●英語を聞くのだよ。

基礎英語2

●中学一年生の息子ノマドは、NHKラジオで「基礎英語1」ってヤツを毎日聴いてる。
●まー真面目に聞いちゃいないんだけど、もう習慣ってヤツで、我が家では必ず夜9時になるとNHKラジオのアプリ「らじるらじる」をスマホやタブレットで鳴らしたり、PCでネットラジオを鳴らすコトになってる。
●これがイイ勉強になるんだわ。ボクや娘のヒヨコが、ゴハンを食べながら英語の例文を声出して復唱しちゃってる。「ヒーイズヴェリストレンジフォーミー。アイキャンツアンダスタンヒム」「おーホワイドントアンダスタンヒム?」とかいっちゃって。ジングルまで覚えちゃうよ。「できるよできるよキャンドゥー!」ボク、英語できないから、中学生からやり直したい。そして、このまま喋れるようになりたいよー。

ただ、NHKラジオって冷静に見てみるとスゴイ番組やってんですよ。
「基礎英語1」の直前にやってる「カルチャーラジオ」って番組がマニアックすぎて爆笑。「ヘボンさんと日本の変化」というお題。ヘボンさんってヘボン式ローマ字ヘボンさんですよ。しかもヘボンって日本向けに変えた名前で本名ヘップバーン。明治時代に日本に来た教育者ですけど、その人の日本生活、という死ぬほどマニアックな内容を、死ぬほど淡々としたトーンでどっかの大学のセンセイ?がぶつぶつ語ってるだけ。この前は、偉そうなオッサンが勢いよく喋ってると思ったら「故・渡辺淳一センセイ昭和58年のインタビューをお送りしました」と最後にアナウンサーの女性が暗くシメる。チョイスが渋い!ナゼこの話題を今?!というネタを的確に繰り出す。
●さらに、今日気付いたのは、普段のNHKラジオ第2のウラ、NHKラジオ第1ではみうらじゅんさんの番組が。そんで渋いサントラ、恐怖映画の恐怖シーンのBGMばっか流しててヒップ過ぎる。でナゼかゲストが、一部ではカルト的有名人、千葉のヘビメタおじさん JAGUAR で、しかも「好きな映画はパイレーツオブカリビアンとタイタニックです」とサントラ番組としては薄すぎるコメントを吐いてマジオモシロ過ぎ。いやーNHKの人ってどんなつもりでこんな番組仕事してんだろう?スゲエ楽しい職場じゃないか?


そんなラジオを聞いてたら、ヒヨコが模試の結果報告。
「あーそうそう、模試の結果がねーなんか知らないけどA判定だったのー」
●マジ?!ちょっとソレすぐ報告するトコロだろ、ソッコー見せなさい、え!おまえ偏差値66じゃねえかよ。この前47だったのにナニコレ?「えーなんかよかったっぽい」おおお、ボクが教えたグラフ問題ですごく点数とってる…おまえこの前までグラフ問題全滅だったのに。効果てきめん過ぎるだろ!こいつ天然だから、勉強の吸い込み方も抵抗ゼロでそのまま飲み込んじゃうんだよなー。ある意味怖い。でもコレで油断するなよ。天然だからすぐ忘れるのも真実だからな。
●下の写真は、冷蔵庫のニンジンから生えてきた緑の芽。ヒヨコが「ニンさん」と名付けて育ててる。

ニンさん


仕事のぼやき。10月からスタートしたプロジェクトが不吉すぎる。
●久しく安定していたボクの自律神経失調症とうつ病がぶり返し、残業禁止の制限勤務になる。女性スタッフが扁桃腺を腫らして2週間休む。別の女性は由来不明のアレルギーでアナフィラキシーショックを起こして顔がパンパンに腫れ上がる。ボクの隣のデスクに座ってるHくんは立ちくらみで足をド派手にクジき一ヶ月以上松葉杖。そんで、今朝はボクが頼りにしてる先輩Aさんのお父さんが亡くなって忌引き一週間。表面的には普通に回ってるように見えるけど、現場はいつも大騒ぎ。なんでだろう。どっかでお祓いに行くべきだろうか。せめて、神社にお参りにいきたいかも。
●ボクは宗教に関心がないようでいて、実は寺社仏閣で手を合わせたりすることに気持ち良さを感じてる。病気を抱えてヨガを始めてから、自分の意思ではどうにもならない世界の領域の大きさ、しかも自分の身体すらどうにもならないという現実に、今更ながらアホみたいに面食らってしまった場面があって。それから、そのどうにもならない世界の存在を意識する段取りとして、寺社仏閣を触媒のように使っている。どうにもなりませんから、どうにかなりますように。どうにもなりませんから、どうにかなりますように。背筋を伸ばし、手を打ち、深呼吸し、お辞儀をする。すっきりする。


●あ、息子ノマドが「テラフォーマーズ」買ってきて読んでるぞ。
●悪趣味なマンガの趣味が遺伝して実によい。ヒヨコは「海月姫」読んでるしね。


なぜか、今日はパンクだ。

THE DAMNED「MACHINE GUN ETIQUETTE」

THE DAMNED「MACHINE GUN ETIQUETTE」1979年
ロンドンパンクど真ん中の伝説的バンドの三枚目。THE DAMNED はファースト「DAMNED, DAMNED, DAMNED(邦題:地獄に堕ちた野郎ども)」を大昔に聴いてそのままホッタラカシだった…。乱暴なパンクだったなー的な印象だけで、そんなに強い関心を持てなかった。ただ、ボクのサブカル先輩Wさんが彼らのサードアルバム「MACHINE GUN ETIQUETTE」こそ最高の名譜だと常々語っていたのが気になっていて。で、今週ディスクユニオンにて400円で見つけちゃったのね。
●そしたら、よかった。すんごくよかった。あれ?THE DAMNED ってこんなバンドだったっけ、ってくらいファーストと印象が違う。 実は二枚目と三枚目の間に解散&再集結&メンバーチェンジがあったそうで。これが、ただひたすらに乱暴なパンクと違って、ワイルドさとキャッチーさを絶妙にブレンドさせたサジ加減で実にカッコイイ。オルガン/キーボードがファンキーだったり、イントロにピアノを導入したり、イギリス風のヴォードヴィル感覚まで混ぜ込んでいる。シンガロングするフロアのレスポンスが見えるようなビッグなメロディもある。しかし結果としてパンクでは無視できない殺気と怒気、皮肉と悪フザケはどうしようもなく濃厚。表題曲「MACHINE GUN ETIQUETTE」とびきりハイスピードで明白にハードコアだ。ぐしゃぐしゃなドラムや凶暴なギターが破壊衝動を掻き立てる。最高だ。

GENERATION X「GENERATION X」

GENERATION X「GENERATION X」1978年
軽い!軽くてペラペラだ!トゲトゲしさもそんなになくってキャッチーだ。レコーディングの仕方に由来しているのか、ベースやキックが薄くて重心が高い。ギターには殺気の前に陽気さがあって、聞くのが楽だ。パンクを聴くのに必要な覚悟、音に封じ込められた怒気や殺気を受け止める覚悟が必要ない。
●後にソロシンガーとして活躍する BILLY IDOL が所属したUKパンクバンドのファースト。人気番組「TOP OF THE POPS」に最初に出演したパンクバンドらしい。この楽しさと楽チンさは、一つ前の世代の、BAYCITY ROLLERS と同質のバブルガム感覚だと思った。メロディーもキャッチーだしね。シングル「READY STEADY GO」とかとってもイイ感じ。
●ボーカル BILLY IDOL はアメリカでソロになったけど、他のメンバーは SIGUE SIGUE SPUTNIK を立ち上げたり、THE CULTTHE ALARM に加入したりと、へーってバンドでそれぞれ活躍したらしい。知らなかったなー。

NICK CAVE AND THE BAD SEEDS「FROM HER TO ETERNITY」

NICK CAVE AND THE BAD SEEDS「FROM HER TO ETERNITY」1984年
これぞ覚悟のいるパンク。ハイスピードでキャッチーなテンポ感もない、楽しくて覚えやすいメロディもない。ドロドロしてバタバタするモッタリしたビートに、死ぬほど耳障りなギターがノイズだけを放り出して、トドメに NICK CAVE が悪魔の演説みたいな呪文を叫び続けている。怒気怒気怒気、殺気殺気殺気、悪意悪意悪意。真っ黒けっけ。ストレートなパンクじゃない、様式も時期もポストパンクだし、世界観は見事にゴスでもある。
NICK CAVE はオーストラリア・メルボルン出身の男。THE BIRTHDAY PARTY というパンクバンドを率いてロンドンにやってきた。そこからバンドを再編して THE BAD SEEDS を結成。エレクトロレーベルであったはずの MUTE と契約して出したのがこのファーストアルバム。ギタリストにはドイツのノイズ帝王 EINSTUEZENDE NEUBAUTEN の中心人物 BLIXA BARGELD がいたりして、メチャメチャ怖いっす。その BLIXA の影響か、翌1985年には拠点を西ベルリンに移しちゃったりもする。
●このアルバムの聴きどころは表題曲でもある「FROM HER TO ETERNITY」ヴィム・ヴェンダーズ監督の映画「ベルリン・天使の歌」1987年で、NICK CAVE AND THE BAD SEEDS この曲を演奏するライブシーンが登場するのだ。これが怖い怖い!モノクロ映画のこの作品の中でも一際闇の濃い陰惨なシーンとして、学生時代レンタルビデオで見た記憶が未だにトラウマチックな思い出として刷り込まれている。ボクの持ってるCDは90年代の再発なので、映画版のよりノイズ濃度の高いバージョンが収録されててすごく嬉しい。
●ただ、闇を深く深く潜っていくことで見えてくる仄かな薄明かりってモノがあるもので。暗黒に塗り固められた音楽世界の中で、ピアノと共に歌う NICK の方向が一瞬優しく聴こえる瞬間もある。不思議なんだけどね。

黒猫チェルシー「黒猫チェルシー」

黒猫チェルシー「黒猫チェルシー」2009年
●一気に時代をワープして、2009年の日本のバンドもの。でも、これを初めてタワーレコードで視聴した時は、てっきり80年代パンクの知られざる再発音源と勘違いしてしまったスターリンとかそういう時代の音源とね。おどろおどろしいボーカルとヤケクソな歌詞、ザリザリギターサウンドにオーザッパなシンセ使いの無造作なバランス、ボクの80年代パンクのイメージとそっくりだった…ジャケも INU「メシ食うな」っぽいじゃん。でも正解は、当時神戸の現役高校生だった連中のファーストアルバムで。これで二十歳前かよ!なんじゃこの悪趣味ぶりは!曲のタイトルが「地下室のテレビジョン中継」とか「嘘とドイツ兵」とか
「ノーニューヨーカー」とか…80年代風悪趣味。
●その直後、ボーカル渡辺大知は映画「色即ぜねれいしょん」で主演抜擢。これまたバンドイメージを恐ろしく裏切るほどビックリのイノセントっぷり炸裂で。思春期バリバリの無邪気すぎる童貞くんを好演。映画で共演してた銀杏BOYZ・峯田和伸の出現時とイメージがダブった…「恐るべき子供たち」的な。今でも「日経電子版」CM天然若手ゆとり社員・田中を演じる様子はイノセントそのもの。でも一方で、「モーターズ」という作品で映画監督を務め、今年のぴあフィルムフェスティバルで表彰されてるらしい、と最近下北沢で見つけたフリーペーパーで知った。どんどん活動の幅を広げてる。すごいなあ。


●動画関係は、続きへ。
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●誰か、ブリジストン美術館で今やってる「デ・クーニング」展に興味ある人いないかな。
●なんか、すごく気になるんだけど。まあいいか。


塩野七生、また読み終わった。

塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界」

塩野七生「ローマ亡き後の地中海世界:海賊、そして海軍」1〜4巻
塩野七生は文庫本にしてこれで60冊くらい読んでしまっただろうか。43巻に及んだ「ローマ人の物語」からの腐れ縁で、ローマ帝国が滅びた後の世界がどーなったのか、その混沌とした中世世界を彷徨ってみた。ローマ時代は南欧&北アフリカは親密な仲良しで同じ帝国の政治的秩序に収まって交易も往来も盛んだった。しかしイスラム帝国の出現でこの海が危険な文明の裂け目になってしまう。ボクの中では、クレバーな東西交易で1000年栄えたヴェネツィア共和国の歴史を綴った「海の都の物語」&狂信的暴走が先走る西欧社会とイスラム社会の激突「十字軍物語」と並び、塩野七生ワークスの中ではローマ帝国とルネサンスをブリッジする位置付けの著作がコレ。イスラム海賊がいかに傍若無人に地中海を荒らしまくっていたか、そんな状況下でオスマントルコ帝国やローマ法王&神聖ローマ帝国皇帝、イタリア諸都市、スペイン王/フランス王がどう立ち振る舞ったかがアレコレ書かれていた。西地中海はトルコ帝国本土から見ても遠く支配がフワついた地域、無秩序な海賊行為がバンバン行われていたが、まー政治的ライバルの西欧諸国が痛むぶんには大歓迎と荒くれ者の狼藉をトルコは奨励、名のある海賊を正規海軍の最高幹部にフックアップする。まー海賊マンガ「ワンピース」な世界観とは無縁の凶暴なカオスがこれまた1000年以上も続いてたとな。軍事的にも非力で政治的分裂を克服できない後進エリア〜中世ヨーロッパの不甲斐なさが皮肉っぽくダラダラ綴られている。中世は暗黒。今のリゾート地帯としての地中海ビーチは18世紀以降じゃないと出現しないとな

