●今日、イギリスのビジネスパートナーと電話会議があったんだけど。
●さっぱり英語がわからんのよ。
●通訳を担ってくれる人はいるけど、技術的な言葉が伝わらない…日本語で知らないコトは訳せないもんね。
●やっぱ、英語ができないと困るなあ。




さて、今日は SALSOUL RECORDS が媒介となって。
70年代フィラデルフィア・ソウルが、ハウスミュージックに接続していく様子を。
80年代R&Bを交えて考えてみたいのです。

●90年代以降に隆盛を極めるハウスミュージックは、突然変異として歴史に現れたわけではありません。ブラックミュージックの伝統の延長に、生まれるべくして生まれた音楽。その痕跡を見つけるのが今日の目的。

●とっかかりは、下北沢の「EXCELLO しずおか屋」というおでん屋。
●なんと「SOUL × おでん」をキャッチフレーズにしたユニークなお店。静岡県独特のユニークなおでんと、ソウルミュージックの不思議なマリアージュがなんともコッテリした不思議な空間。ここでボクはCDを買ったのですね。(おでん屋のくせに、CDやLPを売ってるのですよ、詳しくは過去のコチラの記事を見てね


ここで登場するのが SALSOUL という言葉。

THE SALSOUL ORCHESTRA「STREET SENSE」

THE SALSOUL ORCHESTRA「STREET SENSE」1979年
●ステージに上がるドアの手前で出番を待つバンドの面々。楽屋もろくにないナイトクラブの隅っこで、タバコをくゆらせて暫しの休憩。いいねえ。バンドマンのイタない表情が実に渋いねえ。ソウルのアブラっこさってこういう場所から匂い立つのよね。一瞬にしてジャケに惚れて、速攻で購入しました。
●もちろん、ジャケ写だけで買ったわけじゃない。主役であるところの、このバンド THE SALSOUL ORCHESTRA に興味があった。ジャケの隅には1979年…80年代を目前としながら垢抜けないジャケ…内容も結構ワイルドになっているのかな?これは聴くしかない。

●でね、これが SALSOUL RECORDS のロゴマーク。

Salsoul_Records_Logo.png

「SALSOUL」という造語、すごく素敵だと思いませんか?
「SALSA + SOUL」。瞬間的にコンセプトがわかる。このレーベルの存在を知ったのはもう20年近く前のこと。新宿アルタにあったレコ屋CISCOでアナログを掘ってる時に見知ったのだけど、レーベルのロゴからLPのラベルまでがカラフルでキレイだなーと感じた第一印象を今でもはっきりと覚えてる。
サルサは中南米の音楽と見せかけて、その中南米からの移民が集中するニューヨークが一大拠点になってる。このレーベルもずばりニューヨークが拠点だ。実際、レーベル設立の1974年段階では、ラティーノからアーバンカルチャーを導入して新しいブラックミュージックを作るのが目的だったらしい。70年代ソウルに、サルサのリズムと高速テンポを導入して、一気に表現を更新していこうとした。そんな野心がこのレーベルにはムンムンと感じられる。

そしてブラックミュージックの伝統を引き継ぐという、大きな目標もあった。
70年代前半にソウルを高度に洗練させて大進化させたフィリーソウルの運動。中でも PHILADELPHIA INTERNATIONAL RECORDS と音楽制作拠点 SIGMA SOUND STUDIO、そしてこの運動の頭脳となったプロデューサーチーム GUMBLE & HUFF。ここから発信される音楽を模範にしたいと考えていた。1971年と少々先行してスタートしていたこのレーベルとフィリーソウル運動は、その後のディスコサウンドの原型を用意する。そして結果的に SALSOUL がこのディスコサウンドの造形を完成確立させるに至るのだ。
●なにしろ、SALSOUL は、露骨にも PHILADELPHIA INTERNATIONAL でプレイしていたミュージシャンを引っこ抜き、自分たちのバンドで演奏させていたのだ。レーベルの中心的バンドとなる彼ら THE SALSOUL ORCHESTRA の中心人物 VINCE MONTANA は、PHILADELPHIA INTERNATIONAL の看板バンド MFSB でアレンジャーをしてた男だ。この時にギタリストもドラマーも連れてきちゃってる。ことこのドラマー EARL YOUNGソウルミュージックに白人ロックのドラム手法を持ち込むコトでディスコというジャンルを、より明確に定義付けた張本人とされている。こうしてディスコのブームは白人黒人巻き込んで70年代後半に一大旋風を起こす。1977年にはジョン・トラボルタ主演のディスコ映画「サタデーナイトフィーバー」が登場。1979年には悪名高きディスコ反対集会「ディスコ・デモリッション・ナイト」までが起こる。野球場で大量のディスコレコードを持ち寄って焼き払う示威運動だ。しかし、ディスコはこの時点において、世界中に伝播してフロアを揺さぶっていた。

