●突然、真夜中に音楽が聴きたくなって。
●しかも、ピンポイントで JONI MITCHELL が聴きたくなって。

JONI MITCHELL「CLOUDS」

JONI MITCHELL「CLOUDS」1969年
●ボクの好きな「BOTH SIDE NOW」を収録してる彼女のセカンドアルバム。その後80年代にはジャズに接近して JACO PASTORIUS と仕事するのが想像つかないほど、潔いギター一本の弾き語り。地に足ついた落ち着きと、凛とした声はその後もずっと変わらないけどね。とにかく、今のボクは、澄み切った気持ちにさせてくれる音楽が、必要なのかもしれない。とかくヤヤコシイ問題を抱えていたり、不安を抱えていたりしている毎日の生活で、純粋な気持ちにさせてくれる音楽が、今のボクには必要。JONI MITCHELL は大ベテランだし、歴史的評価も定まったアーティストだけど、個人的にボクが彼女の音楽を聴くようになったのは30歳代後半に入ってから。カラダとココロが劣化して、養分として彼女の音楽を求め出した。
「BOTH SIDE NOW」は邦題が「青春の光と影」。雲の形にアイスクリームのお城を見出すような少女が、徐々に世の中の、恋愛の、人生の、BOTH SIDE = 表裏の両面を少しづつ理解し始める様子を、美しい言葉で綴る歌。でも、人生はダークサイドだけってわけでもない。光のあたる場所、若き彼女が希望をもって眺めた景色もまた真実。日々の仕事は徐々にタフになっているけど、コドモたちの成長する様が、今のボクにとっては人生のライトサイドだ。


娘ヒヨコは、中学受験へ臨戦モード、なんだけど…。
●東京都の中学受験はそのピークが2月のどアタマだ。もう二週間程度で決戦だ。ところが当事者のヒヨコが、なんだかキモが座り過ぎてるというか、自然体すぎるというか、緊張感がまるでない。
●先週、塾の担当の先生(ヒヨコがつけたあだ名がマリエッティさん)から電話があった。その翌日には隣県中学の受験日だから、最後に話がしたかったのだろう。その電話のヤリトリを聞いて、ボクがビビった。ヒヨコ「うんうん、ダイジョウブです。なんだか遠足いくみたいな感じでーす。はーい」…おいおいヒヨコ、お前、受験と遠足がおんなじなのかよ!こいつ、わくわくしちゃってるよ。テストの準備も受験票や筆記用具よりも、いろいろな人からもらった合格祈願のお守りをつめた「おまポーチ」(とヒヨコが命名)の方が大事みたい。余裕すぎるだろう!
●学校の先生にも「来週から受験だけど大丈夫か?」と聞かれた時も、最初に呼び止められた瞬間に「今度は一体なんのワルさで怒られるんだろう?」としか想定できなかったので、「受験?あ、そういえばそうですねー来週でしたっけー」と答えてしまったという。そしたら先生「ヒヨコ、さすがだな!」とコメント、感心してたという。

それで、最初の受験日の朝。いきなり連続嘔吐を始めた。
ウイルス性急性胃腸炎発症。ゲーゲー吐きまくってウチのトイレは汚染されまくり、兄ノマドにも見事感染。ワイフは受験初日のトラブルにややパニックで朝から大騒ぎ。結局そのまま3日ほど学校も勉強も休ませた。
●診断名が出る前は、神経性胃炎かと思った…ああ見えて実は緊張しているのかと。そしたら違った。では原因は?夜遅くまで授業が続く塾では、お弁当で夕食をとる。そこで、ヒヨコはクラスメイトのお弁当を「ちょうだいちょうだい」と様々なオカズをつまみ食いさせてもらっていたという。クラス一の食いしん坊さんとして有名だったのだ。「だって、冷凍食品とか一個も入ってない子もいるんだよー」。で、見事にウイルスもつまみ食い。
●最初の一日はさすがにグッタリしてたヒヨコ。しかし…様子を見て二日目もゆっくり休めといってるのに、なんと学校に行きたいという。「だって、今日は図工が2時間あって、砂絵やるんだよー」「あと、給食も…」すげえな。ある意味、たくましすぎるな…。


