3D、初体験。

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●ちょっと GAGA 風だね。デッカいメガネはやっぱ「今」っぽいんだ。

今日は、カゾク4人で「アリス・イン・ワンダーランド」を観に行ったのです。
●もちろん、3D上映館で。映画そのものにも関心があったし、3D映画ってのにも興味があった。ノマドの時代には3Dテレビもフツウに普及するのかもしれない。実に21世紀っぽいじゃないか。チケットは高かったけどね。4人で7000円はボチボチの値段。まあいい、2010年に相応しい娯楽コンテンツだもん。

しかし、すっげー序盤でボクはつまづいた。ダブルメガネ。
●3D映画ってのは、実に当たり前の話だが、それなりの3Dメガネをかけて楽しむもんだ。そりゃ当然わかってたつもり。ただ、ソコを考える時、ボクは自分が常に近視のメガネをかけてるコトを忘れてたんだな。だから、劇場入り口でこのドでかいメガネを借りた瞬間に戸惑ってしまった。ヤバい、ボクの場合は2つ同時にメガネをかけるのだ!二重メガネ。ダブルメガネ。メンドクサイ!
●結構重たいこの3Dメガネ、当然ダブルメガネも想定して作ってあるだろうはずだが、残念ながらボクの太めセルフレームメガネと相性が悪いらしく、メッチャ不安定。アタマを傾けるとすぐポトリと落っこちる。うわーメッチャストレス。結局ボクは終始3Dメガネに手を添えて映画を見なくてはいけなかったし、ギュッと押さえつけられたおかげで、鼻とメガネがあたる部分が痛くなってしまった。普段メガネをハズして3Dメガネだけにしたら、視力0.1のボクの目玉は完全なピンぼけになって3D効果を100%認知できなかった。普段メガネだけにしたら、画面が2重にダブってて実に見苦しい。う~ん、こんなコトで身悶えてるヤツってボクだけなのか?みんな楽しそうにしてるのに。メッチャ疎外感。
●せっかくの3D映画は心地悪いモノになってしまった。残念。ぶっちゃけ、2Dでもう一度観たいと思っちゃった。DVDになったらレンタルしてもう一回観るね。

「アリス・イン・ワンダーランド」は……微妙。
●ボクは、ティム・バートンも、ジョニー・デップも、大好きなのですよ。大分期待してました。そんで「不思議の国のアリス」もものすごく好きなのですよ。ディズニー版アニメはかなりの回数で観てます。自分で観るだけじゃなく、コドモたちにもたくさん観せたから。だからハードルが上がり過ぎてました。
●コレが、フツウの映画だったら十分楽しめたのに。でも「アリス」なら、もっと狂っていてほしかった。モノゴトの筋道がシッカリし過ぎてる。戦って勝つ!それじゃダメだ。終始一貫して意味不明で、話の筋も理不尽にメチャクチャで、表現や色彩が徹底的にサイケデリックで、吐き気がするほど気持ち悪い映画であって欲しかった。2時間とチケット代をドブに捨てた、と思うほどナンセンスに徹して欲しかった。それが「アリス」ってモンでしょう。ソレで初めて笑えるんでしょう。不思議の国ではボクらの常識は通用しちゃダメ。そもそもマッドハッターが真っ当過ぎる。ヤツはもっと残酷にキチガイでなくちゃ。コレじゃ有名キャラたちのサエナイ同窓会になってしまう。…原作「アリス」を知らない人はコレをどうやってみるんだろう?

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●でも、19歳になったアリスはチャーミングだった。少し浮世離れした夢想家で自分の周囲の現実に呑まれていない。アリスは一回目の冒険を6歳で体験してる。現在ヒヨコは7歳。ノマドは8歳。ノマドとヒヨコには、非常識に寛容なニンゲンになって欲しいと思う。常識と非常識の境界線が、毎日の為替相場のように変動更新されるのがパパの時代だしオマエたちの時代だ。意味の分からない状況を積極的に楽しむド根性を育てて欲しい。ワンダーランドは現実世界と直結してて、この悪夢は死ぬまで覚めることがないのだから。

「白の女王」のアフレコ声優さんは、深田恭子だった。ヒヨコがソレを知ってヒトコト「シロのじょおうさまは、ドロンジョさまだったんだ」。確かにドロンジョやってたねえ。


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イギリスに注文したCD3枚が、いつまで経っても届かない!ぷんぷん!

●と思って、メールで問い合わせしたら、レベッカさんという人から丁寧な返事が返ってきた。
「お客様のご注文いただいた商品はすでに出荷させていただいておりますが、アイスランドの火山噴火、空港閉鎖の影響で遅延が生じる見込みです。ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんがご理解くださいますようお願いいたします」
●異常にキレイな日本語で拍子抜けした。そんでその理由にも死ぬほど納得した。ご理解させていただきます。急いで聴くほどのモンでもない、相変わらずのクソ買物だし。ノンビリ待ちます。

テレビで見てる海外ニュースが、突然自分のリアルに関わってくるとビックリする。
●911テロの時もそうだった。大事な顧客が「今は絶対に飛行機に乗りたくない!」と言い出して日本出張ドタキャン&ボクら大ピンチ。ヤベエ、ボクの仕事が国際社会に翻弄されてる、と思った。



DOMMUNE を観てると他のコトが出来なくなるんだよね。楽しくなっちゃって。ことカワイいオンナノコがイイ顔で踊ってたりするとますますね。そんな時に見つけた文章。
 http://bisista.blogto.jp/archives/1289367.html

2010.04.27 あたたたた。
●今日の DOMMUNE、DERRICK MAY だったのに、完全にチェックし忘れた…ショック!
今週は、LADY GAGA が来日しとりました。そんで知った。みんな GAGA が好き。
●普段音楽に興味を持たない同僚の女性までもが「GAGA 大好き!」と言ってアリーナに行ってた。LADY GAGA のドコが好きなの?「ブッ飛んでるトコロ!」へええ。ワイフのPTAメイトのママさんたちですら、「この人スゴい好きなのよね~」と言ってたという。みんないつの間に LADY GAGA がこんなに大好きになったのだろう?
●テレビの情報番組にたくさん出てたなあ。しかも、熱狂的なファンがイッパイいた。彼女の強烈なファッションを真似て、大幅にスットンキョウな衣装を着た人々が横浜アリーナやコスメブランドのライブに集まってた。ありゃコスプレ根性ってだけでもないなあ、完全にドラァグクイーンなスタイルだな…実際にゲイの人たちまでがテレビのインタビューに答えてた。彼らは HIV に対する LADY GAGA の社会貢献に敬意を表してた。
●同僚の女性にアリーナでのライブの様子を聴いてみた。「大きなサングラスと黒いボンテージな下着だけで登場してきて、2曲ぐらいでどんどん衣装を変えるの。歌舞伎の連獅子みたいな、全身を覆うようなフサフサのウィッグをつけたり、オッパイのトコロから花火がバチバチ噴射するような服を着てた」あーソレはオモシロい。オモシロ過ぎる。


だから、ボクも聴いたのさ、LADY GAGA を。

LADY GAGA「THE FAME」

LADY GAGA「THE FAME」2008年
●例によって激安ワゴンにて380円で発掘……してたんだけど、実は一年ほど聴かずに放っといてた。チェックしとこうと思ったので買ったはイイが、瞬間的に忘れてしまってたのだ。実はボクにとってこんなコトは珍しくなく、このテのCDがイッパイある。具体的に言うと100枚ぐらい。買うタイミングと聴くタイミングは、ボクにとっては必ずしも同じじゃない。大幅にズレルコトの方がフツウだ。
●ボクが彼女のCDを買った理由は、AKON がフックアップしたシンガーだってコトだった。彼女は AKON のレーベル KONLIVE と契約してこのファーストアルバムをリリースした。AKON はボクの好きなシンガーだから、きっとコレも悪いことはないだろう。まあ、その程度の関心。でもさ、ジャケ見てるだけの段階では、彼女のファッションやパフォーマンスがビックリするほどのスットンキョウだってコトは予想出来ないでしょ。実際、この写真じゃ彼女がどんな顔してるかもわかんないじゃんメガネデカ過ぎて。封も切ってないから、内ジャケすら見てなかった。「ブッ飛んでるトコロ」は全然察知できなかったねえ。つくづくボクは甘いねえ。

でもさ、音だけだと「ブッ飛んでるトコロ」は分かんないのよね。残念。
●四つ打ちアタックのジャスト感をめっちゃ強調して、シンセをブリブリ響かせる気分は、クールだと思った。実に00年代末なエレクトロ解釈。キラキラポップをもっとキッチュにキャンプにした感じ。NY のエレクトロクラッシュ や KITSUNE 派のフレンチエレクトロのザリザリした物件とは別系統なんだろうな。AUTO TUNE 使いもあるけど、AKON のヒップホップ/R&Bとも似てるようでちょっと違うしなあ…?
●だからクレジットをよく見る。このエレクトロトラックを作ってるのは、RED ONE というヤツらしい。さあ検索。……この人、モロッコ系スウェーデン人なんだ。あーこのキラキラポップは北欧由来のシンセ感覚なんだ!スウェーデンのダンスポップアイドル4人組 A-TEEN(なんかABBAっぽい連中) とかを扱ってた人でした。今は AKON と共にオフィスを構えてアメリカで様々なダンスポップを制作してる。でも彼にとっても LADY GAGA の仕事が一番のインパクトだったみたいだ。

●いきなりマニアックな横道に反れ過ぎた。GAGA 本人にハナシを戻す。

「ブッ飛んでる」GAGA の略歴。
●ドコを検索してもすぐ分かる話だからアッサリと簡単に。イタリア系の良家に生まれた彼女は、13歳でビアノバラードを作曲し、14歳で一般参加のステージイベントで歌を歌ってた。飛び級でニューヨーク大学芸術学部に入って音楽を勉強。しかしプロの道を目指すべくドロップアウト&家族と絶縁。これ19歳の時。
バーレスクダンサー(ストリッパーとも言われてる)として生計を立てながら、作曲家活動を開始する。彼女のキッチュでキャンプなセンスはバーレスクショーの経験で身についたんだろうね、ドラッグの味もしめたって書いてある。クラブびたりの毎日。女子二人でユニットを作り、過激なパフォーマンスを仕掛けて話題を集めてたりも。そこではBGMにグラムロックを鳴らしてたそうな。
LADY GAGA の名前の由来は、QUEEN のヒット曲「RADIO GAGA」から。その後「THE FAME」で仕事をする ROB FUSARI という人がこの曲を彼女に聴かせてたらしい。RED ONE と知り合ったのもこの頃。21歳の頃には様々なアーティストに楽曲提供をするようになる。ここで AKON が登場。ソングライティングだけじゃなくてシンガーでイケルよ、というコトで彼のレーベル KONLIVE と契約。そんでデビュー。22歳のコトでした。
●で、今は24歳。早熟で、でも性急で、世間との違和感と格闘して、さらには家族と絶縁して、そんでNYのクラブシーンの一番深いトコロを泳ぎまくってたら、こんなオンナノコが出来上がる。YOU TUBE で彼女の映像を検索すると、絶賛コメントとディスのコメントで場が荒れてます。悪趣味と言えば確信犯的に悪趣味だし、エキセントリックといえば大胆にエキセントリックだね。拒絶反応を示す人もいるだろうね。



●さて、LADY GAGA を、先人と比較する。
CYNDI LAUPER と MADONNA。悪趣味とエキセントリックで世間を挑発した女傑たち。


まずは、CYNDI LAUPER。

LADY GAGA  CYNDI LAUPER

●コスメブランド M.A.C. のエイズ基金は、 LADY GAGA CYNDI LAUPER を2ショットにしてキャンペーン展開をしている。二人ともカワイい!GAGA ちゃん素朴にカワイい、と初めて思う(今までは思ってなかった)。
●コスメブランド M.A.C. のグリッター感覚ってドラァグクイーンのソレと同じじゃないですか。デパート1Fコスメ売り場でフツウにゲイの男性が接客しちゃうのが M.A.C. でしょ。そりゃーコスメなんて無縁のボクだって、おおスゲエブランドだなって認知しちゃうよ。クラブシーン上がりのゲイカルチャーが深く深く染み付いてるんだろうね。だからこそ HIV の問題にも意識的。ソコ行くと、GAGA ちゃんは実に相性がいい。ナイスキャスティング。
●そんでだ、CYNDI LAUPER だ。コレで今年56歳だよ。この二人を並べたのもナイスキャスティング。

CYNDI LAUPER「THE ESSENTIAL CYNDI LAUPER」

CYNDI LAUPER「THE ESSENTIAL CYNDI LAUPER」1983-2008年
●今から30年近く前に、奇抜なファッションとメッセージで世界の注目を集めたのが彼女だ。エキセントリックな容姿で物議を醸した意味では GAGA の大先輩だ。
●アシンメトリーにバリバリ刈り上げちゃったボサボサ頭を、マダラに染めたファッションは、83年当時じゃかなりエキセントリックに見えただろう。ファーストアルバムのタイトルは「SHE'S SO UNUSUAL」/彼女はフツウじゃない。そんな子が「オンナノコだって楽しみたいのよ!朝帰りだってノビノビしたいのよ」と叫ぶ。フツウじゃないとレッテルされてきた少女が、全世界に異議申し立てをする。
●両親が離婚し、学校に馴染めず転校を繰り返した少女時代。そしてアートスクールを経てバンドを結成するも挫折。ソロになってブレイクした時はすでに30歳だった。ワリと遅咲きの苦労人です。能天気に明るい前向きさは、周囲に馴染めなかったコンプレックスの裏返しと、マイノリティへの深い共感が前提になってるのね。
●しかし、このベストを聴くと、エキセントリックだけが彼女のキャラじゃなかったコトが分かって楽しい。名曲「TIME AFTER TIME」 MILES DAVIS までがカバーした美しさが印象的。「I DROVE ALL NIGHT」のシリアスさはアメリカ女性のたくましさが響いてて感動的。「ALL THROUGH THE NIGHT」のキラキラシンセポップスタイルは、テンコモリの時代感が最高。オリジナルアルバムで聴けない「THE GOONIES 'R' GOOD ENOUGH」(映画「グーニーズ」主題歌)もウレシい。「グーニーズ」はいい映画だ。キラキラのジュブナイルだ。我が家のコドモにも見せました。


お次は、MADONNA だ。
●テレビのコメンテーターが言うんだよ。GAGA MADONNA が出てきた時とソックリだと。同じイタリア系だし、センセーショナルなファッションをまとって登場したから。ちなみに CYNDI LAUPER もお母さんはイタリア系だよ。

