日本テレビ・日曜の和み系小規模街歩き番組「ぶらり途中下車の旅」
このレポーター”旅人”に、宮田和弥が登場しておった。

「ぶらり途中下車の旅」

宮田和弥ってダレ? JUN SKY WALKER(S) のボーカリストです。
JUN SKY WALKER(S)は、平成元年近辺(1989年)の「バンドブーム」の中心になっていたロックバンドだ。シンプルなビートパンクを基調にしながら、バラードも歌うポップさも兼ね揃えた音楽性は、その後の2000年代に現れる「青春パンク」にフォーマットの上でめっちゃ似ていた。80年代から活動していた彼らは自己プロモーションのために、代々木公園&明治神宮の間を通る井の頭通りで当時実施されていた歩行者天国ゲリラライブを展開通称「ホコ天」と呼ばれてたこの週末だけのフリースペースは、様々なタイプの若者たちが自己表現するための舞台になっていたが、そこから立身して1988年にメジャーデビューしたことでも話題になった。
●その後、結構な量のヒットシングルを出すも、1997年に解散。散発的な再結成はあったが、2011年の震災をキッカケに本格的に再始動、翌年には15年ぶりに2枚のアルバムをリリースする。

なんでロックシンガーが「ぶらり」しているんだ?
●ボクとしては、JUN SKY WALKER(S) もそのバンドのボーカリストだった宮田和弥も、懐かしいバンドの懐かしい顔。それが、なんと、のんびりしたお昼の番組「ぶらり途中下車の旅」に出て来るってのがオドロキだった。だって普段は阿藤快とか舞の海がやってる役なんだよ!
●実は事後にこの話題を察知し、主要テレビ局2週間分を丸ごと録画する機器(低画質だけどね)ガラポンTVでチェックした次第。宮田は、彼がバンド全盛期には何回もプレイした日本武道館のある九段下から、都営新宿線にのって西大島とかとかのホントにシブい町をブラブラしとった。東京に住んでてもなかなか縁がナイ場所だよ。そんで彼は「スポーツくさりがま」という珍妙なスポーツに挑戦したり…スポーツチャンバラは聞いたコトあるけど、くさりがまって…。しかもその「スポーツくさりがま」の達人という10歳の女の子にコテンパンにされてた。宮田和弥48歳の初夏

●実は、彼のソロ名義の近作「想い」が四月からこの番組のエンドテーマになっているそうな。そんなご縁でレポーター参戦だったようで。この手の経験が彼に今まであったのか?ユルい番組の中で、それなりにユルくハマってたんだけど。メイン視聴者であるはずのお年寄りはこの人だれだろうと思ったろうね。


●で、ボクはレコ棚の中から彼らの再結成盤を引っ張り出す。

JUN SKY WALKER(S)「B(S)T」

JUN SKY WALKER(S)「B(S)T」2012年
●このアルバムは、彼らのベスト楽曲を完全再録したもの。ご本人たちも含めて今までのキャリアを総おさらい。リリース元は IVY RECORDS というトコロ…実は巨大レンタルチェーン TSUTAYA を経営する CCC カルチュアコンビニエンスクラブ が仕掛けたレーベルで、この会社にとっても第一弾リリースになるらしい。ボクにとっては CCC/TSUTAYAレコードレーベル機能までグループ内に持つようになる、ってのが興味深かった…コンテンツ流通だけでなくコンテンツ制作そのものにも着手!それが JUN SKY WALKER(S) の再結成盤でイイのかどうかワカランけど。このレーベルはその後、韓流グループとかも手掛けている。
JUN SKY WALKER(S) のベーシスト寺岡呼人は、バンド解散後はゆずのブレイク仕事をガッチリ果たして敏腕プロデューサーになっている…彼のコラボプロジェクト GOLDEN CIRCLE 松任谷由実までが参加するほどだし。再結成の意思決定は宮田のイニシャティブが強かったみたいだけど、再録音のクリエイティブは寺岡の一流仕事で、往年のキャッチーなビートパンク質感はバッチリ。「歩いていこう」「START」「白いクリスマス」などなどが懐かしい。ウワサによると、再結成時はマネジメントもいなくて全てがバンド本人交渉&判断で仕事を進めていたらしい。音楽不況の今っぽいエピソード。バンドメンバー自身が大物プロデューサーになっててよかったね。

JUN SKY WALKER(S)「LOST FOUND」

JUN SKY WALKER(S)「LOST & FOUND」2012年
●で、こちらが本格再結成以後の新作アルバム。LOST & FOUND一度は見失われ、そして再発見されたものはなんだったのか?ファンがバンドを見失っていたのか?メンバー自身がバンドを見失っていたのか?いや、もっと抽象的なモノか…。「ロックンロール」って概念自体が、世間から忘れられてしまって…それを取り戻す作業に挑もうとしているのか。
●と、思えるほどの、若気の至り満載なメッセージが、シンプルなバンドサウンドにパッケージされてます。アラフィフとなったメンバーが、結成時の30年以上前のテンションをムリヤリひねり出している宮田和弥は自分のバンド・ジェット機での活動があったので、声にブランクは全く感じさせない。ただ、全く変わってないのも実は少しヘンだなあ。「ロックの資格」という曲でヤンチャなポーズをまき散らす勢いはイイが、でも姿勢がチョイと古臭い気がする。「ラットレース〜出世狂騒曲」でサラリーマン社会をチクリくさすも、その風刺も言い尽くされたステロタイプだったりもして。「ロックフェス」で若手ロックバンドを腐らせる業界体質を冷やかすが、もう音楽業界そのものが腐敗しちゃってるしね。

●ただ、宮田和弥はじめバンドが,ロックンロールという音楽フォーマットに全幅の信頼をおいていて、というより、ロックンロールに人生の全部を完全に捧げちゃっていて。その覚悟がヒシヒシと伝わってくる。「もうオレにはこれしかないから」という潔さが気持ちよい。ティーンからバンドを始めて、バンドのために進学も辞めて。そんでもう少しで50歳を迎える。先に何があるのかワカランけど「歩いていこう」


こんなコトを考えたのは、会社の先輩が50歳を迎えて退職していったから。
●2011年の震災は、ホントに多くの人の心を揺さぶって。本位ではない立場の管理職を任され、そしてシガラミでその管理職の仕事も全うできない苛立ち。社内の立ち回りが自分の居場所を確保するための必須テクニック。サラリーマンとして納得していたはずの部分もあったはずだが、震災でモミクチャにされたあの時期に職業倫理上の葛藤に身悶えた。そして組織の中に留まるべきか強く悩んだそうな。本来的には完全に職人タイプであるその先輩は、現場最前線の仕事を求めて結局会社から出ることを選んだ。フリーランスになる先輩は、実に人望の厚い男だったので既に様々なパートナーから仕事の声かけを受けているらしい。先輩のような職人にはなりきれなかったボクだって恩人だって感じてるほどなのだから、その人望はマチガイナイ。楽しい送別会に大勢の人が集まっていた。

10年後、50歳になるボクにどんなスキルがついているのか、それがキャリアとしてどんな意味を持つようになるのか。ボクの今の仕事は特殊過ぎて見事にニッチだが、実はさほど応用が効かない。健康にも問題があるのでどうしても稼働しきれない限界がある。……戦略のイメージがないわけではないが、まだ経験値が足りない。40歳で経験不足とは恥ずかしいが、市場動静が5年で転覆するフィールドでその波風を幾度か乗り越えないうちはタダの一発屋にしかなれない。もっと実績を積み上げなければ。もっと多岐にわたるノウハウを手に入れなければ。

●その時に、信じるナニモノかがある人は、実は猛烈に強いJUN SKY WALKER(S)にとってそれはロックンロールだった。ボクの先輩にとっては現場最前線で手を動かし続ける職人魂だった。ボクには何があるのだろう?


●動画。
●2008年、20周年記念ライブの、オープニング〜「歩いていこう」。
●80年代、彼らの若い時代のフッテージ映像が上映されてからの、パフォーマンス。
●懐かしき「ホコ天」の様子もちょっと映ってるよ。





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●今週は、清澄白河ってとこにある「清澄庭園」というトコロに行った。
●一応仕事のついでだよ…遊びに行った訳じゃなく。
●とてもキレイな庭園だった。写真撮っとけばよかったな。ウィキで見ると、三菱財閥創業者・岩崎弥太郎が作った庭園らしいね。この岩崎弥太郎、大河ドラマ「龍馬伝」香川照之さんが演じてからメッチャ親近感抱いてしまってる。上野の「旧岩崎邸庭園」も以前に行っちゃったしね。

●清澄白河は、普段は東京都現代美術館に行く時に使う駅って印象で。
●で、美術館にいく途中には、深川丼のお店があって。わざわざ時間を作ってそこでランチ。

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●あさりタップリ「深川丼ぶり」1260円。半熟卵をといてレンゲで食べる。美味しい!
●ボクがグルメネタ上げるのって実は珍しいですよー。でも、深川丼ってココでしか食べたことなくって。必ず吸い寄せられてしまう。
●あ、このお店のお向かいには、chim↑pom と関係が深いギャラリー「無人島プロダクション」がある。こっちも久しぶりに覗いてみた。震災直後の chim↑pom(ガレキでのインスタレーションや、原発近くまでいってのパフォーマンスの記録など、刺激的/挑発的な内容だった)以来だな。内容は、知らない作家さんの個展だった…作品の素材が芳香剤なもんで、ケミストリックな香りでいっぱいだった。


先日の週末は「HOSTESS CLUB WEEKENDER」@新木場 STUDIO COAST。

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●Lちゃんからの久しぶりの連絡で、お誘い受けたもんだから、とってもウレシかった。ソーシャルで繋がってても、生で顔を見るのは久しぶりだしね。
●お目当ては、第一日目のトリ、BLONDE REDHEAD。ニューヨークの双子兄弟&日本人女性のトリオ。90年代から活動しているベテラン。ボクがこのバンドを知った時代感からオルタナ/シューゲイザー要素に期待していたんだけど、そこもさることながら、ドリーミーな落ち着きがあって…キャリアの長さからくる余裕の風格か。今のレーベルが 4AD だからか。最初の所属は SONIC YOUTH のドラマー STEVE SHELLY のレーベル SMELLS LIKE RECORDS だったからなあ。
日本人メンバー、KAZU MAKINO さん、かっこよかった。お客には背中を見せっ放しで、背後のギターアンプと向き合って演奏と音響に集中。それでもロングストレートの黒髪を積極的に揺らしながらアグレッシブなプレイを展開。一方、自分のボーカルパートでは、澄み切った歌声が和やかで。とてもキレイな人だったよ。

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●画像は公式 facebook から御拝借。シューゲイザーっぽくてドリーミー。フロアの熱気と酸素不足か、ちょっと陶酔感と睡魔でクラクラしてきた。ライブ自体が久しぶりだったからな…。


JOAN AS POLICE WOMAN「TO SURVIVE」

JOAN AS POLICE WOMAN「TO SURVIVE」2008年
●で、この流れで BLONDE REDHEAD 聴くのかと思いきや、別の女性シンガーへ。やはりニューヨークからやってきたこの人は、HOSTESS CLUB WEEKENDER 第二日目の出演者ラインナップに入ってました。。コッチもライブで聴きたいかと言われれば、音楽の質がよりドリーミー度/チェンバーポップ度が高め設定なので、書斎派リスナーのボクとしては家でゆっくり聴いていたい。「女性警官ジョーン」なんてゴツい名前でありながら、グッと重心の低い、内省的で繊細な音楽。瑞々しいオーガニックなサウンドが、夜中にはイイ塩梅に響く。
●ゲストに DAVID SYLVIAN と言うけれど、彼のコーラスは全く聴こえない。ビックリするほど扱いが薄い。他の客演者は RUFUS WAINWRIGHT。下積みが長い彼女は様々なアーティストのバックでそのシックな声を聴かせているが、やはりチェンバーな世界観を持つシンガーである RUFUS WAINWRIGHT との仕事では徹底的にその声の使い方をしごかれたとな。そんな師匠筋の声はバッチリ聴こえるよ。彼女は他にも ANTONY & THE JOHNSONS にもメンバー参加してるし、LOU REED のアルバムにも参加してる。お、英語の WIKI によると夭折のシンガー JEFF BUCKLEY と付き合ってたみたいだぞ。うむ、味のある連中ばっかとつるんでるね。

RUFUS WAINWRIGHT「WANT TWO」

RUFUS WAINWRIGHT「WANT TWO」2004年
ヨーロッパ中世世界の肖像画のようなジャケ、RUFUS 自身が女装しております。前年発表の「WANT ONE」では甲冑騎士のコスプレでしたが、あまりに佳曲が多く出来過ぎてもう一枚つくってしまった本作「WANT TWO」では、彼がはっきりカムアウトしているゲイセクシャリティを可憐に象徴する内容になってしまってるね。
JOAN も落ち着いた声で和ませるシンガーだが、RUFUS声だけで重厚な世界観を構築できる実に達者なシンガーだチェンパーロック/チェンバーポップ、つまりクラシカルな室内楽〜宮廷楽のような趣を放つポップミュージックの丁寧で精巧な演奏を伴いながら、吟遊詩人のように、オペラ歌手のように、彼の低い声がドラマチックな奥行きと落ち着きを作る。客演には ANTONY & THE JOHNSONS ANTONY。彼もゲイであることを公言しているシンガーだね。