で、最近のヒヨコがはまってるのが、THE BEATLES。

THE BEATLES 1967 - 1970

THE BEATLES「1967-1970」1967〜1970年
●あれは何がキッカケだったのか?「ねえパパ、オブラディオブラダってナニ?」どこかで友達から聞いたのだろう。たぶん最初は「アブラカダブラ」とか「じゅげむじゅげむ」みたいなもんだと思ってたと思う。いやいや、それはビートルズってバンドの曲だわ。ある男の子と女の子が恋に落ちて結婚して幸せになりました、オブラディオブラダ、って内容の歌だ。ということで、久しぶりに THE BEATLES の後期キャリアのベスト「1967-1970」通称「青盤」を引っ張り出して、聴かせた。
●そしたら、めちゃめちゃ気に入ったみたい。歌詞をおしえてくれ、英語の意味をおしえてくれ、英語をカタカナにしてくれ、と頼まれた。そんで受験勉強しながらずっと鼻歌で「オブラディオブラダ」をフンフン。ワイフが、歌はやめなさい!休憩時間ならおっきな声で歌っていいから!と言わないと止まらない。最近は唐突に「デズモンド!」って叫んだりする。この歌の登場人物は、市場で働くデズモンドとバンドの歌手モリー。だからって「デズモンド!」って叫ぶ必要はないのにね。
●でもね、この曲は、確かにハッピーな曲なんだよ。
恋に落ちたデズモンドは指輪を買ってモリーにプロポーズ。モリーは歌でお返し、オブラディオブラダ、こうして人生は続いていくのね。いつしか二人にはたくさん子供が生まれて家も建てた。日中は家事を務めるモリー、今でも夜はステージで歌ってる。オブラディオブラダ、こうして人生は続いていくのね。
「オブラディオブラダ」だけじゃなくて、青盤+赤盤(「1962-1966」)を通して鳴らしてたら「ビートルズって聴きやすい曲がおおいんだねー」とコメント。うれしいね。パパの普段聴いてるヘンな音楽はほぼスルーなのに、THE BEATLES にはキチンと反応してくれた。THE BEATLES って本当に偉大な普遍性を持ってるんだな。

THE BEATLES「PAST MASTERS VOLUME 1」

THE BEATLES「PAST MASTERS VOLUME 1」1962〜1965年
THE BEATLES のベストといえば、赤盤+青盤が有名だけど、「PAST MASTERS」「VOL.1」+「VOL.2」のペアも有名だわね。THE BEATLES は音楽実験的アプローチが濃くなる後期の方がボクは好みだし、オリジナルアルバムも全部持ってるので、「PAST MASTERS VOLUME 1」は持っていながら実は全然聴いてなかった。一般的位置付けとしては、アルバムに収録されてないシングル盤バージョンをまとめたという意味で価値があるアイテムなんだけど、高校生の頃から聴き馴染んでる THE BEATLES、そんな大人マニアな観点で聴いたこともなかったよ。
●で、赤盤+青盤とともに、久しぶりに「VOL.1」を聞いてたら、意外な発見があってビックリした。なんとドイツ語バージョンのシングルをシレッと収録してたコトだ。「I WANT TO HOLD YOUR HAND」「KOMM, GIB MIR DEINE HAND」になってて、「SHE LOVES YOU」「SIE LIEBT DICH」になってる。ごめん、発音の仕方はわかりません!駆け出し時代の THE BEATLESハンブルグの街で腕を鍛えてたのは有名な話だけど、彼らが十分にスターになった1964年に、ドイツからの強い要望で録音されてるそうな。二曲を同日に録ってるとな。
●その他にも、カバーとして古典のロックンロールをガッチリヤリこなしてる。LITTLE RICHARD「LONG TALL SALLY」とか。「BAD BOY」 LARRY WILLIAMS というニューオリンズのR&Bシンガーの曲だ。なんとマニアックな選曲。初期の THE BEATLES は(そして THE STONES ほかイギリスの若者たちは)50年代のロックンロールをキチンと研究していた。オリジナル楽曲を作りきれなかっただけの事情じゃない。ロックンロールは完全にアメリカ由来の外来文化で、従来のイギリス文化にはないものだった。それを研究してリバイバル普及布教する段取りをキチンとなぞった。これがロックという文化をキチンと後世に根付かせた基礎になったし、彼らをビッグスターにした要因だったと思う。イギリスの若きバンドたちは、R&Bもブルースもアメリカから移入して自らの地肉とした。THE BEATLES は、さらに一歩進んで、ひときわポップな選曲をしたし、ポップなアレンジを選んだ。彼らが特別なのはそんなセンスをキチンと備えていたことだろう。