MADONNA「LIKE A VIRGIN」

MADONNA「LIKE A VIRGIN」1984年
MADONNA がこのアルバムでブレイクした時は「モンローの再来」だなんて言われてた。ホンモノの才能は、必ずダレカと比べられて登場するのかな? それじゃ MADONNA と比べられる GAGA もホンモノだ。
●幼い頃に母を亡くし、義母と馴染めず家族の中に居場所を見出せなかった MADONNA は、19歳になると大学をヤメて無一文でニューヨークに出てくる。この時期が、ダンキンドーナツでバイトしたり、雑誌「プレイボーイ」のヌードグラビアをしたりしてた彼女の下積み時代だ。1980年前後のクラブシーンに出入りして、仲間とバンドを組んだりギョウカイのツテを辿ってデモテープを配ったり。JEAN MICHEL BASQUIAT と一緒に住んだこともあるらしいけど、ヤツがヤク中だったのですぐ撤退したそうな。そんでデビューのチャンスを掴んだ1982&83年。シングル数枚を経てリリースしたファーストアルバム「MADONNA」は DJ 向けのダンスチューンでジワリとヒット。1983年、CYNDI LAUPER がブレイクした同じ年のコトだった。
●このアルバムは翌1984年にリリースされたセカンド。コレが最初と思ってる人も多いみたいだけど、チト違うので注意。 それだけ「LIKE A VIRGIN」のインパクトが強過ぎたのでしょう。早熟な才媛である GAGA と違って、MADONNA に作曲能力はなかった。しかしダンスやバレエを学んでた彼女には、強い自己演出能力があった。ホクロ1つも効果的に使って「80年代のマリリンモンロー」を見事に演じたし、結果アメリカの新しいセックスシンボルになることができた。

●ただし彼女は、その自己演出能力を、世間を挑発するために効果的に使う。時にソレが逆風を受けるコトになろうとも、躊躇も譲歩も弁解もしない。この点が彼女をただのポップシンガーにしない理由だと思う。
●1989年「LIKE A PRAYER」のPVが、カトリック教会から非難された。キリスト教のモチーフを数々使用する中で、MADONNA が聖人と性愛を交わしたり、十字架を轟々と燃やしたり、聖痕の奇跡を再現してみせたり。コレがバチカンを刺激し、ビビったペプシがタイアップ契約を引き上げるなど多くの摩擦を生んだ。MADONNA は今でもステージ演出で十字架のイメージを使って、バチカンとモメル場面がある。キリスト教の禁忌を彼女は平気で踏み越える。
●1992年に発表した写真集「SEX」は、過激な性描写が強烈な反発を招いた。この頃の MADONNA は性表現の限界にズンズンと踏み込んでいった。HIV禍が大きな社会的関心を集めるようになったこの時代、性のマイノリティの問題をポップカルチャーのレベルで暴きだす戦略に出た、というのがボクの見方です。MADONNA は「セックスシンボル」として消費されることを望まず、反対に「性の極限状態」を一般大衆に突きつけた。モンローは睡眠薬を過剰摂取し死んでしまったが、MADONNA はオメオメと使い捨てられるのを堂々と拒絶するのだ。当時のアルバム「EROTICA」といい、1990年のシングル「JUSTIFY MY LOVE」といい、露出狂のように性倒錯の世界をねちっこく描く MADONNA に戸惑いを感じる人は多かったはず。しかし彼女は NY のクラブカルチャーにルーツを持つ女性。最先端のゲイカルチャーと彼らの美意識に共感していたのはマチガイない。フェティッシュな世界観は彼女のホームなのだ。


MADONNA「HARD CANDY」

MADONNA「HARD CANDY」2008年
●今のトコロの彼女の最新オリジナルアルバム。トラックメイカーが豪華!THE NEPTUNES 組と、TIMBALAND & JUSTIN TIMBARLAKE 組が、5:5の比率で楽曲を制作してる。超一流のヒップホッププロデューサー(そしてボクの大好物)THE NEPTUNES TIMBALAND が顔を揃えて、しかもその内容は全然ヒップホップじゃないトコロが最高にクール。タイトルをもじるように表現すれば、「カタくてアマい」音楽。軽く乾いてるが硬質で正確なビートが高速で疾駆する。ハウスみたいにはリズムを流していかないが、R&Bほどタメは作らない。耳障りはシンプルだが、予想以上に複雑で独特のネバリがあるリズムが鮮烈なグルーヴを生む。ソレを彩るシンセがカラフルで、MADONNA のボーカルを支援する。同じ2008年産のサウンドでも、GAGA「THE FAME」よりコッチの方が楽しいかも。JUSTIN TIMBERLAKE 自体の音楽も聴きたくなってきちゃった。
MADONNA自己演出能力の延長なのだろうか、MADONNA のパートナー選び、プロデューサー/トラックメイカー選びは実にユニークで戦略的。ボクが MADONNA を聴く時は「今度はどんなヤツと組んだのだろう?」というポイントが一番の面白がりドコロだ。
「LIKE A VIRGIN」だって CHIC NILE RODGERS が完全プロデュースしているのだ。「BEDTIME STORIES」では NELLEE HOOPER から DALLAS AUSTIN といったR&B系のプロデューサーまでを起用。「RAY OF LIGHT」「MUSIC」「AMERICAN LIFE」の頃は、WILLIAM ORBIT(ニューウェーブ系シンセオタク)、MIRWAIS AHMADZAI(アフガン系のエレファンク野郎。コイツのソロアルバムスゴい。)と言った新才能を発掘。「CONFESSION ON A DANCE FLOOR」ではフレンチテクノのトラックメイカー LES RYTHMES DIGITALES などと組んでハウシーなサウンドにチャレンジしている。目利きの良さがハンパじゃない。コレが現在51歳にしてポップミュージックの最前線に立っていられる実力の正体だと思う。





●むー。

●なんか、失敗したな。

●ここまで書いて、アレだけど、ジブンの中で、LADY GAGA MADONNA CYNDI LAUPER を比較する意味がわからなくなった。つーか、細かく見ると、そんなに接点ナイじゃん。別に比べる必要ナイじゃん。多分、GAGA 本人も望んでないし。彼女の、明らかにヤリ過ぎ感タップリなメチャクチャPV(「TELEPHONE FEAT. BEYONCE」とか、もう圧倒だよ!)を YOU TUBE で見て、その「ブッ飛び」ブリに爆笑してたら、この文章がバカバカしくなってきちゃった。

●彼女は彼女だけの、独自の進化を遂げて行く気がした。それは MADONNACYNDI LAUPER の歩んだ道とは全然違う。GAGA、がんばってね!オモシロいコトどんどん仕掛けて下さい!応援します。



それとね、GAGA ちゃんのプロモみてて、気になる動画を見つけちゃった。
●ベトナム系アメリカ人の MICHELLE PHAN ちゃん。YOU TUBE で趣味のメイク解説ビデオを公開してるうちに、ネット社会で大物になってしまったオンナノコ。LANCOM と契約までゲットしちゃった。そんな子がカワイい GAGA メイクを実演解説してくれます。



オンナノコのメイクをこんなにマジマジと見るコトなんて男のボクにはない経験だから、なんかスゴく楽しんじゃった。コレをセッセと毎日やってるオンナノコたちはタイヘンだなー。MICHELLE ちゃんは当然100%のスッピンで登場するワケで、でそのスッピン顔はイケテルのかイケテナイのが微妙なライン上にあったりする。ある意味、超標準的オリエンタル顔。しかし仕上がりはとってもカワイいのです。胸キュンですよ。他の動画もカワイいですよ。
●この子は、日本のアニメやゲームも好きみたいで、セーラームーンのコスプレメイクまで披露してます。LADY GAGA も彼女にかかればアニメコスプレと一緒かも。



SOUL QUARIANS とフィリー人脈の世界に迷い込む。
フィラデルフィアはアメリカの中でも歴史の深い街でありまして、そして黒人音楽の歴史においても重要でございます。とくに70年代、「フィリーソウル」と呼ばれる独特のソウルミュージックを生んだことで有名でございます。
●その「フィリーソウル」の伝統を受け継ぐR&B/ヒップホップシーンが、90年代~00年代にも存在感を持っていたというオハナシを今日はしたいのです。キーワードは、「ニュークラシックソウル/オーガニックソウル」 SOUL QUARIANS


●この後、長ーいハナシが続くんだけど、先にポイントを押さえておきましょう。

1、1995年を着火点として、「ニュークラシックソウル/オーガニックソウル」という運動が起こった。
2、その運動は、2000年前後に頂点を極め、傑作を数々生み出した。
3、ニュークラシックソウルとは、70年代ソウルへの強い敬意の下に生まれた音楽だった。
4、オーガニックソウルとは、生演奏への強いコダワリの下に生まれた音楽だった。
5、この運動の軸になった音楽集団は、フィラデルフィアに拠点を持つ連中だった。
6、とくに注目すべきは、ヒップホップバンド、THE ROOTS という連中だった。

●コレ、最初に踏まえといて下さい。するとこの後に続くダラダラ文章も多少は読みやすくなるかも。


BILAL「1ST BORN SECOND」

BILAL「1ST BORN SECOND」2001年
●個人的に言いますと、しばらくガチンコなヒップホップから離れてました。あとガチンコR&Bも。仕事がキツかったから、あまりアゲアゲなヤツが聴けなくなって。そんで最近、やっとブラックミュージックに帰る余裕ができてきた。
●でもさ、いきなりバウンシーなヤツもキツいので、ニュークラシックソウル/オーガニックソウルな物件から聴こうと思ったのです。そんでたまたま手をつけたのがこの BILAL という男性シンガー。「ビラル」と読めばイイのか?発音的には「バラァ」って聴こえるけど。予備知識なしで聴いた…んだけど、ことのほか気持ちイイ。地味だがシッカリ地に足着いたトラックの上で、浮遊感漂うヒラヒラしたボーカルを聴かせる。時にファルセット、時に歪んで縮む、カタチを定めずに柔らかく変身する声が美味い。コレをしばらくズッと聴いてました。
●そんでね、日本盤だから解説とかもシッカリ読んで初めて気づいたんだけど、コイツ、SOUL QUALIANS の一員でした。


SOUL QUARIANS(ソウルクエリアンズ) とは。
●ヒップホップ社会では、クルーとかスクワッドとかプロデューサーチーム、分かりやすくいえば音楽集団がしばしば登場しますわな。そしてそれはレーベルや事務所とはカンケイない、地元意識とかで結びついた仲間たちで。NATIVE TONGUE とか JUICE CREW とか DUNGUEON FAMILY とか。で、SOUL QUARIANSフィラデルフィアを中心としたクルーなわけです。ニュークラシックソウル/オーガニックソウル運動を推進した連中で、2000年前後でかなりの活躍をしました。
●メンツを並べると分かりやすい。D'ANGELO、ERYKAH BADU、COMMON、MOS DEF、TALIB KWELI、Q-TIP、J DILLA (A.K.A JAY DEE)…。そうそうたるメンバーですよ。この並びに BILAL もいる。スゴいね。ニューヨークも混じってるって?フィリーだけに収まらないクルーなんですって。さらにコアなメンバーとして、ヒップホップバンド THE ROOTS 周辺のミュージシャンがいる。生演奏のグルーヴにコダワって展開した、ニュークラシックソウル/オーガニックソウル運動の影には、この人力駆動ヒップホップグルーヴの存在が欠かせなかった。特に重要なのは、ドラマー QUESTLOVE、キーボーディスト JAMES POYSER、ベーシスト PINO PALLADINO。このヘンを覚えておくと、クレジット読みが楽しくなる。
BILAL は完全なソングライターなので、このアルバムの半分の楽曲をオレプロデュースしてる。SOUL QUARIANS に相応しい才能。その一方で仲間もたくさん参加してる。QUESTLOVE、JAMES POYSER、PINO PALLADINO、JAY DEE、MOS DEF、COMMON。同郷フィリー出身の RAPHAEL SADDIQ も一曲に関わる。彼もフィラデルフィアの重要人物なので、気に留めておきましょう。…それとフィリー文脈には関係ないんだけど DR.DRE のトラックも2つあります。

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(SOUL QUARIANS の皆さん。左から TALIB KWELI、MOS DEF、JAMES POYSER、ERYKAH BADU、QUESTLOVE、D'ANGELO、Q-TIP、BILAL。前列しゃがんでる人は、左から COMMON、JAY DEE。)


SOUL QUARIANS の作品をアレコレ聴いてみる。


ERYKAH BADU「MAMAS GUN」

ERYKAH BADU「MAMA'S GUN」2000年
SOUL QUARIANS の結束が一番固く一番輝いてた時期は、このアルバムの頃かも知れない。このアルバムに絡んだツアーで、BILALERYKAH の前座をやってたし、クルーの仲間たちも傑作を次々とリリースしてました。この傑作の数々については、後で触れますね。
ERYKAH のセカンドである本作では、あくまで彼女が主導権を握りつつも、プロデュース/ソングライティングで QUESTLOVE、JAMES POYSER、JAY DEE などが大活躍。ERYKAH の柔らかくひしゃげた声がフワフワと漂う気分と、QUESTLOVE が叩く乾いたリムショットは実に相性がイイ。空間を慎ましやかに彩る楽器群の響きもイイ。ローズピアノにミニムーグにクラヴィネット、ヴァイブス、フルート。トラックメイカーとして知られた JAY DEE はココでベースを弾いてます。高機能なグルーヴととろけるボーカルの浮遊感は、実に官能的で甘美でもあって、サイケデリックに響くほど。


DANGELO「BROWN SUGAR」

D'ANGELO「BROWN SUGAR」1995年
ニュークラシックソウル/オーガニックソウル運動の口火を切ったアルバムがコレだ。D'ANGELOSOUL QUARIANS の創設メンバーで、シンガー/ソングライター/プロデューサー/アレンジャー/マルチプレイヤー。コレは彼のファーストアルバムで、ほとんどの楽器をすべて自分一人で演奏し自分でプロデュースしてる。ナニゲに見事な天才です。オマエは PRINCE か?!しかし PRINCE と決定的に違う点が。彼、実に寡作なんです。ちっとも新譜が出てこない。うまいことイカナイね。
●コレは歴史的名譜なので、ナニも言い足すことがありません。浮遊感あふれるファルセットが濃厚なソウルグルーヴの中でヒラヒラ舞っております。SEAN PUFFY COMBS(A.K.A. PUFF DADDY, P. DIDDY) によって90年代ヒップホップソウルが完成されていく時代、過去のソウル遺産を現代的な手法で復活させたのがニュークラシックソウル/オーガニックソウル。その運動が掲げた問題提起が全てココに詰まってます。
●裏方の重要人物の名前をまたチョッピリ挙げましょう。KEDAR MASSENBURG という男。D'ANGELO「BROWN SUGAR」 ERYKAH BADU「MAMA'S GUN」 EXECUTIVE PRODUCER としてクレジットされてる人物。コイツは D'ANGELO のマネジャーとして彼のブレイクを準備し、間を置かずダラス出身の女の子 ERYKAH BADU をフックアップしてメジャーに押しやったヤツ。「ニュークラシックソウル」という造語もコイツの発案。この成功を受けて、MOTOWN の社長を1997年から7年間も務めた。その後も実力派シンガーを扱うマネジメントとして活躍中。ヤツの事務所 KEDAR ENTERTAINMENT には、現在、JOE、KEITH SWEAT、CHICO DEBARGE などが所属してます。