●1979年作品であるこのアルバムは、THE SALSOUL ORCHESTRA としてはすでに7枚目のリリース。オリジナルメンバーは、ドラムの EARL YOUNG だけだが、ディスコサウンドの立役者として名高い名プロデューサー TOM MOULTON がプロデュースを担当。彼は、12インチシングル向けのリミックスを初めて手がけた人物。史上初めて商業的に12インチシングルを流通させたのも実は SALSOUL なのだハウスミュージックを用意する基礎的な音源制作体制はこうして70年代のうちに確立されていた。
●内容としては、軽快な四つ打ちで構成された完全なディスコサウンド。それにパーカッシブなアレンジと豪華なストリングス、スリリングなキーボードが高く機能して、ボーカル要素が少ないにも関わらずピリリとした緊張感と鮮やかな多幸感を演出してくれている。ジャケの渋みとは無縁な洗練。一曲目「ZAMBEZI」は一聴しても全くわからないほどディスコに改変されてるが、実は DONNY HATHAWAY の作曲作品だそうで。「SOMEBODY TO LOVE」はサビまで全然気づけなかったが60年代サイケデリックロックバンド JEFFERSON AIRPLANE の代表曲1967年のカバーだった。ラストを締める、ピアノやフルートが可憐なライト・ディスコ「SUN AFTER THE RAIN」はロンドンの LGBT パーティで定番になってるらしい。ハウスとゲイシーンが相性がいいのは広く知られているけど、ここまで遡った音源に対しても、このコミュニティの人々は敬意を払うんだね。

INNER LIFE「INNER LIFE II」

INNER LIFE「INNER LIFE II」1982年
●さっきの音源と打って変わってジャケがSFチック。SALSOUL RECORDS の一般的イメージとしては前述音源よりこちらの方がシックリくるだろう。さて、SALSOUL がその後の音楽に大きく貢献したとするならば、二人の傑出した女性シンガーを輩出したこともその功績に挙げるべきだ。その名は LOLEATTA HOLLOWAY JOCELYN BROWN 二人とも70年代に多くのディスコ音源で声を披露し、その後の音楽に影響を与えた。JOCELYN BROWN に関しては若い世代からの支持を受けて00年代においても様々な音源にフィーチャーされてもいる。このバンドはリードボーカルが JOCELYN BROWN。そこでのパワフルな声は、洗練されたディスコファンクに強烈な個性を盛り込んでいる。「I LIKE IT LIKE THAT」「MOMENT OF MY LIFE」のあたりには、すでにダイナミックな初期ハウスのクールさがもう備わっている。JOCELYN BROWN の声は様々なトコロで聴いてきたが、このバンドをはじめ初期の頃の音源をもっと聴いてみたいな。

