●コドモたちにミュージカルをいっぱい見せる。

「チキチキバンバン」

DVD「チキチキバンバン」
●変人発明家のパパがポンコツ車を改造して作った夢のマシーン「チキチキバンバン」。海を走り空を飛ぶ不思議な車に乗って冒険の旅へ。「CHITTY CHITTY BANG BANG, CHITTY CHITTY BANG BANG, WE LOVE YOU !」ノマドもヒヨコも夢中で楽しんでました。変人で貧乏で夢見がち過ぎて頼りないパパだけど、どんな目にあっても笑顔を絶やさない。そんな父親にボクもなりたい。
●主演は「メリーポピンズ」でスゴいダンスを見せつけたディック・ヴァン・ダイク。コチラでもめっちゃハイスピードでコミカルなダンスを披露してくれる。このキュートで陽気なナイスガイは今なにしてんだろうと思って検索してみたら、現在85歳にして健在。ベン・スティラー主演の「ナイト・ミュージアム」にベテラン警備員として出演してました。しかもオーディションに突然現れて担当者を驚かせたとか。この映画も大好きだからとってもウレシかったです。


週末、よく見知った男性とシモキタザワの街でスレ違った。
●目と目が合ったので、思わず挨拶しそうになった。けど、おっとっと、その人は別に知人ではないのだ。ツイッターでボクが一方的にフォローしてるだけの人なのだ。ブログの音楽ネタがオモシロいから勝手に注目してただけ。声かけたって向こうもビビるよね「すんませんボクあなたのフォロワーなんです」って言われても。あーなんかドキドキしちゃった。……そんな奇妙な人間関係が出来てる時代なのね今は。

●その人がブログでオススメしてたのが、このアルバム。

MILES DAVIS「PANGAEA」

MILES DAVIS「PANGAEA」1975年
70年代エレクトリックマイルス路線、ここに極まれり。収録曲はたった二曲、でもその「ZIMBABWE」「GONDOWANA」それぞれが40分超えの大作&CD1枚分になるので結果2曲で2枚組という大ボリューム。1975年大阪公演のライブ音源をノー編集でブチ込んだハイテンション・パフォーマンス。
●ことディスク1の「ZIMBABWE」のジャズロックぶりが鬼。野太いベースと野蛮なギターが駆動する高速ファンクロックビートが全てを地獄の業火で焼き尽くそうという中、輪郭のハッキリした MILES のトランペットが空間を太く深く撫で斬りにしていく。太古の超大陸にみなぎるマグマの力を、謎深きアフリカ黒人文明を経由して20世紀音楽の世界で大噴火させるジャズの帝王。
●この時期以降、MILES DAVIS は吐き出すべきモノを吐き出し切ってしまったのか、素朴に薬物中毒で仕事が出来なくなったのか、1975年を一つの区切りにして80年代まで活動を休止します。凶暴で豊かなカオスに果敢に挑戦した70年代エレクトリックマイルスは時代の使命を終え、洗練されたフュージョンサウンドをまとって80年代の新しい姿に変身するのです。





●ちなみに、我が家がイチバン好きな「チキチキバンバン」のダンスがコチラ。バンブー!
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「ひとさじの砂糖があるだけでー苦いクスリも飲めるのよー」
「メリーポピンズ」にでてくるウタを、ヒヨコが今日も歌ってます。とても楽しそうに。
●つーか、ボクが欲しいわ砂糖。苦い毎日を飲み込むために。


おまけに今日は胃カメラまで飲んだです。何度やっても慣れないです。おえ。
●胃に出来た5ミリほどのデキモノを何年も経過観察してます。医者「色が白く変わってきましたね…来年からは超音波内視鏡で検査しましょう。ちょっと気になるんでね」なにそれ超音波内視鏡って?胃カメラでありながら、同時に超音波エコーを体内からチェックするキカイだそうです。あーイヤだどこまでもボロボロなボクのカラダ。

●さらに加えて言えば、奥歯のツメモノまで取れてしまって、来週以降で差し直し。メンドクサイ。





●「A SPOONFUL OF SUGAR」



●「SUPERCALIFRAGISTICEXPIALIDOCIOUS」


大河ドラマ「江」。
●今週の段階で上野樹里が演じてる江は、実年齢にして6歳という設定だと知ってちょっとヒイタ。宮沢りえで11歳って設定。無理がアリ過ぎ。初回に登場した芦田愛菜ちゃんをそのまま使ってる方がまだマシじゃん。
●とはいいつつ、芦田愛菜ちゃんもスゴ過ぎてヒク。アレでまだ小学生じゃないんだもんなー。「徹子の部屋」にフツウにゲスト出演してたけど、幼稚園児一人でトーク番組が30分成立するって本来ならあり得ないよね。


●二日連続のパーティ。金曜は今の職場の新年会。土曜は前の職場の同僚の結婚式。
●そんで日曜日の今日はクタクタ。

DVD「メリー・ポピンズ」

あまり疲れたモノだからコドモたちとDVD「メリー・ポピンズ」を見る。
●ヒヨコがラウドにシンガロング!あの長い長いステキな呪文。SUPERCALIFRAGIRISTICEXPIALIDOCIOUS!

「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!とても長過ぎるコトバだけど大きな声で言えたらスッキリ!スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!口べたな人でもコワくないコレさえ言えたら万事解決、でも使い方で人生が変わる!(昔あるオンナノコにこのコトバを言ったんだよ~そしたら今はワシの妻じゃ)」

●言うコトがなくなった時に言えばイイ言葉だって。ステキだねえ。ヒヨコと一緒に何度も繰り返して覚えました。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!毎日唱えるから、イイコトが起きますように。ジュリー・アンドリュースみたいな女性に出会うとか。パラソルに風を受けて空飛んでっちゃう人がタイプです。


●前向きになれるような音楽を探してます。

THE DRUMS「SUMMERTIME !」

THE DRUMS「SUMMERTIME !」2010年
●シンプルなバンドサウンドとポンポン弾むベースが80年代のギターポップ風で、チャーミングなメロディが自然と気持ちをワクワクさせてくれる青春ポップス。昨日のパーティで奨められて速攻で聴いてみたよ。ロンドンのインディレーベル MOSHI MOSHI からのデビューだけど、ニューヨーク/ブルックリンのバンドです。一曲目の口笛ソングっぽいアレンジで既に胸キュンです。春が待ち遠しい。ナニか楽しいコトが起こってくれるとイイ。


●コッチは前向きじゃなくてもイイって思える音楽。

THE XX「XX」

THE XX「XX」2009年
●コッチも音が思い切りスカスカでスゴく華奢な印象、でもタダの80年代回帰じゃなくて、濃密な行間にジットリとした湿度を秘めた可憐な音楽。男女のダルなボーカルがテンションを内向きにしてて、ヒキコモリ度が高い感じなんだけど、メロディに色気があって、優しくて、研ぎすまされたササクレもちゃんとある。夜眠る時に何回も聴いてる。去年イチバン多く聴いたCDかも知れない。レーベルは YOUNG TURKS。コチラも要チェック。




●THE DRUMS「LET'S GO SURFING」



●THE XX「CRYSTALIZED」



facebook を始めてみたんだけど、やり方がよくワカラン。
●トナリのデスクの先輩が新規人材発掘に活用しててオモシロいなー、と思い早速アカウントを作るも、ナニをドウシテよいものやら。友達リクエストが来るんだけど明らかに知らない人でどう対応したらイイかワカラン。人違いで承認しちゃった人までいるし。一方でヨソ様のページでヘンなトコロ押して「○○をシェアしました」とか出てビビったり。実名でやってるからキチンとしたいのに。
●うーん、差し当たり、まず映画から見ることにするか。デヴィッド・フィンチャー「ソーシャル・ネットワーク」。……カンケイないか。

その一方で、mixi を三ヶ月ほど完全に放っておいてました。
●そしたら、メッセージを頂いてました!えみさんすみません完全に気づかすに!……ネットもリアルも社交力の弱いボク…落ち込みました。

ツイッターはホントに社交力をまざまざと見せつけられるメディアですわ。
●無差別方向に会話を交わしてる人々の大群にドバッと身を投げる感覚。ケンカしてる人、挨拶し合ってる人、話題を共有して楽しんでる人、約束を作ってる人、いろんな人を、無言でただ眺めてるジブン。立食パーティのスミッコにポッチリ一人で立ってるみたいでなんか虚しくなる。リアルでもホントにパーティ苦手だから、なおヘコムよね。
●……でもホントにケンカ(論争)してる人とかマジコワいです。電車内暴力みたいでドン引きします。著名な人に何でこんな無礼なコト言うかなーって思うような人。一方でそんな無礼に全力のバキ打ちで反撃する人、ソレはソレでスゴい。あのソコまでムキにならずとも…相手は素人の学生さんですから。それがツイッターの交通ルールというならば、ボクは自動車を降りて路肩を自転車でちまちま走ります。

そもそもこのブログは。
「ネットでナニかをやるってどんな気分?」と思って始めたんです。もう7年も経っちゃったけど。でも100%ナニも分かってないもんね!いまだにブログ文体とか行間の広いスキマとかアスキーアートとか恥ずかしくてマネできないもんね。「(笑)」ですらなんか無理って感じなんです。
●スイマセンそもそもでいいますと、携帯メールでも絵文字一つくっつけられないです。娘のヒヨコですらムニムニ動く絵文字つけたメール送ってくるのに!

