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●なんとなく、エドワード・ホッパーな気分になってくる。



●とにかく、2月アタマのピークに向けて、真夜中まで仕事を続ける日々。


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●Eテレで、「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」サードシーズンが始まった。

「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」サードシーズン

(番組サイトはコチラ:http://www.nhk.or.jp/schola/index.html

●今回は「映画音楽」というテーマから始まったぞ。岩井俊二監督がゲストに入って豪華に見えるけど、毎回一回しかしゃべらない。スゴくもったいない気がする。どっちにしろ全部録画してみるけどね。
●最近 NHK を観る頻度がどんどん上がってる。大河「平清盛」は結局コンプリートしてしまった。この前の「NHKスペシャル」ダイオウイカのドキュメントもスゴかった。もちろん大好きな「glee」NHK

終了時間未定のダラダラ生放送「おやすみ日本」もよかった。連動データ放送に「眠いいね」ボタンが登場して、視聴者から一定数の「眠いいね」が集まらない限り番組が終わらないという仕組み。ボタンを押すと「眠いいね!」って声がなるのだけど、時々、市原悦子さんの声で収録した「眠いいね」が出てくる。心憎い演出!

「おやすみ日本」もよかった。連動データ放送に「眠いいね」ボタン





●ゲーム「JUST DANCE Wii」にコドモたちがハマる。

「JUST DANCE Wii」

●いわゆるダンスゲームです。あのヌンチャクコントローラーを握って、お手本通りのダンスを踊るのです。たくさんのヒット曲が用意されてて、大勢で踊れるのです。AKB48「ヘビーローテーション」から、EXILE「CHOO CHOO TRAIN」、KARA「ミスター」、氣志團「ONE NIGHT CARNIVAL」なんてジェイポップに始まり、BONEY M.「RASPUTIN」、DONNA SUMMER「HOT STUFF」みたいなディスコクラシックまで収録されてます。
●で、コドモたちが一番楽しんでる曲があって。「ケンタッキーのうた!」ナニソレ?当然彼らのリアルタイム楽曲ではありません。意味もわからず「ケンタッキー」の曲と呼んでるだけ。ケンタッキー?ちょっと聴かせて。そしたらこの曲だった。

MC HAMMER「PLEASE HAMMER DONT HURTEM」

MC HAMMER「PLEASE HAMMER DON'T HURT'EM」1990年
●世界で1000万枚をセールスした MC HAMMER の一大ヒット曲「U CAN'T TOUCH THIS」だった!「CAN'T TOUCH THIS」=「ケンタッキー」と空耳したわけだ!ケンタッキーじゃないのよ、この人が歌ってるのよ。ノマドヒヨコ、このジャケみて「えー!なんかイメージちがう!」彼らはマジでカーネルサンダーズのような恰幅のイイおっさんがこのウタを歌ってると考えてたらしい。まさか小柄でメガネの黒人さんだとは。いやいや、この人、だいぶガンバってダンスするよ。YOUTUBE でチェックしてみるか。MC HAMMER の大袈裟なサルエルパンツとカニ歩きみたいなヨコ移動ステップをみてコドモは大ウケ爆笑。
●で、久しぶりにこのアルバムをボクも聴いてみた。このタイミングで聴くとなんか衝撃的。1990年当時は「これが新しい流行の、ヒップホップでございます」と受け止められて、テレビの「ダンス甲子園」とかで全国のティーンがコレで踊ってたはずなんだけど(ボクはリアルタイムで当時高校生だったし、マジで踊ってる友人もいた)、今の感覚だと全然ヒップホップじゃないんだわコレが。コレをヒップホップって呼ぶのは無理!もっと全然別のモノ!長い間の錯覚から目が覚めたような気分!
単純に「ヒップホップの駄作」とコキ下ろしたいのではないのです。仕上がった音楽でいえば、もっと素朴に80年代エレクトロファンクの流れを直球に受け止めてる感じがする。PRINCE「WHEN DOVES CRY」をガッツリサンプルしてる「PRAY」という曲なんて、ラップらしいラップなんてあんまやってない。むしろ乱暴なほどに単純化したシンセベースとシャカシャカしたドラムマシーンのザックリとした使い方が、あまりにワイルドでビビる。「U CAN'T TOUCH THIS」だって RICK JAMES「SUPER FREAK」のザックリサンプル。PRINCE RICK JAMES が代表する80年代エレクトロファンクは、ある意味で70年代ファンクから優雅な贅肉を削ぎ落として(バンドの人員もリストラして)サウンドをシンプルに研ぎすましていく傾向があったとボクは考えてる。MC HAMMER はヒップホップが編み出したのサンプリングという手法を用いてコレをより先鋭化し、強調したいリズム/グルーヴ部分だけ後付けで過剰ブーストしている。この強引さが畸形的にすら聴こえてメチャ刺激的だった。JACKSON 5「DANCING MACHINE」を翻案した彼の「DANCING MACHINE」もメチャワイルド。そんでヒップホップと関係ない。フツウにディスコで作用するエレクトロファンク。
●もちろん、当時流行のニュージャックスウィングとは共振共鳴関係にあったと思う。彼自身が NEW EDITION BOBBY BROWN、JANET JACKSON などの音楽に共感していると言ってるから。でも、ニュージャックスウィングはヒップホップの影響下にあってもヒップホップじゃないもんね。だからボクは、MC HAMMER はラッパーとして貧弱、とか、ヒップホップとして失格、という批判をするのはもうマト外れ、コレは別のブラックミュージックです、と解釈した方がイイと考えます。


●同時代のヒップホップ、そしてゴールデンエイジのヒップホップを聴いてみる。

サウンドトラック「COLORS」

サウンドトラック「COLORS」1988年
●1988年に公開されたデニス・ホッパー監督「カラーズ〜天使の消えた街」のサントラであります。天使の街=ロサンゼルスのゲットーを舞台に、クリップス vs ブラッズのギャング抗争とそんなギャングスタ社会と向き合う若い警官の姿を描いた映画。ボクはほぼリアルタイムでこの映画を見てたんですけど当時中学生だったのでソコではよく理解できず、この映画がロスのタフな現実を正確に描写しようとしてたコトに思い至ったのは成人して以降のコトでした。で、この段階において既にギャング抗争のサウンドトラックをストリート感溢れるヒップホップで彩ろうと考えたのは、かなり耳の早い感覚だったのでは、と思うのであります。
●ただ一点だけ惜しいのは、今やヒップホップ巨大都市であるロサンゼルスを舞台にしているのに、サントラに参加している西海岸アクトはちょっぴりだけで、基本はニューヨーク/東海岸のアクトばかりで構成されてるコトです。でもソレはしょうがない、あの西海岸ギャングスタラップの元祖的存在 N.W.A. がファーストアルバムをリリースするのがこの映画の公開年である1988年ですから。この時期、西海岸ヒップホップはまだ全くの黎明期だったのです。結果、西海岸勢は一曲目に映画の表題曲「COLORS」ICE-T が担当するに留まります。ICE-T はホントにクリップスの一員だったオトコで、そのストリートハスリングな経験を生かしたラップで注目を集めた瞬間に、この映画と巡り会う。その後、ギャングスタラップの中心人物に成り上がるのに、この仕事は大きなチャンスになったようです。
●一方、東海岸アクトで重要な活躍をしているのが、プロデューサー MARLEY MARL。彼は JUICE CREW という集団を率いて当時のニューヨークのヒップホップを牽引していたオトコ。80年代前半からヒップホップの世界に参入、オールドスクール〜ミドルスクールと呼ばれる時代のサウンドスタイルに巨大な影響を及ぼす。少々ホコリっぽいサンプル使いと手堅いループ感覚、そして絶妙なファンクネス。彼のサウンドが結果的にその後の東海岸ヒップホップのスタンダードを形成したといってもいいのでは、とボクは思ってます。そんな彼の傘下から、MC SHAN、ROXANNE SHANTE、KOOL G. RAP & DJ POLO、そして BIG DADDY KANE がアルバムに参戦。まさにこの時代の名手ばかり!他には ERIC B. & RAKIM、SALT'N PEPA なども参加。このヘンも重要なアーティストですわ。

ICE CUBE「AMEIKKKAS MOST WANTED」

ICE CUBE「AMEIKKKA'S MOST WANTED」1990年
ICE-T ならぬ、ICE CUBE の登場です。このオトコ、前述 N.W.A. の中核メンバー。ギャングスタの恐るべき日常を描いて議論を巻き起こしたこの伝説のグループにおいて、リリック面の頭脳を担いました。でも傑作「STRAIGHT OUTTA COMPTON」をリリースした後、金銭問題でグループ脱退。そんでこのファーストソロアルバムをドロップします。
●ここでオモシロいのが、このソロ作で彼が手を組んだ相手が THE BOMB SQUAD というプロデューサーチームだったコト。彼らは、1987年にアルバムデビュー、過激なアンチ人種主義的主張で世間をビビらせた PUBRIC ENEMY のサウンド面を担う部隊でありました。つまり ICE CUBEロサンゼルスを抜け出して一気にニューヨークのトップチームと組むコトとなったのです。映画「カラーズ」と同じように、西海岸と東海岸の交感がココにもありました。
THE BOMB SQUAD 〜 PUBRIC ENEMY の音楽は、ヒップホップの古典扱いとなりながらも実はとても唯一無二のユニークさを備えています。ファンクのサンプルを駆使しながらも、密度が高くかつスピードが速い、実に饒舌なトラック。ブラックミュージックの延長にありながらも、ロックを聴く白人リスナーの心も掴む扇情的なビートでありました。このトラックを乗りこなすには、ラッパーもかなり扇情的でタフな強さを持つ必要があります。PIBRIC ENEMY のフロントマン CHUCK D も、ICE CUBE 自身も確かにこのタイプのタフガイ。結果、スリリングなアルバムが完成するのです。
●この80年代中盤の同時期には、RUN-DMC、LL COOL J、BEASTIE BOYS も登場。ユダヤ系でパンク上がりのオトコ RICK RUBIN がプロデューサーとして彼らの音楽に参画、ロックの要素もふんだんに取り込んだサウンドを打ち出して、PUBRIC ENEMY とともにヒップホップのリスナー層を広げていきます。ディスコファンクを受け継ぐパーティミュージックだった初期ヒップホップ、つまりオールドスクールを第二段階へと進化させたこの時代の音楽を、世間はミドルスクールと呼びます。