SKYY「SKYY LIGHT」

SKYY「SKYY LIGHT」1983年
●70年代から活動していながらも、その後 SALSOUL に移籍してクロスオーバーヒットを出すに至ったディスコバンド。DENISE、DOLORES、BONNIE DUNNING 三姉妹をボーカルに据えた大所帯バンドで、より一層四つ打ちのアクセントを強めたシンプルさが押し出されてる。メンバーには BRASS CONSTRUCTION B.T.EXPRESS といった先行のディスコファンクバンドに関わっていた者もいるようだ。すでにこれが6枚目のアルバムで、できればもっと早い時期の音源が聴きたい。このアナログ盤は、たしか沖縄のレコ屋・MERKMAL(メルクマール)で見つけたんじゃなかったかな。あそこは80年代R&Bが豊富だったから。500円で購入。それと、今日は姉妹グループがこの後もいっぱい出てきますよ。

「LARRY LEVANS PARADISE GARAGE」

VARIOUS ARTISTS「LARRY LEVAN'S PARADISE GARAGE」1978〜1981年
さて、ハウスミュージックの開祖のお出ましだ!この音源の主人公、LARRY LEVAN というDJと、彼の盟友でDJ仲間だった FRANKIE KNUCKLES が90年代以降のダンスミュージックに大きな影響を与えたハウスミュージックの創始者だ。1977年、LARRY はニューヨークのクラブ「PARADISE GARAGE」で、ニューヨークからシカゴに拠点を移した FRANKIE はかの地のクラブ「WAREHOUSE」でレジデントDJを始めた。そんな彼らのDJスタイルが、店の名前に紐付いて「ガラージュ」/「ハウス」と呼ばれるようになった。70年代前半はともにニューヨークで活動していた彼らは、SALSOUL のような新しい感覚のダンスミュージックをさらに深化させて新解釈を与え、時代のカリスマになっていくのだ。

LARRY の音楽は、実にダンサブルで多幸感溢れるキラびやかなスタイル。ヒューマニスティックで情熱的な音楽を華麗にセレクト。そんな彼が愛した SALSOUL の名音源がこのアルバムにはコンパイルされている。前述の THE SALSOUL ORCHESTRA、SKYY、LOLEATTA HOLLAWAY などのアッパーなダンスナンバーを収録。その他にもレーベルの重要バンド FIRST CHOICE、SPARKLE、そして INSTANT FUNK が並んでいる。INSTANT FUNK の代表曲「I GOT MY MIND MADE UP」はイントロ部分を DE LA SOUL がマルッとサンプルしていたっけ。
●未公開音源として、INNER LIFE FEAT. JOCELYN BROWN「MAKE IT LAST FOREVER」13分近くの12インチ盤ロングバージョンが収めされてる。これが貫禄の傑作。ディスコから新時代の音楽へと進化が起こる瞬間。それまでのディスコとは異なる美学がここにある。それがガラージュとなり、ハウスミュージックに進化していった。この過渡期のスタイルをポスト・ディスコと呼んだりもするようだ。
LARRY はクラブDJにとどまらず、レーベルとともに直接音源のリミックスに関わってもいた。LARRY のセンスや選曲による影響力はセールスをも揺るがすパワーを持っていたからだ。今ではDJが音源に関与するのが当たり前だが、当時では見事に革新的なこと。しかも、リミックスされるバンド自身よりも LARRY のギャラの方が高かったという逸話も。クラブの音響設備デザインまで手がけていた。
●80年代〜90年代初頭までは「ガラージュ」「ハウス」はほぼ同義語、というか区別がつかない関係だった。少なくともボクが大学生の頃まではガラージュは音楽通の中では普通に使われていた言葉。90年代初頭の解釈では、ハウスの方がより打ち込み的で、ガラージュの方がやや生々しいイメージ。まーこれはレコ屋の中で感じたボクの主観だけど。その後00年代にイギリスで スピードガラージ/UK ガラージ という言葉ができるが、これは完全に異質な音楽と考えたほうがいい。

