臨時出費が多過ぎる!
●先週火曜日に、突然腕時計が壊れた。浮き上がった文字盤に長針が当たってしまって動かない。まだ二年しか使ってないのに。渋谷のお店で修理に出した…。
●その翌日水曜日に、MacBook Pro の AC アダプタが断線して充電出来なくなった。これじゃ仕事にならん!あわててヤマダ電機で純正品を購入…うお8000円もするのか。
●6年間使ってたドイツ製のメガネ、すごく丈夫なフレームでお気に入りだったけど、レンズがもうキズだらけで限界かも。このレンズのせいか、最近眼精疲労もヒドい。ということでガマンならずメガネを新調。この週末初めて ZOFF とか JINS のお店を真剣に物色してみた。ちょいとツクリがファストな感じがするけどしばらくこれでいってみる。
●今週水曜日は、iPod のイヤホンをなくした…。珍しくアサイチの会議がヨソのオフィスだったので出勤のペースが乱れ遅刻しそうになり、首にぶら下げたまま走ったのがなくした原因だろうな。で、またヤマダ電機へ。
●木曜日は、幕張メッセに行く時に間違えて PASMO を10000円分チャージしてしまった。あー!損した訳じゃないけど、一万円の現金おこづかいがサイフからなくなってしまった。あややや。ワリとショック

●オマケに、生保の更新で保険料アップだって。昨日渉外のオバちゃんと手続きをした。
●歳食うと保険も高くなるなあ…しんどい。
●ちなみに、ナニゲに渉外のオバちゃんとは新入社員の頃からの付き合いなので約二十年。もはや遠縁の親戚みたいな感覚すらある。ボクがイイ歳ぶっこいたということは、オバちゃんもかなりイイ歳なのだ。「ボク、オバちゃんがいなくなったら保険のコトなにもわかんなくなっちゃうのが不安ですわ。あと何年お務めしてくれます?今さら若い人が来ても困るなあ」
「ワタシも60歳超えましたけどね、70歳まで務められるし、健康ならそのまま継続もできるんです。ウチは88歳の人もいるんですよ。お客さまからヤメないでって要望があってね、会社がそういう制度を作ったんです」オバちゃんはボクみたいなペーペーだけでなく、ウチの役員/取締役とも長年の付合いでフツウに談笑できる仲。ボクが話せないようなエラい人とも局長席でお茶飲み話してる。生保会社にとってその人脈は貴重な財産だわね。もちろんオバちゃんのキャリアにとっても。
●オバちゃん、実は早くにダンナさんを亡くしてシングルマザーとして一生懸命仕事と子育てを両立してきたという…あーそんな話は初めて聞いた。もう息子さんは立派に成人して(というかきっとボクと同世代くらいだろう)超一流企業にお務めとのこと。もうゆっくりリタイアしてもイイ年齢だけど、外に出て人に会う仕事が楽しいらしい。「こちらの会社はユニークな人がいっぱいですからね。unimogrooveさんもずいぶんオモシロい人ですよ」

将来の貯蓄はいくら必要か…なんて経済誌の見出しをみるとブルーになる。
●ワイフに「ねえ。ウチの口座総額がさ…最近全然増えてない気がするのよ…やばいかな…」とポツリボヤいたら、「ノマドの進学にヒヨコの塾代、この春でかなり大変だったのに、現状維持してるのが奇跡的よ!増えてないけど減ってないでしょ!」おおおそうかそうかそしたらダイジョウブだね、オカネのことで不安になり過ぎるのって鬱病患者の典型ケースだったりするのよね。



先日、ワイフの妹が結婚式を挙げた。おめでたい!

ヒヨコとかのこ

箱根のクラシックホテル「富士屋ホテル」で身内だけの挙式&披露宴。
初めて会ったダンナさんは高身長のイケメン、年齢はボクより10歳若いはずなのにスゲエ落ち着いててビックリした。ワイフには二人の妹がいるんだけど、その二人のダンナは結果的にとっても爽やかイケメン好青年。ワイフに「三姉妹を並べたら、圧倒的にボクが一番ダメだよね。ポンコツで申し訳ないねー」と謝っておいた。姪っ子ちゃんはボクのことヒゲメガネの不気味オジチャンとしてビビりまくってるしね。
●新郎くんはサワヤカだが、ご親族もイイ感じのひとたちで。秋田からわざわざやってきたお母さんと楽しい世間話。「男鹿半島ってことはナマハゲですか?」「ええ、ナマハゲはホントに怖くてね、あれが二〜三十人でやってくるんですよ」それはコワい!30人はコワい!