VARIOUS ARTISTS「THE CRUISIN STORY」

VARIOUS ARTISTS「THE CRUISIN' STORY」1955〜1960
●ということで、50年代後半のアメリカンミュージックを聴く。このCD、大ボリューム。3枚組75曲、これで1000円。このコンピを出してる NOT NOW MUSIC って会社は、MILES DAVIS の50年代の録音もアルバム5枚組で1000円というスゴイ値段で売ってたりしてて、そんでボクはそれに乗じて20枚のまとめ買いとかしたもんだ。最近はここまで安い値段で出してないっぽい。
●さて、こんな物件を改めて聴くのは、50年代のポップスをボクはちゃんと勉強してないなーと改めて思い至ったから。一昨年なくなった大瀧詠一さんが50年代末〜60年代初頭のポップスの歴史を、淡々と、しかし激マニアックに語りまくるラジオ番組を偶然聴いたのです…コレ伝説の番組だったみたいね「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」。で、うわーこの50年代に、ボクにとってのポピュラー音楽の未踏地帯が広がってるー、と思い知らされてしまった。この広い音楽世界の中で、ボクはまだまだ全然の序の口だと思い知らされたってことです。

ハッキリと勉強不足と自覚してる分野があるんです。それはドゥーワップ
●楽器を持たずしてパフォーマンスできるということで、都市の黒人青年たちの間で50年代に流行したコーラスグループのスタイル。ゴスペル聖歌隊などの伝統的な黒人音楽から、後続する60年代のR&Bを中継するムーブメントであり、ストリートで完結するパフォーマンスという意味で現行のヒップホップに符合するともいえる。つまりブラックカルチャーとして王道の存在。でもねー。ほとんどチェックしてないんです。この時代にアルバムアーティストとかいないし。でも数は多すぎるほど。ほとんどが一発屋だったりもして。
●でもこのCD3枚組にはたくさん収録されてる。THE CADETS、THE CADILLACS、THE CLOVERS「BLUE VELVET」は大好きだ!)、THE COASTERS、THE CRESTS「16 CANDLE」…白人メンバーが混じってる)、THE COWS、DANNY & THE JUNIORS「AT THE HOP」)、THE DEL-VIKINGS(これも白人が混じってる)、THE DIAMONDS(彼らは全員白人カナダ出身)、THE DRIFTERSBEN E. KING が所属してたグループ)、THE FIVE SATINS、THE HEARTBEATS、LITTLE ANTHONY & THE IMPERIALS、THE MONOTONES、THE MOONGLOWS、THE OLYMPICS、THE PENGUINS、THE PLATTERS「ONLY YOU」「THE GREAT PRETENDER」が有名だけど、実はこの時期女性メンバーがいたってのは今回初めて知った)、THE SHIRELLES(黒人女性4人組)、THE SILOUETTES、THE SPANIELS(映画「アメリカングラフィティ」で再評価されたグループ。それまでは完全に忘れられてたっぽい)、THE TUNE WEAVERS(男女半々グループ)、MAURICE WILLIAMS & THE ZODIACSTEEN QUEENS ってのは3人組女子だがなんとオーストラリア出身だぞ。マニアックだなー。FRANKIE LYMON & THE TEENAGERS は名の通りセンターの FRANKIE がブレイク時14〜15歳のティーンネイジャー、JACKSON 5 のようなボーイソプラノで活躍するスタイルの先駆になったそうな。
●しかし、このあたりの連中は一発屋だったり正体もわからなかったりして、本当に系統的に勉強するのが難しい。でも今後はこのへんもチェックしていこう。なにげにカワイいポップスが散らばってることがわかったから。