「ディスコ・デモリッション・ナイト」のような、ディスコを退廃音楽とする偏見が世間に浸透すると、これらの音楽はクラブカルチャーとして地下化。黒人・ゲイのようなマイノリティが愛好する音楽として発達していく。自身もゲイだった LARRY はこの意味でも当事者としてシーンのど真ん中にいたのだ。
黒人でありゲイである、というコトは、この時代にとって過酷な運命だった。まだ同性愛に全く理解がなかったこの時代において、パートナーとの社会的関係も認められなければ、家族を子供も持てなかった彼らは孤独な存在だった。そんな彼らが人生の一瞬を輝かせるために、目一杯着飾り、朝まで享楽的に踊り明かす。ガラージュ/ハウスがきらびやかに光り輝くのは、その裏に深い影と闇があるコトが前提になっているのだ。だから彼らの音楽は儚く美しい。加えて、1981年、AIDS/HIVという恐ろしい病禍までが彼らに降りかかる。そんな時代に LARRY はDJしていた。ニューヨークの一角に輝く美しい夜。SALSOUL のロゴが描く虹の色。
●しかし、1987年に「PARADISE GARAGE」が閉店すると、LARRYドラッグ依存で身を持ち崩してしまう。ヘロインのために音源を売ってしまうほど。そして1992年の日本来日公演の直後、38歳の若さで死去。
●現在、かつて「PARADISE GARAGE」があったニューヨークキングストリートを、ラリーレヴァンウェイと改称しようという運動がネット署名サイトで起こっている。伝説はいまだ生き続けている。



70年代ソウルが90年代ハウスまで接続したトコまで書けたので。
●せっかくなんで、70年代後半〜80年代初頭のソウル/R&Bを聴いていく。
●そんで、70年代ソウルが40〜50年代ジャズ/ポップスまでバックスピンするトコを目指してみる。

POINTER SISTER「ENERGY」

POINTER SISTERS「ENERGY」1978年
●これも沖縄・那覇のレコ屋・MERKMAL(メルクマール)にて400円で買ったモノ。ハウシーな洗練美と力強いアッパーチューンがメインの SALSOUL に比べると、なんとオーソドックスで実直なソウルなのだろう。洗練とは無縁で重たく泥臭い感じすらしてる。 というか本来の出自がカントリー/ジャズをベースに活動していた人たちだから仕方がない。実は芸歴は長く鳴かず飛ばずでこれが5枚目のアルバムになってる。ただこのアルバムを作るにあたって移籍した PLANET というレーベルとそこの辣腕プロデューサー RICHARD PERRY が彼女たちの実力を世間にわかりやすく見せつけてくれた。
●実はこのアルバム、ソウル/R&Bとみせかけて、収録曲のうち6曲が白人ロックバンドのカバーなのだSTEPHEN STILLS 、FLEETWOOD MAC、LOGGINS & MESSINA、THE DOOBIE BROTHERS、STEELY DAN、ROGER DALTREY ときたもんだ。RICHARD PERRY はオールジャンルで活躍してた人物で、大物ロックスターと太い付き合いがあった。そこで、こんな内容が実現したのだ。
●ヒット曲になった「FIRE」 BRUCE SPRINGSTEEN の書き下ろし楽曲だ。フレッシュなボーカルと泥臭いR&Bテイストの相性が実にシックリ噛み合ってて、スルメのように味が出る。アルバムのシメは SLY STONE「EVERYBODY IS A STAR」。名曲を実直に、そして見事にカバー。ニューオリンズの大物 ALLEN TOUSSAINT の提供曲「HAPPINESS」もシングルヒット。
●実際彼女たちはやっぱり本当の姉妹で、さらにもう一人いたそうなのだが、このアルバム以前にソロへ移行してしまってた。まーどちらにせよ、スマートでかわいらしい娘さんですわ。

POINTER SISTERS「SPECIAL THINGS」

POINTER SISTERS「SPECIAL THINGS」1980年
●一枚スキップして7枚目のアルバム。ここにきてすごくディスコポップスになりました。三人のフレッシュなボーカル&コーラスは強みにしつつ、ちょいと安直なくらいにアッケラカンとしたビート感覚がわかりやすい。商業的にも成功してレーベル PLANET の看板アーティストに成長。シングル「HE'S SO SHY」は全米3位まで上り詰めるほど。「WE'VE GOT THE POWER」という曲で「WE CAN CLIMB A MOUNTAIN TO THE TOP OF THE WORLD!」と叫んじゃうほど有頂天。BURT BACHARACH の楽曲を2曲導入。一曲には彼自身がキーボードをプレイ。POINTER 姉妹の二番目 ANITA が作詞作曲に挑む場面も。BILL CHAMPLIN によるアダルトオリエンテッドなアプローチも披露。

