●Eテレで、「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」サードシーズンが始まった。

「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」サードシーズン

(番組サイトはコチラ:http://www.nhk.or.jp/schola/index.html

●今回は「映画音楽」というテーマから始まったぞ。岩井俊二監督がゲストに入って豪華に見えるけど、毎回一回しかしゃべらない。スゴくもったいない気がする。どっちにしろ全部録画してみるけどね。
●最近 NHK を観る頻度がどんどん上がってる。大河「平清盛」は結局コンプリートしてしまった。この前の「NHKスペシャル」ダイオウイカのドキュメントもスゴかった。もちろん大好きな「glee」NHK

終了時間未定のダラダラ生放送「おやすみ日本」もよかった。連動データ放送に「眠いいね」ボタンが登場して、視聴者から一定数の「眠いいね」が集まらない限り番組が終わらないという仕組み。ボタンを押すと「眠いいね!」って声がなるのだけど、時々、市原悦子さんの声で収録した「眠いいね」が出てくる。心憎い演出!

「おやすみ日本」もよかった。連動データ放送に「眠いいね」ボタン





●ゲーム「JUST DANCE Wii」にコドモたちがハマる。

「JUST DANCE Wii」

●いわゆるダンスゲームです。あのヌンチャクコントローラーを握って、お手本通りのダンスを踊るのです。たくさんのヒット曲が用意されてて、大勢で踊れるのです。AKB48「ヘビーローテーション」から、EXILE「CHOO CHOO TRAIN」、KARA「ミスター」、氣志團「ONE NIGHT CARNIVAL」なんてジェイポップに始まり、BONEY M.「RASPUTIN」、DONNA SUMMER「HOT STUFF」みたいなディスコクラシックまで収録されてます。
●で、コドモたちが一番楽しんでる曲があって。「ケンタッキーのうた!」ナニソレ?当然彼らのリアルタイム楽曲ではありません。意味もわからず「ケンタッキー」の曲と呼んでるだけ。ケンタッキー?ちょっと聴かせて。そしたらこの曲だった。

MC HAMMER「PLEASE HAMMER DONT HURTEM」

MC HAMMER「PLEASE HAMMER DON'T HURT'EM」1990年
●世界で1000万枚をセールスした MC HAMMER の一大ヒット曲「U CAN'T TOUCH THIS」だった!「CAN'T TOUCH THIS」=「ケンタッキー」と空耳したわけだ!ケンタッキーじゃないのよ、この人が歌ってるのよ。ノマドヒヨコ、このジャケみて「えー!なんかイメージちがう!」彼らはマジでカーネルサンダーズのような恰幅のイイおっさんがこのウタを歌ってると考えてたらしい。まさか小柄でメガネの黒人さんだとは。いやいや、この人、だいぶガンバってダンスするよ。YOUTUBE でチェックしてみるか。MC HAMMER の大袈裟なサルエルパンツとカニ歩きみたいなヨコ移動ステップをみてコドモは大ウケ爆笑。
●で、久しぶりにこのアルバムをボクも聴いてみた。このタイミングで聴くとなんか衝撃的。1990年当時は「これが新しい流行の、ヒップホップでございます」と受け止められて、テレビの「ダンス甲子園」とかで全国のティーンがコレで踊ってたはずなんだけど(ボクはリアルタイムで当時高校生だったし、マジで踊ってる友人もいた)、今の感覚だと全然ヒップホップじゃないんだわコレが。コレをヒップホップって呼ぶのは無理!もっと全然別のモノ!長い間の錯覚から目が覚めたような気分!
単純に「ヒップホップの駄作」とコキ下ろしたいのではないのです。仕上がった音楽でいえば、もっと素朴に80年代エレクトロファンクの流れを直球に受け止めてる感じがする。PRINCE「WHEN DOVES CRY」をガッツリサンプルしてる「PRAY」という曲なんて、ラップらしいラップなんてあんまやってない。むしろ乱暴なほどに単純化したシンセベースとシャカシャカしたドラムマシーンのザックリとした使い方が、あまりにワイルドでビビる。「U CAN'T TOUCH THIS」だって RICK JAMES「SUPER FREAK」のザックリサンプル。PRINCE RICK JAMES が代表する80年代エレクトロファンクは、ある意味で70年代ファンクから優雅な贅肉を削ぎ落として(バンドの人員もリストラして)サウンドをシンプルに研ぎすましていく傾向があったとボクは考えてる。MC HAMMER はヒップホップが編み出したのサンプリングという手法を用いてコレをより先鋭化し、強調したいリズム/グルーヴ部分だけ後付けで過剰ブーストしている。この強引さが畸形的にすら聴こえてメチャ刺激的だった。JACKSON 5「DANCING MACHINE」を翻案した彼の「DANCING MACHINE」もメチャワイルド。そんでヒップホップと関係ない。フツウにディスコで作用するエレクトロファンク。
●もちろん、当時流行のニュージャックスウィングとは共振共鳴関係にあったと思う。彼自身が NEW EDITION BOBBY BROWN、JANET JACKSON などの音楽に共感していると言ってるから。でも、ニュージャックスウィングはヒップホップの影響下にあってもヒップホップじゃないもんね。だからボクは、MC HAMMER はラッパーとして貧弱、とか、ヒップホップとして失格、という批判をするのはもうマト外れ、コレは別のブラックミュージックです、と解釈した方がイイと考えます。


