DAVID BOWIE が亡くなった。1947ー2016年。69歳。

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18ヶ月のガン闘病の末に、死去。ついこの前の1月11日は69歳の誕生日に合わせて新譜「★ (BLACKSTAR)」を発表したばかり。最期まで創作活動を続けていたんだね。ロックの歴史を切り拓いた巨人がまた一人堕ちた。
今時は、こういうニュースも、スマホのブッシュ通知ニュースで知る。下北沢のモスバーガーで休日の読書をしてたボクの、スマホの画面にアプリ「スマートニュース」「ヤフーニュース」が同時に短い速報を投げ込んできた。「英ミュージシャン、デヴィッド・ボウイさん(69)死去。」ああ。

●常にスタイルを変貌させ、世間を驚かせてきた BOWIE。その時代時代でずっと挑戦を続けてきた。
●今日はそのキャリアの中でも一番陰鬱な時代だった、70年代後半「ベルリン三部作」を聴こうと思う。

DAVID BOWIE「LOW」

DAVID BOWIE「LOW」1977年
●タイトルからしてド直球でテンションが「低い」ZIGGY STARDUST など数々のキャラクターを生み出してグラムロックの英雄となった BOWIE は、アメリカに渡ってソウルミュージックに接近。フィリーソウルのスタイルを拝借した「YOUNG AMERICAN」1975年で新境地を開いていた。しかし、奇抜なパフォーマンスやバイセクシャルな表現が物議を醸してバッシングに会うことも。この時期の直前にはなんと「ナチズムへの傾倒」と批判されてた(ファンへ手を振る挨拶がナチス風の敬礼に見えたみたい)。おまけにガリガリに痩せるほどの薬物中毒も問題に。心身ともに疲弊した BOWIE はヨーロッパ回帰を宣言して、フランスの古城への引きこもり、そして西ベルリンでの静養に入ることとなる。
当時はまだ冷戦下で東西ドイツは分裂状態。今では首都のベルリンが東西に分割され、飛び越えれば撃ち殺される壁が存在していただなんて、ボクのコドモたちはビックリするような事実だろう。共産主義の東側陣営の中で陸の孤島として存在していた西ベルリンは、政治的にもイビツな存在として、奇妙な退廃のムードを醸し出していたそうな。
●ここで BOWIE は創作のパートナーとして BRIAN ENO と組む。ROXY MUSIC のメンバーとして同じグラムロックのシーンから登場しながら、現代音楽を通過した全く新しいアプローチで創作活動を開始していた彼とのコラボは、BOWIE に大きな刺激を与えた。具体的にはシンセサイザーを駆使したアンビエントミュージックへの接近だ。ENO の代表作である「AMBIENT」シリーズは翌1978年にリリースされる。
●このアルバムは、今までの BOWIE の音楽と違って、饒舌な物語がない半分がインスト曲で、残りも歌詞が実に短いENO と共作した「WARSZAWA」をはじめ、シンセサイザーを駆使した抽象的なアンビエント楽曲が後半を占めている。様々なキャラをまとってきた彼の、全てを剥ぎ取った無言の素の佇まいをここに読み取るのがふさわしい態度かも、とも思える。思い切りローテンションだけど、ここは故人を追悼する気持ちで、そのテンションの低さに深く沈んでみる。
●シングル曲「BE MY WIFE」が美しい。言葉少なげに「PLEASE BE MINE, SHARE MY LIFE, STAY WITH ME, BE MY WIFE」と歌う BOWIE は、ここで全てのペルソナを捨てて、完全に武装解除してる。

DAVID BOWIE「HEROES」

●この流れで、傑作「HEROES」1977年に行くべきなのに、なぜかボクの部屋の中で、この LP が見つからない!ああ、なんてこった!何年も前に買ってよく聴いてたのに。申し訳ないけど、スキップ。「WE CAN BE HEROES!」が聴きたいのに!

DAVID BOWIE「LODGER」

DAVID BOWIE「LODGER」1979年
●このCDは、このニュースに際して慌てて下北沢ディスクユニオンに飛び込んで、まだ持ってない BOWIE のカタログから選んだモノ。BOWIE のキャリアは60年代から始まって本当に長いから、全部はコンプリートできてない…。00年代以降はほぼチェックしてないし、60年代のグラム以前の最初期もない。その間もあと2〜3枚抜けてる。これでやっと「ベルリン三部作」を全部聴けたわけだ。…まあ、陰鬱な感じはそんなに変わらないみたい。
●ここでの BOWIE は、エキゾチックなワールドミュージックのアプローチにチャレンジしている。「AFRICAN NIGHT FLIGHT」といったタイトルから直球なアフリカン・エキゾ趣味が完全にニューウェーブ気味。「YASSASSIN (LONG LIVE)」という曲では、レゲエとトルコ風アレンジが陰鬱に合体BRIAN ENO が連れてきた辣腕プレイヤーたちが活躍。特に後に KING CRIMSON に合流する ADRIAN BLEW のエキセントリックなギターがスゴイ。「RED SAILS」「BOYS KEEP SWINGING」の奇妙なギターグルーヴや、「LOOK BACK IN ANGER」のスピード感など、ポップな佇まいも復活しつつある。同時に鋭敏に尖ったポストパンクの気配すらも感じるね。
「LODGER」「間借人」の意。異郷・西ベルリンの中で過ごした時間はここでおしまい。あくまでここでは「間借人」の立場だから。アメリカに戻って1980年代に突入した BOWIE「LET'S DANCE」の大成功を経て本物のポップスターに変貌する。映画出演も増えて、メジャー感が増す。もうジャンキーのカルトスターではなくなるのだった。



●動画。「BE MY WIFE」。




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