音楽プロデューサー、大沢伸一さんの逮捕報道。
●うわ!正直驚いた…。彼の音楽は大好きだったから。

●以下は、ヨミウリオンラインからの引用。

『「取引先の相手を」部下女性にわいせつ行為命令』
 部下の女性に取引先とわいせつな行為をさせたとして、警視庁が音楽プロデューサーで会社経営の大沢伸一容疑者(44)を準強姦(ごうかん)容疑で逮捕していたことが捜査関係者への取材でわかった。逮捕は14日。
 捜査関係者によると、大沢容疑者は11月、自らが経営する会社に勤務する女性に「取引先の男性の相手をしてほしい。そうしないと会社が潰れる」などと命令し、東京都内のホテルで男性とわいせつな行為をさせた疑い。
 同庁は、大沢容疑者が女性に対し、従わなければ解雇されると誤信させたことについて、準強姦罪の要件である抵抗不能な状態に陥らせたと判断した。会社の利益を図ろうとしたとみている。大沢容疑者は歌手の安室奈美恵さんらの作品を手がけていた。
 (読売新聞 12月29日(木)10時13分配信)

●しかし、この報道を受けて大沢氏本人はブログでコメントを発表。以下、SHINICHI OSAWA(大沢伸一)WEBSITEから引用。

「報道されている件について。」2011.12.29
逮捕された事は事実です。しかし僕がこの事件に関与してる事は全くありませんし、
身に覚えのないことと、完全に否認しています。
勿論現在は釈放されていますし、普段どおり音楽活動もしています。
その上で警察の捜査には最大限の協力を申し出ており、一刻も早く真相が解明され、
自分への嫌疑が晴れる事を望んでおります。
この報道によって関係者各位の方や音楽ファンの皆様には大変心配をおかけしておりますが、僕は100%無実なので、信じてください。
大沢伸一

●大沢氏が所属するエイベックス・マネジメントもプレスリリースを発表。

「所属アーティストの逮捕について」
 本日、当社所属アーティストであり、音楽プロデューサーである大沢伸一が逮捕されたとの報道がありました。
 しかしながら、本人は容疑を完全否認し現在釈放されており、通常の音楽活動に復帰しております。また、自身の潔白を証明するためにも、引き続き警察の捜査には全面的に協力してまいります。
 なお、本件については、現在捜査中であること、一般の方が被害者になっておりますことから、現段階では上記以上のコメントは差し控えさせていただきます。
 以 上

●今朝、ヤフーのトップにこの報道が出たのを見つけて、マジでゲンナリ。しかしその後、雑誌「バーフアウト」編集長の山崎二郎さんがツイッターなどでこの報道が一面的だと批判しているのを見つけ、そんで本人ブログにやっと到達し(アクセスが集中しすぎて一瞬見づらい状況もあった)、まあこの段階で判断や評価をするのも尚早だろうと心落ち着けるのでありました。

大沢伸一(大沢伸一氏)

彼は、一時期のボクにとって、アイドルでしたよ。
●イギリスや欧州のクラブジャズシーンに共振する形で、90年代初頭の京都から登場したアシッドジャズバンド MONDO GROSSO は、当時大学生だったボクには世界同時進行的な「渋谷系」ムーブメントのカッティングエッジのような存在に思えた。彼はそのバンドのリーダー兼ベーシスト。渋谷クワトロとか学祭ライブとかでたくさんライブを見たし、KYOTO JAZZ MASSIVE 沖野修也氏と大沢氏が共に設立した渋谷のクラブ THE ROOM にも足を運んじゃったりと、結構な夢中っぷりだったのです。
●いつしか大沢氏1人のオレユニットになってた MONDO GROSSOプラダとコラボなんかしちゃったりして実にオシャレなハウスへと転換。その後は彼のプロデュースワークを追っかけることに。bird の完全プロデュースは最高だと思ってたし、WYOLICA もステキと思ってました。ぶっちゃけブレイクには至らなかった信近エリというシンガーまでチェックしてましたよ。
●そして最近は、ソロワークや RAVEX というプロジェクトで、00年代フレンチエレクトロに共振するバリバリロッキンなエレクトロ路線へ突入。個人的にはそんな風に思い入れタップリ、だからこのニュースはホントビックリしました。


ですので、大沢伸一氏のCDを聴く。

大沢伸一「TEPPAN-YAKI - A COLLECTION OF REMIXES」

大沢伸一「TEPPAN-YAKI - A COLLECTION OF REMIXES」2009年
●コレは彼の近年のリミックス仕事をまとめた2CDのコンピ。CD-1は海外アーティストとの仕事。とくに注目は00年代フレンチエレクトロとのコラボレーション。フレンチの一番野蛮な連中、DIGITALISM、BOYS NOIZE、ALEX GOPHER といったロッキンなエレクトロをさらにザリザリ加工。イギリスのロックバンド THE WHIPCAZALS を料理する場面ではドラスティックな改造手術で実にドライヴィンなダンスミュージックに変換。個人的には NORMAN COOK の変名ユニット MIGHTY DUB KATZ とオーストリア産エレクトロユニット VAN SHE のリミックス(全然別の曲になっちゃった…)がハマったです。
●一方 CD-2は日本のアーティストとのコラボ。事件報道を伝えた読売新聞から見ると「大沢容疑者は歌手の安室奈美恵さんらの作品を手がけていた」というのが一番の目立つ仕事だったみたいだけど、彼女による IRENE CARA カバー「WHAT A FELLING」大沢氏の仕事だったコトに実はボクは気づいてなかった…いやあまりにメジャーすぎて忘れてたというか。そんな「WHAT A FELLING」がキックの強いエレクトロハウスに組み替えられてCDはスタート。その他、浜崎あゆみ GIRL NEXT DOOR、DJ OZMA などのエイベックス歌謡をバキバキ改造してます。ミシェルガン・チバ氏のバンド ROSSO FATBOY SLIM ばりのビッグビートになってるのと、FANTASTIC PLASTIC MACHINE THE CHEMICAL BROTHERS「STAR GUITAR」ばりのキラキラビートでブーストしてるのがツボ。MINMI の初期傑作「THE PERFECT VISION」が華麗なハウスになってるのもステキ。特にユニークな点は、映画「鉄コン筋クリート」のサントラを手掛けた PLAID のエレクトロニカトラックを奥ゆかしくビート強化した作業と、ディズニーランドの古典エレクトロ、「エレクトリカルパレード」テーマをスマートでクールにハウスカバーしたトコロね。あの有名なフレーズが言われないと気づかない程、自然に溶け込んでる着地感が最高。


●あらあら、ロッキンなダンスミュージックを聴いてたら、楽しくなってきちゃった。
このまま、フレンチエレクトロの話に行っちゃいましょうか!

VITALIC「OK COWBOY」

VITALIC「OK COWBOY」2005年
フレンチエレクトロがガツンと盛り上がった2007~2008年に先行して、一拍早くこの傾向の音楽をやってたのは、御大 DAFT PUNK を別にするとこの VITALIC だったと思う。かなりロッキンなギターリフサンプルがぐいぐい攻めてくる感じは確かにその後盛り上がる00年代フレンチエレクトロ。キリキリにトンガったシンセサウンドも実にクール。「LA ROCK 01」はエレクトロの「SMELLS LIKE TEEN SPIRITS」と呼ばれてた気がする。確かに納得できるシンプルさと徐々にせり上がる興奮感があの曲の気分とカブル。

「KITSUNE MAISON COMPILATION 4」

VARIOUS ARTISTS「KITSUNE MAISON COMPILATION 4」2007年
●このコンピシリーズ、今じゃ第12弾まででてるんですよね。音楽レーベルにとどまらないクリエイター集団である KITSUNE は、フレンチエレクトロシーンのハブとして機能しとりました。彼らはエレクトロをキーワードにフランスと欧米~全世界、そして日本のシーンを接続してた大沢伸一氏自体がリミキサーとして深く関わったし、前述の「TEPPAN-YAKI」にも KITSUNE 経由のリミックス仕事が結構多く含まれてる。ここに収録されている楽曲は、フランスだけでなく英米加豪などなどのアーティストのモノがいっぱい。FOALS THE WHIP、HADOUKEN!、CRYSTAL CASTLES、RIOT IN BELGIUM…。まーこう見てみると実は00年代エレクトロというキーワードのなかで、全世界的にロックとダンスミュージックの共振運動がこの時期にあったのだなと納得するのでした。

