●姪っ子の七五三で、溜池山王のホテルでお食事会。
●美味しい中華だったけど、夕方になったら胃モタレがしんどくて。
●最近は、辛いカレーとか、ボリューミーなすた丼を食べると胃がもたれてしまう。
●カラダが弱くなってるなあ。年とったってこと?

●連休は、娘ヒヨコの勉強を手伝ってあげた。最近で一番長く会話したかな。ちょっと偏差値低すぎるんだよ。



●ちょっと前に読んだ本です。

失点・イン・ザ・パーク

ECD「失点・イン・ザ・パーク」2005年
●著者は日本のヒップホップシーンの重要人物 ECD1996年に伝説のイベント「さんピンCAMP」@日比谷野外音楽堂をプロデュースし、ハードコア・ヒップホップ・シーンが存在することを知らしめた。「さんピンCAMP」に出演したのは、BUDDHA BRAND、SHAKKAZOMBIE、RHYMESTER、キングギドラ、SOUL SCREAM、四街道 NATURE、MURO、YOU THE ROCK などなど。コレだけのタマを束ねられるというだけで、この ECD という人物が偉大だってことがわかる。ボクがこの本を読むまでに抱いていた著者へのイメージってこんな感じ。
●で、その伝説から10年近くが経って、書かれた自伝的小説がコレ。自伝というか、自分の周辺を淡々と描きとるような様子…。そこで描写されるのは、アルコール依存から始まるメンタルヘルスの崩壊、奇行、精神科への入院、恋人との別れ、仕事がない、お金がない。気鋭のアーティストだったはずの人間が、いつのまにかボロボロになっている…。少しショックを受ける。小説の主人公がボロボロだったように、ボク自身がメンタルヘルスを崩壊させてボロボロになっていた時期を思い出す。マトモのように本人はうっすら考えているけど、実は全くマトモじゃない、あの不気味な生活。まあボクはうつ病だけど。しかも、最近、ボク自身があの生活に戻るかのような思いをしたコトもあって、全くシャレにならなかった。「失点」という言葉選びが怖い。「減点」ではない…「自分の存在が失われてしまう、社会という外側から弾き出されると同時に、病みという内側から自分が消えてなくなってしまう」そんなニュアンスに寒気を感じる。バニシング・ポイント。オマケに、小説の中で主人公が暮らす街が下北沢で、さらにボク自身でシンクロする。
●作中に主人公が、中島らも「今夜、すべてのバーで」を読むシーンが出て来る。らも氏自身もアルコール中毒に苦しんだ。その様子が克明に描かれている。ボク自身はアルコールは全く飲めない飲まないし、この本を読んだのもずっと古い時期だったので、こちらがダメージを負うものではなかったが、それでも吐瀉物や排泄物がオカシクなっていく様子はムゴいものだった。どちらかというと内科的に崩壊する怖さが「今夜、すべてのバーで」コチラは脳が萎縮するコトを含めてメンタル的に崩壊する怖さが強い。そしてメンタルが壊れた人間が社会に復帰するコトの難しさがリアルすぎる。冷たいほど淡々と乾いた筆致が、異常が日常になってしまった人間の奇妙な冷静さのようで。
●で現在の ECD さんは、女性カメラマン植本一子さんと24歳の年の差婚して二人の女児を授かってます。こちらの様子は妻・一子さんが生活エッセイ「働けECD」でイロイロ書いているらしい。こっちもいつか読んでみよう。

ECD「FINAL JUNKEY」

ECD「FINAL JUNKEY」2004年
●小説と同名のアルバム「失点・イン・ザ・パーク」は2003年リリースで、その次にこのアルバムが出される。そして2005年に小説が発表。「FINAL JUNKEY」という言葉は、アルコール中毒のメンタル崩壊世界を通り抜けてきた(そして足抜けに成功した)という意味なのだろうか。
ECD のラップをボクは達者だと思わない。実は雑だと思っていた。だけど、同じ言葉をイヤになるほど何回も繰り返す様子や、どこか奇妙にひしゃげた気味の悪さが伴うトラックメイキングは、この場ではジャンキー/メンヘル崩壊を起こした人間の、同じトコロでグルグルと思考が循環し続けている様子を暗示しているよう。そしてソレがそのままレコードがグルグルと回転シ続ける様子にオーバーラップする。「MIZO」でレコードのミゾと脳ミソのミゾが同じになって、「ゆがんだ世界」で認識が崩壊して、「軽いハズミで」「ZERO」で人生全般の壊れぶりを歌う。ヒップホップは残酷にもそんな荒廃すら甘美な陶酔感をもってグルーヴさせる。ロウファイ過ぎるサックスは、小説でも登場してくる。
「いっそ東京を戦場に もう遠くに追いやるのはよそう 戦争を」を何回も連呼する「東京を戦場に」は、集団的自衛権やヘイトスピーチがどうのこうのという次元とは関係なく、すでに荒廃した生活を余儀なくされてる人間にとって、東京は既に日々の生存が危うい場所になっているコトを、冷淡な視点から風景を切り取って明示している。