「富士屋ホテル」は創業明治11年、つまり1878年から今まで営業している超クラシックホテルだ。
●1878年って?大日本帝国憲法よりも10年先行してるよ!西郷隆盛の西南戦争の翌年だよ!そんな時代に「外国人専用ホテル」というコンセプトで出発してるのよ。すげーなあ。

富士屋ホテル

富士屋ホテル2

富士屋ホテルのガキ

●ルームキーひとつとっても、個々の部屋それぞれで違うデザインを掘り込まれていてグッと来る。ボクら一家が泊まった部屋は「牡丹」「山吹」。かまぼこ板のような大きさにも時代を感じさせるわ。

●で、個々にはマジマジの VIP も投宿してるのですよ。ヘレン・ケラーとか。チャーリー・チャップリンとか(彼は知日派でしたね)。昭和天皇夫妻も泊まってます。ボクがひっかかるのは1978年に JOHN LENNON & YOKO ONO 夫妻が泊まってること。少年だった息子 SEAN LENNON も一緒。その時の写真が残っている。SEAN とボクは2歳違い。親近感を感じるね。

JOHN LENNON YOKO ONO @ hakone

「ジョンレノン氏と小野ヨーコさん 1978年」これ、ホテルの近所の写真館で飾られてた写真ね。
●ヌケに見える背景が、まさに富士屋ホテルでしょ。この頃の JOHN は SEAN 誕生をキッカケに音楽活動を休止。ハウスハズバンドとして父親業に専念。そんで、YOKO の故国・日本へ毎年のように訪れていた。そんで1980年、音楽活動を再開、アルバム「DOUBLE FANTASY」をリリース。しかしその翌月の同年12月、ニューヨークの自宅前で射殺されてしまうのよね。



さて、この流れで JOHN LENNON を聴いてみる。
JOHN LENNON YOKO ONO : PLASTIC ONO BAND「SOMETIME IN NEW YORK CITY」
JOHN LENNON & YOKO ONO / PLASTIC ONO BAND「SOMETIME IN NEW YORK CITY」1972年
●これは個人的には懐かしい音源、初めて聴いたのは今から20年以上前の高校時代だ。レンタルCDをカセットテープにダビングして何回も聴いた。ハッキリ言って大好きなアルバムだった。内容もさることながら、その存在感がなんとなく笑えちゃうのだ。
●紛れもなく JOHN LENNON はあの THE BEATLES の中心人物で、同時に時代のアイドル/カリスマだった。ソロになっても名曲「IMAGINE」で世界の平和をシットリ歌い、そのヒッピー的風貌は仙人のような気分すら漂っていた。悲劇的な最期も伝説の聖人たらしめるエピソードになっていると思う。今でも JOHN LENNON をそんなイメージで捉えている人は多いだろう。…ただ、このアルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」ではそんな清らかなイメージをモノの見事にブチ壊す内容、人間 JOHN LENNON のデタラメな大騒ぎっぷりが痛快でタマラン。


このアルバムはCD二枚組。うちディスク2はライブ盤だ。コレが好き。
●コレの一曲目が「COLD TURKEY」。タイトル”冷たい七面鳥”は、ヘロインの禁断症状を表すドラッグ・スラングだ。耳にこびり付く強烈なギターリフがカッコイイが、8分に及ぶ曲の後半は JOHN がそのリフの中でひたすら呻き叫びまくるカオスな展開に到達、その鬼のような展開にゾクゾクする。LIVE メンバーも豪華で、ERIC CLAPTON、GEORGE HARRISON、KEITH MOON(THE WHO)、BILLY PRESTON、NICKY HOPKINS、DELANEY & BONNIE などなどがバックを務めている。
●で、続く「DON'T WORRY KYOKO」16分の長尺ジャムがクソ音源過ぎて笑う。このアルバムは JOHN LENNON 名義でなくて JOHN LENNON & YOKO ONO となってるだけあって、YOKO がボーカルを担う部分もデカイ。で、この16分間はこんだけの豪華なバンドのタフなプレイを、YOKO死ぬほど耳障りな超音波ボーカル、つーか怪鳥の鳴き声が見事に台無しにしていくのだ。「どーん!うぉー!りー!」 と YOKO がひたすら連呼するだけ。YOKO「ビートルズを壊した女」として悪名高いが、ボクは実際にバンドの人間関係に YOKO がどんな影響を及ぼしたかはワカラナイ。しかし少なくともこのアルバムで半分くらいの存在感を占めてしまう YOKO のボーカルが、JOHN LENNONアイドルまたは聖人のイメージを完膚なきまでにブッ壊してるのはマチガイナイ。うわーオカシな女に捕まったなー的な感じ。オカシな女とラリッテル。そんな風にしか見えない。ただ、ボクはそんな JOHN の方が好きなんだけどね。人間クサいじゃん。まー一度聴いてみて下さい、この曲はヒドい。前衛芸術出身の YOKO がポップミュージックの中でガン細胞のようにダメなオーラを作っちゃってる有様。

