●理由はわかんないんだけど、ボクの全身にボツボツのじんましんが出来てて、痒くてしょうがない。
●軟膏を病院でもらったんだけど、もう全身に塗りたいと思うくらいだ。


娘ヒヨコがフェルトで作った王蟲。
●怒ってないので、目が青い。

娘ヒヨコがフェルトで作った王蟲。

●週末の休日、娘ヒヨコは朝から一人吉祥寺ユザワヤに行って材料をお買い物。サクサクと1日で作ってしまった。器用だね…でも、なんで王蟲なの?「だって王蟲かわいいじゃん!」その感覚、共有しづらい…。実際、ヒヨコは LINE で自分の友人にこの写真送ったら「きもっ!」ってリアクションされたらしい。別にそんなコトでくじけるタマでもないですが。


レ・ミゼラブル (2012年の映画)

一方、息子ノマド、英語の教材が「レ・ミゼラブル」だという。
●中学二年生で、タフな教材だよね…。難しいに決まってる。だって「主人公のミゼラブルさんってどんな人?」とか言ってるくらいだもん。やっぱりノマド意味わかってない。ということで Hulu で映画「レ・ミゼラブル」を家族で見た。これが、ミュージカル映画大好きのヒヨコに見事ヒット!
●主人公ジャン・バルジャンは、ヒュー・ジャックマン。つまり、ウルバリン。ヒヨコ「えー!この人ウルバリンなの!首太すぎ!ウルバリン歌うまかったんだね〜」小悪党のテナルディエ夫人ヘレン・ボナム・カーター、つまりハリーポッターの悪い魔女ベラトリクス・レストレンジで、アリスハートの女王。ここらへんもヒヨコにヒット!
●で、YouTubeとかで劇団四季バージョンの動画とか見ながら、ウタ歌ってる。革命の歌とか。


有名なバラード「I DREAMED A DREAM」を聴こう。

華原朋美「DREAM - SELF COVER BEST -」

華原朋美「DREAM - SELF COVER BEST -」2013年
「LES MISEBABLES」のサントラも持っていて、それも聴いてるんだけど、敢えて華原朋美バージョンを。アン・ハサウェイ演じる悲劇のヒロイン・ファンティーヌがどん底まで落ちぶれて、売春婦にまで身をやつしてしまった。その時に歌い上げる絶望の歌「I DREAMED A DREAM」。このファンティーヌって女性にはマジで徹底的に救いがない。華原朋美もそのキャリア全体がだいぶヨゴレだが、この絶望の歌を凛々しく歌うことで復活を果たそうとしている。過去のスキャンダルもトラブルも、浄化するような歌唱。
●芸名を二回も変えてたグラビアアイドル時代、そこから小室哲哉による公私共々でのフックアップで一流シンガーに。しかしプライベートの関係が破綻すると、体調不良で入退院を繰り返すようになる。メンタル崩壊〜安定剤への依存症などという噂も。結果、2007〜2012年の年末まで完全活動停止そこからの復活がこのシングル「I DREAMED A DREAM」であり、このセルフカバーアルバムだ。いつのまにか年齢も40歳に。それでも、彼女は生きて行く。その覚悟をこのアルバムに聴く。
●このアルバム、小室哲哉時代のヒット曲を中心にした選曲になっている。「I BELIEVE」「I'M PROUD」などなどだ。小室哲哉詞曲提供楽曲って、常に彼独自の陰鬱なマイナーコードと、どこかペシミスティックな歌詞の印象がつきまとっている…あの時代のダンスビートを、今回再収録のストリングスアレンジなどで表情を変えていても、それは拭い去れない。バブル崩壊を遅れて受け止めた音楽業界が、一番爛れていた90年代後半…それが、小室&華原の短い蜜月の時代とカブっている。この爛熟した退廃が儚く脆いモノだというコトを、小室自身が察知していたのかもしれない。


●話題、変わっちゃうけど。
小室哲哉にフォーカスを当ててみよう。

実は、TM NETWORK 30周年ツアーに行ってました。
「TM NETWORK 30th 1984~ QUIT30」@東京国際フォーラム/2014年12月10日

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華原が心身ともにボロボロになって世間から離れていた00年代後半は、小室哲哉にとっても厳しい時期となっていた。彼がプロデュースを担った「小室ファミリー」と言われた一群のアーティストたちとの活動も90年代終わりで一区切りがついて、ふと気づくと globe のみの活動だけに縮小…。そして自らの楽曲の著作権をめぐる巨額詐欺事件で逮捕&起訴。2009年に懲役3年、執行猶予5年が確定。エイベックス代表の松浦勝人氏が負債6億5000万円を肩代わりすることに。
そんな荒波を越えて、TM NETWORK の活動が活発化する。TMN と改称していたバンドが1994年に「終了」、そこから本格化したプロデューサー業〜90年代「小室ブーム」だったが、大きく遠回りして最初のバンドに彼は帰ってきた。2012年の震災復興コンサートから活動を本格化。そして去年バンドデビュー30周年を去年迎えることとなる。

●コンサートの内容は…実はスゴかった。
●80年代の TM NWTWORK を知るボクとしては、確かに彼らの楽曲がベストのように羅列されて演奏されることがそのまま嬉しいのだけれども、一方で、すべての楽曲が2014年水準にアップデートされて最新の EDM 仕様に改変されていることにより一層の衝撃を感じる。「SELF CONTROL」の2014年仕様は本当にマッシブな四つ打ち EDM で高揚感でアタマが真っ白になるくらい。自分を常に最先端の表現に推し上げていく小室哲哉という人物のストイックさは、敬意を払うべき美徳だと思う。デビュー時は英国ニューロマンティクスに直結するエレポップから出発しながらも、彼はユーロビート、ドラムンベース、トランスなどなど、常に最先端のダンスミュージックを翻案してジェイポップに組み込んできた男だ。そして今でもその進化を止めようとしない。
●巨大なLEDモニターや4Kカメラで撮影されたという映像を織り交ぜて、物語られるのは、彼らのコンセプトアルバム「CAROL」の世界観の延長の世界。アルバム発表時の設定ではローティーンの少女だった CAROL は今や成熟したアラフォー女性に成長。そして彼女のナレーションによって、TM NETWORK の三人に課せられたSF的使命がフワリと説明されていく…そこまで熱心な TM ファンではないボクには意味があまりわからなかったんだけどね…。シアトリカルな演出をカッチリ決めているのが彼らの流儀なのか。

●ギタリスト・木根尚登がデビュー30年にしてテレビでカミングアウトした「当時はエレキギター弾けなかったので、GET WILD はエアギターでした」告白は、マジで笑撃の事実だったので、このライブでも彼のギター演奏はどんなもんかと注目してしまった。ステージ上は3人だけのパフォーマンスだったのだけど、やっぱりバックヤードにはサポートのリードギタリストがいて、木根さんだけではバンド演奏は自足できないんだと思い知った…これ、TM ファンの中では当たり前すぎて別にどうでもイイことなのかな。中盤、彼のソロ弾き語りコーナーがあったのだけど、ギター演奏だけに集中すれば成立しても、ボーカルを交えると途端に演奏が粗末に…。

TMN「TIME CAPSULE - ALL THE SINGLES」

TMN「TIME CAPSULE - ALL THE SINGLES」1984〜1996年
●コンサートの後で、TM NETWORK の音楽を聴き直したいと思って買ったシングルベスト盤2枚組。デビュー1984年から、TMNへの改称、1994年の「終了」、そしてボーナストラックという大型ボリューム。
●ボクにとって(一般のリスナーの人にとっても同じだと思う)一番芯を喰ってた時代は、1987年の「SELF CONTROL」「GET WILD」、1988年の「RESISTANCE」、「BEYOND THE TIME 〜メビウスの宇宙を越えて〜」( アニメ映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」主題歌)、「SEVEN DAYS WAR」(映画「ぼくらの七日間戦争」浜崎あゆみが2010年にカバー)、「COME ON EVERYBODY」かなあ。
●今聴き直すと、TM NETWORK はSF的ギミックに塗り固められたシンセポップのようなイメージがあったけど、実は肉感的なファンクネスがふんだんに盛り込まれていて、ダンスミュージックとして高機能であるためにはどんな手段でも取り込む貪欲さがある。この時期のシングル「KISS YOU 〜世界は宇宙と恋におちる〜」の粘つくファンクテイストはその代表格だと思う。しかも、「GET WILD」「KISS YOU」「COME ON EVERYBODY」は1989年には別バージョンとしてシングルを切り直すまでのことをして更新感を出している。NILE RODGERS をはじめ海外プロデューサーまで召喚、しかもコッチでは当時注目のニュースタイル・ハウスミュージックの感覚を押し出してる…ちょうど「リミックス」という手法が一般的になる時代だね。すごいな。


TM フォロワーとして出発しながら、日本のハードロックを代表するに至った B'Z。

BZ「BAD COMMUNICATION」

B'Z「BAD COMMUNICATION」1989年
●1985〜1989年まで TM NETWORK のツアーサポートギタリストを務めていた松本孝弘と、ビーイング社長・長戸大幸が秘蔵っ子としてデビューを準備させていたボーカリスト・稲葉浩志が1988年に結成したユニット。デビュー当初はなかなか評価されずにいたが、このミニアルバムがブレイクのキッカケとなる。
●この曲有名だけど、改めて聴いてみると今の B'Z のイメージとは全然違う音楽になってて興味深い。ギターの役割が小さくて、完全にシーケンサー主体のダンサブルなエレポップになっているのだ。その意味で完全に TM NETWORK のフォロワー音楽に聴こえる。研ぎ澄ました針金のようにしなる稲葉のボーカルは今と変わらないけど、音楽的頭脳であるはずの松本のギターが全然目立たない。木根尚登が演奏できなかった「GET WILD」のリードギターパートをしっかりと担っていても、その後に軸となる王道ハードロックの路線はまだ隠していたというわけか。

BZ「BZ THE BEST PLEASURE」

B'Z「B'Z THE BEST PLEASURE」1988〜1998年
デビュー10周年の節目でリリースされたベストアルバム。ジャケはゴールド一色とエンボス加工のアルバムタイトルだけ、とギラギラな一徹ぶり。この10年で TM NETWORK 的シンセポップから、B'Z 本来のハードロック志向へ脱皮/進化していく様子が見えてくる。
「太陽の KOMACHI ANGEL」1990年や「LADY NAVIGATION」1991年のダンサブルビートは完全に「BAD COMMUNICATION」の路線。一方で着実にハードなギター濃度を上げているのも事実。「ZERO」1992年、「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」「裸足の女神」1993年には完全にハードロック化が完了。音楽市場のマーケティングの中で、どこまでハードロックが受け入れられるのか、手堅く確かめながらスタイルを構築していく様子と捉えればいいのか。「LOVE PHANTOM」1995年では、高速エレクトロニックビートをベースにしつつも、大胆なほどのテクニカルギタープレイが炸裂しまくっている。

BZ「BZ THE BEST PLEASURE II」

B'Z「B'Z THE BEST PLEASURE II」1998〜2005年
ベストアルバム二枚目ハードロック路線が完全に定着して、貫禄すら漂うに至った成熟期。稲葉の伸びのあるハイトーンボーカルのボルテージには、AEROSMITH STEVEN TAYLOR すら連想してしまう。ロックバラードもしっかり決める。この時代の代表曲としては「今夜月の見える丘に」2000年、「ULTRA SOUL」2001年、「野生のENERGY」2003年などなど枚挙にいとまがない…。どれも高性能なハードロックだと思う。
●しかし、一般のリスナーが B'Z の音楽をどう捉えているかは、これまたちと微妙だ。ある日職場でデスクの女性(30歳代半ば)と話をしてた…普段から音楽とは無縁の彼女はハードロックがどんな音楽かイメージがわかないという。「エックスとかはヘビメタなんですよね?」と彼女。うん、多分そうだと思う。「サザンはロックですかね?」うん、それもそうだと思う。「じゃあハードロックはなんなんですか?」それは B'Z だと思うんだけど。「えー!B'Z がハードロックなんですか?」えー!ソコそんなに驚くトコロ?!「B'Z はジェイポップじゃないんですか?」へーそう捉えてるの?まージェイポップの仲間に入っちゃってもいいかもだけど…。でも、あんなに見事なギターやシャウターなボーカルはハードロックだと思うんだけどなー。世間の一般的なイメージは、彼らの音楽の様式になんら興味はないのね。それこそボクがびっくりした事実だよ。

BZ「ACTION」
B'Z「ACTION」2007年
●ていうか、ボクが B'Z に対してムキになるキッカケがひとつありまして。B'Zってシングル/アルバムの売上枚数とか、総出荷枚数とか、日本大衆音楽史の中で圧倒的な一位の記録を持っていて、しかも今尚それを更新中だというじゃないですか。しかし!ボクの周囲には、B'Z のシングルを毎度毎度楽しみに買ってるというリスナーはちっともいない。AKB48 EXILE は熱心なファンがいる。サザンミスチルもいる。でも、B'Z はいない。一体だれがどこで聴いているんだ?不思議だ!!
●と、ある食事の席で偉そうに語ってしまったら、お得意の一人が「えーと、オレ一応 B'Z のシングル全部買ってるんだけど…」と言いだして。「レコード会社にでっち上げられた記録かのように言いたいみたいだけど、ファンはいるんですよ、目立たないだけで」。……あら〜。ボクやっちゃいましたね。めっちゃ恥ずかしい…。B'Z のファンはサイレントマジョリティみたいで、ことさら自己主張しないだけなのね…。
●おまけに、この段階で、ボクは B'Z の音楽をちゃんと聴いたこともなくて。もう死ぬほどバツが悪かった。これではダメだ!B'Z にも B'Z のファンにも失礼なことを言ってしまった。反省だ!…ということで、速攻で今日紹介しているベスト二枚と初期作品と、その時最新のアルバムだったこの「ACTION」というアルバムを買ったというわけ。
●で、これらのCDを買ってから8年近くが経って、やっとこのブログで B'Z を語るトコロまで来た。まだ自分がいいリスナーであるとは思ってないけど、稲葉+松本というデュオが愚直なまでに地道な研鑽を日々続けて高い水準の歌唱/演奏を維持している様子は十分に理解できた。完全に職人だ。頑固一徹なほどに。手を抜かない。

