●さて。久しぶりにブログ更新します。

2月アタマのプロジェクトはなんとか無事終了。
●半年間かけて準備して、最後はもはや「祭り」ってくらいの混乱ぶりでピークを迎えて。いつのまにか実質上のプロジェクトリーダーになってて(最初はそんなつもりじゃなかったのになあ)、パートナー関連5社全ての調整に奔走しましたよ。今だに自分の仕事を客観化できてないけど、目の前に上がってきた数字は結構な成績だし、「社内報で大きく紹介するから明日までに原稿を」とか「メディアで紹介されるから公式サイトからリンクアウトしろ」とか「コンテンツ再利用のための権利処理はどうなってる?」とか各所からの問合せがナニゲに切れなくて、事後処理も結構メンドクサイ。

今回の仕事では facebook が大活躍した。
●なにしろ、プロジェクト全体の意思決定が数社の合議で決めなくちゃイケナイってのが今回のプロジェクトの最大のミソでして。これを週二回の会議でこなそうとしても全然はかどらない。会議自体も6時間とか平気でやるんですよ。でも案件が多いのと、各社のポリシーや仕事のスタイルが意外なほど違っててちっともペースが加速できない。
●そこで、facebook グループをたくさん作って、各課題の意見交換や議論、確認をオンラインで当事者全員24時間常に行えるようにした。エンジニアがソースコードの相談をしたり、各社の契約内容を調整したり、グラフィックやアートワークの確認をしたり。リアル会議の日程調整やオフィスへの入構手続きまで、全部ここで相談することに。むしろフツウのメールはほとんど使わなかったです。
●グループにパートナー側のスゴくエラい人が実は入ってたりしてるので、どうにもスタックして動かない案件を「私が引き取ります」とポツリカットインしてくれると、マジでホッとする。直メールをしづらいようなポストの人がグループでヤリトリを眺めててくれるのは助かった。メールよりもくだけた表現でヤリトリできるのもよかった。ワリと感情をアラワにしてコメントすると、みんながソレを汲んでくれるような雰囲気もアリ。
●ただ、誰がいつこの投稿を読んだか、メンバー全員にわかっちゃうのが、メンドクサイ。この相談を読んでるのに、なんでオマエ対応してないんだ?みたいなツッコミを受ける。しかもソレが24時間体制。別件で海外出張に行ってる人までが時差かまわずコメントしてくるのでチェックが怠れない。覚悟なくチェックして「既読」のアリバイが出来ちゃうのも困りもの。マジで一時期 facebook がコワかった。実は昨日もボクが問合せの投稿を読んでなかったため、「なぜアイツはリアクションを返して来ないんだ」というコメントがびっしり書き込まれてて焦った。確かに急ぎの案件だったのですよ、携帯にも8件着信があったし。でも昨日のボクは代休消化でお休みだったのですよん。

一方で、「ろうかとんび」のスタイルも大事だった。
「ろうかとんび」ってナンだよ?と最初は思った。これは今のボス(50歳代中盤)がボクらにやたら説く仕事のスタイル。彼は、アメリカ留学でMBAも取ってるし見た目もグッと若いんだけど、仕事の仕方がビックリするほどドメスティック。ボクら個々人の仕事の内容にはほとんど口を出さないしあまり関心もない模様(プロジェクトの内容も多分半分も知らなかったと思う)、そんで一日の大半を会社の中をウロウロしてエラい人と雑談して過ごしている。ぶっちゃけ違和感を感じた。いったいドッチを見て仕事しているんだと。ボクらは消費者の方を向いて仕事しないとイケナイのに、会社の中しか見てないのでは?ただ彼はこのスタイルを「ろうかとんび」と呼んで、会社の廊下を動き回ってキーパーソンと会って話すことに価値があると、億面なく主張するのだ。
●しかし、今回はボク自身がこの「ろうかとんび」に徹するコトで仕事をすすめる場面が多かった。プロジェクト遂行のために、全く別部門の先輩たちが持つコネクションから権利交渉をする場面があった。失敗すれば、別部門にも迷惑がかかる。彼らにしてみればリスクはあれど自分のメリットにはならない仕事、百害あって一利なし。もうコレはコチラの誠意を見せるべくひたすらその別部門に日参して、アレコレ説明をつくしたり、分からないコトを根掘り葉掘り聞きまくって、交渉が成功するよう必死に作業した。毎日その部長のデスクをボクが訪ねるので「あー、今日は部長16時戻りだよー」と他の先輩が気を使ってくれるくらいまでになった。別のセクションの同僚にメールを送っても全然リアクションがないなーと思ってデスクを訪ねると、毎日 OUTLOOK に未読メールが140件くらい貯まってるのがわかった…彼は同時並行で10のプロジェクトのメンバーに加わってるのだ。そこで隣のデスクの女性の連絡先をもらって、その同僚がデスクに戻ったら連絡をもらえるようにした…平気でそれが23時くらいになるんだけど。デモ機の挙動とかキモのアートワークは、全部肉眼でチェックしてもらって、一個一個確認を対面で刈り取った。キモイところはとにかく会って話す方が早いと考えた。それが朝9時であろうと夜中0時であろうと。
●今回のプロジェクトが終わって、ボスと二人でメシを食う場面があった。この人が日々ナニをしているのかが、その時わかった。結局プロジェクトのデティールは最後まであまり分かってなかったボスだけど、この人は日々ボクが社内でアレコレ動いている周辺部署の幹部に会って、ボクの仕事ぶりや評判を聞いて回ったり、フォローをしてまわってたのだ。というか全ての部下が日々の業務で向き合っているセクションやグループ会社の幹部に会ってまわって、仕事が円滑に進んでいるか確認してたのだ。さらにはボクの健康状態が気になって、診療所のセンセイのトコロまで訪ねていったという。そんなことしてたんですか!?実際、現在のクリエイティブに自分がツイテいけないのは、この人シッカリ自覚しているようでして、個々人の若いプレイヤーにアレコレ干渉しない、その代わり、プレイヤーの仕事が高く評価されるように、ひたすら社内プロモーションするのが自分の使命と考えているらしい。なにしろボクらのチームはまだ一年しか経たない新設部署、いぶかしげに思う人もいれば、やっかむ人もいる。チームを守るためにも必要な行為だ。ああ管理職ってこんなこと気にするんだーと感心した。一方で、管理職にはなりたくないもんだーとも思った。