RHIAN BENSON「GOLD COAST」

RHIAN BENSON「GOLD COAST」2003年
●ジャケでも美人さんだが、DVD特典のプロモ見るとますます美人でクラッとくるほど。クールでスモーキーな低音ボイスがセクシーです。コレは随分前に義弟KEN5くんにもらったCDだったんだけど、この記事書くために引っ張りだしました。このCDのプロデューサーが、JAMES POYSER だったからだ。コイツがSOUL QUARIAN の重要人物ってコトはいうまでもナイね。PINO PALLADINO も参加。D'ANGELO「BROWN SUGAR」で共同制作をしてた BOB POWER という人物も深く関わってる。うーん、まさしくニュークラシックソウル。このファーストアルバムでは彼女が望んで JAMES POYSER/BOB POWER にプロデュースを依頼したという。
●彼女はアフロアメリカンではない。ガーナ人の父親とイギリス人の母親を持つ。アフリカ生まれで、そんでインド育ち。ロンドンでOLさんをしてた時期もあるようだ。その後アメリカに渡ってチャンスを掴んだ。随分グローバルだよね。そのコスモポリタンな経歴が美人顔を作ったのかしら。だからチと UK ソウルの成分も混じってる訳だよね。よりクールで洗練された気分。「SADE の再来」って宣伝フレーズもあったよ。
●日本盤ボーナストラックには、シングル曲をデトロイト出身のヒップホップユニット SLUM VILLAGE がリミックスした物件が収録されてる。SLUM VILLAGE は前述してます JAY DEE が所属してたユニットね。徹底して SOUL QUARIANS 周辺で攻めてます。なお、ご存知のとおり JAY DEE は2006年に病気で亡くなってしまいます。32歳の若さで。


SOUL QUARIANS のサウンド制作部隊。THE ROOTS に注目。

THE ROOTS「RISING DOWN」

THE ROOTS「RISING DOWN」2008年
●さてさて、やっと THE ROOTS の登場だ。SOUL QUARIANS の中枢でありサウンド制作の実行部隊でもある。QUESTLOVE を中心とした腕利きのミュージシャンが結集してる。ヒップホップバンドってのも他にあまり例がない。ヒップホップ黎明期の SUGARHILL GANG、ニュースクール直前期に活躍した STETSASONIC、西海岸アンダーグラウンドの BREAKESTRA …くらいしか思いつかない。非常に独特な存在だと思います。
●そんで、このアルバムが今の所の彼らの最新作。コレがカッコいい。とにかくザラザラしたドラムの録れ具合をを楽しむべし。乾いたスネアがシビレる。乱暴な質感をそのまますくい上げたドラムをガサッとトラックに落とし込み、ブヨブヨとうねるベース(シンセベース?)で、ヒリつく緊張感を演出。そしてバンドのメインMC BLACK THOUGHT を中心に、気の知れた仲間たち(COMMON、MOS DEF、TALIB KWELI、MALIK B、DICE RAW などなど)がマイクをリレーする。
●でもね、実は THE ROOTS のアルバムでオモシロいと素直に思えたのって、コレが最初なのよね…。THE ROOTS ってコマメに買ってたワリにはあまり楽しんで聴いてなかった。


THE ROOTS「ILLADELPH HALFLIFE」

THE ROOTS「ILLADELPH HALFLIFE」1996年
●コレは THE ROOTS のサードアルバム。D'ANGELO の鮮烈なデビュー、そしてニュークラシックソウル/オーガニックソウル運動開始時期にダブる頃の作品。当時の評価も高かったらしい。でもね、ボクにはコレが少々地味に聴こえる。ヒップホップバンドという触れ込みなのにさ、そのバンド感が全然感じられない。STETSASONIC がヒップホップのクールな機能とド派手なファンクマナーをうまく共存させてて、そしてソレがボクにとって最高にカッコよく聴こえた。しかし THE ROOTS のサウンドはバンドである必然性を感じさせない落ち着きぶりで、聴くコッチの身としては不完全燃焼。実は90年代のリアルタイムにおいては、THE ROOTS の音楽を楽しむことがボクにはできなかった。
●この時期にはユニークなメンバーもいたんですよ。史上最強のヒューマンビートボクサー RAHZEL が所属してた。カレはマジでスゴい。しかしスゴ過ぎて、ボケーッと聴いてるとヒューマンビートボックスであるコトに気づかないで終わっちゃうほど。スゴ過ぎて結果的にフツウに聴こえる。やはり同時期在籍してた SCRATCH ってヤツはその名の通りクチでスクラッチしまくる。コイツもスゴ過ぎるあまりに結果フツウ。実に残念、ホントにスゴいのに。彼らはこの後ソロアルバムをリリースするが、ソコでもスゴ過ぎてフツウだった。
●今の耳においては、ゲストが豪華で聴き所も多い。スタイルとしてはジャズ気分、GANGSTARR A TRIBE CALLED QUEST の当時のサウンドに近い。親ニューヨーク。実際にジャズ系のミュージシャンも参加してる。M-BASE派 のリーダー STEVE COLEMAN、歌姫 CASSANDRA WILSON、サックスプレイヤー JOSHUA REDMANフィラデルフィアの盟友も沢山。D'ANGELO、COMMON、女性MC BAHAMEDIA、ポエトリーリーダー URSULA RUCKER。この辺ゼンブ地元人脈。そして RAPHAEL SADDIQ も参加してる。
●ちなみに、このアルバムの直前まで、このバンドには SCOTT STORCH がキーボーディストとして在籍してた。その後ドメジャー売れっ子プロデューサーとして大出世する彼の修業時代。


THE ROOTS「THINGS FALLS APART」

THE ROOTS「THINGS FALLS APART」1999年
●コレもリアルタイムで聴きながら、全然楽しんでなかった一枚。やっぱりバンドとしての必然性は感じられないサウンド。でも今聴けばヒップホップとしては実に高機能。演奏も最高にクール。硬質に響くタイトなリムショットと浮遊するヴィンテージ・エレピが空気をヒンヤリ湿らせる。バンドへのコダワリを忘れれば実に華麗な作品だ。
この時期が SOUL QUARIANS クルーの全盛期、とボクは考えている。1999年に本作「THINGS FALL APART」発表。翌2000年には、D'ANGELO「VOODOO」、COMMON「LIKE WATER FOR CHOCOLATE」、ERYKAH BADU「MAMA'S GUN」が発表される。この計4枚のアルバムは、実はほぼ同じメンツによって、そして同じスタジオで制作されてるのだ。スタジオは、かの JIMI HENDRIX が設立したニューヨークの ELECTRIC LADY STUDIOS。JIMI の名作アルバムのタイトルをそのまま拝借してるトコロ。
●そしてプロデューサークレジットには THE GRAND WIZARDS という名前が。コレは QUESTLOVE、JAMES POYSER などなどの SOUL QUARIANS 演奏家部隊の別称。彼らが上に並べた1999~2000年の歴史的録音にゼンブ絡んでいる。だからコレはニュークラシックソウル/オーガニックソウルのマイルストーン的作品というワケなのです。


THE ROOTS「PHRENOLOGY」

THE ROOTS「PHRENOLOGY」2002年
●この辺のアルバムは、前述「RISING DOWN」がカッコよかったので遡って買い足した物件。生ドラムのジャスト感は痛快。ベースもファンキー。ヒップホップに捕らわれずジャズロックからR&Bまで自由に横断するダイナミックなミクスチャー感覚は、同じ年に発表された COMMON のアルバム「ELECTRIC CIRCUS」と同系統。言わずもがな二枚のアルバムはミュージシャンもスタジオも大幅にカブッテマス。つまり THE GRAND WIZARDS。そして ELECTRIC LADY STUDIOS。コレは聴けば聴くほど味がしみ出るタイプの音楽かも。
●ゲストに召喚されたのは、MUSIQ SOULCHILD、JILL SCOTT、ALICIA KEYS など。00年代の新型ソウルを担う逸材がどんどん登場します。CODY CHESNUTT ってヤツもイイ声を披露します。そんなヤツらが前に出る時、バンドサウンドは真っ当にオーガニックソウルへ変身。なんか彼らの音楽ってヒップホップじゃない方がヨク映えるのかも知れない。
●炎のジャズロックギタリスト JAMES BLOOD ULMAR が参加した10分越えの組曲「WATER」はドラムンベースまであと一歩のハイスピード/アブストラクト領域まで到達。この曲は THE FLYING LIZARDS STEVE REICH までサンプルしてる。
●一方で大ネタ使いも炸裂。ヒップホップ永遠不朽の大ネタ SUGARHILL GANG「APACHE」で驀進するファンクが熱い!さらには SWING OUT SISTERS「BREAK OUT」みたいなポップスまで駆使。ダークでドープなトラックに違和感なくこの曲のキラキラしたサビが差し込まれます。ワザアリ!
●話はちょっぴりそれますが、THE ROOTS はこの前年2001年に JAY-Z のライブアルバム「JAY-Z: UNPLUGGED」で彼のバックバンドを務めます。アンプラグドでヒップホップ、というワリと難しいアプローチを見事に成立させるのです。コレ是非聴いて下さい、おススメです。


THE ROOTS「THE TIPPING POINT」

THE ROOTS「THE TIPPING POINT」2004年
●この面構え。ジャケ写のコイツは誰だ?と思って調べたら、イスラム教に改宗する前の若き MALCOM X だったのでした。今回の記事では全然触れてないけど、THE ROOTS/SOUL QUARIANS の連中はブラックパワー/黒人権利意識に非常に自覚的であります。フィラデルフィアは歴史のある街ですが、人種間のコミュニティはハッキリ分断されてる土地柄だそうです。一曲目から SLY & THE FAMILY STONE「EVERYBODY IS A STAR」をドッカリサンプルしてるトコロも気分でございます。
●このアルバムでキーワードになってるのは「オールドスクール回帰」ってヤツですかね。このフレーズは一時期随分とアチコチで聞かれたモノでしたが、正直、ナニがどのヘンで「オールドスクール」なのか、ボクにはよく分かりませんでした。だって、SOUL QUARIANS / THE ROOTS のメンツは、流儀でいえば明らかに直球の「ニュースクール」。NY 方面の関係者は「ニュースクール」ど真ん中 NATIVE TONGUE POSSE に所属してたぐらい。ソイツらに「オールドスクール」って言われたってピンとこねえ。
●ただ、このアルバムで連中が「オールドスクール」と呼ぶスタイルのナンたるかが、ウッスラと見えてきたような気がする。簡単なバショから説明すれば、テンポスピード。このアルバムの数曲はテンポが速い。多分BPM110~120くらい。コレはヒップホップで言えば大分速い。そして当然ラップも速い。その疾走感に加えて、シンプルなファンクが宿ってる。ジャジーであることにコダワリを持っていた「ニュースクール」のスタイルから見ると、虚飾がサッパリとぬぐい去られていて、反復するビートの骨格そのものにファンクを宿らせてる。このファンクネスは80年代ヒップホップつまり「オールドスクール~ミドルスクール」の質感に近い。突っ込めば、MARLEY MARL のプロダクションのニオイがする。埃っぽいサンプルも少々交えて、疾駆するファンク。
MALCOM X の肖像をジャケに掲げるようなメンタリティを持つ THE ROOTS 一派の連中は、すでに書いたように黒人文化の伝統意識が強い。70年代のソウルミュージック(彼らの地元フィリーソウル、シカゴソウル、デトロイトの70年代モータウン、ニューソウルと呼ばれた運動全般)に明白なリスペクトを表し、ニュークラシックソウル/オーガニックソウルの運動を推進してきた彼らが、その歴史から地続きに繋がる80年代ヒップホップに到達しリスペクトを表明するのはごく自然な発想だと思う。
●ただし「オールドスクール回帰」は80年代リバイバルとは意味が違う。決して単なる回顧/復古主義ではない。重ねて言うが、ボクの甘い耳では、ドコが「オールドスクール」なのか分からなかったホド、00年代のヒップホップが前提とされてる。そしてもう一つ言い進めれば、ニュークラシックソウル/オーガニックソウルの運動も、70年代ソウルの復古主義ではない。彼らがオルタナティブとして対抗しようとした90年代ヒップホップソウルと同じくらい、ニュークラシックソウル/オーガニックソウル決定的にヒップホップの影響下にある。生演奏にこだわったバンド形態であっても、THE ROOTS の音楽はドコまで行ってもヒップホップから離れていかないからだ。彼らは積極的に現代的であろうとし、新しい表現へ突き進むクリエイターであった、と思う。

●この時期あたりから、SOUL QUARIANS の結束は弱くなってきて、各メンバーはバラバラに活動するようになる。それぞれがビッグになりすぎたのだろう。ニュークラシックソウル/オーガニックソウルという潮流も、「ネオソウル」という、より意味のボヤケた言葉にすり替わり、00年代の一般的なR&Bのフォームに溶け込んでいく。そこから先のオハナシは、また別の機会に。


●あー、またムダな記事を書いてしまった。誰も読まない。需要がない。



息子ノマド小学三年生が興奮してる。
「オレ超わくわくしてる!やじろべえー!」…やじろべえのポーズと、オマエのわくわく衝動はどういう因果関係があるのだ? だから片足立ちで両手を横に広げるのはいったんヤメろって。「やじろべえー!やじろべえー!」オマエにやじろべえのナニがわかるというのだ…まあいいや、ナニがわくわくなんだ?「明日、理科が2時間レンゾクであるんだぜ!」それでわくわくなんだ…ノマド理科そんなに好きなんだ?「スキだね!ヒマワリのタネを虫メガネでカンサツするんだ!」得意げだなあ…。

