●GW、コドモたちは東京タワーに遊びに行ってきました。ノマド撮影の写真2枚。

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3.11の地震で、ホントにサキッポが曲がってます。わお。イイのコレで?

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●しかし、さすが、コドモです。躊躇なく「カイダンでのぼるぜ!」と150メートルばかりをサクサクと登り切りました。オトナにはそんなコトできません。もちろんエレベーターです。あ、それと、残念ながらのっぽんに会うことができませんでした。


●ヒヨコ渾身の「アッチョンブリケ」。けっこうリアルです。

パパ、「アッチョンブリケ」の意味ってナニ?

パパ、「アッチョンブリケ」の意味ってナニ?
●と息子ノマドに聞かれる。…意味なんてナイコトバじゃないの?ノマド「オレの考えによると…「あそんでくれないのね!」のアカちゃん語だと思うんだ!」。おお!それは新説だな!斬新なアプローチだな。「アソンデクレナイノネ」「アチョンデクレンノネ」「アッチョンブリケ」。確かに似ている。説得力のある意見だと思う。




●音楽誌「SNOOZER」休刊だって…。



ああ、iPad2 が欲しい!そして、2010年代の「さすらい」の音楽。

GORILLAZ「THE FALL」

GORILLAZ「THE FALL」2011年
●去年に発表した前作「PLASTIC BEACH」からほぼ間を置かずにリリースされた新譜。ペース早ッ!いつもアルバムリリースは数年おきなのに今回の新作は制作ペースが早過ぎる。なぜか。このアルバムは、全米ツアーの合間、DAMON ALBERN がホテルの滞在時間やライブまでの空き時間に iPad だけを使って制作した音源集だというのだ。へー、iPad ってこんなコトまで出来るのかい?宅録を通り越して、端末一つだけでココまでの音楽制作ができるなんて。ビックリします。確かに ITMS では「THE FALL」の売場で様々な音楽アプリも一緒に並べて売ってます。ほとんどが数百円でゲットできるし無料アプリもある。
●ツアー中の即席感覚で制作されたと言われても、コレが旅の記録だということが認知できるのは、曲名にアメリカの地名がついてる部分だけです。内容は実に密室的な暗く狭い世界。いかにも GORILLAZ テイストな、ペタペタの疑似ヒップホップビートが実にファットで、が故に実にプライベートで内向的な世界が展開してます。うーん。iPad に向かって1人夢中でペコペコ作業しとったら、周囲からは大分気持ち悪い存在になるでしょう。
●それでも、メランコリックな DAMON のボーカルは旅の哀愁を十分滲み出してるし、一曲でゲスト出演してる BOBBY WOMACK のボーカル&ギターは、10年代なブルージーさが実に「さすらい」の気分を醸してしてる。

●そんなコトもあって、この連休に発売された iPad2 がボクにはメッチャ気になるのです。
●デンキ屋さん行って値段とか使い心地とかチェックしちゃった。マジ買おうかなーと悩んでる。実は4月からのお付き合いの新しい女性ボスが、見事に iPad を使いこなしてるのがイチバンの影響でして。ボスは2人のお子さんがいるママなのでカイシャにいる時間が短い。でも iPad を駆使して夜中だろうが休みだろうが次々とメールで指示を繰り出してくる。ボクも遠慮なく報告確認をメールで発信できる…むしろデンワ連絡はタイヘン…一度デンワをしたら「ちょっと○○ちゃん少し静かにして!ゴメンゴメン、で、なんの話だっけ?」子育て中にデンワは恐縮、簡単な確認でもメールの方がイイんだ。子育て女性がオフィスに縛られずに仕事ができるツールとして、iPad はこんなに有力な存在になってるのね。
●だた一方で。休みも夜中もメールが飛んでくるということは、ボクもリアルタイムにソレをキャッチアップしないとヤバいということ。反応が遅れるとヤヤコしいコトになる。それと、会議のメモも全部 iPad に記録してるので、ボスはボールペンの一本も持ってない。紙資料も極力持たない。会議資料は「コレ預かっておいて。ワタシすぐなくすから」。どうしても書き込みが必要な時は「ちょっとボールペン貸して」。しかも貸したら返ってこない。徹底してるってこういうコトか。


GORILLAZ「THE FALL」のペタペタビートから、80年代ブラック/ダンスミュージックへ。
●ファンク、ユーロディスコ、ジャズフュージョンからユーロビート、ヒップホップへの旅。

