●ある日の風景。フレッシュネスバーガー富ヶ谷店。

フレッシュネスバーガー富ヶ谷のガーベラ

それぞれのテーブル全部に、ガーベラの一輪挿し。
●かわいらしい花にガラスの小瓶。ファストフードのお店で、こんな小粋なものをテーブルに置いてくれてるなんて、ちょっと贅沢でステキだと思った。




●しかし、全然やる気が出ないブルーな今週。仕事がキツイ。
だから、ルードなグルーヴで身を揺さぶる。

BIRDMAN「5*STUNNA」

BIRDMAN「5*STUNNA」2007年
サザ〜ンヒ〜ップホ〜ップ。もー今日のボクは体調も悪くて集中力も持続しない。最悪なほどダルスギルので、だる〜いヒップホップを聴きたいのだ。だからこのサザンヒップホップの中心部にいるコイツの音源を聴く。
●この男、BRYAN WILLIAMS、またの名を BIRDMAN、またの名を BABY、またの名を THE #1 STUNNA、その本業は、ルイジアナ州ニューオリンズを拠点にしたサザンヒップホップの重要レーベル CASH MONEY RECORDS の社長。音楽業界を見事にハスリングして、たっぷり儲けた結果、豪邸の庭に停めたどでかいロールスロイスにゆったり寄りかかって、首からブリンブリンなネックレスをぶら下げてる。完全にチンピラな風体。
●しかし、儲けたなら儲けたなりの音楽をシャキッと作ればいいのに、コッテリ味の脂っこいヒップホップを鳴らし続けてる。つーかそもそも社長が自分ででしゃばるなよー。といってもヒップホップ業界では、社長がラップをするか、ラッパーが社長なり役員を務めるのは、もはや当たり前のことだからしゃーない。
●そもそも本業が社長だから、技巧的なラップが期待できるはずもなく、醸す味わいで勝負するしかない。グチャッとひしゃげた声をズルズル引きずるような感覚で、ドロリとしたラップを垂れ流す。そのルードネスが、今はボクの気分にフィットする。トラックも、CASH MONEY が全国区で注目を集めた1998年段階のダーティサウス・マナーを本質の部分でそのまま踏襲する。全部打ち込みで構成しているバウンスビートなのに、不穏に響く太いベースの作用か、沼地を這い回るような泥臭さがトラックに染み付いている。おなじ南部でも、アトランタの洗練されたヒップホップとは一線を画すニューオリンズ独特の湿度の高さ、ぬめり気の高さ。結果として見事にレ〜イドバ〜ック。ああ仕事したくない。
●客演には、義父子の契りを結んだかのような親密過ぎる関係を持つ LIL WAYNE が随所で登場。彼をフックアップして今のキャリアを作ってあげたのも社長としてのコイツの手腕だからね。これまた LIL WAYNE のアクの強すぎる声が印象深い。JADAKISS、YOUNG JEEZY、RICK ROSS など南部エリアの各地からクセモノが集まっている。トラックメイキングに有名ドコロの起用は少ない。TMIX ってヤツが活躍してるな。A&Rディレクターに DJ KHALED の名前が見える。彼もニューオリンズ生まれ。ラジオDJ から立身してプロデューサー、アーティストに成長、この後に DEF JAM SOUTH の社長になってる。

BABY AKA THE #1 STUNNA「BIRDMAN」

BABY A.K.A. THE #1 STUNNA「BIRDMAN」2002年
社長、ナニ気にホントたくさんアルバム出してるんだよね。今年もリリース予定、それが BIRDMAN 名義での5枚目。BIRDMAN 以前は、90年代から CASH MONEY RECORDS の初期音源をすべてトラックメイキングしていた名プロデューサー MANNIE FRESH と組んでいたユニット BIG TYMERS 名義で5枚もアルバム出してる。このアルバム「BIRDMAN」は、BIRDMAN 名義としての一枚目にあたる作品で(そのへんでキャラがボケてるから BABY A.K.A. THE #1 STUNNA って名乗ってるのか)、BIG TYMERS の活動を終わらせようとしている時期。
●それでも半分くらいは MANNIE FRESH のトラックをここでも採用。MANNIE FRESHバウンスビートは、まさしく打ち込みオンリーで色気のあるサンプル一つない、実に味気ないトラックと、リアルタイムではヒドく毛嫌いしてしまった。しかし5年くらいかけてその魅力をようやく理解し、彼の手がけた音源(MANNIE のソロとか、CASH MONEY の初期看板ラッパー B.G. とか)を探しては、その密度の濃いチキチキハイハットと粘着質ファンクネスがナゼか生まれるゴツゴツしたベースワークを存分に楽しんだものだ。そしてその泥臭いサウステイストはここでもワイルドに炸裂。長年の相棒とあって BABY BIRDMANMANNIE の合体は最高のドロドロ具合。スカスカに聴こえる場面は、進化途中の脇の甘さと解釈してください。今だったら、時代モノとして理解できる。
●外部プロデューサーでは JAZZE PHA、JERMAINE DUPRI、TIMBALAND、SWIZZ BEATZ などなどバウンスビートへの地殻変動を仕掛けた全米各地の新世代プレイヤーが集合。客演では歌姫 TONI BRAXTON が登場しちゃってその瞬間だけ思い切り艶めいたり。ウエッサイな男性シンガー TQ が複数曲で涼しい喉を聴かせたり。P. DIDDY も参加してるな…一応社長対決だ。

JUVENILE「400 DEGREEZ」

JUVENILE「400 DEGREEZ」1998年
CASH MONEY の初期音源にきちんと立ち戻ろうB.G. と並んで CASH MONEY の看板スターだったこの男のラップは、そのフロウ単体に奇妙なグルーヴとファンクネスが宿っていて、打ち込みオンリーのバウンスビートを見事オノレの力で人間臭く変換してしまってる。特に大ヒット曲「HA」なんて、一つ一つのフロウの末尾全部に「ハー(またはアー)」を付け足して技術の高さを見せつける。もちろんトラックはすべて MANNIE FRESH が制作。このヘンの大成功で CASH MONEY は田舎のインディから全国区の注目を集めるレーベルになり、彼らの泥臭いダーティサウスが時代の最新鋭になる。
もう一点は、このジャケのバカバカしさですわ。これもリアルタイムで馴染めなかったわ…。デザイナーチーム PEN & PIXEL はこの時代、このバタ臭いヤリ過ぎクリエイティブで一世風靡したもんね。ブリンブリンのヒカリモノを目一杯散りばめて、意味なくギャルなお姉さんたちを配置して、豪邸や高級車やシャンパンや現金を並べてコラージュするってのが常套手段だったけど、このアルバムに関してはそんな豪華アイテムを全部地獄の業火で燃やしてるってのがミソ。この感覚、当時は全くついていけなかったわ〜。今でこそ笑えるけど、この人たちドコまでマジなんだろうって当時は真剣に考えちゃったもんね。
●客演にはレーベルメイトの B.G.、LIL WAYNE、TURK、社長のユニット BIG TYMERS などの仲間が結集。JUVENILE、B.G.、LIL WAYNE、TURK、この四人のラッパーで、HOT BOYS というユニットも作ってた。名前に工夫がない…。HOT BOY$ ともつづるらしい。CASH MONEY にふさわしい記号使いだね。ついでに言えば、HOT BOYSBIG TYMERS が合体すると CASH MONEY MILLIONAIRES というユニットになる。
「HA」はメインのバージョンと、HOT BOYS REMIX、そして JAY-Z による客演を迎えた JAY-Z REMIX と3つのバージョンが収録されてる。どれも高性能にサザンバウンス

JUVENILE「THA G-CODE」

JUVENILE「THA G-CODE」1999年
●前作「400 DEGREEZ」で全国区に躍り出た JUVENILE。このアルバムも大ヒットしました。そもそもでは、モゴモゴ言っててシャッキリしないラップぶりなんですが、それがナゼか不穏さを漂わせて貫禄に見えるから不思議。制作体制は全トラックを MANNIE FRESH が担当。ほんとこの頃の MANNIE FRESH は神がかった仕事ぶりですわ。前作同様のダーティサウスバウンスビートでありながら、キメどころのフックラインがファンキーかつキャッチーなメロディで実に耳障りがよくなった。HOT BOYSBABY 社長の客演も呼吸ぴったり、マイクリレーもスリリング、結果、単純な反復になりそうな粗末なトラックが、そのまま粘着質ファンクネスになる。このヘンの紙一重のサジ加減が絶妙。ややテンポが速くなったのもキャッチーな印象の要因か。
●この後の音源も、CD棚に埋まってるはずなんだけど発掘できない…。まーいいか。

LIL WAYNE「500 DEGREEZ」

LIL WAYNE「500 DEGREEZ」2002年
●さて、その後、CASH MONEY の主役になるのは、HOT BOYS の末弟であった LIL WAYNE だ。ユニットの年長者 JUVENILE が自主レーベル UTP RECORDS を立ち上げて CASH MONEY と距離を置き始めるにつれ、BABY 社長はこの鬼才ラッパーをかわいがるようになる。2005年にはサブレーベル YOUNG MONEY RECORDS の社長に LIL WAYNE を就任させ、BIRDMAN & LIL WAYNE の連名アルバム「LIKE FATHER, LIKE SON」なんてアルバムまでリリース。この2005年はレーベルに貢献してきた MANNIE FRESH CASH MONEY から脱落してしまう年でもあり、おまけにハリケーン・カトリーナの襲来でニューオリンズが壊滅的打撃を受けた年でもある。一つの切れ目の年だ。
●とはいえ、そこまでの存在感を備えるに至る前のアルバムがこちら。彼にしてみれば3枚目のソロアルバムで全国区になりつつある段階。でも JUVENILE 先輩を意識してか「400」から「500」に数字を増してますってのがカワイイ。でも「DEGREES」って角度でしょ。400°が500°になっても得してるのかしないのか?ジャケの地獄の業火っぷりは増幅してますが。
●もちろんこの段階ではトラック全部が MANNIE FRESH、と思ったらアトランタの JAZZE PHA が2曲を担当。トーンとしてはよりチープなバウンスビート、しかしテンポアップしてマイクフロウはよりスリリングになっている。LIL WAYNE のヤンチャっぷりがタマラン。


この CASH MONEY RECORDS の音楽は、ニューオリンズの音楽。
クレオール文化の拠点であり、ディキシーランドジャズ発祥の地、ブラスバンドの伝統、そしてニューオリンズファンクの伝統も備えている。そしてこれら黒人音楽の積み重なりの延長に、CASH MONEY も連なるという見方もある。ただ、ニューオリンズファンク、またはセカンドラインファンクといったスタイルと、このダーティサウスなバウンスビートにどんな関連があるのか、そこはボクにはまだわかってない。今後の研究課題。



●動画。
●JUVENILE「HA」。ニューオリンズって街のワイルドさが伝わるわ…。




●JUVENILE「U UNDERSTAND」。キャッチーなフックラインがいいねえ。



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中目黒で打合せがあったから、下北沢から自転車で移動。
●体が動くと気持ちいい。東邦大学大橋病院の坂を一気に下ると気持ちいい。
ドンキホーテのお向かいが、エクザイルの事務所の建物だと気づく。
●かつてよく通った池尻大橋のカフェに行ってみたかったけど、その時間はなかった。また別の機会に。


O RED MANGO

●下北沢、南口商店街のミスドの近所に、フローズンヨーグルトのお店ができた。名前は「O RED MANGO」だったかな。韓国系のお店なのかな。世界20カ国にグルリと進出して、やっと日本に初出店。
●結構おいしいんだ。ボクはトッピングにキウイとクルミを選ぶ。娘ヒヨコは略して「フロヨ」って呼ぶ。マニュアルガチガチの接客応対にイラつくけど、少し経てば落ち着くだろう。
●ただ、この季節にフロヨは冷たすぎて、お腹壊しそう。


ふと気づくと「週刊文春」、読んでるんだ。

週刊文春

●仕事の付き合いで「テレビも新聞もマンガも読まないけど、週刊文春だけは毎週欠かさない、それで十分」と力説している人に会って。で、なんか知らないけど、ゴシップとかに超くわしい。安倍政権にも超くわしい。日本経済にも超くわしい。はー。
●で、ボクの身の回りにも気付かぬうちに「週刊文春」があって。いままで気づかなかったけど、毎週通う病院に「週刊文春」が必ず置いてあって。で、ボクもそこで読むようになっちゃった。
実は、いま最も戦闘的なメディアって「週刊文春」なのか?今週の「メリー喜多川独占5時間インタビュー」とかさすがに迫力あったぞ。芸能界の最奥部に踏み込んで。その女帝が「今すぐ飯島呼んで!」とか叫んでるし。自分があんなおっさん雑誌楽しむようになるなんて、ちょっと前までは予想もつかなかったよ。あのダサい表紙とか死ぬほどイケテナイって今でも思ってるのにね。あ、でも買ったりしないよ。病院のロビーで読むだけ。

益田ミリ「言えないコトバ」

益田ミリ「言えないコトバ」
●この人のマンガが週刊文春に連載されてる。タイトルは「沢村さんちのこんな毎日 平均年令60歳」だったっけな。70歳+69歳の元気なリタイア老夫婦と未婚の娘40歳OLの日常。昭和の新聞マンガみたいにさっぱり淡白な画風が、サラリと爽やかなエッセイマンガ。でも話題は実に今の空気を掴んでる。同時に普遍も掴んでる。この人の本は他にもいっぱい気になるモノがある。「すーちゃん」シリーズとか。
●で、この人、エッセイも書く。マンガじゃない、文章の。これも楽しい。普通の生活の普通の風景を、普通に眺める視点。落ち着いてる人。このエッセイは、コトバについてのもろもろ。著者はきっと丁寧な人。丁寧に生きてると気づくことがあるんだろう。息子の中学校のバザーで見つけた本だったな。今時の中学生はこんな本読むのかな。これ楽しんでたら、少し枯れ過ぎだろ。小僧はもうちょっとハシャイだ本読んだらいいんじゃないか。


●あと最近読んだマンガ。
貴家悠/橘賢一「テラフォーマーズ」11巻。息子の趣味につい付き合ってしまう。
ナカタニD.「リバーシブルマン」1巻。また悪趣味なマンガに手をつけてしまった。
八木教広「クレイモア」27巻。腐れ縁になってたこの物件、やっと完結してくれた。
太田垣康男「機動戦士ガンダムサンダーボルト」4巻。ガンダムから今だ乳離れできない。
羽海野チカ「3月のライオン」10巻。将棋を離れて、別の領域に入ってきたぞ。
ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブス」3巻。あーもうあの伝記を直接読んだ方が早いかも。
尾田栄一郎「ワンピース」76巻。あの「ドン!」ってのがイイ。人間、キめる時にはキめなくてはならない。

●ワイフは「君と届け」の最新刊読んで「胸のドキドキが止まらないのー」とか言ってる。



●さて音楽を。ドント・ストップ・ザ・ミュージック。

「NIAGARA TRIANGLE VOL2」2

「NIAGARA TRIANGLE VOL.2」1982年
●なんとなく、先日の1950年代についての記事の流れで、大瀧詠一さんが気になって。で、大瀧詠一+佐野元春+杉真里の合体プロジェクトを聴く。古き良きアメリカンポップスと80年代のクリアなハイファイ気分が混合してキラキラ。この時代の佐野さんの名前、「佐野”ライオン”元春」になってる。
●そんでさ……佐野元春さんの声が、意外なほど、ボクの甘酸っぱいハートの部分を刺激してくる…佐野元春さんを一番よく聴いてたのも10歳代〜20歳前後の頃だからなー。

(((さらうんど)))「(((さらうんど)))」

(((さらうんど)))「(((さらうんど)))」2012年
●で、続けて聴くのがこのアルバム。ここで、佐野元春さんの楽曲「ジュジュ」(1989年「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」収録)がカバーされてるからだ。この曲が好きだ。どこか現代詩のような言葉選びをスクエアに並べながら、軽快なテンポにサラリと乗せてしまう鮮やかさが気持ち良い。明るいはずの曲調にちょっとだけの寂しさと諦めがリリックに差し込まれているせつなさが、心に不思議な波紋を落としていく。
●この (((さらうんど))) は、イルリメというヒップホップ系シンガー/ラッパーと、テクノハウス系トラックメイカーチーム TRAKS BOYS によるユニット。キラキラのエレポップが80年代回帰のニュアンス。2010年代のエレポップと、佐野元春楽曲が違和感なく溶け合っている様子が爽やか。DORIAN とか 口ロロ(くちろろ)と同じ気分の場所に立ってるアーバンポップか。フロントマンであるイルリメは、ファルセットまで駆使するシンガーとして立ち振る舞いながら、ラップ風であったりレゲエ風であったり、実にモダンな引き出しの中をを次々と繰り出す。その個性的な声は、どこか能天気で、スカッと爽やかなエレクトロにとても相性がよくて、何回も聴いてしまう。「陽炎リディム」とか、気持ち良い。

●先日、ニュージーランドから日本に一時帰国したのりぴー先輩に、話題の定額制音楽配信サービス SPOTIFY の話を聞いて興味津々。TAYLOR SWIFT は新作を引き上げたというが、日本のインディレーベル音源は反対にすでに配信実施していて、じつはこのへんの音源をニュージーランドで聴いていたとな。東京・下北沢のボクよりも、カクバリズムとか FELICITY とか P-VINE とかの音源をたっぷり聴いてる。もちろん (((さらうんど))) もね。おおお、いいなあ。最近のボクは HULU UULA などのビデオオンデマンドを当たり前のように楽しんでるので、ナニ気に音楽配信も楽しめるのかも、と思えてしまった。

●だから、ボクのCD棚からそんなインディ系音源をあれこれ引っ張り出して聴くのだ。

イルリメ「360° SOUND」

イルリメ「360° SOUND」2010年
イルリメのソロ名義のミニアルバムも聴く。(((さらうんど))) とおなじくレーベルはカクバリズムカクバリズムの所属アーティストといえば、星野源が一番有名なのか。事務所機能も備えてるからね。
こっちではラッパーとしての個性を前面にだして。でもトラックは一筋縄でいかないヒップホップ。基本はマルチプレイヤーのイルリメ本人が、詞曲演奏全てを担う。彼の個性的で高めの声が密度濃く言葉を並べて、それが硬派なエレクトロトラックの上で跳ねる。スリリング。「WE ARE THE SOUND」の臆面なき音楽愛宣言に感動&シンガロング。

鴨田潤「一」

鴨田潤「一」2011年
イルリメ本名名義の、自作自演自己プロデュース自分レコーディング&ミキシング&マスタリング、自分でジャケまで描きましたの、つまりたった一人で作りましたの真性ソロアルバム。ヒップホップやアーバンソウルを全部飛び越えて、たった一人のギター(&キーボード)一本勝負で録り切りましたよ、というアプローチ。二階堂和美のアルバムをまる一枚全部楽曲提供&プロデュースした経験も含め、この人のマルチなシンガーソングライター的才能の奥行きの深さを感じる。たわいのないヨタ話から独り言までを、黙々と録音。
●最後の曲「プロテストソング」が16分を超える長さ。実家の父親の部屋で見つけた、古いカセットテープ。そこに吹き込まれていたのは、昔の歌謡曲でも洋楽ロックでもなくラジオのエアチェックでもなかった。誰にも聴かせたことのなかった、父親自身のオリジナルソングだった。若かった父親の声。その、近くて遠い関係となった微妙な距離に挟まったちいさな発見が、ミクロなドラマとしてジワリと重さを持つ。

やけのはら「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」

やけのはら「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」2010年
ややレイドバック気味のアーバンなファンクトラックがリッチに響くヒップホップアルバムイルリメの声ほどの強烈な個性はないけれども、達者な言葉選びがスムースに流れる気持ち良さ。出世作である、七尾旅人との共作「ROLLIN' ROLLIN'」アーバンソウルミックスが実にクール。セクシーすぎる七尾旅人の声がいい…彼はもう一曲「I REMENBER SUMMER DAYS」にも客演。

サイプレス上野とロベルト吉野「YOKOHAMA LAUGHTER」

サイプレス上野とロベルト吉野「YOKOHAMA LAUGHTER」2011年
●略称「サ上とロ吉」ヨコハマのヒップホップ/レゲエ・カルチャーって独特のローカル感があって、外からよくわかんないニュアンスがある…こんなに東京と近いのにね。でも、ウエッサイ趣味とかダンスホール趣味とかと無縁でもフラットに楽しめるこの一枚は敷居が低くて良いCRAZY KEN BAND 横山剣さんのセクシーなフックラインが渋すぎる「空っぽの街角 REMIX」とかたまらん。

CERO「EORLD RECORD」
CERO「WORLD RECORD」2011年
ティンパンアレー〜キャラメルママ的な70年代の日本のニューミュージック〜シティポップスから、その先に VAN DIKE PARKS まで見えてくるような、リッチなソフトロックを優雅に鳴らすバンド。「大停電の夜に」をはじめとしたスローな楽曲の、メロウネスが優しくて。人肌の温もりが伝わってくる。

