夏休みに、島根・出雲大社を訪れて。
●ホントにオモシロかったのは出雲大社そのものではなくって。
出雲大社のとなりにある、島根県立古代出雲歴史博物館だったのです。

●大社の中をアレコレ見学して、お参りして。
●歩き疲れた後に、休憩のツモリで入ったこの博物館のミュージアムカフェ。
ここで爆笑のメニューを発見。

古墳ゼリー1

「古墳ゼリー」
●なんじゃこりゃ!出雲大社と前方後円墳は直接関係ないでしょ!
●と思ったボクは、即座にカフェのお姉さんに突っ込んじゃった。出雲には古墳文化ってあったんですか?ことこんな前方後円墳なんて?そしたら、カフェのお姉さん「古墳がないわけではないんですよ、前方後円墳だけではなくてイロイロなカタチの古墳があります」あらら、カフェのお姉さんもキチンと古代史に詳しい。しかもこのメニューはこの時期に開かれていた企画展「倭の五王と出雲の豪族 - ヤマト王権を支えた出雲の豪族たち」の限定品で、倭の五王の一人と言われてる仁徳天皇陵などなどにインスパイアされてるので、出雲の古墳とは確かにチガウ。しかし出雲の古墳は方墳(正方形タイプ)にユニークな特徴があったりするのが特徴的で、前方後方墳も目立つという。シッカリとお答えいただいた。
●で、さっそくこの正式名称「倭の五王の夏SWEETS 抹茶が香る古墳ゼリー」、注文しましたよ。
●そしたら。

古墳ゼリー2

古墳の中には、グミベアちゃん一匹が埋まってた。爆笑!
●この博物館センスいいわ!

古墳ゼリー3

●おまけに、一緒に前方後円墳カプチーノも注文しちゃったよ。そしたら勾玉クッキーが付いてきて、ナイス過ぎる。


●この「島根県立古代出雲歴史博物館」(略して「れきはく」っていうっぽい)は、こうした弥生時代から出雲大社と数々の神話、その後の中世史などなども網羅した博物館。ボクはめいっぱい楽しんだ。その展示品の1つ1つは、マニアックといえばかなりマニアックなのだけど、その展示の価値をキチンと楽しく伝えようとする博物館の内側の人の異常なまでの熱意を、みっちり感じることができるのだ。ボクはむしろその中の人のテンションに敬意を感じてしまって、終始楽しく展示を見させてもらった。

島根県立古代出雲歴史博物館1

●例えば、この博物館には「銅鐸」がたくさん展示されてる。
銅鐸って言われてもね…それがたくさんあることはスゴいコトかもしれないけど、素人には全部一緒に見えて区別付かないよね。でもね、この博物館は銅鐸の1つ1つに心を込めた解説キャプションをつけて、個性を添えてあげている。「兄弟銅鐸:同じ鋳型で作られた複数の銅鐸を、兄弟銅鐸といいます。この4つの銅鐸は石の鋳型で制作されたものと考えられ、制作を重ねる度に鋳型のひびが大きくなることから、作られた順番が分かります」とか。ほんの1センチほどの小さい傷みたいなマークに注目して「鈕に刻まれた×印」「鈕に鋳出されたウミガメ」とかとかワザワザキャプションをつけてます。これが東京国立博物館なら「銅鐸 島根県出土 弥生時代中期」でオシマイだよ。銅鐸だけじゃない、展示品1つ1つにその価値を広く多くにわかりやすく伝えたいという博物館の気迫が感じられるのだ。ボク、そんな姿勢が大好きだよ!

島根県立古代出雲歴史博物館2

●この博物館の最大の見せ場でもある、「荒神谷遺跡」から出土した358本の銅剣の一斉展示。スペシャル!あ、この博物館、こうした常設展示は全部撮影OKってのもスゴいね。

●弥生時代の青銅器文化ってのは、銅剣銅鐸が大事な宝物ってのは学校でも習う有名なコトだと思う。けど、実は出雲がこの青銅器文化でユニークな立ち位置にあるのはそんなに知られてない気がする。銅鐸は畿内から出雲にかけて出土する。銅剣は九州から出雲にかけて出土する。銅鐸と銅剣が一緒に出土するのは実は出雲だけなのだ。
「荒神谷遺跡」から出土した銅剣358本は、1984年の発見当時はマジでディープインパクトだったらしい。当時日本全国全てを合算してもで300本程度しか発掘されてなかった銅剣が、それ以上の数で一カ所から出てきたのだから。おまけに銅鐸6個、銅矛16本まで出て来た。銅鐸&銅矛が一緒に出土した例はココしかない。銅剣はその形状から現地・出雲で作られたよう。この発見で、九州文化圏と畿内文化圏の、なんとなくの中間地点という認識だった出雲エリアの重要度は急上昇、弥生時代の文化的ハブセンターだったと認識されるようになったという。
●おまけに、当時の青銅器の原料は貴重品で、全て朝鮮半島経由の輸入品だったという!島根県〜出雲地方は鉄に関しては豊富な地下資源があったし、勾玉を作るメノウも恵まれていたけど、青銅器原料は輸入…。日本海経由で直交渉があったのか、九州経由で供給されてたのか。日本海をまたいだ半島〜山陰のダイナミックな交流が2000年前にあったと思うとワクワクする。「日本」という民族国家の概念もない時代、海の向こうから先端技術を持った移住者が新天地を探してどんどん渡来してきて、この島国の人々とゆっくり混じり合っていく。


●もう一つ不思議なコトが。この大量の銅剣・銅鐸・銅矛は、古墳とか墓所のような場所から発掘された訳ではない。フツウに山の中に埋められていたのだ。こと山陰地方では、他の地域に先行して青銅器が姿を消していく。弥生人たちはナゼ青銅器を埋めてしまったのか?単純に捨ててしまったワケではないことはその丁寧な埋め方からは想像が付く。しかしその理由はまだよく分かっていないという。…そんで同じ青銅器でも、銅鏡だけはカテゴリーが違う。銅鏡は時代が下がって古墳時代から登場してくるアイテムで、畿内の大和王権から地方の有力者に与えられるという性質を持っていたらしい。

●というわけで、ボクがナゼか弥生時代の青銅器に異常にハマって展示にカジリツイてしまった結果、ワイフはじめ家族は大幅にドン引き、博物館のロビーでくたびれ果ててました。この文章を読んでる人もそう思うでしょ。
でもソコに懲りず、加えて、出雲大社の古代ロマンにも言及してしまいます。


古代の超高層建築、出雲大社。高さは48メートル!

