●案の定の展開だが。
娘ヒヨコ中学二年生、宿題が終わらなくて死にそうになってる。
日記、100%書いてないので、目下捏造中。
●最終日!と舞い上がってワイフと「シンゴジラ」見に行ったり、帰りにポケモン狩りしてるからこうなる。

●ヒヨコ、先日はパジャマを着てバレエ教室に行ってしまうとか、天然にもほどがある。
●夏休みに賑わう下北沢の街を、パジャマで歩くって…中2ってお年頃じゃないの?大丈夫?


●台風一過。台風が南国の空気を連れてきた。外打ちのために昼の汐留歩いてて感じる。
●台風が、関東地方スルーして、北海道や東北に上陸しちゃうって、地球温暖化のせいなのかな。
●ともかく、去り行く夏を感じながら、レゲエを聴く。

SANCHEZ「THE BEST OF SHANCHEZ - BACK AT ONE」

SANCHEZ「THE BEST OF SHANCHEZ - BACK AT ONE」2001年
80年代末から活躍し続けている男性シンガー。爽やかなハイトーンボイスがエバーグリーンで優しい。これはそんな彼の二枚目のベスト。よくわからないけどおそらく90年代後半の音源がコンパイルされてる。教会のクワイアで歌い始めて、ティーンの頃にはダンスの現場に立ってた彼は、ダーティなイメージがなくて安心して聴けちゃう。のどごしスッキリ。
●職場の同世代 S さん、大のレゲエ好きで、新婚旅行もジャマイカ・キングストンに行ったほど。40歳超えても横浜のレゲエイベントに行ってるらしい。そんな S さんに、最近この男性シンガー聴いてると言ったら、「いいですねえ!最新の流行りを追いかけてくのもいいですけど、自分の時代にシックリくる音を聴くのが一番落ち着きますからね」とコメントされた。確かにこの手のダンスホールレゲエはヒップホップ以上に流行り廃りが激しいからなあ。このCD収録曲、つまり90年代後半のダンスホール系は、コンピュータライズドな打ち込みアプローチがだいぶ洗練された段階で、アクも薄い。「自分の時代」としてボクの中でも標準となってるアッサリ感が、今は SANCHEZ というシンガーの爽やかさとあいまってただただ快適。
●あと、こうしたレゲエシンガーがすげえなあと感じるのは、リディム(音楽トラック)がボーカル/メロディを全く支えていないトコロ。メロディをなんら指し示さないリディムをガサッと納入されて、その後にシンガーは自分の感性だけでメロディを紡ぎ出してる感じがする。レゲエDJやヒップホップのラッパーがトラックに対して自分の言葉を配置していく感性とまるで同じ印象。ある意味即興的なメロディセンスが問われてて、そこにシンガーの才能が試されてる。リディムとメロディのチグハグ感はそのまま残るし、しかもリディムは基本同じベースラインのリフレインだからコードが展開する感覚がなく、結果メロディもコード展開していかない…この無造作さがダンスホールレゲエの味。それなのに、色めき立つほど爽やかなメロディを選び取るからこのシンガーはすごい。
●そんなリディム制作の中心は、PHILLIP "FATTIS" BURRELL という人物…ボクには初耳の名前。その他、BOBBY "DIGITAL" DIXON(←彼の音楽は大好き!)や KING JAMMY と彼の息子 JOHN JOHN の名前が見える。

GREGORY ISAAC「YOURE DIVINE - REGGAE BEST」

GREGORY ISAACS「YOU'RE DIVINE - REGGAE BEST」1993年
●さてこちらは、70年代初頭から活動していたベテランシンガーのフランス製編集盤。晩年はコカイン中毒に苦しみ、2010年にガンでなくなってしまったそうで。これもクレジット不足でよくわからんが、どうやら80年代のシンセ導入〜コンピュータライズドなリディムに合わせて彼が歌う内容。浮遊感ある美しいボーカルがやっぱり爽やか。洗練の一歩手前にある打ち込みトラックの野蛮なザックリさと、そこをうまくサバいて美しいメロディを紡ぐベテランの才能がほとばしる。録音が雑なのもレゲエとしては味わいドコロ。
●彼のように、70年代〜80年代に活躍してたレジェンダリーな男性シンガーのレゲエをもうちょっと攻めてみたいな、と思う今日このごろ。


●関係ないけど、新海誠監督作品「君の名は。」を見に行くべきか迷ってる。
●とりあえず、配信サービスで、過去作品アレコレ見てみた。「彼女と彼女の猫」「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」とにかく、空がキレイ。「言の葉の庭」雨すらもが圧倒的にキレイ。



●SANCHEZ「BACK AT ONE」。



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リオ五輪、終わっちゃったなあ。こんなに楽しんだオリンピックは初めてだったかも。
パラリンピックも楽しもう!9月にやるんだよね?

リオ五輪閉会式1

あの閉会式も、いろいろな意味で楽しかったよ。
世界の人がアレ見てどう思ったろうね?
キャプテン翼ドラえもんキティちゃんが登場して、アスリートと新幹線700系が一緒に走ってて、パックマンたちがトラックを走ってて、土管で繋がった地球の真裏からプライムミニスター・アベシンゾウマリオコスプレで登場!PERFUME のライブで実験されてたテクノロジー演出を一流のチーム(真鍋大度さんたちライゾマティクス)がバッキバキに使って、目がチカチカするほど!「理解不能のバッドセンス」って響いたかな?

●ボクは「理解不能のバッドセンス」で十分だと思うよ。むしろソッチの方が面白い。
ゲイシャ/フジヤマ/サムライ/ショーグン/スシ&サケとかのステロタイプに迎合してないし、トヨタ/ホンダ/ソニー/パナソニックみたいな時代遅れになりかけてる企業イメージにも乗っかってない。明らかに一般的な外人さんが日本に抱くイメージをことごとく裏切ってる。その上で「クールジャパン」という名前で日本人自身だけがイケてると思ってるイメージだけで勝負しちゃったのが今回の閉会式。世界の皆さんには理解不能のダダスベリだったとしたら、そんな内外のイメージギャップの存在そのものが興味深い。
●そもそも奥ゆかし過ぎる日本人が自己イメージをあそこまで堂々と全世界にデモンストレーションするチャンス自体が稀なわけで、自己表現が苦手な民族が自分のコトを目一杯大声で叫んでみたら予想以上のトンデモ野郎であることが判明で全世界がビックリ!な状況が実に愉快。だってマトモな神経で考えたら総理大臣をスーパーマリオにしないだろう。クラスで一番静かなコミュ障メガネ野郎を引っ張り出して一芸披露させたら、常識外れのイマジネーションが大爆発してしまった、みたいな居心地の悪さがシテヤッタリって気分。

リオ五輪閉会式2

(アベマリオ。衣装を脱ぐタイミングがちと早かったかな。)

●そんなワルフザケを中核メンバーとして仕掛けてたのが椎名林檎と聴いて、これまた面白いと思っちゃった。

椎名林檎「日出処」

椎名林檎「日出処」2014年
椎名林檎名義の今のところ最新のアルバムを聴く。バンド東京事変解散後初めてのオリジナルアルバムとあって、発売直後に購入してたんだけど、実はあまり聴いてなかった。ちょっと予想以上に<日の丸>イメージが濃すぎて、少し聴いただけでギブアップしてしまったのだ。2014年ワールドカップブラジル大会NHKテーマソングになった「NIPPON」という曲。本来なら彼女の最高の持ち味である疾走感満載の痛快ロック、歌い出しの「フレーフレー日本晴れ!」とかはいいんだけど、「また不意に接近している淡い死の匂い」とウッスラと不吉な気配を醸している。そんでダメオシに MV で大きな<日の丸>をガンガンに振る。この辺りの表現がボクのナショナリズム観のナイーブな部分に抵触した。2014年というタイミングも微妙だった…東日本大震災で「日本」+「絆」のメッセージが溢れかえって、右派政権返り咲きの形で安倍内閣が成立したのが2012年。2013年に韓国で朴槿恵政権が成立して反日路線のピリピリモード。浦和レッズサポーターがゴール裏応援席入口に「ジャパニーズオンリー」と幕を掲げたのもこのころ。そんな中で<日の丸>ブンブンするもんだから、微妙な気分になっちゃった。

ところが、今のボクは、彼女の表現をフラットに受け入れられる。スポーツに興味がないボクに「スポーツ・ナショナリズム」をどうとらえたらいいかは今も分からない。ただ、今回のオリンピックは、日本選手個人の表情に魅せられた。彼らは確かに日本を代表するアスリートとして大会に参加するのだけれど、インターネットも含めてガンガン生放送/生配信された彼らの勝負は、あくまで彼ら自身の努力の結実であって日本という国のモノではない。卓球3姉妹の激闘を超えての福原愛ちゃんの泣きベソや、波田陽区似の水谷隼くんのガッツポーズ、予選から記録を伸ばし続けた女子高生スイマー池江璃花子ちゃんの急成長ぶり、バーベルにハグしちゃう三宅宏実さん、ウサインボルトですらビビった男子400mリレーの銀メダル、モビルスーツみたいな名前の女子レスリング金・土性沙羅さん、記念品を「歯ブラシ立て」呼ばわりの天然天才・白井健三くん、競歩50kmで根性の競り合いドツキ合いを見せた荒井広宙さん、リボン4本投げを最後でシクッちゃった新体操団体、強豪に揉まれながら最高3位タイまで食い込んだゴルフ女子の野村敏京さん(はるきょうって名前もイカす)。バトミントン女子ペア・松友美佐紀のジミかわっぷり…。そんな名場面をシッカリ見たあとの爽快感は、メダルの有無と関係なく彼らが日本の素晴らしさを世界に見せつけてくれて誇らしいという感情に変わっていったよ。ボクは今までマジメにスポーツを見てなかったんだよな。椎名林檎が嗅ぎ取った「淡い死の匂い」は、世界を目指すアスリートが生と死の限界状態へ突入する様だったと、初めて理解できたよ。

●そんな椎名林檎がクリエーティブスーパーバイザーとして、「理解不能のバッドセンス」を演出したのが愉快。彼女がどんなシンガー/ソングライターであったかを考えれば、ただ普通にキレイにまとめるはずがない。中田ヤスタカのエレクトロでダンサーが踊る場面が普通にテックでクールである一方で、そこ以外でかかってた曲はどこか「和製バーレスクショー」のような印象だった…その正体は野田秀樹さんの舞台のサウンドトラックみたいね。彼女独自の和洋折衷ミクスチャー感覚は、まぎれもなく日本でしか育たない感性の発露。陰影と日光、退廃と清純、酩酊と覚醒、女と男、昭和と未来、キャバレージャズとエレキギター、アンバランスな不安定感が脆いようでマッシブ。このアルバムにはそんな要素が詰まっている。

