●今日は、ちょっと抽象的なコトを考えてみようと思う。
●メンドクサイ上に「ナニを今さら」な内容でもあり、あまり読んでもらう価値もない気がする。だから、スルーしてもらった方がいいかもしれない。
●ただ、ボク個人的には十数年モヤモヤと考え続けていたコトであって、一度そのモヤモヤにカタチを与えてみようと思うのだ。ちょっとしたケジメのような意味だ。


テーマは、「物語」とはなんだろう?ということ。
●そしてその「物語」が紡がれる時、紡がれる場、はどこだ?ということ。
●具体的には、テレビというメディアは「物語」を紡ぎ得るか?ということ。


はて?ナゼ、テレビのコトを今さら語るのか?
インターネットとソーシャルメディアの発達により、テレビは相対的に影響力を大きく下げているメディアだ。テレビに対する強烈な批判は数年前からあらゆる角度からなされ、年々そのトーンは苛烈になっている。まあ、コレは周知の事実だ。もはや当たり前なコトだ。
●そこに、まず前提を設定したい。これはボク自身の職業、職業意識や職業倫理に関わる問題なのだ。

●十年続けたこのブログの中、これまで全く言及してこなかったが、問題のフォーカスをハッキリさせるために敢えてボクの立場を示しておきます。ボクの職業は「テレビ」。テレビ番組を制作し、放送し、利潤を得るビジネスに十数年従事している。テレビ業界の内側にいる当事者として、テレビを囲む問題を捉えてみる。それが今日の試み。テレビを囲む厳しい状況に対して、当事者であるボクらの周囲には当然のように激しい危機感があり、この先の世界の行く先を必死に考えている。
●さらに個人的なコトを言えば、ボクは十数年前の学生の頃から「テレビはいつか滅びる」と感じていた。この恐竜のようなメディアが滅びた時、その後に残る世界はどんなものだろう?そこまでは想像できていなかったけれども。
結果として、テレビは「物語」を語る資格を失ったのか?「物語」を語る能力を失ったのか?できるだけ当事者の感覚で書き表してみようと思う。


テレビとネット/ソーシャルを巡る関係を、ココでは敢えて世代間ギャップと結びつけて考えてみる。
●今年のメガヒットドラマ「半沢直樹」にインスパイアされつつ。
バブル世代=テレビ、ロスジェネ世代=ネット/ソーシャル。だいぶ野蛮で危険な単純化と思っているけれども、そこはボク自身の個人史に関連する部分でもあるので。その図式を念頭に置いてください。


個人史。ボクが、テレビ業界に入ったのは90年代後半。
阪神大震災とオウム真理教事件がブレイクした1995年はバブル経済崩壊が日本社会全体に決定的な暗いトーンを落した時期。「就職氷河期」という言葉が登場し、それまで圧倒的な売り手市場だった学生の就職活動が180度反転して、地獄の就活行軍が強いられる時代になった場面だった。大学のクラスメイト3分の1が就職浪人をして院へ進学したり留年を選んだりした。つまり、ボクはバブル世代ではない。ロスジェネだ。ロスジェネ第一世代と言っていいと思う。二つの世代のちょうど断面に位置している。

●さらに個人的な事。そんな苦労をして入った業界なのだけど、ボク自身はテレビが好きじゃない。
●むしろ全く興味がなかった。学生時代は「テレビを見てるヤツはダメなヤツ、オモシロいヤツは外で遊んでるヤツ」と思っていた。ボクの第一志望は、このブログの内容からもわかるように、音楽業界だった。レコード会社だけじゃない。ラジオ局の研究もしてたし、イベント制作会社も射程距離に置いていた。音楽の権利管理を担う音楽出版社まで問い合わせをしていた。しかし縁とは不思議なモノで、志望業界は全てスベってなぜかテレビだけが残ってしまった。音楽業界はバブル崩壊で求人数を大幅に絞っており業界全体でフツウの新卒採用をしていたのはエイベックスとソニーだけ。むしろテレビの方が求人を絞っていなかったのだ。
●テレビがキライなのに就職面接で何の話をしたのか?結局のところボクはその後番組制作部門に配属されるのだか、実は就活段階で番組制作希望などとはヒトコトも言ってない。だってテレビ見てないから希望もクソもない。どんな番組作ってるのかも知らないのだから。一方で、ボクはテレビ局がこのころ副業のように始めていたイベント事業や映画事業のコトばかり話していた。放送と他メディアとの恊働が今後のテレビ局の活路です、そんなことを生意気にもしゃべっていたのだ。実際、ボクは学生時代の大半を音楽イベントの企画制作に費やしていて、借金作ったり悪いバブルオトナにダマされて100万円の請求書を突きつけられたりしていた。イベントだけってのはホントリスキーで、テレビ局が放送を使ってプロモーションした方が100倍無難だ、というのは実感をもって語る事ができた。知合いのツテを頼って会ったラジオ局や地方のテレビ局の人からは、広告収入に関連してイベント事業が重要だという話も聞いていた。媒体力が小さいメディアはイベントで付加価値をつけて広告売上をあげるのだ。このヘンのネタはオトナにとっても説得力があったようで、こうしてボクはテレビ業界という違和感タップリの場所に潜り込むことになる。

