本日、下北沢の街は、キッズハロウィンデイ。
●街中が仮装をしたチビッコとそのママたちでいっぱいだ。魔女宅のキキやスーパーマリオ、スパイダーマンにバットガール、ジャックスパロウやルーク・スカイウォーカー、ゲゲゲの鬼太郎もいたよ。今年のニューウェーブは「アナ雪」の女王エルザ。ありのままにイッパイいたよ。
●さらには東商店街で「下北秋のイカ祭り」開催。大学生ボランディアが模擬店のノリで宮城県女川のイカを美味しくヤキソバの具にしてたよ。ボクはイカの鉄板焼きを買って帰って、息子ノマドと二人でお昼のオカズに。震災復興支援の意味合いもあるんだよね。この前の下北沢カレーフェスティバルも含め、下北沢はホントに元気な商店街だね。

「下北秋のイカ祭り」2014



●突然出来たお休みの、このユッタリとした時間に。
日本の古代史について考えてみる。出雲の「国譲り」という「古事記」のエピソードのウラに隠されたイメージについてだ。そんなことを、8月の夏休みに訪れた出雲大社、他山陰地方各地を巡って考えていた。

●既に関連記事も書いてるので、こちらもご参考に。(たいしたコト書いてないけど)
『古墳ゼリーで爆笑して、思わずハマり込んでしまった島根県立古代出雲歴史博物館の銅鐸その他にかける情熱。そんで青葉市子。』
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20140925.html
『夏休みの出雲〜鳥取ツアー。「命削って作った」CDに出会ってココロ揺さぶられる。』
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20140907.html
『夏休み、山陰地方ツアー、序章。そんで口ロロ、DORIAN。21世紀の猛暑バケーションのBGM。』
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20140825.html


●出雲大社の広い境内は、とても緑が眩しい、聖域に相応しい場所だった。

出雲大社境内

出雲大社境内2

●でもね、東京からここ出雲大社まで来るのに、13時間もかかった。深夜バスで。
●ボクは自動車の運転をヤメた。だから主だっての旅行手段は鉄道か飛行機か、なのだけども。今回は、高速バスを選んでみた。小学生でもなくなった息子のコストがどんどん高くなるので、深夜バスで車中一泊と考えたのだ。一番イイのは、寝台特急「サンライズ出雲」ってのが実にゴージャスで魅力的なのだが、鉄道ファン垂涎の人気特急とあってコストどころか予約も困難なこの手段はそうそう諦めた。
●新宿・明治安田生命ビルにあるウィラーというバス会社のターミナルに20時ごろ集合&出発。それなりにユッタリ作ってある座席のはずだが、ガシガシ貧乏旅行をしてた20歳代と同じノリというワケにはいかず、メッチャ足腰イタくなった。二時間おきに停まる殺風景なサービスエリアは、暗闇の中では実に没個性で、今自分が日本列島のどのヘンにいるのかサッパリわからない。朝になると、米子、松江、出雲といった場所でお客を少しずつ降ろしながらバスは進み、終点の出雲大社前に着いたのは9時30分。終点までバスに乗ってたのはボクら家族だけ。同じ週に夏休みをとった同僚はシンガポールまで9時間、先輩はウランバートルまで7時間の旅だったという…。出雲大社、東南アジアやモンゴルより遠い。