POINTER SISTERS「BLACK WHITE」

POINTER SISTERS「BLACK & WHITE」1981年
ディスコポップスもR&Bも関係なくなって、バラエティ感溢れるスタイルに拡散しているアルバム。ヒットシングル「SLOW HAND」完全にカントリー調だし。でもこれが全米2位まで上がっちゃう。こうして80年代いっぱいまで彼女たちはチャートの常連アーティストになっていく。
●さすがに90年代に入って失速はするが、実は今でも活動しているとな。最初からグループにいた ANITA と RUTH は還暦越え/もう少しで70歳だが健在。JUNE はガンで2006年で亡くなるが、代わりに登板したのが、RUTH の娘 ISSA POINTER。もうシスターズじゃないじゃん母娘じゃん。しかも ISSA って変わった名前…小林一茶みたい。しかもさらにこの ISSA が降板、代わりに加入したのが SADAKO POINTERこの子がなんとRUTH の孫!生まれが1984年だからもうこのアルバムの時ですらこの世にいない。POINTER おばあちゃんと孫。なんで名前が日本風なの?それはよくわからない。

SISTER SLEDGE「WE ARE FAMILY」

SISTER SLEDGE「WE ARE FAMILY」1979年
さて、別の姉妹グループ、3組目を。こちらは SLEDGE 四姉妹ニューヨークの SALSOUL が目指した先進的ソウルの街、フィラデルフィア出身のグループだ。しかしデビュー当初はなかなか芽が出なくて伸び悩み。そこでこの3枚目のアルバムで、逆にニューヨークのプロデューサーに頼ることにした…それが、NILE ROGERS & BERNARD EDWARDS という男たち。つまりディスコファンクバンド CHIC の中心人物たちだ!こ存じの通り NILE RODGERSDAFT PUNK & PHARRELL WILLIAM と組んでグラミー賞獲ってるバリバリ現役おじさん。次から次へと傑物が登場。
●結果、一気に音楽が軽快なポストディスコチューンに進化。正確なギターカッティングがかっこいい。表題曲「WE ARE FAMILY」は全米2位まで駆け上る大ヒット曲に。この時のリードボーカル KATHY SLEDGE はまだ16歳だったとな。可憐な声。他のヒット曲には「HE'S THE GREATEST DANCER」。パワーボーカルというより、抑制を効かせた歌唱とコーラスワークこそが彼らの魅力か。
●ボクの持ってるCDは、90年代の再発盤なので、ボーナストラックとして1993年版の「WE ARE FAMILY (SURE IS PURE REMIX)」などなどが収録されてる。こっちは普通に完全なハウスになっちゃってるね。さらには、 NILE RODGERS たち自身による「LOST IN MUSIC (1984 BERNARD EDWARDS & NILE RODGERS REMIX)」1984年の段階にして既にハウスミュージックとして完成しているコトに感動。ハウスは80年代前半には完成していたってわけね。ゴージャスかつセクシーさを持ち合わせつつ、フロア映えするサウンドデザインも秀逸。

SISTER SLEDGE「CIRCLE OF LOVE」

SISTER SLEDGE「CIRCLE OF LOVE」1975年
完全なハウスまで進化してしまうと、ビートがハード過ぎてチト疲れる。だから、SLEDGE 姉妹のファーストアルバムに遡ってみる。1975年とあって、そしてデビュー盤とあって、なんだかノンビリしてちょっと垢抜けない雰囲気だけど、それがフーッと一息の落ち着きになる。ドライブするR&Bチューンは同時代の MOTOWN 他ノーザンソウルの気分と一緒。メロウなバラードと可憐なコーラスが気持ちよくて落ち着くわー。冷静に考えると彼女たちはまだティーンネイジャー、4姉妹の末っ子 KATHY はこの時まだ11歳。ジャケもよくみると顔がみんなあどけない。MICHAEL JACKSON のように子役の声として聴けば良いのだろうか。でもその割にはシッカリしてるよ。