●中世の物語に浸って現実逃避。

塩野七生「十字軍物語」3

塩野七生「十字軍物語」2巻・3巻
●最近、仕事がシンドイ。タスクが微妙に変わって、そこにアタマがしっくり切り替わっていかない。モチベーションもドコに軸を置けばイイかよくわからない。実はジレている。困った。
●そんな時は、歴史物語を読んで、千年前のヨーロッパ/中東世界に思考をぶっ飛ばす。つい読書に夢中になって、電車を降り逃すなんてやっちゃってる。
●現在の中東問題までに因縁を残すパレスチナ事情の大きなシコりが、この二百年にわたってしつこく行われた文明間戦争に深く絡んでるという前提はアタマで理解しておいた上で、どこか美しいファンタジーの世界を旅するような感覚に浸れるのが塩野七生さんの著作の特徴だ。少数民族出身でありながらイスラム世界を統一した覇者サラディン。イギリス本土とフランスの半分を領有した大君主・リチャード獅子心王。そんな両雄が聖地を巡って激突しながらも、お互いを優れたライバルとして認め、敬意を交換するかのような交渉のヤリトリに、勇敢な男たちの美しさを感じる。とりもなおさず、塩野七生さんが彼らに敬意を払っている。大きな歴史の流れの中で、浮かんでは消えていった王侯貴族、騎士、宗教家、市井の人々に人間として深い愛着を感じているだからボクはこの本を戦争の記録ではなく人間の記録として安心して読める。むしろ中東情勢をカッチリ勉強したい人には向かない本だろう。文明間摩擦を客観視したいならアミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」(ちくま学芸文庫)という本が最高にオモシロいので、そっちをオススメします。
●さて、長くヨーロッパに暮らしながら非キリスト教徒であり続ける、異邦人の視点が塩野七生さんにはある。巨大な権威として機能していたはずの中世キリスト教のくびきから軽々と自由になり、異教徒/イスラム教徒と敬意をもって接した為政者に彼女はキッチリと注目していく。ビジネスの損得や経済原理を最優先して政教分離を徹底した都市国家ヴェネチアに彼女は大きな価値を見出しているし、イスラム文化とキリスト文化が溶け合ったシチリア島に信仰の自由をもって住民に接した神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ二世も魅力的に描いている。フリードリヒ二世は、当時はタブーとされていたキリスト教以前のローマ法研究を自分が作ったナポリ大学で推進しているし、学生の出自や民族を問わない医学校を復興させるなど、コスモポリタンな立場を選ぶ男だ。そんな彼が十字軍を率いる時、どんなことになるのか?読み進めるのが楽しみだ。

塩野七生「海の都の物語 - ヴェネツィア共和国の一千年」

塩野七生「海の都の物語 - ヴェネツィア共和国の一千年」上下巻
●北イタリアの観光地、ゴンドラで水路を移動する楽しい街、映画祭がある街、そんなヴェネチアが共和国としてヨーロッパ中世世界を1000年も独立を維持し続けたという事実。そして地中海貿易の一大ハブとして中東世界とヨーロッパ世界をつないでいたこと。そしてその立場を守るために緻密な政治システムと国民文化を育て上げたこと。そんな事実にイチイチ驚きを感じる。中世のエコノミックアニマルとして、宗教上の宿敵であるエジプトのスルタンと密約を結び交易の自由を確保したと思えば、フランスからの十字軍を丸め込んでキリスト教国家でありながら利害が衝突していたビサンチン帝国を攻撃させてコンスタンチノープルを陥落してしまう大胆な戦略。しかもこの本では、彼女の著作としては珍しく人物に深くはフォーカスしていない。代わりに、都市そのものに人格を与えるかのような立ち振る舞いをしている。
●この本は1980年初版。前述「十字軍物語」は2011年の近著。30年のスキマが空いている。でもそこに描かれている事件は、同じ時の流れに浮き沈みした出来事で。二つの本を同時に読んでも30年の空白があることは全く感じられない。そして30年程度のスキマはヨーロッパの動静の中では一瞬の出来事だったりもする。塩野七生さんがキャリアを起こしたのは1968年ストーンズ「JUMPIN' JACK FLASH」の年だよ。その初長編「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」も劣化を感じさせない本だったなあ。スゲエ。



●動画。
●BLONDE REDHEAD「23」
●KAZU MAKINO さんのボーカルが可憐で実に 4AD ちっくな世界。ややシューゲイザー。




●JOAN AS POLICE WOMAN「HONOR WISHES」
●DAVID SYLVIAN がいるはずだけど、全く存在感がないです。ダークな色添えにはなってるか。




●RUFUS WAINWRIGHT「HALLELUJAH」
●「WANT TWO」の収録曲じゃないです。LENARD COHEN のカバー。でも大好き!何回聴いても聴き飽きない!






●実は、今週末、イベント「HOSTESS CLUB WEEKENDER」@新木場 STUDIO COAST に突然お誘いうけて、楽しんでたんです。久しぶりのライブだったから楽しかったし、久しぶりに会えた人とも楽しくお話しできて、とてもウレシかった!このライブのことは、後日書きたいのです。…週末から書きかけてる文章を、仕上げちゃいたいから。


UK & US ハードコア・パンクについて書きたいんです。
●ボク自身は、決してハードコアが得意とは言えないんだけど、最近はスゴく魅力的に見えてる。劣化しないフォーマットの強さ。エバーグリーンな響き。そんで弾ける、弾け過ぎる若さとバイオレンス。



●仕事の面で、今週でひとつのプロジェクトを無事にこなしきったので気分爽快。
ロンドンからイケメンのお客さんジェイくんがやってきて、ボクらの仕事を楽しそうに見学してくれた。
●アートスクールで映画を勉強したそうで、小津安二郎ジブリはあらかた全部見てるそうな。
●年齢がボクと同世代。だからもっとイロイロなコトを話したかったな。音楽の話もすればよかった!英語力が欲しいよ!
●打上げで、わざわざ新橋のディスイズ・ジャパニーズ・イザカヤに連れて行ったら彼は大喜び!お座敷席を見て「ここでシューズを脱げばイイのかい?」とか言ってた。「サケ」いっぱい飲んでた。
●打上げのシメに、プロジェクトリーダーが提案。「日本古来の三本締めってヤツを、ジェイくんに学んでもらいましょう、クラップヨーヘンズ、ウィズアス!」イギリス人が三本締めってオモシロい。「ジェイとのビジネスが今後発展し、ココにいる皆さまのご多幸を祈念して、御手を拝借!」…意識してなかったけど、このフレーズ、なんだか、おまじないとか呪文みたいだな…。イギリス人ジェイ「パーティの終わらせ方として最高だよ、ロンドンの仲間にも教えなくっちゃ」だって。



だから気分がよいので、イギリスのハードコアパンクを聴いてる。

THE ADICTS「SONGS OF PLAISE - 25TH ANNIVERSARY LIMITED EDITION」

THE ADICTS「SONGS OF PRAISE - 25TH ANNIVERSARY LIMITED EDITION」2008年
●わあお!痛快で楽しい!分かりやすくて明るいメロディと、ガリッと極まったソリッドなギター、そしてダッシュしたくなる疾走感!パンクの楽しさが満載。バンド全員で大合唱な気分も元気が出るよねー。
●このCDを発見したのは広島のパンク専門店。お店がつけたPOPには「天下無敵のクロックワーク・パンク!」ってフレーズが踊ってた。そうか、キューブリック「時計仕掛けのオレンジ」みたいなこのルックスは、クロックワーク・パンク(CLOCK WORK PUNK)って呼ぶんだー。日本のバンド、ニューロティカも、クロックワークなカッコしてるよね。
●本来のアルバム「SONGS OF PRAISE」は1981年にリリースされたこのバンドのデビュー盤なんだけど、25周年記念で全部再レコーディングしたのがこの「25TH ANNIVERSARY LIMITED EDITION」みたい…つーか、2008年じゃ25年以上経っちゃってるけどね。でもその長いキャリアの中で全然メンバーチェンジもしない、ボーカルの KEITH "MONKEY" WARREN はずっと「時計仕掛けのオレンジ」コスプレのまんま。この一徹ぶりも尊敬してしまう。

80年代UKハードコア・パンクの成り立ち。
●70年代後半に吹き荒れたロンドンパンクのムーブメントは、THE DAMNED、THE CLASH、THE JAM の登場で盛り上がり、SEX PISTOLS のアルバム「NEVER MIND THE BOLLOCKS」1977年の段階ですでにピークに到達していた。それ以降は、音楽的な成熟を目指したり、実験的アプローチを深めていくニューウェーブ/ポストパンク期へと移行していく。
●その一方で、初期パンクが持っていた疾走感とソリッドなギター、激しいシャウトにシンプルなバンドサウンドは、80年代に入ると後継ムーブメント、ハードコア・パンクへと引き継がれていく。より過激な政治的主張や特殊なライフスタイルを打ち出し、独立自営なインディ精神/ DO IT YOURSELF 精神が確立されていく。その前提にあるのは、当時のイギリス社会に対する不満。
●折しも1979年には「鉄の女」マーガレット・サッチャーが首相に就任、1990年まで「サッチャリズム」とよばれる保守主義/新自由主義経済政策を推進し、規制緩和/民営化/法人税減税/消費税は8%から15%にアップなどなど、イギリス経済を復活させる諸改革を打ち出す。しかし、失業者の数は政権発足から2倍まで上昇&賃金は下落、庶民の生活はよりキツくなる一方だった。こうして、若者の不満は鬱積、より過激な主張を掲げるハードコア・パンクの素地が出来上がったワケだ。左派思想を前提とした社会派バンドが続々と登場するのがこの時代の傾向。

●ただし、異端のハードコアの中でも、THE ADICTS はさらに異端。
●シリアスな立場を持つバンドが活躍した80年代のハードコア・シーンの中で、THE ADICTS のように楽しげでポップなアプローチをとるヤツは大分ユニークだったに違いない。このコスプレじゃあねーえ。
●でもこのコスプレも、大分ねじれた意味があって。一目見ればピエロのように楽しく見えるけど、「時計仕掛けのオレンジ」でこの扮装を身にまとう主人公たちは、レイプも殺人も辞さない極悪非道の非行少年だからね。イロイロなレベルで、ユーモアや楽しさ、反抗精神や世相風刺の諧謔、凶暴性がナイマゼになっている。
●なにしろ一曲目「ENGLAND」から「I DON'T WANNA DIE FOR ENGLAND」と連呼絶叫しまくるスタンスで攻めまくり。「オレは英国のためには死にたくないぜ!」…今の日本で「日本のためには死にたくないぜ!」と歌う若手バンドがいたら「反日バンド」と罵られるのだろうか?少なくともボクは日本のためには死にたくない。ワイフと子どものために絶対生き残る。

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●現在の THE ADICTS のボーカリスト "MONKEY"。クロックワークぶり健在。公式ページより拝借。
●そもそもキューブリック「時計仕掛けのオレンジ」1971年がスゴ過ぎたんだわな。ワケのワカラン架空の隠語ばっかで日本語字幕もメチャクチャだったもんな。「ドルーグ、デボチカ女をトルチョックしてやれ!」


さて、アメリカの80年代ハードコアはどうなっていただろう?

「アメリカン・ハードコア」

DVD「アメリカン・ハードコア」
●結構前にみたアメリカのハードコアシーンに関するドキュメンタリー。1980〜1986年のパンクシーンの目撃者たちを訪れる内容。音楽的/審美的だったニューヨークパンクも80年代に入ると、より過激に、先鋭的になっていく。その様子が当時の映像を絡めつつ生々しく描かれている。
●イギリスには保守党政権・サッチャー首相がいたが、この時のアメリカは共和党政権・ロナルド・レーガン大統領の時代だ。彼は「レーガノミクス」という自由主義経済政を実施、「東西冷戦」を前提として軍事費の拡充(!)で政府支出を拡げて国内産業を振興、ソ連に対抗するスターウォーズ計画(人工衛星を駆使してミサイル迎撃&攻撃するシステム)を打ち出したり、中南米の左派政権をCIAを駆使して激しく干渉、左派クーデターが起きたグラナダに直接軍事介入する(グラナダ侵攻)などを仕掛けて「強いアメリカ」を復活させることを目指した。内政においては富裕層優遇政策を推進、80年代前半では失業率も上がる。いわば勝ち組優先/弱者切り捨ての理論。

●そんな時代に夢も未来も持てない若者たちが、怒りを激しく燃焼させる音楽としてハードコアパンクを支持する。SEX PISTOLS はアメリカツアーの途中で解散分解してしまったが、彼らの音楽は「ヘタクソでもかまうもんか!それがパンクだ」という方法論を全米の若者たちに植え付けた。そして同時多発的に全米各地でハードコアシーンが立ちあがるのだ。

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80年代アメリカのハードコア・パンク・マップ。すげーイッパイバンドがおるね。
DVD「アメリカン・ハードコア」の公式HPからキャプらせてもらいました。東海岸から五大湖沿岸、南部テキサス、そして西海岸と、全米全域にわたって、この80年代レーガン時代に登場したバンドのマークがたくさん出てる。詳しくはコチラのリンクでチェックしてね。
●とにかく、同時期にこんだけの広い地域で様々なバンドがワサーッと登場したってのがスゴい。


MINOR THREAT「MINOR THREAT COMPLETE DISCOGRAPHY」

MINOR THREAT「MINOR THREAT : COMPLETE DISCOGRAPHY」1981年録音
●まずは、アメリカ合衆国の首都ワシントンDCに現れたバンド MINOR THREAT を。IAN MACKAYE という男が率いたこのバンドは、活動時期1980〜1983年と短命だったにも関わらず、その後のバンドに大きな影響をもたらす。まずは、その直情的な音楽スタイル、そして、制作から流通まで全てを自分たちで担うインディレーベルの精神、さらには彼らの楽曲から生まれた倫理思想「ストレートエッジ」。このCDは1981年にリリースされた二枚のアルバムを束ねた編集盤だが基本的には彼らの正式音源の全てが収録されてる。

死ぬほど速くて、死ぬほど短く、死ぬほどウルサい。
ワシントンDCのロックシーンには、目の前の先輩として BAD BRAINS がいた。1978年に結成、メンバー全員が黒人さんという、パンクバンドとしては異色の存在だ。レゲエからメタルまでを飲み込むミクスチャー感覚、それでいて徹底的に速いハードコアサウンド。しかもやっぱ黒人さんだけあって、めちゃウマ。コレがスゴい。
●DVDに出てくる中年となった IAN MACKAYE はその風貌から一瞬でわかっちゃうほど、見事にチンピラなダメ人間。ただ、当時まだティーンだった彼は、地元のヒーロー BAD BRAINS や西海岸でいち早く勃発したハードコア・ムーブメントに強く影響され、シーンにどんどん飛び込んでいく。すぐに彼は地元では BAD BRAINS に次ぐ支持を集め、その流れが MINOR THREAT に結実して行くのだ。
●CDを iTune に取り込もうとすると一瞬にしてわかるんですが、曲が短いんですわ。基本的に2分に満たない。短ければ50秒。26曲も収録されてるのに3分台にのった曲は3曲だけ。でもね、その短い尺に全てをブチ込むほどの高速度ビートと高密度シャウトがグラグラと煮えたぎっているわけよ。初めて聴いた時は戸惑った…なにやってるかワカランほどだし。これがDVDの記録映像だとより一層ヒドい。狭苦しい会場に暴れにきただけのパンクスたちがフロアで殴り合いしてて、でバンドはそんな殺伐とした空気を灼熱の炎で焼き尽くす超ハイテンションで迎え撃つわけですから。演奏じゃなくて騒音を使ったド根性ケンカですわ。
●ただ彼らの音楽は、めっちゃ乱暴なバランスで全ての楽器が等列にブチ込まれてるけど、ある意味パンクらしく、すごくシンプルで小賢しいコトなんもしてません。一つのアイディアで痛快なリフができたら、そのアイディアが持つだけの尺の上で叫ぶだけ叫んで、飽きたトコロで終了。実に直情的で、がゆえにキャッチー。

