申し遅れましたが、去年ウチにしれっと家族が増えてます。
●名前は、グラタンヒガシヘルマンリクガメという種類のカメです。

グラタン1

ヒガシヘルマン?そもそもヘルマンってどこだよ?と思いましたが、爬虫類ショップの店員さんの熱意ある説明でコイツに決めました。本来は地中海沿岸、つまりフランスからイタリア半島、アドリア海沿岸からギリシャ、ブルガリア、ルーマニアそんでトルコまでに住んでいる乾燥系の環境に適応したカメさんです。ニシヘルマンヒガシヘルマンの二種類(他にもあるっぽいがワカラン)がいるとのことですが、ニシヘルマンは野生種が輸入されており、その野生時代に病気を持ってしまったリスクがあるとのことなので、養殖種が輸入されるヒガシヘルマンをセレクト。野生種を捕獲してしまうのも気の毒、養殖種の方が気が咎めない。
マックスまで成長したら30センチまで育つし、マジで20〜30年生きるという丈夫な生き物。最初は、ケツメリクガメという種類を過去おすすめされたことがあったのですが、ヤツらは70センチまででかくなっちゃうのでヤバイですと店員さんに諭されました。初心者に手に負えるものではありません。

グラタン2

これは、時たまやった方がいいとされる、カメさんぽの様子。
紫外線摂取が甲羅の健康な成長に必要ということで、ケージの中では紫外線を含む蛍光灯を日中は常に照らしています。今は季節的に無理ですが夏場はこうして日光浴をさせてやりました。カメが歩いている枠は、かつてウチの人間のコドモたちが遊んでいた砂場遊びセットです。なにしろグラタンはまだ赤ちゃんですから、リアル地面ではなく清潔な場所を選んでやりました。
●気持ち良さそうでしょ。カメといえど、本当にノロノロではなくて、必死に走る?ときは結構スピードでます。こんなチビッコでも10秒で30センチくらい動きます。立派な迷彩カモ柄なので、草むらに放せばマジで見失いかねないです。

グラタン4

●こいつが我が家に来たのは、去年のゴールデンウィーク。長男ノマドの中学進学祝いのつもりで「ナニが欲しい」と聞いたら、なんと「カメが欲しい」と!なんとエキセントリックなリクエストを!
ノマドは小学6年生の頃、学校のカメの飼育係をやっておりました。ボクも小学校に行くたびに、粗末な檻の中にまー可愛げのないカメが5〜6匹いるのは見ておりました。そもそもこの檻が不釣り合い。床面積は半畳というトコロなのに高さは人間の身長以上ある。つまり本来はトリ小屋だったのでしょう。が、いつのまにかカメ小屋に転用されたのがミエミエ。で、カメには無縁&無駄な高さと、5〜6匹のカメには手狭な床面積に、粗末に飼われていた哀れな連中を、ノマドは甲斐甲斐しく面倒見てたというわけです。
●そしたら、すっかりカメに情が移っちゃって。カメ係は他にもたくさんいたのですが「サボってもバレない係」という位置付けでみんなまともに面倒を見ません。変なトコロでクソ真面目なノマドは、たった一人きちんとエサやりと掃除を続けてたそうです。「みんな飢えててかわいそうなんだよ、オレがキャベツやるとわーっと集まってくるんだよ!」
●で、卒業してもカメが恋しいと。ノマドおまえバカか?と出掛かった言葉を飲み込んで、研究しました。飼育の為の本を読みました。「カメカメBOOK」ってフザケタ名前の本もありました。あとネット情報は諸説ありすぎて判断材料にできませんでした。結局は中野にある有名店「爬虫類倶楽部」にも何回か通うことが一番の勉強になりました。略して「ハチクラ」とも呼ばれるこのお店は、名店の名にふさわしく、品揃えや店員さんの知識、爬虫類への愛情、ともに最高ランクだと思ったです。ペットショップとしては小ぶりではありますが、熱帯魚も犬猫もいない、爬虫類&両生類専門店とすればこれ以上デカイ店はないでしょう。ま、一緒に、エサになるコオロギや冷凍マウスもウジャウジャありますんで、娘ヒヨコにはショッキングすぎると思い連れて行きませんでした。ナイーブな女性を連れて行くには非常にリスキーな場所でもあります。
●ケージの掃除の手間から考えて、ノマドには条件をボクからつけました。「濡れモノはない。乾きモノでいこう」縁日のミドリガメか、井之頭公園の池でプカプカ浮いてるカメが、日本人の標準的カメイメージでしょうが、そうした池要素なしで飼育できるヤツがいい。ケージのメンテナンス負担が全然ちがう。あと、ずっと水に沈んでられると愛着もわかない。ノマドの学校のカメは種類不明ながら明白な「濡れモノ」だったので最初イメージが湧いてなかったようですが、「乾きモノ」系の連中がみな一様に「スーパーマリオ」のノコノコなルックスだと知ると、俄然ノリノリになりました。
ただ、やはり海外からの輸入種、値は張ります。個体の価格もさることながら、ケージも大きめにしとかないといけない、育ちまくりますので。それと保温設備、紫外線を含めた照明設備、床材などなどに、ありゃりゃーというほどの値段はかかります。でも、お祝いだからいいや。グラタンともし30年付き合うとしたらこのくらいの初期投資は安いもんです。つーかボクの方が早く死ぬかも。

