まゆゆの右腕

●最近は、娘ヒヨコ小学4年生と、アニメ「AKB0048」を見ております。でも放送第二回で突然判明した「まゆゆってサイボーグなの?」という設定に、ヒヨコがビビってます。いきなり右腕がロケットランチャーになりましたもんね。サイコガンか?ヒヨコ、まゆゆがサイボーグだと困るの?「…うーん、フランキーみたいのよりはマシだけど…」あ、「ワンピース」フランキーね…ヒヨコにとって近しいサイボーグってフランキーになるのね。

フランキー

「AKB0048」の公式HPを見ると、確かに襲名メンバーの肩書きが、渡辺麻友だけ「3型目」になってる。サイボーグでなくて、アンドロイド?
●個人的な見解では、10代目・大島優子はイマイチ似てない。5代目・高橋みなみは結構イイ感じなのに。


●それと、ETVで、「ふしぎの海のナディア」再放送してるよね。コッチは息子ノマド小学5年生と楽しんでる。
●ワイフと楽しんでいるのは、「GLEE」ね。


●先日GW連休に起こった竜巻の日は。
●ちょうど、自転車で娘ヒヨコ4年生と近所の図書館に行ってた時でありまして。
●ヒヨコが最近ハマってる「黒魔女さん」シリーズの第三巻「黒魔女さんが通る」が借りたいというので、それにお付合いしたのですね…ヒヨコはもう一冊「らくだい魔女」シリーズも借りとったな。なんだ、魔女に就職希望なのか?
●で、その帰り道。あの雷雨に直撃。雨宿りしようにも隠れる場所もない。パンツまでぐしょ濡れになって家に帰りました。ヒヨコは生まれて初めて体験するひょうにビックリ。ボクの自転車のカゴの中にガンガン飛び込んでくる氷の玉をつまんで手のひらに乗せてやったら「スゴーい!」と感動してた。
●後日、学校のスピーチの時間に、ヒヨコはこのひょうドシャ降り体験を披露したという。締めくくりは「グショヌレになるのは結構おもしろかったです!」だったそうな。

●今週の読書は、そこで借りた図書館の本。

杉浦日向子「入浴の女王」

杉浦日向子「入浴の女王」
●江戸時代の歴史考証家であり、その江戸風俗を生き生きと描いた女流マンガ家であった杉浦日向子さん。生粋の下町生まれアイデンティティと、江戸文化への深い知識と愛情ある眼差しは、実に洒脱で独特の美学に裏打ちされててカッコいい。そんな彼女の有名な趣味は、銭湯巡り。その銭湯ライフをその銭湯がある街の歴史や人間の様子まで織り交ぜて綴った連載エッセイがまとまった本がコチラ。「わが体には、毛穴の数だけ味蕾がある。即ち、わが全身が舌也。わが肌に触るるもの、甘酸塩苦辛の五味を、神妙快手、たちどころに判じてみましょう。湯こそ、全身で味わうスープである」
●差し込まれる杉浦さんの挿絵がこれまた味がありまして。エッセイの担当編集者は、ココでは「入浴の王女ポアール」と名付けられてて、毎度この挿絵に王女さま衣装で登場する。そのフンワリ笑顔が実に癒し系でカワイらしい。ホントにポワーンとした女性みたいね。
川上未映子のブログをまとめたエッセイ本を読んで、大阪弁ネイティブに加わった唯一無二の節回しにシビレまくったばかりだけど、この杉浦さんの江戸っ子チャキチャキネイティブと歴史的知識に裏打ちされた確固たる美学にも、同じような敬意を感じる。そして銭湯のお湯を評するための言葉が実に豊か。加えてお酒の描写も豊か。…下戸のボクがこのブログで文章を書く時に、実はイメージしていることが1つある。酒好きが利き酒をするように、ワイン通がテイスティングをするように、ボクは、一枚の音盤を味わいたい。こういう言葉で音楽を語ることができたら…。
●それと残念なのが、この粋人・杉浦日向子さんが2005年にガンで亡くなってしまったコト。46歳の若さ。


