●ブログ更新がなかなか出来なかったです…体調崩しちゃって。
●風邪引いて声出ないし、ウイルス性胃腸炎だっていうし、肝臓の数値も悪いから血液検査まで。
●なんだか疲れちゃったみたいですわ。



3月下旬から4月アタマの一週間で、海外旅行に行ってたんです。
行き先は、北アフリカのイスラム国家・モロッコ。
●あまりにも刺激的。刺激的すぎる。
●帰ってきてのボクの率直な感想は「思った以上にへんな国だった…」。あ、息子ノマドに言わせれば「へんじゃないと思ってたのが異常だ」と。

●で、ぶっちゃけ、具合悪くしてます。マジで過労。
●サラリーマンとしては、一週間休暇とって、それで寝込みましたで会社休むのは最悪なので、先週は体調最悪ながら這うような気持ちで出勤しとりました…。今日はムリ!もう休む!と毎朝思いながらも、なんとか小田急線に自分の体を乗っけてました。


●つーかね…最初はそんなところ行く予定じゃなかったんです。
娘ヒヨコの小学校卒業旅行、という位置づけなので、ヒヨコの希望「ロンドン行きたい!」を想定してました。
●ヒヨコの学校の友達で、2人ほどイギリスに転勤引越しした子がいて。ヒヨコなりに興味があったのでしょう。楽しい映画シリーズ「ナイトミュージアム」第三弾も大英博物館が舞台だというしね。ふん…じゃあ大英博物館に行こうかーでボクは本場ロンドンのレコ屋にでも行こうかーなんて考えてたのが2月。でも3月末にボク自身が会社休めるかなー?なんて心配もあって。

●で、3月。出発予定の2週間前。いきなりボクの中で気分が変わったんです。
●ワイフが問うのです。激安航空券だと、ドバイやカタール、またはバーレーンなどの中東経由のトランジットになる。これからエア押さえるけど、どれがいい?
中東経由ねえ…中東…。


あのさ、そしたらさ、ボク、イスラム文化圏、行きたいわ。
なんか、今、イスラム社会の普通の姿、見ておきたいんだわ。

●シリアの内戦からのISISのテロや日本人人質殺害事件とか。フランスのシャルリーエブド事件とか。殺伐としたイスラム社会の話題が世間を騒がせている今だから、本当のイスラム社会、普通に平和に暮らしているイスラムの人々の姿、見たいんだわ。コドモたちにも見せる価値あると思うんだわ。とにかくボクの中でイスラム社会のコトがずっと頭の中でモンモンと引っかかり続けてるんだわ。イスラムの真っ当な姿をリアルに見て、この自分の中のモヤモヤをスッキリさせたいんだわ。

だからさ、モロッコに行こうよ!
●前々から行きたいと思ってたのよ、モロッコ。ビートニクス作家のポール・ボウルスとか、アレン・ギンズバーグウイリアム・バロウズモロッコを訪ねてるし。60年代には、THE ROLLING STONES のメンバーも何回も遊びに行ってるし。彼らはタンジール(タンジェ)に行ってたんだよな。CROSBY, STILLS & NASH のレパートリーにもモロッコの名所を題材にした「MARRAKESH EXPRESS」って曲がある。マラケシュもいいよな。でも、やっぱさ、ここは世界遺産の古都・フェズにしよう!

というボクの突如の変心。…に、当然ワイフ&コドモドン引き。
●大丈夫大丈夫!モロッコにはテロリストいないから。トルコと同じ程度でしょ。トルコはボク十数年前に行ってるから次はモロッコね。ヒヨコ、この前、東京ジャーミイでイスラムのお祈り見たでしょ、あのノリだから平気だよね?だから今回はモロッコにしよう。ノマドは世界遺産好きだろ?メキシコのチチェン・イツァにも行ったよな。ロンドンはさ、たぶんいつでも行けるしさ!ということで家族のご希望ご意見は圧殺。ロンドンのホテル、アフターヌーンティー、ハロッズとかとかのお買い物とかを夢想してたワイフのプラン全崩壊。コドモたちもキョトン。しかし我が家のパパは言い出したらもう止まらないということは知っている。

●一方で旅行直前に起こったあの事件、チュニジアで外国人観光客を狙ったテロで日本人が3人殺されてしまった事件には、さすがにボクもチト引きましたが。チュニジア「アラブの春」を一番幸せに通過した国だと思ってたのに。モロッコチュニジアの隣の隣、ご近所の国。わざわざ実家から電話かかってきて父親が「本当に大丈夫か?」と。でも外務省の注意喚起でレベル2だから平気だよ。エボラ出血熱も同じアフリカってだけで結構遠い場所の話だから平気。あくまで予定に変更なし!