グラタン5

これは最近のグラタン。
何してると思います?怒ってるんです。エサがないぞと怒ってるんです。毎朝、家族の中で一番早起きして、エサをよこせとケージのガラスにゴリゴリ体をぶつけるのです。カメはもちろん鳴いたりしませんので自己アピールしないと思われがちですが、グラタンは雄弁に自己主張します。まだ飼い始めて一年経ってませんが、1〜2センチは大きくなった気がします。赤ちゃんの頃はもっとおとなしかったのに…。十分生意気です。

グラタン7

しょうがないので、毎朝、新鮮なサラダをたっぷり上げます。午後にはペロリ完食してます。
●カメは、その機動性のショボさから毎日エサをあげなくても多少のことではヘタッタリしないと聞いてましたが、グラタンは全然我慢しません。小松菜をメインとしたサラダにビタミンDの粉末をサプリ代わりにふりまいて、おかずにニンジンなどの色添えを足してあげます。毎朝ワイフが、ボクら人間の朝食を作りながら、同時にグラタンのサラダをトントン刻むのです。カメの小松菜とボクら人間のオカズの小松菜が同じだとやや微妙な気持ちになります。
●しかも、グラタンにはハッキリ好みがあります。写真でわかるように、ニンジンが大好き。わざわざ小松菜をより分けてニンジンから食べ始めます。カメには偏食があって、トマトとかバナナとか美味しいものをあげると、味を占めてそれしか食べなくなる傾向があるそうです。ワイフがニンジンを切らした時、代わりにバナナをあげたら大喜びすぎて半狂乱だったそうです。カメってかわいいですね。

グラタン8

今朝のグラタンです。
●人の気配を感じると「エサくれエサくれ」アピールが始まるのですが、こっそり撮ったのでまだヤツはおとなしくしてます。それでもエサを乗せるお皿に陣取って、エサの供給を悠然と待っております。
ケージの中でもお気に入りの場所があったりもします。ヒートランプの下であったまってる時もあれば、ケージの隅っこで床材を掘り起こして埋まったりしてます。最近、お菓子の空箱を与えたら、そこを小部屋のように使って引きこもったりしてます。その引きこもった後ろ姿のオシリとか見てると…カメ、癒されます。

アニメのグラタン

●ちなみに、グラタンの名の由来は、食べ物のグラタンではなくて、庵野秀明監督のアニメ「ふしぎの海のナディア」に登場する水陸両用メカ・グラタンであります。頼りなげなヘンテコマシンに見えて、根性あるメカです。

もなか20150108

おっとお忘れなく。ウチにはウサギもいます。もなか3歳です。
ウサギとカメが両方いる家になってしまった…イソップ童話か。ウサギの三歳は立派な大人、イケメンに育ちました。あいかわらず臆病で、自分の縄張りだと信じているリビングこたつまわり以外の場所では、ビビりまくりです。ボクのCDステレオ部屋にも興味はあるようですが、入り口付近で引き返してしまいます。確かに高く積み上げられたマンガやCDの山はウサギには危険であります。

