダンサーも大勢登場する。
実は息子ノマドも一年だけバレエ教室に通わせていたのだが、絶対数が少ない男子ダンサーはなにげに重宝される。ノマドでさえ特別な関心を持って指導してもらえたし、ボチボチものになるまで続けさせれば、発表会のパートナーとして引っ張りだこになったかも知れない……。フツウの女性バレリーナが自分で発表会に出場するには大変なオカネがかかるが、男性パートナーはむしろそんな女性ダンサーからギャランティをもらって踊れる場合があるというのだ。稼げよノマド!
●でも、男の子はやっぱ関心が持続しないな…ノマドの一年先輩の男の子もスゴくフテクされて踊ってたし、ノマドよりも早くドロップアウトしちゃった。そしたらノマドも飽きちゃったみたいで…。ノマドの性格から言えば、オンナノコに囲まれるのは居心地の悪いモンじゃないはずで、むしろイイ感じにカワイガってもらってたんだけど、男子がたった一人じゃね……。それに、そんな片手間でこなせるのは子供の段階だけで、この作品に描かれるような本当の一線を目指すような段階では厳しい競争社会が待っているのです。


「テレプシコーラ」第二部2

「テレプシコーラ」は現在第二部に突入、2巻までが出ている。
●第一部の主人公・六花ちゃんは、どこかあどけない天然ぶり&お人好しさを残しつつも、いつしか独創的なコレオグラファーとしての才能に目覚め、海外のスカラーシップを得るために全世界から新人ダンサーが集まる有名な国際大会、ローザンヌ・バレエコンクールに出場する。
●ここでもひたすら徹底したリアリズムで、スイス・ローザンヌまでの移動トラブルとか、風邪感染防止の秘策とか、レッスンで審査員の関心を引くためのポジション取り、日本ではまだその教育手法が普及してないコンテンポラリーダンスの難しさなどが細かく描かれる。アンチドラマチックなテンションで淡々と描かれる一つ一つの段取りは退屈かもしれないが、その一つ一つに六花ちゃんが持ち前の感受性で、不測の事態を乗り越えていくのを眺めていると、いつしか「頑張れー!」と声援を送りたくなってくる。


不定愁訴が厳しい。安定剤をモリモリ放り込んで正気を取り戻そうとしている。
会社でテンションを上げている反動なのか、家に帰ると正気が崩れる。会社で正常であろうとすればするほど、家での揺り戻しが激しい。クスリの量がどうしても増える。かまうもんかデパスなんて多少増えた程度で別に死にやしない。気休め程度だわ。
●そんな落ちた気分でDVDを見る。ボクなんかよりも100万倍の苦しみを味わった人の話だ。

川村カオリ「RE-BIRTH 20090123」

川村カオリ「RE-BIRTH 20090123」2009年
●先月7月28日に乳がんで亡くなったシンガー、川村カオリさん。その彼女が38歳の誕生日に原宿アストロホールで行ったライブ。デビューが1988年なのでキャリアもちょうど20周年という節目の年になるはずだった。
●彼女とは年齢にして二つしか違わないボクだから、1990年前後初めてメディアに登場した頃の彼女のコトはよく覚えている。金髪を短く刈り込んでツンツンに立て、黒い革ジャンに身を包んだ彼女は、カリカリに痩せた少年のようだった。特に音楽的な思い入れはなかったんだけど……。代表曲「翼をください」は学校唱歌みたいなモンだったじゃない?デビュー曲「ZOO」辻仁成本人のバンド ECHOES のバージョンの方が印象深かったな。ただ、カリカリした緊張感を孕んだ表情は印象的だった……同じハーフってコトか、今の土屋アンナと少々イメージがダブるんだけどね。
●ただ、乳がんとの闘病を押してステージに立った彼女は、そのかつての面影が全くなくなっててビックリした。病気との戦いが、彼女を10歳以上老け込ませているような気がした……あくまでボクと2歳しか変わらないんだから。ボクも自分がこの2年で大分老け込んでしまったと感じているんだけど、そんなモノはハナクソほどの意味もない。乳房の切除手術、抗がん剤治療、度重なる再発にどれだけ彼女は苦しめられたのだろう。メイクじゃ隠せない目の下のたるみ、パサついた髪の毛、ユルくなったアゴの輪郭、激しい病魔との戦いが彼女の顔つきに爪痕を残している。ネットで調べると、彼女のお母さんも乳がんで亡くなっているという。自分の運命が今後どうなるか、イヤでも頭にこびり付いてしまっただろう。
しかも彼女には7歳になる娘サンがいる……これまたボクの長男ノマドと同い年なのだ。まだ年端もいかぬ娘を1人遺して逝くのはどんなに辛い事だろう。まだ何も伝えてあげられない年齢なのに。

●DVDのパフォーマンスは7曲。デビュー曲から最新曲「バタフライ」までを網羅したセット。アンコール前の最後の曲の前に、彼女はMCを挟んだ。こぼれ落ちる涙を必死に堪えながら。

 ホントに振り返るとこの20年間イロイロなことがあったなと思います……原宿でフツウに遊んでいた一人のオンナノコが、ちょっとした人との出会いでデビューすることになって。それも、スゴく奇跡に近いような事だと思うし……。たくさんのコメントを頂いたり手紙を頂いたりメールを頂いたり、励ましをもらい、元気をもらい……。
 強くウタを歌いたいって思いました。……でもその強さをくれたのは、本当に応援してくれて励ましてくれた皆さんだと思います、どうもありがとう!
 人間なんてみんな強かないけれども、それでも強くありたいと常に理想を高く持って生きていると思ってますが、何年か前にスゴく高いビルの一部屋にいたんだけど、なぜ青空に向かって飛んでるアゲハチョウが……なんでこんな高いトコを飛んでいるんだろうと……そのアゲハチョウみたいにジブンも高く飛びたいなって思って書きました…「バタフライ」。

●今では、誰も行けないほど高いトコロに行ってしまいました。しかし、自分の行き着く結果は重々わかってたとしても、彼女は彼女なりに前向きに、彼女なりのケジメをキチンとつけるつもりでいたのだ。アンコール、ホントに最後の曲「ZOO」をプレイする前に、彼女が語ったMC。

 2009年、川村カオリ。目標、チャンとする。(一同笑)イロんなコトちゃんとする。いやホントにチャンとしないでココまできたので、チャンとしようと思いました。イロンなこと。…それを一番カタチにできるのが音楽だと思うので、音楽でみんなにホントに返していければと思います。今年から改めて、また川村カオリよろしくお願いします!

