近年まれにみるほどの具合の悪さ。
●ここ二週間で二日会社を休んだ。自律神経が完全におかしくなって、奇妙な緊張で足が重くむくんでいる。神経の異常は、理性的思考にも影響する…後頭部や目の裏側でザーーーっと永久に続くホワイトノイズが鳴ってて、もう仕事にならない。自分でも言ってるコトがアベコベになりそうで怖い。ケアレスミスが増えるし、仕事のやり残しもどんどん増えていく。

●最近、ヨガに行けなかったのがマズかった。
●ヨガに行ってもマトモにカラダが動かせない。恐ろしくシンプルなポーズでも激痛が走るほど、カラダが不自然に緊張している。ノイズがヒドくて先生の声も聴こえないほどだ。さすがに先生もボクのことを心配している。

●ふと気づくと、スマホゲームをダラダラと続けている。理性が摩滅するってこんな感じだ。


●地元の盆踊りで、ワイフやコドモたちが出ていった夕べ。
●ボクはゲームをヤメて、Hulu で映画を見ることにした。

「蛇にピアス」

「蛇にピアス」2008年
●2004年芥川賞のダブル受賞を、綿矢りさ「蹴りたい背中」と分け合った金原ひとみの原作小説を蜷川幸雄が監督を担って映画化。当時は、おっとりとしたお嬢様風ルックスの綿矢りさに目がいって彼女の「インストール」しか読まなかった…。でも、今は、神経が異常にササクレだっているので、この自傷行為願望でズタズタの作品が気分にフィットする。
●ヒロイン、吉高由里子園子温作品「紀子の食卓」でデビュー、主役ではないのにその存在感に強烈なショックを覚えて以来、とても気になる存在だったのに、その後の作品はイマイチピンと来てない。「GANTZ」「カイジ2」?TBSドラマ「ラブシャッフル」?むー。悪くはないけどね。ただ今期の朝ドラ「花子とアン」は気に入っている。美輪明宏さんのナレーションも気に入っている。彼の「それではごきげんよう、さようなら」の締めナレは毎日異なるニュアンスが込められていて、その多彩さに舌をまくほどだ。
●さて、吉高由里子の初めての主演作となるこの作品。ある少女が、スプリットタンとピアッシング、タトゥーに魅かれ、そして二人の男の間でゆらいでいく物語だ。スプリットタンとは、舌の先を二つに分割すること。ちょうど蛇の舌のように。痛みを伴って自分の身体に手を加えていくこうした行為に、なぜヒロインが魅せられていくのか、最初は理解ができない。場当たり的に、舌に穴を空け、場当たり的に、男たちとセックスをする。気づけば、一緒に暮らしていた男の本名も知らなかった。自分の本名も教えていなかった。
「痛みを感じている時しか、自分が生きていると感じることができない」。タトゥーを入れる施術から、そのまま首を絞められながらの乱暴なセックス。これは自傷行為なのか。しかし結果として、彼女は二人の男を人殺しにする。他人の欲望に絡めとられながら、自分の欲望に他人を絡めとる。蛇が絡み合うように、三人の男女は絡み合う。

●今のボクには生活がある。それなりに裁量を任された職業や、日々成長を続ける家族たちがいる。積み重ねた過去が今のボクの生活を作り、明日はそれを継続するための未来に繋がっている。しかし、この映画の登場人物たちには、それがない。過去から未来にかけて維持継続すべきナニかを持たない。その場限りの現在だけが、前後の文脈から切り離されて無意味に浮かんでいる。無意味な時間ののっぺりとした連続は苦役だ。その苦役に実体を与えるのが、身体改造の痛みだ。痛みこそが現在に意味を与えるリアルだ。そして痛みがキッカケになって、欲望が作動する。…マトモな人にとっては、意味がわからないかもしれない。でも頭の中で止まらないホワイトノイズを抱えて、昨日と今日と明日の区別がつかなくなるほどの混乱につかまってしまいそうになる時、彼らの世界が近づいてくるようでボクは戦慄する。


破滅した天才。JACO PASTORIUS。

jaco pastorius blackbird

JACO PASTORIUS & RASHID ALI「BLACKBIRD」1984年録音
●数年前に、新橋SL広場の古本市で購入したCD。新橋の古本市は、かなりベタベタの古本ばっかで渋すぎるんだけど、よーく見て回るとチョッピリだけLPレコードやCDを取り扱ってる店が見つかる。これもほんの十数枚程度だけ売られてたボロCDの中から発見したモノ。840円。ジャズベースの革新者、超絶プレイ能力とアレンジ〜コンポーズ能力を合わせ持つ天才、その一方で不安定な精神を持て余してドラッグ/アルコールに溺れ夭折するという悲劇。ベース・ヒーロー JACO PASTORIUS の未発表ライブ盤でこのお買い得価格じゃもう買うしかない。

●しかし、これが難しい。このライブ、ドラムとベースの一対一編成。登場人物は、ベースの JACO と、ドラムス RASHID ALI という人物の2人だけ。一体どんなコトになってることやら?という期待を胸にCDをプレイヤーに載せたんだけど、ハッキリ言ってマジでナニやってるか全然ワカラン。あれー?ギターを加えたトリオ編成のライブ盤は数枚聴いたけど、ドレも見事に超絶テクのハードロッキンな内容でとても楽しかった。しかしコッチはトリトメのないギグでキツい。
●アルバムタイトル「BLACKBIRD」 THE BEATLES の同名曲に由来してて、それをカバー演奏してるはずなんだけど、JACO がたった一人でベースをベボベボベボベボベオ〜ンブアーンブーンベオオ〜ンと弾きまくってるだけで、全然「BLACKBIRD」に聴こえません。JIMI HENDLIX「PURPLE HAZE」はディストーションを思いきり効かせたベース音がジミヘン風ではあるけど、「PURPLE HAZE」とわかるフレーズが登場するまで5分40秒もかかるし、その後全部で13分間続く演奏の後半は相方 RASHID ALI のドラムソロだけ。むむむ。
CHARLIE "BIRD" PARKER の定番曲「DONNA LEE」JOHN COLTRANE のレパートリー「NAIMA」、そしてバンド WEATHER REPORT 所属時代に彼自身が書いた「CONTINUUM」の演奏もあるけど、ボクには評価が出来ない。確かに RASHID ALI のドラムと見事バッチリ決めたりするライブ格闘能力の高さや、とても一人で演奏してると思えないラインを描き出す超絶テクなどなど、ビビるほどの局面もあるんだけど、総合的には難易度が高くって。フリーインプロヴィゼーションといえばそういうことなんだけど、ややフリー過ぎます。

●このパリでのライブが収録された1984年の JACO双極性傷害がだいぶ重たくなっていて、演奏の出来不出来の差が激しかったという。1976年から1982年まで在籍していた WEATHER REPORT 時代も、一人目の奥さんと離婚してからは精神の不安定さが目立つようになってたらしい。そんで酒とコカイン。ソロ活動を志してバンドを離れた後は、その作品の高い評価とはウラハラに、やたらモメゴトを起こして周りを困惑させてたそうな。ベランダから飛び降りて大ケガとかしてるみたいだ。1985年には二回目の離婚、病気もどんどんヒドくなる。最後はクラブのガードマンとモメて脳挫傷、そのまま35歳の短い生涯を閉じてしまった。

JACO PASTORIUS BIG BAND「TWINS I II - LIVE IN JAPAN 1982」

JACO PASTORIUS BIG BAND「TWINS I & II - LIVE IN JAPAN 1982」1982年
●様々な危機/離婚を機に悪化する双極性傷害、ドラッグ&アルコール依存などを孕みつつ、WEATHER REPORT から独立して充実のソロ作「WORD OF MOUTH」をリリース。天才の名を欲しいままにしていた頃の日本来日公演。前述「BLACKBIRD」はこのライブから2年後でドラムとの2人編成だったが、この時の公演はビッグバンド、JACO はなんと20人ものミュージシャンを引き連れて来たという。円高ムードが高まるプレバブル期日本の豪気な招聘に、JACO も新しいスタイルのビッグバンドを見せつけるという気概を持っていたようだ。
●メンバーは、ドラムに WEATHER REPORT を一緒に脱退した PETER ERSKINE、トランペットに RANDY BRECKER、その他、フルート、クラリネット、フレンチホルン、チューバ、スティールドラム、ハーモニカといったメンバーまでいる。ただし、このビッグバンドが既存のスウィングジャズみたいな音を鳴らすわけじゃない。ファンク、カリビアン、R&B(JACO 自身がボーカルをとる曲もある)、様々な音楽が見事にフュージョンした音楽が自由に鳴り響く。一糸乱れず完全に統御されたアレンジをトリハダモノのアンサンブルで極める瞬間もあれば、そのアレンジを前提にして個々のプレイヤーが高度なアドリブを取り合う瞬間も。まるで緻密に訓練されたスポーツのようだ。ベース奏者である JACO 自身は決して積極的に出しゃばるワケではないが、このグルーヴを強力に推進するエンジンとして、饒舌で奔放なベースラインを描き出す。それが美しく、同時に野蛮で。弾き出す音の粒の1つ1つが、大洋を自由に疾駆するイルカの群れのように雄々しい。



●動画。
●JACO PASTORIUS BIG BAND「REZA / GIANT STEP / REZA」。
●CDとして紹介した1982年の日本公演の映像が YOUTUBE に上がってるのね。スゲエな。でもCDの音質で聴かないとその美しさは伝わんないなあ。自作のファンクチューンから JOHN COLTRANE の傑作に行ってまた戻ってくる構成。





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●うー。体調悪いまま、仕事のアレコレを必死にワサワサ突っ走ってる。
●1つ1つの仕事が、わりとヤッツケ気味になってるのが、自分で納得イッテナイ。
●3か月先のボクがナニやってるか、想像もつかんわ。

●ややヤケクソ気味の気分に、このラフさ加減がちょうどイイ。

VARIOUS ARTISTS「ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK - BANDWAGON」

「ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK - BANDWAGON」1997年
サンダンス映画祭に出品されたローバジェット/ミニシアター系映画「BANDWAGON」のサントラ、らしい。つーか映画は見てないです。ローファイバンドがアメリカ南部をツアーでドサマワリしていく青春ムービーらしい。
ローファイというだけあって、録音がラフ。ガサッとしたザラツキと微妙なナゲヤリ感は、90年代アメリカンロックの潮流と、当時のヤサグレてたボク自身の気分を見事反映してて、初めてチャンと聴くのに結果として懐かしささえ感じるほど。不満に苛立つだけのダラしない学生生活から、就職を経て今の感覚じゃ完璧なブラック労働環境に叩き落とされボロボロにされてたあの時代の記憶が、ラフなローファイサウンドの鳴らしっ放し/やりっ放しなこの音源の基調と、そのザックリ加減とはウラハラなワリとクッキリしたメロディラインのセンチメンタル加減によって、否応なく引っ張り出される。ちょっぴりPTSDってくらいにね。
●そんでボクは、結局今も変わらず、ムチャブリ込みの理不尽仕事とはけ口のナイ苛立ちに身をよじらせながらジタバタ働いているってーのが、進歩がないというか、まー情けないというか。あのローファイ時代から20年近く経とうというのに、アソコからボクはまだ一歩も動いてないのか、と呆れ返る。
●実際のところ、このアルバムにクレジットされてるバンドたちは、劇中に登場する架空バンドみたいで。だから全く聴いたコトのない連中ばっかだ。正体不明だ。

「バンドワゴン」は、日本語にすれば「楽団車」ってコトで、バンドがワンボックス車なりに機材を積めて流浪の旅をしてる風景がおのずと立ちのぼってくる。アメリカ・ディープサウスの果てしない広がり。さてさてこの荒野の先になにがあることやら。
●一方で「バンドワゴン効果」と言えば、勢いのある「楽団車」の後についていくようなイメージで、流行や大きな世論にどんどん支持が集まっていく様子を示す社会学用語だ。バンドワゴンの行く先にナニが待ってるのかワカランのに、とにかくソレに乗っちまえ、というヤケクソ感覚。ボクの今の感覚じゃ、イイもワルイもない、アサインされた仕事に勝ち目があろうとなかろうと、とにかくこなすしかない。ヤケクソに乗っかっていく。

「ローファイ」って言葉も、今となっては死語だろうから、言及しておきます。まずは「ハイファイ」って言葉があって。こいつは「HIGH FIDILITY」、日本語で「高再現性」と訳されるオーディオ用語。80年代のレコーディング技術の進化&CDの普及で一般的になった言葉ですわ。ただ、90年代に入ると、インディシーンの中からヘッポコな録音技術でカセット流通させるような「ハイファイ」と無縁のスタイルが登場してくる。レコーディングに制作費がかけられない物理制約が、そのまま音源に愛らしい特徴として反映。これが「ハイファイ」の反対「ローファイ」という言葉で、一つの音楽様式になってしまう。主だったアーティストといえば、初期の BECKPAVEMENT。80年代録音の DINOSAUR JR. も思いきりローファイ。奇才 DANIEL JOHNSTON HALF JAPANESE なんかも見事ローファイだったねえ。
●ま、そんな時代もあったってことです。時代で言えば、バブル崩壊で徐々に日本が深い低迷期に入っていく時期。しかしインターネット革命(ITバブル)にはまだ間に合わず。そんな中途半端な場面の特殊な美学。そしてソコに居心地のよさを感じてるヤツもいるってこと。ボクみたいにね。


●動画。
●サントラ1曲目、CIRCUS MONKEY「SO LONG (ANN)」。ラフだけどメロディは普通でしょ。




●これは、大昔に人からいただいたCDだったんだわな。映画観てから聴こうと思ったんだけど、映画が見つからなかった…。





音楽がビジネスとして成り立つためには。
音楽家がプロフェッショナルとして生活を成り立たせるためには。


スガシカオさんの twitter 発言について、考える。
●これ今年5月の話なんで、ちょっと古いネタなんだけどね。でも今の音楽業界にとっては示唆的なコトだと思うので、思うことを書き留めておく。

話題になった、スガシカオさん本人のツイートを引用。

スガシカオtwitter

●とあるファンのツイートに対して、スガさん本人がリプライ。

「アーティスト的にはCD買ってくれたの方が、将来につながります。」

「DLでももちろん嬉しいのでですが、ぶっちゃけDLだとほとんど利益がないんだ。おれらみたいにスタジオで徹底的に音楽を追い込むタイプは、制作費が全部赤字になっちゃう。CD買ってもらうと、かなり制作費が補えるので、次の作品が作れるメドが立つんだよね。CD売れない音楽業界の負の連鎖だ」

「配信のよさはスピードと便利さ。」

●中段のツイート、彼の「ぶっちゃけ」コメントの反響がスゴい。リツイートで13000近く。お気に入りで3800以上だ。ネガティブな反応も多い…制作費が高けりゃコストを抑えろとか、CD買ってくれとは押し付けがましいとか。
なんだか猛烈にセツナイ気分になった。彼は彼の試練を敢えて買って新しい領域に飛び込み、そこで普通のメジャー・アーティストが見ない風景を見たのだ。そこから生まれる率直な言葉を、つまみ出してディスるのは、あまりにセツナイ。だから、今日はまたムダに長い文章を書く。



スガシカオさんは、2011年に所属事務所オフィス・オーガスタから離籍&独立。
●デビュー以来の関係だった事務所から独立したのには、どういう意図とどういう戦略があったのかはワカラナイ。オフィス・オーガスタは詳細は後述するがボクから見ると良心的な音楽事務所だし、じっくり相談しての独立らしいのでトラブルやケンカ別れとも思えない。
●ただ、スガさんは別の事務所に移籍したわけでもない。事務所経由でつながっていた従来のメジャーレーベルとの契約もなくなって、完全なフリーになった。マネジメントもレーベルもナシなのだ。
●もしかしたら、既存音楽業界が壊滅的に衰退していく状況を見ながら、そこから自立自営の新しい音楽活動を模索していこうというチャレンジが、彼の中にあったのかもしれない。大勢の人々が関与するメジャーシステムから一度離れて、配信モデルのスモールなエコシステムに音楽業界の新しいカタチを見出そうとしたのかもしれない。コレってスゲエ勇気だよね。そして彼はネット配信中心で楽曲を発表していく。コンサートもネット経由の手売り感覚でチケット販売していく。なにしろマネジャーもいないからね、全部を自分でやってるんですわ。ライブハウスのブッキングも自分でやってたそうだし、配信のための契約で法務局に自分の足を運んだり。「アーティストは曲作りに専念すればイイ」その常識の外に敢えて踏み出したのだ。

●さて、ボクがこのインディ期(というかフリー期)のスガシカオさんのパフォーマンスを見たのは、2013年12月の YOUTUBE 配信番組「TOYOTA WISH PRESENTS 白黒歌合戦」プレミアムライブというネット企画だ。
「紅白」をもじった歌番組を TOYOTA YOUTUBE で仕掛けてしまう。しかもその出演アーティストが豪華、VAMPS、家入レオ、斉藤和義、MAY J、大塚愛、SCANDAL などなど。スゲエな地上波テレビはもう立場がネエなーと思った内容だった。キマグレンと売れっ子ユーチューバー・HIKAKIN のコラボ、小室哲哉+ヒャダインの共作共演パフォーマンスなど、見どころも満載。スガシカオもここに出演してた。
●そこでのスガシカオのパフォーマンスが、ワリと異色で。DJセット的な機材をガッツリならべて、ここで EDM をバリバリと即興的に鳴らすんですよ。あれ?スガさんそんな芸風だったっけ?ちょっと違和感。これが彼のインディにおけるサウンドなんだろうか?悪いとは思わなかったけど、少し戸惑ったのを覚えている。

●で、2014年になって彼はメジャーに復帰する。VICTOR ENTERTAINMENT のロック系レーベル SPEEDSTAR と契約。SPEEDSTAR は90年代からロックアクトをキッチリ支援し続けている良心的なレーベルで、くるり、齋藤和義、UA、COCCO なんかはデビュー以来ずっとココに所属してたはずだ。 あ、星野源ハナレグミもココの所属なのね。

古巣の事務所とメジャー(以前はソニー系でした)を離れて、そんで3年経ってメジャー復帰。さて、この間の彼の戦いはなんだったのか。インディだった彼の戦いはなんだったのか。
●そんでその上で「ぶっちゃけDLだとほとんど利益がないんだ」と言われちゃうと「アラ?音楽業界の可能性はコッチの筋にナイの?」ととっても心配になる。むー。



●音楽業界の仕組みから考えてみよう。
●ボクは音楽業界の人間じゃないから、テキトーな知識と推測で、ってコトを前提に、ココから先の内容は読んでみて下さい。

音楽の制作費の問題。
●彼の音楽は、ファンクミュージックが素地にある上で、アコースティックな持ち味も特徴的。バンドでもないからミュージシャンもエンジニアもイチイチ雇って集めて録音しなくちゃいけない。打ち込みベース/ベッドルームで制作できる性質の音楽じゃない。つまり、カネがかかるタイプの音楽であることはマチガイナイ。「白黒歌合戦」で披露したDJセットのパフォーマンスは、スガさんがインディ向きなローコストの宅録ベースにシフトチェンジしたのか?と思わせる場面だった。確かにインディを続けるならコッチが真っ当な手段かもしれない。
●音楽が録音物として制作される時、アーティストは楽曲なり歌詞なりを用意する。詞曲を書かない人はただ歌を歌う。これを録音物として形を与えるためのコスト、スタジオ代、ミュージシャンやエンジニア、プロデューサーの人件費、楽器の調達。これらは基本的にレコード会社(レーベル)が負担する。これをCDにするなら、ジャケットデザイン、CDの製造、流通コストの負担がある。もちろんコレもレコード会社の負担。そんで宣伝。媒体出稿からメディアへのパブ露出、プロモビデオの制作もレコード会社が負担する。CD製造+宣伝+流通+管理費でCD単価の何割を占めると思う?なんと80%。つまり、ミュージシャン一人では楽曲は世に出ないわけだ。また、これがアーティスト一人で背負える額でもない。たった一人になったスガシカオさんはシンドイ思いをしたに違いない。
●楽曲に対する著作権は、それを書いたアーティストに帰属し、印税配当という形で還元される。ただし音楽制作においてそのオカネのヤリトリはほんの一部(つーかCD単価の1〜2%!)で、前述のように楽曲を録音物にする際のコストの方がずっと大きい。そこでレコード会社は音楽原盤権という権利を保持して、その録音物が様々な用途に使われる際に使用料をとる、という仕組みを持っている。レコード会社一社だけでは制作資金が調達できない場合などは、大手事務所や音楽出版社と呼ばれる権利ビジネスの専門家たちと出資し合って、CM利用やテレビの放送使用などなどから利益を上げる仕組みを持っている。ともかく、そんなビジネスを前提にしながら、アーティスト自身ではなく、アーティストの周辺(レーベルとか様々の出資者/権利者)によって音楽制作費は見積もられる。CDのようなパッケージビジネスが今だメインの日本の音楽業界は、CD販売へのリソース投入を、今までのCD販売枚数で策定するだろう。つまり、ボクがここで言いたいのは、CDを制作するためのイニシャティブはアーティストではなくレコード会社が持っているというコト。「アーティスト的にはCD買ってくれた方が、将来につながります」「CDを買ってもらうと、制作費が補えるので、次の作品が作れるメドが立つんだよね」このスガさんの twitter 発言に、ボクはこんな事情を連想する。ただしこれはメジャーレーベル/メジャー流通の場合。

