ムナクソ悪くなるニュースがあったので、記録しておきたい。
●この夏休みにあわせて開催されている東京都現代美術館「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展において、芸術家・会田誠さんの作品が、市民からのクレームと東京都の判断として、撤去要請がなされた、という話。
●そんでね、先に言っちゃうと、そのクレームってのが「友の会会員一名」だけだっつーのよ。一体なにそれ?

●ボク自身は会田誠さんを知った90年代から、彼と彼の作品のファンだ。
●彼の作品には、一見すると、際どいエログロ表現も登場するし、微妙にポリティカルな領域に手を突っ込むこともある。圧倒的な迫力を持つ作品もあれば、意図的に粗末な造りを採用する作品もある。その一方で奥行きの深いユーモアを備えている。がゆえに実に知的で、スリリングな作風を持った人物だと思っている。


●まず第一報としての、朝日新聞の記事を引用。

会田誠さん作品に改変要請 美術館、子ども向け企画展で 
(朝日新聞デジタル2015年7月25日12時56分)

 東京都現代美術館(東京都江東区)で開催中の子ども向けの企画展で、現代美術家・会田誠さん一家による文部科学省への批判を書いた作品について、館側が会田さんに改変などを要請していたことが24日、わかった。子どもにふさわしくないなどとする館側に対し、会田さん側からは現状のまま展示できない場合は撤去もありえるとの考えが示されている。
 企画展は18日に始まった「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展。夏休み向けに館が企画し、4組の作家が参加している。会田さんは、妻と中学生の長男と共に「会田家」として参加。3人が感じている学校制度への不満などを、白い布に毛筆で「文部科学省に物申す」と書き、「もっと教師を増やせ」などと訴える作品「檄文(げきぶん)」が問題視されている。
 都生活文化局の担当者は「会田さんの展示全体として小さい子どもにはどうなのかという声が美術館と都側から上がり、展示内容の見直しを要請した」とし、都現代美術館は「批判的だから内容を変えて欲しいということではなく、どう子どもに親しみやすくできるかを会田さん側と話し合っている」と説明した。
 また、首相に扮した会田さんがたどたどしい英語で演説する映像作品「国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ」は、日本語字幕を外すことも検討されているという。
 館側は、撤去は要請していないと話している。また、クレームではなく、展示趣旨についての質問が寄せられたとした。(丸山ひかり)


●周辺関係者、芸術家、当事者の方々のツイートなどがネットにまとめられているのでご参照ください(http://togetter.com/li/851853)。朝日新聞の丸山記者はそれなりな問題意識を持っているがゆえに、このニュースを発見しワザワザ記事化したのでしょうが、新聞記者という職業柄、中立公正的ポジションから、作家側と美術館側でバランスをとった表現にとどめている。でも、実態は作家と美術館の関係は冷静なバランスが取れてない模様。おまけに、美術館組織内部でも荒れまくってる様子で、現場キュレーターの本音と東京都当局の主張はズレてるみたい。キュレーターは上からの外圧を回避すべく知恵を絞って着地点を見いだすべく努力したようなんだけど…。


さて、その問題の作品はどないなもんなの?
6メートルの布に「檄」と題した文章を毛筆で書き殴っている作品。

会田家「檄」

このわりと乱暴な表現自体が、この作品のコンセプトなはずなので、何が書いてあるのか書き起こすのはヤボな話なんだけど、この画像じゃ認識できないでしょうから、ヤボを承知で書き取ってみましたよ。

 檄

 文部科学省に物申す 会田家

 もっと教師を増やせ。40人学級に戻すとかふざけんな。先進国は25人教室がスタンダードだろ。少子化なのに。未来の資源に予算を回せ。教師を働かせすぎ。みんな死んだ目をしているぞ。教師も生徒も放課後部活に拘束しすぎ。部活やってないヤツはダメという風潮。とにかく時間がない。もっとゆっくり弁当食わせろ。十分で食えって軍隊かよ。運動会が変。組体操やめろ。教科書に答が書いてない。回りくどい。読んでわからない本作ってどーすんじゃい。教科書が独習者の邪魔をしている。教科書検定意味あんのかよ。カラーとかカサ増しいらん。かばんが重い。早くタブレット一つにしろ。特別支援教育がただの隔離政策みたいになってる。あの教室はまるでアルカトラズ。みんな同じように行動させられる。できない人間は目の前から消される。従順人間を作る内申書というクソ制度。いつまで富国強兵殖産興業のノリなんだ。素直な組織人間作って国が勝てる時代はとっくに終わってる。多様性の時代に決まってるだろ。個人の幸福を減らし、全体の国力も減らしてやがる。一致団結とかもう無理だから。オマエらのコントロールは吉と出ないで凶と出るんだよ。オマエらの設定している学校なんてどうせ不完全。万人向けと思わずもっと謙虚になれ。道徳の時間まったくいらない。役人風情が無限の可能性を持った人の心に介入するな。大学から哲学追い出すどころか中学から道徳追い出し哲学教えろ。美術が平均週一以下だと?バカにすんな。テメエら自身がバカになってるだろ。受験テクだけでT大行って、人生安全運転で官僚コースか。そんな奴らに舵どられるから日本は小手先の愚策連発でジリ貧コースなんだよ。オマエらこそイケてる外国に行って小学校から勉強し直しならどうだ。技術の先生は菊の育て方しか教えてくれません。PTAの役員に任命されるのが怖くて保護者が授業参観に来れません。新国立競技場の問題は全部俺に決めさせろ!!アーチストだから社会常識がない。真面目に子育てやってないと言わ□□□□(最後の一行?が読めず)



●みなさん、どー思いました?
●これ、普通の市民感覚から危険なほど逸脱してますか?公序良俗に反してますか?子供に見せると有害ですか?特定個人への誹謗中傷を含んでいますか?
ボクはそうは思いません。あははは、って笑うでしょう。この手のボヤキは、会田さんのお子さんと同世代の子供を持つボクら夫婦にだって共感できる部分がある。そのボヤキをわざわざバカバカしいほどのデカさで仰々しく書いてみた。しかもマジで読んでくれなんて思ってないでしょこの表現じゃ。最後は「新国立競技場の問題は全部俺に決めさせろ!!」とか言っちゃってんだから。(会田さんは新宿御苑改造計画を黒板に呆れるほど仔細に描く作品なんかも発表してるので、競技場問題も面白い題材にしちゃうかもしれませんけどね)まーそんなノリを狙って作り手は表現してるし、鑑賞者もそこは汲んでいかないと始まらないでしょ。
●しかし、現役中学生の息子さんをも当事者にして家族三人の意見をココにまとめてることは、企画展のテーマ「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」というお題に対して、実に真っ当な受け止め方ですよね。「だれの場所?」って言われて、子供を排除するのは変ですよね。ただ、この美術館は、おとなの場所でもなく、こどもの場所でもなく、作家の場所でもなく、鑑賞者の場所でもなく、たった一人のクレーマーと東京都の場所だったことが判明したわけです。彼らからみて邪魔なものは排除される場所なのです。


さて、会田誠さん側からのステートメントが発信されたので引用してみます。
http://m-aida.tumblr.com/

東京都現代美術館の「子供展」における会田家の作品撤去問題について
会田誠
2015年7月25日

 東京都現代美術館(MOT)で現在行われている「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」展に、僕と妻・岡田裕子と息子・会田寅次郎の三人からなる「会田家」というユニットは参加しています。僕ら3人は当展の担当学芸員である藪前知子氏とチェ・キョンファ氏と去年から小まめに連絡を取り合い、準備を進めてきました。
展覧会が始まって約1週間がたった7月23日と24日、美術館を代表する形で、チーフキュレーターの長谷川祐子氏と企画係長の加藤弘子氏から、出品作のうち2作品に対する撤去要請がありました。理由は、観客からのクレームが入り、それを受けて東京都庁のしかるべき部署からの要請もあり、最終的に美術館として協議して決定した、と説明を受けました。
2作品のうち1つは、僕たち3人が共同制作した「檄」という、墨文字がしたためられた6メートルの布の作品。もう1つは僕が去年作った「国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ」というビデオ作品です。後者についてはまたの機会に譲り、今回は「檄」についてのみ、その制作意図を書いて、今回の撤去要請が不当であることを訴えたいと思います。「檄」は三人の作ではありますが、発案者は僕であるので、とりあえず僕が一人で書きます。

まずこの作品は、見た目の印象に反して、いわゆる「政治的な作品」ではありません。現在の政権や特定の政党を、利する/害するような文言は一言も書いてありません。文部科学省という役所全体に対して、不平不満を述べているだけです。公立ではなく民間の場であっても、芸術を使って政治的アピールはすべきでない、というのは僕のいつもの基本方針です。芸術の自律性を大切にしたいがための、自分用の戒めみたいなもので、他者にも求めるものはありませんが。
また、この作品には全体的にユーモアが施されています。「檄」と大書された墨汁がほとばしるタイトルに反して、文章の内容は全体的には穏健なものです。特に自衛隊によるクーデターを呼びかけた三島由紀夫の「檄」に比べれば、脱力感漂うヘナチョコなものになっています。そういう「竜頭蛇尾」的なユーモア構造が全体に仕掛けられています。