JUSTICE「AUDIO, VIDEO, DISCO」

JUSTICE「AUDIO, VIDEO, DISCO」2011年
ダンスロックとフレンチエレクトロが共振関係にあったとはいえ、この JUSTICE のロックへのアプローチは今回失敗したんじゃないでしょうか?まーその失敗の仕方がオモシロすぎるので、逆の意味で価値が出てしまいそう。
●2006年にリリースしたファーストアルバムは、DAFT PUNK の音楽をより一層錆び付かせたような、実にザリザリでロッキンな姿勢を打ち出し、その直後に盛り上がっていくフレンチエレクトロシーンに大きな影響を与えた彼ら。しかし、そこからたっぷり時間をあけて今年発表したこのセカンドはビックリするほど肩すかし。ぶっちゃけオモシロくない。つーか、オモシロくなさすぎてオモシロいほどです。
ダンスミュージックのダイナミズムに扇情的でハードロッキンなギターサウンドを追加して独自のエレクトロ表現を生み出したのが彼らの偉業だったはず。しかし時代の流れで主客逆転が起こってしまったのか?ハードロックなリフがどんどん前に出て、基本のダンス部分がスゴく薄っぺらくなってしまった。とはいえ彼らはロックギターがズバ抜けて技巧的というワケでもないのでコレも中途半端。結果ロック要素もリズム要素も実に大雑把でザックリ整理されすぎた薄味に仕上がり、スゴく遠回りをした偶然の結果?「80年代回帰」というヤツでしょうか?ちゃっちい産業ロックヘアメタルバンドみたいなマヌケさが出てきました。まーここまで振り切るとボクの中ではもはや笑えるオモシロポイントになってしまい、もうニヤニヤしながらコレが聴けちゃいます。
●実際アーティスト自身も「前作が都会の夜なら、今作は田舎の昼間です」みたいな発言をしてる。ある意味狙ってのコレなのね?一曲目のタイトルが「HORSEPOWER」だもんね「ウマチカラ」ってなんだよ?もう絶妙に田舎です!イモ臭い!田舎で都会っぽさを目指したらこんなヘンテコな仕上がりになりました的なマヌケさが満載!これからどーするんだろうね、この人たち。

VARIOUS ARTISTS「ED REC VOL.3」

VARIOUS ARTISTS「ED REC VOL.3」2008年
KITSUNE に匹敵する勢いでフレンチエレクトロを盛り上げたレーベルが、こちらのコンピをリリースする ED BANGER RECORDS でありました。前述の JUSTICE もコチラの所属アーティストだもんね。これまたロッキンなエレクトロ SEBASTIAN も気になります。
●ただしブリブリザリザリのロッキンなアプローチだけじゃなくて、ヒップホップ方面へと繋がるファンクネスも感じさせるのがコチラの内容。BUSY P というアーティストが、西海岸アンダーグラウンド系のラッパー MURS と組んだトラックがよいね。オールドスクールヒップホップのモチーフが見える UFFIE、ディスコファンクなうねりを連想させる MR. OIZO、フランス語ラップが新味な DSL、ボルチモアブレイクスに繋がるスピード感の FEADZ と、聴き所満載。
DJ MEHDI「LUCKY BOY」

DJ MEHDI「LUCKY BOY」2006年
●こちらも ED BANGER RECORDS の所属アーティスト。セクシーなファンクネスを感じさせるダンストラックが印象的。無機質なシンセフェティシズムが信条のフレンチエレクトロと、人力の粘りが光るファンク/ヒップホップの中継地点にいる立場。多彩なアイディアが豊富でスゴく示唆的な音楽がある…。でもねこの人、今年死んじゃったんだよね…。

COSMO VITELLI「CLEAN」

COSMO VITELLI「CLEAN」2003年
●元来フランスのダンスシーンはテクノもハウスも洗練されてて、DAFT PUNKKITSUNE が新しいスタイルのエレクトロを提案するまではロック的に扇情するスタイルはそんなに目立たなかったはずなんです。でもシーンが盛り上がる以前からこのヘンの人脈がみな繋がってたのも事実。ED BANGER の主宰者 PEDRO WINTER(前述の BUSY P は彼の変名)は、DAFT PUNK のマネジャーを務めてた時期があったり、KITSUNE の中心人物 GILDAS LOAEC がやはり DAFT PUNK のメンバーと共同作業していたり、なんていう状況がある。
●そんで、この COSMO VITELLIED BANGER PEDRO WINTER はこのアーティストのマネジメントを手掛けてた時期もある。スタイルで言うと、いわゆる00年代フレンチエレクトロ、と比べると非常に洗練され過ぎてて、ソレ以前のフレンチハウスの気持ちよさで聴くタイプの音楽。個人的にはイギリスのトラックメイカー HOWIE B のミックスCDの中で彼の名前を見つけた。甘いウタものも多く、フレンチシーンでは AIR などにより近いポジションかも。



●そんで、シーンのオリジネイター、DAFT PUNK はナニをやってるのかというと。

「トロンレガシー」

「トロン:レガシー」
DAFT PUNK はこの映画でサントラ担当してました。…まー映画の出来は微妙で、正直ボクにとっては子供の頃に見た元祖「トロン」1982年版の方が衝撃的だったし、再現性がリアルすぎる現在のCG技術より、80年代のローテク感満載CGの方が味がある。結果、音楽もフツウにしか聴こえなかった…のでサントラCDは買ってません。

●一方でね、DAFT PUNK の音楽に合わせた楽しい動画を見つけちゃったのでソレを貼付けます。
●曲は「HARDER, BETTER, FASTER, STRONGER」。ローテク!両手でこの曲の歌詞をフォローします。ダマされたと思って最後まで見て下さい。




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今の職場は働くママさんが非常に多いので。
昨日の忘年会は、託児スペース併設でした。生後6ヶ月~4歳児が6人も集合。そんな飲み会初めて体験した。2歳くらいの男の子をダッコしたら、もうとてもとても軽いこと!うわーこの軽さが懐かしいなあ!もうダッコすらウザがる我が息子ノマド10歳も、こんなチッコイ時期があったんだなあ。

そんで家に帰ると、生後1ヶ月のウサギがいる。命名「もなか」。
●夜行性なのか?深夜2時に帰宅したのに「もなか」は元気にコリコリと固形のエサをカジってる。ふーん。「もなか」を眺める。…つーか、今日出会ったチビちゃんたち、生物学上は人間だけど、なんか「もなか」に近い。言葉通じないけど、なんだか自律的にフラフラ動いてるから。その行為に意図も意味もないんだろうけど、コチラが勝手に意味を見つけちゃおうとする。「ん?チビちゃんタップリごはん食べた?おいしかった?」勝手に話しかけてしまう。リアクションも返してこないのに。

そのノリの延長で。ワイフは完全にウサギの「もなか」を赤ちゃん扱い。
「あーい、モナちゃ~ん、アサゴハンあげまちゅよー!」なんじゃこりゃ?やりすぎだ!家族で一番ノリノリじゃないか。これをノマドどう思うよ?ノマドやや呆れ気味に「でもさ、オレもムカシこうして『ノマちゃ~ん』とか言われてたんだろうなあ」おいおいシニカルだなあ。オマエまだ10歳で、そんなムカシでもないじゃんか!