DO IT YOURSELF 精神の結実、DISCHORD RECORDS。
IAN MACKAYEMINOR THREAT 始動の段階から自分たちの音源は自分たちで売ると決めていた。そこで作ったのがインディレーベル DISCHORD RECORDS「ハードコア・シーンは、音楽業界から完全に無視されていたんだ…アレはビジネスにはならないとね。だから全てを自分たちでやるしかなかった」DVDでもインディレーベル関係者がそう語っていた。つーか、たしかにコレメジャーで売れるとは思えないもんね。メジャーシーンではイギリスから DURAN DURAN がやってきて人気者になる時代なのだから。
DISCHORD はワシントンDCを拠点にして、あくまでワシントン周辺のローカルシーンだけを射程距離にして活動していった…最近はワカンナいけど。IAN MACKAYE の、あくまで自分の手の届く範囲だけでやる、ムリに手を広げて商売を膨らませたりしないという主義がかいま見れる。その後インディ流行りが進んで、メジャーだかインディだか区別がつかない連中も出て来るが、ここにもハードコア・パンクならではの美学が見える。

ハードコア・パンクの倫理観「ストレートエッジ」。
MINOR THREAT の初期の代表曲「STRAIGHT EDGE」に由来する特別な倫理観がハードコアの一部にある。「タバコは吸わない、酒も飲まない、クスリもしない、快楽目的のセックスもしない」これが「ストレートエッジ」の思想だ。ロックンロールの世界でよく言われる「セックス、ドラッグ&ロックンロール」と正反対の思想だ。ちょっと意外でしょ。SEX PISTOLS の連中なんて「セックス、ドラッグ&ロックンロール」まみれじゃないか。
●70年代末に多感な思春期を送った IAN MACKAYE の世代は、60年代末〜70年代末のカウンターカルチャーが生み出した様々な幻想〜「マリファナ最高/フリーセックス最高/既存の常識を全部転覆」大失敗したダメ人間を大勢見てきた。麻薬やアルコールに溺れ(コカインなどなどさらにハードなドラッグが流通)、家庭を崩壊し(離婚率も急速に上昇)、保守路線のレーガン政権から完全に見放されて、負け組として落ちぶれてしまった連中が周囲にいた。というより、60年代のサブカル幻想に惑わされた世代が IAN の世代の親たち…パンクスとして荒れた少年たちの背景にはアメリカの庶民家庭の荒廃があったのだ。IAN は思春期のティーン少年として、ダメな大人たちに反抗した。「タバコも酒もクスリもフリーセックスもいらねえ!オレらはシラフでいくぜ!」
●未成年である彼らパンクスたちがライブで盛り場に集まると、店の主人は彼らの手の甲にマジックでバッテンをつけた。間違って彼らにアルコールを売らないよう、分かりやすい目印をつけたのだ…いつしか、このバッテンマークがハードコア/ストレート・エッジのシンボルになった。で、ハードコアがX記号を羅列する時は、このストレートエッジのバッテンマークが由来なわけです。
●パンクスの全てが、必ずしもこのストレートエッジに同意しているわけでもない…むしろ一部の人だけって印象も。ただ、このストレートエッジの延長で、禁欲主義的なベジタリアン/ヴィーガンな食生活を選んでいる人もいる。昔一緒に仕事したアメリカの人はかつて乱暴なパンクスだったんだけど、結婚と子どもの誕生をキッカケにしてヴィーガンになったそうな。「かつては怒りに我を忘れてしまうコトがたくさんあった…今ではその怒りを客観視してそれを感情から切り離すことができるようになった…」その代わり、彼はラーメンすら食べられないので会食するにはスゴくめんどくさかったけどね!トンコツやトリガラの匂いだけでもうカラダが受け付けないんだって。

FUGAZI「REPEATER + 3SONGS」

FUGAZI「REPEATER + 3SONGS」1990年
MINOR THREAT は1983年には解散。IAN MACKAYE がその後1987年に結成したバンドがこの FUGAZI時代はハードコアからオルタナティブへ移行する時期IAN のこのバンドも、MINOR THREAT が確立したハードコア様式を突き詰めるスタイルではなく、ダブ風のスロウなグルーヴやオルタナ風の揺さぶるロックなどなどバラエティ豊かな内容になっている。それでも流通は自分のレーベル DISCHORD、緊張感や荒削り感は全くもって健在。それまではボーカルだけを担ってた IAN は練習をこなしてギターボーカルに進化してるらしい。


さて、アメリカ東海岸から、西海岸のハードコア・シーンへ目を移してみましょう。

BLACK FLAG「DAMAGED」

BLACK FLAG「DAMAGED」1981年
●アメリカのハードコア・シーンは西海岸のロサンゼルスから始動したってのが定説、って勝手にボクは思ってる。BLACK FLAG は1976年結成と結構先行組。バンドリーダー GREG GINN は1978年には既にインディレーベル SST RECORDS を設立して自分たちや志あるパンク/ロックバンドの音源をリリースしていた。BLACK FLAG = 黒旗は、極左思想のアナーキズム(無政府主義)のシンボル。赤旗が共産主義のシンボルってのと同じですよ。その意味でバリバリの独立自営ハードコアってわけ。SST RECORDS はハードコアに留まらず、80〜90年代には名門インディとして SONIC YOUTH DINASOUR JR.SOUND GARDENHUSKER DUDESCENDENTS など全米各地のオルタナティブロックを世に送り出している。この辺の音源を知る上でボク個人は大分お世話になりました… SST 印があればマチガイナイと思ってたもんね。

HENRY ROLLINS という男、ワシントンからロサンゼルスへ。
●この1981年リリースのアルバムは、何枚かのシングルを経た上で発表されたファーストアルバム。ここでワシントンDCのハードコアシーンとの接点が出て来る。IAN MACKAYE の親友であり、S.O.A.STATE OF ALERT)というバンドをやってた HENRY ROLLINS という男、BLACK FLAG のシングルを聴いてこのバンドに心酔、東海岸でツアーをやらないかとメンバーに手紙を書き、バンドを実家に泊めたりしている。
●コイツが気合いの入ったイイヤツであり、カリスマ性もド根性も十分であると見込んだ BLACK FLAG のメンバーは、新ボーカリストとして HENRY を抜擢。ロサンゼルスに来ないかと誘ったのだ。躊躇する HENRY IAN が激励、HENRY は地元でやってたハーゲンダッツのバイトを辞めて、クルマを売って、ロサンゼルスに引っ越してきた。そんな彼を迎えて完成したのがこのアルバムだ。…元からのボーカリストはギター演奏に専心するので誰かがクビになったわけじゃないのね。
●で、結果これが見事にハードコア。重厚な鋼鉄リフが速射される中で、ド根性の肉弾戦で暴れる HENRY ROLLINS が雄々しいGREG GINN HENRY ROLLINS BLACK SABBATH に影響されてると言ってるが、ここでの BLACK FLAG は、BLACK SABBATHエンジン改造で加速して凶暴な猛獣にサイボーグ合体させたような音楽だわ。
●すでに武名を馳せていた BLACK FLAG の新入りボーカリストに一発カマしてやろうと、ヤバめの観客が HENRY にケンカを売ってくることがしばしばあったそうな。しかし筋骨隆々の HENRY ROLLINS はステージに上がってくるそんな連中を片っ端から殴り倒しながら歌ってたらしい。スゴいね。

BLACK FLAG「SLIP IT IN」

BLACK FLAG「SLIP IT IN」1984年
●これは DVD「アメリカン・ハードコア」で知ったのだけれども、一時期 BLACK FLAG には女性ベーシストが在籍してたという。実は BLACK FLAG、リーダー兼ギタリスト GREG GINN 以外はメンバーがあまり安定しなかったバンドで、その次にしっかりした立場を持ってたのが HENRY ROLLINS。それ以外は結構交代が激しい。実はコロンビア国籍で海外公演に行ったら入国できませんでしたとか、もはや音楽と関係ない事情でいなくなったメンバーもいる。
●で、この時期はベーシストがいなくって。そこで地元パンクバンドから KIRA ROESSLER という女性を抜擢した。BLACK FLAG 元メンバーのバンドでベースを弾いてたって縁みたい。男尊女卑/マッチョイメージのハードコアにあって女性の存在は珍しいと思った…まー彼女の出で立ちはカッコいいけどね!実際このジャケだって男尊女卑な感じしてるけど、KIRA はインタビューで「ワタシはあんなジャケになるとは知らなかった、実際女性をバカにしてると思ったわ!」とコメントしてる。
●で、このアルバム、ハードコアでありつつも、メタル濃度もかなり高くて。メンバーチェンジも激しいが、音楽性の変化も激しいのが BLACK FLAG。技巧的なギターの奔放ぶりが実にメタリック。曲も長めでほとんどが4分ん以上で最長は7分強!30秒で終わる曲もあったのに、すっかり変わったよね。でもハイテンションぶりは健在でカッコイイです。

KILA ROESSLER

KIRA ROESSLER 在籍時の BLACK FLAG。左からリーダー/ギターの GREG GINN、クビ太すぎのボーカル HENRY ROLLINS、紅一点ベーシスト KIRA ROESSLER、ホントは DESCENDENT のドラマーでこの時のプロデューサーを担ってた BILL STEVENSON


BAD RELIGIONS「80-85」

BAD RELIGION「80-85」1980〜1985年
●DVD「アメリカン・ハードコア」ではあまり登場しなかったけど、アメリカのハードコアシーン、そしてその後のメロコア〜ポップパンクにまで至る流れの中で重要な存在感を放つバンドがこいつら。15〜17歳の高校生だった彼らがバンドを結成したのが1979年、そんで自主レーベル EPITAPH を立ち上げるのが1980年。すごいよね未成年でそこまでガツガツやっちゃうんだもん。EPITAPH は1989年に NOFX と契約するのを皮切りに、DOWN BY LOW、THE OFFSPRINGS、RANCID、PENNYWISE などなど90年代にビッグバンドになるパンクアクトと次々に契約。名門インディとして、今だに大きな存在感を放っている。今は WEEZER も契約してるみたいだよ。
●で、このアルバムはその初期音源をまとめた編集盤。MINOR THREAT の初期音源編集盤と同じで、速い短いウルサい、そんで音がワルい。ただ、今だに活動を続けてる彼らのキャッチーでポップな感覚はこのころから健在、カラリと乾いてメロディがクッキリしている。

BAD RELIGION「SUFFER」

BAD RELIGION「SUFFER」1988年
BAD RELIGION は、1985年に一旦解散してる。結成時1979年ティーンだった彼らも成人したし、自主レーベルでアルバムもシングルも作ったし。まーイイ感じ。とはいいながらもそんなに簡単に辞められないのがパンク道、1986年にはメンバーを微妙に変えて再始動。1988年に再結成アルバムとしてこのサード「SUFFER」がリリースされた。ここのラインナップ、ボーカル GREG GRAFFIN、ギター BRETT GUREWITZ & GREG HETSON、ベース JAY BENTLEY というメンバーがその後現在まで続くこのバンドのコアとなる…すげえな10代の頃の仲間と50歳超えるまでパンクし続けるなんて。
●1993年にはメジャー ATLANTIC と契約して商業的にも大成功。一方でレーベル EPITAPH もどんどん規模が大きくなって、BRETTEPITAPH 運営の社長業に専念するため90年代後半はバンドを脱退したりも。でも2001年に、バンドは古巣 EPITAPH へ返り咲き契約、社長を続けてた BRETT もバンドへ復帰。コンスタントにリリースを続けて、去年は16枚目のアルバムが出た。ある意味最高のバランスで活動を続けてるし、そのための環境も自分たちで全部作っちゃったってコトだね。
ハードコア・パンクは、スタイルがカッチリ出来上がっているので、ある意味で色褪せない。今でもそのフォーマットがキチンと生命力を持っているので、その録音が30年前であろうと劣化を感じさせない。その意味で今日の音源は常にエバーグリーンな魅力を持ち続けている。BAD RELIGION も、今も昔も全く変わらない。それがスゴい。




●動画。
●THE ADICTS「VIVA LA REVOLUTION / JOKER IN THE PARK」
●クロックワーク・メイクの奇妙っぷりと、人懐こい感じがキャッチーでステキ。




●MINOR THREAT「STRAIGHT EDGE」
●なにやってるか全然ワカンナイ。でもコレがハードコアの現場。




●BLACK FLAG「RISE ABOVE」
● HENRY ROLLINS 若過ぎる…それ以前にコワ過ぎる。




●BAD RELIGION「YOU ARE (THE GOVERNMENT)」
●あっというまにおわっちゃう。それがハードコアの潔さ。





●睡眠不足だ。眠い。
●こんな夜は、無心になりたいので、ジャズを聴く。

miles davis dig

MILES DAVIS & SONNY ROLLINS「DIG」1951年録音
ビバップ!
ボクの耳がダメなのか、ビバップ〜ハードバップの演奏は正直ついて行けない。
●アドリブがハゲシ過ぎて、ナニやってるかワカラナイ。何回聴いても新しいフレーズが聴こえてくる。ハナウタでフンフンできると気持ちイイのかも知れないけど、そのハナウタ再現を巧妙にかわすかのように、予想もつかないトコロにもってかれてしまう。ぱららぱらぱらぱらぱらっぱぱぱぱぱぱぱ!ああ疲れたアタマにはちょうどイイ。
MILES DAVIS 25歳の時の録音。師匠 CHARLIE PARKER はドラッグでダメ人間になってしまった…だから自分でバンドを作り独り立ちしなくちゃ!って考えてたころの時期らしい。ここで相方に抜擢したのは後のハードバップシーンを牽引するサックス奏者 SONNY ROLLINS当時21歳。ジャケ写もカッコいいね。MILES はブラックスーツをパチッと着こなす姿がカッコイイ印象があるけど、フランクなジャケットにハンチングってのもオツだね。つーか、みんな若いよ!あ、ドラムは ART BLAKEY、先輩格の32歳
50年代に入るとLPレコードが普及。メディアの収録分数が長くなった。それ以前のSPレコード時代は2〜3分に曲を収めなくてはならないキツい制約があった…そこから自由になって、ノビノビとアドリブ演奏を楽しんでる様子がイイ感じ。その気になれば一晩中演奏を続けてられる連中なのだから。

miles davis blue haze

MILES DAVIS「BLUE HAZE」1953〜1954年録音
●気持ちイイからもう一枚聴くよ。一曲目からミュートのかかった MILES のトランペットがクール。落ち着いたジャズがシックでカッコいいんじゃないんだよ、小刻みに震えて気持ちを安定させないグルーヴ、正確なハイハットと弾むベース、行き先が見えないリード楽器の展開に、心をときめかすのが楽しいんだよ。クレジットには達者が大勢おるよ。ピアノは HORACE SILVER…ん?CHARLES MINGUS もピアノを弾いてるよ。ドラムは ART BLAKEY MAX ROACH、印象的なベースは全部の曲を PERCY HEATH というヤツが担ってる。
●この時代、ワリとアリガチだけど、ジャケ、手抜きスギル!