LISA LISA  CULT JAM「LISA LISA  CULT JAM WITH FULL FORCE」

LISA LISA & CULT JAM「LISA LISA & CULT JAM WITH FULL FORCE」1985年
「ジョジョの奇妙な冒険」第二部には、リサリサという名前の女性波紋戦士が登場する。初期ジョジョは登場人物の名前のほとんどがロックバンドに由来してるので、リサリサはこのバンドのプエルトリカン女性ボーカル LISA "LISA LISA" VELES から名前を拝借したにちがいない。LISA LISA & CULT JAM はそんな彼女とドラム&ベース奏者の三人組で構成されてるディスコバンド。ボクにとって注目なのは、タイトルにも見事クレジットされてる通り、ヒップホップ最初期のプロデュースチーム FULL FORCE とのコラボアルバムであること。
FULL FORCE はオールドスクール期の名曲 U.T.F.O.「ROXANNE, ROXANNE」をプロデュースしたチーム。まー歴史的存在ですが今の耳にはどれだけホットに届くかは微妙です。ただ、このタイミングで LISA LISA & CULT JAM を聴いてみると、機材の発達が全然追いついてないチャチなスカスカビートが、なにげに GORRILAZ「THE FALL」 iPad 製ビート感覚に近くて感心する。あながち DAMON のヒップホップ感覚はオールドスクール感覚とズレテないかも、と思える。

MIAMI SOUND MACHINE「EYES OF INNOCENCE」

MIAMI SOUND MACHINE「EYES OF INNOCENCE」1984年
LISA LISA がプエルトリカンなら、このグループからその後独立するシンガー GLORIA ESTEFAN はキューバ移民であります。これはダンナ EMILIO ESTEFAN JR. がリーダーを務めるバンド MIAMI SOUND MACHINE 名義でリリースされた彼女のファーストアルバムです。芯となるビートのズンドコ感覚は FULL FORCE と似てますが、キューバ由来なのかリズムの多彩な装飾はもっとカラフルで愉快です。圧倒的にダサイけどこの匂いがクセになります。A面最後のトラック「ORANGE EXPRESS」が一番トロピカル風味の強いサンバビートなんだけど、作曲が S.WATANABE という人物。これってサダオ・ワタナベ? 自信ないけど確かに渡辺貞夫っぽいな…。今日はこのまま80年代のディスコ/ダンスミュージックをたくさん紹介しちゃいます。

IRENE CARA「WHAT A FEELIN」

IRENE CARA「WHAT A FEELIN'」1983年
安室奈美恵によるサンプル使い(つーかカバー?)で近年思わぬ再評価を得た映画「フラッシュダンス」主題歌を含むアルバム。映画そのものには出てないけど、この IRENE CARA さんも子役上がりの女優さんでありました。裏ジャケを見ると美人さんだというコトがよりキチンと判ります。プエルトリコ系とキューバ系の両親から生まれたブルックリン育ち。「BREAKDANCE」なんて曲も収録されててオールドスクールでブレイキン!なヒップホップ感覚を味わえるかと思いきや、実はそんな物件ではありません。実はむしろ白い。ピコピコテクノポップにまで踏み込んでます。
●こちらのプロデューサーはイタリア人 GEORGIO MORODER。アメリカ物とは趣が違うミュンヘンディスコ~ユーロディスコというタームの中でシンセビートを駆使したピコピコサウンドがバカ受け。ニューウェーブなダンスミュージックで世界中の支持を集めたオトコでございます。DONNA SUMMER フェロモンモンシングルから、映画「トップガン」、実は松田聖子まで手掛けております。あくまで白くポップでございます。…黒人文化とは距離感があるヨーロッパ産のディスコサウンド、いわゆるユーロディスコには非常に広く深い世界があります。特にドイツのピコピコシンセが強調されたスタイルをミュンヘンディスコといいます。…が、人生にはまったく役立たない情報です。

「THE NEVER ENDING STORY - ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK」