出雲大社復元図

実は古代の出雲大社本殿、平安〜鎌倉時代あたりまでは、ごらんのとおりの超高層建築だったらしい。
●そもそもでいうと、出雲大社がいつどのように作られたのかは、実はよくわかってません。奈良時代の記録には残っているのでそこらへんには既にあったらしい。「古事記」によれば、大国主命(オオクニヌシ)「国譲り」神話にルーツがあるとなってます…スサノオ系列のカミサマ、オオクニヌシが自分たちが暮らす出雲地域を、アマテラス系列の高天原勢力のカミサマに譲り渡すエピソード…これをキッカケにオオクニヌシは幽冥の世界に移ります。そのオオクニヌシを祀るために作られたのが出雲大社で、その創立から祭祀を務める出雲国造一族は、アマテラスの第二皇子天穂日命(アメノホヒ)が始祖ってことになってます。最近、高円宮典子さまと婚約した千家国麿さんはこの出雲国造一族のど真ん中。第84代出雲国造を担っている父親の跡をいずれ継ぐ人物。86代前のおばあちゃんがアマテラスってどんな気分だろう?

ああ、超高層建築って話だったね…。
●平安時代の記録によると、「雲太、和二、京三」という言葉があったそうな。出雲大社が長男、大和=奈良の東大寺大仏殿が二男、京都の平安京太極殿が三男。東大寺も太極殿も当時の大型建築だったのですが、出雲大社はそれよりもデカイと。当時の東大寺が45メートルだとされてますのでソレよりもデカイ。別の伝承では48メートルと言われてます。あんまり高すぎるので、平安時代の記録じゃかなりの頻度で立て直されてるとか。つまり、しょっちゅうブッ倒れてたらしい。この博物館にはその48メートルという説に乗っかった復元模型1/10スケールを展示してます。バブル期1989年頃のゼネコンが作ったというその模型は、模型といえど4.8メートルの高さ、伸びる階段の長さもハンパじゃありません。ビビるほどの迫力。
●ただし、この48メートル説は半ば伝説じゃねえのか?、的な見方も強かったのです。複数の研究者が考えた再現模型は他にも5つあって、高さや形状に様々な解釈を加えています。しかし、2001年、この巨大建築伝説に具体的な証拠が出てきました。この高層建築を支えていたという伝承通りの太さ3メートルの柱が3本発掘されたのです。正確には1.3メートルの太い柱を三本束ねたもの。発見時の写真がネットに出てますが、まじデカイです。放射性炭素同位体測定によると鎌倉時代の1248年に造営されたものらしい。古文書に残る建築図面と柱の間隔が符合することもわかってます。

chuoutenji.jpg

●この柱の出土した場所は、現在の大社本殿の前、ちょうどお賽銭を投げてお参りするトコロにあります。巨大しめ縄のある拝殿と本殿の間。その地面に三本の柱を束ねたマークが描かれてます。油断すると見落としますけど。あ、ちなみに、出雲大社は、フツウの神社の「二拝、二拍、一拝」と違って「二拝、四拍、一拝」なのです。四回、ぱんぱんぱんぱん。慣れないと違和感タップリ。だけど年配の地元系おばあちゃんがスマートかつリズミカルに手を打つ様子がクールでした。

●室町〜中世に入ると、政情不安定で古代のような巨大建築は作るコトができなくなります。他の本を読んで勉強しましたが、応仁の乱以降の中国地方はだいぶ混乱してた模様。江戸時代に幕府の巨額支援で現在のレイアウトに近いモノが再建され、それが今でも踏襲されてるとか。巨大建築を強調してると今の本殿がしょぼいように聞こえますが、今だって高さ24メートルと神社にしてはだいぶデカイ建物になってます。ご安心を。

●今日書いたお話は、ミュージアムショップで買った「島根県立古代出雲歴史博物館 展示ガイド」と、出雲大社宝物殿で買った「出雲大社由緒略記」、それと博物館の解説ボランティアのおじさんから聞いたお話でまとめました。

「島根県立古代出雲歴史博物館 展示ガイド」

(なんかAmazonに扱いがあるっぽいな…マーケットプレイスか…。)



●音楽。

青葉市子「0」
青葉市子「0」2013年
●最近はプロジェクト立ち上げで、マジで神経がササクレまくってます。サブリーダーとして実務をいっぱい背負い込んでる…この手のヤツって旗振りリーダーは往々にして旗振りだけで、モロモロの物理を着地させる実務家が一番タフな目に遭うのよね…ま、グチはともかく。しかし、こちとら傷みモノのポンコツだから、キャパ限界越えて死ぬ訳にもいかない。ですので、最近は会議脱走とかしてます。背負えない部分は背負えません。つか、なるようになれ的な。ちょっとヤケクソ。メールもフェイスブックメッセも見ないぞ。休日は寝込んでたからな。理不尽/ムチャブリと知ってても仕事振り分けるトコはバラバラと振り分けますよ。
●という開きなおりの境地に差し掛かるまでは、我慢と不安は音楽で緩和する他なかった。その時に高機能だったのが、クラシックギターの端正な演奏とウィスパーボーカルが透き通るように美しいシンガーソングライター・青葉市子さんの音楽。ギター1本の弾き語りと謎めいた言葉選びには、ほんのりとボサノヴァの奥ゆかしさを嗅ぎ取ってしまったり。