●でも、さっそく美味しいものの歓迎を受けて元気回復。

出雲そば 出雲ぜんざい

●左は「出雲そば」
●朝九時からおそば屋さんは元気に営業。12時になってもオープンしない下北沢のお店たちとは大違いだ。ここの名物・出雲そばの特徴は、三段に重ねられたおそばだそうで。一畑鉄道「出雲大社前」駅のすぐそばにある「伊藤そば」にて食べる。愛想のイイおばちゃんとトークしながら、ボクは三段別々の具が載ったヤツを食べる。
●右は「出雲ぜんざい」
出雲は、ぜんざい発祥の地だという。10月を一般では「神無月」というが、それは全国のカミサマがこの出雲大社に集まって地元を不在にしまうからだ。だから出雲では逆に10月は「神在月(かみありづき)」という。そこでこの土地は様々な祭祀で大騒ぎとなるのだが、その際に振る舞われるのが「神在餅」=「じんざいもち」。この「じんざい」が訛って「ぜんざい」となり、京都経由で全国に広がったという。と「日本ぜんざい学会壱号店」というお店で知った。写真は息子ノマドがたべたノーマルなぜんざいだが、ボクは夏季限定の冷たいぜんざいに焼きもちを投入した「中井貴一さんスペシャル」というメニューを食べた。映画の撮影でこのお店を訪れた中井貴一さんが、それまでなかったこの組み合わせの注文をしたのが名の由来だという。中井貴一さんの名も、ぜんざいの歴史の中で重要人物として記録されるのだろうか。


●さて、本題に行きたい。
古代日本においてこの出雲〜山陰地方に大きな政治的/文化的ハブセンターがあったのでは?という問題提起がある。卑弥呼の邪馬台国やその後の大和朝廷につながるヤマト王権に匹敵するような存在があった?

●以前の記事にも取り上げたが、この出雲地方には、畿内とも北九州とも違う青銅器文化の独自の成熟があった。出雲大社のお隣にある県立古代出雲歴史博物館に、実際の発掘物、数々の銅剣銅鐸銅矛によって説明されている。
●そんでこの出雲大社。そのルーツは「古事記」神話に直結するほど古いモノで実証的な意味では起源がよくわかってないほどだ。そしてココで祀られている神様オオクニヌシ、またの名をオオモノヌシ、またの名をオオナムチ、またの名をウツシクニマタ、またの名をアシハラノシコオWU-TANG CLAN みたいだからもうこのヘンで …とにかく名前がいっぱい。そして七福神の一人ダイコクさま(大黒様/出雲では大国様)として知られているこの存在も、様々な不思議がある。


この旅行で「古事記」について、いろいろな本/マンガを読んでみた。

こうの史代「ぼおるぺん古事記」2

こうの史代「ぼおるぺん古事記」1 こうの史代「ぼおるぺん古事記」3

こうの史代「ぼおるぺん古事記」1〜3巻
●今最も輝いている女性マンガ家の一人とボクが勝手に思っている、こうの史代さんが「古事記」のマンガ化に挑んでいたコトを知ったのは、県立古代出雲歴史博物館のミュージアムショップでありました。おおおっ!こんな本があったのね!しかも彼女はテキストにおいてはほぼ原文ママつまり上代古語をそのまま使って、それを彼女独特の品のある画とキャラ造形で解くという手法を使っている。おまけにボールペンで作画。すごい。難解と思われる「古事記」の記述筆致がリズミカルで音的にも耳馴染みよく記されていることを明確にプレゼンし、有名無名の神々の個性を多彩にかき分けて、「古事記」の時代の人々が世界の秩序の成立をこの物語にややオーバースペック気味なくらいに盛り込んでいることもわかるようにしている。

●丸顔でデコッパチの女神アマテラスが表紙に描かれた第一巻では、イザナギ&イザナミによる国産み事業が、若き青年男子女子の豊穣なる生命力として美しく描かれて、その生産力のあまりの膨大さにただ震えるほど。そしてアマテラス&スサノオの対立、天岩戸のエピソード…アマノウズメがこれまたチャーミングに描かれていて…、スサノオが殺してしまう食物の神オホゲツヒメの亡骸から五穀の種籾が散らばっていく描写も素晴らしい。
●で、ご存知のとおり、天界=高天原から追放され地上=葦原中国へと降りたスサノオヤマタノオロチを退治し、クシナダヒメを娶る。その時自分の国を作る場所として選んだのが出雲の地ということだ。そこから6代目に生まれる男がオオクニヌシとなる。