K-SOLO「TELL THE WORLD MY NAME」

K-SOLO「TELL THE WORLD MY NAME」1990年
ミドルスクール期の重要ヒーローに EPMD というデュオがいます。トラックメイカー ERIC SEAMON とラッパー PARRISH SMITH の二人組。重量級ファンクを真っ黒に塗り込めたループトラックを組む、実に熱いヤツら。その直弟子筋にいるのがこの男、K-SOLOPARRISH SMITH A.K.A. PMD のクルー HIT SQUAD に所属した一番弟子。EPMD 直系のファンク濃度激高トラック&聴き飽きる事のナイループの上に、高密度高圧力のラップを配置していく達者なライミングに舌を巻く。安易なサビやキャッチーなリフレインを避けて、あくまでストイックにファンクの圧力を高めていく姿勢が、聴く者に対しても逃げを許さない覚悟を要求する。まさしくミドルスクールの傑作、黒い宝珠のような存在。コイツは入手に手こずったし、少々玄人向けかも。
EPMD が分裂した結果、ERIC SERMON のクルー DEF SQUAD に世間の注目が偏り、HIT SQUAD 所属の K-SOLO は冷や飯を食うハメに。このアルバムに続くセカンドをリリースした後、活動は徐々にしりすぼみになってしまいました。DEF SQUAD から登場する後輩ラッパー KEITH MARREY REDMAN に食われてしまった感がある…。

MANTRONIX「IN FULL CIRCLE」

MANTRONIX「IN FULL EFFECT」1988年
●こちらは、むしろオールドスクールの生き残り、はたまた、パラレルワールド的な「もしかしたらあり得たかもしれない」進化の道筋、を思わせる音源。
MANTRORIX は、シリア/ジャマイカ系カナダ人のトラックメーカー KURTIS MANTRONIK を中心としたユニットで、1984年頃にヒップホップの首都ニューヨークで活動を始めてる。MANTRONIK坂本龍一「RIOT IN LAGOS」テクノポップで音楽に目覚めた男で、結果、音楽の中身は打ち込み主体のエレクトロファンクになってる。
テクノポップ由来という事実は、オールドスクール永遠の名曲 AFRIKA BANBAATAA「PLANET ROCK」 KRAFTWERK「TRANS-EUROPE EXPRESS」をサンプルしたという故事に符合する感覚だ。とはいえ「PLANET ROCK」は1982年の楽曲、この路線を1988年まで引っ張ってるのはサスガにやや時代感覚としては微妙だったのかも?なんとなく、この時期にはハウスミュージックやヒップホップといったDJミュージックがまだジャンル未分化だったことを証明している感じもある。89年以降、ある意味でカッチリ定型化するヒップホップのフォーマットからやや逸脱した感覚を残していて、このスタイルがそのまま一つの様式として独自進化したらオモシロかったかもとボクは思った。バンド不在ファンク。でも四ツ打ちが重たい。同時にハウスの軽妙な疾走感を持ち合わせ、質感にテクノポップの硬質さを残す。そんなオルタナティヴな進化の可能性。そんな妄想の音楽を感じさせる。

LUKE FEATURING 2 LIVE CREW「BANNED IN THE USA - THE LUKE LP」

LUKE FEARTURING 2 LIVE CREW「BANNED IN THE U.S.A - THE LUKE LP」1990年
●ヒップホップはニューヨーク発祥の音楽で、そこを起点に全米〜世界中に伝播してローカル色豊かな多様性を生み出した。ニューヨークの次に重要拠点になったのは前述のギャングスタラップで悪名を轟かせたロサンゼルス。だが一方で、マイアミもかなり早い段階でローカル色豊か過ぎるシーンを形成した。世に言う、マイアミベースだ。極端に強調された低域ベース音。ヒップホップ特有のタメを敢えて排除した、滑るように疾駆するドラムマシーン製の薄口リズム。そんで南国の楽天主義を反映してか、ラップの題材はシモネタばっかり。このユニーク過ぎる音楽は、MANTRONIX のようにすぐには淘汰される事なく、現行のベースミュージックの系譜の中で脈々とその遺伝子を存続させてる。
2 LIVE CREWマイアミベースの中心的ユニットで80年代中盤からローカルの人気者として活躍。強烈なシモネタで全国区の支持を集めるが、一方で強烈な反対派にバッシングを受けるハメに。結果、その鬱憤を発散させるために BRUCE STRINGSTEEN「BORN IN THE U.S.A.」のサビを丸パクして「BANNED IN THE U.S.A.」という替えウタを発表、「オレはアメリカで叩かれた!」と叫んだ。それがこのアルバム。自分たちを叩いたフロリダ州知事の名前を出して「ファック・マルティネス!」と叫ぶ曲なんかも収録してる。まあ、大分懲りない人たちということです。
●フロントマンの LUKE は得意のシモネタセンスを生かして、その後アダルト産業に参入。音楽活動とアダルト産業のドッチが本業だかワカラナクなってるほど儲かってるらしい。ご立派。

「HIP HOP FOREVER III COMPILED AND MIXED BY DJ JAZZY JEFF」

VARIOUS ARTISTS「HIP HOP FOREVER III COMPILED AND MIXED BY DJ JAZZY JEFF」2006年
●このミックスCDを仕立てた JAZZY JEFF は、DJ JAZZY JEFF & FRESH PRINCE の名前で80年代後半にヒット曲を飛ばしてた人物。「HE'S THE DJ, I'M THE RAPPER」のフレーズの中で、DJ を担当してました。そんでラッパーの方を担当してた FRESH PRINCE は一気にお茶の間の人気者になり、ハリウッドに進出し、映画をバリバリ当てて、超トップスターに登り詰めました…FRESH PRINCE の本名は皆さんご存知ですよね、WILL SMITH です。
●スター街道まっしぐらの相棒を尻目にこの男がナニをしてたかというと、故郷フィラデルフィアに帰って A TOUCH OF JAZZ というプロダクションチームを結成。90年代後半にフィラデルフィアを中心に盛り上がるニュークラシックソウル/オーガニックソウルのムーブメントの一躍を担うことになります。JILL SCOTT MUSIQ SOULCHILD などのキャリアに関わってるみたい。WILL SMITH とも友達関係は続いている模様。
●80年代〜90年代初頭には、ベタベタのヒット曲を仕掛けていた彼ですが、2006年に編んだこのコンピに選曲した楽曲はシリアスでストイックなミドルスクール〜ニュースクールの傑作ばかり。MARLEY MARL BIZ MARKIE、MASTA ACE INCORPORATED、ERIC B. & RAKIM といったミドル期の逸品から、GANGSTARR、A TRIBE CALLED QUEST、MOBB DEEP、BLACK SHEEP、MAIN SOURCE、BIG L といったニュースクールと呼ばれる後続世代、そしてさらにニュースクールの影響下にある西海岸アクト THE PHERCYDE、地元フィラデルフィアの盟友 SLUM VILLAGE、J DILLA などが優雅に繋がれ、ココに針のように正確なスクラッチが彩りを添えます。まさにこの世界はヒップホップのゴールデンエイジともいえる時期を網羅するもの。タマランです。

MAD KAP「LOOK MA DUKE, NO HANDS」

MAD KAP「LOOK MA DUKE, NO HANDS」1993年
●コレは義弟 KEN5 くんから頂いたモノ。実は由来不明でどんな連中だかよくワカラナイ。アマゾンだとちょいちょい高値で売れてるみたいだよ…KEN5 くん、こんなイイモノもらっちゃっていいのかな?
●音の感触で言うと、ミドルスクールというより、その後継世代ニュースクールに含まれるスタイル。コワモテで硬派な印象が強かったミドルのテンションをぐっと落ち着かせて、文系の虚弱さ加減とジャジーなテイストを折込む「フツウの人」の穏やかなヒップホップがニュースクール。ジャケにも写ってるけど、メンバーの一人がトランペットを吹いてトラックにツヤと彩りを添えている。どこかユーモラスなフロウもチャーミングで楽しい気持ちになれる。

CRAIG MACK「PROJECT FUNK DA WORLD」

CRAIG MACK「PROJECT: FUNK DA WORLD」1994年
●大分時代が下ってきた。1994年モノのこのアルバムは、SEAN PUFFY COMBS A.K.A. PUFF DADDY A.K.A. P. DIDDY が率いる BAD BOY RECORDS からのリリースだ。SEAN PUFFY COMBS の世代はニュースクールの時代もくぐり抜け、ヒップホップを巨大産業に発展させる世代だ。大ヒットを生み出すヒップホップソウルが開発され、東西抗争で流血の悲劇も起こり、そんなゴシップも全てビジネスに組み込んで業界を大きく膨らませた。
●ただ、そんな商売もまだ始まったばかり。ニュースクール風のジャジーなトラックに、ミドルスクール風のラフでゴロツイたラップが踊るこのアルバムは、そんな次世代への一歩手前にある状況。ボクはこの時期を個人的に「微妙スクール」と呼んでます。ラッパー CRAIG MACK はこのファーストアルバムでオールドスクール〜ミドルスクールの英雄たちに献辞を捧げている。BIZ MARKIE、RUN D.M.C.、WHODINI、SLICK RICK、KURTIS BLOW、GRANDMASTER FLASH AND THE FURIOUS FIVE、LL COOL J、KRS-ONE、RUSSEL SIMMONS、ERIC B. & RAKIM、EPMD…。メンタルは完全に古いヒップホップに軸があるのね。一方、トラックメイキングは EASY MO BEE がほとんどの曲を担当。この男は MILES DAVIS 生前最後のアルバム「DOO BOP」のプロデュースを手掛けた人物。がゆえにジャズ基調は確かなモノ。クールな音響に泥臭い CRAIG のラップが乗る違和感は、このアルバムの中毒性の軸になってます。