●同時代のヒップホップ、そしてゴールデンエイジのヒップホップを聴いてみる。

サウンドトラック「COLORS」

サウンドトラック「COLORS」1988年
●1988年に公開されたデニス・ホッパー監督「カラーズ〜天使の消えた街」のサントラであります。天使の街=ロサンゼルスのゲットーを舞台に、クリップス vs ブラッズのギャング抗争とそんなギャングスタ社会と向き合う若い警官の姿を描いた映画。ボクはほぼリアルタイムでこの映画を見てたんですけど当時中学生だったのでソコではよく理解できず、この映画がロスのタフな現実を正確に描写しようとしてたコトに思い至ったのは成人して以降のコトでした。で、この段階において既にギャング抗争のサウンドトラックをストリート感溢れるヒップホップで彩ろうと考えたのは、かなり耳の早い感覚だったのでは、と思うのであります。
●ただ一点だけ惜しいのは、今やヒップホップ巨大都市であるロサンゼルスを舞台にしているのに、サントラに参加している西海岸アクトはちょっぴりだけで、基本はニューヨーク/東海岸のアクトばかりで構成されてるコトです。でもソレはしょうがない、あの西海岸ギャングスタラップの元祖的存在 N.W.A. がファーストアルバムをリリースするのがこの映画の公開年である1988年ですから。この時期、西海岸ヒップホップはまだ全くの黎明期だったのです。結果、西海岸勢は一曲目に映画の表題曲「COLORS」ICE-T が担当するに留まります。ICE-T はホントにクリップスの一員だったオトコで、そのストリートハスリングな経験を生かしたラップで注目を集めた瞬間に、この映画と巡り会う。その後、ギャングスタラップの中心人物に成り上がるのに、この仕事は大きなチャンスになったようです。
●一方、東海岸アクトで重要な活躍をしているのが、プロデューサー MARLEY MARL。彼は JUICE CREW という集団を率いて当時のニューヨークのヒップホップを牽引していたオトコ。80年代前半からヒップホップの世界に参入、オールドスクール〜ミドルスクールと呼ばれる時代のサウンドスタイルに巨大な影響を及ぼす。少々ホコリっぽいサンプル使いと手堅いループ感覚、そして絶妙なファンクネス。彼のサウンドが結果的にその後の東海岸ヒップホップのスタンダードを形成したといってもいいのでは、とボクは思ってます。そんな彼の傘下から、MC SHAN、ROXANNE SHANTE、KOOL G. RAP & DJ POLO、そして BIG DADDY KANE がアルバムに参戦。まさにこの時代の名手ばかり!他には ERIC B. & RAKIM、SALT'N PEPA なども参加。このヘンも重要なアーティストですわ。