文章の内容はある意味「大したことないもの」です。特に穿った意見がそこに書かれているわけではありません。我が家の食卓で話されてきた日常(すなわち自分たちが美術家夫妻であるという自意識も薄れているような日常)会話のうち、「日本の教育への不満」を抜き出したものがベースになっています。息子は一生徒としての、妻は一保護者としての体験的な実感を述べていて、僕はオヤジ臭く「国家百年の計」のようなことを主に述べています。
もちろん誠実に、本心のみを書いたことは言うまでもありません。家族3人の意見の比重が同じになるように、分量を調整しました。また3人の意見がバラバラである状態もそのまま示しました(それを無理矢理ミックスしたので、日本語としておかしい部分がたくさんあります)。

現代の日本の家庭なら、ごく普通にありうべき不平不満だと思います。しかし完璧に国民的中庸な意見とは言いません。「当然偏りはある」という前提で読んでもらうべき、「一家庭における一サンプル」にすぎません。

「個々人が持っている不平不満は、専門家でない一般庶民でも、子供であっても、誰憚ることなく表明できるべきである」というのは、民主主義の「原理原則」「理想」です。簡単に言えば「我慢しなくたっていい」「声を押し殺さなくていい」——その基本的な人生態度を、僕は子供たちにまずは伝えたいと思いました。その態度を少し大袈裟に、少しユーモラスに、そしてシンボリックなビジュアルとして示そうとしたのが、この「檄」と名付けられた物体です。

またこの「檄」は、そのような「理想」が内包する矛盾も意図的に示しています。誰もがこの現代美術館のような、天井高6メートルの空間に垂れ幕を掲げられる機会が与えられるわけではありませんから。みんながそれをしたらこの世は垂れ幕だらけになってしまいますが、その笑ってしまうような光景を幻視したうえで、社会とは何かを考えるのも良いことだと思います。
けして美術家ではない一般中学生である息子の参加を要請した上で、「ここ(=美術館)は誰のもの?」という難しい問いを投げかけた、担当キュレーター藪前氏&キョンファ氏に対する、僕なりの反応の一つが「檄」でした。民主主義や公共性というものは、突き詰めて考えたらとても難しいものです。不公平にもアピール度が突出した「一家庭の意見」のアイロニカルな姿を見て、たとえ子供であっても直感的に何かを考え始めてくれないだろうか……と、僕はアーチストとしてその跳躍性に賭けたいと思いました。

―――――――

次に「内容が子供展に相応しくない」という意見に反論します。
ここに書かれているのは日本国の教育制度に関する話——いわば「大人の事情」ですが、そのようなものを子供たちの目から意図的に遠ざけ隠す行為は、基本的に良くないことだと僕は考えます。
たとえば、僕は小学校時代「道徳」の授業に漠然とした違和感を感じていました。その理由の主なもの——戦前の「修身」がGHQにより禁止され、再び姿を変えて復活した——といった歴史的経緯は、ずっと後になって自発的な勉強によって分かりましたが 「小学生の時から誰か大人に教えてもらいたかったよ!」と強く思ったものです。僕はまったく聡明な子供ではありませんでしたが、そう思ったので、聡明さの問題ではないと思います。
「大人たちの作った世の中の仕組みは、ただ従順に信じるのではなくて、つねに疑いの気持ちを胸に秘め、警戒して生きてゆく——そういう“背伸び”はした方がいいんだよ」という、これは僕から子供たちへ伝えたい大切なメッセージです。
「ものごとを疑う精神」というのは、人間の知性にとって最も大切なものと僕は考えます。それは20歳で成人してから、突然行使する権利が認められるような類いのものではなく、それこそ「物ごころついた時から」着々と育んでいくべきものと考えます。いわゆる「思春期の自我の目覚め」で突然それに目覚める、その「遅さ」ゆえの「爆発」こそが、できれば避けるべき事態だ——というのが私の考えです。
その考えに基づいて僕は「檄」を始め、この展示全体を構成しました。この展示は「子供展」という枠組みに対する無視などのはずはなく、むしろ熟考の結果です。

———————

最後に「クレーム」について。
7月24日の話し合いの時に長谷川、加藤両氏から「観客からのクレームがあり、東京都庁のしかるべき部署からも要請がきたので、美術館としても協議し、撤去の要請を決定しました」と、僕は言い渡されました。
 僕は会場で公開制作を続けていて、観客の暖かい反応に接してきたので、そのクレームの話と自分の実感のギャップが気になり、ふと「何件のクレームが来てるんですか?」と聞きました。返答は「友の会会員が一名」というものでした。僕は一瞬耳を疑いました。てっきりたくさんのクレームが来ていて、その対応に追われているイメージだったので。僕が具体的な人数を質問しなければ、そのまま人数は教えてくれなかったでしょう。また「その東京都庁の部署はどこでしょうか」と尋ねたところ、「それは言えない」という回答でした。
このように、クレームの相手(の種類や量)を僕にまったく見せないままに、この撤去要請は行われました。これでどうして僕が「納得」できるというのでしょうか。



●どうですか?
●ご本人すらが「脱力感漂うヘナチョコ」と言ってます。「文章の内容はある意味「大したことないもの」です。」とも言ってます。なおのこと、あははは、と笑っていいものだと思いました。しかし、これは芸術作品です。ただの落書きではありません。職業的作家が知的生産物として発信するものです。
●一方、この作品の重要なポイントに言及しています。「『個々人が持っている不平不満は、専門家でない一般庶民でも、子供であっても、誰憚ることなく表明できるべきである』というのは、民主主義の『原理原則』『理想』です。簡単に言えば『我慢しなくたっていい』『声を押し殺さなくていい』——その基本的な人生態度を、僕は子供たちにまずは伝えたいと思いました。」少々デタラメでも、好きなことを言える社会が望ましい…これって、子供にとって有益なメッセージですよね。
●こんなにソーシャルメディアが発達しても、言いたいことをきちんと言える環境は整っていません。中学生になって LINE を始めたボクの娘は、友人の間で摩擦の起きない無難な立ち振る舞いに余念がありません。夏休みにとしまえんのプールに行こうというだけで、グループや派閥が関与して頭数が整わないほどです。これをうまくさばければリア充で、さばけなければコミュ障。なにこれ?楽しい社会か?美術館くらい、自由でいいじゃんかよ。

「アーティスト」なら自由な発言をしていいのか?
●と、角度の違う視点からイチャモンをつけてみましょうか。「アーティスト」なら、好きなことをマスメディアで発言したり、音楽に乗せて歌ったり、文章を書いて本屋さんで売ってもらったりできる。普通の人はできません。これは不均衡では?これは、このケースにおいては間違っているケースです。ここには「質の違う」不均衡があります。
「アーティスト」である以前に、会田誠さんは一個人の責任においてこの表現の自由を行使しています。彼の今後の活動が抹殺される可能性があるかもしれないリスクと責任をとって、彼は彼の固有名詞の上で発信しています。しかし、彼に作品を撤収しろと要請した側の人間は、誰だか全くわかりません。たった一名のクレーム発信者が、この作品のどこに疑問や問題を感じたのか?その見解は不明です。これは表現の自由の行使ではありません。文字通りの「無言の圧力」です。東京都庁の誰が何の責任において撤去する必要を判断したのかも作家に説明がなされていません。これは、作品表現をめぐっての自由な議論ではないのです。一方的な「圧力」なのです。この「圧力」に正当な根拠があるのか、いまのところちっともわかりません。おかしい。
「芸術」は実験です。科学分野で最先端技術が実験や試作を重ねて研究開発されるのと同じです。「芸術」は人間の知的創造の最先端を突き詰める実験であり、美術館はその試作機を設置する実験場なのです。発明技術そのものが対象になる科学分野の実験は、非公開で行われることが普通でしょう。しかし、芸術分野の知的創造は作品そのものだけにとどまらず、その作品をハブとした人間と人間のコミュニケーション、受け手側に起こるエモーショナルな作用までが一連のコンテキストとしての「実験」を構成します。だから公共的空間に公開されるのです。美術館の社会的位置付けは、その知的実験を奨励して、簡単には商用化し得ない最先端分野の探求を支援すること、そしてその成果をアーカイブすることなのです。ボクはそう思います。商用化レベルに落ちれば、それは世間に普及してエンターテインメント産業に寄与するでしょう。
●職能としてのエンジニアや研究者が敬意を払われるように、アーティスト、職業的芸術家もその働きに応じた敬意が払われるべきです。彼らの仕事は困難です。非言語され得ない、または言語化される以前の感覚感性の領域が彼らの探求エリアです。そこには簡単な解釈ができないものがゴロゴロと広がっています。スティーブン・ホーキング博士の物理学の論文が素人に手にあまるのと比較すればイメージはたやすいでしょう。でも、本当はそれ以上に芸術家は困難です。前述した通り芸術は作品制作から受け手側への作用までを包含した行為なので、解釈が困難であっても、ある程度の数の観衆からのなんらかの解釈を前提としなければいけませんから。最先端の研究者サークルと学会で意見交換するのとは質が違うのです。だからピント外れの解釈が生じることは当たり前のようにあります。今回もそのケースの一つでしょうし、たった一人のクレーマー氏も素朴に意味がわからなかっただけだと思うのです。
●しかし、現場キュレーターの意見をも無視して(会田氏はキュレーターと良好にヤリトリしていたはずです)、東京都が、その根拠も明らかにせず撤去を要請するという事態は、実験場としての公立美術館の存在意義を否定する自殺行為です。ここにハッキリとした違和感を感じるのです。これ、行政の芸術家への無理解ってことですか?