●帰国してから知ったニュースとして、ぼくらがモロッコ滞在時にもいろいろなことが起こっていた。ケニア〜ソマリア国境の町でキリスト教徒140人以上の大学生を殺しまくったイスラム過激派ゲリラの事件があった。アラビア半島南部のイエメンではシーア派勢力がスンニ派政府を打倒亡命させて、サウジアラビアが空爆&国境エリアに地上部隊を展開してるナイジェリアのテロ組織ボコハラムが輪をかけて凶悪で政府軍と戦ってる。モロッコ国内では、つい先日にバスとタンクローリーの衝突事故で31人が死亡。うーん、やっぱりやっぱり今のイスラム文化圏のキナ臭い情勢は間違いない。
●でも、だから、今、行く価値があったと思ってる。



モロッコという国の基礎情報。
●…知ってる人は知ってるけど、知らない人は全然イメージつかないらしいので、一応ね。
●国名:モロッコ王国……立憲君主制を採用している意味では、日本やイギリスと同じタイプの政治体制です。二院制議会の第一党から首相が選出されるそうで。今の国王はムハンマド6世という人。1963年生まれだそうで。
●位置:アフリカ大陸の北西端大西洋に面している。地中海を挟んでスペインと向き合う関係。イギリスと同じグリニッジ標準時なので日本との時差は9時間。サマータイムにご注意。
●気候:夏に乾燥し冬に降雨がある地中海性気候。緯度としては主要都市がある地域は東京とほぼ変わらないので、一日の平均気温は東京とさほど変わらない。ただし、一日の中での気温差が激しい!上着を脱いだり着たり。
●地形:国土の中央をアトラス山脈が背骨のように貫いている。山脈の北〜地中海沿岸の平野地方は緑の豊かな草原が広がっており、主だった都市もこの地域にある。アトラス山脈は4000mを越える高い山を持ち、積雪もあるほど。アトラス山脈の中の盆地にも都市が栄えている。アトラス山脈以南はサハラ砂漠につながっている。
●言語:公用語はアラビア語とベルベル語。植民地時代の宗主国であるフランスの影響で、フランス語を話せる人が多い。一方、英語はけっこう通じない!思った以上に通じない。日本語が達者な人には全く会いませんでした。ここの国のアラビア語は標準的な言葉に対してモロッコ方言が強く入っているらしいので、書き言葉は別として口語では伝わりづらいという。ベルベル語とは、アラブ=イスラム化する以前からこの土地に住む先住民族の言葉。ベルベル人は人口の3割を占めている。ちなみに人口は約3110万人(2008年)。
●宗教:イスラム教を国教と定めていて、国民の9割以上がスンニ派のムスリム。一方で、憲法で信仰の自由が認められている。伝統的にキリスト教徒やユダヤ教徒も暮らしているという。



さて、我々は、この国の世界遺産都市、フェズを目指しました。

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fes絵葉書

フェズは、モロッコ最大の都市カサブランカから、特急列車で4時間ほど内陸へ入ったところにある古都。
その成立は8世紀。モロッコで最初のイスラム王朝であるイドリース朝開祖ムーレイ・イドリース一世によって建設され、その息子のイドリース二世によって首都とされた町。その後約2世紀に及んでモロッコ〜北西アフリカの都として栄え、政権が変わっても文化・商業・教育・信仰の面で重要拠点であり続けた都市。ちょうど日本の京都と同じような感覚だよね。平安京が794年だもんね。世界遺産への登録は1981年。日本のどの世界遺産よりも10年以上も早い登録、エジプト・ギザの三大ピラミッドが1979年登録と比べれば、その文化的価値は昔から高く評価されていたことがよくわかるのでした。

