宇多田ヒカル、新譜。
清潔な音楽。清く潔い。

宇多田ヒカル「FANTOME」

宇多田ヒカル「FANTOME」2016年
●20年以上にわたって数千枚のCDやレコードを買ってきたボクだが、CDを発売に先行して予約購入したのは生まれて初めてかも。それだけこの新生・宇多田ヒカルに期待をしてしまった。
●キッカケはNHK朝の連ドラ「とと姉ちゃん」だ。ぶっちゃけこのドラマは残念作品だ。ハッキリ言ってつまんない。面白そうな要素はたくさんあるのだが、全部がチグハグしててスベっているのだ。モデルの題材(雑誌「暮らしの手帖」大橋鎭子&花森安治という伝説の出版人)といい、キャストの面々(主演・高畑充希、ベテラン唐沢寿明、新進女優・相楽樹&杉咲花、今ノリノリの坂口健太郎、脇を固めた浜野謙太平岩紙、オマケに元AKB川栄李奈とか)といい、実に興味深い布陣で構えている。プロデュースワークとしてはちゃんと仕事してあるわけだ。ここに「人間活動」を終える宇多田ヒカルの新曲を主題歌に据えた部分も、豪華な仕掛けにしようという狙いがハッキリしてる。
しかしこの主題歌「花束を君に」がこれまたクセモノで。牧歌的なオープニングアニメーションとも、バタ臭いほどの生命力を前面に出してるヒロインのキャラ設定からも、完全にズレている。あれ?この歌は、実はとても悲しい歌なのではないか?ちょっと聴く分には朗らかな気分にも聴こえるけど、「今日は涙色の花束を君に」というフレーズは、死者への手向けを意味してるのではないか?「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」は、ズバリ宇多田の母、藤圭子が自死し死化粧を施されたことを指しているのではないか?このドラマ・プロデューサー氏はよっぽどツキがないのか、作品のチグハグさは主題歌の内容にも発生していたのだ。
●ただ、ボク個人にとっては、このドラマの明るいトーンと、主題歌の中に落ちる仄暗い死の影とのギャップが、奇妙なヤミツキ感覚をかもす要素になってしまった。もうこの曲が聴きたい、そしてこのリリックには全然接続しないドラマ本編との落差を味わいたい、そんな欲求で毎朝のテレビをNHKにチューンしてしまうほどになってしまった。
「花束を君に」は実にシンプルなアレンジの楽曲だ。宇多田自身が確立したと言っても過言ではない、ジャパニーズ R&B/ヒップホップソウルの文脈は全く消え去ってしまって、素朴すぎるほどの歌謡曲になってしまった。かつては海外の超一流プロデューサーを召喚してゴージャスなトラックを製造していた彼女。JAM & LEWIS、RODNEY JARKINS、TIMBALAND、THE NEPTUNES が関与してたんだよ。それが UTADA 名義の米国進出が失敗した以降は徐々にセルフプロデュースの簡素なアレンジに変わっていった。そして「人間活動」を挟んだ後は…うーん、彼女、だいぶ解けたんだなー。

解けた宇多田ヒカル。シンプルに音楽を研ぎ澄まして、清く潔い世界へ。
●2006年のアルバム「ULTRA BLUE」以降、宇多田は作詞作曲プロデュースだけでなく編曲からプログラミングまで全部自分でこなすようになっている。今作も基本は全部彼女のアレンジ/プログラミングだ。これが本当に清く潔い。悪く言えばすごくスカスカ。リズムはフラットでスクエアなハイハットをカチカチ鳴らしてるだけ。ベースは手引きでナカナカにファンキーだが、バランスが悪いほど強調されてる。そんなドラム&ベースを骨格にして、アクセントを差し込むように、ストリングスやピアノ、ホーンやジャズギターが丁寧に挿入される。構造が実に簡素に出来ているのだ…その簡素さは茶道のミニマリズムにも通じるのでは。
●結果的に音数が少なくなって、宇多田自身のボーカルにスッとフォーカスが合う。ボーカルに繊細なニュアンスを込めることに関しては天才的才能を誇る彼女なので(この点は15歳のデビュー時から確信してます)、簡素でやや無骨とも言えるトラックにこの時点から生身の彩りが添えられる。どんな歌を歌っても特別なメランコリーが漂ってしまうのも彼女の声の特性。そこに対して大人の成熟を経てシリアスな響きがより地に足ついた感じになった。早熟で生意気な帰国子女、というパブリックイメージはなくなって、無色透明のシンガーに変貌。丁寧に音を選び取り音楽に感情を乗せることに専心するシンガー。清く潔いシンガー。もう様々なゴシップも全部昇華させてしまう説得力だけが残った。

彼女は R&B というジャンルからも完全に自由になってる。ブラックミュージック由来の様式から自由になって、別のダンス感覚を獲得してる。一曲目「道」のシンプルでカラリとしたトラックメイキングと軽快なメロディが爽やかで清々しい。こんなに明るくダンサブルだというのに、母の存在とその喪失がテーマになってるという逆説にグッとくる。小袋成彬をフィーチャーシンガーとして召喚した楽曲「ともだち」も明るいダンスミュージックで、重たいキック&硬すぎるハイハットと繊細なジャズギターの対比がクッキリしている上に、差し込まれるホーン隊の端正なフレーズが実にクール。リリックは同性愛者の悲恋がテーマなんだけどね。この人は悲しい感情を明るいトーンに包み、明るい感情をメランコリーに包む逆説感覚が好きなのかも。同期デビューの椎名林檎を招いた「二時間だけのバカンス」も軽快なダンサーだが、これはボチボチかな。椎名林檎のスパイシーなボーカルが稀有だってことを再認識。「荒野の狼」はベースラインとホーンアレンジがファンキーだけどその2要素だけで出来てるような簡素っぷりが見事。後半は清らかなストリングスが楽曲を美しく彩るけど。ラッパー KOHH という人物を招いた「忘却」という楽曲は、ドロドロしたドローンが基調で無理矢理ラップを乗せてみたという実験。1ミリもヒップホップしてない。
バラード楽曲としての存在感がシンプルで凛々しい「人魚」「真夏の通り雨」。前者はハープとドラムだけのトラック。スカスカだけどリッチに響いているよ。基本アコースティックピアノだけで歌う後者は、別れていく恋人の歌…今までの宇多田にはない、わずかに肉感的なリリックを真摯に歌う様子が清く思える。

●総合的に言えば、ボクはこの音楽に満足してる。しかし、今回のアルバムにジェイポップとしてヒットするような効率的な音楽はあまりない気がする。ただ、彼女は世間を驚愕させるようなビッグヒッツと共にシーンに登場し、未成年のうちからヒット曲を継続的に供給するよう周囲の大人(マネジメントを務める父親含む)に強いられてきた。その窒息寸前状態から脱出した経緯が2010年の「人間活動」宣言だろう。ジェイポップ・メガヒットという価値観から自らを解放したその期間を超えた上での成熟は、ヒットするしないに関わらず価値を持って光っていると思う。
「人間活動」の内容はボクの知るところではないが、2013年の母親の自死、2014年の結婚、2015年の出産は、女性としては大きな経験だったにちがいない。こと、宇多田と同じようにティーンの頃からスターダムにいてそのまま常識を獲得することなく晩年は精神的に崩壊していた母親の存在は、以前の宇多田には逆ロールモデルにしか見えてなかったはず。しかし、その母親の不幸な喪失と、結婚出産を経て自分が母親になったことは、宇多田の中で母親の価値を反転させる大きなショックになっただろう。
「道」にはこんなリリックがある。「私の心の中にあなたがいる いつ如何なる時も 一人で歩いたつもりの道でも 始まりはあなただった IT'S A LONELY ROAD BUT I'M NOT ALONE」幼い自分を形成したのは母親。今自分の子供を育てて母親の役割を知る。そんな気づきが見て取れる。それでも母親への大きな想いは簡単に整理することはできず「どんな言葉を並べても真実にはならないから 今日は贈ろう 涙色の花束を 君に」

「とと姉ちゃん」は面白くないドラマだったが、宇多田ヒカルの復活劇は、ボクにとっては十分に深みのあるドラマだよ。でも、自分自身の生き様ネタを使うのは一回きり。次はどんな進化をしてどんな音楽を聴かせてくれるのかな。期待してますよ。



●宇多田ヒカル「花束を君に」360度メイキング
●……へんな動画。ピントマンの女性が頑張ってるね。モニターガン見でフォーカス合わせ。





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オーバーフィフティの先輩Sさんが、ポケモンにハマりすぎてる。
●この前も駅前の食堂で昼飯食ってる間もポケモントークしまくって、会社への帰り道、ジムになってるマックの前でバトルしまくった。そこまではイイが…。
ポケモンGOの非公式支援アプリを推薦されて、その素晴らしい機能を自慢しまくる。ここにくるとサスガにボクもヒク…。なんの機能をしゃべってるのか完全に理解できない。
●会社帰りのSさん、自宅の駅前のベンチに座ってジムで2時間バトルしちゃうらしい。二時間戦うならもうマックに入ってハンバーガー食ってくださいよ!「だめだ!メシは食えない。メシ食ったらどこかで遊んでると思われる」ポケモンきっかけで不倫疑惑とかややこしすぎる。そんな奥さん「最近残業が多いのね」とコメント。家庭不和の寸前、もうヤバイですよ。
●とかいって、ボクもレベル21。今日はスマホを撫ですぎて、夜には指のハラがヒリヒリしてきた。アホか。



