ハロウィンだね。
こんだけ日本人の習慣にハロウィンが定着してるってスゴいね。今日は渋谷で仕事だったんだけど、昼間からゾンビや血まみれナースとかスパイダーマンとかガイコツ男とかセーラームーンとか、愉快な仮装の人たちがフツウに街を歩いてて楽しかったよ。スクランブル交差点が珍しい外人さんは、奇妙な仮装集団が加わって尚のコトカメラ/ビデオ撮影で忙しそうだった。おヘソ出してる露出過多な女性はオナカ冷やさないだろうか?さっき軽く小雨降ってたぞ?コスプレが文化になってる気分と、ハロウィンの定着は似通ったトコロで繋がってるのじゃないかな?

で、我が家のハロウィンは。
●ウチのワイフはこういう行事をとても大事にするタイプなので、我が家の玄関には一週間前からフツウにカボチャ型のチョウチンがぶら下がってる。さすがに受験を控えた娘ヒヨコは塾に行ってるが、ワイフはママ友と一緒にハロウィンパーティに行ってしまった。コドモ抜きでも楽しむのかよ!おまけにナニゲに力んだ衣装をバッチリ作り込んでて。ネイルをブラック&ゴールドにして、黒いドレス、髪の毛にもナニか乗っけてたよ。
●息子ノマドも姿が見えねえなーと思ったら、友達の家に遊びに行ってた。その友達は、訪ねてくるオバケチビッコを家に迎えてお菓子を配るサイドを担当してるとな。仮装していかなくてよかったのか?と聴いたら「今オレが着てる服とヘッドホンはカゲロウデイズに出て来るキャラと同じなんだ」だそうだ。




●前回記事でポストパンク流れからゴス系の BAUHAUS とか取り上げたので。
今日も、ハロウィンにピッタリなゴス系の音楽を聴こう。

THE BIRTHDAY MASSACRE「NOTHING NOWHERE」

THE BIRTHDAY MASSACRE「NOTHING & NOWHERE」2002年
●これは00年代から活躍してるカナダのバンドのファーストアルバム。「誕生日の虐殺」ってバンド名がもうゴス気分濃厚だわな。女性ボーカルをセンターに据えて、自意識過剰で長く垂らした前髪が MARILYN MANSON のマネッコみたいな男どもが4人後ろに構えてる。そんな彼らがどんな音楽を鳴らしているかというと、実はシンセポップ。ボーカル嬢 CHIBI(これ日本語のチビに由来してるのかな?)の声は、小悪魔的にコケティッシュだったり、ダークなゴスの女王だったり、可憐な天使だったりと、エコーを背景に表情を変える。それを包むのは、タフなギターロック/メタルだけではなくて、意外なほど爽やかなシンセの気持ちよさ。ロマンチックなファンタジーの世界を描くようなフワフワ感。
●ダークな世界を描くのに、BAUHAUS は軋むギターと絶叫でモノトーンの暗黒を醸し出していたが、このバンドは「虐殺」とか言っちゃって、紫の煙を噴霧してダークさと甘美さをうまくマッチさせている。この音源を初めて買った時は「こんな甘口ロリポップはゴスじゃねえ!」とスゴく抵抗を感じてしまったほどだが、ハロウィンを楽しいパーティと割り切って考えれば、このシンセが噴霧する淡い甘さは楽しいゴス世界の一側面ととってもいいのだろう。それに気づいてしまった。

THE BIRTHDAY MASSACRE「VIOLET」

THE BIRTHDAY MASSACRE「VIOLET」2005
●一枚目と比べると、シンセ中心のアレンジ色が少しだけ後退してギター圧力/バンドサウンドが強まるセカンド。このバンドの傾向としては基本的に初期のシンセポップアプローチから、枚数を重ねるほどにインダストリアルメタル濃度が高くなっていく模様。まーまだイイ塩梅ですよ。CHIBI 嬢のチャーミングなボーカルは損なわれるコトなく、メタルギターとシンセ音響のメリハリがバリッと効いてるのです。数曲、ファーストと楽曲がかぶってます。なぜだろ?でもアレンジが違う気がする。ボクはシンセポップのテイストの方が好きだけどね。
●あと、このバンド、あの名画「NEVERENDING STORY」主題歌をカバーしている。YOUTUBE で発見できるんだけどね。でもアルバム未収録で ITMS でも売ってない。ロマンチックなエレポップで好きなんだけどなー。

The Birthday Massacre_PHOTO

●これが THE BIRTHDAY MASSACRE のみなさま。ボーカル CHIBI 嬢、日本のゴス嬢に気分が似てるでしょ。この写真じゃワカランけど左肩にデカイアニメ絵のタトゥーを彫り込んでる。決してチビではないらしいんだけど。メインのソングライターは右から2人目の RAINBOW という男。ギターとプログラミングを担当。一人衣装が黒くない…そんで顔が歪んでる。MARILYN MANSON カブレってコイツのこと。


depeche mode some great reward

DEPECHE MODE「SOME GREAT REWARD」1984年
●音楽のジャンルとして、ダークウェーヴという言葉があるんだって。80年代にニューウェーヴやポストパンク、ゴシックロックの系譜から、ヨーロッパを中心にダークでメランコリーな音楽を志向する人々が次々に現れた…これをダークウェーヴと呼ぶらしい。前回記事で触れた BAUHAUS に始まり、JOY DIVISION、COCTEAU TWINS、THE CURE、SIUXSIE & THE BANSHEES、そしてこの DEPECHE MODE がその第一世代に当たるという。うん、どれもゴスでポストパンクだ。フランスにはさらにツッコンでコールドウェーヴというシーンが出来たり、エレクトロやシンセポップと絡み合ったりして進化していったらしい。その後この系譜はアンダーグラウンドで熟成進化し、90年代にはシューゲイザーのシーンと共振したり。そんで00年代にポップなカッコで表出したのが THE BIRTHDAY MASSACRE のようなバンドであったり。
●さてこのアルバムは、DEPECHE MODE の4枚目のアルバム。DAVID BOWIEベルリン3部作BRIAN ENO と共に制作した西ベルリン HANSA STUDIOS で録音。加えて初めて国際的ヒットとなった作品でもある。本国イギリスはもちろんヨーロッパ各国、そしてアメリカにも人気が波及するキッカケとなった。特に先行シングル「PEOPLE ARE PEOPLE」が大ヒット。というかコレボクも大好き、このバンドで一番好き。理不尽な敵意でギスギスした社会の空気に正気を保てと発信するリリック。ソーシャルメディアで飛び交う匿名の敵意やヘイトスピーチ、弱者が弱者を打つ社会に響く鉄のビート。80年代後半には LGBT コミュニティのアンセムになったりゲイパレードでプレイされたりしたという理由にも納得できる。
●あまりにヒットしたので編集盤コンピ「PEOPLE ARE PEOPLE」というアルバムまで出されて(今まではコッチで聴いてました)二度コスラレたほど。ハッキリとした打ち込みビートのクールな打撃とシンセ、低体温気味なボーカルとメロディがまさしくインダストリアルビートを体現して、後進のアーティストにも大影響を与えている。どこか冷めきったエレポップ感覚は、ダークウェーブのど真ん中なのだろう。同路線としては「MASTER AND SERVANT」って曲も好き。人間関係の奇妙なスリルを非人間的音響で表現する逆説。

「PEOPLE ARE PEOPLE」

 人は人。それがあるべき姿。
 あなたと私は、しっかりとそれを分かち合うべきだ。
 私たちは異なる色を持ち、異なる信条を持っている。
 異なる人々が異なる願望を抱いている。
 あなたが私を憎んでいるのは明らかだ。
 だが、私がなにか間違ったことをしたわけでもない。
 あなたに会ったこともない。私にいったい何ができたというのか。
 いったい何が人をして他人をこれほど憎ませるのか、それが理解できない。
 だれか教えてくれ。

 人は人。それがあるべき姿。
 あなたと私は、しっかりとそれを分かち合うべきだ。
 今、あなたは私を殴り、蹴り飛ばし、そして怒鳴りつけている。
 あなたの良識に頼りたいと思っても、それは全く見えてこない。
 だが、私はそれが存在すると信じている。
 あなたの頭から拳にそれが伝わるのに、少し時間がかかるのだ。
 いったい何が人をして他人をこれほど憎ませるのか、それが理解できない。
 だれか教えてくれ。



ゴステイストとはいえ、全然ちがうハードロックアプローチも。
VAMPS & HYDE。ハロウィンにピッタリだと思って。

VAMPS「SEX BLOOD ROCK N ROLL」

VAMPS「SEX BLOOD ROCK N' ROLL」2013年
●こちら、(こう言ってイイのかな?)日本のビジュアル系バンドの最高峰、L'Arc〜en〜Ciel のボーカリスト HYDE OBLIVION DUST のギタリスト K.A.Z. によるユニットによる全曲英詞の海外進出向けベストアルバムVAMPS というからにはヴァンパイアっぽいイメージが漂うワケで、ある意味ではハロウィンの季節にもピッタリ(?)。
●ボクが引っ掛かったのは、このアルバムの中で DAVID BOWIE「LIFE ON MARS ?」のカバーをしているコト。これが実にカッコよくて。BOWIE の超代表曲だけにハンパなコトはできない挑戦なのに、キレのイイハードロックアプローチと、本家に劣らぬドラマチックなボーカル展開をコトモナゲにこなしきってる実力の高さに感動。すっげーなーこの人たち!と素朴に思ってしまいました。いや、このカバーだけじゃなくて、どの曲もパワフルでアグレッシブ。HYDE の艶のあるボーカル、K.A.Z. のドライブ感あふれるリフロック。ハードロックはあまり得意じゃないボクなのに、久々の爽快感を得てしまいました。こりゃ美味!海外進出の野望も含めて、ますますの活躍をしてもらいたい!

VAMPS「BEAST」

VAMPS「BEAST」2010年
●オリジナルのセカンドアルバムですわ。海外向け英詞じゃなくて日本語だったらどうなるかなと思って入手。HYDE さん、やっぱセクシーだわ。「ANGEL TRIP」という曲のこのフレーズ、「羽目はずしてもっと騒ごう 壊れそうになって騒ごう 辛くても 笑って!」がシビレル!男のボクがシビレルんだから女子はもっとシビレルのでは?「辛くても 笑って!」って、今、説得力ある。病気のボクも、シンドイ思いしてるたくさんの人も、まず笑ってみようよ!とても速いスピードで走り抜けるやや乱暴なオルタナティブロックの、脳天がビリビリくるようなギタープレイの上に、HYDE さんがニッコリして投げるリリック。ラルクとは違う場所で「羽目はずして」みたいのは HYDE さん自身かもしれない。別人格であろうとするために、牙を生やしたヴァンパイアになるのだから。

VAMPS「BLOOD SUCKER」

VAMPS「BLOODSUCKERS」2014年
そんで今週のハロウィンに合わせてリリースされた最新アルバム。「BLOODSUCKERS」=吸血鬼!ジャケのグラマーなヴァンパイアお姉さんは、ボクの大好きなイラストレーター ROCKIN' JELLY BEAN さんの仕事だね。ボクは iPhone ケースに彼のイラストのヤツ使ってる。とはいえ、マジで入手した瞬間でまだ聴き込んでない…。ぶっちゃけ、序曲にあたるインスト小品「REINCARNATION」がピアノメインで面食らったくらいだもんね。あれ、タフなハードロックは?と思ったら、三曲目あたりからテンションが高くなっていきます!おおコレコレこのタフでラフなハイスピード感!ただアゲルだけじゃなく怪しいダークサイドに堕ちてみたり。と思ったら、ココで初めての日本語詞曲、ダイナミックなバラード「VAMPIRE'S LOVE」がストリングスアレンジを伴って降臨。そして続く後半戦はなんと打ち込みビート駆動。今まであまり目立つことのなかったシンセアレンジも存在感を放つ。表題曲「BLOODSUCKER」はインダストリアルメタルにまで到達してるわ。ワリと一芸で押し切る印象があった VAMPS のスタイルが多様化して、1枚のアルバムの中で起承転結の展開を構成してる。

LArc〜en〜Ciel「TWENITY 2000-2010」

L'Arc〜en〜Ciel「CLICKED SINGLES BEST 13」1994〜2000年
L'Arc〜en〜Ciel「TWENITY 2000-2010」2000〜2010年
●ということで、ボクは VAMPS から入ってしまったので、VAMPS L'Arc〜en〜Ciel HYDE さんがどう違うのか、一般的なファンの人とは逆視点で見てしまうことになった。さて、この二枚があれば大まかに L'Arc〜en〜Ciel の長いキャリアが把握できるだろうか?
●ていうか、VAMPS に比べると L'Arc〜en〜Ciel スゴく綺麗に整理され、高度に洗練されたサウンドだったんだなと思い知る。バンド名「虹」に相応しく、可憐で繊細とさえ感じる。バンドサウンドを前提としつつ、ありとあらゆるアレンジ手段を用いて楽曲の力を引っ張り上げていく。HYDE さんのボーカルも丁寧で楽曲のメロディを最大限効果させるように絶妙に制御されてる。結果、高く高く飛翔するようなカタルシスがサビに盛り込まれて、陶酔感すら覚える。L'Arc〜en〜Ciel の音楽が、緻密に造形された彫刻の完成品だとすれば、ラフでタフな VAMPS は素材の岩石をそのままに放り投げているようなモノ。ウェルメイドの匠の技か、産地直送素材の味か。
●バンドの質も違うのだなと納得。HYDE が多くの作詞を担う一方、作曲はメンバー4人が全員がそれぞれに担う。が故に楽曲のバリエーションも多彩。そもそもでバンド立ち上げの主導者はベースの TETSUYA であって、HYDE は他の3人に対してなんらアドバンテージがあるわけでもなさそう。これでは元来の L'Arc〜en〜Ciel ファンは VAMPS に戸惑っても仕方がないかもしれない。
コレはコレで、全く別のバンド、別の美学。ボクとしては、「機動戦士ガンダムOO」主題歌だった「DAYBREAK'S BELL」をはじめ、メンバー覚せい剤所持での活動休止明けの時期のシングル「DIVE TO BLUE」、2000年のミリオンヒットシングル「NEO UNIVERSE」VAMPS のリフロック気分を感じさせるアップチューン「STAY AWAY」「NEW WORLD」HYDE のハイトーンボーカルが可憐で美しい「MY HEART DRAWS A DREAM」などなど聴き所が満載。

●ちなみに、HYDE さんは、L'Arc〜en〜Ciel 本体、VAMPS 以外にもソロ名義の HYDE でも音源をリリースしてるのね。コッチはアルバム単位でチェックしてないけど、映画「NANA」中島美嘉に提供した「GLAMOROUS SKY」を英詞にしてセルフカバーしたモノはITMSで見つけてDL購入。これは最初から中島美嘉じゃなくて HYDE 自身が歌った方がイイと思ってた。そしてその通りだった。


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体調を崩して、お休みもらって、一週間ぶりに会社に行ってみた。
●メールをチェックするだけで4時間くらいかかった。伝票精算するだけで3時間かかった…てか精算まだ終わらないし。ぶっちゃけ、まだ具合悪いワ。シンドイ。誰にも会わなかった数日の間は安定してられたけど、やっぱ大勢の人間とヤリトリしてると疲れるワ。



●この数日間で読んだマンガリスト。

松本次郎「女子攻兵」

松本次郎「女子攻兵」1〜5巻
●このマンガ読んだからアタマがオカシクなったのかも?巨大女子高生型生体ロボットに乗って異次元世界で戦争しまくり。長くこの「女子攻兵」に乗ってるパイロットは精神汚染されて、日常会話も女子高生風になっちゃう。ていうか女子高生ロボットから誰も降りないから登場人物の生身の顔は全く分からない。完全武装の巨大女子高生で、生体ロボットだからスグに臓物ぶちまけて、異次元空間の奇々怪々満載で、泥沼のゲリラ作戦進行中だから、もう「地獄の黙示録」ですよ。タイトルのダジャレだけでココまでイカレタお話描けるってこの作家ホントイカレテルよね常々そう思うよ。

荒木飛呂彦「ジョジョリオン」7

荒木飛呂彦「ジョジョリオン」7〜8巻
●怪しいと思ってた東方家当主・憲助がことのほかイイヤツって判明したけど、彼のスタンド、非力で役に立たなそう…。ワイフの指摘によると「この作家さん、ゲイかも…。ファッションがオシャレすぎるし、フルーツ屋さんとかスイーツとか、ことごとく趣味が女子っぽいんだもの!」たしかに第五部から一気にキャラの衣装が非現実的になったし、近年はグッチとコラボしてたりとファッション方面とは相性イイよな。ただ東方憲助さんの髪の毛についているマリモのような球体はなんなんだろう?彼の回想シーンでは子供の頃からくっついてたぞ。

市川春子「宝石の国」3巻

市川春子「宝石の国」3巻
●表紙の美しさが書店でも眩しいこの作品。宝石たちは冬眠するが、眠り損なった主人公・フォスフォフィライトが冬の間に奇妙な変化を遂げていく。月人との華麗な戦い、宝石たちの不思議な生態、ファンタスティックな空想世界として今一番の極上品。娘ヒヨコですら次巻が待ち遠しいって言ってる。

三宅乱丈「イムリ」16巻。
●ユニーク過ぎる設定で途中からじゃ絶対入っていけないファンタジーSFだけど、未読の人はド根性で一巻から全部読んで下さい。民族間のジェノサイド行為、容赦のない階級/人種差別、政権中枢の権力闘争、ココで取り上げられてるテーマは、今の地球社会全体、特に今後発展していく国々で今だ横行している蛮行を連想させるから。

三浦建太郎「ギガントマキア」
●あ、この作家「ベルセルク」以外の作品も描くつもりがあったんだーと思って手に取ったら、この一冊で完結なるも実に高密度な迫力と骨太な世界観でグッと引きつけられてしまった。基本は格闘技・プロレスの美学を下敷きにしながら、ダイナミックな戦闘シーンはそんなコト忘れるパワフルさでタマラン。

堀尾省太「刻刻」8巻
●完結。時間が止まった世界「止界」で、人間ではなくなったラスボスと最後の対決。そして脱出。ここ最近でかなりの重量級として読み応えを感じてました。

石井あゆみ「信長協奏曲」11巻
●何のマチガイかフジテレビが小栗旬主演で天下の月9でドラマ化してビックリ。一回も見てないけど。今回はくノ一・おゆきちゃんにフォーカスが。本来は上杉謙信のスパイだったのに、信長=サブローの脱力テイストでとうとうお国を裏切ってしまいました。このお話は猛将・信長のイメージを脱臼キャラで裏切るオモシロさが主眼、女性作家ってコトもあって、合戦シーンが全然ありません。そこも新しいね。

ai7n「ミミクリ」
●ネット連載から出版された問題作、って触れ込みだけど。ちょっと悪趣味かな。会田誠「食用人造少女・美味ちゃん」とモチーフが似てるんだけど、会田さんのユーモアにまで到達しないで終わってる。

よしながふみ「大奥」11巻
●巻を重ねて、男女逆転の江戸時代がナゼ成立したかのナゾを明らかにしてきたこの作品が、とうとう男性将軍を登場させたのに、結局権力はその母・徳川治済に集中、退屈しのぎに殺人も躊躇しないこの人の狂気に誰もが震え上がります(この人ぼく知りませんでした…実在の人物はどんな人?)。男女逆転の原因となった風土病の治療法に奮闘したキャラクターはみんな死んでしまって、このお話どうなっちゃうのだろう。

佐藤秀峰「特攻の島」7巻
●自殺兵器・回天の搭乗員として苦悩する主人公。一回目の出撃で還ってきてしまった後ろめたさで終わった前巻から二回目の出撃へ。沖縄地上戦突入、戦艦大和はじめ帝国海軍崩壊と、戦争はギリギリの最終局面。無謀な作戦と知りながら、敵艦を前に出撃命令をよこせと叫ぶ主人公。

日本橋ヨヲコ「少女ファイト」11巻
●主人公・大石練は全日本シニアの合宿に合流!ここでバレーボールのバケモノみたいな連中に遭遇してさらにレベルアップ。てか、読んでるボクがバレーボールに詳しくなるワ。亡き姉にまつわる因縁がまたひとつ明らかになるし。いつの間にか作家クレジットに「作画監修・木内亨」って入ってる。確かにこの作家さん、この作品に関してはブレのない輪郭線がスゴく効果的になって、スポーツマンガにありがちなゴマカシが一切ないもんね。そんなサポートがあってのことなんだね。

井上三太「もて介」1巻
「TOKYO TRIBE」シリーズにややついていけなくなって以来の、久しぶりの井上三太。ギャルにモテたい!ただその一念だけで押し切るギャグマンガだが、主人公が40歳の映画ライターとな。ここでわざわざボクと同世代の主人公を作ってくるのがニクいねえ。別に若い主人公でもイイのにね。結局、三太さんもボクと同世代だしね。

松本大洋「SUNNY」5巻
●その井上三太とイトコの関係にある松本大洋。相変わらず渋いね…。イタナイ関西弁が孤児たちの悲哀を一層リアルにするわ…。

林田球「ドロへドロ」19巻
●だんだんクサレ縁みたいになってきた…話が混沌としてきてよくワカラナクなってきたぞ。悪魔とかいっぱい出てきたし、主要キャラみんな死にかけてるし。おまけに前の18巻が家の中で行方不明になったから、なおさら意味ワカラン!困った!