●正直、この女性がどんな人だか全然知識がない。ただ、その歌詞の特殊な浮遊感は、仕事のプレッシャーで地球の重力すらがシンドイボクには、浮世の荷重を一瞬忘れさせてくれる不思議さがあって、何回もプレイしてしまった。特に「機械仕掛乃宇宙」という曲が好きだ。「それは…メリクリウス ウェヌス マルス ジュピテル サートゥルヌス ウラヌス ネプトゥヌス…」惑星の名前をラテン語で何回も列挙する様子が、凍てついた宇宙に響く呪文のようでボクの脳ミソをクールダウンさせてくれる。

●クレジットを冷静に見てみると、レコーディング&ミックスが ZAK氏、マスタリングがオノセイゲン氏。ああ、この丁寧な音響はこの匠の技でございましたか。テッパンだ。「いりぐちでぐち」という曲は大分県のトンネルの中を歩きながらの即興演奏&フィールドレコーディングだそうで。録音に神が降りる。



●動画。「機械仕掛乃宇宙」。




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かつて一緒に仕事した後輩2人が、転職して名古屋に行くという。
●だから、ささやかな送別会を新橋の沖縄料理屋で催した。
●彼ら二人はボクとの仕事を通じて出会い、そしてその後、結婚した。その時は嬉しかったね。
●初めて彼らに会ったのは、彼らが社会に出た瞬間の時で、まるで子どものようだった。ボクも当時は30歳を過ぎたばかり。今は彼らがその頃のボクと同じ年齢になってる。ガンバリ屋さんの女の子と、実直で思いやり深い男。久しぶりに会って、しっかりした大人になってて、なんだか嬉しかったな。

名古屋に遊びに行きたくなる。思えば名古屋に暮らす妹夫婦の家も、実は一回も訪ねたことがないな。名古屋のレコード屋も久しぶりに巡ってみたいし。


アイスバナナかじってる。
●今年のイグノーベル賞、日本人研究者の人が「バナナの皮はやっぱりスベル」って研究で受賞したみたいね。実は長男ノマドも夏休みの自由研究で「バナナの皮がスベル」をレポートしてたのよ。キッカケはマリオカードのバナナ攻撃だったみたいだけどね。バネバカリと滑車で、アスファルトやコンクリートなど地面の違いで摩擦力の違いを計測するアプローチ。マンホールの上でバナナの皮をずるずる引っ張る様子はだいぶ変人っぽかった。ボクがいま食ってるバナナはその実験材料の一部。意外とホットティーと相性がイイ。

●そんなノマドが「ボカロで音楽作りたいからPCが欲しい」と言い出した。
●さあ、どうしようかな。



ボクは、70年代フォークに浸ってる。

AMERICA「AMERICAS GREATEST HITS - HISTORY」

AMERICA「AMERICA'S GREATEST HITS - HISTORY」1971〜1975年
●今日も日曜日というのに休日出勤で、難航するプロジェクトの立上げプレッシャーにヘコヘコしてた一日だった…で、深入りを避けて夕方に帰宅、圧倒的な睡魔に襲われて夜まで爆睡。で、何の気なしに iTune で音楽を鳴らしたら、コイツが再生されて。それが、少々疲れてるボクの神経にコトノホカフィットした。
「A HORSE WITH NO NAME」という地味なフォークソングを1972年に当てた一発屋。ボク個人としては、高校生の頃に聴いてたヒット曲オムニバスにひっそり収録されてて耳馴染みはちょっとある程度。どちらかというと、バンド名が AMERICA という直球すぎるスタンスにインパクトがあって。日本のバンドで「日本」って名乗るヤツいるかな?でも熱狂的愛国者とかそういう文脈はこの地味なフォークトリオには全くない様子。
●気まぐれでワリと最近買った彼らのベスト盤は、通して聴くと地味ながら繊細で優しいハーモニーと奥ゆかしいアコースティックアレンジがしんみりと秋の夜に優しい。同時代でいえば CROSBY, STILLS & NASH とかのフォークロックに近いと当時は評価されてたみたい。でも実は STEPHEN STELLS は独自のアーシーなファンクネスを備えていたりとハラにイチモツ隠し持つタイプなので、こちらの AMERICA の方がずっと素直でシンプルだ。今はそのシンプルさが救いになる。生活や仕事がコンガラガルと、シンプルな音楽の方がシックリくるんだ。

●このトリオ、マチガイなくアメリカ人なんだけど、実は思春期をイギリスで過ごしてる。親の仕事が駐英米軍関係で、ロンドンで出会いバンドを組んだとな。活動もロンドンで開始。イギリス人の中にいたからこそ、アメリカ人であるアイデンティティを打ち出したかったから、バンド名を AMERICA にしたんだろう。イギリスとアメリカ、おなじ英語圏でありながら異質の文化を持つ2つの国の間で、その微妙なギャップを美味く折衷したサウンドは、地味なようで実はユニークなのかもしれない。独特の湿り気は英国気分で、それでいてアメリカらしく軽く乾いたさすらいの気分も漂っている。
「A HORSE WITH NO NAME」/邦題「名前のない馬」は、現代社会を離れ大自然を諦観を以て眺める様子が美しい。どこか下火になろうとしてたヒッピー革命の黄昏を優しく歌うトーンが広く世間に受けたのかも。ヨーロッパのヒッピー先進国だったオランダで最初にヒット。逆流するカタチでイギリスでもチャート急上昇、そんで全米チャート一位まで駆け上る。そこで初めてバンドはアメリカに渡る。完全に逆輸入だわ。

「VENTURA HIGHWAY」は彼らが西海岸に移住してからの曲。ロスの北側を走るこの道をドライブしたらどれだけ気持ちイイだろう。1974年以降、彼らは THE BEATLES との仕事も有名な GEORGE MARTIN をプロデューサーに招き、80年代まで一緒に仕事する。それでもどこか世間から離れてしまいそうな儚さは付きまとう。生活や仕事が厳しい時、気持ちだけでもフワリと世間から離れてみる。そこでもう一度、自分の位置をキチンと見定める。それが大事。優しい歌を聴きながら、そんなことを考える。