THE STYLISTICS「GREATEST HITS 24」

THE STYLISTICS「GREATEST HITS 24」1970〜1975年
SALSOUL が範としたフィラデルフィアのソウルにもっとつっこんでみよう。かの地の爆心地となったレーベル PHILADELPHIA INTERNATIONAL 所属のグループじゃないけど、知名度はそれ以上かもの大名跡グループ、THE STYLISTICS のベスト盤LP二枚組だ。新橋SL広場に不定期でやってる古本市で見つけた…これも400円だったかな。1970年のシングルデビューから1975年くらいまでの音源を網羅してる。ただ、日本編集盤ベストとしてのセンスなのか、それともこれがキャリア初期の THE STYLISTICS の本質なのか、選曲されてる楽曲が、やや浪花節なソウルバラードばっかで…昭和のニーズってそんな感じなの?もっと華やかな曲で固められなかったの?「CAN'T GIVE YOU ANYTHING」みたいなキラキラソングを期待してたのに。24曲も収録していながらディスコチューンは3割程度だよ。

●このレコードが世に出た1975年に書かれたライナーノーツから当時のソウルミュージック観が読み取れて興味深い。66〜68年あたりの THE TEMPTATIONS、SAM & DAVE、OTIS REDDING の活躍はあくまで一時のブームこのフィリーソウルこそが日本人の肌に合うホンモノ、その中でも THE STYLISTICS こそが日本の中でソウルを定着させるのに大きく貢献した存在としているのだ。キーワードは、洗練。甘くソフトで、ムーディーで、すきとおるようなボーカルにドラマチックなハーモニー、これらがポップスファンまでもを魅了。まさに「イージーリスニング・ソウル」「黒人版カーペンターズ」とまで書いている。ボクは先行した60年代のR&Bも大好きだよ。SAM & DAVE とか大好きだよ!
●しかし、こんなに美辞麗句を並べながら、彼らの音楽に含まれるダンス要素やグルーヴ要素には、この解説者は全く興味がないのですよ。ディスコでの定番曲です、なんて曲紹介を書いておきながら、腰を揺さぶり気持ちを揺さぶるブラックミュージックの重要なコアに無関心。アゲアゲでワイルドな SAM & DAVE の活躍をクサして、小綺麗になったフィリーのスタイルだけを賞賛している。むー、ボクはなんか納得がいかない。ディスコに対して理解が浅い感じがする。保守白人がディスコ反対運動をしたのと同じようなメンタリティがあったのかも。
●とはいえ、真夜中にチルアウトするには、彼らのスウィートなスローは実に有効で。チークダンスタイムにうっとり聴いてみたいのだ。「YOU MAKE ME FEEL BRAND NEW」」とかをね。

THE STYLISTICS「FABULOUS」

THE STYLISTICS「FABULOUS」1976年
●こいつも新橋駅前古本市で買ったLP盤。前述ベスト盤の後にリリースされたオリジナル盤で邦題は「16小節の恋」ELVIS PRESLEY「CAN'T HELP FALLIN' IN LOVE」を軽妙なディスコにカバーしたりしてる。邦題を拝借した楽曲「SIXTEEN BARS」もミッドディスコでスウィート。
●アレンジは、自身もディスコヒット「THE HUSTLE」を繰り出し一世風靡する VAN MCCOY。プロデュースチームは、HUGO & LUIGI(HUGO PERETTI & LUIGI CREATORE)という連中。彼らは自分たちの頭文字から名をとった H&L RECORDS を立ち上げてこのアルバムをリリース。このへんがTHE STYLISTICS を長く支え続けたチームだ。ちなみにグループ最初期のプロデューサーは THOM BELL という人物。これまたフィリーソウルの名曲 THE DELFONICS「LALA MEANS I LOVE YOU」を手がけた人物だ。名プロデューサー GAMBLE & HUFF に並び、この街フィラデルフィアの音楽を盛り上げていったキーパーソンたちが結集してる。でも、基本はスローまたはミドルなバラードが目立つ。彼らの持ち味はやっぱりココで、ディスコのダンスフロア志向ではなかったのかな。VAN MCCOY のアレンジはキラキラしてて好きだけどね。 