ICE CUBE「AMEIKKKAS MOST WANTED」

ICE CUBE「AMEIKKKA'S MOST WANTED」1990年
ICE-T ならぬ、ICE CUBE の登場です。このオトコ、前述 N.W.A. の中核メンバー。ギャングスタの恐るべき日常を描いて議論を巻き起こしたこの伝説のグループにおいて、リリック面の頭脳を担いました。でも傑作「STRAIGHT OUTTA COMPTON」をリリースした後、金銭問題でグループ脱退。そんでこのファーストソロアルバムをドロップします。
●ここでオモシロいのが、このソロ作で彼が手を組んだ相手が THE BOMB SQUAD というプロデューサーチームだったコト。彼らは、1987年にアルバムデビュー、過激なアンチ人種主義的主張で世間をビビらせた PUBRIC ENEMY のサウンド面を担う部隊でありました。つまり ICE CUBEロサンゼルスを抜け出して一気にニューヨークのトップチームと組むコトとなったのです。映画「カラーズ」と同じように、西海岸と東海岸の交感がココにもありました。
THE BOMB SQUAD 〜 PUBRIC ENEMY の音楽は、ヒップホップの古典扱いとなりながらも実はとても唯一無二のユニークさを備えています。ファンクのサンプルを駆使しながらも、密度が高くかつスピードが速い、実に饒舌なトラック。ブラックミュージックの延長にありながらも、ロックを聴く白人リスナーの心も掴む扇情的なビートでありました。このトラックを乗りこなすには、ラッパーもかなり扇情的でタフな強さを持つ必要があります。PIBRIC ENEMY のフロントマン CHUCK D も、ICE CUBE 自身も確かにこのタイプのタフガイ。結果、スリリングなアルバムが完成するのです。
●この80年代中盤の同時期には、RUN-DMC、LL COOL J、BEASTIE BOYS も登場。ユダヤ系でパンク上がりのオトコ RICK RUBIN がプロデューサーとして彼らの音楽に参画、ロックの要素もふんだんに取り込んだサウンドを打ち出して、PUBRIC ENEMY とともにヒップホップのリスナー層を広げていきます。ディスコファンクを受け継ぐパーティミュージックだった初期ヒップホップ、つまりオールドスクールを第二段階へと進化させたこの時代の音楽を、世間はミドルスクールと呼びます。

K-SOLO「TELL THE WORLD MY NAME」

K-SOLO「TELL THE WORLD MY NAME」1990年
ミドルスクール期の重要ヒーローに EPMD というデュオがいます。トラックメイカー ERIC SEAMON とラッパー PARRISH SMITH の二人組。重量級ファンクを真っ黒に塗り込めたループトラックを組む、実に熱いヤツら。その直弟子筋にいるのがこの男、K-SOLOPARRISH SMITH A.K.A. PMD のクルー HIT SQUAD に所属した一番弟子。EPMD 直系のファンク濃度激高トラック&聴き飽きる事のナイループの上に、高密度高圧力のラップを配置していく達者なライミングに舌を巻く。安易なサビやキャッチーなリフレインを避けて、あくまでストイックにファンクの圧力を高めていく姿勢が、聴く者に対しても逃げを許さない覚悟を要求する。まさしくミドルスクールの傑作、黒い宝珠のような存在。コイツは入手に手こずったし、少々玄人向けかも。
EPMD が分裂した結果、ERIC SERMON のクルー DEF SQUAD に世間の注目が偏り、HIT SQUAD 所属の K-SOLO は冷や飯を食うハメに。このアルバムに続くセカンドをリリースした後、活動は徐々にしりすぼみになってしまいました。DEF SQUAD から登場する後輩ラッパー KEITH MARREY REDMAN に食われてしまった感がある…。