「テレビ」への不信と、90年代中盤の流行語「マルチメディア」。
●根本の部分で、テレビを好きになれない自分を抱きしめたままボクは業界の中で働き始める。テレビ制作の現場はキツくて古くさい徒弟制度の因習がみっちり染み込んでいる。その職人集団カーストの最下層民としてボロボロの奴隷労働に従事した。いわゆるAD=アシスタントディレクターというヤツだ。果てしない長時間労働と猛烈なパワハラ。たぶんボク自身が最後の世代で今は完全になくなったが、当時の現場は体罰アリ。「四大出てその程度のアタマか!バカヤロウ!」と怒鳴られながらメガネが歪むまで殴られた。「ブラック企業」という言葉が当時あったら見事にソレに当てはまったと思う。そんな中でも忘れてはイケナイと確信していたコトがあった。「テレビは、いつか滅びる。しかもワリと早く滅びる。ボクらの世代はその瞬間を目撃するだろう」
●そんな発想の根拠になったのはこの言葉だ。「マルチメディア」…もはや誰もが忘れてしまった流行語だ。今の若い人は最初から知らないだろう。ただこの言葉に象徴された90年代の技術革新は、現在のメディア状況を準備する萌芽となった。まず第一に、90年代は衛星放送開始の時代だ。1989年、NHKがBS衛星放送開始。1991年、WOWOW開局。1996年、パーフェクTV!(現在のスカパー!)開局などなど。ケーブルテレビの登場もこの時代。住友商事ジュピターテレコムというベンチャー事業を立ち上げたのが1995年。これが現在の「J:COM」に当たる。在京キー局寡占の地上波放送から、アメリカ型のニーズによって細分化された多チャンネル体制へ移行する気分が起こった。
●そしてインターネットの登場とPCの普及。秋葉原に徹夜の行列ができてニュースとなった「windows95」のリリースは文字通り1995年。ボクは最初からマック派で、やはり学生だった1995年ごろに POWERMAC 8500 を買ってた。ブラウザソフトは NETSCAPE 2.0。まだネット上にはコンテンツが少なくて(2ちゃんねるもまだなかった…)そんなに夢中にはならなかったが、これも時代の変化を感じさせた。
●こうした時代の雰囲気を当時は「マルチメディア」と読んでいた。実に楽観的な思想だった。インタラクティヴィティや多チャンネルソースを前提とした新型のコミュニケーションが、一般の生活をもっと便利にするだろうという前向きな議論だった。
●ただ、ボクは思っていた。「テレビは自分たちが編み出したコンテンツ制作のテクニックや収益構造に絶大なる自信を持っているが、それは新技術によって覆される」。正直、それがどんな形で到来するかは全くわからなかったが、コレだけはアタマからぬぐい去れないほどの確信としてボクに突き刺さっていた。もっと感覚的に表現しよう。「ボク自身がもともとテレビが好きじゃないし、全然オモシロいと思っていない。もっとオモシロいモノが登場すれば世間はすぐにソッチへスライドする」「バブル世代の先輩たちは調子に乗っているが、こんなウマいことが長く続くはずがない。早晩ダメになるから贅沢に慣れてはイケナイ」。いつかこの恐竜は滅びる。いつかこの巨艦は沈む。そしてソレは遠い未来ではなく、ボクはそれを自分の目で目撃するだろう。それはそれでワリと一興ではないか。ざまあみろ。奴隷労働とそのルサンチマンの中でそんなコトを考えていた。

そして2000年代。インターネットの時代が本格的に到来した。2004年にアメーバブログ mixi がサービス開始。ソーシャルメディアの登場。ボクがこのブログを始めたのはその一年前の2003年。最初は自分で html を書いてホームページを作っていた。ボクがこのブログを始めた強い動機は「名もなき一個人が情報を発信するとはどんなことなのか?」という問いに対して体感で答えを感じ取ろうということだった。テレビという巨大マスメディアの中で膨大な情報流通に関わりながら、パーソナルなメディアで個人的な発信をする。結果的にこの二つの行為を、別人格に切り分けてボクは運営しており(片方は実名、片方は匿名として)、コレを往復する習慣を身につけた。ちなみに2005年には、ホリエモン vs. フジテレビ、楽天 vs. TBS の企業買収騒動があった。二つのメディアの邂逅は、敵対的な激突から始まった。
●しかし、2010年代に入り、テレビとネット/ソーシャルは非常に接近している。これは視聴者/ユーザーレベルではまだ気付かれない小さな動きなのかもしれないけど、様々なカタチで2つのメディアはお互いを研究しており、実際に効果的なシナジーを狙ったコンテンツ制作も積極的に推進している。そして今ボク自身は、個人的信条の部分でも職業上の任務に置いても、2つのメディアを相乗効果的に用いる方法を推進する立場にある。
●90年代から現在までに起こったメディアの地殻変動を、ボクの個人史に当てはめて要約してみた。これがバックグラウンド、舞台装置だ。