●このドゥーワップから踏み込んで、R&Bシンガーがソロとして録音を始めていく。THE DRIFTERS から BEN E. KING が独立したのは1960年。こうした中から本物のシンガーが登場。
SAM COOKE「YOU SEND ME」は気持ちいいね〜そのまま60〜70年代のソウル運動の中で模範にされる存在になった。FATS DOMINO はロックンロール直前の表現で有名。PHIL PHILIPS、JOHNNY ACE も洗練されていながら独特の南部の匂いがある。つーか南部出身者が目立つなあ。LLOYD PRICE、JIMMY JONES、JOE JONES、みんな南部育ちだ。LITTLE WILLIE JOHN は北部上がりだけど渋いR&Bで声がイイ。BOBBY DAY「ROCKIN' ROBIN」 はポップでカワイイ。MOTOWN のようなキラキラしたR&Bの直前まで来てる感じ。
●しかし、ここまで来て、当時のアメリカンポップスは、結局ブラックミュージックに完全にイニシャティブを握られているじゃないか!ってことがわかる。人種差別が当たり前の時代なのにローザ・パークス事件〜モンゴメリーバスボイコット運動が1955年。マーティン・ルーサー・キング牧師が活躍を始めるのがこのへんからだ。

さて「ブラック・ロックンロール」へお話を進めてみよう。
この時代のロックンロールは、白人由来と黒人由来をしっかり分けて捉えた方がいいと思ってる。「ブラック・ロックンロール」/「ホワイト・ロックンロール」はボクの造語。でも、両者は音楽の出自が大きく違う。こと「ブラック・ロックンロール」は、ブルース、ジャンプ、R&B、ドゥーワップ、そしてゴスペルといった黒人音楽の伝統を色濃く受け止めていて、その個性が拭い去れない。
●例えば、BIG JOE TURNER はカンザスシティのジャンプブルースのシーンから登場。LITTLE WALTERシカゴブルースの出身だ。BO DIDDLEY「BO DIDDLEY」は個性的すぎるグルーヴがドロドロでスゴすぎる。
●その流れで、CHUCK BERRY が登場する。ドコでいつロックンロールが成立したかは諸説あるが、彼の高速グルーヴは圧倒的な発明だったはず。1955年「MAYBELLINE」、1956年「ROLL OVER BEETHOVEN」。そして1957年に「ROCK N' ROLL MUSIC」ロックンロールのグラウンドゼロである事は間違いないでしょう。後者二曲は THE BEATLES もカバーした傑作。彼はテレビ番組「エド・サリバン・ショー」に初めて招かれた黒人でもある。
ブッチギレ具合では、LITTLE RICHARD の方が上では?代表作「TUTTI FRUTTI」は冷静に考えれば全然意味不明の造語でそれを連呼しまくってるだけなのに、的確にロックンロールしてる。デタラメだからこそロックンロールなのか?そんで「LONG TALL SALLY」だ。無駄にテンション高い!これも THE BEATLES のカバーがある。おまけに彼はゲイだからね。スゴイね。