MANTRONIX「IN FULL CIRCLE」

MANTRONIX「IN FULL EFFECT」1988年
●こちらは、むしろオールドスクールの生き残り、はたまた、パラレルワールド的な「もしかしたらあり得たかもしれない」進化の道筋、を思わせる音源。
MANTRORIX は、シリア/ジャマイカ系カナダ人のトラックメーカー KURTIS MANTRONIK を中心としたユニットで、1984年頃にヒップホップの首都ニューヨークで活動を始めてる。MANTRONIK坂本龍一「RIOT IN LAGOS」テクノポップで音楽に目覚めた男で、結果、音楽の中身は打ち込み主体のエレクトロファンクになってる。
テクノポップ由来という事実は、オールドスクール永遠の名曲 AFRIKA BANBAATAA「PLANET ROCK」 KRAFTWERK「TRANS-EUROPE EXPRESS」をサンプルしたという故事に符合する感覚だ。とはいえ「PLANET ROCK」は1982年の楽曲、この路線を1988年まで引っ張ってるのはサスガにやや時代感覚としては微妙だったのかも?なんとなく、この時期にはハウスミュージックやヒップホップといったDJミュージックがまだジャンル未分化だったことを証明している感じもある。89年以降、ある意味でカッチリ定型化するヒップホップのフォーマットからやや逸脱した感覚を残していて、このスタイルがそのまま一つの様式として独自進化したらオモシロかったかもとボクは思った。バンド不在ファンク。でも四ツ打ちが重たい。同時にハウスの軽妙な疾走感を持ち合わせ、質感にテクノポップの硬質さを残す。そんなオルタナティヴな進化の可能性。そんな妄想の音楽を感じさせる。

LUKE FEATURING 2 LIVE CREW「BANNED IN THE USA - THE LUKE LP」

LUKE FEARTURING 2 LIVE CREW「BANNED IN THE U.S.A - THE LUKE LP」1990年
●ヒップホップはニューヨーク発祥の音楽で、そこを起点に全米〜世界中に伝播してローカル色豊かな多様性を生み出した。ニューヨークの次に重要拠点になったのは前述のギャングスタラップで悪名を轟かせたロサンゼルス。だが一方で、マイアミもかなり早い段階でローカル色豊か過ぎるシーンを形成した。世に言う、マイアミベースだ。極端に強調された低域ベース音。ヒップホップ特有のタメを敢えて排除した、滑るように疾駆するドラムマシーン製の薄口リズム。そんで南国の楽天主義を反映してか、ラップの題材はシモネタばっかり。このユニーク過ぎる音楽は、MANTRONIX のようにすぐには淘汰される事なく、現行のベースミュージックの系譜の中で脈々とその遺伝子を存続させてる。
2 LIVE CREWマイアミベースの中心的ユニットで80年代中盤からローカルの人気者として活躍。強烈なシモネタで全国区の支持を集めるが、一方で強烈な反対派にバッシングを受けるハメに。結果、その鬱憤を発散させるために BRUCE STRINGSTEEN「BORN IN THE U.S.A.」のサビを丸パクして「BANNED IN THE U.S.A.」という替えウタを発表、「オレはアメリカで叩かれた!」と叫んだ。それがこのアルバム。自分たちを叩いたフロリダ州知事の名前を出して「ファック・マルティネス!」と叫ぶ曲なんかも収録してる。まあ、大分懲りない人たちということです。
●フロントマンの LUKE は得意のシモネタセンスを生かして、その後アダルト産業に参入。音楽活動とアダルト産業のドッチが本業だかワカラナクなってるほど儲かってるらしい。ご立派。

