資格取得のための、最後の課題、レポート提出がやっと終わった。
●パワポとエクセルでチクチクと資料を作ったよ。画像を載せまくったら、提出条件のデータ上限に引っかかって、必死に減量する羽目に。ムダに凝り性なボクの性格を反映してか、結果すげえカラフルなレポートを作っちゃった。提出メールには「カラープリントで採点してください」とお願いした次第。ふー肩の荷が降りた。合否結果は8月。
●振り返ってみれば、今回の資格取得はとっても面白かったかも。講義では面白い人たちと知り合えたし、仕事の実践にそのまま使えるスキルも教えてもらえた。会社で担当している契約業務、今まで単純なチェック程度にとどめていたけど、今ボクは、初めてゼロからフルスクラッチでライセンス契約書を書いている。去年なら想像もつかなかったね、こんなの自分で出来るようになるなんて。


ヨガのセンセイが、バリで結婚式を挙げました。
ダンナさんもヨガの先生で、生粋のバリ人。日本での結婚式は2年以上前にセンセイの実家・秋田県で行なわれており、生まれて初めての紋付袴にハニカむダンナさんがカワイかったのですが、今度はセンセイ自身がガチのバリ式伝統様式での結婚式に挑みます。ヨガ教室の生徒さんも、10人ほどが列席のためバリ入り。ボクは当然行けなかったんだけど、これは無理してでも行っておくべき珍しいものだったのかも。facebook に上がる写真が素敵すぎる。

朱色の島バリ2

●上の写真みたいな衣装にスタンバイするために、朝3時起き。巨大な被り物は身長を50センチくらい伸ばすほどで、重くて倒れたら一人で起き上がれないらしい。すでに生後6か月を過ぎた長男ガーくんにオッパイあげるにも、この衣装を脱いだり着たりは大変で。で、儀式は10時間ぶっ続け。大勢の親戚100人が集まっての前半戦に、夜は友人中心の後半戦。結婚してから式までの用意が大変なので、2年も間が空いてたのね。ダンナさんの親戚の皆さん、ここぞと言わんばかりのオシャレを思い切り楽しんでる。10歳くらいの女の子も伝統衣装で身を包んで嬉しそう。でも、親戚&近所100人でも地味婚らしいよバリの感覚では。本当に声をかけるとインドネシア各地の島々や世界中から人が集まっちゃうそうな。
秋田美人であるところのセンセイが、バリのメイクさんによる宝塚ばりの描き込みで、見事なバリ美人になってるところもスゴかった。ダンナさんの南国テイストの顔も、日本ではコテコテに濃いと思ってたのに、現地バリだとむしろサッパリ顔の部類に入るってのも、親戚の皆さんと比較してわかってしまった。大きな祭壇にお祈りする様子も写真にあったんだけど、てっきりお寺での様子かと思ったら、実はアレはダンナさんの実家の祭壇だったと聞いてビックリ。結婚式は実家でお客をお迎えするのが基本とな。
長男ガーくん6か月は、バリの伝統に則って、髪の毛をツルツルに剃り上げられてしまった。クセッ毛ぴんぴんのガーくんもかわいいが、マルコメ状態になったガーくんもかわいい。なんか男の子ぽく凛々しくなったぞ。

●写真は、写真・稲越㓛一/文章・安西水丸「朱色の島バリ」
1990年に書かれた本で、当時日本ではバリの知名度はまだ低かった。独自のヒンズー文化が息づく神秘の島が徐々に観光化されつつある時期。ボクの海外旅行デビュー1988年がバリ島だったんだよね…。この本の短編小説が素朴さを残すバリの様子を端的に切り取ってて、当時中学生だったボクの思い出のバリとシンクロする。グアムもハワイもすっ飛ばしてバリが選ばれたのは、インドネシアに駐在してた叔父を訪ねようとしたから。そしたら叔父がジャカルタよりもバリがいいよと。レゴンダンスやケチャダンスを興味深く見物したよ。