こうの史代「日の鳥」
東日本大震災の被災地を、妻を見失ったニワトリが訪ねて歩く、という設定の1枚スケッチ。発災時からの経過を、ただ淡々と優しい眼差しで見つめている。「ぼおるぺん古事記」のアプローチと同じように、ここもボールペンで作画してるという。

山口貴由「エクゾスカル零」6巻。
●やっと七人のエクゾスカル戦士が勢揃いしたぞ。最後の一人「霧」は、比較的わかりやすい少年マンガ風の作品(「覚悟のススメ」以前とか「悟空道」とか)を描いていた人物造形になってて、読んでて窒息しそうになる「シグルイ」以降の緊張感がちょっと緩和された…気がするだけで、すぐに容赦のナイ展開になるにキマってる。

南條範夫「暴力の日本史」

南條範夫「暴力の日本史」
●表紙を前述「エクゾスカル零」山口貴由が担当。彼の代表作になった「シグルイ」南條範夫「駿河城御前試合」を原作にした作品だったという縁で、この作家の1970年の論評文庫化に際して表紙を手掛けたのだろう。
●この本は、日本史の中にある民衆の権力への抵抗の歴史を、古代・律令国家時代から室町時代の大規模一揆、江戸時代末期の社会不安と「ええじゃないか」運動などなどを取り上げていく。その思想の下にあるのは60〜70年代の全共闘運動へのシンパシーがあったのだろう。破滅すると分かって体制に挑戦する姿勢を見て、残酷物語を描き続けた小説家は感じるものがあったのだろう。西洋にはイギリス清教徒革命/アメリカ独立戦争/フランス革命という、民主主義の発端となる民衆革命があったが、日本史の中には対応させるものがない。だから彼は民衆の視点から、成功しなかった反抗を切り取っていった。成功しないからこそ残酷な美しさがある、ととれる倒錯した思考も手に取れるのがちと皮肉なのだが…。




今日の音楽は、ポストパンクがテーマです。

ECHO THE BUNNYMEN「CROCODILES」

ECHO & THE BUNNYMEN「CROCODILES」1980年
●この前、茶沢通り沿いの古道具屋・ばら商会で買ったLPレコードはコレでした。540円。盤面がちょいとだけカビッぽい気配がして、買うのはナイかなーと思ったんだけど、クレジット見たらプロデューサーが BILL DRUMMOND だってのに気づいてソッコー買ってしまった。彼は80年代末〜90年代初頭のレイブシーンでテクノユニット THE KLF を組織して活躍する男だ。ボクは当時のレイブ時代にリアルタイムで彼を知ったが、その時からコイツがオリジナルパンクスだってのは聴いてたんだけど…エコバ二のデビューに絡んでるとは知らなかった。
エコバニの中心人物 IAN MCCULLOCH JURIAN COPE と共にバンド THE TEARDROP EXPLODES を立ち上げたものの、即座に脱落して自分のバンドを作った人物だ。結成当初はドラマーがいなかったので、ECHO社のドラムマシーンを使ってたのがバンドの名の由来ってのは、ワリと有名な話。そんな因果があるのでナニゲにこの二つのバンドは似たムードがある気がする。両方ともデビューに BILL DRUMMOND が関与してるし。
●てっとりばやく言えば、ポストパンクの辛気くさい感じが濃厚ですわ。ペッタリしたドラムにうねるベース、そこに深いリバーブがかかったギターが切り込む。このころ1980年って JOY DIVISION IAN CURTIS が自殺しちゃった直後なんだよね…その気分を引きずった感じがあるし、当時のファンもその気分をこの新しいシンガーに見出したんじゃないだろうか。その一方で、辛気くさいダークなオーラがそのまま不思議な陶酔感を伴っていて。やはり深いエコーに埋もれた IAN MCCULLOCH のエモーショナルなボーカルとシンセやギターのアレンジが、ヒンヤリとしたサイケデリック表現に到達しちゃってる。本人にそのツモリがどれだけあったか微妙だけど。だって元祖サイケと時代が離れててシンクロしないし、この人ジャンキーに見えないモン。しかし結果として「ネオ・サイケ」とかいうジャンルができて、盟友 THE TEARDROP EXPLODES THE CURE などと束ねられることに。サイケという意味では THE TEARDROP EXPLODES にそのツモリはタップリだった気がする(バンド名がその気タップリ)が、基本このグループはタダの文系オタクって感じがする。

ECHO THE BUNNYMEN「HEAVEN UP HERE」

ECHO & THE BUNNYMEN「HEAVEN UP HERE」1981年
ダークサイケ基調の辛気くさいポストパンクは前作に引き続き進行中。でもややポップになった印象もあるか?ボクの耳が慣れただけか?薄っぺらいバンドサウンドで相対的に目立ってくるベースラインがファンキーに聴こえてきて。もちろん鋭いエッジで切れ込むギターも凛々しくてイイ。コレもばら商会で540円だったよ。
エコバニって、THE CURE とかやや後発の THE SMITHS とくくられて「ネオアコ」の仲間ってとられるコトもあるけど、やっぱ「ネオアコ」の仲間にはならないと思うなあ。この暗い雰囲気じゃあね。THE SMITHS は別格すぎるし、ネオアコでメジャーになった連中ってナニゲにブラックミュージックにインスパイアされたりしてて(ORANGE JUICE とか SCRITTI POLITTI とか)根っこが違ったりしてるからね。THE CURE の初期の粗末さとゴスへの進化が一番近い気分かも。
●でもね、結局のトコロ、ボクにとってエコバニは三枚目の「PORCUPINE」1983年が一番いいわ。あのアルバムに収録されてる「THE CUTTER」が一番いいわ。しかし、この二枚目のアルバムの最後の曲「PROMISE」には希望に向かって羽ばたく前向きさがあって少し好き。まるで朝焼けの空に飛び立つ海鳥のようだから。

BAUHAUS「IN THE FLAT FIELD」

BAUHAUS「IN THE FLAT FIELD」1980年
●実は同タイミングにデビューしとったゴシックロック/ポストパンクの本命バンド。昔の音楽マニアはポジティヴ・パンクとかいうね。ボクは違和感感じる…全然ポジティヴじゃないもん。暗黒&悪意で真っ黒だもん。圧倒的に耳障りなギターにドロドロしたドラムとベース、そして気が触れた呪術師のように叫ぶボーカル。いわゆるパンクロックのように明快な構造やフォーマットでもないから分かりづらい、むしろネガティヴパンクだわ。ただ、ロックとしてのスリルは、申し訳ないけどエコバニよりもずっとレベルが高い。まさしく恐いもの見たさ。DANIEL ASH の乱暴なギターがとにかくカッコイイ。もちろんテンション高過ぎるボーカルの PETER MURPHY も猛烈にカッコイイ。
●それと、意外なコトに T.REX「TELEGRAM SAM」をカバーしとる。意外なほど真っ当に、そのブギウギなテイストをワイルドに増幅しててすっげーカッコいいッス。アルバム未収録だけど DAVID BOWIE「ZIGGY STARDUST」もカバーしてより人気を集めたそうな。コッチも聴いてみたい。こんな感じに彼らの芸風はグラムロックにも影響されてたよう。コレは意味があるコトだ。結果として彼らは大分ケバケバしいカッコをしてステージに上がったし(髪の毛をツンツンに逆立てて、顔は白塗り)、それが後代のヴィジュアル系バンドに大きな影響を与えるのだから。まさか極東の島国がそのヴィジュアル系の拠点になって「VISUAL-KEI」として海外に逆輸出されるとは思わなかっただろうけど。
●レーベルは 4AD だわ…後には耽美的で美しい音源を次々に出す名門だけど、最初はゴスの暗黒から出発してたのね。

BAUHAUS「MASK」

BAUHAUS「MASK」1981年
●ナゼかのパンダちゃんジャケ。狂気のブッ壊れパンクサウンドから、少し整理されたニューウェーヴ風味に移行してみた感じ。グルーヴに弾む疾走感と多彩多芸になったギタープレイ。シングル「KICK IN THE EYE」は完全にニューウェーヴ・ファンクだもんね。CD版ボーナストラックではダブのアプローチやレゲエ、トライバルビートにもチャレンジ。THE POP GROUP 周辺のブリストル一派を意識してる感じ。とはいえクールなポストパンクの佇まいには留まっていられず、PETER MURPHY は相変わらずアグレッシブ。

BAUHAUS「THE SKYS GONE OUT」

BAUHAUS「THE SKY'S GONE OUT」1982年
●ポストパンクの疾走感が痛快な三枚目。一方で耽美的な奥行きを備える楽曲も登場。この新機軸ともとれるシングル曲「SPIRIT」は、奇しくもエコバニの二枚目を手掛けた HUGH JONES のプロデュース。基本はセルフプロデュースの彼らにしては珍しい施策。三部構成の組曲風のアプローチはちと退屈だけど。

BAUHAUS「BURNING FROM THE INSIDE」

BAUHAUS「BURNING FROM THE INSIDE」1983年
BAUHAUS 解散のキッカケになるアルバム。ボーカル PETER MURPHY が病気でうまく参加できないままに制作されたため、メンバー間で亀裂が発生。このアルバムの発売直前にバンドは解散してしまっていた。制作の主導権を握っていたのはギターの DANIEL ASH とベース DAVID J の二人。彼らがボーカルをとる曲もいくつかある。気のせいかギターがいつもよりも奔放。トラディショナルギターみたいなアプローチもあるし、ザクザクコードを刻んでいくのも珍しいっていうか。いつも軋むように叫んでくギターばっかりだったから。確かに結果的にはバラエティ豊かな内容になったけど、いわゆる BAUHAUS らしさとしては散漫になったかも。
●この経験で自信を得たのか、ボーカル PETER MURPHY 以外のメンバーは新バンド LOVE AND ROCKETS を始動。BAUHAUS とは直接関係ないニューウェーヴ路線を歩んでいく。PETER MURPHY はソロ活動に移行するが、その前に JAPAN のメンバー MICK KHANDALIS CAR という短命ユニットを結成してる。このユニット、今まで知らなかったんだけど、レコ屋にいつも売れ残ってて。なるほど、そんな由来の物件だったのね。今度買っちゃおう。
●結局、CD版のボーナストラックが一番オモシロかったよ。シングル曲の「LAGARTIJA NICK」、ニューウェーヴ・ダブ「HERE'S THE DUB」、解散記念ファンクラブ限定音源「THE SANITY ASSASSIN」、どれも傑作。

SAVAGES「SILENCE YOURSELF」

SAVAGES「SILENCE YOURSELF」2013年
●80年代から飛躍していきなり去年の音源。こちらはロンドンで結成された女性4人組。タワレコで見たPOPには「女性版 JOY DIVISION 21世紀に登場!」。これにココロ奪われた。POPに違わぬダークでモノクロームなアトモスフィアと生き急ぐような疾走感&焦燥感。もちろんゴス要素もシッカリ抱きしめてる。ポストパンクリバイバルと言われて数々のバンドが登場したが、ココまで80年代のダークっぷりをカッチリ共有している連中は他にはナカナカ見つからないよ。チリチリと赤黒く燃えるガレージ魂もアナドレナイ。あ、しかもボーカルの娘はフランス人なんだ。

CAIFANES「MATENME PORQUE ME MUERO」

CAIFANES「CAIFANES VOL2」

CAIFANES「MATENME PORQUE ME MUERO」1988年
CAIFANES「CAIFANES VOL.2」1990年
CAIFANES「EL SILENCIO」1992年
CAIFANES「EL NERVIO DEL VOLCAN」1994年
これは3年前に行ったメキシコ旅行の時に買った物件。4枚入りでこのバンドのアルバムが全部網羅できるセットで買った。そう、メキシコにもポストパンクな連中がいたのですよ。まー言葉がほとんど通じない買い物だったから、店員さんがレコメンしてくれるままに、しかも関係ないお客さんまでレコメンしてくる状態で、なんだかワカランけどメキシコではモストフェイマスなロックバンドだ、って説明だけで買った。
●で、日本に帰って聴いてみたら…こりゃ珍味だと。つーか、メキシコでのCDの収穫はヌグイさるコトが不可能ってくらいに徹底してメキシカンなのですよ、ラテンのリズムがベースになってないモノがない。平積みされてるのは JENNIFER LOPES とか SHAKILA だし、ヒップホップも限りなくレゲトンだし、クンビアとか健在だし。でも、このバンドは、ヌグイされないラテン風味はあるけれども、英米のロックへのシンパシーもシッカリと根を下ろしていて独特の風味を放っているのです。アゲアゲこそが命のメキシカン・ミュージックとは異質な、奇妙に冷めた感覚が残っている。しかもただのロックではない…コイツはポストパンクだ。時代が大分下っているからその風味は溶けて薄まっているが、ECHO & THE BUNNYMENTHE CURE、JOY DIVISION のダークな感覚がキチンと備わってる!と感動したのでありました。あの国民性でダークでいるってかなりシンドイ気がするぞ、きっと大変だったろうな。
●英語のWIKIに詳しくキャリアが乗ってて助かる。結成は1987年。彼らのデモを聴いたディレクターもスグに THE CURE THE JESUS & MARY CHAIN の影響を感じたという。「GENRES」の記載も POST-PUNK / PROGRESSIVE ROCK って書いてあるぞ。1980年代は「ROCK EN ESPANOL」=スペイン語ロックが一気に国際化する時代。同じ言葉を話すラテンアメリカ諸国から国境を超えてヒットするバンドが登場する段階。メキシコのロックはメキシコ人だけではなく中南米全体で聴かれるのだ。アルゼンチンから、ペルーから、チリから、様々な才能が登場する中、この CAIFANES もこの「ROCK EN ESPANOL」第二世代として打って出る。そして国民的支持を得るのだ。メキシコのロックバンドとしては初めての一万人動員コンサートにも成功。全盛の1994年にはスタジアム級バンドに成長、THE ROLLING STONES のメキシコシティ公演のオープニングアクトを務め、PETER GABRIEL の主催するワールドミュージックの祭典 WOMAD にも出演する。そしてその全盛の中で解散するのでした。
●デビューアルバムのタイトルを英語にすると「MATENME PORQUE ME MUERO」=「KILL ME BECAUSE I'M DYING」。やっぱりどっかポストパンクでゴスの気配がするでしょう。セカンドは通称「EL DIABLITO」=「THE LITTLE DEVIL」クールで冷えたテンションはキャリアが進むほど冴え渡り、土着のラテンリズムから脱却していく様子も見て取れる。というかポストパンクというククリも超えて最終的に普遍的なロック表現に到達してる。「ROCK EN ESPANOL」ムーブメントが広く認知された結果でしょう。もちろん英語はゼロ、全部スパニッシュなので言葉の節回しや響きも独特で非常に新しい気持ちで聴ける。

EINSTURZENDE NEUBAUTEN「DRAWINGS OF OT」

EINSTURZENDE NEUBAUTEN「DRAWINGS OF O.T.」1984年
●メキシコのポストパンクまで来ちゃったので、さらに飛躍して、ドイツのポストパンク/ゴス、ていうか、ノイズ・インダストリアルとアヴァンギャルドの極北まで行ってみました。東西統一以前の西ベルリンで結成されたこのバンド、難しいドイツ語は「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」って読みます。英語にして「COLLAPSING NEW-BUILDING」=崩れ落ちる新しい建築物って意味だそうです。オフィシャルとしては二枚目のアルバム。LP二枚分にタップリのノイズ塊。
●インダストリアル・ビートのスゴいヤツを期待すると拍子抜け。リズムらしいリズムもビートらしいビートも、なんもろくにないママ、ボソボソとしたツブヤキと叫び、金属を叩くような耳障りな音が、カキンカキンコンコンゴーンゴーンキーコーキーコーチンチンカーンカーンキューンカカカカカカンコーンとずーっと続きます。ハードコアにパンク的価値解体が音楽表現そのものに対して突き詰められた結果、音楽ではなく音響、というか雑音だけという素粒子レベルへの分解が徹底されて、その様子はまさしく暗黒。無意味の暗黒。ダークマターか?不可知の境地。ゴスの美学もここまで切り刻まれるとカタチを成すコトが出来ません。あ、LPの二枚目はライブレコーティング。でもスタジオ録音となんら質感は変わりません。虚無。
こんなの聴いてるからメンタルヘルスがおかしくなるんだよ、とご指摘あるかもしれませんが、まー反対に健康な時には却って聴けないタイプの音楽かも。解体の果てのニヒリズム。ニヒリズムって理性によって世界の価値体系を否定する姿勢と思ってる人いるかもしれないけど、ホントはちょっと違うと思う。世界の価値体系を否定する理性すらを否定分解すると、世界の現象は全てノイズの奔流になり、統合失調症のような認識不全に陥る。そんな光景をレコードに記録したこの作品はある意味で純粋。そして結果的に価値がある。
●バンドの中心人物 BLIXA BARGELD はこのバンドと、NICK CAVE のバンド THE BIRTHDAY PARTY NICK CAVE & THE BAD SEEDS を兼任していく。NEUBAUTEN に専念するようになったのは2000年代になってから。へーそんな縁が NICK CAVE とあったんだ。そっちの方も今度聴いてみるか。