ライブ盤3曲目以降は、趣がチガウなと思ってたら、収録日もバンドも全然違うモノでありました。
●なんとここで JOHN & YOKO とジャムってるのは FRANK ZAPPA & THE MOTHERS OF INVENTION!コレは今回よーくクレジットを見返して初めて気づいた。どーりでギターのフレーズが時々プログレちっくなのか、やっと納得できた。ただし、フリーキーなジャムであることには変わらず、ここには聖人 JOHN は不在ZAPPAという魔人と刀を合わせるロックの闘士と、そこに奇妙なアイノテ入れてくる変わった女性だけがいるのです。


ディスク1のスタジオアルバムは、ホットな政治的主張がテンコモリ。
●コチラは、JOHN & YOKO PHIL SPECTOR の共同プロデュース。「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれる分厚いアレンジと深いエコーで知られる PHIL SPECTOR 独特の魔法が機能、見事なブラスアレンジがバンドの音楽をファットなモノにしてくれている。特に有名なのは「WOMAN IS A NIGGER OF THE WORLD」YOKO のフェミニズム志向に影響されたのか、女性解放を高らかに歌うウタ。これをはじめとして、このアルバムは JOHN のキャリアでも特に直接的な政治主張が色濃い内容。
●楽曲「ATTICA STATE」は、アルバムリリース前年1971年ニューヨーク州にあるアッティカ刑務所で起こった暴動事件が題材。露骨な人種差別が横行していた刑務所の中で囚人が環境改善を求めて抗議、看守らを人質にとって暴動に発展。しかし最後は州兵が投入され囚人&人質28人が殺されたという。状況打開のため交渉に立って欲しいという刑務所長の要請を断り、現場に出向きもせず軍隊を投入した当時の州知事ネルソン・ロックフェラーを歌詞の中で名指しで批判(”ROCKFELLER PULLED THE TRIGGER")。当然この人はあの大富豪ロックフェラー一族の一員でしかもその後すぐアメリカ副大統領になっちゃうんだよね。この事件はフリージャズの大物 ARCHIE SHEPP 「ATTICA BLUES」という曲でこの事件を取り上げている(「ATTICA BLUES」は絶対必聴の強力ジャズファンク)し、その後、多くの映画や書籍で取り上げられている。…ちなみに、その後 JOHN を射殺した MARK CHAPMAN もこの刑務所に長く収監されていたという…今は別の刑務所みたいだけど…まだ生きてるんだ…。
●そして北アイルランド問題についても言及。1972年1月、公民権運動のデモ行進へイギリス軍が発砲、14人が殺された「血の日曜日事件」(死者のうち6人が17歳の少年!)。JOHN はアイルランド系なのでこれに機敏に反応。楽曲「SUNDAY, BLOODY SUNDAY」「THE LUCK OF THE IRISH」に結実。この事件はその後アイルランド出身の U2 にも取り上げられてるコトになる。
●実際に起こった事件を一年以内のタイミングでテーマに取り上げる高い時事意識は、JOHN反体制のカリスマにもしたし、政権から危険人物とにらまれる結果にもなった。彼の射殺に陰謀説がささやかれるのもこうした経緯が関係しているだろう。

●この次の年、1973年〜1974年に JOHN は YOKO といったん別居、中国人女子 MAY PANG と一緒にニューヨークを離れてロサンゼルスに逃げちゃう。その後ヨリを戻した夫婦に1975年 SEAN が誕生。箱根までやってくるというわけだ。



ロックで政治や社会を問う、という手法は、今はアリなのか?
JOHN LENNON の時代、60年代末から70年代初頭のアメリカ/イギリスにおいてロック/音楽が政治的メッセージを発信する手法はある程度有効だったとボクは思う。音楽に束ねられた若者はベトナム戦争継続に異議を申し立てたし、公民権運動や人種差別撤廃の動きにも力を添えたと思う。もちろん大手メディアから放送禁止になったりと、賛否両論の立場があった訳だが。
こうした政治的メッセージを発信したロックが、1980年代末から1990年年代初頭の日本でも鳴らされた。首謀者は忌野清志郎だ。そのケースをつぶさに見てみたい。