●蛇足で付け加えると、今回の閉会式の映像ディレクターは児玉裕一氏が担当。元電通のクリエイターで独立後は椎名林檎の MV を数々手掛けている。その他サカナクション「ネイティブダンサー」などなど、その仕事は高水準でハンパない。で、この人が現在の椎名林檎の事実婚的なパートナーらしい。オタク体質な児玉氏がクールジャパンキャラ演出を盛ったり、太いコネクションがある椎名林檎とセットで動いたのは納得できたが、個人的にそこまで深い関係になってるとは今回まで知りませんでした。
●あと、コシノ3姉妹の母親をモデルにした朝の連ドラ「カーネーション」2011年の同名主題歌も収録。ボクが朝ドラ見るキッカケになったのはこの作品からだったな。今の「とと姉ちゃん」も一応見てる。こっちは宇多田ヒカル「花束を君に」が主題歌だけど、彼女の久しぶりのニューアルバムも楽しみ。宇多田ヒカル椎名林檎は、東芝EMIからの同年デビュー1998年って縁もある。

椎名林檎「加爾基 精液 栗ノ花」

椎名林檎「加爾基 精液 栗ノ花」2003年
椎名林檎音源をもうちょっと聴いてみる。彼女の美意識が、一般常識ラインとズレてるのがタイトル一発で理解できる例かと。「精液のニオイはカルキ臭か栗の花の香りか?」そんな雑談からアルバム名を決めました。でも繊細な模様で飾られた陶器に漢字でこの文字が添えられると、一気にノーブルになる。リードシングル「茎(STEM)」男根の隠喩とのこと…。それでも彼女はこともなげに言うのだろう、美しい言葉じゃありませんか?
●ファースト、セカンドで鳴らしてきた、一発録りな勢いのラフなロックと絶唱系パフォーマンスで描いてきた猥雑な世界観(新宿系なんて呼ばれてたっけ…歌舞伎町の女王だしね)を大きく裏切るアプローチ。プログラミングからオーケストレーションを採用して、アレンジワークに力を入れた作風。ここで彼女はロックのパワフルさから距離を置いて、独特のアレンジから醸し出すビザール感〜ジャズの退廃〜バーレスクな怪しさを会得したとボクは思った。まーこのアルバムも馴染むのに数年かかったよ、だってロックのカタルシスを鮮やかに回避して、闇の濃い淫猥な世界に埋没する彼女は、どんどんリスナーを突き放してるように思えたんだもん。
●結局のところ、「茎(STEM)」は今ではフェイバリットソング。プログラミングからストリングス、和琴まで採用した流麗な演奏に、美しいメロディと彼女の声が印象的で。
●実のところ彼女は、このアルバムを最後に引退を考えてたらしい…最初の旦那さんとの入籍&出産を明けての場面、もう家庭に入ってしまおうかと思って、最後のアルバムにやったことのないアプローチを採用したらしい。しかし周囲がこの才能を逃がすわけではなく、しょうがないからバンド・東京事変が結成されることになるとな。

椎名林檎「13 JOURS AU JAPON 〜2020年日本の夏〜」 椎名林檎「ジユーダム」

椎名林檎「13 JOURS AU JAPON 〜2020年日本の夏〜」2016年
椎名林檎「ジユーダム」2016年
●さて、このチャンスを商売にと考えてた方々がいて、閉会式タイミングに配信限定シングルがリリース。一曲目フレンチポップス60年代の名曲「13 JOURS EN FRANCE(邦題「白い恋人たち」)」を日本語カバー。洗練されたラウンジジャズなアプローチ。小品って感じかな。
「ジユーダム」も、カワイらしいポップスをキュートに歌ってる小品。ピアノが楽しく弾んで歌詞も珍しく楽天的な感じ。そんな小品でも椎名林檎サウンドはベースがすっごくグルーヴィ。リミックストラックでヒャダインが参上、ロービットエレクトロにしちゃってる。


●動画。
●「NIPPON」。<日の丸>、気になるかな?気にしすぎたのかな?



●「茎(STEM)〜大名遊ビ編〜」(シングルバージョン)。





娘ヒヨコ中学二年生、カナダ・バンクーバーにホームステイ。

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今年の夏は、家族での海外旅行はヤメて、ヒヨコを単身ホームステイに送り出すことにした。旅先はシアトル経由カナダ・バンクーバー。中学2年生、海外を偏見なく楽しむ最後のタイミングだろう。来年は高校受験の準備だし、そのあとは自意識がビビって怖気つくかも。とはいえ親としては娘一人海外に送り出すのは、やっぱビビるよ。最近はテロで物騒だし。だから会社を休んで成田まで見送りに行ったよ。
ただ、ヒヨコ本人は英語の成績ダメダメのクセして、全然気負ってない。「どーにかなるっしょー」とか言って、準備もろくにやらない。やったといえば、ホストファミリーにプレゼントするために、浴衣の生地からテディベアを手作りした程度のことだけだろうか。手先が器用なヒヨコにはテディベアの一個や二個は造作もないことなのだが。
●カナダ滞在時はネット回線も安定してなかったのか、ヒヨコからの連絡もわずかな LINE のメッセのみで全然現地の様子がわからない。メッセも「ぎょうざがたべたい」とかそんな内容だし。

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で、二週間経過。普通に帰ってきた。まるで伊豆に臨海学校行ってきた程度の顔して帰ってきた。「楽しかったよー」。その気負いのなさ、コッチが拍子抜けするほどだよ。ヒヨコにとって言語の違いはあまり苦にならないようで、なんだかワカランけど意思疎通に不便さは感じなかったっぽい。英語ちゃんとしゃべってたのかな?「発音がイイって言われたよ。イントネーションがどーたらとか」まー耳コピは得意なんだよな、この人。
ホストファミリーは70歳代のおじいちゃんおばあちゃん。このダグ&ベロニカさんが、写真で見る限り奇妙なことにボクの両親にイメージが似てる。「うん、国立のジイジとバアバみたいだったよ」とヒヨコも証言。息子のケビンが日本人女性ヨーコさんと結婚したのがキッカケで日本に興味を持ったとか。数々の子供を家に迎えてるのか、世話も手慣れた様子。老夫婦に大きなお家は広すぎるのか、一階はドイツ系の一家に賃貸してたみたい。そこの子供たちヨナス&フィリップス兄弟(小学生)とひたすら遊んだそうな。
●ゴハンは美味しかったって。肉がデカイ。みんなバーベキュー大好き。マックのチーズバーガーですら、バンズから肉がはみ出て大満足。ジャムがこれまた美味しいらしいが、プチプチとベリーの質感が残るこの手作りジャムは、庭に実ってる木の実から作ってるぽいと最後に気づいたとな。ピーナッツバター塗り放題にも感動。しかし、毎日入浴しないのがカナダの習慣なのか、二日連続でシャワーのチャンスがなかったのがキツかったとか。お風呂の準備をしてたら「今日は遅いから早く寝なさい」だって。日本に帰ってきて「湯船だー!」って感動してたし。

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●このニャンコは、飼い猫のマーリン。ヒヨコの部屋のデスクチェアでいつも昼寝してるので、ヒヨコは椅子が使えなかったそうな。デスクチェアにいないときは、勝手に外出してるらしい。…ヒヨコ、人間の写真よりも、カモメやネコ、イヌ、シカみたいな動植物の写真ばっか撮ってて、人間が写ってない…。日記を書いとけと持たせたスケッチブックも、道端で見かけたキノコの絵ばっか描かれてた…。マリオみたいにワンナップするつもりか?関心の方向がなんかズレてるんだよな。
劇的なカルチャーショックとか、なかったっぽい。でも、ないならないで、そんだけ器がデカイってことで。


相変わらず、リオ五輪。
●週末は、競歩とか見てたよ。渋い競技だなーと思ってたら、日本人選手が銅メダル獲っちゃったよ。今回、日本はメダルたくさん獲りすぎじゃないか?スゴイなあ。女子シンクロ団体も銅メダルだったぞ。男子400mリレーまで銀を獲ったぞ。

という事で、またしてもブラジル音楽を聴くね。

BEBEL GILBERTO「BEBEL GILBERTO REMIXED」

BEBEL GILBERTO「BEBEL GILBERTO REMIXED」2005年
BEBEL GILBERTOボサノヴァの三大発明者の一人、JOAO GILBERTO の娘。ニューヨークに生まれ、その後離婚した両親の間、リオとニューヨークを往復して育ったという。80年代後半からキャリアを起こし、00年代に入ってからはブリュッセルを拠点としたレーベルCRAMMED DISC / ZIRIGUIBOOM からフューチャージャズの文脈からコンスタントにリリースを重ねる。このアルバムもその ZIRIGUIBOOM からの二枚目のアルバム「BEBEL GILBERTO」2004年のリミックス盤。おまけに日本盤で特別ボーナスディスク付き。スモーキーで物憂げな歌声がストレートにボサノヴァで、それがダウンテンポでモダンなクラブジャズに見事に仕上がっている。
●リミキサーには、アブストラクトでスピリチュアルな作風で知られる DJ SPINNA、アンビエントなエレクトロニカユニット TELEFON TEL AVIV などなど。覆面ユニット YAM WHO ? なる連中の仕事や、フィンランドのクリエイター集団 NUSPIRIT HELSINKI の仕事が耳を惹くなあ。JOHN BELTRAN とか久しぶり。どれもとってもラウンジーでシックにキマッテル。
●とは言いながら、BEBEL GILBERTO 本人はクラブミュージックに全然興味がないらしく、「自分の子供にベビーシッターがビックリするような服を着せててギャー!」って思うような感覚らしい。好きなリミックスもあるけど、アッパーなガラージュハウスになってるのは、まさしくギャー!らしい。

SUBA「SUBA TRIBUTO」

SUBA「SUBA: TRIBUTO」2002年
●この SUBA という人物、実はユーゴスラビア(現セルビア)出身のミュージシャン/プロデューサー。キャリアを起こしたのは80年代、ユーゴスラビアのニューウェーブシーンでエレクトロ音楽の先駆者として活躍してたそうな。テクノポップとユーゴスラビア民俗音楽をミクスチャーするとかしてたらしい。そんな彼がユネスコのプログラムでブラジルに音楽留学したら、もうこの国に惚れ込んでしまってサンパウロに移住。90年代を通じてブラジルの伝統音楽とテクノのアプローチを融合するような仕事をしていたという。しかし1999年にスタジオの火災に巻き込まれて死去。そんな最期の瞬間まで彼が手がけていたのが、前述 BEBEL GILBERTO が全世界でブレイクするキッカケになったアルバム「TANTO TEMPO」2000年のプロデュース仕事だったとな。なんとも奇縁。
●このアルバムは、彼の死後に編まれたコンピレーションアルバム。リミックス、コラボ楽曲、ライブテイク、カバー、リメイクなどなどの作品が集まっている。アプローチはクラブサウンドだが、ブラジル音楽が持つ生々しいリズムとグルーヴがそのままの形で渦巻いているような感覚。ストリートで鳴らされてるサンバのリズムの息遣い、ラウンジーな質感のボーカル、ディープハウス的なスピリチュアルな趣き、ウットリとさせる音響の奥深さ。夜中に聴くと効く。
●これは手にしてから10年くらい経ってるCDなんだけど、実は別人の作品と勘違いして買ったモノ。激安ワゴンの中で400円程度だったよ。しかしその内容たるや素晴らしい!大当たり!と思ったね。SUBA 本人の素性を知ったのはつい数年前のコトで、最後の作品が BEBEL との仕事だったと知ったのは、この記事を書こうと思って調べて知ったことだった。