●動画。
●「A HORSE WITH NO NAME/名前のない馬」




 旅のはじめのころは、生命のすべてを眺めてたんだ。
 草木や鳥たち、岩山、砂、丘。そして全てがつながっていた。
 最初に出会ったのはブンブン飛ぶハエだったな。そして雲一つない空。
 気温は高くて大地は乾いてた。でも空は音楽で満ちていた。

 名前のない馬にのって、砂漠を越えて行く。雨がふらないのは気持ちがいい。
 砂漠では、自分の名前を覚えておくとイイ。
 ここにはキミに苦しみを課すものなどいないからね。
 
 二日経って、砂漠の太陽でボクの肌は赤く灼けてきた。
 三日経っても、砂漠は楽しかったが、ボクは川底の跡を見つけたんだ。
 豊かに溢れる川の話を聞いていたのに、それが死んでいたのを知って、
 ボクはとても悲しくなった。

 九日経って、ボクは馬を放してやった。
 砂漠は、いつしか海に変わっていたから。
 草木や鳥たち、岩山、砂、丘。そして全てがつながっていた。
 海は砂漠のようなものだ。その水面下に生命を湛えている。
 その表面だけではまったくわからないようにしてね。
 都市の下にも、大地に作られた魂が横たわっている。
 でも人々はそれに愛を与えたりはしないんだ。


二階堂和美「歌のパレード〜いつもまにやら15年〜」@東京グローブ座

二階堂和美

●先週の月曜日の祝日。あまりに疲れた神経と脳ミソに癒しと滋養を与えるために、この歌うたいのお姉さんのライブに行きました…。すごかった…パワフル過ぎて結果的にちょっと疲れちゃったくらい。
二階堂和美さんといえば、ジブリの近作「かぐや姫の物語」で主題歌を務めたのが一番の話題だったでしょうか。広島を拠点に実家のお寺も切り盛りしながらの活動などなども注目。

●その圧倒的な歌唱力と個性的なパフォーマンスはウワサに違わずスゴいモノだった。冒頭のご挨拶でイキナリ笠置シヅ子「東京ブギウギ」をアカペラで披露。この人のカバーは、やや本家のモノマネまで入るのでスゴい。その後に登場するバンドはアルバム「にじみ」の頃からのメンバーが主軸?ドラムとしてグルーヴの中核を担っていたのは ASA-CHANG。そんな強力なバンドを従えて、ヤリ過ぎ感バリバリのはしゃぎっぷり踊りっぷりを交えてPA要らないんじゃないかって声量で歌いまくります。この人、歌の神様に愛されてその歌唱の才能を授かっている。ユーモアタップリのMCが元気で楽しいオバちゃんオーラ(年齢はボクとほぼ同じで40歳ね)をぷんぷんに出しているのに、いざ歌を歌えばその豊かな喜怒哀楽が神がかったような説得力を持つ。お祭り騒ぎのニギヤカな曲で大暴れしたかと思えば、シットリとした曲が始まれば泣く子も黙るほどの緊張感を感じさせる。ボクの先輩は彼女をシャーマンと形容するけど、彼女は神様のために歌を歌うわけじゃない。ぼくら人間のために歌を歌い、ぼくらの生活を歌として歌う。その意味では、お盆の村祭りのような、聖俗の入り交じった生命力が人間のカタチになったような人だと思う。東京グローブ座=劇場ということで椅子席の落ち着いた環境で聴いたというのにクタクタになってしまったのは、アンコール二回含む3時間15分にも及んだ予想外のロングセットだったから。なのに彼女、ニコニコしながら「私まだまだ全然イケルのよね〜」なんて言ってのける。フリースタイルのMCをたった一人でスキマなくしゃべり続けて、歌も歌って、それでもまだまだって余裕。ビックリしたなあ。
「かぐや姫」主題歌の「いのちの記憶」や、アルバム「にじむ」からの数々のナンバー、バンド以前のギター弾き語り楽曲、美空ひばり「愛燦々」EDITH PIAF「愛の讃歌」などのカバー(ややモノマネ)などなど見どころがイッパイあったが、特にトリハダものだったのは李香蘭「蘇州夜曲」カバー。前日のライブで客席から上がったリクエストがこの曲でその場の即興で歌ったのだが、その後で李香蘭 A.K.A. 山口淑子さんがこの日に94歳で亡くなったコトをネットで知ったという。満州事変〜日中戦争の時代、日本人でありながら中国人として女優/歌手活動を行って両国の間で大きな人気を集めた女性。大局的に言えば日中融和のプロパガンダ装置として日本/満州国の国策として作られた偶像だったかもしれないが、結果的には多くの名曲を後世に残した。「李香蘭さんがまだ存命だったことも知りませんでした。偉大なシンガーと同じ時代を生きさせてもらったことに感謝を込めて、今日も蘇州夜曲を歌わせてもらいます」ここで披露した歌唱は、即興ではなく完璧にアレンジされたバージョンで、まさしくトリハダものの内容でした。
二階堂和美さん。2010年代を生きる、モダンでオルタナティブなシンガーソングライターでありながら、その遺伝子は真っ当なほどに戦前戦中も含めた20世紀の日本音楽の遺産を受け継いでいる。本当に不思議な存在だ。