●社交力が低いんだ…。ガクッ。自信なくなっちゃうなあ。



●音楽聴いて、気持ちを落ち着けよう。

ANTHONY AND THE JOHNSONS「I AM A BIRD NOW」

ANTHONY AND THE JOHNSONS「I AM A BIRD NOW」2005年
●気分が落ち込んだ時に、よく聴くCDです。しかし、気持ちを鼓舞したり、元気を与えるという性質のモンではありません。ちょっとササクレだってしまったココロのパーツを優しく撫でてくれるだけです。でもソレで十分だし、ソレが一番イイ塩梅なのです。結局ジブンの中にあるイビツなモノからは逃れようもないのですから、そのイビツなモノをただ黙って抱きしめるジブンを、ナデナデする他ないのです。もうね、ココまで引っ張っちゃったイビツさ加減はね、死ぬまで治らないよ!ムカシは「オトナになれば真っ当になれる」と思ってたけど、ボク、オトナ無理っぽいって分かりましたんで!
●バンドの中心人物 ANTHONY HEGARTY はゲイなんです。もうソレはその声でハッキリしてます、両性具有的な、男でもあり女でもあるような、不思議な豊かさを孕んでいるから。セクシャリティの境目にいる人を、男でも女でもないって感覚で捉えちゃいけないと思います。むしろその逆で「男でも女でもある」。つまり、両性二つの性的エネルギーを同時に発散する豊かさがあるんです。少しの震えと揺らぎを含みながら朗々と響く彼の声にはセクシャリティに起因する豊かさと強さが盛り込まれています。そんな声が、ピアノと奥ゆかしいバンドサウンドにゆっくりと彩られる様はホントに美しい。
●ジャケ写はアンディ・ウォーホルのファクトリーに集った数々のタレントの一人、CANDY DARLING。彼もゲイでした。早くして白血病で世を去ります。PETER HUJAR という写真家が撮ったこの写真のタイトルは「CANDY DARLING ON HER DEATHBED」死の床。この写真家もその後 AIDS で亡くなります。性的エネルギーが豊か過ぎるが故に出来るイビツさには、ある種の悲哀がどうしても付きまといます。ただ、彼らはそのイビツさと正面から向き合うことを選びとった勇気ある人々です。だから、物悲しげでありながら優雅な強さが気品として醸し出されるのです。そんな音楽です。だからこそ、気持ちを落ち着かせてくれる。
●ゲストとして、やはりウォーホルと関係が深い LOU REED、元 CULTURE CLUB BOY GEORGE、ゲイであることを明かしたシンガーソングライター RUFUS WAINWRIGHT が参加しています。


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●この地下鉄のポスターさ、明らかにマツコ・デラックスさんでしょ。
正論で善行できるキャラを、マツコさんが担うってのが今の日本社会っぽいよね。

「女装家」って新語だよね。これはミッツ・マングローブさんの造語らしい。ボクはミッツさん、笑顔がとっても気持ちイイと思ってます。




「新平成歌謡塾」にて、JIM O'ROURKE、演歌を歌う!
●日曜日の朝6:55、BS朝日「新平成歌謡塾」という番組があるのです。よくわからない演歌歌手が新曲を披露したり、演歌の新譜情報のコーナーがあったり。そんで一般応募による素人さん向けのカラオケレッスンコーナーもあるんです。そこにね、今日のレッスン生として、あの JIM O'ROURKE が突然登場したんです。ビックリ!
JIM O'ROURKE といえば、90年代シカゴ音響派ムーブメントの最重要アーティスト&プロデューサーで、数々の歴史的な作品を発表している。彼と DAVID GRUBBS によるユニット GASTR DEL SOL「CAMOUFLEUR」はボクにとっては神盤です。映画の音楽監督なども多々務めていて(印象深いのはジャック・ブラック主演「スクール・オブ・ロック」)、5人目の SONIC YOUTH として正式加入してた時期もある。そんな大物。ここ数年は東京を拠点にして活動しているってハナシは聞いてた。
●そんな人がですね、なぜか衛星波の早朝の、演歌番組に登場してる。しかも素人参加のレッスンコーナーだよ。広いホールで講師と向かい合うジム。先生は「浪花節だよ人生は」などを手掛けた作曲家・四方章人さん。ギターを持つ先生がスツールに座り、ジムは譜面台の前にチンマリ猫背で立ってる。アシスタントの女性がとっても明るく、でも100%意味分からぬ気配でジムを説明。「ジムさんは世界的に活躍されているミュージシャンなんです。でも日本の演歌を歌うのは初めてなんですよね?」ジム「あ、はい、恥ずかしいけどガンバリマス」目線合わせずキョドりながら応対するジム。日本語とっても流暢だけど、明らかにシャイでヘタレな人となりに激しく共感。ボクが予想してた通りのイイ人みたい。
●お題の楽曲は「矢切の渡し」BY ちあきまゆみ/細川たかし。さあ歌ってみましょう!「つれて逃げてよ~ついておいでよ~」うわージム超マジメにで歌ってる。でも彼のCDで聴くボーカルと当然同じで、おくゆかしくも基本ボソボソの小さい声、演歌に全然似合わない。苦笑。先生「はーなかなかしかし!キレイな日本語でよく歌えましたねー。ただし2、3カ所修正すればもっとよくなりますね」ジム「はいスミマセン…歌詞も間違えました…」ホントにバツの悪そうな顔をしてより猫背になるジム。なんなんだこのシュールなシチュエーションは!
●正味6分間の出演の最後には、先生から「受講修了証書」をもらって、参加者募集告知まで付き合うジム。一体何のツモリだったんでしょう?まるでなにかの罰ゲームみたい。大爆笑でした。



宇多田ヒカルは、昨日が最後のテレビ出演でした。
NHK宇多田ヒカルのドキュメンタリーをヤルっていうんで録画してみました…内容はクリス・ペプラーと本人の対談、それとユーストリームで生配信された先日の横浜アリーナ公演、そしてスタジオパフォーマンス、という内容。一方、レコーディングやリハ、PV撮影のフッテージもたくさんありそうだったのにソレはチョッピリしか出てこないので、オモシロくなかったです。

でもね、基本的に、ボクは宇多田ヒカルというアーティストは大好きなのです。
●彼女を日本の音楽史の中で位置づけるとするならば、「アメリカのR&B文化を日本人がどのように受容していったか」というポイントで超重要なマイルストーンになると思うのです。80年代後半の久保田利伸、90年代の安室奈美恵/ SPEED などを通過して、1998年に彼女/宇多田ヒカルがシーンに登場する。そんで00年代。AI、加藤ミリヤ、西野カナなどなど多様化の時代を迎える。コレが大まかなボクの歴史観。そもそもで言うと、20世紀以降のポップミュージックは、アメリカ黒人文化が様々な改変と誤読と搾取と発展と成長と進化を経て白人文化→全世界→日本文化に浸透していくプロセスで捉えるとオモシロい、ってのがボクの一般的な史観であります。こんな発想に立つと彼女の存在は実にデカイものなんです。

●彼女の最初期の代表曲「AUTOMATIC」は、ちょい古いタイプのヒップホップソウルのへっぽこ劣化コピーだと、当時でも今でもボクは考えています。15歳だった彼女のリリックは拙くて、トラックプロダクションも実は粗末で、内容も深みもない。正直この曲に関して言えばボクは低く評価してます。でもね、売れた!めっちゃ売れた!日本の音楽市場に地殻変動が起きた。このテのスタイルが一般リスナーに評価されるようになった。時代が変わった瞬間です。この意味でこの楽曲は重要です。彼女が日本にヒップホップソウルを輸入しました。現行アメリカR&Bシーンとダイレクトにシンクロする音楽を日本市場に投下し、それを成功させた。
●実は90年代のメジャーシーンでそんなコトしてる人はいなかった。安室奈美恵小室哲哉のユーロビート志向に大きく依存していたし、ドリカムは70年代ソウル/ディスコファンクへの憧憬が先走っていた。久保田利伸は80年代ブラックコンテンポラリーからニュージャックスィングまでが射程距離、SPEED もヒップホップとは関係ない場所から鳴ってる音楽だった。
ヒップホップソウルの持ち味って、文字通りザックリしたヒップホップのループトラックをベースにしてるコト。オケそのものは基本的にメロディを演出しないのに、シンガーが自分の声とテクと力量で迫力を積み上げていくスタイル。確かに難易度が高いスタイルだし、安易にアプローチすると退屈に聴こえる。しかし、この点においては宇多田ヒカルは天才的才能を最初から持っていた。たいしたコトのナイリリックでも複雑なニュアンスを盛り込んで強い説得力を持たせてしまうボーカルセンス。メチャ広いレンジとか声量とかの技術じゃなくて、生まれながらのセンスの問題でしょうね。コレだけは天下一品で、今でも誰にもマネできない。
●その後、宇多田ヒカルはソングライターとしての経験を積み上げながら、トラックメイキングに関しては海外の一流プロデューサーとコラボして本当に最新のR&Bスタイルをジェイポップシーンに移入する。JAM & LEWIS 制作の「リスク~ WAIT & SEE」は今でも名曲だと思ってます。他にも RODNEY JERKINS TIMBALAND などともコラボ、アメリカ市場進出を狙った別名義 UTADA への活動と繋がっていく。UTADA では STARGATE TRICKY STEWART などともコラボしてるもんね。ここまでが、宇多田前期のキャリアの意味。全国の少女がR&Bシンガーに憧れる土壌を作ったというワケです。