ラストデイズ

NHK「ラストデイズ」
●今年5月?に放送されてた NHK の2夜連続ドキュメンタリー番組。一夜目は勝新太郎オダギリジョーが語るという内容。そしてボクが見たのは、爆笑問題・太田光が忌野清志郎を語る第二夜の放送。
大田&忌野清志郎の出会いが、これまたとてもユニークだった。痛烈な風刺漫才で世に出た爆笑問題は、デビューから数年は少々ドキツい発言から各所から度々抗議や批判を受けていた。実は忌野清志郎も、そんな抗議者の一人だった。大田が書いたコラム(テレビブロスだったかな?)で「選挙なんか行かなくてイイ」という主張を見つけた清志郎「大田に直接会いたい」と申し出てきたのだ。「君たちのコトは好きだったのにガッカリした。政治に無関心でイイと言っちゃうとキミの息子が戦争に行っちゃうのよ」清志郎は太田にそう訴えた。「選挙」の話はある意味で太田特有のキツいアイロニーであったのでだろうが、清志郎はこうした政治的無関心をどうしても看過できなかったようだ。二人の初対面はチグハグな議論で終わってしまったという。
忌野清志郎は、80年代のロックシーンに君臨したカリスマだった。そんな彼はある時期からどんどん政治的な表現に接近していく。その様子を、番組の中で太田がつぶさに読み取っていく。その中でも大きなトピックが「COVERS」騒動だ。

RCサクセション「COVERS」

RCサクセション「COVERS」1988年
●このアルバムは、ロック史の名曲を清志郎が日本語詞でカバーしまくる内容。BOB DYLAN「BLOWIN' IN THE WIND」EDDIE COCHRAN「SUMMERTIME BLUES」、THE ROLLING STONES「PAINT IT BLACK」、そして JOHN LENNON「IMAGINE」などなどをユニークな解釈で日本語に変換、というか完全に歌詞を差し替えて歌う。ゲストとして、JOHNNY THUNDERS、坂本冬美、桑田圭祐、泉谷しげる、清志郎と高校の同級生だった三浦友和、オマケにおニャン子クラブメンバー・高井麻己子(現・秋元康夫人)がボーカルで参加してる…ボク、アイドルとしての彼女のポニーテール、大好きでした。
●しかし、先行シングル発売二週間前に所属レーベル東芝 EMI が急遽発売中止を宣告。新聞に「素晴らしすぎて発売できません」との広告が出された。なぜか?ELVIS PRESLEY「LOVE ME TENDER」「SUMMERTIME BLUES」明確な反原発メッセージが打ち出されていたからだ。東芝 EMI の親会社・東芝はズバリ原発産業の当事者だからね。レコード会社幹部との話し合いは全くの平行線で、普段は温厚な清志郎さんが灰皿を床に叩き付けたという。
●さて、いったいどんな内容の歌詞だったのだろう?

 「ラブ・ミー・テンダー」

 ナニ言ってんだーふざけんじゃねー 核などいらねえ
 ナニ言ってんだーよせよ だませやしねぇ
 ナニ言ってんだーやめときな いくら理屈をこねても
 ホンの少し考えりゃ オレにも分かるさ
 放射能はいらねえ 牛乳を飲みてえ
 ナニやってんだー 税金かえせ 目をさましな
 たくみな言葉で一般庶民を だまそうとしても
 ほんの少しバレてる その黒いハラ
 

 「サマータイム・ブルース」

 暑い夏がそこまで来てる みんなが海へ繰り出していく
 人気のないトコロで泳いだら 原子力発電所が建っていた
 さっぱりわかんねえ なんのため?
 狭い日本のサマータイム・ブルース
 熱い炎がさきっちょまで出てる 東海地震もそこまで来てる
 だけどもまだまだ増えていく 原子力発電所が建っていく
 さっぱりわかんねえ だれのため?
 狭い日本のサマータイム・ブルース
 寒い冬がそこまで来てる あんたもこのごろ抜け毛が多い
 それでもテレビは言っている「日本の原発は安全です」
 さっぱりわかんねえ 根拠がねえ
 これが最後のサマータイム・ブルース
 あくせく稼いで税金とられ たまのバカンス田舎へ行けば
 37個も建っている 原子力発電所がまだ増える
 知らねえうちに 漏れていた
 あきれたもんだなサマータイム・ブルース


