「プレモランド」でカワイいグッズをゲット!
●我が家のある下北沢には、ドイツのオモチャ「プレイモービル」の専門店「プレモランド」というお店がある。以前は代々木上原にあったんだけど、去年あたり下北沢に引っ越してきて、お店も大きくなった。当然我が家のお気に入りショップである。

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「プレモランド」: http://e-kibun.com/index.html

●そんな「プレモランド」から嬉しいチラシが投函されていた。今日から夏のキャンペーンで、チラシ持参の方に先着順でグッズをもれなくプレゼント! これは行かなきゃ!という事で、ノマドヒヨコを連れてママチャリで急行した。でゲットしたのがこちら。

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「トイ・イン・カップ」(お人形は別売り)!
●コップが二重構造になってて、プレイモービルの人形を中に入れる事が出来る。お人形の入換えも簡単で、ジュースを飲むのが楽しくなる!当然お人形も欲しくなっちゃって、ノマドヒヨコに一体ずつ買ってあげちゃった。ヒヨコが選んだのは人魚姫。ノマドはオオカミの毛皮をかぶった戦士。カワイいでしょ。ハッキリ言ってボクが欲しかったアイテムです。「ノマド、パパにもこれでお茶飲ませてよ!パパ前からこのコップ欲しかったんだから!」


さてさて今日は、沖縄出身アーティストの音楽を聴きながら、先日のアイヌ問題に関連させつつ、オキナワの事も考えてみました。


●まずはオキナワのロックバンド HY に注目!ライブDVD2枚。

HY「2006 KUMAKARA AMAE TOUR 〜ここから未来へ〜」

HY「2006 KUMAKARA AMAE TOUR 〜ここから未来へ〜」

HY「2007 AMAKUMA ACHA - DOCUMENT TOUR 〜 FROM OKINAWA TO THE WORLD〜」

NY「2007 AMAKUMA A'CHA - DOCUMENT TOUR 〜 FROM OKINAWA TO THE WORLD〜」

HY は沖縄のインディシーンの中核を担うミクスチャー系ロックバンド。
オキナワのシーンは分厚く力強い。メジャー昇格当然の実力や独自性を持つバンド達がワンサといる。それでいて拠点をオキナワ/インディからブラさない根性と覚悟がある。パンクからミクスチャー、レゲエとジャンルも多岐にわたりつつ、一貫する郷土音楽への敬意がある。

●実はHY に関する知識はほとんどなかった。一番最初のヤツを那覇で買った程度。インディデビューに釣り合わない洗練された仕上がりに、メジャーっぽくってポップで、拍子抜けしちゃった。男女ツインボーカルとヘヴィなミクスチャーサウンド。今っぽすぎるかな…ちと喰い足りないかな…と思ってた。

●でもこのDVDを観てすごく印象が変わった。特に全米(カナダ含む)ツアーの苦闘ぶりを生々しくダラダラと記録するデジカム映像が、彼らの生々しい息づかいを伝えてて実にリアルだった。
●N.Y.の KNITTING FACTORY みたいな有名ライブハウスで演る時もあれば、搬入口のドアを開けたらそのままそこがステージみたいな、クソみたいに狭苦しいハコで演るとか。
●カナダ・トロントは3月というのに雪が積もってるし、テキサス・オースティンのの巨大イベント SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)では、メンバー自身がビラまきしてお客を集めてる。
●飛行機を乗り継ぐ強行軍に疲弊するバンド。機材や楽器の紛失&配送ミス、体調不良で発熱…。言葉としては華々しい全米ツアーの実体は、異郷での辛い辛いドサマワリの旅。苦労してる…。

●そんな苦境にメンバーは、カメラに本心をホロリと明かす。英語MCに手こずるリーダー英之は、ノートにカンペメモを書いてたどたどしい発音の練習。内容は自然破壊に対するメッセージ。「これだけは伝えたいんです。だから恥ずかしいとかじゃなくて、ノートを持って見ながらでもキチンとしゃべらないと。」
●ライブごとに細かい反省をするメンバー。「HY、HY、とかいってライブ始まる前からお客が呼んでくれてるんですよ。日本人そんないないはずなのに。でも、それを盛り上げきれなかったかなと…」
「今回のツアーは、一緒にまわった同じ日本人のバンドに影響されたっていうか…。ステージでの動きとかスゴくって。なんか自分らが恥ずかしいくらいに。勉強になりました」とか(ちなみにこの時は50回転ズオレスカバンドがいたっぽい)。
●そして、そんなアウェーで戦う彼らに、日本のファンが寄せ書きや差し入れを送ってきてくれる。周囲に恵まれていて、そして謙虚な、とてもいいバンドだな。

