●今日アップする記事は、ホントは随分前に半分以上書き上げていた文章です。
●でも、途中でオックウになって仕上げてなかった…。やっとまとめたので、公開することにしました。
●今ね、新しい家族旅行のプランを考えてて、その気分でこの記事も完成させようかと思った次第でね…。

2011年8月に行ったメキシコ/カンクンへの家族旅行、その中の一番のハイライトであったエコパーク「XCARET(シカレ)」について、ご紹介するものであります。
●情報が古くなってるかも知れないけど、ご容赦/ご注意くださいね。


●当時アップした記事、「マヤ文明遺跡巡り」編http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20110821.html「エクスペディア」編http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1282.html)も含めて、ご覧になって頂ければと思います。


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いきなりですが、イルカさんと触れ合いました。

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なんか、スゴくプニプニ!なんてサワリ心地!うわこれ最高!テンション上がるわ!
●イルカって、やっぱ魚類でなくて哺乳類ですね!サメハダ風にザラザラかも?なんて予想をしてたけど全然チガウ。シナヤカで、柔らかくて、温かくて、とても優しい!コレはボクが夢中になってしまった。

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●臆病者の息子ノマドは、イルカに触るなんてトンデモナイ、恐くてデキナイ、なんて言ってたのに、ライフジャケットを身につけて海に浮かんでみたら、もうニコニコで積極的にナデナデやキスなんかもしてしまった。意外にも娘ヒヨコが怖じ気ついて、最後までボクにヘバリついていたけど、それでもナデナデはたっぷりヤレた。
カラダはプニプニだけど、ヒレは丈夫な樹脂のように硬くて力強い。うーん、イルカは美しい動物だ。

●ぶっちゃけ、この旅行で一番ウレシかったことは、コドモたちのこの笑顔が見れたことだった。アレは掛け値なしでいい笑顔だったわ~。


こんなイルカ体験をした場所が、「XCARET(シカレ)」というエコパークなのです。
エコパークってナンでしょ?その場にあった自然環境をそのままに生かして作られたテーマパーク、ともいうべき存在。実はココはマヤ文明の栄えた時代に港として使われてた入江であります。シカレという言葉自体が「入江」という意味。ソコがそのままビーチリゾートになっており、イルカと触れ合えるいけすがあり、洞窟を流れる川があり、ジャングルが鬱蒼としちゃったり、その中に様々な動物がいちゃったり、オマケに遺跡もホントに残ってたり、などなどナドナド、オモシロそうな場所だったのです。

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●コドモも恐くないほどの浅い入江は波も穏やか、キレイな小魚がイッパイ泳いでおります。パークの中はお客全員が水着でブラブラ。ビーチのアクティビティもたっぷり楽しめます。トロピカル!


●でもね、当初の予定ではココには行かないつもりでした。だってソレは欲張り過ぎでしょ。

●今回の旅行の第一目的は、マヤ文明の遺跡探訪。第二の目的は、ワイフの要望であるリゾートホテルライフ。それで十分だった。持病を抱えるボクやワイフ、コドモたちの体力を鑑みれば、まあソレ以上はもうキャパシティオーバー、カラダを壊す恐れもあった…。
「シカレ」は、カンクンから車で2時間以上も離れた場所にあります。そこへの往復となると実はチチェン・イツァと同じくらいの遠出になる。大冒険になります。結構、大変な覚悟が必要。
●だから、この「シカレ」をガイドブックを知って、楽しそうだなあー、と思いながらも、サスガにココに手を伸ばそうとは思ってなかったんです。 

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●とはいいながら。
●ボクの泊まってたホテル「フィエスタ・アメリカーナ・グランド・コーラル・ビーチ・カンクン・リゾート&スパ(FIESTA AMERICANA GRAND CORAL BEACH CANCUN RESORT & SPA)」の、丁度お隣に「シカレ」の予約オフィスがあるんですよ!写真の建物ね。

●いや、ちょいウソつきました。たまたま「シカレ」のオフィスが隣にあるはずがない。
●…つーか、やっぱ、アタマのスミッコに、未練があったんですよ…イルカいいよな…って。そこで旅行のプランニングの時から、シカレのオフィスの場所を細かくチェックして、そのソバにホテル仕込んだんですよ。実はボクのホテル選びは、アニメティとかサービスとかグルメとか星5つ評価とかじゃなくて「シカレ」のオフィスに軽くイケル距離という基準で考慮されてたんです。気分が乗ったら、その場で決断してオフィスに直交渉する、そんな可能性を作っておいたのです。

●さてカンクン滞在3日目。その前日に遺跡巡りも無事達成して、朝っぱらから元気にコドモがプールで泳いでるのをボケーッと眺めてた時。…うーん、コレはもしかして「シカレ」行けちゃうかもな。みんなタフな熱帯気候の中でも元気に動けてるもんな。予約センターでアレコレ詳しく聞いて、それで検討するか。
んで、オフィスに行きました。チョビヒゲのオニイさんがカウンターに1人座ってる。ツタない英語でアレコレコミュニケーション。どうやってシカレまで行くか?帰ってくるには?いくらかかる?そんで、肝心のイルカはナデナデできるのか?アレコレしどろもどろの会話で、大体の概要を把握して、パンフレットもアレコレもらって、そんで結果翌日のバスツアーを予約しました。帰国前日のシメは「シカレ」へ!
●ちなみに、日本人スタッフが常駐してるボクの泊まったホテル「フィエスタ・アメリカーナ・グランドコーラルビーチ」では、このスタッフさんが「シカレ」ツアーの予約相談に乗ってくれますし、日本からネット経由で事前に相談できる現地ツアーガイド業者さんが個別のツアーを組んでたりしてますので、直接このオフィスでごねごね予約交渉しないでも「シカレ」を楽しめるコトが出来ます。日本で準備した方がコストも安かったかもね…しょうがない、突発的に行くコトを決断したのだから。


それでは、「シカレ」ツアーの内容を、時系列的に追って、ご紹介しましょう。

◎0720時:ホテルのお隣、この「シカレ」の予約オフィスに出向き、バスに乗る。

●先ほどもちょっと触れましたように、「シカレ」は遠いです。カンクンのホテル街から60キロほど離れてて、タクシーなど自力手段で到達するにはかなり手こずる場所です。ですので、お客さんは「シカレ」が準備する観光バスちっくな大型車両にピックアップされて、まとめて運ばれていきます。
●本来なら、それぞれのホテルにバスがやってきて、スタッフさんが丁寧にお客をピックアップしてくれるはずです。オフィスに呼びつけられたボクらは、微妙に交渉に失敗してるっぽかった。我が家がピックアップされたアトも、複数のホテルにバスは立ち寄り、大勢のお客さんをかき集めていきます。
●あ、このタイミングで手首に紙ベルトのようなものを巻かれます。コレがチケットです。ロックフェスの通し券のようなモノです。チケットのランクで色が微妙に違ったりします。ここに度々マジックで記号が描き込まれたりします。海やプールでどんなに泳いでもちぎれない素材ですのでご安心を。
バスにはガイドさんがおりまして、車内では「シカレ」のルールについてアレコレ説明してくれます。とはいいながら、説明はスペイン語と英語。おまけにコレが絶妙にちゃんぽんされてまして、ドコがスペイン語でドコが英語で説明しているか区別がつきません。リスニングとしてはメチャスリルでした。「イングリッシュで説明して欲しい人?」って聞かれた時にちゃんと手を挙げて自己主張しないと、100%スペイン語で押し通されそうな気配すらあります。あ、ご心配なく。その辺の説明をキチンとココで文章にするのが今日のブログの狙いです。

◎0830時頃:バスの乗換えがあります。

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●カンクン市街を抜けて、しばらく経ったアト。快適なバスの座席で爆睡してたタイミングに、バスは乗換えターミナルのような場所に到着します。え?ナニナニ?あ、さっきのガイドさんの説明は、この乗換えのコトだったのね!
「シカレ」を経営する会社は、他にもエコパークを持っているし、その他多種彩々なパッケージツアーを主宰しています。たくさんのバスでたくさんのホテルからピックアップされた大勢のお客さんは、ここでそれぞれが注文したそれぞれの行き先へ振り分けられて行きます。現場はスゴくワサワサしてますが「とにかくシカレに行きたいんだ」と自己主張すれば、手慣れたスタッフさんがホイホイ誘導してくれます。

◎0930時頃:「シカレ」に到着!ガイドさんの説明に注目。

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●再び爆睡してると、唐突に「シカレ」に到着します。ココでガイドさんの難しい説明が再び始まります。イッツインポータント!と連呼するのでがんばって聞きます。説明される情報は、ここ「シカレ」からの帰り方です。確かにコレは重要だ。
「シカレ」からホテルまで帰るバスは1日3回だけ、とのこと。夕方1700。夜2120。最終2145。必ず20分前には今ボクらがいるバス駐車場まで集合すること。あわせてタクシー乗り場も説明される。ココに停まってるタクシーだけがオフィシャルだ(白タクが出没するんだろう)、などなどのおハナシがある。…ふん、なるほど。コドモの体力を逆算すると、夕方撤収を目指すのが無難だな。バスで2時間の距離、最終までパークにいたら帰りは2300になってしまう、消耗しちゃうよ。あ、この時間はシーズンで変わりそうだからご注意を。

◎1000時頃:パークに突入。イルカナデナデの予約。写真はガイドのアントニオさん。

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●入場前に、ガイドさんに重々注意されたことがもう一つ。特別なアクティビティはパーク入口付近の予約カウンターで予約を速やかにしてくれ!とのこと。予約カウンターの場所もザックリ教えてくれます。真っ直ぐ行って左曲がったトコロだよ!的な雰囲気で。早く行かないと予約がとれなかったり、不都合な時間になるとな。だからボクらはダッシュで走ります…でもコレ日本人的発想。メキシコの人はあくまでノンビリ、全然あわてないのね。入口でお出迎えのフラミンゴと記念撮影してる。結果予約で行列なんて全然ありえない。ガイドさんが一生懸命促さないと、お客は予約もしてくれない、という気分が前提にあると、アトからジワリと感じました。
●あ、ちなみに、ココまででガイドさんは撤収、完全に放っとかれます。好きなように遊べ、とのこと。

●さて、要予約の特別アクティビティは以下のメニュー。予約だけじゃなく別料金が発生します。
・SNORKELING TOUR / REEF SCUBA:シュノーケリングで珊瑚礁ツアー。
・SNUBA FAMILY:海上からパイプで酸素を供給されながら泳ぐ海中ツアー。
・SNORKELING INLET / SEA TREK:空気パイプで繋がれたデカいヘルメットをかぶって海底を歩く。
・SHARK INTERACTIVE ADVENTURE:サメと触れ合うみたいです。
・STINGRAYS ENCOUNTER / SEA TREK:こちらはエイと触れ合うみたいです。
・SWEAT LODGE:マヤ時代の集落を再現したエリアで楽しい事をするみたい…?
・XPA:フツウのスパっぽいです。…後半は情報が中途半端でゴメンナサイ。
・UNIQUE DOLPHIN SWIM:イルカナデナデ。/これが我が家の最重要課題。


xcaret_snuba_family_01.jpeg(SNUBA FAMILY。)
cunmx_phototour43.jpeg(SEA TREK。)

●イルカナデナデ「ドルフィンスイム」は、実は前日のツアー予約段階からあらかじめ申請&料金支払いが必要。特別アクティビティの中でもさらに特別扱いの物件でございます。前日予約段階でオカネまで支払うのですから、当日あわてなくても全回満員で体験できないなんてコトにはなりません多分。しかし、無駄に焦って予約を急いだため、1045の回にハメラレてしまいました。うわ、忙しいなあ。イルカのいる入江はパークの中の一番奥なので、ガイドのアントニオに渡された地図を必死に見ながらメッチャ早歩きしました。あ、地図もボケッとしてると平気でスペイン語バージョンが渡されますから、英語版をくれとキッチリ主張しましょう。

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ここが「ドルフィンスイム」が行われる入江です。ギャラリーもイッパイ。
●コドモを水着に着替えさせたり、荷物をロッカーに詰めたりしてたら、結果として大幅遅刻。現場1100到着となって、こりゃヤベえぞ、と心配したのですが、スタッフのお姉さんたちはアッケラカンと対応してナニゴトもなく参加グループの中に収めてくれました…。なんかこのメキシコという国はアレコレが微妙にルーズで、日本人感覚でカリカリ動くと損するような気分になります。チチェン・イツァを案内してくれた日本人ガイドさんは「メキシコ人とビジネスするのはなかなか油断できませんよ、最後にイキナリひっくり返すようなコトもしてきますから」なんて言ってたっけ…アレコレがチガウのねお国柄的に。
●10人弱のグループに分けられたお客が、青いライフジャケットを身につけて、いくつかのブロックに分けられたいけすの中にジャボっと入ります。そこで2頭のイルカがお出迎え。ただし、イルカさんを怯えさせたりしてはイケナイので、キリットしたお姉さんトレーナーの言うコトをキチンと聞かなければなりません。ピッと響くホイッスルとメリハリの効いた指示(言葉がワカラナクてもなんて言われてるか分かるほど)でシキラレます。ボクらのチームに加わっていた白人のオバサンがどうしても水中での安定した姿勢維持がデキナイので、イルカとぶつかるのを危ないとしたお姉さんトレーナーは目玉の演目をひとつスキップしました。でも、そんなこと気にならないほど楽しかったけどね。


「シカレ」はイルカだけじゃありません。イロイロな動物がおります。
●エコパークというだけあって、パークの中には各所にさまざまな生き物の展示があります。しかもソレゾレが工夫を凝らして、あたかも自然の中に住んでいるかのように展示されているのです。
●こちらの写真は、マナティ。中央に見えるイモかヘチマのような物体です。ジャングルの小道を抜けると、すっと池が現れて、そこにイキナリ体長2メートルほどのマナティが優雅に泳いでいるのです。こんな感じで突然動物が現れる演出に、長男ノマドはワクワクドキドキです。別の池には、ウミガメがワサワサ泳いでおりました。

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●いきなり道端にデカイオウムが停まってたりしてるのも、インパクト大であります。彼らはよく手なずけられてて、お客さんの肩に乗って記念撮影に付き合ってくれたりするオリコウサンでした。
●その他、ジャガー、バク、シカ、クモザル、ジャコウネコ、チョウ、コウモリなどなどがおりました。小さな水族館があって、珍しいクラゲが展示されておりました。生き物好きの小学生男子にはタマラン内容でございます。

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コイツはイグアナくん。コレは飼われてない。フツウに野生トカゲとして道端を闊歩してます。
●体長50センチほどのデカイイグアナたちが、パーク内各所をフツウに歩いておりました。日本で言うトコロの「公園のハト」程度の存在感で、別に誰も気に留めるコトもなく、イグアナくんもナンの遠慮もなく、パーク内のヤブからヤブへトコトコ歩いているのです。当然ノマドは「お!イグアナだ!」と興奮して追いかけるのですが、連中はウザイ人間を苦々しく睨んで、スコスコとヤブに消えていくだけ。なんだかスゴくシュールな状況にボクも興奮しました。ノシノシ逃げていく彼らを走って追って撮影した一枚です。


◎ランチタイム:「XCARET PLUS」でビュッフェスタイルの食事。

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●興奮しきって、海で泳いだり、動物見たりしてたらランチは随分遅くなってしまいました…1400時くらいだったかな。ボクらは「XCARET PLUS」というコースのチケットで入ったので、食べ放題ビュッフェランチのサービス付き。メキシカンカウボーイ風のレストランで、お肉中心のメキシコ各地の郷土料理をモリモリ食べました。カントリーのライブが見られたり、乗馬パフォーマンスが見られたりとイイ感じ。裏手には厩舎があって、立派な馬たちがくつろぐ様子をコドモたちと見学しました。お酒はビール一杯までってルールだったけど、ボクは元からお酒を飲まないので問題ナシ。砂糖たっぷり?の激甘メキシカンコーヒーを堪能しました。
●記憶が不確かだけど、5カ所程度のレストランでビュッフェが食べられたはず。「XCARET PLUS」は他にもロッカーやシャワールームを無料で使えるとか、シュノーケル&フィンをタダで借りられるなどなどの細かい特典があります。なにぶん現地で直接交渉のチケット手配でしたから「メンドクセーからプラスでいいよ!」というノリで発注したものの、結果的に実に便利でした。都度都度スペイン語や英語でルールを飲み込んだり支払いをしてたらホントにメンドクサかった!だってコッチは水着だし、サイフとか持ち歩いてられないし!

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◎午後は、アンダーグラウンド・リバーでシュノーケリング。

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●以前の記事(「マヤ文明遺跡巡り」編:http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20110821.html)で書いたように、マヤ遺跡ツアーの合間にセノーテという天然の地下池でボクらは泳いだりしたのですが、似たような経験とはいえコッチもかなり楽しかったです。天然の洞窟川に少々の細工をしたコース、その中をシュノーケルで探検!足のつかない深さで、ちいさな魚も泳いでる川の中を、ライフジャケットとフィンをつけてグングン進んでいく。マジで天然洞窟なので一部照明がないところはホントに暗い。あえて天井に穴を空けて外光を小さく取り込んだり、水中にロープを張って迷子にならないように仕込んである。まー大勢のお客さんと一緒に泳ぐので、みんなについていけば迷子にはならないと思うけど。
●ただし、これ、川といえど、流れるプールみたいなほどの勢いはないので、自力で泳がないと全然進みません。生まれて初めてシュノーケルをつけたくせしてノマドヒヨコは要領よくスイスイと前に進むのですが、閉所恐怖症気味のワイフは洞窟というだけでドン引き、オマケにフィンがウマく使えず一人遅れまくってました。全行程をくぐり抜けてゴールにつくのに約40〜50分間。かなりの大冒険でありました。

●で、この段階で気づいたのですが、すでに16時30分、このノリでは夕方の帰りのバスには間に合わない…。パークは広いし、着替えもシャワーも時間がかかる。次のバスは2100時…。しょーがない、これは覚悟して、深い時間までもっとこのパークを堪能しよう!ということで…。


◎夜:壮大な歴史絵巻「XCARET MEXICO ESPECTACULAR」。二つの世界の出会い。

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●パークの奥には客席に360度囲まれた劇場ホールがありまして。ココで、マヤ文明の時代からヨーロッパ文明との出会い、様々なメキシコの文化と歴史を、300人の出演者と音楽、ダンス、色彩豊かな衣装で描くステージが行われるのです。これが実に興味深いものだった…。

圧倒されるのが、マヤ文明時代の躍動感溢れる描写。
●鮮やかな色彩の鳥の羽を全身に飾り付けた戦士や神官が次々に登場しては、踊り舞う。まるで映画「アバター」に登場した、青い肌の異星人のよう…というかジェームス・キャメロンが中南米文明からインスパイアされてあの映画を作ったのじゃないだろうか。インカ帝国を滅ぼした征服者ピサロの部隊は、結果的には約160人でインカの軍勢8万人を打ち破ったというが、金銀の装飾品を身にまとって歌い踊りながら進軍するインディオの大軍に遭遇した瞬間には、恐ろしさに失禁するものも多くいたという。そんな誇り高い民族の雄々しい姿に感動する。
●マヤ文明ではポピュラーだったという、腰でボールをはじき合う球戯のパフォーマンスも見ることが出来た。全身に模様を描いた男たちが、ゴムマリ?のようなボールを器用に腰骨ではじき、ステージ中央に据えられた石のリングに通そうとする。ボールは派手に高く早く飛ぶし、もしゴロになったとしてもプレイヤーはキレイにスライディングをキメて高くボールをハジキ飛ばす。だから、ステージのまわりにはネットが張られて客席にボールが飛び込まないようにされるほどでした。以前から本で読むだけでイメージがつかなかったこのマヤの球戯、実演が見られてホントにウレシかった。
●この球戯は、ゲームの勝者がその名誉を祝して首を切り落とされて生け贄に捧げられる、などなどの逸話がある。研究によると、このゲームの出場者は貴族や王族だけが独占しており、権力や王権の栄華を誇示するためのものだったらしい。その中で、戦争捕虜となった敵の王族を生け贄に捧げたという。壁画などに記された様子を見ても、その衣装や装飾品に神々と結びつく象徴が見受けられ、その意味では純然たるスポーツというより宗教儀礼的な性質が強かったらしい。