では、ネット配信に勝ち目はあるのか?ないのか?
●CD他パッケージ流通に比べて、ネット配信は圧倒的に流通システムが効率化されている。全国津々浦々のお店に商品をくまなく届けるのと、iTune 他配信サイトに置くのとでは、全然手間がチガウ。だから、収益もネット配信の方が高いのでは?と、思いきや、必ずしもそうでないらしい。大手配信サービスは、その大きな流通チャンネルの存在感にモノ言わせて、CD媒体の生産コスト&流通コストと変わらない程度の利益を持っていってしまう。単価が安いのに利率が同じでは、配信がどんなに伸びても売上を伸ばすのは難しい。CDで買ってもらった方が効率よく売上は高くなる。結果、次の作品の制作費に充てる予算を組むことができる。「DLでも嬉しいんだけど、ぶっちゃけDLだとほとんど利益がないんだ」はそういう意味とボクは受け取った。ボクがここで言いたいのは、メジャーからインディへ移行しても、ブチ当たるのは同じような流通コストの壁だということ。

●そして彼はネット配信に全面的に否定的な立場である訳ではない。ファン、リスナーに楽曲を到達させるための有効なチャンネルだという認識は持っている。ただのパッケージ流通反動主義者と批判するのは的外れだ…。

●こんな有様の音楽業界ってこの先どうなっちゃうんだろうね…。
●ちなみに、このへんの権利関係については、一般社団法人日本音楽制作者連盟(略して「音制連」)が発行しているフリーペーパー「音楽主義」に詳しく書いてある。ボクはココで勉強した。練習スタジオやライブハウス、ディスクユニオンみたいなレコ屋においてあるよ。アーティストだけでなく、音楽業界の裏方さんへの取材もシッカリしている。もちろんネットで読むこともできる。

ボクのような音楽ファンは、アーティストや音楽産業に関係する人々に敬意を払い、彼らに正当なフィーが届くように気を払うことが大事だと考えた。スガシカオさんは、メジャーシステムの中でアーティストが音楽のコトだけ考えていられたことがどれだけ貴重で恵まれていたかを噛み締めたという。一方で、インディ世界の中でそれだけでは見えなかったモノも見つけた…一日のライブの売上をその当日にライブハウスで精算し自分で受け取る…そこで今日のライブに観客がどんな思いで来てくれたかを実感を持って考えたという。アーティストも変わるべきだし、リスナーも変わらなくてはいけない。じゃなければ、豊かな音楽は今後作られなくなってしまうかもしれないのだ。そんな時代が到来するかもしれないのだ。


スガシカオ「FUNKAHOLIC」

スガシカオ「FUNKAHOLIC」2008年
●さて、スガシカオ音源を聴いてみよう。これは独立前のアルバム、彼のファンク中毒っぷりがタイトルにハッキリ出ている。SMAP「夜空ノムコウ」の作詞家、おまけに KAT-TUN「REAL FACE」の作詞家でもあるスガシカオ、しかしそこからの印象ではファンクってイメージに到達しないし、彼のハスキーがかったやや細い声はアリガチなR&Bシンガーみたいな爆発力を持ってない。ただ、そんな声でヒネリ出すリリックには、かなりキツい皮肉やかなりオゲレツな比喩がシレッと溶け込んでいてまるっきり油断できない。それが彼なりのダンスグルーヴでドバドバ押し流されていく。結果としてその変態ファンクっぷりは、過剰な天才っぷりで35年ものキャリアを完全オリジナルで突き進んでる PRINCE をどうしても連想する。SLY & THE FAMILY STONE への敬意や人種越境白人ファンクバンドの元祖 AVERAGE WHITE BAND の遺伝子も見え隠れしてるかも。
●とはいえ、彼もキャリアを積み重ねた大人。スマートなファンクの中でシレッとクタビレた連中に優しい味を出してくる〜「自分のことあまり好きじゃない人ぼくのこの指とまれ/ムリヤリもうかわらなくていい」 BY「コノユビトマレ」。オフザケの中に、優しい言葉を言えるヤツってきっとモテルよね…。
●メジャー復帰最新作はまだ聴いてない…リードシングルはしっとりバラードなもんだから、そのファンク濃度はまだ不明。あー聴くモノが多過ぎて困る!



●ここからは、スガシカオさんが離籍した音楽事務所、オフィス・オーガスタの音源を聴いてみる。
●ボクの中では「レーベル買い」と同じような感覚で「事務所買い」ができる存在。それがオフィス・オーガスタ

10th Anniversary Songs~tribute to COIL

福耳「10TH ANNIVERSARY SONGS 〜TRIBUTE TO COIL〜」2008年
オフィス・オーガスタは、80年代末に活躍したバンド BARBEE BOYS「モテキ」椿鬼奴の歌マネで再評価が進む!)が解散した後、このバンドのボーカルだった女性シンガー・杏子のマネジメントを担うため1992年に設立された事務所。その後、1995年に山崎まさよしを、1997年にスガシカオをフックアップ、この二人が次々とヒットを量産。そして現在までこうした良質なシンガーソングライターをコンスタントに発掘してはこの世に送り出している。実に真っ当に音楽至上主義で、小賢しいプロモーションも企画じみた単発モノも扱わない。社長の森川さんという人が根っからのビートルマニアらしく、そこに由来するのか特殊なジャンル一辺倒に倒れるアーティストよりも、純粋なポップミュージックを常に希求するタイプのシンガーが集まっている。で、コレがどれも美味。
福耳とは、オーガスタの三枚看板、杏子+山崎まさよし+スガシカオの合体ユニット、だったはずなんだけど、この時期にはオーガスタ所属アーティストフルメンバー結集みたいな位置づけになってる。奄美大島から「千年に一度の声」として発掘されたシンガー元ちとせ、紅白の常連になりつつある2人組スキマスイッチ、そこから更に後輩世代にあたるシンガー秦基博長澤知之、辣腕女性ドラマーあらきゆうこ、ミクスチャーバンド MICRON' STUFF。そんで、ここでデビュー10周年を祝われている2人組ユニット COIL。すげえ大所帯。名前を列挙するとこの事務所が粒の揃ったラインナップを備えているコトがわかるでしょう。
●で、オーガスタは、自社所属アーティストを集めた音楽フェスを毎年開催している。その名も「AUGUSTA CAMP」。最初の開催は1999年。そこから必ず毎年行われてる…もちろん今年も。現代日本のロックフェスの元祖 FUJI ROCK の初回が1996年だったと思うと、即座にその流れをキャッチアップし、自社アーティストだけで見事ずっと運営し続けてるコト自体が素晴らしい。ボク個人は2004年スキマスイッチが目当てでした)と2006年の富士急ハイランド秦基博の初お目見え!)、そんで2005年の沖縄・宜野湾市海浜公園を見てる。わざわざ沖縄に行ったのは、元ちとせの産休明け復帰第一弾ライブだったから!このCDは2008年の「AUGUSTA CAMP」がベースになってるアルバム。1999年デビューのユニット COIL の楽曲を事務所メイトたちがトリビュートカバー。それをフェスで披露した様子もオマケDVDに収められている。
COIL というユニットは、スガシカオに続くフックアップなんだけど、山崎&スガと続いた天才とはチト違ってぶっちゃけそんなに華がナイ…。後輩からは、漫才コンビ・昭和のいるこいるをモジって「コイル兄さん」って呼ばれてるっぽいけど、事務所メイトに共通する唯一無二なボーカルの存在感はないのよ。ただ、過去の音源を聴くと、彼らが森川社長と同じく見事なビートルマニアであることがわかるし、ナニゲに90年代オルタナを真っ当にナゾるギターロックバンドだってことも分かる。トリビュートされた瞬間に、そのへんのアレンジの妙は霧散しちゃうんだけどね。
●今年から COIL岡本定義のソロユニットへ改組。相棒だった佐藤洋介は持病で活動がママならない状態が何年も続いており、そもそもがエンジニア業に関心が強かったということもあって、そちらを本業にするらしい。実際、このアルバムでの福耳新曲「DANCE BABY DANCE」「夏はこれからだ」のプロデュースワークは COIL がカッチリこなしている。弾けるアッパー「DANCE〜」杏子姐さんのパワーが全てだが、秦基博+大橋卓弥(スキマ)+元ちとせを前衛に出した「夏は〜」若手のキメ細やかでセンチメンタルな感性がキラキラ。