1990年代の本をもう一冊読んでました。
●その本の内容が、イギリスのEU離脱とシンクロするよ…。結局、移民問題なんでしょ。

「ドイツの中のトルコ」

野中恵子「ドイツの中のトルコ - 移民社会の証言」
●バリを美しく切り取った「朱色の島バリ」も、この本も、去年暮れに閉店してしまったお気に入りのカフェ「現代ハイツ」の跡地から頂いたもの。アート本がギッシリだったあのカフェの書架には本当に色々な本もあったんだね。その中で古くなっちゃった本が「ご自由にお持ちください」になってたんで、幾つか頂いたのでした。その中の一つがコレ。で、今のヨーロッパにシンクロする内容でドキッとしてる。
●帯コメの「ドイツはいま、岐路に立っている。」というフレーズ、この「いま」ってのが実は1993年。2016年の現在から遡ること20年以上前から、すでにドイツには180万人のトルコ系移民が暮らしていたのだ。付け加えれば、当時の段階でドイツの外国人人口はなんと約600万人。日本にいるとピンとこなかったけど、ヨーロッパ社会は、もうとっくの昔に移民社会に突入していて、EUがEUと名乗る前から移民が当たり前の状況だったというわけだ。まー確か前身のECの段階で域内移動の自由はルールになっとったと思う。ドイツだけじゃなく、イギリスもフランスも移民をドンと受け入れていたことは想像に難くない。
●しかも!ここ注意して下さい!当時のドイツは冷戦構造で分断されてた東西ドイツが統一を果たした1990年の直後。つまり、ベルリンの壁、鉄のカーテンの向こうから東ドイツ住民1800万人がドカッと西ドイツ社会6300万人に加わる。この東西格差に統一ドイツは大パニック。トルコ人の問題よりも、世間の関心は東ドイツ問題がヤバイってテンション。経済的な混乱がビッグイシューなはずなんだけど、その不満の矛先が外国人労働者に向かう。そんでネオナチの台頭。旧東ドイツの真ん中で陸の孤島のように存在していた西ベルリンには、立派なトルコ人街があるのだが、統一した途端に旧東ドイツ住民から「外国人は帰れ!」となじられる。20年以上ここで暮らしているトルコ人から見たら、東ドイツ人の方が後から来た新参者なのに。
●しかし2016年の今、結局ドイツはアレコレを乗り越えて、EUの目指す欧州の統合や、マルチカルチュアルな社会的コンセンサスを維持してる。しかし、トルコにもドイツにも馴染めないアイデンティティを喪失した若者が、恵まれた職に就けずにギャングになるとか、問題がないわけではない。一方でトルコ社会では自己実現できなかったイスラム女性の社会進出をドイツの環境が準備したりもしてる。ともかく90年代のドイツは、なんとかピンチを踏み堪えたのだ。

でも、今回のイギリスはギブアップしてしまったんだね。

●なんか信頼できるデータがどっかにないか探してみた。
●英語の wiki で「FOREIGN-BORN POPULATION OF THE UNITED KINGDOM」って項目があったので参照してみる。
●こいつによると、2015年の国連の調査で、外国生まれのイギリス住民の数は840万人。一方イギリス生まれのイギリス人は5600万人。外国生まれの住民が全人口の13.1%にあたるそうな。むむむ。つーか予想以上にイギリス人って少ない…日本の人口って1億2600万人いるんでしょ。ちっぽけ…。
●最大のエスニックグループはインド系で77万人。でもその次が注目。ポーランド系が70万人。2001年のOECDの調査ではたった6万人しかいなかったのに、一気に10倍以上に増えた。お隣の国アイルランドの50万人より多い。激増という意味では、ブルガリア、スロバキア、ラトビアがそれぞれ5000人程度から5〜6万人に、ルーマニアが7000人から9万弱に、リトアニアなんて4000人強から11万人に増えてる。後発でEUに加盟した東欧系がスゲエアクティブ。2001年から2011年で外国生まれ人口は2倍以上になってるんだわ。
●あと目立つグループは、パキスタン、バングラデシュ、南アフリカ、ジャマイカ、ナイジェリア。旧植民地だったエリアかな。アメリカ、フランス、ドイツも当然多い。中国、香港、フィリピンも存在感がある。このへんがそれぞれ50万〜10万人程度。日本人は4万人。タイ人とおなじくらい。まー十分にマルチカルチュアルな社会になってたんだなー。しかし、これに我慢ならない人が、国民の半分強、いらっしゃったってゆーことですわ。

