夏休みに、島根・出雲大社を訪れて。
●ホントにオモシロかったのは出雲大社そのものではなくって。
出雲大社のとなりにある、島根県立古代出雲歴史博物館だったのです。

●大社の中をアレコレ見学して、お参りして。
●歩き疲れた後に、休憩のツモリで入ったこの博物館のミュージアムカフェ。
ここで爆笑のメニューを発見。

古墳ゼリー1

「古墳ゼリー」
●なんじゃこりゃ!出雲大社と前方後円墳は直接関係ないでしょ!
●と思ったボクは、即座にカフェのお姉さんに突っ込んじゃった。出雲には古墳文化ってあったんですか?ことこんな前方後円墳なんて?そしたら、カフェのお姉さん「古墳がないわけではないんですよ、前方後円墳だけではなくてイロイロなカタチの古墳があります」あらら、カフェのお姉さんもキチンと古代史に詳しい。しかもこのメニューはこの時期に開かれていた企画展「倭の五王と出雲の豪族 - ヤマト王権を支えた出雲の豪族たち」の限定品で、倭の五王の一人と言われてる仁徳天皇陵などなどにインスパイアされてるので、出雲の古墳とは確かにチガウ。しかし出雲の古墳は方墳(正方形タイプ)にユニークな特徴があったりするのが特徴的で、前方後方墳も目立つという。シッカリとお答えいただいた。
●で、さっそくこの正式名称「倭の五王の夏SWEETS 抹茶が香る古墳ゼリー」、注文しましたよ。
●そしたら。

古墳ゼリー2

古墳の中には、グミベアちゃん一匹が埋まってた。爆笑!
●この博物館センスいいわ!

古墳ゼリー3

●おまけに、一緒に前方後円墳カプチーノも注文しちゃったよ。そしたら勾玉クッキーが付いてきて、ナイス過ぎる。


●この「島根県立古代出雲歴史博物館」(略して「れきはく」っていうっぽい)は、こうした弥生時代から出雲大社と数々の神話、その後の中世史などなども網羅した博物館。ボクはめいっぱい楽しんだ。その展示品の1つ1つは、マニアックといえばかなりマニアックなのだけど、その展示の価値をキチンと楽しく伝えようとする博物館の内側の人の異常なまでの熱意を、みっちり感じることができるのだ。ボクはむしろその中の人のテンションに敬意を感じてしまって、終始楽しく展示を見させてもらった。

島根県立古代出雲歴史博物館1

●例えば、この博物館には「銅鐸」がたくさん展示されてる。
銅鐸って言われてもね…それがたくさんあることはスゴいコトかもしれないけど、素人には全部一緒に見えて区別付かないよね。でもね、この博物館は銅鐸の1つ1つに心を込めた解説キャプションをつけて、個性を添えてあげている。「兄弟銅鐸:同じ鋳型で作られた複数の銅鐸を、兄弟銅鐸といいます。この4つの銅鐸は石の鋳型で制作されたものと考えられ、制作を重ねる度に鋳型のひびが大きくなることから、作られた順番が分かります」とか。ほんの1センチほどの小さい傷みたいなマークに注目して「鈕に刻まれた×印」「鈕に鋳出されたウミガメ」とかとかワザワザキャプションをつけてます。これが東京国立博物館なら「銅鐸 島根県出土 弥生時代中期」でオシマイだよ。銅鐸だけじゃない、展示品1つ1つにその価値を広く多くにわかりやすく伝えたいという博物館の気迫が感じられるのだ。ボク、そんな姿勢が大好きだよ!

島根県立古代出雲歴史博物館2

●この博物館の最大の見せ場でもある、「荒神谷遺跡」から出土した358本の銅剣の一斉展示。スペシャル!あ、この博物館、こうした常設展示は全部撮影OKってのもスゴいね。