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(ヒヨコが3DSで撮影した「もなか」。お気に入りのポジションで休憩中。)

●あ、忘年会の2次会。なぜか新宿二丁目のゲイバーに移動。託児サービスの一次会からの落差がスゴい。そしてなぜか野蛮なカラオケ大会になり、結果ボクはムリヤリ光GENJI「パラダイス銀河」を歌わされた。ツラかった。ゆとり世代の後輩が生まれて初めてこの曲を聴いたらしく「きゃかりきコロンブスの歌ありがとうございました」と真顔でコメントされた。重ねてツラかった。


今日の音楽。ネットカルチャー気分から登場した女子の声。
さよならポニーテール「モミュの木の向こう側」

さよならポニーテール「モミュの木の向こう側」2011年
●ふわふわしたイラストしか情報が存在しない正体不明の女子ユニット。奥ゆかしい雰囲気とメランコリックなメロディ…勝手に初期荒井由実と同じ気分を嗅ぎ取ってます。

AZUMA HITOMI「ハリネズミ」

AZUMA HITOMI「ハリネズミ」2011年
●評論家・東浩紀さんが原作/脚本に加わったフジテレビの深夜アニメ「フラクタル」の主題歌。結局このアニメ最後までチェックしきれなかったんだよな…でもこのテーマソングは耳に残った。現役大学生宅録テクノ女子。キラキラエレポップと澄み切ったボーカルが華麗。基本ビジュアルイメージはこの西島大介によるイラストしかないのがまた神秘的で。

やくしまるえつこ「ルル/ときめきハッカー」

やくしまるえつこ「ルル/ときめきハッカー」2011年
●ご存知、相対性理論の女性ボーカリスト。脱力脱臼ポップに磨きがかかって目一杯チャーミングになってます。今や雑誌「GINZA」に連載グラビアページがあるからその姿を簡単に見ることができるようになりました。相対性理論が登場した時は、実に審美的な存在だと思った。

●このヘンの、今どきの女性ボーカルって、まずは初音ミクとの距離感で、自分が生身であることの必然性を証明しなくちゃイケナイというのが実に時代っぽくてオモシロいなあと思うのです。いや勝手にボクが比較してるだけか?









我が家にウサギがやってきた。命名「もなか」

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ネザーランドドワーフ、生後一か月の赤ちゃん、おそらくオス、であります。
●娘ヒヨコがここ一年ばかりズーッと主張してたのであります。「うさがほしいの!うさが飼いたいの!」
●もちろんイヌでもネコでも興味津々のヒヨコは、道端で他人の飼い犬と出会うだけでもフツウに天然なアイサツをします。「あ、ピーちゃんだ!バイバイ!」飼い主とは全然面識ないのに。それでも我が家はマンションなのでイヌネコはダメというルールは理解できる。しかし、ある日図書館から「ウサギの飼い方」の本を借りてきて開眼。ウサギなら我が家でも飼える!それから様々な本を借りてきては、ウサギのエサや反対に与えてはいけないモノをメモに取るなど活発な研究活動を始めました。ぶっちゃけヒヨコが自発的積極的に活字に触れるなどという行為自体が激レア。まーその努力と熱意は立派なモンでありました。
●しかしコドモの熱意だけでは前にはイケナイ。ニオイやエサの手間やコスト、ハウスダストの問題(ボクも息子ノマドもぜんそく持ち)などなど、様々な懸念があったのでオトナサイドも研究を重ねておりました。結果ヒヨコにはまだダメだと言い続けていたのが9月頃。

●しかし。「うさぎカフェ・おひさま」@下北沢 http://www.rabicafe.com/
●下北沢はなんだか奇妙な場所でして、ねこカフェが2軒もあるのに、さらには「うさぎカフェ」なるものまでが存在してまして。南口ミスタードーナツ方面を脇に入った所にあるセマイお店では、15羽ほどのうさぎがお出迎えしてくれるのであります。
●ヒヨコはもう興奮しすぎて「うさぎカフェに行くの?もうオシッコもれちゃいそう!」と絶叫してました。

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●ねこカフェは、人間がお茶する空間にネコが勝手にブラブラしてくる…しかもツンデレ接客というか、キホンそっけない態度でときどき愛想よくしてくれるというシステムで成り立っております。
●しかし、うさぎカフェは生物学的違いの結果か、人間のお茶スペースとうさぎカワイガリ空間が別々になっております。うさぎの接客は…というか彼らには接客以前に自意識がほぼないので、メイド風のおねえさんスタッフにクビネッコつままれて、ポンと我々のヒザの上に乗せられるがままなのであります。オシッコもウンコもキホン制御しないので、紙オムツ的素材のシートを我々人類はヒザの上に用意して、彼らをヒザに乗せるのであります。

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ワイフのオナカの上でおすわりするタレミミちゃん。
●おとなしくてモノ言わぬ彼らなので従順にヒザの上にいてくれるのか、と思えばソレは微妙にマチガイであります。やっぱうさぎなので、ピョンとジャンプして気分趣くままに好きな所に行ってしまいます。そうなったら、コチラの創意工夫で彼らの関心をつなぎ止めるまでです。エサや牧草などを手に握り、うまいことヒザの上に彼らにとって居心地のいい空間をクリエイトする、そうすれば我々はカワイイ彼らのセナカをナデナデし続けるコトが出来ます。

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やられました。まーこんなこともあります。ヒザの上から脱出しようとしたうさぎを制止しようとしたら、そのジャンプに特化した後ろ足をモウレツにジタバタされて、ソコに仕込まれたツメにカリカリと引っ掻かれた次第であります。元来小心者の種族であるうさぎは無言ながらもサクッとパニックに陥り暴れてしまうようです。このキズは消えるまでに2ヶ月かかって、その間ボクはまるでリストカッターにでもなった気分になりました。
●しかし、もうこの段階で、ワイフもボクも、うさぎカワイイ病に完全に感染してしまいました。うさぎを飼うか飼わないか?、ではありません。うさぎを飼うためにはどうすべきか?という問いにフェイズが変わってしまいました。先日の記事で紹介しました、一斉モノ減らし行動もうさぎを迎えるための最終準備でありました。ケージやうさぎを遊ばせるための空間作りだったのです。

●結局、ココからワイフのうさぎ熱に拍車がかかって、様々なうさぎグッズが購入され、ネット経由で11月20日生まれのこの子が発見されたのです。生後一か月経ってから初めて飼い主に引き渡されるとのことで、昨日ヒヨコとワイフが所沢のお店からピックアップしてきたのでありました。
●名前候補はたくさんありました。「ガリレオ」とか「アインシュタイン」とか「マリオ」とか「トトロ」とか「ロビタ」とか。あー全部息子のノマド案です。ボクは「おもち」という名前を提案しました…これは本谷有希子の小説「グ、ア、ム」に登場するペットウサギの名前なんですが、ネタバラシしたらワイフに激しく却下されました。本谷有希子じゃマトモな描かれ方してるはずがないと。まーワイフの予想はあながちハズレでもない。ヒヨコは、百人一首の歌「このたひはぬさもとりあへすたむけやまもみちのにしきかみのまにまに」BY 菅原道真から引用して「まにまにちゃん」という提案をしてた。いいセンス。

本谷有希子の小説「グ、ア、ム」(本谷有希子「グ、ア、ム」)




今週の地下鉄表参道駅、こんなポスターが気になって。

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SEXY ZONE。ジャニーズの新しいユニットですね。
●表参道の駅構内。 SMAP の大型ポスターなどが登場すると、わざわざ記念撮影していく人もいるほどなんですよ。まーその流れの掲示なんでしょか。ボクはこのユニットに関しては何の予備知識もなかったです。でもね、このガッツリ作り込まれたポスターグラフィック、しかもこのデカさ。それを一週間の通勤で毎日二回(往復)眺めるとですね、なんだかヒキコマレちゃうんです。
●だって彼ら、プロフィール見ると一番若いメンバーは2000年生まれなんですよ!ウチの息子が2001年生まれ、ソコと変わらない若さでこの美少年ぶり。申し訳ないけど、オトコのぼくでさえホレボレしちゃう。そんで、ポスター眺めてホレボレしてる自分に一種倒錯的なヤバさを感じて、一層その感覚がビビットになってくる。オマケに名前が「SEXY ZONE」でしょ。ヤバいな今ボクは一番セクシーな感覚領域をこのローティーン美少年に狙撃されてるのか、とますますドキドキしてくる。
少女時代に初めて触れた感覚に似てる。なんか人工造形物みたいに現実離れしてて、摩擦係数ゼロでツヤツヤした質感。むむむ。