そして、2013年の現在。評論家・宇野常寛の「親殺し」的テレビ批判。
●つい先日、慶応大学が出している「三田批評」(2013年6月号)という雑誌で「テレビ六〇年とこれから」という特集を読んだ。日本のテレビ放送が始まったのが今からちょうど60年前の1953年。それを記念した番組や特集は最近ジワリ目立っている。ココで、現役のテレビ局員(民放とNHK)と気鋭の批評家・宇野常寛が対談をしていた。これが非常に耳のイタい内容だった。
世代を整理しておこう。2人の現役テレビマンはバリバリのバブル世代だった。2人とも1989年(平成元年)入社/現在46歳。日本テレビ・三枝氏はバラエティ/ドラマ/情報番組の制作を手掛けて現在はテレビ局の中でデジタル系クリエイティブに携わる人物。日本テレビが視聴率の王者として君臨した90年代に活躍。NHK・倉又氏は、報道局という立場でありながら90年代からインタラクティブ番組やデジタル系の情報を扱う番組を制作してきた人物。二人は同い年でバリバリのバブル世代だ。ココに宇野常寛氏が関わる。彼はボクよりも若い1978年生まれ。つまり100%のロスジェネ。2008年に発表した評論書「ゼロ年代の想像力」には大きな感銘を受けた。AKB48からアニメ、特撮、ドラマ、ゲームを横断して世界を切り取る、文字通り00年代の論客だ。

●その宇野氏が対談のしょっぱなから飛ばす。「テレビは、斜陽でしょ」
●もうメッタ切り。もうテレビに世の中の意見を集約・形成する力はない。それは震災とその後の報道でハッキリしてしまった。ソーシャルの中で巻き起こる時代の気分をテレビは全く無視している。テレビが見せる日本社会は、宇野氏が抱く現実感とはまるで違っている。「サザエさん」「クレヨンしんちゃん」のような家族が今の日本にどれだけいるのか?バラエティは紋切り型で味気ない。彼が批評の対象とするドラマやアニメは全部網羅してチェックしているが全部が録画/タイムシフト視聴。民放が基幹収益源とするリアルタイム視聴前提の広告モデルはビジネススキームとしても早晩破綻する。「あまちゃん」や「半沢直樹」が局地的なヒットを飛ばしているが、それはテレビが回復しているわけではない。村上春樹が100万部売れても出版不況は解決しないのと同じコトだ。
宇野氏の言葉はかなり厳しいトーンで容赦がない。メディアの王様として影響力/営業利益ともに長く最強を誇ってきたテレビを、殺す勢いだ。まるで「王殺し」「親殺し」のようだ。宇野氏の最終的な意見は、テレビが世間の意見形成を牽引する事はもうできなくなったので、テレビは自分たちの立場を大幅に見直すべきだ、ということだった。もう一歩踏み込めば、テレビの役割はネットが代替するから、どうぞ退場してください、ということだ。
ボクは、宇野氏が極端なコトを考えているとは思わない。おそらく世間一般の感覚をホントに代弁していると思っている。実際に、テレビを見なくても問題ない、別に困らない、そう思っている人は多いはずだ。ロスジェネ以降のフツウの感覚と思っていてイイと思う。さらに踏み込めば、この手の批判は、良心的なテレビマンなら誰もが当たり前のようにすでに危機感として十分すぎるほど認識している。というかもう5年前のリーマンショックあたりから業界の内側では明白になっていることだ。いまさらドヤ顔でヨソ様に主張されてもなー、というほど当たり前のロジックだ。対談の輪にいる日テレ/NHK両氏もウンザリするほどわかってるはずだ。耳がイタいのは事実だが。

しかし、結果として、テレビはまだ滅びていない。意外とシブトイのだ。
●若かったボクが考えていたように「テレビは滅びるのか?滅びているのか?」というと(残念ながらと言うべきか?)実はそうとも言えないのだ。微妙に「テレビはシブトイ」
広告モデルのビジネススキームはまだ存命の段階にある。急成長する日本全体のインターネット広告費総額は、四大マス媒体のうち、ラジオ/雑誌/新聞までを上回ってしまったが、テレビとはまだトリプルスコアの差がある。テレビ広告費の推移はリーマン前後で激しいショックがあったものの、その後は横這いを維持して、その総額だけならバブル以前と変わらないトコロまで回復している。実はまだ盤石なのだ。広告業界も含めて旧態依然とした体制を保守した方がよいと考える勢力は大きい。もちろん、革新的なビジネススキームが発見されれば急速に業界の構造改革は進むだろう。しかしソレはまだ誰も発見出来ていない。
業界の体質変化も実はかなり進んでいる。2003年をピークにしてそこから番組制作費はどんどん削減。芸能界の華々しさとダブついた金銭感覚のイメージとはウラハラに、脂肪率ヒトケタまで絞り込むような筋肉質へ変貌を強いられてきている。昨今のバラエティは2時間3時間スペシャルがやたら目立つが、同じ3時間でも60分番組を3つ作るより1つの拡大番組を作った方が安上がりだからだ。そんなタイムテーブルが当たり前になれば紋切り型と言われてもしょうがない。ホントに同じ番組がダラダラ流されているのだから。宇野氏の批評対象になるアニメやドラマは製作委員会方式のファンドで制作される場合がドンドン増えている。裏返して言えばテレビ局単体でアニメはもう作れないトコロまで来ているのだ。報道分野だけはボク個人に実務経験がないからなんとも言えないが、全国を網羅する取材体制を維持するコストは大変なモノだ。コストを切り詰めつつさらに取材領域を広げるには限界がある。さらに手っ取り早く言えば、ボクの年収はどんどん落ちている。雇用整理こそ行われていないが人件費のスリムダウンも激しい。おまけに付け加えれば「サザエさん」は視聴率にして常に20%を超える優良コンテンツだ。高いニーズが依然としてある。結果的に、テレビはシブトイ。なかなか滅びない。
●しかし、これはあくまで企業体としての存命であって。メディアとして果たす役割の変化は質の違う問題である。