湊かなえ「少女」

湊かなえ「少女」
中島哲哉監督&松たか子主演で大ヒットした映画「告白」の原作者が、女子高生を主役に描いたミステリー。「告白」の破滅的なストーリーが衝撃的だったので、冒頭から遺書の内容が紹介されるこの物語もキツいバッドエンドが仕込まれてるのかとドキドキハラハラしながら読み進めると、意外なほどに「1つの夏休みに巻き起こるジュブナイル」な気分が後半モクモクと立ちのぼって、そのまま最後まで突っ走る感覚。楽しかったです。





MCA急逝で、BEASTIES を聴き過ぎたおかげで。
●久々に、ボクの耳は完全にヒップホップモードになって。


結果、今週は西海岸アンダーグラウンドを中心に聴いてます。

つーか、そもそも西海岸アンダーグラウンドって何だよ?
●アメリカ西海岸エリアのヒップホップといえば、ウエッサ〜イ!な気分のギャングスタラップ、Gファンク、ローライダー、チカーノラップといった、ワイルドなイメージが強い音楽がマジョリティですね。それこそ N.W.A. を始祖として、DR. DRE、SNOOP DOGG、故・2PAC といったビッグネームがおりまして、そこで編み出されたマナーがキチンと継承されてます。
かといって、ソレだけが西海岸のヒップホップではないわけで。90年代の東海岸マナーに沿ったアプローチのアーティストもいるわけで。そんな西海岸のマイノリティを、なんとなーく西海岸アンダーグラウンドと呼んだりする習わしがある気がします。2010年代の今となってはこの傾向にあるヒップホップは、西海岸に限らず全米においてマイナー路線でありまして、結果としてオルタナティブ・ヒップホップとも呼ばれたりもします。
●さて、行きましょう!


90年代オークランドのクルー HIEROGLYPHICS と DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN。

DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN「BOTH SIDES OF THE BRAIN」

DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN「BOTH SIDES OF THE BRAIN」2000年
●サンフランシスコ近郊ベイエリアの中心都市オークランドは、近年で言えばハイフィーと呼ばれるアゲアゲスタイルのヒップホップこそが名物でございます。しかし、かつて90年代前半においては、全く違った芸風のオーセンティックな音を鳴らすアーティスト集団(つまりヒップホップ業界でいうところのクルー、またはスクワッド、またはポッセ)がおりました。その名は、HIEROGLYPHICS
HIEROGLYPHICS には「93 'TIL INFINITY」1993年という隠れた名譜を放った SOULS OF MISCHIEF という 4MC のグループや CASUAL という名のラッパーが所属しており、ボクはリアルタイムでその活動をチェックしておりました。今思い返せば、その後ゴールデンエイジと呼ばれる1996年以前のヒップホップの美学を忠実に盛り込んだ音楽を作っているクルーだったと思います。DEL THA FUNKYHOMOSAPIEN という人はこのクルーの中核を担うラッパーで、やはり90年代初頭にアルバムをドロップ(そしてボクもソレを几帳面にチェック)してました。だけどその後ドラッグで完全に身を持ち崩し、消えちゃった…と思ってたんですけど。
●そんで10年以上時間を空けて、激安ワゴンでこのアルバムを発見しました。あれ?この人復活してたんだ!そんな懐かしさから購入するも、ほとんど聴かずにスルー…まー380円だったしね。しかし、去年くらいにある発見をしたのです。実はこの人、DAMON ALBARN の バーチャルバンド GORILLAZ のファーストアルバム「GORILLAZ」2001年で2曲客演しそのラップを披露してた。しかもシングル曲「CLINT EASTWOOD」「ROCK THE HOUSE」ですよ、結構重要な曲じゃんラップも効果的に鳴ってたよ!なんで DAMON ALBARN はこんな渋い人選をしたんだろ?その後の GORILLAZ では DE LA SOUL SNOOP DOGG に声をかけるんですよコイツと比べたらランクが違い過ぎるじゃん!ヨク見れば「GORILLAZ」の前年にこのアルバムはリリースされてる…というコトは、ズバリこの盤を聴いて DAMON は仕事を発注したという連想も出来る。これはちゃんと聴くべき価値がある!
●結果的に、現在ボクはこのアルバムのサウンドに病み付き。DEL 本人の制作による一見地味なトラックの鳴りは、打ち込み風スネアの少々ギコチナイ堅さに違和感を覚えるのだけれども、キックとベースの響きが実はファットで、地味に添えてるサンプルもよく聴けば結構丁寧で、聴けば聴くほど味が染み出て来る。その上で一番味が染み出るのが本人の達者なラップ。要素多めの手数がナニゲに見事ファンキーに着地してて、クルーの盟友ラッパー CASUAL とのマイクリレーもスゴく気持ちイイ。ぶっちゃけ、GORILLAZ のシングルよりも100倍くらい内容が濃い。語学の限界でボクはラップの意味が理解出来ないんだけど、ラップのファンクネスだけで快楽に到達してしまう。そんな感覚にハマれたお気に入りの一枚です。
●彼はメジャーとの契約があった90年代よりも、むしろ近年こそ勤勉に音源制作に取り組んでおり、2008年以降で5枚もアルバムを発表してる。しかもその内の1枚はニューヨークの超アングラ系レーベル DEFINITIVE JUX からリリース。その他は完全自主制作の激レア流通なので近作を聴くのは大変そうです。まさにアングラ。
●ちなみに、彼のクルーの名前、HIEROGLYPHICS って「ハイエログリフィックス」と発音するようですが、意味で言えば古代エジプトの文字ヒエログリフのことなのであります。