MILES DAVISBlue Moods

●MILES DAVIS「BLUE MOODS」1955年録音
●どーでもいいけど、マジでジャケが雑!「ブルーへイズ」から「ブルーモーズ」ね。リズム隊は CHARLES MINGUS & ELVIN JONESMILES と一緒に前衛に立つのはトロンボーン奏者の BRITT WOODMAN というヤツ。ヴィヴラフォンの TEDDY CHARLES というヤツもイイ味だしてる。ゆったりとしたブルースコード進行だわ。




●時計、修理から戻ってきた。店員さん「えーと、文字盤とムーブメントとケースを交換しました」つーか、ベルト以外は全部総取っ替えじゃん。スゲエダメージだったのね。でも保証が効いたからタダ!



臨時出費が多過ぎる!
●先週火曜日に、突然腕時計が壊れた。浮き上がった文字盤に長針が当たってしまって動かない。まだ二年しか使ってないのに。渋谷のお店で修理に出した…。
●その翌日水曜日に、MacBook Pro の AC アダプタが断線して充電出来なくなった。これじゃ仕事にならん!あわててヤマダ電機で純正品を購入…うお8000円もするのか。
●6年間使ってたドイツ製のメガネ、すごく丈夫なフレームでお気に入りだったけど、レンズがもうキズだらけで限界かも。このレンズのせいか、最近眼精疲労もヒドい。ということでガマンならずメガネを新調。この週末初めて ZOFF とか JINS のお店を真剣に物色してみた。ちょいとツクリがファストな感じがするけどしばらくこれでいってみる。
●今週水曜日は、iPod のイヤホンをなくした…。珍しくアサイチの会議がヨソのオフィスだったので出勤のペースが乱れ遅刻しそうになり、首にぶら下げたまま走ったのがなくした原因だろうな。で、またヤマダ電機へ。
●木曜日は、幕張メッセに行く時に間違えて PASMO を10000円分チャージしてしまった。あー!損した訳じゃないけど、一万円の現金おこづかいがサイフからなくなってしまった。あややや。ワリとショック

●オマケに、生保の更新で保険料アップだって。昨日渉外のオバちゃんと手続きをした。
●歳食うと保険も高くなるなあ…しんどい。
●ちなみに、ナニゲに渉外のオバちゃんとは新入社員の頃からの付き合いなので約二十年。もはや遠縁の親戚みたいな感覚すらある。ボクがイイ歳ぶっこいたということは、オバちゃんもかなりイイ歳なのだ。「ボク、オバちゃんがいなくなったら保険のコトなにもわかんなくなっちゃうのが不安ですわ。あと何年お務めしてくれます?今さら若い人が来ても困るなあ」
「ワタシも60歳超えましたけどね、70歳まで務められるし、健康ならそのまま継続もできるんです。ウチは88歳の人もいるんですよ。お客さまからヤメないでって要望があってね、会社がそういう制度を作ったんです」オバちゃんはボクみたいなペーペーだけでなく、ウチの役員/取締役とも長年の付合いでフツウに談笑できる仲。ボクが話せないようなエラい人とも局長席でお茶飲み話してる。生保会社にとってその人脈は貴重な財産だわね。もちろんオバちゃんのキャリアにとっても。
●オバちゃん、実は早くにダンナさんを亡くしてシングルマザーとして一生懸命仕事と子育てを両立してきたという…あーそんな話は初めて聞いた。もう息子さんは立派に成人して(というかきっとボクと同世代くらいだろう)超一流企業にお務めとのこと。もうゆっくりリタイアしてもイイ年齢だけど、外に出て人に会う仕事が楽しいらしい。「こちらの会社はユニークな人がいっぱいですからね。unimogrooveさんもずいぶんオモシロい人ですよ」

将来の貯蓄はいくら必要か…なんて経済誌の見出しをみるとブルーになる。
●ワイフに「ねえ。ウチの口座総額がさ…最近全然増えてない気がするのよ…やばいかな…」とポツリボヤいたら、「ノマドの進学にヒヨコの塾代、この春でかなり大変だったのに、現状維持してるのが奇跡的よ!増えてないけど減ってないでしょ!」おおおそうかそうかそしたらダイジョウブだね、オカネのことで不安になり過ぎるのって鬱病患者の典型ケースだったりするのよね。



先日、ワイフの妹が結婚式を挙げた。おめでたい!

ヒヨコとかのこ

箱根のクラシックホテル「富士屋ホテル」で身内だけの挙式&披露宴。
初めて会ったダンナさんは高身長のイケメン、年齢はボクより10歳若いはずなのにスゲエ落ち着いててビックリした。ワイフには二人の妹がいるんだけど、その二人のダンナは結果的にとっても爽やかイケメン好青年。ワイフに「三姉妹を並べたら、圧倒的にボクが一番ダメだよね。ポンコツで申し訳ないねー」と謝っておいた。姪っ子ちゃんはボクのことヒゲメガネの不気味オジチャンとしてビビりまくってるしね。
●新郎くんはサワヤカだが、ご親族もイイ感じのひとたちで。秋田からわざわざやってきたお母さんと楽しい世間話。「男鹿半島ってことはナマハゲですか?」「ええ、ナマハゲはホントに怖くてね、あれが二〜三十人でやってくるんですよ」それはコワい!30人はコワい!

「富士屋ホテル」は創業明治11年、つまり1878年から今まで営業している超クラシックホテルだ。
●1878年って?大日本帝国憲法よりも10年先行してるよ!西郷隆盛の西南戦争の翌年だよ!そんな時代に「外国人専用ホテル」というコンセプトで出発してるのよ。すげーなあ。

富士屋ホテル

富士屋ホテル2

富士屋ホテルのガキ

●ルームキーひとつとっても、個々の部屋それぞれで違うデザインを掘り込まれていてグッと来る。ボクら一家が泊まった部屋は「牡丹」「山吹」。かまぼこ板のような大きさにも時代を感じさせるわ。

●で、個々にはマジマジの VIP も投宿してるのですよ。ヘレン・ケラーとか。チャーリー・チャップリンとか(彼は知日派でしたね)。昭和天皇夫妻も泊まってます。ボクがひっかかるのは1978年に JOHN LENNON & YOKO ONO 夫妻が泊まってること。少年だった息子 SEAN LENNON も一緒。その時の写真が残っている。SEAN とボクは2歳違い。親近感を感じるね。

JOHN LENNON YOKO ONO @ hakone

「ジョンレノン氏と小野ヨーコさん 1978年」これ、ホテルの近所の写真館で飾られてた写真ね。
●ヌケに見える背景が、まさに富士屋ホテルでしょ。この頃の JOHN は SEAN 誕生をキッカケに音楽活動を休止。ハウスハズバンドとして父親業に専念。そんで、YOKO の故国・日本へ毎年のように訪れていた。そんで1980年、音楽活動を再開、アルバム「DOUBLE FANTASY」をリリース。しかしその翌月の同年12月、ニューヨークの自宅前で射殺されてしまうのよね。



さて、この流れで JOHN LENNON を聴いてみる。
JOHN LENNON YOKO ONO : PLASTIC ONO BAND「SOMETIME IN NEW YORK CITY」
JOHN LENNON & YOKO ONO / PLASTIC ONO BAND「SOMETIME IN NEW YORK CITY」1972年
●これは個人的には懐かしい音源、初めて聴いたのは今から20年以上前の高校時代だ。レンタルCDをカセットテープにダビングして何回も聴いた。ハッキリ言って大好きなアルバムだった。内容もさることながら、その存在感がなんとなく笑えちゃうのだ。
●紛れもなく JOHN LENNON はあの THE BEATLES の中心人物で、同時に時代のアイドル/カリスマだった。ソロになっても名曲「IMAGINE」で世界の平和をシットリ歌い、そのヒッピー的風貌は仙人のような気分すら漂っていた。悲劇的な最期も伝説の聖人たらしめるエピソードになっていると思う。今でも JOHN LENNON をそんなイメージで捉えている人は多いだろう。…ただ、このアルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」ではそんな清らかなイメージをモノの見事にブチ壊す内容、人間 JOHN LENNON のデタラメな大騒ぎっぷりが痛快でタマラン。


このアルバムはCD二枚組。うちディスク2はライブ盤だ。コレが好き。
●コレの一曲目が「COLD TURKEY」。タイトル”冷たい七面鳥”は、ヘロインの禁断症状を表すドラッグ・スラングだ。耳にこびり付く強烈なギターリフがカッコイイが、8分に及ぶ曲の後半は JOHN がそのリフの中でひたすら呻き叫びまくるカオスな展開に到達、その鬼のような展開にゾクゾクする。LIVE メンバーも豪華で、ERIC CLAPTON、GEORGE HARRISON、KEITH MOON(THE WHO)、BILLY PRESTON、NICKY HOPKINS、DELANEY & BONNIE などなどがバックを務めている。
●で、続く「DON'T WORRY KYOKO」16分の長尺ジャムがクソ音源過ぎて笑う。このアルバムは JOHN LENNON 名義でなくて JOHN LENNON & YOKO ONO となってるだけあって、YOKO がボーカルを担う部分もデカイ。で、この16分間はこんだけの豪華なバンドのタフなプレイを、YOKO死ぬほど耳障りな超音波ボーカル、つーか怪鳥の鳴き声が見事に台無しにしていくのだ。「どーん!うぉー!りー!」 と YOKO がひたすら連呼するだけ。YOKO「ビートルズを壊した女」として悪名高いが、ボクは実際にバンドの人間関係に YOKO がどんな影響を及ぼしたかはワカラナイ。しかし少なくともこのアルバムで半分くらいの存在感を占めてしまう YOKO のボーカルが、JOHN LENNONアイドルまたは聖人のイメージを完膚なきまでにブッ壊してるのはマチガイナイ。うわーオカシな女に捕まったなー的な感じ。オカシな女とラリッテル。そんな風にしか見えない。ただ、ボクはそんな JOHN の方が好きなんだけどね。人間クサいじゃん。まー一度聴いてみて下さい、この曲はヒドい。前衛芸術出身の YOKO がポップミュージックの中でガン細胞のようにダメなオーラを作っちゃってる有様。

ライブ盤3曲目以降は、趣がチガウなと思ってたら、収録日もバンドも全然違うモノでありました。
●なんとここで JOHN & YOKO とジャムってるのは FRANK ZAPPA & THE MOTHERS OF INVENTION!コレは今回よーくクレジットを見返して初めて気づいた。どーりでギターのフレーズが時々プログレちっくなのか、やっと納得できた。ただし、フリーキーなジャムであることには変わらず、ここには聖人 JOHN は不在ZAPPAという魔人と刀を合わせるロックの闘士と、そこに奇妙なアイノテ入れてくる変わった女性だけがいるのです。


ディスク1のスタジオアルバムは、ホットな政治的主張がテンコモリ。
●コチラは、JOHN & YOKO PHIL SPECTOR の共同プロデュース。「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれる分厚いアレンジと深いエコーで知られる PHIL SPECTOR 独特の魔法が機能、見事なブラスアレンジがバンドの音楽をファットなモノにしてくれている。特に有名なのは「WOMAN IS A NIGGER OF THE WORLD」YOKO のフェミニズム志向に影響されたのか、女性解放を高らかに歌うウタ。これをはじめとして、このアルバムは JOHN のキャリアでも特に直接的な政治主張が色濃い内容。
●楽曲「ATTICA STATE」は、アルバムリリース前年1971年ニューヨーク州にあるアッティカ刑務所で起こった暴動事件が題材。露骨な人種差別が横行していた刑務所の中で囚人が環境改善を求めて抗議、看守らを人質にとって暴動に発展。しかし最後は州兵が投入され囚人&人質28人が殺されたという。状況打開のため交渉に立って欲しいという刑務所長の要請を断り、現場に出向きもせず軍隊を投入した当時の州知事ネルソン・ロックフェラーを歌詞の中で名指しで批判(”ROCKFELLER PULLED THE TRIGGER")。当然この人はあの大富豪ロックフェラー一族の一員でしかもその後すぐアメリカ副大統領になっちゃうんだよね。この事件はフリージャズの大物 ARCHIE SHEPP 「ATTICA BLUES」という曲でこの事件を取り上げている(「ATTICA BLUES」は絶対必聴の強力ジャズファンク)し、その後、多くの映画や書籍で取り上げられている。…ちなみに、その後 JOHN を射殺した MARK CHAPMAN もこの刑務所に長く収監されていたという…今は別の刑務所みたいだけど…まだ生きてるんだ…。
●そして北アイルランド問題についても言及。1972年1月、公民権運動のデモ行進へイギリス軍が発砲、14人が殺された「血の日曜日事件」(死者のうち6人が17歳の少年!)。JOHN はアイルランド系なのでこれに機敏に反応。楽曲「SUNDAY, BLOODY SUNDAY」「THE LUCK OF THE IRISH」に結実。この事件はその後アイルランド出身の U2 にも取り上げられてるコトになる。
●実際に起こった事件を一年以内のタイミングでテーマに取り上げる高い時事意識は、JOHN反体制のカリスマにもしたし、政権から危険人物とにらまれる結果にもなった。彼の射殺に陰謀説がささやかれるのもこうした経緯が関係しているだろう。

●この次の年、1973年〜1974年に JOHN は YOKO といったん別居、中国人女子 MAY PANG と一緒にニューヨークを離れてロサンゼルスに逃げちゃう。その後ヨリを戻した夫婦に1975年 SEAN が誕生。箱根までやってくるというわけだ。