M4J「FOLKLORE NUTS」

M4J「FOLKLORE NUTS」2000年
●なんだか情報不足でよくワカンナイのだけど、4人のブラジル人DJによるテクノユニット。確かもう一枚彼らのCDを持ってるはずなんだけど、最近ディスクユニオンでこいつを発見してしまったのでダブり買い覚悟で購入。今回取り上げてる BEBEL のリミックスや SUBA の作品に比べると、圧倒的に大味。90年代初頭のテクノを連想するくらいの、機械っぽさが無邪気に押し出されてるテイスト。ブラジルテイストを嗅ぎ取ることも出来るかもしれないけど、これはむしろ時代が少々ズレても臆面なくテクノしてるザックリ感を楽しんだ方がいいと思う。
ブラジル文化を外から眺めた立場でリミックスやプロデュースをしたアプローチが、 BEBEL のリミックス集やセルビア人 SUBA の仕事である一方で、コイツは逆でブラジル文化の内側からテクノやダンスミュージックを眺めてる。だから、ブラジル要素を彼ら自身が無視してても自然に溶け込んじゃっている。だからリズムは強靭。だけど、彼らにとっての外来文化・テクノに夢中って感じこそがむしろこの作品の聴きどころじゃないだろうか。その心意気たるや、いいねえ。



●ヒヨコ、カナダ滞在のハイテンションが、やっとブツリ途切れたらしく、帰国後1日経ってやっとグッタリ。
●でも、日本の日常は容赦しないよ、学校の宿題がタップリだよー。


リオ五輪。思わずテレビ観戦で夜更かし。
卓球女子を真剣に見ちゃう。石川佳純ちゃんがカッコイイね。ホレるわ!
●あと福原愛ちゃんの、先生っぷり。12歳年下の伊藤美誠ちゃんにかける目線がお姉さんすぎて優しい。
レスリング女子もスゴイね。みんなが金メダルとっちゃうんだもんね。土性沙羅さんというニューキャラにビックリ。「ドショー」ってかなりの珍名さんじゃない?伊調馨「イチョー」ですらかなりの珍名だと思ってたのに。しかも、どちらも名前のインパクトに負けない迫力の持ち主。なんだかジオン軍の重モビルスーツみたいだよ。「シャア専用ドショー」とかありそう。

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いまや「熱帯主義=トロピカリズモ」はブラジルのアイデンティティ。
●あの、ふぉにゃっとしたフォントデザイン、カラフルすぎるボランティアさんのユニホーム、やっぱりカラフルな、メダル贈呈のアシスタントの女の子のワンピース、どこもかしこも緑濃いジャングルと豊かな生態系を連想させるデザインで、とりもなおさず「熱帯主義」つまり文字通りの「トロピカリズモ」を連想させる。かつては保守層から疎まれ、アーティストが軍事政権の圧迫で亡命を余儀なくされた、というのに、いまや「トロピカリズモ」ブラジル文化の王道だ。

そして新しい伝統が王道になろうとしてる。「バイレファンキ」。
●一方で開会式で気づいたこと。EDM のスタイルでグッと更新洗練されてたけど、ゲットーミュージックとして出発した音楽スタイル「バイレファンキ」が見事にセレモニーを盛り上げていた。「ファンキ・カリオカ」(カリオカ=リオっ子の意味)とも呼ばれ、リオのゲットー、ファヴェーラの中で行われていたブロックパーティで鳴っていた音楽だ。それが、国家的セレモニーで鳴らされている。「トロピカリズモ」の主導者 CAETANO VELOSO & GILBERT GIL と一緒にパフォーマンスした ANITTA という女性シンガーも「ファンキ(最近は単純に短くこう呼んでるっぽい?)」の人気シンガーだという。新たな王道が誕生しているというわけだ。


そういうことで、今日は「バイレファンキ」関連の音源を、聴いてみようと思う。

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●DVD「MR. CATRA キング・オブ・バイレファンキ」2005年
「バイレファンキ」が世界的に注目された2000年代中盤に届けられた、ファヴェーラの中を写し取ったドキュメンタリー。ここでの主人公は MR. CATRA という名のパフォーマーだ。これがナカナカなギャングスタぶりで、めっちゃ怖い。実際にギャングのメンバーでもあり、妻子もいながら街のそこらじゅうに愛人もタップリいる。そんな彼はゲットーのヒーロー。キッズ達は彼の生き方にあこがれてるし、彼もゲットーのロールモデルになろうとしてる。マリファナを吹かし、女性にだらしない、でもカネを見事に稼いで自由を謳歌する。無法と暴力がのさばるゲットーで、コミュニティを守ろうと意識してる。
●ブロックパーティの様子もすごくラフ&タフ。DR. DRE「THE NEXT EPISODE」のトラックをまんま使って、勝手なフリースタイルのポルトガル語ラップを載せている。「バイレファンキ」が、ヒップホップの影響下にある気分がここではコッテリ濃厚。そんな彼の音源は入手できるのか?と思ったけど、それはナンセンスかな〜と思ったよ。彼のパフォーマンスに集うキッズは、みんなCDプレイヤーなぞ持ってない。とことんゲットーなんだもん。そんな場所からこのワイルドな音楽「バイレファンキ」は立ち昇っているんだな。さくっと WIKI ポルトガル語版を覗いてみると、彼のキャリアは1990年代まで遡れるようで、ブラジルのヒップホップ及び、このシーンの先駆者的存在なんだなと改めて納得。

MIA「MAYA」

M.I.A.「MAYA」2010年
リオのゲットーミュージック「バイレファンキ」が世界的な注目を浴びたのは、鬼才トラックメイカー DIPRO が2005年にプロデュースした M.I.A のファーストアルバム「ARULUR」でこのスタイルを採用したからだ。これに全世界がビビった!ヒップホップ、ダンスホールレゲエ、マイアミベース、ジャングル〜ドラムンベース、エレクトロ、そしてブラジル音楽のグルーヴなどなどが突然変異で配合してしまったような独特なダンスミュージック。ボクは速攻で「バイレファンキ」の音源を必死に探したもんだ…コレがナカナカ入手困難で。新宿タワーレコード全体で、3〜4枚あったらラッキーって感じだった。
●ただ、DIPRO のトラックだけが素晴らしかったわけじゃない。タミル系スリランカ人である M.I.A. の貫禄がこの異形のトラックにさらなる迫力をもたせている。ブラジルと無縁なルーツの女性が、このグルーヴに強い魔力を加えている。このアルバムは彼女の三枚目のアルバムで、DIPRO はエクゼクティブプロデューサーとしてクレジット。その魔導の力はなおも健在。そんな彼女の個性にあの MADONNA も興味津々で、2012年のスーパーボウルハーフタイムショーに、NICKI MINAJ とともにフィーチャリングシンガーとして召喚されてる。

BONDE DO ROLE「WITH LASERS」

BONDE DO ROLE「BONDE DO ROLE WITH LASERS」2007年
●さて、本場ブラジルの「バイレファンキ」男女2人組ユニットを。リオ名物・コルコバードのキリスト像の目からレーザー光線発射!高圧エレクトロ濃度、バッタバッタしたリズム感覚、ズルムケラップ調の男女ボーカル、時としてヘビィメタルギター炸裂、下手したらレゲトンまで!なにかと乱暴なトラックのザックリさがワイルド加減を上昇させてる。それでもダンスミュージックとしての快楽を損なわないのは、ダンス帝国ブラジルの遺伝子のなせる技か。ボーカルに関しても、世界でもっとも音楽的とも言われるポルトガル語の響きを、よくもまあコレだけズタズタにしてメロウに聴かせないように頑張ったなあと思うほどのザックリぶり。それが残念に終わらずラフ&タフな生命力になってるのが絶妙。実は彼らもプロデューサー DIPRO にフックアップされた存在。リオではなくサンパウロ方面の出身で、後述するバンド CSS と同郷の関係。

CSS「CANSEI DE SER SEXY」

CSS「CANSEI DE SER SEXY」2007年
サンパウロ出身、女性中心のロックバンド。彼女たちはワリと初期から「自分たちの音楽はバイレファンキじゃない」と主張してたっけ。リオの音楽「バイレファンキ」サンパウロのシーンはちょっと違うようだ。斬新なダンスミュージックということは間違いないけど、彼女たちの音楽はしっかりとしたバンドサウンドで、むしろ同時代のイギリスで盛り上がっていたニューレイブのスタイルに近いものだった。ただし、突然飛び出してきた斬新なグルーヴは「バイレファンキ」の出現と完全にシンクロしてて、当時地球の裏側・日本から見た印象としては「なんか知らんがマジでブラジルがヤバイことになってる!」としか思えない状態だった。バンド名の由来であり、アルバムタイトルでもある「CANSEI DE SER SEXY」とは、ポルトガル語で「セクシーであることにはもうウンザリ」という意味。根っコの部分ではライオットガールな気分も。
●これは彼女たちのデビューアルバムのデラックス盤2枚組。ノーマル盤にあたる部分は、チープなシンセとドラム&ベースがグイグイ推進するバンドグルーヴが最高。ボーカル嬢 LOVEFOXX のカリスマティックな存在感にも病みつきになれる。その他にもリミックスがタップリ。前述の盟友 BONDE DO ROLE や鬼才 DIPRO、ヨーロッパのエレクトロ組、SIMIAN MOBILE DISCO HOT CHIPCALVIN HARRIS、アメリカ勢では SPANK ROCK、PRINCESS SUPERSTAR といった同時代の俊英たちが、見事なエレクトロに仕上げてる。「ALALA」とか「LET'S MAKE LOVE AND LISTEN TO DEATH FROM ABOVE」といった代表曲が、バッキリキマッてる。

CSS「DONKEY」

CSS「DONKEY」2008年
●バンドサウンドがしっかり地に足ついて、ポストパンク系のユニークさにも繋がってきた二枚目のアルバム。彼らが今日の音源の中でも特に普通のダンスロックバンドっぽい感じが強いのは、歌詞の全てが英語だってことにも関係してるかも。現在じゃメンバー全員イギリス在住だっていうし。ただ、ポルトガル語ってだけでイキナリ不思議な印象が出てきて、普遍的な評価ができなくなるんだな。言語が変わると選択されるメロディラインもガラリと変わるんだろうな。
「バイレファンキ」の発見という衝撃の中で聴いたファーストに比べると、地味な印象のセカンドだけど、よく聴いてると味が滲み出てくる。そもそもで所属レーベルがシアトル・グランジの代名詞 SUB POP なんだよね。SUB POP の生み出した数々の傑作音源の中に、きちんと収まるオルタナティヴロックとして、真っ当な存在感。…レーベルの話でいうと BONDE DO ROLE も英 DOMINO からの世界デビューなんだよな。