長澤知之「黄金の在処」

長澤知之「黄金の在処」2013年
●彼のライブは「AUGUSTA CAMP」2006年で見た…オープニングアクトとして、秦基博と彼が、それぞれ弾き語りを披露したのだ。くんはこれが初披露だったが、2005年の山崎まさよしデビュー10周年記念「AUGUSTA CAMP」長澤くんは初披露をすましてたとな。新人披露の場面も兼ねるのですよ「AUGUSTA CAMP」は。
●そんな彼のセカンドアルバムがこれ。やや若気の至りってイイのか?だいぶ生意気なツッカカリ方をしてくるリリックが青くて若い。オーセンティックなポップを希求するといっても、オーガスタに所属する連中は音楽でメシを食おうという無謀な野心家で、多かれ少なかれトゲトゲしい生意気さを持っている。山崎まさよしさんは今だその立ち振る舞いにギター1本あれば誰にも負ケマセンゼ的なオーラを放ってるし、スイートな印象が漂うスキマスイッチですら初期シングル「君の話」では皮肉っぽいリリックでかなりスカしてる。その意味で、ここでの彼の生意気ップリはすごく好感がもてる。
「スーパーマーケット・ブルース」じゃバイト先の店長他全員をケチョンケチョンにしてる〜「この生き地獄から抜け出したい/こいつらの笑み見る度そう思う/あいつらの面がああ俺を死ぬ気にさせる」「誰より愛を込めて」も好きなウタだ〜「僕の歌は人を選ぶそうだから/調子をこくぜ僕は人を選んでる」ってフレーズが不遜だから。
●しかしただの生意気は別に音楽として価値があるわけじゃない。彼の最高の持ち味、ハイトーンの艶っぽいボーカルの美しさとリリックのギャップがオモシロいのだ。ツヤツヤと繊細に光るアレンジの細やかさもコラボミュージシャンの堅実なプレイも、若さとウラハラな成熟として説得力を持っている「フラッシュバック瞬き」という楽曲では、ハイトーンのサビフレーズでボカロを採用してるとな!れるりり(当社比P)なるボカロPとコラボ!つーかキレイなコーラスだと思ってたけど、まさかボカロだったとは。今知ったわ。

スキマスイッチ「スキマスイッチ ARENA TOUR 07 22W-ARENA22」

スキマスイッチ「スキマスイッチ ARENA TOUR '07 "W-ARENA"」2007年
スキマスイッチオフィス・オーガスタの所属アーティストだ。甘さのある大橋卓弥のボーカルと実はゴツいアレンジ能力を発揮する常田真太郎のユニットがデビューしたのは2003年、紅白出演も経てもう10年以上のキャリアだ。ボクは彼らのデビューシングルからしばらくは全音源をチェックしていたので、2007年のライブ音源であるこのCD二枚組はボクにとってベスト的選曲。「ガラナ」「奏」「冬の口笛」「ふれて未来を」「全力少年」、そして「ボクノート」がボクにとっては愛おしい。
●彼らのコンサートや演奏は何回か見ているが、いつも思うのは完璧なジェイポップであるのにその演奏はゴリッと分厚くロックのような重厚さがあるということ。ストリングスが華麗で、大橋ボーカルもセツナイほど甘いのに、堅実なリズム隊のドスドスとしたグルーヴがボクのロック細胞を刺激する。シングル/アルバムで聴く印象とはガラリ変わるライブならではのタフネスが実はとても楽しい。やや突っ込んだ言い方をすれば、ツヤツヤのジェイポップにサイケデリックファンクの成分が注入される感じがあるのだ。聴き馴染んだシングル曲も、間奏などにコクマロな展開ブロックを仕込んでいる。

スキマスイッチ「MUSIUM」

スキマスイッチ「MUSIUM」2011年
スキマスイッチ2008年でその活動に節目をつけて、この年をそれぞれのソロワークに充てた。この時の大橋のソロアルバム「DRUNK MONKEYS」が実はボクの中でワリと空振りで…。あ、スキマスイッチは大橋&常田の二人で初めて成立するんだと納得した。全ての楽曲を二人のセルフプロデュースでやってきたのは伊達ではなかった…大橋だけではスキマスイッチの魔力は発生しないのだ。ちょいとこのタイミングで、ボクの中で彼らから関心が途切れてしまう…。そんで、このアルバムが久しぶりの再会。2009年には彼らは再起動してコイツの前にもう一枚アルバムを出しているがそちらは未聴。アニメ「鋼の練金術師」主題歌になった「ゴールデンタイムラバー」が収録されてるから、いつかは入手しようと思ってます。
●ここでのスキマスイッチは、震災直後のトーンが続く中でのリリースが影響してるのか、いつもの持ち味であるはずの前向きのハツラツさが鳴りを潜め、不安や諦念に立ち止まったり、立場の中途半端さへの戸惑ったりする、曇天のイメージを繰り返している。彼らはあの時ひたすら喚かれた「絆」とかとかのビッグワードを使わないどころか、震災を連想させるような表現を1ミリも使っていない。アレンジもいつも通り誠実な重厚さを備えてる。なのに、どこか暗いイメージを引きずっているのは2011年がどうしても特別な年であることの証明なのかもしれない。ピアノが軽快に踊る唯一の明るい曲「センチメンタルホームタウン」故郷回帰を歌っているのが象徴的に聴こえるのはボクが気にし過ぎているのだろうか?でも音楽は時代を写す鏡…。

RYTHEM FEAT 常田真太郎「ぎゅっとして」

RYTHEM FEAT. 常田真太郎「ぎゅっとして」2009年
●2008年のソロワーク期間を、常田真太郎は自分名義の作品を作るのではなく、様々なアーティストとのコラボやプロデュースワークに携わることに費やした。元から裏方体質なのか、コッチの方がノビノビできるようだ…。この女性二人組ユニット RYTHEM とのコラボでは、シングル「ぎゅっとして」の作詞作曲編曲を担っている。本来はマイナー調のハーモニーが美しい RYTHEM のスタイルを軽く裏切る明るい朗らかな楽曲になった。残念ながら RYTHEM はその後2011年に解散。ちなみに、メインボーカル担当の YUI さんをライブで見て、マジカワイイと一時期ボクは真剣に思ってた(ジャケ左のコ)。一度井の頭線の渋谷駅で彼女見かけたんだよな…あれ絶対本人だよな…。

ゴスペラーズ/ゴスペラーズ VS 常田真太郎「SKY HIGH : セプテノーヴァ」

ゴスペラーズ/ゴスペラーズ VS 常田真太郎(FROM スキマスイッチ)「SKY HIGH / セプテノーヴァ」2008年
●リード曲は、ドラマ「のだめカンタービレ巴里編」の主題歌だという…ごめんなさい「のだめ」はマンガで堪能してしまったんでドラマ1ミリも見てない。そんでカップリングがスキマ常田とのコラボ。ライトでスムースなディスコファンクが華麗。
●こうして常田は、編曲、プロデュース、作詞などで様々なアーティストと仕事をしていく。いきものがかり、河口恭吾、絢香、ナオト・インティライミ、HOME MADE 家族、そして事務所メイトの元ちとせなどなど。

さかいゆう「HOWS IT GOING ?」

さかいゆう「HOW'S IT GOING ?」2012年
●オーガスタのメンバーの中では、2009年デビューと最若手に位置するメガネくん。コレを薦めてくれたのは名古屋に住むボクの実妹だ。帰省した妹がさかいゆうが今一番お気に入りみたいなコトをいうので、へーちゃんとマジメに聴いてみようと思ってこのCDを引っ張り出した。
●でもタダの若手には似合わない落ち着きが彼にはある。22歳で単身渡米し武者修行〜からのデビュー。その音楽の根底にアメリカンブラックミュージックへの敬意があるのを感じる。リリカルなピアノと丁寧なうたごころ。流行りのR&Bに対して、かつてオーガニックソウルのような実直なアプローチがあったように、今のジェイポップの中で彼の音楽はオーガニックソウルのような響き方をしてる気が。ちゃんとモダンなのに、イマドキのギミックに流されない地に足ついた感じ。素直にまっすぐ響く声が気持ちイイ。
●ちなみに、山崎まさよしさんがテレビでボイスパーカッションを披露した時「事務所の後輩のさとうゆうってヤツに教わったんですよ」みたいな話をしてた。山崎さんの後輩からでも学ぶものは学ぶ姿勢、そしてさとうゆうくんの勉強熱心な姿勢を嗅ぎ取った。へーボイパも自分のモノにしてるんだ…。もっと彼の音楽を聴いてみたいな。


オフィス・オーガスタ関連音源は、ホントにブランドとして聴けますよ。良質のジェイポップが聴けますよ。
●こんなジェイポップだけで、フリーソウルなDJをしてみたらカッコいいだろうな。



●動画。
●長澤知之「フラッシュバック瞬き」
●コーラスがボカロってのにビックリ。




●福耳「DANCE BABY DANCE」
●AUGUSTA CAMP 2008 の様子。オーガスタフルメンバー登場。元ちとせのアゲハ柄浴衣がカワイイ!




●福耳「夏はこれからだ!」
●AUGUSTA CAMP 2011 の様子。凛々しい秦基博からスキマ大橋卓弥のスイートネス、Cメロでの元ちとせ。




●スキマスイッチ「ガラナ」
●2007年アリーナツアーの音源。ボクの聴いたライブ盤と同じヤツ。グッとテンポを抑えた曲も好きなんだけどね。












「暗愁」。

●ある精神科医の先生が、「音楽療法」という文脈の中で、ボクに教えてくれた言葉。

「暗愁。
 普通の日常生活の中で、突然根拠もなく気持ちがグッと落ちることがあるでしょう。
 それを、暗愁というんです。五木寛之さんが作った言葉といわれてますけどね。
 アダムとイブが知恵の実を食べて楽園を追い出されてから、
 人間には自分の存在そのものをどこか後ろめたく感じる気持ちがある。
 そんなキリスト教の原罪説まで弾かなくても、
 結局、他の生物を殺し食べ、他の人間と摩擦を繰り返す毎日は、
 個々人の気持ちにDNAレベルで後ろめたさとして染み込んでいる。
 そんな時、暗愁がふと湧き上がってくる。感情が暗愁に絡めとられていく。
 音楽は、言葉なくしても、感情を揺さぶる力があるでしょう。
 突然涙が流れてしまうことがあるでしょう。
 暗愁に深くとらわれてしまった時には、
 音楽の力を借りて、気持ちの切替えをしましょう。
 日常生活からも感覚を切り離し、音楽の抽象美に身を浸しましょう。
 そうすることで心の健康を保つことができると思います。」