●それと、派手なシングルとは質の違うアルバムのラインナップを丁寧に聴くと、けっこう所帯染みたリリックが登場してくるのも、この「ACTION」で知ることができた。「浮世のスピードについてけないので一夜漬けで知ったかぶりしてます」「12時過ぎてひとりでムリヤリ見る話題作 場面がダラダラ流れてこれ以上飲み込めません」「あれこれと目移りばかりで人生定まんない 売れてるバンド片っ端から聴いてマネしてみた…田舎に帰るキッカケをどこかに探してる毎日」……くたびれた様子を皮肉と自虐を交えて描き、そんなネガティヴを前向きに変えるメッセージがこの後に続く。こんなリリックに馴染みのよさを感じてしまった。特別ユニークに聞こえないかもしれないが、普遍性はある感覚。そしてそれがハッキリと耳に届くようにミックスされてる構造…安易なハードロックだとナニ歌ってるかワカンないこと多いのにね。そこが B'Z を特別にしているところなのかも。
●あまりキレがいいとは言えないブギーロック「HOMETOWN BOY'S MARCH」のリリックが一番沁みたかな。

 通りを歩けば誰かに出会う コンビニ 交差点 バス停
 別にどうってことない毎日
 もうすぐおまえは出てゆくんだよ
 ここにゃない 夢かなんか かなえに行くんだろう
 僕らはいつでも この街にいるから
 胸を張って はじめの一歩踏み出せよ
 
 用もなく集合 隙間だらけの会話でも気になんない
 ヒマつぶし でも悪くない時間
 わかるよ オマエは逃げ出すんんじゃない
 うしろめたいことなんて 何一つないからね
 僕らが泣き笑い 育てられたのは
 誰にも 恥じることない場所なんだよ

●故郷を旅立つ仲間に贈る言葉…。故郷なんて持ってないボクにも響くよ。

SF的空想世界から、大都会の退廃にのめり込んだ小室哲也のダンスミュージックと。
地に足ついたクラフトマンシップに基づいた B'Z の肉弾プレイと、実直な生活への視線。
●これが二者の差なのかな。イイワルイの判断ではないんだけどね。



●これは、完全に蛇足ね。

SOFT BALLET「EARTH BORN」

SOFT BALLET「EARTH BORN」1989年
TM NETWORK がリミックス盤「GET WILD 89」をリリースしたり、B'Z「BAD COMMUNICATION」をリリースしてた頃、バンドブームヴィジュアル系の中から登場していたエレポップアプローチのユニット。YMO が拠点にしていたレーベル ALFA からリリースされたデビューアルバム。醸すオーラは、ゴスと、インダストリアル/エレクトリック・ボディ・ミュージックの結合。感覚的には根っこは DEPECHE MODE と同じ。職場の同様Sくんが当時を振り返って、このバンドの名前を出したので、思わず買ってしまった…。当時は全然興味なかったけどね。エレポップ/シンセポップって、本当いろいろなアプローチがあるね。



●動画も続きにつけとくよ。
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●娘ヒヨコの机の上に並んでいる「パンダ先生」

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●勉強がはかどらない時は、「パンダ先生が見てるよ!」といって気合いを入れ直す。そんなんで気合いが入れ直せる才能がうらやましい。
●その「パンダ先生」たちに、ヒヨコはビーズのティアラを作ってあげている。頭はアレでも手先は器用。手先で感じ取る、手先で考える、ってのには、ある意味で説得力がある。机上の空論よりも、まず作ってみろ。そこでぶち当たるリアルな困難と現実の中で対峙しろ。


バスクラリネットとフルートのジャズ。

ERIC DOLPHY「ERIC DOLPHY AT THE FIVE SPOT VOL2 」

ERIC DOLPHY「ERIC DOLPHY AT THE FIVE SPOT VOL.2 」1961年
●ニューヨークのジャズ。ビバップからフリージャズへの移行期にあたるのかな? ERIC DOLPHY ってボクの印象ではサックス奏者ってイメージだったんだけど、このライブ収録では、A面でバスクラリネット、B面でフルートを演奏している。バスクラ/フルートの ERIC と共に前衛を担うのはトランペッター・BOOKER LITTLE。後衛には、ピアノに MAL WALDRON、ベースに RICHARD DAVIS、ドラムに EDDIE BLACKWELL
●ボクとしては、バスクラリネットやフルートでのハードバップな演奏なんて初めて聴く。サックスのパラパラ高機動な感じとはやや質感は違うけど、バスクラリネットも予想以上にワイルドに響く。フルートは、勢い余ってピーッっとか鳴るけど、これも味だよね。ERIC がマルチ楽器奏者だったってのは初めて知ったよ。相方のトランペットもパワフルだし、MAL WALDRON のピアノも弾む。A面全体17分超のセッション「AGGRESSION」はその名の通り、実にアグレッシブなバトルっぷり。B面全体19分超のセッション「LIKE SOMEONE IN LOVE」はスタンダードナンバーだというけど、やっぱりバトルの気配が濃い。ジャズはバトルですね。

●本来はロサンゼルス出身の ERIC、そのロスで革命的表現に挑戦していたフリージャズの先駆者 ORNETTE COLEMAN との出会いに感化され、その勢いで1960年ニューヨークに上京。そこで今度はハードバップ偉人の CHARLES MINGUS のワークショップに参加、その才能に MINGUS が惚れ込むほどに。
●しかし遅咲きのプレイヤーだった ERIC はこの時すでに33歳。一念発起して独立し自分自身のバンドを組織した。それがこのカルテットのメンバー。相方の BOOKER LITTLE は当時23歳とかなりの歳の差だったけど、意気投合して双頭バンドを結成するに至るのだ。
●と、思ったら翌1961年に、相方 BOOKER が病気で夭逝。ERIC はこれでだいぶ凹んだらしい…。だから、この双頭体制の録音物もそんなに数が少ない…。その後は、師匠筋の MINGUS と共演したり、友人 ORNETTEJOHN COLTRANE と共演したり。サイドマンとして活躍が目立つ。そして、ダメ押しの不幸が… ERIC 自身も病魔に憑かれて1964年に死去。36歳。マトモに活動できた期間はロス時代を組み込んでも6年。とっても残念。

●このLPは、広島のレコ屋 THIS BOY にて500円で購入。


●全然脈絡ないけど、tumblr が広告を入れやがった。別にイイけど。
instagram のアカウントを今更のように作ってみたけど、写真を撮る習慣がないから何も始まらない。


4月から中学生になった娘ヒヨコは「華道部」に入ったよ。
本当は3歳から続けてるバレエにもっと専心したいって気持ちがあって。だから、一番ラクチンな部活を選んだらしい。中学受験をさせたのも、中高一貫でバレエをノビノビさせるのが大きな目的だったのだけど、それは失敗しちゃったから、高校受験でまた足踏みさせなくちゃいけないのが、親としてはチト申し訳ないと思ってる。

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「華道部」と言っても、毎日お花買ってたらお金がかかり過ぎるので、本当にお花をイジるのは月に二回だけだそうな。あとは何やってるかというと、かわいいモノを工作したりお菓子を作ったりして過ごしてるという。それはヌルいな…。でも、なんでもやれるってのは自由でいいか。
●そんで、月二回、我が家に立派なお花がやってくることになった。狭いテーブルにどーんという存在感。悪くないね。



●この日曜日は、下北沢で35年間営業を続けていたレコ屋 YELLOW POP が閉店する日であった。
●で、また買い物しちゃった…一枚だけね。YELLOW MAGIC ORCHESTRA を買ったんだよ。
YELLOW POP がお店を開いた35年前って、つまり1980年でしょ。だから、このあたりの70年代/80年代の境目の音楽を聴いてみたかったわけですよ。YMO が海外ツアーを行い世界を驚かせたのが1979年。一方で、前回記事はアナクロなパワーポップ/パブロックの話を綴ったんだけど、あのへんの音楽も実は YMO のデビュー1978年あたりと時代がカブってる。あの野蛮なパワーポップは、理知的な YMO と同時代の音楽だったってワケ。アプローチが全然違うけど、時代ではつながってるんだね。

YELLOW MAGIC ORCHESTRA「COMPLETE SERVICE」

YELLOW MAGIC ORCHESTRA「COMPLETE SERVICE」1983年
YELLOW POP での最後の買い物が YELLOW MAGIC ORCHESTRA ってのもオチがついてイイ感じ。YMO1983年の「散開」ライブを収録した内容を、完全バージョンとして全曲盛り込んで、おまけにそれを BRIAN ENO がミックスした2枚組アルバム。リリースは1992年で、最初の再結成(YMO的には「再生」)がなされる1993年の直前にリリースされたモノだ。
1990年代に入ると、テクノという言葉が別の文脈デトロイトテクノ、シカゴハウス、イギリスのレイブシーン、ジャーマンテクノなどなど)から注目されるようになって、その元祖的存在としての YMO が熱い存在として認識されるようになってきていた。これはリアルタイムで高校〜大学生だったボクにとっても重要で、ダンス衝動という原初の感情が、白人黒人そしてボクらイエローなオリエンタルも一気通貫して人種越境のムーブメントを作り上げてる感覚に浸らせてくれた。このころは YMO のリミックス盤もたくさんリリースされてたしね。

●今、この1983年のライブを聴いてみると、ナニゲに、そんなに「テクノ」じゃない、ってコトがわかる。レコーディングアルバムではない、ライブでの再現性を追求すると、この時代の表現はだいぶの比率で人力駆動に依存してたんだなと感じ入る。しかし、その人力駆動はテクニカルな実力では間違いないミュージシャンの能力で、すげえグルーヴィーな興奮を掻き立ててくれる。耳に馴染みきったシンセフレーズの数々と、いつもよりもやや加速されたビートに酔いしれる。「東風」「BEHIND THE MASK」「SOLID STATE SURVIVOR」「中国女」「音楽」などなどで序盤を走りまくる。終盤は、「以心電信」「FIRECRAKER」「過激な淑女」「君に胸キュン」「TECHNOPOLIS」そして「RYDEEN」と締める。いやいや、最高の内容。会場・日本武道館のクラウドもわーきゃー騒ぎまくってる。
●でも、中盤の曲がナニゲにあまり聞き覚えがなくって…。最後のスタジオアルバム「SERVICE」から出してる曲が多いんだ…7つの収録曲全部を演奏してるよ。ここで気づいたんだけど、ボクは一枚前の「浮気なぼくら」までしか聴いてないんだな。だって「SERVICE」とか「AFTER SERVICE」とかこの「COMPLETE SERVICE」とか紛らわしいんアイテムが多いんだもん。そうかー「浮気なぼくら」がラストアルバムだと思い込んでたよ…実際本人たちもコレで最後のつもりだったってどっかで語ってたし。でも、もう一枚あったんだね。もう奥が深すぎるわ。そんで、また探すわ。

HMOとかの中の人。「増殖気味 X≒MULTIPLIES」

HMOとかの中の人。「増殖気味 X≒MULTIPLIES」2012年
HATSUNE MIKU ORCHESTRA として、YMOボカロカバーしたシリーズの第二弾。もちろん本家 YMO「増殖」1980年のパロディ。ジャケもソックリ、選曲/構成もソックリ。「NICE AGE」「TIGHTEN UP」「HERE WE GO AGAIN」「CITIZEN OF SCIENCE」「THE END OF ASIA」などなど「増殖」に収録されてる曲がそのままカバーされてる。これに加えて「DAY TRIPPER」「TAISO」を収録。テクノロジーとしてはこっちの方が絶対打ち込み制御比率が高いはずなのに、見事にバンド感が残ってて不思議…ギターにアクセントがあってね。HMO の第一弾「MATSUNE MIKE ORCHESTRA」よりも初音ミク他ボーカロイドの使い方もグッと洗練されてて楽しい…この「増殖」の時期の YMO はボーカル曲が多いことも関係してると思う。
●それと、YMO「増殖」の曲間でラジオ番組「スネークマン・ショー」のコントを突っ込んでいる。アルバム「SERVICE」では三宅裕司率いるスーパーエキセントリックシアターが登場したりしてる。その部分も踏襲しようという意図か、この盤の曲間にも、初音ミクと、ミクに元の音声を提供した声優・藤田咲、そして巡音ルカの音声提供者・浅川悠がヤリトリする書き下ろしコントが収録されてる。ぶっちゃけ少々長くてタルいんだけど。