THE PHARCYDE の弟子筋、 THE WASCALS。

THE WASCALS「THE GREATEST HITS」

THE WASCALS「THE GREATEST HITS」1994年
●90年代西海岸のヒップホップ名盤として、THE PHARCYDE の1枚目「BIZARRE RIDE II THE PHARCYDE」1992年と2枚目「LABCABINCALIFORNIA」1995年は絶対に外せません。ワクワクするほどカラフルなサンプルを散りばめたトラックに4人MCの息も付かせぬマイクリレーがユーモラスに展開する「おもろラップ」風のファーストは特に印象深い。
●この THE WASCALS という連中も4人組MCで、THE PHARCYDE と同郷のロサンゼルス出身。「おもろラップ」路線としては、アホくさいルックス(ジャケ左側から二番目のヤツ、頭にツノが生えてる)とか、全員がトリッキーなヘン声ラップだったりと、THE PHARCYDE よりも踏み込んでる。単純に共有点が多いだけじゃない、ネットでコマメに調べると、THE PHARCYDE のメンバーが実際にプロデュースと客演を務めてるらしい。実際に、THE PHARCYDE と THE WASCALS は兄弟分のような間柄なのかも知れない。
ココに収録されてる音源が制作された1994年頃に、ボクはロサンゼルスで個人旅行してて、その場で彼らのシングルをゲットしたのを覚えてる。UCLA の近所のレコ屋にてシングル「CLASS CLOWN」のプロモ版CD(ラジオ局に配るようなヤツね)を1ドルでゲットした。タワーレコード「BOUNCE」の端っこで彼らの名前をチラ見してたコトと、CDに名門 DELICIOUS VINYL のロゴが記されてたコトが、クズの中からワザワザコレを購入した動機です…このお店では PATTI SMITH のLPをボクは一緒に買ってて、カワイいブロンド女性の店員さんに「PATTI はクールよね!」と言ってもらったのを思い出す…よく覚えてるでしょー!ボクは結構な分量のCDやレコードについてゲットした瞬間の様子をハッキリ記憶してるんですよもう20年近く前のコトでもね。
●結局、たいしたブレイクもせずに速やかにシーンから消え去った彼らは、当然アルバムも作るコトができなかったのですが、後年物好きな再発レーベルの人たちが DELICIOUS VINYL に残されたシングル音源などをかき集めて、この2枚組の「GREATEST HITS」をマトメてくれたのです。そのCDの存在を知ったのは去年頃。下北沢ディスクユニオンにて1800円で発見。ココで買わなきゃ今後一生 THE WASCALS に巡り遭う事はないだろうと思い、高額と思いながらの購入でした。
実際のところ、ボクはマジで「CLASS CLOWN」を名曲だと思ってまして。ヘンテコでチャーミングなサンプルコラージュとメンバー4人が声を揃えるキャッチーなサビのリフが愛おしい。4人がマイクリレーする様子もニギヤカで楽しいしね。タイトル通り、クラスの笑われキャラをテーマにしてるみたい。