「海の都」「十字軍」2シリーズを読破した上では、この本からはブッチャケやや出がらし感が出てしまっている。大事な歴史的トピックは別の本とネタかぶりしてて、重要なポイントになると「〜という本で詳述したのでご参照願いたい」と省かれてしまう。うお、おもろいトコロが抜けてる!うーん、塩野七生がなんだかオモシロくなくなってきたかも…。とつぶやいたら、ワイフが「アナタ、こんだけたくさん読んできて、やっと気付いたの!遅すぎるわよ!」とツッコンできた。でもコレで彼女の古代〜中世ものはほぼ網羅できたような気がするので、ルネサンス時代を扱った著作を読んでいこうと思う。人間の時代の到来。この前 Hulu で「ダヴィンチと禁断の謎」ってアメリカドラマを見つけたからね、この時代の有名人を眺めて行きたいんだ。




ヒヨコに「勉強をする意味ってナニ?」って聞かれた。
モノをたくさん知っていれば、新しい場所に行く時、新しい人に会う時、新しいコトを始まる時、感じ方や考え方が深くなって楽しくなってくる。沖縄に旅行に行った時、沖縄の勉強したろ。カチャーシーの踊り方も YouTube で調べたろ。じゃなきゃキレイな海で泳いでオシマイだろ。退屈に思える中世史もルネサンスの高揚を思えばすごく興味深くて面白いしね。
「はい、そのネタいただき!」ヒヨコは作文メモと称して、受験勉強の小論文の小ネタを書き集めているのだ。いつも与えられたお題に頭を抱えているので、噛み砕いてヒントを与えてやってる。

ヒヨコの受験勉強。
●我が娘ヒヨコも小学六年生、今や受験勉強も大詰めの段階ですわ。あと実質2ヶ月で本番の試験が始まる。
●で、この期に及んで模試の成績が落ちまくってる…うーん、困ったもんだ。夏休みまでは目標偏差値をキープできてると思ってたんだけど、ツルツル滑って偏差値40台に突入。いや、長男ノマドと違ってヒヨコはたいして勉強が好きじゃないし、将来身を立てるとしても高学歴とかでバリバリやってくタイプでもないと思ってるので、別に最初から目標も高め設定はしてなかったんだけど、平均より低いのはねー。

長男ノマドとヒヨコは人格のタイプが違うのよね。
●長男ノマドは受験志望校へのモチベーションが結構高く、弱点が判明すれば黙々と自力で克服したり、効率や能率を考えたりと、ちょっとのリードで自分なりのプランをイメージして勉強する。ここで苦労すれば素晴らしい結果が数ヶ月後に得られると自分で考える。だから、どこか安心もできた。根本的に、自分の好きな領域では知的好奇心が作動して勉強にも熱心になれるタイプだ。

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ノマドは自分でこういうのを作って壁や天井に貼ったりしてたのですよ。
●で、補欠合格というギリギリラインで、第一志望校に入学できた。まあ今では、ユニークな校風に憧れてたものの、外から見たユニークさのナナメ上をいく想定外のユニークさに翻弄されまくってビビってるけど。中学一年生とは思えない難易度の数学(ノマドから見て叔父さんにあたるボクの義弟フッキーくんに、メールで解き方を指南してもらってる)や、視点が意外すぎる歴史の授業(突然、沖縄の歴史だけに一学期全てを費やしたり、砂糖の流通という視点から世界史を俯瞰したり)に手こずりまくってる。


しかしヒヨコは、モチベーションを長いスパンで持続することができない。
●というか、目の前の楽しいコトにしか関心がない。というか、実際に毎日が本当に楽しくてすでに充足しちゃってるらしい。ここで我慢して何かを勝ち得るというモチベーションの持ち方を元来から知らない。3歳からやってるバレエも、先生にどんなに怒られても自分が楽しくてやってるのだからヘノカッパ。レッスンに行きたくないなんて聞いたことがない。塾の合宿ですら、最初は「こんなにいっぱい勉強するのやだなー」とか言ってたのに、直前になったら「軽井沢ってどんなトコロかな?新しいトモダチできるかな?」とワクワクしてしまう。なんでもない一日なのに「ああーなんかとっても楽しい気持ち!」と言いながら校や塾から帰ってくる。よくワカランけどワクワクが毎日いっぱいありすぎるなんて、ある意味で驚異的な才能とも思えるのだが、ともかく長期的な展望を持てないタイプなのだ。

●でもね、とにかく目の前の成績はよくないからね。
●様々な活性化作戦を実行してるのですよ。

「がんばったポイント作戦」〜アニマルパラダ〜イス!計画書。

ヒヨコの勉強1 ヒヨコの勉強2
(あ、右の写真は教科書への落書きね、文脈に関係ありません)

●壁にポイント表を貼って、1日分のタスクを良い子でキチンとやりきったらシールを貼ることができる。これが5ポイント貯まったら、下北沢のおしゃれトイショップ「プレゴランド」ドイツ製の動物フィギュアを一個買っていいというルール。これを定めた。そしたらヒヨコたちまちカリキュラムをザクザク進めて、たちまち動物を10匹ゲットしてしまった。ガゼルやムース、パンダの親子たちがヒヨコのデスクに飾ってある。次はどの動物にしようかと、プレゴランドの売り場に通うようになってしまって、お店の人に顔を覚えられてしまったほど。「一匹だけ売れ残ってるシカさんがいるの…仲間がいなくてかわいそうだからヒヨコが買ってあげるの!」
●個人の先生がやってる国語専門塾にも通わせているんだけど、ここでもポイントをゲットしてしまう。ノマドも通った私塾だったんだけど、作文などの成績優秀者には5枚集めると図書カードをもらえるポイント制度があったという。国語が苦手なノマドはそんなポイントには無縁だったので、去年は制度の存在すら知らなかったのだが、ヒヨコはいきなり3ポイントゲットしてきた。「このままポイント荒稼ぎだよん!」目の前にニンジンがぶら下がると、いきなりパフォーマンスがよくなる。とんだマテリアルガールなのだ。
●ただ、ヒヨコにとっては、根本的にはどこの中学校に行っても自分はソレナリに楽しく過ごせるという無根拠の自信が天然で備わってしまっているので、「あの学校には行きたくない、あの学校に行きたい」という動機が作動しない。もちろん目標校は魅力満点なのだが、ダメならダメで大丈夫だし!と本人が思っている。微妙だなあ。

で、最近のボクは、ヒヨコの苦手問題の参考書を添削してやってる。
ヒヨコは、グラフや図表からのデータの読み取りや論理的な推測が死ぬほど苦手だ。ヒヨコは明白な物理的イメージができないと関心も持続できない。あれは4年生の時だったろうか、分数の割り算がワカラナイ!という。「なんで1を2分の1で割ったら二倍の2になるの?意味わかんない!」「りんごが何個とかさーピザの切れ端とかでさー説明してよーヒヨコでもわかるユニバーサルデザインでさー!」
●だから「グラフ・図表」問題集を買ってきて、みっちり寄り添って解説した。棒グラフや折れ線グラフの読み方、問題文の読み方から回答の書き方、為替変動と輸出輸入の関係(円高だと誰が得する?)などなど。本来はコドモが起きてる時間に帰宅しない残業常習社畜のボクなのだが、実は現在たまたま体調を崩して労務部から残業禁止措置を受けている。その結果、ほぼ人生で初めてといえるほどの密度でコドモの勉強を見てやってるのだ。ヒヨコも「パパ、なんでそんな先生みたいな解説ができるの?パパ恐るべし!」って言ってた。意外な父親パフォーマンスでボクが得点ゲット。

ただ、例題に上がってくるグラフの題材が、なんだか日本の将来が困難なように思えて、少々ゲンナリしてくる。日本の人口問題〜少子高齢化の推移。若年人口と老年人口の比率の推移。要介護者認定数の増加推移。年齢別の国民医療費。日本の食料自給率。小麦の国内供給量と輸入率。二酸化炭素排出料の国別比率。発電源別総発電量。世界のバイオエタノール生産量の推移。穀物などの国際価格の推移。林業の国産材/輸入材比率。大学進学率の変化。むー。これ、小学生に解かせるにはちと高度なテーマばっかじゃないか。むーボクが考え込んじゃうよ。



ということで、そんな社会問題のデータを、自分の読書に反映させる。

増田寛也「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」

増田寛也「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」
●人口減少局面に入った日本。しかし、決してのんびり緩慢に人口を減らしていくのではない。大都市圏、主だって東京に人口がどんどん流入しており、翻って東京に人口を吸い取られた地方は急速に人口を減らしてコミュニティが成立しないところまで早晩追い詰められる。こうしたレポートを著者を中心とした有識者会議が発表。福島県を除く全国市町村をデータで分類し、名指しで「消滅可能性自治体」がどこか列挙している。人口再生産のキーになる若年女性人口(20〜39歳)に注目して、この世代が2010年から2040年にかけて50%以下に減少する自治体「消滅可能性都市」と定義。これが全国で896市町村あるそうだ…表紙帯をみればなんとなくわかるだろうが、関東東海関西エリア以外はかなり真っ赤っかだ。この本は、あくまで統計データの読み込みと、対処策となるプランの提示に終始しているので、実際に「自治体が消滅する」とはいかなる状況なのか?そこには触れていない…が、なんだかぞっとする。無人のゴーストタウンが日本を覆う。
出生率でいうと、実は最大の人口密集地域・東京が最低である。東京はすでに人口の再生産/若者の結婚〜子育てにとって最悪の環境だ。近所の親類の物理的な助けもないし、生活費や養育費はズバ抜けて高い。子育てインフラも育休を認める企業文化も貧弱だ。この巨大都市は日本全国の若者を吸い上げているが、その若者が次世代を産み育てるチャンスを確実に奪う。これは、実際に東京に育ち、そして現在進行形で東京で子供を育てているボク自身もリアリティをもって感じる。下町風の商店街が賑わう高円寺の街で子育てを始めた頃、こんだけ店があるのに紙おむつを売ってる店が一軒もないと知って愕然とした…紙おむつまとめ買いのためにクルマを出して郊外店に買い出しだ。ベビーカーを押すだけでこの街がいかにバリアフリーになってないか思い知らされる。保育園探しで復職できない女性同僚。非正規採用スタッフは出産どころか結婚する余裕もないというし、正社員はキャリア育成のために子供は作れないと明言する。ボクの周りでは35歳に初産が普通…40歳でも珍しくない。ボクが生まれた70年代では危険な高齢出産だろうが…もちろん今の医学水準は進んでいるのでボクは普通にお祝いするが、リスクはどうしても高くなる。不妊治療に心身苦しんでいるケースもある。そうこうしているうちに、巨大人口都市・東京は、巨大高齢者都市になる。高齢者ケアインフラがパンクし、都会でサービスを受けるのはどんどん高額になるだろう。行政サービスの比重が高齢者に傾き、ますます若年層支援や人口再生産は後手に回るだろう。

●地方の実態は、ボクには体感がない。雇用がなければ若年層はその土地を離れるだろう…財政出動型の公共事業で無理くり雇用を産んでもナンセンスなのは明白だが、高齢化が進む医療・介護分野が雇用の受け口になるかといえば、そうでもない。すでに十分進んでいる高齢化の向こう側は、その高齢者も亡くなってしまっての人口減だ。介護を受ける人もいなくなれば医療も介護も雇用を生まない。結局、東京/大都市圏とは差別化した産業を形成しなければならない。ほぼ県内全域が真っ赤な「消滅可能性自治体」秋田で唯一の例外は、八郎潟を干拓して株式会社組織での大規模農業経営を確立した大潟村だ。ここだけが若年女性人口を上げていく予想が立っている。儲かる農業、儲かる産業、があれば人口は維持できるという。
「撤退戦」という言葉が頻出する。日本の人口減少は歯止めがきかない。歯止めがきかないなら、どれだけマシなやり方でそれをしのぐか、というコトを想定している。かつて第二次大戦の日本軍はこの「撤退戦」ができなかった。伸びきった戦線を縮めて被害を小さくするよりも、向こう見ずな玉砕を選んだ。人口減少を食い止める政策は散々議論されて結局効果を生まなかった。地方の産業振興も散々工夫されて実を結ばなかった。今は全国一様の政策や地方分権〜道州制のようなザックリ議論で問題を解決できる段階ではない。現在は、それぞれ個別の自治体が、自分たち個別の運命を見定めて、どのような存在価値を見つけるか、ということを考えるフェーズだ。地方の中でのハブ都市は、東京まで人口が流出する手前のダムの役割を担い、その周辺地域全体での役割分担をマネジメントしなければならない。
●2040年は、ボク自身が高齢者になる時期であり、ボクのコドモが今のボクと同世代になる時代だ。その中で、ボク自身も今後30年近くを我が家族がどうサヴァイブするのがマネジメントしなくてはならない。少々重たいノマドヒヨコの教育コストも、そのための布石投資だと思っている。