ココロが荒れて、チャンと出来ないボク。なんか情けなくなるね。ただ、70分程度のこのDVDを見て、少しクールダウンできた。カオリさんに勇気づけられた?クスリが効いてきただけかも知れない。ただ、とにかく病気だからといってあまりみっともないコトはホントはしたくない。別に死ぬようなビョウキでないんだから。それでも一度崩れるとクチャクチャになってしまうんですよ…そんでより一層深い自己嫌悪に落ちていくんですよ。ホントたまらんね。ああ最悪だ。

自律神経失調症とのお付き合い(その103)~「ヨガ個人教室」編
●先週休んだヨガ教室、今日はキチンと行ってみた。ハッキリ言って今週はかなり具合が悪かった。ヨガ教室に行ってカラダをほぐさないと、具合が悪くなるかのようだ。
オマケに、左足がオカしい。アキレス腱がイタい。ビッコを引くように歩いてる。この病気にかかってから、左肩、左腕、左側頭部がイタくなる事がよくあるんだけど、とうとう左足までオカしくなったか。ああ、ブルーだ。

ボクのヨガ教室は、アラフォーと見える女のセンセイが、個人で開いている。最大で8人以上のクラスは組まない。少なければ3人程度でヨガのセッションとなる。結果、センセイは細かく目を配ってくれるから超初心者みたいなボクでも一応カタチになるように指導してくれる。今日も3人の予約が入ってるはずだったが、結局来たのはボクだけだ。あらら、図らずも個人レッスンとなった。


せっかくなので、ボクがやってる体操ってのを少し紹介しよう。
●もちろん、ド素人のボクから見た解説なので、マト外れだってのはカンベンしてください。それと、コレは「ヒーリング」クラスで、運動の強度としては最弱ランク、かつ基本中の基本のはずと思う。

「リンパポンプ」。
●準備運動的位置づけでやる動き。マットの上にうつぶせになり、タオルケットを丸めたものを骨盤の下に入れる。そんで、かかとを軸にして、足を上下する。結果その動きが体全体をユサユサ。「リンパポンプ」という言葉の意味はよくわかんないけど、足全体がカラダの血流/新陳代謝の大きなポイントになるってのは、タイ式マッサージにも出てくる発想だよね。多分、それに絡むコト?
ヨガ/リンパポンプ

●さて、この時に、不思議なイメージを思い描きながら深呼吸をする。
「骨盤の中や内臓で、呼吸をしてください…」……人間は肺で呼吸するモンで、その他の器官では呼吸しないモンだ…普通の生物の授業で知る範囲の知識だとね。しかし、イメージする。呼吸をする時に、その空気が骨盤や内臓に送り込まれていくかのようなイメージをしながら深呼吸をする。深呼吸のリズムと共に、ソレらの器官の緊張をホグしていくようなイメージで呼吸する。深くカラダの中を観察するイメージで。ヨガにはそんな場面がイッパイ出てくる。

ヨガでは骨盤が大事らしい。
●姿勢はマットの上で仰向け状態のママ。足を肩幅に開き、ヒザを立てる。そんで、ソレを左右に倒しながら、骨盤をコロコロと転がす。

ヨガ/骨盤転がし

●その延長で、今度は腕も一緒に動かす。まず、中空にテを差し出し、手のひらを外に向ける。そしてその手首をねじった状態のままで両手を組む。

ヨガ/遠心力

●組んだ手をアタマの上で弧を描くように動かしていく。ポイントは、肩甲骨と背骨の間を拡げるようなイメージで腕を動かす事。肩こり/背中こりのボクには気持ちイイ動きだ。


片足正座のポーズ。なんかちゃんとヨガ風の名前がついてるんだけど忘れた。
●まだマットの上で仰向け。次は、片足だけ正座の姿勢でヒザを折り、さらに骨盤を開く。

ヨガ/正座

●反対の片足は、ヒザを立てておく。カラダの固いボクには、実はこのポーズだけでかなりイタい。モモの前の筋肉がギリッと伸ばされる。股関節周りの筋肉、胴体と足を繋ぐ筋肉がコワバッテルのがわかる。カラダが柔らかい人には雑作もないでしょうけど。
●手首のソバに足の裏がくることになるが、カカトをグッと手のひらで押すと足の筋肉がかなり伸びるコトになる。反対の足を開くことで、骨盤を開く。恥骨のスキマが開いていくイメージを描いて。左右両方やるのは当然。


お次は、うつ伏せになってみる。首、肩、鎖骨まわりを拡げるイメージ。
ヨガ/首を伸ばす

●アゴを床につけて、首、喉まわりの筋を伸ばすイメージ。あまり首の後ろが縮まないように、少しアゴを引きつつ、この鎖骨/首/アタマまわりへ空気を送り込むように呼吸する。そんで、一旦、お祈りのポーズのように休憩。呼吸を整える。
●アタマグリグリとは、頭頂部を床につけて、前後へコロコロと転がす事。気持ちのイイ場所を見つけるつもりで色々な方向に転がしてみる。頭蓋骨のスキマを少し緩めてやるようなイメージで。「アタマで呼吸して」というフレーズもよく言われます。

ヨガ/グイッとソる

●ソコまで行ったら、もう一回最初のうつ伏せポースに戻る。しかし今度はつま先を立てて。そしてそのまま腕を立てて首をグーッと反ってみせる。ヒザは床につけず、足の甲の部分で下半身の体重を支えて。


「ドッグポーズ」。
●この反ったポーズから、オシリをツンと突き出す「ドッグポーズ」へとヘンケイ。キレイな「ドッグポース」カラダがキレイな二等辺三角形みたいになっててカッコいい。が、ボクは自分のポーズがそうなってるかは自信がない。オシリの先っぽ尾骨と肋骨が胸の前で集合するポイントにある胸骨、そして肩と床を押す手のひらが一直線になるとキレイな上半身が作れる。その上で、足の指で床をグリップし、カカト側に体重を乗せてこのポーズを作る。……カカトが床にキチンとつけばカッコいいが、何気にアキレス腱が伸びきらず、イタい姿勢になる。
●で、一息ついたら、手のひらのバショまで足を歩かせるようにして、そのまま前屈姿勢。前屈で床に手が届かないボクは、そのままそんな姿勢に入れないので、テキトウにやってるけど。

ヨガ/ドッグポーズ

●そんで、足の裏全体を使って床をグリップ。ヒザを曲げオシリを突き出し、上半身は胸骨を持ち上げる感じ。で手は前に伸ばして合掌。このヘンなポーズを一瞬キープしたら、一気にカラダを上に伸ばーす。深呼吸して、胸の前で合掌。リラックス。
●直立した時、足の裏が地面にちゃんと安定してついているか意識して。ヘソの下「丹田」と地面を結びつけるようなイメージで。この「丹田」「第2チャクラ」のバショらしい。動いていると、このバショに熱が集まっているのを意識する事が、ごくたまにある。ヨガに馴染んでいる人はもっと明確に感じるのだろう。ちなみに「第1チャクラ」オシリの穴である。まだ他のチャクラのハナシは教えてもらってない。いや、教えてもらってるかもだけど、理解出来ない。