秋だねえ。ダブだねえ。

DENNIS 22BLACKBEARD22 BOVELL「I WAH DUB」

DENNIS "BLACKBEARD" BOVELL「I WAH DUB」1980年
DENNIS BOVELL といえば、レゲエバンド MATUMBI での活躍もさることながら、多くの80年代ニューウェーブバンドを手がけた名プロデューサーとして有名。JANET KAY をはじめとしたレゲエシンガーを手がけ、ラヴァーズロックというスタイルを作った張本人の一人でもある。本人はバルバドス出身で少年時代にイギリスに移民してからレゲエにハマったとな。"BLACKBEARD" つまり「黒ひげ」の異名を持つとは今回初めて知った。ジャケでも黒ひげ生やしてる。でも単純な黒ひげじゃなくて。 "BLACKBEARD" は大航海時代に活躍した実在の海賊エドワード・ティーチの異名。マンガ「ワンピース」もココからキャラを拝借してるよね。
凍てつく UK ダブのスタイルなんだけど、なぜか血が通ってふっくらしたグルーヴも感じられる一枚。無機的なグルーヴが黙々と演奏されているようで、ベースラインにどこかユーモラスな表情も垣間見れて。だから、涼しくなってきた秋の夜にはなんだかちょうどイイな。雨の湿気が残って少し蒸してる今夜には特にイイ。彼としてはキャリア初期の作品。ベースを中心にドラム、オルガン、ギター、パーカッションなどなどマルチに演奏。
●本作のリリースは LKJ RECORDS。ダブ詩人 LINTON KWESI JOHNSON の主宰するレーベルだ。LINTON KWESI JOHNSON の代表作品も BOVELL がプロデュースしてる。あー久しぶりに LINTON KWESI も聴きたくなってきたなあ!

LEE SCRATCH PERRY WITH MAD PROFESSOR「MYSTIC WARRIOR : DUB」

LEE SCRATCH PERRY WITH MAD PROFESSOR「MYSTIC WARRIOR / DUB」1989年
レゲエ界一の奇人/鬼神 LEE PERRY とUKダブの俊英 MAD PROFESSOR の共作、本命とダブ盤が2IN1と一枚になってるお得CD。LEE PERRY の膨大な仕事の中でこの作品がどんな位置にあるのか全然ワカランけど、味出まくりの湯気ホカホカな節回しはいつも通りに全開でして。同じダブの一言でも、イロイロなアプローチがあるねえ。ダブにおいてもその個性が残ってるからスゴイ。
LEE PERRY はジャマイカの自宅スタジオが火事になった1978年以降は、積極的に外国に出ていろいろなダブ達人たちとコラボしまくってたようだね。そんな80〜90年代の一枚なのかな。この盤もプロデュースとミックスは当然 PERRY と MAD教授 の二人で担当。レーベルは MAD教授 が主宰する ARIWAARIWA もダブ〜ラヴァーズロック界隈では鉄板の存在だね。

BLACK UHURU「BRUTAL DUB」

BLACK UHURU「BRUTAL DUB」1986年
BLACK UHURU は70〜80年代に活躍したルーツレゲエのボーカルグループ。だけど、これはダブアルバムなんで当然ボーカルはほとんどなくなっちゃってる。ここで聴きどころになってるのは、主役不在でも迫力みなぎるインストトラックのドラムとベース。誰が演奏してるかといえば鉄板のコンビ SLY DUMBER & ROBBIE SHAKESPEAR だ。「BRUTAL」のタイトル通りに、力強いビートが質実剛健で武者震いを感じるほどの圧力を感じる。いやーデカイ音で聴くと一層効くなあー。グイグイ攻め上げてくるベースと、全てをぶった切る勢いのドラム。シビレル。このコンビは1979〜1985年まで BLACK UHURU の正式メンバーだったんですね。
●それと、この時期の BLACK UHURU はリードボーカルが JUNIOR REID だったという!知らなかった… JUNIOR REID BLACK UHURU のメンバーだったなんて。この作品の本体「BRUTAL」と次のアルバムしか参加してないらしいけど。彼の出世作「ONE BLOOD」1989年直前の時期だね。このシングルはヒップホップ界に重宝されてて、未だに彼は敬意を集めてる。あと、BLACK UHURU は紅一点の女性メンバー SANDRA "PUMA" JONES がイイ存在感を出してるんだけど、彼女もこの時期を最後にグループを脱退。彼女の場合は健康を損なってしまって…1990年にガンで死去とな。でも今日はダブしか聴いてないんで彼らの声は堪能できない…ダブになる前の音源を今後聴いてみよう。
●ちなみに、このアルバムは SLY & ROBBIE TAXI ではなく、RAS RECORDS からのリリース。RAS のマークもレゲエ界隈じゃよく見る。100円で購入しましたよ、またしてもイイ買い物。うふふ。

JUNIOR REID「PROGRESS」

JUNIOR REID「PROGRESS」1990年
BLACK UHURU を脱退したあとの JUNIOR REID を追いかけてみました。1989年の「ONE BLOOD」は紛れもナイ名譜なのですが、コレは微妙…ていうかダメかも。なんとヒップホップレゲエなのですよ!しかもイギリス産ヒップホップ。パチモンくさい…。この90年代初頭特有の、流行に飛びついちゃったけどヤリ切れてない感がタップリな、スグに飽きられちゃう残念なスタイル。時流でいうとグラウンドビートの気分もあって…。メインのトラックメイカーは COLDCUT!確かに英国ヒップホップの先駆的存在なのだけどね…。スベッた気がする。JUNIOR REID のグッとくるボーカルは健在なのだけど、チャラチャラした装飾がジャマしてる。


●娘ヒヨコの中学校。お昼休みの校内放送では、規則でボカロ禁止。
なぜボカロ禁止か?ヒヨコによると「中学生にはふさわしくない」とのこと。はあ?意味不明。
AKBはアリでも、ボカロはNG。学校はスゴく乱暴なラインでルールの白黒をつける。無理解なのか無邪気なのか。

欅坂46「サイレントマジョリティー」

欅坂46「サイレントマジョリティー」2016年
ボカロはダメでも、欅坂はアリらしい。ボクが家でこのシングル再生してたらヒヨコ「聴いたことある!」との反応。でもこのアイドルソングこそ、レベルミュージックじゃん。「先行く人が振り返り列を乱すなとルールを説くけどその目は死んでいる 君は君らしく生きて行く自由があるんだ 大人たちに支配されるな」この曲のメロディラインはレンジの狭い低音域がメインで声の高いヒヨコじゃ歌うのがしんどいほど。そこに来て、甘さの薄いミリタリー風ユニホームと、角張った動きの多いダンスが、AKBグループ全体の中では結構トゲっぽい印象を出している。最若年グループとしての「新世代からの異議申し立て」みたいなトーンが演出されてる。
欅坂、まだこの曲のセンター・平手友梨奈ちゃんしか識別できない。Hulu で「KEYABINGO !」をみなくっちゃね。パッツンなショートボブの髪の毛が、ダンスの勢いで顔にカブルのも気にせず、カメラを睨みつけてこの曲を歌う彼女は凛々しい。15歳2001年生まれの中学生!とうとう来たぞ、息子ノマドと同い年!
●ジャケは渋谷川かな。庵野秀明初実写映画「ラブ&ポップ」1998年で、この場所を制服&ルーズソックスでジャブジャブ歩く最初期の仲間由紀恵たちを思い出した。



●話変わって。ネザーランドドワーフの、モナカ。そろそろ6歳。我が家のイケメンウサギ。
●まさしくピーターラビットのようなルックス。人間のコドモがベッドに消えて静かになった夜、リビングに出してやると、ちゃぶ台のまわりを元気に走ったり、お気に入りの地点のじゅうたんをホリホリしたり、意味なく垂直方向にジャンプして方向転換したり(←これは最高にゴキゲンな時のパフォーマンス)と、イヌネコみたいにわかりやすくないけど愉快な感情を見せてくれるのです。癒し…。
●ところが、そのモナカが、ある日、超ローテンションになりまして…ケージから出してあげたのに、いつものように元気良く遊ぶこともなく、ちゃぶ台の下の暗がりにヘタりこんで動かない。毎日モナカにエサを与えるワイフは、モナカがほとんど食事に手をつけてないことも察知。ヤバイ…。

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(写真だけだとワカランけど、とっても元気がナイ。)

動物の医療って大変。世田谷区ってさ、中学卒業まで人間の子供は医療費無料なのですよ…。なのにさ、モナカの医療費は一回一万円!保険きかないって怖いわ〜!
●ワイフがかかりつけの動物病院にモナカを連行。消化器の中にナニかが詰まっているという。今の季節は毛の抜け変わりの時期、ワイフがブラッシングしてやるのだが、モナカ自身もセッセと毛づくろいで身体中をペロペロする。結果胃の中に自分の毛が溜まってしまうのではないか。じゃあ自然界のウサギは毛の抜け変わりをどう処理してるんだ?あ、野生のウサギはハードな食物繊維を含む草木を齧ってるから、そんな毛玉は押し流されるのだろう。飼いウサギのモナカは加工食品のペレットがメインの食事、人間でいえば一生ケロッグのシリアルしか食わないようなモンだから、毛玉を押し流す根性がない。
●とりあえず、注射を一発打って様子を見る。これで食欲が回復しなければ明日また来てください。回復しない!二日目、今度は鼻から管を入れて胃の中のモノを吸い出しましょう…しかしガスしか出てこない!三日目、もう一回注射を打って、ダメなら投薬を始めます。このタイミングでやっとモナカの食欲が回復してくれた。四日目の朝ごはんを完食。ほーっ。
●モナカに一番入れ込んでるワイフでも、さすがに毎日一万円ずつ抜かれていく事態には当惑。緊急財政出動に対応して、人間サイドの食事に影響が…アジのひらき&豆腐の炒め物でディナー終了。味噌汁すらナシ。ほんと三日で済んでよかった…。ネザーランドの寿命は6〜8年と言われてる。今回も放置してたらモナカは死んじゃってたかも。
●我が家はこれからウサギの介護問題に直面するのかもしれない。モナカ、長生きしてくれよー!



