●今朝はセミが鳴いてる。台風が過ぎ去って、夏を連れてきた。


娘ヒヨコのバレエの発表会があったのですよ。
3歳からバレエを始めたヒヨコ。中学生になってとうとう10年目に突入。
●幼稚園時代に始めた仲間たちのほとんどが脱落して、たくさんいた同期生たちももうわずか1〜2名程度。ここまでで激しい淘汰があったわけだ…。その一方でこれからはどれだけの気合でバレエに挑むかが問われる。さらに高い次元って?レッスンの量を増やして週5回通うのか?コンテストに出て表彰されるのか?もっと高いレベルのためには有名スタジオへ移籍して高名な先生に師事して、最終的には海外留学…。果てしないぞ。これじゃ山岸凉子「テレプシコーラ」の世界じゃないか。ヒヨコ、そういう世界に突入するのか?イイ役もらうために誰かを陥れるのか?ヒヨコ「違うんだよーバレエってのはそういうもんじゃないんだよー!ヒヨコは楽しくて踊ってるの!コンテストとかどうでもいいの!」…おお、そういうもんなのね。
発表会だけの縁とはいえ、10年間も見てるとヒヨコの先輩後輩たちの成長も気になるよね。ヒヨコの一年上、ノマドの幼稚園のクラスメイトだったマリちゃんは、幼稚園児の初めから美少女だと思ってたのだけど、最近は手足が綺麗に伸びてグッと大人になってしまって…佇まいが実に立派になった。実力も認められているのか、さらに年長のお姉さんとともに、ヒヨコよりも1ランク上の配役を見事にこなしてる。…ヒヨコも、ぷよぽよな赤ちゃん体型からだいぶ進化したと思うんだけど、マリちゃんみたいな可憐なスレンダーっぷりを見ると、さらに絞り込まなくては、と心配になるわな。ワイフも危機感満載だけど、しかしヒヨコ本人が一番自覚が薄い。クラスで唯一給食をオカワリする女子として先生から「今日はゴハンがあまってるぞヒヨコ!」と声かけられるらしい。
ワイフも保護者としての10年のキャリアを重ねてしまったので、発表会のバックヤードでちびっ子クラスの世話係にガッツリ関わっている。かつては自分の娘とその友達たちの面倒をみてたのに、もう世代交代して直接は無縁な小学生以下の子たちの着替えとかをケア。ヒヨコたちはメイクも自分たちでこなせるようになってきた。最近は友達と集まってメイクの練習をしたりしてたもんね…あくまでバレエの舞台メイクね。普段のメイクは無理よ、ポテトのような顔をワイルドネイチャーなままに晒して暮らしてます。
●あとね…ボクも一応バレエと10年の付き合いだけど、発表会はどうしても寝てしまうわ…ヒヨコの出番以外はほとんど起きていられなかったわ…。


前回記事に続いてクランク、そしてスナップ。

SOULJA BOY TELLEM「SOULJABOYTELLEMCOM」

SOULJA BOY TELL'EM「SOULJABOYTELLEM.COM」2007年
クランク系としてはやや後発の印象が。ただ、そのズルムケさ加減に衝撃。おそろしくチープで乱暴なトラックに、荒削りのラップを乗せてガナリまくってる。サウス系の中でもかなりエグいスタイル。クランクってここまで音楽的に粗末でも成立するのかよ!?とビックリしたもんですわ。キワモノです。つーかそのキワモノぶりをしかと確認するために買ったようなCD。評論家受けも最悪だったはず。あの ICE-T「過去のヒップホップの伝統に比べてこいつはゴミだ!」と発言したほど。
●この男、最初は YOUTUBEMYSPACE で自分の音楽を発信してた…15歳から17歳ごろにね。特徴的な振り付けダンスまで添えて。トラックも自作、ラップも実演、ビデオは低予算。でも爆発的再生回数を稼いでいた。そんな代物に目をつけたのが、アトランタのプロデューサー、MR. COLLIPARK。彼がこの動画を面白がって、新世代の音楽として売り出した…そしたらたちまちプラチナヒット。18歳にはメジャー契約を手にした一流スターですわ。YOUTUBEの出現が2005年だから、この手の「YOUTUBE経由ブレイク」のケースとしては早い時期の例だと思う。その後だれもが一発屋で終わると思ってたのだけど、未だ24歳の彼はコンスタントに音源をリリースしてる模様。