●再び、四つん這いに。今度は腕を棒のように立てて、背中を持ち上げる。
ヨガ/よつんばい

●腕の筋肉を使わずに、骨だけで立てて上半身を支える。その時イメージするのは、胸骨を持ち上げて背中をアーチ状に持ち上げ、その結果、背骨と肩甲骨の間を伸ばすように意識する。ここから再び、ドッグポースを作って、立ち上がる動作は以下同じ。


今度は立ち上がって、ポーズを作る。また名前を忘れたけど。
ヨガ/横に伸びる

●マットの角を利用して、足のポジションをキメル。角に後ろの足のカカトを置いて斜め45°に向けて固定。そっから50センチ前にもう片っぽの足を置く。コチラは正しく前へ。足の指をグッと開いてマットを強くグリップ。
●骨盤のムキを正しく前に向けつつ、後ろの足側の座骨を上に引っ張り上げるように。そんでブリック(レンガのような大きさのウレタン製ブロック)に軽く手を置きバランスを取る。
●そしてカラダを横に開いて、肩腕を高く上へ。その伸ばした腕の中指の先を見つめるように、ゆっくり首を回転させる。これで腰回りがイイ感じ。もちろん、左右両方やる。


壁に向かって逆立ちっぽく。
●マットを壁に近づけて、その壁から50センチほど離れたトコロに肩のラインがくるようにネッ転がる。
ヨガ/壁に立つ
●そしておもむろに、足を壁の方に持ち上げてみる。手は腰に当ててソレを補助。壁に足がついたら、壁を歩くようにしてカラダを伸ばしてみる。体重が肩と首にノシカかってくるが、肩/首の関節/諸要素がその圧力で自然に広がっていく感じを狙う。うまくできない場合は、腰を支える腕の下にクッションを据えたりするといいかんじ。コレもポーズに名前がついてたけど忘れた。


「シャバーサナ」。
ヨガ/シャバーサナ

●最後の整理運動?90分ほどのセッションはコレでオシマイ。5~10分ほどマットの上で、仰向けに寝てココロを鎮める。コレは「シャバーサナ」と呼ばれている。意味は分からない。が、結構激しい動きを繰り返したカラダをチルアウトするにはちょうどイイ時間である。ちょっと、マジで眠りそうになる。


つーか、この話、ヤメときゃよかった…。
絵はヘタクソでワイフに笑われるし、毎週やってる動きなのに全然キチンと説明出来ないし。もっと繊細な動きがセンセイから指示されるし、ソレはイロイロなイメージを伴う呼吸とリンクして行われるから、今ボクがダラダラ説明したポーズをそのまま作ったとしても、ナンも意味がないと思う。

「ヨガ」ってのは、アッチの言葉で「繋ぐ」という意味らしい。…ボクのナカでは、自分の意識と、自分の肉体を「繋いで」コミュニケーションをはかる行為という意味で受け取った。普段は気にしない呼吸や骨、関節、筋肉の動きをモニターしてみる。そんで、気付かなかった事に気付く。「今日はウマく空気が肺に入るぜ」とか。
●コミュニケーションと言えば、コレはボクとインストラクターとのコミュニケーションでもある。Wii Fit でやるより、やっぱ人間と一緒にやった方がイイ。センセイに健康の心配な点を相談すれば、多少だけどソッチに振った動きを織り交ぜてくれるし。……あー織り交ぜてないかも……ただ、ボク自身が自分の不安との接点を、カラダの動きの中で自然と察知できるようにしてくれるのは感じる。コレは、ヨガってモンの動きが元からそんな風に考案されてるからかも知れない。
●だからいつも同じコトの繰り返しなのに同じように思えない。従って毎度毎度通ってしまう。別に新技とかも知りたいと思わないし…あ、新技は日々イロイロ突然登場してきます。でもヤリ切れないポーズに無理に挑戦すると、アトでカラダが痛くなるし…。
●今日のハナシ、あんま、参考にならないです、こりゃシッパイだ。ヨガはちゃんとしたセンセイにちゃんと教わった方がイイです。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html




唐突だけど、ココからオーストラリアの音楽の話が始まります。興味のない方は時間のムダです。

●えーとですね、ヨガ教室のバショは最近移転して、以前の貸しスタジオから、マンションの一室に引越となった………センセイの住居と兼ねてるんだけどね。
●だから、なんとなくセンセイのプライベートなグッズもスタジオ(とはいってもマンションの12畳ほどのリビング)のスミッコには見受けられるわけですよ。冷蔵庫の上に、ちっちゃいハーブが育ててあったり、ベランダに虫除けグッズがぶら下がってたり。

●で、ボクはなんとなく、人の持ってるCDにすぐ目がいっちゃうタイプで。窓際のスミッコに5枚ほどのCDの束を見つけて、コッソリ眺めちゃった。……そしたら結構コレが渋いのです。
●やっぱ、癒しなレイドバック系がお好きと見えて、アフターサーフな JACK JOHNSON とかがあったんだけど、ボクが注目したのは、アフターサーフを通り抜けてジャムバンド系まで突破しちゃった物件。THE JOHN BUTLER TRIO がたくさんあったのですよ!


オーストラリアのジャムバンド。THE JOHN BUTLER TRIO。
●センセイ、エラく渋いの持ってるじゃないですか?! ジョンバトラーとか聴くんですか?「あら、そのバンドご存知なんですか?ワタシ、一度フジロックでこのバンド見てから好きになっちゃって」ジョンバトラーは聴きますが、実際に自分以外でジョンバトラーを聴いている人に初めて会いました。ボク、トモダチが圧倒的に少ないからな~。趣味を共有出来る人身近にいないんだよな。内ジャケでは、このトリオが演奏しているモノクロの写真が。スツールに腰かけたギタリスト JOHN BUTLER はギターをヒザの上に平たく乗せて、スティールギターな弾き方のポジションで構えてる。うーむ、やっぱカッコいい。

JOHN BUTLER

(コイツが JOHN BUTLER。自慢のドレッドロックは最近切っちゃったそうだけど。)

●だから、今日はこのバンド THE JOHN BUTLER TRIO を聴くのだ。

THE JOHN BUTLER TRIO「JOHN BUTLER」

THE JOHN BUTLER TRIO「JOHN BUTLER」1998年
●この JOHN BUTLER というオトコ。大学進学をキッカケに西オーストラリアの大都市パースに出てきて、それから路上でギターを弾きはじめた。それが評判を呼び、いつしかカセット3000本を売っちゃう勢いに。彼のギタースタイルはオープン・フィンガー・チューニングってヤツで、オマケにケルトやインドの音楽からも着想を得ている(←確かに微妙な隠し味になってる)。そんなギターの素朴な響きとシンプルなバンドグルーヴが、朗々と響く彼の声にウマくマッチして、聴く者の気持ちを澄み切ったモノにしてくれる。で、コレがそんな評判を受けて放ったデビューアルバムだ。一曲目「VALLEY」から8分越えだ。アルバムの聴き所「OCEAN」は12分のインスト曲。彼の自由な感性が光るギタープレイがタップリ堪能出来る。