宇多田ヒカル「SINGLE COLLECTION VOL.2」

宇多田ヒカル「SINGLE COLLECTION VOL.2」2004~2010年
●そんでだ、問題はココからです。宇多田後期のキャリアの意味。彼女の音楽性は興味深い方向に少しづつ変わっていく。2004年あたりの彼女はビジュアルデザインから音楽アレンジまでが「ゴス化」するのだ。コレ完全にボクの自説。紀里谷和明カントクとの結婚が契機となったと勝手に邪推してます。紀里谷さんは圧倒的にゴスな作家じゃないですか。「誰かの願いが叶うころ」「BE MY LAST」の頃は特にゴス。ゴス宇多田。……まあこの路線はすぐになくなるが、宇多田ヒカルの音楽が非R&B領域へ拡散する時期に入っていく。日本市場でR&Bを確立した彼女が、反転してジェイポップ志向になる逆転が起こるのだ。コレが興味深い。R&Bすらを併呑した宇多田後のジェイポップに、宇多田自身が何を見つけるのか?ココがオモシロい。
●この頃宇多田ヒカルは作詞作曲だけじゃなく、編曲アレンジまで全部自分でやるようになる。海外を含めた外部プロデューサー発注は別名義 UTADA 以外では行われなくなる。UTADA のファーストアルバム「EXODUS」において、オーバープロデュースで自分の個性が損なわれたと感じた彼女は、自分の表現を完全に自分でグリップできる立場を選んだのだ。一方でアメリカのシーンも変貌していた。フューチャリスティック路線が進行し過ぎたアメリカR&B/ヒップホップ市場は、スタイルの流行り廃りが激しくなり過ぎて、エキセントリックなトラックがシンガーの個性を損なうようになった。よっぽどのエゴとスキルがなければ呑まれてしまう。00年代において、本家のR&Bが変質したのだ。この路線に宇多田自身が距離を置くようになったような気がする。
●ここ数年の宇多田は、ボクから見ればR&Bシンガーではなく、完全なジェイポップのソングライターだ。「ぼくはくま」のような童謡は極端な例だけど、アメリカのR&Bシーンと全くシンクロしないアレンジに没頭している。どこか簡素…シンプルなリズムと奥ゆかしいシンセまたはピアノ、味付けに可憐なストリングス…なスタイルを選んでる。「STAY GOLD」「HEART STATION」「BEAUTIFUL WORLD」とかはその典型と思ってます。彼女はアメリカ生まれの帰国子女でデビューも早過ぎるので、彼女以前の日本歌謡の直接影響なんて受けてないはず。しかし、幼年から最近までアメリカのシーンをシッカリ見てきたからこそ、そのアメリカの影響を1枚1枚丁寧に剥がしとり、自分の中のジェイポップ遺伝子を掘り起こすように、そして大切に育てるように慈しんでいるように思える。だからこのベストアルバムは、R&B文化受容を乗り越えた00年代型の純正ジェイポップベストであり、その意味で非常に興味深く聴こえるのだ。
●現行ジェイポップシーンにはR&Bなアーティストが数々存在し、それぞれの音楽を追求している。平井堅、CRYSTAL KAY、AI、青山テルマ、加藤ミリヤ、西野カナ、JUJU……枚挙に暇がない。ヒップホップやレゲエシーン、ストリートファッションとシンクロして、複雑なレイヤーを形成してる。ただしアメリカのR&Bを素朴に追求する段階は既に終わっていて、無意識下で実にドメスティックでガラパゴスな進化をしているような気がしている西野カナなんてルーツは日本民謡だからねー)。そこをつぶさに聴き分けていきたいと思っているのがボクの現在の考え方です。

宇多田ヒカルさんの「人間活動」って?
「たいしたコトのないリリック」ってボクは書いちゃいましたけど、その天才的ボーカルセンスで誰も気づいてないから敢えて強調します。マジで宇多田さんのリリックってヘンテコ。なんか内容が軽薄。もうボクの中では2周くらい巡り巡って「コレもアーティストとしての強烈な個性」として毎回楽しめるトコロまで行っちゃってますけど。でも人間としての引き出し不足は否めない気もする。15歳から大人に囲まれて育った自分の人生形成にギモンを持つ感覚はむしろフツウで、人間の引き出しを増やすために一人旅!という解決はサッパリとしてて気持ちイイ感じです。まー印税コミコミで何もしなくても生活に困らないんだろうなーなんて思っちゃったりもするけど。「いいなーボクも人間活動したいなー」とつぶやいたら、ワイフが「アナタビョウキで十分なほど人間活動専念しちゃったでしょ!もう一回アレやる?」と怒られました。
●彼女ってちゃんと美人さんで、十分なほどグラマーだったりもするけど、不思議なほどセクシャルな魅力を感じさせない。サバサバとした物言いとかがオトコマエだからかな?衣装も流行りのモノとはカンケイない、素っ気ないモノばかりだし、メイクもシンプルだしね。こんなにラブソング書いてるのに、オンナオンナしない感じって貴重だよね。ボクはこういう女性が好きだなあ。この気分は変わらないままで、カムバックしてくれればいいな。

●あ、このアルバムのディスク2、新曲部分に言及するの忘れてました。
●押し曲「GOODBYE HAPPINESS」は、ボクが言う宇多田型純正ジェイポップ。シンプルなリズムと奥ゆかしいシンセアレンジ。BJORK を連想させるコーラスワークが楽しいと思ったら、ケルティックコーラスをロンドンで収録したらしい。やっぱヨーロッパ辺境系でした。一方彼女としてはホント珍しいハードロック楽曲「SHOW ME LOVE (NOT A DREAM)」が耳を引く。こんなにギターがバリバリヤル曲今まであったっけ?音楽活動休止で人生のシフトチェンジを仕掛ける彼女の覚悟がヘヴィなサウンドで彩られています。エディット・ピアフのカバー「愛のアンセム」は軽妙なジャズアレンジだけど、これは迫力の美輪明宏バージョンを劇場で見てしまったボクにはちょっと響かなかったです。

ゴス宇多田(「ゴス宇多田」2004年。)



●90年代のヒップホップソウルをアレコレ聴き返しちゃったよ。

MARY J. BLIGE「WHATS THE 411 ? REMIX」_

MARY J. BLIGE「WHAT'S THE 411 ? REMIX」1993年
宇多田ヒカルを考えるにあたって、ヒップホップソウル最初期の名譜を引っ張り出してみました。アルバム丸々をリミックスして、よりヒップホップ色を強めた物件。仕掛人は SEAN ”PUFFY” COMBS、現 P.DIDDY。ザックリしたトラックのキメの荒さが裏返って味になってる。93年段階では確かに最先端でしたが、今の過剰積載な要素ギュウヅメトラックとは隔世の感です。今のアメリカのシーンは大きく変わったよなあ~。それでも MARY 自身は今でもシーンの重鎮として君臨。

BRANDY「BRANDY」

BRANDY「BRANDY」1996年
宇多田ヒカルと同じく15歳でデビューした早熟のシンガー。現在においてはサスガに現役感が薄れてますが、90年代のR&Bではワリと注目されてました。同世代のティーンシンガーがたくさん登場してライバル関係ができたりして(MONICA との共作シングル「THE BOY IS MINE」とかが話題になりましたっけ)、JANET JACKSON が栄華を極めてたりして、MARIAH CARRY が人気者だったりして。そんな90年代R&B。ヒップホップソウルの気分と、オーセンティックなブラックコンテンポラリー気分が半分づつですね。リアルタイムにおいても、先鋭的だってイメージはなかった。あ、ちなみに男性シンガー RAY. J BRANDY の実弟です。