●で問題の第二巻「地の巻」ではオオクニヌシの活躍、因幡のシロウサギのエピソードから、スサノオの娘スセリヒメとの結婚、出雲の国の繁栄、そして一番不可解な「国譲り」の逸話までが描かれる。スサノオから6代目とすごい世代差なのに、スサノオ自身はフツウに健在で舅として婿のオオクニヌシにアレコレプレッシャーをかけるトコロがオモシロいし、そんなスサノオの娘であるスセリヒメも嫉妬深くて実にコワい嫁になる。
●後半は「国譲り」つまりアマテラス系統の高天原勢力が、オオクニヌシが豊かに育てた出雲の国を併合工作する様が描かれる。アマテラスは自分の息子たちを含めた何人もの使者を送って併合工作を試みるのだが、その住み心地のよさに懐柔されてしまう。女神の実子アメノホヒもその一人で、その後出雲大社の宮司一族の始祖となる。しかし何人目かの使者・武闘派タケミカズチは浜に突き立てた剣の上にあぐらをかくパフォーマンス(しかも切先の上にね)で圧迫をかける。オオクニヌシは息子たちに判断させるというのだが、温厚なコトシロヌシは叶わぬと悟って呪術で失踪(自殺?)、タケミナカタは格闘戦を挑むも徹底的にやっつけられ、長野県諏訪湖まで逃げて敗北を認める。完全に武力併合のノリながら(クリミア半島みたいに?)、オオクニヌシは自分を祀る巨大神殿を作って欲しいという条件で政権を譲ると認めるのだ。これが出雲大社の起源。ちなみに、まるっきり不甲斐ないコトシロヌシは、その後七福神のヱビス様になってしまう。なんでだろ?
●いづれにせよ、「古事記」世界では出雲の国は政治的な重要拠点であったようで、その主導権を巡って権力闘争があったことが想像できるのだ。「国譲り」という穏当な表現にされてはいるが、一つの地方政権が根絶されていく様がここに読み取れる。

●ちなみに、第三巻「海の巻」では、アメニギシクニニギシアマツヒタカヒコホノニニギノミコト、長いので略してニニギノミコトが、彼の祖母アマテラスの命で地上世界に進出することになる。天孫降臨のエピソードだ。アマノウズメをはじめ、天岩戸事件で活躍した神様もこの遠征に随行して移民していく。ところがコレがせっかく「国譲り」で得た出雲ではなく、九州の宮崎県方面に進出するのだ。アレ?出雲の位置づけは?せっかく併合したのにスルー?これも不思議だ。さらに物語は、ニニギの息子たち、ホデリノミコト(ウミサチビコ)&ホオリノミコト(ヤマサチビコ)に主人公を移し、ホオリノミコトと海神の系譜トヨタマヒメの孫、カムヤマトイワレヒコを紹介して終わる。彼が後の神武天皇だ。こうの史代「古事記」はココで一旦完結するが、イワレヒコは東に遠征。この神武東征大和朝廷の基礎が畿内地域に確立されることになる。出雲はここでもスルーされる。


水木しげる「水木しげるの古代出雲」

水木しげる「水木しげるの古代出雲」
齢90を超えて今だ創作意欲衰えず!ご自身が妖怪じゃないか?と思える水木大センセイの2012年作品。これも県立古代出雲歴史博物館のミュージアムショップで発見。こちらの本も「古事記」の記述、イザナギ&イザナミ〜スサノオ〜オオクニヌシの物語を縦軸にして、古代出雲の様子を眺めていく。ただより一層作者水木センセイの独自解釈が差し込まれている。自分を作中に登場させて持論「大和王朝が成立する以前には出雲王朝があったに違いない!」を展開していくのだ。なにしろ枕元に弥生時代の出雲青年が立つというのだから。