ロサンゼルス、THE GOOD LIFE CAFE から出た音楽。

JURASSIC 5「FEEDBACK」

JURASSIC 5「FEEDBACK」2006年
●西海岸ヒップホップの巨大都市ロサンゼルスからまたまたご紹介。この連中が、西海岸アンダーグラウンドの代表選手として一番知名度が高いのが彼らじゃないでしょうか?2000年にメジャーデビューを果たした 4MC & 2DJ のグループ。木の切株にターンテーブルのアームを置いて年輪をヴァイナルの溝に喩えるような彼らのオーガニックなセンスは明らかに当時のロスにおいて異色、同時期にフィラデルフィアで盛り上がっていたニュークラシックソウルのムーブメントと共振しつつ、非商業的スタイルや辛辣な政治的メッセージを発信する姿勢で、周囲からオルタナティブヒップホップの筆頭格として注目されておりました。
そもそも彼らはどんな環境から登場したグループなのか?そこで注目すべきは、ロサンゼルスのサウスセントラル地区にあった健康食品センター THE GOOD LIFE CAFE という場所。ここでは、90年代はじめからオープンマイクのワークショップが行われたといいます。毎週木曜日の夜、ラップの腕試しとして素人さんがフリースタイル(つまり即興ラップ)に挑戦。見事観客を満足させれば栄誉!ダメならステージから下ろされる。そんな場所で知り合った志ある仲間たちが JURASSIC 5 に発展したのです。このグループのトラックメイカーであり音楽的支柱であった CUT CHEMIST はこの THE COOD LIFE CAFE に出入りしていた唯一の白人で、オタクっぽい野暮なルックスながらもファットなトラックを組み上げる超一流のセンスと独創的なミキシングテクニックで世に認められる事となります。
●しかしこのアルバムは、JURASSIC 5 の最末期の作品。グループ外活動で忙しくなった CUT CHEMIST が脱退(そしてボクは超ガッカリ)。もう1人の DJ NU-MARK が奮闘するもナカナカうまいことイッテナイ印象が否めない仕上がりで、結果としてこの翌年にグループは解散に至るのです。外部プロデューサーに SALAAM REMI SCOTT STORCH を起用しつつもなんだか中途半端…。人気ジャムバンド DAVE MATTHEWS BAND が加わった「WORK IT OUT」はちょっとだけ新味ですけど。