●ちょっと事情を解説しますとですね、現在の小学校のカリキュラムでは、1&2年生は理科&社会が結合して「生活科」という科目になってるのです。そんで、小学三年生になって初めて「理科」「社会」が分化する。だからノマドにとっては、明日が生まれて初めての「理科」の授業となるのです。ザ・「理科」デビュー。ちょっと大人の階段のぼった?…ボクの大昔の経験では「算数」「数学」に変身した際に死ぬほどウンザリした記憶がある。ともかくベンキョウが楽しみってのは、いいコトだね。

●あーヒマワリのタネのドコを見るんだ?「知らね!」中を割って見るんじゃないか?ノマド、ヒマワリのタネの中にはナニが入ってると思う?「オレの予想によると…黒いツブツブがイッパイ入ってる」どんな予想だよ。キャビアかよ。「ヒヨコはね、ちっちゃいハッパが入ってるとおもうの」ココでイモウトヒヨコがカットイン。ノマド予想が正しいか、ヒヨコ予想が正しいか、明日究明してくれ。


「1Q84 book3」読み始めたら、book1&2 の内容を完全に忘れてて、全然ついて行けない。不覚。
●だから、別の本を読むことにした。Oさんにもらった本。今はそっちの方が楽しそうだ。


友人の婚姻届の証人になった。
●結婚するのは、ボクの会社の同期。14年間同じ仕事を続けてきた戦友。非常に大事な役目を仰せつかって、恐縮かつ感動でございます。奥さんもラブリーな人なんです。ボク、字キタナいけどイイの? なんかウレシいなあこういうのって。


明日は村上春樹「1Q84 BOOK 3」の発売日である。
●ボクはアマゾンで予約しちゃった。売切れとかで探すのメンドクサイし。週末にゆっくり読もう。そこにワイフ「アレはそんなに読むべきモンなの?」あーアンタにとってはそんなに重要じゃないかも。「あの人のホンの中でオモシロい方なの?」あーそれもトビキリとは言えないかも。「そもそも1巻2巻はどこにしまったっけ?」たしかボクの実家が読みたいって言って持って行ったっきりだな。オマケに連中「ドコがオモシロいかさっぱりワカラナイ」って言ってた。「じゃあワタシは読まないでイイね」それでイイと思う。楽しめると思う人だけ読めばイイんだと思うよ。


「1Q84」つながりで、1984年の音源を聴く。
「1Q84」「パラレル世界」に迷い込んだ主人公たちのラブストーリーでした。BOOK 3 がどんな内容になるかは分からないけどね。…そんでリアルな1984年は、イギリスにおいてパチモンくさい音楽が流行った時代です。イギリス白人がブラックミュージック/ラテンミュージックといった異文化を自分たちのやり方で無理矢理呑み込もうとしたトライが目立った。コレがかなり強引なので仕上がりが実にパチモンくさい。ムリヤリ言い換えればこのパチモン音楽は「パラレル異文化」なのです。

THE FLYING PICKETS「LOST BOY」

THE FLYING PICKETS「LOST BOY」1984年
●白人7人組が完全楽器無使用のアカペラでドゥーワップコーラスを聴かせてくれる。美しいハーモニーとファルセットが気持ちイイ。ただし、80年代ハイファイ風の深いリバーブエコーがヒンヤリ響いてて、50~60年代ドゥーワップ~R&Bが持つ温もりや暖かさはスッパリ脱臭されてるのね。せっかく全部人力でやってるのにそんな風に聴こえないほどなんだモン。80年代の軽薄さがハッキリ表現されてる。
●このポイントが実にパチモンだ。そして実にオモシロい。ボクにとっては、この80年代エコーのヒンヤリ加減、パチモン加減にこそ価値がある。いやー実にイイ味になってるね。この時代にしかこうした表現は見出せないね。360°ひっくり返ってナイスな味です。

●それでさ、選曲が最高。収録曲13のうち、カバーが7曲。確かにアカペラコーラスに相応しく、R&Bの古典もカバーしてる。MARVIN GAYE「I HEARD IT THROUGH THE GRAPEVINE」、SMOKY ROBINSON & THE MIRACLES「THE TEARS OF A CLOWN」、THE MARVELETTES「WHEN YOU'RE YOUNG AND IN LOVE」。ココまでは真っ当。
●しかしソレ以外の部分では、アカペラアプローチで同時代の80年代ニューウェーブ/エレクトロに挑戦してるんです。コレがスゴい。笑えるのが TALKING HEADS「PSYCHO KILLER」。DAVID BYRNE がライブドキュメント「STOP MAKING SENSE」(コレも1984年)の一曲目にたった1人(とラジカセ1個)でピリピリ神経質にプレイする曲ですよ。アカペラ化なんて本来はあり得ないが、それをやっちゃってる。成功してるかどうかは各自で確認して下さい。
●そして大ヒット曲になった「ONLY YOU」。DEPECHE MODE の結成メンバー VINCE CLARKE がバンドを脱退して作ったエレクトロユニット YAZOO のキラーチューンだ。原曲はピコピコトラックに ALISON MOYET が中性的なボーカルを聴かせる物件で1982年発表。このピコピコ加減をうまくアカペラに変換して、エコーをマブしたら実にキラキラな楽曲に大変身。THE FLYING PICKETS を一気にトップグループに押し上げてしまったほどです。つーか、THE FLYING PICKETS「ONLY YOU」だけの一発屋といってもイイぐらい。
●この THE FLYING PICKETS「ONLY YOU」は、その後ウォン・カーウァイ監督「天使の涙」1996年のラストシーンに使われて、そらもうメチャかっこよく聴こえましたよ。1996年段階のウォン・カーウァイクリストファー・ドイルのカメラワークは「神」扱いだったので、ボクはこの時期2回香港に行ってロケ地巡りまでしちゃった。だからこの曲もスゴく好き。メチャ刷り込まれました。

THE FLYING PICKETS はその後メンバーチェンジを激しく繰り返し、オリジナルメンバーなんて20年前に全員いなくなってるのに今だに名前だけが残って地味にライブを続けているらしい。しかしリリース活動はサッパリ。ベスト盤では EURYTHMICS BOB MARLEY、THE RASCALS、DAVID BOWIE「SPACE ODDITY」!)とかをカバーしてる。
●1994年にリリースした「ORIGINAL FLYING PICKETS」というアルバムでは、なんと NIRVANA「SMELLS LIKE TEEN SPIRITS」 RED HOT CHILI PEPPERS、PRINCE とかをカバーしてるらしい。スゲー聴きたい!タイヘン興味深い。が、さすがにコレはゲットできてない…。

MATT BIANCO「WHOSE SIDE ARE YOU ON」

MATT BIANCO「WHOSE SIDE ARE YOU ON」1984年
MATT BIANCO は以前「ファンカラティーナ」というスタイルの音楽について記事にした時に詳しく取り上げました。ラテンミュージックをパチモンに換骨奪胎して80年代ニューウェーヴのポップスに仕上げたシロモノ。彼らのファーストアルバムがコレで、一番パチモンくさい。安い80年代シンセ技術によって駆動するパチモンラテンビートが、これまた360°裏返ってナイスに聴こえる。メインシンガー MARK REILLY はそれなりにソウルフルに振る舞おうとしてますが、ヤリきれてないトコロが美味しいんです。コレはソコを面白がるべし。その後脱退してソロになるポーランド系女性シンガー BASIA が生きのイイコーラスで華を添えているのにも注目。


●1984年の音楽状況はオモシロいと思ってます。コチラの記事をご参考に。
「1984年状況。MTV革命、英国の侵略、黒人&白人音楽の邂逅について。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-713.html

●そして「ファンカラティーナ」(←死語)についてもまとめてみました。コチラの記事をご参照ください。
「80年代イギリス音楽を「ファンカラティーナ」という言葉で眺めてみる。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-852.html


iPhone を買って、ついてきたオマケ。

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「お父さん犬」が我が家のトイレットペーパーにくっついた。
●コレが例の声でイキナリしゃべる。「ここがふんばり時だ!」「色々あるが水に流してくれ。」結果として、少々ムカつく。


最近ワイフが忙しくて、オモシロくない。
●PTAの役員さんはタイヘンらしい。元来ボケーッと暮らすのが普通であったワイフが地域社会に貢献するのは、実に珍しい局面で大変よいことだとは思う。しかし本音を言えば、慣れない仕事にジタバタしているワイフよりも、1ミリの生産性もなくボンヤリ少女マンガ読んだり、珍妙な洋裁を突如始めるワイフの方が、ボクは好きである。世間でクタクタになるのは、ボク1人で担当するのがイイ。二人でクタクタはバランスが悪い。


ゆらゆら帝国、解散しちゃった。
●大失敗した。周囲からめっちゃ奨められてたのに、「unimogrooveさん絶対ハマりますよ」って何回も言われてたのに、でも結局シングル「美しい」とアルバム「空洞です」しか聴かなかった。不覚すぎる。ああまだケツが青い。

ゆらゆら帝国「空洞です」 

ゆらゆら帝国「空洞です」2007年
●サイケデリックって言えばイイのかな?もっと相応しいコトバを探したいような気がする。ギターの音がヴィンテージの手触りで気持ちイイとは思う。でも、くそー、聴き込みが浅いので評価不能。今さら過去音源に戻れと?うわー完全にタイミングを見失った。……「ひとりぼっちの人工衛星」って曲でチラリと聴こえるフレーズが好き。「さよなら 引力 さよなら 海 野 谷 山 丘」さよならさよならさよなら、引力。時々強く感じるんだ、どっかに消えてなくなってしまいたい。


東方神起までが解散しちゃった。
東方神起「THE SECRET CODE」 
東方神起「THE SECRET CODE」2009年
●このアルバムに収録されてる「KISS THE BABY SKY」って曲が好きでした。それと、プロデューサーチーム RAVEX とコラボした「JUST THE TWO OF US feat. 東方神起」って曲も好きでした。BILL WITHERS の同名タイトル曲が好きだってのがキッカケだったけど。
ジャニーズ系のアーティストは何人組であろうと基本が全部ユニゾンボーカル。でも彼らはハーモニーを駆使するコーラスグループだった。だから既存ジェイポップ市場の中では異色の存在だったと思う。外から見るとブームや現象面だけが一人歩きした印象があるけど、彼らの音楽はちゃんと作り込まれてたし、コアファンの人たちはソレを理解してたと思うな。その辺が一般レベルでキチンと評価されるのは、これからだったハズなのにね。残念なコトだよ。


●…ゆらゆら帝国東方神起を2つ並べるのは、チト乱暴かな…。ゴメンなさい、ボクは本当に聴く音楽ジャンルに節操がないんですよ。


ヨガで知り合った人に、マンガ家さんがいるんです。
●どんなマンガを描いてるかはナイショなんだけれど、出版社が開くパーティで有名マンガ家さんに会った話はよく聞かせてくれる。ソレがワリと楽しい。「BAKUMAN」読んでると、そんなマンガ家社会の気分がイメージ出来て楽しい。

●だから、チカラの限り、マンガを読みまくってます。
●最近読んだヤツ、紹介できるブンだけ紹介してみます。青春マンガ系かも。

森田まさのり「べしゃり暮らし」1巻

森田まさのり「べしゃり暮らし」1巻
●最近は「ヤングジャンプ」も読んでるんです。長年読んでる「スピリッツ」「モーニング」「ヤンマガ」にもう一誌追加。その「ヤンジャン」で気になる連載がコレ。「お笑い」という分野に夢見る青少年たち、がテーマ。
●昨今の「お笑い」ブームを見てると、かつて「ロックスター」が占めてた若者の憧れのポジションを「お笑い芸人」がとって代わったって感じをヒシヒシと感じる。ムカシは「MICK JAGGER みたいにビッグになりてえ!」といってたトコロが「人志松本みたいにビッグになりてえ!」に代わったって印象。その空気を目一杯感じる為にコレを読んだ。全巻読むのはシンドイから続きはマンガ喫茶で読もう。
「ろくでなしブルース」では THE BLUE HEARTS のメンバーをモデルにした登場人物に大活躍させてた森田まさのり。彼が「お笑い」に青春を見出すってのはちょっと象徴的なコトなのでは、と思うのでした。

高橋ヒロシ「WORST」23巻

高橋ヒロシ「WORST」23巻
●90年代は森田まさのりが握っていた「不良マンガのカリスマ」という地位を、00年代で完全に奪取したのが「クローズ」「WORST」の長期連載で一大不良叙事詩を描く靍橋ヒロシだ。
●しかし、ストーリーはココんトコロ、無限ループにハマったかのようなハイパーマンネリズム。登場人物が卒業/入学で入れ替わっていくだけのハナシ。でも読む。なぜか?
「WORST」世界の住人たちは純粋だ。彼らはケンカしかしない。クルマもオンナも犯罪も酒もカネ稼ぎにも関心がない。不良文化の本質に忠実で、もはやイデア的な抽象美の世界に突入してる。だからこのマンネリズムは不良衝動の永久運動なのです。登場人物たちは世代交替してもその大きな流れはウネリを止めない。だから誰にも止められないし、止める必要もない。

末次由紀「ちはやふる」7~8巻

末次由紀「ちはやふる」7~8巻
●特殊文系青春マンガがブームだった。書道を扱った「とめはねっ!」NHK がドラマ化したくらいだし(内容は「中学生日記」っぽかった)。「ちはやふる」「競技かるた」というこれまた実にニッチな領域にセイシュンを見出し成功しまくっている。でボクもシッカリ全巻読んでる。全国レベルの戦いに突入していく主人公たちのテンションはどんどん上がってて、青春はより一層キラめいています。
●ただワイフは言うのです。「学園生活がないとつまんないのよね~。ただかるたしてるだけじゃつまんないじゃん」いやこれかるたのマンガだし…なんか読み方矛盾してない?……青春を成立させる必要条件って、燃えるほどに取り組むテーマ(この場合は「競技かるた」)だけじゃなくって、学校生活とか異性へのトキメキとか渡り廊下を走るとか、そういうデティールも含んでるらしいワイフにとっては。

小玉ユキ「坂道のアポロン」4~5巻

小玉ユキ「坂道のアポロン」4~5巻
●これは1960年代の長崎を舞台にした、ジャズにまつわる青春マンガだ。札付きの暴れん坊・千太郎と、孤独な秀才転校生・薫くんがジャズを通じて友情を通わせる(三角関係的なミクロラブ感情含む)様子が瑞々しいのであります。二人が魅力的な美少年な点で少女マンガの王道でもあるんだけど、二人が抱える事情とままならない青春のもどかしさは、オッサンであるボクでも共感しちゃうモノでありまして、ましてや加えてBGMがジャズとくればもう極上の作品なのでした。
●高校の文化祭ステージ。二人の感情がスレ違ってピリピリしていたのにも関わらず、トラブルから否応なく始まった二人のジャムセッションが感動的。段取り合わせもないのに二人だけでアドリブの応酬を見事に極める。「MY FAVORITE THINGS」~「SOMEDAY PRINCE WILL COME」~「MOANIN'」「やっぱり俺はジャズが好きだ こいつとやるジャズが どうしようもなく」彼らは友情の深さをジャム演奏で確かめる。