アイルランド音楽を読書。

守安功「アイルランド 人・酒・音 愛蘭土音楽紀行」

守安功「アイルランド 人・酒・音 愛蘭土音楽紀行」
●古本屋さんで100円購入した、90年代の本。著者は元来リコーダー奏者で、日本の伝統音楽を学んだ上で世界各地を旅し、そこで出会ったアイルランド音楽にハマった人物。彼が毎年のように訪れるのは、アイルランドでも西部のど田舎・クレアという土地。小さな村のパブに集まる人々が思い思いに楽器を鳴らしてダンスに興じる。そこにはミュージシャンとかアーティストなんて役割はなく、農業や普通の職業に就いて働く人が演奏をする。しかしプロ顔負けの演奏家がそこにはゴロゴロ活躍していて…。実生活と素晴らしい音楽が直結しているアイルランドの文化を、クレアの人々と著者の交流を通してホッコリと感じることができる。奥深い世界だねえ。

THE CHIEFTAINS「FILM CUTS」

THE CHIEFTAINS「FILM CUTS」1996年
●アイルランド音楽を代表するバンド、THE CHIEFTAINS。そんな彼らが担った映画音楽をいろいろ集めたコンピ。60年代から現在までずっと活動してるこのバンド、このコンピも70年代から90年代の仕事に跨ってる。なのに、見事な統一感で時代の変化を全く感じさせない。
「アイルランド 人・酒・音」にたっぷり解説されてるけど、楽器からしてイロイロ違うんですねーアイリッシュは。THE CHIEFTAINS は、<アイリッシュ・ハープ、ティムパーン、ハープシコード><フィドル、ボーンズ><フィドル><フルート、ティンホイッスル><イリアンパイプス、ティンホイッスル><バウロン>の6人編成。もう名前だけじゃわからん楽器がたくさん登場。
●アイリッシュで大事なのはフィドル。バイオリンと基本同じモノだけどその演奏家は蔑視され気味の存在。ただ民衆に根ざしたフィドラーの存在は世界中の民俗音楽に大きな影響を及ぼしてる…ブラジル音楽のノルデスチでも存在感を放ってる。ティンホイッスルも、安っぽい縦笛、みたいなイメージがあるが、フィドルと並んでアイリッシュの世界では大活躍。著者の守安功さんはリコーダー奏者で日本の笛も演奏できるが、ティンホイッスルも演奏できるとな。
イリアンパイプスは、スコットランドのバグパイプに対応するような楽器で、皮袋を脇で絞って管に空気を通して音を出すもの。職人さんのオーダーメイド一点モノでしか入手できないし、演奏の難度もハンパないみたい。ティムパーンというのはハープの弦をハンマーで叩いて音を出す楽器。似た楽器にダルシマーとか、ツィンバロンとか、プサルテリーとかいう楽器もあるようで…中東由来の楽器みたいね。バウロンは太鼓。ボーンズは文字通り牛の肋骨を何本か持ってカチカチいわすという楽器。アイリッシュでは、スプーン2本コイン2枚もリズム楽器に変身するとな。
●ここには登場しないが、アコーディオンと、その親戚のコンサーティーナという楽器も活躍。ギターと一緒にバンジョー(アメリカから逆輸入)やブズーキ(ギリシャ由来)も活躍するとな。

イリアンパイプス Tiompán

(イリアンパイプスとティムパーン)

U2「18 SINGLES」

U2「18 SINGLES」2006年
アイルランド発世界一有名なロックバンド。この流れでいうアイリッシュ〜トラディショナルミュージックとは関係ないけど、やっぱイヤでも連想するよね。選曲も鉄板のベスト曲ばっかり。お風呂ラジカセでプレイしながら思わず BONO と一緒に歌ってしまうね。2曲収録されてる新曲のうち片っぽ「THE SAINTS ARE COMING」は、GREEN DAY との連名コラボ。意外な取り合わせと思いつつ、シリアスでいい感じだよ。GREEN DAY「AMERICAN IDIOT」以降はおバカパンクから脱皮してるもんね。
●鉄板の無敵シングルもいいけど、初期のシングルばっかタップリ聴きたいかも。「TWO HEARTS BEAT AS ONE」とか聴きたい!12インチのアナログで持ってるハズだけど見つからない!「I WILL FOLLOW」とか「GLORIA」とかも!そもそも初期のアルバムみんなアナログで聴きづらい…CDで買い直しちゃおうかな?



THE CHIEFTAINS のアルバムが映画音楽だったんで。
●最近、レンタルや配信でアレコレの映画を見た話を書いておく。

「百円の恋」

「百円の恋」2014年:安藤サクラ主演…ホントブサイクだなこの女優さんは。
●ドラマ「ゆとりですがなにか」で彼女が面白くなっちゃったんで勢いでコレを見た。生活がデストロイすぎるフリーター女子がいきなりボクサーを目指す。スタントなしのボクシングシーン、キレが良過ぎてコワイ。ボッコボコの試合もコワイ。覚悟のあるブサイクほど、凛々しいものはないと思い知る。

「舟を編む」

「舟を編む」2013年:言葉の海を渡る舟…辞書を編集する者の物語。
松田龍平完全コミュ障の辞書編集者を好演。辞書を作る作業ってのは20年くらいの単位でかかる遠大な事業なのね。主人公が「辞書を作る」という一生の仕事を見つけて、脇目も振らずに働く姿。それに、ボクはちょっと羨ましくなったね。ボクも今の会社に勤めて20年目になっちゃったけどさ、ここ数年で仕事の内容は激変。業界全体の趨勢もあるし、自分で望んだ転身でもあるけど、ヨソ目からは「なにがオモシロイんだか」「理解不能」とアレコレ言われる場面もあって。正直この先に何があるのかなんて自分でもワカンナイ、自信もないのでますます歯切れが悪い。ああナニやってんだかーってちょっと自己嫌悪になったよ最近。ワイフはこのコミュ障青年が宮崎あおい演じる女性板前さんと恋に落ちる展開に「ありえない!」とだいぶ憤慨してたけど、地道な仕事に誇りを持つ態度は、板前職人さんとはきっと相性がいいと思うよ。

「荒野の用心棒」

「荒野の用心棒」1964年:「マカロニウェスタン」最初期の傑作。
クリント・イーストウッド主演。セルジオ・レオーネ監督、音楽はエンニオ・モリコーネ。イタリア映画なのに西部劇、なんでイタリア人がわざわざアメリカ西部を映画にしたんだろうって興味。同時に「マカロニウェスタン」の関連本も読んでる。
●それ以前に、西部劇が描く、カウボーイのいた時代ってのは、南北戦争前後、1850年代から1880年代の限定された時期だけだった、てことをアメリカの歴史本を読んでてハッと気づいてしまった。日本人が幕末に絞ってドラマを作りたがるように、欧米人はあの時代のフロンティアに猛烈な愛着があるのね。それが突如西部劇を見たくなった第一の動機。愛着って一体ナニに対して?無法と暴力と拳銃が自由の象徴?それが全米ライフル協会っぽいアンチ銃規制な感性?

「ダウントン・アビー」

●ドラマ「ダウントン・アビー」シーズン1〜4:アメリカの貴族コンプレックス。
●アメリカ製テレビドラマが、1910〜20年代のイギリス貴族社会を描く。中産階級の弁護士青年が、突如伝統的なしきたりに生きる貴族の巨大な邸宅に遺産相続人として招かれる。本来の相続人がタイタニック号の事故に巻き込まれた結果、細い縁で彼に権利が生まれてしまったのだ。彼が戸惑うイギリス貴族の規律正しい暮らしと、それを支える使用人たちの生々しい暮らしぶりに視聴者もイロイロとビックリ!これが貴族か!激動の20世紀に衰亡していく貴族社会の黄昏を感じながら、あっちこっちでホれたハれたのメロドラマが各所で発生。深窓のご令嬢三姉妹の動向などなど、なにかとハラハラするわ。貴族のおばあちゃまに「ハリーポッター」のマクゴナガル先生で有名な、マギー・スミスさんが素晴らしい好演!なんて憎たらしくてなんてチャーミングなんだろう!
●これがアメリカでヒットしたってのは、どこかで本物のセレブリティってものに対しての憧れとコンプレックスがあるからなんだろうな。現代セレブがトランプ氏みたいな富豪だけなら物足りないもんね。シーズン6でおしまいらしいんだけど、配信がまだ追いつかない!早く続きが見たい!