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そして、ヨーロッパ文明との衝突。
このショーのクライマックスの一つが、スペイン人がアメリカ大陸に渡来する場面だ。スペイン人の征服者たちは、ご存知のように中南米に栄えたアステカ帝国、インカ帝国を次々に討ち滅ぼし、キリスト教を布教していった。ボクのような日本人から見ればコレは侵略の歴史だ。人類史の中でも重要な悲劇の一つだろう。
●これが、このステージでは、静謐に、厳かに描かれる。マヤの神官とカトリックの神父が向き合う。トーチを高く掲げた、マヤ人とヨーロッパ人のグループが静かに向き合う。二つのグループはゆっくりと近づき、そして混じり合っていく。その瞬間、客席から大きな拍手が起こったのだ。ボクにとっては衝撃的な反応だった。
マヤをはじめとしたメソアメリカ文明は、マチガイなくメキシコの人々にとって大事なアイデンティティだが、同じ比率でスペイン由来のカトリックも重要なアイデンティティなのだ。侵略者と被侵略者の対立関係では割り切れない、民族の歴史の積み重なりを感じた…。

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●中央でスポットライトを浴びるのが、マヤの神官とカトリックの神父。二つの民族が、溶け合っていく瞬間。


◎2100時:帰路。

●このステージ「XCARET MEXICO ESPECTACULAR」が終わると、「XCARET」全体が閉園の時間になっていく。22時が完全クローズだったっけ。ステージが終わると、みんながゾロゾロと出口に向かって歩くので、それについて行けば帰りのバス乗り場に辿り着く…ちょっぴりお土産屋さんを見る余裕もあったよ。
●バスもたくさん来ているので、一見するとどれに乗ってイイのかワカラナイ。だから運転手さんや案内係にホテルの名前を訴えて、どのバスに乗るのか教えてもらった。帰りはホテルへの直行。いくつかのホテルに立ち寄り、そこで少しずつお客を下ろして行く。カンクンのホテルゾーンは夜になると混雑する…ナイトクラブが集まってる場所は賑やかで、ソコを中心に渋滞が起こるのだ。だから、ボクらのホテルへの到着は23時過ぎだったね。車内でタップリ睡眠できたからコドモたちもスッキリした様子。有意義な一日だったよ。


「シカレ(XCARET)」ホームページhttp://www.xcaret.com/


改めて、既出記事へのリンクを。
●2011年8月21日「メキシコ/カンクン旅行記、その1。:マヤ文明遺跡巡り/チチェン・イツァ、セノーテ、エクバラム。」
 (http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1281.html
●2011年8月29日「メキシコ/カンクン旅行記、その2。:エクスペディア、フィエスタ・アメリカーナ・グランド・コーラル・ビーチ、アエロメヒコ。」
 (http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1282.html



●メキシコの音楽。

LOS TIGRES DEL NORTE AND FRIENDS「MTV UNPLUGGED」

LOS TIGRES DEL NORTE AND FRIENDS「MTV UNPLUGGED」2011年
●コチラの記事(http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1280.html)でも軽く触れましたが、メキシコでも当然のようにCDをバカ買いしました。カンクンのホテルゾーンにあるショッピングモールのひとつ、ククルカンプラザ(KUKULCAN PLAZA)の一階にあるCD屋さんにてドサッと購入。カンクンのホテルゾーンにはココくらいしかまとまったCD屋さんがなかった…一般の人が生活するカンクンのダウンタウンには今回足を運ばなかったのでソッチはワカラナイ。ただし、ホテルゾーンはたった1本のメインストリートに全てのホテルとモールが並んでいるので、バスも路線がシンプルで使いやすいし、降り過ごしてしまっても単純に元に戻ればいいだけ。移動はラクチンだった…徒歩はシンドイけどね。

●さて、このバンド。なんと1968年から活動している大御所であります。LOS TIGRES DEL NORTE、直訳すれば「北の虎」メキシコのルーツミュージック「ノルテーニョ」というジャンルを代表するバンド。バンド名もこのジャンルの名前も、英語で言うトコロの「NORTH」に由来するものでして、つまりメキシコ北部〜アメリカ側から見たらディープ南部に根付く音楽であります。まだメキシコとアメリカの国境がフワフワしてた時代に流入したドイツ系〜東欧系ヨーロッパ移民からアコーディオンとポルカやワルツのリズムを受け継ぎ、バンジョーやサックスなどの楽器を交えてバンド編成に成長。結果としてカントリー&ウエスタンのイメージをクセのあるスパニッシュの節回しでさらにコッテリさせた、メキシカン・フォークロアであります。
●地域的には、南カリフォルニアやテキサス州と共振関係にあって、ロックの時代においてはテックスメックスからサザンロック、スワンプロックなどなどに影響を与え与えられた、親戚のようなモノ。アメリカ国内においてもメキシコ〜ラテン系の人口が大きくなるとともに人気を集めていくスタイルとなりました。今では重要なラテンミュージックとして00年代に入っても成長してる分野とか。だからこのバンドもあの名番組「MTV UNPLUGGED」に登板することになったワケ。収録はロサンゼルス・ハリウッド!

●で、このライブには「AND FRIENDS」という文字が示すように客演ゲストが大勢いて。しかし、そこに登場する男女のシンガーさんのほとんどがボクにはワカラナイ。しかし、ただ一人、意外な名前を発見!90年代のミクスチャーロックのど真ん中で暴れ回ったバンド RAGE AGAINST THE MACHINE のボーカリスト ZACK DE LA ROCHA が1曲に参加してる!意外すぎるよ!彼はドレッド振り回してアグレッシブなラップをブチカマすシンガーだったじゃないか!なんでフォークロアを歌うの?でも彼は RAGE~時代からメキシコの内政問題への発言や反体制運動への共感を表明してた。バンドとコラボした曲は「SOMOS MAS AMERICANOS」、どうやらアメリカとメキシコの国境をめぐる戦いをテーマにした曲らしい。内容がアグレッシヴだった。
●このバンドはその長い芸歴の中、不法移民や麻薬中毒者までを歌の題材に取り上げるコトでも有名だったらしい。それが彼らにとっての、民衆のリアリズムだということだ。音楽はどこか陽気だけど、そこにはタフな生活、人生の悲哀と怒りが描かれてるとな。まー結局スペイン語だからあまりワカラナイんだけど。



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息子ノマドと「宇宙戦艦ヤマト」。
●ノマド小学6年生が合奏の授業で「宇宙戦艦ヤマト」のテーマを演奏するらしい。ささきいさお氏の猛々しいボーカルのアレですよ。コレ50歳代のオジサン先生の選曲。先生ご本人にとっては「アニメのテーマに子どもはきっと大喜びするだろう」みたいな目算もあったようで。でもコレダメ。子どもをなめちゃイケナイ。
今の21世紀少年少女が「宇宙戦艦ヤマト」を知っているはずがない!当然「ナニソレ?ヤマトって?」「クロネコヤマトじゃねーの!?」シラケたリアクションである。そもそも今のキッズは「ガンダム」はおろか「エヴァ」も知らねえよ。ウチの子は全部見せてるからそのヘンの教養は備わってるけど。
●先生、必死に説明するも、まず戦中に実在した連合艦隊旗艦・大和を子どもは知らないから全然理解が進まない。そこでしょうがないから、授業を二時間つぶして「ヤマト」のアニメ映画を見せたらしい。そしたら男子にバカ受け。
●ということで、本来なら音楽になんて1ミリも興味がないノマドが、毎日のようにピアニカで「ヤマト」のテーマを演奏するようになった。ホドホドにド下手な案配が、ボクには素朴なレゲエで聴こえるピアニカ演奏みたいで案外悪くなくて。ノマドよ、春休みになったら「ヤマト」シリーズまとめてレンタルして一気見しようか。「ヤマト」は70年代すぎてパパもリアルタイムじゃないんでね。

宇宙戦艦ヤマト 劇場版

●さて、一番最初に見るのはコイツかな?「ヤマト」はバリエーションが多過ぎてよくワカンナイ。



一方で、娘ヒヨコは「ざわわ」
●ヒヨコ小学5年生は、友達がハナウタで歌ってた曲が気になるらしい…「ざわわ、ざわわ、ざわわ」
●なんだそれ。カイジの「ざわ…ざわ…ざわわ…、」じゃないの?
●ヒヨコ「うーん。サトウキビのウタらしい」…いやいや、それ、サトウキビの歌じゃなくて「さとうきび畑」の歌だろう。森山良子の。で早速聴かせた。そもそもでヒヨコは、サトウキビ現物を見たコトがないから(トウモロコシ畑に似た印象はあるっぽい)、背が高くて葉を広げるサトウキビの画像をネットで見せて、これが畑で育ってたらザワザワいうよなーなんて話をした。
「じゃあ、静かにざわわしてただけのトコロに、戦争がやってきたの?」とヒヨコ。沖縄県民の三分の一の人が死んでしまったよ。今も畑は静かにざわわしてるだけだけど、サトウキビが立派に育つ夏になると悲しい思い出がよみがえるって歌だよ。
さとうきび畑


●で、最近コレがアタル。
●ノマドが「ヤマト」の歌を歌って、ヒヨコが「ざわわ」の歌を歌う。勝手気ままにダブルで歌うので、ウルサい。2人いっぺんに歌うのはヤメてもらいたい。
●そもそも微妙なトコロでこの二つの歌はベクトルが逆方向だ。実在の戦艦大和は沖縄への特攻作戦に投入される途中で沈没された艦だ。もし沖縄に大和が到達したトコロで戦況はよくなっただろうか?「さとうきび畑」が歌う「鉄の雨」をより強くするだけだったのでは。「宇宙戦艦ヤマト」は関係ない話だが、気にはなる。


●辺野古基地移設問題をめぐる、地元・名護市市長選挙は、反対派の現職が勝利したそうな。
●今後の基地問題の推移について特に思う事には言及しない。が、市長選に関わるようなオジサンが祝勝の気持ちをカチャーシーを踊ることで表現する様子をテレビで見て、その動きがとてもスマートに洗練されててカッコいいと思った。沖縄にはしっかりダンスカルチャーが染み込んでいるんだ。



戦争をめぐる、今日マチ子の作品。

今日マチ子「COCOON」

今日マチ子「COCOON」
●沖縄の激戦に、看護学生として関わる少女たちの運命を、細い輪郭と淡い水彩の着色、そして独特の叙情性で繊細に描く、優しくも苛烈な物語。帯コメは「憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」

●若く幼い少女はその限られた見地の中、自分の置かれた境遇から、想像力の膜で自分を護る。細く優しい糸で繭を作って身を隠す。主人公の無邪気さは少女特有の潔癖と自己中心主義だけど、そのフィルターがなければこの地獄で正気を保つコトはできない。ガマ(=天然洞窟の避難壕)の中に設けられた野戦病院に担ぎ込まれるボロボロの兵士たちを、主人公は暗示で「白い影法師」にしてしまう。それで初めてモギ取れた手足やはみ出た臓物、傷口にわくウジに立ち向かうことができる。次々にガマの中で死ぬ兵士や友人たちを看取り、激しい火線を縫って、くだけた自決死体を乗り越えていく。
想像力の膜がどれほどのモノか?いや、少女たちにはソレしかなかったまで。情報も思想も覚悟も使命もなかったまで。一方、思想や覚悟や使命感が、狂気に結びついてさらに陰惨な悲劇を生み出したのは、歴史が示している事実。

今日マチ子さんは自身のブログで「いちご戦争」というイラスト連載を公開している。
「今日マチ子のセンネン画報」…「いちご戦争」http://juicyfruit.exblog.jp/i10/
●無数の少女兵隊が、大きないちごやスプーンで終わりのない戦争をしている。戦争というこの世で一番ニガいものを、一番アマいもので包んでしまおうとしているかのような行為。時にチャーミングで時にユーモラス。モレスキンの手帖に毎日描きつけている手触り感も、親しみやすい。もう一年ばかり、ボクはこのブログで連作を追っかけている。
●ただ、彼女の中で、ここ数年「戦争」という問題が大きくのしかかっていることだけはマチガイないだろう。ナニかの決着や結論を見つけようとしているのかは、よくわからないのだけれども。


今日マチ子「アノネ、」上下

今日マチ子「アノネ、」上下巻
●娘ヒヨコが学校の課題「わたしのオススメの本」梅佳代の写真集を選んできて、オモロいの見つけたなーなんてボクがマヌケに感心してた時、ヒヨコのクラスメイト数人は「アンネの日記」を提案していたという…えーそんなタフな課題だったの?みんな、アンネ・フランクなんて読めるの?うちのヒヨコは無理だよ、字のない写真集選んじゃうよ。…というか、大変恥ずかしい、ボク自身も「アンネの日記」は未読だ。うわ、完全スルーだったな…子供の頃は、女の子の読むモノ、みたいな先入観を抱いてた…。

●で、この作品はそんな「アンネの日記」にインスパイアされた作品。
「アンネ」「アノネ、」に組み替えて、主人公の少女が日記の冒頭ににしるす「あのね、」という言葉へつなげていく。ウチの娘ヒヨコも、一日に起こった楽しい出来事をいっぱい伝えたいあまりに、かえって言葉がツカエル時には何回も「あのね、あのね、」と繰り返す。そんな明るい主人公は、独裁者の人種差別政策から逃れるため屋根裏部屋に隠れ住み、そして逮捕の末、強制収容所に連行され、そして最後に命を落す。
日記に自分の世界を物語り、ファンタジーを身にまとうことで、主人公・花子は悲壮感から自由になれる。世界は自分を中心に巡っている。どんな境遇にも明るさを見出せる。それが彼女の無邪気な自衛手段。正気であれば持ち堪えられない現実を乗り越える、仄かに甘い狂気。日記を書けなくなった強制収容所でも、彼女は明るくふるまった。アンネ・フランクが日記に記せなかった強制収容所の様子にも、作家の筆は踏み込んでいく。巨大な狂気と死の工場の中に。

●そしてもう一つの軸。独裁者・太郎と、主人公・花子の、非現実な心の交感。角砂糖のような空間で出会う、2人の少年少女。独裁者の中の少年は、少女に救いを求める…自分が殺そうとしている少女に。戦争という過酷過ぎるファンタジーと思春期の少女が抱くファンタジーの入れ子構造の、最奥部にある奇妙なファンタジー。
●作者あとがきを引用する…「歴史の中にとじこめられてしまった少年と少女を もういちど、夢の中で解放することはできないだろうか。」作家・今日マチ子の淡い幻視が、あまりに儚くて、美しい。

●この作品は、明らかに第二次大戦のヨーロッパ戦線とナチスドイツをモデルとしながら、そんな具体名詞はほぼ使われていない。登場人物は誰しもがフツウの日本人の名前を持っていて、迫害されるユダヤ人は「東方系」とされている。フツウの日本名を持ち、容姿にも区別がない人々を分割し、差別と虐殺を行うこの作品世界は、ヘイトスピーチが跋扈し右派運動家が世にはばかる今の日本を、思った以上にダイレクトに連想させる。それが、あまりに優しく柔らかく表現されているところが、奇妙な不気味さを漂わせている。





●音楽。ブリットポップの遺伝子。

PEACE「IN LOVE」

PEACE「IN LOVE」2013年
●全く言語化できないレベルの感覚でしかないのだけれども、ファンクを構成する分子みたいなものがあったり、楽曲をヒップホップ足らしめる条件要素があったりとかして、それをタップリ含んだ音楽は優れたものになるとボクは思っています。
●そして、それは UK ロック、ブリットポップにも当てはまるはずで。非言語レベルでイギリス由来の独自のエッセンスがある。アメリカンロックではなく、ブリティッシュロック。そんで、そのブリット性がビックリするほど匂い立つと感じた新進バンドが彼ら PEACE。ソニーの音楽配信サービス MUSIC UNLIMITED を利用してた時に発見し、結局CDでも入手してしまった…下北沢ユニオンにて500円。

●どのくらいのタマに成長するかは、デビューアルバムのコレから以降だけど、少々の大味さ加減は OASIS の気分だし、少々のファンクネス/ダンスグルーヴはマッドチェスターを連想させる。ギターのセクシーなエコーエフェクトも数々のブリットバンドと同じ気分。様々なクリシェのパッチワークといってしまったらオシマイ。でも、好物は好物。

●それにしても、直球過ぎるバンド名とタイトル。SEO対策としちゃ不利じゃないの?



●PEACE「FOLLOW BABY」




職場のメガネッ子がオモシロくて。
●新企画のブレストで女子視点を取り込もうと思ってディスカッションの輪に入れたら、やや百合要素入ったアイドルおたくの本性が出てきてしまい、意外過ぎて笑っちゃった。「メロン記念日が好きでした…」しかもややオールドスクールじゃん!
●ただ、百合要素アリおたくをオモシロガってしまう感性は、その場ではボクにしか備わってなくて、周囲ドン引きモード。あれ、おっかしーなー。そのへんでフランクになれないんじゃダメじゃないかー。


新しいドラマ見ました。

福家警部補

フジテレビ「福家警部補の挨拶」
壇れいさんの「サントリー金麦」が好きで。あの笑顔見ると、なんか楽しいよね。もっと知りたくなるよね。でも大河「平清盛」では自意識崩壊してるお姫サマで人間味が想定されてなかった。で、ココに来て、主役ヒロインでの登場。いいね。モッサイキャラでいいね。…ただ、それだけっぽいけどね。ボク、そもそも推理ミステリー好きじゃないからね。

日本テレビ「明日、ママがいない」
●一方で、芦田真菜がスゴい。ハリウッド武者修行を経て女優サイボーグになって帰ってきました。キャラが荒み過ぎてて、「家なき子」の安達祐実を連想するんですけど。それと、三上博史が80年代トレンディ時代からほどんと印象を変えてないのがスゴい。あの人もサイボーグだわ。そんで、サイコだわ。

明日ママがいない

●今、日テレは、「日テレいつでもどこでもキャンペーン」という名前で、様々な動画サイトで番組の無料見逃し視聴を始めた。このドラマも録画じゃなくて、ネットで見てる。テレビとネット、地続きになって行く。





病気も治って、元気が出てきたので、激しいヒップホップを。
テーマは「ジャイアン系ボエ声」で。


BUSTA RHYMES Q-TIP「THE ABSTRACT THE DRAGON」

BUSTA RHYMES & Q-TIP「THE ABSTRACT & THE DRAGON」2013年
●前々回の記事でヒップホップのミックステープを取り上げたので、今回もミックステープから行くのです。ミックステープといいながら、今回はCDでもなく、フリーダウンロードのデータでしたけど。チョコチョコネットを回遊してるだけで、ステキな音源に出会えるってステキ。あ、でもあくまでイリーガルではないです。公式です。

ナード/純粋文化系とジャイアン系ボエ声の夢の共演で。
●常々音楽サイトで見つけた情報をトッカカリに入手した今回の物件は、なんと BUSTA RHYMES Q-TIP の合体盤!わーお!好対照なラッパーが対決だ!
Q-TIP は1990年代ニュースクール期に一世風靡した A TRIBE CALLED QUEST の中心人物で、ジャジーなトラックと貧弱ゥ鼻声ラップを特徴とした、今振返ればナード/純粋文化系ヒップホップアクトの元祖。対する BUSTA RHYMES ナードとは程遠い全身墨入りマッチョ&暴れん坊ジャイアン的キャラクターとボエ〜な声で野太いラップをデカイ口から火炎のように放射する男であります。
●ただ、その出身は A TRIBE CALLED QUEST と同時代 1990年代前半に活躍した LEADERS OF THE NEW SCHOOL というグループであって、その意味ではこの二人すばりニュースクール期からキャリアを起こした同期生というコトになる。芸風が全然違うので意識した事なかったけど、仲もイイし共演も共作も少なくない関係だったのでした。
●しかもジャケがニクいね!(DLデータなのにジャケって違和感あるけど)…この赤緑黒のデザインA TRIBE CALLED QUEST の主要アルバムジャケで踏襲されてた配色で、傑作セカンド「THE LOW END THEORY」1991年とソックリ。このコラボ感、最高です。

●ボク自身がオタク文系であってBボーイではなかったので、Q-TIP ばっか聴いてて BUSTA はあまり聴いてこなかった。しかし、この好対照なラップが混じり合うとだいぶ新味でオモシロい!ココに収められてるのは今までのコラボの再録がメインだけど、決して古びた感じはしないし新しい視点を示してくれてとっても楽しめる。起伏の激しいガナリ系怪獣フロウばかりが目についた BUSTAボエ声なのに意外なほど緻密なラップ芸とか。Q-TIP =和訳すると「綿棒」と名乗るヒョロイ男の、意外なほど芯のブレない強いファンクネスとか。

●そして、新曲。11月に BUSTA がリリースした「THANK YOU」FEAT. Q-TIP, LIL WAYNE & KANYE WEST のリミックスが収録されてる。今ではだいぶ芸風がセレブ方面に変貌したけど、シーンに登場したばかりの KANYE Q-TIP 路線のナード/バックパック系の文系アクトとボクは認識してたし、LIL WAYNE BUSTA 以降大勢続く数々の怪獣/ジャイアン系ラッパーの中でも、風貌含め現状一番人間離れしてる存在だと思う。そんな4人がディスコファンク風の軽快なビートに高速高密度ラップを詰め込める勝負を展開。見事!