保坂展人「闘う区長」

保坂展人「闘う区長」
●ということで、ボクはボクの暮らす地域に責任を持つわけで。で、下北沢を含む東京都世田谷区の現区長・保坂展人氏の本も読んでた。これは結構前に読んでたんだけどね。2011年の東日本大震災直後に行われた選挙で「脱原発」を掲げて出馬し当選、この時の区長選挙は全国区でもニュースになった。彼は旧・社会党の流れをくむ元国会議員で元来はジャーナリスト、下北沢再開発反対運動の支援を受けてるコトもあってボクも彼に一票を投じた。この本では東京電力との摩擦を中心に、構造的な既存電力会社の独占市場をどのように打開し、自然エネルギー導入の余地を作るか、という内容に終始している。まー今のボクの感覚では、下北沢再開発問題ではかばかしい成果が出てこないので、ガッカリしているのが本音なんだけど。
●ただ、彼は再開発反対派のシンポジウムにもキチンと出席してアレコレ発言するし、批判にもキチンと応じる姿勢を見せている。ボクは彼が当選してから3回、そんなシンポジウムで彼の話を聞いている。そこで自治体運営、区政ってヤツの不思議を色々と知らされて、へーと感心した場面もあった。
●彼の発言で知ったのは、世田谷区は巨大な自治体だってコト。人口は2013年で89万人。東京23区でも第1位で、なんとこの人口を下回る県が7つもある(鳥取、島根、高知、徳島、福井、佐賀、山梨)えーっ!そんなに日本の人口って偏ってるの?!だから行政の方針を急カーブで曲げるのは大変だ、と彼はイイワケしたかったみたいだったけど。加えて、世田谷区の区長は1975年以降でたった2人しかいなくて、久々の3人目が保坂氏だってこと。なんと28年も務めてた人がいるそうな。そんな組織は硬直化するんじゃないの?なんだか不安だな。
●しかし、地方経済の困難さってのは想像を絶すると思った。山梨県はテレビ局が民放2局+NHK、徳島県は民放1局+NHK、島根&鳥取は2県のエリアを合体させて民放3局+NHKしかないって事情が奇妙に思えていたのだが、この人口状況を知れば納得だ、だって世田谷区だけにテレビ局が民放5つもあるなんて想像がつかない。いやひとつだって無理でしょ。2012年からJ1に昇格した佐賀県のサッカーチーム・サガン鳥栖もド根性の経営にちがいない。鳥栖市はJリーグ全体でホームタウンとしては人口最小らしい(2013年で7万人強)。ボクは東京関連のスポーツチームには全く興味ないよ…。人口最小県である、鳥取&島根に今年わざわざ旅行に行ったのも、いったいどんな場所なんだろうという興味があったのも事実だ。「格差社会」と呼ばれて久しい日本には、まずこの人口の激しい偏りがあって、そこでなんらかの差が生まれてる。そんな気がしてならない。


山内朋美「こども東北学」

山内朋美「こども東北学」
2011年3月11日が保坂区政を生んだとすれば、この本も同じ3.11状況から書かれた本だ。帯コメは「<東北>っていったいなんだ?ーもしかするとそれは、架空の場所?そして幻想の呼び名?」東北は辺境なのか?辺境ならば辺境たらしめているものはなんなのか?辺境とはいったいなんなのか?辺境に対する中央=東京はなんなのか?この本は平易な文章で綴ろうとしていながら、内容は全く「こども」向きではなく、1976年生の著者(=つまりボクとほぼ同世代)の個人史にまで突っ込んだ、故郷と自分の距離の問題を描いている。
●ボクの中で(すでに間接的にこのブログで書いてるし、後日さらに詳述したいんだけど)人口最小県としての鳥取&島根には、辺境にはなりえない豊かな神話世界と歴史文化があり、独自の豊かさがあるように思えた。実際に旅行で感じた体感ね。同じ豊かさは、沖縄、北海道への旅でも感じた。近代国家・日本に編入される時期すらが大幅に遅い南北の辺境にも、豊かな歴史の積み重なりがあったのだ。こと沖縄は出生率でいうと日本で最高だ。そこまできて、次の関心は「東北」だ。実は一つのカテゴリーにくくるには広すぎる地域でありながら、3.11以降は特別な意味を持つ言葉になった。

東北に対しては、個人的なショックがあった。よく居酒屋で政治議論を戦わせるセンパイがボクにはいる。彼は良識ある左派ポジションから時勢批評などをグデングデンに酔っ払って叫んでたりしてて、ボクにとっては楽しい人だった。ただ、そんな彼が「東北を復興させるのはナンセンスだと思う。すでにあの地域は経済的に破綻していたのだから、そこに血税を投入して元に戻すなんて意味がない」と発言した。これはショックだった。確かに原発周辺地域は当面メドがつかないほど復興が困難なのは明白だ。ただ、太平洋岸の長い海岸線には多くの生活があって産業があって、かけがえのない価値があると素朴にボクは思っていたのだ。「あまちゃん」にアホみたいに感化されていたのかな…岩手県久慈の陽気な海女さんたちと再開通を目指す三陸鉄道の努力は価値があるんじゃないのか?ボクの近しい人にも東北出身が大勢いるし、仕事でも子供の頃の旅行の思い出でも、東北には思い入れがある。…ただ、ボクはやはり東京の人間で、その東北の本質を知らない。おまけに「消滅可能性自治体」として丸ごと真っ赤っかだ。

●遡れば日本史において東北は蝦夷が住まう未開の大地だった。その厳しい自然に豊かな収穫は期待できない。餓死や身売りが普通、それが戦前まで普通の現実だった。地主と小作には凄まじい経済格差があり、その時代に生まれ暮らした著者の祖父母たちは、貧困ゆえに様々な機会が奪われた。そんな運命を享受し「辛抱する」という美学が育った。大自然と古来からの村社会の構造、個人の努力ではどうにもならないモノが目の前にある。自己実現や個性の尊重とはほど遠い世界が当たり前だった時代から「東北」は100年と離れていない。
●著者の個人史は、自分の少女時代にも触れる。「僻地教育」のモデル校として標準語の発音練習や朗読会が行われていたという。方言で書かれた作文は丁寧に標準語に添削される。もしこの地域と都市部に学力差があるとするならば、方言が妨げになってはならない、と教育者も真剣だったのだ。僻地だから都市部に劣る、都市部に合わせることで水準を上げる。その時の基準こそが日本の「中央」である東京だ。福島第一原発は、東京に電力を供給していた。「僻地」が「中央」に奉仕する。この構造は、富国強兵政策で地方青年を軍人として徴発・訓練して標準化し「中央」に奉仕させる構造と同じではないだろうか。

●都会へ出ることと「村」の規範。都会に出るコトは村のコミュニティから切り離されてること、都会の中で根無し草になること。気持ちの中での村への負い目、これは都会で育ったボクには理解しづらい感覚だ…地域に育ててもらった感覚がないからだ…ボクは関東郊外で引越しを繰り返してるし、友人たちも同じで集合離散が激しい。もう地域として人脈がつながった場所は存在していないのだ。かつて育った街を訪れてもそこには誰もいない。全てが入れ替わっている。グーグルマップで確認したら、小学生の時に暮らしていた団地そのものが消滅していた。ただし、東北には送り出した側の感情もある。親や親戚などとの衝突、村全体から「結婚もさせずいつまで遊ばせておくのか」という批判。共同体に重きをおく価値観、個人の裁量に重きをおく価値観。そこのギャップを内側外側から身に受ける「東北」出身者の心情。

●ここまで来て、ボクはイメージする。ボクは東京を離れることができるだろうか?
●都市生活者として染み付いてしまった価値観は、地方では受け入れられないのでは。ITの世界では地方に拠点を置く例も出てきている…スカイプで愛媛県の会社と会議をした時は不思議な感覚だったっけ。ただ、都会で介護難民になるくらいなら、遠い静かな場所を選びたいと思うのかもしれない。または、自分個人の裁量で選び取った、今を暮らす街・下北沢にこだわり続け、区政や地域の問題に積極的にコミットすべきなのか。
人口問題を解決する方法に移民受け入れという考え方がある。「地方消滅」では、人口問題を解決するために移民を受け入れるとすればその量は本当に大きなものになり、日本社会を大きく改変することを覚悟しなければならないとして、現実的ではないという立場を取っている。最近国際結婚をした人に話を聞くと、日本に外国人が永住権を取得するのは本当に大変なコトらしい。結婚するだけでも一苦労なのに、一緒に暮らすのは全く別の苦労が必要だと。そんなに移民障壁が高い国が舵を切ることができるか?それではボクが移民するとするなら?台湾?タイ?インドネシア?オーストラリア?持病を抱えるボクら夫婦が完全移住するのはややこしいなあ。
あ、ボクはコドモたちが外国に移民するのは歓迎するよ。好きな国に行って好きな人と結婚するのもいいだろう。ロンドンで所帯を持つもいい、シリコンバレーなんてうまいこと行ったらスゴイね。シンガポールにボクが遊びに行くよ。日本が泥舟なら、マシな船に乗り換えるのは当然だろう。



転じてアメリカに、人口減少はあるのだろうか?

Huluの楽しいドラマ「アグリーベティ」はクイーンズのラテン系。

アグリーベティ

●名門出版社のハイファッション雑誌「モード」の編集長付きアシスタントに採用されたベティは、ご覧の通りブサイクちゃん。社長のドラ息子でプレイボーイの編集長ダニエルが絶対手をつけないという理由で採用されたのが真相。虚栄だらけのハイファッションとは無縁の生活をしてきたベティが、健気で必死に仕事していく姿がとてもチャーミング、彼女の頑張りに周辺も影響を受けて変わっていく様子が微笑ましい。
●彼女の名前は、ベティ・ソワレス。名前からわかるようにメキシコ系。ニューヨークの下町クイーンズのラテン街で、料理が得意な父親と、ダイエット食品のセールスで身を立てるグラマーな姉、ちょっと乙女趣味な甥っ子と仲良く助け合って暮らしてる。モード界のファッションと、下町感覚ベトベトの野暮ったいベティの衣装の落差が凄すぎる…お姉さんは美人なのに、なんでベティは太っちょでブサイクなんだろう?ただ、すましたマンハッタンの都会生活とはハッキリメリハリをつける下町の温かい人情は、この作品で重要なフックになってる。家族の絆を大切にするベティとその家族!実はこのドラマの制作総指揮は女優サルマ・ハエック(超美人!)で本編にも登場してくる。その彼女が生まれ育ちともにメキシカンなのが、この設定を選んだ理由なのではないだろうか。
●ご存知の通り、アメリカ合衆国の中でヒスパニック系(メキシコ〜カリブ海系)はアフリカ系を抜いて今や最大の人種集団になっている。白人の中でも小分けしたカテゴリーでは最大のドイツ系よりも多い。アメリカも白人社会では少子高齢化が始まっているが、続々と移民してくる彼らヒスパニックを受け入れることで人口を維持し、健全な人口ピラミッドをキープしている。ヒスパニックの若年人口は他の人種に比べて高く、これからもグングン増えていくはずだ。


音楽。アメリカのラティーノ/チカーノ世界。

FRANKIE J「WHATS A MAN TO DO ?」

FRANKIE J「WHAT'S A MAN TO DO ?」2003年
●暗い記事を書いているウチに気分が落ち込んできたので、プレイヤーに差し込んでみたメキシコ系シンガーの歌声が予想以上に優しくて、神経が実に癒される。爽やかな風のようにソフトで優しい声がスマートに洗練されててとても気持ちいい。メキシコ旅行の前後でラティーノカルチャーに興味を覚えて買い集めてた音源だったんだけど、実はほどんど聴いたことがなかった…メキシコ風味を求めたらカラスベリするほどスマートでオーセンティックなR&B、しかし、が故にすごく新鮮に聴こえる。とにかくハイトーンのボーカルがスイートで。
●彼はメキシコ+アメリカ国境の街ティファナで生まれ、カリフォルニアのサンディエゴで育った男。キャリアの初期は KUMBIA KINGS というメキシカンバンドのメンバー(担当はパーカッション)を務めてたようだが、その後ソロシンガーとしてメジャー契約、最初のアルバムがコレだ。ラティーノ系のR&Bプロデューサーなんて全く知識がないのだが、クレジットを見る限り、彼の音楽には CHARLES CHAVES HAPPY PEREZ という人物がかなりの比率で関わっている。そして彼のブレイクを助けるテキサス・ヒューストンのチカーノ・ラッパー BABY BASH も二曲で参加。なお、同じ年に同じ曲をスペイン語で歌ったスパニッシュアルバム「FRANKIE J」もリリースしてる。