BONOBOS「GO SYMPHONNY !」

BONOBOS「GO SYMPHONNY !」2011年
ポスト・FISHMANS な位置付けで落ち着いたダブポップを描いていたのはひと昔前のことだったのか。このシングルでは、ダブ脱却、FISHMANS 脱却実に多彩なアレンジでドリーミーなポップを明るく描いている。曲名とおりにオーケストラを組み込んだウォール・オブ・サウンドなアプローチ。リミックスもカラフル。SERPH という人のエキセントリックなリミックスがしびれるね。

シグナレス「NO SIGNAL」

シグナレス「NO SIGNAL」2011年
●迫力のダブバンド・あらかじめ決められた恋人たち(略して「あら恋」)と京都在住のシンガーソングライター・ゆーきゃんの合体ユニット。あら恋のライブを体験してるボクとしてはあのマッシブなダブを期待してしまうのだが、このダブ音響がゆーきゃんのボソボソボーカルを吹き飛ばしてちょうどシューゲイザーみたいな轟音デザインが出来上がっちゃってる。キラキラのエレクトロダブ音響が軽快に天空へ立ち上っていく中を、無垢でか細い吟遊詩人が見上げているかのような光景。

SPANGLE CALL LILLI LINE「NEW SEASON」

SPANGLE CALL LILLI LINE「NEW SEASON」2011年
こちらはホンマにギター圧力強めのシューゲイザー。ボーカル大坪加奈の透明感あふれる歌唱を深いエコーとギターの煙幕に包んで、軽快なロックのビートが疾駆していく。シリアスな空気感とシンプルなポップネスのよいバランスを突き抜けていく爽快感。90年代風のオルタナティヴロックのようにも聴こえるし、80年代のネオアコにも聴こえる普遍性。
●4曲の新曲の後は、既発曲のリミックス。地に足つけたポストロックアプローチでもギターリバーブが可憐。透明なボーカルが可憐。ピアノやエレクトロニカも可憐。リミキサーには前述のレーベルメイト、やけのはらも参加。やけのはらシグナレスでもリミックスを担当している。

シャムキャッツ「AFTER HOURS」

シャムキャッツ「AFTER HOURS」2014年
これも90年代風ギターロックといえばいいのだろうか?一瞬くるりを連想したんだよな。一回じゃ飲み込めないけど言葉がよく選ばれて散らばってるとか。ギターの端正な佇まいとか。わかりやすいかそうじゃないのかよくわからないけどシッカリ造形されてるメロディとか。自分たちで納得のいくシックリした立ち位置を丁寧に確かめながら、ジクジクとゆっくり加熱する感じ。結論を急がない、成熟を急がない、それがある意味で90年代風といえるのかも。ロックとしての弾力は、思った以上に強くて。ポップでありながら、実直にロックする音を探り当てて鳴らしてる。もっと暴れてもイイのに、抑制して最低限の部分で効果をシッカリつかむ。少々線が細くて地味だけど、すげえ好きかも。

アナログフィッシュ「荒野 : ON THE WILD SIDE」

ANALOGFISH「荒野 / ON THE WILD SIDE」2011年
アナログフィッシュの名前で、メジャー(確か EPIC RECORDS だった気が)で活動してた3ピースのメガネロックバンド。それが10年位前のことかな。それが今はインディの FELICITY にいる…。ところがその音楽はメジャー時代なぞ比にならないほどに研ぎ澄まされてる。見事に成熟。音の数をジックリと選び、絞り込んだ音像。そしてジックリと選びとられた言葉。明朗にリリックを聴かせるスタイルは以前から同じだったと思うが、リリックの響き方が深くなった。今日の音源は2011年のモノが多いのだが、あの震災&原発事故の中で、混乱と不安の中で、ここまで自分たちの言葉をクッキリと浮き上がらせたってことはスゴイことだ。平易な言葉の中で、フラットな感情の中で、クッキリと抗議を発信してる。自分たちの中にある違和感を表明している。そしてその言葉は2015年に生きるボクにも的確に刺さる。詩人の言葉だから。
「街へ出かけて彼女と飲んで 家へと向かう電車で誰かが 戦争がおきたって言っていた」「夢を乞う僕はテロリスト 夢を見る君とテロリスト 夢を乞う僕らテロリスト 夢を見る君もテロリスト」「平和と書かれた爆弾積み込んだ 環境にやさしいエコな戦闘機 落とす人達の理屈は様々で 落とされた人が流すのはいつも1つ」「マイク越しに 駅前の神様は信仰心と破滅を天秤にかける」「選べるものが1000あろうが1つだろうが変わりはしないわ 彼女いわく 大事な物はどれかじゃなくて それしかないの」「行きたい場所は選択肢にはない やりたい事はパンフレットにはない 誰も誰かの代わりにはなれないよ そして荒野へ その足で荒野へ」

SISTER JET「ロックンロール発電所」

SISTER JET「ロックンロール発電所」2011年
●4曲だけのシングルだけど、ロックンロール・バカってことだけは十分伝わる高カロリーロック。2011年音源、震災気分で世間が落ち込んでる時に「ロックンロールで発電しろ!」とは実に頼もしいメッセージ。地元・福生で米軍相手にゴリゴリ鳴らしてきたロックはフレッシュで、ボーカルの甘さ若さもキュートだな。RAMONES「BLITXKRIEG BOP」「DENGEKI BOP」と改題カバー、CHUCK BERRY「JOHHNY B. GOOD」を日本語カバーする直球ぶりも、ロックへ五体投地で信仰告白してるみたいな純粋さで、おっさんにはもうマブしいほど。

奇妙礼太郎とトラベルスイング楽団「仁義なき恋愛」

奇妙礼太郎トラベルスイング楽団「仁義なき恋愛」2013年
●彼、ニュージーランドの SPOTIFY では表記が STRANGE REITARO(または REITARO STRANGE?)になってたよ。確かに奇妙だよ。ただ、この大所帯バンドがどばどば鳴らすファンキーなグルーヴは、もしかして RC サクセションと同じ感覚じゃないの?つまりさ、ドカドカうるさいロックンロールバンドさ!メロディのバサ臭い気分も忌野清志郎さんをチラッと連想させるのですわ。キレのいいホーン隊の分厚い援護射撃も、洗練には程遠いグルーヴ感も、不器用なブラックミュージックへの憧れも、今時っぽくなくてとっても楽しい。バラードですら、RC サクセションがチラついている。もちろん巨人キヨシローに比べたらまだ線が細いけど、そりゃしょうがないよだって若いんだもん。

ジャポニカソングサンバンチ「JAPONICA SONG SUN BANCH」

ジャポニカソングサンバンチ「JAPONICA SONG SUN BANCH」2014年
こちらもジャズにサンバにラテンとゴッタ煮のファンキーグルーヴで大暴れのパーティバンド6人編成。スティールパンがぽわんぽわんと大騒ぎしたと思えば、サックスが雄弁にキメ顔見せてくる…それがタモリ倶楽部っぽい。で、そこにボーカルのお祭り男、千秋藤田がとびきりの陽性エナジーを発振昭和のイタナい気分も織り込んで、もうズバリのキャバレー・ミュージック。カッコつけないカッコよさで、悪ふざけを真剣に追求してるようだ。

ショピン「春のソナタ」

ショピン「春のソナタ」2011年
SAKEROCK などなどのメンバーが集まった脱力小規模ジャムバンド。ボーカルを担当する女性はコケストラというバンドに所属する野々歩(ののほ)って人。可愛らしい声とメロディが牧歌的で、まるで童謡のよう。リコーダーとかフィドルとか小規模な楽器をわざわざ選んで、地に足ついた音楽を鳴らす。

JINTANA EMERALDS「DESTINY」

JINTANA & EMERALDS「DESTINY」2014年
●ヨコハマの音楽集団 PAN PACIFIC PLAYA の一員 JINTANA が中心となって集結した6人組ユニット。コンセプトはネオ・ドゥーワップ・サウンドとな。1950年代のシンプルな感情こそが、ややこしい現代に必要、ということでこの時代のチャーミングさ、楽しさ、キュートさ、ポップさを、80年代や現代のクラブミュージックを援用しつつ再現しようという試み。何気に女性三人組ボーカルの一角は一十三十一だったりして。各人それぞれに独自のキャリアがある。そんなメンツがオールディーズテイストのドリーミーなポップスを真剣に追求してる。スティールギターまで採用してややサイケな気分も。ミキシングは (((さらうんど))) の一員でもある DJ CRYSTAL が担当。直球のオールディーズがこの段階でダビーなチルウェーヴ処理を施されて、微妙な浮遊感を持つに至る。これがこのユニットの侮れないモダーンな要素。聞いたことのない質感が耳に広がる。
●このスタイルに至るには、実はヨコハマの大先輩・横山剣さんの影響があって。そしてその向こうには、大瀧詠一さんの影響がある。おお、ここまで来て、一番最初の音源まで輪を描くようにつながったぞ。ふう。



●突然、真夜中に音楽が聴きたくなって。
●しかも、ピンポイントで JONI MITCHELL が聴きたくなって。

JONI MITCHELL「CLOUDS」

JONI MITCHELL「CLOUDS」1969年
●ボクの好きな「BOTH SIDE NOW」を収録してる彼女のセカンドアルバム。その後80年代にはジャズに接近して JACO PASTORIUS と仕事するのが想像つかないほど、潔いギター一本の弾き語り。地に足ついた落ち着きと、凛とした声はその後もずっと変わらないけどね。とにかく、今のボクは、澄み切った気持ちにさせてくれる音楽が、必要なのかもしれない。とかくヤヤコシイ問題を抱えていたり、不安を抱えていたりしている毎日の生活で、純粋な気持ちにさせてくれる音楽が、今のボクには必要。JONI MITCHELL は大ベテランだし、歴史的評価も定まったアーティストだけど、個人的にボクが彼女の音楽を聴くようになったのは30歳代後半に入ってから。カラダとココロが劣化して、養分として彼女の音楽を求め出した。
「BOTH SIDE NOW」は邦題が「青春の光と影」。雲の形にアイスクリームのお城を見出すような少女が、徐々に世の中の、恋愛の、人生の、BOTH SIDE = 表裏の両面を少しづつ理解し始める様子を、美しい言葉で綴る歌。でも、人生はダークサイドだけってわけでもない。光のあたる場所、若き彼女が希望をもって眺めた景色もまた真実。日々の仕事は徐々にタフになっているけど、コドモたちの成長する様が、今のボクにとっては人生のライトサイドだ。


娘ヒヨコは、中学受験へ臨戦モード、なんだけど…。
●東京都の中学受験はそのピークが2月のどアタマだ。もう二週間程度で決戦だ。ところが当事者のヒヨコが、なんだかキモが座り過ぎてるというか、自然体すぎるというか、緊張感がまるでない。
●先週、塾の担当の先生(ヒヨコがつけたあだ名がマリエッティさん)から電話があった。その翌日には隣県中学の受験日だから、最後に話がしたかったのだろう。その電話のヤリトリを聞いて、ボクがビビった。ヒヨコ「うんうん、ダイジョウブです。なんだか遠足いくみたいな感じでーす。はーい」…おいおいヒヨコ、お前、受験と遠足がおんなじなのかよ!こいつ、わくわくしちゃってるよ。テストの準備も受験票や筆記用具よりも、いろいろな人からもらった合格祈願のお守りをつめた「おまポーチ」(とヒヨコが命名)の方が大事みたい。余裕すぎるだろう!
●学校の先生にも「来週から受験だけど大丈夫か?」と聞かれた時も、最初に呼び止められた瞬間に「今度は一体なんのワルさで怒られるんだろう?」としか想定できなかったので、「受験?あ、そういえばそうですねー来週でしたっけー」と答えてしまったという。そしたら先生「ヒヨコ、さすがだな!」とコメント、感心してたという。

それで、最初の受験日の朝。いきなり連続嘔吐を始めた。
ウイルス性急性胃腸炎発症。ゲーゲー吐きまくってウチのトイレは汚染されまくり、兄ノマドにも見事感染。ワイフは受験初日のトラブルにややパニックで朝から大騒ぎ。結局そのまま3日ほど学校も勉強も休ませた。
●診断名が出る前は、神経性胃炎かと思った…ああ見えて実は緊張しているのかと。そしたら違った。では原因は?夜遅くまで授業が続く塾では、お弁当で夕食をとる。そこで、ヒヨコはクラスメイトのお弁当を「ちょうだいちょうだい」と様々なオカズをつまみ食いさせてもらっていたという。クラス一の食いしん坊さんとして有名だったのだ。「だって、冷凍食品とか一個も入ってない子もいるんだよー」。で、見事にウイルスもつまみ食い。
●最初の一日はさすがにグッタリしてたヒヨコ。しかし…様子を見て二日目もゆっくり休めといってるのに、なんと学校に行きたいという。「だって、今日は図工が2時間あって、砂絵やるんだよー」「あと、給食も…」すげえな。ある意味、たくましすぎるな…。


で、最近のヒヨコがはまってるのが、THE BEATLES。

THE BEATLES 1967 - 1970

THE BEATLES「1967-1970」1967〜1970年
●あれは何がキッカケだったのか?「ねえパパ、オブラディオブラダってナニ?」どこかで友達から聞いたのだろう。たぶん最初は「アブラカダブラ」とか「じゅげむじゅげむ」みたいなもんだと思ってたと思う。いやいや、それはビートルズってバンドの曲だわ。ある男の子と女の子が恋に落ちて結婚して幸せになりました、オブラディオブラダ、って内容の歌だ。ということで、久しぶりに THE BEATLES の後期キャリアのベスト「1967-1970」通称「青盤」を引っ張り出して、聴かせた。
●そしたら、めちゃめちゃ気に入ったみたい。歌詞をおしえてくれ、英語の意味をおしえてくれ、英語をカタカナにしてくれ、と頼まれた。そんで受験勉強しながらずっと鼻歌で「オブラディオブラダ」をフンフン。ワイフが、歌はやめなさい!休憩時間ならおっきな声で歌っていいから!と言わないと止まらない。最近は唐突に「デズモンド!」って叫んだりする。この歌の登場人物は、市場で働くデズモンドとバンドの歌手モリー。だからって「デズモンド!」って叫ぶ必要はないのにね。
●でもね、この曲は、確かにハッピーな曲なんだよ。
恋に落ちたデズモンドは指輪を買ってモリーにプロポーズ。モリーは歌でお返し、オブラディオブラダ、こうして人生は続いていくのね。いつしか二人にはたくさん子供が生まれて家も建てた。日中は家事を務めるモリー、今でも夜はステージで歌ってる。オブラディオブラダ、こうして人生は続いていくのね。
「オブラディオブラダ」だけじゃなくて、青盤+赤盤(「1962-1966」)を通して鳴らしてたら「ビートルズって聴きやすい曲がおおいんだねー」とコメント。うれしいね。パパの普段聴いてるヘンな音楽はほぼスルーなのに、THE BEATLES にはキチンと反応してくれた。THE BEATLES って本当に偉大な普遍性を持ってるんだな。

THE BEATLES「PAST MASTERS VOLUME 1」

THE BEATLES「PAST MASTERS VOLUME 1」1962〜1965年
THE BEATLES のベストといえば、赤盤+青盤が有名だけど、「PAST MASTERS」「VOL.1」+「VOL.2」のペアも有名だわね。THE BEATLES は音楽実験的アプローチが濃くなる後期の方がボクは好みだし、オリジナルアルバムも全部持ってるので、「PAST MASTERS VOLUME 1」は持っていながら実は全然聴いてなかった。一般的位置付けとしては、アルバムに収録されてないシングル盤バージョンをまとめたという意味で価値があるアイテムなんだけど、高校生の頃から聴き馴染んでる THE BEATLES、そんな大人マニアな観点で聴いたこともなかったよ。
●で、赤盤+青盤とともに、久しぶりに「VOL.1」を聞いてたら、意外な発見があってビックリした。なんとドイツ語バージョンのシングルをシレッと収録してたコトだ。「I WANT TO HOLD YOUR HAND」「KOMM, GIB MIR DEINE HAND」になってて、「SHE LOVES YOU」「SIE LIEBT DICH」になってる。ごめん、発音の仕方はわかりません!駆け出し時代の THE BEATLESハンブルグの街で腕を鍛えてたのは有名な話だけど、彼らが十分にスターになった1964年に、ドイツからの強い要望で録音されてるそうな。二曲を同日に録ってるとな。
●その他にも、カバーとして古典のロックンロールをガッチリヤリこなしてる。LITTLE RICHARD「LONG TALL SALLY」とか。「BAD BOY」 LARRY WILLIAMS というニューオリンズのR&Bシンガーの曲だ。なんとマニアックな選曲。初期の THE BEATLES は(そして THE STONES ほかイギリスの若者たちは)50年代のロックンロールをキチンと研究していた。オリジナル楽曲を作りきれなかっただけの事情じゃない。ロックンロールは完全にアメリカ由来の外来文化で、従来のイギリス文化にはないものだった。それを研究してリバイバル普及布教する段取りをキチンとなぞった。これがロックという文化をキチンと後世に根付かせた基礎になったし、彼らをビッグスターにした要因だったと思う。イギリスの若きバンドたちは、R&Bもブルースもアメリカから移入して自らの地肉とした。THE BEATLES は、さらに一歩進んで、ひときわポップな選曲をしたし、ポップなアレンジを選んだ。彼らが特別なのはそんなセンスをキチンと備えていたことだろう。

VARIOUS ARTISTS「THE CRUISIN STORY」

VARIOUS ARTISTS「THE CRUISIN' STORY」1955〜1960
●ということで、50年代後半のアメリカンミュージックを聴く。このCD、大ボリューム。3枚組75曲、これで1000円。このコンピを出してる NOT NOW MUSIC って会社は、MILES DAVIS の50年代の録音もアルバム5枚組で1000円というスゴイ値段で売ってたりしてて、そんでボクはそれに乗じて20枚のまとめ買いとかしたもんだ。最近はここまで安い値段で出してないっぽい。
●さて、こんな物件を改めて聴くのは、50年代のポップスをボクはちゃんと勉強してないなーと改めて思い至ったから。一昨年なくなった大瀧詠一さんが50年代末〜60年代初頭のポップスの歴史を、淡々と、しかし激マニアックに語りまくるラジオ番組を偶然聴いたのです…コレ伝説の番組だったみたいね「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」。で、うわーこの50年代に、ボクにとってのポピュラー音楽の未踏地帯が広がってるー、と思い知らされてしまった。この広い音楽世界の中で、ボクはまだまだ全然の序の口だと思い知らされたってことです。

ハッキリと勉強不足と自覚してる分野があるんです。それはドゥーワップ
●楽器を持たずしてパフォーマンスできるということで、都市の黒人青年たちの間で50年代に流行したコーラスグループのスタイル。ゴスペル聖歌隊などの伝統的な黒人音楽から、後続する60年代のR&Bを中継するムーブメントであり、ストリートで完結するパフォーマンスという意味で現行のヒップホップに符合するともいえる。つまりブラックカルチャーとして王道の存在。でもねー。ほとんどチェックしてないんです。この時代にアルバムアーティストとかいないし。でも数は多すぎるほど。ほとんどが一発屋だったりもして。
●でもこのCD3枚組にはたくさん収録されてる。THE CADETS、THE CADILLACS、THE CLOVERS「BLUE VELVET」は大好きだ!)、THE COASTERS、THE CRESTS「16 CANDLE」…白人メンバーが混じってる)、THE COWS、DANNY & THE JUNIORS「AT THE HOP」)、THE DEL-VIKINGS(これも白人が混じってる)、THE DIAMONDS(彼らは全員白人カナダ出身)、THE DRIFTERSBEN E. KING が所属してたグループ)、THE FIVE SATINS、THE HEARTBEATS、LITTLE ANTHONY & THE IMPERIALS、THE MONOTONES、THE MOONGLOWS、THE OLYMPICS、THE PENGUINS、THE PLATTERS「ONLY YOU」「THE GREAT PRETENDER」が有名だけど、実はこの時期女性メンバーがいたってのは今回初めて知った)、THE SHIRELLES(黒人女性4人組)、THE SILOUETTES、THE SPANIELS(映画「アメリカングラフィティ」で再評価されたグループ。それまでは完全に忘れられてたっぽい)、THE TUNE WEAVERS(男女半々グループ)、MAURICE WILLIAMS & THE ZODIACSTEEN QUEENS ってのは3人組女子だがなんとオーストラリア出身だぞ。マニアックだなー。FRANKIE LYMON & THE TEENAGERS は名の通りセンターの FRANKIE がブレイク時14〜15歳のティーンネイジャー、JACKSON 5 のようなボーイソプラノで活躍するスタイルの先駆になったそうな。
●しかし、このあたりの連中は一発屋だったり正体もわからなかったりして、本当に系統的に勉強するのが難しい。でも今後はこのへんもチェックしていこう。なにげにカワイいポップスが散らばってることがわかったから。