ロックで政治や社会を問う、という手法は、今はアリなのか?
JOHN LENNON の時代、60年代末から70年代初頭のアメリカ/イギリスにおいてロック/音楽が政治的メッセージを発信する手法はある程度有効だったとボクは思う。音楽に束ねられた若者はベトナム戦争継続に異議を申し立てたし、公民権運動や人種差別撤廃の動きにも力を添えたと思う。もちろん大手メディアから放送禁止になったりと、賛否両論の立場があった訳だが。
こうした政治的メッセージを発信したロックが、1980年代末から1990年年代初頭の日本でも鳴らされた。首謀者は忌野清志郎だ。そのケースをつぶさに見てみたい。

ラストデイズ

NHK「ラストデイズ」
●今年5月?に放送されてた NHK の2夜連続ドキュメンタリー番組。一夜目は勝新太郎オダギリジョーが語るという内容。そしてボクが見たのは、爆笑問題・太田光が忌野清志郎を語る第二夜の放送。
大田&忌野清志郎の出会いが、これまたとてもユニークだった。痛烈な風刺漫才で世に出た爆笑問題は、デビューから数年は少々ドキツい発言から各所から度々抗議や批判を受けていた。実は忌野清志郎も、そんな抗議者の一人だった。大田が書いたコラム(テレビブロスだったかな?)で「選挙なんか行かなくてイイ」という主張を見つけた清志郎「大田に直接会いたい」と申し出てきたのだ。「君たちのコトは好きだったのにガッカリした。政治に無関心でイイと言っちゃうとキミの息子が戦争に行っちゃうのよ」清志郎は太田にそう訴えた。「選挙」の話はある意味で太田特有のキツいアイロニーであったのでだろうが、清志郎はこうした政治的無関心をどうしても看過できなかったようだ。二人の初対面はチグハグな議論で終わってしまったという。
忌野清志郎は、80年代のロックシーンに君臨したカリスマだった。そんな彼はある時期からどんどん政治的な表現に接近していく。その様子を、番組の中で太田がつぶさに読み取っていく。その中でも大きなトピックが「COVERS」騒動だ。

RCサクセション「COVERS」

RCサクセション「COVERS」1988年
●このアルバムは、ロック史の名曲を清志郎が日本語詞でカバーしまくる内容。BOB DYLAN「BLOWIN' IN THE WIND」EDDIE COCHRAN「SUMMERTIME BLUES」、THE ROLLING STONES「PAINT IT BLACK」、そして JOHN LENNON「IMAGINE」などなどをユニークな解釈で日本語に変換、というか完全に歌詞を差し替えて歌う。ゲストとして、JOHNNY THUNDERS、坂本冬美、桑田圭祐、泉谷しげる、清志郎と高校の同級生だった三浦友和、オマケにおニャン子クラブメンバー・高井麻己子(現・秋元康夫人)がボーカルで参加してる…ボク、アイドルとしての彼女のポニーテール、大好きでした。
●しかし、先行シングル発売二週間前に所属レーベル東芝 EMI が急遽発売中止を宣告。新聞に「素晴らしすぎて発売できません」との広告が出された。なぜか?ELVIS PRESLEY「LOVE ME TENDER」「SUMMERTIME BLUES」明確な反原発メッセージが打ち出されていたからだ。東芝 EMI の親会社・東芝はズバリ原発産業の当事者だからね。レコード会社幹部との話し合いは全くの平行線で、普段は温厚な清志郎さんが灰皿を床に叩き付けたという。
●さて、いったいどんな内容の歌詞だったのだろう?

 「ラブ・ミー・テンダー」

 ナニ言ってんだーふざけんじゃねー 核などいらねえ
 ナニ言ってんだーよせよ だませやしねぇ
 ナニ言ってんだーやめときな いくら理屈をこねても
 ホンの少し考えりゃ オレにも分かるさ
 放射能はいらねえ 牛乳を飲みてえ
 ナニやってんだー 税金かえせ 目をさましな
 たくみな言葉で一般庶民を だまそうとしても
 ほんの少しバレてる その黒いハラ
 

 「サマータイム・ブルース」

 暑い夏がそこまで来てる みんなが海へ繰り出していく
 人気のないトコロで泳いだら 原子力発電所が建っていた
 さっぱりわかんねえ なんのため?
 狭い日本のサマータイム・ブルース
 熱い炎がさきっちょまで出てる 東海地震もそこまで来てる
 だけどもまだまだ増えていく 原子力発電所が建っていく
 さっぱりわかんねえ だれのため?
 狭い日本のサマータイム・ブルース
 寒い冬がそこまで来てる あんたもこのごろ抜け毛が多い
 それでもテレビは言っている「日本の原発は安全です」
 さっぱりわかんねえ 根拠がねえ
 これが最後のサマータイム・ブルース
 あくせく稼いで税金とられ たまのバカンス田舎へ行けば
 37個も建っている 原子力発電所がまだ増える
 知らねえうちに 漏れていた
 あきれたもんだなサマータイム・ブルース


●まーこんな感じです。このウタが、あのどこかユーモラスな清志郎節で歌われる。そんなに大変なことですかね?ムキになるトコロかな?確かに直球だけどね。
●結局、一瞬はお蔵入りになったアルバム「COVERS」、当初の予定から通り1988年、別のレーベル KITTY からリリースされることに。一度は発禁となった話題性も手伝ってこのアルバムはチャート1位を獲得。つまり、結局このレベルの主張は自然と日本社会には受け止められたというわけ。東芝はメクジラ立てても、他の人にとってはフツウの感覚だった。
●旧ソ連/現ウクライナのチェルノブイリ原発事故が1986年、全世界が初めて体験した大規模放射能災害から2〜3年程度しか経たない時期、この程度の危機感は当時世間一般では当たり前の感覚だったのだろう。時代は冷戦下、米ソの超大国が地球全土を何百回も焼き尽くすほどの核兵器をガッツリ保持していた時期でもある。80年代に小中学生だったボクは、一瞬で大陸間核弾頭が世界を駆け巡る第三次世界大戦の恐怖を冷戦下にリアルな危機として感じてたし、そこにチクリとハリを刺すこうした風刺は小気味よく楽しいものと考えてました。たぶん、今の20歳代の人には共有できない感覚かもしれないけど。
●税金のテーマがチョコチョコ出てくるのは日本で初めて一般消費税(今と違って3%ね)が導入されたのが1989年だからでしょう。消費税導入は当時の政治状況では一大トピックでしたから。年収の低い人ほど負担が重くなる逆進性に大きなアレルギーが起こってました…結果その後続く国政選挙で自民党はジリジリと議席を減らし1993年の細川護煕内閣/非自民政権成立(55年体制の崩壊)を呼び込むのです。
2014年、消費税8%/残業代ゼロ制=ブラック企業合法化を推進し、一方で法人税減税や武器輸出/原発技術輸出を目指す安倍政権が高支持率をキープしている今日の状況とは、だいぶ世間の空気が違ったのですね。今の日本人は政権/与党に対して従順になったのか?それとも諦めきったのか?

タイマーズ「ザ・タイマーズ」

タイマーズ「ザ・タイマーズ」1989年
さて、清志郎「COVERS」発売禁止騒動を受けて速攻で覆面ユニット・タイマーズを結成。土木作業員な衣装に全共闘を連想させるヘルメットをかぶったコスチュームは、完全に新左翼のパロディ。当時でも十分にオールドファッションだったフォークゲリラな扮装を身にまとい、よりキワドい風刺ソングを歌い始めたのだ。なんてったって、名前が「大麻ーズ」だし。「COVERS」発禁に対する皮肉もタップリ仕込んで、総理大臣や国会議員をゴリゴリといじめて、原爆や原発にも言及する。でも、なんか知らんがこのバンドはオトガメなし。このアルバムはフツウに東芝 EMI からリリースされてしまってる。THE MONKEES の日本語カバー「DAYDREAM BELIEVER」はCMソングにもなったので、個人的にはコッチをよーく聴いてた感じ。

「ラストデイズ」の太田光は、なぜココまで清志郎が直接的な表現に走ったのか?考える。
●番組の中では、ソロ作「RAZOR SHARP」の制作でコラボした IAN DURY & THE BLOCKHEADS との交流でサッチャー政権に対抗するパンクスピリッツに触発されたことや、33歳で亡くなった実母の遺品に巡り会い、戦争で死んだ実父への思いを知ったというエビソードが紹介される。キャリアの頂点を極めてしまった先に何があるのか、清志郎自身が必死に模索していたのだ。
●一方、RCサクセションの内部〜周辺では、一連の流れに対して清志郎と同じ立場に立つ人だけではなかったことも「ラストデイズ」は紹介している。泉谷しげるですらが歌詞があまりに直接的だと感じたという。「大反対はした…「オマエそんな方向じゃダメだろう」と。ケンカになりましたね。文化人になっちゃダメだ。あくまで悪戯小僧でいなくちゃ。気分は理解できる、政治に口出すなとは言わない、でももっとオチョクって欲しかった」RCサクセション清志郎は十分にリリカルな表現を成し得るソングライターで、ここまで直接的に政治/社会問題に突っ込むことはないだろうと。実は RCサクセションの盟友・仲井戸麗市も戸惑っていた。「オレ個人の見解はヘビーだった」わざわざ別ユニット・タイマーズを作ったのも、RC のメンバーの賛同を得られなかったからだ。そして1990年アルバム「BABY A GO GO」を最後に RC は休止状態に入る…。

●その後、ソロ活動に移行する清志郎は、糸井重里と共に「パパの歌」を歌ったり、細野晴臣&坂本冬美と疑似昭和ユニット HIS を結成したり、自転車にハマったりと、ことさら政治一辺倒の活動を続けた訳ではない。あくまで忌野清志郎というアーティストの問題意識は政治的関心、または反原発運動だけに凝り固まるわけではないのだ。「COVERS」は1988年という時代にあって成立したもので、その時代の必然から離れれば意味も変わる。
●ただし、原発問題を清志郎が完全に忘れ去ってしまった訳でもなく。忌野清志郎&2・3’S名義のアルバム「MUSIC FROM POWERHOUSE」1993年で「メルトダウン」という楽曲が、致命的な破滅を描いている。不気味なサイケデリック・アレンジを施されたこの曲を、ボクは彼の武道館公演で見ている…。


さて、この20年以上前の音源「COVERS」が、3/11以降の日本でどのように聴こえているのか?
そして、原発/原子力にまつわる言説がどのように流通しているのか?考えてみたい。

わざわざ20年前の音源が引っ張り出されること、つまりこの20年が空白であったこと。
NHK「ラストデイズ」は、企画の遠い狙いとして、3/11以降の「COVERS」の捉え方を提起する意図があったと思う。まー、ほとんどのテレビメディアがナイーブに取り扱う原発問題で、一番おカタいと見える NHK反原発を直裁に歌う「COVERS」音源をバッキリ放送してるコトが既にスゴいと思った。きっと制作者の覚悟は相当なモノだと思う。そこまでしてこの番組は、原発問題を直接メッセージした男の生き様を描き、今ならナニが出来るのか?を問うている。そして、ボクはこの番組キッカケで、今の時代の「COVERS」解釈とそれに続くべき表現のカタチを考えてしまっている。
●反原発ソングである「ラブ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」は、ピーター・バラカンのラジオ番組にリクエストが殺到したという話がある。3/11以降にアルバムの注文が AMAZON に殺到したという話を聞いたことがある。あの大災害があって、大勢の人間がこの楽曲を思い出したのだ。反対に、20年遡らなければ、原発に直接言及した音楽はないということか?
●20年の空白を裏付けるようなエピソードがある。ある会食でこの「ラストデイズ」「COVERS」について30歳の女性に話を振ってみたところ、「へー、反原発運動ってそんな昔からあるんですねー」との反応が返ってきた。え?別に原発問題って今に始まった訳じゃないよね…。世代として「COVERS」を知らないのは当然だと思うけど、原子力には大きなリスクが付きまとうのはもっと当然の知識だと思ってた…。ソコが抜けてるってコトは「原発安全神話」ってホントにキチンと神話として機能してたってコトかな?みんな原発は100%安全だと思ってたのかな?「COVERS」以来、原発に対してオルタナティブな立場にたった文化的発信はなかったとすれば、30歳の彼女はモノゴコロついた時から当局が発信する「安全神話」にしか触れていなかったのも当然だ。この20年間のジェイポップって、なにやってたんだろうね…?