この勢いで、YMO と同時期のエレポップ系音源、行きます。

SILICON TEENS「MUSIC FOR PARTIES」

SILICON TEENS「MUSIC FOR PARTIES」1980年
●今なおエレクトロミュージックの重要拠点として活動するレーベル MUTE RECORDS の最初期、カタログ番号で二枚目のアルバム。1980年ということは YMO「増殖」と同時期の音源。DARRYL、JACKI、PAUL、DIANE というナゾの若者四人組バンドという体裁でクレジットされてたけど、実は MUTE の創始者 DANIEL MILLER 本人の変名ソロユニットでした。MUTE の最初期でシングルなどを出してた THE NORMAL、FAD GADGET というユニットも DANIEL の自作自演ユニットらしい。当時の初期 MUTE は今も現役のエレクトロバンド DEPECHE MODE やそこから分派したエレポップユニット YAZOO、ERASURE、ドイツのインダストリアル〜ノイズ系としての D.A.F. EINSTURZENDE NEUBAUTEN などなどを扱っていたのでした。
●で、ここで鳴ってる音楽が、すんげえチープなシンセでビビる。今なら2周くらい回ってチップチューンとかロービットエレクトロと言えるかも…いや、言えないくらいヤバい。薄っぺらいリズムと軽いベースにピコピコピコピコ。ウチの息子の打ち込みボカロと同ランクかもしれない。ボーカルもヘタッピだし。
●しかも、選曲が、1980年当時であっても死ぬほどレトロであった50〜60年代ロックンロールのカバーが中心なのだ。CHUCK BERRY「SWEET LITTLE SIXTEEN」1958年&「MENPHIS, TENNESSEE」1959年、MANFRED MAN「DO WAH DIDDY DIDDY」1964年、THE KINKS「YOU REALLY GOT ME」1964年(VAN HALEN バージョン 1978年も世間に鳴ってた時期だね)、MOTOWN のヒット曲 THE CONTOURS「DO YOU LOVE ME ?」1962年、HEINZ「JUST LIKE EDDIE」1963年、JOHNNY & THE HURRICANES「RED RIVER ROCK」1959年……。ピコピコチップチューンで、わざわざ懐メロロカビリーをやるんだよ、激しい違和感がスゴイ。マヌケすぎる。
●レーベルとしての駆け出しの段階で、正体のない変名ユニットでこんな露悪的な表現をしようとするなんて、DANIEL MILLER はマジでナニを狙ってたんだろう?…ただ、ドイツから EINSTURZENDE NEUBAUTEN みたいなノイズバンドを引っ張ってくるなぞ、どう考えても正気の沙汰ではなかったワケで。その意味で、この取り組みは、同時代のハードコアパンク以上に破滅的な挑戦だったのかも。
●しかし、YMOMARTIN DENNY のエキゾモンド楽曲「FIRE CRACKER」1959年をシンセでカバーする!というコンセプトを最初から抱いていたというから、最新楽器を駆使して古典楽曲をヤリきるってのは、実は説得力のある戦略だったのかもね。ARCHIE BELL & THE DRELLS「TIGHTEN UP」もカバーしてるしね。本当のトコロはよくわかんないけど。

THE HUMAN LEAGUE「DARE !」

THE HUMAN LEAGUE「DARE !」1981年
「DON'T YOU WANT ME」のヒットで知られる英国シェフィールド出身のエレポップバンド。このアルバムにあのディスコヒットは収録されてます。でもこれがかなり無骨なシンセ使いで、エグい。当時の技術の限界なのか、リズムもベースもペラペラのトラックがもはや衝撃的なほど。そのスクエアなビートが、ダメ過ぎて、もはや愛おしいほど。声質が少々ゴスっぽくも聴こえます。
●実は、これがデビュー盤だと思い込んでたんですが、バンド結成は1977年、そして今作の前に二枚もアルバムを出してたとのこと。これが全然売れなかった。そもそもはストイックな三人組シンセバンドだったよう。この状況を打開せんと、リーダー PHILIP OAKEY売れるためにはもっとポップに!と焦るばかり。結果他のメンバーとの摩擦が激しくなって、とうとう PHILIP 以外の全員がバンドを辞めてしまった。これがアルバム「DARE !」の前年1980年のこと。
●たった一人で困った PHILIP は地元シェフィールドのクラブに行って、その場で遊んでたティーンネイジャーの素人女子を二人つかまえ、即座にバンドメンバーにしてしまう。もうなんとなくステージで踊ってテキトーに歌ってればいい!そんな存在として。で、さらに三人ほどエレポップ系のミュージシャンを雇って、そんでこのアルバムが作られたとのこと。そんなんでも、見事ブレイクするのだから結果オーライだけど、本質的にはメチャクチャだね。ちなみに、脱退した最初の THE HUMAN LEAGUE メンバーはニューバンド HEAVEN 17 を結成。コレも味わい深いエレクトロバンドなんだわ…。

「ZE RECORDS STORY 1979>2009」

VARIOUS ARTISTS「ZE30 : ZE RECORDS STORY 1979>2009」1979〜2009年
●前述の MUTE RECORDS と同時期に出現した、アメリカ・ニューヨークのインディレーベル ZE RECORDS。そこの30年分のアーカイブから引っ張り出された音楽たち。単なるエレクトロという言葉に括り切れない奇妙な質感は、パンク/ニューウェーヴを通過した独特のダンス感覚を搭載。この手の音楽は「ミュータント・ディスコ」と呼ばれるに至る。所属していたアーティストは、ミュータントディスコを体現する奇形ファンク WAS (NOT WAS)、元祖サイケエレクトロ ALAN VEGA(元 SUICIDE)、ニューウェーヴ歌姫 LIZZY MERCIER DESCLOUX CHRISTINA、モンド感覚ミーツ・ニューウェーヴ KID CREOLE & THE COCONUTS、ノーウェーヴのパンク野郎 JAMES CHANCE & THE CONTORTIONS などなど。このレーベルは元 VELVET UNDERGROUND JOHN CALE と関係が深かったこともあって、ニューヨークパンク/ニューウェーヴのキツイトコロが寄せ集まってる … TEENAGE JESUS & THE JERKS、ARTO LINDSAY、LYDIA LUNCH、BILL LASWELL とかとか。
●レーベルは、一旦1984年に休止状態に入るも、2003年になってフランスにて復活。かつてのカタログから新作までを今でも扱っている。このコンピは、2009年からの視点で編集されてるから、実にスマートなダンスグルーヴが選り出されてて、感覚がマジで新しい。よくぞ80年代にこんな先進的なサウンドをデザインできたものだと感心してしまう。ミュータント・ディスコ、ぜひチェックしてほしいです。

トンガリキッズ「トンガリキッズ I 」

トンガリキッズ「トンガリキッズ I 」2005年
●今日の記事では、70年代と80年代の境目あたりに鳴らされてたエレクトロポップを集めてみたけど、コイツは1985年に発売された「スーパーマリオブラザース」BGMをサンプルした8ビットチューン。このへんのアプローチをしてたのは、2003年あたりから出てきた YMCK というユニットの方が先だったと思う。YMCK はビレバンのCD売り場などで評判を博し、実際に鑑賞に足るナイスなトラックメイキングや、8ビットなアートワークがクールだった…。でもコッチは完全に悪ふざけ。スーパーマリオのサンプルをナードコア風に加速して、フザケたラップを振りまいてるだけ。見事な一発屋としてこの一枚で消えてしまった。下北沢 DORAMA にて100円で購入。
●覆面ユニットという体裁だったけど、ウィキ読むとトラックは JAZZTRONIK が変名で担当してたとのこと。ボーカルのニポポという男は、その後もソロ名義でなんかやってるっぽい。ニポポって、ファミコンの傑作アドベンチャーゲーム「オホーツクに消ゆ」に出てくるニポポ人形に由来してるという。ドラクエ以前の堀井雄二御大が繰り出した歴史的名作「ポートピア殺人事件」と同じシリーズの位置付けだったはず。ボクこのゲーム持ってたもん。ジャケも初期ファミコンのカセットのラベルにそっくりにしてるね。



「気合」の底が抜けてしまっているのが、メンヘル崩壊人間。
●金曜日は完全に「気合」が底抜けして、会社出勤どころか家族の会話もガンガン頭に響いて、ひたすら寝るしかない状態に。久々に、一目瞭然にダメなモードが押し寄せた。それでも facebook で会社から問い合わせが。誤字だらけの返信を返したけど、意味通じただろうか?

●それでも「気合」「日常生活を取り戻す」ため、土曜日のルーチンをなぞろうとする。ルーチンに生活をはめるのは病気以前から苦手なことだが、ルーチンから完全に逸脱すると、もう帰ってこれない。ぶっ飛んでしまう。

毎週土曜のヨガは、一週間の中でも大事なルーチンだ。自分の身体感覚を確認する儀式だ。これに行けるか行けないかで、自分の中でも崩壊の度合いの認識が変わってくる。行けなければ人生失格ってくらい落ち込む…まーとにかくボクは無駄に落ち込むね、だからうつ病なんだし。雨が降ってる…絶望…。いや、止んでくれた。おかげで自転車に乗れる…徒歩&カサなら絶対ヨガのスタジオまで行けないと思ってた。

土曜日のルーチンその2は、下北沢のどこかで昼メシを食うことだ。昼メシを選ぶのは、ひどく頭を使うことだ。食べ物に頓着しない性分のボクにとって、カレーにするかうどんにするかハンバーガーにするか、実に面倒くさくて死にそうになるほどイライラする時がある。アホかと思われてもしょうがない、病気なんだから。
●で、下北沢南口のファーストキッチンでポテトシャカシャカするか、と決心した瞬間、いきなりこの日から改装工事が始まっててシャッターが閉まってた。ここでグラリと崩壊しそうになるも、お向かいのパチンコ屋の隣に割と最近できた「横浜家系ラーメン」のカウンターに座ることができた。しかし座った瞬間「先に食券お求め下さい!」と店員のニイちゃんがデカイ声で。デカイ声出すな!イライラ!そもそも「家系」ってなんだよ。なぜ店中が相田みつををアンプリファイさせたかのような、過剰にクネクネした文字でいっぱいなんだよ。これは何かの呪文か?
●……ラーメン一杯を平らげて、お冷でデパスを一錠飲んだら、ちょっとクールダウンしてきた…。デパスなんて軽い安定剤は気休め程度っていう人もいうけど、その気休めが必要なんだ…だから一粒にしてるんだ…いけるか?いけるな。
●この週末で閉店するレコ屋 YELLOW POP をチェックする。先週まで全品30%オフだったのが、35%オフになってる。軽く2〜3枚のつもりが、20枚買ってしまったぞ。やっぱヤバイかも。

土曜日のルーチンその3は、カフェで読書だ。最近はこれを資格試験の勉強に充ててる。今日はどのカフェに…?くそーファーストキッチンで十分だと思ってたのに改装工事とは。PCは使わないから、WIFIのあるカフェである必要はない。住宅街に潜り込んだカフェを選ぼう…お客が少ないところ。窓際に座って、日光を浴びよう。うつ病に日光は効く…。関係ないけど、この前あまりに日光が眩しくて目をつぶって歩いてたら、クルマに轢かれそうになった。
●最近お気に入りのそのカフェは、いつも同じお姉さんが愛想よく接客してくれる。コーヒーを頼み、大学ノートとテキストを開く。さっき飲んだデパスの安定作用か、気分が落ち着いてくる。鉛筆でノートに専門用語を書き取っていく。「周知表示混同惹起行為」…「著名表示冒用行為」…「商品形態模倣行為」…。なんだか、写経と同じような効果があるのか、アタマがクールになっていく。


●結果、ブログが書ける状態までリカバリーした。

そんな有様なのに、耳には音楽をブチ込む。

CHEAP TRICK「IN COLOR」

CHEAP TRICK「IN COLOR」1977年
●3月のモロッコ旅行の機上で、FOO FIGHTERS のドキュメンタリー「SONIC HIGHWAYS」を見たって話は以前にも書いた。アメリカ8都市を DAVE GROHL とバンドが巡って、その街の音楽人やスタジオを訪れるという内容。その初回がシカゴだった。シカゴといえば、MUDDY WATERS をはじめとしたシカゴブルースが有名。その一方で、このバンドもシカゴ出身だって話も一瞬出てくるのよね。…おーそういえば、ボク、CHEAP TRICK は全然チェックしたことないわ。メジャー過ぎて、見過ごしてたわ。
●ということで、帰国後買ってみたのが、この初期のアルバム。有名曲「I WANT YOU TO LOVE ME」が入ってるからね。つーかこの曲しか知らなかったし。でも、ちょっと誤解してた。「I WANT YOU TO LOVE ME」はやや爽やかなくらいにキャッチーなポップソングだけど、このバンドの本質は、渦巻くような荒っぽいギターサウンドがゴロゴロして突進してくる点だ。まさしくパワーポップだ。ラフでタフで、ドカドカうるさいロックンロールバンドだ。
●ギタリスト RICK NIELSEN のバカバカしいルックスも素敵だ。クタクタのベースボールキャップに、白黒のチェック柄衣装。五本のギターを束ねたファイヴネックギターなんてアホな楽器も使う。そんな道化役に徹していながら、ほとんどの楽曲は全て彼が書いてるのだ。そんな彼だからこそ、ワイルドさとキャッチーさを見事に共存させているのだ。

CHEAP TRICK「THE ESSENTIAL CHEAP TRICK」

CHEAP TRICK「THE ESSENTIAL CHEAP TRICK」1977〜2004年
●今も元気に活動してる彼らのキャリアを網羅した2枚組のベスト。ディスク1は、1977年から1979年頃までの全盛期?の音源で構成されてる。実はデビュー当時アメリカでは無視されてた彼らは、日本での人気がなぜか先行しまくる。そんで日本限定発売だった「CHEAP TRICK AT BUDOKAN」が逆輸入/逆噴射的に本国でもブレイクし、国民的アメリカンロックバンドになるわけだ。ちょっと苦労人ってわけですわ。ここに収録されてる「I WANT YOU TO LOVE ME」はその武道館でのライブテイクになってるし。他には、彼らにリスペクトを表明してる BILLY CORGAN(元 SMASHING PUMPKINS)が参加した未発表ライブなんかも入ってる。なるほど、初期スマパンは確かに CHEAP TRICK っぽいトコロがあるわ!
ディスク2は、リアルタイムな CHEAP TRICK ファンの人にも馴染みがちと薄いらしい、80〜90年代の作品が収録されてる。 ギターのザクザクした荒っぽいザラつきが、気持ちを盛り立てる彼らの強い武器であるという前提は一旦おいといて、実は爽やかで馴染みやすいメロディラインも彼らの強みであることも忘れられない。時代を反映してか、シンセ成分も入ってきてるしね。ポップバラード「THE FLAME」は全米1位になってしまった曲。皮肉なことにこの曲はバンドの外のライターから提供された曲で、RICK NIELSEN は死ぬほど嫌っていたとか。ボクはこの曲が高校時代の下校放送に使われていたのを、20年以上ぶりに懐かしく思い出したよ…人気のない夕暮れの校舎に響くこの曲…ボロいモノラルスピーカーのモゴついた質感もコミでね。ボクは「THE FLAME」が好きだし、彼ら自作のバラードも十分楽しめる。そんな曲がここには詰まっている。
●日本盤のボーナストラックとして、ELVIS PRESLEY「DON'T BE CRUEL」と、THE BEATLES「MAGICAL MYSTERY TOUR」のカバーも収録されてる。「MAGICAL〜」はこの前の PAUL MCCARTNEY 来日公演の一曲目だったな。このカバーもすごくよくできてる。サイケ風味を絶妙な解釈で更新。