THE JOHN BUTLER TRIO「THREE」

THE JOHN BUTLER TRIO「THREE」2001年
●トリオとしての一体感がより強調された印象。ロックボーカルとして JOHN BUTLER はより逞しく歌い、バンドは一丸となってダイナミックなロックを目指す。力強いリズム隊がうねるグルーヴを発散して、長尺曲のテンションを全く切らす事なく爆走を続ける。民族楽器ディジリドゥーまでが隠し味でブンブン唸ってる。聴き所は約15分の大曲「FOUNDATION」だろう。JOHN の奔放なギタープレイがバキバキと弾き出されて、まさしくジャムバンドとしてのソコチカラを見せつけてくれる。

THE JOHN BUTLER TRIO「SUNRISE OVER SEA」

THE JOHN BUTLER TRIO「SUNRISE OVER SEA」2004年
●このバンドが商業的成功を手にし始めたのはこの頃か。前後にジャムバンドとしてとても素晴らしいライブアルバムを出して高い評価を得ているという話だけど、ソレは残念、まだ聴いてないんです。(「LIVING 2001-2002」「LIVE AT ST. GALLEN」)。
●このアルバムでは、ダイナミックなジャムというよりは、グッとテンポを抑えたブルージーな質感が目立つ。テンションをパーッと解放させるのではなく、グッと圧力をかけてグラグラ煮えたぎらせる感じ。曲のボリュームも1曲を除いて4~5分台がメインになる。シングルヒット「ZEBRA」は今までやって来なかった直球レゲエアプローチを採用。もう一枚のシングル「WHAT YOU WANT」ではストリングスアレンジを加えてゴージャスな感じ。より進化していこうという意志がハッキリ感じ取れる。それでも「OLDMAN」等に見るジャムジャム攻撃も健在です。

THE JOHN BUTLER TRIO「GRAND NATIONAL」

THE JOHN BUTLER TRIO「GRAND NATIONAL」2007年
●2006年のフジロックに参加して日本での知名度も上げた彼ら。リラックスした楽しさを漂わせるアフターサーフなフォークテイストも備わって、まさしく時流に乗ったサウンドデザイン。BEASTIE BOYS に関わったヒップホップ系プロデューサーを招いたり、ファンクロックからカントリーロック、ブルースロックのようなスタイルを取り込んだり、ストリングスやホーンなど、コレまでのアルバムよりも沢山の楽器を導入したり。さあ、ゴッタ煮ミクスチャー度はどんどん高まってる。もっとジャムジャムしてくれよ!



オーストラリアのバンド、まだまだありまっせ、注目物件が。

OLD MAN RIVER「GOOD MORNING」

OLD MAN RIVER「GOOD MORNING」2007年
●ホントは THE JOHN BUTLER TRIO みたいなコトをしたいのかも知れない。しかし、OHAD REIN というオトコが仕切るこのシドニーのバンドにはもうちょっと色気が入っちゃって、結果 BECK のようなビート感覚を備えるに至った。根っ子には泥臭いフォーク感覚があるし、実はブッキラボウな歌い方が増々 BECK を連想させる。その上で、タイトなリズムにはヒップホップのミクスチャー感覚まで入り交じる。シタールまで使ってるのが BECK の不思議なコラージュ気分とも繋がるし、結果スゴくチャーミングな音楽になってる。シングル「SUNSHINE」「LA」がスゴくキャッチー。つーか BECK が聴きたくなった。
「OLD MAN RIVER」って言葉は、そもそもはミシシッピ川の愛称だ。「ジジイの川」。アメリカのド田舎のド真ん中を静かに流れる大河にふさわしいニックネームだと思う。そんな人懐っこさが、このバンドには備わってる。イイ感じ。


ダウン・トゥ・アースなレゲエミクスチャーバンド。

BLUE KING BROWN「STAND UP」

BLUE KING BROWN「STAND UP」2006年
●リードシンガーは NATALIE PA'APA'A というサモア系の女性。スゴくユニークな名前だよね。彼女を軸に地面から這い上がるような熱いグルーヴが総勢8人のグループから巻き起こる。彼女自身もパーカッショニストで、バンド全体のリズムパートは実に分厚く、ストレートなディープファンクからアフロビート、ラテン、ロックステディ、ルーツレゲエ、オルガンジャズなど様々な表情を次々と見せてくれる。オーストラリアという国が、様々な文化の影響を受けているのを象徴するかのような、幾層にも折重なった音楽的レイヤーを感じさせる。THE JOHN BUTLER TRIO のライブでパーカッションを担当した経験もあるとか。一曲だけ毛色が違うと言えば「SAMOA'S SONG」。NATALIE のルーツを強く意識した、スローテンポの曲で、哀愁漂うアコギとオルガンを軸にしつつも、南国ポリネシアの気分を漂わすコーラスワークがとても美しいです。
それに彼らを特徴づけているのは、その強いメッセージ性だと言う。彼らのCDはリサイクルを配慮してパッケージが紙ジャケになってるし、そんなんで人権団体からもサポートを受けている。でもコレは、デビュー音源でもある次のミニアルバムを聴いてもらった方がよく分かると思う。

BLUE KING BROWN「BLUE KING BROWN」
BLUE KING BROWN「BLUE KING BROWN EP」2005年
●コッチは、前述のフルアルバムを出す前にリリースしたミニアルバム。コレに収録された「WATER」という曲が、彼らの出世曲だ。オーストラリアの先住民族「アボリジニー」の人々が晒されている社会的差別について歌った強いメッセージソングだ。チョイと歌詞を引用しましょう。


「WATER」

水。ワタシは水がドコに行ったか分からない。山に登ったか?砂に沈んだか?
自分でもよく知らないけど、アタシは高いトコロが好きだし、高いトコロに行くのも好き。
でもそんな高台に上がったら、ヤツらがワタシたちを分け隔てる壁を作ってるのが見えた。
ヤツらが戦争を起こし、ワタシたちの平和を拒絶した。
ヤツらが土地を取り上げ、病気を持ってきた。

あの白人たちは、黒人たちのアイデンティティを奪い、
永遠に黒人たちのモノであったはずのあの土地を奪った。
ヤツらにはハートがない、そして権利もない。
アンタが戦うと決めてくれたら、アタシたちは一緒に戦うよ!