「華麗なるギャツビー」

「華麗なるギャツビー」2013年:フィツジェラルトの「ジャズエイジ」を現代クラブシーンのノリで楽しむ。
レオナルド・ディカプリオ主演。監督のバズ・ラーマン「ロミオ+ジュリエット」「ムーラン・ルージュ」を手がけた人物で、古典作品を現代的解釈に塗り替える達人。古式ゆかしいイギリス貴族をリアリズムで描く「ダウントン」とはほぼ同時代ながらまるで表裏一体、急成長する1920年代アメリカが生んだ、大富豪の退廃世界を渾身の現代的なキラキラ感覚で描く。実は小説ではこの作品を読み通せなかった恥ずかしい経験が…。この映画で心から楽しめた!
ド派手なパーティシーンがグラマラス!音楽も最高なんだな。サントラも入手した!というか映画見る前に買ってた!

ミュージック・フロム・バズ・ラーマンズ・華麗なるギャツビー

サウンドトラック「MUSIC FROM BAZ LUHRMANN'S FILM THE GREAT GATSBY」2013年
●この映画、音楽監督を、なんと JAY-Z が務めているのですよ。1920年代ジャズエイジのヴァイブスを、2010年代のヒップホップの王者が再現。各界のスタープレイヤーを召喚、EDMからダブステップまで援用して、享楽と退廃のパーティミュージックを構築してる。
WILL.I.AM「BANG, BANG」は古いジャズのサンプルをバラまいた四つ打ち EDM が無性に楽しいし、その WILL.I.AM のバンドメイト FEAGIE Q-TIP と共により派手な EDM でバカ騒ぎ。FLORENCE & THE MACHINESBTRKT のコラボ楽曲も、FLORENCE の持ち味である祝祭感を SBTRKT がテッキーなアプローチで上品にブーストしてるようでイイ仕事。
ストレートなジャズ表現で活躍してるのは、なんと BRIAN FERRYROXY MUSIC の伊達男がフェイクとリアルをないまぜにしたジャズを鳴らす。THE BRIAN FERRY ORCHESTRA の名義で、EMELI SANDE というイギリスのシンガーを立てて、JAY-Z の奥方 BEYONCE のソロヒット「CRAZY IN LOVE」をスウィング風にカバー。BRIAN ROXY MUSIC の代表曲「LOVE IS THE DRUG」も今回のためにスウィングジャズ風にセルフカバーしてる。
カバーといえばJACK WHITE U2 の重厚なバラード「LOVE IS BLINDNESS」をより偏執狂的にカバー。この物語はギャツビーの偏執狂的な愛情がテーマだからね…確かに説得力がある。夭折したシンガー AMY WINEHOUSE「BACK TO BLACK」を、BEYONCE ANDRE 3000(OUTKAST)の二人が鬱々とカバーしてるのもワザアリ。
退廃の暗黒面を代表しているのは、LANA DEL REY「YOUNG AND BEAUTIFUL」が妖しく響く。「DH ORCHESTRA VERSION」ってヤツがより闇が深い。SIA「KILL AND RUN」も実にメランコリーだな。THE XX の凍てつくようなエレポップ「TOGETHER」も聴きどころ。NEROスタジアムサイズのダブステップは、スローテンポでグラグラ感情を煮えたぎらせる。





●今日の動画は、欅坂46「サイレントマジョリティー」で。
●平手友梨奈にフォーカスを当てたフォーメーションダンスにご注目。
●渋谷駅前の工事現場というロケーションと、アーミー風衣装にもご注目。






●目下、楽しみなのは宇多田ヒカルのニューアルバムだな。



リオ・パラリンピックも終わっちゃったね。
素朴にスゴイと思っちゃったよ。見たことのない世界に驚いちゃったよ。
ダイヴァーシティとはこういうことなのか。障害と一口に言ってもそれこそ選手一人一人千差万別。義足のアスリートと一言言われても、ヒザ関節がある人、ない人、義足に関節を備えてる人、備えていない人、人間の足を模した義足を選ぶ人、金属とカーボン素材で新しい機能を追求している人、ジャンプの踏切に義足の方を選ぶ人、生身の足を選ぶ人、両方とも義足の人…。圧倒的な多様性にビックリする。人間の多様性に対して、宗教、言語、人種、ジェンダーなどなどを連想してしまっていたけど、もっと違うレベルで差異は無限のレイヤーを折り重ねて存在してると思い知る。
生まれて初めて知る競技と、その世界最高峰のプレイヤーたちの技術にも圧倒された。ブラインドサッカー、あのドリブル力の凄み!車椅子ラグビー、ワイルドだったなあ!自転車競技では、義足とペダルが完全につながってる人がいて、文字通りの人車一体ゴールボールボッチャは、健常者のボクでもそのままやってみたいと思うものだったね。視覚障害の水泳では、プールの縁から長い棒を出してアスリートをペチッと叩いてあげるのね。じゃないと壁に激突してしまうのか。
●そんな競技は、大概をインターネットの配信でみたよ…NHKが立派すぎる。今年は、スポーツがインターネットに接近した年だったね。パフォーム社のダゾーンや、ソフトバンクのスポナビライブもローンチしたしね。

●閉会式の引き継ぎセレモニーも注目だったよ。
椎名林檎アレンジの PIZZICATO FIVE「東京は夜の7時」カバーに笑撃。ボーカルに元・東京事変のギタリスト・浮雲(長岡亮介)。なんで「東京は夜の7時」なのかリオの人意味不明だったんじゃないかなー。リオが夜なら東京は朝じゃん。野宮真貴さんが自分の twitter で喜んでた。「何だかパラリンピックに参加出来たようで嬉しい気持ちです!」だって。そして隻足のダンサー・大前光市さんの鮮やかなパフォーマンスに息を呑む。

●2020年のセレモニーは、ジャニーズとエクザイルとAKBの連合軍なのだろうか?長野冬季五輪の時は V6「WAになっておどろう」を歌ってたとワイフが言う。ああ娘ヒヨコが去年まで「ワニになっておどろう」と勘違いしてた曲ね。ワニは踊らないだろうよ。

●コドモたちには、2020年の東京オリンピック/パラリンピックでボランティアをやれ!って話をしている。今から四年後なら高校生かな。マラソンの交通整理とかでもいいからあの現場に関われ!自分の暮らしている街でオリンピック/パラリンピックが行われるなんて半世紀に一度あるかないかのチャンスだよ。「あの時なにしてたの?」と自分のコドモに言える経験をしておくべき。阪神大震災の時は?とか311の時は?とか不幸なニュースじゃない経験ってより貴重!


●ブラジル音楽。今日はマンギビート

CHICO SCIENCE NACAO ZUNBI「AFLOCIBERDELIA」

CHICO SCIENCE & NACAO ZUNBI「AFROCIBERDELIA」1996年
リオ五輪開幕からいろいろなブラジル音楽をこのブログでは取り上げてきた。バイレファンキ、トロピカリア、ボサノヴァ、パゴーヂ、ブラジリアンテクノ。そこで今日はマンギビートというスタイルに注目。90年代に登場した、ブラジル版ミクスチャーロックだ。「マンギ」マングローブの意味。熱帯地域を代表する植生であるマングローブが豊かな生態系を育んでいるように、豊かな多様性を取り込んで新しい音楽を作る!という意思がこの言葉に込められている。このバンドの中心人物 CHICO SCIENCE こそがマンギビートの提唱者であり、音楽的中枢だ。
高圧力なファンクネスと濃厚なリズム感覚が、ヒップホップを通過したラップ調のポル語ボーカルを載せて突進。そこにメタルばりのギターリフがドカドカと暴れていて。そのゴッタ煮グルーヴは、間違いなく同時代の RED HOT CHILI PEPPERS のようなミクスチャーシーンの影響下にあるのだろうけれど、この8人組バンドが繰り出すグルーヴにはリズム帝国ブラジルの強烈な個性が塗りこまれていて、そのユニークさは圧倒されるものがある。このバンドはブラジル北東部のレシフェの出身。ブラジル北東部には「ノルデスヂ(北東の意)」と呼び慣わされている独自の音楽文化があって、その影響も色濃く反映されてるとな。ボク自身はノルデスチについてはまだ少ししか着手できていない…まースゴく個性的な音楽世界で、ちょっと触ってみただけで音楽帝国ブラジルの奥深さに目眩がする思いだったよ。
●だが、バンドの中枢 CHICO SCIENCE はこのアルバムのリリース翌年1997年に交通事故で死去。オリジナルアルバムはたったの2枚だけの短いキャリアとなってしまった。それでも遺されたバンド NACAO ZUMBI は活動を継続中。ノルデスチの文化は、リオやサンパウロよりも田舎くさいとの見え方があったようだけど、CHICO の切り開いた道が同郷の後続にとっては素晴らしい突破口にもなったようで。まーボクにとっては、聴きたい音楽がまたまた増えちゃったよ。

PEDRO LUIS E A PAREDE「ASTRONAUTA TUPY」

PEDRO LUIS E A PAREDE「ASTRONAUTA TUPY」1997年
●こちらはリオデジャネイロのロックバンド。マンギビートの衝撃は即座にブラジル全土に波及。このバンドもその影響下にある。ただ NACAO ZUMBIレッチリに近いとすれば、このバンドは BECK のようなミクスチャー感覚かも。バンドの中心人物 PEDRO LUIS は音楽業界で活躍してきた人物ながら、このファーストアルバム時点で37歳。遅咲きといえば遅咲きだけど、ヤンチャっぷりは若者には負けてない。バンド編成も5人中3人がパーカッション担当ってのもブラジルのバンドなんだなーと感じさせる。