●弥生時代の青銅器文化ってのは、銅剣銅鐸が大事な宝物ってのは学校でも習う有名なコトだと思う。けど、実は出雲がこの青銅器文化でユニークな立ち位置にあるのはそんなに知られてない気がする。銅鐸は畿内から出雲にかけて出土する。銅剣は九州から出雲にかけて出土する。銅鐸と銅剣が一緒に出土するのは実は出雲だけなのだ。
「荒神谷遺跡」から出土した銅剣358本は、1984年の発見当時はマジでディープインパクトだったらしい。当時日本全国全てを合算してもで300本程度しか発掘されてなかった銅剣が、それ以上の数で一カ所から出てきたのだから。おまけに銅鐸6個、銅矛16本まで出て来た。銅鐸&銅矛が一緒に出土した例はココしかない。銅剣はその形状から現地・出雲で作られたよう。この発見で、九州文化圏と畿内文化圏の、なんとなくの中間地点という認識だった出雲エリアの重要度は急上昇、弥生時代の文化的ハブセンターだったと認識されるようになったという。
●おまけに、当時の青銅器の原料は貴重品で、全て朝鮮半島経由の輸入品だったという!島根県〜出雲地方は鉄に関しては豊富な地下資源があったし、勾玉を作るメノウも恵まれていたけど、青銅器原料は輸入…。日本海経由で直交渉があったのか、九州経由で供給されてたのか。日本海をまたいだ半島〜山陰のダイナミックな交流が2000年前にあったと思うとワクワクする。「日本」という民族国家の概念もない時代、海の向こうから先端技術を持った移住者が新天地を探してどんどん渡来してきて、この島国の人々とゆっくり混じり合っていく。


●もう一つ不思議なコトが。この大量の銅剣・銅鐸・銅矛は、古墳とか墓所のような場所から発掘された訳ではない。フツウに山の中に埋められていたのだ。こと山陰地方では、他の地域に先行して青銅器が姿を消していく。弥生人たちはナゼ青銅器を埋めてしまったのか?単純に捨ててしまったワケではないことはその丁寧な埋め方からは想像が付く。しかしその理由はまだよく分かっていないという。…そんで同じ青銅器でも、銅鏡だけはカテゴリーが違う。銅鏡は時代が下がって古墳時代から登場してくるアイテムで、畿内の大和王権から地方の有力者に与えられるという性質を持っていたらしい。

●というわけで、ボクがナゼか弥生時代の青銅器に異常にハマって展示にカジリツイてしまった結果、ワイフはじめ家族は大幅にドン引き、博物館のロビーでくたびれ果ててました。この文章を読んでる人もそう思うでしょ。
でもソコに懲りず、加えて、出雲大社の古代ロマンにも言及してしまいます。


古代の超高層建築、出雲大社。高さは48メートル!

出雲大社復元図

実は古代の出雲大社本殿、平安〜鎌倉時代あたりまでは、ごらんのとおりの超高層建築だったらしい。
●そもそもでいうと、出雲大社がいつどのように作られたのかは、実はよくわかってません。奈良時代の記録には残っているのでそこらへんには既にあったらしい。「古事記」によれば、大国主命(オオクニヌシ)「国譲り」神話にルーツがあるとなってます…スサノオ系列のカミサマ、オオクニヌシが自分たちが暮らす出雲地域を、アマテラス系列の高天原勢力のカミサマに譲り渡すエピソード…これをキッカケにオオクニヌシは幽冥の世界に移ります。そのオオクニヌシを祀るために作られたのが出雲大社で、その創立から祭祀を務める出雲国造一族は、アマテラスの第二皇子天穂日命(アメノホヒ)が始祖ってことになってます。最近、高円宮典子さまと婚約した千家国麿さんはこの出雲国造一族のど真ん中。第84代出雲国造を担っている父親の跡をいずれ継ぐ人物。86代前のおばあちゃんがアマテラスってどんな気分だろう?

ああ、超高層建築って話だったね…。
●平安時代の記録によると、「雲太、和二、京三」という言葉があったそうな。出雲大社が長男、大和=奈良の東大寺大仏殿が二男、京都の平安京太極殿が三男。東大寺も太極殿も当時の大型建築だったのですが、出雲大社はそれよりもデカイと。当時の東大寺が45メートルだとされてますのでソレよりもデカイ。別の伝承では48メートルと言われてます。あんまり高すぎるので、平安時代の記録じゃかなりの頻度で立て直されてるとか。つまり、しょっちゅうブッ倒れてたらしい。この博物館にはその48メートルという説に乗っかった復元模型1/10スケールを展示してます。バブル期1989年頃のゼネコンが作ったというその模型は、模型といえど4.8メートルの高さ、伸びる階段の長さもハンパじゃありません。ビビるほどの迫力。
●ただし、この48メートル説は半ば伝説じゃねえのか?、的な見方も強かったのです。複数の研究者が考えた再現模型は他にも5つあって、高さや形状に様々な解釈を加えています。しかし、2001年、この巨大建築伝説に具体的な証拠が出てきました。この高層建築を支えていたという伝承通りの太さ3メートルの柱が3本発掘されたのです。正確には1.3メートルの太い柱を三本束ねたもの。発見時の写真がネットに出てますが、まじデカイです。放射性炭素同位体測定によると鎌倉時代の1248年に造営されたものらしい。古文書に残る建築図面と柱の間隔が符合することもわかってます。