FRANKIE J「THE ONE」

FRANKIE J「THE ONE」2005年
このアルバムが彼にとってのブレイク作になった。テキサスのメキシコ系ラッパー・BABY BASH を客演に迎えたシングル「OBSESSION (NO ES AMOR)」がラジオでヘビロテ。コシのあるヒップホップソウルを爽やかに乗りこなし、セクシーなスパニッシュをサビに挟み込む様子がクール。BABY BASH とはもう一曲「SUGA SUGA」で共演。これは BASH のデビューアルバム「THE SMOKIN' NEPHEW」2003年に収録されたヒット曲で、FRANKIE が客演。その FRANKIE 主体バージョンがこちらにも収録されている。この曲、湿ったメランコリーがクールでサビが実にキャッチー。
●制作総指揮は CHARLES CHAVES、プロデュースに HAPPY PEREZ の他、王道R&B/ヒップホップソウル職人 BRIAN MICHAEL COX が光る仕事を見せてる。客演にはやはりテキサス・ヒューストンのラッパー、PAUL WALL や三人組女性シンガーグループ 3LW が参上。

FRANKIE J「UN NUEVO DIA」

FRANKIE J「UN NUEVO DIA」2006年
●ヒットアルバム「THE ONE」と同じ年に出されたスパニッシュアルバム。多少のヒット曲にカブリはあるけど、内容はほぼ別物。リリックがスパニッシュになっても、ベタつかない爽やかなセクシーさは健在。チカーノにありがちなコテコテモリモリ感を絶妙に回避して、ストレートなR&Bを展開している。抑制された高音が可憐な「PENSANDO EN TI」は本当に美しいね。あ、この曲は FRANKIE 自身のセルフプロデュースなんだ。基本は HAPPY PEREZ が制作を担当しているけど。「MORE THAN WORDS (MUCHO MAS)」はハードロックバンド EXTREME 1991年のシングルのカバー。なんとなく聞いたことあると思ったら。

FRANKIE J「PRICELESS」

FRANKIE J「PRICELESS」2006年
ジワリとヒップホップ濃度が上がった5枚目のアルバム。一曲目からダーティサウス代表プロデューサー MANNIE FRESH のトラックで、ヒューストンのラッパー CHAMILLIONAIRE と共演。バウンシーにうねるベースと爽やかに戯れるハイトーンボーカルにワイルドなラップのフロウが交錯する。他にもクリーブランドの個性派 KRAYZIE BONE & LAYZIE BONE の速射砲メロラップとも共演。でも基調はオーセンティックなR&Bで、安心して身も心も預けられる。


ドミニカの音楽、バチャータがニューヨークで鳴っている。

AVENTURA「14+14」

AVENTURA「14+14」2011年
FRANKIE J の出世曲「OBSESSION」は実は彼らのオリジナルをカバーしたモノだ。この四人組男性グループは、ニューヨークで育ったドミニカ移民の連中で、故郷の音楽・バチャータを故国の言葉スパニッシュで歌う。いわゆるコテコテのラテンテイスト全開チャカポコリズムに哀愁のギターが絡んで、悲恋などなどの嘆きを歌うのがバチャータという音楽。ラテン文化とアフリカ文化が溶け合った結果生まれたリズムがドミニカ経由カリブ海諸国に伝播、そしてそれがニューヨークの移民の子供たちに遺伝しているというわけだ。しかしやっぱりキチンとニューヨーク育ち、そこはかとなく洗練された R&B の要素を忍び込ませ、ボーイソプラノのような高く甘い声が可憐。とはいえ、アーバンR&Bに消化しきった FRANKIE J のバージョンと彼らのバチャータ・バージョンは、英語×スペイン語の差もあって全然同じ曲に聴こえませんわ。
実はメキシコ旅行の時に買ったんだけど、日本に戻ってからアメリカのグループと知ってビックリ。1994年から活動して2011年に一旦活動休止、その際にリリースされたベストアルバムがコレらしい。

AVENTURA「LOVE HATE」

AVENTURA「LOVE & HATE」2003年
ヒューストンにて FRANKIE J BABY BASH「SUGA SUGA」への客演で注目されつつあった同時期に、リリースされた彼らの3枚目のオリジナルアルバム。ベストと違って脇道に逸れる瞬間が多いので、そこでヒップホップテイストが垣間見れたりもする。でも基本はコテコテのバチャータ哀愁のギターは、エレキギターを単音で爪弾くだけでも十分に機能するんだなあと感心。そして甘いハイトーン。ちなみに、FRANKIE J カバーの原曲「OBSESION(綴りがちと英語と違う)」は、この一枚前のアルバム「WE BROKE THE RULES」2002年に収録されてる。

AVENTURA「GODS PROJECT」

AVENTURA「GOD'S PROJECT」2005年
●このグループの三枚のアルバムはみんなメキシコで購入。メキシコ人バンドだって一ミリも疑わなかったね。英語もまるで出てこないし。と思ったけど、アルバムタイトルは英語だわ…あー。ジャケ写にちゃんとした本人肖像ない上に、赤ん坊写真が代わりに入っちゃってるけど、あくまでこの4人組すっごくゴツいニイちゃんだよ。どんなに甘いファルセットでも、女々しい悲恋を嘆いても、コテコテのラテンリズムでも、無精ヒゲとマッチョな体格、刈り込んだ短髪が見事にラティーノだよ。
●さて、この局面ではレゲトンのアーティストとのコラボが目玉。ちょうどこの時期がニューヨークを発端にプエルトリコ由来のスパニッシュレゲエ/ヒップホップレゲトンブームが巻き起こるタイミング。2004年に DADDY YANKEE「GASOLINA」が大ヒットしてるという感じ。前半はオーセンティックにバチャータだけど、後半は客演にプエルトリコ出身のラッパー、DON OMAR TEGO CALDERON、そして一卵性双生児の女子二人組 NINA SKY を召喚。スマートなレゲトンに挑んでいる。こうしたバチャータとレゲトンの合体バチャトンと呼ぶらしい。あ、あと一曲でオリエンタル/インド風味のトラックも仕掛けてる。この時期のヒップホップは本当に珍妙なモチーフを持ち出してムリヤリトラックに組み込むのに夢中だったなあ。




●一応、動画もチェックしておく?
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●最近の我が家のハマりモノは。
「寄生獣 セイの格率」@日本テレビの深夜アニメ。
●でも Hulu で見てるけどね。

寄生獣セイの格率

岩明均原作の「寄生獣」って連載が1988〜1995年なんだって。
●アニメ化/映画化と注目されてるけど、今の若いスタッフ、全然リアルタイムじゃないから知らなかったとかいうんだ。今回初めてマン喫で読みましたとかヌカすんだ。マジかよ!クラシックだよ!必修科目だよ!…うーん、また自分がオッサンだと思い知らされたな。世代が違うんだわな。
●どっかのタイミングで、息子ノマドには原作を読ませたい。そんで、岩明均の、軽く乾いた筆致、一瞬で人が死ぬ躊躇なき非日常への飛躍感を味あわせないといけないな。つなげて「七夕の国」も読ませたい。あれも岩明作品として傑作だから。そこまで行けば古代ギリシャ・ローマを描く「ヘウレーカ」&「ヒストリエ」にいける。


T.I. のサウス系ヒップホップ、「トラップ・ミュージック」。

TI「TRAP MUZIK」

T.I.「TRAP MUZIK」2003年
●ヒップホップの進化の過程で、ニューヨークとロサンゼルスの二大拠点から、アトランタやニューオリンズ、ヒューストン、マイアミといった、南部つまりサウスサイドの諸都市に、地方分権が進んで行く過程をくっきりと描いてみたくて色々構想しても、その動きは複雑すぎて説明できません。1996年にヒップホップのゴールデンエイジが終わり、バウンスビート(和名:チキチキビート)が登場したそのリアルタイム、奇しくもマンガ「寄生獣」の連載が終わったあたりに登場してきたこのヒップホップ新潮流に、正直ボクはうまく馴染めず立ち止まってしまった覚えがある。この苦手意識を克服するために、サウスサイドの様々な音源に当たったけど、ナカナカに飲み込むことができない…。
●と思って十年近くも経った後に、巡り合ったのがこの物件。アトランタのラッパー T.I. のセカンドアルバムだ。実際には2011年には入手してて、その瞬間から目からウロコの大ショックを受けた。マジで名譜。この一枚で、ボクの中でサウス系へのトビラが完全に開いた。ただ、この一枚のスゴさが言語化できるかは、自信がなかった…今日はそれに挑戦してみる。

●アルバムタイトル「TRAP MUZIK」「トラップ」という言葉は、ドラッグ関連のスラングらしい。ただし、コレは偶然なのか、T.I. が選ぶトラックの特徴を示す擬音語/擬態語のようにボクは思えた。早くもなく遅くもない彼のトラックの中で、偶数拍に「ペチッ」と鳴るスネア?ハンドクラップ?の音が、ルードでレイジーな粘着質ファンクネスを醸し出しているのだ。この「ペチッ」を英語風に言えば「トラップ!」という感じだろう。この「トラップ!トラップ!」だけが規則正く偶数拍に配置され、そこに当てるようにゴツゴツとしたキックやシンセベースが自由に唸るし、ハイハットも自由にシンコペーションする。ドラッグ由来のノッタリとした酩酊感を「トラップ!トラップ!」のファンキーなルーズネスで象徴させ、そこを軸にグルーヴを回転させるT.I. 自身のラップ/フロウは、クセのある粘り気(アトランタなまり?)があって、ファンクネスと独自の洗練を同居させている。見事なワザモノだ。
●サンプル許諾の高額化で、シンセの打ち込み主体に切り替わった90年代末以降のヒップホップは、チキチキなバウンスビートで16分音符のスネアをばらまいて、重心の高い音楽に切り替わった… TIMBALAND や MISSY ELLIOTT、CASH MONEY 一派のサウンドデザインはそういうスタイルだったはず。このバウンスビートの収穫を前提に、「トラップ・ミュージック」は重心を中域に設定してレイドバックな気分を演出している。奇妙な弛緩とファンクネス、完全な打ち込み主体でありながら粘り気を同居させるアトモスフィア。明白に新しいと思った。ちなみに、このあたりで中心的に活躍したトラックメイカーは、DJ TOOMP。T.I. のキャリアをこれ以前もこれ今後も支えていく盟友。ミシシッピ州ジャクソン出身の DAVID BANNER もヒットシングル「RUBBER BAND MAN」で活躍。
●これの前に出したファーストは不発に終わったが、このセカンドアルバムで T.I. は一躍全米の注目を集め、サウス系ヒップホップの重要人物になっていく。

TI「KING」

T.I.「KING.」2006年
T.I. のサードアルバム「URBAN LEGEND」も絶対買ってこの部屋の中にあるんだけど、全然発見できない。彼のブレイク作品となったのに。しょうがないので一枚飛ばして、4枚目。タイトルは「KING.」。この頃にはニューヨークの帝王 JAY-Z から「オレの次はオマエだ」的な発言までもらって、名実ともに「KING OF SOUTH」の称号を思いのままにしていた T.I.。完全にセレブ化してます。
●スネア/ハンドクラップが鳴らす「トラップ!トラップ!」のアクセントは踏襲しつつ、メジャー感もたっぷり盛り込まれている。トラックメイカーは DJ TOOMP もいる一方、JUST BLAZE、MANNIE FRESH、SWIZZ BEATZ、THE NEPTUNES まで参加している。ルードなファンクネスも堪能できるが、ハッとするほどの大ネタ使いも炸裂。1991年のライトなハウスミュージック CRYSTAL WATER「GYPSY WOMAN (SHE'S HOMELESS)」をグッとテンポダウンしてザクッと使うワザにはビックリ&懐かしさでまさに胸アツ。