それと、グッピーちゃんもおります。
●以前、ウチには結構な量のグッピーがおりました…最初はほんの2〜3匹だったのにあっという間に繁殖しやがって。しかし同じ血族の近親婚が重なって先天性障害を持つサカナがでてきたので、熱帯魚屋さんから移民を導入しました。そしたらなぜか伝染病が蔓延して一気に全滅寸前に。今では娘ヒヨコがクロメちゃんと呼ぶ、おばあちゃんグッピー一匹だけしか生き残っておりません。実年齢でおばあちゃんかは定かではありませんが、先天性障害なのか背骨が大きく曲がって、確かにに腰が曲がったおばあちゃんのように見えるのです。
で、新たな移民を受け入れました。ほんのおすそわけのつもりでしたが、手に負えない大繁殖は先方も同じだったようで、ペットボトルに10匹以上の大量入植となりました。伝染病の危険を考えると怖いので、まだ先住民のクロメちゃんとは同じ水槽には入れていません。アメリカ新大陸にヨーロッパから伝染病が持ち込まれて先住民が絶滅してしまった悲劇を、こんなグッピーちゃんたちの群れを見てぼんやり思うわけです。エボラも怖い…。
●ある日、新移民のグッピーちゃんの水槽に小さなクモが一匹落ちてしまったそうです。好奇心旺盛な若いグッピーたちは水面に浮かぶそのクモをつついたりして遊んでいて、ワイフは微笑ましいなあと思ってたそうです。しかし数分後に水槽を見ると、グッピー全員が水槽の底に集まっておとなしく縮み上がってたとな。いじめられたクモが逆ギレして暴れた結果、グッピーみんなビビり上がって逃げ出したみたい。生き物はみんなカワイイね。




非ブラック系/アジア系のシンガーがR&Bを歌うってどんなことなの?と問うてみる。
転じて、日本人のシンガーがR&Bを歌うってことがどんなことか、考えてみる。

KARL WOLF「BITE THE BULLET」

KARL WOLF「BITE THE BULLET」2007年
このシンガーはレバノン生まれ。内戦を逃れ3歳の時にアラブ首長国連邦のドバイに移住。そんで17歳でカナダのモントリオールに移ってる。複雑な人生遍歴、キリスト教徒ではあるけど、その外見はしっかり中東系なのです(レバノンってそもそもキリスト教だよね)。それからはカナダのローカルバンドで活動、ソロ活動を始めたのは2005年で、2007年のこのアルバムは彼にとってはセカンドアルバム。ここで、彼は TOTO の1982年の大ヒット曲「AFRICA」を大ネタ使いしたシングル「AFRICA」でブレイクスルー。カナダのレゲエDJ CULTURE がガナリ声でディージェイを差し込みワイルドさを加味しつつも、原曲のスマートさを損なわない KARL WOLF 自身のスムースなボーカルが気持ち良い。このシングルヒットはカナダから日本に直接飛び火して、日本独自企画盤「KARL WOLF」なんてアルバムも作られた(コッチも買ったのに内容がほとんど変わらなかった…曲順が違うとかちょいちょい曲が多いとか、その程度)。「AFRICA」をシッカリ聴きたいならこのオリジナル盤の方がいい。BGMをグッと早めた CLUB VERSION が収録されてるから。ボクは「AFRICA」だけでも十分楽しめる。他の曲もスマートだけどね。
●R&B世界には色々なシンガーがいるけど、やっぱアジア系のシンガーは、ブラック系シンガーのパワフルさや激情に抑揚を与えていく技術では太刀打ちできないのだろうか。どちらかというと彼の持ち味は、芯の太さや力強さではなく、甘さやスムースさ、繊細なハーモニーワークが味になってる。実は R&B 大国アメリカで彼の音源は発売されておらず、あくまでカナダと日本とだけでヒットしてるって状況。宇多田ヒカルもアメリカ進出に手こずったし、韓流アーティストも「江南スタイル」の一発ヒット以外は成果がない。そんなアメリカ市場の鉄壁は隣国カナダに対してもそびえている。アジア系シンガーと本場R&Bの距離は同じ北米の中にもあるわけだ。