「COVERS」のAMAZONレビューに辛辣な意見が。「芸術家は芸術だけやってりゃいいんだよ」。
●とっても長いんだけど、敢えて引用してみます。(本物の記事はコチラ


 ★☆☆☆☆「ミュージシャンの清志郎はそこそこ好きだけど」

 ミュージシャンに国家観というものがかけらもないことを高密度に実証したある意味画期的名作である。
 ミュージシャンや芸術家一般に広く言えることだが、彼らの脳内には日本という国家、国土、文化、歴史を守護防衛保存するという観点は乏しく、彼等が叫ぶのは「人類皆兄弟話せばわかるはずさ」という夢想主義の空虚な叫びばかりである。ラブ&ピースを支えるものが何なのか、それを具体的に考えもしないで、ただ叫んでいれば世界は変わると居直り、音楽には力があるとか何とか言って陶酔してるのがいわゆる音楽愛好家たちであり、それを煽るミュージシャンである。そりゃ力はある。宣伝媒体としての威力なら絶大なものがある。だが所詮、音は音でしかなく、表現は表現でしかない。そんなもんに世界を具体的に変える力など、ありはしない。簡単に変えられるなどと口にするのは完全におかしい。


●まず前提として「COVERS」の中の表現がこの人の国家観と食い違っているらしい。それをミュージシャン&芸術家一般に拡大して、彼らのメッセージは「夢想主義の空虚な叫びばかり」ということにしている。あー多分 JOHN LENNON の理想主義者イメージが肥大解釈されてるみたいですね。「ラブ&ピース」とか言ってるし。そしてこのレビュワーさんは道理をわきまえた現実主義者というポジションでいるようです。ちなみにこの人20歳代だそうで。理屈っぽいけど論旨は大ざっぱなトコロが若気の至りか。
ただ残念なことに、この人は音楽が作られた時代背景を見ていない。ボクから見ると JOHN LENNON が政治的アプローチに執心していた時期は60年代末〜70年代初頭だけで、主だった関心は当時実際に陰惨な戦闘が続いていたベトナム戦争への反対運動。反戦メッセージを発信したベッドインというパフォーマンスは確かにパフォーマンスにしか過ぎないが、自己イメージを利用した有効なプロパガンダだった。抽象的で意味が霧散してる理想主義というよりは、かなり目的が限定された戦略的運動で、アメリカの国益を見ても撤退した方がイイ段階に入っていた。「SOMETIME IN NEW YORK CITY」も実際に起こった話題のニュースを即時対応で題材にしていて、実に具体的だ。そして世間全体に目を向ければ、別に JOHN LENNON の独力で成し得たわけではないが、結局ベトナム戦争は1972年に終わり、公民権運動女性解放運動は伸長し、北アイルランド問題も一定の平和を得ることができた。JOHN LENNON は同時代人として当時の社会全体とシンクロして問題解決のために自分の行動を決定したまでと考えた方がイイ。ミュージシャンであろうと誰であろうと政治信条はフツウに備えている。しかし、この人の認識はソコがトボケている。ミュージシャンが世論を先導しているかのようにイメージしているようだが、ミュージシャンは時代の空気を機敏に掬い取っているだけなのだ。
●さて続きを。


 話してわかるなら、それくらい人間という存在が賢いなら最初から何の問題も発生しないのである。戦争やら武装やらの一見して悪と見える概念は、もはや引き受けざるをえない人間の不可避の愚かさであり、その存在を確たる前提として認めたうえでそれに対する何らかの処し方を論じ、叫ぶのが真っ当な理想主義であって、その前提すら、人間の性悪性すら無視して道徳的完全さを無邪気に要求する思考の幅の狭さは個人の脳内で留めるならまだ人情として許容されもしようが、あろうことかミュージシャンというある種の権威、影響力を持ったマスメディアが大々的にそれを吹聴し一般市民の感情の部分に訴えてその眼をくらませる方向に仕向けるというのは、これ間違いなく害悪である。怠惰な理想主義である。

 「原発いらねえ」「核いらねえ」「戦争いらねえ」
 それですんだら人生辛くないよ。


現実主義者である上に、性悪論にたった人間観をお持ちのようです。この人の悲観的な人間観に文句をつけるトコロはありません。「道徳的完全さを無邪気に要求する」のは誰が誰に対してやってることか主語が掴めないが、忌野清志郎批判対象に道徳なんて求めてない。ハッキリ言えばデタラメに噛み付いているだけだ。それは歌詞読んでみりゃ一目瞭然でしょ清志郎自身が発売中止を伝えられて「呆れたもんだぜ、たかが歌じゃねえか」と応えたという。そんなもんですよ。これは誰かを対象にした抗議文ではないのだから。
●ただ、これも1988年当時の一般の感覚に寄添っていたのはマチガイナイ。あの時代は誰もが冷戦の緊張と核戦争の脅威はマジでいらないと思っていたし、ホットニュースであったチェルノブイリの影響が日本でも恐れられていた(ソ連領内にあったチェルノブイリの事故情報は、当初西側陣営には公開されず混乱が起こってた)。さらには、レーガン〜ブッシュ政権やサッチャー政権といった同盟国のタカ派路線に翻弄されて、日本は独自路線を持てず総理大臣をパタパタと入れ替えていた時期だ。国政への失望はこれも時代の空気だった。その証拠にアルバムはセールスでキチッと成功した。……2011年以降の日本に当てはめて考えたら、気分が違うトコロがあるのは当然でしょう。しかしそれはミュージシャンのせいでも作品のせいでもない。録音されたのは20年前で、ましてや相手は既に故人なのだから。それを今の時代に引っ張り出してきたのは今を生きる消費者だ。
●まだまだ続きます。そして問題発言。


 私は忌野清志郎に対しては、その言語感覚や特徴的すぎるボーカルなどでもって音楽史上において独特な立ち位置を示す稀有な存在として、崇め奉りするほどではないものの、そこそこのファンである。ちょっと好きである。
 しかしそれはミュージシャンとして、音楽家としての領分を守って活動しているのみにおいてであって、現実を完全に無視した異常な理想主義者、そしてそれを音楽として垂れ流す愚昧市民大量生産者としての忌野清志郎は、軽蔑せざるを得ないというのが本音である。
 「芸術家は芸術だけやってりゃいいんだよ。」
 この言い分がかなり乱暴な言い分だということは認めるが、しかし実態はこのフレーズの乱暴さのほうが彼等が実際に垂れ流す害悪の乱暴さに比べればまだ可愛いものなのだから、この乱暴なフレーズの中に彼等は閉じ込められて活動すべきであると私は思う。
 音楽には音楽のしかるべき領分てものがあるでしょうが。



「芸術家は芸術だけやってりゃいいんだよ。」 さて、どうしましょう?コレが今の20歳代の気分なのでしょうか?20年前の音源を引っ張り出して害悪呼ばわりした上で、表現の規制ともとれるような乱暴なフレーズが清志郎のリリックよりも可愛いモノと思えるらしい。
●それでは逆に「政治は誰が担えばイイのか?」
●サラリーマンは給料稼いでいればいいんだよ、女性は子育てしてりゃいいんだよ、農家は野菜作ってりゃいいんだよ、エンジニアは機械作ってりゃいいんだよ、マンガ家はマンガだけを(「美味しんぼ」騒動)、ドラマ屋はドラマだけを(「明日ママがいない」騒動)、などなどこのロジックはどこまでも続き、国民を分断し自由な意見交換を封殺する。そんな時この日本社会は誰のイニシャティブで運営されるべきなのか。政治家が政治だけやってりゃいいんだよ?安倍晋三のような世襲政治家の集団と一部のエリート官僚がカーストを作って専任すればいいのか?これこそおかしなことだ。サラリーマンも女性も農家もエンジニアも、自らの政治信条を持ち、それをデモのような物理的活動や、TPP反対のような具体的なロビー活動や、雇用者に対する労組闘争や、選挙に対する投票行動を展開する権利が当然のようにある。国民は等しく政治的で、それぞれの職能の範囲で行動している。ミュージシャンも、芸術家も、それは同じだ。清志郎は太田光に言った、投票には行けと。
「戦争いらねえ」とヒトコト歌うことが、異常な理想主義者が害悪を垂れ流す行為とこの人はいう。これはある意味でしょうがない…この人の政治的信条がココにあって、このAmazonレビューに書く自由は保証されるべきだから。ただ、この言説の内容は、貧弱なロジックを振りかざして日本のコンテンツ産業の幅を縮める野暮な行為であるとボクは思う。こうした言説が、CMに自主規制をさせたり、図書に回収を求めたり、教科書を改悪したりと、様々な場面で今の社会に浸透しつつある。危ない気配だ。


 ジョンレノンとかボブディランがやってたような政治に口出しするパフォーマンスってのはロックの本質の一部でも何でもなくて、彼等個人の資質、言いたがり、パフォーマーとしての発露だったのであって、それを他の人間が真似しちゃあかんよ。
 言っておきますが私は右翼でもネトウヨでもございません。
 でも原発やら核やら戦争やらが、人類が人類である限り不可避の愚かさである、という現実を真摯に受け止めるならば、それを無視して「言いたいこと言うんだーい」なんて、恥じらいも節度もブン投げて吠えまくる音楽家を、聴衆が唯々諾々と持ち上げる様はね、音楽の堕落以外の何物でもないですよ。
 私は音楽が好きなんですよ。ただ、アホを増やすだけの音楽は断固として軽蔑します。
 ミュージシャンの忌野清志郎は、ちょっとだけ好きです。


BOB DYLAN が政治的であった場面というのは、ボクは知識がない…プロテストソングと言っても彼自身は自分の作品をそう解釈されることを拒んでいたし、事実歌詞は抽象的すぎて具体的な政治的主張はあまり見えてこないから。「WE ARE THE WORLD」は歌ってた気がするけど。ただ、政治パフォーマンスがロックの本質の一部か否か、という部分はこれも時代や地域で変わるでしょうね。昔はそんな場面があったかもしれない…でも今はロック自体が伝統芸能化してる気配もあるし。ボクはロックにそんな万能の力を期待してはいない。ただ、やりたいヤツはやるべきだ。この人がいうようにそれは個人の資質の問題で音楽のフォーマットの問題ではないからだ。
●一方で、BOB MARLEY が60年代ジャマイカ独立直後の混乱期に対立する政党(+ギャング)を和解させるよう振る舞ったとか、FELA KUTI が70年代ナイジェリア政府の弾圧に抵抗するべく運動したとか、本当に政治が不安定な地域では否応なく誰もが何らかの立場を表明しなくてはならないわけで…これはミュージシャンだけではない…スポーツ選手であったり俳優であったり文学者であったり。そしてその中で生まれるクリエイティブに価値があったことをボクは一応知っている。
●ただ、少なくとも2014年の日本では、政治的パフォーマンスとロック/音楽の相性は悪いようだ…経済原理というかマーケティングとして不利。だって20歳代の人がそう主張しているんだもの。これじゃ今現在、政治的コンテンツは売れないでしょ。AKB48 EXILE がやってみたらどんなことになるのかな?

●ただ、最後の部分は100%同意する。ボクも音楽は好きだ。ミュージシャン忌野清志郎も好きだ。そしてアホを増やすだけの音楽は断固として軽蔑する。人種差別や戦争推進、ファシズムや全体主義、表現の自由を規制する運動を支援する音楽は徹底的に否定する。それがリスナーとしてのボクの政治的立場だからだ。


●動画。
●JOHN LENNON & YOKO ONO「COLD TURKEY」
●JOHN LENNON は聖人君子じゃない。女とクスリにダラしないロックンロールバカだ。だから好きなコトを好きなようにわめく。勝手に神格化するからヤヤコしいコトになる。




●RC サクセション「サマータイム・ブルース〜ラブ・ミー・テンダー」
●ソウルフルなコーラスは金子マリかな。「COVERS」の問題曲二連発。




●タイマーズ「メルトダウン」
●2・3’S以前からこの曲は用意されてたみたいね。脳ミソがメルトダウンダウン…。






●ああ。Amazonレビューでへんな書き込みを見てしまったから、妙に長くなってしまった。
●最近の、この気持ち悪さに、ガマンができなくなってきた。

土曜日の夜はAKB48の総選挙。フジテレビの中継を見とった。

akb48 総選挙

●現場は豪雨の味の素スタジアム。息子ノマド「今日、新宿駅の京王線入口に、味の素スタジアムはコチラって看板が立ってたのは、このためだったのか」7万人が集まってるとな、スゲエ。
●しかし、アンダーガールズに選ばれたくらいの子たちは、知らない人ばっかり。そこで twitter の #総選挙 タグのタイムラインを一緒に見てた。セカンドスクリーン視聴。
●岩手の握手会傷害事件で無職青年に切り付けられてしまった入山杏奈は20位。川栄李奈は16位選抜入り。アイドルは命懸けの職業だよ。
乃木坂46/AKB48兼任という立場で初めてエントリーした生駒里奈14位で選抜メンバーにランクインした瞬間、「イコマちゃんキター!」と思わず叫んでしまった。そしたら娘ヒヨコが「パパ!オタクみたいだよー!」。あ…すみません…でも息子ノマドもニヤニヤしながらテレビ見てるよ…。ワイフ「12歳男子がニコニコみてるのと40歳のおっさんが見てるのは全然チガウのよ!」

●まーキモイのはしょうがないわな。どこかのタイミングで「DOCUMENTARY OF AKB48」シリーズをまとめて見ないとダメだな。7月に4本目が公開されるんだよね?2010年代にあった出来事を振返る意味で重要史料になるでしょう。



週に一度のヨガ教室。ミサキセンセイからの報告がひとつ。
インドネシア人のヨガの先生と結婚することにしたという!おめでたい!結婚式は9月、ミサキセンセイの故郷・秋田で挙げるという。そしてしばらくは夫婦で、今と同じくスタジオ経営。でも1〜2年の準備期間を経て最終的にはバリ島へ移住するらしい。バリ島に暮らすダンナさん先生は、ミサキセンセイが本格的にヨガを始めるに至るキッカケを作った人物だという。ボクも会ったことがある。バリと東京を往復してヨガのキャリアを深めているミサキセンセイが、わざわざ東京に彼を招いてセッションを企画したのだ。生徒であるボクらはそのあとダンナさん先生を囲んでシモキタ居酒屋で食事会。ヨガマスターとはいえ、サイババのような高僧みたいなイメージじゃなくて、とても静かで物腰の柔らかい青年という佇まい。年齢もボクより若いだろう…ミサキセンセイも実はボクより若いって最近知ったもんね。ああお似合いのカップルだと素朴に感じる。
ボクがヨガに出会い、ミサキセンセイに出会ったのはかれこれもう5年も前のコトになる。重たい自律神経失調症になりうつ病まで併発したボクが、藁をも掴むような気持ちで健康回復のためにこのセンセイに頼ったのだ(このブログに始めたキッカケの記事があった…コチラ)。つーか、スゲエなボク5年もヨガやってるのか!そんなに経験者なのか!今だに前屈しても床に指が届かないけどね!

ぶっちゃけ、今やボクにとってヨガはなくてはならない習慣になってる。
●というか、サボると明確に自律神経がおかしくなって、カラダに様々な不自由が生じる。睡眠障害や筋肉痛/関節痛/肩こり/腰痛/眼精疲労/強烈な虚脱感、血行不良や下痢、胃痛などなど。ヨガが万病に効くようなコトを言いたいわけじゃないよ。自律神経がオカシクなると、本来全自動で働くはずの様々な身体パーツが一気にバランスを崩して機能不全に陥るのよ。それがホントに難儀なモンでして。で、この自律神経の混乱を補正するためのテクニックがヨガには含まれている。90分強のセッションの間、意識の全てを自分の身体にフォーカスして、その違和感や痛みや不具合を発見認識するプロセスが、ボクにとってのヨガ。特殊なポーズを会得完成することは目的ではなくあくまで身体認識のための手段、だからミサキセンセイはトリッキーなポーズをボクに要求せず、問題発見を促す単純な動きを的確に指示するのみにとどまる。突っ込んで言えば、ボクはヨガと相性がイイのではなく、ミサキセンセイと相性がイイといってもいいかもしれない。
●で、最近は仕事やプライベートの事情でクラスをお休みしがちだったので、ボクの神経はもうボロボロ。もうなんとかしてください…って気分でスタジオにいくほどですわ。しかし今日のセッションは、確実に神経をリラックスさせてくれて、おまけにこのめでたい報告があって!ボクは格段に気分がよくなった!外は雨だったけど、ボクは下北沢の街をウキウキと歩き、初めてのラーメン屋さんで美味しいつけめんを食べて、レコ屋を冷やかし、ビレバンでマンガを買い、古着屋さんで安いミリタリージャケットを更に割り引きしてもらって、カフェで新書を一冊ゆっくり読み切ったのでした。

ミサキセンセイ夫婦は、バリに渡った後はヨガスタジオ併設のゲストハウスを開く計画だという。
●ミサキセンセイは、すでにヨガツアーを何回も企画して大勢の生徒さんをバリ島に連れて行ってる。ボクは参加したことがないが、まさに地元民しか知りえないような田舎方面にあるロッジの、ピカピカに磨き上げた板張りと高い茅葺き屋根がエキゾチックなスタジオでヨガをやってる写真は実に優雅なモノだった。ああいう場所に行きたいんだよなホントは。「センセイ、それボクマジで期待しちゃいますよ」閉鎖型のリゾートホテルは好きじゃないボクは、中高生に上がったコドモたちを連れて、マジでセンセイのゲストハウスに行っちゃいますよ。





ヒップホップを超えた未来の音楽。未来の音楽は言語化が困難!

