●むー。体調が悪い。
●今週はお付合いが多かったので、ほぼ毎日終電帰りで飲み食いしてた。猛烈にクタビレタ。

六本木のギリシャ料理のお店では、なぜかずっとディズニーランドのBGM(「カリブの海賊」とか「カントリーベアジャンボリー」とか)がかかってた。あーハロウィンの気分のつもりかな?と思ってワケを尋ねたら、店員さん真顔で「ボクがディズニーランド好きなんで」。うわー…真っ白な内装とか珍しい名前の民族料理とかギリシャワインとか、世界観バッチリ作り込んでると見せかけて、ソコは大味なのね。ビックリしたわ。

渋谷・神山町あたりのカフェでもメシくったりしてた。趣味のよい本屋さんがあったなあ…「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」。でも今読んでる本があるので買い物はしなかった。代わりにヤングマガジンの最新号を買った。



●そんで週末は。
●息子ノマド5年生の中学進学を考えるために。
先週も今週も、学校見学に行ってるのだ。具体的には、文化祭を見学するのね。

●どっちも男子校。ボチボチ有名らしい。
●今のトコロ理系志望らしいノマドは、実に渋いコトに「物理部」とか「天文部」とか「理化学部」とか「生物部」とか「地学研究会」とかの展示ばかり見るんだよな…。で、白衣に身を包んだ小賢しいメガネ少年たちがアレコレと実験を実演してくれたり、奇妙な生き物や鉱物や模型を見せてくれたりする。自作の二足歩行ロボットまで現れた。
さすが有名私学、理科室が6つもあるんだよね。公立育ちのボクには想像がつかなかった私学のインフラの強さ。なるほど、お金はこういうトコロに使われてるのね。
●まー、結局のトコロ、見た目みんなアオビョウタンみたいなメガネくんばっかりの学校。ボクの印象としては「ふーん…この程度ならチョロいんじゃないの?ノマドが理科室カッコイイっていうならココでいいんじゃない?」すぐさまワイフが「バカ、ココ偏差値すっごく高いのよ!今のノマドに勝ち目なんてナイわ」

●「中学受験」って覚悟が必要だよね。
●ノマド自身も当然覚悟が必要だけど、親のボクとワイフがホントに覚悟してないとダメだなと。ボクら親が本気になってないと、コドモは本気になれないよな。コドモにハイプレッシャーをかけるんだから、ハイプレッシャーかけるだけの覚悟と、その根拠になるロジック構築をしないといけない。それが家族みんなでガンバルってことだよな。

しかし、結果としてボクは全然覚悟できてないんですよ。
●まーイメージわかないわ。お金のかかる中学校に行くメリットとか。その後の息子ノマドの人生に及ぼす影響とか。ワイフもピンとキてないと思うし。現場である中学校を肉眼でみればピンとクルかなーと思ってたんだけど、まだ実感がわかない。ノマドが白衣着て実験する様子だけがイメージついただけ。
●フツウの学校の姿を見られれば多分キチンとイメージできたと思うんだけど…実はボクらみたいな入学希望者の小学生&父母が死ぬほどワンサカ来てまして、ぶっちゃけその姿にヒク。教育熱心なお母様方が真剣にアレコレ見学しちゃう雰囲気が、ぶっちゃけイタ苦しい。うわこのテンションに合わせるのキツいわ…。この連中と同じ土俵に登ると思うと実にオックウ。ふう。どうしようかなー。

男子校の文化祭なのに、制服を来た女の子たちがちょいちょい来てるのよね。そんで、楽しそうに男の子たちと会話してる。あ、理系部活のメガネくんではなくて、スポーツ系の爽やか少年たちと女子は絡むのです…リア充。あの手の青春の一ページ、なんかとっても甘酸っぱいなあ。うらやましいなあ、アレやりたいなあ…と一瞬思っちゃった。ノマドがこの学校に通うコトになったら、一緒に声かけたりしたいなあー。無理か。

●ともかく、ノマドがちょっぴり楽しそうにしてたので、よかった、ということで。
●自分がドコに行くために勉強するのか、ちょっとでもイメージできればヨイ。偏差値的にはもうチョイちょうどイイトコロをパパとママが探すので、そしたらまた遊びに行こう。




●学校に教えてもらうコトも大事だけど。
●親がキチンと教えないといけないコトもある。

夏休みの広島ツアー、そもそもはコドモに原爆ドームを見せたいという意図があったんです。
フクシマ以降の日本を生きる21世紀少年少女の我が子ノマドヒヨコに、放射能と共に生きるってどんなことかをイメージさせたいと思った。日本にとって原子力の悲劇は今初めて起こったことではない、人類の歴史に深く刻み込まれた大きなキズをそもそもから背負っている国だということを、刷り込んでおきたいと思った。

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「原爆ドーム」。
●この建物の南東160メートル、高さ600メートルで、原子爆弾リトルボーイは爆発したのでした。爆心中央は10000℃、直下の地表は4000〜3000℃の熱線に襲われ、ドーム部分の金属は一瞬にして溶解、内部にいた人たちは一瞬にして亡くなりました。
●1996年に世界遺産に指定されたこの建物。厳島神社のある宮島を出発して、川を遡って平和記念公園のドームの目の前まで直行する「世界遺産航路」というフェリーのコースがあります。今回の旅行ではコレを利用。川面から見上げるドームを撮影しました。
●キレイに整えた芝生の中にはまだ瓦礫をそのままに散らばらせているトコロもあって。監視センサーで柵の中は立ち入り禁止。その建物の中には、ノラ猫の母子がヒッソリ佇んでました。とても静かで、さぞかし子育てがしやすいことだろう。