CHANGING FACES「ALL DAY, ALL NIGHT」

CHANGING FACES「ALL DAY, ALL NIGHT」1997年
●90年代後半に活躍したR&Bデュオ。この時代の典型的なR&B/ヒップホップソウルが聴けます。そもそもが R.KELLY にフックアップされたこの二人組、セカンドアルバムのこの作中数曲を R.KELLY がプロデュース。R.KELLY 楽曲はコッテリ濃厚味で黒い汁がジグジグ。スロウジャムという美学が見事に咲き乱れてます。今となってはアマゾンマーケットプレイスなら多分1円+送料だけでゲットできるけどね。CYNDI LAUPER「TIME AFTER TIME」カバーも見事なスロウでオイシい聴き所。

KELLY PRICE「MIRROR, MIRROR」

KELLY PRICE「MIRROR, MIRROR」2000年
●大分時代が下りましたがソレでも10年前。DEF JAM 系列 DEF SOUL からリリースされたセカンド。MARIAH CARRY の歌唱指導やバックボーカルを務めてきた職人的実力派シンガーです。ニュークラシックソウル/オーガニックソウルというタームで、ヒップホップソウルに対するオルタナティブが台頭しつつあったこの時期。様式としては洗練された都会のトラックを背負いつつ、パワフルなエモーションを爆発させる頼もしいソウル回帰が味わえます。つまりは実にオーセンティック。客演には K-CI、GERALD LEVERT、R.KELLY、DRU HILL、METHOD MAN などなど。

DESTINYS CHILD「DESTINY FULFILLED」

DESTINY'S CHILD「DESTINY FULFILLED」2004年
ナニがアメリカのR&Bを変えたかと聞かれれば、ソレはデスチャだとボクは言います。メジャーレベルでいち早くエキセントリックなビートを取り込み、ソレを大成功させた張本人かと(ちなみにもう一人は AALIYAHR.KELLY が見出したティーンシンガーで BRANDY と同世代。その後 TIMBALAND の手によりフューチャリスティックに改造されるも事故で夭折)。ヒップホップのビート革命はR&B分野に先行してたけど、この成果を貪欲に取り込みボーカルパフォーマンスに着地させたのは若さが成せる荒技だったのか?自己主張の激しいトラックを猛獣使いのように乗りこなし、より強いエゴをギラギラと見せつけるパワーに、1999年頃のボクは素朴にスゲエと舌を巻きました。ロックリスナーから硬派なヒップホップファンまでも唸らせる実績がポップフィールドを制覇した理由と思います。ヒップホップもR&Bも新時代へ変質しつつあったディケイドの境目。
●グループ最後のアルバムであるこの作品では、宇多田も手掛けた RODNEY JERKINS、そして RICH HARRISON、ROCKWILDER、9TH WONDER、その後ソロシンガーとしてデビューする SEAN GARRETT などなどが楽曲制作に参加。アングラからドメジャー、新規発掘まで実に手広い守備範囲。今聴くと「LOSE MY BREATH」「SOLDIER FEAT. T.I. & LIL WAYNE」以外はごくごくオーセンティックな楽曲ね。



●イロイロな女子声を聴きながら、イロイロな女子マンガを読む。

ヤマシタトモコ「HER」

ヤマシタトモコ「HER」
「このマンガがすごい2011オンナ編」受賞。つーことで早速チェックしました。エグイ女性の本音/本性を暴く内容。笑えない。怖いです。いやー女子は複雑で実に分かりニクイ。「女に優しくして何の得がある?」「あーそっかあ!あたしのこと見下して楽しいんだね!」「…女なんて全員きらい…」いやー血も凍るわ。

河内遥「ケーキを買いに」

河内遥「ケーキを買いに」
●カワイい表紙なので手に取ってみたら、冒頭から露骨なボーイズラブがムキダシで登場。意外なほどコッテリした内容でビックリしました。数々の微妙な性癖を持つ男女を、ケーキをメタファーに用いて描きます。むーん。性的探究心ってモンも大事かもです。仲のイイ二人がいれば(男女でも男男でも女女でも)、誰にも知られずに大冒険が出来ます。こんな妄想をオープンにできる世の中は平和で素晴らしい。

瀧波ユカリ「臨死 !! 江古田ちゃん」1

瀧波ユカリ「臨死 !! 江古田ちゃん」1巻。
鳥居みゆきさん主演でドラマ化されるとのコトで、とうとう読んじゃった。昼は派遣、夜はキャバ嬢、なぜか家では全裸、クールな切れ長アイズがややコワい江古田ちゃんのズルムケ本音トーク。爆笑。テレビの方はちょっと寒かった。「このマンガチョーオモシロいですよ!」とススメてくれた職場後輩女子が、その江古田ちゃんにチョーそっくりな件については、本人には伝えない方がいいかなと思って黙った。やっぱボク大人だから。

二ノ宮知子「のだめカンタービレ」25

二ノ宮知子「のだめカンタービレ」25巻
●完結!このオペラ編は、R★Sオケ編クライマックスほどまで熱く感動できませんでした。手作り感覚の市民オペラには結局ウマくハマれなかった。だけど、アマチュアであってもイイから、なにかを成し得たいと思うモノを持っていたいと素朴に思った。今ボクはそんなワクワクできる目標を持ってない。

山岸涼子「舞姫 - テレプシコーラ第二部」5

山岸涼子「舞姫 - テレプシコーラ第二部」5巻
●こちらも完結。ローザンヌコンクールの細かいデティールをただひたすら描写する第二部は、第一部のようなドラマチックな展開がなくってぶっちゃけちと不満でした…。しかも結構強引な幕引き。最後の大逆転?にはマジビックリ。強引過ぎます。でも大御所だからしょうがないか。なんて。

末次由紀「ちはやふる」11

末次由紀「ちはやふる」11巻
●こちらもデティールにハマりこんでます。競技かるたの戦略戦術が細かく描かれ過ぎてて、瑞々しい青春群像という当初のレベルを超えて、立派なバトルマンガの様相を帯びてきたような気がする。将棋における「ハチワンダイバー」級のバトルマンガ。でもでも、このマンガ、ぜひとも映画化希望。オモシロくなるはず。

東村アキコ「海月姫」6

東村アキコ「海月姫」6巻
●主要キャラで一番変人(&一番無能)だった三国志オタクまややどのが、実はモデルばりのクールビューティであったことが発覚して爆笑。楽しいだろうなあこんな愉快な人たちに囲まれて過ごすのって。






DESTINY'S CHILD「SOLDIER FEAT. T.I. & LIL WAYNE」2004年。サザンの大物MCを二人も召喚したダーティサウスなトラックは今のアメリカのシーンじゃ別に珍しくないが、宇多田ヒカルは自分の音楽でこういうスタイルをやりたいとは思わなかったんだろうな。



今週、来週と、職場の新年会が続く。
●ボクは人数の多いパーティとかがとても苦手。そんで最後にとっても虚しい気持ちになる。昨日もあまりに虚しくて、散会後カイシャのデスクに戻って金曜ロードショー見ちゃったくらいだ。むふー。次回はより規模が大きく、知らない人がいっぱい集まる。より億劫だ。
●ノマド小学三年生は今日トモダチのお誕生パーティだったそうな。「すげー楽しかった!男子と女子でセンソウごっこした!」パパもそういう合コンぽい雰囲気だったら楽しめるかもね。仕事のお付き合いじゃムリだね。

コドモたちは3学期スタート。
●始業式があって、健康診断があって(我がコたちはやはりダントツの学年一チビだった)、席替えがあった。コドモにとって席替えは、ボクにとって人事異動と同じくらいインパクトがあるんだろうな。
●ノマドは利発な転校生タッちゃんの隣になってうれしいらしいが、後ろの席にはナニかとノマドにチョッカイをかけてくる声の大きなメガネ女子が入ってきてビビってる。ノマド「『アンタはワタシと結婚するのよ!もう決定だから!』とかいうんだぜサイアクだよー。だってまだオレキスもしてないのにー」じゃあおまえキスさせてもらえたら結婚するのかよそれもどうかと思うよ。
●そんでボクは4月以降の異動の内示が来週になってビビってる。実は今携わってるセクション自体がなくなっちゃうことになったからね。ボクは次何をヤルんだろうな?


今このタイミングにおいて、ナゼか BOOWY ?