CARLINHOS BROWN「CARLITO MARRON」

CARLINHOS BROWN「CARLITO MARRON」2003年
●80年代から活動し、90年代からソロワークが注目されたという意味で、マンギビート世代と印象がダブるブラジルのパーカッショニスト。彼の出身はバイーア州サルヴァトーレバイーア州も広義の北東部(=ノルデスチ)に含まれるが、トロピカリア世代の主要メンバー CAETANO VELOSO らをはじめ多くの音楽的才能をコンスタントに供給している意味で重要な場所でもある。彼の音楽は、もうちょっとブラジル音楽のオーセンティックなラインに近く、サンバ〜MPB の延長にある。ただひたすらおおらかで、力強いグルーヴがうねる。ラテン音楽全体に通じるイタナい感覚も備えてる。




●関係ないけど、ULTRA JAPAN の様子が LINE LIVE で配信されてた。ただ、EDM のフェスは、さすがにスマホの音響じゃ伝わらないわー。無理があったわー。

●今日は、仕事がらみのコトで、すごくムカーっとすることがあって、怒りのあまりに眠れない。
知的障害を持つ方への対応に、意識の違いがあって、慄然とする。
●すぐにでも対応して安心してもらいたいのに、なぜその判断ができないのだろう。


●ちょっとでも心を落ち着けるために、クスリを多めに飲んで、柔らかい音楽を聴く。

THE LILAC TIME「PARADISE CIRCUS」

THE LILAC TIME「PARADISE CIRCUS」1989年
80年代末〜90年代初頭に活躍した、イギリスのネオアコバンド。アコースティックサウンドの奥ゆかしさに加えて、まろやかな音響効果がなんだか不思議なトロみとまろみを醸し出してて、とても優しい音楽になってる。そしてほんのちょっとだけ物悲しい響きも忍び込んでて。リーダーの STEPHEN DUFFY のセンスなのかな。彼の声も繊細で優しい。同じレーベルの FONTANA から3年後にリリースされる OCEAN COLOUR SCENE のファーストアルバムを連想させる。この2枚のアルバムの、浮遊感あるグルーヴがたまんないんだよね。ライラックの花を思い浮かべると、軽いサイケ感覚まで到達しそう。
STEPHEN DUFFY という人物は、実は DURAN DURAN の一番最初のボーカリスト。でもブレイク前に脱退。幾つかのプロジェクトをこなし歩いた上で、実兄の NICK DUFFY と組んで結成したバンドが THE LILAC TIME。このバンドが一区切りついた90年代の中盤以降はソロまたは DUFFY という名義で活動。あーそうなのー!DUFFY 名義のアルバムはウチの中にあるかもなー。まさか、DURAN DURAN THE LILAC TIME DUFFY がつながってるとは、今日調べてみるまで予想もしなかったよ。



●家置きの iMac を新調したのに、起動しないというトラブル。マジかよ…。
●日本年金なんちゃらからおハガキが来て、将来もらえる年金の額を知らされる。え、こんだけなの?ショック。65歳を超えても、コンビニバイトとかで食いつなぐ必要があるのね…。これが「一億総活躍時代」ってヤツか。ボクは早く隠遁したいくらいなのに。


●音源。THE LILAC TIME「THE LOST GIRL IN THE MIDNIGHT SUN」。




広島カープが25年ぶりにリーグ優勝したね。
●野球には全く縁がないボクにでも、今年のカープの圧倒的強さはヒシヒシ伝わってくるね。
カープ女子も勢いあるモンね。
オバマ大統領の広島訪問広島カープの優勝が同じ年に重なる。地元の人たちにとって2016年は大事な記憶になるね。


●この前、千葉市のレコ屋をここで紹介したので。
今日は東京・町田のレコ屋さんを紹介。

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町田・レコードハウスPAM。
●東京都町田市中町 1-5-9 AUビル2F。
●町田も滅多に行かない街だよなー。小田急線とJR横浜線が交差するターミナル駅だから、二つの駅の間には立派な建物がいっぱいあって街のコアブロックを形成してるみたい。その中にはタワーレコードもあるみたいだったけど、そこは完全スルーして、コアブロックとは関係ない小さい飲食店がバラバラと並ぶエリアに歩いていくと、この看板が見つかる。
●雑居ビル2階のお店。在庫はほぼ100%がアナログ。とにかくご主人のアナログ愛がホトバシル!「ゼヒゼヒ気になるレコードを視聴してみてください、ウチは音質にこだわっているから」ホントにお言葉に甘えて、何枚かLPを聴かせてもらった。大きな音でレコードの音を鳴らすのは気持ちイイ!そして音も確かにキレイ!その流れで、アナログレコードのお手入れの仕方をとても丁寧に享受していただく。……実はボク、レコードのコンディションに無頓着なモンで正式なやり方をしらないのです…。このお店を訪ねたのはちょっと前のコトなので、正確に思い出せない…だから、そのお手入れの秘術は、お店に行って直接ご主人に伺ってください。大事なことは、アルコールとかの洗浄液などは結局盤面を痛めるので絶対使っちゃダメとのこと。水に浸して固く絞ったふきんでサッと拭き取るのが一番イイ!っておっしゃってたハズ。
●ただ!強烈なインパクトとして記憶に残ってるのは、もうコチラにしかないであろう、超音波レコード洗浄機。黒くてゴツいその機械の中には水が注いであって、その溝にレコードを立てて差し込む。で、スイッチオン。ぴぴぴぴぴーーーーっ!というかなり耳障りな、文字通りの超音波が鳴り響いて、盤面の汚れを剥がしていく…のかな?でキレイに処置されたレコードを丁寧に拭き清めていく。ご主人の奥様とおぼしきご婦人が淡々と作業している様子が印象的だった。私物レコードを持ち込めば、少々のお支払いで超音波洗浄してくれるそうです。


●で、ここで買ったレコードがこちら。600円くらいだったよ。

JULIE DRISCOLL, BRIAN AUGER THE TRINITY「JOOLS BRIAN」

JULIE DRISCOLL, BRIAN AUGER & THE TRINITY「JOOLS & BRIAN」1969年
「英国のジャニス」の異名を持つ女性シンガー JULIE DRISCOLL と、ジャズロックからファンクロック、プログレッシブロックと広いレンジで活躍するオルガンプレイヤー BRIAN AUGER の連名作品。この二組はしばしばコラボしている。とくに1969年の「STREETNOISE」というアルバムは傑作だね。「INDIAN ROPEMAN」という曲が大好きだよ。
●でも、このアルバム「JOOLS & BRIAN」の存在はこのお店で発見するまで知らなかった…。調べたら、1965〜1967年にリリースされた、JULIE DRISCOLL のシングルと、BRIAN AUGER & THE TRINITY のシングルを半分づつムリヤリ束ねたコンピ盤だった。どーりで、BRIAN がメインの曲と JULIE がメインの曲で作風が違いすぎるわけだ。
BRIAN AUGER の楽曲は、彼の荒っぽいオルガンプレイが極太マジックのように目一杯強調されたモッズジャズ。一方の JULIE はゴージャスなアレンジでソウルを熱唱。アメリカ風のR&Bやロックみたいにアーシーな泥臭さは丁寧に脱臭した、洗練されたトラックが新鮮。これが大英帝国のモッズアプローチかBRIAN AUGER は一時期夢中になって音源を集めたもんだが、JULIE DRISCOLL のソロって注意を払ったことがないな。今後は彼女に注目してみよう。
●この LP は「DUOPHONIC」という形式の音源らしい。本来はモノラル収録の音楽を無理矢理ステレオ対応させた規格みたい。モノラルのど真ん中勝負な荒っぽさがワリと残ってる。初めて聞いた言葉だけど、このへんも PAM のご主人に教えてもらったよ。

PP ARNOLD「KAFUNTA THE FIRST LADY OF IMMEDIATE PLUS」

P.P. ARNOLD「KAFUNTA: THE FIRST LADY OF IMMEDIATE PLUS」1967〜1968年
こちらは、JULIE DRISCOLL と同時期に英国で活躍した黒人女性シンガー。そもそもはロスのゲットー・ワッツ地区出身なのだけど、IKE & TINA TURNER のツアーにコーラス隊として参加、そこで訪れたロンドンにそのまま居ついて、モッズクイーンになってしまったディーヴァなのだ。THE ROLLING STONES の初期マネジャー ANDREW LOOG OLDHAM が設立した IMMEDIATE RECORDS と契約。MICK JAGGER THE SMALL FACES、ROD STEWART、KEITH EMERSON などの人脈に囲まれて、これまた英国趣味的なソウルミュージックを高らかに歌う。このCDは IMMEDIATE に残した2枚のアルバム「KAFUNTA」「THE FIRST LADY OF IMMEDIATE」が合体した内容。
THE SMALL FACES の連中にプロデュースされた「(IF YOU THINK YOU'RE) GROOVY」や、MICK JAGGER プロデュースの「TREAT ME LIKE A LADY」みたいな、スパイシーなモッズソウルが極上なのだけど、THE BEACH BOYS「GOD ONLY KNOWS」カバーや THE BEATLES「ELEANOR RIGBY」&「YESTERDAY」カバーもゴージャスなアレンジでかなりイイ味出してる。THE STONES「AS TEARS GOES BY」もカバーしてるよ。CAT STEVENS「THE FIRST CUT IS THE DEEPEST」は原曲知らないが彼女のバージョンが素晴らしすぎて。
●このジャケだと、迫力ありすぎなアフリカ趣味が強烈だけど、本来の彼女はとってもキュートな女の子だよ。別のジャケもつけとこう。