●このドゥーワップから踏み込んで、R&Bシンガーがソロとして録音を始めていく。THE DRIFTERS から BEN E. KING が独立したのは1960年。こうした中から本物のシンガーが登場。
SAM COOKE「YOU SEND ME」は気持ちいいね〜そのまま60〜70年代のソウル運動の中で模範にされる存在になった。FATS DOMINO はロックンロール直前の表現で有名。PHIL PHILIPS、JOHNNY ACE も洗練されていながら独特の南部の匂いがある。つーか南部出身者が目立つなあ。LLOYD PRICE、JIMMY JONES、JOE JONES、みんな南部育ちだ。LITTLE WILLIE JOHN は北部上がりだけど渋いR&Bで声がイイ。BOBBY DAY「ROCKIN' ROBIN」 はポップでカワイイ。MOTOWN のようなキラキラしたR&Bの直前まで来てる感じ。
●しかし、ここまで来て、当時のアメリカンポップスは、結局ブラックミュージックに完全にイニシャティブを握られているじゃないか!ってことがわかる。人種差別が当たり前の時代なのにローザ・パークス事件〜モンゴメリーバスボイコット運動が1955年。マーティン・ルーサー・キング牧師が活躍を始めるのがこのへんからだ。

さて「ブラック・ロックンロール」へお話を進めてみよう。
この時代のロックンロールは、白人由来と黒人由来をしっかり分けて捉えた方がいいと思ってる。「ブラック・ロックンロール」/「ホワイト・ロックンロール」はボクの造語。でも、両者は音楽の出自が大きく違う。こと「ブラック・ロックンロール」は、ブルース、ジャンプ、R&B、ドゥーワップ、そしてゴスペルといった黒人音楽の伝統を色濃く受け止めていて、その個性が拭い去れない。
●例えば、BIG JOE TURNER はカンザスシティのジャンプブルースのシーンから登場。LITTLE WALTERシカゴブルースの出身だ。BO DIDDLEY「BO DIDDLEY」は個性的すぎるグルーヴがドロドロでスゴすぎる。
●その流れで、CHUCK BERRY が登場する。ドコでいつロックンロールが成立したかは諸説あるが、彼の高速グルーヴは圧倒的な発明だったはず。1955年「MAYBELLINE」、1956年「ROLL OVER BEETHOVEN」。そして1957年に「ROCK N' ROLL MUSIC」ロックンロールのグラウンドゼロである事は間違いないでしょう。後者二曲は THE BEATLES もカバーした傑作。彼はテレビ番組「エド・サリバン・ショー」に初めて招かれた黒人でもある。
ブッチギレ具合では、LITTLE RICHARD の方が上では?代表作「TUTTI FRUTTI」は冷静に考えれば全然意味不明の造語でそれを連呼しまくってるだけなのに、的確にロックンロールしてる。デタラメだからこそロックンロールなのか?そんで「LONG TALL SALLY」だ。無駄にテンション高い!これも THE BEATLES のカバーがある。おまけに彼はゲイだからね。スゴイね。

一方の「ホワイト・ロックンロール」。彼らはロカビリーなんだよね。
白人には白人の伝統音楽がある。アイルランド/スコットランド移民らが育てたヒルビリーという文化のグルーヴが、カントリーミュージックに進化していく。このカントリーをベースに、ブラックミュージック由来の音楽を取り入れたものがロカビリーBILL HALEY & HIS COMETS、CARL PERKINS、JERRY LEE LEWIS(火の玉ロック!)そして EDDIE COCHRAN(サマータイムブルース!)がこの時代の代表格だろう。ロックンロールといえば、こちらが標準と思う人もいると思う。他にも、DALE HAWKINS、BUDDY KNOX、BOYD BENNET などなどがいる。気合の入ったボーカルが特徴的な BLENDA LEE という女性シンガーは今回気に入った!カワイイお嬢さんなのにシャウトがキツイ!ここにポップスとしての洗練を加えていったのが、ROY ORBISON、BUDDY HOLLY、THE EVERLEY BROTHERS だろうか。

●加えて「インスト・ロックンロール」
THE VENTURES も収録されてる。覚えておいたほうがいいのが ROYAL TEENS というバンド。あの「タモリ倶楽部」のテーマソング「SHORT SHORTS」をやってる連中。同じようにファンキーさを備えたインストといえば「テキーラ!」で有名な THE CHAMPS か。チカーノ〜テックスメックス・テイスト。LINK WRAY という白人ギタリストの「RUMBLE」という曲はラフで野蛮味がたまらん。インストのくせしてラジオ局から放送禁止になった曰くつき。インスト白人ギタリストとしては DUANE EDDY も注目。サーフロック直前。

1959年「音楽が死んだ日」。「ロックンロール」は一度滅びる。
●この年の2月3日、優れたソングライティングと馴染みやすいメガネキャラで知られた BUDDY HOLLY、メキシコ系ながら「LA BAMBA」の大ヒットでアイドルスターになった RITCHIE VALENS、少々コミカルなスタイルで人気を集めたロカビリー歌手 THE BIG BOPPERこの三人がツアー移動のために乗った小型飛行機が墜落事故を起こした。三人のシンガーは即死。BUDDY は22歳、RITCHIE はまだ17歳だった。この日にアメリカは大切な才能をいっぺんに失ったわけだ。
この前後に多くの事件が起こる。1957年に LITTLE RICHARD が音楽活動引退宣言。なんと牧師になってしまう。彼のブッチギレた性分が炸裂した場面だが、ロックンロールを悪魔の音楽と罵るようになってしまった。その後1962年に結局復帰するんだけど。1958年は ELVIS PRESLEY が徴兵で音楽活動から離脱。1959年 CHUCK BERRY が14歳の少女を売買春させて有罪判決&3年の服役。1960年にはツアー先のイギリスで EDDIE COCHRAN がタクシーの事故で死亡。21歳の死。シーンの中心にいたプレイヤーたちが一斉に消えてしまったのだ。
当時の認識では「ロックンロール」は一過性の流行と捉えられていた。そしてそのブームはこれで終わったとされたのだ。あくまで時代の徒花。そして1960年以降のアメリカンポップスは、一気に保守的な内容になる。このコンピでいえば、JOHNNY PRESTON、JIMMIE RODGERS、THE HOLLYWOOD ARGYLES といった連中だろうか。狭義の「ロックンロール」は本国で死滅する。

しかし、ロックンロールの遺伝子は、イギリスに伝播していた。
アメリカ本国で忘れられた音楽を、THE BEATLES をはじめとしたイギリスの若者達が演奏。憧れた海の向こうの音楽を自分たちの力で蘇らせたのだ。これがアメリカに再上陸して一大旋風を起こす。「第一次ブリティッシュインベイション」THE BEATLES のアメリカ上陸は1964年。以後数年、アメリカの音楽はイギリスのロックバンドに圧倒される。
●ボクは「ロックンロール」という言葉はあくまでこのブリティッシュインベイション以前のアメリカ音楽に限定して使っている。50年代の一瞬に輝いた徒花のきらめき。若く儚く散った「ロックンロール」の価値はそこにこそある。そしてひとときの空白をおいて、1964年の THE BEATLES 以降が「ロック」の時代のはじまり。拡大解釈され、様々な表現へ拡散していくダイナミズムを包含する広い意味の言葉で「ロック」は用いるべきとボクは思っている。

ELVIS PRESLEY「ELVIS PRESLEY」

ELVIS PRESLEY「ELVIS PRESLEY」1956年
●あえて、この巨人を外して文章を書いてました。だって巨人すぎて、どう評価していいものやら。このアルバムはメジャー RCA に移籍しての初めてのアルバム。タイトルのロゴレイアウトは THE CLASH「LONDON CALLING」でパクられてますな。アメリカには彼のモノマネで生計を立ててる芸人が数千人いるという。もう彼自身の声を聴いても、ELVIS のパロディの声にしか聴こえない。そんな気分になってくる。
●ただ、彼以前に彼のような存在はいなかったわけで。つまり「黒人のようなフィーリングで歌える白人青年」という存在。このアルバムには RAY CHARLESLITTLE RICHARD らのR&B、ブラックロックンロールのカバーが収録されている。一方で、王道のカントリーミュージックも収録されている。そしてロカビリーも。テネシー州メンフィスで育った彼は確かにゴスペルを聴いて成長した少年だった。しかしキャリアの最初では、自分をナニモノだと思っていたのだろう?カントリー歌手?R&Bの歌手?このアルバムのライナーノーツには、メジャー契約で彼のデビューを手がけたプロデューサー STEVE SHOLES彼に相応しい楽曲にナニを選ぶべきか戸惑っている様子が見て取れる。この時点で、彼はシンガーだったが、まだカタチのない若者だったのだ。
●しかし、世間が彼に「ロックンロール」させられた。彼の優れた容姿…20歳過ぎたばかりの彼は本当にイケメンだ。そんな彼がセクシーに体を揺すぶって太い声で歌う。バラードもアップテンポも歌いこなす。その様子に全米の若者がしびれたのだ。ロックされてロールされた。結果、彼のスタイルが「ロックンロール」と呼ばれて、彼が参照した音楽は黒人由来でも白人由来でもR&Bでもカントリーでも「ロックンロール」に引き寄せられた。そして大勢のフォロワーを生んだ。まさしく時代を変えた超新星なのだ。

●前述したが、1956年にメジャーデビューした彼は1958年に兵役に従事する。たった2年で一旦音楽活動を停止。で1960年に除隊すると、なんと映画業界にハマってしまってどっちが本業かわからなくなってしまうのだ。年三本ペースで映画作ってたらマトモなツアーなどは組めなくなる。音楽のリリースはシングルアルバムともになくはないが、あくまでサントラ仕事がメインになっていく。マネジメント/TOM PARKER「大佐」の異名を持つ名物男)が実入りのイイ映画仕事を優先させたのだ。彼がコンサート活動を再開し音楽業界のフロントラインに復帰するのは1968年。その後1973年に健康問題が発生、1977年に死去。
「キング」と呼ばれる彼の功績は巨大かもしれない。しかしボクはこの除隊後の活動にイイ印象を持っていないし、がゆえに積極的に彼の音楽を聴いてこなかった。ただ、このデビューの瞬間は、まだナニモノにもなっていなかった若者の伸び伸びとした清らかさがあって、すごく共感できる。

「PULP ROCK INSTROS VOL1」

VARIOUS ARTISTS「PULP ROCK INSTROS VOL.1」1959〜1995年
●3枚組コンピのところで「インスト・ロックンロール」というカテゴリーを紹介したが、そんなスタイル、特にサーフロックに特化した音楽を集めたコンピ。下北沢の「SOUL&おでん」しずおか屋で購入した物件だ。500円也。
ロックンロールの副産物は、エレキギターが鳴らす音へのフェテシズムだと思う。電気的に増幅拡大された音響にビリビリしびれる経験を、人類はこの時代に初めて知る。あのエレキの雷鳴に魂を奪われた人が大勢いたはずだ。「青春デンデケデケデケ」という小説が大林宣彦監督で映画にされてるが、日本にまでエレキの影響は及んだわけだ。ギターをメインとしたインスト楽曲は、60年代に入ってからアメリカ西海岸を起点にサーフロックというスタイルを生んで、その「デンデケデケデケ」を増幅していく。同じ文脈で THE VENTURES そして THE BEACH BOYS らも登場する。
●1995年に編まれたこのコンピは、そのタイトルから察する限り、クエンティン・タランティーノ監督1994年の映画「パルプ・フィクション」の影響下に作られたものだろう。あの映画で一躍再評価された DICK DALE & THE DEL-TONES の曲が一曲目に収録されてるからね。映画では1962年の名曲「MISIRLOU」(←実は中近東由来の音楽らしいよ)が有名だけど、ここでは HENRI MANCINI 作曲のテレビドラマテーマ「PETER GUNN」をデンデケデケデケしている。でも後は、やっぱりほとんど知らない名前のバンドばっかり。検索で調べてみよっと。
●当時のサーフロックバンドとしては、THE SURFARIS、THE PYRAMIDS、JAY BEE & THE KATS、などなど。THE GAMBLER「LSD-25」って曲はかなり直球にドラッグソングだね。DAVIE ALLEN & THE ARROWS はファズギターの先駆として後のロックギタリストに影響を与えている。SANDY NELSON はセッションドラマーだけど、ドラムで見事にデンデケデケデケを表現。インストなのに放送禁止指定の LINK WRAY & THE WRAYMEN はこちらにも登場してる。でもさ、基本的にググっても全然正体のつかめない連中ばっかりだよ!みんな一発屋ばっかりなんだろ!
●初めて知ったけど、サーフロックには、1979年あたりにリバイバルブームがあったそうで。そんな時代のバンドも収録されてるっぽい。JON & THE NIGHTRIDERS とかがそのへんに該当。あと、THE VICE BARONS ってバンドは90年代のベルギー人みたいだな。BOARDWALKER も90年代の連中。日本にもこの90年代には THE SURF COASTERS というバンドがいた。好きだったなあ。
THE TRASHMEN ってバンドはガレージロックの文脈で以前から聴いてた。ボクは80年代の音源しか持ってなかったからリバイバル組と思い込んでたけど、実は60年代で一回解散しちゃったベテランさん、昔の音源も気合入っててその後のガレージパンクにも影響を与えてる。ぶっちゃけ、ガレージ過ぎて60年代も80年代も区別がつかないガサツっぷりだけど。それにしても、おでん屋でこんな音源に出会えるなんて。素敵な街、下北沢。

THE RUTLES「THE RUTLES」

THE RUTLES「THE RUTLES」1978年
●最後は、一応話を THE BEATLES に戻して。この偉大なるバンドを徹底してイギリスユーモアでパロディ化した架空のバンドがこの THE RUTLES。仕掛け人はあの恐るべきギャグ集団 MONTY PYTHON の一員 ERIC IDLE と、彼らと関係が深かったバンド、BONZO DOG DOO-DAH BAND …彼らもギャグ要素の強い連中だった…のメンバー NEIL INNES。そんな彼らが1975年あたりからテレビ番組で THE BEATLES の徹底したパロディを繰り広げていった。これがバカ受けして映画にも結実。ガチで THE BEATLES 楽曲のパロディもたくさん作られた。これは1990年代にまとめられたCDで、1978年のオリジナル盤に加えてその他の楽曲もかき集め、しかもご丁寧にバンド THE RUTLES の歴史に沿った順番に並び替えてある。
●イギリスのパロディ、というかコメディ全般はシュールすぎてマジでついていけない瞬間がある。MONTY PYTHON とかは笑えるモノは本当に爆笑だけど、意味わかんないのはホントにこっちの頭がおかしくなるほどの狂気がにじみ出てる。で、この THE RUTLES はマジで連中が本気。ここまでやるか、ってほど THE BEATLES が研究されてる。
まず前提として、楽曲が素晴らしい。1978年のパンクイヤーに制作されながら、実に60年代風のレトロテイストがガッチリ作り込まれてて、単体としてのポップス完成度が素晴らしい。パロディとかを抜きにして楽しいアルバム。
なのに、見事な THE BEATLES パロディ。イントロのアレンジ、メロディ、フックラインやサビ、歌詞の言葉選びがいちいちと THE BEATLES を連想させる。よくぞここまで仕掛けを盛り込んだなと思うほど。しかし、替え歌ではない。自律した楽曲として仕上がっている。だから、こちらとしては、うわー THE BEATLES 方面でデジャヴ感たっぷりなんだけど、何かの曲にそっくりなんだけど、よく出来すぎてるから原曲が思い出せない〜!なんて葛藤に追い込まれる。この異常なムズムズ感は他では味わえない。たまらん。
●結果、何回も聴いて、元ネタがなにかを必死に頭の中のアーカイブを参照してたぐり寄せたりしてた。直球でわかるのもありますけどね。「BLUE SUEDE SCHUBERT」は明白に「ROLL OVER BEETHOVEN」のパロディでしょ。「NUMBER ONE」はメインボーカルのシャウトぶりも含めて「TWIST AND SHOUT」のつもりのはず。「HOLD MY HAND」はタイトルに別曲の既視感を覚えつつサビの入り口が「ALL MY LOVIN'」な感じ。「OUCH !」はアウチ!と連呼しまくる時点で「HELP !」の真似。「LIVING IN HOPE」のホッコリとしたボーカル&メロディは RINGO STARR の個性光る楽曲「OCTOPUS GARDEN」か。「NEVERTHELESS」 GEORGE HARRISON のインド趣味全開「WITHIN YOU WITHOUT YOU」そのまんま。「GOOD TIME ROLL」もサイケ風味たっぷりで完全に「LUCY IN THE SKY WITH DIAMOND」「PIGGY IN THE MIDDLE」はイントロ気分からキチンと「I AM THE WALRUS 」「LOVE LIFE」は完全にアレンジテイストが「ALL YOU NEED IS LOVE」だね。「GET UP AND GO」も曲名から連想されるように見事に「GET BACK」、盗作寸前までそっくりですわ。「CHEESE AND ONIONS」は、ふざけたタイトルなのに、じっくり聴かせる素敵なミッドバラードで思わず聴き入ってしまう内容。で、「A DAY IN LIFE」のパロディだったとアウトロまでいって初めてわかるという仕掛け。もうお見事すぎる。
●ライナーノーツは、メンバー同士の出会いからバンドの隆盛そして解散までの歴史がたっぷり克明に書かれてるみたいだけど、英文が長すぎて読むのやめた。全部でっち上げだし、本気に見えてバカげた冗談も混じってるみたいで理解できない。なぜか MICK JAGGER が大真面目に THE RUTLES との交友関係をインタビュー取材されてて「奴らはいい連中だ」とか語ってる。THE BEATLES のメンバー自身も面白がってたようで、映画には GEORGE HARRISON が出ちゃってたりしてたらしい。最後までやり切るって素晴らしいね。結果、歴史に残る名盤になってるんだもん。


●ヒヨコが THE BEATLES が好きとかいうから、ここまで書いちゃったよ。
●全然ニーズがないのにね。

●今日、イギリスのビジネスパートナーと電話会議があったんだけど。
●さっぱり英語がわからんのよ。
●通訳を担ってくれる人はいるけど、技術的な言葉が伝わらない…日本語で知らないコトは訳せないもんね。
●やっぱ、英語ができないと困るなあ。




さて、今日は SALSOUL RECORDS が媒介となって。
70年代フィラデルフィア・ソウルが、ハウスミュージックに接続していく様子を。
80年代R&Bを交えて考えてみたいのです。

●90年代以降に隆盛を極めるハウスミュージックは、突然変異として歴史に現れたわけではありません。ブラックミュージックの伝統の延長に、生まれるべくして生まれた音楽。その痕跡を見つけるのが今日の目的。

●とっかかりは、下北沢の「EXCELLO しずおか屋」というおでん屋。
●なんと「SOUL × おでん」をキャッチフレーズにしたユニークなお店。静岡県独特のユニークなおでんと、ソウルミュージックの不思議なマリアージュがなんともコッテリした不思議な空間。ここでボクはCDを買ったのですね。(おでん屋のくせに、CDやLPを売ってるのですよ、詳しくは過去のコチラの記事を見てね


ここで登場するのが SALSOUL という言葉。

THE SALSOUL ORCHESTRA「STREET SENSE」

THE SALSOUL ORCHESTRA「STREET SENSE」1979年
●ステージに上がるドアの手前で出番を待つバンドの面々。楽屋もろくにないナイトクラブの隅っこで、タバコをくゆらせて暫しの休憩。いいねえ。バンドマンのイタない表情が実に渋いねえ。ソウルのアブラっこさってこういう場所から匂い立つのよね。一瞬にしてジャケに惚れて、速攻で購入しました。
●もちろん、ジャケ写だけで買ったわけじゃない。主役であるところの、このバンド THE SALSOUL ORCHESTRA に興味があった。ジャケの隅には1979年…80年代を目前としながら垢抜けないジャケ…内容も結構ワイルドになっているのかな?これは聴くしかない。

●でね、これが SALSOUL RECORDS のロゴマーク。

Salsoul_Records_Logo.png

「SALSOUL」という造語、すごく素敵だと思いませんか?
「SALSA + SOUL」。瞬間的にコンセプトがわかる。このレーベルの存在を知ったのはもう20年近く前のこと。新宿アルタにあったレコ屋CISCOでアナログを掘ってる時に見知ったのだけど、レーベルのロゴからLPのラベルまでがカラフルでキレイだなーと感じた第一印象を今でもはっきりと覚えてる。
サルサは中南米の音楽と見せかけて、その中南米からの移民が集中するニューヨークが一大拠点になってる。このレーベルもずばりニューヨークが拠点だ。実際、レーベル設立の1974年段階では、ラティーノからアーバンカルチャーを導入して新しいブラックミュージックを作るのが目的だったらしい。70年代ソウルに、サルサのリズムと高速テンポを導入して、一気に表現を更新していこうとした。そんな野心がこのレーベルにはムンムンと感じられる。