●まーこんな感じです。このウタが、あのどこかユーモラスな清志郎節で歌われる。そんなに大変なことですかね?ムキになるトコロかな?確かに直球だけどね。
●結局、一瞬はお蔵入りになったアルバム「COVERS」、当初の予定から通り1988年、別のレーベル KITTY からリリースされることに。一度は発禁となった話題性も手伝ってこのアルバムはチャート1位を獲得。つまり、結局このレベルの主張は自然と日本社会には受け止められたというわけ。東芝はメクジラ立てても、他の人にとってはフツウの感覚だった。
●旧ソ連/現ウクライナのチェルノブイリ原発事故が1986年、全世界が初めて体験した大規模放射能災害から2〜3年程度しか経たない時期、この程度の危機感は当時世間一般では当たり前の感覚だったのだろう。時代は冷戦下、米ソの超大国が地球全土を何百回も焼き尽くすほどの核兵器をガッツリ保持していた時期でもある。80年代に小中学生だったボクは、一瞬で大陸間核弾頭が世界を駆け巡る第三次世界大戦の恐怖を冷戦下にリアルな危機として感じてたし、そこにチクリとハリを刺すこうした風刺は小気味よく楽しいものと考えてました。たぶん、今の20歳代の人には共有できない感覚かもしれないけど。
●税金のテーマがチョコチョコ出てくるのは日本で初めて一般消費税(今と違って3%ね)が導入されたのが1989年だからでしょう。消費税導入は当時の政治状況では一大トピックでしたから。年収の低い人ほど負担が重くなる逆進性に大きなアレルギーが起こってました…結果その後続く国政選挙で自民党はジリジリと議席を減らし1993年の細川護煕内閣/非自民政権成立(55年体制の崩壊)を呼び込むのです。
2014年、消費税8%/残業代ゼロ制=ブラック企業合法化を推進し、一方で法人税減税や武器輸出/原発技術輸出を目指す安倍政権が高支持率をキープしている今日の状況とは、だいぶ世間の空気が違ったのですね。今の日本人は政権/与党に対して従順になったのか?それとも諦めきったのか?

タイマーズ「ザ・タイマーズ」

タイマーズ「ザ・タイマーズ」1989年
さて、清志郎「COVERS」発売禁止騒動を受けて速攻で覆面ユニット・タイマーズを結成。土木作業員な衣装に全共闘を連想させるヘルメットをかぶったコスチュームは、完全に新左翼のパロディ。当時でも十分にオールドファッションだったフォークゲリラな扮装を身にまとい、よりキワドい風刺ソングを歌い始めたのだ。なんてったって、名前が「大麻ーズ」だし。「COVERS」発禁に対する皮肉もタップリ仕込んで、総理大臣や国会議員をゴリゴリといじめて、原爆や原発にも言及する。でも、なんか知らんがこのバンドはオトガメなし。このアルバムはフツウに東芝 EMI からリリースされてしまってる。THE MONKEES の日本語カバー「DAYDREAM BELIEVER」はCMソングにもなったので、個人的にはコッチをよーく聴いてた感じ。

「ラストデイズ」の太田光は、なぜココまで清志郎が直接的な表現に走ったのか?考える。
●番組の中では、ソロ作「RAZOR SHARP」の制作でコラボした IAN DURY & THE BLOCKHEADS との交流でサッチャー政権に対抗するパンクスピリッツに触発されたことや、33歳で亡くなった実母の遺品に巡り会い、戦争で死んだ実父への思いを知ったというエビソードが紹介される。キャリアの頂点を極めてしまった先に何があるのか、清志郎自身が必死に模索していたのだ。
●一方、RCサクセションの内部〜周辺では、一連の流れに対して清志郎と同じ立場に立つ人だけではなかったことも「ラストデイズ」は紹介している。泉谷しげるですらが歌詞があまりに直接的だと感じたという。「大反対はした…「オマエそんな方向じゃダメだろう」と。ケンカになりましたね。文化人になっちゃダメだ。あくまで悪戯小僧でいなくちゃ。気分は理解できる、政治に口出すなとは言わない、でももっとオチョクって欲しかった」RCサクセション清志郎は十分にリリカルな表現を成し得るソングライターで、ここまで直接的に政治/社会問題に突っ込むことはないだろうと。実は RCサクセションの盟友・仲井戸麗市も戸惑っていた。「オレ個人の見解はヘビーだった」わざわざ別ユニット・タイマーズを作ったのも、RC のメンバーの賛同を得られなかったからだ。そして1990年アルバム「BABY A GO GO」を最後に RC は休止状態に入る…。

●その後、ソロ活動に移行する清志郎は、糸井重里と共に「パパの歌」を歌ったり、細野晴臣&坂本冬美と疑似昭和ユニット HIS を結成したり、自転車にハマったりと、ことさら政治一辺倒の活動を続けた訳ではない。あくまで忌野清志郎というアーティストの問題意識は政治的関心、または反原発運動だけに凝り固まるわけではないのだ。「COVERS」は1988年という時代にあって成立したもので、その時代の必然から離れれば意味も変わる。
●ただし、原発問題を清志郎が完全に忘れ去ってしまった訳でもなく。忌野清志郎&2・3’S名義のアルバム「MUSIC FROM POWERHOUSE」1993年で「メルトダウン」という楽曲が、致命的な破滅を描いている。不気味なサイケデリック・アレンジを施されたこの曲を、ボクは彼の武道館公演で見ている…。


さて、この20年以上前の音源「COVERS」が、3/11以降の日本でどのように聴こえているのか?
そして、原発/原子力にまつわる言説がどのように流通しているのか?考えてみたい。

