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節分の豆まきが、異常に整然としていてビビる。




●相変わらず、需要のない文章を書き散らかしています…。
●いわば、このブログは排泄行為のようなもの?


●読書。最近は女性作家を読むことが多くて。

本谷有希子「自分を好きになる方法」

本谷有希子「自分を好きになる方法」
本谷有希子はダイスキな作家だ。彼女の作品で見事に造形される、とってもヘンテコで奇妙だがニクメないキャラクターが、生きづらい世間と必死に折り合いを付けていく姿が、オカシクてイジらしくて。
ただ、今回は、ある意味でストレート…。奇妙なフリークショーだったりするほどヘンテコキャラがテンコモリにクスクス笑っちゃうテンションは、この作品にはなかったかも。微妙なリアリティが笑ってはイケナイ気分を漂わせていて。
●主人公の女性の人生の折々を、いくつかの1日を切り取って描き出す構造…様々な年齢に至った主人公が過ごす1日を短編として描きながら、彼女の一生を俯瞰する。些細なコトでイラついたり、イジワルな感情がチリチリとしたり。そんな日常は、ボクにも誰にでもある風景で。だから、奇妙なオカシミも突飛なキャラ造形もない。おお、作風が変わってますがな!と素朴に驚いた。

作家本人も、結婚して周辺や心境に変化があったのかな。ダンナさんは詩人で作詞家の御徒町凧森山直太郎の共作詞で知られる人物…ていうか、この御徒町凧って森山直太朗のアルターエゴだと思ってた。だってほぼ全部の楽曲にクレジットされてるんだもん。ユーミンが詞曲提供のときに呉田軽穂という別名義を使うようなノリのイメージ。なんだ違ったんだーと思った、この結婚ニュース知った時に。
●タイトルがちょっと恥ずかしい。「自分を好きになる方法」って…電車の中とか、会社の同僚にはあまり見られたくない題名だわ。だって一目見ただけじゃ自己啓発本みたいで。リアルに「自分を好きに」なれてないボクが読んでいると、シャレにならない見え方になる。

山崎ナオコーラ「浮世でランチ」

山崎ナオコーラ「浮世でランチ」
●コッチの作品は、一人の女性の、25歳現在と中学生時代を、行ったり来たりのカットバックで描く。級友たちと戯れながら「宗教ごっこ」を遊ぶ、少女特有の無邪気さと幼い世界観。そしてそんな主人公が、成人して眺める無常の「浮世」。
●先日、ボクは就職活動で企業研究をしている女子大生から「OB訪問」を受けた。なんでわざわざ40歳のボクに…もっと若いヤツの方がイイだろうに…と思ったが、ボクの仕事が特殊っぽく見えたみたいで(確かに自分でも時々そう思うけど)他に代替品がいなかった模様。そんな21歳の女の子(1992年生まれだってよ!)は、まだ無邪気な妄想に包まったままの赤ちゃんに見えて。中高と女子校で育った彼女曰く「ジャニーズか、韓流か、二次元にハマるんです。女子高にはその三種類しかいないんです!」リアルに男の子と遊ぶ子はいないの?「2%だけです!」キミ自身は?「あたしは…二次元にドップリつかっちゃって…「ナルト」とか「BLEACH」とか。でも大学に入ってからは韓流です!」あ、三次元に一応昇格なのね。
●小説の主人公25歳は、韓流21歳がこれから挑む企業社会からも離職/離脱しての、あてどない東南アジアの旅の中。妄想が完全に剥がれ落ちても、そんなつもりじゃなかったと思っても、ライフイズゴーインオン。


●娘ヒヨコも読書する。そんでゴスを知る。

シーナ・マーサー「バンパイア・ガールズあの子は吸血鬼?」

シーナ・マーサー「バンパイア・ガールズ〈no.1〉あの子は吸血鬼?」
●21歳の女子大生が赤ちゃんに見えるなら、実娘ヒヨコ11歳はただの珍獣。人間でもありません…コロポックルみたいな存在か。妄想に包まれてるんじゃなくて、存在自体が妄想っぽい。「春休みにオキナワ行くか」とフワリ提案したら、ガイドブックで知ったカチャーシーをキャーキャー言いながら踊ってる。
●そんなヒヨコが図書館で好んで借りてくるのが「黒魔女さんが通る」シリーズと「学園バンパイア」もの。この前までマンガ「ゲゲゲの鬼太郎」読んで爆笑してたくせに、だいぶ昇格しやがったじゃないか。「バンパイアガールズ」では、チアリーダー女子とゴス女子の関係がでてくる…「主人公のお友達にゴスがいるのよー!」ヒヨコおまえの口から「ゴス」なんて言葉が出るとは…。
●そもそもゴスってなんだか知ってるの?「えーとね、服はいっつも黒と白だけでね、黒髪の半分を紫に染めてるの」おー確かにゴスっぽい。でも、ゴスってとっても分かりづらい概念だよね。ファッションとしてのゴスって、辞書的な意味のゴシックから果てしなく遠ざかってる気がするよね。難しいよね。