武富健治「鈴木先生」8~9巻

武富健治「鈴木先生」8~9巻
●青春はその当事者だけじゃなくて、見守る方にとってもタイヘンだ。その「青春見届け人」という立場を職業として引き受けたのが「教師」という人種。その業の深さが今回もドロドロ神経性胃炎の気分と共に迫ってくる。
●今回のテーマは生徒会選挙。中学生の段階のクセして、様々な思惑が選挙には絡む。選挙の当事者も職員室サイドも。めんどくせーな。しかしその「めんどくささ」のど真ん中に合法的テロを仕掛けるヤツらが。うーん、この作者さんが描く特殊ルサンチマンって、ホントすごくミクロな場面の感情を目一杯増幅させないと表現できない性質のモノ。よっぽど繊細な人なんだろうな。

とよ田みのる「友達100人できるかな」

とよ田みのる「友達100人できるかな」1~2巻
●36歳のオトコがたった一人で、宇宙人の仕掛けた試練に挑む。「小学3年生の自分に戻って、100人の友達を作るコト」成功しなければ地球滅亡!超ムリヤリな設定。だけど、やっているコトは素朴に「友情って何だろ?トモダチってどうやって作るんだろ?」って問いを今一度投げているだけ。素朴なタッチの画風に直球の小学生友情物語が積み重なってく。主人公のナカミは大人なんだけどね。
36歳はボクの今の年齢だし、小学三年生は息子ノマドの年齢だ。ノマドには100人のトモダチなんていないし、当時のボクにだってそんなに沢山のトモダチなんていなかったよ。今小学生に戻ったらナニをやるかな?楽しいコト出来るかな?……最近、ジブンが小学生だった頃のコトを思い出そうとしてるんです。結局ナニも覚えてないから「思い出そうとする」コトしか出来ないんだけど。あの頃にイイ記憶はナイって思い込んでたんだけど、そうでもないのかな、って思える出来事が最近あったので。



UKロックを聴いている。今日は敢えて苦手なバンドを。
UK ロックはボクにとって楽しい領域でアレコレ聴いてます。一方で、反対にあまり聴かないバンドもある。ボクのとっての UK ロックの楽しさと違う性質を持ってそうだなーってヤツ。「そうだなー」なんて言っちゃうのは、ホントに食わず嫌いで聴いた事もないので。そりゃイカンだろう、と思い立ち、敢えて苦手なバンドにテを付ける。

MANIC STREET PREACHERS「JOURNAL FOR PLAGUE LOVERS」

MANIC STREET PREACHERS「JOURNAL FOR PLAGUE LOVERS」2009年
●このバンドこそ、90年代前半から活躍してるのに、全然聴いてませんでした。無関心。なのに2010年にもなってナゼ今さら聴こうと思ったか? それは最新アルバムのプロデューサーに STEVE ALBINI が入ってたから。ALBINI の看板に偽りナシ!NIRVANA「IN UTERO」、THE PIXIES「SURFER ROSA」などなど US オルタナロックシーンの名作に関わってきた重要人物。だけど、あくまでアメリカが彼のテリトリーであって、UK ロックを手掛けてるって珍しいなあ、なんて思ったのでした。イギリス人との付き合いなんて PJ HARVEY「RID OF ME」くらいしか思いつかない。
●このアメリカのロック職人の仕事のおかげか、結果的にフツウの UK ロックの鳴りとは全然違う仕上がりになりました。グランジのザリザリ感覚とは違うけど、「剥き身」のバンドサウンドが録れました。もう産地直送ピチピチの生きの良さです。ジャケのイメージ通り、「ブン殴られて鼻血まみれ」な感じです。UK ロックの異端。

●もう一つの注目ポイントは、第四のメンバー RICHEY JAMES が残したリリックで全部の曲を構成している事。マニックスのコトを考えるには、やっぱ忘れられない要素ですよね、RICHEY の存在は。
●4人組バンドとしてデビューしたマニックス。RICHEY JAMES はギタリストとして活躍してました。ぶっちゃけ音楽的才能はそんなになかったらしい…ただしセンセーショナルな発言や印象的なリリックが彼の存在を魅力的にしてたのだと思います。でもね、この人、1995年2月に突如失踪しちゃうのです。以来まったく行方がわかりません。ヒドいうつ病で入院したりと不安定な状況だった、自殺の名所になってる橋の近くで彼のクルマが見つかった、などなど不吉な情報がヤリトリされたもんですが、バンドは彼の帰還を待って律儀にトリオとして活動を続けました。…しかし、結局2008年、RICHEY 法的に「死亡」と認定されるコトに…。彼の遺した散文から歌詞を構成しようという着想は、そんな事情からひらめいたようです。

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(RICHEY の失踪を伝える記事。前年の KURT COBAIN 自殺事件と結びつける内容らしい。)


●でさ、せっかくだから、ファーストアルバムを聴くのさ。コレもワザワザ探したよレコ屋の激安ワゴンから。

MANIC STREET PREACHERS「GENERATION TERRORISTS」

MANIC STREET PREACHERS「GENERATION TERRORISTS」1992年
●ボクは9枚もあるマニックスのアルバムをほぼ全く聴いてないので、実にイイ加減な意見なんだけど、最新アルバムとこの最初のアルバムを聴く限り、UK ロックっぽくないです、ボクにとっては。なんか、音楽を作ってる当事者が、UKシーンではなく US オルタナパンクの方を見てる感じがする。ナニが違うんだろ?ボーカルが叫び過ぎ?ギターがガリガリしすぎてリフが大味?ちょっとメロディがヘヴィメタっぽい?なんか GUNS N' ROSES に似てるかも? うーん、説明出来ない。1992年はブリットポップ直前期で、ソレをブリットポップ以降の視点から見てるってだけでこの評価は不当か? でも異端である事ソレ自体はワルくない。
●ただし、92年当時のボクは THE STONE ROSES PRIMAL SCREAM「SCREAMADELICA」のダンスミュージック志向を UK の正統派と受け取ってたから、パンクアティチュード満載のオーラを放ってたマニックス「ちょいと違うかも」と思ってたのは事実だ。だってこのアルバムリリースに際して彼らはホントにビッグマウスだったもん。「オレらはスゲエ2枚組のファーストアルバムを作って一気にチャートナンバーワンに送り込む。そんでそのまま解散だ!」そんなコトを大真面目でブチ上げてた。それこそ多分 RICHEY がフカしまくってたんだと思う。音楽ジャーナリストとのインタビューで、「キミら、どこまでマジなの?(笑)」とイジラレタのに立腹し、RICHEY はカミソリで自分の腕に「4 REAL」(←マジ!の意)の文字を切り付けちゃうんだもんね。17針縫ったってさこの大ケガで。当時の「ロッキンオン」にこの流血写真は掲載されたが、ボクはむしろサメちゃったわ…。

4real.gif(人呼んで「4 REAL」事件。イテテテ!)

●世の中はそれほどウマいコトはいかず、デビューアルバムは2枚組にならず、そこそこ売れたがナンバーワンにはなれず、結局バンドも解散しなかった。あーあ、こりゃナイわ。リアルタイムのリスナーとしてボクはもうコイツら聴かない!と決めちゃった。RICHEY がヘコムのは無理もないかな…。それから2枚のアルバムを作り玄人受けするバンドになるも、ナンバーワンにはなれないまま。そして RICHEY は失踪する。
●皮肉な事に、その後トリオとして再出発したアルバム「EVERYTHING MUST GO」はチャートナンバー2まで食い込み、マニックスは一気に国民的ロックバンドへ。1996年の音楽賞を総ナメにした。このアルバムは聴いた覚えがボンヤリ残ってるが、今日のところはボクの荒れたCD棚から発見出来ない。ただ、大味なブリットポップだなあという印象だったような。

スイマセン、今さらですが、iPhone デビューしました。
●仕事も一区切りついたので、ジブンへのごホウビ。今、いろんなアプリを仕込んでます。ふふふ。10年以上付き合ったドコモさんとお別れ。コドモたちには非常に評判がイイ。ノマドもヒヨコもグーグルマップをいじるだけで大興奮。
●先週はずーっと具合が悪くて、あまりの不調にケイタイまでなくしちゃったんだよね。その瞬間に「iPhone に変える!」って決断しちゃった。結局はラーメン屋さんから「忘れ物ですよ」と連絡が来てスグに回収したんだけど、もう買換えのテンションが収まらない。そんで金曜日ねちっこく店員さんと相談して(それなりに問題点もあるのねって納得もして)、バキッと買いましたよ本体価格も一括払いで!これでボクもスマートフォン進化!


そんで、今日は娘ヒヨコ7歳と親子デート。

彼女が「ホッピングをしたい」というので、二人で児童会館に行きました。
●児童会館のカウンターにお願いすると、ボールとか竹馬とかナワトビとかアレコレの遊具を貸してくれるらしいのです。へーそうなんだ。常連ヒヨコは申請用紙に慣れた手付きでサラサラ必要事項を記入する。ほうシッカリしてるじゃないか、と思ったら自宅連絡先の電話番号がメチャクチャだった。ヒヨコ最初の「03」以外ゼンブ違うぞオマエ今までコレで通してきたのかヤバいヤツめ。

●で、飛ぶ。ホッピングを。

「ホッピングをしたい」

●初めて iPhone で撮った写真、がコレ。
ソレって、一人で飛んでて楽しいのか…? パパ、コドモのリアルから離れて久しいからよくワカンナイわ。しかもあんま上手くないのね。カオはマジなのに。その後フワフワのゴムボールを借りて二人でキャッチボール。うわー、ボク実に珍しくパパらしいことをしてしまっている。ヒヨコとキャッチボールって生まれて初めてだわ。

●そして、シモキタザワの商店街を二人でお散歩。
●商店街の賑わいに入る前の坂道を下る時。ヒヨコ「パパ、ユウガタになるとね、ココからアッチのおミセがたくさんあるトコロをみると、スゴくキラキラしててキレイなの!アカシンゴウもおっきくみえて、人もたくさんいてスゴくタノシそうなの!」ヒヨコは時々カワイいコトを言うなあ。コレからもおテテつないでパパとお散歩しような。


一方、その時アニキのノマド8歳は何をしていたかと言うと…。

漢字の部首の研究をしていた。

漢字の部首の研究をしていた。
●漢字のパーツが気になってしょうがなくなったらしい。家に籠って、漢和辞典や国語辞典をペラペラめくっては、カレンダーのウラ紙を使ってマジックで部首の数々を列挙していたという。家に帰ったらコレが誇らしげにリビングに置かれてた。どうしても奇妙なトコロに好奇心が流れていっちゃうのね。オマエは実にバランスのとれないオトコだなあ。

そんな息子ノマド(小学3年生)の将来のユメが変わってた。
「けんちく家」。…なにそれイキナリ。オマエ宇宙飛行士って言ってたじゃん。今週だって山崎直子さん&スペースシャトルのニュース真剣に見てたじゃん。ワイフ「知らなかったの?ノマド去年から建築家がイイって言ってたのよ」知らなかった…。あ、でもボチボチ稼ぎそうな職業だから、イケテルかも!
●で、建築家になってナニ作るの?「いえ!」…そりゃそうだろうよ…どんな家?「オレのいえ!」あ、ジブンで住むんだ…。「けんちく家になるには、なんのベンキョウすればイイの?」…あーそうだな、強度計算とかあるだろうから理科も算数もしっかりしないとな…アートのセンスも問われるから図工も…建築基準法とかもあるから社会もしっかりかな?まーなんでもベンキョウだね、漢字の部首も含め、今はフルセットで攻めろ。
「オレ、セッケイ図かいてみた!」コレ家の部品を並べたってコトか?わかりづらい…番号ついててプラモデルっぽいな。つーかさノマド、勉強も大切だが1つ確実なアドバイスをしよう。線はまっすぐ描け。まずそこから始めろ。

ノマドのせっけいず

(ムスコよ、線は丁寧に描け。)

絶妙なシンクロだが、今週はボク自身も建築の本を読んでた。
●別に趣味ってワケじゃなく、仕事上の必要で読んでます。ノマド、ベンキョウは大事だ。大人になっても日々ベンキョウ。しかし大人のベンキョウは付け焼き刃。浅い知識とハッタリでこなす場面がございます。

「新・東京建築案内 U40建築家と考えた、東京の未来」

「新・東京建築案内 U40建築家と考えた、東京の未来」
●ボクと同世代、70年代生まれの若手建築家さんたちが、カッチョイイ建物を建ててます。ボクには現代建築を鑑賞する趣味はなかったから、素朴に新鮮。こんなスットンキョウな家、リアルに住み続けられるのかよ?とツッコミを入れつつも、ノマドがもし建築家になったらトビキリユニークな家をデザインしてもらってソコで老後を暮らしてみたい、なんて妄想に浸りました。

●若手建築家・西田司さんという人の文章が気になりました。一部引用。

「今後の日本は人口がどんどん減って、8000万人ほどの国になるだろうと言われています。すると現在つくられている都市空間の4分の1が余ることになるわけです。そうなったとき、私たち建築家は、新しい建物をどんどん建てていくことよりも、空いた「余白」をいかに活用し、利用するかといった点に目を向けていかざるを得なくなるでしょう。建物を「ハード」として用意する役割ではなく、そこにインストールすべき「時間」をデザインすることもまた、建築家の役割になっていくような気がします。
(中略)もう一度つくる行為を見直し、つくるデザインと使うデザインがシームレズにつながることが必要です。そのためには、設計だけでなく、グラフィックや言葉など、表現の領域を拡大していくことも大事だと思います。ハコだけつくっておしまい、ではつまらないからです。」

●若い野心と知性がパキッと差し込まれた文章に、「なんかカッコイイなあ」と感じ入りました。ノマド、マジでこの「建築家」って商売はオモシロいんじゃないか?なれるモノならなってくれよ。この本も読ませてあげるからさ。