一方の「ホワイト・ロックンロール」。彼らはロカビリーなんだよね。
白人には白人の伝統音楽がある。アイルランド/スコットランド移民らが育てたヒルビリーという文化のグルーヴが、カントリーミュージックに進化していく。このカントリーをベースに、ブラックミュージック由来の音楽を取り入れたものがロカビリーBILL HALEY & HIS COMETS、CARL PERKINS、JERRY LEE LEWIS(火の玉ロック!)そして EDDIE COCHRAN(サマータイムブルース!)がこの時代の代表格だろう。ロックンロールといえば、こちらが標準と思う人もいると思う。他にも、DALE HAWKINS、BUDDY KNOX、BOYD BENNET などなどがいる。気合の入ったボーカルが特徴的な BLENDA LEE という女性シンガーは今回気に入った!カワイイお嬢さんなのにシャウトがキツイ!ここにポップスとしての洗練を加えていったのが、ROY ORBISON、BUDDY HOLLY、THE EVERLEY BROTHERS だろうか。

●加えて「インスト・ロックンロール」
THE VENTURES も収録されてる。覚えておいたほうがいいのが ROYAL TEENS というバンド。あの「タモリ倶楽部」のテーマソング「SHORT SHORTS」をやってる連中。同じようにファンキーさを備えたインストといえば「テキーラ!」で有名な THE CHAMPS か。チカーノ〜テックスメックス・テイスト。LINK WRAY という白人ギタリストの「RUMBLE」という曲はラフで野蛮味がたまらん。インストのくせしてラジオ局から放送禁止になった曰くつき。インスト白人ギタリストとしては DUANE EDDY も注目。サーフロック直前。

1959年「音楽が死んだ日」。「ロックンロール」は一度滅びる。
●この年の2月3日、優れたソングライティングと馴染みやすいメガネキャラで知られた BUDDY HOLLY、メキシコ系ながら「LA BAMBA」の大ヒットでアイドルスターになった RITCHIE VALENS、少々コミカルなスタイルで人気を集めたロカビリー歌手 THE BIG BOPPERこの三人がツアー移動のために乗った小型飛行機が墜落事故を起こした。三人のシンガーは即死。BUDDY は22歳、RITCHIE はまだ17歳だった。この日にアメリカは大切な才能をいっぺんに失ったわけだ。
この前後に多くの事件が起こる。1957年に LITTLE RICHARD が音楽活動引退宣言。なんと牧師になってしまう。彼のブッチギレた性分が炸裂した場面だが、ロックンロールを悪魔の音楽と罵るようになってしまった。その後1962年に結局復帰するんだけど。1958年は ELVIS PRESLEY が徴兵で音楽活動から離脱。1959年 CHUCK BERRY が14歳の少女を売買春させて有罪判決&3年の服役。1960年にはツアー先のイギリスで EDDIE COCHRAN がタクシーの事故で死亡。21歳の死。シーンの中心にいたプレイヤーたちが一斉に消えてしまったのだ。
当時の認識では「ロックンロール」は一過性の流行と捉えられていた。そしてそのブームはこれで終わったとされたのだ。あくまで時代の徒花。そして1960年以降のアメリカンポップスは、一気に保守的な内容になる。このコンピでいえば、JOHNNY PRESTON、JIMMIE RODGERS、THE HOLLYWOOD ARGYLES といった連中だろうか。狭義の「ロックンロール」は本国で死滅する。