TETINE「LET YOUR XS BE YS」

TETINE「LET YOUR X'S BE Y'S」2008年
●英 SOUL JAZZ RECORDS からリリースされた「バイレファンキ」。これもまたサンパウロ出身のユニット、女性が前に出る男女2人組と、なんとなく CSS、BONDE DO ROLE と印象が似通うのだが、実は芸歴が格段に長い!結成は1995年で地元シーンの大先輩らしい。イギリスでリリースされたこのアルバム以前に、ブラジル国内で8枚のリリース経験あり。CSS の中心人物 LOVEFOXX が最高の敬意を表してる。そんな世代の違いなのか、トラックは今日の音源の中で一番ハウシーかつテクノ的。洗練されたトラックは、むしろ80年代テクノポップ的ですらある。ダブステップベースミュージックに積極的な SOUL JAZZ が食指を動かすのも理解できる。そこに味のある男女のボーカルが交錯。よく聴くと男性ボーカルがザラリと渋いな…。

リンダ三世「VIVA! リンダ三世」

リンダ3世「VIVA! LINDA SANSEI」2014年
「バイレファンキ」の最後の一枚が、いきなり日本の地下アイドルグループとな。群馬県の日系ブラジル人コミュニティから飛び出した、日系三世の少女5人組が自然に「バイレファンキ」やってるという奇妙な事態に震撼!デビューシングル「未来世紀 EZ ZOO」2013年の段階でノケゾるほどの大ショックを受けましたが、このリオ五輪にあわせてアルバムも購入しました。もう全部が勢い任せでタマラン。
「バイレファンキ」アレンジに仕立てた「MAS QUE NADA」カバーや「BRAZILLIAN RHYME」カバーが達者。なにしろポルトガル語がネイティブだから、外国語を歌わされてる感じがなくてすごく自然に楽しんでる。むしろ日本語がカタコトで無理がある。



●動画をあれこれ探してみよう。
... 続きを読む

SMAP、解散することになっちゃったなー。
●まーどーでもいいけど。


●iMac がもうポンコツで動かない。完全にスペックオーバーだ。
●2011年後期型なのに、2016年にはパフォーマンス不足になってしまう。たった5年の寿命。
●これは世間の変化のスピードが速すぎるってことなのか?
●9月に新製品が出たら、買い換えるしかないか…。


●音楽。
ツインベースの、独特なエクスタシー・グルーヴ、という変わり種。

NEDS ATOMIC DUSTBIN「GOD FODDER」

NED'S ATOMIC DUSTBIN「GOD FODDER」1991年
NED'S ATOMIC DUSTBIN「AND BESIDES...」1991年
前回の記事に書いたUKバンド THE WONDER STUFF のオープニングアクトを務めるなど、関係が深いのがこの長い名前のバンド。 出身地もバーミンガム郊外と同じだそうな。手っ取り早く言うと地元の先輩後輩の間柄って感じかな。
●ただしコッチのバンドの方が先輩 THE WONDER STUFF よりも90年代のニュースタイルとして時代の風をうまく受けてブレイクできたと思う。折しも当時はマッドチェスター・ムーブメントが全英を席巻しようとしてた時代。当時の新型ドラッグ・エクスタシーでハイになった新感覚サイケのモードに、彼らのハイテンポにダンサブルなバンドサウンドがうまくマッチしたようだ。彼らはなんとベーシストが二人もいる特殊編成で、そのツインベースに由来するのか、疾走感にポンポンと弾むようなユニークなグルーヴが宿ってとても個性的。これにフィードバックギターが極彩色を噴射して結果的に実に多幸感満載。ジャケも無駄にカラフルで、エクスタシーカルチャーを体現してるようだ。THE WONDER STUFF と一緒で彼らもアメリカのオルタナロックに影響を受けているのか、汚いロン毛がトレードマークになってるけど、メロディラインは圧倒的にブリットスタイル。英国アイデンティティは抜こうと思っても抜けるモンじゃないと思い知る次第。
●本国でもチャート1位をゲットするなど活躍したが、日本でも独自にブレイク。デビューアルバム「GOD FODDER」と同年に Bサイド編集盤「AND BESIDES...」が日本限定でリリースされちゃうほど。バンドのロゴTシャツまで流行ってたもんだよ。ただ、まー勢いだけの一発屋の感は強くて、1995年にはヒッソリ解散してました。


●バンドの名前の「ATOMIC DUSTBIN」って直訳すれば「核のゴミ箱」
●今、原子力関係のコトを調べてるボク(&息子ノマド)には、ピクッと反応するワードだわな。日本原子力研究開発機構の施設見学したのもつい先日の話だし。詳しくはコチラの記事で見てください。ということで、最近読んだ、原子力関係の本について触れてみたい。


原発に対して、推進当事者が能天気なほど楽観的だったことが「よくわかる本」。

榎本聡明「原子力発電がよくわかる本」2

榎本聡明「原子力発電がよくわかる本」2009年
●ある意味で、原発に対するゾッとするほどの楽観論が「よくわかる」本だ…刊行2009年、震災&フクシマ直前の風潮ってこうだったんだーとビックリする内容。フクシマ以降、ガラリと世界が変わってしまったんだろう。きっとボクもフクシマ以前にはこんな意見に普通に同意していたかもしれない。でも、フクシマ以降を生きるボクには拭い去れない違和感がどうしても残る。
●フクシマ以前の著書ということを前提にしつつ、この著者は完全な「原発推進派」だ。言葉の節々にそんな姿勢が見える。読後、著者の名前を検索して納得。彼は東京電力で原子力部門の本部長を務めて副社長まで上り詰めた男。しかしその副社長の在任期間はほんの数ヶ月。2002年に発覚した「東京電力原発トラブル隠し事件」の引責で他の経営陣と共に退任してる。工学博士。つーか「推進派」どころか「推進当事者」じゃないか。
●この「推進当事者」からの発信から、気味の悪い違和感をいくつか列挙しよう。

その1。「安全性」と「安心感」。
●原発の「安全性」と、原発周辺で生活する人々の「安心感」をキッパリ区別してる…。「『安心感』の問題は、技術的な安全性の問題と違って、理屈をこえたものがあるように思えます。」住民の不安は理屈の問題じゃないから、技術者の考えてる安全性は理解できないとな?これ、80〜90年代の原発トラブルを隠蔽していた人物の吐くセリフか?「故障は事故じゃない」とも言ってるし。エリート意識を持ったテクノクラートが上からモノを言ってるようで不気味。

その2。原子力発電のコスト。
原子力発電は、発電単価でめっちゃ低コストであるとの言説は、フクシマ直後の喧々諤々な原発議論の中でも出てきたロジック。それでもココに不気味さを感じる。設備利用率を80%とした場合、発電コストは「石油を用いた火力発電:約14円/kWh」「原子力発電:約8円/kWh」ととっても安く図示されております。なお、そのコストの内訳は原子力発電所ほか設備の建設&維持費用が70〜80%を占めている。設備を一度作っちゃったら、あとは燃料調達&処理は割と安価&簡単、というニュアンス。一方、化石燃料系/石油・ガス・石炭は、国際情勢で燃料価格の変動が激しいのでコストの安定性が確保できない。と書いてある。
●しかし。燃料費のコスト内訳を見てみると、ウラン燃料(&MOX燃料)調達費は約25%、残り75%は再処理や中間貯蔵、処分とそのための輸送費ってコトになってる。「再処理」ってのは、日本の基本政策としては、使用済み燃料は、しかるべき施設で再処理を施しもう一度利用する方針を示している。だから再処理に責任を持たない電力会社視点だと再処理施設に運び出すだけでオシマイの低コスト。でも!日本の核燃料再処理施設の整備建設はうまくいってるとはとても言えない体たらく。産業全体から見た再処理施設の開発稼働コストは単純に先送りされているだけで、この見積に含まれていない。このズルいロジックの抜け道にこの本は触れてない。低コストでラクチンなのは電力会社だけなのだ。
●加えて言えば、石油と違ってウランが安定供給されるのは、この二つの流通の形態が大きく違うからだ。石油は原油を輸入して日本で加工しているが、天然ウランはそのまま利用もできないし輸入もされない。濃縮ウランとして燃料に用いる形に加工ができるのは、特別な技術を持ったほんの限られた先進国だけで、日本にもほとんどそのスキルがない。商売相手が売り手買い手ともに限定されてるから安定しているのだ。ちなみに、日本国内でウラン濃縮ができるのはたった一箇所(青森・六ヶ所村の日本原燃の施設)で、そのキャパシティは中国並み、アメリカの10分の1(日本原燃のサイト参照)。技術を独占する先進国から絶縁されたら、燃料調達は石油どころの難易度じゃなくなる。まーこのへんの不都合はこの本には全然書いてないけど。

その3、「原子燃料リサイクル」&「高速増殖炉」はイケるのか?
●この本においては、完全な規定路線として「原子燃料リサイクル」を前提としてます。その究極形態が「もんじゅ」に代表される「高速増殖炉」という技術。名前に盛り込まれている通り、この技術は核分裂でエネルギーを取り出すだけでなく、ウランの核分裂からプルトニウムを作り出し、結果的に燃料が徐々に増えていく仕組み。著者としては「今後1000年以上にわたって人類がエネルギー問題から解放されるのも夢じゃなくなる」と鼻息が荒くなるほどの技術。ただ、ご存知の通り、高速増殖炉「もんじゅ」は実質上役立たず状態。
●ところがさらにビックリの事実が。この本には「世界の高速増殖炉開発スケジュール」をみると、どの国もこの「今後1000年の夢の技術」に対して足踏み、またはギブアップしているのだ。アメリカは1995年には実験炉を全部閉鎖し計画を停止してる。一番積極的だったフランスですら、一時は大きな話題になった実証炉「スーパーフェニックス」を1998年に放棄決定。ヨーロッパ諸国は軒並み撤収の気配。粘っているのはロシアとインド、そしてこれから中国が参入の気配。「高速増殖炉」は今の科学技術じゃ手に負えない技術なのでは?「もんじゅ」だけじゃないんだ!みんなダメなんだ!なのにこの人は推進しないとダメだーと主張してるのだ。
「高速増殖炉」はともかく、原子燃料リサイクルのためには、再処理工場、ウラン濃縮工場、MOX燃料工場などなどの追加インフラの建設が必要で、さらにはリサイクル仕切れない廃棄物を処分する施設、低レベル放射性廃棄物、高レベル放射性廃棄物にふさわしい処分場が必要。このへんのコストに関しては全然言及をしていない。ほとんどの設備がゼロスタートな状況なのに、ここから始まる膨大な投資コストが見積もられていない。というか、「総合的な再処理路線の経済性評価はまだ十分には行われていません」とのこと。オカネ勘定しないで突っ込んでるのね…。ゾッとするわ。

その4、高レベル放射性廃棄物はどうやって処分するのか?
●そもそも本屋さんでの立ち読みレベルで不満に思ったのが、この本には放射性廃棄物問題について15ページしか割かれてないこと。約230ページの本で、この分量は少ないだろー、だってコレ、原発開発でビッグイシューでしょ!フィンランドのオルキルオト(傑作ドキュメンタリー「100,000年後の安全」で紹介された最終処分場「オンカロ」)が2020年に稼働予定、アメリカの同様の施設ヤッカマウンテンが2017年稼働予定とされてる中、日本での高レベル放射性廃棄物処分場は場所未定、稼働は「平成40年度後半」とか言ってる。震災前の著書に文句言っても詮無いが、フクシマにあれだけの廃棄物が日々どんどん膨れ上がってるのに呑気なもんだ。