●一方、建築家になる可能性がないボクにとっては、将来の人口減少国家・日本の姿が気になっちゃった。「都市空間の4分の1が余る」!そんじゃ土地価格の暴落はマチガイないじゃん。不動産運用で老後の暮らしを立てるとかあり得ないじゃん。確かにシモキタザワですら商店街に空きテナントが目立つようになってきたからな…。なんか住宅ローン払うのがバカバカしくなってくるじゃん。
●しかし反面、冷静になってみれば、今なら絶対手の届かないようなバショの土地に、将来手が届く可能性があるってコトだ。そこにユニークな価値を再インストールすることでオモシロいコトが出来るかもしれない。都心の廃ビル寸前物件をリノベーションしてみたら、その地域全体が新しい価値をまとうようになるかも。ソレはオモシロいね。そのトライに息子ノマドがパートナーになってくれたら、なおオモシロい。実際、東神田の築50年物件「アガタ竹澤ビル」に沢山のギャラリーが集まってオモシロいコトになってる、とこの本が紹介してくれてる。

●なにげにボクは、売地とか建売り住宅のチラシをこまめにチェックして、その物件まで足を運ぶなんてコトもしてる。この広さでどの程度の相場?高さ制限はいくつ?用地利用制限は?不動産屋に電話しちゃったりも。工事現場見るのも好きだ。どんな建物を建てるつもりなんだろうって思う。「宅建」資格の勉強だって一時期夢中になってやってたもんね。
●そんなコトして考えてるのは、この土地にカフェを作ったらどうなるだろう?住居とテナントを兼ねた建物は?カワイいアパートを建てたら?そんな夢想だ。夢想と現実の距離感を、リアルに土地を見たり関係者と話すことで計ってる。コレをノマドと一緒に企むってのは想定外だったが実現すれば実にオモシロいね。

●でもね、ボクが売地で業者の営業さんと話し込んでる間、その草ボウボウの空き地をトコトコ歩いてたヒヨコがこう言うんだ。「パパ、ココにおうちが立つの?ヒヨコ、このままがイイなあ。お花がさくバショがなくなっちゃうんでしょ。つくしさんもイッパイ生えてるのに」…そうだな、街にはそういうバショがもうちょっと混じってないとダメだな。ヒヨコはホント時々イイコトを言うなあ。


●ノマドの夢は建築家。ちなみにヒヨコはケーキ屋さんorデザイナーさんになるのが夢。
●ボクは、マンガの世界に夢を見出した少年たちの物語を読んでる。

小畑健/大場つぐみ「BAKUMAN」1~7巻

小畑健/大場つぐみ「BAKUMAN」1~7巻
「デスノート」で一世風靡した作画/原作ペアが、次に繰り出したテーマは「マンガ家を目指す少年たち」。中学生だったサイコーとシュージンはマンガ家としてブレイクするという目標を掲げ、着実にステップアップを果たして行く。目指すは18歳までに連載作品のアニメ化。今んトコロその目標達成は微妙だけど。
●しかも「週刊少年ジャンプ」に連載されながら、その「ジャンプ」編集現場の舞台裏をさらすような内容。ココで描かれてる「読者アンケート至上主義」って素朴にスゴいね。ボクもマンガは長く読んでるけど一回だってアンケートなんか出したことないよ。ドコまでのリアリティが表現されてるのか真偽のほどはよくワカランけど、作家&編集のヒリヒリした現場感はオモシロい。
●さて、「少年ジャンプ」と言えば『努力/友情/勝利』の三要素を作品に盛り込んでメガヒットを量産してきたコトで有名ですわね。そういう編集方針が熟成されたシステムすらがこのマンガには詳細克明に説明されてる。ジャンプシステムをメタ視点から批評的に描こうとしているんだね。そうでありながら、ある意味でこの「BAKUMAN」自体が『努力/友情/勝利』で出来上がった作品だってコトに気づいた。結局はジャンプシステムに完璧に絡めとられてるという複雑な入れ子構造。メタメタ視点でジャンプシステムの強度を実証してるというか。
●マンガ家を目指すサイコー&シュージンの二人組は、強い「友情」で結ばれたパートナーで、常識を乗り越える分量の作業をバリバリとこなす「努力」家でもある。結果として彼らはその「友情」「努力」によって、読切掲載、連載スタートなどなど数々の「勝利」を達成している。同業同世代のライバルたちは「直感天才型」が多いが、多かれ少なかれ『努力/友情/勝利』の三要素バリエーションでステップアップを果たしてる。作品には「王道」/「邪道」といった作風のテイストを区別する言葉も出て来るが、この作品自体は「邪道」と見えて実はジャンプの「王道」、とボクは思った。

●しかし、『努力/友情/勝利』がソレそのものだけではリアリティを持たなくなったのが今の時代である。この作品を実にオモシロくしてるのは『戦略』という要素だ。『努力/友情/勝利』に匹敵する存在感を持つ第四要素。努力しても強い友情があっても勝てない時代、サイコー&シュージンはハッキリとそのコトに自覚的で、がゆえに実に戦略的にモノを進める。そもそもマンガ家という目的すらが戦略から演繹された結果なのだから。
●現実主義かつ明確なプラグマティストである彼らは、「売れる」ためへの戦略意識が誰よりも強い。必要とあれば作風も変更するし担当編集とも対立する。戦略によって彼らのパートナーシップは結成され、戦略に必要な努力は全く惜しまない。コレこそが21世紀をサヴァイブするためのシナヤカさとクールさであり、「BAKUMAN」の主人公たちがジャンプの既存ヒーローと違って見える理由なのかもしれない。

●というコトで、我が子ノマドヒヨコに対して、どんな戦略を用意してやるか、ボクは思案しなくちゃいけない。4月から「子ども手当」も出るからね。効果的に使う方法を考えよう。



自律神経失調症とのお付合い(その116)~「クスリが残るコトの感動」編

●春眠暁ヲ覚エズ……異常に眠い。ここのトコロ一日中、ひたすら眠かった。
●仕事にならないくらい眠いので、18時30分の定時にカッチリと会社を出た。電車の中でもひたすら眠い。

●ハタと、気づいた。コレは季節のせいではない。クスリのせいだ。

●先週末から疲れが溜まって、クラクラしてたんだよね。ぜんそくも出かかってたし、非常に具合が悪かった。だから、レギュラーのクスリに加えて、ポンポンと頓服の安定剤をブチ込んでみた。具体的に言うと、デパス0.5mg×2。

●コレがことのほか重く効いた。コイツのせいで眠いんだ。安定剤の効果を引きずってたのかー、と気づいたのがたった今。いわゆる「クスリが残る」ってヤツだったのだ。

ボクは今、コレを感慨深く思ってる。
●数ある精神安定剤の中でも、デパスはそこそこキツく効く方だが効果は短い。多分序の口レベルだ。去年の今頃のボクなら、デパス2錠程度で眠いだなんて感じもしなかった。それが今や、幾日もその効果を引きずり眠い眠いと感じちゃうなんて…。つまりは、クスリが重く感じるほど、ボクのカラダはマトモになってるのだ。
デパス、好きだったのに。愛おしいおクスリちゃんよ、そろそろお別れの季節だね。お世話になったが、もうキミはボクには必要ないみたいだよ。
●……コンスタンというクスリとお別れした時も、なんか同じようなサヨナラ気分を感じたなあ。こう書くと「オマエはヤク中か」と疑われるけど、肌身離さず携帯してるクスリには愛着わくモノですよ。常にカバンの中にクスリ袋を持ってるコト、飲まないけど「いつでもクスリが飲める状態にある」コトで、心理的に安心出来るって場面もあるのさ。


●強烈ドラッグ世界を描くマンガを読む。

小池桂一「ウルトラへヴン」3

小池桂一「ウルトラへヴン」1~3巻
●ボクはチョイ増量の安定剤でボンヤリしてたのに、日曜日の午後イッパイを、こんなケッタイなマンガを読んで過ごしてた。様々なドラッグやキカイで感情や感覚を操作するコトが出来るようになった近未来。ヤク中青年カブが、謎のドラッグ「ウルトラへブン」と出会い、そりゃもうキュワキュワの感覚体験をしてしまう物語。
●第一巻が出たのが2002年。第二巻で2005年。そんで未完のままで終わるのかなーと思ってたら去年12月に突然第三巻が出た。この人キャリアは長いけど寡作と見えて他の作品はほとんど見ない。そもそもこの「ウルトラへヴン」ですら、下北ヴィレッジヴァンガードでは激押しだけど、ソレ以外のトコロで見た事がない。とってもレアな作家さんと見られます。
●しかし、その作風はまさしく強烈で、現実感覚がひしゃげて崩れていく様を、あらゆるアイディアを投入して紙に着地させていく技は神業なのでした。この一ページを描くのにどんだけの時間をかけたんだろう、寡作も当然だと思うような高密度。フランスの大家メビウス、アメリカのカルトサイケ作家ジム・ウードリング、そして「AKIRA」で全開だった頃の大友克洋さんの気分を、グラグラ煮詰めてドロドロに溶かして、インナートリップ方向に果てしなく落とし込んでったような感じです。うん、この表現、全然説明になってない。
●しかも、2010年になってもオハナシは今だイントロ部分から少々突っ込んだ程度、大風呂敷を広げたものの、一体どんだけ時間をかけて収拾つけるのか全然わかりません。あーなんか収拾つけてほしくもないですけど。そのままぶっ飛んでもらった方が、このマンガには相応しい決着かも。

●第一巻は、主人公と謎のドラッグ「ウルトラへヴン」との出会いが描かれてます。奇妙なオッサンにそそのかされてキメてみたらあら大変!幻覚と現実の境目が見えない強力な統合失調的世界がパコーンと開いて、読者もその現実感覚をグラグラにシャッフルされます。オエ気持ち悪い、と思うか。ギンギンに素晴らしいと思うか。多分その両方です。
●第二巻は、「アンプ」という瞑想キカイで、ガールフレンドと脳波をシンクロさせて超感覚の世界に没入する様子が、これまたサイコーなテンションで描かれます。主人公は幼少の原体験にまで手を突っ込まれ、そこから開いてしまった暗黒の深淵が為す技か、脳内幻覚が現実世界に逆影響を及ぼすサイキックな領域まで踏み込みます。
●そんで第三巻。瞑想テーマパークとも言うべき施設に乗り込んだ主人公は、大勢の意識とシンクロしながら、そのヤク中としての天才的才能を発揮して大混乱を引き起こす。なんかスケールがデカ過ぎてなんかワケ分かんなくなってきた。この続きの単行本までまた数年待たされると思うと、「ああ、終わらないで、もっと楽しませて」とマジで思ってしまった快楽/恐怖体験でした。
●ボクは本来ドラッグ神秘主義とかって時代遅れだなって思ってるんですよ。「知覚の扉が開く」というフレーズで、JIM MORRISON は自分のバンドを THE DOORS って名付けちゃったりしたけど(そしてこのフレーズが「ウルトラへヴン」にも登場するけど)、やっぱソレは60年代の出来事でしょう。今、どれだけ有効かというとギモン。でも、ソレを割り引いても、この「ウルトラへヴン」の紙上ドラッグ実験はスゴい。想像力の翼を目一杯広げて超感覚の世界を切り拓こうとしている。しかもシラフで。ホントにクスリしてたらこんな精緻な表現はできないよ。安定剤飲んでおネムになるだけです。


さて、ここで1つ問題。クスリの効果で得た感情や性格は、ホンモノか?
「ウルトラへヴン」の世界は、バーみたいな場所でカクテルのようにドラッグを調合してもらい、ソレを打っては気分や感情を切り替えるコトがフツウになってます。鬱々として死にそうになってる人が、一発のクスリで生きる喜びに涙しちゃうみたいな。
精神科のクスリを飲んで、性格が変わる人がいます。ソレが「治療」ってヤツだし。無難に暮らせるようになったり、気分が落ち着いたり、明るくなったり。まークスリだけで劇的に変わるわけじゃないけどねー。
●でもソレって、ホンモノなのか?ケミカルでムリヤリ矯正/修正してるってヤツじゃないか?ソコに「本来の自分」とか「個性」とか「アイデンティティ」とか「自我」とかが歪まされてる状況があるのではないか?クスリが抜けりゃ元に戻るとかじゃ、ドッチがホンモノだよ?って疑問が生じる。そんな問題。みなさんどう思います?コレ難しいよね。この問いには、人それぞれの考え方/答え方があるよね。

ボクなりの答え。「本来の自分」という発想を捨てる。
●ホンモノかニセモノかという真偽の問題が発生するには、「本来の自分」という視点が存在してるコトが前提になってます。この前提がなければ、問題自体も成り立たない。ホンモノもニセモノもない、クスリを飲んでいようといまいと、今現在の自分がオマエそのものだ、と自分に言う。シンプルな結論ですが、ボクはそう考えてます。
「本来の自分」を想定したとします。それが過去のイイ時期にあった自分であろうと、将来到達するであろうナイスな自分であろうと、ソレは今現在の自分という視座から照射されたモノ、現状の自分によって都合良く加工可能なモノになってしまう。具体的に言い換えるとソイツは「あるべき自分という願望」。つまりは今現在の自分が映し出した幻影にすぎない。オマケに今現在の自分を疎外する性質のある幻影なんだよなあ。幻影を追っかけるのも悪くはないが、ボクは幻影に呑まれるのはイヤだ。そう考えると「アイデンティティはなんぞや」と問う事すらムダな気がしてくる。そんなにヒマじゃない。幻影を振り切れ。過去も未来も振り切って、今現在に集中しろ。
●四の五の考えるな、今したい事だけをしろ。自分の行動に一貫性を持たせるな。自分を裏切れ。予想もしない事をワザとしてみろ。見る前に飛べ。……そんなコトを自分に真剣に課して行動した上で、それでも自分の行動に規則性/一貫性が出てしまう場合は、それが初めて「個性」と言えるモノなんじゃないかなーと思う。でもボクはそんな「個性」を別の言い方で捉えますけどね。ソレは「自分の限界」ってヤツです。コレ以上は先に行けないという限度ってワケ。その意味で、ボクにとっては「本来の自分」とか「個性」とかはネガティブ要因として働きます。