PP ARNOLD

「THE FIRST LADY OF IMMEDIATE」のオリジナルジャケね。こっちも買っちゃったから、実質ダブり買いになっちゃったよ。当時の彼女は21〜22歳くらいかな。


●てなわけで、英国モッズクイーン2人を聴き比べた夜でした。





リオ・パラリンピックが開幕したね。
楽しみだった開会式を見たよ。

ペドリーニョ

8歳のメガネ少年ペドリーニョくんが、パンデイロひとつでスタジアムをワーッと沸かせる瞬間に、リズム大国ブラジルの底知れぬ奥深さが垣間見れるね。選手入場の2時間半、空色の衣装をきた大勢のボランティアさんがずっと踊り続けるファンキーさもスゴイ。

dance with robot rio paralympic

女性ダンサーと工業用ロボットアームのデュエットダンスもステキだった。ボケっとしてて一瞬気付かなかったのだけど、この女性ダンサー、両足の膝下がなくて、黒い義足をはめてたのです。足首から下には丸いカーブで弾力を備えたパーツをはめて。コレを鮮やかに駆使して、サンバのステップを刻むのですよ。豊かなブロンドをなびかせて踊る姿は凛々しくて。障害と関係なくよいモノを見せる、ただその一点に集中した演技。ただこのダンスが簡単なモノでもないということも表情から見て取れた。彼女がダンスを終えた瞬間の笑顔は、普通のダンサーが見せるキメの笑顔であって、目が笑ってない。プロのパフォーマーとしての矜恃がにじみ出るものだった。

パラリンピックのおばあちゃん

聖火ランナーのハプニングにも、グッとするものを感じた。セレモニーの後半は結構な降雨に見舞われてた会場。この厳しい環境の中で、元パラアスリートのおばあちゃんが杖をつきながらゆっくり歩を進める場面。明らかにおばあちゃんにはこのぶっといトーチが重そう。で、とうとうそのトーチを落としてしまうんだけど、すかさずスタッフが駆け寄ってリカバリー。その瞬間にスタジアム全体が歓声をあげておばあちゃんを励ます。


「24時間テレビ」「バリバラ」「青山一丁目の事故」「パラリンピック」
●今年の「24時間テレビ」は1ミリも見てない。仕事でもないかぎり見ることもないと思う。だからあの番組の内容をどうこう言うことはできない。その一方で、同じ放送日に生放送でアンチテーゼをブチ当ててきた ETV の障害者+バラエティ番組「バリバラ」は見た。「24時間テレビ」に思いっきり当てつけた黄色いTシャツに黄色いセットで、問題提起するのは「感動ポルノ」というキーワード。障害者は健常者が感動したいための材料や素材ではない。自分より可哀想な人を憐れんで泣く、泣きたい、泣かせたい、という構造に異議申し立て。まー冷静に聞けばご意見ごもっともと思うけど、さすがにウラ番組へのアテコスリがスゴすぎてヒクわ。そのヘンのバイアスが普段の NHK らしさを損なってて楽しめなかった。
●普段の「バリバラ」が打ち出すどキツイ「お笑い」表現は、そのお笑い表現当事者に障害者がいることを免罪苻にした、オルタナティブな存在なわけで、この世の全ての障害者表現が「バリバラ」スタンダードになったらサスガにキツイと思う。世の全ての障害者があの番組に出演する障害者の人たちみたいに自己表現自己主張に達者とは思えないし。そしてそんな場所から「感動ポルノ」に対して批判を発信するコトに対してボクは、ちょっと別の意味で危惧を感じる。「感動ポルノ」批判が行き過ぎると、メディア側が障害者を描くコトをやめてしまうかもしれないからだ。感動の素材など別に障害者を使わずともいくらでも生産できるのがメディア産業。メディアが事なかれ主義に走り、障害者を取り扱うのが面倒だ、と考えたらこの世からは障害者の表現/情報は消えて無くなる。これは重大な損失になりかねない。
「24時間テレビ」のモリモリなヤリ過ぎ感覚を弁護するつもりはない。ただあの番組は年一回の話でしかなくて、民放番組がコンスタントに障害者を扱う状況ってほとんど他にない。障害者にフォーカスを当てる番組が年一回程度って、本当は少な過ぎるんじゃないか?別に「感動ポルノ」を量産しろというわけではない。しかし、元から日本のメディアに障害者はなかなか登場していないのだ。根本的問題として、まずこのレベルからスタートしなくては。結局のところパラリンピックの地上波露出も全然足りてないじゃないか。
「青山一丁目の事故」についても言及しておきたい。「24時間テレビ」「バリバラ」の放送の少し前、銀座線青山一丁目駅のホームから、盲導犬を連れた全盲の男性がホームから転落、電車に轢かれて亡くなってしまった。通勤に銀座線を使うボクにとって身近な駅で起こった悲劇。夕方の帰宅ラッシュ、大勢の人が周囲にいながら、危ない場所にいた彼を誰も助けることができなかった。ショック。通勤時に同じような場面に出くわしたとしたら何がボクにできる?盲導犬を連れてるんだから大丈夫だろうと思ったり?目の不自由な人の多くがホームに落ちる経験を持っているという話もニュースには添えられていた。知らないよ。盲導犬を連れた人にどう立ち振る舞ったらいいか、よくわからないよ。困ってる人、危ない思いをしてる人を、どうサポートしてあげたらいいのか、まずソコを教えてくれよ!ハッキリ言ってソコ押さえずして「感動」と「お笑い」どっちが大事か?なんてのはどーでもいい話だ。
●ちなみに、世間の感動欲求は根深いもので、中学生娘のソーシャル・タイムラインでは「24時間のドラマ、あんま泣けなかった」「もっと感動できると思ったのに」などなどのコメントに満ち溢れてたそうな。無邪気な中学生、ジャニーズのイケメンで感動したいだけで、そこに障害者とかほとんど関係ない気がするが、「感動ポルノ」需要はハンパないみたいね。「パラリンピック」でもきっと多くの「感動シーン」に出会うのかもしれない…ちゃんと見たことないからわかんないけど。ただ、この感情は「感動ポルノ」なのか?とかコンテキストを分析しながら見てたら「感動」なんてしてるヒマなくなるな。スポーツ競技に作為はないから今後の心配はあんましてないけど、開会式のセレモニーは演出の嵐だからね、感動に身構える自分自身もいたよ正直なところ。


●さて今日もブラジルの音楽。パゴーヂ

ALMIR GUINETO「SORRISO NOVO」

ALMIR GUINETO「SORRISO NOVO」1985年
●義弟 ken5 くんからもらったCD。正直情報がなくてよくわかんないんだけど、リオ出身のサンバ系アーティストさん。サンバの後継スタイル・パゴーチというジャンルの先駆者。開会式の冒頭で、8歳のペドリーニョくん他バンドミュージシャンたちが輪を作ってジャムったりする気分が、そのままパゴーチというスタイルだったらしい。70年代末〜80年代初頭、FUNDO DE QUINTAL というバンドがパゴーヂで人気を博すのだけど、この人はそのバンドのリーダーなんですね。で、80年代〜90年代をソロワークで駆け抜ける。これは三枚目のアルバムらしい。
小気味良いサンバのリズムに合わせて、ギターの演奏がアクセントになってて、とってもピースフル。ホントブラジル音楽って奥深いよねー。調べれば調べるほどいろんな音楽が登場してくる。サンバに対する偏狭なイメージがほどけるわー。浅草サンバカーニバルのヤリ過ぎ感覚だけでサンバを解釈しちゃダメだね。


●もう9月。
リオのパラリンピックって、そろそろ始まるんだよね?楽しみだなあ。


●終盤の五輪競技を見てて思った。リオデジャネイロは素敵な街だね。
トライアスロン、50キロ競歩、マラソンの競技映像、その選手たちの背景に映る市街の気分がとても魅力的。タイルを敷き詰めた舗道がモダンな模様になってたり。建物もみんなミッドセンチュリー風で。起伏のある山の稜線がドラマチックで、美しいビーチと砂浜がすぐそばにあって、これがそのまま歌に歌われたイパネパ海岸コパカバーナ海岸に繋がってるんでしょ?いつか行ってみたいなあ。

そんな訳で、今度はブラジルの建築家だよ。
●去年の夏に見に行った展覧会のことを思い出した。
「オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産を作った男」2015年7月18日〜10月12日
で、先に言っとくと、このオスカー・ニーマイヤー、ボサノヴァにも縁がある。

オスカーニーマイヤー展

●彼が活躍したのは、1940〜50年代のコト。代表的な仕事といえば、全くの更地から作り出した人工首都ブラジリアの主要建築物、とくに国会議事堂。ニューヨークの国際連合本部ビルにも一部で関わっている。曲線を大胆に取り込んだ、未来的、SF的ともいえるようなデザインと、それを大胆不敵に展開する楽天主義。その作風からハイパーモダニストなどとも呼ばれたりもした。上のフライヤーにある、まるでUFOのような建築は、1996年竣工のニテロイ現代美術館(リオ近郊にあるらしい)。こうした斬新な感覚にボクはしびれたね。

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ニテロイ美術館の写真と模型。ユニークなのはUFOのような外観だけではない。建物を訪れた人々はまず渦を巻くような斜面を昇る。これが映画祭のレッドカーペットのような祝祭感を醸すだけでなく、美術館の不思議な外観や断崖絶壁に突き出した立地を様々な角度で眺めることで、非日常の世界に彷徨いこむような気分を演出している。大沢伸一 FEAT. BIRD「LIFE」のMVにもココがロケーションとして登場してたと思う…アレを見て一発でこの建築家に心奪われた。

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●そして、ブラジリアの国会議事堂。建物の左右に、丸いドームとそれをひっくり返したお皿のようなモノがある。これがそのまま、上院議会と下院議会を象徴しているとな。なんと明快で大胆なデザイン。オスカーは、これだけでなく、この首都の大統領官邸、最高裁判所などなどの主要建築物の数々を手がけている。
国連本部ビルは複数の建築家との協業であったようだが、議事堂のデザインに反映された曲線オスカーのスタイルが見える。へーあの国連ビルにも関わってたなんて知らなかったよ。

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●そんな仕事を成した男、オスカー・ニーマイヤーが下の写真のおじいちゃん。
●1907年生まれ、2012年に死去。なんと104歳の長寿を全うされた。20世紀のほとんど丸々全部を見てきた人物なんだね。おそらく90歳代にはなっていた時期に撮影されたドキュメンタリーが会場で上映されてたが、まーそのダンディぶりに舌を巻く思いだわ。ビシッと三揃いのスーツを着こなし、太い葉巻をくゆらせる。そんで語る言葉が「創作の源は女性、私の描く曲線は女性のカラダ」とか。90歳オーバーでこれはダンディでしょう!

