やっと読破した。アタマがパンクする。

アラブの人々の歴史

アルバート・ホーラーニー「アラブの人々の歴史」
●ここ数週間、ずっと読んでた本。厚さ4センチくらいの大ボリュームで、値段も6000円もする!(もちろん古本で買ったんだけど、それでも3000円)このボリュームの中で、預言者ムハンマドの出現から、アラブ民族の拡大、オスマントルコ帝国、そしてヨーロッパ帝国主義列強の侵略と支配、第二次大戦以降の国民国家成立の時代〜1990年湾岸戦争一歩手前までを、ドバーッと描き切る。単純な地域の歴史にとどまらず、アラブ民族という集団がいかに形を変えてきたか、イスラム文化というプラットフォームがそれぞれの時代でどう変化していったのか、社会構造の変化から思想史までにタッチしていく。
もうこれでアタマがパンクしそうになってる。モロッコへの旅行中でもこの本を傍らにいろいろな所で読んでいた。フェズやカサブランカ、経由地のドバイ空港でもこの本を読みながら、そして本の中の歴史的事件と、目の前の風景のギャップの激しさに混乱する。アフリカの一部でもあるしヨーロッパととても近い国でもあるモロッコは、アフリカ系に近い見た目の人もいるし、ヨーロッパ人とほとんど区別がつかない人もいる。西欧のファッションから古典的民族衣装まで、服飾のバリエーションも多岐にわたっていて何が標準か分からない。ドバイなんてなおさらだ。20世紀以前の石油資源発見前は政治的にほとんど意味がなかったほどの土地だったのに、今や巨大な金満国家となって、南アジア東南アジアからの労働者まで流れ込んでますますのカオスになってる。しかし、大陸を超えて民族を超えて、ダイナミックに動き続けるのがイスラム世界なのだ。島国日本からでは理解できないスケールで物事は動くのだ。
●ただ、ひとつだけ。今ニュースを騒がす「イスラム原理主義」という言葉を使って、イスラム教の一番最初の姿に社会を戻すことが正義とみなす姿勢と、テロリスト自身が主張したりしているけど、イスラム教の原初の形が彼らの暴力を正当化するような思想だったかというと大違いであるということ。そもそもイスラム教の一番最初の姿など誰が正確に把握できようか?ということをこの本は教えてくれた。イスラム世界に宗教は大きな影響を持ってきたけど、その時代ごとに宗教と社会実情をキチンと結びつける知識人たちの活動と指導があって歴史をつないできた経緯がある。その結果イスラムはその時その時にまろやかに人々の生活にフィットしてきた。がゆえに長く現在に至るまで人々の生活実践に寄り添って存在している。確かにヨーロッパの帝国主義時代に大きな断絶があったのは間違いない。その時期の混乱が今もなおアラブ民族のアイデンティティに歪みと苦味を残しているのも事実だろう。しかし、彼らの「原理主義」は彼らが過去の歴史の中に見出したいと思う都合のイイ幻影にすぎない。
●この本を含め、イスラム世界の本をここ最近で何冊読んだだろう?それでもまだ全然つかめる気がしない。ただ、うっすらと感じたことはある。イスラムは今なお躍動的に動き続ける思想運動だ。そして世界の中で十数億の人々が生活の規範としているグローバルスタンダードだ。無視はできない世界だ。



先日は「RECORD STORE DAY」でありました。4月18日。

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●気の利いたレコード屋さんでは、割引セールとかやったりしてて。
ディスクユニオン下北沢店は、いつもに増してアナログ中心の探し物をしてるお客がいっぱい。
最近は、アナログを買う若い人が増えた気がする。いやいやもちろん統計的にはそんなことないだろう。ただ、局地的に、ディスクユニオンみたいな場所に特別な興味を持つ人が集まってきてる気がする。ボクからみると、それレコードで買う必然性あるのかな?って音源も楽しそうに買っていく…90年代の音楽ならCDと内容そんなに変わんないだろーし、CDなら480円とかで叩き売られてるかもしれないよーとかね、おせっかいなこと感じたりしてる。レコードプレイヤーも一部のお店ではたくさん売ってる。売り手も先回りしてて、アナログとともにデジタルダウンロードの権利も一緒に売ってたりしてる(←これウレシい。でもまだ買ったことはない…。)。まー音楽の楽しみ方は人それぞれだし、古い音楽をたくさん聴くことには意味がある。積み重なった歴史を踏まえることで、聴こえ方は変わるからねー。
●でボクもレコードを買う。