小田急線地下化工事情報誌「シモチカナビ」最新号(NO.27)をゲット。
「2013年春、在来線を地下化します!」

下北沢再開発、もう少しで地下化。

●2004年の工事開始から10年目、とうとう大きな局面を迎えるコトとなりました。まだ正式な日程は発表されてないけど、コレで下北沢周辺の風景はかなり変貌します。まず目の前の地下化の段階では、仮駅舎が用意され、新しい場所に改札口ができます。まだ複線としての地下化が行われるだけで、複々線にするトンネル工事はその後も継続。一方、地上部分の整備が行われ、仮駅舎ならぬ新駅舎が建ち、実際の街の風景を変えていくのは、今後の展開。

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現在の南口と、新設される仮改札の場所はコチラ。
●右手奥の上に、土手の上を走る井の頭線が見えます。ココも土手から高架に変える工事が進行中。高架下がどのように開発されるかで、街の流れが変わるでしょう。そんでその下の青い看板。ココが現在の南口。で、画面左側にたってる殺風景な白い建物。これが仮駅舎。ここに新しい改札口が出来ます。もちろん仮駅舎であって、新駅舎は全然別のモノが作られます。

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コチラは駅北口。
●左手の階段が現在の北口です。2月の天狗祭りの垂れ幕がかかってる。仮駅舎の北口は、画面右側、撮影している地点からみてその道路の突き当たりに出来ます。ココは、井の頭線の線路の真下にあたります。

●震災直後に就任した保坂展人・世田谷区長は、この下北沢再開発に対して見直しの余地アリというような立場にいるようで、反対派も含めたシンポジウムなどにも顔を見せたりしてますが、結局のトコロ、どういうつもりだかワカラナイし、駅周辺の土地買収がドコまで進んでいるのかよくワカラナイ。地権者との交渉内容は外部に秘密とのコトだが、新設される駅ロータリー周辺や、無意味に思える新設道路の予定地に、ゴソッと空き地が登場したりしてドギマギする。

●北口には、レトロな風情が名物であった駅前市場があったが、ココが実質のシャッター商店街になって久しい。上の北口写真のすぐ左手の様子はこのとおり。

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●北口駅前のピーコックとともに街を明るく照らしていたドラッグストアのミネ薬局がとうとう営業をヤメました。このお店は南口にもうひとつお店を持っているので、ソチラに一本化というコトになったそうです。ソコからもう一つ奥、画面左側にあるミドリの屋根のある場所は、「下北沢巧房」という名前のハコ貸しギャラリーのようなお店でした。ココも閉店。シャッターには土地買収交渉に強い不満があるコトを滲ませた張り紙がしてあります。その文面を引用します。

「この度、私ども合名会社栄屋は、東京都の都市再開発事業によりこの地を立ち退かざるを得なくなりました。代替え地を求めて交渉を続けて参りましたが適地を得られず、残念ながら終業することを決めました。亡き父の代より65年に渡りここで商売させていただきましたが、平成24年12月29日をもちまして閉店いたしますこととなりました。皆々様よりの永年のご愛顧に心より感謝いたします。ありがとうございました。下北沢のより一層の発展を祈りつつ、ご挨拶の言葉とさせていただきます。」


●駅前市場でまだ営業を続けているのは、立ち飲み屋さんが二軒ほどと、あともう一軒のお店くらいだろうか。最終的にココは駅前ロータリーを作るために、完全な更地にされて広場の一部となります。




●最近読んだ本。

高橋靖子「表参道のヤッコさん」

高橋靖子「表参道のヤッコさん」
●著者の高橋靖子さんは、日本で初めてのフリースタイリストとして、60〜70年代から活躍している人。しかしそのキャリアをよく知らないままに、ただその趣味のイイ発言と感性に魅かれて、ボクはこの人の tweet を数年前からフォローしてました。初めて動いてしゃべってるのを見たのは、ビームス設楽洋社長をゲストに迎えたトーク番組で、ビームス一号店が原宿神宮前交差点のすぐそばに出来たエピソードを、同時代の証言者として語ってた時。もう一〜二年前かな。そこからさらにこの人への興味がモクモクと高まり、この本を探すに至りました。
女性がフリーのクリエイターとして社会で活躍していく先頭の世代として、でも肩肘張らず、シナヤカにその女性らしい感性や仕事のスタイルを作っていく様子が気持ちイイ。当時大活躍だった、または新進気鋭だった広告界/写真界/ファッション界のクリエイターたちとの60〜70年代の交流の様子が、生き生きと描かれてるのも気持ちイイ。ボクにとっては名前とチョッピリの作品しか知らなかった人たちの、素顔が新鮮。ここに出てくる人名をいっぱい検索したら大分勉強になった。寺山修司、宇野亜喜良、加藤和彦、伊丹十三、黒田征次郎、山口小夜子といった有名人から、写真家の沢渡朔、林宏樹、十文字美信、立木義浩、加納典明、浅井慎平、小西海彦、操上和美、横須賀功光、増渕達夫、モデルの立木ユリマリ姉妹、人形作家の四谷シモン、「イムジン河」作詞の松山猛、水俣病をルポしたユージン・スミス、川久保玲、菊池武夫、三宅一生、ピンクハウス・金子功、BIGI・荒牧太郎、ピンクドラゴン・山崎眞行、テレビマンユニオン・重延浩、「ビックリハウス」萩原朔実、「anan」アートデザイナー堀内誠一、編集者・椎根和「スネークマンショー」に関わっていた桑原茂一…。ザンドラ・ローズというドキツい人物の存在も初めてしった。

●一番のキモの部分は、70年代のグラムロックイヤーズ、写真家・鋤田正義 T.REX との交流。そして、山本寛斎のロンドンコレクションと、DAVID BOWIE とのコラボレーションだ。
鋤田正義 T.REX の最初のセッション1972年をコーディネートしたのがヤッコさんこと高橋靖子さんだったことは初めて知った。そしこのセッションフォトを題材とした渋谷西武での展覧会、そこに来日した T.REX の2人(MARK BOLAN & MICKEY FINN)の様子。アイドル的人気で迎えられたロックスターに同行。
ヤッコさんは1971年の山本寛斎ロンドンコレクションをプロデュースしてる。この舞台裏の様子も面白い。そして DAVID BOWIE との交流。鋤田正義+ DAVID BOWIE のセッションに、山本寛斎の衣装をスタイリングしたのも、ヤッコさんの発案と機転だった。その後、BOWIE 山本寛斎の衣装で自分のグラム世界を拡大したのは触れるまでもない。DAVID BOWIE「HEROES」1977年のジャケも、鋤田正義撮影/ヤッコさんスタイリングだった。コレ、知らなかった。

鋤田正義と TREX鋤田正義+ DAVID BOWIE

T.REX フォトセッション1972年(2012年「鋤田正義写真展 きれい」@PARCO MUSEUM)
DAVID BOWIE「HEROES」フォトセッション1977年 右上の写真が採用された。
●ロックの歴史に、想像以上に深く関わっていたヤッコさんの仕事。興味深い歴史の証言。




●まーこうなったら、DAVID BOWIE を聴くしかない。

DAVID BOWIE「SPACE ODDITY」

DAVID BOWIE「SPACE ODDITY」1969年
DAVID BOWIE の出世作として有名なこの作品ですが、このアルバムにはグラムロックのキャッチーなギラギラ感って全然ないのですよね。グラムロックというより、60年代風のトラッド/フォークロックのような地に足着いた感が漂う。1969年のキューブリック「2001年宇宙の旅」にインスパイアされた表題曲「SPACE ODDITY」ですら、ホントは奥ゆかしいアコギの弾き語りで始まるもんね。アポロ計画の月面着陸が成功して、BBCがそのドキュメント番組にこの曲を付けたのがヒットの契機になったとな…ホントは宇宙で行方不明になっちゃう飛行士のウタなのにね。とにかく、典型的なグラムロックじゃないのよね。
●そもそもでいうと、このアルバムは本来別の名前で発売されたのだけど、アルバム「ZIGGY STARDUST」の大ヒットを受けて1972年に再発されるんです。その時初めてタイトルも「SPACE ODDITY」になる。この時差が結構激しいギャップになってて興味深い。楽曲「SPACE ODDITY」には結果的に、最初の1969年バージョン、再発時の1972年バージョンの、二つのプロモビデオがあります。前者はモッズのイケメン DAVID BOWIE が60年代風にチープなSF演出をオシャレにこなしてる内容…まん丸メガネが OASIS 時代の LIAM GALLAGHER を一瞬連想させます。しかし、後者となると、暗いスタジオでアコギ演奏する BOWIE のルックスが見事にグラム化しててビビる。マユゲをそり落し、真っ赤に染めた髪を逆立てて、紫のラメラメピチピチシャツを着ている。この数年で大変な変身を遂げてるのです。
●1969年段階では、BOWIEグラムロックの双璧をなす T.REX もまだ電化以前で、線の細いサイケデリックフォークをヘナヘナやってた印象があります。まだ名前が TYRANNOSAURUS REX の頃ね。だから、フォークロックとしてのこのアルバムの価値として、グラムのイロメガネをかけずに見てあげれば、すんなりと気持ちよく聴けるのです。


DAVID BOWIE「ALADDIN SANE」

DAVID BOWIE「ALADDIN SANE」1973年
●さて、時代はちょい離れて、バリバリのグラムロック全盛期です。BOWIE「SPACE ODDITY」に続くアルバム「THE MAN WHO SOLD THE WORLD」「HUNKY DORY」でドキツい女装ジャケを披露し世間に物議を醸します。そんで1972年に「ZIGGY STARDUST」を発表。ロックンロールの宇宙人として天下を獲りました。なんたって宇宙人ですからステージ衣装やメイクは奇抜さに磨きがかかる。鋤田正義/山本寛斎との仕事が始まるのもこの時期であります。
●このアルバムは「ZIGGY STADUST」を引っさげての全米ツアーの最中に制作されたとのこと。ZIGGY が引き連れてるバンド、THE SPIDERS FROM MARS がまんまこのアルバムでもバックを務めております。つまり、MICK RONSON がアレンジやタフなギタープレイで大活躍。一曲目「WATCH THAT MAN」から打ち上げるロックのワイルドさ混沌ぶりは前作を上回るテンション。ザクザクしたブギーチューン「PANIC IN DETROIT」「CRACKED ACTOR」「THE JEAN GENIE」そして THE ROLLING STONES のカバー「LET'S SPEND THE NIGHT TOGETHER」まで飛び出します。「ALADDIN SANE(正気のアラジン)」「A LAD INSANE(狂気の若造)」のダブルミーニング。表題曲ではフリーキーなピアノ&サックスで混乱を表現。
●また、これで見事なアメリカ進出を遂げた BOWIE は、ニューヨークの詩人 LOU REED やデトロイトの奇人 IGGY POP と仲良くつるむようになり、彼らがグラム化するのを大きく助けたりもします。