●他にも「原子力発電のリスクは、自動車事故や航空機事故、落雷のリスクよりも小さい」という1969年のアメリカの研究をヌケヌケと紹介していたりして、突っ込みどころは満載。リスクが発生した場合の影響コストが掛け算されなければ見積として意味がないと思うのは、ボクの素人考えか?自動車事故の事後処理コストは事故車のレッカー代と凹んだガードレールの交換程度でしょ?原子力発電所の事故処理コストは国民の血税をどんなにつぎ込んでも足らないじゃないか。


チェルノブイリ直前の時代の本を読む。研究者たちの「畏怖」。

木原正雄・小野秀生・道下敏則 編「21世紀への原子力 - 問われる原子力政策の選択」1986年
●この本は、たまたま古本屋(下北沢・古書ビビビ)で見つけた本だ。時代をズラして本を選んだほうがいいと考えていたので、この本はまた新しい観点を教えてくれると思った。刊行年1986年はチェルノブイリ原発事故の年だから、チェルノブイリのショックで大変だろうと思ったら、全然言及がない。なんと原発事故3ヶ月前の刊行だったのだ。ますます興味深い。フクシマどころかチェルノブイリすら知らない時代の識者の考えとは?
●専門書とあって、「核分裂とはなにか?」と物理の教科書みたいな内容から始まって、原子炉の構造の解説などなどがギッシリ。しかし読み進めるに当たって「著者たちの原子力に対する畏怖」がジワジワと伝わってくる。客観的で冷静であろうとしながら、言外から「これは大変な技術だ」という感情が伝わってくる。
●時系列として彼らが知る最悪の事故はアメリカ・スリーマイル原発事故までだ。その一方で、米ソ冷戦下の核軍拡競争も通底音として響いている気がする。日本にとって「核エネルギーの平和利用」は自明すぎるほどの原則だが(自明すぎて前述「原子力発電がよくわかる本」著者はその原則にほとんど触れもしないが)、やっぱり平和利用と軍事利用は紙一重。後発の核兵器保有国インドはカナダから譲られた実験用原子炉から原子爆弾を開発したのだから。

「21世紀への原子力」の題名通り、21世紀の問題が全て予言されてる。
●2009年に書かれた本と、1986年に書かれた本の内容を読み比べてわかったこと。それは、21世紀の現在において実用化に向けて研究されているようなモノは、1980年代には理論的にすでに登場していたということ。現在メジャーな原子炉タイプ・軽水炉から「高速増殖炉」「核燃料サイクル」を果たすための仕組みや思想、ウラン濃縮や使用済燃料の再処理、放射性廃棄物の処分までが、すでに問題意識としてビッシリ登場している。つまり、原子力発電においては20〜30年程度では物事は前に進まないようなのだ。技術革新のスピードはもっと早いと思っていたのに、それだけ核エネルギーの実際の制御ってのは難しいということなのか。核分裂理論の発表から原爆の開発〜ヒロシマナガサキまではたった6年で到達したというのに。
●後半は、社会的、経済的、政治的な観点から原子力発電を批評している。これも実に示唆的だ。現代日本において問題になっているマターがそのままこの30年前の本に書かれている。特に「原発立地と地域開発」の問題なんて、この時代から明白だったってことに衝撃。原発が立地されれば高額な投資がもたらされるが、すべてが原発企業へ発注されるので地域にはなんの還元もない。雇用が地域に生まれることもなく、域外から労働者が流入するだけ。原発が立地されるということは純粋な農村地帯である場合が多いが、原発建設労働者のためのサービス業(「バー・キャバレー」と書いてある)が伸びて、農業の兼業化、または棄農する人が出てくる。地域にもたらされる税収は一気に高額になるが、それは道路、レクリエーション施設、水道などの整備に当てられる。全部が管理維持にコストがかかるシロモノだ。そして「原発依存」という言葉が出てくる。原発によって、内発的な地域振興は果たせない、そんな言葉も。もうこんな時代からハッキリしてたんだ…。

1986年の著者たちは、まだ未知の領域が広い原子力研究とその実利用を前にして「畏怖」を感じていた。しかし、2009年の著者は、半端に成熟した原子力発電の産業システムの中心にいて、慢心しきっていた。問題があること、解決されていないことを双方が認識しているのに、2009年の著者はそれをただ先送りにすることで「よくわかった」気になっていた、ボクには素朴にそう思える。

●もう一冊読んでるのだが、まだ途中なので別の機会に。
●この本の著者は前書きに、自分は「脱原発」だと最初に書いている。その上で、本業であるところの科学史の客観的なアプローチで日本の原子力開発の歴史を綴るとしている。刊行は2014年。著者はフクシマを知っている!さて、どんな本になってることやら。楽しみだ。
原子力機構・大洗研究開発センターからも、めいっぱい小冊子をもらってきた。現場の最前線としてはこれが一番エッジーかも。地層処理の研究が端的にまとまってそうで期待大!


レポートのテーマに「原発」を取り上げようと考えた息子ノマドは、おそらく「原発推進派」なのだよ。
ノマドにとっては、化石燃料に依存する社会経済も、温室効果ガス排出で地球の自然を確実に破壊する「悪」なんだ。ただ、もう15歳になるヤツに、親のイデオロギーを押し付けるのはヤボと考えて、深くは詮索しないことにしている。ノマド自身も、今の原子力開発が不完全なのは重々承知しているので、その不完全さを勉強しようとしているわけだし。ただし、風呂のフタを開けっぱなしにするクセについては「エネルギー問題考える前に、おまえの生活様式がエコじゃねえ!」と小言を言っている。



●また音楽。ブラジル音楽を。
リオ五輪の中継っていつまでも見てられるね。一生懸命の選手ってステキだな。

MILTON NASCIMENTO「MILTON NASCIMENTO」

MILTON NASCIMENTO「MILTON NASCIMENTO」1969年
この人の声は、魔術。この人の音楽は、神話。なにが起きているのが全容も掴めないほどの神秘性。キャリア三枚目の最初期作品だが、そのユニークな世界観はカッチリ完成しているようだ。CAETANO VELOSO らトロピカリア世代と同時代を生きながら、彼らとはまた一線を画す作風にただ圧倒されるまま。
●こんなにステキなCDなのに、200円で売ってたよ。秋葉原タワーレコードの激安ワゴンの中で。





●この文章は、栃木・日光で書いてる。
ワイフ二人で、日光東照宮に観光に来ているのだ。
●創業140年というクラシックホテル「金谷ホテル」に滞在。外国人向けリゾートとして発足、アインシュタインからリンドバーグ、ヘレンケラーなどなどを迎えた由緒あるホテル。コドモのいない優雅な一泊旅行を楽しんでる。地元食材(ベニマスが立派!)を生かしたフレンチのコースを食べたり。ワイフ「こんな食事二人でするの、新婚旅行以来じゃない?」そうだっけ…?ボクはフレンチとか元来興味ないしな…。

●さて、日光東照宮は、ご存知、徳川家康を神様として祀る神社。1616年に家康は亡くなったから、今年はソコからちょうど400年の節目。ところがどっこいそれが裏目に出たのか、各所大改修の工事に入ってて、重要物件がみんな野暮なシートに包まって鑑賞ができない!

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●ああ、かの豪華絢爛なジャパニーズバロックの傑作「陽明門」がこんな姿になっちゃって!なんのためにこんなトコまで来たのか!ポケモン探して帰るぞ!
●ということで、名物・湯波そばとか食べて、気を紛らわしてる。改装終了は2019年だって。3年経ったら出直すわ。


●話題はガラリ変わって。

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東大生協「ほん」編集委員会、「ほん」。
●たった12ページのフリーペーパー、なんとなく手にとってバッグに入れといたモノ。コレがとても面白くて、ビックリした。思わずスミからスミまで熟読してしまった。内容はタイトルからそのままズバリの書評集。特集テーマに沿った作品と新刊書の書評がコンパクトに収まってる。1971年10月25日創刊。季刊らしい。連絡先は東大生協組合員センター内とのこと。確かにコレを見つけて手にとったのは、東京大学・本郷キャンパスの生協書店の中だった。こんなモノが40年以上もずっと続いているとは、東大はやっぱ一味違うなあと思ったよ。
●書評がこんなに楽しいとは、久しぶりに感じた感覚。初めて知る本はもちろん、読んだことのある本も、読んでみたいなと思ってた本も、あたらめてきちんと読みたくなった。書評を書ける人ってホント利発だと思うよ。ボクには評論とか無理。とりあえず、オススメされてる平田オリザの今出てる本はすぐにでも読んでみよう。以前から気になってたんだけど、やっぱ面白いらしい。
●一方で、編集委員が少なくなっちゃったから、今号からページ数が減ってしまったそうな。本の読み手が少なくなってしまってるのかなあ。出版業界自体が元気がないってことは、読者も元気がなくなってしまうことなのか。

●こんなアイテムを偶然見つけてうれしくなってるけど。
こんなアイテムが置いてある、東大生協書店に行ったのは理由がある。



今、ボクは原子力関連の本を探して読んでる。
●しかし、普通の本屋さんじゃ適当な本がなかなか見つからなくて。だから、研究書みたいなシッカリしたヤツは、研究者がいっぱいいるところにあるだろうって思ってね。ついでの用事もあったんでわざわざ東京大学まで行ってみた。
●一時期までは、原発関連本は世間にいっぱいあったような気がするけど、今になっては全然置いてないよ。まるで世間が原発問題を忘れちゃったかのようだ。忘れたくて仕方がないのか?専門外の文化人がアレコレ言ってる本ですらホンのチョットしかなかったよ。実は、東大生協でもそんなに豊富には在庫はなかった…最終的には実に面白い本を見つけて楽しく読んでるけどね。

なんでボクが、原子力うんぬんのニワカ勉強をしてるのかというと。
息子ノマドが「原子力発電所の廃止措置と放射性廃棄物の処分」という激タフなイシューを、中学卒論のテーマに選んだのだ。当たり前だが、当の本人はだいぶ手こずってる。中学3年生で「卒論」てのが既にユニークな気がするのだが、確かにノマドが通う中高一貫の学校は教育スタイルが根本的にユニークすぎるので、もはやボクもワイフもこの程度のことにはもうビビらない。
●しかし、学校の先生から、テーマに沿ってどこかに取材に行って来いとアドバイスがあって。で、ノマドが「どこか原発に行きたいんだけど」と相談してきた。これが2ヶ月前くらい。むー。日本には全世界の10%にあたる43基の原発があるけど、あの震災以降で再稼働してる原発なんてほんのチョットでしょ。鹿児島の川内原発、そしてまさに今日稼働した、愛媛の伊方原発だけ。
●コチラには福井県の原発銀座まで出向く気もあったのだけど、結果、十分な内容で施設見学をさせてくれるトコロなんて見当たらなかった。まー子供向けの「原子力ってナニ?」的なPR施設はあったけどねー。なぜか地元の特産を紹介する施設もセットになってたりして。でもそういうことじゃないんだよな。コッチが聞きたいのは「廃止措置の方法」なもんで、使用年数40年のルールをうっちゃってなぜか期限延長を決め込んだ福井・高浜原発「どうやって原発は廃炉するんですか?」なんて皮肉な質問がマトモに出来るか甚だ微妙だなと。そもそもでキモいところの見学は「テロ対策〜保安上の理由でお断りしております」と明白に先方が発信してる。抗議運動が邪魔なのが本音じゃないの?