ECD「HOMESICK」

ECD「HOMESICK」1995年
●1996年「さんピンCAMP」時代の ECD は、先行してメジャーな支持を集めていたスチャダラパーや、全国区ブレイクして紅白歌合戦にも出演した EAST END × YURI 「DA.YO.NE.」といったヒップホップをセルアウトした「チェケラッチョ・カルチャー」として批判。ハードコアな表現やアーティストたちを認知浸透させるために尽力していた。「さんピンCAMP」直前の時代のこのアルバムでは、スチャダラパー&小沢健二「今夜はブギーバック」を翻案(というか替えウタ)した「DO THE BOOGIE BACK」で悪フザケをしてみせている。トラックメイカーは ECD 本人からキミドリ・クボタタケシ、ILLICIT TSUBOI など。ゲストにはキミドリ、四街道 NATURE、TWIGY、YOU THE ROCK が参加。1996年前後の日本語ヒップホップシーンの豊穣な収穫の気分を伝えるドープネス。


●さて、その後のヒップホップって…。

DABO「HI-FIVE」

DABO「HI-FIVE」2010年
●正直、ボクは最近の日本語のヒップホップ事情には暗くて…。2003年にザザーッとセルアウトなアーティストが出てきて、FUNKY MONKEY BABYS まで出て来たタイミングで、あー日本のヒップホップってこーなっちゃうのねーまーそれもローカライゼーションの一形態なのかもねー、なんて思って。もちろんアンダーグラウンドなシーンがあるってのは、人から聴かされてたけど聴かされてた。「unimogrooveさん、ちゃんとシーン全体を見て下さいよ」って言われたコトもある…アレは実際ホントに耳のイタい指摘。でも、数が多く出回ってないから、中古で流通しないのよ→つまり安く買えないのよ!実は音源をほとんど定価で買わないボク、1円でも安く買うために心血を注ぐ姿勢から見ると、アングラヒップホップはユーズドでも値崩れしない高嶺の花、アレは一部の愛好家がシッカリついてるからタタキ売る必要がないんだろうね。困ったね。インディ中心だからレンタルでも気の利いたモンが出ないし。
●で、2000年頃に登場したヒップホップクルー NITRO UNGERGROUND MICROPHONE はボクがリアルタイムで聴いた最後の真性アングラ・アーティストでして。DABO、DELI、SUIKEN、MACKA-CHIN、S-WORD、GORE-TEX、BIGZAM、XBS という個性派MC集団。日本の WU-TANG CLAN だと思いました。ナンダカンダで、グループ名義音源だけじゃなくて(WU-TANG と一緒でナカナカ出てこないんだよ)、メンバーのソロ音源も結構チェックしました。DELI とか SUIKEN とか MACKA-CHIN とか S-WORD とか。で、DABO もちょっくら聴いてた。いち早く DEF JAM JAPAN と契約した彼は、WU-TANG で言えば METHOD MAN みたいな位置づけか。DABO CHEMISTRY川畑くんがコラボした12インチとか意外と迫力があったのを覚えている。
●で、久しぶりの DABO aka FUDATZKEE(札月)の今んところ最新アルバム。NITRO でシーンに登場して10年目、ソロ四枚目のアルバム。メインのトラックメイカーは DJ WATARAI。ボクの中では MUROKING OF DIGGIN' 人脈から出発してるプロデューサーで、DABO との仕事は最初のソロからの長い付合い。掘り師/ネタ師の師匠 MURO とは印象が違い、00年代の実勢に則したアゲアゲのバウンシーなサウンド。硬めのキックとハイハットがバチバチとグルーヴを感電させる。ゲストは RYO THE SKYWALKER、ANARCHY、KREVA、SUIKEN、KJ FROM DRAGON ASH、K-BOMB
●彼の twitter を見てると、パーティやライブをこなしつつも、先月まで高円寺の古着屋でバイトしてたりと、ワリと生々しく生活してる感じもあって…ECD さんほどデタラメじゃないけど。でもバイトヤメてニューアルバムの制作に入るらしいので、今後の活躍を期待。