chuoutenji.jpg

●この柱の出土した場所は、現在の大社本殿の前、ちょうどお賽銭を投げてお参りするトコロにあります。巨大しめ縄のある拝殿と本殿の間。その地面に三本の柱を束ねたマークが描かれてます。油断すると見落としますけど。あ、ちなみに、出雲大社は、フツウの神社の「二拝、二拍、一拝」と違って「二拝、四拍、一拝」なのです。四回、ぱんぱんぱんぱん。慣れないと違和感タップリ。だけど年配の地元系おばあちゃんがスマートかつリズミカルに手を打つ様子がクールでした。

●室町〜中世に入ると、政情不安定で古代のような巨大建築は作るコトができなくなります。他の本を読んで勉強しましたが、応仁の乱以降の中国地方はだいぶ混乱してた模様。江戸時代に幕府の巨額支援で現在のレイアウトに近いモノが再建され、それが今でも踏襲されてるとか。巨大建築を強調してると今の本殿がしょぼいように聞こえますが、今だって高さ24メートルと神社にしてはだいぶデカイ建物になってます。ご安心を。

●今日書いたお話は、ミュージアムショップで買った「島根県立古代出雲歴史博物館 展示ガイド」と、出雲大社宝物殿で買った「出雲大社由緒略記」、それと博物館の解説ボランティアのおじさんから聞いたお話でまとめました。

「島根県立古代出雲歴史博物館 展示ガイド」

(なんかAmazonに扱いがあるっぽいな…マーケットプレイスか…。)



●音楽。

青葉市子「0」
青葉市子「0」2013年
●最近はプロジェクト立ち上げで、マジで神経がササクレまくってます。サブリーダーとして実務をいっぱい背負い込んでる…この手のヤツって旗振りリーダーは往々にして旗振りだけで、モロモロの物理を着地させる実務家が一番タフな目に遭うのよね…ま、グチはともかく。しかし、こちとら傷みモノのポンコツだから、キャパ限界越えて死ぬ訳にもいかない。ですので、最近は会議脱走とかしてます。背負えない部分は背負えません。つか、なるようになれ的な。ちょっとヤケクソ。メールもフェイスブックメッセも見ないぞ。休日は寝込んでたからな。理不尽/ムチャブリと知ってても仕事振り分けるトコはバラバラと振り分けますよ。
●という開きなおりの境地に差し掛かるまでは、我慢と不安は音楽で緩和する他なかった。その時に高機能だったのが、クラシックギターの端正な演奏とウィスパーボーカルが透き通るように美しいシンガーソングライター・青葉市子さんの音楽。ギター1本の弾き語りと謎めいた言葉選びには、ほんのりとボサノヴァの奥ゆかしさを嗅ぎ取ってしまったり。

●正直、この女性がどんな人だか全然知識がない。ただ、その歌詞の特殊な浮遊感は、仕事のプレッシャーで地球の重力すらがシンドイボクには、浮世の荷重を一瞬忘れさせてくれる不思議さがあって、何回もプレイしてしまった。特に「機械仕掛乃宇宙」という曲が好きだ。「それは…メリクリウス ウェヌス マルス ジュピテル サートゥルヌス ウラヌス ネプトゥヌス…」惑星の名前をラテン語で何回も列挙する様子が、凍てついた宇宙に響く呪文のようでボクの脳ミソをクールダウンさせてくれる。

●クレジットを冷静に見てみると、レコーディング&ミックスが ZAK氏、マスタリングがオノセイゲン氏。ああ、この丁寧な音響はこの匠の技でございましたか。テッパンだ。「いりぐちでぐち」という曲は大分県のトンネルの中を歩きながらの即興演奏&フィールドレコーディングだそうで。録音に神が降りる。



●動画。「機械仕掛乃宇宙」。




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