●だいぶブログの更新をサボってしまった…。
●仕事でかなり煮詰まっていたもんで…ホントに余裕がなかった。

初めてオフィスでパニック発作起こしそうになったよ。今まで会社では一回もやったことなかったのに。
●その気配がある日はすぐに「お休みします」メールして家で寝込んでいるのが通例だったんだけど。しかしそんなこと言えないほどの業務量がのしかかった瞬間があって。
●部次長が「この文書、ちょっと修正してくんない?」って言われただけなんだけど、そのワード文書がいったいどこにあるのかわからなくなって、そのまま頭の中がグリッジノイズでガリゴリガリゴリ。「ちょ、ちょ、ちょっと待って、待ってくだ…」メンタルが不安定な場面で出まくるドモリも連発。ますます焦る。「少し、時間、ください…いま、パニック気味になってます…」ぐうう。
●そしたら、部次長、すっごくビックリしたようで、「え!大丈夫!部長に報告するか?医者呼ぶか?どうしたらいい?」露骨に取り乱していて…ああ、ボクがヤバいモードに陥ると、周りの人はこんなに驚くんだ。初めて知った…うちのワイフだけなんだな、何が起こっても普通にしてるのは。

少々重たいプロジェクトを5つくらいパラレルで回してたんだわな。1つ以外は全部チームリーダー。担当者がボクだけってのも一件。サブに回った一件も、見るに見かねた先輩が申し出てくれてリーダーのポジションを交代してもらった次第だ。でも、これが大変な救いだった。そんなんで、なんとかやり切れるかどうか。結果的には、少なくとも一番重たいモノ以外は、確実に決着がつくところまで持っていってた。

そしたら…ここで取引先が一つ倒産しやがった。「破産」の恐ろしさを思い知らされた。
●その日は朝7時から一日中社外をアレコレ回ってて、ヘトヘト状態の夕方18時最後の打合せがその会社の定例ミーティングだった。でもなんだかへんな気配。社長が改まった態度で突然話題を切り出した。「今週、弊社を清算しました。債務超過で破産です。裁判所から破産手続開始決定が出て、管財人も選任されましたので、この管財人に会っていただけますか」コーン!固い石が脳天に当たったかのような衝撃。当然、取引先の破産なんてボクには初めての経験。なんの情報を聞き取ったらいいかもよくわからん中、根掘り葉掘りとにかくアレコレ聞きまくって、すんません、上司に連絡がしたいんでこれで失礼します!
●上司の留守電やメールに第一報を入れつつ、会社に戻って4年前からの契約書を読み返し、破産時の契約解除条項などなどをチェックする。ウチの会社の金銭的ダメージと他社への信用毀損ダメージを勘案する。そもそも「管財人」ってなんだよ?とか思って必死にググる。「破産手続」検索。「債権者会議」検索。「事業清算」検索。上司からガンガン電話が入り始める。もっと細かく説明しろ!と言われても、ボクも事態の全容がまだ飲み込めてなくて。
管財人との面会ってヤツも緊張した…。弁舌鮮やかで物腰も柔らかいが、こっちの事情なんて最初から聞くつもりもないスッパリとしたドライさが冷酷にも思えた。管財人曰く、今までの契約書なんて100%無意味の紙切れ同然とのこと。いつも顔を合わせている社長や、初めて会う共同経営者の人は、借りてきた猫のように黙ったまんま。で彼らに応対するのがボク一人。この手の破産処理はスピード勝負で翌週には裁判所が方針を決定するらしい。とにかく時間がねえ!知識もねえ!法務部&経理部に駆け込んでにわか勉強!
さらにめんどくさいのが、複数社の共同事業なので、このパートナーさんたちにどうお話を入れるかという問題。とりあえず年に一回着るか着ないかのスーツ&ネクタイを身にまとい、第一報を入れに先方オフィスに出向く。破産はボクのせいというワケじゃないって意味での同情はあっても、最低限守るべき撤収ラインは確保してほしいとデカイ宿題。ここにあの冷酷な管財人との落とし所があるのか?
●夜中に先方社長と携帯電話で会話、管財人の前じゃ話せないトークを聞き取り、お互いの陣営で落とせる妥協点を整理する。社長は管財人がその方向に持っていくべく説得してください。ボクは弊社内とパートナーさんの同意を明日一日でまとめあげます!
●結局、ボクの狙い所とほぼズレない妥協点を、管財人が「合意書」として提案してきて無事調印の運びへ。「合意書」弊社捺印済みのバイク便発送時間まで気を遣ったわ。こちらは誰の顔を潰さずに、出血も最低限度ですますことに成功。管財人との細かい事務の取り決めまで整えて、一旦ミッション終了。最後の終戦処理は年末まで続くが、事務を抜かることがなければOK。ここ二週間のピンチは無事スウィープできた気がする。部長から「ナイス・クローザーっぷりだったな」との言葉。コレほめられたんか?


●それが先週前半までの出来事。ここまで来てやっとブログに向き合う余裕もでてきたかなと…。
●と思ったら、一番動きの鈍ってたプロジェクトで事態の激変発生。ショックで寝込んで会社も1日休んだほど。
●もう、先が読めない。これからボクは何すんだろう?