ワタシたちは水。水。水になる。
ワタシたちは水。ヤツらの炎に立ち向かう水になる。
ワタシたちは水。水。水になる。
ワタシたちは水。ヤツらの炎に立ち向かう水になる。

ヤツらはいつだって、見るもの全てを自分のポッケに入れてしまう。
結局ヤツらは世界中を巡って、土地の全てを取っていってしまった。
ありとあらゆる岩や石に自分の名前を書いていった。でもソコには微塵も神秘はない。
ヤツらは、子供たちを本来の祖先から遠ざけている。彼らの聖地から締め出している。
でもいつか、彼らが聖地を囲むフェンスを引き倒すのを、アタシは見たいと思ってる。

アタシにとってこの歴史は屈辱。でもアタシはまだ人間を信じてる。
アタシたちは全ての間違いを正しくひっくり返す事ができるはず。
みんなが毎日毎晩自由に歩けるように!だって、所詮「国家」なんて、
みんなが故郷と呼ぶこの地球の、細かい部品でしかないんだから。
そしてソレはアイデンティティを知るための大事なポイント。
もしアンタが、自分がやってきたバショを知らないのなら、知らない理由を知るべきよ。

WE'LL BE THE WATER, WATER, WATER.
WE'LL BE THE WATER FOR THIER FIRE.
WE'LL BE THE WATER, WATER, WATER.
WE'LL BE THE WATER FOR THIER FIRE.



「WATER」。オーストラリア人は「水」に敏感?
●オーストラリアってなんか解放的で、スケールがデカクて、自然がイッパイで、楽しい観光地ってイメージあるじゃん。ボクは行った事ないんだけどさ。でも最近のオーストラリアに関する記事や文章を読んでると、そう楽天的なバショでもないような気がする。
●地球温暖化のせいかどうかは分からないが、00年代に入ってからのオーストラリアの水不足、干ばつはマジで深刻なものになっている。10年以上も小雨状態が続いた上に、2006年には降雨量が三分の一まで減少、1900年以来最悪の干ばつが各地を襲った。農作物生産にも大ダメージを与え、世界の穀物価格にも影響を及ぼした。元から乾燥地域の多いオーストラリア大陸。その自然環境はボクらが思うほど丈夫に出来ていないようだ。
●この水不足は直接市民生活までに影響をもたらしている。今は落ち着いているのかな?でもネットのこの頃の記事によると、スゴい節水ルールが街中で定められててビックリする。例えば…。

「ガーデンの水遣りの規制(週2日の手撒き等)」
…スプリンクラー絶対ダメらしい。
「洗車はバケツでのみ(ホース厳禁)」
…ホースはダメなんだ!
「水鉄砲などの水遊び厳禁」
…水鉄砲ですら法律で禁止されるんだよ、スゴいでしょ!

・こっちは推奨行為なんですけど……。
「シャワーは1人4分まで、体を洗う時はシャワーを止め、バスタブを使用しない」
「洗濯機はフルの状態で回す」
「水を流しっ放しにして家事・炊事をしない(バケツや流しに前もって溜めてから使う)」
「プールの水を水道から足さない」
「家の外を洗わない(窓、外壁、塀など)」
「自宅の水道を使って動物を洗わない(再生水を使用してるペットショップで洗う)」
「水は冷蔵庫で冷やす(夏、水道水が温くても、冷たくなるまで流しっ放しにしない)」

●厳しー!細かいー!でも、おかげでオーストラリアの人たちの節水意識はスゴく進んで、シドニーでは70年代の水使用料から3割削減が達成されたようだよ。でも、コレは21世紀を生きるボクらのすぐ先の未来なんじゃないだろうか?日本だっていつこんなコトになってしまう事やら……「エヴァンゲリオン」の舞台、第三東京市では、一年中セミが鳴いている。アレは地球温暖化で日本から四季がなくなったコトを象徴しているんだって。


先住民族「アボリジニー」に対する差別。そんで「白豪主義」。
●あの映画「世界の中心で、愛をさけぶ」で、余命短い長澤まさみちゃんが、行ってみたいと最期まで言ってた名所「エアーズロック」アレに今後登れなくなる。コレが「WATER」の歌が叫ぶ「聖地」の一つだからだ。以下、読売新聞の記事を引用。

「世界遺産のエアーズロック入山禁止へ…豪当局」
オーストラリア観光の目玉として人気の巨大な岩山エアーズロックの登山が、早ければ2011年10月にも、全面的に禁止される見通しとなった。豪国立公園当局の計画案で明らかになった。
 この地を「ウルル」と呼び聖地と見なす先住民「アボリジニー」が、入山に強く反対してきたのが最大の理由。最近では、登山客によるゴミ投棄や、滑落事故の増加も問題となっていた。
 公園当局は、観光業への影響を懸念してきたが、観光客を対象とした最近の調査で、98%が「登山が禁止されても訪れたい」と回答したため、禁止案策定に踏み切った。政府の最終決定を経て実施される。ただ、国内では反対意見も根強い。エアーズロックはユネスコの世界遺産で、高さ348メートルの一枚岩。年間35万人の観光客が訪れ、このうち10万人以上が入山している。公園当局はこれまで、「入山自粛」を求めるアボリジニの希望を掲示する一方、登山するか否かの判断は観光客に委ねていた。


エアーズロック

(ただ眺めるだけでも十分だよね!そう思ってくれてる人が多いのが救いだよ。)

●無邪気に楽しい観光地と思ってた場所ですら、過去に誰かから収奪された大切な場所だった…ってのは、フクザツな気分だ。まあ、これは広いこの大陸での一例だ。貴重な水資源からアボリジニーが切り離されるとか、様々なトラブルがこの国にはある。

「白豪主義」ってのは、「オーストラリアは白人のモンだ!」という考え方の事だ。
●オーストラリアは、1970年代まで国の制度の中に白人系に偏った人種主義政策を持っていた。それが現在のようなマルチカルチャリズムに脱皮したのはそんなにムカシじゃない。そして制度上はなくなった人種主義は、今だ根深く人々の気持ちの中に残ってたりしている。
●2005年にはシドニーで中東~レバノン系住民が一部の暴徒に襲われる事件があった。5000人の若者が「ココは白人の国だ、気に入らないなら出て行け」と叫んだ。白人至上主義のネオナチ的な組織も存在するという。特に目の敵になっているのは、インド系、イスラム教徒、アボリジニー、東南アジア系、黒人、フィジーやニューギニアなどのメラネシア系(黒人さんと同じくらい肌の色が黒い)などだ。日本人だって例外ではないらしい。サモア系である BLUE KING BROWN のボーカル NATALIE はこの「白人」の外からこの国を見ている。そして挑発している。あの大地が干ばつで乾涸びてしまう前に、人種の枠を超えて協調し合える関係を作って欲しい。