もうこの辺は蛇足なんだけど…本当に公教育と美術のナンセンスって呆れ返るもんで…。
●ボクが暮らす世田谷区の全ての中学校一年生は、毎年夏休みの宿題として「世田谷美術館に行って美術鑑賞レポート」ってのを課せられる。「美術に自発的に触れるチャンスを」という発意らしいけど、なんで世田谷美術館限定なの?ってのが疑問。だって世間にはこんなにたくさん美術展があって、中学生に対して美術の世界へのイントロダクションにふさわしい美術館はもっとたくさんあるでしょう。パパが選んでやるよ面白いところを!ムスメ「だめーいくとこ決まってるのー」自分の庭であるハコモノ施設への誘導&収益維持って魂胆が見え見え。
●じゃあ、美術館選びに自由がないなら遠足みたいに学校単位で子供連れてけよ、と思うでしょ。そしたら保護者への説明に、学校単位/クラス単位という大勢での美術鑑賞はよい環境ではないので、各自が好きなタイミングで個別行くという方針、的なことがワザワザ書き添えてあった。コレ学校が仕切るのがメンドクセエってことにイイワケ言ってるだけじゃん、とさらに呆れる。学校すらがウザがってるこの施策、誰トクなの?
●ボク個人は世田谷美術館も価値ある企画展をしかけてる時もあると思ってる。学生の頃よく行ってたし。しかし中一のムスメにオススメかと言えばどうかと思う。今年の夏の企画展は「金山康喜のパリ〜1950年代の日本人画家たち」…渋い。コレでレポート書かせて、何も知らない中学生が自発的に美術館に通うようになると正気で考えてるヤツがいるとすれば、そいつは美術全体を舐めてる。夏休みのレポートのために、こんな企画展を用意しましたよ!ってホスピタリティがあれば嬉しいが、なんでもいいから絵を見せとけ、としか感じ取れない。

●そもそもで、会田家作品「檄」は、本当に公教育に対する痛快な皮肉をユーモアたっぷりに発信する内容なんですよ。皮膚感覚でいつも思う学校への不信感にすげーフィットしてるんですよ。価値があるんですよ。
●あの「内申書」のくだり!うちのムスメは「内申書、ダイジョウブ!先生にいっつもゴマすってるもん!」とアッケラカンな割り切り。三者面談で先生に会ってみたら、ムスメ個人の学校での様子の説明はゼロ。この先生、うちのムスメ見てないとハッキリわかる。一方で、この内申書の仕組みをご丁寧にたっぷり説明…都立高校進学に内申書ってすごく重要らしいからそんなことしゃべるんだろうけど、中学一年生の一学期でそんな心配まだしてねえよコッチは!新しい環境でムスメがクラスに馴染んでるのか、楽しく暮らしてるのか、普通に教えてくれよ。だから会田さんに「死んだ目」とか言われるんだよ。「教科書に答が書いてない」とか本当に笑った。本当に書いてないだもん。


昨晩は、アニメ「図書館戦争」を見てた。焚書のディストピア世界。
芸術家の表現を行政が圧殺するこのニュースを見て、Huluでこのアニメ配信があることを思い出す。「メディア良化法」という法律のもと、武力をもって出版物を書店から押収廃棄するメディア良化隊と、それに対抗して図書館が出版物を守るために特殊部隊を組織して武装防衛するという話。荒唐無稽と思いながらも、同調圧力がシャレにならない今のご時世の中にあっては笑えない設定。


スポンサーサイト

ここにきて、突然いろいろな人からお食事のお誘いが殺到。
●うわーサバけないよー。ただでさえ残業を少なくしてるのに、お付き合いしてたらたちまち虚弱なボクはパンクしてしまう。マックスでも週二回以内に止めないと死ぬ。ということで、優先順位に悩みながら8月中旬くらいまでの長いプランニングをしたりして。
●でも、本当は大歓迎なんですよ。異業種の人たちに会うって楽しい。電子書籍系、スマホゲーム系、配信サービス系、インタラクティブデザイン系、昔の同僚や先輩たちにも声をかけてもらってる。元来シャイなボクには貴重な場面だからね。音楽サービス系にはこちらからアプローチ。あ、あと出版社にもプレゼンをしなくては。…でもね、セーブしないと体が持たないんでね。うまくいかないねえ。


APPLE MUSIC で今日聴いてたのは…。
808 STATE「GORGEOUS」1992年。UKテクノハウス。懐かしい!
THE SMITHS「MEAT IS MURDER」1985。痩せるためにベジタリアンになってみようかな…とか口に出したら、料理レパートリーの幅が狭いワイフがきっと逆鱗するだろう。同僚で、最近「不食」に凝ってるヤツがいる。死んだら困るんだけど。
THE VERVE「NO COME DOWN」1994年。B-SIDE集。「GRAVITY GRAVE」って曲が好きで。グラストンベリーのライブ音源がここに収録。
●ていうか、過去に聴き倒した、すでにCD持ってる音源を懐かしがってるだけじゃないか。これでは攻めのリスナーにはなれぬ!
●で、鳴らしてみたのが ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA「OUT OF THE BLUE」1972〜1978年。確かに初めて聴くんだけど、古いよね…。さすが JEFF LYNN 師匠のバンド、アレンジが丁寧でよいなあと感心しちゃったけど、新しくないよね。
●あれえ。定額制ストリーミングサービスって、ナニゲに人を懐古趣味に引きずってしまうのね。むむむ。


●一方、AWA の方ではヨソさまが作ったシューゲイザー系のプレイリストがあったので、それを聴いて通勤する。THE JESUS AND MARY CHAIN「HEAD ON」が入ってて懐かしいねーなんて思って。でもそこには初めて聴くバンドもあったりして。SILVERSUN PICKUP ってタワーレコードでチラッと見たことあるような気がするけど音楽初めて聴いた!おおカッコイイじゃん!
その時に起こったボクの欲望に、ボク自身がとても戸惑った。ボクは素朴に、この SILVERSUN PICKUP のCDが欲しい!と思ってしまった。そしてその直後に思った。ちょっと待て、このバンドの音楽は AWA で聴けるんだぞ、なんでCDを買う必要があるんだ?しかし、ボクの欲望はハッキリとCDで欲しいんだと叫んでいる。むむむ?コレナニ?
●これ、本当に中毒じゃん!ボクの本性がCD買わないと気が済まないとさ!CDという対象へのフェテシズム?買う行為に対してアディクティブになってるの?本当に「音楽中毒」じゃないかよー。
●なんだか、自分の欲望がどこ向いてるんだかよくわかんなくなってきた。定額制音楽配信サービスと、どう向き合っていいんだか、本当によくわかんなくなってきた…。


もうこのついでだから、今日はシューゲイザー系バンドで行こう。

THE PAINS OF BEING PURE AT HEART「BELONG」

THE PAINS OF BEING PURE AT HEART「BELONG」2011年
●シューゲイザーとしてのノイズカタルシスやウィスパーボーカルなどなどのお作法を十分に押さえながら、キラキラのキャッチーなメロディがギターポップとしてメチャメチャ高機能でタマラン。シューゲイザーは陰鬱でなきゃみたいな偏見から自由になってて実に清々しい。80〜90年代のシューゲイザー世代であるボクから見ると、もう眩しくて眩しくてクラクラ。新世代のシューゲイザーってこういうことなのね、と圧倒されたですよ。
●実はこの盤を入手して聴いたのは比較的最近…去年暮れくらい?もっと早く聴けばよかったよーと思った。聴かなかったのは、2011年当時にネットからフリーダウンロードで入手した彼らのライブ音源が、そんなにイケてなかったから。このアルバムで目玉になってる楽曲を5曲まとめた内容だったんだけど、少々雑に聴こえてね。ただこのアルバムに関して言えば、プロデュースが FLOOD、ミックスが ALAN MOULDER と90年代UKロックを支えた職人が関わってるってわけで。そこの匠の技で磨きがかかってる。
●男女のツインボーカルってところもナイスなポイント。女子ボーカル兼キーボードの PEGGY WANG がオリエンタル系の女の子ってのも親近感がわく。すげーカワイイとまでは言わないけど、ASOBI SEKSU BLONDE REDHEAD のようなシューゲイザー系バンドにも女性東洋人(日本人)メンバーがいるのを連想させる。そういうのに好感が持てるのさ。

RINGO DEATHSTARR「MAUVE」

RINGO DEATHSTARR「MAUVE」2012年
リンゴ・スタースターウォーズのデススターを掛け合わせたダジャレのバンドに興味を持ったのは、このトリオでベースを務める ALEX GEHRING という女性の佇まいがクール過ぎたからだ。TUMBLR のタイムラインに流れてきた彼女はスラリとした長身とロングヘアが可憐で、まるでモデルさんのよう。そんな彼女が静かにベースを構える。ほれてまうやろ!完全にビジュアル先行。そんで音源に到達してみたら、これが見事にシューゲイザーだった。
男女のボーカルが入り混じりながらギターノイズの海に沈んでいく様子は、見事にサイケデリックであって、ある意味で 御大 MY BLOODY VALENTINE 〜 THE JESUS AND MARY CHAIN 直系。90年代育ちのボクにシックリきまくってしまう。力任せにパンキッシュな展開もあり。プロフィール見るとテキサスのバンドなのね。なんか意外だわ。ニューヨークっぽいと勝手に思ってた。アルバム終盤に「SASAZUKA STATION」(=笹塚駅)という曲がある。ご近所だけどなにかご縁でも?