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トロピカリア運動に冷水をかけた60〜80年代のブラジル軍事政権の時代はこの人も海外へ亡命。民主化されるまで母国へ戻らなかった。気骨のあるその姿勢は、左派思想〜共産主義に裏打ちされてたモノだったようで、彼に人工首都ブラジリア建設を発注した50年代の大統領たちも左派政権だった。ブラジルの1950〜60年代には楽天的で未来志向の社会改良主義が美しく花開いていて、それに実態を与えていたのが、このオスカー・ニーマイヤーのような芸術家たちだったと言えよう。
●そんな時期、同じように新国家の新文化、新アイデンティティとして注目されていたのが、新しい都会音楽・ボサノヴァだったわけだ。

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オスカーの若い頃の写真。これにビックリ!
●4人の男女の写真が楽しそうに語らう様子。手前の紳士がオスカー。中央で向き合う男女が、詩人 VINICIUS DE MORAES!とその奥さん。奥にいる青年が新進作曲家であった ANTONIO CARLOS JOBIM50〜60年代のブラジル文化を代表する「ボサノヴァ」ムーブメントの三大イノベーターのうち、2名がオスカーの友人だったとは。ボサノヴァ開花前夜、詩人 MORAES の筆による舞台に二人が協力、美術をオスカーが、音楽を JOBIM が担当という場面があったという。そしてその舞台はその後ヨーロッパに渡って映画化された。その名も「黒いオルフェ」1959年。カンヌとアカデミー賞の両方で評価された傑作になるのだ。
オスカー未来志向の洗練された建築美学と、ボサノヴァとして開花するブラジル独自の都会音楽が、同じ場所、同じ人脈から発生していたことに、強く感動する!


●さてここから音楽の話。ボサノヴァ成立の物語。

VARIOUS ARTISTS「BOSSA NOVA AND THE RISE OF BRAZILIAN MUSIC IN THE 1960S」

VARIOUS ARTISTS「BOSSA NOVA AND THE RISE OF BRAZILIAN MUSIC IN THE 1960S」1958〜1970年
●ボクにとってはおなじみの、英 SOUL JAZZ RECORDS によるボサノヴァのコンピレーション。選曲は GILLES PETERSONSTUART BAKER、線の太いダンサブルな楽曲が黄金期のボサノバとそのダイナミックな躍動感を伝えてくれてる。選ばれたアーティストも、ボサノバ第一世代からトロピカリア期にかけてのヒーローヒロインたちが網羅されてる感じ。ELIS REGINA、JOAO GILBERTO、DORIVAL CAYMMI、NARA LEAO、TAMBA TRIO、EDU BOLO、SERGIO MENDES、GILBERT GIL、MARIA BETHANIA、JORGE BEN、MILTON NASCIMENTO …。
●そして豪華な70ページに及ぶ詳しいブックレット。ボサノヴァ成立に至るまでのブラジルの社会的状況からしっかりと解説してくれてる(英語だけどね)。ちょっとウンチクを書きますよ。

1930年代のアメリカは、ラテンアメリカ諸国の共産主義化に警戒しつつ「善隣政策」と称して友好国との親密関係を作りアメリカの権益を中南米全域に広げようとしていた。文化的交流として「ジャズ大使」としてミュージシャン公演を企画したりして(皮肉にも人種差別に反対するジャズメンには協力してもらえなかった)、ブラジルなどにアメリカ文化の浸透を計ったりしていた。ともかく、アメリカは政治/文化両面で中南米世界全体に影響力を持とうとしてたわけだ。実際、アメリカ文化が各国の若者に刺激を与え、そこから新しい文化が生まれる素地となったのは間違いない。
●一方のブラジルは、GETULIO VALGAS ジェトゥリオ・ヴァルガス大統領のもと、奴隷制度や植民地主義からの脱却、産業の近代化と都市化、国民国家としてのアイデンティティ〜ナショナリズムの形成を目指していた。白人黒人先住民などなどが一体になる新しいメスチソの文化を起こして新しい社会を作る。そのためにアフリカ由来の音楽サンバや格闘技カポエイラの復興、土着信仰カンドンブレの解禁などを推し進める。政権末期は独裁化したヴァルガス大統領が自殺/失脚した後も、社会改良路線は引き続き左派政権が推進していく。ハイパーモダニズム建築家オスカー・ニーマイヤー新首都ブラジリアの建設に抜擢されるのもこの流れ。まさにボサノヴァが生まれ出でんとする1950年代は、こうした明るい未来に突き進んでいく楽天的な空気に満たされた時代だった。

●そこで三人の若者が出会う。
●一人はユニークなギター奏法を発明した若き天才演奏家 JOAO GILBERTサンバの影響を都会的なセンスで洗練させた彼独特のギター奏法がその後のボサノヴァに発展する。当時は東北部の小さな町を18歳の時に抜け出しリオにやってきたところ。
●もう一人は ANTONIO CARLOS JOBIMリオ生まれの土着音楽ショーロ、ドビュッシーやラヴェルなどの西欧クラシック、アメリカのジャズから滋養を得てきた若き作曲家。昼はレコード会社に勤め、夜はナイトクラブでピアノを演奏して生活していたが、すでに「SINFONIA DO RIO DE JANEIRO(リオデジャネイロ交響曲)」でアルバムデビューしていた。
●そして最後の一人が VICINIUS DE MORAES。アマチュア音楽家の両親によってエリート教育を受け、20歳にして二冊の詩集を出版していた詩人。ギリシャ神話から着想を得た劇作を書き、音楽を JOBIM に、舞台美術をオスカーに発注した…前述した映画「黒いオルフェ」の原作となる舞台のことだ。映画は1960年のアカデミー賞外国語部門を受賞、世界にブラジル文化の水準の高さを見せつける。
そんな三人が合体して共作したのが1956年。JOAO GILBERT の最初のアルバム「CHAGA DE SAUDAGE」演奏が GILBERT、作曲が JOBIM、作詞が MORAES
これが大ブレイクして、彼のギタースタイルがブラジル中で大流行する。ボサノヴァ・ギターのシンコペーションはサンバのパンデイロを映しとるビートで、が故に多くのブラジル青年の心をつかんだのだ。これがボサノヴァの誕生だ。
●これに続き、同世代の若き音楽家 ROBERTO MENESCAL CARLOS LYRA がリオのアパートでこのボサノヴァ奏法を教えるギター教室を始める。このアパートに当時14歳だった NARA LEAO などが集まり一大コミュニティを形成する。ボサノヴァがムーブメントになっていく。…ボサノヴァが呟くように歌うのは、このアパートの壁が薄くて大声が出せなかった、という説があるくらいだ。
「ジャズ大使」としてアメリカからブラジルに来て巡業してたジャズギタリスト CHARLIE BYRD は滞在時に JOAO GILBERTO のギターを聴いて感動!帰国してすぐにボサノヴァアルバムを録音した。それが「JAZZ SAMBA」1962年。さらに同年、ニューヨークの CARNEGIE HALL でアメリカで初めてのボサノヴァ・コンサートが行われた。出演は JOAO GILBERT、ANTONIO CARLOS JOBIM、SERGIO MENDES、CARLOS LYRA、ROBERTO MENESCAL などなど。これが大成功!早速文化の逆流が始まった。60年代のアメリカは、第一次ブリティッシュインベーション(THE BEATLES や THE ROLLING STONES たち)、モダンジャズの革新(JOHN COLTRANE らの成果)、そしてブラジルからの新型音楽ボサノヴァと、内外からグラグラ揺さぶられることになる。
●これをキッカケにして GILBERT JOBIM、SERGIO MENDES は拠点をアメリカに移す。…彼らが立身出世のためにアメリカへ拠点を移した…ただそれだけならイイ話なんだけど、実はこのあたりからブラジルが政情不安に陥るのだ…。1964年、クーデターにより左派政権は打倒され、軍事政権が成立する。