TI「TI VS TIP」

T.I,「T.I. VS. T.I.P.」2007年
●メジャー契約前は、TIP という名前で活動していたこの男。契約してみたらレーベルの先輩に元 A TRIBE CALLED QUEST Q-TIP がいた。このままだと紛らわしい、ということで、T.I. に改名、って経緯がある。そんで、かつて捨てた名前がココで復活して、T.I. と T.I.P. という別人格が対面することとなったヒップホップ業界でアリガチなオルターエゴの使い分けとか、リアルの俺と虚像の俺の葛藤とか。T.I. は既に立場を確立したクールなビジネスマンで、T.I.P. はストリートハスリングで日銭を稼いでいたチンピラという設定。
「トラップ!トラップ!」のマナーは守りつつも、メジャー化はどんどん進行中。トラック提供に盟友 DJ TOOMP がいないもんね。ゲストには JAY-Z、EMINEM、WYCLEF JEAN、BUSTA RHYMES などインターコースタルな連中が結集。リリックチェックしてないから微妙だけど、T.I. 人格ではキレのいいフロウで高度に洗練、T.I.P. 人格ではルードにグダグダしてみせるというキャラの使い分けをしているよう。ボクはルーズなトラックにルードなフロウが好きだけどね。

TI「PAPER TRAIL」

T.I.「PAPER TRAIL」2008年
●盟友のトラックメイカー DJ TOOMP も復帰して原点回帰、ルードでルーズなファンクネスがコッテリ味で復活。テンポを落として腰をグッと下ろした安定感が、安心してファンクに酩酊できる姿勢を確保。一方でゲストは豪華。JAY-Z、KANYE WEST、LIL WAYNE、JUSTIN TIMBERLAKE、JOHN LEGEND、LUDACRIS、USHER までが見参。ヒップホップの首都がアトランタに引っ越したかの勢い。RIHANNA をフィーチャーした「LIVE YOUR LIFE」はなんと O-ZONE「DRAGOSTEA DIN TEI」大ネタ使い。覚えてる?邦題「恋のマイアヒ」だよ!スゲエセンス!この暴挙は JUST BLAZE の仕業です。SWIZZ BEATZ も彼らしい大味で粗末なトラックを提供、スカスカしたトラックをそう感じさせない密度の濃いラップがたまらん。「PORN STAR」では T.I. のフロウがクールで色男すぎる。実際、この人のルックスってすごくかっこいいよね。KANYE 提供トラック「SWAGGA LIKE US」だけは才気走ったトラックメイカーがラッパーとしても出張ってサイバネスティックな異色曲を構成。コーラスはアジア系の女闘士 M.I.A.JAY-Z の王道な客演、南部のヒーロー LIL WAYNE のダーティっぷりも迫力満点。
●ちなみに当時の T.I.銃器所持の罪で裁判待ち、この期間でリリックを書いていたという。

「トラップ!トラップ!」擬声語/擬態語で解釈して納得する解釈を自分の中だけで着地させてたつもりだったけど、90年代〜この時代にかけて、ヒップホップのサブジャンルとしての「トラップ」という言葉が本当に定着していったらしい。その後2010年代に入って、トラップは更にエクストリームな音楽として進化、目下注目されている模様。最新音源としてのトラップもチェックしてみたいな。



●動画は続きから。
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新しい MAC を買った。
MAC BOOK PRO 13インチ 2.6GHz Retina ディスプレイ 256GBフラッシュストレージ。

MACBOOKPROを買う

●3年使っている MAC BOOK PRO 15インチ には不満はない…やっぱデカくて重いのはしんどいけど。ただ、息子ノマドがボーカロイドに挑戦したいと言い出したので、このマシンをオサガリとしてヤツに渡すことにしたのだ。音楽の素養など何もナイ息子にどれだけのことができるかワカラン。しかしココ半年くらいボカロやりたいと言い続けているのだから、気まぐれというわけでもないだろう。おまけに去年の受験合格以来ボクからはろくにお祝いも出してやってないことも自分の中で引っかかっていたので、ここでデカイプレゼントをしてやろうと思った。マシンはオサガリだけど、ボカロソフトとして「IA」を買ってやったし、編集ソフトとして「CUBASE」の初級モデルも買ってやった。
●気鋭のトラックメイカー TOFUBEATS は中学生の時に母親から仕事で使っていたPCをもらって音楽を始めたという。振り返ると、ボク自身も中学生の時に本格的なPC(NEC PC-8801 mkII FR)を買ってもらった覚えがある…実は一番最初のPCは小学三年生の時に叔父が譲ってくれたヤツだった(BANDAI RX-78、ガンダムと同じ型番のマシンがあったのだよ)…そう思うとPCとは付き合い始めが早いのは悪いことでもない気がする。少なくともスマホでゲームやり続けるよりも生産的な気がする。まあ、気がするだけだけど。
●少なくとも、期末試験が終わるまではまだイジるな、とだけ言い付けておいた。冬休みに入ったらイジリ倒せばいい。ヤツはまだインストールの仕方も知らないからな。

●ワイフも iPhone 6 にモデルチェンジした。徹底した APPLE 党になっていく我が家。



TOM WAITS のセンチメンタルな音楽で夜更かし。

TOM WAITS「SMALL CHANGE」

TOM WAITS「SMALL CHANGE」1976年
●ロサンゼルスの酔いどれ詩人 TOM WAITS の三枚目のアルバムを、東京のクタビレた酔いどれが集まる街・新橋の古本市で買う。200円だった。体調をスッカリ崩したボクは現在残業禁止措置で早く会社を出るコトが出来る。今まで22〜23時まで仕事してたのに、いきなり19時前に会社出ろと言われると戸惑うね。で、ふらり駅前SL広場に寄って、古本をチラチラひやかしてたのだ。200円はいい値段だね。ちなみに U2「UNFORGETTABLE FIRE」も200円で買った。アナログしか持ってなかったから、これで iPod に入れられてうれしいよ。

●さて、TOM WAITS。アルバム一曲目「TOM TRAUBERT'S BLUES」は2009年フジテレビのドラマ「不毛地帯」山崎豊子原作/唐沢寿明主演)の主題歌だった…当時のブログでも書いたけど、このドラマはハマった…シベリア抑留兵から高度経済成長の企業幹部へ転身する主人公の悲壮感漂うタフな生き様が骨太だった。原作も全部読んだし、TOM のこの曲もベスト盤で入手した。今回も、アルバムの中でドッシリと骨太感を漂わせている。この曲については、そんであれこれの TOM というキャラクターについても以前の記事に書いたからソチラをご参照あれ

●彼の初期キャリア、70年代の ASYRUM RECORDS 所属時代は、酒ヤケのボエ声ボーカルが貫禄出しまくってるトコロは現在まで一貫しつつも、ピアノの弾き語り、ジャジーなアレンジ、ブルージーなニュアンスと、真夜中に聴くにはなんともたまらないセンチメンタルさがまとわり付いて、これをBGMについつい夜更かししてしまう。酒が飲めないボクですら、ウットリと彼の音楽に酔う。カラダとココロの不調で思うように仕事もできない悔しさに痛飲したい気分にフィットする。TOM は歌う。「THE PIANO HAS BEEN DRINKING, THE PIANO HAS BEEN DRINKING, NOT ME, NOT ME, NOT ME, NOT ME...」ピアノが酔っぱらっちまったよ…オレじゃねえ…ピアノが酔っぱらっちまったんだよ…オレじゃねえって…ビアノが酔っちまったんだよ。ストリップ小屋の楽屋から、こんな音楽が流れてくる。
●十代の TOM は高校を早々に中退し、ピザ屋でずっと夜勤暮らしをしていたとな。「I CAN'T TO GET OFF WORK (AND SE MY BABY ON MONTGOMERY AVENUE)」という曲で、そんな時代を振り返っている。…別に働くのがイヤってわけじゃねえ…バーでダラダラ時間を潰すのにも慣れちまったからな…運転手もやったし荷物の預かり係もソーダ売りも修理工もやったぜ…仕事があればありゃましなもんだ、だなんて誰が言ったんだ…あの娘に使うカネくらいは持ってるんだ…なのに仕事が全然終わらねえ…ジョーとサリーのためにこんなに頑張ってるのによ。急いで片付けちまったら、今日は夜明け前に帰れるかもしれねえ…。塩辛いボエ声が今は沁みる。無限に終わらない仕事、意味があるのかワカラナイ仕事、その仕事を全う仕切れない今のボク自身、マヌケで中途半端さに居心地が悪くてしょうがない。でも TOM のピアノはとても優しいんだ。


TOM WAITS「BLACK RIDER」

TOM WAITS「BLACK RIDER」1993年
●だいぶ時代が下ったアルバム…これは義弟 ken5 くんにもらったCDだな。ありがとうございます。ASYRUM から ISLAND に移籍した80年代以降の TOM はオーセンティックなスタイルから、セルフプロデュースのエキセントリックなサウンドデザインに躊躇なくシフトチェンジ、元々の遺伝子として内包していたヴォードヴィルのスタイルも出てきて、なんだかチンドン屋みたい聴こえてくるほどのフリ切り方を見せるようになる。これもそのタイプの作品だなあ。
●このアルバムは、ドイツ・ハンブルグで公演された前衛演劇のサウンドトラックとして制作された音源集だ。ドイツの民話をベースにして、脚本はなんとビート文学の巨人 WILLIAM S. BURROUGHS が担当。そこに、これを舞台化しようとする前衛演出家 ROBERT WILSONTOM に音楽制作オファーしてきた。こんなチャンスを断れないと、ともかくまずは根城のロスからドイツに飛び、毎晩作曲をして稽古で聴かせるという作業を繰り返したそうな。コラボしたのは正統派のクラシック演奏家から、駅前で小銭を稼いでいたストリートミュージシャンまで。バンジョーからバスーン、フレンチホルン、チェロ、マリンバと、ロックバンドとは関係ない楽器だけで構成されてる。バロウズが脚本とあって、話もデタラメで陰惨みたい…悪魔に魂を売った男が許婚を死に至らしめて破滅するお話みたいだ。ああ、バロウズ本人も一曲歌ってるぞ…。
●公演は成功し、その後00年代にわたって欧米各国で再演されてるという。この音源はロスに戻った TOM が再録再構成したようなので、半分がドイツの音源、残りはロスのミュージシャンが TCHAD BLAKE 収録の元で演奏したものらしい。ちょっと不思議すぎるけどね。


TOM WAITS のルーツ、ビート二クス/ビート文学について。
詩人、ルー・ウェルチの生き様とアメリカの大地。

アラム・サロイヤン「花のサンフランシスコ」

アラム・サロイヤン「花のサンフランシスコ」
1950年代に社会現象となったビート二クス/ビート文学のムーブメントは、TOM WAITS に影響を与えている。ありとあらゆるドラッグを試したあげく、ウイリアム・テルごっこに興じて妻を射殺した、ビート伝説の巨人ウイリアム・バロウズと仕事をしたいと TOM が考えたのも当然だ。ちょっと話がそれるけど、NHKETVで放送されてた「ニッポン戦後サブカルチャー史」でも、ホストを務めた劇作家・宮沢章夫が戦後サブカルチャーの発端にビート二クス/ビート文学のムーブメントを挙げている。この本は、こうしたビート文学の担い手、ビート二クたちのそれぞれの生き方、特に詩人ルー・ウェルチにフォーカスを当てた作品だ。

●ちなみに、作者アラム・サロイヤンは、小説家ウイリアム・サローヤンの息子だ。父ウイリアムの本は、故・伊丹十三監督の翻訳で文庫になったりもしてた…今はもう絶版かな?父親ウイリアムの文学はアメリカの慎ましやかな家庭の物語を綴るタイプの内容だったが、息子アラムは、そのアメリカの秩序を内側から食い破る反抗文学のウネリを美しい散文詩のようなスタイルで綴っている。タイトルは「花のサンフランシスコ」と能天気な邦題をつけられているが、原題は「GENESIS ANGEL」、サンフランシスコは作品全体の中を見渡してもたいした意味を持たない。ビート二クスの後継ムーブメントとして、サンフランシスコでヒッピーカルチャーが10年くらいのスパンを開けて花開いたコトを意識しているのだろう。しかし訳者自身が言及しているのだが、この本はそのビートジェネレーションと呼ばれたムーブメントへの挽歌だ。戦後アメリカで急速に発達する大衆消費社会や保守志向に抗い、脱出しようとした若者たちの生き様が語られている。

●表紙には、ビート文学の代表選手たちの似顔絵が描かれている。
ジャック・ケルアック。ビートの名付け親であり、代表作「路上」で一躍カリスマになった作家だ。ビバップジャズのアドリブのようにタイプライターを打ち、アメリカの大地を放浪する若者達を描いた。ニール・キャサディ。彼は作品をなんら残す男ではなかったが、破天荒な行動や言動でジャックに影響を与え、二人でアメリカ大陸を縦横無尽に放浪した経験がそのままジャックの作品に反映された。ニールは1968年にメキシコで変死体となって発見され、ジャックはアルコール中毒で身を崩して1969年に病死。
ゲイリー・スナイダーは日本・京都に十年以上滞在し東洋思想や禅に接近、グレゴリー・コーソはビートサークルの最若手として仲間たちのモロッコ旅行に同行している。アレン・ギンズバーグはビートのカリスマとしての人生を全うし、ゲイとしてカミングアウト、その後のカウンターカルチャーを牽引する活躍を続けた。表紙には描かれていないがウイリアム・バロウズも登場する。起業家であった祖父の遺産のおかげで定職にもつかず、ありあまるヒマとカネを、薬物を貪るコトだけに費やした。なぜ彼が83歳まで生き残ることができたか?不思議すぎる。
彼らは一様に、アメリカ型の戦後文化から拒絶され逃避した人種だった。ゲイであるコトを背負い。都市を離れ荒野を放浪し。ドラッグやジャズにハマり。西洋文明の限界を乗り越えるため非西欧文化に傾倒。その後自然環境保護運動に身を投じた者もいる。アメリカのアウトサイドへと彼らは逃げた。