さて、このジャイアン系ボエ声をもうちょっと。

BUSTA RHYMES「THE BIG BANG」

BUSTA RHYMES「THE BIG BANG」2006年
●つーことで、BUSTA RHYMES の旧譜を引っ張り出してみる。コレがやっぱりキワモノで。キワモノすぎて一回挫折したほどの問題作です。この盤くれた KEN5くんごめんねー、でも今はスゴくよく聴いてるよ。
●さて、00年代に入ってヒップホップはアメリカ南部地域(ダーティサウス!)に拠点がシフトし、ヘタウマ含めの過激なビート実験の季節に突入。1996〜2001年頃に登場した THE NEPTUNES、TIMBALAND、JUST BLAZE などのトラックメイカーはなんだかんだで音楽的でしたけど、中にはもうコレブッ壊れてますよねー的なトラックも堂々とヒットしまくったりしてて「ツイて行けねー」と思うコトも多々ありました。その文脈に位置づけられる作品ですねコレは。

「音楽と呼べない」寸前のトラックとボエ声。
●このアルバムの先行シングル「TOUCH IT」は、ヒップホップ解説書として大傑作「文化系のためのヒップホップ入門」著/長谷川町蔵・大和田俊之に、次のように紹介されてます。「以前なら、そもそもこれは音楽とは呼べないのではないかと思ってたかもしれません(笑)」。ボクも爆笑。
●実際この曲のトラック、マジでビートしか要素がありません。強いビートと弱いビートの2種類を入れ替えながらつないでるだけ。申し訳程度に DAFT PUNK からロボ声サンプルを拝借しておしまい。トラック制作お願いして納入物がコレだったら「すんません、コレまだ作りかけのような気がするんですけど」って電話したくなるホド。スタジオの中で「これでいこう!」と言える発想が笑える「文化系〜」でも言及されてます。

●この問題トラックのプロデューサーは SWIZZ BEATZ。ニューヨークを拠点にしてクルー RUFF RYDERS のトラックメイカーとして台頭。キーボード1台ゆび1本でトラックを作ると揶揄されながらも数々のヒットを繰り出した奇才です。まずは「これで納品!」と言い張る根性がスゴい。
●一方で、コレを受けて「よっしゃ任せろ」 BUSTA RHYMES が見事勝負を受けるのもスゴい。彼はこのスカスカビートを過剰な熱量ラップと濃密なファンクネスでたちまち埋め尽くしてしまうのです。結果的にこの曲は名曲です。見事ヒットしました。
●もう一点指摘すべきは、粗末なビートと見せかけて、このトラックは南部ニューオリンズ由来のセカンドラインファンクになってるコト。当事者同士がどこまで計算してたか?いやしてないかも?それは分かりませんが、結果的にダーティサウスの成分をグッと吸っていたのです。ビートをミニマム解体しても分解されないファンクを仕込むワザと、そのミニマムなファンクを見事乗りこなすワザ。うーむ、日本人のボクが一聴してその魅力に到達するには、ハードルがやや高い。

●そんなこのアルバムの総監督は DR.DRE 大先生。そんな彼がトラック制作した1曲目「GET YOU SOME」で前述 Q-TIP が客演してます。ここの DRE 先生もエキセントリックなほどビターなミニマムトラックをカマしてきます。これはセカンドラインファンクとかじゃなくて、もっとスクエアなビート配置…おそらく自身のソロ「2001」1999年で編み出した「微分ファンク」(←コレボクの造語です)、とことんのミニマム反復で強い中毒性を醸す特殊技術を投入してます。そこで BUSTAQ-TIP も見事にこの難易度の高いトラックを乗りこなします…スゲエなあ、このハイレベルなクリエイティブの交換。

●その他、MISSY ELLIOTT、NAS、KELIS、WILL.I.AM などが参加。さらには STEVIE WONDERRICK JAMES と70〜80年代の伝説超人までを召喚しています。ミドルスクール期(80年代後半)のファンク大将 ERIC SERMON のトラックで WU-TANG 軍団からの刺客 REAKWON BUSTA が共闘するのも一興…DRE 先生の味付けで憂いの気分が濃くなってますが。TIMLABAND 提供トラック「GET DOWN」が彼には珍しく軽量級の手数が多いハイスピードトラックで実にスリリングでクール。Q-TIP とのコラボ曲はもう一つあって。今は亡き天才プロデューサー J DILLA のトラックによる「YOU CAN'T HOLD THE TORCH」。これは前述ミックステープにも再録されてます。



で、SWIZZ BEATZ ってどんなヤツよ?

SWIZZ BEATZ「ONE MAN BAND MAN」

SWIZZ BEATZ「ONE MAN BAND MAN」2007年
キーボード1台ゆび1本で辣腕を振るった男の音楽を聴くか、と思い、本人名義のソロを。ただ、この時期 SWIZZ は自分のレーベルとプロダクションをキチンと備えてて、トラックは十分なほどリッチ。プロデューサー出身でありながら、このアルバムは完全にラッパー SWIZZ BEATZ のアルバムで、自身によるトラック制作は半分弱で残りはやや舎弟めいた人に作らせてる気配が…。この人がヘタウマで鳴らした時代はキャリア初期の90年代末〜 RUFF RYDERS とつるんでた時代なのかも。当時彼はまだ十代だったからね。

ニューヨーク出身でありながら、ダーティサウスの匂い。
●元来生粋のニューヨーク生まれだった彼は、暴力沙汰を度々起こして高校をヤメ、一時期アトランタにいたらしい。ヒップホップや DJ は NY 時代で馴染みきっていたが、ダーティサウス感覚はこの時に滋養としたのか。そんで義理の叔父がレーベル RUFF RYDERS 関係者だったっつーツテを頼って働き始める…これがキャリアのキッカケ。出世作「RUFF RYDERS’ ANTHEM」は指1本でも弾けるけど突き抜ける高揚感を煽るリフラインがキャッチーだった覚えが。本作の自作トラック「TOP DOWN」にそのテイストが含まれている。
●この作品の基調は、一小節の中に16音符がスキマなくバラまかれて、細切れのビートが常に安定せずに振動している。つまりバウンスしている。これがダーティサウスの特徴であり、この時代のヒップホップの、いやもっと大まかに言えば1996年以降のヒップホップの基本フォーマットに沿っている。
●ザックリ言えば、1996年以前は4ツ打ち感覚に合わせてビートにカラダを沈み込ませる感覚で、1996年以後は8ビート/16ビートでカラダを常にフワフワ浮かせてる感覚、ボクはそう納得してる。こうした細かく配置されたビートのパーツが様々な瞬間にシンコペーションを作ってて、ラッパーにも聴き手にもクラブのダンサーにも、アクセントの掴み方に自由な解釈を与えている。「MONEY IN THE BANK」は当時サウスで流行したスナップミュージックを導入し(スナップ!これまた語りたい素材!)、スカスカトラックのスキマに逆にビートを感じさせ、バウンスさせる手法を用いている。

●その他キャッチーな自作トラック。「TAKE A PICTURE」という曲では BILL WITHERS「LOVERY DAY」大ネタ使い。COLDPLAY「X&Y」をガッツリサンプルしてる曲もあるね。バウンシーでダーティサウス濃度が高い「IT'S ME B*#@HES」のリミックスは、LIL WAYNE、R. KERRY、JADAKISS のマイクリレーでスリル満点、からの WU-TANG 古典曲「C.R.E.A.M.」のまんまネタ使いをムリヤリ繋ぎ込んでシメルあざといワザが、イチイチグッと来る。
●実は彼の奥さんは、オーセンティックなR&Bシンガー/ソングライターの才女 ALICIA KEYS。釣り合いがとれてるのかどうなのかワカンナい…結婚3回目らしいし、隠し子いるし(WIKIに書いてあるってことは隠してないか)。



RUFF RYDERS のジャイアン系ボエ声兄さん。

DMX「THE GREAT DEPRESSION」

DMX「THE GREAT DEPRESSION」2001年
DMX RUFF RYDERS の中でも出世頭として活躍したラッパー。ワイルドでガナリ系のラップスタイルは、実は聴くと疲れるほど。1998年のアルバムデビューから矢継ぎ早で作品を繰り出し、2001年にしてもう4枚目。彼のキャリア全体ではそんなに評価が高くない作品って WIKI に書いてある…「大不況」ってタイトルが景気悪かった?だから安かったのか、480円だったよ。ラップやフロウに強烈さはあるけど、トラックはわりとオーソドックスかなー。ココまで聴いてた物件がエキセントリックすぎる?いや、受けなかった理由はソコにあるのかな?
SWIZZ BEATZ との仕事は二曲。「YOU COULD BE BLIND」という曲では女性シンガー MASHONDA を召喚…って、この女性、SWIZZ の前の奥さんじゃん。ま、イイか、ALICIA KEYS と知り合う前の話だから。もう1曲もフツウで残念。
●客演といえば、80年代のディスコディーヴァ STEPHANIE MILLS がノビノビと歌うファンクチューン「WHEN I'M NOTHING」が華麗でタマラン。そして派手でダイナミックなトラックメイキングに定評ある JUST BLAZE がロックギターをフィーチャーした「I'M A BANG」がロッキンな仕上がりで、DMX のワイルドさがキチンと牙を剥いてる。これだよ、彼の本当の姿は。



DMX のケンカ相手。
ジャイアン系ボエ声キャラは、カブルのでケンカになります。

JA RULE「RULE 336」
JA RULE「BLOOD IN MY EYE」

JA RULE「RULE 3:36」2000年
JA RULE「BLOOD IN MY EYE」2003年
●コイツも結果的に聴いてて疲れる案件です。DMX RUFF RYDERS の看板スターであったように、この男は MURDER INC. RECORDS の看板スターであります。そして、彼はこの MURDER INC. の看板をデカく掲げるために構わずケンカを吹っかけるヤツなのです。

ヒップホップの派閥抗争は、ある意味でエンターテインメント。
●善悪の問題はさておいて、ヒップホップの派閥闘争(音楽的/犯罪的の両面)は、彼らの生存戦略として最初から折込まれています。「ヒップホップはプロレスである」というテーゼを前述著書「文化系〜」が主張してますがボクも100%同意、エンターテインメントとして、アーティスト同士のなんらかの対立をファンは楽しむ、という構図があるのです。プロレスラー同士、またはプロレス団体同士の因縁ってあるでしょ。アレと一緒。どこまでマジかわからないし、筋書きがあるかも知れない。

ただし、ヒップホップではマジで死人が出る。
●1996年にニューヨークとロスの東西派閥抗争が頂点に達し、2PACTHE NOTORIOUS B.I.G. という傑物が相次いで殺害される結末を迎えます。DEATH LOW RECORDSBAD BOYS RECORDS というレーベル単位でバトルが繰り広げられたのも、ポップミュージック史が今まで体験してこなかったコトでした。ヒップホップは元来からその伝統の中に相手を言い負かすバトルの要素、いわゆるビーフの要素を内包していましたが、まさかホントの殺人にまで結びつくのは極端な事。コレもヒップホップが急速に産業化し、デカイ金額が動くビジネスになったコトが遠因にあるのかも。

●で、そんな体質はその後も残っていて。DMX に対して年少の JA RULE は1999年デビューの後発で、似たジャイアン系ボエ声芸風なので完全にフォロワー扱い。なにしろ MURDER INC. RUFF RYDERS は流通が同じ DEF JAM なので、ファーストアルバムにはフツウに先輩ヅラで DMX も参加。だがそこまでは友好的だったのに、JA RULE 側はその後ケンカ腰になる。そうでなければ埋もれて生き残れないと考えたのでしょう。
●彼らは、もう一つの重要派閥 ROCK-A-FELLA RECORDS JAY-Z へも挑発的態度をとる。さらには、AFTERMATH RECORDS DR. DRE、そして彼が発掘した EMINEM と彼の SHADY RECORDS にもケンカを売る。ブレイクとしては自分よりも後発の 50 CENT と彼の G-UNIT にもケンカ。同じジャイアン系の BUSTA RHYMES も巻き込まれていく。
そして、結局人が死ぬ。2003年、MURDER INC. に契約したばかりの D.O.CANNON という若手が射殺される。犯人が誰だか分かっていないけど、対立していた SHADY RECORDS 関係者か?という見立てがある… SHADY 系列にある G-UNIT はマジで武闘派だからね。

●そもそも、なにしろ、レーベル名が MURDER INC. ですからね。「殺人会社」ってスゴいセンス。途中であまりにミもフタもないと気づいたのか THE INC. RECORDS に改称したりもします。社長も出しゃばりでね… IRV GOTTI という人です。BAD BOYS の社長 PUFF DADDY〜P. DIDDY や、NO LIMIT MASTER PCASH MONEY BABY A.K.A. BIRDMAN などなど、自分が出張る名物社長はヒップホップ業界にいっぱいいます。これもしゃーないね。THE INC. には ASHANTI など真っ当な R&B シンガーもいるので、フツウにしてる自制心も必要かと思うのですが…。

●そんなこんなで、バタバタしているうちに、みんな素行が悪いので当事者が刑務所に入ったり出たり。キャリアそのものがグダグダになってきたので、なんか決着がついたのか仲直りしてるのか、もうよくワカランです。所詮宣伝のために吹っかけたケンカ、話題にもならなきゃ命かけるモンでもないし。時間も経ってみんなオッサンになったし。俳優業に転身とかもしてて。

●音楽の話してないよね…。実はあんま言う事ない…。IRV GOTTI のトラック趣味がボクに合わないのと、マジでジャイアン系としては、フツウっちゃフツウなので、悪くもないし良くもないし…。5枚目「BLOOD IN MY EYE」にボートラとして再収録された「MURDER REIGN」という曲が TOTO「AFRICA」の大ネタ使いでキラキラしてるのがポップだなって思うくらいか。




●BUSTA RHYMES「THANK YOU」FEAT. Q-TIP, KANYE WEST & LIL WAYNE。
●このジャイアンぶりと、ナードっぷりの好対照を見てください。



●BUSTA RHYMES「TOUCH IT (REMIX)」
●豪華な客演陣がスゴ過ぎて、このジャイアンは人徳も愛嬌もあるってことが分かるね。








今週は、急性胃腸炎になって、下痢&嘔吐&腹痛&発熱に苦しめられました…。
●会社もいけない…仕事もできない…。
●人に押し付けてしまった打合せや会議も心配で、ソーシャルも見られないよ。

久しぶりに、2日連続で点滴打ったよ。
●食べない飲まないで脱水気味だから血管も浮き出てこないので、看護師さんが困ってた。
●点滴3回失敗された時は…イタいけど、どこもかしこもイタいのでもうどうでもイイと思ってた。

大学の総合病院ってキライなんだよ…人が大勢並んでて混んでるから。
●ココは野戦病院か。混雑を裁く病院スタッフさんも余裕がなくて。そもそも痛んでるボク自身に余裕ないし。
●全員余裕なくて当然か。病人は世の中にいっぱいいるんだからなー、今後どんどん増えるんだもんなー。高齢化社会だよなー。
車椅子、杖、腰が曲がった人。カラダのカタチも標準からズレタ人がこんなにも大勢いる様子に戸惑う。うーむ、ボクの普段暮らしてる世間はやっぱサニーサイドだけしか見えてない。この困難を抱えて毎日暮らしてる人と、そんな人たちを毎日ドタバタとこなすことで全力疾走な医療従事者のみなさん。大変だー。

ボクの点滴ベッドのとなりでは、車椅子のおばあちゃんが心電図を取られようとしてた。コレにボクはビビる。
●ナースさん「おばあちゃん、このベッドに横になれる?」「大丈夫!?イタいの?ダメ?横になれないの?!」え?ベッドに横になれないって、どんなカラダのカタチをしてるんだ?カーテン越しだからよくワカランが気になる!
●ナースさんも戸惑いながら必死に声かける。「手伝える事ある?車椅子もどる?ムリしないで!これでも心電図とれるから」…おばあちゃんは言葉も出せず、ボクに聴こえるのは「ひゃ〜ひぃ〜ひゃ〜ひぃ〜」というメチャしんどそうな息遣いのみ。切羽詰まってんなー。

●一方、ちょっと、おじいさんたちのファッションがオモシロかった。
●何人かオシャレしてる人がいて。カジュアルだけど上品なツイードのジャケットとウールのベスト、で用もなくナースさんに声かけてる。ニコニコ。あ、病院って彼らには社交の場所なんだ。
ハイキングに行くかのような登山ウェアのおじいさんも。カジュアルな私服で暖かめを選んだら、趣味丸出しのコーディネートになっちゃったみたいな。でも、クツまで本格的なトレッキングブーツなのはヤリ過ぎじゃないか。

パパタオル

●一応回復して、多少持ち直したけど、現在我が家の中でボクはバイキン扱い。




猪瀬氏が辞任して、いきなり都知事選でしょ。

へうげもの細川幽斎(「へうげもの」の細川幽斎)

細川護煕さんがナニモノかコドモに説明するとビックリしてた。「応仁の乱って社会で習ったろ。あの守護大名・細川氏がずっと続いてのお殿様があの人だぞ」安土桃山時代の数寄大名・細川幽斎を、山田芳裕のマンガ「へうげもの」ではわざわざ細川護煕さんをモデルにした顔で描いてる。「バカボンド」宮本武蔵を招こうとしている小倉藩も、同じ細川氏が統治してた。
1993年の細川・非自民内閣成立/いわゆる55年体制の瓦解は、ある種の高揚を感じた…。あの時期は、世界全体で冷戦構造が激しく流動化し政権交代がたくさん起こっていた。ソ連崩壊。東西ドイツ統一。東欧独裁政権の崩壊。共和党パパブッシュから民主党クリントンへ政権が変わったのもこのへん。韓国も民主化が進んで初めての直接選挙で盧泰愚大統領が就任。戦後スキームとは別フェイズに突入する感じが、あの細川政権にはあったんだけどね。まーあっさりとした短命政権だったのが拍子抜けだったけど。

で、この男が再登場/立候補。マック赤坂。

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スマイル党総裁。国政/地方選問わず、どこでも何度でも選挙に出て来る。
●このオジサン、ボクはタレントさんだと思ってましたよ。実は実業家で、本人はマジなんですね。
●前回の参議院選挙に落選して、引退宣言したのに、もう復活ですよ。

映画「立候補」

映画「立候補」/監督:藤岡利充
●この人の選挙活動に密着したドキュメンタリーが、去年ミニシアターで超話題になってたんですわ。メインの劇場「ポレポレ東中野」じゃ混雑で見られないほどの盛況ぶり。ボクは代休消化の平日に下北沢トリウッドで見られたので多少余裕を持てたけど。で、コレがオモシロかった!