今日もお休みだ。ぼけーっとしてる。
●とはいえ、ただぼけーっとしてるわけにもいかない…多少はカラダを動かしておかないと却って調子をおかしくすることもあるのでね。
●ですので、ワイフのお遣いを仰せつかったりしてる。自転車で茶沢通り沿いのカクヤスまで行って、ペットボトルのお茶やアクエリアスを買ったり。カクヤスのお向かいには古道具屋・ばら商会があるもんだから、中古レコードとか買っちゃった…たった今ばら商会のサイト見たら六角精児さんがイメージキャラクターやってるって書いてあった…ビックリ。その後は餃子の王将でひとりお昼ゴハンを食べて、スーパーオオゼキでコドモたちのおやつの串団子を買う…そしたら「広告の品」として明治のアイス・パルム6本入りセットが目に入って。380円が199円に。寺尾聡さんのCM見て常々おいしそうだと思ってたんだよね。これはコドモにはナイショで夜中に食べよう。


●そんで読書。
ノマドの通う中学校は図書室がすごく充実してるのか、ヤツが借りてくる本がイチイチオモシロそうでどうしてもボク自身が読んでしまう。ノマドにしてみたら宿題レポートの資料のつもりなんだろうが、そのレポート内容をはみ出す内容の分厚さ、すげえ興味深い。
●この前はプラトン「国家」についての解説書を最近亡くなった哲学者・木田元さんが翻訳したものを借りてきた。ヘーゲルヒューム、ヴィトゲンンシュタインまでを例に引いてプラトンを解釈するのだからメチャ難易度が高い…ノマド自身も「なんかオレまちがったかも」って言ってた。その次は「ソクラテス以前哲学者断片集」とかいう岩波から出てるタフな文書。ピタゴラスとかタレスとかの哲学者に関する断片的な記録を下記集めたモノ。ピタゴラスタレスも古代ギリシャの学者としては有名でもマトモに著書を残してないので、こんな断片で思想を探るしかないとな。中にはピタゴラスソラマメを好んで食べた、いや食べなかったみたいな、どーでもイイ異常に人間クサい記録もマジメに記載されてて微笑ましい。紀元前五世紀ごろの記録がこんな風に残るなんて。日本の「古事記」よりも1000年も古い。

デニス・ダニエルソン「コペルニクスの仕掛人 中世を終わらせた男」

デニス・ダニエルソン「コペルニクスの仕掛人 中世を終わらせた男」
●今日読んでいるのはこの本。「太陽の周りを地球が回っている」という発見は、「コペルニクス的転換」という言葉になったほど当時の世界観をひっくり返した歴史的事件になってるが、そのコペルニクスの学説が世に知られるようになるには、彼のたった一人の弟子ゲオルグ・ヨアヒム・レティクスという男の活躍がなくてはならなかった、という逸話を情熱をもって書き表している。
コペルニクスはヨーロッパの辺境ポーランド北部/新興国プロイセンとの国境地域で地元聖職界&行政&医療に関わってた人物で、天文学に関してはアマチュアだったし、自分の理論に対して他人は誰も関心を寄せないと思い込んでいたようだ。しかし、ルターによる宗教改革の震源地ドイツ・ザクセン州ヴィッテンブルグで当時最先端のルネサンス人文主義を学んだ若者レティクスがわざわざ遠路を越えてやってきて「先生の理論を教えてください!」と押しかけて来る。ココで初めて自分の理論に価値を見出すことができた、という。しかし師弟の年の差は40歳。弟子の尽力でコペルニクスの著書が出版される時には、師匠はモウロクして寝たきりになっており、その評価を知ることなく世を去る…。というか活版印刷自体がこの時代にとって最先端技術なのだから、このヘンの出版事情もスリリング。ああオモシロい。早くノマドもこの楽しさが分かるようになるといいな。

ワイフがそんなノマドの担任の先生と個人面談してきたという。
●まず一発目、ノマドは個人面談がいつから始まるのかサッパリ分かってなかったので、ワイフも心配して「今日は必ず日程を先生に聞いてくるように!」なんて言ってたその日に、先生から電話がかかってきた…「あの、個人面談のお時間になってますが、どうなさいました?」手遅れ!アポ失敗!
●リスケの上でやっと会った先生は好感の持てるイイ人みたい。「ノマドくんは、いっつもニコニコしてますね。ただ、ナニ考えてるかサッパリわからない時が…。話を聞いてるんだか聞いてないんだか。ま、安心して下さい、ウチの学校にはもっと変わり者がいっぱいいますから」フォローにもなってないコメントでヤツのコミュ障ぶりが一気に不安になる。学校でしゃべらないせいか、家でしゃべる声もどんどん小さくなってきてて、なにも聞こえない。




突然、アリスを聴く。
谷村新司 aka チンペイ、堀内孝雄 aka べーやん、矢沢透 aka キンちゃん、のアリスだよ。

アリス 今はもうだれも

アリス「走っておいで恋人よ/さよなら昨日までの悲しい思い出」1971年
アリス「今はもうだれも/明日への讃歌」1975年
アリス「帰らざる日々/あの日のままで」1976年
アリス「遠くで汽笛を聞きながら/もう二度と……」1976年
アリス「冬の稲妻/街路樹は知っていた」1977年
アリス「チャンピオン/君よ涙でふりかえれ」1978年
アリス「夢去りし街角/逃亡者」1979年

君のひとみは10000ボルト

堀内孝雄[アリス]「君のひとみは10000ボルト/故郷には帰りたくない」1978年

●一昨年くらいに、テレビの歌番組で歌うアリスの三人を眺めながら20歳代前半の後輩がふとボクに質問したのですよ。「この人たち、今の時代に置き換えたら、誰になるんですかね?ていうか、そういう置き換えがないと、どれだけスゴい人たちなのか理解できないっすよ!こんな地上波でガシガシ流されたって!」え、難しいコト聞くねえ?あーんと、たとえるならばミスチル?それとも GLAY?ていうかそもそも反論すれば、ボクにしたってアリスなんてリアルタイムでもなんでもないからワカラナイよ!ボクのことオッサンだと思ってるだろ!ボクもさっぱり理解してねえよ!…という会話をしたんです。
●で、別の場面で、アリスのドーナツ盤シングルを8枚もらうコトがありまして。「仕事で使ったんだけど、もういらないし。あげる」と先輩。ボクは音楽に関しては完全に悪食なので、リアルタイムでもなんでもないからさっぱり理解できないこの音源をもらってしまいました…。でもマジで無関心なので一回も聴いたコトなかった。せっかくヒマなので、これに今日は針を落してみます。
アリスの活動時期は1971年から1981年。直球のフォークから出発して最後は武道館を埋めるスタジアムロックにまで到達したってイメージはあるんだけど、詳細は不明なのでウィキ見ながら一枚ずつ聴くのです。1971年のデビューシングル「走っておいで恋人よ」は、谷村新司&堀内孝雄のデュオ段階でジャケにも二人しか写ってない。学生バンドをそれぞれ率いていた三人が別々に意気投合して合流したみたい。ドラム担当の矢沢もすぐに合流してくる。しかし、初期キャリアはさっぱりヒットが出ず、ドサマワリを続ける日々。「走っておいで恋人よ」はサッパリしたフォークロック。別にトリオ編成にこだわってないリッチなアレンジ。
●デビュー四年目にしてやっとヒットらしい曲が。「今はもうだれも」ウッディ・ウーという名前のフォークトリオが1969年に出した曲のカバー。これがチャートで11位まで上がる。サビの分かりやすさが意外とモダン。実はアリスのヒット曲はドコかしらに分かりやすいサビのリフレインがある。それとキメってトコロで谷村&堀内ツインボーカルのコーラスワークがリッチに機能する。フォークロックに美しいコーラスワークはテッパンだね。THE BYRDSCROSBY, STILLS & NASH もそうでしょ。あと、若き谷村&堀内がフォトジェニーなルックスを持ってたトコロもイイ感じ。利発で華奢な谷村と、クチヒゲが凛々しい堀内のナイスコンビがうまく作用してる。
「帰らざる日々」は絶望して死にそうな女性を主体にした実に湿っぽい昭和情念歌謡。Aメロが死ぬほど四畳半フォークでシンドイと思ったら、キャッチーなサビをテンポアップ&ストリングスアレンジ追加してポップに仕上げるワザアリな構成。シングルA面はだいたい谷村が詞曲両方を担当してて、彼の才気がバンドを牽引しているのが分かる。
「遠くで汽笛を聞きながら」はヒットとは言えない不発曲。ブルーステイスト濃厚のスローバラードを堀内メインボーカルでやってます…が、間奏のエレキギターソロも含め、もしかしたら演歌/歌謡曲寸前ともいえるような気配も濃厚。作曲を担当した堀内の後のキャリアを反映してるのかも。ポップさで言えば谷村楽曲のB面「もう二度と…」の方が軍配があがる。加山雄三との合作「サライ」しか知らなかった谷村新司の作曲能力に敬服。
「冬の稲妻」は十分なヒットとしてチャート8位まで駆け上がる。EAGLES を一瞬だけ(0.1秒くらいだけ)連想させるウエストコーストサウンドのブルースロックを、作曲も手掛けた堀内のボーカルが自分のモノにしてる印象。ロック濃度が上がってきている感じがする。B面曲はビックリするほど四畳半フォーク。ジャケ裏に谷村ソロアルバムの告知が。この時期にして谷村はソロワークも活発、この時点で4枚もリリースしている。山口百恵「いい日旅立ち」を提供したのもこの年。谷村スゲエ。
「チャンピオン」はボクでも知ってる有名曲だね。谷村詞曲のポップかつ濃度の高いロックテンションが斬新。この1978年に武道館公演3DAYSを成功させている。日本人アーティストとしては初の快挙だ。B面は堀内作曲による疑似ウエストコーストサウンドが諦観漂う気分にスローで極まる。
「夢去りし街角」堀内作曲の薄口な疑似ウエストコーストサウンドであっさりしてる。谷村の悲観的なリリックはいつも通りだが、この時代の日本はこんな不幸話を日常生活に密着させておかないと気が済まない社会だったのかと心配になる。挫折とか失恋とか故郷に帰るとか…そんなモチーフばっかし。B面は、珍しくドラムス矢沢の作曲で、能天気なロックを鳴らす。「女はやっぱりメキシコ!酒ならやっぱりテキーラ!」と叫んでマリアッチ風のフレーズまで入ってくる。なにげにやっぱりアメリカを志向しているんだね。
堀内のソロシングル「君のひとみは10000ボルト」資生堂のCMソング。サビが爽やかなポップスで間奏のギターソロも甘美で楽しい。結果オリコン1位で90万枚のヒットとなる。作曲は堀内自身だが、作詞は谷村、アレンジもこの時代のアリスを手掛けてた人物、ということで、ほとんどいつものアリスと同じじゃないか、という感じ。だから武道館ライブでもこの曲がフツウに披露されている堀内アリス在籍時にソロアルバム5枚をリリース、作曲提供もさかんにやっていた。B面はうんざりするほどフォーク。
●その後1981年にアリスは解散谷村と堀内の関係決裂が理由らしい。これが双頭バンドのツラいトコロ。堀内孝雄はその後演歌系に傾倒していく…個人的には1986年の日本テレビ年末時代劇「白虎隊」主題歌になった「愛しき日々」が印象深いかな…この時期の日本テレビは年末に大型時代劇をやってて小学生のボクはナニゲに楽しみにしてた。で、2001年のモーニング娘。ブレイク時に同じ事務所アップフロントに彼が在籍してるコトに気付きビックリ。つーか、アップフロントの母体がアリスのマネジメント会社だったみたいね。

●うーん、結局、このアリスという存在が現行アーティストの誰に当てはまるかはよくワカラン。ゴメンね後輩くん。でも、しっかりとアメリカ・ウエストコーストへの憧れを抱いていたコトは理解できたし、その上で当時の日本市場に完全にマッチした湿度の高い昭和情念歌詞世界をキープ、独自のポップス観もグリップしていたことがわかった。


ついでに、なんで買ったかよくワカラナイ物件をアレコレ聴いてみよう。
その後の80年代モノに集中して。

もんた&ブラザーズ「SPECIAL ACT」

もんた&ブラザーズ「SPECIAL ACT」1980-1983年
●このバンドは、1980年にご存知「ダンシング・オールナイト」でブレイク。もんたよしのりのソウルフルなボーカルがパンチ力満載。でも実はアリスのメンバーと2歳差のほぼ同世代。なのに70年代は不遇でソロデビューしつつも成功を掴めなかった。やっぱこの声には時代がついてこれなかったのか。これじゃフォークは無理だもんね。詳細はワカラナイけど、バンド・ブラザーズには黒人のメンバーもいるっぽいぞ。内ジャケに写ってるんだもの。
●1983年に西城秀樹に提供した「ギャランドゥ」のセルフカバーも収録。そもそも「ギャランドゥ」ってどんな意味だよ?って思ってたんだけど、ウィキによるともんたデタラメ造語なんだって。全く意味ない言葉なのにこの説得力。むしろスゲエ才能を感じるわ。同じ1983年には大橋純子とのデュエットで「夏女ソニア」がCMソングとしてヒット。これも久しぶりに聴いてみたいな。そんでバンドは1984年に解散、その後もんたはソロ化&俳優業に転身。

イモ欽トリオ「POTATO BOYS NO1」

イモ欽トリオ「POTATO BOYS NO.1」1981年
フジテレビの番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」をリアルタイムで知ってる人ってもう全員アラフォー以上じゃないか?大将・萩本欽一が視聴者のハガキネタから「普通の子→良い子→悪い子」の三段オチで笑わせる傑作バラエティだったのだ!なんか構造的にスゴく洗練されてるコント番組だったなと、当時小学生低学年でありながらボクは感心してたのを覚えている。さらに「良いOL悪いOL普通のOL」とか「良い先生悪い先生普通の先生」とかイロイロなバリエーションがあって、その中には関根勤さんとか、一世風靡セピア時代の柳葉敏郎さんとかが出演していた。つーか、むしろ「欽ドン」の人がどんどん有名になってくよーって気分だったよ。
●で、この最初の三人組、良い子=山口良一、悪い子=西山浩司、普通の子=長江健次、がバカ受けしてレコードデビューしてしまった。しかも詞:松本隆/曲:細野晴臣というゴールデンコンビで。彼らの代表曲「ハイスクール・ララバイ」はEPシングルで既に持っていたが、このLPレコードは去年の沖縄旅行のレコ屋探訪で発見。1600円もしたけど思わず買ってしまったワ。アルバムにおいてもメインの作詞は松本隆、作曲には細野晴臣ほか、吉田拓郎、南こうせつ、井上大輔などが参加、アレンジャーには鈴木慶一の名前までが。すげえ豪華。
●とはいえ、まー聴くのに覚悟がいります。つーか今回初めて聴きました。内容はやっぱキツいねー。当時のテクノポップ歌謡を軸に、様々なバリエーションを良い子悪い子普通の子に振り分けていくんだけど、全然やりきれてない。当時の彼らのアイドル的推進力でヤリ切るしかないのに、その神通力は今では通用しないからね。家で鳴らすだけでも、コドモたちからブーブー言われた。
●さらには、「イモ欽トリオ 秘密のメッセージ」と題された、赤いソノシートまで同梱されてた!うわソノシートはさすがに久しぶりに見たワ!…ただしコレも三人組のグタグタトークで内容がない…。残念。まーしょうがないねー。

忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・い ルージュマジック/明・る・い・よ」

忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・い ルージュマジック/明・る・い・よ」1982年
●この音源に限っては、なんで買ったかよくワカラナクはナイ。完璧な名曲だ。でも80年代つながりで紹介しちゃう。こいつは資生堂のキャンペーンソングで、メイク/ルージュを濃く塗った清志郎坂本教授をベロベロなめるようにキスするパフォーマンスが当時すごくセンセーショナルだった。「いけない」が背徳のセクシャリティを暗示してると理解したのは成人してからかな。大胆だな資生堂は。「君のひとみは10000ボルト」資生堂だもんな。カップリングの「明・る・い・よ」「い・け・な・い ルージュマジック」のメロディやオケをちょこっと翻案したような、ザックリ言えばダブバージョンみたいな感じのエレポップ。やっぱ清志郎さんはスゴいな。

スーパースランプ「穴があったら出たい」

スーパースランプ「穴があったら出たい」1986年
●パワフルなスキンヘッド・ボーカリスト・サンプラザ中野が、いつのまにか投資家タレント・サンプラザ中野くんに改名してしまって、爆風スランプというロックバンドが既に見る影なくなってしまった今では非常に説明しにくいバンド。
●元来サンプラザ中野は、このスーパースランプのボーカルを務めていた男。この連中は早稲田大学のサークルバンドだったにも関わらず、その破天荒なパフォーマンスで武名を誇り、レコード会社のコンテストを荒しまくってた傑物だった。しかしいざメジャー契約となったら、レーベルが提示したのは中野とギターのパッパラー河合だけをスーパースランプから引っこ抜いて、爆風銃(バップガンと読むらしい)のドラマー&ベース=ファンキー末吉&江川ほーじんと合体させるという方針だった。新バンド名は両者の名前をとって爆風スランプとなり、代表曲「RUNNER」などをヒットさせて80年代後半のバンドブームを牽引する存在になっていく。
●さて、残されたスーパースランプの連中は大変。これを立て直したのがなんと、同じサークルの仲間でその後に聖飢魔Ⅱで世間に出るデーモン小暮閣下。彼が二代目ボーカリスト。そんな意味でスーパースランプは今となっては正体のワカラナイ伝説のバンドなのですよ。ボクはそのヘンのキキカジリの逸話だけを頼りにこのアルバムを買ってみた…んだけど、コイツは第一期の中野時代でもなければ、第二期のデーモン時代でもない。第三期のインディー(CAPTAIN RECORDS)時代なのでした。だから、なんだかより一層ワカラナイ。
●ただし、ジャケに記されたデーモン小暮閣下のコメントによると、このバンドは、一貫してこのバンドを支えて全ての詞曲を担ってきたベーシスト・ピストン豊岡こそがスゴいという。閣下ピストン「日本のフランク・ザッパ」とまで賞賛してる…でも、音楽聴いてもそのスゴさはイマイチ伝わらない…。ジャケの DEVO 風なイメージはただのワルフザケというか、基本的にアルバム全編がワルフザケだけで出来てる気がする。「穴があったら出たい」という曲はココには収録されてなくて、1988年の爆風スランプのアルバム「HIGHLANDER」に収録されてる。「RUNNER」が収録されてる彼らの出世作ね。爆風のレパートリーのように見えても詞曲はピストン豊岡によるものらしいよ。その代わり「尻の穴から出たい」という曲はこのアルバムに収録されてる。