70〜80年代、テレビは「共通体験」の基盤だった。とバブル世代は考えている。
バブル世代以上の先輩たちと会話する時、彼らは自分たちのテレビ体験から「テレビは時代の語り部」だと考えていることを度々に主張する。彼らの一人がボクに言った、「オレたちはテレビネイティブだ」。現代の若者たちが「ネットネイティブ」とすれば、テレビで育った我々は「テレビネイティブ」。そしてテレビが好きだからこそこの仕事をずっと続けている。彼らにはそんな自負がある。
●70年代のアニメや特撮の古典、伝説的なドラマ。80年代のバラエティ、歌番組。ビデオ録画機がなかった時代に育った彼らはリアルタイム視聴こそがテレビ接触で、テレビのリズムに合わせて自分の生活リズムを組立てた経験がある。これはよっぽどの高いモチベーションがない限りできないワザだ。生放送コント番組「8時だヨ!全員集合」はそのタイトル通り、放送時間に子どもたちをテレビの前に集合させた。そしてコレが社会の「共通体験」となった。ヒット曲やカリスマアイドルは毎週のランキング番組からどんどん発信され、お笑いバラエティから人気者やギャグ、流行語が発信された。根本の部分で、バブル世代の先輩たちは高い動機付けと熱狂でテレビからの情報を受け止めていたし、状況が変わった今でもそういう見方がされるべきと無意識下で考えている。「あまちゃん」と「半沢直樹」がソーシャルバズによってブーストされてメガヒットになったのは明らかだが、その推進力はテレビネイティブのバブル世代が担ったというのがボクの先輩の見立てだ。「半沢」はバブル入社世代が現代の長い不況で辛酸を舐める物語だし、「あまちゃん」もアイドル全盛80年代と現代に、震災という溝を超えてブリッジをかけたギミックがバブル世代に響いた、結果バズが起こったという見解だ。

「共通体験」の解釈が、バブル/ロスジェネの世代間で差異がある。
●前述の「三田批評」対談では、テレビ側(NHK氏からの発信だったか?)から「共通体験」の基盤として現在もテレビは機能していると反論がなされた。東日本大震災の惨劇、大津波や原発爆発の瞬間を映像として全国民に伝えたのはテレビだ。ワールドカップロンドンオリンピックの熱狂、そして五輪東京招致達成の瞬間を伝えたのもテレビだ。「天空の城ラピュタ」が放送されればツイッターで「バルス祭り」が起こるように、ソーシャルで発信される話題の多くがテレビ発の情報だということも分かっている。
●ただし、宇野氏から見ればその「共通体験」が疑わしい。なぜテレビはコミケを取り上げないのか?会期中で80万人を動員する巨大イベントなのに、その規模に応じた扱いを受けていない。巨大スポーツイベントに比する規模ではないか?テレビサイドからは、それではソーシャルが「共通体験」の基盤を代替するのか?との反論も。むろんソーシャルはタイムラインに流れるメッセージは個々人で全く内容が違う。だが宇野氏は同じプラットフォームの上にいたことが共通経験になり得ると主張する。
ここで確実なすれ違いがある。バブル世代のテレビが目指した「共通体験」と、ロスジェネ世代の宇野氏が差す「共通体験」の意味が違う。宇野氏においては、全国民が同じ8時に同じギャグを同じように笑う「共通体験」が想定されていない。「共通体験」を題材にしてもネット/ソーシャルは百者百様の解釈を共存/並列させる。
●ネット/ソーシャルにおいては、震災に対して、ガレキ処分問題、放射能の影響範囲の問題、避難の必要性、支援や復興、補償のあり方、風評被害の問題、今後のエネルギー政策、反原発/脱原発/原発推進の数々の立場、多岐にわたる多様な論点と意見が林立した。同じ体験をしても解釈に共通項はない。これほどの多様性にテレビ、そして既存マスコミュニケーションは対応できない。物理的/技術的に網羅のしようがない。
●旧来のやり方でテレビ/マスコミ報道はできるだけの多様性と立場の中立性を確保しようとしただろうが、時代のニーズとソーシャル技術がそれを完璧に上回った。こうした状況をもって宇野氏は、テレビは世間を代表しえないと喝破しているのだ。テレビの古来の観点では、コミケはマイノリティの祭典でメジャーたりえない。そしてソーシャルの言説もラウド・マイノリティの意見でしかない。しかしネット/ソーシャルはそのマイノリティたちを全て併呑して並列に平等に配置するコトができる。社会の見え方が決定的に違うので、見せ方も決定的に違うのだ。