MY BLOODY VALENTINE「MBV」

MY BLOODY VALENTINE「MBV」2013年
さて、本家登場。もうコレリリースされた時はビックリしたわ…。1991年の大傑作「LOVELESS」 が神格化されてるけど、その膨大に膨らんだ制作費で当時所属してたレーベル CREATION が倒産寸前まで追い込まれたほどの遅作家として知られるこのバンドの中心人物 KEVIN SHIELDS が、まさかこのバンドの名前で新音源作るなんて想像できなかったもんね。もちろん、この「LOVELESS」で人生傾いちゃった人は全世界に大勢いるし、ボクもその一人に間違いないので、彼の動向はずっと気になっていた。一時期は PRIMAL SCREAM のギタリストになってた…PRIMAL SCREAM THE STONE ROSES MANI のことも面倒見てたから、大切な才能をシーンに結びつける大事なバンドなんだね。ソフィアコッポラの映画「LOST IN TRANSLATION」のサントラに音源を提供したと聞けば、わざわざ買ったりもしたよ。カナダ・ケベックのコンテンポラリーダンス集団 LALALA HUMAN STEPS とコラボしたと聞けば、このサントラまで買ったよ。でもね、まさか MY BLOODY VALENTINE の新作が聴けるだなんてマジマジで想像もしなかったよ。二回も同じこと言っちゃったよ。ともかくこれは大事件で、発売週にタワレコへ速攻で買いに行ったね。
●で、さっと聴いた印象を思い出すと……あれ?ちょっと大人しくなった?…なんて感じたんだけどね。でも何回か聴くと解る…この世界が歪んで溶け落ちる瞬間のような絶妙な感覚…まるで錆まみれに朽ちた廃墟の中を彷徨うような気持ち…本物だけが醸す魔術。
●ただ、アルバム終盤に突入すると、甘美な魔術がいきなり劇毒に変わって耳を焼く。いきなりギターノイズの質が変質して凶暴な表情に変わる。これは悪意じゃないのか?夢から覚めてこの暴風に立ち向かえと強いているようだ。手強い…本物はやっぱり手強い…。



●今朝はセミが鳴いてる。台風が過ぎ去って、夏を連れてきた。


娘ヒヨコのバレエの発表会があったのですよ。
3歳からバレエを始めたヒヨコ。中学生になってとうとう10年目に突入。
●幼稚園時代に始めた仲間たちのほとんどが脱落して、たくさんいた同期生たちももうわずか1〜2名程度。ここまでで激しい淘汰があったわけだ…。その一方でこれからはどれだけの気合でバレエに挑むかが問われる。さらに高い次元って?レッスンの量を増やして週5回通うのか?コンテストに出て表彰されるのか?もっと高いレベルのためには有名スタジオへ移籍して高名な先生に師事して、最終的には海外留学…。果てしないぞ。これじゃ山岸凉子「テレプシコーラ」の世界じゃないか。ヒヨコ、そういう世界に突入するのか?イイ役もらうために誰かを陥れるのか?ヒヨコ「違うんだよーバレエってのはそういうもんじゃないんだよー!ヒヨコは楽しくて踊ってるの!コンテストとかどうでもいいの!」…おお、そういうもんなのね。
発表会だけの縁とはいえ、10年間も見てるとヒヨコの先輩後輩たちの成長も気になるよね。ヒヨコの一年上、ノマドの幼稚園のクラスメイトだったマリちゃんは、幼稚園児の初めから美少女だと思ってたのだけど、最近は手足が綺麗に伸びてグッと大人になってしまって…佇まいが実に立派になった。実力も認められているのか、さらに年長のお姉さんとともに、ヒヨコよりも1ランク上の配役を見事にこなしてる。…ヒヨコも、ぷよぽよな赤ちゃん体型からだいぶ進化したと思うんだけど、マリちゃんみたいな可憐なスレンダーっぷりを見ると、さらに絞り込まなくては、と心配になるわな。ワイフも危機感満載だけど、しかしヒヨコ本人が一番自覚が薄い。クラスで唯一給食をオカワリする女子として先生から「今日はゴハンがあまってるぞヒヨコ!」と声かけられるらしい。
ワイフも保護者としての10年のキャリアを重ねてしまったので、発表会のバックヤードでちびっ子クラスの世話係にガッツリ関わっている。かつては自分の娘とその友達たちの面倒をみてたのに、もう世代交代して直接は無縁な小学生以下の子たちの着替えとかをケア。ヒヨコたちはメイクも自分たちでこなせるようになってきた。最近は友達と集まってメイクの練習をしたりしてたもんね…あくまでバレエの舞台メイクね。普段のメイクは無理よ、ポテトのような顔をワイルドネイチャーなままに晒して暮らしてます。
●あとね…ボクも一応バレエと10年の付き合いだけど、発表会はどうしても寝てしまうわ…ヒヨコの出番以外はほとんど起きていられなかったわ…。


前回記事に続いてクランク、そしてスナップ。

SOULJA BOY TELLEM「SOULJABOYTELLEMCOM」

SOULJA BOY TELL'EM「SOULJABOYTELLEM.COM」2007年
クランク系としてはやや後発の印象が。ただ、そのズルムケさ加減に衝撃。おそろしくチープで乱暴なトラックに、荒削りのラップを乗せてガナリまくってる。サウス系の中でもかなりエグいスタイル。クランクってここまで音楽的に粗末でも成立するのかよ!?とビックリしたもんですわ。キワモノです。つーかそのキワモノぶりをしかと確認するために買ったようなCD。評論家受けも最悪だったはず。あの ICE-T「過去のヒップホップの伝統に比べてこいつはゴミだ!」と発言したほど。
●この男、最初は YOUTUBEMYSPACE で自分の音楽を発信してた…15歳から17歳ごろにね。特徴的な振り付けダンスまで添えて。トラックも自作、ラップも実演、ビデオは低予算。でも爆発的再生回数を稼いでいた。そんな代物に目をつけたのが、アトランタのプロデューサー、MR. COLLIPARK。彼がこの動画を面白がって、新世代の音楽として売り出した…そしたらたちまちプラチナヒット。18歳にはメジャー契約を手にした一流スターですわ。YOUTUBEの出現が2005年だから、この手の「YOUTUBE経由ブレイク」のケースとしては早い時期の例だと思う。その後だれもが一発屋で終わると思ってたのだけど、未だ24歳の彼はコンスタントに音源をリリースしてる模様。

YING YANG TWINS「USA - UNITED STATE OF ATLANTA」

YING YANG TWINS「U.S.A. - UNITED STATE OF ATLANTA」2005年
「アトランタ大統領」を名乗る二人組は、前述の MR. COLLIPARK がフップアップしたアーティストで、SOULJA BOY TELL'EM にすれば一応先輩格。クランクのスタイルができる2000年ごろから活動していたので、クランク大王 LIL JON との付き合いが深い一方、クランク一色の芸風というわけでもない。サウス系特有のエグミは少々ありますが。
●ここでの重要曲は「WAIT (THE WHISPER SONG)」だ。トラックの要素を際限なく絞り込んで、とうとう指ぱっちんのスナップ音とTB-303のベース音だけにしてしまった代物だ。そこまで要素を絞り込んだ上で、曲名にあるように、いつものガナリラップも封印、ヒソヒソのささやきラップにしてしまった。これぞクランクからの発展系スタイル、スナップだ。スナップ自体は2000年以降からアトランタのアーティストたちによって開発研究されていたが、ここまで象徴的な形でブレイクしたのはこの曲が初めてでは。その意味でこのアルバムの価値はデカイ。

YING YANG TWINS「MY BROTHER ME」

YING YANG TWINS「MY BROTHER & ME」2004年
●オリジナルアルバム「ME & MY BROTHER」2003年のリミックスアルバム…というか完全にオリジナルアルバムと勘違いして買いましたわ…。サウス系人脈、JUVENILE、BONE CRUSHER やガナリ屋稼業の大物 FATMAN SCOOP などなどとお互いの楽曲をリミックスしあってます。サウスバウンスのチキチキと太いベースがいいねえ。

D4L「DOWN FOR LIFE」

D4L「DOWN FOR LIFE」2005年
●彼ら4人組の出世シングル「LAFYY TAFFY」も完全なスナップだ。シンプルすぎるベースにロービットなシンセループ。そしてチキチキに指ぱっちん。スカスカすぎる。チープすぎる。恐ろしいほどのロービットぶりが驚異的ですわ。そこにガナリ系ラップがかぶさる。トラックがスカスカな場合に人数がいることは有利だわな。結果的に完全にキワモノってわけなのだけれども、これがなぜか全米一位を獲得。スゲエ。
●2005年前後のアメリカ・ヒップホップは毎年のように新しいビートが出てきて、それが一瞬の流行を作る。そんな風潮があったような気がする。バウンス、クランク、スナップ、スクリュード&チョップド、ハイフィー、レゲトン、オリエンタル風味も流行ったね。その中で出てきた突然変異って感じだったね。