だから今日は、ジャニーズ音楽関係者。
TOKIO「雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう」
TOKIO「雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう」2008年
●さすがにジャニーズ系音楽を全部網羅することはできないけど、音楽ファンとして完全に無視してるわけでもないんです。この TOKIO のシングルは気になったのでワザワザ買ってしまった。2006年のヒット曲「宙船」中島みゆきから楽曲提供を受けてから、その後彼らは甲斐よしひろ長渕剛からも楽曲提供を受け、そしてこのシングルでは椎名林檎/東京事変が詞曲提供&編曲で関わっている。まーコレが見事に東京事変な楽曲で、ピアノも特徴ある弾み方をしてるし、キーも不釣り合いに高め設定。オモシロいです。

チーミーとあやの(キロロ)ときどきレンジ「ちいさなうた」

チーミーとあやの(キロロ)ときどきレンジ「ちいさなうた」2011年
●このチーミーというシンガーソングライターは、「MONSTER」(ドラマ「怪物くん」の主題歌)で楽曲提供した人物。本来は「会いに行けるウタのおにいさん」というコンセプトで子供向けのカワイイ音楽を作ってる人らしい。マッドハッターみたいなヘンな帽子がトレードマーク。あ、「ときどきレンジ」ってのは、コーラスなどで ORANGE RANGE のメンバーが参加してるって意味。

●カンケイないけど、関ジャニ∞渋谷すばるくんの声って、ジャニーズの他のボーカリストとは違う特殊な味があるよね。彼の存在はとっても気になります。
テゴマス増田雄一くんもその歌唱力が高く評価されてますね。今度ちゃんとチェックしなきゃ。
●世間的には若手グループと言われながらも、SEXY ZONE と同じようにローティーンの頃からキビシく訓練され、かつ分厚い才能群の中で自分の個性を差別化させてきた彼らは、やっぱスゴいと思うのです。
●宝塚歌劇団は100年近い伝統の中で、専属の教育機関までそなえたタレント製造システムを構築してきた。カリスマ創業者の超常的な発掘能力が前提とは言われつつも、ジャニーズも一種のシステムが四半世紀ほど機能しまくっている。そんで、ソコに一流ソングライターや新進アーティストをマッチングさせる。この裏方部分は、いわばティンパンアレー的な音楽工房だよね。ソコまで含めて大きなシステムが出来てますよ。
●昨日放送されてた「ミュージックステーション・スーパーライブ」@幕張メッセ生中継では、SMAP から KAT-TUN、関ジャニまで一体何組自社アイドルをネジ込んでるんだと思う程の寡占ぶりにビビった。その一方で、丁寧な戦略とプロダクション、そして積年の訓練によって鍛えられたジャニーズ勢の方が、いわゆるジェイポップアーティストよりも輪郭線が太く感じられたのが本音。「アーティスト」という神秘性を尊重し過ぎた結果、プロダクトが本人任せになり過ぎてて、相対的に線が細くなっている印象を感じた。これが最近の衰退気味なジェイポップの事情なのかも知れない。

LADY GAGA in「ミュージックステーション・スーパーライブ」

LADY GAGA「BORN THIS WAY THE REMIX」

LADY GAGA「BORN THIS WAY THE REMIX」2011年
ガガさま、オオトリででてきて「MERRY THE NIGHT」「BORN THIS WAY」を演って帰ったよ。紅白も出るのかな?親日家っぷりポーズで「しゃぶしゃぶ食べました」とか楽しくトークされると、毎月来日してるかのようなトムクルーズみたいに毒気が抜けて、彼女の存在が安くなりそうで心配。でもその屈託のナイ性格は実は良家の子女である彼女の本性なのかも知れません。ココが底意地の悪さが齢50を超えても全く薄れない貧民上がりの MADONNA と決定的に違う所。
●コチラのリミックスアルバム、とりわけ面白いトコロがたくさんあるわけじゃありません。でもでもリミキサーの顔ぶれが微妙に特殊でユニーク。TWO DOOR CINEMA CLUB、THE HORRORS、METRONOMY、HURTS、GOLDFRAPP などなど、イギリス系のロックアクト、エレポップアクトが目立つ。結果仕上がりがヒネクレテて本来のポップな痛快さを求めると肩すかしを食います。


●まーそんなんで、ジェイポップ以前の音楽を聴いちゃったりもする。

先日の「ぼくらの音楽」にエレカシの宮本浩次さんが出てた。この人の声はスゴいなあ!

エレファントカシマシ「昇れる太陽」

エレファントカシマシ「昇れる太陽」2009年
●ジャニーズ事務所所属の俳優・生田斗真さんがエレカシファンだというコトでの対談。へえ不思議な取り合わせ。宮本浩次さんは胸に抱えた熱量がうまく制御できないのか、目を合わせない身振り手振りムダに大きいと微妙なギクシャクぶりが実にヘンテコで、実にステキだなと素朴に思ってしまった。コラボ楽曲では仲井戸”CHABO”麗市さんとRCサクセションのカバー、まるで清志郎さんが憑依したかのパワー。
80年代末の「バンドブーム」から登場してきたこのバンド、ボクにとっては「奴隷天国」1993年が印象深い。激しすぎるパフォーマンスでスーツがヨレヨレになっちゃう様子が熱い熱いロック魂を感じさせたのでありました。…でもね、その後は特に注目してなかったんです。連続ドラマとかに出演してたし。よくわかんなくなっちゃって。
●しかし。大きく時を隔てた今年。たまたま中古でこのアルバムをゲットしました…ああエレカシってまだガンバッテルんだなーって。宮本浩次さんの野蛮さは今だ健在で、その声の野蛮さも全く変わっていなかった。声がワイルドで、そして不思議な包容力がある。声って人間にとってホントに大切だ。声1つでその場の空気を一変させる人に憧れる。しゃべってる内容や論理にカンケイない説得力が、声そのものに宿ってる人。うらやましい。
●ただトラックは、なにげにキチンとプロデュースされてて BECK みたいに組み上げたサウンドまで聴こえる。クレジット見ると、蔦谷好位置さんだ… SUPERFLY の仕掛人。亀田誠治さんもいるぞ。
●あ、同じ浩次という名前。加藤浩次さんの声もカッコいいと思う。狂犬加藤。あのアニキっぷりはナニゲにカッコいい!
●一方、生田斗真さん。映画「源氏物語」、見た。死ぬ程おカネかけた豪華絢爛平安時代セット&衣装は確かにゴージャス、でもイマイチのれなかった…。田中麗奈さんが演じる、嫉妬に狂って恋敵を呪い殺す六条御息所だけが印象に残った。
エレカシきっかけで、今日は80年代末の「バンドブーム」物件で行きましょう。

FLYING KIDS「EVOLUTION」

FLYING KIDS「EVOLUTION」2009年
●こちらも80年代末の「バンドブーム」から出発したバンドですね。なんてったって、「いかすバンド天国」初代グランドイカ天キングですから。「イカ天」出演の瞬間をボクはリアルタイムで見てました。ボーカル浜崎貴司がイモジャージで登場しただけで、そのルックスにスタジオがどよめく…今ではボクでもアディダスで会社に出勤する程の当たり前の風景ですが、当時はかなり奇天烈なドレスダウンでした…その時のボクもカッコ悪くて気持ち悪いと思ったモン。
●グランドキングのごホウビとして1990年にメジャーデビュー。ボクは1992年に吉祥寺バウスシアターでライブ見ました。パワフルなファンクネスに驚愕。しかしその後1998年にバンドは解散。このアルバムは2007年再結成を経てリリースされたモノ。エレカシの前述アルバムと同様、ぶっちゃけ同窓会感覚で購入してしまった物件。
●ぶっちゃけ新曲よりも、後半の全盛期代表曲ライブ収録がよくって。「我想うゆえに我あり」「幸せであるように」とかが。