わざわざ20年前の音源が引っ張り出されること、つまりこの20年が空白であったこと。
NHK「ラストデイズ」は、企画の遠い狙いとして、3/11以降の「COVERS」の捉え方を提起する意図があったと思う。まー、ほとんどのテレビメディアがナイーブに取り扱う原発問題で、一番おカタいと見える NHK反原発を直裁に歌う「COVERS」音源をバッキリ放送してるコトが既にスゴいと思った。きっと制作者の覚悟は相当なモノだと思う。そこまでしてこの番組は、原発問題を直接メッセージした男の生き様を描き、今ならナニが出来るのか?を問うている。そして、ボクはこの番組キッカケで、今の時代の「COVERS」解釈とそれに続くべき表現のカタチを考えてしまっている。
●反原発ソングである「ラブ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」は、ピーター・バラカンのラジオ番組にリクエストが殺到したという話がある。3/11以降にアルバムの注文が AMAZON に殺到したという話を聞いたことがある。あの大災害があって、大勢の人間がこの楽曲を思い出したのだ。反対に、20年遡らなければ、原発に直接言及した音楽はないということか?
●20年の空白を裏付けるようなエピソードがある。ある会食でこの「ラストデイズ」「COVERS」について30歳の女性に話を振ってみたところ、「へー、反原発運動ってそんな昔からあるんですねー」との反応が返ってきた。え?別に原発問題って今に始まった訳じゃないよね…。世代として「COVERS」を知らないのは当然だと思うけど、原子力には大きなリスクが付きまとうのはもっと当然の知識だと思ってた…。ソコが抜けてるってコトは「原発安全神話」ってホントにキチンと神話として機能してたってコトかな?みんな原発は100%安全だと思ってたのかな?「COVERS」以来、原発に対してオルタナティブな立場にたった文化的発信はなかったとすれば、30歳の彼女はモノゴコロついた時から当局が発信する「安全神話」にしか触れていなかったのも当然だ。この20年間のジェイポップって、なにやってたんだろうね…?

「COVERS」のAMAZONレビューに辛辣な意見が。「芸術家は芸術だけやってりゃいいんだよ」。
●とっても長いんだけど、敢えて引用してみます。(本物の記事はコチラ


 ★☆☆☆☆「ミュージシャンの清志郎はそこそこ好きだけど」

 ミュージシャンに国家観というものがかけらもないことを高密度に実証したある意味画期的名作である。
 ミュージシャンや芸術家一般に広く言えることだが、彼らの脳内には日本という国家、国土、文化、歴史を守護防衛保存するという観点は乏しく、彼等が叫ぶのは「人類皆兄弟話せばわかるはずさ」という夢想主義の空虚な叫びばかりである。ラブ&ピースを支えるものが何なのか、それを具体的に考えもしないで、ただ叫んでいれば世界は変わると居直り、音楽には力があるとか何とか言って陶酔してるのがいわゆる音楽愛好家たちであり、それを煽るミュージシャンである。そりゃ力はある。宣伝媒体としての威力なら絶大なものがある。だが所詮、音は音でしかなく、表現は表現でしかない。そんなもんに世界を具体的に変える力など、ありはしない。簡単に変えられるなどと口にするのは完全におかしい。


●まず前提として「COVERS」の中の表現がこの人の国家観と食い違っているらしい。それをミュージシャン&芸術家一般に拡大して、彼らのメッセージは「夢想主義の空虚な叫びばかり」ということにしている。あー多分 JOHN LENNON の理想主義者イメージが肥大解釈されてるみたいですね。「ラブ&ピース」とか言ってるし。そしてこのレビュワーさんは道理をわきまえた現実主義者というポジションでいるようです。ちなみにこの人20歳代だそうで。理屈っぽいけど論旨は大ざっぱなトコロが若気の至りか。
ただ残念なことに、この人は音楽が作られた時代背景を見ていない。ボクから見ると JOHN LENNON が政治的アプローチに執心していた時期は60年代末〜70年代初頭だけで、主だった関心は当時実際に陰惨な戦闘が続いていたベトナム戦争への反対運動。反戦メッセージを発信したベッドインというパフォーマンスは確かにパフォーマンスにしか過ぎないが、自己イメージを利用した有効なプロパガンダだった。抽象的で意味が霧散してる理想主義というよりは、かなり目的が限定された戦略的運動で、アメリカの国益を見ても撤退した方がイイ段階に入っていた。「SOMETIME IN NEW YORK CITY」も実際に起こった話題のニュースを即時対応で題材にしていて、実に具体的だ。そして世間全体に目を向ければ、別に JOHN LENNON の独力で成し得たわけではないが、結局ベトナム戦争は1972年に終わり、公民権運動女性解放運動は伸長し、北アイルランド問題も一定の平和を得ることができた。JOHN LENNON は同時代人として当時の社会全体とシンクロして問題解決のために自分の行動を決定したまでと考えた方がイイ。ミュージシャンであろうと誰であろうと政治信条はフツウに備えている。しかし、この人の認識はソコがトボケている。ミュージシャンが世論を先導しているかのようにイメージしているようだが、ミュージシャンは時代の空気を機敏に掬い取っているだけなのだ。
●さて続きを。


