今、PAUL MCCARTNEY を復習中。

PAUL MCCARTNEY「MCCARTNEY」

PAUL MCCARTNEY「MCCARTNEY」1970年
先輩に誘われて、PAUL MCCARTNEY 東京ドーム公演に行くことになって。18000円もするチケットはチトしんどかったけど、先輩が用意してくれた席がアリーナのスゲエ場所で。テンション上がってます。追加公演の日本武道館だと、アリーナ席10万円だって!並の席でも8万〜6万円だってさ。
●で、久しぶりに PAUL MCCARTNEY を聴いてます。JOHN LENNON に比べて関心薄かったので、自分が何の音源持ってるかも確認しないと…。うーんと、個人的に一番よく聴いたのは「BAND ON THE RUN」1973年だなあ。あとは「TUG OF WAR」1981年…STEVIE WONDER との共作「EBONY AND IVORY」が入ってるヤツ。ソロ初期モノとして「RAM」1971年とか「WILD LIFE」1971年とか。1989年の「FLOWER IN THE DIRT」はリアルタイムで思い入れもあったがその後のキャリアには全く手をつけてないな。ベストとしては「WINGSPAN」という二枚組を聴いてる。このへんは現在ライブに向けてきちんと復習中。
●加えて、知らない音源でさらに予習をと思ってディスクユニオン下北沢へ。本当は傑作の誉れ高い「VENUS AND MARS」1975年とか、MICHAEL JACKSON との共演「SAY SAY SAY」が入ってる「PIPES OF PIECES」1983年とかが欲しかったんだけど…なかった。あと、再発やリマスターでボーナストラックの分量が全然違うのも困ったもんだ。だからオリジナルのアナログが買いづらい。有名シングルが当時はアルバム未収録だったりしてさ。
●結果、ソロアルバムとしては一番最初のコイツを購入。THE BEATLES 解散のゴタゴタ期に PAUL がスコットランドの農園に引きこもって宅録したというこの作品が、華々しい来日ライブで演奏されるはずないとわかりきった上で、敢えて買ってみた。だって「PAUL MCCARTNEY 来日公演記念!チケットをご提示していただければ価格10%OFF」ってなキャンペーンやってんだもん。歴史的ターニングポイントの一枚だと思って購入。900円。
●聴けば、マジで地味。PAUL が決して忘れない愛嬌のあるポップスという前提はギリギリ守られてるけど、全部一人で演奏したポツン感はまぬがれようがなくて。「THE BEATLES(WHITE ALBUM)」の悪ふざけスタジオ実験みたいな録音の粗末さが目立つ…一人レコーディングってのが彼にとっても実験だったからねえ。デモ音源風だったりインストの小品だったり。ただ、風邪引いて体調を崩しているボクには、この程度の奥ゆかしさが今ちょうどいい。苦楽を共にした仲間との決裂、バンド崩壊の傷心、愛妻リンダと生まれたばかりの赤ちゃんだけで過ごす引きこもり生活。優しい奥さんがそばにいてくれてよかったねポール。
●このアルバムのリリースに伴って PAUL THE BEATLES 脱退宣言を発表。事実上これが THE BEATLES 解散の瞬間。このアルバムのリリース一ヶ月後にバンドのラストアルバム「LET IT BE」が発売される。実り多き60年代が終わった。