しかし、ロックンロールの遺伝子は、イギリスに伝播していた。
アメリカ本国で忘れられた音楽を、THE BEATLES をはじめとしたイギリスの若者達が演奏。憧れた海の向こうの音楽を自分たちの力で蘇らせたのだ。これがアメリカに再上陸して一大旋風を起こす。「第一次ブリティッシュインベイション」THE BEATLES のアメリカ上陸は1964年。以後数年、アメリカの音楽はイギリスのロックバンドに圧倒される。
●ボクは「ロックンロール」という言葉はあくまでこのブリティッシュインベイション以前のアメリカ音楽に限定して使っている。50年代の一瞬に輝いた徒花のきらめき。若く儚く散った「ロックンロール」の価値はそこにこそある。そしてひとときの空白をおいて、1964年の THE BEATLES 以降が「ロック」の時代のはじまり。拡大解釈され、様々な表現へ拡散していくダイナミズムを包含する広い意味の言葉で「ロック」は用いるべきとボクは思っている。

ELVIS PRESLEY「ELVIS PRESLEY」

ELVIS PRESLEY「ELVIS PRESLEY」1956年
●あえて、この巨人を外して文章を書いてました。だって巨人すぎて、どう評価していいものやら。このアルバムはメジャー RCA に移籍しての初めてのアルバム。タイトルのロゴレイアウトは THE CLASH「LONDON CALLING」でパクられてますな。アメリカには彼のモノマネで生計を立ててる芸人が数千人いるという。もう彼自身の声を聴いても、ELVIS のパロディの声にしか聴こえない。そんな気分になってくる。
●ただ、彼以前に彼のような存在はいなかったわけで。つまり「黒人のようなフィーリングで歌える白人青年」という存在。このアルバムには RAY CHARLESLITTLE RICHARD らのR&B、ブラックロックンロールのカバーが収録されている。一方で、王道のカントリーミュージックも収録されている。そしてロカビリーも。テネシー州メンフィスで育った彼は確かにゴスペルを聴いて成長した少年だった。しかしキャリアの最初では、自分をナニモノだと思っていたのだろう?カントリー歌手?R&Bの歌手?このアルバムのライナーノーツには、メジャー契約で彼のデビューを手がけたプロデューサー STEVE SHOLES彼に相応しい楽曲にナニを選ぶべきか戸惑っている様子が見て取れる。この時点で、彼はシンガーだったが、まだカタチのない若者だったのだ。
●しかし、世間が彼に「ロックンロール」させられた。彼の優れた容姿…20歳過ぎたばかりの彼は本当にイケメンだ。そんな彼がセクシーに体を揺すぶって太い声で歌う。バラードもアップテンポも歌いこなす。その様子に全米の若者がしびれたのだ。ロックされてロールされた。結果、彼のスタイルが「ロックンロール」と呼ばれて、彼が参照した音楽は黒人由来でも白人由来でもR&Bでもカントリーでも「ロックンロール」に引き寄せられた。そして大勢のフォロワーを生んだ。まさしく時代を変えた超新星なのだ。

●前述したが、1956年にメジャーデビューした彼は1958年に兵役に従事する。たった2年で一旦音楽活動を停止。で1960年に除隊すると、なんと映画業界にハマってしまってどっちが本業かわからなくなってしまうのだ。年三本ペースで映画作ってたらマトモなツアーなどは組めなくなる。音楽のリリースはシングルアルバムともになくはないが、あくまでサントラ仕事がメインになっていく。マネジメント/TOM PARKER「大佐」の異名を持つ名物男)が実入りのイイ映画仕事を優先させたのだ。彼がコンサート活動を再開し音楽業界のフロントラインに復帰するのは1968年。その後1973年に健康問題が発生、1977年に死去。
「キング」と呼ばれる彼の功績は巨大かもしれない。しかしボクはこの除隊後の活動にイイ印象を持っていないし、がゆえに積極的に彼の音楽を聴いてこなかった。ただ、このデビューの瞬間は、まだナニモノにもなっていなかった若者の伸び伸びとした清らかさがあって、すごく共感できる。