KARL WOLF「NIGHTLIFE」

KARL WOLF「NIGHTLIFE」2009年
TOTO「AFRICA」のリメイクで味をしめたのか、今度は MICHAEL SEMBELLO「MANIAC」1983年を翻案した楽曲「MANIAC MANIAC」をかましてきた。しかも「AFRICA」で客演を務めた CULTURE もキチンと連れてきて。二匹目のどじょう?原曲覚えてます?映画「フラッシュダンス」の挿入歌だったヤツ。でも、あくまでスムースな持ち味を崩さぬように、サビフレーズをキレイに引用してるって程度。でも、この人の80年代趣味は実はマジのホンモノ。わざわざ「80'S BABY」という曲で、80年代は最高だ!MICHAEL JACKSON「THRILLER」とか映画「カラテキッド/邦題:ベストキッド」が好きだ、みたいなコトを歌ってる。シンセアレンジのスムーステイストも80年代風味って意味なのか。ブーティなシンセベースも加わって、あともうちょっとで EDM テイストに近づく瞬間もある気がする。
●一方で、中東にルーツを持つコトを前面に押し出した曲も。アルバム一曲目「YALLA HABIBI」はアラビア語で「COMIN' ON DARLING」の意味。邦題はなぜか「灼熱のヤハラ・ベイビー」と少々バタ臭くされちゃってるが、モロッコ系女性シンガー RIME や ドバイ出身ラッパー KAZ MONEY をフィーチャーして、シンセアレンジの中に中東系フレーズをそっと忍び込ませてる。前のアルバムでも、アラビア世界の気分を忍び込ませるトラックをちょっぴり使ってたり。

KARL WOLF「CHETTO LOVE」

KARL WOLF「CHETTO LOVE」2011年
●カナダからキャリアを起こしてアメリカ進出に成功したレゲエDJ KARDINAL OFFISHALL をフィーチャーした表題曲「GHETTO LOVE」は、彼の好きな80年代映画「カラテキッド」の主題歌 PETER CETERA「GLORY OF LOVE」からサビフレーズを拝借。マジの80年代マニアだわ。KARDINAL OFFISHALL のようにカナダからも立身できるんだ、と思われがちですが、彼バリバリのジャマイカ系なので、結局はホンモノです。KARL WOLF とは事情が違う。
EDM化がすすんでシンセがわかりやすくフロア仕様にカスタムされてる。ゲストにルイジアナのラップデュオ THREE 6 MAFIA が参加してるがシンセビートが強すぎて彼らの出番がないほど。アメリカ受けを無理して狙わないとハッキリ意識してしまえば、むしろオリジナリティ溢れる軽妙さがもっと鮮やかに出てきて個性的。ダンスホールレゲエもEDMも咀嚼して、痛快なダンスビートを組み立ててる。そしてスムースで涼しいボーカル。最後は自分のアイデンティティをどのように掘り下げ表現に反映するか、そこが勝負なのかもしれない。
●最後の曲のタイトルが「WASABI」。日本盤向けに作られたサービストラックみたい。サケとかシャブシャブとかオカミ=女将とか、楽しいトウキョウ&オオサカ・トリップが歌われてる。日本好きはわかったけど、ちょっとヤリスギです。アメリカ受けしないと思ったら、日本市場に媚びるってのは、これまた微妙に間違ってます。まー歌詞さえ無視すれば高機能ポップスですが。