あ、そうそう、モロッコ・ツアーのお話をしたかったんです。
今日は、モロッコに特徴的な「リヤド」というゲストハウスのお話。

●モロッコには、かつてお金持ちが暮らしていたであろう、伝統的様式のお屋敷をホテルやレストランに改修して、お客さんを招いている施設があります。それが「リヤド」「中庭のある邸宅」という意味。元が一般のお屋敷なので、大規模なホテルにはなり得ません。多くて十数部屋、少ないと4部屋程度しか泊まれる部屋はありません。そのぶん、アットホームなサービスが受けられたり、色々と融通が利いたりするのです。…あー少々値は張ります。
●この「リヤド」に泊まるのが、今回のボクらの旅の目的の一つでもありました。そして、この下の写真が、ボクらの止まった「リヤド」の中庭部分。すごく立派でしょ!中央には大理石?の大きな杯に水が張ってあって、綺麗な花びらが浮かべられていました。床には美しいタイル張りで飾られた8つの角を持つ星型の模様があって、ここにも綺麗な水が張ってあります。水が貴重な地域にとって、庭園に泉の水を引き込むコトは大変な贅沢でした。水をたたえた庭を作る習慣はペルシャ(イラン)に起こったそうですが、その後イスラム世界全域に広がりました。インドのイスラム王朝ムガル帝国タージマハルも同じ発想で廟の前に綺麗な池を作っています。でもこちらの宿では、中庭の上に透き通った屋根を張ってますので、太陽光の差す明るいロビーとして機能してます。そして建物の細部に施された様々な幾何学模様。まさに、イスラムのお屋敷!
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「DAR AL ANDALOUS - RIAD /ダル アル アンダルース - リヤド」
ADDRESS:14, DERB BENNANI, RUE DOUH, BATHA, MEDINA, FES, 30200
「ダル」「家」の意味。「アンダルース」アンダルシア地方=イベリア半島の意味。現在スペインとポルトガルがあるイベリア半島は、8世紀には伸張するイスラム勢力に飲み込まれて、1492年のグラナダ王国滅亡=レコンキスタの終了までイスラム文化圏の中にありました。徐々にキリスト教勢力に追い詰められていくアンダルシアのムスリムは、モロッコほか北アフリカ各地に大量移住。そのため、モロッコにはヨーロッパ由来の一味違う文化も流れ込んでいるというわけです。で、このリヤドもどこかしらでアンダルシア様式を採用してるようです。ま、その辺のデティールはボクにはさっぱりで。それでも、およそ100年前に作られたというこの建物の貫禄はキチンと伝わってくる。

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さて、こちらがこのリヤドのみなさん。
●左がこのリヤドのオーナー、ムハンマドさん。右の民族衣装に身を包んでいるのがサービスマンのラシッドさん。

ムハンマドさんは、日中も夜も中庭のソファに座ったりしてて、大きな声でフレンドリーにお客さんに声をかけてる。恰幅がよくて大柄、辣腕経営者なオーラを出しまくってる。だから恭しい丁寧な接客というよりは「どうだい、このリヤドの滞在を楽しんでもらってるかな?」というやや上から目線な気配すら漂っている。ヨーロッパ人客相手にも堂々と英語とフランス語でヤリトリをしてて、変に媚びる感じがない。わからない事や困った事を投げかけると「アラシッド!」とデカイ声を張ってラシッドさんを呼び、アレコレアラビア語で指示を下して対応させる。頼もしいオジさんだ。
●一方で、キッチリしたアラビア商人の側面もちゃんと出してくる。「ガイドは必要ではないかな?公式ガイドを紹介するぞ?」とか「今日のディナーは何時にするかな?今日も特別なメニューを用意しているぞ?」とか、様々な提案をしてくる。でもこのリヤドでガチにディナーを食べると日本円で一万円を超えてしまうし、外国人向けガイドも結構なお値段になる。「あーそれは必要ない。今日は外で食事をするつもりだから」とハッキリ言わないといけない。日本人風にゴニョゴニョした返事をしてるといつまでも提案してくる。一方、ハッキリとメッセージが伝わると、サッパリと諦めて後腐れを残さない。その後も普通に堂々と接してくる。

●一方のサービスマン、ラシッドさんは、いつもニコニコ、カタコトの英語をゆっくりと使いながら丁寧にボクラの世話をしてくれる慎ましやかなオジさん。…といっても年齢はボクと多分変わらないんだろうな。ラシッドさん、このリヤドを紹介してる日本のガイドブックに顔写真が掲載されてる。それをボクがたまたま持ってたもんだから、彼「この本にボク写ってるんだよー」とページを指差して陽気に嬉しがってたりして、なにかとチャーミングなんですわ。だから、ワイフも含めてみんなでラシッドさんを応援してた。部屋でノンビリしてると何回もオーナー・ムハンマドさんの「アラシッド!」という呼び声が響いてくる。その度にイソイソ出てきて働いてるラシッドさん。頑張れ!ラシッドさん!そんな彼は、非番の時間にフェズの街中でバッタリボクラと出会ってしまった時も、ニコニコしながら大きく手を振って応えてくれた。


一方、娘ヒヨコはボクのカメラを引ったくって、お部屋のチェック!
「すてきー!」と叫んで部屋の写真をパシャパシャ撮りまくり。

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●中庭から続く細いタイル張りの階段を駆け上がって、2階へ!