妖怪獣 水木しげる

水木しげる「妖怪獣 ゲゲゲの鬼太郎4」
●これ、おととしくらいのヒヨコの愛読書ね。ゲゲゲの鬼太郎は、ある意味で真っ当にジャパニーズ・ゴスだろうな。キャラの雑味と親しみやすさに反して、繊細な筆致に由来するダーク過ぎる背景のコントラストはタマラン。あれ、今の世代のマンガ家でかける人いないんじゃないか?




だから、今日はゴスを考えてみる。音楽は、THE CURE。

THE CURE「BLOODFLOWER」

THE CURE「BLOODFLOWER」2000年
●イギリスのロックバンド THE CURE のフロントマン、ROBERT SMITH は王道のゴスだろう。顔を白く塗り、目の周りは黒く、唇は赤く。黒髪をふわり持ち上げて、前髪をハラハラと目の前に垂らす。そのイメージは、このジャケが一番分かりやすいと思った。
●ただ、音楽様式としてのゴスってイマイチよくわかってない…。00年代以降のエモ文脈から出てきたゴスロックとか、果ては元祖ゴスな位置づけの BAUHAUS とか、一貫性がないよねー。THE CURE 自身も70年代末から活躍してもう30年以上のキャリアを重ねてて、時代の中で作風を変えているし。その意味では、この作品も中途半端な時期のものなのか。メランコリアの中で、エモーショナルに叫ぶ ROBERT SMITH のウタ…の意味、あんまりよくわかってません。そんな中でファーストアルバムから聴き進めてみるのです。


THE CURE との出会いは、20年前…。そしてやっとわかったポストパンク。

THE CURE「THREE IMAGINARY BOYS」

THE CURE「THREE IMAGINARY BOYS」1979年
●このCDを最初に聴いたのは1992年でボクが大学一年生だった時。音楽サークルで知り合ったヴィジュアル系信者の女子サトミ(仮名)さんと NINE INCH NAILS のファーストアルバム「PRETTY HATE MACHINE」の話題で意気投合して、その流れで貸してもらったのだ。「ヴィジュアル系の元祖みたいなバンドなんだよ、って今井寿さんがインタビューで言ってた」今井寿ってのは、当時全盛だった BUCK-TICK のギタリスト。この女の子サトミさんは BUCK-TICK の大ファンだったのだ。
しかし、実際に音楽を聴いてみて、面食らった。この最初期の THE CURE は、まだ18歳だったボクの耳には、NINE INCH NAILS にも BUCK-TICK にもヴィジュアル系にも無縁に聴こえた。コレのどこがヴィジュアル系なんだろう?むしろ素朴なギターポップに聴こえるんですけど。そもそもジャケが冷蔵庫と掃除機と電気スタンドなんですけど。意味がワカラナイ。加えて当時の若いボクはゴスという言葉も知らなかった。つーことで、カセットテープにダビングしたものの、スゴく長い時間マジメに聴かずに放っておいた。

●このCDを再評価したのは、それこそボクの年齢が三十代も後半に差し掛かった頃だ。ディスクユニオンで適当に物色してる時に、コレをお値ごろで発見。あーコレ懐かしいなあー、サトミさんはナニやってんだろうなーなんて思いながら、CDとして買い直したのだ。
改めて聴き直して、ブッ飛んだ!この音楽スゴい!メチャクチャ乱暴に作られてる!演奏がスカスカで粗末過ぎる!「THREE IMAGINARY BOYS」というだけあって、この時期の THE CURE はトリオなのだが、トリオにしたってもうちょっとトリツクロってもらいたいほど、楽器の密度が薄くてチャッチイ。
●特にギターがヒドい!一曲目の「10.15 SATURDAY NIGHT」のイントロだけでもう脱臼する。単音をペーンペーンと鳴らすだけの粗末な態度がスゴい。そんなお世辞にも技巧的とはいえないギターソロが時々不協和音を鳴らしたりする。ボーカルもメロディも、粗末すぎて最低かつ最高。ドラムやベースもペッタリしててグルーヴ感はゼロ。よくぞコレで生き残れたなと感心する。JIMI HENDLIX「FOXY LADY」のカバーもやってるけど、全く原曲の面影がナイ。
●で、納得する。これ、ヤケクソなポストパンクだったのね!確かに1979年と時代もドンピシャ、JOY DIVISION と同時期だもんね。聴けば聴くほど、ヤケクソで粗末なギターから、奇妙な味が滲み出てきてクセになる。ゴスとかビジュアル系とかの文脈を全部抜き去って捉えた方がシンプル。とにかくワキが甘くてスカスカ、その投げやりな態度がパンク過ぎてタマラン。そんな物件と捉えて、やっと理解できた。
●ちなみに、ヴィジュアル系女子のサトミさんは大学を卒業した後、自分の希望を叶えて音楽ライターとなった。ジェイポップのコンサート会場で、見かけた事もあったりもして。そんで、ワリと最近結婚して、一旦仕事はヤメたらしい…。