西海岸アンダーグラウンドの始祖的存在、FREESTYLE FELLOWSHIP。

FREESTYLE FELLOWSHIP「TO WHOM IT MAY CONCERN...」

FREESTYLE FELLOWSHIP「TO WHOM IT MAY CONCERN...」1991年
ニューヨークで発生したニュースクール運動にいち早く反応し、A TRIBE CALLED QUESTGANGSTARR などがアプローチを始めていたジャズヒップホップの手法を西海岸において速やかに取り入れた伝説的グループです。6人組で複数MCのマイクリレーが実にスマートで、ここぞのサビはミンナでユニゾン。クールなサンプルを豪華に組み上げるワザは東海岸の同路線アーティストと比べても全くヒケをとらない高水準。とくにこのファーストは名譜としてホマレ高い存在ですから、どうぞみなさんセッセと探して下さい。
サンプリングの使用許諾が大らかだったこの90年代前半が、ヒップホップの1つの臨界点だったのだとボクは思います。ジャズやファンクの膨大なレコードを自らのルーツに根差した文化資産として拡大再生産に存分に生かしたのがヒップホップカルチャーでありました。モチロンそこに許諾や使用料の支払いなどの感覚はなくって、無邪気なゲリラ心しかなくって、結果サンプルクレジットなんかもありません。だからこの作品にも、超名曲 THE DELFONICS「LA LA MEANS I LOVE YOU」のイントロや、帝王 MILES DAVIS の大代表作「SO WHAT」の雑な高速回転を、インタールードのBGMに使っちゃうというような、今となってはゼータク過ぎる運用が出てきます。しかし、この後90年代ヒップホップが大衆文化の中で存在感を持つようになると、サンプリングの使用料金が高騰し、資本力のないアーティストたちは思うような音作りが出来なくなりました。現在では、この全てが大らかだった時代、具体的には1996年以前のヒップホップを、ゴールデンエイジ(GOLDEN AGE OF HIP HOP)と呼んだりします。そんでこの黄金時代の至宝が、まさしくこの一枚です。
●結果、彼らがロサンゼルスの後進に与えた影響は大きなものになりました。THE PHARCYDE の4MC編成や、HIEROGLYPHICS のトラック美学も、この先輩グループの影響下にあります。JURASSIC 5 はより直接的な関係があったかもしれません。この FREESTYLE FELLOWSHIP THE GOOD LIFE CAFE のオープンマイクの出身者なのです。グループ名は伊達ではありません。彼らはマジでフリースタイルの達人集団なのです。

FREESTYLE FELLOWSHIP「INNERCITY GRIOTS」

FREESTYLE FELLOWSHIP「INNERCITY GRIOTS」1993年
●ボク個人がこのグループの存在を知ったのは、この1993年の頃です。イギリスで大きなムーブメントになっていたアシッドジャズのシーンの中で、新感覚のジャズを紹介していたシリーズコンピ「THE REBIRTH OF COOL」の第一弾に彼らの楽曲が収録されていたのです。このアルバムに収録されている「INNER CITY BOUNDARY」という曲。ジャズのスウィンギーなグルーヴに優雅なスキャット風のラップが絡む傑作です。個性溢れる4人のMCが、ジャズプレイヤーがアドリブを交換するようにそれぞれのフロウを披露するのは本当にクール。ちなみに「THE REBIRTH OF COOL」は日本の UNITED FUTURE ORGANIZATION やフランスのラッパー MC SOLAAR の音楽までも収録しており、世界同時多発的なジャズへの関心の高まりを素晴らしいセンスでプレゼンテーションしてくれています。結果ボクはその当時は FREESTYLE FELLOWSHIP をヨーロッパ系のアーティストと勘違いしてしまい、アメリカの、しかも SNOOP DOGG 登場と同時代のロサンゼルスの人間だったとオドロキとともに知るのはかなり後のことになりました。
●しかもしかも、このアルバムはそんなジャジーアプローチのトラックだけに価値がある訳ではありません。今の感覚でボクが注目しているのは、むしろオールドスクール/ミドルスクールの感覚をタップリ吸い込んだファンクネスあふれる疾走ビートが実にファットでカッコいいのです。早めのBPMに気持ちよくノせられて、太いベースとキックに揺さぶられて、個性的なマイクリレーとユニゾンのサビの応酬に煽られていく楽しさ。ヒップホップの快楽が満載であります。