●今回も、誰も読まないであろうハナシを長々と書いてしまった…。

最近、カバーソングってのが多くないですか?多すぎるでしょ!
●経済雑誌とか読むと、不景気の下では「定番回帰」とか言って古いブランド商品に人気が集まるという。同じお菓子でも新製品よりも「かっぱえびせん」とか「コイケヤのりしお」が売れる。飲み物なら「三ツ矢サイダー」、アイスなら「ガリガリ君」、テレビは「NHKの7時のニュース」
●で、冷めきった音楽市場も「定番回帰」が起こってる。CD一枚買うのは高い出費だ。当然フツウの人間ならその買物をハズしたくない(←「ハズし慣れ」すぎて、敢えて「ハズし狙い」を楽しむボクは異常)。そんな場合、自分が知ってる曲を自分が知ってるシンガーが歌ってる物件は「アンパイ」な選択だよね。昨今のカバー・ブームはそんな場所から起こってると思う。



一番最初は、ヴィレッジヴァンガードで平積みされてた SOTTE BOSSE でしょう。

SOTTE BOSSE「INNOCENT VIEW」

SOTTE BOSSE「INNOCENT VIEW」2007年
●これは確かセカンド。ファーストアルバムは「ESSENSE OF LOVE」2006年ってヤツだ。超有名ジェイポップをライトなボッサポップスにアレンジし、ヤワい女子ボーカルでソッと優しく歌ったカバー集。一青窈「ハナミズキ」から宇多田ヒカル「FIRST LOVE」、そして小田和正「言葉にできない」、奥田民生「イージュー★ライダー」、スピッツ「チェリー」など、女声男声の別なく鮮やかにカバーする。誰もが耳に馴染みあるドメジャー楽曲が、甘いジェリービーンズのように丸くフワフワした感触に変貌してると、ナゼかスゴく安心する。原曲は決して癒し系とは言えない強いメッセージがあったりするのに、そのトゲは丁寧に抜かれて安全処理、思わずツラレてハナウタがでるほど耳に染み込んだメロディだけを追うことができる。……実に立派な発明品だ。
●この SOTTE BOSSE、発売当初からしばらくずーっとシモキタザワのヴィレッジヴァンガードでガンガンにプレイされまくってたので、それこそこのバージョンが耳タコになるほど聴いた感じがする。アソコのCD売り場は、ジブンらが定番と決めたら時勢に関係なく永遠にプッシュし続けるようなトコロがあるので、ヘビーユーザーとしてあの店に通うボクへの洗脳効果は満点だったね。PERFUME ですら連中は最初期からプッシュして、あのゴチャゴチャの店内でインストアすらしたからね。そういう意味ではヴィレッジヴァンガードもエラいです。
●ちなみに、この SOTTE BOSSE とは、i-dep というユニットのナカムラヒロシ氏&シンガー CANA で構成されてるサブユニットだったはずなんだけど、いつの間にやらなんだか存在感では本家 i-dep を凌ぐ勢いになってる。だって、ヒップホップユニット SPONTANIA のシングル「夏夢」FEAT. SOTTE BOSSE としてクレジットされちゃってんだもん。キラキラしたハウストラックと甘い CANA 嬢の歌うサビでキャッチー光線を放射している。

<カバーリスト>
1.「ハナミズキ」:一青窈/2004年
2.「First Love」:宇多田ヒカル/1999年
3.「チェリー」:スピッツ/1996年
4.「遠く遠く」:槇原敬之/1992年
5.「言葉にできない」:オフコース/1982年
6.「やさしさに包まれたなら」荒井由実/1974年
7.「夜空ノムコウ」:SMAP/1998年
8.「メランコリニスタ」:YUKI/2006年
9. イージュー★ライダー」:奥田民生/1996年
10.「hello」オリジナル


Spontania feat.Sotte Bosse「夏夢」(SPONTANIA feat. SOTTE BOSSE「夏夢」)

ヴィレッジヴァンガードは、もう一発カバーもんをヤラカしてる。

ALLISTAR「GUILTY PLEASURE」

ALLISTAR「GUILTY PLEASURE」2006年
●コレもねー、店で聴いた時はビビったのよ。ジェイポップをエモ風のポップパンクにアレンジしてるんだなーと思ってたら、歌ってるのはアメリカ人のロックバンドだっていうんだもん!ファスト&ラウドなパンクサウンドで、スピッツ「チェリー」、サザン「TSUNAMI」、BEGIN「島人ぬ宝」をスゲエ正確な発音の日本語で歌ってるのよ。こんだけのジェイポップ・マニアがアメリカにいるってのが驚きだった。
ALLISTAR のアメリカでの所属レーベルは DRIVE-THRU RECORDS だっていうからワリと真っ当だよ。初期メンバー(初代ボーカリスト?)に日系人がいたみたいで、そこから親日感情があるようなんだけど、ELLE GARDEN とかと日本ツアーをまわって手応えを感じちゃったみたいで、その勢いで出来たのが日本限定リリースのこのミニアルバム。カバー集だけど、ジェイポップだけじゃなくて、MR.BIG「TO BE WITH YOU」、 BERINDA CARLISLE「HEAVEN IS A PLACE ON EARTH」といったコレマタ日本人にズキュンと刺さる楽曲を選んでプレイしてる。
日本人の書くメロディが、アメリカ人の彼らから見てどんな風に思えるのか?エキゾチックでオリエンタルメロディに見えるのか?それとも十分にエモ的感情を乗っけられるフックを持っているのか?本音はどんな風に思ってるんだろう?……この疑問は次の音源を聴いて増々深くなっちゃった。

<カバーリスト>
1.「JR発車メロディーSH2」
2.「チェリー」:スピッツ/1996年
3.「TO BE WITH YOU」:MR. BIG/1991年
4.「TSUNAMI」:SOUTHERN ALL STARS/2000年
5.「I SAW HER STANDING THERE」:THE BEATLES/1963年
6.「さくら」:森山直太郎/2003年
7.「HEAVEN IS A PLACE ON EARTH」:BELINDA CARLISLE/1987年
8.「島人ぬ宝」:BEGIN/2002年