また PAUL MCCARTNEY を買っちゃったりしてる。まずは70年代の PAUL ね。

PAUL MCCARTNEY WINGS「RED ROSE SPEEDWAY」

PAUL MCCARTNEY & WINGS「RED ROSE SPEEDWAY」1973年
WINGS 名義の二枚目のアルバム。地味な宅録系傷心音楽であったファーストソロ「MCCARTNEY」はおいといて、奥さんとの連名 PAUL & LINDA MCCARTNEY「RAM」も、WINGS の一枚目「WILD LIFE」も、ボクにとってはあまりピンとくる内容ではなかったのですねー。でも、このアルバムはシャキッとした PAUL MCCARTNEY っぷりがちゃんと響いてくる。とっても素敵な内容。シングルにもなった「MY LOVE」をはじめとしたバラード曲がスイートで。後半のメドレー展開も、THE BEATLES「ABBY ROAD」ほどのスケール感はないけど、丁寧に作られてて素敵。
●一方で、この前後の時期に作られた大ヒット曲「LIVE AND LET DIE」とか、その他のシングル「HI,HI,HI」、「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH」が収録されてない…。「LIVE AND LET DIE」は映画「007 死ぬのはやつらだ」のサントラに収録されたし、他のシングルたちは歌詞が政治的だ性的だと放送禁止になっちゃって。このへんは大体がベスト盤で網羅できるんだけど、WINGS の最初のシングル「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH」はダメ。政治的すぎて PAUL 自身が大事にしてないのかな。ITUNE STOREにもない。「WILD LIFE」1993年リマスターCDにしか入ってないらしい。このへんが難しいところだ。

バンド・オン・ザ・ラン

●なにはともあれ、THE BEATLES 以後低迷してた PAUL の評価はこのへんから回復を始めて、次作「BAND ON THE RUN」1973年で完全復活する。もちろん「BAND〜」はボクも大好き!しかし、あのチャーミングなジャケでバンド WINGS は結束固くなってるのねーと思いきや、PAUL & LINDA 以外のメンバーは一人を除いてみんな脱退、3人と PAUL 人脈の豪華ゲスト(TONY VISCONTIGINGER BAKER)で制作しとるとな。じゃあ、あのジャケの大勢の仲間たちは、といえば、当時のイギリスの有名人たちだった…当時のイギリスの人もそれはわかってたのでしょうが、ボクには今までそれがわかんなかったです。


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さて、LINDA MCCARTNEY って一体どんな人だったのか?
THE BEATLES の伝説においては、どうしても JOHN LENNON YOKO ONO のカップルに目を奪われて他のところに関心が届かない。RINGO STARR は結婚してるのか?すら分からないほど。前衛芸術家としてニューヨークで活躍してた日本人女性で、PLASTIC ONO BAND でエキセントリックなパフォーマンスを残し、今尚生きた伝説として健在なのだからしょうがない。
その一方で、LINDA MCCARTNEY ってどんな人だったか、全然知らないや!とたった今思い至った。ブロンドの美人さん以上のイメージがない。ところが、今回ボクが買った本盤は東芝EMIからリリースされた日本盤LPで、年表の形で PAUL の行動が THE BEATLES 結成直前時代からこのアルバムまで月日単位で網羅されていた。その中での LINDA との出会いも書かれている。これを追いながら彼女が何者か調べてみよう。
彼女はアメリカ・ニューヨークのユダヤ系弁護士一家に生まれた育ちのいいお嬢様だったようだ。彼女の父&兄はその後 PAUL の個人弁護士にも就任しちゃうくらいなので。学生時代に知り合った地質学者と結婚して一女 HEATHER を設けるも性格の不一致にて一年で離婚。 外交的な彼女はロックンロールにハマり込んでニューヨークのロックコミュニティに潜入。いつしか様々なアーティストを追いかけるグルーピーの女王になってたのでした。一応名目は写真家ってコトで THE ROLLING STONES、JIMI HENDRIX、SIMON & GARFUNKEL などを撮影し、個人的にどんどん懇意になっていった。
●彼女が PAUL に出会うのは1966年8月のアメリカ公演ツアーの時。1966年6〜7月の日本武道館公演の翌月ってことです。あの有名な JOHN による「ビートルズはイエスキリストより人気がある」発言はこの頃。そしてこのアメリカツアーが、THE BEATLES の最後のライブパフォーマンスになる。以後はレコーディングだけで活動するバンドになり、メンバーもバラバラの個別行動が多くなっていく。そんな位置付けの時期、このアメリカツアーの間、LINDAPAUL はイチャイチャしてたみたいで。とはいえ PAUL は別のアメリカ人女性と婚約中。この段階はタダの火遊び程度の感覚?
●1967年5月、「SGT.PEPPERS LONELY HEART CLUB BAND」のリリースパーティで二人は再会。でもそれだけ。1968年5月に APPLE RECORDS 新人発掘のためニューヨークに PAUL が出向いた時にも、彼女は彼らに会って、JOHN たちと共に一晩を過ごす。こんな風にちょいちょい会えちゃうのはニューヨークのロックファンの中で彼女の存在はもう特別なものになってた証拠。娘 HEATHER の子守をアーティスト(AL KOOPER STEPHEN STILLS とか)にさせるくらいになってたらしい。しかも当時を知る知人の証言では、LINDA が狙ってたのは JOHN の方で、PAUL 自身も彼女に関心がなかった。JOHN はすでに YOKO とラブラブでしたが。
1968年7月、PAUL はそれまで付き合ってたアメリカ人女性との婚約を解消。別の女の子と同棲を始めるもこれもすぐ終了。この知らせを知るや、10月には LINDA はニューヨークからロンドンに渡って PAUL と交際開始。なんと積極的なことか。LINDA はニューヨーク時代の友人とスッパリ絶縁し、保守的&家庭的な女性に変貌。PAUL は彼女の娘 HEATHER も含めてメロメロに。一方、THE BEATLES の人間関係はどんどん険悪に。長くバンドを支えていたマネジャー BRIAN EPSTEIN が前年に亡くなって(自殺?)バランスが崩れてしまったのだ。ここでリーダーシップを取ろうとする PAUL だが、完璧主義者で非妥協的でもある彼の性格に周囲はヘトヘト。結果、1969年3月の二人の結婚式に他のメンバーは誰も現れなかったという。そして1970年4月、THE BEATLES 解散。
●彼女はその後、写真家の仕事も辞めて、PAUL の音楽活動に奉仕する。WINGS のキーボーディスト&コーラスを務める…音楽の経験も素養もない彼女がどれだけ機能してたかは微妙。ミニムーグを指一本で鳴らすのが精一杯。…でも、そもそもミニムーグは一度に一音しか出せない楽器だから間違ってはいない。女性コーラスとしての存在感は意味があるかもだし。彼女のためにキーボードのパートを簡単にしてあげるなんてことも PAUL はやってたみたいだ。カバーアートでは彼女のセンスがその後も採用される。それと PAUL がヴィーガンなのも彼女の影響。