ポストパンクから、ミニマリズム曇天のゴス空間へ。

THE CURE「SEVENTEEN SECONDS」

THE CURE「SEVENTEEN SECONDS」1980年
●前述の「THREE IMAGINARY BOYS」、さすがに ROBERT SMITH もファーストアルバムはヤラカした〜みたいな気分を抱いていたよう…。制作の主導権が自分になかった、選曲もジャケもオレの決定権は制限されてた、みたいなコトを言ってるらしい。そこで ROBERT SMITH 本人がプロデュースに入ったセカンドアルバムのコイツが、これまた難解な物件で理解に苦しむ。
作風は一変。死ぬほどのミニマリムズ空間に聴く者を突き落とすのだ…まるで深い霧の中に彷徨いこんでしまったよう。相変わらずテクニカルとは言えないが、ヘタクソをツッコンで楽しむ余地はない。この淡いジャケットのように、ツカミドコロがない不気味さに悪寒を感じる。無邪気さが無謀に発散されてるファーストの方がまだ掴みやすい。
●英語版 WIKI に紹介されてる音楽ライターの評が見事。「悲しい癒し…冷たい部屋に座って時計を眺めている(SAD CURE, SITTING IN COLD ROOMS, WATCHING CLOCKS)」。ココで鳴ってる音楽は、ひどくミニマルで、起伏も少なく、ボーカルも最小限に留められている。淡々と刻まれるリズムが実にフラットで、寂寞とした風景しか見えない。枯れたモノクロの世界…重苦しい曇天から薄い夕闇へ。この荒涼ぶりがゴスの出発点なのか。

THE CURE「FAITH」

THE CURE「FAITH」1981年
●基調としては、前作に引き続いてのミニマルな曇天路線…よりダークな気配が強まって行く。アレンジはシンプルなままながら、ボーカルにエコーがまぶされて重苦しい霧がもっと濃くなった印象。前作から控えめに導入されていたキーボードも、不気味な気分を効果的に演出している…いや、神聖なイメージといってもいいかも。アルバムタイトルは「信仰」なのだし。特に「ALL CATS ARE GREY」「THE FUNERAL PARTY」という曲が印象的。ジャケの印象から連想する、薄暮の中の美しさを感じる。
●一方で、ヒリヒリするような緊張感と疾走感が駆け抜けるスピードチューン「PRIMARY」「DOUBT」が、クールなポストパンクとしてキャッチー。ROBERT SMITH の絶唱ボーカルもスリリングに響く。
「FAITH」のカセットテープ版に収録されたボーナストラック「CARNAGE VISORS」は27分の大曲。当然、入手は超困難だけど、過去ネット上で一度聴いたことがある。もはやアンビエントな領域に突入した、ボーカルなしのダークな反復世界が延々に続く世界だった。


