●今まで新橋界隈で10年も仕事してたのに。
土曜の昼間の駅前SL広場には、こんな風景があったなんて知らなかった。

ストリート将棋

ストリート将棋。…デカイ。1メートル四方はあるよね。
●おじちゃんたち、気合い入ってるわ。


●まーそんな景色を眺めつつ、今週の土日は、2日とも休日出勤でワリと疲れたのでした。
●スキマをぬって、タイ式マッサージにも行ったしね。

バンコクマッサージ屋

「バンコクマッサージ屋」。このお店もナンダカンダで10年くらい通ってるかも。
●現在は、SL広場に面したヤマダ電機の裏手、雑居ビルの6階にあるお店。一階は立ち飲みバルが入ってる。ラーメン屋の博多天神が近所で、通りの対面に新橋書店という小さな本屋さんがある。
●かつては、烏森神社の近所、飲み屋さん街のど真ん中にあった…コキタナいお店に囲まれた小さな建物。あの頃のボクは、過激な深夜労働ばっかりでクタクタのボロボロだった。で、その疲れを癒したいと思って真夜中の新橋を徘徊する中で、このお店を見つけた。タイ式はナゼか朝まで営業しているお店が多いのだ。つーかほとんど24時間営業みたいなカッコだった。コレはボクには都合がよかった。仕事の合間、朝でも昼でも夜中でも、電話をかけて訪ねたもんだ。
●ところが、このお店は震災以後に移転してボクはしばらく見失ってしまった。なんと新橋ツタヤ方面のワンルームマンションに引っ越していたのだ。検索で見つけ出して訪ねてみると「震災でね、前のお店が不安になるほど壊れちゃって。カベに大きなひび割れがいくつも出来てて。聞いたらもう築60年以上という木造物件で、余震が来たら持ち堪えられないかもってハナシ」うわーそんな事情が!新橋ってそんな建物がイッパイあるんだろうな…特に烏森神社の周辺とか。アブネえ街だ。
●そんで、この1年ほどは、さらに引越をしてこの新橋の中心部に戻ってきた。お店の面積は前よりも広い。スタッフの女性はほとんど入れ替わってる気配だけどね。ボクのカラダは変わらずポンコツだ。モモからオシリにかけての筋肉がイタい。そして背中が背筋がイタい。カラダがバラバラになりそうだ。


BJORK の来日公演、抽選にハズレタ…。二回目のエントリー、キチンとしたけどどうなるかな。



くたびれきってて、ロウファイ気分。

VARIOUS ARTISTS「HEY DRAG CITY」

VARIOUS ARTISTS「HEY DRAG CITY」1994年
90年代ロウファイだわ。DRAG CITY はアメリカ・シカゴのインディレーベル。1990年創立。クタクタのロウファイフォークを次々と紹介していたレーベルだわ。THE PALACE BROTHERS のヘロヘロ脱力フォークから始まり、ボクが人生において一番大好きなロックバンド PAVEMENT のザラザラなギターポップ、その PAVEMENT のシンガー STEVE MALKMUS の関連ユニット SILVER JEWS の宅録フォーク、その他、GASTR DEL SOL、ROYAL TRUX、THE RED KRAYOLA、SMOG などなどといった一筋縄でいかない、でも箸にも棒にもかからない粗末な音源がダラダラ流れる。
ああ、ボクは90年代育ち。この90年代に立ち現れたロウファイというムーブメント、その美学、ボクはこれに完全に汚染されてシマッタ。ロウファイに出会わなかったら、人生もっとマシな生き方ができたかも。ホントにそう感じる。ロウファイとはいかなる音楽か?アンチ商業主義の清貧美学が極北まで行きついたら、なぜかアンチクライマックス、アンチロマンティック、低予算低品質低規模低未来低希望の、ヨタヨタな音楽ができてしまった。根性がメソメソしててヒネクレきってる。自尊心が持てないダメ人間だったボクは、このシーンが描くこの全面降伏負け犬根性に心底共鳴してしまい、ソレ以後の人生においても深い深いコンプレックスを抱きっ放しになってる。じゃなきゃ精神安定剤のオセワになんかならないわい。

THE CRABS「JACKPOT」

THE CRABS「JACKPOT」1995年
●こちらもロウファイの代表格レーベル、ワシントン州オリンピアの K からリリースされた音源。男女のボーカルがほのぼのと響く素朴なロウファイフォーク/ギターポップ。まー特別な価値なんてたいしてナイ内容なんだけど、かつて90年代においてはこんな K みたいなレーベルがドコドコと日本のレーベルから邦盤として発売されてたんですわ。バブル崩壊はレコード業界にはジワリ遅れて影響したってのは、今から見れば確かに事実。じゃなきゃこんな音源がわざわざ日本に渡来することはなかったわけで。

DUB NALCOTIC SOUND SYSTEM「BOOT PARTY」

DUB NALCOTIC SOUND SYSTEM「BOOT PARTY」1996年
K の総帥である CALVIN JOHNSON のバンド。基本の足腰の部分ではロウファイなんだけど、なぜかヒップホップやダブの雰囲気が溶け込んだ、絶妙なポップさとキャッチーさがある音楽。K は初期の BECK のアルバムもリリースしたりしてて(ズバリ「LOSER」前後の時代)、ロウファイでありながらダンサブルな気分も備えてるのでありました。この時期、ヒップホップの台頭を受けて多くの白人アーティストがそのグルーヴを自分たちの音楽に潜り込ませました…例えば、BECK。そして G.LOVE & THE SPECIAL SAUCE、CAKE、SOUL COUGHING、FUN LOVIN' CRIMINALS…挙げればキリがない。そんでコイツラ。この時代、様々なロックとヒップホップの融合にはアプローチがあったけど、このバンド略してダブナルコが飛び抜けてユニークだったことはマチガイナイ。
●ちなみに、CALVIN JOHNSON には HALO BENDERS、BEAT HAPPENING などなどの関連ユニットがある。全部 K からリリースされてるけど。


●アイドル1枚。

9NINE「COLORFUL」

9NINE「COLORFUL」2013年
「なにが起こっても絶対ダイジョウブだから〜!」今年で40歳になるのに、ハタチにもならない女の子たちにイヤホン経由でデカイ声出されてる…。なさけないトホホ。より一層気が滅入った。
●ボクはただカップリングの「少女トラベラー」という曲を、話題のトラックメイカー tufubeats がリミックスしてるようだったので聴いてみたいと思っただけなのに。で、そっちは、ワリとフツウだった。ガッカリ。


●口直しに。

POLARIS「POLARIS」

POLARIS「POLARIS」2001年
●すごく手っ取り早くいうと、この時代にいくつか登場した FISHMANS フォロワー。渋谷系気分とオシャレなダブ加減がね。でもしょうがない、彼らは正統派だ、だってベーシスト柏原譲は FISHMANS のメンバーだったオトコだもん。1999年に FISHMANS のフロントマン佐藤伸治が急死。そこからの喪が明けていく時期に、それぞれのメンバーが別の動きを見せ始めた、そんな時の1枚。このバンドの最初のシングル。10分強のダブポップがゆったりと駆動する。シンプルなようで豊穣なグルーヴと透明感。
●でも、ボクは最後に小品のような存在感で収録されてる KING CRIMSON「I TALK TO THE WIND」カバーが好きで。地味で、でも静かで。

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