●日本列島への稲作伝来は紀元前10〜5世紀とされているが、そうした渡来文化のフロントラインは日本海に面した山陰地方だったという。古い時代においては海流の速い対馬海峡を超える九州よりも比較的安全に到達できるのが山陰沿岸。弥生文化への移行は北九州、出雲地方、岡山県吉備地方を中心に発達。その後の青銅器文化においても、出雲は大量の出土品から大きな存在感を示す。鉄器文化移行に及んでは、出雲地方は良質な砂鉄の産地でもあり、原料を朝鮮半島に依存することなく、製鉄まで行っていた形跡があるらしい。出雲地方は先進地域だったわけだ。
●この出雲地方を治めていたのが、オオクニヌシだ。彼はスサノオの娘を嫁にとりながらも、神話としては超モテモテ状態で各地で女性と関係し、その子供の数は180といわれる。これは次々と各地の豪族と婚姻関係を結んで勢力を伸ばしていくことを意味しているという。結果として出雲地方の勢力は島根から鳥取、岡山、兵庫、若狭湾岸そして福井県まで及んでいた。大和地方や四国にも影響力を持っていたとも言われる。巨大勢力だ。そもそもで、こうした出雲勢力拡大時代は100年くらいの期間だろうと推測されるが、その中でのオオクニヌシは、一人の人間ではなく、一種の役職または代名詞のようなもので、5人程度のオオクニヌシがいたのではないか?という考えも提案している。彼がたくさんの名前を持っているのもこの傍証につながる。

●しかし、この勢力も次第に削がれていく。新羅の皇子を名乗るアメノヒボコは好敵手の関係としてオオクニヌシと抗争を繰り返す。この時代は活発に渡来人が日本列島に植民していたのだろう。その一派がアメノヒボコだった。そしてアマテラス系統の勢力による「国譲り」のエピソード。「古事記」オオクニヌシが統治権を譲ったと穏当に描いたが、その後彼は霊界を治めることになる…つまりこの世から追放、具体的にはきっと滅ぼされてしまったのだ。
天孫降臨はその後の出来事。この「天孫族」はナニモノだったのか?という問題に関して、水木センセイはこれも朝鮮半島南部からの渡来人グループだったのだろうと推測している。さらにさかのぼれば、シベリア辺りから南下してきた人たちかもしれないと。これが最初に九州に定着し、神武東征で畿内に移動する。水木センセイ「天孫族」=「大和朝廷」が出雲を侵略し滅ぼしたと考えているが、ボクとしては「国譲り@出雲」→「天孫降臨@九州」→「神武東征@畿内」という順番が、どうも腑に落ちない。「古事記」アマテラス系統の正統性を強化するために3つの事件/政治的変革を関連づけているけれども、実は当事者も一貫しないバラバラの出来事だったのかもしれない。

しかし、出雲の因縁がその後の歴史で全く忘れられたというわけではなかった。畿内に定着した大和朝廷の、第十代崇神天皇や、第十三代垂仁天皇が、夢枕に立ったオオクニヌシの指示に従って問題を解決したというエピソードが紹介されている。怨霊になった菅原道真天神様として祀られる日本では、その怨霊の怒りを慰撫し魂を鎮めるために神社を建てる伝統は非常にポピュラー。オオクニヌシの故国・出雲には巨大な大社が営まれ、その神官には前述の侵略者の天孫族でありながら懐柔されて出雲化したアマテラスの息子アメノホヒの家系が担うことになる。彼から始まる大社の宮司・出雲国造一族は、天皇家に匹敵するほどの古い家系となるのだ。


安彦良和「ナムジ」全四巻 安彦良和「神武」全四巻

安彦良和「ナムジ」全四巻/「神武」全四巻
「機動戦士ガンダム」の仕事が有名過ぎる安彦良和さんは、マンガ家としては実にたくさんの歴史モノを描いている。ノモンハン事件、自由民権運動、ジャンヌダルクやイエスキリストまで、本当に幅広い分野を手掛けている。その中でも渾身のシリーズが、「古事記」の時代を劇画で描く「ナムジ」&「神武」の物語だ。あくまでエンターテインメントとして描かれているし、ここで提示されている史観は学会の主流とは縁遠い書籍からインスパイアされたと作者本人が言及している。ただ、そこには古代日本史の空白を優れた想像力を動員して埋める試みがあってとメチャメチャ興味深い。この作品自体は10年以上前に思い入れタップリで読んでいたモノで、ボクにとって今回の出雲大社旅行には、この作品の舞台を訪れるような(今流行りの)「聖地巡礼」的な意味合いもあった。