●コレは、精神科のクスリを媒介にして考えてみた、「ジブン探し」批判です。あんま上手くいかなかったね。シッパイ。


●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20100126.html


●ドラッグ体験と、音楽ジャンルとしてのサイケデリックは、別口&別腹ってコトで。最近よく聴いてた二枚。

THE FLAMING LIPS「YOSHIMI BATTLES THE PINK ROBOTS」

THE FLAMING LIPS「YOSHIMI BATTLES THE PINK ROBOTS」2002年
●80年代後半から、グランジ/オルタナティブの90年代、そして現在に至るまで、キチンと自分の音楽を育ててきたアメリカのサイケデリックロックバンド。WAYNE COYNE という味出しまくりのオッサンが中心となって、無邪気でチャーミングな夢の国を描いてくれてます。
●アルバムタイトルにある YOSHIMI ちゃんってのは、明白に BOREDOMS/OOIOO のコアメンバーであるヨシミさんに由来してるのでしょう(本人が日本語でナニかしゃべってる声も聴こえるし)。アルバムの世界観の中では、カワイい少女ヨシミちゃんはカラテの黒帯。悪のロボットと戦って、哀れなボクちゃんがロボットに食べられないようにしてくれてるという設定。不思議の国のアリスのように、ヨシミちゃんはこのトンチンカンな世界を縦横無尽に駆け巡ってる。その箱庭宇宙がイチイチチャーミングで、実に甘美。何回聴いても聴き飽きない。実験的かもしれないけどトビキリポップでもあります。
●このバンドは芸歴が長い。80年代の段階で3枚もアルバム出してる。ボクがこのバンドを聴くようになったのは1992年のアルバムからで、一番好きだったのは「TRANSMISSIONS FROM THE SATELLITE HEART」1993年という作品。時代の流れを見事に汲み取ってクソのようにグランジ/ロウファイでした(イイ意味ですよ)。当時はササクレだったガリガリギターが炸裂してて、「YOSHIMI~」で聴けるような甘美なポップ音像からは想像もつかない荒れ狂い様。しかし、人を喰ったような奇妙な愛嬌は当時から健在でした。
●1997年の「ZAIREEKA」って作品が驚異的。なんとCD4枚組。しかもスゴいコトに、この四枚をイッペンにプレイすると、シンクロして1つの音楽に合体するというコンセプト。そんで、もちろん一枚づつ聴いてもキチンと成立してるっていうんですよ。で、ボクはこの最高にシビレるアイディアに感動し、店で発見した瞬間に全く迷わず即決で買った訳です限定生産っぽかったし。ところがだ、冷静に考えると、当然ながら4枚のCDをイッペンに鳴らすシステムなんてウチにないわけで。この素晴らしいコンセプトに大いに共感しながら、実は今だ一回もマトモに聴けていない、というマヌケぶり。つーか、みんなどうやって聴いてるの?
●実はこのデカ過ぎる大作にボクは少々怯んで、00年代の THE FLAMING LIPS はあまり聴いてこなかった。今「YOSHIMI~」を聴くのは、実はお久しぶり体験なのでした。90年代とは全然違うドリーミーな音像に胸キュンしたので、この前後の作品が欲しくなってるのでした。

MERCURY REV「DESERTERS SONG」

MERCURY REV「DESERTER'S SONG」1998年
●ボクの中では THE FLAMING LIPS と似た性質の音楽として捉えてたバンド。同じような手法でグランジ時代のサイケデリアを模索してたし、現在に至るまでキチンと活動してる。
●そんで今回調べてみたら、実際人間関係においても THE FLAMING LIPS と近いコトがわかった。リードボーカル JONATHAN DONAHUE は88~91年の間 THE FLAMING LIPS にギタリストとして参加してたし、ベーシスト DAVE FRIDMANN は90年代以降 THE FLAMING LIPS のほとんどのアルバムでプロデューサーを務めてる。なんだ、マジで仲良しじゃん。
●ボクがリアルタイムで聴いてたアルバム「BOCES」1993年の頃は、強烈なグランジ砂嵐の中に放り込まれるような殺伐サウンドだったんだけど、メジャーでの評価を上げた1998年の今作では、「YOSHIMI ~」に通じるような、甘美で温もりのある音楽が鳴っている。弱き者を温かく包むように、どこまでも優しく奥ゆかしくい音。アルバムタイトル「脱走兵の歌」ってのが象徴的だよね。THE FLAMING LIPS「YOSHIMI ~」楽しい童話世界を描いてるとするなら、コチラは傷ついた者をいたわる子守唄と言えるかも。
●ひょろろろろろろ~って音がチラチラでてきて味出しまくりなんですが、クレジットみたら「BOWED SAW」って書いてあった。ノコギリだ!ノコギリを弓で弾く「ミュージックソー」だ。イイねえ。


うーん、メマイがヒドい。
●イカンイカン。会議が長過ぎるんだよ。昨日はクラクラメマイがしてて夕方は本当にツラかった。会社の帰りがけ、仕事相手やご近所さんにバッタリあったりして軽く世間話したんだけど、実は目の焦点が全然合わなくてコマッタ。相手はボクが意味なくキョロキョロしたり目を合わせようとしなかったりしたのを、奇妙に感じたに違いない。あとアレだ、会社のコーヒーがマズすぎるんだ。ドブの水を温めたようなグズグズのコーヒーを何杯も飲むから気分が悪くなるんだ。

●そんな夜だから、クリスタルなジャズフュージョンを聴いちゃうんだよ。

GROVER WASHINGTON JR.「WINELIGHT」

GROVER WASHINGTON JR.「WINELIGHT」1980年
田中康夫「なんとなくクリスタル」のBGMになりそうな、シックで落ち着いたこのテのスムース・フュージョンは、ハッキリ言ってボクの趣味ではないのです。メンツはそれなりに豪華。サックス/GROVER WASHINGTON JR.、パーカッション/RALPH MACDONALD、ドラム/STEVE GADD、ベース/MARCUS MILLER、ギター/ERIC GALE。この時代の一流プレイヤーです。でもオシャレすぎてイケスカナイ。ジャケが既にもうイケスカナイ。
●ただし1曲だけ重要な曲がある。「JUST THE TWO OF US」という曲。ヴォーカルに BILL WITHERS をフィーチャーしたR&Bだ。オーガニックでふくよかな声がメランコリックにメロディをなぞる感覚が実に気持ちイイ。サビのフレーズが実にロマンチックでセクシー。「JUST THE TWO OF US / WE CAN MAKE IT IF WE TRY / JUST THE TWO OF US / BUILDING CASTLES IN THE SKY / JUST THE TWO OF US, YOU AND I」この二人なら、望めば何でもできるさ、この二人なら、空に城だって建てられる、この二人、キミとボクとなら
●この1曲のためだけに一枚買ってしまってもムダじゃない内容です。BILL WITHERS の数々の名曲を連想すれば、ハズレるハズがないのであります。「クリスタルの恋人たち」というチョイとイタい邦題には、目をツブってあげて下さい。

元・職業シンガーである友人に、この曲を教えてもらった。
●彼女とは一緒に仕事を始めてもう9年になる。お互いこんなに長い付き合いになるとは思わなかったねえ、とこの前食事の席で話したのでありました。シンガーだった頃の彼女の活動は詳しく聴いた事がない(本人も話したがらない)のだけど、一度カラオケに行った時はその予想以上の歌唱力にビビった。「うわヤバ!ホンモノじゃん!腐ってもナントヤラ」「やめてやめて、もうそういうのじゃないから。それに腐るとかはナイ!」
●仕事でタクシー移動しとった時かな…カーラジオから「JUST THE TWO OF US」が流れてきた。「あ、ワタシこの曲好きなの…(サビをフンフン歌う)…でも誰の曲だっけ?忘れちゃった思い出せないな」ボクにとっては初めて聴く曲だったが、このサビの歌詞が実に印象的だったので、カチンとアタマにインプット。その後しばらく忘れてたんだけど、偶然このCDの中で原曲を発見したのでした。
GROVER WASHINGTON JR. は先にも言ったようにボクの趣味ではなく、このCDも実はモライモノ。期待なくプレイヤーにかけてみたら、大好きなシンガー BILL WITHERS が唐突にこの1曲だけに登場して歌い出す。その時はマジびっくりしました。そういう音楽の出会いって楽しい。


さて、元・職業シンガーの友人は、現在の仕事において職業的にジェイポップをチェックしてる。
●本来は、PHOEBE SNOW RICKIE LEE JONES とかを聴いてた(渋い…ボクはこの辺まだチェックしてないよ)人間なんだけど、かなりの量のジェイポップを聴き込んでいる。そんな彼女とボクがよく話題にするのは「次クるのはこのアーティストだ」予想。結構な比率で彼女とボクの予想はダブり、実際にブレイクしたアーティストもいる。スキマスイッチは、シングル2枚目の段階で「当確」でした。アンジェラアキはインディミニアルバムで「当確」YUI 絢香はデビュー前から「当確」「スゴい新人が準備されてる」ってウワサがスゴかったから。ヒットしなかったのもイッパイいるけどね。


SALYU も速やかに「当確」を出したアーティストだった。

SALYU「MAIDEN VOYAGE」

SALYU「MAIDEN VOYAGE」2010年
SALYU はデビューシングル「VALON-1」2004年の段階で「当確」でした。岩井俊二映画「リリィ・シュシュのすべて」で虚構のシンガー「リリィ・シュシュ」を演じた実績を加味すれば、そのポテンシャルの高さはマチガイないと。オマケに烏龍舎/小林武史プロデュース体制ってのも織り込んでね。二人してライブも観に行ったし。SHIBUYA-AX。足をねんざしちゃった、ってコトで我らが SALYU ちゃんはバツの悪そうなMCをしつつ、終始スツールに腰かけてパフォーマンスしてた。
●2005年「LANDMARK」、2007年「TERMINAL」と二枚のアルバムまではキャリアは順調だったと思う。でもその後2008年にベスト盤「MERKMAL」をリリース。アルバム2枚でベストって早くね?切れ目なく新作を出してて欲しかったなあ。ココでちょっと停滞感。しかも激ヤセ。ホッペがふくよかなあどけない丸顔が、スッとシャープな印象になった。…あー、確かに美人さんになったとは言えるけど、以前のポチャって感じも好きだったのに。
●そんな経緯の中での待望の新譜だ。「MAIDEN VOYAGE」は日本語にすると「処女航海」HERBIE HANCOCK に同名タイトルの名作アルバムがある。しかし小林武史全面プロデュースを離脱しての作品で、少々気分が変わった。彼女の真価はその爆発的なボーカル能力で、その爆発の口火を切るような曲構成は、さすが御大、小林武史さんの方が深く理解してる。新しい楽曲提供者たちにはその驚異的ボーカルを持て余してる場面がチラチラ見えた。
●シングル曲「ハルフウェイ」はイイね。もちシングルの時点で聴きまくってました。細くしかしシナヤカで強い芯が通ったファルセットは別領域に突入した SALYU の世界を見せてくれてる。「新しいYES」も新しい。いずれも小林武史提供。

でもさ、「MAIDEN VOYAGE」は初回特典のDVDこそが注目だ。
●初回特典盤には「SALYU TOUR 2009 MERKMAL LIVE AT NIPPON BUDOKAN 2009.2.10」のパフォーマンス、ガッツリ160分が収録されてる。このボリューム!CDがオマケに見える。ベスト盤の名を冠したライブだけあって、リリィシュシュ時代までを含んだキャリア10年分を全部詰め込んだ内容。
●ボクが観たウッカリねんざパフォーマンスからは一変してる実に落ち着いたMCは、「何があったの?」と心配さえ感じる大人女性への成熟ぶり。オマケに容姿もスパッと美人さんになってるから、ちょっぴり戸惑う。なんか遠い人になっちゃったかも的な。
●しかし、彼女の真価である爆発的なボーカルパフォーマンスは健在、というかより一層円熟してて、もはや神々しい。ぶっちゃけ、詞のメッセージとかはどうでもよくて、彼女の声が聴こえればもうそれで十分。末広がりに拡散して、どこまでもグングンと伸びていく声は、言葉の意味すら溶け崩して、より純度の高い音響として空間を支配する。
●ボクとしては彼女の声をタップリ堪能したくて、一日に二回連続でこの3時間弱のDVDを観るようなコトしてたんだけど、彼女の声のインパクトはホントに強烈ならしい、ワイフは「お願いだからカンベンして、このDVDはウルサ過ぎる、もう耐えられない」と懇願してきた。彼女の声はソレを聴く者にもココロの準備と覚悟を要求するらしい。

Salyu激ヤセ

ちなみに、どんだけルックスが変わったか、って検証をしてみた。
●左。2009年の SALYU ちゃん。右。2006年の SALYU ちゃん。女の子って変わるよね…。ポッチャリもキライじゃないし、今のシャープな感じもキライじゃないよ。ココまで変わるってコトが女子の神秘というか。
●とあるネットでのインタビューから本人の言葉を引用。「大変申し訳ないんですけど、特に何もしていないんです。あるとすれば、ダイエットをやめたことですね(笑)。今までは、痩せてもすぐにリバウンドしていたんですけど、あるとき“全部やめた!”と思って。そこからヒューっと痩せました。(中略)あと、恋愛をすると痩せると思いますよ。新曲「EXTENSION」で歌っている“背伸び”じゃないですけど、やっぱり好きな人の前では気取るじゃないですか。食べる以外の脳神経が覚醒するので、気取るってすごくいいことだと思います」ですって。
http://beauty.oricon.co.jp/special/beauty_style/view/715/


SALYU 関連音源として、BANK BAND と小林武史。

BANK BAND「沿志奏逢2」

BANK BAND「沿志奏逢2」2008年
SALYU ちゃんがメジャーシーンで認知度を上げたキッカケは、BANK BAND WITH SALYU 名義で「to U」が発表された時だと思う。BANK BAND として唯一のシングル楽曲であり、AP BUNK FES のアンセムみたいなポジションも担ってる。モチロンボクはこの曲が大好きでありまして、櫻井和寿に先行してまずメインボーカルをとる SALYU ちゃんに「立派になったなあ!」と感動したものでした。
特に注目なのは、筑紫哲哉さん最晩年の「NEWS 23」2005~2008年でテーマソングとして使われたというコト。「NEWS 23」の生放送でフル尺が演奏され、AP BANK の理念を20分以上にもわたって小林&櫻井が語り続けてる様子をリアルタイムで観ちゃった。もうニュース番組としてのバランス感覚を完全に逸脱してると感じながらも(音楽番組でもやらないよ)、筑紫さんマジで入れ込んでるんだなーと素朴に思いました。あの番組のオープニングだけで聴けた SALYUスキャットだけバージョン「to U」、これ是非流通音源化してもらいたい。
●このアルバムは BANK BAND のセカンド。「to U」含めオリジナル楽曲は3曲だけ。あとはカバー集。RC SUCCESSION仲井戸麗市、JUN SKY WALKER(S)、斉藤和義、MY LITTLE LOVER、KAN などをカバーしてる。RC「スローバラード」、そして矢野顕子「ひとつだけ」のカバーがイイなあ。