BOOWY「22GIGS22 CASE OF BOOWY」

BOOWY「"GIGS" CASE OF BOOWY」1987年
●実は大晦日&三が日でクソみたいにCD買ってました。多分50枚くらい。シモキタザワのディスクユニオンは年末年始返上で営業、しかも大特売セールやってんだもん。世間一般の皆さんが故郷に帰ってこたつでテレビ見たりごちそう食べてる時に、ボクは必死にCD掘ってました。タイムセールまであるから大変でした。
●そんなバカげた買い物で懐かしい音源に出会いました。BOOWY のライブ盤2枚組。200円で購入。1987年の演奏、本来は VHS パッケージのライブビデオとして収録されたモノです。それをCD化したのが2001年という物件。ボクにとってはこのライブビデオ「"GIGS" CASE OF BOOWY」が古典でして。発売時のリアルタイムで見まくってました。聴きまくってました。何度も何度も。中学一~二年生の頃。
●1987年のクリスマスイブ渋谷公会堂でのライブにて、BOOWY は解散宣言をします。そして翌88年に「LAST GIGS」東京ドーム公演で活動終了。当時の中学生にとって重要なニュースでありました。「ビーバップハイスクール」ヤンキー文化に染まっていた郊外のアホ中学生にとって、群馬出身の恐ろしい不良共が最凶のロックバンドとして成り上がるサクセスストーリーは生ける伝説、パンクスピリッツの真髄に見えました。それが最高潮の栄華の中で解散消滅するのですから、強烈なインパクトでしたよ。
●でもね、不思議なことに当時あのテのバンド情報がどこから来てたのか?コレが未だによく分かんないのです。ご存知の通り BOOWY はテレビには出ないロックバンドでしたし、当時ボクはラジオも雑誌もろくに接触してなかったから、マスメディア経由ではなかったのはマチガイナイ。インターネットも当然ない。ホントかウソかリアル「口コミ」で都市伝説のようにその存在感が伝播していく状況だったのかもしれない。レコード会社のマーケッターとしては露出を絞って神格化みたいな話になるのか?ボクにとっては確かに神でしたけど。
●でも一リスナーとしては、動いている映像がどうしても見たいわけです。だからライブビデオを入手しようと必死。当時マダ希少だったレンタルビデオショップで、しかも地元でなく隣町まで遠征してレンタル。しかも VHS 版は全4巻だったから一回のこづかいじゃ全部借り切れない始末。そしてそれをダビング。我が家は最初のビデオデッキをベータマックスで購入してしまい、VHS とのシェア競争に負けた経験があります。結果この時期には VHS とベータの二台使いしてたんですね。これをつなげてダビングシステムにする!そんでさらにボクは音源をカセットテープにダビング!そして毎日毎日聞いていたのです。……この話をコドモたちに説明しようとしたら、カセットテープはおろかビデオテープすらコイツら知らなくて困った。ヒヨコ「日舞のセンセイが使ってるマシカクの?」それ MD だし!21世紀生まれは恐ろしいね。
●カセットだベータマックスだの話だから、ボクにしてみても実際に聴くのは少なく見積もっても20年ぶり。でもね必死に聴いてたから、これがシッカリ脳ミソに焼き付いているのです。布袋寅泰さんのギターフレーズ、カッティング、リフ、ソロプレイ、音の歪み具合、そうそうこういうコトだった…。ロックにカブレタばかりだった年頃のボクとしては布袋寅泰こそが人生でイチバン始めに出会ったギターヒーロー。エレキギターってなんて自由で野蛮な音を出すんだろう…まるで自分の意志を持つ動物みたいだ…と、エレキギターの現物を見る以前のボクは考えていました。
●ただし、現在37歳のボクがパッと感じたのは、異常にテンポが速かったのね!ってコト。ライブだから、多分スタジオ盤と比べても加速されてるとは思うんだけど、それにしても以前のボクが思ってたイメージより速い。高橋まことさんのヌケがよ過ぎるスネア(スッパンスッパンスパスパスパスパ……ってバックビート、80年代ロックに象徴的なサウンド)がホントに速い。多分ティーンネイジャーのボクにとってはコレくらいのスピード感覚がどうしても必要だった。でも20年以上の加齢で、ボクはこのペースにツイテいけなくなったのね。一方、コレからティーンネイジャーになろうというノマド(今年10歳になります)が、ボクの目の前でこのタテノリビートに合わせてカラダを揺すぶってる。オマエもドコかでロックに感電してくれると、パパもっと話がしやすくなるような気がするよ。

氷室京介「22B22ORDERLESS」

氷室京介「"B"ORDERLESS」2010年
●かつて中学生だったボクがアラフォーなくらいですから、ヒムロック本人なんて去年で50歳になっちゃいました。新譜を聴くのは久しぶり。アメリカ人ミュージシャンに囲まれてモダンでタフなロックになってます。よくワカンナイんだけど、QUEEN OF THE STONE AGE のサポートを演ってる人とかが参加してるらしい。ボーカルスタイルもちょいと変わったんだね……ワザとヒシャゲさせてるような感じで。本来はとってもウェットな声だけど、別の芸風も備えてます。50歳にして進化中。
●去年夏のコーラ飲料タイアップはちょっと驚いた。「アサヒグリーンコーラ~大人炭酸」。ヒムロックもこういうことするんだー。ビックリしたから、マジで自販機で一本買って飲んじゃったよ。しかもそんなにオイシくなかったよ。KAT-TUN に楽曲提供って方がまだフツウに思えた…それももう2007年のコトだね。


●今週読んだマンガ。

佐藤秀峰「特攻の島」2

佐藤秀峰「特攻の島」1~2巻
人間魚雷「回天」。大東亜戦争末期の自殺兵器。この作戦に組み込まれた若者たちの叫び。「回天には目がない…潜航中に自分の位置を確認する方法がないんだ…魚雷を改造したものだから前身しかできないし小廻りもきかない…その上脱出装置もない…回天を敵艦に当てるなんてそうそう簡単なことじゃないぞ…俺達は命がけなんだ…命をかけるだけの意味をくれよ。あんなお粗末な兵器で死にたくなんかない。せめて犬死にだけはさせないでくれよ…俺達は人間だ!何が救国の兵器だ…欠陥だらけの不良品じゃないか」
「答えは出たのか?回天とは一体何だ?」「分かりません…だけど分からない理由は分かりました…俺には何もありません…生きる理由も…死ぬ理由も…このまま死んだように生きたくはありません…ここで命を燃やします」「何のために?」「俺自身の人生を俺のものにするためです!」
●この作品、一巻発売が2006年。そして二巻が2011年の今週にやっと刊行。難産だったのか?もう続きは出ないのかと思ってた。特攻作戦などという限界状態を国家が若者に強いた時代から我々はまだ60年余しか隔たってない。そして世界は今だ自爆テロを生む不条理を今だに握り込んでいる。
●作者は「ブラックジャックによろしく」で医療のタブーに切り込んだ佐藤秀峰。彼は作家自身がイニシャティブを持つマンガ発表サイト「漫画ONWEB」を去年立ち上げてる。ココでも彼の仕事は注目すべし。



家に帰ったら、我が子たちは「サウンド・オブ・ミュージック」鑑賞中。

「サウンド・オブ・ミュージック」

●年末年始特番としてテレビ東京「池上彰と見る『サウンド・オブ・ミュージック』」という3時間強の番組をやってました…でなんとなく録画しておきました。そしたら、ノマドヒヨコ&ワイフ、ガン見です。「メリーポピンズ」が大好きなワイフにとっては人生のオールタイムクラシックでありますし、ヒヨコは主人公マリアの「ふと気づくと自然とウタを歌ってる」という設定にジブンをアイデンティファイ、ノマドはトラップ一家に迫り来るナチスドイツの脅威にドキドキであります。
●番組では映画本編前後に、池上彰さんの作品解説がついておりました。「サウンド・オブ・ミュージック」は1930年代のオーストリアが舞台。第一次大戦の敗戦からナチスドイツへの併合という苦境の時代が描かれてるとな…ボクはこの映画初めてだったから、そんなタフな状況があるとは知らなかったよ。おまけに実話がベースになってるのねそれも初めて知った(ナチからの亡命はなんとか成功してトラップ一家はアメリカへ無事移住するんです。ほっ。)。……そもそも、池上彰さんにそんな解説をわざわざお願いしようと思ったテレ東担当者の発想と、そんなコマイ仕事を快く丁寧に引き受ける池上彰さん本人がエラいなあと思った。

「MY FAVORITE THINGS」もこの作品の挿入歌だったのね。
●ワイフは「JR東海のCMソング」と言ってたけど、ボクにとってはJOHN COLTRANE のバージョンが印象的(ソプラノサックス!)。それと、ギターデュオ GONTITI の二人がライブで演奏するのを目の前で見たことがある。
●映画では「私のお気に入り」という題名になってた。そりゃそうか直訳だ。「バラの上の雨粒、子ネコのヒゲ、ピカピカの湯沸かし、ホカホカのミトン、クリーム色の子ウマ、サクサクのりんごパイ…」アレコレの楽しい名詞をたくさん並べて、「コレがワタシのお気に入り!」と歌う。へーこんなウタだったんだコルトレーンのバージョンからどんより辛気くさいウタだと思ってた…。ボクは自分のお気に入りをこんなにたくさん羅列できるかな?
●それとヒヨコがこのウタを歌いたい!というので歌詞カードを書いてやりました。ヒヨコ英語のふりがなもいるよね?「ひらがなでかいてクダサイ」あれ…カタカナじゃ読めないんだ…?