●主人公・ナムジオオナムチの異名を持つオオクニヌシのコト。浜に漂着していた由来不明の青年・ナムジは自らの立身のため、出雲(作中では於投馬=イズモ)に君臨する渡来系豪族の長・スサノオの娘スセリに接近、結婚することで出雲平野に国造りを始める。スサノオは勢力拡大のため九州に遠征、ヒミコを頂点とする邪馬台(=ヤマト=邪馬台国)に相対する。作中のヒミコ「古事記」の上でのアマテラスに対応しており、水木説による「出雲 VS 天孫族」の構造がココにも描かれている。ヒミコ邪馬台勢力も元来は渡来系で、そのルーツは秦の始皇帝の命で不老長寿の妙薬を探しに東へ旅立った学者・徐福の末裔。徐福はさらに東進しており、その子孫は畿内平野に別系統の邪馬台勢力を形成していた。出雲/九州/畿内の政権鼎立状態の中で、主人公・ナムジがどう立ち振る舞っていくのか、ここが見どころ。

●そして「神武」に至ってはナムジの子・ツノミイワレヒコとともに畿内へ進出していく。「古事記」が言及しない卑弥呼&邪馬台国までを巻き込んで「神武東征」を描く野心的作品になっている。登場人物の多くが「古事記」に登場する神々に由来しており、その役割を独自解釈で興味深いキャラクターにしているトコロも非常に興味深い。結果として、古代西日本が諸勢力によるダイナミックな覇権争いの舞台になっていたコトがイメージされる。神話では華々しい侵略劇として描かれる「神武東征」も、どちらかといえば衰亡しつつある九州邪馬台が、イワレヒコを通じて畿内邪馬台へ移民融和していく過程のように思える。
●このように、古代日本史は様々な想像をインスパイアさせる余地を残したフロンティアのような時代なのだ。それは、この時代が実は全くもって現在も正体不明であることの裏付けでもある。


武光誠「大和朝廷と天皇家」

武光誠「大和朝廷と天皇家」
●この本は、出雲大社の参道からまっすぐ伸びるオミヤゲ屋さんの中にあった、小さな本屋さん「吉川書店」で買った。この本によると、「古事記」「日本書紀」はそれらが書かれた7〜8世紀前半の天皇集権的な律令国家のバイアスが入って、正確な史実を反映していないとバッサリ否定。6世紀頃から始まる聖徳太子らの活躍や大化の改新など天皇集権化へのプロセスは把握できても、4〜5世紀の日本でナニが起こってたかはよくワカラナイというのだ。少なくとも推古天皇(←聖徳太子の叔母)以前の天皇の系譜も信用ならないとバッサリ。その代わりに別の史料を引っ張り出す。外国の史料からこの謎の時代を照らし出すのだ。

●まず重要なテキストとして、朝鮮半島の強国・高句麗「広開土王碑文」を参照。広開土王=好太王は4世紀〜5世紀にかけて名君として朝鮮半島や中国東北部に高句麗の勢力を広げた人物。ここに半島南部の百済・新羅との戦いの中で倭国と交戦したという記録が読み取れる。倭国が半島にどれだけの勢力をもっていたのかは不明だが、同盟国であった百済などを支援するために軍勢を派遣する力は持っていたようだ。渡来系の人々が移民して日本列島でコミュニティを作っていたと同時に、日本から半島に渡っていた人々もいたわけだ。古代の朝鮮半島と日本列島は思った以上にダイナミックに交流していたことが分かる。しかも戦争コミで。渡来人や当時の日本人にとっては、日本列島の東エリアよりも故国・朝鮮半島の方が親近感があったのだろうし、文明地域として価値があったのだろう。