そしてブラックミュージックの伝統を引き継ぐという、大きな目標もあった。
70年代前半にソウルを高度に洗練させて大進化させたフィリーソウルの運動。中でも PHILADELPHIA INTERNATIONAL RECORDS と音楽制作拠点 SIGMA SOUND STUDIO、そしてこの運動の頭脳となったプロデューサーチーム GUMBLE & HUFF。ここから発信される音楽を模範にしたいと考えていた。1971年と少々先行してスタートしていたこのレーベルとフィリーソウル運動は、その後のディスコサウンドの原型を用意する。そして結果的に SALSOUL がこのディスコサウンドの造形を完成確立させるに至るのだ。
●なにしろ、SALSOUL は、露骨にも PHILADELPHIA INTERNATIONAL でプレイしていたミュージシャンを引っこ抜き、自分たちのバンドで演奏させていたのだ。レーベルの中心的バンドとなる彼ら THE SALSOUL ORCHESTRA の中心人物 VINCE MONTANA は、PHILADELPHIA INTERNATIONAL の看板バンド MFSB でアレンジャーをしてた男だ。この時にギタリストもドラマーも連れてきちゃってる。ことこのドラマー EARL YOUNGソウルミュージックに白人ロックのドラム手法を持ち込むコトでディスコというジャンルを、より明確に定義付けた張本人とされている。こうしてディスコのブームは白人黒人巻き込んで70年代後半に一大旋風を起こす。1977年にはジョン・トラボルタ主演のディスコ映画「サタデーナイトフィーバー」が登場。1979年には悪名高きディスコ反対集会「ディスコ・デモリッション・ナイト」までが起こる。野球場で大量のディスコレコードを持ち寄って焼き払う示威運動だ。しかし、ディスコはこの時点において、世界中に伝播してフロアを揺さぶっていた。

●1979年作品であるこのアルバムは、THE SALSOUL ORCHESTRA としてはすでに7枚目のリリース。オリジナルメンバーは、ドラムの EARL YOUNG だけだが、ディスコサウンドの立役者として名高い名プロデューサー TOM MOULTON がプロデュースを担当。彼は、12インチシングル向けのリミックスを初めて手がけた人物。史上初めて商業的に12インチシングルを流通させたのも実は SALSOUL なのだハウスミュージックを用意する基礎的な音源制作体制はこうして70年代のうちに確立されていた。
●内容としては、軽快な四つ打ちで構成された完全なディスコサウンド。それにパーカッシブなアレンジと豪華なストリングス、スリリングなキーボードが高く機能して、ボーカル要素が少ないにも関わらずピリリとした緊張感と鮮やかな多幸感を演出してくれている。ジャケの渋みとは無縁な洗練。一曲目「ZAMBEZI」は一聴しても全くわからないほどディスコに改変されてるが、実は DONNY HATHAWAY の作曲作品だそうで。「SOMEBODY TO LOVE」はサビまで全然気づけなかったが60年代サイケデリックロックバンド JEFFERSON AIRPLANE の代表曲1967年のカバーだった。ラストを締める、ピアノやフルートが可憐なライト・ディスコ「SUN AFTER THE RAIN」はロンドンの LGBT パーティで定番になってるらしい。ハウスとゲイシーンが相性がいいのは広く知られているけど、ここまで遡った音源に対しても、このコミュニティの人々は敬意を払うんだね。

INNER LIFE「INNER LIFE II」

INNER LIFE「INNER LIFE II」1982年
●さっきの音源と打って変わってジャケがSFチック。SALSOUL RECORDS の一般的イメージとしては前述音源よりこちらの方がシックリくるだろう。さて、SALSOUL がその後の音楽に大きく貢献したとするならば、二人の傑出した女性シンガーを輩出したこともその功績に挙げるべきだ。その名は LOLEATTA HOLLOWAY JOCELYN BROWN 二人とも70年代に多くのディスコ音源で声を披露し、その後の音楽に影響を与えた。JOCELYN BROWN に関しては若い世代からの支持を受けて00年代においても様々な音源にフィーチャーされてもいる。このバンドはリードボーカルが JOCELYN BROWN。そこでのパワフルな声は、洗練されたディスコファンクに強烈な個性を盛り込んでいる。「I LIKE IT LIKE THAT」「MOMENT OF MY LIFE」のあたりには、すでにダイナミックな初期ハウスのクールさがもう備わっている。JOCELYN BROWN の声は様々なトコロで聴いてきたが、このバンドをはじめ初期の頃の音源をもっと聴いてみたいな。

SKYY「SKYY LIGHT」

SKYY「SKYY LIGHT」1983年
●70年代から活動していながらも、その後 SALSOUL に移籍してクロスオーバーヒットを出すに至ったディスコバンド。DENISE、DOLORES、BONNIE DUNNING 三姉妹をボーカルに据えた大所帯バンドで、より一層四つ打ちのアクセントを強めたシンプルさが押し出されてる。メンバーには BRASS CONSTRUCTION B.T.EXPRESS といった先行のディスコファンクバンドに関わっていた者もいるようだ。すでにこれが6枚目のアルバムで、できればもっと早い時期の音源が聴きたい。このアナログ盤は、たしか沖縄のレコ屋・MERKMAL(メルクマール)で見つけたんじゃなかったかな。あそこは80年代R&Bが豊富だったから。500円で購入。それと、今日は姉妹グループがこの後もいっぱい出てきますよ。

「LARRY LEVANS PARADISE GARAGE」

VARIOUS ARTISTS「LARRY LEVAN'S PARADISE GARAGE」1978〜1981年
さて、ハウスミュージックの開祖のお出ましだ!この音源の主人公、LARRY LEVAN というDJと、彼の盟友でDJ仲間だった FRANKIE KNUCKLES が90年代以降のダンスミュージックに大きな影響を与えたハウスミュージックの創始者だ。1977年、LARRY はニューヨークのクラブ「PARADISE GARAGE」で、ニューヨークからシカゴに拠点を移した FRANKIE はかの地のクラブ「WAREHOUSE」でレジデントDJを始めた。そんな彼らのDJスタイルが、店の名前に紐付いて「ガラージュ」/「ハウス」と呼ばれるようになった。70年代前半はともにニューヨークで活動していた彼らは、SALSOUL のような新しい感覚のダンスミュージックをさらに深化させて新解釈を与え、時代のカリスマになっていくのだ。

LARRY の音楽は、実にダンサブルで多幸感溢れるキラびやかなスタイル。ヒューマニスティックで情熱的な音楽を華麗にセレクト。そんな彼が愛した SALSOUL の名音源がこのアルバムにはコンパイルされている。前述の THE SALSOUL ORCHESTRA、SKYY、LOLEATTA HOLLAWAY などのアッパーなダンスナンバーを収録。その他にもレーベルの重要バンド FIRST CHOICE、SPARKLE、そして INSTANT FUNK が並んでいる。INSTANT FUNK の代表曲「I GOT MY MIND MADE UP」はイントロ部分を DE LA SOUL がマルッとサンプルしていたっけ。
●未公開音源として、INNER LIFE FEAT. JOCELYN BROWN「MAKE IT LAST FOREVER」13分近くの12インチ盤ロングバージョンが収めされてる。これが貫禄の傑作。ディスコから新時代の音楽へと進化が起こる瞬間。それまでのディスコとは異なる美学がここにある。それがガラージュとなり、ハウスミュージックに進化していった。この過渡期のスタイルをポスト・ディスコと呼んだりもするようだ。
LARRY はクラブDJにとどまらず、レーベルとともに直接音源のリミックスに関わってもいた。LARRY のセンスや選曲による影響力はセールスをも揺るがすパワーを持っていたからだ。今ではDJが音源に関与するのが当たり前だが、当時では見事に革新的なこと。しかも、リミックスされるバンド自身よりも LARRY のギャラの方が高かったという逸話も。クラブの音響設備デザインまで手がけていた。
●80年代〜90年代初頭までは「ガラージュ」「ハウス」はほぼ同義語、というか区別がつかない関係だった。少なくともボクが大学生の頃まではガラージュは音楽通の中では普通に使われていた言葉。90年代初頭の解釈では、ハウスの方がより打ち込み的で、ガラージュの方がやや生々しいイメージ。まーこれはレコ屋の中で感じたボクの主観だけど。その後00年代にイギリスで スピードガラージ/UK ガラージ という言葉ができるが、これは完全に異質な音楽と考えたほうがいい。

「ディスコ・デモリッション・ナイト」のような、ディスコを退廃音楽とする偏見が世間に浸透すると、これらの音楽はクラブカルチャーとして地下化。黒人・ゲイのようなマイノリティが愛好する音楽として発達していく。自身もゲイだった LARRY はこの意味でも当事者としてシーンのど真ん中にいたのだ。
黒人でありゲイである、というコトは、この時代にとって過酷な運命だった。まだ同性愛に全く理解がなかったこの時代において、パートナーとの社会的関係も認められなければ、家族を子供も持てなかった彼らは孤独な存在だった。そんな彼らが人生の一瞬を輝かせるために、目一杯着飾り、朝まで享楽的に踊り明かす。ガラージュ/ハウスがきらびやかに光り輝くのは、その裏に深い影と闇があるコトが前提になっているのだ。だから彼らの音楽は儚く美しい。加えて、1981年、AIDS/HIVという恐ろしい病禍までが彼らに降りかかる。そんな時代に LARRY はDJしていた。ニューヨークの一角に輝く美しい夜。SALSOUL のロゴが描く虹の色。
●しかし、1987年に「PARADISE GARAGE」が閉店すると、LARRYドラッグ依存で身を持ち崩してしまう。ヘロインのために音源を売ってしまうほど。そして1992年の日本来日公演の直後、38歳の若さで死去。
●現在、かつて「PARADISE GARAGE」があったニューヨークキングストリートを、ラリーレヴァンウェイと改称しようという運動がネット署名サイトで起こっている。伝説はいまだ生き続けている。



70年代ソウルが90年代ハウスまで接続したトコまで書けたので。
●せっかくなんで、70年代後半〜80年代初頭のソウル/R&Bを聴いていく。
●そんで、70年代ソウルが40〜50年代ジャズ/ポップスまでバックスピンするトコを目指してみる。

POINTER SISTER「ENERGY」

POINTER SISTERS「ENERGY」1978年
●これも沖縄・那覇のレコ屋・MERKMAL(メルクマール)にて400円で買ったモノ。ハウシーな洗練美と力強いアッパーチューンがメインの SALSOUL に比べると、なんとオーソドックスで実直なソウルなのだろう。洗練とは無縁で重たく泥臭い感じすらしてる。 というか本来の出自がカントリー/ジャズをベースに活動していた人たちだから仕方がない。実は芸歴は長く鳴かず飛ばずでこれが5枚目のアルバムになってる。ただこのアルバムを作るにあたって移籍した PLANET というレーベルとそこの辣腕プロデューサー RICHARD PERRY が彼女たちの実力を世間にわかりやすく見せつけてくれた。
●実はこのアルバム、ソウル/R&Bとみせかけて、収録曲のうち6曲が白人ロックバンドのカバーなのだSTEPHEN STILLS 、FLEETWOOD MAC、LOGGINS & MESSINA、THE DOOBIE BROTHERS、STEELY DAN、ROGER DALTREY ときたもんだ。RICHARD PERRY はオールジャンルで活躍してた人物で、大物ロックスターと太い付き合いがあった。そこで、こんな内容が実現したのだ。
●ヒット曲になった「FIRE」 BRUCE SPRINGSTEEN の書き下ろし楽曲だ。フレッシュなボーカルと泥臭いR&Bテイストの相性が実にシックリ噛み合ってて、スルメのように味が出る。アルバムのシメは SLY STONE「EVERYBODY IS A STAR」。名曲を実直に、そして見事にカバー。ニューオリンズの大物 ALLEN TOUSSAINT の提供曲「HAPPINESS」もシングルヒット。
●実際彼女たちはやっぱり本当の姉妹で、さらにもう一人いたそうなのだが、このアルバム以前にソロへ移行してしまってた。まーどちらにせよ、スマートでかわいらしい娘さんですわ。

POINTER SISTERS「SPECIAL THINGS」

POINTER SISTERS「SPECIAL THINGS」1980年
●一枚スキップして7枚目のアルバム。ここにきてすごくディスコポップスになりました。三人のフレッシュなボーカル&コーラスは強みにしつつ、ちょいと安直なくらいにアッケラカンとしたビート感覚がわかりやすい。商業的にも成功してレーベル PLANET の看板アーティストに成長。シングル「HE'S SO SHY」は全米3位まで上り詰めるほど。「WE'VE GOT THE POWER」という曲で「WE CAN CLIMB A MOUNTAIN TO THE TOP OF THE WORLD!」と叫んじゃうほど有頂天。BURT BACHARACH の楽曲を2曲導入。一曲には彼自身がキーボードをプレイ。POINTER 姉妹の二番目 ANITA が作詞作曲に挑む場面も。BILL CHAMPLIN によるアダルトオリエンテッドなアプローチも披露。

POINTER SISTERS「BLACK WHITE」

POINTER SISTERS「BLACK & WHITE」1981年
ディスコポップスもR&Bも関係なくなって、バラエティ感溢れるスタイルに拡散しているアルバム。ヒットシングル「SLOW HAND」完全にカントリー調だし。でもこれが全米2位まで上がっちゃう。こうして80年代いっぱいまで彼女たちはチャートの常連アーティストになっていく。
●さすがに90年代に入って失速はするが、実は今でも活動しているとな。最初からグループにいた ANITA と RUTH は還暦越え/もう少しで70歳だが健在。JUNE はガンで2006年で亡くなるが、代わりに登板したのが、RUTH の娘 ISSA POINTER。もうシスターズじゃないじゃん母娘じゃん。しかも ISSA って変わった名前…小林一茶みたい。しかもさらにこの ISSA が降板、代わりに加入したのが SADAKO POINTERこの子がなんとRUTH の孫!生まれが1984年だからもうこのアルバムの時ですらこの世にいない。POINTER おばあちゃんと孫。なんで名前が日本風なの?それはよくわからない。

SISTER SLEDGE「WE ARE FAMILY」

SISTER SLEDGE「WE ARE FAMILY」1979年
さて、別の姉妹グループ、3組目を。こちらは SLEDGE 四姉妹ニューヨークの SALSOUL が目指した先進的ソウルの街、フィラデルフィア出身のグループだ。しかしデビュー当初はなかなか芽が出なくて伸び悩み。そこでこの3枚目のアルバムで、逆にニューヨークのプロデューサーに頼ることにした…それが、NILE ROGERS & BERNARD EDWARDS という男たち。つまりディスコファンクバンド CHIC の中心人物たちだ!こ存じの通り NILE RODGERSDAFT PUNK & PHARRELL WILLIAM と組んでグラミー賞獲ってるバリバリ現役おじさん。次から次へと傑物が登場。
●結果、一気に音楽が軽快なポストディスコチューンに進化。正確なギターカッティングがかっこいい。表題曲「WE ARE FAMILY」は全米2位まで駆け上る大ヒット曲に。この時のリードボーカル KATHY SLEDGE はまだ16歳だったとな。可憐な声。他のヒット曲には「HE'S THE GREATEST DANCER」。パワーボーカルというより、抑制を効かせた歌唱とコーラスワークこそが彼らの魅力か。
●ボクの持ってるCDは、90年代の再発盤なので、ボーナストラックとして1993年版の「WE ARE FAMILY (SURE IS PURE REMIX)」などなどが収録されてる。こっちは普通に完全なハウスになっちゃってるね。さらには、 NILE RODGERS たち自身による「LOST IN MUSIC (1984 BERNARD EDWARDS & NILE RODGERS REMIX)」1984年の段階にして既にハウスミュージックとして完成しているコトに感動。ハウスは80年代前半には完成していたってわけね。ゴージャスかつセクシーさを持ち合わせつつ、フロア映えするサウンドデザインも秀逸。

SISTER SLEDGE「CIRCLE OF LOVE」

SISTER SLEDGE「CIRCLE OF LOVE」1975年
完全なハウスまで進化してしまうと、ビートがハード過ぎてチト疲れる。だから、SLEDGE 姉妹のファーストアルバムに遡ってみる。1975年とあって、そしてデビュー盤とあって、なんだかノンビリしてちょっと垢抜けない雰囲気だけど、それがフーッと一息の落ち着きになる。ドライブするR&Bチューンは同時代の MOTOWN 他ノーザンソウルの気分と一緒。メロウなバラードと可憐なコーラスが気持ちよくて落ち着くわー。冷静に考えると彼女たちはまだティーンネイジャー、4姉妹の末っ子 KATHY はこの時まだ11歳。ジャケもよくみると顔がみんなあどけない。MICHAEL JACKSON のように子役の声として聴けば良いのだろうか。でもその割にはシッカリしてるよ。

THE STYLISTICS「GREATEST HITS 24」

THE STYLISTICS「GREATEST HITS 24」1970〜1975年
SALSOUL が範としたフィラデルフィアのソウルにもっとつっこんでみよう。かの地の爆心地となったレーベル PHILADELPHIA INTERNATIONAL 所属のグループじゃないけど、知名度はそれ以上かもの大名跡グループ、THE STYLISTICS のベスト盤LP二枚組だ。新橋SL広場に不定期でやってる古本市で見つけた…これも400円だったかな。1970年のシングルデビューから1975年くらいまでの音源を網羅してる。ただ、日本編集盤ベストとしてのセンスなのか、それともこれがキャリア初期の THE STYLISTICS の本質なのか、選曲されてる楽曲が、やや浪花節なソウルバラードばっかで…昭和のニーズってそんな感じなの?もっと華やかな曲で固められなかったの?「CAN'T GIVE YOU ANYTHING」みたいなキラキラソングを期待してたのに。24曲も収録していながらディスコチューンは3割程度だよ。

●このレコードが世に出た1975年に書かれたライナーノーツから当時のソウルミュージック観が読み取れて興味深い。66〜68年あたりの THE TEMPTATIONS、SAM & DAVE、OTIS REDDING の活躍はあくまで一時のブームこのフィリーソウルこそが日本人の肌に合うホンモノ、その中でも THE STYLISTICS こそが日本の中でソウルを定着させるのに大きく貢献した存在としているのだ。キーワードは、洗練。甘くソフトで、ムーディーで、すきとおるようなボーカルにドラマチックなハーモニー、これらがポップスファンまでもを魅了。まさに「イージーリスニング・ソウル」「黒人版カーペンターズ」とまで書いている。ボクは先行した60年代のR&Bも大好きだよ。SAM & DAVE とか大好きだよ!
●しかし、こんなに美辞麗句を並べながら、彼らの音楽に含まれるダンス要素やグルーヴ要素には、この解説者は全く興味がないのですよ。ディスコでの定番曲です、なんて曲紹介を書いておきながら、腰を揺さぶり気持ちを揺さぶるブラックミュージックの重要なコアに無関心。アゲアゲでワイルドな SAM & DAVE の活躍をクサして、小綺麗になったフィリーのスタイルだけを賞賛している。むー、ボクはなんか納得がいかない。ディスコに対して理解が浅い感じがする。保守白人がディスコ反対運動をしたのと同じようなメンタリティがあったのかも。
●とはいえ、真夜中にチルアウトするには、彼らのスウィートなスローは実に有効で。チークダンスタイムにうっとり聴いてみたいのだ。「YOU MAKE ME FEEL BRAND NEW」」とかをね。

THE STYLISTICS「FABULOUS」

THE STYLISTICS「FABULOUS」1976年
●こいつも新橋駅前古本市で買ったLP盤。前述ベスト盤の後にリリースされたオリジナル盤で邦題は「16小節の恋」ELVIS PRESLEY「CAN'T HELP FALLIN' IN LOVE」を軽妙なディスコにカバーしたりしてる。邦題を拝借した楽曲「SIXTEEN BARS」もミッドディスコでスウィート。
●アレンジは、自身もディスコヒット「THE HUSTLE」を繰り出し一世風靡する VAN MCCOY。プロデュースチームは、HUGO & LUIGI(HUGO PERETTI & LUIGI CREATORE)という連中。彼らは自分たちの頭文字から名をとった H&L RECORDS を立ち上げてこのアルバムをリリース。このへんがTHE STYLISTICS を長く支え続けたチームだ。ちなみにグループ最初期のプロデューサーは THOM BELL という人物。これまたフィリーソウルの名曲 THE DELFONICS「LALA MEANS I LOVE YOU」を手がけた人物だ。名プロデューサー GAMBLE & HUFF に並び、この街フィラデルフィアの音楽を盛り上げていったキーパーソンたちが結集してる。でも、基本はスローまたはミドルなバラードが目立つ。彼らの持ち味はやっぱりココで、ディスコのダンスフロア志向ではなかったのかな。VAN MCCOY のアレンジはキラキラしてて好きだけどね。 

THE STYLISTICS「ONCE UPON A JUKE BOX」

THE STYLISTICS「ONCE UPON A JUKE BOX」1976年
「FABOLOUS」と同じ年に出した企画盤。全部過去の名曲のカバーです。50年代のヒット曲を中心にしつつ、1940年代前後の楽曲まで含んだ幅広い選曲。1974年に亡くなったジャズ巨人 DUKE ELLINGTON に敬意を表して彼の作品を3曲も採用、軽快にアレンジして軽やかに歌唱。「SATIN DOLL」のディスコ解釈がナイス過ぎる。そんで THE PLATTERS もストレートに2曲カバー。「THE GREAT PRETENDER」「ONLY YOU」の料理の仕方は最高ですわ。THE RIGHTEOUS BROTHERS「UNCHANGED MELODY」もいいなあ。70年代フィリーソウルから40〜50年代にバックスピン。ブラックミュージックの歴史の縦糸は、ここでハウスからジャズまで接続しました。ちなみに、これもプロデュースは前述の HUGO & LUIGI チーム。

●でもこの THE STYLISTICS、1980年代に入ってからのポストディスコ時代には完全にシーンの趨勢についていけなくなり、メンバー脱退などもあってグループは失速。メンバーチェンジを繰り返して活動を続けるもヒットはもう出せなくなる。木村拓哉が出演する男性化粧品「ギャツビー」のCMで「CAN'T GIVE YOU ANYTHING」がリメイクされたのが2006年。その時は「スマスマ」に出演したりしてたみたい。あ、でもCMで使われてたあの歌自体は別人が歌ってたし歌詞も全然変えられてたんだよね。商品サイトであの曲がダウンロードできる仕組みだったんだけど、ウィンドウズしか対応してなくてボクのマックじゃ聴けず終い。まだ音楽配信には早い時代だったかな。



●ということで、順番には混乱がありますが。
1970年代前半フィラデルフィア・ソウルから、1970年代後半以降へ続くニューヨークの SALSOUL RECORDS、たくさんの姉妹グループ、そんで地下化したところから花開くハウスミュージック〜ガラージュそして90年代へ!、というブラックミュージックの歴史を俯瞰してみました。以上!