PINK「CYBER」

PINK「CYBER」1987年
●このレコードも買って数年放ったらかしにしてたんだけど…それは失敗だった!本格的なニューウェーヴ・ファンク!ビブラトーンズに在籍した福岡ユタカ、矢壁アツノブ、ホッピー神山らが結集したユニットで、全員が敏腕スタジオミュージシャンとあって、演奏がすごく高度。神経質で奔放なギターと饒舌なベース、確実なドラムビートから弾き出されるグルーヴは微妙に軋みながらザクザクと邁進していく。このパワフルさが実に頼もしい。コピーに「電脳的肉体派」とあるのは正解。特にLP-A面に集められたニューウェーヴ感覚は、80年代に行われた様々な音楽実験の収穫をかき集めたようなアイディアを、高度な洗練で絶妙なポップにまで到達させてて本当に楽しい!メインのソングライター福岡ユタカによるパワーチューンも十分楽しいのだが、どこか無国籍な情緒が漂うメロディを持つホッピー神山作曲の「二人の楽園」も耳に残る。キーボード・ホッピー神山の持ち味は、こうした独特のアブストラクト/オリエンタル/エスニック要素なのか、LP-B面にその気分が濃く漂っている。クレジットに吉田美奈子の名前も見える…。ついでにいうと、このノリで二枚目のLP-C面にアルバムは続くんだけど、LP-D面はナシ。レコードを見るとミゾなしの真っ平ら状態。

米米CLUB「GO FUNK」

米米CLUB「GO FUNK」1988年
米米CLUBもこのヘンの時代に重なるバンドですわね。米米と、爆風スランプ聖飢魔Ⅱは、当時「ソニーレコード三バカバンド」と呼ばれてキワモノ扱いされてました。でも、彼らが目指したファンクサウンドは当時ではかなり本格的でアメリカのスタイルにピッタリ寄添うモノジェームス小野田というアイコンまで設定して JAMES BROWN のショーを模倣する態度はそのポップかつシュールな印象とはウラハラに実直で真摯と言えるものだったです。だってコーラス隊に THE SUPREMES ならぬシュークリームシュって名前つけたり、ホーン隊をパーマネントに組み込んだり(そんでソレがすごくファンキー)と、スゴく周到に設計されてるじゃないですか。意外とみんな知らないんだけどね…。
●そして彼らがさらに評価されるべきは、そこまでアメリカのファンクサウンドをナゾリながら、日本人であるトコロの彼らがナゼアメリカの音楽をやるのか、日本人のアイデンティティをドコに盛り込むのか、というコトにかなり初期から意識的であったコトですわ。米米CLUBという名前ですら「米国音楽をプレイするオコメの国のバンド」って意味がハッキリ盛り込まれてるし。このアルバムタイトルだって「GO FUNK」=「ごはん食う」のダブルミーニングだし。他のアルバムだって「シャリシャリズム」=お寿司のシャリのリズム「KOMEGUNY」=コメグニつまり米国レコーディングに初挑戦、って意味だし。シングル「KOME KOME WAR」はまるっきりシュールで意味不明だったのでコミックバンドだと思われちゃったけど。でもやっぱりほとんど意味なしソングの「あ!あぶない」とか一流のファンクチューンですわ。
●これ、中学生の時にリアルタイムで聴いてたんだけど、カセットテープだったんで実家に置きっ放し、長く手元にありませんでした。ところが同僚SくんがデスクにこのCDを持ってきてて。奥さんに「CDが邪魔だから始末して!」と言われて、会社で使ってるPCにこのCDを受けて捨てるつもりだったらしい。うわー懐かしい!ってコトでボクが譲ってもらった。ウチのワイフは、ボクにCD捨てろって言わないんでホント感謝してます。

浜田省吾「THE BEST OF SHOGO HAMADA VOL2」

浜田省吾「THE BEST OF SHOGO HAMADA VOL.2」2006年
●これは義弟の KEN5 くんからもらったモノ。しかし、残念ながらボクはハマショーは1ミリも通ってないので接点がないのよー。オマケにこのベスト VOL.1 なら聴いたことある曲もあるかもしれなかったけど、VOL.2 でしょ、1曲も知らないのよー。だから長らくスルーしてきました。でもせっかくだからこの際に聴く。
●ぶっちゃけハマショーがどんなキャリアの人かも知らなくて。下積みを経てソロデビューは1976年。でも世間に評価されるようになるのは80年代に入ってから。ジワジワと支持を集め本格的なブレイクは1986年のアルバム「J.BOY」の時。遅咲きで苦労人なのね。1992年の野島伸司ドラマ「愛という名のもとに」で主題歌になった「悲しみは雪のように」はなんとなく聴いたコトあるけどドラマは一回も見たコトない。この主題歌は1981年の楽曲のリメイクだったんだね知らなかった。ドラマの題名「愛という名のもとに」もハマショー楽曲のタイトルから引用してるっぽい。
●で、さっそく音楽を聴いてみる。実はVOL.2の曲はハマショーの古いキャリアから掘り起こしたモノばかり。楽曲の初出は1976〜1986年のブレイク以前ばかりで、しかもアルバム収録曲の半分は2006年段階で再録音。その他も90年代以降にリミックスしたりリマスターしている模様。コレが彼のルーツの部分なのね。しかもソレを今なお再録音で更新するとは。ロック濃度はそんなに高くない気が…それは選曲の姿勢のせい?ただガッシリしたホーンアレンジに補強されてる様子は BRUCE SPRINGSTEEN みたいだなと思ったり。JACKSON BROWNE を敬愛してるという意味ではウエストコーストサウンドの愛好者ってコトみたいだけど、このキャリア前半が比較的内省的でシックな印象なのはそんな趣味が反映されてるのかな。歌詞は暗くて…アリスたちと5歳も離れてないフォーク世代だってコトがわかるな…。あ、あと尾崎豊にも似てる気分があるなと思ったら、彼を育てたディレクター須藤晃氏が80年代からハマショーに関わってブレイクに至ったという経緯があるからだ。なるほど。

徳永英明「BEAUTIFUL BALLAD」

徳永英明「BEAUTIFUL BALLAD」1986-2006年
●80年代にシンガーソングライターとしてキャリアを起こした人をもう1人。もやもや病という奇病で一線を退きつつも「VOCALIST」シリーズというカバー路線で音楽業界の最前線に復活した苦労人。今ではハイトーンのボーカルで女性曲を歌いこなすボーカリストとして注目されてるけど、あくまでこのひとやっぱりソングライターだし。そんな彼が2006年にオリジナル曲をまとめたベストを聴く。
●デビューは1986年。世間はバンドブームでザワザワし始めてる時期に、このシットリとしたボーカルにフォーカスしたのはユニークだったかも。あの頃って奇抜なカッコとか乱暴でロックな立ち振る舞いが大事だったりしてたから。詞を読んでて思ったのは、このヘンから「自分を見失わないでね」的なジェイポップの定型が浮き上がってくるコト。アリスの時代には、歌詞の題材になる「不幸」は失恋とか挫折とか後悔とかの、もっと具体的案件だったような気がするけど、80年代〜90年代では歌詞の題材はもっと抽象的なアイデンティティ確保の不安にフォーカスが当たってるような気が。漠然たる都会の無関心とか均一化された没個性社会への不安ってヤツ?

「MATCHY TRIBUTE」

VARIOUS ARTISTS「MATCHY TRIBUTE」2006年
●このタイミングでデビュー25周年を迎えた、ジャニーズ事務所のタレント最高ランクのスター近藤真彦。つまり1980年デビューってコトね。へーたのきんトリオって80年代だったんだ…70年代はカブッテナイんだ…。ともかくそんな彼のヒット曲を様々なアーティストがトリビュートでカバーしてます。正直、マッチにもたのきんトリオにも別に興味を持ったコトがなかった…あんまりボーカル達者な人でもないって印象が…。ただし70年代のシンガーソングライター/ニューミュージック中心の音楽業界を転覆し、アイドル・ムーブメントを80年代のど真ん中に据えた功績は大きい。2010年代のジャニーズ(嵐ほか)AKB48(&女性アイドル戦国時代)が全盛の状況は、確かにシッカリ80年代とシンクロしているのかも。キャリア初期は松本隆/筒見京平ほかテッパンの職業作家に後見してもらってるのも今と同じだね。
真島昌利提供の「アンダルシアに憧れて」を、東山紀之/赤坂晃 ex. 光GENJI/堂本光一/今井翼(この四人でアンダルシアユニットって名乗ってます)がスパニッシュギターの上で歌ってます。これが修二と彰「青春アミーゴ」と同じような芝居がかったリリックだったと初めて気づいた。アンダルシアユニットの面々はややスカシた歌い方をするのでマッチ先輩に暑苦しく歌ってもらった方がイイ。つーか、どのシンガーが歌ってもオリジナルを超えられない…マッチはマッチにしか担えないのか?グループ魂がひたすらウザイコントで悪ふざけし続けてるけどソレが一番正解に近いのか?




本日、下北沢の街は、キッズハロウィンデイ。
●街中が仮装をしたチビッコとそのママたちでいっぱいだ。魔女宅のキキやスーパーマリオ、スパイダーマンにバットガール、ジャックスパロウやルーク・スカイウォーカー、ゲゲゲの鬼太郎もいたよ。今年のニューウェーブは「アナ雪」の女王エルザ。ありのままにイッパイいたよ。
●さらには東商店街で「下北秋のイカ祭り」開催。大学生ボランディアが模擬店のノリで宮城県女川のイカを美味しくヤキソバの具にしてたよ。ボクはイカの鉄板焼きを買って帰って、息子ノマドと二人でお昼のオカズに。震災復興支援の意味合いもあるんだよね。この前の下北沢カレーフェスティバルも含め、下北沢はホントに元気な商店街だね。

「下北秋のイカ祭り」2014



●突然出来たお休みの、このユッタリとした時間に。
日本の古代史について考えてみる。出雲の「国譲り」という「古事記」のエピソードのウラに隠されたイメージについてだ。そんなことを、8月の夏休みに訪れた出雲大社、他山陰地方各地を巡って考えていた。

●既に関連記事も書いてるので、こちらもご参考に。(たいしたコト書いてないけど)
『古墳ゼリーで爆笑して、思わずハマり込んでしまった島根県立古代出雲歴史博物館の銅鐸その他にかける情熱。そんで青葉市子。』
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20140925.html
『夏休みの出雲〜鳥取ツアー。「命削って作った」CDに出会ってココロ揺さぶられる。』
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20140907.html
『夏休み、山陰地方ツアー、序章。そんで口ロロ、DORIAN。21世紀の猛暑バケーションのBGM。』
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20140825.html


●出雲大社の広い境内は、とても緑が眩しい、聖域に相応しい場所だった。

出雲大社境内

出雲大社境内2

●でもね、東京からここ出雲大社まで来るのに、13時間もかかった。深夜バスで。
●ボクは自動車の運転をヤメた。だから主だっての旅行手段は鉄道か飛行機か、なのだけども。今回は、高速バスを選んでみた。小学生でもなくなった息子のコストがどんどん高くなるので、深夜バスで車中一泊と考えたのだ。一番イイのは、寝台特急「サンライズ出雲」ってのが実にゴージャスで魅力的なのだが、鉄道ファン垂涎の人気特急とあってコストどころか予約も困難なこの手段はそうそう諦めた。
●新宿・明治安田生命ビルにあるウィラーというバス会社のターミナルに20時ごろ集合&出発。それなりにユッタリ作ってある座席のはずだが、ガシガシ貧乏旅行をしてた20歳代と同じノリというワケにはいかず、メッチャ足腰イタくなった。二時間おきに停まる殺風景なサービスエリアは、暗闇の中では実に没個性で、今自分が日本列島のどのヘンにいるのかサッパリわからない。朝になると、米子、松江、出雲といった場所でお客を少しずつ降ろしながらバスは進み、終点の出雲大社前に着いたのは9時30分。終点までバスに乗ってたのはボクら家族だけ。同じ週に夏休みをとった同僚はシンガポールまで9時間、先輩はウランバートルまで7時間の旅だったという…。出雲大社、東南アジアやモンゴルより遠い。

●でも、さっそく美味しいものの歓迎を受けて元気回復。

出雲そば 出雲ぜんざい

●左は「出雲そば」
●朝九時からおそば屋さんは元気に営業。12時になってもオープンしない下北沢のお店たちとは大違いだ。ここの名物・出雲そばの特徴は、三段に重ねられたおそばだそうで。一畑鉄道「出雲大社前」駅のすぐそばにある「伊藤そば」にて食べる。愛想のイイおばちゃんとトークしながら、ボクは三段別々の具が載ったヤツを食べる。
●右は「出雲ぜんざい」
出雲は、ぜんざい発祥の地だという。10月を一般では「神無月」というが、それは全国のカミサマがこの出雲大社に集まって地元を不在にしまうからだ。だから出雲では逆に10月は「神在月(かみありづき)」という。そこでこの土地は様々な祭祀で大騒ぎとなるのだが、その際に振る舞われるのが「神在餅」=「じんざいもち」。この「じんざい」が訛って「ぜんざい」となり、京都経由で全国に広がったという。と「日本ぜんざい学会壱号店」というお店で知った。写真は息子ノマドがたべたノーマルなぜんざいだが、ボクは夏季限定の冷たいぜんざいに焼きもちを投入した「中井貴一さんスペシャル」というメニューを食べた。映画の撮影でこのお店を訪れた中井貴一さんが、それまでなかったこの組み合わせの注文をしたのが名の由来だという。中井貴一さんの名も、ぜんざいの歴史の中で重要人物として記録されるのだろうか。


●さて、本題に行きたい。
古代日本においてこの出雲〜山陰地方に大きな政治的/文化的ハブセンターがあったのでは?という問題提起がある。卑弥呼の邪馬台国やその後の大和朝廷につながるヤマト王権に匹敵するような存在があった?

●以前の記事にも取り上げたが、この出雲地方には、畿内とも北九州とも違う青銅器文化の独自の成熟があった。出雲大社のお隣にある県立古代出雲歴史博物館に、実際の発掘物、数々の銅剣銅鐸銅矛によって説明されている。
●そんでこの出雲大社。そのルーツは「古事記」神話に直結するほど古いモノで実証的な意味では起源がよくわかってないほどだ。そしてココで祀られている神様オオクニヌシ、またの名をオオモノヌシ、またの名をオオナムチ、またの名をウツシクニマタ、またの名をアシハラノシコオWU-TANG CLAN みたいだからもうこのヘンで …とにかく名前がいっぱい。そして七福神の一人ダイコクさま(大黒様/出雲では大国様)として知られているこの存在も、様々な不思議がある。


この旅行で「古事記」について、いろいろな本/マンガを読んでみた。

こうの史代「ぼおるぺん古事記」2

こうの史代「ぼおるぺん古事記」1 こうの史代「ぼおるぺん古事記」3

こうの史代「ぼおるぺん古事記」1〜3巻
●今最も輝いている女性マンガ家の一人とボクが勝手に思っている、こうの史代さんが「古事記」のマンガ化に挑んでいたコトを知ったのは、県立古代出雲歴史博物館のミュージアムショップでありました。おおおっ!こんな本があったのね!しかも彼女はテキストにおいてはほぼ原文ママつまり上代古語をそのまま使って、それを彼女独特の品のある画とキャラ造形で解くという手法を使っている。おまけにボールペンで作画。すごい。難解と思われる「古事記」の記述筆致がリズミカルで音的にも耳馴染みよく記されていることを明確にプレゼンし、有名無名の神々の個性を多彩にかき分けて、「古事記」の時代の人々が世界の秩序の成立をこの物語にややオーバースペック気味なくらいに盛り込んでいることもわかるようにしている。

●丸顔でデコッパチの女神アマテラスが表紙に描かれた第一巻では、イザナギ&イザナミによる国産み事業が、若き青年男子女子の豊穣なる生命力として美しく描かれて、その生産力のあまりの膨大さにただ震えるほど。そしてアマテラス&スサノオの対立、天岩戸のエピソード…アマノウズメがこれまたチャーミングに描かれていて…、スサノオが殺してしまう食物の神オホゲツヒメの亡骸から五穀の種籾が散らばっていく描写も素晴らしい。
●で、ご存知のとおり、天界=高天原から追放され地上=葦原中国へと降りたスサノオヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを娶る。その時自分の国を作る場所として選んだのが出雲の地ということだ。そこから6代目に生まれる男がオオクニヌシとなる。

●で問題の第二巻「地の巻」ではオオクニヌシの活躍、因幡のシロウサギのエピソードから、スサノオの娘スセリヒメとの結婚、出雲の国の繁栄、そして一番不可解な「国譲り」の逸話までが描かれる。スサノオから6代目とすごい世代差なのに、スサノオ自身はフツウに健在で舅として婿のオオクニヌシにアレコレプレッシャーをかけるトコロがオモシロいし、そんなスサノオの娘であるスセリヒメも嫉妬深くて実にコワい嫁になる。
●後半は「国譲り」つまりアマテラス系統の高天原勢力が、オオクニヌシが豊かに育てた出雲の国を併合工作する様が描かれる。アマテラスは自分の息子たちを含めた何人もの使者を送って併合工作を試みるのだが、その住み心地のよさに懐柔されてしまう。女神の実子アメノホヒもその一人で、その後出雲大社の宮司一族の始祖となる。しかし何人目かの使者・武闘派タケミカズチは浜に突き立てた剣の上にあぐらをかくパフォーマンス(しかも切先の上にね)で圧迫をかける。オオクニヌシは息子たちに判断させるというのだが、温厚なコトシロヌシは叶わぬと悟って呪術で失踪(自殺?)、タケミナカタは格闘戦を挑むも徹底的にやっつけられ、長野県諏訪湖まで逃げて敗北を認める。完全に武力併合のノリながら(クリミア半島みたいに?)、オオクニヌシは自分を祀る巨大神殿を作って欲しいという条件で政権を譲ると認めるのだ。これが出雲大社の起源。ちなみに、まるっきり不甲斐ないコトシロヌシは、その後七福神のヱビス様になってしまう。なんでだろ?
●いづれにせよ、「古事記」世界では出雲の国は政治的な重要拠点であったようで、その主導権を巡って権力闘争があったことが想像できるのだ。「国譲り」という穏当な表現にされてはいるが、一つの地方政権が根絶されていく様がここに読み取れる。

●ちなみに、第三巻「海の巻」では、アメニギシクニニギシアマツヒタカヒコホノニニギノミコト、長いので略してニニギノミコトが、彼の祖母アマテラスの命で地上世界に進出することになる。天孫降臨のエピソードだ。アマノウズメをはじめ、天岩戸事件で活躍した神様もこの遠征に随行して移民していく。ところがコレがせっかく「国譲り」で得た出雲ではなく、九州の宮崎県方面に進出するのだ。アレ?出雲の位置づけは?せっかく併合したのにスルー?これも不思議だ。さらに物語は、ニニギの息子たち、ホデリノミコト(ウミサチビコ)&ホオリノミコト(ヤマサチビコ)に主人公を移し、ホオリノミコトと海神の系譜トヨタマヒメの孫、カムヤマトイワレヒコを紹介して終わる。彼が後の神武天皇だ。こうの史代「古事記」はココで一旦完結するが、イワレヒコは東に遠征。この神武東征大和朝廷の基礎が畿内地域に確立されることになる。出雲はここでもスルーされる。


水木しげる「水木しげるの古代出雲」

水木しげる「水木しげるの古代出雲」
齢90を超えて今だ創作意欲衰えず!ご自身が妖怪じゃないか?と思える水木大センセイの2012年作品。これも県立古代出雲歴史博物館のミュージアムショップで発見。こちらの本も「古事記」の記述、イザナギ&イザナミ〜スサノオ〜オオクニヌシの物語を縦軸にして、古代出雲の様子を眺めていく。ただより一層作者水木センセイの独自解釈が差し込まれている。自分を作中に登場させて持論「大和王朝が成立する以前には出雲王朝があったに違いない!」を展開していくのだ。なにしろ枕元に弥生時代の出雲青年が立つというのだから。