AK-69「SWAG-WALK」

AK-69「THE SHOW MUST GO ON」

AK-69「SWAG-WALK」2012年
AK-69「THE SHOW MUST GO ON」2012年
AK-69 またの名を KALASSY NIKOFF。愛知県小牧市というローカルからキャリアを起こし、メジャーのディールなしで立身出世、00年代を通してシングル/アルバム/DVDのリリース、数々の客演を積み重ね、このシングルリリース前後でニューヨークへ武者修行に出て、彼の地のラッパー FABOLOUS をフィーチャーしたシングルを発表。今年は武道館公演も成功させてる。そういう意味で今ホットな人物なんでしょ?
KALASSY NIKOFF 名義はシンガーとして立ち振る舞う時の名前とな。「SWAG-WALK」「THE SHOW MUST GO ON」とそのカップリング「メアリー」ではサビのフックで見事なシンガーっぷりを見せつけてて、芸の幅を見せつけてくれる。ラッパーとシンガーの二面をこうも器用に同じ曲の中で使い分けられるってのは、すごく魅力的だ。ラップでは細かく言葉を詰め込んだ密度の濃いフロウを正確に、かつワイルドに発射するのに、シンガーとしては実に艶っぽく喉越しの爽やかな声を聴かせてくれる。ほー。
●客演仕事といえば AI FEAT. AK-69「STILL...」2010年が気になる。ファンクネスでは国内でダントツの存在感を放つ AI のサイドでワイルドなラップをガンガンと注ぎ込む。……もっと新しい世代を研究しないとな。


童子-T「12 LOVE STORIES」

童子-T「12 LOVE STORIES 2」

童子-T「12 LOVE STORIES」2008年
童子-T「12 LOVE STORIES 2」2011年
これどうなんですか…。こういうのあるからマジわかんなくなるんですわ…。童子-T その人は、「さんピン」世代ど真ん中の K-DUB SHINE 門下からキャリアを起こし、ハードコア・ヒップホップの歴々とコラボを繰り広げてきたはずの人間なのです。こと K-DUB センセイは怖いですよマジで。あ、WIKI見て知ったけどこの人、元 ZINGI のメンバーでもあるんだ立派なベテランじゃないか。なのに、あれ〜、おっかしーなあ。なんですかこの薄い味は。結婚式の BGM ですか。
アルバムタイトルそのずばりの通り、12曲の楽曲で、12の物語を描くコンセプト。しかもフィーチャーシンガーはとても豪華。加藤ミリヤ、青山テルマ、JUJU、BENI、清水翔太などなど。R&B のシーンでポップな支持を集めるメンツ。ボクは彼らこのシンガーたちが、自分たちの仕事の中で和製 R&B を模索してローカライズした結果にスイートなラブソングに到達したという道程に対しては、素朴に敬意を感じる。R&B は本国アメリカでも歴史が古く、多様な解釈とフォーマットがあり、そのドコを自分のモノにするかはアーティストの個性だ。それは別の記事でも触れたつもり…。ただね、この音源には違和感を感じる。
●ヒップホップに対しては、ボクは和製 R&B と違う見方を持っている。ヒップホップはアメリカのファンク・ミュージックの歴史の中から積み上げられてきた音楽形態で、その循環ループの中には独自のファンクネスとドープネスが練り込まれているコトが成立に必要な条件だと思っている。それを目指した結果がたとえ未熟で失敗しているとしても、アーティストの中にフォーマットへの愛があればアリだと思う。革新があって逸脱があってという場面があろうとも、王道からの距離感覚があればアリだと思う。しかしヒップホップ・フォーマットに敬意がなくてもヒップホップが成立するとすれば、吉幾三「オラ東京さ行くだ」の早口言葉がヒップホップになってしまう。ラップという手段は音楽でストーリーテリングするには非常に便利というのはわかるのだけれども、それは機能の話で、本質や美学の話ではない。
●申し訳ないけれども、この2枚のアルバムに、ヒップホップへの敬意が見えないのです。ピアノの小気味よいフレーズを、薄いビートと共に転がしているだけでは、あまりにも祖末で。どんなラップでも、このトラックの上ではヒップホップとは言えない。これは若い日本の R&B シンガーたちが作ってきたフォーマットを、マーケティング事情で丸パクリしてるだけに思える。ならばフツウにシンガーに最後まで歌っていて欲しい。だって彼らは十分にジューシーで、最初から声だけでも説得力があるんだもの。童子-T のラップは平坦で起伏がないのでリリックが耳に入ってこない。客演MC KREVA の方がシッカリ仕事をしている。
●しかし、シリーズ企画として2枚目までリリースされたということは市場の中で価値があったにちがいない。ラブソングとしての濃度は確かなのか?それはもうソッチ方面引退したボクにはピンと来ない世界になってしまっているので…。モテモテ要素がココに封じ込められているなら、ちょっとちゃんと研究した方がいいかもしれない。ただ「ずっと忘れないよ」「誓うよ」「ぜってえ守るから」「未来永遠につなぎたい」「愛してんぜ」「俺ならキミを悲しませたりしない」とバシバシとビッグワードを乱発する雰囲気は、なんだか根拠のない空手形をバシバシ切るような不安を感じてしまうのはボクがオールドタイプだからか。