「THE NEVER ENDING STORY - ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK」1984年
●コレ、とある80年代 R&B の中古 LP を買ったら、中身のレコードそのものが全然違ってて、代わりにこのサントラが入ってた、という物件。まーガッカリしました。でも今日は GEORGIO MORODER の話になりましたので、敢えてコレに針をオトします。このサントラのプロデューサーも MORODER なので。ああ、ジャケは本来こんなヤツなんだ…いやマジでレコードそのものしか持ってないから…アマゾンで検索して初めてジャケ見た…カッコ悪いな。しかし内容は1984年らしい見事なピコピコぶりです。映画の内容はスゴくファンタジーなのに、意外なほどピコピコだな。映画は大好きだったけど、小学生の頃の記憶だから曖昧になってるんだな。ミヒャエル・エンデの原作も読んだ。
●主題歌のボーカルを担当する LIMAHL というオトコはニューウェーブバンド KAJA GOO GOO のボーカルでした。仲違いして脱退、そんでコレのヒットで一発屋となります。日本では羽賀研二(ex.初代いいとも青年隊梅宮アンナとのゴシップあれこれ)がカバーしていたという事実もございます。聴きたい人は YOU YUBE を検索してください。

AL JARREAU「HIGH CRIME」

AL JARREAU「HIGH CRIME」1984年
●さて、ちょっとヨーロッパ白人センスのピコピコが強くなり過ぎたので、もうちょっと黒いヤツを同じ年代の物件から。70年代中盤から活動するジャズ系ボーカリストで、80年代はシックなブラックコンテンポラリー路線をやってる…って認識だったんですけど、ココでは意外なほどロックとフュージョンしてて、躍動感満載です。プロデューサーは JAY GRAYDON というオトコ。完璧主義で知られる STEELY DAN にギタリストとして抜擢された確かな腕の持ち主で、DAVID FOSTER などと共に80年代に活躍したフュージョン系の人。AL 本人のソフトで繊細なボーカルとトラックが相まって、80年代の洗練されたファンク感覚がとてもツヤツヤしています。

Stanley Clarke - (1983) The Clarke Duke Project 2 ( George Duke)

STANLEY CLARKE & GEORGE DUKE「THE CLARKE DUKE PROJECT 2」1983年
80年代ジャズフュージョン魂がもっと全開に炸裂してるヤツを。ベーシスト STANLEY CLARKE とキーボーディスト GEORGE DUKE の双頭ユニット2枚目のアルバム。二人は70年代から活躍してきた一流のセッションマン。STANLEYART BLAKEY、CHICK COREA、PHAROAH SANDERS、GIL EVANSSTAN GETZ などと、GEORGE CANNONBALL ADDERLEY FRANK ZAPPA などとコラボしてきたジャズ界の強者。そんな彼らがグイグイにドライブするベッキベキのファンキーベース&キラキラシンセと甘いボーカルで、スマートかつハードロッキンなフュージョンを鳴らしています。エレキギターがマッシブなソロやリフをブチカマす瞬間があるんですけど、実はソレはギターではなく、高音設定した「ピッコロベース」「テナーベース」なる STANLEY の得意技。スゲエ。

DARYL HALL  JOHN OATES「PRIVATE EYES」

DARYL HALL & JOHN OATES「PRIVATE EYES」1981年
●黒人音楽がロックに接近したり、フュージョンという名前でジャズ/ファンクがロックと融合する一方、80年代は白人も黒人音楽に必死に接近した時代でもあります。HALL & OATES のサウンドもボーカルも、前述のフュージョンものと全然違和感なくスムーズにつながって聴けるもんね。この流れの中で MICHAEL JACKSON とかがブレイクするんだもんね、黒人白人両方のヒーローとして。……しかし、今日紹介してる音源の中ではコレが一番ポップであることはマチガイない。とっても聴きやすい。ハードなフュージョンのアトには、このヘンのブルーアイドソウルくらいが実はちょうどイイ。
●なお、桑田圭祐の80年代ソロ曲「SHE'S A BIG TEASER」HALL & OATES の二人がコーラス参加しているとのことを、最近 FACEBOOK 経由で知った。この曲、本来はシングルB面のフル英詞曲で桑田キャリア全体からだとかなりマイナー曲ですが実はカッコいいんです。だからこのマメ知識はウレシかったです。