●それでは稼働うんぬんではなくて、「廃止措置」実績がある場所はドコだ?と考える。
●原子力発電所、またはそれに準ずる原子炉施設の「廃止措置」(世間でいう「廃炉」という意味で捉えています)が日本でどれだけあるか?福島第一原発みたいにヤラカシちゃったケースでなく、真っ当にお役目終わらせたケースはあるのか?という観点で検索してみると、茨城県東海村に3件あるらしい。
●まずは、日本で最初の商業用原子力発電所、日本原子力発電株式会社東海第一発電所だ。1998年に運転を停止。そこから20年以上をかけてちょっとずつバラして、2014年から原子炉の解体に入ったそうな。そして同じ東海村の、日本原子力研究開発機構(前述の日本原子力発電株式会社と混同してた)は、日本で最初に臨界を迎えた JRR-1 という実験用原子炉の廃止、そして日本最初の発電用原子炉 JPDR の廃止を完了している。……ん?ちょっと待て、日本での廃炉実績ってたったこれしかないの?終了してるのが2件、途中が1件。これに加えて、静岡県の浜岡原発1号機2号機が関連装置の解体を進めてる模様。つーか、予想以上に少なすぎるよ!これしか経験がないのに、フクシマみたいな超難易度の応用問題にガチ当たりしてんのかよ!マジで大丈夫?これ、今回の最大のビックリポイントでした。
●ともかく、この観点だと、日本原子力研究開発機構(省略して、原子力機構、または原研と呼ばれるらしい)がなんだか頼もしい。この原子力機構が今現在廃止措置を進めている原子炉設備が、東海村ではなく同じ茨城県の大洗の施設にあるという。ここの施設はフクシマの廃止措置のための技術研究も行ってるみたいだし。この大洗研究開発センターは、現在も施設見学には前向きの模様だ。
●で、一ヶ月ばかり、見学意図や日程、見学の内容調整などなどを、先方広報担当の方とやりとりをした結果、なんとセンターはボクと息子ノマドのためだけの、独自の見学メニューを作ってくれた。この点に関しては、全くのストレスもなくスムーズにヤリトリを進めてくれて本当に感謝。中学生1人を相手に、ここまで真面目に対応してくれるなんて、本当にありがたい。
●そこまでしてもらって、親のボクが知識ゼロじゃ申し訳ないだろう、ということで、あわてて三冊の原発関連書籍を読んでみたわけだ。この本の読書はすごく面白かったのだが(複数読んだってのは著者のポジション、原発推進派/脱原発派での読み比べを意図した)、まずは実際の見学の様子を報告しよう。



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ということで今月。実際に見学ツアーでセンターを訪れた。
●海水浴場として有名な大洗の市街地からタクシーで15分ほど離れた寂しい海沿いの場所に、センターはあった。皇居よりやや広いという大きな敷地は二重のフェンスにぐるり囲まれてて、その内側は緑眩しい雑木林がたっぷり。その向こうに窓のないコンクリの建物や煙突がちょっとだけ見える。見学はよくても写真撮影は保安上の理由で不可、ということでお見せできる施設内の写真はない。下の写真は施設外から撮影したタクシー車窓風景ね。
●あ、グーグルマップとかで見るとすぐわかるんだけど、敷地のど真ん中に池?湖?がある。これが実は人造湖。目の前に海があるけど、わざわざ遠くから淡水を引き入れてるとな。有事の際にはこの豊富な水量で対応する仕掛け。2011年の震災の際には、この施設も全電源喪失に見舞われたとな…ゾッとする話だよ。津波だって4.5m級が押し寄せた。しかし非常用電源設備がキチンと機能して一週間の停電&断水を耐え忍び、地域の人々に給水まで実施したほどだという。ホッ。

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●さて、ボクら父子は、交流棟という建物に案内されてスタンバイ。本来は大学院生の人たちが大勢くる場所のよう。普段は50人程度にレクチャーしてる講堂の隅っこにチンマリスペースを構えてくれて、テーブルを付き合わせて担当者の方々のレクチャーが始まった。最初にこの交流棟でパワポ資料を用いた40分の説明。その後は広い構内をワゴン車で移動しての、各施設の見学だ。基本的に、各部門の課長ランクの方々が、代わる代わるボクとノマドにいろいろな説明をしてくれた。こちらからアレコレ質問もさせてもらった。ボクが根掘り葉掘り質問するものだから、予定が押してしまって恐縮。でも、どの担当者の方も、丁寧で誠実、研究に対する真面目さを感じさせる人たちだった。お忙しい中、時間を割いて勉強の場面を作ってくださり、本当にありがたいと思っています。
●で、いろんなお話うかがったんですけど。一番強く印象に残ったのは以下のヒトコト。


一口にいうと、原発の研究は、新開発も廃止措置もハイパー時間がかかる!
●脳ミソパンパンになるレクチャーの全てをここに書ききれるワケがないので、アレコレ書くのはやめとく。それでも言及したいのは、原発研究には途方もなく時間がかかる、人間の寿命を考えればその担当者の一生を捧げてしまうようなモノになってるってことだ。

●まず、「廃止措置」。ここでは DCA という実験用臨界装置の廃止を現在進行形で進めている。これがすでに廃止作業開始から約20年経っている。今後さらに5年以上かけて最終的に更地に戻していく。規模で言えばこの施設、商業用原発に比べて実にチッポケ、それでもこれだけの時間がかかるのだ。原発の寿命は40年とされてるが、準備期間を含めれば少なめに見積もっても廃炉には30年くらいの時間がかかる。稼働期間と廃炉期間がほとんど変わらないって…。なんだか果てしないよ!
この過程で出てくる廃棄物の量も教えてもらえた。金属が300トン、コンクリートが9000トン!これが全て放射性廃棄物になるワケではないのだけれとも、コンクリートの壁一枚の厚さに対してどこまで安全でどこから特別な措置が必要になるのか、実績から読み取って判断しながら丁寧に分別していくという。ここで排出される廃棄物は、全てこのセンター内で処理・保管されるそうで、さらには廃棄物処置施設も新規に建造しているそうな。でもさ、この施設は小規模だからセンターの内側で決着がつくけどさ、商業用発電所がこの程度の廃棄物の量で済むはずがないでしょ。どうすんのさ!

●そして、「新技術開発」。このセンターには、原子炉が3つ存在してる。敦賀にある高速増殖炉「もんじゅ」の実験炉「常陽」があるのは結構有名みたい。こっちは増殖しないので「高速炉」ってことらしい。彼らとしてイチオシなのが「HTTR」という原子炉。冷却材にヘリウムガスをもちいた「高温ガス炉」ってヤツで、世界にここしかないタイプとのこと。日本にしか持ち得ない加工技術を用いて、高いエネルギー効率と安全性、コンパクトな建設思想と安価な建設コスト、などなど様々なメリットを追求しているそうな。なにやらスゴイぞ。担当の方々もややドヤ顔気味の解説だったぞ。
しかし!これもスゴイ時間がかかっている。この原子炉が動き出してすでに約20年弱。なのに、これを実際にエネルギーに変える発電設備がまだできてない!水素社会到来を見越して水素製造装置を合体させる予定なのだが、これもまだ合体させられる段階には早い(すごくデカイ装置は見せてもらったけど、まだまだ課題はタップリらしい)。え、じゃあドコにもつながっていなくて、この原子炉は一人でカンカンに熱くなってるだけなの?すげえな…下手するとこのままお蔵入りしかねないなあ…「もんじゅ」が事実上のお蔵入りになってるからなあ。コレ、いつになったら実用化するんですか?「いまのところ、受注がないもので…」あ、ココから市場原理が登場するのね!実際に商業的ニーズが発生するとさらに前に進むってことか。資料の隅っこには2040年代って書いてあったような。やっぱり果てしないなあ。

でも、原発はいつか必ず廃止されなくてはならない。
原子力発電を継続推進しようと、この世代で廃絶しようと、この問題には関係ない。いま日本に存在する40基以上の原発は、早晩老朽化して使用期限が切れる。廃止しなければいけない時期がくる。震災直後には「廃炉は高コストで負担不可にて非現実」というロジックが推進派意見の拠り所だった気がするが、この高いコスト、経済的にも時間的にも環境負荷的にも超ド級の巨大コストは、最初から不可避のモノとして折り込まれなくてはいけないはずのモノなのだ。古くなったら安全に始末する、この当たり前から目をそらしてはいけない。そしてその廃止措置は誰かが絶対に担わなくてはいけない仕事なのだ。それが果てしなく大変な作業と、痛いほど分かった。一人の人間が一生をかけて担う単位の仕事。そして同時に、未来に向けてその担い手を継続的に育てなくてはならない仕事でもある。実際、日本の廃炉実績とその研究開発は、世界中の研究者を通して各国の施設閉鎖に貢献しているらしい。

息子ノマドがどんな論文を仕上げるつもりなのか、ボクは知らない。ボクからはアレコレ意見を差し込んだりはしていないし、ノマドが原発推進派なのか脱原発派なのかも問うてはいない。それはこれからヤツが自分で考えることで、親のイデオロギーが挿し挟まるべき領域ではない。さて、この経験をどう料理するのか?頑張ってちょうだいな。



●音楽は、UKバンド、THE WONDER STUFF だ。

THE WONDER STUFF「HUP」

THE WONDER STUFF「NEVER LOVED ELVIS」

THE WONDER STUFF「CONSTRUCTION FOR THE MODERN IDIOT」

THE WONDER STUFF「HUP」1989年
THE WONDER STUFF「NEVER LOVED ELVIS」1991年
THE WONDER STUFF「CONSTRUCTION FOR THE MODERN IDIOT」1993年
●このブログ、ボクの聴いた音楽をただ並べていくだけなのに、最近はダラダラ長くなりすぎてシマリがないなあ。どうしたらシマリが出来るのかよくわかんないし。まー誰も読んでないからどうでもいいか。
●ということで、全然時勢と関係ない、80年代末期〜90年代前半に活躍したイギリスのギターロックバンド、THE WONDER STUFF のセカンド&3枚目&4枚目のアルバムを。今ボクの中では、こうした80年代にひっかかった時期のバンドサウンドを好んで聴いてたりもしてるんだ。特にイギリスのモノ、特にこのバンドは、躍動感の中にリリシズム溢れる繊細なギターサウンド、しかもアイリッシュテイストすら忍び込んでくるアレンジの鮮やかさがなんとも生真面目で、聴いてて清々しい気持ちになれるんだ。時代が進むに連れて、ギターロックとして洗練されていくけど、イギリスっぽさはどうしても消えない。でもアメリカのオルタナシーンとかが気になってるんだ…だからこの連中、その後のブリットポップ時代と全然違って、すげー汚いロン毛なんです。
●この連中と交友関係にあったバンド、POP WILL EAT ITSELFNED'S ATOMIC DUSTBIN も聴いてみたくなってる。NED'S ATOMIC DUSTBIN のアルバムはすでに購入済みなんだな。楽しみだよ。