●次なるテキストは「宋書」だ。中国は後漢の衰亡から「三国志」で有名な三国時代に突入すると、そこから長い政権分裂の時期に入る。「五胡十六国〜南北朝」時代だ。北方の遊牧系異民族が襲来して華北中原を支配し、従来の漢民族政権は江南地方に逃げる。ここでいうの国は、その南部政権の中の一つ。平清盛が貿易したとは別物。ここに、この倭国の5人の王が使者を送った記録が残っている。いわゆる「倭の五王」だ。ただ、この5人の王が、日本のどの天皇に対応しているのか、よくわかっていない。「古事記」「日本書紀」もほとんどこの外交に言及していないからだ。朝鮮半島南部に影響力を及ぼしたいと思っていた倭国〜大和朝廷は、そのお墨付きを中国皇帝からもらうため様々な称号をもらおうとしたり、進出支配の正当化をしてもらうよう運動したようだ。しかし時代は南北朝、南部政権のの権威に実効力はなく、朝廷はこれら南部政権への働きかけをヤメてしまう。これにシンクロするように北部の異民族政権の間隙をついて高句麗が伸長することになる。おまけに著者の見解によれば、外交は渡来人系の官僚に任せっきりで、天皇自身は外国の珍しい風物に触れる程度しか関心がなかったのでは、と考えている。おそらく「古事記」編纂時期にもとの交渉は記録されていただろうが、それに価値を感じなかったのだろう。

●一方、朝鮮半島への干渉については「日本書紀」に記録が残っている。半島南部は鉄の産地であり、これを輸入に依存していた日本にとっては重要拠点だった。これらの交易は北九州の勢力が独占していたが、大和朝廷が北九州を併合するとこれらの富が一気に流れ込み、勢力のますますの拡大に寄与したらしい。交易の相手であった伽耶=任那を経て百済との交流も始めたのが4世紀末。この時期に対応して古墳が巨大化していくのも、朝鮮半島との交易で朝廷の力が増進したコトを象徴しているのだろう。履中天皇陵、仁徳天皇陵、応神天皇陵など350〜480メートル超の大型古墳は全て五世紀に作られてる。「倭の五王」もこのヘンの巨大古墳の主が当事者との見立てがある…が諸説あって詳しくは不明。伽耶=任那は小国家の集合体だったので御しやすかったのかもしれないが、急速に伸長する高句麗の勢力とそれに押される百済の南下でこの地域も不安定となり、結局にして大和朝廷はこの地域の権益を失うことになる。その後、朝廷は日本列島の中での中央集権化に邁進することになるのだ。

「王朝交替説」についても言及がなされている。第二次大戦終戦直後から、皇国史観の根幹をなす天皇家の「万世一系」に対して批判的な学説が提唱されるようになった。一番有名なのは水野祐氏の「三王朝交替説」で、神武天皇からの古王朝、九州からの征服王朝であった応神天皇からの中王朝(河内王朝)、越前から擁立された継体天皇からの新王朝の、三王朝の交替が古代に行われたが、それは中央集権的律令国家成立後の史観「古事記」「日本書紀」によって隠蔽されたという説だ。古代史の見方が戦前/戦後という現代史にシンクロしているのが全くの皮肉。ただし、今日では「古事記」「日本書紀」は様々なバイアスがそれ以上に加わっているので、王朝交替どころか架空の天皇も創作されていると見立てた方がいいようだ。古代大和朝廷は有力豪族の連合体だったので純粋な血統で王統を繋いでいく発想もなかったらしい。結局は、継体天皇以前の天皇についてはなんだかよくワカラナイ、その後の天皇も辻褄合わせで創作された人物も多いと、ナゾばかりが残されてしまった。

日本という国の成り立ちは、わかっているようで実はナゾばかり。神話と伝承がそのまま歴史にフンワリ直結して、天皇家の権威付けを象徴的に成立させている。ただし、その隠蔽された歴史の裏側に、出雲をはじめとした傍流の人々の暮らしや文化が存在していたのに、今では溶けて見えなくなってしまっているコトを意識しておきたい。オオクニヌシ「国譲り」の後に移り去った見えない世界から常にコチラを眺めているのだから。