THE ONLY ONES「THE ONLY ONES」

THE ONLY ONES「THE ONLY ONES」1978年
●時代は CHEAP TRICK に近いけど、シカゴ〜アメリカから大西洋をまたいだロンドンパンクのバンド。これが後年のパンクにありがちなカリカリシャキシャキしたビート感から、大幅に逸脱したヨレヨレビートとヤル気レスなボーカルのヘナヘナ具合が、実に味を醸し出してて、ダメ人間のボクにはピッタリ。いいねえこのダメさ加減。ヌルくてユルくてイイ湯加減。
●そんで時々出てくる偶然のポップ感覚がたまらん。ヒットシングル「ANOTHER GIRL, ANOTHER PLANET」とか、実にイイね。「CITY OF FUN」「LANGUAGE PROBLEM」もポップでイイよ。今作含めアルバム三枚を出すもボーカルのドラッグ問題とかを抱えて1982年には解散。一部で伝説/カルト的存在として支持され続け、その影響は THE LIBERTINES まで及んでるって言われてる。

THE UNDERTONES「THE ORIGINAL UNDERTONES ALBUM」

THE UNDERTONES「THE ORIGINAL UNDERTONES ALBUM」1979年
北アイルランド出身のパンクバンド。パンクとしての疾走感をきちんと搭載しつつも、グルグルとドライブするギター感覚がラフ&タフでやっぱり美味。メロディがキャッチーかつチャーミングなのもいいねえ。グラムロックのポップさ、60年代ガレージの崩れた感じがたまらんのですわ。で、結果的にパワーポップ。彼らもアルバムを4枚残して1983年には解散する。

TOY DOLLS「HIGH SPIRITS」

TOY DOLLS「HIGH SPIRITS」1983〜1990年
●UKパンクもこの時代まで来ると、ハードコアオイ!など様々な形でサブジャンルに分化していくもんだが、彼らは、ハードコアにありがちな怒りの感情をぶちまけるのを避けて、コミカルな表現に徹するやり方で独自の立場を作ってしまった。最初のヒットも、50年代の子供番組テーマ曲をカバーした代物だったし(「NELLIE THE ELEPHANT」)。シンガロングで大合唱できるキャッチーさも彼らの特徴。折り目正しいパンクギターだけど、人を食ったようなボーカルのふざけ具合がユーモラスで耳触りがイイ。そんな彼らの日本企画盤初期ベスト。
●バンドの中心人物 MICHAEL "OLGA" ALGER は、1999〜2000年ごろ日本のシーンに関与してガールズパンクバンド・ロリータ18号のプロデュースにも関わっていたという。へー。

THE WEDDING PRESENT「BIZARRO」

THE WEDDING PRESENT「BIZARRO」1989年
●時代がぐーっと下って、80年代ギターポップの仲間として知られるこのバンドのセカンドアルバムを。ギターポップというと甘口な印象だが、彼らはそんな生易しいタマではない。このバンドの存在を教えてくれたのは、ミュージシャンの友人なのだが、彼曰く「このバンドは世界で一番ギターのカッティングが速い」。そんで、コレがマジで無駄に速い。虚飾を排して乾燥させたギターカッティングが、摩擦で発火するんじゃないかというスピードでかき鳴らされている。このヒリヒリするような疾走感は、シューゲイザーまであと一歩とも言える陶酔感まで連れてくるぞ。なんとこの調子で9分以上も続く長尺曲「TAKE ME」の過剰っぷりがこれまたスゴすぎる。ボーカルが序盤で消え去った後は、マッハのグルーヴが唸りを上げて回転速度を上げていく。とはいえ、THE SMITHS と同時代のバンド。疾走ハードコアパンクとは別格の英国産の凜とした佇まいが実に美味。
●ボクの入手したヤツは2001年リマスターを基にした2004年の再発日本盤。ここにはシングル「BRASSNECK」収録の4曲がボーナストラックとして入ってる。これが注目。このシングルはプロデュースをシカゴ・アンダーグラウンドの巨匠 STEVE ALBINI が担っている。きたるべき90年代グランジ/オルタナティブの名盤を数々手がけていく彼に英国からいち早く注目してた感度が素晴らしい。ギターの音はもっと鋭さを増して、耳から血が出る勢いだ。

DAVE EDMUNDS「GET IT」

DAVE EDMUNDS「GET IT」1977年
●時代を巻き戻して、また70年代へ。パンク以前のパブロック、しかも徹底した50年代志向のロックンロール・スタイルにガッツリ取り組んでる音源。つーか、2分前後の短い楽曲のソコカシコに過去の音楽のデジャヴを忍び込ませてる。そんなことをしてるこのロカビリー野郎は、イギリス・カーディフ出身のミュージシャン兼プロデューサー。1970年あたりからソロ名義で活動する一方、THE FLAMIN' GROOVIESNICK LOWE の所属したバンドなどをプロデュース。80年代には PAUL MCCARTNEY から STRAY CATS まで手がけ、90年代は RINGO STARR & HIS ALL-STARR BAND に参加。…ただ、この一枚は、さすがにちょっと懐メロ度が高いかな…。

DAVE EDMUNDS「INFORMATION」

DAVE EDMUNDS「INFORMATION」1983年
ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA のリーダーで優秀なプロデューサーでもある JEFF LYNNE をコラボレーターに選んで制作した一枚。だいぶ趣が変わって、普通になりました。普通でイイじゃん。すげえポップだもん。ロックンロールへの偏愛は消えていないが、もっと普遍的な陽気さが備わって楽しい印象になった。パブロック・アーティストとしての DAVE EDMUNDS、これまでドコから手をつけたらいいか分からなかったんだけど、なんとなく芸風が把握できた。今度は盟友の関係にあったというパブロッカー NICK LOWE とのコラボがもっと深くなってるトコロを選んでみよう。

IAN DURY「NEW BOOTS AND PANTIES !!」

IAN DURY「NEW BOOTS AND PANTIES !!」1977年
パブロックのところまで来ちゃったので、パワーポップを軸にしてたけどそこから脱線して、このファンキーテイスト溢れるこの名譜にも言及。小児麻痺を患いながらも、パワフルでユーモラスなロックを鳴らしてた男。IAN DURY & THE BLOCKHEADS という布陣で構えたファーストアルバム(&ブレイク作)がコレなんだけど、この時すでに IAN は34歳。これ以前に KILBURN & THE HIGH ROADS 名義の活動があるとしても、やや遅咲きの人だったのね。
IAN のボーカルがイイ湯加減というか、ホクホクと湯気が昇るような独特の味があるんだな。それを前提に、ファンキーな粘りをバンドが醸し出す。必ずしもパワーで押さない、呑気なホッコリ感がグルリ巡って洒落た余裕のようにも感じられる。「IF I WAS WITH A WOMAN」は洒落てるでしょ。

THE RUBINOOS「ANTHOLOGY」

THE RUBINOOS「ANTHOLOGY」1977〜1979年
●しばらく英国モノが続きましたが、これはアメリカのパワーポップバンド。60年代のバブルガムポップスと70〜80年代のパンク/ニューウェーブの間を結びつけるミッシングリンクともいうべき存在。活動自体は1970年から始めていたが、世間に評価されたのが1977年。そして1985年には一旦この世から消える…。なんだか恵まれなかったバンド。
●しかし彼らの音楽は、ギター圧力によるパワー押しでも、パンクスタイルのスピード感でもなくて、純然たるメロディとコーラスの力でメリハリあるポップネスを紡ぎ出してる。彼らの出世作になった「I THINK WE'RE ALONE NOW」は、そもそもでは1967年の TOMMY JAMES & THE SHONDELLS というバンドのカバーなのだが、その後1987年に女性アイドルシンガー TIFFANY がユーロビート調にしてヒットさせてる。60年代とその後の時代をこうしてつなぎ合わせるようなセンスがここにはある。
●このアルバム、アンソロジーと言いながら、彼らのアルバムの最初の二枚しか網羅してない…ファーストアルバム「THE RUBINOOS」の曲はほぼ全部収録してて、セカンドの「BACK TO THE DRAWINF BOARD」は半分くらい入ってる。でも1983年に TODD RUNDGREN プロデュースでリリースされたミニアルバム「PARTY OF TWO」はスルー。そこから先は…再結成後の1998年までワープしないと作品がない…。うーん、もっと評価されるべきバンドだと思うけどなー。


●鬱憤バラシのように、70年代末のロックバンドを羅列してしまった。

●動画もあるかなあ?
... 続きを読む

●激しいうつの波、到来。一日中身動き取れないほど。


LEONARD COHEN「VARIOUS POSITIONS」

LEONARD COHEN「VARIOUS POSITIONS」1984年
●今年80歳というカナダ出身のシンガーソングライター LEONARD COHEN は、小説家でもあったり詩人であったりと多芸。60年から活躍するベテランダンディ。
●今日は、彼の代表曲「HALLELUJAH」を聴きたくて買ったこのアルバムを聴いてすごす。「HALLELUJAH」色々なアーティストにカバーされてる傑作。だから古い曲だと思ってたんだけど、彼のキャリアからすると、1984年の作品だったってのは、意外なほど時代が下ってるな…。がゆえに、他の収録曲が、ちょっと薄っぺらく聴こえてしまうのが残念。でも「HALLELUJAH」は…。その物悲しい響きが、心を慰めてくれる。


俺は秘密の和音があると聞いたのさ。
ダビデ王が神を悦ばせるために奏でたというコード。
でも王は、本当にこの音楽を気にいってたのかな。
そのコードはこんな風に進むのさ
第四音、第五音、短調が終わり、長調が立ち上がる。
困惑した王がハレルヤを編み出している。
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ…。

王の信仰は強いものだったが、証しが必要だった。
屋根の上で彼女が水浴びする様子を王は見てしまった。
彼女の美しさと月光が、王を打ちのめしてしまったのさ。
彼女は台所の椅子に王を縛り付け、
王座を破壊し、髪の毛を切ってしまった。
そして王の唇から、ハレルヤを描き出した。
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ…。

あんたは、俺が無駄に名前を捨てたという…。
俺自身にも、名前がわからない。
でも俺が本当にどうしようと、
あんたにとってそれがなんだというんだ?
あらゆる言葉に光の輝きがある。
あんたが聴いたものが、聖なるハレルヤであろうと
壊れたハレルヤであろうと、大したことじゃない。
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ…。

俺は最善を尽くしたつもりだったが十分じゃなかったようだ。
何も感じないから、触ってみようとしたんだ。
真実を話そうとしたんだ、あんたを欺こうとしたんじゃない。
結局、全てが間違った方に進んでしまったのに、
俺は今、歌の神の前に立っている。
俺の舌にはこの言葉しか残っていない。
ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ…。


●YOUTUBE でいろいろなアーティストの「HALLELUJAH」を聴き比べてみよう。


LEONARD COHEN の最初のバージョン。1984年。




JEFF BUCKLEY「HALLELUJAH」。1994年。ギター一本の弾き語り。
●ボクが最初に聴いたのは彼のカバーだった。後半の歌詞がオリジナルと違うと、今知った。
●1997年、JEFF はミシシッピ川で溺死してしまう。




RUFUS WAINWRIGHT「HALLELUJAH」。2001年。
個人的にはコレが一番好きだ。ピアノのシンプルな弾き語り。歌詞は JEFF BUCKLEY のバージョンに、さらに追加をしてる。なんかみんな解釈が自由だな。
●アニメ映画「シュレック」サントラに収録されてる。




BON JOVI もやってた。しっかり BON JOVI 風味。




●人気リアリティショー「THE X FACTOR」2008年、ALEXANDRA BURKE という女性のパフォーマンス。圧倒的なパワーだね。感動的だ。




LEONARD COHEN ご本人の最近(2009年頃?)の渋いライブバージョン。75歳頃か?歌詞もアレンジされてる。




●ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ…。





●資格試験の勉強を、マクドナルドでやってると、なんか疲れる…。
●それでも、そんなことして気を紛らわす方がマシなほど、心配事も多い。


アカペラコーラスに癒される夜。

THE NYLONS「THE NYLONS」

THE NYLONS「THE NYLONS」1982年
80年代のアカペラコーラスグループ。同時代のアカペラグループといえば有名なのは THE FLYING PICKETS だと思うけど、そんなグループが80年代に他にもいたとは今まで知らなかった。この音源は義弟 ken5 くんからもらったものだけど、正体がわからず長く聴かないままにしてた…。でもハタと思って聴いてみたら、実に素晴らしい!
●ドゥーワップをベースにした、4人のメンバーのボーカルだけで織りなすハーモニーは可憐だわ。THE FLYING PICKETS は7人組の白人グループだったのに対して、コッチのグループはリーダーが黒人さんで、彼のベースパートが実にエモーショナルでソウル風味を濃厚にしてる。時代感を感じさせるのは、やや大げさなリバーブエコーがかかってるトコロ。それは THE FLYING PICKETS も同じで、やっぱ80年代らしいなーって感じ入る。
●カバーメインの選曲も好感度高し。THE SEARCHERS 1964年のヒットシングルとして知られる「LOVE POTION NO.9」がイイネ!この曲、サザンオールスターズが1990年の映画「稲村ジェーン」サントラでカバーしてるんですわ。だから好き!コーラスグループ THE TOKENS のヒット曲「THE LION SLEEPS TONIGHT」1961年のカバーも、原曲が持つフワフワ感をそれなりにアップデートしてる工夫がナイス。「ROCK AND ROLL LULLABY」というスマートなポップスは初めて聴いたけど、これは B.J. THOMAS というシンガーの1972年のシングルとのこと。オリジナル曲もそこそこあるけどドレも楽しい。
●彼ら以降のアカペラグループとなると、1986年デビューの ROCKAPPELA か。そこからは大幅にワープして DAFT PUNK を YOUTUBE でカバーしてブレイクした PENTATONIX かな。ドゥーワップの系譜、もうちょっと研究したい。