「暗愁」。キレイな言葉だなと思った…。
●深い「暗愁」と相性のイイ、慎ましやかな音楽もこの世にはあると思う。


今日紹介する、このブラジル音楽は「暗愁」と相性がイイ。「暗愁」を甘美さを添える。

ARTO LINDSAY「O CORPO SUTIL : THE SUBTLE BODY」

ARTO LINDSAY「O CORPO SUTIL / THE SUBTLE BODY」1996年
●ワールドカップって終わったんですか?全然見てないからワカンナイ。急成長市場の未来世紀ブラジルには興味はあるけど、サッカーそのものにはあまり興味がない。日本戦も見てない。でも、せっかくだから、ブラジル関係の音楽を聴く。これがとても美しかった。
ARTO LINDSAY。70年代末ニューヨークパンク〜ノーウェーヴの最奥部から出現、アバンギャルドトリオ DNA のエキセントリックなギタリストとして活躍。その後は THE LOUNGE LIZARDS に加わってフェイクジャズを気取り、よりエクスペリメンタルなユニット AMBITIOUS LOVERS を結成して80年代を過ごした後、一区切りついたタイミングでリリースした始めてのソロ名義作。
ARTO LINDSAY は、ルックスだけでみると、アメリカ人の実に陰気なメガネ野郎だけど、少年時代〜思春期をブラジルで過ごした男。「半分ブラジル人」として、ボサノヴァやその後の後継ムーブメント・トロピカリアに影響されてる。で、結果的に、ここでは億面なくストレートアヘッドなボサノヴァを披露。これが実にシリアスで、緻密で、甘美。
●最低限に絞り込み研ぎ澄ました音は鋭利な刃物のような緊張を孕んでおり、やっぱり陰気な ARTO 自身のボーカルも奇妙な緊張を感じさせるが、メロディは美しく、脆いガラス細工のような儚さが耳に優しい。サンバ駆動の楽曲も、音を絞り込んで下世話にはならない…というか、サンバは、元来シックでスマートな音楽だ。カーニバルの騒々しさはあくまで一面であって、アコースティックな佇まいは枯れ寂びて、どこか物悲しい。
●ボクのCDは日本盤、フォーライフ坂本龍一が運営していたレーベル GUT からのリリースだ。あったねー GUT坂本龍一さん、咽頭がん発症。なぜミュージシャンはみな咽頭がんなんだ?忌野清志郎さんしかり、桑田圭祐しかり。

PETER SCHERER ARTO LINDSAY「PRETTY UGLY」

PETER SCHERER & ARTO LINDSAY「PRETTY UGLY」1990年
●クラシック分野からアバンギャルドに参入してきたキーボード奏者 PETER SCHERER と、半分ブラジル人のパンクメガネ ARTO LINDSAY。この二人がズバリ、AMBITIOUS LOVERS の全構成員だ。たぶんレコード会社との契約で、AMBITIOUS LOVERS 名義が使えなかったのだろう。コイツはベルギーの特殊レーベル CRAMMED DISCS 「MADE TO MEASURE」シリーズとしてリリースされたモノ。このシリーズは、舞台の劇伴音楽や前衛バレエのサントラなどを中心に扱うラインで、この作品もドイツ・フランクフルトのあるバレエ団のために録り下ろされた楽曲たちだ。
●どんなバレエだったが全く情報がないが、えらくエキセントリックだったのはマチガイナイ。アルバムタイトル曲「PRETTY UGLY」は26分もある長尺曲。工業機械がガシャガシャ稼働しているかのようなノイズ/インダストリアルビートから、ノー・ウェーヴ上がりの ARTO LINDSAY ならではの神経質なギタープレイ、エレクトロニカ志向の PETER SCHERER によるアブストラクトもの、ミュージックコンクレートな具体音のコラージュなどなど、およそ古典バレエにはそぐわない奇妙な音響がどんどん展開していく。他の楽曲もオーケストレーションを駆使して不安を煽るものだったり、
●ただ、チラリと登場する、エレガントなボサノヴァ歌唱、控えめなピアノ伴奏、にはササクレた神経を優しく慰撫する効果がキチンとある。50〜60年代のボサノヴァとは異質の、ハイフィディリティ音響がピキッとした緊張を漲らせている。人肌の温もりとは別次元の、冷たく結晶化した美しさ。

ARTOLINDSAY顔
●ちなみにこれが、陰気なメガネ野郎、ARTO LINDSAY の顔。「O CORPO SUTIL」のウラジャケ。



●動画。



●「4 SKIES」
●絞り込んだ音数、どこか不安な音を響かせるギター。貧弱なボーカル。それが儚くて美しい。




●「ASTRONAUTS」
●低音が実はとてもモダンで最近のベースミュージック風にも聴こえるが、実はしっかり古典サンバの駆動力。





塩野七生「十字軍物語」読了。
●ふー。さて、次は何を読もうかな?
●気になるフレーズを引用しておく。

「現実主義者が誤りを犯すのは、相手も自分と同じように現実的に考えて愚かな行為には出ないだろう、と思い込んだときである。」


「反知性主義者」が跋扈する今の時代には、肝に命じておかないと。愚かであろうとなかろうと関係ないと考えている連中が多過ぎるから。

●次は何に手をつけようかと思って読んだのがコレ。

たけしの大英博物館見聞録

ビートたけし「たけしの大英博物館見聞録」
●下北沢一番街商店街にひっそり営業している古本屋さん・JULY BOOKS 七月書房 で入手。大英博物館…とっても行きたいんだよ。ヨーロッパ方面にはあまり足を運んでないボク。今後は、応酬の古都史跡や有名な美術館を訪ねたいと思ってる。パリのループル、ポンピドゥーセンター、ケ・ブランリ美術館。そんでロンドンの大英博物館。まずはココに行ってみたい。
●1994年に交通事故を起こして生死を彷徨ったたけしさん、この事故がキッカケで大英博物館を訪ねたいと思ったという。「大英博物館に行けば、おいらが生きてる意味ってのが見つかるかもしれないと思った。だってここにあるのは、自分がこの世にいたんだってことを後世に伝えたくて作ったものばかりだろう」奇才・ビートたけしによる、大英博物館コレクションの品評ガイド。
ただ、ココはひたすら巨大だね。十分に大きな展示室が80コもある。16トンにも及ぶ古代アッシリアの石像がドカンと持ち込まれてる。ギリシャのパルテノン神殿にあったレリーフ彫刻も、ヘッパがして陳列してある。エジプトからも巨大な石像が持ち込まれてる。中央アジア・敦煌の古文書もまるっと持ってきちゃってる。かの有名なロゼッタストーンもここの所蔵だ。手っ取り早く言えば、全世界から略奪品を集めてますってコトだ。イギリス人のバイタリティはスゴいね。
1800万冊所蔵の巨大図書館も見ものらしい。ただ、取材じゃないと閲覧室には入れないのかな?かつては、極貧の亡命生活をロンドンで過ごしていたカール・マルクスがここで「資本論」の準備をしていたり、南方熊楠が博物学のためにひたすらノートをとってたりしてたという。しかも南方熊楠は自分を小馬鹿にしてたイギリス人をブン殴って図書館出入り禁止になってるとな。あ、それと、ココは現在入場無料。ステキ。その代わり、いつも激混みだそうな。たけしさんは世界的映画監督の肩書きを生かして閉館後の無人状態で鑑賞。それでもあまりのボリュームにへばってます。

●さてさて次はアメリカ合衆国史を読もうと思ってる。つーか、読み始めてるけど手こずってる。独立戦争まではクリアしたんだけどね。


●あとは、マンガ読んでたよ。

坂本眞一「イノサン」5

坂本眞一「イノサン」5巻
●前の記事で紹介したばっかだけど、新しいのが出てたのに気づいてなかった。主人公シャルルの妹・マリーが、男装の死刑執行人に。パンキッシュな髪型が実にクール。作者・坂本眞一は、登山スペクタクル「孤高の人」の作者だったのね。すげえクオリティの筆力。

岩岡ヒサエ「土星マンション」7巻。
●6巻までフツウに読んでたのに、最終巻を買い忘れてた。てか出てたの知らなかった。ほのぼのテイストが画からも物語も伝わってきて。バッドエンドの伏線はアッサリ解消されて、爽やかな終幕。

東山アキコ「ママはテンパリスト」1巻
●いまさらながら参入。相変わらずギャグの手数が多いな。ぶっちゃけその高密度感に、読み始めの覚悟がいるほど。そんな高密度とウラハラに画がすごくラフ。このバランス最高。粗末に見えないモン。そんで大量の仕事を回して超売れっ子。読み手側としては今覚悟不足で、「海月姫」「メロポン」も滞ってしまってる。「主に泣いています」はなんとか全部読んだ。

諫山創「進撃の巨人」13巻
●巨人との戦いから、フェイズが人間同士の権力闘争になってきました。いいね。

尾田栄一郎「ワンピース」73〜74巻
ドンキホーテ・ドフラミンゴとの対決、だいぶ突っ込んだトコロまでやってきました。またも弱者・ウソップが偶然にイイトコロもっていく気配が。70巻以上も付き合ってきた「ワンピース」だから、もう慣れたといえば慣れたけど、結構重要な伏線のキッカケがワリとちっこく描かれてるのよね。画面の密度も濃過ぎてデティールに仕込まれた大事な要素も読み飛ばしそうで困る。登場人物多過ぎて、みんながパラレルに動いてるから、実はなにやってるんだかワカラナイことも多い。特に今のシリーズは難しいね!でもそこをなんとか通り抜けて最後に痛快な結末がドン!ってやってくるからオモロいのです。

羽海野チカ「3月のライオン」9巻
●将棋の対決もさることながら、ティーンの少年少女の揺れ動く気持ちも大切で。ひなたちゃん高校進学おめでとう。息子が中学進学してから、やっぱそういう節目は大事だってすごく感じるようになった。

さそうあきら/業田良家/福満しげゆき/大友克洋/五十嵐大介/高野文子/黒田硫黄/山本直樹ほか「短編集ヒミツキチ」
●息子の中学のバザーで買った、アンソロジー的短編集。好きな作家さんが満載。そんな彼らが、子ども時代に通過する「ヒミツキチ」の思い出を描いてる。息子ノマドが6年生の時に体育館の使われてない倉庫を「ヒミツキチ」化してお菓子パーティしまくった時は、学校中の大騒ぎになったなあ。ボクはオモロいイタズラじゃないかと思って爆笑してたんだけど、センセイたちが予想以上に怒ってて、あとから申し訳ない気分になった。授業さぼってカッパエビセン食っちゃやっぱダメか。キレイに掃除して快適空間に仕上げるのが楽しかったらしいよ。

堀尾省太「刻刻」7巻
●時間の止まった世界に閉じ込められる…。そんな危機の中で駆引きを繰り返す、佑河家御一行 vs モンスター化した佐河。どんどん人間でなくなっていく敵から目が離せない。

天堂きりん「きみが心に棲みついた」3巻
●サディスティックな男に翻弄されてしまって、積み上げたキャリアも友人の信頼も崩壊。おまけに恥辱プレイまで。カワイイ絵柄なのに話がドロドロし過ぎてギャップがすさまじい。っていうか女性の内側って全員こんなにドロドロなんですか?