●あ、ライブ終演後の会場廊下で高畑勲監督を見かけたよ。意外なほど身長の高い人だった…。


二階堂和美WITH大竹市民吹奏楽クラブ

二階堂和美 WITH 大竹市民吹奏楽クラブ「大竹で生きている」
今回のライブはCDシングル1枚のオマケ付き。二階堂和美さんの暮らす土地、広島県大竹市が市制60周年記念を迎えるというコトで、市のイメージソングを作って欲しいとのオファーがあったという。実はお姉さんが市役所にお勤めとのことで。「あなた、一度受けたら断れなくなるからね」なんて言われてたら市役所から3人男の人がやってきて。せっかくだから地元の人と一緒に作りたいと、ややこしい仕事を自分から一層めんどくさくして(本人談)、市民吹奏楽クラブの人達と小学校の音楽室でリハ/レコーディングを重ねたり。ホントは施設利用は夜10時までなのにクラブのメンバーが「教育長が知合いだから相談するわ」と夜11時まで延長してくれたり。二階堂さん「市民スゲエ」。コーラスはひかり児童クラブの子どもたちですって。
●陽気なブラスバンドに可愛らしい二階堂さんの声。「別に大竹の名物とかは全然歌ってませんから、地名を置き換えたらどこの土地でも使えますよ、著作権もフリーだし」なんてMCで説明。シンプルだけど、無垢でやさしい歌詞。こういう街で暮らしたい。
●ちなみに、ボクはこの大竹市ってトコロの知識はゼロで。検索してみたら、広島県と山口県の県境の街でお隣は山口県の基地の街、岩国市広島市から見ると宮島を通り越してもう一つ向こう側。



広島のステキなCDショップがなくなってしまいました。
「FRIPP MUSIC」というお店。今年8月に閉店。このお店がタタマレていく様子は現場から遠い東京のボクにもソーシャル経由で伝わっていて。なんだかとても悲しかった。
●このお店のコトは以下の記事で取り上げました。広島旅行で偶然見つけたお店。でもそこでご主人と語り込んでオモシロい音楽を教えてもらったこと。そしてその後このお店が始めた TWITTER 経由の宅配レンタルサービスを利用したこと。などなど。この記事の後でも、宅配レンタルは利用させてもらった。そして、その度に注文以外のおススメの1枚をオマケとして送ってくれるのもスゴく嬉しかった。

◯2012.09.02「夏休みの広島ツアーで、レコードショップ巡り三昧。いや楽しかったですよ全11店舗。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1406.html

◯2014.01.03「広島のユニークなレンタルCDショップ FRIPP MUSIC の「宅配レンタル」。そしてシカゴのゲットーミュージック、ジューク/フットワークとは?」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-1594.html

●この一件で、今の日本、そして地方都市で、音楽の仕事を続けることの難しさを感じてしまった。
●その一方で、このご主人は地元でイベントのオーガナイズを続けるなど、粘り強い活動を行っている。好きな音楽を盛り上げていきたいという情熱は枯れることがない。そんな心意気に大変な敬意を感じる。

●そして、このお店が大事だと思っていた人達が大勢いたこともわかった。

「僕たちの大好きなお店」

VARIOUS ARTISTS「僕たちの大好きなお店 THANK YOU ! FRIPP MUSIC」2014年
「FRIPP MUSIC」は一義的にはCDレンタルショップなので、販売はメインの稼業ではないのでした。ただし、一部で展開していた販売コーナーでは、アンダーグラウンドやネクストカミングなアーティストがイッパイ取り扱われていて。イベントのオーガナイズを通じて、そんなバンドやアーティストが広島に来て活動できる素地も作っていた。そんな縁で繋がったアーティストたちが、なくなってしまう「FRIPP MUSIC」へのトリビュート盤を作ってしまったのだ。およよよ。イイ話だ。しかもコレが広島ローカルの出来事で終わってしまうわけでもない。ボクはこのCDを下北沢ディスクユニオンでゲットしたし、江古田の COCONUTS DISC や京都の名店 JET SET RECORDS でも取り扱われてたみたい。リリースの主体になったレーベル BAKERU RECORDS は札幌が拠点だったはず。
●参加アーティストは、BAKERU から音楽を発信しているカワイイ女子声バンド、ナンセンスラブレター。女子バンドと見せかけての野郎声ガレージバンド、ガール椿。遅れてきた渋谷系ギターポップ、OK?NO!。広島出身のジャズシンガー川本睦子さんはアブストラクトなトラックを提供。まやかしプラスチックは男女2人のトイポップで、FRIPP MUSIC がレーベル機能を担って音源をリリースした経緯がある。ガレージフォークな面々、笹口騒音ハーモニカ、世田谷ピンポンズ、マドナシ FROM キツネの嫁入り、久保モリソン。透明感ある女子フォークは、オカダノリコ、金子麻友美、柴田聡子。アコーディオン&歌唱のゴトウイズミさんは広島のサブカル拠点・ヲルガン座/ふらんす座/廃墟ギャラリーの女主人らしい。DJまほうつかいは、マンガ家・西島大介さんの音楽ユニット。彼は広島在住だってことはココで知った。
音楽産業が傾いているとしても、音楽の需要はなくならないし、音楽を愛する人はいなくならない。音楽を聴かせたい人もいなくならない。そう信じて、今日もボクは音楽を聴く。


●動画。

●二階堂和美さんの「大竹で行きている」メイキング動画。
●大竹市のFACEBOOK公式アカウントが発信している。ホントにお寺で音楽制作しててオモロい。





●「蝉にたくして」。
●広島にとって、日本にとって、8月は重い意味を持つ季節だ。






ボクは90年代の学生時代から Apple や Macintosh のファンだけど。
●昨今の新製品発表とか、iPhone 6 とか plus とか、Apple Watch とかには、あまり興味が持てなくて。
●予約したとか、キャリアはドコが得とか、SIMフリーがどーだかって facebook がワサワサしてるのは全部スルーしてる。

むしろガッカリしたのは、ネットのニュースで見つけた記事。

「さよなら、iPod classic」CNN.co.jp 9月11日(木)12時0分配信

(CNN)9日に発表された米アップルの新しい腕時計型端末「アップルウォッチ」に世界が沸く陰で、同社の象徴的な製品がひっそりと姿を消した。
 初代音楽プレーヤー「iPod」の姿を受け継いで、がっしりした大きな形状を保ってきた「iPod classic」は9日、同社の製品ラインアップから外された。
 既に兆候はあった。アップルは2009年で classic の更新を打ち切り、iPod に特化したイベントでさえ言及しなくなっていた。
 それでもまだ愛着を感じるファンはいる。確かに classic には iPod touch のようなタッチスクリーンもないし、大きさは nano や shuffle に比べると巨大だ。しかし容量は160ギガバイトもあって、アップルによれば4万曲の楽曲が保存できる。
 ソーシャルメディアには classic を「いい仲間」「旧友」と呼んで別れを告げる投稿が寄せられ、初代モデルを思い出させる唯一の iPod がなくなるという感傷にひたるファンも。4万曲の保存ができる実用的な製品がなくなることを惜しむ声もあった。