「PULP ROCK INSTROS VOL1」

VARIOUS ARTISTS「PULP ROCK INSTROS VOL.1」1959〜1995年
●3枚組コンピのところで「インスト・ロックンロール」というカテゴリーを紹介したが、そんなスタイル、特にサーフロックに特化した音楽を集めたコンピ。下北沢の「SOUL&おでん」しずおか屋で購入した物件だ。500円也。
ロックンロールの副産物は、エレキギターが鳴らす音へのフェテシズムだと思う。電気的に増幅拡大された音響にビリビリしびれる経験を、人類はこの時代に初めて知る。あのエレキの雷鳴に魂を奪われた人が大勢いたはずだ。「青春デンデケデケデケ」という小説が大林宣彦監督で映画にされてるが、日本にまでエレキの影響は及んだわけだ。ギターをメインとしたインスト楽曲は、60年代に入ってからアメリカ西海岸を起点にサーフロックというスタイルを生んで、その「デンデケデケデケ」を増幅していく。同じ文脈で THE VENTURES そして THE BEACH BOYS らも登場する。
●1995年に編まれたこのコンピは、そのタイトルから察する限り、クエンティン・タランティーノ監督1994年の映画「パルプ・フィクション」の影響下に作られたものだろう。あの映画で一躍再評価された DICK DALE & THE DEL-TONES の曲が一曲目に収録されてるからね。映画では1962年の名曲「MISIRLOU」(←実は中近東由来の音楽らしいよ)が有名だけど、ここでは HENRI MANCINI 作曲のテレビドラマテーマ「PETER GUNN」をデンデケデケデケしている。でも後は、やっぱりほとんど知らない名前のバンドばっかり。検索で調べてみよっと。
●当時のサーフロックバンドとしては、THE SURFARIS、THE PYRAMIDS、JAY BEE & THE KATS、などなど。THE GAMBLER「LSD-25」って曲はかなり直球にドラッグソングだね。DAVIE ALLEN & THE ARROWS はファズギターの先駆として後のロックギタリストに影響を与えている。SANDY NELSON はセッションドラマーだけど、ドラムで見事にデンデケデケデケを表現。インストなのに放送禁止指定の LINK WRAY & THE WRAYMEN はこちらにも登場してる。でもさ、基本的にググっても全然正体のつかめない連中ばっかりだよ!みんな一発屋ばっかりなんだろ!
●初めて知ったけど、サーフロックには、1979年あたりにリバイバルブームがあったそうで。そんな時代のバンドも収録されてるっぽい。JON & THE NIGHTRIDERS とかがそのへんに該当。あと、THE VICE BARONS ってバンドは90年代のベルギー人みたいだな。BOARDWALKER も90年代の連中。日本にもこの90年代には THE SURF COASTERS というバンドがいた。好きだったなあ。
THE TRASHMEN ってバンドはガレージロックの文脈で以前から聴いてた。ボクは80年代の音源しか持ってなかったからリバイバル組と思い込んでたけど、実は60年代で一回解散しちゃったベテランさん、昔の音源も気合入っててその後のガレージパンクにも影響を与えてる。ぶっちゃけ、ガレージ過ぎて60年代も80年代も区別がつかないガサツっぷりだけど。それにしても、おでん屋でこんな音源に出会えるなんて。素敵な街、下北沢。