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申し遅れましたが、去年ウチにしれっと家族が増えてます。
●名前は、グラタンヒガシヘルマンリクガメという種類のカメです。

グラタン1

ヒガシヘルマン?そもそもヘルマンってどこだよ?と思いましたが、爬虫類ショップの店員さんの熱意ある説明でコイツに決めました。本来は地中海沿岸、つまりフランスからイタリア半島、アドリア海沿岸からギリシャ、ブルガリア、ルーマニアそんでトルコまでに住んでいる乾燥系の環境に適応したカメさんです。ニシヘルマンヒガシヘルマンの二種類(他にもあるっぽいがワカラン)がいるとのことですが、ニシヘルマンは野生種が輸入されており、その野生時代に病気を持ってしまったリスクがあるとのことなので、養殖種が輸入されるヒガシヘルマンをセレクト。野生種を捕獲してしまうのも気の毒、養殖種の方が気が咎めない。
マックスまで成長したら30センチまで育つし、マジで20〜30年生きるという丈夫な生き物。最初は、ケツメリクガメという種類を過去おすすめされたことがあったのですが、ヤツらは70センチまででかくなっちゃうのでヤバイですと店員さんに諭されました。初心者に手に負えるものではありません。

グラタン2

これは、時たまやった方がいいとされる、カメさんぽの様子。
紫外線摂取が甲羅の健康な成長に必要ということで、ケージの中では紫外線を含む蛍光灯を日中は常に照らしています。今は季節的に無理ですが夏場はこうして日光浴をさせてやりました。カメが歩いている枠は、かつてウチの人間のコドモたちが遊んでいた砂場遊びセットです。なにしろグラタンはまだ赤ちゃんですから、リアル地面ではなく清潔な場所を選んでやりました。
●気持ち良さそうでしょ。カメといえど、本当にノロノロではなくて、必死に走る?ときは結構スピードでます。こんなチビッコでも10秒で30センチくらい動きます。立派な迷彩カモ柄なので、草むらに放せばマジで見失いかねないです。

グラタン4

●こいつが我が家に来たのは、去年のゴールデンウィーク。長男ノマドの中学進学祝いのつもりで「ナニが欲しい」と聞いたら、なんと「カメが欲しい」と!なんとエキセントリックなリクエストを!
ノマドは小学6年生の頃、学校のカメの飼育係をやっておりました。ボクも小学校に行くたびに、粗末な檻の中にまー可愛げのないカメが5〜6匹いるのは見ておりました。そもそもこの檻が不釣り合い。床面積は半畳というトコロなのに高さは人間の身長以上ある。つまり本来はトリ小屋だったのでしょう。が、いつのまにかカメ小屋に転用されたのがミエミエ。で、カメには無縁&無駄な高さと、5〜6匹のカメには手狭な床面積に、粗末に飼われていた哀れな連中を、ノマドは甲斐甲斐しく面倒見てたというわけです。
●そしたら、すっかりカメに情が移っちゃって。カメ係は他にもたくさんいたのですが「サボってもバレない係」という位置付けでみんなまともに面倒を見ません。変なトコロでクソ真面目なノマドは、たった一人きちんとエサやりと掃除を続けてたそうです。「みんな飢えててかわいそうなんだよ、オレがキャベツやるとわーっと集まってくるんだよ!」
●で、卒業してもカメが恋しいと。ノマドおまえバカか?と出掛かった言葉を飲み込んで、研究しました。飼育の為の本を読みました。「カメカメBOOK」ってフザケタ名前の本もありました。あとネット情報は諸説ありすぎて判断材料にできませんでした。結局は中野にある有名店「爬虫類倶楽部」にも何回か通うことが一番の勉強になりました。略して「ハチクラ」とも呼ばれるこのお店は、名店の名にふさわしく、品揃えや店員さんの知識、爬虫類への愛情、ともに最高ランクだと思ったです。ペットショップとしては小ぶりではありますが、熱帯魚も犬猫もいない、爬虫類&両生類専門店とすればこれ以上デカイ店はないでしょう。ま、一緒に、エサになるコオロギや冷凍マウスもウジャウジャありますんで、娘ヒヨコにはショッキングすぎると思い連れて行きませんでした。ナイーブな女性を連れて行くには非常にリスキーな場所でもあります。
●ケージの掃除の手間から考えて、ノマドには条件をボクからつけました。「濡れモノはない。乾きモノでいこう」縁日のミドリガメか、井之頭公園の池でプカプカ浮いてるカメが、日本人の標準的カメイメージでしょうが、そうした池要素なしで飼育できるヤツがいい。ケージのメンテナンス負担が全然ちがう。あと、ずっと水に沈んでられると愛着もわかない。ノマドの学校のカメは種類不明ながら明白な「濡れモノ」だったので最初イメージが湧いてなかったようですが、「乾きモノ」系の連中がみな一様に「スーパーマリオ」のノコノコなルックスだと知ると、俄然ノリノリになりました。
ただ、やはり海外からの輸入種、値は張ります。個体の価格もさることながら、ケージも大きめにしとかないといけない、育ちまくりますので。それと保温設備、紫外線を含めた照明設備、床材などなどに、ありゃりゃーというほどの値段はかかります。でも、お祝いだからいいや。グラタンともし30年付き合うとしたらこのくらいの初期投資は安いもんです。つーかボクの方が早く死ぬかも。

グラタン5

これは最近のグラタン。
何してると思います?怒ってるんです。エサがないぞと怒ってるんです。毎朝、家族の中で一番早起きして、エサをよこせとケージのガラスにゴリゴリ体をぶつけるのです。カメはもちろん鳴いたりしませんので自己アピールしないと思われがちですが、グラタンは雄弁に自己主張します。まだ飼い始めて一年経ってませんが、1〜2センチは大きくなった気がします。赤ちゃんの頃はもっとおとなしかったのに…。十分生意気です。

グラタン7

しょうがないので、毎朝、新鮮なサラダをたっぷり上げます。午後にはペロリ完食してます。
●カメは、その機動性のショボさから毎日エサをあげなくても多少のことではヘタッタリしないと聞いてましたが、グラタンは全然我慢しません。小松菜をメインとしたサラダにビタミンDの粉末をサプリ代わりにふりまいて、おかずにニンジンなどの色添えを足してあげます。毎朝ワイフが、ボクら人間の朝食を作りながら、同時にグラタンのサラダをトントン刻むのです。カメの小松菜とボクら人間のオカズの小松菜が同じだとやや微妙な気持ちになります。
●しかも、グラタンにはハッキリ好みがあります。写真でわかるように、ニンジンが大好き。わざわざ小松菜をより分けてニンジンから食べ始めます。カメには偏食があって、トマトとかバナナとか美味しいものをあげると、味を占めてそれしか食べなくなる傾向があるそうです。ワイフがニンジンを切らした時、代わりにバナナをあげたら大喜びすぎて半狂乱だったそうです。カメってかわいいですね。

グラタン8

今朝のグラタンです。
●人の気配を感じると「エサくれエサくれ」アピールが始まるのですが、こっそり撮ったのでまだヤツはおとなしくしてます。それでもエサを乗せるお皿に陣取って、エサの供給を悠然と待っております。
ケージの中でもお気に入りの場所があったりもします。ヒートランプの下であったまってる時もあれば、ケージの隅っこで床材を掘り起こして埋まったりしてます。最近、お菓子の空箱を与えたら、そこを小部屋のように使って引きこもったりしてます。その引きこもった後ろ姿のオシリとか見てると…カメ、癒されます。

アニメのグラタン

●ちなみに、グラタンの名の由来は、食べ物のグラタンではなくて、庵野秀明監督のアニメ「ふしぎの海のナディア」に登場する水陸両用メカ・グラタンであります。頼りなげなヘンテコマシンに見えて、根性あるメカです。

もなか20150108

おっとお忘れなく。ウチにはウサギもいます。もなか3歳です。
ウサギとカメが両方いる家になってしまった…イソップ童話か。ウサギの三歳は立派な大人、イケメンに育ちました。あいかわらず臆病で、自分の縄張りだと信じているリビングこたつまわり以外の場所では、ビビりまくりです。ボクのCDステレオ部屋にも興味はあるようですが、入り口付近で引き返してしまいます。確かに高く積み上げられたマンガやCDの山はウサギには危険であります。

それと、グッピーちゃんもおります。
●以前、ウチには結構な量のグッピーがおりました…最初はほんの2〜3匹だったのにあっという間に繁殖しやがって。しかし同じ血族の近親婚が重なって先天性障害を持つサカナがでてきたので、熱帯魚屋さんから移民を導入しました。そしたらなぜか伝染病が蔓延して一気に全滅寸前に。今では娘ヒヨコがクロメちゃんと呼ぶ、おばあちゃんグッピー一匹だけしか生き残っておりません。実年齢でおばあちゃんかは定かではありませんが、先天性障害なのか背骨が大きく曲がって、確かにに腰が曲がったおばあちゃんのように見えるのです。
で、新たな移民を受け入れました。ほんのおすそわけのつもりでしたが、手に負えない大繁殖は先方も同じだったようで、ペットボトルに10匹以上の大量入植となりました。伝染病の危険を考えると怖いので、まだ先住民のクロメちゃんとは同じ水槽には入れていません。アメリカ新大陸にヨーロッパから伝染病が持ち込まれて先住民が絶滅してしまった悲劇を、こんなグッピーちゃんたちの群れを見てぼんやり思うわけです。エボラも怖い…。
●ある日、新移民のグッピーちゃんの水槽に小さなクモが一匹落ちてしまったそうです。好奇心旺盛な若いグッピーたちは水面に浮かぶそのクモをつついたりして遊んでいて、ワイフは微笑ましいなあと思ってたそうです。しかし数分後に水槽を見ると、グッピー全員が水槽の底に集まっておとなしく縮み上がってたとな。いじめられたクモが逆ギレして暴れた結果、グッピーみんなビビり上がって逃げ出したみたい。生き物はみんなカワイイね。




非ブラック系/アジア系のシンガーがR&Bを歌うってどんなことなの?と問うてみる。
転じて、日本人のシンガーがR&Bを歌うってことがどんなことか、考えてみる。

KARL WOLF「BITE THE BULLET」

KARL WOLF「BITE THE BULLET」2007年
このシンガーはレバノン生まれ。内戦を逃れ3歳の時にアラブ首長国連邦のドバイに移住。そんで17歳でカナダのモントリオールに移ってる。複雑な人生遍歴、キリスト教徒ではあるけど、その外見はしっかり中東系なのです(レバノンってそもそもキリスト教だよね)。それからはカナダのローカルバンドで活動、ソロ活動を始めたのは2005年で、2007年のこのアルバムは彼にとってはセカンドアルバム。ここで、彼は TOTO の1982年の大ヒット曲「AFRICA」を大ネタ使いしたシングル「AFRICA」でブレイクスルー。カナダのレゲエDJ CULTURE がガナリ声でディージェイを差し込みワイルドさを加味しつつも、原曲のスマートさを損なわない KARL WOLF 自身のスムースなボーカルが気持ち良い。このシングルヒットはカナダから日本に直接飛び火して、日本独自企画盤「KARL WOLF」なんてアルバムも作られた(コッチも買ったのに内容がほとんど変わらなかった…曲順が違うとかちょいちょい曲が多いとか、その程度)。「AFRICA」をシッカリ聴きたいならこのオリジナル盤の方がいい。BGMをグッと早めた CLUB VERSION が収録されてるから。ボクは「AFRICA」だけでも十分楽しめる。他の曲もスマートだけどね。
●R&B世界には色々なシンガーがいるけど、やっぱアジア系のシンガーは、ブラック系シンガーのパワフルさや激情に抑揚を与えていく技術では太刀打ちできないのだろうか。どちらかというと彼の持ち味は、芯の太さや力強さではなく、甘さやスムースさ、繊細なハーモニーワークが味になってる。実は R&B 大国アメリカで彼の音源は発売されておらず、あくまでカナダと日本とだけでヒットしてるって状況。宇多田ヒカルもアメリカ進出に手こずったし、韓流アーティストも「江南スタイル」の一発ヒット以外は成果がない。そんなアメリカ市場の鉄壁は隣国カナダに対してもそびえている。アジア系シンガーと本場R&Bの距離は同じ北米の中にもあるわけだ。

KARL WOLF「NIGHTLIFE」

KARL WOLF「NIGHTLIFE」2009年
TOTO「AFRICA」のリメイクで味をしめたのか、今度は MICHAEL SEMBELLO「MANIAC」1983年を翻案した楽曲「MANIAC MANIAC」をかましてきた。しかも「AFRICA」で客演を務めた CULTURE もキチンと連れてきて。二匹目のどじょう?原曲覚えてます?映画「フラッシュダンス」の挿入歌だったヤツ。でも、あくまでスムースな持ち味を崩さぬように、サビフレーズをキレイに引用してるって程度。でも、この人の80年代趣味は実はマジのホンモノ。わざわざ「80'S BABY」という曲で、80年代は最高だ!MICHAEL JACKSON「THRILLER」とか映画「カラテキッド/邦題:ベストキッド」が好きだ、みたいなコトを歌ってる。シンセアレンジのスムーステイストも80年代風味って意味なのか。ブーティなシンセベースも加わって、あともうちょっとで EDM テイストに近づく瞬間もある気がする。
●一方で、中東にルーツを持つコトを前面に押し出した曲も。アルバム一曲目「YALLA HABIBI」はアラビア語で「COMIN' ON DARLING」の意味。邦題はなぜか「灼熱のヤハラ・ベイビー」と少々バタ臭くされちゃってるが、モロッコ系女性シンガー RIME や ドバイ出身ラッパー KAZ MONEY をフィーチャーして、シンセアレンジの中に中東系フレーズをそっと忍び込ませてる。前のアルバムでも、アラビア世界の気分を忍び込ませるトラックをちょっぴり使ってたり。

KARL WOLF「CHETTO LOVE」

KARL WOLF「CHETTO LOVE」2011年
●カナダからキャリアを起こしてアメリカ進出に成功したレゲエDJ KARDINAL OFFISHALL をフィーチャーした表題曲「GHETTO LOVE」は、彼の好きな80年代映画「カラテキッド」の主題歌 PETER CETERA「GLORY OF LOVE」からサビフレーズを拝借。マジの80年代マニアだわ。KARDINAL OFFISHALL のようにカナダからも立身できるんだ、と思われがちですが、彼バリバリのジャマイカ系なので、結局はホンモノです。KARL WOLF とは事情が違う。
EDM化がすすんでシンセがわかりやすくフロア仕様にカスタムされてる。ゲストにルイジアナのラップデュオ THREE 6 MAFIA が参加してるがシンセビートが強すぎて彼らの出番がないほど。アメリカ受けを無理して狙わないとハッキリ意識してしまえば、むしろオリジナリティ溢れる軽妙さがもっと鮮やかに出てきて個性的。ダンスホールレゲエもEDMも咀嚼して、痛快なダンスビートを組み立ててる。そしてスムースで涼しいボーカル。最後は自分のアイデンティティをどのように掘り下げ表現に反映するか、そこが勝負なのかもしれない。
●最後の曲のタイトルが「WASABI」。日本盤向けに作られたサービストラックみたい。サケとかシャブシャブとかオカミ=女将とか、楽しいトウキョウ&オオサカ・トリップが歌われてる。日本好きはわかったけど、ちょっとヤリスギです。アメリカ受けしないと思ったら、日本市場に媚びるってのは、これまた微妙に間違ってます。まー歌詞さえ無視すれば高機能ポップスですが。

STEVIE HOANG「THIS IS ME」

STEVIE HOANG「THIS IS ME」2008年
アジア系R&Bシンガー、もう一人行ってみよう。この人は、中国華僑系ベトナム人移民の子供。一歳からロンドン暮らしだからメンタリティは完全にイギリス人かもしれないけれど、端正なオリエンタル顏は完全にボクらと同系統。音楽のスタイルは UKソウルだから、KARL WOLF よりももっとメロウでクール。そしてこの人の個性として高めのキーを繊細に操るスウィートな声が実に可憐。UKソウルの王子 CRAIG DAVID を連想させる色彩の鮮やかさがある。ブラック系にはかなわないパワーの部分を、可憐な繊細さで個性に変えている。これが彼のアジア系としての生存戦略。
●しかし、彼もシンガーとしてのキャリアを積み上げるのには苦労している。そもそもこのアルバムは作詞作曲自作自演自己プロデュース、おまけに完全自主制作、YOUTUBE や MYSPACE で自己プロモート、そんで手売りしてたものを、その後日本のレーベルが再発したものだ。その後、次の作品をイギリス本国でリリースする話もあったけど途中で頓挫。しょうがないから日本だけでエイベックスがリリース。今ではそれでも本国にてインディで頑張ってる。裏方のソングライターとしても活動しているようだね。日本だけでしか売れない洋楽アーティストってのも結構いるんだね。アジア系って大変だな。



これを前提において、日本の R&B を聴いてみる。
日本人が R&B という表現形態を選ぶことの意味とは?