●映画のコピーは「あなたはまだ、負けてもいない」

●2011年の大阪府知事選挙を舞台としたこのドキュメンタリー。
当時は、橋下徹氏が大阪市長にシフト、その空席を「維新の会」が埋めて破竹の勢いで橋下イズムが躍進する状況。なのに出る。勝ち目なんてないじゃん。でも、出る。それがマック赤坂。そんなマック氏はじめいわゆる「泡沫候補」のみなさんを訪ねてまわるカメラ。主張、言動、パフォーマンス、アレコレがオカシイというか可笑しいというか、ユニーク過ぎるマックさんに序盤は爆笑。政見放送でも可笑しいコトを仕出かして、ソレをテレビでみてマックさん自身が大笑い。「オレが爆笑してるんだから、コレはマチガイないね!」なんだか大間違いな気がする。実業家だけに移動はピカピカのロールスロイスだけど、選挙参謀兼運転手兼秘書兼演説補佐兼アレコレ雑用の男性一人だけがお供。まさしくドンキホーテ&サンチョ・パンサの凸凹コンビ。そして路上に立ち、トレパン姿でダンスを踊る。

ただ、このマックさん、酔狂だけで選挙をしているわけじゃないのだ。
●選挙に立候補するには300万円の供託金が必要。一定数の投票が集まらない場合はこのオカネはもどってこない。それでもやるワケとは。残念ながらマックさんはそれをさっぱり言語化できないのだけれども、カメラの視点はそれを乗り越えて本気度をジワジワと伝えてくる。会社経営を実質引き受ける息子さんが語る。「なんでフツウにできないんだよ、なんでマジメにできないんだよ、と聞いたんです。じゃあ、マジメってなんだよ!?どうやったらできるかわかんないよ!そう言われました」とどのつまり世の中をスマイルさせたい一心で路上で踊る彼が、その手段としてフツウの政治活動をとって目的が満たされるのか?彼の中では首尾一貫があるのかも知れない。「オレが話をしたって、誰も足を止めないよ。踊ってるときだけ足を止めるんだ」ともかく選んだ手段がマト外れかワカラナイがマチガイなく彼には覚悟がある。伝わるかどうかワカラナイが叫びたい信念がある。民主主義は、そんな人たちを回収する仕組みを備えていて、それは健全なコトなのだと思う。

投票前日、演説の場所が「維新の会」橋下代表とガチアタリする。
●完全なるアウェイの中、突入していくマックと運転手。大勢の群衆から怒号が巻き起こる。「帰れ!帰れ!」あの大群衆の強烈な敵意に立ち向かう勇気とは!
●この世に、「民意」という名のモンスターは実際に存在する。大波にも似て、突風にも似て。無色透明で無味無臭だけど、世の中を動かす大きなうねり。それが意に染まらぬモノである時、果たして個人は動けるのか。マック赤坂は、意味があるかは別にして、その敵意ある「民意」に挑み続けてきた。その蛮勇に大きく心を揺さぶられる。ラストシーンは、安倍晋三氏とのガチアタリだ。より巨大な群衆から、恐ろしい怒号と罵りが飛ぶ。

●そして現在。おごれるものは久しからず。あれから数年も立たずに「維新の会」は勢いを大きく削がれ、橋本徹氏から第三極を担うカリスマは失われたかのように見える。安倍首相は健在のようだが、それがどれだけ持続するかはだれもワカラナイ。2011年時点は体調を壊して失脚した野党議員だったのだから。

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●前の参議院選挙、政見放送に登場したマック氏の様子。もうブッチギリだよ。
●でも、ゴメン、投票はしないわ…。




●ホントに具合悪いと、音楽も聴けないのよね。
●そこで薄味を選んだのさ。

味の薄さも、これまた一つの味。

CHINA CRISIS「ULTIMATE CRISIS」
CHINA CRISIS「ULTIMATE CRISIS」1981〜1989年
「中国危機」というバンドの名前がイイ!と思って、どんな内容かもろくに知らずに AMAZON に発注した物件。まー900円程度の衝動買い。その正体は、80年代に活躍したニューウェーヴ〜シンセポップでした。イギリス・リバプール出身の二人組が中心となって、今でも地味に活動中らしい。
●バンドの名前のザラツキ感とはウラハラに、すごく薄っぺらで焦点の定まらないシンセと、ペッタリペッタリと単調に続くドラム、そしてサラリとして引っかかりがナニもないボーカル、そしてどの曲聴いても全部一緒に聴こえる芸風の狭さ、2枚組のベスト盤なのにさっぱりベストに聴こえない、などなど、ツッコミどころ満載すぎて、逆にオモシロくなってくるほどの音楽に、バカなボクは今マジでハマりそうになってます。薄いシンセと薄いドラムマシーンと、感情が薄いボーカルが、ボチボチにクールな時代があったということを踏まえ、そしてその薄味を丁寧に味わう。これも一興。
●リバプールといえば THE BEATLES を輩出した街であり、マージービートなんて言葉もできたほどだけど、盛り上がったのは60年代だけじゃない。CHINA CRISIS の80年代には、この街から FRANKIE GOES TO HOLLYWOOD、A FLOCK OF SEAGULL、THE TEARDROP EXPLODES、そして ORCHESTRA MANOEUVRES IN THE DARK(つまり OMD です)が登場。ポップミュージックの世界ではソコソコ賑わってたそうです。…え、この名前を聞いても地味?ですよねー。でも、この同郷同時代バンドと比べても、CHINA CRISIS はズバ抜けて地味で淡白です。
●2枚組で900円程度ってのがおトクと思って買ったけど、2枚組聴き通す根性が途中で萎えそうになる…そんな中でも、バンドの代表的ヒット曲「WISHFUL THINKING」「BLACK MAN RAY」は耳に馴染んだ。つーか、今までに聴いた事があるのがこの2曲だけだったからかな。シンセの旋律が一番キレイだなーと素朴に感じる。「BLACK MAN RAY」は一応オリエンタル風味のアレンジをまぶしてるみたいで。気のせいレベルにしか伝わりませんが。
80年代はあくまで米ソ対立/鉄のカーテンの冷戦構造だったから、共産主義陣営でありながらも中国は、ヨーロッパ人にとってソ連の向こう側の地の果てだったんでしょう。「中国危機」がまさか世界経済ど真ん中のリスクになろうとは、当時には想像もつかなかったのでしょう。ましてや日本との国境問題(引き目に見れば、無人島一個分)で東アジア地域の政治的緊張がココまでホットになるなんて、誰も思いつかなかった。セッセと軍拡したりとか、特殊なネット文化を作ったりとか。そんで世界第二位の経済大国。





●さて。テレビの話題。

年末年始には、実験的な番組も放送されてた。
TBS がクリスマスイブに放送した「マッチング・ラブ」
●そして1月3日に放送された TBS「リアル脱出ゲームTV」テレビ東京「みんなでスペースインベーター」だ。

マッチングラブインベーダー

●いずれも、スマートフォンを用いたインタラクティヴ性を演出に取り込んだ番組だ。「セカンドスクリーン」というヤツだね。
「リアル脱出ゲームTV」はもう4回目のお馴染み企画になりつつある謎解きゲーム。「マッチング・ラブ」はある恋愛ドラマを縦軸にしながら(主演:風間俊介くん)、視聴者が心理テスト的な問題に答える事で、相性がピッタリな異性がスマホ上で表示されるという、新しいコンセプトの番組。インタラクティヴィティとドラマが有機的に結合する演出という意味では似たスタイル。それもそのはず、この二つの番組の企画/プロデューサーは同一人物。中島啓介さんという若手クリエイターが仕掛けている。
「みんなでスペースインベーダー」はよりアクションゲームの要素が強いインタラクティヴィティ。タイトーの超古典ゲーム、スペースインベーター(今年で35周年!)の世界観を4つのボタンを使い分けて楽しむ番組。テレ東系衛星波 BS JAPAN で放送した「BLOODY TUBE」をアレンジした構成になっていた。こちらも同じクリエイティブチームが関わっている。これから名を覚えておくべきクリエイター集団「バスキュール」

2014年は、より活発にこのようなデジタル技術によってブーストされるテレビ番組が増えてくるんだろうな。
「スペースインベーダー」は、次世代データ放送規格のハイブリットキャストにも対応していたそうだ。まだハイブリットキャスト対応テレビなんて世間にほとんどまだないけどね。ココにきてテレビを中心にしたネット経由の技術革新が進んでいる。ともかくオモロい時代になる感じがする。



●出版業界も、オモシロい試みをアレコレ試している。

小さいヤンマガ

コレ、右が「ヤングマガジン」2014年1月22日増刊号。サイズがすごく小さい!
●左が「ビッグコミックスピリッツ」2014年1月22日号で、レギュラーサイズ。右の「ヤンマガ」は単行本サイズ!A5サイズよりも小さい。でも中身は通常版と変わらない。判型を変えて、新しい雑誌の読まれ方を模索するトライ。

●こうした判型をめぐるチャレンジは、すでに女性誌から始まってるってコトはこのブログでも以前触れた。あの大きくて重い女性ファッション誌を、内容はそのままにして、判型サイズだけ小さくするというトライ。従来の女性誌は女性が持ち歩くバッグには入らないから、というマーケティング上の狙いが見て取れた。だが読者にとってどう見えたかは微妙…だって女性誌って情報過密だから字が小さくなるとキツい気もする。
●反対に「文藝春秋」は読者が高齢化してるコトを察して、今年「字の大きな文藝春秋」というものをテスト版として販売した。このケースでは、文字だけではなく、雑誌の判型もそのまま111%大きくした。内容は通常版と同じ。ちょうど芥川賞掲載号だったのでボクも手に取った…ボクは老眼じゃないから気づかなかったんだけど。

●そんで、今回はこのマンガ雑誌。ボクの中では一番シックリ来るスタイルだった。
単行本サイズってのは、マンガ読者としては従来から馴染み深いサイズだから、読者としては判型変化に違和感が全くない。小島陽菜ちゃんのグラビアがちょっと小さいか?と思う程度だ。出版社/流通サイドにとっても、この判型はコンビニに流通してる総集編っぽいマンガと同じカタチだから、印刷も流通もすでにノウハウやインフラが整っているはずで、派手な追加投資は必要なかったと思う。とにかく、マンガかさばるから、もうコレでイイ!

●文脈的には関係ないけど、「ヤンマガ」はこの号の前で、木多康昭「喧嘩商売」改題「喧嘩家業」が連載復活したんだよね。2010年9月から連載ブランク3年半。あー作者壊れちゃったんだろうかーと心配してました。よかったよかった。内容はエゲツナイ格闘マンガだけどね。異種格闘技トーナメントを大風呂敷で描いて、そのデカさに作者の構想が崩壊しちゃったのかと思った。

木多康昭「喧嘩商売」(「喧嘩稼業」)

そしてウェブサイト「となりのヤングジャンプ」がスゴい。http://tonarinoyj.jp/

となりのヤングジャンプ

こちらはウェブ無料配信でマンガを公開してるサイト。その惜しげない大盤振る舞いブリがイイ。あくまで新人開発枠/実験枠的な扱いのマンガを揃えてるんだろうけど、目玉連載のONE/村田雄介「ワンパンマン」はフツウに単行本化されている。ヴィレッジヴァンガードで平積みされててメッチャそそられてた作品だったから、ココでタダで読めてメッチャうれしかった。
ONE/村田雄介「ワンパンマン」は、なんでも一撃で倒してしまう正義のヒーロー ONE-PUNCH MAN の意。ちょっぴり「ドラゴンボール」鳥山明を彷彿とさせる画風に、飄々とした主人公の佇まいが徹底的に非シリアスでイイ感じ。コレ注目していきます。もうひとつ、ドイツ人女性との国際結婚生活をラブラブに描いたカロリン・エックハルト「奥さまグーテンターク」もイイ味だしてます。

ONE/村田雄介「ワンパンマン」(「ワンパンマン」)

●電子出版で、ボクのサイフもコストカットするのです。

「週刊Dモーニング」IMG_0120.png

「週刊Dモーニング」
「週刊モーニング」の電子出版アプリ。月額500円。紙で買えば330円×4週=1320円だからすっごく割安。「バカボンド」「ビリーバット」だけ掲載されてない以外は内容は全部一緒らしい。今年から「モーニング」は電子化してサイフの負担を軽くする!
●今まで週刊誌はおフロで読むコトが多かったので、濡れてもイイ媒体であることが条件だった。すぐ捨てちまう紙ってのは都合のイイ媒体だったねえ。だけど、最近ボクはスマホをジップロックに入れておフロでゲームするテクニックを身につけた。このノリでマンガもモバイルで読む!ということで、購読を決心。さすがにスマホはマンガを読みにはチトちいさいのでタブレットで読むことになるけど。タブレットなら全然問題ない。

●今の「モーニング」で注目している作品は、竜田一人「いちえふ」福島第一原子力発電所にて、日々続けられている作業と労働を、作者本人の体験に根差した描くアプローチ。すでに新しい日常となっている現場での労働の日々は、「原発推進」も「脱・原発」も関係ない。ただやることをやるだけ。その先に何があるのかは分からない。なぜなら、彼らが向き合う労働は一世代で終えられる仕事ではないのだから。



●ですので、最近、紙で読んだマンガも報告するのです。

水嶋慎二「若者たち」

永島慎二「若者たち」
●ワリと最先端な取り組みを紹介したくせに、いきなりスゲエ昔の作品を。初版1973年。ボクの生まれた年だわ。永島慎二さんは60年代の熱い政治の季節を通り抜けた70年代シラケ世代の素朴な青春を、淡いタッチで描いた作家さんです。おそらく、暑苦しい劇画路線こそがメインストリームであった当時のマンガシーンでも、このアンチクライマックス/アンチカタルシスな作風は異端だったに違いない。でもコレが、カタチのない夢をみて、なんとなく都市に吸い付けられてしまった若者のリアリズムだったのかも。去年の羽根木公園のフリマで買ったんだわ100円で。
カネがない、モノもない、ろくな仕事もないし、住むトコロもない、女子なんて当然縁がない、明日より先の未来も見ない、そんな不安定はなはだしいフーテン生活を、ただ淡々と描く。マンガ家志望の主人公は、自分と似た空気を持つ若者を自分の狭いアパートに連れてくる。売れない油絵描き、小説家のタマゴ、歌手志望、自称詩人…。そんな連中の奇妙な共同生活。ラーメンが食べられたら最高。喫茶店でコーヒー一杯飲めたらなお最高。同居人全員が全財産をケンカもせず共同運営してるのが不思議だけど、それだけ小額ってコトね。70年代の青春ってこんな風景だったんだ。現代日本はソーシャルで友達が無限に繋がってるし、シェアハウスなんてスタイルだって注目されてるけど、きっと今の若者には、こんな三畳一間で男5人のホモソーシャルな共同生活は無理だろう…つかボクが無理だ。「テラスハウス」くらいカッコよくて、カワイイ女子もいないとね。

久保ミツロウ「アゲイン!!」9

久保ミツロウ「アゲイン!!」9〜10巻
●70年代の淡いフーテンの青春を最初に取り上げたのは、この現代日本の青春と比較したかったから。この回では、演劇部が主人公の自作脚本「しにたいミュージカル」を上演する。そこにこんな歌が登場する。「生きててなんもいいことない時に歌う歌」。引用しちゃうね。

 「生きててなんもいいことないとかいつも言っちゃうけどー そこまで追いつめられてる訳じゃないんだー ごめんねー 誰かにいらないって言われた訳じゃないしー 食べるのにも困らないし寝る場所もあるのにー 毎日生きててなんもいいことないって言っちゃうのごめんねー だけどみんなが楽しく生きていくのに自分だけがジャマに思えちゃうんだぜー 誰にもジャマなんて言われてないのにー ジャマなのは割り切れない自分の感情だけなんだぜー」
 「生きるって何でこんなに面倒くさいんだ 学校行きたくない大学行きたくない働きたくない 言いづらい言いづらい そんなこと言ったらレッテルを貼られるんだ卑屈な人間だって 俺達は言いたいだけなんだ 口に出せば気持ちが晴れるそんな不思議な言葉 しにたーい!」

●生活に必要なものは全部あるよ。重々分かってる。卑屈かといわれればそうかもしれない。それも分かってる。でも全部をぶっ壊したいんだ。このぬるく間延びしてイライラする世界と自分を!
●ホントにナニも持ってなかった70年代の青春は、言葉自体もナニもない。女の子とも話せない。夢だってホントに実現したいと思ってるかも定かじゃない。明日のことは全部明日に任せて今日を生きるだけ。でも10年代の高校生は、饒舌な言葉で全てを先回りして、自分の立場/自分の見え方/自分の行く末まで全部分かっちゃった上で、たかが知れてるこの先の人生に「軽く」絶望している。しかもソレが無意味とわかっていながら、その絶望に抗いたいと思う。それが「しにたーい!」。取り巻く世界/その中心の自分を内面外面双方から全否定!
●フーテンと、しにたーい高校生。この違う時代の若者が、もし出会ったらどんな会話をするだろう。全く言葉が通じないかも知れない。ただ、よるべなき不安を抱きしめたまま、その宙ぶらりんの自分を維持しているコトで彼らは同じ人種だ。安易な帰属意識にしがみついたり、信条や美学の価値判断の放棄をしていない。たとえ味方が少ない事がわかっていても。「社畜」とか「クラスタ」とか「愛国」とか「ソーシャル」とかの集団帰属意識に安住しないで、その不安に耐える。それが何の役に立つのか?なんだろうね?
「アゲイン!!」10巻最後の主人公の言葉がイイ。「100%うまくいく保証なんてないけど 100%うまくいかない保証もないんだよ 俺らみてーなクソ野郎はさ自分らが動かなきゃ面白ぇこと起こる訳ががないの 不安ばっかあおんじゃねーよバーカ」ドコに向かって進むのかこれまた全くワカラナイけど、きっとココがレジスタンスの始まりだ。