一方、80年代の PAUL はどうでしょう。
1980年1月の WINGS 日本公演が、PAUL のマリファナ所持でオシャカになったのは有名なお話。これで WINGS そのものがしばらく機能停止してしまい、1981年に最初からのメンバーだったギタリスト DENNY LAINE が脱退。これで PAUL & LINDA だけになってしまった WINGS は事実上消滅してしまった。加えて、1980年は JOHN LENNON 射殺事件が起きた年でもある。PAUL の心の中でも何かが起きたであろう。ソロ名義のアルバムをリリースしていく時期はこうしてスタートする。

PAUL MCCARTNEY「PIPES OF PEACE」

PAUL MCCARTNEY「PIPES OF PEACE」1983年
STEVIE WONDER とのデュエットが話題になった前作「TUG OF WAR」1982年に続いて、このアルバムでは MICHAEL JACKSON との共作が目玉になってる。「SAY SAY SAY」が有名だけど、「THE MAN」という曲で二人でハモってる様子も実にイイ感じ。ピンと張り詰めてしなやかな若き MICHAEL のボーカルは素敵なわけですよ。一人で世界を作るよりも信頼できる才能とコラボレートすることで才能を増幅させることが正しいやり方なのでは?JOHN LENNON とはそんなケミストリーを作ることが出来たからあのバンドは成功したわけで。しかし今やその盟友はこの世にいないのですが。そんなこともあってか、プロデューサーは THE BEATLES 時代からの盟友 GEORGE MARTIN。ドラムに RINGO STARR も参加。元 WINGS のギター DENNY LAINE も呼んでる。
●前作アルバムのタイトルをひっくり返した「TUG OF PEACE」アフリカン・パーカッションな陽気さも斬新だし、気鋭のジャズフュージョニスト STANLEY CLARKE と共作したインスト曲も新境地。でも、最後の「THROUGH OUR LOVE」のオーケストラアレンジを背負った熱唱がとにかくイイね。このアルバムは聴きどころがいっぱいだ。
●そうだそうだ、MICHAEL JACKSON とは「THRILLER」1982年の収録曲「GIRL IS MINE」でも共作してるね。こっちも久しぶりに聴いてみた。…そうか、MICHAEL JACKSONLINDA MCCARTNEY も今やもう故人なんだよなー。