トータス松本「マイウェイハイウェイ」

トータス松本「マイウェイハイウェイ」2010年
●ご存知ウルフルズのボーカリスト。バンドブーマーとしてはやや後発1992年デビュー、そんで2009年にバンド活動を終えての二枚目のソロ。クレジットみるとプロデューサーのトコロに須藤晃氏の名前が。この人尾崎豊を発掘した伝説の人だよね。トータス&須藤氏がアメリカをロードムービー的にブラブラするドキュメント映画、を経て制作された物件がこのアルバムだったはす。残念、映画は見てないんだけど。
●結果、なんだか詰めは甘いし、なんだか焦点がはっきりしない感じがするんだけど、なんだか漠然とした不安と、なんだか根拠のない開き直りと、なんだか冷めた気分で敢えて空騒ぎしてる大人の矛盾と、なんだか無性にモガキたくなる意味の分からない焦燥感が、耳と胸に残ってしまう。

THE ピーズ「ブッチーメリー 1989-1997 SELECTION SIDE A」

THE ピーズ「ブッチーメリー 1989-1997 SELECTION SIDE A」1989~1997年
●かつてこんな音楽を「バカロック」という言葉で呼んでいたっけ。ワザとアタマのワルい歌詞を大きな声でガナッてる。ザーメンとか便所モンキーとかいんらんBABYとか下ネタにもなりきらない乱暴な歌詞タイトルを振り回す。最近はいないなーこんな言葉をワザワザ声高に連呼するようなアーティストは。キタナい言葉を使うことが、世間の良識に舌を出す反抗のポーズになった時代があったというコトだ。じゃあ今は?「コンプライアンス」とか「ガバナンス」とか。「炎上」とか「空気ヨメナイ」とか。世間の良識とやらの圧力はより高まってミクロな部分にまで浸透し、窒息しそうな気分はより濃くなってる気がする…。
●スリーピース・ロックとしてのドライブ感は強力。ある意味で「ドカドカうるさいR&Rバンド」(BY RCサクセション)な日本語ロックの伝統を真っ当になぞっている。その迫力のグルーヴが乱暴な歌詞に説得力をまとわせる。バカを突き詰めたがゆえの「もう戻る場所がない」悲壮感が、バンドの爆発力とは表裏一体の、刹那的なヤケクソさと負け犬としての哀愁を感じさせる。全て理解した上でロックという自己破滅の奈落へ飛び込んでいく、醜くノタレ死ぬサマまで見せてやる、という覚悟が見える。潔い。そしてカッコイイ。

TOMOVSKY「散らかったユウウツと赤い月」1

TOMOVSKY「散らかったユウウツと赤い月」2002年
THEピーズ大木温之の双子の兄弟にあたる、大木知之によるソロユニット。バンドブーム全盛期において彼は、カステラというバンドでメジャーデビューを果たし「ビデオ買ってよ」とこれまた白痴的なポーズをひけらかすロックを鳴らしていた(というか、あのバンドブームにはそういうバンドがとにかくイッパイいたんです)が、ワイルドすぎる THEピーズに比べて、ややポップでチャーミングなスタイルを得意としてた(ような気がする)。
●で、このトモフスキーカステラはメンバーのドラッグ問題で1993年に解散、その後大木が宅録活動で制作した楽曲をこの名義でリリースしていく。90年代中盤はグランジ~ロウファイの時代で、カセットテープ流通のインディだってドントコイのアングラシーンも中央線&下北沢には発生していたから、ヒップな子はキチンとこのヘンの音楽にもアクセスしていたのでした。…ボク自身はリアルタイムじゃ聴いてなかったけどね。
●そんでワリと最近(去年くらい)にレコファンで発見したのがコレ。もっと古いかと思ってたら00年代の作品でした…トモフスキーは現在に至るまでコンスタントにリリースを続けているんですね。しかし、内容と言えばホントに90年代ロウファイを連想させる完全ドゥーイットユアセルフな音楽。素朴さも不安定さもソレが故のいとおしさも、全部ひっくるめてチャーミングなポップになってます。そして憂鬱なセンチメンタルもちゃんと仕込んである。

BO GUMBOS「GO」

BO GUMBOS「GO」1993年
ボガンボス5枚目のアルバム…だからタイトルが「ゴー」なのか。翌1994年にバンドは解散してしまうのよね。実はボクがこのバンドに興味を持つようになったのは、解散した後のボーカルどんとの活動に出会ってから。だからこのアルバムも初めて聴くのでした。でもシンプルで飾らない言葉選びは、まさしくこの時代の気分たっぷり。そしてファンキーで陽気な雑食性サウンドの逞しさ。たのもしいロックバンド。

THE PRIVATES「ITS FREEDOM」

THE PRIVATES「IT'S FREEDOM」1990年
●このバンド、みなさんご存知ですか?ボクも実はほとんど情報ないです。でもただ1曲、このアルバムに収録されている「GET FREEDOM」という曲が印象深くて。1990年当時にはなんだかワリとたくさんあったロック番組でこの曲を聴いて、ソコから21年忘れられなくて。「ゲッツフリーダーム!不自由ない暮らしが欲しけりゃオマエのその手で奪い取るしかねえだろう!」まーボクも中学~高校生でしたから、こういうリリックに痺れたのかもしれません。で今年のある日ディスクユニオンでこのアルバムに出会い、380円で買いました。
●そんで今、ウィキペディア見てたら、バンドの中心人物・延原達治が、OKAMOTO'S のドラマーの父親って書いてある。うわ…なんか世代をまたいじゃってるのね。


●マンガ地獄。
松本大洋「SUNNY」1巻。むむむむむ。これからだな本当の評価は。
諫山創「進撃の巨人」6巻。なんと映画化!監督は中島哲也さん。「下妻物語」「嫌われ松子」「告白」!スゴいことになってる。
安彦良和「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」23巻、完結。10年読み続けた雑誌「ガンダムエース」とのクサレ縁がやっと切れる。買い続けるのがもう辛かったりして。
小玉ユキ「坂道のアポロン」8巻。ジャズ青春。個人的にはマイルスデイヴィスに今ハマってるのですが、このマンガではトランぺッターがいなくなってしまってて。
手塚治虫「プライムローズ」全4巻。コドモに読ませてました。手塚モノをコドモに与えるならば…次は「ブッダ」かな?
高橋ヒロシ「WORST」27巻。月島花 VS 花木九里虎、激突。

松本大洋「SUNNY」1巻



「THE MANZAI」、絶対ナイツの方がオモシロかったのにな…。ナイツって絶対過小評価されてるよ。


●マンガ地獄。
羽生生純「ピペドン」全2巻、「千九人童子ノ件」、いずれも正しく狂ってます。
押見修造「惡の花」1~2巻。コレが「中二病」ってヤツ?でも中学二年生という設定だしな。
古屋×乙一×兎丸「少年少女漂流記」。コレもかなり思春期をコジラセてしまったケースです。
林田球「ドロへドロ」15~16巻。大分支離滅裂になってきた気がする。
佐藤秀峰「特攻の島」3巻。コレは時代が狂っていました。人間魚雷、実戦投入。
地下沢中也「預言者ピッピ」2巻。もう絶対続きはヨメナイと思ってた…連載開始から12年後の第2巻!
山口貴由「エクゾスカル零」1巻。「覚悟のススメ」の続編スタートも大事件ですよ!
槇村さとる「リアルクローズ」12~13巻。完結。クサレ縁めいて来たトコロだったのでホッとした。
宮田紘次「ききみみ図鑑」。音楽好きには瑞々しく響くはずの短編集。
安部夜郎「深夜食堂」。いまさら読んで、そんでウルウルしました。不覚。
久住昌之/水沢悦子「花のズボラ飯」。コレもやられた。「んむっ、んむっ、うまーん!」なんかヘルシーにエロチックだぞ?女性がメシを食う瞬間を今度じっくり観察してみよう。気にも留めてなかったけど実はスゴいことになってる?