ハロルド作石「BECK」だって、トントン拍子でチャンスをモノにしちゃう今の展開よりも、こうしたリアリズムなドサマワリを描いてくれた方がオモシロかったと思う。少なくとも初期はそういうマンガだったじゃん。


●これを見てたら、オキナワのコトでアタマがいっぱいになってきた。
●そこでオキナワ系アーティストのCDを紹介。

喜納昌吉&チャンプルーズ「BLOOD LINE」

喜納昌吉&チャンプルーズ「BLOOD LINE」1980年
●いきなりオキナワど真ん中ですわ。ロックバンドのリズム隊と三線の混合戦線で、晴れがましい祝祭感タップリのグルーヴがウネリ、ハイトーンな女性コーラスが聴く者の感情を囃し立てる。歌詞は完全にウチナーグチで、ライナーには日本語対訳を併記。耳にはノンキに響くが、そこには辛辣な政治的メッセージ。そして腐朽の名曲「すべての人の心に花を」が響く。そこに RY COODER がスライドギターを弾き添える。
●このアルバム発表という一撃が、日本のポピュラー音楽界にオキナワの底力を知らしめ、喜納昌吉という才能を知らしめたのですわ。当時の衝撃はスゴかったでしょうね。80年代ニューウェーブの流れで、世界のロックがレゲエやアフリカ、アジアなどエスニック音楽に接近してた時期、なんと足下の日本、沖縄県にこんなユニークで強靭な音楽があったとは!このアルバムに関わった細野晴臣久保田真琴はきっとそう思ったにちがいありません。
喜納昌吉さん自身は、先祖代々の音楽をひたむきにやってきて、今もその志は変わりません。ただし本土の人間が「オキナワを発見」したのです。

●そしてもう一枚オキナワを。

安室奈美恵「CONCENTRATION 20」

安室奈美恵「CONCENTRATION 20」1997年
●おいおいチャンプルーズから、一気にアムロかよ!彼女、確かに沖縄出身だけど、オキナワ音楽に関係ないでしょ。とお思いの方も多いと思います。しかし90年代以降の世代が、政治的歴史的な視点以外から「お気楽にオキナワを意識」するようになったのは、彼女の存在がキッカケです。だから彼女はオキナワにとって重要なんです。
●エキゾチックな容貌肢体を持つ彼女が、最新のユーロビートやR&Bに乗せて踊り歌う活躍ぶりが、本土の一般市民には、素朴にオキナワへ憧れを抱かせ、オキナワの若者には、沖縄民謡から離れてより自由な表現を目指す動機付けになったとボクは思います。
喜納昌吉のやり方は音楽/メッセージ共にホンモノすぎてマネ出来ないが、アムロちゃんの様に普通に楽しくやればいい、そう思えたはずです。ただでさえ音楽が身近にある環境、そこにレゲエやヒップホップ、パンク、ミクスチャーなどなど最新トレンドを取り込んで、ちょっとだけ「しまんちゅ」アイデンティティを忍び込ます。それでいいんだとアムロちゃんが思わせてくれたんです。

●この前は「SWEET 19 BLUES」を聴いたんだけど、ボクが彼女の小室哲哉時代で一番好きな曲はココに入ってました。「A WALK IN THE PARK」。中学生でもわかる簡単な英語タイトルをサビにリフレインするこの曲。小室時代全盛の中で比較的地味ヒットだったような…。でもなんか好きなんだな。耳に残ってた。
「〜 A WALK IN THE PARK 一人きり二人とは違うけど A WALK IN THE PARK 地球は私にも今日は優しい」…一人公園を散歩しながら、孤独に沈むアムロちゃん。人気絶頂でありながら、彼女に優しいのは地球だけなのか…。バブル日本最高のディーヴァが虚無感に沈むクールな逆説が印象的だった。ダンスチューンとして機能しながら、マイナーコードに冷めたボーカルまわしが好き。

●ちなみに「CAN YOU CELEBRATE?」も収録。結婚ソングの地位を10年保持しているのは立派なモンだ。コッチには個人的な関心はない。



ここでオキナワとアイヌの関係を考える。アイヌは先日の記事の続き。

「アイヌ民族について考えた」: http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-169.html