●ちなみに、「ZIGGY STARDUST」という名盤についてスルーするわけではなくてですね、以前に記事にしちゃったからソチラをもしよろしかったらご参照ください。記事はコチラ→(「DAVID BOWIE に浸る夜。地球があと5年で終わるトコロでジギーが来たってどうにもならないと思います。」


DAVID BOWIE「DIAMOND DOGS」

DAVID BOWIE「DIAMOND DOGS」1974年
●個人的にいうと、この音源は十数年前にアナログで購入しておりました。しかも香港で購入。でもソレ以来スッカリその事実を忘れてて、今日、レコード棚の奥から発掘されました。いやー完全に忘れてたのか、ラップを開封された気配もなかったです。
●さて、この頃の BOWIE は過激なキャラクター ZIGGY STARDUST を演じるのにクタビレてきた時期、オマケに薬物や乱痴気騒ぎアレコレの健康被害もヒドくなってきて、だいぶイタんでた時期であります。ZIGGY 引退公演などもやってます。そこで、気分を変えるためか、THE SPIDERS FROM MARS とは関係ないミュージシャンを集め、久しぶりに TONY VISCONTI をプロデューサーとして召喚、「ZIGGY STARDUST」「ALADDIN SANE」とはチト違う音楽を鳴らします。ザクザクしたブギーギターは後退して、ホーンやストリングスなどが活躍する場面が目立つようになります。従来のグラムブギーはシングル化された「REBEL, REBEL」程度でしょうか。
●本来はジョージ・オーウェルの未来小説「1984年」をまんまナゾルようなコンセプトアルバム&ステージを模索してた BOWIE ですが、それは作家の遺族にピシャリ断られ、アレコレ翻案した上でジャケのような半人半獣の化物(BOWIE の下半身も犬になってるのです)が闊歩する荒廃した世紀末世界が描かれます。「THE YEAR OF THE DIAMOND DOGS "THIS AIN'T ROCK 'N' ROLL - THIS IS GENOCIDE"」。それでも「BIG BROTHER」「1984」といった、小説「1984年」を連想させる曲名はシッカリアルバム後半に含まれてます。この「1984」はナニゲに分厚いストリングスとファンキーなアレンジが仕込まれており、次の BOWIE の展開のキッカケになります。


DAVID BOWIE「YOUNG AMERICAN」

DAVID BOWIE「YOUNG AMERICAN」1975年
「若いアメリカ人」…アメリカで過ごす時間が長くなるにつれ、BOWIEリアルタイムのブラックミュージックに心魅かれるようになりました。次なる彼のコンセプトは「プラスチックソウル」/白人によるソウルファンクというアプローチ。「DIAMOND DOGS」ツアーの途中で完全に「DIAMOND〜」の演出に飽きてしまった BOWIE はツアーを中断。このアルバムの制作に取りかかってしまいます。
当時最高のソウル/ディスコ発信基地であったフィラデルフィアの SIGMA SOUND STUDIO に一流ミュージシャンを集め(SLY & THE FAMILY STONE のドラマー ANDY NEWMARK や、その後フュージョン系で活躍する白人サックス奏者 DAVID SANBORN、キャリアを起こしたばかりの LUTHER VANDROSS などがいたそう)、一気にレコーディング。「DIAMOND DOGS」ツアーを再開した時もステージ演出をガラリと変えてプラスチックソウルに寄せてしまったといいます。
●表題曲「YOUNG AMERICAN」は躍動的なディスコファンクですが、後に続く楽曲はミドルテンポのソウルミュージックで独特の洗練とセクシーさを備えております。このスタイルは、既存の BOWIE 自身のボーカルスタイルまで変貌させた感じがあります…ハリのあるコーラスに本線を任せて自分は敢えてささやくように歌うというか…。この路線は批評家には総スカンでしたが結果的にセールスとして大成功、白人アーティストとして初めてテレビ番組「SOUL TRAIN」に招かれるなんてコトにもなるのです。
●もう一つのトピックスは JOHN LENNON とのコラボレーション。この頃の JOHN ONO YOKO と別居して MAY PANG という別のオリエンタル女性とフラフラしてた時期(「失われた週末」と呼ばれてますね)。意気投合した二人の関係は THE BEATLES「ACROSS THE UNIVERSE」のカバーと、共作曲「FAME」に結実します。意外なほどの熱唱シャウト解釈の「ACROSS THE UNIVERSE」 JOHN BOWIE がバトルしてるみたいに聴こえる。「FAME」は無限回転するかの粘着質なファンクグルーヴが特徴。ベストアルバム「CHANGESBOWIE」にはこの曲の1990年リミックスが収録されてるけど、やっぱりファンク。


DAVID BOWIE「STATION TO STATION」

DAVID BOWIE「STATION TO STATION」1976年
プラスチックソウル路線がひとまず成功して、続くカタチで繰り出されたアルバム。この頃の BOWIE はコカイン中毒のダメ人間になってたそうで。そんなコンディションを反映してか、ガリガリに痩せた自分の姿をキャラ化。「THIN WHITE DUKE(蒼白く痩せた公爵)」の登場だ。ケバケバしい衣装は捨てて、ブロンドのオールバック、モノトーンのスーツ、ジタンをくゆらせてダンディを振る舞う。ロックスターの爛れた生活とヨーロッパの退廃を折り重ねたようなイメージを打ち出す。どこまで本気かワカラナイが「親ナチ」発言で物議を醸したのもこの頃。「ヒトラーは最初のロックスターの一人だ…」とか。ロンドン駅に群がったファンの前でジークハイルのポーズをしたとかしないとか。
●アメリカのブラックミュージックまで深く潜った後で、今一度ヨーロッパ人としてのアイデンティティを模索する(そんでヤク中毒を抜く)ために、このアルバムの後 BOWIE は東西分裂下の西ベルリンに移住。そんで BRIAN ENO と組んで「ベルリン3部作」なる作品群に着手するのです。だから、このアルバムは、プラスチックソウル路線とベルリン路線の間の過渡的存在になってるわけです。
●結果、ブラックミュージック/ソウルファンクのエッセンスとロックの有機的なミクスチャーがココでは展開していて、グラムロック期とは別次元の、でも BOWIE 独特の洗練された美学が貫かれた音楽が鳴っている。とくにアルバム終盤の「STAY」のスリリングなドライブ感覚は秀逸。シングル曲「GOLDEN YEARS」プラスチックソウル路線だがクールさに磨きがかかってる。


DAVID BOWIE「TONIGHT」

DAVID BOWIE「TONIGHT」1984年
BOWIE のキャリアの中でも注目すべき「ベルリン3部作」からその後の1983年「LET'S DANCE」大ヒットを敢えてぶっ飛ばして、この地味なアルバムを取り上げます。下北沢でLPを300円でゲットしました。イギリスの現代美術デュオ GILBERT & GEORGE の作風そっくりなジャケがクール。
●このアルバムでは、なぜか、過去に IGGY POP と共作した楽曲とかを敢えてたくさんリメイクしてるんです。IGGY POP とミッチリつるんでた時期とは大分隔たっているのに、関連曲がアルバムの半分以上の5曲も。理由はよくワカンナイ。パンクの疾走感はなくなって、レゲエやカリブ系アレンジ、80年代風ディスコファンク的外装を施して、80年代という時代にフィットさせている。その他、THE BEACH BOYS「GOD ONLY KNOWS」のカバーとか。そんな理由で、「LET'S DANCE」のデガラシ、なんて感じの低い評判が一般的。
●とはいえ、この時期のヒットシングル「BLUE JEANS」が収録されてる。手法としては「LET'S DANCE」の延長線ですけど。アルバムの一曲目「LOVING THE ALIEN」はセンチメンタルな歌唱が愛おしい。表題曲「TONIGHT」 IGGY POP のレゲエ・リメイクだけど TINA TURNER とのデュエットが聴きドコロか。
●ちなみに、大島渚監督「戦場のメリークリスマス」はこの頃1983年、公開でありました。80年代に入ると BOWIE は役者としての活動も活発になっていきます。


TIN MACHINE「TIN MACHINE」

TIN MACHINE「TIN MACHINE」1989年
●さて、80年代後半に、BOWIE は突然ロックバンドを結成。ブラックスーツに身を包んだ四人組。それが当時の感覚においてもややアナクロがかったストレートなハードロックをかき鳴らす。CREAM とか JEFF BECK GROUP みたいなハードロック。なんのツモリか正直よくワカラナイ。なんでこのタイミングでこんなロックを?
●とはいえ、ブリティッシュハードロックの古典みたいな音楽を、BOWIE は実はやったコトがない。フォークロック上がりで、すぐにグラム化し、その後ソウルジャーマンロックに接近して、80年代ディスコファンクを経てきた。翻って、こんな直球のロックをブチカマした事がない。ソレを穴埋めしておきたかったのか。
●いやいや、そんなコトじゃない、BOWIE はただの一ミュージシャンになるコトに挑戦したのだ。キャリア全体を通して、彼は極端なキャラクター像を作ってきた。作品を生み出すに留まらず、作品を担うキャラ人格そのものを絶えず造形して、そこに自らのライフスタイル全てを染め上げてきた。ロックンロールに殉死する宇宙人、半人半獣の未来人、ヤク中の青白いダンディ、西ベルリンを徘徊する異邦人…。時にはドラッグに身を浸してまでしてキャラを全うする。80年代に入れば映画出演で様々な人格を演じる。しかし、80年代の成功の末、超ドメジャースターになってしまうと、そんなキャリア造形に限界を感じていたに違いない。結果、彼は等身大の一バンドマンになるコトを選んだ。コレがこのバンドのコンセプト。等身大であることが新たなキャラ造形。加えて、1990年「SOUND + VISION」ツアーをもって、過去の自分の楽曲を全て封印すると宣言するに至る。
●しかし、このバンドはもう一枚アルバムを発表した上で、1992年には実質的に解散。比較的短命のプロジェクトに終わる。
●ちなみに、このジャケット写真も、鋤田正義撮影。