ルー・ウェルチは、ビートニク・サークルの中では後発組だった。ニューヨークを軸に放浪と集合を繰り返していたビート人脈からはやや離れて、この西部出身の若者は、いくつかの大学や様々な職業を転々とし、住む場所も全米を転々としていた。シカゴで広告のコピーライターを務めながら、精神分析のカウンセリングを受けていた。ビートが世間の耳目を集めるようになると、まっとうな職業と恋人を捨てて、大学時代の知人であったゲイリー・スナイダーと合流、詩作の世界に入る。とはいえ、生活を成り立たせることは困難で、アルコールに深くハマっていく。社会的な地位と縁を切り、純粋な労働とわずかな対価、酒、そして純粋な詩作。戦後アメリカ的市民生活をそぎ落として孤独でシンプルな生活を目指す。それが彼なりのビートニクな生き方だった。
●60年代には、サンフランシスコで詩作の講義を持つようにもなったが、最終的に彼はアメリカ西部に横たわるシエラネバダ山脈に山小屋を建てて暮らすことを選んだ。静かな生活と美しい自然、純粋な詩作。しかしアルコール中毒を抜くことはできなかった。ある日、彼は簡単な手紙を残し、山に姿を消した。失踪。友人ゲイリー・スナイダーの呼びかけで5日間の捜索が行われたが、とうとう彼は見つからなかった。1971年、詩人は44歳だった。

「ビート」は「打ちのめされた」という意味。そしてアメリカは巨大だ。
彼らはどうしても戦後アメリカ社会に馴染むことができなかった。アメリカの外に飛び出すために、ドラッグを求めてクルマを走らせる冒険を繰り返した。しかし、結局は、彼らは自暴自棄な行為で寿命を縮めてしまった。ケルアックは時代の寵児に祭り上げられ、その混乱の中で酒に溺れてしまった…彼が死んだ時には誰も彼の顔を覚えていなかったというのに。
アメリカに疎外され、アメリカから遠ざかろうとしていたのに、結局彼らは、アメリカの広大な荒野を走り回るだけに終始していた。どこまでもどこまでもアメリカ。ドラッグやアルコールを貪ってもアメリカ。まるで釈迦の掌の上で暴れる孫悟空のようだ。その上で、ルー・ウェルチの最期にショックを受けた。誰も住まないアメリカの山中に居を移し、そしてアメリカの山に姿を消す。純粋であることを突き詰めて、アメリカの真ん中に入っていったルー。アメリカは巨大で、その中にはいまだ純粋な真空空間が大きく横たわっている。陰惨な歴史や猥雑な文化が跋扈するアメリカの真ん中に、大きな真空の闇。



●打ちのめされた人々、打ちのめされている人々に、TOM WAITS の音楽を。
●動画。
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●グリコ・プリッツ「ホタテ味」(北海道ユルキャラ・キュンちゃんバージョン)なんてモノを食って。
●微妙な珍味だった。




「ヨルタモリ」にうっとりしてる。
ヨルタモリ
●最近元気のないフジテレビに期待感なんてナニもなかったんだけど、何の気なしに見てしまった日曜日夜の新番組「ヨルタモリ」にちょっとハマりそう。タモリさんが、宮沢りえとともにお客を迎えるトーク番組。つーか、タモリさんはワリとスベッテル気分なんだけど、バラエティレギュラーなんて初めてであるはずの宮沢りえさんがスゴくよくて。設定は「東京の右半分、湯島あたりにあるバー・WHITE RAINBOWに有名人が訪れる」というもの。週一回だけ営業しているこのバーのママが、宮沢りえさん。いつもキレイな和服を着て、落ち着いた受け答えでゲストをおもてなし。彼女とボクは同い年なので親近感たっぷり。彼女が15歳の時の初主演映画「ぼくらの七日間戦争」はリアルタイムで劇場に見に行った。そこから彼女アレコレあったけど、その苦労もコミでキレイに年を重ねた雰囲気がたまらない。こんなお店があったらボクも毎週通う。常連さんになりたい(お酒飲めないケド)。

ヨルタモリ井上陽水

●その「ヨルタモリ」、放送第二回目のゲストが井上陽水さんだった。
●うわー豪華。井上陽水さんって、世代で言えばボクとはスレ違っていてあまり詳しくはないのだけれども、90年代に展開した奥田民生とのコラボレーション、そして奥田経由での PUFFY への楽曲提供など、ボクにとっては間接的に響いてくるタイプの大物として認知されてた存在だった。重ねたキャリアの厚さをワリ引いたとしても、あの独特な佇まいはリスペクトせずにいられない。だってあの奥田民生「俺も大分テキトーだけど、陽水さんはオレ以上にテキトーだからね」と言うほどの存在なのだ。ただそれだけでもスゴいと思えるオジサンなのだ。
●で、この番組においても、タモリさんとテキトーに立ち振る舞ってるだけだから、なにかスゴい部分がでてくるとか全くない内容だったんだけど、宮沢りえさんとのヤリトリ含めて、カッコイイ大人だなあと素朴に思ったりするわけです。ああ、あんなイイ加減な大人になりたい。イイ加減なのに大人ってのがカッコイイ。

●で、今日は井上陽水さんを聴く。

井上陽水「弾き語りパッション」

井上陽水「弾き語りパッション」2008年
●普段から愛聴している陽水さんのアルバムはこのアコースティックライブ盤。陽水さん、今年で音楽活動45年に及ぶのね。現在66歳、このライブ盤収録時で約60歳。それでこの声!!色気と艶、迫力ある声量!ビックリするワ。これをアコギだけの伴奏で歌い上げる。声のたっぷりとした湿り気に対して、アコギのバリバリとした音の粒が硬い結晶のようにキラキラと煌めいて、張りつめた緊張感とラグジュアリー感が不思議な同居をしている。
歌われる楽曲は、ほとんどが70年代前半のもの。ほとんどが、この音源だけでしか聴いたことのない曲。だから発表当時の原曲と比較はできない。おまけにあまりの美声のせいなのか、リリックの意味はほとんど頭に入ってこない。つーか、めちゃめちゃシュルレアリスムな歌詞ばっかじゃないか?「カーネーション お花の中では カーネーション 一番好きな花」と連呼する「白いカーネーション」とか、この美声をもって初めて説得力持つけど、意味全然ないからね。「なぜか上海」本当にナゼ上海か全然ワカラナイ。でもそれでいいんです。PUFFY「アジアの純真」「白のパンダをどれでも全部並べて」って歌わせてる段階で、この人は絶品のシュルレアリストだってわかってるから。

井上陽水「LOVE RAINBOW」

井上陽水「LOVE RAINBOW」2009年
資生堂のCMソングになったシングル。60年代フラワームーブメント風のフォークロアな衣装をまとった女性たち(さんとか)が大勢登場して、コラーゲン飲料を飲むCMだったね。フォークのイメージが強い陽水さんですが、実は彼の音楽はフォークのフォーマットに囚われていない。ダンサブルなテンポの軽快なこの曲は、サビの部分を女性コーラスに任せちゃうなど肩のチカラの抜け具合がこれまた鮮やかな物件になってる。実はこの女性コーラス、我那覇美奈、RIE FU といったシンガーソングライターたちが担ってる。実の娘であるシンガー・依布サラサも参加。カップリング楽曲「LOVE LILA」はスローなサイケデリア。
●90年代に奥田民生と仕事をして、彼経由でPUFFY小泉今日子にも楽曲提供してたコトには既にふれたが、80年代も陽水さんは大活躍している。中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」斉藤由貴「夢の中で」への楽曲提供、彼のバックバンドだった安全地帯(あの玉置浩二のバンドですよ)をブレイクさせ、「ワインレッドの心」などを作詞。トレンディドラマの主題歌やCMタイアップもこなす。そこの段階でフォークソングのフォーマットはすでに放棄されている。本人もフォークブームに乗っかっただけだと思っているようだ。

井上陽水「二色の独楽」

井上陽水「二色の独楽」1974年
●さて、陽水さんの初期キャリアの方へ。陽水さんは最初、アンドレ・カンドレという珍妙な芸名で1969年デビュー。しかしココでは商業的に失敗。本名・井上陽水(あきみ)の読みを変えて井上陽水(ようすい)として1972年再デビュー。吉田拓郎などが成功するフォークブームの中でブレイク。歌唱力とシュールな歌詞が最初から注目されてた。
●で、これが陽水名義4枚目のアルバム。古本市かでなんとなく500円で購入しただけだったんだけど…これがビビった。この時代で完全ロサンゼルス・レコーディング、現場の著名なミュージシャンを集めて完全なロックアルバムに仕上がってる。フォークのイメージを激しく裏切るサウンドのモダンさに衝撃。ふくよかで洗練されたアレンジと甘いギター、成熟したウエストコーストのロックシーンの雰囲気が色褪せないモダンさを保ってる。アルバム冒頭「夕立」〜「HAPPY BIRTHDAY」などなどが完全にタフなリフロックでいきなり衝撃。他にもダイナミックなロックアプローチが見事。他の抑えめの曲でも、甘美なフォークロックに仕上がっていて実にリッチ。
とにかく参加メンバーがスゴい。まだ自分のバンド RAYDIO を作る前の RAY PARKER JR.、当時注目だったネイティヴアメリカン系の JESSE ED DAVISMOTOWN 系のアーティスト、JACKSON 5 MARVIN GAYE、STEVIE WONDER の音源で活躍していた DAVID T. WALKER、70〜80年代のハリウッド映画で活躍する作曲家 JACK NITZTCHE などが参加している。キーボードにはジャズ界の辣腕プレイヤー JOE SAMPLE もいるな。でも当時の現場じゃみんながまだ若くてキャリアを作り始めている途中だったから、大物と演ってる気負いなんてなかっただろうな。いや、陽水さんなら大物と知っててもテキトーにやってたかもしれない。あ、でもドコで誰がプレイしてるかはクレジットじゃワカラナイ。

●その後の陽水さんは、吉田拓郎・泉谷しげる・小室等の4人で1975年レコード会社・フォーライフレコードを設立、取締役に就任する。シンガーソングライター自身が集まってレコード会社を起こすというコトは、当時の音楽業界/芸能界のシステムに反抗する暴挙と言われた大事件だった。結果、大手レコード会社から取扱いを拒否されたりしたことも。しかし、新世代のアーティストたちの存在と若い世代からのセールスも無視することも出来なかったのも事実。アーティスト自身やプロデューサーなど現場サイドが制作やビジネスの中で発言力を増すキッカケになる。とはいえ、事業として会社を運営するにあたり理想通りにいかない場面に突き当たり、泉谷しげるが1977年には離脱するなどしたが、陽水さんは義理堅いのか移籍が面倒なのか今だにフォーライフ(現:フォーライフミュージックエンターテインメント)に所属してる。


「二色の独楽」に参加した JESSE ED DAVIS という男。

JESSE ED DAVIS「ULULU」

JESSE ED DAVIS「ULULU」1972年
●関連作をもう1枚。「二色の独楽」に参加してた JESSE ED DAVIS のソロアルバムを。父母共に生粋のネイティブアメリカンのミュージシャンって意外と珍しい。土の香りのするブルースとメランコリックな洗練が同居するアルバムだ。
●この時期、70年代初頭〜中盤にかけてのウエストコーストサウンドの位置づけをボクの中で整理。ここでいうウエストコーストってアメリカ西海岸だけど、具体的にはロサンゼルスね。60年代だとサンフランシスコなんだけど。
60年代において西海岸の音楽の中心はサンフランシスコだった。ヒッピー/フラワームーブメントがあり、様々な実験(ドラッグ実験コミ)や人種的混交があって最先端の音楽が世間の常識を打ち破っていったのがシスコのシーンだった。GRATEFUL DEAD、JEFERRSON AIRPLANE、SANTANA、SLY & THE FAMILY STONE などなどが活躍してた。ベトナム反戦運動や人種差別撤廃の公民権運動も盛んだった。しかしこれが70年代に入ると徐々に沈静化していく。日本と同じようにシラケ世代が登場する…ベビーブーマーたちが学生から社会に出て現実に突き当たるのだ。
70年代になって注目されたのがロサンゼルスだ。圧倒的な大都会であるコトは間違いない上に、巨大なエンターテインメント産業がこの土地にはある。ハリウッドだ。レコード会社や音楽業界の連中もいる。60年代に遅れてしまったミュージシャンは、この土地に仕事を求めて集まってくる。例えばこの時代の代表選手 EAGLES はロサンゼルスのライブハウスで意気投合した若者が LINDA RONSTADT のバックとして集まったバンドだ。ただ、あくまでこの街の音楽は産業でありビジネスだ。実験は求められていない。EAGLES「HOTEL CALIFORNIA」が歌っている…「WE HAVEN'T HAD THAT SPIRIT HERE SINCE 1969...」ホテルのスタッフが言う…1969年以来、そのようなスピリッツは用意しておりません。スピリッツ=酒にかけて、ロックの魂もどこかで置いてきてしまった。