鳥取県の白兎神社にも行ってみた。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ1

オオクニヌシと因幡のシロウサギ。
オオクニヌシがサメに皮を剥がされたウサギを助けてあげた結果、因幡のヤガミヒメと結婚することができた、というのが「因幡のシロウサギ」のザックリとしたエピソード。これが由来となってオオクニヌシ縁結びの神様といわれるようになった。出雲大社も縁結びに効能アリなニュアンスがあって、最近は女子向けのパワースポットになってしまってる。
●で、もう一カ所、このエピソードに縁深い場所がある。白兎神社。鳥取県鳥取市白兎592。島根県の出雲からグーッと離れて、鳥取市の西のハズレにある。日本海に面した白兎海岸と道の駅がそばにある。ここにも足を運んでみた。上の写真はその道の駅「神話の里 白うさぎ」の駐車場にあったオオクニヌシ&シロウサギ像。奥に神社の鳥居が見える。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ5 オオクニヌシと因幡のシロウサギ4

●鳥居の先の階段を登って小高い丘の上へ。本殿へ向かう参道の左右にはウサギの石像が。白い石を積んであげると縁起がよいらしい。さらに進むと「御手洗池」が。減りもせず増えもせず、常に一定の水位を保っているという。
●サメに皮を剥がされたウサギは、オオクニヌシの兄たちにダマされて海水で身を洗ってますますその痛みをコジラセていた。正直なオオクニヌシは池の真水で身を洗うようにアドバイスする。その時ウサギが身を洗った池がこの「御手洗池」という。加えてオオクニヌシはガマの綿毛を敷き散らしてその上で転がれば元通り、ともアドバイス。ガマの花粉には止血効果があるらしいが、綿毛をくっつけて元通りってのはタダのゴマカシで、根本的な治療になってませんがな。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ2 オオクニヌシと因幡のシロウサギ3

●で、こちらが本殿。小振りで可愛らしいお社。ワイフが社務所でうさぎマークのお守りを買っていたかな。ハート型の絵馬には結婚したいとか恋愛成就とか、カップル連名で幸せになりますようにとかのお願いごとが書かれていた。

オオクニヌシと因幡のシロウサギ6

●日本海に面した、白兎海岸。ここに写ってる小さな島「淤岐ノ島(おきのしま)」から岬までの150メートルが、ウサギがサメ(ワニ)をダマして渡ろうとした海。ワリとチッポケな距離だが主役もチッポケなウサギだけにリアリティがある気もする。一方、隠岐島から本州まで渡ったという説もありますが。
●本来は海水浴場なはずで、もっと賑わっていてもよい感じだけど、お客は数組程度しかいなかった…。海の家とかがあるわけでもないからこんなものか。地元の高校生男女6人組が、慣れない集団デートにドギマギしながら波打ち際に立ってる様子が可愛らしかった。サーフィン・スポットとしても知られてるらしい。

●ここまでのアクセスが足のない旅行者には険しい。
鳥取駅前北口のバスターミナル5番乗り場から、日ノ丸自動車/鹿野線という路線に乗って約40分&運賃600円、白兎神社前バス停で降りるともう目の前。しかし1〜2時間に1本しか運行がないので時刻表でチェックしとかないと実にメンドクサイ。道の駅「神話の里 白うさぎ」で時間を潰そうとしても潰しきれない気がする…。タクシーで鳥取市街まで戻ると3000円くらいとか。

●あ、あと余談だけど、ウサギを助けて縁を結んでもらった因幡のヤガミヒメ。でもオオクニヌシはその後にスサノオの娘スセリヒメと結婚してしまって、オマケにこのスセリヒメプレッシャーがハンパないモノだったらしく、ヤガミヒメオオクニヌシとの子供を木の枝に置いて逃げてしまったという。縁結びの神様としては、なんだかオソマツな結末。

うさぎネクタイ1 うさぎネクタイ2

●さらに蛇足。高円宮典子さま25歳と結婚した、出雲国造一族・千家国麿さん40歳が、婚約会見の時につけてたネクタイがこちら。ウサギがサメのアタマをジャンプしていく模様がカワイイ。県立古代出雲歴史博物館ミュージアムショップで売ってました。