DAVID BOWIE「BLACK TIE WHITE NOISE」

DAVID BOWIE「BLACK TIE WHITE NOISE」1993年
●バンド活動を挟んで、6年ぶりになるソロアルバム。組んだプロデューサーは1983年「LET'S DANCE」で共闘した NILE RODGERS。ファンクバンド CHIC のリーダーだ。彼の助力を得て90年代風のジャズファンク〜ヒップホップ的グルーヴを取り込み音楽をモダンにアップデートする。TIN MACHINE のアナクロなハードロックから大きな路線変更だ。楽曲のリミックスなども積極的に作られた。ボーナストラックには MEAT BEAT MANIFESTO のリミックスが収録されてる。
●一方で、もうヘンテコなキャラ造形はしないという決意も見られる。シングル曲「THEY SAY JUMP」は、統合失調症で幻聴に苦しめられる男の歌…「ヤツらが飛べと言ってる」。70年代の BOWIE は喜んでムチャなダイヴに挑戦しただろうが、90年代の彼はもうそんなコトはしない、自分の造形したキャラに引きずられて破滅的な行為に身を浸したりはしない。地に足付けた生活者としての責任を引き受け、そのままの自分を表現していく。これが90年代以降の BOWIE の姿勢となる。この直前にソマリア人女性と結婚した彼は、「THE WEDDING SONG」という曲でそんな自分の境遇を率直に表現している。こんなコトは以前の彼からみると珍しい事だ。
●注目すべき参加ミュージシャンは、トランぺッターの LESTER BOWIE。名字が一緒という縁?彼は ART ENSAMBLE OF CHICAGO LESTER BOWIE'S BRASS FANTASY といったアバンギャルドジャズバンドを率いる人物だ。このアルバムでは、サックスを演奏する BOWIE と歩調を合わせて、スマートなジャズの香りを投入してくれている。リアルタイムでこのアルバムを聴いたボクは、ココから ART ENSAMBLE OF CHICAGO などの世界に入っていった。当時流行のニュージャックスウィングで人気シンガーとなった AL B. SURE! も1曲で BOWIE とデュエット。古き盟友 MICK RONSON も1曲で参加…しかし彼はこの収録直後に肝臓ガンで死去。


DAVID BOWIE「EARTHLING」

DAVID BOWIE「EARTHLING」1997年
●個人的にはぶっちゃけ DAVID BOWIE には大分関心が薄れていた頃にリリースされたアルバム。ところがビックリ!BOWIE当時最新型のダンスミュージック、ドラムンベースに挑戦したのだ。リードシングル「LITTLE WONDER」はメロディラインこそは明確なウタモノだがアレンジは完全なドラムンベース。実際に当時のダンスアクト THE PRODIGY UNDERWORLD を意識して制作されたという。制作方式もアップデートしてデジタルレコーディングを採用。時代に寄添う覚悟はやはり超一流。他の楽曲でもインダストリアル系の攻撃的なダンスビートを搭載。この仕事の片腕となったのは TIN MACHINE の同僚だった REEVES GABRELS。あのバンドの縁も無駄にはならなかった。
「LITTLE WONDER」はプロモビデオも衝撃的だった。SIGUR ROS から CHRISTINA AGUILERA までを手掛ける FLORIA SIGISMONDI というイタリア系の女性クリエーターが、グラム時代の BOWIE の亡霊を蘇らせている。今の BOWIE も楽しんで不気味な動きを披露している。ちなみに、ジャケでもプロモでも登場するこのド派手なユニオンジャックのコートは、ALEXANDER MCQUEEN とのコラボ。かつての山本寛斎とのコラボを連想させる。
「I'M AFRAID OF AMERICANS」では、BRIAN ENO、NINE INCH NAILS TRENT RAZNOR、ドラムンベース・アーティストの PHOTEK が参加。ダークなインダストリアルロックが神経質に響く。


DAVID BOWIE の00年代以前までのキャリアをダダッと俯瞰してみました。ホントはそんなに大好きなアーティストじゃないんだけどな。T.REX の方がスキなんだけどな。でも気になるな。



●関連動画のコーナー。

●「SPACE ODDITY」1969年バージョンと1972年バージョンを見比べてみる。




●「YOUNG AMERICANS」1974年のテレビショー出演。



●「GOLDEN YEARS」SOUL TRAIN 出演の様子。黒の中の白。奇妙な存在感。



●「BLUE JEANS」パントマイムを学んでいた BOWIE の身のこなしに敬服。色気が迸る。



●「LITTLE WONDER」ドラムンベースのサウンドと、モンスター BOWIE が見どころ。



●最近は、カイシャの外での打合せが多くて。
●一度カイシャを出ちゃうと、もうオックウでカイシャに戻れない。
●夜7時まわって、カイシャに戻るのってオックウですよね。

●だから、パソコン一式、背中のバックパックに全部持って。
●コーヒー一杯で粘れるお店を探して。
●ワイファイとか通ってたらとってもうれしくて。
●そんな場所で、一人シコシコとノマドワーキング。
●各所にメール送って、書類作って、電話して、リサーチあれこれして。
●そんで気付けば10時とか11時になってるから家に帰る。

●年明け早々、そんな毎日。


「SPUR」2月号

でも、本屋さんで見つけた「SPUR」2月号に、テンション激アガリ!
●コレが別冊ふろくでついてるから!

徐倫、GUCCIで飛ぶ

「徐倫、GUCCIで飛ぶ Jolyne, Fry High with GUCCI」
●是非、読んで!これはキタわ。疲れが吹っ飛んだ。
眩しかった。目が覚めるようなエナジーを感じた。
●敢えて内容に触れない。ただ、荒木飛呂彦がもっと好きになれた。


●オマケに「SPUR」の別の記事、占いで乙女座の運勢がワリとよかったので、
●なんだが、機嫌がよくなった。


●余談。

小さい「OGGI」のトナリは小さい「DOMANI」

●女性誌って、分厚くてかさばるってイメージだったけど、バッグに入るサイズ、と銘打って一回り小さな判型を、もうイッコ別に出してる場面があるのね。コレは「OGGI」って雑誌だけど、小さいサイズ判型版にわざわざ「フツウの OGGI と内容は変わりません」って書いてある。小さい「OGGI」のトナリは小さい「DOMANI」
メディアの大きさを疑うって、大事な視点かも。iPad Mini は小さ過ぎるぜ!と思ってたけど、買った人は気持ちよく使ってるもんね評判いいもんね。



●そんで、最近、元気をもらってる音楽。

THE VACCINES「WHAT DID YOU EXPECT FROM THE VACCINES ?」

THE VACCINES「WHAT DID YOU EXPECT FROM THE VACCINES ?」2011年
なんかチョイ前に、期待の新星、っぽい扱いで話題になってたよね?00年代初頭に THE STROKES が出てきた感じにシンクロする、2010年代のブライテストホープ、みたいな。あんまり詳しくないんだけど。で2013年になった今、改めて聴いてる。タイミングが全然あってないよボク。
●そんな世間の評価はよくワカンナイけど、なんていいますか、その、とってもイキオイマカセな、場当たり的な、やりっ放しなスキの甘さが、爽快に聴こえてるんです。ワリとザックリしちゃったギターの大味なストロークの輪郭線を深いリバーブが霧散消失させて、ボーカルも勢いでエコー深め設定でふわーっとしちゃってて、ビートはスパスパ元気がよくて、快活なメロディも能天気に前向きで。
●こんなクタクタなボクだけど、満員電車に乗って揺られてるだけなんだけど、ウワーッとデカイ声出してドコカに走っていきたくなるような、原初のロック衝動を思い出させてくれる。弾ける青春!そんな気分。ぶっちゃけ深いアイディアとかなさそうなので、今後キャリアが伸びるのか甚だ不明な感じもするけどね。ARCTIC MONKEYS 出現時の圧倒的なワザアリ感みたいなモンは、このファーストアルバムじゃまだ察知できないワカンナイ。


THE VACCINES の手前にもう一枚、弾ける青春!なバンドサウンド。

映画「けいおん!」劇中歌アルバム放課後ティータイム in MOVIE

放課後ティータイム「映画「けいおん!」劇中歌アルバム 放課後ティータイム in MOVIE」2012年
オマエ、結局「けいおん!」にハマってるのかよ?!というツッコミが聞こえてきます。こんなアニメにオヤジがハマりやがって。まー気になりました。音楽、もっと聴きたくなりました。クールなベーシスト秋山澪ちゃんがボーカルをとる曲ではなくて、物語の中心人物・平沢唯ちゃんがちゃんとボーカルを占めてる曲が聴きたくて。アニメ見てないからよくワカランけど、既に物語の中で彼女たちのアンセムになってる曲が、映画の中でも重要なレパートリーとして演奏されてて(しかも、ロンドンの野外フリーライブでいきなりプレイするハメになるのだ)、それが実にイイ感じに思えて。
●天然キャラの平沢唯ちゃんは、個性の強いキャラ設定を維持してフツウの曲を歌うのが難しいのか、「ごはんはおかず」「カレーのちライス」みたいな珍リリックの曲ばっか担当してる。でも密度の濃いガレージ感がナニゲに楽曲に宿ってて、フワフワした彼女のボーカルをロックの重力磁場の元にキチンと固定化してる。結果バンドサウンドが引き締まってる。ナニゲに THE VACCINES 以上に引き締まってる。ま、演奏はリアル女子高生じゃなくて辣腕スタジオミュージシャンでしょうから当然なのかも知れないけど。
●リリックは秋山澪ちゃん平沢唯ちゃんといったフロントマンが担当してるけど、楽曲のライティングはキーボードの琴吹紬ちゃんが担当してるという設定。このキーボードが異常に饒舌なプレイをしててこのバンドの個性になってる。これだけ激しく弾きまくるとモッズオルガンみたいなファンキーさが備わりそうだけど、そうならずにナニゲに DEEP PURPLEJOHN LORD みたいに聴こえてきて、ハードロックキーボードなのかよ!とツッコミたくなる。チョーおとなしげなキャラなのに。
●ボーナスディスクに、顧問の山中さわ子先生が学生時代に作ってた DEATH DEVIL というバンドのスラッシュメタル演奏も収録。ヘッドバンギング!
●これ聴いて、青春パワーを耳に浴びせたくて、なぜか THE VACCINES に行っちゃったのです。