オキナワアイヌ。日本列島の南北辺境にある特殊な文化圏。どちらも素晴らしい独自性があるのに、なぜオキナワは昨今高く評価されていて、アイヌはそうなれないのか? チャンプルーズ、安室奈美恵、SPEED、オレンジレンジ、HY、MONGOL 800、日本の音楽シーンにオキナワは大きな影響力を持っている。アイヌは現状そうはなっていない。その違いを考えたい。

●まずはアイヌオキナワの共通点。
●DNA調査では、本州を挟んで、アイヌオキナワの人は似通った特徴があるという。朝鮮半島経由で流入した渡来人と混血を進めた本州日本人に対して、縄文時代から暮らしていた人々の名残をアイヌオキナワはそのまま残している。オキナワは琉球王国として独立していた歴史を持つ。だからオキナワアイヌと同じように、日本人とは違うエスニックグループと位置づけてもいいのかもしれない。
オキナワにもアイヌと同じく歴史的悲劇が数々ある。アイヌと同じく江戸時代に独立を奪われた。戦前〜戦中は同化を強いられ、地上戦で多くの民間人が命を落とした。その後70年代までアメリカ占領下におかれ、現在も県面積の20%を米軍基地が占めている。

●次にアイヌオキナワの違う所。
●まずは人口問題だ。沖縄県の人口は137万人。アイヌ民族は全国に5万人程度。村上龍が対談した韓国人作家は「国民文学が成立するには人口4000万人が必要」と発言していた。「韓国は母国語文学を成立させるギリの人口」だという主旨だった。文化の発展は、人口に大きく左右される。
オキナワ「しまんちゅ」アイデンティティ意識は、世代を問わずとても強い。活発にその郷土文化が拡大再生産されている。食生活、音楽、方言…。若い世代が積極的に継承している。県民全体が同じ歴史を共有し、文化を共有してる。それが県民を一体化するだろうのか?
●北海道には、その土地の中で収奪したもの(和人)と収奪されたもの(アイヌ)の対立がある。今やアイヌ文化は北海道の重要な観光資源のはずなのに、道民一体になっての「アイヌ」アイデンティティは未熟だと思う。

●しかもアイヌ文化は、より徹底して破壊され、差別され、疎まれてきた。
●狩猟収穫生活を事実上禁じられた段階で、アイヌは食文化を抹殺された。主食のシャケを禁漁にされた時の彼らの気持ちはどんなものだったろう。アイヌ料理を出す店が中野にあるが、オキナワ料理に比べればまだまだマイナーな存在だ。
アイヌ語も不当に冷遇されている。北海道にはユニークな地名が数々あるが、その90%がアイヌ語起源だ。金田一京介先生の時代から連綿と学術研究がなされ復興運動も行われている。口承文学「ユーカラ」も日本語に翻訳され多く紹介されるようになった。しかし、オキナワのウチナーグチのようにラジオ/テレビをひねればすぐに流れ出て来るような状況はない。
●伝統的な宗教行事も批判にさらされている。アイヌの重要な祭儀「イオマンテ」は、子供の頃から育てたクマを殺して、神様として天にお送りするというものだ。これが動物愛護団体と衝突している。これも非常に難しい問題だ。
●民族音楽もオキナワのように次世代のポップミュージックへ昇華される段階には至っていない。トンコリ奏者 OKI さんの活動(OKI DUB AINU BAND)以外に、アイヌ音楽をポップミュージックと合体させる試みをボクは聴いた事がない。

OKI DUB AINU BAND「OKI DUB AINU BAND」

「OKI DUB AINU BAND」/「CHIKAR STUDIO」:http://www.tonkori.com/

●このままでは、アイヌ文化は博物館の中に陳列されて、骨董品になってしまう。標本ではだめなんだ。今生きている人間による現在進行形のモノへと、拡大再生産しなくてはならない。ファッションへ、グルメへ、ポップミュージックへ、カタチを現代のフォーマットに変換させて豊かにすることはできないのだろうか?
●それを、和人文化への迎合/堕落、和人によるアイヌ文化の新たな収奪と、考える向きもあるかもしれない。喜納昌吉さんは「BLOOD LINE」制作時を振り返り、「あの頃は周囲が私を沖縄という根っこから切り離そうとする傾向が強かった」と言っている。これが意味するのは、有形無形問わず本土がオキナワへ介入し収奪する状況があったことだと思う。これと一緒ではダメだ。
●ただし現代日本は、先住民族アイヌが紡いだ、自然と美しく調和した世界観から、多くを学ぶべき時代に直面しているはずだ、とボクは考えてる。和人とアイヌの美しいコラボレーションが成立する可能性はあるはずだと思う。

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