THE PERSUASIONS「GOOD NEWS」

THE PERSUASIONS「GOOD NEWS」1982年
ドゥーワップを研究するなら、もっと過去へ掘り進む方が確実、と思いながらも、マジモンの1950年代あたりまではいきなり飛躍できない…奥が深すぎるから。そういう意味でもうちょっと中間的な存在はいないかな、と思ったら彼らに突き当たった。1982年リリースだと、前述 THE NYLONS と同じ年。でも THE NYLONS がデビュー作だったのに対して、THE PERSUASIONS1970年にデビューしてるベテラン先輩格。やっぱり黒人さんのこくまろパワーはコチラの方が強い。上から下までどのパートもソウルフル。SAM COOKE をカバーしてるみたいで、その意味でもやっぱ表現がソウルフルになるわけだ。それと低音セクシーすぎる。こいつも ken5 くんからもらったCDだったけど、その価値がごく最近までわからなかった…。我が家に THE PERSUASIONS はあともう一枚あるはずなんだけど、目下行方不明。
●WIKI を見ると、彼らの最初のアルバムを面倒みたのは FRANK ZAPPA だったそうな。レコ屋の主人の紹介で、電話越しで彼らの歌を聴き、そのままロスに彼らを招いたとな。さすが ZAPPA。確かにドゥーワップも ZAPPA のボキャブラリーに組み込まれてると言われてたけど、わざわざ若手をフックアップするまでとは。彼の音楽の引き出しはデカすぎる。


会社で6月人事異動の内示が発表されて、心がざわつく…。
●ボクの立場は変わらないんだけど…サラリーマンって一体ドコ目指してる職業なんだろうって思って不安になる。別に出世だ役職だ肩書だなんて特に望んでないんだけど、じゃあそのまま足踏みするのもね。こうして年齢を重ねた時にどうなってるんだろう…先が見えないな。
●頼もしい後輩がいなくなる…イタタタ。居場所が微妙になってた先輩がスッといなくなる。一方で昔仕事したシッカリ者の仲間がくる。さて、どうなることやら。


●この前の日曜日は気持ち良く晴れてたので、我が家のヒガシヘルマンリクガメ、グラタンくんのガラスケージを庭で洗ってあげた。古いウッドチップを全部取り替えて、ガラスも磨いてあげた。その間のグラタンは日光浴。暖かくなってきたから、今後は度々外に出してあげるよ。
●と思ったら、ワイフがケージの扉にあたる部分のガラスをパリンと割りよった。現在、厚紙がソコにあてがわれてる。これが邪魔で、グラタンが見えないんだけど。どうすんのよ。


「母の日まして、オメデトウございます!」とヒヨコ、昼食にガパオライスを作ってくれた。レトルトだけど。目玉焼き、パパのは半熟でヨロシクって注文したら、確かにきっちり半熟にしてくれた。


さて、来週をもって閉店となることをお伝えした YELLOW POP 下北沢店。
早速、ここでバカ買いしてしまいました。13595円、32枚ってトコ。単価425円くらいか。

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●ダンスホールレゲエから、ヒップホップソウル、70年代ロック/ポップス、コンテンポラリーゴスペル、ギターポップ、オルタナ〜エモ、プログレ、アイドルにアニソンまで買いました…。
アホみたいな買い物が始まる瞬間って、脳みそからアドレナリンが分泌されるのですわ。レコ屋入って、最初の一枚が見つかるまではナニも感じないし、買わずにサヨウナラもできる。でも一枚でも欲しい盤が見つかるといきなりアドレナリンがブワって出るのがわかる。もう一枚もう一枚とグングンテンションが高まり棚を全部チェックしたくなってしまう。最終的に、いくらお金を払うのかわかんなくなったままレジカウンターに持って行き、あ予想より安くてよかった、とか思う。「買い物依存症」の人のその瞬間の気持ちは、なんとなくわかるような気がする…。

●お店のレジに「35年間のご愛顧ありがとうございました」と書いてあった。35年間…。
●ご主人に、ちょっとだけお話ししました。「閉店ってとっても残念です。もう下北沢に帰ってくることないんですかね。川口のお店だけになっちゃうんですかね?川口よりこちらの方が古いんですよね」ご主人「ええ。こっちが元々のお店で。もう川口は別のお店になってるんですよ」ボク「やっぱ、ネット販売のほうがよかったりとかですか?」このお店も自分のサイトでEコマースしてるしAmazonにも出してるっぽい。「いやいや。もうこのお店を一人で回していくのが大変になってきて。だから一旦リセットするんです。今は先のコトなにも考えてません。けど、いずれ下北沢か、この近所で、またお店ができたらいいですね」そっかー。ご主人たった一人で回してたんだ…買い物してると音源に関心が集中してしまうので気づかないけど、お店の人は確かにいつも同じだったわ。ごくろうさまでした。


●で、その収穫を少々紹介。

FOXYBROWN「MY KIND OF GIRL」

FOXY BROWN「MY KIND OF GIRL」1990年
アメリカの00年代に同名の女性ラッパーがいるけど、全然の別人。80年代終盤〜90年代初頭、アメリカで一瞬ダンスホールレゲエに光が当たった時期、その流れで注目された女性シンガーらしい。1990年周辺は、SHABBA RANKSSUPERCAT がメジャー契約を果たしたり、ニューヨークのラジオがヒップホップの起源に近いダンスホールレゲエたちをプレイしたりしてた時期。……裏返すと、アメリカ人はレゲエには実に淡白で。一時の流行り物として、時々思い出したかのように持ち上げてくる。
●お店で手に取った時は UK 産のラヴァーズロックだと思ったんだけど、ワシントンDCのインディレーベル、RAS RECORDS というところからリリースされてたアメリカ産。でも品の良い爽やかなトラックは、ダンスホール特有のエグさが薄くて聴きやすい。彼女の声は、どちらかというと朴訥としてて、特別な美しさとかを感じさせるタイプじゃない…レンジが狭くて、変声期の男の子がややハスキーに歌ってるみたいなユニセックス感覚。でもそれが奥ゆかしさにもなってるね。
●彼女にはもう一枚このアイテム以前にアルバムがあって。そこで TRACY CHAPMAN のカバーをしてたらしい。それがこのプチブレイクにつながったという。だって、この盤は日本クラウンからの日本盤だからね。できればもう一枚のアルバムも聴きたいなあ。アメリカのAmazonにはありそうだけどねー送料高いからねー。
●ちなみに、今回の買い物で一番単価が高かったのがコレ。980円ね。1400円の30%OFFだから。検索したら、Amazonで中古1円+送料で売ってた。でもこんなアイテム、お店での出会いなくしては絶対買えない。ボクは重症なAmazonユーザーでイギリスやアメリカにも注文するしその利点も重々承知してるつもりだけど、実店舗にしかありえない偶然の買い物の価値は、やっぱり検索導入のネット通販には置き換えられない。

JUDY MOWATT「LOVE IS OVERDUE」

JUDY MOWATT「LOVE IS OVERDUE」1986年
●女性レゲエをもう一枚。FOXY BROWN がにわかに注目されたシンデレラガールだったのに対して、この JUDY MOWATT はジャマイカ叩き上げ、70年代からのベテランさんですね。BOB MARLEY のバンドメイト BUNNY WALIER に見出されて BOB MARLEY & THE WAILERS「BURNIN'」1973年や BUNNY の傑作ソロ「BLACKHEART MAN」1976年にコーラスとして参加。この頃から BOB BUNNY は決別するんだけど、彼女は BOB のバンドに残ってコーラスグループ I THREES のメンバーに。I THREES には BOB の奥さん RITA MARLEY MARICIA GRIFFITHS が在籍。BOB の死後はそれぞれがソロキャリアを確立していくことに。
●で、これもどちらかというとアメリカ趣味なテイストになってるアルバムでした。ベースはジャマイカ収録だけど、数曲が名門スタジオ SIGMA SOUND STUDIO @フィラデルフィアで録音されてます。半分くらいがスマートな80年代R&Bという趣で、レゲエ色は薄い。でも彼女の声は美しい張りのあるもので、そこだけでも十分気持ちいい。もちろんしっかりレゲエしてる曲の気持ちよさはもっと格別なモンですわ。
●ミュージシャンのクレジットを見ると…ドラムはほどんど SLY DUMBER だな。ベースの相棒 ROBBIE SHAKESPEAR は一曲だけで PAUL HAMILTON という人が頑張ってる。腰の強さは見事な仕上がり。コーラスは、PAM HALL。ラヴァーズロックのシンガーとしてその後ソロで活躍して JANET KAY と比べられるようになった人だね。レーベルは SHANACHIE というところ。よくわかんないけどレゲエ分野で時々出会う連中。
●脱線しますけど、I THREES ってグループの名前、気になる。レゲエの頻出フレーズに「 I AND I ARE…」みたいな言い回しを意識してるんだと思う。「I AND I」って結局は「WE」と同じ。だけど、レゲエ世界観の中じゃ、同志や仲間としての「オレとオマエ」はみんな「I AND I」として自意識が溶け合ってるという感覚があるみたい。I THREES もキャリアある女性シンガー三人一体のハーモニーに価値がある。それは西洋思想の自我主体とは違う思想から発生してるんだろうな。

JANET KAY「LOVE SONGS」

JANET KAY「LOVE SONGS」1993年
●さて、MINNIE RIPERTON のカバー「LOVING YOU」のヒットで知られるラヴァーズロックの王女JANET KAY のアルバムだ。ただこれは、彼女本来の出自であるUK産レゲエ/ラヴァーズロックのスタイルと全然関係ないソウルバラードのアルバムとして作られてた…。やや、これはなんだか肩透かし。「LOVING YOU」を手がけたプロデューサー LLOYD CHARMERS が手がけてますよ、と言うけど、やっぱ違うよね…。普通にメロウなR&Bでございます。
●で、基本的にカバーばかりの選曲。中でも珍しいのは VANGELIS「CHARIOTS OF FIRE」(映画「炎のランナー」主題歌)。だってこれサントラ楽曲だから歌詞ないじゃん。それでもなんとなくの歌詞をつけて優雅に歌ってます。それだけっちゃそれだけだけど。「LOVING YOU」も収録されてるけど、ヒットしたバージョンじゃなくてこれもR&Bに録り直し。綺麗なハイトーンボーカルの可憐さはしっかり楽しめるからそこは安心。
●ここはやっぱりシッカリと、80年代風のラヴァーズロックが聴きたい!ジャマイカ産レゲエやアメリカ産とも違う、UKならではのダブ洗練美の延長に結実した、恋人たちのためのBGM、ラヴァーズロック。それを歌う JANET KAY が聴きたい!…ということで次の盤に行く。

JANET KAY「SILLY GAMES」

JANET KAY「SILLY GAMES」1979年
JANET KAY 最初のアルバムだ。JANET KAY「LOVING YOU」のヒット時1990年前後に出てきた人と思ったら大間違い。1977年までそのキャリアはさかのぼる。シンガーとして活動を始めたのはまだ十代の頃。ロンドンのレゲエシーンにもまれつつ、名プロデューサー DENNIS BOVELL によってこのファーストアルバムが制作される。この表題曲「SILLY GAMES」はイギリスでヒットして彼女はブレイク。その後80〜90年代を通じて息の長い活動を続けるコトになる。
●改めて説明すると、彼女が歌う音楽・ラヴァーズロックは、ロンドン産のレゲエのスタイル。一種の洗練美を帯びている。ジャマイカ産とはちと違うのも事実。ライトなダブとゴツいリズムはレゲエとしての立派な幹を担保していて、それでいて典雅な可憐さが同居している。地味なようでその個性は実に美味。土臭いレゲエの暑苦しさが脱臭されてて味気ないという見方ゆえに、従来の古典レゲエファンからはスルーされ気味だった歴史的経緯も…だから、音源としての流通量は少なくて、なかなかいいものに巡り会えないジャンルでもある。この盤での JANET のハイトーンで可憐なボーカルはこの段階ですでに健在。まさしく聴きどころの中心。
●ちなみに、ボクが今回買ったのは1992年の再発CDなので、オリジナルとはジャケもだいぶ違うみたいだし、追加トラックも入ってる。本来は「CAPRICORN WOMAN」というタイトルで、「SILLY GAMES」はこの盤からのヒットシングルを表に出した改題ということらしい。
●この盤をはじめ、ニッチな音源を日本盤をせっせと出してたのが JIMCO JAPAN ってレーベル。インディなのに、海外のマニアックなレゲエやパンク、プログレなどをせっせと紹介してた根性ある人たちだったな。90年代後半には生き残ってなかったような気がするけど…個人的にはだいぶお世話になった。

JC LODGE「BEST OF JC LODGE」

J.C. LODGE「BEST OF J.C. LODGE」1993年
今回の漁盤で初めて知ったジャマイカのシンガー。JANET KAY と同じように80年代を通して活動してきた女性で、清らかなハイトーンボイスが特徴的。これは今回の一番の成果だったかも。これもお店で巡り合わなかったらずっと価値のわからないアーティストだったろうな。基本は SLY DUMBERROBBIE SHAKESPEAR ら鉄板のリズム隊に囲まれてリリースを積み重ねてきたとのこと。ただし、このベスト盤は、次世代90年代のプロデューサー STEELY & CLEVIE によるコンピュータライズド(レゲエ用語でいうところの打ち込み)のダンスホールトラックとして再録された内容になってる。
STEELY & CLEVIE の音楽は確かに大好きだし、様式にとらわれないダンスホールの躍動感と彼女の可憐なボーカルはうまくマッチしていてドラマチックにもなってる。楽しい!ただ、その一方で、本来のアレンジ、SLY & ROBBIE による80年代録音も聴いてみたいな。これもちょっとづつ探していこう。まだまだ世の中には聴かないといけない音源が一杯ある。


