●最近はブログの更新も滞っておりました。すみません…。
●でも、徐々に調子を取り戻しつつあります。風邪も落ち着きました。地震以来行けてなかったヨガ教室で久しぶりにカラダを動かしたら、大分気分が晴れました。カラダとココロは密接に関係してるなあと、しみじみと感じてます。仕事も4月異動で一新、転校生気分で新しいチームに組み込まれようとしています。


「この地震騒ぎが一息つかないと、この原発騒ぎが一息つかないと、先のコトはわからないよね」
という言い訳で、アレコレの仕事が滞ってるコトを「しょうがない」と思うのは、やめます。

●だって、絶対「一息」つかないでしょ。
●来週になれば?来月になれば?来年になれば?いやいや絶対解決しないでしょ。


「地震」も「原発」も、これからの日本社会が全員で背負わなければならない宿命になりました。
●震災が引き起こした非日常から、徐々に日常生活に戻る局面。しかし3月11日以前の日常生活とこれからの日常生活は、完全に異質なものであることはキッチリ認識しなければならない。ボクらの日常に、原発や地震はペットリくっついてしまいました。放射能や節電のコトを毎日毎日考えながら、ボクらはこの国に暮らしていくのでしょう。それがボクらの新しい日常。薄暗い地下鉄や商店街…動かないエスカレーターやエレベーター…レコード屋ですら早くお店を閉めてしまう。そんな生活にはもう慣れました。野菜のおいしさを無邪気に味わえなくなったコトはちょっと複雑な気持ち…我が家の食卓に出てきたレタスとトマトがスゴく瑞々しくて、コレが貴重な幸せだったコトに今さら気づいたボクでした。
●ボクのコドモたちに、そんな日常を背負わせてしまったコトについては、実に申し訳ないと思っている。「外で遊ぶ時は長袖とフードのある上着を着なさい」というと「お、放射能だね!わかった!」とノマド9歳は軽く答え、上着をつかんで玄関を飛び出していく。「学校では水道の水を飲まず、水筒のお茶を飲みなさい」ヒヨコ8歳はそんな水筒のお茶をおいしいおいしいと喜んでいる。……不憫だな。この時代を生きる大人として、ボクらは失敗してしまったんだなと思う。
●ヒヨコが、飼い主が被災して全員行方不明になってしまった犬のハナシをボクに説明する。「ワンちゃんだけは津波から助かって、親戚の人に会えたんだって!きっと一生懸命イヌカキして脱出したんだよ、よかったね!」ニュースで聴きかじった内容を身振り手振り加えて語るのだ。ヒヨコ、この地震のコトはよく覚えておきな、ヒヨコに赤ちゃんができてそのコが小学生になったら、あの地震の時はこんなだったよ、って説明できるようにするんだよ。「うん、わかった!社会の時間に先生がお母さんにおハナシ聞いてきなさいって言ったら、イッパイ教えてあげるワヨ!」