YING YANG TWINS「USA - UNITED STATE OF ATLANTA」

YING YANG TWINS「U.S.A. - UNITED STATE OF ATLANTA」2005年
「アトランタ大統領」を名乗る二人組は、前述の MR. COLLIPARK がフップアップしたアーティストで、SOULJA BOY TELL'EM にすれば一応先輩格。クランクのスタイルができる2000年ごろから活動していたので、クランク大王 LIL JON との付き合いが深い一方、クランク一色の芸風というわけでもない。サウス系特有のエグミは少々ありますが。
●ここでの重要曲は「WAIT (THE WHISPER SONG)」だ。トラックの要素を際限なく絞り込んで、とうとう指ぱっちんのスナップ音とTB-303のベース音だけにしてしまった代物だ。そこまで要素を絞り込んだ上で、曲名にあるように、いつものガナリラップも封印、ヒソヒソのささやきラップにしてしまった。これぞクランクからの発展系スタイル、スナップだ。スナップ自体は2000年以降からアトランタのアーティストたちによって開発研究されていたが、ここまで象徴的な形でブレイクしたのはこの曲が初めてでは。その意味でこのアルバムの価値はデカイ。

YING YANG TWINS「MY BROTHER ME」

YING YANG TWINS「MY BROTHER & ME」2004年
●オリジナルアルバム「ME & MY BROTHER」2003年のリミックスアルバム…というか完全にオリジナルアルバムと勘違いして買いましたわ…。サウス系人脈、JUVENILE、BONE CRUSHER やガナリ屋稼業の大物 FATMAN SCOOP などなどとお互いの楽曲をリミックスしあってます。サウスバウンスのチキチキと太いベースがいいねえ。

D4L「DOWN FOR LIFE」

D4L「DOWN FOR LIFE」2005年
●彼ら4人組の出世シングル「LAFYY TAFFY」も完全なスナップだ。シンプルすぎるベースにロービットなシンセループ。そしてチキチキに指ぱっちん。スカスカすぎる。チープすぎる。恐ろしいほどのロービットぶりが驚異的ですわ。そこにガナリ系ラップがかぶさる。トラックがスカスカな場合に人数がいることは有利だわな。結果的に完全にキワモノってわけなのだけれども、これがなぜか全米一位を獲得。スゲエ。
●2005年前後のアメリカ・ヒップホップは毎年のように新しいビートが出てきて、それが一瞬の流行を作る。そんな風潮があったような気がする。バウンス、クランク、スナップ、スクリュード&チョップド、ハイフィー、レゲトン、オリエンタル風味も流行ったね。その中で出てきた突然変異って感じだったね。

SHAWTY LO「UNITS IN THE CITY」

SHAWTY LO「UNITS IN THE CITY」2007年
●ユニット D4L は前述「LAFFY TAFFY」で見事ヒットを成すがそれこそ完全に一発屋になってしまって。そこで中心人物のラッパー SHAWTY LO だけが独立してソロをリリース。
SOULJA BOY TELL'EM D4L が採用してた一発勝負のヘタウマ路線を、ここでは大きく修正して、初期 T.I. のトラックに見られるような実直なトラップミュージックのグルーヴを採用。打ち込みシンセのみのトラックでありながら、ペタペタした軽いスネアをファンキーかつダークに機能させて独特の粘り気を漂わせていく。シンセの美メロが一瞬ハッとするほど可憐な場面もあったりで、ナニゲにルードなサウスモノと片付けられない魅力がある。時にそれがトランシーにも聴こえたりもして。「LIVE MY LIFE」って曲のことなんだけど。むむむ、あなどれないなあ。

THE PACK「BASED BOYS」

THE PACK「BASED BOYS」2007年
スナップのシンプルさを逆手にとって、クールな質感のトラックを獲得、それをナードラップ風のヤワいラップを軽やかに乗せる新感覚が絶妙。代表曲「VANS」はスニーカーのことしか歌ってないみたいだしね。一般的なサウス系と雰囲気が違うのは彼らが西海岸はサンフランシスコ〜バークレーの連中だからか。どちらかといえばハイフィー文化圏か。フューチャリスティックなテイストはその延長にあるのかな。



●動画もつけとこう。

●SOULJA BOY TELL'EM「CRUNK THAT (SOULJA BOY)」。
●MR. COLLIPARK がネットで動画を見つけてフックアップするくだりがそのままMVになってる。




●YING YANG TWINS「WAIT (WHISPER SONG)」




●D4L「LAFFY TAFFY」。




●SHAWTY LO「DUNN DUNN」





●SHAWTY LO「LIVE MY LIFE」シンセフレーズが可憐で。




●THE PACK「VANS」。




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