 話してわかるなら、それくらい人間という存在が賢いなら最初から何の問題も発生しないのである。戦争やら武装やらの一見して悪と見える概念は、もはや引き受けざるをえない人間の不可避の愚かさであり、その存在を確たる前提として認めたうえでそれに対する何らかの処し方を論じ、叫ぶのが真っ当な理想主義であって、その前提すら、人間の性悪性すら無視して道徳的完全さを無邪気に要求する思考の幅の狭さは個人の脳内で留めるならまだ人情として許容されもしようが、あろうことかミュージシャンというある種の権威、影響力を持ったマスメディアが大々的にそれを吹聴し一般市民の感情の部分に訴えてその眼をくらませる方向に仕向けるというのは、これ間違いなく害悪である。怠惰な理想主義である。

 「原発いらねえ」「核いらねえ」「戦争いらねえ」
 それですんだら人生辛くないよ。


現実主義者である上に、性悪論にたった人間観をお持ちのようです。この人の悲観的な人間観に文句をつけるトコロはありません。「道徳的完全さを無邪気に要求する」のは誰が誰に対してやってることか主語が掴めないが、忌野清志郎批判対象に道徳なんて求めてない。ハッキリ言えばデタラメに噛み付いているだけだ。それは歌詞読んでみりゃ一目瞭然でしょ清志郎自身が発売中止を伝えられて「呆れたもんだぜ、たかが歌じゃねえか」と応えたという。そんなもんですよ。これは誰かを対象にした抗議文ではないのだから。
●ただ、これも1988年当時の一般の感覚に寄添っていたのはマチガイナイ。あの時代は誰もが冷戦の緊張と核戦争の脅威はマジでいらないと思っていたし、ホットニュースであったチェルノブイリの影響が日本でも恐れられていた(ソ連領内にあったチェルノブイリの事故情報は、当初西側陣営には公開されず混乱が起こってた)。さらには、レーガン〜ブッシュ政権やサッチャー政権といった同盟国のタカ派路線に翻弄されて、日本は独自路線を持てず総理大臣をパタパタと入れ替えていた時期だ。国政への失望はこれも時代の空気だった。その証拠にアルバムはセールスでキチッと成功した。……2011年以降の日本に当てはめて考えたら、気分が違うトコロがあるのは当然でしょう。しかしそれはミュージシャンのせいでも作品のせいでもない。録音されたのは20年前で、ましてや相手は既に故人なのだから。それを今の時代に引っ張り出してきたのは今を生きる消費者だ。
●まだまだ続きます。そして問題発言。


 私は忌野清志郎に対しては、その言語感覚や特徴的すぎるボーカルなどでもって音楽史上において独特な立ち位置を示す稀有な存在として、崇め奉りするほどではないものの、そこそこのファンである。ちょっと好きである。
 しかしそれはミュージシャンとして、音楽家としての領分を守って活動しているのみにおいてであって、現実を完全に無視した異常な理想主義者、そしてそれを音楽として垂れ流す愚昧市民大量生産者としての忌野清志郎は、軽蔑せざるを得ないというのが本音である。
 「芸術家は芸術だけやってりゃいいんだよ。」
 この言い分がかなり乱暴な言い分だということは認めるが、しかし実態はこのフレーズの乱暴さのほうが彼等が実際に垂れ流す害悪の乱暴さに比べればまだ可愛いものなのだから、この乱暴なフレーズの中に彼等は閉じ込められて活動すべきであると私は思う。
 音楽には音楽のしかるべき領分てものがあるでしょうが。