●もうちょいイギリスの状況を検索してみるね。「独立行政法人 労働政策研究・研修機構」という組織のサイトに掲載されてるアレコレのレポートや論文をナナメ読みしてみる。誤読があったらゴメンなさい。
●クールブリタニアがマジ盛り上がってた00年代前半の好景気に、EU新メンバーの東欧の皆さんがどっと出稼ぎに来たのが、近年の移民大急増の原因であったのは間違いなさそう。EU域外はともかくEUのメンバーは新旧関係なく就労が自由化されてる(2004年)。「イギリス人労働者が就労に消極的な業種における未熟練労働者の不足」を東欧の皆さんに補ってもらう意図があったみたい。で、農業、ホスピタリティ産業、製造業、食品加工業にこうした外国人労働者が従事した。膨張著しいブルガリア&ルーマニアは2007年EU加盟とさらに後発で、外国人急増にビビったイギリスにより、農業の季節労働者と食品加工などの限られた職種に限定するってルールにされてる。ここでボクがボンヤリ考えたのは、好景気だから、ヨゴレな仕事は外国人に任せようって魂胆があったんじゃないか!?ってことね。
●でも2008年のリーマンショックで景気は激しく後退。すぐさま「ポイント制」っていう外国人労働者向け法制が整備されたりするも、外国人の流入は止まらない。移民政策の諮問機関発表の報告書によると、2005〜2010年で16万人の国内労働者の雇用が移民労働者に置き換えられたそうな。この16万人が多いか少ないかワカランけど、あ、これよく読んだら、EU域外からの移民の話なんで、EU域内労働者の話も含めたらもっとスゴいことになるってわけだな。別の論文では、EU域内からの移民は白人さんで外見も当然似てるから、イギリス人労働者との代替は簡単だとも書いてある。むーん。こうなると庶民レベルの経済的な実害の問題だわな。法人/雇用者は得するのかも知れんけど。
●で、社会保障制度とか、学校/病院とかの公共インフラが、完全にパンクしてる状況が今起こってるんでしょ。本来無料の病院が言葉の通じない外国人でイッパイの結果4時間待ちだとか。twitter有名人のメイロマさんがその辺発信してて、今回は目立ってました。

●一応、現在のドイツと比較してみよう。
●やはり英語の wiki で「DEMOGRAPHICS OF GERMANY」という項目がある。
●2012年の調査をソースにします。まず住民の総数が8200万人として、そのうち、移民をルーツに持つ人が全体の20%!さっきのイギリスの調査と定義が違うので注意だけど、こっちもインパクトでかいなあ。うち、300万人がトルコ系。しかし二番目が、非EU系ヨーロッパ人で270万人。具体的にはロシアが半分弱、残りが旧ユーゴスラビア系だそうな。三位がポーランドで150万人。イギリスの二倍の規模。ルーマニア系も48万人いる。それと経済危機でヤバかったギリシャが40万人。やっぱ地理的な関係もあるのでしょうけど、イギリス以上に東欧系がスゴイことになってます。インドから中国まで束ねたアジア系全体で77万、アフリカ系全体で81万。それなりに街の風景はきっとカラフルな感じ。2014年の別の調査ですが、シリア国籍の人たちを11万人受け入れてます。内戦からの難民さんたちか。
●まーこのサクッとした比較の印象で言えば、イギリスだけが極端に移民に侵食されてるって感じはしない。ドイツだって相当のインパクトでマルチカルチュアルなわけですよ。ドイツもフタを開けて本音を晒せばイギリスと一緒になっちゃうのかな?でもその本音を出すつもりはないっぽい。タテマエって大事なんだな。