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こちらがメインのリビング。ふんわりしたソファとテレビがある。

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ベッドルーム、その1。この部屋の中でもう一回階段を上がった3階にある。

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ベッドルーム、その2。別の階段で昇る3階にある。後ろの窓からはリビングが見下ろせる。「ヒヨコ、この部屋ドクセンねー!もうヒメ気分!」…ということで、ホントに三日の滞在をこの部屋を一人で占拠してた。

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●ヒヨコチェックは続く。この広いバスルームで我が家の子供部屋と同じくらいではなかろうか。しかもこれが二つもあった。

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部屋の窓はすべてロビーを兼ねた中庭に向いている。建物の外側には窓は一枚もなくて外は全く見えない。外観に気を払わず、内側だけをきらびやかに飾るのがイスラム文化圏のスタイルらしい。それでも広い吹き抜けの中庭からは日光が差して個々の部屋の中まで照らし上げる。

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中庭の上の吹き抜けを橋渡しするように架かっているテラス空間。他にお客も少ないからココも自由に使っていいよと言われたよ。ふかふかソファでの読書は気持ち良かった。

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テラスから見下ろすロビー。右奥隅はレセプション。アーチ型の大きな木戸が開くとゆったりしたソファ空間が現れる。オーナーのムハンマドさんが夜になると、そのソファでタバコをゆっくりふかしながらスタンダードのモダンジャズを聴くんだよ。これが広い中庭にエコーしてね、いい感じ。
これが一般の邸宅だった時の頃を想像してみる。屋根のない中庭を中心に、一階には客間があの大きな扉の奥に複数配置してある。現在はホテルの客室だけど、来客を迎える空間として庭を眺めながら食事をしたり談笑をするパブリックな社交空間として機能していたんだと思う。一方、ボクラが泊まった2階以上のエリアは、それとは反対のプライベートな家庭空間。男性の社交に女性が関わってはいけない雰囲気がある古典的なイスラム社会では、女性や子供を来客から完全分離する空間がなくてはならなかった。夫または男性の後見人(父/兄)なくして、他所の男性に会ってはいけないのがイスラム女性の慎みだったのですから。階段がわかりにくい場所にあり、異常に狭苦しいのも、客を通すことを想定していない証拠だと思う。

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テラスの逆側を見下ろすと、レストラン空間。泊まり客じゃなくてもディナーだけなら食べられるらしい。朝食もここで食べる。給仕としてアレコレ世話をしてくれた太っちょの男性ラシッドさんはいつもニコニコしてて親切だった。
これもイスラム的な男女の分業なのだろうか?基本的に給仕や接客は全て男性であるラシッドさんの役目で、女性はほとんどボクラの前に姿を見せなかった。それでも女性もこのリヤドで働いてる。姿は見えないけど台所からはオバちゃんたちの楽しそうな談笑が聞こえてくるのだ。ベッドメイクや洗濯も女性の仕事らしいけど、これも静かに気配を完全に消してしまってる。顔を合わせたとしてもニコッとするだけ…アレはシャイな上にボクラの英語がわからなかったっぽい感じもあったけど。さらに階上の4階には洗濯機のある部屋があるんだけど、そこがオバちゃんたちの休憩場所になってるみたいだった。ラシッドさんの他にもおジイさんの給仕さんがいたが、やっぱり言葉が通じない。英語がわかるラシッドさんが一番の頼りだったー。

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レストラン側から、吹き抜けとテラスを見上げてみた。かなりの高さと開放感。一応透明な屋根を張ってあるはずなのに、時として小鳥がこの空間に舞い込んだりしたりもする。

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屋上に上がらせてもらったよ。オバちゃんたちの洗濯部屋もこの屋上近くで見つけた。オーナー・ムハンマドさん曰く「望むならココでディナーを食べてもらってもいいよテーブル用意するから」とのこと。中庭を覆う屋根が少々無粋なのだけど、確かに空の下で食事するのは小粋かも。結局お願いしなかったけど。
●建物の外を見てみたんだけど、ホントに全ての建物が切れ目なく合体しててスキマが全くない。どこからどこが誰の家かワケわからん状態だった。他所様の小洒落た屋上テラスが見えたり、洗濯物が目一杯干されてたり。外側に窓を作らない意味も理解できる…外に窓を作ったら隣家から家の中が丸見えになる。
夜中にラシッドさんにお願いしてコドモたちも屋上に上げてもらった。乾燥した空は澄み切った月夜で、東京では見られない星空を満喫できた。北斗七星、カシオペア座、オリオン座。息子ノマドはもっとたくさんの星座や星を見つけてた。