●動画。「ON THE ROPES」。「HUP」収録曲。


ポケモンGO、もう飽きた。めんどくさい。バッテリー切れるし。

●原因不明の腰痛に悩まされてる。なんだこりゃ。

Amazon「Kindle Unlimited」をどう評価したらいいかワカラナイ。
●最近、書籍・マンガ代がハンパなくなってきて、少し整理したいんだけど、この電子書籍読み放題サービスは役に立つのだろうか。むむむ。少し様子を見よう…読みたくて買ったけど積んだままの本がいっぱいだから。

●Hulu の海外ドラマ「タイラント - 独裁国家」に夢中。
中東の架空の国、まさしくフセインやムバラクのような軍事政権国家が舞台。亡命同然でアメリカに移住していた男と、その実兄である独裁者の確執。権力者一族に集まる富と特権。テロリズムと民衆弾圧。化学兵器の無差別攻撃。親米路線か親中路線か。民主主義が通じない世界、そしてイスラム原理主義の台頭。
●ただのアメリカ市民として過ごしていた主人公・バサムは母国に帰郷した途端に独裁政権の顧問に抜擢。政権の内側から必死に民主化に奔走するも、大統領である兄・ジャマルと摩擦を起こしていく。シリア情勢やISを連想させる不気味なリアリズムがヒリヒリしてたまらない。

リオ五輪、開幕。
ココでもインターネット配信が大活躍。NHKが提供するライブ〜見逃し配信が、全種目網羅しててスゴ過ぎる。普通じゃ絶対テレビ中継されない渋い競技も、ダラダラと眺めることができる。ボート競技が行われる海岸沿いの建物がモダンでクールなところとか。ホッケーってその打撃音が予想以上にスコーンと響いてボールもクラブもめっちゃ硬そうとか。フェンシングの光る仮面がまるで DAFT PUNK みたいだとか。女子ビーチバレーの中国の選手のオシリがダイナマイトだとか。実況ついてないから大方意味わかんないんだけどね。このノリでパラリンピックまで配信されたら、消化しきれなくて目が回るよ。

ボートの試合

●この写真、ボート競技の様子。
背景のミッドセンチュリーなモダニズム建築がクールだと思わない?
●この国は、オスカー・ニーマイヤーの国だからね!

さて、お楽しみは、開会式の演出だ!
●今回の開会式の演出は、ブラジルを代表する映画監督、フェルナンド・メイレレス氏が担当したとな。彼の代表作「シティ・オブ・ゴッド」は思わずDVDを購入したほどのボクのフェイバリット。リオのゲットー地区・ファヴェーラを舞台にした、ストリートチルドレンの過酷な現実。そんな演出家が、ブラジルの国家成立を苦い歴史も込みで描いている。先住民インディオの時代、大航海時代で到来するヨーロッパ人、奴隷貿易で連行されたアフリカ人、商人として活躍したシリア・レバノン系の人々、そして日系人移民。奇しくも広島原爆の日と重なった開会式で、原爆投下の同時刻に日系人移民を登場させた監督の心意気。こうした多様な文化が溶け合った国がブラジル。未来世紀ブラジルだよ。
ミュージシャンの登場は、いつものボクのお楽しみ。やっぱりというかコレ以外ありえないというメンツとして、60年代からブラジル音楽を牽引し続けるカリスマ、CAETANO VELOSO GILBERT GIL が登場。そんな大御所の間に、23歳の女性人気シンガー ANITTA がはさまって歌唱。古典の名曲「AQUARELA DO BRAZIL」をやってるように聴こえたけど真偽不明?自信ない。後からリオのサンバチームが大挙登場して大騒ぎ。ボサノヴァの始祖、ANTONIO CARLOS JOBIM へのトリビュート &「イパネマの娘」の演奏という一幕もあったね。マッチ箱一つを指先で叩いてサンバを奏でるご老人と、そのマッチ箱ビートに合わせて踊る8歳の少年の様子も素敵だった。

リオ五輪

●生ける伝説、CAETANO VELOSO GILBERT GIL
●そして若き歌姫 ANITTA。彼女の音楽はバイレファンキファヴェーラから生まれたゲットーミュージックが、国民的支持を持つポップスに昇華してたよ。


●だから、ブラジル音楽が聴きたくなるのさ!

GILBERT GIL「GILBERT GIL」

GILBERT GIL「GILBERT GIL」1968年
●一気に1960年代にワープ。ボサノヴァの季節が爛熟の上に通り過ぎて、新たな世代が新しい表現を切り拓こうとしていた。「トロピカリズモ」運動の始まりだ。ボサノヴァの成果に、欧米のサイケデリックロックやソウルミュージックを溶き込んで、全く新しいブラジル独自の不思議な音楽世界を若者たちが作り出した。その運動の旗手になったのが、CAETANO VELOSO GILBERT GIL だ。このアルバムは、GILBERT GIL のセカンド。電化ロックバンドを従えて、ゴージャスなアレンジまで加えて、コッテリとしたサイケデリック濃度を盛り込んだ音楽の万華鏡に仕上がってる。
●ジャケから連想がつくかもだが、同時代の THE BEATLES「SGT. PEPPER'S LONELY HEART CLUB BAND」の影響がバッチリ。この THE BEATLES の超名作アルバムは、南米ブラジルに異端児を生み、同時に極東日本でもグループサウンズという時代の徒花を咲かせる。THE BEATLES が、日本とブラジル、地球の真裏の関係にある一番遠い土地を同時に貫いた、という事実が感動的だ。
●このレコードは、下北沢フラッシュディスクランチで2980円で購入。ボクにしてみれば高額な買い物だけど、キレイなLPでトロピカリア時代のアルバムって滅多に見ないなと思って奮発したよ。

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MUTANTES「JARDIM ELETRICO」1971年
●前述の GILBERT GIL のアルバムでバックバンドを務めているのがこのバンド、MUTANTESCAETANO GILBERTトロピカリアの思想的支柱がブラジル北東部のバイーア州出身者が多かったのに対し、演奏力で貢献してたこのロックバンドはサンパウロ出身。不気味な植物の怪物みたいなジャケは「ミュータント」に由来するバンドの名前をよく表してる。ブラジルの熱帯雨林から突然変異で出現したミュータント。音楽ももちろんとってもサイケです。最初は男女3人組のトリオとして出発したが、この頃は五人編成に進化。このLPレコードもフラッシュディスクランチで購入。2190円でした。
●ちなみに、流れでいけば、CAETANO VELOSO の音楽に行きたいんだけど、ふさわしいアルバムがない。一番は初期の名曲「CINEMA OLYMPIA」という曲がこのリオ五輪にはぴったりだと思うんだけど、本人のバージョンを収録したアルバムは持ってないんです。トロピカリアの盟友 GAL COSTA のバージョンがすげえサイケアレンジなんだけど、個人的にはファンキーな速度感がしびれる ELIS REGINA のバージョンの方が好き。

VARIOUS ARTISTS「BRAZIL 70 AFTER TROPICALIA」

VARIOUS ARTISTS「BRAZIL 70 AFTER TROPICALIA」1972〜1979年
トロピカリアの運動は、単純な文化運動にとどまらず、当時のブラジル軍事政権の政治的批判にも及んだため、運動の中心にいた CAETANO や GILBERT はロンドン亡命を余儀なくされてしまった。とはいえ、ロンドン時代の鬱屈とした実験的作風にもスゴイモノがあるんだけれども。この軍事政権ってどんな連中なんだろ?1964年にクーデターがあった?ブラジル現代史もそのうち勉強したい。
●英 SOUL JAZZ RECORDS からリリースされたこのコンピは、トロピカリアの熱狂が終わった挫折の中で鳴ってる音楽を集めたモノ。70年代のトロピカリア戦士たちの深化していく音楽性をとくと楽しめる。ポリリズミックなアフリカンビートにのめり込んでいくモノ、サイケガレージでブーブーとファズギターを鳴らすモノ、ファンクとブルースの結合を試みるモノ…。もう単純なボサノヴァ・フォーマットに戻れないほどに拡散した表現の幅。時代は MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイロ)に突入。
●気になったのは、バイーア出身のサンバをベースにしたロックンロールバンド NOVOS BAIANOS、サイケに歪んだアフリカンビートが印象的な RAUL SEIXAS あたり。このへん今回初めて知るアーティストたち。女傑も数々と活躍MUTANTES の紅一点 RITA LEE の爽やかなソロ楽曲、トロピカリアの中心人物 GAL COSTA も負けていないし、この段階で JOYCE も登場、ボサノヴァ回帰を目指す。亡命から帰国した GILBERT、CAETANO も活躍。奇妙なグルーヴが脱臼気味の奇人 TOM ZE が異彩を放ってる。


「シン・ゴジラ」、観てきました。
ハッキリ言って、どこもかしこもネタバレです。
●この映画を一生見るつもりがない方だけ、読んでください。その他の方はすぐに退去を。

シン・ゴジラ

●最近は、部屋に引きこもって滅多に家族と交わらなくなった、息子ノマド中学三年生が突然ボクに質問。「シン・ゴジラ、どうするの?」どうするの?って…オマエ観たいの?「え、まあ…」(←猛烈に観に行きたいが、自意識が邪魔して、観に行きたい、と言えない状態)。中二病真っ盛りでもはや普通にコミュニケーションが取れないノマドが、こんな中途半端でも一応ハッキリ意思表示するのは実はとっても珍しい。2001年生まれのオマエがゴジラとはね。今までの人生でゴジラの接点ないでしょ。ただエヴァとは縁深いな、碇シンジくんとノマドは同い年。ともかくこんな機会は滅多にないので、早速週末の新宿バルト9に父子二人で向かった。男二人の外出なんてホント久しぶりだわ。

「ゴジラ」については前回の記事で1954年の第1作を中心に一通り書いてみた終戦から10年経たない時期に制作された傑作SFは、無敵の大怪獣に戦争のメタファーを託して、エンターテインメントに昇華&大ヒット。それがなんとも不気味とも思えた。
エメリッヒ版「GODZILLA」1998年サントラに収録されてた RAGE AGAINST THE MACHINE「NO SHELTER」にはこんなフレーズがある…「CINEMA, SIMULATED LIFE, ILL DRAMA, FOURTH REICH CULTURE - AMERICANA / CHAINED TO THE DREAM THEY GOT YA SEARCHIN FOR THA THIN LINE BETWEEN ENTERTAINMENT AND WAR(映画、仮想の生活、病んだドラマ、これが第四帝国の文化・アメリカーナ!/エンタメと戦争の間の細い線を探す悪夢に縛り付けられてる)」…映画の中に、エンタメと戦争の間の細い線を見出すとは、反体制を叫ぶバンドの慧眼に敬服。第1作「ゴジラ」の本質を見抜いている。