「BRAZIL BOSSA BEAT ! - BOSSA NOVA AND THE STORY OF ELENCO RECORDS BRAZIL」

VARIOUS ARTISTS「BRAZIL BOSSA BEAT ! - BOSSA NOVA AND THE STORY OF ELENCO RECORDS, BRAZIL」1963〜1966年
●ボサノヴァが世界に発信されていく60年代前半、ELENCO RECORDS というインディレーベルがリオの街に生まれた。レーベルの主宰は ALOYSIO DE OLIVIERA という男。彼もボサノヴァの歴史の重要人物。メジャーレーベル ODEON のA&Rを務めていたこの男が JOAO GILBERT と契約、TOM JOBIM の楽曲で音源を収録し GILBERT のデビュー盤として世に出した。しかし外資メジャーのボサノヴァへの浅い理解に我慢できず独立。従業員がたったの三人という小さな所帯だったけど、ボサノヴァの重要アーティストと次々に契約、珠玉のような作品の数々、アルバムの数にして約60枚をリリースした。鮮やかな白黒のコンストラストに赤の差し色という、統一されたジャケデザインでも有名。
●彼がレーベルを立ち上げた頃には、GILBERT JOBIM も(おまけにまだ若かった SERGIO MENDES も)アメリカに拠点を移してしまっていた。でもこれからのボサノヴァ・アーティストはまだ地元に大勢いる。このコンピに収録されているのは、EDU BORO、BADEN POWELL、ROBERTO MENESCAL、MPB-4、TAMBA TRIO などなど。成熟しつつあるボサノヴァのシーンから聴こえてくる音楽は、端正で都会的なイメージを超えて、アーシーなグルーヴや躍動感あふれるリズム、力強い生命力に満ち溢れてる。女性コーラスグループ QUARTETO EM CY のクッキリとした明朗さ、LENNIE DALE WITH THE SAMBALANCO TRIO の電光石火のジャズビート、ボサノヴァの多様な表情が実に楽しい。
1964年のクーデター(実はアメリカの支援で勃発)の結果、軍事政権が成立すると、言論統制がアーティストを苦しめる。OLIVEIRA も十分に努力したが、1967年にはレーベルをメジャーに売却、アメリカに渡ってプロデューサーとして活動することになる。60年代末期〜70年代初頭は、本当に人材流出が激しい時期。ボサノヴァ第一世代から、トロピカリア世代までが国外に脱出、オスカー・ニーマイヤーもパリへ亡命するのだから。OLIVEIRA は1972年に帰国するも、その後もアメリカとブラジルの間で活動、1995年にロスで客死する。80歳だったそうな。

NARA LEAO「NARA」

NARA LEAO「NARA」1964年
ELENCO の音源なんて激レアで、ホンモノにはお目にかかれないだろう…なんて思ってたら、いきなり下北沢ディスクユニオンこのCDがポロリ売られてた!特徴的な白黒赤のデザインがやっぱりクール。しかも、ボサノヴァの女神・NARA LEAO のファーストじゃないか。UNIVERSAL MUSIC BRAZIL ELENCO を再発してる(してた?)みたいね。CDには2004年って書いてある。
●作詞作曲には、ボサノヴァ第一世代や ELENCO の仲間たちがクレジットされてる。VINICIUS DE MORAES、CARLOS LYRA、EDU LOBO、BADEN POWELL などなど。ローティーンの頃からボサノヴァコミュニティにいた彼女も、このデビュー盤の時期には22歳に成長。美しい美声が可憐。だがその一方で、ボサノヴァに乗せて軍事政権を批判するプロテストソングを歌ったりも。ジャケに写る彼女の瞳が意思の強さを表しているよう。しかし彼女も、結局1968年にヨーロッパへ脱出、70年代は活動をスローダウンし表舞台から遠ざかる。80年代に復活するも、1989年、脳腫瘍で47歳の若さでこの世を去る…。





●音源。NARA LEAO「BERIMBAU」。
●作曲:BADEN POWELL/作詞:VNICIUS DE MORAES。
●曲名にある「ビリンバウ」とはブラジルの民族楽器の名前。ダンスのような格闘技カポエイラで演奏される。歌詞の中にもカポエイラって言葉が聴こえるね。




「LINE LIVE」って結構バカにできないね。
●先日、くるり「初期トリオでライブ配信@バンド結成の場所/立命館大学・音楽サークル「ロックコミューン」部室」なんて企画で演奏を聴かせてくれてた。うわ、すげえいい感じ。仕事中だったけど、スマホにヘッドフォンつけて聴いてた。初期メンバーだけあって初期楽曲ばっか演ったんだけど、ボクくるりの初期、実は聴いてないじゃんとソコで気づく。セカンドの「図鑑」からしか持ってないじゃん…。ディスクユニオンでファースト探すか…。
●あと、[ALEXANDROS]ってバンドのライブも配信してたっけ。[CHAMPAGNE]って名前から改名した人たちだよね。へーこんな音楽なんだーと思った。

くるりが「初期トリオでライブ配信@バンド結成の場所/立命館大学・音楽サークル「ロックコミューン」部室」




●そうそう、この前、レコ屋巡りで千葉まで行ってきた。

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千葉・DROP RECORDS。
●千葉県千葉市中央区富士見 2-7-13 森川ビル2F(http://dropsrecord.shop-pro.jp/
●かつて千葉県船橋市に住んでたことがあるボクだけど、千葉市には実はほとんど縁がない。船橋の人は船橋市内で全部お買い物が済んでしまうし、東京に出るのも簡単だから。だから千葉駅を降りるなんて人生で二回目くらいじゃなかろうか。モノレール乗り場が頭上にあって、JRと京成電鉄と広いバスターミナルがある駅前広場は賑やかで楽しそう…かつてウィリアム・ギブスンがサイバーパンク小説で描いた「チバシティ」って実現化しつつあるのかも。そこから更にお店〜飲み屋さんエリアまでテクテク歩くと、不動産屋さんの二階にこのお店が見つかる。近所にはディスクユニオン千葉店もあったよ。
在庫は7:3でアナログが多いかな。クラシック、ジャズ、ファンクソウルから日本のアイドル歌謡まで。気になったのは新譜中古含めて国内外のロカビリー/ネオロカビリーのCDがたっぷりあったコト。面白そうだったけど、ネオロカビリーの知識がないので手がつけられなかった。それと、70年代のゴスペルがタップリ、しかも280円という激安値段で置いてあった。確かにアーティストは無名というか、マジで全米各地の素人合唱団の皆さんって感じでジャケ写もすげー無造作。でもレーベルはジャズ/R&B系の SAVOY RECORDS だったり、サザンソウル STAX の関連レーベルだったりと侮れなそうな気配。ここは気合いだ!と12枚買っちゃった。他にもCDをチョイチョイと。

THE PERSUASIONS「THE PERSUASIONS SING U2」

THE PERSUASIONS「THE PERSUASIONS SING U2」2005年
●そんな DROP RECORDS で見つけたCD。60年代末から活動するアカペラコーラスグループ THE PERSUASIONS U2 をカバーするという内容。しかも半分以上が90年代以降の曲、クラブミュージックに接近してたヘンな時期にフォーカスしてカバーしている。大々的にダンスミュージックに接近して U2 乱心か?と思わせたアルバム「ACHTUNG BABY」から「MYSTERIOUS WAYS」他全4曲もカバーしちゃってる。傑作バラード「ONE」もこのアルバムに収録されてて、とても素敵にカバーされてるね。2004年のロックアルバム「HOW TO DISMANTLE AN ATOMIC BOMB」からもカバーしてるから、同時代の音楽にコダワッてるんだね。
●でも100%楽器を使わないドゥーワップコーラスは、優しいアプローチで曲の輪郭をより際立たせてくれてスゴく気持ちいいな。地味シングル曲「STUCK IN A MOMENT YOU CAN'T GET OUT OF」がより可憐になって嬉しい。R&B色の強いアルバム「RATTLE AND HUM」収録の「ANGEL OF HARLEM」「WHEN LOVE COMES TO TOWN」(←原曲では B.B. KING がフィーチャーされてた)は雄弁な黒テイストが大事に意識されてる。
●2000年以降から THE PERSUASIONS は、アーティストにフォーカスを絞ったカバーアルバムをいくつか出してるみたいね。FRANK ZAPPA THE GRATEFUL DEAD なんぞまでカバーしてるみたいだぞ。すごいな。U2 はその中じゃ圧倒的に新しいカバー対象になってるみたい。ちなみに880円だったかな。

PASTICHE「REMEMBER THAT」

PASTICHE「REMEMBER THAT」1988年
別のレコ屋でも、アカペラコーラスグループを見つけたぞ!お店がつけたラベルに「アカペラ」って書いてあったんだもん。1988年のリリースなら THE FLYING PICKETS THE NYLONS みたいな80年代テイストが楽しめるかも。しかも3人組女性グループってのは珍しいね!全く知らないグループだったけど速攻購入したよ、1500円。
●でもね、アカペラじゃなかった…。ドゥーワップスタイルのコーラスグループだけど、ちゃんと80年代チックなバンドを背負ってた。よく見たら裏ジャケにバンドマンのクレジットも入ってた…。ちょっと期待ハズレ。まー三人だけなんで、多少の楽器伴奏には目をつぶろう。がんばってる曲もある。
●マジで情報少ないんでよく分からないんだけど、西海岸出身らしい彼女たちは、日本のフュージョンバンド CASIOPEA のバックコーラスとしてツアーに帯同した経験もあるみたいで、1984年のデビューアルバムではサザン「いとしのエリー」もカバーしたとな。これはセカンドアルバムみたい。ファーストからセカンドにかけて一人メンバーが抜けてる?



●音源。THE PEASUASIONS「I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FOR」