え!iPod classic なくなっちゃうの?!
ボク、今でもバリバリに愛用しているのに!120GBに10000曲以上を詰め込んで持ち歩いているよ。今の愛用 iPod くんは第五世代で2005年からの付合い。もう少しで十年使ったことになる。
●そもそもで、ボク、一番最初の iPod(2001年モデル)もまだ持ってるよ。さすがに持ち歩いて音楽を聞く訳には行かないけど、外付けハードディスクの一つとして、一応自宅マックにくっつけてる。
なんかショックだな。古くからの友達が突然いなくなったようだ。

●まー事情は分かりますよ。
1万〜2万曲も音楽を詰めて持ち歩くヤツなんて奇人変人だし、iPhone 6 の上位機種は128GBの大容量だから、一応スマホだけでもその奇人変人ニーズには応えることが出来る。おまけに Spotify などなどサブスクリプション型のストリーミング音楽視聴サービスが伸張してるところを見ると、ネットに繋がらないでスタンドアロンのまま巨大ストレージに音楽貯め込むスタイルが完全に時代遅れになったんだってことも理解できる。音楽の聴き方が変わってるのさ。音楽の聴き方が問われてるのさ。初めて iPod が登場した瞬間、ポータブルCDプレイヤーを滅ぼしてしまったインパクトと、同じかそれ以上の革新タイミングなんだ。
●でもさ。

ボクは同じモノを長く大切に使いたいんだ。
ポンポン買い換えるのは好きじゃないんだ。
ジーンズやスニーカー、シャツやジャケットだって、普通に10年くらい着るんだ。
なんだか、売り手の事情で買換えを強いられるのは納得がいかないんだ。

ipod1.gif(初代 iPod。2001年。液晶がモノクロ。)

●で、今日なんとなく、渋谷・ヤマダ電機で iPod classic の売れ残り具合をチェック。
「えーと、もう販売停止になったので在庫があるかどうか…あ、二台だけ開封品が残ってるそうです」開封品ってどういう意味ですか?中古って意味?「いや、店頭展示に使っていたモノでして、別のお客様に売ったモノではありません。コレでしたら定価から10%引かせてもらいます。ポイントも13%つきます」あーそうですか…一応現物を見せてもらえます?「こちらです…2009年のモデルですので、結構古いというか、少なくとも二三年は店頭に置きっ放しになってたものです。だから操作ホイールの部分がちょっと日焼けして黄ばんでますね」このお店で展示に使ってたのですか?「いや、別の店舗から回ってきたモノです。そこではもうサッパリ売れないということで、コチラに渡されたというか」
●なんか、この売れ残り iPod がカワイソウになってきちゃったなあ。店頭で何年もの間、誰かに買われるコトを待ってたのに、今や時代遅れで仲間たち全員がお蔵入りにされちゃった。黄ばんだ色さえが愛おしく思えてきちゃった。22000円か…安くないけどな…えーい!これクダサイ!買います!

IMG_0022.jpg

ということで iPod classic 衝動買い。
シルバーのやつが160GBの2009年モデルね。今回買った奴。ブラックが今までの愛用品2005年モデル120GB。今新入りくんに16000曲をシンクロさせてます。2005年モデルくんは、息子ノマドにあげることにした。ノマド iPod いる?って突然言ったらビビってたけど。「マジ!誕生日プレゼントとオトシダマをくっつけて買おうと思ってたんだけど…」いらねえの?「いるいる!」ヘッドホンは自分で好きなのを選んで買えよ。メカクシデイズのキャラが使ってるようなヘッドホンがいいんだろ?
●世間が必死に iPhone 6 の予約で騒いでるのに、滅びる商品を駆け込みで買っちゃうとは。バカだなあ。



U2「SONGS IN INNOCENCE」

U2「SONGS OF INNOCENCE」2014年
●さて、今年の Apple の発表会ではもう一つの話題が。U2のニューアルバムが iTune Music Store で1ヶ月限定5億人限定でフリーダウンロードできるとな。なんと豪気な!5億人って地球の人口の12分の1くらい?とにかくニュース見て、速攻で iTune 立ち上げて DL しましたわ。わーい U2 ゲットだよ!で、最近クソ忙しくてテンションが萎えそうになってるボクのメンタルをアゲるために通勤電車の中で早速耳にブチ込んだわけです iPod classic でね。
そしたら、テンションもメンタルもアガらなかった…。あれ? U2、不発?あれれ?
●…冷静に考えると、U2 の新譜に期待を感じなくなってからだいぶ時間が経ってるのよね。ボクにとって U2 がバリバリにホットだったのは「THE UNFORGETTABLE FIRE」1984年から「POP」1997年までだった。2000年「ALL THAT YOU CAN'T LEAVE BEHIND」でギリギリだわ…80年代の王道ロックから転向し90年代のダンスビート導入実験への混乱ぶりがスリルだったけど、00年代に入ったら保守路線にバックエンドしてしまった。「HOW TO DISMANTLE AN ATMIC BOMB」2004年では、シングル「VERTIGO」がズバリ Apple iPod のCMソングに使われてたのでカッチリ買ったけど、ハッキリ言ってその「VERTIGO」しか聴いてない。その後の「NO LINE ON THE HORIZON」2009年も買ったけど内容はサッパリ覚えてない。
●うわー、せっかくの U2 なのに残念だなー。リフがカッコよかったり、BONO がセクシーだったりと、悪くない感じの曲もあるはあるから、別に聴いてて損な感じはしないのよ。特に「CALIFORNIA (THERE IS NO END TO LOVE)」とか好きなのよ。でもさ U2 ってボクの中であまりに偉大だったのよ。こんなもんじゃダメなのよ、フツウの仕上がりじゃダメなのよ。もっとさ、ガツーンとアゲてくれないと。もっとさ、勇気づけてくれないと。困難に立ち向かう根性を奮い立たせてくれないと。ヘタレでも前向いて歩けるようにしてくれないと。声張ってモノ言えるようにしてくれないと。優れた音楽はそんな力が備わっていて、ボクはそれを信じているから毎日音楽を聴いている。そして U2 はそういう音楽を作れるバンドなはずなのよ。
●とはいえ、あと20回くらい聴いたら大好きになってるかも。まだDLして一週間経ってないもんね。


ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブス」2巻

ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブス」2巻
「テルマエ・ロマエ」ヤマザキさんが、あの Apple 創業者 STEVE JOBS の伝記をマンガ化、ソイツの第二巻。最初はシンパシーゼロだった故にコミカライズの提案を保留したヤマザキさん。しかし「やるしかないだろ!」と周囲の薦めもあって伝記を読み、その偏屈さを飲み込んで「ああ、こういう人なら描けるわ、変人なら描けます」とこのお仕事を受けた、と1巻のあとがきに書いてありました。
●そういう意味で、手加減なくこの STEVE JOBS のヒトデナシっぷりを描きまくってて楽しい。22〜23歳くらいだってのに、常に誰に対しても上から目線。LSDやマリファナなどにもハマってます。偏屈なベジタリアンで、インドにハマってスピリチュアル放浪したり、日本仏教や禅にハマったり。さすが70年代カリフォルニア、60年代の濃厚なヒッピーカルチャーが、その後勃興するシリコンバレーのハイテク産業の自由な気風の前提に忍び込んでいたコトがハッキリ描かれているし、STEVE JOBS 自身がヒッピー由来の一種のアナーキズムにベッコリ影響されまくってるトコロもよく説明されている。そして伝説の名機 APPLE II が登場。まー同僚や友達にいて欲しくないタイプだけど。
●今現在の東京〜日本にある IT 系スタートアップベンチャー世界には、若き JOBS が活躍を始めた時のような気風があるのだろうか。LINE やサイバーエージェント、ドワンゴ、楽天、ガンホー。失われた10年とは言われながら、その荒野を彼らは目覚ましい勢いで走り抜けてきた。そして後続の世代が次から次へと登場してる。きっと後に重大な歴史的事件とされるような、小さな出会いや、小さなアイディアが、たった今小さな星粒のように起こっているに違いないと夢想する。

ヤマザキマリさんは古代ローマものとして「プリニウス」という作品も描いている。彼も変わり者みたいだね。実はとりみきさんとのコラボレーション。人物はヤマザキさんだけど、背景はとりみきさん。「テルマエ」と比較して全体のトーンが重厚になってる。これはこれで注目。




●雑感。
ヨガのセンセイがインドネシア人のヨガインストラクターの人と国際結婚しちゃった。今日ヨガ教室に行ったらフツウにダンナさんがいてビックリ。バリから移住してきたんだって。
●最近は、動画配信サービス「Hulu」に夢中。ケイト・ウィンスレット主演の映画「愛を読む人」を見た。「イングリッシュ・ペイシェント」も見た。学生時代に憧れていたフランスの女優ジュリエット・ビノシュが綺麗に年齢を重ねていた。連ドラでは「アンダー・ザ・ドーム」がいい。
●スマホゲームの「ガールフレンド(仮)」は辞めた。336日連続ログインしてたけど、仕事がキツ過ぎてもう続けてられない。あの奇妙な中毒性はなんだったのだろう。代わりに「CANDY CRUSH」を始めちゃったけど。
●ヤンマガの連載マンガ「彼岸島」はその支離滅裂ぶりがある意味注目のゾンビ系スプラッターアクションだったけど、最終回が拍子抜けするほどの呆気ない日本全土ゾンビ化バッドエンドで爆笑。そしたら、翌週からタイトルだけ微妙に変えてそのゾンビ化日本をフツウに孤立無援で主人公が戦い続けてるから、なおのこと笑った。




●動画。「VERTIGO」2004年。iPod がイケテた頃のCMソング。黒煙吐きまくりU2。




●まー忙しいです。ブログの更新も怠ってます。
●毎日に余裕が相変わらずナイねえ…。つーか、久々の超大型大ピンチ。
●しかも継続型。一発勝負じゃ終われない。なるべく長く続けたい…大変だけど。半年?一年?二年?


楽しかった夏休みの出雲〜鳥取旅行も遠い昔のようだよ…。





鳥取の古着屋さんで、いい言葉を聞いたんだ。

「命を削って作りましたから!」

●そんなCDを最近は聴いている。

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「TRUNK - NEW & USED CLOTHING STORE」
鳥取市今町1-112 日米ビル1F
●旅行の最終日、新幹線へと接続する特急電車を待つ時間、ボクは家族と別れて、一人で鳥取市街を最後に一巡りしてた。バスの乗り方もある程度分かったので、メインストリート「本通り」〜「若桜街道」を巡ったり、もうちょっとワキに入ったエリアも見てみたり。そんで鳥取駅前から伸びる大平線通りをテクテク歩いたトコロで見つけたのがこのセレクトショップ
●特に期待なくフラリ入ってみただけだったんだけど、広い店内はキレイに整頓されてて気持ちがいい。品のいい古着たちと新しいアイテムが丁寧に並べられてた。そこでかわいいシャツが割引セールされててイイ感じ。なーんて考えながら気になるそのシャツの肩幅や袖の長さをチェックしてたら、愛想のイイ声の大きな店員さんが即座に「今でしたら、さらに500円オマケしちゃいます!」と発言。セール品なのにさらに値引き?!あららテンポのイイ接客、一回試着して買うことにしちゃった。