だから、この時代の音楽には、どこか内省的なトーンが漂う。同時期に登場した JACKSON BROWNE、JAMES TAYLOR、JONI MITCHELL …洗練されたアレンジと大人がジックリ聴ける内容を伴うスタイルが確立されつつある。ロックも音楽も子供の遊びではない。大人の鑑賞に足る厚みを要求されるようになる。アダルトオリエンテッドロック(AOR)もこの土地から進化する。
●一方、他の土地から大勢の優れたミュージシャンが続々と集まっていた。彼らは大きくなったレコード産業の中でスタジオミュージシャンとして活躍するやり方を見出していた。JASSE ED DAVIS もはるか南部のオクラホマ州から出て来た田舎者。同郷出身の LEON RUSSEL などと共に、南部の土臭さを強く残した彼らのスタイルは「スワンプロック」(スワンプ=沼地という意味…南部の湿地帯と泥臭さをかけてる)として知られるようになる。ギターマン・JESSE ED DAVIS の実力はロスで有名となり、JOHN LENNON、GROEGE HARRISON、ERIC CLAPTON、ROD STEWART などのアルバム制作に参加。その延長でソロアルバムを出せる立場を作った。これは彼の三枚のアルバムの内の二枚目。
●このアルバムは、南部出身のプレイヤーと制作したモノ。ドラムはオクラホマ州タルサ出身の JIM KELTNERタルサって街はナニゲにいっぱいミュージシャンを輩出してる気が…)、ベースはルイジアナ出身で BOOKER T. & THE MG'S そしてその後80年代は THE BLUES BROTHERS BAND で活躍する DONALD DUCK DUNN、キーボードはやはりルイジアナ出身の奇人 DR. JHON が参加。LEON RUSSEL も楽曲提供をしてる。一曲目はネイティブアメリカンの秘儀を連想させるようなドロドロした気分を醸しつつも、表題曲「ULULU」は奥ゆかしくも爽やかなメロディとアレンジが、朴訥とした JESSE 自身のボーカルで気持ちよく響く。休日の昼間をリラックスして過ごせるサウンド。
●しかし、80年代に入ると JESSE はアルコールやドラッグの問題で身を持ち崩し、1988年にヘロインのオーバードーズで世を去る。43歳だったそうな。70年代の後半に入ると、ロサンゼルスの音楽はスタジオミュージシャンがバンドを組織する時代に移行して TOTO などのバンドを輩出する。テクニックは万全だがピカピカに産業化された音楽が標準になる。南部のスワンプテイストは必要とされない、80年代がやってくる。

●ちなみに、このCDは広島の THIS BOY という実にマニアックなお店で購入。980円だったかな。


●動画はこちらから。
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●姪っ子の七五三で、溜池山王のホテルでお食事会。
●美味しい中華だったけど、夕方になったら胃モタレがしんどくて。
●最近は、辛いカレーとか、ボリューミーなすた丼を食べると胃がもたれてしまう。
●カラダが弱くなってるなあ。年とったってこと?

●連休は、娘ヒヨコの勉強を手伝ってあげた。最近で一番長く会話したかな。ちょっと偏差値低すぎるんだよ。



●ちょっと前に読んだ本です。

失点・イン・ザ・パーク

ECD「失点・イン・ザ・パーク」2005年
●著者は日本のヒップホップシーンの重要人物 ECD1996年に伝説のイベント「さんピンCAMP」@日比谷野外音楽堂をプロデュースし、ハードコア・ヒップホップ・シーンが存在することを知らしめた。「さんピンCAMP」に出演したのは、BUDDHA BRAND、SHAKKAZOMBIE、RHYMESTER、キングギドラ、SOUL SCREAM、四街道 NATURE、MURO、YOU THE ROCK などなど。コレだけのタマを束ねられるというだけで、この ECD という人物が偉大だってことがわかる。ボクがこの本を読むまでに抱いていた著者へのイメージってこんな感じ。
●で、その伝説から10年近くが経って、書かれた自伝的小説がコレ。自伝というか、自分の周辺を淡々と描きとるような様子…。そこで描写されるのは、アルコール依存から始まるメンタルヘルスの崩壊、奇行、精神科への入院、恋人との別れ、仕事がない、お金がない。気鋭のアーティストだったはずの人間が、いつのまにかボロボロになっている…。少しショックを受ける。小説の主人公がボロボロだったように、ボク自身がメンタルヘルスを崩壊させてボロボロになっていた時期を思い出す。マトモのように本人はうっすら考えているけど、実は全くマトモじゃない、あの不気味な生活。まあボクはうつ病だけど。しかも、最近、ボク自身があの生活に戻るかのような思いをしたコトもあって、全くシャレにならなかった。「失点」という言葉選びが怖い。「減点」ではない…「自分の存在が失われてしまう、社会という外側から弾き出されると同時に、病みという内側から自分が消えてなくなってしまう」そんなニュアンスに寒気を感じる。バニシング・ポイント。オマケに、小説の中で主人公が暮らす街が下北沢で、さらにボク自身でシンクロする。
●作中に主人公が、中島らも「今夜、すべてのバーで」を読むシーンが出て来る。らも氏自身もアルコール中毒に苦しんだ。その様子が克明に描かれている。ボク自身はアルコールは全く飲めない飲まないし、この本を読んだのもずっと古い時期だったので、こちらがダメージを負うものではなかったが、それでも吐瀉物や排泄物がオカシクなっていく様子はムゴいものだった。どちらかというと内科的に崩壊する怖さが「今夜、すべてのバーで」コチラは脳が萎縮するコトを含めてメンタル的に崩壊する怖さが強い。そしてメンタルが壊れた人間が社会に復帰するコトの難しさがリアルすぎる。冷たいほど淡々と乾いた筆致が、異常が日常になってしまった人間の奇妙な冷静さのようで。
●で現在の ECD さんは、女性カメラマン植本一子さんと24歳の年の差婚して二人の女児を授かってます。こちらの様子は妻・一子さんが生活エッセイ「働けECD」でイロイロ書いているらしい。こっちもいつか読んでみよう。

ECD「FINAL JUNKEY」

ECD「FINAL JUNKEY」2004年
●小説と同名のアルバム「失点・イン・ザ・パーク」は2003年リリースで、その次にこのアルバムが出される。そして2005年に小説が発表。「FINAL JUNKEY」という言葉は、アルコール中毒のメンタル崩壊世界を通り抜けてきた(そして足抜けに成功した)という意味なのだろうか。
ECD のラップをボクは達者だと思わない。実は雑だと思っていた。だけど、同じ言葉をイヤになるほど何回も繰り返す様子や、どこか奇妙にひしゃげた気味の悪さが伴うトラックメイキングは、この場ではジャンキー/メンヘル崩壊を起こした人間の、同じトコロでグルグルと思考が循環し続けている様子を暗示しているよう。そしてソレがそのままレコードがグルグルと回転シ続ける様子にオーバーラップする。「MIZO」でレコードのミゾと脳ミソのミゾが同じになって、「ゆがんだ世界」で認識が崩壊して、「軽いハズミで」「ZERO」で人生全般の壊れぶりを歌う。ヒップホップは残酷にもそんな荒廃すら甘美な陶酔感をもってグルーヴさせる。ロウファイ過ぎるサックスは、小説でも登場してくる。
「いっそ東京を戦場に もう遠くに追いやるのはよそう 戦争を」を何回も連呼する「東京を戦場に」は、集団的自衛権やヘイトスピーチがどうのこうのという次元とは関係なく、すでに荒廃した生活を余儀なくされてる人間にとって、東京は既に日々の生存が危うい場所になっているコトを、冷淡な視点から風景を切り取って明示している。

ECD「HOMESICK」

ECD「HOMESICK」1995年
●1996年「さんピンCAMP」時代の ECD は、先行してメジャーな支持を集めていたスチャダラパーや、全国区ブレイクして紅白歌合戦にも出演した EAST END × YURI 「DA.YO.NE.」といったヒップホップをセルアウトした「チェケラッチョ・カルチャー」として批判。ハードコアな表現やアーティストたちを認知浸透させるために尽力していた。「さんピンCAMP」直前の時代のこのアルバムでは、スチャダラパー&小沢健二「今夜はブギーバック」を翻案(というか替えウタ)した「DO THE BOOGIE BACK」で悪フザケをしてみせている。トラックメイカーは ECD 本人からキミドリ・クボタタケシ、ILLICIT TSUBOI など。ゲストにはキミドリ、四街道 NATURE、TWIGY、YOU THE ROCK が参加。1996年前後の日本語ヒップホップシーンの豊穣な収穫の気分を伝えるドープネス。


●さて、その後のヒップホップって…。

DABO「HI-FIVE」

DABO「HI-FIVE」2010年
●正直、ボクは最近の日本語のヒップホップ事情には暗くて…。2003年にザザーッとセルアウトなアーティストが出てきて、FUNKY MONKEY BABYS まで出て来たタイミングで、あー日本のヒップホップってこーなっちゃうのねーまーそれもローカライゼーションの一形態なのかもねー、なんて思って。もちろんアンダーグラウンドなシーンがあるってのは、人から聴かされてたけど聴かされてた。「unimogrooveさん、ちゃんとシーン全体を見て下さいよ」って言われたコトもある…アレは実際ホントに耳のイタい指摘。でも、数が多く出回ってないから、中古で流通しないのよ→つまり安く買えないのよ!実は音源をほとんど定価で買わないボク、1円でも安く買うために心血を注ぐ姿勢から見ると、アングラヒップホップはユーズドでも値崩れしない高嶺の花、アレは一部の愛好家がシッカリついてるからタタキ売る必要がないんだろうね。困ったね。インディ中心だからレンタルでも気の利いたモンが出ないし。
●で、2000年頃に登場したヒップホップクルー NITRO UNGERGROUND MICROPHONE はボクがリアルタイムで聴いた最後の真性アングラ・アーティストでして。DABO、DELI、SUIKEN、MACKA-CHIN、S-WORD、GORE-TEX、BIGZAM、XBS という個性派MC集団。日本の WU-TANG CLAN だと思いました。ナンダカンダで、グループ名義音源だけじゃなくて(WU-TANG と一緒でナカナカ出てこないんだよ)、メンバーのソロ音源も結構チェックしました。DELI とか SUIKEN とか MACKA-CHIN とか S-WORD とか。で、DABO もちょっくら聴いてた。いち早く DEF JAM JAPAN と契約した彼は、WU-TANG で言えば METHOD MAN みたいな位置づけか。DABO CHEMISTRY川畑くんがコラボした12インチとか意外と迫力があったのを覚えている。
●で、久しぶりの DABO aka FUDATZKEE(札月)の今んところ最新アルバム。NITRO でシーンに登場して10年目、ソロ四枚目のアルバム。メインのトラックメイカーは DJ WATARAI。ボクの中では MUROKING OF DIGGIN' 人脈から出発してるプロデューサーで、DABO との仕事は最初のソロからの長い付合い。掘り師/ネタ師の師匠 MURO とは印象が違い、00年代の実勢に則したアゲアゲのバウンシーなサウンド。硬めのキックとハイハットがバチバチとグルーヴを感電させる。ゲストは RYO THE SKYWALKER、ANARCHY、KREVA、SUIKEN、KJ FROM DRAGON ASH、K-BOMB
●彼の twitter を見てると、パーティやライブをこなしつつも、先月まで高円寺の古着屋でバイトしてたりと、ワリと生々しく生活してる感じもあって…ECD さんほどデタラメじゃないけど。でもバイトヤメてニューアルバムの制作に入るらしいので、今後の活躍を期待。