そして「シン・ゴジラ」。
●この映画は、2011年3月11日以降の日本の状況をクッキリと映し取って、伝説の大怪獣に託している。約60年前の第1作「ゴジラ」が最初から抱きしめていた「原爆/水爆の影響で生まれた未知の生物」という設定が、「ヒロシマ/ナガサキ」のメタファーから「311フクシマ」のメタファーへと大きくスライドして、まさしく2010年代的な恐怖にアップデートされていた。今回のゴジラは海中投棄された放射性廃棄物を喰って異常進化した生命体。東京のど真ん中に上陸したゴジラが這い回った跡はまるで津波に押しつぶされたガレキの山。そしてソコから放射能が検出される。そんな描写が福島第一原発から同心円形で描かれた放射線量分布マップを否応なしに連想させる。ゴジラの発する怪光線が炸裂すると、放射線量マップはどんどん赤黒く染まる。これは実際の被災者の方々には酷なほどの表現かも知れない。
●ここまで敢えて踏み込んだ庵野秀明監督の感覚は、セーフなのかアウトなのか。今ではテレビニュースでも滅多にあの大津波の映像は使われない。だがこれは完全に「エンタメとフクシマの間の細い線」だ。東日本大震災とフクシマは、ボクの感覚ではカサブタどころか現在進行形で血を滲ませているジクジクした生傷だ。その生傷をゴジラにエグラせるとは。いやこれは「けしからん」という批判ではなくて、凡人には躊躇させる内容の表現を、渾身の力を振り絞って描き切った蛮勇に敬服するという意味だ。ツラい悲劇が現実にあったという記憶を鮮明に蘇らせる。監督自身のマゾヒズムが観客に対するサディズムになって牙をむく。きっと第1作「ゴジラ」1954年も同質の恐怖と興奮が作用してヒットした作品だったのだろう。

この恐怖の大怪獣に立ち向かう人間たちはどう描かれたか。
この未曾有の事態に、動揺する首相官邸。総理大臣を筆頭に様々なレイヤーの官僚たちが右往左往して失態も晒す。これもまた「311」対応に慌てふためいた当時の民主党政権を連想させる。防災服を着た枝野幸男官房長官(当時)の会見を、ボクは大衆の一人として噛り付いて見たものだ。次々と水蒸気爆発を起こす原子力発電所に、少しでも救いのあるニュースが出ることを願って。劇中の総理が怪獣の正体を学者に聞くもラチがあかない…「ダメだ、御用学者は役に立たん!もっとマシな連中を集めろ!」多分、当時の菅首相も同じことを言っていたのだろう。イライラして怒鳴り散らして。
自衛隊のポジションの問題にもタッチされる。この厄災に対して自衛隊に「防衛出動」が許されるのか?自衛隊が東京の市街地で武器を用いていいのだろうか?総理の重たい決断で自衛隊や米軍が攻撃を仕掛ける。しかし無敵のゴジラに通常兵器はほとんど役立たない。一方、若手の野心ある官僚・長谷川博巳竹野内豊が、異端のチームを組織してゴジラの謎を解くべく奔走する…。

●キャスト300人以上という分量が目玉としながら、群像劇と言えるほどのドラマチックな人物描写が全くない。もはや主人公個人の思い入れなぞほぼ必要ないという演出上の判断が潔い。だって、これは日本人対ゴジラの総力戦だからだ。ボケっと見てると全然気づけない短いカットに、大量のカメオ出演が仕込まれてる。今の泥まみれの女の子は前田敦子?自衛隊の前線テントにいたのはピエール瀧斎藤工とラッパー KREVA が出てたらしいけどヘリのパイロットじゃヘルメットで顔見えないし!
●そしてエンドロールのキャストのトメの位置に「野村萬斎」のクレジットが!え?ドコに野村萬斎が出てた?トメのクレジットなんだから目立つ場所に出てるはずなのに…と思ってネットで検索したら、実はゴジラの中の人だった!彼の動きをモーションキャプチャーで収録して、ゴジラの動きに反映させてるらしい。スゴイね…でも庵野監督が自分でやってもよかったんじゃないかな。

●ただし、一瞬で役割を終える人物たちの肩書きプロフィールを、しつこいほどにいちいちテロップでフォローする。これが見事にエヴァ風明朝書体。耳慣れない行政用語や法律用語、軍事用語、技術用語がたっぷり詰め込まれた超高速のセリフまわしも、最初から理解させるつもりがない庵野監督の常套手段。エヴァでもたっぷり盛り込まれた同じ種類のハッタリだと捉えれば、いちいち細かいところはチェックしなくてもいいと思える。大事なことはあのスピード感だ。大量のテロップとセリフで消化しきれぬ情報量をブチ込んで切迫感を煽る。この試みは見事に成功。BGMまでエヴァをまるパクで採用するという、大胆すぎて容易には選択できない演出まで仕掛けてる。

「特撮」も、みどころだろう。
●ボクは、あの庵野監督最初期作品「ダイコンフィルム版帰ってきたウルトラマン」(庵野氏が素顔でウルトラマンを演じきる怪作)をDVDで見てるし、2012年「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」@東京都現代美術館も鑑賞したし、そこで公開された「巨神兵 東京に現わる」も見た。アニメ愛に全く劣らぬ特撮への偏愛ぶり。別にボク自身には特撮への思い入れはないのだけれども、このへんで披露されてた特撮フェテシズムは黙って鑑賞するほかない。まーどこがCGでどこが特撮なのか、素人のボクにはわからんのだけど。
今回のゴジラは作中で次々に変態する。新しい演出だ!地面を這い回る水性動物から二足歩行のゴジラに進化するのだ。この序盤のゴジラが実にザコい。まんまるい白目がポケモンみたい。それが建物をバリバリと破壊する。あのバリバリぶりが特撮なのか?CGとは違う質感の、怪物と同レイヤーな感じが新鮮。二足歩行に初めて進化した時に立ち上がった場所は、品川駅近くの八ツ山橋で、これ第1作「ゴジラ」が最初に上陸&破壊した地点。60年の間を空けても同じモノがリアルに存在するってスゴイ。で、第1作「ゴジラ」だと不注意にも通勤電車がゴジラに突っ込んでぶっ壊されます。その展開を予想したら、その演出はなかった…。
だが作品終盤、鉄道とゴジラの絡みアリ。東京駅で活動停止してるゴジラを日本主導で再攻撃(「ヤシオリ作戦」)する場面で、口火を切るのが「新幹線700系(無人運転)」鉄道模型がすごいスピードで走ってきて駅に立つ巨大ゴジラに衝突&大爆発!そこに間をおかず「在来線(無人運転)」(←ってテロップが入ってるんだよ)がドカドカ激突&大爆発!山手線や京浜東北線たちが群れなして走ってきて健気にゴジラを車両まみれにする瞬間は思わず笑った。同時に東京駅周辺の高層ビルを爆破してゴジラをガレキの下敷きに。アレも特撮的な破壊表現でしょう。見事!
●そして、CG込みの映像表現だが、絶対特筆すべきなのが、ゴジラが口から発射するビーム!完全に巨神兵!一瞬の閃光がサッと空間を横切ると、ビルがなで斬りにされて大爆発。庵野氏が宮崎作品「ナウシカ」で担当した巨神兵の王蟲爆殺ビームのシーンと同じだわ。背びれが不気味に光るギミックも初代ゴジラからの伝統だけど、今回は背びれ全体から直接全方位へ一斉レーザー攻撃。米軍の無人機プレデター編隊を一瞬で撃墜。この攻撃手法はネットでは「伝説巨人イデオン」と比較されてた。

●まー、デティールをいじくればいくらでもツッコミドコロはあるだろうが、どれもこれも庵野氏の一貫した作風の反映で、職人としての一徹主義が冴え渡っているとも言える。まさに清々しいほどに。業のように背負ってしまった「これしかできない」技をドンドン掘り進んで、あの人は誰にも到達できない場所まで物語を連れていく。で、結果的に、「シン・ゴジラ」は時代を克明に映し取り、2016年の映画に仕上がった。フクシマも震災も全部引き受けることによって。その意味でボクらとキチンと繋がっている作品になっている。ザラリと苦い味がするけどね。
●一方で、「エヴァ」は、もう世間からブッチギレている気がする。庵野監督個人が自分自身の深淵を覗くような行為になってる。もはや、その深淵の有り様だけが、古くからのファンを惹きつける磁力になっている。さあ、続きが描けるのかな。

●息子ノマドは、新宿バルト9を出ると、そのまま新宿御苑に行くと言って去っていった。ポケモン探しだ。巨大怪獣の次は、小さな怪獣の出番。中二病の日常は忙しいね。ちなみに、ボクは一人でタワーレコードへ。放射能漬けにならずに済んでる平和な東京を安心して歩いたよ。

●ちなみに、息子ノマドの中学卒論レポートの題材になる、原子力研究施設への見学は来週に近づいてきた。コッチはメタファーじゃない。リアルだ。マジの本物だ。ボク自身も原子力関係の専門書を読んでる。今週2冊目を読んで来週3冊目を読む。これまた知らないことばかりで面白い。ココには人類文明の覗いてはいけなかった深淵がポッカリと広がっている気がする。



●音楽。パンクロック。

BRAHMAN「A FORLORN HOPE」

BRAHMAN「A FORLORN HOPE」2001年
硬く乾いて熱く速い。ゲンコツでガツガツと壁を殴り続けるような、ストイックなパンクロック。崇高な美学と強い意志で、無駄や虚飾を一切削り取り、厳粛に選び取られたソリッドな音塊がガツガツガツ。今は、この一心不乱にハイスピードで駆けていくこの轟音に身を預けていたい。いろいろな邪念に取り憑かれるとココロが折れそうになってるから。なんかボク、最近の自分がブレブレな気がしてて、気合いを入れるキッカケが欲しかったのかも。
●大学時代の仲間で、ラジオのパーソナリティをしている女性がいる。以前、彼女と会った時に、このバンドの話題になった。彼女はボーカル TOSHI-LOW さんに何回も取材や出演のオファーをしているそうで、そこまで入れ込めるのは彼の人柄が実にシリアスで芯が強くて真面目、それが魅力になってるから、と語っていた。このCDをレコ屋で見つけた時にそんなことをふと思い出して、手に取ったのかな。元来はMCなぞ全く挟まず演奏だけに徹していた彼らのライブ。震災以降はMCを解禁、TOSHI-LOW 氏の熱いアジテーションが新しい支持を集めているという。やはり震災&フクシマは大きなパラダイムシフトを起こしたんだよ。
●1995年に結成。もう20年以上も活動し続けているベテランバンド。何の気なしに買ったCDだったけど、実はセカンドアルバムで2001年発表、15年前の作品。もっと最近のモノと勝手に思ってた、だって全然古い感じがしないんだもの。パンクって様式として成熟してるから、実は経年劣化もしないトコロが魅力なのかも。