●日本列島への稲作伝来は紀元前10〜5世紀とされているが、そうした渡来文化のフロントラインは日本海に面した山陰地方だったという。古い時代においては海流の速い対馬海峡を超える九州よりも比較的安全に到達できるのが山陰沿岸。弥生文化への移行は北九州、出雲地方、岡山県吉備地方を中心に発達。その後の青銅器文化においても、出雲は大量の出土品から大きな存在感を示す。鉄器文化移行に及んでは、出雲地方は良質な砂鉄の産地でもあり、原料を朝鮮半島に依存することなく、製鉄まで行っていた形跡があるらしい。出雲地方は先進地域だったわけだ。
●この出雲地方を治めていたのが、オオクニヌシだ。彼はスサノオの娘を嫁にとりながらも、神話としては超モテモテ状態で各地で女性と関係し、その子供の数は180といわれる。これは次々と各地の豪族と婚姻関係を結んで勢力を伸ばしていくことを意味しているという。結果として出雲地方の勢力は島根から鳥取、岡山、兵庫、若狭湾岸そして福井県まで及んでいた。大和地方や四国にも影響力を持っていたとも言われる。巨大勢力だ。そもそもで、こうした出雲勢力拡大時代は100年くらいの期間だろうと推測されるが、その中でのオオクニヌシは、一人の人間ではなく、一種の役職または代名詞のようなもので、5人程度のオオクニヌシがいたのではないか?という考えも提案している。彼がたくさんの名前を持っているのもこの傍証につながる。

●しかし、この勢力も次第に削がれていく。新羅の皇子を名乗るアメノヒボコは好敵手の関係としてオオクニヌシと抗争を繰り返す。この時代は活発に渡来人が日本列島に植民していたのだろう。その一派がアメノヒボコだった。そしてアマテラス系統の勢力による「国譲り」のエピソード。「古事記」オオクニヌシが統治権を譲ったと穏当に描いたが、その後彼は霊界を治めることになる…つまりこの世から追放、具体的にはきっと滅ぼされてしまったのだ。
天孫降臨はその後の出来事。この「天孫族」はナニモノだったのか?という問題に関して、水木センセイはこれも朝鮮半島南部からの渡来人グループだったのだろうと推測している。さらにさかのぼれば、シベリア辺りから南下してきた人たちかもしれないと。これが最初に九州に定着し、神武東征で畿内に移動する。水木センセイ「天孫族」=「大和朝廷」が出雲を侵略し滅ぼしたと考えているが、ボクとしては「国譲り@出雲」→「天孫降臨@九州」→「神武東征@畿内」という順番が、どうも腑に落ちない。「古事記」アマテラス系統の正統性を強化するために3つの事件/政治的変革を関連づけているけれども、実は当事者も一貫しないバラバラの出来事だったのかもしれない。

しかし、出雲の因縁がその後の歴史で全く忘れられたというわけではなかった。畿内に定着した大和朝廷の、第十代崇神天皇や、第十三代垂仁天皇が、夢枕に立ったオオクニヌシの指示に従って問題を解決したというエピソードが紹介されている。怨霊になった菅原道真天神様として祀られる日本では、その怨霊の怒りを慰撫し魂を鎮めるために神社を建てる伝統は非常にポピュラー。オオクニヌシの故国・出雲には巨大な大社が営まれ、その神官には前述の侵略者の天孫族でありながら懐柔されて出雲化したアマテラスの息子アメノホヒの家系が担うことになる。彼から始まる大社の宮司・出雲国造一族は、天皇家に匹敵するほどの古い家系となるのだ。


安彦良和「ナムジ」全四巻 安彦良和「神武」全四巻

安彦良和「ナムジ」全四巻/「神武」全四巻
「機動戦士ガンダム」の仕事が有名過ぎる安彦良和さんは、マンガ家としては実にたくさんの歴史モノを描いている。ノモンハン事件、自由民権運動、ジャンヌダルクやイエスキリストまで、本当に幅広い分野を手掛けている。その中でも渾身のシリーズが、「古事記」の時代を劇画で描く「ナムジ」&「神武」の物語だ。あくまでエンターテインメントとして描かれているし、ここで提示されている史観は学会の主流とは縁遠い書籍からインスパイアされたと作者本人が言及している。ただ、そこには古代日本史の空白を優れた想像力を動員して埋める試みがあってとメチャメチャ興味深い。この作品自体は10年以上前に思い入れタップリで読んでいたモノで、ボクにとって今回の出雲大社旅行には、この作品の舞台を訪れるような(今流行りの)「聖地巡礼」的な意味合いもあった。

●主人公・ナムジオオナムチの異名を持つオオクニヌシのコト。浜に漂着していた由来不明の青年・ナムジは自らの立身のため、出雲(作中では於投馬=イズモ)に君臨する渡来系豪族の長・スサノオの娘スセリに接近、結婚することで出雲平野に国造りを始める。スサノオは勢力拡大のため九州に遠征、ヒミコを頂点とする邪馬台(=ヤマト=邪馬台国)に相対する。作中のヒミコ「古事記」の上でのアマテラスに対応しており、水木説による「出雲 VS 天孫族」の構造がココにも描かれている。ヒミコ邪馬台勢力も元来は渡来系で、そのルーツは秦の始皇帝の命で不老長寿の妙薬を探しに東へ旅立った学者・徐福の末裔。徐福はさらに東進しており、その子孫は畿内平野に別系統の邪馬台勢力を形成していた。出雲/九州/畿内の政権鼎立状態の中で、主人公・ナムジがどう立ち振る舞っていくのか、ここが見どころ。

●そして「神武」に至ってはナムジの子・ツノミイワレヒコとともに畿内へ進出していく。「古事記」が言及しない卑弥呼&邪馬台国までを巻き込んで「神武東征」を描く野心的作品になっている。登場人物の多くが「古事記」に登場する神々に由来しており、その役割を独自解釈で興味深いキャラクターにしているトコロも非常に興味深い。結果として、古代西日本が諸勢力によるダイナミックな覇権争いの舞台になっていたコトがイメージされる。神話では華々しい侵略劇として描かれる「神武東征」も、どちらかといえば衰亡しつつある九州邪馬台が、イワレヒコを通じて畿内邪馬台へ移民融和していく過程のように思える。
●このように、古代日本史は様々な想像をインスパイアさせる余地を残したフロンティアのような時代なのだ。それは、この時代が実は全くもって現在も正体不明であることの裏付けでもある。


武光誠「大和朝廷と天皇家」

武光誠「大和朝廷と天皇家」
●この本は、出雲大社の参道からまっすぐ伸びるオミヤゲ屋さんの中にあった、小さな本屋さん「吉川書店」で買った。この本によると、「古事記」「日本書紀」はそれらが書かれた7〜8世紀前半の天皇集権的な律令国家のバイアスが入って、正確な史実を反映していないとバッサリ否定。6世紀頃から始まる聖徳太子らの活躍や大化の改新など天皇集権化へのプロセスは把握できても、4〜5世紀の日本でナニが起こってたかはよくワカラナイというのだ。少なくとも推古天皇(←聖徳太子の叔母)以前の天皇の系譜も信用ならないとバッサリ。その代わりに別の史料を引っ張り出す。外国の史料からこの謎の時代を照らし出すのだ。

●まず重要なテキストとして、朝鮮半島の強国・高句麗「広開土王碑文」を参照。広開土王=好太王は4世紀〜5世紀にかけて名君として朝鮮半島や中国東北部に高句麗の勢力を広げた人物。ここに半島南部の百済・新羅との戦いの中で倭国と交戦したという記録が読み取れる。倭国が半島にどれだけの勢力をもっていたのかは不明だが、同盟国であった百済などを支援するために軍勢を派遣する力は持っていたようだ。渡来系の人々が移民して日本列島でコミュニティを作っていたと同時に、日本から半島に渡っていた人々もいたわけだ。古代の朝鮮半島と日本列島は思った以上にダイナミックに交流していたことが分かる。しかも戦争コミで。渡来人や当時の日本人にとっては、日本列島の東エリアよりも故国・朝鮮半島の方が親近感があったのだろうし、文明地域として価値があったのだろう。

●次なるテキストは「宋書」だ。中国は後漢の衰亡から「三国志」で有名な三国時代に突入すると、そこから長い政権分裂の時期に入る。「五胡十六国〜南北朝」時代だ。北方の遊牧系異民族が襲来して華北中原を支配し、従来の漢民族政権は江南地方に逃げる。ここでいうの国は、その南部政権の中の一つ。平清盛が貿易したとは別物。ここに、この倭国の5人の王が使者を送った記録が残っている。いわゆる「倭の五王」だ。ただ、この5人の王が、日本のどの天皇に対応しているのか、よくわかっていない。「古事記」「日本書紀」もほとんどこの外交に言及していないからだ。朝鮮半島南部に影響力を及ぼしたいと思っていた倭国〜大和朝廷は、そのお墨付きを中国皇帝からもらうため様々な称号をもらおうとしたり、進出支配の正当化をしてもらうよう運動したようだ。しかし時代は南北朝、南部政権のの権威に実効力はなく、朝廷はこれら南部政権への働きかけをヤメてしまう。これにシンクロするように北部の異民族政権の間隙をついて高句麗が伸長することになる。おまけに著者の見解によれば、外交は渡来人系の官僚に任せっきりで、天皇自身は外国の珍しい風物に触れる程度しか関心がなかったのでは、と考えている。おそらく「古事記」編纂時期にもとの交渉は記録されていただろうが、それに価値を感じなかったのだろう。

●一方、朝鮮半島への干渉については「日本書紀」に記録が残っている。半島南部は鉄の産地であり、これを輸入に依存していた日本にとっては重要拠点だった。これらの交易は北九州の勢力が独占していたが、大和朝廷が北九州を併合するとこれらの富が一気に流れ込み、勢力のますますの拡大に寄与したらしい。交易の相手であった伽耶=任那を経て百済との交流も始めたのが4世紀末。この時期に対応して古墳が巨大化していくのも、朝鮮半島との交易で朝廷の力が増進したコトを象徴しているのだろう。履中天皇陵、仁徳天皇陵、応神天皇陵など350〜480メートル超の大型古墳は全て五世紀に作られてる。「倭の五王」もこのヘンの巨大古墳の主が当事者との見立てがある…が諸説あって詳しくは不明。伽耶=任那は小国家の集合体だったので御しやすかったのかもしれないが、急速に伸長する高句麗の勢力とそれに押される百済の南下でこの地域も不安定となり、結局にして大和朝廷はこの地域の権益を失うことになる。その後、朝廷は日本列島の中での中央集権化に邁進することになるのだ。

「王朝交替説」についても言及がなされている。第二次大戦終戦直後から、皇国史観の根幹をなす天皇家の「万世一系」に対して批判的な学説が提唱されるようになった。一番有名なのは水野祐氏の「三王朝交替説」で、神武天皇からの古王朝、九州からの征服王朝であった応神天皇からの中王朝(河内王朝)、越前から擁立された継体天皇からの新王朝の、三王朝の交替が古代に行われたが、それは中央集権的律令国家成立後の史観「古事記」「日本書紀」によって隠蔽されたという説だ。古代史の見方が戦前/戦後という現代史にシンクロしているのが全くの皮肉。ただし、今日では「古事記」「日本書紀」は様々なバイアスがそれ以上に加わっているので、王朝交替どころか架空の天皇も創作されていると見立てた方がいいようだ。古代大和朝廷は有力豪族の連合体だったので純粋な血統で王統を繋いでいく発想もなかったらしい。結局は、継体天皇以前の天皇についてはなんだかよくワカラナイ、その後の天皇も辻褄合わせで創作された人物も多いと、ナゾばかりが残されてしまった。

日本という国の成り立ちは、わかっているようで実はナゾばかり。神話と伝承がそのまま歴史にフンワリ直結して、天皇家の権威付けを象徴的に成立させている。ただし、その隠蔽された歴史の裏側に、出雲をはじめとした傍流の人々の暮らしや文化が存在していたのに、今では溶けて見えなくなってしまっているコトを意識しておきたい。オオクニヌシ「国譲り」の後に移り去った見えない世界から常にコチラを眺めているのだから。



鳥取県の白兎神社にも行ってみた。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ1

オオクニヌシと因幡のシロウサギ。
オオクニヌシがサメに皮を剥がされたウサギを助けてあげた結果、因幡のヤガミヒメと結婚することができた、というのが「因幡のシロウサギ」のザックリとしたエピソード。これが由来となってオオクニヌシ縁結びの神様といわれるようになった。出雲大社も縁結びに効能アリなニュアンスがあって、最近は女子向けのパワースポットになってしまってる。
●で、もう一カ所、このエピソードに縁深い場所がある。白兎神社。鳥取県鳥取市白兎592。島根県の出雲からグーッと離れて、鳥取市の西のハズレにある。日本海に面した白兎海岸と道の駅がそばにある。ここにも足を運んでみた。上の写真はその道の駅「神話の里 白うさぎ」の駐車場にあったオオクニヌシ&シロウサギ像。奥に神社の鳥居が見える。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ5 オオクニヌシと因幡のシロウサギ4

●鳥居の先の階段を登って小高い丘の上へ。本殿へ向かう参道の左右にはウサギの石像が。白い石を積んであげると縁起がよいらしい。さらに進むと「御手洗池」が。減りもせず増えもせず、常に一定の水位を保っているという。
●サメに皮を剥がされたウサギは、オオクニヌシの兄たちにダマされて海水で身を洗ってますますその痛みをコジラセていた。正直なオオクニヌシは池の真水で身を洗うようにアドバイスする。その時ウサギが身を洗った池がこの「御手洗池」という。加えてオオクニヌシはガマの綿毛を敷き散らしてその上で転がれば元通り、ともアドバイス。ガマの花粉には止血効果があるらしいが、綿毛をくっつけて元通りってのはタダのゴマカシで、根本的な治療になってませんがな。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ2 オオクニヌシと因幡のシロウサギ3

●で、こちらが本殿。小振りで可愛らしいお社。ワイフが社務所でうさぎマークのお守りを買っていたかな。ハート型の絵馬には結婚したいとか恋愛成就とか、カップル連名で幸せになりますようにとかのお願いごとが書かれていた。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ6

●日本海に面した、白兎海岸。ここに写ってる小さな島「淤岐ノ島(おきのしま)」から岬までの150メートルが、ウサギがサメ(ワニ)をダマして渡ろうとした海。ワリとチッポケな距離だが主役もチッポケなウサギだけにリアリティがある気もする。一方、隠岐島から本州まで渡ったという説もありますが。
●本来は海水浴場なはずで、もっと賑わっていてもよい感じだけど、お客は数組程度しかいなかった…。海の家とかがあるわけでもないからこんなものか。地元の高校生男女6人組が、慣れない集団デートにドギマギしながら波打ち際に立ってる様子が可愛らしかった。サーフィン・スポットとしても知られてるらしい。

●ここまでのアクセスが足のない旅行者には険しい。
鳥取駅前北口のバスターミナル5番乗り場から、日ノ丸自動車/鹿野線という路線に乗って約40分&運賃600円、白兎神社前バス停で降りるともう目の前。しかし1〜2時間に1本しか運行がないので時刻表でチェックしとかないと実にメンドクサイ。道の駅「神話の里 白うさぎ」で時間を潰そうとしても潰しきれない気がする…。タクシーで鳥取市街まで戻ると3000円くらいとか。

●あ、あと余談だけど、ウサギを助けて縁を結んでもらった因幡のヤガミヒメ。でもオオクニヌシはその後にスサノオの娘スセリヒメと結婚してしまって、オマケにこのスセリヒメプレッシャーがハンパないモノだったらしく、ヤガミヒメオオクニヌシとの子供を木の枝に置いて逃げてしまったという。縁結びの神様としては、なんだかオソマツな結末。

うさぎネクタイ1 うさぎネクタイ2

●さらに蛇足。高円宮典子さま25歳と結婚した、出雲国造一族・千家国麿さん40歳が、婚約会見の時につけてたネクタイがこちら。ウサギがサメのアタマをジャンプしていく模様がカワイイ。県立古代出雲歴史博物館ミュージアムショップで売ってました。





●今日も引き続き、チルアウトっぽい音楽、そんでアブストラクトな音楽を聴いている。

FLYING LOTUS「LOS ANGELS」

FLYING LOTUS「LOS ANGELS」2008年
●映画「ブレードランナー」は、雨に濡れる未来都市ロサンゼルスハリソン・フォードが立ち食いのウドンを食うトコロから始まる。この音源は、混沌としたディストピアに渦巻く未来都市のBGMだ。腹に響くロービットなベースとキック、そこにコズミックなキーボードが深海から揺らめき立つ気泡のようにボコボコと不思議で不安な曲線を描いて浮かんでくる。暗黒の銀河が一分間に33回のペースでクルクルと転がっていく。悪夢寸前の甘美な快楽に酔う。未来世紀のビートマスターが宇宙に向かって発信する低周波の呪文。故人となった叔母 ALICE COLTRANE のハープもサンプル。

THEMSELVES「THE NO MUSIC」

THEMSELVES「THE NO MUSIC」2002年
●アングラ・ヒップホップの最奥部に潜む謎の集団 ANTICON。その中でも最も変態的なフロウを放つMC DOZE ONE とサンプラーの手打ちでドープなトラックを弾き出す天才DJ JEL のユニット。グチャリとひしゃげた声が放つ不穏な言葉運びが、実は確実かつ甘美なヒップホップビートの上で自由に踊り歌う様子があまりに異形で怪しいが、聴く頭の芯は徐々にクールになっていく。地熱で奇妙に温められた暗い鍾乳洞を、背筋に悪寒と冷や汗を感じながら魔物と一緒に歩くような気分。DOZE ONE、本当に自由だ…歌ってやがる…不気味に。

DJ RASHED「DOUBLE CUP」

DJ RASHAD「DOUBLE CUP」2013年
ゲットーハウスから進化したジューク/フットワークという21世紀のダンスミュージックはシカゴのアンダーグラウンドで発生した。その始祖的存在として君臨してきたDJの貴重なCD音源。しかも英のダブステップレーベル HYPERDUB からのリリース。今だその全貌が見えないジューク/フットワークの世界を、実は綺麗に整理して開示した印象のアルバム。他のジューク系に比べてダンスバトル向けのトリッキーな表現が抑えられていて、ベースの野蛮さとハイハットの硬さに特徴を残しつつ、ユッタリとグラマラスなグルーヴに身を委ねる聴き方の余地を大きく設けている。ちょうど夜の都会の上空をフワリと飛行するようなクールな美学に脱帽。ヨーロッパ・ツアーを経てシカゴの外のリスナーにも対応可能なレベルを探っているかのような印象。もちろん数曲はバトル仕様のトゲっぽいトラックも仕込んである…ドコに焦点を定めたらイイかワカラナイ変則ビート。タワーレコード購入特典だった DJ FULLTONO によるミックスCDは1998年からの全キャリアを網羅したスリリングなバトル仕様。
DJ RASHAD はコレからの活躍を期待されながらも今年4月に死去。死因はオーバードーズだった。