小林武史「WORKS I」
小林武史「WORKS I」2008年
SALYU、ミスチルの所属事務所「烏龍舎」(他にはレミオロメンもいるよ)の社長であり、希代の音楽プロデューサーでもある小林武史。現行ジェイポップのど真ん中を歩くこの男は、あまりに仕事がメジャーすぎるので音楽マニアからは過小評価されてるかもしれない。でもボクはやっぱ素朴にスゴいと思う。妥協しないクリエイティブとシビアなビジネスを両立させてるコトは、このCD不況では希有な存在と思うし。ボクは桑田圭祐&サザンとの関わりで彼に注目してました。
●ただ、女性アーティストに手をつけちゃうクセだけはちょっとね…それは職権濫用でしょ。MY LITTLE LOVER AKKO さんと離婚して、一青窈に乗換えでしょ…。ソコは小室哲哉っぽいよ。SALYU ちゃん、大丈夫だよね!?
●それはイイとして、このCDは彼の映画サントラ提供曲集です。基本は彼のピアノとオーケストラアレンジだけ。小林が関わった映画と言えば「スワロウテイル」(=YEN TOWN BAND)、「リリィ・シュシュのすべて」SALYU をフックアップ)。イヤイヤその他にもアレコレやってました。ここに収録されてるトラックは香里奈初主演映画「深呼吸の必要」(沖縄フルロケが気持ちイイ映画でした)や「地下鉄に乗って」(コレも主題歌は SALYU「幸福な食卓」(主演は北乃きい)などの楽曲。サントラスコアものだから正直そんなに楽しくはないが、ライナーには小林武史氏のキャリアについて詳しい説明があります。それと「to U」のピアノインストヴァージョンが入ってます。

小林武史を、サザン視点で考えた記事があります。ご参照を。
「サザン再聴、その4」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html
「サザン再聴、その5」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080317.html
「サザン再聴、その6」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080327.html




●さてさて、元・職業シンガーさんとの話に戻って。

意見が割れてたアーティストもいた。いきものがかり。
●ボクは悲観的でした。コレはない。桜ソングの一発屋だ。デビューシングル「SAKURA」06年&07年の二回にわたって押し曲にしたんだよ。コリャ前代未聞だ。しかし元・職業シンガーは言う。「いやクルね。ソレは見る目ないと思う」…結局この勝負はボクの負けだ。今彼らはドッサリ売ってガッツリ稼いでるでしょう。

いきものがかり「ライフアルバム」

いきものがかり「ライフアルバム」2008年
いきものがかり「MY SONG YOUR SONG」
いきものがかり「MY SONG YOUR SONG」2008年

●同じ年に二枚アルバム出してるよ。実に勤勉だ。これは彼らのセカンド&サードアルバム。イマイチまだ聴き方を呑み込めてないんだけどね…ただボーカル吉岡聖恵ちゃんの顔に見慣れた感じはある…なんか失礼なコトいってるな…でもカワイくなりました。女性はどんどん変わる。キレイになる。
●セカンドでいうと「花は桜 君は美し」かな?高音を切々と張る感じがヒリッとして小気味イイ。若さがワサワサする賑やかポップスよりも、70年代ニューミュージックさえもが透けて見えるミドルテンポバラードの方が気分かも。「茜色の約束 ACOUSTIC VER.」も気持ちよく聴こえたのです。
●サードだと「帰りたくなったよ」。うーんどうしてもメランコリックなミドルバラードの方がヒッカカル。ボーカル聖恵ちゃんの声は、フツウ女子等身大の技術以上に個性を見出せないタイプなので、その等身大が精一杯歌ってるんだよーって場面こそが一番よく響く。ノンタイアップ曲「くちづけ」「幻」もこの意味で好き。彼らは自分たちの持ち味をココで掌握しつつある。

いきものがかり「ハジマリノウタ」

いきものがかり「ハジマリノウタ」2009年
●そんで3月リリースの新譜だ。彼らのアップな楽曲で初めて好きになった曲が収録されてる。「じょいふる」だ。ポッキーのCMでヘビロテ。ボクが好きになったというより、娘ヒヨコが好きになって、この曲を好きになったヒヨコが好きになったボク、という構造か。この文章書いてる今現在もヒヨコは歌ってる。もしかしたらヒヨコの声の方がカワイクてもっとイイ曲になるかも。そんで「じょいふる」と両A面シングルでカップリングされてた「YELL」もヒヨコにはイイ曲に聴こえたらしい。「ボクらをつなぐエール、っていうキョク、こんどレンシュウしよ!」
●アップの曲としてさらに注目なのは、珍しく英語詞をタップリ含んだ「HOW TO MAKE IT」。アレンジが BEAT CRUSADERSヒダカトオルさんでした。コレもカッコいい。バラードものは完成してしまったこのバンド、アップなロックでも進化中。
●ボクの中で低評価だったいきものがかり、ワイフのママ友の中では大評判でCDの貸し借りも活発だったそうだ。なんだ、それじゃボクが持ってる事早く言えばよかったか。まあワイフもこの辺には興味がないのでしょうがないか。



●もうさらにジェイポップの話をしちゃいますね。需要ないと分かってますけど。

●元・職業シンガーさんとの共通認識があと1つ。「コブクロはスゴい」。これはブレイクとか「当確」とかじゃなくて、いつの間にかビッグになってましたって感じで。なんでこんなにみんなコブクロが好きなのか?いやボクもライブ観てますよ、2~3回ぐらいさ。初めての武道館で感極まる黒田さんだって観ちゃったさ。そんな過程の中で、目に見えてドンドン貫禄がついてっちゃうのです。お客もファンもどんどん増えていくのです。

コブクロ「5296」

コブクロ「5296」2007年

コブクロ「CALLING」

コブクロ「CALLING」2009年

●武道館公演&ベスト盤300万枚セールスを経て、繰り出された6枚目/7枚目のオリジナルアルバム。この時期に「絢香×コブクロ」のようなコラボ企画も展開してた。グングンメジャーになっていった時期だね。2005年から2009年まで紅白歌合戦にも連続出場。
コブクロは小細工ナシの直球勝負でここまでやってきた。辣腕プロデューサーや大手芸能事務所の後押しもない。大阪の路上ライブからキャリアを起こした。小渕さんはサラリーマン営業職だったし、黒田さんは音楽がなくちゃニートみたいなモンだった。そんな路上ライブをたまたま見かけた和歌山県のゲーム会社社長さんが、彼らの才能に惚れ込み個人で事務所を立ち上げてくれたという。だから事務所の名前は「オフィスコブクロ」。当然芸能界とはまるきり無縁だし彼ら以外に契約タレントもいない。そこから愚直に活動して、手探り手作りでココまでやってきた。コレはコブクロファンなら誰でも知ってる事実だし、この事実があるからこそコブクロファンは、直球なメッセージをてらいもなく投げつけてくる彼らの作風を歓迎するんだと思う。雑草のような強い生命力が、彼らの音楽には宿ってる。

ボクは、アーティストにまつわるこのような「物語」をも引っ括めて音楽を聴いてる。その意味でコブクロはオモシロい。彼らがコレからドコに行くのか実に興味深い。……でも、コレ言ったら気分を害する人もいるかもしれないのを承知で言うんだけど、コブクロの曲ってアルバムで聴くとちょっとツライ。シングルはイイのよ、ああ立派な曲ねって思える。「蒼く優しく」「蕾」もさ。でもさ、基本的にどの曲も全部同じに聴こえる瞬間があってさ…だからアルバム十数曲聴くとサスガに飽きる。
彼ら路上出身のアーティストさんって、明白な音楽的ルーツがよく見えない。自分の内側から出て来るモノに対して忠実なコトは立派。だけど、スタイルやシーンに依存しないって不利な場面があると思う。明白なルーツを持つアーティストは、やっぱそのルーツに伴う文脈をヒントに自分のスタイルを更新出来る。しかし、ルーツがハッキリしてないと、引き出しに限界が出来てしまうんじゃないかと思うんだよね。
コブクロはフォークデュオと言われながら、日本歌謡のフォーク文脈にほとんど影響されてない感じだし、他の邦楽洋楽に似たモノが見当たらない。ジェイポップの真ん中にいながら、実は離れ小島に見える。それでいて、プロデュースもアレンジも全部自分たちでやっちゃうからね。ソングライター小渕さんは優れたメロディメイカーだとは思うけど、アイディアを一人でギュウギュウ絞り出したらドッカで枯渇しちゃうのでは?アルバム「CALLING」以降、目立った動きがないのがちょっと不安に思えるのでした。


関西の路上、コブクロ、に対して、関東の路上、ゆず。
ゆず「FURUSATO」
ゆず「FURUSATO」2009年
ボクがコブクロとよく比較して考えてるアーティストが、横浜・伊勢佐木町の路上から登場したフォークデュオ・ゆずだ。ボクの身近なトコロにいるゆずの支持者は、元・職業シンガーさんではなく、ヨガのセンセイである。なんでゆずが好きなのか聞いたコトはないけど、ヨガの生徒さんと横浜アリーナとかに観に行くらしい。あ、ボクのイモウトもムカシ聴いてたな。たしかファーストアルバムの頃。イモウトは当時アメリカ留学から帰ってきたばかりなのにイキナリドメスティックなトコロに行ったわけだったのだな。
実は、コブクロの小渕/黒田ゆずの北川/岩沢は、全員同学年の同い年だ。4人とも1976~1977年生まれだ。コレ結構意外な共通点でしょ?どうです? そんで活動を始めたのも近い。ゆずが1996年結成。コブクロ1998年結成。路上/ネオフォークシーンにとって、このヘンの時代に特別な状況があったのかな?とにかく、2つのユニットは同じ時代に育った世代だってコト。パッと見た感じではそう見えないかもしれないけど。

しかし、ゆずの方がデビューは幸運だった。
●1997年にはインディデビュー、1998年にはメジャーデビューだ。事務所は SENHA & CO. という所。コブクロに似てて、コレも実質上ゆずのために作られた事務所っぽいが、レコード会社トイズファクトリーの現社長がこの事務所の代表を兼任してるって事情があって、結果ズッポリ音楽業界に直結していた。トイズファクトリー小林武史率いる烏龍舎のアーティスト(SALYU、ミスチル)もガッツリ所属しているイマドキ珍しい音楽至上主義な独立系メジャーレーベルでボクはとても信頼している。ゆずはこのトイズからスムーズにデビューし、「路上出身」という経歴を売りにして最初っからチャートを賑わす存在になる。
●音楽プロデューサーとして元 JUN SKY WALKER(S) のベーシスト寺岡呼人がガッチリケア。この段階で寺岡にプロデューサーとしての実績はほとんどなかったが、両者のコラボは大成功して、見事セカンドアルバムでミリオン達成を果たしてしまう。ヴィジュアル面では村上隆とコラボするなど、様々な才能にサポートされて早々にシーンにシッカリとした立場を作ってしまった。…コブクロに比べると明らかに恵まれてると思う。2004年アテネ五輪NHKテーマソングに「栄光の架橋」が選ばれ、翌05年にドでかいベスト盤2枚をリリースするトコロまでは怖いもの知らずの快進撃だった。

しかし、この2005年あたりで、コブクロが激しい追い上げを見せる。
コブクロは、ゆずが最初のミリオンセラーを叩き出した後、2001年にやっとメジャーデビュー。関西エリアではシッカリした支持基盤を築くも全国区進出はナカナカ難しかった。しかしブレイクのチャンスがやってきた。「永遠にともに」2004年が結婚式ソングとして支持を集め、日テレ系ドラマ「瑠璃の島」成海璃子が突如天才子役として登場/主演したヤツ)の主題歌「ここにしか咲かない花」がメガヒット。これらのシングルを搭載したアルバム「NAMELESS WORLD」2005年が初めてのミリオンを記録する。この段階で、東西の雄、ゆず&コブクロが肩を並べた、とボクは思った。ボクがコブクロに注目を始めたのはこの頃で、早熟な天才児ゆずを雑草魂のコブクロが打倒する瞬間が見られるんじゃないか、と考えてたのだ。コレがボクの言う「アーティストにまつわる物語」を楽しむ視点だ。

ゆずのジレンマ。アラサーとしての立場をどう表現する?
ゆずコブクロの四人が同い年という話をしました。つまりは、連中も既に全員33歳になったというコトだ。アラサーもイイ所、ふと気づけばアラフォーになっちゃう段階だ。
●しかしデビュー直後にパブリックイメージが定着してしまったゆずの二人は、ナニゲに二十代前半の瑞々しさを維持する事を無意識下で要求されてしまってる。等身大のアラサーオッサンとしての彼らは、自分のリアリティをどう表現したらイイのか?今のゆずはこんなジレンマを抱えてると思われる。部外者のボクがなんでこんな深読みしてるんだか意味がわからないが、そこはご勘弁。しかしいつまでもタンバリン持ってステージを駆け回ってる訳にはいかないのだ。
コブクロ黒田は、ボサボサのキタナい茶髪ドレッドでデビューしたが、いつのまにかそんな前科は封印されてて、コザッパリした黒髪と大きなサングラスをトレードマークにしている。ホントは路上出身の野良犬あがりだが、その前提を握りつつも、彼らは等身大のアラサーである自分を素直に表現出来るポジションを確保してる。多分このポジションはアラフォーになっても機能し得るモノで、この点においてコブクロゆずにアドバンテージを持ってる。

そんなコトを考えながらゆずの最新アルバムを聴くのです。
「FURUSATO」はノスタルジックなイメージを想起させるタイトルだけど、内容自体は全然メランコリックになることなく、フレッシュな躍動感を見事にキープしてる。「シシカバブー!シシカバブー!」って楽しく連呼してるくらいだし。二人の声が青臭い繊細さを失ってないコトも重要。判官びいきでボクはコブクロの肩を持ってるけど、ゆずの方が楽曲にバラエティ感があって飽きがこない。ドスンと響くバラードもあれば、ヤンチャに聴き流すポップスもある。通して聴いても胃モタレしないバランス感がある。アコースティックギターの意匠がアチラコチラに配置されてて「路上」という彼らのルーツを明白に確認させてくれる。ヴィジュアルも洗練されてる。結果、このアルバムは優れてる。まだゆずコブクロに負けない。
●アラフォー段階に突入する時、ゆずがどんなシフトチェンジを仕掛けるのか、楽しみにしながら、ボクは彼らの音楽と「物語」を聴く事にする。

ゆずとコブクロ

最近のゆずとコブクロ。全員同学年で33歳。そう見えますか?見えませんか?




●ふう、今日もムダに長くなった。しかも非常に需要が薄い内容で。アホだな。