SHAWTY LO「UNITS IN THE CITY」

SHAWTY LO「UNITS IN THE CITY」2007年
●ユニット D4L は前述「LAFFY TAFFY」で見事ヒットを成すがそれこそ完全に一発屋になってしまって。そこで中心人物のラッパー SHAWTY LO だけが独立してソロをリリース。
SOULJA BOY TELL'EM D4L が採用してた一発勝負のヘタウマ路線を、ここでは大きく修正して、初期 T.I. のトラックに見られるような実直なトラップミュージックのグルーヴを採用。打ち込みシンセのみのトラックでありながら、ペタペタした軽いスネアをファンキーかつダークに機能させて独特の粘り気を漂わせていく。シンセの美メロが一瞬ハッとするほど可憐な場面もあったりで、ナニゲにルードなサウスモノと片付けられない魅力がある。時にそれがトランシーにも聴こえたりもして。「LIVE MY LIFE」って曲のことなんだけど。むむむ、あなどれないなあ。

THE PACK「BASED BOYS」

THE PACK「BASED BOYS」2007年
スナップのシンプルさを逆手にとって、クールな質感のトラックを獲得、それをナードラップ風のヤワいラップを軽やかに乗せる新感覚が絶妙。代表曲「VANS」はスニーカーのことしか歌ってないみたいだしね。一般的なサウス系と雰囲気が違うのは彼らが西海岸はサンフランシスコ〜バークレーの連中だからか。どちらかといえばハイフィー文化圏か。フューチャリスティックなテイストはその延長にあるのかな。



●動画もつけとこう。
... 続きを読む

すっかり、ブログ更新から遠ざかってましたわ。
●なんか、7月クソ忙しいぞ。全然落ち着かないぞ。すっごく疲れちゃってる。

今週は、「集団的自衛権」関連法案の衆院通過のタイミングで。
●ボクが毎月通ってる病院は、溜池山王〜国会議事堂前駅が最寄りでね。普通にクスリもらおうと思って午前中のこの辺を歩いてたのですよ。…確かにいつもと違う出口から出てしまった、首相官邸の玄関に一番近い場所に出てしまった。そしたら警察官の数がすごくってビックリ。デモ隊の人は全くいないんだけど、警察官は視界の中に50人くらいいて。ああ、ここ昨日からニュースの現場になってたんだな…。無自覚だったわ。
●さて、病院まで数百メートルを歩くか、と思ったら、お巡りさんが声かけてくる。いつもヘッドホンをしてるので一瞬何言ってるかわかんない。え?すいません、なんですか?「おたくさん、どこに行くんですか?」え…あのビルに入ってる病院に行こうとしてるんですけど…。横断歩道を渡ったらイキナリお巡りさんがボクの前に立ちふさがる!思わずお互いのデコがぶつかりそうになったよ。「あなた、どこに行くんですか!」いやいや、あのビルの病院に…目的地はすでに見えてるんですよ、その短い距離でなんでお巡りさんが突っ込んで来るんだ?さらにテクテク歩いてたらもう一回!「どこにいくんですか?」えー!
●つーか、みんな他の人たちは普通に歩いてるのに、なんでボクだけに絡んでくるのよー!ボクの髪の毛がボサボサだから?ヒゲ面だから?ドクロ柄のアロハシャツきてたから?バックパックがでかいから?ボクそんなに怪しい人物に見えるの?なんだかすごくショックを受けちゃったよ。家に帰ってからワイフに報告したら笑われたよ。
この国がファシスト政権みたいな状況になった時、ボクみたいな風体のヤツはすぐにしょっ引かれて「オマエ怪しいことしてるんだろ!?全部白状しろ!」とかされるのかなあ。いやだなあ。もしかしたら歴史の転換点になるかもしれないその日のことを、そんな個人的な記憶に結び付けておこう。


●あとね、近況といえば…。
あ、「知的財産管理技能検定2級」、なんとか受かったっぽい!

「知的財産管理技能検定2級」

●この前、神保町の日本大学三崎町キャンパスってトコロで試験を受けてきた。
●で、翌日公式サイトで発表された解答を突き合わせたら、合格ライン超えてる模様!
●正式合否発表は8月末だから、まだ安心しちゃダメだけど…。
でも、うれしい!やったー!全然自信なかったからねえ。なんか大逆転な気分だよ。

コドモたちが受験勉強してるのを見てて、ボクもナニかを自分に課した方がいいんじゃないか?と思ったのが今年1月。せっかくだから今の仕事と縁がありそうな資格にチャレンジしようと思ったのさ。それが「知的財産管理技能士」
●そこからテキストを買って勉強を始めて、3月に「知的財産管理技能検定3級」の試験を受けてクリア。法律の勉強なんてしたことなかったから新鮮だった。そのままの流れで「2級」の試験を申し込む。あんまり安くない受験料もカードで支払う。テキストも新しく2級のを3冊買ってきた。
そしたらこれが別格で難しいんだ!知的財産権関係の法律とか条約をアタマに打ち込むんだけど、3級と2級じゃ当然ながらレベルが違う。試験範囲は一緒だけどより突っ込んだデティールまで理解しておかないとダメ。過去問やっても合格条件の正答率80%なんかに到底届かない。つーか普通にやってると6割が限界。3級でも7割強しか点数取れてなかったのに、2級はさらに高水準を求めてくる。ヤバい、このままじゃ捨金になるぞ。おまけに残業が多くて、まとまって勉強できる時間が確保できない。週末だけはしっかりやろうと思って、カフェやファストフードでせっせと勉強しましたよ。1月から作ってきたまとめノートは8冊目に突入。
●で、最後の付け焼刃と思いながらも、テストの前々日から当日の朝までで、十数時間くらい追い込みの勉強をやったら、やっと過去問で7割後半の点数が出せるようになってきた。具体的にはあと二問正解すれば8割に乗るってわけだ。こいつは、もしかしたら勝ち目があるかも?どうかなー?本当に微妙だなー!
●試験は午後からだったから、当日も朝5時に起きて勉強。だから眠くなっちゃって。試験直前までブラックブラックガムを3枚クチに放り込んで眠気を飛ばして、集中力を持続させたです。試験終わって、神保町マクドナルドで休憩したら、2時間くらい動けなくなっちゃった。安定剤飲んでクールダウン。
●勉強して思ったことなんだけど、法律って思った以上にナマモノで、細かい部分でどんどん変化してる。テキストで覚えたことを検索して最新の記事を読んでみるとルールが変わっちゃってる!と驚くことが多かった。申請期限が30日だったのに3ヶ月に伸びてたり、利害関係者しか請求できなかったモノが誰でも請求できるようになってたり。本番の試験で初めて見た言葉もあったな…「特許審査ハイウェイ制度」とか最新すぎてテキストが間に合ってなかったよ。

「知的財産管理技能検定1級(コンテンツ専門業務)」が次の目標なんだけど、もう来年の半ばまで試験自体が行われないんだよね。時間が空いちゃうから…「ビジネス著作権検定・上級」ってヤツを今度は狙ってみようかな?実は一体何の役に立つのかわかんないんだけど!



00年代アトランタ・クランクとR&B。

CHERISH「UNAPPRECIATED」

CHERISH「UNAPPRECIATED」2006年
●なんとなく女子R&Bを聴く雰囲気…でアレコレを激安ブースから拾い上げてる昨今。「チェリッシュ」なんて可愛らしい名前と見せかけて、一曲目の「THAT BOI」シングル曲の「DO IT TO IT」がこの当時アトランタから発信されてたクランク・ミュージックのスタイルでビックリしたので記事にしてみる。クランクってスタイルは、要素を絞り込んだビートと強烈なベースを駆使して、結果的にスカスカながら重心の低いトラックを鳴らし、そこにガナリ系ラッパー(代表格でいえば LIL JON & THE EASTSIDE BOYZとか)がスカスカの余地をギャーギャーわめいて埋め尽くす様式。サウス系ヒップホップの典型スタイルとして一世風靡しましたわ。でも、R&Bにこのクランクのトラックを採用するって珍しいなと思った。
この四人組女子、実は双子含む姉妹グループ。息のあったコーラスワークが鮮やか。バラードも数曲キメてたりと普通の歌モノでもイケそう…なんだけど、当時の時流か、プロデュースを担当した JAZZE PHA の意向か、サウス臭の強すぎるクランクスタイルが強すぎる。いまやイケてるとは言えないクランクのイメージに引きずられて素直に聴けないのが本音。ちと残念だね。その後セカンドを出すも、音沙汰はそこからなくなっちゃってるみたい。

CIARA「GOODIES」

CIARA「GOODIES」2004年
CHERISH に一歩先行してクランクにアプローチした女性シンガー。プロデューサーとしてはCHERISHに同じく JAZZE PHA LIL JON らがこのデビューアルバムに参加。売り出しのキャッチコピーは「THE PRINCESS OF CRUNK & B」。R&BならぬクランクンBなんだって。しかしサウス味をそのままの濃度でブチ込むというやり方ではなく、彼女の持ち味であるヒンヤリとした質感のボーカルにフィットする都会的洗練を施して、クールで繊細なイメージを作ってる。むしろクランクというより、そこからさらに要素を削ぎ落としたスナップというスタイルに近いスタンスがクールに聴こえるんだろうな。