清水翔太「UMBRELLA」

清水翔太「UMBRELLA」2008年
●現在のジャパニーズ R&B 事情を考えるにはちとサンプルが古いと思うんだけど、彼の初期の仕事は日本 R&B 史で非常に重要なのでは?と思ってるので、敢えて引っ張り出します。
時代は2008年「着うた」全盛期。この前後に青山テルマ、加藤ミリヤ、西野カナがシーンに登場。今ではジェイポップ揶揄の対象にもなるような、内省的でセンチメンタルな自分語りの心象風景を、R&B というプラットフォームに乗せて歌っていた。ただ、その時期に、彼女たちのような女性シンガーに対応する男性シンガー・ソングラオターは全然いなかったのだ。そんな空白を埋めるようなカッコで、18歳の彼は現れた。
●まだあどけなさが残る佇まいは、高校球児みたいにも見えたし、演歌歌手・香田晋に似てるなんて話もあったっけ。ニューヨークのアポロシアターに特別出演して「STAND BY ME」を歌ってきた、という評判もあったけど、マッチョでもない彼の声は、パワフルでもテクニカルでもなく、実は凡庸だったかもしれない。ただ、作詞作曲を全て自分でこなす能力は、この若さにしては実に早熟だった。
今聴くと実にややシンプルすぎるほどのトラックに、青臭い声でセンチな感情を訥々と並べていくスタイル、ラップと区別をつけず、思うがままに言葉を置いていく様子。これが「着うた」世代の感覚の内省感覚にジャストフィットした。やや高いキーをベースにしてる彼の声は、ちょうど STEVIE HOANG とイメージがダブるのだが、華やかさとは無縁のトラックとメンタリティは全く異質。というか、R&B というフォーマットが、日本の中では内省的感情を乗せる器になっている、すくなくとも現在の20歳代にとっては、という事実にいまさら気付いて衝撃を受けた。こうした表現にソングライターとして、しかもティーンネイジャーにして自然と独力で到達した彼。これは稀有な才能なのか、世代感覚なのか。多分その両方だ。
●心の故郷を歌う「HOME」はシングルにもなったが、アルバムではなんと元 A TRIBE CALLED QUEST のメンバー ALI SHAHEED MUHAMMAD がリミックスを担当。おーこれは今気づいた!王道ストレートなヒップホップ・アプローチ。

清水翔太「JOURNEY」

清水翔太「JOURNEY」2009年
この時代の内省的リリックを書く役目を引き受けたシンガー・加藤ミリヤと、男性シンガーとしてその役割を唯一担う彼が、コラボシングル「LOVE FOREVER」をリリースしたのは宿命か運命か。四つ打ちベースの雄々しいトラックでありながらマイナーコードで進行するブルージーなテイストが、この時代を象徴している。名曲だ。彼のセカンドアルバムである本作には、アンサーソング「FOREVER LOVE」が収録されてる。サビはそのままにしながら、コード進行を少し変えてメジャーコードに変換。男らしく彼らしく女性に対峙する姿勢が気持ちよい。アンサーソングのシングルには「LOVE FOREVER 〜HAPPY WEDDING REMIX〜」なんてバージョンも入ってる。このコラボはセールス的にも大成功、その後も現在に至るまでミリヤと翔太のコラボは続いている。
●その流れでリリースされたセカンドアルバム。「HOME」で自分の場所を見つけた彼が、旅に出る。ボーイソプラノ?一瞬女性ボーカルかと勘違いしそうなほど、スウィートな声が相変わらず爽やか。

JAYED「MUSICATION」

JAY'ED「MUSICATION」2009年
サモア系ニュージーランド人とのハーフという出自を持つシンガー。日本の R&B/ヒップホップ業界で辣腕プロデューサーとして知られる BACHLOGIC などから提供された楽曲は四つ打ちが強調されたハウシーなトラック。これに甘い声をスムースに乗せて転がしていく。ドラマチックなメロディ展開に胸がすく気分だ。パーティ・ダンサーとしての機能性も持たせられるトラック、またはドライブミュージックとしても機能的。だが、歌詞はあくまでシリアス。ハーフという出自である彼ですら、R&Bを日本型の高度なジェイポップにカッチリ変換している。これには重要な意味がある。
●結果的に、日本の R&B はこの段階でかなりドメスティックにガラパゴス進化しており、アメリカ含む海外とは別カテゴリーの独自ジャンルに変化しようとしているといえると思う。アメリカという堅牢な市場を見つめてそのスタイルを移入したり、無理やり進出することに意味がないとは言えないが、すでに日本のリスナーは自分たちの独特なR&B観を育てて、当たり前のようにそれを享受して楽しんでいる。これは一種の成熟か。
●ただ一方で、アメリカの R&B/ヒップホップシーンも、EDM に迎合し過ぎて奇形進化している気配もある。R&B 愛好家でもアレにはついていけないという方も少なくないかと。結局、音楽はその土地のアーティスト/リスナー両方の滋養を吸って進化する。どこに向かえば正解か、は愚問だ。
●このアルバムの聴きどころといえば、女性シンガー EMI MARIA との洗練されたデュエットが美しいヒップホップソウル「LUV IS...」が実にスムースかつエモーショナル。

平井堅「JAPANESE SINGER」

平井堅「JAPANESE SINGER」2011年
2011年9月発売。2011年3月11日の東日本大震災が、この作品にどのような影響をもたらしたのだろう。ただしこのタイミングに、あえて「日本のシンガー」であることを日の丸を抱えて名乗った彼の意気は、この国にどのように関わったらいいのだろうか?という思考の結論、または覚悟だったにちがいない。あの瞬間。多くの人命が津波にさらわれ、原発が爆発した瞬間。誰もが自分たちの暮らす土地、社会、山河がどうなってしまうのか不安に震えた。その時に、音楽は大きな助けになった。時に勇気づけられ、時に慰められた。
●そして、それはアーティスト自身も同じだったにちがいない。自分が今、どんな歌を歌うべきか。どんな言葉を届けるべきか。その立ち振る舞いがそのまま自分の存在意義になると自覚しているアーティストこそ、不安に苦しめられただろう。そして彼らは楽曲を作り上げる事で自らの立場を確かめ、自分のやるべきことを見い出す。音楽が彼らを勇気付け、前に足を進めさせるのだ。このアルバムに含まれている楽曲がどの震災前後のどのタイミングに作られているかは分からない…これから書くことは的外れな誤読かもしれない。ただ、一曲目のゴスペルソング「SING FOREVER」は結果的に「歌を永遠に歌い続ける」=「現実に対峙し続ける」というたくましい決意表明に聴こえる。
●その覚悟を前提に、大天災でナイーブになった感情に平井堅は敢えて手を突っ込んでいく。「いとしき日々よ」は大きな喪失感をエモーショナルに歌い上げる。「僕は君に恋をする」ではピアノバラードのラブソングという体裁を取りつつも「さよなら」の連呼からパートナーは既に故人になってしまったことを想起させる。そんな別離の歌が他にも目立つ。あくまでラブソングなのだけれども、歌の主体は常に別離の悲しみに身を引き裂かれている。そしてアルバム終盤で、小さい希望を見い出す。「夢の向こうで」「いつの日か いつの日か 希望という花が咲く」と語り、最終曲「あなたと」「不安でたまらなくても 明日さえ見えなくても 震える手と手をつなぎ渡りたい 同じ孤独を重ね合わせたい あなたと」と歌う。文字に起こせば陳腐な言葉かもしれない。しかしこれを「永遠に歌い続ける」覚悟を彼は引き受けたのだ。彼の勇気に、ボクも勇気付けられる。そして彼の繊細な歌唱技術がこの言葉に特別な説得力を宿らせる。それが音楽の力。
平井堅のデビューは1995年。年齢は42歳(ボクとほぼ同世代)。前述の清水翔太や JAY'ED に比べると圧倒的にキャリアが長い。R&Bの世界に強く憧れながら、そこまでの圧倒的な距離を常々思い知らされてきた。それはセールスに紐づく聴衆の受け止め方でもあり、自分自身の能力の問題でもある。しかも、そこに開き直ることなく、その分裂に未だ葛藤している。このアルバムにはその名も直球の「R&B」という楽曲がある。そこで彼は何回も繰り返す。「R&B, I'M JAPANESE. BUT I LOVE IT」「踊りもそんなにうまくはないけど 英語もそんなにうまくはないけど R&B, I'M JAPANESE. BUT I LOVE IT」。この葛藤は、清水翔太世代にはない、90年代世代特有のものではないだろうか。

鈴木雅之「DISCOVER JAPAN」

鈴木雅之「DISCOVER JAPAN」2011年
ソロキャリア25周年としての企画を、311の震災を受けて一旦白紙撤回、以前から洋楽カバーをしてきた路線を変えて、「今歌われるべき歌」という観点からセレクトされた日本語楽曲をカバーしたアルバム。
小林旭「熱き心に」は東北出身の作曲家・大瀧詠一を通して被災地へ、という気持ちを込めて選曲。他には森山直太朗「愛し君へ」、笠置シズ子「ヘイヘイブギ」、欧陽菲菲「ラブ・イズ・オーヴァー」、そして昭和のビッグチューン、美空ひばり「愛燦燦」など。プロデューサーには数々のサウンドトラックを手がける作曲・編曲家、服部隆之が参加。昭和の大作曲家・服部良一の孫にあたる人物だ。
●キャリア初期のシャネルズ(1980年〜)では、顔を黒く塗るまでしてブラックミュージックに真剣に寄り添った鈴木たち。この覚悟は生半可なものではない。一部の好事家以外に聴く者もなかったR&Bそのものを、一から大衆啓蒙してきたのが彼のキャリアの本質だ。そこには本場アメリカとのギャップや差異などに戸惑う余裕など意識にも上がらなかった違いない。どうしたら、自分たちの理想とする音楽を、目の前の無知なリスナーにほんの少しでも楽しんでもらえるか、そんな工夫のためなら改変も演出も手段を問わなかった。盟友・田代&桑野がコントに出るようになったのも偶然ではない…あれはエンターテインメントを突き詰めた結果の副産物だ。平井堅のような葛藤も、清水翔太のような天然消化も、彼にはないはず。彼は孤立無援のゼロからの積み上げが全てで、何かが伝わるならば手段も方法も選ばなかった。そこから35年の月日が経つ。彼には自信がある。オレが歌えばどんな歌でもR&Bになる。彼の声にはその力がある。そこを通過して、そして今一度、彼は日本を発見しようとしている。
●ただ、彼らも独力だけで立身したわけではない。欧米ポップスに博覧強記の知識を持つ大瀧詠一が、彼らをフックアップしてくれた。はっぴいえんどでロックを日本語化しただけで激しい摩擦を通過してきた大先輩だ。鈴木大瀧に度々敬意を表するのはこれが縁だと思う。かつて大瀧作曲の吉田美奈子「夢で逢えたら」もカバーしていた…これも名曲だ。

日本市場の中でのR&Bは、欧米市場のようにホンモノのブラックシンガーと競争する場面がない(競合とすれば、クリス・ハートジェロ?)。がゆえに、KARL WOLF STEVIE HOANG のような困難はない。自由な解釈の余地が大きく許されているし、結局のところ、日本人としての立場に回帰して発信することこそが、最強の武器になっている。世代は違えど、鈴木雅之平井堅清水翔太には、それぞれの世代観で独自解釈されたR&Bがすでに磨かれている。そしてそれが日本の R&B を聴くに足る音楽にしていると思う。ガラパゴス進化であろうと、それは貴重な多様性。それを楽しんでいくのが正解だと思う。


もう一枚。参考に。アメリカで大成功したアジア系シンガー。

SHARICE「INFINITY」

CHARICE「INFINITY」2011年
この娘は、フィリピン育ちのシンガー。本名はカーマイン・クラリス・レルシオ・ペンペンコ。少女時代から地元の歌唱コンテストに参加して貧しい母子家庭の家計を助けてきた苦労人だ。フィリピン版「アメリカンアイドル」的な番組にも出場したが惜しくも優勝は逃す。しかしそこから一般ファンの YOUTUBE 投稿が始まりソーシャルで知名度をアップ。2008年には未成年ながら米「オプラ・ウィンフリー・ショー」に出演。世界一才能がある少女との賛辞を受けて、大御所プロデューサー DAVID FOSTER に紹介される。そしてそのままアメリカでデビュー。ファーストアルバム「CHARICE」は初登場全米8位。アジア系としてTOP10入りは史上初めての快挙。一気にトップスターに登りつめた。これはその後にリリースされたセカンドアルバム。アメリカよりも先行して日本〜アジア市場から発売された。
●ボクも大好きな人気ドラマ「GLEE」への出演も決定。シーズン2で、サンシャイン・コラソンというカワイイ名前のフィリピン人留学生を演じた。ヒロイン・レイチェルがその才能に嫉妬して意地悪なイタズラにハメた結果、手強いライバル校に転校してしまう。ジャケでは隠してるが、ボールのようにまんまるい顏があどけないチャーミングな少女。
持ち味は、爆発力のあるボーカル力で、壮大なバラードを激情をもって歌いこなす能力。CELINE DION から WHITNEY HUSTON など有名バラードを様々な場面で披露して、その実力には有無を言わせない。今時のアップテンポなダンスチューンや、エキセントリックなビートトラックに依存しないパワーがある。このアルバムもエキセントリックなトラックは用いず、あくまで彼女のパワフルなボーカルに焦点を合わせている。一方でダンスも訓練中。アメリカ市場で受けるにはダンス要素も欠かせないからだ。こうしてアメリカ市場で成功していくアジア系も登場しつつあるのだ。
●楽曲提供に、BRUNO MARSJASON DELUNONATASHA BENINGFIELD などピンで活躍するシンガーたち、しかもキレキレの第一線選手が名を連ねている。一方で、楽曲提供やプロデュースに数名の日本人の名前も。デンマークのチームもこのアルバムには参加している。才能は才能を吸い付ける。同時並行で母国フィリピンでも活動している彼女。こんな娘にはどんどん大きくなってほしい。

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●新年の仕事が始まっても、いまいちモチベーションが高まらないなあ。
●その一方で、今年は資格の勉強をしてみようか、なんて考えてる。コドモたちが一生懸命勉強してるのを見てると、マネしたくなる。
●代々木上原のスタバでソイラテをすすりながら、検定試験のテキストを読む。法律用語なんて今のボクの頭に治るかなあ。鉛筆を持ってノートするって行為自体がなんだか久しぶりで、恐ろしく字がヘタクソでビックリした。でも筆記試験は鉛筆を動かさないと答えられないからな。だから勉強も鉛筆を動かして脳みそに刷り込む。


ただ、夜が寒いから、メランコリックになってるだけなのだろう。

Avec Avec - おしえて

AVEC AVEC「おしえて」

AVEC AVEC「おしえて」2012年
●ボクの大好きなネットレーベル MALTINE RECORDS からフリーダウンロードで聴いているこの音源が、じわり沁みてる。MALTINE、その設立は2005年でなんと今年で10年目。スゲエ!百数十タイトル500曲以上を世に送り出してて、しかもそれが全部フリー。ワーナーからメジャーデビューしてしまった TOFUBEATS も、別名義 DJ NEWTOWN で数々の音源をここから発表している。つまり次世代型才能の巣窟テッキー/レイビーなダンスミュージックをメインにしてると見せかけて、王道のジェイポップ感も重要視しているのがこのレーベルの姿勢。こと、この AVEC AVEC という大阪のトラックメイカーの音源はそのジェイポップ的な落ち着きを代表してる。
フォーククルセダーズの名曲を、坂本真綾がカバーした「悲しくてやりきれない」を、彼がここでリミックスしている。メランコリックなこの昭和メロディを、ダブステップ〜10年代ベースミュージックを前提にしたメロウなダウンテンポでチルアウトなシティポップスに変換。少々クタビレた会議を終えて会社を出た瞬間に、指が iPod でこの曲を選んでしまった。「悲しくて悲しくてとてもやりきれない このやるせないモヤモヤをだれかに告げようか」
●表題曲「おしえて」も、女性ボーカルを据えたスローテンポなシンセポップ。優しいエレピとブリブリしたベースの粘りがモダンだが、優しいメロディと歌唱が実にセンチメンタルで、寒く疲れた夜をマイルドにしてくれる。

ALUNAGEORGE「BODY MUSIC」

ALUNAGEORGE「BODY MUSIC」2013年
AVEC AVECメランコリーな香りとモダンなベース/ダブステップのポップ解釈を、共有しているアーティストはいないかな?と思って同じ質感の音楽を iPod の中から指で探る。そんで到達したのがこのイギリスの男女ユニット。
●アンニュイな女性ボーカリスト ALUNA FRANCIS の甘い声と、少々ゴツイベースをボクボクと鳴らすポスト・ダブステップ/UKガラージな感覚をアーバンポップに落とし込む男性トラックメーカー GEORGE REID のセンスが、ボクの耳を柔らかく癒す。虚飾を排しつつ野暮にはならないシンセポップの優雅さと、ベースミュージックの腹に落ちる重い低音に、ふかふかのソファにシックリと体を収めたような安心感を感じてる。そこに ALUNA のそんなにレンジの広くないロリータな声がフワフワと漂うのを、何も考えずに眺めている。イギリス風味が故に、R&Bの匂いが薄っぺらいのも、今夜は爽やかに聴こえて気持ちが良い。チルアウト。「YOUR DRUMS, YOUR LOVE」が実に美味。「YOU KNOW YOU LIKE IT」も美味。
●おお、MONTELL JORDAN ニュージャックスウィング「THIS IS HOW WE DO IT」1995年を突然カバーしてる。2013年にネット動画で弾けまくった「HARLEM SHAKE」で偶然一世風靡してしまったトラックメイカー BAAUER のリミックスがやっぱりワイルドでイイ。





●動画、また「続きを読む」に貼っておきますー。
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●お正月休みもおしまい。
最終日の4日日曜日は、自転車で下北沢から渋谷まで往復。ヘルシーに過ごしたかったんだ。
●「東大裏」交差点から東大駒場キャンパス方面に入ったあたりに2軒、新しいカフェが出来てた…ボクが気づかなかっただけか?今日は通過しただけ、今度は立ち寄って一服してみよう。
東急本店のジュンク堂書店で欲しい本の探し物。思わず余計なものまで買っちゃったよ。やっぱAmazonじゃ味わえない楽しさがあるね。ジュンク堂の、本屋というより図書館、って言わんばかりのゴツイ面構えが好き。時々偉そうに思えてヒクけど、今日は頼もしかった。ニーズにぴったりな本が即座に見つかってよかった。


●直接関係ないけど、読書報告。

闇の国々IV

ブノワ・ペーターズ/フランソワ・スクイテン「闇の国々」4巻
フランスのマンガ文化・バンドデシネの貴重な翻訳作、80年代前半から続く連作が織りなす重厚な叙事詩の最終巻。はっと息を呑むような巨大な異世界の風景が広がっていく荘厳さに、4巻まで読み進めても震えます。本そのものも重厚だしね。25cm × 20cm くらいの大型判で330ページの大迫力。これが4冊並ぶとこれまた壮観です。原題「LES CITES OBSCURES」オブスキュア・パンクって言葉が音楽用語で出てくるけど、「闇のパンク」って捉えればいいのかな。CITES=CITY とすれば「闇の街々」だけど、この世界には多くの個性的な都市国家が広大な大陸に点在しているのだ。初期ドラクエのマップのような感覚で、本の冒頭にこの架空世界の大陸地図が描かれている。そこでバラバラに事件は起こる…。飛行船で極北まで旅する少年の物語「アルミリアへの道」、砂や石にまつわる超常現象が街を混乱に陥れる「砂粒の理論」、どれも読み応えタップリ、贅沢な時間に浸れた。
「砂粒の理論」の舞台はブリュゼルという架空の都市だが、これがブリュッセルをモデルにしているのは間違いない。ベルギーの首都であり EU 本部のある都市に、作家たちは住んでいる…バンドデシネはフランスのものと言ったけど、ベルギーもフランス語文化圏に(半分は)入るのだ。娘ヒヨコの友人ミユちゃんは、この前までお父さんの仕事でロンドンで暮らしていたけど、今年からはブリュッセルに引っ越しだそうだ。ヨーロッパの中心からは、どんな風景が見えるのだろう?

岡倉徹志「サウジアラビア現代史」

岡倉徹志「サウジアラビア現代史」
●娘ヒヨコに社会の勉強を教えてあげてた…日本には天皇がいて、その上で民主主義が備わってる。それを「立憲君主制」というんだーイギリスもベルギーもノルウェーもタイにも王室があって立憲君主制を採っているーなんて話をしてて。そこでヒヨコに質問された。「立憲じゃない君主制ってあるの?」…あー?むむむ。あるぞ。中東だ。あそこには国王親政という国がある。その代表格がサウジアラビアだ。でも国王親政って具体的にどんななのよ?わかんないよ?ということで駒場東大前駅の近くにある古本屋さんでこの本を買い、勉強する。
サウジアラビアは、文字通り「サウード家の」アラビアなのである。砂漠の部族だったサウード家が20世紀初頭にオスマントルコを破って打ち立てた国家だ。イスラム教の聖地メッカ&メジナのある紅海沿岸地域でもなく、産油地帯として莫大な富を生んだペルシャ湾岸でもなく、一番苛烈な砂漠地帯のど真ん中からのし上がった実にワイルドな一族。彼らが唱える「砂漠の民主主義」は、族長=国王が国民に面会する時間を設けて、陳情や裁定をその場で仕切るという方法。これは2001年の911テロ直前に書かれた本だけど、その段階まで基本原則はそのスタイルが通底する制度で国が動かされており、憲法のような系統だった法体系もない…コーランこそが最高の法律。選挙も議会もない。60年代まで奴隷制度まであった。すげー。
●こうした国に対して、産油国としての重要な戦略性、イスラエルを中心とした中東戦争、イランイラク戦争、湾岸戦争、そして対テロ戦争を共闘協調するために、アメリカは親密な関係を維持。うーん、広い視点で見れば、いわゆる西欧型民主主義のない国がこの辺にはゴロゴロしてて、国王ないし独裁者がたくさんいた、または今もいるってわけだ。チュニジア、リビア、エジプトで政権転覆が起こった「アラブの春」2010年〜は、こうした土壌に対する異議申し立ての民主化要求だったわけだ。なるほど納得。しかしそこからシリアで激しい内戦が起こって「イスラム国」のようなテロリストがメチャクチャをするのも困ったものだ。若い学生さんとメシ食った時に言われた…「ナントカの春」ってヤツは、どれも最後はヒドイ事になってます。プラハの春もそうですから。なるほどー。



●おでんとソウルは相性がいいのか?