●ボクは、基本的に音源を批判的に扱うコトはこのブログの禁じ手にしてきたんだけど…。今日はそのルールを不用意に破ってしまったなあ。残念。


ーー<追記>ーー

●昨日書き散らかした文章で、童子−Tのことを乱暴に扱ってしまったことに少し反省している。
なんだか後味が悪くて、仕方がない。ただディスるのはやっぱ本意でない。
だから、今日一日、もう一度、童子-T の二枚のアルバムをじっくり聴いてみた。
●通勤電車の中、iPodで聴く。家に帰って聴く。

「12 LOVE STORIES」2008年の「ヘッドホン・R&B」。
童子-T が淡々とそしてボソボソとつぶやくラップは、ヘッドホンと相性がイイ。というかヘッドホンじゃなければよく聴こえない。こうしたサウンドデザインに「ヘッドホンR&B」という名前をつけよう。彼のラブストーリーは、複数人ではなく一人で鑑賞するモノ、聴く者が一人ヘッドホンで自分の恋愛に引きつけて味わうモノなのだ。「12 LOVE STORIES」がリリースされた2008年は、青山テルマ「DIARY」がリリースされた年。彼女のヒット曲「そばにいるね feat. SOULJA」男性ラッパーとのデュエットで、構造は童子-T のアプローチと同じ。そして内省的なウィスパーボーカルを一人ヘッドホンで聴くコトを想定してデザインされていることでも同じだ。この件についてボクは以前の記事で書いている童子-T「12 LOVE STORIES」は青山テルマと完全にシンクロしている…加えて2008年はヘッドホン鑑賞前提となるガラケー&着うたフル全盛。この時代においてはこの手法は非常に有効だったのだ。結果「12 LOVE STORIES」は30万枚のセールスを達成、「2」は2倍の60万枚も売れる。音楽の作られ方と聴かれ方が時代にマッチしていた。


さて、ヒップホップを生涯の職業にするには。
●2014年の現在は、音楽を生業にすることが困難な時代かもしれない。CD市場はシュリンクし、産業自体の成り立ちが根本的な見直しを強いられている。その中で、ヒップホップというこれまた特殊なジャンルの中で長くキャリアを継続し、生活を維持するには。リスナーが無責任な言葉でアーティストの表現をイジクリマワすことは簡単だ。しかしアーティスト当事者は、生活を維持継続するためのキャリア戦略をジックリと考えなければならない。今日はその視点に立って冷静に彼のキャリアを眺めてみたい。
●今回の記事では、ヒップホップを生業にするためのいくつかのアプローチを観察することができた。

ECDは、ドコかで失敗してアル中の廃人になりかけた。日本のヒップホップの初期から活躍し、伝説のイベントを主催して後進をフックアップして尊敬を集めた。しかし、酒に溺れてキャリアは停滞(とはいえホントはアルバムたくさんだしてるんだけどね)、現在も奥さんのエッセイで月給16万家賃11万と告白されている…正直このお金じゃシンドイ。レコード会社との契約を掴むとドサッとお金が入るようで、それがある限り働かなくてもよくなるらしい。ヒップホップのトラックは自宅機材での作業で、リリック制作も孤独な作業だ。自宅に籠って仕事してるんだかヒマつぶしてるんだかワカラナイ状態になる…そこで酒を飲んでしまった。で、契約金が切れればタダの無職になる。

DABOの場合は、アルバムリリースが2010年以来途切れてしまっている。レコード産業からの収入はほとんどないということだ…アーティスト印税はCDの価格の一割もない。だから、古着屋のバイトで副収入を稼いでいた。しかし先月でそのバイトも終了。レーベル立ち上げとアルバムの制作に入るとtwitterでコメント…まとまった契約金収入があったのか?ただし、彼は毎週のように様々なイベントでパフォーマンスをしている。レコードセールスからの収入がなくとも、ライブやイベント、DJの収入があればアーティストは稼げる。こと、特別な楽器設備やバンド運営が必要ないヒップホップは機動性という意味では実にお手軽だ。そんな様子が見て取れる彼の twitter は饒舌で実に楽しそうだ。ちなみに ECD はライブが苦手なようだ…。