STEVIE HOANG「THIS IS ME」

STEVIE HOANG「THIS IS ME」2008年
アジア系R&Bシンガー、もう一人行ってみよう。この人は、中国華僑系ベトナム人移民の子供。一歳からロンドン暮らしだからメンタリティは完全にイギリス人かもしれないけれど、端正なオリエンタル顏は完全にボクらと同系統。音楽のスタイルは UKソウルだから、KARL WOLF よりももっとメロウでクール。そしてこの人の個性として高めのキーを繊細に操るスウィートな声が実に可憐。UKソウルの王子 CRAIG DAVID を連想させる色彩の鮮やかさがある。ブラック系にはかなわないパワーの部分を、可憐な繊細さで個性に変えている。これが彼のアジア系としての生存戦略。
●しかし、彼もシンガーとしてのキャリアを積み上げるのには苦労している。そもそもこのアルバムは作詞作曲自作自演自己プロデュース、おまけに完全自主制作、YOUTUBE や MYSPACE で自己プロモート、そんで手売りしてたものを、その後日本のレーベルが再発したものだ。その後、次の作品をイギリス本国でリリースする話もあったけど途中で頓挫。しょうがないから日本だけでエイベックスがリリース。今ではそれでも本国にてインディで頑張ってる。裏方のソングライターとしても活動しているようだね。日本だけでしか売れない洋楽アーティストってのも結構いるんだね。アジア系って大変だな。



これを前提において、日本の R&B を聴いてみる。
日本人が R&B という表現形態を選ぶことの意味とは?

清水翔太「UMBRELLA」

清水翔太「UMBRELLA」2008年
●現在のジャパニーズ R&B 事情を考えるにはちとサンプルが古いと思うんだけど、彼の初期の仕事は日本 R&B 史で非常に重要なのでは?と思ってるので、敢えて引っ張り出します。
時代は2008年「着うた」全盛期。この前後に青山テルマ、加藤ミリヤ、西野カナがシーンに登場。今ではジェイポップ揶揄の対象にもなるような、内省的でセンチメンタルな自分語りの心象風景を、R&B というプラットフォームに乗せて歌っていた。ただ、その時期に、彼女たちのような女性シンガーに対応する男性シンガー・ソングラオターは全然いなかったのだ。そんな空白を埋めるようなカッコで、18歳の彼は現れた。
●まだあどけなさが残る佇まいは、高校球児みたいにも見えたし、演歌歌手・香田晋に似てるなんて話もあったっけ。ニューヨークのアポロシアターに特別出演して「STAND BY ME」を歌ってきた、という評判もあったけど、マッチョでもない彼の声は、パワフルでもテクニカルでもなく、実は凡庸だったかもしれない。ただ、作詞作曲を全て自分でこなす能力は、この若さにしては実に早熟だった。
今聴くと実にややシンプルすぎるほどのトラックに、青臭い声でセンチな感情を訥々と並べていくスタイル、ラップと区別をつけず、思うがままに言葉を置いていく様子。これが「着うた」世代の感覚の内省感覚にジャストフィットした。やや高いキーをベースにしてる彼の声は、ちょうど STEVIE HOANG とイメージがダブるのだが、華やかさとは無縁のトラックとメンタリティは全く異質。というか、R&B というフォーマットが、日本の中では内省的感情を乗せる器になっている、すくなくとも現在の20歳代にとっては、という事実にいまさら気付いて衝撃を受けた。こうした表現にソングライターとして、しかもティーンネイジャーにして自然と独力で到達した彼。これは稀有な才能なのか、世代感覚なのか。多分その両方だ。
●心の故郷を歌う「HOME」はシングルにもなったが、アルバムではなんと元 A TRIBE CALLED QUEST のメンバー ALI SHAHEED MUHAMMAD がリミックスを担当。おーこれは今気づいた!王道ストレートなヒップホップ・アプローチ。

清水翔太「JOURNEY」

清水翔太「JOURNEY」2009年
この時代の内省的リリックを書く役目を引き受けたシンガー・加藤ミリヤと、男性シンガーとしてその役割を唯一担う彼が、コラボシングル「LOVE FOREVER」をリリースしたのは宿命か運命か。四つ打ちベースの雄々しいトラックでありながらマイナーコードで進行するブルージーなテイストが、この時代を象徴している。名曲だ。彼のセカンドアルバムである本作には、アンサーソング「FOREVER LOVE」が収録されてる。サビはそのままにしながら、コード進行を少し変えてメジャーコードに変換。男らしく彼らしく女性に対峙する姿勢が気持ちよい。アンサーソングのシングルには「LOVE FOREVER 〜HAPPY WEDDING REMIX〜」なんてバージョンも入ってる。このコラボはセールス的にも大成功、その後も現在に至るまでミリヤと翔太のコラボは続いている。
●その流れでリリースされたセカンドアルバム。「HOME」で自分の場所を見つけた彼が、旅に出る。ボーイソプラノ?一瞬女性ボーカルかと勘違いしそうなほど、スウィートな声が相変わらず爽やか。