THE CURE のゴス世界が完成。スリルと暗黒。エコーとギターサイケデリア。

THE CURE「PORNOGRAPHY」

THE CURE「PORNOGRAPHY」1982年
●1979年のファーストから模索されていたバンドのアイデンティティが、ここでひとつの臨界点を迎えた。「SEVENTEEN SECONDS」「FAITH」を手掛けてきたプロデューサー MIKE HEDGES を、その後の一時期を正式メンバーとしてバンドに加わる PHIL THORNALLEY へと交代。ここで特別な奥行きと説得力をバンドは獲得する。軋むギターサウンドとリバーブエコーが描く暗黒のサイケデリック世界。
●一曲目の「ONE HANDRED YEARS」とシングル曲「THE HANGING GARDEN」が新鮮な質感を放つ。スピード感溢れるテンポに絡み付くラフなギターがエコーの波動を鮮やかに染め上げて、独特のスリルを疾走させる。叫ぶ ROBERT SMITH と軋み上げるギターが、闇の中に深紫の煙を巻き起こして、聴く者へサイケデリックな幻覚を描き出す。
●一方で、闇に闇をさらに塗り込めるようなダークな世界観も純度を高める。深い霧のような輪郭のトボケた感触は、露悪的にグルーヴを断ち切ったドラムが存在感を増強させたことで、そのまま深い暗黒へと移行。不安をあおるシンセの色添えと神経質なギター、そしてエコーの中にジワリと滲む ROBERT SMITH の叫びがおどろおどろしい空気を噴霧する。アルバム後半は、黒い影に窒息するような密度の濃さに圧倒されるしかない。これが THE CURE のゴスか。深く納得する。
●このアルバムは、薬物&アルコール漬けの生活や、メンバー間の緊張〜ベーシスト SIMON GALLUP の脱退など、バンドの存続を左右する緊張の中で作られた。がゆえのこのダークな品質。そのあまりのダークさ加減に、自ら疲弊してしまった ROBERT SMITH は、バンドの解散を仄めかす…。


驚くほどのポップさと多様性を獲得する THE CURE。

THE CURE「JAPANESE WHISPERS」

THE CURE「JAPANESE WHISPERS」1983年
あまりに重苦しいゴス世界に浸り続けていると、音楽を聴くコチラも息が詰まる…正直しんどい。そんなトコロにきて、THE CURE は突然ポップに転向する!このアルバムは、この時期にリリースされたシングルをまとめた日本独自の企画盤(だったけどその後に世界発売される)。このシングル群が、シンセで彩られた明るいニューウェーヴ・ポップスでビックリ!キッチュなほどポップで拍子抜けしてしまうほど。ともかく、一旦息抜き出来て、ウレシイ…。
●ゴス路線の中でカリスマとなっていた ROBERT SMITH THE CURE は、ここで世界的支持を集めるビッグバンドへの道を歩み始める。…しかし、この後に続くアルバム「THE TOP」「THE HEAD ON THE DOOR」はボク自身が未聴。そのうちゲットせねば。

THE CURE「KISS ME, KISS ME, KISS ME」

THE CURE「KISS ME, KISS ME, KISS ME」1987年
●オリジナルLP盤では全18曲二枚組で発売された大作。「JAPANESE WHISPERS」以降のポップ路線から、初期のゴス〜サイケ路線まで、実にバラエティ豊かな多面性を見せつけてくれる。バンドメンバーも度重なる交代を経て最強の布陣に。結果どんなアプローチの楽曲でも、骨の太い演奏が聴こえてくる。世界中でヒットしたシングル「JUST LIKE HEAVEN」の多幸感が眩し過ぎてたまらない。おそらく、この作品こそ THE CURE の本質と捉える人も多いだろう。サックス導入などなど、アレンジやギミックでも見るべきポイントがたくさんあるし、ポップ面で言及すべき点や、サイケデリアとして高性能な側面もいっぱいある。しかし、今日はあくまでゴス路線にフォーカスするので割愛。きりがないからねえ。


そして、暗黒への回帰。美しきゴスの世界。

THE CURE「DISINTEGRATION」

THE CURE「DISINTEGRATION」1989年
●世界的ポップアーティストとして驀進して行く THE CURE は、ココにきてまたまたゴスへ回帰。うわまた暗黒に逆戻りかとレーベルは大変心配したようだが、それでも世界で300万枚をセールスするヒット作になった…それは納得出来る事実だ。このアルバムは「PORNOGRAPHY」とは異質の、美しさがある。
この場で THE CURE のゴスは、透明感溢れる耽美に到達した。彼らにとってはやや後輩格でありながら、80年代に独特な耽美世界を描いて名声を得ていたバンド COCTEAU TWINS と同じような位置に至ったのだ。澄み切った空気の中で可憐に歌い上げる ROBERT SMITH の新境地。
ゴス=GOTHという言葉は、古代ローマ帝国を圧迫して滅亡に至らしめたゲルマン系蛮族の一派ゴート族の名前に由来している。ゴシック建築といえば、中世ヨーロッパの協会建築の様式の名前だが、鋭い尖塔やアシンメトリーな構造、異教由来の装飾(ガーゴイルのような彫刻)が、当時の保守層には蛮族的と見られたための蔑称だ。つまりゴスは、キリスト教的世界観からは禍々しいものとされたり、不可視だったりした領域にある美学という意味だ。不安や恐怖を煽るのがゴスではない。王道の価値観を自由に逸脱した中に、美しさを見出す姿勢。これがゴスだ。それが異形であろうと、異教的であろうと。その意味では、この「崩壊」と名付けられたアルバムは、既成の価値観が崩壊した後に立ちのぼる美学を、儚く可憐に描いている。そして美しい。エコーも、ギターも、ドラムも、ボーカルも圧倒的に美しい。