AK-69は、メジャー契約のないインディー・アーティストだ。CDの宣伝や流通に限界があるが、楽曲に関する諸権利やCDセールスなどの利益を全て自分で管理できる。しかも彼自身の強力なユニークネスだが、シンガーとラッパーを兼任できるという必殺ワザを持っている。CDの上では豪華なシンガーをフィーチャーしてても、ライブではその豪華なシンガーを常に召喚できるわけじゃないので過多な依存は危険だ。しかし AK-69 は自分一人でCD水準のパフォーマンスを再現できる。そんな実力を前提にして今年の武道館公演を成功させたに違いない。その一方で、武道館やった俺が小バコで演れるかよ!みたいな慢心は全くない…11月のスケジュールを見ると函館札幌小樽旭川のクラブツアーを進行中。上り調子の段階にあるアーティストは全てがよい方向に回っているようだし、実際彼にはその成功に釣り合う努力と才能がある。

童子-T はどうか?
●彼の初期キャリアであるユニット ZINGI は1990年にファーストアルバムを発表してて、実は ECD よりもデビューが早い。90年代〜2001年まではハードコア最前線でキングギドラなどなどとの客演もさかんにこなしていたし、その音源にはそれなりの説得力もある。しかしそこから離脱、盟友 K-DUB SHINE のレーベルを去ってメジャー契約を結んだのが2002年。2008年の「12 LOVE STORIES」リリース時は39歳、二児の父このままドコまでイケルか考える時期だろう。渋谷界隈ハードコア人脈のスモールサークルがたとえ居心地がよいとしても、もっと大きなフィールドに立たなくては今後の生活が成り立たない。フツウの人間のライフステージをイメージすれば、彼がそんなコトを考えても不思議じゃない。
●ただ、レコードセールスがアーティストにとって当てになるかどうかは微妙だ。売れ続けなければ次のリリースはない。メジャーレーベルは売れるモノを選ぶ。そのために人気シンガーを召喚もするし、耳障りのよいトラックも用意する。確実な売上を見込む要素が盛り込まれて…それが従来のファンにはセルアウトに見える。もちろん、メジャーもバカではない、この戦略は確かなモノで結局セールスでは成功したのだ。さらなる確実なセールスを確保するために童子-T は昨今流行りのカバーアルバムをリリース、安全地帯「悲しみにさよなら」をシングルカットする。これがメジャーのマナーだ。CDとしての売れ具合はイメージできる。
●一方で、これがライブ映えするモノなのか?これは微妙だ。豪華なフィーチャーシンガーはいつでも召喚できるものだろうか?そして「ヘッドホンR&B」はクラブの現場で機能するだろうか?パーティ受けするものだろうか?ハードコア人脈を断ち切った彼を現場に招くイベンター/オーガナイザーはいるのだろうか?アーティストとして生きる糧であるライブパフォーマンスはどうなるのだろうか?
●そんな経緯を経て今年2014年3月に新しいアルバムをリリースしている。これは未聴だが、正直狙いがよくわからない。話題性を狙ってるのか?でもこれで話題になるのか?フィーチャリングシンガーの目玉が、北乃きい。しかも荻野目洋子のカバー。コレは…誰トク?遊助 AKA 上地雄輔…コレも誰トク?中島美嘉も参加している…むー。HY4_4YH(ハイパーヨーヨ)はインドネシアのダンスミュージック・ファンコットを取り入れたキワモノアイドル。ダイアナ・ガーネットってシンガーは「のどじまん・ザ・ワールド」という日テレの外国人のど自慢特番の優勝者…清楚な白人のお姉さんです。どうしたらいいのだろう。
このリリースの後、童子-Tのオフィシャルサイトは更新が停止している。アメブロも放置。twitterアカウントも消えている。ライブの予定もわからない。いったい彼はどこに行ってしまったんだろう。ただし、彼が20年以上の音楽キャリアを守るために必死だったのは、この紆余曲折に感じ取ることができる。「12 LOVE STORIES」が時代にフィットした瞬間の輝きは、イミテーションと言ってしまうのは乱暴過ぎる。これはこれで童子-Tにとっての真剣な戦いだったのだ。




●なんか、誰にも需要のない自己満足を、またも書き散らした…。
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