THE RUTLES「THE RUTLES」

THE RUTLES「THE RUTLES」1978年
●最後は、一応話を THE BEATLES に戻して。この偉大なるバンドを徹底してイギリスユーモアでパロディ化した架空のバンドがこの THE RUTLES。仕掛け人はあの恐るべきギャグ集団 MONTY PYTHON の一員 ERIC IDLE と、彼らと関係が深かったバンド、BONZO DOG DOO-DAH BAND …彼らもギャグ要素の強い連中だった…のメンバー NEIL INNES。そんな彼らが1975年あたりからテレビ番組で THE BEATLES の徹底したパロディを繰り広げていった。これがバカ受けして映画にも結実。ガチで THE BEATLES 楽曲のパロディもたくさん作られた。これは1990年代にまとめられたCDで、1978年のオリジナル盤に加えてその他の楽曲もかき集め、しかもご丁寧にバンド THE RUTLES の歴史に沿った順番に並び替えてある。
●イギリスのパロディ、というかコメディ全般はシュールすぎてマジでついていけない瞬間がある。MONTY PYTHON とかは笑えるモノは本当に爆笑だけど、意味わかんないのはホントにこっちの頭がおかしくなるほどの狂気がにじみ出てる。で、この THE RUTLES はマジで連中が本気。ここまでやるか、ってほど THE BEATLES が研究されてる。
まず前提として、楽曲が素晴らしい。1978年のパンクイヤーに制作されながら、実に60年代風のレトロテイストがガッチリ作り込まれてて、単体としてのポップス完成度が素晴らしい。パロディとかを抜きにして楽しいアルバム。
なのに、見事な THE BEATLES パロディ。イントロのアレンジ、メロディ、フックラインやサビ、歌詞の言葉選びがいちいちと THE BEATLES を連想させる。よくぞここまで仕掛けを盛り込んだなと思うほど。しかし、替え歌ではない。自律した楽曲として仕上がっている。だから、こちらとしては、うわー THE BEATLES 方面でデジャヴ感たっぷりなんだけど、何かの曲にそっくりなんだけど、よく出来すぎてるから原曲が思い出せない〜!なんて葛藤に追い込まれる。この異常なムズムズ感は他では味わえない。たまらん。
●結果、何回も聴いて、元ネタがなにかを必死に頭の中のアーカイブを参照してたぐり寄せたりしてた。直球でわかるのもありますけどね。「BLUE SUEDE SCHUBERT」は明白に「ROLL OVER BEETHOVEN」のパロディでしょ。「NUMBER ONE」はメインボーカルのシャウトぶりも含めて「TWIST AND SHOUT」のつもりのはず。「HOLD MY HAND」はタイトルに別曲の既視感を覚えつつサビの入り口が「ALL MY LOVIN'」な感じ。「OUCH !」はアウチ!と連呼しまくる時点で「HELP !」の真似。「LIVING IN HOPE」のホッコリとしたボーカル&メロディは RINGO STARR の個性光る楽曲「OCTOPUS GARDEN」か。「NEVERTHELESS」 GEORGE HARRISON のインド趣味全開「WITHIN YOU WITHOUT YOU」そのまんま。「GOOD TIME ROLL」もサイケ風味たっぷりで完全に「LUCY IN THE SKY WITH DIAMOND」「PIGGY IN THE MIDDLE」はイントロ気分からキチンと「I AM THE WALRUS 」「LOVE LIFE」は完全にアレンジテイストが「ALL YOU NEED IS LOVE」だね。「GET UP AND GO」も曲名から連想されるように見事に「GET BACK」、盗作寸前までそっくりですわ。「CHEESE AND ONIONS」は、ふざけたタイトルなのに、じっくり聴かせる素敵なミッドバラードで思わず聴き入ってしまう内容。で、「A DAY IN LIFE」のパロディだったとアウトロまでいって初めてわかるという仕掛け。もうお見事すぎる。
●ライナーノーツは、メンバー同士の出会いからバンドの隆盛そして解散までの歴史がたっぷり克明に書かれてるみたいだけど、英文が長すぎて読むのやめた。全部でっち上げだし、本気に見えてバカげた冗談も混じってるみたいで理解できない。なぜか MICK JAGGER が大真面目に THE RUTLES との交友関係をインタビュー取材されてて「奴らはいい連中だ」とか語ってる。THE BEATLES のメンバー自身も面白がってたようで、映画には GEORGE HARRISON が出ちゃってたりしてたらしい。最後までやり切るって素晴らしいね。結果、歴史に残る名盤になってるんだもん。


●ヒヨコが THE BEATLES が好きとかいうから、ここまで書いちゃったよ。
●全然ニーズがないのにね。
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