フェズが注目される大きな理由は、その中心市街地(「メディナ」=旧市街と呼ばれます)が1000年前からほとんど変わらないままの姿で残っていること。ある研究によれば、中央の市場や様々な種類の工房の集まる位置や規模は16世紀と20世紀初頭でおおむね同じであることがわかってます。
●結果として、その1000年前の姿のまま、泥レンガを積み漆喰で塗り固めた古い建物たちが絡み合って超高密度に寄せ集まり、その間を自動車一台入れない細い路地が無秩序に広がっている。まさに「迷宮都市」。地図なしでは歩けない、いや地図があっても大変な思いをする。街の外郭は城塞に囲まれており、幾つかの大きな門が街の中へ開かれているが、門から内側の移動手段は基本全部徒歩。地元の人でもリアカーっぽい荷台を引っ張るか、ロバの背中に荷物をのせるか。バイクだって入ってくるのはかなり困難。オマケに微妙に街全体が傾斜しており、無視できない起伏がますます歩く者を消耗させる。これがこの街の最大の個性。「迷宮」の大きさは東西南北に2キロ程度であろうか?しかし不用意に歩けば、市街中央にあるカラウィン・モスクまでの一キロに2時間くらいかかる。

●ちなみに、写真一枚目は、ブー・ジュルード門(BAB BOU JLOUD)。この街の一番メジャーな玄関門であり、2本あるメインストリートである、タラ・クビーラ通りタラ・スギーラ通り(TALA'A KBIRA、TALA'A SGHIRA)の起点にも近い場所。主だった観光客は、タクシーでこの門までやってきて、ここから1000年前から姿を変えない迷宮都市へダイブすることになる。

何しろ人間の密度が濃い。例えて言えば、原宿竹下通りの土日の賑わいが、その竹下通りの半分の幅の道を往来している。メインストリートでも竹下通りの半分かそれ以下なのですよ!それで、沿道のお店の人々がパワフル。観光客向けのおみやげ店から完全地元民向けの生活雑貨店、各種様々な職人の工房、料理屋、カフェ、肉屋に八百屋にスパイスの量り売りが狭い通りにせり出し自己主張、テーブルや商品を並べまくる。そこから数メートル横道に踏み込んだ場所から、学校や幼稚園、モスク、隠れ家的な宿屋が突然登場してくる。まさしくカオス。フェズ到着の初日に大まかな地理を掴もうと、フラリ街区に潜り込んだらいきなり迷子になってメチャメチャ消耗した。

●写真はたくさん撮ったから、そのカオスっぷりをまずは感じて欲しいかも。

食品のスーク1

タラ・クビーラ通り(TALA'A KBIRA)の起点付近は、食料品のスークスークは市場の意)になってる。これが最大の道幅で、これがドンドン狭くなる。建物同士はお互いを支え合うように絡み合い、時にアーケードのような屋根を持ったりもする。

紫のカフェ

タラ・スギーラ通り(TALA'A SGHIRA)の起点近くには、カフェレストランがごちゃごちゃ集まってる。このへんには地元民も外国人も気楽に食事/お茶休憩できるイイ感じのお店が多くて助かった。めまぐるしい雑踏を眺めながら、モロッコ名物のミントティーを飲むと落ち着く。ちなみに、タラ・クビーラ「太い坂」タラ・スギーラ「細い坂」の意。ボクに言わせればどっちも細い!ただし、ずんずん進むと本当に突然急な下り坂になって不安になる。

バブーシュ屋さん

個人的な印象だが、観光客向けのお店が多いのは、タラ・スギーラ「細い坂」の方だったかも。
●モロッコの伝統的な革スリッパ、バブーシュのお店がいっぱいあった。カラフルで楽しいし種類も豊富。女性用をワイフがお土産にたくさん買っていた。男性用もあるので自分のために買ってみた。近所のカフェまでつっかけて歩くと気持ちよさそう。モロッコの買い物は基本的に値札がないので値切り交渉が必要。さすがアラビア商人。相手はフランス語メインなのでコッチの英語が通じない。ボールペンや電卓で数字を意思表示。安いバブーシュは40ディルハム〜70ディルハム(1ディルハム=約13円)から。でも気の利いたヤツは100ディルハムくらいだったかな。

バッグ屋さん

●とにかく革製品が多かった。革バッグもたくさん売ってる。革ジャンもね。なめし革職人の工房が集まってるエリアもあるらしくて、ガイドを名乗る男たちが日本語で「ナメシガワ、ミル?」と声をかけてくる。自称「ガイド」は大勢いて、道を聞いただけでガイド料をせびってくるので要注意。それと、商品が道の上下左右に限界までせり出してくる。これはお店の中に入ろうとしてる写真じゃなくて、普通に道を歩いてる様子。メインストリートであるタラ・スギーラが建物のトンネルを通り抜ける時、頭の上にどこかのお店の商品がぶら下がってる。