●最近は、近所の下北沢駅前への散歩は、モロッコで買ったバブーシュを履いて歩いてる。

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バブーシュは、モロッコの伝統的な履物で、ちょうどスリッパみたいなモノ。
●かかとの部分がなくてつま先を引っ掛けて履く。動物の革で出来てて実に丈夫そう。屋内屋外で履物を区別しないモロッコの人たちは、このバブーシュをつっかけて家の中も外も歩く。女性用だとカラフルな刺繍が施されててキレイだけど、男性だと硬派でシンプルなデザインになる。この白のバブーシュはサイドの縁取りがブルーでカッコいい!と思って買った…100ディルハム強〜1500円くらいだったかな。
●で、こいつをペタペタつっかけながら下北沢の街を歩くと、とても気持ちがいい。裸足がスカスカしててイイ感じ。これで駅前のスーパーにワイフに頼まれたオツカイに行ったり、ヴィレッジバンガードに行ったりしてる。コイツで自転車乗るのはちょっと危ない…ソールが硬くてツルツルなので、ベダルが滑って踏めない。そこだけ不便。


●バブーシュ履いて散歩してたら、ショックな事実を発見。

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老舗レコード屋さん、YELLOW POP 下北沢店が閉店!おおおお。
●5月17日に閉店だってさ。セールやってるよー。悲しいよー。レコファン下北沢店がなくなった時も激しくショックだったけど、今回もショックだわ。YELLOW POP のもう一つのお店は川口だから、事実上もうサヨウナラだよ。会計カウンターのすぐ下にある特価コーナーに、手堅い名盤が激安で置いてあったりして、よくチェックしてた。THE BAND「MUSIC FROM BIG PINK」とかが300円だったりしてイイ買い物させてもらった。この前は、アイドル系のシングルが一枚50円の叩き売り状態でゴッソリ買ったよ。下北沢からまた個性的なレコ屋がなくなる…トホホ。
●とはいえ、アナログメインの構成になってるこの在庫は、最近のボクの買い物とはちょっとズレてた…。CDを iTune に取り込んでハードディスクに収めてしまう方法を積極採用してるので、簡単にデータ化できないアナログの買い物は極力減らしてたんだ。
そんなボクの感じた感情は「悔しさ」だったよ。そのお店でたくさん買い物していないのに、お店が商売を閉じるとなったらいきなり残念がる、ってのは客の身勝手だよね。もっとたくさん買い物して、お店を盛り立ててあげるべきだった。それができないくせに、なにがトホホだ。一番悲しいのはお店の人たちだ。個性的な店が立ち並ぶ個性的な街は、客がちゃんとお金を落として維持していくものだ。それができないで、わがまま言うべきではない。…でも、本音で言えばつらいなあ。このままだとディスクユニオンだけになっちゃうぞ…。


下北沢は、ただでさえ再開発問題でユサユサしている街だ。この先、この街がどんな形に変貌していくかわからない。
●この前の統一地方選では、保坂展人区長が再選した。保坂区長は下北沢再開発の方向転換を期待されて2011年に当選した人物だが、ハッキリ言ってこの再開発問題ではかばかしい成果は上がってない。実はとっても不満だ。しかし対立候補は自民公明公認&舛添都知事が応援という人物で、都の既定路線をそのまま飲み込むだけに思えたので、コッチには投票できなかった。
保坂さん、もうちょっと根性見せてくれよ。ムダな道路建築止めてくれよ。工事も土地収用もガンガンに進んでるよ。周辺の東北沢駅&世田谷代田駅の工程は、もうラストスパートに入り始めてるよ。

下北沢は個性的な街でユニークなお店がいっぱいある。多様性の街だ。
しかし、生存競争も非常に激しい。普通の商店街というと大昔からの地縁だけで生き残ってるお店のイメージが強いが、老舗がただ老舗という理由だけでヌクヌク生き残れるほど下北沢は甘くない。中途半端なラーメン屋は一年もたずに潰れる。ノマドヒヨコがお世話になった学習塾も撤退しちゃった。実は弱肉強食の新陳代謝が劇的に活発なのだ。入れ替わりの流動性はマジハンパない。その代わり若いアイディアと熱意で新しいお店が出店してくる。
●この躍動感あふれる独自の生態系システムを適切な調和を持って維持し、できればもう少しマイルドに(マジで激しすぎるので)してもらえるようなデザインが欲しい。…下北沢カレーフェスティバルを主催した30歳代のプロデューサーが区議に立候補してたんだけど、彼は落選しちゃった。行政に甘えないで、一住民としても何かに関わるべきなのかもね。


ニューヨークという街を愛する詩人の歌。

BILLY JOEL「TURNSTILES」

BILLY JOEL「TURNSTILES」1976年
●ボクが「下北沢」という街、そして故郷としての「東京」という街に、大きな愛着があるように、このシンガーソングライターにとってはニューヨークという街が大切なようだ。ブロンクス生まれ、ロングアイランド育ち、高校を中退してミュージシャンの道へ。そしてキャリアが順調に育っている頃の作品。ここに名曲「NEW YORK STATE OF MIND」が収録されてる。休みには都会を離れて、マイアミやハリウッド、ロッキー山脈にも行ったけど、結局心の中ではニューヨークが一番恋しい。そんな気持ちをピアノに乗せて歌い上げる。
●ボクは引越しを何回か繰り返してるので、固定の故郷というものがない。住んで10年を超えた下北沢でも結局ヨソ者だ…ボクにとっては一番長く住み続けてる土地なんだけどね。学生の頃は地方から上京してきた友人たちが少し羨ましいと思ってもいた…故郷があるってどんな感じだろうねと。でも、結局ボクの心は東京に深く染み付いてる。一番気持ちが自由になれる街。BILLY JOEL にとってのニューヨークのようにね。
●ジャケットは、ニューヨークの地下鉄改札で撮影されてる。そして歌詞に登場する多彩な都会人たちが BILLY を囲んでる。ボクも地下鉄通勤。そんでこのCDを下北沢ディスクユニオンで買ってる。270円くらいだったよ。

BILLY JOEL「52ND STREET」

BILLY JOEL「52ND STREET」1978年
●1977年、アルバム「THE STRANGER」で大ブレイク。常に宙ぶらりんの自我を抱えてペルソナを使い分ける「ストレンジャー」とは都会人らしい立ち振舞いだ。これを辣腕プロデューサー PHIL RAMONE と組んで、当時最先端のポップ感覚とクールなモダニズムを盛り込んで、彼はトップスターに。
●そして間をおかず繰り出したのがこのアルバム。ん?「52番街」って、この前本を読んでた時に出てきたな…なんだっけ?あ!CHARLIE PARKER を頼りにセントルイスからニューヨークに上京してきた最初の年(1944年)の MILES DAVIS52番街のクラブで夜な夜な演奏生活をしてたって書いてあったよ。だから BILLY JOEL はトランペット持ってるのか!アルバムの最後の曲「52ND STREET」はフラフラほろ酔い加減のジャジーなナンバーで、乱痴気騒ぎのビバッパーの様子を描いているようだ。タイムズスクエアが46番街、MOMAが53番街、ヘップバーンの映画にでてくるティファニーが57番街。52番街といえば、もうニューヨーク/マンハッタンのど真ん中だね。
●このアルバムには「HONESTY」のような名バラード、「MY LIFE」&「BIG SHOT」といった躍動感あふれるポップスが収録されてる。PAUL MCCARTNEY をこの前たっぷり聴いちゃったから、王道のポップスが聴きたくなっちゃったんだよ。あ、これも270円だった。

BILLY JOEL「GREATEST HITS VOLUME 3」

BILLY JOEL「GREATEST HITS VOLUME 3」1983〜1997年
●これは新橋 TSUTAYA のレンタル落ちで300円だった。彼のキャリアの後半戦を網羅するベスト盤。しかも彼はこれ以降はクラシックアルバムを一枚出したきりで、コンサートはすれどアルバム作品は全く出さなくなる。半分隠居生活に入ってしまうのだ。
●これを買った動機は、1989年のシングル「WE DON'T START THE FIRE」が聴きたかったからだ。当時高校一年生だったボクのリアルタイム BILLY JOEL 体験がこの曲。すでに当時でだいぶベテランぶっこいてた彼が、ストレートなロックナンバーを鳴らしてたのが印象深くて。1989年はベルリンの壁解体の年で、アメリカ対ソ連による冷戦終結の世界史的激変モードが止まらない時期。その中で、この歌は戦後東西対立時代のアイコンをひたすら列挙しまくる内容。マッカーシー、ニクソン、スターリン、フルシチョフ、スエズ紛争、周恩来、スプートニク、ドゴール、カストロ、マルコムX、ケネディ、ホーチミンなどなど。このアルバムには「LENINGRAD(レニングラード)」って曲も収録されてる。
●さらに言えば、1987年に彼はソ連へコンサートに赴きその様子をライブアルバムとしてリリースしてる。西側の音楽を禁じたソ連で初めてラジオ放送されたロックが彼のこのコンサートだ。今の若い人に、あの冷戦のプレッシャーって想像つくのかな。世界を終わらせる最後の戦争が始まるのを待ってるような閉塞感。そんな時代の呼吸がつまってる。
●その他にも佳曲がいっぱい。「THE RIVER OF DREAMS」もお気に入りの曲だった。ドゥーワップテイストの極上ポップスだよ。



●なんかイイ動画あるかな?
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●なぜか、全身にジンマシンができてカユイ…。
●この2週間ばかり、へんなところがカユイと思ってたんだけど、この三日マジでやばい。足にミミズ腫れとかボツボツの斑点とか出まくってる。なにが起きてるの?

●てなわけで、資格試験の勉強を連休で進めようと思ってたのに、まるっきりダメ。参考書20ページ程度。このままじゃ、次の試験まで間に合わないぞ。

●らしい予定は何もナイ連休だった…というか、極力作らなかったのだけど。
「こどもの日」は、我が家にボクの両親とイモウト夫婦が来たのでありました。イモウト夫婦のコドモ、つまりボクの姪っ子&甥っ子、カナメ&カケル姉弟(小学一年生&4歳)がやってきたのでありました。彼らは、非常にコドモ受けの悪い不審なオジさんであるボクを、ワリとフラットに付き合ってくれる貴重な存在であります。それ以外では、ボクに対してフラットなのは基本自分自身のコドモしか覚えがないです。ヒゲとメガネがダメなのかな…。

そんな姪っ子&甥っ子には、できるだけのおもてなしをしたくって。
●そこで我が家の生き物たちに、手伝ってもらうのです。

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我が家のヒガシヘルマンリクガメ、グラタンをお庭に連れ出して、カメサンポ。
●甲羅さわってごらん、カタいでしょ。おなかもコチコチにカタいのです。結構はやく歩くでしょ。爪が長いでしょ。…コイツ、我が家がモロッコ旅行行ってる一週間になぜか一回り大きくなってて…ちょっと不気味なほどのスピードで育ってる。飼い始めて一年で、いつのまにか体長が2倍になってる。メシがないと、ケージのガラスをコツコツ叩いて「メシよこせ」アピールをする。この前、コイツを買った中野「爬虫類倶楽部」に行ったら、ヒガシヘルマンリクガメの赤ちゃんたちが、チビでバブバブで可愛くて。そこに行くと、だいぶ可愛げがなくなった。

カナメ&カケルは可愛いさかり。
●カナメちゃんは、ジョイボードというスケボーの親戚みたいなものを鮮やかに乗りこなす。これがスゴイ。ボクがマネすれば足首の骨を折るね。ワイフはなぜか張り合いたいのかガッツリ挑戦して、ド派手に転倒してた。なのに「あと一時間練習すれば乗れる!」とかムキになってる。スケボーならウチにもあるんだけど、我が子ノマドは結局乗りこなせず終い…。そこで、カケルくん4歳に乗ってもらうことに。もちろん普通には乗れないので、腹ばいで乗る方法を提案したら気に入ってくれたみたい。なんかその動き、カメのグラタンとそっくりなんだけど。なかなか、いいねえ。
大好きなウルトラマンのこと、熱っぽく語ってくれてありがとう。お気に入りの「ウルトラマンゼロ」、さっそく Hulu でチェックしてみるよ。ゼロセブンの息子らしい…じゃセブンの奥さんって?その前に「ウルトラマンレオ」ではモロボシダンが上司として登場してることが判明。カケルくん「ウルトラマン80」までチェックしてるらしい。ダイナとかティガとかコスモスとかマックスとか、平成以降のシリーズはオジさん全然わからん。うむ、奥が深い。研究しておこう。

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一方で、ワイフのイモウト2人に、それぞれ男の子が生まれた。めでたいね。
●やっぱ、ヒナヒナの赤ちゃんはカワイイね。

ウチのコドモたちは、今年で二人とも中学生。ある意味でもうアガリ切ってしまった。もう友達付き合いの方が大事だし、親をアレコレ頼る段階でもない。もうノビノビやっておくれ。

●ノマドは、去年の暮れに買い与えたボーカロイド「IA」とボクのお下がりの MAC BOOK PRO を使いこなせるようになってきた。ボクが持ってた小さなカシオトーンで「東方プロジェクト」関連の楽曲を耳コピして、それを CUBASE に反映して鳴らしてる。途中経過しか聴かせてくれないんだけどね。最近十代でテクノロジー系のクリエイティブを発信してる子たちに会ったんだけど、みんな親御さんの影響で、小さい頃から身近にPCとネットを自由にいじれる環境があったらしい。ハンダゴテで電子工作してロボット作れとは言わないが、時代の空気は吸い込んでおけ。「ソーシャルはまだ早い」とボクが拒んでたドワンゴのアカウントもとうとう作ってやったよ。「これでニコ充だぜ!」とか言ってて、本当は不安なんだけど。あとラノベ読みすぎ。オタトークする友達はいるみたい。