AK-69「SWAG-WALK」

AK-69「THE SHOW MUST GO ON」

AK-69「SWAG-WALK」2012年
AK-69「THE SHOW MUST GO ON」2012年
AK-69 またの名を KALASSY NIKOFF。愛知県小牧市というローカルからキャリアを起こし、メジャーのディールなしで立身出世、00年代を通してシングル/アルバム/DVDのリリース、数々の客演を積み重ね、このシングルリリース前後でニューヨークへ武者修行に出て、彼の地のラッパー FABOLOUS をフィーチャーしたシングルを発表。今年は武道館公演も成功させてる。そういう意味で今ホットな人物なんでしょ?
KALASSY NIKOFF 名義はシンガーとして立ち振る舞う時の名前とな。「SWAG-WALK」「THE SHOW MUST GO ON」とそのカップリング「メアリー」ではサビのフックで見事なシンガーっぷりを見せつけてて、芸の幅を見せつけてくれる。ラッパーとシンガーの二面をこうも器用に同じ曲の中で使い分けられるってのは、すごく魅力的だ。ラップでは細かく言葉を詰め込んだ密度の濃いフロウを正確に、かつワイルドに発射するのに、シンガーとしては実に艶っぽく喉越しの爽やかな声を聴かせてくれる。ほー。
●客演仕事といえば AI FEAT. AK-69「STILL...」2010年が気になる。ファンクネスでは国内でダントツの存在感を放つ AI のサイドでワイルドなラップをガンガンと注ぎ込む。……もっと新しい世代を研究しないとな。


童子-T「12 LOVE STORIES」

童子-T「12 LOVE STORIES 2」

童子-T「12 LOVE STORIES」2008年
童子-T「12 LOVE STORIES 2」2011年
これどうなんですか…。こういうのあるからマジわかんなくなるんですわ…。童子-T その人は、「さんピン」世代ど真ん中の K-DUB SHINE 門下からキャリアを起こし、ハードコア・ヒップホップの歴々とコラボを繰り広げてきたはずの人間なのです。こと K-DUB センセイは怖いですよマジで。あ、WIKI見て知ったけどこの人、元 ZINGI のメンバーでもあるんだ立派なベテランじゃないか。なのに、あれ〜、おっかしーなあ。なんですかこの薄い味は。結婚式の BGM ですか。
アルバムタイトルそのずばりの通り、12曲の楽曲で、12の物語を描くコンセプト。しかもフィーチャーシンガーはとても豪華。加藤ミリヤ、青山テルマ、JUJU、BENI、清水翔太などなど。R&B のシーンでポップな支持を集めるメンツ。ボクは彼らこのシンガーたちが、自分たちの仕事の中で和製 R&B を模索してローカライズした結果にスイートなラブソングに到達したという道程に対しては、素朴に敬意を感じる。R&B は本国アメリカでも歴史が古く、多様な解釈とフォーマットがあり、そのドコを自分のモノにするかはアーティストの個性だ。それは別の記事でも触れたつもり…。ただね、この音源には違和感を感じる。
●ヒップホップに対しては、ボクは和製 R&B と違う見方を持っている。ヒップホップはアメリカのファンク・ミュージックの歴史の中から積み上げられてきた音楽形態で、その循環ループの中には独自のファンクネスとドープネスが練り込まれているコトが成立に必要な条件だと思っている。それを目指した結果がたとえ未熟で失敗しているとしても、アーティストの中にフォーマットへの愛があればアリだと思う。革新があって逸脱があってという場面があろうとも、王道からの距離感覚があればアリだと思う。しかしヒップホップ・フォーマットに敬意がなくてもヒップホップが成立するとすれば、吉幾三「オラ東京さ行くだ」の早口言葉がヒップホップになってしまう。ラップという手段は音楽でストーリーテリングするには非常に便利というのはわかるのだけれども、それは機能の話で、本質や美学の話ではない。
●申し訳ないけれども、この2枚のアルバムに、ヒップホップへの敬意が見えないのです。ピアノの小気味よいフレーズを、薄いビートと共に転がしているだけでは、あまりにも祖末で。どんなラップでも、このトラックの上ではヒップホップとは言えない。これは若い日本の R&B シンガーたちが作ってきたフォーマットを、マーケティング事情で丸パクリしてるだけに思える。ならばフツウにシンガーに最後まで歌っていて欲しい。だって彼らは十分にジューシーで、最初から声だけでも説得力があるんだもの。童子-T のラップは平坦で起伏がないのでリリックが耳に入ってこない。客演MC KREVA の方がシッカリ仕事をしている。
●しかし、シリーズ企画として2枚目までリリースされたということは市場の中で価値があったにちがいない。ラブソングとしての濃度は確かなのか?それはもうソッチ方面引退したボクにはピンと来ない世界になってしまっているので…。モテモテ要素がココに封じ込められているなら、ちょっとちゃんと研究した方がいいかもしれない。ただ「ずっと忘れないよ」「誓うよ」「ぜってえ守るから」「未来永遠につなぎたい」「愛してんぜ」「俺ならキミを悲しませたりしない」とバシバシとビッグワードを乱発する雰囲気は、なんだか根拠のない空手形をバシバシ切るような不安を感じてしまうのはボクがオールドタイプだからか。

●ボクは、基本的に音源を批判的に扱うコトはこのブログの禁じ手にしてきたんだけど…。今日はそのルールを不用意に破ってしまったなあ。残念。


ーー<追記>ーー

●昨日書き散らかした文章で、童子−Tのことを乱暴に扱ってしまったことに少し反省している。
なんだか後味が悪くて、仕方がない。ただディスるのはやっぱ本意でない。
だから、今日一日、もう一度、童子-T の二枚のアルバムをじっくり聴いてみた。
●通勤電車の中、iPodで聴く。家に帰って聴く。

「12 LOVE STORIES」2008年の「ヘッドホン・R&B」。
童子-T が淡々とそしてボソボソとつぶやくラップは、ヘッドホンと相性がイイ。というかヘッドホンじゃなければよく聴こえない。こうしたサウンドデザインに「ヘッドホンR&B」という名前をつけよう。彼のラブストーリーは、複数人ではなく一人で鑑賞するモノ、聴く者が一人ヘッドホンで自分の恋愛に引きつけて味わうモノなのだ。「12 LOVE STORIES」がリリースされた2008年は、青山テルマ「DIARY」がリリースされた年。彼女のヒット曲「そばにいるね feat. SOULJA」男性ラッパーとのデュエットで、構造は童子-T のアプローチと同じ。そして内省的なウィスパーボーカルを一人ヘッドホンで聴くコトを想定してデザインされていることでも同じだ。この件についてボクは以前の記事で書いている童子-T「12 LOVE STORIES」は青山テルマと完全にシンクロしている…加えて2008年はヘッドホン鑑賞前提となるガラケー&着うたフル全盛。この時代においてはこの手法は非常に有効だったのだ。結果「12 LOVE STORIES」は30万枚のセールスを達成、「2」は2倍の60万枚も売れる。音楽の作られ方と聴かれ方が時代にマッチしていた。


さて、ヒップホップを生涯の職業にするには。
●2014年の現在は、音楽を生業にすることが困難な時代かもしれない。CD市場はシュリンクし、産業自体の成り立ちが根本的な見直しを強いられている。その中で、ヒップホップというこれまた特殊なジャンルの中で長くキャリアを継続し、生活を維持するには。リスナーが無責任な言葉でアーティストの表現をイジクリマワすことは簡単だ。しかしアーティスト当事者は、生活を維持継続するためのキャリア戦略をジックリと考えなければならない。今日はその視点に立って冷静に彼のキャリアを眺めてみたい。
●今回の記事では、ヒップホップを生業にするためのいくつかのアプローチを観察することができた。

ECDは、ドコかで失敗してアル中の廃人になりかけた。日本のヒップホップの初期から活躍し、伝説のイベントを主催して後進をフックアップして尊敬を集めた。しかし、酒に溺れてキャリアは停滞(とはいえホントはアルバムたくさんだしてるんだけどね)、現在も奥さんのエッセイで月給16万家賃11万と告白されている…正直このお金じゃシンドイ。レコード会社との契約を掴むとドサッとお金が入るようで、それがある限り働かなくてもよくなるらしい。ヒップホップのトラックは自宅機材での作業で、リリック制作も孤独な作業だ。自宅に籠って仕事してるんだかヒマつぶしてるんだかワカラナイ状態になる…そこで酒を飲んでしまった。で、契約金が切れればタダの無職になる。

DABOの場合は、アルバムリリースが2010年以来途切れてしまっている。レコード産業からの収入はほとんどないということだ…アーティスト印税はCDの価格の一割もない。だから、古着屋のバイトで副収入を稼いでいた。しかし先月でそのバイトも終了。レーベル立ち上げとアルバムの制作に入るとtwitterでコメント…まとまった契約金収入があったのか?ただし、彼は毎週のように様々なイベントでパフォーマンスをしている。レコードセールスからの収入がなくとも、ライブやイベント、DJの収入があればアーティストは稼げる。こと、特別な楽器設備やバンド運営が必要ないヒップホップは機動性という意味では実にお手軽だ。そんな様子が見て取れる彼の twitter は饒舌で実に楽しそうだ。ちなみに ECD はライブが苦手なようだ…。

AK-69は、メジャー契約のないインディー・アーティストだ。CDの宣伝や流通に限界があるが、楽曲に関する諸権利やCDセールスなどの利益を全て自分で管理できる。しかも彼自身の強力なユニークネスだが、シンガーとラッパーを兼任できるという必殺ワザを持っている。CDの上では豪華なシンガーをフィーチャーしてても、ライブではその豪華なシンガーを常に召喚できるわけじゃないので過多な依存は危険だ。しかし AK-69 は自分一人でCD水準のパフォーマンスを再現できる。そんな実力を前提にして今年の武道館公演を成功させたに違いない。その一方で、武道館やった俺が小バコで演れるかよ!みたいな慢心は全くない…11月のスケジュールを見ると函館札幌小樽旭川のクラブツアーを進行中。上り調子の段階にあるアーティストは全てがよい方向に回っているようだし、実際彼にはその成功に釣り合う努力と才能がある。

童子-T はどうか?
●彼の初期キャリアであるユニット ZINGI は1990年にファーストアルバムを発表してて、実は ECD よりもデビューが早い。90年代〜2001年まではハードコア最前線でキングギドラなどなどとの客演もさかんにこなしていたし、その音源にはそれなりの説得力もある。しかしそこから離脱、盟友 K-DUB SHINE のレーベルを去ってメジャー契約を結んだのが2002年。2008年の「12 LOVE STORIES」リリース時は39歳、二児の父このままドコまでイケルか考える時期だろう。渋谷界隈ハードコア人脈のスモールサークルがたとえ居心地がよいとしても、もっと大きなフィールドに立たなくては今後の生活が成り立たない。フツウの人間のライフステージをイメージすれば、彼がそんなコトを考えても不思議じゃない。
●ただ、レコードセールスがアーティストにとって当てになるかどうかは微妙だ。売れ続けなければ次のリリースはない。メジャーレーベルは売れるモノを選ぶ。そのために人気シンガーを召喚もするし、耳障りのよいトラックも用意する。確実な売上を見込む要素が盛り込まれて…それが従来のファンにはセルアウトに見える。もちろん、メジャーもバカではない、この戦略は確かなモノで結局セールスでは成功したのだ。さらなる確実なセールスを確保するために童子-T は昨今流行りのカバーアルバムをリリース、安全地帯「悲しみにさよなら」をシングルカットする。これがメジャーのマナーだ。CDとしての売れ具合はイメージできる。
●一方で、これがライブ映えするモノなのか?これは微妙だ。豪華なフィーチャーシンガーはいつでも召喚できるものだろうか?そして「ヘッドホンR&B」はクラブの現場で機能するだろうか?パーティ受けするものだろうか?ハードコア人脈を断ち切った彼を現場に招くイベンター/オーガナイザーはいるのだろうか?アーティストとして生きる糧であるライブパフォーマンスはどうなるのだろうか?
●そんな経緯を経て今年2014年3月に新しいアルバムをリリースしている。これは未聴だが、正直狙いがよくわからない。話題性を狙ってるのか?でもこれで話題になるのか?フィーチャリングシンガーの目玉が、北乃きい。しかも荻野目洋子のカバー。コレは…誰トク?遊助 AKA 上地雄輔…コレも誰トク?中島美嘉も参加している…むー。HY4_4YH(ハイパーヨーヨ)はインドネシアのダンスミュージック・ファンコットを取り入れたキワモノアイドル。ダイアナ・ガーネットってシンガーは「のどじまん・ザ・ワールド」という日テレの外国人のど自慢特番の優勝者…清楚な白人のお姉さんです。どうしたらいいのだろう。
このリリースの後、童子-Tのオフィシャルサイトは更新が停止している。アメブロも放置。twitterアカウントも消えている。ライブの予定もわからない。いったい彼はどこに行ってしまったんだろう。ただし、彼が20年以上の音楽キャリアを守るために必死だったのは、この紆余曲折に感じ取ることができる。「12 LOVE STORIES」が時代にフィットした瞬間の輝きは、イミテーションと言ってしまうのは乱暴過ぎる。これはこれで童子-Tにとっての真剣な戦いだったのだ。




●なんか、誰にも需要のない自己満足を、またも書き散らした…。