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ひたすらに、おびただしい色彩にさらされる。街路の壁面が全部バブーシュ。一方で右の丸いものはなんだろう?と質問してみたら、革のクッションだそうな。器の形をしてるので中にネコが寝るんだろうか?と思ったが、裏面にジッパーがあって、そこから衣類などをたくさん入れて膨らますことで、丸いクッションになるそうな。今では洋式家具が普及したが、アラブ系文化の家庭生活は床に寝そべりスタイルだ。立派な絨毯を敷いてクッションにもたれて寝そべる。床に食器や飲み物を並べる。…で、これも街路の壁面を勝手に占拠してる。優れた革だぞと証明するために、お店のお兄さんはライターでクッションを炙ってみせる。合皮じゃないぞと。

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●衣類で占拠されてくメインストリート。羊毛なのかな?毛織物のジャケットがカラフルで。全部手で織ってるんだぞ!とオジさん。姪っ子たちに子供用買うついでにボクも自分用を買ってみた。イイ感じと思ってさっそく現場でも東京でも着てるんだけど…地元の人は誰も着てなかった…地元でイケテナイなら世界中どこでもアウトか?あと、重ねて言いますが、モロッコは一日の中での寒暖差が激しくて、日中は半袖になりたくても夜は分厚いコートが欲しくなるほど。地元のオジさんたちも常にジャンパー着てるし。半袖なのは元気な子供とヨーロッパ系バックパッカーだけね。
女性の衣装はまさに多彩で説明できない…いろいろなスタイルがいて。完全に西洋風であったり、民族衣装にもいろいろな着こなしがあったりで、外部からではルールが理解できない。あの民族衣装って宗教的ジェンダー観に由来してるというより、この気候の中での合理的必然性の結果から着地してるんじゃないだろうか。強い日光…冷える日陰…あの衣装の下では様々な重ね着ができるからなあ。東京ジャーミイでイスラム教についてガイドしてくれた日本人ムスリムのオジさんが言ってたんですよ。「女性にヴェールを強制すると言われますが、あの習俗はイスラム以前からの習慣なのです。イスラムの生まれた乾燥地域では男性でも女性でも肌を出して過ごしたりしません」現場でその言葉がすごく響いてた。
●あとねー。羊はたくさんいたなー。郊外に放牧されてる羊、お肉屋さんに並んでる羊。そんなこんなでボヤボヤしてると、イチゴいっぱいの荷車を押したお兄さんが坂道を逞しく上がっていく。はいはいソコどいてーと声かけながら。ていうか、往来が激しすぎて落ち着いて写真がとれない。

●ちょっと機関銃のように、羅列してみます。

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●おばあちゃんと孫たちかな。ティーンくらい〜未婚?のお年頃まで娘さんは髪の毛を隠してなかったりもするし、ヴェールを被ってたりもするし。ファッションアイテムとして選んでるみたい。女の子が着てる白い服は、コッチの女学生の制服らしい。女子高生くらいの子までが着てた。男子はみんなサッカージャージ。サッカー大好き。ヨーロッパで活躍する日本人選手の名前をアレコレ言ってた子がいて。ボクがサッカー無知だったゴメン。

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●で、ヴェールのお店。巻き方もいろいろな流行やオシャレがあるみたいで、その多様っぷりもすごかった。こちらが思う以上に自由。あそこまで行くと、女子としては気合で工夫しちゃうところだね。まつげにマスカラ盛りまくるよりクールだと思う。マネキンが無愛想なのはご勘弁。もっとひどいのはマジックで目を描き込まれてた。

スパイス屋さん

●スパイス屋さんのおジイちゃん。なんか話しかけられたが全く意味がわかんなかった…。

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●本屋さん。ご主人たちの背中にあるゴールドの背表紙。こんな立派な本は他に見なかったなあ。でも、見せてくれっていいづらい空気だった…読めないし。

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●大理石?に文字を彫り込む職人の青年。アラビア文字は本当に不思議で。日本の書道とは別次元の美意識がすごい。で、相変わらず読めない。単語の切れ目もわからない。結局なにを彫り込んでるのかもわからない。

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●前述のイチゴのように荷台で運ばれていくパンの山。古代ローマ時代から小麦の穀倉地帯だった北アフリカは、小麦の食べ方も多様で。クスクスも小麦だからね。そしてパンの種類もいっぱい。そしておいしい!