押見修造「惡の華」4

押見修造「惡の華」4〜5巻
●実はだいぶ前から話題になってて、もう今さら感すら漂う、ディスイズ「中二病」の地獄道。でもしょうがない、主人公たちは実際に中学生だからなあ。ボードレール「悪の華」をBGMにして、群馬県某所の永久に続くかのような退屈すぎる日常を、倒錯的な行為でブレイクスルーしようとする少年少女の狂気。「この町はクソムシ 僕はどこにも行けない 山の向こう側も…どこへ行っても変わらない だとしたらこの町の中で「向こう側」を見つけるんだ それがなくちゃ生きていけない…!」ボクはこの濃厚な自意識の暴走にややヒキ気味で、続きがなかなか読み進められない。だたし、「向こう側」は、退屈な故郷を捨てようとも、地の果てまで行こうとも、見つからないのは事実だと思う。

渋谷直角「カフェでよくかかってる J-POP のボサノヴァカバーを歌う女の一生」

渋谷直角「カフェでよくかかってる J-POP のボサノヴァカバーを歌う女の一生」
●こちらは90年代サブカルの世界で肥大してしまった自意識に収拾がつかなくなって、そのまま長い時間を「青春の延長戦」に費やしてしまった人々の悲喜劇。(クリエイティブな)ナニかをやろうとして、結局ナニモノにもなれなかった。そんな人間を、ボクが笑えるかというと全然笑えない。90年代の呪いは、同時代に青春を過ごしたボク自身の中に見事に巣食っていて、そのサブカル体質はボクの細胞と遺伝子に取り返しのつかないほど染み込んでいる。そんなボクのような中途半端なアラフォーに、この作品は突きつけられている。
●表題作は、有名になりたいと固く願いマクラ営業までしてインディレーベルのCDで1曲だけシンガーを務めた女の子の話…とはいっても35歳なんですけど。マンガの冒頭で、彼女は下北沢モナレコードにて PIZZICATO FIVE「SWEET SOUL REVUE」を歌っている。もうこのヘンでボクにとっては至近距離のオハナシで、ヒリヒリする。その他「ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園」「空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋」「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画」とタイトルだけでイタ苦しい。帯コメには「自意識の不良債権を背負ったすべての男女に贈る サブカルクソ野郎狂騒曲!」

夢を見るのが青春の特権だとするならば、それを無限に延長できる社会インフラが整ったのが90〜00年代だ。インターネットで自己表現/承認願望欲求を満たす回路が完璧に整備された。「ひきこもり」「晩婚化/少子化」も、青春を延長するシステムだ。無限にモラトリアムを継続する装置。生物学的な抵抗だって出来る。様々な手段で肉体を研鑽する事で「美魔女」にだってなれる。でも、誰しもがどこかで「青春」から撤収する場面がやってくる。
●10年代の若者から見ると、スノッブな趣味生活と生活への経済戦略が混濁してグダグダになってる90年代サブカル者の失敗はあまりにルーズでただの愚か者に見えるかも知れない。起業精神や転職活動、巧みなソーシャル社交戦略、フォーマット化された同人流通などなど、自己実現の手段をもっと堅実で具体的に捉えている今の若者なら、もっと上手くやるだろうし、このムゴい失敗例に「もっと上手くやればイイのに」と感じるだろう。ただ、今後はこの世代の失敗も、いつかこうして描かれることになるだろう。青春と挫折はいつもワンセットなのだから。



高橋ヒロシ「WORST」32〜33

高橋ヒロシ「WORST」32〜33巻
「クローズ」〜「WORST」と続いた「鈴蘭高校」叙事詩がとうとう完結。「野球部の補欠のようなヤツ」と言われるほどの、ウス味オーラだった主人公・月島花の奇妙なカリスマは、結果的に周辺キャラクターを濃密にさせてむしろ個性的な世界を作ってしまったみたい。第一印象ではアッサリ終わってしまったように思えたけど、あのキャラはどうなっただろうと思わせるような気持ちにもなって、結構ジンワリとする。

奥浩哉「GANTZ」37巻

奥浩哉「GANTZ」37巻
こちらもとうとう完結。ふーやっと終わった。この前の大掃除で全部売却してなんかスッキリした。巨人異星文明との激突〜徹底的な侵略殺戮カタストロフィがズーッと続いて正直最後の方はツラかった。そんな窮地がいつのまにかに大逆転攻勢でもろもろブッチギりゴールという感じの終幕。

八木教広「クレイモア」25巻

八木教広「クレイモア」25巻
●難敵を倒す度にまた別の難敵が…の繰り返しで、ボスキャラがどんどん強くなるインフレーションアクションが進行し過ぎて、世界観が徐々に崩れていく気がする案配が、ややクサレ縁めいてきてどうしようと思ってるけど、作品自体はまだ当分終わらない模様。「妖魔」「覚醒者」「深淵」ときて今は「深淵を超える者」がゴロゴロ登場。

貴家悠/橘賢一「テラフォーマーズ」7

貴家悠/橘賢一「テラフォーマーズ」7巻
●火星移民のための惑星改造計画で、異常進化した巨大ゴキブリが探査チームに襲いかかる。立ち向かうは地球の昆虫の遺伝子を埋め込まれた改造人間たち。ただでさえエゲツナイ異形の格闘アクションに、母星地球の国際政治が派閥抗争が紛れ込んで、奇妙なサイボーグの戦いはより厄介なものに…。もう読むのやめようかなと思ってたのに、息子ノマドがハマって買うのがヤメラレナイ事態に。



●音楽。今日はヒップホップ。

FABOLOUS「GHETTO FABOLOUS」

FABOLOUS「GHETTO FABOLOUS」2001年
王道とも言えそうなニューヨーク〜東海岸スタイルのクールなリリシズムは、多分90年代前半の方が時代に似合ってたと思っちゃう、やや地味で端正なラップフロウ。そんなちょっと残念なラッパー FABOLOUS のデビューアルバム。聴き所は、THE NEPTUNES が硬質ファンクなトラックを手掛ける「YOUNG'N (HOLLA BACK)」。2001年あたりの THE NEPTUNES はホントクールでカッコイイ。同時代にどんどんキャリアを固めていた TIMBALAND JUST BLAZE も手堅い仕事をしてます。西海岸〜ベイエリアのハイフィー界隈で活躍するトラックメイカー RICK ROCK と ロサンゼルスののど自慢 NATE DOGG の客演が光る「CAN'T DENY IT」は、ちょっと異質なバウンス感覚。でもラップはクール。

FABOLOUS「MORE STREET DREAMS PT2

FABOLOUS「MORE STREET DREAMS PT.2: THE MIXTAPE」2003年
●本来的には、この人の代表作であるセカンドアルバム「STREET DREAMS」2003年と続くところなんだけど、それは持ってないので、その延長にリリースされたミックステープ音源を。CDなんだけど、ミックステープ…この FABOLOUS を最初から支援してるプロデューサー DJ CLUE という人物がそもそもミックステープ業界をベースに活躍してる人で、そのミックステープをそのまま準アルバム扱いでメジャー流通させちゃったのがこの音源。DJ CLUE、前述の「GHETTO FABOLOUS」でも大半のトラック制作に関わり、ここでも制作陣のメインを張ってます。
●当時 DEF JAM と契約したばかりのイケイケラッパー JOE BUDDEN をフィーチャーした曲をいくつか収録。個性の違うMCの対比がハイテンポのトラックに乗って痛快な「FIRE (REMIX)」がカッコイイ。JOE BUDDEN も、ボクにとっては興味深いラッパーで、かつてその音源をがんばって探したモンだ。
●この二枚は、義弟 ken5 くんからもらったヤツだね。いつも、ありがとうねー。



●動画。FABOLOUS「YOUNG'N (HOLLA BACK)」。



●ニューヨークの地下鉄は大騒ぎだよ!2カットだけ THE NEPTUNES の PHARRELL がチラリ出てきてる。そんで後半は TIMBALAND が登場して、彼が制作した楽曲「RIGHT NOW & LATER ON」に乗換え。


今日は美容院いって髪の毛切ったんです。
無精なボクですが、今回はより一層粘りました。9か月髪の毛切りませんでした。
●元から半年は伸ばしっ放しにするのに、今回はその1.5倍。近年の最高記録です。
●ですので、かなりロン毛になってましたが、バッサリイキました。
●美容師さんに「また半年後メドで、おねがいしまーす!」って言われました。

●その流れで、ちょっとだけ原宿を散歩。そこで軽くお昼ゴハン食べようと思っただけなんだけど。
ロッテリアはもちろん、天丼てんやまでもが行列できてる!ウザイ!てんやのクセに行列とは!
●ケバブ屋でケバブでもと思っても…行列。あ、冬のセールをやってるから街全体が混んでるのか。
「あの街のどこかでチャンスをつかみたいのなら」と、きゃりーぱみゅぱみゅは歌いましたが。
●古着屋でセール品をみても食指が動かないボクは、もうチャンスとは縁遠いただのオッサンらしい。



それと、正月休みをはさんで、お久しぶりのヨガレッスン。
●仕事のPC疲れでカラダがコワバっているのを、なんとかほぐしたい。ヨガはそんな時ホントに欠かせない要素。左半身と右半身の動き方が全然違うコトに驚く。肉体の内面に意識をフォーカスする大事な時間。
●それでも仕事はしなくちゃいけない。イソイソと下北沢のカフェに移動〜PCを開いて、せっせとノマドワーク。資料作りをしてると FACEBOOK でどんどん問い合わせが入ってくる。連休なのに忙しいなあ。

●そんな時に、最近よく行くカフェがこちら。

FREEFACTORY.png

「FREE FACTORY」北沢2−11−2パティオ下北沢ビル3F
●ビル一階に横浜家系「壱屋」というラーメン屋さんがあって。ナニが家系?とか全然ノー知識。ただ、なんとなくソコで昼メシ食った時にフトこのカフェの存在に気づき。「ファクトリー」という名前が ANDY WARHOL 風だよなーと思いつつ、エレベーターに乗ってみたら、意外と居心地の良いお店だった。
まずフリーWIFIってのがウレシイ。ACもテーブルの真ん中に備えてある席がある。みんな気さくにPC開いてナニかやってたりしてる。と思うと、ゴロリと寝そべりつつ毛布をヒザにかけてくつろぐスペースがあったり。本棚には興味深い旅行本や写真集があって。アソコにある BOB DYLAN 詩集、いつかゆっくり読みたいなあー。ナゼか外人さんのお客が多いのは気のせいか?あ、コーヒー注文して出て来るマグが70年代ビンテージのファイヤーキングスだった!アレ、オシャレだと思った!



●さて、音楽。
●先日は ARETHA FRANKLIN だったので。
今日も、古典音源を聴いているんだー。今回はソウルじゃなくてロックね。

CREAM「WHEEL OF FIRE」

CREAM「WHEEL OF FIRE」1968年
●ロックの教科書があったら「死んでも必修」みたいな扱いの有名盤ですよね。なんたって ERIC CLAPTON の60年代のバンドですもの。アメリカ黒人のブルースをイギリス白人の手によって当時の最新モードへアップデート。ロックバンド(トリオ)というモダンな表現形態と、メンバー3人の卓越したミュージシャンシップ、そしてアンプリファイされた轟音で、結果的に後の世にはハードロックの始祖とも受け止められた歴史的傑作。JAZZ の即興性をも飲み込んだスリリングな展開は、当時の音楽マニアにはタマラナイものだったに違いない。

●で、コイツ2枚組なんです。1枚はスタジオアルバム。2枚目がライブ盤。
●このライブが、先日の ARETHA FRANKLIN のライブ盤でも紹介したサンフランシスコの伝説的ライブハウス FILMORE WEST で収録されたモンなんです。当時は THE FILMORE という名前だったから、このライブ盤は「LIVE AT THE FILMORE」って呼ばれてる。ところが実際に THE FILMORE で収録されてるのは1曲だけで、他の3曲ライブはもうちょっとオオバコなシスコの WINTERLAND BALLROOM って会場で収録されてます。ま、どちらにせよライブをプロモートしたのは THE FILMORE の名物店長 BILL GRAHAM だったので別にいいかーという感じ。
●このライブでは、やっぱ CLAPTON のギタープレイがまず耳を引く。一曲目「CROSSROAD」ブルースの始祖 ROBERT JOHNSON の超テッパン曲カバー。原曲からはかけ離れた大胆なアレンジ解釈、そして疾走感と痛快なギターリフ〜派手なソロ展開が、完全にモダンなロック。文句のつけようのないカッコよさ、つーか、この曲を誰もが知るブルースの名曲にしたのは CREAM のこのライブテイクなのではないでしょうか。それにつづく「SPOONFUL」 CLAPTON がイイ味出しまくるブルースロック。なんと16分間のジャムセッションで、重厚なリズムが腰にクル。
●今や「ギターの神様」になってしまった ERIC CLAPTON は、CREAM 結成までは THE YARDBIRDS でギターを担当。十代にして「スロウハンド」の異名を持つギターヒーローとして名を挙げてた。そんでアイドル的人気も含めて見事ブレイク。しかし、その頂点の寸前でバンドを脱退してしまいます。レコード会社からのマーケティング的制約から、本来自分がやりたいと思っているブルースロックが出来ないコトがストレスでショウガナイとのこと。その後ちょいちょいふらついた後で組んだグループがこの CREAM 。ただし、このアルバムが出た直後にこのバンドも解散発表。結局たった2年しか存在しえなかったのです。このロックトリオ、メンバー全員が激しい個性と独自性を持っていて、バンドとして成立するには緊張が激しかった…。

●さて、ココからがボクの本当に面白がってるポイント。
●この CREAM は、今だにキャリアを発展させてる ERIC CLAPTON の存在よりも、その他二人の存在の方がずっと興味深い。
ベースボーカル JACK BRUCE。ドラム GINGER BAKER。2人ともロンドンアンダーグラウンドでブルースの研究と新しい表現を模索していた実力派プレイヤーで、やはりボクが気にしてるこの時代のオルガンプレイヤー GRAHAM BOND とバンドを組んでた連中だ。ライブ演奏を聴けば明白だが、ドラムもベースも、CLAPTON のギターに負けない饒舌ぶりで、三つ巴の格闘戦を見ているかのようだ。ジャムセッションの中で JACK BRUCE は本当に奔放でトリッキーなベースラインを描き、GINGER BAKER も実に個性的で主張の激しいドラムを叩く…どこか強烈な野蛮さが漂うドタバタした音を選ぶ。で、結果的にこのリズム隊は実にファンキーだ。アルバム最後を飾るライブテイク「TOAD」は16分の長尺ジャムだが、GINGER のドラムソロメインで、そのプレイはジャズを通り越してアフリカンミュージックまで感じさせる。
●さらに、スタジオ盤部分でも、活躍しているのは CLAPTON ではなく他の二人だ。CLAPTON はブルースカバーを2曲選択しただけで、他の7曲は BRUCEBAKER がそれぞれで作曲している。CREAM の代表曲である傑作「WHITE ROOM」他4曲は JACK BRUCE と詩人 PETE BROWN の共作(PETE BROWN は 前述 GRAHAM BOND とも共作アルバムを出してて、それもボクの中では傑作)。特に BRUCE がチェロを演奏して幽玄な雰囲気を醸し出す「AS YOU SAID」は、ブルースともハードロックとも無縁ながら、ボクにとってはかなりのお気に入り。端正で可憐な曲。


jack bruce at his best

JACK BRUCE「AT HIS BEST」1973年
THE FILMORE でのライブ音源はその後「LIVE CREAM」「LIVE CREAM II」というアルバムになって、壊れてしまったバンドの不在を埋めるカタチに使われる。ERIC CLAPTON はその後 BLIND FAITH といった短命プロジェクトなんかをやりつつドラッグにハマりつつ、DEREK & THE DOMINOS「LAYLA」で輝かしい活動を始める。GINGER BAKER は、BLIND FAITH に付き合いつつも自分のバンド GINGER BAKER'S AIR FORCE を始動。そんで、ベースの JACK BRUCE。 彼も即座にソロ活動を開始する。BRUCE はナニゲに真っ当な音楽教育を十代の頃に受けている(途中でドロップアウト)ので、ベースボーカルだけでなく、ギター、ピアノやオルガンもこなす。チェロも弾けるし、アレンジもこなす。前述の詩人 PETE BROWN との共作も続く。そしてこの音楽がナニゲナくもユニーク。

●この音源は、 CREAM 直後の時期にあたる「SONGS FOR A TAILOR」1969年「THINGS WE LIKE」1971年「HARMONY ROW」1971年の三枚のソロアルバムをまとめた編集盤。LP2枚組だけど800円で入手、たしか下北沢フラッシュディスクランチで採取。でも、CREAM のような三者三様のプレイヤー個性のぶつかり合い、そこから飛び散る火花のようなスリルはない。カチッとした構成が整ってるし(ベスト盤ゆえに整った曲ばかりが選ばれたのか)、そもそもギターパートがない曲がほとんど。CREAM を想像してかかると肩すかしを食らう。もうブルースロックじゃない。
●しかし、BRUCE のこのヘンのソロをボクは以前に買ってて(その時はお茶の水ディスクユニオン)その時には、その奇妙なジャズロック・アプローチにシビレタ覚えがある。これは確かに新味。そこをつまみ上げるとこの音源もとてもオモシロいのです。
「HCKHH BLUES」という8分曲は、ノーボーカルのジャムセッション風で、神経質なフレーズを繰り出すサックスとギターの対決がアバンギャルドジャズの佇まいと同質だ。クレジットをよく読むと MILES DAVIS の高弟となる技工派白人ギタリスト JOHN MCLAUGHLIN の名前が。あのトリッキーなギターはコイツか!70年代のジャズ/フュージョンを牽引するこの男も、60年代はイギリスの地下ブルースロック人脈の中にあった。そこでのつながりか…。他にも、変拍子気味な小品や、チェロの彩りが奥行きを作る楽曲が美味しいね。ジャズロックなピアノ/オルガンプレイが華麗な「SMILES AND GRINS」は、ややプログレッシブロックっぽくもあるなあ。


MAHAVISHNU ORCHESTRA「BETWEEN NOTHINGNESS AND ETERNITY」

MAHAVISHNU ORCHESTRA「BETWEEN NOTHINGNESS AND ETERNITY」1973年
CREAM のハードロックから入ったのだけど、JACK BRUCE のジャズロックアプローチで JOHN MCLAUGHLIN まで出てきてしまったので、MCLAUGHLIN 自身のバンド MAHAVISHNU ORCHESTRA のジャズアルバムまで突入してしまおう。
まず基本的に言っておきたいコト。この人のギターはスゴい。超絶技工派ギタリスト。CRAPTON みたいな、ブルースというルーツに心を捧げつつ、表現の幅をグイグイ広げていくという性質とは、まるで正反対。敢えて伝統を断絶し、未知なる空間に自らを放り投げるような、やや分裂症気味で全く展開の予想がつかない、エキセントリックなフレーズを、ピカピカに磨き上げたテクニックで披露する。延々と続くインタープレイを見事な饒舌ギターで埋め尽くす。
●そしてバンドも手練ばかり。リズムセクションで主導権を握るのは、これまた超絶テクで知られる黒人ドラマー BILLY COBHAM。ボクは彼のアルバムを一時期買いまくってた…バカテクでカッコいいから。複雑なビートを独特のファンクネスで着実かつ無難に叩き出す見事な才能。その安定感の上で、ヴァイオリンとムーグシンセサイザーが MCLAUGHLIN のギターと格闘します。シンセ奏者は、その後に映画「マイアミバイス」のテーマで名を挙げるチェコ移民 JAN HAMMER。手に汗を握るセッション。たまらんわー。あ、ちなみにコレ、セントラルパークで収録されたライブ盤。