「GO GO CRANKIN - PAINT THE WHITE HOUSE BLACK」

VARIOUS ARTISTS「GO GO CRANKIN' - PAINT THE WHITE HOUSE BLACK」1985年
●さて、ワイルドなファンクに行きましょう。70年代に比較して、80年代ファンク~R&Bは基本的にスマートな洗練の方向に、白人趣味に寄添うような進化をします。しかし、そんな空気を敢えて読まずストロングスタイルの脂っこいファンクを突き詰めたムーブメントが極地的に発生しました。ソレが「ゴーゴー」。しかもアメリカの首都ワシントンで起こった現象。ワシントンは「チョコレートシティ」と呼ばれるほど、人口に占める黒人比率の高い街。この街の郊外~ゲットーエリアに密かに花咲いたシーンです。
●シーンの萌芽は70年代のはず。野太い四つ打ちドラムとベース、陽気なコンガ、野蛮なコール&レスポンス、永遠に止まらないジャムセッション的グルーヴ感。実際ライブでは演奏が始まったら最後までビートを止めないノンストップスタイルがゴーゴーのお行儀らしい。そんな連中だからレコーディングに向かないのが、このシーンが大きな広がりを持たなかった理由と勝手に推測します。
●このコンピに収録されているバンドは、SLIM、REDDS & THE BOYS、TROUBLE FUNK、CHUCK BROWN & THE SEARCHERS、E.U.、MASS EXTENSION。ちなみに、CHUCK BROWN こそがシーンのアニキ的存在。まさしくゴーゴー大統領。メジャーシーンでもその後活躍するのが TROUBLE FUNK E.U.「ホワイトハウスを黒く塗れ」とはナイスなコピーです。

STARS ON 45「STARS ON LONG PLAY」

STARS ON 45「STARS ON LONG PLAY」1981年
●本格派ファンクのアトに、もう一度パチクサいディスコを。ノンストップのアイディアが楽しいと思ったのはゴーゴーの専売特許ではない。ユーロディスコの連中だって同じコトは思いついたのです。オランダのユニットである、この STARS ON 45(または STARS ON、STARSOUND)はトップスターの音楽を数十秒単位に切り分け、メガミックスなメドレーにして、ダンスフロア仕様にアレンジする、実にアザトイ商法を考えました。まーアザトイはアザトイんですが、一つの味にはなっておりまして、パチモン独特のオモシロさがココに宿っております。
●キホン「45」と名乗ってるアタリ、45rpm な7インチEPのリリースが中心だったのですが、コレは彼らの初めてのLPアルバムでして、15分とノビノビと長い尺を使ってブッつないだのはビートルズ29曲。安っぽい四ツ打ちビートに埋め込められた名曲の数々は、長くて45秒、短いモノはたったの8秒に寸断されてます。他にも LIPPS INC.「FUNKY TOWN」のようなディスコヒッツから、「VIDEO KILLED THE RADIO STAR」のようなニューウェーブ、モータウンのヒット曲までカットアップ&ディスコ化してしまいます。むむむ。パチモンの味。確かに当時は結構なヒットとなりまして、彼らのレコードは鉄のカーテンを超えてソ連でもリリースされたとな。
●日本のボーカルグループ RAG FAIR は、自分たちのアルバムでこの STARS ON 45 へのオマージュのようなメガミックスを作ってました。ジェイポップ職人として手堅い実力を持ってた彼らはポップスの歴史にも造形が深かったのですね。惜しまれつつ解散しちゃったけど。