中学生の社交に LINE は不可欠と、中学進学祝いに iPhone6 をゲットしたヒヨコは、大勢の友達と絶対にサバキきれないメッセージのヤリトリをしてる。一日でメッセージが100件くらいくる。一週間旅行で日本を開けた時は、未読6000件超えてた。でそれに応答してるかといえば、すべてスルー。本当に必要なメッセージすらも読まない。なんのためのスマホに LINE か…。ディズニーツムツムキャンディークラッシュソーダしかしてない気がする。今は、受験のためにお休みしたバレエの練習の遅れを取り戻すために、日々シゴキの訓練。足がいたーいと言ってクタクタになって帰ってくる。やること見つからないでボケーっとしてるよりマシだけどね。最近はなぜか宮部みゆきにハマってる。「楽園」とか「レベル7」とか。ニワトリさんブックカバーまで自作して、読んでる。

IMG_0998.jpg(手先は器用なヒヨコ。)


●最近の読書。

さいとうたかを 太平記

さいとうたかを「太平記 マンガ日本の古典」
さいとうたかを先生なんて「ゴルゴ13」以外読んだことがない、と思って古本屋で手にしたマンガ文庫。そしたら意外なほど面白くて。「太平記」に関する知識もほとんどなかったんだけど、ここに描かれる、鎌倉幕府滅亡〜建武の新政〜室町幕府の成立〜南北朝時代って、エラくエグい内戦時代だったのね。
●鎌倉から北陸、九州までが戦場になる大規模な戦争。首都での勢力獲得に市街戦でぶつかり合う諸勢力の戦闘で、京都の街はメチャクチャじゃないか。各地の武装勢力が集合離散を繰り返し、密約や謀反を企み、権勢をぶつけ合い混沌ぶりは、まるで今のシリア情勢みたいだ。おまけに皇統すら正統性があやふやでは、どこに大義があるのか不安定でしょうがない。後醍醐帝、楠正成、新田義貞、北畠顕家、高師直、護良親王、などなど個性的な武将がいっぱい出てくる。この時代は皇族でも戦場に出るのね。足利尊氏は、ダークな政治家だな…幕府内でも粛清を繰り返して、実弟・足利直義まで殺すんだもんな。

中村真理子「天地と天武」6

中村真理子「天智と天武」3〜6巻
●ふと気づくと歴史モノのマンガばかり読んでるような気がする。天智天皇&天武天皇つまり中大兄皇子&大海人皇子が、兄弟でありながら宿敵として戦うこの物語。日本の古代史に大胆な新解釈を盛り込んでてスリリング。中大兄皇子の参謀たる中臣鎌足(=藤原鎌足)百済の皇子として描き、日本を朝鮮半島情勢に関与させ出兵にまで引き込む策士ととして扱う。百済、新羅、そして唐と、日本海をまたいで各国要人と渡り合う主人公・大海人皇子が大活躍しすぎてすごい。そんでビックリの、政敵・中大兄皇子とのBL展開。もう目が離せません。

ヤマザキマリ/とりみき「プリニウス」2巻
●古代ローマの奇人、プリニウスの生涯。帝国の首都、西暦1世紀のローマの、貧民街がリアルに描かれてて斬新。塩野七生「ローマ人の物語」だけでは到達できないリアリティがすごい。

山本直樹「レッド 1969〜1972 最後の60日そしてあさま山荘へ」1巻
●1970年安保闘争から逸脱してテロリズムへ爆走する学生たちを、長きにわたって描いてきた「レッド 1969〜1972」を改題してリスタート。山間キャンプに結集した同志たちを内ゲバで粛清していく若者たち。「総括しろ!」と結論のない議論を吹きかけて撲殺。しかし作家の眼差しは相変わらずクールでオフビート。シラケ切った視点から登場人物たちの捻れた熱情を冷たく眺めてる。薄気味悪い。
●運動の失敗と、行き場のない閉塞感が、ニヒリズムの果てに身内の殺し合いへ結びつく破滅。この日本型テロリズムと、イスラム過激派のテロリズムに接点はあるのかな…。今のところ、それは見つからない。

坂本眞一「イノサン」8巻。
●パリ絶対王政末期。ルイ16世&マリー・アントワネット登場。役者は揃った。革命に向けてジェットコースターが動き出すのを待つばかり。

尾田栄一郎「ワンピース」77巻。
「天竜人」という特殊階級、身分制度の問題が具体的に顔を出してきた。かつて「人間 vs. 魚人」という人種差別をモチーフに用いた「ワンピース」。神を僭称する「天竜人」と一般市民の二重社会って?「ワンピース」は時としてすごく社会派なテーマをアクションドラマの中に忍び込ませてくる。

荒木飛呂彦「ジョジョリオン」9巻
●クワガタバトルに夢中になったりと、パフェの食べ方のデティールを説明し続けたりと、ここ最近のジョジョはマジで奇妙になり過ぎている。さすがだ。

●ワイフが最近夢中になってるのは、咲坂伊緒「アオハライド」&「ストロボエッジ」、八田鮎子 「オオカミ少女と黒王子」だ。「君に届け」は一区切りついたらしい。このへんはボク自身はさすがについていけない…。「別冊マーガレット」買いたいって言い出しそうだ…うーんこのへんだと「俺物語」くらいかなボクが読めるのは。



DEV LARGE が亡くなったらしい。日本語ヒップホップの重要人物。
●彼が加わった伝説のユニット、BUDDHA BRAND の音源を聴き直している。緻密に作り込まれたファンキーなトラックに、鮮やかなフロウ、個性的なMCたちのマイクリレー。最高だな。改めてそう思った。「ブッダの旦那、暴れてやんな!」

病める無限のブッダの世界 ― BEST OF THE BEST (金字塔)

BUDDHA BRAND「病める無限のブッダの世界 ― BEST OF THE BEST(金字塔)」2000年
文字通り、日本語ヒップホップの「金字塔」。「人間発電所」「ブッダの休日」「大怪我」などなど…それぞれのシングルでも聴き直したりしてる。この段階ですでに臨界点超えてたんだな、日本語ヒップホップは。この後に登場するセルアウト勢とは全く質がちがう。

DEV LARGE FEAT 椎名純平「MUSIC MAKER」

DEV LARGE FEAT. 椎名純平「MUSIC MAKER」2001年
●棚を整理してたらこんな音源も出てきた。椎名純平のボーカルが気持ち良いライトなディスコファンクだ。うーむ。やっぱり、45歳で亡くなるのは早いなあ。残念だ。


慣れないアプローチなんだけど、ライブレポートってのをやってみる。
●もうこのブログ10年続けてるんだけど、そんなことやったことないんだよね。
●でもしょうがない。あの生ける伝説を生で観てしまったのだから。


娘ヒヨコが中学に上がって、英語の勉強を始めている。
●学校の授業はコツコツとABCのカキトリからスタート。テストで「ねーねー90点とったよー!」と喜んでいたけど…ABCは誰でもかけるだろー調子に乗るなよー。

●そんなヒヨコがある晩、突然 THE BEATLES「HELLO GOODBYE」を歌っててビビった。なんでそんな歌知ってるんだよ?!「英語の時間に習ったよーみんなで歌うんだよー。え?これビートルズだったんだ」ヒヨコは「OB-LA-DI, OB-LA-DA」「アブラカダブラ」の親戚だと思ってたらしく好きでよく歌う。ナニゲにビートルズ・シンパになってきた娘ヒヨコ。
●英語の先生はビートルズ好きなのか?「そうだよーだからヒヨコも英語好きだよ」なんか楽しくなるので、ごはんを食べながら二人で「HELLO, GOODBYE」を歌った…ワイフはヒヨコはうまいけどアンタはオンチだからヤメテとディスってくるが。まー冷静に考えると「HALLO GOODBYE」って「YOU SAY GOODBYE, I SAY HALLO」のバリーションの繰り返しだけで何の意味もない歌詞なんだよな。「とにかく楽しければイイんだって。先生が言ってた」中学一年生たちはサビの手前にあるギターの「ちゅーうーん」の鳴りに反応してて、この「ちゅーうーん」だけ大声で歌う男子にヒヨコは「ちゅーうーんブラザーズ」って名前をつけてた。ヒヨコも「ちゅーうーん」すればいいだろう、と言ったら、本当はしたいけどちょっと恥ずかしい、とコメントしてた。

OUT THERE JAPAN

21世紀の今でもボクラの身近にある THE BEATLES の音楽。
その中心人物、生ける伝説のコンサートに先日行ってきました。

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PAUL MCCARTNEY「OUT THERE JAPAN TOUR 2015」4月23日東京ドーム公演。
●先輩に誘われて18000円のチケットを買ったんだけど、先輩の用意してくれてたチケットはなんとアリーナのCブロック!すげえ前の方じゃん!スタートが18時30分とあって、17時過ぎには会社を黙って脱出。先輩も夕方の会議を全部すっぽかして出てきたみたい。グッズショップは行列で40分待ち、男子トイレですら10分くらいの行列ができてたよ。なんだかスゲーわくわく。ここまでテンションの上がるコンサートって何年ぶりだろう。

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●つーかさ、出し抜けにビッグチューンが出てくるのよ。惜しげもなく躊躇もなく繰り出される名曲。何回も何回も聞いてたあの曲がホンモノに演奏されてる。この不思議さって…予想以上のインパクト。そして PAUL MCCARTNEY 自身の素晴らしいホスピリタリティ。「ヤクソクシタネ、トーキョー!カエッテキタヨ!」「チョーサイコー!」日本語のMCの方が多かったくらいだもんね。そんなおもてなしテンコ盛りのサービス精神と、本人自身が演奏を心から楽しんでいるっていうオーラが、巨大なドームを支配して一体感を作るんだよね。これが72歳のパワーか?凄すぎる。
●さらに、なんか知らんけど、スマホで写真撮っちゃって構わないっていうのですよ。プロ機材での録音撮影はご遠慮くださいってアナウンスしてたけど、よく聞いて裏返してみると、そのココロはスマホ程度なら写真も動画もどうでもいいってコトみたい。巨大モニターに映し出されるその姿を撮影バシバシしちゃったよ。

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●この勇姿にマジ感動。ボク自身ががここまでアガるってことさえ予想できなかったほど。

●ボクが参戦した日のセットリスト。

「MAGICAL MYSTERY TOUR」1967年
  (THE BEATLES「MAGICAL MYSTERY TOUR」収録)
「SAVE US」2013年
  (PAUL MCCARTNEY「NEW」収録)
「CAN'T BUY ME LOVE」1964年
  (THE BEATLES「A HARD DAY'S NIGHT」収録)
「JET」1973年
 (PAUL MCCARTNEY & WINGS「BAND ON THE RUN」収録)
「LET ME ROLL IT」1973年
 (PAUL MCCARTNEY & WINGS「BAND ON THE RUN」収録)
「PAPERBACK WRITER」1966年
 (THE BEATLES「PAST MASTERS VOL.2」収録)
「MY VALENTINE」2012年
 (PAUL MCCARTNEY「KISSES ON THE BOTTOM」収録)
「NITETEEN HUNDRED AND EIGHTY-FIVE」1973年
 (PAUL MCCARTNEY & WINGS「BAND ON THE RUN」収録)
「THE LONG AND WINDING ROAD」1970年
 (THE BEATLES「LET IT BE」収録)」
「MAYBE I'M AMAZED」1970年
 (PAUL MCCARTNEY「MCCARTNEY」収録)
「I'VE JUST SEEN A FACE」1965年
 (THE BEATLES「HELP !」収録)
「WE CAN WORK IT OUT」 1965年
 (THE BEATLES「PAST MASTERS VOL.2」収録)
「ANOTHER DAY」1971年
 (PAUL MCCARTNEY「WINGSPAN」収録)
「HOPE FOR THE FUTURE」2015年
 (アルバム収録なし…ゲーム「DESTINY」エンドテーマ曲)
「AND I LOVE HER」1964年
 (THE BEATLES「A HARD DAY'S NIGHT」収録)
「BLACKBIRD」1968年
 (THE BEATLES「THE BEATLES」収録)
「HERE TODAY」1982年
 (PAUL MCCARTNEY「TUG OF WAR」収録)
「NEW」2013年
 (PAUL MCCARTNEY「NEW」収録)
「QUEENIE EYE」2013年
 (PAUL MCCARTNEY「NEW」収録)
「LADY MADONNA」1968年
 (THE BEATLES「PAST MASTERS VOL.2」収録)
「ALL TOGETHER NOW」1969年
 (THE BEATLES「YELLOW SUBMARINE」収録)
「LOVELY RITA」1967年
 (THE BEATLES「SGT. PEPPER'S LONELY HEART CLUB BAND」収録)
「ELEANOR RIGBY」1966年
 (THE BEATLES「REVOLVER」収録)
「BEING FOR THE BENEFIT OF MR. KITE !」1967年
 (THE BEATLES「SGT. PEPPER'S LONELY HEART CLUB BAND」収録)
「SOMETHING」1969年
 (THE BEATLES「ABBY ROAD」収録)
「OB-LA-DI, OB-LA-DA」1968年
 (THE BEATLES「THE BEATLES」収録)
「BAND ON THE RUN」1973年
 (PAUL MCCARTNEY & WINGS「BAND ON THE RUN」収録)
「BACK IN THE U.S.S.R.」1968年
 (THE BEATLES「THE BEATLES」収録)
「LET IT BE」1970年
 (THE BEATLES「LET IT BE」収録)
「LIVE AND LET DIE」1973年
 (PAUL MCCARTNEY「WINGSPAN」収録)
「HEY JUDE」1968年
 (THE BEATLES「PAST MASTERS VOL.2」収録)

<アンコール>
「DAY TRIPPER」1965年
 (THE BEATLES「PAST MASTERS VOL.2」収録)
「HI, HI, HI」1972年
 (PAUL MCCARTNEY「WINGSPAN」収録)
「I SAW HER STANDING THERE」1963年
 (THE BEATLES「PLEASE PLEASE ME」収録)

<アンコール2回目>
「YESTERDAY」1964年
 (THE BEATLES「HELP !」収録)
「HELTER SKELTER」1968年
 (THE BEATLES「THE BEATLES」収録)
「GOLDEN SLUMBERS」1969年
 (THE BEATLES「ABBY ROAD」収録)
「CARRY THAT WEIGHT」1969年
 (THE BEATLES「ABBY ROAD」収録)
「THE END」1969年
 (THE BEATLES「ABBY ROAD」収録)