過激で過剰に過密なプレイをするこの男、その一方で、猛烈にアブストラクトなアプローチをすることもある。それは彼の宗教的信条。
●ロックリスナーとして彼を知ったボクとしては、ハードロック顔負けの高密度超絶技巧の方がやっぱ好み。でも、このアルバムタイトル「BETWEEN NOTHINGNESS AND ETERNITY」にも見て取れるように、東洋思想にアリガチな、陰/陽、静/動のメリハリが彼の中で極端に作用する場面がある。彼は、60年代アメリカのカウンターカルチャーとして大流行したインド哲学にハマり込んでしまった男。インドの思想家に師事し、法名 MAHAVISHNU を名乗ってるほど。バンド名もそこに由来しているというワケ。
●この思想が「陽〜動」ではなく「陰〜静」のサイドに向けて作用すると、ノービートでフワフワと虚空を無重力遊泳するかのような抽象世界にハマり込む。同時代でいえば、同じくインド哲学にハマった THE BEATLES がシタールを導入してインド音楽をまんまアレンジに取り込もうとした(GEORGE HARRISON「WITHIN YOU, WITHOUT YOU」みたいなアプローチ)。そこと比較すると、ボーカルによる歌詞でのアピールがない不利を抱えつつも、思想的/理論的主張から演繹して表現構成に極端なフリ幅を作った MCLAUGHLIN の方が理解が深かったと思えたり。このアルバムのB面21分間強を占める「DREAM」という楽曲は、導入がこのアブストラクト無重力遊泳。しかしその後に続く展開の中で徐々にハイテンポなファンクビートと過激なソロプレイの応酬が始まる。スリリング。「陰〜静」から「陽〜動」へ。そんな内容を踏まえてか、このアルバムの邦題は「虚空からの飛翔」という。

●こんな男、 JOHN MCLAUGHLIN のキャリア形成をまとめておきましょ。
●この男、そもそもはイギリスのブルースサークルにいた人間。今日はちょいちょい名前が出てきてるオルガン奏者 GRAHAM BOND のバンドで JACK BRUCE GINGER BAKER とつるんでました。このヘンの連中が作ってたバンドが GRAHAM BOND ORGANIZATION。その後、CREAM が解散騒動を起こしている1969年に彼は渡米。まずはジャズドラマー TONY WILLIAMS のバンド LIFETIME に加入。そして TONY の師匠である御大・MILES DAVIS のバンドへ合流していく。御大の神盤「IN A SILENT WAY」「BITCHES BLEW」などなどに参加…MILES DAVIS もスゴいなあ〜インドにハマったイギリス白人のロックギターをオモロいと思ったのだから。音楽に人種の制約を入れ込まない MILES の名言がココで思い出されます〜「いいプレイをするヤツなら、オレは、緑色の人間だって雇うぜ」。そんなワイルドな場所の中で、MCLAUGHLIN BILLY COBHAM のようなジャズ畑にいた黒人プレイヤーへ人脈を広げていった…。

●というわけで、ジャンルとしてはジャズの中にくくられてしまうのが MCLAUGHLIN ですが(レコ屋でもジャズ売場に置かれますが)、まーそのプレイのスタイルはジャズの名前に押し込めるには窮屈な、言ってしまえばヘビメタもビックリの過激なモノ。あくまでジャズじゃなくて、ジャズロックとボクはくくってます。MCLAUGHLIN CARLOS SANTANA とのコラボアルバムもありますし(ギター対決がスゴい!)。ボクの中では JACO PASTRIUS の過激なロックプレイにも繋がっていく感覚でもあります。
●そんなとっても楽しい音源だけど、広島のレコ屋にて500円で採取。いやーイイ買い物だったわ。

ERIC CLAPTON「CLAPTON」
ERIC CLAPTON「OLD SOCK」

ERIC CLAPTON「CLAPTON」2010年
ERIC CLAPTON「OLD SOCK」2013年
●なんか、自分でもなんの話をしてたのかワケ分かんなくなってきたので、正気に戻るために ERIC CLAPTON の近作へ。うわジジイになったわ!どっちのジャケ写も100%ただのジジイじゃん。二枚目なんてコレ自撮りでしょ。でもしょうがないよね、THE YARDBIRDS に関わってた頃はまだ10代。CREAM の頃でも彼まだハタチ超えたばっか。ソコから50年もやってるのねこの人。立派だねー。現在68歳。
しかし、もう完全に余生モードなのか?古典ブルースのカバーをノビノビやってるだけ。オリジナル曲ほんのちょっとだけです。ボクはホンモノのブルースに関しては、ほとんど聴き付けてないから、評価のしようがない。単純に伝わるのは、このオジさんがスゴくリラックスして、スゴく楽しんでいるってコト。反対に言えば、「もっとブルースが演りたい!」ただその一念だけで THE YARDBIRDS を飛び出して以来、ブルースへの情熱が今なお飽きもせずこのオジさんの中で燃焼し続けているコトはスゴいことだと思う。

ちょっと振返ると、彼の余生モードは、すでにだいぶ長いコトになってます。
●大活躍だった60年代〜70年代に比して、80年代はハズレ気味だった彼のキャリア。YELLOW MAGIC ORCHESTRA「BEHIND THE MASK」のカバーとかしてるって、ブルースマンとしてやや迷走してるって意味でしょ。そんな時期からの大逆転は1992年の「TEARS IN HEAVEN」「UNPLUGGED」。息子さんの死をアコギで歌ったこの作品がヒットして復活ブレイクに結びつく。もう一つのヒット曲「CHANGE THE WORLD」では R&B プロデューサー BABYFACE と組んで、ここで一気にキャリアをアップデート。
●で、2000年にブルースの生ける伝説超人 B.B. KING とダブルネームで制作した「RIDING WITH THE KING」をリリース。このヘンから余生モードが始まった雰囲気を当時のボクも嗅ぎ取った。アルバム「ME & MR. JOHNSON」なんて、伝説のブルースマン ROBERT JOHNSON の100%カバーアルバムだし。「もうオレ、ワガママと言われようと、枯れたと言われようと、憧れの大好きなブルースだけを演って生きていきますわー」このモードでもう10年以上の時間が経ってる。でもね、これ正しい生き方だと思いますよ。だって、この人もうジジイなんだから。こんな豊かな余生はないよ。好きな人と好きな音楽を好きなように演って、オマケにそれで商売になるなんて、なんて幸せなんだろう。
●または別の見方も。ある意味で、彼なりに、自分に残された時間をブルースという様式に捧げてしまおうと思ってるのかも。アルバム「CLAPTON」は、自分の名前を直球で使ってるクセして、自分で書いた曲は1曲もない。一方で、彼がカバーに選んだ楽曲は、単に学の足らないボクが知らないだけでもないようで。ワザワザ激マニアックな選曲をしてるみたい。ルーツ音楽に造形が深い RY COODER「オマエこれ選曲がマニアック過ぎるわ」と突っ込んだ逸話もあるとな(だから最後に「AUTUMN LEAVES(枯葉)」なんていう超有名スタンダードを入れたのか)。セルフタイトルにしてこの姿勢は「オレの人生は、全部ブルースなんです、もしかしたら忘れられてしまう昔の曲をオレが演奏して後世に遺します」という意思表明ということなのかも。
●とはいえ、ゲストミュージシャンはスゴく豪華で。1曲では SHERYL CROW とデュエットしてる。自身のバンドだけでなく THE ALLMAN BROTHERS BAND にも正式加入してしまった注目の若手ギタリスト DEREK TRUCKS も参加。彼の名前 DEREK DEREK & THE DOMINOS に由来してるんだって!スゴいね!他にも、ジャズトランペッター WYNTON MARSALIS、ネオソウルの名プロデューサー JAMES POYSER、アメリカンルーツのアコーディオン奏者 STEVE RILEY、ニューオリンズファンクの大物 ALLEN TOUSSAINT、ブルーアイドのソウルシンガー NIKKA COSTA などなど。

「OLD SOCK」は、より一層リラックスした雰囲気のアルバムで。なにしろ一曲目がレゲエ。別に意外じゃないよ、だってこの人1974年の段階で BOB MARLEY & THE WAILERS に注目して「I SHOT THE SHERIFF」をカバーしナンバー1ヒットにした張本人だもん。一瞬忘れてたけど。このアルバムでは、THE WAILERS の一員 PETER TOSH のカバー「TILL YOUR WELL RUNS DRY」も取り上げている。ブルースのコッテリ感たっぷりアレンジだけどね。
●今回 CLAPTON 自身が早い段階でカバーしたいと構想していたカントリーシンガー HANK SNOW(←渋過ぎて全然ワカラン)1957年の楽曲「BORN TO LOSE」カバーには、そのクラ〜い詞に反してペダルスティールの名手 GREG LEISZ が実にノドカな気分を効果的に色添えしてて、ウチの娘ヒヨコが「なんだかハワイみたいだねー」と反応するほど。とにかく、なんだかピースフルなのだ。
●相変わらずゲストが豪華。CLAPTON GEORGE HARRISON の親交は有名だが、彼の死を受けての追悼コンサートで付き合いが深まったのか、なんと PAUL MCCARTNEY が参加。熱い R&B ナンバー「GOTTA GET OVER」では CHAKA KAHN が登場。60年代ロックの重要な収穫として、THE SPENCER DAVIS GROUP、TRAFFIC で活躍し、CLAPTON とは BLIND FAITH で一緒に仕事した STEVE WINWOOD がハモンドオルガンで参加。オリジナル楽曲「EVERY LITTLE THING」の終盤で登場するカワイらしい子どもコーラスは、CLAPTON のお子さんたち。3人目の奥さんとの間に、2001年から2005年にかけて3人の子どもを授かったそうで…つーか、ウチのコドモとほぼ同世代じゃん。CLAPTON、ボクの両親より年上なのに、ボクのコドモより年下の子もいる…元気な余生ライフだ。

「CLAPTON」「OLD SOCK」は、同じような制作体制で作られている…その中で重要な働きをしてるのが、J.J. CALE という男。1970年あたりから CLAPTON と付き合いがあるようで。シンガーソングライターとして活躍し、アメリカンルーツ音楽を咀嚼したタルササウンドというスタイルを確立したらしい…タルサはオクラホマ州にある彼の出身地の名前ね。ボクの不勉強で彼の音楽は知らなくて…。でも、このアルバムの制作半ばで亡くなっちゃった。気になる。



●動画。CREAM「WHITE ROOM」。若いね!








●むー。ちょっと寝込んでます。
●体調がスゴく悪い。完全に自律神経が痛んでます。左半身のアチコチがオカシクなってる。
●イキナリ気温が下がった事も影響しているのか。

●そんな時は、熱いソウルミュージックから活力を得るしかない。

ARETHA FRANKLIN「LIVE AT FILMORE WEST」

ARETHA FRANKLIN「LIVE AT FILMORE WEST」1971年
「ソウルの女王」ARETHA FRANKLIN 全盛期のライブ盤だ。ボクの持っているCDは2006年に発売された2枚組バージョンで、オリジナルアルバムと、未発表音源を含むもう1枚で構成されてるデラックスエディションだ。発売当時からよく聴いているCDだけど、いつ聴いても新鮮でパワフルだ。今日みたいに元気がない日はちょうどいい。
このアルバムが歴史的に重要視すべき根拠は、その会場とタイミングだ。この音源が収録されたサンフランシスコのライブハウス FILMORE WEST は、BILL GRAHAM という名物店長/プロモーターのもとで、60年代サイケデリックカルチャー/フラワームーブメントの激震地になった場所だ。1968年からは FILMORE EAST という名前のニューヨーク支店も登場(WEST がついたのは EAST 開店からで、それまでは THE FILMORE とか FILMORE AUDITORIUM と呼ばれてた)。この二つの FILMORE で数々の名演がなされ、名音源が収録されてる。FILMORE WEST でプレイしたロックアクトの名を上げると、THE GRATEFUL DEAD、JEFFERSON AIRPLANE、THE DOORS、SANTANA、JANIS JOPLIN、JIMI HENDLIX、THE BYRDS …とビッグネームばかり。THE GRATEFUL DEAD なんて1965〜1969年の間で50回もライブしてるという。イギリスからもわざわざココにやってきたアーティストも多い。CREAM、PINK FROYD、THE WHO、ELTON JOHN などだ。つまり、ココは60年代ロックの最先端であり、当時最も耳の肥えたロックオーディエンスがいる場所であったわけだ。
ここにARETHA FRANKLIN が立つということとはどのような意味があるのか。1967年に ATLANTIC RECORDS に移籍してから R&B世界では圧倒的な立場を確立した彼女だが、果たして最先端ロックの世界にも通用するのか?当時のシスコは世界で最も開明的な場所だったとはいえ、白人向け音楽と黒人向け音楽には大きなギャップがあった時代。そんな場所に挑戦する「ソウルの女王」がココにいる。そして彼女は見事に聴衆の心を掴んだ。
●このコンサートを立案したのは、ARETHA ATLANTIC に移籍させ一流スターに押し上げた名プロデューサー JERRY WEXLER だ。ユダヤ系でありメジャーレーベルの辣腕プロデューサーだった彼は入念にマーケティング戦略を練って、ARETHA が慣れ親しんだバックバンドまでをも改造した上でこのステージに臨ませている。しかし、クレジットを改めて見るとコレがスゴいメンツ。バンドマスターはサックス奏者 KING CURTIS。この男が率いるバンド THE KINGPINS には、ギターに70年代フュージョンシーンで活躍する CORNELL DUPREE、オルガンに THE BEATLES との共演でも有名な BILLY PRESTON、ドラムに BECK にそのプレイがサンプルされ、レアグルーヴ界隈で評価の高い BERNARD PURDIE がいる。マックロケッケの最強な濃厚ファンカー揃いだ。
●コレも JERRY の戦略なのだろう、オリジナルアルバムだけを聴くと、実は白人ロックのカバーばっかりだ。冒頭は自身の代表曲「RESPECT」の高速ファンクで観客を上げまくるが、その後登場するのは、フォークロック STEPHEN STILLS「LOVE THE ONE YOU'RE WITH」、SIMON & GARFUNKEL「BRIDGE OVER TROUBLED WATER」、THE BEATLES「ELEANOR RIGBY」、やはりフォークロック BREAD「MAKE IT WITH YOU」と完全にロックシフトした選曲になってる。しかし、アレンジは手加減ない R&B/ファンクスタイルで、軽く聴いただけでは原曲とは思えないほど ARETHA のテイストに噛み砕かれてる。
●おまけに、最後は RAY CHARLES の登場だ。RAYATLANTIC に所属し JERRY WEXLER と仕事したシンガーだ。ARETHA に興味を持っていた RAY は会場のスミで見ていただけだったが、ARETHA がステージ上から彼を発見し引っ張り上げてしまった。ARETHA にしてみたら RAY は神のような存在で、興奮のあまりなんだかよくワカラナクなってるくらいだが、このCDに収録された20分間に及ぶノーカットのセッションは、ドファンク根性ムキだしのグルーヴがまるまる収録されてる。準備もなくアドリブでバンドを牽引する RAY もスゴいが、物怖じせずに対決する ARETHA もスゴいし、そこで緩急つけてついて行くバンドもスゴい。
●シメは、THE SUPREMES カバー「REACH OUT AND TOUCH」。ファンク血中濃度と体温を優しく下げる展開。やっぱ名盤。
●DISC2の未発表を含んだバージョンは、4曲以外は全部重複している。ソウルシンガー THELMA HOUSTON「MIX-UP GIRL」(作詞作曲は白人アーティスト JIMMY WEBB …個人的には気になってる人)の高速カバー、MARVIN GAYE & TAMMI TERRELL「YOU'RE ALL I NEED TO GET BY」のタメの利いたゴスペルちっくなソウル歌唱がこれまた美味しい。

ARETHA FRANKLIN「RARE UNRELEASED RECORDINGS FROM THE GOLDEN REIGN OF THE QUEEN OF SOUL」

ARETHA FRANKLIN「RARE & UNRELEASED RECORDINGS FROM THE GOLDEN REIGN OF THE QUEEN OF SOUL」1967〜1974年
ARETHA FRANKLIN をもう一枚。1967年に ATLANTIC に移籍してから1980年に別会社 ARISTA に移籍するまでの前半時期に収録された未発表曲、アウトテイク、デモ音源、Bサイド曲をCD二枚分に集めたもの。選曲は前述のプロデューサー JERRY WEXLER だ。ATLANTIC 在籍の前半に偏っているのは、JERRY WEXLER と仕事していた時期に寄っているからだろう。1975年で JERRYWARNER BROS. MUSIC に移籍してしまうからだ。彼はユダヤ系だが、早くからリズム&ブルースの魅力に取り憑かれ、1953年から ATLANTIC RECORDS に関わり、RAY CHARLES、THE DRIFTERS、RUTH BROWN、WILSON PICKET などのシンガーを手掛けている。アラバマの MUSCLE SHOALS STUDIO に早くから注目し、ここのスタジオバンド THE SWAMPERSARETHA をはじめ様々なシンガーを合体させて名盤を作ってきた。このヘンの音源を「アトランティックソウル」とククッちゃうのは一般的なのかな?ATLANTIC はトルコ系の兄弟 AHMET & NESUHI ERTEGUN が起こした会社で50年代ジャズの時代からホントに豊かなアーカイブを備えてる。大スキ。
ARETHAJERRY と組んだ時代の ATLANTIC 盤はだいたい持ってるけど、今はわざわざ聴き比べとかはしない…具合悪いしメンドクサイ。ただ、デモ音源の ARETHA は自分でピアノを弾いていて、これが ROBERTA FRACK みたいでなんとも優雅。バンドがいなくとも当然のごとく説得力のあるソウル/ブルースを聴かせてくれる。
THE BEATLES カバー「THE FOOL ON THE HILL」はキャッチーでカワイらしいアレンジ。R&B版 SERGIO MENDES みたいな感触。実はあの名曲「LET IT BE」 LENNON/MCCARTNEY 「ARETHA のために書きました」とデモを送ってきたモノだったという。ただ ARETHA 本人がそのリリースを渋っているうちに、本家がリリースしてしまったとのこと。1970年の THE BEATLES は崩壊状態〜解散直前で、アルバム「LET IT BE」も寄せ集め音源の性質が強い。
THE SUPREMES カバー「YOU KEEP ME HANGIN' ON」は本家 MOTOWN 風味よりもファンキーでワイルド。FRANK SINATRA「MY WAY」カバーの解釈もソウルフルで痛快。前述ライブ盤でも出てきた「YOU'RE ALL I NEED TO GET BY」が堅実でイイ。名曲「ROCK STEADY」オルタナテイクが収録されてるけど、やっぱコイツはテッパンの痛快ファンク。オルガンは DANNY HATHAWAY だそうな。ベースラインがセクシー!ゴスペル色がグッと濃くなる「I NEED A STRONG MAN」「HEAVENLY FATHER」は初出のようだけど、圧倒的なパワーに大きな神々しさを感じてしまう。
●DISC2の後半は、QUINCY JONES が制作に加わった作品が繋がる。アレンジがより繊細に広がっていくようで、そして ARETHA の歌にも柔らかさと優しさが積みあがっていくようで、本当に癒されるような気持ちになる。こんな音源をお蔵入りにしてたなんて、この QUINCY との仕事はどんなものだったのだろう?彼との仕事の結実であるアルバム「HEY NOW HEY (THE OTHER SIDE OF THE SKY)」1973年は未聴なので今後ゲットしてみたい。




●動画。「SOUL TRAIN」での ARETHA。「ROCK STEADY」!