最新系の PAUL を聴いてみる。

PAUL MCCARTNEY「NEW」

PAUL MCCARTNEY「NEW」2013年
むむー…これ70歳のオジイサンが作ってる音楽だよね。2014年の日本公演キャンセルの時も、ボクはワイフと70歳オーバーのオジイサンに無理させちゃダメだよと話したもんだよ。なのに、このモダンなセンスはナニ?すっごく普通にコンテンポラリーなロックとして聴けちゃうんだけど。しかも全曲自作のオリジナルですよ。名曲カバーやセルフカバーでお茶を濁すとかないっすよ。スゲエッす。
THE BEATLES10〜20代の若気の至りで始めたバンドでした。解散時でさえ PAUL はまだ28歳だったから。JOHN が死んで WINGS を解体した時で39歳。ポップスターとしては、そこで隠居したって不思議じゃないけど、そこから実り多き80年代の活躍があって。50歳代を迎えても制作のペースもツアーの量も手加減なく盛り込んで90年代を突っ走って。1998年に約30年も長く連れ添った LINDA が乳がんで亡くなったら、彼女を追悼する意味も含めてかオーケストラ作品にもチャレンジして芸の幅をさらに拡大。60歳代になる00年代もほぼ毎年世界ツアーだよ。加えてこの時期に再婚二回してるよ、やっぱすげえよ。

プロデューサーにこれまた気鋭の才能を連れてきている。まずは PAUL EPWORTH!00年代のネオガレージに洗練を与える仕事から出発して今じゃエレクトロから R&B まで手がける男。BABY SHAMBLES、BLOC PARTY、THE LONG BLONDES、FRIENDLY FIRES、FLORENCE AND THE MACHINE、FOSTER THE PEOPLE とボクの大好きなバンドたちを手がけてる。そして ADELE、CEE-LO GREEN、JOHN LEGEND、BRUNO MARS といったR&Bシンガー、加えて U2 の全世界強制配布アルバム「SONGS OF INNOCENCE」まで手がけてる!担当曲は3曲と多くないが、詞曲で共作クレジットをしてもらっている。シングルにもなった「QUEENIE EYE」やアルバムの一曲目「SAVR US」など、モダンさと陽気さがキラキラしているね。
●二人目は、MARK RONSON!これもまた憎い人選だ。AMY WINEHOUSE を育て上げたことで武名を轟かせ、ソロアーティストとしても活躍してる。彼は本来 DJ 気質のトラックメイカーで、WU-TANG 人脈や KANYE 人脈のラッパー/シンガー、さらには SEAN PAUL のようなレゲエにも関わるヒトヒネリのユニークさを持った人物だ。初弾シングル「NEW」を手がけたのもこの男。時代感覚にフラットなDJセンスで THE BEATLESスロウバックなアレンジを四打ちアクセントに施している。
●そして三人目が GILES MARTIN。あの THE BEATLES を音楽面で支え続けた GEORGE MARTIN の息子だ。彼はラスベガスでのシルク・ド・ソレイユ公演サントラとして、THE BEATLES の原曲を公式としてマッシュアップした作品「LOVE」2006年を父親 GEORGE と共作したことで名を挙げた人物。この「LOVE」はスゴイ!原曲への愛がスゴイ。ぜひ偏見なく古来からのビートルファンにも聴いてほしい。もちろん THE BEATLES のメンバーたちとの信頼関係も固い。「NEW」の中でも担当曲の数なら彼が一番多い。仕事も一番繊細かも。「APPRECIATE」って楽曲がワザアリで好きだね。
●二曲だけながら渋い仕事をしているのが ETHAN JOHNS。彼も00年代のロック畑で仕事を積み重ねてきた人物だが、選ぶ仕事がちょいと渋い。RYAN ADAMS、KINGS OF LEON、RAY LAMONTAGNE、RAZORLIGHT などなど。このアルバムでも、素朴な楽器の鳴りをありのままに潔く鳴らしているのは彼のスタイルならでは。アコースティック要素の強いアレンジが清らか。「HOSANNA」サイケテイストまで醸し出して、アルバムの中では異色のメリハリを作ってる。
●と、あれこれ情報を並べても、若手(といってもみんな40歳代のプロデューサー)に流される PAUL 様ではないわけで。どの曲をとっても前向きのポップネスがキレイに整えられて折り目正しく並んでる。そこに気鋭の製作陣がモダンな音の鳴り響きを調整して2010年代の音楽にしてる。ベースの唸り、清らかなアコギ、丁寧なドラム、まろやかなボーカルのエコー。意外なほど堪能。あーこりゃもうしばらく PAUL のソロ作品をチェックし続けてみたくなっちゃうなあ。




●PAUL の動画、いいのあるかなあ? うん、なにかと LINDA も映ってるね。

●PAUL MCCARTNEY & MICHAEL JACKSON「SAY SAY SAY」




●PAUL MCCARTNEY「MY LOVE」




●PAUL MCCARTNEY「QUEENIE EYE」/カメオ出演のメンツがすごい。いきなりジョニー・デップが床に座ってる。メリル・ストリープも楽しそうだし。ケイト・モスやジュード・ロウ、ショーン・ペンもいるぞ。他にも有名モデルとかいっぱいらしいけどわからん!

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