ACEYALONE「ALL BALLS DONT BOUNCE」

ACEYALONE「ALL BALLS DON'T BOUNCE」1995年
●これは、一昨年くらいに下北沢のシルバーアクセのお店にて、たったの50円で購入したCDです。さすが下北沢、本当にアナドレナイ。ドコにどんな音源が転がってるか分からない。油断もスキもアリャしない。ガレージセール風にダンボール箱に雑然と詰め込まれていたモノの中から発見しました。あ、そうだ、この時に前述の杉浦日向子のマンガ文庫も一緒に発見したんだっけ。
●この ACEYALONE(多分エイシーアローンと発音するんだと思う)という人物は FREESTYLE FELLOWSHIP のメインMCの一人で、コレは彼の最初のソロアルバム。1993年「INNER CITY GRIOTS」のリリースの後、このグループは一回活動休止に入ってしまうのです。その中で ACEYALONE は自分たちの古巣 THE GOOD LIFE CAFE にもう一度関心を振り向け、ココから出た才能をまとめてコンピアルバム「PROJECT BLOWED」を編集するに至ります。まだココには JURASSIC 5 のメンツは登場しませんが、コンピの一曲目のタイトルが「JURASSICK」、実に象徴的ですね。
●さてこのソロアルバムでは、コンピ「PROJECT BLOWED」で共闘した ABSTRUCT RUDE というラッパーと共に、実に渋い音楽世界を構成してます。ただ、流通はメジャーだけど音楽はホントにアンダーグラウンドで…。この地味さ加減に堪え切れず、たった50円でタタキ売ろうとした気持ちはワカラナくもナイかも…ゴミ箱に直行しなかっただけマシ。ジャジーとも言い切れない、ストイックなトラックに集中できるかが勝負であります。きっとリリックが理解できれば全然違うんだろうけどね。

FREESTYLE FELLOWSHIP「TEMPTATIONS」

FREESTYLE FELLOWSHIP「TEMPTATIONS」2001年
●数年の時間を空けて、やっと登場したサードアルバムであります。あまりに完成度が高いファースト&セカンドの印象と比べると、ソレを乗り越えるほどの仕上がりにはなっていないかも…。ストイックなトラックと込み入ったフロウ、でも時代が変わっちゃってるからね、効果的には響いていない…。


●まだいるんだよね…気になるグループは。

THA LIKS「X.O. EXPERIENCE」

THA LIKS「X.O. EXPERIENCE」2001年
●そもそもは THA ALKAHOLIKS という名前を名乗ってたロサンゼルスの連中。アルコール中毒ってわけだね。ただし彼らを西海岸アンダーグラウンドの仲間に入れてイイのか、ちょっとよくワカランです。1993年に最初のアルバムをドロップ。その段階では DR. DRE が開発したGファンクが全てを支配していた西海岸において特殊な音楽とポジションを確保していた模様。しかし彼らのクルー LIKWIT CREW の盟友 XZIBIT がギャングスタラップで大成功。そこに引きずられるカタチで、ラジオ受けするように名前を THA LIKS に変えたりとイロイロ小細工する結果に。だからこの段階においては、西海岸アンダーグラウンドじゃないかもなんですよ。
●かといって、そのサウンドにウエッサ〜イな気分はありません。00年代風の打ち込みスタイルですが、奇妙な粘りがトラックとフロウに混じってる…ちょっとした酩酊感?メジャー受けするために外部プロデューサーも組み込んでますが、個人的には THE NEPTUNES が手掛けたシングル「BEST U CAN」が好み。この曲だけが浮き立つように作風が違うってほど、典型的な THE NEPTUNES スタイル。それと、意味なく JIMI HENDRIX コスプレをしてるこのジャケも好み。