●動画。ARETHA プレイス・ザ・ピアノ!「BRIDGE OVER TROUBLED WATER」。





●娘ヒヨコ小学五年生の、大好きなテレビ番組。

世界ネコ歩き

NHK-BSプレミアム「岩合光昭の世界ネコ歩き」
●世界を股にかけて活躍する動物写真家・岩合光昭さんが撮影する、ネコだけの、ネコだけしか出てこない、ネコ100%の、非常にソリッドなネコ・ハードコアな番組。これ、実に地味に、BS波で月イチ放送されてたんだけど、ここぞとばかりに正月集中再放送しまくってる。以前からこの番組が大好きなヒヨコは、コタツネコさながらの姿勢でゴロゴロしながら見て楽しんでいる。ボクは癒される。ネコそのものと、ネコを楽しむネコヒヨコを眺めていると癒される。
●ヒヨコ、もう、岩合光昭さんを尊敬しまくっている。ヒヨコは写真家といえば梅佳代がダイスキだが、岩合光昭さんの動物写真集もダイスキなのである。岩合さんの撮る映像や写真に動物への正当な敬意を感じているのである。「動物写真家になりたいなー」とも言い出してるくらい。オマエ、ムシダメじゃん。ムシダメなヤツに動物撮れないでしょ。つーか、オマエ自身が動物っぽいんだよなあー。
●しかし、岩合光昭さんは確かにスゴい。岩合さん自身が撮影するネコの様子、完全にネコ目線。ネコがネコを見る位置からゆっくりと撮る。ネコ目線はホントのコトで、ヒヨコの友達ハーちゃんちのネコはこの番組が始まるとテレビにカブリツキでネコを見るらしい。しかも、岩合さん、ネコを撮るのにも世界中を巡る。南フランス・プロヴァンス地方、キューバ、ポルトガル、台湾…。ネコだけなのに…。
●でも、実際に撮影してる様子を見るとビビるだろうなあ。いきなりウチの近所に外国人がやってきて、ネコをひたすら追いかけて地面に寝そべってデカいカメラ構えてたらヒクよな。と息子ノマド小学6年生。



さて、今回は大掃除、モノ減らしを古本だけでなく、衣料品にまで範囲を広げたのでした。
●ボクは、重度の「捨てられない体質」なのでTシャツ一枚捨てるのも一苦労。今回も処分するにあたって、わざわざ写真撮影することにした。
●で、一枚一枚のTシャツ見てたら、いろいろな思い出が出てきて…。つーか、20年近く前に買ったヤツがフツウにいっぱい出てきて…これを日々フツウに着てたのだ。さよなら、ボクのTシャツたち。

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まずは、90年代の米ロウファイバンド、GOD IS MY CO-PILOT のTシャツだね。
渋谷クラブクワトロでライブ観た時に買ったんだっけ。マチガイなく大学生だったな…20年くらい前。ボーカルがデス声女子だったからどんなヤツが出てくるのかと思ったら、すっごく小柄なカワイ子ちゃんでビックリした。対バンは BOREDOMS YOSHIMI が率いる OOIOO だったよ。

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これも学生時代、20年前のモンだね。SONIC YOUTH。
●アルバム「DIRTY」の時のツアー@NHKホールで買ったモンだから、たぶん1992年。あれ?次のアルバム1994年の時だっけ?KIM GORDON がいつもよりグッと美人さんに写ってますね。あの20年前には、オシドリ夫婦として27年も連れ添った THURSTON MOORE KIM GORDON が離婚してバンドが活動休止するだなんて予想もしなかったよ!

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これはイギリスのバンド BIS のバンドTシャツ。
BEASTIE BOYS のレーベル GRAND ROYAL がフックアップしたスコットランドのバンド。ボチボチにヘタクソだったけど陽気な連中だった…コレも渋谷クワトロだったなあ。今思うとクワトロ新宿リキッドルームばっか行ってたような気がする。ちゃちいアニメ絵を打ち出す感覚はあの90年代前半のセンスとしてはかなり早かったと思うが、アニメの絵とはかけ離れたブサイク&小太りなボーカル嬢にややガッカリした覚えが。

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マンガ家・ねこぢるのTシャツだ。中野ブロードウェイで購入。
●ガロ〜青林堂系の、アングラ派作家だったねこぢるがまだ存命だった頃に購入…たぶん1996年くらいかな。まさか彼女がその後自殺するなんて思わなかった。中野ブロードウェイの個性派書店・タコシェで買ったはず。「サブカル」の差す意味が90年代〜00年代〜10年代と変容する中で、中野ブロードウェイの中身もだいぶ変わったけど、このタコシェは今だに往時のままの佇まいでフツウに営業している。これってスゲエことだよね。

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「LIFE IS SHORT, WATCH TV」。アメリカ三大テレビネットワークの一つ、ABCのシャツ。
●これは1999年、新婚旅行で訪れたフロリダ・オーランドで買ったヤツだ。シニカルなメッセージが笑えるお気に入りのシャツだったよ。オーランドでは、ワイフの強い希望でディスニーワールドを満喫した。楽しい旅行だったが、一個だけ不満が。ディズニーのホテルでは、MTVが観られない!ディズニーの世界観では MTV の倫理コードはNGなのだろう。仕事でアナハイムディズニーランドに行った時も観られなかった!

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ナムコのゲーム「ディグダグ2」のシャツ。
●これも90年代のTシャツだと思う。この時期、ナムコは(バンダイナムコじゃないよ、この時代は)気の利いたゲーム系のTシャツを結構出してて注目でした。ナード系アパレルの先駆「COSPA」が初めて登場した頃もこの時期。ちなみに「7650」「ナムコ」の語呂合わせ。ナムコのゲームでスペシャルボーナスをゲットするとこの得点だったりしたもんだ。80年代のゲーマーならコレ常識ね。

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コイツも SONIC YOUTH 関連のTシャツ。
SONIC YOUTH のアルバム「EVOL」1986年のジャケに使われた写真。ノーウェーブ期に活躍した写真家・RICHARD KERN の撮ったアングラ映画のワンカット。この男は SONIC YOUTH のこの時代の代表曲「DEATH VALLEY '69」のプロモも撮影している。ちなみに、この気合いの入ったモデルさんは LUNG LEG という人で、「DEATH VALLEY '69」のプロモにも出演してるとな。

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アル・パチーノのシャツ。コレを買ったのはニューヨークの露店。
「スターウォーズ・エピソード1」の公開年で、出張の空き時間に見に行ったのを覚えてる…つまり1999年、世界貿易センタービルがまだあった。トライベッカで立ち寄った黒人さんのお店でレゲトンのCDと一緒に買った。イタリア系のアル・パチーノがなぜ黒人さんに人気なのか分からなかったけど、彼らにとっては「ゴッドファーザー」「スカーフェイス」で活躍したギャングスタのヒーローなのだと納得。ただ、XXXLみたいなサイズしかなくて困った。これは彼らには子ども用も同然だったと思う。

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1968年メキシコシティ五輪で、表彰台でコブシを突き上げたアメリカ黒人選手の様子。
●これは下北沢の古着屋で買ったヤツ。500円だった。コブシを突き上げるこのポースは「ブラックパワーサリュート」と言って、公民権運動〜人種差別反対を象徴する行為だ。これを陸上競技の表彰台で二人の選手がやった。ここに JAMES BROWN のシャウトが響く…「SAY IT LOUD, I'M BLACK AND I'M PROUD !」。しかし驚いた事に、この行為を五輪では許されない政治的行為と IOC は断じて、この二人を即時追放処分に。あれ?この前のロンドンでは、ドコかのサッカー選手がドコかの島の領有権をどうのこうのしなかったっけ?

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これはロサンゼルスで買った、ロックTシャツ。PAVEMENTだね。
●学生時代には何回かロサンゼルスに行った…ダウンタウンにあったロックTのお店で買った覚えが。中東系のオジサンが押し売りしてきたが、PAVEMENT はガチで大好きバンドだったから買ったよ。目玉焼きのプリントに意味があるのかワカラナイが、クタクタになってとうとう消えちゃった。「このボロ早く捨てよう!」とワイフに何回も言われたから捨てるけど、全く同じシャツが下北沢に売ってるのをボクは知っている。また買うか。

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薄く観音サマがプリントされてる麻のシャツ。初期の和柄系。
●仕事ついでに寄ったアメ横で買ったのを覚えている。たしか2003年頃。ボクは和柄ファッションが好き。2001年から和柄にハマってるから結構先駆的な趣味だったと思う(軽く自慢)。下北沢には和柄系のお店があるから楽しい!この頃から東洋美術や日本の古典美術にもハマる。

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「臺湾大学」の文字。台北の台湾大学購買で買ったヤツ。
1996年の卒業旅行で訪れた台北。学生街にはオモロい店があるという個人的な鉄則に従って、ウロウロした結果の買い物。背中には「NTU」(=NATIONAL TAIWAN UNIVERSITY)の文字が。ココで現地の学生と漢字筆談で会話して、台湾のマンガショップを教えてもらった。彼ら、日本のマンガにすごく詳しかったなあ。この時期で、既に台北にはマンガ喫茶も同人誌ショップもあったよ。

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新千歳空港で買った、アイヌ柄をモチーフにしたシャツ。
●2006年に家族で北海道旅行。レンタカーで旭山動物園〜札幌〜小樽〜白老町「アイヌ民族博物館」を巡った。この時ボクの中ではアイヌ文化ブームが起きててイロイロ調べてたんです。和柄の延長から、アイヌ紋様がクールと思ってて。で、実際にアイヌの人が出してたお店でこのシャツを発見。アイヌの伝統工芸を現代風にアレンジしてみたというデザイン。今見るとネイティブアメリカン美術にも繋がる感覚があるね。ベーリング海峡をまたいで繋がるモンゴロイドの血脈。

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2002年、日韓共催ワールドカップ、韓国で買った応援Tシャツ。
●2002年、2003年は仕事で韓国に行く事が多くて。特にあのW杯を目撃できたのはスゴかった。韓国代表のチームカラーである赤シャツを着た大群衆がパブリックビューイングで大声援「テーハミングッ!テーハミングッ!」大韓民国って意味ね。素朴にスゴく勢いのある国だと思った。そのノリで買ったシャツだね。W杯開会セレモニーで CHEMISTRY が韓国のシンガーとステージで歌っている様子をテレビで観た。ちょっと感動した従来から韓国は日本文化や日本語の音楽を政策で規制してたから、これで時代が変わると思った。韓流ブームはその後のコトで韓国側の規制緩和〜解放政策もかなり進んだ。でも今は両国間に政治的な隔たりが出来ている。うーん。一体どういうこっちゃ。マジ残念だよ。

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士郎正宗「攻殻機動隊」フチコマTシャツ。ヒロポンファクトリーのデザイン。
●1997年、プレステゲーム「攻殻機動隊 - GHOST IN THE SHELL」のリリースイベントで、恵比寿ガーデンホールのオールナイトのイベントがあったんだよね。DJが、石野卓球、MIKE VAN DYKE、JOEY BELTRAM。日本、ドイツ、ニューヨークのビッグネームがそろい踏みの超豪華ラインナップ。そこで買ったのがこのTシャツ。原作マンガじゃお馴染みのフチコマが登場。で、このシャツのデザインはヒロポンファクトリー、つまり村上隆さんのカイカイキキの前身がデザインしてる。DOBくんキャラなどで知名度を上げ始めた村上隆さんに当時ボクはゾッコンで、ここでシャツを二枚くらい買ったんだけど、あの時Tシャツを手売りしてたマルメガネの人は村上さん本人だったと今でも思ってる。

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NTTコミュニケーションズの企業シャツ、イラストは大友克洋。
●コレもお気に入りのシャツだった。ボクは「AKIRA」世代なので大友克洋はゴッドであります。息子ノマドにもしっかり「AKIRA」は読ませたし。おおーって叫んでた。でもコレはどこで買ったか思い出せないんだよな…。どっかのミュージアムショップだったのかなー。「GIVE EAR TO THE MUSIC OF THE SPHERES」

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「ペプシマン」Tシャツ。なんでこんなもん持ってるんだろう?
●今検索したら、ペプシマンのキャンペーンは1996年だって。これも15年以上前のシャツか。これは買ったんじゃなくて、人からもらったヤツ。つーか、会社の誰かがもらってきて、ボクがそのままもらったんだ。こんなシャツ着れないよーってヤツをボクが喜ぶので、そのままヘンなシャツ担当みたいな位置づけになった。だから今でもヘンなモノをもらう。Tシャツだけじゃない、本でもCDでもマンガでも海外の珍品おミヤゲでも。ま、いいか、そんなキャラは結果的にとても居心地がイイ。


●この前、仕事でスーツを着なくちゃイケナイ場面があって。
●その時知ったんだけど、ボク、スーツ一着しか持ってない。もう一着は就職活動スーツで、もうサイズが合わない。サラリーマン生活20年近くになろうというのに、こりゃヤバいな。今年はスーツを新調しよう。




●今日の音楽。

少年ナイフ「ROCK ANIMALS」

少年ナイフ「ROCK ANIMALS」1993年
●これ、下北沢ディスクユニオンで105円。懐かしいなあ。前述の KIM GORDON Tシャツを買った NHKホールでの SONIC YOUTH ライブで前座を務めてたのが彼女たちSONIC YOUTH は世界中のアングラシーンに目配せしていて、日本・大阪の地下シーンにいた BOREDOMS少年ナイフをいち早く世間に紹介したのも SONIC YOUTH だ。90年代の高校生だったボクは、洋楽誌の記事に書かれてた THURSTON MOORE のオススメ音源で、初めて BOREDOMS少年ナイフを知ったからね。「え?これ日本のバンドなの?」って感じで。BOREDOMS が当時からアヴァンギャルドの極北にいたのに対し、少年ナイフは圧倒的にポップ。ちんまりとしたガレージサウンドがカワイらしい。このCDでそのコトを再確認。あの時のライブでも披露してた「コブラ対マングース」が収録されてる。
●あ、今検索して知ったんだけど、少年ナイフってバンド結成は1981年なんだって!古い!あのライブでの第一印象で「なんだか圧倒的にお姉さんだなあ」って思ったんだよな〜。あの90年代の段階でベテランだったのね。そしたら今は一体おいくつ?

kurt&少年ナイフ

●故・KURT COBAIN少年ナイフのファンでした。スコットランドのバンド THE VASELINES も好きだった KURT にとっては同じような存在感だったのかな?少年ナイフ NIRVANA と一緒にツアーしたこともあるそうな。

●年賀状がチラチラ届いてますが、ほとんどが娘ヒヨコ小学5年生宛てです。
●ヒヨコ自身は年賀状書いてないのに…つーか今年は我が家棄権って感じなのに。
●気づけばクラスメイト全員コンプリートじゃねーかという勢い。ヒヨコなんなのその人徳?


最近、肩や腕のコリ緊張が激しいのは、たぶんスマホのイジリ過ぎが原因なんです。
●なんとなく始めたスマホゲーム「ガールフレンド(仮)」
●気づけば、100日連続ログイン、レベル100目前だもんね。ハマり過ぎ。
●気づけば、アメーバ/サイバーエージェントのゲーム、30タイトルくらい遊んじゃってるもんね。
●でも、ド根性の無課金ユーザーですわ。思わず課金してしまいそうになる誘惑と戦ってます。
●スゴいと思ったのは、「ガールフレンド(仮)」、とうとうテレビCMまで始めたってこと。
「パズドラ」がテレビCM打ち始めた時もスゲエなと思ったけど、時代はガッチリ変わったわ。

GF(仮)CM

●あ、新聞記事で読んだんだけど、ユーザー350万人のうち女性が4割なんだって。
●それと、このコンテンツを仕切るプロデューサーが20歳代の女性。なるほどねー。



12月分のレシートを全部整理して、ボクのおこづかい記録を家計簿アプリにまとめました。
むー。大幅に出費が増えている。前年比134.5%。
●家計簿アプリを変えたから、会計ルールを変えたってイイワケもできるんだけど…看過出来ない額。
●結局、ダントツで、マンガ&CD関係が多いんだわ。支出の22.2%を占めている。飲み会交際費は半分の11%。
●2014年はもっとサイフを引き締めるべし!
●と、最初だけ思う。


●で、早速ムダ遣い。

ベイビーレイズ「暦の上ではディセンバー」

ベイビーレイズ「暦の上ではディセンバー」2013年
●先日の「紅白歌合戦」GMT+天野アキ feat. アメ横女学院のパフォーマンスがホントに楽しくて。でこのパフォーマンスには、実際にこの歌を歌っていたアイドルグループ、ベイビーレイズのメンバーたちもアメ横女学園のユニフォームで出演。主演・天野アキを務めた能年玲奈ちゃんと同じ芸能事務所所属という縁から抜擢されたのか、それにしてもなんとなく日陰モノ扱いな印象を受けてたこのグループも紅白という晴れ舞台に出してもらえて、なんだかボクはウレシくなってしまった。だって、「あまちゃん」はアイドル階級闘争の最下層カースト「奈落」メンバーの日陰の努力を描いていたでしょ。やっぱ、最後はリアルの裏方役を出してあげないと。だからわざわざ、彼女たちベイビーレイズ名義でリリースされてた「ディセンバー」を買ってしまった。まーレンタル落ちで300円、DVD付きだし、この程度のムダ遣いはダイジョウブだよね。
おおかた予想はしておりましたが、ドラマ公式の、アメ横女学園芸能コース名義バージョンと、このベイビーレイズバージョン、ハッキリ言ってほとんど違いがありません。確かにアレンジは微妙に違う。でも取り立てて面白がるほど違うワケじゃない。wikipedia によると、ドラマ公式は、さらに大勢の女の子たちが一緒に歌っているらしく、ベイビーレイズバージョンはもうちょっと個々のメンバーにフォーカスがあったボーカル録りがなされている…程度くらい?しか言いようがない。
●DVDの振付けMVは、元気のイイ娘さんたち5人のはつらつとしたダンスが頼もしくてイイ感じ。ベイビーレイズ「乗り込み!乗っ取り!アイドル」というキャッチーフレーズで売ってるらしく、姿勢がなんだか戦闘的です。アイドル戦国時代ってそういうことなのか。ただ、渡邉璃生ちゃんという、クールで高身長な女の子のダンスが、実にメリハリのないやる気レスな空気を出しててメッチャおもしろくなっちゃった。そこでプロフィールを調べてみたら、なんと13歳2000年生まれ!…ウチのヒヨコと2歳しか変わらんのか!しかも身長は20センチ以上もちがうのか!同じ人間と思えねえ!