●今日も引き続き、チルアウトっぽい音楽、そんでアブストラクトな音楽を聴いている。

FLYING LOTUS「LOS ANGELS」

FLYING LOTUS「LOS ANGELS」2008年
●映画「ブレードランナー」は、雨に濡れる未来都市ロサンゼルスハリソン・フォードが立ち食いのウドンを食うトコロから始まる。この音源は、混沌としたディストピアに渦巻く未来都市のBGMだ。腹に響くロービットなベースとキック、そこにコズミックなキーボードが深海から揺らめき立つ気泡のようにボコボコと不思議で不安な曲線を描いて浮かんでくる。暗黒の銀河が一分間に33回のペースでクルクルと転がっていく。悪夢寸前の甘美な快楽に酔う。未来世紀のビートマスターが宇宙に向かって発信する低周波の呪文。故人となった叔母 ALICE COLTRANE のハープもサンプル。

THEMSELVES「THE NO MUSIC」

THEMSELVES「THE NO MUSIC」2002年
●アングラ・ヒップホップの最奥部に潜む謎の集団 ANTICON。その中でも最も変態的なフロウを放つMC DOZE ONE とサンプラーの手打ちでドープなトラックを弾き出す天才DJ JEL のユニット。グチャリとひしゃげた声が放つ不穏な言葉運びが、実は確実かつ甘美なヒップホップビートの上で自由に踊り歌う様子があまりに異形で怪しいが、聴く頭の芯は徐々にクールになっていく。地熱で奇妙に温められた暗い鍾乳洞を、背筋に悪寒と冷や汗を感じながら魔物と一緒に歩くような気分。DOZE ONE、本当に自由だ…歌ってやがる…不気味に。

DJ RASHED「DOUBLE CUP」

DJ RASHAD「DOUBLE CUP」2013年
ゲットーハウスから進化したジューク/フットワークという21世紀のダンスミュージックはシカゴのアンダーグラウンドで発生した。その始祖的存在として君臨してきたDJの貴重なCD音源。しかも英のダブステップレーベル HYPERDUB からのリリース。今だその全貌が見えないジューク/フットワークの世界を、実は綺麗に整理して開示した印象のアルバム。他のジューク系に比べてダンスバトル向けのトリッキーな表現が抑えられていて、ベースの野蛮さとハイハットの硬さに特徴を残しつつ、ユッタリとグラマラスなグルーヴに身を委ねる聴き方の余地を大きく設けている。ちょうど夜の都会の上空をフワリと飛行するようなクールな美学に脱帽。ヨーロッパ・ツアーを経てシカゴの外のリスナーにも対応可能なレベルを探っているかのような印象。もちろん数曲はバトル仕様のトゲっぽいトラックも仕込んである…ドコに焦点を定めたらイイかワカラナイ変則ビート。タワーレコード購入特典だった DJ FULLTONO によるミックスCDは1998年からの全キャリアを網羅したスリリングなバトル仕様。
DJ RASHAD はコレからの活躍を期待されながらも今年4月に死去。死因はオーバードーズだった。

CRZKNY「DIRTYING」

CRZKNY「DIRTYING」2014年
●広島が生んだ日本のジューク/フットワーク・ヒーロー、CRZKNY。このセカンドアルバムは先日閉店してしまった広島の名店 FRIPP MUSIC から通販で購入。特典ミックスCDもついて非常に満足。前作よりもより先鋭的になった狂気っぷりにひたすら畏怖。つーかヤケクソ具合が増したのか?手加減なしの一本槍な攻撃が目立つ。神経質なハイハットがまき散らされて、容赦のないベースの連打が押し寄せる。速度感覚が麻痺して、果たしてコレが速いのか遅いのか、どこで拍を押さえたらイイのか、完全に分からなくなる。


●チルアウトのつもりが、エキセントリックなビートミュージックまで到達してしまった…。

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