SCOTT MURPHY「GUILTY PLEASURE II」

SCOTT MURPHY「GUILTY PLEASURE II」2008年
ALLISTAR は2007年になぜか解散し、ジェイポップカバーのアルバムを作りにベース&ボーカルの SCOTT MURPHY という男がやってきた。「二匹目のどじょう」というコトワザが英語であるのか知らないが、もう完全に確信犯だよね。さらに「III」までリリースしちゃったもんね。ALLISTAR は英語と日本語で微妙に声の質が変わってたのが不思議だったんだけど、ボーカルが二人いたのが真相で、その片割れがコイツ。SCOTT の声は微妙に甘く日本語の平板な発音を自然に出せる(もう一人は少々ガナリ系だった)。ポップパンクのファスト&ラウドなサウンドと、SCOTT の甘い声が裏腹な関係を作っててキャッチーかつ安心。日常日本語会話もペラペラなんだって。
●前作では一曲目に「JR総武線の発車メロディ」をかますというマニアックな技を使ったんだけど、今回は一曲目に「どらえもんのうた」をブチカマスという暴挙に出る。つーか多分ナシ。アザトすぎる…。……反対に言えば、狙いがアザトイのか、無謀を恐れぬホドにジェイポップに深くハマってるのか、そのどっちかだ。どういうつもりで選曲したのか、今回はパンク化するには難曲が多すぎると思う。平原綾香「JUPITER」とか長渕剛「乾杯」とか、基本が全くロックじゃないじゃん。「SWALLOWTAIL BUTTERFLY ~あいのうた~」とかもパンク化するのシンドイでしょ。「涙そうそう」とかほぼ演歌じゃん。日本語に自信があるだけじゃなくて、コイツよっぽどジェイポップが好きなんだなと思ってしまうわ。
ジェイポップは欧米音楽の影響をタップリ吸って洗練されてきたと、ボクは思ってた。けど、やっぱアメリカ人にとっては、特殊なオリエンタルメロディに聴こえてて、それがユニークに映ってるんだろうな。「乾杯」は絶対アメリカ人には書けないメロディだろうし、「涙そうそう」だって原曲を聴けばどんな人種だってコレが日本のトラッドフォークだって思うだろう。で、親日派 SCOTT はそういう日本くさーいドメスティック物件にチャレンジしたくなっちゃったんだろうな。「涙そうそう」のシンセポップ的アレンジは、日本トラッドへの敬意だと思います。
●ちなみに、日本人ダイスキの洋楽カバーもまたやってます。WHITNEY HOUSTON「I WILL ALWAYS LOVE YOU」(映画「ボディガード」主題歌、覚えてる?)とかマジ無謀。成立してません…。あまりの無謀ぶりが、180°ひっくり返って、カワイゲのある若気の至りに見えてしまい、結果ニンマリするしかありません。

<カバーリスト>
1.「ドラえもんのうた」
2.「Jupiter」:平原綾香/2003年
3.「I WILL ALWAYS LOVE YOU」:WHITNEY HOUSTON/1992年
4. 「乾杯」:長渕剛/1980年
5.「SWALLOWTAIL BUTTERFLY ~あいのうた~」:YEN TOWN BAND/1996年
6.「VOYAGE」:浜崎あゆみ/2002年
7.「HONESTY」:BILLY JOEL/1978年
8.「涙そうそう」:夏川りみ/2001年



SCOTT MURPHY よりも正確にジェイポップを理解し、楽しんでいる外人。そんで大ベテラン。
MARTY FRIEDMAN「TOKYO JUKEBOX」jpg
MARTY FRIEDMAN「TOKYO JUKEBOX」2009年
●CS放送とかで音楽を語ってるロングヘアーの白人のオッサン。というイメージで見てた。スラッシュメタルの代表格 MEGADETH で10年間ギタリストとして活躍してたのに、なぜか日本の演歌にハマってしまい、その超絶速弾きプレイがどんどんメロディアスに変化。最終的にバンドを脱退し日本に居着いてしまった、という経歴。増々ヘンなオッサンと思うでしょ。
●でもね、コレ聴いてビックリしちゃった。完全ギターインスト。完全スラッシュメタル。完全超絶テクニカルギター。なのに、やってる曲は「天城越え」。しかもこれほど雄弁な「天城越え」はなかなかナイよ!マジで「あなた、ヤマが燃える~」!メタルギターで山火事バーニン!歌ってます!ギターが見事に歌ってます!
●さらに痛快なのが、メタル「ポリリズム」!ド迫力ギターが PERFUME のオートチューン声を丁寧にナゾリながら、ポリリズムの無限に続くリフレインの中でタラタラタラタラタラタララララ…と速弾きに突っ込んでいくトコロが好き。メタル愛とジェイポップ愛が誠実に同居してるトコロが好き。
いきものがかり「帰りたくなったよ」カバーは、え、こういう曲でしたっけ?と思うほど高速化&スラッシュ化。AI の名バラード「STORY」も一瞬なんだかワカラン。中島美嘉からミスチル、竹内まりや、広瀬香美まで手を広げてるもんね。ALAN「明日への讃歌」は、「天城越え」的演歌カバーと同じノリでやっちゃってます。で、歌います、ギターで。
●あと、本気メタルを一発かましたかったのでしょう、マキシマム・ザ・ホルモン「爪爪爪」をガリガリにカバーしてます。こんなのまで聴いてんのか…ホント勉強家だなあ。彼の誠実なジェイポップ愛が詰まってる選曲にリスペクトです。
●おまけ話。こんなマーティさんですけど、やっぱ海外ではその武名は鳴り響いておりまして、夏フェスの取材で来日バンドと会ったりすると、先方が超恐縮&「サイン下さい」状態になるらしい。メタルは苦手のボクだからよくわかんないけど、MEGADETH は80~90年代スラッシュメタルの生きた伝説だからね。なんかボクも MEGADETH が聴きたくなってきたよ。

<カバーリスト>
1.「爪爪爪」:マキシマム・ザ・ホルモン/2008年
2.「GIFT」:MR.CHILDREN/2008年
3.「天城越え」:石川さゆり/1986年
4.「Story」:AI/2005年
5.「ポリリズム」:PERFUME/2007年
6.「帰りたくなったよ」/いきものがかり/2008年
7.「TSUNAMI」:SOUTHERN ALL STARS/2000年
8.「雪の華」:中島美嘉/2003年
9.「駅」:竹内まりや/1987年
10.「世界に一つだけの花」:SMAP/2003年
11.「ロマンスの神様」:広瀬香美/1993年
12.「明日への讃歌」:ALAN/2007年