「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」やはりちょっとずつ見てます。
「バッハ」編全四回。カチコチのクラシック音楽が坂本さんの存在でヤワクなるかと思いきや、十分にカチコチのままでした坂本さん自身は異常に楽しそうでしたが。「調性」「バッハの編曲」「通奏低音」「対位法」メッチャテクニカルワード満載だもんね。こと全然ガッキの演奏が出来ないボクには無縁の世界。それでもオモシロいと思う所がある。
●「音楽の父」バッハは、18世紀のドイツ・ライプチヒという街で活動してたそうです。なんとなく聞いたことはあっても場所はよくわからない街…。当時の文化最先端地域はフランスやイタリアであって、バッハはいわば辺境/田舎者の存在だったのです。じゃあなんで田舎者のバッハがこんなにビッグネームになれたんだろう?
●聖書を信仰の拠り所としたルターの宗教改革を強く推進したのは、その聖書の普及を促進する活版印刷技術の進歩。ライプチヒはそんなプロテスタント勢力の重要拠点で、なおかつ優れた印刷技術と出版文化のある街だった。当時ヨーロッパで流通していた出版物の多くがこの街で作られていたという。つまりライプチヒは、辺境でありながらも出版文化=情報流通のハブ機能を持っていた。だから新旧様々な音楽様式に関する情報がこの街には集まっていて(メディアとしては楽譜とかで)、バッハはそれを俯瞰的に統合するような視点で分析することができたという。また非常に敬虔深いキリスト教徒でもあったバッハは、多くの教会音楽を手掛けている。結果、理知的で抽象美に優れた音楽が数々作られ、コレが後世の作曲家に影響を与えるに至ったとのことです。


●そんなんで、ドイツのアーティストの音楽を今日は聴いています。

KRAFTWERK「MINIMUM-MAXIMUM」

KRAFTWERK「MINIMUM-MAXIMUM」2005年
坂本龍一さんの YELLOW MAGIC ORCHESRA にも関連深い、「テクノ」音楽の始祖。1970年にドイツの工業都市デュッセルドルフで結成され、以来電子音楽の可能性をキャッチーなカタチで切り拓いてきた大御所でございます。
●彼らの電子音楽フェティズム/未来派志向は、活動初期にはまるで理解されずマニアックなプログレサウンドと位置づけられてました。しかし78年頃のパンク革命~ニューウェーブの台頭を受けて、彼らのエレポップの側面が評価され、イギリス/アメリカで大ヒット。これが YMO が海外で評価されたのと同時期のこと。ドイツ/日本という文化辺境地域から生まれた表現がイギリス/アメリカというメインストリームでブレイクする状況は、辺境ライプチヒで巨匠となったバッハとシンクロしてるような気がします。
●彼らのコンセプトは、機械に囲まれた現代生活を音楽として抽象化するコト。人間の温もりから乖離した無機的環境を、実に人間的表現である音楽に置き換えるという矛盾に挑戦している。だってバンドの名前はドイツ語で「発電所」、曲の題材も「アウトバーン」「放射能」「ホームコンピューター」「電卓」「ロボット」「ヨーロッパ特急」だもんね。結果演奏も無人化するのが望ましいコトで、コレで打ち込み駆動のシンセ演奏が採用されることになる。人間の匂いを脱臭しつくすために、ステージ上に自分たちの代わりにマネキン人形を立てるトコロまで、彼らは突き詰めてるからね。これぞ「テクノ」。テクノロジーを前提とした音楽。
●コレはそんな彼らの二枚組ライブ盤。全世界ツアーの名曲名場面を編集しております。電子音楽をライブで再現するのは過去の環境では非常に困難で、かつて彼らは6トンもの機材を運搬/設営してプレイしていたという。しかし21世紀に入ってコレを完全にPC化。非常に簡便で安定したパフォーマンスが可能になったことを受けて、このライブ盤制作というコトになった模様。
●しかし演奏の単純な電子化/機械化というコンセプトは、70~80年代でこそインパクトがあるでしょうけど(つーか6トン機材はヴィンテージ音響としてボクは今聴いてみたいと思うけど)、どんな音響でもラップトップPCで再現できる21世紀にはサスガにもう時代遅れ。実は電子音楽機器/テクノが全世界的に急成長した90年代、KRAFTWERK は逆に事実上の活動休止状態になってしまい、作品制作もツアーもほとんど行われなかった。おそらく自分たちのコンセプトが時代に追いつかれてしまって、その立て直しに時間をかけなければならなかったのでしょう。
●その成果か、今回のライブ音源は「テクノ」という手法やコンセプトとは関係ない場所での「鳴り」で十分な価値を放つ物件になってる。一部生の手弾き演奏があるし、生ボーカルもちょっぴり披露される。演奏の形態ではなく、楽曲そのもののパワーを21世紀にどう再現するか、というテーマにフォーカスされている。そもそも機械演奏志向だった KRAFTWERK の楽曲はその再現性の制約も含めた事情からか、研ぎすまされたかのようにシンプルでキャッチーなシンセリフがテンコモリ。そんな古典としての強度を備えた名曲シンセリフに、00年代エレクトロニカを反映した最新アレンジが加わって、極上のベスト盤という意味合いさえ生まれてしまっている。
●聴き所は満載ですが、個人的には「DENTAKU」が大好き。日本語リリックで有名なこの曲をオーディエンスが完璧シンガロングで応える場面。「ボクハオンガクカ電卓カタテニ!足シタリ!引イタリ!操作シテ!作曲スル!」なんでこの曲をお客みんなが歌えるの?と思ったら、ココだけ東京/渋谷アックスのパフォーマンスが収録されてるのでした。



●後半に日本語リリックが登場しますよ。


●ついでなので「MY FAVORITE THINGS」の動画も。





●昨日の記事のタイトル「2010年もダラダラいきますので。」にしてました。サスガに恥ずかしいので「2011年」に修正します。うわーダラダラし過ぎてる。ヤバい。

●さてさて仕事始め。うーん。でもね。勤労意欲、全然わかない。

●そんなテンションで帰りの電車に乗ったら、30歳代のカップルが口ケンカしてる。
●女性「ワタシはそんなキタナい恋愛はしたくないの!」男性「キタナいのか?オレへの純愛がか?」すげーな…ボクの人生では「キタナい恋愛」とか「純愛」というフレーズが生で飛び交う場面はなかったわ…ぬー貧困な人生ですねー。しかしこんな修羅場全然うらやましくないけどね。目を真っ赤にした女性「もう別れた方がいいわよこんなカンケイ!だって一緒にいても意味がないもの!」男性「意味がないってどういうことだよ?!」女性「ワタシはね、あんな汚らわしいモノ見たくなかったのよ!」えええ?ナニ?ナニ見ちゃったの?耳ダンボだよ!つーかこの車両、全員耳ダンボにしてるよ!…でも残念、彼らは途中の乗り換え駅で降りてしまいました。すげー気になる!


●どうでもイイハナシだな…。


NHK教育「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」が楽しい。
●お正月休み、約7時間分がまとめてドカッと再放送されてました。浅田彰さんとかとクラシック音楽のハナシをする番組。コムズカシイ内容がいいね。この録画をちょっとづつ見るのが今とても楽しいです。ベートーベンとかバッハの話をマジメに聞いてます。坂本教授が「ベートーベンはレンガを積み上げる大工さんみたいだ」などと説明してくれてますよ。
●ミュージシャンとしてキャリアを起こしたかつての若き坂本さんは、クラシック音楽の権威主義がダイキライで、その反抗から新しいポップミュージックの世界を切り拓いていったといいます。「がんばれがんばれ」とケツを叩くベートーベンの根性主義よりも、エリック・サティがいいと思ってた的な発言も。80年代のニューアカデミズムの時代の人ですからね。
●ただ、今の時代は若者が反抗の対象にし得る「権威」自体が消滅してしまっている。コレではナンデモアリ過ぎて価値判断の基準が持てない。だからこそ、今一度古典(クラシック)に立ち戻って、そこにある価値を読み直すコトが必要なのでは?と考えたのです。だからこその「スコラ(学校)」坂本さん(&浅田彰さん)世代から今の若者への発信。ある意味で「大人」/「権威」の役目を引き受ける場面が来たと思ったのでしょうか。「まあ、そういう年頃になったと。」なんてご本人は言ってましたが。