放課後ティータイム「NO,THANK YOU」
放課後ティータイム「NO,THANK YOU」2010年
オマエ、マジで「けいおん!」にハマり込んでるのかよ?!というツッコミが聞こえてきます。このシングルの表題曲は、ボクが今までに気に入ってきた「けいおん!」楽曲「DON'T SAY "LAZY"」「SINGING」の二曲と作詞作曲アレンジチームが同じなんです。作詞 - 大森祥子 / 作曲 - 前澤寛之 / 編曲 - 小森茂生。だから聴いてみた…そんな聴き方しとるのかよ、とツッコマれてもしょうがないな。ハードなリフロックスタイル、JOHN LORD 風キーボード、秋山澪ちゃんのパワーボーカル。ちと80年代風?コレはボチボチかなあ。
●余談だけど、この放課後ティータイムのメンバーは、姓が 80年代テクノポップ P-MODEL のメンバーと同じなんですよね。平沢唯って平沢進さんに由来してるってこと。
●さらに余談。JOHN LORD って去年に死んじゃったんだね。検索して今知った。

●お正月休みの中で、気になったモノ。

「紅白歌合戦」は、ももいろクローバーZだけ、チェックしちゃった。
●念願の紅白出場だしね。活動の一番最初から彼女たちは紅白を目指してきたからね。さぞ感慨深げだろうと思うのです。既に放送直後から話題になってるけど、彼女たちは代表曲「行くぜっ!怪盗少女」を既に脱退している第6のメンバー早見あかりを含んだ歌詞で歌った。あの瞬間はボク自身もちょっと震えました。早見あかりの脱退を期に、ユニット名もももいろクローバーからももいろクローバーZに改訂したのだし、このメンバー変更はキャリアの中においても重要な局面だった。彼女たち、まだ若いけど、酷な場面をイロイロ乗り越えてココに来てるんだよね。

ももクロ紅白

(歌詞にご注目。レニ、カナコ、アカリ、シオリ、アヤカ、モモカ)

Perfume紅白

●その後に出てきたのが PERFUMEももクロは胸の中央に大きなランプを仕込んだ衣装を来てジオン軍モビルスーツのモノアイと同じくらいの存在感でソレを輝かせてたが、PERFUMEドレス全体の中に曲とシンクロして光る LED を仕込んでパフォーマンスしてた。ステージのCG演出も自分たちのライブで駆使するフォノグラム的なノウハウをそのまま投入。こんな最先端のテクノロジーをサラリ当然のようにこなされたら、一年の最後に渾身の一撃を食らわせる巨艦大砲主義の小林幸子は出場しなくてよかったのかも、と素朴に考えてしまった。

●まー、我が家の基本の軸足は、「ガキの使い」なんですけどね。


TBS「リアル脱出ゲームTV」

リアル脱出ゲームTV

SCRAP が主催する「リアル脱出ゲーム」がとうとう地上波テレビに進出!「リアル脱出ゲーム」には数回挑戦してきたけど、スムーズに勝てたコトがない。ココでも苦戦を強いられてしまった…。
●ドラマを通じて描かれる謎のオトコ(バカリズム)からの謎解きクイズを、60分間のOA時間で解き明かす!正解が分かったらホームページに答えを入力。出題される二問を見事解き明かせば、番組の最後にエンドロール風に名前が紹介される仕組み。コレをボクは録画でチェックしちゃったもんだから大失敗。ナゾをキチンと解くには生放送でチェックする事が条件だった…仕掛けの上で、最後まで解き明かせなかった…残念。

最初のナゾ

●ちなみにコレが最初のナゾ。東京の中のとある場所を指し示している。コレが解けますか?左側の暗号、一番下は「i ナニ」って書いてあります。こんな問題。
●番組ホームページはコチラ http://www.tbs.co.jp/realdgameTV/


フリーペーパー「THE PANTRY TIMES」ってモノを見つけた。

フリーペーパー「THE PANTRY TIMES」

●発行は、郷土菓子研究社、というトコロ。パリから自転車旅行でヨーロッパを東進し、各地の超ローカルなスイートをレポートしてる様子が書かれている。ボクが読んだのは第3号から第6号。すでにスイートを巡る冒険旅行は、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、ルーマニア、ウクライナを経て、黒海を渡りグルジアまで到達。最終的には中国・上海を目指してるらしい。お菓子一つにココまで情熱をかけて世界(危険地帯含む)を自転車で駆け回ってるド根性が、スイート好きでもなんでもないボクでも素朴に感動させる。果たしてコレは現場で出会って美味しいと思えるのだろうか?甘すぎて死ぬんではなかろうか?と思えるような、ワイルドな郷土菓子が数々登場してきて、人との出会いも含めて感動しまくってる著者に、ボクはホントにリスペクト。ホームページには現地で出会った人々の綺麗なカラー写真も掲載。イイ感じ。
●ホームページはコチラ http://www.kyodogashi-kenkyusha.com/


●円安モードで88円台までいっちゃった。海外のアマゾンで買い物する時期は終わったなあ。

●正月なので、コドモと一緒にアニメばっか見てた。

「機動戦士ガンダムUC」5

●特に「エウレカセブンAO」「機動戦士ガンダムUC」「黒いユニコーン」登場。
●アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」のエンドテーマ、YES「ROUNDABOUT」なんだよね。めっちゃカッコいいんだけど。

息子ノマドはこのままだとアニメオタクになるな。YOUTUBE で「エヴァ」関係検索して、サントラ聴いてるもん。「残酷な天使のテーゼ」の英語版とか見つけて喜んでる。さらには高橋洋子「魂のルフラン」とか口ずさんでる。「旧劇場版」の主題歌だよ渋過ぎるよ。
●先月でノマドはエヴァのプラモ2体作った。これで我が家には、零号機/初号機/弐号機/MARK 6 のプラモが揃った。ノマドはホントは仮設五号機が欲しいんだけど、アレはプラモ化されてないんだな。
●そんで今日ノマドがえらそうなコトを語った。「エヴァよりガンダムの方が、プラモデルとしてはシッカリ作ってあるよな!」ホンの2〜3年前に、手取り足取りニッパの使い方とか教えて上げてたのに、いつのまにか一人でプラモデル作れるようになったのね。大きくなったよホントに。
「エヴァ」のサントラ、探してあげようかなと思ったけど、「Q」公開直後とあって未だ値崩れしてないのか基本的にまだ高い。さしあたり、ディスクユニオンの隅っこにコレを270円で発見したので買ってあげた。

「エヴァンゲリオンDEATH」オリジナル・サウンドトラック

鷺巣詩郎「エヴァンゲリオン:DEATH オリジナル・サウンドトラック」1997年


映画 けいおん!

「映画 けいおん!」2011年
●クリスマスのあたりで深夜にテレビ放送されてたのを録画しておいた。アニメ「けいおん!」は100%スルーしてしまってたので、ちゃんと動いている彼女たちを見たのは初めてだな。かきふらい原作のマンガも最後までは読んでない(2巻までは読みました)。むしろなんでこんなに評価されるんだろうと思って見てみる。
これって「空気系」っていうんでしょ?あまりわかってないけど…ナニも起こらない女の子たちの日常を愛でる姿勢で見ればいいんでしょ?でも終わりなき日常にも終わりがやってきて、主人公たちは高校を卒業しちゃうのですよ。ロンドンへ卒業旅行。一人残すことになる後輩の女の子に音楽のプレゼント。まーテンポの遅い展開にジリジリするけど、これが彼女たちの空気感。もしかしたら何らかに対してのリアリズム?確かにボク自身の高校生活だって、ノンビリしてて、部室でダラダラしてて、無邪気に音楽聴いてた。バンドの友達がいて、PAとかレコーディングを手伝ってた。そんな空気をちょっぴり思い出した。そういえばついこの前 FACEBOOK で高校時代の後輩の女の子と繋がれたな…彼女の顔を思い出した。監督が女性なんだ…山田尚子さん。なんだか女性が描いてくれてて安心した。ロンドンに行きたくなった、カムデンストリートとか。
「けいおん!」はボクにとっては音楽で繋がってる。他の「空気系」にはパッと飛びつけないのが、ボクの限界か。ディスクユニオンに行って、スグにサントラを探したよ。450円でエンディングテーマのシングルを見つけた。

放課後ティータイム「SINGING !」

放課後ティータイム「SINGING !」2011年
「けいおん!」の中でもロック色の強いナンバーだそう。確かに映画本編を見てそう思ったから手に取ったのです。レフティのベーシスト秋山澪ちゃんがボーカルをとっております。彼女がメインを務めるシングル「DON'T SAY LAZY」もボクのフェイバリットなのですが、奇しくも作詞作曲プロデュース陣がこの曲と一緒とな。このヘンを辿って「けいおん!」の音楽世界に入っていけばイイのかな?(入る必要があるのか?)