懐かしき90年代の THE CURE。

THE CURE「WISH」

THE CURE「WISH」1992年
ボクが生まれて初めて THE CURE の音楽に、ファーストアルバム「THREE IMAGINARY BOYS」に出会った年に、リリースされていたアルバム。これを聴いて、ボクはスゴく安心してしまった。ああ、コレはボクの肌の感覚に一番あっているかも。
●18歳の時に馴染めなかった THE CURE の音楽を長年寝かしてしまったコトはすでに書いたが、30歳代半ばにやっと辿り着いたファーストの再評価から、このバンドの魅力にすぐ到達できたかといえばそうではない。そこからカタログを一枚づつ買い集めて行きながらも、ボクはこのバンドの本質に辿りつけず、数年の時間をかけてしまった。初期のゴス作品は本当に苦く重い音楽だし、簡単に聴きこなせるタイプの音楽ではない。THE CURE はボクには聴きこなせない…そう思っていた。

●何の気なしに安く買ったこのアルバムも、実は全く聴く気になれず2年ほど放っておいたモノだ。それを先月、何の気なしにプレイヤーに乗っけて鳴らしてみた。コレが予想以上によかった!1992年はボクにとって欧米のロックを真剣に聴き始めた時期、そこでフツウに鳴っていた時代の音楽のクセみたいなモノが、このアルバムには組み込まれていた!THE CURE ファンにはどう聴こえるかワカラナイが、ボク個人にとってみれば馴染みのタオルケットに顔を埋めるような居心地のよさを感じてしまったのだ。ああ、懐かしさで一杯だ!ここで初めて THE CURE の音楽を自分の感覚と直結させて捉えるコトが出来ると思えた。
●いつもの THE CURE よりもホンの少しだけザラついたギター・オリエンテッド・サウンド、それがグルグルと渦巻いてサイケデリックに響く感覚。コレは同時代の MY BLOODY VALENTINE 他ギターにフォーカスを当てたシューゲイザー・バンドにも繋がっているし、アメリカのオルタナティヴバンド、例えば NIRVANA のようなグランジのササクレたシリアスさとも同じ質感だ。ダンサブルな明るさは、初期の THE STONE ROSES のキラメキを連想させる。この時代に生き残っていた THE CURE の同世代バンド、NEW ORDER の当時の音楽にも似ている…。実に90年代っぽい音楽だ。90年代のゴス。
この感覚を前提にすれば、THE CURE の音楽を自分なりに咀嚼して文章に出来るかも知れない。初めてそう思えた。それでも実は、今日この文章を書くにも、かなりの覚悟を必要とした。こんなコトをイチイチ考えてブログ書いてるのかと呆れる人もいるかも知れないが、そんな納得がなければ苦手とわかってる音楽には立ち向かえない。まー、なんとか、ファーストからこの9枚目のアルバムまで辿り着く事ができてホッとしている。

●最初に紹介した「BLOODFLOWERS」2000年の段階で ROBERT SMITH はバンドの解散を一度宣言している。もう限界と思う場面があったのだろう…結局うやむやにしてバンドはまだ継続していて、ライブやツアー、そしてリリースも続けているんだけど。ただし、ぶっちゃけ、この「WISH」以降のバンドはやや気抜けしてる気がして。ただ、またナニかの納得があれば、まだ聴いていない時代、近年の作品を聴いてボクはココに文章を記すだろう。だって、音楽中毒者は、音楽に誠実になるしかないんだもの。





● THE CURE の動画。




●「10.15 SATURDAY NIGHT」。アルバム「THREE IMAGINARY BOYS」より。いびつなポストパンク。



●「PRIMARY」。アルバム「FAITH」より。ポストパンクの疾走感。



●「ONE HANDRED YEARS」。アルバム「PORNOGRAPHY」より。初期ゴスの頂点。



●「JUST LIKE HEAVEN」。アルバム「KISS ME, KISS ME, KISS ME」より。ニューロマンティクスのようだ。



●「PICTURE OF YOU」。アルバム「DISINTEGRATION」より。ゴスの新境地。可憐な耽美。



●「HIGH」。アルバム「WISH」より。90年代風のサイケデリア



●「FRIDAY I'M IN LOVE」。アルバム「WISH」より。とびきりポップでキャッチー。



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