DRAKE「TAKE CARE」

DRAKE「TAKE CARE」2011年
●実はこのCD、近年のボクの再生回数ランキングダントツの1位だ。iTune に履歴が残ってるだけでもトップ、CDで聴いた回数を加えると、2012年にゲットしてから多分100回以上は聴いているだろう。ただ、このブログで語ることができなかった。もう圧倒的な新しさ、美しさに言葉も出ないほどだったから…。
●この1枚を聴いて感じた衝撃を言葉にすれば「もうコレはヒップホップじゃないぞ?じゃあそもそもヒップホップってナニ?」究極的/根源的な問いがボクに襲いかかってきたのだ。

この音楽のトラックを構成するパーツ個々には、ファンクネスが全くない。なのにヒップホップとして機能してしまう。つまりはヒップホップを包含した新しいナニか。
●敢えてフラットに配置したスクエアな打ち込みリズムと可憐なピアノ使いは、あまりにキレイ過ぎて従来ヒップホップが持つファンクネスがない。シンコペーションしてグルーヴを前に推進する力がない。その上で太いベースがズンと腹に響く。つまりはイギリスのポスト・ダブステップ〜 JAMES BLAKE の音楽を連想させる。丁寧に設計されたエコーやダブ効果、クラシックなピアノの佇まい、まさしくポスト・ダブステップ。その向こう側にチルウェーブ/グローファイ、そしてアンビエントミュージックも見える。ヨーロッパの白人音楽のエッセンスが濃厚に取り込まれている。
●一方、この男 DRAKE は紛れもなく才能豊かなラッパーで、特徴的な粘りと丸みをうっすら帯びたフロウは耳に馴染みやすく、的確なグルーヴ感覚はそのラップ単体だけで見事にファンクネスを成立させている。彼のラップが登場した瞬間だけこの音楽はヒップホップになる。もちろん、ラップだけでヒップホップ要件を成立させる彼の技術の高さがすでに圧倒的に素晴らしい。コレに舌をまいてしまう。一方、彼が不在の瞬間の、非ヒップホップ感の徹底ぶりもまた圧倒的な驚きである。このメリハリの激しさと美しさ。ポップミュージックに対して両極端なアプローチを、奇跡的なバランスを成立させている。

DRAKE はトロント出身のカナダ人。そしてここで活躍するトラックメイカーたちも、彼のトロント人脈DRAKE の出現でトロントのシーンは注目を集め、新しいヒップホップの震源の資格を備えつつある。
●特に注目すべきは、NOAH "40" SHIBIB というヤツ。最も先鋭的、つまりアンビエンタルで非ヒップホップ的なトラック音響を生成している男。どうやらレバノン系の血筋らしい。ミニマルなピアノ/ギター使い、映画音楽のような音響処理、ダークで、静謐。それでいてベース〜低域音はマッシブ。そして、その不定形な音響の中にボーカルが溶けてしまわないように、DRAKE 本人やフィーチャーシンガーの肉声はカミソリのように際立たせている。奇才。彼は DRAKE とともに彼らの自主レーベル OVO SOUND を立ち上げた盟友でもある。その他トロント系トラックメイカーとしては、BOI 1DA(ボーイワンダーと読む)、T-MINUSILLANGELO などが参加。シンガーとしては THE WEEKND という男が絶品の存在感を放つ。

●もう一つ注目すべきは、このアルバムがレーベル CASH MONEY からリリースされてることだ。
CASH MONEYニューオリンズで生まれたレーベルだ。90年代後半からサウスヒップホップが注目され始める中、特徴的なバウンスビートとブリンブリンな世界観で一世風靡。露骨で下世話な成金趣味がナカナカにダーティすぎてついていけないくらいだった。00年代以降は LIL WAYNE 他全国区で勝負できるスターを次々に輩出、サウス系だけとは言い切れないくらいのインターコースタルな活躍が目立つようになってた…。
●とはいえ、DRAKE の高度な洗練は、CASH MONEY のイメージとは大きくズレすぎてて…もうビックリした。DRAKE 自身の名前はコレ以前のファーストアルバムから知ってはいたけど「どうせ CASH MONEY だしな」なんて偏見からチェックもしなかった…大失敗/大反省。このアルバムで追いついてよかった。しかし、ディープサウスと北国カナダのリンクだなんて…予想ができない事態だ。

●結果、客演ゲストや外部のトラック提供も豪華。
CASH MONEY 系としてレーベルの看板 LIL WAYNE、社長 BIRDMAN、女傑 NICKI MINAJ が見参。アトランタから ANDRE 3000 FROM OUTKAST、ロスからは新星 KENDRICK LAMAR が登場。「LORD KNOWS」という楽曲は信仰をクワイア隊を率いて叫ぶ名曲だが、トラック提供はゴージャスなトラックが個性的な JAST BLAZE、客演にマイアミの RICK ROSS が参加。表題曲「TAKE CARE」は歌姫 RIHANNA が客演、トラックメイキングは NOAH "40" SHIBIB と、英チルウェーブシーンの中心バンド THE XX の中核メンバー JAMIE XX が共作している。

THE WEEKND「TRILOGY」

THE WEEKND「TRILOGY」2011年
DRAKEトロント人脈に連なるシンガー THE WEEKND が2011年に発表した3枚のミックステープ「HOUSE OF BALLOONS」「THURSDAY」「ECHOES OF SILENCE」を束ねた三枚組。透明感ある繊細なハイトーン歌唱は、エコーの海にユラユラと揺れながら、このトロント派のアンビエンタル音響の中で凛々しく響いている。客演もほとんどない中、たった一人で歌う THE WEEKND の姿は、まさしくポスト・ダブステップのアメリカ的解釈を体現している。メインのトラックメイカーは、前述の ILLANGELO とミネアポリスとトロントを往復して活動している DOC MCKINNEY という人物。虚飾を排したトラックは奥ゆかしいモノクロジャケの印象そのもの。そしてマッシブな重低音ベース。部屋を真っ暗闇にして聴きたい。

WIZ KHALIFA「ROLLING PAPERS」

WIZ KHALIFA「ROLLING PAPERS」2011年
●本来ならこの流れにハメてイイのか迷ったりもしているのだけれども…。東部の工業都市ピッツバーグから登場した彼はマリファナ愛好を公言するモクモク世界の住人(ジャケもそうですわ)で、その音楽も「ストーナーラップ」という名前で、そのチルアウトでレイジーな感覚を漂わせている。その意味で BONE THUGS-N-HARMONY を連想させるような背筋が冷たくなる不穏さを得意とするかのようにみせて(楽曲で言えば「ON MY LEVEL」)、実はそれは全くの一面的な見え方で。
実際の本性としての彼は、生粋のエンターテイナーでその音楽は圧倒的にキャッチーかつポップ。ルックスはかなりヤンチャなのにラップにはそんなにクセがなく、トラックは予想以上にサッパリ。シンセとピアノがスクエアに機能して、ローテンポで落ち着いた印象が漂う。あっさりしたトラックの響きはトランシーなユーロポップスの気分が匂っており、その意味で DRAKE とポスト・ダブステップの関係に、同時代で共振しているように思える。

DRAKE「NOTHING WAS THE SAME」

DRAKE「NOTHING WAS THE SAME」2013年
●ヒップホップの進化は本当に急速で、2011年では革命的であった DRAKE ほかトロント派の実験的音響はあっという間にメジャーシーンのスタンダードになった。そんで2013年。DRAKE の新作にあたるこのアルバムは、その収穫をアップデートして、より普遍的なポップミュージックへ昇華しようとしている。実験色は後退したが彼はそもそもで王道志向のクリエイター、アバンギャルドである必要はない。
●トロント派の盟友 NOAH "40" SHIBIB が参謀を務めつつも様々なプロデューサーを積極的に導入した結果、独特の静謐さとメランコリー/可憐なピアノとマッシブなベースは維持しつつも、多彩なヒップホップが楽しめるWU-TANG CLAN への敬意を表明する「WU-TANG FOREVER」はちょっと意外だったけど見事な美曲に仕上がっているし、初期 KANYE なを連想させる高速回転サンプル使いがチラリ見える「FURTHEST THING」も愛おしい。KANYE からの連想で言えば、DRAKE も達者なラップだけでなく、完全なシンガーとして立ち振る舞う場面も。「HOLD ON, WE'RE GOING HOME」は強い四ツ打ちキックに乗せて DRAKE 自身が歌う。ここでトラックメイキングを担うのは NINETEEN 85、MAJID JORDAN といった連中…DRAKE のレーベル OVO SOUND の所属アーティストたち。ロスの女性シンガー JHENE AIKO とのコラボ「FROM TIME」も美しい…ピアノジャズ。ハスキーなファルセットが可憐な男性シンガー SAMPHA とのコラボ「TOO MUCH」も素晴らしい。イギリスのエレクトロニカ職人もクレジットの中にいるな… HUDSON MOHAWKE WARP 所属のスコットランド人。


●ヒップホップは、普遍的な手法としてニュージーランドの少女にも浸透してる。

LORDE「PURE HEROINE」

LORDE「PURE HEROINE」2013年
ニュージーランドから突然現れた17歳の女性シンガーソングライター。30分で作詞したという楽曲「ROYALS」 SOUNDCLOUD に上げて話題に。あれよあれよとニュージーランドとオーストラリアで大ヒット、そのままアメリカのビルボードチャートを席巻し女性ソロシンガーとしての記録を約20年ぶりに更新。イギリスでシングルチャートのトップを奪取。激動の2013年をへて2014年のグラミー賞ではなんど最優秀楽曲賞など主要2部門を受賞。そのシンデレラぶりに世間は驚いた!
●で、ボクが驚いたのは、端正な白人シンガーソングライターであるはずの彼女のトラックが、DRAKE らの作る最前線のトラックメイキングとシンクロした表現になっていることだ。「ROYALS」は、ヒップホップの拝金主義を揶揄する歌詞が話題になったのだから、なおのことこの矛盾した接近が奇妙に見える。
DRAKE らのトラックはピアノやシンセと太いベースが特徴的と書いたが、常にチキチキと鳴るハイハットも特徴的だ。というか、CASH MONEY がダーティなサウス系を確立した15年前くらいの段階からヒップホップにおいて、チキチキとリズムを細かく刻む打ち込みハイハットは完全なデフォルトだ。で、これらの要素が全て揃ったカタチで、ごくごく自然に17歳の可憐なニュージーランドの歌姫の音楽に組み込まれている。衝撃だ。本来なら音楽の種類としては両極端であるはずなのに…少なくとも地理的には両極端/ニュージーランドと北アメリカじゃ地球の真裏だ。
●ただ、冷静に考えれば、17歳の LORDE にとっては、チキチキのハイハットは生まれた時からヒップホップが備えていたデフォルト装備に聴こえてたはずだ。そして DRAKE らは今ポスト・ダブステップのようなベッドルーム・エレクトロニカに接近しているわけで、仰々しいスタジオを前提としないデジタル制作と軽やかなソーシャルメディア拡散で人々の耳目を集めたティーンネイジャー LORDE の場所に近づくのも道理となるわけだ。
●世界はどんどん変わっていく。黒人独自のサブカル音楽とされていたヒップホップが白人音楽のエッセンスを取り込んで普遍性とポピュラリティをどんどん獲得し、白人音楽の自然な発露がいつの間にかヒップホップを前提とした要素を多く含んでいる時代にとうとう突入した。ボクは80年代末から地下音楽だったヒップホップのシーンを眺めてきた古いリスナーなので、このDRAKE/LORDE の間に起こったシンクロの偶然に大きく驚くし、この偶然を準備した時代の変化に感動する。


DRAKE の音楽のユニークネスは、文章では伝わらないだろう…。
LORDE との意外な接点も、ボク個人の耳にしか響かないかもしれない…。
●だから、この文章を書くのはかなり手こずった…2011年の音楽を新譜のように扱ってしまうのも、それだけの時間がなければ言語化できなかったからだ。本当に音楽を聴くって難しい。


●動画。
DRAKE「HEADLINES」。
●スクエアなシンセ音響が非ヒップホップ。ここにはファンクがない。ファンクは DRAKE 自身のラップ。




DRAKE「ON MY DEAD BODY」。
●アルバム「TAKE CARE」の一番最初の曲。女性シンガーの歌うフックとピアノが可憐。非ヒップホップを DRAKE 自身が単身でヒップホップに引きつける。プロモのない曲なので歌詞だけで。




LORDE「ROYALS」。
●細かいハイハットの配置とバランスが悪いほど大きなベース。そして控えめなシンセ。




LORDE のヒップホップ拝金主義批判。

 BUT EVERY SONG'S LIKE GOLD TEETH, GREY GOOSE,
 TRIPPIN' IN THE BATHROOM
 BLOOD STAINS, BALL GOWNS, TRASHIN' THE HOTEL ROOM
 WE DON'T CARE, WE'RE DRIVING CADILLACS IN OUR DREAMS
 BUT EVERYBODY'S LIKE CRISTAL, MAYBACH,
 DIAMONDS ON YOUR TIME PIECE
 JET PLANES, ISLAND, TIGERS ON A GOLD LEASH
 WE DON'T CARE, WE AREN'T CAUGHT UP IN YOUR LOVE AFFAIR
 AND WE'LL NEVER BE ROYALS
 IT DON'T RUN IN OUR BLOOD,
 THAT KIND OF LUX JUST AIN'T FOR US
 WE CRAVE A DIFFERENT KIND OF BUZZ
 LET ME BE YOUR RULER
 YOU CAN CALL ME QUEEN BEE
 AND BABY I'LL RULE
 LET ME LIVE THAT FANTASY