さて、イキナリですけど、広島にユニークなレンタルCDショップがあるのです。
●名前は FRIPP MUSIC。下の画像はお店のホームページです。今のお店見たコトないので…。

fripp music web

http://www.frippmusic.com/

一昨年9月に広島旅行でこのお店に出会い、ご主人にイロイロな音楽を薦めてもらって、そんでたくさんのCDを買いました。スゲエ個性的なお店。「ああこんなお店が自分の側にあったらなあ…ボクがオカネを持ってなかった中高生の時に、こんなお店に出会えていたら素晴らしいメンターになってくれていただろう…」素朴にそう思えるお店でした。およそレンタルショップとは思えない奇妙でマニアックな在庫は、音楽の奥深さを若者に啓蒙していきたいご主人の志をそのまま反映する内容であります。その顛末に関しては、この広島旅行のレコ屋巡りを書いたコチラの記事(http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1406.html)が詳しいです。あ、レンタルショップなんですけど物販部門もちょっとありまして。ご主人の熱意あるリコメンを受けて、ガッツリ買い物をさせてもらいました。

この FRIPP MUSIC が「宅配レンタル」というサービスを始めました。
遠隔地でも SNS(具体的には twitter でのメッセージ交換)と郵送で、音源をレンタルできるというサービスです。で、11月にこのサービスをボク自身が利用してみたのです。お店にとってどんなお客さんを想定してこのサービスを始めたのか?ボクのような東京からの注文を想定していたのか?それはあまりわかりませんけど、ボク的にはこのお店のファンになってしまっていたので、オーダーは当然の帰結でありました。今日はその「宅配サービス」の体験を書きたいのです。

●一回だけの訪問だったのに一時間も話し込んでしまった体験がとても楽しく、図々しくもそのままご主人と facebook 友達申請してしまった縁もあったので、このお店の動向はリアルタイムに知る事が出来ました。ホント、ソーシャルって世界を広げてくれるよね!twitter と facebook から発信される FRIPP MUSIC とご主人の活躍奮闘ぶりは、今の音楽業界/インディシーンの現実を伝えてくれるメッセージとしてとても示唆的。ボクが暮らす東京では想像ができない、広島という地方都市で音楽シーンに立ち向かうその姿勢、困難と達成感!みたいなモノに、ボクは大変な敬意を抱いておりました。一昨年の段階でボクが訪れた時はお店はJR広島駅のウラ側(マチガイなく駅近なのですけど、地元感覚ではハジッコな感じ?)にありましたが、今では十日市町というよりダウンタウンな場所(原爆ドームのご近所?)に移転したそうです。そしてこのエリアにある「ヲルガン座」/「ふらんす座」というカフェ/イベントスペース(なのでしょうか?結局ボクには全然土地勘ないし!)で、様々なインディバンドのライブやご主人のコアな関心である電子音楽に関するイベントを数々プロデュースしているのです。そのアグレッシブさは本当に大変なモノです。

でも、それだけじゃ、わざわざレンタルはしないのです。
お店とご主人の音楽への情熱には大きな敬意を感じる…こういうお店は長く生き残ってもらいたい…そうは思うけれども、そんな動機で落とすオカネには限界がある。本当の意味でこのお店のリピーターになるためには、コスパも含めて「この店じゃなきゃダメだ!」と納得出来るモノを見つけなければならない。ボクは音楽のリスナーなので、やっぱり売り手側の立場には立てないのです。
●ハッキリってボクは常人と比すればハンパない分量の音楽を消費するので、そのコストパフォーマンスには大変コダワリます。できるだけ安く、簡単に、優れた音楽に到達したい。東京/下北沢に暮らすボクの今の生活はこの意味で猛烈なアドバンテージです(つーかそのためにこの街に住んでるようなものです)。その街だけで十分なお店たちがあるだけでなく、渋谷や新宿に電車で20分弱で移動出来てしまう。さらには、通勤経路周辺の中に巨大な TSUTAYA、TOWER RECORDS、BOOK OFF などなどがたくさんあります。もちろん Amazon iTune など数々のネット流通も存分に利用します。わざわざ広島にまで注文するには、ソコでしか手に入らないモノがなくてはならない。そんな独自性はあるのか?まずはココを熟考しました…数週間かけて。
●そこで、ボクはこのサービスとの比較をするために、いわゆるフツウの TSUTAYA のレンタルコーナーや、下北沢に局地的な影響力を持つレンタルショップ DORAMA の在庫までチェックしに行きました。ふむふむ…このくらいのアイテムがこの程度の値段で借りられるんだ…反対にこの程度の発注は広島にする必要はない…。一応、物理パッケージ主義者であるボクは、近年そんなにレンタルを利用した事がないのでこの観察はある意味新鮮でした。実は自分でもビックリしたのですが、改めて棚を見ると「借りたい」と思うものが価格に比して全然ない。だってこの程度の定番ラインナップはボクもうだいたい全部持ってるか、興味ないヤツだけだもん。最新盤も1年ちょっと待てばユニオンとかで数百円で買えるようになるって知ってるもん。

CDレンタルってサービスを眺め直した上で、重要なコト。
●いや、これは音楽にオカネを落すという行為一般に拡大してもいいかも。
「新しい音楽に出会う」経験それ自体にこそ、オカネをかける価値がある…気がする。
●ボクは、そんな結論に飛躍しました…それが次に書く事。

●実は、FRIPP MUSIC にとってこの「宅配レンタル」はお店にとっても試験段階のサービスなので、結果お店の在庫リストのウェブ検索などなどが全然整備されておりません。実はこのお店にナニがあるのかはよくわからない。公式ホームページを見ると入荷情報がどんどん更新されているので雰囲気は掴めますが、全容はワカラナイ。
●前述したように、Twitter 経由のダイレクトメッセージのヤリトリが必要なのは、いわゆる検索〜注文のフローがサイト上に整っていないので、人対人のヤリトリでナニをレンタルするのか決めないとイケナイという制約があるのです。本来は、サービスとしてコレは致命的欠陥なのかもしれません。しかし、このメッセージの交換が、実はとても新鮮でユカイな経験だったのです。
●ただ一回だけの来店だったけど、ボクにはこのお店のセンスが最高に研ぎ澄まされているという確信だけはある。そのお店とメッセージ交換する中で、途中からややオマカセリコメンな提案をもらうコトにしたのです。一昨年9月にお店でご主人と談笑した時に、広島のクラブシーンではジューク/フットワークというスタイルのテクノが注目されているという話を聞いたのをボクはずっと気にしていました。だからこのヘンの音源をおススメして欲しいとお願いしたのです。正直、ボクの欲しいものを手探りで問い合わせるのがメンドクサくなった部分もあったのです…それなら他にも効率的な手段はいくらでもあるし。しかし、未知のジャンルであったジュークの情報はかなり刺激的なモノでした。そんな音楽について店員さんとオススメトークをソーシャルでヤリトリするのは、実はとても楽しい経験でした。
●レコ屋というモノは、実はとても孤独な場所で、お客としてのボクはたった一人の判断で大量の在庫に立ち向かわないとイケマセン。音楽の趣味とは繊細でナイーブなものですから、実は他人とシックリ共有できるものではない…その時の心理状態で同じレコードでも全く見え方が違うし。コスパの面ではお店を出し抜くという感覚すらあります…うわーこんなナイスアイテムにこんな安い値段つけてるぜ、この店わかってないなーコレはおトクだ!みたいな。ただ、twitter という気軽なメディアでテンポよくメッセージを交換しながら、コチラの要望とお店のオススメを重ね合わせていく行為、そしてソレが数日かけて手元に届く経験はなんだかとても新鮮に思えたのです。ワクワク!やっと届いたぞ!

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●地味な茶封筒で届いた音源たちに加えて、返信用封筒と、広島のミニシアターや前述「ヲルガン座」のカワイらしいフライヤーなどなどが一緒に封入されてて、なんかウレシイ!

●長い前段がやっと終わります。
●この FRIPP MUSIC「宅配レンタル」に感じた新鮮な経験がボクにとって最後まで素敵なモノになったのは、結果としてソコでオススメされた音楽が十分に納得できるほど素晴らしいモノだったからです。やっぱボクはリスナーなので、サービスのスキームだけではなく、音楽そのものがどうしても重要です。それをやっと語る事ができます。



ジューク/フットワークとは、シカゴの地下ダンスシーンとそこで鳴る超高速のゲットーテック。
●一昨年、FRIPP MUSIC のご主人から聴くまでジュークという言葉は全く知りませんでした。東京に戻っても、ジュークという言葉に触れるコトはほとんどありませんでした。ただ、去年7月の仕事で知り合った人がナードコア好きというこれまた珍妙な趣味の持ち主だというコトが打上げ飲み会で発覚、その彼がジュークに最近ハマってるというのです。ボクとしては実はソレ以前に1枚ジュークを買ってみたのですがイマイチ理解できず(つーか、音源だけで聴くとマジで理解が難しいのですよジュークは)挫折してたのです。しかしこの会話でボクの中のジューク熱が再燃しました。
●そして乏しいボクの知識と、FRIPP MUSIC で借りた音源などから、ボクなりにこの音楽を語ってみようと思います。

RP BOO「LEGACY JP」

RP BOO「LEGACY JP」2013年
●さて、実際の音源に入っていきましょう。実はコレは FRIPP MUSIC から借りたモンじゃないです。フツーに秋葉原のタワレコで買いました。日本盤特別エディションなので、DJミックス1枚65分のエクスクルーシヴディスクがオマケでついてきました。でも、これが最初、全然理解出来なかった…。なんで挫折したか。以下に記します。
●ジューク挫折の理由その1。超高速過ぎて、速いのか遅いのかワカラナクなってます。BPM160を軽く超える勢いなので、BPM80にも聴こえる。その手前の前提として、わかりやすい四ツ打ち構造を完璧に放棄しているので、小節のアタマがドコにあるのかよくわからない。展開も先が読めない。三連符も駆使されてメチャメチャ複雑。
●ジューク挫折の理由その2。超低音ベースが凶暴でスゴいが、あまりに低過ぎるので小音量スピーカーで聴くとソレが全然聴こえない。聴こえたとしてもただひたすら、ぶーーーーーって言ってるだけ。細かいハイハットが超高速でパチパチ鳴っているが、油断するとソレしか聴こえない。ぶっちゃけその高速ハイハットもドラムマシーンの簡素なプリセット音源っぽいので、意味がワカラナイほど薄っぺらく聴こえる。クラブ〜ダンスフロアじゃないと機能しないってワケだ。
●ジューク挫折の理由その3。結果として、ダンスミュージックでありながら全然踊れない。ダブステップ UK ファンキーといった00年代〜10年代の地下シーンは、奇妙な踊りにくさを抱えたダンスミュージックが登場した不思議な状況でありました。メジャーシーンでは EDM という仰々しい名前がついた、死ぬほどキャッチーな音楽が世間を賑わせておりますが、シカゴのゲットーで発生したジューク/フットワークは死ぬほどアンダーグラウンドで死ぬほど踊りづらい。シカゴやその近隣都市デトロイトは、ブラックダンスミュージックの恐るべきイノベイターを数々生み出した街ですが、これらの街から発信されて最近20年の世界を支配したテクノ/ハウスの文脈を、ジューク/フットワークは二段飛び石段ダッシュ連続100本の勢いで更新または逸脱してしまった趣きすら感じます。
●そして、ジューク最大の魅力。結果としてすんごく踊りにくい音楽、のハズなのだが、これでダンスバトルを繰り広げるシーンがシカゴのクラブで発生している。てっとり早くYOUTUBE動画を検索して見てもらいたいのだが、シカゴの若者たちは異次元のワザかと思えるような足さばきでこの超高難易度のトラックを踊りコナシているのだ。このダンススタイルがフットワークと言われるのが一目瞭然で納得出来る。絶対にマネ出来ない超高速の足さばきをフリースタイルで繰り広げ、そのワザを競い合う。ジャズに繋がるビバップダンスやタップダンスの軽やかさ、そしてヒップホップと直結していたブレイクダンスを連想させる意味では、正しく黒人音楽の系譜の延長にある気がするが、それにしても、スゴ過ぎる…。
●そもそもで、この RP BOO という男が、このフットワークというダンススタイルの創始者であるらしい。だから彼のトラックは一流ダンサーのバトル仕様に特化してるとのことで、ジューク/フットワークの中でもかなりエキセントリックでビターな存在である模様。Amazonのレビューに「無秩序にシンコペートするリズムパターン」ってあるけど、もうメチャクチャってコトじゃん!


DJ ROC「THE CRACK CAPONE」

DJ ROC「THE CRACK CAPONE」2010年
●ここからが FRIPP MUSIC でレンタルした音源ね。90年代から活躍するイギリスのテクノアーティスト MIKE PARADINAS(ユニット名 μ-ZIQ の方がポピュラーか?)のレーベル PLANET MU からこのヘンのジュークの音源は世界に紹介されています。MIKE PARADINAS APHEX TWIN こと RICHARD D. JAMES とコラボなんかもしちゃってる、手っ取り早く言えば強力にエクスペリメンタルなヤツですよ。その審美眼がシカゴゲットーに到達し、このローカルで鳴っていた突然変異ミュータントのような音源をリリースするってスゴい。
●もうなんとなくお分かりでしょうが、ジューク/フットワークってのは、ジュークが音楽の様式、フットワークがダンスの様式を示した言葉です。この様式がいつこの世に生まれたかというと、結構古いです。DJ ROCジュークの音源を2001年から作り始めているといいますし、このヘンのDJたちは90年代から活動している人たちばかりだそうです。その意味では、ジューク以前の音楽にも習熟しているはずの DJ ROC のこのアルバムは、印象的なサンプル使いなどもなされてグッと聴きやすい。一曲目の「ONE BLOOD」はレゲエダブの名曲 JUNIOR REID「ONE BLOOD」をガッツリサンプルしてます。もうズタズタに分解してますけどね。こうしてサンプルがトラックに色添えをしていくのだけれども、結局の本質においては、しつこいほどのミニマムな反復と背骨となる乱暴でロウファイなベースとハイハットが、奇妙な中毒性を持つファンクネスを醸し出していて、マチガイなくシカゴハウス/デトロイトテクノの系譜の延長にこのジュークが位置しているコトを思い知るコトになるのです。

TRAXMAN「DA MIND OF TRAXMAN」

TRAXMAN「DA MIND OF TRAXMAN」2012年
●コレまでの三枚のジュークアルバム、みんな PLANET MU です。つーか、PLANET MU が目をつけなかったら、ジューク/フットワークは世界中の誰もが知る事なくシカゴの内側だけのムーブメントに終わってたのかも知れない。そんでこの男。RP BOOフットワークの創始者なら、この TRAXMAN ジュークの創始者といってもいいほどの存在っぽい。90年代からシーンの一線で活躍。キャリア長い!でも、PR BOOTRAXMAN もフロアで活躍するもアルバム制作にはトンと興味がなかったっぽくて、なんとこうしたアルバムはキャリア20年にして今回が初制作だといいます。おっかしーなー、シカゴはアメリカを代表する都会だよねー、シーン全体が誰にも発見されずにいたってどういうことなの?
TRAXMAN の音楽は、サスガ長いキャリアを誇るだけあって音楽への造形が深く、サンプルチョイスの幅が大きい。伝統的なハウスやファンクの文法だけでなく、ジャズの優雅さまで取り込んでいる。高速ハイハットと凶暴なベースの前にズタズタに切り刻まれているけどね。そして最終的には、黒人音楽の根本にあるポリリズミックな宇宙に到達している。超高速テンポが神経のイヤな部分を強烈に刺激し奇妙なハイ状態に追い込みつつ、サンプルの生み出す異質なグルーヴがどこか呪術的/催眠的な世界観を紡ぎ上げる逆説的な二重構造を、見事トラックの中に忍び込ませている。結果、場所や時間を問わず何回も聴ける強度があるのです。

CRZKNY「ABSOLUTE SHITLIFE」

CRZKNY「ABSOLUTE SHITLIFE」2013年
さて、これが FRIPP MUSIC に注文した一番の収穫です!ジューク/フットワークの日本人クリエイターをおススメしてもらったのです!しかも、日本におけるジュークの第一人者は、広島在住の人物だったのです。それがこの CRZKNY(クレージーケニーと呼びます)。今や東京や大坂でも活躍し、ジューク系のコンピにも数々収録されている模様。こういう意外なトコロの意外な才能に辿り着けるのが、本当にウレシイ。だから音楽探しはヤメラレナイ!
●フットワークの踊り手がこの日本にいるのか?という疑問はありますが、ココに響くエキセントリックなリズム世界は実に未来的で、ダンスを前提としなくても聴く者の神経を一気に沸騰させます。いや、音響の質感自体はすごくクールなんだ…冬の冷気に晒されて川面から湯気が立ちのぼるような不思議な印象。硬質で饒舌なビート地獄と絶妙なサンプルセンスが高速移動の車酔いのような感覚を醸し出します。つーか、あまりに根詰めて聴くと吐きます、たぶん。遅いんだか速いんだか…もうよくワカラン。
●そして10年代日本の地下シーンでは当然のアプローチである、ナードでユーモラスなネタ選びが秀逸。ヤクザ映画のセリフから「キューピー三分クッキング」のテーマ、妙な中国歌謡曲などなど。そんで佐伯誠之助なる人物(この人要注意)によるリミックス「REAL SHIT REMIX 本格的黄金ミックス」がステキなほど下品で大スキです。これだけ「糞尿」と連呼する音楽も希でしょう。



●とまあ、ダラダラとジューク/フットワークのことを書きましたけど。
●この文章で、この音楽の奇妙さ、驚きが伝わるとはとても思えない…。
●ですので、申し訳ないんですけど、手っ取り早く下の動画見てください。この奇矯なムーブメントの実体を切り取ったドキュメント、日本語字幕ツキです。百聞は一見に如かず。そんでその後、100回音源を聴いてください。








●あ、今思いついちゃったんだけど、この「宅配レンタル」、海外もアリなのかな…?
●ニュージーランドに住んでる大学時代のセンパイ、きっとこのお店のラインナップ好きだろうな。でも日本のインディなんて海外じゃ入手が大変だし。いや…でもちょっと大変か…。



あけましておめでとうございまーす。
●全く年賀状を出さないことでなんとなく世間にヒケメを感じていたボクでも、facebookでヒトコトあいさつしときゃなんとなく義理を果たした感じになった気がして、SNSって便利だなと思う2014年元日です。



さて、紅白歌合戦。
●見どころいっぱいありましたねー。
Perfume人体リアルタイムプロジェクションが、雑作もなくシレッと演出に組み込まれてましたねー。もうあのヘンのハイテク技術がごくフツウな表現として取り込まれちゃうの?スゲエなライゾマティクス
AKB48 の大島優子卒業宣言。国民的番組を私物化だとか、ちょっぴり批判も受けてますね…別にいいじゃん、紅白だってただのテレビ番組だよ。ただココにきて急速に世代交代が進んでるから、またメンバーをキチンと覚え直さないと。NMB48「カモネギックス」は初めて聴いた曲だけど、なかなかあなどれない存在感だったなあ。あのセンターの山本彩ちゃんはキチンと覚えたぞ!AKB一派全体の多極化が進んでいくのが2014年の流れなのかな。
そんで「あまちゃん」オンパレードがイイ!「暦の上ではディセンバー」、やっぱりベイビーレイズバージョンも欲しくなってきた。そして鉄拳パラパラ手書きアニメをブリッジにして橋本愛 starring 足立ユイちゃんがとうとう初上京(←ここドラマ的には劇的なカタルシス!)そして潮騒のメモリーズ再結成!アキちゃん&ユイちゃん二人の不安定でうつろいやすい音程に「ダイジョウブだよイケルイケル」と親戚のオジサンのような気持ちでエールを送っていると、「2番はオラのママが歌ってくれます!」&天野春子見参!ここでナゼが感極まってる自分を発見。そしたら最後に鈴鹿ひろ美が降臨!ぐっとテンポを落してしっとりと歌い上げるその安定感はまさしくホンモノ。「三代前からマーメイド 親譲りのマーメイド」…思わず両目からボロボロと落涙しておりました。ああ、これが「あまロス」か。

潮騒のメモリーズ@紅白


●この「あまちゃん」に影響されたわけじゃないけど、湯島天神の初詣ついでに、アメ横に行っちゃったよ。
●このカドッコの建物「アメ横センタービル」(って名前がついているのを初めて知った)に、わざわざ「アメ横女学院 あまちゃんロケ地です」ってお断りがついてて、ちょっと微笑ましいと思っちゃった。

アメ横初詣

●そんで、この建物の一階は、ドネルケバブのお店がいっぱい。安部ちゃんのまめぶ汁とケバブが対決するシーンがあったけど、本丸がケバブに侵略されてるんじゃまめぶに勝ち目はないよね。