CIARA「CIARA THE EVOLUTION」

CIARA「CIARA : THE EVOLUTION」2006年
繊細なクールさをさらに研ぎ澄ましてフューチャリスティックなイメージまで突き抜けさせたセカンドアルバム。エクゼクティブプロデューサーの筆頭として CIARA 自らがクレジットされてる状況、完全に自分のクリエイティブを掌握している模様。クランク姫の異名はもう返上して、多彩なトラックに乗ってスムースに踊ってる。プロデューサー陣も一流揃い。LIL JON、POLOW DA DON、THE NEPTUNES、RODNEY JERKINS、JAZZE PHA、WILL.I.AM、DALLAS AUSTIN…。ボクのCDにはDVDもついてるんだけど、この人ダンスも一流なんだね。


今朝の我が家は家族全員で寝坊。ヒヨコはオニギリ食いながらダッシュ。
ボクが最初に目を覚ました…8時に。午前中に打合せがなければゆっくり起きて11時ごろ会社に着いてスロースタートするのがボクのスタイル。浅い眠りの中でまどろんで8時になってからベッドからゆっくり起きることにする。
●でも、コドモたちにしてみればアウトの時間。ワイフもアウトとハッキリわかってる。もう8時だからイイ加減に起きるわ、とボクが言うと、ワイフがガバッと起きて絶叫。「えー!もう8時!?ヒヨコーごめーん!寝坊したー!起きてー!」ヒヨコもこの瞬間まで爆睡だったが、本来なら学校に到着してるべき時間。お年頃の中学生女子にはもう少し身だしなみのスタンバイが必要なはずだと思うけど、3分で制服着てそのまま出撃していった。ボクがボケーっとワイドショーの「スッキリ」見てたら消えてた。とはいえ娘ヒヨコは致命的遅刻程度では危機感なぞ抱かないマイペースガールなので、別に慌てる風もなく出発していったという。
●ヒヨコ、どうした?ワイフ「朝ごはんにオニギリ持ってくって言って出てった…学校行くまでダッシュしながら食べるって」…それって、オニギリじゃなくて食パンだったら、曲がり角で男子に激突して運命の出会い発生するシチュエーションじゃねーの?このまま出会ってしまうんでないの?ラブコメが始まってしまうんでないの?ボクも数々ダメでアホな経験して失敗人生送ってきたけど、さすがにそこまでのマンガちっく状況に追い込まれた経験はないわ。すげーなヒヨコ。
●オニギリ食いながら遅刻登校するヒヨコだが、学校帰りは男子女子2:2で帰ってきたとか。男子は「部活始まるまで時間あまってるんだ」という理由で、わざわざウチの前までやってきて、そしてまた中学校に帰っていったという。なにこれ?ややモテてる的な?おいおい、不穏でパパそわそわしてまうわ。



●そこで、女子の音楽を聴くのだ。

YASMEEN「WHEN WILL IT BE ME」

YASMEEN「WHEN WILL IT BE ME」2002年
等身大の若い女の子が、スターになることにトキメキながら可愛らしいポップスを歌ってる。そんな初々しさがキラキラしてるアルバム。ゲットー育ちの立身出世とか抜き。ハワイですくすく上品に育った清純派の娘さん。当時19歳。そんな真っ直ぐさが魅力。…でも、それって一瞬のキラメキだよね。アメリカに庶民派のセレブなんて逆説的な存在はありえないし、庶民派であるがゆえにワキの甘さも容認できるんだけど、そのままで次のステップには進めないよね。だから彼女のキャリアはこのデビューアルバムで実質上おしまい。今でもミュージカルの端役とかで活動してるみたいだけど…。
JAZZE PHA プロデュースの爽やかポップチューン「BLUE JEAN」「隣のお家の女の子」の気持ちを歌う「GIRL NEXT DOOR」とっても普通でイイ。特別なギミックがないところがスーッと聴けて安心。

JERZEE MONET「LOVE WAR」

JERZEE MONET「LOVE & WAR」2002年
●鋭く凛々しいその視線が強い意志を感じさせるそのルックスが印象的。2001年前後のニュークラシックソウルの気分を漂わせる上品なプロダクションと彼女の歌唱がクール。その一方で、ニューヨーク・ユンカーズのクルー RUFF RYDERS のメンバーが客演するヒップホップソウルでは、DMX、EVE、JA RULE と伍する存在感を放つ。 でも彼女もこの一枚しかキャリアが続かなかったみたいだね。


今月から、いつも通ってるヨガ教室が下北沢から明大前にお引越し。
先生、めでたくご懐妊につき、来る赤ちゃんに備えてもう少し広い場所を探してたのですよ。少人数制クラスにこだわるこのヨガ教室は、基本スタジオ・イコール・先生の自宅リビングだから。今日なんか生徒はボクともう一人しかいなかったよ。今度のスタジオはマンションの一室で4階フロア。南に向いた広い窓からは三軒茶屋のキャロットタワーも見えた。

そんな明大前に、雲行きが怪しいのを承知で、無理してチャリンコで行ってみた。
●事前に googlemap で地図を頭に叩き込んだつもりだったけど、井の頭通り甲州街道じゃ芸がないと脇道に突っ込んだら見事に道に迷った…行かなくてもいい東松原駅の前とか通ったりとかして。環七より西はアウェイだと思い知ったね。
●さらに面倒くさいことに、勝手に駐輪所にチャリンコ入れちゃったから、管理人のおばちゃんにすっごく怒られてしまった。そりゃそうだーボクが常識なかった。今週は仕事でもいろいろバツの悪い場面があって、もうしんどいわ。
●おまけに雨に降り込まれて、駅前マクドナルドで立ち往生。資格試験の勉強をしようとしても、さすが学生街の明大前、高校生がスマホ握って対戦ゲームしたり、ラインで画像送りあって爆笑してたり。うるさくて勉強全然はかどらない。
●たまらず、雨の中、無理矢理外に出たら、劇場「キッド・アイラック・アート・ホール」ってのを見つけて。地下一階がブックカフェ「槐多(カイタって読む?)」ってトコロ、非常に興味深い匂いがして、すーっと吸い込まれた。古い本が並べられたシックな佇まいに、勉強気分も消え失せて手持ちの本、在日コリアン一世のインタビュー集をブレンドコーヒーとともに飲んだりしてた。よし、これで気分もよくなった。
●雨は止まずも小降りになった気がしたので、気持ち良く濡れながらの帰宅。だが、最後のマンションの駐輪所でタイヤが滑って見事転倒。こんなにド派手にコケたの久しぶり…とちょっぴり感動。無人の駐輪所で一人、コンクリート床に吹っ飛ばされた姿勢のまま2分ぐらいボケーっと過ごして、天井の蛍光灯が眩しいなあとぼんやり考えた。


先週末は、送別会が。尊敬する先輩が会社を去る。
●テンコモリの式次第で、若手スタッフがいろいろなアトラクションを用意してて。すごく愛されてる先輩だったんだね。ボク個人も、太く付き合ったのはこの一年程度だったけど、すごく勉強させられた。会社の中をゴリ押し根回しで自分のやりたいコトを押し通すバイタリティ。会社の外では分厚い人脈。20年来の付き合いでお互い苦労した人たちがみんな超一流プレイヤーになっていて力を貸してくれる。その前提には、その人たちに伍する見事なキャリアと実績があるからなんだけどね。それよりもなによりも人タラシ。結局は周りを自分のペースに飲み込んでいくし、その一方でボクラをチアアップしてくれて、自由に泳がせてくれもした。ああココまでやっちゃっていいんだー、ココまでやっちゃってもオレがケツもつよー、的な安心感を感じさせてくれた。
ボクは卑屈な人間なので、先輩が備えていた強みを自分が備えていないコトに、グッタリと悩んでしまう。自分のポンコツぶりが痛い。どうしても日の当たる王道を歩けるタイプじゃないもんでね。ポンコツなりの生き方がどこかにあるのか、そうやって日々流浪してきたような気持ちでこの20年ばかりを生きてきたようなもんだ。なのに、今のプロジェクトで先輩が抜けたトコロをボクが後任として埋めろという…。こりゃ酷だよ…。困ったなあ。

そんな先輩の大々的な送別会の中で、同じタイミングにチームを去る若者がいる。
●専門卒で職歴一年程度だから全スタッフで最年少だったと思う。ニコ生のゲーム実況が好きで、そのヘンのサブカルの話を聞かせてもらったっけな。そんなヤツが、半年前くらいから転職したいと言い出して。今の仕事やめてどうするの?「自衛隊に行こうと思うんです」え?自衛隊?…いやいや、キミがサバイバルゲーム好きなのも知ってるけど、ホンモノとは違うだろうよ。「知ってました?オレがいつも穿いてるアーミーパンツ、陸上自衛隊モデルなんですよ」知らねえよ!
●最初は冗談だと思ってたんだけど、実は着々と入隊のための面接などなどを本当に進めていて…正式に退職が決まった。「北海道のまるまるまい教育大隊に配属が決まりました」と昨日報告を受けた。「まるまるまい」ってのは北海道独特の言い回しが覚えづらい地名でボクが覚えられなかっただけ…ただここで3ヶ月一番初歩の訓練を受けた後には本配属の駐屯地にいってそこでまたしごかれるとな。
陸上自衛隊っぽいけど、実際はナニやるの?歩兵とかの最前線部隊だけじゃなくて、工兵とか自動車部隊とか色々あるんだろ。「ええ。でもまだ決めてません。ただ、後衛じゃなくて前衛で行きたいんです。戦車部隊とか歩兵部隊とか」オマエ…。「今日までの仕事もユニークで面白かったです。普通じゃない経験させてもらいました。でも、もっとオレは自分の限界に追い詰められるようなトコロに行きたいんです」このご時世で…自衛隊の役割が大きく変わっちゃうかもしれないんだぞ。思うことあってシャレにならない場所に行くんだから止めはしないけど、無駄に怪我とかするなよ。海外に行かなくたって訓練中に事故にあうこともあるだろうし。先輩も厳しいだろうし。マジで心配するよ。「大丈夫です。死にたくていくわけじゃないんですから」
敢えて聞かなかった質問があった。災害時に険しい現場で活躍してくれる自衛隊は本当に頼もしいと思っている。彼がその中で人助けのために汗をかくのなら、ボクは彼を誇りに感じるだろう。でも、自衛隊の本来の重たい任務は、いざという時の武力行使だ。「前衛で行きたいんです」という彼に「その時、オマエは、人を殺す覚悟があるの?」…聞けなかったね。聞いて聞きたくない答えもあるだろう。だから聞かなかったのかな。