しずおか屋

下北沢・EXCELLO しずおか屋:世田谷区北沢2丁目6−6 澤田ビル 2F
●かなり前から気になってたお店。静岡県風のおでん屋さんなのだ。静岡県は特殊なおでん文化があって、ハンペンが黒いとか、いろいろ気になるコトがある。それに加えて看板に「SOUL × おでん」と書いてあるのだ。なんとソウルミュージックにコダワリありで、CDやLPも売ってるらしいのだ。「SOUL × おでん」…なんじゃそりゃ?相性がいいのか「SOUL × おでん」は?…と思いながら数年このお店を眺めてるだけだった…だってボクお酒飲めないんで一人じゃ行けないし、ワイフはおでんが嫌いという特異体質で。おまけに営業時間が遅い。昼間はやってない。この写真はお正月に撮影したから営業してないので真っ暗。結果、縁がなかったのです。
●ただ、先日、このお店に付き合ってくれる友人がおりまして。わおーうれしい!二人でこのお店に入りました…なんかパッと見の印象はごく普通の居酒屋、でもよく壁に目を凝らすと、すげえ大昔のソウルミュージックのコンサートのポスターとか、貴重なドーナツ盤とかが貼ってある。LITTLE STEVIE WONDER のポスターとか、シャネルズのポスターとか、CURTIS MAYFIELD のポスターとか。すげえ。もちろんBGMもソウルミュージック。オールディーズって感じな気分でプレイされてる。
●一方気になるおでんの方は、自分で好きなモノをセルフサービスでピックアップして、串の本数でカウントする方式みたい。すでにクローズ時間が近かったのでおでんはちょっとしか残ってなかった…でもありましたよ、見慣れないユニークなおでんが。黒はんぺんでしょ。あと、しのだ巻きってのがあった。牛すじも美味しかった。ツユが毒毒しいほど黒い。そんで、青のりと削り節を振りかけて食べる。うまい!そんで安い!
レコードとCDはお店の一角に置いてあった。全部で300枚程度かなあ。これも値ごろな感じで気楽に買える設定。その中でも特に買いやすい500円コーナーから3枚ほど買わせてもらいました!



そんな、真っ黒いおでんのツユに浸かってたような、コクのあるソウルミュージックを聴く。

THE 8TH DAY「THE BEST OF THE 8TH DAY」

THE 8TH DAY「THE BEST OF THE 8TH DAY」1969〜1974年
●きたー!と思ったね。いきなり THE 8TH DAY かよ、しかも500円という廉価で。ソウルミュージックにハマり始めたばかりの頃の20歳代前半は、自分の生まれた1973年近辺の音楽を聴きまくってた。この時代はスゴイ。SLY & THE FAMILY STONE、MARVIN GAYE、CURTIS MAYFIELD、FUNKADELIC などなどが大活躍。ニューソウルとファンクの時代。その流れでこのバンドも掘り当てた。THE 8TH DAY。神様が世界を作って一休みした日からもう1日経ったタイミング。これ見つけた時は嬉しかったなー。ソウルの暑苦しさ、スパイシーな香ばしさ、人懐こいカワいらしさが詰め込まれてる宝石のように思えた。まだジャケ買いに慣れてない手探り状態から自分で見つけた!って手応えに感動したね。
●そんな懐かしさに加えて、後から加わった知識がコレをさらに価値あるモノにする。このバンドは INVICTUS RECORDS というデトロイトのレーベルからリリースされた。デトロイトのソウルといえば、まずは MOTOWN だ。このテッパンの名門レーベルから、三人の辣腕プロデューサーが独立して立ち上げたレーベルが、この INVICTUSこの三人もソウル史では忘れられない存在。EDDIE HOLLAND、LAMONT DOZIER、BRIAN HOLLAND。彼らのチームは、HOLLAND, DOZIER, HOLLAND、またはさらに略して、H-D-H と呼ばれてる。バンドの中心人物は H-D-H の独立とともに一緒についてきた若きベーシスト TONY NEWTON という男。彼が黒人白人混合バンドを組織して(ここが SLY STONE に似てる)、この力強いグルーヴをはじき出した。MOTOWN 風のファンクにロックの風味も加わっている。実に楽しい。

VARIOUS ARTISTS「INVICTUS CLUB CLASSICS」

VARIOUS ARTISTS「INVICTUS CLUB CLASSICS」1969〜1974年
INVICTUS RECORDS の生み出した熱いダンスナンバーをコンパイルしたアルバム。結局は1968年から1977年と短命に終わったレーベルの、一番いい時代をくり抜いてる。H-D-H の真ん中の LAMONT DOZIER は1973年には脱退してレーベルを離れてしまうからね。残りの HOLLAND 二人(兄弟)はこらえて頑張ったけど、結局10年は持たなかったんだわな。
その濃密な日々に、濃密なアーティストが集まって濃ゆいソウル/ファンクを鳴らしていった。看板シンガーになったキラキラ女性ボーカリスト FREDA PAYNE、英国白人女性シンガー RUTH COPELANDMOTOWN で言えば NORMAN WHITFIELD に対応するサイケデリックファンク CHAIRMEN OF THE BOARD。このユニットからソロとして活動した HARRISON KENNEDYTHE SUPREMES 風の三人娘 HONEY CONE。80年代にヒットする三人姉妹 THE JONES GIRLS も下積み時代はココにいた。あ、GEORGE CLINTONPERLIAMENT もファーストアルバムは INVICTUS からリリースしてたんだ。THE JUST BROTHERS ってのは正体不明だけど、FATBOY SLIM「ROCKEFELLER SKANK」のサンプルネタ。他にも気になるファンクバンドがいっぱい。THE POLITICIANS、THE SILENT MAJORITY、THE SMITH CONNECTION、SATISFACTION UNLIMITED、もちろん THE 8TH DAY もいる。姉妹レーベル HOT WAX RECORDS の音源も収録されてるぞ。
●あ、このコンピは別のところで買ったCDです。別途他にも買い物はしたのですが、別の機会に。これまたよかったなあー。




●動画は、いつも通り、続きを見る、の中につけました。
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初詣は、湯島天神。

湯島天神初参り2015

ヒヨコが劇的にアタマよくなって。
偏差値が30くらい一気に上がってくれたらうれしい。
とりあえず、偏差値40は欲しい。偏差値30台ってさすがにツライ。ノマドの時には心配したことのない事態。破魔矢はレギュラーサイズじゃなくてラージサイズにしておいた。キティちゃんお守りも買ってしまった。帰りの御徒町までの道のりで、創業100年のあんみつ屋「みつばち」であんみつ買ったから、脳みそに糖分ぶち込んでガンバレ、ヒヨコ。



大晦日の「紅白歌合戦」、神田沙也加& IDINA MENZEL の「アナ雪」コンボを楽しんだ。
神田沙也加「生まれてはじめて」日本語版と IDINA の英語版の掛け合いからの、 IDINA 「LET IT GO」へ。やっぱスゴイ、ホンモノだわ。IDINA MENZEL、口がでかすぎる。まるで進撃の巨人のようだ…あのままカリッと人間食べるんじゃないか?普通の人より歯が多いんじゃないか?神田沙也加のパフォーマンスを見守る母親・松田聖子がじわり感極まってるトコロもよかったな。
薬師丸ひろ子さんが、去年の「あまちゃん」ステージに続いて出演、「WOMAN "Wの悲劇”より」を見事に歌い上げたのもよかった…。コンサートからは遠ざかってたそうだけど、女優の余芸とは言えない領域のパフォーマンス。デビュー初期の「セーラー服と機関銃」とかはアイドル歌謡な見方がされてたかもしれないけど、ホンモノはホンモノなんですね。
●あと、「妖怪ウオッチ」押し過ぎ。なんでテレ東のアニメなのにNHKが大フィーチャーして、ジバにゃん一緒に踊らせたりするんだろう。撮りおろしのMC掛け合いアニメまで作っちゃって。でも、ジバにゃんが短い足で器用にダンスを踊ってるド根性には感服。甥っ子・カケルはメラメライオンが好きらしいから、オジさん今度会う時までもっと妖怪研究しておくわ。オジさんのフェイバリットは、ぬりかべならぬ「ムリかべ」だけど。「む〜り〜!」という絶妙に人をイラつかせるセリフが大好きなの。
●娘ヒヨコ的には「きゃりーは、いつもつまらなそうに歌うから、スグに口パクってばれちゃうんだよね!」だって。

でも、一番のびっくりパフォーマンスは、椎名林檎ですわ。最高!
●今年のNHKサッカー中継テーマソングだった「NIPPON」タイトに引き締めた疾走パンクでピリッと歌唱した姿が凛々しすぎる。動く彼女を見るのが久しぶりだったけど、経年劣化するどころかむしろ綺麗になったんじゃなかろうか。スルーしようと思ってたニューアルバムを速攻でAMAZON発注してしまった。

東京事変「ウルトラC」

東京事変「ウルトラC」2010年
椎名林檎の新譜が届くまでは、彼女のバンドのDVDを見るのだ。2010年に行われたツアー(アルバム「スポーツ」の頃)を見るのだ。東京事変は2012年で解体となるが、個性派プレイヤーの激突はスリル満点で、このライブも緊張感ピリピリ。というか、椎名林檎という女性が、徹底したプロミュージシャンシップと独自の美学で常に緊張ピリピリなのだ。本人がもしソバにいたら緊張するだろうな…。自分の見え方見せ方、音楽の伝え方聴こえ方に、こんなに緻密な人は最近いないと思う。「生身の自分」「等身大の自分」という神話が、アイドルグループ/シンガーソングライター両方で当たり前になっている中で、この人は見せる価値のある「椎名林檎」がなんであるかしっかり自己規定されているようだ。最低限のMC、なのに雄弁な立ち振る舞い。冷たい流し目もふと漏らす笑顔も顔を覆うアシンメトリーな前髪の軽い動きも、完全に意思の力で制御されているようだ。それが芸術家の美学ってものだ。



●この流れで、今日は、昨今気になる女性アーティストにまとめて触れていく。

●まずは、バンド編成の変化&メンバーの結婚出産を経て、どんどん変貌していくボクの大好きなバンドから。

チャットモンチー「変身」
チャットモンチー「変身」2012年
ドラム高橋久美子が2011年に脱退してからの最初のアルバム。つーか、2ピースバンドになっちゃって、ベースだった福岡晃子がドラムに転向して、本当に大丈夫かよ!?って心配しちゃった時期の作品だ。今ではサポートメンバーを組み込んでいるが、このアルバム前後は二人だけでライブを成立させるべく努力していたという。それで成り立つのか?今までの楽曲は?これからの表現に枷がつくのでは?ということで、不安で最近まで聴いてなかった…。
●でもシングルの出来はすごくよかったのは知ってた。「テルマエロマエ」アニメ版主題歌となった「テルマエ・ロマン」は、「ここは一日の最後の場所〜湿度の神が司る」と歌ってバスタイムを疲弊のあまり肉体と思考がバラバラになってく奇妙な時間空間に仕立てたロックチューンで、本当にカラダが常々疲弊しきっているボクにはジャストフィット。「コンビニエンスハネムーン」もジワリと好きになった曲だ。コンビニまでの数分の徒歩がハネムーン。外から見ればただの風景が、結婚を決意した二人には新しい門出の旅になる。現代社会で儀式儀礼が機能を失った結婚制度はハレとケの真ん中に落ち込んで結果誰もカタチが掴めなくなってるが、ここまでの道のりを振り返って「当たり前ではない、日常的では決してない、よくぞここまでたどり着いた、拍手、君に会えた私」と強く歌う意志が凛々しい。この後にボーカル橋本絵莉子の結婚・妊娠が報じられる。徳島県の内気な少女が音楽で立身し、結婚・出産に至る長い道のりに、なぜか父親のような気持ちにさえなる。後から気づいたがコレ奥田民生プロデュースだ。
●他にも ASIAN KUNG-FU GANERATION 後藤正文がプロデュースに、斉藤ネコがストリングスアレンジに、そして JIM O'ROURKE!がエンジニアに参加した曲もある。JIM 参加の「初日の出」はお正月にはナイスな選曲と思ったけど、お日様を「朝日か夕日かもわからないやつ」呼ばわりするダーティなガレージで不穏。「太陽が落ちているんじゃないよ、我らが進んでいるのだ!」と叫ぶ頼もしさ。結果として2ピースであろうと、橋本の絶妙なソングライティング、リリックのみずみずしさは完全健在だし、ガレージロックとしての強度も上がってる。


●デビューした瞬間の椎名林檎と存在感がカブるかもしれない逸材に注目。

大森靖子「絶対少女」

大森靖子「絶対少女」2013年
いまだに彼女の評価について迷っているのです。彼女を知ったのは2012年の広島旅行…その時は、今は亡き名店 FRIPP MUSIC のご主人にオススメしてもらって、インディ盤ファースト「PINK」を買ったのだ。ドギツイピンクの絵の具風呂にとっぷり浸かった彼女のジャケは見るからに狂ってたし、帯コメが高円寺のカルトミュージシャン・ジョニー大蔵大臣だったので、テッキリ完全にブチ切れてるもんだと思ってたんです。剥き身のギター一本弾き語り勝負でメンヘラ気配濃厚なリリックが瘴気を出すタイプと、ひとまず位置付けていたのに。
●なのに、インディ時代最後のこのアルバム。アレンジが意外なほどポップだったり、声が異常にカワイかったり、リリックが甘いんだか苦いんだか辛いんだか、正体の知れないヤバさだけは感じるけど実態が掴めないままで。ただ、ライナーノーツにある彼女自身のメモで一応の納得をしてみたのでした。以下引用「前作で全ての芸術を敬意を持って踏み台にさせていただいたのですが、今作はそんなアーティスト然としたフィールドの話ではなく、とにかく全ての女子を肯定したいと思いました。わたしはずっと普通の女の子になりたかった、だから私は全員の女の子になろうと思いました」…なるほどだから「絶対少女」か、ジャケフォトが蜷川実花なのか。とはいえ、そんな女の子から遠ざかった生活をしてる昨今のボク41歳(今年後厄)には、こんな残酷で複雑な生き物はソバにいないもんだから…困った。娘ヒヨコがお年頃になったら?想像もしたくない!ちなみに、この女子世界を援護したプロデューサーはカーネーション直枝政広。これまた意外な人選。音楽からは想像がつかなかった。

大森靖子「PINK」2

●ご参考に。これがボクが最初に買った大森靖子「PINK」2012年。


●ここから、恋愛/情念の深さがポイントになる楽曲/アーティストたちを。

ミオヤマザキ「民法第709条」

ミオヤマザキ「民法第709条」2014年
●ふざけたジャケですが「不倫は 文化 犯罪です」というキャッチフレーズをつけたいから、石田純一氏が引っ張り出されているのです。すげーなーこのセリフ1996年の発言で20年近く経ってるのに今だに彼のイメージにべったり張り付いている。民法第709条ってのは、不倫をやらかした場合の損害賠償責任に言及した法律の条文で、お見事この楽曲の主人公は不倫で本妻からプレッシャーくらってブチ切れてるという内容のガレージロックなのです。というような恋愛の修羅場を歌うのが彼女の芸風のようなのですが、このデビューシングルだけでは奥行きがまだ不明。カップリングはこれまたトホホな残念恋愛破綻ソングだが気の抜けたポップスアレンジで毒気が薄い…。

ジミ・シジミ「シジミの女」

ジミ・シジミ「シジミの女」2011年
これもドコまで真面目に作ってるんだか全然わからない案件。どうやらリリーフランキー氏の悪フザケらしい。シジミのように地味で、でも味わい深い女性…ミドルエイジの心を掴む影ある存在。それをムード歌謡風にとろりんぬめりんと聴かせる。そんなコンセプト。作詞作曲リリーさん。場末のスナックでクネクネ踊るクリップも監督リリーさん。ちなみにスナックのマスター玉袋筋太郎さん。カップリング曲は寺島進さんとのデュエット曲。リミックスが無駄に豪華で、FANTASTIC PLASTIC MACHINE川辺ヒロシ(TOKYO NO.1 SOULSET)が担当。川辺ヒロシさんの HAMMER BEAT REMIX が無駄にストイックでイイです。

中村中「若気の至り」

中村中「若気の至り」2006〜2011年
●ストリートミュージシャンから立身してきた女性シンガーソングライター…というはずが、実はメジャーデビュー後に性同一障害であることをカミングアウト、戸籍上は「男性」であると告白。そんな彼女がデビュー5年目にしてまとめたベストアルバム。ライナーノーツには、「『歌』よりも『人』に注目されてしまったことに困惑…『歌う事が出来る」という気持ちだけで「人前に出る」という事を考えてなかった…自分の姿、形について語らなければならない場面が多々あって…」そんな事態に戸惑った過去をそのまま「若気の至り」と喝破する。彼女は自分の強さについても振り返る。「どんなにツライ出来事があっても、歌にできれば全部癒されるような錯覚を本気で信じてしまえた」。勇敢な女性だ。ドレスアップすることで醸し出されるドラァグクイーン的な妖しさから、舞台の仕事も増えているとのこと。
●綺麗で可憐なソプラノで、繊細なメロディを丁寧に歌う彼女に、性別上の困難があるとは音楽だけでは理解できない。ただ、強烈な孤独を前提とした、人間との遠い距離に苦しむリリックは全部の楽曲に一貫するテーマのよう。今の時代には異端とも言えるほどの情念の高質量。「私を一晩買ってください 一晩抱いてください」「一緒に死のうって話なら私は別に構わない 私ならそう言うってわかってて今夜も会いに来たんだろ」とまで叫ぶテンションが昭和歌謡〜演歌のようにも感じる。

SOWELU「LOVE I ~恋愛遍歴~」

SOWELU「LOVE & I. ~恋愛遍歴~」2010年
●この露出のキワドイジャケ、びっくりするでしょ。帯コメも大分大胆。「オトコにしか満たせない、オンナのすき間… 愛が欲しくて、恋ばかり、繰り返す」。DVDのショートフィルムもかなりやばい。AV寸前のイメージビデオってヤツじゃないですか。直接的な露出はないけど、示してる内容は大分直接的。歌詞にシンクロさせて、その行為をそのままやってる演出。こりゃ困ったなあ。
突然ですよ、彼女がいきなりこんなにセクシー路線に振り切ったのは。それ以前は、R&B〜ダンスミュージック近辺のスタイルで普通の女の子をしてたのに、いきなりこれじゃビビる。ボク自身はこの前年の「MATERIAL WORLD」というシングルで彼女を知ったのだけど、その時は M-FLO 制作のエレクトロをやってた気がする。その前は EXILE「24 KARAT」のフィーチャーシンガーとして活躍。しかも今ウィキで調べて知ったんだけど、彼女の芸歴はさらに長く、2002年の日韓共催ワールドカップにて、CHEMISTRY とともに日韓アーティスト合体ユニット VOICES OF KOREA / JAPAN に参加してる(←日本語楽曲の放送が禁止されている韓国で彼らが中継パフォーマンスする様子を見て、時代は変わったとあの時は感動的に思えたんだ…)。
時間が経って彼女も大人になったってコトなのか?リリックもこんなにまでドキツくなってる…。が、そんなに心配するほど下品になってるワケでもない。ゲストも豪華。RYO-Z FROM RIP SLYME、VERBAL FROM M-FLO、MUMMY-D FROM RHIMESTAR、堂珍嘉邦、三浦大知、ISEKI FROM キマグレンなどなど。まーでも、やっぱ微妙だなー。


●ドロドロした恋愛の手前の、元気印な女の子たちの陽性オーラ。

トミタ栞「TOMITA SHIORI」

トミタ栞「TOMITA SHIORI」2013年
ちょっと軌道修正して、明るく若い女の子の音楽を聴こうSOWELUさん、当時28歳でやや焦り気味(ナニに?)だったけど、この子はこの段階で18歳だから。オーバーオールがトレードマークだから。なんだか安心。テレビ神奈川の朝番組「SAKUSAKU」のMCに抜擢。つまりかつての木村カエラちゃんのポジションだ。カエラちゃん出現と同じような元気印のロックにテンポよく乗っかって走ってる。関係ないけど実家は飛騨高山の有名なラーメン屋さんらしい。おお、クレジット見ると、歌詞提供に、スキマスイッチ常田真太郎PUFFY 大貫亜美がいるよ。ちゃん自身も一曲リリック書いてる。

MAYU GENE「POSITIVE」

MAYU GENE「POSITIVE」2013年
MAYU GENE「POP」2013年
MAYU GENE「POISON」2013年
●こちらも若い娘さんの音楽。彼女は現役の慶応大学の学生なのかな?21歳?知人にオススメされて、3枚同時発売されたデビューシングルをまとめて聴いております。3枚まとめて「P.P.P.」というらしい。どこをどう切っても、元気で楽しいポップロックですわ。手作り感の温もりで組み立てられた生楽器だけの質感と、可愛らしい彼女の声が、オーガニックに聴こえて愉快。実はこうした、奇妙なギミックに依存しないポップスって今稀有かもしれない。