●西海岸アンダーグラウンドの前に、西海岸オールドスクールであります。

RAW FUSION「LIVE FROM THE STYLEETRON」

RAW FUSION「LIVE FROM THE STYLEETRON」1991年
●80年代末〜90年代初頭のオークランドには、もう一組重要なヒップホップグループがおりました。DIGITAL UNDERGROUND。ヒップホップというより70年代のファンクサウンドに深く深く感化されてた彼らは、自ら P-FUNK の後継者を名乗ったり、P-FUNK 風のヘタウママンガジャケを採用したり、P-FUNK 風の大所帯バンドを組織したりと、徹底した往年のファンクへのコダワリにハマっておりました。名曲「THE HUMPTY DANCE」を始め、確かに低音がグルーヴィなそのサウンドは実に楽しいモノがあるのです。グループのリーダー SHOCK G は奇妙なツケっ鼻とガウチョ眼鏡をつけるコスプレでなぜか HUMPTY HUMP という別人格に変貌するという「おもろラップ」の要素も持ち合わせておりました。
●さて、RAW FUSION。大所帯だった DIGITAL UNDERGROUND には別働隊とも言えるグループ内ユニットもありまして。その中でもよりストレートにヒップホップへアプローチする部門が、この RAW FUSION なのであります。DJ FUZEMONEY B の二人組。ミドルテンポで腰の据わったファンクネス溢れるトラックが、本体よりもしっかりヒップホップなのであります。あ、それと彼らの音楽は「おもろラップ」ではありません、結構ハードです。SHOCK GHUMPTY HUMP が二人そろって客演する場面も…両方とも同一人物ですけどね。
DIGITAL UNDERGROUND の掘り起こした多くの才能のうち、多分一番重要なのは、TUPAC SHAKUR でしょう。あの 2PAC はこのオモシロファンク集団からキャリアを起こしたのです。そんでこの RAW FUSION のアルバムにも、2PAC は1曲で客演しております。このアルバムも、彼のファーストソロ「2PACALYPSE NOW」もこの1991年に発表されます。ココが、ギャングスタラップ西海岸アンダーグラウンドの分かれ道だったのかもしれませんね。


ラップはありませんけど、マチガイなく西海岸アンダーグラウンドです。

DJ SHADOW「THE LESS YOU KNOW, THE BETTER」

DJ SHADOW「THE LESS YOU KNOW, THE BETTER」2011年
●もう皆さんご存知ですね、ターンテーブルの魔術師、伝説のヴァイナルコレクター、平気でヒップホップの様式を越境していく冒険的センス。93年にイギリスのレーベル MO'WAX でシングルデビューして以来、アブストラクトヒップホップという、抽象性の高い音楽の世界を切り拓いてきた男であります。ソレでいて、サンフランシスコ在住の白人クリエイターとして地元シーンに関与するようなコトは全くないようで、その意味でもシッカリとアンダーグラウンドです。サードアルバム「THE OUTSIDER」では地元ベイエリアのストリートサウンド、ハイフィーにチャレンジするんだけど、コラボしたローカルラッパーよりも知名度が圧倒的に低いコトを自嘲的に楽しんでたような気配がありました。
JURASSIC 5CUT CHEMIST とは、お互いのターンテーブルスキルと、お宝コレクションを見せつけ合うプロジェクト「BRAINFREEZE」「PRODUCT PLACEMENT」でコラボ。オカネで入手すればいくらの値がつくかワカランような激レア7インチのファンクレコードを、惜しげもなく力の限りスクラッチして、高密度なファンク空間を作り出す様子は、もはや神がかっております。激レア音源への偏愛は、とうとう高校のブラスバンドの音源収集という領域まで到達して、「SCHOOLHOUSE FUNK」というシリーズコンピも作ってます。高校生のブラスバンドなんだけど、確かにファンクなんだよなーコレもビビったなあ…。
●ということで、この人の冒険精神は、結果的に1つ1つの仕事が全然バラバラの方向性になるほどのモノなので、今回のアルバムも大分ヤラカしてます。つーか、これヒップホップじゃねーだろ、という内容が半分以上を占めています。高性能にモダンなロックじゃん!すげーギターが目立つんですけど!あれー女性ボーカルがマジで歌っちゃってるんですけど!サンプルのガサツいたトラックにヒップホップの片鱗は感じるけど、同じ比率で生ドラムも多用しているような気がするけど!実は正当な評価ができるまで、数年かかるような気がします。前回のハイフィーもボクにとってはそういう物件でした。
●日本盤で入手しましたので、ご丁寧にジャケがカタカナになってます。もちろん輸入盤ですと英語になってます。




●今日はさすがに、話題がセマ過ぎるだろうか?ダメだこりゃ。


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