●読書。そんなドタバタの中でも本を読んでた。読まないとやってられないというか。

有川浩「海の底」

有川浩「海の底」
●ヒヨコが我が家の「雑誌であろうとマンガであろうと、本ならなんでも買っていい、レシート持ってきたら全部精算してやる」制度を利用して、ボクと一緒に下北沢ヴィレヴァンで買った本。この人「図書館戦争」の原作者だよって言ったら興味を持ったみたい。「巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を食べている!」いわゆる怪獣パニックSF小説。おもしろそー!と手に取ったヒヨコは、2日で読破。この作品の関連作「塩の街」「空の中」もすぐに買ってきた。同じ有川浩でも「三匹のおっさん」はさすがにペンディングしたみたいだったけど。
●ボクも読みました。物語の舞台になってる横須賀って街に興味が湧いた…実は横須賀って行ったことがないなあ。こいつは「大人ライトノベル」(著者・有川浩さん自身の言葉)ということで、ラノベの大海をただ呆然と眺めるだけだったボクがこの海に漕ぎ出すキッカケになるといいなと思う。そしたら、長男ノマドが読み漁る「真正ライトノベル」世界も理解できるのかもしれない。まあ、まずは、少なくとも、娘ヒヨコと登場人物の品評などをトークするのは楽しい。


●音楽。

TOTO「TOTO IV」

TOTO「TOTO IV」1982年
TOTO の代表曲「AFRICA」「ROSANNA」が収録されてるアルバム。いわゆる典型的な80年代型アダルトオリエンテッドロックだ。これを東松原の古本屋さん「瀧堂」で500円で見つけて、聴いている。うーん。懐かしい。「AFRICA」ってホントに好きな曲だ。
●実は、ボクの個人音楽史でいえば、この音源はだいぶ古い地層にある物件。最初に聴いたのは30年近く前の中学三年生の頃だと思う。もう今更なんでコレ聴くの?ってくらい、散々聴いた。まあ、アナログLPでしか持ってないから、CD買って ITUNES に収めたかっただけだったかな、買った瞬間の動機といえば。
●でも、今はこれを何回も聴いている。このCDを買う以前から持ってたLPは、約30年前に祖父の形見分けとして入手したものなのだ。一方、そんな祖父の姿を思い出す出来事がつい最近あった。ワイフが「この人、あなたの親戚じゃないの?」ととあるブログを発見。それは、ボクの祖父自身は登場しないまでも、祖父の先代先先代(つまりボクの曽祖父とそのもう一代前の…なんていうの?)が起こした事業と、それに関わった人物の、明治大正時代の様子を細かく調べて文章にしたものだった。誰がどんな動機でこんなのをネットに書いたんだろう?ただ、これをキッカケに、薄れてしまっていた北海道の祖父の思い出がフワッと吹き出てきたのだ。

●北海道で明治から続く企業を経営していた祖父は、三代目社長にありがちな(?)道楽三昧の多趣味な人物で、孫のボクはその祖父に素朴に憧れていた。カメラが趣味で、数十台を所有し、レンズも無数にあった。暗室のような部屋をわざわざ増築し「秘密基地だぞ!」といっては孫たちに自慢してた(この増改築が一回二回じゃないのがすごかった)。油絵も描くし、白土三平のような劇画も読んでた。西欧近代美術の画集もいっぱいあった。当時は珍しかった海外の文物が飾ってあるのも面白かった。昔は8ミリフィルムカメラで家族の様子を撮影もしてたらしい。レコードもたくさん収集しては立派なオーディオで聴いていた。こっそり祖父の秘密基地に忍び込むのは、帰省した時のちょっとした冒険だった。従兄弟たちにとってはかくれんぼの絶好の場所みたいだったようだけど、ボクにとっては大人の趣味を垣間見ることができるとても興味深い空間だった。まー小学生だったボクが色々なモノをベタベタ触るのを祖父は危なっかしく思ってたようで、見つかると追い出されたもんだったけど。
そんな祖父は、ボクが中学生の頃、68際で亡くなった。葬式で、親戚が北海道に集まると、ボクは主がいなくなった暗室&秘密基地に忍び込んで、祖父のレコードコレクションをチェックした。几帳面な性格だった祖父らしく、レコード棚の整頓っぷりは半端なかった。一枚一枚も美品だった。祖父から趣味の部分を濃厚に引き継いでいる叔父に相談をして、このレコードを分けてもらえるようにしてもらった…その時に持ち得た音楽知識をフルに用いて、価値があると思えるモノを選び抜いた。KING CRIMSON「THE COURT OF THE CRIMSON KING」、THE BEATLES「ABBY ROAD」、THE ROLLLING STONES「TATTOO YOU」「SOME GIRLS」、VAN HALEN「1984」、ROXY MUSIC「MANIFESTO」…そして TOTOTOTO の分かりやすさは祖父にとっても心地よかったのか、TOTO はファーストアルバムから5枚目の「ISOLATION」まで揃ってた。このへんをゴッソリ譲ってもらったというわけだ。葬儀もひと段落したところで、祭壇の前で遺されたレコードの一枚の中から THE ROLLING STONES「SYMPATHY FOR DEVILS」を再生してみた。伯母がこの音楽はなんなの?と聴くので「ストーンズの悪魔を憐れむ歌って曲だよ」と説明したら、ややドン引き…「でも、変わり者だった父さんにはちょうどいいかもね」
●ちなみに、この時に快く形見分けしてくれた叔父は、NEC PC-8801 というマシンをいち早く購入。小学生だったボクに初めてパーソナルコンピュータなるものの薫陶を施してくれた人物だTHE ROLLING STONES 最初期の7インチシングル「COME ON」を自慢げに聴かせてくれたのも覚えている。叔父本人はもう忘れちゃってるだろうけどね。

●祖父の一族についてブログを書いた人物は、全く正体不明のまま。しかし、ああいうやり方で、個人と時代を記録しておくことは大切だと思った。なにしろ面白かったからね。北海道の様々な書誌や当時の新聞資料に当たったりしている。ボクも自分のルーツを明らかにするために、こういうことにチャレンジしてみたいと思った。



●動画。
●TOTO「AFRICA」



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