久住昌之/水沢悦子「花のズボラ飯」


今週は、学生時代の仲間と食事をしました。焼肉!
●みんな職種も違うし忙しいので予定合わないと思ってたら、ツイッター&フェイスブックで呆気なく日程が作れてサクッと集合できました。ソーシャル技術革新サマサマでございます。ナニゲに仲間が集まったのは5~6年ぶりだったりして。で、前回はナニがキッカケで集合したのかなー?と考えたら、ちょうど mixi が流行してきてソレで連絡がとれたんだ!と思い至る。そんじゃーボクらはソーシャルメディアが革新しないと集合しないのか?面白いモンだな。


ボクなりに努力してモノを減らしてます。
●ボクは基本的に「捨てられないタイプ」なので、部屋は大量のモノで溢れてとうとう床が見えなくなってきました。雑誌やマンガやCDの山が床に乱立して、ソレが崩れた場所を直接踏みつけて生活してました……いやコレではイカン!モノを減らそう!モノを捨てよう!

というコトで、大量の服とビデオとCDと雑誌とマンガを処分しました。
一番古いのは、高校時代におミヤゲとしてもらった UCLA のパーカーだな…20年以上前のモノ、自分のチカラでデッドストックビンテージです。そんで実際着てたんだから立派でしょ。でも今回捨てました。そしてNY出張でゲットした PAVEMENT のバンドTシャツ、コカコーラのロゴがプリントされた赤アロハ、群馬・高崎の洋品店で1500円で買った「ゼロ戦」柄アロハ、神戸で買ったチリメンの和柄シャツ、英 MUTE レーベルや HOWIE B のレーベル PUSSYFOOT のノベルティシャツ、レゴブロックのマークが入ったスウェット、ベトナムみやげのホーチミンシャツ、VHSのビデオも大量に処分したなあ…「機動戦士ガンダム」全話がVHSなんですよコレ迷うよね…一応ビデオデッキはまだ二台持ってるから見ようと思えば見られるんだけど。雑誌も厳選しました…今は亡き「スタジオボイス」とかナニゲに思い入れあったし、マガジンハウス史上もっとも酔狂な雑誌だったと強く思う「RELAX」も逡巡したけどかなり処分しました。大好きな松本大洋のマンガは間違えて同じモノを二冊買ってたりしてるなどの発見もあって。

スチャダラパーのボーズさんは、もうモノを減らしてるのです。

ちはる「男友達」

ちはる「男友達」
●かつてバラエティ番組でウッチャン内村さんとマモーミモー叫んでたちはるさんは、現在41歳のステキな大人女性であり、高校生のお子さんがいる立派なお母さんであります。で、美人です。そのちはるさんが「男友達」というククリでイケテル男子の部屋をオシャレに撮影した写真集がコレであります。まー共感出来ないオシャレ部屋もある。しかし、ボーズさんの部屋写真には強い敬意を感じたのです。
●地味な和室含む 1LDK は、ボーズさんのキャリアから見るとソッケナさ過ぎるほど。しかし…「この家に越す前は、リビングが25畳もあるような広くてモダンなマンションに住んでいたらしい。でも、モノをたくさん所有することに疲れてしまったのだそうだ。たくさんのフィギュアもほとんど人にあげたりして、この家には本当に気に入ったいくつかしか持ってこなかった」まーこの人の従来のイメージからするとオモチャ箱みたいな家に住んでいそうだけど、その予想を大きく裏切る程にモノが少ない。このシンプルさにシビレタ。大人だわ。モノの所有、情報の所有に大きな意味を持たせる時期はこの人にとって終わったのね。
●紙メディアやCDパッケージから、電子出版やダウンロードへ、って文脈と違いますよ。両方をひっくるめて「足るを知る」というコトです。好きなモノが好き、入らないモノはいらない、をハッキリさせるコトが大事ということです。

THE ZOOT 16「RIGHT OUT !」

THE ZOOT 16「RIGHT OUT !」2004年
ちはるさんの元ダンナ渡辺俊美さんのユニット。TOKYO NO.1 SOULSET では味わい尽くせない俊美さんのロマンチシズムがより強く香る音楽でありました。ちなみに「男友達」には俊美さんの仕事場も紹介されてます。ビンテージな楽器群とレコ屋並みのアナログ在庫がギラギラの、大人になり切れない男子が夢想する非現実秘密基地でありました。


12月9日。皆既月食。息子ノマド10歳が撮影。
●こんなの、ボクも生まれて初めて見た。

月食

月食2

●庭にコタツを出して、みんなでお月見。近所のエイトハヤト兄弟もやってきたよ。



「モーニング」の連載、サライネス「誰も寝てはならぬ」が終わっちゃった。
福満しげゆき「僕の小規模な生活」も、妻の第二子妊娠を報告して休載に入っちゃった。
●これ夫婦で楽しみにしてるマンガだったのにな。

「スピリッツ」の連載、ゴトウユキコ「ウシハル」も終わっちゃった。
●一方最近始まった「ヤンマガ」佐々木昇平「革命戦士犬童貞男」はかなりの怪作…。
●最近は、この手の童貞妄想をコジラセたアプローチのマンガ増えたよな。


坂本龍一の番組「スコラ 音楽の学校」ELVIS PRESLEY の回を録画で見てました。
この人さ、ドーナツの食べ過ぎで死んだんだよね~。そしたら娘ヒヨコ「え!そんなのシアワセすぎるじゃん!」…それシアワセなんだオマエにとって?どんなイメージだよ?無限のドーナツに囲まれて過ごすみたいな気分?ヒヨコ「あーでも毎日ドーナツだとちょっとあきるかなー?一週間に一回でいいかなー?」


ボクは声が小さい。
●こと、最近はドンドン小さくなってる気がする…。むーよくないと思ってます。
●そんなコトを考えてたら、今日仕事をご一緒した人にこう諭された。「ちがうわよ、それはアナタが息をするのを怠けているのよ」おおお。「空気はガソリンだから。キチンと吸わないとエンジンはふかせないわよ」あああ。


●なので、週末は、目一杯の空気と、目一杯の美音を吸い込んできました。
矢野顕子×上原ひろみ「今年は2人でさとがえるツアー ~Get Together~」@NHKホール

矢野顕子×上原ひろみ「今年は2人でさとがえるツアー ~Get Together~」

矢野顕子上原ひろみが1対1でピアノセッション。なんて贅沢な!これはたまらないと思い、行ってきましたNHKホール。ステージにはピアノが二台。ただそれだけ。なのに、二人のプレイヤーがそこから弾き出す音がまるでキラキラ光る宝石のように硬く眩しくて、その場の空気をキリリと澄まして、ボクの呼吸と聴覚に直接パワーを注ぎ込んでくれた…。ホールの高い天井を仰いで目一杯深呼吸。そして音に身を委ねる。
上原さんのピアノプレイは力強くも正確無比、そして女性的に優しい。更には、まるで聖なる巫女のように演奏の中でどんどんとテンションを上げていく。一方で矢野顕子さんはトビキリにチャーミングな魔女として、底抜けの包容力と遊び心満点のボーカルをフワフワと聴かせてくれる。ハイスピードな演奏は実に複雑でスリリング、なのにまるで二人はお手玉やあやとりを楽しむようにニコニコと振る舞っている。スゴく不思議で気持ちがイイ。ああコンサートで癒された、元気をもらえた。
●ツアーパンフレットを見ると、上原ひろみさんのアグレッシブなライフスタイルが垣間見える。世界中を日々移動、エアチケットの手配は全部自分とか。空港着いてから3時間後にライブ開演もあるとか。どんな国でも炭水化物をガツガツ摂るとか。だからアルバムリード曲が「ラーメンたべたい」だとか。しかしそんなタフな生活でも枯渇はないと言い切る。「やっぱり音楽ってすごく自分を満たしてくれるので。体力的にどんどん疲弊していっても、精神的には豊かになっていく感じですね」…ステキです。
●ホールの客席で、音楽プロデューサーそして東京事変亀田誠治さんを見かけた。もちろんその場では似た人かなと思ったけど、ツイッターでその後このコンサートのことツブヤいてた…。