●なかなか、現実問題で困難があったと、理屈で分かったとしても。
ボクの感情の問題としては、なんだか残念だ。
ボクがイギリスの音楽を好んで聴くのは、マルチカルチュアルなハイブリット性にスリルを感じるからだ。アフリカ系、ジャマイカ系、エイジアン系、アイリッシュやウェールズ、スコットランドにも個性がある。で、その異文化に敬意を表するモッズカルチャーが、ジャズやブルースの時代まで遡って脈々と伝わっているからだ。それがクールだ、クールブリタニアだと思ってたんだ。
●でも、そうじゃないってのが本音って言われるとさ…クールでメシは食えませんのでタテマエはなくしますって言われるとさ、多少なりとも憧れてた国に幻滅するよねえ。EU離脱派が投票で勝った時、街頭インタビューで街の人が「イギリス国民が独立を勝ち取った!」なんて言ってたけど、その「イギリス国民」ってどこまでを指すんですか?と思ったよ。イギリス生まれだけどイスラム教徒ですとか、イギリス生まれだけどラスタマンですとかは、イギリス生まれだけどスラブ系ですとか、そういう人たちは仲間に入ってますか?挙句、離脱を訴えてた政治家が、国論が真っ二つに割れたイギリスなんて手に負えませんと、尻尾を巻いて逃げてるんだからますますスゴいよね。

ちなみに日本。2010年の国勢調査によると、外国人人口は164万人。全人口の1.3%。欧州風の移民社会には程遠い。
●1位が中国人で46万人、2位がコリアンで42万人。国勢調査開始以来初めて1位2位が逆転したんだって。ほー。ちなみに3位はブラジルで15万、4位がフィリピンで14万とな。日本にいたら移民社会に生きる感覚は全然わかんないね。それを知るとしたら、移民として他の国にコンニチハしに行く場面だろう。
●ただ、最初に書いたように、ボクのヨガのセンセイは、インドネシア人の男性と結婚した。ダンナさんはこの場面で日本に移民したわけで(帰化はしてないよ)、二人の間に生まれた男の子ガーくんは移民2世(二重国籍)。結婚というか籍を作るのは本当メンドくさい手続きがいっぱいあったそうだよ。ダンナさんはヨガのエキスパートで、来日してから高級スポーツクラブのインストラクターになった。未熟練労働者じゃないよ、高度な専門技能を持つ人材。英語ペラペラだし。ボクの周辺だとIT企業とかにも外国の人が時々登場するね。名刺交換して、そのユニークな響きの名前や挨拶のイントネーションが新鮮に思える。イスラエルの人とか、韓国の人とか、インドの人とか、中国の人とか。下北沢にはケバブ屋さんがあって、トルコ人と思しきお兄さんに娘ヒヨコは「肉大盛りで!」ってお願いしてる。移民社会じゃないけど、普通に移民がいる生活をボクは暮らしている。それに対してフラットな態度でいたいし、フラットにお付き合いしていきたい。



●イギリス音楽。「テムズビート」ってシーンがあったです。

THE HOLLOWAYS「SO THIS IS GREAT BRITAIN ?」

THE HOLLOWAYS「SO THIS IS GREAT BRITAIN ?」2006年
「それで、これが大英帝国なわけ?」ってタイトルが、今日の記事の気分にピッタリ。洗練されてるとは言えないワチャワチャドタバタした騒がしいアンサンブルが陽気なバンド。ガレージロック感覚で疾走するんだけど、なんだか言語化できないレベルでとっても「ブリットポップ」なのです。時々出てくるフィドルの音色?何気にクッキリしたチャーミングなメロディ?生意気なようで品の良さが抜けないボーカルとコーラス? 90年代の BLUR が掲げた「ブリット」らしさ、そしてそれ以降のシーンに度々登場する「ブリット」表現って、間違いなく様式として存在してて、しかも絶対アメリカのバンドからは聴こえてこないほど際立った特徴なのに、何を満たせば成り立つのか実は全然言語化できない。ここにも間違いなくそれが鳴ってるのに説明できないんだよなー。
●でも、リーマン以前、やや浮かれ気分のロンドンにおいて、このバンドは流行りのダンスロックなぞには身を任せず、とってもブリットなメロディに、名もなく金もない青少年のチッポケでシミったれた日常生活を歌っている。ダンスフロアで見かけた女の子に有り金はたいてワインをおごったのに見事振られて、仲間ともはぐれたから家にも帰れないとか。自由な時間を求めて仕事を辞めたけど、アートどころか家賃もローンも払えないとか。悪友とつるむ土曜日がダメだとわかってるのに、何をどうしたいのかもわからずビールとタバコとヨタバナシばっかとか。夜の路上で客を取る女の子が「有名になれるって約束だったのに辱めしかなかった」と悲しく語るとか。14歳のショーンが「反社会的行動禁止令」違反で退学、仲間とつるめなくなったら彼にもう安全はないと嘆いたりとか。
●憤ってるよ、ロンドンの少年は。「なんでオレが自分を変えないといけないんだ?オレらのために世界が変わってくれるわけでもないのに。この国の民主主義にはついていけねえ。やることはしねえが説教は垂れる。学びもしないくせにオレらを教えられると思ってやがる。時々くたびれ過ぎて眠れもない。」
●で、このバンドは、このデビュー盤ともう一枚のアルバムを出して2011年には解散しました。短命。