ジョー・ケリー/ケン・ニイムラ「アイ・キル・ジャイアンツ」
●アメリカの作家の翻訳モノ。ノッペリと続く退屈な日々を、彼女は自分の妄想で再構築する。巨人キラーの不思議ちゃん。でもそれは世界と向き合う不安から身を守る術。

ジョー・ケリー/ケン・ニイムラ「アイ・キル・ジャイアンツ」

●本棚がパンクしてますわ。また床に積み上げ状態になってしまった。


●音楽。

Red Sleeping Beauty - Singles

RED SLEEPING BEAUTY「SINGLES」2000年
スペイン・マドリッドのレーベル SIESTA RECORDS からリリースされてるCD。でもクレジット情報が足りなくてバンドの正体がよくワカランと、長年ずーっと思ってた。今回よーく検索して調べたら、スウェーデン・ストックホルムのネオアコバンドだったってコトが判明。でも歌詞は英語だよ。ヨーロッパは越境してイクねー。
●ハッキリ言って仕事がキツ過ぎる今は、優しいヤワい音楽が聴きたい。80年代ネオアコの気分の、華奢で貧弱なバンドアンサンブルを背負って男女ボーカルが入れ替わりで歌唱する、その偉大なる小規模感覚が、一瞬ボクをタフな日常から遠ざける。軽薄だけどキラキラしてる。実際の録音は90年代らしいんだけど80年代の薄い感じがタマラン。もう、なーんも、なーんも考えたくない。オフィス離れたらなーんも考えたくない。
●先日、江古田のレコ屋・ココナッツディスクで、SIESTA RECORDS の作品を見かけた。SWAN DIVE というアメリカのギターバンド。一瞬、SLOWDIVE というシューゲイザーバンドと混同したんだけど、SLOWDIVE の暗黒ゴステイストとは真逆の、ヘルシーに日向ぼっこしてる感じがネオアコ王道の気分。あれ買っときゃよかったな。あのお店で SIESTA を再確認して、このCDの存在を思い出したんですよ。このレーベル、正体不明だけど、ちょっと気にしておこう。



MILES DAVIS も聴いているんだ。心落ち着かせるために。

MILES DAVIS「BIRTH OF THE COOL」

MILES DAVIS「BIRTH OF THE COOL」1949〜1950年録音
MILES DAVIS「クールジャズ」なる新ジャンルを確立させた音源。師匠”バード” CHARLIE PARKER が中心となるビバップ・シーンの中では埋没してしまうーと、考えてたか考えてないかよくワカンナイが、当時としては新路線として評価され、西海岸に白人プレイヤーを中心としたクールジャズ・シーンを作るほどになるインパクトをもたらした名盤…って評価ですけど。
●しかし、仕事でアタマクラクラなボクには、これがどのへんで「クール」なのかよーくわかりませーん。移動で山手線&地下鉄&休憩のラーメン屋で、この音源をヘッドホンで聴いてましたがよくわかりませーん。
●…実はこの音源を生まれて初めて聴いたのは、今から20年以上前の高校生時代。その1990年前後はイギリスでアシッドジャズというクラブシーンが勃興しており、様々なコンピアルバムが日本に紹介されてた。その1枚に「REBIRTH OF THE COOL」というヤツがあって。これお気に入りだったなあ。で、ある日このアルバムタイトルは MILES DAVIS の初リーダー音源集の本作に由来してると知った。さっそく同じカッコよさを求めて聴いたんだけど…さすがに1950年の録音、高校生に40年前の音源はキツかった。今から見たら、64年前だわ。
●「クール」かどうか別にして、MILES がこの録音で組織したバンドは人数が多い。9人組。九重奏=ノネット。チューバやフレンチホルンまでいるんだわ。そしてアレンジャーがガッチリはまってる。縦横無尽のアドリブ勝負を最大の価値とするビバップ世界から見ると、異色の編成だ。予定調和を壊す崎の読めないアドリブ展開よりも、ハーモニーとアンサンブルを重んじて分かりやすい展開を持つこの音楽は、てっとりばやくポップだ。これは、小規模編成で戦うビバップと、それよりも古いジャズフォーマットだった愉快なビッグバンドジャズの、折衷形態だ。本来は田舎のお金持ち家庭で育ったボンボンである MILES DAVIS にとって、楽しげなパーティミュージックだったビッグバンドは大切なルーツミュージックでもある。ビバップとビッグバンドの止揚がこのノネットの挑戦かもしれない。ある意味真っ当すぎるほどかっちりアレンジされてる。音のカドが丸い…ビバップはトゲトゲしいけどね。
●また、人種的越境もココでは行われている。夜の師匠 CHARLIE PARKER との付き合いがシンドクなってきたこの頃(バードはマジでヒトデナシだったらしい)、ビッグバンド時代から活躍する白人アレンジャー・GIL EVANS MILES は出会う。13歳年上だった昼の師匠 EVANS はアレンジ面から様々な作品に関与するようになる。他にも、白人バリトンサックス奏者 GERRY MULLIGAN もこのバンドに参加。彼はその後 CHET BAKER とも共闘する男だ。アルトサックスの LEE KONITZ も白人だな。
●ちなみに、言葉の整理。九重奏=ノネット、八重奏=オクテット、七重奏=セプテット、六重奏=セクステット、五重奏=クインテット、四重奏=カルテット、です。三人組はトリオね。

MILES DAVIS「BAGS GROOVE」

MILES DAVIS「BAGS' GROOVE」1954年
●このアルバムの方が、ボクにはクールに聴こえるよ。ビブラフォン奏者 MILT JACKSON のプレイがすごく爽やかで気持ちよく聴こえるから。アルバムタイトルは MILT のあだ名「BAGS」に由来してるとな。2テイク収録されてるタイトル曲「BAGS' GROOVE」は11分&9分超えの長尺。「BIRTH OF THE COOL」が短い尺のポップ感をもっていたのは、当時メインだったSP盤レコードの収録分数制限に縛られていたから。この時代ともなると、LP盤レコードの時代になるのでプレイヤーはもっとノビノビとソロプレイを続けることができる。THELONIOUS MONK のピアノも活躍しているよ…そんなにたくさん音数をバラまかないプレイが、なんか実に渋いね。
実はこのレコードも高校時代に聴いていた、ボクにとっては古い音源。学校の放送室の奧に埋まってたのを持って帰っちゃったんだよね。誰も聴いてないし存在も知らないヤツだったから、いただきました。もう時効ってことで。

MILES DAVIS「MILES DAVIS AND THE MODERN JAZZ GIANTS」

MILES DAVIS「MILES DAVIS AND THE MODERN JAZZ GIANTS」1954,1956年録音
「BAGS' GROOVE」はそのタイトル曲2テイク以外はメインゲストであるかのような MILT JACKSON が登場しない。残りの楽曲5曲は別の場面、別のメンバーで録音されてる。具体的には、当時 MILES が相棒にしようかなと狙ってたサックス奏者 SONNY ROLLINS との共演がメイン。ま、それはそれでイイ感じなんですけど。大分野蛮味が追加されたビバップスタイルになりますが。
「BAGS' GROOVE」と一緒に MILT JACKSON & THELONIOUS MONK と録音した他の音源はコッチのアルバムに収録されてる。ここでも MILT のビブラフォンが気持ちイイ。…ただし、ここでは MONK の様子がオカシイ。この日のセッションは MILES MONK がバチバチ当たりまくった、通称「ケンカセッション」と呼ばれる内容だという。やや険悪。MILES「オレのソロの間はピアノ弾くな」というと、そのソロ録音中に「トイレどこだっけ?」と声に出す MONK。むー。MONK の演奏をちゃんと聴いてみたいなあ。

MILES DAVIS ALL STAR SEXTET : QUINTET

MILES DAVIS「MILES DAVIS ALL STAR SEXTET / QUINTET」1955年
●このアルバムでも、MILT JACKSON が活躍してる。もうしょっぱなから弾きまくり。ジャケ見るとダブルネームっぽい感じも出てるし。


「集団的自衛権行使容認」の閣議決定がなされました。
●ずいぶんと中途半端な段取りで、大切なモノが変えられたと感じる。
「武器輸出三原則」も「防衛設備移転三原則」と言い換えられました、閣議決定で。
これで日本は、フツウの国になった。日本は世界の武器マーケットに進出し、ビジネスとして今後この地球のどこかで行われるであろう戦争/内戦に武器を供給することになる。それが日本の経済的メリットになる。経済的メリットに不都合が生じた場合は、日本はその地域に自衛隊を派遣することができる。
これで日本は、フツウの国になった。1945年以来、誰も殺さず、誰も殺されなかった、特別な国ではなくなった。

●コドモが成人する10年後以降の少子化社会で必然的に自衛隊は隊員不足に陥る。それを補充するために、いつか徴兵制度が復活するのかもしれない。忌々しい想像が先走る。今の自衛隊隊員の方々には敬意を感じる…様々な災害の中で厳しい作業を担う彼らの姿は誇らしい。しかし、今や「積極的平和主義」を掲げた自衛隊に、コドモを入隊させるのには抵抗を感じる。

●気分が悪くなっていく…。クスリが増える。タフな話は今日はココまで。





●14年続いたヤンキーマンガが終わりました。

南勝久「なにわ友あれ」29

南勝久「なにわ友あれ」
「ヤングマガジン」で14年間にわたり、「大阪環状族」の青春をちょっぴりホロ苦く、またユーモラスに描いてきた長期連載「なにわ友あれ」がとうとう終わりました…。最初は「ナニワトモアレ」ってタイトルでスタート、主人公が交代して改題。「ナニワトモアレ」が全28巻、「なにわ友あれ」が既出28巻。最終的には31巻まで出るというので全部で合計59巻。やってることと言えば、夜中に大阪環状線を改造車で爆走して、対立チームとケンカして、女の子とうまいこと行きたいけどそこは不器用で。舞台は大阪、平成元年から二年の短い時期。たった二年程度の一瞬のヤンチャが、平成26年からはまぶしく見えますわ。いや、まぶしくはないな、このイカツイ表紙では。