メジャーシーンにおけるカバーブームの火付け役は、徳永英明だと思う。

徳永英明「VOCALIST」
徳永英明「VOCALIST2」
徳永英明「VOCALIST3」

徳永英明「VOCALIST」2005年
徳永英明「VOCALIST 2」2006年
徳永英明「VOCALIST 3」2007年
●80年代末に、そのハスキーな高音で活躍したシンガーソングライターだったが、90年代後半はキャリアが低迷、「もやもや病」なる奇病に苦しめられていた。そんな彼がこのカバーシリーズに挑んだ。そして見事シーンの表舞台に見事返り咲いた。めでたしめでたし。…しかし、本来は生粋のソングライターだった男。ソレが他人様のカバーをするってのは、実は葛藤のあったコトだったと思う。とてもがんばりました。
●あえて「女声の曲」だけにコダワって曲を選んだ所に、文字通りの「ボーカリスト」としての彼のプライドがある。彼のトレードマークだったハイトーンボイスを存分に活かして難易度の高い曲を歌いこなす実力を見せつけた。アレンジも最小単位の楽器で彼の「声」にフォーカスを合わせる方針。彼なりの微妙なニュアンスや、曲の持つ本来のメロディ、リリックがより際立つ。
●そんで、ハッキリと浮き上がるのは、「ジェイポップ」以前の日本歌謡曲が持ってた「ジットリとした湿っぽさ」。ジェイポップ革命は、こうした「湿り気」を完全脱臭してしまったようだったけど、このカバー集に収められているのは、70年代以降の「ニューミュージック」な楽曲。3枚39曲中15曲が70年代モノ。13曲を占める80年代モノも含め、かなり「日本歌謡曲」比率高し。たとえその時代においては「ニュー」であっても、メッセージは暗く湿っぽいのです。で、そんな楽曲が今も親しまれているコトは、その湿っぽさに対する需要は、日本人の感性から失われていないっていうコトかも。
●79年に「ソニーウォークマン」が開発され、音楽は初めて「持ち運び自由」モバイビリティを獲得した。ソレ以前は自室のステレオで一人レコードに針を落として聴くしかなかった……そんな時代の曲って、もう一人でしか聴けないようなドン底の暗さがあるんだなーと感じいる。地下鉄の雑踏の中 iPod で聴いていると、テンションが場違いすぎて困るモン。「重いなあーキミ、朝から失恋で死にそうだね」って感じ。特に中島みゆきのブルース体質には改めて衝撃。作家としての荒井由実の強さにも納得。一方、ジェイポップ世代になるが、ドリカムのチカラもスゴいと思い知る。

<カバーリスト>
「VOCALIST」
1.「時代」:中島みゆき/1975年

2.「ハナミズキ」:一青窈/2004年
3.「駅」:竹内まりや/1987年

4.「異邦人」:久保田早紀/1979年

5.「シルエット・ロマンス」:大橋純子/1981年
6.「LOVE LOVE LOVE」:DREAMS COME TRUE/1995年

7.「秋桜」:山口百恵/1977年

8.「涙そうそう」:夏川りみ/2001年

9.「オリビアを聴きながら」:杏里/1978年

10.「ダンスはうまく踊れない」:石川セリ/1977年

11.「会いたい」:沢田知可子/1990年

12.「翼をください」:赤い鳥/1971年(河村かおり/1991年)

13.「卒業写真」:荒井由実/1975年

「VOCALIST 2」
1.「雪の華」:中島美嘉/2003年

2.「いい日旅立ち」:山口百恵/1978年

3.「あの日にかえりたい」:荒井由実/1975年

4.「未来予想図 II」:DREAMS COME TRUE/1989年
5.「かもめはかもめ」:研ナオコ/1978年

6.「セカンド・ラブ」:中森明菜/1982年

7.「シングル・アゲイン」:竹内まりや/1989年

8.「あなた」:小坂明子/1973年

9.「恋人よ」:五輪真弓/1980年

10.「なごり雪」:イルカ/1975年

11.「M」:PRINCESS PRINCESS/1988年

12.「瞳はダイアモンド」:松田聖子/1983年

13.「for you…」高橋真梨子/1982年

「VOCALIST 3」
1.「恋におちて - Fall In Love - 」:小林明子/1985年
2.「PRIDE」:今井美樹/1996年
3.「桃色吐息」:高橋真梨子/1984年
4.「わかれうた」:中島みゆき/1977年
5.「やさしいキスをして」:DREAMS COME TRUE/2004年
6.「TIME GOES BY」:EVERY LITTLE THING/
7.「たそがれマイ・ラヴ」:大橋純子/1978年
8.「元気を出して」:竹内まりや/1988年
9.「ENDLESS STORY」:REINA starring YUNA ITO/2005年
10.「まちぶせ」:石川ひとみ/1981年
11.「月のしずく」:RUI/ 2003年
12.「迷い道」:渡辺真知子/1977年
13.「CAN YOU CELEBRATE?」:安室奈美江/1997年


逆コンセプト。女性が男声のウタを歌う。

中村あゆみ「VOICE II - TEARS」

中村あゆみ「VOICE II - TEARS」2009年
徳永英明の逆コンセプトだわ。やはりハスキーなロックボーカルとして80年代から活躍していた彼女が、その声を活用してオトコのウタにコダワってみた。彼女、女性ロックシンガーがまだ珍しい時期から活動してた先駆的存在なのだが、90年代後半から00年代アタマまでは結婚・出産で活動がスピードダウン。2004年から再始動、このカバーシリーズで現役感を取り戻す。せっかくだから代表曲「翼の折れたエンジェル」の新録版を収録した第一弾「VOICE」2008年の方が聴いてみたかったんだけど、入手出来なかったので新譜の「II」を聴いてみた。
尾崎豊を二曲もカバーするのは、デビュー時期をほぼ同じくする彼への同胞的親近感を彼女が持っているコトを示しているんだろうな。ただ、ボク自身は実はギリギリ「尾崎を通ってない世代」なので、よくワカランかった。彼女の気合いと想いを汲めなくて残念。GREEEENサザンをパワフルに歌うよりも、個人的には、福山「東京にもあったんだ」をしっとり歌う方が雰囲気。意外なほどハマったのがオリラブ「接吻」。田島貴男の低い声もイイけど、彼女の歌うバージョンにも独特の艶が宿ってる。
スピッツ「ロビンソン」は女性なりのチャーミングさを盛り込んでてイイ。カバーモノの人気作家、草野マサムネにも興味津々になってきたぞ。英語の WIKIPEDIA には「THEY ARE KNOWN FOR THEIR ABSTRUCT AND ECCENTRIC SONGS PENNED BY PRIMARY SNGER-SINGWRITER AND GUITARIST MASAMUNE KUSANO」って書いてあった。「メインのシンガーソングライター兼ギタリストの草野マサムネによる、抽象的でエキセントリックな楽曲でよく知られている」ふんふんなるほど、スピッツの歌詞世界は確かに「抽象的でエキセントリック」だわ。今度マジメに聴いてみよう。

<カバーリスト>
1.「君住む街へ」:オフコース/1988年
2.「東京にもあったんだ」:福山雅治/200年
3.「Forget-me-not」:尾崎豊/1985年
4.「ロビンソン」:スピッツ/1995年
5.「くるみ」:MR.CHILDREN/2003年
6.「希望の轍」:SOUTHERN ALL STARS/1990年
7.「sha la la」:SKOOP ON SOMEBODY/2001年
8.「接吻」:ORIGINAL LOVE/1993年
9.「TRUE LOVE」:藤井フミヤ/1993年
10.「愛唄」:GREEEEN/2007年
11.「青い空」:オリジナル
12.「僕が僕であるために」:尾崎豊/1983年


●この、「カバーブーム」物件、今後もうちょっと掘り込んでいきます。よろしくです。