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●一発目の「MAGICAL MYSTERY TOUR」で一気に異次元にワープ。うっひゃーホンモノだーって感動するわけですよ。そしてそのまま最新アルバム「NEW」一曲目の「SAVE US」。現在進行形のアーティストだってことをこの最新形ブリットポップで証明。と思えば THE BEATLES 初期傑作「CAN'T BUY ME LOVE」。時間軸がよじれていく。そして WINGS 時代のビッグヒッツ「JET」から「LET ME ROLL IT」へ。「BAND ON THE RUN」は愛聴したアルバム、マジうれしいな。
「このギターはね、60年代にこの曲を作った時に使ったモノなんだよ」そんな説明を添えて演奏したのが「PAPERBACK WRITER」。うわあのギターの音だわ!「ペイパバックライタ〜ライタ〜ライタ〜」これを若いバンドメンバーたちとしっかりハモってみせる。うわホンモノだわ。

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(「PAPERBACK WRITER」制作時のギターを携えてのプレイ)

●これは PAUL 自身がシッカリ意識しているんだろうけど、過去の名曲はできる限り原曲そのままのアレンジを細部まで忠実に再現するという決意があるみたい。わざわざ新しく現代風のアレンジに改変したりしない。デティールもCDで聴いてきたモノをしっかりなぞってくれる。「BACK IN THE U.S.S.R.」なんてアルバムのイントロに仕込まれてた飛行機のSEまでちゃんと鳴らしてたし、「OB-LA-DI, OB-LA-DI」のサビ前に入る笑い声も、屈強な黒人ドラマーさんが生の肉声と満面の笑みでちゃんと挿入してくれるのだ。PAUL はお客がナニを求めてるか分かってる。もはや歴史的存在になった自分の過去の遺産の価値を十分分かってる。彼のショーマンシップはそれをオーディエンスに的確に届けるコトにコダワッているのだ。だから、ギターの鳴り、ソロフレーズ、コーラスのキメ、の細部がライブで適当にボヤけないようにしてる。しかも、それでいてなぜか全く懐メロになっていない。これは懐古主義ではないのだ。この現役感はなんなんだ?

●ステージ後ろの高めポジションにあるピアノの前にヒラリすわって、2012年の近作である「MY VALENTINE」「今の奥さん NANCY SHEVELL に捧げる」との前フリMCから演奏。ニューヨークの大富豪令嬢だった NANCY さんと PAUL は2011年に正式結婚。彼女はツアーにもいつも同行してるみたい。で、出し抜けに「THE LONG AND WINDING ROAD」。こういうドラマティックな大曲が、シレッと出てくるのがすごい。今は亡き最初の奥さん LINDA に捧げるとした「MAYBE I'M AMAZED」はソロ最初期「MCCARTNEY」収録の曲。あーちゃんとソロ音源を予習しておいてよかった!
●ちょっと先周りすると、過去の盟友ジョンに捧げたのが「HERE TODAY」ジョンが殺された事件を受けて制作されたアルバム「TUG OF WAR」に収録された曲。ジョージに捧げたのは彼の楽曲「SOMETHING」。最初は一人ウクレレで弾き語り演奏するので、これだけ軽いアレンジでやるんだなーなんて思ってたんだけど、ツアーパンフをよく読んだらこのウクレレ、ジョージの形見の品だったらしい。そこをイントロにして、後からガッツリとバンドにてアレンジ忠実再現バージョンへ。若きジョージとのフォトストリームが背面スクリーンに流れてすっごく胸を熱くさせる。あと、素朴にジョージってイケメンだと思った…。

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(ジョージの形見のウクレレで「SOMETHING」を爪弾くポール)

アコギに持ち替えて披露したのが THE BEATLES 前期(赤盤系)楽曲「I'VE JUST SEEN A FACE」「WE CAN WORK IT OUT」、ソロ初期シングル「ANOTHER DAY」「WE CAN WORK IT OUT」は個人的に思い出深い曲だわ…高校生の時に THE BEATLES にハマリ込むキッカケになった曲の一つ…ローリーってあだ名の女の子がこの曲好きだって言ってたんだよな。そういうのって結構大事でしょ。
●他のアコギアプローチはやはりバンド前期の名曲「AND I LOVE HER」に後期の名曲「BLACKBIRD」。このへんも胸アツな内容だった…特に「BLACKBIRD」にウットリ。ドラマ「GLEE」で可憐にカバーされて益々この曲が好きになった。

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(アコギを爪弾くポールの足元が高くせりあがる…)

「トーキョーでハジメテのキョクダヨ!」との前フリで演奏されたのが、ポールの最新シングル「HOPE FOR THE FUTURE」という曲。今年リリースされたのかな。アメリカのゲーム「DESTINY」という作品のエンドタイトルテーマ曲だとか。これ前日の大阪公演で、世界で初めてのライブ演奏だったらしい。原曲はオーケストラアレンジがダイナミックなものらしい…ライブでもスケールのデカいアレンジが施されてた。
●最新アルバム「NEW」からさらに二曲のシングルを。「NEW」「QUEENIE EYE」。ステージセンターに据えられたキーボードで正面を向いてプレイ。キーボード前面を飾るカラフルなカキワリが印象的だった。ステージ背面はアルバムジャケと同じ三本のネオン管でかたどったデザインも登場。

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(最新アルバム「NEW」と同じデザインのネオンサイン)

後半はポールらしいチャーミングな選曲が中心になっていく。「LADY MADONNA」のキャッチーさにウキウキ。背面スクリーンには20世紀を彩った数々の女性の写真が流れていく。ダイアナ妃、マリリン・モンロー、オードリー・ヘップバーン、マザー・テレサ、アンネ・フランクなどなど…。黒人女性として20〜30年代に活躍したジョセフィン・ベイカーのチャールストンダンス映像が、楽曲にハマってた。家帰ってジョセフィン・ベイカーの画像や動画を検索しちゃったよ。

●そして、アルバム「YELLOW SUBMARINE」から「ALL TOGETHER NOW」という曲を。ボクは、アニメ映画サントラという扱いで、本人たちもそれほど身を入れて制作しなかったという、このアルバムを実はあまり聴いてなかった…どれも童謡みたいなイメージがあって…なんとなくポンキッキっぽくて…。だからこんな曲あったっけ?みたいな印象で。でもとってもチャーミング!家に帰って慌てて「YELLOW SUBMARINE」を聴き直したね。ここで録り下ろされた楽曲って4つしかないんだけど(B面は GEORGE MARTIN が作ったスコアだけだし)、どれも安易にスルーできない佳曲ばかりだった。「YELLOW SUBMARINE - SONGTRACK」という別編集CDアルバムもある…スコアのトラックを抜いて、アニメに使われた既存曲をまとめて一枚にしたヤツ。両方持ってるのに、両方ちゃんと聴いてなかった。反省。ステージのCG演出もかわいかったよ。

イエロー・サブマリン Limited Edition Yellow Submarine Songtrack

(「YELLOW SUBMARINE」1969年と「YELLOW SUBMARINE SONGTRACK」1990年。お聴き逃しなく。)

●傑作アルバム、そしてボクの一番のフェイバリット「SGT. PEPPERS LONELY HEART CLUB BAND」からは二曲。「LOVELY RITA」「BEING FOR THE BENEFIT OF MR. KITE !」可愛らしい二曲。
「BAND ON THE RUN」は、WINGS 時代の曲だけど、たくさん聴いた曲だね。あの有名なジャケの撮影の様子を記録した映像がバックに流れた。実に約40年前、1973年。ボクが生まれた年のポールが映っていて、そのボクが40歳を越えてその曲をライブで聴いている。

●そして「OB-LA-DI, OB-LA-DA」実はボクの感涙ポイントはこの曲だった。
娘ヒヨコがこの歌を好きなのは既に書いた。ボクの父親より年齢の高い人がボクが生まれる前に書いた曲を、ボクの娘が歌詞の意味まで理解して歌ってる。その歌の中にはデズモンドとモリーという可愛らしいカップルがいて、シンプルに恋に落ち、シンプルに結婚し、シンプルに子供を作って家族を営んでいる。そしてデズモンドは勤勉に働き、モリーは歌を歌い続ける。オブラディオブラダ、人生は続くよ…。ヒヨコには「デズモンド」「モリー」という名前が珍しいらしく突然「デズモンド&モリー!」と口に出したりもしてる。そんなヒヨコには、この複雑にこんがらがった世界の中で「デズモンド&モリー」のようにシンプルに幸せになってもらいたい。この歌にそんな感情が乗っかって、思わず涙が溢れてしまった。

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●しっとりとした名曲「ELEANOR RIGBY」は、原曲ストリングスアレンジをキーボディストが可憐に再現。ポールのアコギと合わせて実に美しい響き。
●そして、ピアノで「LET IT BE」。うんうん。綺麗に締まっていくんだねー。なんて思ってたら。

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出し抜けに急展開。あの有名なイントロがピアノと共に始まる。「WHEN YOU WERE YOUNG AND YOUR HEART WAS AN OPEN BOOK, YOU USED TO SAY LIVE AND LET LIVE (YOU KNOW YOU DID, YOU KNOW YOU DID…)」来た!来たよ!「LIVE AND LET DIE」だよ!ここからこの曲は強烈なハードロックに展開するんだよ!
「SAY LIVE AND LET DIE !」ここでドカンと爆発特効!連発でドカンドカン!スピードを増すテンポ、激しいギター圧力、けたたましく刻まれるピアノの連弾、ドカンドカン!ヤッホー!痛快!ステージ上に高さ数メートルという火柱が無数に立ち上る。火薬の匂いがアリーナを包む。
●ポールの中でも特にハードなこの楽曲は、1990年に GUNS 'N' ROSES にカバーされてる。ボク自身は実はこっちのカバーの方を先に聴いたのですわ…当時やっぱり高校生。ポール自身も、ガンズのカバーを子供達(ステラとか?)が聴いて、これが父親の楽曲とは最初信じなかったとインタビューで言っている。でもこれもはやライブの定番。この爆発演出も、ロンドンオリンピック開会式と同じスタイルだわ。これアガる!
●そしてその流れで、「HEY JUDE」に突入。このつながりもロンドン五輪の時と一緒じゃないか。最後は「なーなーなーななななー」の大合唱。「ウタッテ、ジョシ!」「ウタッテ、ダンシ!」日本語でドーム全体をアオるポール。一体感!こうして、コンサート本編は終わるのでした。はーすごい。

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(「LIVE AND LET DIE」の大迫力爆発演出。アリーナに火薬の匂いが立ち込める。)

アンコール一回目は、テンポのいいロックンロールショー。「DAY TRIPPER」の有名なギターリフにテンションが上がって、そのままポールソロの「HI, HI, HI」そんで THE BEATLES ファーストアルバム「PLEASE PLEASE ME」一曲目「I SAW HER STANDING THERE」へ。王道覇道のど真ん中。

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(※ポールマッカートニーLINEアカウントより)

そして二回目のアンコール。ポールが大きな日の丸を振りながら登場。ステージの上をユニオンジャックと日の丸がはためく。ここでまたしてもビッグチューン。「YESTERDAY」をアコギでしっとりと歌い上げる。すげえなあ、名曲が目白押しだよ。
●そんで、ギターをエレキに持ち替えて、ポールがお客を煽る。「ドゥユーワナロック?ドゥユーワナロール?」大歓声!そこでまたしてもロックンロールショーかと思いきや。さらに殺伐としたギターのイントロ!わお「HELTER SKELTER」だ!史上最初のヘヴィメタルチューンと言われたり、カルト教団を組織した殺人鬼 CHARLES MANSUN にインスピレーションを与えたと言われたり。そして今でも岡崎京子〜蜷川実花〜沢尻エリカへと継承されている狂気の塊が、本物によってブチ鳴らされる!ドカドカのカオティックなジャム展開にドームが揺さぶられる!

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(「HELTER SKELTER」!ここでこれか!イントロで思わず狂喜の大爆笑!)

●ここまで終わってバンドとポールが退場しようとすると、ローディがポールにベースを突き出して、もっと演奏しろとアオる。おいおい勘弁してくれよ、いやいやこんなもんじゃダメでしょ、こういう小芝居もポールのチャーミングなところ。やれやれとベースを構えて演奏継続!湧く東京ドーム!
●そして、そんな流れからの最後の贅沢が、アルバム「ABBY ROAD」のメドレー展開。「GOLDEN SLUMBER」「CARRY THE WEIGHT」「THE END」をレコードとそのままのつなぎで演奏し切る。途中でピアノ台に駆け上がって演奏を維持するポール。八面六臂の大活躍。THE BEATLES にとって実質上最後のアルバムになった「ABBY ROAD」B面最後のメドレーを正確に披露。もうおなかいっぱいです。


●なんだかすごく清々しい気分になってしまった。先輩と一緒にグッズショップ行って、シャツ3枚買っちゃった。去年の公演が中止になったとあって、もう日本に来れなくなるんじゃないかと思ってたよ。でもこの人まだまだ元気だね。だって、3時間の公演時間ずっとパフォーマンスやりきって、その間ステージの上で水の一滴も口にしないで、わざわざ日本語MCを一生懸命覚えてる。「キョウモ、ニホンゴ、ガンバルヨ!」彼は世界各地でツアーする中、常にその国の言葉でMCできるよう最低限の発音をレクチャーしてもらうのがポリシーという。すげえよ、これで72歳だよ。
●ツアータイトルは「OUT THERE」〜ここから外へ!…まだまだボクラは先に進める。そんな希望と勇気をもらったよ、ポール!


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●あとでFACEBOOKみたら、大勢の知人たちがこの日この場所に結集してた。
日本武道館の公演にいったヤツもいる。日本武道館公演は、ポールにしてみたら1966年の THE BEATLES 来日公演以来のことだ。「あの49年前もここにいた人は手を上げて」ポールがMCで尋ねたら、少なくない人数が手を上げて応えたというポールもすげえけど、ファンもすごいね!