●で、久しぶりの休日。

「会田誠展 - 天才でごめんなさい」

「会田誠展 - 天才でごめんなさい」@森美術館
●11月から開催されてたこの展覧会、2月に入ってやっと行くことができた。22時までオープンしてるのもウレシかった。美術館ってことクローズが早いからね。
会田誠を知ったのは「巨大フジ隊員vsキングギドラ」の頃だから…1993年なのか!意外と付き合いが古い!当時ボクは大学生で、日本のポップアート(と当初は捉えてたけど、結果的にもっと突っ込んで「オタクアート」と呼ばれるようになったっけ)がザワザワしはじめる時代だったと記憶してる。村上隆「DOBくん」で登場したり、小沢剛「地蔵アート」「なすび画廊」で登場したり。1999年の「日本ゼロ年展」@水戸芸術館にこの世代の作家が勢揃いしたのを、特急券買ってワイフと見に行ったのも覚えてる。大竹伸朗とかヤノベケンジとか。
●画集は買って読んでてもホンモノに触れるのは久しぶりというか、その後生まれた傑作には初対面。ホログラムフィルムを素材に用いた「切腹女子高生」の過剰なグリッター感は、今まで見てた印刷物じゃ伝わらないパワフルさがあったし、「滝の絵」(フライヤーに使われてるスク水少女の群像)もデティールを見れば見るほどあきれるほどのバカバカしい描き込みがあって笑える。ご丁寧に厚ぼったいカーテンで隠された「18禁コーナー」もあって、「巨大フジ隊員」「食用人造少女美味ちゃん」シリーズ、「犬」シリーズがソコに収められてた。会田ファンとしてはクラシックの位置づけにあるこの作品たちを、今さら「18禁」扱いってのも不思議だが、「ワリと直球にサディスティックな少女偏愛嗜好」という、ナカナカに一般市民社会じゃ鼻ツマミなモチーフに躊躇なく手を突っ込むクソ度胸は、マチガイなく芸術家・会田誠のスリリングな魅力の一面であって、そこを強調しようという演出なら十分納得ができる。
「戦争画RETURNS」シリーズと呼ばれる、これまた「過剰過ぎるナショナリズムやワザと捻った第二次大戦史観の微妙な感情」にズボリ手を突っ込むスリリングな作品群も一同に会してて圧巻だった。日の丸とかチマチョゴリとかゼロ戦とか、血液で描かれた「天皇陛下万歳」の文字とか。そんで画集では伝わらなかったデティールにも感服。原爆ドームとパルテノン神殿を同時に描いた荘厳な作品「題知らず(戦争画RETURNS)」は画面が幾何学的なモノグラムのパターンで覆われてて特殊なクールさを備えてるんだけど、よく見たらそれはビニール製の安っぽい昭和風テーブルクロスの模様でしかなくて「すげーチープな素材!」とシビレたり。そもそも立派な屛風画のような重厚な趣きを持つ「戦争画RETURNS」シリーズ、裏側を見れば全部ボロボロ粗大ゴミ級のキタナいふすまや障子の枠をムリヤリ使っててビックリ。傑作「紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)」も、ゼロ戦の空襲で燃え上がるニューヨーク市街の下地にわざわざ日本経済新聞が使われてるのを実物で発見。あのゼロ戦が攻撃しているのは、ニューヨークだけじゃなくて高度資本主義経済全般だったのね。悪趣味満載のクソマンガ「ミュータント花子」も全ページ展示。独自の戦争史観とヤケクソのエロ表現でドロドロの怪作も今回のイベントで復刻されたという…ボクは10年くらい前に購入してましたけど。いやいや見どころ満載。
●今回のために用意された新作2点。「ジャンブル・オブ・100フラワーズ」は一流の美少女妄想オブセッションが華麗に花開く大作。まだ未完成とはいえ、まばゆいキラキラ感は本当にパワフル。そして「電信柱、カラス」。震災と津波に襲われた街のグレーな空を切り取ったシリアスさが、ツーンとした緊張を背中に感じさせる。苦笑失笑爆笑のブラックユーモアにニヤニヤするこの展示の中で異色を放つ存在だった。

シャンブルオブ100フラワーズ切腹女子高生

「ジャンブル・オブ・100フラワーズ」部分 2013年/「切腹女子高生」2002年

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「題知らず(戦争画RETURNS)」1996年

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