THE STYLISTICS「ONCE UPON A JUKE BOX」

THE STYLISTICS「ONCE UPON A JUKE BOX」1976年
「FABOLOUS」と同じ年に出した企画盤。全部過去の名曲のカバーです。50年代のヒット曲を中心にしつつ、1940年代前後の楽曲まで含んだ幅広い選曲。1974年に亡くなったジャズ巨人 DUKE ELLINGTON に敬意を表して彼の作品を3曲も採用、軽快にアレンジして軽やかに歌唱。「SATIN DOLL」のディスコ解釈がナイス過ぎる。そんで THE PLATTERS もストレートに2曲カバー。「THE GREAT PRETENDER」「ONLY YOU」の料理の仕方は最高ですわ。THE RIGHTEOUS BROTHERS「UNCHANGED MELODY」もいいなあ。70年代フィリーソウルから40〜50年代にバックスピン。ブラックミュージックの歴史の縦糸は、ここでハウスからジャズまで接続しました。ちなみに、これもプロデュースは前述の HUGO & LUIGI チーム。

●でもこの THE STYLISTICS、1980年代に入ってからのポストディスコ時代には完全にシーンの趨勢についていけなくなり、メンバー脱退などもあってグループは失速。メンバーチェンジを繰り返して活動を続けるもヒットはもう出せなくなる。木村拓哉が出演する男性化粧品「ギャツビー」のCMで「CAN'T GIVE YOU ANYTHING」がリメイクされたのが2006年。その時は「スマスマ」に出演したりしてたみたい。あ、でもCMで使われてたあの歌自体は別人が歌ってたし歌詞も全然変えられてたんだよね。商品サイトであの曲がダウンロードできる仕組みだったんだけど、ウィンドウズしか対応してなくてボクのマックじゃ聴けず終い。まだ音楽配信には早い時代だったかな。



●ということで、順番には混乱がありますが。
1970年代前半フィラデルフィア・ソウルから、1970年代後半以降へ続くニューヨークの SALSOUL RECORDS、たくさんの姉妹グループ、そんで地下化したところから花開くハウスミュージック〜ガラージュそして90年代へ!、というブラックミュージックの歴史を俯瞰してみました。以上!


●動画、なにか付けるものがあるかなあ?「続きをみる」をクリックしてみてください。


●THE SALSOUL ORCHESTRA「SOMEBODY TO LOVE」。
●JEFFERSON AIRPLANE のカバーね。すごく洗練されたディスコでしょ。




●INNER LIFE「MOMENT OF MY LIFE」
●JOCELYN BROWN のボーカルががかっこいいなあ!




●INSTANT FUNK「I GOT MY MIND MADE UP」
●DE LA SOUL のサンプルでイントロを聞いたのは高校生の時。原曲見つけたのはそこから10年以上経ってから。音楽探求の旅は時間がかかる。




●INNER LIFE FEAT. JOCELYN BROWN「MAKE IT FOREVER (LARRY LEVAN REMIX)」
●13分弱のロングバージョン。可憐な優雅さとガラージュの美しさを感じ取ってください。




●SISTER SLEDGE「WE ARE FAMILY」
●キュートなディスコポップス。フィリーとニューヨークの洗練がクールでしょ。




●THE STYLISTICS「CAN'T GIVE YOU ANYTHING」
●ギャッビーのCMソングにしか聞こえない人もいるかも。それだけ耳に残る曲ってことです。




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