●さらに突っ込んで、ロリータ・ボーカルの少女性を記号化してしまったスタイルに注目。

SHIGGY JR「LISTEN TO THE MUSIC」

SHIGGY JR.「LISTEN TO THE MUSIC」2014年
●こちらは、下北沢 MONA RECORDS でカフェメシ食べた後にレジカウンターで買っちゃったポップスだ。もうジャケがかわいいじゃん。SHURE のヘッドホン女子って最高。そしたら内容もキュートな女子ボーカルを中心にした4人組のバンド。キラキラのシンセ使いとシンプルなエレクトロビート感覚がとってもダンサブルかつ圧倒的にポップ。必要以上にうるさくないので口当たりがとっても美味しい。バンドしてるのが楽しい!って気持ちがビンビンに伝わる。メンバー全員が24歳程度のようだけど、こんな20歳代を送りたかったよ〜と思うぐらいのリア充波動を発信。タイトル曲「LISTEN TO THE MUSIC」はやっぱりフロア対応を意識しているのか、ネットレーベル MALTINE 系人脈の DJ WILDPARTY がリミックスを担当してる。

パスピエ「ONOMIMONO」
パスピエ「演出家出演」

パスピエ「ONOMIMONO」2012年
パスピエ「演出家出演」2013年
ロリータボイスがキュートな女性ボーカルをセンターに据えた、エレポップバンド5人組。80年代風のキラキラ感満載のシンセが圧倒的なポップネスを放ち、キュートな女性ボーカルがヒラヒラと立ち振る舞う。バンドの中心人物・成田ハネダ東京藝術大学出身のキーボーディスト。新印象派音楽と現代ポップスの融合を目指しており、そのバンド名も印象派の代表格ドビュッシーの作品名に由来しているという。一方、作詞で主導権を握るのはボーカルの大胡田なつき。メンバーの顔をほとんどメディア露出させない戦略に対して、バンドのシンボルに代わる独特なアートワークも彼女が担当しているという。実はナンバーガール・向井秀徳のアートワークに影響されてると聞くと、ああ確かにこのちょっと殺伐とした感じは似てるかもと思える。
●メジャーからリリースした最初のアルバムである「ONOMIMONO」(みんな回文になってるんだよね)の、モダンなダンス感覚とシンセへの信頼感&躍動感が瑞々しい。一方、テンポダウンした曲ではメロディに矢野顕子の気分も覗けてきてますます80年代だなーと感動。「演出家出演」ではバンド感覚がより前に出てきて、ドラム、ギター、そして生ピアノが活躍する。ドライブするロックグルーヴが滲み出る。ここまで来るとあともう少しでメジャーのガールズバンド・ねごとの場所まで到達しそうだ。

さよならポニーテール「空も飛べるはず/ビアンカ/恋するスポーツ」

さよならポニーテール「空も飛べるはず/ビアンカ/恋するスポーツ」2012年
自らの存在を隠し二次元キャラクター化してしまったアーティストとしては、彼らの方がずっと早かったと思う。最初は3人の少女って設定だと思ってたが、なんだかたくさんキャラが増えてて今じゃよくわからん。このシングルのリード曲はご存知スピッツの代表曲。SHAGGY JR.パスピエと同質の少女性/幼形成熟性を含んだボーカルでありながら、彼らのハーモニーにはどこか薄くメランコリーが忍び込んでいるのが特徴的。ライブすら行わない姿勢が、彼ら自身の存在を淡い夢のようにしているから、そんな風に聴こえるのだろうか?

daoko「HYPER GIRL - 向こう側の女の子」

daoko「HYPER GIRL - 向こう側の女の子」2012年
●今日は「昨今気になる」なんてククリで女性アーティストをたくさん取り上げてるけど、昨今なんてのは2〜3年タームくらいの幅がある。齢を取ると、2年程度は最近のコトになっちゃう…やだやだオッサンって。で、このアルバムはその2年位前に薦められて聴いたもの。現役女子高生ラッパーによる特殊ヒップホップ。この時点で彼女は高校一年生?今は三年生?しかしこれが実に不思議な質感で耳からこびりついて離れない。本当は実体がないかのような、幻のように繊細な輪郭線のウィスパーボーカルで、言葉をキラキラとばらまく。まるでキレイなデコパーツを優しくふりまくかのような、儚い印象。現役女子高生、という一瞬で過ぎ去る短い時間の儚さを、年をとったボクが知っているから、彼女の選ぶ言葉が儚く聴こえているのか。または、早熟な彼女自身が、今の立場をスリルの中に放り出して一瞬にして通過してしまいたいと思っているからなのか。
●ヒップホップという体裁と書いてみたが、トラックはマチョイズムとは無縁な、静かなエレポップ。シンセの響きやビート感がややチープなトコロが彼女の身の丈に合っていて素敵。プロデューサーの名前は、勉強不足でよく分からない…もしゃすけ、tukimi、Coasaru、DJ6月、Yuji Otani、観音プロダクション、Sunnova、Paranel…。パーティフロアで響くよりも、インターネットの中で響いている方がふさわしい音楽か。彼女も顔を出さないアーティスト、匿名世界に深く沈んでいる。

●そんな彼女は、ボクの中ではDLした iTune の中だけの存在だったのだけど、最近突然に実体的な場所で出会ってしまって驚いた!(もちろんインターネットの中で彼女のクリエイティブを見つけただけなんだけど。)エヴァの庵野秀明監督と、ドワンゴ川上量生会長が主宰するネット上のアニメキャンペーン「日本アニメ(ーター)見本市」にて、第三弾の短編作品「ME! ME! ME!」という作品でフィーチャーシンガーを担当していたのだ。うお!メジャーだなあ!

「ME! ME! ME!」1

「ME! ME! ME!」:企画・原案・監督 吉崎響/キャラクターデザイン・作画監督 井関修一
可愛らしい女の子の大群が結果として主人公に襲いかかってくる不思議なビデオ…表現がちとキワドイからという理由でスマホアプリからは視聴ができなかった…実際ちょっと娘ヒヨコと一緒に見たくない感じ。こちらでは TEDDYLOID なるトラックメイカーが制作したエレクトロ強度高めの EDM daoko がラップを乗せてる。アニメに疎いボクにはクレジットされた映像作家の人たちをボクは知らないが、ピンク基調のめまぐるしいスピードサイケ感覚は、「アリス」のチェシャ猫が未来のバーレスクショーで大フザケしてるように思えた。まーこの「日本アニメ(ーター)見本市」は他にも見ごたえのある作品があって楽しい。
SHIGGY JR. から daoko までロリータ質感のボーカルを紹介したけど……やっぱ、ウィスパーでロリータな質感をボーカル表現の大きなトレンドにしたのって、相対性理論=やくしまるえつこ背景色はボーカロイドだよね。きっと。

阿部芙蓉美「沈黙の恋人」


●ここで、いったん、大人のクールネスに引き戻してみて。

阿部芙蓉美「沈黙の恋人」2012年
●今日紹介する音源の中で一番オーセンティックな音楽。アコースティックアレンジのシンプルなフォークソング・フォーマット(ギターとピアノが可憐)は、路上含めた弾き語りでキャリアを積み重ねた証拠かdaoko=女子高生、この人=オーバー30だし(ボクはオーバー40だよ文句ある?)。真夜中にぴったりなこの大人の落ち着きと、可憐なウィスパーで歌われる歌詞のヒンヤリした質感が実にチルアウト。「孤独以上の癒しはない」と歌ってしまう、擦過傷だらけのハートが冷たい場所に座っている。白い息を吐きながら。


●あらら、また若い子に戻っちゃった。SNSを駆使してキャリアを作る新世代。

MACO「23」

MACO「23」2014年
●彼女、タイトル通り23歳。今年は24歳になるのかな。彼女に対しては、なるほどーと思える戦略で興味を持ったのですわ。このアルバムのリードトラック「私たちは絶対にヨリを戻したりしない」TAYLOR SWIFT「WE ARE NEVER EVER EVER GETTING BACK TOGETHER」の日本語詞カバーなのだ。傑作番組になったフジテレビ「テラスハウス」はBGMの選曲もピカイチのセンスだったが、そこでヘビロテだったこの TAYLOR のヒットシングルをカバーするって、ある意味テッパンな作戦だよね。で、これをセンチメンタルなバラード調にアレンジするのも憎い戦術だわ。まーこれはマーケティングというより、アマチュア時代の彼女自身が憧れを込めて洋楽を自分なりにカバーしていた結果の延長。純真な動機に罪はない。KATY PERRY「ROAR」、ARIANA GRANDE「BABY I」、AVRIL LAVIGNE「ROCK N ROLL」のカバーもしてる。このヘンの原曲音源も持ってるのでマジメに聴いてみないとな。
●そんな選曲カバーを、YOUTUBE で発信。そこまでは当たり前だけど、加えてスマホのソーシャルアプリ、ツイキャスでも本人が生動画配信を行うというプロモーションも展開。YOUTUBE も USTREAM も今や大人の道具、今の若い子にとってはツイキャスがリアルな場所なのか。そのうち MIXCHANNEL みたいな動画サービスもクローズアップされるのだろう。
2008年あたりのガラケー「着うた」状況を連想する…。SNSや新しいスマホ経由サービスから、そこにフィットする世代にフィットするコンテンツが到達してヒットが生まれる構造。西野カナを一番最初に聴いた感触に似てるんです。


●洋楽とシンクロしたニューレイブ/ダンスロック感覚。

MICHI「UP TO YOU」

MICHI「UP TO YOU」2009年
●今日の音源の中ではちょっと古めの音楽。イギリス育ちのハーフ女性が躍動感あるエレクトロで歌いまくる。この時期は、イギリスでニューレイヴ・ムーブメントが巻き起こって、その影響が日本に伝播する段階だった。作詞は MICHI 本人が、そして松澤友和なる人物がほぼ全てのトラックを担当、ザックリ感も含めてあの時代のダンス感覚を思い出す。やはり同時期に登場したダンスロックバンド THE TELEPHONES とのコラボシングル「WONDER WOMAN」もワイルドなロックだわ。リミックスもガツッとエレクトロしてるし。


●所帯の大きいブラスバンドが楽しい。

オレスカバンド「俺」

オレスカバンド「俺」2006年
●さらに古い音源かな。下北沢の古道具屋で300円で買ったです。スカコアのグルーヴでダンスさせる女子6人組バンド。大阪・堺に暮らす中学生のブラスバンド部から出発して、高校卒業直前にリリースしたメジャーデビューアルバム。サックス&トランペット&トロンボーンの分厚いアンサンブルが弾ける若さが眩しい。まだまだ色気はゼロだけどヘルシーなスカ祭りが痛快!スカコアって底抜けに明るい気分にさせてくれるから好き。RICO「MONKEY MAN」のカバーで2トーンスカの伝統継承敬意表明も頼もしい。ラスト「おいでよ」で故郷・堺にリスペクトしてるのもいいね。とにかく若いっていいね!…でもそんな彼女たちも、今はもうアラサーに近づいてるのか…。あ、今のオフィシャルサイトを見ると立派なお姉さんになってるぞ。

ピストルバルブ「RATATATTAT !」

ピストルバルブ「RATATATTAT !」2008年
こちらは女性10人組のブラスバンド。スカに限らずロッキンでスウィンギーでノリノリでキレキレの疾走アンサンブルがクール。かつて存在したフジテレビの番組「ベストハウス123」という番組で BGM を担当してたんですわ。それがファンキーで趣味がよくて、そしてセクシー。管楽器と女の子は本来セクシー(特に根拠なし)。現在のセンターポジション、サックスのアンドー!さんがセクシー。今ではメンバーが分裂減員されて3人組になって活動しているらしい。下北沢 YELLOW POP にて300円で採取した。


●3ピースのガレージロック/ガレージパンクで魂焦がして、マスロックまで到達。

つしまみれ「SEX ON THE BEACH」

つしまみれ「SEX ON THE BEACH」2010年
女子3ピースのガレージロック/パワーポップ・バンド。コレを日中リビングで鳴らしてたらワイフに「正直しんどい」って言われた。正月休みに向かないラウドでパンクなギターが神経逆なでる。ボクも最初は意味不明なバンド名や挑戦的なアルバムタイトルから、イロモノかなー?と思ってたけど、冷静にキチンと聴いてみると真剣にロック/ポップに向き合ってるしてるキュートな女子ってコトがわかる…実はチャットモンチーからもそんなに離れてない場所の音楽。シングル曲「ストロボ」とかとかのポップネスやアレンジの手数の多さ、そして起伏ある構成が、メロディの技巧派ソングライター・たむらぱんすらを連想させるしね。
●ただ、やっぱし元気モリモリの直球パワーポップが一番痛快だねえ。「おばあちゃんのブラジャー」とかデタラメでいいわ(ナイスバディ!ばーちゃん!)。表題曲のトップナンバー「SEX ON THE BEACH」そして「チキンサンドイッチ」「J-POP」「NEZUMI SENSATION」とか。そんでシメが「人生圏外」。ヒネくれた脱臼ポップテイストがココでもう一度開花。

日本マドンナ「バンドやめろ」

日本マドンナ「バンドやめろ」2012年
こちらも女子の3ピースバンド。リリース時20歳前後という彼女たち。見た目は普通のお嬢さんなのに、パンクテイストが増量メガ盛り。つしまみれがダメなワイフなら即死する。ひときわラウドでヤケクソな轟音ギターに、ヤケクソな絶叫でヤケクソめいた歌詞をわめきちらす。しょっぱなから挑戦的。「おまえなんか今すぐバンドやめろ!」と同業者にいきなりケンカ腰。そこから即座に返す刀で「愛ドル」でアイドル批判。「おまえを墓場にぶち込みたい」とか「死ねと言われて安心した」とか「どうせ血と骨と肉のかたまり」とか、ことごとくデストロイな曲名&メッセージが連投でシビれる。そんで遠藤ミチロウさんのカバー「オデッセイ・1985・SEX」が見事。セックスセックス連呼したりと実に名演。一発録りですって。
勢いは激しかったけど、マグネシウムのように激しく燃焼しすぎたのか、このアルバムリリースの翌年に解散。あーナタリーのインタビュー読んでたら、バンドを始める直前の高校生の頃から一人でノイズやってたとか、曲は怒りの感情からできるとか、「恋愛の曲なんて聴きたくない、もっと本能が見える歌をやればいいのに」とか言ってる。生き急いじゃったのかな。

住所不定無職「べイビー!キミのビートルズはボク!!!」

住所不定無職「べイビー!キミのビートルズはボク!!!」2010年
これも女子三人組の3ピースバンド。演奏能力も歌唱能力も録音状態も一番貧弱で、非常に不安になる。これが90年代ならロウファイと名前がついたもんだけどね…結果としてこの程度の不安定さは別にボクの邪魔にならない。つーか、むしろ彼女たちのやろうとしてること(やり切れてるとは言わないけど)は、すごくスウィートなポップスだわ。ラフなガレージテイストだけど、声の甘さとメロディの甘さは、ジャケやタイトルから目一杯感じる THE BEATLES への素朴な憧れが前提にあって、60年代ポップス全てから滋養を吸い取ろうとしてる。だってリーダーぽい子はザ・ゾンビーズ子と名乗っちゃってるもんね。うわー聴けば聴くほどキュートだわ。
●ということで、チラチラネットでインタビューを見つけて読んだら、ホントに最初無職でハローワークで出会ったというエピソードが。おまけにその時、今は亡きアイドルグループ・メロン記念日で意気投合、マジでハロプロ系のアイドルが大好きだという。あああ、彼女たちのポップネスはアイドル…しかもつんく♂経由ってことか。ソコに拭い去れないサブカル臭と狭い範囲の演奏技術がこんなケミカルを生むわけね。
「あの娘のaiko」豊田道倫がカバーしてるとな。この曲だけが異色のスローで、不器用なセンチメンタルが懐にスッと忍び込んでくる。

TRICOT「T H E」

TRICOT「T H E」2013年
●このブログでは全然触れてなかったけど、2013年に見つけたニューバンドの中で最高!と思ってた一枚。三人の女子にサポートでドラムを加えた四人編成(ジャケに写るロン毛の男性 komaki♂ は2014年に脱退)。このバンドは本当ひょんなコトから知って。facebookのタイムラインに広告として彼らのページが流れてきて。で何の気なしにいいね!して、そのまま YOUTUBE でMVみたら…スゴかったです。
展開の先が読めない複雑な構成に変拍子まで採用した高難度楽曲を超絶テクで高速演奏してみせるパワー。圧倒されたー。これ、完全なマスロックじゃん。実際、イギリスBBCラジオで楽曲が放送されたりしてて、紹介文句が「JAPANESE MATHROCK」だった。あ、これも本人たちの twitter 経由で知ったんだけどね。キダ・モティフォの無駄にエフェクトをかけないリードギターのタイトなエッジ感、ヒロミ・ヒロヒロのちびっ子と見せかけて実にジャストなベース操作能力、そしてモデルのような長身がフロントとして映える中嶋イッキュウが歌う詞世界の抽象性。脱退は惜しいが
komaki♂
の手数の多い正確なドラムもスゲーぞい。実にクレバーなバンドが登場したぞ。何度聴いても飽きないスリルと耳馴染みのいいフックのメロディも巧妙で頼もしい。マスロックのカタルシスが一番濃い「おちゃんせんすぅす」がフェイバリット。歌詞が意味不明なのも海外で受けそう。


●少々シアトリカルな昭和風キャバレーショーを堪能。

キノコホテル「マリアンヌの誘惑」

キノコホテル「マリアンヌの誘惑」2012年
こちらは4人組の女性バンド。詞曲全てを手がける中心人物・マリアンヌ東雲(性格はサディストとか)が描き出す昭和風デカダン・ショーを、オルガン&ファズギター炸裂しまくりの60年代サイケガレージ&グラムロックを鳴らしまくって演出。グループサウンズのような衣装とマッシュルームな髪型、そしてマリアンヌ東雲の業深い爛れ気味なボーカルが昭和歌謡なメロディの上に乗ってなまめかしさを醸し出してる。オフィシャルサイトの写真をみると、マリアンヌさん、キーボードの上に立ってクネクネしてるぞ。どーなってんだ?比較的最近知って聴き始めたんだけど、結構たくさん音源出してるのでこれは他の音源もチェックせねば。


●そして、女優がサーカスで歌うアルバムで椎名林檎に戻ってくる。

栗山千明「CIRCUS」

栗山千明「CIRCUS」2011年
●ここで女優・栗山千明が突然登場。このアルバムがすごい。超一流アーティストの楽曲提供&演奏で彼女が歌うというアルバムだ。数々のロックの猛獣をサーカスの猛獣使いのように栗山千明が扱いこなすのか、または、栗山千明という美獣を、ロックの猛者が雄々しく振る舞わせるのか。ここで椎名林檎も二曲を詞曲提供している。そして演奏は東京事変のメンバー。これで、椎名林檎から始まった今日の記事が大きく輪を描いてゴールすることができる。
林檎提供は「おいしい季節」「決定的三分間」という曲。東京事変「能動的三分間」がシングルリリースされる時期とリリースが近かったのでこのタイトルなのか。「おいしい季節」はややスウィートなリリックとドラマチックなサビライン、そしてひりつくバンドサウンドが実に椎名林檎の王道路線。一方、トラメガでボーカルを歪ませた「決定的三分間」はスウィングするパンク。ちなみにシングルカットされた「おいしい季節/決定的三分間」のカップリングではアニメ「キャッツアイ」主題歌をギターロックにカバー。原曲は杏里だったよね。
●他にも豪華メンバーが登場。一曲目「ルーレットでくちづけを」 9MM PARABELIUM BALLET が詞曲提供&演奏。「コールドフィンガーガール」浅井健一が詞曲提供で、彼の数あるユニットの一つ PONTIACS(ベースで元ブランキー照井利幸が加わっていたバンド…現在は脱退)が演奏している。スリルにヒリヒリしたロックンロールがクール。「口にしたLOVE」はメルボルンのガレージバンド JET のメンバーが担当。意外なほどに洗練されたエレクトロ/ニューレイブ風で、作詞を担当したいしわたり淳治の所属してたバンド SUPERCAR を連想するほど。「深海」はなんと BUCK-TICK 櫻井&星野の詞曲提供、彼ららしいデカダンが栗山の声では少し薄まってるけれども。「可能性ガール」は楽曲&演奏を布袋寅泰(&福富幸宏)が担当、これまた彼の個性を伸ばした前向きで逞しいギターロック、ビデオクリップでギターソロをカッコよく弾くところまで関与。栗山千明自身がボブがカワイイ鼓笛隊のバトンリーダーに扮して最高にキュート。ブギーなロックに笑顔が自然と溢れる。ファンクロックバンド THEATRE BROOK が担当した「五穀豊穣ROCK」は妖しいファンクネスを漂わせて疾走。最後は元 BEAT CRUSADERS ヒダカトオルが詞曲提供曲でシメ。爽やかなパワーポップが気持ち良い。




早速、ディスクユニオンの初売りセールに出張って、45枚を15000円で購入。
今年もたくさんの音楽聴いて、楽しく過ごそう!


●動画も貼り付けます。「続きを読む」からどうぞ。
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