●最近「ヤンキー・マーケティング」という言葉が目立つ。「マイルドヤンキー」とか「地元族」とか。そんでボクも職業的興味からこの手の本を読んだりもしている。
●ただ、このへんのマンガに登場するヤンキーたちは、昨今のマーケティング用語には当てはまらない気がする。彼らは愛すべきオールドスクーラーたちで、ある意味で過去の幻想だ。ヤンキーがヤンキーである時期は人生の中ではひどく短く、そして儚い。一瞬で消えて過ぎ去る。一生をヤンキーであり続けることはできない。
●ただし、「ヤングマガジン」はかつてきうちかずひろ「ビーバップハイスクール」を20年の長き(1983〜2003年)にわたって連載してヤンキー美学を保持した雑誌。そんで今でもヤンキーマンガでテンコモリだ。ヤンキーの時期を通り越した大人たちが、ふと立ち止まって懐かしむように浸るヤンキー・ファンタジーは、リアルと違ってどこまでも続いていく、みたいだ。

●あ、最近の注目は、荒木光「ヤンキー塾へ行く」〜改題「塾生★碇石くん」だ。ヤンキーなのに、塾で一生懸命勉強している。そんな主人公の周囲にドロップアウト気味の迷える少年少女が集まってくる…。




●マンガ地獄。
●マンガは相変わらず読みまくってるんだけど、報告するチャンスがなかったですわ。

二瓶勉「シドニアの騎士」3

二瓶勉「シドニアの騎士」1〜12巻
●今一番注目しているマンガ。TBSの深夜アニメは1クールの放送を終えたばかりだけどセカンドシーズンも制作決定、せっせと録画せねば。いやいやアニメ以前から、というか第一巻が出た瞬間からチェックしています。だって、ハードSFとしてはテッパンの二瓶勉さんの新作だもん。
●地球外生命体・奇居子ガウナと読みます)の攻撃に寄って、太陽系そのものが破壊された超未来。そこから脱出した宇宙船シドニアは1000年の旅を経て、いまだ奇居子との戦いを続けている。おぞましいカタチのクリーチャー・奇居子と、鋭角的なデザインが現代のステルス戦闘機を連想させる戦闘ロボット「衛人」の死闘。天才的な戦闘センスを持つ主人公と、ヒトクセある個性的な仲間たち。50万人が暮らす宇宙船シドニアの社会には楽しい平和もあって、殺伐とした戦争の合間にラブコメ要素もチョイと加わって。
●わざわざ選んだ第三巻の表紙は、主人公・谷風長道くんの親友・科戸瀬イザナくん。男子でもなく女子でもない「中子」という存在。でも最近は女の子に性分化してきちゃったけど。

貴家悠/橘賢一「テラフォーマーズ」8

貴家悠/橘賢一「テラフォーマーズ」8〜9巻
●この「シドニア」を友人に進めたトコロ、「それって『テラフォーマーズ』っぽいの?」と返された。う〜ん!気持ちは分かるけど、やっぱ違う、大幅に違う!火星で異常進化した巨大ゴキブリと、地球の危険動物の遺伝子を組み込まれた人間が死闘を繰り広げるこの物語は、結局のところ、遺伝子サイボーグのビックリド根性技をスポ根と同じ感覚で応援するマンガで、奥行きが足りない。でも、多国籍軍として火星に乗り込んだ部隊が分裂、地球側の国際政治の思惑で人間同士の死闘にシフトしてからは陰惨さが別のカタチを備えた…で、ココでの悪役がひたすら名指しで中国。この雰囲気も含めて今っぽいの?

三宅乱丈「イムリ」13

三宅乱丈「イムリ」1〜15巻
●これもユニークなSFファンタジー。「光彩」または「彩輪」と呼ばれるオーラのようなエネルギーを操作して、強固なカースト的階級社会を形成する民族カーマと、土着の文化を大切にして古来の生活を守る民族イムリ。この二つの民族の因縁と侵略。イムリでありながらカーマの組織の中で育てられた主人公・デュルクは、カーマによるイムリ侵略の理不尽から脱走し、いつしか反カーマ抵抗運動のカリスマに。イムリの伝承に隠された秘技を用いて、侵略者に立ち向かう…。
産業国家の帝国主義的侵略や人種差別/民族浄化といった近代以降の文明が背負うトラウマを、摩訶不思議なファンタジーにクルんで告発するこの作品、心にナイフを突き立てられるように痛い。

山口貴由「エクゾスカル零」6

山口貴由「エクゾスカル零」5〜6巻
●これもハードなSFだ。遥かなる未来、平和を十分に享受し、が故に自滅しつつある人類に、最強の戦士たちは何をすればいいのか?枯れた大地の中で食らい合う錯乱した人々をどうすればいいのか?一種の限界状態を設定した上の思考実験、絶対的暴力のあり方がココで試されている。そして、その思考実験の切先は、混迷して行く先を失った現代社会に向けられている。

市川春子「宝石の国」2

市川春子「宝石の国」1〜2巻
人間が滅びた後の地球。そこには28人の「鉱物」が暮らしていた。フォスフォフィライト、シンシャ、ダイヤモンド、コクレア、メタモルフォス、エクストラクト…。個性豊かな性質と美しい姿をもつ鉱物/宝石の少年少女を、宝飾品にしようする月人が襲う。画が美しい、線が美しい、色彩が美しい。

市川春子「25時のバカンス 市川春子作品集2」

市川春子「25時のバカンス 市川春子作品集2」
「宝石の国」に先んじて読んでいた彼女の短編集。市川春子ってどんな人だろう?そんな興味を深く導いた一冊。彼女の描く登場人物は、どこか陶器のように冷たく艶めいていて、そして本当にその固い肌がパッカリと割れたりする。それがセクシーと思えるほど美しく。そんな不思議が漂う短編たち。

梶尾真知×鶴田謙二「おもいでエマノン」

梶尾真知×鶴田謙二「おもいでエマノン」「さすらいエマノン」
●コイツは息子ノマドの中学校のバザーで買った。鶴田謙二さんの描く少女は魅力的で。謎めいたフーテン少女がタバコをくわえてて。でニットのセーターがキレイなカラダのラインを描いてて。でその少女が抱える謎は地球45億年分。

田中相「千年万年りんごの子」

田中相「千年万年りんごの子」1〜3巻
●りんご栽培が盛んな青森の寒村。一見平和なその村には、誰もが知っていて誰もが語らない禁忌がある。東京から婿入りした主人公が、その禁忌に触れた時、愛すべき妻に異変が。この土地に秘められた謎とは…。3月11日以降、あの凶暴な津波に何もかも押し流されて、豊かな東北の山野に澱のように積み重なっていた神秘が剥ぎ取られてしまったような気持ちになっていた。ガレキの山、それが撤去されてからはタダの更地。しかしココには生活があって因習があって、土地に込められた願いや祈りや呪いや畏怖がいまだ積み重なっている。東京に住むボクからはファスト風土化していくバイパス沿いの風景しか見えないが、その土地の本質はいつか復活する。そんな強さをこの作品から感じた。

いがらしみきお「I [アイ]」

いがらしみきお「I [アイ]」1〜3巻
●これも東北の物語。宮城県の農村、1954年から2011年の震災までを描く。神との接触を巡っての、一人の男の孤独な放浪。

白土三平「忍者武芸帳」1

白土三平「忍者武芸帳」1〜4巻
●羽根木公園のフリーマーケットで買ったもの。昭和41年発行の単行本だが、原作そのものは昭和34〜37年に書かれたもの。つまり1959〜1962年だよ。THE BEATLES 以前だよ。昭和41年=1966年ですでにクラシック扱いの気配があとがきから感じられる。戦国時代の土一揆から、大名同士の戦争、忍者の暗躍、その後の「カムイ伝」に踏襲される苛烈な階級闘争の描写がこの段階で十分すぎるほどすさまじい。

山本直樹「レッド」8巻

山本直樹「レッド」8巻
1971年、とうとう内ゲバが始まる。群馬山中に籠った学生たちの思想闘争は暴走し、同志を殴り痛めつける。そして殺す。70年安保運動は、なぜ最後の結末にこんな陰惨なリンチで15人を殺し、そしてあさま山荘事件を引き起こすに至るのか。これは社会改革のための運動だったはずなのに。加速する物語。目が離せない。

島本和彦「アオイホノオ」2〜6巻

島本和彦「アオイホノオ」2〜6巻
時代は流れて、1980年の青春。政治のコトはスッカリ忘れて、ひたすらマンガやアニメに没入し、将来はひとかどのクリエイターになりたいと夢見る若者たちの群像劇。劇中の「大作家芸術大学」は多分にして大阪芸術大学で、そこに間接直接で集まっていた才能、庵野秀明山賀博之「オネアミスの翼」監督)、赤井孝美(ゲーム「プリンセスメーカー」監督)、そして岡田斗司夫までが登場する。さらには、同時代のマンガ家も、あの手この手で引用されて主人公に品評されてしまう…あだち充、高橋留美子、細野不二彦、宮下あきら、大友克洋などなどなど。その後華々しく雄飛する才能たちはやっぱりスゴいけど、その中でヤリドコロのない焦燥感で青春の貴重な時間を焼き尽くしている主人公が微笑ましい…まるで、クソったれだったかつての自分を見てるようで。

久保ミツロウ「アゲイン!!」10〜12

久保ミツロウ「アゲイン!!」10〜12巻
完結!…というか、いささか慌ただしく終わっちゃった感じが。70年代の青春が「レッド」の破滅80年代の青春が「アオイホノオ」の焦燥感90年代の青春が「なにわ友あれ」のヤンキー連帯感、そんで10年代の青春がこの「アゲイン!!」に対応してるのか。いったいなんて名前をつければイイの?自意識過剰の永久回転?でも最後のクライマックスに主人公たちはその永久回転のスピードを以て未来に大きく飛び出した。タイムトリップのグルグルがギミックだったくせして最後は未知への投企へ志向していくオチ。なんにせよ、爽やかでした。

二ノ宮知子「87クロッカーズ」

二ノ宮知子「87クロッカーズ」1巻
●あんなに「のだめ」に夢中になったのに、この作品には淡白なボク。ヒロインはかわいいけど、ヒロインをコキ使う男のワガママがムカつくからかな。ただ、CPUの演算スピードの世界にスリルを見出す連中がいるってのはオドロキかも。ある意味で、北関東山中で公道レースのスピードに憑かれた連中を描いたしげの秀一「頭文字D」の出現のような衝撃を感じるのかも。いつだってサブカルチャーには魅力とスリルが付きまとう。