CRZKNY「DIRTYING」

CRZKNY「DIRTYING」2014年
●広島が生んだ日本のジューク/フットワーク・ヒーロー、CRZKNY。このセカンドアルバムは先日閉店してしまった広島の名店 FRIPP MUSIC から通販で購入。特典ミックスCDもついて非常に満足。前作よりもより先鋭的になった狂気っぷりにひたすら畏怖。つーかヤケクソ具合が増したのか?手加減なしの一本槍な攻撃が目立つ。神経質なハイハットがまき散らされて、容赦のないベースの連打が押し寄せる。速度感覚が麻痺して、果たしてコレが速いのか遅いのか、どこで拍を押さえたらイイのか、完全に分からなくなる。


●チルアウトのつもりが、エキセントリックなビートミュージックまで到達してしまった…。



近年最高にメンタルヘルスがピンチになってます。
●で、お医者さんとアレコレ相談して、上司とも相談して、緊急措置として「速やかな代休消化&残業禁止の制限勤務、今ボクが抱えているタスクを何人かに分散」を命じられたのでありました。産業医チームがここまで介入するのはすごく久しぶり。2007〜2009年の傷病休職から復帰、2010年に制限勤務解除とほぼ回復認定という扱いを受けてきて以来、四年ぶりの事態であります。

結果的に、突然お休みをもらうこととなって、オウチで静かにしております。
●クリニックの主治医が書いた診断書は、
 「疲労蓄積状態/業務に伴う疲労が蓄積しており、業務への集中が困難な状態です。就労環境の配慮が必要であると診断します。以下余白」
「疲労蓄積状態」ってなんだよ?って話ですが、ボクとしては「うつ病再発」って書かれたら大騒ぎになってまた出勤停止とか人事異動とか大変なコトになってしまう気がするので絶対に書かないで欲しいとお願いした次第で。実際まだそこまでヒドいトコロまで行ってるワケではないというのも正直な医者としての見立て、無難な表現にしておいたというニュアンス。ただこのまま行くと8年前の二の舞になりますよ、二枚目の診断書はそう書くコトになりますよ、との話。
●これをウチの会社の産業医さんに持ってったら、早速ボクの勤務管理システムから就労記録が半年分くらい即座に引っこ抜かれて、長時間勤務にマーカー付きでプリントアウトされてきた。「あーだいぶ働いちゃってるねえ。ココとココとココは徹夜勤務だねえ。ココも4連続で12時間以上勤務だねえ」はーそうですかー入力しろ!って言われるからいつもあわてて入力してるだけから、実際自分がどんだけ働いてるか客観視したことなかった…。
●結論として、疲れてるんだから今すぐ休みなさい、疲れてるんだから残業やめなさい、とのお沙汰だ。幸い、業務内容について手を突っ込まれる場面には至らなかった。あくまで労働時間をコントロールしろだから、プロジェクトから脱退しろという話にはなってない。できれば、ボクが自分で作ったプロジェクトからは離れたくない。

でも、目下の自覚症状は解決したい。
●睡眠が二時間以上持続しない状態を改善して疲労回復ルーチンを固めたい、安定剤を増量しても解決しない軽いパニック発生を避けたい。めまいと耳鳴りはあっても、今回は手の震え・アゴの震え、激しい頭痛や緊張性筋肉痛は起こってないのでコレは安心。ただ、下北沢の街を散歩するだけで虚脱してしまうのは、体力が削がれているためだと思う。



で代休消化で突然の6連休。
●別に旅行とか行くつもりはないよ…そんな余裕も体力もないし。いや基本的に下北沢の街から出るつもりもない。十分に寝て、朝はキチンと起きて、ちょっとだけ散歩してカフェで休憩して。土曜日はヨガ教室に行って。後は読書して音楽聴いて。そんな過ごし方をしようと思う。誰にも会わない。その方がリラックスできる。駅前のユニクロで下着と靴下買おうかな。部屋の片付けでもしたら気分転換になるかも。チルアウト。

●さしあたり、iPhone のOSバージョンアップをしてみた。iOS8。どんなもんだかワカランけど。
facebook は意味なく大阪弁モードにしてみた。「いいね」「ええやん」になった。「コメント」「つっこみ」になった。




●静かに音楽を聴く。

SIGUR ROS「VALTARI」

SIGUR ROS「VALTARI」2012年
●ご存知、北極圏寸前の北国アイスランドを代表するバンド。もうアイスランドといえば BJORKSIGUR ROS かってほどですね。この前大学生くんとメシ食べた時にアイスランド旅行の話になって。ボクは BJORK キッカケで2000年にあの国へ行って、当地のレコ屋でなんも知らないまま SIGUR ROS の出世作「AGAETIS BYRJUN」を買ったのですわ。で、帰国後、彼らはあれよあれよと日本でもブレイク。大学生くんは、そんな SIGUR ROS の国が見たくて旅行で一か月滞在したとな。惚れたアーティストに世代差があれど、BJORK にしろ SIGUR ROS にしろ、どんなインスピレーションであんなユニークな音楽が出来上がるのか、その秘密を知りたいと思う気持ちが意気投合。実際、地の果てみたいな光景が広がるアイスランドはまさしくインスピレーションの豊かな源泉のような場所でした。
●で、このアルバム。2009年の世界ツアーを終えてなんだかピークが一区切りついてしまったバンドは、子供の誕生とかソロ活動などで一旦バラけて活動休止状態になる。ボーカルでありバンドの頭脳である JON POR BIRGISSON はソロ名義 JONSI を名乗ってソロアルバムを発表。彼がゲイだと知ったのもこの頃。そんなんが落ち着いてユルユルと始まったのがこのアルバム制作だとな。だからこのアルバム、なんか奇妙な弛緩状態でとりとめがないというか、ツカミドコロがないというか。日本盤ライナーノーツにはメンバー自身が「なぜこのアルバムを作り始めたのか、全く覚えていない。ナニをやろうとしていたのかも分からない」と吐露してるんだからタマラナイ。ポストロックやエレクトロニカといった文脈からも逸脱した、ビートらしいものもない、メロディらしいものもない、音の「雲」のような不定形さがワケワカラナイというのが、この盤を入手した瞬間の率直な感想だった。
●ただし。身も心も消耗した今のボクには、そのとりとめのなさが、実は救いとして響く。朝日に光り輝く海面が決して留まることなくさざ波立つように、シンセの寄せては返すような揺らめきと、神々しいエコーに包まれたボーカル/コーラスの凛とした佇まいが、ボクの神経を優しく撫でるようだ。ジャムセッションから編み出された楽曲というが、微妙なアレンジの細かい積み重ねに整えられてユッタリとカタルシス溢れるピークへ聴く者の耳を連れて行ってくれる。まさにチルアウト。落ち着きある時間があって初めて理解できたかな。

幸村誠「ヴィンランドサガ」15

幸村誠「ヴィンランドサガ」15巻
●話はそれますが、11世紀北海地域を舞台にしたこのマンガ、主人公トルフィンが、イギリスのノルマンコンクェストで蛮行を繰り返すヴァイキング生活そしてデンマークの農奴生活を経て、やっと故郷のアイスランドに帰ってきました。中世アイスランドってマジで地の果てでしょう。ここからさらに地の果てグリーンランドを超え伝説の土地ヴィンランド(=アメリカ大陸)を目指すのかなと思いきや、なんとバルト海〜ロシア/ノヴゴロド経由ビサンチン帝国行きの冒険を目指すことになっちゃった。中世ヨーロッパでは荒唐無稽にも思えるこの冒険道程は「ヴァリャーグからギリシャへの道」と呼ばれた実在の通商ルートでこの時代のヴァイキング系民族が切り拓いたものらしい。それにしたって大分大変そうな、逆サイド東方の地の果て旅行。

THIS DESTROY YOU「YOUNG MOUNTAIN EP」

THIS WILL DESTROY YOU「YOUNG MOUNTAIN EP」2006年
●こちらはアメリカはテキサスのインスト・ポストロックバンド。このバンドにとっては最初の音源らしい。ツインギターとベース&ドラムの四人編成だけど、ボーカルはいない。シットリとした静寂とギターが大きく弾けるシューゲイザーの爆音感覚が往復して、スロウな楽曲をドラマチックに盛り上げていく。ピーク時のスリリングな盛り上がりとカタルシスはロックとして十分な迫力。

MOGWAI「MR BEAST」

MOGWAI「MR. BEAST」2006年
MOGWAI はスコットランド・グラスゴーのポストロックバンド。ボクがこのバンドを知ったのも SIGUR ROS を知ったアイスランド旅行と同じタイミングだった。彼らのファーストアルバム「MOGWAI YOUNG TEAM」の有名な「富士銀行の看板」ジャケ(日本盤だと黒く塗りつぶされてます)を、へんな写真使うバンドだなと思って手に取ったのでありますアイスランドのレコ屋で。彼らもインスト基調で静寂と爆音を往復する作風だが、ややその音楽には邪気と悪意の気配が。ノイズの切り込み方に暴力的なモンを感じます。けどキャリアも積んで5枚目のアルバム、最初の印象に比べると、繊細で落ち着きが出てきてるかも。日本語のポエトリーリーディングもある。

VAN DER GRAAF GENERATOR「FIRST GENERATION (SCENES FROM 1969-1971)」

VAN DER GRAAF GENERATOR「FIRST GENERATION (SCENES FROM 1969-1971)」1969〜1971年
●ここで唐突に60年代末〜70年代初頭のプログレッシブロックにワープ。このゴツい名前のバンドはマンチェスター出身。バンドの初期(全盛期?)である2〜4枚目の内容をまとめたベスト盤。1972年には一度解散、1975〜1978年に一度復活するもまた解散。2000年代に入って再結成してる。
オルガンシンセとピアノ、それと大仰で扇情的なボーカル、トリッキーなサックスが10分前後の長尺でグイグイと迫り上げていく感じが、やや不気味で奇妙な緊張を孕んでいる。とにかく曲が長い…最長23分の曲があるよ…組曲風の実にプログレチックな構成。ベスト盤っぽくない選曲だよね。エレキギターで KING CRIMSON ROBERT FRIPP が神経質なプレイを一部で披露。サックスプレイヤー DAVID JACKSON はジャズプレイヤー ROLAND KIRK の影響を受けてサックス二本をイッペンにくわえて演奏する奇人。



アレクサンドル・デュマ「三銃士」は楽しく読了しまして。いやいや意外なほどオモシロかった。
●そんで今は塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界 海賊、そして海軍」を読んでいる。「ローマ人の物語」「十字軍物語」「海の都の物語」まで読んだので、コレを読めば、塩野さんの古代〜中世ヨーロッパ史はおおまかに網羅したことになるだろう。そしたら今度はこの人のルネサンス史シリーズに着手しよう。最新作「皇帝フリードリヒ二世の生涯」から行けばイイかな?その次は「わが友マキアヴェッリ フィレンツェ存亡」か。

塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界 海賊、そして海軍」

(塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界 海賊、そして海軍」)


カラダもココロもボロボロ。
あまりの激務のあまり、クスリを切らした。これ致命的。安定剤なしではマトモな思考を保ってられない。もう今朝からパニック状態だ。最近は病院にも行く暇がなかったのだ。だから午前中は会社をサボって病院行ったんだけど、あんまり気配がヤバかったようで、急いで上司に相談するように、と診断書まで渡された。実際このままではマジでパンクすると自分でも危機を感じる。上司もヤバいと受け取ってくれたようで、今日はそのまま会社も早退。むさぼるようにクスリを入れる。そのまま家に帰って夜まで爆睡。やっと今、目を覚ますことができた。

論理的思考が壊れるってわかる?
●本来的には理屈っぽいタイプの人間のボクなんです。なのに「ああ、考えがまとめられてなくて、相手にボクの考えが伝えられない!伝えられていない!」「混乱した感情と伝えるべき事実が渾然一体になって分割できない!」「物事に優先順位がつけられない!」とブッ壊れてる自分が客観的にわかっちゃってるのにそれがどうにもならなくなってしまう状態が起こるのです。ソレ以前に、視点が落ちてナニを見てるか分からなくなるとか、耳鳴りや軽い目眩がするとか、余計な心配事を無意識でかき集めてパニックを自分で高めてしまうなどなどのコトが起こってます。外見的には、ヒドいコトになってるようですけど、それはボクにはワカラナイ…。

●ダメぶりに磨きをかけるかのように、ツイキャスのダラダラトークを眺めてる…。ツイキャスはスゴいな。生々し過ぎるな。マジで。

●あ、「盛り上げ過ぎる女」下田美咲がツイキャス配信してる…。
●髪の毛切ってるみたい。原宿のお店で。

ツイキャス下田美咲

下田美咲「お手を拝借!もういっちょ!」

下田美咲「お手を拝借!もういっちょ!」2013年
ポニーキャニオン、なにを血迷ったのか、下田美咲のCDを出してるんだよね。この音楽不況に勝ち目あるのかよ?!あまりにもバカバカし過ぎて買っちゃったよ。レンタル落ちの100円だけど。内容はひたすらハイテンションの飲み会ソング。初回版なのか本人による丁寧な振付けDVDがついていた。YouTubeと変わらない品質だった。
●YouTubeで未成年の彼女が無心でカラオケで暴れまくってる動画を見つけた時は大爆笑したけど、いまや個人事務所「ミサキ式」作って、社長兼会長&「下田美咲プロジェクト」プロデューサー総監督を名乗り、「もう、この支配からは卒業しています」尾崎豊を翻案するコピーを打つようになってからは、なんかぶっちゃけ微妙。そのヤンキー思想濃度の濃さがツライ。




●以下は、別の日に書いておいた文章。比較的正気の時に書いてたヤツ。

久しぶりに、WU-TANG 物件。いやいや塩梅がええわ。
WU-TANG CLAN はかつて猛烈にハマってたんだよね。90年代中盤で彼らが登場して、各メンバーがソロを出しまくるようになる2000年前後までは、バッキリマークしてた。ただ、トレンドがやや別方向にうつるにつれてチェックを怠るようになってしまった。具体的には THE NEPTUNES KANYE WEST の活躍する時期でシフトチェンジ。今回は、たまたまディスクユニオンで見つけた三枚をまとめて聴いていて、比較的最近めの彼らをチェックする。

RAEKWON「ONLY BUILT 4 CUBAN LINX PT II」

RAEKWON「ONLY BUILT 4 CUBAN LINX ... PT. II」2009年
WU-TANG CLAN の4番打者、RAEKWON またの名を THE CHEF のソロ4枚目。1995年にリリースした最初のソロ「ONLY BUILT 4 CUBAN LINX」の続編にあたる設定。そんで、これが90年代前半の WU-TANG 世界の美学をそのままに踏襲してて、実にイイ塩梅なのだ。
●1993年に WU-TANG 軍団 が突如登場して当時の東海岸シーンを席巻した時の、奇妙に崩れたポンコツサウンドメイキングは強烈な個性を放っていた。オマケにマネ出来るモノもいないので軍団の外にフォロワーもいない。まさしく彼らだけのサウンド、彼らだけの美学。ソウルミュージックの古典をサンプルしながらも全部グチャグチャにして、バランスを崩した壊れっぷりを剥き出しにしたトラックは、奇妙な腐臭を放って聴く者を不安にさせる。しかしそんなトラックを乗りこなすラッパーがこれまた強烈な個性派、彼らのフロウとこのトラックが合体することで、結果としてベタベタに粘つくようなファンクネスが宿る。病み付きになる。一度ハマると危険なほど中毒性が強い。
●そんな芸風を、00年代が終わろうという段階においてもシッカリキープしているのが、このソロでハッキリわかってメチャ安心。重モビルスーツ・リックドムみたいなゴツい体格と、そこから意外なほど正確に連射されるラップが、不気味なサンプルの上で器用に踊る。客演には WU の盟友が続々登場。義兄弟 GHOSTFACE KILLAH をはじめ、METHOD MAN、RZA、GZA、INSPECTAH DECK、MASTA KILLAH、CAPPADONNA と、夭逝した ODB 以外は全員参加している…結束固そうであれこれとルーズな WU の連中が一堂に会するって結構マレなので安心。トラック提供は、WU の総帥 RZA や 第二の頭脳 MATHEMATICS にはじまり、一流プロデューサー DR. DRE、ERICK SERMON、PETE ROCK、MARLEY MARL までが担っている。これまた惜しまれつつも2006年に他界した J DILLA の遺作トラックを採用しているのも注目。J DILLA の高速トラックで WU 戦士5人がマイクを回す「HOUSE OF FLYING DAGGERS」でコチラの血圧も一気に上がる。WU-TANG ならではのムサ苦しさアツ苦しさが全開。

RAEKWON「THE LEX DIAMOND STORY」

RAEKWON「THE LEX DIAMOND STORY」2003年
RAEKWON のソロアルバム3枚目に遡ってみる。こっちはトラック制作を若手に任せたのか、RZA の関与は全くなくて、WU の流儀が少し薄い。頑張ってはいるんだけど、一番濃いトコロに届いていない場面がある。その若手の中には LANA DEL REY のデビューアルバムを手掛ける EMILE HAYNIE なんかも混じってるんだけど。客演は GHOSTFACE などなどの盟友もちょいちょい参加してるが、軍団結集のイメージは薄い。HAVOC、CAPONE、FAT JOE などの東海岸の名手がいるけどね。
「PLANET OF THE APES」のベースのコード進行が、「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙」の主題歌、井上大輔「めぐりあい」のイントロに似てる気がする。

GHOSTFACE KILLAH「THE WALLABEE CHAMP」

GHOSTFACE KILLAH「THE WALLABEE CHAMP」2008年
WU-TANG 軍団の中の特攻隊長、超オフェンシブなフォワードポジションを担う、GHOSTFACE KILLAH またの名を IRONMAN またの名を TONY STARKS またの名を GHOSTDEINI またの名を THE PRETTY TONEY 簡単に言えば GHOSTFACE の B-SIDE & REMIX 音源編集盤(WU-TANG 軍団は全員が様々な異名を持つのよね…ヒップホップにアリガチなアルターエゴ・ギミックもココまで行くとヤリ過ぎてて笑える)。実は WU のメンバーの中で彼が一番勤勉、ソロアルバムの枚数はダントツの多さを誇る。義兄弟 RAEKWON と同じような巨漢でありながら、その意外なほど高い声から弾き出されるラップは切れ味深くて緻密。ソウルファンク趣味も濃厚で、この作品に限らずメンバーの中でも一番のソウルフルさを醸すコトで有名。このアルバムでも JACKSON 5「ABC」の大ネタ使いなどをカマしてる。
●編集盤というコトでやや散漫な印象が否めないが、個人的に一番の聴き所は、日本を代表するトラックメイカー MURO のトラックで RAEKWON らと共演している楽曲「ROOSEVELTS」優雅なサンプルコラージュとピアノ連打の渋いサンプルで緊張感漂うトラックを、綱渡りするようにワザアリラッパーたちが一見無造作のようで計算されたフロウを繰り広げるのが実にクール。

●一時期までは、WU 関連音源は全部買ってたんだけどね。さすがに近年は取りこぼしが多い。どこかでコンプリートしようかな。いやいや膨大過ぎて手に負えないや。



●動画。
●RAEKWON FEAT. INSPECTAH DECK, GZA, GHOSTFACE KILLAH & METHOD MAN「HOUSE OF FLING DAGGERS」
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●下北沢は目下「カレーフェスティバル2014」で。
●なんだかカレー屋さんに行列ができちゃってます。
●そんな騒ぎとは全く無縁なポジションで、昔ながらの無骨なカレーを出す「下北沢南海キッチン」の狭いカウンターで休日のランチ。ムサい客5人がモクモクと定食を食むなか、ボクは650円という安価のカツカレーを注文。うまかった。
「南海キッチン」は神保町にもあって。アソコのカツカレーも古典派で絶品だったな。久しく食べてないけど。


●その後は、これまた久しぶりの「やなか珈琲下北沢店」でブレイク。
180円だったコーヒーが、220円に値上がりしてた。日本はアベノミクスでキチンとインフレ局面か。
●午後の読書は、アレクサンドル・デュマ「三銃士」。仕事の事情で読み始めたんだけど、意外とオモシロいじゃないか。冷静に考えると「銃士」ってなんだかよくワカランカテゴリー、騎士とも武士ともチガウのか一緒なのか。でも貴族的な立ち振る舞いと、ワイルド過ぎる血の気の濃さがナカナカにイイ味出してまして。人妻にも加減なく手を出すトコロもワイルドね。そもそも岩波文庫ってのが久しぶり。下巻も早速Amazon発注。

アレクサンドル・デュマ「三銃士」

●仕事の事情で、英文の同意書を突然作らされたり、HPの管理で自分で html タグを書いたり、PHOTOSHOPで画像を作ったりと、今までにない芸風を付け焼き刃で身につけなくてはならない昨今。なぜフランスの古典まで読むトコまで追い込まれるのか自分でもよくワカラン。でもさすがに200人の観衆の前で英語のプレゼン&トークディスカッションをしてくれってオーダーはお断りしました。無理無理!