JAYED「MUSICATION」

JAY'ED「MUSICATION」2009年
サモア系ニュージーランド人とのハーフという出自を持つシンガー。日本の R&B/ヒップホップ業界で辣腕プロデューサーとして知られる BACHLOGIC などから提供された楽曲は四つ打ちが強調されたハウシーなトラック。これに甘い声をスムースに乗せて転がしていく。ドラマチックなメロディ展開に胸がすく気分だ。パーティ・ダンサーとしての機能性も持たせられるトラック、またはドライブミュージックとしても機能的。だが、歌詞はあくまでシリアス。ハーフという出自である彼ですら、R&Bを日本型の高度なジェイポップにカッチリ変換している。これには重要な意味がある。
●結果的に、日本の R&B はこの段階でかなりドメスティックにガラパゴス進化しており、アメリカ含む海外とは別カテゴリーの独自ジャンルに変化しようとしているといえると思う。アメリカという堅牢な市場を見つめてそのスタイルを移入したり、無理やり進出することに意味がないとは言えないが、すでに日本のリスナーは自分たちの独特なR&B観を育てて、当たり前のようにそれを享受して楽しんでいる。これは一種の成熟か。
●ただ一方で、アメリカの R&B/ヒップホップシーンも、EDM に迎合し過ぎて奇形進化している気配もある。R&B 愛好家でもアレにはついていけないという方も少なくないかと。結局、音楽はその土地のアーティスト/リスナー両方の滋養を吸って進化する。どこに向かえば正解か、は愚問だ。
●このアルバムの聴きどころといえば、女性シンガー EMI MARIA との洗練されたデュエットが美しいヒップホップソウル「LUV IS...」が実にスムースかつエモーショナル。

平井堅「JAPANESE SINGER」

平井堅「JAPANESE SINGER」2011年
2011年9月発売。2011年3月11日の東日本大震災が、この作品にどのような影響をもたらしたのだろう。ただしこのタイミングに、あえて「日本のシンガー」であることを日の丸を抱えて名乗った彼の意気は、この国にどのように関わったらいいのだろうか?という思考の結論、または覚悟だったにちがいない。あの瞬間。多くの人命が津波にさらわれ、原発が爆発した瞬間。誰もが自分たちの暮らす土地、社会、山河がどうなってしまうのか不安に震えた。その時に、音楽は大きな助けになった。時に勇気づけられ、時に慰められた。
●そして、それはアーティスト自身も同じだったにちがいない。自分が今、どんな歌を歌うべきか。どんな言葉を届けるべきか。その立ち振る舞いがそのまま自分の存在意義になると自覚しているアーティストこそ、不安に苦しめられただろう。そして彼らは楽曲を作り上げる事で自らの立場を確かめ、自分のやるべきことを見い出す。音楽が彼らを勇気付け、前に足を進めさせるのだ。このアルバムに含まれている楽曲がどの震災前後のどのタイミングに作られているかは分からない…これから書くことは的外れな誤読かもしれない。ただ、一曲目のゴスペルソング「SING FOREVER」は結果的に「歌を永遠に歌い続ける」=「現実に対峙し続ける」というたくましい決意表明に聴こえる。
●その覚悟を前提に、大天災でナイーブになった感情に平井堅は敢えて手を突っ込んでいく。「いとしき日々よ」は大きな喪失感をエモーショナルに歌い上げる。「僕は君に恋をする」ではピアノバラードのラブソングという体裁を取りつつも「さよなら」の連呼からパートナーは既に故人になってしまったことを想起させる。そんな別離の歌が他にも目立つ。あくまでラブソングなのだけれども、歌の主体は常に別離の悲しみに身を引き裂かれている。そしてアルバム終盤で、小さい希望を見い出す。「夢の向こうで」「いつの日か いつの日か 希望という花が咲く」と語り、最終曲「あなたと」「不安でたまらなくても 明日さえ見えなくても 震える手と手をつなぎ渡りたい 同じ孤独を重ね合わせたい あなたと」と歌う。文字に起こせば陳腐な言葉かもしれない。しかしこれを「永遠に歌い続ける」覚悟を彼は引き受けたのだ。彼の勇気に、ボクも勇気付けられる。そして彼の繊細な歌唱技術がこの言葉に特別な説得力を宿らせる。それが音楽の力。
平井堅のデビューは1995年。年齢は42歳(ボクとほぼ同世代)。前述の清水翔太や JAY'ED に比べると圧倒的にキャリアが長い。R&Bの世界に強く憧れながら、そこまでの圧倒的な距離を常々思い知らされてきた。それはセールスに紐づく聴衆の受け止め方でもあり、自分自身の能力の問題でもある。しかも、そこに開き直ることなく、その分裂に未だ葛藤している。このアルバムにはその名も直球の「R&B」という楽曲がある。そこで彼は何回も繰り返す。「R&B, I'M JAPANESE. BUT I LOVE IT」「踊りもそんなにうまくはないけど 英語もそんなにうまくはないけど R&B, I'M JAPANESE. BUT I LOVE IT」。この葛藤は、清水翔太世代にはない、90年代世代特有のものではないだろうか。