●さて、ここまできて、論点を整理しよう。
バブル世代の「共通体験」と、ロスジェネ世代の「共通体験」には捉え方に差異がある。
結果的に根本的に、テレビとネット/ソーシャル、メディアに対するニーズが違う。
バブル世代の「共通体験」は、「同じ事象への同じ感情、同じ論調、同じ行為」という「大きな一体感」が前提になっている。彼らは高度経済成長時代からバブル経済まで右肩上がりの日本社会を生きており、それぞれのフェイズで成熟変化していく社会の様子を一様に享受経験している。生活のステージが上がれば、自動車を買い、立派なワインを飲む。最先端のファッションがあり、それを追いかけるモチベーションもあった。DCブランドのムーブメントがあって、ワンレン/ボディコンのブームがあった。しかも「大きな一体感」という言葉が国民全体に及んでも違和感がない。
ロスジェネ世代の「共通体験」は、国民全体に及ぶような「大きな一体感」を差す事がない。「失われた20年」の中で社会の成長は停滞し、市場はセグメント化され個人の趣味志向は細分化されている。ネット/ソーシャルの技術革新が可能としたコトだが、知人/友人/地元限定、同好の仲間限定、匿名の連帯感、など、もっと小さな単位で「より濃い一体感」を享受している。80〜90年代に発生したオタクカルチャーは、どんどん細分化を続けて小さく固いサークル社会を作っている。大きな社会的事件や政治的関心事を素材としても、信条/思想が似通ったクラスタが形成され濃い一体感を享受する。ネトウヨ、嫌韓、反原発デモ、山本太郎支持、ヘイトスピーチ反対などなど。
●これにイイもワルいもない。ただ、違うというだけだ。広くて薄い一体感か、狭くて濃い一体感か。
●そして、この2つの「共通体験」認識も、実は、時代の大きな流れにおいては、限定した世代の局地的な認識である、ということも忘れてはならない。



このタイミングで、ボクは「物語」という新しい言葉を出してみる。
●バブル世代とロスジェネ世代は、今までの議論で「共通体験」という言葉の意味を共有しえないことがわかった。それでは、このふたつの世代を超えて、時代を大きく横断する概念として「物語」という言葉を使ってみる。


現代。細切れの「物語」に溢れた時代。「物語」の価値はその太さ、リーチの広がり。
狭義の意味においての「物語」はもはや過剰な分量で世間に流通している。この不況下でありながら出版点数は2010年までの統計ではずっと増加し続けている。日本の映画公開本数も増加傾向にある。衛星波やスマホ向け放送なども独自ドラマを自主制作。広告業界ですら、マーケティング手法として「ストーリーテリング」という言葉を用いて、商品に「物語」を盛り込もうとしている。そしてソーシャル。YOUTUBE や ニコニコ動画、その他様々なソーシャルメディアにあふれるコンテンツ、誰かのツブヤキ、誰かのシェアまでが「物語」に含まれていく。これほど饒舌な時代を、人類は今まで体験した事がないだろうと思う。
ボクが思う「物語」の定義とは。本質的に「物語」とは、それが共有され、語り継がれてこそ初めて「物語」たり得る。誰かが語り、誰かが聞く。誰にも目に触れない物語は存在しないことと同じだし、その物語がカタチを持たないものでも、聞き手が優れていれば物語と受け止められる。ジブリが準備する映画の題材「竹取物語」は1000年前の誰かがどこかで編み出したものを、大切に今の時代まで語りついだものだ。その意味で太い。筋としては陳腐で貧弱かも知れない。だが語りつがれたてきたという事実の意味は重く強い。本来の「物語」は器としてのメディアに制約されない。あらゆる手段を用いてリレーされる何者かだ。語るもの、聞くもの、そして聞いたものがまた誰かに向かって語るもの。根源的なコミュニケーションのカタチだ。例えば「ユーカラ」…アイヌの口承文学。「グリム童話」…かの兄弟が収集したドイツの民話集。「聖書」…字が読めない信者のために描かれた聖者のイコンも十分に物語たりえる。「小倉百人一首」…万葉まで遡る古代中世の詩歌を素材にしたゲーム。「物語」を語るもの、聞くものの仕事は、本質的にはこの世に生きた人間全てに担われるものである。
「物語」という概念を援用する事で、テレビ/ソーシャルというメディアの枠を突破する。ズバリこれが、ここ一年ばかりボクのアタマの中でモヤモヤと考えていたコトである。