R&B と EDM の融合局面、2011年。
●ムーブメントとしてはピークを過ぎているのかもしれないが、少なくとも2011年においては一世風靡していた EDM というヨーロッパ由来のジャンルミュージックが、その2011年あたりから気になってしょうがなかった。ナゼなら、その EDM を英米のブラックミュージックが積極的に取り込むようになっていたからだ。この現象について、今さらながら、いつもどおり音源に寄添いながら、アレコレ考えてみたいと思うのです。
●まーまたニーズのナイ文章なので、読む人もいないのですが。

TAIO CRUZ「TYO」

TAIO CRUZ「TY.O」2011年
●人から薦められてゲットしたものの、全然聴いてなかった UK のR&Bシンガー。なんとなーくCDプレイヤーに乗せてみたら、コレがパリッパリでアゲッアゲの EDM だった。昨今はソウル/R&Bをシレッと「アーバン」って言い換えたりしてる気分があるけど、なるほどなるほど、トラックがこんなに EDM 化してると、R&Bって言いづらくなる気持ちも分かる。テンポも完全に EDM なスピード、スタスタと走るスクエアな四ツ打ちビートとオオゲサなシンセリフの上を、本来ソングライターでもある TAIO CRUZ のキャッチーなボーカルが軽快に乗りこなす。
EDMって完全に白人由来のダンス感覚でしょ。それをここまで積極的にブラックミュージックに組み込むって、一種の逆転だと思ってビックリした。黒人音楽の成果を白人ミュージシャンが汲み取ったり翻案したりして、戦後のポップミュージックは進化してきたのがデフォルトとボクは考えている。ジャズしかり、ブルースしかり、ロックンロールしかり。ヒップホップもレゲエもテクノ(デトロイト)/ハウス(シカゴ)も、黒人文化由来で始まったモノを白人側が汲み取って市場を広げてきたのがポップミュージックの歴史。ただ、ココにきて、EDMという白人センスをブラックミュージックが積極的に取り込むというトレンドって、歴史的逆転のように思える。マイノリティから出発したモノがマジョリティに伝播するとすれば、ブラックミュージックがもはや音楽市場のマジョリティであり、白人由来の EDM こそがマイノリティの表現なのか。00年代あたりでビルボードチャートは先進的なブラックミュージックと保守的な白人音楽/アイドルソングの二極分化するようになっていたし、ヒップホップ/R&Bは貪欲に新型ビートの開拓開発に躍起になっててそのトレンド消費のスピードも異常に速くなってた。そんでとうとう巡り巡って、白人由来の EDM を取り込むようになっちゃったのね。
TAIO CRUZ はイギリスのシンガー。だからといって、この現象がイギリスのみに限られたことではない。アメリカでも TAIO は成果をあげてるし、客演としてアメリカ〜マイアミ系のラッパー、FLO-RIDA PITBULL が参加し。これが2011年にはすでに定着したアプローチになっている。

PITBULL「PLANET PIT」

PITBULL「PLANET PIT」2011年
●アメリカ・マイアミ出身のキューバ系ラッパー。このアルバムもここからカットされたシングルも完全に EDM なパーティチューンで、そして見事にヒットしてる。彼のスパニッシュ混じりなダミ声ラップと豪華なフィーチャリングシンガーが、強烈な四ツ打ちキックの EDM の疾走するビートの上で踊っている。R&Bだけでなくヒップホップも貪欲に EDM を取り入れたのね。客演には同じラティーノ系の MARC ANTHONY ENRIQUE IGLESIAS、オートチューンで自分の声を効果的に加工する業師 T-PAIN、それに CHRIS BROWN、JAMIE FOXX、KELLY ROWLAND などなどの人気者、さらにはレゲエ畠から SEAN PAUL も参戦。
TAIO CRUZ「TY.O」とコッチのアルバムはトラック制作陣もややカブッテル。DR. LUKE はアメリカのソングライターで KETTY PERRY まで手掛けるポップ師だ。LADY GAGA のブレイクに関わった REDONE はモロッコ系のスウェーデン育ちのプロデューサー。彼のプロダクションの連中も活躍してる。そんでフランス人ハウスDJ DAVID GUETTA。まさしく彼が現在の EDM シーンを形作ったといっていいかもしれない。

DAVID GUETTA「ONE MORE LOVE」

DAVID GUETTA「ONE MORE LOVE」2010年
●パリのクラブで80年代からDJをしていた彼が国外でブレイクしたのは2007年のサードアルバム「POP LIFE」の時。これがイギリスでスマッシュヒットして、いきなり彼は時の人となる。そして2009年にリリースしたアルバム「ONE LOVE」が世界中でヒット。このアルバム「ONE MORE LOVE」「ONE LOVE」から派生した音源を延長戦として編集した作品だ。そんなアイテムが出せるってコトに、この時期に彼がどれだけの勢いを持っていたかがわかる。ここで彼がコラボしているのは、MADONNA、RIHANNA、KELLY ROWLAND、AKON、LMFAO、LIL WAYNE、FERGIE FROM THE BLACK EYED PEAS などなど。超一流アーティストばっかり!ボク個人としては、名前を知った瞬間には既に圧倒的なセレブになってた印象。
EDM ってフレーズは彼の活躍で一気にポピュラーになったような気がする。でも元を正せば EDM =「ELECTRONIC DANCE MUSIC」という意味。ちょっと大ざっぱ過ぎるカテゴライズじゃないか?!とツッコミたくなる言葉だ。今の世の中ではエレクトロニックじゃない音楽の方がレアじゃないか?80年代からエレクトロニックなんて珍しくないじゃないか?ということで、音楽好きの中にはこのヘンの EDM をチャラいと貶めるムキもある。従来の英米日テクノ/ハウスの文脈ともシッカリと結びついてないのでそのヘンのマニアとも相性がよくない。手っ取り早く言えば、少々バタ臭くて、ビートの構造やシンセリフが大味。日本から見ると英語圏というフィルターの向こう側にあるヨーロッパ諸国のシーン、一口に言えばユーロポップ/ユーロダンスと言われるようなスタイルは元来からこうした傾向を持ってるのかもしれない…。
ただ、フランスにおいて、エレクトロの系譜ってのはシッカリ縦軸で繋がってる。90年代からフレンチテクノ/ハウス LAURENT GARNIER などの活躍で東京/渋谷系などに紹介されてたし、DIMITRI FROM PARIS MR. OIZO などの活動も聴こえてきてた… OIZO は最初からエレクトロ度が高いスタイルだったかと。そして DAFT PUNK のブレイク。セクシーなエレクトロファンク・アプローチがビリビリ。00年代に入ると KITSUNE、ED BANGER RECORDS といったレーベルが軸になって、フレンチエレクトロという文脈で新しいムーブメントを巻き起こし様々なアーティストが発掘された。その後にイギリス/アメリカでブレイクする GUETTA は年齢でもキャリアでも LAURENT GARNIER とほぼ同世代、DAFT PUNK から見ると先輩格。そんな彼はジワジワと DJ として武名を高め、イビザ島の名門クラブ PACHA で人気イベントを育てる中、そこに遊びに来るアメリカ人アーティストと着々とコネを作っていったそうな。ある意味下世話なほどに狙いがアザトイが、でも的確にアゲアゲへ持って行く貪欲ぶり満載のサウンドは、彼がDJとして長いキャリアを生き抜いてきた証なのかもしれない。

DAVID GUETTA「NOTHING BUT THE BEAT」

DAVID GUETTA「NOTHING BUT THE BEAT」2011年
●アゲアゲパーティモンスターが、さらに鋭い牙を剥いて、ロック濃度/トランス濃度がより上がった感じがする5枚目のアルバム。この後 EDM の文脈はアメリカで更に拡大解釈されてラウドロック方面まで到達してしまった感じもあるからね。まーそこは置いておきつつも、ゲストのセレブ度もどんどん加熱してまして。NICKI MINAJ、FLO-RIDA、LUDACRIS、SNOOP DOGG、USHER、WIIL.I.AM、CHRIS BROWN、LIL WAYNE、AKON、TIMBALAND、JENNIFER HUDSON、JESSIE J などなどキラキラ状態。もうイケスカナイって領域まで踏み込んでるわ。
●こんだけ立派なR&Bシンガー/ラッパーを登用しつつも、臆することなく完全に自分の大味な GUETTA 流四ツ打ちエレクトロ文脈に乗っかってもらってる。一方で彼の音楽は圧倒的にポップであることにもちゃんと着目しておかないとね。既存エレクトロにアリガチだったストイックな反復やボーカルのナイぶっきらぼうさはココにはゼロ。起伏のある展開とゲストボーカリストの見事な歌唱を前提としたメロディの美味しさはキチンと評価しないとね。

AFROJACK「FORGET THE WORLD」

AFROJACK「FORGET THE WORLD」2014年
DAVID GUETTA の音源に、共同クリエイターとしてクレジットにチョイチョイ名前がよく出てくるオランダ人DJ。まだ27歳というから、現在46歳という GUETTA に見ればまだまだ若造かもしれないけど、この人が出て来ると王道 EDM にイイ感じのナスティな味が絡まってくる。絶妙なスパイス的存在。具体的にいうとプワンプワンプワンプワンとファンキーなシンセフレーズがでてくるんですよねー…つーかこの説明じゃ意味分かんない気がするけど。でもね、これが大事な個性だと思うのですよ。ブラックミュージックが取り込もうとする白人由来の EDM の中にまたまた黒人由来のファンクネスが忍び込んでる、という入れ子構造みたいな白黒オセロ関係がスリル。オランダ産ダンスミュージックには、ダッチトランスからガバまで強烈で極端な文化があるからオモロいね。
●そんな彼のファーストアルバムがコレ。裏方イメージからやっと表舞台に出てきたよーって印象。なのですが、残念ながら、ちょっと気負い過ぎちゃったのか、メジャー路線の王道 EDM にコダワリ過ぎちゃってる。このアルバムではボクが注目してた彼の独特の個性は控えめになってて、より一層ロッキンな方向へキレイに整えてしまってるわ。ピアノやロックギター、オーケストラまで導入してバラエティ感を作ってるのは、やや成熟/飽和しちゃってる EDM 表現の先に行かなきゃって義務感みたいなものか?大物シンガー STING まで招いてメリハリある典型的ダッチトランス展開まで導入しちゃってるけど、そーいうのは2000年頃にも聴いてたよん。アメリカのロックバンド THIRTY SECOND TO MARSKEANE とのコラボなんかもしてるけど、そんなに効いてない。
●唯一、SNOOP DOGG と一緒にやってる「DYNAMITE」って曲だけが、ヒップホップに寄添った遅いエレクトロで。粘っこくシンセをブヨブヨ唸らせてて、ベースもとびっきりブーティ。この人 AFROJACK の持ち味を全面に押し出してる。ドライブミュージックとして EDM を流し聴くタイプのリスナーは絶対キライなスタイルだと思うけど。
●あと、DJ BUDDHA という人が、今日紹介している音源には名前がよく出てくる。ドミニカ系のアメリカ人DJみたい。レゲトンから出発して PITBULL 経由からの AFROJACK と共闘みたいな流れみたい。

C2C「TETRA」

C2C「TETRA」2011年
GUETTA 文脈から、フランスのミュージシャンをもう一枚。こちらはターンテーブリスト4人組のユニット。元来は DMC 的なバトルDJの世界で活躍してた連中で、そこから自分たちの音源を作り出すようになった。実は4人の個性はバラバラらしく、彼らの音楽にはヒップホップのテイストと、EDM のテイストが五分五分の割合で溶け込んでいる。強い四ツ打ちビートのマナーやシンセリフ使いは EDM のお行儀だが、細かくまぶされているサンプルセンスやサウンドコラージュの多彩さ、スクラッチの妙技は完全にヒップホップ由来。ユニークなヨーロッパテイストのラップも積極的にフィーチャーされてるのも個性的。
●以前このブログでも紹介した、オランダのレーベルに所属する R&B シンガー OLIVIER DAY SOUL が参加。彼自身のアルバムで聴いたコスミックソウルの匂いはココにはないが、ライトなシンセポップで優雅な声を聴かせてくれているのはウレシイ。日本人バトルDJの KENTARO が参加したトラックは、直球でスクラッチバトルが展開されてる。うーん、これ EDM アルバムじゃないかもな。

AVICII「TRUE」

AVICII「TRUE」2013年
●続いてはスウェーデンのアーティストだ。英語圏の向こう側のヨーロッパは実に奥深い。特にスウェーデンはいつでも独自のシーンから新鮮な刺激を供給してくれる。しかも AVICII 本人はこのデビューアルバムリリース時は24歳。AFROJACK でも若いと思ったがそれ以上の早熟さ。それでも GUETTA とコラボ経験もあり。2012年には GUETTA との共作曲と、自己名義シングル「LEVELS」がグラミー賞にノミネートされてる。
●ただし、このアルバムではさらなる進化をユニークな視点から試みてる。アメリカのルーツミュージック、ブルーグラスやカントリー、フォークなどを参照して、効果的に取り入れているのだ。実際に「HEY BROTHER」でシブい喉を披露している男性は DAN TYMINSKI というアメリカのベテラン・ブルーグラス・シンガー。他にもアメリカから北欧エリアまで有名無名のシンガーソングライター(一番有名なのは「AMERICAN IDOL」出身の ADAM LAMBERT か)を起用して、シンガロングなメロディを担保している。そこにキチンとダンスミュージックとして高機能なエピック展開を盛り込む。隠しゲストとしては、ギタリストに西海岸ミクスチャーロック INCUBUS MIKE EINZIGER が、そして DAFT PUNK とのコラボで現役感を全世界に知らしめた CHICNILE ROGERS もいる。NILE のギターグルーヴと色男 ADAM LAMBERT の合体曲「LAY ME DOWN」はマッシブなパワーがタマラナイ。
●日本盤はボーナストラックがたくさん収録されている。基本的にシリアスなトーンの AVICII の音楽はいたづらに享楽的にはなりきらない気品がある。そのストイックさが北欧らしさなのか?

MOHONBI「MOVEMEANT」

MOHOMBI「MOVEMEANT」2011年
●さてさて、こちらもスウェーデン出身のシンガーだ。ただこの MOHOMBIコンゴとスウェーデンのハーフ。なにやらコンゴの王族の血を引くも国内情勢の悪化で母の国に亡命。そこで西洋の音楽に出会う。スウェーデンでのローカルヒットを受け、ロサンゼルスに渡って出会ったのが、同じくスウェーデンとモロッコのハーフという似た出自を持つプロデューサー REDONELADY GAGA のブレイクを手掛け、前述したように TAIO CRUZPITBULL EDM 路線にも寄与している男だ。彼が立ち上げたレーベル 2101RECORDS の第一弾アーティストに MOHOMBI は抜擢されることになる。
●このアルバムは EDM 一色というワケではない。ダンスホールレゲエ、レゲトン、ヒップホップの要素も濃厚に入り交じっている。EDM を触媒に様々な音楽を折衷したスタイルだ…主人公や仕掛人がアフリカとヨーロッパを越境する存在であることを象徴するように。シンガーとしての MOHOMBI はハイトーンの爽やかな声をフワリと操る。コレが様々なトラックの中にあっても個性を失わずに存立していられる。
●とはいえ、EDM に一度乗ってしまえば、実にポップな推進力を得てその美声をキャッチーに響かせる。アフリカはセネガル出身の AKON、元 PUSSYCAT DOLLSNICOLE SCHERZINGER(彼女もルーツはフィリピン系なのね)をフィーチャーする楽曲では EDM でしっかりドライブする。全世界を踊らせにかかる「THE WORLD IS DANCING」は大味ながらも勢い任せの祝祭感覚が多幸感全開。
●やや古いタイプのリスナーであるボクは、「LOVE IN AMERICA」という曲が80年代のヒット曲 TOTO「AFRICA」から着想を拝借している感じがなんとなく甘酸っぱい。アフリカ系のミュージシャンがこの曲でアメリカを歌うってやっぱり逆転関係だよね。


●イギリス、アメリカから出発した EDM を巡る旅が、フランス、オランダ、スウェーデンを経由して、なんとなくアフリカさえも感じさせながら、アメリカの市場に戻ってきた。つくづく音楽はオモシロいね。容易に国境を越えて行く。



●動画。
●DAVID GUETTA FEAT. TAIO CRUZ & LUDACRIS「LITTLE BAD GIRL」。
●王道の EDM にメジャーなゲストを散りばめてポップチューンをブチならす GUETTA の勝ちパターン。




●AFROJACK FEAT. SNOOP DOGG「DYNAMITE」。
●このブヨブヨしたシンセリフとヒップホップの一番ナスティな部分に寄添うセンスが好き。




●AVICII「HEY BROTHER」。
●ブルーグラスシンガーのシンガロングなメロディから、終盤のマッシブなエピックぶりに震える。




●AVICII「LAY ME DOWN」。
●NILE ROGERS 共同プロデュースのファンクネス。そして ADAM LAMBERT の扇情的ボーカル。




10月スタートのプロジェクトは、なんとか離陸した…。
●準備期間が圧倒的に足りなかったからホントに肝冷やしたけど、チームのみんなが頑張ってくれたから、ぎりぎりカタチになったというか。そのチームを作るトコロからがまずギリギリで死にそうだったんだけど。
●ただ、今はローンチしただけで、転がして加速させるのはこれからの仕事。チームの動きを効率化して、さらに高いパフォーマンスを引っ張り出すにはどうしたらいいか?…でもとりあえず今週は安全運行だけをひとまず目指す。まだ欲張らない。

ボクの健康もギリギリだ。
●ガチガチのプレッシャーからはちょっと回避されたけど、労働時間は伸びてる…休日出勤しまくりだし、朝五時までアレコレやってる時もある。クスリも増える。休職時代からお世話になってた産業医のセンセイも9月末でいなくなっちゃったしなあ…。カラダをかばう工夫をしないとね。