「AROUND 40 EUROBEAT」

VARIOUS ARTISTS「AROUND 40 EUROBEAT」1983~1990年
●さて、ユーロディスコまで行けば、ユーロビートまではもうすぐ?!ってのは少々暴論です…。チョイチョイそのヘンの事情をチェックしながら、この音源を聴いてみます。ノンストップつながりで80年代後半のユーロビートをメガミックスしたものを紹介。このコンピは現在アラフォーの「バブル世代」にマーケティング。KYLIE MINOGUE、MICHAEL FORTUNATI、DEAD OR ALIVE などを駆使して80年代末期のダンスフロアを再現してます。……ただね、一つ敢えてお断りさせていただくと、ボクも今年には38歳になる見事な「アラフォー」ですが、このテの音楽をリアルタイムで聴いてたことナイですよ!ディスコだって行ってませんもん。一応90年代クラブ世代ですから!
●さて、ライナーノーツを担当する松本みつぐ氏はこの道36年という大ベテランDJ。この人が端的に説明するディスコ史観は参考になります。ディスコが世界で初めて出来たのは1960年代後半のパリ(知らなかったパリ生まれなんだディスコって)。ココから70年代を通じてヨーロッパ、アメリカ、日本へと伝播し、1977年の映画「サタデーナイトフィーバー」でブームは全盛。しかし1979年を境にディスコは衰退を始めます。みつぐ氏の文章にはありませんが、アメリカではこの頃「反ディスコ運動(=ANTI DISCO BACKLASH)」まで起こって保守派を中心にすさまじい逆風が吹き荒れます。「ディスコ・デモリッション・ナイト」という奇妙な事件も起きます。ココでダンスカルチャーは地下化し、80年代以降はハウスミュージックを軸にしたクラブシーンが発生します。
●日本でも第二次オイルショックによる景気後退で一旦ディスコは後退するのですが、バブル経済が成長するに伴ってシーンは復活、その後「伝説」といわれる名店が84~86年にオープン。六本木マハラジャ、青山キング&クイーン、日比谷ラジオシティ、六本木Jトリップバー、その他地方都市を巻き込んで、世界情勢とは相反する日本独自のディスコ黄金期を迎えるのです。へー。日本だけなのね80年代後半にディスコが盛り上がってたのは!コレも知らなかった。
●そんな80年代のダンスフロアに投下されたのがユーロビート。イギリスのゲイシーンで注目を集めたハイエナジーというスタイル(例えば DEAD OR ALIVE「YOU SPIN ME AROUND」。彼らは確かに直球でゲイだよね。それと荻野目洋子「DANCING HERO」の原曲 ANGIE GOLD「EAT YOU UP」ハイエナジーの代表曲)が、いつしかユーロビートといわれるようになって、日本に移入されるようになったそうな。イギリスはもちろん、イタリアやドイツからもコレらの音楽は渡来。当地ではアンダーグラウンドになっていたモノが日本では大ヒットしたという構図だったみたい。なるほど!イタリアのユーロビートプロデューサーなんてこんなトコロでしか名前聞かないのは、日本でしか評価されなかったからだ。MICHAEL FORTUNATI もイタリア人と見せかけて活動拠点はベルギー、日本でしかヒットしてる形跡がない。
●そして1984年。STOCK/AITKIN/WATERMAN というプロデューサーチームが登場。既存のディスコを一新してユーロビートをメジャー化させました。彼らのプロダクション PWL から KYLIE MINOGUE、BANANARAMA、DONNA SUMMER、MEL & KIM、SINITTA「TOYBOY」などなどのヒットが繰り出されます。アンダーグラウンドだったヨーロッパのシーンをメジャーなポップスの最前線に送り込み、自分たちのダンスミュージックを一気に普及させたのです。コイツらはホンモノだ。でもそんな彼らも90年代に入ると急に失速。その後ユーロビートは日本だけのサブカルチャーになってしまうのです。
●加えて渋いのが、このコンピ、最後の曲がアン・ルイス「あゝ無情」になってる。1986年の曲。そういう時代だったのね。

AFRIKA BAMBAATAA  THE SOULSONIC FORCE「DONT STOP... PLANET ROCK」

AFRIKA BAMBAATAA & THE SOULSONIC FORCE「DON'T STOP... PLANET ROCK」1992年
●今日のおハナシのキッカケは、一応オールドスクールのヒップホップだったのです。そんでユーロディスコ~ユーロビートまで迂回して、再びオールドスクールヒップホップまで還ってきました。しかもヒップホップの超古典曲「PLANET ROCK」。原曲は1982年のリリース。ソレを1992年の段階でリミックスしたのがこの音源。もちろんオリジナルバージョンも収録。
●ご存知この曲はドイツのテクノユニット KRAFTWERT をザックリサンプルしてるので、その意味ではユーロディスコ感覚の影響下にあります。打ち込み駆動でファンクするエレクトロ。80年代のアンダーグラウンドでは、様々な外来遺伝子を組み合わせる特殊実験で新しいスタイルが模索されてた。その収穫がヒップホップだった、ってコトが判る。曲名とその音響から、この段階のヒップホップがすごくフューチャリスティック志向で、そこをヨーロッパのダンスミュージックにインスパイアされてたのはマチガイナイ。1992年のリミキサーもヨーロッパのハウスプロデューサーだったりしてるし。しかし、そんな状況においても、黒人由来のブラックネスは絶対漂泊されるコトがない、という事実も明らか。そんな前提を経て、ヒップホップは始まり、その後の時代を完全に支配する。
●むーん。80年代って、本当にイロイロなコトが起こってたのね。温故知新。



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