グラミー賞級ジャズプレイヤー・上原ひろみから、「ラーメンたべたい」経由で担々麺へ。

最近よく行く、虎ノ門にある担々麺のお店が、脈絡なくジャズ。
●名前が「瀬佐味亭」という。漢字が中国由来?と一瞬思ったけど、よく考えたら「瀬佐味」=「セサミ」=ゴマのダジャレじゃないか。でも美味しいですよ。担々麺にニラタップリトッピングして、小松菜もトッピングして。
●ただね、この店が気に入ったのはラーメンの味だけじゃないんです。いつもBGMに優雅なジャズを流しているんです。店の片隅には気合いの入った真空管アンプがドンと置いてあり、スピーカーも結構なコダワリで選ばれた立派なモノがカベに仕込まれる。そんで大型モニターが天井から吊るされて、ジャズのライブが流されてるんです。この前は白人ピアノトリオ(ヨーロッパ系?)が ABBA「DANCING QUEEN」の華麗なカバーを鳴らしておりました。さらに前は渡辺貞男の80年代のライブだったっけ。スッゲーキレイな音。お店の人にナゼこんなにコダワリのシステムでジャズを流しているんですか?と尋ねたら「オーナーの趣味なんです…ワタシはあまりわからないんですけど」と謙虚に返された。うっとりジャズ聴きながらの、担々麺。
●あ、雑誌ラックには「CUT」の70年代映画特集が。「タクシードライバー」とか「地獄の黙示録」とか。でもね、そんな趣味のよさは1ミリも感じさせない「ディスイズただのラーメン屋」な佇まいに潔さも感じます。きっとジャズも映画もオシャレ要素だと思ってないんだろうね。ボクはそういう姿勢、好きです。

「瀬佐味亭」 


で、最近は個人的に MILES DAVIS ばっかり聴いてるんです。「マラソンセッション」。

THE MILES DAVIS QUINTET「WORKIN」

THE MILES DAVIS QUINTET「RELAXIN」

THE MILES DAVIS QUINTET「STEAMIN」

THE MILES DAVIS QUINTET「COOKIN」

THE MILES DAVIS QUINTET「WORKIN'」
THE MILES DAVIS QUINTET「RELAXIN'」
THE MILES DAVIS QUINTET「STEAMIN'」
THE MILES DAVIS QUINTET「COOKIN'」

●この四枚のアルバム。PRESTIGE というジャズレーベルより、1957年から1961年にかけてリリースされたモノですが、実は1956年の同じタイミングで収録されております。この1956年の5月11日&10月26日、この二日だけで一気に録音されたのです。二日間だけのレコーディングでアルバム4枚分を完成させちゃうってスゴくないですか!?この巨人の伝説的偉業をジャズの世界では「マラソンセッション」と呼んでおります。
●実はこの時期の MILES DAVIS はメジャーレーベル COLUMBIA への移籍時期でして、それまで在籍してたインディレーベル PRESTIGE との契約を早いトコロ始末したい段階にありました。ですのでほぼ全ての楽曲が一発録り。とはいえタダのヤッツケ仕事とは言えない。この時期の彼のバンドは「第一期黄金クインテット」と言われたメンバー。MILES の隣にはその才能をこれから開花させようとしてたサックス奏者 JOHN COLTRANE。彼は MILES の弟子みたいに思ってたけど実は同い年なのね。ピアノに RED GARLAND、ベースに PAUL CHAMBERS、ドラムに PHILLY JOE JONES。ココから数々の名演を生む布陣なのです。
●1955年に「バード」こと大先輩 CHARLIE PARKER は死んでしまっており、MILES はそのちょい前から既に独自路線の作風を模索してました。アルバム「BIRTH OF COOL」クールジャズというスタイルを打ち出しビバップとは別の美学を主張。「バード」死後のハードバップ時代といわれたこの時期も、単純にビバップをハードにしましたよーなんて感じにはおさまらない音楽を鳴らしてました。

●…とかなんとかイイながら、そんな予備知識などカンケイなくボクはこの4枚のCDをダラダラまとめ聴きしてます。タワーレコードのおトクボックスセットとしてコレがセットで1500円という廉価で売ってたので、ソイツをパコッと iPod に詰め込んでフラフラ聴いてるだけなのです。4枚まとめて二時間半の音楽。これを聴きながら通勤したり枕元で鳴らしたり資料作りのBGMにしたりしています。
●5人組バンドのフォワードが、トランペットの MILES とサックスの JOHN COLTRANE実はかなりオスマシ顔でキザなマイルスのプレイと、ワリと上下運動の激しい奔放さがとても勇ましいコルトレーンの対比が、とても痛快で気持ちよく聴けてしまう。何度聴いても把握し切れないプレイがいつも新鮮に耳に放り込まれてくる。そう思うとついついすぐに iPod を操作してこの4枚のアルバムを鳴らしてしまうのです。

●あ、もう一枚あったんだ。

MILES DAVIS ALL STARS「WALKIN」

MILES DAVIS ALL STARS「WALKIN'」1954年
●似たようなタイトルなので、同じ「マラソンセッション」の作品と思いきや、それよりチョイ前の録音。バンドのメンツも違います。「オールスターズ」なんて言われてますねえ。個人的にはピアノの HORACE SILVER、トロンボーンの J. J. JOHNSON が注目。コチラはコチラでかなり粋な気分もありますなー。


祖母が突然亡くなってしまいました。

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ツギおばあさん。満85歳。心筋梗塞を起こして一瞬にして逝ってしまった。あまりに突然過ぎて、多分本人も自分が死んだコトに気づかなかったほどだろう。
●たいした持病もなく、元来活発だったツギさんは、その日も地域の日本舞踊の催しに参加して、午前中から昼にかけて踊りを踊っていたのだ。ただちょっと違ったコトと言えば、普段ならお茶を飲みながら仲間と談笑して午後を過ごすトコロを「セナカが痛いのよね」とツブヤキながら早めに上がったというコトだけ。そして直後の家への帰り道、自動車を運転していた時に彼女の心臓は止まった。意識を失ったツギさんの車は脇道からよろよろと大通りに出て、通りかかりの自動車に衝突。バンパーが凹む程度の事故で先方にもけが人はなかったが、この段階で彼女は完全に死んでしまっていたのだ。

栃木県の奥地へ向かうボクとワイフとコドモたち。
ツギさんの暮らす町は、栃木県と茨城県の県境エリア。東北本線から細く枝分かれした小さいローカル線のドン詰まりまで行った場所にある。会社学校を早退した我が一家は、新幹線で宇都宮まで行ってそこから二両編成ワンマン車両に乗換え。15両編成の立派な列車も使用する長いホームに、チンマリたたずむローカル線の使い込まれた佇まいに都会暮らしのコドモたちはビックリ。お客がドアをボタンで開閉する仕組みや、見慣れない整理券発行機、ディーゼルエンジンの聞き慣れない大きな駆動音、いくつもの無人駅、パスモスイカは使えない旨を伝える車内アナウンスにドキドキ。車内にはツギさんよりも年長のお年寄りと中高生(ヤンキー風含む)だけ…モータリゼーションから隔絶されたタイプの人しか利用してないのねこの路線。ツギさんは死ぬ瞬間までモータリゼーションの中にいたんだから立派なもんだ。