●さて、今日は難問に取り組んでみる。
定額制音楽配信サービスの件だ。
毎月のお支払いで、巨大なアーカイブが聴き放題。
●アメリカじゃ SPOTIFY とかが有名で。で、TAYLOR SWIFT が怒ったりしてて(結局和解の向き)。
そんなサービスが一気に日本に登場した。

「AWA」サイバーエージェントエイベックスの共同出資事業ってことでいいかな?
「LINE MUSIC」LINE がゲームやマンガのノリの延長でブチ込んできた。ユニバーサルソニーまでが出資。
「APPLE MUSIC」: 天下の APPLE さまがドーンと世界同時ローンチ。

これが5月末から7月1日までに登場したわけよ。もうボクはアップアップよ。
●だから、この使い始めの感動も含めて、各サービスの使い勝手を品評してみようと思う。

AWA.jpg

「AWA」5月ローンチ。エイベックスとサイバーエージェントが50:50の出資比率で起こした事業。
さっと触ってみてのUIは実に快適。説明されることなく、大まかな機能の全てがスッと頭に入るので、使い勝手としてはかなりシックリきている。そもそもそんなにゴテゴテした機能もないのが嬉しい。アーティスト検索、お気に入り登録、それを素材にしてのプレイリスト制作。
●特に、プレイリストが洗練されてる。これが8曲限定と枠を決められているトコロが、むしろプレイリストを作るにあたってハードルを低くしてくれてる。これってカセット時代の46分テープの尺に合わせてるんじゃないかな?カセットでお気に入りをまとめてた中高生時代を振り返ると大体8曲〜10曲が限界だったからね。結果、ユーザーがハンドル名付きでプレイリストをガンガン上げてきて、それがこのサービスを豊かにしている。集合知によって多様な音楽の楽しみ方を供給するエコシステム。
●なお、「AWA」サービスの内側にソーシャル要素が組み立てられてる。プレイリストを公開することで、自分のプレイリストが「AWA」全体のユーザーの検索に引っかかり、聞いてもらえるチャンスが発生する。プレイリストをファボってもらえば、それがボク自身に伝わる。ソーシャルの投稿にいいね!をもらう感覚だ。プレイリストの再生数も積み上がって記録されていくのも面白い。自己承認欲求が満たされるね。ユーザーそのものにもファボできるから、そこで音楽を介した人間対人間のフォロー関係が出来上がる。ボクの場合、リアル友人である音楽ライター氏がどんどんプレイリストを量産しているのがプッシュで報告される。
●大勢の高い評価を集めたプレイリストは「AWA」のトップ画面に掲載され、数十万再生されていく。どういうアルゴリズムが用意されてるのか、表示されるプレイリストはこまめに更新されてて空気の入れ替えが活発だ。しかもそのプレイリストが、サービス側からの落とし込みに依存せず、ユーザージェネレイテッドに編み出されてそれが表面に出てくるって仕組みが、聴くものとしてはフラットな気持ちにさせる。ここでステマめいたプレイリストを聴いたってねえ。
●それと面白い機能がもう一つ。各アーティストに対してのファボ数や各楽曲の再生数も小さな数字で表示されてるのが、意外と楽しい。これはローンチ直後ゆえのことなのだけど、マニアックな音源を探していくと、まだ誰一人再生してない音源やアーティストが出てくる。例えば、SAMMY DAVIS JR. の50年代の音源なぞが結構シッカリ収録されてるんですわ「AWA」には。FRANK SINATRA に見込まれて行動を共にする時代の前後とかね。ボクから見ると「うぉーレアだわ!渋いぜ!うれしいわ!」って思ってコレを鳴らすんだけど、再生数を見るとゼロ。他に誰も再生した人はいないのですわ。これ、まるで朝の綺麗な雪原に最初に足を突っ込むような感触と一緒ね。まだ誰にも踏み荒らされてないまっさらな雪原を一人悠々と歩く感覚ね。気持ち良かった。

「AWA」で聴いてみたアーティストは…松田聖子!これローンチの最初にはなかったような気がしたんだけど、一週ほど遅れて入荷されてて。初期のベストアルバム「SEIKO PLAZA」とか聴いたら、ビッグチューンばっかりでマジびびるわ。当時ボクは小学生で特に思い入れがあったアイドルではなかったんだけど、こんだけメジャーな名曲ばっかだとさすがにびびる。しかもWIKIでみたらデビュー80〜83年ごろはこの人三ヶ月毎にシングルリリースし続けるようなペースでヒット曲大量量産しまくっててなおびびる。そして一番最高にびびったのは、そんだけの名曲ぞろいなのに、根本のところでそんなにボーカルが達者じゃないってことね。なんでヒットしてんだかよくわかんない。ボクはペンギンのCMが可愛らしかった「SWEET MEMORIES」がフェイバリットです。あ、薬師丸ひろ子さんのベスト「歌物語」も聴いた。この人の声は綺麗で素敵だ。
●あとは、EAGLES の元メンバー GLENN FREY。80年代の爽やかウエストコーストやライブでの EAGLES ナンバーの演奏。久しぶりに90年代ブリットポップ系で THE BOO RADLEYS とか CAST とか PULP とか。2000年前後のユーロトランスとして、DA HOOL とか SYSTEM 7 とか THE SAFRI DUO とか BELLINI とか。ドラムンベースで GOLDIE RONI SIZE とか。実は大体CDで持ってるんだけど、部屋の中でどこに埋まってるかわかんなくてね。
●初めて聴く音源としては、女性バンド SCANDAL ドリカム「大阪LOVER」をカバーしてるのがカッコ良かった。ドリカム本体は在庫になかったっぽいので代わりにこれを見つけた。 渡辺美里のシングル「虹をみたかい」1989年のカップリングリミックス「HONEY-BEE VERSION」がこれまたカッコ良かった。この曲、作曲編曲が岡村靖幸で(リアルタイムで聴いてたのにそこまでは気づかなかったよ)、カップリングはよりファンクに仕上げられてる。こんな発見、普通に中古CD探してるんじゃ到達できない。

楽曲のボリュームは、邦楽に強い感じがあるけど、洋楽には不満があるねえ。価格は360円のライトプランと、フル機能を使える1080円の二段階。ライトプランは検索で音源に到達できないしプレイリストも作れない…。一方、フル機能と言われても HULU と同じ値段つーのはちと高いかなあ。ネットフリックスも来るしね。

LINE MUSIC

「LINE MUSIC」6月ローンチ。LINEを軸に、エイベックス、ソニー、ユニバーサル、業界三雄が参加。
●ぱっと見の印象は、ITUNESTORE みたいな画面構成だなと。いろいろなオススメが並んでますよーという意味では真っ当な従来型ダウンロードのUXに納まっちゃってる。そんで、この押しつけがましい画面構成に対して、タップする指に躊躇の戸惑いが発生する。別に世間の新譜とかボクあんま興味なくなってきちゃってるからねー。新入荷音源のお知らせを LINE アカウントからプッシュしてくるけど、それじゃ食指は動かないなあ。
●プレイリストはまだ作ってみたことがない。曲は無限に繋げることができるのかな。ただその要素になる楽曲全部にお気に入りマークをつけておかないと、プレイリストに組み込めないのがめんどくさくて。もっと段取りを減らせないかなあ。洗練はされてないね… LINE ってなんでもどっかでデザインがダサいよね。
LINE というだけあって、ソーシャル機能には期待した。さっそくワイフに対して楽曲をシェア…してみたが、楽曲をシェアされたワイフの立場からみると、LINE MUSIC のインストールを強いられたり、「これ課金発生するの?」みたいな心配をしちゃったりと、なんだか色々と気を使わせてしまうことがわかった。こりゃタイムラインに垂れ流すならまだしも、明らかに LINE MUSIC 使ってる人にしかシェアできないじゃんと思い至る。今の所、たった一人の友達とのみ、「GLEE」のサントラとか AARON NEVILLE とかを交換してるだけ。
●ただ、音楽を聴くという「コンテンツ対ユーザー」の一対一という閉じた行為を、コミュニケーションの具材や色添えという全然別のコンテキストに乗せ変えようとしている野心は感じられた。サービス側から提供されているプレイリストはこれまた大量にあるのだけれど、スタンプみたいな意味やノリで使える選曲を提供してるのが実にユニーク。
「THANK YOU をLINE」というお題で、MACO「ありがとう」とか HOMEMADE家族「サンキュー!!」なんてものが並べられたり。「ごめんねをLINE」「大丈夫と伝えよう」「がっくしorz」「お大事に」「以心伝心だよね♪」…プレイリストとしては独特すぎる。これは明白な LINE のユニークネス。
●あ、それと意外と大事な機能。「AWA」も「LINE MUSIC」も楽曲を鳴らしたアトにジャケをタップするとリリックが表示されるの。コレうれしいわー。これで周辺のクレジット情報も読めたらなおいいんだけどね。