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「原爆の子の像」
●2歳で被曝し、12歳で原爆症のため亡くなった、佐々木貞子さんと、原爆で亡くなった子供たちを弔う塔。平和記念資料館で、ボクは初めて禎子さんの顔写真を見た…ごく普通の女の子…ノマドやヒヨコのクラスにいても不思議じゃない。彼女が急性白血病を発症して亡くなるまで、たったの8か月。被爆時が2歳では、本人に原爆の記憶はナニもないだろう。なのに突然死神は忍び寄って一瞬で命を奪っていく。
当時折り紙は高価で入手が難しく、彼女は薬包紙で鶴を折っていた。薬包紙の鶴は本当に小さくて、1センチもないほどの大きさ。これも実物が平和記念資料館に展示してある。どんな気持ちで鶴を折ったのだろう。

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●現在では、その数は年間約1千万羽、重さにして約10トンにものぼる折り鶴が、世界中からココに届けられているそうだ。鶴を眺める息子ノマド。


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原爆死没者慰霊碑に手を合わせて。
●そして、平和記念資料館を見学。
●ココこそ内容が一番ショッキング。核兵器の恐ろしさをこれでもかと伝える場所。コドモたちには、被爆者の記録写真や遺品の数々を眺めることで、絶対感覚として核兵器や戦争の恐ろしさを知って欲しいと、ボクは思うのです。イデオロギーとか政治主張とか愛国心とか、全ての観念をスッ飛ばして「根本の恐怖」でモノを理解するコト。思想や信条で身構えが出来ていないコドモだからこそ、ダイレクトに感じるモノがある。つまりは、意図的にトラウマをブチ込むコトでもあるんだけど。
●長男ノマド10歳は、途中で具合が悪くなってベンチに座り込みました。「ギブ…もう薄目でも見てられない」。娘ヒヨコは「うわコワイ!」と小声でつぶやきながらボクにペットリしがみついてました。顔が焼き潰れてしまった女性の写真。被爆者から剥げ落ちた親指のツメや頭髪の束。皮膚から削ぎ落としたケロイド。もうチョイ大人になって正視できるようになったら自分でまたココに来るとよいよ。
●ボクが改めて気づいたのは、ココに展示されている遺品が皆、3歳から15歳程度の子供たちのモノであること。ズタボロになった衣服、真っ黒に焼け焦げた弁当箱、三輪車…。これらの持ち主だった子供たちはみな原爆で亡くなってしまった。ココにある展示物は、子供を失った親御さんが、敢えて寄贈した大切な遺品なのだ。自分の辛い記憶を、消してしまいたいほどの辛い記憶を、敢えて人類の歴史資料として供出する。その気持ちを思うと、今自分のコドモをココに連れてきているボクは強く胸を締め付けられる。



そもそも、ボクの中で広島ツアー構想は去年の段階から計画されていたのでした。
●東日本大震災を受けてのあの薄暗い節電の夏。ボクはコドモを広島に連れて行こうとワイフに提案していたのでした。しかし、このプランにワイフが激しく反対した。あの原発事故がどうなるか全然ワカラナイ段階では、コドモたちに混乱と恐怖しか植え付けないだろうと。確かに納得。広島ツアーは、未来に絶望するために行くワケではないのだ。イイもワルイもなく、日本人として放射能と共に生きていく、ということを覚悟するために行くのである。そのために時期を見るのは悪いことではない…。だから一年間ズラしてこの旅行は企画されたのだ。

そんで一年が経って。
去年からナニが変わったか?原発事故が完全に収束したか?避難生活を送る人たちは故郷に帰ることができたのか?エネルギー問題に新しい指針はできたのか?実はナニも変わってない。根拠不明で原発が再稼働し、毎週金曜日はデモの日になった。
オトナとしてボクはコドモたちに責任を持った将来を全く提示できない。結果として、実はこの広島ツアーは、コドモたちへのムチャブリにしかならない。今を生きるオトナとして、21世紀を生きるコドモたちに今言えることは「オマエタチの暮らす国は今も昔もトコトン放射能ヅケだが、その問題をパパたちは完全に持て余しててどーすることもできない。悪いけどオマエタチでなんとかしてくれ」。ただこれだけ。実に不甲斐ない。しょーもない。しょーもなさすぎて、涙が出てくる。

●きっと、かつて大戦争をおっ始めてドデカイバクダンを2発も放り込まれた当事者たちも、こんなデタラメなムチャブリを自分の子孫に投げる愚かさに泣いたに違いない。そして子孫が自分と同じ愚行を繰り返さないようにと願ったに違いない。……でも、やらかしてしまったよ、ボクらの世代は…。責任をとりようがないドデカイ失敗をしてしまったよ。
●コドモたちにナニを教えるツアーじゃない、これはボクが自分の世代が犯した罪を認識するツアーだったんだな、と現場を訪れて深く痛み知る、のでありました。



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●広島名物、あなご丼を食べる息子ノマドと、揚げもみじまんじゅうを食べる娘ヒヨコ。
●このコドモたちが、いつまでもノビノビ暮らせると、うれしい。


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