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最近は、動画配信サービス Hulu のおかげで海外ドラマを見まくってる。
「シャーロック」は、BBC制作の21世紀版シャーロックホームズ。ワトソンくんが、アフガン帰りのトラウマに悩む軍医って設定に唸る。めちゃクールだわ。ボクの中でここのワトソンくんは、NOEL GALLAGHER とイメージがカブル。ん?ワトソンくんはイケメンすぎる?
「アウトランダー」は従軍看護婦の女性が18世紀スコットランドにタイムスリップしてイングランドの弾圧に反抗するレジスタンスに加わる話。BBCドラマは重厚でシビレルね。
「スーツ」はニューヨークの敏腕&傲慢弁護士と、規格外新入り若造の相棒関係が楽しい。すげえアメリカンな価値観。訴訟社会と資本主義。
「アンダー・ザ・ドーム」は超常現象パニックものだな。透明のドームに閉じ込められた町の人々。秩序を保つのは法律でもなく暴力でもなく。ギリギリの倫理が作用している。これもアメリカの遺伝子か。西部開拓時代はこうした独立自営のコミュニティがアメリカを支えてたのだから。
「CSI:科学捜査班」「CSI:マイアミ」「CSI:NY」。ラスベガス、マイアミ、ニューヨーク、それぞれの街の個性がよく出てて。ただ、どこの科学捜査班もチーフの存在が地味。
「ジ・イベンツ」、宇宙人侵略モノみたいだけど、最初の一話じゃスケールがデカ過ぎて。大統領への旅客機突入テロとか大陰謀もこんだけ風呂敷広げると意味不明。
「ロイヤルペインズ」は、セレブ別荘地のセレブ専門医になってしまった主人公が、大金持ちたちに翻弄されながら大活躍。これはユーモラスで軽妙で痛快だね。このハンプトンというセレブ地帯はニューヨークのそばにあるのかな?
「ブレイキング・バッド」、第一話の冒頭からブリーフ一丁のオッサンが死体を乗せたキャンピングカーで爆走してて笑った。マジメ1本だった化学教師がブチ切れて麻薬の密造に手を染める話。セレブ話もアメリカだけど、プアホワイトもアメリカの現実。カードの請求とか高い医療費とか湯沸かし器が壊れて使えないとか。セツナイ。
「クライアント・リスト」ジェニファー・ラブ・ヒューイット主演。夫に失踪された主婦が生計を立てるために、マッサージ店でナイショの「特別サービス」でお金儲け。だいぶヤバい設定だけど、結果、彼女に心を開く男性の人生を前向きにしてあげちゃうお話。アメリカって性風俗もカラリと爽やかに描くのね。
「ミストレス〜愛人たちの秘密」はイギリス産だから、所帯染みたリアリズム満載。4人の女性の爛れた恋愛生活(不倫とか不倫とか不倫とか、あとレズビアンも)をドロドロ描いてます。「セックス&ザ・シティ」だったらオシャレでサワヤカなのかもしれないけど、コレはゲンナリするほどのリアリズムなので、却って「ワイフを大事にしなくっちゃダメだ」と思い知らされた。
「リスナー 心を読む青い瞳」はカナダ産ドラマでアメリカとは一味違う仕上がり。サイコメトラー風の超能力で事件を解決。ちなみに、イスラエル産ドラマでもオモシロいヤツがあるらしい。
●とにかく貪るように見てる。ひたすら、つまみ食いをしまくってる。



音楽。魔王の復活。APHEX TWIN。

APHEX TWIN「SYRO」

APHEX TWIN「SYRO」2014年
90年代のテクノシーンを圧倒し続けた孤高の鬼才APHEX TWIN こと RICHARD D. JAMES13年ものブランクを経て復活。ニューアルバムをリリース。事件だわ、90年代育ちのボクとしては事件だわ。
●イングランド南西部のド田舎コーンウォールで、80年代末からたった一人音楽制作をしていた奇人変人であったRICHARD が90年代の新型ダンスカルチャー・レイブ旋風吹き荒れるシーンに突然変異として世に登場したのは1992年。BPM160のハイスピードでフロアを焼き尽くすキラーシングル「DIGERIDOO」は TB-303 から弾き出される音塊がまるで沸き立つ泡が煮えたぎるように聴こえる独特の質感を持つ新種で、四ツ打ちビートで構成されてたテクノ〜ハウスの文脈を大きく逸脱〜更新した上で死ぬほどフロアで高機能だった。若き天才の登場に誰もがオドロキ、そしてこの謎に包まれたテクノの英雄を畏怖した。
●彼は、APHEX TWIN だけでなく様々な名義を駆使して次々と新作を発表。AFX、POLIGON WINDOW、COUSTIC WINDOW、その他アレコレ…。そしてその度に作風をどんどん更新。強力なアシッドチューンを進化させたかと思うと、澄み切ったアンビエント音響が心をヒンヤリと落ち着かせてくれる。一方では、ドス黒く重く遅いダブ音響で周囲を圧殺、ドラムンベースの台頭を受ければさらに凶悪なドリルンベースを開発する。純真無垢で牧歌的な優しさを見せる時もあれば、露悪的なほどに陰惨で乱暴なビートを炸裂させることもある。90年代の彼からは全く目が離せなかった。まさにテクノの魔法使いだった。いや、魔王だった!
●それが、2001年のアルバム「DRUKQS」から沈黙。別名義のリリースはあったみたいだけど、さすがにチェックしてなかった。コーンウォールで隠居生活してんのかなーと思ってたし、登場も突然だったから退場も突然でも全然不思議じゃないと思ってたからね。彼のレーベル REPHLEX はちょいちょい機能してたから死んではいないんだろうと思ってたけど。

●で、00年代が過ぎ去り。

さて、楽しみにしてたこの新作。……今の若い人ならどう聴くだろう?
●13年ぶりの再会を楽しむボクの感覚では、PAUL MCCARTNEYERIC CLAPTON の来日公演を楽しんでしまうオヤジの同窓会的関心に偏ってしまう。だから、かつての APHEX TWIN を知らない今のダンスクレイズの中で彼がドロップした新作がどんな聴かれ方をするのか、まず想像してみる。
実は、今回の「SYRO」はすごく素直なダンストラックだ。タダの四ツ打ちによりかかるようなシンプルさは相変わらずナイけど、奇妙キテレツで飛び道具みたいなギミックはない。RICHARD のことだからこの休眠期の中で作り溜めてたトラックを出してるだろうから、今のシーンを意識して作り込んでるとは思えない。丁寧で実直に組立てられたブレイクビーツは、腹に落ちる低音の重さも、アシッド風のネバツくベースラインも、耳を心地よく震わすリバーブの精緻さもシッカリと作り込まれていて、結果的に美しい。ただ饒舌というほどの手数はないし(今の人にはスカスカに聴こえるかも)、近年世間で注目を集めていたダブステップUKファンキーや、ピッキピキのエレクトロ〜ロッキンな EDM の痕跡も全く聴こえない。00年代エレクトロニカの最前衛だった連中、例えば AUTECHRE が駆使するようなクリック/グリッジなノイズ嵐もない。RICHARD相変わらず孤高で、自分の信じる音響だけを追求している。だから、若い人がコレを評価しなくてもしょうがないかも知れない。

APHEX TWIN、旧譜再訪。90年代の文脈から「SYRO」を眺めると。

APHEX TWIN「SELECTED AMBIENT WORKS」

APHEX TWIN「SELECTED AMBIENT WORKS」1985-1992年
APHEX TWIN「SELECTED AMBIENT WORKS VOLUME 2」1994年
●前述のアシッドチューン「DIGERIDOO」や別名義 AFX「ANALOGUE BUBBLEBATH」などのシングルでダンスフロアをキリキリ舞いにさせた APHEX TWIN のアルバムがどんなことになることやら…と期待に胸膨らませて聴いてみたら、果てしなく澄み切ったアンビエントミュージックでした。これは当時血気盛んなハタチ前後のボク&友人たちには明らかに不完全燃焼で、スゲエ空振り感を感じたものでした「VOLUME 1」の方がまだ基礎的なビートが残ってるけど、「VOLUME 2」となると二枚組という大ボリュームながらほとんどビートなし、マジで空気感だけ。実は当時においてこの二枚はマトモに聴いてなかったのでした。
●ただ「SYRO」の、ある意味で毒気の抜けた素直なダンスミュージックは、この90年代の可憐さで勝負するアプローチに通じるものがあると認識。そう思うと一気に価値が上がる。特に「VOLUME 1」の方はそのエコー/リバーブ感覚とビートの共存ぶりが似通っているかも。ああ、20年以上も経ってやっと初期魔王のキャリアを理解するコトができた。
●90年代のアンビエントは、THE KLF「CHILL OUT」1990年のミュージックコンクレート的アプローチ、もうちょっとツッコめば、半ばダダイズムめいた悪趣味な冗談だけでコンセプトが成り立ってるサウンドコラージュと、THE ORB A.K.A. ALEX PATERSON のハイテクヒッピー的神秘主義世界観〜レイブカルチャーの新型ドラッグ・エクスタシーからのクールダウン機能みたいな文脈がメインだった。BRIAN ENO が提唱した純粋な環境音楽のコンセプトからは既にズレていた。APHEX TWIN はさらにソレを超えてきた。彼が繰り出したアンビエント観は思想的バイアスはほどんど抜き、コンテキスト無視の真空の中でただひたすら純粋音響として鳴り響いていて、が故により一層理解が困難だった。寄りすがる機能や思想が見当たらないというのに、なぜか耳が離せないのだ。圧倒的に美しいのに、意味不明由来不明で不気味だった。インテリジェントなテクノのアプローチがこの後の90年代に数々行われることになるが、とにかく APHEX TWIN だけは誰も理解できない領域に躊躇なく進んでしまう。そこに人々は天才を見るのだが、ついて行けない人も大勢いたはずだ。

APHEX TWIN「I CARE BECAUSE YOU DO」

APHEX TWIN「...I CARE BECAUSE YOU DO」1995年
●この頃から、RICHARD露悪的趣味が頭をもたげてくる。このポートレートで十分その気配が伝わる。そもそもで抱えている自らの不気味さを自覚的にイメージとして利用してくる。魔法使いが邪悪な魔王になろうとしてくる時代だ。当時のボクやその仲間たちは、テクノの魔王の降臨に震えたね。先行シングル「VENTOLIN」の悪意マル出しな音響造形は吐き気がするほど…ファックスの受信音を基調にゴツゴツとしたビートをゆっくりゆっくり牛歩のように転がしていく悪夢。トリップホップの登場と、UKダブの進化をチラリ横目で見ながら、スローテンポのグルーヴにどれだけの毒を盛り込めるか実験しているかのようだ。ただ、極上の毒は極上の美しさも備えている。その後登場するドリルンベースのアプローチもこの段階で垣間見えてもいる。この翌年に SQUAREPUSHER が彼と同じレーベル WARP から登場。RICHARD とこの新人がドリルンベースという音楽を深化させていく。

APHEX TWIN「RICHARD D JAMES ALBUM」

APHEX TWIN「RICHARD D. JAMES ALBUM」1996年
●またまた露悪的なジャケだ。ただし、ここで鳴っている音楽は、涙が出るほど清らかで美しい。今までのアンビエント作品が抽象絵画の美しさとするならば、ここの美しさは子供の純真さを映し取るかのような無邪気さを、鮮やかなスケッチとして描き出しているようなモノだ。どこか牧歌的で、静かで豊かな自然を前にしているような温もりを感じる。電気工作で遊んでいる子供の姿も見える。ドラムンベースからの収穫を発展させたビート使いも斬新だったし、ビート使いの輪郭が明確がゆえに曲の構造が把握しやすくなってポップに聴こえた。結果、個人的には彼のアルバムの中で一番愛聴した。「SYRO」のテイストはこのアルバムにも濃厚かもしれない。アルバム一曲目「4」「FINGERBIB」「TO CURE A WEAKLING CHILD」、シングル曲「GIRL/BOY」などなどの無垢を存分に味わおう。

APHEX TWIN「COME TO DADDY」

APHEX TWIN「COME TO DADDY」1997年
●ここでは凶悪な RICHARD が帰ってくる。悪魔の顔の RICHARD だ。ドラムンベースを自分の中で翻案したのが「RICHARD D. JAMES ALBUM」なら、このシングルは THE PRODIGYTHE CHEMICAL BROTHERSビッグビートに呼応したスタイルだと解釈している。しかしそのハードロッキンぶりは百凡のアーティストを蹴散らすテンションまでに昇華しており、CHRIS CUNNINGHAM 制作のビデオ含め徹底して悪夢的。I WANT YOUR SOUL, I WILL EAT YOUR SOUL ! 悪魔の咆哮。

APHEX TWIN「WINDOWLICKER」

APHEX TWIN「WINDOWLICKER」1999年
●自分のイメージを弄んできた RICHARD、今度は巨乳のお姉さんと自分を合体させた。正直、このアタリの悪趣味をリアルタイムのボクは大爆笑しながら楽しんでいた。盟友となった CHRIS CUNNINGHAM のビデオも最高。不安な浮遊感と RICHARD 本人による奇妙なハナウタが電気に痙攣しながら踊っている。このスタイルは、RICHARD のキャリアの中でもチト特殊だし、近隣ジャンルも見当たらない。このワン&オンリーの気分は必聴だろう。

APHEX TWIN「DRUKQS」

APHEX TWIN「DRUKQS」2001年
これは…リリース当時はツカミドコロがなくて困った…。一曲目からいきなりプリペアドピアノをビンビンとつま弾いてるだけで…テクノじゃないじゃん。音響の解釈が拡大霧散して、音が鳴ればなんでもよいトコロまで到達しちゃったのねーこれじゃ現代音楽だよ。2枚組のボリュームでありながら、こうしたアコースティックテイストの濃度がグッと高まってしまうと、もうどうしたらいいかワカラナクなった…。もしかしたら本人もわかんなくなってた?露悪的な自己イメージの倒錯的な遊戯にも飽きて、いざ自分の音楽の純粋領域に立ち戻ったら、そこはテクノじゃなくて、バロックテイストさえ漂うピアノ楽曲の小品の世界だったとな。ここで正直ボクは彼の音楽から脱落した。

●ただ、今思い出せば、2001年第二回「ELECTROGLIDE」@幕張メッセで見た APHEX TWIN のパフォーマンスでプレイされてた、変拍子も炸裂するハードなドリルンベースもアルバム「DRUKQS」にはふんだんに盛り込まれてたのね、と今になって認識した。2001年もボクにとっては仕事がハードな時期で、10月に巨大プロジェクトを抱えながら、9.11にワールドトレードセンターをブチ倒すテロがあり、更には第一子ノマドの誕生もあった。そこまでくぐり抜けた12月当たりに友達Sくんと遊びに行った「ELECTROGLIDE」。たぶん、積極的な意味でわざわざ遊びに行った最後のフェスかもしれない。そこでの狙いはもちろん APHEX TWIN で、他のDJには全く興味がなかった。
●彼のステージには、小さな VAIO が一台置いているだけであとは何もナシ。いつになったら始まるのかなーと、その VAIO を調整しているかのローディーの様子をボケーッと見てた…ら、ソイツが RICHARD D. JAMES 本人だった!ただPCをいじるだけなのでパフォーマンスが始まってると思わなかった…けど、BGMと捉えていた音楽がどんどんマッドになってきて、ヤバい、コイツはヤバい、コレが本人の狂気なのか!と途中で納得したのだった。正直、どこに拍を合わせりゃイイのかよくワカランほどのカオスっぷりで踊りにくいったらありゃしない。その無軌道っぷりも合わせてコイツはやっぱり天才だと認識した。そんな思い出が蘇る。

1997年、第一回フジロックのセカンドステージのトリも APHEX TWIN だった。
●悪名高い「嵐のフジロック」だ。直前までが電気グルーヴのパフォーマンスで、富士山のキグルミを着たさんが「フジサン!フジサン!高いぞ高いぞフジサン!」って歌ってたのを覚えている。雨は降りっ放しで、カッパに身を包みながらダンス。APHEX TWIN のスタンパイが始まると、なぜかダンボールで出来た家がステージ中央に登場。小さな窓の中には誰かがいるらしい。で、そのままパフォーマンスが始まる。ステージには誰もいないのに…いや、あのダンボールハウスの中で寝そべりながら機材をイジくってるのが RICHARD なのか?誰か客の中から声が飛ぶ。「GET OUT FROM THE HOUSE !」すると中から「NO ! I LIKE MY HOUSE」。これ唯一のMC。 そのうち、少々酔っぱらった白人スタッフや、APHEX TWIN のマスコットになってた不気味なクマちゃんキグルミがステージに登場してクレイジーに踊りまくる。フロアのテンションも上がる。終盤はクラシックの「DIGERIDOO」まで炸裂して昇天。音が止まって、雨でシナシナしてきたダンボールハウスの中から、痩せた白人の男がささっと出てきてステージ袖に姿を消す。あれが魔王か…あの経験も不思議なものだった…。
●一方メインステージはトリの RED HOT CHILLI PEPPERS「GIVE IT AWAY」を演奏中。しかし台風と雨に晒されたステージがなんだがアチコチ壊れ始めてて、バンドもそんな悪条件で本領発揮が出来ない感じ。加えてナゼか腕を骨折して首から包帯で吊ってる ANTHONY が痛々しい。もうダメだ、帰ろうと決断して阿鼻叫喚の大混雑の中、東京まで辿り着いたのが午前5時。2日目が中止になったと聞いたのはその後だったかな。あのフジロック、5人死んでるとかへんな都市伝説もあるけど、フェス慣れしてない軽装の子たちがボロボロのヒドい目に遭ったのはマチガイナイ。あそこから考えると今のフェス文化は立派なもんだ。


●なんだか、ヨコミチに逸れたけど…。
APHEX TWIN はシーンにこのまま返り咲くのか?また長く沈黙するのか?彼がブレイクして時代の寵児になったのは20歳代前半。そして今の彼は43歳(ボクより2歳年長)。どこか素直になった彼の新しい音楽「SYRO」は、長いキャリアをほぼ一人で戦ってきたこの男にとっての一種の成熟なのかもしれない。ボクには同世代という共感もある。そしてお互い人生はまだ長い。アンビエントの抽象世界を若くして彷徨い、ダンスシーンを掻き回して様々な新種を生み出した多産な20〜30代を超えて、それでも価値ある音楽が作れるのか?その天賦の才はどうやって成熟していくのか。今の若いファンが彼を無視しても、ボクは彼の今後を見ていきたいと思った。




●動画。
●APHEX TWIN「MINIPOPS 67 [120.2][SOURCE FIELD MIX]」FROM「SYRO」。
●素直になった新作ブレイクビーツ。カッコイイと思ってくれるかな…。




●APHEX TWIN「DIGERIDOO」1992年のシングル。アシッド!




●APHEX TWIN「VENTOLIN」1995年。悪夢のダブ。




●APHEX TWIN「4」1996年。甘美な優しさが温かい。




●APHEX TWIN「COME TO DADDY」1997年。凶悪ホラー。可哀想なおばあさん。




●APHEX TWIN「WINDOWLICKER」1999年。前フリ異常に長いので我慢して。3分20秒までスキップして良し。