YELLOW MAGIC ORCHESTRA「X∞MULTIPLIES」

YELLOW MAGIC ORCHESTRA「X∞MULTIPLIES」1980年
●だからね、その流れで YMO 聴いてます。コレは日本盤の「増殖」ではなくて、アメリカ向けの編終盤。セカンド「SOLID STATE SURVIVOR」「増殖」の内容を混ぜ合わせた物件です。「NICE AGE」が入ってるけど「RYDEEN」「DAY TRIPPER」も入っている。
●有名曲「BEHIND THE MASK」も収録されてます。この曲、実は MICHAEL JACKSON がカバーしてたってのが今話題になってますよね。お蔵入りになってたこの音源が MJ の新譜「MICHAEL」で公開されました…ボクはまだ聴いてないんですけど。でもソレ以前に ERIC CLAPTON がこの曲をカバーしてるんだよね。コッチは彼の1986年のアルバム「AUGUST」にフツウに収録されてる。ボクは予備知識なくこのアルバムを聴いてワリとビビった。つーかズッコケた。やっぱヘンだよ。無理矢理なメロディ乗っけて歌っちゃってるし。エモーショナルな表現とかはやっぱ必要なくて、テクノポップとしての冷えた質感がこの曲をクールにしてるんだよね。……あ、マイケルがカバーしたバージョンに沿って、クラプトンはこの曲をやってんだ今ウィキ見て知ったよ。

●余談ですが、このレコードは新橋駅前SL広場のバザーで入手しました。400円也。新橋SL広場ってアナドレナイんだよね。バザーとか古本市とかが不定期に催されるんだけど、コレが意外と掘出し物の宝庫で。ボクはココで JACO PASTORIUS の珍しいライブ音源とか、フィリーソウルの LP とかをリーズナブルなお値段でディグしています。

あけましておめでとうございます。
●見事な寝正月でした。のんびりのんびり。年賀状も忘れました。ブログの更新もヤメてました。昼寝して、散歩して、コーヒー飲みながら本読んで、NHK教育とかの地味な番組をダラダラ観て。そんで、わりと健康です。


年末は秩父の山奥で温泉。
●埼玉県の宿泊施設「奥武蔵あじさい館」にお泊まりツアーに行ってきました。ワイフの実家の皆さん、おじいさんおばあさんからイモウト夫婦まで一族総出、もちろん我が子ノマドヒヨコも一緒に参加でございます。バリアフリー設計で90オーバーのおじいさんおばあさんも快適に過ごせるという理由で、コチラはここ数年の定宿になっている状況でございます。
●ノマドと父子二人で大浴場満喫、わざわざ搬入した Wii PARTY でゲーム三昧、朝は山の上のお稲荷さんまで探検、都心じゃ見られない立派過ぎる霜柱にノマドヒヨコ感動。家族旅行は楽しいなあとしみじみ思うのでありました。

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●3センチ以上に育った霜柱。見事。地面を拡大して写真に撮ると違う惑星の風景のようです。モチロンこの直後、チビ小学生2名によって完膚なきまでにグシャグシャ踏み荒らされました。



元日に初詣しちゃった。コレも十数年ぶり?くらいの経験。

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●我が街シモキタザワには、下北八幡という神社さんがありまして、夏祭りも結構盛大に盛り上がるのです。ヒヨコには晴れ着まで着せて、行ってみたらお参りの行列が一時間待ち状態。しょうがないから根性で並びました。おみくじを引いたら、ボク以外は全員「大吉」でした。



●うーん、ピースフルなお正月。ノマド箱根駅伝を夢中で見てて「なんか疲れちゃった」。オマエはナニもしてないんだから疲れることないだろ。それとコドモ連中「駅伝」「駅弁」の区別が今イチできてません。



●さてそんなお正月に読んでた本は、アイルランドの歴史のホンです。

波多野裕造「物語アイルランドの歴史 欧州連合に賭ける妖精の国」

波多野裕造「物語アイルランドの歴史 欧州連合に賭ける妖精の国」
アイルランドロックの文脈の中でワリと重要なポジションにあります。U2 ENYA をはじめ優れたアーティストを輩出してるコトもモチロンですが、ケルト文明まで遡る独自の民族文化/民族音楽がロックンロール成立に影響を与えてるという説もあります。20世紀のポピュラーミュージックはこと黒人文化由来のエッセンスが強調して捉えられますが、白人由来のエッセンスとしてアイルランドから移入されたフォークミュージックの存在は忘れられません。バグパイプやフィドルを駆使したバンドサウンドで推進するアイルランド音楽は、想像以上にハイテンポでダンスと相性がよいです。
●このホンを読んで、アイルランドの文化がある意味で反骨のレベルミュージックの色彩を帯びてしまう気分が分かってきました。アイルランドは地図の上でもヨーロッパの辺境にあります。実は土地も痩せてて豊かな国とは言えません。だから大国のプレッシャーに常に晒されてきたという経緯がありました。ヨーロッパ西部全域に栄えたケルト人の文明はローマ帝国に圧迫され、この島国に閉じ込められました。中世においては北欧バイキングの襲来に晒され、イギリスに成立したノルマン系王朝の侵略に翻弄されるのです。そして近世の絶対王朝期に入るとイギリスの植民地支配が一層苛烈になり、アイルランド社会は壊滅的打撃を受けるのです。
●アイルランドはカトリック中心の社会でありましたが、イギリスはヘンリー8世の時代にイギリス国教会を設立してプロテスタントの国になりました。ココからが大変。土着のカトリック信者とイギリスからやってくるプロテスタントの宗教対立が植民地の支配階層と被支配階層の政治的対立と重なってしまいました。こうなると現代の中東事情と変わりません。少数のプロテスタントエリートと大多数のカトリック民衆が憎しみで引き裂かれる状況が成立。宗教差別で僻地へ追放されるカトリック農民は餓死を強いられ、イギリス本土に近い北アイルランドはプロテスタントによる工業化が進んで都市化が進むのです。
●そんなアイルランドでの植民地政策は、その後全世界に覇権を確立する大英帝国の植民地経営のお手本になってしまいました。そして飢死を待つしかない土着の貧農たちはそんな新しい植民地へ移住していくことになるのです。結果19世紀中盤の大飢饉を経てアイルランドの人口は流出&半減。現在のアイルランドの人口は400万人程度。しかし全世界にはアイルランド移民の子孫が7000万人いると言われています。アメリカにアイルランドの文化が溶け込んだのはこの時期のこと。奴隷貿易により強制連行されたアフリカ黒人も当然陰惨な悲劇でありますが、宗教差別に発する圧政で餓死寸前に追いつめられ、故郷を捨てて未開の大地に旅立った移民も悲しい宿命を背負っていたのでした。
●血を血で洗う北アイルランド問題も悲劇であります。無事独立したアイルランド共和国とは別にイギリスの支配下に残った北アイルランドは、1960年代までアパルトヘイト並みの激しい人種差別がカトリックを苦しめていました。そんな状況への異議申し立てのキッカケになったのは、なんとアメリカ黒人の公民権運動。しかしコレが武装テロまでにつながり、プロテスタント対カトリックの流血テロで2000人もの人命が失われました。U2 が歌った「血の日曜日」はデモ行進をしていたカトリック民衆に警官隊が無差別発砲した事件。17人の死者の多くは二十歳以前の青少年でした。アイルランドの精神性にはこうした悲劇と反骨の意識が色濃く刻まれていると知ったのでありました。


U2「NO LINE ON THE HOLIZON」

U2「NO LINE ON THE HOLIZON」2009年
●だからやっぱ U2 を聴くのです。ノーベル平和賞まであと一歩と噂される BONO のド根性はお国柄でより深く理解出来た気分なのです。完全にモダンなロックバンドである U2 にアイルランド民族音楽の名残を見つけることはできませんが、根性の部分がしっかりアイリッシュということなのです。
●さて今のトコロの最新アルバム。プロデューサーは BRIAN ENO、DANIEL LANOIS、STEVE LILLYWHITE。バンドをデビュー以来支えてるお馴染みの製作陣ですね。ただし、いつものスコーンと突き抜けたカタルシスはありません。キャッチーな展開や分かり易い音作りをワザと避けてる感じ。なんか無骨でゴツい、不格好なデザインが取っ付きにくい印象でございます。
●かといって駄作とは言えない。前作は「VERTIGO」というCMソングの激キャッチーっぷりがむしろ邪魔になって…スグに聴き飽きてその後全然聴いてないんです。むしろ新作のコッチの方が無骨で不格好な部分が気になってその違和感にハマってしまう。モロッコの音楽にインスパイアされたって話も気になる…どこがモロッコ風かよくわかりませんけど。


●他にもアレコレ聴いてます。

AZTEC CAMERA「KNIFE」

AZTEC CAMERA「KNIFE」1984年
●グラスゴー出身のネオアコバンド。「ネオアコースティック」って和製英語なのね。80年代中盤のポストパンク状況から登場した透明感溢れるギターポップのムーブメントを「ネオアコ」っていうんだけど、今の「アコースティック」という言葉が持つ感覚から考えると十分過ぎるほどバンドサウンドで、シンセもホーンも活躍してとってもダンサブル。同郷スコットランドの ORANGE JUICE もかなりポストパンクなファンク解釈が溶け込んでたし。でもトビキリポップであることはマチガイないですな。「STILL ON FIRE」とか。
●初期シングルではスコットランドのネオアコ総本山レーベル POSTCARD で、その後は英インディ名門 RAUGH TRADE と契約。でもこのアルバムの後はリーダー RODDY FRAME のオレオレバンドになって、他のメンバーを解雇&メジャー傘下の下スタジオミュージシャンとセッションするようになってしまいます。1993年の5枚目「DREAMLAND」坂本龍一プロデュースですのでチェックしてみるとイイかもです。