荒川浩「銀の匙」1巻

荒川弘「銀の匙」1巻
●こっちも同じ。「鋼の錬金術師」には散々夢中になったのに、こっちは淡白だね。たぶん、これから主人公の思春期の自分探しが始まるんだけど、まだノレテナイ。

幸村誠「ヴィンランド・サガ」14

幸村誠「ヴィンランド・サガ」13〜14巻
時代は11世紀、ノルマン系デーン王朝クヌート大王によって、イングランド〜デンマーク〜ノルウェー=北海帝国が成立する時代。そのクヌート王と、アイスランド生まれの一戦士トルフィンの奇妙な縁。デンマークの農場で奴隷生活を送ったトルフィンは、殺人だけが生業だった自分の半生を悔いて平和とはナニかを黙考する。そして既存の権威が及ばない伝説の場所、ヴィンランドを目指す。やっと13巻まで読んでヴィンランドの名前が出てきたよ。ヴィンランドグリーンランドよりも西の果てにある陸地…おそらくアメリカ大陸のどこか。コロンブスよりもずっと早くにヨーロッパ人は新大陸に到達していた…そんな冒険がこれから描かれるに違いない。

石川雅之「純潔のマリア」

石川雅之「純潔のマリア」1〜3巻
時代は14世紀、英仏百年戦争の最中。異端として生き、理不尽な戦争や不寛容な教会と一人で戦う魔女マリアの正義感と成長がマブしい。教会に敵視され、人間に絶望しそうになりながら、彼女は戦う。石川雅之さんも女性を描くのがステキ。「もやしもん」は途中で飽きちゃったけど。

よしながふみ「大奥」9

よしながふみ「大奥」9〜10巻
男女逆転「大奥」は、18世紀・老中田沼意次(女性)の時代。吉宗(女性)の死後、9代将軍家重(女性)から10代将軍家治(女性)の治世、男性大奥では、男女逆転社会成立の謎と、その原因になった男子だけが罹患する奇病・赤面疱瘡の治療法が、当時最先端の知識・蘭学を駆使して研究されていた平賀源内(女性)までもが活躍して、天然痘接種のような方法が編み出される…しかし、権力が集中する田沼意次への抵抗は大きく、関係者全てを巻き込んでの失脚劇が巻き起こる…。そして、男女逆転社会が、再び反転し始める!

坂本眞一「イノサン」4

坂本眞一「イノサン」1〜4巻
18世紀のフランス革命期に活躍した、死刑執行人シャルル=アンリ・サンソンの生涯を、緻密な筆致で描く歴史モノ。彼は、ルイ16世、マリーアントワネット、ロベスピエール、サン=ジュスト、旧体制要人から革命勢力幹部までを処刑することになる…そんな彼が処刑人としてのキャリアを、深い葛藤と共に歩み始める姿が凛々しい。

森薫「乙嫁語り」

森薫「乙嫁語り」6巻
さて、今度は、おそらく19世紀の中央アジア。ロシア帝国が遠い場所から接近しつつある中、部族抗争が始まる。遊牧民族と、通商隊を迎える都市民族。実家の父兄からの攻撃を受けることとなった嫁アミルは、どう立ち振る舞うのか。色彩豊かな中央アジアの習俗や暮らしぶりが優雅だったこの物語にも、戦争の影が差し始める。
●つーか、ボク、とにかく歴史モンが好きなんだよ。

八木教広「クレイモア」26巻

八木教広「クレイモア」26巻
●遅筆「ベルセルク」のスキマを埋めるつもりで軽く読み始めたダークファンタジーもとうとう26巻。ラスボス対決本格化、もうイイ加減終わって欲しい。クサレ縁みたいになってるから。

山岸涼子「言霊」

山岸涼子「言霊」
●バレエ絡みの短編とちょいオカルト気味のエッセイの2編を収めてます。バレエはメンタルが大事。女子の競争社会はコワい、けど娘がそこにセッセと今でも通ってる…他人事じゃなくなる?



古い時代のヒップホップを見つけちまった。

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THE WORLD CLASS WRECKIN CRU「WORLD CLASS」1985年
●いつもどおり、下北沢の街を散歩し、フラリと立ち寄った老舗レコ屋フラッシュディスクランチ。ご主人がソーシャルで新入荷大量放出って言ってたから、なんとなくパラパラ見学しようと思っただけ…。なのに、この珍品がいきなり発見されてしまった。しかも800円。すごくお買い得。ヤベエ。買う?買わない?マジかよ、ボクの両肩で悪魔と天使が論争。すっげー珍しい盤な気がするんだけど、内容がオモシロいかは別問題。弱ったなー悩むなーでもここで買わなかったら一生お目にかからないかもなー。
●これは、1985年、西海岸ヒップホップの最初期のアルバムなんですよ。ヒップホップの首都ニューヨークでは、1985年段階で十分イロイロなことが起こってましたが、まだ他の街にそれが伝播しきっている時代じゃない。だからコイツもジャケが勘違い甚だしいキラキラディスコファンク気分濃厚なわけですよ。明らかに内容がヤバそう。だけど歴史的にどうしてもその名前が有名なのは、そのメンバーの中に、若かりし DR. DRE がいるから。一番左側の白い服の男、こいつが DR. DRE。その後ギャングスタラップを確立して全米を震撼させるユニット N.W.A. の音楽的中核として活躍し、Gファンクの様式を確立して SNOOP DOGG を世に出し、1996年にピークを迎える東西抗争の後は、レーベル AFTERMATH を構えて EMINEM を発掘。そして今でも大御所プロデューサーとして業界に君臨する。そんな彼の最初の一歩。ちなみに、DRE のトナリにたつヒゲ男は N.W.A. の盟友となる DJ YELLA ね。

●で、一旦アタマを冷やすべくオウチに帰って。一晩考えてやっぱ買うことにした。
●所詮 800円だし。その積み重ねがヤバいってのは知ってますけど。
●そんでハリを落してみた。そしたら、オモシロかった!ビックリするほどエレクトロラップ!
AFRIKA BAMBAATAA & SOULSONIC FORCE「PLANET ROCK」1982年のスタイルを真っ当に踏襲した、ドラムマシーン&キーボードのシンプルな構造。それでいてアグレッシブな攻めの姿勢。ラップはボチボチだけど、今の感覚から見たこのエレクトロ・トラックはむしろオモシロい。ボコーダー加工のメカ声もいっぱい入ってます。最後の曲だけ女性シンガー MONA LISA (詳しいことはよくワカラナイ)がメッチャ熱唱する内容です。あーもちろん、ディスコ要素テンコモリです。エレクトロディスコであり、エレクトロラップ。その過渡期っぷりが畸形的で素晴らしい。

●このユニットのリーダー LONZO WILLIAMS が1979年にナイトクラブをオープン、そこにディスコバンドやDJを入れたりしてた…そこに集まってきた若者たちが新しい感覚を投入、ニューヨークで勃興しつつあったヒップホップの要素がどんどん評判になった模様。自主レーベル KRU-CUT RECORDS から本作アルバムやシングルを出してイケイケ状態になるも、音楽的頭脳だった DRE & YELLA が離脱して EAZY-E ICE CUBE とともに N.W.A を結成に動くと、コチラはダメになってしまいました…。

SOUNDTRACK「BREAKDANCE」

SOUNDTRACK「BREAKDANCE」1984年
●同じく下北沢フラッシュディスクランチで購入、800円。コイツは1984年公開映画「ブレイクダンス」のサウンドトラック。以前紹介した EMINEM のツアー密着DVD「ALL ACCESS EUROPE」のエンドロールで、EMINEM自身が ヒップホップを始めたキッカケがこの映画だったとしゃべっている。それがキッカケで買っちゃったレコードです。
EMINEM とほぼ同世代のボク自身もこの映画は見たよ…多分テレビかなんかで。ココにでてきた奇矯なダンスは EMINEM をビビらせたように、ボク自身も同じ衝撃を受けてしまった…いやいやボクだけじゃない、日本国内でもブレイクダンスは80年代のヒップな流行と受け止められた。振付けに大胆なブレイクダンスを導入した風見しんご「涙の TAKE A CHANCE」が1984年にリリースされ大ヒットしている。この曲がキッカケにダンスの世界に入った人も少なくないほどだ。日本で最初にヒップホップがキチンと受け止められたのはダンス分野だったのね。
●とはいえこのアルバムの内容は、厳密なヒップホップではない…ダンスは踊れても、音楽様式のヒップホップというにはチト早い…ディスコの影響が濃過ぎる。エレクトロディスコだねOLLIE & JERRY というロスの R&B デュオと、60年代から活動しているファンクバンド BAR-KEYS がリードトラックを担当している。CHAKA KHAN も参加してるよ。

●ただし、この映画はロサンゼルスのダンス/ヒップホップシーンを取材したドイツのドキュメンタリーから着想を得ているという。そう言う意味では、DR. DRE たちがエレクトロでラップしていたシーンと、実は地続きで繋がっている。80年代前半の、カタチになりきらないシーンの躍動がココには詰まっているのだ。
●そうそう、ロスのシーンには先駆者 ICE-T がいた。彼はこの映画の中でラッパーとして出演し、サントラの中でも1曲をエレクトロトラックの上で見事なラップを披露している。ロスの荒っぽいエリアに育った彼は、ギャングとつるんだりクサ売ったり車上荒らしをして過ごしてたが、それでは妻と娘を養えないと陸軍に入隊、そこでの生活でヒップホップに出会ったとな。実際に音楽活動を本格化させたのは1982年。そんでこのサントラには「RECKLESS」という曲が収録されてる。まさしくエレクトロな高速打ち込みリズムとサワガしいスクラッチ、そして小気味イイラップ。



●動画。
●THE WORLD CLASS WRECKIN' CRU「SURGERY」
●当時の映像ってこれくらいしか見つからない…DRE が誰だがワカラン、え?この金色のラッパー?後から前に出てくる赤服のDJ?




●OLLIE & JERRY「BREAKIN'... THERE'S NO STEPPIN' US」
●音楽は完全にディスコだけど、ダンスはスゴいでしょ。コレを生まれて初めて見た時の衝撃って…スゴかったよ。