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ステンドグラスが綺麗…窓のあちこちにあしらってあって素敵なアクセントになってる。このへんがアンダルシア風なの?右の写真は玄関に続く廊下。さっきの立派な中庭に抜けるまで、玄関からこうした曲がりくねって薄暗い廊下をわざわざ通すつくりも、リヤドの一般的なスタイルらしい。玄関から屋敷の中身がそのまま見えてしまうのはよくないコトなんだそうで。埃に荒んだ外界と、清水がせせらぐ豪奢な邸宅を、キッパリと区別してるんですね。

●そんでですねー、最大のビックリがこの下の写真ですわ。

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このリヤドの外観がコレ。地味!地味すぎる!中身とのギャップが激しすぎる!こんな玄関、そのへんの横丁に無限にありますわこの街の中には!この落差はナニ?ナニを狙ってるの?一応、小さい表札でリヤドの名前は書いてありますよ。でも絶対わからない。一見さんには絶対わからない。

●実際どんなガイドブックにも書いてあるんですけど「リヤドに泊まるなら基本的にスタッフの人に迎えに来てもらえ」ってのは鉄則ですわ。
リヤドはどこも外観だけならどこもこの程度の存在感。これ、自力で発見するの不可能。さらに街の構造上タクシーも入ってこれないような場所、徒歩で重い荷物を引っ張りながら彷徨うのはキツイ!オマケに GOOGLE MAP すら信用できなかったりするんですわ。別の場所の場面だったけど地図と位置関係が完全に間違ってましたってケースがあったもん。もちろん道幅激セマのフェズの街にストリートビューなんて期待できません。

●ですので、ボクとしては、まずリヤド宛に日本から英文メールで「モロッコ国鉄フェズ駅まで迎えに来て欲しい」とお願いしました。モロッコ国鉄ホームページ(ONCFという略称で検索できます)で時刻表を読んで、いい感じの特急に乗るつもりになって、待ち合わせ時間を決めました。…でも出発まで結局返信こなかった…不安。
●そこで、フェズに入る前に滞在してたカサブランカのホテルからリヤドに電話をしました。語学が拙いボクに電話はしんどいんだけど。そしたら、わかりやすい英語をしゃべってくれる女性が出て、丁寧に対応してくれました。特急の到着時刻や便名(鉄道はおおかた定刻で動かないから必要な情報だと思った)、家族四人連れの日本人で、ボクはグレーのシャツとジーンズ、赤いスニーカーを履いている、なんて話まで聞いてくれました。落ち合ってみたら、ボクが日本から送ったメールも見ててくれたみたいなことを言ってたような。返信できなかった事情はよくワカらなかったけど。


あ、それと、「ハマム」のことにも触れないと。
「ハマム」とはモロッコ風のサウナ、みたいなもの。起源は古代ローマの「テルマエロマエ」的な浴場文化から出発してて、本来は公共の銭湯みたいなモノとして機能している。キチンとしたリヤドは、これを自前で備えていて、女性にとっては、ここでアカスリをしてもらったりマッサージをしてもらったりと、高級なアメニティ・サービスとしてオススメ物件なのだという…とガイドブックに書いてあった。イスラム世界のサウナ的文化では、いわゆるトルコ風呂も有名。国を超えた広い地域に共有基盤の文化的一貫性がしっかり残ってるのね。

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で、好奇心から、男性であるボクがこの「ハマム」を試してみた。
●オーナー・ムハンマドさんが「ウチにはハマムがあるよ?どうかね?」みたいに提案してきたので、乗ってみたのだ。「それは是非入りたい!朝飯食べたら午前中のウチに入りたい!9時でどうかな?」…するとムハンマドさん「9時?夜の9時じゃなくて?ハマムはね、本当は夕方の仕事終わりに1日の疲れと汚れを落とす意味でやるもんなんだよ…」でもなー夜は夜で外メシ食べに行きたいしなー。「わかった、もう1時間くれ。ハマムをヒーターで温めるのに時間がかかる。マッサージできる人間も探す」…なんか、ハマムのお行儀を知らなかったもんだから、混乱させちゃったな。で、またまた「アラシッド!」の呼び声とともにラシッドさんの登場。せっせとヒーターをハマムに運び込んでる…他に泊まってるヨーロッパ人はハマムなんかに興味持たないよね。だってお風呂文化が薄いんだもの。
●時間になってハマムに行ってみたら…ある意味でガッカリな予想が的中、ラシッドさんがマッサージ係としてニコニコ待ち構えていた。専門のマッサージ師が来るかなーなんて期待もしたが、そうじゃなかったわやっぱり。ハマムは全裸ではなくてパンツ一丁穿いて臨む。ラシッドさんもパンツ一丁。温まった狭い室内の、石のベッドにタオルを敷いて、そこにボクが横たわる。ラシッドさん、丁寧にシャワーでボクの体を洗う…が、まーこれがそんなに気持ちよくない。うーん普通。アカスリは、激しすぎる。イテテテ!強くコスリ過ぎだよ!って主張しようとしたら、ラシッドさん、アカスリ用手袋をドヤ顔でボクに見せて、こんなにアカが出たよ!と満足げ。マッサージも雑だったなあ。こりゃ新橋のサウナの方がいいなあ。ラシッドさん、別にハマムのプロじゃないだろうからしょうがないか。これが女性のリクエストなら、当然女性のエステシャンが呼ばれて丁寧にやってもらえたのだろう。