そこで注目のCDを発見。
●お会計。レジカウンターで店員のお兄さんがシャツをたたんで袋に入れてくれるのを待っていると、カウンターのスミにCDが並んでいるのが目に入る。ん?これは何のCDですか?「それは鳥取でやっている地元のバンドのCDですよ」レーベルの名前は… CARNELIAN RECORDS。これも鳥取のインディレーベルですか?へー。

LONG TALL SALLY「BELIEVE」

LONG TALL SALLY「BELIEVE」2014年
「実はですね、このCD、オレのバンドなんですよ」あ!そうなんですか!お兄さんはナニやってるんですか?「ベースやってます。ジャケの右側に立ってるのがオレです」へー!どんな音楽なんですか?「人にはビートルズっぽいって言われるんですよねえ。あんまり意識してないんですけど」そういってお兄さん、マックの iTUNE で音源を鳴らしてくれた。ああ、確かにちょっとビンテージっぽい感じがする。でも THE BEATLES ってコトでもないな。バンドの名前が「のっぽのサリー」ってだけじゃないか。なんかもっと別の感覚。もっとちゃんと聴いてみたい。じゃあこのCDも買っちゃいます。「ありがとうございます!コレ、オレら命削って作りましたから!」
「オレら命削って作りましたから」……そんなセリフ、最近聞いたコトあったかな?音楽産業が廃れてきてロックバンドがカッコ悪くなってきた今の時代、ソーシャルメディアが発達して理屈っぽい言説が飛び交う中、敢えて「命削って」モノを作る覚悟って。こんなド直球の暑苦しい発言がコトノホカボクの心を揺さぶった。鳥取という街で、そんな覚悟で音楽に向き合うってどんなことなのだろうか?ボク自身は「命削って」ナニかに取り組んでいるだろうか?ボクはこの旅行で3万円分くらいのCD/レコードを買ったのだけど、その中で一番最初に聴いた音源がコレだった。

●英詞と日本語をうまく絡み付けてチョイとスカしたボーカルの佇まいが、小細工ナシの直球ロックンロールのスウィングにシックリハマってホントにカッコイイ。軽妙なビンテージ風の録音はどこまで狙いでどこから偶然なのか?密度と圧力で比べれば、今のモダンなプロダクションから見るとスカスカでお粗末とも言えるけど、結果的にそれが圧倒的な個性になってて何回でもリピートしてしまう。オーバープロデュースのヤリ過ぎ感、耳触りなトゲっぽさから無縁な結果、ロックンロールのワイルドさをキチンと維持しながら、とても上品に聴こえる。
●それでいて、アナクロニズムというか回顧主義みたいな気分も漂っていない。スリーピース・バンドがゆえのアレンジのシンプルさは潔いが、別に60年代回帰みたいなニュアンスはない。と同時に、パンクやネオアコみたいなロック内のサブジャンル/様式に囚われてもいない。2014年の現在感覚から立ちのぼるロックンロールのイデアがココにある。最後の1曲「WONDERLAND」だけギターの浮遊感がほんのりサイケテイストだけどね。
このCDに封じ込められた熱さ、ちゃんと受け止めたい。新しい音楽とこんな出会い方が出来たコトを幸せだと思いたい。

THE BURGUNDY VINCENT CLUB「THE BURGUNDY VINCENT CLUB」

THE BURGUNDY VINCENT CLUB「THE BURGUNDY VINCENT CLUB」2013年
●このバンドも同じ鳥取のインディレーベル CARNELIAN RECORDS の所属。というか、彼らの前身バンドと LONG TALL SALLY のメンバーたちが自分たちでこのレーベルを立ち上げたのだね。こちらのバンドの方がビンテージ度が高い。同じお店で LONG TALL SALLY のお兄さんから買ったのだけど、視聴段階からネオロカですか?って聴いちゃったくらい。几帳面に8ビートをザクザク刻むロックンロールの基本に忠実なこの感じは、ネオロカというかパブロックというか、70年代に起こった回顧主義傾向をそのまま志向しているようなニュアンス。ちなみに、BURGUNDY って単語は英語で「ブルゴーニュ」の意味、BURGUNDY VINCENT はワインの銘柄?みたい…ボクはお酒を飲まないのでよくわかんないけど。


●小さな古本屋さん。

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「邯鄲堂」鳥取市今町1-174
セレクトショップ「TRUNK」を超えて更に大平線通りを歩くと、小さな古本屋さんがあった。不思議な空気感のお店、アート系から文芸、歴史の本が丁寧に整理されて並んでいた。ボクはここで赤瀬川原平センセイの文庫本を購入。赤瀬川センセイ、最近は体調が悪いのかな…。
●ふと窓際のガラスケースを見ると、「割れてしまった陶磁器の金継ぎ承ります」という札と、金継ぎされた陶器や金継ぎに使う道具?が並んでいた。古本屋さんが「金継ぎ」? 奇妙なミスマッチにちょっとギョッとする。ガラスケースの上には3つのサンプルがあって。金で継がれたモノ、錫で継がれたモノ、漆で継がれたモノ。「金継ぎ」って今まで関心持ったことなかったけど、仕上がりが綺麗だなあ。
●お店のお姉さんに少しお話を伺う。金継ぎをお願いしたらどれくらい時間がかかるんですか。「一か月くらいはお時間もらってます。簡易的な方法でやっているんですけど、それでも漆を4回は塗り重ねますから」へー?金継ぎって、必ず漆を使うんですか?「そうです。むしろ金属の部分は装飾的な意味程度でして。基本は漆で割れ目を塞ぐんです」あーそうなんだー。てっきり溶接みたいな感じで溶けた金属を流し込んでるのをイメージしてたよ。またひとつ勉強になったなあ。


●動画。
●鳥取 CARNELIAN RECORDS、きちんと YOUTUBE チャンネル作ってた!
●LONG TALL SALLY「HOW」。




●THE BURGUNDY VINCENT CLUB「AMERICA」





●ホントは、王道な夏休み旅行記を書きたいんだけど、マニアックなところから始めることになっちゃった。でも、鳥取、ステキなところだったよ。