 でも最近のウタは、金の入れ歯に高級ウォッカ、トイレでヤクをキメて
 血の染みにパーティドレス、ホテルの部屋で大騒ぎ
 そんなものは関係ないわ 夢の中でキャデラックに乗ってるから
 でも最近みんなは、クリスタルにマイバッハ、ダイヤの付いた時計
 ジェット機に南の島、金の鎖で繋いだトラに夢中
 そんなものは関係ないわ アナタたちの趣味には興味がないの
 私たちは「ロイヤルズ」じゃない そんな血は流れてないわ
 その手の贅沢は私たちにあってない
 欲しいのはもっと違うタイプのもの
 私がアナタを支配するわ 女王バチと呼んでちょうだい
 ベイビー、支配してあげる 空想の世界に生きさせてよ

 

●今日は体調がサイアクで。
会社の診療所で点滴を受けてた…久しぶりだあ。
●血管が全然浮き出てこないので、看護師さんハリを差すのに何回も失敗。
●今両腕に4カ所バンソウコウがついている。

●仕事にならんので、早めに帰ると、ワイフの手作りハンバーグが待っていた。
●この前行った立川 IKEA で買ったスウェーデンのミートボールソースがたっぷりかかってる。
●これ、ボクの大好物。フィンランドやアイスランドで旅行に行ったときこればっか食った。
●ちょっとウレシかった。

●ボクの一番好きな食べ物は。
ワイフ手作りの、まんまるいコロッケです。
●ちょっと言ってみただけです。


●カラダとココロが痛みきっているので、今夜はモダンジャズです。

MILES DAVIS「PPORGY AND BESS」

MILES DAVIS「PORGY AND BESS」1959年
●痛んだ神経に MILES DAVIS 投入です。でも、ビバップ〜ハードバップの侍たちとシノギを削るようなキビシいヤツじゃなくて、もうちょいマイルドなヤツを聴いてる。白人のミュージシャン仲間 GILL EVANS とコラボ、彼の丁寧なオーケストラアレンジの上で、凛々しく立ち振る舞う MILES の佇まいを楽しむ…。
「PORGY AND BESS」ジョージ・ガーシュインが1935年に発表したオペラ。舞台は1920年代南部の貧しい村、登場人物は一人を除いてみんな黒人。当時としては異色だったが、ガーシュインは実際に南部へ取材して現場から音楽のモチーフをすくい上げていたほどの入れ込み様。その後、このスコアは数々の音楽家/演奏家によって取り上げられ、ジャズシーンでも注目されてる。ジャズスタンダード中のスタンダード「SUMMERTIME」も、このオペラの曲でした。そんで今 MILES の演奏でそれを聴いてます。

MILES DAVIS は、戦後直後のビバップシーンの中では特別な存在でした。
CHARLIE PARKER はじめビバップ侍の大物は全員チンピラも同然の連中。だけど、MILES は実家が金持ち!黒人にしてメイドとコックさんを雇っていたのだから。田舎からニューヨークに上京するのも、アテもなくラッパ1本もって、みたいな悲壮感はなく、名門ジュリアード音楽院への進学がエリート志向の両親によってお膳立てされてました。チンピラの音楽ジャズ世界において、ジュリアードに通ったヤツなんて80年代に至るまで MILES たった一人といわれてます。
MILES 本人に言わせれば、ジュリアードなんてとにかく上京するための方便だった、ということになりますが、実はそんなに意味がないわけでもなかった気が。確かに MILES は早々にビバップシーンの最奥部に潜り込み、ボンボンが故に CHARLIE PARKER にタカラレルところまで行きます。学校も中退します。その一方でこの学校生活で味わったアートスクール的な和みある人間関係に居心地の良さを見出した(つーか夜中のビバップ仲間のチンピラぶりについて行けない)MILES は、新感覚を持つ白人ミュージシャン仲間とツルむようにもなったのです。

●そんなアートスクール的和みの関係を、MILES と結んだのがカナダ系の白人アレンジャー GILL EVANS でした。彼と MILES は50〜60年代にかけて共同作業を続けていきます。GILL のオーケストラアレンジは可憐で、その上に気持ちよく音を乗せる MILES は実にリラックスしているようです。CHARLIE PARKER が「夜の師匠」だとすれば、13歳年上だった GILL は「昼の師匠」だったのかもしれません。

MILES DAVIS「MILES AHEAD」

MILES DAVIS「MILES AHEAD」1956年
●うーん。マイルド。ドラマチックなインパクトが緊張感を孕む「PORGY AND BESS」に比べて、よりノンビリとしてて、よりムード音楽チックな、悪く言えばカドがなさすぎ、よく言えば高性能安心ラウンジミュージックというノリ。もー色んな意味でクタクタだから、こんなんで一番ほどよいよー!
GILL EVANS とのコラボレーションは、他にもあるんだけど、今夜はここまで!


●関係ないけど、長男ノマド、中学校で「合気道部」に入ろうとしている。
●先輩から借りてた胴着を家に持って帰ってきて、ワイフに洗濯を頼んでいる。
●ベッドの上で、ストンと受け身をとり、反動をつかって器用にポンと立ちあがったりしやがる。
「合気道」「ジョジョ」の波紋のような特殊能力と勘違いしてたのがトッカカリだったのだけど、なにやらオモロい先輩がいるみたいで(我が家では彼をナベパイセン!と呼び習わしている)、彼にノマドはヒキコマレているようだ。さあさあさあ!少年よ、オモロいスクールライフを歩め。

我が家に新しい制度ができました。
「本なら、文庫だろうとマンガだろうと、全てパパが金を出すから無限に買ってヨシ!」
●ボクがウチのコドモ2人に宣言。これまた極端なポリシーですわ…自分でもそう思う。

●この制度の目的。
中学生になった長男ノマドは、一個人として思想的立場を組立て始める段階に差し掛かった。つまり、その自分の中身を構成するパーツを、滋養としてかき集め吸収しなくてはならない。自分の生きる時代、社会、流行を周囲からかぎ取り、何者にアイデンティファイするのか選択する必要がある。例えばそれはスポーツを通じて獲得されるモノかもしれない。メンターとなる友人や先輩との出会いかもしれない。このへんは、もう本人次第の領域だ。学費は出すから勝手にやれ。
一方で、親としてナニかを供給してやりたい。その時、便利なのは書物だ。
●まーコレはボクの思春期の経験に根差した感覚でしかないけど。ボク自身は高校3年間で文庫本だけで300冊は読んだ。マンガも浴びるほど読んだ…足が棒になるまでコンビニで立ち読みし続けた。出来るだけ安く本を買うためにイロイロな古本屋に通った。オカネがなくてどうしても読めない本があったりして悔しい思いもした。正直、万引き寸前のトコロまでさまようほどだった。ロックンロールに出会ってハマり込んだのもこの頃だし、ロックが鳴らされる時代背景と、その時には有効と思えたロックの反抗文化としての性質を、読書によって理論化することができた。で、40歳になった今でもオトナゲのナイ音楽を聴き続けている。
●結果として、長男ノマドには、オカネの心配を考えないフリー状態であらゆる本にアクセスする環境を用意することにした。万引きはさせない。具体的な手続きとしては、本はノマド自身が探して選んで買ってくる。ヤツがレシートを持ってきたら、ボクがそれを換金する。Amazonを利用するのはアリ。ただし書名をボクに指定するコト。自分で調べて「この本が欲しい」と申告すること。

●そして、もう一つルールがある。「父親であるボクがオカネを出しているのだから、ボクはその本を自由に読むことができる」つまり、息子ノマドがどんな本を選んでいるのか、親として監督する回路を残した。いくらでも買ってやると言っても、内容に無関心というわけじゃない。ヤツがナニを選びナニをクールと思うか?むしろ興味津々だ。そこはキチンと注視したい。あんまりヘンテコな方向に行くならソレナリの対処を準備したい。どうしてもボクに読んで欲しくないモノがあるならそれは自分のオトシダマで買え。ここらへんはスケベな本をコッソリ買う余地とする…そこはカンベンしてやろう。


●でもね、これで本を読む量が急激に増えるとは思ってなかったのよ。
そしたら当てがハズレタ。
●今までは読書の習慣があまりなかったノマド。だから「いくらでも買ってやる」なんていってもたかが知れてると思ってたのよ。ところがドッコイ、思った以上に本の購入量がスゴい!どうやら早速新しい学校の仲間に感化されたのか、制度施行から二か月が経過した今ですでに30冊以上も買いやがった。しかもマンガを読むかのスピードでパッと読みやがる。「パパ、レシート。オカネちょうだい」そんでカネを渡すと「ありっす!」ナニその省略形のありがとうは。こんなに読書に夢中になるとは思ってなかったよ。


でさ、ナニ読んでるのかといえば、ライトノベルだよ。
しかも、ボカロ小説だよ!

じん(自然の敵P)「カゲロウデイズ」I 〜 V

じん(自然の敵P)「カゲロウデイズ」I 〜 V
著者であるじん(自然の敵P)は、2011年からニコニコ動画でボカロ楽曲を公開している人物。その楽曲世界をより膨らませた形として、シリーズ小説を執筆。代表曲「カゲロウデイズ」を中心に、楽曲、小説、マンガ、アニメとメディア越境して拡散する一連のコンテンツ制作は「カゲロウプロジェクト」と呼ばれ今なお進行中。小説は五巻まで出るもまだ物語は終わらない。じんは1990年生まれの23歳、現在TBS深夜で放送中のアニメ「メカクシティアクターズ」でも全話の脚本を担当。その早熟っぷりマルチっぷりを見せつけている。

●この「カゲロウデイズ」に一番最初に目をつけたのは、実はノマドの妹ヒヨコだ。小学六年生のヒヨコはクラスメートからオススメされてニコ動をチェック(というか「パパ、カゲロウデイズ検索してー」と言ってきた)。そうかーイマドキの小学六年生はボカロを聴くのかー。そんでボクが文庫本の第一巻を買ってきた。
●そしたら、ノマドがハマった。ノマドの周辺でも「カゲロウデイズ」はホットだったようで。アニメ放送開始のタイミングも重なって、そこからは一気読み。マンガ版もアンソロジー版までも全部制覇。スマホの YouTube で関連楽曲を検索してベッドの中ヘッドホンで聴きまくっている。フンフンハナウタまで歌うからちょっと気持ち悪い。おまえ、今までは無意識に歌を歌っちゃうキャラじゃなかったよな…変わったなー中学に上がってから。

●さて、どれほどのオモシロさなのよ、ということでボクも「カゲロウデイズ」を読み始めた。
●ルール「カネを出してるパパも読む」は周知されてたはずだが、ノマドはマジでボクがコレを読むとは思ってなかったようで、宝物を奪われるような顔をしやがった。ただし、ボクが読み進めて登場人物についてアレコレ話題に出すと、ちょっと楽しそうな顔をみせるようになった。
●ぶっちゃけると、やっぱり大人になっちゃったボクには物足りない感じはある。奇妙な因果で特殊な能力を身につけてしまった少年少女の出会いや葛藤を、イマドキっぽい軽妙な会話を繋ぎ合わせて少々冗長に語っていく内容。この特殊能力が、「中二病」文脈でいう「異能力者」「魔眼」「邪眼」って言われるヤツなのかな?
●ただし、登場人物たちは皆一様に、コミュニケーションに不器用で、孤独を持て余していたり、友情にギクシャクしていたり、トラウマを引きずっていたり。全身がコミュニケーションの擦過傷でカサカサになってしまっているようだ。これがアメコミ「スパイダーマン」なら身につけた特殊能力を正義の行使に役立てるトコロだが、カゲロウデイズの面々はその能力を持て余すだけでなく、個人の葛藤やトラウマ解消に役立てる以上のビジョンを持たない。全てがスモールサークルの内側に潜り込んでいくような感覚。これが今の日本の若者のリアルなのか?なぜそこまでイジケナケレバナラナイのか、その理由は確かに巻を重ねるゴトにシッカリ説明されていくのだけれども。
●まだ物語は進行中で、たくさんの伏線が着地していない。最後には少年少女は解放され、外の世界に開いていくのだろうか。そんな結末を期待してしまうのは、すでにもう読み手として失敗しているのかな?
●最初にフォーカスがあたる主人公の一人、シンタローは2年間外出をしたコトがなかった超虚弱ヒキコモリニート18歳。こういうタイプがノマドのロールモデルになって気さくにニート化されたら困るなーと、読み始めにパッと感じてしまった。いやー、キチンとハマってはいないねボクは。カバーもつけずに電車の中で躊躇なく読んでしまう感覚はぱっと見かなりイタい大人な感じだろうけど。

●ノマドは、さらにボカロ楽曲スピンオフ、悪ノP(mothy)「悪ノ娘」シリーズに着手、主だったものは全部読んでしまったらしい。そんでスマホで楽曲を聴いている。そうか、コイツの音楽世界はボカロから広がるのね。
●そこでヤツに声をかけた。ノマド、せっかくだから、このヘンのボカロPのCDも買ってみようか?そしたら「ネットでタダで全部聴けるんだよ、なんでワザワザ金出してCD買うんだよ?」やべえ、音楽観、媒体観が完全にネット世代だ。パッケージ世代のボクとは完全に違うよ。結果的に、ボクは「カゲロウデイズ」楽曲群をまだマトモに聴けていない。入口が逆だから違和感があるのか?音楽先行が正しい入り方だったか?



●今日の音楽。

ねごと「5」

ねごと「5」2013年
●彼女たちの二枚目のアルバム。ファースト「ex NEGOTO」はかなり愛聴しましたよ、チャットモンチーの後継バンドになると思ってましたよ。しかし、その大きな期待に見合うほどは、このセカンドはよくできてないんだけど…ファーストの方がスキ。ただ、最近はホントにカラダがしんどくて。だからこのバンドのフックになるキーボードのアレンジが実に神経に優しくて。メインボーカルを担いながら、アレンジのキモになるキーボードを演奏する蒼山幸子ちゃんは、モッサリしたショートカットと声が可愛くて。


●動画。「RE:myend!」。珍しく前髪上げてる蒼山幸子がイイ感じ。