●ボクが聴いてみたのは、佐野元春1983年ライブ盤「ROCK & ROLL NIGHT LIVE AT THE SUNPLAZA 1983」。もう元春さん若気が至りまくってコッチが恥ずかしくなるくらい。THE ROLLING STONES「BITCH」の EXTENDED VERSION ってのも珍しいと思った… THE ROLLING STONES はたっぷりだね。80年代の「UNDERCOVER OF THE NIGHT」とか70年代の KEITH RICHARDS ボーカル曲「HAPPY」とかを久しぶりに聴いたね。大沢誉志幸「SERIOUS BERBARIAN」三部作も久しぶりに聴いちゃった。1990年過ぎだったな…リアルタイムで聴いてたよ。ジェイポップでいうと、ガールズバンド・ねごと「"Z"OOM」2014年。乃木坂46の30曲アルバム「透明な色」2015年。マニアックな発見でいうと昔から気になってたフュージョンプレイヤー TOM BROWNE のアルバムも一枚あった。本当は1980年のアルバムを探してるんだけどね。あとは 10000 MANIACS とかね。これも一枚アルバムがあった。でもアーカイブはまだ弱い気がするなあ。

こちらもライトプランとフルのプランの二刀流。ライトブランは500円で月20時間のキャップ付き。無制限で1000円。学割がつくと安くなる…息子ノマドでアカウント作るか?まーボクは手持ちのCDもたっぷりあるし、まだこのアーカイブじゃ満足できないから20時間で十分かもね。

APPLE MUSIC

「APPLE MUSIC」7月1日ローンチとあって、まだイジリ切れてない…。
●このサービスは、「AWA」「LINE MUSIC」と違って全くの更地からできたわけじゃない。iTune としてすでにマックの中の大量の音源を管理してるし、iTuneStore というダウンロード型のお店もしっかり機能し続けてる。そこにかぶせるようにしてアップデートという形で登場してきた。突然 iTune の雰囲気や使い勝手が微妙に変わったり、iPhone の中のアプリ「ミュージック」のアイコンが変わったり。だから、スマホにとらわれずPCベースで鳴らせることがボクにとってはすごいアドバンテージ。家のPCはステレオシステムと直結してるからそのまま部屋で鳴らせるって素晴らしい。スマホは一人でイヤホンだもん。地下鉄の中ならそれでもいいけど、ベッドの中でもイヤホンじゃねー。
●APPLE ID でアカウント登録するところで、好きなジャンルやアーティストを可愛らしいインターフェイスで質問されて、準備が整う。これでボクに的確なオススメを提案してくれるとな。ココでいい感じだと思ったのは、もう性別とか年齢とか居住地とか聴かれないことね。以前ウェブ系メディアのイベントにエントリしようとして、会社名から年収まで個人情報取られて満席につき落選になってすごくムカついたもんね。APPLE ID ってどっかでデモグラしっかり刈り取ってるんだっけ?性別や国籍や年齢なんかでレコメンが左右されないようなアルゴリズムになってるとしたらクールだね。
「FOR YOU」というタブからオススメが出てくるんだけど、実際具体的でシッカリ骨太な音楽ファン向けのレコメンで思わず唸った。「ベスト・オブ・ヤング・タークス・レコード」「キャバレー・ヴォルテールに影響を受けたサウンド」「はじめてのフライング・ロータス」「隠れた名曲:アークティック・モンキーズ」「ORBITAL : DEEP CUTS」ここまで的確にボクの趣味を追跡してくれるってスゴイ。圧倒的だよ!AMAZON みたいに一回間違えて検索したらずっとそこを攻めてくるとかじゃない。なんでボクの手の内知ってるの?GENIUS 経由でボクのライブラリー情報を取ってるから?なんかすごすぎる。
「NEW」ってタブの画面は新着音源紹介ページで iTuneStore 風ではあるけど、これもボクの趣味を汲んでくれてるのかな? THE WEEKND とかすぐクリックしちゃったし、[ALEXANDROS] も気になってたバンドだからうれしかった。MVも見られちゃうのが他のサービスと違うところ。ライブDVDも収録してるね。「RADIO」のタブはまだあまり使ってない…少しディズニーを聴いてみた程度。 「CONNECT」ってタブから入る世界は、U2 とか DEF TECH とかがいて意味がまだわかってない…これがこのサービスのソーシャル要素?あと、アーティストを検索すると、影響関係のあるアーティストもまとめてオススメしてくれるからいいね。U2 キッカケで BRIAN ENO とか COLDPLAY とかに行けちゃう。

●こっちのサービスでは何を聴いたっけ。まずは渋く JOHNNY CASH の晩年シリーズ「AMERICAN RECORDINGS」を聴いたっけ。そして BOB DYLAN の80年代物…「INFIDELS」1983年ね。この前カフェでかかってたのが渋くてね。あとは、KRAFTWERK「COMPUTER WORLD」1981年とか。リマスターバージョンってのもうれしい。新し目でいうと、WOOLS という日本のバンドがよかった…P-VINE のアーティストみたいだね。ビデオで SKE48 を見てた。48系グループだとそれくらいしかなかったから。娘ヒヨコがよくカラオケで聴く 三代目 J SOUL BROTHERS「R.Y.U.S.E.I.」もはじめてちゃんと聴いた。なんかとっても EDM なんだね。

●こっちは統一で月額900円なんだっけ?PC、スマホと各種デバイスに対応してるのはデカイなあ。でもまだ邦楽ラインアップが弱いかも。


パッケージメディアを探し歩く今までの音楽体験と、このサービスはどんな風に入り混じるのか?
ボクのように、パッケージのメディア、CDからアナログレコードまでを手間もコストもかけて収集してきた人間にとって、この巨大アーカイブのサービスはどんな代物になるのだろう?保守的なポジションに立ちたいわけじゃないので、ご覧の通り結構積極的にいじって遊んでるつもりなのだ。でも正直言って、このサービスがあるからCDを買わなくなるという想定が自分の中ではまだイメージできない。
●ぶっちゃけ、どんなサービスであれど、この手のモノでボクのアーカイブ欲望を網羅できるとは思ってない。過去曲を聴くだけならば、ボクの場合ハードディスクに入れてる分だけで80000曲あるんだもん、そこで結構充足しちゃう。ラジオ代わりにダラダラ耳を慰めるつもりもない。それならストリーミングラジオなんて前からあるしね。
ボクは予想外の出会いってのに憧れて、レコ屋巡りに向き合ってる。こんなところにこんな音楽が!その感動がボクをいろいろなところに連れて行く。世界中に旅行/出張してもCD屋に寄ってくるのはそんな理由からだ。そのドキドキハラハラや探索心は忘れたくない。これが大前提。一方で、ネットカルチャーの伸長で状況は変わった。ドキドキハラハラな探究心を満たす深みはネットの中にも存在しているからだ。ネットレーベルや、ダウンロードサイトSOUNDCLOUDニコニコ動画YOUTUBE などなどのプラットフォームでいろいろなものが聴ける。国内外のリッチなウェブ系音楽メディアやブロガー、アーティスト本人からの発信をソーシャル経由で直接受け取れる。海外のレーベルに直接注文もできる。アメリカやイギリスの AMAZON でもマーケットプレイスの商品なら注文できる。フェスだって在宅で見られちゃったりするもんね。
●だから、今回のサービスの登場も、意外な発見や出会いの楽しみを生み出してくれるに違いないと思ってる。あくまでレコ屋で出会う感動とはちと質が違うよ。それは同じである必要もないしね。コストの見定めはこれからよく考えよう。安いか高いか?ボクはCDもLPも買い続けるしこのサービスもなんか一つは課金して付き合ってく気がする。それが旧世代の音楽ファンであるボク。…息子のノマドは知らないよ?ヤツラは本当に YOUTUBE で満足してるから。お金払って音楽聴く習慣ないよ。将来のことはわからない。

●それと、まだ無料サービス期間だから、未聴盤をガシガシ聴いてしまうことに抵抗を感じるんだよね。タダ聴きしちゃって楽しいかなあ?って疑問が起こって。きちんと対価を支払って、しっかり聴きたい気がする。いやいや今後はそれにも慣れるのかな?


<追記20150708>
●今朝、通勤時に「APPLE MUSIC」を鳴らそうと思ったら、「WIFI接続を推奨します」的なメッセージが出てきてビックリ!えっ WIFI ないとこだと聴けないの?キャリアの 4G だのに依存するとパケ死んでしまうの?そりゃないよー。
「AWA」は、通勤の往復2時間くらいをウィークデイ20日くらい聴く程度なら、パケ死にまでには十分余裕があるという。「LINE MUSIC」も勝手にそんなもんだと思ってた。うーむ。


2015.07.04 APPLE MUSIC。

●APPLE MUSIC の登場に、キョドッテいるボク。
●これから、ナニ聴けばいいの?