「芸術家は芸術だけやってりゃいいんだよ。」 さて、どうしましょう?コレが今の20歳代の気分なのでしょうか?20年前の音源を引っ張り出して害悪呼ばわりした上で、表現の規制ともとれるような乱暴なフレーズが清志郎のリリックよりも可愛いモノと思えるらしい。
●それでは逆に「政治は誰が担えばイイのか?」
●サラリーマンは給料稼いでいればいいんだよ、女性は子育てしてりゃいいんだよ、農家は野菜作ってりゃいいんだよ、エンジニアは機械作ってりゃいいんだよ、マンガ家はマンガだけを(「美味しんぼ」騒動)、ドラマ屋はドラマだけを(「明日ママがいない」騒動)、などなどこのロジックはどこまでも続き、国民を分断し自由な意見交換を封殺する。そんな時この日本社会は誰のイニシャティブで運営されるべきなのか。政治家が政治だけやってりゃいいんだよ?安倍晋三のような世襲政治家の集団と一部のエリート官僚がカーストを作って専任すればいいのか?これこそおかしなことだ。サラリーマンも女性も農家もエンジニアも、自らの政治信条を持ち、それをデモのような物理的活動や、TPP反対のような具体的なロビー活動や、雇用者に対する労組闘争や、選挙に対する投票行動を展開する権利が当然のようにある。国民は等しく政治的で、それぞれの職能の範囲で行動している。ミュージシャンも、芸術家も、それは同じだ。清志郎は太田光に言った、投票には行けと。
「戦争いらねえ」とヒトコト歌うことが、異常な理想主義者が害悪を垂れ流す行為とこの人はいう。これはある意味でしょうがない…この人の政治的信条がココにあって、このAmazonレビューに書く自由は保証されるべきだから。ただ、この言説の内容は、貧弱なロジックを振りかざして日本のコンテンツ産業の幅を縮める野暮な行為であるとボクは思う。こうした言説が、CMに自主規制をさせたり、図書に回収を求めたり、教科書を改悪したりと、様々な場面で今の社会に浸透しつつある。危ない気配だ。


 ジョンレノンとかボブディランがやってたような政治に口出しするパフォーマンスってのはロックの本質の一部でも何でもなくて、彼等個人の資質、言いたがり、パフォーマーとしての発露だったのであって、それを他の人間が真似しちゃあかんよ。
 言っておきますが私は右翼でもネトウヨでもございません。
 でも原発やら核やら戦争やらが、人類が人類である限り不可避の愚かさである、という現実を真摯に受け止めるならば、それを無視して「言いたいこと言うんだーい」なんて、恥じらいも節度もブン投げて吠えまくる音楽家を、聴衆が唯々諾々と持ち上げる様はね、音楽の堕落以外の何物でもないですよ。
 私は音楽が好きなんですよ。ただ、アホを増やすだけの音楽は断固として軽蔑します。
 ミュージシャンの忌野清志郎は、ちょっとだけ好きです。


BOB DYLAN が政治的であった場面というのは、ボクは知識がない…プロテストソングと言っても彼自身は自分の作品をそう解釈されることを拒んでいたし、事実歌詞は抽象的すぎて具体的な政治的主張はあまり見えてこないから。「WE ARE THE WORLD」は歌ってた気がするけど。ただ、政治パフォーマンスがロックの本質の一部か否か、という部分はこれも時代や地域で変わるでしょうね。昔はそんな場面があったかもしれない…でも今はロック自体が伝統芸能化してる気配もあるし。ボクはロックにそんな万能の力を期待してはいない。ただ、やりたいヤツはやるべきだ。この人がいうようにそれは個人の資質の問題で音楽のフォーマットの問題ではないからだ。
●一方で、BOB MARLEY が60年代ジャマイカ独立直後の混乱期に対立する政党(+ギャング)を和解させるよう振る舞ったとか、FELA KUTI が70年代ナイジェリア政府の弾圧に抵抗するべく運動したとか、本当に政治が不安定な地域では否応なく誰もが何らかの立場を表明しなくてはならないわけで…これはミュージシャンだけではない…スポーツ選手であったり俳優であったり文学者であったり。そしてその中で生まれるクリエイティブに価値があったことをボクは一応知っている。
●ただ、少なくとも2014年の日本では、政治的パフォーマンスとロック/音楽の相性は悪いようだ…経済原理というかマーケティングとして不利。だって20歳代の人がそう主張しているんだもの。これじゃ今現在、政治的コンテンツは売れないでしょ。AKB48 EXILE がやってみたらどんなことになるのかな?

●ただ、最後の部分は100%同意する。ボクも音楽は好きだ。ミュージシャン忌野清志郎も好きだ。そしてアホを増やすだけの音楽は断固として軽蔑する。人種差別や戦争推進、ファシズムや全体主義、表現の自由を規制する運動を支援する音楽は徹底的に否定する。それがリスナーとしてのボクの政治的立場だからだ。


●動画。
●JOHN LENNON & YOKO ONO「COLD TURKEY」
●JOHN LENNON は聖人君子じゃない。女とクスリにダラしないロックンロールバカだ。だから好きなコトを好きなようにわめく。勝手に神格化するからヤヤコしいコトになる。




●RC サクセション「サマータイム・ブルース〜ラブ・ミー・テンダー」
●ソウルフルなコーラスは金子マリかな。「COVERS」の問題曲二連発。




●タイマーズ「メルトダウン」
●2・3’S以前からこの曲は用意されてたみたいね。脳ミソがメルトダウンダウン…。






●ああ。Amazonレビューでへんな書き込みを見てしまったから、妙に長くなってしまった。
●最近の、この気持ち悪さに、ガマンができなくなってきた。

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