MYSTERY JETS「MAKING DENS」

MYSTERY JETS「MAKING DENS」2006年
●ロンドン南西部にあるトゥイッケナム地区に、イールパイという名前の島がテムズ川の中州として浮かんでいる。うなぎパイとは奇妙な名前だが、グーグルマップで見る限り、マジでうなぎパイみたいな形をしてる。ここがどうやら結構昔からロンドンのボヘミアンな人々の文化拠点になってるっぽく、このあたりで続くバンドシーンがあったそうな。それが「テムズビート」THE BEATLES が登場した時にリバプールのマージー川に由来してマージービートという言葉が生まれたように、川の名前にちなんでいるそうな。
●で、ここのローカルシーンから初めて全国区に飛び出したのがこの MYSTERY JETS というバンド。このバンドの音楽が実にブリット。このファーストアルバムの段階から、しっかりとアレンジされた骨太なバンドアンサンブルと、ファッションに流されない端正な英国様式が実に地に足ついてて興味深い。ガリガリしたギターサウンドに依存してないし、ただ走らせていくだけのビートもない。芯の強いボーカルと実直なメロディもいい。PINK FLOYD の天才 SYD BARRETT に強く影響されてると言われてるし、確かにサイケデリックな趣はあるけど、ただの懐古主義ではない。むしろモダンなクールさまで備わっている。でもその魅力を説明できなくて、長らく持て余してた物件。

MYSTERY JETS「TWENTY ONE」

MYSTERY JETS「TWENTY ONE」2008年
●前の年にアメリカ向け編集盤「ZOOTIME」をリリースして、メジャー感がさらに増したセカンドアルバム。プロデューサーとしてガッツリ組んだのは意外にもハウス系のクラブシーン出身であるDJ兼リミキサー・EROL ALKAN。とはいえダンスミュージックな気分は一ミリもなく、より力強いグルーヴがバンドに備わったまで。ボーカリストとしての BLAINE HARRISON はますますカリスマティックに進化してる。ただ佇まいは、しっかりと英国様式。なんかうまく言語化できないんだけど、しっかりとブリットポップなんだよな。

LARRIKIN LOVE「THE FREEDOM SPEAK」

LARRIKIN LOVE「THE FREEDOM SPEAK」2006年
●この連中もトゥイッケナム地区を拠点にした「テムズビート」のバンド。実は前述の THE HOLLOWAYS トゥイッケナムのシーンにはあんまし関係ないバンド(でもロンドンのバンドではある)なんだけど、THE HOLLOWAYS のフィドル奏者がコッチのバンドに参加してたって縁で繋がっている。同じロンドンで同時に伝統的な楽器を採用したボヘミアン風味のバンドという意味では広義の「テムズビート」としてくくっていいんじゃないのかな。でも THE HOLLOWAYS が短命であったように、コッチの LARRIKIN LOVE もこのファーストアルバム一枚きりで解散。本物のボヘミアンは組織を維持できないみたいね。
THE HOLLOWAYS と同じスピード感、しかしもっとオーセンティックな英国音楽の様式に忠実。弾むように走るビートにギターとフィドルが絡まっていく。アイリッシュとパンクが合体した80年代のバンド THE POGUES みたいな存在感を、ガレージロック旋風が吹き荒れる00年代に移植すればこんな感じの音楽になるのかもしれない。これも間違いなくブリットポップMYSTERY JETS よりもヒネくれてるかもしれないね。ジャケのボヘミアン度は変わんないかもしれないけど。



●動画。THE HOLLOWAYS「DANCEFLOOR」。勢い任せ。




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