●コドモとは一緒に見られない映画は夜中に一人で見る。北野武監督「アウトレイジ」。なんだか笑えた。悪い冗談が一気通貫。スカッとする。コドモに遠慮するほどのモンでもなかったかな。血の量がやや多かったけど。

「アウトレイジ」




●昨日もややサイケっぽいポップスを聴いてたのだけど。
今日はより前のめりにサイケデリックポップ。

THE OLIVIA TREMOR CONTROL「MUSIC FROM THE UNREALISED FILM SCRIPT DUSK AT CUBIST CASTLE」

THE OLIVIA TREMOR CONTROL「MUSIC FROM THE UNREALISED FILM SCRIPT; DUSK AT CUBIST CASTLE」1996年
アメリカ・ジョージア州にアセンズという街がありまして。ジョージア大学を中心とした学生街で、80年代には R.E.M. B-52'S を輩出してる場所。そんな街で90年代中頃に、ELEPHANT 6 というアーティスト集団が出現。いくつかのバンドを生み出し、そのムーブメントの初期には ELEPHANT 6 という名前でレーベル活動も行う。オルタナティヴロックのシーンが成熟する中で、英米の60年代サイケデリックポップの収穫を再興させるかのような独特の音楽を発信するのです。同時代に奇妙な魅力を放ったヘタウマ美学ロウファイのシーンや、シカゴから世界に影響を与えるに至るシカゴ音響派〜ポストロックのシーンとも共振しながら(と少なくともボクは受け取っておりまして)、実に個性的な音楽を作ったのです。主だったバンドとして名前を上げると、THE ADVENTURE IN STEREO、ELF POWER、OF MONTREAL、NEUTRAL MILK HOTEL。……あ、あまり知られてない気がする…実際マイナーな存在だったような…急速にこの記事書くことが不安になる。でもね、THE ADVENTURE IN STEREO は、渋谷系文脈の中でほぼリアルタイムに東京に情報と音源が伝播してて、小山田圭吾が自分のレーベル TRATTORIA で紹介してましたよ。後のバンドも意外なほど日本盤も発売されてた(ハズ)。とはいえ下手すると完全に忘れられてしまうような気がするこのムーブメントに、ボクは一抹の親しみがありまして、それをまとめてゆっくり聴きたいのです。
THE OLIVIA TREMOR CONTROL はそのシーンの中核を担うバンドの1つ。ココのバンドのメンバーが最初に ELEPHANT 6 というチームを立ち上げるのですから。そしてコレが彼らのファーストアルバム。タイトルからわかるように、ある架空の映画サントラを想定して作られてる。3年ほどの時間をかけて録り貯めた音源で構成されているらしい。決してイイ環境で収録されてはいない手触り感/手作り感が、地に足着いた奇妙な安定感を備えてて、そんな土台の上で THE BEACH BOYSTHE BEATLES60年代の先達たちが繰り広げた音響実験と、ポップネスへの求道心が花開いてる。カワイらしいメロディと甘味料タップリのアレンジ、現実から軽く遊離するような歌詞。
●一方で、アルバム中盤、12曲目から21曲目までが全部「GREEN TYPEWRITERS」という名前の楽曲。基本1〜2分、最長10分弱、まるで THE BEATLES「REVOLUTION NO.9」のような、テープコンクレート作品が羅列される場面がある。歌詞らしい歌詞もなく、メロディらしいメロディもなく、映画サントラというか効果音というかノイズの列挙というか、アブストラクトな構造で世界観を問う挑戦を仕掛ける。
●このバンドは、その後1999年までに全部で4枚のアルバムをリリースするが2000年に一旦解散。ELEPHANT 6 としてのグループ活動もカタチとしてはなくなっていく。主だったバンドが別個のレーベルと契約を結びそれぞれの道を歩んでいったからだ。しかしメンバー間の友情関係はなくなるコトはなく、そのレーベルロゴはシンボル的な意味でチョコチョコ使われていくことになる。

OF MONTREAL「THE BEDSIDE DRAMA A PETITE TRAGEDY」

OF MONTREAL「THE BEDSIDE DRAMA; A PETITE TRAGEDY」1998年
ELEPHANT 6 を構成するアーティスト群の一角を占め、今だに活動をコンスタントに続けてるバンド。そんな彼らのセカンドアルバム。これまたかなりレイドバックしたサイケデリックフォークを展開。フォークギターとコーラスワーク、そして素朴な録音の質が、もはやイツの時代だかワカラナくさせてる。THE MONKEES THE ZOMBIES と並べて聴かせられたらその時代の音楽だと完全に錯覚する。ヴォードヴィルのような奇妙な陽気さもずっとキープし続ける…決して陽気な曲だけじゃないのに。曲の長さもほとんどが2分前後。ある意味で潔い。
●このバンド名の由来は、バンドの中心人物 KEVIN BARNESカナダのモントリオールで女の子にフラレた、という思い出にあるそう。つまり WOMAN OF MONTREAL ということ。で、このアルバムで描かれる、ある恋人が別れるまでの物語は、結局 KEVIN 自身のこの失恋を元にしているらしい。実際、KEVINモントリオールをもう一度訪ねてこの女の子に再アタック&見事玉砕したそうな。そんで、最後のボーナストラックで「MONTREAL MAKE ME SAD AGAIN - DISCOVERING IT WAS A MISTAKE TO RETURN MONTREAL」という曲が入っている。しょーもない。

OF MONTREAL「COQUELICOT ASLEEP IN THE POPPIES A VARIETY OF WHIMSICAL VERSE」

OF MONTREAL「COQUELICOT ASLEEP IN THE POPPIES; A VARIETY OF WHIMSICAL VERSE」2001年
●なんで、ELEPHANT 6 関係のアルバムタイトルはミンナこんなに長いんだ?ふう。
●さて、このバンド、初期段階では KEVIN BARNES というオトコを中心としたトリオ構成でありました。そんで他の二人はやはり ELEPHANT 6 の代表的バンド ELF POWER と兼任していたのでした。この兼任がキツいとあって、一人が脱退。そこでメンバーの大きな改造があって女子一名含む5人組バンドになりました。結果、一気にサウンドがガチャガチャとバンドっぽくなり、手作り感手触り感たっぷりのサイケデリックフォークはよりカオティックでカシマシイ内容になるのでした。サトウキビで作ったクラリネットを何回か使ってみたって書いてあるし。
●内容といえば、これまたシッカリとした物語が想定されてまして。THE OLIVIA TREMOR CONTROL が映画サントラをイメージしてたのに対して、コッチはミュージカルを実演する寸前というか、さらには紙芝居を演じるつもりというか。この頃から一気にサイケ色が強くなるアートワークは、KEVIN の実弟 DAVID BARNES が全部担当しており、物語に対応するサイケ絵がタップリ内ジャケに展開しております。で、描かれる物語は、エフェブラムという妖精のような生き物である、ココリコちゃんとクラウドくん、発明家のレシチンさんとかが登場して、えー、あのー、さっぱりワカラナイです。ボクの持ってるCDは日本盤だからご丁寧な本人曲解説がシッカリ書いてあるけど、かえってワケ分かんなくなりました。
●それと。日本盤ゆえの特典ボーナスディスク付き。オール日本語で挑戦してる曲がある!前年に来日公演して感動、そのまま日本語の先生を地元で探してこの曲作ったらしい。タイトルは「NERU NO DAISUKI」寝るの大好きらしい。最後の曲ではピアノを18分ほど一人で弾きまくってる。

OF MONTREAL「ALDHILS ARBORETUM」

OF MONTREAL「ALDHILS ARBORETUM」2002年
●こころなしか、バンドサウンドがマトモに整った感じが…。なんだか今までどうしようもなく付きまとってたロウファイ感が薄らいだ気分がするのは気のせいか。長大な絵巻物のようなコンセプトアルバムじゃないらしいけど、サイケポップぶりは全然手加減なしなので、ご安心ください。あ、「NERU NO DAISUKI」がフツウに英語詞を乗っけて別の曲になってる。
●このバンドの画像を GOOGLE 検索すると、KEVIN BARNES が裸で馬に乗ってステージに立ってる写真とか出て来る…。どこか劇団のような、芝居がかった感じはホンモノだな。

OF MONTREAL「SATANIC PANIC IN THE ATTIC」

OF MONTREAL「SATANIC PANIC IN THE ATTIC」2004年
●多かれ少なかれこのバンドは、KEVIN BARNES のオレユニット的性格を強く持ってるのですが、ココにきてかなりその傾向が強まりまして、とうとうほとんど KEVIN たった一人でアルバム全てを制作するようになりました。この後のアルバム数作は、録音物としては完全に KEVIN のソロユニットとしてのクリエイティヴになります。そんで、その上で、このバンドのキャリアとして批評家から高い評価を受けているとな。
●実際、快活で明快なリズムや分かりやすいキーボードアレンジが入ってきて、ぐっと聴きやすくなっている。単純にミキシングがレコーディングが丁寧になっただけかなあ?クレジットはホントにオレ一人同然みたいな情報しかないけど、圧倒的にモダンなポップになってる。生まれ変わったかのような変身。一曲目の「DISCONNECT THE DOTS」 PITCHFOLK「スタッフが選ぶ2000年代の500曲」で260位にランクインしてるほど。

OF MONTREAL「THE SUNLANDIC TWINS」

OF MONTREAL「THE SUNLANDIC TWINS」2005年
●またしても KEVIN のソロ路線です。そしてエレクトロニクス楽器の比率がジワジワ上がってる。多分打楽器系とか。ドラムンベースみたいになっちゃった曲もあるし。結果ポップとしての強度はさらに上がってる。ロウファイからポストロックへ、という局面か。クレジットに NINA BARNES という女性が登場してるので誰だろうと思ったら、2003年にノルウェー人女性アーティストと結婚なさったそうで。そのご縁で、アセンズだけでなく、オスロでもレコーディングは行われたよう。
●ステーキ屋さんチェーン OUTBACK STEAKHOUSE のCMジングルの仕事なんかも引き受けてて、その楽曲をキチンとポップスに仕立て直して収録してたりも。チト意外。OUTBACK STEAKHOUSE って渋谷センター街の奥や、六本木ハードロックカフェの近所にある大味なニクニクしいお店(しかもそんなに安くない)だよね。