JOE JACKSON「LOOK SHARP !」

JOE JACKSON「LOOK SHARP !」1979年
●コチラもポストパンク状況の中で登場したユニークなアーティスト。このファーストアルバムの段階では、ツンノメルように痙攣するビートロックと起伏あるメロディ感覚が実にキャッチーで、THE BUZZCOCKSTHE CLASH、ELVIS COSTELLO まで連想しちゃうオリジナルパンクロックとして聴けちゃいます。あ、単純な教条的パンク様式ではなく、スカ他多彩なビート感覚を併呑するロックバンドとして、オリジナルパンクってコトバを使います。でもスキマ感あるギターのカッティングが紛れもなくポストパンクです。ジャケのエナメルシューズみたいにメチャ尖ってます。コレ1枚でも十分おいしいアーティストです。でもこの後さらにスゴくオモシロいコトになっちゃうんです。


JOE JACKSON「JUMPIN JIVE」

JOE JACKSON「JUMPIN' JIVE」1981年
●その後アルバムを二枚リリースしてツアー三昧を続ける日々に体調を崩した JOE JACKSON。実家に帰って療養しておりましたトコロ、なんとココで1940年代のスウィングジャズにハマってしまうのです。モダンジャズ以前の様式であるスウィングジャイヴジャンプブルースは、当時の感覚でも大幅にレトロであっただろうスタイルだったはずですが、彼はコレに注目して懐かしの名曲カバーアルバムを作ってしまうのです。
●ポストパンク状況は、ニューウェーブと称してロックと異文化の合体実験を様々なアーティストが様々なアプローチで仕掛ける時期でした。この中でレゲエやファンク、アフリカ音楽がロックと異種配合されて価値ある成果を実らせていました。しかし1940年代の古クサいスウィングジャズに注目したヤツは他にいません。JOE JACKSON はそのニッチに突っ込んで、異常に立派なスウィングアルバムを作ってしまったのです。パンク編成だったバンドを改組して完全なビッグバンドを結成、ピアノとサックス、トランペットがユサユサ揺れるサウンドを完全再現。JOE 本人のチンピラめいたボーカル以外は完全にジャズであります。しかしイタナイボーカルと、ホコリかぶりのB級懐メロはことのほか相性がよい!スウィングジャズそのものが持っていたグルーヴ感は、パンク世代が納得できるスピード感を兼ね備えていて、軋むギターサウンドが全くなくてもスリリングに聴こえるのです。うわー立派な発明だ。結果として彼は、元 STRAY CATS BRIAN SETZER が現在もやってるレトロスウィングリバイバルの先駆になっちゃうのです。

JOE JACKSON「NIGHT AND DAY」

JOE JACKSON「NIGHT AND DAY」1982年
●スウィングジャズ再評価に手応えを感じた JOE JACKSON はジャズの故郷アメリカ・ニューヨークに渡ってオリジナル楽曲を制作します。それがこのアルバム。モダンなフュージョンジャズとニューヨークらしい多国籍リズム(ラテン~カリブ海系)がニューウェーブ感覚において結合した特殊グルーヴが炸裂。学生の頃に音楽学校で真っ当な教育を受けた JOE らしく、パンク文脈とは別格のアレンジメントと見事なピアノ/キーボード演奏がクールです。「CHINATOWN」「TARGET」の猥雑な都会の喧噪を体現する雰囲気から、ハウシーなまでにスムースクールな「STEPPIN' OUT」まで芸の幅の広さを見せつけます。




あ、ミドリが解散してしまいましたね。
●ユーストリームで解散宣言を自宅から配信。ボーカルの後藤まりこがダンナさんの助けを借りながら自分の言葉でバンド解体の理由を語ったと言います。むむむ残念。


ミドリ「ファースト」

ミドリ「ファースト」2005年
ミドリの存在を知ったのは彼らのメジャーデビューの後。大阪でインディデビューした頃のこの音源は、解散を知ってあわてて入手したモンです。「関西ゼロ世代」と言われるノイズ/アバンギャルドの系譜に連なるカタチで登場したこのバンド。セーラー服&片足ルーズソックス片足ハダシ&エレキギター&ドスのきいた関西弁で暴れ回る後藤まりこの過激なパフォーマンス(萌え要素1ミリもナシ)が、ジャケともども即座に目を引きます。ただしコレで単なるキワモノと判断するなかれ。
●音楽を聴けば一瞬で分かるのが、単純なパンクロックのビート感覚とは異質な、なんだかお囃子みたいな垂直運動っぽいグルーヴ。コレを特に強調するのがピアノ。ヘタすると爆音ギターよりもこのバンドの音楽をピアノが推進します。誤解を恐れず言ってしまうとコレが1980年代の初期筋肉少女帯/三柴江戸蔵のキーボードを連想します。
●そんで、このバンドをより不気味にするのは、後藤まりこが書くリリック。デストロイなナンセンスを怒鳴り散らすだけと見せかけながら、女子の仄暗い性欲を一番汚いカッコで無理矢理引きずり出してリンチ&ミンチでギタギタにするような自爆的サディスティック表現で、世の草食系男子を震え上がらせるテンションがあります。ココ、ミドリの真骨頂のような気がする。この特徴が最初の音源からガッツリ刻み込まれております。

ミドリ「ライブ!」

ミドリ「ライブ!」2008年
「大雨だったので、ギターを使わなかったライブ AT 日比谷野音」というお断りが帯コメについてるライブミニアルバム。マジでギターレスです。でも前述のピアノ、アップライトベースのうねり、饒舌過ぎるドラムがそのギターの不在を感じさせません。ハードコアにこだわるとギターの不在はヤバいかもしれませんが、ミドリがパンクに聴こえる理由は楽器編成や様式の部分に依存してません。「アメがきもちええなあ」ドスの利いたデス声MCがコワいです。…今気づいたけど、内ジャケの写真でまりこさん、セーラー服なのになぜか高校球児のように坊主刈りになってます。

ミドリ「SINSEKAI」

ミドリ「SINSEKAI」2010年
●ラストアルバムになってしまった去年の作品。今まで表ジャケでは素顔を隠されてきたまりこさんのアップがキチンと拝めます。セーラー服も卒業しました。彼女の着ているシャツにはマジック手書きで「どんぞこ」と書かれています。
●彼女は一人称に「ぼく」という言葉を使います。当然雑誌のインタビューでも全部「ぼくはな~」という表現になってるので(そんで雑誌の記事でも顔が隠されてた)、ボクは一時期この人は女性ではなくて、女装キャラの男性かもしれないぞ?と疑ってました。だってデス声だし。歌詞も露悪的だし。でも、美人さんでした。
●で、この新作では彼女のアナドレナイもう一つの武器、ロリ声が積極的にフィーチャーされております。今まではデス声で迷彩偽装されてたリリックのロマンチシズムが伸びのイイ直球でスパーンと決まってしまうので、ワリとクラッとキます。一方で、デストロイな悪意やドン底のペシミズムもロリ声で投げつけられてますから、気づかぬうちに致命傷です。あくまで凶暴です。危険です。
●…あ、今ワイフがミドリにギブアップしました。「わたし大分ガマンしたけどもうダメ!これ禁止!コドモに悪影響!」ノマドこの音楽どう思う?「オレまだ平気!」コドモ当事者はそういってますが…って反論しても無理メなので、今日はステレオでミドリ聴けなくなりました。
●コレは先月後半のことでしょうか?酔っぱらった勢いでしょうか?後藤まりこさん、ツイッターで自分の携帯電話の番号を公開してしまいました。ジャンジャカかかってくる他人からのデンワに出て暇つぶしをするという暴挙。ツイッターですからファンだけじゃなく悪意満載の通りすがりもいたかもです。そんなムチャするから現在はアカウントが消滅してます。…ただこの事件は、泥酔まりこさんにデンワをかけて、あのキツい関西弁で説教されるのはマゾヒスティックで甘美な経験になったかもなあ…とボクの後頭部でじぐじぐとうずく淡い妄想になりました。

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●解散ライブでの後藤まりこさん。「なんや!やんのか!今日はヤジが多いな、来いよもっと!パーティやぞ!」だからパーティドレス着用なんですって。「始めよか! 終わりを始めよか!」ステキです。



●相変わらず、とりとめのない内容をダラダラと書いていきます。今年もお付き合いください。