ワイフがコドモたちに「赤毛のアン」を見せてる。

DVD「赤毛のアン」
DVD「アンの青春」

●DVD「赤毛のアン」「アンの青春」
●先日「若草物語」のDVDをレンタルしてきたワイフは、そのノリの延長で今度は「赤毛のアン」を借りてきた。ワイフはアニメ「世界名作劇場」シリーズの大ファンであり、そこで取り上げられた原作小説は関連作も含めて全部読んでいる。ボクはそのテのヤツは読んだコトない…と言ったら「若草物語も赤毛のアンも読まなかった子ども時代なんて!」と真顔で切り返された。ノマドはボクに似てこのテの世界観に少々馴染みきれないようだが、娘ヒヨコはアンの大活躍を大層楽しんでる。完全にワイフの美学がヒヨコの中に移植&蓄積されてる。確かに少し落ち着いた物語が一番気持ちをリラックスさせてくれるのは事実。ボクも楽しみました。
「若草物語」は全部で第四部まであって、最後は4姉妹の次女ジョーの子供たちが主役になってしまう、という事実はその全てを読んだワイフからつい先日教えてもらったのだが、この「赤毛のアン」はなんと主要シリーズだけで第八部まであり、50歳代のアンまでが描かれてるのだそうな。そんな一大サーガに及ぶ大作だったとは知らなかった。80年代に制作されたこの2つの映画は、孤児だった11歳のアンがカスバート家に引き取られるトコロから小説第四部の20歳代前半までを描いている。夢見がちでトラブルメーカーだったみなしごは、利発で度胸のある女性教師になって、それなりにナイスな男性とのロマンスもあって(ヒヨコ大興奮!)、小説家デビューまでしちゃいます。
●物語の舞台は、カナダの東部プリンスエドワード島の北岸に面したアボンリーという小さな村。孤児として流浪の幼年期を過ごしたアンにとって、初めて周囲の愛情を感じることができたこの土地はとても大切なモノで、学生として都会に出たとしても常にこの土地とそこに住む家族や知人を忘れない。ボストンで成功した大富豪にプロポーズされたのに、そしてその男性にメチャメチャ好意を抱いていたのに、彼女は「あの村に帰りたい」という理由で結婚の申し出を断ってしまうのだ。えーマジ?あの村にソコまでの価値があるの?大都会の裕福な暮らしを捨てちゃうの?男性もその家族もアンを本当に大事に思ってくれてるのに?「夏休みには帰れるよ、入江に別荘を買おう」「そういうことではないんです…あなたの言ってるコトと私が考えていることは違うのです」えーチガウの?ホントに?ワイフとヒヨコはアンの判断を不思議と思わないようだが、ボクがビビってしまった。
プリンスエドワードは緯度としては北海道よりも北に位置する場所。冬には雪と厳しい寒さが、春夏秋には木々や森に多様な色彩がある。リンゴの木にはたわわな実がつき、牧場では牛や羊が優雅に草を食べている。きれいな海も見える。…実はこの景色は、日本の北国と同じなんだな。そして今そんな故郷から震災によって引き剥がされた人たちが十数万人もいる。アンが故郷を深く愛する気持ちと、東北地方で住まいや町を壊されてしまった人たちの身上が一瞬ダブって見えた。引越を重ねて東京周辺をフラフラ移動して生きてきたボクは、住居も故郷も置き換え可能なモノに思えてしまう。だからボクの発想はボストンの富豪と同じ。しかし、アンの強さ逞しさは、愛する土地とソコに暮らす人々の強い絆に深く結びついているからこそのもの。土地にしっかり根を下ろしているモノの強さが彼女の凛々しさなのだ。その時、原発を中心にコンパスで円を描いた地図の向こう側に、愛する土地を理不尽に汚された人々のやるせない思いが渦巻いているのを、アンの凛々しい顔に感じてしまった。疎開できる人はしてもいいでしょうが、疎開しない疎開できない人の心情を慮るコトを忘れちゃいけないと思った。……ボクは疎開できるのかな…大阪とか沖縄とかアメリカとか…うーん、仕事がなさそうだなあ、今でさえギリギリな仕事だもんな、他にボクなんかが務まる仕事があるような気がしない。そんな理由か…不自由だな、ガクッ。



●あ、先週の土曜日。渋谷に用があったので、ついでに「電力館」に行こうと思った。ニュースで解説されてる原子力発電所の仕組みを、ノマドと一緒に再確認しようと思ったのだ。そしたら休館してました。……まーそりゃそうか。サスガに無理か。

●なんで今敢えてそんな本を読むの?とワイフに言われた。でも今読むしかないでしょ。

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録

「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」
●1999年、茨城県東海村で起きた臨界事故で致死量の放射線を浴びた男性と、彼の治療にあたった医療チームを巡るルポルタージュ。この事故で男性が被爆した放射線はなんと8シーベルト。マイクロとかミリシーベルトじゃないんです、ただのシーベルト。8シーベルト。桁違いに激しい放射線。それを一瞬のうちに浴びたのです。
●しかし。致死量といえど、その場で即死です、というコトではないのです。事故後数日で東大病院に転院してきた時には、看護師さんと普通に朗らかな会話が出来る状況、ほぼ健常者と変わらなかったのです。しかし細胞の検査をすると染色体がズタズタに分解されている。つまり新規の細胞分裂が行われなくなるのです。結果、徐々に皮膚が被れ、内臓の壁面が剥がれ落ち、全身の細胞が一斉に崩れ始める。体液がリットル単位で滲み溢れてくる。健常者にしか見えなかった人間の身体が、数週間でグチャグチャになっていく。全力で治療に努める医者たちも、放射能の圧倒的な力の前に、成す術がない。放射能はスグに命を奪わない。しかし確実に仕留める。ジックリ時間をかけて。実に陰惨に。なんて残忍なのだろう。被爆男性は事故時35歳で今のボクと同世代。奥さんと6歳の息子さんがいた。面会に訪れる奥さんに「愛してる」と話す優しい夫だった。その数週間後に声も意識も奪われてしまうのだけれども。くう。ツライなあ。…ワイフにしてみれば、消耗気味のボクがそのキツい本をわざわざ今読むのは自爆行為だと思ったのだろう。
●正直ボクは、原子力に楽天的だった。CO2削減のためにはやむを得ない方策だと思ってた。その反省を込めて、今からコツコツと原子力の勉強をする。ドロナワだよと笑われても仕方がない。その本当の恐ろしさをキチンと知ることから始めようと思うのです。

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