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街角に普通にロバさんがいます。工事現場に建材を運んだりするのは彼らの任務だね。レンガとかコンクリとか。油断すると、彼らのウンチを踏みます。

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えー、この段階は完全に迷子状態。一歩賑やかな道を外れると、いきなり人気がなくなるし、日光も建物に遮られて薄暗くなっていく。ただ向こうから女子高生の女の子が歩いてくるってことは行き止まりじゃないってことだよね。地図で道を聞こうにも、地元民ですら地図じゃ場所説明できないんですわ。とあるお店のご主人にこの場所この地図のどこにある?と聞いても「わかんねえ」って言われた。

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とにかく「迷宮都市」。カオティックなわけですよ。雰囲気伝わりました?
●で、一時間以上もフラフラしてるとやっと中央部に近づくのですよ。

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●ピンボケ恐縮です。タラ・スギーラ通りがタラ・クビーラ通りに合流/吸収されて、さらにズンズン進むと地元度がどんどん進みます。洗剤とか売ってる日用品のお店や、雑貨を作るための材料、生地や糸などの問屋さんみたいなお店が増えていきます。街の雰囲気がどんどんレトロにもなっていきます。街の中心部に近づいてきたのです。

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●で、突然重要な宗教的史跡が現れます。これは「ムーレイ・イドリース廟(ZAOUIA MOULAY IDRISS)」フェズ建設の功労者ムーレイ・イドリース2世のお墓です。なにせ道幅は狭いまんまだし、空を見上げてもランドマークになる塔とか建物に遮られて見えないし。タラ・クビーラから脇道に入ってこのヘンかなーとさまよってたら、いきなりこのゴールド仕様の建物に出くわしましたわ。ビビりますわ。周囲せまくて全景も見えないし。

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●で、これが「ムーレイ・イドリース廟」の中。でも、ムスリム以外は入っちゃいけません。これ、上の写真の正面入り口に立って撮影させてもらったもの。往来も激しいので水平ズレてますがこれが限界。モロッコでは、基本的に現役稼働の宗教施設にムスリム以外の人は入れないようです。ただ、この入り口とそこからのぞく様子だけでも、圧倒的な美しさに息を飲みます。

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●さらにゴチャゴチャ歩くと(このヘンで道がもうわかんなくなってます)、白人観光客がたむろってる場所がありました。これがなにかというと。

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この街最大のモスク、「カラウィーン・モスク(MOSQUEE KARAOUIYNE)」です。
9世紀に建立されたこのモスクは、宗教的性質にとどまらず、中世〜近世にわたってあらゆる学問の研究センターとして多くの学者や学生、政治家や有力者を集めていたそうで。キリスト教徒との文化交流の場として機能してた時代もあるそうな。800あるというこの街のモスクの中でも別格の存在で、今なおこの街の精神的支柱であり続けている。礼拝堂は2000人も収容できるとな。
●でもね、やっぱりムスリム以外の人は立ち入り禁止なのです。この場所からモザイク床が綺麗な中庭を見るので精一杯。空気が読めない白人のオジさんが無粋にこのモザイク床に一歩降りただけで、右に立つ青いローブのオジさんが威厳を持って「ここはアンタ方の場所ではない」と外に連れ戻します。
●実はね、地元の人たちの具体的な宗教生活ってのは結局この旅行じゃほとんど見ることができなかった。1日五回の礼拝の時間には、その時間を知らせるアザーンの声がスピーカーから聴こえて来るんだけど、賑わう街の人々が一斉にお店の営業を止めて礼拝するなんてことはない。見た目上じゃ完全スルー。ただ一方で、アザーンに合わせて街中に散らばる小モスクに、オジさんたちが数人駆け込んで行く様子は見た。信心も人それぞれなのかも。でもそれ以前に、ムスリムの大事な時間を異教徒に見せない工夫がしっかりできてるのかもしれない。小モスクにしたって、駆け込むオジさんがいて初めて「あ、あの木戸の中がモスクなのか」と認知できるほどで。街が混沌とし過ぎてモスクすらどこにあるかわからない。