「物語」の語り手が職業分化した近代という時代。
人類の歴史のどこかの場面で「物語」を語るものの役割が専業分化してしまった。新聞メディアの発生は民主主義政治の誕生/成長と関係が深く、その萌芽はフランス革命の時代まで遡ることができる。しかし、ある意味でこの時からエリートによる独占が始まった。もちろん近代以前も「物語」のエリート独占は当然あったが、新聞という印刷技術によって増幅された頒布力が、エリートによる大衆啓蒙という構図を作った。
●ラジオの発明を経て、マスメディアは大衆煽動の武器になり戦争協力の道具にもなった。ナチスドイツのプロパガンダだ。ボクの学生時代は90年代だったが、その時の「マスコミ論」の教科書は60年代アメリカで書かれたモノだった。アメリカのマスメディア研究はナチス・プロパガンダへの反省から出発したもので、その後の脅威となった共産主義諸国の全体主義的マスコミュニケーションに対抗する性質が強かった。マスメディアは暴力装置になりうる危険性を持ち、それを安全にオペレーションするためには特殊な職業意識を持つ必要がある。これがいわゆる「ジャーナリズム」だ。「報道の自由と権力の監視」「客観報道/報道の中立性」などなどのイデオロギーが発明された。現在のジャーナリズム(テレビに限らない)はこの原則に現在も立脚している。それが時代遅れなのかどうかは別にして。
●大学で習ったマスメディアの古典的な機能には「社会的規範の強化」という要素もあった。その社会が持つ共通ルールを構成員に一斉送信してより強化する装置、という側面を持つという。マスメディアの常態は根本で微視的な部分から保守。例えば言語。「正しい日本語」の規範を作り継承しているのは、具体的には報道ニュースの言葉だろう。多様な方言を持つ日本社会全体に単一の標準語を毎日供給している。
●近代以降の「物語」生成は、こうした前提に成り立っている。技術的に増幅された「物語」は安価で安易に世間一般に伝播し、それが悪意を以て利用されれば社会を破壊することも出来る(ユダヤ人は悪だ)。そして「物語」受容のテンプレートをメディア産業自らが用意した。言語や文字を均一化して効率よく流通させる仕組みを、メタレベルの言語表現/流通技術/産業構造、様々なレイヤーで構築した。
現在のテレビは、そのマスメディア的な「物語」流通を極北まで突き詰めたメディアだ。戦後の大衆民主主義時代を迎え、それは巨大産業に発達した。そのリーチの太さは技術的に最大限まで増幅されていて、今や一億台の端末が日本国内に普及している。「物語」を日本全土に一斉送信する。とある事象を発見し、それに名前をつけて、解釈を施し、強力に伝播する。手っ取り早く言えばコレが「ニュース」だ。誰かが誰かを殺した。事件に名前がつけられる。事件の背景をいくつかの事象と結びつけて解釈する。毎日目にする光景。
●ただし、ここで、バブル世代が無邪気に使う「共通体験」という言葉を「物語」と同義と捉えてはいけない。テレビ業界という情報伝達産業の当事者たるボクは、どうしても「物語」の価値として、その伝播の広さに強さ太さを見出すが、「物語」は元来もっとふくよかな意味を持つモノとボクは考えている。語るもの=聞くものの対等な関係が前提とされるはずで、語り手側にクリエイティブが要求されるだけでなく、聞き手にも同じだけのクリエイティブが必要なはずだ。聞き手の百者百様の解釈が容認される自由があるはずだ。ここに21世紀に登場した新技術、ネット/ソーシャルの役割が登場する。

ネット/ソーシャルでは、「物語」の語り手と聞き手が、同じ場所にいる。
職業分化が当然となった「物語」流通では、たしかに語り手は巧妙なプロフェッショナルだ。映画監督、マンガ家、小説家、俳優、タレント、そしてテレビ制作者も大きな組織でプロフェッショナルな職能集団を形成している。一方、すでにソーシャル世界ではアマチュアの中で優秀なクリエイターが登場し得るという事実も明らかになった。「物語」流通は、改めて多様な形態を持とうとしている。初音ミクほかボーカロイドが、一次創作〜二次創作〜N次創作と連鎖して表現を膨らませているように、複数の語り手=聞き手の共同作業が表現を豊かにしているコトを今の時代の人間は知っている。クリエイターがプロ/アマのどちらであるか?の二律背反ではなく、語り手と聞き手の役割が分化しない状態が技術的に露見したのだ。
●語り手=聞き手が同じ位置にいるコトが表出する場面は、こうしたネット/ソーシャルメディアの深化でどんどん出現している。NAVERまとめは、聞き手が事実を取捨選択し、新たな文脈を与えて語り手として「物語」を再配信したものだ。「物語」に名前をつけ直すといえばいいか。今の言葉で言えばキュレーションだ。そして別の聞き手がその「物語」に「いいね」を残し評価を与え、またはシェアして新たな語り手として、新たな名前をつけて、さらなる伝播を担う。個々人が自己の意思と責任において手から手へ受け渡していく。これは「物語」の価値を問う広さ太さ強さに繋がる。大勢の人々の思い入れを込めて織りなされたタペストリー。テレビの一斉送信ではなく、丁寧に紡がれた「共通体験」。「物語」の本質的な意味がココに復活している。
●中国がソーシャルメディアを監視しアルファブロガーに圧力をかけたり、フェイスブックをキッカケに中東で革命やクーデターが起きたりする、という意味では、ソーシャルも過激な暴力装置の一面を持つ。幼稚なバイトテロで店が傾くなどという騒動もあった。「炎上」で人生を台無しにされる人もいる。マスメディアがナチスの反省に沿って職業倫理を構築したように、ソーシャルもどこかで独自の倫理を持ち、独自の洗練を果たす必要があるのかも知れない。なんらかのリテラシーが必要な段階にあると素朴に思う。むしろ、テレビの職業倫理を乗り越える新しい美徳を見出してもらいたい。そうすれば、テレビは安心してその歴史的役割を終え、「滅びる事ができる」のだと思う。役割を変えたテレビは、ソーシャルにて紡がれる「物語」のネタを慎ましく供給し、大きな意味での「物語」流通…またはその流通/伝播のプロセスそのものが「物語」生成かもしれない…の一部分を担う存在になれる。