「ハマム」はイスラム女性の社交場なのです。
モロッコの街中ではいたるところに大小のカフェがあって、モロッコ名物のミントティーや、濃いエスプレッソ・コーヒーを飲むことができる。でも、そのカフェを利用するのはほぼ100%が男性。イスラム教では飲酒がダメなので、男性の社交はカフェのコーヒーとタバコで語らうのが一般的のようだ。ぼーっとしてる人もいれば、商談や議論で熱く語ってる人もいる。ただ、女性だけでオフィシャルに社交するのがイマイチ憚られる文化でもあるので、カフェのテラスで女性同士が女子会モードで話をするなんて風景はまず絶対見られないのだ。
●しかし、ハマムとなれば、パンツ一丁の銭湯なので当然男女別、女性は男性の監視を離れて、女性同士で心ゆくまで世間話をすることができる。モロッコは完全な洋装でベールを被らない女性もいるけど、黒い装束で全身を完全に覆って目しか出さない人もいる。しかしハマムでは身を隠す配慮も必要ないとあって、素顔の付き合いができるというわけだ。結果、ハマムは女性だけの社交場として機能しているという。

森薫「乙嫁語り」

森薫「乙嫁語り」7巻
ハマムに関しては、このマンガに詳しく紹介されている。この作品は、19世紀の中央アジアで暮らす女性たちの群像劇を、結婚や夫婦生活、部族社会の親戚付き合い、夫との死別などなど様々な場面を織り交ぜて描くモノ。7巻ではペルシャの富豪夫人が豪邸の外に出て、ハマムで出会った女性と友情を育む様子がテーマになっている。ペルシャ=現イランとモロッコ、地理的には大分離れているが、彼女の暮らす豪邸がリヤドにシンクロしたり(特に水をたっぷり引いた庭園とか)、ハマム文化の様子がシンクロしたりと非常に興味深い。
●一方、この作品は、衣装や料理などの意匠にしっかり時代考証のリサーチがなされているのに、礼拝など直球なイスラム教の宗教生活については全く触れてないのが、以前からボクには疑問だった。ただ、これは現地に旅行者として訪ねてなんとなく感覚的に納得できた。この地域の文化を第三者として観察旅行していくイギリス人研究家が登場するのだが、彼の視点では現地の宗教生活が見えないのだ。これはボク自身が旅行者として数日滞在しただけでは、現地の人々のど真ん中の宗教生活に全く触れられなかったことと、体験的にシンクロしてる。
●ただし、彼らの生活様式の中には間違いなくイスラム教が深く根を下ろしている。これは間違いない。それがカフェの客層であったり、ハマムの位置付けだったりと、生活の細部にチラチラと浮き上がってくる。例えばムハンマドさんの夜の様子。彼は毎晩モダンジャズをステレオで鳴らしながらソファでタバコをゆったりと燻らせていたが、そこで登場しがちなアルコール類は一切出てこなかった。「アラシッド!」ラシッドさんを呼びつけて持って来させてたのは、なんと炭酸ジュースだったのだ。それをワイングラスに入れて美味しそうに飲んでた。外国人相手のビジネスを仕切り、お客には酒を提供するムハンマドさんでも、飲酒を禁止するイスラムのルールはしっかり守っているのだ。



●モロッコのお話、もうちょっと続けたいです。
●フェズという街までのアクセスも、今後ご紹介しようと思います。個人旅行スタイルなので、今回は特急の切符も全部現場調達しています。タクシーも利用にはコツがいる…。そういったノウハウを盛り込みたいなと。あと、カサブランカという街もね。これまた特別な場所だから。


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