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こちらは「アッタリーン・マドラサ(MEDERSA EL ATTARINE)」。
カラウィーン・モスクのご近所。マドラサとは「学院」の意。中近世イスラム社会でエリートを輩出した高等教育機関で、ここは14世紀に建てられた神学校。イスラム教エリートは、神学にとどまらず、聖典コーランなどを社会秩序の規範にしたイスラム法(シャリーア)の解釈研究をしたり、古代ギリシャ/ローマ文明から伝わる学問やインド以東のアジア文明から伝わる知識を結集して、天文学・数学・医学・歴史・地理・語学なども学んでいた。熱心な学徒はイスラム世界各地を巡って高名な学者に師事しては免状をもらって旅するなんてこともしてた。聖地メッカへの巡礼が信仰の重大事だったので、イスラム世界は遠距離旅行も珍しくなかった。西端とも言えるモロッコも決して僻地というわけではなかった。

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●白いローブのガイドさんが説明しようとしているのは、メッカの方向を示す「ミフラーブ」ではなかろうか。いや、ガイドさんの話聞いても語学に疎いボクにはよくわかんないんだけど。さすがにもう学校としては使われていないこの場所は、今では異教徒も敷地に入れるのだけど、礼拝の時間だけはダメらしい。

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●壁の文様をよーく見ると、幾何学模様だけではなくてアラビア文字のカリグラフィーが仕込まれてた。ヒヨコが指差す場所のもう一段上も彫り込んだ文字で飾られている。この施設はコレそのものが世界遺産指定。マドラサはモスクを中心にして他にも数か所あるみたい。

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カラウィーン・モスクの裏手「サファリーン広場(PL. SEFFARINE)」
●さて、さらに街の奥地に進んでいきたんだけど…むむむ…ちょっと困った。元来から、職業や職能で工房や住居のエリアが仕切られていたのがこの街の構造。この小さな広場の周りは金属細工の職人さんのエリアだ。もうその手のお店ばっかしかない。

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●広場の真ん中で、トンテンカンテンとお仕事する若い職人さん。奥には工房の前でビジネストークするオジさんたち。

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●金属細工となると実にきらびやかでもありますよ。ただね、旅行者としては、ちょっと弱ったことになってて…。

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綺麗なお店や工房がいっぱい並んでるんだけど、本当にそれしかない!
●ブージュールド門からモスクまで歩き通しのボクら、一旦カフェで休憩してガイドブックを見ながら体制を立て直したい。しかし、マジで職業別にエリアが区切られているので、カフェの一軒どころか、座って休めるところすらない!もうヘトヘトなのに、休憩できない!目印になるメインストリートもモスクまでで終わってしまって、目印になる道がない。この先も見所はあるはずなのに。

FES_スークダッバーギーン

この先にあったのは「スーク・ダッバーギーン(SOUK DABBAGHIN)」。
●これ、絵葉書から拝借した写真ね。この街の中央を流れるフェズ川のほとりにあるなめし革染色職人エリア。きっとこの街のあらゆる革製品がここで染められてるのかも。中世古来からの伝統的手法が今なお続いているとな。…でも、奥が深すぎた。結局、この街の東半分には手がつかなかったよ。3日間も「迷宮」にダイブを繰り返したのに。

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疲労困憊したボクらは、ここでこれ以上の探索を断念。ブージュールド門に引き返してカフェが集まってる場所まで撤退。あそこも職能別の住み分けでカフェが集まってたんだな…。バブーシュ屋さんもかばん屋さんもまとまって存在してたのはそんな理由か。この街あなどれないなー。
●この写真のおじさんは、路上で器用に金色の糸を撚っておりました。職人。このへんはサービス業のエリアじゃないということか。



しかし、フェズ、そしてモロッコの面白さ、奥深さはこんなものではないのです。
●ボクらが滞在した「リヤド」という宿泊施設について説明しなくてはなりません。イスラムの高級邸宅をホテルに改装したもの。ほんの数部屋程度しかないので、宿の人々との関わりも深くなる。とても楽しい経験でした。下の写真が、ボクらの「リヤド」のロビーね。
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●ということで、このモロッコツアー、もう少し、このブログで取り上げていきたいと思います。



●もちろん、音楽もいっぱい仕入れてきたけど、聴き応えありすぎてまだ消化できてないっす。そちらはお時間くださいな。


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