そして、未来へ。「物語」はどこで紡がれるのか?
●これはある講演でドワンゴ会長・川上量生氏がしゃべっていたことだが、どこかでソーシャルもテレビのように成熟してしまうだろうという意味の発言をしていた。ニコニコ動画は2006年にサービス開始。2013年においては本当に個性的なユーザー文化を開花させているし、じっさいドワンゴ自体もそのユーザー文化の育成に大変な注意を払っている。ただし、テレビがお年寄りの暇つぶしになっているように、ニコ動もタダの暇つぶしになっている。最近のニコ動の検索ワードのトップは、なんと「パチンコ」「パチスロ」だという。これが成熟ということか。最近の新規会員はマジョリティがPCからスマホへ移行。小型モバイルであるスマホで見る動画、という意味では、大型画面を自宅で視聴するテレビとは、実は視聴形態もニーズも完全に違う所へユーザーが向かおうとしていると彼は見ている。この状況を見て川上会長は、ネットの動画プラットフォームがテレビを代替するとは考えていない様子と見受けた。彼いわく、むしろラジオの方にニコ動は近い。よってラジオに未来はない、と冗談を飛ばしていた。
●ただし、CS放送レベルの動画流通ならば、そう遠くない将来のネット伝送技術に代替されるだろうとも。地上波ほどの大量の視聴者を現行の伝送インフラや情報圧縮技術はさばく事ができないが、現在のCS放送程度の視聴者ならネットでさばき切ることができるはす。そしてもう1ステップ進めれば、BS波もネットに代替されるかも知れない。録画/タイムシフト視聴も、ご家庭の録画機を使うよりもクラウドサービスで一見管理した方が技術的には効率がイイだろうとの見立てを示した。権利処理を含めたビジネススキームとしてはさておいて。
つまり、ネットとテレビはその役割が渾然一体となって区別がつかなくなる時代が到来するだろう。ことユーザーレベルでは、テレビだろうがネットだろうがソースはもう関係ない時代はすでに到来しているのだ。企業人/職業人としてのボクにとっては、誰がビジネスのリーダーシップをとるのか、という問題は重要だ。それがグーグルなのか、アップルなのか、日本のテレビ業界なのか、電通なのか。テレビの当事者は真剣に考えているコトだが、まーそれはここではさておいて。
●さて、ボクは古来のマスメディア成立から語り起こして、現在のテレビまで話を引っぱり、ソーシャルの現状を継ぎ足してみた。しかし歴史は続く。果てしなく続く。ソーシャルはその登場から10年。若いメディアだがやはりその使命を終える瞬間が来る。実はテレビよりも寿命は短いかも知れない。ソーシャルゲーム大手だったグリーやDeNAがピンチに追いつめられている様子は、この世界の栄枯盛衰の激しさを感じさせる。しかし人が生きる限り「物語」は紡がれる。そのカタチが変わっても。そして、言い足せば、人類の歴史こそが大きな「物語」なのだ。