OF MONTREAL「HISSING FAUNA, ARE YOU THE DESTROYER ?」

OF MONTREAL「HISSING FAUNA, ARE YOU THE DESTROYER ?」2007年
「SATANIC PANIC IN THE ATTIC」「THE SUNLANDIC TWINS」のリミックス集「SATANIC TWINS」なんてものを出しちゃった上でのアルバム。最初期のトリオ時代に脱退したメンバー BRYAN POOLE が今回はサポートをしているらしい。ELF POWER との兼任がシンドイという話での脱退だったが、他にもソロユニット THE LATE B.P. HELIUM 名義でも活動するオトコ。ELEPHANT 6 の盟友関係は太いね。
●内容といえば、サイケポップという軸足から離れずに、それでもセクシーなエレクトロポップが、ダンサブルになっていく。中盤のクライマックス12分弱の大曲「THE PAST IS GROTESQUE ANIMAL」の陶酔感は特別。何回も聴いていると CAN のハンマービートに聴こえてくる。それと…少々グラムロックのようなケバケバシさも登場。このタイミングで KEVIN BARNES の別人格が覚醒しまして… GEORGE FRUIT という名前だそうです。
●この後もこのバンドはセッセとリリースを続けておりまして、11枚目のアルバムにおいては、とうとうプログレッシブロックの領域まで到達しつつあるそうです。スゴいねえ。


ELEPHANT 6 のグループじゃないんだけど、90年代USサイケデリックをもう一枚。

MERCURY REV「THE SECRET MIGRATION」

MERCURY REV「THE SECRET MIGRATION」2005年
THE FLAMING LIPS とともに90年代のオルタナシーンの中で「グランジ・ミーツ・サイケデリック」という音楽実験に挑戦していたバンドです。つーかこのバンドの中心人物 JONATHAN DONAHUE THE FLAMING LIPS の初期メンバーだったわけで、アレコレでこの二つのバンドは結びつけられて捉えられてます。まさに90年代サイケの双璧ELEPHANT 6 のバンド群が、基本的には三分間程度の楽曲単位でポップスを描くコトに注力してたのに対し、この2つのバンドは必要に応じて際限なくその音楽空間を拡大し、アブストラクトな風景を描く事に躊躇がありません。ある意味ではプログレサイケ。
●1998年発表、4枚目のアルバム「DESERTER'S SONGS」が傑作すぎたので、このアルバムはそのテンションから見ると不幸にもソコを乗り越えた感じがしない。新橋ツタヤにて500円で採取してしまった出会いも影響してるな…イマイチ安く見える。ただ、分かりやすい音響の美しさ、メロディの可憐さ、スケールの大きさは健在。



今日の美術ベンキョウは、ブリジット・ライリーでした。
●60年代〜70年代のオプアート。これ、手書きだって知ったのがとにかく衝撃。目ん玉が痛くなる。ある意味でサイケデリック。人間の視覚認識の限界に挑戦してくる。

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●1972年頃のブリジット・ライリー。彼女の作品に使われる色彩は、エジプトの古代遺跡を見てインスパイアされたとな。



●2013年、開けました。今年もよろしくお願いします。
●娘ヒヨコ画。「八岐大蛇」。ウサギが好きなヒヨコが書いたので耳がついてます。

やまたのおろち


●初詣にも行きました。浅草・浅草寺。

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●ヒヨコ、浅草をナメちゃダメだ、浅草は昔は東京の最先端の街だったんだから。今ならスカイツリーだけどね、昔は「浅草十二階」というタワーがあってミンナがそこに遊びに来たんだ。でもね、今はナイの。関東大震災で崩れたから。ヒヨコ「えー、ムナイ!」…ムナイは、虚しいの意。

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●今年も、ちゃんと過ごせるとイイな。新しい音楽を聴いていこう。



のんびりと、フランスのポップバンド、TAHITI 80 を聴く。

TAHITI 80「PUZZLE」2

TAHITI 80「PUZZLE」1999年
TAHITI 80 は英語で歌うフランスのバンド。小山田圭吾に発見されて世界デビューに結びついた、親・渋谷系チックなポップス感覚の持ち主。60年代サイケポップの色彩感と80年代ネオアコの瑞々しさを折衷して、90年代ポストロックの技術と、スイートなウタゴコロで包み上げたカワイらしいポップス。ダンス感覚も多少振りマブして、ワクワクする気持ちの推進力も備えてます。これはそんな彼らのファーストアルバム。フワフワした音の感覚は、ほぼ同時代に登場したフランスのエレクトロニカ・ユニット AIR を連想させるのでした。

TAHITI 80「WALLPAPER FOR THE SOUL」

TAHITI 80「WALLPAPER FOR THE SOUL」2002年
●セカンドアルバム。浮遊感溢れるポップ感覚に、ストリングスやホーンのアレンジが分厚く加わって、THE STYLE COUNSIL のような楽しさ、上品なファンキーさが増幅されました。こころなしか、ウタゴコロもより起伏が生まれてスイートさも増量。エレクトロニカも援用するし、実はベースのグルーヴも重くて太いんだけど、血のかよったポップスを純粋に目指している感じがする。それがこのバンドの魅力。

TAHITI 80「A PIECE OF SUNSHINE」

TAHITI 80「A PIECE OF SUNSHINE」2003年
●セカンドアルバムのシングルB面曲やリミックスで構成したミニアルバム。前のアルバムの表題曲「WALLPAPER FOR THE SOUL」ポストロック・ミーツ・トラッド風にリミックスするのは、SEAN O'HAGAN。エレクトロニカユニット THE HIGH LLAMAS の中の人で、英国ポストロック STEREOLAB のメンバーの一人。やはり前アルバム収録曲「1000 TIMES」のアコースティックライブバージョンもイイ感じ。ネオアコの気持ちよさ。

TAHITI 80「FOSBURY」

TAHITI 80「FOSBURY」2005年
●今までのバンドの大事な持ち味だったスウィートなウタゴコロや華麗なコーラスワークを前提にしつつも、ダンスミュージック駆動のグルーヴが大胆に採用されて有機的に合体。ファンキーさに磨きがかかり、AOR のような洗練も汲み取られてる。プロデュースは基本的に自分たちバンドでやってるみたいだけど、今回はミキシングの場面でヒップホップ系の仕事をしてる人物の力を借りたという。N.E.R.D.「IN SEARCH OF ...」 OUTKAST「SPEAKERBOXXX / THE OVE BELOW」いづれも名盤!のそれぞれのミキサーを一本釣りしたとな。気合いで異種交配実験に挑む姿勢。「YOUR LOVE SHINE」という曲で LINDA LEWIS というUKシンガーと共演。これがキュートでファンキーな女子声でイイ感じ。この人を検索すると、1968年から活動してるジャマイカ系女性に行き当たる…わーなんて若々しい声だ!

●この流れで、非英語圏のバンド、もう少々。

THE WANNADIES「YEAH」

THE WANNADIES「YEAH」1999年
北欧・スウェーデンからやってきた90年代のギターポップバンド。以前コチラ記事でも紹介した事があります(http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-886.html)。女の子が大好きになっちゃうようなキラキライノセントの清らかなサウンドとメロディが売り物、そして渋谷系文脈で大人気、だったハズが、5枚目になるこのアルバムではコトノホカ、ガキッとクるグランジ/オルタナティブロックのラウドなギターの鳴りとタフなリフが目立ってビックリ。でもWIKI読むと、初期は THE PIXIESTHE SISTER OF MERCY に影響されたって書いてあるなあ。本作のプロデューサーは THE CARS RICK OCASEK ってポイントも重要か。あ、このバンド、この後2003年にもう一枚アルバムを作った後、2009年に解散したって書いてある。

KASHMIR「ZITILITES」

KASHMIR「ZITILITES」2003年
●こっちはデンマークのロックバンドです。キラキラポップス量産地域と見られてる北欧スカンジナビア半島から見て、海を挟んで反対側にあるデンマークは根っ子の部分でドイツの繋がってるからか?このバンドの音楽は実にダークでメランコリック。1991年から活動開始、本国ではトップバンドの存在感、既にこのアルバムで4枚目になるベテラン組。やっぱバンド名は LED ZEPPELIN の同名曲に由来してるのかな。アレはヘヴィなリフロックだな。
●作風は、RADIOHEAD から COLDPLAY、それとボクの中では TRAVIS、SNOW PATROL、MUSE に繋がる系譜の、シリアスでスケールの大きなロック。肌を切り裂く強い冬風のような冷たいハードさと、ソコに負けない誠実さと実直さを感じさせる繊細さが同居してる。丁寧なアコギのストロークとウタゴコロ。アルバムタイトルのツヅリがゴツくて不安になるけど、読みは「シティライツ」。北国、街の灯りに温もりが宿る。

KASHMIR「NO BALANCE PALACE」

KASHMIR「NO BALANCE PALACE」2005年
●コチラは5枚目のアルバム。プロデューサーに TONY VISCONTI。ゲストに DAVID BOWIE LOU REED。おおなんだか一気に豪華になったぞ。70年代のレジェンド超人が集まってるぞ。ダークなメランコリーはさらに磨きがかかる。もっとロックの圧力は強まって、悲壮感が漂う。
●一曲目「KALIFORNIA」からかなり低い重心から速く突き進むダークロック。「K」から始まる「カリフォルニア」という映画があった…ブラッド・ピットジュリエット・ルイス主演の、救いのナイ作品。三曲目「THE CYNIC」 DAVID BOWIE がデュエットの形で見参。シューゲイザーすら連想させるギターの渦の中で冷たく沸騰する情念。LOU REED は終盤2分弱の小品でポエトリーリーディングを披露。そしてそのまま最終曲「NO BALANCE PALACE」8分強のクライマックスへと繋がる。




古本屋で買った美術雑誌を読んで見つけた「ラファエル前派」という言葉が気になる。
●英語では、PRE-RAPHAELITE BROTHERHOOD、PRE-RAPHAELITES。これで検索するとアレコレが引っかかってくる。19世紀中盤イギリスで起こった芸術運動。ルネサンス期の天才ラファエロで確立する西洋美術を批判するアンチアカデミズムを標榜。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティからとっかかって、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ。そしてローレンス・アルマ=タデマ、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス。最後の人、今とても気になる。

The Siren—John William Waterhouse

「セイレーン」ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1900年

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「オフィーリア」ジョン・エヴァレット・ミレイ 1852年
KASHMIR「NO BALANCE PALACE」「OPHELIA」という曲が収録されてた。シェイクスピア「ハムレット」に登場する悲劇の女性。この絵も有名だよね…。で、冷静に考えたら「ハムレット」デンマーク王家が物語の舞台だった。デンマークのバンドがこの物語をテーマに選ぶのは、確かに必然だ。