鈴木雅之「DISCOVER JAPAN」

鈴木雅之「DISCOVER JAPAN」2011年
ソロキャリア25周年としての企画を、311の震災を受けて一旦白紙撤回、以前から洋楽カバーをしてきた路線を変えて、「今歌われるべき歌」という観点からセレクトされた日本語楽曲をカバーしたアルバム。
小林旭「熱き心に」は東北出身の作曲家・大瀧詠一を通して被災地へ、という気持ちを込めて選曲。他には森山直太朗「愛し君へ」、笠置シズ子「ヘイヘイブギ」、欧陽菲菲「ラブ・イズ・オーヴァー」、そして昭和のビッグチューン、美空ひばり「愛燦燦」など。プロデューサーには数々のサウンドトラックを手がける作曲・編曲家、服部隆之が参加。昭和の大作曲家・服部良一の孫にあたる人物だ。
●キャリア初期のシャネルズ(1980年〜)では、顔を黒く塗るまでしてブラックミュージックに真剣に寄り添った鈴木たち。この覚悟は生半可なものではない。一部の好事家以外に聴く者もなかったR&Bそのものを、一から大衆啓蒙してきたのが彼のキャリアの本質だ。そこには本場アメリカとのギャップや差異などに戸惑う余裕など意識にも上がらなかった違いない。どうしたら、自分たちの理想とする音楽を、目の前の無知なリスナーにほんの少しでも楽しんでもらえるか、そんな工夫のためなら改変も演出も手段を問わなかった。盟友・田代&桑野がコントに出るようになったのも偶然ではない…あれはエンターテインメントを突き詰めた結果の副産物だ。平井堅のような葛藤も、清水翔太のような天然消化も、彼にはないはず。彼は孤立無援のゼロからの積み上げが全てで、何かが伝わるならば手段も方法も選ばなかった。そこから35年の月日が経つ。彼には自信がある。オレが歌えばどんな歌でもR&Bになる。彼の声にはその力がある。そこを通過して、そして今一度、彼は日本を発見しようとしている。
●ただ、彼らも独力だけで立身したわけではない。欧米ポップスに博覧強記の知識を持つ大瀧詠一が、彼らをフックアップしてくれた。はっぴいえんどでロックを日本語化しただけで激しい摩擦を通過してきた大先輩だ。鈴木大瀧に度々敬意を表するのはこれが縁だと思う。かつて大瀧作曲の吉田美奈子「夢で逢えたら」もカバーしていた…これも名曲だ。