「HIP HOP FOREVER III COMPILED AND MIXED BY DJ JAZZY JEFF」

VARIOUS ARTISTS「HIP HOP FOREVER III COMPILED AND MIXED BY DJ JAZZY JEFF」2006年
●このミックスCDを仕立てた JAZZY JEFF は、DJ JAZZY JEFF & FRESH PRINCE の名前で80年代後半にヒット曲を飛ばしてた人物。「HE'S THE DJ, I'M THE RAPPER」のフレーズの中で、DJ を担当してました。そんでラッパーの方を担当してた FRESH PRINCE は一気にお茶の間の人気者になり、ハリウッドに進出し、映画をバリバリ当てて、超トップスターに登り詰めました…FRESH PRINCE の本名は皆さんご存知ですよね、WILL SMITH です。
●スター街道まっしぐらの相棒を尻目にこの男がナニをしてたかというと、故郷フィラデルフィアに帰って A TOUCH OF JAZZ というプロダクションチームを結成。90年代後半にフィラデルフィアを中心に盛り上がるニュークラシックソウル/オーガニックソウルのムーブメントの一躍を担うことになります。JILL SCOTT MUSIQ SOULCHILD などのキャリアに関わってるみたい。WILL SMITH とも友達関係は続いている模様。
●80年代〜90年代初頭には、ベタベタのヒット曲を仕掛けていた彼ですが、2006年に編んだこのコンピに選曲した楽曲はシリアスでストイックなミドルスクール〜ニュースクールの傑作ばかり。MARLEY MARL BIZ MARKIE、MASTA ACE INCORPORATED、ERIC B. & RAKIM といったミドル期の逸品から、GANGSTARR、A TRIBE CALLED QUEST、MOBB DEEP、BLACK SHEEP、MAIN SOURCE、BIG L といったニュースクールと呼ばれる後続世代、そしてさらにニュースクールの影響下にある西海岸アクト THE PHERCYDE、地元フィラデルフィアの盟友 SLUM VILLAGE、J DILLA などが優雅に繋がれ、ココに針のように正確なスクラッチが彩りを添えます。まさにこの世界はヒップホップのゴールデンエイジともいえる時期を網羅するもの。タマランです。

MAD KAP「LOOK MA DUKE, NO HANDS」

MAD KAP「LOOK MA DUKE, NO HANDS」1993年
●コレは義弟 KEN5 くんから頂いたモノ。実は由来不明でどんな連中だかよくワカラナイ。アマゾンだとちょいちょい高値で売れてるみたいだよ…KEN5 くん、こんなイイモノもらっちゃっていいのかな?
●音の感触で言うと、ミドルスクールというより、その後継世代ニュースクールに含まれるスタイル。コワモテで硬派な印象が強かったミドルのテンションをぐっと落ち着かせて、文系の虚弱さ加減とジャジーなテイストを折込む「フツウの人」の穏やかなヒップホップがニュースクール。ジャケにも写ってるけど、メンバーの一人がトランペットを吹いてトラックにツヤと彩りを添えている。どこかユーモラスなフロウもチャーミングで楽しい気持ちになれる。

CRAIG MACK「PROJECT FUNK DA WORLD」

CRAIG MACK「PROJECT: FUNK DA WORLD」1994年
●大分時代が下ってきた。1994年モノのこのアルバムは、SEAN PUFFY COMBS A.K.A. PUFF DADDY A.K.A. P. DIDDY が率いる BAD BOY RECORDS からのリリースだ。SEAN PUFFY COMBS の世代はニュースクールの時代もくぐり抜け、ヒップホップを巨大産業に発展させる世代だ。大ヒットを生み出すヒップホップソウルが開発され、東西抗争で流血の悲劇も起こり、そんなゴシップも全てビジネスに組み込んで業界を大きく膨らませた。
●ただ、そんな商売もまだ始まったばかり。ニュースクール風のジャジーなトラックに、ミドルスクール風のラフでゴロツイたラップが踊るこのアルバムは、そんな次世代への一歩手前にある状況。ボクはこの時期を個人的に「微妙スクール」と呼んでます。ラッパー CRAIG MACK はこのファーストアルバムでオールドスクール〜ミドルスクールの英雄たちに献辞を捧げている。BIZ MARKIE、RUN D.M.C.、WHODINI、SLICK RICK、KURTIS BLOW、GRANDMASTER FLASH AND THE FURIOUS FIVE、LL COOL J、KRS-ONE、RUSSEL SIMMONS、ERIC B. & RAKIM、EPMD…。メンタルは完全に古いヒップホップに軸があるのね。一方、トラックメイキングは EASY MO BEE がほとんどの曲を担当。この男は MILES DAVIS 生前最後のアルバム「DOO BOP」のプロデュースを手掛けた人物。がゆえにジャズ基調は確かなモノ。クールな音響に泥臭い CRAIG のラップが乗る違和感は、このアルバムの中毒性の軸になってます。

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