もう一点。「物語」の価値とは?
●この文脈の中で、ボクは「物語」という言葉を、意味が蒸発する寸前まで広義に捉えている。五七五の17文字に詩を歌う日本人なら140文字も十分な物語?おそらくこれはちょっとヘリクツだ。ただし、テレビに職業的に関わる中で、15秒でも膨大なメッセージは伝えられるという実感はある。裏返して言えば、15秒の表現に命をかける職能集団がおり、大きな額の制作費が動く。わかりやすく言えばCFの世界だ。最近は「この先はウェブで」がくっついたりもするけど。とにかく「物語」を長短で区切ると、むしろややこしい。「物語」を形態で定義するのは難し過ぎて手に負えない。ドストエフスキーのような大文学も3分間のロックンロールも等価、と考えていたのは先ほど亡くなった LOU REED であった。
●すでに軽く触れたが、「物語」の質を、伝播の広さや深さで、価値とする、というのがボクの考え方だ。ただ、これもテレビの職業的習慣の延長にある、限定的な発想なのかもしれない。ナニを想定しているのかというと、視聴率だ。テレビ業界が持つ不思議な価値基準。統計学的に優位と言われるこの数字が様々な議論の争点になっていることは百も承知だが、商習慣として厳然たる価値を持っているのは紛れもない事実。現場感覚として、ボクはコレをゲームのルールと割り切っている。サッカーのコートが決められた広さであるように、野球のボールの大きさが決まっているように、スーパーマリオがジャンプ出来る高さが決まっているように。
●視聴率。テレビの内側が外側の反響を知るのは、この数字が唯一の手がかりであった。ソーシャル以前は、夢中になって2ちゃんねるの実況スレを読んでいた事もあった…そのくらい、テレビマン個人は外部の反響を知りたいと思っていた。コミュニケーションが語り手と聞き手の関係である以上、投げっ放し/放送しっ放しは感情として実に中途半端なモノである。その反響を読み取り今後のよりよい表現に生かしたい、という思いは本質的には健全であると思う。今はソーシャルバズというカタチで反響が可視化されるようになった。コレはコレでテレビマンとしては非常にうれしいことだ。そして目下、コレも統計データとして商用利用が研究されている。
●そしてコレは、視聴者、聞き手に対する敬意であるとも思っている。どんなに思い入れを込めようとも、制作に汗をかこうとも、大金をかけようとも、番組の評価を決めるのは視聴者であり「物語」の聞き手である。コレを忘れて、テレビの内側の独善に陥ってはならない。結局、資本主義下のマスメディア「物語」流通は、多かれ少なかれどの媒体もこうしたロジックを抱えているはず。雑誌の発行部数、映画の興行収入、CDのセールス枚数などなど。産業である以上「物語」は商品である。まあ、当たり前といえば当たり前。
●ただし、「物語」の意味を広義に捉えれば、資本主義の流通商品という限定的な意味から解き放つことができる。商業的成功と切り離すこともできる。「ワンピース」だけが最高というわけではない。語りつごうとする語り手/聞き手の情熱の深さが大きな前提になった上で、結果その「物語」は生き残り、後の世に伝播する。その「物語」が広く伝播し歴史を乗り越えて存在してきたその事実そのものが価値を定める重く太い根拠となる。教科書に載る、図書館に収められる、毎年の祭りの舞台で演じられる、保存のために誰かが努力する。様々な形態があれど、そこには語り手=聞き手の連帯と恊働が常に存在する。微分的なレベルでの「物語」の伝播がダイナミックな価値を持つ。そこにネット/ソーシャル時代の意味を見出したい。リツイートされシェアされまとめられ、拡散されるミクロなダイナミズム。

●そして、このロジックの中で、ボクは「物語」の内容にはあえて言及していない。テレビに職業的に関わることは、必ずしも「物語」の内容を制作するというコトではないからだ。根源的な感覚では、ボクの職業は「伝える」ことである。本質的なレベルにおいて「物語」の内容は別の人間が作る。スポーツ選手の躍動。被災者の苦悶。誰かの歓びや悲しみ、誰かにとって有益なこと、不利益なこと、を「伝える」のがボクの仕事であり、必ずしも「物語」を語る主体になるとは限らない。ボクの仕事は一義的にメディアであり、文字通りの「媒介者」なのだ。語り手は、おそらくアーティストの仕事だろう。ボクはアーティストではない。そしてイニシャティブは聞き手にある。
●そして、このブログを10年間続けて、ボクが書き綴ってきた文章は、職業人の立場ではなく、聞き手、文字通り音楽の聴き手、の立場にたったものだ。語り手の気持ちを汲みたいと思いながら、この場でボクはノビノビと聞き手の自由な立場を楽しみ、その「物語」たちを日々楽しんでいる。ココでボクは自分の職業と余暇のバランスをとっているのかも知れない。今日だけは立場を変えたので、内容には触れない。本来、自己言及は自己弁護のようで居心地が悪いのだ。



●今日も、会社の中でテレビ業界の将来について議論がなされた。ぬぐい去れない閉塞感に諦めや開きなおりの気分すら感じる。慢心の気持ちは1ミリもない。ボクも細かいトライを提案して、そのためにセッセと働く。この積み上げがナニを生むのかもわかっていないのだが。
●そして、お断りを。前段で書いたようにボクはテレビを見るのは好きじゃない。今だにテレビをダラダラ見る習慣はない。職業的関心や必要からテレビを見る事の方が多い。ただし、テレビを作るコトは全く異質の行為で、とんでもなくオモシロいコトなのだ。フテくされて仕事をしていたのは最初の2年程度で、それから後は、視聴者に対して誠実に向き合うべく真剣に仕事に従事している。その意味ではプロの職人でありたいと真剣に考えている。



●滅びゆく恐竜への鎮魂歌として。DRAKE「OVER MY DEAD BODY」。



スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://unimogroove.blog4.fc2.com/tb.php/1586-dead6b7f