日本市場の中でのR&Bは、欧米市場のようにホンモノのブラックシンガーと競争する場面がない(競合とすれば、クリス・ハートジェロ?)。がゆえに、KARL WOLF STEVIE HOANG のような困難はない。自由な解釈の余地が大きく許されているし、結局のところ、日本人としての立場に回帰して発信することこそが、最強の武器になっている。世代は違えど、鈴木雅之平井堅清水翔太には、それぞれの世代観で独自解釈されたR&Bがすでに磨かれている。そしてそれが日本の R&B を聴くに足る音楽にしていると思う。ガラパゴス進化であろうと、それは貴重な多様性。それを楽しんでいくのが正解だと思う。


もう一枚。参考に。アメリカで大成功したアジア系シンガー。

SHARICE「INFINITY」

CHARICE「INFINITY」2011年
この娘は、フィリピン育ちのシンガー。本名はカーマイン・クラリス・レルシオ・ペンペンコ。少女時代から地元の歌唱コンテストに参加して貧しい母子家庭の家計を助けてきた苦労人だ。フィリピン版「アメリカンアイドル」的な番組にも出場したが惜しくも優勝は逃す。しかしそこから一般ファンの YOUTUBE 投稿が始まりソーシャルで知名度をアップ。2008年には未成年ながら米「オプラ・ウィンフリー・ショー」に出演。世界一才能がある少女との賛辞を受けて、大御所プロデューサー DAVID FOSTER に紹介される。そしてそのままアメリカでデビュー。ファーストアルバム「CHARICE」は初登場全米8位。アジア系としてTOP10入りは史上初めての快挙。一気にトップスターに登りつめた。これはその後にリリースされたセカンドアルバム。アメリカよりも先行して日本〜アジア市場から発売された。
●ボクも大好きな人気ドラマ「GLEE」への出演も決定。シーズン2で、サンシャイン・コラソンというカワイイ名前のフィリピン人留学生を演じた。ヒロイン・レイチェルがその才能に嫉妬して意地悪なイタズラにハメた結果、手強いライバル校に転校してしまう。ジャケでは隠してるが、ボールのようにまんまるい顏があどけないチャーミングな少女。
持ち味は、爆発力のあるボーカル力で、壮大なバラードを激情をもって歌いこなす能力。CELINE DION から WHITNEY HUSTON など有名バラードを様々な場面で披露して、その実力には有無を言わせない。今時のアップテンポなダンスチューンや、エキセントリックなビートトラックに依存しないパワーがある。このアルバムもエキセントリックなトラックは用いず、あくまで彼女のパワフルなボーカルに焦点を合わせている。一方でダンスも訓練中。アメリカ市場で受けるにはダンス要素も欠かせないからだ。こうしてアメリカ市場で成功していくアジア系も登場しつつあるのだ。
●楽曲提供に、BRUNO MARSJASON DELUNONATASHA BENINGFIELD などピンで活躍するシンガーたち、しかもキレキレの第一線選手が名を連ねている。一方で、楽曲提供やプロデュースに数名の日本人の名前も。デンマークのチームもこのアルバムには参加している。才能は才能を吸い付ける。同時並行で母国フィリピンでも活動している彼女。こんな娘にはどんどん大きくなってほしい。



●KARL WOLF「AFRICA」
●ちなみにロケ地はアラビア半島南端のオマーンで撮影したらしい。アフリカじゃないじゃん。水着のオネエさんナンパして楽しそう。




●STEVIE HOANG「ALL NIGHT LONG」
●今気づいたわ。ボクはアジア系の女性じゃないとピンとこない体質なんだ。STEVIE がイチャイチャしてるアジア系の女の子も、うらやましいって反応しちゃったもんね。




●清水翔太 × 加藤ミリヤ「FOREVER LOVE」
●アンサーソングの方を載せました。ちょっとコードが変えてあるでしょ。




●鈴木雅之「夢で逢えたら」
●この曲の元来のセクシーさを、自分の声とアレンジでさらに引き出してる。素敵なことね。




●CHARICE が最初に「OPHRA SHOW」に出演した時の放送。当時15歳?
●一目瞭然だけど、パワーが半端ない。これを独学でモノにしたのだからすごい。




●CHARICE、DAVID FOSTER のコンサートでゲスト出演。
●「TO LOVE YOU MORE」&「ALL BY MYSELF」DAVID の前説が長いので1分20秒からみてください。



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