夕方に、ツギさんの側で暮らす叔父の家に到着。
●着いた瞬間に出くわしたのが、納棺の儀式。あの映画「おくりびと」のシーンだ。女性納棺師がてきぱきとした手順でフトンに寝かされたツギさんの遺体を拭き清め、白装束に着替えさせる。ツギさんは本当に眠っているだけ、のように一瞬は見えたが、実は検死の段取りの中でカチンコチンのドライアイス漬けになっており、霜が降りたようになっていた。…今回は実に整然とした納棺だった…16年前に亡くなった祖父・シズオの葬儀は「隣組」のオジサン達が仕切る自宅葬だったから、親戚でもないオジサン達があーでもないこーでもないと議論をしながら遺体をくるくる回して棺に押し込めた記憶がある。葬儀屋さんが入ると実にスマートだ。
ツギさんには、なんと7人のきょうだいがおりまして。だって次女という理由で名前が「ツギ」なくらいだから。話では聞いていたがこの姉妹弟全員が揃ったのを見たのはコレが生まれて初めてだった。向こうから見ればボクの記憶などボクの息子ノマドくらいの年齢で止まっているので一からアイサツしまくりだ。コッチも必死で記憶をひねり出す…このオジさんオバさんは隣町で牛乳屋さんをしてるはず…こちらは川口で町工場…こちらは練馬でタクシー運転手…このオバさんは伊豆で美容院をしてるんだっけ?このオジさんは民謡の名手で全国大会で活躍してたなあ…ワイフにしてみれば全員初対面の完全アウェイだがノマドヒヨコが愛想良くアイサツをしてくれるので助かった。
●通夜が終わって座敷でこの親戚一同が大昔の話をする。脳卒中の後遺症で少々言葉がおぼつかないオジサンが戦争の話をボクに聞かせるがイマイチよくわからんなあと思ってたら、なんと「日露戦争」の話だった。ボクのヒイヒイじいさんとヒイヒイヒイじいさんの話らしい。つーか江戸時代の話も混じってる。

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さて、ボクもちょっと昔の話を探ってみようと思う。ツギさんの生きた時代。
●その日、ボクらは亡くなったツギさんの暮らしてた家に泊まった。ツギさんは当たり前だが全く自分が死ぬなどとは考えてなかったので、みそ汁と温かいゴハンの準備がシッカリ整っていたと、ツギさん急死直後に家を訪れた叔父が話していた。いつ死んでもイイように、身の回りはキチンと整えておこうとボクも思ったね。そんな整理整頓が行き届いた家の中で、ドッサリと古いアルバムがワリと手に届きやすい場所に並んでいた。ココに興味深い写真がたくさんあったのだ。

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ツギさん、おそらく17歳の頃。これどう?かわいくないですか?
ツギさんは大正15年(=昭和元年、1926年)生まれ。だから昭和の年数がそのまま年齢にシンクロする。昭和17年=1942年。栃木県の山奥にある故郷の中学校を卒業した後、この時期は都会の工場で事務の仕事に携わっていたようだ。目鼻立ちがハッキリしたこのカオのタイプが、当時の美的価値観に合致してたかどうか?もっと日本風で切れ長の目の方がウケがよかったのか?ただし、ウチの娘ヒヨコの丸顔傾向はこのツギさん由来の遺伝なのでは?と感じたりもした。

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これも同時期、1942年ごろのツギさん17歳頃。
●川崎の工場に務めていたそうで、これは多摩川で撮影された写真。太平洋戦争が始まっていたこの時期には、勤労奉仕で軍需工場に行ってたような写真もある。アルバムに記された手書きのキャプションには進学したという気配がない…そういう時代だったのかな?

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ツギさん(右側)、さらに若いです、当時15歳。1940年。
●中学生時代…しかも卒業の時期の写真のよう。時代は完全にモンペ。同時期の男性は本当に国民服ばかりです。当時は排球部(つまりバレーボール)に所属していたみたい。かなり大型のチョウチンブルマ体操服の集合写真もあった。

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●これは当時の運動会の写真。女子はブルマです。あー時代だねー、と感心したのは万国旗。フツウにナチスドイツの旗が混じってる。まー当時は同盟国だもんね。ツギさんがどこに写っているかは分からない。

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これは、ツギさんの姉、ハツエさんの写真(右から二番目)。
ツギさんから二歳年長の姉ハツエさん…長女がハツエで次女がツギ、コレに続く三女がミツコさんなんですよ、すごいネーミングでしょ。…いやいやソコがポイントではなく、ココにも戦争の気分が写っています。微妙にトロピカルな風景、この写真が撮られた場所は中国の南端方面・海南島ハツエさんは戦時中、通信士としてこの地まで赴いておりました。多分19~20歳ごろか?

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さて、ツギさんの伴侶となった、ボクの祖父・シズオさんの写真だ。
●これがいつ頃撮影されたのかはワカラナイ。シズオさんは関東軍のトラック運転手として満州に出征していた男だ。当時のトラック運転手はそこそこの技術者扱いで、死なれたら誰も車両を動かせなくなるという理由で周囲から大事に守ってもらえたと語っていたという。しかし戦況が悪化する戦争末期に内地へ配置換え、沖縄戦や本土決戦のヤバい現場に送り込まれるその準備の中、終戦を迎えた。宇都宮駐屯地で除隊になった後、彼は故郷の静岡に帰らずにそのまま栃木県に居着いて、民間のトラックドライバーとして働き始める。その頃に知り合ったのがツギさんだったようだ。そして、1995年に亡くなる。下の写真は、ツギさんの家に掲げられていたシズオさん最晩年の写真。

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「オバさんと呼ばれたい 34年2月 精一さん写ス」。
ツギさんのアルバムは、戦中のティーンエイジャー期の写真から、20歳代を完全にすっ飛ばして30歳代にワープしてしまう。終戦直後はこんなに田舎の山奥でも社会が混乱していたのか、シズオさんとの結婚写真すら残っていない。非常に残念。この時代、1948年に長男であるボクの父親、そして1952年と1956年に叔父を二人生む。
●そんで1959年、33歳のツギさんの写真がコレ。本人手書きのキャプションが「オバさんと呼ばれたい 34年2月 精一さん写ス」。それでもボクの今の年齢よりもまだ若いツギさん。髪型と割烹着がサザエさん&フネさんを連想させる。今の時代この年齢で「オバさんと呼ばれたい」はナイでしょ。「40代女子」って言葉があるくらいだし。ちなみに撮影者である精一さんはシズオさんの年離れた弟で当時は大学生?だったはず。彼が登場しないと写真がないということは、彼だけがカメラを持っていたんだと思う。精一さんも既に故人。

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●ボクの父親と二人の叔父。多分11歳、7歳、3歳。ボクの息子ノマドが現在10歳。自分の父親が自分の息子と同世代の写真を見るってのは奇妙な感覚だ。でもソレゾレが今でもこの時の面影を残してソレゾレがジイ様になっている。


実はこれらの写真はみんなとても小さく、そして色も不安定だ。三センチ四方程度の写真もある。
●時間もない滞在だったので、片っ端から携帯電話の接写モードで撮影し、それをPCでトリミングしたり拡大したりしてみた。時間があればもっとちゃんとスキャンしたいし、他にももっと写真が発掘される気配もあった。人が1人亡くなるということは、スゴい量の情報が失われるというコトだ。もうこの写真に写された時代を語ってくれる人はいない。

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ただし、後の世代に少しでもその記憶を繋ぎたい。
●だからボクは、お葬式などの節目にはボクは積極的に自分のコドモたちを引っ張り出す。人の死に触れて、イロイロな親戚に会って、コイツラなりの記憶をちゃんと焼き付けるというか。そうでなけでばナニも伝わらないから。
●そもそもコイツラは完全な21世紀少年少女なので、このツギさんが暮らした家にすらビックリすることが多い。我が家は畳がないので、この畳がそもそも珍しい。畳の目に沿って足を滑らせて華麗なターンやスピンを楽しむ。そんでこのコタツ。ホリゴタツというモノをコイツラ生まれて初めて体験。モグって遊んで怒られたりしてる。ユカイである。